眼窩内悪性腫瘍OrbitalMalignantTumors兒玉達夫*はじめに眼部腫瘍のなかで唯一,眼窩内腫瘍は眼科医が直接的に腫瘍の性状を確認できない部位にある.眼球突出や複視,眼窩痛などの自覚症状があれば,眼窩内病変を疑い画像検査をオーダーして発見に至るが,まったくの無症状で緩徐な増殖速度で他人から顔貌変化を指摘されたり,脳梗塞などの画像検査で偶然発見されたりすることもある.患者の多い一般外来では,いきなり細隙灯顕微鏡前に患者を座らせ診察を開始することも少なくない.「眼を見て顔を見ず」では眼窩内腫瘍に気づくことはできない.眼腫瘍の診療は患者の顔を診ることから始まる.本稿では頻度の高い眼窩内悪性腫瘍として眼窩リンパ腫と涙腺癌を中心に述べる.I眼窩内腫瘍診療の注意点1.顔貌の観察まず正面視での眼球偏位の有無を観察する.視神経腫瘍や海綿状血管腫のように筋円錐内に好発する眼窩内腫瘍では,眼球は前方に突出する.涙腺腫瘍や副鼻腔.腫などの筋円錐外腫瘍では,眼球は腫瘍の対側に偏位する(図1).眼窩内腫瘍では瞼裂開大だけでなく眼瞼下垂を伴うこともある.瞼裂開大を伴う眼球突出はバセドウ病眼症も疑い,甲状腺関連抗体も精査する.眼球突出の有無は前上方から,あるいは頭部を後屈してもらい後方から左右差を観察する.眼窩腫瘍は片眼性の眼球突出が多いが,バセドウ病眼症であっても片眼性の眼球突出や眼球運動障害は少なくない.眼球偏位観察後は患者の了解を得て,一眼レフカメラによる顔面正面の開閉瞼・上方からの撮影で顔貌を記録する.2.触診眼窩内腫瘍はしばしば眼瞼を前方に圧排するため,眼*TatsuoKodama:島根大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕兒玉達夫:〒693-8501島根県出雲市塩冶町89-1島根大学医学部眼科学講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(45)1119図2眼窩内悪性リンパ腫右側内眼角部皮下(a)に結節性隆起()があり慢性涙.炎の疑いで紹介された.右眼底鼻側周辺部(b)に腫瘍の眼球外圧迫による隆起性病変を認める().眼窩部MRIの冠状断(c)と軸位断(d).T2強調画像で右眼窩内下鼻側に,内部構造が均一でやや高信号で分葉状の結節性腫瘤が描出されている(c,d).眼球壁への浸潤はみられない.病理診断は,びまん性大細胞型B細胞リンパ腫であった.が高度であっても複視の自覚がなければ視機能上困らないため,発症後数年以上経過して,他者からの指摘で受診することもある.眼窩痛は腺様.胞癌や中悪性度リンパ腫でみられるが,必発ではない.一般に悪性腫瘍は進行が早いため数カ月.1年前からの,良性腫瘍は1年.数年前にかけての緩徐な発症エピソードで語られることが多い.しかしながら,低悪性度リンパ腫は増殖速度が遅く,眼窩炎症性腫瘤は良性でも急激な経過や眼窩痛・圧痛を伴うことがあるため,病歴だけでは悪性・良性の判断は困難である.1年以上前に発症した良性腫瘍であっても,患者が自覚したのが1カ月前であれば,「急激な発症」を訴えることになる.臨床経過は参考程度にとどめておくとよい.4.視機能検査a.矯正視力視神経腫瘍・視神経近傍腫瘍からの圧迫で,視力低下をきたす場合がある.対光反射のチェックを忘れないようにする.b.眼圧測定眼窩内占拠容積が大きい場合,眼窩内圧亢進に伴う続発緑内障をきたすことがある.必要に応じて緑内障検査を追加する.c.Red.greentest,Hessチャート眼球運動障害の有無を記録する.自覚的な複視を訴えない症例でも,眼球運動検査で異常を検出することがある.d.眼球突出度Hertel眼球突出計で左右の値と眼窩縁間距離を記録するが,測定値は再現性に乏しく絶対的なものではない.左右差があることを客観的に確認するために行う.e.細隙灯顕微鏡検査眼窩リンパ腫は眼窩内だけでなく結膜下にも顔を出すことがある(図3).涙腺腫瘍の多くは上耳側の結膜円外部にドーム状の赤色隆起として観察される(図4).他の領域でも結膜円蓋部の膨隆から,直下の眼窩腫瘍の存在を間接的に知ることができる場合もある(図5).結膜浮腫や結膜血管の拡張・蛇行なども記録する.f.眼底撮影眼球圧排による網脈絡膜皺襞がみられる場合がある(図2).視神経圧迫による下行性の視神経萎縮が疑われるときは,OCTで黄斑マップも記録する.5.画像検査眼窩内腫瘍の術前診断においてもっとも重要な情報を与えてくれるが,注意すべきは画像診断を妄信しないことである.放射線科医は実際の患者を診ずに読影を迫られている.眼窩腫瘍の多くは非特異的画像所見を呈することが多く,画像のみで良性・悪性の鑑別は困難である.“炎症性偽腫瘍疑い”という診断名は,「画像だけではよくわかりません」という放射線科医からのメッセージである.放射線科医にとって依頼録が患者情報のすべてであり,眼科医の記載内容によって診断にバイアスが入ることも否定できない.もっとも強調したいのは,「画像はまず自分で読影する習慣をつけて欲しい」ということである.a.眼窩部CTほとんどの病院に設置されており,短時間で眼窩腫瘍の存在の有無を確認するのに有用である.涙腺癌や副鼻腔.胞による骨破壊像や石灰化などの描出に優れる.副鼻腔から波及した.腫や浸潤癌もCT画像で診断可能である.単に「頭部CT」としてオーダーすると眼窩のスライス面が少なく評価困難となる.必ず「眼窩部」と指定して軸位断(横断)と冠状断(前額断)をオーダーする.b.眼窩部MRI軟部組織の描出に優れるので,腫瘍と眼球壁,外眼筋や視神経との位置関係,被膜の有無,内部構造の把握に有用である.眼窩部の軸位断と冠状断に加えて,患側の矢状断を追加する.T1強調画像では脂肪に近いものが高信号,T2強調画像では水分を多く含む組織が高信号に描出される.ガドリウムはT1強調画像で高信号を呈するので,造影検査で腫瘍内構造の観察に用いられる.眼窩内は脂肪が多いので,T2脂肪抑制画像は炎症性病変の評価に有用である.リンパ腫や涙腺癌など細胞密度が高いものは,拡散強調画像(DW1)で高信号,拡散係数画像(ADC-map)で低信号を呈する(図6).(47)あたらしい眼科Vol.34,No.8,20171121図3眼窩MALTリンパ腫左眼結膜下にsalmonpinkmassを認める(a).さらに下方視で上眼瞼を挙上すると結膜円蓋部にも腫瘤形成がみられ(),眼窩内から浸潤してきたことがわかる(b).図4MALTリンパ腫とIgG4関連眼疾患の合併例両側性に上眼瞼の耳側結膜円蓋部からドーム状の腫瘤形成を観察できる(a,b).結膜膨隆部に一致して,眼窩部CT冠状断で両側の涙腺部に内部構造が均一な腫瘤陰影を認める(c).IgG4関連眼疾患に特徴的な眼窩神経の腫大もみられる().図5眼窩MALTリンパ腫左下眼瞼鼻側円蓋部に結節性の膨隆を認める(Ca).MRIでは,結膜膨隆と一致する部位にCT1強調画像冠状断で低信号(Cb),T2強調画像軸位断でやや高信号(Cc)の眼窩腫瘍が描出されている.C図6MALTリンパ腫のMRI画像内部が均一で,両側の眼窩内組織を取り囲むように腫瘍組織が増生している.T1強調画像で軽度低信号(Ca),T2強調画像で軽度高信号を示している(Cb).拡散強調画像では高信号(Cc),拡散係数画像で低信号を呈している(Cd).C接する眼窩腫瘍への取り込みを判定するには不向きである.低悪性度で増殖能の低いリンパ腫では描出されないこともある.C6.血液・生化学検査a.リンパ腫マーカー悪性リンパ腫では病期の進行や悪性度に応じて腫瘍マーカーが上昇する傾向にあるため,診断の参考となる.しかしながら,炎症や感染症,腎機能低下などでも上昇する非特異的マーカーであるため,検査値の評価には既存疾患の影響にも注意を払う必要がある.眼科領域のリンパ腫は他臓器と比較して腫瘍量が小さいため,眼窩内限局のリンパ腫では上昇傾向に乏しい.それゆえ下記の腫瘍マーカーが正常範囲であっても眼窩リンパ腫を否定することにはならない.・可溶性インターロイキンC2受容体(sIL-2R:正常値145.519CU/ml):各種リンパ球に表出される.リンパ腫以外では腎機能障害(透析中),自己免疫疾患,感染症でも上昇がみられる.小児・若年者の正常値は元々高く,3歳以下ではC1,000U/mlを超えるので,小児の眼窩腫瘍検査時には注意を要する.・b2-ミクログロブリン(Cb2MG:正常値<1.6Cmg/l):各種リンパ球に豊富に表出される.リンパ腫以外では腎機能障害,感染症,上皮性悪性腫瘍で上昇する.・乳酸脱水素酵素(LDH:正常値C100.215CIU/l):あらゆる組織に分布し,組織障害で上昇するのでもっともリンパ腫特異性が低い.リンパ腫以外では心筋梗塞や骨格筋障害,貧血,自己免疫疾患,肝炎,各種悪性腫瘍で上昇する.Cb.IgG4良性腫瘍性病変であるCIgG4関連眼疾患では,高IgG4血症(135Cmg/dl以上)が診断基準のC1項目に含まれる.IgG4関連眼疾患では,sIL-2RやCIgEの上昇を伴うことがある.Cc.炎症マーカー熱発や疼痛を伴う眼窩炎症性病変では,しばしば血沈亢進やCCRPの上昇を伴う.II眼窩悪性リンパ腫1.頻度疾患定義の解釈や施設間の差はあるものの,リンパ腫は眼窩腫瘍全体のC10.15%,原発性眼窩腫瘍のC1/4を占め,眼窩内悪性腫瘍で最多である.眼科領域のリンパ腫はほとんど非ホジキンCB細胞リンパ腫であり,以下のC4種でC99%近くを占める.Ca.MALT型リンパ腫(extranodalmarginalzonelymphomaofmucosa.associatedlymphoidtissue:MALT)眼窩リンパ腫のなかで最多のC6割前後を占める低悪性度リンパ腫で,増殖は緩徐である(図3~6).IgG4関連眼疾患のC1割にCMALTが合併するので,血清CIgG4が高値でもリンパ腫の可能性を忘れてはならない(図4).Cb.びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(di.uselargeB.celllymphoma:DLBCL)MALTに次いで多く,3割前後を占める中悪性度リンパ腫である(図2).数週間単位で急速に増大することがあり,初診時にすでに他臓器病変を認めることが少なくない.早期診断・早期治療が必要である.Cc.濾胞性リンパ腫(follicularlymphoma:FL)5%前後を占める低悪性度リンパ腫である.Cd.マントル細胞リンパ腫(mantlecelllymphoma:MCL)5%以下の中悪性度リンパ腫である.C2.診断画像検査および血液・生化学検査(前述)でリンパ腫が疑われた場合,生検による病理組織検査によって診断を確定する.Ca.画像検査MRIとCCT検査では,内部構造が均一で比較的境界明瞭な結節性を呈する(図2~6).低悪性度リンパ腫では通常骨破壊はみられない(図4).悪性リンパ腫と良性病変である特発性眼窩炎症,反応性リンパ過形成,IgG4関連眼疾患は,同じリンパ増殖性疾患であるために類似所見を示すことが多く,画像による鑑別は困難である.全摘出が必要な涙腺腫瘍などの上皮性腫瘍や血管1124あたらしい眼科Vol.34,No.8,2017(50)C腫との判別ができればよい.Cb.組織検査生検時には最低限,HE染色による形態観察と免疫染色目的のホルマリン固定用と,遺伝子再構成検査目的の未固定用の腫瘍組織を確保する必要がある.リンパ腫は放射線治療や化学療法によく反応するため,眼球運動障害をきたさない範囲で可及的に採取すればよい.ほとんどCB細胞性なので,遺伝子再構成はCJHを提出すると再構成を検出しやすい.生検組織量に余裕があれば,未固定細胞でフローサイトメトリー,染色体検査,遺伝子検査を行うと病型診断や予後の情報を得ることができる.逆にいえば,これらの検査体制が備わっていない医療機関で生検することは避けたほうがよい.「リンパ腫の疑い」で再生検手術を受ける患者が可哀想である.病理組織診断はもっとも信頼できる最終確定診断であるが,現実的には臨床所見と合致しない症例も少なからず経験される.リンパ腫のCWHO分類は長年にわたり改訂を繰り返され,現在の新分類は分子生物学的特徴や悪性度・治療反応性といった生物学的病態を反映したものになっているが,それでも分類困難な境界域病変が存在する.組織検査結果に疑問があれば病理診断医とともにプレパラートを鏡検し,診断困難例は他の病理専門施設にセカンドオピニオンを求める姿勢も必要である.C3.病期判定リンパ腫の診断がついたら,治療方針決定のために病変がどの程度全身に広がっているか病期判定が必要である.PET-CT検査に加え,血液腫瘍内科に骨髄検査,消化管内視鏡検査などの全身精査を依頼する.病期分類にはCAnnArbor(アナーバー)分類を用いる(1971年に提唱され,現在もホジキン・非ホジキンリンパ腫の病期分類として使用されている).I期:1カ所のリンパ節領域あるいは節外領域に限局.II期:2カ所以上の領域に病変があるが,横隔膜より上か下に限局.III期:横隔膜の上下に複数の病変を認める.IV期:1つ以上のリンパ節外臓器(肝,骨髄,肺など)にびまん性病変を認める.C4.治療方針明確なガイドラインはない.眼科,血液腫瘍内科,放射線科医が連携して,症例ごとに治療方針を決定する.当院の治療方針を示す.Ca.低悪性度リンパ腫(MALT,FL)限局性(病期CI.CII期)で複視や眼球突出などの眼症状があれば,30CGy前後の放射線照射を行う.腫瘍自体をほとんど摘出できた場合,無症候性,高齢者で化学療法の副作用が懸念される場合は,無治療で経過観察(watchfulCwaiting)を行うことがある.病期CIII期以上であれば,CD20に対するモノクローナル抗体であるリツキサンCR(rituximab:R)を用いた分子標的療法や,リツキサンRを併用したCR-CHOP(cyclophosphamide,doxorubicin,vincristine,prednisolone)などの化学療法を考慮する.Cb.中悪性度リンパ腫(DLBCL,MCL)病期にかかわらず,原則としてCR-CHOPを代表とする化学療法を考慮する.眼症状があれば,局所制御目的にC40CGy超の放射線照射を併用する.全身状態が悪く化学療法に耐えられない場合,緩和照射のみを選択する.CIII涙腺癌1.頻度涙腺腫瘍は眼窩腫瘍のC1/4以下であり,リンパ増殖性病変と上皮性腫瘍の割合はC6:4である.涙腺の上皮性腫瘍のなかでは良性の涙腺多形腺腫がC2/3を占め,1/3が涙腺癌である.涙腺の上皮性悪性腫瘍を総称して涙腺癌と表記したが,腺様.胞癌,多形腺腫源癌が大半を占める.本稿では腺様.胞癌について述べる.C2.診断a.病歴腺様.胞癌のC8割が眼窩痛や複視を訴えるが,多形腺腫では眼窩痛はみられない.腺様.胞癌は腫瘍関連症状を自覚してから眼科を受診するまでの間隔はC1年.数カ月以内と短期間である(多形腺腫は平均C2年以上).Cb.画像検査(図7)CTとCMRI画像で境界明瞭な楕円形腫瘍を呈するものが多く(60.80%),CTでは均一な軟部濃度腫瘤と(51)あたらしい眼科Vol.34,No.8,2017C1125図7涙腺腺様.胞癌眼窩部CCT冠状断で,左側涙腺腫瘍に接した眼窩骨壁の破壊がみられる(a:点線円内).同部位のCMRI画像では,T1強調画像で低信号(b),T2強調画像で不均一な輝度の内部構造の腫瘍が描出されている(c).C