あたらしい眼科43(6):653.658,2026c第30回日本糖尿病眼学会総会特別講演(内科)眼科の先生方にお伝えしたいGIP/GLP-1dualagonistチルゼパチドUnderstandingTirzepatide:Mechanism,Bene.ts,andClinicalApplication大西由希子*はじめに以下は第30回日本糖尿病眼学会総会特別講演2でお話しさせていただいた内容をまとめたものである.I朝日生命成人病研究所の紹介筆者の勤務する公益財団法人朝日生命成人病研究所は,朝日生命保険相互会社の創業70周年記念事業のひとつとして,社会福祉に貢献することを目的に1960年に設立された.その後,朝日生命糖尿病研究所の開設,成人病研究所との合併を経て,2011年以降は現在の中央区日本橋馬喰町の朝日生命ビル内で「医学研究と最適な診療で社会に貢献する」という理念と「一人ひとりの“生きる”を支え,健康寿命の延伸に寄与する」というビジョンのもと研究と診療を行っている.糖尿病を中心とする患者が毎月約3,000人受診する施設で,2023年医学会総会の会頭だった春日雅人所長のもと糖尿病内科,循環器内科,消化器内科の常勤医がいる.外来患者の8割以上が糖尿病患者という特殊な施設なので,非常勤だが眼科の先生に毎日糖尿病網膜症のスクリーニングおよび治療を手伝っている.そのおかげでほぼすべての糖尿病患者は眼底検査を定期的に受診することができる環境となっている.糖尿病患者は受付後に体重,血圧を測定したのち耳朶血にて血糖値とHbA1cを検査して,その日のデータをもとに糖尿病専門医が診療を行っている.また,当院に勤務しながら最先端の研究をされた先生がたが,全国で内分泌糖尿病代謝の大学教授としてご活躍されている.当院の診療の特徴のひとつに「学習入院」がある.「学習入院」とはいわゆる糖尿病教育入院である.当院ではおいしい糖尿病食の提供に力を入れている.恥ずかしながら筆者自身も朝日生命成人病研究所に就職するまでは「糖尿病食=まずい」と思っていた.しかし,当院の糖尿病食は出汁や香辛料などを駆使した丁寧な調理で患者からおいしいとの評価をいただいている.筆者も当直の際に検食するが,実際とてもおいしい.入院すると,糖尿病教室があり,午前1時間は医師が,午後1時間は看護師,栄養士,薬剤師,検査技師で糖尿病療養指導士の資格をもつスタッフが対面の糖尿病教室の授業を毎日行っている.また,2023年は病棟をリニューアルし,入院中に運動療法も実施してもらえるよう,運動マシンも3種類導入した.20代から80代までさまざまな世代の患者が安全に運動してもらえるように負荷を変更できる油圧式の運動機器もある.また,入院中にオンラインで仕事ができるようWi-Fiを整備するとともに簡素だがデスクワークスペースも設けた.学習入院をしてもらえると,糖尿病教室などを通じて糖尿病の病態,合併症,治療を理解できるようになるだけでなく,食事療法・運動療法を実践したりおいしい糖尿病食を食べたりといった生活習慣の改善に伴って血糖値も日々改善していくことも実感してもらえる.また,入院している患者同士の情報交換により,実体験に基づく病気との付き合い方を知ることで治療への取り組みも積極的になる患者が多い.*YukikoOnishi:朝日生命成人病研究所附属医院糖尿病内科〔別刷請求先〕大西由希子:〒103-0002東京都中央区日本橋馬喰町2-2-6朝日生命成人病研究所附属医院糖尿病内科0910-1810/26/\100/頁/JCOPY(59)653図1糖尿病治療の目標(糖尿病ガイドラインより引用)II糖尿病治療の目標糖尿病治療の目的は,糖尿病のない人と変わらない寿命とCQOLをめざすことにある(図1).C1.寿命と併発かつて糖尿病患者は寿命がC10年短いといわれていた.その根拠となったのは日本糖尿病学会が定期的に実施している「糖尿病患者の死因に関するアンケート調査」と考えられる.2016年の同調査によると,糖尿病患者の平均死亡年齢は男性C71.4歳,女性C75.1歳だった1).当時の日本人C0歳平均余命は男性C79.6歳,女性C86.3歳だったため,その差はたしかに約C10年となる.しかし,これは直接比較できる指標ではない.はたして糖尿病患者は本当に寿命が短いのだろうか.別の調査では日本人のC40歳平均余命は非糖尿病患者と糖尿病患者それぞれで男性はC41年とC32年,女性はC48年とC41年でやはりC7.9年差があると報告している2).では糖尿病患者の死因のC1位はというと悪性新生物,つまり癌である.厚生労働省の疾患基礎調査「NIPPONDATA80」によると,糖尿病があると大腸癌,肝臓癌,膵臓癌,胆管癌のリスクが約C1.5.2倍という報告がある2).したがって,糖尿病患者の主治医は血糖,血圧,脂質,体重のマネージメントや禁煙指導にとどまらず,がん検診の受診を促すことで悪性腫瘍を早期発見早期治療して死因にしないことが大事である.一般的ながん検診にとどまらず,腹部エコーなどでハイリスクとされる膵.胞や脂肪肝などのフォローにも配慮した診療が必要である.私見だが,糖尿病は一病息災という言葉にふさわしい疾患だと思う.1.2カ月に一度,定期的に糖尿病外来に通院していると「そういえば,がん検診受けましたか?」などと主治医からリマインドされたり,少し体調不良があるときにすぐに主治医に相談できたりして,いろいろな糖尿病以外の病気の早期発見早期治療につながると思われる.当院の糖尿病患者の死亡年齢を調べたC2020年の研究報告では,40歳平均余命が男性C39年,女性C44年であり,糖尿病のない人と数年しか差がなかった3).さらに今年発表されたばかりの最新の糖尿病の死因に関する日本糖尿病学会の報告によると,糖尿病患者の平均死亡年齢は前回調査から男性でC3.0年,女性でC2.2年高くなり,その伸びはC0歳平均余命の伸びよりも長くなっている.さらに非糖尿病患者の死亡年齢も同時に調査したところ,主たる死因では糖尿病があってもなくても死亡年齢は差がないことが報告された4).つまり糖尿病合併症が糖尿病患者の寿命を短縮しているとは限らないとも解釈できる.C2.スティグマもうひとつ,日本糖尿病学会の最近の取り組みをご紹介したい.それは糖尿病患者のスティグマについてである.スティグマとは特定の属性に対して刻まれる「負の烙印」とも訳され,誤った知識や情報が拡散することにより,対象となったものが精神的・物理的に困難な状況に陥ることをさす4).糖尿病患者のスティグマは精神的苦痛であるのみならず,血糖マネージメントにも影響することを筆者らは報告している5,6).したがって,糖尿病のある人が良好に血糖マネージメントをしつつ,糖尿病のない人と同じCQOLを得るにはスティグマをもたない正しい病気の理解が必要,ということである.そのためには日本糖尿病眼学会や日本糖尿病学会,日本糖尿病協会などが一丸となってアドボカシー活動を展開していくことが重要である.当院でも少しでも糖尿病患者のスティグマが減るようにと,教育入院から学習入院,栄養指導から栄養相談,といった言葉の見直しを進めている.以上述べたように,糖尿病診療では悪性疾患をはじめとする糖尿病併存症やスティグマを考慮した診療がとても大切である一方,食事運動療法とともに薬物療法は多くの患者で欠かせないものである.CIIIGLP-1受容体作動薬当院では糖尿病治療薬の開発に長くかかわってきた.現在広く使われているCDPP-4阻害薬,SGLT2阻害薬,速効性インスリン分泌促進薬,チアゾリジン薬,GLP-1受容体作動薬やインスリンアナログ製剤など糖尿病治療薬の治験を実施するとともに,糖尿病神経障害や肥満症の臨床試験にも参加してきた.そのなかでも血糖値依存的にインスリン分泌を促すインクレチンの作用を活かしたCDPP-4阻害薬,GLP-1受容体作動薬はC2型糖尿病の治療を大きく変えた.なかでも低血糖を起こさず強力な血糖降下作用をもつCGLP-1受容体作動薬は画期的な注射薬として登場した.1.GLP-受容体作動薬の開発インクレチンのひとつであるCGLP-1は食事摂取に伴い小腸から分泌され,血糖値依存的にインスリン分泌を促すとともに食欲を抑制する作用がある.ただし,半減期は短い.そこでその半減期が長くなるように開発されたのがCGLP-1アナログ製剤である.GLP-1の生理的作用をはるかに上回る濃度と作用時間を実現することにより,血糖降下作用のみならず,食欲抑制作用も期待できる.そのため,当初は糖尿病治療薬として開発されたが,食欲抑制作用を利用した肥満症治療薬としての開発が進んだ.現在はセマグルチドが肥満症の治療薬として日本でも承認されている.GLP-1受容体作動薬はペプチド製剤であるため注射治療であったが,sodiumCN-[8-(2-hydroxybenzoyl)Caminocaprylate]通称CSNACとよばれる吸収促進剤とセマグルチドを配合することによって経口投与が可能となった.注射薬が経口薬になったことは画期的で,注射治療に対して強い抵抗を感じる患者には福音となった.しかし,経口セマグルチドの服薬には注意が必要で,起床後すぐなどの空腹状態でコップ半分くらいの水で服用し,その後C30分以上経過し薬剤の吸収を待ってから食事をしなければ薬剤有効性が落ちてしまう.実際の診療では,毎朝上記のような制限があるよりは週C1回の注射のほうがよい,という選択をする患者もいる.このように発売当初,毎日C1.2回注射することが必要だったGLP-1受容体作動薬が今は週C1回の注射,あるいは毎日の内服など投与頻度や投与経路の選択肢が広くなった.C2.非ペプチドGLP-1受容体作動薬の開発さらに,まだ治験の段階だが,非ペプチドCGLP-1受容体作動薬の開発も進んでいる.ペプチドではないことにより,注射投与の必要もなく,また経口セマグルチドのような服薬制限もなく一般的な経口薬と同じようにして服薬すればよい.なかでもCorforglipronは中外製薬が創薬しイーライリリーが開発を継承し日本でもすでに第Ⅲ相試験が行われている.その血糖降下作用や体重減少効果は注射薬に劣らないことが第CIb相試験から明らかにされている7).CIVGIP/GLP-1受容体作動薬GLP-1受容体作動薬の開発とともに,もうひとつの(%)ベースラインからの平均変化量0.0-0.5-1.0-1.5-2.0-2.5-3.0-3.5-4.00412244052(週)全体集団ベースライン時の平均HbA1c:8.18%*********************************-2.37*********-2.82主要評価項目-1.29***-2.55期間チルゼパチド5mg群(n=158)チルゼパチド10mg群(n=156)チルゼパチド15mg群(n=159)デュラグルチド0.75mg群(n=159)図2HbA1cのベースラインから投与52週間の変化量の推移[副次評価項目]インクレチンであるCGIPとCGLP-1両方の受容体に作用する薬剤の開発も進んだ.それが今回の特別講演の依頼があったCGIP/GLP-1受容体作動薬チルゼパチドである.チルゼパチドはCGIP受容体への作用を主としながらもGLP-1受容体にも作用するCdualagonistである.その臨床成績は以下に述べるように,まるでCGLP-1受容体作動薬であるかのようだが,主たる刺激はCGIP受容体とされているのでCGLP-1受容体作動薬とは異なる種類の薬剤と考える.生理的濃度では肥満やインスリン抵抗性を誘導されるとされていたCGIPだが,薬理学的濃度になると肥満やインスリン抵抗性を逆に軽減することがわかり,糖尿病治療薬および肥満治療薬として期待されるようになった.現在は糖尿病治療薬として承認されている.C1.チルゼパチドの用量・用法チルゼパチドの維持用量は週C1回C5Cmg皮下注だが,処方開始の際には週C1回C2.5Cmgから開始し,4週間投与したのち,週C1回C5Cmgに増量する.効果や副作用によって適宜増減するが,週C1回C5Cmgで効果不十分な場合は,4週間以上の間隔でC2.5Cmgずつ増量し,最大用量は週C1回C15Cmgまで増量することができる.注射デバイスはC1回使い切りで,針の付けはずしがなく簡便で(文献C8より改変引用)ある.C2.チルゼパチドの国内臨床試験SURPASSJ-mono試験は,日本人成人C2型糖尿病患者へのチルゼパチド単独療法の有効性と安全性を評価する試験である8).被験者C636例を対象に,チルゼパチド5Cmg,10Cmg,またはC15Cmgを週C1回投与したときの対照薬デュラグルチドC0.75Cmg投与に対する優越性を評価した国内第Ⅲ相試験である.主要評価項目は,HbA1cのベースラインから投与C52週時までの平均変化量で,このほかに副次評価項目として,体重および空腹時血糖値などを評価している.主要評価項目であるCHbA1cのベースラインからの変化量はチルゼパチドC5Cmg/週では平均C2.4%,10Cmg/週ではC2.6%,15Cmg/週ではC2.8%と,いずれもデュラグルチドの平均C1.3%よりも有意に低下した(図2).これは,他のインクレチン関連薬であるCDPP-4阻害薬やCGLP-1受容体作動薬の臨床試験成績を上回る血糖降下作用であった.また,副次的評価項目のCHbA1c7%未満の達成率は対照薬のデュラグルチドでC67%だったのに対し,5Cmg/週ではC94%,10Cmg/週でC97%,15Cmg/週ではC99%とすべての群で達成率が9割以上となった.この成績から,実施には維持用量の5Cmgでほとんどの人の血糖マネージメントができるのベースラインからの平均変化量(kg)20-2-4-6-8-10-12チルゼパチド5mg群(n=158)チルゼパチド10mg群(n=156)チルゼパチド15mg群(n=159)デュラグルチド0.75mg群(n=159)図3体重のベースラインから投与52週間の変化量の推移[副次評価項目]ではないかと思われる.同じく副次的評価項目の体重のベースラインからの変化量はC5mg/週ではC5.8kg,10mg/週でC8.5kg,15mg/週ではC10.7kg減少し(図3),用量依存的に体重が変化している.しかし,現時点ではこの薬剤はC2型糖尿病の治療薬であって,肥満症の治療薬ではないことを忘れてはならない(補足:2026年現在はチルゼパチドも肥満症治療薬として承認されている).チルゼパチドをはじめとするインクレチン受容体作動薬は,処方を開始する際,漸増することが大切である.それでもC1.2割に悪心,便秘,食欲減退や下痢などの消化器症状が出る.はじめてインクレチン関連薬を処方する際には,チルゼパチドに限らずCGLP-1受容体作動薬も含め,患者に作用と副作用の両方を説明することが大事である.C3.チルゼパチドの適用外使用の問題チルゼパチドは大きな期待のもと日本でも発売が開始されたが,発売直後から出荷調整されるという異例の事態となった.自費診療で痩身などを目的に糖尿病ではない人が使っているといわれている.また,最少用量の2.5Cmgから順次増量していくはずであるのに最大用量のC15Cmgが発売直後に市場からなくなるという想定外の異常事態となった.糖尿病治療薬が本来の糖尿病患者に処方できない事態は非常に残念であった.救急外来に(文献C8より改変引用)悪心・嘔吐を理由に受診した患者が痩身目的で最初から高用量のCGLP-1受容体作動薬やチルゼパチドを処方されていた,といった話も聞く.適用外使用により適応疾患の患者の治療ができないだけでなく,新たな病人を生み出しているというのは問題である.おわりに糖尿病内科は糖尿病患者の合併症の早期発見早期治療のために,眼科(糖尿病網膜症)をはじめとして腎臓内科(糖尿病腎症),循環器内科(冠動脈疾患),神経内科(糖尿病神経障害,認知症),消化器内科(脂肪肝,膵.胞)との連携がとても大切である.また,看護師,栄養士,運動療法士,薬剤師,検査技師などコメディカルとともにチームで診療をしている.これからも患者を中心とする医療チームが一丸となって,糖尿病があってもなくても皆が元気に長生きできるように診療していきたいと考えている.文献1)中村二郎,神谷英紀,羽田勝計ほか:糖尿病の死因に関する委員会報告─アンケート調査による日本人糖尿病の死因─C2001.2010年のC10年間,45,708名での検討.糖尿病C59:667-684,C20162)TurinTC,MurakamiY,MiuraKetal:DiabetesandlifeexpectancyCamongCJapaneseC-NIPPONCDATA80.CDiabe-tesResClinPractC96:e18-e22,C20123)GotoCA,CTakaoCT,CYoshidaCYCetal:CausesCofCdeathCandCestimatedClifeCexpectancyCamongCpeopleCwithCdiabetes:CaCretrospectiveCcohortCstudyCinCaCdiabetesCclinic.CJCDiabetesCInvestigC11:52-54,C20204)中村二郎,吉岡吉成,片桐秀樹ほか:アンケート調査による日本人糖尿病の死因─C2011.2020年のC10年間,68,555名での検討.糖尿病C67:106-128,C20245)HamanoS,OnishiY,YoshidaYetal:Associationofself-stigmaCwithCglycatedChemoglobin:CaCsingle-center,Ccross-sectionalCstudyCofCadultsCwithCtypeC1CdiabetesCinCJapan.CJDiabetesInvestigC14:479-485,C20236)KatoCA,CFujimakiCY,CFujimoriCSCetal:HowCself-stigmaCa.ectsCpatientCactivationCinCpersonsCwithCtypeC2Cdiabetes:Cacross-sectionalstudy.BMJOpenC10:e034757,C20207)PrattE,MaX,LiuRetal:Orforglipron(LY3502970)C,anovel,CoralCnon-peptideCglucagon-likeCpeptide-1CreceptorCagonist:CaCphaseC1a,Cblinded,Cplacebo-controlled,Crandom-ized,single-andmultiple-ascending-dosestudyinhealthyCparticipants.DiabetesObesMetabC25:2634-2641,C20238)InagakiN,TakeuchiM,OuraTetal:E.cacyandsafetyofCtirzepatideCmonotherapyCcomparedCwithCdulaglutideCinCJapaneseCpatientsCwithCtypeC2diabetes(SURPASSJ-mono):adouble-blind,multicentre,randomised,phase3trial.LancetDiabetesEndocrinolC10:623-633,C2022