先天色覚異常CongenitalColorVisionDe.ciencies林孝彰*はじめに先天色覚異常は,先天赤緑色覚異常,先天青黄色覚異常,全色盲に大別される(表1).もっとも頻度の高い先天赤緑色覚異常は,X連鎖劣性遺伝形式をとり日本人男性の5%,女性の0.2%に存在する.先天青黄色覚異常は,常染色体優性遺伝形式をとるものの,その頻度は不明である.一方,先天的に低視力,羞明,昼盲,振子眼振を主徴とする全色盲は,常染色体劣性遺伝による杆体1色覚とX連鎖劣性遺伝形式による青錐体1色覚が存在し,いずれも数万人に1人以下とまれな疾患である.本稿では,先天赤緑色覚異常,先天青黄色覚異常,杆体1色覚,青錐体1色覚の臨床像について述べ,遺伝子診断・解析で決定された遺伝子変異との関連性について述べる.I先天赤緑色覚異常1.臨床像日常遭遇する非進行性の色覚異常である.視力障害や視野障害は引き起こされない.検査には石原色覚検査表II国際版38表(石原表)が用いられることが多い.2013年にリニューアルされ,これまでの数字表(数字を記載)と曲線表(曲線をたどることができるかどうか)に加え,「新色覚異常検査表(新大熊表)」で使用されていた環状表(環状部におかれた切痕部を認識できるかどうか)が新たに追加されている.石原表はスクリーニングに用いられ,大まかな診断が可能となっている.程度判定には表1先天色覚異常の分類A.先天赤緑色覚異常(X連鎖劣性遺伝)1型色覚(protan)→1型3色覚(protanomaly),1型2色覚(protanopia)2型色覚(deutan)→2型3色覚(deuteranomaly),2型2色覚(deutanopia)B.先天青黄色覚異常(常染色体優性遺伝)3型色覚(tritan)→3型3色覚(tritaranomaly),3型2色覚(tritanopia)C.杆体1色覚(rodmonochromacy)(常染色体劣性遺伝)D.青錐体1色覚(blueconemonochromacy)(X連鎖劣性遺伝)パネルD-15が用いられpassもしくはfailに分類される.Passすれば中等度異常以下,failした場合は強度異常と判定される.確定診断にはアノマロスコープが用いられ,1型2色覚,1型3色覚,2型2色覚,2型3色覚に分類される.1型2色覚と2型2色覚は合わせて2色覚,1型3色覚と2型3色覚は合わせて異常3色覚とよばれている.パネルD-15とアノマロスコープの関係性を図1に示す.2.遺伝学的診断1986年,Nathansらは,L遺伝子(OPN1LW),M遺伝子(OPN1MW),S遺伝子(OPN1SW)を単離することに成功した1).L遺伝子とM遺伝子は,X染色体上(Xq28)に存在し,L遺伝子(先頭遺伝を意味することが多い)の下流に一つもしくは複数のM遺伝子(後続遺伝を意味することが多い)が配列している.両者ともに*TakaakiHayashi:東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(51)967図1先天赤緑色覚異常の自験例26例の診断と程度判定による分類図21型3色覚(6例)の遺伝子配列図31型2色覚(5例)の遺伝子配列症例遺伝子配列波長差パネルD15563(556.7)Asenjo(Merbs)120(0)FSer556(552.4)555(549.2)131(3.2)FAlaAlaAla症例遺伝子配列波長差パネルD15563(556.7)559(553.0)563(556.7)Asenjo(Merbs)14,154(3.7)P19,20,210(0)FSerSer16563(556.7)554(-)9(-)P22,23Ser0(0)F556(552.4)SerAlaAlaAla563(556.7)555(549.2)563(556.7)563(556.7)17SerAlaAla8(7.5)P24,250(0)FSerSer18556(552.4)555(548.8)1(3.6)P26563(556.7)563(556.7)0(0)F2AlaAlaAlaSerSerAla図42型3色覚(7例)の遺伝子配列図52型2色覚(8例)の遺伝子配列先天赤緑色覚異常L-Mハイブリッド遺伝子(+)M-Lハイブリッド遺伝子(+)1型色覚異常2型色覚異常単一L-Mハイブリッド遺伝子波長差(一)波長差(+)単一L遺伝子波長差(一)波長差(+)波長差(一)波長差(一)1型2色覚1型3色覚2型2色覚2型3色覚1型2色覚2型2色覚1型3色覚(強度異常)2型3色覚(強度異常)図6先天赤緑色覚異常の遺伝子配列と診断のフローチャート図7特異な2色覚の19歳男性(JU#295)のアノマロスコープの結果LogSensitivity(logphoton-1secdeg2)aWavelength(nm)bWavelength(nm)cWavelength(nm)40050060070040050060070040050060070025,00020,00015,00025,00020,00015,00025,00020,00015,000Wavenumber(cm-1)Wavenumber(cm-1)Wavenumber(cm-1)図8特異な2色覚の19歳男性(JU#295)の分光感度曲線の結果エクソン5の塩基配列(JU#0295)L遺伝子配列M遺伝子配列図9特異な2色覚の19歳男性(JU#295)の単一L.M遺伝子のエクソン5の塩基配列表2先天青黄色覚異常の臨床像色覚1931CIE色度図上x=0.171,y=0.000に収束点をもつ.中性点は571.5nm.450nmと650nmの混合色530nmで等色する.一部異常3色覚(incompletetritanope)を示す.遺伝形式常染色体優性遺伝発症年齢先天性矯正視力正常視神経乳頭所見正常視野(中心部)正常視野(周辺部)白色視野正常,青色視野狭窄589590591592593DLEAF図10杆体1色覚の家系(自験例)のPDE6C塩基配列姉と弟にp.E591K(p.Glu591Lys)変異をホモ接合で認める.7778798081SFGGF図11杆体1色覚の家系(自験例)のS遺伝子の塩基配列姉と父にp.G79R(p.Gly79Arg)変異をヘテロ接合で認める.コントロール父親L/ML/M青色刺激赤色刺激10μV図12先天青黄色覚異常のS錐体網膜電図父親ではS応答が検出されない.先頭遺伝子後続遺伝子S180Y277T285A180F277A285正常色覚5′LCRLP123456MP1234563′L遺伝子M遺伝子S180Y277T285A180F277A285NoLCRBCMタイプ15LP123456MP1234563′L遺伝子M遺伝子LCRの部分的もしくは全欠損C203RS180変異を有するBCMタイプ25′LCRLP1234563′L/Mハイブリッド遺伝子5′L-M3′ハイブリッド遺伝子(M-class)機能消失変異(C203Retc)→不均等交叉その後突然変異C203RC203RS180F277A285A180BCMタイプ35′LCRLP123456MP1234563’5′L-M3′ハイブリッド遺伝子(M-class)M遺伝子機能消失変異(C203Retc)→type2出現後→geneconversion(遺伝子転換)S180F277A28534563′エクソン2の欠損BCMタイプ45′LCRLP1エクソン領域の部分もしくは全欠損図13青錐体1色覚(BCM)における遺伝子配列異常の四つのタイプコントロール症例図14CNGA3の塩基配列杆体1色覚と診断された症例(JU#0185)でCNGA3遺伝子に複合ヘテロ接合変異p.R436W(p.Arg436Trp)とp.L633P(p.Lue633Pro)を認める.右眼左眼図15CNGA3遺伝子に複合ヘテロ接合変異を認めた症例(JU#0185)の39歳時の眼底所見眼底写真(a)では中心窩の色調異常を認めるが,眼底自発蛍光(b)では異常はみられない.光干渉断層計(c)では,中心窩付近のellipsoidzoneの不明瞭化とinterdigitationzoneの欠損を認める.■用語解説■L遺伝子,M遺伝子,S遺伝子の由来:色覚に関する遺伝子の呼び名に関して,実はつい最近までさまざまな表記がなされていた.現在の遺伝子表記はlong-wave-sensitiveopsin-1gene(OPN1LW),medium-wave-sensitiveopsin-1gene(OPN1MW),short-wave-sensitiveopsin-1gene(OPN1SW)が正式で本稿では略して,それぞれL遺伝子,M遺伝子,S遺伝子としている.M遺伝子はmiddleではなくmediumの略である.今後英文論文を読む際,昔の論文の表記には注意する必要がある.たとえばredvisualpig-mentgeneはOPN1LWと同義である.杆体1色覚の英語表記:眼科用語集第6版(Web版)では,rodmonochromatismとなっている.rodmono-chromacyを使用する場合もある.杆体1色覚が先天性の全色盲で青錐体1色覚でない疾患をさすのであれば,現状でrodmonochromatismやrodmonochro-macyが使用されるケースは少ない.最近報告されたATF6遺伝子変異による疾患の英語表記は,autoso-malrecessiveachromatopsia(文献41)もしくはconedysfunctiondisorderachromatopsia(文献42)が用いられている.先天性の全色盲で青錐体1色覚でない疾患をachromatopsiaと呼称しているのである.achromatopsiaの枕詞は,おそらく遺伝性であることを強調し,後天的疾患であるcerebralachromatopsiaなどと区別するために用いられていると考えられる.また,S錐体機能が残存している青錐体1色覚をachromatopsiaとよぶことはない.しかし,本稿では杆体1色覚と青錐体1色覚の鑑別が容易でないことから両者を全色盲と表記している.—