《原著》あたらしい眼科34(8):1201.1204,2017c2週間で急激な視力低下をきたし両眼光覚に至った癌関連網膜症村上敬憲*1難波広幸*1冨田善彦*2土谷順彦*3大黒浩*4山下英俊*1*1山形大学医学部眼科学講座*2新潟大学泌尿器科学講座*3山形大学泌尿器科学講座*4札幌医科大学眼科学講座CCancer-associatedRetinopathywithRapidOnsetofSevereVisualLossin2WeeksTakanoriMurakami1),HiroyukiNamba1),YoshihikoTomita2),NorihikoTsuchiya3),HiroshiOhguro4)CHidetoshiYamashita1)and1)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,YamagataUniversityFacultyofMedicine,2)DepartmentofUrology,NiigataUniversityFacultyofMedicine,3)DepartmentofUrology,YamagataUniversityFacultyofMedicine,4)DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine癌関連網膜症(cancer-associatedretinopathy:CAR)は自身の網膜への自己抗体により種々の症状・所見を呈する.今回C2週間で急速に視力が低下し光覚に至ったCCARの症例を経験したので報告する.症例はC82歳,男性で両視力低下のため近医を受診.近医初診時の矯正視力は右眼C0.1,左眼C0.5であったが約C2週間で両光覚まで増悪したため,山形大学附属病院を紹介受診した.網膜電図(electroretinogram:ERG)で平坦な波形を認め,血清中の抗リカバリン抗体が陽性であったことからCCARと診断した.血液検査にて前立腺特異抗原(prostatespeci.cantigen:PSA)の上昇を認め,MRI上でも前立腺がんが疑われたが,患者に生検検査の希望なく,現在は近医泌尿器科にて経過観察となっている.短期間で所見に乏しく急速な視力低下をきたす場合はCCARの可能性を考慮し,全身検査を行う必要がある.InCcancer-associatedCretinopathy(CAR)C,CseveralCretinalClesionsCareCcausedCbyCantiretinalCautoantibodies.CThisCreportdescribesacaseofCARwithseverevisuallossoccurringrapidlywithin2weeks.An82-year-oldmalevis-itedanophthalmologicalclinicduetovisualloss.Hisdecimalbest-correctedvisualacuityat.rstvisitwas0.1righteyeCandC0.5CleftCeye.CHeCwasCreferredCtoCourChospitalCbecauseChisCvisualCacuityCdecreasedCtoClightCperceptionCinC2weeks.Sinceanelectroretinogram(ERG)revealedsigni.cantlydecreasedretinalfunctionandanti-recoverinanti-bodywasdetectedintheserum,thediseasewasdiagnosedasCAR.Elevatedprostate-speci.cantigenlevelsledtoCaCsuspicionCofCprostateCcancer.CHowever,CtheCpatientCrefusedCbiopsyCandCfollow-upCexamination.CSevereCvisualClossCcanCoccurCrapidlyCinCCAR.CHence,CitCisCnecessaryCtoCconsiderCCARCinCcasesCwithCrapidCdeteriorationCinCvisionCoverafewweeks.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C34(8):1201.1204,C2017〕Keywords:癌関連網膜症,網膜電図,抗リカバリン抗体.cancer-associatedretinopathy,electroretinogram,an.ti-ricoverinantibody.Cはじめに癌関連網膜症(cancer-associatedCretinopathy:CAR)は自身の網膜を標的とする抗リカバリン抗体などの自己抗体により種々の症状・所見を呈する.自覚症状としては視力低下や視野障害,暗順応の低下など,検眼鏡的には網膜血管の狭細化や視神経萎縮,網脈絡膜萎縮などを認めることが多い1).しかし,特異的所見が少なく網膜色素変性症とも類似した眼底所見を呈するため,鑑別に苦慮することも多い.短期間で急激な視力低下をきたす場合もあり,3日間で急速に手動弁にまで低下した症例報告があるが,その一方で視力低下がほとんどないままC11年経過した症例も報告されている2,3).今回,2週間の経過で急速に両眼の視力が低下し,光覚に至ったCCARの症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕村上敬憲:〒990-9585山形市飯田西C2-2-2山形大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TakanoriMurakami,DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,YamagataUniversityFacultyofMedicine,YamagataCity,Yamagata990-9585,JAPANI症例患者:82歳,男性.主訴:両眼視力低下.既往歴:特記事項なし.現病歴:2012年C11月下旬より両眼の視力低下を自覚し近医眼科を受診.矯正視力は右眼C0.1,左眼C0.5であったが前眼部や眼内に明らかな異常所見は認めなかった.12月上旬再診時に両眼光覚まで増悪し,山形大学附属病院(以下,当院)へ紹介となった.初診時所見:視力は右眼が光覚(+)(矯正不能),左眼は光覚(C.)(矯正不能)で眼圧は右眼C17mmHg,左眼C15mmHgであった.前眼部には両眼にCEmery-Little分類でGradeIIIの核白内障を認めたが炎症所見は認めず,眼底にも明らかな異常所見を認めなかった(図1).対光反応は両眼とも遅鈍であり,相対的入力瞳孔反射異常は陰性.中心フリッ図1初診時眼底写真両眼底に明らかな異常所見を認めない.図2初診時フルオレセイン蛍光眼底造影写真右は腕網膜循環時間の遅延を認める.左は視神経乳頭の過蛍光を認める.図3初診時OCT両眼ともCellipsoidzoneが不明瞭となっている.カー値は両眼ともにC0CHz,動的量的視野検査でも両眼とも反応は検出されなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影検査(.uoresceinCangiography:FA)では右眼では腕網膜循環時間の遅延を認め,左眼では視神経乳頭で過蛍光を認めた(図2).頭部磁気共鳴画像(magneticCresonanceCimaging:MRI)では明らかな異常所見を認めなかった.光干渉断層計(opti-calCcoherenceCtomograpy:OCT)では両眼ともにCellipsoidzoneが消失していた(図3).網膜電図(electroretinogram:ERG)では暗順応CERG(桿体応答,フラッシュCERG),明順応CERG(錐体応答,フリッカーCERG)ともに平坦な波形を認めた.経過:鑑別診断として網膜色素変性症,CAR,ビタミンA欠乏症などが考えられたが,入院直後にノロウイルス感染による胃腸炎を認めたため,ステロイドパルスを施行せずビタミン製剤の内服のみで経過観察となった.血液検査で抗リカバリン抗体が陽性であったためCCARと診断し全身検索を行ったところ,血液生化学検査で前立腺特異抗原(pros-tateCspeci.cCantigen:PSA)がC33.817Cng/ml(基準値≦4.0ng/ml)と上昇を認めた.骨盤部単純CMRIでも前立腺左葉の浸潤発育を認めたため前立腺癌が疑われた.当院泌尿器科へ紹介し,確定診断のための前立腺生検を提案したが,本人が拒否したため臨床的前立腺癌として経過観察されていた.PSAは徐々に上昇がみられていたが後に近医泌尿器科へ紹介となった.眼科も通院を拒否し無治療で経過観察終了となった.CII考按本症例ではC2週間で両眼の急激な視力低下,視野狭窄をきたし,ERGの波形平坦化やCOCTでのCellipsoidCzoneの不明瞭化もみられている.FAでは腕網膜循環時間の遅延や視神経乳頭の過蛍光を認めているものの,検眼的に前眼部や眼底に明らかな異常所見は認めなかった.急激な視力低下や視野狭窄をきたす疾患として網膜動脈閉塞症や硝子体出血が考えられるが,眼底やCFA所見からは否定的であった.ERGの波形平坦化がみられる疾患としては網膜色素変性症が鑑別にあがったが,色素沈着も認めておらず視野狭窄の進行も緩徐であり,今回の経過からは否定的,またCellipsoidzoneが不明瞭化する疾患としては急性帯状潜在性網膜外層症(acutezonalCoccultCouterCretinopathy:AZOOR)が考えられたが,視野の部分欠損を示す疾患であり,本症例の動的量的視野検査でまったく反応が検出されないものとは異なる.このような経過から鑑別疾患としてCARの可能性を考え,血中抗体検査を施行したところ抗リカバリン抗体陽性であったことからCCARの診断となった.また,同時期に腫瘍性病変の検索として造影CMRIを施行したところ,前立腺癌の可能性が考えられた.CARはC1976年にCSawyerらが初めてC3例の報告をしており1),網膜視細胞の特異的抗原が異所性に癌細胞に発生し,自己免疫機序によって網膜障害が生じる疾患である2).抗原としてはリカバリン,heat-shock-proteinC70などが報告されている3).また,血液中に抗リカバリン抗体が陰性であっても,肺小細胞癌の腫瘍細胞上にリカバリンの異所性発現を示した報告がある4).原因となる癌としては肺,消化器系,婦人科系の癌が多く,Yamaguchiらの報告ではCCAR57例のうちで肺癌はC43例,そのうち肺小細胞癌はC37例という結果が報告されている5).また,肺小細胞がんや広範囲で遠隔転移が存在している症例で急速な視力低下が生じるという報告がある6,7).本症例では臨床的に前立腺癌が疑われたが,生検未施行であるため詳細は不明となっている.CARの臨床的所見としては進行性の視力低下,視野狭窄,網膜中心動脈の狭細化,夜盲,網膜電図の平坦化などがある2).過去の報告として眼底に明らかな異常は認めないもののCOCTで網膜外層の菲薄化を認めたこと,ERGで振幅の低下を認めたことからCCARを疑い診断に至ったという報告があり8),本症例もほぼ同様の臨床像がみられている.CARは眼症状から癌の発見につながりうるため,早期発見により眼のみならず生存率延長にも寄与する可能性がある.本症例のように短期間で急速な視力低下を認めているにもかかわらず検眼的に異常を認めない場合,CARの可能性を検討し,必要に応じて全身検査を施行する必要があると思われる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SawyerRA,SelhorstJB,ZimmermanLEetal:BlindnesscausedCbyCphotoreceptorCdegenerationCasCaCremoteCe.ectCofcancer.AmJOphthalmolC81:606-613,C19762)大黒浩,山崎仁志:癌関連網膜症の分子病態と新しい治療法.医学のあゆみ201:193-195,C20023)OhguroCH,CYumikoCY,CIkuyoCOCetCal:ClinicalCandCimmu-nologicalCaspectsCofCcancer.associatedCretinopathy.CAmJOphthalmolC137:1117-1119,C20044)新屋智之,笠原寿郎,藤村正樹ほか:悪性腫瘍随伴網膜症(Cancer-associatedCretinopathy:CAR)を合併した肺小細胞癌の一例.肺癌C46:741-746,C20065)AkiraCY,CTamiCF,COsamuCHCetCal:ACsmallCcellClungCcan-cerCwithCcancer-associatedCretinopathy:detectionCofCtheCprimarysiteinthelung15monthsafterresectionofmet-astaticCmediastinalClymphadenopathy.CJpnCJCLungCCancerC44:43-48,C20046)KornguthCSE,CKleinCR,CAppenCRCetCal:OccurrenceCofCanti-retinalCganglionCcellCantibodiesCinCpatientsCwithCsmallCcellCcarcinomaofthelung.CancerC50:1289-1293,C19827)GuyCJ,CAptsiauriCN:TreatmentCofCparaneoplasticCvisualClossCwithCintravenousCimmunoglobulin.CReportCofC3Ccases.CArchOphthalmolC117:471-477,C19998)上野真治:腫瘍関連網膜症.あたらしい眼科C33:971-979,C2016***