近視発症の疫学と環境因子EpidemiologyofMyopiaandEnvironmental-RelatedFactors上田瑛美*安田美穂*はじめに近視有病率の急激な増加傾向は全世界的に公衆衛生上の問題となっている.わが国においても,筆者らの久山町研究ではここC10年でC40歳以上の日本人のうち等価球面度数が-0.5D以下の近視が有意に増加していることがわかった1).さらに,東アジア系人種のC18歳の小児ではC80%以上に近視がいることが報告されている2).今後もますます近視が増加することが予想される.そのため,近視発症の特性を把握することが可能な疫学的アプローチはきわめて重要である.最近数十年での世界的な近視人口急増の原因は,遺伝因子の変化というよりも,むしろ環境要因の変化によることが多いことが指摘されている.また,古くから社会環境要因および生活環境要因が近視に関連することが報告されており,それらの環境因子が複合的に重なり合って,近視化に影響するといわれている.近視に関連した環境要因は近視の病態解明,さらには予防・管理につながる可能性があるため,それらを検討することは意義がある.本稿では,近視発症の疫学と環境因子について解説する.CI近視発症の疫学横断研究による近視の有病率の報告は古くC1980年代からさまざまな国で行われ,その人種差,地域差が明らかになっている.一方,縦断研究に基づいた近視の発症率の報告がされるようになったのはC2005年ごろと比較的新しく,まだその報告数は少ない.近視の発症率に関する各国の疫学調査結果を図1にまとめた.屈折度数は年齢,研究時期で大きく異なるため,結果を比較,解釈する際には年齢,研究時期を統一する必要がある.研究時期をC2005年以降,対象年齢をC6.7歳に統一してみると,米国の白人を対象としたCOrindastudy3)ではC2.8%,イギリスの白人を対象としたCNorthernCIrelandCChildhoodCErrorsCofRefraction(NICER)study4)では2.2%である.一方,中国都市部の東アジア系人種を対象にした研究5)ではC19.1%,シンガポールの東南アジア系人種を対象としたCSingaporeCCohortCStudyCofCtheCRiskFactorsforMyopia(SCORM)6)ではC15.9%と明らかにその発症率は高かった.とくに同地域で近視発症の人種差を調べたオーストラリアのSydneyCMyopiaCstudy7)では,近視の発症が白人種C1.3%と比較して東アジア系人種でC6.9%と東アジア系人種が白人種に対して5倍高いと報告している.これらの結果から,アジア系人種ではその他の人種,地域に比べて発症率が高いことがわかる.次に,わが国と同じ東アジア系人種を対象としたWangらの研究5)における年齢別の近視および強度近視の発症率の結果を図2に示した.どの年齢においてどのくらいの割合で近視を発症しているかを知ることで,臨床上の近視の発症に注意すべき時期を知ることができる.等価球面度数-0.5D以下の近視の発症率は小学校時から中学就学時までおよそC20.30%と高い割合を維*EimiUeda&*MihoYasuda:九州大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕上田瑛美:〒812-8582福岡市東区馬出C3-1-1九州大学医学部眼科学教室C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(11)C513NICERstudyヨーロッパ系白人種2.2%Wangetal東アジア系人種19.1%Orindastudy白人種2.8%SCORMstudy東南アジア系人種15.9%SydneyMyopiastudy白人種1.3%東アジア系人種6.9%図1Population.basedstudyによる各人種における近視の発症率アジア系人種は白人種に比べて近視の発症率が高いことがわかる.研究時期C2005年以降,対象年齢6.7歳,1年発症率に統一.近視は等価球面度数-0.5D以上で定義.NICER:NorthernIrelandchildhooderrorsofrefraction.SCORM:Singaporecohortstudyoftheriskfactorsformyopia.発症率(%)小学校中学校3530.228.829.13025.724.823.72519.120近視(.-0.5D)15強度近視(.-6.0D)1050.10.20.50.91.61.92.301~22~33~44~55~66~77~8学年(年)図2年齢別にみた近視および強度近視の発症率わが国と同じ東アジア系人種を対象とした研究によると,等価球面度数-0.5D以下の近視の発症率は小学校時から中学就学時までおよそC20.30%と高い割合を維持する.小学校入学時から徐々に上昇し,小学C5年時でピークを迎え,その後中学校でやや低下する.(文献C5より改変引用)持する.グラフのカーブをみると,小学校入学時から徐々に上昇し,小学C5年時でピークを迎え,その後中学校でやや低下する.これは,小学校から中学校の間は全般的に近視の発症予防を心がけ,小学C5年時でもっとも発症予防に注意が必要であることを示唆する.加えて,小学入学時で近視の発症率はC19.2%とすでに高いこともわかる.近年,早期発症の近視(early-onsetmyopia)の頻度の増加に伴い強度近視へ進行するものが増えていることも指摘されている8).強度近視は軽度近視と比較して網膜.離,近視性黄斑症,緑内障のリスクが高いため,近視の視力予後を考えるうえで重要である.小学校入学以前から近視発症を予防することで,強度近視による合併症に罹患する者をより少なくすることができるかもしれない.以上,近視発症の疫学の最新の知見を述べた.まだまだ縦断研究による近視の発症の研究は人種・地域が限られており,歴史も浅く,今後世界中で経時的なエビデンスの蓄積が期待される.514あたらしい眼科Vol.37,No.5,2020(12)有病率(%)普通教育限定的現代的な現代的ななし普通教育西洋教育東アジア教育100806040200図3教育システムにおける各地域と近視の有病率との関係イヌイット,ネパールなどの普通教育の普及していない民族や地域では近視の有病率はC5%未満に過ぎないのに対して,シドニー,ポーランドなどの現代的な西洋教育が普及している地域ではC20.30%に上昇し,さらにはソウル,台湾,シンガポールなどの現代的な高等教育が普及している地域においてはC80.90%と圧倒的に高くなっている.(文献C12より引用改変)ソウルシンガポール台湾山東省北京市広東省北京順義区ポーランド北アイルランドシドニーチリダーバンインド都市部インド農村部ネパールイヌイットガボン表1屋外活動が近視発症・進行に与える影響をみた介入試験の既報研究研究国対象者(介入/コントロール)近視の定義観察期間介入内容結果CWuetalC2013台湾Cn=333/2387.C11歳C≦-0.5D1年1日80分間の屋外活動発症率は介入群C8.41%C/対照群C17.65%で有意に介入群で低率近視進行は介入群-0.25D/対照群-0.38Dで有意に介入群で抑制CHeetalC2015中国Cn=919/9296.C7歳C≦-0.5D3年1日40分間の屋外活動発症率は介入群C30.4%C/対照群C39.5%で有意に介入群で低率近視進行は介入群-1.42D/対照群-1.59Dで有意に介入群で抑制CJinetalC2015中国Cn=1,735/1,3166.C14歳C≦-0.5D1年一日C40分間の屋外活動発症率は介入群C3.7%C/対照群C8.5%で有意に介入群で低率近視進行は介入群-0.10D/対照群-0.27Dで有意に介入群で抑制図4屋外活動の増加が近視化を抑制する要因屋外活動の近視抑制効果は,光環境,近業時間の減少,運動などの環境要因が独立して影響しているのではなく,複合的に作用しているといわれている.1日C80分間以上を屋外で過ごすプログラムを介入群に導入したところ,近視の発症率は介入群がC8.41%,対照群がC17.65%で介入群が有意に低率であった24).また,1年後の近視の進行は介入群において-0.25D,対照群では-0.38Dと有意に抑制することができたとしている.中国広州の前向きランダム化試験では平日にC1日40分の屋外活動を追加で設けた介入群を導入し,3年後に近視の発症率と近視の進行を評価した.その結果,近視の発症率は介入群がC30.4%,対照群がC39.5%で介入群が有意に低率であった25).また,近視の進行も屋外活動をすることで有意に抑制することができたと報告している.同様の研究が中国の農村地域でも行われており,1日C20分間の屋外活動をC1日にC2回行うプログラムを介入群に割りつけ,近視の発症,進行ともに介入群が対照群と比較して有意に抑制できたとしている26).屋外活動と近視が関連するメカニズムには諸説あり,近業時間の減少,光環境27),運動28)などが基礎実験や臨床試験でわかっている.これらが近視抑制に独立して影響しているのではなく,複合的に作用しているといわれている(図4).したがって,近視抑制に取り組むためには単独ではなく,複数の因子を考慮する必要がある.おわりに近視発症の疫学に加え,近視に関連する環境因子について最近の研究を紹介した.現時点では近視発症を予防できる環境因子としてエビデンスレベルがもっとも高いものは屋外活動時間の増加である.われわれの視覚環境は今後も大きく変化していくことが予想され,近視化に与える影響を確立することは重要なことである.長年積み重ねてきた研究により,近視を予防できる可能性が出てきており,複雑に絡み合った環境因子の近視への影響が徐々にひもとかれていっていることは間違いなく,今後の研究の進展が期待される.文献1)UedaE,YasudaM,FujiwaraKetal:Trendsintheprev-alenceCofCmyopiaCandCmyopicCmaculopathyCinCaCJapanesepopulation:theCHisayamaCStudy.CInvestCOphthalmolCVisCSciC60:2781-2786,C20192)RudnickaAR,KapetanakisVV,WathernAKetal:Globalvariationsandtimetrendsintheprevalenceofchildhoodmyopia,asystematicreviewandquantitativemeta-analy-sis:implicationsCforCaetiologyCandCearlyCprevention.CBrJOphthalmolC100:882-890,C20163)JonesLA,SinnottLT,MuttiDOetal:Parentalhistoryofmyopia,CsportsCandCoutdoorCactivities,CandCfutureCmyopia.CInvestOphthalmolVisSci48:3524-3532,C20074)McCulloughCSJ,CO’DonoghueCL,CSaundersKJ:SixCyearCrefractiveCchangeCamongCwhiteCchildrenCandCyoungadults:evidenceforsigni.cantincreaseinmyopiaamongWhiteUKChildren.PLoSOne16:e0146332,C20165)WangCSK,CGuoCY,CLiaoCCCetal:IncidenceCofCandCfactorsCassociatedCwithCmyopiaCandChighCmyopiaCinCChineseCChil-dren,basedonrefractionwithoutcycloplegia.JAMAOph-thalmolC136:1017-1024,C20186)SawSM,TongL,ChuaWHetal:Incidenceandprogres-sionofmyopiainSingaporeanschoolchildren.InvestOph-thalmolVisSci46:51-57,C20057)FrenchCAN,CMorganCIG,CBurlutskyCGCetal:PrevalenceCand5-to6-yearincidenceandprogressionofmyopiaandhyperopiaCinCAustralianCschoolchildren.COphthalmologyC120:1482-1491,C20138)ChuaCSY,CSabanayagamCC,CCheungCYBCetal:AgeCofConsetCofCmyopiaCpredictsCriskCofChighCmyopiaCinClaterCchildhoodCinCmyopicCSingaporeCchildren.COphthalmicCPhysiolOptC36:388-394,C20169)CohnH:TheHygieneoftheeyeinschools.Simkin,Mar-shallandCompany,London,188310)BarCDayanCY,CLevinCA,CMoradCYCetal:TheCchangingprevalenceofmyopiainyoungadults:a13-yearseriesofpopulation-basedCprevalenceCsurveys.CInvestCOphthalmolCVisSci46:2760-2765,C200511)MirshahiCA,CPontoCKA,CHoehnCRCetal:MyopiaCandClevelCofeducation:resultsCfromCtheCGutenbergCHealthCStudy.COphthalmologyC121:2047-2052,C201412)MorganCIG,CFrenchCAN,CAshbyCRSCetal:TheCepidemicsCofmyopia:Aetiologyandprevention.ProgRetinEyeResC62:134-149,C201813)WongCTY,CFosterCPJ,CJohnsonCGJCetal:Education,Csocio-economicCstatus,CandCocularCdimensionsCinCChineseadults:theTanjongPagarSurvey.BrJOphthalmolC86:C963-968,C200214)WilliamsCKM,CBertelsenCG,CCumberlandCPCetal:Increas-ingCprevalenceCofCmyopiaCinCeuropeCandCtheCimpactCofCeducation.COphthalmologyC122:1489-1497,C201515)SawCSM,CShankarCA,CTanCSBCetal:ACcohortCstudyCofCincidentCmyopiaCinCSingaporeanCchildren.CInvestCOphthal-molVisSciC47:1839-1844,C200616)IpCJM,CSawCSM,CRoseCKACetal:RoleCofCnearCworkCinmyopia:.ndingsCinCaCsampleCofCAustralianCschoolCchil-dren.CInvestOphthalmolVisSciC49:2903-2910,C200817)GwiazdaJ,ThornF,BauerJetal:Myopicchildrenshowinsu.cientCaccommodativeCresponseCtoCblur.CInvestCOph-(15)あたらしい眼科Vol.37,No.5,2020C517