斜視と弱視のABC監修/佐藤美保9.動眼神経麻痺西村香澄上野眼科・聖隷浜松病院眼科動眼神経麻痺は支配筋の運動障害や眼瞼下垂,瞳孔異常などさまざまな症状を呈する.外眼筋6本中4本が障害されるため,通常の斜視とは異なる治療が必要になる.発症早期は保存的治療を行い,症状が固定したら手術治療を行う.大角度の外斜視を矯正する手術と,眼位維持のための外直筋減弱術を合わせて行うと効果的である.動眼神経麻痺とは動眼神経は,中脳の動眼神経核から起始し,脳幹の腹側を通過して,後大脳動脈と上小脳動脈の間を走行する.その後,海綿状脈洞に至り,上眼窩裂から眼窩内に入る.眼窩内で上下に分かれ,上枝は上眼瞼挙筋と上直筋を,下枝は内直筋,下直筋,下斜筋,瞳孔括約筋,毛様体筋を支配する.動眼神経が麻痺すると,支配筋の運動制限,上斜筋過動,外直筋拘縮による運動障害や眼瞼下垂,瞳孔異常(散瞳),調節障害などさまざまな症状を呈する.完全麻痺では内方回旋を伴う外下斜視となる.また,動眼神経麻痺再生時に,神経が本来支配する筋肉ではなく,別の筋肉に迷入して支配する動眼神経異常再生が起こることがある.たとえば,内直筋枝が上眼瞼挙筋に迷入すると,内転時に上眼瞼が挙上して瞼裂が開大する異常連合運動が起こる.動眼神経麻痺の治療動眼神経麻痺のおもな原因は,小児では先天性や外傷性,大人では神経栄養血管の微小循環障害による血管性や外傷,脳腫瘍,動脈瘤である.とくに内頸動脈.後交通動脈分岐部動脈瘤が原因の散瞳を伴うものは,生命の危険を伴うため適切な診断と治療を要する.最初に内科や脳外科で原因疾患の治療を行い,斜視が残れば眼科の治療を開始する.複数の眼筋障害や眼瞼下垂や瞳孔異常,動眼神経異常再生などが合併しているため,個々の症例に対してオーダーメイドの治療が必要になる.保存的治療①薬物治療:急性期の治療で,神経の修復や保護を目的にビタミンB12製剤やカリジノゲナーゼ,ATP製剤の内服を行う.②A型ボツリヌス毒素注射:発症後早期にA型ボツリヌス毒素を拮抗筋に注射して眼位の改善を促進し,(83)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY拮抗筋の拘縮を防ぐ.③遮蔽:眼帯,遮蔽コンタクトレンズ,すりガラスレンズや膜による片眼遮蔽は複視の解消に役立つ.小児では形態覚遮断弱視に注意する.④プリズム治療:プリズムには組み込みレンズとFres-nel膜プリズムがある.組み込みレンズは両眼合計で10⊿程度の矯正が限界である.Fresnel膜プリズムは40⊿の大角度の矯正も可能であるが,プリズム度数が上がると視力低下も著しいため大角度の矯正は困難であることが多い.自然治癒傾向のある症例では,症状の改善とともに頻回のプリズム交換が必要になる.手術治療内服やプリズム治療を行っても症状が改善しない場合に手術を行う.発症6カ月以上経過して,症状が固定したことを確認したうえで手術を行う.不全麻痺の手術手術は第一眼位の改善,頭位異常や複視の解消,両眼単一視野の拡大を目的に行う.術式の選択は,障害された筋肉の本数や,麻痺,拮抗筋拘縮の程度よって異なる.1.単筋不全麻痺内直筋単筋不全麻痺は通常,大量前後転術を行う.麻痺の程度に応じて最大外直筋後転は付着部から12mm程度,内直筋短縮は10~12mmを目標に行う.上下斜視を合併している場合は垂直方向への水平筋移動を同時に行う.2.動眼神経の上枝,下枝が単独で麻痺動眼神経上枝単独麻痺による上直筋障害には,水平直筋の筋移動術に加え,下直筋後転を拘縮による運動制限が解除されるまで行う.動眼神経下枝単独麻痺に対してKushner1)は,上斜筋の切腱に加え,外直筋を下直筋側に,上直筋を内直筋側に移動し,良好な第一眼位を得たと報告した.あたらしい眼科Vol.34,No.5,2017685図1動眼神経完全麻痺術前写真眼球は外下方で固定し,全方向で眼球運動は制限されている.完全動眼神経麻痺のため左眼は眼瞼下垂も合併している.完全麻痺の手術動眼神経完全麻痺の治療は眼球運動神経麻痺のなかでもっとも困難である.なぜなら外眼筋6本中4本の筋肉が障害されているため,前後転術や筋移動術では大角度の外斜視を矯正できないからである.そのため通常とは異なった治療のアプローチが必要になる.1.大角度の外斜視を矯正する術式①前後転術:Helveston2)は完全麻痺に対して筋腹幅80%の周辺切筋術を併用した大量の外直筋後転と内直筋短縮を行ったが,多くの症例で追加手術が必要であった.②上斜筋移動術:前後転術や外直筋大量後転術に併用して,上斜筋腱を内直筋付着部上端付近に縫着する3).予想外の水平斜視や新たな垂直斜視,paradoxicalな眼球運動が生じることがある.③外直筋移動術:外直筋を分割して,上下の外直筋をそれぞれ上斜筋と下斜筋の下を通して内直筋付着部付近の鼻側に縫着する4).外直筋が拘縮・萎縮している場合は適応にならない.④眼球固定術:眼窩内側壁と眼球を非吸収糸5)や筋膜,骨膜などを用いて固定する.下斜視では上斜筋切腱や前方移動術を行う(図1,2).上記手術は単独で行うと再発の可能性があるため,外直筋の外転力を制御するために外直筋減弱術を併用すると良好な眼位を維持できる.2.眼位維持のための術式①外直筋切除:外直筋の力を減弱できるが,単独手術の術後MRIで眼球と外直筋間が線維性組織で連結され,外転運動と外斜視再発がみられた6).図2動眼神経完全麻痺術後写真初回手術で筋膜を用いた眼球固定術を行ったが,術後外斜視が再発した.外直筋Tenon.固定術と上斜筋切腱を追加して眼位の改善を得た.その後眼瞼下垂手術を行い,治療を終了した.②外直筋Tenon.固定術:外直筋を眼球から切離し,外側Tenon.内に埋没させる.単独で外斜視矯正力は弱いが,眼位の安定に有効である.③非麻痺眼の手術:残余斜視の調整,異常連合運動や偽眼瞼下垂の改善のために非麻痺眼の手術を行う.おわりに動眼神経麻痺では,眼球運動の改善は困難であるが,良好な第一眼位を得るために適切な治療を選択することが重要である.文献1)KushnerBJ:Surgicaltreatmentofparalysisoftheinferi-ordivisionoftheoculomotornerve.ArchOphthalmol117:485-489,19992)HelvestonEM:Muscletranspositionprocedure.SurvOphthalmol16:92-97,19713)EraslanM,CermanE,OnalSetal:Superiorobliqueanteriortranspositionwithhorizontalrectirecession-resectfortotalthirdnervepalsy.OphthalmologyIDs780139,20154)SaxenaR,SharmaM,SinghDetal:Medialtranspositionofsplitlateralrectusaugmentedwith.xationsuturesincaseofcompletenervepalsy.BrJOphthalmol100:1-3,20165)HullS,VerityDH,AdamsGGW:Periostealmuscleanchoringforlargeangleincomitantsquint.Orbit3:1-6,20126)SatoM,MaedaM,OhmuraTetal:Myectomyoflateralrectusmuscleforthirdnervepalsy.JpnJOphthalmol44:555-558,2000686あたらしい眼科Vol.34,No.5,2017(84)