●連載◯303監修=福地健郎中野匡303.緑内障と認知症吉田悠人島根大学医学部眼科学講座視覚障害の主要な原因である緑内障は,近年,認知症との関連性が注目されている.今後は認知症予防の観点からも,緑内障診療の重要性が一層高まると考えられる.また,診療上の課題をふまえ,認知症を考慮した柔軟な診療体制の構築が求められる.●認知症における視覚障害の役割社会の高齢化に伴い,認知症の予防と対策は国際的に喫緊の課題となっている.2022年には,Alzheimer病治療薬のクレネズマブが臨床試験において十分な効果を示さなかったことを受け“NewYorkTimes”紙が「認知症予防には薬剤よりも行動介入が重要である可能性がある」と報じた.この流れを受け,公衆衛生の専門家らは,新規薬剤の開発を待つのではなく,すでに知られている修正可能なリスク因子への介入の重要性を強調している.こうした動きを背景に,医師や公衆衛生の専門家で構成されるCLancet認知症予防委員会は,認知症に関連する修正可能なリスク因子として,当初のC12項目に加え,2024年の改訂で「視覚障害」および「高CLDLコレステロール血症」を新たに追加した1)(図1).これらのリスク因子を生涯にわたり適切に管理することで,認知症症例の最大C45%が予防あるいは発症遅延できる可能性があると試算されている.なかでも高齢期における視覚障害の改善は,認知症の発症を約C2%減少させる可能性があると報告されている.実際,米国やアジアを含む複数の疫学研究により,視覚障害が認知症リスクの上昇と関連していることが示されている2,3).C●緑内障と認知症の関連視覚障害の代表的疾患である緑内障についても,認知症との関連に注目した報告が近年増加している.Wangら4)のメタアナリシスでは,緑内障患者は認知症との有意な関連を示し,全認知症(オッズ比C1.21,95%信頼区間C1.13.1.29),Alzheimer型認知症(オッズ比C1.19,95%信頼区間C1.10.1.29),血管性認知症(オッズ比1.25,95%信頼区間C1.09.1.44),軽度認知障害(オッズ比C1.36,95%信頼区間C1.14.1.61)のいずれにおいても有意な関連が認められた.また,Huhら5)による病型別解析では,原発開放隅角緑内障はCAlzheimer型認知症のリスクをC29%(相対リスクC1.29,95%信頼区間C1.16(85)C0910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1認知症に対する修正可能なリスク因子2024年,Lancet認知症予防委員会は,視覚障害を新たに認知症の修正可能なリスク因子として追加したと報告した.(文献C1より許可を得て改変引用).1.44)増加させる一方で,閉塞隅角緑内障との間には有意な関連は認められなかった.また,原発開放隅角緑内障およびCAlzheimer型認知症はいずれも中枢神経系の慢性神経変性疾患に分類され,両者に共通する病態機序が多数報告されている.代表的なものとして,アミロあたらしい眼科Vol.42,No.9,20251165図2緑内障と認知症に共通する病態機序の概略図緑内障と認知症を結びうる接点を,現時点での知見に基づいて図式化したものである.イドCbの蓄積,神経炎症,酸化ストレス,脳および網膜における血流低下などがあげられる6)(図2).一方で,中枢神経系との直接的な関連が明らかでない病型であっても,視覚障害を介して認知機能に間接的な影響を及ぼす可能性は否定できない.したがって,緑内障の病型にかかわらず,視覚障害の進行を抑えることは認知症の発症や進行の予防につながる可能性があり,緑内障の早期発見と適切な管理は公衆衛生上きわめて重要な意義をもつと考えられる.C●認知症を考慮した緑内障診療のあり方認知症を有する患者に対しては,緑内障の治療や管理にも特別な配慮が求められる.現在,緑内障治療は薬物療法(点眼),レーザー治療,外科的治療に大別され,近年では低侵襲緑内障手術(minimallyCinvasiveCglauco-masurgery:MIGS)なども導入されており,治療戦略は多様化している.しかし,認知機能が低下した患者では,点眼薬の自己管理や適切な点眼手技が困難となりやすく7,8),とくに複数回投与や多剤併用が必要な場合には,治療アドヒアランスの低下を招き,眼圧コントロールが不良になることも少なくない.外科的治療を選択する場合でも,術後の通院継続や自己管理のむずかしさ,生活衛生の乱れなどから,感染や出血などの合併症リスクが高まる可能性がある.また,診療においては視野検査の信頼性にも注意が必要である.Ichitaniら9)の報告C1166あたらしい眼科Vol.42,No.9,2025によれば,Mini-Cogテストで認知機能障害が疑われた患者では,Humherey視野検査において偽陰性および偽陽性の頻度が有意に高いことが示されており,視野検査結果の解釈には慎重を期すべきである.必要に応じて光干渉断層計などの他覚的検査を併用し,包括的に病状を把握することが望ましい.こうした背景から,将来的な認知機能の低下や術後管理の負担をみすえたうえで,MIGSやレーザー治療の併用など,個々の状況に応じた治療戦略が重要となる.今後の緑内障診療においては,視機能の維持のみならず,認知機能や生活背景に応じた個別化医療の実践がますます求められる.C●おわりに緑内障は視覚障害の原因にとどまらず,認知症との関連が注目される時代を迎えている.認知症予防という観点からも緑内障の早期発見と適切な管理が重要であり,今後は緑内障診療の役割もさらに広がっていくことが期待される.文献1)LivingstonCG,CHuntleyCJ,CLiuCKYCetal:DementiaCpreven-tion,Cintervention,Candcare:2024CreportCofCtheCLancetCstandingCommission.LancetC404:572-628,C20242)KuzmaCE,CLittlejohnsCTJ,CKhawajaCAPCetal:VisualCimpairment,eyediseases,anddementiarisk:Asystemat-icCreviewCandCmeta-analysis.CJCAlzheimersCDisC83:1073-1087,C20213)YoshidaCY,CHiratsukaCY,CUmeyaCRCetal:TheCassociationCbetweenCdualCsensoryCimpairmentCanddementia:ACsys-tematicreviewandmeta-analysis.JAlzheimersDisC103:C637-648,C20254)WangX,ChenW,ZhaoWetal:Riskofglaucomatosub-sequentCdementiaCorcognitiveCimpairment:aCsystematicCreviewCandCmeta-analysis.CAgingCClinCExpCResC36:172,C20245)HuhMG,KimYK,LeeJetal:RelativerisksfordementiaamongCindividualsCwithglaucoma:ACmeta-analysisCofCobservationalCcohortCstudies.CKoreanCJCOphthalmolC37:C490-500,C20236)ZhengCC,CZengCR,CWuCGCetal:Beyondvision:ACviewCfromCeyeCtoCAlzheimer’sCdiseaseCandCdementia.CJCPrevCAlzheimersDisC11:469-483,C20247)TakaoE,IchitaniA,TanitoM:EstimationoftopicalglauC-comaCmedicationCover-prescriptionCandCitsCassociatedCfac-tors.JClinMed13:184,C20238)TanitoM,MochijiM,TsutsuiAetal:FactorsassociatedwithCtopicalCmedicationCinstillationCfailureCinglaucoma:CVRAMS-QPiGStudy.AdvTher40:4907-4918,C20239)IchitaniA,TakaoE,TanitoM:Rolesofcognitivefunctiononvisual.eldreliabilityindicesamongglaucomapatients.JClinMedC12:7119,C2023(86)