‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

日本人の眼サルコイドーシスの診断におけるぶどう膜炎診断支援システムの有用性

2019年5月31日 金曜日

《第52回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科36(5):680.683,2019c日本人の眼サルコイドーシスの診断におけるぶどう膜炎診断支援システムの有用性村田敏彦高山圭佐藤智人神田貴之竹内大防衛医科大学校眼科学教室CUsabilityofUveitis-softwareforJapaneseOcularSarcoidosisToshihikoMurata,KeiTakayama,TomohitoSato,TakayukiKandaandMasaruTakeuchiCDepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollegeC目的:わが国の眼サルコイドーシスに対するぶどう膜炎診断支援システム(UvemasterR)の有用性を検討した.対象および方法:2015年C1月.2018年C1月に,防衛医大病院眼科を受診し眼サルコイドーシスと診断された連続症例20例(男性C7例,平均年齢C56.5±18.2歳)を対象とした.初診時の眼所見と全身所見,ステロイド治療C1カ月後の反応性を入力し,診断合致率と疾患順位を解析した.結果:初診時の眼所見だけ入力した場合の鑑別診断は眼サルコイドーシスがC20例中C6例,内因性眼内炎C7例,中間部ぶどう膜炎C3例,その他C4例であり,全身所見も入力すると,眼サルコイドーシスがC20例中C11例,内因性眼内炎C4例,多発性硬化症C2例,その他C3例であった.局所ステロイド点眼治療C1カ月後の反応性を追加入力すると,眼サルコイドーシスの診断がC20例中C16例に上昇した.結論:眼サルコイドーシスを初診時所見からCUvemasterRで診断することは困難であり,現時点でのわが国での同アプリケーションの臨床使用はむずかしいと考えられる.CPurpose:ToexaminethediagnosticaccuracyandperformanceofUvemasterRCfordiagnosingocularsarcoid-osisCinCJapaneseCpatients.CMethods:ClinicalCrecordsCofC20consecutiveCJapaneseCpatientsCwithCocularCsarcoidosisCwereCretrospectivelyCreviewed.CClinicalCsignsCandCgeneralCconditionsCatCtheCinitialCpresentations,CandCreactivityCtoCcorticosteroidCtreatmentCafterC1monthCwereCinputCandCdiagnosticCaccuracyCandCperformanceCwereCevaluated.CResults:Onthebasisofclinicalsignsandgeneralconditionsatinitialpresentation,11(55%)patientswerediag-nosedCasCocularCsarcoidosis,CfollowedCbyCendophthalmitisCinC4patientsCandCmultipleCsclerosisCinC3patients.CAfterCadditionalinputofcorticosteroidreaction,16(80%)patientswerediagnosedasocularsarcoidosis,whichrankedinthetopthreedi.erentialdiagnosesofallenrolledpatients.Conclusion:Itwasdi.culttodiagnoseocularsarcoid-osiswithUvemasterRCbasedonC.ndingsatinitialpresentation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)36(5):680.683,C2019〕Keywords:眼サルコイドーシス,ぶどう膜炎,診断,診断支援システム.ocularsarcoidosis,uveitis,diagnosis,di-agnosissupportsystem.Cはじめにぶどう膜炎の原因はさまざまであるが,病態および臨床所見から肉芽腫性ぶどう膜炎と非肉芽腫性ぶどう膜炎に大別される.新しい検査法,検査手技の確立,発展,および診断基準の策定により1.4),分類不明ぶどう膜炎の割合は減少傾向にあるが5),現在でも特発性・原因不明のぶどう膜炎が全体の約C30%を占めている6).多彩な臨床症状を呈するぶどう膜炎の診断には豊富な知識を有する熟練したぶどう膜炎専門医が必要であり7),専門としない眼科医でも使用できる簡易的な診断方法の確立が望まれている.近年,所見を入力することでぶどう膜炎の鑑別診断の補助となるアプリケーション(UvemasterR)が開発された8).性別および年齢と,眼所見・全身所見の合計C76個の内から認められた所見を入力することで,原因として考えられる疾患〔別刷請求先〕高山圭:〒359-8513埼玉県所沢市並木C3-2防衛医科大学校眼科医局Reprintrequests:KeiTakayama,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege,3-2Namiki,Tokorozawa,Saitama359-8513,JAPANC680(110)を臨床所見の合致率の高い順に鑑別順位として呈示するアプリケーションであり,欧米においてその高い的中率が報告された8).しかしながら,同アプリケーションがわが国のぶどう膜炎鑑別に有用であるかは不明である.2009年にCInternationalCWorkshopCofCOcularCSarcoidosis(IWOS)により国際眼サルコイドーシス診断基準が策定された9).この診断基準には眼所見C7項目と全身検査所見C4項目の合計C11項目が規定され,生検結果と合わせて眼サルコイドーシスと診断される.わが国ではぶどう膜炎の原因疾患として眼サルコイドーシスが最多であるが,筆者らは発症年齢の高齢化により特徴的な眼および全身所見がみられなくなる傾向があり,現在の診断基準では診断に至らず,原因不明のぶどう膜炎として分類される症例が増加する可能性があることを以前に報告した10).今回,ぶどう膜炎診断支援アプリケーションであるCUvemasterCRが日本人の眼サルコイドーシスの診断に有用であるか否かについて検討した.CI対象および方法2015年C1月.2018年C1月に防衛医科大学校病院眼科(以下,当院)を受診し,国際眼サルコイドーシス診断基準にて眼サルコイドーシスと診断され,本研究の参加について同意が得られた未治療のC20歳以上の連続症例C20例(男性C7例,女性C13例,平均年齢C56.5C±18.2歳)を対象とした.その内訳は,de.niteがC2例,presumedがC6例,possibleがC7例,probableがC5例であった(表1).20歳未満,角膜疾患の既往,緑内障,落屑症候群,他のぶどう膜炎の既往,サルコイドーシス以外の全身性炎症疾患,悪性腫瘍,すでにステロイドまたは免疫抑制薬を内服している症例,ステロイド点眼で加療されている症例は除外した.初診時,ぶどう膜炎を専門とする熟練した眼科医C2名以上が診察し,両者によって認められた眼所見および,全身所見をCUvemasterCRに入力し,診断的中率と疾患順位を解析した.入力方法としては,UvemasterCRの入力項目である眼所見・全身所見C76項目についてそれぞれあり・なし・不明を選択して鑑別診断について解析した.また,ステロイド治療1カ月後の反応性を追加入力し,診断的中率と疾患順位が変化するかどうか評価した.CII結果代表症例を提示する.48歳,女性.3日前から両眼の羞明,右眼の視力低下を自覚し,近医受診.ぶどう膜炎の診断にて当院紹介となる.既往歴に特記すべき事項はなく,全身症状もみられなかった.初診時,矯正視力は右眼C0.6,左眼1.5,眼圧は右眼C20CmmHg,左眼C18CmmHg,前房フレア値は右眼C113Cph/ms,左眼C27Cph/msだった.豚脂様角膜後面沈着物,前房内浸潤細胞,虹彩後癒着,隅角肉芽種を右眼に表1対称群の患者背景性別男性7例女性13例年齢C56.5±18.2歳眼サルコイドーシスの診断De.nite2例CPresumed6例CPossible7例CProbable5例認め(図1a,b),左眼は前房内浸潤細胞のみであった.両眼の中間透光体に雪玉状硝子体混濁がみられ,左眼の眼底に結節性血管炎があった(図1c,d).全身検査所見として,ツベルクリン反応陰性,肺門部リンパ節腫脹あり,採血検査にてC反応性蛋白が亢進,血沈が上昇,アンギオテンシン転換酵素が高値,可溶性インターロイキン-2受容体が高値だった.これらの所見から,眼所見からCanterioruveitis,intermedi-ateuveitis,posterioruveitis,retinalvasculitis,acute,bilateral,granulomatous,synechiae,snowballsのC9項目を「あり」と入力,recurrent,blepharitis,stellatedCkeraticprecipitates,bandkeratopathy,hypopyon,hyphema,CpreviousCocularCsurgeryCortrauma,drugaddiction,a.er-entCpupillarydefectのC9項目を「なし」と入力し,その他58項目は「不明」とCUvemasterCRに入力したところ,鑑別診断順位としてC1位がCmultiplesclerosis(合致率C47.3%),2位がCsarcoidosis(合致率C46.4%),3位がCBehcetdisease(合致率C43.6%),4位がCtuberculosis(合致率C41.8%),5位がCIn.ammatoryCboweldisease(合致率C39.1%)であった.さらに,0.1%ベタメタゾン点眼治療で視力改善・炎症が鎮静化したので,ステロイド治療C1カ月後で改善したことを追加入力すると,鑑別診断ランキングでC1位Csarcoidosis(合致率50.0%),2位がCmultiplesclerosis(合致率C45.0%),3位がtuberculosis(合致率C44.2%),4位がCBehcetdisease(合致率C44.2%),5位がCin.ammatoryCboweldisease(合致率C41.7%)となった(表2).全C20例の初診時の眼所見だけ入力した場合,鑑別診断は内因性眼内炎C7例,眼サルコイドーシスC6例,中間部ぶどう膜炎C3例,その他C4例であった.全身所見を追加で入力した鑑別診断リストのC1位は眼サルコイドーシスがC11例,内因性眼内炎C4例,多発性硬化症C2例,非分類網膜血管炎C1例,急性網膜壊死C1例,非分類中間部ぶどう膜炎C1例であり,診断的中率はC55%であった.初診よりC1カ月でのステロイド加療に対する反応性を加えると,眼サルコイドーシスがC16例,内因性眼内炎,結核性ぶどう膜炎,多発性硬化症,非分類中間部ぶどう膜炎がそれぞれC1例ずつとなり,診断的中率はC80%となった(表3).また,治療反応性を追加入力すると全例で鑑別診断リストのC3位までに眼サルコイドーシスがcd図1眼サルコイドーシス代表症例右眼の前眼部細隙灯所見(Ca),隅角所見(Cb),右眼底写真(Cc),左眼底写真(Cd).右眼に豚脂様角膜後面沈着物(.),炎症細胞浸潤,虹彩後癒着(C.),隅角肉芽種(.)があった.また,両眼の中間透光体に雪玉状硝子体混濁(.)と結節性血管炎(.)があった.表2代表症例のUvemasterRによる鑑別診断順位と合致率初診時所見1カ月のステロイド反応性を追加1位多発性硬化症(4C7.3%)眼サルコイドーシス(5C0.0%)2位眼サルコイドーシス(4C6.4%)多発性硬化症(4C5.0%)3位Behcet病(4C3.6%)結核性ぶどう膜炎(4C4.2%)4位結核性ぶどう膜炎(4C1.8%)Behcet病(4C4.2%)5位炎症性腸疾患関連関節炎(3C9.1%)炎症性腸疾患関連関節炎(4C1.7%)表3UvemasterRによる20例の鑑別診断1位初診時眼所見のみ初診時眼所見と全身所見1カ月のステロイド反応性を追加内因性眼内炎7例眼サルコイドーシス11例眼サルコイドーシス16例眼サルコイドーシス6例内因性眼内炎4例結核性ぶどう膜炎1例非分類中間部ぶどう膜炎3例多発性硬化症2例多発性硬化症1例多発性硬化症2例急性網膜壊死1例内因性眼内炎1例猫ひっかき病1例非分類中間部ぶどう膜炎1例非分類中間部ぶどう膜炎1例急性網膜壊死1例非分類網膜血管炎1例含まれた.アプリケーションであるCUvemasterCRに入力し,その有用性を検討した.初診時の眼所見のみの入力では診断的中率はCIII考按30%でしかなく全身所見を追加すると診断的中率はC55%で今回,日本人の眼サルコイドーシス症例の所見を診断補助あったが,ステロイド治療への反応性を追加入力することで的中率はC80%に上昇し,全例で鑑別診断リストのC3位までに眼サルコイドーシスが含まれた.CUvemasterRはC2017年に発表された診断補助アプリケーションであり,AndroidCRで作動する機器なら使用可能で臨床診察の場面において手軽に使用できる8).ぶどう膜炎の原因となるC88疾患が疾患リストに登録され,それらC88疾患のC1993.2016年の論文で報告された臨床所見を解析した結果のC76項目が選択項目として設定されている.それぞれの臨床所見ごとにC88疾患それぞれへの特異度が設定され,所見すべての合計点数によって鑑別診断リストが作成される.しかしながら,登録されたC88疾患は製作者らの所属するスペインの大学病院でみられた疾患と欧米での大規模臨床研究から選択されたものであり,ぶどう膜炎の原因疾患の頻度は欧米ではC1位がヘルペス性ぶどう膜炎,2位がトキソプラスマ,3位がCBehcet病,4位がCHLA-B27関連ぶどう膜炎,5位が強直性脊椎炎であり11),わが国ではC1位が眼サルコイドーシス,2位がCVogt-Koyanagi-Harada病,3位が急性前部ぶどう膜炎,4位が強膜炎,5位がヘルペス虹彩毛様体炎6)と地域差・人種差があるうえに,birdshotretinochoroidopa-thy,serpiginousCchorioretinopathy,coccidioidomycosisといったわが国ではみられない地域特異的な疾患もある.また,本研究で対象疾患とした眼サルコイドーシスのCUve-masterRにおける診断基準はC2009年のCIWOSの国際眼サルコイドーシス診断基準の項目が用いられているが9),わが国のサルコイドーシス診断基準とは違いがある.IWOSの国際眼サルコイドーシス診断基準では病理検査結果,眼所見C7項目,全身検査所見C4項目から,わが国の眼サルコイドーシス診断では眼と他の臓器にサルコイドーシス病変を強く示唆する臨床所見があり,かつ全身反応を示す検査所見がC6項目中2項目以上を満たすとサルコイドーシスで眼所見ありとの診断となる.本研究では国際眼サルコイドーシスの基準を満たした症例を対象としたが,わが国での診断基準で診断された症例の場合の鑑別診断は不明である.このようなことから,UvemasterCRでの初診時所見による眼サルコイドーシスの診断率が高くなかったと考えられる.しかし,ステロイドへの治療反応性を追加入力すると的中率が向上し,初診時所見のみでは的中しなかった症例を含め全例で鑑別診断C3位までに眼サルコイドーシスが含まれた.この結果から,UvemasterCRによる眼サルコイドーシスの診断は初診時所見だけでは不十分であるが,ステロイドへの治療反応性を追加入力することにより,ある程度の有効性が示された.一方で,各症例ごとに全C76項目を入力するには平均15分を要し,時間的に余裕がない外来診療中に入力することは困難であることが予想される.本研究から,わが国における眼サルコイドーシス診断において,欧米で開発されたぶどう膜炎の補助診断アプリCUve-masterRの有用性は十分ではないと判断された.現時点でのわが国での同アプリケーションの臨床使用はむずかしく,わが国で適応するアプリケーションを作成するためには,さらに研究開発が必要であると思われる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)竹内大:ぶどう膜炎における全身検査の意義.眼科C60:C237-241,C20182)蕪城俊克,岡田アナベルあやめ:眼炎症性疾患(ぶどう膜炎,強膜炎).あたらしい眼科35:63-68,C20183)竹内正樹,水木信久:ゲノムから迫るぶどう膜炎の発症メカニズム.あたらしい眼科34:945-951,C20174)蕪城俊克:【眼科基本検査パーフェクトガイド─理論と実技のすべてがわかる】検査の診断・治療への活用法ぶどう膜炎の診断・治療に関する検査.臨眼71:294-302,C20175)宮永将,高瀬博,川口龍史ほか:東京医科歯科大学眼科におけるぶどう膜炎臨床統計1998年.2001年とC2007年.2011年の比較.日眼会誌119:678-685,C20156)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009pro-spectiveCmulti-centerCepidemiologicCsurveyCofCuveitisCinCJapan.JpnJOphthalmolC56:432-435,C20127)蕪城俊克:ぶどう膜炎.RetinaMedicine5:163-168,C20168)Gegundez-FernandezCJA,CFernandez-VigoCJI,CDiaz-ValleCDCetal:Uvemaster:ACmobileCapp-basedCdecisionCsup-portCsystemCforCtheCdi.erentialCdiagnosisCofCuveitis.CInvestCOphthalmolVisSciC58:3931-3939,C20179)HerbortCP,RaoNA,MochizukiM:Internationalcriteriaforthediagnosisofocularsarcoidosis:resultsoftheC.rstInternationalWorkshopOnOcularSarcoidosis(IWOS)C.OculImmunolIn.ammC17:160-169,C200910)TakayamaCK,CHarimotoCK,CSatoCTCetal:Age-relatedCdif-ferencesintheclinicalfeaturesofocularsarcoidosis.PloSOneC13:e0202585,C201811)LlorencV,MesquidaM,SainzdelaMazaMetal:Epide-miologyofuveitisinaWesternurbanmultiethnicpopula-tion.Thechallengeofglobalization.ActaOphthalmolC93:C561-567,C2015C***

関節リウマチ治療中に生じた真菌性強膜炎および眼内炎の1例

2019年5月31日 金曜日

《第55回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科36(5):677.679,2019c関節リウマチ治療中に生じた真菌性強膜炎および眼内炎の1例阿部駿廣瀬尊郎後藤浩東京医科大学眼科学分野CACaseofFungalScleritisandEndophthalmitisinaPatientReceivingRheumatoidArthritisTreatmentShunAbe,TakaoHiroseandHiroshiGotoCDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversitySchoolofMedicineC目的:関節リウマチに対する治療中に生じた真菌性強膜炎および眼内炎のC1例を報告する.症例:症例はC73歳の女性で,近医で右眼のぶどう膜強膜炎と診断され,ステロイドの局所投与と内服による治療が行われたが改善なく,硝子体混濁が出現,さらに前部強膜の炎症を伴った腫瘤の形成がみられたため当院へ紹介となった.結節性強膜炎の診断のもとシクロスポリン内服を追加したが改善が得られず,診断目的に強膜生検を施行した.球結膜下膿瘍の塗抹検鏡では病原微生物は検出されなかったが,カンジダ寒天培地で酵母が分離され,術中に採取した前房水CPCRではCCandidaalbicansが検出された.真菌性眼内炎および強膜炎と診断し,抗真菌薬による治療を行ったところ,炎症所見は改善していった.結語:ステロイド治療に抵抗する強膜炎では,真菌感染を念頭に置く必要がある.CPurpose:WeCreportCaCcaseCofCfungalCscleritisCinCaCpatientCwithCrheumatoidCarthritis.CCase:AC73-year-oldCfemalewasdiagnosedwithuveoscleritisinherrighteye.Despitesystemicandtopicalcorticosteroidtherapy,therewasCnoCimprovement.CSheCwasCreferredCtoCourChospitalCforCvitreousCopacityCandCfocalCmassCwithCin.ammationCobservedintheanteriorsclera.Oraladministrationofcyclosporinewasnote.ective.Scleralbiopsywasthenper-formedandpuswasobtainedunderneaththebulbarconjunctiva.Althoughsmeartestingofthepuswasnegative,fungusCwasCpositiveCinCculture.CAtCtheCsameCtime,CCandidaCalbicansCwasCdetectedCfromCaqueousChumorCbyCPCR.CAfterCsystemicCandCtopicalCantifungalCtreatment,CtheCscleritisCandCintraocularCin.ammationCresolved.CConclusion:CInfectiousscleritisincludingfungalinfectionshouldbeconsideredwhenevercorticosteroidtherapyisine.ective.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(5):677.679,C2019〕Keywords:真菌性強膜炎,関節リウマチ,ステロイド.fungalscleritis,rheumatoidarthritis,corticosteroid.はじめに一般的に感染性強膜炎の診断は容易でなく,しばしば診断の確定に時間を要する1).なかでも真菌性強膜炎は比較的まれな疾患であり,治療にも難渋することが多いとされている2,3).今回筆者らは,関節リウマチに対して治療中の免疫不全状態にあったと思われる症例に生じた真菌性強膜炎および眼内炎のC1例を経験したので報告する.I症例患者:73歳,女性.主訴:右眼の霧視.既往歴:関節リウマチに対してメトトレキサートを内服中である.6年前に両眼の白内障手術が施行されている.現病歴:右眼の霧視を主訴に近医眼科を受診し,右眼のぶどう膜強膜炎と診断された.ベタメタゾン点眼および結膜下注射,プレドニゾロンの内服治療が行われたが改善なく,その後は徐々に硝子体混濁が出現し,さらに強膜に限局性の炎〔別刷請求先〕阿部駿:〒160-0023東京都新宿区西新宿C6-7-1東京医科大学眼科学講座Reprintrequests:ShunAbe,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishishinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPANC0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(107)C677図1当院初診時の右眼前眼部所見上耳側に腫瘤形成を伴う強膜炎がみられる.図2初診から2週後の右眼前眼部所見強膜の炎症とともに腫瘤はやや増大し,やや黄褐色の色調を呈している.図3抗真菌療法に変更した後の右眼前眼部所見(初診から2カ月後)強膜炎は軽快し,初診時からみられた隆起性病変も平坦化した.症を伴った腫瘤の形成もみられるようになり,眼内腫瘍の可能性も疑われたため東京医科大学病院眼科(以下,当院)へ紹介となった.初診時眼所見:視力は右眼C0.01(矯正不能),左眼C0.15(0.8C×sph.2.50D(cyl.1.00DAx85°),眼圧は右眼13mmHg,左眼C15CmmHgであった.前眼部は前房内に中等度の炎症細胞浮遊,ごくわずかな前房蓄膿のほか,上耳側に限局性の強膜充血を伴った隆起性病変を認めた(図1).眼底は硝子体混濁のため透見不能であった.左眼の前眼部および眼底に異常はなかった.経過:白内障手術からすでにC6年が経過していること,もともと関節リウマチに罹患し,治療中であったことから,リウマチに関連した結節性強膜炎の可能性を考慮し,前医からのステロイド内服(プレドニゾロンC30Cmg/日)およびステロイド薬点眼治療(ベタメタゾン点眼)に加え,免疫抑制薬であるシクロスポリンの内服をC3Cmg/kgの容量で追加した.しかし,強膜炎症状は軽快せず,腫瘤もわずかに増大傾向を示したため(図2),初診からC1カ月後に診断の確定を目的と678あたらしい眼科Vol.36,No.5,2019(108)して経結膜的生検を計画した.生検時,球結膜に切開を加えたところ黄白色の膿が現れたため,これを吸引および綿棒で回収して検体として諸検査を行った.その結果,グラム染色では多数の好中球やマクロファージが確認されたが,グロコット染色,PAS染色,さらに抗酸菌染色では病原微生物は検出されなかった.一方,菌種の同定はできなかったが,カンジダ寒天培地で酵母が分離された.また,生検施行時に採取した前房水でCPCRを行ったところ,CandidaCalbicansのCDNAが検出された.なお,これらの検査結果をもとに検索した血清Cb-Dグルカンは陰性であった.以上の検査結果から真菌性強膜炎および眼内炎と診断し,シクロスポリンの内服をただちに中止,また通院中のリウマチ膠原病内科と相談のうえ,メトトレキサートの内服も中止とした.眼病変に対して新たにピマリシン点眼(8回/日),ボリコナゾール点滴静注〔160CmgC×2/日(初日のみC200CmgC×2/日)〕,アムホテリシンCB硝子体内注射(5Cμg)を計2回施行したところ,強膜炎と硝子体混濁は徐々に改善し,強膜にみられた腫瘤も平坦化していった(図3).最終的には強膜に限局性の菲薄化をきたしたが,矯正視力はC0.4まで回復した.その後,強膜炎の再燃はないものの,眼内炎は遷延し,抗真菌薬の減量のたびに硝子体混濁の再燃がみられた.残存した硝子体混濁に対して,初診からC4カ月後に硝子体手術を施行した.術中採取した硝子体液の培養は陰性だった.術後はしばらく炎症の再燃を繰り返したが,当院初診からC13カ月経過した現在はすべての薬物療法を中止しているが,炎症の再燃はみられていない.CII考按真菌性強膜炎はまれな疾患であるが,免疫不全状態にある症例では,後天性免疫不全症候群(AIDS)患者におけるCCandidaalbicansによる感染例4)や,糖尿病患者におけるFusariumによる強膜炎の報告1)がみられる.白内障術後の真菌性強角膜炎患者C7名中C6名が糖尿病に罹患していたとの報告5)もある.免疫健常者における真菌性強膜炎はさらにまれであるが,白内障術後のCAspergillusによる感染例などが複数報告されている6,7).今回の症例では,関節リウマチに対して長期にわたってメトトレキサートによる治療が行われていた.前医あるいは当院でも全身の免疫状態に関する検査は行っていないため詳細は不明であるが,感染症を生じやすい免疫抑制状態にあった可能性は十分に考えられる.本症例における真菌感染の成立機序であるが,発症初期の眼所見が不明のため断定はできないが,全身状態は良好で血清Cb-Dグルカンは陰性も陰性であったことから,内因性の真菌性眼内炎が先行し,その後に強膜炎が発症した可能性は低いと思われた.前医では当初,眼内の透見は良好であったことからも,本症例ではまず強膜に真菌感染が生じ,その後(109)に眼内へと炎症が波及したものと推察される.真菌が強膜や角膜に感染した場合,その局在は組織の深層にあることが多く,抗真菌薬は病巣へ到達しづらいため治療に難渋することが知られている2).白内障術後に生じた強膜炎の既報においても,擦過培養検査では何ら検出されなかったものの,強膜生検ではじめて真菌が検出された症例や,白内障術後の角膜炎発症例では角膜生検や前房水検査によってはじめて真菌が検出された報告がある5).本症例では結膜下の膿瘍を用いた培養で菌種の同定はできなかったが,酵母が分離された.また,眼内炎を併発していたことから,強膜生検施行時に前房水を用いたCPCRを行い,検査施行後まもなくCCandidaalbicansのCDNAが検出され,その後の治療の変更につなげることができた.前房蓄膿は非感染性の眼内炎症でもみられることはあるが,原因としてはやはり感染を第一に疑う必要があり8),本症例の場合も,もう少し早い段階で感染症の可能性を考慮すべきであったと思われる.今回経験した症例から,関節リウマチなどの背景があったとしても,安易に非感染性,自己免疫性の強膜炎と診断するのではなく,ステロイドによる治療が奏効しない場合,さらには免疫抑制状態にあると考えられる症例では,原因として真菌を含めた感染性強膜炎の可能性を考慮する必要があることを改めて認識させられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)JeangLJ,DavisA,MadowBetal:Occultfungalscleritis.OculOncolPatholC3:41-44,C20172)Rodriguez-AresMT,DeRojasSilvaMV,PereiroMetal:CAspergillusCfumigatusCscleritis.CActaCOphthalmolCScandC73:467-469,C19953)加治優一:真菌性強膜炎.眼科60:693-697,C20184)SharmaCH,CSudharshanCS,CThereseCLCetal:CandidaCalbi-cansscleralabscessinaHIV-positivepatientanditssuc-cessfulCresolutionCwithCantifungalCtherapy─aC.rstCcaseCreport.JOphthalmicIn.ammInfectC6:24,C20165)GargCP,CMaheshCS,CBansalCAKCetal:FungalCinfectionCofCsuturelessCself-sealingCincisionCforCcataractCsurgery.COph-thalmologyC110:2173-2177,C20036)CarlsonAN,FoulksGN,PerfectJRetal:Fungalscleritisaftercataractsurgery.CorneaC11:151-154,C19927)BernauerW,AllanBD,DartJKetal:Successfulmanage-mentofAspergillusscleritisbymedicalandsurgicaltreat-ment.CEyeC12:311-316,C19988)DoshiRR,HarocoposGJ,SchwabIRetal:ThespectrumofCpostoperativeCscleralCnecrosis.CSurvCOphthalmolC58:C620-623,C2013あたらしい眼科Vol.36,No.5,2019C679

基礎研究コラム 24.新規の細胞死メカニズム

2019年5月31日 金曜日

新規の細胞死メカニズム種々の制御ネクローシス制御された細胞死として元来アポトーシスがよく知られており,ネクローシスはその対極の,制御されていない細胞死とされていました.そして,制御されている細胞死=アポトーシスという考え方が一般的でした.しかし,近年,アポトーシスではない細胞死(非アポトーシス=ネクローシス)の中にも多くの制御機構があることが次々と明らかになっています.現在,明らかになっているものとして,ネクロプトーシス,フェロトーシス,パータノトス,パイロトーシス,CyPD依存性細胞死などが制御ネクローシスとして認知されており,そのほかにも新規の制御ネクローシスのメカニズムが提唱されています(図1).また,ヒトでの病態との関連性としては,神経変性疾患,虚血性疾患,癌などの細胞死が関連する諸疾患のほか,感染症,全身性炎症反応症候群(systemicin.ammatoryresponsesyndrome:SIRS)などの炎症性疾患において注目され,治療応用が検討されています.眼科領域ではどうでしょうか制御ネクローシスの眼科領域での研究はネクロプトーシスにおいてまず行われ,マウス網膜.離モデル,網膜色素変性モデルでネクロプトーシスの関与が明らかになりました1).上田高志国立国際医療研究センター眼科東京大学大学院医学系研究科眼科学また最近では,培養網膜色素上皮細胞において酸化ストレス下での細胞死がネクローシス主体であること,そしてネクロプトーシス阻害剤だけでなく,フェロトーシス阻害薬によってもその細胞死が抑制されることが明らかとなりました2)(図2).今後の展望種々の制御ネクローシスのメカニズムはまだまだ研究の歴史が浅く,厳密な定義,メカニズム,生物学的意義について明確でない部分も多いのが現状です.また,実際の病態では複数の細胞死メカニズムが互いに何らかの関係性をもって同時に進行していると考えられており,今後の研究の発展が期待されています.文献1)MurakamiCY,CNotomiCS,CHisatomiCTCetal:PhotoreceptorCcelldeathandrescueinretinaldetachmentanddegenera-tions.ProgRetinEyeResC37:114-140,C20132)TotsukaCK,CUetaCT,CUchidaCTCetal:OxidativeCstressCinducesferroptoticcelldeathinretinalpigmentepithelialcells.CExpCEyeCResC2018CAugC29.pii:S0014-4835(18)C30228-8.doi:10.1016/j.exer.2018.08.019.[Epubaheadofprint]酸化ストレス酸化ストレス酸化ストレス+Ferrostatin-1+Deferoxamine図1種々の細胞死制御された細胞死として古くから知られるアポトーシス以外に,ネクローシスの中にも多種多様な制御細胞死(regulatednecrosis)があることが明らかになってきている.図2網膜色素上皮細胞のフェロトーシス酸化ストレス下の網膜色素上皮細胞(ARPE-19細胞)をアポトーシスマーカー(緑,AnnexinV)と死細胞(赤,propidiumiodide)マーカーで染色(青は核染色).多くの細胞で非アポトーシス細胞死が起こっており,アポトーシスをきたす細胞は少数であることがわかる(左).フェロトーシス阻害薬であるferrostatin-1(中)やCdeferoxamine(右)によって細胞死が阻害されていることから,細胞死メカニズムがフェロトーシス主体である可能性を示唆している.(99)あたらしい眼科Vol.36,No.5,2019C6690910-1810/19/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス 192.角膜混濁例に対する広角眼底観察システムの有用性(中級編)

2019年5月31日 金曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載192192角膜混濁例に対する広角眼底観察システムの有用性(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに角膜混濁を有する症例に対する硝子体手術については本シリーズ(59)(60)でも記載したが,一般に角膜混濁が高度で眼底の視認性がきわめて不良の場合には,一時的人工角膜を用いて硝子体手術を施行し,その後に角膜移植を行う方法や,眼内内視鏡を用いる方法などがある.ただし,単純硝子体切除術や簡単な膜処理のみであれば,通常の眼内照明を用いた硝子体手術でかなりのところまで手術は可能である.角膜混濁眼であっても細隙灯顕微鏡で瞳孔縁が確認でき,散瞳が良好で倒像鏡で眼底がある程度透見できるような症例では,通常の眼内照明で硝子体手術中に予想以上に眼底の視認性を確保できることが多い.これは,倒像鏡では観察光が混濁部位を2回通して検者の眼に入ってくるのに対して,硝子体手術では光源が硝子体腔内にあるので1回しか角膜を光が通過せず,その結果,散乱光の影響がきわめて少なくなるためである.●角膜混濁例に対する広角眼底観察システムを用いた硝子体手術の有用性近年普及している広角眼底観察システムの利点の一つに,小瞳孔でも比較的良好な眼底の視認性を確保できることがあげられる.角膜混濁例でも角膜の一部に透明な部分があれば,本システムで比較的良好な眼底の視認性が得られることが多く,その点を指摘した報告も散見される1,2).症例は野球ボール外傷で高度の前房出血から角膜染血症をきたした患者で,前医で硝子体手術が施行されたが,増殖性硝子体網膜症の状態となり,当科を紹介された.角膜中央部の混濁は非常に強かった(図1)が,周辺部は比較的透明な部分が残っており,ResightR(CarlZeiss社製)をやや上方および下方にずらすことにより,比較的良好な眼底の視認性が確保できた(図2).増殖膜処理後に液体パーフルオロカーボンで網膜を伸展し,巨大裂孔周囲に眼内光凝固を施行し(図3),シリコーンオイルタンポナーデを行って手術を終了した.(97)0910-1810/19/\100/頁/JCOPY図1当科受診時の左眼細隙灯顕微鏡所見角膜中央部を中心に角膜染血症による著明な角膜混濁を認めたが,角膜周辺部の透明性は保持されていた.図2硝子体手術の術中所見(1)視神経乳頭周囲には著明な増殖膜を認め,網膜は漏斗状に.離していた.図3硝子体手術の術中所見(2)液体パーフルオロカーボンを使用して網膜を伸展し,眼内光凝固を裂孔縁に施行した.文献1)安田優介,若生里奈,高瀬範明ほか:角膜混濁例に対する白内障および硝子体手術シャンデリア照明と広角眼底観察システムの有用性.あたらしい眼科31:1519-1522,20142)雪田昌克,國方彦志,小林航ほか:角膜染血を伴う硝子体出血に広角観察システム併用25G手術が奏効した1例.臨床眼科67:1331-1336,2013あたらしい眼科Vol.36,No.5,2019667

眼瞼・結膜:マイボーム腺梗塞

2019年5月31日 金曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人小幡博人50.マイボーム腺梗塞埼玉医科大学総合医療センター眼科マイボーム腺梗塞とは,マイボーム腺の導管内で,脂質,角化物,細菌などが固まったものである.マイボーム腺梗塞と内麦粒腫の鑑別がむずかしいことがあり,両者の病態はオーバーラップしていると考えられる.マイボーム腺梗塞の病理組織所見から,固まりは凝集物(concretion)であり,マイボーム腺梗塞の英語表記はmei-bomianglandinfarctionではなく,meibomianglandconcretionが適当であると考えられる.●マイボーム腺梗塞とはマイボーム腺梗塞とは,マイボーム腺分泌物の性状変化(固形化)や脱落上皮などにより導管が閉塞し,圧出されずに内容物が濃縮,固形化したものである1).マイボーム腺の走行と一致して透明なものや黄白色の沈着物として観察される(図1,2).通常は無症状であるが,大きいものでは異物感や美容目的から除去を希望され来院することがある.●マイボーム腺梗塞の病理図2の症例の固形物のヘマトキシリン・エオジン図1透明なマイボーム腺梗塞(21歳,女性)透明なものは脂質の固まりであると考えられる.図3マイボーム腺梗塞の病理組織像(図2の症例)a:HE染色では細胞成分はほとんどなく,主として角化物である.青い小さい点状物は球菌であると推測される.b:グラム染色を施行すると,グラム陽性球菌であることが判明した.(HE)染色標本を作製し観察すると,細胞成分はほとんどなく,主として角質であることがわかる2)(図3a).一部にヘマトキシリンに染まる球菌と考えられる所見もみられる.グラム染色を施行するとグラム陽性球菌であることがわかる(図3b).グラム染色を施行しても細菌がみられないこともあり,細菌の関与はあるものとないものがあると思われる.●マイボーム腺梗塞と内麦粒腫の鑑別マイボーム腺梗塞と内麦粒腫と鑑別がむずかしい例がある(図4).マイボーム腺梗塞の病理組織所見で角化と図2黄白色のマイボーム腺梗塞(42歳,男性)a:眼瞼縁に近い瞼結膜直下に白色の固形物がみられる.b:針による瞼結膜の切開と指による圧出によって固形物が摘出された.図4内麦粒腫かマイボーム腺梗塞か診断に迷う例(47歳,男性)a:二つのマイボーム腺の中に黄白色の固形物と瞼結膜の充血がみられる.b:綿棒で圧迫するとマイボーム腺開口部から固形物が出てきた.(95)あたらしい眼科Vol.36,No.5,20196650910-1810/19/\100/頁/JCOPY細菌の増殖細菌のリパーゼ↑遊離脂肪酸↑炎症↑脂質の組成変化瞼板内という導管上皮の過角化解剖学的特徴排出低下凝集物図5マイボーム腺梗塞の発症機序(仮説)マイボーム腺内で細菌が増殖すると,直接的な反応として炎症が起こるばかりではなく,細菌が産生するリパーゼによって生じた遊離脂肪酸による炎症で導管上皮の過角化を生じるのではないかと推測している.そして,角化物は分泌物の排出低下をきたし,瞼板という固い結合組織のなかで凝集物となるのではないかと推測される.細菌の存在がみられたことから,両者の病態はオーバーラップしていると考えられる.すなわち,炎症の程度,生体反応,治療などの結果,治癒してしまえば麦粒腫,なんらかの機序で内容物が残ったものがマイボーム腺梗塞ではないかと推測している.●マイボーム腺梗塞の発症機序マイボーム腺梗塞の発症機序は不明であり,推論になるが,マイボーム腺分泌物である脂質の性状変化,ブドウ球菌やPropionibacteriumacnesなどの細菌の増殖,マイボーム腺導管上皮の過角化などが原因と考えている(図5).マイボーム腺内で細菌が増殖すると,細菌に対する反応として炎症が起こるのはもちろん,細菌が産生するリパーゼ(脂質分解酵素)によって脂質が分解され,生じた遊離脂肪酸が炎症を惹起し,導管上皮の過角化を起こすのではないかと推測している.●マイボーム腺梗塞の英語表記梗塞の意味を広辞苑で調べると,「1.ふさがって通じないこと,2.動脈が血栓などのためにふさがり,血流が流れなくなって,その動脈の支配する細胞・組織が壊死に陥る病変.心筋梗塞・脳梗塞など」と書かれている.梗塞は英語でinfarctionだが,マイボーム腺梗塞の英語表記がmeibomianglandinfarctionかというと,いくら調べてもそういう病名はない.日本眼科学会の用語集(Web-2018年版)でも検索したが,マイボーム腺梗塞という用語はなかった.マイボーム腺梗塞は病理組織所見から凝集物と考えられ,マイボーム腺梗塞の英語表記はmeibomianglandconcretionが適当であると考えられる.文献1)福島敦樹,上野脩幸:マイボーム腺梗塞.眼科学(大鹿哲郎編),第2版,文光堂,p30,20112)小幡博人:Meibom腺梗塞と霰粒腫.いますぐ役立つ眼病理(石橋達朗編),眼科プラクティス8,文光堂,p41-43,2006☆☆☆666あたらしい眼科Vol.36,No.5,2019(96)

抗VEGF治療:加齢黄斑変性と自発蛍光

2019年5月31日 金曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二64.加齢黄斑変性と自発蛍光菅野幸紀石龍鉄樹福島県立医科大学眼科学講座滲出型加齢黄斑変性(AMD)の治療経過中,黄斑浮腫や漿液性網膜.離の遷延による網膜色素上皮(RPE)機能低下や,抗CVEGF治療中のCRPE萎縮の進行の把握には眼底自発蛍光(FAF)が有用である.萎縮型CAMDでは地図状萎縮の範囲の把握や進行予測にCFAFを活用している.滲出型,萎縮型CAMDの治療経過におけるFAFの有用性について解説する.眼底自発蛍光眼底自発蛍光(fundusauto.uorescense:FAF)はおもに網膜色素上皮(retinalpigmentCepithelium:RPE)の機能を評価する検査法である.リポフスチンをはじめとした視細胞代謝産物が特定の波長の光に励起され蛍光を発することを利用し,黄斑部蛍光の変化からCRPEの機能低下や欠損をとらえることができる.一般的には,CabRPE機能が低下し蛍光物質が蓄積,沈着すると過蛍光になり,さらに病態が進みCRPE細胞が脱落すると低蛍光となる.臨床的に過蛍光を示すものとして,リポフスチンがCRPE内に蓄積するCStargardt病や黄斑部網膜下に蓄積するCBest病が有名である.両疾患ともに,疾患が進行し黄斑部萎縮に至ると低蛍光となる.中心性漿液性脈絡網膜症や加齢黄斑変性(age-relatedCmaculardegeneration:AMD)における漿液性網膜.離(serousCab図1加齢黄斑変性に対する抗VEGF治療後の萎縮76歳,女性.治療前(Ca)の右眼視力(0.08).抗CVEGF治療を継続しC18カ月後(Cb)の右視力(0.2).脈絡膜新生血管(CNV)からの滲出は消失しているが,眼底自発蛍光(FAF)で低蛍光斑が拡大しており,萎縮が進行していることが分かる.(93)C0910-1810/19/\100/頁/JCOPY図2軟性ドルーゼン退縮後の地図状萎縮71歳,男性.初診時(Ca)の左眼視力(0.7).黄斑部に軟性ドルーゼンが多発している.ドルーゼンの多くは眼底自発蛍光(FAF)で過蛍光を呈している.経過観察中ドルーゼンは徐々に退縮し,7年後(Cb)には中心窩を含む地図状萎縮(GA)が出現している.左視力(0.3).FAFでCGAは境界明瞭な低蛍光斑としてとらえられ,ドルーゼンは過蛍光,低蛍光のものが混在している.あたらしい眼科Vol.36,No.5,2019C663abcd図3萎縮型AMDの地図状萎縮75歳,男性.初診時(Ca)の左眼視力(0.6).中心窩にCGAを認める.4年後(Cb),7年後(Cc),10年後(Cd)と経過とともに地図状萎縮(GA)は拡大している.眼底自発蛍光(FAF)でCGAは境界明瞭な低蛍光斑としてとらえられる.GAの縁は過蛍光を呈している.retinaldetachment:SRD)が遷延すると,SRD範囲が過蛍光を呈する.これはCSRDにより視細胞外節貪食が滞ることでリポフスチンの中間代謝産物がマクロファージに貪食され,.離範囲内に沈着するためと考えられている1).加齢黄斑変性と自発蛍光軟性ドルーゼンは滲出型CAMD,萎縮型CAMDの前駆病変として重要であるが,FAFでドルーゼンを観察すると過蛍光,低蛍光を示すものが混在しており,経過中にも蛍光は変化する.ドルーゼン様の所見を示し,滲出型および萎縮型CAMDの進行に関与する所見としてCreticularpseudodrusen(RPD)がある.光干渉断層計では,軟性ドルーゼンはCRPE下に沈着が存在するのに対して,RPDはCRPE上に沈着がみられる.FAFではRPE由来の蛍光をブロックするため特徴的な網目状の低蛍光を呈する.滲出型CAMDにおけるCFAFでは,脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)の低蛍光,SRD範囲に一致した過蛍光が観察される.CNVの低蛍光は,CNVの存在によりその上部のCRPEが機能障害をきたしていることによると考えられ,典型CAMDのCCNVやポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalCchoroidalCvasculopa-thy:PCV)のポリープや異常血管網にみられる.PCVのポリープは低蛍光を示すが,周囲はリング状の過蛍光を呈することが多い2).滲出型CAMDの治療経過中,黄C664あたらしい眼科Vol.36,No.5,2019斑浮腫やCSRD,網膜色素上皮.離が長期に持続すると,RPEの機能が低下し網脈絡膜萎縮に至る.この萎縮の検出にCFAFは有用である.萎縮領域は境界明瞭な低蛍光病巣となる.抗CVEGF治療を行い滲出が抑えられていても,治療経過中に萎縮病変が拡大する例があり,FAFによる観察が必要である(図1).とくに網膜血管腫状増殖(RAP)の症例では,その傾向が強い3).眼底所見では,萎縮型CAMDの地図状萎縮(geograph-icatrophy:GA)はCRPEの欠損として観察される.多くの場合,多発する軟性ドルーゼンが先行し,ドルーゼンの退縮に伴いCRPE細胞が喪失しCGAが進行する(図2).多発ドルーゼンでは萎縮病巣の判別が困難な場合もあるが,FAFでは萎縮病巣の判別が容易である.FAFで境界明瞭な低蛍光斑がみられる.また病変部の周囲は過蛍光を呈しており,この過蛍光はCGAの拡大が進行性であることを示唆しているとされる(図3)4).文献1)SpaideRF:Auto.uorescenceCfromCtheCouterCretinaCandCsubretinalspace.RetinaC28:5-35,C20082)YamagishiCT,CKoizumiCH,CYamazakiCTCetal:FundusCauto.uorescenceCinCpolypoidalCchoroidalCvasculopathy.COphthalmologyC119:1650-1657,C20123)McBainCVA,CKumariCR,CTownendCJCetal:GeographicCatrophyCinCretinalCangiomatousCproliferation.CRetinaC31:C1043-1052,C20114)HwangCFC,CChanCJW,CChangCSCetal:PredictiveCvalueCofCfundusCauto.uorescenceCforCdevelopmentCofCgeographicCatrophyCinCage-relatedCmacularCdegeneration.CInvestCOph-thalmolVisSciC37:2655-2661,C2006(94)

緑内障:緑内障性視野障害と視覚障害認定基準改定

2019年5月31日 金曜日

●連載227監修=山本哲也福地健郎227.緑内障性視野障害と視覚障害山崎芳夫東海大学医学部付属東京病院眼科認定基準改定身体障害者福祉法の施行規則が一部改正され,Goldmann視野計での求心性視野狭窄や輪状暗点の定義が明瞭となり,また自動視野計による判定も可能となったが,空間和や静的動的視野乖離などの新たな問題により動的視野計測と静的視野計測での等級判定の差異が生じている.●はじめに2018年C4月に身体障害者福祉法の施行規則が一部改正された.旧基準ではCGoldmann視野計のCI/4Cisopterで中心視野がC10°以内のみが求心性視野狭窄と定義され,I/2isopterにより視能率が算出され等級判定が行われ,I/4isopterの面積が同一でもCisopterがC10°を超える症例はC5級判定に留まっていた.また,I/4isopterで残存する中心視野がC10°以内であれば輪状暗点とされるが,病期が進行し輪状暗点が穿破し島状に残存する症例や,中心視野と周辺視野にわずかに連続性があれば輪状暗点ではないと判定され等級が下がる例もあり,判定基準の曖昧さが指摘されていた1).これに対し,新基準では主観的なCisopterの形状判定が介入せず,I/4Cisop-terの周辺視野角度とCI/2isopterの中心視野角度による単純計算で等級判定が可能となった.また自動視野計を用いて両眼開放CEstermanテストとC10-2プログラムの視認点数により周辺視野と中心視野の評価がなされ,客観的な等級判定が可能となった.しかし,同一症例に対してCGoldmann視野計と自動視野計の判定結果が異なるという新たな問題に直面している.以下に自験例を提示する.C●症例167歳,女性,原発開放隅角緑内障.視力右眼(1.2),左眼(0.07).図1に示すCGoldmann視野計では右眼は中心視野と周辺視野がわずかに連続し,左眼は中心視野が消失している.周辺視野角度は,右眼は中心と周辺が分離しているため中心のみで評価されC16°,左眼は残存する外下と下方向の視野角度の和はC70°.中心視野角度は,右眼はC8方向の視野角度の総和はC8°,左眼は中心10°以内に視野はなくC0°.両眼中心視野角度はC6°となり(91)視野障害等級はC2級に該当する.一方,図2の自動視野計では,中心視野のC10-2プログラムのC26CdB以上の視認点数は右眼C12点,左眼C0点であるが,両眼開放Estermanテストの視認点がC92点であるため視野障害等級はC5級となり,Goldmann視野計より等級判定が下がる.C●症例243歳,女性,若年性緑内障.視力は右眼(手動弁),左眼(0.7).図3に示すCGoldmann視野計では右眼は中心視野が消失し,左眼は周辺視野が広く保たれるも中心視野に欠損を認める.周辺視野角度は,右眼は視標が視認されずC0°,左眼はC8方向すべてに視野が残存し暗点を除く角度の総和はC223°となり,両眼による視野がC1/2以上欠損のC5級となる.一方,図4の自動視野計では,両眼開放CEstermanテストの視認点がC58点で,中心視野のC10-2プログラムのC26CdB以上の視認点数が右眼C0点,左眼C0点であるため視野障害等級はC2級となり,Goldmann視野計より等級が上がる結果となる.C●考按二つの症例のCGoldmann視野計と自動視野計による等級判定結果に差異が生じた原因は,視覚の生理学的特性にある.周辺視野の評価を行う自動視野計の両眼開放CEster-manテストの視標サイズはGoldmann視野計のCIII(16CmmC2)と同じで,視標輝度はC4(1,000asb)を採用している.一方,Goldmann視野計で周辺視野評価は,視標サイズはCI(1/4CmmC2)で視標輝度は同じC1,000asbであり,視標の輝度は等しいが面積は大きく異なる.視覚生理学的に,視標の面積(A)と輝度(L)には「LC×Ak=一定」の「空間和(spatialsummation)」の関係が成あたらしい眼科Vol.36,No.5,2019C6610910-1810/19/\100/頁/JCOPYⅤ/4Ⅲ/4Ⅰ/4Ⅰ/4Ⅰ/2Ⅴ/4Ⅲ/4Ⅰ/4Ⅴ/4Ⅲ/4Ⅰ/2Ⅰ/4Ⅰ/3Ⅴ/4Ⅲ/4Ⅰ/4左眼右眼図1症例1のGoldmann視野検査結果図2症例1の両眼開放Estermanテストと10.2プログラムの検査結果立する(k:係数)2).空間和のメカニズムは,視標輝度が閾下レベルでも多数の視細胞への刺激が神経節細胞に集まり,閾下刺激が加算され,神経衝動が成立して視標を閾値として認知すると理解されている.症例C1では両眼に残存するCGoldmann視野計では認知されない感度低下野まで「空間和」のメカニズムにより両眼開放Estermanテストで視認され,その結果,自動視野計では等級判定が低い結果となった.一方,静的視野計測と動的視野計測を比較すると,同じ刺激強度の視標であれば,動的刺激が静的刺激より閾値が低下し視認しやすく,その乖離は4~5CdBと報告されている.この現象は正常眼でも観察され「静的動的視野乖離(statokineticdissociation:SKD)」3)と呼ばれ,動的視標のCsuccessivelateralspatialsummationによると考えられている.病的視野のCSKDには動的視標の空間和が関与することが推察されている.空間和は中心視野より周辺視野が大きく,緑内障眼では正常眼と比較し,さらに空間和が大きいことが知られている4).症例2では左眼の周辺視野が広く残存し,Goldmann視野計の周辺視野角度が大きく,自動視野計と比較し「静的動的視野乖離」の影響を受け,低い等級判定となっている.左眼右眼図3症例2のGoldmann視野検査結果図4症例2の両眼開放Estermanテストと10.2プログラムの検査結果このように,Goldmann視野計による動的視野計測と自動視野計による静的視野計測では測定原理が異なるため,症例により判定結果が異なることを理解したうえで,後期緑内障患者への視野障害認定を行うことが必要である.文献1)公益財団法人日本眼科学会視覚障害者との共生委員会,公益社団法人日本眼科医会身体障害認定基準に関する委員会との合同委員会:視覚障害認定基準の改定に関する取りまとめ報告書.厚生労働省社会・援護局傷害保険福祉部「第C1回視覚障害の認定基準に関する検討会」(2017年C1月C23日)資料C3,2016.https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/000014C9292.html2)松尾治亘,遠藤成美:視野.視機能(大塚任・鹿野信一編),臨床眼科全書1,p67-128,金原出版,19693)FankhauserCF,CSchmidtT:DieCoptimalenCBedingungenCfurdieUntersuchungderraumlichenSummationmitste-henderCReizmarkeCnachCderCMethodeCderCquantitativenCLichtsinnperimetrie.COphthalmologicaC139:409-423,C19604)FellmanRL,LynnJR,StaritaRJetal:ClinicalimportanceofCspatialCsummationCinCglaucoma.In:PerimetryCupdate,1988-89:ProceedingsoftheVIIIthInternationalPerimet-ricSocietymeeting,Vancouver(Canada),May9-12,1988(editedbyHeijlA,SwansonWH),p313-324,KuglerandGhedini,Berkeley,1989C662あたらしい眼科Vol.36,No.5,2019(92)

屈折矯正手術:モダンレーシック

2019年5月31日 金曜日

監修=木下茂●連載228大橋裕一坪田一男228.モダンレーシック稗田牧京都府立医科大学病院眼科2000年代後半,カスタム照射,フェムトセカンドレーザーフラップが普及してからのレーシックは,それ以前と区別してモダンレーシックとよばれる.技術革新により矯正精度,安全性がさらに改善し,深刻な術後不満はC1%未満となった.新たな屈折矯正手術も出てきているが,総合的にみてモダンレーシックは屈折矯正手術の主流でありつづけている.C●はじめに1991年,ギリシャのパリカリスが世界で最初に行ったレーシックは,レーザーとマイクロケラトームを使って,角膜上皮に大きな欠損を作らずに角膜形状を変化させる画期的な術式であった.これによりCphotorefrac-tivekeratectomy(PRK)術後の疼痛や角膜上皮下混濁といった問題が解決された.レーシックの適応は拡大し,1990年代末には最強度近視や角膜形状異常眼にも適応された結果,角膜拡張症という問題が起こった.わが国に導入されたC2000年代には,フラップ下の角膜実質C250Cμm以上は残し,術前の角膜形状検査も慎重を期してなされるようになった.本稿ではC2000年代以降のレーシックの進歩について述べることで,モダンレーシックについて明らかにしたい.C●照射方式の充実近視矯正をする場合,エキシマレーザー照射は角膜を球面と仮定して,中央を周辺より多く削ることでなされる.形状を変化させるため,当初モナリンフォーミュラ1)が用いられた.レーザーの直径をCSmm,矯正量をCDdiopterとすると,切除深度はおおよそCSC2D/3μで計算できる.照射直径がC6Cmmで近視C3D矯正であれば(6C×6×3)/3=36Cμmとなる.当初はC4Cmm径でレーザー照射がなされたが安定性がなく,6Cmm以上の照射径が必要とされている.1999年には世界で最初の波面収差ガイドレーシックがCSeilerらによってなされ2),カスタム屈節矯正の時代に入った.波面センサー(図1)により各眼の波面収差を面状に測定し,それを打ち消すような照射をデザインする.ある点における波面の理想面からのズレがCXμmだとすると,3C×Xμmの切除を行うことで無収差を目標とした矯正ができる.当初は視力C4.0のスーパービジョンが期待されたが,レーザー照射による誘発収差もあり,(89)C0910-1810/19/\100/頁/JCOPY図1波面センサーiDesign(J&Jvision)の外観瞳孔C7mm内にC1,000以上の測定点があり,不正乱視の測定が可能である.図2レーザーケラトーム用のフェムトセカンドレーザーFS60(J&Jvision)レーシックのフラップのほか,角膜リング,角膜移植にも応用可能である.無収差にすることはできていない.波面収差ガイド照射は,矯正精度の改善や術後視機能の改善に効果があり,あらゆる眼に適応可能で,広く用いられている.C●フラップ作製技術の進歩レーシックで使用されるマイクロケラトームは,使い捨てブレードで毎秒C100回以上も振動させることで,透明角膜に平滑な切開面を作り出すことができる.使い捨てのブレードは完全に同じものではないので,作製されたフラップの厚みには変動がある.また,フラップの厚みも中央と周辺で差が出るため,フラップ作製による誘発収差も変動がある.2000年代半ばからフェムトセカンドレーザーを用いたレーザーケラトーム(図2)がレーシックに導入された.レーザーで作られるC10Cμm程度の空隙を連ねて透明角膜を自由に切開することができる.レーザーケラトームの利点としては,厚みが均一な再現性のあるフラップが作製できるようになったことである3).ブレードのケラトームでは,まれであるが不完全フラップで手術を延期せざるをえないことがあったが,レーザーでああたらしい眼科Vol.36,No.5,2019C659DobleimageGlareHaloStarburst図3PROWLstudyで用いられた自覚症状の写真写真を示すことで,症状の認識が統一される.(FDAのホームページのCLASIKQualityofLifeCollaborationProjectから転載)れば日をおかずその場で再度フラップを作製することができる.波面収差ガイドのカスタム照射,フェムトセカンドレーザーを使ったレーザーケラトームの導入で,レーシックはCNASAの宇宙飛行士も受けることのできる手術として安定期に入り,モダンレーシックとよばれるようになった.C●モダンレーシックの成績2008年以降のレーシックの成績をモダンレーシックとしてC97論文をレビューした報告がなされている4).それによると,全体の術後成績は裸眼視力C0.5以上が99.5%〔米国食品医薬品局(FoodCandCDrugCAdminis-tration:FDA)基準は>85%,以下カッコ内はCFDA基準〕,矯正精度C1.0D以内はC98.6%(>75%),矯正視力2段階低下はC0.61%(<5%),不満症例はC1.2%と,当初CFDAが示したクリアすべき基準を大きく上回る成績だった.CPatient-ReportedOutcomesWithLaserInSituKer-atomileusis(PROWL)はCFDAが研究主体となり,PROWL-1では海軍の施設を,PROWL-2ではレーシックを行っているC5施設を選択して約C300人ずつ,計C600人を対象に行われた臨床研究である5).また,インターネットを介して症状のカテゴリーを写真(図3)でわかりやすく示して回答を得た.両方の研究をまとめると,術後C3カ月でC96%が手術に満足しC4%が不満であった.症状は術前C7割の人が感じていたものが,PROWL-1で5割,PROWL-2でC6割に減少していた.術後はとくに患者のC1%未満がいずれかの症状のため通常の活動を行うことが困難と答えていた.ただし,この通常活動に困難を伴うほどの不満例のリスク要因については,不満例が少なすぎて解析不能であった.C●おわりに近年,フェムトセカンドレーザーのみによるCsmallCincisionClenticuleextraction(SMILE)という小切開で近視および近視性乱視を矯正する方法がCFDAで認可されたことで,エキシマレーザーを使用するレーシックやPRKとの使い分けが議論されている.SMILEの弱点としては,センタリングをマニュアル操作で行い眼球回旋補正ができないこと,高次収差矯正ができないこと,切除量が多くなること,追加矯正が困難なことである.不正乱視矯正ではエキシマレーザーシステムが有利である.総合的にみて,現時点でもモダンレーシックは屈折矯正手術のもっとも精確かつ安全な手術の一つで,主流の位置を占め続けている.文献1)MunnerlynCCR,CKoonsCSJ,CMarshallJ:Photorefractivekeratectomy:aCtechniqueCforClaserCrefractiveCsurgery.CJCataractRefractSurgC14:46-52,C19882)MrochenCM,CKaemmererCM,CSeilerT:Wavefront-guidedClaserinsitukeratomileusis:earlyresultsinthreeeyes.JRefractSurgC16:116-121,C20003)SchallhornSC,TanzerDJ,KauppSEetal:ComparisonofnightCdrivingCperformanceCafterCwavefront-guidedCandCconventionalCLASIKCforCmoderateCmyopia.COphthalmologyC116:702-709,C20094)SandovalCHP,CDonnenfeldCED,CKohnenCTCetal:ModernClaserCinCsituCkeratomileusisCoutcomes.CJCCataractCRefractCSurgC42:1224-1234,C20165)EydelmanCM,CHilmantelCG,CTarverCMECetal:SymptomsCandCSatisfactionCofCPatientsCinCtheCPatient-ReportedCOut-comesCWithCLaserCInCSituKeratomileusis(PROWL)Stud-ies.JAMAOphthalmol135:13-22,C2017660あたらしい眼科Vol.36,No.5,2019(90)

総説:日本糖尿病眼学会学術奨励賞平成29年(第11回)「福田賞」 糖尿病網膜症における脈絡膜厚と糖尿病治療の関与

2019年5月31日 金曜日

あたらしい眼科36(5):647~652,2019c日本糖尿病眼学会学術奨励賞平成29年(第11回)「福田賞」糖尿病網膜症における脈絡膜厚と糖尿病治療の関与CorrelationbetweenChoroidalThicknessandSystemicTreatmentsforDiabetesMellitusinDiabeticRetinopathy加瀬諭*はじめに糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)は,わが国および欧米においても依然成人の失明の主要な原因である1).DRの病態は,網膜血管壁の構造変化と血液網膜関門の破壊による眼循環障害である2,3).他方,糖尿病(diabetesmellitus:DM)における脈絡膜循環障害は,DRの病態に関与する可能性が示唆されている4~6).近年,光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomogra-phy:OCT)の進歩によって脈絡膜を非侵襲的かつ定量的に評価することが可能となり,DM眼における脈絡膜の解剖学的変化が次々と報告されている.しかしながら,DRにおける脈絡膜厚の解析結果は,施設により脈絡膜厚の減少あるいは増加を示し,依然見解の一致はみられていない7).また,脈絡膜厚は年齢,眼軸長,日内変動8,9),肥満10),血糖血圧治療11),DR治療12,13)によっても変化することが報告されている.いうまでもなくDRはCDM合併症の一病態であり,全身の循環動態の影響を強く受ける.同様に,全身状態が脈絡膜厚にも影響を及ぼし,その変化は多因子に起因する可能性がある.脈絡膜厚の肥厚あるいは菲薄化に関与する組織学的因子として,一つには脈絡膜血管が重要である.脈絡膜血管層は,脈絡毛細管板,中血管層(Sattler’slayer),大血管層(Haller’slayer)のC3層に分けられる.近年,CenhanceddepthCimaging(EDI)-OCT画像を用いて脈絡膜血管の形態学的特徴をもとに,層別に脈絡膜厚を測定する方法が報告され14),DR眼においても脈絡膜層別解析がなされてきた15).しかしながら,筆者らの知る限りではCDMの治療状況と脈絡膜厚の関連,併せてCDR未治療眼の脈絡膜各層において,DM治療によりいずれの層が形態学的影響を受けるのかを明らかにした報告はない.本稿では,筆者らの行ってきたCDM患者における脈絡膜厚解析の成果を報告し,後半にその変化の機序について考察する.CI糖尿病患者における研究成果1.糖尿病と中心窩下脈絡膜厚の関連はじめに筆者らは中心窩下脈絡膜厚に着目した研究を行った.手稲渓仁会病院眼科を受診したCDM患者C86例172眼(男性C55例,女性C31例),および年齢を調整した正常対照C43例C57眼(男性C15例,女性C28例)を対象とした.両群の性差,眼軸長に有意差はなかった.全例でCEDI-OCTにて,解剖学的なCfovealbulgeの位置を参考に中心窩下脈絡膜厚(centralCchoroidalthickness:CCT)を,キャリパーを使用してマニュアルにて計測した.DM患者はCDM治療状況にしたがってC2群に分けた.本研究開始時まで経口血糖降下薬あるいはインスリン治療を継続的に受けていた症例はCDM治療群,それらの治療を受けてない症例,運動療法,食事療法のみの症例はCDM無治療群として分類した.内訳はCDM治療群C61例(平均CHbA1c,7.6±1.3%,平均罹病期間C9.5±8.5年),DM未治療群C25例(DM治療中断C9例:平均HbA1c,11.3±2.9%,平均罹病期間C9.9±5.4年,完全なCDM未治療C16例:平均CHbA1c,9.5±1.9%)であった.HbA1c値はCDM未治療群に比較しCDM治療群において有意に低値を示した(p<0.05).さらに,このC2群を国際重症度分類に基づくCDRの病期に応じてC4群ずつ*SatoruKase:北海道大学大学院医学研究院眼科学教室〔別刷請求先〕加瀬諭:〒060-8638北海道札幌市北区北C14条C5丁目北海道大学大学院医学研究院眼科学教室(77)あたらしい眼科Vol.36,No.5,2019NPDR治療群NPDR未治療群PDR治療群PDR未治療群図1代表例の糖尿病網膜症における中心窩下脈絡膜厚非増殖糖尿病網膜症(NPDR)と増殖糖尿病網膜症(PDR)を各C2例示す.DM治療群では,NPDRは正常に近いCCTを示し(262Cμm),未治療群ではCCCTは菲薄化の傾向を示す(152Cμm).DM未治療群のCPDRのCCCTは(276μm),治療群CPDR(224Cμm)よりもCCCTは肥厚する傾向を示す.に細分類した.すなわち,網膜症なし(nonDR:NDR),軽症/中等症非増殖糖尿病網膜症(mild/moderatenon-proliferativePDR:mNPDR),重症非増殖糖尿病網膜症(severeNPDR:sNPDR),増殖糖尿病網膜症(PDR)のC4群である.DM治療群とCDM無治療群の合計ではNDR57眼,mNPDR64眼,sNPDR19眼,PDR23眼であった.以上の計C8群に分類し,対照群と比較検討した.除外基準は,レーザー網膜光凝固,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬硝子体注射,トリアムシノロンアセトニド局所注射,硝子体切除術などのあらゆる眼部治療歴,等価球面度数において.5D以上の近視,円柱度数においてC3D以上の乱視,26Cmm以上の眼軸長,ほかの眼底疾患を有するものとした.はじめに,全例を対象にCDMの罹患の有無とCCCTの関連を検討した.DM群では平均CCCTがC259Cμm,正常ではC275Cμmで,DM群でやや菲薄化していることが示唆されたが両群に有意差はなかった.次に,DRの病期とCCCTの関連も検討したが,有意差はなかった.次に筆者らは,DR患者をCDM治療の有無およびCDR重症度別に細分類したC8群で,CCTとの関連を検討した.図1に代表症例のCCCTを示す.興味深いことに,DM未治療のCmNPDRでCCCTが有意に減少していた(図1)16).一方,DM治療群では,いずれもCCCTに有意差はなかった.加えてCDM治療状況と中心窩網膜厚との関連も検討した.CCTにおいて有意差のみられたmNPDR群において,DM治療群と未治療群の中心窩網膜厚は各々平均C249Cμm,244Cμmであり,両群に有意差はなかった.2.糖尿病と脈絡膜層厚の関連Kruskal-Wallistest,p<0.01Steel-Dwasstest,p<0.05次に,筆者らは脈絡膜層別の変化に着目した.2013Ca**年C12月~2016年C12月に手稲渓仁会病院眼科で,EDI-500CCT全層厚(mm)OCTを施行可能であったCDM患者C134例C268眼(男性40090例,女性C44例,平均年齢C61.6C±12.2歳)と,年齢お300よび眼軸長をマッチングさせた正常者C72例C91眼(男性29例,女性C43例,平均年齢C60.2C±14.1歳)を対象とし200100た.DM治療群は,NDR,mNPDR,sNPDR,PDRに細分類し,それぞれC50,89,18,19眼,DM未治療もNDR,mNPDR,sNPDR,PDRで,それぞれC24,14,22,32眼であった.脈絡膜断層画像は,以前の報告に詳細に記載されているように14),スペクトラルドメインOCT(CirrusCHDOCT,CarlCZeissMeditec)のCEDI-OCTにより得られた画像で解析した.上述の脈絡膜血0controlNDRmNPDRsNPDRPDRNDRmNPDRsNPDRPDRDM治療群DM未治療群Kruskal-Wallistest,p<0.01Steel-Dwasstest,p<0.05b**400CCT外層厚(mm)管のC3層構造は,網膜と比較してその境界は明確ではない.脈絡膜全層,内層(脈絡毛細管板+中血管層),および外層(大血管層)に関するCCCTデータは,前述のように14),中心窩を通るCEDI-OCT水平スキャンを用い300200100て手動で収集した.結果として,対照群と比較してCDM未治療群のCmNPDR眼において,脈絡膜全層厚は有意に減少していた(p<0.05,図2).脈絡膜内層厚についてはCDM治療群,DM未治療群とも,対照群と比較して有意差はなかった.脈絡膜外層厚について対照群と比較して,DM未治療群のCmNPDR眼では有意に減少し(p<0.05,図2),DM未治療群のCsNPDR眼で有意に増加していた(p<0.05,図2).CII糖尿病における脈絡膜厚変化の病態生理本研究では,対照群に比較し,DM未治療のCmNPDR群で脈絡膜外層厚が有意に減少し,DM未治療のsNPDR群で脈絡膜外層厚が有意に増加することを示した17).筆者らはこれまで,DM未治療のCmNPDRでは脈絡膜全層厚は有意に減少し,PDRでは脈絡膜全層厚は増加する傾向を示した16).このことからCCCTの変化は,脈絡膜外層厚の変化を反映していた可能性がある.しかしながら,DM治療群のCCCTは健常対照群と比較して有意な変化がなかったこと,HbA1c値はCDM未治療群に比較しCDM治療群において有意に低値を示したことから,糖尿病脈絡膜症に関連するCCCTの変化に影響を及ぼす因子には,DRの重症度と血糖コントロールが含まれることが示唆された.DRの重症度とCCCTとの関係は依然として見解が一(79)0controlNDRmNPDRsNPDRPDRNDRmNPDRsNPDRPDRDM治療群DM未治療群図2糖尿病網膜症における脈絡膜層別解析結果脈絡膜全層厚では初期糖尿病網膜症で有意に菲薄化し,進行期網膜症で有意に肥厚していた(Ca).脈絡膜外層厚では対照群と比較して,DM未治療群のCmNPDR眼では有意に減少し(p<0.05),DM未治療群のCsNPDR眼で有意に増加していた(p<0.05)(b).NDR:網膜症なし,mNPDR:軽症/中等症非増殖糖尿病網膜症,sNPDR:重症非増殖糖尿病網膜症,PDR:増殖糖尿病網膜症.致していない.多くの著者らは,DM患者のCCCTがmNPDR,PDRおよび糖尿病黄斑浮腫で有意に菲薄化していることを報告している15,18,19).これらは,レーザードップラ血流計およびインドシアニングリーン蛍光眼底造影で実証された,DRの重症化に伴う脈絡膜の血流速度低下を支持する結果に矛盾しない6,20).一方,Kimらは,DR眼においてはCCCTが肥厚する可能性があることを報告した21).筆者らの研究では,DMの治療状況によらずデータを収集した際には,DRの重症度とCCTには有意な相関がなかった.しかしながら,DM患者をCDM治療群と未治療群に細分したところ,未治療群にのみCCCTの有意な変化がみられた16).これらの結果は,慢性的な高血糖が脈絡膜循環系の障害を促進すあたらしい眼科Vol.36,No.5,2019C649る因子となり得ることを示唆している.加えて,DRのCCTは多くの眼局所因子によって影響を受けることも知られている.既報では,汎網膜光凝固12,22),抗CVEGF療法13),硝子体内トリアムシノロンアセトニド23)は,CCTに影響を与えることが報告された.これらの影響を排除するために,本研究ではいかなる眼科的治療歴もないCDM眼のみを評価した.前述のように,DM患者には脈絡膜の変化が存在することは明らかであるが,臨床研究の結果は不整合である.さらに筆者らが知る限り,DR未治療眼の脈絡膜各層のうちいずれの層が形態学的影響を受けるのかについての報告はない.Adhiらは,DR眼における脈絡膜の形態学的特徴と血管層解析を行い,眼科治療歴を有するPDRおよび糖尿病黄斑浮腫眼において脈絡膜内層厚が有意に減少することを報告した15).剖検眼を用いた組織学的研究では,DR患者における脈絡膜血管の基底膜の肥厚4),および脈絡毛細管板の脱落5)が明らかになった.これらの変化はCDR眼における脈絡膜の形態学的変化を反映している可能性がある.しかしながら今回の結果は,DM未治療群において脈絡膜内層厚ではなく,外層厚に有意な変化が示された.Adhiらの報告との相違は,一つには脈絡膜厚測定時におけるCDR治療歴の有無が関与している可能性がある.また,DM患者群の分類方法の相違も脈絡膜層別厚の結果に影響を及ぼしたかもしれない.Adhiらは,患者をC3群(黄斑浮腫のないCNPDR,黄斑浮腫のないCPDR,DME)に分類したのに対し15),筆者らは,DRの重症度分類をNDR,mNPDR,sNPDR,PDRのC4群に分類した.CIII糖尿病網膜症における脈絡膜厚変化の病理学的機序本研究では,DM未治療群においてCDR早期で脈絡膜外層厚が菲薄化することが明らかになった.脈絡膜は豊富なニューロンによる神経支配を有する血管構造を有しており,おもに自律神経系の制御下にある.Zenginらは,ニコチン経口摂取後に有意に脈絡膜厚が減少することを見出し,それはニコチンの血管収縮作用による脈絡膜血流減少の結果であると報告した24).Sariらは,脈絡膜の交感神経支配はおもにCa1-アドレナリン受容体を介し,当該拮抗薬の投与により脈絡膜厚が増加することを報告した25).これらの研究により,自律神経系の関与が脈絡膜厚の変化に関与することが示唆された.したがって,本研究で判明した脈絡膜外層厚の菲薄化は,一つには自律神経系の調節が関与した可能性がある.今後,DRに伴う脈絡膜における自律神経系の調節機構を解明する必要がある.さらに本研究において,DM未治療群ではCDR早期とは対照的にCsNPDRで脈絡膜外層厚が肥厚することも明らかになった.この機序として筆者らは,DRにおけるVEGFの増加が,脈絡膜血管拡張,脈絡膜血流上昇,あるいは血管透過性亢進をもたらすことで,脈絡膜外層厚を増加させたと仮定した.これらの変化が,脈絡膜間質あるいは血管領域のどちらに依存するのかはC2階調化法によって評価できる可能性がある26).Guptaらは,同手法を用いてCDRで脈絡膜がより肥厚し,それがおもに血管領域の変化によるものであることを報告した27).ただし,異なるCDR重症度群では有意差はなく,また当該研究ではCsNPDR群が欠如していたため,本研究結果を裏付ける理由とはならなかった.今後の詳細なC2階調化法によるCDR重症度別の解析が必要である.CIV糖尿病脈絡膜厚研究の限界一つには上述したように,糖尿病網膜症の脈絡膜厚はさまざまな全身的因子,局所因子で変化する.したがって,標的とする候補因子をなるべく少数に絞り,ほかの要因を可能な限り除去する試みが必要である.たとえば,筆者らの研究では,全身の糖尿病治療歴と脈絡膜厚の関連を検討する場合に,treatmentnaive(本研究ではいかなる眼科的治療歴もないCDM眼)の糖尿病網膜症症例を収集し,検討を行った.実際は,大学病院クラスの集団では,すでに何らかの眼科的な治療が介入されている症例が多く,統計誤差を解消するためのCtreatmentnaiveな網膜症について,十分な症例数を収集することは困難かもしれない.次の限界として,糖尿病網膜症の重症度との相関を検討する場合に,各群にほぼ同数の症例数を収集することはきわめて困難である点があげられる.三つ目は,脈絡膜層別解析では近年,網膜下液がある症例では測定誤差が生じる危険があるとの報告がある28).現状では,このような症例を除外すべきであろう.四つ目は,症例によっては実臨床において網脈絡膜の評価としてCEDI-OCTあるいはCswept-sourceCOCT(SS-OCT)による異なる測定法が行われている場合がある.EDI-OCTとCSS-OCTの脈絡膜厚の測定結果の誤差について,さらなる検証が必要である.V今後の糖尿病における脈絡膜厚解析Murakamiらは,SS-OCTを用いて脈絡膜血管病変の徴候とCDRとの関連を評価した.その結果,DM患者のHaller層では脈絡膜血管の狭窄または脈絡膜血管の断端(stumpofchoroidalvessels)を有する眼でCCCTが肥厚していることを報告した29).組織学的解析では,DRの脈絡膜血管では肥厚した基底膜,動脈硬化病変を示しており,脈絡膜動脈ではときには管腔の閉塞を伴っていた5).これらの脈絡膜病変は,脈絡膜血管および脈絡膜間質の病変が主として脈絡膜外層厚へ影響する可能性があることを示している.加えて,今後の課題の一つとして,treatmentnaiveな症例において,糖尿病の全身治療の開始後にCCCT,脈絡膜外層がいかに変化するか,時間軸を基盤に変化を追うことも重要な検討である.併せて,近年糖尿病眼の脈絡膜外層の評価として,OCTのCenface画像を用いた検討も試みられている30).このような解析が,糖尿病脈絡膜症の病態生理の解明に重要な検討となるであろう.おわりにDM患者の脈絡膜外層厚はCDR早期に菲薄し,進行期に肥厚する二峰性の変化を示した.DRにおける脈絡膜外層厚の測定は,無治療のCDM患者における網膜症の重症度の評価に有用である可能性がある.謝辞:本研究に際しては,データの収集・解析において,手稲渓仁会病院眼科・視能訓練士の遠藤弘毅氏に多大なる協力を賜りました.ここに深謝いたします.文献1)KempenCJH,CO’ColmainCBJ,CLeskeCMCCetal:TheCpreva-lenceCofCdiabeticCretinopathyCamongCadultsCinCtheCUnitedCStates.ArchOphthalmolC122:552-563,C20042)Cunha-VazCJ,CFariaCdeCAbreuCJR,CCamposAJ:EarlyCbreakdownCofCtheCblood-retinalCbarrierCinCdiabetes.CBrJOphthalmolC59:649-656,C19753)CiullaCTA,CHarrisCA,CLatkanyCPCetal:OcularCperfusionCabnormalitiesCinCdiabetes.CActaCOphthalmolCScandC80:C468-477,C20024)HidayatCAA,CFineBS:DiabeticCchoroidopathy.CLightCandCelectronmicroscopicobservationsofsevencases.Ophthal-mologyC92:512-522,C19855)CaoCJ,CMcLeodCS,CMergesCCACetal:ChoriocapillarisCdegenerationCandCrelatedCpathologicCchangesCinChumanCdiabeticeyes.ArchOphthalmolC116:589-597,C19986)ShiragamiCC,CShiragaCF,CMatsuoCTCetal:RiskCfactorsCforCdiabeticCchoroidopathyCinCpatientsCwithCdiabeticCretinopa-thy.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC240:436-442,C20027)MelanciaCD,CVicenteCA,CCunhaCJPCatal:DiabeticCcho-roidopathy:aCreviewCofCtheCcurrentCliterature.CGraefesCArchClinExpOphthalmolC254:1453-1461,C20168)MrejenCS,CSpaideRF:OpticalCcoherencetomography:Cimagingofthechoroidandbeyond.SurvOphthalmolC58:C387-429,C20139)SezerCT,CAltinisikCM,CKoytakCIACetal:TheCchoroidCandCopticalCcoherenceCtomography.CTurkCJCOphthalmolC46:C30-37,C201610)YumusakE,OrnekK,DurmazSAetal:Choroidalthick-nessinobesewomen.BMCOphthalmolC16:48,C201611)JoCY,CIkunoCY,CIwamotoCRCetal:ChoroidalCthicknessCchangesCafterCdiabetesCtypeC2CandCbloodCpressureCcontrolCinahospitalizedsituation.RetinaC34:1190-1198,C201412)ZhangCZ,CMengCX,CWuCZCetal:ChangesCinCchoroidalCthicknessCafterCpanretinalCphotocoagulationCforCdiabeticretinopathy:aC12-weekClongitudinalCstudy.CInvestCOph-thalmolVisSciC56:2631-2638,C201513)RayessCN,CRahimyCE,CYingCGSCatal:BaselineCchoroidalCthicknessCasCaCpredictorCforCresponseCtoCanti-vascularCendothelialCgrowthCfactorCtherapyCinCdiabeticCmacularCedema.AmJOphthalmolC159:85-91,C201514)BranchiniCLA,CAdhiCM,CRegatieriCCVCetal:AnalysisCofCchoroidalmorphologicfeaturesandvasculatureinhealthyeyesusingspectral-domainopticalcoherencetomography.OphthalmologyC120:1901-1908,C201315)AdhiCM,CBrewerCE,CWaheedCNKCetal:AnalysisCofCmor-phologicalCfeaturesCandCvascularClayersCofCchoroidCinCdia-beticretinopathyusingspectral-domainopticalcoherencetomography.JAMAOphthalmolC131:1267-1274,C201316)KaseCS,CEndoCH,CYokoiCMCetal:ChoroidalCthicknessCinCdiabeticCretinopathyCinCrelationCtoClong-termCsystemicCtreatmentsCforCdiabetesCmellitus.CEurCJCOphthalmolC26:C158-162,C201617)EndoCH,CKaseCS,CTakahashiCMCetal:AlterationCofClayerCthicknessCinCtheCchoroidCofCdiabeticCpatients.CClinCExpCOphthalmolC46:926-933,C201818)RegatieriCCV,CBranchiniCL,CCarmodyCJCetal:ChoroidalCthicknessCinCpatientsCwithCdiabeticCretinopathyCanalyzedCbyCspectral-domainCopticalCcoherenceCtomography.CRetinaC32:563-568,C201219)UnsalE,EltutarK,ZirtilogluSetal:Choroidalthicknessinpatientswithdiabeticretinopathy.ClinOphthalmolC8:C637-642,C201420)NagaokaCT,CKitayaCN,CSugawaraCRCetal:AlterationCofCchoroidalCcirculationCinCtheCfovealCregionCinCpatientsCwithCtype2diabetes.BrJOphthalmolC88:1060-1063,C200421)KimCJT,CLeeCDH,CJoeCSGCetal:ChangesCinCchoroidalCthicknessCinCrelationCtoCtheCseverityCofCretinopathyCandCmacularedemaintype2diabeticpatients.InvestOphthal-molVisSciC54:3378-3384,C201322)ZhuCY,CZhangCT,CWangCKCetal:ChangesCinCchoroidalCthicknessCafterCpanretinalCphotocoagulationCinCpatientsCwithtype2diabetes.RetinaC35:695-703,C201523)SonodaS,SakamotoT,YamashitaTetal:E.ectofintra-vitrealtriamcinoloneacetonideorbevacizumabonchoroi-dalthicknessineyeswithdiabeticmacularedema.InvestOphthalmolVisSciC55:3979-3985,C201424)ZenginCMO,CCinarCE,CKucukerdonmezC:TheCe.ectCofCnicotineonchoroidalthickness.BrJOphthalmolC98:233-237,C201425)SariCE,CSariCES,CYaziciCACetal:TheCe.ectCofCsystemicCtamsulosinhydrochlorideonchoroidalthicknessmeasuredbyenhanceddepthimagingspectraldomainopticalcoher-encetomography.CurrEyeResC40:1068-1072,C201526)SonodaCS,CSakamotoCT,CYamashitaCTCetal:LuminalCandCstromalareasofchoroiddeterminedbybinarizationmeth-odCofCopticalCcoherenceCtomographicCimages.CAmCJCOph-thalmolC159:1123-1131,C201527)GuptaP,ThakkuSG,SabanayagamCetal:Characterisa-tionCofCchoroidalCmorphologicalCandCvascularCfeaturesCinCdiabetesanddiabeticretinopathy.BrJOphthalmolC101:C1038-1044,C201728)WongCSS,CVuongCVS,CCunefareCDCetal:MacularC.uidCreducesCreproducibilityCofCchoroidalCthicknessCmeasure-mentsConCenhancedCdepthCopticalCcoherenceCtomography.CAmJOphthalmolC184:108-114,C201729)MurakamiCT,CUjiCA,CSuzumaCKCetal:InCvivoCchoroidalCvascularlesionsindiabetesonswept-sourceopticalcoher-encetomography.PLoSOneC11:e0160317,C201630)WangJC,LainsI,ProvidenciaJetal:Diabeticchoroidop-athy:choroidalCvascularCdensityCandCvolumeCinCdiabeticCretinopathywithswept-sourceopticalcoherencetomogra-phy.AmJOphthalmolC184:75-83,C2017☆☆☆

眼内レンズ:初心者のための新しい核分割手技:Hole-assisted-Chop法

2019年5月31日 金曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋390.初心者のための新しい核分割手技:宮本奈緒美秋元正行大阪赤十字病院眼科Hole-assisted-Chop法水晶体超音波乳化吸引術において核分割は重要なステップである.Phaco-chop法はもっとも効率のよい核分割法であるが,経験の浅い術者にとっては習得が困難である.今回,筆者らはCphaco-chop法導入前の初心者でも比較的導入しやすい新たな水晶体核分割法(Hole-assisted-chop法)を考案した.●核分割の歴史と本術式1991年,Gimbelらが開発した十字に溝を掘って核を分割するCdivideandconquer法1)は,溝の深さを確認しながら実施でき習得しやすいため,現在でも幅広い術者に受け入れられている.一方で,溝を掘る手技は超音波時間が比較的長く,超音波効率が悪い.1993年に永原らの発案したCphaco-chop法2)は手術時間が比較的短く,現在でも効率のよい核分割法として知られている3,4).永原らの発案したものは水晶体核を二次元的に分割するhorizontal法として知られているが,のちに硬めの核に有効な奥行きを意識するCvertical法などさまざまな変法が開発・解釈されている.しかし,phaco-chop法を習得するには,深さがとらえにくく,左手で前.切開縁を割いてしまうなど,手術初心者が陥りやすい落し穴がある.Divideandconquer法からCphaco-chop法へ移行するため,第C2,3分割のみ部分的にCphaco-chopするなど,段階的に習得する方法がもっぱら行われている.筆者らはCdivideCandconquer法からCphaco-chop法へ移行するためには,おもに左手フックの動作が異なるため,新しい動作の習得が必要であると考え,今回新たな水晶体核分割法「hole-assisted-chop法」の発案に至った.C●手術方法先にChydrodissectionをしっかり行い,超音波チップで表面の皮質だけでなく赤道部の皮質もある程度除去しておき,水晶体核を.内で滑らかに回転できるようにしておく.やや弱い条件の超音波を用いて水晶体の前.切開縁内側C180°対側に超音波チップでC2個の縦穴を作製する(図1).6時方向に設置した穴から深くCchopperを挿入し,12時方向の穴から超音波チップを挿入して,通常のphaco-chop法に準じて第C1分割を施行する.2個の縦穴を新たな赤道部と見立てることで,前.切開縁を傷つけることなく比較的容易に安全に核分割を行うことができる.最初は後.まで穿孔しないように,やや弱い超音波設定で始めて,慣れてきたら徐々に通常の条件に近づけていく.上記方法にて,phaco-chop法を習得する前の白内障手術初心者の専攻医C3人を対象として本法を学習させた.図1Hole.assisted.Chop法の実際やや弱い条件の超音波(初めは縦振動C15程度,慣れてくればC40程度で実施)を用いて水晶体の前.切開縁付近C180°対側にC2個の縦穴()を作製する.2つの穴を水晶体の新しい赤道部と見立てることで,挟みこみ,分割が容易となる.(87)あたらしい眼科Vol.36,No.5,2019C6570910-1810/19/\100/頁/JCOPY表1専攻医Aにおける各方法の有効性の検討第C1分割法(n=7)超音波時間CDE比溝堀り法C56.14C6.63Hole-assisted-chop法C47.71C6.70Phaco-chop法C40.80C5.61CDE:cumulativedissipatedenergy図2縦穴を4方向に作製する場合2個の縦穴()作製に加えて,もうC2個の縦穴()を水晶体の前.切開縁付近に作製する.核硬化の進んだ症例(右図)でも,縦穴を全部でC4方向に作製することで分割を効果的にすることができた.●術後結果専攻医C3人に本法を学習させたのちに,通常のCpha-co-chop法を導入したところ,3人ともCphaco-chop法を導入する際も抵抗なく移行することができた.また,専攻医CAにおいてCphaco-chop法に移行する前に第C1分割を溝掘り法と本法で行った症例群,また本法での学習を経たのちにすべての分割において通常のphaco-chop法に移行した症例群とで(第2,3分割はどの群も通常のCphaco-chop法を行った),それぞれ超音波時間とCcumulativeCdissipatedenergy(CDE)比を後方視的に検討したが,3群間において優位な差は認めなかった(表1).今後,術者や症例数を増やし,hole-assistedchop法の有効性に関してさらなる検討を進めていきたい.C●おわりにHole-assisted-chop法は,phaco-chop法の習得を容易にする可能性があるといえる.また,核硬化がきつく,通常のCphaco-chop法では処理が困難な場合でも,溝を掘るかわりに前.切開縁付近に縦穴をC4方向に作製することで分割を効果的にすることができた(図2).このように本法は専攻医だけでなく,上級医にも応用できる有効な術式であると考える.文献1)GimbelHV:DivideCandCconquerphacomulsi.cation:CdevelopmentCandCvariations.CJCCatarctCRefractCSurgC17:C281-291,C19912)NagaharaK:C“PhacoCChop,”.lmCpresentedCatCtheC3rdCAmerican-InternationalCCongressConCCatarct,CIOLCandCRefractiveSurgery,Seatle,Washington,USA,June19933)DeBryCP,COlsonCRJ,CCrandallAS:CompariosnCofCenergyCrequiredCforCphaco-chopCandCdivideCandCconquerCphacoemulsi.cation.CJCCatarctCRefractCSurgC24:689-692,C19924)WongCT,CHingoraniCM,CLeeV:Phacoemulsi.cationCtimeCandCpowerCrequirementsCinCphacoCchopCandCdivideCandCconquerCnucleofractisCtechniques.CJCCatarctCRefractCSurgC26:1374-1378,C2000