ヒドロキシクロロキン網膜症HydroxychloroquineRetinopathy榎本寛子*近藤峰生*はじめにヒドロキシクロロキン硫酸塩(hydroxychloroquinesulfate:HCQ)は,抗炎症作用,免疫調節作用,抗マラリア作用,抗腫瘍作用など多岐にわたる作用を有する薬剤である.HCQは皮膚エリテマトーデス(cutaneouslupuserythematosus:CLE)および全身性エリテマトーデス(systemiclupuserythematosus:SLE)に対する標準的な治療薬として位置づけられており,2015年7月にプラケニルR錠がCLE,SLEに対して承認され,同年9月に発売された.HCQは,海外ではCLE,SLE,関節リウマチの標準的な治療薬とされているが,米国で初めて承認が得られて以降,60年間の臨床使用のなかで適正使用に関する研究が続けられてきた.もっとも留意すべき副作用である網膜障害(ヒドロキシクロロキン網膜症)は,発現はまれであるが本剤を使用している患者に一定の割合でみられる副作用であり,本剤を安全に使用するには眼科医の関与が必須である.I臨床所見典型的な眼底所見として,初期には中心窩周辺の網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)に顆粒状変化がみられ,進行すると黄斑部にリング状の変性,bull’seyemaculopathy(標的黄斑症)が出現し,末期には周辺部網膜までメラニン色素沈着を伴った網脈絡膜萎縮をきたす1).HCQによる毒性の発生機序は明らかになっていないが,組織学的検査では,網膜全層にわたる神経細胞の変性と網膜色素上皮細胞の萎縮が認められる1).また,電子顕微鏡下では網膜神経節細胞,視細胞および網膜色素上皮細胞に多層構造が認められており,この多層構造体の蓄積はリソソーム阻害や蛋白質合成阻害に起因すると考えられる1).初期には,視力は保たれるが中心周囲の視野障害をきたし,進行すると視力低下や重篤な視野障害を生じる2).また,内服を中止しても回復せず,進行することもあるとされている2).II網膜症の発症頻度ヒドロキシクロロキンによる網膜症の発症頻度は,投与量や網膜症診断に用いた検査,および基準が異なるため一概に比較することはできないが,多くは1%未満や数%と報告されている2).用量においては6.5mg/理想体重kgあるいは400mgを超えないようにする規定が提唱されている2).また,累積投与量に関しては,わが国の添付文書では200g,2011年の米国眼科学会(AmericanAcademyofOph-thalmology:AAO)のガイドラインでは1,000.gがリスク因子としている2).網膜障害は投与開始から5~7年を超えると発現率が1%を超えるとの報告もあり,米国では投与開始から5年超から1年に1度の眼科検査を推奨している1).わが国においては,「長期にわたって投与する場合には,少*HirokoEnomoto&*MineoKondo:三重大学大学院医学研究科臨床医学系講座眼科学〔別刷請求先〕榎本寛子:〒514-8507三重県津市江戸橋2-174三重大学大学院医学研究科臨床医学系講座眼科学0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(17)1329なくとも年C1回眼科検査を実施すること」とし,加えて本剤の添付文書にあるように,累積投与量がC200Cgを超えた患者,肝機能障害患者または腎機能障害患者,視力障害のある患者,あるいは高齢者は網膜障害など眼障害のリスクが高い患者は,さらに頻回に検査を実施することを規定している1).CIII網膜症の発現部位の人種差網膜症の発現部位に関する人種差については,アジア人では傍中心窩のみでなく,黄斑辺縁部での障害が他の人種に比べて高頻度であるとの報告が最近されており3,4),中心C10°のみでなくその周辺部も含めた検査(たとえばC30°以内)の重要性も示されている5).CIV網膜症以外の眼障害6)HCQによる網膜症以外の眼障害として,角膜症,白内障,調節障害,霧視,外転神経障害,視神経萎縮,睫毛の白色化などの報告がある.角膜症はCHCQ内服で発生するが,中止にて可逆的である.角膜症の発現が網膜症のリスクファクターであるかについては意見が分かれている.白内障については,HCQによる眼毒性として報告されているが,高齢者の発現頻度が高いため,関連性を確定することがむずかしい.CV眼科検査の実施時期1)本剤による眼障害を早期に検出するために,本剤投与開始前および投与中も定期的に眼科検査を主治医と連携することが重要である.眼科検査のタイミングとして,処方前,処方開始後C1回/年を基本として,眼障害に対してリスク因子を有する場合は頻回に検査を実施する.①処方前:患者が禁忌対象(SLE網膜症を除く網膜症,黄斑症の既往や合併)に該当しないことを確認すること,および本剤投与前のベースラインを把握することを目的として実施する.②処方開始後:眼障害の早期発見を目的として実施する.②眼障害に対する下記のリスク因子に該当する場合は頻回に検査を行う.・本剤の累積投与量がC200Cgを超えた患者(累積投与量がC1,000.gを超えたら要注意)・高齢者・肝機能障害,腎機能障害患者・視力障害のある患者,SLE網膜症患者,投与後に眼科検査異常を指摘された患者一般的な投与方法は「200Cmg錠を隔日でC1錠そして2錠」である.すなわち,本剤の累積投与量C200Cgとなる期間の目安としては,1日投与量をC300Cmgとすると2年で累積投与量がおよそC200Cg,1日投与量をC200CmgとするとC3年でC200.gとなる2).CVI本剤の添付文書に規定されている眼科検査1)および検査所見の推移規定されている眼科検査は,①視力検査,②細隙灯顕微鏡検査,③眼圧,④眼底検査,⑤スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectral-domainCopticalCcoherencetomography;SD-OCT),⑥視野検査,⑦色覚検査である.これらC7項目は必須とされている.以下に詳細に述べる.①視力検査:網膜症,およびそれ以外の眼障害による視機能低下を捉える目的で行う.②細隙灯顕微鏡検査:網膜症以外の眼障害による外眼部,前眼部などの状態,変化を捉える目的で行う.③眼圧:わが国で行われた臨床試験では,海外市販後において眼圧変化にかかわる副作用の報告はないが,本剤の適応症であるCSLE,CLEでは経口副腎皮質ステロイドを併用している患者もいることから,眼圧測定を行うこととしている.④眼底検査(図1):網膜症,黄斑症,黄斑変性による眼底の状態,変化の詳細を捉えるために眼底カメラ撮影を行う.アジア系人種では黄斑部より周辺にも病変が出現することがあると報告されており,広角眼底カメラでの撮影も検討されている.⑤CSD-OCT(図2,3):SD-OCTにより傍中心窩から黄斑辺縁領域にかけて網膜層における局所的な菲薄化を捉えることで,本剤による網膜障害の検出が可能である.この変化は,SD-OCTなどの古い機種では適切に捉えられないことに注意する.初期症例はわずかな変化,中期症例ではCellipsoidzone(innerCsegment-outerCseg-1330あたらしい眼科Vol.C35,No.C10,2018(18)図1ヒドロキシクロロキン網膜症の眼底所見黄斑部にCRPEの萎縮がリング状(.)にみられる.(文献C7の図を承諾を得て改変引用)図2ヒドロキシクロロキン網膜症の初期の視野(HFA10.2)とSD.OCT所見初期では,傍中心窩にわずかな感度低下領域がみられ(左),SD-OCTでは傍中心窩のCellipsoiodzoneが不鮮明となる().(文献C8の図を承諾を得て改変引用)図3ヒドロキシクロロキン網膜症の中期の視野(HFA10.2)とSD.OCT所見初期では,黄斑部に輪状の暗点が出現し(左),SD-OCTでは傍中心窩のCellipsoidzoneが欠損し,外顆粒層も菲薄化する().(文献C9の図の承諾を得て改変引用)図4ヒドロキシクロロキン網膜症の多局所ERG所見a:正常,b:ヒドロキシクロロキン網膜症.網膜症の患者では,黄斑部の局所CERGの振幅が低下する.(文献C9の図を承諾を得て改変引用)図5ヒドロキシクロロキン網膜症の眼底自発蛍光所見a:正常,Cb:初期のヒドロキシクロロキン網膜症,Cc:中期,Cd:進行期.初期では輪状の過蛍光がみられるが,中期や進行期になるとCRPEが萎縮して中心部が低蛍光となる.(文献C9の図を承諾を得て改変引用)表1ヒドロキシクロロキン網膜症スクリーニングのポイント野,色覚等を,視力検査,細隙灯顕微鏡検査,眼圧検査,眼底検査(眼底カメラ撮影,光干渉断層計検査を含む),視野テスト,色覚検査の眼科検査により慎重に観察すること.長期にわたって投与する場合には,少なくとも年にC1回これらの眼科検査を実施すること.また,以下の患者に対しては,より頻回に検査を実施する.・累積投与量がC200.gを超えた患者・肝機能障害患者または腎機能障害患者・視力障害のある患者・高齢者②CSLE網膜症を有する患者については,本剤投与による有益性と危険性を慎重に評価したうえで,使用の可否を判断し,投与する場合は,より頻回に眼科検査を実施する.③視野異常などの機能的な異常は伴わないが,眼科検査(OCT検査など)で異常が認められる患者に対しては,より頻回に眼科検査を実施するとともに,投与継続の可否を慎重に判断する.④視力低下や色覚異常などの視覚障害が認められた場合は,直ちに投与を中止すること.網膜の変化や視覚障害は投与中止後も進行する場合があるので,投与を中止した後も注意深く観察する.⑤視調節障害,霧視などの視覚異常や低血糖症状が現れることがあるので,自動車の運転など危険を伴う機械の操作や高所での作業などには注意させる.CVIIISLE網膜症網膜症または黄斑症の患者は既往も含めて投与禁忌であるが,SLE網膜症だけは慎重投与となっている1).SLE網膜症は,本剤投与によって発現する網膜症(ヒドロキシクロロキン網膜症)とは発現機序や経過中の眼底所見などが異なるため鑑別可能である1).したがって,網膜症のなかでもCSLE網膜症の既往や合併は本剤の使用によりCSLEの病態改善に対して有益性が危険性を上回る場合にのみ慎重に投与することが可能である1).CIXわが国での臨床試験における眼障害の発現1)活動性皮膚病変を有するCCLEおよびCSLE患者を対象C1334あたらしい眼科Vol.C35,No.C10,2018に国内第CIII相試験が実施された.本剤を投与された101例中C31例に副作用(臨床検査値異常も含む)が認められた.眼障害に関連した副作用は,眼乾燥,結膜炎,網脈絡膜萎縮,硝子体浮遊物が各C1例であり,いずれも軽度であり,本剤投与は継続された.試験期間中に網膜症や黄斑症の発現はなかった.おわりにわが国では,まだヒドロキシクロロキン網膜症の報告はないが,2015年C9月にプラケニルCR錠が販売されていることから累積投与量がC200Cgとなる症例が出てきているはずであり,つまりヒドロキシクロロキン網膜症発症リスクが高い症例が増えてくると考えられる.他科との連携を密に行い,HCQを安全に使用することために眼科医として尽力していく必要があるといえる.文献1)近藤峰生,篠田啓,松本惣一ほか:ヒドロキシクロロキン適正使用のための手引き.日眼会誌C120:419-428,C20162)篠田啓,松本惣一,近藤峰生ほか:ヒドロキシクロロキン網膜症のスクリーニング.日本の眼科C88:80-84,C20173)MellesCRB,CMarmorMF:TheCriskCofCtoxicCretinopathyCinCpatientsConClong-termChydroxychloroquineCtherapy.CJAMAOphthalmolC132:1453-1460,C20144)LeeCDH,CMellesCRB,CJoeCSGCetal:PericentralChydroxy-chloroquineCretinopathyCinCKoreanCpatients.OphthalmologyC122:1252-1256,C20155)MarmorCMF,CKellnerCU,CLaiCTYCetal;AmericanCAcade-myCofOphthalmology:RecommendationsConCscreeningforCchloroquineCandChydroxychloroquineCretinopathy(2016Revision).COphthalmologyC123:1386-1394,C20166)BrowningDJ:HydroxychloroquineCandCchloroquineCreti-nopathy.CSpringer,CNewYork,C20147)SaurabhCK,CRoyCR,CThomasCNRCetal:MultimodalCimagingCcharacteristicsCofChydroxychloroquineCretinopathy.CIndianCJOphthalmolC66:324-327,C20188)AllahdinaCAM,CStetsonCPF,CVitaleCSCetal:OpticalCcoher-enceCtomographyCminimumCintensityCasCanCobjectiveCmea-sureCforCtheCdetectionCofChydroxychloroquineCtoxicity.CInvestOphthalmolVisSciC59:1953-1963,C20189)KellnerCU,CRennerCAB,CTillackH:FundusCauto.uores-cenceCandCmfERGCforCearlyCdetectionCofCretinalCalterationsCinCpatientsCusingCchloroquine/hydroxychloroquine.CInvestOphthalmolVisSciC47:3531-3538,C2006(22)