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硝子体手術のワンポイントアドバイス:252.糖尿病黄斑浮腫の成因(研究編)

2024年5月31日 金曜日

252糖尿病黄斑浮腫の成因(研究編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME)をはじめとする網膜浮腫は,黄斑部に好発する.網膜浮腫は一般に血管透過性亢進によって生じるが,なぜ無血管である中心窩に浮腫が生じやすいのであろうか.筆者らはサル眼を用いた研究で,中心窩には神経幹細胞様の未分化な細胞群が存在する可能性を報告した1).C●DMEとヒアルロン酸DMEの成因として,ヒアルロン酸という分子に着目した.幼若な組織にはヒアルロン酸が多く,組織幹細胞や癌幹細胞はヒアルロン酸を産生することが報告されている2).また,ヒアルロンは,親水性で保水作用があることが知られている.そこで筆者らは,培養CMuller細胞を用いてヒアルロン酸結合蛋白の発現を調べた.bFGFおよびインスリンで培養CMuller細胞を脱分化させると,ヒアルロン酸結合蛋白の一つであるCCD44の発現が増加した(図1)3).増殖糖尿病網膜症の硝子体中にはCbFGFやインスリンと受容体を共有するCIGF-1などのサイトカイン濃度が上昇することが知られているが,これらのサイトカインが中心窩に存在する神経幹細胞様の細胞群をより未分化な状態にし,CD44の発現を高めることで中心窩にヒアルロン酸が蓄積する.その結果としてヒアルロン酸が周囲から水を引き寄せ,黄斑浮腫が生じる可能性が考えられる(図2a,b)4).ヒアルロン酸は保水作用に加えて,脂質の特徴である疎水領域も有し,脂質と複合体を形成することが知られている5).硬性白斑の主成分はリポ蛋白なので,中心窩で産生が増加したヒアルロン酸が脂質と複合体を形成し,これが中心窩に集積するために硬性白斑の中心窩集積が生じるのではないかと考えられる(図2c).DMEの新治療として,ヒアルロン酸合成酵素阻害薬などヒアルロン酸をターゲットとした治療法の可能性が考えられる.(85)C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY図1Muller細胞におけるヒアルロン酸結合蛋白(CD44)の発現bFGFとインスリンを培養上清中に添加することで,培養CMuller細胞を脱分化させるとCD44の発現が増加した.(文献C3より引用)図2DMEと中心窩硬性白斑集積の発症機序中心窩におけるヒアルロン酸結合蛋白の発現に増加により,ヒアルロン酸が増加し周囲から水が引き寄せられてDMEが生じる(a,b).またヒアルロン酸の疎水部分と脂質が複合体を形成することで,中心窩に硬性白斑が集積する(c).(文献C4より引用)文献1)IkedaCT,CNakamuraCK,COkuCHCetal:ImmunohistologicalCstudyofmonkeyfovealretina.SciRepC9:5258,C20192)KosakiR,WatanabeK,YamaguchiY:OverproductionofhyaluronanCbyCexpressionCofCtheChyaluronanCsynthaseCHas2CenhancesCanchorage-independentCgrowthCandCtumorigenicity.CancerResC59:1141-1145,C19993)HosokiA,OkuH,HorieTetal:Changesinexpressionofnestin,CD44,vascularendothelialgrowthfactor,andglu-tamineCsynthetaseCbyCmatureCMullerCcellsCafterCdedi.erentiation.CJCOculCPharmacolCTherC31:476-481,C20154)池田恒彦,奥英弘,杉山哲也ほか:糖尿病網膜症の病態と治療臨床と基礎研究の接点.あたらしい眼科C36:757-770,C20195)VijayagopalCP,CSrinivasanCSR,CRadhakrishnamurthyCBCetal:Lipoprotein-proteoglycanCcomplexesCfromCatheroscle-roticClesionsCpromoteCcholesterylCesterCaccumulationCinChumanCmonocytes/macrophages.CArteriosclerCThrombC12:237-249,C1992あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024557

考える手術:29.脈絡膜下血腫へのドレナージ法

2024年5月31日 金曜日

考える手術.監修松井良諭・奥村直毅脈絡膜下血腫へのドレナージ法岩瀬剛秋田大学大学院医学系研究科医学専攻病態制御医学系眼科学講座脈絡膜下血腫はまれで,おもに眼内手術中や術後に発生するほか,外傷によっても発生する.周術期の低眼圧脈絡膜下血腫の包括的な要因は低眼圧であり,低眼圧により長・短後毛様体動脈が破綻し,脈絡膜と強膜の間の空間に出血が起こる.術中に脈絡膜下血腫が生じた場合には,さらなる出血とその後の眼内内容物の排出を防ぐために,すべての切開部の閉鎖を行うなどして眼圧の上昇・維持することが必要である.術後の場合も含めて眼圧を維持して脈絡膜下血腫のドレナージを行う.脈絡膜下血腫のドレナージ法としては,強膜切開を3~4mmは抜き,角膜輪部から4.0mm程度の位置を選択し,ベベルアップで強膜に対して接線方向に挿入する.脈絡膜血腫は受動的に排液され,その際にシリンジ内に血液が流入するのが観察できる.また,術後の駆出性出血に対しても有効な場合がある.血腫のドレナージを終えたら,針を抜去するのみで縫合の必要はない.この手法は結膜や強膜の切開を行うこともなく簡便にできるので,いずれの時期においてもまず試みてもよい方法と考えられる.聞き手:脈絡膜下血腫はどのような場合に起きるので圧です.低眼圧により,長・短後毛様体動脈が破綻し,しょうか?脈絡膜と強膜の間の空間に出血が起こります.ただし直岩瀬:脈絡膜下血腫は比較的まれではありますが,大き接の原因として,毛様動脈に既存の損傷がありストレスく分けると眼内手術中あるいは術後に発生する場合と,時に破綻しやすくなるのか,あるいは低眼圧により脈絡外傷により発生する場合があります.眼球破裂などで生膜液貯留が著しくなり動脈が引き伸ばされて破綻するのじる外傷性の脈絡膜下血腫では,脈絡膜そのものが損傷かということについては議論の余地があります.していることから血腫の性状が周術期のものとは異なりますので,別個の疾患と考えるべきです.今回は周術期聞き手:脈絡膜下血腫が生じた場合の対処法について教に発生する脈絡膜下血腫のドレナージについて述べます.えてください.岩瀬:術中に脈絡膜下血腫が生じた場合の最初の対応と聞き手:周術期の脈絡膜下血腫の発症機序はどのようなしては,さらなる出血とその後の眼内内容物の排出を防ものですか?ぐために,眼圧の上昇・維持することが必要です.すな岩瀬:いくつかの説がありますが,包括的な要因は低眼わち,直接圧迫による即時タンポナーデ,あるいはすべ(83)あたらしい眼科Vol.41,No.5,20245550910-1810/24/\100/頁/JCOPY考える手術ての切開部の閉鎖をまず行います.その後に脈絡膜下血腫の排液について考えます.閉創し眼圧が上昇した段階で,脈絡膜下血腫が軽度で周辺部に限局している場合には経過観察とし,術後に再手術などを考慮してもよいと考えます.聞き手:脈絡膜下血腫のドレナージ法にはどのようなものがありますか?岩瀬:以前から行われてきた方法は,強膜切開を行い,血腫を排出するものです.脈絡膜下血腫の丈の高い象限で,角膜輪部から約8mm後方で3~4mm幅に子午線方向に強膜切開を行う方法です.血腫の排出を促進させるために,強膜切開の断端で軽く圧迫してもいいでしょう.1カ所のみの強膜切開で十分に血腫を排出できない場合には,血腫が残存している別の象限からの排出を試みてもよいです.切開創が大きいので,血腫が多少凝血している場合にも直視下で排出できるので,侵襲は大きいですが血腫を排出できる確率は他の手技よりも高いと考えられます.他の方法で排出ができない場合には最後に試みてもよいと考えます.聞き手:現在は別の方法が用いられるのですね?岩瀬:他の方法としては,経結膜的硝子体トロッカールによるドレナージがあります.Closurebulb付きトロッカールでは,鉗子でバルブを開き,排液します.とくにトロッカール刺入時に,トロッカールの刃先が網膜色素上皮や網膜に接触したり刺入したりしないように注意する必要があります.そのような合併症を避けるために,血腫の丈が十分に高い象限でかなり斜めに刺入することが望ましいです.もっとも簡便な方法は,1ccのツベルクリン注射器と27ゲージ針を用いた方法です(図1).この手技はとくに術中に生じた,あるいは既存の脈絡膜.離に対して有用な方法です.脈絡膜下血腫が溶血している場合にも有用です.具体的には,1ccの注射器に27ゲージ針を装着し内筒は抜きます.前房メンテナーなどを用いて一定以上に眼圧を上昇・維持しておきます.眼圧排液部位として,脈絡膜.離のある象限で角膜輪部から4.0mm程度の位置を選択します.27ゲージ針をベベルアップで強膜に対して接線方向に挿入していくと,脈絡膜血腫を受動的に排液することができます.術者は排液の際にシリンジ内に血液が入ってくるのを観察できます.術後の駆出性出血に対しても行うことができます.血腫のドレナージを終えたら,針を抜去するのみで縫合は必要ありません.聞き手:ドレナージを行ううえで注意すべき点は何でしょうか?岩瀬:いずれのドレナージ方法においても,前房メンテナーなどを用いて眼圧を適切に維持しながらドレナージを行うことが重要です.発症機序自体に低眼圧が関与していますので,ドレナージを行っている間も低眼圧にならないようにすることが重要です.また硝子体内に灌流針を挿入すると,その先端の観察が困難であり,場合により毛様体あるいは脈絡膜下に灌流液が迷入する可能性があるので,前房内に挿入したほうが,トラブルが少ないです.聞き手:ドレナージの時期はいつがよいのでしょうか?岩瀬:まだ議論の余地がありますが,最初の36時間以内にドレナージを行うと血腫が再貯留することなく排出に成功するという報告がある一方で,7~14日後に行うと溶血が起こり血腫の排液がより完全になるとの報告もあります.今回紹介した27ゲージ針を用いた手技は,結膜や強膜の切開を行うことなく,外来でも行うことができるものですので,いずれの時期においても,まず試みてもよい方法と考えます.図127ゲージ針によるドレナージ法a:1ccツベルクリン注射器.内筒は抜いて,27ゲージ針を装着する.b:脈絡膜.離のある症例で,脈絡膜.離のある象限に27ゲージ針を刺入している.c:脈絡膜血腫を受動的に排液している.556あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024(84)

抗VEGF治療セミナー:糖尿病黄斑浮腫治療におけるファリシマブの利点

2024年5月31日 金曜日

●連載◯143監修=安川力五味文123糖尿病黄斑浮腫治療における齊藤千真群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学ファリシマブの利点ファリシマブはアンジオポエチン-2およびCVEGFの両方を阻害することで,糖尿病黄斑浮腫に対して高い浮腫抑止効果を示し,投与間隔の延長を期待できる薬剤である.また,血中への移行が少ない抗体設計のため,全身への影響が少なく,全身合併症を伴うことの多い糖尿病患者でも比較的安全な薬剤である.はじめに糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME)は糖尿病患者において,視力障害をもたらす重篤な疾患である.中心窩を含むCDMEに対する治療としては,現在,抗CVEGF薬硝子体内注射が第一選択となっている.日本ではCDMEに対する抗CVEGF薬としてC2014年にラニビズマブおよびアフリベルセプトが使用可能となった.そして,2022年に新たな抗CVEGF薬としてファリシマブおよびブロルシズマブが使用可能となり,今後はそれぞれの薬剤特性を生かした使い分けが重要である.ファリシマブの作用機序ファリシマブはCVEGF-Aおよびアンジオポエチン(angiopoietin:Ang)-2に対するヒト化二重特異性モノクローナルCIgG抗体であり,眼科初のバイスペシフィック抗体である.正常な血管ではCAng-1とCtyrosineCkinaseCwithCimmunoglobulinCandCepidermalCgrowthCfactorChomologydomains(Tie)2受容体が結合することで,血管安定性と恒常性が保たれている.しかし,糖尿病患者ではCAng-2が眼内で上昇し,Ang-2がCAng-1とTie-2受容体の結合を阻害し,血管を不安定化することで漏出や血管新生が生じる.ファリシマブはCVEGFとともにCAng-2の作用を抑制することで,Ang-1がTie2受容体と結合することが可能となり,血管の安定化をもたらし,高い浮腫抑制作用をもたらすと考えられている.CDMEに対するファリシマブの有効性DMEに対するファリシマブの有効性は,国際共同第III相試験であるCYOSEMITE試験およびCRHINE試験1)で示されている.ファリシマブC8週ごと投与群(ファリ(81)C0910-1810/24/\100/頁/JCOPYシマブCQ8W群)と個別化治療群(ファリシマブCT&E群)はアフリベルセプトC8週ごと投与群(アフリベルセプトCQ8W群)と比較して,1年目およびC2年目において視力改善量は非劣性であることが示された.YOSEM-ITE試験とCRHINE試験を合わせた解析では,2年目の平均中心領域網膜厚(centralsub.eldthickness:CST)減少量はファリシマブCQ8W群とファリシマブCT&E群は,アフリベルセプトCQ8W群と比較して大きかった.2年目において,ファリシマブCT&E群はCYOSEMITE試験,RHINE試験ともにC78%の患者がC12週以上の投与間隔を達成し,16週間隔投与を達成した患者はそれぞれC60%,64%であった.2年時点での網膜内浮腫の消失比率は,ファリシマブCQ8W群がC57~63%,ファリシマブCT&E群がC44~48%に対し,アフリベルセプトCQ8W群はC36~41%であり,アフリベルセプト投与群に比べて,ファリシマブ投与群の方が多かった.以上より,ファリシマブは浮腫抑制効果が高く,視力を維持したまま投与間隔の延長が期待できる薬剤である可能性が示唆された.ファリシマブの安全性DMEでは抗CVEGF薬による全身合併症のリスクに注意が必要である.アフリベルセプトやブロルシズマブでは投与後C28日でも血中CVEGF-A濃度は低下しており,全身の抗CVEGF抑制作用による心血管イベントのリスクが懸念される.メタ解析では,DME患者では抗VEGF薬注射回数がC5回を超えると死亡率が増加することが報告されている2).ファリシマブはCFc領域の改変により,血液中への抗体移行の抑制による全身暴露量の低下や,抗体依存性細胞障害/貪食による炎症誘発の抑制がもたらされており,安全性の高い設計がなされている.全身への副作用の観点からすると,脳卒中や心疾あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024553図1DMEに対するファリシマブ導入期治療例59歳,男性.近医にて両眼CDMEに対してグリッドレーザー治療後も浮腫改善なく,当科紹介受診.治療前:右眼視力(0.6).増殖性糖尿病網膜症に対して汎網膜光凝固術歴あり.中心窩を含む網膜内浮腫と漿液性網膜.離がみられる.治療後:右眼視力(0.7).ファリシマブ硝子体内注射をC4週ごと連続C3回の導入期治療を行い,網膜内浮腫と漿液性網膜.離は消失している.光干渉断層計のCMAP画像でも,網膜肥厚範囲が縮小している.患の既往が多い糖尿病患者に対するファリシマブの使用は,他の抗CVEGF薬と比較し利点がある.毛細血管瘤への効果毛細血管瘤(microaneurysm:MA)はCDMEに対する抗CVEGF療法不応例の危険因子である.ファリシマブはCAng-2阻害による血管安定化作用があるため,DMEではCMAの減少効果が期待されている.高村らは,DMEに対するファリシマブ導入期治療後のCMA減少率をC59.3C±18.3%と報告している3).アフリベルセプトの既報ではC50.4C±21.2%であるので,ファリシマブは他の抗CVEGF薬と比較して高いCMA減少効果が得られる可能性がある.MAを有するCDMEに対して,ファリシマブは他の抗CVEGF薬よりも有効であることが期待され,さらなる検証が必要である.文献1)WongTY,HaskovaZ,AsikKetal:Faricimabtreat-and-extendCforCdiabeticCmacularedema:2-yearCresultsCfromCtheCrandomizedCphaseC3CYOSEMITECandCRHINECtrials.COphthalmologyC2023.doi:10.1016/j.ophtha.2023.12.026.COnlineaheadofprint2)ReibaldiCM,CFallicoCM,CAvitabileCTCetal:FrequencyCofCintravitrealCanti-VEGFCinjectionsCandCriskCofdeath:ACsystematicCreviewCwithCmeta-analysis.COphthalmolCRetinaC6:369-376,C20223)TakamuraCY,CYamadaCY,CMoriokaCMCetal:TurnoverCofCmicroaneurysmsCafterCintravitrealCinjectionsCofCfaricimabCfordiabeticmacularedema.InvestOpthalmolVisSciC64:C31,C2023C554あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024(82)

緑内障セミナー:緑内障患者の両側視野測定

2024年5月31日 金曜日

RV=(1.2)症例1MD-26.15dBRV=(1.2)MD-26.79dB症例2●連載◯287監修=福地健郎中野匡287.緑内障患者の両側視野測定庄司拓平埼玉医科大学医学部眼科学教室Humphrey視野計を代表とする自動静的視野計で行うC6°間隔の視野検査は,現在の緑内障診療における視野感度検査のゴールドスタンダードである.この検査では,片眼ずつの眼を評価するために非検査眼を遮蔽する必要があった.近年,両眼開放下でも視野検査ができる機器が登場した.両眼開放の条件はより日常環境に近い.両眼開放下と片眼遮蔽下では,視野検査結果に相違があることが判明してきたので,本稿で紹介する.●はじめにHumphrey視野計を代表とする自動静的視野計は,視野機能を定量的に評価する検査として,1990年代より約C30年にわたり緑内障性視野障害の診断・管理を行うゴールドスタンダードして君臨してきた.現在では緑内障の診断および進行評価には欠かせない検査となっている.しかし,視野機能評価の標準となっている自動視野計ではあるが,いくつか改善すべき点も指摘されている.たとえば,一般的な検査方法であるC6°間隔の指標では固視点近傍の早期緑内障性視野障害を見逃しやすいことや,片眼遮蔽下での測定方法では,日常生活での見え方を正しく反映していない可能性がある.普段の日常生活環境下では,両眼開放で生活している.片眼遮蔽条件下で行う視野検査の結果を合成したCintegratedCvisual.eldという評価方法も存在するが,片眼ずつの視野検査結果の合成が,両眼開放視野検査と同一の結果が得られるかについては議論の余地がある.筆者らは,非検査眼の背景光の条件が検査眼の結果に影響を及ぼすことを報告した1).C●片眼測定結果だけでは患者の訴えを理解できないことがある図1はあるC2名の患者の視野検査結果を示している.両症例とも末期緑内障患者であるが,矯正視力(1.2)と良好であった.症例C1のほうは見づらさを強く訴える一方で,症例C2のほうは何の不自由も訴えていなかった.実際には,このC2人の患者の僚眼の視野はまったく異なっていた.片眼の視野測定結果だけでは,2人の患者の訴えの乖離を説明するのは困難である.視機能を評価す(79)C0910-1810/24/\100/頁/JCOPYMD-29.79dBMD-21.42dB左眼HFA24-2右眼HFA24-2右眼HFA10-2図1右眼は似たような経過を示した緑内障患者2症例の視野検査結果る際には医療者も僚眼の状態にも配慮する必要がある.C●両眼開放下で行える視野計の登場近年,国内で開発された新しい視野計であるCimoは,両眼開放下での視野計測が可能である2).imoはさらに据え置き型に特化した次世代機であるCimovifa(海外ではCtempoという名称で市販)が発表されている(図2).筆者らは両眼に視野異常をもつ緑内障患者に対して,視野障害が軽度の眼をCbettereye,重症な眼をCworseeyeとして,片眼遮蔽してそれぞれの視野感度を測定した場合と,両眼開放下で視野感度を測定した場合の相違についてCimoを用いて比較した3).この研究ではC51名の開放隅角緑内障の患者を対象に,従来の視野検査と同様に片眼遮蔽下で行った視野検査と両眼開放下で行った視野検査結果を比較した.結果として,両眼開放下で行った視野感度は,bettereyeではより感度が高く計測された半面,worseeyeでは,逆に感あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024551図2imo(a)とimovifa(b)の外観imoはヘッドマウント型の視野計として開発された.imovifaは省スペースの据え置き型モデルとして販売されている.眼底写真Humphrey視野計ImoR視野計24-210-2僚眼遮蔽両眼開放14252830視野良好眼2030矯正視力(1.2)25283030MD,-3.08dBMD,-3.2dBMS,24.4dBMS,29.6dB視野不良眼0000矯正視力(0.5)2418160160MD,-24.5dBMD,-28.3dBMS,17.6dBMS,13.2dB図3両眼開放と僚眼遮蔽で異なる視野感度を示した1例視野良好眼では両眼開放時のほうが中心視野感度は良好であった(29.6dB)が,視野不良眼では両眼開放時のほうが中心視野感度は不良であった(13.2dB).度が低く計測された(図3).このことは,片眼遮蔽時とは異なり,両眼開放時にはよりCbettereyeに依存して活動しており,bettereyeはより感度が高くなる一方で,worseeyeでは感度が低く計測されるようである.このことは日常臨床においても,worseeyeの視力や中心視野感度が保たれているにもかかわらず,患者が「こちらの眼はほとんど見えない」と訴える場面に遭遇することに合致する.C●日常視に近い環境下で視野検査を行うことは重要である日常生活では,片眼を遮蔽する機会は少なく,片眼ごとの視機能を評価し,それぞれの眼の状態を評価することが重要であることは論をまたない.一方で,日常視に近い環境で視機能を評価し,患者の視覚の質(qualityC552あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024(文献C3より一部改変)Cofvision)や見え方を計測することもまた重要である.両眼開放下での視野検査を加えることによって,現在の標準的な視野検査よりも,今後はより患者の日常生活に即した視機能を評価することが可能になるかもしれない.文献1)MineCI,CShojiCT,CKumagaiCTCetal:VisualC.eldCsensitivityCwithandwithoutbackgroundlightgiventothenontestedfelloweyeinglaucomapatients.JGlaucomaC30:537-544,C20212)MatsumotoC,YamaoS,NomotoHetal:Visual.eldtest-ingCwithChead-mountedCperimeter‘imo’.CPLoSCOneC11:Ce0161974,C20163)KumagaiCT,CShojiCT,CYoshikawaCYCetal:ComparisonCofCcentralCvisualCsensitivityCbetweenCmonocularCandCbinocu-larCtestingCinCadvancedCglaucomaCpatientsCusingCimoCperimetry.BrJOphthalmoll104:1258-1534,C2020(80)

屈折矯正手術セミナー:SMILEの現状と課題

2024年5月31日 金曜日

●連載◯288監修=稗田牧神谷和孝288.SMILEの現状と課題中村友昭名古屋アイクリニックSMILEはフェムトセカンドレーザーで角膜実質を光切断して切片を作製し,2Cmmの創口からこれを抜き取って屈折矯正をする最新の技術である.わが国ではC2023年に認可されたが,世界ではC2008年に開始されてからすでにC800万眼以上の実績がある.ドライアイになりにくく,生体力学特性も保たれる.まだ課題はあるものの,後継となる新機種のフェムトセカンドレーザーにより改善が期待できる.●はじめに屈折矯正手術はCradialkeratotomy(RK)で幕を開け,その後エキシマレーザーの開発によりCphotorefractivekeratectomy(PRK),そしてClaserCinCsituCkeratomileu-sis(LASIK)へと発展してきた.そしてさらなる進化としてCsmallCincisionCfemtosecondClenticuleCextraction(SMILE)が登場した.SMILEはフェムトセカンドレーザー(femtosecondlaser:FS)を使用して角膜内を光切断し,角膜実質を一体(レンチクル)として抜き取り屈折矯正を行う技術である(図1,2).米国に続きC2023年C3月にわが国でもSMILEが認可されたが,世界に目を向けるとC80カ国でSMILEが行われ,現在までにC800万眼の手術がなされたといわれている.2022年には全屈折矯正手術のC46%がCSMILEとなり,laserCvisioncorrection(LVC)においてはCLASIKの施行数を大幅に上回った.今後もその比率は高まってくると思われる.C●SMILEの成績SMILEに関してはこれまでC800編以上の報告があり,長期成績も報告されるようになった.Blumらによる報告では,10年間で近視への戻りも平均.0.35Dと少なく,裸眼視力C0.8以上が約C80%で,長期合併症もとくになかったとされている1).筆者の施設でのC5年経過したC44名C66眼の成績を示す.平均等価球面度数は.0.06Dとほぼ正視を保ち,全例屈折誤差は±1.0D未満であった.裸眼視力C1.45,矯正視力C1.64であった.2段階以上矯正視力が低下したものはなく,安全係数,有効係数はそれぞれC1.09±0.16,C0.99±0.22とC5年経っても非常に良好であった(図3,4).また,長期合併症も認めなかった.SMILEの利点として,LASIKのようにフラップを作らないため,角膜強度が保たれることがあげられる.角膜の生体力学特性に関して,ocularCresponseanalyzerやCorvisを使用して検討したメタ解析の結果,SMILEはLASIKに比べ有意に強度が強いことが報告されている2).さらなる利点として,角膜知覚神経へのダメージが少ないことによりドライアイになりにくいことがあげられるが,LASIKと比較し,症状,BUT,角膜知覚,角膜神経密度に関してCSMILEが有意に優れているというメタ解析の結果が報告されている3).さて,有水晶体眼内レンズであるCimplantablecollam-erlens(ICL)との比較は数多く報告されているが,Chenらによると,中等度から高度の近視に対して図1SMILE最小C2Cmmの創口からフェムトセカンドレーザーで光切断した角膜実質を抜き取って屈折矯正を行う.図2VisuMax(CarlZeissMeditec社製)LASIKのフラップ作製用としてすでに認可されていたが,2023年C3月にCSMILE手術に対しての承認がなされた.(77)あたらしい眼科Vol.41,No.5,20245490910-1810/24/\100/頁/JCOPY*50-0.440logMAR(少数視力)10症例数2011.202段階低下1段階低下不変1段階向上2段階向上■術後1年■術後5年図4矯正視力の変化術前術後1年術後5年図3裸眼視力の推移若干の低下はみられるものの,5年経過時も平均裸眼視力はC1.45と良好であった.図5VisuMax800後継機種であるCVisuMax800は,照射スピードがC2CMHzと従来機種のC4倍速くなり,レーザー照射時間も約C10秒で完了,サイクロトーションとともに照射中心補正も可能となるため,視機能とともに乱視矯正の精度が向上すると思われる.SMILEとCICLはともに安全かつ有効であったが,最強度の近視に対しては,術後早期においてはCICLのほうが視機能的に優位であったと報告されている4).C●SMILEの課題これまでCSMILEの利点について述べてきたが,SMILEはすべてにおいてCLASIKより優れているかというとそうではなく,まだ発展途上の技術と考えている.LASIKとの比較は多くなされているが,ChiangらによるとCLASIKはCSMILEと比較し視力の回復が早く,低コントラストでの視力も良好であったと報告されている5).また,乱視矯正効果も現時点ではCLASIKに軍配が上がる.Zhouらによると,2.0D以上の強い乱視に対して,サイクロトーションを補正したCFS-LASIKはCSMILEC550あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024不変かC1段階向上するものがほとんどで,2段階以上矯正視力が低下するものはなかった.と比較して良好な矯正効果を示したと報告している6).新しいCFSであるCVisuMax800は照射スピードがC4倍速くなり,サイクロトーションとともに照射中心補正も可能となるため,今後はさらなる精度向上が期待できるであろう(図5).C●おわりに屈折矯正手術はCICLやCSMILEなど低侵襲のものが主流になってきており,これは眼科における他分野の手術と同様である.今後もCICLを代表とするCphakicIOLと,LVCではCSMILEを中心に屈折矯正手術が行われていくと思われる.文献1)BlumCM,CLauerCAS,CSekundoCWCetal:10-yearCresultsCofCsmallincisionlenticuleextraction.JRefractSurgC35:618-623,C20192)GuoH,Hosseini-MoghaddamSM,HodgeW:Cornealbio-mechanicalpropertiesafterSMILEversusFLEX,LASIK,LASEK,orPRK:asystematicreviewandmeta-analysis.BMCOphthalmolC19:167,C20193)KobashiCH,CKamiyaCK,CShimizuCKCetal:EyeCafterCsmallCincisionClenticuleCextractionCandCfemtosecondClaser.assist-edLASIK:Meta-analysis.Cornea36:85-91,C20174)ChenD,ZhaoX,ChouYetal:Comparisonofvisualout-comesCandCopticalCqualityCofCfemtosecondClaserCassistedCSMILECandCVisianCimplantableCcollamerlens(ICLV4c)Cimplantationformoderatetohighmyopia:Ameta-analy-sis.JRefractSurg38:332-338,C20225)ChiangCB,CValerioCGS,CMancheEE:Prospective,Crandom-izedCcontralateralCeyeCcomparisonCofCwavefront-guidedClaserCinCsituCkeratomileusisCandCsmallCincisionClenticuleCextractionCrefractiveCsurgeries.CAmCJCOphthalmolC237:C211-220,C20226)ZhouJ,GuW,GaoYetal:Vectoranalysisofhighastig-matism(C.2.0diopters)correctionaftersmall-incisionlen-ticuleextractionwithstringentheadpositioningandfem-tosecondClaser-assistedClaserCinCsituCkeratomileusisCwithCcompensationCofCcyclotorsion.CBMCCOphthalmologyC22:C157,C2022(78)

コンタクトレンズセミナー:英国コンタクトレンズ協会のエビデンスに基づくレポートを紐解く コンタクトレンズの素材やデザインによる眼の解剖学的・生理学的影響

2024年5月31日 金曜日

■オフテクス提供■5.コンタクトレンズの素材やデザインによる土至田宏順天堂大学医学部附属静岡病院眼科松澤亜紀子眼の解剖学的・生理学的影響聖マリアンナ医科大学,川崎市立多摩病院眼科英国コンタクトレンズ協会の“ContactLensEvidence-BasedAcademicReports(CLEAR)”の第4章は,コンタクトレンズ(CL)の素材やデザインによる眼への生理学的・解剖学的な影響について解説されている.眼瞼と付属器瞬目には,無意識で自発的なものと,外部刺激による反射性のものと,意識的なものがある.このうち,自発的な瞬目はCL装用により頻度が増加することがある.不完全な瞬目はドライアイや涙液安定性に影響を及ぼす可能性がある.CL装用者の眼瞼下垂は,とくにハードCL(HCL)装用者ではレンズ着脱時の過度な眼瞼の物理的操作によってリスクが増加する.CLの種類変更で対処可能なことが多いが,解消されない場合は手術を要する場合がある.CL装用によるマイボーム腺の構造や機能への影響は機械的ダメージや慢性刺激などが原因である可能性が指摘されているが,レンズの種類や装用期間による影響は明らかでない.結膜結膜充血の原因にレンズによる機械的刺激,レンズ表面の沈着物,低酸素状態,涙液変化,ケア剤,眼の衛生状態悪化などがあげられ,いずれも眼表面の炎症を惹起する可能性がある.レンズ装用歴や充血に関する問診が重要で,レンズの種類やスペック変更,装用スケジュールやレンズケアの見直し,環境改善,レンズケア剤の変更,衛生状態の改善などを行う.フルオレセイン,リサミングリーン,ローズベンガルによる結膜の染色は,レンズ辺縁部のデザインやレンズの硬度が重要な要因であり,通常,無症状で充血を伴わない場合が多い.ローズベンガルは点眼時の刺激が強い.1995年に初めてその概念が登場したlid-parallelcon-junctivalfolds(LIPCOF)は眼瞼と平行に眼球結膜表面に発生する小さな折り目で,とくに下眼瞼の縁と角膜の周辺にみられるが,結膜弛緩症や結膜フラップとは異なる.LIPCOFは涙膜の不足による摩擦増加と瞬目時にかかる力が原因とされ,とくにドライアイ症状やCL装用者の不快感と関連しており,治療には,レンズの水濡れ性改善や人工涙液などが有効とされている.(75)Sub-clinicalin.ammatoryresponse(ここでは無症候性炎症反応と訳す)は,臨床的に顕著な症状がみられないが,生物学的な指標や検査によって炎症の存在が示唆される反応や状態をいい,患者が自覚症状をもたないか,または非常に軽微な症状しかもたないにもかかわらず,炎症反応が体内で起きている状態をいう.CL装用関連では,レンズと眼表面の相互作用,低酸素状態,涙膜の変化などに起因し,結膜充血として観察される.CL装用により,免疫反応に関与する樹状細胞がとくに角膜辺縁部で高密度となる.眼瞼結膜への影響として結膜乳頭増殖,摩擦や不十分な潤滑が原因のlidwiperepitheliopathy,CL装用時不快感と,眼瞼縁の樹状細胞数の増加などとの関連が指摘されている.CL装用に伴う眼瞼や結膜の知覚変化についての研究は少なく,HCLや低酸素透過率のソフトCL(SCL)の装用者では感度が低下するが,SCL装用者では有症状患者で感度が増加するとの報告もある.角膜上皮・実質CL装用者の角膜上皮染色像は54%で認めた.また,レンズエッジと角膜表面との機械的相互作用により,さまざまな程度の角膜染色が生じることがある.SCL装用による角膜知覚低下と,有症状のレンズ装用者で知覚過敏が報告されている.HCL・SCL両方の装用者で見られるもっとも一般的な角膜染色は乾燥によるもので,涙液層がもっとも薄いか不安定な場所で発生し,SCLでは下眼瞼に平行なスマイルマーク型の染色がみられる.乾燥による染色は瞬目不全が一般的で,瞬目の最下部に出現する.低~中程度の乾燥による角膜染色は,瞬目改善,点眼による湿潤,装用時間短縮や,保水性の素材への変更によって軽減される.HCLの3時-9時ステイニングは同部角膜の上の涙液不安定性が要因で,レンズデザイン変更などにより軽減される.角膜上皮擦過傷は通常,1時間あたり1mm2以上の速度で治癒する.SCLの多目的用剤(multipurposesolution:MPS)のあたらしい眼科Vol.41,No.5,20245470910-1810/24/\100/頁/JCOPY副作用として,溶液誘発性角膜染色があり,通常低グレードであるが,重症の場合はCL装用時快適性低下や浸潤発生が生じることがある.その重症度はSCLとMPSの組み合わせによって異なり,レンズ装用後2時間で最大に達したのち,減少する.低酸素状態は角膜上皮の代謝率の低下,基底細胞の分裂減少,細胞の肥大化と寿命の延長,角膜上皮の菲薄化,乳酸蓄積,酸化および細菌付着増加を引き起こし,結果としてマイクロシスト,角膜新生血管,角膜知覚低下などを生じうる.角膜上皮浮腫は通常,外傷や低張環境にさらされた場合に生じる.Cornealwrinklingは薄いハイドロゲルレンズによるまれだが顕著な合併症である.使い捨てSCLの連続装用での出現率は1.7%と推定されている.上眼瞼圧によるレンズ中央部への機械的要因で蛍光色素貯留や角膜形状変化や視力低下を生じる.Cornealwarpageは,とくにHCL,PMMA,カラーCL,乱視用,就寝時装用で指摘され,角膜不正乱視,角膜形状の対称性の喪失,角膜非球面形状などの形で出現する.SCLのオーバーナイト装用が回復にもっとも時間を要し,低Dkレンズのほうが出現の可能性が高い.無症候性炎症反応は一般的で,とくに装用開始時によくみられる.SCL装用者の中心角膜での可逆的な角膜上皮樹状細胞密度上昇が指摘されている.CL装用による角膜知覚低下は,とくにHCLの場合に顕著である.PMMAやHCL装用は,装用期間に応じて角膜知覚を著しく低下させる.オルソケラトロジーレンズも同様に知覚を約50%減少させ,神経線維密度の減少や分布の変化を引き起こすが,装用を中止すると回復する.SCLでは著明な知覚低下は報告されていない.知覚低下の原因としては,レンズ下角膜の低低酸素分圧と機械的圧力や摩擦などが考えられている.CL装用による角膜の透明性低下や新生血管による視力への影響は深刻な問題である.周辺角膜の酸素不足は輪部血管拡張を引き起こし,これが新生血管形成につながる可能性が示唆されている.また,角膜実質の腫脹,ストリアしわ,ヘイズも低酸素状態に関連している.角膜実質は角膜厚の約90%を占め,透明性の維持に重要な役割を果たしている.低酸素状態では,角膜上皮細胞の嫌気的代謝による乳酸の蓄積が増え,実質浮腫を引き起こし,視力に影響を与えることがある.これらは低DkのCL装用後と閉眼時に顕著である.角膜の菲薄化もSCLの長期間の装用に関連している可能性がある.角膜内皮角膜内皮は単層の上皮細胞で形成され,角膜実質の適切な水分含有量を維持し透明性を保っている.加齢とともに細胞密度は減少し,ポリメゲチズム(細胞のサイズの一貫性が失われる現象)とプレオモルフィズム(細胞形状の変化)が増加する低酸素環境は角膜内皮にストレスを与え,細胞死を促進し,細胞密度の減少,ポリメゲチズム,プレオモルフィズムの増加を生じる可能性がある.CL装用によるベデューイング(角膜内皮に水滴や白血球が付着する現象)は,低酸素透過率レンズ着用に関連する可能性があるが,非装用者でもみられる現象である.前房内炎症性細胞の存在は,より深刻な炎症の可能性を示唆する.エンドセリアルブレブ(角膜内皮の正常なモザイクに見られる穴のような現象)は,低酸素透過率レンズの着用に関連している可能性があるが,閉瞼状態でのCL装用や,シリコーンハイドロゲルレンズでもみられることがある.CL装用による眼軸長抑制効果近視人口の増加が世界的に懸念され,2050年までに世界人口のほぼ半分が近視になると予想されている.近視の進行を1D減らすだけで近視性黄斑症のリスクが40%減少するため,小児の近視進行を遅らせることに科学的な関心が高まっている.オルソケラトロジーと多焦点SCLに軸長伸長抑制効果が示され,その機序は不明ながらも,網膜の周辺と中心網膜の光刺激の屈折差が近視進行と相関するとされている.

写真セミナー:全周性偽翼状片

2024年5月31日 金曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史480.全周性偽翼状片四條泰陽山口剛史東京歯科大学市川総合病院眼科右眼図1初診時前眼部所見両眼性の偽翼状片であり,右眼は全周性.図2図1右眼のシェーマ①偽翼状片図3右眼術後1カ月偽翼状片の再発なし.前房内が詳細に視認可能.図4右眼術後6カ月偽翼状片の再発を認めた.(73)あたらしい眼科Vol.41,No.5,20245450910-1810/24/\100/頁/JCOPY偽翼状片の症例を提示する.患者は30歳の男性.近医眼科で両眼偽翼状片を指摘され定期診察となったが,転居に伴い当院を紹介受診した.既往歴・アレルギー特記事項なし.職業は船舶乗組員.図1,2のように両眼性で,右眼は全周性の偽翼状片を認めたが,外傷歴も特記すべきものはなく,原因は不明であった.瞳孔領は比較的温存されており,視力は(1.0)/(1.0)と保たれていた.経過観察の方針とし,トラニラスト,ベタメタゾン点眼で様子をみていたが,徐々に右眼の不正乱視の悪化と視力低下を認めたため,初診から11カ月の時点で右眼偽翼状片切除+マイトマイシンC塗布+羊膜移植(被覆目的)を施行した.術後はベタメタゾン点眼で経過をみたところ,術後1カ月の時点で視力(1.0)と改善し,乱視,不正乱視の改善も認めた(図3).術後4カ月でフルオロメトロンに切り替えた.図4は術後6カ月の再診時である.結膜充血と偽翼状片の再発を認めた.視力は比較的保たれており,再手術も視野に入れつつ経過観察中である.偽翼状片は種々の角膜疾患(外傷,化学熱傷,感染など)により,線維血管組織が角膜内の炎症部位に向かって侵入する疾患である.鼻側や耳側から三角形の形状で侵入する翼状片とは異なり,偽翼状片は平坦な形状で全方向から角膜に侵入しうる.また,角膜面全体と癒着しているため,プローブを病変下に通すことができないことも特徴である(プローブテスト陰性).前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では角膜表層に侵入する病変として描出され,重症例ではBowman膜の破壊像が観察されるケースもある1).鑑別疾患としては角膜輪部機能不全,結膜上皮系新生物(ocularsurfacesquamousneoplasia)などがあげられる.治療は原因疾患の治療が優先となる.炎症性疾患が原因であることが多いため,ステロイド点眼で病変が縮小されることもある.しかし,整容面の改善や,本例のように瞳孔領近くまで病変が拡大しているケースでは不正乱視を惹起し視力低下の原因になることから,外科的治療を検討する必要がある.外科的治療は一般的に翼状片手術に準じて行う.術前には偽翼状片下にもともとの炎症性変化(角膜に菲薄化や瘢痕)が隠れていないかを前眼部OCTなどでよく観察し,術中角膜穿孔や術後混濁の残存などの可能性を患者によく説明したうえで手術に臨むべきである.偽翼状片の治療成績に関するわが国の報告はなく,病変部切除に加えて,マイトマイシンC塗布,結膜移植,羊膜移植,角膜輪部幹細胞移植,表層角膜移植などを併用する必要がある.Jingyi2)らがまとめた中国における偽翼状片患者の外科的治療方法に関する報告では,2013~2019年に偽翼状片切除+自家輪部幹細胞移植を第一選択とする割合が増えている傾向にあったが,偽翼状片自体がざまざまな原因疾患で起こるため,疾患の重症度や僚眼の状態,術後管理などを考慮して術式を決定すべきである.本症例は初回治療後半年で再発を認めた.既報では,偽翼状片の発症年齢は翼状片に比べると若く2),そのため外科的治療後の再発率も翼状片よりも高い傾向にある.再発リスクは,若年性以外に原疾患の受傷からの時期が浅い場合も顕著に高くなる.再発予防のため術後にステロイド点眼による消炎が重要であり,術後3~6カ月間は眼圧に留意しつつ継続し,その後漸減する.必要に応じてステロイド内服も検討する.偽翼状片に対しては,適切な術式決定と術後の再発に注意しつつ診療にあたるべきである.文献1)UrbinatiF,BorroniD,Rodriguez-Calvo-de-MoraMetal:Pseudopterygium:Analgorithmapproachbasedonthecurrentevidence.Diagnostics(Basel)12:1843,20222)JingyiW,KaiC,ShangLetal:Epidemiologiccharacteris-ticsandthechangeofsurgicalmethodsofpterygiumandpseudopterygiumfrom2013to2019inChina:Aretro-spectiveanalysis.Heliyon9:e15046,2023

総説:私の挑んだ糖尿病眼合併症への攻略

2024年5月31日 金曜日

あたらしい眼科41(5):537.543,2024c第28回日本糖尿病眼学会特別講演(眼科)私の挑んだ糖尿病眼合併症への攻略MyChallengetoConquerDiabeticEyeComplications加藤聡*はじめに眼科医になり,糖尿病に起因するさまざまな眼合併症があることを,日常診療の患者から知り,それに対し,少しでもよりよい治療ができるように工夫してきたが,まだ道半ばというところである.今回,日本糖尿病眼学会で特別講演の機会をいただいた.これを今まで筆者が糖尿病眼合併症に対し,どのように対峙してきたかをまとめる機会と捉え,ここに記す.I糖尿病眼合併症とのかかわりのきっかけ筆者と糖尿病眼合併症とのかかわりは,1988年に東京大学眼科に導入されたレーザーフレアーメーターの糖尿病眼への臨床応用から始まった.網膜症の程度と前房内フレアー値は相関し1),あたかも網膜症の程度を定量しているかのようであった.その理由を探るべく,当時は糖尿病眼での白内障手術では周辺虹彩切除術を併用していたことを利用し,手術時に得られた虹彩血管の電子顕微鏡所見とフレアー値との関連の研究を行った.その結果,虹彩血管障害(図1)の程度がフレアー値に大きく影響していることが判明した2).そのような研究がきっかけで,多くの糖尿病患者を診察することとなっていった.IIさまざまな糖尿病眼合併症との闘いその後,糖尿病眼合併症の患者を多く診られるとのことで,東京女子医科大学糖尿病センター眼科に勤務することになった.そこではすべての患者が糖尿病であり,網膜症のみならず,さまざまな眼合併症を診ることとな図1虹彩血管の血液房水柵の破綻a:虹彩血管の内皮細胞の脱落.b:虹彩血管のtightjunctionから血液成分の漏出.った.網膜症についても多くの研究がなされていたが,糖尿病のよって引き起こされる角膜症3.7),続発緑内障8),視神経症,脈絡膜症9.10),眼筋麻痺を診察し,臨床研究も多く行うことができた.当時(1990年代後半)の糖尿病網膜症診療の問題点として,現在に比較して硝子体手術成績が低いことがあげられる.その理由として,当時用いられていた硝子体手術機器の未発達さや,手術の際に使用する補助剤が現在のようになかったことがある.それらと同程度に,実臨床で感じられることとして,硝子体手術術前の不完全な網膜光凝固術があり,それがその後の網膜光凝固術教育の原動力となっていった.また,当時はちょうど小切開白内障手術が爆発的な広*SatoshiKato:つつみ眼科クリニック〔別刷請求先〕加藤聡:179-0081東京都練馬区北町2-22-8サンテアネックス1Fつつみ眼科クリニック0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(65)537がりをみせており,糖尿病網膜症を合併した症例に限れば白内障術後の網膜症の急激な悪化や血管新生緑内障の発症の症例に悩まされることが多かった.その原因の一つとして白内障手術後に極端な前.収縮(図2)や後発白内障(図3)により,十分な網膜光凝固が行えないことがあった.III糖尿病患者での白内障手術時の問題点への対応糖尿病患者における白内障手術時の問題点として,術中,術後の高血糖がある.当時の東京女子医科大学糖尿病センター眼科では,血糖コントロール不良例に対しても積極的に白内障手術を施行していた.しかし,手術当日の夜に高血糖をきたす患者もあり,その原因の一つとして当時ほぼ全例で行われていた白内障手術終了時のステロイド結膜下注射が関連することが考えられ,その必要性を検討することとなった.その結果,白内障手術そのものでも手術終了後は血糖値の上昇があり,とくにステロイド結膜下注射を行った場合は有意に上昇する(図4)が,フレアー値に対する効果は明らかでないこと(図5)が判明した11).以上のことにより,白内障手術終了時にステロイドの結膜下注射を行わないことが標準化されていった.次に注目したのは糖尿病患者で白内障術後に糖尿病網膜症が発症,進展する問題点の研究であった.当時はその評価方法が確立されておらず,研究方法に問題のあるさまざまな研究結果が散見されている状況であった.そこで,白内障術後の網膜症の悪化を「非術眼に比較して,術後1年時に福田分類で2段階以上悪化した症例」と定義して検討した.その結果,糖尿病症例で白内障術後1年で網膜症の発症,進展した症例が24%で,その悪化と術直前の血糖コントロール状況とは無関係であることを明らかにした12).この研究成果により,その後徐々に術直前の血糖コントロール状況が悪くても白内障手術が施行されるようになっていった.IV白内障術後に適切な網膜光凝固を施行するために―後発白内障を減らす前述したが,白内障術後の合併症の一つとして後発白内障があり,そのためとくに周辺部の網膜光凝固が完璧に行えないことがあった(図6).障術者の中には後発白内障はNd:YAGレーザーで切開すれば視力も回復するので,さほど大きな問題のある合併症と捉えられない向きもあったが,米国ではNd:YAGレーザーの治療費が年間2億5,000万ドルにも上り,医療経済上大きな問題となっていた.白内障術後の後発白内障の発生の評価法として,単にNd:YAGレーザーの施行率で評価する報告もあったが,術後矯正視力が不良なこともある糖尿病網膜症症例では明らかにその方法は不適切であった.また,さまざまな定量方法が開発されていたが,各方法に一長一短があった.そのため,糖尿病眼では非糖尿病眼に比較して後発白内障が多いとの報告がある一**50血糖値(mg/dl)40350300302502002015010010500pre361218240結注後の時間(時間)術前1日後2日後5日後7日後14日後図4糖尿病症例での白内障術後の血糖値への影響術後期間白内障手術そのものでも手術終了後は血糖値の上昇があり,と図5糖尿病症例での白内障手術のフレアー値の変化くにステロイド結膜下注射を行った場合は有意に上昇するといステロイド結膜下注射の有無により白内障術後のフレアー値にうことが判明した.差はなかった.図6Nd:YAGレーザーによる後発白内障切開いくら大きく切.しても周辺部の混濁は残り,網膜光凝固術の障害になる.方,逆に少ないとの報告もなされていた.そこで後発白内障を少なくするための手術方法を明らかにするために,まずはその定量法の研究のためにロンドンのCStCThomas’Hospital(世界で初めて眼内レンズを人眼に移植した病院)に留学することとなった.後発白内障を少なくする手術の手段として,眼内レンズの素材があり,当時は後発白内障を少なくするための素材として「アクリル≦シリコーン<PMMA(polymethylCmethacrylate)<ハイドロジェル」と考えられていたが,それ以上にCIOLのエッジ形状が重要であることが後発白内障を正しく定量することで判明していった13).そのため,エッジ効果が少なくなる眼内レンズのハプテクスの付け根から水晶体上皮細胞が迷入し後発白内障が起こることもが観察された(図7)14).眼内レンズのエッジ効果が得られない眼内レンズの.外固定だとその部位より線維性混濁が始まるが,確実に.内固定を行おうと小さな前.切開を行うと術後の前.収縮で眼底の光凝固が行いにくくなってしまうというジレンマがあった.エッジ効果が,レンズの素材より重要で,シャープエッジの眼内レンズを使用することは後発白内障を少な図7眼内レンズのエッジ効果白内障術後C19カ月でハプテクスの付け根から後発白内障が起こる.くするうえで不可欠と考えられた.また,水晶体上皮細胞の数そのものを少なくするのを目的として術中に前.磨きを行っても,後発白内障の発生を抑制する効果もみられなかった.さらに,後発白内障の定量化を厳密に行ったところ,後発白内障が起こりやすい病態として糖尿病眼15)が,また白内障硝子体同時手術16)があることも明らかにし,糖尿病眼および硝子体同時手術では非糖尿病眼に比較してより後発白内障の発生を防ぐことを意識した手術が必要であると考えられた.以上のことより,後発白内障の定量化から,後発白内障を起こしにくくする手術方法の開発につながっていった.CV適切な網膜光凝固を行うために前述したが,1990年代の硝子体手術の成績は低調で,その原因の一つとして術前の不完全な網膜光凝固が考えられた.当時,糖尿病網膜症に対する網膜光凝固術は誰が行うかについてアンケート調査を施行した矢島,浜中らの報告では,欧米では網膜専門医が行うのに対し,わが国では受け持ち医が行うとされていた.そのため,わが国では眼科医ならば網膜専門医でなくとも適切な網膜光凝固を施行できる技術を会得する必要があると考えられた.しかし,白内障手術では完成度が高い手術を施行できても,眼底の網膜光凝固が不十分なゆえに虹彩ルベオーシスから血管新生緑内障にまで進行させてしまっているケースをみるにつけ,白内障手術教育がすでに完成されているのに対し,網膜光凝固術教育が不十分であることを痛感させられていた.そこで,それを補うために日本臨床眼科学会や日本眼科手術学会で網膜光凝固をなるべくなら自分の経験則に依らずにエビデンスを用いて適切な網膜光凝固を教育するように臨んでいった.白内障手術の際に使用する眼内レンズとして黄色眼内レンズは有害な波長をカットするという宣伝文句で徐々に広まりつつあった.有害な波長として網膜光凝固に使用する波長が含まれているとしたならば,黄色眼内レンズが移植された白内障術後眼での網膜光凝固の際には工夫が必要なことが考えられた.そこで,実際に網膜光凝固の際に使用される波長で黄色眼内レンズの厚さごとに透過性を調べたところ,Blue-Greenの波長だと眼内レンズが厚くなるにつけ,レーザー光がカットされることが判明した.その結果,黄色眼内レンズが移植された眼に対して,Blue-Greenの波長で網膜光凝固を施行する際には,その分だけ出力を上げる必要があることがわかった17).筆者が眼科医になったころの網膜光凝固といえば,三面鏡の接触レンズを用いていたものだが,1990年代後半になってからは広視野倒像レンズを用いての網膜光凝固が一般的になっていた.しかし,広視野倒像レンズの特徴もよく理解せずに不用意に設定凝固径を大きくしたあげく,凝固斑を出すために不適切な凝固出力で凝固している症例が散見された.実際に適切な凝固径,凝固出力で網膜光凝固を行っても,広視野倒像レンズを用いると,前眼部への影響,とくに角膜内皮細胞への影響があることを示し18),広視野倒像レンズ使用の際に凝固装置上の最大許容設定凝固径を守るように網膜光凝固の教育講演の際には必ず話すことにした.通常の汎網膜光凝固を施行していても,糖尿病網膜症の虚血の状態が強く,虹彩ルベオーシスが発生することを経験する.通常の網膜光凝固斑の密度を文献的に調べると,凝固斑と凝固斑との間隔は,その凝固斑の直径以上の間隔を置くのを原則とし,正方形四つの中で凝固斑の占める面積はそのC1/4程度になることから網膜全体の19%程度になると記載されていた.そのような凝固密度で汎網膜光凝固を施行されていても虹彩ルベオーシスをきたしていた患者に追加でより密に網膜光凝固を追加し,虹彩ルベオーシスの活動性が鎮静化した患者の凝固密度を計測するとC50%程度にまで達することが判明した.すなわち,虹彩ルベオーシスを抑制するための汎網膜光凝固では,可能な限り大きな凝固径でより密に凝固40する必要があることを明らかにした19).糖尿病患者において,白内障手術と網膜光凝固の治療35の双方が必要となる場合を経験することがある.網膜光30凝固が行えないほどに進行した白内障がある場合は,迷わず白内障手術を先行させるが,そこまで進行していな25い白内障の症例の場合は,どちらを先行させるか迷うこ20とがある.白内障手術を先行した場合は,術後に急激な網膜症の進行や虹彩ルベオーシスの発症が心配である15が,それと同時に白内障手術後に極大散瞳させても瞳孔10径が減少して,周辺部の網膜光凝固が施行できにくくなることが危惧される.そこで,糖尿病症例で白内障術前5後に極大散瞳の瞳孔面積を定量的に計測したところ,白内障術後C3カ月が経過すれば術前と同様の瞳孔径が得られることが判明した.すなわち,術後早期に網膜光凝固が必要な場合を除き,白内障手術を施行してからC3カ月経過すれば,最周辺部までのレーザーが施行でき,網膜症の病態に合わせて白内障手術と網膜光凝固を計画すればよいことが示唆された20).そのほかに,網膜光凝固術の教育にエビデンスをもった内容を取り入れることに専念し,以下のことを明らかにしていった.それらは,パターンスキャンレーザーで使用される高出力短時間凝固では,凝固径の拡大は従来法に比較して小さいこと21),逆に眼内レーザーを用いた場合の凝固径の拡大は通常の経瞳孔的網膜光凝固に比較して大きいこと22),糖尿病黄斑浮腫に対して硝子体手術を行う際に,術前・術後に蛍光眼底撮影を行い,網膜血管床閉塞領域に対して確実に網膜光凝固を行えば,術後に血管新生緑内障を起こす患者がないこと23)を明らかにしていった.以上のように,網膜光凝固術の教育に力を入れることが,糖尿病網膜症による視覚障害が少なくなっていったことにつながっていたのではないかとも考えている.CVI糖尿病患者のロービジョンケア2000年代初頭に東京大学病院眼科外来でロービジョン外来を立ち上げることになった.そこでさまざまな眼科疾患で視覚障害になっている患者に対して,ロービジョンケアを行うこととなった.もちろん,糖尿病網膜症やそれに続発した血管新生緑内障により視覚障害をきたしている患者も紹介されてくることが多かった.しかし,視覚障害をきたしている糖尿病患者は,他の疾患,0図8糖尿病網膜症とそれ以外の疾患による重度視野障害者の特徴の比較糖尿病網膜症で重度視覚障害になった患者は他疾患と比較してメンタルヘルスが有意に障害されていた(VFQ-25)たとえば緑内障や網膜色素変性が原因で視覚障害になっている患者に比較して,ロービジョンケアに消極的であることをよく経験した.その原因を知るべく,重度視覚障害になっている患者を対象にして,NationalCEyeCInstituteC25-ItemCVisualCFunctionQuestionnaire(NEIVFQ-25)を用いて糖尿病患者と他の疾患の患者とを比較したところ,メンタルヘルスが有意に障害されていることが判明した(図8).そのことと関連して,うつ病患者は糖尿病を発症しやすく,2型糖尿病患者はうつになるリスクが高く,さらに視覚障害があるとうつになりやすく,糖尿病患者で視覚障害をきたしている場合は,眼科医の患者への言動にも注意が必要であることを認識させられた.CVIIマイクロパルス閾値下レーザーと偏光光干渉断層計糖尿病黄斑浮腫に対する治療は,とくにC2010年代に入るとレーザー治療,硝子体手術から抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬が主体となってきた.とくにレーザー治療は,局所性黄斑浮腫に対する治療以外では,凝固斑の拡大や癒合などの合併症があり,わが国ではあまり施行されなくなっていた.そのような中で閾値下レーザーの可能性が取り上げられるようになり,その方法としてマイクロパルス閾値下レーザー,EndpointCManagement,低出力モードなどが開発されてきた.その中でもマイクロパルス閾値下レーザーの機器が以前とは異なり,577Cnmの通常の網膜光凝固ができる波長で,そのうえパターンスキャン機能が付加され,注目されるようになってきた.しかし,その問題点として,黄斑浮腫が減少する奏効機序が不明なうえ,凝固斑が出ないために凝固の指標がなく,その記録が不正確になることがあげられていた.そこで筆者らはマイクロパルス閾値下レーザーの奏効機序の解明のために,マイクロパルスレーザーと従来のレーザーでの遺伝子の発現の比較を行った.その結果,従来法に比較してマイクロパルスレーザーでは,成長因子に起因する反応やCp53downstreamに関与する遺伝子の発現が低く,従来法よりも糖尿病黄斑浮腫やアポトーシスの抑制に有利であることが示唆された24).次に,マイクロパルス閾値下レーザーでは凝固斑に対する指標がないことに対して検討を行った.従来法では,レーザーにより照射瘢痕が確認され,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)上でのCellipsoidzoneも乱れるとされている.その一方,マイクロパルス閾値下レーザーでは凝固斑が見えないばかりか,OCTでも自発蛍光所見でも変化がみられない.そこで近年開発された偏光COCTを用いてその評価を行った.偏光COCTとは一言でいうと,偏光乱雑性を計測できる次世代COCTであり,メラニンによる偏光解消性,偏光乱雑性(entropy)を計測して,その結果,組織特性を可視化するものである.実際に糖尿病黄斑浮腫に対するマイクロパルス閾値下レーザーによるエントロピーの評価を偏光COCTを用いて行ったところ,網膜色素上皮層ではマイクロパルス閾値下レーザーの照射セクターでエントロピーが低下し,術後C6カ月では網膜変化率と網膜色素上皮層のエントロピー変化率に正の相関が認められた.以上のことにより,偏光COCTによるエントロピー測定は,今まで直接評価できなかったマイクロパルス閾値下レーザーによる網膜色素上皮の機能の変化モニタリングできる新たな指標となりうることが示された25).CVIII新しい光凝固装置NAVILASへの期待近年になり発売されたCNAVILASは,以下のような特徴をもつ.すなわち,マイクロパルス方式と同様に閾値下レーザーが施行可能で,治療計画を事前にプランニングし,高性能アイトラッキング機能により正確に照射ができ,その照射サマリーを電子カルテ上に残すことができる.前述したマイクロパルス閾値下レーザーでは,浮腫領域にC7C×7のパターン照射が行えるものの照射瘢痕が見えないため,隙間なく照射を行うのはよほど熟練した術者でも困難であった.それ対し,NAVILASによる閾値下レーザーはあらかじめ浮腫部位にプランニングしたうえで自動照射するために,瘢痕が残らなくても確実に照射でき,そのうえ照射サマリーも記録として残すことができるなどの特長がある.しかし,その一方で,網膜毛細血管瘤を凝固する際には二次元的には確実に凝固でき,黄斑近傍でも短時間照射により照射部の網膜感度の低下を引き起こさず凝固できる26)ものの,あくまでも二次元的でCZ軸方向の焦点合わせが不確実なことが懸念された.ただし,プランニングさえ行えば,術者によるレーザーの効果の差がなくなり,レーザーの熟練が不要になることが期待される.短時間凝固や閾値下レーザーを用いることにより,今まで黄斑浮腫に対する凝固の合併症として問題視されてきた凝固斑の拡大や癒合が過去のものになることも併せて期待されている.おわりに筆者が糖尿病眼合併症に対してどのように対峙してきたかを述べた.とくに糖尿病網膜症に対する網膜光凝固治療には力を入れてきたつもりである.最近では糖尿病黄斑浮腫の治療においては,網膜光凝固治療に比較して抗CVEGF薬の注射はその熟練度にかかわらず,一定の効果が得られるという点で医療の質として凌駕している.今後はCOCTや眼底写真などの画像情報から網膜光凝固術前に凝固場所や凝固条件を入力しておけば,術者の熟練度にかかわらず一定の効果が得られる網膜光凝固システムが開発されることを期待している.謝辞稿を終えるにあたり,以下の諸氏に感謝いたします(敬称略).増田寛次郎,新家眞,天野史郎,相原一,澤充,宮田和典,沼賀二郎,大鹿哲郎,福田雅俊,堀貞夫,山下英俊,北野滋彦,船津英陽,海谷忠良,杉田元太郎,大塚慎一,湯口琢磨,松村美代,安藤伸朗,佐藤幸裕,高野雅彦,植木麻理,DavidSpalton,福嶋はるみ,重枝崇志,白矢智靖,荒木章之,池上靖子,廣瀬晶,善本三和子,小関義之,吉筋正雄,GalinaDimitrova,茂木豊,林佳枝,戸田淳子,出田隆一,椎橋美予,戸塚清人,外山琢,杉本宏一郎,上田高志,丹治なほみ文献1)加藤聡,大鹿哲郎,船津英陽ほか:糖尿病病期と前房蛋白濃度.1.網膜症病期との相関.臨眼C43:1005-1008,C19892)加藤聡,大鹿哲郎,船津英陽ほか:糖尿病と前房蛋白濃度5.前房蛋白濃度の上昇と虹彩血管障害の関係.日眼会誌96:1000-1006,C19923)InoueK,KatoS,OharaCetal:Ocularandsystemicfac-torsCrelevantCtoCdiabeticCkeratoepithliopathy.CCorneaC20:C798-801,C20014)InoueCK,COkugawaCK,CKatoCSCetal:OcularCfactorsCrele-vantCtoCkeratoepitheliopathyCinCglaucomaCpatientsCwithCandwithoutdiabetesmellitus.JpnJOphthalmol47:287-290,C20035)GekkaM,MiyataK,NagaiYetal:CornealepithelialbarC-rierfunctionindiabeticpatients.CorneaC23:35-37,C20046)InoueCK,COkugawaCK,CAmanoCSCetal:BlinkingCandCsuper.cialCpunctuateCkeratopathyCinCpatientsCwithCdiabe-tesmellitus.EyeC19:418-421,C20057)MiyataCK,CKatoCS,CNejimaCRCetal:In.uencesCofCopticCedgeCdesignConCposteriorCcapsularCopacityCandCanteriorCcapsuleCcontraction.CActaCOphthalmolCScandC85:99-102,C20078)InoueCK.COkugawaCK,CKatoCSCetal:OcularCfactorsCrele-vantCtoCanti-glaucomatousCeyedrop-relatedCkeratoepitheli-opathy.JGlaucomaC12:480-485,C20039)DimitrovaCG,CKatoCS,CTamakiCYCetal:ChoroidalCcircula-tionindiabeticpatients.EyeC15:602-607,C200110)DimitrovaG,TamakiY,KatoSetal:Retobulbarcircula-tionCinCmyopicCpatientsCwithCorCwithoutCmyopicCchoroidalCneovascularisation.BrJOphthalmolC86:771-773,C200211)FukushimaCH,CKatoCS,CKaiyaCTCetal:E.ectsCofCsubcon-junctivalCsteroidCinjectionConCpostoperativeCintraocularCin.ammationCandCbloodCglucoseClevelCafterCcataractCsur-geryCinCdiabeticCpatients.CJCCataractCRefractCSurgC27:C1386-1391,C200112)KatoCS,CFukadaCY,CTanakaCYCetal:In.uenceCofCphacoe-mulsi.cationCandCintraocularClensCimplantationConCtheCcourseCofCdiabeticCretinopathy.CJCCataractCRefractCSurgC25:788-793,C199913)MiyataCK,CKatoCS,CNejimaCRCetal:In.uencesCofCopticCedgeCdesignConCposteriorCcapsularCopacityCandCanteriorCcapsuleCcontraction.CActaCOphthalmolCScandC85:99-102,C2007C14)SugitaM,KatoS,SugitaGetal:Migrationoflensepithe-lialCcellsCthroughChapticCrootCofCsingle-pieceCacrylic-fold-ableCintraocularClens.CAmCJCOphthalmolC137:377-379,C200415)EbiharaCY,CKatoCS,COshikaCTCetal:PosteriorCcapsuleCopaci.cationaftercataractsurgeryinpatientswithdiabe-tesmellitus.CJCataractRefractSurgC32:1184-1187,C200616)TodaCJ,CKatoCS,COshikaCTCetal:PosteriorCcapsuleCopaci.cationCafterCcombinedCcataractCsurgeryCandCvitrec-tomy.JCataractRefractSurgC33:104-107,C200717)ShirayaT,KatoS,ShigeedaT:In.uenceofayellow-tint-edCintraocularClensConCbeamCtransmittance.CActaCOphthal-mologicaC89:37-39,C201118)MurataH,KatoS,FukushimaHetal:CornealendothelialcellCdensityreduction:ACcomplicationCofCretinalCphotoco-agulationCwithCanCindirectCophthalmoscopyCcontactClens.CActaOphthalmolScandC85:407-408,C200719)ShirayaCT,CKatoCS,CShigeedaT:OptimalCareaCofCretinalCphotocoagulationCnecessaryCforCsuppressingCactiveCirisCneovascularisationCassociatedCwithCdiabeticCretinopathy.CIntCOphthalmol34:1115-1117,C201420)TotsukaK,KatoS,ShigeedaTetal:In.uenceofcataractsurgeryConCpupilCsizeCinCpatientsCwithCdiabetesCmellitus.CActaOphthalmologica90:e237-e239,C201221)ShirayaT,KatoS,ShigeedaTetal:ComparisonofburnsizeCafterCretinalCphotocoagulationCbyCconventionalCandChigh-powerCshort-durationCmethods.CActaCOphtahlmologi-caC92:e585-e586,C201422)ShirayaCT,CKatoCS,CArakiCFCetal:ComparisonCofCburnCsizesCresultingCfromCphotocoagulationCusingCaCtranspupil-laryClaserCandCaCanCendolaser.CActaCOphtahlmologicaC93:Ce595-e596,C201523)Aoyama-ArakiCY,CArakiCF,CShirayaCTCetal:ThoroughCperioperativeClaserCphotocoagulationCinCpreventionCofCneo-vascularCglaucomaCafterCvitrectomyCforCdiabeticCmacularCedema.IntJOphthalmolClinResC5:1-3,C201824)ShirayaCT,CArakiCF,CNakagawaCSCetal:Di.erentialCgeneCexpressionCanalysisCusingCRNAsequencing:retinalCpig-mentCepithelialCcellsCafterCexposureCtoCcontinuous-waveCandsubthresholdmicropulselaser.JpnJOphthalmol2022C66:487-497,C202225)UedaK,ShirayaT,ArakiFetal:Changesinentropyonpolarized-sensitiveCopticalCcoherenceCtomographyCimagesCafterCsubthresholdCmicropulseClaserCforCdiabeticCmacularedema:apilotstudy.PloSOne16:e0257000,C202126)IkegamiCY,CShirayaCT,CArakiCFCetal:MicroperimetricCanalysisCofCdiabeticCmacularCedemaCafterCnavigatedCdirectCphotocoagulationCwithCshort-pulseClaserCforCmicroaneu-rysms.IntJRetinaandVitreous,inpressC☆☆☆

総説:糖尿病の疫学

2024年5月31日 金曜日

あたらしい眼科41(5):531.536,2024c第28回日本糖尿病眼学会総会特別講演(内科)糖尿病の疫学EpidemiologyofDiabetesMellitus西村理明*I糖尿病患者数などの疫学データ1.2型糖尿病日本においては,平均寿命の延伸に加え,少子化による高齢者人口の割合の増加が止まらない.2型糖尿病は,高齢者での発症が多いため,厚生労働省の「令和元年(2019年)国民健康・栄養調査報告」による推定患者数は2017年までは増加傾向を示してきた(図1)1).2019年における「糖尿病が強く疑われる者」「糖尿病の可能性を否定できない者」は,それぞれ約1,000万人と推定されており,その合計は約2,000万人となる.つまり,現在の日本において,人口の約6人に1人は糖尿病である可能性がある.繰り返しになるが,高齢者においてその割合は高くなり,60歳以上の男性の約4人中1人が,女性では約7人中1人において「糖尿病が強く疑われる者」であると推定されている1).全世界の糖尿病患者の推定については,InternationalDiabetesFederation(IDF)の“IDFDiabetesAtlas2021”に推計が示されている2).全世界における20.79歳の糖尿病患者数は,2000年には約1億5,300万人と推計されていたが,2021年には5億3,700万人まで増加し,さらに2045年には7億人前後まで増加すると予想されている(図2)2).さらに,国別の全世界における20.79歳の推定糖尿病患者数の順位を表1に示す2).2021年と2045年の順位を比較すると,上位6カ国の順番には変化なく,中国,インド,パキスタン,米国,インドネシア,ブラジルの順番である.その中で増加率に着目すると,突出しているのは3位のパキスタンで,3,300万人が6,220万人まで倍増することが予想されている.一方,4位の米国は,3,220万人が3,630万人とその増加は1割強にとどまっている.米国以外の国における糖尿病患者の増加スピードならびに,その増加する絶対数は場合によっては,国家の命運を左右しかねないスケールとなりうる.2.1型糖尿病1型糖尿病については,その発症時点が比較的明確であることから,欧米を中心とした世界各国で0.14歳の年齢層を対象とした疫学調査が盛んに行われてきた.DiamondProjectGroupは,1990.1999年の世界57カ国112センターにおける14歳以下の1型糖尿病の発症率を調査し,国や地域により1型糖尿病の発症率が著しく異なることを明らかにした3).発症率は,欧州(とくに北欧)や中東において高く,日本を含めたアジア諸国では低い.14歳以下の年齢調整発症率(/10万人)の上位は,1位フィンランド:52.2,2位スウェーデン:44.1,3位クウェート:41.7である(表2a)2).ちなみに日本の発症率は約2であり,これらの国と比較して著しく低い.一方,19歳以下における患者の絶対数をみると,その上位は,1位インド:23万人,2位米国:16万人,3位ブラジル:9万人となり,その様相は大きく異なる(表2b)2).医療経済的な視点で1型糖尿病治療の持続可能性を評価する際に,この患者の絶対数は軽視できない指標である.日本における14歳以下の発症率(/10万人)について*RimeiNishimura:東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科〔別刷請求先〕西村理明:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(59)5312,5002,0001,5001,0005000■糖尿病が強く疑われる者■糖尿病の可能性を否定できない者1997年2002年2007年2012年2016年2017年2018年2019年図1わが国の推定糖尿病患者数の推移(文献C1より引用)a2000~2021年b2025~2045年20212045202120152013201920172030204020352021201920062011201520172009201920112013202520102007200320032000KeyKey糖尿病患者数糖尿病患者数(100万人)2003(100万人)図2全世界の糖尿病患者数(20~79歳)の2000~2021年の推計(a)と2025~2045年までの見通し(b)は,小児慢性特定疾患治療研究事業(小慢事業)登録データを用いた報告がある.これによると,2005.2010年の発症率(/10万人)は,2.25(男児:1.91,女児:2.52)であった4).わが国における発症率(/10万人)のピークは,海外の報告と同様に思春期前後にある.男児はC13歳時でC3.3,女児はC10歳時でC3.8と,女児のほうが早いことも報告されている4).発症率の性差は地域により異なり,欧州においては男児で高く,アジアやアフリカでは女児で高い2).わが国からの報告でも,小児期発症例は女児に多いことが報告されている4).(文献C2より引用)CII糖尿病網膜症の患者数などの疫学データ世界における糖尿病網膜症の疫学データについて触れる.IDFが示した,世界の地域ごとの網膜症の有病率(図3)に着目すると,30%前後の地域と,10%台とされる地域に二分される5).30%前後の高リスク地域は,北米,カリブ諸島地域,アフリカ地域,中東および北アフリカ地域である.一方,西太平洋地域(日本もここに含まれる),東南アジア地域,ヨーロッパ地域,中央・南米地域では,10%台であることが示されている.そ表12021年と2045年における20~79歳の推定糖尿病患者数の上位10カ国2021年2045年順位国または地域患者数(1C00万人)順位国または地域患者数(1C00万人)C12345678910中国CインドCパキスタンC米国CインドネシアCブラジルCメキシコCバングラディシュC日本CエジプトC140.9C74.2C33.0C32.2C19.5C15.7C14.1C13.1C11.0C10.9C12345678910中国CインドCパキスタンC米国CインドネシアCブラジルCバングラディッシュCメキシコCエジプトCトルコC174.4C124.9C62.2C36.3C28.6C23.2C22.3C21.2C20.0C13.4(文献C2より改変引用)表21型糖尿病(0~14歳)の国別の発症率/10万人の上位10カ国(a),1型糖尿病(0~19歳)の国別の患者数の上位10カ国(b)a順位国または地域発症率/(0.1C4歳)(1C0万人あたり)C1フィンランドC52.2C2スウェーデンC44.1C3クウェートC41.7C4カタールC38.1C5カナダC37.9C6アルジェリアC34.8C7ノルウェーC33.6C8サウジアラビアC31.4C9英国C28.1C10アイルランドC27.5Cの詳細をみると,「視力を脅かす網膜症」の有病率が唯一C10%を超えているのは,アフリカのみで,実にC14%と報告されている(表3)5).他の地域がC10%未満であることを鑑みても,公衆衛生学的に,この地域に何らかの施策による介入を行う必要性があることに疑う余地がない.さらに,35の疫学研究のデータのレビュー論文〔対象者の合計:22,896人,年齢:58.1歳,糖尿病罹病期間:7.9歳,HbA1c8.0%,人種割合:白人C44.4%,アジア人C30.9%,ヒスパニックC13.9%,アフリカ系米国人C8.9%〕をみると,罹病期間がC20年を超えると,網膜症の年齢調整有病率/100はC1型糖尿病C86,2型糖尿病C52であること,「視力を脅かす網膜症」の年齢調整有病率/100はC1型糖尿病C47,2型糖尿病C26であることが示されている(表4)6).網膜症の具体的なリスクを示す疫学データを知ることにより,網膜症の定期的なスクb順位国または地域患者数(0.1C9歳)(千人)C1インドC229.4C2米国C157.9C3ブラジルC92.3C4中国C56.0C5アルジェリアC50.8C6モロッコC43.3C7ロシアC38.1C8ドイツC35.1C9英国C31.6C10サウジアラビアC28.9(文献C2より改変引用)リーニングがいかに大切かがより明確になる.Sabanayagamらは,地域調査により示された糖尿病網膜症の年間新規発症率に関して報告された値を,調査年に従ってC1980.2010年代まで年代別に並べてプロットし,2000年を境に明らかに減少傾向にあることを示した(図4)7).これは,糖尿病の治療法の進歩が明らかに貢献していることを示すデータと考えられる.CIII日本における糖尿病網膜症の現状日本における糖尿病網膜症の現状を示すデータに最後に触れる.1995.1996年にCJapanCDiabetesCComplicationsCStudy(JDCS)に登録されたC2型糖尿病C2,033例(平均年齢:58.2歳,平均罹病期間C9.8年,平均CHbA1c8.2%)の登録時の単純網膜症の有病率はC20.2%であった.この集団において,8年追跡したC1,221例の糖尿病網膜症の年表3世界の地域別でみた2020年時点における糖尿病網膜症,視力を脅かす糖尿病網膜症,臨床的に重要な糖尿病黄斑浮腫の有病率(%)と人数地域糖尿病網膜症視力を脅かす糖尿病網膜症臨床的に重要な糖尿病黄斑浮腫有病率(%)人数(1C00万人)有病率(%)人数(1C00万人)有病率(%)人数(1C00万人)CSEA16.99(14.13.20.28)14.95(12.42.17.81)3.53(2.45.5.05)3.15(2.15.4.44)2.30(1.44.3.67)2.08(1.26.3.22)CAfrica35.90(29.48.42.87)6.99(5.73.8.33)14.36(10.10.20.01)2.83(1.97.3.90)4.10(2.06.7.99)0.85(0.40.1.56)CEurope18.75(13.69.25.12)11.25(8.12.14.93)5.49(4.63.6.51)3.28(2.74.3.88)5.29(4.18.6.68)3.16(2.47.3.98)CMENA32.90(26.06.40.55)18.07(14.28.22.28)8.19(5.11.12.87)4.59(2.80.7.09)6.06(3.59.10.06)3.43(1.96.5.54)CNAC33.30(25.29.42.40)15.89(12.03.20.16)7.82(5.34.11.31)3.78(2.54.5.37)4.89(2.92.8.08)2.40(1.38.3.83)CSACA13.37(6.13.26.74)4.47(1.93.8.51)5.83(4.15.8.13)1.87(1.31.2.58)4.92(3.39.7.08)1.58(1.07.2.25)CWP19.20(14.16.25.50)31.50(22.97.41.56)5.54(4.53.6.76)9.06(7.36.11.03)3.23(2.26.4.59)5.37(3.68.7.47)CGlobal22.27(19.73.25.03)103.12(91.34.115.90)6.17(5.43.6.98)28.54(25.12.32.34)4.07(3.42.4.82)18.83(15.82.22.32)MENA=中東と北アフリカ,NAC=北アメリカとカリブ諸島,SACA=南・中央アメリカ,SEA=東南アジア,Wp=西太平洋.データは数値(95%信頼区間)で表示.(文献C5より引用)NACEUR有病率:有病率:33.30%18.75%人数(100万人):C人数(100万人):C15.89C11.25MENA有病率:32.90%人数(100万人):C18.07WP有病率:19.20%人数(100万人):C31.50SACASEA有病率:AFR有病率:13.37%有病率:16.99%人数(100万人):C4.47C35.90%人数(100万人):C人数(100万人):C14.956.99DR,inmillionsAFR=アフリカ,EUR=ヨーロッパ,MENA=中東と北アフリカ,NAC=北アメリカとカリブ諸島,SACA=南・中央アメリカ,SEA=東南アジア,WP=西太平洋.図3世界の地域別でみた2020年時点における糖尿病網膜症の有病率ならびに人数(文献C5より引用)間発症率はC3.83%であったと報告されている8).はC22.0%で,増殖前網膜症C5.6%,光凝固療法の既往がさらに,より近年のC2007.2009年に登録された症例4.4%であることが示されている(JDCP研究では増殖網を対象としたCJapanDiabetesComplicationanditsPre-膜症の症例は登録対象外)9).JDCPはC8年間にわたる対CventionprospectiveCstudy(JDCP)において,2型糖尿象症例の追跡も終了しており,網膜症に関する年間発症病患者C5994例(平均年齢:61.4歳,平均罹病期間C10.8率やリスク因子についての報告が待たれる.年,平均CHbA1c7.4%)の登録時の単純網膜症の有病率4.47C31.50C表4同様の方法と網膜症の定義を使用した研究データに基づいた糖尿病の病型別・罹病期間別に示した糖尿病網膜症の年齢調整有病率糖尿病の病型罹病期間(年)イベント数人数年齢調査有病率/1C00(95%信頼区間)相対危険度*(95%信頼区間)CAnyDRI型<1C0C456C20220.53(C18.73.22.34)1.38(C1.19.1.59)I型10to<2C0C794C62455.55(C51.34.59.76)2.43(C2.19.2.69)I型C20+1,026C91486.22(C85.07.87.37)2.69(C2.47.2.93)II型<1C0C6,291C1,19218.11(C17.91.18.31)C1.0II型10to<2C0C1,908C92051.10(C49.53.52.66)2.06(C1.91.2.23)II型C20+726C42452.15(C51.12.53.19)2.45(C2.24.2.68)CPDRI型<1C0C458C100.37(C0.31.0.43)0.90(C0.44.1.86)I型10to<2C0C803C14119.46(C16.38.22.53)6.72(C4.70.9.61)I型C20+1,052C44340.36(C39.60.41.12)15.33(C11.29.20.80)II型<1C0C6,749C781.06(C1.02.1.10)C1.0II型10to<2C0C2,049C1376.92(C6.41.7.42)4.32(C3.16.5.91)II型C20+788C13915.13(C14.64.15.63)9.79(C7.14.13.43)CDMEI型<1C0C399C130.55(C0.48.0.63)0.59(C0.32.1.07)I型10to<2C0C587C9112.27(C11.43.13.1)2.50(C1.77.3.52)I型C20+877C20117.31(C16.83.17.8)4.83(C3.71.6.30)II型<1C0C7,286C2303.07(C2.99.3.16)C1.0II型10to<2C0C2,255C27711.94(C11.42.12.47)3.22(C2.68.3.87)II型C20+857C14316.47(C15.93.17.01)4.56(C3.67.5.67)CVTDRI型<1C0C456C200.74(C0.65.0.82)0.85(C0.52.1.38)I型10to<2C0C804C17814.29(C13.61.14.97)3.97(C3.08.5.12)I型C20+1,054C51847.2(C46.38.48.03)8.69(C7.10.10.63)II型<1C0C6,315C2183.37(C3.28.3.47)C1.0II型10to<2C0C1,894C30116.14(C15.41.16.87)3.73(C3.10.4.49)II型C20+735C20925.95(C25.26.26.65)6.27(C5.14.7.65)CAnyDR=すべての糖尿病網膜症,PDR=増殖網膜症,DME=糖尿病黄斑浮腫,VTDR=視力を脅かす糖尿病網膜症.*年齢(20.79歳を連続変数として),人種(5カテゴリー),高血圧(有/無),HbA1c(5カテゴリー),研究にて補正.(文献C6より引用)C252000年以前2000年以降発症率(%)20151050WESDR<30,1984-86WESDRa30,1984-86SanLuis,1988-92ARIC,1996DISS,1994BISED-I,1992-97SN-DREAMS-II,2007-11BES,2011Beixlinjing,2012SIMES,2011-13SINDI,2013-15LALES,2004-08BISED-II,1997-2003Nakurustudy,2012-14アメリカアジアアメリカ他の地域図41980~2010年代の地域調査で示された糖尿病網膜症の年間発症率を調査年ごとにプロットした図文献1)厚生労働省:令和元年国民健康・栄養調査報告.https://Cwww.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/Ckenkou/eiyou/r1-houkoku_00002.html2)InternationalCDiabetesFederation:IDFCDiabetesCAtlas.CTenthCEdition.Chttps://diabetesatlas.org/idfawp/resource-.les/2021/07/IDF_Atlas_10th_Edition_2021.pdf3)KarvonenM,Viik-KajanderM,MoltchanovaEetal:Inci-denceCofCchildhoodCtypeC1CdiabetesCworldwide.CDiabetesMondiale(DiaMond)ProjectCGroup.CDiabetesCCareC23:C1516-1526,C20004)Onda,Y,SugiharaS,OgataTetal:Incidenceandpreva-lenceCofCchildhood-onsetCTypeC1CdiabetesCinJapan:theCT1Dstudy.DiabetMedC34:909-915,C20175)TeoCZL,CSugiharaCS,COgataCTCetal:GlobalCprevalenceCofCdiabeticCretinopathyCandCprojectionCofCburdenCthrough2045:systematicreviewandmeta-analysis.Ophthalmolo-gyC128:1580-1591,C20216)YawJW,RogersSL,KawasakiRetal:GlobalprevalenceandCmajorCriskCfactorsCofCdiabeticCretinopathy.CDiabetesCCareC35:556-564,C20217)SabanayagamCC,CBanuCR,CCheeCRCetal:IncidenceCandCprogressionCofCdiabeticretinopathy:aCsystematicCreview.CLancetDiabetesEndocrinol7:140-149,C20198)KawasakiCR,CTanakaCS,CTanakaCSCetal:IncidenceCandCprogressionCofCdiabeticCretinopathyCinCJapaneseCadultswithtype2diabetes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesComplicationsCStudy(JDCS)C.CDiabetologiaC54:C2288-2294,C20119)KawasakiCR,CKitanoCS,CSatoCYCetal:FactorsCassociatedCwithCnon-proliferativeCdiabeticCretinopathyCinCpatientsCwithCtypeC1CandCtypeC2diabetes:theCJapanCDiabetesCComplicationCandCitsCPreventionCprospectivestudy(JDCPstudy4)C.DiabetolIntC10:3-11,C2019☆☆☆

内因性眼内炎(細菌・真菌)

2024年5月31日 金曜日

内因性眼内炎(細菌・真菌)EndogenousEndophthalmitis(BacterialandFungal)河越龍方*はじめに眼内炎は外因性と内因性に分けられる.外因性では内眼手術後,穿孔性眼外傷,涙.炎や角膜感染の波及によるものがある.内因性では他臓器原発の感染が血行性に転移して発症する.内因性の場合,細菌性では肝膿瘍や心内膜炎など,真菌性では中心静脈栄養(intravenoushyperalimentation:IVH)カテーテルなどによって起こる.眼科的所見では飛蚊症,視力低下,充血,眼痛をきたしうる.眼症状は内因性のなかでも細菌性では急性の経過をたどることが多く,一方真菌性では数日~数週をかけて症状が悪化する亜急性の経過をたどる.全身症状として発熱,CRP上昇,WBC(白血球)増加をきたしうる.糖尿病,透析患者,担癌患者,ステロイド使用など易感染性のものに生じやすい.内因性眼内炎では全身状態が悪いこともあり,意識障害がある状態や認知機能低下例では発見が遅れが次いで,角膜や強膜が融解していると眼球摘出や眼球内容除去術が必要となることもある.一方,術後眼内炎では健常者が多く,術後定期診察をするため,また,術後C1週間以内に発症することが多く診断が比較的容易であるため,眼球摘出までになることは少ないと考えられる.ただし,外因性眼内炎でも緑内障などで視機能が著しく落ちている眼で,たとえば線維柱体切除術の既往がある場合などにおいては,気づくのが遅れて眼球摘出になる例も存在する.内因性眼内炎は外因性眼内炎と比べて頻度は低く,まとまった数の報告は多くはない.原因微生物は外因性ではグラム陽性球菌が多いが,内因性ではCKlebsiellapneumoniaeなどが多く,また外因性では少ない真菌感染が起こる.真菌感染のC9割がカンジダ属(C.albicansによるものが多い)であり,多くはCIVHが原因となる.原因病原体の種類は,抗生薬の使用や治療法の変化,培養検査の感度,静脈内薬物乱用の頻度,あるいは民族による感受性違いからなのか,時代や地域によって大きな差がある.今後,予後に関しては硝子体手術の普及などにより変わってくると予想される.本稿では,まず,内因性眼内炎の後ろ向き症例対象研究についてこれまでの報告をレビューし,その後診断と治療について概説する.治療に関してはまだ明らかなエビデンスがないことも多く,私見が入ることをご容赦願いたい.CI疫学Guptaらによる,英国でのC1999年~2012年の調査1)では,47例の眼内炎のうち,81%が術後,11%が硝子体注射後,6%が内因性,2%が外傷性であった.つまり,眼内炎全体のC90%以上が術後眼内炎であり,内因性眼内炎は頻度として少なかった.秦野らが報告したわが国の多施設における検討(1988年までのC5年~20年の間)ではC280例C323眼を調べている2).内因性はC88例(31.4%)131眼であった.細菌学的確定診断率はC28.2%であった.内因性ではグラム*TatsukataKawagoe:埼玉医科大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕河越龍方:〒350-0495埼玉県入間郡下呂山町下呂本郷C38埼玉医科大学医学部眼科学教室C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(51)C523陰性菌がもっとも多くC14株(45%)で,そのうちCKlebC-siellapneumoniaeが5株,E.coliがC4株であった.真菌がC9株のCCandidaを含むC11株(35%),グラム陽性菌がC6株(19%)で,計C31株分離された.一方,外因性ではコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulaseCnegativeStaphylococci:CNS)などのグラム陽性菌が多く,グラム陰性菌と真菌は少なかった.内因性眼内炎に限って,細菌性と真菌性の前房と硝子体液の培養陽性率を比較すると,細菌性はC19/25(76%)なのに対して真菌性は11/28(39%)であり,真菌の分離率は低かった.Wongらはシンガポールにおける内因性眼内炎C27例32眼(1994年~1997年)について報告している3).19例(70%)はグラム陰性菌で,Klebsiellapneumoniaeは16例(60%)であった.肝胆道系感染はC13例(48%)であった.患者のC2/3に基礎疾患を有しており,糖尿病が46%と多かった.9例(28%)のみがC20/120あるいはそれ以上の視力を保つことができたが,2眼は眼球摘出と眼球内容除去術となった.Nishidaらは,日本人の内因性細菌性眼内炎C21例C27眼(2002年~2013年)に関して報告している4).90.5%において血液,眼内液,その他から培養で検出され,グラム陽性菌はC76.2%,グラム陰性菌はC19.0%であった.52.3%で黄色ブドウ球菌(そのうちC72.7%がメチシリン耐性)であって,真菌感染はいなかった.17例(81.0%)で眼外感染病巣が特定され,3例(14.3%)で感染性心内膜炎,2例(9.5%)で肺炎,2例(9.5%)で軟部組織(皮膚および創傷)感染症,2例(9.5%)で腹膜炎,2例(9.5%)でカテーテル関連感染症,2例(9.5%)で外傷(頭部および腎臓)が特定された.そのほか,肝膿瘍,尿路感染症,熱傷,腰筋膿瘍がそれぞれC1例であった.残りC4例は感染源が特定できなかった.最終視力は,44%でC0.5以上,64%でC0.1以上,36%がC0.1未満であった.3眼で眼球摘出が行われ,2眼で眼球癆となった.硝子体内注射と硝子体手術では,視力予後に差がなかった.SilpaらはタイにおけるC36例C41眼(2005年~2015年)について報告しており5),肝膿瘍(19%),尿路感染症(19%)が原因の上位であった.グラム陰性菌(49%),グラム陽性菌(44%),真菌(7%)であった.全症例のうち,KlebsiellapneumoniaeがC26.8%,次いでCStrepto-coccusagalactiaeがC15%で多かった.感染源は,肝膿瘍(19%)と尿路感染(19%)が多かった.肝膿瘍のC80%はCKlebsiellapneumoniaeが原因であった.初診時の視力と炎症の度合いが予後に影響した.Choらは,2006年~2013年発症のC60例の米国人と48例の韓国人の計C108例C128眼の内因性眼内炎について調べている6).グラム陽性菌は,米国人C44.8%,韓国人C21.3%であり,米国人に多かった.グラム陰性菌は米国人C3%,韓国人C44.3%で韓国人に多かった.Klebsi-ellapneumoniaeは韓国人のC37.7%でみられた.肝膿瘍が原因のものは米国人にはみられず,韓国人ではC33.3%にみられた.真菌性眼内炎は,細菌性眼内炎よりも視力予後が良好であった.硝子体手術は視力予後に関与はしなかったが一部の強毒菌においては有効と考えられた.Bjerrumらは,2000年~2016年のデンマークにおけるC50例C59眼の内因性眼内炎について報告している7).皮膚潰瘍C18%,心内膜炎C12%などが原因であった.患者背景は糖尿病(36%)と癌(26%)が多かった.63%が血液か硝子体で病原微生物が判明し,連鎖球菌と黄色ブドウ球菌が多く,KlebsiellapneumoniaeとCCandidaalbicansは少なかった.他の米国やドイツの報告と比ベてカンジダが少なかった.最終視力は,0.1以下がC62%,0.5以上がC26%,0.1以上は8%であった.Gounderらは西オーストラリア地域における,2000年~2015年の間の内因性眼内炎C57例C66眼を報告している8).尿路感染(28%),肺炎(23%),心内膜炎(21%)であった.培養陽性患者C53例のうち,35%がグラム陽性菌(黄色ブドウ球菌C10例),20.8%がグラム陰性菌(Klebsiellapneumoniae,9例),35.8%が真菌(Candi-daCalbicans,7例)であった.検体の培養陽性率は,硝子体(34/52例,65%),血液(22/51例,43%),前房水(1/11例,9%)であり,全体でC53例(93%)が培養陽性となった.視力はC33眼(50%)で改善し,15眼(22.7%)で低下した.硝子体手術はC66眼中C29眼(44%)で行われたが,視力予後とは相関しなかった.10例C10眼(18%)で眼球内容除去か眼球摘出が行われた.Hsiehらは,台湾におけるC2007年~2017年の,70例C83眼の培養が陽性になった内因性眼内炎を報告して524あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024(52)いる9).もっとも多かった感染源は腹腔内膿瘍(N=36,43.37%)で,次いで尿路感染であった.背景因子としてC2型糖尿病が多かった(N=53,63.86%).原因病原体はグラム陰性菌(77.11%),グラム陽性菌(14.46%),真菌(8.43%)であった.陰性菌のなかでもCKlebsiellapneumoniaeがC44例(53.01%)と多かった.真菌はC7例中6例がCCandidaalbicansであった.7例を除き,抗菌薬の全身投与に加え,ただちにテイコプラニンとセフタジジムの併用などの硝子体内注射がC3.03C±2.27回行われた.硝子体手術はC39眼に施行された.指数弁以上視力を残せたものがC34.94%,6眼(7.23%)は眼球摘出か眼球内容除去術になった.肝膿瘍と尿路感染を比較すると肝膿瘍で視力予後が悪かった.硝子体手術と視力予後は相関がなかった.初期の視力が視力予後と相関した.Todokoroらは多施設におけるC25例C32眼の内因性眼内炎(2009年~2014年)について報告している10).培養陽性率は,房水(28.6%),硝子体(62.5%),血液(57.1%),中心静脈カテーテル(100%)であった.12例(48.0%)で糖尿病がみられた.多いものから黄色ブドウ球菌10例(うちCMRSA4例),KlebsiellaCpneumoniae7例であった.すべてのグラム陽性菌でバンコマイシンに感受性があった.すべてのグラム陰性菌において第C3世代セファロスポリン,イミペネム,ゲンタマイシン,レボフロキサシンに感受性があった.Klebsiellapneumoniaeとグラム陰性菌は視力予後不良因子であった.抗生物質硝子体内注射はC19眼(58.8%)で行われた.硝子体手術はC32眼中C14眼(43.8%)で行われた.最終視力がC0.2よりよかったのはC19例(59.4%)であった.2眼(6.3%)に眼球摘出あるいは眼球内容除去が行われた.抗生物質硝子体内注射および硝子体手術は,視力予後とは関連しなかった.Ishikawaらにより,日本人を対象としたC2010年~2019年多施設研究でのC314例C350眼の細菌性眼内炎が報告されている10).外因性と内因性眼内炎の比較を行っている.外因性はC242眼(69.1%),内因性はC108眼(30.9%)であった.ほかの研究に比べて内因性眼内炎の比率が高かった.Klebsiellapneumoniaeの記載はないが,真菌の記載はあり,真菌C20例中C7例は外因性であった.眼痛,毛様充血は外因性のほうが強かった.2群間での最終視力予後に差はなかった.KuoらによりC2008年~2015年の台湾におけるC175例の内因性眼内炎に関して報告されている12).44%において感染源が明らかで,24.6%が肝膿瘍であり,またCKlebsiellapneumoniaeがもっとも多い原因菌(34.4%)であった.175例中C90例で培養陽性であった.グラム陽性菌はC23株で,Coagulase-negativeCStaphylococcusが多かった(6/23,26.1%).グラム陰性菌はC48株で,CKlebsiellapneumoniaeが多く(31/48,64.6%),次いで緑膿菌(11/48,22.9%)であった.真菌はC15株でCCan-didaalbicansが多かった(6/15,40.0%).細菌性よりも真菌性のほうが視力予後良好であった.グラム陰性菌が硝子体から検出された群は培養陰性の群よりも眼球摘出が多かった.硝子体内抗生物質の使用は非使用群と比べて眼球摘出のリスクが低かったため,早期の硝子体内抗生物質治療により,眼球摘出を避けられる可能性があるとしている.硝子体手術と眼球摘出のリスクには相関がなかった.初診時の視力と治療後の視力は相関した.北村らは,2013年~2022年に内因性眼内炎と診断されたC13例C14眼に対する後ろ向き検討を行った13).7例が細菌性,2例が真菌性,4例が起因菌不明であった.原因が明らかになったC9例の内訳は,G群レンサ球菌(GroupCGStreptococcus:GGS),メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(mechicillin-resistantCStaphylococcusCaure-us:MRSA),化膿レンサ球菌(Streptococcuspyogenes)がそれぞれC1例,メチシリン感性黄色ブドウ球菌(meti-cillin-susceptibleCStaphylococcusaureus:MSSA),CKlebsiellapneumoniae,CandidaalbicansがそれぞれC2例であった.患者背景としては,悪性腫瘍治療中C3例,敗血症治療中C6例,免疫抑制中C2例,糖尿病C1例であった.内因性眼内炎の視力予後は一般的に不良と考えられているが,本研究でも術後に視力が改善したのはC4眼のみであった.内因性眼内炎においては,視力予後は細菌性よりも真菌性のほうが良好であると報告されているが,細菌性でも視力予後がよかったものもいて,必ずしもそうとはいえないとしている.また,以前の報告でグラム陰性菌は視力予後が不良とされているが,本研究でもCKlebsiellapneumoniaeによる内因性眼内炎の予後は不良であった.(53)あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024C525受診黄斑,視神経乳頭に病変が及んでいる全身抗菌薬投与,点眼で様子をみる*全身状態が悪く手術ができない場合には,抗菌薬+ポビドンヨードの硝子体内投与も検討する**ニューキノロン,セフタジジム,バンコマイシン図1内因性眼内炎診断治療フローチャート(私見)白内障手術灌流なしで硝子体生検1ml程度採取*抗菌薬とポビドンヨード入り灌流液につなぎ替える**硝子体手術(シャンデリア照明を用いて可能な限り硝子体除去,水晶体後.開窓)抗菌薬硝子体注射***,トリアムシノロン硝子体注射,トリアムシノロンTenon.下注射*:培養・鏡検に提出,真菌を疑うならb-Dグルカンも検査.**:BSS500mlにバンコマイシン10mg,セフタジジム20mg,10%ポビドンヨード1.25mlをいれる.BSS内でポビドンヨードは失活するので使用直前に混注する,30分たったら新しい灌流液に変える.真菌性の場合は,BSS500mlにフルコナゾール10mgなど.***:バンコマイシン1.0mg/0.1ml,セフタジジム2.0mg/0.1ml.真菌性の場合は,フルコナゾール100μg/0.1mlなど.図2硝子体手術の流れ(私見)・中心窩に大きな病巣があり抗真菌薬が著効しない時・初診時すでに高度の硝子体混濁あるいは網膜.離がある時とされている.硝子体手術の流れを図2に示した.比較的高齢であることが多い,術中透見の改善,術後白内障が進むといった理由で,手術は基本的に水晶体再建術も併用する.術中セフタジジムとバンコマイシンを用いる(セフタジジムはグラム陽性菌,陰性菌に広い抗菌スペクトラムをもち,バンコマイシンはグラム陽性菌には強いが陰性菌には効かない).またポビドンヨードも用いる17).ポビドンヨードは灌流液にC0.025%になるように調整する.BSS内では還元されて殺菌効果が薄まるため,30分以上経ったら新たに調整したC0.025%BSSと交換する.局所麻酔あるいは全身麻酔に耐えられず,硝子体手術がどうしても施行できない際には抗生薬硝子体投与のほかに,ポビドンヨードの硝子体投与も有効である可能性がある.田中らによると,全身状態不良の内因性眼内炎患者(黄色ブドウ球菌)に対し,1.25%ポビドンヨード0.1Cml硝子体内注射施行し改善し,硝子体手術が施行できない際の代替ともなりうるとしている18).ポビドンヨードは細菌だけでなく真菌に対しても強い殺菌効果を示すことが知られているが,真菌性眼内炎への有効性については,ウサギを用いた報告がCLeeらによりなされている19).Candidaalbicans眼内炎モデルにおいて,ボリコナゾール,ポビドンヨード,ボリコナゾールとポビドンヨード併用の硝子体内注射を試行し比較している.ボリコナゾールとポビドンヨードは同等の効果を示し,ボリコナゾールとポビドンヨード併用ではその相乗効果は認めなかったとしている.真菌性眼内炎においてもポビドンヨードを硝子体手術の灌流液に添加することの有効性が示唆される.C2.抗菌薬(細菌)細菌性の眼内炎に対する点滴は,一般的に眼内に移行性のよいカルバペネム系であるイミペネムやメロペネムを投与されることが多い.カルバペネム系薬剤はCb-ラクタム系の広域スペクトルをもつ抗生薬である.多剤耐性菌ではカルバペネム系に耐性をもつものもあり,硝子体検体などを用いた薬剤感受性の確認は重要である.バンコマイシンは全身投与による眼内移行は悪いとされており20),Ferenczらによると,バンコマイシンの静脈注射は硝子体内では有効濃度には達せず,硝子体注射がよいとしている21).Huervaらによると,バンコマイシン点眼でも前房内濃度は有効濃度に達し,4時間後には有効濃度以下になることから,2時間ごとの点眼がよいとしている22).以上よりバンコマイシンは点滴ではなく点眼で投与されていることが通常である.硝子体手術においては硝子体腔への薬剤の移行をよくするために後.は切開する.C3.抗菌薬(真菌)真菌性眼内炎に対する抗真菌薬の使用は,まずは全身投与が基本である.感受性と眼内移行性を考え薬剤選択をする.『深在性真菌症の診断・治療ガイドライン2014』14)に非常に詳しく記載されているため参照していただきたい.菌種不明の際にはフルコナゾールが第C1選択薬として用いられる.すでに菌種と感受性が判明している際には標的治療を行う.C4.術後炎症抑制ウサギ眼内炎モデル(表皮ブドウ球菌)において,バンコマイシン,バンコマイシン+トリアムシノロン硝子体内投与,生理食塩水硝子体内投与のC3郡に分けて,その予後比較をした報告がある23).その結果,トリアムシノロンを用いた群で組織破壊が少なかったという結果が出ている.この結果をもとに,筆者は硝子体手術の最後にトリアムシノロンを硝子体内,さらにCTenon.下にも注射している.術後炎症を抑えたいが,外因性の場合と異なり,内因性の場合は原発病変がある,全身状態が悪いといった理由で全身性のステロイド投与はできないことも多い.このことが予後にどの程度影響しているか今後検討の余地がある.CIII出血性閉塞性網膜血管炎白内障手術後に予防的にバンコマイシンを投与された患者のなかで,まれではあるが出血性閉塞性網膜血管炎(hemorrhagicCocclusiveCretinalvasculitis:HORV)を528あたらしい眼科Vol.41,No.5,2024(56)起こすことが知られている(米国では白内障手術終了時に眼内炎予防のために抗生薬,とくにバンコマイシンを前房内投与して終わることが多いため報告が多い).2014年に白内障術後C2例C4眼において閉塞性血管炎を起こしたことが報告され24),バンコマイシンの前房内投与が疑わしいとされた.2015年にはC6患者C11眼の白内障手術時バンコマイシン投与後のCHORVが報告された25).術後C1日~14日後に無痛性の視力低下をきたし,全例に全身および局所のステロイド治療が行われ,7眼に新生血管緑内障が生じ,全例に抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)薬硝子体投与か汎網膜光凝固(panretinalCphotocoagulation:PRP)が行われた.8眼で最終視力がC0.2以下になった.2018年には,白内障手術終了時の抗生薬前房内投与に関するメタ解析の結果が報告され26),セフロキシム,モキシフロキサシン,バンコマイシンを比較した際に,バンコマイシンにおいてのみ発症を認めている.細菌性眼内炎の硝子体手術においては,バンコマイシンを術中灌流液に入れて用い,また,術最後に硝子体注射を行う.眼内炎では元々ある低度の閉塞性網膜血管炎を起こしていることも多く,術中にバンコマイシンを使用したことが原因でCHORVを起こしたかどうかは判断がつきにくい.眼内炎で炎症細胞が大量に浸潤している眼内では,まれとされているCHORVが生じやすくなることも予想される.術後,眼底透見できるようになれば蛍光造影検査を試行し,無血管領域の確認,およびその後のCPRPや抗CVEGF薬の使用が必要になる患者も一定数あるのではないかと推測する.筆者も眼内炎術後に異常な血管周囲の出血があると,HORVなのかどうか悩むことがある.HORVを考えるとバンコマイシンはなるべく使用したくないが,薬剤感受性試験でセフェム系やカルバペネム系抗生薬に耐性を示す菌も眼内炎で散見する.Nishi-daらの報告によると内因性眼内炎でもCMRSAが多く検出されている4).失明を避けるためには,多剤耐性菌も対象とし,バンコマイシンを使ったエンピリックセラピーも仕方ないのではないかと考えるが,感受性結果からほかの薬剤が使えるならば途中変更するべきであろう.投与前に他科で薬剤感受性結果が示されており,ほかの抗生薬を使用できる際には,むやみにバンコマイシンを使わないようにすべきである.バンコマイシンに替わる抗生薬(諸外国ではテイコプラニンなどを使用することもあるようである),あるいはさらに積極的な術後のポビドンヨード使用など,新たな治療法の開発が待たれる.文献1)GuptaCA,COrlansCHO,CHornbyCSJCetal:MicrobiologyCandCvisualCoutcomesCofCculture-positiveCbacterialCendophthal-mitisCinCOxford,CUK.CGraefeCArchCClinCExpCOphthalmolC252:1825-1830,C20142)秦野寛,井上克洋,的場博子ほか:日本の眼内炎の現状─発症動機と起炎菌─.日眼会誌95:369-376,C19913)WongCJS,CChanCTK,CLeeCHMCetal:EndogenousCbacterialendophthalmitis:anCeastCAsianCexperienceCandCaCreap-praisalCofCaCsevereCocularCa.iction.COphthalmologyC107:C1483-1491,C20004)NishidaT,IshidaK,NiwaYetal:Aneleven-yearretro-spectiveCstudyCofCendogenousCbacterialCendophthalmitis.CJOphthalmol:261310,C20155)Silpa-ArchaS,PonwongA,PrebleJMetal:Culture-pos-itiveendogenousCendophthalmitis:anCeleven-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