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先天色覚異常

2017年7月31日 月曜日

先天色覚異常CongenitalColorVisionDe.ciencies林孝彰*はじめに先天色覚異常は,先天赤緑色覚異常,先天青黄色覚異常,全色盲に大別される(表1).もっとも頻度の高い先天赤緑色覚異常は,X連鎖劣性遺伝形式をとり日本人男性の5%,女性の0.2%に存在する.先天青黄色覚異常は,常染色体優性遺伝形式をとるものの,その頻度は不明である.一方,先天的に低視力,羞明,昼盲,振子眼振を主徴とする全色盲は,常染色体劣性遺伝による杆体1色覚とX連鎖劣性遺伝形式による青錐体1色覚が存在し,いずれも数万人に1人以下とまれな疾患である.本稿では,先天赤緑色覚異常,先天青黄色覚異常,杆体1色覚,青錐体1色覚の臨床像について述べ,遺伝子診断・解析で決定された遺伝子変異との関連性について述べる.I先天赤緑色覚異常1.臨床像日常遭遇する非進行性の色覚異常である.視力障害や視野障害は引き起こされない.検査には石原色覚検査表II国際版38表(石原表)が用いられることが多い.2013年にリニューアルされ,これまでの数字表(数字を記載)と曲線表(曲線をたどることができるかどうか)に加え,「新色覚異常検査表(新大熊表)」で使用されていた環状表(環状部におかれた切痕部を認識できるかどうか)が新たに追加されている.石原表はスクリーニングに用いられ,大まかな診断が可能となっている.程度判定には表1先天色覚異常の分類A.先天赤緑色覚異常(X連鎖劣性遺伝)1型色覚(protan)→1型3色覚(protanomaly),1型2色覚(protanopia)2型色覚(deutan)→2型3色覚(deuteranomaly),2型2色覚(deutanopia)B.先天青黄色覚異常(常染色体優性遺伝)3型色覚(tritan)→3型3色覚(tritaranomaly),3型2色覚(tritanopia)C.杆体1色覚(rodmonochromacy)(常染色体劣性遺伝)D.青錐体1色覚(blueconemonochromacy)(X連鎖劣性遺伝)パネルD-15が用いられpassもしくはfailに分類される.Passすれば中等度異常以下,failした場合は強度異常と判定される.確定診断にはアノマロスコープが用いられ,1型2色覚,1型3色覚,2型2色覚,2型3色覚に分類される.1型2色覚と2型2色覚は合わせて2色覚,1型3色覚と2型3色覚は合わせて異常3色覚とよばれている.パネルD-15とアノマロスコープの関係性を図1に示す.2.遺伝学的診断1986年,Nathansらは,L遺伝子(OPN1LW),M遺伝子(OPN1MW),S遺伝子(OPN1SW)を単離することに成功した1).L遺伝子とM遺伝子は,X染色体上(Xq28)に存在し,L遺伝子(先頭遺伝を意味することが多い)の下流に一つもしくは複数のM遺伝子(後続遺伝を意味することが多い)が配列している.両者ともに*TakaakiHayashi:東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(51)967図1先天赤緑色覚異常の自験例26例の診断と程度判定による分類図21型3色覚(6例)の遺伝子配列図31型2色覚(5例)の遺伝子配列症例遺伝子配列波長差パネルD15563(556.7)Asenjo(Merbs)120(0)FSer556(552.4)555(549.2)131(3.2)FAlaAlaAla症例遺伝子配列波長差パネルD15563(556.7)559(553.0)563(556.7)Asenjo(Merbs)14,154(3.7)P19,20,210(0)FSerSer16563(556.7)554(-)9(-)P22,23Ser0(0)F556(552.4)SerAlaAlaAla563(556.7)555(549.2)563(556.7)563(556.7)17SerAlaAla8(7.5)P24,250(0)FSerSer18556(552.4)555(548.8)1(3.6)P26563(556.7)563(556.7)0(0)F2AlaAlaAlaSerSerAla図42型3色覚(7例)の遺伝子配列図52型2色覚(8例)の遺伝子配列先天赤緑色覚異常L-Mハイブリッド遺伝子(+)M-Lハイブリッド遺伝子(+)1型色覚異常2型色覚異常単一L-Mハイブリッド遺伝子波長差(一)波長差(+)単一L遺伝子波長差(一)波長差(+)波長差(一)波長差(一)1型2色覚1型3色覚2型2色覚2型3色覚1型2色覚2型2色覚1型3色覚(強度異常)2型3色覚(強度異常)図6先天赤緑色覚異常の遺伝子配列と診断のフローチャート図7特異な2色覚の19歳男性(JU#295)のアノマロスコープの結果LogSensitivity(logphoton-1secdeg2)aWavelength(nm)bWavelength(nm)cWavelength(nm)40050060070040050060070040050060070025,00020,00015,00025,00020,00015,00025,00020,00015,000Wavenumber(cm-1)Wavenumber(cm-1)Wavenumber(cm-1)図8特異な2色覚の19歳男性(JU#295)の分光感度曲線の結果エクソン5の塩基配列(JU#0295)L遺伝子配列M遺伝子配列図9特異な2色覚の19歳男性(JU#295)の単一L.M遺伝子のエクソン5の塩基配列表2先天青黄色覚異常の臨床像色覚1931CIE色度図上x=0.171,y=0.000に収束点をもつ.中性点は571.5nm.450nmと650nmの混合色530nmで等色する.一部異常3色覚(incompletetritanope)を示す.遺伝形式常染色体優性遺伝発症年齢先天性矯正視力正常視神経乳頭所見正常視野(中心部)正常視野(周辺部)白色視野正常,青色視野狭窄589590591592593DLEAF図10杆体1色覚の家系(自験例)のPDE6C塩基配列姉と弟にp.E591K(p.Glu591Lys)変異をホモ接合で認める.7778798081SFGGF図11杆体1色覚の家系(自験例)のS遺伝子の塩基配列姉と父にp.G79R(p.Gly79Arg)変異をヘテロ接合で認める.コントロール父親L/ML/M青色刺激赤色刺激10μV図12先天青黄色覚異常のS錐体網膜電図父親ではS応答が検出されない.先頭遺伝子後続遺伝子S180Y277T285A180F277A285正常色覚5′LCRLP123456MP1234563′L遺伝子M遺伝子S180Y277T285A180F277A285NoLCRBCMタイプ15LP123456MP1234563′L遺伝子M遺伝子LCRの部分的もしくは全欠損C203RS180変異を有するBCMタイプ25′LCRLP1234563′L/Mハイブリッド遺伝子5′L-M3′ハイブリッド遺伝子(M-class)機能消失変異(C203Retc)→不均等交叉その後突然変異C203RC203RS180F277A285A180BCMタイプ35′LCRLP123456MP1234563’5′L-M3′ハイブリッド遺伝子(M-class)M遺伝子機能消失変異(C203Retc)→type2出現後→geneconversion(遺伝子転換)S180F277A28534563′エクソン2の欠損BCMタイプ45′LCRLP1エクソン領域の部分もしくは全欠損図13青錐体1色覚(BCM)における遺伝子配列異常の四つのタイプコントロール症例図14CNGA3の塩基配列杆体1色覚と診断された症例(JU#0185)でCNGA3遺伝子に複合ヘテロ接合変異p.R436W(p.Arg436Trp)とp.L633P(p.Lue633Pro)を認める.右眼左眼図15CNGA3遺伝子に複合ヘテロ接合変異を認めた症例(JU#0185)の39歳時の眼底所見眼底写真(a)では中心窩の色調異常を認めるが,眼底自発蛍光(b)では異常はみられない.光干渉断層計(c)では,中心窩付近のellipsoidzoneの不明瞭化とinterdigitationzoneの欠損を認める.■用語解説■L遺伝子,M遺伝子,S遺伝子の由来:色覚に関する遺伝子の呼び名に関して,実はつい最近までさまざまな表記がなされていた.現在の遺伝子表記はlong-wave-sensitiveopsin-1gene(OPN1LW),medium-wave-sensitiveopsin-1gene(OPN1MW),short-wave-sensitiveopsin-1gene(OPN1SW)が正式で本稿では略して,それぞれL遺伝子,M遺伝子,S遺伝子としている.M遺伝子はmiddleではなくmediumの略である.今後英文論文を読む際,昔の論文の表記には注意する必要がある.たとえばredvisualpig-mentgeneはOPN1LWと同義である.杆体1色覚の英語表記:眼科用語集第6版(Web版)では,rodmonochromatismとなっている.rodmono-chromacyを使用する場合もある.杆体1色覚が先天性の全色盲で青錐体1色覚でない疾患をさすのであれば,現状でrodmonochromatismやrodmonochro-macyが使用されるケースは少ない.最近報告されたATF6遺伝子変異による疾患の英語表記は,autoso-malrecessiveachromatopsia(文献41)もしくはconedysfunctiondisorderachromatopsia(文献42)が用いられている.先天性の全色盲で青錐体1色覚でない疾患をachromatopsiaと呼称しているのである.achromatopsiaの枕詞は,おそらく遺伝性であることを強調し,後天的疾患であるcerebralachromatopsiaなどと区別するために用いられていると考えられる.また,S錐体機能が残存している青錐体1色覚をachromatopsiaとよぶことはない.しかし,本稿では杆体1色覚と青錐体1色覚の鑑別が容易でないことから両者を全色盲と表記している.—

網膜変性疾患

2017年7月31日 月曜日

網膜変性疾患GeneticDiagnosisforRetinalDegenerativeDiseases片桐聡*東範行*はじめに遺伝性網膜変性疾患は,レーベル先天盲,網膜色素変性症や錐体ジストロフィなどに代表されるさまざまな疾患を含んでおり,診断自体は網膜電図検査などの臨床検査に基づいて行われることが多い.しかしながら,遺伝子解析技術の発展に伴い,遺伝子検査が診断に影響を与えることや,また臨床像の評価・進行に役立つことが増えてきている.また,遺伝子検査が一般的に周知されるようになってきており,患者の関心も高まっている.遺伝性網膜変性疾患を診療するにあたって,臨床像だけでなく遺伝的な背景を理解することは,今後ますます必要となってくると考えられる.I遺伝性網膜変性疾患の原因遺伝子は数多い遺伝性網膜変性疾患における遺伝子変異が同定された症例においては,ほぼすべての症例が単一遺伝子異常によって引き起こされている.一般的に遺伝性疾患は遺伝要因と環境要因が組み合わさって発症するものが多いが,遺伝性網膜変性疾患においては,原因遺伝子変異とその疾患の発症原因がほぼ同様と考えることができる.1990年にDryjaらによりロドプシン遺伝子変異が常染色体優性遺伝形式の網膜色素変性症の原因と同定されて以来1),さまざまな遺伝性網膜変性疾患において原因遺伝子が同定されている.RetNetデータベース(RetinalInformationNetwork,https://sph.uth.edu/retnet/)には,現在までに同定されている原因遺伝子がまとめられており,その登録数は年々増加している(2017年1月の時点では250を超えている).例としてレーベル先天盲,網膜色素変性症における現在までに報告されている原因遺伝子を示す(表1).その他の疾患における原因遺伝子についてはRetNetデータベースを参照していただきたい.II遺伝子解析の戦略が大きく進歩している遺伝子解析技術の発展と,疾患ごとの原因遺伝子数の増加に伴い,遺伝子解析戦略にも変化がみられている.以前はサンガー法を用いた候補遺伝子ごとの遺伝子解析が主流であった.先述した網膜色素変性症におけるロドプシン遺伝子変異は,サンガー法によるロドプシン遺伝子のみの解析により同定されている.また,2012年に発表された日本人における常染色体劣性遺伝形式の網膜色素変性の2~3割程度を占めると考えられるEYS遺伝子の最初の大規模解析でも,EYS遺伝子のみをターゲットとして解析されている2,3).このような候補遺伝子ごとの解析は,原因遺伝子数が少ない疾患においては非常に有力である.しかし,多数の原因遺伝子が報告されている網膜色素変性症などの疾患において,候補遺伝子ごとの遺伝子解析戦略には限界がある.近年では次世代シークエンサーの発展により,一度に複数の遺伝子を網羅的に解析できるようになってきた.次世代シークエンサーを用いた遺伝子解析技術の優れた点は,対象とする遺伝子解析領域を設定できることである.網膜色素変*SatoshiKatagiri&*NoriyukiAzuma:国立成育医療研究センター眼科〔別刷請求先〕片桐聡:〒157-8535東京都世田谷区大蔵2-10-1国立成育医療研究センター眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(45)961表1現在までにレーベル先天盲,網膜色素変性症の原因として報告されている遺伝子網膜色素変性症(常染色体優性遺伝形式)ARL3,BEST1,CA4,CRX,FSCN2,GUCA1B,HK1,IMPDH1,KLHL7,NR2E3,NRL,PRPF3,PRPF4,PRPF6,PRPF8,PRPF31,PRPH2,RDH12,RHO,ROM1,RP1,RP9,RPE65,SEMA4A,SNRNP200,SPP2,TOPORS網膜色素変性症(常染色体劣性遺伝形式)ABCA4,AGBL5,ARL6,ARL2BP,BBS1,BBS2,BEST1,C2orf71,C8orf37,CERKL,CLRN1,CNGA1,CNGB1,CRB1,CYP4V2,DHDDS,DHX38,EMC1,EYS,FAM161A,GPR125,HGSNAT,IDH3B,IFT140,IFT172,IMPG2,KIAA1549,KIZ,LRAT,MAK,MERTK,MVK,NEK2,NEUROD1,NR2E3,NRL,PDE6A,PDE6B,PDE6G,POMGNT1,PRCD,PROM1,RBP3,RGR,RHO,RLBP1,RP1,RP1L1,RPE65,SAG,SLC7A14,SPATA7,TRNT1,TTC8,TULP1,USH2A,ZNF408,ZNF513網膜色素変性症(常染色体伴性劣性遺伝形式)OFD1,RP2,RPGRレーベル先天盲(常染色体優性遺伝形式)CRX,IMPDH1,OTX2レーベル先天盲(常染色体劣性遺伝形式)AIPL1,CABP4,CEP290,CLUAP1,CRB1,CRX,DTHD1,GDF6,GUCY2D,IFT140,IQCB1,KCNJ13,LCA5,LRAT,NMNAT1,PRPH2,RD3,RDH12,RPE65,RPGRIP1,SPATA7,TULP1(RetNetデータベースより引用)図1網膜色素変性症a:部分型網膜色素変性症(sectorretinitispigmentosa)の症例の左眼眼底.はっきりとした網膜変性は下方網膜に限局している.b:典型的な網膜色素変性症の症例の左眼眼底.網膜変性は周辺網膜全体に及んでいる.a,bはロドプシン遺伝子変異がヘテロ接合体で同定された網膜色素変性症の2症例である(同定されたロドプシン遺伝子変異は異なる).ロドプシン遺伝子変異は,変異の部位によって臨床像が部分型網膜色素変性症と典型的な網膜色素変性症に分かれることが報告されている.図2ベスト卵黄様黄斑ジストロフィベスト卵黄様黄斑ジストロフィと診断された症例の右眼(a)と左眼(b).BEST1遺伝子変異がヘテロ接合体で同定されている.右眼は卵黄期または炒り卵期,左眼は偽蓄膿期と病期が異なっている.図3脳回転状網脈絡膜萎縮症脳回転状網脈絡膜萎縮症と診断された兄弟例.OAT遺伝子変異が複合ヘテロ接合体で同定されている.オルニチン制限食を兄は6歳から,弟は2歳から行っている.結果として兄の眼底変化(a)に比べ,弟の眼底変化(b)は抑制されている.この症例では,そのほかの眼科検査(視力,視野,網膜電図)結果では兄弟間で差は出ていないが,他の症例においてオルニチン制限食が網膜機能障害を抑制したとの報告もある.における視力不良の精査のため,不十分なERGをもとに錐体ジストロフィと診断され,将来的な失明の可能性を説明された後に重度の視力障害に陥ったが,以後,正しい検査によって正しい診断がなされ,その結果,正常の視力を取り戻した心因性視力障害の患者を経験した.遺伝性網膜変性疾患と診断することの重みを自覚し,適切な検査・診断を行う重要性を改めて認識した症例である.3.全身疾患との鑑別眼底に網膜色素変性をみた場合,Usher症候群やムコ多糖症,ミトコンドリア病であるKearns-Sayre症候群など,全身症候を示す場合があることを念頭に置き,これらが疑われる場合には,関係各科と連携する.4.家系図(家族歴)の重要性非遺伝性の網膜変性疾患の鑑別を行ったのち,遺伝性網膜変性疾患が強く疑われる場合に,遺伝子を念頭に置いた診療に移る必要がある.遺伝子検査は日常臨床で常に行えるわけでなく,また検査によりすべてを検出できるわけでないばかりか,遺伝子異常がみつかったとしても過去に報告がない新しい遺伝子異常の場合には,疾患の原因であるかの判断がむずかしい場合がある.したがって,古典的とも考えられがちであるが,家系図の作成は遺伝形式の判断に非常に有用であり,ゲノムをみて診療するうえでの基本である.これらを聴取すれば,最終的にどの患者(保因者,または健常者)から遺伝子採血を行えばよいかが想定できる.5.遺伝カウンセリング家系図作成のための聴取など遺伝性網膜変性疾患の診療にあたっては,患者・家族にはやはり遺伝的な背景を想起させることになるため,いわゆる“遺伝”という言葉を使う場合は十分な配慮が必要となる.つまり,遺伝的診察の初めの段階において,患者本人,患者家族が遺伝的な診察を希望するかどうかが重要になってくるということである.遺伝病であるということ,また保因者であることは,患者本人の人生設計,また家族関係や家族計画に大きな影響を及ぼすものであり,安易に初診の段階ですべてを説明し,また背景につき聴取すべきものではない.網膜変性疾患が疑われた場合には,遺伝性も含めた原因の可能性について説明し,患者本人,または家族の希望に応じて診察を徐々に進めてゆく必要がある.遺伝子検査,家族の診察を念頭に置いた遺伝的な診療を希望する場合には,状況に応じて遺伝診療科を受診させるなどが必要な場合もある.これら遺伝学的診療,遺伝カウンセリングは日本医学会『医療における医学的検査・診断に関するガイドライン』,また『ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針』に準拠して行われることが求められ,われわれ眼科医も当事者として精通しておく必要がある.現状において確固たる治療法がないことが遺伝性網膜変性疾患の診療をむずかしくしているが,多くの情報がインターネットを通じて得られる現状においては,患者本人,家族が疾患の根本的な原因である遺伝子変異について検査を希望することは非常に多くなってきている.上述の通り,特定の原因遺伝子に由来する網膜変性に対して,人工網膜や遺伝子治療などの新規治療が臨床研究段階にあることは,患者にとっては大きな希望である.また,各遺伝子における遺伝子型・表現型相関に関する情報も蓄積されており,疾患によっては経過や予後につき患者に説明できる内容が増えてきている.高度な診療が要求される場合には専門医に診療を依頼することはもちろんだが,蓄積されつつある網膜変性疾患に関する遺伝情報,また今後期待される治療について,これまで以上に理解を深め診療に当たりたい.Vまとめ遺伝性網膜変性疾患の診療を行ううえで,その遺伝的背景を理解することは非常に有用である.今後,さらなる遺伝子解析技術の向上に伴い遺伝子型・臨床型のデータ蓄積が進み,臨床像予測の精度が高くなることが予想される.また,遺伝子治療がより臨床の現場で実用化されると予想される.網膜変性疾患の診療において,ゲノム(遺伝子)をみて診療する必要性はますます増していくと考えられる.(49)あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017965

加齢黄斑変性

2017年7月31日 月曜日

加齢黄斑変性GeneticDiagnosisforAge-relatedMacularDegeneration仲田勇夫*山城健児*はじめにゲノム解析技術の進歩により,ヒトゲノム全体をみることができるゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS)を行うことが可能となったが,眼科領域においてもっとも目ざましい結果が得られた疾患の一つが加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)であろう.GWASを用いた研究によってCFHおよびARMS2/HTRA1がAMDの感受性遺伝子として「Science」誌に相次いで発表されたのは2005~2006年のことである1).以前より,複数の遺伝子領域・遺伝子座位がAMD発症に関連することが,双生児や家系を用いた連鎖解析などの研究により示唆されていたものの,その領域のなかで一体どの遺伝子,どの変異が関係しているのか,というところまでたどりつくことは不可能であった.しかし,この新たな技術によって,特定の遺伝子内の,特定の一塩基多型(singlenucleotidepolymor-phism:SNP)が,他のすべての遺伝子領域と比較しても明らかにAMD発症に強く関連するという事実が示され,それによりAMDの疾患概念は加齢により発症する老年病という一般的な理解から,ゲノムが強くかかわる遺伝病へと変化した(図1).これはゲノム解析技術の進歩が,疾患の根本的な概念に大きく影響を与えた一例であり,このことは2006年の「Science」誌のBreak-throughoftheYearにこれらAMDに対するGWAS研究が入賞したことからもうかがえる.近年,次世代シークエンサーなどの新たなゲノム解析技術や国際的な共同研究の促進によって,次々と新たな疾患感受性遺伝子が発見されており,それらのゲノム情報を用いて個々の患者のAMDの発症予測が実現されつつある.また,既知の遺伝子と臨床所見などとの関連性が研究され,AMDの病態に関する新たな知見につながっている.本稿ではそれら最先端の研究の一端を紹介しつつ,ゲノム情報をAMDの診療にどのように生かすことができるのか,その可能性を探りたい.Iゲノム情報を用いたAMDの発症予測は可能か?1.ARMS2とCFHまず,AMDの疾患感受性遺伝子としてもっとも有名な2個の遺伝子,ARMS2(age-relatedmaculopathysusceptibility2)およびCFH(complementfactorH)についておさらいしておきたい.というのも,これら2個の遺伝子が報告された後,新たな疾患感受性遺伝子が他にも多数発見されたが,いずれもこれら二つの遺伝子の影響力を超えるものはなかったからである.ARMS2は10番染色体長腕に存在し,日本人のAMD発症において重要なのは,rs10490924とよばれるSNPである.このSNPが存在する患者は,ARMS2蛋白の69番目のアミノ酸であるアラニン(A)をコードしているGCTというコドンが,TCTに変化しているため,結果的にセリン(S)をコードし,アミノ酸配列が異な*IsaoNakata&*KenjiYamashiro:大津赤十字病院眼科〔別刷請求先〕仲田勇夫:〒520-8511滋賀県大津市長等1-1-35大津赤十字病院眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(37)953-log10(P)CFH(1番染色体)ARMS2/HTRA1(10番染色体)86420050,000100,000SNPs図12005年Science誌に発表された加齢黄斑変性に対する最初のGWAS結果他の全遺伝子領域と比較してCFHおよびARMS2/HTRA1領域が突出して強い関連性を示していることがわかる.(マンハッタンプロットは文献1より改変)シーケンス結果DNA配列遺伝子型アラニン(A)GG型GT型セリン(S)TT型図2ARMS2A69S多型(rs10490924)患者のDNAにSanger法などを用いてシーケンスを行うと,それぞれのDNA配列が決定され,遺伝子型を知ることができる.=010203001020CyclesCycles図3SmartAmp法を用いたARMS2A69S多型に対する外来での迅速遺伝子型判定患者の末梢血DNAを用いて,受診日当日に遺伝子型を知ることができる.上図は外来での検査の様子.A69S多型のそれぞれのアレル(G/T)に対して特異的に増幅するようデザインされたプライマーキットを使用し,その反応をリタルタイムPCRで検出する(下図).この患者はG,Tともに反応しているため,遺伝子型はGT型であることがわかる.40030020010015-log10P1050染色体番号24681012141618202213579111315171921図42013年に発表された白人およびアジア人1万7,000人以上のAMD症例と6万人以上のコントロール群を用いたゲノム研究結果図1と比較して多くの遺伝子が検出されていることがわかる.これら多数の遺伝子型を用いることで,AMD患者かそうでないかを高い精度で区別できることが報告されている.(マンハッタンプロットは文献5より改変)表1AMDサブタイプによるARMS2A69S多型の頻度の違いARMS2A69S多型GG型GT型TT型一般人38%48%14%AMD患者典型AMD17%38%45%PCV24%42%34%RAP6%8%86%RAP患者の約90%がリスクアレルTを保持しており,ARMS2遺伝子が非常に強い影響をもつことがわかっている.(文献2より改変)年齢図5ゲノム情報を含めて算出されたリスクスコアとlateAMD発症リスクの関係年齢,性別,earlyAMD所見,喫煙歴,BMIに加え,26個の遺伝子のSNPを調べることによりAMD発症を高い精度で予測することが可能であることが,1万人以上の参加者を含むコホート研究によって明らかとなった.なお,年齢,性別,遺伝子型を調べるだけでも十分に発症が予測できることがわかっている.(文献6より改変)==生存率10.9GG型0.80.70.60.5GT型0.4TT型0.30.20.10020406080100120140160180経過観察期間(月)図6日本人の片眼AMD患者の追跡調査による僚眼発症の生存曲線経過観察開始後10年の時点では,ARMS2A69S多型のTT型の患者は約50%が僚眼発症したのに対し,GT型,GG型の患者は約10%しか僚眼発症しなかった.(文献9より改変)(photodynamictherapy:PDT)の治療効果について,遺伝子との関連性を検討した研究が行われてきた.PCVに有効性が高いとされるPDTに関しては,ARMS2のリスク型をもつ患者は治療反応性が悪く,予後が悪いという報告が多い.しかし,関連性はなかったとする報告や,CFH多型が相関したという報告もあり,結論は得られていない.ただ,基本的に治療前の病変サイズが治療効果・予後に関連することが知られているため,AMDの臨床的特徴によく相関するARMS2を調べることで,大まかな予後予測には役立つと考えられる.一方,抗VEGF薬の治療効果とゲノムとの関連については,報告によりかなり結果にばらつきがあるため,最終的なコンセンサスが得られていない状況である.2013年に発表されたCATTStudyのAMD患者834人を対象とした検討では,AMD発症の感受性遺伝子であるCFH,ARMS2,HTRA1,C3いずれの遺伝子においても相関を認めなかったことが報告された14).AMDの治療効果と遺伝子の関連性の検討は,評価方法や治療方法の統一など克服すべき問題が多く,広いコンセンサスが得られるまでにはまだ時間がかかりそうである.おわりにAMD診療において,従来の検眼鏡検査や蛍光眼底造影,光干渉断層計などによる評価が重要なことはいうまでもないが,これらに加えてゲノム情報を病型診断や診療計画の一助として役立てることが可能となった.また,AMD発症前の段階での発症予測に関しては,ゲノム情報は現時点でもかなり有用だといえる.ただ,ゲノム情報を用いたAMD患者の予後予測や治療反応性の予測については未だ不明な点が多く,実用段階には至っていない.今後さらに研究が進むことで,将来的にそれぞれの患者のゲノム情報を考慮した最適なAMD診療が行えるようになることを期待したい.文献1)KleinRJ,ZeissC,ChewEYetal:ComplementfactorHpolymorphisminage-relatedmaculardegeneration.Sci-ence308:385-389,2005(43)2)HayashiH,YamashiroK,GotohNetal:CFHandARMS2variationsinage-relatedmaculardegeneration,polypoidalchoroidalvasculopathy,andretinalangiomatousproliferation.InvestOphthalmolVisSci51:5914-5919,20103)MoriK,Horie-InoueK,GehlbachPLetal:Phenotypeandgenotypecharacteristicsofage-relatedmaculardegenerationinaJapanesepopulation.Ophthalmology117:928-938,20104)ChenW,StambolianD,EdwardsAOetal:Geneticvari-antsnearTIMP3andhigh-densitylipoprotein-associatedlociin.uencesusceptibilitytoage-relatedmaculardegen-eration.ProcNatlAcadSciUSA107:7401-7406,20105)FritscheLG,ChenW,SchuMetal:Sevennewlociasso-ciatedwithage-relatedmaculardegeneration.NatGenet45:433-439,439e431-432,20136)BuitendijkGH,RochtchinaE,MyersCetal:Predictionofage-relatedmaculardegenerationinthegeneralpopula-tion:theThreeContinentAMDConsortium.Ophthalmol-ogy120:2644-2655,20137)FritscheLG,IglW,BaileyJNetal:Alargegenome-wideassociationstudyofage-relatedmaculardegenerationhighlightscontributionsofrareandcommonvariants.NatGenet48:134-143,20168)HuangL,ZhangH,ChengCYetal:AmissensevariantinFGD6confersincreasedriskofpolypoidalchoroidalvasculopathy.NatGenet48:640-647,20169)TamuraH,TsujikawaA,YamashiroKetal:AssociationofARMS2genotypewithbilateralinvolvementofexuda-tiveage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol154:542-548.e541,201210)MaguireMG,DanielE,ShahARetal:Incidenceofcho-roidalneovascularizationinthefelloweyeinthecompari-sonofage-relatedmaculardegenerationtreatmentstrials.Ophthalmology120:2035-2041,201311)Ueda-ArakawaN,OotoS,NakataIetal:Prevalenceandgenomicassociationofreticularpseudodruseninage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol155:260-269.e262,201312)BrantleyMA,FangAM,KingJMetal:AssociationofcomplementfactorHandLOC387715genotypeswithresponseofexudativeage-relatedmaculardegenerationtointravitrealbevacizumab.Ophthalmology114:2168-2173,200713)Akagi-KurashigeY,YamashiroK,GotohNetal:MMP20andARMS2/HTRA1areassociatedwithneovascularlesionsizeinage-relatedmaculardegeneration.Ophthal-mology122:2295-2302.e2292,201514)HagstromSA,YingGS,PauerGJetal:Pharmacogeneticsforgenesassociatedwithage-relatedmaculardegenera-tioninthecomparisonofAMDtreatmentstrials(CATT).Ophthalmology120:593-599,2013あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017959

ゲノムから迫るぶどう膜炎の発症メカニズム

2017年7月31日 月曜日

ゲノムから迫るぶどう膜炎の発症メカニズムPathogenesisofUveitisElucidatedbyRecentGeneticFindings竹内正樹*水木信久*はじめにヒトDNAの塩基配列にコードされている遺伝情報(ゲノム)はほぼ共通しており,個人間の差(多型性)は0.1%程度である.その多型性を形成するものとして,塩基配列の一塩基に多型がみられる一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)(用語解説参照)や,数塩基単位で繰り返し配列がみられるマイクロサテライトによる多型などがある.遺伝子解析研究は,患者群と健常者群における遺伝情報を比較し,遺伝子多型や変異がもつ疾患感受性を統計学的に解析するものである.近年の技術の進歩によって2000年代中頃からゲノム全体を網羅するSNPやマイクロサテライトの解析が可能になった.これをゲノムワイド関連解析研究(Genome-wideAssociationStudy:GWAS)(用語解説参照)とよび,GWASによって今日までに多くの疾患でゲノムワイドレベル(用語解説参照)(p<5×10-8)の強固な相関を示す感受性遺伝子が同定されてきた.ぶどう膜炎は発症原因により感染性ぶどう膜炎と非感染性ぶどう膜炎に大別される.感染性ぶどう膜炎の原因は種々の病原体の感染が病態の根源であるため本稿では割愛する.わが国の大学病院における非感染性ぶどう膜炎の各疾患頻度はサルコイドーシス,Vogt-小柳-原田病(Vogt-Koyanagi-Haradadisease:VKH),Behcet病の順に多く,これらは3大ぶどう膜炎とよばれる.以下,これらの疾患を中心に非感染性ぶどう膜炎(以下,ぶどう膜炎)における近年のGWASによってもたらされた知見を中心に述べる.Iぶどう膜炎と疾患感受性遺伝子1.Behcet病Behcet病は発作と寛解を繰り返す全身性炎症性疾患であり,口内炎,ぶどう膜炎,皮膚病変,陰部潰瘍を4主症状とする.眼症状の典型例では前房蓄膿を伴った漿液性網脈絡膜炎が特徴的である(図1).Behcet病は地中海沿岸諸国,中東,中央アジア,東アジアにかけて好発し,その地理的特徴からシルクロード病ともよばれる.発症には環境要因と遺伝要因が重要であると考えられている.Behcet病はぶどう膜炎のなかではもっとも遺伝子解析研究が進んでおり,とりわけT細胞に抗原提示する役割を担う主要組織適合抗原複合体(majorhistocompatibilitycomplex:MHC)領域の研究は以前より盛んに行われてきた.1973年に大野らは6番染色体MHC領域にあるHLA-B遺伝子のアリル型であるHLA-B*51とBehcet病との強い相関を報告した1).日本人で同定されたHLA-B*51の疾患感受性は,その後,多くの人種でも確認され,Behcet病においてもっとも強い遺伝要因である.また,マイクロサテライトを解析したGWASにより,日本人集団でHLA-A*26の疾患感受性が明らかになった2).MHC領域外では,2010年に筆者らは日本人集団(患者608例,健常者737例)でGWASを行い,IL10とIL23R-IL12RB2の二つの領域でゲノムワイドレベルの疾患感受性を初めて報告し*MasakiTakeuchi&*NobuhisaMizuki:横浜市立大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕竹内正樹:〒236-0004神奈川県横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学医学部眼科学教室0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(29)945図1ぶどう膜炎の眼所見a:前房蓄膿を伴うBehcet病のぶどう膜炎.b:サルコイドーシスでみられる雪玉状硝子体混濁.c:多発性漿液性網膜.離を伴うVogt-小柳-原田病の網脈絡膜炎.d:前房蓄膿を伴った強い炎症がみられる急性前部ぶどう膜炎.-log10p値74MHC7270CCR110IL10IL12ACEBPB-PTPN1IL1A-IL1BRIPK2ADO-EGR2LACC1IRF886420012345678910111213141516171819202122染色体および遺伝子座図2Immunochipで解析された免疫遺伝子関連領域のSNPとBehcet病の関連性Immunochipで解析された約13万個のSNPをプロットした.横軸が染色体ごとのSNPの位置を示し,縦軸がBehcet病との関連性の強さを示す.上に位置するSNPほど,Behcet病との関連性が強くなる.実線を超えるプロットがゲノムワイドレベルの感受性を示すSNPである.この研究によって新規に同定された疾患感受性遺伝子領域を赤字で記した(RIPK2,ADO-EGR2,LACC1は他集団とのメタ解析でp<5×10.8の相関を示した).表1ぶどう膜炎の感受性遺伝子の一覧疾患名MHC領域MHC領域外Behcet病HLA-B*51,HLA-A*26IL10,IL23R-IL12RB2,CCR1,STAT4,KLRC4,ERAP1,TNFAIP3,MEFV,FUT2,IL12A,IL1A-IL1B,RIPK2,ADO-EGR2,LACC1,IRF8,CEBPB-PTPN1サルコイドーシスHLA-DRB1,BTNL2C10orf67,ANXA11,RAB23,OS9,CCDC88B,NOTCH4,XAF1Vogt-小柳-原田病HLA-DRB1,DR53,HLA-DQ4IL23R,ADO-EGR2前部ぶどう膜炎HLA-B*27IL23R,ERAP1複数のぶどう膜炎に共通する感受性遺伝子を太字で示す.図3遺伝学的知見に基づいたBehcet病の病態Behcet病の感受性遺伝子を赤枠内に記し,SNPが遺伝子発現に関与する場合は,その増減を→で表した.表2Missingheritabilityのおもな因子・不十分なサンプルサイズによる検出力の不足・GWASで解析されていないSNP・レアバリアント・SNP以外の遺伝子多型(コピー数多型,マイクロサテライト多型など)・複数の遺伝子による相互作用・エピゲノム(メチル化,ヒストン修飾など)■用語解説■一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP):ヒトゲノムは30億塩基対のDNAからなるとされているが,個々人を比較するとそのうちの0.1%の塩基配列に違いがあるとみられており,これを遺伝子多型とよぶ.遺伝子多型のうち,1個の塩基が他の塩基に置き変わるものをSNPと呼ぶ.SNPはもっとも多く存在する遺伝子多型であり,遺伝子多型のタイプにより遺伝子をもとに体内で作られる蛋白質の働きが微妙に変化し,疾患の罹りやすさや医薬品への反応に変化が生じる.ゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS):ゲノム全域を網羅する遺伝子多型(おもにSNP)を対象に,ある疾患をもつ群ともたない群との間で統計学的に有意な頻度差を示す遺伝子多型を検索する手法.ゲノムワイドレベル:GWASで解析するSNPの数は数十万から百万に及ぶため,有意水準において多重検定の問題が生じる.そのため,GWASでは有意水準0.05を106回の多重検定で補正したp<5×10.8をゲノムワイドレベルの有意水準として用いることが一般的である.Immunochip:主要な自己免疫疾患や炎症性疾患をより詳細に解析するために開発されたカスタムメイドのマイクロアレイ(イルミナ社)であり,関節リウマチやクローン病など12種類の免疫関連疾患のGWASデータを元に186遺伝子座に位置するSNPが網羅的にデザインされている.Immunochipを用いることで,免疫関連遺伝子領域に分布するSNPを高密度に解析することができ,GWASでは同定できなかったSNPを探索することが可能である.リスクアリル:SNPの核酸塩基のうち,疾患に感受性を示す核酸塩基.コピー数多型:通常のヒト細胞には一対の染色体が存在し遺伝子は2コピーとなる.しかし,遺伝子領域によっては1Kbp以上の塩基配列の重複や欠失が存在し,個人間で遺伝子のコピー数に違いがみられる.これをコピー数多型という.エピゲノム:DNA塩基配列で規定される遺伝情報をゲノムと称するのに対して,エピゲノムはDNA塩基配列以外の遺伝情報.おもなものにDNAのメチル化やヒストン修飾があり,これらは遺伝子発現に影響を与える.’’’’’

緑内障

2017年7月31日 月曜日

緑内障GeneticDiagnosisforGlaucoma西口康二*I遺伝子解析は緑内障に対する病態解明・個別化医療実現の切り札である緑内障は,わが国の主要な失明原因であり,高齢化社会に伴って患者数は増加の一途をたどっている.現在行われている同疾患に対する治療は,点眼・内服・手術を主体とした眼圧下降治療がメインである.一方で,わが国の広義開放隅角緑内障(primaryopenangleglauco-ma:POAG)では,眼圧上昇を伴わない緑内障である正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)が主体である.眼圧コントロールが比較的良好にもかかわらず,視野狭窄が進行するNTG患者には,眼科医ならみな遭遇しているであろう.最近では,POAGの病態と関連する眼圧に依存しない因子として,近視,酸化ストレス,血流などが注目されている(図1).このように,POAGは眼圧の問題だけで片づけられない複雑な病態を呈する一方で,その治療は眼圧下降に依存しているのが実情である.このギャップこそが緑内障診療が抱えている最大の課題であり,この課題が解決しないかぎりPOAGによる失明患者は大きく減らないと予測される.これまで,眼圧以外のPOAGの病態解明が試みられてきたが,病態に根差した新しい治療法の確立にまでは至っていない.その理由の一つとして,複雑な病態を包括的に捉えたPOAGの動物モデルがない,という点があげられる.そのため,基礎研究で得られた成果がなかなか臨床応用にまでたどり着かないというジレンマがある.一方で,ヒト検体を用いた解析や臨床データを用いた病態解析は進歩を続けており,その重要性は増すばかりである.なかでも,遺伝子研究からの病態解析アプローチは有用性が高いと考えられる.とくに個体差の根源であると考えられている,ゲノム全体に散在する無数の塩基配列の個人差(遺伝子多型とよぶ)を調べ,POAG患者群と正常者群のゲノムの差異を検出するゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS)(用語解説参照)に対する期待は大きい.ゲノムワイド関連解析では,仮説を置くことなく,すべての遺伝子多型と病気の関連を網羅的に調べることができる.この点は,ある特定の病態仮説を検証する目的で行われる他の多くの研究とはアプローチが大きく異なり,病態研究の流れを一変するような斬新な知見が得られることがある.たとえば,滲出性加齢黄斑変性においては,GWASにより,その病態と複数の補体関連蛋白質をコードする遺伝子との関係がはじめて明確になった.その結果,滲出性加齢黄斑変性と補体を介した炎症の関連性がクローズアップされ,爆発的に病態研究が進み,補体系をターゲットとしたさまざまな新規治療の開発に展開している.このような視点から,病態の全容解明が遅々として進まず,治療の選択肢と病態の複雑さに大きなギャップを抱えるPOAGでは,GWASはきわめて重要であるといえる.また,ゲノムをベースにした病態解明の重要性は,POAGの病態の細分化や個別化医*KojiNishiguchi:東北大学大学院医学系研究科視覚先端医療学寄付講座〔別刷請求先〕西口康二:〒980-8574宮城県仙台市青葉区星陵町1-1東北大学大学院医学系研究科視覚先端医療学寄付講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(23)939図1POAGと発症リスク表1これまで見つかったPOAG関連遺伝子座緑内障関連遺伝子座SNPID日本人に多型あり日本人での病態関連ZP4rs547984rs540782rs693421rs2499601ありありありありありありありありCDC7/TGFBR3rs1192415あり不明TMCO1rs4656461rs7555523なしなしFNDC3Brs6445055あり不明AFAP1rs4619890rs11732100ありなし不明GMDSrs11969985あり不明FOXC1rs2745572あり不明CAV1/CAV2rs10258482rs4236601なしなしIntergenicregionrs284489あり不明CDKN2B-AS1rs1063192rs523096rs7865618rs2157719rs7866783rs4977756ありありありありなしあり不明不明不明あり不明ABCA1rs2472493rs2487032ありあり不明不明ABOrs8176743あり不明PLXDC2rs7081455ありありATXN2rs7137828なしDKFZp762A21rs7961953ありありSIX6rs33912345rs10483727ありありあり不明PMM2rs3785176あり不明GAS7rs9897123rs9913911ありあり不明不明TXNRD2rs35934224あり不明表2人種ごとのPOAG関連遺伝子座遺伝子白人アジア人日本人ZP4●PLXDC2●DKFZp762A21●CDKN2B-AS1●●●SIX6●●●ABCA1●●PMM2●CDC7/TGFBR3●CAV1/CAV2●TMCO1●GAS7●AFAP1●ARHGEF12●GMDS●ATOH7●これまで緑内障との関連が報告されている遺伝子座を白人・アジア人・日本人に分けて表示した.図2組み換えと連鎖配偶子(卵子や精子など)を作るために細胞分裂(減数分裂)する際に,「組み換え」が起こる.染色体の複製,交差,組み換え,減数分裂の順に進む.病因多型の位置に対する組み換えの起こるゲノム上の位置によって,さまざまなパターンの連鎖が起こる.減数分裂後,同じ色のゲノム領域内のSNPは連鎖状態にある.200,000塩基対図3ゲノムワイド関連解析の例緑内障と関連のあるリードSNPと連鎖状態にある他にSNP(赤色の丸)が同一遺伝子座内に散在する.遺伝子座内外にSIX6以外にもいくつかの遺伝子が存在し,それらのうちどの遺伝子が病気と関連があるか,ゲノムワイド関連解析の結果だけではわからない.なお,図では解析が行われた1SNPに対して丸が1個対応する.■用語解説■ゲノムワイド関連解析:ゲノム全体にまんべんなく存在する多数(通常数十万個から数百万個)のSNPの遺伝型データと病気の有無の関連を調べることにより,どの遺伝子座が病気と関連するかを特定する遺伝解析手法.遺伝子座:本来は,染色体やゲノムにおける遺伝子の位置のことを示す.ゲノムワイド関連解析においては,病気と関連があるゲノムの特定の領域を示し,通常その中には多数のSNPが存在する.一つの遺伝子座に複数の遺伝子が存在することも珍しくない.一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP):ヒトのゲノムには,わずかながらの個人差がある(1%未満).ゲノムは塩基対の配列だが,ゲノム上の個人差のほとんどは,SNPとよばれる塩基配列中の一塩基だけが違っているところ(多型)により構成される.約300塩基対に1個の割合でSNPがみられる.このゲノムの差が,個人差を形成し病気に対する感受性の差の原因になる.連鎖:病気と関連するSNPが生じて多くの世代を経ても,その周りにたまたまある病気と関連のないSNPも一緒に連動して遺伝する.この現象を「連鎖」という.ゲノムワイド関連解析では,POAGの発症と関連のある遺伝子座(連鎖しているSNPを数多く含む)を検出するが,ほとんどの場合,連鎖している無数のSNPのうちどのSNPが病気と関連あるかわからない.

角膜疾患

2017年7月31日 月曜日

角膜疾患GeneticDiagnosisforCornealDiseases上田真由美*木下茂*はじめにゲノム解析を行う角膜疾患は,以前は単一遺伝子疾患である角膜ジストロフィが中心であった.しかし,2000年のヒトゲノムプロジェクト完了後には,全ゲノム解析による遺伝子多型解析が精力的に行われるようになり,遺伝素因と環境因子の両方が関与する多因子疾患においてもゲノム解析が進み遺伝的にハイリスクの人に対する取り組みについて考えられている.本稿では,まずゲノム解析が診断に有用である種々の角膜ジストロフィについて,その原因遺伝子について記載し,後半は筆者の専門とする難治性眼表面疾患であるStevens-Johnson症候群について,ゲノム研究の現状について解説する.I角膜ジストロフィ角膜ジストロフィとは,①遺伝性や家族性,②両眼性,③進行性,④非炎症性,⑤特有な病像,⑥角膜以外の眼組織や全身に系統的な病変がない,⑦他に原因となる疾患がない,のすべてがあてはまるものとされている.常染色体優性遺伝が多いが,常染色体劣性遺伝や孤発例も少なくない.従来,角膜ジストロフィは,主たる病変の部位や臨床像の特徴,病理組織・組織化学的所見,遺伝形式などによって臨床的分類がなされてきたが,近年,各種角膜ジストロフィの原因遺伝子が明らかになってくるに伴い,臨床的分類と分子遺伝学的分類の整合性が課題となってきている.現在原因遺伝子が明らかとなっている角膜ジストロフィを臨床病型別に表1に示す.また,原因遺伝子別に下記にまとめて記載する3,4).①TGFBI遺伝子角膜上皮基底膜ジストロフィは,TGFBILeu509ArgあるいはArg666Serの変異が原因とされている.顆粒状角膜ジストロフィは,1型,2型(Avellinoと呼称されていた)(図1a),表在型(Reis-Bucklers)(3型)の3種類ともTGFBI遺伝子の変異が原因とされており,それぞれ,TGFBIArg555Trp,Arg124His,Arg124Leuの変異が原因であることがわかっている.日本人と韓国人では,顆粒状角膜ジストロフィのほとんどが2型であるが,欧米では1型が多い.Thiel-Behnke角膜ジストロフィ(図1b)も,TGFBIArg555Glnの変異が原因であり,実際にはReis-Bucklersと臨床的に診断されていた多くがTiel-Behnkeであったとされている.格子状角膜ジストロフィ1型(図1c)はTGFBIArg124Cysの変異が,3a型(図1d)はTGFBIPro501Thrの変異が原因であると報告されている.②GSN遺伝子格子状角膜ジストロフィ2型は,GSNAsp187AsnあるいはAsp187Tyrの変異が原因であることがわかっている.③M1S1遺伝子(図2)膠様滴状角膜ジストロフィは,M1S1遺伝子の変異が原因であることがわかっているが,その変異部位につい*MayumiUeta&*ShigeruKinoshita:京都府立医科大学感覚器未来医療学講座〔別刷請求先〕上田真由美:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学感覚未来医療学講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(13)929表1角膜ジストロフィの臨床病型と原因遺伝子疾患名遺伝形式原因遺伝子代表的な遺伝子変異上皮を主体とする角膜ジストロフィ角膜上皮基底膜ジストロフィ常優,孤発TGFBILeu509Arg,Arg666SerMeesmann角膜ジストロフィ常優KRT3KRT12Arg503Pro,Glu503LysArg135Gly,Arg135Lie,Leu140Arg,Thy429Asp膠様滴状角膜ジストロフィ常劣M1S1Gln118XBowman膜を主体とする角膜ジストロフィThiel-Behnke角膜ジストロフィ常優TGFBIArg555GlnReis-Bucklers角膜ジストロフィ(顆粒状角膜ジストロフィ3型)常優TGFBIArg124Leu実質を主体とする角膜ジストロフィ顆粒状角膜ジストロフィ1型:古典的2型:Avellino常優常優TGFBITGFBIArg555TrpArg124His格子状角膜ジストロフィ1型2型3a型TGFBIGSNTGFBIArg124CysAsp187Asn,Asp187TyrPro501Thr斑状角膜ジストロフィ常劣CHST6Lys174Arg,Asp203Glu,Arg211Try,Glu274Lys,etc.Schnyder角膜ジストロフィ常優UBIAD1文献1参照先天性実質性角膜ジストロフィ常優DCN文献1参照Fleck角膜ジストロフィ常優PIP5K3文献1参照Descemet膜と内皮を主体とする角膜ジストロフィFuchs角膜内皮ジストロフィ若年発症型(欧米)常優COL8A2Leu450Trp,Gln455Lys後部多形性角膜ジストロフィ1型2型3型常優常優常優不明COL8A2ZBE1文献1参照文献1参照先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ1型2型常優常劣不明SLC4A1文献1参照常優:常染色体優性遺伝,常劣:常染色体劣性遺伝.bcd図1TGFBI遺伝子が原因遺伝子の各種角膜ジストロフィの角膜所見a:顆粒状角膜ジストロフィ2型(Avellino).角膜中央部の上皮下の実質浅層から中層に微細な白色の顆粒状混濁を認め,一部融合を示すとともに,線状,金平糖状の混濁も認める.b:Thiel-Behnke角膜ジストロフィ.角膜上皮下に特有な蜂窩状混濁を認める.c:格子状角膜ジストロフィ1型.Bowman膜から実質浅層に,アミロイド沈着による微細な針状・格子状の混濁を認める.d:格子状角膜ジストロフィ3a型.角膜実質中層に1型よりも太い格子状の混濁を認める.図2MIS1遺伝子が原因遺伝子の膠様滴状角膜ジストロフィの角膜所見中央部の角膜上皮下および実質にアミロイドが沈着し,隆起性の斑状の黄白色の混濁と血管侵入を認める.図3CHST6遺伝子が原因遺伝子の斑状角膜ジストロフィの角膜所見境界がやや不鮮明な灰白色の大小の斑状の混濁を認める.図4KRT3.KRT12遺伝子が原因遺伝子のMeesmann角膜ジストロフィの角膜所見角膜上皮層内に比較的均一な大きさの微小.疱を多数形成し(a),フルオレセイン染色では,その一部が点状びらんとして染色される(b).図5眼後遺症を残す重篤な眼合併症を伴うSJS.TEN(SJS)の急性期の眼所見皮疹,粘膜疹とほぼ同時に両眼性の重度の結膜充血(a),角結膜上皮欠損(b),偽膜形成(c)を生じる.#:結膜上皮欠損,*:角膜上皮欠損.(文献5より転載)図6重篤な眼合併症を伴うSJS.TEN(SJS)の眼後遺症重篤な眼合併症(重度の結膜炎,角結膜上皮欠損,偽膜)を生じたSJS/TEN患者ほぼ全例に重篤なドライアイ(a)ならびに睫毛乱生(b)が生じる.瞼球癒着(c,d)や眼瞼の瘢痕化(e)を認めることも多い.重症例では,眼表面が皮膚のように角化する(f).(文献5より転載)==SJS/TEN眼・粘膜障害無型では関連なし眼・粘膜障害無眼・粘膜障害有(眼科のSJS)図7原因薬剤によりSJS.TENの遺伝子素因が異なる(文献5より転載)オッズ比オッズ比オッズ比37.8151201104010.83510030171倍1080668倍2570倍20601550.2240100.150.165-20-+0-+0++0+--+-図8オッズ比が著明に上昇する遺伝子多型間相互作用図9重篤な眼合併症を伴うSJS.TENの発症機序についての仮説発症の遺伝子素因がない人では,なんらかの微生物感染が生じても,正常の自然免疫応答が生じ,薬剤服用後に解熱・消炎が促進され,感冒は治癒する.しかし,発症の遺伝子素因がある人に,なんらかの微生物感染が生じると異常な自然免疫応答が生じ,さらに薬剤服用が加わって,異常な免疫応答が助長され,SJSを発症する.(文献5より転載)

ゲノムをみる技術の進歩

2017年7月31日 月曜日

ゲノムをみる技術の進歩AdvancedTechniquesforExaminingtheGenome倉田健太郎*細野克博*はじめにDNA,遺伝子,ゲノムなどは身近に耳にする言葉ではあるが,それらの違いは?と聞かれたら答えに困る人は少なくないだろう.DNAとはデオキシリボ酸という物質名で,遺伝情報が書き込まれている.DNAがたくさん集まって構成されているのが遺伝子であり,遺伝情報をもった最小単位である.そして,遺伝子(gene)と染色体(chromosome)あるいは全体(-ome)とを合成して作られた用語がゲノム(genome)であり,特定の生物がもつ遺伝情報全体をさしている.つまり,ゲノム情報は体を作るための設計図のようなものである.近年,ゲノム情報を調べて,その結果をもとにして効率的・効果的に疾患の診断,治療,予防を行うゲノム医療が盛んになってきており,ゲノムをみる技術の重要性が増している.遺伝子や染色体,ゲノムなどを調べる検査をいわゆる遺伝子検査とよぶ.遺伝子検査は,かつては限られた研究室でのみ行うことができる特殊な検査であったが,技術の進歩とともに普及し,医療を行ううえで必要な検査の一つとなってきている.本稿では,これまでの遺伝子検査で用いられてきたゲノム解析技術を振り返りながら最新の状況を紹介し,遺伝子検査により得られたゲノム情報をどのように解釈してみればよいのか実例をあげて述べる.Iゲノム解析技術の進歩1953年にワトソンとクリックがDNAの二重らせん構造を発見して以来,20世紀後半は遺伝病の分子生物学的研究が盛んに行われることとなった.このDNA塩基配列を直接読み取ることができるようになったのは,1970年後半に相次いで開発発表されたシークエンシング(用語解説参照)技術と,1980年代後半に開発,市販された塩基配列を読み取る機器である自動化DNAシークエンサー(用語解説参照)のおかげである.詳細は略すが,DNAポリメラーゼと特殊な基質ヌクレオチドを利用するサンガー法は現在に至るまで利用されており,分子生物学の解析スタンダードとなっている.1990年にはヒト染色体のDNA配列をすべて解読し,染色体のどこにどんな遺伝情報が書かれているかを明らかにする「ヒトゲノム計画(1990~2004)」が国際的な協力のもとで開始された.当計画の最終段階に上記のサンガー法によるマルチキャピラリー式DNAシークエンサーが大規模に使用され,2003年にヒトゲノム配列の解読完了宣言がなされた.しかし,大規模なゲノムを対象とする解析において,上記手法では解析のプロセスが非常に煩雑である点や,一度に処理できる試料数に上限がある点などが大きな制約となっていた.こうした既存のシークエンシング技術とシークエンサーの問題点を克服すべく,「次世代シークエンサー」と総称される新しいシークエンサーが2005年に市場に登場した.次世代シークエンサーという呼び名は既存のマルチキャピラリー式DNAシークエンサーとの対比でこうよばれており,海外でもnext-generationsequencerといった呼称*KentaroKurata&*KatsuhiroHosono:浜松医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕倉田健太郎:〒431-3192静岡県浜松市東区半田山1-20-1浜松医科大学医学部眼科学講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(5)921図1筆者らの施設で使用している次世代シークエンサーMiSeq(手前)とNextSeq(奥),ともにイルミナ社.機種により出力できるデータ量が異なる.筆者らの施設ではターゲットシークエンシングの場合はMiSeq,全エクソームシークエンシングの場合はNextSeqを用いている.表1サンガー法と次世代シークエンサーの違いサンガー法次世代シークエンサー1回のシークエンスにかかる解析費用(円)3,000200,0001回のシークエンスにかかる実験時間(時間)224一度に解析できる塩基数8004,500,000,000次世代シークエンサーは筆者らの施設で使用しているサンガーシークエンサーABI3500xL(ライフテクノロジーズ社)と次世代シークエンサーMiSeq(イルミナ社)を参考にした.サンガー法が用いられ,全ヒトゲノム解読に13年の年月と約30億ドルのコストが必要であったが,現在では高出力型の次世代シークエンサー1台を使用すれば2週間(データ解析は除く)で数名の全ゲノムの解読が可能であり,1人の全ゲノムあたりのコストは100万円を下回っている.サンガー法によるシークエンシングは過去30年にわたりほぼ同じプロトコールが用いられているのに対して,次世代シークエンサーとそれを用いたシークエンシング技術の進歩の速さには瞠目するものがある.III次世代シークエンサーによるヒトゲノム解析次世代シークエンサーを用いたヒトゲノムの網羅的解析は,全ゲノムを対象とした全ゲノムシークエンシング(wholegenomesequencing:WGS),蛋白質のコーディング領域すべてを対象とした全エクソームシークエンシング(wholeexomesequencing:WES),対象となる遺伝子が限定されている場合のターゲットシークエンシング(targetsequencing:TS)に大別される.WGSはヒトの全ゲノムを網羅的にシークエンシングすることができるため,癌のような総合的なゲノム構造変化を知る必要性がある解析に有効である.ただし,解析対象となるデータ量も相対的に多くなり,必要なコストと解析労力は大きくなる.WESはヒトのほぼ全遺伝子の蛋白質コーティング領域のみを選択して解析する手法であり,複数のメーカーよりWES解析用の試薬キットが販売されている.現状はエキソン(用語解説参照)部位を100%抽出することができない点や,改善されてきているものの,部位により収量のばらつきがある点など問題も多いが,WGSと比較してコストと解析労力の負担は軽減され,コストパフォーマンスに優れた手法である.TSは数Mb程度の限定された領域のみ解析対象とする方法で,すでに連鎖解析により対象領域を絞り込んでいる場合や,解析対象遺伝子が限定されている場合に用いる.TSはWESよりもさらにコストと労力の負担は軽減されるが,研究者自身で解析する遺伝子を選択し,解析遺伝子の追加が必要の際は自身でアップデートしてゆく必要がある.これら三つのシークエンシングは必要なデータ量,対象領域の違いはあるが基本的に同一である.筆者らの施設では,遺伝性網膜変性の患者に対してはTSを施行し,それ以外の遺伝性眼疾患患者やTSで原因が同定できなかった遺伝性網膜変性患者に対してはWESを行っている.このように三つのシークエンシングのうち,どの手法を用いるかは研究目的,研究費用,解析対象などによって決定される.IV遺伝子検査で得られた結果をどのようにみるのか本稿では,塩基の変化を塩基置換とよび,疾患の発症に関与していれば変異,関与していなければ多型とよぶ.現状は変異と多型の判断は容易ではない.次世代シークエンシングを行うと,患者1人あたり数百個から数万程度の塩基置換が検出される.検出された塩基置換がすべて疾患の発症に関与する変異というわけではない.遺伝子検査により得られた多数の塩基置換からどのようにして疾患発症に関与する変異のみを抽出しているのか,つまり,遺伝子検査の結果をどのようにみているのかを筆者らの施設が行っている「診断システム」を例にあげて紹介する.遺伝性の網膜疾患が疑われた場合,筆者らの施設では,既報告の網膜疾患の原因遺伝子74個を解析対象としてTS解析をしている(表2).次世代シークエンサーを用いてTSを行った後,CLCbio社のGenomicsWorkbenchというゲノム解析の専用ソフトウェアを使用して塩基置換を検出する.そして,検出した塩基置換の中から疾患の発症に関与している変異を抽出するために3段階のフィルタリングをかけている(図2)1).一つめは,イントロン領域とノンコーディング領域中に存在する塩基置換のフィルタリングである.二つめは,公共データベースに登録のある,一般人口において高い頻度で検出される塩基置換のフィルタリングである.三つめは塩基置換が起こっても同じアミノ酸がコードされる変異(同義置換)のフィルタリングである.要は,メンデル遺伝性疾患の多くに関連している蛋白コーディング領域以外の塩基置換を除外している.また,疾患に関与し(7)あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017923表274個の解析対象遺伝子常染色体優性網膜色素変性症BEST1CA4CRXFSCN2GUCA1BIMPDH1KLHL7NR2E3NRLPRPF3PRPF6PRPF8PRPF31PRPH2RDH12RHOROM1RP1RP9RPE65SEMA4ASNRNP200TOPORS常染色体劣性網膜色素変性症ABCA4CERKLDHDDSIDH3BMERTKPDE6ARBP3RPE65USH2AARL2BPCLRN1EMC1IMPG2MVKPDE6BRGRSAGZNF513BEST1CNGA1EYSKIAA1549NEK2PDE6GRHOSPATA7C2orf71CNGB1FAM161ALRATNR2E3PRCDRLBP1TTC8C8orf37CRB1GPR125MAKNRLPROM1RP1TULP1X連鎖性網膜色素変性症OFD1RP2RPGR常染色体優性レーバー先天盲CRXIMPDH1OTX2常染色体劣性レーバー先天盲AIPL1CABP4CEP290CRB1CRXGUCY2DIQCB1KCNJ13LCA5LRATRD3RDH12RPE65RPGRIP1SPATA7TULP1DTHD1NMNAT1抽出した疾患原因の変異候補図2検出された塩基置換から変異を抽出するためのフィルタリング過程ソフトウェアから自動検出された塩基置換に対して独自に設定した3段階のフィルタリングを用いることで,疾患に関与している可能性が高い変異を絞り込んでいる.(文献1を参照して作成)表3レーバー先天盲患者における疾患原因変異候補遺伝子塩基置換アミノ酸置換公共データベース*DTHD1c.486G>Ap.K162K(同義置換)登録なしGUCY2Dc.2113+2_2113+3insT登録なしGUCY2Dc.2714T>Cp.L905P(非同義置換)登録なし*1,000Genomes(http://www.internationalgenome.org),HGVD(http://www.hgvd.genome.med.kyoto-u.ac.jp).aヘテロ接合体bホモ接合体c複合ヘテロ接合体図3遺伝子異常の種類a:ヘテロ接合体.片側アレル(用語解説参照)のみに遺伝子異常を認める.b:ホモ接合体.両側のアレルに同じ種類の遺伝子異常を認める.c:複合ヘテロ接合体.遺伝子異常を両側のアレルに認めるが,遺伝子異常は異なる.○と×はそれぞれ異なった遺伝子異常を示す.I-1I-2M1/+M2/+II-1II-2M1/M2M1/M2M1:c.2038C>TM2:c.1898delC図4Hermansky.Pudlaksyndrome患者の家系図と遺伝子変異Hermansky.Pudlaksyndromeは通常,常染色体劣性遺伝の形式をとる.発症者はHPS6遺伝子にc.2038C>Tとc.1898delCを複合ヘテロ接合体(M1/M2)で有しているため発症しうるが,非発症者である両親はそれぞれをヘテロ接合体(M1/+またはM2/+)として有しているため発症しない.矢印は発端者,□は非発症男性,〇は非発症女性,●は発症女性を示している.(文献2を参照して作成)a正常な塩基配列アミノ酸配列bミスセンス変異アミノ酸配列ナンセンス変異アミノ酸配列dフレームシフト変異アミノ酸配列…GAGTTCAAGTATGGAATCCAG……EFKYGIQ……GAGTTCAACTATGGAATCCAG……EFNYGIQ……GAGTTCAAGTAAGGAATCCAG……EFK終止…GAGTTCAAGCTATGGAATCCAG……EFKLWNP…図5さまざまな変異の種類a:正常な塩基配列.DNAは三つの塩基配列で一つのコドンを形成してアミノ酸をコードしている.コドンによって翻訳されるアミノ酸は異なる.b:ミスセンス変異.異なるアミノ酸へ変化する.たとえばAAG(リシン)がAAC(アスパラギン)に変化する.c:ナンセンス変異.変異部位で終止コードに変化する.たとえばTAT(チロシン)がTAA(終止コード)に変化する.終止コードよりも下流ではアミノ酸は生成されない.d:フレームシフト変異.塩基配列が欠失したり挿入したりすることで,コドンの読み枠がずれるため,翻訳されるアミノ酸配列が変化する.たとえばGとTの間にCが挿入することで,TAT(チロシン)がCTA(ロイシン)に変化し,下流に翻訳されるアミノ酸配列も変化する.E:グルタミン酸,F:フェニルアラニン,G:グリシン,I:イソロイシン,K:リシン,L:ロイシン,N:アスパラギン,P:プロリン,Q:グルタミン,W:トリプトファン,Y:チロシン.■用語解説■シークエンシング:遺伝子の塩基配列を読むこと.シークエンサー:遺伝子の塩基配列を読み取る機器のこと.一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP):塩基配列において,一つの塩基が別の塩基に置換されているもので,約1,000塩基対に1個の割合で存在する.疾患感受性遺伝子:遺伝的な要因と,食事や運動などの環境的な要因が合わさって発症するとされる多因子疾患の発症にかかわる遺伝子のこと.糖尿病や加齢黄斑変性症などが代表的な多因子疾患である.エキソン:ゲノムのうち1~2%の蛋白質をコードする領域のことで,遺伝性疾患の多くがエキソン領域の変異により引き起こされると推定されている.アレル:対になった遺伝子のことで,同じ遺伝子座に位置する.対立遺伝子ともいう.多くの真核生物は,それぞれの遺伝子座に2個の遺伝子をもっている.

序説:あなたはゲノムをみて診療をしますか?

2017年7月31日 月曜日

あなたはゲノムをみて診療をしますか?OphthalmicPracticeBasedonGenomicMedicine堀田喜裕*山下英俊**Iゲノム医療からprecisionmedicineへ2015年1月,オバマ前アメリカ合衆国大統領は一般教書演説のなかで,遺伝情報を含む詳細な個人情報をもとにしたprecisionmedicineを開始すると述べました.疾患にかかわる遺伝子の同定,生体分子情報の解明を進め,より精密な診断(詳細な疾患のサブグループ分け)を行うというものです.そして,個人やサブグループに対する疾患情報(例;薬剤感受性)をもとにして,個々に適した予防,医療を提供するという構想です(図1).こうしたことが可能になった背景として,ゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS)や次世代シークエンサー(nextgenerationsequencer:NGS)とよばれる機器を代表とする,遺伝子を網羅的にみる技術の急速な進歩があげられます.従来のSanger法では,それぞれの遺伝子の約800塩基ごとに配列を決めていたのですが,次世代シークエンサーでは,一度に45億塩基を決めることが可能です.塩基配列の解析結果は数日で出て,最近ではコストも下がり続けています.IIデータベースの整備とIRUD本特集では,角膜疾患から色覚異常まで,進歩の程度に差はあっても,診療を行ううえで役立つ可能性のあるゲノム情報が紹介されています.遺伝情報や生体分子情報をもとにした予防や医療を進めるためには,こうした情報を集めたデータベースが重要になります.疾患に深くかかわる遺伝子異常は,人種などによって異なる場合があることが知られていて,わが国の眼科領域でも,一部の解析拠点において精力的に解析研究が進められており,種々のデータベースが構築されつつあります.また,SNSサービスの発展と急速な普及もあって,インターネットに接続する環境さえあれば,容易に遺伝情報の検索が可能になっています.2年前に発足した日本医療研究開発機構は,いままで診断が困難であったわが国の希少疾患について,いくつかの遺伝子解析拠点に検体を集めて次世代シークエンサーで解析してデータベースを構築する「未診断疾患イニシアチブ(initiativeonrareandundiagnoseddiseases:IRUD)」という研究プロジェクトを進めています(図2).IIIゲノム医療の限界と問題点ゲノム解析技術の進歩による革新の可能性について述べましたが,解決すべきいろいろな問題もあります.まず,一部の例外(例:網膜芽細胞腫)を除*YoshihiroHotta:浜松医科大学医学部眼科学講座**HidetoshiYamashita:山形大学医学部眼科学講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(1)917データベース重症化のリスクありA1症候群A2症候群A3症候群予防・介入薬物治療遺伝子治療ロービジョンケア図1ゲノム医療によるprecisionmedicineのイメージ図疾患にかかわる遺伝情報によってより精密な診断を行い,個々に適した予防,医療を提供することをめざします.図2未診断疾患イニシアチブ(IRUD)診断体制いままで診断が困難であったわが国の二つ以上の臓器にわたる希少疾患について,いくつかの遺伝子解析拠点に集めて次世代シークエンサーで解析し,関係する病院で診断連携を行うというものです.(日本医療研究開発機構のホームページより転載)’

ロンドンオリンピックの代表選手と候補選手の視力と視力矯正方法について

2017年6月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科34(6):903.908,2017cロンドンオリンピックの代表選手と候補選手の視力と視力矯正方法について枝川宏*1,2,3川原貴*3奥脇透*3小松裕*3土肥美智子*3先崎陽子*3川口澄*3桑原亜紀*3赤間高雄*4松原正男*2,3*1えだがわ眼科クリニック*2東京女子医科大学東医療センター眼科*3国立スポーツ科学センター*4早稲田大学スポーツ科学学術院VisualAcuityandVisualAcuityCorrectionMethodinRepresentativeandCandidatePlayersintheLondonOlympicsHiroshiEdagawa1,2,3),TakashiKawahara3),TouruOkuwaki3),HiroshiKomatsu3),MichikoDoi3),YokoSenzaki3),MasumiKawaguchi3),AkiKuwabara3),TakaoAkama4)andMasaoMatsubara2,3)1)EdagawaEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomens’MedicalUniversityMedicalCenterEast,3)JapanInstituteofSportsSciences,4)FacultyofSportScience,WasedaUniversityロンドンオリンピックにおける31競技種目の代表選手294人と候補選手876人の視力測定と矯正方法について聞き取り調査を行った.視力は競技時と同様の矯正状態で片眼と両眼の遠方視力を測定した.その結果,1)競技群別の分析では,単眼視力・両眼視力・非矯正眼視力・矯正眼視力と矯正方法は競技群間で有意な差があった(p<0.05).競技群で視力と視力矯正方法が違っていたのは,競技特性が関係していると考えられた.2)代表選手群と候補選手群の分析では,単眼視力・両眼視力・非矯正眼視力・矯正眼視力と矯正方法は代表選手群と候補選手群で有意な差があった(p<0.05).代表選手群と候補選手群の視力と視力矯正方法が違っていたのは,代表選手群と候補選手群のスポーツ環境の違いによるものと考えられた.Visualacuitytestingandinterviewsastovisualacuitycorrectionmethodwereconductedin294representa-tiveplayersand876candidateplayersof31kindsofsportingeventsintheLondonOlympics.Corrected,unilateralandbilateraldistantvisualacuityweremeasuredinasamestateduringplay.Theanalysisresultswereasfol-lows:1.Analysisofathleticeventgroupsdisclosedsigni.cantdi.erencesamongthemregardingmonocular,binoc-ular,non-correctedandcorrectedvisualacuity,andvisualcorrectionmethod(p<0.05).Itwasconsideredthatthecharacteristicsoftheparticularsportswererelatedtothedi.erencesincorrectedvisualacuityandcorrectionmethod.2.Analysisoftherepresentativeplayersgroupandthecandidateplayersgroupshowedsigni.cantdi.erencesbetweenthemregardingmonocular,binocular,non-correctedandcorrectedvisualacuity,andcorrec-tionmethod(p<0.05).Thesedi.erenceswereprobablyduetothedi.eringsportenvironments.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(6):903.908,2017〕Keywords:視力,アスリート,オリンピック,スポーツ.visualacuity,athletes,Olympicgames,sport.はじめに以前筆者らは,国立スポーツ科学センターでメディカルチェックを受けたトップアスリートの視力と視力矯正の実態を調査した1.3).その結果,わが国のトップアスリートの視力は良好だが競技群によって異なること,視力矯正方法は競技特性によって異なることを報告した.しかしながら,これまで分析したトップアスリートの競技レベルは競技団体推薦から日本代表までさまざまだったことから,競技レベルによる視力や視力矯正の状況についてはわからなかった.今回筆者らはロンドンオリンピックに推薦された選手を対象とし〔別刷請求先〕枝川宏:〒153-0065東京都目黒区中町1-25-12ロワイヤル目黒1Fえだがわ眼科クリニックReprintrequests:HiroshiEdagawa,M.D.,EdagawaEyeClinic,RowaiyaruMeguro1F,1-25-12Nakacho,Meguro-ku,Tokyo153-0065,JAPANて,実際にオリンピックに出場した代表選手群(代表群と略)と推薦はされたが出場できなかった候補選手群(候補群と略)に分類して,比較検討した.I対象および方法対象はロンドンオリンピック31競技種目の代表選手294人と候補選手876人の合計1,170人で,男性は644人で女性は526人,平均年齢は25.0歳だった.代表選手はロンドンオリンピック出場者で競技能力が非常に高い選手たちで,競技成績もわが国ではトップクラスである.候補選手はロンドンオリンピックのために選抜されたがオリンピックに出場ができなかった者で競技能力も代表選手ほどは高くなく,競技成績も代表選手のレベルよりも劣る選手たちである.31競技種目を競技の特性から6競技群に分類した.標的群はライフル射撃など標的を見る競技で4種目94人,代表選手は13人で候補選手は81人だった.格闘技群は柔道など近距離で競技者と対する競技で5種目112人,代表選手は43人で候補選手69人だった.球技群は野球などボールを扱う競技で8種目220人,代表選手は85人で候補選手135人だった.体操群は体操など回転競技が含まれる競技で5種目64人,代表選手は29人で候補選手は35人だった.スピード群は自転車など競技者自身が高速で動く競技で2種目62人,代表選手は17人で候補選手は45人だった.その他群は陸上競技など視力が競技に重大な影響を与えない競技で7種目618人,代表選手は107人で候補選手は511人だった(表1).調査項目は,視力(単眼視力・両眼視力)と競技中の矯正方法だった.視力測定は競技時に裸眼の者は裸眼で,矯正者は競技時の矯正状態で5m視力表を使用して右眼,左眼,両眼の順序で行った.競技時の視力矯正方法は聞き取り調査で行った.視力の分析は1.0以上,0.9.0.7,0.6.0.3,0.3未満の4段階とした.視力の検定は競技群間ではKruskal-Wallistest,代表群と候補群間はMann-Whitney’sUtest,視力矯正方法はc2検定で行って,5%の有意水準設定で検討した.II結果1.視力の状況視力は左右差を認めなかった.単眼視力2,340眼では1.0以上が79.7%(1,864眼),0.9.0.7は11.2%(262眼),0.6.0.3は6.8%(160眼),0.3未満は2.3%(54眼)だった.代表群と候補群の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者は代表群が84.7%(498/588眼)で候補群が78.0%(1,366/1,752眼)と,代表群に視力の良い者が多かった(図1).競技群間の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者が多かったのは球技群の87.0%(383/440眼)で,少ないのは格闘技群の73.7%(165/224眼)だった(表2).両眼視力1,170人では1.0以上が90.7%(1,061人)で,0.9.0.7は5.1%(60人),0.6.0.3は4.1%(48人),0.3未満は0.1%(1人)だった.代表群と候補群の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者は代表群が94.2%(277/294人)で候補群が89.5%(784/876人)と,代表群に視力の良い者が多かった(図2).競技群間の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者が多かったのは球技群の97.7%(215/220人)で,少ないのはスピード群の80.6%(50/62人)だった(表3).2.視力非矯正眼の状況非矯正眼は全体の65.3%(1,528/2,340眼)だった.代表群と候補群の比較では代表群は69.4%(408/508眼)だったが,候補群は63.9%(1,120/1,752眼)と,非矯正眼は代表群に多かった.非矯正眼の視力は1,528眼のなかで1.0以上が77.9%(1,191眼),0.9.0.7は10.3%(157眼),0.6.0.3は8.6%(131眼),0.3未満は3.2%(49眼)だった.代表群と候補群の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の視力の良い者は代表群81.4%(332/408眼)で候補群76.7%(859/1,120眼)と,代表群に視力の良い者が多かった(図表1競技特性の分類1)標的群種目:標的を見ることが必要な種目4種目(94名)代表13名・候補81名アーチェリー・ライフル射撃・クレー射撃・近代五種2)格闘技群種目:近距離で競技者と対する種目5種目(112名)代表43名・候補69名柔道・テコンドー・フェンシング・ボクシング・レスリング3)球技群種目:ボールを扱う必要のある種目8種目(220名)代表85名・候補135名サッカー・水球・卓球・テニス・バドミントン・バレーボール・ホッケー・ビーチバレー4)体操群種目:回転運動が多く含まれる種目5種目(64名)代表29名・候補35名新体操・体操・トランポリン・飛び込み・シンクロナイズドスイミング5)スピード群種目:道具を使用して高速で行う種目2種目(62名)代表17名・候補45名自転車・カヌー6)その他群種目:視力が重大な影響を与えにくい種目7種目(618名)代表107名・候補511名競泳・ウエイトリフティング・セーリング・トライアスロン・ボート・陸上競技・馬術図1代表群と候補群の単眼視力分布■1.0以上■0.9~0.7■0.6~0.3■0.3未満図2代表群と候補群の両眼視力分布■1.0以上■0.9~0.7■0.6~0.3■0.3未満図3代表群と候補群の非矯正視力分布3).競技群間の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者が多かったのは標的群の89.2%(107/120眼)で,少ないのは格闘技群(113/154眼)とその他群(549/748眼)の73.4%だった(表4).3.視力矯正眼と矯正方法の状況視力矯正眼は全体の34.7%(812/2,340眼)だった.代表群と候補群の比較では代表群は30.6%(180/588眼)だったが候補群は36.1%(632/1,756眼)と,矯正眼は候補群に多かった.矯正眼の視力は812眼のなかで1.0以上が83.4%(677眼),0.9.0.7は13.2%(107眼),0.6.0.3は3.0%(24眼),0.3未満は0.5%(4眼)だった.代表群と候補群の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の視力の良い者は代表群93.9%(169/180眼)で候補群80.4%(508/632眼)表2競技群別の単眼視力分布n=2,340眼1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=1,864n=262n=160n=54標的群15420122n=188(81.9%)(10.6%)(6.4%)(1.1%)格闘技群16536203n=224(73.7%)(16.0%)(8.9%)(1.4%)球技群38343140n=440(87.0%)(9.8%)(3.2%)体操群1051841n=128(82.0%)(14.1%)(3.1%)(0.8%)スピード群9210814n=124(74.2%)(8.1%)(6.4%)(11.3%)その他群96513510234n=1,236(78.1%)(10.9%)(8.3%)(2.7%)表3競技群別の両眼視力分布n=1,170人1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=1,061n=60n=48n=1標的群85630n=94(90.4%)(6.4%)(3.2%)格闘技群100930n=112(89.3%)(8.0%)(2.7%)球技群215320n=220(97.7%)(1.4%)(0.9%)体操群61300n=64(95.3%)(4.7%)スピード群501110n=62(80.6%)(1.7%)(17.7%)その他群55038291n=618(89.0%)(6.1%)(4.7%)(0.2%)表4競技群別の非矯正視力分布n=1,528眼1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=1,191n=157n=131n=49標的群1071021n=120(89.2%)(8.3%)(1.7%)(0.8%)格闘技群11321173n=154(73.4%)(13.6%)(11.0%)(2.0%)球技群27930130n=322(86.7%)(9.3%)(4.0%)体操群711241n=88(80.7%)(13.6%)(4.5%)(1.2%)スピード群727413n=96(75.0%)(7.3%)(4.2%)(13.5%)その他群549779131n=748(73.4%)(10.3%)(12.2%)(4.1%)■1.0以上■0.9~0.7■0.6~0.3■0.3未満全体4n=812眼代表群1n=180眼候補群4n=632眼図4代表群と候補群の矯正視力分布■CL■眼鏡■LASIK■Ortho-K全体728148383610166580282010n=812眼代表群n=180眼候補群4n=632眼0%20%40%60%80%100%図5代表群と候補群の視力矯正方法CL:コンタクトレンズ,LASIK:laserinsitukeratomileu-sis,Ortho-K:orthokeratologyと,代表群に視力の良い者が多かった(図4).球技群間の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者が多かったのは球技群の89.8%(106/118眼)で,少ないのは格闘技群(50/70眼)とその他群(416/488眼)の71.4%だった(表5).矯正方法は全体ではCLが89.7%(728眼)でもっとも多く,眼鏡が4.7%(38眼),LASIKは4.4%(36眼),Ortho-Kは1.2%(10眼)だった.代表群と候補群の比較では有意差(p<0.05)があって,CLを選択していた者は候補群に多かったが,眼鏡・LASIK・Ortho-Kを選択していた者は代表群に多かった(図5).競技群間の比較では有意差(p<0.05)があって,すべての群でCLが多かった.眼鏡とLASIKは標的群やスピード群に多く,Ortho-Kは格闘技群で多かった(表6).III考察以前筆者らは,わが国のトップアスリートの視力は良好だったと報告2,3)したが,今回の視力の結果は前回の報告よりも1.0以上の割合は少なく,0.7未満の割合が多かった.このような結果になったのは,今回の対象者のほうが1.0以上が多い球技群の割合が低かったことと,0.7未満が多いその他群の割合が高かったためである.これは調査対象が前回は夏と冬のオリンピックやアジア大会などの65種目だったの表5競技群別の矯正視力分布n=812眼1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=677n=107n=24n=4標的群511250n=68(75.0%)(17.6%)(7.4%)格闘技群501640n=70(71.4%)(22.9%)(5.7%)球技群1061110n=118(89.8%)(9.3%)(0.9%)体操群34600n=40(85.0%)(15.0%)スピード群20341n=28(71.4%)(10.7%)(14.3%)(3.6%)その他群41659103n=488(85.2%)(12.1%)(2.0%)(0.7%)表6競技群別の矯正方法n=812眼CL眼鏡LASIKOrtho-Kn=728n=38n=36n=10標的群362480n=68(52.9%)(35.3%)(11.8%)格闘技群64006n=70(91.4%)(8.6%)球技群110062n=118(93.2%)(5.1%)(1.7%)体操群n=4040(100.0%)000スピード群n=2824(85.6%)2(7.2%)2(7.2%)0その他群45412202n=488(93.0%)(2.5%)(4.1%)(0.4%)CL:コンタクトレンズ,LASIK:laserinsitukeratomileusis,Ortho-K:orthokeratologyに対して,今回はロンドンオリンピックでわが国が出場権を獲得した31種目だったことが影響している.今回視力1.0以上の割合は,単眼視力が79.7%で両眼視力は90.7%と,選手の多くは視力が良好だった.しかし,視力0.7以上の割合でみると単眼視力が90.9%で両眼視力は95.8%と,ほとんどの選手は視力0.7以上でプレイしていた.このことから,選手の多くは0.7以上の視力があればプレイに支障はなく,視力をさらに良くする必要性を感じる者が少なかったと考えられる.しかし,現在のところ選手がプレイに支障のない視力で競技能力が十分に発揮できているかについては不明である.過去の実験では競技種目によっては視力0.7未満になると選手の競技能力に低下がみられた4)ことから,視力を1.0以上に向上させると選手の競技能力がさらに発揮できると考えられる.したがって,選手の競技能力を向上させるには,視力を1.0以上に矯正することを勧めたほうが良いであろう.競技群別の視力では,以前報告した結果と同様に標的群・球技群・体操群では1.0以上の選手の割合が多く,格闘技群・スピード群・その他群では0.7未満の選手が多かった(表2).米国のオリンピック選手の調査でも標的種目や球技種目の選手の視力は良く,格闘技や陸上競技などの選手の視力は悪いといった競技特性による違いがあったと,今回とほぼ同じ結果を報告している5).標的群の選手は標的を見る必要があること,球技群の選手は不規則に動くボールや対象物に臨機応変に対応する必要があることなどから,視力の良い者が多かったと考えられる.しかし,格闘技群の選手は相手が近距離にいて遠方を見る必要がないこと,スピード群の選手はボールのような不規則に動く目標を見ることがないこと,その他群の選手は視力で試合が左右されることが少ないことから,良い視力は必要がないと思っている可能性がある.代表群と候補群の視力を比較すると,1.0以上の選手は代表群に多く,0.7未満の選手は候補群に多かった(図1).非矯正視力も1.0以上の選手の割合は代表群に多かったが,0.7未満の選手では候補群のほうが多かった(図3).非矯正眼でプレイをしている選手は,矯正をしなくても視力が良いか,視力が悪いにもかかわらず矯正をしていなかった者である.0.7未満の選手が候補群で多かったことは,代表群では視力の悪い選手は積極的に視力矯正をしていたけれども,候補群では視力の悪い選手は視力矯正をすることに消極的だったのであろう.矯正視力は矯正が適切であれば1.0以上の視力が期待される.そのため,矯正視力1.0以上が多かった代表群では選手の視力矯正はほぼ適切だったとみなせるが,矯正視力1.0以上が少なかった候補群では矯正が不適切だった選手だけでなく,あえて1.0以上の矯正を希望していなかった選手もいたと思われる(図4).また,代表群に視力の良い者が多かった別の理由として,スポーツ環境の違いがあげられる.日本オリンピック協会(JOC)のアスリートプログラムではオリンピック強化指定選手の日常の健康と体力を管理するため,定期的に健康診断・体力測定などを実施することと,強化指定選手の強化活動に必要な助言,指導を与えるためのさまざまなスタッフを配置すると決められている.代表群の選手は全員が強化指定されているので,アスリートプログラムによって身体が常に良い状態を保つようにメディカチェックやさまざまなサポートを継続して受けている.そのため視力をチェックする機会も多く,選手自身も視力を良い状態に保つように注意していたと考えられる.しかし,候補群の選手は強化指定選手に指定されない限り,代表選手よりメディカルチェックを受ける頻度は少ない.そのため視力をチェックする機会も自ずと少なく,視力を良い状態に保つ重要性に気づいていなかったことがありうる.競技群別の矯正方法の特徴的な点としては,すべての競技群でCLの使用がもっとも多かったこと,標的群・スピード群・その他群では眼鏡やLASIKの使用が多かったこと,格闘技群ではLASIKはいなかったがOrtho-Kを選択している選手が多かったことがあげられる(表6).CLの使用が多かったのは,視野を妨げることなく自然に見えることから,多くの競技種目で使いやすいからであろう.標的群・スピード群・その他群で眼鏡やLASIKの使用が多かったのは,標的群の選手にとっては標的を注視する際に瞬きが減少してCLが使いにくいことや,標的を狙う眼に視力矯正用のレンズを使用するからであろう.スピード群の選手にとってはプレイ中に風が眼に当たってCLが乾燥して見づらいためと推測できる.格闘技群でLASIKがいなかったのは接触時に角膜が損傷しやすいことや,相手が近距離にいることから良い視力を求める選手が少なかったからであろう.また,Ortho-Kが多かったのは眼球強度に影響がなく,競技のときに視力矯正用具を使用しなくてよいからであろう.代表群と候補群の視力矯正方法の特徴としては,代表群では競技特性に合わせた矯正方法を選択していた選手が多かったが,一部に競技特性に適した選択をしていなかった選手もいた.また,候補群では多くの選手がCLを使用していたことから,競技特性に合った方法を考慮していた者が少なかったようである(図5).このように代表群と候補群ともに選手のなかには視力矯正方法について十分に理解していない者がいたようである.選手はそれぞれの矯正方法の利点や欠点を理解して,競技特性に適したより良い矯正方法を選択することが必要である.たとえば,Ortho-Kは矯正効果に個人差があること,視力がやや不安定なところがあること,効果が出るまでに時間を要することなどに注意しなければならないが,競技中に眼鏡やCLを使用しなくてすむだけでなく,角膜強度が低下しないことから水中で行う水球や飛び込みなどの種目や格闘技種目などでも使用が勧められる.LASIKは視力の矯正効果はあるが術後に近視の戻り・不正乱視・まぶしさの増加などが起こる可能性があることや,角膜が薄くなることから眼を直接打撲する可能性のある競技には不向きである.眼鏡は視野が狭く感じる,レンズが曇るなどの欠点はあるが,ボールによる眼外傷が多い球技種目では眼を守るために防護効果のあるスポーツ眼鏡を用いることも良いであろう.今回の結果から,選手の競技力のいっそうの向上を図るには,選手に視力矯正の重要性と競技種目に適した矯正方法をアドバイスすることが必要である.視力(II).あたらしい眼科32(9):1363-1367,2015文献4)枝川宏,石垣尚男,真下一策ほか:スポーツ選手におけ1)枝川宏,原直人,川原貴ほか:スポーツ選手の眼にる視力と競技能力.日コレ誌37:34-37,1955関する意識と視機能.臨眼60:1490-1412,20065)LadyDM,KirschenDG,PantallP:Thevisualfunctionof2)枝川宏,川原貴,小松裕ほか:トップアスリートのOlympiclevelathletes-Aninitialreport.EyeContactLens視力.あたらしい眼科29:1168-1171,201237:116-122,20113)枝川宏,川原貴,小松裕ほか:トップアスリートの***

バルベルト緑内障インプラントにおけるチューブのよじれを整復した1例

2017年6月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科34(6):899.902,2017cバルベルト緑内障インプラントにおけるチューブのよじれを整復した1例朝岡聖子本田理峰山口昌大舟木俊成村上晶松田彰順天堂大学医学部眼科学教室ACaseofBearveldtImplantTubeObstructionDuetoKinkingSatokoAsaoka,RioHonda,MasahiroYamaguchi,ToshinariFunaki,AkiraMurakamiandAkiraMatsudaDepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversitySchoolofMedicineバルベルト緑内障インプラント挿入術後合併症にはチューブ閉塞や露出などチューブに関連した合併症がある.今回,チューブのよじれ(kinking)を生じた1例を経験した.血管新生緑内障に対して緑内障インプラント手術を施行後,持続する術後高眼圧の原因検索のため,anteriorsegment-opticalcoherencetomography(AS-OCT)を用いて検査した結果,チューブのよじれによるものと診断した.チューブのよじれに対して観血的整復術を施行し,その後眼圧下降効果を得ることができた.Obstructionsandexposureshavebeenreportedastube-relatedcomplicationsofBearveldtglaucomaimplantsurgeryprocedures.HerewereportacaseofBearveldtimplanttubeobstructionduetokinking.Bearveldtimplantsurgeryhadbeencarriedoutona52-year-oldmaleduetoneovascularglaucoma.Toexaminethecauseofapro-longedpost-surgicalhypertensivephase,weperformedanteriorsegmentOCTandfoundtubekinking.Aftersur-gicalrepositioningofthetube,intraocularpressureiswellcontrolled.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(6):899.902,2017〕Keywords:バルベルト緑内障インプラント,チューブのよじれ,前眼部OCT.Bearveldtglaucomaimplant,kinking,AS-OCT.はじめにバルベルト緑内障インプラント(BearveldtGlaucomaImplant:BGI)は眼外への房水流出を増加させる目的で眼内に挿入する緑内障インプラントの一つである.緑内障インプラントは1969年にMoltenoによって臨床応用が開始され1),2012年に発表された緑内障インプラント手術とマイトマイシンC併用線維柱帯切除術との前向き比較試験(TVT試験)では,両者において同程度の眼圧下降効果が得られこと,また術後5年の手術成功率はインプラント手術のほうが有意に高いことが報告され2),同年より日本においても緑内障インプラントが保険診療で使用できるようになった3,4).BGI手術の合併症として過剰濾過による低眼圧,チューブ閉塞やプレート周囲の瘢痕形成による眼圧上昇,チューブやプレートの露出,チューブの偏位,角膜内皮障害,複視などが起こることが報告されている5).今回,BGI挿入後のチューブのよじれ(kinking)による術後高眼圧に対して観血的に整復し,眼圧が改善した1例を経験したので報告する.I症例患者:52歳,男性.主訴:高眼圧.既往歴:2002年から糖尿病.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2012年4月両眼増殖糖尿病網膜症,右眼網膜前出血のため当院紹介受診し,2013年7月両眼硝子体手術が施行された.2014年3月(硝子体術後8カ月)より左眼眼圧が20mmHg以上となり,血管新生緑内障と診断した.硝子体術後10カ月の時点で眼圧降下薬点眼が開始された.2014〔別刷請求先〕朝岡聖子:〒113-8431東京都文京区本郷3-1-3順天堂大学医学部眼科学教室Reprintrequests:SatokoAsaoka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversitySchoolofMedicine,3-1-3Hongo,Bunkyo-ku,Tokyo113-8431,JAPAN年6月(術後11カ月)に眼圧54mmHgまで上昇を認めたため,左眼BGI挿入術(毛様体扁平部挿入術)を施行した.BGI術前所見:矯正視力VD=(0.7p×sph+0.75D(cyl.1.75DAx100°)VS=(0.6×sph+0.25D(cyl.1.75DAx80°)眼圧Tod=15mmHgTos=54mmHg前眼部右眼特記すべき所見なし.左眼虹彩前面・隅角全周に新生血管の出現,広汎なPASの形成を認めた.視野右眼湖崎分類IIIb左眼湖崎分類IIIbBGI手術所見:チューブは8-0バイクリル糸で2カ所結紮し,シャーウッドスリットを近位側に2カ所作製した.角膜輪部より8mmの2時の方向にプレートを置き,8-0ナイロン糸で固定した.ホフマンエルボーは角膜輪部より3.5mmの位置に8-0ナイロン糸で固定した.チューブは強膜上には直接固定せず,ホフマンエルボーとともに保存強角膜片で被覆し,強角膜片は10-0ナイロン糸で固定した.図1前眼部OCTよじれ(kinking)を認めた.臨床経過:BGI挿入術翌日は眼圧20mmHgであったが,8日目に35mmHgまで上昇し,アセタゾラミド内服を開始するも眼圧の改善を認めず,9日目に前房穿刺を施行した.その後眼圧9mmHgまで低下したため11日目に退院した.しかし外来経過観察時には30mmHgまで再上昇を認め,BGI挿入術後2カ月経過しても眼圧30mmHgと高値が継続したため,AS-OCTでチューブの走行部位を精査したところ,チューブが鋭角に屈曲しよじれのために内腔が閉塞している可能性が疑われた(図1).細隙灯顕微鏡下でブルメンタールレンズを用いてチューブ位置の確認を試みた際にチューブの位置を修正し,一時的な低下を得たが,平成26年11月(BGI術後5カ月)に67mmHgとさらなる眼圧上昇を認めたため,観血的チューブ整復術を施行した(図2).II手.術.方.法手術は,フルオレセインを用いてBGIチューブの閉塞部位の確認をしながら屈曲部位のブ整復を行った.①AS-OCTにてよじれが予想された部位の結膜を切開し,チューブを露出させた.②屈曲部位より遠位側でチューブに30G針で穿刺し,フルオレセインを眼内に向かって注入し(図3a),前房内にフルオレセインが広がらないことを確認した(図3b).続いて屈曲部位より近位側で眼内に向かってフルオレセインを注入した(図3c)ところ前房内にフルオレセイン流入が確認され(図3d),鋭角なチューブ屈曲部位でチューブが閉塞していることを確認した.③結膜切開をプレート近くまで広げ,チューブの屈曲が鈍角になるようにチューブを動かし,10-0ナイロン糸で強膜上に固定した.④結膜縫合し,チューブ整復術を終了した.左眼眼圧(mmHg)80706050403020100POD1POD2POD3POD4POD5POD6POD7POD8POD9POD10POD111M2M3M4M5M図2術後眼圧図3閉塞部位の術中確認III結果再手術後の経過であるが,術後3週目の矯正視力はVD=(0.8p×sph+1.5D(cyl.2.25DAx95°),VS=手動弁で,眼圧は右眼20mmHg,左眼17mmHgであった.前眼部には左眼耳側上方結膜下にホフマンエルボーを認め,前眼部OCTで確認したところチューブのよじれは解消した(図4).術後1年以上が経過した2016年現在まで,眼圧は再上昇することなく10mmHg台を推移しており,左眼視野は湖崎分類Vbである.IV考按緑内障インプラント手術におけるチューブのよじれについては,これまでに2報の報告がある.Rothmanらはultra-soundbiomicroscopy(UBM)を用いて3例のチューブ閉塞を診断し,1例はチューブの走行を整復することで,2例はチューブを新しい位置に再挿入することで,眼圧下降効果を得たとしている6).Netlandらはチューブインプラント挿入後の高眼圧に対する再手術中にチューブのよじれを認め,チューブ抜去および再挿入によって眼圧下降効果を得られたと報告している7).BGI手術ではチューブを結紮するために,術後早期には眼圧の下降が得られにくい.本症例のように8.0バイクリル糸で2カ所チューブ結紮した場合には,通常1本で結紮した場合の術後4週ごろ8)と比較し,やや遅れてチューブが開放すると考えられる.本症例では術後8週を過ぎてもチューブ開放に伴う眼圧の下降が観察されなかったため,チューブ先端への硝子体の嵌頓とチューブのよじれの可能性を考え,最初に非観血的に前眼部OCTを用いてチューブのよじれを診断した.術後高眼圧の原因として,チューブ開放後のプレート周囲の線維化による高眼圧期も報告されているが,その場左前眼部OCTのシェーマ図4整復後の前眼部OCT矢印部分が鈍角になっている.合にはチューブ開放後の眼圧の低下が確認できることが多いはずであり,本症例のように通常のチューブ開放時期を過ぎての高眼圧持続例では,まずはチューブ閉塞・よじれの可能性を考えるべきである.一方,よじれの診断から観血的な整復までに約2カ月が経過しており,その間に視機能が低下してしまったことが反省点である.ブルメンタールレンズを用いた用手的なチューブ位置の整復は簡便であるが,その効果は一時的なものであり,よじれの診断後速やかに観血的な整復を施行すべきであったと考えられた.また,今回,よじれを生じた要因として,チューブの長さがプレートとホフマンエルボーの距離に比べて長く,チューブ屈曲の一因となったと推測された.プレート固定の適正な位置は角膜輪部から8.10mmとされており9),本症例では輪部から8mmの位置にプレートを固定した.プレートとチューブの接合部からホフマンエルボー先端部までは10mmの長さがあるため,角膜輪部8mmの部位にプレートを固定した場合にはチューブの長さに余剰が出ることから,本症例ではより後方(10mm程度)にプレートを設置するか,適切なカーブをするためにチューブを強膜上に複数箇所固定すべきであったと考えられる.文献1)MoltenoAC:Newimplantforgraucoma.Clinicaltrial.BrJOphthalmol53:606-615,19692)GeddeSJ,Schi.manJC,FeuerWJ:TreatmentoutcomesintheTubeVersusTrabeculectomy(TVT)studyafterfiveyearsoffollow-up.AmJOphthalmol153:789-803,20123)緑内障診療ガイドライン(第3版)補遺緑内障チューブシャント手術に関するガイドライン.日眼会誌116:388-393,20124)杉本洋輔,木内義明:バルベルトR緑内障インプラント手術.臨眼68:1692-1699,20145)千原悦夫:緑内障チューブシャント手術のすべて.メジカルビュー社,p54-61,20136)RothmanRF,SidotiPA,GentileRCetal:Glaucomadrainagetubekinkafterparsplanainsertion.AmJOph-thalmol132:413-414,20017)NetlandPA,SchumanS:Managementofglaucomadrain-ageimplanttubekinkandobstructionwithparsplanaclip.OphthalmicSurg36:167-168,20058)HongCH,ArosemenaA,ZurakowskiDetal:Glaucomadrainagedevices.SurvOphthalmol50:48-60,20059)MincklerD:Operativetechniquesandpotentialmodi.ca-tions.Glaucoma2ndedition(editedbyShaarawyTM,SherwoodMB,HitchingsRA,CrowstonJG),Vol2,p1069,Saunders,London,2015***