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緑内障セミナー:緑内障と認知症

2025年9月30日 火曜日

●連載◯303監修=福地健郎中野匡303.緑内障と認知症吉田悠人島根大学医学部眼科学講座視覚障害の主要な原因である緑内障は,近年,認知症との関連性が注目されている.今後は認知症予防の観点からも,緑内障診療の重要性が一層高まると考えられる.また,診療上の課題をふまえ,認知症を考慮した柔軟な診療体制の構築が求められる.●認知症における視覚障害の役割社会の高齢化に伴い,認知症の予防と対策は国際的に喫緊の課題となっている.2022年には,Alzheimer病治療薬のクレネズマブが臨床試験において十分な効果を示さなかったことを受け“NewYorkTimes”紙が「認知症予防には薬剤よりも行動介入が重要である可能性がある」と報じた.この流れを受け,公衆衛生の専門家らは,新規薬剤の開発を待つのではなく,すでに知られている修正可能なリスク因子への介入の重要性を強調している.こうした動きを背景に,医師や公衆衛生の専門家で構成されるCLancet認知症予防委員会は,認知症に関連する修正可能なリスク因子として,当初のC12項目に加え,2024年の改訂で「視覚障害」および「高CLDLコレステロール血症」を新たに追加した1)(図1).これらのリスク因子を生涯にわたり適切に管理することで,認知症症例の最大C45%が予防あるいは発症遅延できる可能性があると試算されている.なかでも高齢期における視覚障害の改善は,認知症の発症を約C2%減少させる可能性があると報告されている.実際,米国やアジアを含む複数の疫学研究により,視覚障害が認知症リスクの上昇と関連していることが示されている2,3).C●緑内障と認知症の関連視覚障害の代表的疾患である緑内障についても,認知症との関連に注目した報告が近年増加している.Wangら4)のメタアナリシスでは,緑内障患者は認知症との有意な関連を示し,全認知症(オッズ比C1.21,95%信頼区間C1.13.1.29),Alzheimer型認知症(オッズ比C1.19,95%信頼区間C1.10.1.29),血管性認知症(オッズ比1.25,95%信頼区間C1.09.1.44),軽度認知障害(オッズ比C1.36,95%信頼区間C1.14.1.61)のいずれにおいても有意な関連が認められた.また,Huhら5)による病型別解析では,原発開放隅角緑内障はCAlzheimer型認知症のリスクをC29%(相対リスクC1.29,95%信頼区間C1.16(85)C0910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1認知症に対する修正可能なリスク因子2024年,Lancet認知症予防委員会は,視覚障害を新たに認知症の修正可能なリスク因子として追加したと報告した.(文献C1より許可を得て改変引用).1.44)増加させる一方で,閉塞隅角緑内障との間には有意な関連は認められなかった.また,原発開放隅角緑内障およびCAlzheimer型認知症はいずれも中枢神経系の慢性神経変性疾患に分類され,両者に共通する病態機序が多数報告されている.代表的なものとして,アミロあたらしい眼科Vol.42,No.9,20251165図2緑内障と認知症に共通する病態機序の概略図緑内障と認知症を結びうる接点を,現時点での知見に基づいて図式化したものである.イドCbの蓄積,神経炎症,酸化ストレス,脳および網膜における血流低下などがあげられる6)(図2).一方で,中枢神経系との直接的な関連が明らかでない病型であっても,視覚障害を介して認知機能に間接的な影響を及ぼす可能性は否定できない.したがって,緑内障の病型にかかわらず,視覚障害の進行を抑えることは認知症の発症や進行の予防につながる可能性があり,緑内障の早期発見と適切な管理は公衆衛生上きわめて重要な意義をもつと考えられる.C●認知症を考慮した緑内障診療のあり方認知症を有する患者に対しては,緑内障の治療や管理にも特別な配慮が求められる.現在,緑内障治療は薬物療法(点眼),レーザー治療,外科的治療に大別され,近年では低侵襲緑内障手術(minimallyCinvasiveCglauco-masurgery:MIGS)なども導入されており,治療戦略は多様化している.しかし,認知機能が低下した患者では,点眼薬の自己管理や適切な点眼手技が困難となりやすく7,8),とくに複数回投与や多剤併用が必要な場合には,治療アドヒアランスの低下を招き,眼圧コントロールが不良になることも少なくない.外科的治療を選択する場合でも,術後の通院継続や自己管理のむずかしさ,生活衛生の乱れなどから,感染や出血などの合併症リスクが高まる可能性がある.また,診療においては視野検査の信頼性にも注意が必要である.Ichitaniら9)の報告C1166あたらしい眼科Vol.42,No.9,2025によれば,Mini-Cogテストで認知機能障害が疑われた患者では,Humherey視野検査において偽陰性および偽陽性の頻度が有意に高いことが示されており,視野検査結果の解釈には慎重を期すべきである.必要に応じて光干渉断層計などの他覚的検査を併用し,包括的に病状を把握することが望ましい.こうした背景から,将来的な認知機能の低下や術後管理の負担をみすえたうえで,MIGSやレーザー治療の併用など,個々の状況に応じた治療戦略が重要となる.今後の緑内障診療においては,視機能の維持のみならず,認知機能や生活背景に応じた個別化医療の実践がますます求められる.C●おわりに緑内障は視覚障害の原因にとどまらず,認知症との関連が注目される時代を迎えている.認知症予防という観点からも緑内障の早期発見と適切な管理が重要であり,今後は緑内障診療の役割もさらに広がっていくことが期待される.文献1)LivingstonCG,CHuntleyCJ,CLiuCKYCetal:DementiaCpreven-tion,Cintervention,Candcare:2024CreportCofCtheCLancetCstandingCommission.LancetC404:572-628,C20242)KuzmaCE,CLittlejohnsCTJ,CKhawajaCAPCetal:VisualCimpairment,eyediseases,anddementiarisk:Asystemat-icCreviewCandCmeta-analysis.CJCAlzheimersCDisC83:1073-1087,C20213)YoshidaCY,CHiratsukaCY,CUmeyaCRCetal:TheCassociationCbetweenCdualCsensoryCimpairmentCanddementia:ACsys-tematicreviewandmeta-analysis.JAlzheimersDisC103:C637-648,C20254)WangX,ChenW,ZhaoWetal:Riskofglaucomatosub-sequentCdementiaCorcognitiveCimpairment:aCsystematicCreviewCandCmeta-analysis.CAgingCClinCExpCResC36:172,C20245)HuhMG,KimYK,LeeJetal:RelativerisksfordementiaamongCindividualsCwithglaucoma:ACmeta-analysisCofCobservationalCcohortCstudies.CKoreanCJCOphthalmolC37:C490-500,C20236)ZhengCC,CZengCR,CWuCGCetal:Beyondvision:ACviewCfromCeyeCtoCAlzheimer’sCdiseaseCandCdementia.CJCPrevCAlzheimersDisC11:469-483,C20247)TakaoE,IchitaniA,TanitoM:EstimationoftopicalglauC-comaCmedicationCover-prescriptionCandCitsCassociatedCfac-tors.JClinMed13:184,C20238)TanitoM,MochijiM,TsutsuiAetal:FactorsassociatedwithCtopicalCmedicationCinstillationCfailureCinglaucoma:CVRAMS-QPiGStudy.AdvTher40:4907-4918,C20239)IchitaniA,TakaoE,TanitoM:Rolesofcognitivefunctiononvisual.eldreliabilityindicesamongglaucomapatients.JClinMedC12:7119,C2023(86)

屈折矯正手術セミナー:白内障屈折矯正手術トレンドの変化

2025年9月30日 火曜日

●連載◯304監修=稗田牧神谷和孝304.白内障屈折矯正手術トレンドの変化佐藤正樹サトウ眼科老視矯正眼内レンズ(とくにC3焦点)を用いる術者が増加し,IOL度数計算ではCBarrettのCUniversalII式およびCTrueK式(角膜屈折矯正術後)が急速に普及している.屈折矯正手術における状況は海外とは大きく異なり,有水晶体眼内レンズがC7割強のシェアを占めている.●はじめに日本白内障屈折矯正手術学会(JSCRS)は過去C30年以上にわたり会員向け年次調査を実施しており,2024年に直近C20年間のデータが報告された1).必ずしも国内全体の状況に合致するものではないが,トレンド変化は正確に捉えられている.これらの一部を,グローバルな商業データも含めて,海外と比較する.C●周術期管理抗菌薬前房内投与を行う術者の割合は緩やかに増加しているが,ここ数年はC3割でほぼ安定している〔欧州白内障屈折矯正手術学会(ESCRS)ではほぼルーチン2),米国白内障屈折矯正手術学会(ASCRS)では過半数3)〕.施設の種類別でみると,クリニックでの約C40%に対して大学病院ではC10%未満であり,o.-labeluseに起因する結果と考えられる.C●白内障手術手技切開方位は「12時中心」が減少し,欧米では強く好まれる「耳側」が増加傾向にあるものの,依然として「きき手斜め上方」がもっとも多い(図1a)1).切開組織部位では,「強膜切開」は大幅に減少し,「角膜切開」は緩やかに増加している.角膜切開と強膜切開の長所をあわせもつ「経結膜強角膜一面切開(TSSI)」はC2010年に日本で報告され,以後緩やかに増加している(図1b)1).もともと強膜切開CSTIを好む術者の一部がCTSSIに移行したと考えられ,角膜切開が好まれる欧米とは異なる,日本独特の傾向といえる.CFemtosecondClaser-assistedCcataractCsurgery(FLACS)を行っている会員の割合はC10%未満であり,欧米と比較するとかなり少ない〔ESCRS19%(2016年),ASCRS39%(2018年)〕.●眼内レンズおよび眼内レンズ度数計算老視矯正眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を用いる術者は過去C10年で倍増している.2焦点CIOLは激減し,3焦点CIOLと連続焦点CIOLが増えている.IOL度数計算ではCBarrettのCUniversalII式およびCTrueK式(角膜屈折矯正術後)が,いずれも急速に普及している(図2)1).C●屈折矯正手術MarketCScopeC2022CRefractiveCSurgeryCMarketCReport4)によると,世界での屈折矯正手術は今後も平均2%程度の増加率が続くと予想されている.しかし,諸外国と比較すると日本の屈折矯正手術件数は極端に少ない(図3)4).術式は,中国ではClenticleCextraction(SMILE)が増加しているが,欧米ではClaserCinCSituKeratomileusis(LASIK)が過半数を占めている.JSCRSでの過去C10年間のデータでは,LASIKなどのエキシマレーザー関連手術はいずれも減少し,SMILEは横ばい,唯一CphakicIOLのみが増加している.世界各国での屈折矯正手術全体におけるCimplantableCcollamerlens(ICL)占有率を図4に示す5).2018年はどの地域においてもCICLのシェアはC10%未満だったが,2023年は世界全体で平均C15%に増加し,日本ではシェアC73%と尋常ではない伸びを示している(逆をいえば,世界全体ではC85%,米国においてはC98%がCLASIK・SMILEなどCICL以外の手術である).日本ではC2013年に都内のC1施設で術後感染性角膜炎のCoutbreakが報告され,消費者庁から注意喚起がなされ,以降エキシマレーザー屈折矯正手術件数は大幅に減少した.さらに日本人の保守的思考も少なからず関与していると考えられ,いずれにせよ諸外国とは異なった非常に特殊な状況にあることは間違いない.(83)あたらしい眼科Vol.42,No.9,202511630910-1810/25/\100/頁/JCOPYaa2004(%)(%)2011200510020132009902014201080372015201170201620126030272017262013502014402018102015302019201620202020171020212018020222019202312時中心きき手斜め上方耳側主経線上b2004(%)20052006b802007(%)20122008807336281101222013201420097020102011602015201220165020132017201820192020202120222023201440201530201620172020181020190強膜角膜経結膜・強角膜一面図1白内障手術の切開創a:切開方位.b:切開組織部位.(文献C1より転載)図2眼内レンズ度数計算法a:通常症例(複数回答).b:角膜屈折矯正術後症例(複数回答).(文献C1より転載)100%90%202380%73%201870%1,4001,2001,0008006004002000ThousandsofProcedures■LASIK■SurfaceAblation■LenticuleExtraction■PhakicIOL■RefractiveLensExchange40%図32022年に行われた屈折矯正手術の国別件数および術式30%23%17%20%15%UnitedWesternJapanOtherWealthyChinaIndiaLatinRestof60%StatesEuropeNationsAmericaWorld50%(文献C4より転載)8%10%2%1%●おわりに方向性を誤り,将来,世界標準から逸脱することのないよう,現在わが国で行われている白内障・IOL・屈折矯正手術の変遷および海外との相違を把握しておくことは,非常に重要だと考える.JCSRSの調査データは膨大なので,ごく一部のデータのみを提示した.さらなる詳細は文献C1をご覧いただければ幸いである.文献1)SatoCM,CKamiyaCK,CHayashiCKCetal:ChangesCinCcataractCandCrefractiveCsurgeryCpracticeCpatternsCamongCJSCRSCmembersCoverCtheCpastC20Cyears.CJpnCJCOphthalmolC68:C443-462,C20242)KohnenT,FindlO,NuijtsRetal:ESCRSClinicalTrendsSurvey2016-2021:6-yearCassessmentCofCpracticeCpat-ternsCamongCsocietyCdelegates.CJCCataractCRefractCSurgC1164あたらしい眼科Vol.42,No.9,2025GlobalJapanChinaSouthKoreaUnitedStates図4世界全体・日本・中国・韓国・米国における2018年および2023年の屈折矯正手術全体に対するICLの占有率(StaarSurgical社資料)C49:133-141,C20233)ChangDF,RheeDJ:Antibioticprophylaxisofpostopera-tiveendophthalmitisaftercataractsurgery:resultsofthe2021CASCRSCmemberCsurvey.CJCCataractCRefractCSurgC48:3-7,C20224)MarketCScopeRC2022CRefractiveCSurgeryCMarketCReport,CGlobalCAnalysisCforC2021CtoC2027.Chttps://www.market-scope.com/.les/products/brochures/357/2022%20RefracCtive%20Surgery%20Report%20Brochure.pdf.CAccessedC10CApril20255)STAARCSurgicalCInvestorCPresentation,CMarchC2024.Chttps://s24.q4cdn.com/405935222/.les/doc_presentationsC/2024/03/march-2024_staar_investor-presentation_.nal.Cpdf.Accessed30March2025(84)

眼内レンズセミナー:落下IOL摘出鑷子

2025年9月30日 火曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋森井香織460.落下IOL摘出鑷子森井眼科クリニック眼内レンズ(IOL)が硝子体中に完全に脱臼し,網膜上に落下している患者にしばしば遭遇する.その落下IOLを安全に摘出するために,新しく硝子体鑷子を考案したので,形状や手術手技などを紹介する.●はじめに加齢によるCZinn小帯の脆弱化が原因で,白内障手術後に眼内レンズ(intraocularlens:IOL)が脱臼する患者にしばしば遭遇する1,2).IOLが後房内に留まる場合には,前房からアプローチする手術で摘出し,新しいIOLを縫着または強膜内固定することが可能である3,4).しかし,IOLが完全に脱臼して硝子体中に落下した場合には,硝子体手術による摘出が必要となる5,6).現在,硝子体手術で広く使用されている内境界膜(internallimitingmembrane:ILM)鑷子は,ILMの把持と除去を目的として設計されており7),厚みのあるアクリルCIOLを確実に掴むのには適していない.そのため,手術中にCIOLが鑷子から滑り落ち,網膜を損傷する可能性があった.この問題を解決するため,脱臼したIOLを安全かつ確実に摘出するための新しい「落下CIOL摘出鑷子」を開発した.図1に落下CIOL摘出鑷子と従来のCILM鑷子の先端形状を示す.C●デバイスの説明新しい「落下CIOL摘出鑷子」には,従来のCILM鑷子に以下のような改良を施した(図2).1.把持部分の延長:鑷子先端の把持部分をC3.3Cmmとし,従来のCILM鑷子よりも大幅に長く設計した.これによりCIOLを確実に掴むことが可能である.2.先端形状の改良:レンズが滑り落ちないように片側にギザギザをつけ,開き角度をC16.13°,開き幅を1.4Cmmに拡大した.これにより,厚みのあるアクリルレンズにも対応できるようになった.3.シャフトの延長:長眼軸眼にも対応するため,シャフトをC30Cmmと長くした.C●手術手技手術は,Tenon.下麻酔を行ったのち,硝子体手術用のポートを強膜に作製し,IOL摘出用に角膜を切開(3Cmm)する.硝子体が残存した状態でCIOLを引き上げると,IOLと硝子体が絡まり,網膜を牽引し網膜.離のリスクが生じるため,まず硝子体切除を行う.硝子体切除後,右手の硝子体カッターを落下CIOL摘出鑷子に持ち替え,ダイレクトに落下CIOLの支持部の根本を把持し,虹彩直下まで引き上げる.IOLにCSommerringや水晶体.が付着している場合は,落下CIOL摘出鑷子でIOLを把持した状態で硝子体カッターを挿入し,SomC-merringや水晶体.を除去し,IOLのみの状態にしてIOLを虹彩直下まで引き上げる.落下CIOL摘出鑷子でIOLを後房に把持した状態で,前房内に粘弾性物質を充.し,Sinskey逆フック(イナミ)またはダブルフック(イナミ)を反対側の角膜サイドポートからCIOL後面に図1落下IOL摘出鑷子とILM鑷子の先端形状の比較ILM鑷子と落下CIOL摘出鑷子を同条件下で撮影し,拡大縮小なしで比較した.ILM鑷子の先端は短く繊細に設計されており,ILMを安全に把持・除去するための特性をもつ.(81)あたらしい眼科Vol.42,No.9,2025C11610910-1810/25/\100/頁/JCOPY図2落下IOL摘出鑷子の先端形状挿入し,IOLループと光学部をこのフックで虹彩上に引き上げた後,落下CIOL摘出鑷子をCIOLから離し,硝子体ポートから抜去し,角膜切開創から挿入し,IOLループを把持し眼外に摘出する(図3).筆者が落下CIOL摘出鑷子を用いて行った手術では,すべてC1アクションでCIOLをしっかり把持することができた.IOLの周囲にCSommerringや水晶体.があるものも,1アクションでCIOLを把持でき,IOLを把持したまま安全に硝子体カッターによる処理が行えた.その後もCIOLを把持したまま,虹彩上までCIOLを引き上げることが可能であった.全例で網膜硝子体に重大な合併症を認めなかった.C●おわりにILM鑷子は,ILMを安全に.離するために,先端が小さく繊細に作製されている.20ゲージ硝子体手術の時代は鑷子類も大きく,さまざまな形状のものがあり,それらを利用してCIOLを把持,摘出することができたが,スモールゲージ硝子体手術になり,硝子体切除の効率もよくなった結果,多様な鑷子は不要となり,ILM鑷子に一本化された.現在のCIOLの主流であるアクリルCIOLは厚みがあり,ILM鑷子では把持しにくいため,図3手術手技①硝子体切除後,落下CIOL摘出鑷子で直接落下CIOLの支持部の根本を把持する.②把持したまま持ち上げる.③虹彩後面までCIOLを持ち上げ,鑷子で把持したまま,角膜サイドポートからダブルフックをCIOL後面に挿入し,IOLを虹彩上に引き上げる.かつての硝子体手術の器具のようなCIOLをしっかり把持できる鑷子をイメージして本鑷子を考案した.「落下IOL摘出鑷子」は,硝子体手術におけるCIOL摘出の安全性と効率性を大幅に向上させ,脱臼したCIOLの摘出に関連する合併症を減少させる可能がある.文献1)KimSS,SmiddyWE,FeuerWetal:Managementofdis-locatedCintraocularClenses.COphthalmologyC115:1699-1704,C20082)LeeGI,LimDH,ChiSAetal:RiskfactorsforintraocularlensCdislocationCafterphacoemulsi.cation:aCnationwideCpopulation-basedCcohortCstudy.CAmCJCOphthalmolC214:C86-96,C20203)NoguchiS,NakakuraS,TabuchiHetal:Directintraocu-larlensextractionusinganewlydevelopedlens-grabbingforceps.JClinMedC13:2938,C20244)FukuokaCS,CKinoshitaCT,CMoritaCSCetal:IntraocularClensCextractionCusingCtheCcartridgeCpull-throughCtechnique.CJCataractRefractSurgC47:e70-e74,C20215)DikciS,YilmazT:Vitreoretinalsurgeryinpatientswithintraocularlensdislocationintothevitreous.AnnMedResC28:2128-2133,C20216)SellaS,RubowitzA,Sheen-OphirSetal:Parsplanavit-rectomyforposteriorlydislocatedintraocularlenses:riskfactorsCandCsurgicalCapproach.CIntCOphthalmolC41:221-229,C20217)FerraraM,Rivera-RealA,HillierRJetal:ArandomisedcontrolledCtrialCevaluatingCinternalClimitingCmembraneCpeelingCforcepsCinCmacularCholeCsurgery.CGraefesCArchCClinExpOphthalmolC261:1553-1562,C2023

コンタクトレンズセミナー:英国コンタクトレンズ協会のエビデンスに基づくレポートを紐解く 21.未来のコンタクトレンズ技術(1)

2025年9月30日 火曜日

■オフテクス提供■コンタクトレンズセミナー英国コンタクトレンズ協会のエビデンスに基づくレポートを紐解く21.未来のコンタクトレンズ技術(1)土至田宏聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院眼科松澤亜紀子聖マリアンナ医科大学/川崎市立多摩病院眼科英国コンタクトレンズ協会がC2021年に発表した“ContactCLensCEvidence-BasedCAcademicCReports(CLEAR)”は第C11章「コンタクトレンズ技術の将来像(ContactClensCtechnologiesCofCthefuture)」1)が最終章である.視力矯正のみならず病気の診断・モニタリングや薬物送達,近視進行抑制,老視対応,augmentedvision(拡張視覚)など,多機能,多目的化が進むと期待されている未来のコンタクトレンズについて,数回に分けて紹介する.全身疾患の診断・モニタリング機能コンタクトレンズ(CL)は今後,表1に示すような全身疾患や眼疾患の診断・モニタリングツールとして機能する可能性がある.とくに,CLは長時間涙液と接触するため,CLにセンサーを組み込み,涙液に含まれる多様なバイオマーカーを検出することで,非侵襲かつ継続的に体内の生理的変化を把握する技術が注目されている.全身性疾患に関しては,糖尿病の管理を目的とした涙液中グルコースの検出を中心に紹介している.光学的(色調・蛍光変化)あるいは電気化学的(電流変化)センサーを組み込んだレンズが開発されており,将来的にはスマートフォンなどを用いたリアルタイム測定が可能とされている.ただし,血糖値との時間差やセンサーの安定性,製造時の課題(高温・高圧への耐性)など,技術的・臨床的課題も指摘されている.癌の早期診断にも応用が期待されており,涙液中のlacryglobinなどの蛋白質は,乳癌・肺癌・前立腺癌などとの関連が報告されている.CLを短時間装用することで,涙液に含まれる微量成分をレンズ内に集積させ,レンズ除去後に分析する手法も検討されている.眼疾患の診断・モニタリング機能眼疾患では,緑内障における眼圧の連続モニタリング技術が実用化され,医療機器として認可されている.Sensimed社の「Trigger.sh」は,シリコーン製CCLに微細なストレインゲージセンサーを内蔵し,角膜形状のわずかな変化からC24時間眼圧変動を測定するデバイスである.睡眠中や日常生活中の眼圧変化を捉えられる点が画期的である.さらに,ドライアイに関連して,涙液の浸透圧,サイトカイン濃度,IgGなどの免疫マーカー,瞬目の頻度,眼表面温度の測定にもCCLが活用されつつある.蛍光色素を組み込んだレンズや温度感応性液晶を用いた試作も報告されており,電子回路を使用しない簡表1涙液中で検出される全身性疾患のバイオマーカー疾患名涙液中の潜在的バイオマーカーAlzheimer病dermcidin,lacritin,lipocalin-1,lysozyme-C増加癌lacryglobin増加,特定の蛋白質群の組成変化.胞性線維症IL-8,IFN-c,MIP-1Ca,MIP-1Cb糖尿病グルコース増加,終末糖化産物(AGEs),サイトカイン変化多発性硬化症IgGオリゴクローナルバンド,Ca-1-アンチキモトリプシンParkinson病CTNF-a,オリゴマー型Ca-シヌクレイン甲状腺疾患CIL-1b,IL-6,IL-17,TNF-a,IL-7IL(interleukin):インターロイキン,IFN(interferon):インターフェロン,MIP(macrophagein.ammatoryprotein):マクロファージ炎症性蛋白質,TNF(tumornecrosisfactor):腫瘍壊死因子,IgG(immunoglobulinG):免疫グロブリンCG(79)あたらしい眼科Vol.42,No.9,2025C11590910-1810/25/\100/頁/JCOPY易型診断ツールとしての応用も期待される.また,網膜血管や結膜血管のモニタリングに関しても,超音波センサーや光学センサーをレンズ内に組み込むことで,脈拍や血流動態,酸素飽和度などを連続的に計測する技術が検討されている.これらの生体情報は,疾患の予兆を捉えたり,患者の状態変化をリアルタイムで医師に通知したりするための重要な指標となる.こうした診断・モニタリング技術をC1枚のCCLに統合し,複数のバイオマーカーや生理指標を同時に計測できるマルチセンサー型スマートレンズの開発が将来的な目標である.これにより,眼科のみならず全身医療においても,CLが新たな医療インターフェースとして機能することが期待される.治療目的への応用従来,CLは角膜上皮欠損などの眼表面障害に対するバンデージ目的で使用されてきたが,将来は能動的に疾患を治療する医療デバイスとしての機能の発展が期待される.まずはドライアイに対する応用がとりあげられており,単なる保湿作用を越えて,レンズに電気的機構や機能性材料を付加することで涙液動態や眼表面環境を積極的に回復させるアプローチが紹介されている.例として,電気浸透流を利用し,レンズ表面に配置したマイクロ電極により涙液の分布を制御する設計や,グラフェン被覆による蒸発抑制およびバリア機能の付帯があげられる.さらには,涙液分泌を促進する電気刺激デバイスの一体化も試みられている.従来の鼻腔内刺激装置と同様の神経経路を経て反射性分泌を誘導し,光またはCRF信号で作動する素子をレンズに組み込むことで,外部電源なしに駆動する設計が提案されている.酸化ストレスに起因する眼表面障害に対しては,活性酸素除去能を有する材料,とくにセリアナノ粒子を含有したCCLの応用が注目されている.これにより,過酸化水素などの有害な酸素種を分解し,炎症や細胞障害の進行を抑制する効果が期待される.また,マトリックスメタロプロテナーゼ(matrixmetalloproteinase:MMP)抑制材として,ジピコリルアミンを有するハイドロゲルを用いたCMMP-9阻害作用を有するレンズ材料の開発も報告されている.CLを足場(スキャフォールド)とする幹細胞移植の技術も紹介されている.輪部幹細胞欠損症に対して,培養幹細胞をCCLに播種し,そのまま角膜上に装用することで上皮再建を図る手法で,成功例の報告もあり,将来的な再生医療への応用が期待される.視機能補助としての応用例として,光量に応じて透過率を変化させる液晶素子内蔵レンズがあげられている.これは,人工虹彩あるいは可変ピンホールとして機能し,羞明・散瞳異常・色覚異常・慢性頭痛などへの適応が考えられる.レンズ内に組み込まれた開口部が電子的に制御されることで,動的な視環境調整が可能となる.文献1)JonesCL,CHuiCA,CPhanCCMCetal:CLEARC-ContactClensCtechnologiesCofCtheCfuture.CContCLensCAnteriorCEyeC44:C398-430,C2021C

写真セミナー:ブリモニジンによる角膜混濁を伴った虹彩異色症

2025年9月30日 火曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史496.ブリモニジンによる角膜混濁を伴った白根茉利子東京歯科大学市川総合病院眼科虹彩異色症図2図1のシェーマ①角膜混濁②色素が少ない虹彩図1左眼の前眼部写真(白内障手術後)角膜実質内にghostvesselを伴う角膜混濁を認めた(点線内).右眼(図3)と比較すると,全体的に虹彩色素が少ない.図4右眼の前眼部光干渉断層写真角膜実質の混濁()を認める.図3右眼の前眼部写真角膜実質内にghostvesselを伴う角膜混濁(点線内)を認めた.(77)あたらしい眼科Vol.42,No.9,202511570910-1810/25/\100/頁/JCOPYブリモニジン酒石酸塩点眼液(以下,ブリモニジン)の長期使用歴のある77歳の女性の症例を提示する.生下時より虹彩の色調に左右差を認めていた.両眼の原発開放隅角緑内障に対し,数年前よりブリモニジンを使用していたが,数年前から両眼に角膜混濁が出現した.右眼は黄斑変性により元来視力不良であったが,約1年前から徐々に左眼も視力低下が進行したため,治療目的で筆者の病院を紹介受診した.初診時,矯正視力は右眼(0.01),左眼(0.1)であった.両眼とも角膜周辺部から瞳孔領にかけて脂肪変性とghostvesselを伴う角膜混濁を認めた(図1~4).ブリモニジンの長期使用歴があることから,ブリモニジン関連角膜混濁が考えられた.また,虹彩色調の左右差を認め,虹彩異色症(heterochromia)と診断した.左眼は核硬化3度の白内障が視力低下の主因と考えられたため,水晶体再建術を施行し,矯正視力は(1.0)まで改善した.ブリモニジン点眼は中止とした.虹彩の色調はメラニン量とその分布により決定する.虹彩異色症は,虹彩メラニンの量や分布の差異により,左右眼で虹彩の色調が異なる疾患である.片眼の虹彩全体に色素異常を認める完全虹彩異色症,一部のみが異なる部分虹彩異色症に分類される.原因は先天性と後天性に大別される.先天性の場合は遺伝的要因や胎生期の発達異常により発症し,多くは眼所見や全身異常を伴わないが,Waardenburg症候群やSturge-Weber症候群などの一症状として出現することもある.後天性では外傷,Fuchs異色虹彩毛様体炎などの眼炎症,腫瘍に伴い発症することがある.虹彩異色症そのものに治療の必要はないが,後天性の場合は原因となる眼疾患の検索や,全身疾患の合併について精査を行う.本症例は生下時からすでに虹彩異色を認めていたこと,全身合併症の既往もないことから,先天性の虹彩異色症と判断した.ブリモニジンはa2作動薬であり,房水産生抑制およびぶどう膜強膜流出促進作用により眼圧を下降させる.しかし近年,ブリモニジンの長期使用により炎症性角膜混濁をきたすことが報告された2).結膜充血や濾胞性結膜炎に続き,角膜周辺部に輪状の浸潤が出現し,新生血管の伸長とともに混濁は中心部へ向かい,扇形を呈する3).治療はブリモニジンの中止とステロイド点眼による消炎を行うが,角膜瘢痕が残存することが多く,早期発見・早期診断が重要である.文献1)RennieIG:Don’titmakemyblueeyesbrownhetero-chromiaandotherabnormalities.Eye26:29-50,20122)MaruyamaY,IkedaY,YokoiNetal:Severecornealdis-ordersdevelopedafterbrimonidinetartrateophthalmicsolutionuse.Cornea36:1567-1569,20173)篠崎友治,溝上志朗,細川寛子ほか:ブリモニジン関連角膜実質混濁の臨床経過─自験3症例からの考察.あたらしい眼科41:82-88,2024

眼科外傷および眼科救急における禁忌と診療上の 留意点─自験例から学ぶ盲信回避の重要性

2025年9月30日 火曜日

眼科外傷および眼科救急における禁忌と診療上の留意点─自験例から学ぶ盲信回避の重要性ContraindicationsandCriticalMindsetinOcularTraumaandOphthalmicEmergencies:LessonsLearnedfromClinicalExperienceontheImportanceofAvoidingBlindTrust藤澤邦見*はじめに本稿は眼科の外傷と救急における禁忌がテーマだが,「リカバリーできないほどの禁忌」というと案外むずかしい.恩田が想定される眼外傷と原因,疾患を表に示している1)ので,その項目に沿って記述した.本稿の内容は禁忌といっても,リカバリーがまったく不可能なことばかりではない.あわせて自験例について,別の視点で(禁忌とまではいかないが)重要な心構えについても詳しく記載した.これら自験例の内容について「こんなことをするわけがない」と思う読者もいるだろうが,筆者の反省も込めて記載しており,参考にしていただきたい.ちなみに,chatGPT5に眼外傷と救急における禁忌を聞くと,疾患項目ごとの記載が返され,最後に下記であるとまとめられていた.①視力・生命にかかわる処置を優先②圧迫を避け,眼球を保護③専門医への速やかな搬送なるほど,と思うところであるが,本稿で自験例を用いながら示したのは,chatGPTは示してくれない内容である.I眼外傷の禁忌1.鈍的眼外傷における禁忌a.眼窩壁骨折で筋絞扼型を見逃す外眼筋が萎縮してしまう絞扼型に至急の対応をしなければ,回復不能の眼球運動障害を残してしまう.受傷後,嘔吐や強い疼痛などが継続し,強い眼球運動障害があれば強く疑う.眼窩のCT像(冠状断)で,副鼻腔側に必ず眼窩脂肪や外眼筋の絞扼を確認でき2),診断がつく.forcedductiontestは筋絞扼型ではさらなる筋の挫滅を生じる危険性があり,外来では禁忌である3).筋絞扼型は可及的速やかに手術する必要がある.b.眼球破裂で見える裂傷範囲だけを確認する必ず見えない裂傷範囲を探す.具体的には,結膜下,外眼筋下,主裂傷の対側などである.見てすぐに確認がとれる場所ばかりが裂傷部位ではない.2.裂傷,穿孔,貫通型眼外傷における禁忌a.感染が疑われる場合に培養せずに診療を進める初診時すぐや手術時の前房水や硝子体での培養は必須であり,忘れれば機会を失う.b.眼球の刺入物を無計画に抜く安易に抜いて房水や眼内組織が脱出すれば,即座の対応をしないとリカバリー不能となる可能性がある.3.眼内・眼窩内異物による眼外傷における禁忌a.眼窩異物・眼内異物を見逃す異物を疑えば必ずCT撮影をするべきである.b.金属異物の疑いがあるのにMRIを行う少しでも金属異物の疑いがあれば,MRIは行わない.このほか,裂傷部位確認や感染については項目1,2*KunimiFujisawa:昭和医科大学横浜市北部病院眼科〔別刷請求先〕藤澤邦見:〒224-8503神奈川県横浜市都筑区茅ヶ崎中央35-1昭和医科大学横浜市北部病院眼科(1)(69)11490910-1810/25/\100/頁/JCOPYと同様である.4.薬傷・熱傷・電磁波による眼外傷における禁忌a.洗眼よりも受診を優先する指示薬傷や熱傷では,水道水の流水での洗眼を早く十分にやるほど予後がよくなる可能性が高まる.時間との勝負なので,受診よりもまず十分な洗眼を指示し,そのあとに受診するようにすべきである.5.外傷以外における禁忌a.緑内障発作でのレーザー虹彩切開で虹彩に穴を開けられずに終わる角膜の浮腫などで,どうにも虹彩に穴を開けられないことがある.縮瞳薬などですでに降圧がはかられていればよいが,瞳孔ブロックが解除できないままでは治療を終わるべきではなく,どうしてもレーザーで開けられなければ,観血的な治療に変えて完遂すべきである.b.眼内炎での診察の遅延眼内炎,とくに眼底がみえない術後眼内炎におけるのんびり診察は禁忌である.菌によるが,1時間ごとに病態は悪化していく.ほかの外来や手術を止めて,1分を争って診断し,抗菌薬投与や手術に踏み切る.菌によっては1.2時間遅れるだけで予後を悪くしてしまう.6.全般的な禁忌a.全身状態,脳への影響,迷走神経反射を考えないどんな場合であっても,これらを念頭におかないのは禁忌である.b.反対眼の診療を怠る反対眼の診療を怠らず,激しい外傷であれば交感性眼炎をつねに念頭におく.緑内障発作や網膜.離では,反対眼にも生じそうなことや,すでに生じていることもある.c.至急の患者の受診診察を翌日以降にするこれは禁忌というほどではないが,極力すべきではない.実際にみるまでは,本当のところどうなっているかはわからないからである.視力などの検査ができなくとも,1回診察してみるべきである.そのうえで,治療を翌日にするというのは当然ありうる.とはいえ,すぐの診察を現場で実践するのはなかなかむずかしく,網膜.離などでは「明日の朝一番に来てください」「週明けに来てください」と伝えることもある.II自験例筆者が,もっとも尊敬するかたにかつていわれたと思い込んでいる言葉があり,診療のたびに思い出し,うまくできず反省したりしている.「いいかい藤澤君,誰も信じちゃいけないよ.自分だけを信じなさい.」という言葉である.後年,「そんなこといったかな?」とのことだったので,筆者が思い込んでいるだけのようだが,筆者的には勝手な思い込みと解釈から,大事な戒めとしている.そのままでは人間不信のようだが,他を信じることで,自身でしっかりみたり,聞き取ったり,調べたりすることに少しでも手を抜いてはいけないという言葉として解釈している.つまり,「他を盲信してはいけない.自身を信じられるように律せよ」ということであり,とても大事なことを示唆している.どんな診療においても重要なことであるが,時間や環境が整わないことの多い救急ではとくに大事なのではないかと考える.患者の話を信じない,前医の診療を信じない,スタッフを信じない,機器の測定結果を信じない.どれもひどいことに聞こえるが,「盲信してはいけない」といえばわかっていただけるだろうか.患者の話を盲信するのも,前医の診療を盲信するのも,スタッフを盲信するのも,機器の測定結果を盲信するのも禁忌──ということである.加えると,さらに重要なのは「自分を信じない」ことと,「自分だけを信じる」ということである.自分の行為も疑ってみると同時に,自身のみたこと,聞いたこと,調べたことをきちんと把握できているなら,それだけは信じて診療にあたることである.患者の話は,受傷機転などをしっかり聞いたつもりでも,患者本人が脚色していることもあれば,誰かに脚色させられている(“労災飛ばし“のときなど)こともある.所見との相違などがあれば,話を鵜呑みにせず,多方面から聞き取る必要がある.医師が患者の話を勝手に思い込みで解釈していることもあるので,本当に客観性1150あたらしい眼科Vol.42,No.9,2025(70)のある見方なのかを自身に問いかけながら話を聞く必要がある.前医での診療結果は,実際に自分で診察するまで鵜呑みにしないこと.優秀な先生がみていても,見逃しや思い込みでの診断がありうる.治療において,「この先生ならこれぐらいできるだろう」と考えるのも危険である.救急では,いつもできていることができないこともある.環境によって,人は能力が変わるのである.スタッフはこれぐらいのことはわかっているだろう,できるだろうと考えていると足元をすくわれる.筆者が師事した先生は,手術の前日に必ず手術室を訪れて看護師をよび出し,手術の段取りをシェーマにして説明し,重要事項やタイミングを詳しく伝えていた.スタッフが「これぐらいのことは教えなくともできるだろう」というような考えはもたずに,ルーチンで事前に重要ポイントを伝えていた.実際のところ,筆者自身これらがうまくできているかといえばなかなかむずかしいのだが,以下の眼科救急の自験例を,自戒を込めつつ示す.[症例1]63歳,男性.網膜に釘が刺さっていた穿孔性眼外傷の症例である.地方病院で筆者の診察日の前に,2名の医師がそれぞれ別日に診察していた.初診時は,「木の枝に左眼がぶつかった」という訴えだったが,あとから日曜大工で釘打ち機エアガンを使っていて受傷したことが判明した〔→患者(の話)を信じてはいけない〕.この受傷機転の話と所見から,初診時では眼内異物の想定はむずかしく,CTは行われていなかった.角膜裂傷と軽度の水晶体損傷があったが眼圧は保たれており,矯正視力1.0であった.眼底はOptosで広角撮影(図1a)されていた.初診時には釘打ち機の話が出ておらず,硝子体混濁もほとんどなかったため,点眼などで4日間保存的に経過をみられていた.白内障が進行して視力低下しており水晶体損傷があるが,この地方病院で手術可能かと筆者に診療が回ってきた.当該の週だけは日曜日と火曜日が筆者の診察日であり,診療時間は限られていたものの日曜日が筆者の初見となった.視力・眼圧などは落ち着いており,前房の炎症も少なく,硝子体混濁は軽度であった.2名の医師が眼底チェックもしており,Optosの眼底所見をみて,素早く眼底を観察し,損傷のある白内障手術の説明をして短時間の診察とした.Optos撮影は診察のたびに行っていたが,異物は写っていなかった(撮影の際に開瞼が足りなかったか,睫毛に隠されたと思われる).翌々日の火曜日に再診とした.「すでに専門医受験前で知識も豊富な2名の医師が眼底検査をしており,Optos像でも明らかな問題がないので,眼底には大きな問題はないだろう.植物が眼内異物になっていればみつかるだろうし,刺さったなら真菌には要注意かな」.このように,前医の診療とOptos眼底像を盲信してしまった.あとから考えれば,短時間でも眼底の大きな問題はチェックし切れていると自分を過信・盲信し,「この施設では非常勤医師しかいないし,硝子体手術して入院管理は困難だから,点眼で保存的に加療できる状態でよかった」と,都合のよいほうに診療内容を誘導してしまっている(→機械の所見を盲信してはいけない.前医の所見を盲信してはいけない.自分でしっかりみよ!).前医を非難しているのではまったくない.患者の受傷時の説明,炎症や硝子体混濁の少なさ,Optos画像,角膜裂傷があり接眼レンズでの眼底精査がしにくい状態であったことなどで,筆者を含め3回の診察で眼内異物をみつけ損ねており,キャリアを考えれば筆者が一番反省すべきである.そして,火曜日(受傷後6日)の診察時に倒像鏡で散瞳精査したところ,鼻下側周辺に光るものが!「これは…….眼内異物.釘……?」スタッフにそのことを伝え,Optos撮影を再度依頼すると,見事に異物が撮影されていた(図1b).約1週間で感染性眼内炎や網膜.離は生じておらず,取り返しがつかないことにはなっていないと自分を慰めながら,患者に状態を説明し,約200km離れた昭和医科大学横浜市北部病院眼科(以下,当院)での入院手術を計画した(図2a~d).術式の詳細は本稿の論じるところではないので記さないが,受傷後9日目に水晶体乳化吸引術(phacoemulsi.-cationandaspiration:PEA)+眼内レンズ(intraocularlens:IOL)+硝子体切除術(vitrectomy)で,眼内異物(71)あたらしい眼科Vol.42,No.9,20251151a図1症例1の眼底広角撮影a:初診時.眼内異物は確認できない.b:受傷後6日後.眼内異物を確認できる.a図2症例1の大学病院受診時a:前眼部写真.b:CT像.c:超音波Bモード写真.d:眼底パノラマ写真.図3症例1の眼内異物摘出術中写真[症例2]26歳,男性.午後になってドクターtoドクターで連絡が来た救急の穿孔性眼外傷である.前医からの連絡は「誤ってナイフで自分の眼を刺した若者で,角膜裂傷になっている.虹彩がかんでいて現状ほとんどリークはないから,明日まで様子をみられるかもしれないが,とりあえず受けてほしい.水晶体損傷はあるかもしれない」という内容だった.「とにかくすぐ来てもらってください.見ます」と返事をした.Iの項目でも述べたとおり,ここで「今からだと時間外になる可能性が高いですし,抗菌薬の点眼と眼帯保護をして,明日受診してください」といった返事は禁忌である.救急の患者は,なにより自分の目で可及的速やかにみることである.みたうえで「明日再度受診してください」ならばよい.この時点で勤務後の予定もあった筆者は,前医からの話から「うまく虹彩がかんでいるなら,メディカルユースでカバーして,明日のオペ日にしっかり対応すれば大丈夫かも」という甘い考えが巡っていた.しかし,前医としては「大学病院は忙しいからあまり負担をかけたくない」という気持ちもあるだろうし,もしかすると「重症度が高いといって,断られたらどうしよう」という考えもあるかもしれない.これらはクリニックの立場からすれば当然である.救急診療の依頼者がどんなに優秀なドクターであっても,伝えられる所見を盲信せず,参考程度に割り切り,できるだけすぐに一度診察するべきである.今回の症例とは異なるが,来院が遅くなるほど人員の確保もむずかしくなり,対応が悪くなるのは当然なので,「すぐに向かわせます(行きます)」という前医(患者)の言葉を鵜呑みにするのは禁忌である.こちらから,「そこからタクシーなら○時には受診できるでしょうから,それまでに来てください」「入院の準備で荷物を家にとりに帰ったりするのは避けてください」「連絡なしで受診されない場合は,いらっしゃらないと判断して医師もスタッフも不在となる可能性があります」などと伝えることが重要だと考える.症例に戻るが,診察すると角膜裂傷にとどまらず強膜にも相当の裂傷があり(図4),虹彩も大きく脱出していた.受傷の原因となったのは,仕事で建具を工作していたノミ(図5a,b)で自分の眼を切り裂いたことだった.明日まで待つのも不可能ではないだろうが,可及的速やかに創を確認し,縫合することが必要と判断し,眼脂培養のうえですぐの緊急入院・緊急手術とした.結膜を開いていくと,鋸状縁に届く強角膜裂傷だった.角膜裂傷3.5mmに続き強膜裂傷10mmであった.この日は創縫合のみとし,強膜裂傷部にラジアールバックルを置いた.その後,水晶体損傷も強く,PEA+IOL+vitrecto-myを行い,矯正視力1.2と良好に回復した.[症例3]49歳,男性.水晶体温存で硝子体混濁に対し筆者がクリニックで行った硝子体術後眼内炎である.手術翌日は炎症も硝子体混濁もごく軽度であった.2日目の朝6時頃よりかすみはじめ,9時に開くクリニックに受診.クリニックで診察を待っている間も,時間とともにどんどん見えなくなったとのことであった.クリニックで瞳孔のフィブリンと眼底が透見不能であった.前房蓄膿は認めなかった.超音波Bモードでは明確な網膜.離や菌塊を認めていない.術後眼内炎の診断で,当大学病院に紹介受診.午前11時,筆者は手術室だったがいったん止めて外来診察し,同様の所見を認め,至急での対応を指示.眼脂培養,全身検査,IOL計測などを行い,バンコマイシンなどの全身投与を開始し,病棟には行かず外来から直接手術に入り,手術室は定期手術を止め,13時半頃からPEA+IOL+vitrectomyを開始した.ぼやけだしてから7時間半後,クリニック受診の4時間半後,当院受診の2時間半後であった.硝子体混濁は著明で,眼底血管は大半が白線化し網膜出血も広範にあり,白血球塊が網膜面に多数付着していた(図6).眼内炎では,網膜中心静脈閉塞(centralretinalveinocclusion:CRVO)様所見はかなり強くても,対応が早ければかなり回復するので失明まではないと考えたが,どこまでの視力回復が得られるかは悩ましい状態であった.しかし,そのあとの抗菌薬投与と2回のvitrectomyで,まだらにみえるとの訴えはあるものの,最終的な矯正視力は1.2となった.もし初回手術が数時間後であれば,網膜の不可逆的損傷が進行し,それほどの視力回復は得られなかった可能性がある.1154あたらしい眼科Vol.42,No.9,2025(74)図4症例2の大学病院受診時前眼部写真図5症例2のノミの先端(a)と柄(b)図6症例3の術後眼内炎術中写真強度の網膜中心静脈閉塞症様眼底と白濁塊の網膜付着を認める.

全身疾患に伴う眼科診療における禁忌 ─背景疾患を考慮した安全な眼科治療のために─

2025年9月30日 火曜日

全身疾患に伴う眼科診療における禁忌─背景疾患を考慮した安全な眼科治療のために─ContraindicationsinOphthalmicPracticeAssociatedwithSystemicDiseases─TowardSafeOphthalmicManagementwithConsiderationofUnderlyingConditions─篠田啓*はじめに眼科診療においては,眼局所の所見や症状に目を奪われがちであるが,眼は「全身の窓」と称されるように,多くの全身疾患の徴候が表れる臓器である.同時に,眼科的治療や処方,検査が患者の全身状態に影響を与えることも少なくない.とくに,全身疾患を背景にもつ患者に対しては,眼科的アプローチが直接的に健康や生活の質にかかわる場合もあり,特定の治療や薬剤が「禁忌」となりうるケースも存在する.本稿では,全身疾患を背景とする患者に対する眼科診療において,とくに注意すべき禁忌事項および安全な診療のための他科連携の重要性について述べる.I全身情報のスクリーニングと情報収集安全な眼科診療の第一歩は,患者の全身状態を正確に把握することである.既往歴の聴取:糖尿病,高血圧,心疾患,腎疾患,呼吸器疾患,自己免疫疾患,血液疾患,悪性腫瘍,感染症,神経疾患など.内服薬の確認:抗凝固薬,ステロイド,免疫抑制薬,精神科薬,分子標的薬,a1遮断薬など.アレルギー歴の確認身体所見の観察:顔色,歩行,意識レベル,呼吸状態.などに留意する.II内科疾患と眼科診療の注意点1.糖尿病:血糖コントロールと眼科治療の相互作用糖尿病(表1)は,全身の細小血管障害を引き起こし,眼に多様な合併症を引き起こすもっとも頻度の高い全身疾患の一つである.a.眼合併症の概要糖尿病網膜症(増殖性,非増殖性),糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME),血管新生緑内障,白内障,角膜上皮障害,眼筋麻痺(外眼筋麻痺)などがある.血糖コントロールの指標であるHbA1cが高値の場合,手術など眼科治療介入時には内分泌内科医との血糖管理における密な連携が必須である.b.注意点・禁忌血糖コントロール不良例(HbA1c>9%が目安)における局所・全身ステロイドの投与:高血糖を悪化させ,全身合併症を招くリスクがある.たとえば手術後には,血糖コントロール不良が感染リスクを高め,術後合併症のリスクを増大させる.眼科的治療の必要性と血糖コントロールの状態を斟酌し,できるだけ血糖値を安定させてから治療を行う.急激な血糖コントロール:重症の糖尿病網膜症患者において,急激な血糖降下は,一時的に網膜症の進行(早期悪化現象)を招くことがある.網膜症の状態を考慮し,緩やかな血糖降下をめざす必要がある.糖尿病性腎症:造影剤(蛍光造影など)を使用する検*KeiShinoda:埼玉医科大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕篠田啓:〒350-0495埼玉県入間郡下呂山町下呂本郷38埼玉医科大学医学部眼科学教室(1)(59)11390910-1810/25/\100/頁/JCOPY表1糖尿病眼合併症と治療薬薬剤名血糖値への影響禁忌・注意点推奨される対応高血糖を助長血糖コントロール不良例では内科と連携し,投与前後で血糖ステロイド(局所・全身)使用慎重モニタリング黄斑浮腫改善→血糖依存性あり*妊娠中は禁忌,腎機能障害例は妊娠の有無確認・内科連携・抗VEGF薬慎重投与腎機能チェックチアゾリジン系糖尿病薬黄斑浮腫を悪化糖尿病黄斑浮腫例では原則禁忌眼科でDME進行の有無を確(ピオグリタゾン)認・内科と連携低血糖リスクは少ない脱水や腎機能障害に注意定期的な腎機能・血糖のSGLT2阻害薬フォローアップビグアナイド系低血糖なし/乳酸アシドーシスに腎機能障害,脱水,高齢者での脱水防止と定期的な血液検査,(メトホルミン)注意使用に注意内科連携*血糖コントロール不良例では再発しやすく,効果が持続しにくいSGLT2:sodium/glucosecotransporter2.図1ワルファリンの過剰摂取によると思われる自然発生脈絡膜上腔出血67歳,男性.受診時右眼に脈絡膜上腔出血を生じ,国際標準化比率(INR)>8でワルファリンの過剰摂取が原因と考えられた.手術により血液の廃液が行われた.手術動画が公開されている(https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6157128/.gure/MOESM1/)(文献2より転載)生物学的製剤(テプロツムマブ)が開発された.a.代表的な眼症状眼球突出,眼瞼後退,外眼筋の肥大・線維化による眼球運動障害(複視),兎眼による角膜潰瘍,視神経圧迫による視神経症(視力低下,視野異常)など.b.注意点・禁忌甲状腺眼症の急性増悪期:活動期にある甲状腺眼症の患者に対する眼窩減圧術や斜視手術,あるいは放射線治療は,炎症をさらに増悪させ,予後を悪化させる可能性があるため原則として禁忌で,ステロイドパルス療法などの炎症を抑える全身治療が優先される.ただし,重症視神経症状(視力低下,視野異常)が急速に進行する場合は,活動期であっても例外的に緊急眼窩減圧術が行われることがある.3.Sjogren症候群a.注意点・禁忌慢性的なドライアイは,角膜上皮障害や角膜感染症のリスクを高める.眼科検査や処置時に角膜を傷つけないよう細心の注意を払う.4.多発性硬化症a.注意点・禁忌視神経炎を合併して,視力低下や色覚異常をきたすことがある.ステロイドパルス療法が治療の選択肢となるが,その全身副作用に留意し,神経内科との連携が不可欠である.IV妊娠・授乳と眼科治療1.注意点・禁忌以下は原則禁忌または慎重投与である.妊娠中の抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬(胎盤通過),授乳中の蛍光造影(母乳への移行).V神経・精神疾患統合失調症やうつ病,認知症などの患者は,薬剤感受性が異なる場合や,意思決定能力に課題を抱えることがある.眼科で使用する抗コリン薬は,とくに精神症状を悪化させる恐れがある.1.注意点・禁忌統合失調症患者への抗コリン作用の強い薬剤(例:アトロピン点眼)使用は認知障害の増悪のリスクがある.重症筋無力症では自己抗体がアセチルコリン受容体を攻撃し,筋肉が刺激に反応しにくくなるため,筋弛緩作用のある薬剤に過敏になる.麻酔薬使用に際し作用が過度になる,持続時間が予測以上に延びる,呼吸抑制や術後無呼吸のリスクなどに注意する.認知症や意思疎通困難例では十分に意思疎通や理解度を確認し,単独手術同意取得は行わない.VI血液疾患(出血性素因,凝固亢進状態)血友病,血小板減少症,播種性血管内凝固症候群(disseminatedintravascularcoagulation:DIC)などの出血性素因をもつ患者や,深部静脈血栓症,肺塞栓症の既往がある凝固亢進状態の患者では,眼科診療において注意が必要である.1.注意点・禁忌a.出血性素因がある場合侵襲的処置(手術,注射,生検など)はきわめて慎重に適応を考える.止血能の評価〔プロトロンビン時間-国際標準化比率(prothrombintime-internationalnor-malizedratio:PT-INR),活性化部分トロンボプラスチン時間(activatedpartialthromboplastintime:APTT),血小板数など〕を厳密に行い,必要に応じて輸血や凝固因子の補充を行う.局所麻酔時の針の刺入,術後の出血,外傷時の出血など,あらゆる出血リスクを最小限に抑える必要がある.b.凝固亢進状態(血栓形成リスク)血管閉塞性の眼疾患(網膜動脈閉塞症,網膜静脈閉塞症など)を合併している可能性に注意する.長期臥床を要する手術後には,深部静脈血栓症や肺塞栓症のリスクが高まるため,弾性ストッキングや早期離床などの予防策を講じる.1142あたらしい眼科Vol.42,No.9,2025(62)VII感染症全身性の感染症は,眼に直接的な合併症を引き起こすだけでなく,患者の全身状態や感染制御の観点から眼科診療に制約を与えることがある.1.HIV/後天性免疫不全症候群免疫不全を特徴とするHIV/後天性免疫不全症候群(acquiredimmunnode.ciencysyndrome:AIDS)患者は,さまざまな眼合併症や日和見感染のリスクがある.a.眼合併症の概要サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)網膜炎,カポジ肉腫,ニューモシスチス肺炎後視神経障害,HIV網膜症など.b.注意点・禁忌日和見感染のリスク:免疫力が低下しているため,侵襲的検査(眼内生検など)や眼内注射は,日和見感染のリスクを大幅に高める可能性がある.強力な免疫抑制下での緑内障手術:免疫抑制下では,濾過手術後の感染性眼内炎のリスクが増大する.血液曝露リスク回避:HIVキャリア患者の血液や体液に触れる可能性のある処置(採血,手術など)では,医療従事者の血液曝露リスクを避けるため,標準予防策を徹底する.2.ウイルス肝炎(B,C型)a.眼合併症の概要以前はインターフェロン治療による網膜症(軟性白斑,出血)が報告されていた,近年は他の治療法が中心となり,網膜症はほとんどみられなくなった.b.注意点・禁忌B型およびC型肝炎ウイルスキャリアの患者への処置では,医療従事者への血液曝露リスク回避のため,採血や手術時における標準予防策を徹底することが重要である.VIII血液疾患・白血病・悪性腫瘍血液凝固異常や骨髄抑制を伴う血液疾患,悪性腫瘍患者の化学療法中は,出血や感染のリスクが高まる.1.眼合併症の概要白血病網膜症(網膜出血,軟性白斑,網膜浸潤),脈絡膜浸潤,眼窩浸潤など.2.注意点・禁忌a.重度の血小板減少化学療法による重度の血小板減少(例:血小板数5万/μl以下)時には,網膜光凝固や硝子体手術などの侵襲的な治療は原則として禁忌である.必要に応じて血小板輸血などを行い,血小板数が改善してから処置を検討する.b.化学療法中の全身状態化学療法中は,骨髄抑制による易感染性や全身倦怠感がある.造影剤使用や,局所麻酔薬を含む薬剤の選択にも,肝機能や腎機能,全身状態を考慮した配慮が必要である.IX悪性腫瘍と抗癌剤治療悪性腫瘍自体の眼への転移(脈絡膜転移など)や,腫瘍随伴症候群として眼症状を呈することがある.また,抗癌剤治療は眼にさまざまな副作用をもたらす.1.抗癌剤による眼毒性(表2)5.7)a.タモキシフェン網膜症〔黄斑浮腫(macularedema:ME),網膜への結晶沈着,網膜色素上皮異常〕を引き起こす可能性がある(図2)8).b.シスプラチン網膜毒性(視力低下,色覚異常,視野異常)や視神経障害が報告されている.c.タキサン系抗癌剤種々の癌に用いられるパクリタキセル,ドセタキセルは,ドライアイ,視神経症,.胞様黄斑浮腫(cystoidmacularedema:CME)を生じうる(図3).d.分子標的薬EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺癌の治療に用いられる分子標的薬である上皮成長因子受容体(epidermalgrowthfactorreceptor:EGFR)阻害薬(ゲフィチニブ,エルロチニブ)による角膜障害(角膜上皮欠損),結膜(63)あたらしい眼科Vol.42,No.9,20251143表2抗癌剤の種類と眼科的副作用種類薬剤名眼科的副作用C1.殺細胞性抗癌剤白金製剤シスプラチン,他視神経炎,視神経症,網膜障害微小管阻害薬タキサン系抗癌剤パクリタキセル,ドセタキセル,他結膜炎,涙道障害,網膜障害,視神経障害代謝拮抗剤フルオロウラシル系抗癌剤S-1(ティーエスワン),5-フルオロウラシル(FU)角膜障害,涙道障害抗癌性抗生物質マイトマイシンC(MMC)点眼角膜障害,涙道障害C2.分子標的薬*抗体薬標的抗原はCEGFR,HER2,VEGFなど多数ある抗CHER2抗体トラスツズマブ,ペルツズマブ,デルクステカン,他角膜障害,黄斑浮腫,視神経乳頭浮腫小分子化合物チロシンキナーゼ阻害薬①CBCR-ABL阻害薬,②CBRAF阻害薬**,③CMEK阻害薬**,EGFR阻害薬,他①イマチニブ,ダサチニブ,ポナチニブ,他②ベムラフェニブ,タブラフェニブ,エンコラフェニブ③トラメチニブ,ビニメチニブ④ゲフィチニブ,エルロチニブ結膜浮腫,結膜炎,涙道障害,眼瞼浮腫,眼球突出,黄斑浮腫,網膜出血網膜障害,黄斑浮腫,視覚異常,眼痛,羞明視力低下,網膜色素上皮.離,漿液性網膜.離角膜障害,結膜炎マルチキナーゼ阻害薬ソラフェニブ,スニチニブ,アキシチニブ,他結膜炎,眼乾燥症,網膜静脈閉塞,視神経障害FGFR阻害薬ペミガチニブドライアイ,視力低下C3.癌免疫療インターフェロン抗CPD-1抗体薬ニボルマブ,ペムブロリズマブ,セミプリマブ虹彩炎,ぶどう膜炎,視神経炎法免疫チェックポイント阻害薬抗CPD-L1抗体薬アベルマブ,アテゾリズマブ,デュルバルマブ抗CCTLA-4抗体薬イピリムマブぶどう膜炎,視神経炎C4.ホルモン療法薬抗エストロゲン薬,他タモキシフェン,トレミフェン,フルベストラント視神経症,タモキシフェン黄斑症,結晶性網膜症太字は眼科領域の副作用が報告されている薬剤.S-1(ティーエスワン):テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合の合剤,EGFR:epodermalgrowthfactorreceptor,HER2:ChumanCepidermalCgrowthCfactorCreceptorCtypeC2,VEGF:vascularCendothelialCgrowthfactor,BCR-ABL:BreakpointCclusterCregion-AbelsonCmurineCleukemiaCviralConcogeneChomolog,BRAF:B-RafCproto-oncogene,Cserine/threonineCkinase,MEK:Mitogen-ActivatedCProteinKinaseKinase.*:抗体薬は細胞外の標的分子に作用し細胞外にある蛋白質などを標的とすることが多く,小分子薬は細胞内に取り込まれて細胞内の標的分子に作用する.例えば,細胞外のCEGFRやCVEGFを標的とした抗体薬とこれらの細胞内での機能を阻害する小分子薬がある.**:BRAF阻害薬,MEK阻害薬はチロシンキナーゼの下流にあり,それぞれCBRAF,MEKを阻害する.図2抗エストロゲン薬投与中にみられた黄斑部毛細血管拡張症(MacTel)type2に類似した黄斑症のOCT所見53歳,女性.右眼(Ca,c,e)および左眼(Cb,d,f)における深部強調COCT画像において中心を通る水平画像の連続的な変化を示す.a,b:初回来院時には両眼中心窩においてCellipsoidzone(EZ)およびCinterdigitationzone(IZ)の消失と,内外に層状の空洞を認めた.Cc,d:初診からC3カ月後,EZ消失面積と内外の層状の空洞の範囲は左眼では減少したが,右眼では減少しなかった.Ce,f:初診からC22カ月後,EZ消失面積は初診C3カ月後と比較して両眼でさらに減少し,内層の空洞は消失し,外層の空洞もほぼ消失した.しかし,中心窩でのCIZは消失したままであった.(文献C8より転載)図3免疫チェックポイント阻害薬による原田病様多発性漿液性網膜.離78歳,男性.腎癌に対してC4カ月前からニボルマブを使用.初診時視力(0.03)/(0.2).ステロイドパルス療法2回,8週間後に漿液性網膜.離は消失し,ステロイド漸減,白内障手術により,60週後には視力(1.2)/(1.2)に改善した.Ca:両眼底写真.Cb:両フルオレセイン蛍光造影初期相の写真.Cc:OCT写真.黄斑部の垂直断面(脈絡膜は肥厚しており,深部強調画像でも強膜との境界は検出できず).d:60週間後の両COCT写真.黄斑部の垂直平断面.表3他科薬剤による眼副作用ステロイド本文のⅢ章(1C.Behcet病・SLE・サルコイドーシス)を参照抗凝固薬・抗血小板薬本文のⅡ章(C2.高血圧症・心疾患:循環動態への影響を意識した薬剤選択と手術管理)を参照糖尿病薬表C1を参照抗癌剤表C2を参照抗てんかん薬ビガバトリン(サブリル)点頭てんかん視野障害ヒドロキシクロロキン(プラケニル)SLE,LE網膜症(黄斑症)膠原病治療薬合成免疫抑制薬メトトレキサート(リウマトレックス),アザチオプリン(イムラン),シクロスポリン(ネオーラル)など生物学的製剤TNF阻害薬:インフリキシマブ(レミケード),エタネルセプト(エンブレル),アダリムマブ(ヒュミラ)などIL-6阻害薬:トシリズマブ(アクテムラ),サリルマブ(ケブザラ)などT細胞共刺激分子調節薬:オレンシア(アバタセプト)分子標的薬JAK阻害薬:トファシチニブ(ゼルヤンツ),バリシチニブ(オルミエント),ペフィシチニブ(スマイラフ)など関節リウマチ,潰瘍性大腸炎,ネフローゼ症候群,アトピー性皮膚炎,重症筋無力症などの自己免疫疾患や炎症性疾患(薬剤ごとに異なる)結膜炎,角膜炎,ドライアイ,ぶどう膜炎,視神経炎,眼感染症など(薬剤ごとに異なる)副腎皮質ステロイド白内障,緑内障多発性硬化症治療薬フィンゴリモド(イムセラ),a4b1インテグリン,ナタリズマブ(タイサブリ),シポニモド(メーゼント)多発性硬化症急性網膜壊死,黄斑浮腫抗精神病薬クロルプロマジン(コントミン),チオリダジン(メレリル)統合失調症,躁病など白内障,網膜症エストロゲン(低用量エストロゲン・プロゲストーゲン配合剤:ピル)経口避妊薬網膜静脈閉塞症エルゴタミン製剤片頭痛網膜静脈閉塞症,黄斑浮腫,視神経炎バゼドキシフェン(ビビアント)骨粗鬆症網膜中心静脈閉塞症その他シデナフィル(バイアグラ)勃起不全青視症(Ccyanopsia),羞明ボリコナゾール(ブイフェンド)抗真菌薬羞明,視力低下,視野狭窄,色覚異常タムスロシン(Ca1遮断薬)前立腺肥大に伴う排尿障害白内障手術時のCIFISアミオダロン不整脈角膜混濁(アミオダロン角膜症)TNF:腫瘍壊死因子(tumornecrosisfactor:TNF),IL-6:インターロイキン(interleukin:IL)6,JAK:Januskinase.図4アミオダロン内服中に生じた角膜症68歳,男性.左眼細隙灯顕微鏡写真.視力は(1.0).

神経眼科診療における禁忌

2025年9月30日 火曜日

神経眼科診療における禁忌Let’sAvoidContradictionsinNeuro-Ophthalmology澤村裕正*はじめに日常診療で神経眼科疾患に遭遇する頻度は決して多くはなく,系統立てて習熟する機会にも乏しい.また,他の多くの眼科疾患では細隙灯顕微鏡所見,眼底所見,光干渉断層計(opticalcoherencetomograph:OCT)所見など疾患の特徴を可視化することが可能である一方,球後視神経炎などでは通常の眼科診療で行われる検査では可視化できない場合も多い.さらには患者の訴えが多岐に渡り,一言で「みづらい」という訴えで受診しても,器質的な障害がある場合から非器質性の障害まで,あるいは光刺激の受容に障害がある場合から眼球運動障害のために生じる障害など,複雑な要素が入り組んでいることもある.そのため,神経解剖学や全身疾患の知識に加え画像検査・採血検査を駆使する必要があり,敬遠されがちな分野の一つである.しかし,神経眼科疾患は重篤な視機能障害を生じることや生命予後を左右することがあるのもまた事実である.本特集のテーマは「絶対に避けたい!眼科診療における禁忌」である.本稿ではそのなかでも神経眼科領域の禁忌(やってはいけないこと)として,ステロイド全身投与加療の施行が禁忌肢になる場合,反対にステロイド全身投与加療を行わないことが禁忌肢となる場合,の双方を取り上げる.I眼科領域でのステロイドを用いた加療ステロイドは強力な抗炎症作用,抗免疫抑制作用を有する.眼科領域ではおもに局所投与療法として点眼,眼軟膏,結膜下注射,Tenon.下注射が選択されることが多い.神経眼科の領域では視神経炎,甲状腺眼症,特発性眼窩炎症,外傷性視神経症,サルコイドーシスなどに対して経口内服,点滴静注(ステロイドパルス療法)などの全身投与療法が用いられている.ステロイドの副作用は多岐にわたるため,とくに全身性に投与を行う場合には既往歴の確認,採血検査,生理検査,放射線検査などのスクリーニング検査が必須となる.たとえば,B型肝炎ウイルス感染患者の場合には,ステロイド療法によるウイルスの再活性化・肝炎の重症化が生じる可能性があるため消化器内科にコンサルトのうえで慎重に施行する必要がある.ステロイド全身投与における使用法,容量や使用に際しての注意点は本稿の趣旨と離れるため,成書を参照していただきたい.IIステロイド全身投与加療の施行が禁忌になる場合ステロイドはその効果を期待され,診断がつかない場合や,診断がつく前に使用される場合がある.とくに視機能が悪化の一途をたどっている場合や,ほかの治療法がなかなか効かないなどの場合に用いられることがある.ステロイドが効果的である場合も多いものの,その選択が禁忌となる場合がある.ステロイドは免疫抑制効果も強いため,感染症が疑われる場合に対しての単独使用は禁忌となる.代表例として,眼窩蜂窩織炎や真菌性副鼻腔炎から生じる視神経症がある.蜂窩織炎は採血や*HiromasaSawamura:帝京大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕澤村裕正:〒173-8606東京都板橋区加賀2-11-1帝京大学医学部眼科学教室(1)(55)11350910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1副鼻腔真菌症に伴う視神経症の症例a:左眼後極写真では視神経乳頭の腫脹,乳頭周囲出血が認められる.また,網膜にピントが合っているため,腫脹している乳頭部の頂点側のピントが合っておらず,硝子体内へ突出していることがわかる.b:頭部CT画像軸位断面では左眼窩周囲副鼻腔に骨破壊を伴う軟部陰影を認める.図2副鼻腔真菌症に伴う視神経症の症例a:左眼後極写真では視神経乳頭に軽度の発赤と乳頭腫脹を認め,視神経炎との鑑別が困難であった.b:眼窩部造影T1強調MRI画像の矢状断面では蝶形骨洞壁に沿って造影効果を認める().図3真菌症に伴う視神経症を疑う場合のフローチャート表1神経眼科での禁忌・安易なステロイドの全身投与は避ける・視神経炎疑い+強い疼痛=副鼻腔真菌症に伴う視神経症も疑いCT撮影を行う・副鼻腔真菌症に伴う視神経症にはステロイドの全身投与は禁忌・動脈炎性の虚血性視神経症ではステロイドの全身投与が必要図4頭部造影T1強調MRI画像の冠状断面頸部動脈の血管壁に造影効果を認める(◎).

ぶどう膜炎診療における禁忌

2025年9月30日 火曜日

ぶどう膜炎診療における禁忌ContraindicationsintheManagementofUveitis髙瀬博*はじめにぶどう膜炎は眼内炎症性疾患の総称であり,その原因は40種類以上に及び,非常に多岐にわたる.これらは非感染性,感染性,眼内リンパ腫を主とする腫瘍性疾患などに大別される.正確な診療を行うには,網羅的な眼科的検査と全身検査に基づく診断,それに対する疾患特異的な治療が要求される.しかし,その過程にはさまざまな禁忌事項が存在し,それを知らずに診療を行うことはときに大きな問題を生じ,誤った対応は不可逆的な視機能喪失や生命の危険に直結することがある.本稿では,ぶどう膜炎を診療する際に避けるべき禁忌事項について述べる.I診断の禁忌1.ぶどう膜炎を細隙灯顕微鏡検査だけで診断する重篤な疾患を見落として手遅れになるというのはあらゆる疾患で避けるべきことだが,これはぶどう膜炎診療においてもしばしば問題となる.当然ながら,散瞳眼底検査を行わないと眼底病変は見逃され,そのなかには数日.数週間の間に劇的に病態が変化するものがある.とくに急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)は短期間に進行する予後不良な疾患だが,当初はヘルペスウイルス性前部ぶどう膜炎として治療されてしまうことが意外に多い.ヘルペスウイルス性前部ぶどう膜炎の特徴は,片眼性であること〔サイトメガロウイルス(cyto-megalovirus:CMV)虹彩炎の場合は3%は両眼性1)〕,図1ARNの前眼部写真豚脂様角膜後面沈着物と毛様充血がみられる.(文献2より引用)豚脂様(またはぺったりとした)角膜後面沈着物(図1)2)をしばしば呈すること,そして高眼圧を呈することなどである(表1).ここでみられる高眼圧はときに40mmHgを超えるような場合もあるが,瞳孔ブロックを伴わないため,疼痛などを伴うことはほとんどなく無自覚なことが多い.しかし,これらの所見からヘルペスウイルス性前部ぶどう膜炎あるいは単に虹彩炎とだけ診断して,点眼や眼軟膏の処方のみで「1週間後に再診」などとすると,重大な見逃しを生じることとなる.ARN初期の眼所見には,前房細胞または豚脂様角膜後面沈着物がある,眼圧上昇があるといった前眼部診察*HiroshiTakase:宮田眼科東京〔別刷請求先〕髙瀬博:〒160-0004東京都新宿区四谷1-2-8THビル6F宮田眼科東京(1)(47)11270910-1810/25/\100/頁/JCOPY表1前房水多項目PCR検査が有用な感染性ぶどう膜炎の眼所見疾患前眼部所見眼底所見ヘルペスウイルス性前部ぶどう膜炎・豚脂様またはぺったりした角膜後面沈着物・片眼性(※CMV虹彩炎ではまれに両眼性)・高眼圧(4C0.mmHgを超えることもある)基本的に眼底異常なしCARN上記と同様の前眼部炎症所見が出ることもある・周辺部の網膜黄白色病変(顆粒状→癒合)・網膜動脈炎・視神経乳頭発赤・炎症性硝子体混濁・急速な進展・網膜裂孔・網膜.離後天性眼トキソプラズマ症上記と同様の前眼部炎症所見が出ることもある・典型的には古い瘢痕に隣接する黄白色の網膜病巣・強い硝子体混濁(headlightCinCthefog)表2ARNの診断基準診断基準の考え方初期眼所見項目,経過項目,検査項目を総合して診断する.初期眼所見項目のC1aとC1bを認めた場合にはCARNを強く疑い,必要な検査と治療を開始することが望ましい.その後の経過と検査結果に基づいて診断を確定する.ARNは免疫健常人に発症する疾患であるが,免疫不全の背景を有する患者においては,以下に限らない多彩な眼所見を呈することに留意する.C1.初期眼所見項目C1a.前房細胞または豚脂様角膜後面沈着物があるC1b.一つまたは複数の網膜黄白色病変(初期は顆粒状・斑状,次第に癒合して境界明瞭となる)が周辺部網膜に存在するC1c.網膜動脈炎が存在する1d.視神経乳頭発赤があるC1e.炎症による硝子体混濁がある1f.眼圧上昇があるC2.経過項目C2a.病巣は急速に円周方向に拡大する2b.網膜裂孔,網膜.離を生じるC2c.網膜血管閉塞を生じる2d.視神経萎縮をきたすC2e.抗ヘルペスウイルス薬に反応するC3.眼内液検査前房水または硝子体液を用いた検査(PCR法あるいは抗体率算出など)で,HSV-1,CHSV-2,VZVのいずれかが陽性C4.分類(C1)確定診断群:C1.初期眼所見項目のうちC1aとC1b,およびC2.経過項目のうちC1項目を認め,かつC3.眼内液検査でHSVまたはCVZVが病因と同定されたもの(C2)臨床診断群:眼内液においてウイルスの関与を証明できない,あるいは検査未施行であるが,初期眼所見項目のうちC1aとC1bを含むC4項目と経過項目のうちC2項目を認め,他疾患を除外できるものHSV:単純ヘルペスウイルス(herpesCsimplexvirus).(文献C3より改変引用)図2ARNの後極部眼底写真視神経乳頭の強い発赤腫脹がみられる.(文献C2より引用)表3免疫抑制治療と関連する感染リスクおもなリスク感染症必要な事前検査・対応B型肝炎の再活性化(劇症肝炎)B型肝炎(HBs抗原,HBc抗体)潜在梅毒感染の顕在化梅毒(TPHA/RPR)VZV初感染(播種性水痘),一般細菌感染VZV(CIgG抗体,水痘,帯状疱疹の罹患歴聴取)潜在性結核の顕在化,粟粒結核胸部CX線C/CT,ツベルクリン反応,CIGRA(T-Spotなど)ニューモシスチス肺炎,潜在性真菌感染Cb-Dグルカン測定表4主要なぶどう膜炎疾患の鑑別ポイント疾患鑑別対象共通点鑑別ポイントVogt-小柳-原田病急性緑内障発作裂孔原性網膜.離・狭隅角と急激な眼圧上昇・頭痛を伴う・網膜.離・両眼性である・強い眼痛・嘔吐は少ない・発症後に急な近視化(老眼が治ったなど)・漿液性網膜.離を伴う・COCTで脈絡膜肥厚,bacillaryClayerdetachment,脈絡膜の波うちを確認Behcet病網膜静脈閉塞症・網膜血管炎像・網膜無血管域・若年男性に多い・アフタ性口腔内潰瘍・陰部潰瘍・結節性紅斑の有無・蛍光眼底造影でシダの葉様の蛍光漏出を検出-図3Vogt-小柳-原田病のOCT漿液性網膜.離,bacillaryClayerdetachment,脈絡膜の波打ち,脈絡膜肥厚がみられる.(文献C12より引用)図4Behcet病網膜ぶどう膜炎の蛍光造影検査シダの葉様の蛍光漏出がみられる.(文献C13より引用)表5ぶどう膜炎診療における主な禁忌一覧項目禁忌内容臨床的帰結推奨される対応診断細隙灯+OCTのみでぶどう膜炎を診断ARNなど重篤な後眼部疾患の見逃し散瞳眼底検査を行う薬物治療感染性ぶどう膜炎を除外せずにCSTTA潜在性全身感染症を除外せずに免疫抑制治療ぶどう膜炎の劇症化重篤な全身感染症の発症感染症除外のための全身スクリーニング検査および眼内液PCRを行う外科治療原田病を裂孔原性網膜.離として硝子体手術原田病を急性緑内障発作としてレーザー虹彩切開術眼内炎症の増悪両眼の所見を確認,眼底とOCTを確認するBehcet病を網膜静脈閉塞症として光凝固治療眼内炎症発作の誘発蛍光眼底造影検査で血管炎の有無を検索する-’C

網膜硝子体疾患診療における禁忌

2025年9月30日 火曜日

網膜硝子体疾患診療における禁忌ContraindicationsintheTreatmentofVitreoretinalDiseases大石明生*はじめに網膜硝子体疾患診療においても,他の領域と同様に一般的な注意として,患者の状態によって使用を注意すべき薬剤がある.もっとも重要な禁忌はその患者にアレルギー歴のある薬剤である.対象となるものは少ないが胎児に対する影響も注意が必要である.また肝機能,腎機能が低下している患者ではそれぞれで代謝,排泄される薬剤のクリアランスが低下することに留意する.そのほか,網膜硝子体疾患でとくに注意すべき点としてはガス注入や眼内炎の診療に関するものがあり,これらについて概説する.CI蛍光造影剤蛍光造影に用いられるフルオレセインナトリウムおよびインドシアニングリーン(indocyaninegreen:ICG)は,網膜,脈絡膜血管や炎症性病変の評価に有用である一方で,重篤な副反応を起こすことがあるため,使用時には十分留意すべきである.とくにフルオレセインは添付文書でも蕁麻疹がC0.1~5%となっており,0.1%未満となっているCICGと比べてもアレルギー反応は出やすい.実際にアナフィラキシーによる死亡例の報告もあり注意が必要である.もっとも重要な禁忌は,過去にこれらの造影剤に対するアナフィラキシー反応を呈した既往のある患者である.これらの薬剤に対するアナフィラキシーの既往がなくても,喘息やアレルギー体質のある患者では注意が必要で,リスクの高い場合は造影を行わず,光干渉断層計(opticalCcoherencetomograph:OCT)や光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA)で代替することも検討する1)(図1).また,ICGはヨード含有物質であるため,ヨードアレルギーや甲状腺疾患などを有する患者では慎重な適応判断が求められる.ただし,ヨードアレルギーといわれる人は基本的にヨードを含む造影剤または消毒剤に対するアレルギーである.ヨード(ヨウ素)は生体に必須な物質で,誰もが食物から毎日摂取しているものであり,ヨードそのものにアレルギー反応を生じることは考えにくい2).ヨード造影剤に対するアレルギー既往があるからCICGのリスクが特別高いというよりは,他の薬剤の場合と同様に薬剤アレルギーの既往があることがリスク,という解釈が正しいと思われる.フルオレセインは尿からの排泄,ICGは肝代謝であるため,それぞれ腎機能,肝機能障害の患者で注意することはもちろんである.CII妊娠における抗血管内皮増殖因子薬抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)薬は,加齢黄斑変性(age-relatedCmac-ulardegeneration:AMD)や糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME),網膜静脈閉塞症における黄斑浮腫の第一選択薬として広く使用されている.これらの薬剤は網膜局所への投与を前提としているが,微量とはいえ全身循環への移行が確認されており,VEGFが胎児や胎盤の血管形成にきわめて重要な役割を担っている*AkioOishi:長崎大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕大石明生:〒852-8501長崎市坂本C1-7-1長崎大学医学部眼科学教室(1)(41)C11210910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1同一症例の蛍光造影とOCTA画像a:蛍光造影.b:OCTA.漏出が確認できないなどの限界はあるものの,無灌流域や新生血管などの描出はおおむね遜色ない.図2近視性黄斑部新生血管からの出血を繰り返す症例20代,女性.若年にもかかわらず両眼性に近視性黄斑部新生血管からの出血を繰り返す症例の眼底写真(上段)とCOCT画像(下段).挙児希望があり,禁忌とはなっていないラニビズマブで治療しながら注意深く経過をみている.ab図3感染性眼内炎の前眼部写真とMRI画像20代で外傷,手術歴のない症例に生じた感染性眼内炎の前眼部写真(Ca)とCMRI画像(Cb).ぶどう膜炎としてステロイドを投与されていたためか,特異な前房蓄膿を呈している.眼窩内膿瘍を合併しており,最終的には眼球摘出となった.=図4術後眼内炎の術中所見前日夕方の診察では異常がなく,朝の診察で感染が疑われ,午前中に手術を行ったが,網膜上に菌塊が形成され,網膜全体に血管炎の所見を呈している.図5網膜.離に対する硝子体手術の眼底写真-残存する気体が上方に確認できる.レーザー照射部も瘢痕化しつつあり,.離の治療としてはほぼ心配なくなる時期だが,この程度の量の気体の残存でも航空機への搭乗は避けるべきである.