両立支援ThePromotionofHealthandEmploymentSupport井上賢治*はじめに両立支援とは,病気に罹患した労働者に対して治療と仕事を両立するための支援である.労働者が病気にかかり治療が必要になると,それまでのようには働けなくなる場合がある.治療に専念する場合や治療をしながら働く場合が想定される.とくに労働者が治療をしながら働くことを希望する場合には,それが可能となるように労働者,事業者,主治医が連携し,支援にあたる必要がある(図1).厚生労働省では2016年2月に「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」1)(図2)を発出した.I医師による両立支援われわれ眼科医は患者の視機能については詳細に検討を行い,視機能の改善,あるいは悪化の抑制をめざして患者の診療にあたっている.そして日常診療においては,患者の労働については,患者から相談されない限り考えていないのが現状である.患者は労働することで賃金を得て生活をし,通院,治療を行っている.患者は視機能が悪化し,仕事に支障が出るようになると退職を考えてしまう.職場で他人に迷惑をかけたくないという思いは日本人的である.しかし,視機能が悪くなって退職した場合の再就職はきわめて困難である.退職することなく働き続けられるように調整することが重要である.厚生労働省職業安定高齢・障害者雇用対策部障害者雇用対策課が2007年10月に発出した「視覚障害者の雇用の継続のために眼科医の皆様にご理解いただきたいポイント」2)の冒頭にもこのことが記載されている.この発出文書には三つのポイントが記載されているので以下に紹介する.1.眼科受診から職場定着まで,医療,福祉,労働など多くの関係者の連携が不可欠患者は眼科を受診し,治療を受ける.適切な時期にロービジョンケアを開始する.ニーズに応じて福祉施設を紹介し,生活訓練や音声パソコンを用いた職業訓練を受けて復職する.2.眼科医の重要な役割と基本姿勢医師には障害を告知する役割がある.障害の告知は,障害の受容に関係する重要な問題だが,告知にあたっては,障害のマイナス面だけでなく,病気やその治療方法に関して説明し,生活訓練や職業訓練などの社会資源の存在とその活用などによって,マイナス面も克服できるということも伝えることが重要である.場合によっては,医療の段階で,当事者団体に引き合わせることも効果的である.医師には司令塔としての役割があり,その姿勢は他の医療スタッフの姿勢にも影響する.また,復職のための診断書や意見書の作成など,その後の患者への対応にも影響を与え,人生の岐路を分けることにもなる.「視力は戻らないけれども,仕事はできる」とアドバイスされ*KenjiInoue:井上眼科病院〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(53)1557①業務内容や仕事の情報を③主治医が作成した意見書を伝えるための書面を作成勤務先に提出仕事と治療の両立②患者から提出された④両立支援プランを作成書面をもとに意見書を作成図1労働者,事業者,主治医の連携③主治医意見の提出労主治医から収集した「主治医意見書」などの情報を事業者に提出し,両立支援を申し出ます.企業・事業者④産業医等の意見聴取事業者は,産業医などから意見を聴取し,主治医の意見や労働者(患者)本人の要望を勘案し,具体的な支援内容について検討します.⑥「両立支援プラン」の実行周囲の同僚や上司などに対して,必要な情報に限定したうえで可能な限り開示し,理解を得ながら「両立支援プラン」を実行します.図2治療と仕事の両立支援の流れ(厚生省のwebサイト「治療と仕事の両立支援ナビ」の図をもとに作成)決法を考えていくことである.活動の一つとして,ロービジョン就労相談会を毎月1回,原則第2土曜日の午後に開催している.新型コロナウイルス感染症の前には,北九州市の高橋広先生が相談医として立ち合っていた.新型コロナウイルス感染症の流行により,現在はwebにて開催している.現在の相談医は日本眼科医会役員と全国のロービジョン専門医が交代で担当している.b.盲学校(職業訓練)盲学校は視覚障害者に対する教育を行う学校であり,自分の安全を図るための手段とその工夫を学びつつ,点字などを中心に幼稚園,小学校,中学校,高等学校に準じた教育が行われている.盲学校は全国に66校があり,内訳は北海道地区4校,東北地区7校,関東甲信越地区17校,中部地区9校,近畿地区9校,中国・四国地区9校,九州・沖縄地区11校である.東京都内には,筑波大学附属視覚特別支援学校,東京都立文京盲学校,久我山青光学園,葛飾盲学校,八王子盲学校の5校がある.学童の教育だけでなく,職業訓練を行っている盲学校もある.東京都立文京盲学校の専攻科(就業科)には,あん摩マッサージ指圧師,はり師,きゅう師を養成する課程がある.保健理療科(あん摩マッサージ指圧師)と理療科(あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師)の二つがあり,どちらも高等学校卒業後3年間の課程である.専攻科の授業には解剖学,あん摩実技,情報処理,はり実技,経絡経穴,臨床実習などがある.c.眼科医の役割厚生労働省の「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」1)における眼科医の役割は,主治医意見書(病状,治療計画,就労上の措置に関する意見書)の提供である.主治医意見書を書く前に事業所に療養・就労両立支援に関する勤務情報提供書を医師から依頼する.その内容を基に病状,治療計画,就労計画,就労上の措置に関する意見書を作成し,事業所に提出する.意見書には病名,現在の症状,治療の予定,就労継続の可否,業務上の配慮事項,その他の特記事項,配慮の期間を記入する.黄斑ジストロフィの50歳代の患者の療養・就労両立支援に関する勤務情報提供書と症状,治療計画,就労上の措置に関する意見書の一例を図3,4に示す.また,労働者(患者)の視覚障害の状況を本人だけでなく,産業医,事業所の担当者,患者家族が理解することが重要である.そのためのツールとして,とくに視野障害をイメージできるソフトウェアを開発し,タブレットに入れて使用したところ,有効であったと報告されており5),このようなツールの活用も考えるとよい.なお,「事業場における治療と両立支援のためのガイドライン」に基づく療養・就労両立支援指導料は2018年に新設された.2020年には難病の患者に対する医療等に関する法律での指定難病(表1)に対象が広がった.また,従業員が常時10名以上のすべての事業場で就労している労働者に拡大された.保険点数は初回800点で,2回目以降400点が月に1回まで,初回を算定した月またはその翌月から起算して3カ月後まで算定できる.II労働者による両立支援両立支援は,疾病により支援が必要な労働者本人からの申し出により始まる.まずは本人の勤務情報提供書の作成を行う.業務内容や勤務時間など,自らの仕事に関する情報をまとめて主治医に提供する.勤務情報提供書を参考にして主治医が主治医意見書を作成する.産業医がいる事業所では産業医の意見も聴取して,労働者本人の要望を勘案し,具体的な支援を検討する.入院などによる休業を要さない場合は,両立支援プランを策定する.この際に両立支援コーディネーターに依頼するとスムーズである.両立支援コーディネーターとは,治療と仕事の両立に向けて,支援対象者(労働者),主治医,会社,産業医などのコミュニケーションが円滑に行われるように支援する者である.働き方改革実行計画(2017年3月)で両立支援コーディネーターの養成について示されている.両立支援コーディネーターの養成講座は2023年度には3回行われ,合計で2,000名以上が受講予定である.入院などによる休業を要する場合は,労働者は休業申請書類を提出し,休業を開始し,治療に専念する.その後,休業している労働者の職場復帰が可能であると判断したら,事業者は職場復帰支援プランを作成する.プランに基づいて着実に職場復帰を進めることが,復帰後の長く安定した就業につながることを本人へ説明し理解し1560あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023(56)……….図3療養・就労支援に関する勤務情報提供書てもらう.いきなり休業前と同じ業務内容に戻るのではなく,本人の状況に合わせて無理のないプランを作成し,「慣らし勤務」として段階的に仕事の負荷を上げていき,元の就業状態に戻していく.最初は単純作業や定型業務を担当し,その後,1,2カ月ごとに段階的に仕事の質と量を上げていき,復職6カ月後を目安に通常業務へ戻していく.職業上の配慮も必要である.表2にその例を示す.また,職場復帰するにあたり,自立した生活に必要な単独歩行,点字,またパソコンなどIT関連技能の講習を受けることもすすめられる.東京版スマートサイトである東京都ロービジョンケアネットワークにもこのような講習を行っている福祉施設が多数掲載されている.例を図5に示す.黄斑ジストロフィー現症:上記にて視力右矯正0.01、左矯正0.1である。視野は両眼の中心暗点を認める。視覚の障害者手帳は現在5級取得だが、視力は4級相当である。3治療方法:外来通院で経過観察中である。.就労について:通常より業務処理に時間を要するので職務遂行に際しては以下の配慮が必要である。①職場の遮光環境・適合する視覚補助具の使用にて文書処理は可能である。②音声パソコンの利用により作業は通常通り可能となる。視覚障害による移動困難があり、通勤に配慮が必要で、混雑および乗り換えを避ける必要がある。.図4病状,治療法計画,就労上の措置に関する意見書1.スマートサイトスマートサイトとはロービジョンケアについての情報やロービジョンケアを行っている福祉施設を紹介するシステムで,通常はリーフレットを用いて行われている.ロービジョン者は入手したスマートサイトの情報からロービジョンケアの概要を知ることができ,そこに記載された関連施設にアクセスすることで適切なロービジョンケアやサービスを受けることができる.スマートサイトは2005年に米国眼科学会が開始したウェブサイトからダウンロードして利用するロービジョン関連情報として始まった.日本眼科医会では全国すべての都道府県でのスマートサイト作成をめざして活動を続けてきた.2010年に最初に兵庫県でスマートサイト「つばさ」が(57)あたらしい眼科Vol.40,No.12,20231561表1難病の患者に対する医療等に関する法律での指定難病告示番号指定難病名11重症筋無力症13多発性硬化症/視神経脊髄炎35天疱瘡36表皮水疱症38スティーヴンス・ジョンソン症候群40高安動脈炎41巨細胞性動脈炎46悪性関節リウマチ49全身性エリテマトーデス53Sjogren症候群56ベーチェット病84サルコイドーシス90網膜色素変性症134中核視神経形成異常症/ドモルシア症候群157スタージ・ウェーバー症候群158結節硬化症160先天性魚鱗癬162類天疱瘡(後天性表皮水疱症を含む.)164眼皮膚白皮症166弾性繊維性仮性黄色腫167マルファン症候群168エーラス・ダンロス症候群171ウィルソン病191ウェルナー症候群192コケイン症候群271強直性脊椎炎300IgG4関連疾患301黄斑ジストロフィー302レーベル遺伝性視神経症303アッシャー症候群328前眼部形成異常329無虹彩症332膠様滴状角膜ジストロフィー作成され,2021年5月に47都道府県すべてでスマートサイトが完成した.東京都については2018年に完成した東京都ロービジョンケアネットワークのリーフレット(図6)に両立支援に関して,生活訓練・支援,就労支1562あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023表2職場復帰後の就業上の配慮短時間勤務軽作業や定型業務への従事残業・深夜業務の禁止出張の禁止,または制限交代勤務の制限危険作業,運転業務,高所作業,窓口業務,苦情処理業務などの制限フレックスタイム制度を制限,または適用転勤について配慮時間単位での年次有給休暇を支給テレワークの活用通勤方法を考慮図5東京都ロービジョンケアネットワーク・ロービジョンケア福祉施設情報援,教育機関の各福祉施設が記載されている.しかし,これらの福祉施設の利用にあたっては,居住地や勤務(58)図6東京都ロービジョンケアネットワークのリーフレット表面(左)と中面(右)地,身体障害者手帳の有無などの条件がある場合もある.また,利用できる日程や時間,利用料金についても施設毎で設定されており,一律ではない.III事業者による両立支援両立支援を必要とする労働者からの申し出があった場合は,事業者は検討に必要な情報に不足がないかの確認が必要である.このため,産業保健スタッフや人事労務担当者は,労働者が主治医から必要十分な情報を収集できるよう,書面の作成支援や手続きの説明など,必要な支援を行う.主治医から提供された情報を産業医などに提供し,就業継続の可否や,就業可能な場合の就業上の措置および治療に対する配慮に関する意見を聴取する.これら主治医や産業医などの意見を勘案し,就業を継続させるか否か,具体的な就業上の措置や治療に対する配慮の内容および実施時期などについて検討する.1.産業医職場において労働者の健康管理等を効果的に行うためには,医学に関する専門的な知識が不可欠なことから,事業者は常時50人以上の労働者を使用する事業場ごとに医師のうちから産業医を選任し,産業医は労働者の健康管理や労働相談などを行う.常時1,000人以上の労働者を使用する事業場または法定の有害業務に常時500人以上の労働者を従事させる事業場では,その事業場に専属の産業医を選任する.そのほかの事業場においては嘱託でも差し支えない.2.障害者雇用促進法1960年に身体障害者雇用促進法が制定され,事業主が雇用すべき障害者の最低雇用率が設定された.のちに障害者雇用促進法は何度も改正され,雇用率の設定については,少なくとも5年ごとに労働者の割合の推移を勘案し設定されている.現在の障害者の法定雇用率は民間企業2.3%,国や地方公共団体2.6%,都道府県などの教育委員会2.5%である.在職中に視力障害に至った場合は,身体障害者手帳を取得し,障害者雇用枠での雇用に変更する方法もある.産業医とよく相談するとよい.おわりに両立支援の成功の鍵は労働者,事業者,主治医の連携にかかっている.主治医の立場としては患者(労働者)の視機能を判断,把握することから始まる.患者の有する視機能を有効に利用することで患者がいかにして働くことが可能かを事業者に提示する必要がある.目の前の患者のことを考えて患者に寄り添ってほしい.文献1)厚生労働省:事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン(2023年版)https://www.mhlw.go.jp/con(59)あたらしい眼科Vol.40,No.12,20231563