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基礎研究コラム: 83.低分子化合物による内在Müllerグリアから神経細胞への分化誘導

2024年4月30日 火曜日

低分子化合物による内在Mullerグリアから藤井裕也神経細胞への分化誘導低分子化合物による治療開発の背景代表的な網膜変性疾患である網膜色素変性や加齢黄斑変性に対し,これまでCES細胞やCiPS細胞を用いた細胞移植治療や遺伝子治療に関する研究,臨床試験がたくさん行われています.iPS細胞から神経細胞を分化誘導1)して組織を再構成できるようになり,細胞移植を行うことで失った機能を補.することが可能となってきました.これらの治療法は有効であり将来的な実用化が期待されるものの,まだ解決すべき課題が残されており,今のところは視機能が大きく低下した患者が対象となっています.多くの網膜変性疾患患者を日常で診察していますが,その多くは視機能が維持されています.このような患者に対する早期介入治療法が開発できれば,生涯にわたり生活の質(qualityoflife:QOL)を守ることができます.そこで,細胞移植治療や遺伝子治療の前段階で行うことのできる,安価で簡便な治療法開発に取り組み,その一手として「低分子化合物」に着目しました.網膜内におけるMullerグリアからの神経分化誘導生体内における網膜神経細胞への分化誘導に関しては,網膜グリア細胞の一つであるCMullerグリアが魚類では神経細胞への再分化・機能再生を担う細胞2)であるため,そのソースとして注目されています.哺乳類においてもCMullerグリアに転写因子を導入する研究が進み,種々の神経細胞への分化の報告が行われていますが,低分子化合物を用いた報告はありませんでした.そこで筆者のグループでは,まず中枢神経系における報告をもとに複数の低分子化合物を治療薬候補にあげ,invitroで低分子化合物スクリーニングを行いました.Mullerグリアに刺激を行ったところ,ロドプシン陽性細胞へ分化しうるC4種の低分子化合物CSB431542(トランス図1低分子化合物の硝子体投与4種類の低分子化合物の同時投与のみで,①網膜CMullerグリア由来と考えられるロドプシン陽性細胞が網膜の外層で増加し,増加したロドプシン陽性細胞を有する網膜において②網膜機能検査である網膜電図の反応が回復した.低分子化合物を同時に眼内へ注射のみで…九州大学大学院医学研究院眼科学分野フォーミング成長因子Cb阻害剤),LDN193189(骨形成蛋白質阻害剤),CHIR99021(グリコーゲン合成酵素キナーゼC3Cb阻害剤),DAPT(Cc-セクレターゼ阻害剤)を同定しました.さらにCinvivoにおいて網膜変性疾患モデルマウスにこれらの化合物を同時に硝子体へ投与することにより,網膜外層においてロドプシン陽性が増加することを確認しました.また,このロドプシン陽性細胞の起源がCMullerグリアであり,ロドプシン陽性細胞の出現によって視機能が回復することも示しました3).今後の展望低分子化合物の同時投与のみで視機能を維持できるのであれば,今までにない安価で簡便な治療法開発につながると考えられます.ただし,この治療法は対症療法で,網膜色素変性などの遺伝性疾患に対しては,やはり移植治療や遺伝子治療が根治療法となります.この治療法の最大の利点は,安価で簡便であるため,病早期の段階から繰り返し行うことができることです.細胞移植治療や遺伝子治療の前段階で,どの病院,どのクリニックでも行うことのできる治療法にするべく,今後も開発を継続していきます.文献1)OtsukaY,ImamuraK,OishiAetal:One-stepinductionofCphotoreceptor-likeCcellsCfromChumanCiPSCsCbyCdeliver-ingtranscriptionfactors.iScience25:103987,C20222)GoldmanD:MullerCglialCcellCreprogrammingCandCretinaCregeneration.NatRevNeurosciC15:431-442,C20143)FujiiY,ArimaM,MurakamiYetal:Rhodopsin-positivecellCproductionCbyCintravitrealCinjectionCofCsmallCmoleculeCcompoundsinmousemodelsofretinaldegeneration.PLoSCOneC18:e0282174,C2023(63)あたらしい眼科Vol.41,No.4,2024C4290910-1810/24/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス:251.家族性滲出性硝子体網膜症に続発した黄斑円孔(中級編)

2024年4月30日 火曜日

251家族性滲出性硝子体網膜症に続発した黄斑円孔(中級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに家族性滲出性硝子体網膜症(famirialCexudativeCvit-reoretinopathy:FEVR)は網膜硝子体ジストロフィの一つで,病態は未熟児網膜症と同様,網膜血管の形成不全に起因する.しばしば牽引乳頭,網膜.離,網膜上膜(epiretinalmembrane:ERM)などの併発症をきたすが,黄斑円孔(macularhole:MH)を併発したとする報告は少ない1,2).筆者らは以前に若年男性のCFEVRに発症したCMHを経験し報告したことがある3).C●症例提示39歳男性.左眼の耳側に広範囲の網膜無血管野を認め(図1a),肥厚した後部硝子体膜の牽引で切迫CMHを発症したが(図1b),1カ月後に後部硝子体.離(poste-riorCvitreousdetachment:PVD)が生じたため経過観察とした.しかし,4カ月後に全層CMHに進行したため(図2)硝子体手術を施行した.術中所見で,肥厚した後部硝子体膜とCMH縁の癒着は認めず,MH周囲に薄いERMを認めた.硝子体鑷子で内境界膜ごとCERMを.離し(図3),中間周辺部まで人工的CPVDを作製して液空気置換を施行した.術後CMHは閉鎖し,矯正視力は0.4からC0.8へ改善した.C●FEVRに伴うMHの特徴KhwargらはCperifovealPVDからCMHに進行したC9歳男児のCFEVRを報告している1).硝子体手術で閉鎖を得たが,術中所見としてCMH周囲にCERMを認めたとしている.Bochicchioらは,Coats病様の所見を呈した28歳女性がCERMと分層CMHをきたし,経過中に全層MHに進行したため硝子体手術を施行し閉鎖を得たとしている2).FEVRに伴うCMHは若年に生じることが多く,通常の特発性CMHとは異なり,肥厚した後部硝子体膜(61)C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY図1初診時の左眼眼底写真とOCT耳側を中心に広範な網膜無血管野を認める(a).OCTでは肥厚した後部硝子体膜と中心窩の癒着を認めた(b)が,1カ月後に遊離した.(文献C3より引用)図2初診4カ月後の左眼OCT肥厚した後部硝子体膜はCMH縁から遊離していたが,全層CMHに進行した.(文献C3より引用)図3左眼の術中所見MH周囲にCERMを認めた.(文献C3より引用)とその下に存在するCERM両者の牽引が発症に関与している可能性がある.また,FEVRでは中間周辺から網膜と硝子体が面状に強固に癒着しており,不用意な牽引は医原性裂孔形成の原因となるので,人工的CPVD作製は最小限にとどめるなどの工夫が必要である.文献1)KhwargJW,BourlaD,GonzalesCAetal:Familialexuda-tivevitreoretinopathyandmacularholeexhibitedinsameindividual.SeminOphthalmolC22:85-86,C20072)BochicchioCS,CPellegriniCM,CCeredaCMCetal:MacularCholeCinayoungpatienta.ectedbyfamilialexudativevitreoret-inopathy.RetinCasesBriefRepC14:6-9,C20203)KimuraD,KobayashiT,MaruyamaEetal:Familialexu-dativeCvitreoretinopathyCcomplicatedCwithCfullCthicknessCmacularhole:ACcaseCreport.Medicine(Baltimore)97:Ce11048,C2018あたらしい眼科Vol.41,No.4,2024427

考える手術:28.バックフラッシュニードルを用いたEP embedding

2024年4月30日 火曜日

考える手術.監修松井良諭・奥村直毅バックフラッシュニードルを用いたEPembedding福島正樹富山大学医学薬学研究部眼科学講座,近畿大学医学部眼科学教室分層黄斑円孔(lamellarmacularhole:LMH)という疾患概念は,1976年にGassらによって初めて報告された.その後,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)によってLMHでは黄斑上に厚い増殖組織を伴うことが報告され,その異常組織はlamellarhole-associatedepiretinalproliferation(LHEP)と名づけられた.LHEPはLMHだけではなく,網膜前膜(epiretinalmembrane:ERM)や全層黄斑円孔(full-thicknessmacularhole:FTMH)など他の黄斑疾患にも伴うことがわかってきたため,近年でにLMHに対しEPを円孔内に埋め込む術式が考案され,良好な術後成績を達成できるようになったため,近年,本術式が急速に普及してきている.原法ではILM鑷子を用いてEPを.離し,円孔縁に付着させたまま円孔内に埋め込むが,この手技は鑷子の精緻な技術を要する.EPを網膜に近い位置で把持する必要があるため,場合により感覚網膜や内境界膜の損傷となり,医原性の暗点が生じることがある.また,EPには粘着性があり鑷子先端に強く付着することがあるため,EPを鑷子からはずすことができず,意図せず円孔縁から遊離してしまうこともある.今回は,それらの問題点を克服するバックフラッシュニードルを用いた方法を紹介する.聞き手:バックフラッシュニードルを使ってepiretinal弾性が網膜へのダメージを最小限にすると考えられまproliferation(EP)を.離する方法とその設定を教えてす.そして,受動吸引にてEPの吸引.離を行います.ください.受動吸引ではボトル高や眼内灌流圧に準じた吸引圧が発福島:図1に示すように,バックフラッシュニードルは生します.私は20~22mmHgの設定で行っています.先端にシリコーンチップ付きのものを使用します.私はEPの.離温存が完了したあとは,原法の通り内境界膜「ディスポシラガ氏バックフラッシュニードルシリコー(internallimitingmembrane:ILM).離を行い,最後ンエクステンジブル25G(DORC社)を使用しています.に液空気置換を行い終了します.シリコーンチップがないと網膜に直接的な機械的損傷をきたしてしまう可能性があります.シリコーンの適度な聞き手:このテクニックの注意点はありますか?(59)あたらしい眼科Vol.41,No.4,20244250910-1810/24/\100/頁/JCOPY考える手術福島:まず,能動吸引をしてしまうと,黄斑付近に強い吸引が発生してしまうので注意が必要です.誤吸引の発生を避けるため,フットペダルから足をはずしておいたほうが安全です.また,眼内灌流圧を自動で調整するCONSTELLATION(アルコン社)のIOPcontrolシステムでは,強い吸引圧が発生してしまう可能性があるため,IOPcontrolはOFFにしておくべきだと考えます.次に,EPが存在する範囲はEPを.離するまでわからないことが多いため,黄斑から2乳頭径ほど離れた位置から吸引.離を開始することをお勧めします.EPの範囲を可視化するために,最初にブリリアントブルーGにてILM染色を行うことや,どこまで吸引.離を行ったかを把握するために,トリアムシノロンアセトニド(マキュエイド,わかもと製薬)を使用することも非常に有用です.また,厚い網膜前膜(epiretinalmem-brane:ERM)を合併したLMH症例においては,本手法が無効なこともあるため注意が必要です.聞き手:EPは円孔の中に完全に埋め込んだほうがよいですか?それとも軽く寄せるだけで十分ですか?福島:近年,少数例ですがLMHに対してEPを埋め込んだ群(embedding)と埋め込まない群(sparing)の比較研究が報告され,術後視力・網膜外層の回復・円孔の閉鎖形態に有意差を認めないという結果でした.私の経験からも,液空気置換を行うのみで,翌日にはEPが円孔内に埋没されているのをOCTにて全例で確認できて図1バックフラッシュニードルを用いた術中操作a:シリコーンチップ付きのバックフラッシュニードルを用い,受動吸引にてEPを.離する.b:網膜上の後部硝子体皮質(*)は選択的に除去される.c:EP(.)は円孔縁から除去されずに温存することができる.d:ILMはブリリアントブルーGによって一様に染色され,ILMを損傷することなくEP.離が可能であることがわかる.いるため,過度な埋め込みによる網膜色素上皮や黄斑組織の損傷予防の観点からも,完全に埋め込む必要はないと考えます.聞き手:円孔に対しEPが大きい場合や,後部硝子体皮質が付着してしまっている場合に,トリミングを行いますか?福島:原法では,EPのサイズが円孔に対して大きいときや,EP以外の後部硝子体皮質が付着しているときには,カッターにてトリミングを行うとされています.しかし,本手法を用いると,EPは円孔縁に付着したまま温存されますが,白色透明の後部硝子体皮質は選択的に除去されることが多いため,トリミングを必要としません.これらの理由は不明ですが,EPが網膜内層のMuller細胞から遊走し,円孔縁に強く付着している性質からくるものと考えられます.聞き手:その他のデバイスも同じくEP.離には有用ですか?福島:フィネッセフレックスループ(アルコン社)やダイヤモンドダストスイーパー(DORC社)も同様にEP.離に有用です.しかし,これらのデバイスは感覚網膜やILM損傷をきたすことが知られており,また,後部硝子体皮質もまとめて温存してしまうため,これらの点において,バックフラッシュニードルに優位性があると考えます.図2EPを伴う分層黄斑円孔の術前後のOCT所見a:黄斑部の網膜内層の欠損があり,EP(▽)のembeddingにより術後12カ月で黄斑形態の改善が得られている.b:網膜外層のellipsoidzone()の連続性の改善と視力改善も得られている(b).426あたらしい眼科Vol.41,No.4,2024(60)

抗VEGF治療セミナー:抗VEGF治療のためのOCTA活用法

2024年4月30日 火曜日

●連載◯142監修=安川力五味文122抗VEGF治療のためのOCTA活用法片岡恵子杏林大学医学部眼科学教室光干渉断層血管撮影(OCTA)は,非侵襲的に血流の画像を取得できるだけでなく,従来の検査では描出が困難であった異常な血流をより詳細に描出することで診断精度を向上させることも可能な画像検査機器である.今後急速に臨床現場で普及することが予想される.本稿では,黄斑疾患の診断に迷う場面でのCOCTAの活用法を中心に紹介する.はじめに光干渉断層血管撮影(opticalCcoherenceCtomographyangiography:OCTA)は,光干渉断層計(opticalCcoher-encetomography:OCT)の技術をもとに,造影剤を使用することなく網膜および一部の脈絡膜の血流を描出することができる画像検査である.非侵襲的かつ短時間で画像を取得できる検査であることから臨床現場で急速に普及しつつあり,また診断精度の向上にも必要不可欠な検査となっている.新生血管型加齢黄斑変性と慢性中心性漿液性脈絡網膜症の鑑別黄斑の眼底所見やCOCTから黄斑新生血管(macularneovascularization:MNV)の存在が明らかな進行した新生血管型加齢黄斑変性(neovascularCage-relatedCmaculardegeneration:nAMD)の診断は比較的容易であるが,眼底所見では色素上皮の異常だけであったり,OCTの所見も小さな網膜色素上皮.離離(retinalCpig-mentCepithelialdetachment:PED)だけであった場合は,診断に迷うことがある.さらに,日本人のCnAMDにはドルーゼンだけでなくパキコロイドとよばれる病態を背景に生じるものが含まれていることが,診断をより複雑にしている1).パキコロイド疾患には中心性漿液性脈絡網膜症(centralCserouschorioretinopathy:CSC)も含まれ,慢性化したCCSCからCMNVが生じるとパキコロイド新生血管症とよばれる.パキコロイド新生血管症はCnAMDに該当する.パキコロイド新生血管症は初期段階ではCOCTで丈の低いCPEDとして観察される.インドシアニングリーン蛍光造影(indocyanineCgreenangiography:IA)よりもCOCTAのほうがパキコロイ図1パキコロイド新生血管症a:カラー眼底写真ではわずかな色素異常がみられる.b:OCTで網膜下液とCPEDがみられる.c:IAで脈絡膜血管透過性亢進がみられるがCMNVははっきりしない.d:cで囲われた部位のCOCTA(網膜外層~Bruch膜のCenface画像)でCMNVが描出される.ド新生血管症のCMNVの検出が高いとも報告されており2),IAを施行しても診断に苦慮する場合がある.パキコロイド新生血管症を疑う丈の低いCPEDがみられたら,その部位の網膜外層〔網膜色素上皮(retinalCpig-mentepithelium:RPE)からCBruch膜もしくは脈絡毛細血管板まで〕のCslabで構築されたCenface画像にてMNVの有無を確認すると診断精度が向上する(図1).パキコロイド新生血管症のCMNVは非常に小さく細い血管であることも多いため,OCTAのもっとも高解像度が得られる撮影方法を選択する必要がある.(57)あたらしい眼科Vol.41,No.4,20244230910-1810/24/\100/頁/JCOPYac図23型黄斑新生血管a:カラー眼底写真でわずかな出血が見られる().b:OCTでCMNVを示唆する構造物がみられる().c:連続するCBスキャン画像で網膜の中層からCRPEを貫通する血流シグナルがみられる().3型黄斑新生血管以前は網膜血管腫状増殖(retinalCangiomatousCprolif-eration:RAP)とよばれていたC3型CMNVは,網膜出血や黄斑浮腫を伴うことが多いが,病変の小さい初期の段階でCMNVの存在を確認するためにはCOCTAのCBスキャン画像が非常に有用である.OCTでわずかな黄斑浮腫と,網膜内層付近からCRPEへ向かう中等度の輝度の構造物がみられた場合は,3型CMNVを疑いその部位のCOCTAのCBスキャンで異常な血流を探索する.網膜内層付近から網膜下やCRPEを貫通する血流がみられれば,3型CMNVと診断することができる(図2)3).強度近視眼における単純出血と近視性脈絡膜新生血管の鑑別病的近視における単純出血と,2型CMNVとして観察されることが多い近視性脈絡膜新生血管の鑑別にフルオレセイン蛍光造影(.uoresceinangiography:FA)は非常に有用である.近視性脈絡膜新生血管はCFAで旺盛なC424あたらしい眼科Vol.41,No.4,2024ab図3近視性脈絡膜新生血管a:OCTで網膜下高輝度滲出物質がみられる().b:網膜外層からCBruch膜までのCenCfaceOCTA画像で近視性脈絡膜新生血管が描出される().c:OCTAのCBスキャン画像でもわずかに網膜下高輝度滲出物質の内部に血流シグナルがみられる().蛍光漏出を示すのに対し,単純出血では脈絡膜新生血管が存在しないため蛍光漏出はみられない.OCTAでは網膜下高輝度滲出物質内に血流シグナルがみられると近視性脈絡膜新生血管,血流シグナルがみられない場合は単純出血であると鑑別できる4).病的近視眼のCOCTAのCenface画像では容易にセグメンテーションエラーや脈絡膜の血流によるアーチファクトが生じるため,セグメンテーションのラインの位置を手動で修正したり,Bスキャンで血流シグナルを探索することで診断精度は向上する(図3).文献1)CheungCCMG,CLeeCWK,CKoizumiCHCetal:Pachychoroiddisease.Eye(Lond)C33:14-33,C20192)Quaranta-ElCMaftouhiCM,CElCMaftouhiCA,CEandiCM:CChronicCcentralCserousCchorioretinopathyCimagedCbyCopti-calcoherencetomographicangiography.AmJOphthalmolC160:581-587,C20153)KataokaCK,CTakeuchiCJ,CNakanoCYCetal:CharacteristicsCandclassi.cationoftype3neovascularizationwithb-scan.owoverlayandenface.owimagesofopticalcoherencetomographyangiography.RetinaC40:109-120,C20204)Ohno-MatsuiCK,CIkunoCY,CLaiCTYYCetal:DiagnosisCandCtreatmentCguidelineCforCmyopicCchoroidalCneovasculariza-tionCdueCtoCpathologicCmyopia.CProgCRetinCEyeCResC63:C92-106,C2018C(58)

緑内障セミナー:トラベクレクトミー後の低眼圧黄斑症

2024年4月30日 火曜日

●連載◯286監修=福地健郎中野匡286.トラベクレクトミー後の低眼圧黄斑症中野優治中元兼二日本医科大学眼科学教室低眼圧黄斑症は低眼圧が持続すると生じ,視力低下の原因となる.トラベクレクトミー後では,過剰濾過や濾過胞からのリークが原因となる.長期に持続すると不可逆的な視機能障害となる可能性があるため,早期の診断と治療が重要である.保存的治療のほか,外科的治療として経結膜強膜弁縫合や結膜弁を切開し直視化で強膜弁縫合を追加する方法がある.●はじめに低眼圧黄斑症(hypotonyCmaculopathy)は緑内障手術後や眼球穿孔後の高度な低眼圧(通常C5CmmHg以下)が持続した場合に生じ,乳頭浮腫,網膜血管蛇行,網脈絡膜皺襞などがみられる.視力低下・変視症の原因となり,長期にわたると不可逆的な視機能障害となるため注意が必要である.トラベクレクトミーに代謝拮抗薬が使用されたことから,術後の過剰濾過による低眼圧黄斑症が増加した.C●低眼圧黄斑症の所見低眼圧黄斑症は後極全体に網膜と脈絡膜のしわを伴う乳頭浮腫を引き起こし,黄斑部では中心窩から放射状に細かい網膜のひだが形成され,眼軸の短縮による遠視化を引き起こす.網膜血管は蛇行し,網膜静脈はうっ血様になる(図1).脈絡膜.離は伴わないことが多い.眼圧図1低眼圧黄斑症の眼底写真トラベクレクトミー後の低眼圧黄斑症の眼底写真.後極全体に皺襞を生じており,中心窩から放射状の細かい網膜のひだを認める.軽度の乳頭浮腫を伴い網膜血管の蛇行,網膜静脈はうっ血様である.が低いこと,特有の眼底所見から診断は容易であるが,光干渉断層計は検鏡的にわからないようなわずかな変化でも捉えることができるため有用である.とくにCenface画像,Bスキャンの垂直方向の画像が変化を捉えやすい(図2).発症機序としては,低眼圧により強膜が内陥し平坦になることで,その内側の脈絡膜,網膜が余剰になり,しわを形成する.とくに黄斑部においては中心の網膜は薄く,周囲の網膜が厚いため放射状の皺襞が形成されると推察されている.この皺襞により網膜受容体自体が歪み,低眼圧による角膜不正乱視とともに視覚障害を引き起こす.乳頭浮腫は師状板が前方に弯曲し,軸索輸送を減少させることで生じ,腫脹した軸索が視神経への血流を阻害し直接の神経障害を引き起こす可能性が考えられている.進行した緑内障患者では軸索が少ないため,乳頭浮腫を生じない場合もある.図2低眼圧黄斑症の光干渉断層計画像(水平断,垂直断)低眼圧黄斑症の診断においてはCBスキャンの垂直断のほうが変化を捉えやすい.垂直断(b)において軽度の網膜,脈絡膜の皺襞を認め,小さなCcystoidspacesの形成を認めるが,水平断(a)は一見正常所見にみえる.また,enface画像(とくに3D)のほうがしわの状態や分布の視認性が高い(c).とくにCBスキャンにて明らかな所見を認めないごく早期から低眼圧黄斑症の変化を捉えることができ,有用である.(55)あたらしい眼科Vol.41,No.4,20244210910-1810/24/\100/頁/JCOPY図3強膜弁縫合トラベクレクトミー後の過剰濾過に対し,結膜切開をすることにより強膜弁を直視下で縫合する.本症例ではC4針縫合を行い,眼圧上昇と低眼圧黄斑症の改善を得られた.●トラベクレクトミーと低眼圧黄斑症トラベクレクトミー後の過剰濾過,濾過胞からのリークによって低眼圧が生じることが多い.マイトマイシンCC(mitomycinC:MMC)を使用したトラベクレクトミーで低眼圧黄斑症の頻度が高く(4%),MMCの濃度が高いほど,作用させる時間が長いほど,低眼圧黄斑症を生じたと報告されている1).また,MMCによる作用は過剰濾過を引き起こすのみでなく,毛様体に直接作用し房水産生を低下させたり,結膜の線維化を抑制することで無血管ブレブの原因となりうる.若年,近視眼,初回のトラベクレクトミーがリスク因子となる.若年者の強膜はしなやかで低眼圧で収縮しやすく,同様に近視眼の強膜は薄く,剛性が低いため,低眼圧で収縮しやすいと考えられる.また,角膜厚が薄いと低眼圧黄斑症を発症しにくく,角膜厚が厚いと眼圧が8~9CmmHg程度でも発症することもある.C●治療低眼圧黄斑症は眼圧が正常化すると眼球形態も戻り機能も回復するが,長期に持続した場合は,網膜,脈絡膜,強膜に不可逆的な線維化が生じ,脈絡膜の形態が改善されず恒久的な視機能障害が残存することがある.トラベクレクトミー後の過剰濾過に対しては,圧迫眼帯,前房内への粘弾性物質注入,濾過胞への自己血注入,濾過胞圧迫縫合,経結膜強膜弁縫合,観血的強膜弁再縫合などを行う.圧迫眼帯は強膜フラップを圧迫するようにガーゼなどを重ねて置き,下方視させながら固定する.就寝時にはBell現象で上転する可能性があるため,日中のみとする.不適切な圧迫となると過剰濾過を増悪させる可能性があるため,数時間後に効果を確認する.粘弾性物質注入は数日間前房内に滞留している間に,創傷治癒が進みC422あたらしい眼科Vol.41,No.4,2024適度な濾過量となることを期待して行う.滞留時間は,分散型で短く,凝集型で長くなるので患者ごとに使い分ける.レーザー切糸後では逆にフラップを押し上げ過剰濾過が悪化する場合もあり,注意が必要である.自己血注入は前房内に流入する程度の量を濾過胞に注入する方法だが,有効性はC5~6割程度と確実性は低く,注入後の一過性高眼圧の頻度は高く,前房内に流入した自己血による視力障害を生じる.濾過胞圧迫縫合は濾過胞範囲を縮小させたり,強膜弁部を圧迫することで濾過量を減らす目的で施行する.縫合する方法の中では低侵襲であるが,濾過量が多いと効果不十分になり成功率はC64.4%と限定的である2).経結膜強膜弁縫合は,結膜上から直接強膜弁部を縫合することで濾過量を減らす.盲目的な操作となるため綿棒で濾過胞を圧迫しながら強膜に確実に通糸すること,バイトを長くし,最低でもC2針以上はかけておくことがコツとなる.縫合した糸はC1週間程度で結膜下に埋没し,レーザー切糸も可能となる.これらの方法が無効の場合は,ためらわず結膜切開し直視化で強膜弁を再縫合する(図3).結膜の瘢痕形成のリスクなど侵襲の高い処置であるが,もっとも確実に濾過量を減らすことが可能である.ブレブからのリークがある場合は,少量であれば抗菌薬入り眼軟膏点入,房水産生抑制薬の投与,圧迫眼帯,治療用コンタクトレンズで対処可能な場合もある.また,0.1%ないしC0.3%ヒアルロン酸点眼の有用性も報告3)されており,筆者らの施設でも使用している.しかし,高度なリークの場合は結膜再縫合が必要となる.C●おわりにトラベクレクトミー後の低眼圧黄斑症は視力障害の原因となるため,迅速な診断,治療が必要である.眼圧下降をめざす手術での低眼圧による合併症であり,眼圧上昇を促すことは術者としては悩ましいが,改善がない場合は躊躇わずに昇圧治療を行うことも重要である.文献1)MegevandGS,SalmonJF,ScholtzRPetal:Thee.ectofreducingCtheCexposureCtimeCofCmitomycinCCCinCglaucomaC.lteringsurgery.OphthalmologyC102:84.90,C19952)QuarantaL,RivaI,FlorianiIC:Outcomesofconjunctivalcompressionsuturesforhypotonyafterglaucoma.lteringsurgery.EurJOphthalmolC23:593-596,C20133)SagaraH,IidaT,SuzukiKetal:SodiumhyaluronateeyedropsCpreventClate-onsetCblebCleakageCafterCtrabeculecto-mywithmitomycin.CEyeC22:507.514,C2008(56)

屈折矯正手術セミナー:角膜インレイ眼の白内障手術

2024年4月30日 火曜日

●連載◯287監修=稗田牧神谷和孝287.角膜インレイ眼の白内障手術荒井宏幸みなとみらいアイクリニック老視用角膜インレイであるCKAMRAは,国内での挿入眼数はC13,000眼以上と考えられ,白内障手術が必要となる患者は増加傾向にある.単焦点レンズがよい適応であり,度数計算はCLASIK後の計算式に準じるが,僚眼の計算結果を参考に決定すると大きな誤差は生じない.手術手技としての難易度はそれほど高くない.●老視矯正用角膜インレイ2005年からC2013年頃までの期間,世界的にはC3種類の老視用角膜インレイが使用されていた.もっとも普及したのはCKAMRA(AcuFocus社)であるが,その他にもCVue+(ReVisionOptics社)やCFlexivueCMicrons(Presbia社)などがある.国内ではCKAMRAが主として導入され,2012年に約C4,500眼への手術が行われるなど,総件数ではC13,000件以上に挿入されていると思われる(図1).施術にはフェムトセカンドレーザーが必要なことや,多焦点眼内レンズの性能が向上し普及が進んだことから,現在では老視用角膜インレイ自体を使用する機会がほとんどなくなった.本稿ではCKAMRA挿入眼に対しての白内障手術について述べる.C●多焦点眼内レンズを希望する患者はCKAMRAを挿入した時点において,老視を手術的に改善したいというモチベーションをもっているため,白内障手術の眼内レンズ選択においても,多くは多焦点レンズを希望する.両眼の手術を予定する場合,僚眼は多焦点眼内レンズを選択してもよい.ただし,両眼ともClaserCinCsitukeratomileusis(LASIK)を施行していることが多いため,眼内レンズ度数計算は慎重に行う必要がある.KAMRA挿入眼に対しては単焦点レンズがよい適応であり,ピンホール効果によって焦点深度拡張(expandedCdepthCoffocus:EDoF)効果が発現するであろう.C●KAMRAは残すか抜去するかもっとも議論される点であるが,基本的にCKAMRA挿入直後から問題なく視力が良好であり,遠方から中間・近方までが見えていたという場合には,すでにピンホールによるCEDoF効果が獲得できているということである.この場合には,単焦点眼内レンズで白内障以前の透明性を確保すれば,EDoF効果はそのまま継承され(53)C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY4,5145,0003,7224,0002,5753,0002,0001,40618920092010201120122013591201421520158820161,0002302017図1KAMRAの国内での施術件数の推移(筆者調べ)2012年をピークに急速に減少している.国内での挿入数は13,000眼以上になると考えられる.る.重要なポイントは角膜中心部の透明性である.角膜インレイにおいてもっとも問題となるのは,角膜上皮細胞の栄養障害と角膜実質層のChazeである.KAMRAの中央部分の角膜にChazeが認められた場合には,視力障害の主因が白内障ではない可能性がある.その場合にはKAMRAの抜去を考慮する.抜去後にもChazeは残存するため,半年~1年程度は低濃度ステロイド点眼にてhazeの消退を待ってから白内障手術を予定するとよいであろう(図2).この場合も多焦点眼内レンズではなく,単焦点眼内レンズが適切であると考える.角膜中心部が清明であれば,KAMRAはそのまま留置し,単焦点レンズを選択しCEDoF効果を期待する.C●度数計算はむずかしいKAMRA挿入術を受ける際に,両眼のCLASIKを施行していることがほとんどであるので,両眼の角膜形状解析を行う.僚眼(KAMRA未挿入)を観察して,施行されているCLASIKが近視矯正か遠視矯正かを確認する.行われているCLASIKの種類により,眼内レンズの度数計算式が異なるため,適合する計算式にて算出する.その際,必ず僚眼の計算も行い,KAMRA挿入眼との眼内レンズ度数差を確認する.KAMRA挿入時のCLASIKあたらしい眼科Vol.41,No.4,2024419図2KAMRA挿入眼における角膜混濁の違い(右図は抜去後)多くの場合は左図のように角膜中心部は清明であるが,右図のようにChazeを伴う場合もあり,白内障手術の適応に関して注意が必要である.表1筆者の直近5症例の結果症例CNo.既往CLASIK術前度数挿入CIOL度数術後等価球面度数正解だったIOL度数僚眼の正規IOL度数C1遠視CLASIK+1.25+21.0C.0.75+21.0+21.0C2近視CLASIKC.6.0+17.5C.0.50+17.0+20.5C3近視CLASIKC.2.5+18.5+2.50+22.0+21.5C4近視CLASIK+18.5C.1.0+18.0+20.0C5遠視CLASIK+2.50+16.5+3.50+21.0+21.0術後の屈折度数から正視となる眼内レンズ(IOL)度数を計算した結果と,僚眼の計算結果を示す.僚眼の結果は度数決定の参考となるが,No.2症例のように大きく異なる場合もあるため注意が必要である.は,僚眼は正視に,インレイ挿入眼はC.0.5D程度の近視に設定するため,もし術前の屈折誤差が同程度であった場合には,選択される眼内レンズ度数にも大きな差は出ないはずである.筆者が経験した直近のC5症例における結果および僚眼の計算結果を表1に示す.SRK-T式の成績がよかったという報告はあるが,n数が少ないため参考値であろう1,2).また,KAMRAにはピンホール効果があるため,度数計算の誤差にはある程度の許容範囲があり,通常のCLASIK後の計算よりも厳格に検討する必要はない.ピンホール効果による乱視矯正が機能するため,1.5D程度までの乱視矯正効果がある.そしてほとんどの患者がCKAMRA挿入時のCLASIKにより乱視矯正がなされているため,乱視用眼内レンズは選択する機会は少ないであろう.C●白内障手術手技細隙灯顕微鏡による観察の印象では,白内障手術時における困難さを感じる可能性があるが,実際に手術用顕C420あたらしい眼科Vol.41,No.4,2024図3KAMRA挿入眼に対する白内障手術の術中写真KAMRAによる術野の隠蔽率はそれほど大きくなく,熟練した術者であれば問題なく手術を完遂できる.微鏡で観察すると,大きな障害とはならない感覚が得られるであろう.眼球を傾斜させながらの操作となるため,難易度は高いが,習熟した術者であれば問題なく完遂することは可能である.急がずにある程度の時間をかけて慎重に進めることがポイントである(図3).C●まずはチャレンジしてみる今後,多くのCKAMRA挿入患者が白内障となり,一般の眼科外来を受診する機会が増えることが予想される.屈折矯正手術後ではあるが,単焦点レンズが選択可能であり,屈折誤差の許容範囲も広いため,まずは勇気をもってチャレンジしてみるとよいと思う.筆者の経験では,術後の満足度は非常に高く,術者としての達成感も大きな手技ではないかと感じている.文献1)TanCTE,CMehtaJS:CataractCsurgeryCfollowingCKAMRACpresbyopicimplant.ClinOphthalmolC7:1899-1903,C20132)MoshirfarCM,CQuistCTS,CSkanchyCDFCetal:CataractCsur-geryinpatientswithaprevioushistoryofKAMRAinlayimplantation:acaseseries.OphthalmolTherC6:207-213,C2017(54)

コンタクトレンズセミナー:英国コンタクトレンズ協会のエビデンスに基づくレポートを紐解く コンタクトレンズの湿潤性,洗浄,消毒および涙液との相互作用(後編)

2024年4月30日 火曜日

■オフテクス提供■4.コンタクトレンズの湿潤性,洗浄,消毒および涙液との相互作用(後編)松澤亜紀子聖マリアンナ医科大学,川崎市立多摩病院眼科土至田宏順天堂大学医学部附属静岡病院眼科英国コンタクトレンズ協会の“ContactCLensCEvidence-BasedCAcademicReports(CLEAR)”の第C3章は,コンタクトレンズ(CL)の湿潤性や洗浄・消毒,および涙液との相互作用をとりあげている1).前編に続き,今回は第C3章の後半にまとめられた清潔なレンズ表面の維持とCCLが涙液に及ぼす影響について紐解くこととする.はじめに1日使い捨てソフトCCL(SCL)と連続装用以外のすべてのCCLは,再使用可能でケアが必要である.近年,1日使い捨てCSCLの使用率は大幅に増加しているが,再使用可能なレンズは依然として,世界中で使用されているCCLの少なくとも約半分を占めており,そのうちの約70~90%はCmulti-purposedisinfectingsolution(MPDS)を使用し,残りの一部が過酸化水素消毒システムを使用している.また,日本ではポビドンヨード消毒システムが市場に導入されている.再使用可能なCCLは,CL装用時の快適性を向上させながら,眼表面への毒性を誘発することなく,適切なCCLの洗浄および消毒が可能なレンズケア用剤と組み合わせて使用されることを求められている.清潔なレンズ表面の維持1.レンズケア用剤理想的なレンズケア用剤は,①さまざまな病原性微生物に対して迅速かつ効果的に消毒できる,②眼組織に無毒である,③すべてのCCL素材に適合する,④使用方法が簡便である,⑤レンズ表面の濡れ性と眼の快適性を向上させる,⑥涙液成分の沈着を最小限に抑える,⑦低価格,という特徴をもつことが提案されている.これらの特徴を満たすため,レンズケア用剤には抗菌剤,界面活性剤,緩衝剤,キレート剤,湿潤剤など,さまざまな成分が配合されている(表1).レンズケア用剤の目的は,すべての微生物を除去するのではなく,病原微生物の数を安全なレベルまで減少させることである.そのため,ISO14729で決められたレジメンで微生物(緑膿菌,黄色ブドウ球菌,セラチア菌,カンジダ,フザリウム)をC3ClogまたはC1Clogまで減少させる能力が要求されるが,すべての細菌やアカントアメーバのような微生物に対しての有効性は要求されていない.また,多くのCMPDSが「こすらない」でケアレジメンを承認されているが,多くの研究ではレンズを(51)「こすり洗い」することの利点が実証されている.さらに,適切な洗浄と消毒,レンズケースのメンテナンス,装用スケジュールの遵守など,レンズの衛生管理とコンプライアンスの順守が,眼合併症のリスクを最小限に抑えるために不可欠である.C2.CLのケア用剤成分の取り込みと放出消毒,洗浄,湿潤を目的としたケア用剤の成分はCCL浸漬中にレンズ素材に吸着され,その後レンズ装用中に眼表面に放出され,CLの臨床性能に影響を及ぼす可能性がある.また,これらの成分は角膜ステイニングや結膜充血などのさまざまな臨床症状を引き起こす可能性がある.表1コンタクトレンズケア用剤で使用されている成分作用おもな役割よく使用される成分抗菌消毒過酸化水素ポリヘキサメチレンビグアナイドポリアミノプロピルビグアニドポリクオタニウムC-1ミリスタミドプロピルジメチルアミンアレキシジン,亜塩素酸塩,アミドアミンポリリジン,ポビドンヨード界面活性剤洗浄ポリキサミン,ポロキサマー緩衝剤酸性度(pH)を涙液のpHに保つリン酸塩,ホウ酸,ホウ酸ナトリウムトロメタミン,バイオポール湿潤剤快適性向上ポリビニルピロリドンヒドロキシプロピルメチルセルロースセルロース誘導体,油性エマルジョンパラフィン,ポリビニルアルコールグリセリン,ヒアルロン酸ヒドロキシプロピルグアーポリエチレングリコールプロピレングリコールキレート剤ほかの薬剤との相乗効果エチレンジアミンC4酢酸あたらしい眼科Vol.41,No.4,2024C4170910-1810/24/\100/頁/JCOPY3.ケア用剤が涙液に与える影響MPDSはレンズ装用に伴い眼表面のサイトカインを変化させるため,眼表面の炎症状態に影響を及ぼす可能性が示唆される.しかし,CL装用に伴うサイトカインレベルの変化は比較的小さく,生理学的に大きな影響を及ぼすものではない可能性があることに留意すべきである.CCLが涙液に及ぼす影響1.CL装用が涙液成分とレンズ装用中の快適性に及ぼす影響CL装用に伴う眼不快症状のある装用者は,涙液中のCb-2-microglobulin,proline-richprotein-4,lacritin,sec-retoglobinC1D1,CwaxestersおよびCwaxesterとCacylg-lycerol比の濃度が減少し,lidwiper領域のCN-acetyl-D-glucosamineまたはCsialicacidの量が低下している可能性が示唆された.一方で,涙液中のCsecretoglobin2A2,アルブミン,DMBT-1,prolactin誘導性蛋白質,Ctriacylglecerols,CIL-17A,CLTB4の濃度は増加している.しかし,これらの涙液成分の変化がCCL装用とどのような関連かあるのか,どの因子が眼不快症状と関連するのかなどは解明されていない.C2.レンズ表面の改質と快適性への影響シリコーンハイドロゲル(SiHy)素材は,大きな酸素透過性能を可能にし,低酸素合併症を防ぐために一般的となった.一方で,レンズ表面が疎水性となり,涙液成分が沈着する可能性があったため,化学的表面処理に注目が集まった.化学的表面処理は,生物付着防止や水濡れ性の向上,装用者の快適性を向上させることが目的とされた.実際にレンズポリマーおよび表面処理は,水濡れ性と生体適合性の面では確実に改善されたものの,レンズ装用中の快適性に直接関与しているかは不明のままである.C3.抗菌コーティング汚染されたCCLは微生物による角膜炎などの合併症を引き起こす可能性が高くなるため,いくつかの抗菌成分を含んだ抗菌CCLを製造するための研究がなされている.銀ナノ粒子を含んだCCLは,細菌やアカントアメーバなどの付着を防ぐことが示されているが,組織に色素沈着を生じることが懸念されている.一方で,緑膿菌やアカントアメーバなどの眼病原体に対し優れた活性をもつ,抗菌ペプチドの一種であるCMel4でコーティングされたCCLは,第Ⅲ相臨床試験に進み,角膜浸潤の発生率を低下させ,安全に装用することが可能であった.抗菌ペプチドに対する細菌耐性は比較的まれであり,緑膿菌や黄色ブドウ球菌を繰り返し暴露させても耐性の発現は促進されなかった.C4.快適性を維持するための涙液サプリメントの役割カルボキシメチルセルロースおよびヒアルロン酸,浸透保護剤を含むさまざまな外用点眼薬を使用した場合,CL装用中の快適性が向上し,異物感や乾燥感などの眼不快症状が改善することが,いくつかの試験で示されている.まとめすべてのCCLは,装用中に涙液の成分を吸着・吸収するが,レンズに付着する成分の種類は,CLのポリマー,表面コーティング,ケア用剤との相互作用によって影響を受ける.また,CLは涙液の生化学的な変化をもたらし,生体適合性やレンズ装用中の快適性に影響を与える可能性がある.涙液は,装用中のレンズ適合性において重要な役割を果たしていると考えられるが,涙液が果たす正確な役割や涙液を変化させることで,レンズ装用中の生体適合性や快適性が改善できるかどうかについては,さらなる研究が必要である.文献1)WillcoxM,KeirN,MaseedupallyVetal:CLEAR-Con-tactlenswettability,cleaning,disinfectionandinteractionswithtears.ContLensAnteriorEye44:157-191,C2021

写真セミナー:毛虫刺症,水疱性角膜症

2024年4月30日 火曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史荻野麟太郎479.毛虫刺症,水疱性角膜症東京歯科大学市川総合病院眼科図2図1のシェーマ①白内障②虹彩萎縮③上皮浮腫+実質浮腫,Descemet膜皺襞図1当院初診時所見虹彩は全体に萎縮し,角膜は上皮浮腫と実質浮腫をきたしており,Descemet膜皺襞も認める.前房内炎症はない.白内障も認めた.矯正視力はC0.02.図3白内障手術および虹彩整復術術後角膜上皮浮腫と実質浮腫は変わらない.6時とC12時で虹彩縫合して虹彩を整復し,瞳孔形成した.前房内は虹彩整復後のため出血している.矯正視力はC10Ccm指数弁.図4DSAEK後3時間Doublechamberはなく,空気もC50%で経過は良好であった.図5DSAEK後1カ月角膜は透明で前房内炎症もない.矯正視力はC0.3.(49)あたらしい眼科Vol.41,No.4,2024C4150910-1810/24/\100/頁/JCOPY昆虫刺傷は昆虫に刺されたり咬れたり,毒針毛に触れたりすることで生じる.日本においては蜂,毛虫による眼障害が多く報告されている.今回,当院に毛虫刺傷で受診した症例をもとに毛虫刺傷について解説する.ほとんどの植物に毛虫,アオムシが寄生しているが,これらは蝶や蛾の幼虫であり,多くの種類が存在する.この中で毒毛をもっているものは一部しかおらず,わが国ではドクガ科,カレハガ科,ヒトリガ科,イラガ科,マダラガ科の一部の幼虫に限られる.年にC2回,4~6月とC8~9月に発生するものが多く,この時期の庭木に手入れには注意が必要である.毛虫は無数の刺毛をもっているが,毒を含むのは虫体に固定されている毒棘と虫体から抜け落ちる毒針毛で,このうち眼にささるのは毒針毛である.毒針毛は銛(もり)の形をしており,反しがついている.眼球運動や摩擦,瞬目,手指でこすることによる刺激で眼球内に進行するため,患者にはこの点に注意するように伝えることが必要である.炎症の原因は機械的な刺激に加えて毒成分によるものも大きく,ヒスタミン,プロテアーゼ,キニノゲナーゼ,ホスホリパーゼCAなどが原因物質としてあげられる.毛虫刺傷の自覚症状は眼痛と霧視で,診察すると角膜上皮欠損,角膜実質浮腫,角膜内皮障害,ぶどう膜炎が認められる.治療はステロイド点眼およびステロイドの全身投与による炎症管理と,虹彩癒着の予防のための散瞳薬の投与が基本である.角膜内皮障害により水疱性角膜症や角膜瘢痕が生じることも多く,角膜移植の適応となることも多い.70代,女性の症例を提示する.40代のときに右眼に毛虫の毛が入って受傷し,大学病院にてステロイド加療を行った.以降,虹彩が萎縮して散瞳固定されている.毛虫刺傷後の最高矯正視力はC0.3であった.30年以上経過して異物感を主訴に近医を受診し,水疱性角膜症の診断で当院へ移植目的で紹介となった.当院受診時,角膜は軽度瘢痕を伴う水疱性角膜症を発症しており,上皮浮腫と実質浮腫を認めた(図1,2).術前の最高矯正視力はC0.02であった.白内障も認めたため,まずは水晶体再建術を施行する方針となった.その後の角膜内皮移植の前処置として,虹彩整復術も同時に施行した.手術は角膜上皮.離をして,PEA+IOLを施行,その後PC9を用いてC6時とC12時の虹彩を縫合し,瞳孔形成術を行った.術前萎縮していた虹彩は引き延ばされて瞳孔径はC4Cmmほどに縮小した(図3).術後は虹彩整復を行ったため前房出血を伴い,術後視力はC10Ccm指数弁まで低下したが,その後CDescemet膜.離角膜内皮移植術(DescemetCstrippingCautomatedCendothelialCkerato-plasty:DSAEK)を施行し,0.15(0.3C×sph+2.00D(clyC.1.50DAx70°)まで改善した(図4,5).本症例は毛虫刺傷による角膜内皮細胞障害を起こし,そのC30年後に水疱性角膜症に至っており,角膜内皮細胞移植であるDSAEKが著効した.術前に軽度角膜瘢痕を認めたが,術後の拒絶反応などのリスクから全層角膜移植ではなくDSAEKを選択した.毛虫刺傷ではぶどう膜炎や角膜上皮障害,実質障害に加えて,数十年後に水疱性角膜症を発症する可能性のある内皮障害にも注意が必要である.文献1)daSilvaTrincaoFE,DuarteAF,MagricoAAetal:Pro-cessionary(ThaumetopoeaCpityocampaSchi.)inducedCocularlesions:caseCreports.CArqCBrasCOftalmolC75:134-136,2012[ArticleinPortuguese]2)今泉敦志,小池昇,KimuMほか:毛虫の毒針毛による難治性ぶどう膜炎の一例.臨眼57:471-475,C2003

角膜移植のエビデンス

2024年4月30日 火曜日

角膜移植のエビデンスEvidence-BasedKeratoplasty横川英明*小林顕*はじめに1906年に全層角膜移植(penetratingCkeratoplasty:PKP)の成功が初めて報告され,その後角膜移植は大きな進歩を遂げてきた.現代の角膜移植は術式が多様化している.PKPも依然として一般的な術式の一つであるが,選択的層状角膜移植が治療の低侵襲化をもたらしている.選択的層状角膜移植は,健常な層を残して悪い層のみを取り換える移植であり,大まかには,①角膜上皮移植,②前部層状角膜移植・深部層状角膜移植,③角膜内皮移植に分類される(図1).最近の臨床研究は,とくに角膜内皮移植に関するものが多く,本稿では最新の臨床研究に基づくエビデンスの概要を紹介し,筆者らの見解を述べる.これが最適な治療法選択の参考になれば幸いである.CI角膜内皮移植のエビデンス1.角膜内皮移植の術式選択肢:DMEKあるいはultrathinDSAEK角膜内皮移植はCPKPと比較して,クローズドサージャリー,外傷に強い,縫合糸関連の合併症なし,拒絶反応リスク低下,短期間での良好な視力回復など,多くの利点をもつ.そのため水疱性角膜症に対しては角膜内皮移植が第一選択の術式となっている.Descemet膜角膜内皮移植術(DescemetCmembraneCendothelialCkera-toplasty:DMEK)は,Descemet膜内皮のみを移植する術式であり,一方でCultrathinDescemet膜.離角膜内皮移植術(Descemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty:DSAEK)は,後部実質も含むC100Cμm以下の厚みのグラフトを移植する術式である(図2).DMEKとCultrathinDSAEKについて,術後成績や視機能を比較検討するシステマティックレビューとメタアナリシスによれば,術後視力はCDMEKが優れており,角膜内皮細胞密度減少率は両術式間に差はなく,グラフト偏位の合併症はCultrathinDSAEKで少なかった1).したがって,術者がDMEKに習熟している場合は,DSAEKよりもCDMEKを選択したほうがよい.ただし,複雑症例に対しては,術者がCDSAEKに習熟している場合にCultrathinDSAEKも優れた選択肢である.C2.PreloadedDMEKグラフトの安全性と有用性PrestrippedDMEKグラフトは,アイバンクにおいて,ドナーのCDescemet膜内皮を.がし,グラフトの表裏を判別するCSスタンプを刻印したものである.Pre-loadedDMEKグラフトは,さらにパンチし,トリパンブルー染色し,グラフト挿入器具(グラスインジェクター)に装.した状態のものである(図3).prestrippedDMEKグラフトを術者がインジェクターに装.した200症例と,PreloadedDMEKグラフトを使用したC200症例について,術後成績を比較した後ろ向き研究によれば,術後視力,術後C1年の内皮細胞減少,空気再注入率において両者間に差はなかった2).これらを使用することにより,DMEK手術時間を短縮するとともに,グラ*HideakiYokogawa&AkiraKobayashi:金沢大学附属病院〔別刷請求先〕横川英明:〒920-8641金沢市宝町C13-1金沢大学附属病院C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(43)C409角膜上皮角膜上皮移植・前部層状角膜移植角膜実質・深部層状角膜移植(・Bowman層移植)Descemet膜角膜内皮角膜内皮移植ab図2DMEK後症例(a)とultrathinDSAEK後症例(b)a:DMEK後C3カ月で角膜が透明化している(中心角膜厚C442Cμm).Cb:ultrathinDSAEK後で厚さC100Cμm以下のグラフト()が角膜後面に接着している.図1選択的層状角膜移植の分類図3PrestrippedDMEKグラフト(a)とPreloadedDMEKグラフト(b)a:PrestrippedDMEKグラフト.強角膜片()はすでにDescemet膜が.がされている.Cb:PreloadedDMEKグラフト.グラスインジェクター内の青く染色されたグラフトロール()が認められる.図4外傷性無虹彩と全層移植既往眼に対するsafety-netDMEK術中にCsafety-netsutureを張ることでCDMEKが成功した.図5Endothelium-inDMEKの手技a:グラフト()の内皮面を内側に三つ折りにする.Cb:Endothelium-inグラフトをCEndoGlideに装.し,EndoGlideのノズルを前房に入れる.左手の鑷子でグラフトを把持して前房内に引き込む.Cc:鑷子で把持したままでグラフトは正しく展開する.d:鑷子で把持したままでグラフトの下に空気を注入する.7.リパスジル併用Descemet膜切除療法Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者においては,角膜浮腫とともに,中央部の肥厚したCDescemet膜(guttae)による視機能低下が起こる.Descemet膜切除療法(DescemetstrippingConly:DSO)は,中央のCDes-cemet膜を切除し,ドナーを移植しない術式である.角膜内皮細胞密度C1,000個/mmC2以上のCFuchs角膜内皮ジストロフィC23人C23眼に対してリパスジル併用CDSOを施行した臨床試験によれば,22眼は平均C4.1週で角膜の透明化が得られたが,残りのC1眼はCDMEKが必要であった.DSO後に角膜が透明化したC22人のうちC21人が手術に満足し,重篤な合併症はみられなかった7).リパスジルを併用したCDSOは,適応症例が限定されることと,角膜透明性までの回復期間が長いことがデメリットであるが,安全性の高い治療選択肢となる可能性がある.C8.人工角膜内皮置換膜人工角膜内皮置換膜(EndoArt,CEyeYonMedical社)は,厚さC50Cμm,直径C6.5Cmmの親水性アクリル素材の柔軟性のある膜である.水疱性角膜症に対してCDSAEKと類似の手技でドナーの代わりにCEndoArtを前房に挿入して角膜後面に接着させると,房水のバリア機能が回復し,角膜が透明化する.EndoArtを移植した合計C7例の症例報告によると,全例で接着不良に対して空気再注入を要したが,最終的には接着と透明性回復が得られ,重篤な合併症はなかった8).結論として,EndoArtはドナーを必要とせず角膜を透明化することができるため,通常の角膜内皮移植で移植片生存期間の短い患者や,視機能ポテンシャルの低い複雑症例に対して,治療選択肢となる可能性がある.CII角膜上皮移植のエビデンス1.自家培養角膜上皮細胞シート世界で初めての自家培養角膜上皮細胞シート製品(ネピック,ジャパン・ティッシュエンジニアリング)が承認され,臨床使用可能となっている.片眼性の角膜上皮幹細胞疲弊症C10眼に対して「医薬品の製造管理及び品質管理の基準」(GMP)に準拠した自家培養角膜上皮細胞シートを移植する前向き多施設臨床試験によれば,手術後C1年間で,10眼のうちC6眼(60%)で角膜上皮再建が成功し,アロの輪部移植で得られる成功率(15%)よりも有意に高かった9).また,視力改善はC50%(1年)とC60%(2年)で認められた.移植に関連する臨床的に有意な有害事象は観察されなかった.片眼性の化学外傷後などの角膜上皮幹細胞疲弊症に対するネピック治療が期待される.CIII角膜実質移植のエビデンス1.Bowman層移植Bowman層移植は,円錐角膜眼の実質内にCBowman層のインレーを挿入する新しい外科的治療である.進行性の円錐角膜C29人C35眼に対し,Bowman層移植を行い,長期経過を観察した報告によれば,進行した円錐角膜(Kmax>69D)に対して円錐角膜を安定化させ,術後C8年までコンタクトレンズの装用が可能であった(成功率C85%)10).とくに進行した円錐角膜(Kmax>69D)に対して,コンタクトレンズ耐性を維持する目的で治療選択肢となる可能性がある.おわりに角膜移植に関して,最新の臨床研究によるエビデンスの概要を紹介した.あくまで概要であるため,実際に各治療を施行する際には,おのおのの詳細を参照することが必要である.文献1)SinghT,IchhpujaniP,SinghRBetal:Isultra-thinDes-cemetCstrippingCautomatedCendothelialCkeratoplastyCaCvia-blealternativetoDescemetmembraneendothelialkerato-plasty?asystematicreviewandmeta-analysis.TherAdvOphthalmol15:25158414221147823,C20232)PottsLB,BauerAJ,XuDNetal:Thelast200surgeon-loadedCDescemetCmembraneCendothelialCkeratoplastyCtis-sueCversusCtheC.rstC200CpreloadedCDescemetCmembraneCendothelialCkeratoplastyCtissue.CCorneaC39:1261-1266,C20203)RosenwasserCGO,CSzczotka-FlynnCLB,CAyalaCARCetal;CCorneaCpreservationCtimeCstudygroup:E.ectCofCcorneaCpreservationCtimeConCsuccessCofCDescemetCstrippingCauto-matedCendothelialkeratoplasty:aCrandomizedCclinicalC(47)あたらしい眼科Vol.41,No.4,2024C413

白内障治療のエビデンス

2024年4月30日 火曜日

白内障治療のエビデンスEvidenceforCataractTreatment松島博之*はじめにエビデンスとは科学的根拠を示す.この科学的根拠に基づいて治療指針を記したものを診療ガイドラインという.日本ではC2002年に『科学的根拠(evidence)に基づく白内障診療ガイドライン策定に関する研究』によって初めて白内障診療ガイドラインが作成されたが,以降アップデートはされていない.今回,このガイドラインも含めて,海外で作成された新しい主要白内障診療ガイドラインの概要をまとめて比較した(表1).CI科学的根拠(evidence)に基づく白内障診療ガイドライン策定に関する研究(日本)1)2002年にC21世紀型医療開拓推進研究事業として日本白内障学会を中心に作成された,日本における唯一の白内障診療ガイドラインである.1987.2000年までのエビデンスの高い文献を整理し,白内障診療をガイドする内容を目指して作成された.190ページにも及ぶ大作で詳細に記載されている.概要を項目別に下記に示す.1)白内障分類と疫学:皮質,核,後.下白内障の三主病型を用いる.喫煙,紫外線,薬物(ステロイド),遺伝などが危険因子.2)手術適応と視機能:視力と視力低下以外のコントラスト感度低下や自覚的視覚障害を参考に手術適応を決める.3)手術:患者状態と術者の技能レベルに適した麻酔方法を選択する.白内障手術によってC95%以上の患者でC0.5以上の矯正視力を得る.小切開から挿入可能なfoldable素材が使用しやすい.多焦点眼内レンズ(intra-ocularlens:IOL)はグレア・ハローが生じやすい.術中合併症や術後合併症の頻度についても記載あり.4)糖尿病白内障:糖尿病者は有意に白内障を発生しやすい.視力改善率はC55%と通常の白内障手術後より低く,網膜症や黄斑浮腫のコントロールが必要である.5)薬物療法:十分な科学的根拠をもつ白内障治療薬はない.認可の時期が古く評価方法も旧式であるため,大規模な比較試験が望まれる.20年以上も前の診療ガイドラインであり,筆者も分担研究者として参加した.多くの文献を確認してまとめたアブストラクトテーブルを作成する作業は,非常に大変であった.現在内容を確認しても新しい分野では不足している情報はあるが,近年の白内障手術でも問題なく通じる診療上参考になる内容である.CIIEvidence-basedguidelinesforcataractsurgery:GuidelinesbasedondataintheEuropeanRegistryofQualityOutcomesforCataractandRefractiveSurgerydatabase(欧州)2)2009年1月1日.2011年8月28日に入力されたデータ(523,921件の白内障手術)に基づき,白内障・屈折矯正手術の治療と標準治療を改善し,ヨーロッパ全土(11カ国対象)における白内障・屈折矯正手術のエビデ*HiroyukiMatsushima:獨協医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕松島博之:〒321-0293栃木県下都賀郡壬生町北小林C880獨協医科大学眼科学教室C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(39)C405表1おもな白内障診療ガイドラインタイトル科学的根拠に基づく白内障診療ガイドライン策定に関する研究CEvidence-basedguidelinesforcataractsurgery:GuidelinesbasedondataintheEuropeanRegistryofQualityOutcomesforCataractandRefractiveSurgerydatabaseCataractinAdults:CManagementCCataractintheAdultEyePreferredPracticePatternCCataract-TreatmentofAdults発行年C2002C2012C2017C2021C2021発行者日本白内障学会CEuropeanSocietyofCataract&RefractiveSurgeons(ESCRS)CNationalInstituteforHealthandCareExcellence(NICE)CAmericanAcademyofOphthalmology(AAO)CBritishColumbiaGuidelinesandproto-colsAdvisoryCommitteeページ数C190C7C25C124C11対象白内障一般白内障一般成人(1C8歳以上)白内障成人(1C8歳以上)白内障成人(1C9歳以上)白内障内容1987年.C2000年の文献を抽出し,白内障の診療に関する課題や疑問点を決定.文献の質を評価し,有用文献からアブストラクトテーブルを作成しエビデンスを抽出した.白内障分類と疫学,手術適応と視機能,手術,糖尿病白内障,薬物療法など詳細にまとめている.2009年C1月C1日.C2011年C8月C28日までに入力C921,されたデータ(C523件の白内障手術)に基づき,白内障・屈折矯正手術の治療と標準治療を改善し,ヨーロッパ全土における白内障・屈折矯正手術のエビデンスに基づいたガイドラインを作成することを目的としたプロジェクト.NICEはイギリスの医療品質を向上させるために設立されたイギリス政府機関管轄下の特別医療機構.ガイドライン作成を業務とし,このガイドラインでは白内障の予防治療について,医療従事者だけでなく患者向けの情報も提供している.術中術後合併症の対処法など専門的な情報も記載している.AAO会員と一般市民へのサービスとして,質の高い眼科医療を提供するためのガイドラインを作成した.個人に適合するものではなく診療パターンの指針を示すことで,各医師が症例に合った治療の選択ができるようにするもの.本ガイドラインの有効期限はC5年間で,2016年が前回の改訂.カナダ,ブリティッシュコロンビア州の開業医に向けて勧告を提供する臨床実践ガイドラインとプロトコールの一部.このガイドラインでは白内障の予防,診断,管理,術後ケアについて,手術よりもプライマリケアに特化して推奨項目をまとめている.評価されている.このガイドラインの対象は医療従事者だけでなく,白内障治療を受ける患者や家族も参考にできる内容となっている.そのため前半は比較的簡単な注意事項などが中心となっているが,後半には専門的な知識も解説されている.医師に対しての解説もこれまでのものとは異なり,白内障術前に説明するべき項目や点眼の種類,術前術後の処置などの丁寧な解説が示されている.研修医向けのような簡易で一般的な項目だけでなく,IOL度数計算では眼軸長に合わせた計算方法などの解説もある.IOLの選択方法を述べたあとに,実際の手術時にCIOL選択間違いを防ぐ方法や当日の注意点まで述べている.さらに両眼同時手術の適応や術中術後合併症である術中虹彩緊張低下症,後.破損,術後眼内炎,黄斑浮腫,カプセルテンションリングの適応などについても解説がある.比較的記載項目が多いが,切り口がほかのガイドラインと異なるところが興味深い.CIVCataractintheAdultEyePreferredPracticePattern(米国)4)米国眼科学会(AmericanCAcademyCofCOphthalmolo-gy:AAO)で作成された診療ガイドラインでC2021年に改訂されている.膨大な情報を整理して有用な情報が記載された診療ガイドラインに仕上げられている.エビデンスを整理することで診療パターンの指針を示しているが,必ずしも個々の患者がこのガイドラインに適合するものではなく,各医師の判断と責任のもとで治療方法を決定すると記載されている.また,ガイドラインの有効期限もC5年間としておりC2016年に続いてC2回目の改訂となる.このガイドラインの概要を示す「所見のハイライトと治療推奨項目」が以下のようにまとめられている.1)白内障は外科的手術が有効である.2)食事や栄養補助食品など白内障の予防や治療に対する効果は立証されていない.3)米国白内障手術の多くは,外来で行われる小切開超音波乳化吸引術と折りたたみ式CIOL挿入術である.4)トーリックやプレミアムCIOLを使用した屈折矯正白内障手術は,眼鏡やコンタクトレンズへの依存度を低下させる.5)フェムトセカンドレーザー白内障手術(femtoClaserCassistedCcataractsurgery:FLACS)は,連続円形切.の正円度,角膜切開の精度を向上させ,核破砕時の超音波のエネルギー量も減少する.しかし,この技術はまだ費用対効果に優れているとはいえず,全体的なリスクプロファイルは未知数である.6)非ステロイド性抗炎症薬点眼は,術後早期の.胞様黄斑浮腫の発生率を減少させる.7)抗生物質の前房内投与は術後細菌性眼内炎のリスクを減少させる.逆に術後局所的抗生物質の有益性についてのエビデンスは少ない.8)軽度から中等度の緑内障患者に対する白内障手術併用低侵襲緑内障手術は眼圧下降効果がある.詳しく読むと術前検査から手術,IOLの種類や術後合併症,白内障手術の費用対効果まで詳細な記載があり,最新の白内障診療情報が得られるガイドラインである.CVBCGuidelinesCataract-TreatmentofAdults(カナダ)5)カナダ・ブリティッシュコロンビア州の眼科診療を支援する目的でC2021年に作成されたガイドラインで,成人(19歳以上)の白内障に対する予防,診断,治療,術後管理について手術を行う病院よりも白内障を初診として診察する一般眼科医に向けてまとめている.このガイドラインでも喫煙とステロイドはリスクファクターとされ,糖尿病や紫外線も白内障の進行を早めるとする.他に,家族歴,高血圧,高圧酸素療法もリスクになるとしている.薬物治療に関しては,前述同様に白内障に対する効果的な薬物療法はなく,眼鏡やコンタクトレンズによる屈折矯正は手術時期を遅らせる効果があるとしている.通常の視力低下による白内障手術適応とは別に,進行した白内障による虹彩炎と眼圧上昇や狭隅角による眼圧上昇のリスクがある場合や,白内障によって糖尿病網膜症や腫瘍などの管理が困難な場合も手術を必要とするとしている.このガイドラインに記載されていた項目で興味深いのが,白内障手術の効果として身体的・精神的に生活の質(qualityoflife:QOL)が改善するだけでなく,転倒骨折の可能性をC38%減少させ,車の運転による交通事故をC53%減少させるという報告が(41)あたらしい眼科Vol.41,No.4,2024C407-