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コンタクトレンズセミナー:デジタル時代のコンタクトレンズ乱視矯正

2026年9月30日 水曜日

■■コンタクトレンズセミナーあたらしいコンタクトレンズ診療監修前田直之5.デジタル時代のコンタクトレンズ乱視矯正糸井素啓はじめに総務省のC2021年の調査では,わが国のスマートフォンとタブレット端末の世帯保有率はそれぞれ約C9割と約4割に迫る勢いとなっており,デジタル環境はもはや生活のあらゆる場面に浸透している1).筆者自身の生活を振り返っても,スマホ,PC,タブレット,テレビなど複数のデバイスを並行して使用する機会は決して少なくない.こうした状況の中,長時間のデジタルデバイス使用による首・肩の凝りや腰の痛み,頭痛,かすみ目といった症状がCdigitaleyestrain(DES)として社会的な問題となっている.このCDESへの対策のひとつとして,トーリックソフトコンタクトレンズ(softCcontactlens:SCL)による弱度乱視矯正が注目を集めている.本稿ではCDESに対するトーリックCSCLの有効性について解説する.CDigitalEyeStrainとはDESは「デジタル機器の視聴に関連した再発性の眼症状・徴候の発現・増悪」と定義され2),「デジタル眼精疲労」と訳される.パソコンの使用に限定されていないこと,またドライアイ症状以外の眼症状や,首や肩の痛みなどの眼外症状を含むという特徴がある.その症状は,①乾燥感・異物感などの眼表面症状,②かすみ目・不快感などの視覚的・調節にかかわる不快感,③頭痛や腰の痛みなどの眼以外の症状,に分類される.おもな原因としては,瞬目不全(瞬目頻度の低下と浅い瞬目の増加)や作業時の無理な体勢,ディスプレイの過剰な明るさに加えて,未矯正の乱視を含む不適切な屈折矯正があげられている.こうしたメカニズムから,TearFilm&OcularCSurfaceSociety(TFOS)はCDESの予防策として,ドライアイの管理,作業環境の適正化,ディスプレイ距離に応じた屈折矯正と並んで「乱視の完全矯正」を推奨しており,弱度乱視(0.75~1.0D程度)に対する適切な乱視矯正を重要視している.弱度乱視矯正の意義わが国では弱度乱視を意図的に矯正しない傾向が根強(83)道玄坂糸井眼科医院く,アンケート調査(イプソスヘルスケアビジョンケアプロモーショントラッカーC24Q1調査.n=103)では0.75Dの乱視にトーリックCSCLを処方しない医師がC9割にのぼる.しかし,弱度乱視に対するトーリックSCLの有用性は,視力矯正効果だけでなく,患者満足度や快適性といった主観的な側面からも示されている.以下にその一部を紹介する.若年(18~40歳)の弱度乱視患者を対象に遠方と近方の矯正視力を比較した研究では,遠方3)のみならず近方4)でも,トーリックCSCLのほうが有位に良好な視力が得られた(表1)3,4).また,見え方に対する主観的な満足度の比較でも,球面レンズ装用時にはC8割の患者がC5段階評価のC4をつけ,最高評価のC5をつけたのはC1割にも満たなかった.一方,トーリックCSCL装用時には約半数の患者が最高評価をつけており4),弱度乱視であってもトーリックCSCLは遠近の視力だけでなく,主観的な満足度でも球面レンズを大きく上回ることが示された8).CDESと弱度乱視矯正上述のトーリックCSCLと球面レンズの見え方の差は,デジタル作業にも影響する.弱度乱視患者を対象にタブレット端末での作業時の文字の読みやすさを比較した研究では,トーリックCSCL装用時のほうが小さな文字を読みやすく4),またスマートフォンを使用した研究でも同様にトーリックCSCL装用時のほうが読み間違いが少なかった5).また,近見作業時の快適性を評価するCNearCActivityCVisualQuestionnaire(NAVQ)では,スマートフォンやメールの視認性など,デジタル作業に関連する多くの項目でトーリックCSCLのほうが有位に快適性に優れているという結果が示されている6).加えて,若年の弱度乱視患者を対象に,両種のレンズ装用後にデジタル作業に関連した検査を行い,「どちらのレンズを装用したいか」を尋ねた装用希望に関する調査では,74%がトーリックCSCLを選択しており,上述の結果を裏付ける結果となっている4).もちろん,上記の研究はあくまでもアルファベットでの読み書きを基準に論じられており,言語形態の異なる日本での再検討が必要でああたらしい眼科Vol.43,No.9,2026C11310910-1810/26/\100/頁/JCOPY表1遠方および近方視力の比較対象者詳細球面CSCL乱視用CSCLp値円柱度数年齢(人数)logMAR視力logMAR視力遠方最高矯正視力3)0.75~C1.25D18~4C0歳(3C6名)C0.04C±0.03C.0.04±0.06C0.01近方最高矯正視力4)0.75~C1.5D18~3C9歳(2C3名)C.0.03±0.21C.0.10±0.02C0.03ることは留意すべきである.一方,実臨床において,眼精疲労や作業時の視覚的不快感を訴えるC20代を中心とした若年患者は少なくない,その一因として未矯正,あるいは不十分に矯正された乱視の関与が示唆される患者をしばしば経験する.たとえ球面レンズで十分な矯正視力が得られていたとしても,デジタル作業時の快適性や視認性という観点では必ずしも最適とは限らない場合があるのだ.未矯正の乱視が遠方だけでなく近方の矯正視力を低下させ,若年者であってもデジタル作業時の「見えづらさ」と「疲労感」を生じることは,日常臨床において重要な事実である.おわりに現在,仕事・学習・コミュニケーションのあらゆる場面でデジタルデバイスの使用が日常化している.読書,メール作成,資料閲覧,オンライン会議など「近方かつ長時間の視作業」が避けられないビジネスパーソンや学生を含む現役世代に対しては,0.75D以上の乱視も見過ごさずに矯正することが重要である.デジタル全盛の現代だからこそ,乱視矯正は「より快適な見え方」と「疲(文献3,4より作成)れない目」を得るための重要な手段となっている.文献1)総務省:令和C3年情報通信白書.第C1部第C1章第C1節国民生活におけるデジタル活用の現状と課題,1.デジタル活用の現状.2021.Chttps://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/Cr03/html/nd111100.html2)Wol.sohnCJS,CLinghamCG,CDownieCLCetal:TFOSCLife-style:ImpactCofCtheCdigitalCenvironmentConCtheCocularCsurface.OculSurfC28:213-252,C20233)ChaudhryM,SahSP,SharmaIPetal:Doeso.eringonlytheCsphericalCcontactClensCtrialCtoCtheClowCastigmatsCmis-leadCtheCpractitioners?CIntCJCOphthalmolC14:1281-1284,C20214)ChaoCC,CSkidmoreCK,CTomiyamaCESCetal:SoftCtoricCcon-tactlenswearimprovesdigitalperformanceandvision-ArandomisedCclinicalCtrial.COphthalmicCPhysiolCOptC43:C25-34,C20235)ReadCSA,CVincentCSJ,CColoradoCLHCetal:ToricCcontactClensCcorrectionCimprovesCfunctionalCnearCvisionCwithCdigi-taldevices.InvestOphthalmolVisSciC65:2688,C20246)LoganAM,DattaA,SkidmoreKetal:Randomizedclini-calCtrialCofCnearCvisualCperformanceCwithCdigitalCdevicesCusingCsphericalCandCtoricCcontactClenses.COptomCVisCSciC97:518-525,C2020

写真セミナー:白内障手術後5年で発症したchronic fluid misdirection syndrome

2026年9月30日 水曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史508.白内障手術後5年で発症した松本卓也三重野洋喜chronicfluidmisdirectionsyndrome京都府立医科大学眼科学教室図2図1のシェーマ①落屑物質図1初診時前眼部所見角膜上皮浮腫・瞳孔縁に落屑物質を認め,周辺部は浅前房となっている.図3IZHV後の前眼部所見図4IZHV前後の前眼部OCT所見周辺部まで前房深度は保たれている.術前は虹彩および眼内レンズが前方移動している.閉塞していた隅角は,術後開放している.C(81)あたらしい眼科Vol.43,No.9,2026C11290910-1810/26/\100/頁/JCOPY白内障手術から5年後に発症したchronic.uidmis-directionsyndromeの症例を紹介する.患者は82歳,女性.両眼の落屑緑内障で近医通院中であった.数日前からの頭痛を主訴に受診したところ,右眼高眼圧(58CmmHg)が認められたため,D-マンニトール点滴を施行のうえ,アセタゾラミドの内服を処方され,翌日,京都府立医科大学病院(以下,当院)を紹介受診した.併存疾患としてCAlzheimer型認知症があり,当院受診のC5年前に両眼の白内障手術を受けている.当院初診時,右眼の視力は指数弁で矯正不可,眼圧は34CmmHgと高値であり,角膜上皮浮腫を著明に認めた.また,僚眼と比較し浅前房であり,瞳孔縁に落屑物質,前房内にフィブリンの析出を認めた(図1,2).認知症もあり,紹介状や問診からは詳細な病歴がわからず,まずは保存的治療で経過をみる方針とした.D-マンニトール点滴により眼圧下降が得られたため,カルテオロール塩酸塩・ラタノプロスト液配合点眼薬(ミケルナ)とブリモニジン酒石酸塩・ブリンゾラミド配合懸濁性点眼液(アイラミド)点眼による眼圧下降治療の強化を行った.それにより眼圧はC10CmmHg前後まで下降し,矯正視力もC0.7まで改善した.そのためアセタゾラミドの内服は中止して経過観察とした.しかし,治療開始C3週間後に眼圧の上昇(56CmmHg)を認め,D-マンニトールの点滴により一時的に眼圧の下降は得られたものの,翌週には再度眼圧上昇(41CmmHg)と浅前房を認めた.超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)にて虹彩および眼内レンズの前方移動とそれに伴う毛様体の後方からの圧排,および隅角閉塞を認めたため,chronicC.uidCmisdirectionsyndrome(CFMS)と診断し,Nd:YAGレーザー前部硝子体膜切開術を施行した.治療後,眼圧はC14CmmHgに下降し,前房深度も回復した.しかし,そのC1週間後に高眼圧,浅前房の再発を認めたため,irido-zonulo-hyaroidCvitrectomy(IZHV)を施行した.術後は隅角も開放し,点眼にて良好な眼圧コントロールが得られている(図3,4).CFluidCmisdirectionsyndrome(FMS)はC1869年にCvonGraefeにより報告された前眼部手術に続発する緑内障であり,aqueousmisdirectionや悪性緑内障などともよばれ,房水の硝子体腔への逸脱により浅前房と高眼圧をきたす疾患である1,2).眼内手術に伴い術中に生じる急性のもの(acuteFMS)と,術後に生じる慢性のもの(CFMS)に大別されるが,CFMSは術後数週間から数カ月での発症が多く,5年以上経過して発症することはまれである3).CFMSの外科的治療としては,レーザー前部硝子体膜切開術,IZHV,経強膜毛様体光凝固術があげられる.既報によるとレーザー前部硝子体膜切開術の成功率は約35%であり,IZHV+経毛様体扁平部硝子体切除術がもっとも成功率の高い治療法とされている4).本症例でも最終的にはCIZHVにより解剖学的・機能的な改善が得られた.Cavallariらは,手術既往がない,または前眼部レーザーからC1年以上経過,あるいは合併症のない白内障手術からC5年以上経過して発症したCCFMSをCspontane-ousCaqueousmisdirectionと定義している.発症にはZinn小帯の脆弱性や,眼内レンズ・水晶体.の偏位といった解剖学的要因が関与していると考えられ,これまでにC24例の文献報告があるとしている5).本症例は落屑緑内障であり,IZHV後に眼内レンズの動揺を認めたため,こうした毛様体ブロックを起こしやすい解剖学的な背景があったと推察している.文献1)VonGraefeA:BeitragezurPathologieundTherapiedesGlaucoms.ArchivfurOphthalmologie15:108-252,C18692)GrzybowskiCA,CKanclerzP:AcuteCandCchronicC.uidCmis-directionsyndrome:pathophysiologyCandCtreatment.CGraefesArchClinExpOphthalmolC256:135-154,C20183)SimmonsRJ:MalignantCglaucoma.CBrCJCOphthalmolC56:C263-272,C19724)SenthilCS,CGoyalCS,CMohamedCACetal:AqueousCmisdirec-tionsyndrome:clinicalCoutcomesCandCriskCfactorsCforCtreatmentCfailure.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC262:2209-2217,C20245)CavallariCE,CClementeCA,CMuracaCACetal:PseudophakicCangle-closureC14CYearsCafterCcataractsurgery:aCcaseCreportandsystematicreviewoftheliterature.AmJOph-thalmolCaseRep39:102361,C2025

災害時の遠隔医療・モバイル診療の活用と今後の展望

2026年9月30日 水曜日

災害時の遠隔医療・モバイル診療の活用と今後の展望TelemedicineandMobileMedicalServicesinDisasterSettings:CurrentApplicationsandFuturePerspectives加藤浩晃*はじめにオンライン診療は,災害時に初めて立ち上げる臨時の診療手段ではない.患者登録から診察・処方・薬剤の受け渡し・対面診療への切り替えまでを平時から一体として運用し,患者と医療従事者を場所に依存せず接続する医療提供基盤である.災害時に医療を止めないためには,災害発生後に新しいシステムを導入するのではなく,平時の診療ネットワークを被災地・避難所・仮設住宅などへ拡張できるようにしておく必要がある.本稿では,オンライン診療と遠隔医療の基本的な類型,近年の制度変化,とくに2026年4月に施行されたオンライン診療受診施設(用語解説参照)を中心に解説し,それらを災害医療にどのように応用できるかを論じる.Iオンライン診療・遠隔医療の基本的な整理遠隔医療(telemedicine)は,情報通信技術を用いて離れた場所にいる患者,医師,その他の医療従事者の間で診療,相談,画像診断,モニタリングなどを行う医療の総称である.オンライン診療はその一部であり,医師が患者に対して情報通信機器を用いて診察・診断を行い,必要に応じて処方などを行う診療形態をさす.単なる健康相談や受診勧奨とは異なり,医師による医学的判断を伴う.実務上は,医師と患者を直接つなぐdoctortopatient(DtoP,用語解説参照),患者のそばに看護師等が同席するdoctortopatientwithnurse(DtoPwithN,用語解説参照),現地医師と遠隔地の専門医をつなぐdoctortodoctor(DtoD,用語解説参照),画像や検査データを送信して後から判定する非同期型遠隔医療(用語解説参照)などに分けて考えると理解しやすい(図1).平時のオンライン診療ではDtoPが注目されやすいが,災害時には患者の端末操作,測定,本人確認,緊急時対応を支援できるDtoPwithNや,被災地の医療従事者を被災地外の専門医が支援するDtoDの重要性が高まる.IIオンライン診療をめぐる近年の変化日本のオンライン診療制度は,対面診療を原則としながら例外的に認める段階から対面診療と適切に組み合わせる一つの診療手段として位置づける段階へ移行してきた.新型コロナウイルス感染症流行下では,2020年4月の事務連絡に基づく時限的・特例的な取扱いにより,電話や情報通信機器を用いた診療が拡大した.その後,診療報酬上の特例は2023年7月31日に終了し,同事務連絡に基づく時限的・特例的な取扱い全体も2024年3月末に終了した1,2).2026年4月1日には,オンライン診療が医療法上に明確に位置づけられた.従来は主として医政局長通知による「オンライン診療の適切な実施に関する指針」に基づいて運用されてきたが,その中核的な事項が法令上の「オンライン診療基準」として規定され,オンライン診療を行う医療機関には届出と基準遵守が求められることとなった.基準違反などは行政による指導・監督の対象*HiroakiKato:デジタルハリウッド大学大学院〔別刷請求先〕加藤浩晃:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-6御茶ノ水ソラシティアカデミア3F/4Fデジタルハリウッド大学大学院(1)(73)11210910-1810/26/\100/頁/JCOPY図1オンライン診療・遠隔医療の代表的な形態DtoPに加え,現地支援者が同席するDtoPwithN,医師間連携のDtoD,画像・検査データを後から判定する非同期型を示す.DtoPwithNとDtoDは,災害時に重要性が高まる.(著者作成)オンライン診療実施医療機関オンライン診療受診施設患者がオンライン診療を受けるための場所を提供情報通信機器を用いたオンライン診療提供する環境(例)支援体制(例)補助的機器(例)形態固定型・オンライン診療を実施・届出(オンライン診療)・オンライン診療基準の遵守診察・診断・処方等・通信機器・接続環境(郵便局・公民館・高齢者施設等)・血圧計、体温計、・支援者・看護師等聴診器等巡回型※必須ではなく、※必須ではなく、(車両等を用いて必要に応じて配置必要に応じて配置提供)届出設置後10日以内に届出都道府県等届出の受理・指導・監督図2オンライン診療受診施設の位置づけ(2026年4月施行)患者の生活圏に置かれ,離れた医療機関の医師によるオンライン診療への入口となる.郵便局・公民館・高齢者施設等の固定型と,オンライン診療専用車両等の巡回型を組み合わせて運用できる.(著者作成)図3オンライン診療が可能な場所の類型(文献C6より引用)である.固定型拠点は場所がわかりやすく継続運用に適実的である7).している一方,診療車は医療施設や郵便局がない集落や郵便局や移動診療車を活用したオンライン診療は政府避難所,仮設住宅などへ診療機能を移動できる.両者はの実証事業や国会審議で検討が続いてきた.2025年C2二者択一ではなく,郵便局などを地域のハブ,診療車を月の衆議院予算委員会第二分科会では,郵便局をオンラ周辺地域へ向かうスポークとして組み合わせることが現イン診療や買物支援などを提供するコミュニティーハブ(75)あたらしい眼科Vol.43,No.9,2026C1123として活用する実証事業が説明され,同年C5月の参議院特別委員会では移動診療車によるオンライン診療がとりあげられた8,9).2026年C6月には自由民主党の地域未来戦略本部に「郵便局や診療車などを活用したオンライン診療促進プロジェクトチーム」が新設され,7月には関係団体,自治体,医療機関,郵便局関係者へのヒアリングが行われた10,11).この議論で重要なのは,オンライン診療を都市部から地域へ一方向に提供する医師確保策と捉えるのではなく,へき地の日常的な医療提供モデルとして実装することである.平時にはへき地や高齢者施設を巡回し,災害時には避難所や孤立地域へ展開する.この連続性がモバイル診療を災害時の臨時対応から地域医療インフラへ変えると考えている.CIVオンライン診療はビデオ通話だけではないオンライン診療を導入したものの利用が広がらない理由の一つは,診察画面だけを整備し,前後の業務を従来のまま残していることである.患者は診察前に予約・本人確認・問診・保険資格確認を行い,診察後には処方・服薬指導・薬剤の受け渡しと会計を行う(図4).患者にとって一連のオンライン診療体験としてこの全体がつながらなければ,患者と医療従事者の双方に診察以外の業務が生じ,非常時にはさらに混乱する.災害時には住所や保険証を確認できない,かかりつけ医療機関の電子カルテにアクセスできない,通常利用する薬局が営業していないなどが考えられる.したがって平時から,最低限の診療情報を確認する方法や本人確認が困難な場合の手順,代替薬局,処方薬の受取方法,対面診療への切替え先を整理しておく必要がある.オンライン診療の実装とは,システムを契約することではなく診療プロセス全体を再設計することである.CV災害時にオンライン診療・遠隔医療が果たす役割災害時に遠隔医療が発揮する価値は,単に診察を遠隔化することではない.医療への入口,診療継続,専門医支援,トリアージ,医薬品供給を一つの連続した医療提供プロセスとして維持する点にある.その役割は,発災直後のトリアージ支援から避難生活期における慢性疾患管理や処方継続まで災害の経過とともに変化する.以下では,その役割を五つに整理する.C1.医療への入口を維持する災害時には医療機関自体が無事であっても,交通遮断,避難,燃料不足などにより患者が到達できない.避難所や仮設住宅にオンライン診療受診施設と同様の機能を設ければ,患者が被災地外の医療機関へ接続する入口を確保できる12,13).C2.慢性疾患の診療と処方を継続する災害医療は発災直後の救命医療に注目が集まりやすいが,時間の経過とともに,高血圧や糖尿病,精神疾患,眼科疾患の治療中断が問題となる.安定した患者では,オンライン診療による状態確認と処方継続が限られた対面医療資源の温存につながる.C3.被災地外の医療従事者を活用する現地の医療従事者が患者情報や画像を送信し被災地外の専門医が助言するCDCtoDは専門医不足を補う.非同期型であれば,通信帯域が限られていても静止画や検査データを送信できる12,14).C4.トリアージと対面診療への振り分けを支援する遠隔医療の目的はすべての患者の診療をオンラインで完結させることではない.オンラインで対応できる患者と診察・検査・処置・入院が必要な患者を分け,限られた搬送資源や対面診療枠を必要度の高い患者へ配分することに価値がある14,15).C5.医薬品供給と診療情報を接続する診察ができても,処方情報が薬局へ届かず薬剤が患者へ渡らなければ医療は完結しない.診療情報と電子処方箋・オンライン服薬指導・薬局・配送を含めた医薬品供給を平時から接続しておくことが重要である.CVIなぜ「平時から使う」ことが必要なのか災害時にオンライン診療を有効に活用するための最も重要な準備は,平時からオンライン診療を実際に運用し1124あたらしい眼科Vol.43,No.9,2026(76)図4オンライン診療を構成する一連の診療プロセスオンライン診療は診察画面だけではなく,予約・本人確認から診察,処方,服薬指導,薬剤の受け渡し,会計までの一連の診療プロセスを含む.災害時には本人確認・保険資格確認や薬剤受取が困難な場合もあるため,平時から代替手段を整備しておくことが重要.(著者作成)表1平時に整備すべき実装項目と災害時の効果領域平時に準備する項目災害時の効果患者利用登録,本人確認,緊急連絡先,代理支援者発災後も迅速に接続できる診療オンライン適応・除外基準,対面切り替え手順危険なオンライン完結を防ぐ情報診療記録,薬剤情報,紹介状の共有方法医療機関が変わっても継続しやすい薬剤電子処方箋,連携薬局,代替受け取り方法診察後の薬剤供給を維持する通信複数回線,低帯域運用,予備電源回線障害や停電への耐性を高める人員現地支援者,遠隔医師,役割分担CDtoPwithN,DtoDを迅速に開始する訓練年C1回以上の接続・停電・搬送訓練実際の障害を事前に発見する図5オンライン診療から分散型医療提供体制への発展従来の医療機関中心型から,オンライン診療受診施設,診療車,薬局・配送,PHR(PersonalHealthRecord,用語解説参照),人工知能(AI)による診療支援などをネットワークで接続する分散型医療への移行を示す.(著者作成)-

災害時に備えた眼科診療体制の構築と地域連携

2026年9月30日 水曜日

災害時に備えた眼科診療体制の構築と地域連携BuildingaDisaster-PreparednessOphthalmicCareSystemwithRegionalCollaboration加藤圭一*はじめに災害には多くの種類があり,その対応もそれぞれである.イメージしやすい災害としては,地震,大型台風などによる豪雨,火山の噴火などがあげられるが,最近われわれが経験したなかで,性質が異なる広義の災害としてはコロナ禍や,医薬品・必需品の供給不足などもその一種として捉えることができる.いずれの災害も地理特性,範囲,程度などによってその対応方法は千差万別で,事前準備には限界があるが,一方で最低限の備えやシミュレーションが必要であることは間違いない.過去15年で,日本眼科医会は以下をはじめとする国内外の災害対応に直接携わってきた.・東日本大震災・フィリピン共和国Yolanda台風被災・西日本豪雨(平成30年7月豪雨)・令和元年台風19号被災・コロナ禍・令和6年能登半島地震今回は,東日本大震災と令和6年能登半島地震への対応を振り返り,眼科医が知っておくべき災害対応について考える.I東日本大震災への対応過去にわが国は大きな災害を多数経験しているが,眼科で組織的かつ大規模な災害対応が始まったのは東日本大震災が最初といえるであろう.東日本大震災への対応を経験し,その後急速に日本眼科医会ばかりではなく,関連諸団体も災害への体制整備が進んだと感じている.まずは,東日本大震災の実情を知ることにより,今後の災害対策の参考としてほしい.1.災害対応のはじまり2011年3月11日14時46分,三陸沖を震源とする東日本大震災が発生し,広範囲で被害が生じた.東日本大震災では大きく分けて,地震被害,津波被害,原発被害の三つが発生した.マグニチュード9.0と地震の規模は大きかったが,最大震度はマグニチュード7.6の能登半島地震と同じ7にとどまった.震源が直下型地震ではなかったためか,地震そのものによる倒壊などの被害は能登半島地震と比べ軽度であった.地震そのものよりも津波被害の影響が甚大で,さらに福島県では福島第一原子力発電所の事故が大きく影響した.地震発生直後は,まずは自身の家族および医療機関を守ることで精一杯で,周囲に気を配る余裕はなかった.加えて停電により携帯電話の充電ができず,電話やメールでの情報交換が事実上困難であった.宮城県眼科医会では地震発生から9日目の3月19日に震災対策委員会を発足させた.大きな災害であったとともに,それまで災害対策をシミュレーションしていなかったことが,災害対応開始までに日数を要した主因と考えられる.*KeiichiKato:日本眼科医会,かとう眼科医院〔別刷請求先〕加藤圭一:〒981-3627宮城県黒川郡大和町吉岡東2-8-10かとう眼科医院(1)(65)11130910-1810/26/\100/頁/JCOPY2.ライフラインの復旧1)a.避難所宮城県では1,323箇所の避難所(3月15日時点),320,885人の避難者(3月14日時点)がピーク数と記録されている.当時約235万人の宮城県民の約7人に1人が避難所生活を送っていた計算になり,いかに大きな災害であったかがわかる.津波被害がなかった内陸部でも,地震直後一時的に多くの方が避難所を利用した.被災後1週間頃から,寒さ対策に加え食料をはじめとした物資不足対策により,沿岸部から内陸部の避難所への移動がはじまり,内陸部の避難所も利用率は高かった.b.電気宮城県内の停電率は96%に達し,県内ほぼ全域で電気供給が停止した.再開してもまた停止するという繰り返しで,安定した電力供給には時間を要した.地震発生5日目で約2/3の世帯で停電は解消されたが,地域差が大きく,津波被害が深刻だった地区では約1カ月停電が続いた.阪神・淡路大震災では6日間で停電が解消されたことを考えると,津波被害の影響の大きさがうかがえる.その後も,4月8日の大きな余震により再び大規模な停電が発生した.信号機も停電の影響を受け移動にも長い時間が必要であった.東北の3月はまだまだ寒い時期だが,電気が必要な暖房機器が大半の現代社会では,暖をとることも容易ではなかった.c.水道津波被害が大きかった地区(宮城県南三陸町,塩竈市など)では被災1カ月後でも95%以上の世帯で断水が続いた.津波被害が限定的であった仙台市でさえ,はじめの5日間はほぼ100%,被災後2週間でも80%近くで断水が続いた.d.ガス都市ガスを利用している都市部は被害が大きく,仙台市では被災後12日間は都市ガスが完全に停止し,完全復旧まで1カ月余を要した.LPガスが主体の地区の復旧は早かった.e.ガソリンガソリン不足は被災者の生活を制限する大きな問題となった.ガソリンスタンドは在庫が枯渇し,給油を希望する車両で長蛇の列ができていた.給油を待つ間にガソリンがなくなり,路上に放置される車両もみられた.ガソリンの確保が困難ななか,LPガスを燃料とするタクシーは営業している車両が多く,タクシー利用は可能であった.3.医療体制の提供被災直後は各種インフラが使えず,医師もスタッフもそれぞれの生活を確保することが優先される状況であったが,津波被災が少なかった地区では比較的早期に診療が再開された.仙台市医師会の情報(眼科に限らず全科)によると,被災4日目となる月曜日には約35%,5日目となる火曜日には約50%が診療を再開しており,こうした厳しい状況にもかかわらず医療機関が早期に診療を再開していたことは特筆に値する.一方で,津波被災が深刻だった地区では医療機関での診療再開まで時間を要したが,被災した眼科医が,自らが滞在する避難所で近隣の患者の診療をはじめていた.東北大学眼科および宮城県眼科医会では,宮城県内を8エリアに分け,それぞれに拠点眼科医療機関を指定したうえで物資を配送し,避難所での医療活動をサポートした.また,互いの活動エリアが重ならないように調整し,それぞれの地区で複数の部隊が支援活動を行った.結果として,のべ211回の医療活動が記録されている.主たる被災地の一つである石巻市では,兵庫県眼科医会に拠点を構えていただき,眼科診療を交代で行っていただいた.地震後2カ月半を経た頃から,津波被災地でも眼科医療機関が診療を再開しはじめた.診療再開に伴い,東北大学眼科と宮城県眼科医会は避難所への往診を終了し,避難所と眼科医療機関をつなぐ巡回バスを手配した.4.コンタクトレンズ被災直後は,1日使い捨てタイプのコンタクトレンズ(contactlens:CL)を支援物資(合計9,530箱)として眼科医が直接使用者に手渡したが,津波被災者が徐々に内陸部へ移動しはじめた時点で支援方法を変更した.地震発生39日目以降は,県内の協力眼科医療機関で,医療費の窓口負担免除者を対象に,在庫CLを原則1カ月1114あたらしい眼科Vol.43,No.9,2026(66)分に限って無料配布(計3,040箱)した.配布分はCLメーカーから支援物資として無償で在庫補充をしていただいた.災害時であっても過剰な無料配布は被災地の医療復興を妨げる怖れがあり,一定の基準が必要と考える.5.医薬品処方箋が必要な医薬品は「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」(薬機法)に則った取り扱いが必要なため,支援医薬品の受取人は医療機関,薬局もしくは卸売販売業者に限られ,避難所への直送は認められない.そのため,被災地への配送は,①東北大学病院薬剤部を経由して東北大学の日々の物資輸送の一環として行う地区と,②宮城県眼科医会が独自のルートで拠点眼科医療機関に運び込む地区に分けて運用した.初回は支援する側の眼科医が必要な種類と個数を予想して点眼薬を準備したが,二回目以降は被災地の眼科医と連絡を取り,被災地の要望に沿った点眼薬を日本眼科用剤協会に依頼し,ご支援いただいた.3月下旬.4月上旬の宮城県は,スギ花粉症がピークとなる時期でもあるため,抗アレルギー点眼薬の需要が高く,当初の予想に反して白内障用点眼薬の要望も多かった.6.眼鏡眼鏡は現地での作製が困難であったため,全国からご寄付いただいた中古眼鏡と,あらかじめ左右同じ球面度数(乱視度数はゼロ)の眼鏡を準備して配布した.しかし,被災地といえども中古品や,多少とはいえ度数にズレがある眼鏡は希望者が少なく,このことから災害時に限らず日常から眼科医が適切な眼鏡処方をすることの重要性が再認識された.現在は日本眼科医会と日本メガネ協会が緊密に連携しており,被災地での適切な眼鏡提供が期待できる.避難所では近用眼鏡の要望が多かった.普段装用している遠用眼鏡はかけたまま避難するので紛失している人が少なかったが,常用していない近用眼鏡は避難所に持参していない人が多かった.これは能登半島地震でも同様であった.避難所は娯楽が少なく,テレビはあっても災害関連ニュースが中心で,近用眼鏡は,各種情報を得るためだけでなく,避難所での生活の質を向上させる欠かせないアイテムである.7.医療機器宮城県眼科医会では,被災が激しかった眼科に向けて,県内の眼科医療機関で使用していない中古の医療機器の斡旋に取り組んだ.医療機器は譲渡において法的に整備が必要なため,予想以上の費用を要したが,医療機器メーカーからの支援を含め5眼科に16台を支援することができた.8.記.録(広.報)被災時は記録を残すことの重要性を認識しながらも,日々の支援に追われてしまう.とはいえ,災害対応の記録はのちに貴重なデータとなるため,担当を選任し,あらゆる情報を確実に記録することが重要である.また,メディアからの取材ニーズも高いため,広報・情報発信にも積極的に取り組む必要がある.宮城県眼科医会では,日本臨床眼科学会などでの学会発表を行い,宮城県眼科医会報および日本コンタクトレンズ学会誌2)に記録を残した.II日本眼科医会による能登半島地震への対応2024年1月1日16時10分に発生した能登半島地震では,発生1時間36分後から東海北陸ブロックで被災状況確認のメールのやりとりがはじまった.年始休暇中にもかかわらず,被災2日後の1月3日に,日本眼科医会は日本眼科学会とともに災害対策本部を立ち上げた.その後,石川県眼科医会と緊密に連絡を取り,被災13日後に先遣隊を能登半島北部の穴水町に送った.能登半島北部は地震による家屋や道路の損壊が著しく,眼科医療の要望も調査されていなかったため,ビジョンバン派遣には適さない状況であった.また,多くの被災者が2次もしくは1.5次避難所(自宅が被災した人が身を寄せる体育館などの1次避難所と,ホテルや旅館などの2次避難所の中継拠点となる施設)に移動しており,金沢市の1.5次避難所には白杖をもった視覚障害者が数名避難していたため,翌週末にビジョンバンを金沢市の(67)あたらしい眼科Vol.43,No.9,20261115白内障老視屈折異常結膜炎緑内障ドライアイ眼内レンズ挿入眼角膜炎,びらん眼瞼炎涙道閉塞結膜下出血巨大乳頭結膜炎網膜.離網膜色素変性網膜上膜例数0510152025図1能登半島地震に対する1.5次避難所(金沢市)でのおもな眼疾患図2外装をリニューアルしたビジョンバン表1日本眼科医会災害対策委員会と災害対策会議(2026年6月現在)●災害対策委員会・全国8ブロックの代表が集まり,各地の災害対応や対応準備を話しあう・47都道府県すべてでの「大規模災害時の行動指針」の策定をめざしている・年に一度,8ブロックが順番に災害対策シミュレーションを行っている・災害発生時には,ブロック代表者が都道府県の災害担当者に連絡をとり,被災状況を確認している●災害対策会議以下の団体が集まり,日頃から顔の見える関係を構築している・日本眼科医会・日本眼科学会・日本視能訓練士協会・日本眼科医療機器協会・日本眼科用剤協会・日本コンタクトレンズ協会・日本医師会(オブザーバー)・日本メガネ協会(オブザーバー)図3ペンを使った遠点測定おおよその近視度数が把握できる.あり非該当ありなし該当なし医療機関の請求業務完了確認サイトまずは,「厚生労働省災害・危機管理」で検索を①②厚生労働省「保険証なくても受診可」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_06756.html③厚生労働省「災害時の一部負担金免除」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000089060.html④厚生労働省「医療機関特例」https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000017bwq.html支払基金https://www.ssk.or.jp/⑤⑥支払基金https://www.ssk.or.jp/国保中央会https://www.kokuho.or.jp/inspect/inspect_rezept.html図4災害時医療機関対応フロー:受診から請求業務まで※災害により対応が異なるため,各種通知の確認が都度必要である.

避難所および被災地における眼科診療の実際

2026年9月30日 水曜日

避難所および被災地における眼科診療の実際PracticalOphthalmicCareinEvacuationCentersandDisaster-StrickenAreasFollowingtheNotoPeninsulaEarthquake宮内修*杉山能子**はじめに近年では,地震や豪雨などの自然災害が頻発し,医療提供体制の寸断が地域住民の生命のみならず生活機能に深刻な影響を及ぼすことが改めて認識されている.災害医療では救命救急や全身管理が優先されるが,視機能の障害は移動,情報取得,服薬管理,身の回りの動作など日常生活全般に直結するため,眼科医療もまた災害対応のなかで重要な役割を担う.とくに高齢化率の高い地域では,眼鏡やコンタクトレンズ(contactlens:CL)への依存,緑内障や糖尿病網膜症,加齢黄斑変性など慢性眼疾患の通院継続,ロービジョンや視覚障害への配慮が不可欠であり,災害時の眼科支援は外傷対応にとどまらない.2024年の能登半島地震では,発災直後から広域にわたり道路寸断,通信障害,断水,停電が続き,通常の医療アクセスが著しく障害された.その結果,被災地の眼科診療は,眼外傷や急性炎症などの救急性の高い病態への対応だけでなく,眼鏡の破損や喪失,CLの継続使用困難,点眼薬の枯渇,慢性疾患治療の中断,視覚障害者への生活支援といった,より日常生活に密着した問題への対応が中心となった.本稿では,能登半島地震における石川県での経験をもとに,避難所および被災地における眼科診療の実際を,現場対応,診療体制,課題,改善点の観点から概説する.とくに,石川県眼科医会大規模災害対応指針第2版1)に基づく初動対応,先遣隊による現地状況把握,被災者ニーズ把握のために作成した掲示配布資料,日本医師会災害医療チーム(JapanMedicalAssociationTeam:JMAT)参加の意義,一般避難者を対象としたビジョンバン(用語解説参照)活動,そして視覚障害者支援をそれぞれ整理し,今後の地域眼科災害支援に資する実践的知見を提示したい2,3).I能登半島地震における被災地状況と眼科診療への影響能登半島地震では,2024年1月1日の発災直後から奥能登地域を中心に道路損壊が著明であり,支援者の現地入りそのものが大きな制約を受けた.2024年1月11日時点の道路状況資料(図1)でも,奥能登方面には多数の通行止めや通行規制が残っており,支援のタイミングやルート選定は道路事情に強く規定されていた.先遣隊報告でも,医療支援を企図しても現地への到達可能性,滞在継続の可否,搬送や物資輸送の安全性を慎重に評価しなければならなかったことが示されている(図2).このような状況では,被災地の眼科医療ニーズが存在していても,ただちに個々の眼科医が単独で現地に向かうことは現実的ではない.まず必要であったのは,県内の眼科診療体制がどの程度維持されているか,どの地域で受診可能な眼科施設が残っているか,避難所や在宅避難者の間でどのような視機能上の困りごとが生じているかを把握し,支援の優先順位を定めることであった.*OsamuMiyauchi:みやうち眼科**YoshikoSugiyama:恵寿総合病院〔別刷請求先〕宮内修:〒920-0348石川県金沢市松村4-305みやうち眼科(1)(53)11010910-1810/26/\100/頁/JCOPY奥能登2市2町へのアクセスルート(石川県,2024/01/1010:00)車両通行可能一般車両通行止め車両通行可能道路(国土交通省,2024/01/1107:00)自衛隊車両の通行実績(陸上自衛隊,随時更新中)道路通行規制(JARTIC,10分ごと更新)通行止め自衛隊車両の通行実績(車種別)(陸上自衛隊,随時更新中)セミトレ(牽引車)大型(2~4t車)中型(2t車未満)小型車(普通車)通行不可図12024年1月11日15時時点の道路事情と被災地アクセス制限発災後しばらく経過した1月11日時点でも,奥能登方面には通行止めや交通規制が残存していた.図22024年1月11日時点での被災地へのアクセス判断と眼科支援への影響発災後しばらく経過した1月11日時点でも,奥能登方面には通行止めや交通規制が残存していた.眼科医療支援では,現地入りの必要性だけでなく,支援者の安全確保,物資輸送,滞在継続の可能性を踏まえて支援時期と方法を決定する必要があったことを示す.情報収集時間経過に沿った主対応外部連携図4先遣隊による現地状況把握と支援判断の流れ先遣隊が道路状況,避難所規模,診療可能施設,医療資源不足,既存支援チームの活動状況を確認し,その情報をもとに後続支援の優先順位と支援形態を決定していく過程を模式化した.広域災害においては,早期の現地診療開始と同等に,適切な情報収集と支援設計が重要であることを示す.図5被災者・関係者向け眼科ニーズ把握用掲示配布資料避難所や被災地で,眼鏡,コンタクトレンズ,点眼薬,受診希望などの眼科ニーズを把握するために作成し,関係者に掲示・配布を依頼した資料である.災害時に埋もれやすい眼科ニーズを可視化し,支援導線へつなぐ実践的ツールとして有用であった.図6避難所で多かった眼科ニーズの分類避難所および被災地で把握されたおもな眼科ニーズを,眼鏡・コンタクトレンズの喪失,眼科用剤不足,眼表面症状,慢性疾患治療中断,視覚障害に伴う生活上の困難に分類して示した.生命危機に直結しないが,生活機能や自立に大きく影響する問題が多かったことを示す.図7JMAT参加時の実務フローと記録様式の概要JMAT参加に伴う現地参集,活動前後のミーティング,J-SPEED入力,日報作成,災害診療記録作成,災害時処方箋対応などの流れをまとめた.JMAT参加は一定の事務負担を伴う一方で,保険加入,安全性,受け入れの正当性を担保し,災害時眼科支援を実効的に行う基盤となる.表1災害時の眼科用剤・コンタクトレンズ(CL)支援の運用原則項目原則保険診療との関係保険診療を行う場合,支援物資の薬剤・CLは使用しない個別医療機関への支援個々の医院への補填目的には用いない無償提供の対象被災者への現地無償提供に限る在庫・配分の決定権眼科医会災害本部などが一括管理し,配分を決定する企業・団体からの寄付物資受領時に寄贈/貸与の区別,条件を明確化する医療機器(細隙灯顕微鏡など)貸与品か寄贈品かを明示し,返却時期・破損時対応を事前に取り決める表2支援物資管理で一括管理すべき項目項目内容例物資名眼科用剤名,CL種類,既製眼鏡度数など規格容量,度数,ベースカーブなど数量入庫数・残数・出庫数提供元企業名,団体名,個人寄付など提供日時年月日・時間受領者受け取った責任者名保管場所医療本部/避難所名/車両内など移動先移送した先の拠点名・避難所名使用部署どの診療班・避難所で使用したか返却の有無要返却/不要(寄贈)返却期限日付・期限留意事項冷所保存,使用期限,開封後使用期限など破損・紛失対応連絡先,補償方法,報告様式図8ビジョンバンの問診票避難者の負担を少しでも減らすように,予想される項目を選んでもらうようにできる限りシンプルなものになるように工夫した.図9ビジョンバン内での診察限られた空間ではあるが,外来診療に必要な眼科機器はそろっている.全員「初診」で診療情報はなく高齢者も多いので,受診者や付き添い人の話をよく聞くことが重要であった.(人)2520151050年齢~10歳10~20歳20~30歳30~40歳40~50歳50~60歳60~70歳70~80歳80~90歳90歳~不明未満未満未満未満未満未満未満未満未満図10受診者の年齢70歳以上の高齢者が多かった.白内障緑内障眼内レンズ挿入眼網膜上膜網膜色素変性網膜.離結膜炎ドライアイ角膜潰瘍糸状角膜炎角膜炎角膜びらん巨大乳頭結膜炎アレルギー結膜炎結膜下出血屈折異常老視眼瞼炎涙道閉塞0510152025(人)図11受診目的となった疾患の内訳点眼薬がなくなった白内障・緑内障の患者,眼鏡などがもち出せなかった屈折異常の患者が多かった.避難所内では暖房によるドライアイや結膜炎も多かった.(本)14121086420図12提供した点眼薬災害時のため,各点眼薬は1瓶ずつしか提供することができない.表3提供された眼鏡の内訳近用眼鏡本数遠用眼鏡本数+1.5D4+2.5D1+2.0D0+1.5D1+2.5D4-2.0D3+3.0D8-3.0D3+3.5D4-4.0D1-8.0D1高齢者が多く使用していた近用眼鏡が持ち出せなかったという方が多かった.慣れない避難所では遠見ももう少し見えないと困るとのことで,普段使っていなかったが遠用眼鏡を希望する方もいた.(川村洋行日眼医常任理事のご厚意により文献3より引用)表4提供された1日使い捨てソフトコンタクトレンズ(SCL)とMPSの内訳SCL箱数MPS本数-3.25D1―1-3.75D1―-4.0D3―-4.25D1―-5.5D2―-6.0D2―1日使い捨てSCLを各眼1箱提供した.MPS:multi-purposesolution.(川村洋行日眼医常任理事のご厚意により文献3より引用)図13視覚障害者支援における多職種連携のイメージ図視覚障害者への支援を,眼科医,避難所運営者,保健師,福祉職,視覚障害者団体,家族,地域支援者の連携として示した.視覚障害者支援はビジョンバン活動と切り分け,診療支援のみならず移動,情報取得,服薬,生活導線の支援を含むことを示している.

視覚障害者をはじめとする災害弱者への支援のあり方

2026年9月30日 水曜日

視覚障害者をはじめとする災害弱者への支援のあり方AFrameworkforSupportingPeoplewithVisualImpairmentandOtherVulnerablePopulationsDuringDisasters仲泊聡*はじめに災害救助法は,著しい災害に際し,国や自治体,日本赤十字社などが一体となって応急的な救助を行い,被災者の保護と社会秩序の維持をはかる法律である.これに関連する一連の法改正が2025年5月に行われた.これらは,能登半島地震をきっかけとし,避難生活における「災害関連死」(用語解説参照)のリスクを軽減することを大きな目的としている.これによって明確になった災害救助法における「福祉サービスの提供」の理念を一言で表すと,「命を救う」だけでなく「生活を守り,災害関連死を防ぐ」ことにある.そして,本法における「福祉サービスの提供」は,被災した高齢者,障害者,乳幼児,妊産婦などの災害時要配慮者(用語解説参照)の避難生活における配慮を確保するための重要な救助項目である.これは単なる医療的な救護にとどまらず,被災者の「生活」そのものを支える体系的な仕組みとして位置づけられている.本法に基づき,都道府県知事などの要請を受けて実施される福祉サービスは,おもに「情報の把握と相談対応」「避難生活上の支援と誘導」「福祉避難所(用語解説参照)の設置」などの柱から構成される.災害救助法が定める救助項目を,視覚障害者支援の観点から整理したものを表1に示す.この救助の実施期間は原則として災害発生の日から7日以内とされているが,必要に応じて内閣総理大臣との協議により延長が可能である.東日本大震災での災害関連死の教訓を経て,従来の「命を救う」災害派遣医療チーム(DisasterMedicalAssistanceTeam:DMAT)や「健康を守る」日本医師会災害医療チーム(JapanMedicalAssociationTeam:JMAT,用語解説参照)に加え,被災者の生活を支える体系的な救助の実行性が強く求められるようになった.そして,能登半島地震での教訓を経て,災害関連死を減らすために,事前に適用することで,災害による被害を未然に防ぐことをめざすようになっている.I専門支援チームの役割分担と多職種連携災害時要配慮者支援を実効化するため,現場では保健・福祉職向けの研修プログラムであるBasicHealthEmergencyLifeSupportforthePublic(BHELP,用語解説参照)で開発されたcommandandcontrol,safety,communication,assessment,healthcaretriage,helpinghand,handover(CSCAHHH,用語解説参照)という独自フレームワークが適用される.これは,救命医療中心の災害対応でうたわれたcommandandcon-trol,safety,communication,assessment,triage,treatment,transport(CSCATTT,用語解説参照)から,避難生活全体の質(qualityoflife:QOL)を重視する支援へと軸足を移すための重要な基盤概念である.本稿では,この枠組みに福祉的視点を加え,災害派遣福祉チーム(DisasterWelfareAssistanceTeam:DWAT,用語解説参照)を中心とした多職種連携モデルを提案する*SatoshiNakadomari:神戸iクリニック〔別刷請求先〕仲泊聡:〒650-0047兵庫県神戸市中央区港島南町2-1-8神戸アイセンター病院2F公益社団法人NEXTVISION(1)(43)10910910-1810/26/\100/頁/JCOPY表1災害救助法の救助項目と視覚障害者特有のニーズの比較災害救助法が定める救助項目視覚障害者特有の課題・脆弱性具体的支援・ニーズ1.情報の把握・避難所内の掲示板など,視覚中心の情報にアクセスできない・自身の存在や困りごとを周囲に気づかれにくい・避難所内での視覚障害者のスクリーニング(見つけ出し)・全国的なデジタル・プラットフォームを活用した個別避難計画データの共有2.相談対応・情報の断絶による先行きへの強い不安・盲導犬との分離不安や,周囲への遠慮による孤立・専門窓口(日本盲人福祉委員会等)やDWATによる丁寧な傾聴・DPATと連携した心理的ケア3.生活上の支援・文字の読み書き(書類手続き,配給の確認など)が困難・物資配布などの情報から取り残される・申請書類や案内物の代読・代筆・お弁当のメニューや生活情報の音声による提供4.避難誘導(移動)・環境変化により白杖や記憶地図が機能しなくなる・障害物や段差の把握ができず,自力移動が危険・支援者による適切な手引き歩行の実施・JRATなどとの連携・同行援護の調整5.福祉避難所の設置(および一般避難所の環境調整)・避難所内の通路に置かれた荷物などでの転倒リスク・トイレや食事スペースへの移動ルートが覚えられない・通路の荷物撤去や,点字サインの設置・トイレや食事への動線を固定した安全確保・NaviLensなどの音声ナビを活用した環境調整DWAT:DisasterWelfareAssistanceTeam(災害派遣福祉チーム),DPAT:DisasterPsychiatricAssistanceTeam(災害派遣精神医療チーム),JRAT:JapanDisasterRehabilitationAssistanceTeam(災害リハビリテーション支援チーム).-図1災害時要配慮者支援における多職種連携のハブ構造り,掲示板などの視覚情報が中心となる避難所では孤立しやすい.また,環境の変化によって,白杖による歩行や,慣れ親しんだ環境に関する空間認知が機能しなくなるため,自立度が急激に低下するという脆弱性を抱えている.このような課題に対し,2021年に国立研究開発法人日本医療研究開発機構(JapanAgencyforMedicalResearchandDevelopment:AMED)研究班では「大規模災害被災視覚障害者のためのアクションプラン(案)」を作成した.本稿では,その内容を基盤としつつ,その後の災害救助法改正や能登半島地震の知見を踏まえ,現場で活用可能な視覚障害者支援の枠組みとして発展的に整理・提案する.具体的には,災害救助法の救助項目に対応する形で,代読・代筆,音声による情報提供,手引き歩行,福祉避難所での動線確保といった視覚障害者特有のニーズを明示する.さらに,支援を「平時(備え)」「発災直後(避難)」「避難期(移動・福祉避難所調整)」「長期避難期(孤立防止・機能維持)」「生活再建期(環境再学習・補装具再整備)」の5段階に分けて捉えることを提唱する.各段階における支援主体と主要な支援内容を図2に示す.本体系において,各専門チームは以下のように視覚障害者支援にかかわる.DMAT・JMAT:視機能の維持や点眼薬の継続などの医療支援.JRAT:避難所などにおける環境調整.DPAT:情報の断絶による不安や孤立,盲導犬との分離不安などへの心理的ケア.日本盲人福祉委員会:当事者団体として安否確認や補装具(白杖など)の支援,同行援護(用語解説参照)などの調整を実施.これらの分散しがちな専門情報をワンストップでつなぎ,当事者と支援者の双方が参照できる情報基盤として機能させることが現在望まれている.そのためには,全国規模で情報を集約・共有するデジタル・プラットフォームが必要であり,全国視覚障害者情報提供施設協会が運営している「シカクの窓」(用語解説参照)はその基盤となりうる1例である.平時の個別避難計画(用語解説参照)から災害ケースマネジメント(用語解説参照),各専門チームとの情報連携を統合するこのデジタル基盤の構想を図3に示す.III次世代技術の活用とインクルーシブ防災の将来展望今後の支援体系は,「人が助けに行く支援」から,テクノロジーを活用して「環境そのものが支援するインクルーシブ防災(用語解説参照)」へと大きくパラダイムシフトすることが期待されている.実用化が展望されるおもな次世代技術は以下のとおりである.二次元コード(NaviLens/ShikAI,用語解説参照):スマートフォンで読み取ることで,場所・距離・目的地情報を音声で提供する仕組みである.避難所の入口,トイレ,受付,物資配布場所に設置することで,視覚障害者のみならず,高齢者や外国人にとっても「見えなくても(わからなくても)迷わない環境」を構築できる.生成AIによる「個別案内者」:避難所内のコード情報,位置情報,混雑情報,支援窓口情報を統合し,個々のニーズ(例:「トイレに行きたい」「英語で相談したい」)に応じた音声ナビゲートをリアルタイムで行う.NaviLensやShikAIなどの環境コードと生成AIを組み合わせた次世代避難所案内の概念図を図4に示す.この仕組みでは,避難者はスマートフォンを介して避難所内の位置情報,混雑情報,支援窓口情報にリアルタイムでアクセスでき,必要に応じて専門職へ接続される.全国的なデジタル・プラットフォーム(例:「シカクの窓」):個別避難計画,災害ケースマネジメント,医療・福祉・行政の連携を結ぶプラットフォームであり,平時から被災後まで一貫したデジタル連携を可能にする.これらの技術発展に伴い,防災のあり方は四つの方向へ進化する.第一に,当事者が主体的に防災計画や訓練に参加し,共創型で支援を設計する「参加する側」への転換である.第二に,重度視覚障害者向けに開発された音声案内や環境コードが,認知症高齢者や外国人などすべての要配慮者の安全を保障する「ユニバーサル・インフラ」として高度化する.第三に,個別避難計画のデータをDWAT,JMAT,JRAT,DPATなどの専門チー1094あたらしい眼科Vol.43,No.9,2026(46)図2視覚障害者対応システムに基づく支援の5段階モデル図3「シカクの窓」を中核としたデジタル・プラットフォームのデータ連携構想図図4次世代技術(NaviLens・生成AI)を活用した未来の避難所案内モデルムが共有・参照する「個別最適化と多職種連携の統合」である.そして第四に,福祉サービスの提供範囲を在宅避難者や車中泊避難者へと拡大する「場所から人の支援」へのアプローチ強化である.IV結論将来の避難所は,施設に到着した時点でスマートフォンがそれを認識し,多言語と音声で案内を開始する環境をめざすべきである.困ったときはまずAIが一次対応し,必要に応じて人間の支援者(DWATなど)へつなぐという,テクノロジーと専門職がシームレスに連携する体制の構築が不可欠である.次世代技術は単なる便利ツールではなく,「つながりを切らさない仕組み」を平時から地域に実装するための要素である.災害救助法などの法的枠組みを基盤とし,専門チーム,デジタル技術,そして地域コミュニティが強固に連携することで,「誰一人取り残さないインクルーシブな防災体制」の実現が可能となるのである.最後に以上を踏まえ,眼科医として視覚障害者の災害支援に何ができるかについてまとめる.眼科医の役割は,発災後の眼外傷や急性疾患への対応にとどまらない.平時からロービジョンケアの一環として患者の生活環境や支援ネットワークを把握し,自治体による個別避難計画の作成支援や地域防災訓練への参画を促すことが重要である.また,発災時には点眼薬や補装具の継続支援,視機能低下による生活障害の評価,DWAT,JRAT,DPAT,日本盲人福祉委員会などとの連携を通じて,視覚障害者を適切な支援へとつなぐ「handover」の担い手となることが求められる.さらに,復旧・生活再建期においては,環境変化に応じたロービジョンケアや移動支援の再構築,就労・就学支援,心理的ケアを含めた長期的な伴走支援が不可欠である.今後,NaviLensや生成AI,「シカクの窓」に代表されるデジタル技術が発展するなかで,眼科医には医療と福祉,デジタル技術と当事者をつなぐコーディネーターとしての役割が期待される.視覚障害者の災害支援の本質は,「見えないこと」への配慮にとどまらず,災害によって失われやすい情報,人,地域とのつながりを切らさない仕組みを平時から地域社会に実装することである.その実現に向けて,眼科医は地域包括ケアとインクルーシブ防災を結ぶ重要な担い手として,積極的に関与していく必要がある.■用語解説■災害関連死:地震や豪雨などの災害による直接的な被害ではなく,避難生活に伴う心身の負担や医療・介護の中断などによって生じる死亡をさす.高齢者や障害者に多く,生活不活発病,誤嚥性肺炎,心血管疾患の悪化,精神的ストレスなどがおもな要因となる.要配慮者/避難行動要支援者:要配慮者とは,高齢者,障害者,乳幼児,妊産婦,外国人など,災害時に特別な配慮を必要とする人々をさす.一方,避難行動要支援者とは,要配慮者のうち,自ら避難することが困難で,避難行動に支援を要する者として市町村が名簿を作成・管理する対象者をさす.個別避難計画の作成対象となる.福祉避難所:高齢者,障害者,医療的ケア児など,一般避難所での生活が困難な要配慮者を対象として開設される避難所.介護や相談支援,バリアフリー環境などが提供されるが,原則として発災直後から直接避難する場所ではなく,一般避難所などでのスクリーニングを経て利用調整が行われる.JMAT(JapanMedicalAssociationTeam,日本医師会災害医療チーム):日本医師会が組織する災害医療チーム.DMATが超急性期医療を担うのに対し,避難所や在宅避難者に対する一般医療や慢性疾患管理,地域医療の継続支援を担う.BHELP(BasicHealthEmergencyLifeSupportforthePublic):災害時の保健・福祉活動を担う専門職向けの研修プログラム.災害時要配慮者支援の共通言語として,CSCAHHHの概念を提唱している.CSCAHHH:BHELPで提唱された災害時要配慮者支援の基本フレームワーク.commandandcontrol(指揮・統制),safety(安全),communication(情報伝達),assessment(評価),healthcaretriage(福祉的トリアージ),helpinghand(生活支援),handover(支援の引き継ぎ)から構成される.CSCATTT:大規模災害時の医療マネジメントに用いられる基本概念.commandandcontrol(指揮・統制),safety(安全),communication(情報伝達),assessment(評価),triage(トリアージ),treatment(治療),transport(搬送)から構成され,DMATなどの災害医療チームの共通言語となっている.DWAT(DisasterWelfareAssistanceTeam,災害派遣福祉チーム):社会福祉士,介護福祉士,精神保健福祉士,相談支援専門員などで構成される福祉専門チーム.避難所や在宅避難者の生活支援,要配慮者のスクリーニング,福祉避難所への調整などを担う.近1098あたらしい眼科Vol.43,No.9,2026(50)

緑内障患者における治療アドヒアランスと継続性のマネジメント

2026年9月30日 水曜日

緑内障患者における治療アドヒアランスと継続性のマネジメントManagementofTreatmentAdherenceandContinuityinGlaucomaPatients小島祥*井上俊洋*I災害時における緑内障診療わが国は地震・豪雨・台風などの自然災害が多く,その大部分は予期せず発生する.近年も東日本大震災,熊本地震,能登半島地震など,大規模災害が相次ぎ,医療提供体制やライフラインに甚大な影響を及ぼした.災害発生直後には,救命救急医療や外傷,感染症対策が優先される一方で,慢性疾患の継続治療は中断を余儀なくされることが少なくない.緑内障はわが国の中途失明原因の上位を占める慢性進行性疾患であり,高齢化に伴って患者数はさらに増加すると考えられている.1).その治療の中心は眼圧下降を目的とした点眼治療であり,多くの患者では長期間にわたる継続的な点眼が必要となる.1).点眼の中断は眼圧上昇を招き,視神経障害の進行や視機能の悪化につながる可能性があるため.2),災害時であっても可能な限り治療を継続することが望ましい.しかし実際の災害では,避難や生活再建,食料や水の確保など生命維持に直結する課題が優先され,点眼薬の持ち出しができなかったり,紛失したり,通院や処方継続が困難になったりと,結果的に点眼アドヒアランスが低下してしまう場面は珍しくない.さらに,医療機関側においても,停電や断水,物流の途絶,診療機器の使用制限,医療従事者の不足などにより,通常どおりの診療を継続することが容易ではない状況になることもある.筆者は2016年の熊本地震を経験した.地震発生直後から,水道,電気,ガスなどのライフラインが停止し,日常生活は一変した.病院での診療や外勤診療は可能な限り継続されたものの,通常診療とは大きく異なる環境での診療体制となった.また,筆者は熊本県眼科医会が実施した被災地往診に参加し,とくに被害の大きかった益城町を中心に避難所を巡回した.そこで,点眼薬が持ち出せなかった患者や受診継続が困難となった患者に直接触れ,災害時における眼科診療の必要性や在り方を体感した.これらの経験も含め,本稿では,災害時に緑内障診療が直面する課題を整理するとともに,患者および医療従事者が平時から備えておくべき対策について考察する.II災害時における緑内障診療の問題点災害発生時には,患者側と医療従事者側の双方にさまざまな問題が生じ,緑内障診療の継続が困難となる.緑内障は慢性進行性疾患であり,長期間にわたる眼圧管理が視機能の維持に不可欠である.しかし,災害時には生命や生活の維持が最優先となるため,緑内障診療はどうしても後回しになりやすい.1.患者側の問題点患者側でもっとも大きな問題は,点眼治療の継続が困難になることである.地震や豪雨などの災害では,避難時に点眼薬を持ち出せなかったり,自宅が被災して点眼薬を取り出せなかったりすることがある.また,交通機.*SachiKojima&ToshihiroInoue:熊本大学大学院生命科学研究部眼科学講座〔別刷請求先〕小島祥:〒860-8556熊本市中央区本荘1-1-1熊本大学大学院生命科学研究部眼科学講座(1)(37)10850910-1810/26/\100/頁/JCOPY関の停止や道路の寸断により通院が困難となるだけでなく,医療機関自体が診療を制限している場合も少なくない.さらに,避難所生活では生活環境が大きく変化し,生活リズムの乱れや精神的ストレスから点眼を忘れるなど,アドヒアランスが低下しやすい状況となる.1).加えて,お薬手帳や薬剤情報を紛失した場合には,使用していた点眼薬の種類がわからず,治療再開が遅れる要因にもなりうる.緑内障では,点眼治療の中断がただちに視機能障害を引き起こすとは限らないものの,眼圧上昇によって視神経障害が進行する危険性がある.とくに進行例や眼圧変動の大きい症例では,数週間から数カ月にわたる治療中断が病状の進行につながる可能性も否定できない.3).そのため,災害時においても可能な限り点眼治療を継続し,治療中断期間を最小限に抑えることが重要となる.2.医療従事者・医療機関側の問題点医療従事者・医療機関側にも多くの課題が生じる.停電や断水などのライフライン障害は,診療そのものに大きな影響を及ぼす.停電が生じれば,細隙灯顕微鏡,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT),視野検査装置などの検査機器が使用できなくなるほか,電子カルテへのアクセスが制限されることで,通常診療の継続が困難となる.また,物流の停滞によって点眼薬の供給が滞る可能性もある.さらに,災害医療では救命救急や外傷診療が優先されるため,慢性疾患である緑内障診療の優先順位は相対的に低くならざるをえない.医療従事者自身も被災者となることから,人員不足や診療体制の縮小を余儀なくされる場合もある.このように,災害時には患者側,医療従事者側の双方に複数の要因が重なり,緑内障診療のアドヒアランスが低下し,緑内障進行のリスクが生じてしまう.したがって,災害発生後に対応を考えるのではなく,平時から災害時を想定した備えを行うことが,視機能を守るためにはきわめて重要である.III熊本地震の経験から学んだこと1.突然生活が一変する筆者は2016年4月に発生した熊本地震を当事者として経験した.同年4月14日午後9時26分に前震(M6.5,最大震度7),その約28時間後の16日午前1時25分には本震(M7.3,最大震度7)が発生した.筆者の生活圏である熊本市中央区でも震度6強の激しい揺れが観測され,大きな揺れの直後に一瞬で停電し,その後何度も訪れた激しい揺れの恐ろしさは今でも鮮明に覚えている(図1).発災翌朝に出勤した際,病院内は非常用電源の稼働により電力は維持されていた.しかし,医局の壁面や床面には多数の亀裂が生じ(図2),居室内の書棚や机上からは書籍や研究資材が散乱するなど,室内の被害は甚大であった(図3).一方で,熊本大学病院の入院棟(病棟)は免震構造が採用されていたため,建物本体および内部設備の構造的被害はきわめて軽微にとどまっており,免震構造の有用性を改めて実感した.病院は断水の影響も受けず,インフラ面ではすぐに通常の状態を取り戻し,早期に通常機能を回復できた.眼科においても,検査機器の大きな損害はなく,余震が続く状況下ではあったが,ほぼ通常どおりの外来・入院診療を継続することが可能であった(図4).しかし,市中の状況は全く異なっていた.電力は比較的早期に復旧したものの,上水道とガスの供給停止が長期化し,市民の生活基盤は崩壊した.定期的に巡回する給水車から水を受け取るためにバケツやタンクをもって長い行列に並んだ.ガスが止まっている間はお湯が出ず,入浴などの衛生管理を目的として,夜間に銭湯や温泉まで移動せざるをえない状況が続いた.食料をはじめとする物流は,そこまで停滞はしなかったものの,調理ができない場面もあり食生活の内容も変わった.こうした生活の大きな変化のなかでは,点眼どころではなくなり,あとから「生活維持に精一杯で点眼を忘れていた」という話も聞いた.また,深刻な節水に伴う衛生環境の変化や物流の停止への心配から,点眼が重要であることが意識下にあっても「衛生面が不安だったから点眼を自主的に控えた」という話や,「足りなくなると困るから本来よりも少なめに点眼していた」という患者もいた.緑内障治療において,点眼の継続(アドヒアランスの維持)がきわめて重要であり,緑内障患者自身も十分に理解していることが多い.しかし,生活基盤が崩壊し,1086あたらしい眼科Vol.43,No.9,2026(38)図1医局の壁から落ちた時計図2医局から病棟へ図3医員,大学院生の居室地震発生時刻を示している.ガラスが割れ周囲向かう廊下地震直後の散乱した状態.に散乱している.壁に大きな亀裂が入っている.図4クリニックの写真点眼薬が散乱した状態.図5避難所訪問時の写真a:各教室を巡回して相談に応じた(同行した福島亜矢子医師).b:避難者に声をかける筆者.図6避難所巡回に向かう途中の風景家屋が倒壊し,歩道が分断されている.IV平時からの備え―アドヒアランスを維持するために災害発生後に緑内障診療の中断を完全に防ぐことは困難である.しかし,その影響を最小限に抑えるための備えは,平時から実践することが可能である.とくに緑内障では,点眼治療の継続が視機能維持の基本であり,災害時にもアドヒアランスを可能な限り維持できる体制を構築しておくことが重要となる.そのためには,患者,医療従事者,医療機関がそれぞれの立場で備えを行う必要がある.1.患者の備え患者に求められるのは,点眼薬が途切れないよう日頃から準備しておくことである.災害発生直後には医療機関を受診できない状況や,物流の停滞によって点眼薬の供給が遅れる可能性がある.このため,点眼薬は常に1.2週間程度の余裕を持って管理し,非常時にも使用できるよう備えておくことが望ましい.また,お薬手帳や点眼薬リスト,診療情報カード(緑内障手帳)などを,災害時にもすぐに持ち出せるように管理しておき,避難所等でも薬剤名や使用方法を第三者が確認できるような準備を整えておくことも重要である.点眼薬を点眼ボトルの色で認識している患者も多いが,常日頃から点眼薬名を意識してもらうことや,スマートフォンを活用し,薬剤名や処方内容を写真やメモとして保存しておくことも,いざ点眼が必要な時に処方間違いがなく有効である.さらに,非常持ち出し袋のなかに点眼薬や薬剤情報を入れておくことや,家族などと治療内容を共有しておくことは,避難生活においても点眼治療を継続するうえで役立つ.これらの準備はアドヒアランス維持のための対策となる.2.医療従事者の備え医療従事者にも,災害を見据えた患者教育が求められる.災害に備えて「点眼を続けることの重要性」と「受診できない場合の対応」をあらかじめ説明し,患者自身が適切に判断できるよう支援することが望ましい.点眼薬を多めに処方するというのは厳しいが,紛失したときの備えも含めて少し余裕をもった処方を行うこともアドヒアランス維持の対策となる.非常時持ち出し袋に,お薬情報や点眼薬リストを入れておくことの有用性をアドバイスするのも医療従事者の役割と考える.現在の日本では,実際に災害が生じた際の日本医師会や県医師会をはじめとした災害医療支援体制はきちんと整っている.日頃より地域の眼科医療機関との連携を構築し,災害時における点眼薬の確保や災害状況を把握する体制を整備しておくことも重要である.3.医療機関の備え医療機関においては,患者情報を整理しておくことがアドヒアランス維持において重要である.そのために災害時においても医療情報に早くアクセスできるための体制を整備しておくことが重要である.その対策としては,災害時にも診療機能を可能な限り維持・早期復旧するための事業継続計画(businesscontinuityplan:BCP)の策定や,停電や断水,通信障害を想定した診療体制や電子カルテのバックアップ,医薬品供給体制の確認などがあげられる.非常用電源や通信手段の確保,電子カルテのバックアップ,診療情報の保全などは,緑内障患者の継続診療を支える基盤となる.また,災害時マニュアルを作成し,職員間で定期的に共有・訓練を行うことも重要である.加えて,地域医療機関や眼科医会との連携体制を平時から構築しておくことで,被災時にも円滑な患者紹介や情報共有が可能となる.今後は,デジタル技術の活用によって災害時の医療継続性はさらに向上することが期待される.電子処方箋やクラウド型電子カルテの普及は,被災地外でも診療情報へアクセスしやすい環境を整備する可能性がある.被災地においても正しい診療情報が得られることは,素早く正しい処方につながりアドヒアランス維持に貢献する.また,遠隔診療やオンラインによる服薬・点眼指導は,交通網が寸断された状況でも患者との接点を維持する手段となりうる.熊本地震の際は比較的復旧が早かったこともありビジョンバンの派遣は必要としなかったが,ライフラインが止まってしまった地域においては,日本眼科医会の有するビジョンバンを活用することで診療を継続することも可能である.(41)あたらしい眼科Vol.43,No.9,20261089

災害時における網膜疾患診療:治療中断が視機能に与える影響

2026年9月30日 水曜日

災害時における網膜疾患診療:治療中断が視機能に与える影響RetinalDiseaseManagementDuringDisasters:ImpactofTreatmentInterruptiononVisualFunction高村佳弘*はじめに近年,地震や豪雨災害などの自然災害が頻発しており,医療体制の維持は重要な社会的課題となっている.災害時には外傷や救急医療など急性期医療が優先される一方で,慢性疾患管理の中断が長期的健康被害につながることが指摘されている1).とくに高齢化が進行する現代社会では,継続的治療を必要とする慢性疾患患者が増加しており,災害がもたらす影響はより深刻化している.眼科領域においても,網膜疾患は慢性的かつ進行性の経過をとることが多く,継続的診療の中断は不可逆的な視機能障害につながりうる.とくに,加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD),糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME),網膜静脈閉塞症(retinalCveinocclusion:RVO)に伴う黄斑浮腫などでは,抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)療法を中心とした定期的治療が視力維持に不可欠となっている.新型コロナウイルス感染症(coronavirusCdis-ease-2019:COVID-19)流行下では,外出制限や受診控えにより網膜疾患診療が大きな影響を受けた.COVID-19パンデミックは,慢性網膜疾患における「治療中断」の影響を可視化したC1種の災害モデルとも捉えることができる.実際に,DMEに対する抗CVEGF治療件数は感染拡大に伴い減少し,受診抑制が顕著であったことが報告されている2).本稿では,災害時における網膜疾患診療の課題を整理し,とくに治療継続の重要性と治療中断が視機能に与える影響について概説する.CI災害が網膜疾患診療に与える影響災害は医療システムに多面的影響を及ぼす.医療機関の損壊や停電,物流障害,人的資源不足などにより通常診療の維持が困難となる.とくに眼科診療は機器依存性が高く,光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomogra-phy:OCT)や眼底撮影装置などが使用できなくなることで,病態評価や治療判断に大きな制限が生じる.網膜疾患診療においてCOCTはきわめて重要な役割を担っており,黄斑浮腫の再燃評価は治療方針決定に直結する.しかし災害時には停電や通信障害,機器故障などにより画像診断が困難となる場合がある.患者側の要因も大きい.避難生活や交通手段の途絶,生活基盤の崩壊により通院継続が困難となる.とくに高齢患者では,移動手段の喪失や情報アクセス不足により受診困難がさらに増大する.心理的ストレスや抑うつ状態も受診遅延の一因となり,結果として治療中断の長期化を招く.糖尿病患者においては,DMEに対して抗CVEGF治療が開始されたとき,それを機会に食事療法や運動療法にむしろ積極的に取り組む患者が過半数を超えるという全国アンケート調査の結果がある3).そうした患者では,HbA1cが有意に低下しており,患者の心理状態が血糖管理にも影響を及ぼすことが示唆される.逆に,災害後にはストレス増加,食生活悪化,運動不足,服薬中断な*YoshihiroTakamura:福井大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕高村佳弘:〒910-1193福井県吉田郡松岡町下合月C23-3福井大学医学部眼科学教室(1)(31)C10790910-1810/26/\100/頁/JCOPYどにより糖尿病や高血圧のコントロール悪化が生じやすく,糖尿病網膜症の悪化につながる可能性も考えられる4).CII網膜疾患における継続治療の重要性AMD,DME,RVOなどは,抗CVEGF療法によって視機能の改善が可能となっている5,6).しかし,これらの疾患では治療継続性が予後を規定するきわめて重要な因子である.抗CVEGF療法は血管透過性亢進を抑制することで黄斑浮腫を改善するが,その効果は一過性であり,継続的再投与が必要である.投与レジメンとしては,固定投与,proCrenata(PRN),treatCandCextend(TAE)などが広く用いられている.しかし,治療中断や投与遅延は病態再活性化を引き起こす.PRNレジメンにおいて,浮腫の再燃に対して速やかに注射できずにC3週間以上の待機期間が生じた場合に,1週間以内に注射を行った患者群と比較して中心網膜厚および矯正視力が有意に悪化したことが報告されている(図1)7).この知見は,再燃時において迅速に治療介入できる体制を作っておくことが視機能維持にきわめて重要であることを示している.しかし,災害時には受診そのものが困難となり,適切な時期に治療を受けられない状況が生じやすい.AMD治療におけるスタンダードであるCTAEでは,計画的な治療間隔を設けることで,受診回数を必要最小限に抑えることもでき,災害時には意義があると考えられる.受診が途絶えることで浮腫持続が不可逆的網膜障害につながることは避けなければならない.慢性的黄斑浮腫は,ellipsoidzone(EZ)の障害やCdisorganizationCofCretinalCinnerlayers(DRIL)などの構造異常を引き起こす可能性がある.これらは視力予後と強く関連することが知られており,一度構造障害が進行すると,浮腫改善後も十分な視力回復が得られない場合がある.すなわち,治療中断による慢性的浮腫持続は,単なる一時的悪化ではなく,長期的視機能障害へ直結する可能性がある.COVID-19パンデミックの状況では,患者は病院での感染を恐れ,受診を控えた2).これは災害時と似た状況と考えられる.結果的にパンデミックの第C3波,第C4波においては,感染者が増加した期間中,全国における抗CVEGF薬の硝子体内注射本数は減少し,逆に感染者が減少する時期においては,注射本数は増加した(図2).これは,患者の心理状態が病院への通院に大きな影響を及ぼすことを示唆している.投与回数の増減で相殺された結果,年間の注射本数はパンデミック前と比較して有意差はなかった.これは,感染拡大が落ち着いて患者が病院に多く押し寄せた際,全国の眼科医が多くの注射を行う負担増加の代償を負ったことで,必要な注射本数を維持したことを意味している.地方にワクチン投与が普及した第C5波以降では,こうした傾向はみられなくなった.正しい感染予防策とその正しい知識の周知が,患者の心理状況に基づく行動を適正に保つうえで何より重要である.これは災害などの非常時にも当てはめることができる教訓といえるだろう.糖尿病網膜症では,受診の中断に伴い病期進行が加速する可能性がある.増殖糖尿病網膜症では硝子体出血や牽引性網膜.離へ進展し,硝子体手術を要する重篤な状態へ至る場合もある.また,汎網膜光凝固など予防的レーザー治療の遅延も病態悪化につながる.以上から,網膜疾患において治療継続性はきわめて重要であり,災害時における治療中断は視機能予後に重大な影響を及ぼす可能性がある.CIII医療提供側の課題災害時には医療提供体制自体も大きな制約を受ける.眼科診療ではCOCTや眼底カメラなど高度医療機器への依存度が高く,停電や機器障害は診療継続に直結する.さらに,電子カルテ障害やサーバーダウンにより,治療歴や投与間隔など重要情報へのアクセスが困難となる可能性がある.とくに抗CVEGF療法では,過去の反応性や再発間隔に基づく個別化治療が行われるため,情報喪失は適切な治療判断を困難にする.また,硝子体内注射においてもっとも重篤な合併症である眼内炎を防ぐためには清潔環境が不可欠である.しかし災害時には衛生環境維持が困難となる場合があり,安全な注射治療自体が制限される可能性もある.人的資源不足も問題である.医療従事者自身の被災や急性期医療への再配置により,慢性網膜疾患患者への対1080あたらしい眼科Vol.43,No.9,2026(32)1カ月の遅延a注射再発注射b(logMAR)0.80.60.40.2(月)図1黄斑浮腫の再発に対する抗VEGF治療の遅れと視力予後a:糖尿病黄斑浮腫の再発に対して抗CVEGF薬の硝子体内注射がC1カ月遅れたケースの網膜光干渉断層計マップの推移.Cb:すぐに注射した群と遅れて注射をした群との間での視力変化の比較.すぐに注射した群の方が有意に(*p<0.05)視力がよかった.(文献7より改変引用)矯正視力0123456789101112(×103)(本)40新規COVID-19陽性患者数月間抗VEGF注射の本数3530425220図2COVID-19パンデミック第3波における新規陽性患者数と抗VEGF薬注射本数の推移感染者数が増えると注射本数は減少し(.),収束期においては増加した(.).10月11月12月1月2月3月-

避難環境における感染性角膜炎とコンタクトレンズ関連トラブル

2026年9月30日 水曜日

避難環境における感染性角膜炎とコンタクトレンズ関連トラブルInfectiousKeratitisandContactLens-RelatedProblemsinDisasterEvacuationSettings鈴木崇*はじめに地震,豪雨,津波などの大規模自然災害が発生すると,被災者は避難所や車中泊,仮設住宅など,平時とは大きく異なる避難環境での生活を余儀なくされる.避難環境では,断水や停電,上下水道・衛生設備の機能停止により,通常の生活環境と比較して衛生状態が著しく悪化することが多い.多数の人々が限られた空間に密集して生活すること,水や物資の供給が滞ること,医療機関への受診が困難になることなど,平時にはない特殊な条件が重なる.このような環境下では,呼吸器感染症や消化器感染症のみならず,眼表面,とくに角膜においても,細菌,真菌,アカントアメーバなどの病原体による感染性角膜炎が発症するリスクが高まると考えられる.また,コンタクトレンズ(contactlens:CL)装用者にとっては,日常的に使用しているケア用品や清潔な水の入手が困難になることで,感染性・非感染性を問わずCL関連のトラブルが増加しやすい状況となる.本稿では,避難環境における感染性角膜炎の特徴とその背景,CL関連トラブルの実態,そして非眼科医を含む医療従事者が初期対応にあたる際に留意すべき点について概説する.I避難環境における角膜炎のリスク1.環境衛生の悪化と環境常在菌による角膜炎避難所では,多数の被災者が体育館や公民館などの限られた空間で密集して生活するうえに,断水によって手洗いや洗顔,入浴が十分に行えない状況が長期間続くことがある.また,避難所の床や寝具,共有スペースは,地震による瓦礫由来の粉塵や土埃,水害による泥水や汚泥,動物由来の排泄物などで汚染されていることも少なくない.こうした環境には,緑膿菌をはじめとするグラム陰性桿菌や,河川・井戸水・貯水槽などの水回りに生息するアカントアメーバなど,通常の生活環境よりも高濃度に病原体が存在している可能性がある.1).緑膿菌はCL関連細菌性角膜炎の主要な起炎菌として知られ,角膜中央に濃い輪状膿瘍と周囲角膜実質のすりガラス状混濁を呈し,前房蓄膿を伴うことが多い(図1).角膜上皮にわずかな損傷があるだけでも,環境中の緑膿菌はこれに乗じて侵入し,数日のうちに急速に進行することがあるため,とくに注意を要する.アカントアメーバは井戸水や貯水槽,断水時に用いられる非上水道水,あるいは河川水などに生息しており,外傷やCL装用を契機に角膜へ感染することが知られている(図2).初期には角膜上皮下の多発性浸潤や放射状角膜神経炎を呈し,放置すれば円板状角膜炎へと進行し,薬剤抵抗性を示して角膜穿孔に至ることもある.避難所で生活用水として使用される簡易水道水やタンク水がアカントアメーバや緑膿菌に汚染されている可能性は否定できず,こうした水を洗顔や洗眼,CLのすすぎに使用することは大きなリスクとなりうる.アカントアメーバは環境中で栄養型と.子(シスト)の二形態をとり,シストは乾燥や消毒薬に対してきわめて強い抵抗性を示すことが知られている.1)..*TakashiSuzuki:京橋いしづち眼科〔別刷請求先〕鈴木崇:〒104-0031東京都中央区京橋3-7-1相互館110タワー1F京橋いしづち眼科(1)(25)10730910-1810/26/\100/頁/JCOPY図1細菌性角膜炎の眼所見(緑膿菌角膜炎を含む)a:コアグラーゼ陰性ブドウ球菌.b:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA).c:肺炎球菌.d:緑膿菌.図2アカントアメーバ角膜炎の眼所見a:初期病変(角膜上皮下多発浸潤).b:円板状角膜炎.図3ソフトコンタクトレンズ(SCL)表面への蛋白・脂質汚れの付着機序ハイドロゲルCSCLでは蛋白汚れが,シリコーンハイドロゲルSCLでは脂質汚れが中心となる.表1避難所における初期問診チェックリスト確認項目具体的な問診内容着目点CL装用歴装用の有無・種類(ソフト/ハード,頻回交換/1日使い捨て)・装用期間・連続装用の有無連続装用は低酸素・細菌増殖のリスク因子ケアの実態こすり洗いの有無・レンズケースの交換頻度・使用した水(水道水/井戸水/簡易水)水道水使用やケア不徹底はアカントアメーバの手がかり外傷・異物瓦礫・粉塵・泥水などの受傷起点,異物感の有無と部位外傷は細菌性・真菌性角膜炎の契機となる症状の経過発症時期,進行速度,既往の点眼治療とその反応急速進行は緑膿菌,緩徐進行は真菌やアカントアメーバを示唆背景因子年齢,糖尿病などの基礎疾患,ステロイド使用歴,集団生活の期間易感染性宿主では重症化しやすいCL:コンタクトレンズC.C図4多剤抗菌薬点眼治療中のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)角膜炎角膜細胞浸潤の境界(.)よりも角膜上皮欠損部の境界(.)が大きく,薬剤毒性が示唆される所見.

災害に伴う化学外傷・熱傷への対応

2026年9月30日 水曜日

災害に伴う化学外傷・熱傷への対応ResponsetoChemicalandThermalOcularInjuriesinDisasterSettings福岡秀記*はじめに地震による建物倒壊や工場火災,津波後の瓦礫撤去作業,輸送中のタンクローリー横転事故など,災害に伴う化学外傷や熱傷は決してまれではない.平時の孤発例と異なり,災害時には同時多発的に患者が複数発生し,搬送・診療体制そのものが被災している状況で対応を迫られる点が特殊である.1995年のオクラホマ連邦ビル爆破事件では負傷者C684名中C55名(8%)に眼外傷を認め1),2013年のボストンマラソン爆破事件でもレベルC1外傷センター(米国における救命救急センターに相当)へ搬送された患者のC13.4%が眼科コンサルテーションを要したと報告されており2),化学外傷・熱傷はこのなかでも重要な位置を占める.眼組織,とくに粘膜組織は化学物質に対する感受性が高く,受傷後数分の対応が視機能予後を大きく左右する.わが国においては地震・津波といった自然災害に加え,化学工場・製鉄所・薬品製造施設など化学物質を大量に扱う産業施設が輸送などの観点から沿岸部に立地,集積していることが多く,地震そのものによる建物・タンクの損壊が二次的な化学物質漏洩・爆発・火災を誘発するリスクが常に存在する.また,新幹線・在来線の事故や,トンネル工事・化学薬品輸送車両の事故など,局所的でありながら複数傷病者を伴う中規模災害も想定しておく必要がある.これらの状況に共通するのは,被災地の医療機関自体が停電・断水・交通遮断といった機能低下をきたしているなかで診療を継続しなければならないという点であり,平時の救急プロトコールをそのまま適用できない場面が多い.本稿では,化学外傷・熱傷の病態,診断,初期対応,そして長期的な角膜上皮幹細胞疲弊症(limbalstemcellde.ciency:LSCD)管理までを,医療資源が限られた災害現場での実践を意識しながら概説する.CI病態生理化学外傷は原因物質のCpHにより酸性・アルカリ性に大別される.酸性物質は角膜上皮蛋白を変性・凝固させるため凝固壊死を生じ,この凝固層自体が物質のさらなる深部浸透に対するC1種のバリアとして働くため,比較的組織表層にとどまりやすい.一方でアルカリ性物質は脂質膜を鹸化・融解させることで細胞膜の構造を破壊し,組織透過性が著しく高く,短時間で前房内にまで到達しうる.3).災害現場で遭遇しやすい物質としては,酸性では塩酸・硫酸(バッテリー液),硝酸,アルカリ性では水酸化ナトリウム(排水管洗浄剤,カビ取り剤),水酸化カルシウム(セメント,モルタル,消石灰),アンモニア(パーマ液,毛染め液,肥料)などがあげられ,倒壊建物や瓦礫のなかにはこれらの工業用・家庭用薬剤が混在しうる.4).平時においても化学眼外傷は労働災害や家庭内事故(洗剤・パーマ液・毛染め液の誤った眼部への飛入など)として一定数発生しており.5),専門職に限らず一般市民が物質に曝露する機会は日常生活のなかに広く存在す*HidekiFukuoka:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕福岡秀記:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学(1)(19)C10670910-1810/26/\100/頁/JCOPY表1化学外傷の木下分類Grade臨床所見重症度CI結膜充血(+),角膜上皮欠損(.)軽症CII結膜充血(+),部分的な角膜上皮欠損(+)中等症CIIIa全角膜上皮欠損(+),POVの残存(+)中等症CIIIb全角膜上皮欠損(+),POVの完全消失重症CIV輪部結膜のC50%以上の壊死,全角膜上皮欠損,POVの完全消失重症POV:palisadesofVogt(Vogtの角膜輪部柵).図1セメントによる眼外傷a:結膜.までセメントが侵入し,硝子棒にて掻き出して洗浄を行った.Cb:角結膜全面がセメント付着にて外傷を受けた.c:全輪部上皮欠損の状態であった.ずその場にいる誰もがただちに開始できる手技として全職員に周知しておくこと,②リトマス試験紙のような安価で携行性の高いツールをトリアージ地点に常備すること,③眼科医不在の初期対応拠点でも洗浄・pH確認・抗菌薬点眼までを標準プロトコール化しておくことが重要と考えられる.また,海外では化学眼外傷に対する羊膜移植(amniot-icCmembranetransplantation:AMT)が数多く行われているが,上皮化促進や疼痛軽減に有用とする観察研究が多い一方で15,16),Cochraneの系統的レビュー(2022年)では中等症に対するCAMT併用の有効性を支持する根拠は不確実であり,重症例においてはCAMTの上乗せ効果を示す明確なエビデンスは得られていないと結論づけられている.17).実際,重症急性化学外傷を対象としたランダム化比較試験でも,AMT併用群と内科的治療単独群との間で上皮化までの期間や視力予後に有意差はなかったと報告されている.18).この知見は,羊膜や手術資材が乏しい災害現場において,限られた資源をCAMTよりもまず洗浄の徹底,防腐剤無添加人工涙液の頻回点眼,広域抗菌薬・ステロイド点眼といった基本治療に振り向けることを後押しする根拠となりうる.治療用ソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)や眼軟膏による角膜保護,頻回の人工涙液点眼で代替し,専門的な羊膜移植は搬送可能となった時点で三次医療機関に委ねるという段階的対応が現実的である.平時からの備えも長期的な視機能予後を左右する.眼科領域における災害時常備品としては,pH試験紙,開瞼器または眼瞼鉤,点滴用生理食塩水とルート一式(洗浄兼用),フルオレセイン試験紙,防腐剤無添加人工涙液,広域抗菌薬点眼,ステロイド点眼,治療用CSCLや手持ち細隙灯顕微鏡などがあげられ,これらは高価な機材を必要とせず,備蓄・携行のコストが比較的低い点で災害拠点病院に限らず一次診療所レベルでも準備しておく価値がある.また,洗浄手技については眼科医だけでなく,救急外来看護師・救急隊員を対象とした訓練を平時から実施しておくことで,実際の集団受傷時にも指揮系統の混乱を最小化できる.14).V急性期の薬物治療急性期治療の目標は上皮再生の促進,炎症の制御,感染予防,そして角膜融解・穿孔の回避である.ベタメタゾンなどのステロイド点眼は受傷後C7.10日間は積極的に使用し炎症を抑制するが,コラゲナーゼ活性を増強し角膜融解を助長しうるため,それ以降は漸減しながら上皮欠損の治癒状況を慎重に観察する必要がある.11).広域抗菌薬点眼による感染予防,防腐剤無添加人工涙液の頻回点眼,そして経口ビタミンCC(アスコルビン酸)も一般的に併用される.11).続発緑内障の合併も念頭に置いた眼圧モニタリングを継続する.これらの薬剤はいずれも常温保存が可能で比較的安価かつ携行性に優れており,冷蔵設備や手術設備を要する治療法(羊膜の一部など)と異なり,被災地の一次診療拠点でも継続投与が可能である点は災害医療における実務上の大きな利点である.CVI外科的介入上皮欠損が遷延し角膜融解のリスクが高い症例ではさらなる外科介入が必要となるが,症例数が少なく報告も限られることからそのエビデンスレベルには限界があり,適応は個々の症例の重症度と資源の確保状況を勘案して判断すべきである15~18).輪部移植を含む角膜移植などの根本的な眼表面再建術は,炎症が鎮静化する受傷後数カ月以降まで待機し,専門施設での治療を計画するのが原則である.CVII熱傷(角膜・眼瞼)への対応眼瞼熱傷は皮膚熱傷と同様に深達度によって管理方針が異なる.深達性の眼瞼熱傷では瘢痕拘縮による兎眼・眼瞼外反をきたしうるため,急性期からの皮膚科と共同した治療が必要である.7).CVIII慢性期管理:角膜上皮幹細胞疲弊症とその再建重症化学外傷・熱傷のもっとも視機能予後にかかわる慢性合併症がCLSCDである.片眼性CLSCDに対しては角膜輪部同種移植(kerato-1070あたらしい眼科Vol.43,No.9,2026(22)limbalallograft:KLAL)や,健眼から輪部組織を採取する自家移植が選択肢となる.後者については,わが国では自家培養角膜上皮(ネピック)の適応がある.海外ではCsimplelimbalepithelialtransplantation(SLET)が行われており,125眼を対象とした前向き介入症例集積において,中央値C1.5年の経過観察でC76%が血管新生を伴わない安定した角膜上皮を獲得したと報告されている.19).一方,両眼性の重症CLSCDでは健眼からの輪部組織採取ができないため,培養口腔粘膜上皮移植(culti-vatedCoralCmucosalCepithelialtransplantation:COMET)やCKLALが選択肢となる.わが国では自家培養口腔粘膜上皮(オキュラル)が両眼性症例にも使用可能であり,自家移植であるため拒絶反応のリスクが低く,全身免疫抑制療法を要さない点が実務上の利点である.これに対しCKLALは同種移植であり,長期の全身免疫抑制療法を必要とする.いずれにせよ,化学眼外傷の両眼性CLSCDに特化した長期成績の報告は依然として乏しい.20).化学眼外傷の慢性期にはこのほか,角膜知覚低下に伴う神経栄養性角膜症,感染性角膜炎(LSCD眼における感染性角膜炎は化学外傷後で約C18%に生じたと報告される).21),続発緑内障,白内障など多岐にわたる合併症を長期にわたりフォローアップする体制が必要である.LSCDの診断・経過観察においては,細隙灯顕微鏡検査による輪部の血管新生・結膜侵入の確認に加え,インプレッションサイトロジーによる杯細胞の検出,あるいは施設によっては生体共焦点顕微鏡(inCvivoCconfocalmicroscopy)によるCPOV構造の直接観察が有用とされる.ただし,これらは災害急性期に実施する検査ではなく,あくまで受傷後数カ月以降,専門施設で考慮される.小児例では自覚症状の訴えが乏しく受傷範囲の申告も不正確になりやすいため,保護者からの詳細な受傷状況の問診と,より積極的な洗浄・専門医紹介が求められる.CIX集団受傷時のトリアージにおける優先順位づけ眼科領域における化学外傷の集団受傷では,生命の危険を伴う全身外傷ほど直感的な優先順位づけがむずかしい.両眼性の重症例は片眼性の重症例より視機能予後の絶対的な喪失リスクが高いため優先度を上げるべきと考えられる.また小児は受傷申告の正確性が乏しく,かつ将来的な視機能・弱視への影響が長期にわたることから,同程度の重症度であれば成人より優先して評価する方針が妥当である.一方で,洗浄というもっとも基本的な処置自体は重症度によらずすべての患者に対して同時並行で開始できるため,「洗浄はトリアージを待たずに全員へ,専門的評価と搬送先の決定はトリアージに従う」という考えが大切である.おわりに化学外傷・熱傷の視機能予後を決定づける最大の因子は,受傷後最初の数分間に行われる洗浄の質,速度と時間(すなわち有効な洗浄量)であり,この原則は平時・災害時を問わず変わらない.逆にいえば,専門的な手術設備や高価な生物学的製剤が手元になくとも,清潔な水による持続洗浄,pH確認,基本的な点眼治療という「誰にでも実行可能な処置」を遅延することなく行うことができれば,重篤な視機能障害の少なからぬ部分は回避可能である.災害現場では,POVの残存に基づく重症度評価を簡略化したトリアージ基準として運用することが現実的である.医療資源が限られる状況では,洗浄・pH管理・基本的な薬物治療という「基本に忠実な対応」を全職員が実践できる体制を平時から整備しておくことが,最終的な視機能予後を左右すると考えられる.文献1)MinesM,ThachA,MalloneeSetal:Ocularinjuriessus-tainedCbyCsurvivorsCofCtheCOklahomaCCityCbombing.COph-thalmologyC107:837-843,C20002)YonekawaY,HackerHD,LehmanREetal:OcularblastinjuriesCinCmass-casualtyincidents:theCmarathonCbomb-ingCinCBoston,CMassachusetts,CandCtheCfertilizerCplantCexplosioninWest,Texas.OphthalmologyC121:1670-1676.Ce1,C20143)SharmaN,KaurM,AgarwalTetal:TreatmentofacuteocularCchemicalCburns.CSurvCOphthalmolC63:214-235,C20184)恩田秀寿:会長講演外傷性視機能障害の診断と最新の治療.日本職業・災害医学会会誌73:47,C2025(23)あたらしい眼科Vol.43,No.9,2026C1071-