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非感染性ぶどう膜炎に対するアダリムマブの治療効果と安全性

2019年9月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科36(9):1198.1203,2019c非感染性ぶどう膜炎に対するアダリムマブの治療効果と安全性青木崇倫*1,2永田健児*1関山有紀*1中野由起子*1中井浩子*1,3外園千恵*1*1京都府立医科大学眼科学教室*2京都府立医科大学附属北部医療センター病院*3京都市立病院CE.cacyandSafetyofAdalimumabfortheTreatmentofRefractoryNoninfectiousUveitisTakanoriAoki1,2),KenjiNagata1),YukiSekiyama1),YukikoNakano1),HirokoNakai1,3)andChieSotozono1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,NorthMedicalCenter,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)KyotoCityHospitalC目的:アダリムマブ(ADA)を導入した非感染性ぶどう膜炎の有効性と安全性の検討.対象および方法:京都府立医科大学附属病院でC2018年C6月までにCADAを導入したぶどう膜炎患者(男性C7例,女性C3例)を対象に,臨床像,ADA導入前後の治療内容,治療効果,副作用を検討した.結果:症例の平均年齢C48.2歳(10.75歳),平均観察期間19.4カ月,臨床診断はCBehcet病(BD)7例,Vogt-小柳-原田病(VKH)3例であった.導入理由はインフリキシマブ(IFX)から変更がC6例,免疫抑制薬の副作用がC1例,ステロイド・免疫抑制薬で難治がC3例であった.BDの眼炎症の発作頻度はCADA導入前の平均発作回数C4.8回/年で,導入後はC1.4回/年に減少した.VKHでは,ADA導入前の平均ステロイド量C9.8Cmgから,最終時C7.2Cmgに漸減できた.ADA導入後にCVKH再燃を認め,ステロイドを増量した例がC1例あった.また,BDのうち,1例が注射時反応,1例が効果不十分でCADA中断となった.結論:BDではCADAはCIFXと同等以上の効果が期待でき,VKHの再燃例では,ADA追加のみでは効果不十分でステロイドの増量が必要な場合があった.CPurpose:Toevaluatethee.cacyandsafetyofadalimumab(ADA)ineyeswithrefractorynoninfectiousuve-itis.PatientsandMethods:Thisretrospectivecaseseriesstudyinvolved10refractoryuveitispatients(7males,3females;meanage:48.2years)treatedCwithCADACatCKyotoCPrefecturalCUniversityCofCMedicineCuntilCJuneC2018,Cwithameanfollow-upperiodof19.4months.Results:DiagnosesincludedBehcet’sdisease(BD:7patients)andVogt-Koyanagi-Haradadisease(VKH:3patients);reasonsCforCadministrationCwereCswitchingCfromCin.iximab(IFX)toADA(n=6),Cimmunosuppressantside-e.ects(n=1),CandCinsu.cientCe.ectCofCbothCsteroidCandCimmuno-suppressant(n=3).ADAreducedthefrequencyofocularattacksinBDfrom4.8/yearto1.4/year,andoral-ste-roidCamountCinCVHKCfromC9.8CmgCtoC7.2Cmg.CTwoCBDCpatientsCdiscontinuedCADACdueCtoCallergyCandCinsu.cientCe.ect.Conclusions:InBD,ADAwasprobablyofequivalentorgreatere.ectthanIFX.InVKH,ADAalonewasofinsu.ciente.ect.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)36(9):1198.1203,C2019〕Keywords:アダリムマブ,ベーチェット病,Vogt-小柳-原田病,インフリキシマブ,ぶどう膜炎.adalimumab,CBehcet’sdisease,Vogt-Koyanagi-Haradadisease,in.iximab,uveitis.Cはじめに非感染性ぶどう膜炎に対する治療は,局所・全身ステロイドが中心であり,難治例には免疫抑制薬のシクロスポリン(cyclosporine:CsA)が使用可能である.2007年C1月よりベーチェット病(Behcet’sdisease:BD)に対して,生物学的製剤である腫瘍壊死因子(tumorCnecrosisCfactorCa:CTNFa)阻害薬のインフリキシマブ(in.iximab:IFX)が保険適用となり,既存治療に抵抗を示す難治性CBDの有効性が示された1).さらにC2016年C9月には非感染性ぶどう膜炎に対して,完全ヒト型CTNFa阻害薬であるアダリムマブ(adali-〔別刷請求先〕青木崇倫:〒629-2261京都府与謝郡与謝野町男山C481京都府立医科大学附属北部医療センター病院Reprintrequests:TakanoriAoki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NorthMedicalCenter,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,YosagunYosanochoOtokoyama481,Kyoto629-2261,JAPANC1198(96)mumab:ADA)が保険適用となった.ステロイドや免疫抑制薬で抵抗を示す症例,さまざまな副作用で継続できない症例などの難治性非感染性ぶどう膜炎に対して,ADAの使用が可能になった.また,BDでもCIFXの使用できない症例やIFXの効果が減弱(二次無効)する症例などに対してCADAへの変更が可能となり,治療の選択肢が増えた.ADAは皮下注射のため,自宅での自己注射により病院拘束時間が短いことも有用な点である.これらのCIFXやCADAの眼科分野での生物学的製剤の認可により,難治性ぶどう膜炎に対して治療の選択肢が広がったが,新たな治療薬として実臨床での適応症例や,使用方法,効果,安全性の検討が必要である.そこで,京都府立医科大学附属病院(以下,当院)で経験したCADAの使用症例とその効果や安全性について検討した.CI対象および方法当院で,ADA導入した難治性ぶどう膜炎患者C10例(男性7例,女性C3例,導入時平均年C48.2C±19.6歳)を対象とし,ADAの有効性,安全性について,京都府立医科大学医学倫理審査委員会の承認を得てレトロスペクティブに検討した.ADA導入後の平均観察期間はC19.4C±18.5カ月(4.53カ月)であった.原疾患の診断はCBDがC7例C14眼,Vogt-小柳-原田病(Vogt-Koyanagi-Haradadisease:VKH)がC3例C6眼であった.BDは厚生労働省CBD診断基準2)に基づき,完全型,不全型および特殊型CBDの確定診断を行った.VKHでは国際CVKH病診断基準3)に基づき,確定診断を行った.ADAは添付文書の記載に従って(腸管CBD:初回C160Cmg投与,初回投与からC2週間後C80Cmg,その後はC2週間隔C40mg投与,難治性ぶどう膜炎:初回C80Cmg投与,初回投与からC1週間後C40Cmg,その後はC2週間隔C40Cmg投与,小児:初回C40Cmg投与,初回投与よりC2間間隔C40Cmg投与)投与した.また,ADAの導入にあたり当院膠原病・リウマチアPSL)投与量(ADA導入前の最小CPSL量,最終観察時CPSL量)を調べた.治療の効果判定は有効,無効・中断,経過観察中にC3分類し,有効は眼所見の改善や薬剤の減量ができた症例で,無効・中断は眼所見の改善が認められなかった症例や治療継続困難となった症例,経過観察中はCADA導入開始後C6カ月以内の症例とした.また,統計方法はすべてCStu-dentのCt検定を用い,p<0.05を有意差ありとして比較を行った.CII結果全症例の年齢,性別,ADA導入理由,観察期間を表1に示した.ADA導入理由はCBDではCIFXからの変更がC6例(2例:IFXの投与時反応で中断例,2例:IFXの二次無効例,1例:IFXでコントロール困難例,1例:IFXの中断後再燃例),免疫抑制薬の副作用で継続困難な症例がC1例であった.BDは完全型BDが2例,不全型BDが3例,特殊型BDが2例(腸管CBD併発C2例)であった.小児の不全型CBD1例は,脊椎関節炎を併発しており,両疾患に対してCADAを導入した.特殊型CBD2例のうちC1例は腸管CBDの治療目的にCADA導入し,1例はぶどう膜炎の治療目的にCADAを導入した.VKHのCADA導入理由はすべて,ステロイドおよび免疫抑制薬でコントロール困難な症例であった.最良矯正視力は,ADA導入前平均視力はClogMARC0.27±0.46であったが,ADA導入後の最終平均視力ClogMAR0.26C±0.47となり,導入前後で有意差を認めなかった(p=0.93)(図1).疾患別の効果について,BDの症例は表2に,VKHの症例は表3にそれぞれまとめた.中断・無効を除いた症例でのCBDの発作頻度は,ADA導レルギー科,小児科または消化器内科(腸管CBD症例)との連携の下で行った.全症例において,ADA導入理由と,ADA導入前後の最良矯正視力,併用薬剤,効果判定,全身副作用の有無に関して調査した.また,BDではCADA導入前後の眼炎症発作回数,眼炎症発作の重症度について調べた.重症度に関しては,ADA導入前後の眼炎症発作のなかでもっとも重症であった眼炎症発作について,発作部位を前眼部炎症,硝子体混ADA導入後の最良矯正視力濁,網膜病変に分けて評価し,網膜病変は血管炎,.胞様黄斑浮腫(cystoidmacularedema:CME),硝子体出血(vitre-oushemorrhage:VH)を調べた.また,蕪城らによって報告されたスコア法(Behcet’sdiseaseocularattackscore24:BOS24)4)でCADA導入前C6カ月から導入まで,ADA導入から導入後C6カ月まで,ADA導入C7.12カ月までの積算スコアで評価した.VKHではプレドニゾロン(prednisolone:0.010.11ADA導入前の最良矯正視力:Behcet病:Vogt-小柳-原田病図1アダリムマブ(ADA)導入前後の視力変化縦軸にCADA導入後の最良矯正視力,横軸にCADA導入後の最良矯正視力を示す.ADA導入前後では有意差を認めなかった(p=0.93).表1全症例ADA導入時観察期間症例年齢(歳)性別疾患名ADA導入理由(月)1C65男特殊型CBD(腸管CBD併発)IFX二次無効(腸管BD)C53C2C51女特殊型CBD(腸管CBD併発)IFX投与時反応C52C3C10男不全型CBD(脊椎関節炎併発)IFXコントロール困難C3C4C31男完全型CBDIFX二次無効C30C5C46女不全型CBDIFX中断後再燃C0.5C6C32男不全型CBDIFX投与時反応C11C7C39男完全型CBD免疫抑制剤の副作用C8C8C61女CVKHステロイド・免疫抑制薬でコントロール困難C19C9C72男CVKHステロイド・免疫抑制薬でコントロール困難C13C10C75男CVKHステロイド・免疫抑制薬でコントロール困難C4BD:BehcetC’sdisease(ベーチェット病),VKH:Vogt-Koyanagi-Haradadisease(フォークト-小柳-原田病),IFX:in.iximab(インフリキシマブ).表2Behcet病の症例ADA導入前ADA導入後症例発作頻度前眼部炎症硝子体混濁網膜病変発作頻度前眼部炎症硝子体混濁網膜病変C併用薬剤効果11回/年+..0回/年C…なし有効C24回/年++CME2.6回/年++.コルヒチン,MTX有効C32回/年++CME,VH中止++CME,VHCMTX,PSL無効・中断C410回/年++.2.5回/年++.MTX,PSL有効C51回/年++CME中止++CMECMTX無効・中断C65回/年++網膜血管炎1.8回/年++.CsA有効C74回/年++.0回/年C…なし有効CME:.胞様黄斑浮腫,VH:硝子体出血,MTX:メトトレキサート,PSL:プレドニゾロン,CsA:シクロスポリン.表3Vogt.小柳.原田病の症例症例ADA導入前PSL投与量(mg)CsA投与量(mg)ADA導入後最終CPSL投与量(mg)C効果判定8C7.5C150C4有効C9C7C150C0有効C10C15C100C17.5経過観察中PSL:プレドニゾロン,CsA:シクロスポリン.入前の平均発作回数がC4.8C±2.9回/年から,ADA導入後の平均発作回数はC1.4C±1.2回/年に減少した(p=0.06).眼炎症の重症度では,BOS24でCADA導入前C6カ月から導入までの積算スコアは平均C8.0C±4.7,ADA導入から導入後C6カ月までの積算スコアは平均C2.4C±3.2,ADA導入後7.12カ月までの積算スコアは平均C2.2C±2.4であり,導入前に比べて,導入後の積算スコアは優位に低値を示した(p=0.02,0.03)(図2).効果判定は,有効C5例,中断・無効C2例であり,中断・無効のうち,症例C3はCIFXとメトトレキサート(methotrexate:MTX)治療に加えて,眼炎症発作時にCPSL頓用を行っていたが,CMEとCVHを伴うような眼炎症の発作を認めたためにCADA導入となった.ADA導入後もCCMEの改善がなく,VHの悪化を認め,関節症状も考慮してインターロイキンC6受容体阻害薬であるトシリズマブ(tocilizum-ab:TCZ)に変更となった.症例C5はCADAの投与時反応にて中断となり,IFXに変更になった.以下にCBDの代表症例を示す.〔BDの代表症例:症例4〕31歳,男性.2010年にCBDを発症しコルヒチンを投与したが,強い硝子体混濁を伴うような眼炎症発作を起こしたためにC2011年よりCIFXを導入した.IFXの導入後も発作回数が頻回なために,IFXの投与量や投与間隔を変更し,併用薬剤にCCsAとCMTXを追加するなどを試みた.薬剤変更により最初は発作回数の軽減はあったが,徐々に効果がなくなり,IFXのC6週間隔投与とコルヒチン,MTXを併用したが,眼炎症発作回数がC10回/年であったためにCADAの導入となった(図3).ADAの導入後は眼炎症発作回数がC1.8回/年に減少した.VKHではCADA導入前にもっとも少なかったときのCPSLの平均投与量がC9.8C±3.7Cmgであり,最終受診時のCPSLの平均投与量C7.2C±7.5Cmgであった(p=0.67).2例でPSL量の減量を認め,1例はCADA導入後にCPSL漸減中に再燃を認めたために現在CPSLを増量している.また,当院ではCADA導入後は全例でCCsA内服を中止している.以下にCVKHの代表症例を示す.〔VKHの代表症例:症例8〕61歳,女性.2016年にCVKHを発症(図4a)し,ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロンC1,000Cmg点滴静注,3日間)をC2クール行った.炎症の残存を認めたためにトリアムシノロンTenon.下注射(sub-Tenon’striamcinoloneacetonideinjec-tion:STTA)を併用しながら,初期投与量のCPSL60CmgからCPSL15Cmgまで漸減したが,再燃を認めた.PSLを増量し,CsAとCSTTAを併用しながら,PSL10Cmgまで漸減したが,再燃を認めた.そこでCPSL量は維持のまま,ADAを導入したが,光干渉断層計(OCT)で網膜色素上皮ラインの波打ち像を認めたためにCPSL30Cmgまでいったん増量し改善を得た.その後,ステロイドを漸減し,現在CPSL4Cmgまで減量できており,再燃は認めていない(図4b).ADA投与に伴う副作用はC10例中C5例に認めた.2例で注射部位反応,2例で咽頭炎,2例で肝酵素上昇,1例でCCRP・赤沈上昇,1例で乾癬様皮疹,1例で好酸球高値を認めた(重複あり).症例C5では,IFX投与が挙児希望のため中断となったが,中断後にCCMEを認め,通院の関係からCADAでのTNF阻害薬の再開となった.初回・2回目のCADA投与で注射部位反応を認め,2回目の注射後に注射部位の発赤がC7cm程度まで拡大し,注射部位以外の発疹や口唇浮腫も認めたために中止となった.CIII考按今回,既存治療でコントロール困難な難治性非感染性ぶどう膜炎に対し,当院でCADAを導入した各疾患における効果判定と安全性の結果を検討した.海外の報告においては,さまざまな難治性ぶどう膜炎に対するCADA導入の有用性が示されている5,6).また,国内でもCADAの認可に伴い,小野らC18*16*1412BOS241086420ADA導入ADA導入後ADA導入後6カ月前~導入0~6カ月7~12カ月図2BS24(Behcet'sdiseaseocularattackscore244))の経過BOS24でCADA導入前C6カ月から導入までの積算スコアは平均C8.0C±4.7,ADA導入から導入後C6カ月までの積算スコアは平均C2.4C±3.2,ADA導入C7.12カ月までの積算スコアは平均C2.2C±2.4であった(*p<0.05).図3症例4(31歳,男性,Behcet病)アダリムマブ(ADA)導入前には発作を繰り返しており,前眼部に前房蓄膿と虹彩後癒着を伴う強い炎症を認め(a),びまん性の硝子体混濁,網膜血管炎,滲出斑を認めた(Cb).ADA導入後は新規病変を認めず,硝子体混濁は改善した.図4症例8(61歳,女性,Vogt.小柳.原田病)Ca:初診時COCT.両眼眼底に隔壁を伴う漿液性網膜.離と脈絡膜の肥厚,網膜色素上皮ラインの不整を認めた.Cb:ADA導入後のCOCT.ADA導入後,脈絡膜の肥厚は認めるが,漿液性網膜.離や網膜色素上皮不整の改善を認めた.が難治性ぶどう膜炎に対する短期の使用経験と有用性を示している7).疾患別にみると,難治性CBDに対しては,国内では先に認可されたCIFXが主流であるが,海外では生物学的製剤(IFX,ADA)の報告が多数なされている8).ValletらはCBDに対して,IFXまたはCADA投与によりC91%で完全寛解/部分寛解を認め,IFXとCADAで同様の有効性であったと報告している9).また,IFXの継続困難や二次無効の症例のCADAへの変更は有用性を示されている10,11).当院の症例では,IFXからCADAへの変更がC6例あり,1例が新規導入であった.既報と同様にCIFXでの継続困難の症例や二次無効の症例においてもCADA変更後は改善を示していた.また,ADA新規導入例もCADA導入後は眼炎症発作を認めておらず,IFXと同様の効果を期待ができると考えられた.BDに対して生物学的製剤導入の際にCADAは選択肢の一つとして非常に有用であり,また,IFXによる眼炎症コントロール不良例ではCADAへの変更も考慮に入れるべきである.ADAは自己注射で行えるために,病院拘束時間が短くなることも注目すべき点であり,若年男性に重症例の多いCBDにおいては治療選択における根拠の一つとなると考えられる.Deitchらは免疫抑制療法でコントロールできない小児の難治性非感染性ぶどう膜炎におけるCIFXとCADAの有効性を報告している12).当院では症例C3が小児ぶどう膜炎(BD)のCADA導入例であったが,IFX,ADAで効果がなく,TCZに変更になった.今回のようにCIFXやCADAで効果がない場合にCTNFではなくCIL-6をターゲットとする生物学的製剤が有効な症例もある13).VKHに関して,Coutoらはステロイド,免疫抑制薬でコントロール困難なCVKHにCADA追加によりステロイドの減量または離脱が可能であったと報告している14).当院でのVKHの治療方針として,ステロイドパルス療法後にCPSL内服(1Cmg/kg/日,またはC60Cmg/日の低い用量から開始)を漸減し,再燃を認める場合にはCPSLの増量とCCsA併用を行い,症例によっては年齢や全身状態などを考慮してCSTTAの併用を行っている.さらにCPSLとCCsA併用で再燃を認めたCVKHに対してCADAの導入を検討し,ADA導入後はCsAを終了している.今回CADA導入したC3例はすべて,症例C8のようにCCsA併用でCPSL投与量漸減中に再燃を認めた症例である.症例C8はCPSL投与量を維持したままCADAを追加したが,再燃を認めたため,PSLを増量した経緯から,症例C9と症例C10ではCADA導入前にCPSLの増量も行った.この結果から,VKHではCADA投与だけでは炎症のコントロールができない可能性があり,ADA導入とともにPSLの増量を考慮する必要があると考えられた.添付文書より,ADAの副作用は国内臨床試験で全体の82.9%に認められ,当院ではC5例(50%)に注射時反応を認めた.当院では症例C5は,ADAのみに強い投与時反応を認め,IFXに変更になった.一般的にCIFXがマウス蛋白とのキメラ型であるに対して,ADAは完全ヒト型のために,IFXのほうがアレルギー反応多いとされているが,ADAでも強いアレルギー反応を認める症例があり,注意が必要である.ADAの登場により難治性ぶどう膜炎に生物学的製剤を使用することが可能になった.当院でも既存治療で難治例に対して使用し,BDでは中断例以外は非常に有効であり,VKHに関しても有効であると考えられた.ADAは国内で認可されてから日が浅いために,疾患別の有効性,導入時期,併用PSLの漸減方法などが不明確である.また,今後導入した症例に対しては,中止するタイミングの検討も必要となる.当院でのCADAは症例数もまだ少なく,今後症例を増やしてADAの適切な治療の検討が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)TakeuchiM,KezukaT,SugitaSetal:Evaluationofthelong-termCe.cacyCandCsafetyCofCin.iximabCtreatmentCforCuveitisCinCBehcet’sdisease:aCmulticenterCstudy.COphthal-mologyC121:1877-1884,C20142)厚生労働省べ一チェット病診断基準:http://www.nanbyou.Cor.jp/upload_.les/Bechet2014_1,20143)ReadCRW,CHollandCGN,CRaoCNACetal:RevisedCdiagnosticCcriteriaCforCVogt-Koyanagi-Haradadisease:reportCofCanCinternationalCcommitteeConCnomenclatu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経強膜イオントフォレシスによる後眼部への高分子化合物の送達促進

2019年9月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科36(9):1194.1197,2019c経強膜イオントフォレシスによる後眼部への高分子化合物の送達促進引間知広井上茉莉九州工業大学情報工学部生命化学情報工学科治療システム研究室CTrans-scleralIontophoreticDeliveryofHighMolecularWeightCompoundintothePosteriorSegmentoftheEyeTomohiroHikimaandMariInoueCDepartmentofBiosciencesandBioinformatics,KyushuInstituteofTechnologyC後眼部へ高分子薬物を送達させる方法として,経強膜イオントフォレシス(IP)の可能性をCinvitro実験で検討するとともに,促進メカニズムについて考察した.ブタ眼球から強膜,ならびに強膜・脈絡膜・網膜からなるCSCR膜を切り出し,眼球用水平拡散セルに取りつけた.電場は電流密度C0.8.6CmA/cm2,適用時間はC10.30分間として,平均分子量C10,000のイソチオシアン酸フルオレセインデキストラン(FD-10)の累積透過量を測定した.その結果,IP適用によりCFD-10の透過速度は,最大C6.3倍まで増加した.促進メカニズムとして,電気浸透によるCFD-10の強膜内濃度増加が大きな要因であり,また網膜色素上皮における損傷の可能性が示唆された.CWeconductedanexperimentoninvitrodrugdeliveryintotheposteriorsegmentthroughthesclera/choroid/retina(SCR)byCiontophoresis(IP)andCevaluatedCtheCenhancementCmechanismCofCtrans-scleralCIP.CScleraCorCSCRCwasCmountedCbetweenCsphericalCside-by-sideCpenetrationCcellsCandIP(currentdensity:0-8.6CmA/cm2)wasCappliedtothetissuefor10-30Cmin.Fluoresceinisothiocyanatedextran(averagemolecularweight:10,000,FD-10)Cwasusedasthemodeldrugofhighmolecularweight.ThepenetrationrateofFD-10withIPapplicationwas6.3timesChigherCthanCthatCwithoutCIPCapplication.CTheCenhancementCmechanismCofCtrans-scleralCIPCincreasedCFD-10Cconcentrationinthesclera,accompaniedbytheelectroosmoticwater.owofIPapplication,andmightpresentthepossibilityofdamagetoretinalpigmentepithelium.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)36(9):1194.1197,C2019〕Keywords:後眼部,強膜,イオントフォレシス,電気浸透.posterior,sclera,iontophoresis,electroosmosis.はじめに社会の高齢化が進行するにつれて,加齢黄斑変性や糖尿病網膜症といった後眼部疾患の患者数が増加している1).これらは先進国においておもな失明原因疾患となっており,生活の質(qualityoflife)を大きく損なう原因となっている.治療薬は血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthCfac-tor:VEGF)阻害薬などの高分子化合物であり,治療薬投与方法はおもに硝子体内への注射である.長期間の繰り返し眼内注射は,感染症,外傷性白内障,そして網膜.離などが起きるといった問題点があげられる.そのため,非侵襲的な新規の後眼部組織への治療薬投与方法の確立が望まれている.そこで本研究では,後眼部疾患部位へ高分子薬物を送達させる方法として,電場を用いた経強膜イオントフォレシス(IP)に注目した.電場による高分子薬物の透過促進条件の検討,さらに経強膜CIPにおける透過促進メカニズムの検討を行った.CI実.験.方.法1.眼組織および試薬実験当日に屠殺されたブタ(月齢C6カ月前後の三元豚あるいは四元豚,メスまたは去勢済みのオス)の眼球を,福岡食肉販売株式会社より購入した.運搬中は氷を用いて冷やし,〔別刷請求先〕引間知広:〒820-8502飯塚市川津C680-4九州工業大学大学院情報工学研究院生命化学情報工学研究系Reprintrequests:TomohiroHikima,Ph.D.,DepartmmentofBiosciencesandBioinformatics,KyushuInstituteofTechnology,680-4Kawazu,Iizuka,Fukuoka820-8502,JAPANC1194(92)0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(92)C1194C0910-1810/18/\100/頁/JCOPYa3.0)2.52.01.51.00.500.0累積透過量(μg/cm2図1眼科用球面型水平拡散セルの模式図0.00.501.01.52.02.53.03.5時間(h)実験は屠殺からC4時間以内に開始した.解剖用メスを使用しCb60て硝子体,水晶体,虹彩,毛様体を取り除き,強膜(sclera),50脈絡膜(choroid)/網膜(retina)からなるCSCR膜,ならびにピンセットにより脈絡膜と網膜(CR膜)を除去した強膜を単離した.モデル薬物として平均分子量C10,000のイソチオ)累積透過量(μg/cm24030シアン酸フルオレセインデキストラン(FD-10,Sigma-Aldrich社)を用い,その他の試薬はすべて特級グレードを20用いた.2.SCR膜および強膜を用いたinvitro透過実験SCR膜あるいは強膜を球面型水平拡散セル(図1)の間に取り付け,レセプターセル(接続部分が凸型)にC5CmlのC120mMリン酸緩衝液(PB)を入れ,ドナーセル(接続部分が凹型)にC5CmlのC0.1%FD-10溶液を入れて透過実験を開始した.両セルに白金電極(ドナー側を陽極)を挿入し,実験開始C30分後から電場(電流密度はC0.43.8.6CmA/cmC2,通電時間はC10.30分間)を適用した.経時的にレセプターからC500μlサンプリングし,サンプル中のCFD-10濃度を蛍光分光光度計により定量した.C3.強膜における含水率およびFD.10含有量の測定電場を適用しない場合(control)とCIP適用(電流密度C4.3CmA/cm2)の場合における強膜内含水率,およびCFD-10含有量の変化を測定した.レセプターセルおよびドナーセルにPBを5Cml入れ,30分間実験を行った.ただちに強膜のCPBに接した部分を切り出し,湿重量を測定した.その後,約70℃の乾燥器内でC15時間以上乾燥させ,乾燥重量を測定して含水率を求めた.同様にして強膜を切り出し,強膜表面をPBで洗浄したあとに,試薬瓶に入れた.試薬瓶に抽出溶媒としてC50Cμg/mlゲンタマイシン硫酸塩含有CPBをC2Cml入れてCFD-10の抽出を行った.この操作をCFD-10が検出できなくなるまで繰り返した.CII結果1.IP適用による透過促進効果図2に適用時間をC30分間としたCFD-10累積透過量を示100時間(h)図2SCR膜(a)および強膜(b)透過に及ぼす電流密度の影響○:control(0CmA/cmC2),◆:0.43CmA/cmC2,■:4.3CmA/cmC2,●:8.6CmA/cmC2.した.SCR膜における累積透過量は,IP適用を止めたC30分後(実験開始からC1.5時間後)から増加した.一方,強膜においては,IP適用C20分後から透過量が増大し,IP停止後30分程度で,曲線の傾きである透過速度はCcontrolとほぼ同じになった.SCR膜と強膜では,IP促進効果が現れる時間帯が大きく異なるが,IP適用により増大した透過速度を最大透過速度とした.さまざまなCIP適用条件下での最大透過速度を表1にまとめた.SCR膜における最大透過速度はC129CmA/cm2・minのIP適用条件で頭打ちの傾向を示した(図3a)が,強膜では適用時間ならびに電流密度の増大に伴い,増大した(図3b).C2.IP適用による強膜含水率およびFD.10含有量の変化表2に強膜における含水率とCFD-10含有量をまとめて示した.実験前における強膜含水率はC71.1C±1.66%であったが,30分間CPBに浸してもCIPを適用してもほぼ変化がなく,有意差が生じなかった.FD-10含有量はCIP適用により,有意に増大した.(93)あたらしい眼科Vol.36,No.9,2019C1195C表1FD.10のSCR膜および強膜における最大透過速度(μg/cm2/h)電流密度(mA/cm2)IP適用時間10分20分30分SCR膜0(Control)C0.210±0.252C0.43C4.3C8.6C.C0.491±0.586C0.658±0.514C.C0.715±0.189C0.856±0.347C0.0907±0.0684C1.06±0.737C1.33±0.7640(Control)C10.2±7.07C強膜0.43C4.3C8.6C.C17.1±1.05C26.9±11.9C.C20.4±6.45C50.3±3.11C19.6±5.21C28.8±7.07C53.9±14.1それぞれのデータは平均値±標準偏差(nC≧3)を表す.C表230分間のIP適用後における強膜内含水率およびFD.10含a2有量含水率(%)FD-10含有量(μg)最大透過速度(μg/cm21.510.50050100150電流密度×適用時間(mA/cm2・min)80ControlC69.8±5.83C8.31±3.01CIPC75.4±2.08C12.6±3.00*それぞれのデータは含水率(n=4)とCFD-10含有量(n=8)の平均値C±標準偏差を表す.*controlと有意差あり(p<0.05).れている.IPを適用しないCcontrol実験において,FD-10の透過速度はCSCR膜でC0.210C±0.252Cμg/cm2/h,強膜でC10.2C±7.07Cμg/cm2/hであり,CR膜をほとんど透過しないことがわかった.ところがCIPを適用すると,FD-10の最大透過200250300b706050403020100050100150電流密度×適用時間(mA/cm2・min)200250300速度はCSCR膜で最大C6.3倍(電流密度C8.6CmA/cmC2,適用時間C30分間),強膜で最大C5.3倍(SCR膜と同じ適用条件)となった.また図3より,最大透過速度は電流密度と適用時間の積に比例することがわかった.したがって,IPによる高分子薬物の後眼部への送達量は,電流密度と適用時間により制御可能であることが示唆された.つぎに後眼部組織におけるCFD-10の透過促進メカニズムについて検討した.IPの透過促進メカニズムは,電荷をもつ薬物と電極との電気反発,電位差勾配による陽極から陰極へ向かう水の動きに伴う薬物の動きである電気浸透である4).FD-10は負電荷をもっているが,高分子のため実質的/h)最大透過速度(μg/cm2図3SCR膜(a)および強膜(b)透過速度と電流密度×適用時間の関係III考察強膜はコラーゲンに富んだ微多孔質膜構造であり2),CR膜は外側血管網膜関門(網膜色素上皮におけるバリア機能)の存在により,親水性薬物に比べ脂溶性薬物が透過しやすく,さらに高分子薬物が透過しにくい構造である3)と報告さに電気的中性の分子と考えられている5).ドナーを陽極とした本実験で,FD-10の透過速度が増大した.したがって,FD-10の透過促進効果は,電気反発よりも電気浸透が大きく寄与していることがわかった.さらに促進メカニズムとして,1)IP適用により起きる眼組織の損傷,2)眼組織内の含水率の上昇,3)FD-10の眼組織内での溶解量の増加,が考えられる.強膜においてCIP適用時に増大した透過速度は,IP適用を止めるとCcontrolとほぼ等しくなるまで減少した(図2).また,強膜では電流密度をC50CmA/cmC2まで上げても組(94)織損傷がないとの報告がある6).これらの結果からCIP適用による強膜損傷はない.しかし,図2aにおいて,FD-10のSCR膜透過量が増加し続けている.この結果から,IPによる網膜色素上皮のバリア機能が損傷している可能性が考えられた.さらに表2より強膜内の含水率は増加しなかったが,FD-10の含有量は増大することがわかった.IP適用により強膜内のCFD-10濃度が急激に上昇するため,IP適用から20分程度で強膜を透過する累積透過量が増大する(図2b)が,CR膜には高分子薬物に対するバリア機能があるため,IPによる促進効果が遅く現れる(図2a)と予想できた.IPによるバリア機能への影響は,IPの臨床応用に向けて明らかにしなければならない課題である.本研究結果からバリア機能の損傷の可能性が示されたが,可逆的な損傷であることも示唆された.タイトジャンクションによるバリア機能の頑強性は,電気抵抗により評価できる3).さらなる検討を行い,バリア機能の損傷について明らかにする.以上の結果から,IP適用による促進メカニズムとして,FD-10は電流密度と適用時間に比例する電気浸透により強膜内に押し込まれ,強膜内CFD-10濃度が増大することによる透過促進であることが予想できた.CIV結論高分子薬物の後眼部組織への送達方法として,経強膜CIPの有効性を示すことができた.そして後眼部組織への薬物送達量ならびに透過速度は,電流密度と適用時間により制御可能であることを示した.また,経強膜CIPによる透過促進メカニズムとして,電気浸透によるCFD-10の強膜内濃度増加によることを明らかにした.経強膜薬物送達による薬物眼内動態を明らかにするためには,脈絡膜循環による薬物回収やメラニン色素との薬物結合の影響も考察しなければならない課題である.しかし,本研究では,これらの課題が検討できていない.本研究で考察したバリア機能の損傷可能性と同様に,IPの経強膜薬物送達での基礎的な検討を行うことにより,IPの臨床応用が可能になると期待している.文献1)小椋祐一郎:網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究:3年計画のC2年目.平成C24年度総括・分担研究報告書:厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業2)GeroskiCDH,CEdelhauserHF:DrugCdeliveryCforCposteriorCsegmenteyedisease.InvestOphthalVisSciC41:961-964,C20003)PitkanenL,RantaV-P,MoilanenHetal:Permeabilityofretinalpigmentepithelium:E.ectsofpermeantmolecularweightCandClipophilicity.CInvestCOphthalCVisCSciC46:641-646,C20054)GuyRH,KaliaYN,Delgado-CharroMBetal:IontophoreC-sis:electrorepulsionCandCelectroosmosis.CJCControlCRelC64:129-132,C20005)NicoliCS,CFerrariCG,CQuartaCMCetal:InCvitroCtransscleralCiontophoresisofhighmolecularweightneutralcompounds.EurJPharmSciC36:486-492,C20006)Behar-CohenCFF,CElCAouniCA,CGautierCSCetal:Trans-scleralcoulomb-controllediontophoresisofmethylprednis-oloneCintoCtheCrabbiteye:in.uenceCofCdurationCofCtreat-ment,CcurrentCintensityCandCdrugCconcentrationConCocularCtissueand.uidlevels.ExpEyeResC74:51-59,C2002***(95)あたらしい眼科Vol.36,No.9,2019C1197C

Retrocorneal Plaquesを伴ったモラクセラ角膜潰瘍の4症例

2019年9月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科36(9):1188.1193,2019cRetrocornealPlaquesを伴ったモラクセラ角膜潰瘍の4症例安達彩*1嶋千絵子*1石本敦子*1豊川紀子*2奥田和之*3佐々木香る*4髙橋寛二*1*1関西医科大学眼科学教室*2永田眼科*3関西医科大学臨床検査部*4JCHO星ヶ丘医療センターCFourCasesofMoraxellaKeratitiswithRetrocornealPlaqueCAyaAdachi1),ChiekoShima1),AtsukoIshimoto1),NorikoToyokawa2),KazuyukiOkuda3),KaoruAraki-Sasaki4)andKanjiTakahashi1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,2)NagataEyeClinic,3)4)JCHOHoshigaokaMedicalCenterCKansaiMedicalUniversityHospital,モラクセラ属による角膜炎をC4例経験し,細菌性角膜炎としては特殊な臨床像を呈したので報告する.全例眼痛,充血を主訴に受診.上皮・実質の所見に比して,retrocornealplaquesなど強い内皮側の所見を認めたことが特徴的で,真菌性角膜炎との鑑別が必要であった.全例の角膜の塗抹検鏡で大きなグラム陰性桿菌を認め,モラクセラ属を疑った.通常培養では同定困難であり,炭酸ガス培養を施行し,2例は質量分析でCM.nonliquefaciensを検出し,2例はCIDテストCHN20ラピッド同定検査でCM.nonliquefaciensまたはCM.lacnateの可能性が高いと判断された.抗菌薬への反応は良好であったが,上皮欠損の消失には時間がかかった.1例は,角膜穿孔を生じ羊膜移植を要した.強いCretrocor-nealplaquesを呈する感染性角膜炎をみた際は,真菌性角膜炎以外に本菌も疑い,塗抹でのグラム陰性桿菌の検出や質量分析などによる菌種同定が必要と思われた.CAlthoughMoraxellaspeciescausemanytypesofextraocularinfection,theirfrequencyisnothighbecauseoftheCdi.cultyCofCcultureCandCidenti.cation.CWeCexperiencedC4CcasesCofCkeratitisCdueCtoCMoraxellaCsp.CinCwhichCslitClampexaminationsrevealedsevereretrocornealplaquedespitemildin.ltrationtothecornealstroma.Smearexam-inationsdisclosedgram-negativebacilliinallcases.Twocaseswereidenti.edasM.nonliquefaciensbymassspec-trometry;theothersweresurmisedtobeM.nonliquefaciensorM.lacunate,basedonIDtestHN-20rapid.ThreecasesCtookCmanyCdaysCtoCachieveCcompleteChealingCofCtheCepithelialCdefect,CdespiteCtheCgoodCsensitivityCofCtheCemployedCantibiotics.CInCtheCotherCcase,CtheCcorneaCwasCperforatedCandCamnioticCmembraneCtransplantationCwasCapplied.Thedeepcornealpathogenicregionwithsevereretrocornealplaqueisoneofthecharacteristicphenome-naofMoraxellasp.;weshouldthereforepayattentiontodiagnosticdi.erentiationfromfungalkeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)36(9):1188.1193,C2019〕Keywords:質量分析,角膜感染症,retrocornealplaques,真菌性角膜炎,モラクセラ.massspectrometry,cor-nealinfection,retrocornealplaques,funguskeratitis,Moraxella.Cはじめにモラクセラ属は,ヒトの皮膚や鼻咽頭などの粘膜の常在菌であり,一般的に弱毒菌とされる.前眼部,外眼部において検出すなわち起因菌と判定される特定菌1)の一つで,代表的な眼瞼結膜炎や角膜潰瘍の原因菌であるが,分離培養,菌種同定が困難なため,検出頻度は高くない.2006年の感染性角膜炎全国サーベイランス2)の結果では,全症例C261例のうち,分離菌陽性C113例,分離株全C133株中モラクセラ属はC5株(3.8%)であった.また,2011年の多施設スタディによる前眼部,外眼部感染症における起因菌判定の報告3)では,全症例C476例から分離されたC909株のうち真菌を除いたC890株のなかで,モラクセラ属はC2株(0.2%)〔別刷請求先〕安達彩:〒573-1191大阪府枚方市新町C2-5-1関西医科大学眼科学教室Reprintrequests:AyaAdachi,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,2-5-1Shinmachi,Hirakata,Osaka573-1191,JAPANC1188(86)のみの検出であった.検出頻度が高くない理由として,発育が不安定な細菌であり分離培養がむずかしく陰性となりやすいこと,たとえ分離されても簡易同定検査で検出されるCM.catarrhalis以外の菌種の同定には分子遺伝学的同定試験や質量分析装置(MatrixAssistedLaserDesorption/Ionization-TimeOfFlightMassSpectrometry:MALDI-TOFMS)の機器が必要となることがあげられる.近年,このモラクセラ属による角膜炎が種々の臨床像を呈することが報告されつつあるが,まだ多くはない.今回,モラクセラ属と同定できた角膜炎をC4例経験し,細菌性角膜炎としては特殊な臨床像を呈したので報告する.CI症例〔症例1〕91歳,女性.主訴:左眼違和感,流涙,充血,視力低下.現病歴:糖尿病網膜症で通院中,3日前からの主訴を自覚し来院した.既往歴:糖尿病,高血圧症,10年前に両眼白内障手術歴.発症時所見:視力は右眼C0.05(0.06C×sph+0.25D(cyl.2.0DAx80°),左眼C0.01(n.c.),眼圧は右眼C16CmmHg,左眼C18mmHg.前眼部は右眼に異常なく,左眼は高度の結膜充血,大きな不整形の角膜潰瘍と,さらに広範なCretrocornealplaquesを認め,前房蓄膿を伴っていた(図1a).中間透光体は両眼眼内レンズ挿入眼で両眼眼底に異常を認めなかった.経過:角膜塗抹にて,比較的大きなグラム陰性短桿菌を認めた(図1b)が,通常培養では表皮ブドウ球菌の検出を認めた.さらにC35℃C48時間の炭酸ガス培養で血液寒天培地,チョコレート寒天培地ともに表面がやや隆起した光沢のある半透明なコロニーを形成し(図1c),コロニーを塗抹検鏡したところ,大型のグラム陰性桿菌を認め,モラクセラ属が疑われた.MALDI-TOFMS(BrukerDaltonics社)による同定検査を実施したところCM.nonliquefaciensと同定された.感受性試験では,多くの薬剤に感受性を示したが,クラリスロマイシン(CAM)には耐性であった.レボフロキサシン(LVFX)とセフメノキシム(CMX)の頻回点眼とセフジニル内服により緩徐に所見は改善し,上皮欠損消失にはC25日間を要した.絶命のため最終所見は治療開始C25日目で,瘢痕性混濁を残し,最終矯正視力はC0.01(n.c.)であった.〔症例2〕75歳,女性.主訴:右眼眼痛,眼脂,充血.現病歴:右眼絶対緑内障,左眼末期緑内障でC4剤点眼加療中,2日前からの主訴を自覚し来院した.既往歴:直腸癌.発症時所見:視力は右眼光覚(C.),左眼C0.06(n.c.),眼圧は右眼C46CmmHg,左眼C16CmmHg.前眼部は,右眼に毛様充血,辺縁不整の角膜輪状混濁を認めた.角膜上皮と実質の膿瘍は比較的軽度であったが,広い範囲のCretrocornealplaquesと前房蓄膿を認めた(図2).左眼に異常はなかった.中間透光体は両眼眼内レンズ挿入眼で,眼底は両眼とも高度の網脈絡膜萎縮,視神経乳頭蒼白萎縮を認めた.経過:角膜擦過物の塗抹検鏡から大きなグラム陰性桿菌を認め,症例C1と同様の培養でモラクセラ属が疑われた.菌種の同定を目的として実施したCIDテスト・HN-20ラピッド「ニッスイ」(日水製薬)で,M.nonliquefaciensまたはCM.lacunateがC87%と推定され,多くの薬剤に感受性を示した.CMX,モキシフロキサシン(MFLX)の頻回点眼とミノサイクリン内服により緩徐に軽快し,上皮障害の消失にはC31日,浸潤消失にはC83日を要した.最終所見は治療C31日目,軽度実質浮腫を残すのみであった.〔症例3〕81歳,女性.主訴:右眼異物感,視力低下,充血.現病歴:5日前からの主訴を自覚し来院した.既往歴:左眼弱視,右眼に翼状片手術と白内障手術歴.発症時所見:視力は右眼0.03(0.04C×sph.2.50D(cyl.2.50CDAx180°),左眼光覚(+),眼圧は右眼C18CmmHg,左眼18CmmHgであった.前眼部は,右眼に高度の充血,角膜に小円形の潰瘍を認め,上皮・実質の病変の範囲に比して,強いCDescemet膜皺襞や角膜後面の膜様沈着物を認めた(図3).左眼に異常はなかった.中間透光体は右眼眼内レンズ挿入眼,左眼成熟白内障で,両眼眼底には異常を認めなかった.経過:角膜擦過物の塗抹検鏡で多数の大きなグラム陰性桿菌を認めた.培養では同定不能であったため,MALDI-TOFMSを用い,M.nonliquefaciensが同定された.LVFX頻回点眼,トブラマイシン(TOB)点眼,アトロピン点眼,オフロキサシン眼軟膏により順調に改善し,上皮障害の消失にはC8日,浸潤消失にはC51日を要した.最終所見は治療C51日目で,わずかに瘢痕性混濁を残し,最終視力は,0.09(0.4C×sph.3.0D(cyl.1.0DAx90°)であった.〔症例4〕81歳,女性.主訴:右眼霧視,眼痛.現病歴:右眼実質ヘルペスの再発を繰り返し通院中,主訴を自覚し受診した.既往歴:糖尿病,関節リウマチ,気管支喘息.両原発閉塞隅角症でレーザー虹彩切開術歴,両白内障手術歴.発症時所見:視力は右眼手動弁,左眼C0.5(0.8C×sph.1.25CD(cyl.1.5DAx100°),眼圧は右眼40mmHg,左眼16mmHg.前眼部は,右眼に毛様充血,角膜全面に広範な不整形膿瘍を認めた.角膜実質浅層C1/3の膿瘍は比較的軽度であったが,むしろ深層の膿瘍は強く,高度のCretrocornealabc図1症例1a:発症時左眼前眼部所見.高度の結膜充血,大きな不整形の角膜潰瘍と,さらに広範なCretrocornealplaques(C.)を認め,前房蓄膿(.)を伴っていた.Cb:角膜擦過の塗抹.比較的大きなグラム陰性短桿菌(.)を認めた.Cc:細菌培養.35℃,48時間の炭酸ガス培養で血液寒天培地に,表面がやや隆起した光沢のある半透明なコロニーの形成を認めた.図2症例2の発症時右眼前眼部所見毛様充血,辺縁不整の角膜輪状混濁を認めた.角膜上皮と実質の膿瘍は比較的軽度であったが,広い範囲のCretrocornealplaques(.)と前房蓄膿を認めた.図3症例3の発症時右眼前眼部所見高度の充血,角膜に小円形の潰瘍を認め,上皮・実質の病変の範囲に比して,強いCDescemet膜皺襞や角膜後面の膜様沈着物を認めた.abc図4症例4a:発症時右眼前眼部所見.毛様充血,角膜全面に広範な不整形膿瘍を認めた.角膜実質浅層C1/3の膿瘍は比較的軽度であったが,むしろ深層の膿瘍は深く,高度のCretrocornealplaques,前房蓄膿を認めた.Cb:角膜擦過の塗抹.大量のグラム陰性桿菌(→)を認めた.plaques,前房蓄膿を認めた(図4a).左眼に異常はなかった.中間透光体は眼内レンズ挿入眼で,右眼眼底は透見不能であった.経過:角膜擦過物の塗抹検鏡で,大量のグラム陰性桿菌を認めた(図4b).培養では,メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-resistantCcoagulaseCnegativestaphylococci:MRCNS)とモラクセラ属を認めた.IDテストCHN-20ラピッドによる同定検査にて,M.catalarrisは否定的であったが,M.nonliquefaciensまたはCM.lacunateの可能性が高いという結果を得た.セフタジジム点滴,TOBおよびCMFLX頻回点眼を投与するも,第C6病日に角膜穿孔を生じ,第C15病日に羊膜移植を行った.その後感染は収束した.最終所見は治療C96日目で瘢痕性混濁を残し,最終視力は手動弁であった.CII考按モラクセラ属には,上気道から最多で検出されるグラム陰性球菌のCM.catarrhalis,グラム陰性の大きな双桿菌として,眼瞼炎や結膜炎の原因として知られるCM.lacunata,その他M.nonliquefaciens,M.osloensis,M.atlantae,M.lincolniiなどがある.口腔,上気道粘膜に定着しているため感染性,病原性は比較的弱い菌種であるが,局所における防御と細菌とのバランスが崩れることで急激に増殖あるいは細胞内に浸潤し,さまざまな感染症を生じるとされる.そのため過去の報告において,リスク因子として,糖尿病,アルコール中毒,栄養失調などの全身因子,コンタクトレンズや外傷,ドライアイ,角膜ヘルペスなど角膜上皮障害,角膜移植など眼手術の既往などの局所因子があげられている4.6).筆者らの症例でも,糖尿病の既往がC2例,眼手術の既往がC3例あり,いずれの症例も全身因子,局所因子の背景があった.本菌は発育が不安定な細菌であり分離培養がむずかしいため,診断には塗抹検査での検出が重要である.また,塗抹検鏡で陽性でも培養では陰性となりうるため,注意が必要である.塗抹所見の特徴は,非常に大きく角ばった桿菌であり,双桿菌様にみえる場合もある.今回症例C1では表皮ブドウ球菌,症例C4ではメチシリン耐性表皮ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusCepidermidis:MRSE)が同時に培養にて検出されたが,塗抹結果で大型のグラム陰性短稈菌が多数確認されたことから起因菌はモラクセラ属と判断した.症例C2とC4においては塗抹,培養ともにモラクセラ属を疑うものであり,症例C3においては培養結果が陰性であったが,塗抹鏡検で特徴的なグラム陰性桿菌を認めたためモラクセラ属を疑った.本菌の可能性を疑う場合,炭酸ガス培養をしなければ検出は困難であるため,血液寒天培地,チョコレート寒天培地を炭酸ガス培養し,48時間まで観察することが推奨されている.透明に近い集落が発育した場合,本菌の可能性が高く,従来法では同定が困難であることからCIDテスト・HN-20ラピッドキット,分子遺伝学的同定試験である16SrRNA遺伝子配列解析,質量分析装置であるCMALDI-TOFMSなどの同定検査を行うことが望ましいといわれている.今回,塗抹鏡検でモラクセラを疑い,確定診断を行うべく炭酸ガス培養や質量分析,IDテスト・HN-20ラピッド検査を行い,症例1,3はCM.nonliquefaciens,症例2,4ではM.lacunataまたはCM.nonliquefaciensであるという結果を得た.これらは,通常の培養同定検査だけでは不明菌あるいは培養陰性とされていたと思われる.モラクセラ属による角膜潰瘍の報告はC1980年代より散見される4)が,海外の報告においては外科的治療を要するような視力予後不良例が散見された.わが国においてはC2015年の大野らによるCM.nonliquefaciensによる角膜潰瘍の報告7)や,同年の井上らによるわが国における多施設スタディの報告がある5,6).同スタディにおいてC30症例のモラクセラ角膜炎が報告され,このなかにおける臨床像の特徴は以下のごとくであった.①患者背景としては糖尿病が多く,局所的な要因としてコンタクトレンズ装用や外傷が多いが,誘因がない症例も約C30%みられる.②臨床像はC3病型に分類され,輪状膿瘍型がC30%,不整面状浸潤型がC43.4%,小円形型が26.7%であった.前C2病型は高齢者に多く視力障害も強いが,小円形型ではコンタクトレンズ装用などの若年者にみられることが多い.③上皮欠損が治癒するまで平均C23.4日,完全に細胞浸潤が消失するまでには平均C41.9日であり,抗菌薬治療の反応は他の細菌性角膜炎より緩徐で長期間を要する.④抗菌薬治療にはよく反応するため視力予後は比較的よい,というC4点であった.なお,同報告にて質量分析と分子遺伝学的に同定された菌株はCM.lacnata2株,M.nonliquefaciens7株であったが,株間の臨床像の違いは指摘されていない.今回の症例1,4は不整面状浸潤型,症例C2は輪状膿瘍型,症例C3は小円形型に近いが,いずれも,上皮欠損の範囲や浸潤の程度など上皮・実質の病巣の所見に比して強いCretro-cornealplaquesや前房蓄膿などの内皮側・前房所見を認めたことが特記すべきことと思われた.同様の指摘をCTobi-matsuら8)も報告している.モラクセラ属による角膜潰瘍は病原性が弱いため潰瘍部は細胞浸潤が軽微で周辺角膜は比較的清明であることが多いが,これに反して強い炎症を惹起することがあり,その臨床像はさまざまであるとされていた.細菌性角膜潰瘍は,一般的に初期病変として浸潤があり,進行とともに膿瘍や潰瘍が周囲へ水平に進展するといわれている.一方,真菌性角膜潰瘍の特徴は,灰白色羽毛様病巣であるが,角膜実質から内皮側に垂直に菌糸が進展しやすいため,早期からCendothelialplaqueや前房蓄膿など前房炎症を伴うことが知られている.通常角膜内皮面に炎症産物の沈着を認めた場合,endothelialplaqueと考え真菌感染が疑われることが多いが,細菌感染(緑膿菌,モラクセラ,肺炎球菌)やウイルス(ヘルペス)感染においても,炎症が高度の場合,類似の所見を認めることがある.Takezawaらは,これを真菌感染症と区別してCretrocornealplaquesとよぶことを提唱している9).同報告では前眼部COCTを用い,真菌によるCendothelialplaqueは内皮面とCplaqueの間に鮮明な境界はなく,内皮面は不整であるが,細菌によるCretrocornealplaquesは,内皮面とCplaqueの間に鮮明な境界があり,内皮面が平滑であることを指摘し,endothelialplaqueは,真菌が実質から内皮に侵入しており病原体を含むプラークであることが多く,retrocornealplaquesは毒素に対する好中球やC.brinなどの炎症細胞である可能性が高いと考察している.本症例のように軽微な浸潤と上皮欠損に比べて強い内皮側の反応を伴う場合,真菌感染との鑑別が必要となる.とくにモラクセラは細菌感染に関しては進行が緩徐で,培養では検出困難であり,抗菌薬への反応も緩徐であることから,さらに鑑別がむずかしい.感染症診断における塗抹鏡検の重要性が改めて示唆されるとともに,今回は施行していないが,前眼部OCTも診断補助として有用であると推察される.強いCretrocornealplaquesを生じた理由については,糖尿病や全身局所状態により血管透過性が亢進していること,とくにCM.lacunata,M.nonliquefaciensはC.blinolysin,hyalu-nonidase,lecithinaseなどの毒素様物質を多く産生すること10)が関与していると思われる.呼吸器感染症において,モラクセラは病巣での白血球遊走を促し強い炎症を惹起し,粘膜における滲出性炎症と粘液の分泌亢進を伴うが,比較的粘膜組織の破壊は伴わないとされている11).角膜潰瘍においても,その弱い病原性により角膜上皮に対する重篤な組織破壊を伴わずに,強い前房内炎症とともにCretrocornealplaquesを生じるのかもしれない.モラクセラ属による肺炎のC30%以上は,肺炎球菌やインフルエンザ菌が同時に分離される混合感染であるとされている.眼科領域においても複合感染性結膜炎の報告があり,肺炎球菌との合併が多く,その他連鎖球菌属,表皮ブドウ球菌,インフルエンザ菌,黄色ブドウ球菌,コリネバクテリウムなどが同時に検出されている12).モラクセラ属による角膜炎が多様な臨床像を示す理由として,菌種による毒素性物質の産生や複合感染の関与で臨床像が装飾されることも考えられる.治療に関しては,M.catarrhalis,M.lacunata,M.nonliq-uefaciensのC90.100%がCb-ラクタマーゼを産生する13)ことから,ペニシリン系や第一世代セフェム系以外の広範な薬剤感受性が良好とされ,本酵素に安定な第C2または第C3世代セフェム系,ニューキノロン系などの抗菌薬をはじめ,今日の日本国内で多用される薬剤がほぼ有効である.しかし,M.nonliquefaciensのC68.1%にマクロライド系高度耐性を示す株が存在し14),今回も症例C1ではCCAMに対して耐性を認めたため,今後耐性化に注意が必要と思われる.抗菌薬治療が有効であったものの,上皮欠損の消失には長時間がかかった点は過去の報告と同様であった.症例C1,2,3は,2剤以上の抗菌薬使用で予後良好であったが,症例C4においては抗菌治療で緩徐に軽快傾向があったが徐々に角膜菲薄化し,第C6病日に角膜穿孔を認め羊膜移植を要した.小児中耳炎において,M.catarrhalisは小児の中耳に定着しバイオフィルムを産生することによりの再発や遷延化に関与する可能性が近年注目されている15).角膜潰瘍においても,同様にバイオフィルムが産生されて治療への反応が遅くなる可能性や,菌の産生する毒素やプロテアーゼなどで治癒に長時間がかかることが,治療への反応の緩徐さを招いている可能性があると思われる.今回,モラクセラ属と同定された角膜炎のC4症例について,その臨床的特徴を中心に報告した.今後さらなる詳細な病態の解明のために,菌種の同定を含めた症例の蓄積が必要である.文献1)三井幸彦,北野周作,内田幸男ほか:細菌性外眼部感染症に対する汎用抗生物質等点眼薬の評価基準,1985.日眼会誌C90:511-515,C19862)感染症角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス─分離菌・患者背景・治療の現況.日眼会誌110:961-972,C20063)井上幸次,大橋裕一,秦野寛ほか:前眼部・外眼部感染症における起因菌判定―日本眼感染症学会による眼感染症起炎菌・薬剤感受性他施設調査(第一報).日眼会誌C115:C801-813,C20114)DasS,ConstantinouM,DaniellMetal:MoraxellakeratiC-tis:predisposingCfactorsCandCclinicalCreviewCofC95Ccases.CBrJOphthalmolC90:1236-1238,C20065)InoueH,SuzukiT,InoueTetal:ClinicalcharacteristicsandCbacteriologicalCpro.leCofCMoraxellaCkeratitis.CCorneaC34:1105-1109,C20156)鈴木崇:モラクセラ角膜炎ダイジェスト.あたらしい眼科33:1547-1550,C20167)大野達也,田中洋輔,安西桃子ほか:Moraxellanonliquefa-ciensによる角膜潰瘍のC1症例.日臨微生物誌C25:46-52,C20158)TobimatsuCY,CInadaCN,CShojiCJCetal:ClinicalCcharacteris-ticsCofC17CpatientsCwithCMoraxellaCkeratitis.CSeminCOph-thalmolC33:726-732,C20189)TakezawaY,SuzukiT,ShiraishiA:Observationofreto-cornealCplaquesCinCpatientsCwithCinfectiousCkeratitisCusingCanteriorCsegmentCopticalCcoherenceCtomography.CCorneaC36:1237-1242,C201710)井上勇,新井武利,吉沢一太ほか:Moraxellaに関する研究第C4報Moraxellaの毒素様物質について.感染症誌C51:603-607,C197711)長南正佳,中村文子:モラクセラ・カタラーリス.臨床検査58:1366-1368,C201412)坂本雅子,東堤稔,深井孝之助:眼感染症由来検体より分離したCMoraxella(Branhamella)catararrhlisの細菌学的検討.あたらしい眼科7:89-93,C199013)川上健司:Cbラクタマーゼ産生モラキセラ・カタラーリス感染症.医学のあゆみ208:29-32,C200414)NonakaCS,CMatsuzakiCK,CKazamaCTCetal:AntimicrobialCsusceptibilityCandCmechanismsCofChighClevelCmacrolideCresistanceinclinicalisolatesofMoraxellanonliquefaciens.JMedMicrobiolC63:242-247,C201415)秦亮,渡辺博:モラクセラ感染症.別冊日本臨床感染症症候群,第C2版,上,病原体別感染症変,p94-98,日本臨牀社,2013***

涙小管結石の組成についての検討─細菌学的検査,組織化学的および元素分析的解析

2019年9月30日 月曜日

《第7回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科36(9):1183.1187,2019c涙小管結石の組成についての検討─細菌学的検査,組織化学的および元素分析的解析児玉俊夫*1大城由美*2首藤政親*3*1松山赤十字病院眼科*2松山赤十字病院病理診断科*3愛媛大学学術支援センターCAnalysisofConcretionintheCanaliculus─Microbiological,HistochemicalandElementAnalysisToshioKodama1),YumiOshiro2)andMasachikaShudo3)1)DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,2)3)IntegratedCenterforScience,EhimeUniversityCDepartmentofPathology,MatsuyamaRedCrossHospital,目的:細菌学的,組織学的検査および元素分析による涙小管結石の解析.対象および方法:対象は涙小管結石を摘出したC22例で,膿性分泌物の好気性,嫌気性細菌培養を行った.摘出された結石はグラム染色,コッサ染色,過ヨウ素酸シッフ(PAS)染色による組織化学的解析,走査型電子顕微鏡(SEM)による微細構造の検討,およびエネルギー分散型蛍光CX線分析による構成元素の解析を行った.結果:細菌学的検査で放線菌が検出できたのはC22例中C6例で,病理組織標本では菌糸を有すグラム陽性桿菌がC15例で認められた.結石の中心部は好酸性の無構造物質がみられ,PAS陽性のムコ多糖類が層状構造を示し,塊状のカルシウム沈着がみられた.SEMにより結石の表面にはフィラメント様線維がみられ,元素分析により結石表面の主要な元素として炭素,塩素,酸素,リン,カルシウムが認められた.結論:涙小管結石は肉芽腫から漏出したムコ多糖類などが放線菌菌糸に絡みつき,さらにカルシウムが沈着することにより涙小管結石を形成したと考えられた.CPurpose:Toreportthecharacteristicsofmicrobiological,histochemicalandelementanalysisofconcretioninthecanaliculus.Methods:Thisstudywasconductedon22casesoflacrimalcanaliculitiswhounderwentsurgicalremovalCofCconcretions.CPurulentCdischargeCwasCexaminedCbyCaerobicCandCanaerobicCcultures.CConcretionsCwereCexaminedusinghistopathologicalstainingwithhematoxylinandeosin,gram,Kossaandperiodicacid-Schi.(PAS)C.Westudiedtheconcretionsurfacebyobservationwithscanningelectronmicroscopy(SEM)andenergydispersiveX-rayCspectrometry(EDX)C.CResults:InCbacteriologicalCexamination,CpurulentCdischargeCshowedCActinomycesCin6outCofC22Ccases.CHistopathologicalCexaminationCrevealedC15CcasesCofC.lamentousCgram-positiveCorganisms.CEosino-philicCamorphousCmatrixCwasCobservedcentrally;PAS-positiveCmucopeptideCmaterialsCshowingClaminarCstructureCandcalciumdepositionwerescatteredintheconcretions.SEMshowed.lamentousorganismsonthesurfaceoftheconcretion,CtheCfrequentCelementsCbeingCcarbon,Cchlorine,Coxygen,Cphosphorous,CcalciumCasCdemonstratedCbyCEDX.CConclusion:Wesupposeaconcretiondevelopmentalprocessinwhichmucopeptidesecretedfromgranulationtis-suesinthecanaliculitismayconglutinatetothe.lamentousgram-positiveorganismsandthatcalciumdepositionmayfollow.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(9):1183.1187,C2019〕Keywords:涙小管炎,涙小管結石,放線菌,石灰化,エネルギー分散型CX線分析.lacrimalcanaliculitis,concre-tioninthecanaliculus,Actinomyces,calci.cation,energydispersiveX-rayspectrometry.C〔別刷請求先〕児玉俊夫:〒790-8524愛媛県松山市文京町1松山赤十字病院眼科Reprintrequests:ToshioKodama,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,1Bunkyo-cho,Matsuyama,Ehime790-8524,JAPANCはじめに涙小管炎は比較的まれな疾患で,亀井らによると抗菌点眼薬では改善しない片眼性の難治性結膜炎として治療されていることが多く,涙点の拡大や涙小管部の眼瞼腫脹あるいは硬結,および大量の粘液膿性眼脂などの臨床症状がみられる1).涙小管炎には菌塊ともよばれる涙小管結石を生じることがあるが,なぜ涙小管炎に結石形成がみられるのか,その異所性石灰沈着の機序はいまだ明らかではない.本報告では手術によって摘出した涙小管結石について細菌学的検査,組織化学的解析,走査型電子顕微鏡および元素分析を行って結石の石灰化メカニズムについて検討したので報告する.CI対象および方法対象はC2004年4月1日.2019年1月C31日の14年10カ月間に松山赤十字病院眼科(以下,当科)において手術により涙小管結石を摘出したC22例である.涙小管炎の起炎微生物の同定については,涙点部の圧迫を行って排出された膿性分泌物を用いて塗抹標本のグラム染色と細菌培養を行った.培養条件として好気性菌および通性嫌気性菌検出のための好気的培養は大気中で行った.偏性嫌気性菌検出のための嫌気的培養は試料を採取して即座に当科と同じ階にある微生物検査室に運び,窒素C80%,水素C10%,二酸化炭素C10%の混合ガスに満たされたグローブ付きボックスの中で培養を行った.涙小管結石は,涙点拡張後に鋭匙により炎症を生じている涙小管内を掻爬するか,涙小管を切開して周囲の肉芽組織とともに採取した(図1).なお,涙小管の再建のため涙小管切開後,涙管チューブを留置して涙小管断端同士を縫合した.涙管チューブは涙管通水試験で涙小管が閉鎖していないことを確認して約C3カ月後に抜去した.図1涙小管切開による涙小管結石の摘出下涙小管部で硬結を触れる部位で皮膚切開を加え,結石(.)と周囲の肉芽組織を露出した.摘出した涙小管結石はホルマリン固定,アルコール脱水,パラフィン包埋を行ってC3Cμmの薄切切片を作製した.薄切切片はヘマトキシリン・エオジン(HE)染色,グラム染色,カルシウム染色であるコッサ染色,ムコ多糖類の染色である過ヨウ素酸シッフ(PAS)染色を行い,結石の性状について検討した.涙小管結石表面の微細構造の解析は,摘出した結石をC3%グルタールアルデヒド・リン酸緩衝液で固定後,臨界点乾燥を行って走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し,さらにエネルギー分散型CX線分析(energyCdispersiveCX-rayspectrometry:EDX)により結石表層の構成元素を特定した.涙小管結石のおもな構成元素のピーク高と涙.鼻腔吻合術で切除した前涙.稜の骨組織の構成元素と比較した.本研究は松山赤十字病院医療倫理委員会の承認を受けて行った(NoC657).CII結果涙小管結石を摘出した患者の平均年齢はC72.7C±9.2歳(平均±標準偏差,57.87歳)で男性C5例,女性C17例と女性に多かった(図2).膿性分泌物の細菌学的検査を行ったC22例中,放線菌が分離されたのはC6例で,そのうちCActinomycesisraeliiと同定できたのはC2例のみであった.放線菌以外の検出菌はC52株で,好気性菌および通性嫌気性菌では多い順にCStreptococ-cusanginosusが8株,Corynebacterium属とCStapylococcusepidermidisが5株,StapylococcusaureusがC4株であった.偏性嫌気性菌ではCPropionibacteriumacnesが9株,Fusa-bacterium属がC3株であった.細菌培養により放線菌が検出できなかったC16症例では摘出した結石のパラフィン切片を用いて病理組織検査を行った.グラム染色で結石の表層に放線菌と考えられる菌糸を有すグラム陽性桿菌が認められたのはC15例であった.残りC1例では菌糸の直径がC2Cμmを超えており放線菌より直径が大きいために,真菌染色であるグロコット染色を行って真菌と確認した.(例)181614121086420男性女性図2性別による涙小管炎の頻度結石を伴う涙小管炎の頻度は女性に多かった.図3涙小管結石の組織化学的所見a:HE染色.結石の表層には炎症細胞浸潤がみられ,結石の中心部は好酸性の無構造物質が存在していた.バーはC10Cμm.Cb:PAS染色.結石内部にはCPAS陽性のムコ多糖類からなる物質が層状構造(.)をとっていた.C→はCcにおける塊状の石灰化物で,PAS染色標本でもみられた.バーはC10Cμm.Cc:コッサ染色.結石内に塊状の石灰化物(C→)がみられ,その付近に微小な石灰沈着が認められた(⇒).バーはC10Cμm.Cd:グラム染色.結石の表層部に菌糸を有するグラム陽性桿菌(☆)が多数認められた.バーはC10Cμm.図4涙小管結石の微細構造a:グラム染色.フィラメント状の菌糸を有するグラム陽性桿菌が多数みられ放線菌と考えた.バーは1Cμm.Cb:SEM.析出した線維素あるいは菌糸と考えられる微細なフィラメント状物質と,桿菌と思われる長さ1.2Cμmの菌体類似構造(.)が認められた.バーはC10Cμm.つぎに涙小管結石の性状を明らかにするために組織化学的な石灰沈着が認められた(図3c).グラム染色では結石の表検討を行った.HE染色において最表層には炎症細胞浸潤が層部に菌糸を有するグラム陽性桿菌が多数認められた(図みられ,結石の中心部は好酸性の無構造物質が存在していたC3d).さらにグラム染色標本のグラム陽性桿菌は,高倍率で(図3a).PAS染色では結石内部にCPAS陽性のムコ多糖類詳細を観察するとフィラメント状の菌糸を有しており,放線から成り立つ物質が層状構造をとっていた(図3b).コッサ菌と考えた(図4a)染色では結石内に塊状の石灰化物がみられ,その周囲に微小SEMにより結石表面の微細構造を観察すると,析出したab図5涙小管結石と骨組織表面のEDXの比較a:涙小管結石(90歳,女性).Cb:骨組織(71歳,女性).涙.鼻腔吻合術時に切除した前涙.稜の骨壁.EDXによる分析では,涙小管結石の表層のおもな元素は炭素,塩素,酸素,リン,カルシウムで,骨組織も同様であった.涙小管結石では骨組織と比較するとリン(①)のピークが高く,塩素(②)とカルシウム(③)のピークが減少していた.線維素あるいは菌糸と考えることもできる微細なフィラメント状物質と桿菌と思われる長さC1.2Cμmの菌体類似構造が認められた(図4b).同部位をCEDXにより計測して結石表層の構成元素を分析したところ,炭素,塩素,酸素,リン,カルシウムが結石表層の構成元素として同定された.比較のため涙.鼻腔吻合術で切除した骨組織を分析したところ,結石の構成元素と同様の組成を示した.今回使用したCEDXでは定量的測定ができないためにピーク高での単純比較しかできないが,涙小管結石では骨組織と比較するとリンのピークが高く,塩素とカルシウムのピークが減少していた(図5).CIII考按涙小管炎は比較的まれな疾患であるが,抗菌点眼薬では改善しない膿性の眼脂を伴った片眼性の難治性結膜炎をみたら涙小管炎を鑑別診断にあげる必要がある.臨床所見として噴火状に突出した涙点を中心に眼瞼の発赤を認め,圧迫すると膿が排出される.起炎病原微生物の同定には細菌培養検査が不可欠であるが,起炎菌としてグラム陽性嫌気性菌である放線菌の検出率は低い.膿性分泌物を用いた嫌気培養による放線菌の検出率を比較すると,DemantらはC12例中C3例(25%)2),亀山らはC32例中C12例(38%)1)とその検出率は高いとはいえない.本報告でもその検出率はC27%であった.そのため亀山らやCVeirsは細菌培養による検出が放線菌の診断には必要ではなく,塗抹標本で菌糸を有すグラム陽性桿菌が証明されれば涙小管放線菌症と診断可能としている1,3).本報告では涙小管結石C16例のパラフィン切片を作製して,グラム染色を行い結石の表層に放線菌と考えられる菌糸を有すグラム陽性桿菌が検出できたのはC15例であった.Reppらはフィラメント様構造物がより明瞭に染色できるゴモリ・メセナミン銀溶液を用いて涙小管結石C11例を染色したところ放線菌の菌糸を検出できたのはC10例で,病理組織化学的手法が放線菌の検出に有用としている4).涙小管結石は硬度が低くもろいために結石を押しつぶして塗抹標本を作製することがあるが,手間はかかっても結石をホルマリン固定,パラフィン切片を作製してグラム染色を行ったほうが微生物の形状が保たれるために放線菌の検出には有利である5).問題点として塗抹標本および病理組織標本ともフィラメント状の菌糸をもつグラム陽性桿菌である放線菌目の細菌を検出できても,嫌気性のアクチノミセス属か好気性のノカルジア属かを同定することは不可能であり,やはり菌種の同定には細菌培養検査が不可欠である6).なぜ放線菌の検出率が低いか,その理由を考えてみたい.膿性分泌物の細菌学的検査による放線菌以外のおもな検出菌は,好気性および通性嫌気性菌ではCStreptococcusanginosus,Corynebacterium属,StapylococcusCepidermidis,Stapylococ-cusaureusの順に多かった.偏性嫌気性菌ではCPropionibac-teriumacnesとCFusabacterium属が多かった.Stapylococcusepidermidis,Stapylococcusaureus,Corynebacterium属細菌は結膜.常在細菌叢を形成しており,Propionibacteriumacnesはマイボーム腺や皮膚の毛根部に生息している7).一方,口腔内にも多数の微生物が生息しており放線菌,StreptococcusanginosusやCFusabacterium属細菌は口腔内細菌叢の一員として定住している8).これらの常在菌が混在していると発育の遅い放線菌の生育が抑制されるために細菌培養での検出率が低下すると考えられる.涙道結石の形成機序について,Iliadelisらは炎症の起きている涙道粘膜において涙液の再吸収が生じて塩類,とくにカルシウムの過飽和が生じることにより結石形成が促進されるとしている.さらに高濃度の塩類は水可溶性蛋白質の凝集をもたらし,その結果,変性した蛋白質が結石の核になりうるという仮説を提唱している9).この仮説を踏まえたうえで,結石形成のメカニズムを本報告では組織化学的および電子顕微鏡的に検討した.結石の中心部はCHE染色にて好酸性の無構造物質で,凝集した変性蛋白質と考えることができる.PAS染色ではCPAS陽性のムコ多糖類が凝集して層状構造を示しており,少しずつ凝集して結石を形成したと考えられる.同時に結石内部の放線菌の菌体は吸収されて無構造化したと思われる.結石の表層ではコッサ染色で示されたカルシウム沈着が認められ,グラム染色で放線菌が同様に結石の表層に分布していたことを考えると,放線菌と石灰沈着の間には何らかの関連があると思われる.Perryらは涙道結石をムコペプチド型と細菌型のC2種類に分類し,ムコペプチド型結石は涙.に局在し,細菌型結石は大多数が涙小管から採取されたと報告し,細菌型結石ではカルシウムの含有量が少ないために石のような硬度を示すことはまれであるとしている10).本報告でも涙小管結石C16例中C15例に放線菌が検出され,涙小管結石は放線菌が増殖した細菌型の結石に分類される.涙小管炎は女性に多いという特徴があるが,本報告でも男性C5例に対して女性はC17例と女性に発症することが多いことがわかった.前述のように結石形成は核となる物質が存在すれば,結石の成長が促進される.すなわち,女性では化粧品のパウダーが涙小管に貯留するために涙小管結石の核となるというメカニズムも考えられている11).EDXによる分析では涙小管結石の表層は炭素,塩素,酸素,リン,カルシウムで構成されていたが,いずれもカルシウム塩の構成元素である.今回使用したCEDXでは定量的分析は困難である12)が,涙.鼻腔吻合術時に切除された骨組織の構成元素を強度で比較すると,涙小管結石ではリンの量が高かったが,塩素とカルシウムの量が多かった理由として,涙小管結石でカルシウム量が少なく,リンの量が高かったのは骨組織に比較すると涙小管結石では骨密度が低く,蛋白質などの有機物の量が多いためと考えられる.組織学的検討より涙小管結石はCPerryらが提唱した涙道結石の分類では細菌型の特徴を備えていたが,EDXの結果もこの所見を支持するものである.涙小管結石の生成機序として涙小管炎に伴う肉芽腫血管から漏出したムコ多糖類や,おそらく結膜杯細胞由来のムチンなどが放線菌の菌糸に絡みついてバイオフィルムを形成し,さらにカルシウムが沈着することにより涙小管結石を形成したと考える.文献1)亀井和子,中川尚,内田幸男:放線菌による涙小管炎の臨床所見.あたらしい眼科7:1783-1786,C19902)DemantCE,CHurwitzJ:Canaliculitis:ReviewCofC12Ccases.CCanJOphthalmolC15:73-75,C19803)VeirsER:TheClacrimalCsystem.Canaliculus.:In:Exter-naldiseasesoftheeye(WilsonLA,ed)C.p134-138,Harper&Row,Hagerstown,19794)ReppCDJ,CBurkatCCN,CLucarelliMJ:LacrimalCexcretoryCsystemconcreations:canalicularCandClacrimalCsac.COph-thalmologyC116:2230-2235,C20095)石川和郎,児玉俊夫,島村一郎ほか:菌塊を形成した涙小管感染症の細菌学的検討.臨眼62:467-472,C20086)水口康雄:アクチノミセス,ノカルジア.戸田新細菌学改訂32版(吉田眞一,柳雄介編),p669-673,南山堂,20027)桑原知巳:結膜.常在細菌叢.眼科58:157-165,C20168)中山浩次:口腔微生物と感染症.戸田新細菌学改訂C32版(吉田眞一,柳雄介編),p178-180,南山堂,20029)IliadelisCED,CKarabatakisCVE,CSofoniouMK:DacryolithsCinCaCseriesCofdacryocystorhinostomies:HistologicCandCchemicalanalysis.EurJOphthalmolC16:657-662,C200610)PerryCLJP,CJakobiecCFA,CZakkaFR:BacterialCandCmuco-peptideCconcretionsCofCtheClacrimaldrainageCsystem:AnCanalysisof30cases.OphthalPlastRecostrSurgC28:126-133,C201211)MarthinJK,LindegaardJ,PrauseJUetal:LesionsofthelacrimaldrainageCsystem:aCclinicopathlogicalCstudyCofC643CbiopsyCspecimensCofCtheClacrimalCdrainageCsystemCinCDenmarkC1910-1999.CActaCOphthalmolCScandC83:94-99,C200512)星野玲子:蛍光CX線分析の原理と機器を利用した比較研究.鶴見大学紀要52:77-89,C2015***

基礎研究コラム 28.Stiffness(硬さ)と細胞分化

2019年9月30日 月曜日

Sti.ness(硬さ)と細胞分化はじめに細胞外マトリックス(extracellularmatrix:ECM)は結合組織線維(コラーゲン線維,エラスチン線維),基質(グリコサミノグリカン,プロテオグリカン),蛋白質などから構成されており,細胞と細胞を埋めている物質をさします.適切なCECMはCES/iPS細胞などのような幹細胞から目的細胞に分化させるときに非常に重要となります.近年ではとくにそのCsti.nessに注目が集まっています.たとえば,間葉系幹細胞を培養するときに,基材のCsti.nessを変えることで分化制御できることが明らかになってきており,骨再生などの再生医療においても応用されています.CSti.nessと角膜健常な角膜上皮は角膜輪部から常に新しい上皮細胞が供給され,その恒常性が維持されています.角膜輪部が広範囲に障害されると角膜上皮細胞の供給が妨げられ,代わりに結膜上皮細胞が侵入します.しかし,角膜実質すなわちCECMが正常である場合,その透明性が維持されていることをしばしば経験します.Stevens-Johnson症候群,眼類天疱瘡および熱・化学外傷などによって引き起こされる角膜上皮幹細胞疲弊症では慢性炎症が持続しており,角膜上皮細胞の分化異常が生じます.近年の研究において,Notch1をノックアウトして慢性炎症を引き起こしたモデルでは,YAP(Y-chromosomeCalupolymorphism)が核内に移行し,ECMが正常より硬くなることで角膜上皮特異的蛋白であるケラチンC12の発現が低下し,角化上皮細胞のマーカーであるケラチンC1の発現が上昇し,分化異常をきたします1).また角膜輪部では角膜中央部と比べてCECMのCsti.nessが違うことが知られており2),石田学京都府立医科大学北澤耕司京都府立医科大学,BuckInstituteforResearchonAgingsti.nessを点眼によって実験的に変えることで,幹細胞マーカーの発現量が変わることが報告されています3).今後の展望上述したような機械的刺激を生物学的シグナルに変換することをメカノトランスダクションといいます.角膜上皮細胞は,コア転写因子によってその細胞恒常性が維持されていることが報告されており4,5),ECMのCsti.nessが転写因子の発現を制御していると考えられます.すなわち,このCECMの制御を人工的に操作することができれば,重症の難治角結膜疾患における異常細胞分化を制御することができ,健常な角膜上皮細胞に戻すという,一種のダイレクトリプログラミング治療も夢物語ではないかもしれません.文献1)NowellCCS,COdermattCPD,CAzzolinCLCetal:ChronicCin.ammationCimposesCaberrantCcellCfateCinCregeneratingCepitheliathroughmechanotransduction.NatCellBiol18:C168-180,C20162)FosterJW,JonesRR,BippesCAetal:Di.erentialnucle-arCexpressionCofCYapCinCbasalCepithelialCcellsCacrossCtheCcorneaCandCsubstratesCofCdi.eringCsti.ness.CExpCEyeCResC127:37-41,C20143)GouveiaRM,LepertG,GuptaSetal:Assessmentofcor-nealCsubstrateCbiomechanicsCandCitsCe.ectConCepithelialCstemCcellCmaintenanceCandCdi.erentiation.CNatCCommunC10:1496,C20194)KitazawaK,HikichiT,NakamuraTetal:OVOL2main-tainsCtheCtranscriptionalCprogramCofChumanCcornealCepi-theliumCbyCsuppressingCepithelial-to-mesenchymalCtransi-tion.CellCRepC15:1359-1368,C20165)KitazawaCK,CHikichiCT,CNakamuraCTCetal:PAX6Cregu-lateshumancornealepitheliumcellidentity.ExpEyeResC154:30-38,C2017図1細胞のsti.nessと細胞分化細胞外マトリックスのCsti.nessが変わることにより細胞分化が変わる.メカノトランスダクションの制御が今後の細胞分化制御に重要であるかもしれない.Elasticity+++Elasticity+角膜上皮幹細胞角膜上皮細胞Elasticity+/-異常角化上皮細胞(69)あたらしい眼科Vol.36,No.9,2019C11710910-1810/19/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス 196.硝子体手術後の鼻側楔状視野欠損(初級編)

2019年9月30日 月曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載196196硝子体手術後の鼻側楔状視野欠損(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに硝子体手術後,急性期に視野異常をきたす病態としては,空気灌流による網膜傷害,網膜動脈閉塞症,虚血性視神経症,インドシアニングリーンによる網膜毒性などの報告がある.このうち,楔状の視野障害を生じるものとしては空気灌流によるものが知られているが,通常はインフュージョンポートの対側網膜が傷害されるので,視野欠損は下耳側に生じる.筆者らは原因不明の鼻側楔状視野障害を生じた4例を経験し報告したことがある1).●症例4例の原疾患は黄斑円孔2例,黄斑上膜1例,網膜分離症1例.手術は球後麻酔3例,Tenon.下麻酔1例.全例シャンデリア照明を使用した25ゲージ4ポートで硝子体手術を施行し,内境界膜.離の際にBBGを使用した.黄斑円孔の2例では液空気置換後にSF6ガスの注入を行った(表1).4例とも術後早期より鼻側視野障害を訴えた.Goldmann視野検査を施行したところ,黄斑を頂点とする楔状の鼻側視野障害を認めた(図1).術後も視野に変化は認めなかった.OCTアンギオグラフィー検査を行った黄斑円孔症例において,術後に明らかな網膜循環障害を疑う所見は認めなかった.●鼻側楔状視野欠損の原因視野障害の原因としては循環障害,麻酔の影響などが考えられるが,原因を特定することはできなかった.ただし,いずれも鼻側の楔状視野障害であり,なんらかの共通の原因が考えられる.4症例の特徴としては,症例3以外で緑内障の既往があったこと,全員女性であったこと,術後の眼底検査およびOCTにおいて視野障害を生じるような明らかな網膜病変を認めなかったこと,中心視野は保持されており,術後視力は比較的良好であったことなどがあげられる.(67)0910-1810/19/\100/頁/JCOPY表14症例のまとめ症例原疾患年齢性別術眼眼軸長麻酔眼合併症①黄斑上膜65歳女右23.99mm球後緑内障BRAO②網膜分離65歳女左25.62mm球後緑内障③黄斑円孔63歳女左22.85mmTenon.下なし④黄斑円孔67歳女左22.82mm球後緑内障図14症例の術後Goldman動的視野検査結果4例とも術後早期よりGoldmann視野検査で黄斑を頂点とする楔状の鼻側視野障害を認めた.①の耳側視野障害は網膜静脈分枝閉塞(BRVO)によるものである.今回のような鼻側に楔型視野狭窄をきたす疾患としては,圧迫性視神経症がある.圧迫性視神経症の原因としては頭蓋内病変(腫瘍や脳動脈瘤),眼窩内病変(甲状腺眼症や眼窩腫瘍,視神経腫瘍など)がある.今回,球後に注入された麻酔液が視神経を過度に圧迫し,もともとの緑内障素因が加わって視神経の循環障害を惹起した可能性も考えられる.しかし,今回の1例はTenon.下麻酔の症例であり,麻酔薬が一塊となり視野障害を起こすほど視神経を圧迫する可能性は低い.麻酔薬自体の視神経に及ぼす影響も否定はできないが,いずれにしても,このような合併症がまれに生じうることを念頭におき,術後に患者が視野欠損を自覚した場合には,視野検査を行うべきである.文献1)佐藤孝樹,大須賀翔,河本良輔ほか:25ゲージ硝子体手術後に鼻側に楔状視野障害を生じた4例.臨眼73:651-659,2019あたらしい眼科Vol.36,No.9,20191169

眼瞼・結膜:Stevens-Johnson症候群と結膜変化

2019年9月30日 月曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人54.Stevens-Johnson症候群と結膜変化上田真由美京都府立医科大学特任講座感覚器未来医療学Stevens-Johnson症候群は,急性期に全身の皮膚と粘膜,そして眼表面の炎症を生じる.重度の眼表面炎症は,瞼球癒着や眼瞼結膜の瘢痕形成,角膜への結膜侵入,睫毛乱生など,結膜に瘢痕病変を生じさせる.慢性期においても軽度の眼表面炎症が継続し,結膜病変を進行させることがある.●はじめにStevens-Johnson症候群(Stevens-Johnsonsyn-drome:SJS)は,突然の高熱,口内炎,皮膚の小さな発疹に続いて,全身の皮膚と粘膜に水疱とびらんを生じる急性の皮膚粘膜疾患である.中毒性表皮壊死症(toxicepidermalnecrolysis:TEN)の一部はSJSの重症型と考えられているが,眼科では,瘢痕性角結膜上皮症に至った慢性期の患者を診ることが多く,重篤な眼合併症を伴うSJSとTENを併せて広義のSJSと呼称している1).急性期に重篤な眼合併症(偽膜ならびに角結膜上皮欠損の両方を認める重篤な結膜炎)を伴うのはSJS/TEN全体の約40%と報告されているが2),その多くは慢性期に重篤な眼後遺症を生じる.重篤な眼後遺症としては,重症ドライアイのほかに,おもに次の結膜病変があげられる.①睫毛乱生,②瞼球癒着,③眼瞼結膜の瘢痕形成,④角膜への結膜侵入・角化.これらの重篤な後遺症は,視力障害の原因となる.本稿では,これらの慢性期の眼後遺症の結膜所見について詳細に記載する.●睫毛乱生(図1)慢性期SJSで認められる睫毛乱生は,一般に認められる睫毛乱生と比較するとかなり重症である.多くの場合,睫毛根部の位置が通常の睫毛ラインからはずれており,ひどい場合は眼瞼結膜から睫毛が生えている.睫毛乱生を放置しておくと睫毛接触による眼表面炎症を誘発するので,こまめに睫毛抜去する必要がある.重症の場合は睫毛根部切除術などの手術的治療も適応となる.●瞼球癒着(図2)慢性期SJSでは瞼球癒着を認めることが珍しくない.程度はさまざまで,重度の場合,上下の眼瞼も癒着していることがある.また,瞼球癒着は,慢性期であっても炎症が継続すれば進行する.瞼球癒着の解除手術につい(65)0910-1810/19/\100/頁/JCOPY図1睫毛乱生慢性期SJSでみられる睫毛乱生は,通常の睫毛乱生とは異なり,かなり重度である.この症例では,睫毛ラインの内側に多数の睫毛が生えているのに加えて,眼瞼結膜面からも睫毛が生えている.ては,軽度であれば羊膜移植,中等度から重度の場合は培養粘膜上皮移植が有効である.●眼瞼結膜の瘢痕化(図3)急性期に重篤な結膜炎を認めるSJSでは,結膜に偽膜を認めるほど強い炎症を生じる.治療とともに偽膜は出なくなり,強い結膜炎症も徐々に消退するが,慢性期には眼瞼結膜の瘢痕化が後遺症として残ることが多い.この眼瞼結膜の瘢痕が眼瞼縁に存在すると,瞬目のたびに角膜表面をこすって角膜上皮びらんの原因となり,また,患者に眼が開けられないほどの不快感を与える.最近,インドや欧米では,眼瞼縁の結膜瘢痕を除去し口腔粘膜を移植して眼瞼縁の不正を取り,角膜表面への摩擦を減少させる手術を行い,よい結果を得ている.●角膜への結膜侵入(図4)急性期に眼表面炎症のために角膜幹細胞(輪部に存在)が消失してしまった場合,角膜に結膜が侵入する.結膜上皮だけが角膜に入ってくる場合,結膜上皮と薄い結合組織が入ってくる場合,厚い結膜組織が角膜に侵入してくる場合など,程度はさまざまであるが,いずれもあたらしい眼科Vol.36,No.9,20191167図2瞼球癒着図3眼瞼結膜の瘢痕化図4角膜への結膜侵入瞼球癒着は慢性期SJSの代表的な所慢性期SJSのほぼすべての症例で,眼瞼結慢性期SJSで,角膜の結膜が侵入し見である.通常,眼瞼と眼球が結膜膜の瘢痕化を認める.a:眼瞼結膜が瘢痕ている症例は珍しくない.結膜侵入の結合組織を介して癒着するが(a),化して表面が不正になっている.b:眼瞼程度はさまざまである.a:結膜上皮その程度はさまざまである.bの症縁の結膜に瘢痕化を生じている.眼瞼縁結と薄い結膜組織が下方から角膜に侵入例では,眼瞼が角膜面に直接癒着し膜の瘢痕化は,瞬目のたびに角膜に瘢痕化している.b:かなり進行した症例でている.が当たるため,強い異物感の原因となる.あり,角膜全面が厚い結膜組織で覆われ,さらに結膜組織の表面は角化して皮膚のようになっている.to-CS)を装用することにより矯正視力が改善することも珍しくない3).厚い結膜組織が角膜に侵入している場合は,ハードコンタクトレンズだけでの矯正はむずかしく,培養粘膜上皮移植後と輪部支持型ハードコンタクトレンズの両方を行うことで,矯正視力が改善することがある.●病理組織所見(図5)眼表面形成術や眼瞼手術の際に廃棄される結膜組織や眼瞼組織を組織学的に解析したところ,結膜組織には正常結膜と比較して著しい炎症細胞浸潤が認められる.また,睫毛根部にも対照群(通常の眼瞼内反症)と比較して著しい炎症細胞浸潤が認められた4).このことは,SJSでは慢性期においても炎症が継続していることを示しており,この継続する炎症が,慢性期の眼表面所見の悪化の原因となっている可能性がある.●おわりにSJSは希少疾患であるが,発症後眼後遺症を生じた患強い角膜不正乱視となり,視力が著しく低下する.者は一生眼科に通う.また,古い症例では,急性期に原しかし,結膜上皮だけが角膜に入っている場合や結膜因不明といわれて診断がついていないこともある.眼科上皮と薄い結合組織が入っている場合は,京都府立医科医は,慢性期SJSの眼所見を見逃さず,的確に診断な大学グループが開発したSJS用の特殊なハードコンタらびに治療ができてほしいと願う.クトレンズ(輪部支持型ハードコンタクトレンズ:Kyo-1168あたらしい眼科Vol.36,No.9,2019(66)

抗VEGF治療:網膜色素線条に伴う脈絡膜新生血管の抗VEGF薬による管理

2019年9月30日 月曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二68.網膜色素線条に伴う脈絡膜新生血管の盛秀嗣関西医科大学眼科学教室抗VEGF薬による管理脈絡膜新生血管(CNV)を伴う網膜色素線条(AS)に対する抗CVEGF療法は,少ない治療回数でCCNVが退縮するにもかかわらず,視力予後は不良である.これは,CNV退縮後も脈絡膜の極端な菲薄化の進行により,網脈絡膜萎縮が拡大することが大きく関与している.はじめに網膜色素線条(angioidstreaks:AS)に伴う脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)に対しては,近年,抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)療法が用いられることが多い.本稿では,ASの特徴的所見とCASに伴うCCNVに対する抗CVEGF療法の問題点について紹介する.網膜色素線条に伴う脈絡膜新生血管とはASはC1889年にCDoyne1)により初めて報告された,男性に多い両眼性の疾患である.約半数の割合で全身の弾性線維の脆弱性を伴う病態を有し2),もっとも多いのは皮膚の弾性線維性仮性黄色腫を伴うCGroenblad-Strandberg症候群である.生下時は眼底に異常所見はなく,加齢に伴い以下の所見がみられるようになる.初期は視神経乳頭周囲の灰白色萎縮巣を認め,病期の進行に伴い,視神経乳頭から赤道部に向かうように放射状(ヒトデ状)の暗赤色~黒褐色の不規則な線条や黄斑部耳側に黄白色の点状病変である梨地状眼底を認める.まれに,視神経乳頭ドルーゼンや中間周辺部に黄白色の円形点状病変(cometlesion,視神経乳頭に向かう線状病変を伴うとCcometCtaillesionとよばれる)がみられる.病初期は無症状であり,40~50代の中年以降に検診などで偶然発見されることが多い.病理学的にはCBruch膜弾性板にカルシウムが沈着することでCBruch膜が肥厚または変性し,しばしば断裂を生じる.色素線条の拡大に伴いCBruch膜断裂部から続発性にCCNVが生じると,視力低下や変視症を認める.フルオレセイン蛍光眼底造影では色素線条は初期からCwindowdefectによる過蛍光を示し,後期には組織染を認める.CNVの多くは網膜下に生じるCGass分類C2型に属することから,CclassicCNVの所見を呈することが多い.インドシアニングリーン蛍光眼底造影ではCCNVは早期に造影されるが,後期には不明瞭となる.また,色素線条部は後期に(63)C0910-1810/19/\100/頁/JCOPYは組織染を示す.光干渉断層計では,CNVは網膜下の高反射物質として描出される.また,CNV以外にも,色素線条部のCBruch膜の断裂・波打ち様所見,cometlesionでの網膜外層の低反射像および網膜色素上皮(retC-inalpigmentCepithelium:RPE)直上の高反射像,梨地状眼底でのCBruch膜の石灰化によるCRPE-Bruch膜複合体の高反射像などの特徴的所見3)がみられる.通常,ASそのものに対する治療はなく,CNVが生じれば治療対象となる.網膜色素線条に伴う脈絡膜新生血管に対する抗VEGF療法過去2)には網膜光凝固術,経瞳孔的温熱療法,CNV抜去術,光線力学的療法などが行われていたが,視力維持の困難・再発率の高さなど治療後の成績が不良であることから,現在はほとんど行われていない.現在,おもな治療として抗CVEGF薬の硝子体内注射が行われているが,抗CVEGF薬は保険適用外の使用となるために,使用に際しては各施設で倫理委員会の承認が必要である.もともとCAS自身が比較的まれな疾患であることから,滲出型加齢黄斑変性(wetCage-relatedCmaculardegeneration:w-AMD)などの他疾患と比較して,治療成績の報告は少ない.抗CVEGF薬単独療法では,治療開始C1~2年の短期成績でみると視力改善の報告が多い4)が,一方でC4年後以降の長期成績では視力改善が困難であったという報告5)が散見される.当院でのC21例32眼の長期成績では,観察期間C91カ月(中央値)において治療回数はC3.5回(中央値)で,一方でCw-AMDにおけるCSEVEN-UP試験では観察期間C87.6カ月(平均値)において治療回数がC7.3回(平均値)であったことから,ASのCCNVに対する治療回数はCw-AMDと比較して少ないことがわかる.これはCASに続発するCCNVの多くがC2型CCNVであることから,RPE下に生じるC1型CCNVと比較して,抗CVEGF薬がCCNVに到達しやすく,CNVが退縮しやすいことも治療回数が少ない一因あたらしい眼科Vol.36,No.9,2019C1165図1抗VEGF療法後に脈絡膜の菲薄化が進行したCNVを伴うAS症例(初診時71歳,男性)a:治療前(71歳)のCOCT像.中心窩下に網膜下高反射物質がみられた.中心脈絡膜厚(CCT)はC151Cμmとすでに薄かった.矯正視力C0.5.Cb:治療開始からC6年C6カ月後(77歳)のCOCT像.抗CVEGF薬投与をC4回行ったところ,CNVは平坦な線維性瘢痕に退縮したが,CCTはC56Cμmと極端な菲薄化を示した.矯正視力C0.1.図2抗VEGF療法によるCNVの退縮後に萎縮病変の拡大を認めたAS症例(初診時62歳,女性)a:治療前(62歳)の眼底写真.視神経乳頭周囲に色素線条および萎縮巣を認め,黄斑部近傍に網膜下出血とCCNVを認めた.Cb:治療開始からC7年C6カ月後(69歳)の眼底写真.抗CVEGF薬硝子体注射によりCCNVは沈静化したものの,萎縮巣の拡大を認めた.と考えられる.また,治療後ClogMAR視力(中央値)は治療前ClogMAR視力(中央値)と比較して,有意に悪化していた.治療回数が少ないにもかかわらず視力予後が不良である要因として,抗CVEGF療法による網脈絡膜萎縮の進行に加え,AS自身の特有の病態が大きく関与している可能性が高い.つまり,AS患者における経年的な脈絡膜の菲薄化の進行(図1)によるCRPEおよび脈絡膜萎縮病変の拡大(図2)も視力予後不良に関与していると推測される.ちなみに,当院における長期的な治療例の検討では,治療前中心脈絡膜厚(centralCchoroi-dalthickness:CCT)190Cμm(中央値)で,治療後はC96μm(中央値)と脈絡膜は極度に菲薄化し,萎縮拡大も全C1166あたらしい眼科Vol.36,No.9,2019例に認めた.抗CVEGFの投与間隔については,w-AMDと同様に導入期にC3回注射し,その後の維持期は必要時投与(prorenata:PRN)を行うC3+PRN,もしくは,初回C1回のみ注射のあと維持期に入るC1+PRNで治療が行われている報告例が多いが,投与方法には一定の見解が得られていない.本症の治療については,今後,標準的投与方法の確立と同時に,萎縮拡大を抑制する治療方法も模索していく必要がある.文献1)DoyneRW:horoidalCandCretinalCchangesCtheCresultCofCblowsConCtheCeyes.CTransCOphthalmolCSocCUKC9:128,C18892)ChatziralliCI,CSaitakisCG,CDimitriouCECetal:angioidstreaks:AComprehensiveReviewFromPathophysiologytoTreatment,RetinaC39:1-11,C20193)PeterCI,RobertPF,FrankGHetal:MultimodalimagingincludingspectraldomainOCTandconfocalnearinfraredre.ectanceCforCcharacterizationCofCouterCretinalCpathologyCinCpseudoxanthomaCelasticum,CInvestCOphthalmolCVisCSciC50:5913-5918,C20094)BattagliaParodiM,IaconoP,LaSpinaCetal:Intravitre-albevacizumabfornonsubfovealchoroidalneovasculariza-tionCassociatedCwithCangioidCstreaks.CAmCJCOphthalmolC157:374-377,C20145)Martinez-SerranoCMG,CRodriguez-ReyesCA,CGuerrero-NaranjoCJLCetal:Long-termCfollow-upCofCpatientsCwithCchoroidalCneovascularizationCdueCtoCangioidCstreaks.CClinCOphthalmolC11:23-30,C2016(64)

緑内障:Prostaglandin-associated periorbitopathy(PAP)の濾過手術への影響

2019年9月30日 月曜日

●連載231監修=山本哲也福地健郎231.Prostaglandin-associatedperiorbitopathy内藤知子グレース眼科クリニック(PAP)の濾過手術への影響プロスタグランジン(PG)製剤は緑内障治療における第一選択薬であるが,上眼瞼溝深化(DUES)などの眼瞼の形質変化が整容的に問題となる場合がある.一方,上眼瞼と眼球に挟まれる結膜下に房水流出路を作製する濾過手術にDUESが与える影響については,これまで明らかにされていない.今回,DUESが濾過手術に与える影響を調査したので報告する.●はじめにプロスタグランジン(prostaglandin:PG)製剤は,眼圧下降効果に優れ,全身副作用がなく,さらに点眼回数も少ないことから,緑内障点眼加療において第一選択薬とされており,わが国では現在,ビマトプロスト,ラタノプロスト,タフルプロスト,トラボプロストの4種類のPG製剤が臨床使用されている.PG製剤に特有の副作用としては,眼瞼や虹彩の色素沈着,睫毛伸長がよく知られているが,それ以外にも,上眼瞼溝深化(deepen-ingoftheuppereyelidsulcus:DUES),上眼瞼下垂(upperlidptosis),皮膚の退縮(involutionofdermato-chalasis),下方強膜の露出(inferiorscleralshow),眼瞼硬化(tighteyelids)などがあり,それらを総称してprostaglandin-associatedperiorbitopathy(PAP)として報告されている1)(図1).一方,緑内障に対しもっとも広く行われている手術治療は,濾過手術である線維柱帯切除術である.線維柱帯切除術は,強膜弁下に輪部組織の切除を行い,上眼瞼と眼球に挟まれる結膜下に房水流出路を作製することが一般的であるが,これまでDUESが濾過手術の術後成績に与える影響については明らかにされていなかった.最近筆者らは,DUESと線維柱帯切除術の成績との関連を調べるため,術前にDUESが認められた患者〔DUES(+)群〕と,認められなかった患者〔DUES(-)群〕の2群で,術後成績をKaplan-Meier法にて比較した.●試験の概要対象は,初回線維柱帯切除術を施行した原発開放隅角緑内障患者とし,上方強角膜切開白内障手術や硝子体手術などによる結膜瘢痕がある症例は解析対象から除外した.両眼に線維柱帯切除術を施行した患者では,先に施行した眼を解析対象とし,1患者につき1眼を組み入れ(61)0910-1810/19/\100/頁/JCOPY図1左眼のみPG製剤点眼中著しいDUESがみられるだけでなく,眼瞼も非常に硬くなっている.(本人の同意を得て掲載)た.DUESの判定方法については,上眼瞼の写真を3人の眼科医が評価し,その判定結果が一致し,さらに患者自身が,PG製剤使用前より上眼瞼がくぼんだ,などの自覚があった場合に「DUESあり」と判定した.眼圧再上昇(死亡)の定義は,術後1カ月以降に,①2回以上連続して眼圧が15mmHg以上,②緑内障点眼薬を追加,③緑内障手術(ニードリングを除く)を施行した,のいずれか一つに該当した時点を「眼圧再上昇」とした.●結果選択されたのは74例74眼で,DUES(+)群が18例18眼,DUES(-)群が56例56眼であり,年齢・性別・術前眼圧・meandeviation(MD)で有意差を認めなかった.点眼薬別のDUES発現率は,ビマトプロスト群(69.2%),トラボプロスト群(31.3%),タフルプロスト群(9.1%),ラタノプロスト群(8.8%)であり,ビマトプロスト群では他の3剤に比較し,DUESをきたしている症例が大幅に多かった(図2).一方,Kaplan-Meier法による術後24カ月時点での生存率は,DUES(+)群で34.7%,DUES(-)群で74.3%であり,DUES(+)群は眼圧再上昇を認めた患者割合が有意に高かった(p<0.0001,log-ranktest)(図3).濾過手術後の眼圧再上昇にいずれの因子が影響あたらしい眼科Vol.36,No.9,20191163■:DUES(+)群■:DUES(-)群1.0ビマトプロスト69.230.88.891.29.190.931.368.80.80.6ラタノプロスト0.4タフルプロスト0.2トラボプロスト0.0図2PG種類別DUES発現率(%)種類によりばらつきがあり,ビマトプロストではとくに高い.図3DUES(-)群とDUES(+)群における線維柱帯切除術の成績DUES(+)群では生存率が有意に低い.下方視直後30秒後図4DUESの著しい症例の線維柱帯切除術後下方視直後に比較し,30秒後の濾過胞は,硬い上眼瞼の圧迫からはずれただけで,マッサージしなくとも大きくなっている.しているのかを調べるため,多変量ロジスティック回帰分析にて,ビマトプロスト・ラタノプロスト・トラボプロスト・タフルプロスト・b遮断薬・炭酸脱水酵素阻害薬・ブリモニジン・年齢・性別・術前眼圧・MD・PG製剤点眼歴・術前点眼スコアを説明変数に組み入れて,ステップワイズ法による変数選択を実施したところ,ビマトプロストのみが有意に関連する因子となった(p=0.0368).●PAPでなぜ濾過手術の成績が不良になるのか今回,DUES(+)群では,とくに術後成績が不良となることが判明した.その要因として推測されるのは,結膜の慢性的な炎症のほかには,PAPによる眼瞼硬化があげられる.あくまで仮説であるが,硬くなった上眼瞼自体が「自己圧迫眼帯」として作用し,濾過胞を圧迫,その結果,濾過胞の形成・維持が不良となるのではないだろうか.実際,DUESの著しい症例に線維柱帯切除術を行ったとき,術後に下方視させるだけで,眼瞼1164あたらしい眼科Vol.36,No.9,2019(愛媛大学・溝上志朗先生のご厚意による)上から眼球マッサージをしなくとも,硬い上眼瞼の圧迫からはずれた瞬間に濾過胞が膨らんでくる所見に遭遇することがある(図4).そして,このような症例では,レーザー切糸をしながら型通りに術後管理していても結膜の癒着が術後早期から進み,濾過胞の形成不全に至ることが多い.近い将来に線維柱帯切除術を視野に入れている患者では,DUESを含めたPAPの発現をできるだけ回避しながら緑内障点眼治療を進めることが望ましいことが示唆された.文献1)SakataR,ShiratoS,MiyataKetal:Incidenceofdeepen-ingoftheuppereyelidsulcusinprostaglandin-associatedperiorbitopathywithalatanoprostophthalmicsolution.Eye(Lond)28:1446-1451,20142)MikiT,NaitoT,FujiwaraMetal:E.ectsofpre-surgicaladministrationofprostaglandinanalogsontheoutcomeoftrabeculectomy.PLoSONE12:e0181550,2017(62)

屈折矯正手術:RayOne trifocal IOL

2019年9月30日 月曜日

監修=木下茂●連載232大橋裕一坪田一男232.RayOnetrifocalIOL荒井宏幸みなとみらいアイクリニックCRayOnetrifocalは光学特性が近方に強いC3焦点レンズである.アポダイズ構造を使用せずに光学部C4.5Cmmに16本の回折構造により近方C3.5D中間C1.75Dの加入を得ている.近方重視の症例には選択肢にあれば便利な多焦点レンズであり,インジェクターも使いやすい.世界で初めて眼内レンズを製作したCRayner社の意欲作である.●時代は2焦点から3焦点へ世界的にはC2000年頃より徐々に普及しはじめた多焦点眼内レンズ(intraocularlens:IOL)であるが,日本ではC2009年に先進医療として認められて以降,実施施設数は増加の一途をたどり,887施設が登録している(2019年C5月現在).当初の多焦点CIOLは加入度数が大きいものが多く,コントラスト感度の低下やハロー・グレアなど光学的な不具合の出現率も高かった.レンズの光学設計技術の進歩とともに,光学的ロスを中間視力に分配できるようになり,3焦点の実現と光学的な不具合の低下という二つの課題を解決するC3焦点CIOLが登場することになったのである.C●RayOnetrifocalIOLの特徴英国のCRayner社はC1949年にCDr.Ridleyが世界で初めてCIOLを開発したメーカーであり,現在でも多くのラインアップのCIOLを発売している.RayOnetrifocalIOLはC2017年にCCEマークを取得し臨床使用されるようになった.RayOnetrifocalIOLの概要を図1に,細隙灯顕微鏡写真を図2に示す.遠用部レンズ長径12.5mm回折型3焦点(中心4.5mm)光学部径6.0mm非球面レンズ26%含水アクリル加入度数近方+3.5中間+1.75球面+0D~+30D(0.5Dステップ)プリロードシステム回折部図1RayOnetrifocalIOLの概要外観の特徴は大きなループである.水晶体.赤道部との接触部分が大きいため,.内での安定性が良好になっている.また,ループ内に空隙を設けクローズドループとすることで水晶体.の直径の個体差や術後の.収縮に対応し,レンズ位置の安定性に寄与している.IOL光学部の周辺形状はスクエアエッジとなっている1).加入度数は近方が+3.5D,中間が+1.75Dである.近方加入度数の適切な加入度数がどの程度なのかという議論はあるが,国内の状況においては術後の近方視力は重要であり,高加入度数の設定は近方視力重視の症例に使いやすい.IOL光学部の中心C4.5CmmにC16本の回折格子が作られており,回折部の外側は単焦点となっている.この光学設計により,瞳孔径による光量配分はC4.5mmまではC3カ所の焦点に均一な光量をもたらし,4.5mmを越えると遠方重視の配分へと変化する.同様の加入度数をもつCFineVision(PhysIOL社)の光量配分を比較したものを図3に示す.FineVisionは光学面全面に回折構造をもち,アポダイズ設計となっているため,瞳孔径の拡大に伴い遠方への光量配分が大きくなる設計となっている.こうした光学設計の違いは,個々の症例の瞳孔径と希望する見え方のスタイルにより,どのCIOLを選択するべきかの理論背景になる重要な指標であろう.また,他の新設計CIOLと同様に光学的ロスを低く制御しており,瞳孔径C3Cmmでの光学的ロスはC11%に図2RayOnetrifocalIOLの細隙灯顕微鏡写真(59)あたらしい眼科Vol.36,No.9,2019C11610910-1810/19/\100/頁/JCOPYRayOne.FineVision.実線点線15%●とても満足38%●満足●普通●やや不満●不満46%n=27押さえられている.これは術後の良好なコントラスト感度に大きく寄与している.インジェクターはプリロードシステムである.インジェクター全体が保存液に浸かった状態で出荷されている.角膜切開C2.2Cmmからの挿入が可能で,プッシュ型のインジェクターであるが,挙動は非常になめらかで挿入に関してのストレスはない2).素材は親水性アクリルである.多くの親水性CIOLが米国のCBenzR&D社から素材供給を受けているのに対して,Rayner社の親水性素材は英国のCContamac社製であり,独自のパテント素材を用いている.着色レンズの設定はなく,クリアーレンズである.また,現時点では乱視用は準備されていない.C●RayOnetrifocalIOLの成績当院にてCRayOneCtrifocalIOLを挿入したC19例C27眼における裸眼視力の結果を図4に示す.平均年齢は62.2歳,男性C5例C6眼,女性C14例C21眼である.乱視C1162あたらしい眼科Vol.36,No.9,2019図5RayOnetrifocalIOL挿入術後の満足度1.21.01.011.081.111.031.180.80.730.750.660.640.6視力0.540.60.680.590.650.40.190.20.15━遠方━中間━近方0.20.0術前1D1W1M3M6M観察時期n=27図4RayOnetrifocalIOL挿入眼の片眼での裸眼視力の推移の変化用CIOLの設定がないため,13眼に対してフェムトセカンドレーザーによる弧状角膜切開(arcuratekeratecto-my:AK)を施行している.片眼でのデータは安定しており,観察期間を通じて良好な経緯であった.本稿では両眼視でのデータは割愛するが,両眼裸眼視力は術後C6カ月において遠方C1.2,近方C0.92,中間C0.9と良好な結果が得られている.術後満足度の分布を図5に示す.高い満足度が得られているが,不満領域の回答がゼロであったことが注目される.多焦点CIOLの満足度調査では,通常は約C3~5%程度の不満症例が存在することが多い.今回,不満症例が出なかったのは,コントラスト感度の低下が少ないためではないかと推測している.C●今後の付加価値IOLのゆくえEDoF(焦点深度拡張型)レンズの登場により,付加価値CIOLの普及は加速度的に拡大した.最近では低加入度数のCIOLが保険適応となったことも注目されている.私見であるが,今後はCEDoFおよび低加入CIOLは保険診療で使用する発展型単焦点CIOLとして位置づけられ,中等度以上の加入をもつCIOLは自費診療の対象となるのではないかと考えている.高機能型のCIOLは今後も発展することが予想され,より自然な見え方での視力改善が期待される.常に向上心を保ちながら勉強し,光学特性を見きわめながらCIOLの選択をしてゆくことが大切であろう.文献1)NanavatyMA,ZukaiteI,SalvageJ:Edgepro.leofcom-merciallyCavailableCsquare-edgedCintraocularlenses:PartC2.JCataractRefractSurgC45:847-853,C20192)NanavatyMA,Kubrak-KiszaM:Evaluationofpreloadedintraocularlensinjectionsystem:Exvivosutudy,JCata-ractRefractSurgC43:558-563,C2017(60)