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学校保健の立場からの近視対策

2025年2月28日 金曜日

学校保健の立場からの近視対策MyopiaPreventionfromthePerspectiveofSchoolHealth柏井真理子*はじめにわが国の児童生徒たちの学び舎である学校において,国全体で近視への対策である「一次予防」が徹底されれば,公衆衛生上,非常に成果があると考えられる.諸外国に後れをとっていたが,令和3.5年度にわが国で初めて文部科学省(以下,文科省と表記)による「児童生徒の近視実態調査」1)が実施され,ようやく実態が把握された.今回の調査結果や検証結果が適切に学校や児童生徒にフィードバックされ,近視対策としてよい効果が出ることを期待したい.また,学校では学校保健安全法で義務づけられている定期健康診断の一項目として,毎年6月末までにすべての児童生徒に視力検査が実施されている.原則として,視力1.0未満の者には事後措置として眼科受診を勧めることになっている.しかし,事後措置として精密検査のため眼科を受診する率はあまり芳しくない.まず,近視の早期発見のためには,学校側と連携してしっかりと眼科受診を促すことが大切である.眼科の受診率が向上すれば,近視の早期発見や対応が可能となり,近視対策には非常に有効である.学校現場での取り組みにおいて,近視発症の一次予防としての啓発や指導・実践は非常に大切である.本稿では,文科省・日本眼科医会をはじめ,地域の眼科学校医や学校の取り組みなどについて述べる.I文部科学省の近視への対応ここでは,おもに文科省の啓発資料について説明する.わが国ではglobalandinnovationgatewayforall(GIGA)スクール構想により,令和2年度末には小中学校に一人一台の端末機器が配布され,本格的な情報通信技術(informationandcommunicationtechnology:ICT)教育が開始された.それまで子どもたちは端末機器の適切な使用方法や眼の健康について学ぶ機会がなく,大人が一方的に監視する傾向であったが,GIGAスクール構想の導入後は,眼の健康リテラシーを育み,児童生徒の主体性を重んじる教育にシフトすることが求められるようになった.そして令和3.5年度に文科省近視実態調査が実施され,このたび研究報告書が公表された.さらに文科省は,得られた事実に基づいてチラシ(図1a)やリーフレット(図1b,2)を作成して文科省のホームぺージで公開し,全国の学校に周知している2,3).このリーフレットでは近視について説明がなされ,近視が進行すると将来重篤な眼疾患に罹患するリスクが高くなることなどがわかりやすく解説されている.また,今回の調査でみえてきた問題点,たとえば近くを見る作業時のルールについて「守れていない」と回答している児童生徒が多いことを提示し,子どもたちが眼を守るための知識として,30cm以上の視距離や30分に1回20秒以上の眼の休息などのポイントを周知している(図2b).*MarikoKashii:柏井眼科医院(日本眼科医会学校保健担当)〔別刷請求先〕柏井真理子:〒603-8162京都市北区小山東大野町50-2柏井眼科医院0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(21)155ab図1文部科学省が配布している啓発資料a:「児童生徒の近視実態調査事業子供の目の健康を守るための啓発資料」.https://www.mext.go.jp/content/20240731-mxt_kenshoku-000037357_12.pdfb:「児童生徒の近視実態調査事業近視について解説した資料」の1ページ目.https://www.mext.go.jp/content/20240828-mxt_kenshoku-000037357_01.pdf(文部科学省のホームページより引用)ab図2文部科学省が配布している啓発資料a,b:「児童生徒の近視実態調査事業近視について解説した資料」(図1b)の3,4ページ目.https://www.mext.go.jp/content/20240828-mxt_kenshoku-000037357_01.pdf(文部科学省のホームページより引用)abc日本眼科医会図3日本眼科医会の眼の健康啓発マンガ「ギガっこデジたん!」a:エピソード1「姿勢正しく」.https://www.gankaikai.or.jp/info/gigaA4epi1.pdfb:エピソード2「目を休める」.https://www.gankaikai.or.jp/info/gigaA4epi2.pdf(日本眼科医会のホームページより引用)c日本眼科医会図4日本眼科医会の近視予防啓発動画①「進む近視をなんとかしよう大作戦の巻」.幼児.小学校低学年にもわかりやすく,「ギガっこデジたん!」のキャラクターを活用し,近視について学ぶ.「近視になったら大人になった時にいろいろな目の病気にかかるかもしれないよ」と説明を受けている途中,近視マンが現れ,「みんな近視になってしまえ」と叫ぶ.こどもたちは近視にならないよう三つのお約束「視距離を30cm確保する」「手元を見る作業30分続けば,20秒以上遠くをみて目を休めよう」「屋外活動をしよう」というメッセージを発信している.YouTubeでも7万回以上視聴されている.日本眼科医会では,眼科医が自身のクリニックや学校医担当校などでも配布できるように作中のダークヒーロー「近視マン」のカードを作成している.(YouTubeチャンネル「公益社団法人日本眼科医会」より引用)~c日本眼科医会図5日本眼科医会の近視予防啓発動画②「イヌ,屋外活動をおすすめするの巻」.近視抑制に効果があるとされている日中の屋外活動をクローズアップした動画である.最初に作成された「ギガっこデジたん!」が幼児.小学校低学年を対象としているのに対し,この動画はおもに小学校高学年から高校生を対象としている.「イヌ」による少年へのレクチャーやアドバイスを通じて近視のメカニズムや近視人口の世界的な増加,そして近視の進行が発症リスクとされる緑内障などの眼の疾患について少年に語るストーリーになっている.(YouTubeチャンネル「公益社団法人日本眼科医会」より引用)c日本眼科医会図6日本眼科医会の近視予防啓発動画③「進む近視から世界を守ろう大作戦の巻」.本動画では,近視の進行が発症リスクとされる緑内障や黄斑変性などの眼の疾患について周知するのに加え,「2050年には世界人口の半分が近視になる」といわれる学術的な情報も取り入れている.その一方,「ネットの世界ではフェイクニュースがたくさん流れていて,みんなを惑わせる」と忠告し,正確で偏りのない眼の健康にかかわる情報を自分自身で選んで活かそうというネットリテラシーや健康リテラシーについて,児童生徒が考えることを促す工夫が加えられている.(YouTubeチャンネル「公益社団法人日本眼科医会」より引用)c日本眼科医会図7子どもの目を守る啓発カード(日本眼科医会作成)

環境因子による予防対策

2025年2月28日 金曜日

環境因子による予防対策PreventingMyopiainChildrenbyImprovingEnvironmentalFactors四倉絵里沙*I子どもたちを取り巻く環境の変化わが国において2019年に開始されたglobalandinnovationgatewayforall(GIGA)スクール構想とは,情報通信技術(informationandcommunicationtechnol-ogy:ICT)の整備を中心とした取り組みのことで,全国の児童・生徒1人に1台のコンピュータと高速ネットワークを整備することを目的としている.これに伴い,子どもたちにとってデジタルデバイスがより身近なものとなったが,さらに2020年から新型コロナウイルス感染症2019(COVID-19)のパンデミックが始まり,数カ月間の外出制限と休校によるオンライン自宅学習などが余儀なくされ,生活様式に変化をもたらした.このパンデミックに伴い,世界各国で子どもの近視有病率が増加1,2)したが,とくに7.9歳における低年齢においてその傾向が顕著であったことが報告3)されている.その背景には,近業(近くを見る作業)時間の増加や屋外活動時間の減少が関連していることが質問票を用いた研究で明らかとなっている.COVID-19のパンデミックが落ち着いた現在においても,子どもたちの近業時間は増加しており,『令和5年度青少年のインターネット利用環境実態調査報告書』4)によると,インターネットを1日3時間以上利用している子どもの割合は小学生で57.3%,中学生で71.8%,高校生では81.4%であったことが明らかとなった.東京都内小学生を対象にCOVID-19パンデミック前後の眼軸長変化量を検討した筆者らの研究5)でも,パンデミック前の2018.2019年では+0.31.mm/年であったのに対し,パンデミック直後の2019.2020年では+0.38mm/年で伸長傾向であったことを報告した.多変量解析結果から近業時間の増加や屋外活動時間の減少が関連していることが考えられたが,パンデミックからしばらく経った2020.2021年では,眼軸長変化量が+0.28mm/年と有意に減少していた.質問票の結果から2021年も近業時間はなお増加傾向にあったものの,屋外活動時間が63分/日から77分/日に回復しており,屋外活動時間が眼軸長伸長に歯止めをかけた可能性が示唆された.国際近視機関(InternationalMyopiaInstitute:IMI)は近視関連因子に関する総説6)のなかで,近視は複雑な多因子疾患であるが,近業を含む教育環境や屋外活動時間が近視と強い因果関係をもつことを述べている(表1).子どもの近視有病率が増えている背景に,家庭,学校,社会など,子どもを取り巻く周囲の教育に対する熱量の変化も一因として考えられる.本稿では,近視に関連する近業環境や屋外活動について,他国の近視予防に向けた国策も交えながら述べる.II近業と近視の関連性1.近業時間と近業距離オーストラリアの12歳2,339人を対象に近業(読書や宿題など)と近視の関連性を調査したところ,近業の*ErisaYotsukura:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕四倉絵里沙:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(13)147表1近視に関連する因子一覧因子関連性の強さ交絡する可能性のある因子主要因子教育強い因果関係屋外活動時間屋外活動強い因果関係照度・日照時間・波長スクリーンタイム確証はない近業出生に関連する因子性別弱い社会的要因人種一貫性がない文化的背景・遺伝要因両親の近視強い遺伝,近視になる環境出生順弱い教育を受ける期間出生した季節弱い教育を受ける期間その他の個人的な因子身長弱い社会的要因知性中等度教育,屋外活動時間身体活動量中等度屋外活動時間睡眠時間弱い教育に関連する圧力家族背景社会経済的な地位中等度教育喫煙弱い教育・社会経済的要因食事弱い教育・社会経済的要因住環境都市部/農村部中等度教育・社会経済的要因・屋外活動時間汚染の程度弱い社会経済的要因住居形態弱い教育・社会経済的要因概日リズム弱いドーパミン夜間の照明否定的─照明の波長弱い─その他の要因アレルギー性結膜炎,花粉症,川崎病,熱性疾患弱い屋外活動時間不妊治療弱い─通説薄暗い場所,布団の中,移動中の読書弱い─読み書き中の姿勢,ペンをもつ位置,文字のサイズ弱い─(文献6より改変引用)=a(倍)1614121086420長い中程度短い長い中程度短い6歳時の近業時間12歳時の近業時間図1年齢別の近視発症リスクと屋外活動時間・近業時間の関連性6歳およびC12歳における近視発症のリスクと屋外活動時間,近業時間の関連性を示している.Ca:6歳時に屋外活動時間が短く近業を多く行っていた子どもは,屋外活動時間が長く近業が短かった子どもと比較して,12歳までに近視になる確率がC15.9倍と有意に高かった.Cb:12歳時に同様のライフスタイルで比較すると,17歳までに近視になる確率はC2.27倍であった.(文献C9より改変引用)===========12歳までに近視になる確率近視のリスク3.503.002.502.001.501.000.50=なし0.00.7回/週+.7回/週+<7回/週+<7回/週+.60分/回<60分/回.60分/回<60分/回屋外活動時間(頻度と1回あたりの時間)図2未就学児におけるデジタルデバイスの使用時間と近視の関連性未就学児において,屋外活動が少なく(週C7回未満かつC1回あたりC60分未満)デジタルデバイスを頻繁に使用した場合の近=視リスクは,屋外活動時間が多くデジタルデバイスを使用していない場合と比較するとC3.22倍に達する.(文献C11より改変引用)==表2屋外活動を介入とした研究のまとめ研究対象者数(年齢)・期間・実施国評価項目介入方法(屋外活動の時間)結果(近視進行の程度)WuCPCほか(2C013年)571例(7.C11歳)・1年間・台湾調節麻痺下他覚屈折値眼軸長屋外活動時間(アンケート)80分/日の屋外活動を追加介入群:.0.25±0.68D/年対照群:.0.38±0.69D/年(p=0.029)HeCMほか(2C015年)1579例(6.C7歳)・3年間・中国調節麻痺下他覚屈折値眼軸長屋外時間時間(照度計,日誌)40分/日の屋外活動を追加介入群:.1.42D/3年対照群:.1.59D/3年(p=0.04)WuCPCほか(2C018年)693例(6.C7歳)・1年間・台湾調節麻痺下他覚屈折値眼軸長屋外時間時間(照度計,日誌)11時間以上/週介入群:.0.35±0.58D/年対照群:.0.47±0.74D/年(p=0.002)GuoCYほか(2C019年)373例(6.C7歳)・1年間・中国非調節麻痺下他覚屈折値眼軸長屋外時間時間(アンケート)30分/日のジョギング運動介入群:.0.05±0.97D/年対照群:.0.33±0.70D/年(p=0.002)HeCXほか(2C022年)5340例(6.C9歳)・2年間・中国調節麻痺下他覚屈折値眼軸長屋外時間(腕時計型の照度計)①C40分/日の屋外活動を追加②C80分/日の屋外活動を追加介入群①:.0.84D/2年介入群②:.0.91D/2年対照群:.1.04D/2年(p=0.131)近視発症リスク1.21.00.80.60.40.20.01週間あたりの屋外活動時間(時間)図3メタ解析による屋外活動時間と近視発症リスク1週間あたりの屋外活動時間をC3.5時間からC7時間,16.3時間,27時間と増やしていくと,近視発症リスクがそれぞれC20%,53%,69%減少する(実線,点線はC95%CI).(文献C15より改変引用)051015202530b.DoubleReductions’Policy(2021年)中国政府は子どもの宿題や塾での学習の負担を軽減するために本政策を実施した.これは,義務教育を受ける子どもに対して,過度な学業のプレッシャーを減らし,かわりに屋外活動時間を増やすことを奨励するものとなっている.Cc.BrightActionPlanforthePreventionandControlofMyopiainChildrenandAdolescents(2021~2025年)こちらはCCOVID-19パンデミックの影響を受けた生活習慣の変化に対応して,2021.2025年にかけて実施されている施策である.この計画には,学校での屋外活動や,定期的な視力検査の実施の推奨が含まれている.Cd.地方ごとの取り組み各地方でも独自の施策が展開されている.たとえば,北京や広東省ではC2019年にデジタルデバイスの使用制限や介入効果の徹底的な評価を強調した施策が行われた.とくに北京市では,小中学生ではC1日C1時間,未就学児はC1日C2時間以上の屋外活動時間を確保すること,授業のうちデジタルデバイスを使うものは全体のC30%以下にすること,学校外でのデジタルデバイス使用時間はC1日C1時間以下に制限すること,8歳以下の子どもはビデオゲームをしないことなどを医療機関と学校が連携し推進している.また,四川省では教室の照明を最適化するなどの学校健康プログラムが導入された.C2.台湾台湾では,1980年代から学習机の高さや教室の照明を調整したり近業の合間に休憩時間を設けたりとさまざまな近視対策が実施されていたが,2010年より政府主導で小学生にC1日C2時間以上の屋外活動の導入,Tian-TianC120CProgramを開始した.Ca.Tian-Tian120Program(2010年)この台湾の小学生に対する政策介入,つまり屋外活動時間の増加が近視発症率にどのような影響を与えるかを検証した前向きコホート研究17)がある.毎年C120万.190万人の小学生に毎日C2時間以上の屋外活動を行うことを奨励した結果(図4),増加の一途をたどっていた近視発症率はC49.4%(2012年)からC46.1%(2015年)に減少し,長期的な悪化傾向を逆転させた.Cb.YilanMyopiaPreventionandVisionImprovementProgram(YMVIP,2014年)こうした実証結果をもとに,台湾政府はC2013年に体育の授業に関する法律を改正し,1週間にC2時間半以上の屋外運動の実施を法制化した.また,学童期だけでなく幼児期の近視予防政策にも力を入れており,毎日C120分間の屋外活動を推奨し,すべての未就学児を対象に眼科医による詳細な視力検査を毎年実施している.本政策の導入後,2014年にC15.5%だった未就学児の近視有病率はC2016年にはC8.4%に減少し,その後もC8.5.10.3%の範囲で安定している19).C3.シンガポールa.NationalMyopiaPreventionProgram(2001年)シンガポールでは近視予防にあたり,勉強時間やデジタルデバイスの使用時間を制限することに主眼が置かれていたが,屋外活動の推進,デジタルデバイス使用の削減を推奨する啓発活動,学校での定期的な視力検査を連動させる取り組みを,2001年から国をあげて実施している.その結果として小学生の近視有病率はC2004年に37.7%だったものがC2015年にはC31.6%に減少した.このプログラムは,以下の二つのアプローチを通じて実施されている.①教育活動幼稚園や小中学校で,子どもたちに近視予防に関する教育が行われており,読書やデジタルデバイスの使用を控え,屋外活動時間を増やすよう奨励している.また,保護者や教師へのセミナーやカウンセリングが定期的に行われ,近視のリスクや予防策に関する情報が提供されており,テレビやラジオ,雑誌を通じた広報活動も行われている.②視力検査視力のスクリーニング検査は,近視を早期に発見するための重要な手段である.わが国と同様に小中学校に通うすべての子どもに対して毎年視力検査が実施され,異常が発見された場合には専門の検査や治療が提供されている.また,2002.2003年にかけてC5歳以上の未就学児約C8万人に対しても視力のスクリーニング検査が実施152あたらしい眼科Vol.C42,No.2,2025(18)図4Tian-Tian120Program台湾ではC2010年より政府が主導してC1日C2時間以上の屋外活動(Tian-TianC120Program)を小学校に導入した.(文献C17より引用)図5子どもの目の健康を守るためのコンテンツ日本眼科医会のホームページ(https://www.gankaikai.or.jp/)では,近視の進行予防をはじめとする目の健康に役立つ情報を発信している.冊子(上図)・動画・漫画など充実したコンテンツで,子どもや保護者,教員などにも親しみやすい.C-’C–

疫学と危険因子

2025年2月28日 金曜日

疫学と危険因子EpidemiologyandRiskFactorsofMyopia川崎良*はじめに本稿では,小児の近視の記述疫学,すなわち近視を発症する頻度,近視を有する小児の割合や数,そしてそれが増えているのかについてみていく.そのうえで,普段診察室で接する患者としての近視者に向かう視点から少し離れて,小児の近視発見のきっかけとなる学校検診,また診療の結果として処方される眼鏡・コンタクトレンズといった矯正手段へのアクセス,そして近視にまつわる生活習慣といった予防,検診,近視発見の契機などを公衆衛生学的な視点から解説する.I世界的に増える小児の近視従来,近視はアジアの問題とされていたが,今やアジアだけではなく,世界的に小児の近視有病割合は着実に増加していると考えられている.これは世界的にも都市人口の増加,教育機会の拡大と期間の延長,教育開始年齢の早期化などが進んでいることを反映していると考えられている.Holdenらは2016年に世界的にも増加していることと,増加傾向が続くことを報告した(図1)1).Liangらは小児期の近視の有病割合とそのトレンドについてシステマティックレビューとメタアナリシスを行い,2050年の推計のアップデートを報告した2).現在のペースで近視が増加していくとすれば2050年までに7億4000万人を超える小児が近視になると推計され,2050年には世界人口のほぼ半数にあたる50億人近くが近視になると推計されている1).IIわが国の小児の近視の有病割合のトレンド一方で,上記のようなシステマティックレビューの限界として,どのような疫学情報を含めたレビューを行っているのかについては慎重に吟味する必要がある.たとえば,Liangらの論文2)では日本を含む50カ国の疫学研究を基にメタ解析を行い,日本がもっとも近視有病割合の高い国(85.95%)として紹介されている.このデータがどこから引用されているかをたどると,2017年に東京都の小学校と中学校それぞれ1校の児童・生徒を対象としたYotsukuraらの研究論文3)に基づいていることがわかる.その論文3)においてYotsukuraらは,その研究結果が「日本全体の小児の近視有病割合の代表値」と考えることができるかどうかについて慎重に考察している.具体的には,対象となった東京都の一つの小・中学校がわが国全体の代表として一般化できるかどうか,また非調節麻痺下等価球面度数で.0.5D以下という定義を用いているために,近視を多く見積もっている可能性をあげている.このように考えると,Liangらの論文2)で結論づけられている「世界一近視の有病割合が高い国日本」という結論は,そのとおりに解釈してよいか注意が必要であろう.同様に,わが国において長らく学童の近視有病割合について報告している論文として引用されてきたMatsumuraとHiraiの論文4)は,1984年と1996年に奈良県内の幼稚園児から高校生を対象に屈折検査を行い,近視の有病割合を報告しているが,奈良県内の大*RyoKawasaki:大阪大学大学院医学系研究科社会医学講座公衆衛生学〔別刷請求先〕川崎良:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科社会医学講座公衆衛生学0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(3)137近視有病率(%)757,500505,000252,50000200020102020203020402050Global:NumberofMyopesGlobalAsia図1近視有病率と近視人口の推移(2050年までの推計)アジアをはじめ,アジア以外の地域でも近視は増加していくと予想されている.(文献1をもとに作成)近視人口8060400.7~0.9200.2以下0200620196歳7歳8歳9歳10歳11歳80近視人口(%)近視人口(%)600.7~0.90.3~0.64020012歳13歳14歳15歳16歳17歳図2学校保健統計における裸眼視力1.0未満の者の割合の動向全年齢で裸眼視力1.0未満者が増えているが,とくに0.2以下の割合が増えていることがわかる.(学校保健統計をもとに作成)小学生中学生57.4734.57推定期間裸眼視力1.0未満の割合(%)8065.3961.7457.99604020041.0939.1137.011979198419891994199920042009201420192030図3学校検診における視力分布から推定した近視有病割合1979.2019年度の推移から2020.2030年度を推定し,裸眼視力1.0未満者の割合と文献6に基づく眼科受診時の近視割合をかけあわせて2030年度の推定近視者割合を算出した.表1国際近視機関(IMI)による近視の定義と分類質的定義近視Myopia調節が緊張していない無調節状態で,光軸に平行な光線が入射した際に,網膜の前方に結像している屈折異常.通常は眼球が前後方向に長いことによって引き起こされるが,角膜や水晶体の屈折力が強いことや,それらの組み合わせによって引き起こされる.軸性近視Axialmyopiaおもに眼軸が通常よりも長いことによって引き起こされた近視屈折性近視Refractivemyopiaおもに眼球構造や位置の変化(角膜や水晶体の屈折力が強いなど)に起因して引き起こされた近視二次性近視Secondarymyopia一般的な近視発症の要因とは別に単一もしくは複数の原因(薬剤性,角膜疾患,全身疾患や症候群等)が同定される近視性屈折異常の状態近視Myopia無調節状態で等価球面度数が.0.50D以下である状態軽度近視Lowmyopia無調節状態で等価球面度数が.0.50D以下,かつ.6.00Dより大きい状態定量的定義強度近視Highmyopia無調節状態で等価球面度数が.6.00D以下である状態前近視Premyopia等価球面度数が+0.75D以下,かつ.0.50Dより大きい状態で,観察開始時点において将来近視を発症すると考えるに十分な屈折度数,年齢,その他の危険因子を保有しており,近視に対する予防的介入の益を享受しうる状態(文献7をもとに作成)6040200小1小2小3小4小5小6中1学年■定義1■定義2■定義3■定義4■定義5中2中3図4文部科学省の「児童生徒の近視実態調査令和4年報告書」における五つの定義に基づく近視の推定頻度定義1:AL/CR比C2.95以上かつ(非調節麻痺下)等価球面度数C.0.5D以下,定義2:(非調節麻痺下)等価球面度数.0.75D以下,定義C3:(非調節麻痺下)等価球面度数C.0.5D以下,定義C4:370式による裸眼視力判定「B」以下,定義5:370式による裸眼視力判定「B」以下かつ(非調節麻痺下)等価球面度数C.0.75D以下(文献C6をもとに作成)9080706050403020100小1小2小1小2小1小2中1中2中3(6歳)(7歳)(8歳)(9歳)(10歳)(11歳)(12歳)(13歳)(14歳)学年図5年齢別近視有病割合(文献C3,4,6をもとに作成)屈折度数≦-0.5Dの割合(%)近視ありの頻度(%)小学生中学生地域A地域A地域E地域B地域F地域F地域C地域C地域B地域E地域G地域G地域D地域H地域H地域D0123102468裸眼B以下の生徒の割合(小学校,地域ごと)裸眼B以下の生徒の割合(中学校,地域ごと)図6文部科学省調査研究における地域別の近視有病割合(文献C6より引用)男子女子小学1年生小学2年生小学3年生小学4年生小学5年生小学6年生中学1年生中学2年生中学3年生小学1年生小学2年生小学3年生小学4年生小学5年生小学6年生中学1年生中学2年生中学3年生020406080100020406080100割合(%)■矯正A■矯正B■矯正C■矯正D図7文部科学省調査研究における裸眼視力1.0未満の学童の日常の矯正視力分類割合(文献C6より引用)男子女子小学1年生小学2年生小学3年生小学4年生小学5年生小学6年生中学1年生中学2年生中学3年生小学1年生小学2年生小学3年生小学4年生小学5年生小学6年生中学1年生中学2年生中学3年生020406080100020406080100割合(%)■使用していない■眼鏡のみ使用■眼鏡及びCLを使用■CLのみ使用図8文部科学省調査研究における裸眼視力1.0未満の学童の眼鏡またはコンタクトレンズ(CL)使用状況割合(文献C6から引用)(mm)(mm)(mm)眼軸長(男子,右)眼軸長(女子,右)90th75th50th25th10th90th75th50th25th10th2625(mm)(mm)(mm)2423232222水晶体厚(男子,右)水晶体厚(女子,右)43.890th75th50th25th10th90th75th50th25th10th3.63.43.63.43.2前房深度(男子,右)前房深度(女子,右)490th75th50th25th10th90th75th50th25th10th3.83.83.63.43.2図9文部科学省調査研究における眼軸長・水晶体厚・前房深度のパーセンタイル分布(文献C6より引用)

序説:小児近視治療アップデート

2025年2月28日 金曜日

小児近視治療アップデートUpdateonMyopiaControlinChildren松村沙衣子*大野京子**小児近視は,近年その有病率が急激に増加し,発症年齢も低年齢化の傾向を示しており,公衆衛生学と眼科学において喫緊の課題とされている.近視の進行は,網膜.離や緑内障といった深刻な眼合併症の発生リスクを高め,個人の生活の質を著しく低下させるだけでなく,社会的・経済的な負担の増大を招くと予測される.このような背景のもと,とくに近視進行が著しい小児を対象とした治療法の研究と実践が急速に進展している.現在,小児近視治療のおもなアプローチとしてあげられるのは,行動療法,薬物療法,光学的介入,そして光療法である.行動療法は,屋外活動の増加や近業作業時間の制限,正しい姿勢や適切な視距離の維持を推奨している.また,スマートフォン使用の増加や低年齢化も懸念されており,こども家庭庁による青少年インターネット利用環境実態調査の結果では,インターネット使用時間は高校生で6時間14分,中学生で4時間42分,小学生(10歳以上)で3時間46分であり,インターネットをスマートフォンで使用している割合は,小学生で43%,中学生で79%,高校生で97%と非常に高いことからも,家庭や学校における環境改善対策が望まれる.国外の事例では,行動療法やデジタルデバイスの使用制限を含んだ国家プログラムで成功を収めており,日本においても文部科学省主導の近視実態調査をもとに,学校での有効な教育プログラムの構築が期待される.薬物療法の低濃度アトロピン点眼薬は,世界中で適正濃度に関する研究が行われている.低濃度アトロピン点眼は,前近視への治療で発症を遅延させること,また光学的介入との併用療法の有効性なども報告されており,幅広い使用方法が期待されている治療である.今後はより長期間での効果や,リバウンド現象を防ぐための治療中止時期や方法についてのエビデンスが求められる.光学的介入としては特殊眼鏡,オルソケラトロジーや多焦点コンタクトレンズがあげられ,これらの方法は網膜周辺部の近視性デフォーカスを増加させる周辺部軸外収差理論による効果と考えられている.最近では,デフォーカスのほかに眼球の成長に影響を与える視覚的なシグナルであるコントラストを低下させることで抑制効果を得るコントラスト理論に基づく特殊眼鏡にも注目が集まっている.また,近視性不同視の治療の良好な選択肢としてオルソケラトロジーを使用した報告も増えている.光学的治療は進行抑制効果だけでなく視機能の改善が得られるため需要が増加しており,より高い有効性を得るための新しいデザイン開発などが日進月歩で発*SaikoMatsumura:東邦大学医学部眼科学講座**KyokoOhno-Matsui:東京科学大学眼科学教室0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(1)135

腎性貧血を伴う増殖糖尿病網膜症が進行したため硝子体手術を施行した1例

2025年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科42(1):124.128,2025c腎性貧血を伴う増殖糖尿病網膜症が進行したため硝子体手術を施行した1例山本まゆ*1,2大須賀翔*1大里崇之*3児玉昂己*1石郷岡岳*1,4水野博史*1喜田照代*1*1大阪医科薬科大学眼科学教室*2大阪暁明館病院眼科*3高槻病院眼科*4大阪医科薬科大学三島南病院眼科VitrectomyforProgressiveProliferativeDiabeticRetinopathywithRenalAnemia:ACaseReportMayuYamamoto1,2),ShouOosuka1),TakayukiOhsato3),KoukiKodama1),GakuIshigooka1,4),HiroshiMizuno1)andTeruyoKida1)1)DepartmentofOphthalmolgy,OsakaMedicalandPharmaceuticalUniversity,2)DepartmentofOphthalmolgy,OsakaGyoumeikanHospital,3)DepartmentofOphthalmolgy,TakatsukiHospital,4)DepartmentofOphthalmolgy,OsakaMedicalandPharmaceuticalUniversityMishima-MinamiHospitalC目的:腎性貧血を伴う増殖糖尿病網膜症が進行したため,硝子体手術を施行した症例を経験したので報告する.症例:58歳,男性.X年C4月に当院腎臓内科より糖尿病網膜症精査目的に紹介となった.初診時視力(1.0)と良好だが眼底に網膜出血と軟性白斑を認めた.蛍光造影検査では両眼網膜無灌流域があり右眼網膜新生血管を認め,両眼汎網膜光凝固術を開始した.糖尿病腎症C4期で腎性貧血があり,ダルベポエチンを投与し透析が開始された.経過中,右眼網膜前出血(PRH)が出現し,右眼視力(0.03)と低下,急速に増殖性変化が進行したためCX年C7月右眼水晶体再建術・硝子体手術を施行した.術後硝子体出血が遷延し,眼底の視認性改善目的に再度硝子体手術・シリコーンオイル(SO)注入術を施行,3カ月後にCSOを抜去した.X年C11月に左眼(0.1)と低下あり,左眼CPRHを認め,急速に増殖性変化が進行したため,X年C12月左眼水晶体再建術・硝子体手術を施行.術後経過良好で,最終視力は右眼(1.0),左眼(1.2).結論:糖尿病患者では腎性貧血などの全身状態も考慮し糖尿病網膜症の診察を行う必要がある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCprogressiveCproliferativeCdiabeticCretinopathyCwithCrenalCanemiaCthatCrequiredCvitrectomyCsurgery.CCase:ThisCstudyCinvolvedCaC58-year-oldCmaleCwithCstageC4CdiabeticCnephropathyCandCrenalCanemia.Uponinitialexamination,visualacuity(VA)inbotheyeswas(1.0),butretinalhemorrhageandsoftexu-datesCwereCobservedCinCtheCfundusCofCbothCeyes.CFundusC.uoresceinCangiographyCrevealedCextensiveCretinalCnon-perfusionareasinbotheyesandneovascularizationinhisrighteye,sobilateralpanretinalphotocoagulation(PRP)Cwasperformed.DuringthecourseofthePRP,preretinalhemorrhageappearedinbotheyesandtheproliferativechangerapidlyprogressed,soparsplanavitrectomywasperformed.Postsurgery,VAimprovedto(1.0)ODand(1.2)OS.Conclusion:InCdiabeticCpatientsCwithCrenalCanemia,CstrictCfollow-upCisCnecessary,CasCtheCprogressionCofCproliferativediabeticretinopathycanoccur.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)42(1):124.128,C2025〕Keywords:糖尿病網膜症,腎性貧血,硝子体手術,血液透析,糖尿病性腎症.diabeticretinopathy,renalanemia,vitrectomy,hemodialysis,diabeticnephropathy.Cはじめに圧,脂質異常症,急激な血糖コントロール,妊娠などがあげ糖尿病の慢性合併症である糖尿病網膜症は現在わが国の中られている1).一般に網膜症と糖尿病性腎症はCmicroangiop-途失明原因の一つである.網膜症の悪化の原因として,高血athyが原因の主体を占めるため大きく関連がある.糖尿病〔別刷請求先〕山本まゆ:〒554-0012大阪市此花区西九条C5-4-8大阪暁明館病院眼科Reprintrequests:MayuYamamoto,DepartmentofOphthalmolgy,OsakaGyoumeikanHospital,5-4-8,Nishikujo,Konohana-ku,Osaka554-0012,JAPANC124(124)患者では透析導入に至る腎症があれば網膜症も重症であり,5.8割が増殖糖尿病網膜症(proliferativeCdiabeticCretinopa-thy:PDR)であると報告されている2).また,手術を要するほどの網膜症であれば腎症もある程度進行しており,貧血をきたす割合も高いと考えられる.貧血が網膜症に及ぼす影響に関してはこれまでにも指摘されている3).腎性貧血を伴うPDRの硝子体手術成績は不良であり,腎性貧血に対する治療を行うことで手術成績が向上する可能性がある4).今回,筆者らは腎性貧血を伴うCPDRが進行したため,硝子体手術を施行した症例を経験したので報告する.CI症例患者:58歳,男性.初診:X年C4月.主訴:既往歴:高血圧,脂質異常症,高尿酸血症.10年以上前に糖尿病と診断され,インスリン治療中であったが血糖値の変動が大きくCHbA1c10%台で血糖コントロール不良であった.眼科最終通院歴はCX-1年C5月で,単純糖尿病網膜症(simpleCdiabeticretinopathy:SDR),糖尿病黄斑浮腫,右眼動眼神経麻痺と診断されていたが,以後眼科受診は途絶していた.現病歴:X年C3月ごろより両側下腿浮腫を認め,血清クレアチニンC6.59Cmg/dl,eGFR8Cml/分/1.73CmC2と腎機能の低下があり糖尿病性腎症C4期で透析導入を検討されていた.そのときのCHbA1CcはC7.9%であった.透析導入目的にCX年C4月大阪医科薬科大学病院(以下,当院)腎臓内科に入院となった.入院時の血圧はC153/103CmmHg,血液検査にて赤血球C3.35C×106/μl,Hb10.0Cg/dl,ヘマトクリットC30.4%,血小板C1.79万/μlと腎性貧血を呈しており,透析導入が検討されていた.4月C15日に当院腎臓内科より網膜症精査目的に,当院眼科(以下,当科)を紹介受診となった.初診時眼所見:視力は右眼C0.15(1.0C×sph.4.0D),左眼0.1(1.0C×sph.4.0D).眼圧は右眼C11.7mmHg,左眼C11.7mmHg.両眼とも軽度白内障を認め,虹彩隅角新生血管なし.眼底所見で両眼に網膜出血や軟性白斑が散在していた(図1).光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)では両眼ともに黄斑浮腫を認めなかった.そのときの蛍光造影検査(.uoresceinangiography:FA)では両眼ともに広範囲な網膜無灌流領域(nonperfusionarea:NPA)がみられ,右眼には網膜新生血管を認めた(図2).経過:右眼増殖糖尿病網膜症(proliferativeCdiabeticCreti-nopathy:PDR),左眼増殖前糖尿病網膜症(preproliferativediabeticretinopathy:PPDR)と診断した.4月C15日の血液検査でCHb9.5Cg/dlと低値であり週C1回ダルベポエチンアルファC20Cμgを投与し透析開始された.4月C16日より両眼に汎網膜光凝固術(panretinalphotocoagulation:PRP)を開始した.経過中,脳梗塞を発症するなど体調不良のため,受診中断もあり,6月には合計右眼C898発,左眼C843発と少なめの照射数であった.PRP施行中,右眼網膜前出血(prereti-nalhemorrhage:PRH)の出現,消退を複数回繰り返した.しかし,X年C7月右眼CPRH再発後,出血は増大し,視力は(0.03)と低下した.また,眼底所見では急速に増殖性変化が進行したため(図3),右眼経毛様体扁平部硝子体切除術(parsplanaCvitrectomy:PPV)および白内障手術を施行した.術中所見では,上方の線維血管増殖膜の癒着が強固で出血も認めたため,ジアテルミーで止血しながら可能な限り増殖膜を切除した.網膜全体に網膜光凝固術(photocoagula-図1初診時眼底写真図2初診時右眼蛍光造影写真図3両眼PRH出現時図4術後眼底写真tion:PC)をC511発を追加し液空気置換ののち,空気によるガスタンポナーデを行い手術終了となった.術後は眼圧上昇を認め,前房出血もあったことから術C3日目に前房穿刺を施行したが,硝子体出血(vitreoushemorrhage:VH)が遷延しており,術C5日目に眼底の視認性改善目的に液空気置換を施行した.その後もCVHの改善がみられないため,術C11日目に再度CPPVを施行した.前房洗浄を行い,上方の網膜新生血管からの出血があり,双手法で可及的に膜処理を行った.最後にシリコーンオイル(siliconeoil:SO)を注入し手術を終了した.その後,右眼はCVHの再発なく経過は良好であった.X年C11月に今度は左眼の視力低下を自覚し再診となった.左眼視力(0.1)と低下,左眼にもCPRHが出現しており,硝子体出血,線維血管増殖膜を認めた(図3).その後,左眼視床出血を発症し,全身状態が安定したのちのCX年C12月,左眼CPPVおよび白内障手術を施行した.右眼同様,線維血管増殖膜を広範に認め,後極部のCVHを除去し,双手法で増殖膜を処理した.上方の新生血管をジアテルミーで焼灼し,周辺部にCPCをC479発追加しタンポナーデなしで手術を終了した.術後経過良好であった.その後CX+1年1月,SO抜去目的に右眼CPPVを施行した.術中所見ではCSOを抜去しブリリアントブルーCGを散布すると網膜血管とepicenterの癒着が強固であった.可能な限り膜を.離し,新生血管をジアテルミーで焼灼し手術終了となった.術後両眼ともに硝子体出血を認めず経過は良好(図4)で,最終矯正視力は右眼(1.0),左眼(1.2)である.X+1年C2月時点のHbA1cはC6.1%と血糖コントロールも良好であり,ダルベポエチン投与後,ヘモグロビンはC10.12Cg/dlで推移している.CII考察糖尿病網膜症の悪化の原因として,高血圧,脂質異常症,急激な血糖コントロール,妊娠,貧血など多数あげられている1).そのうち貧血の影響についてこれまでに多くの報告があり,XinらはC2型糖尿病患者C1,389名を対象とした横断研究において,貧血のみを有する患者では,貧血と腎症のどちらも有しない患者と比べてC3.7倍,貧血と糖尿病腎症の両方を有する患者ではC10倍以上にCPDRのリスクは上昇すると報告している5).EarlyCTreatmentCDiabeticCRetinopathyStudy(ETDRS)report#186)においても,ベースラインからC2年以内に高リスクCPDRに至るリスク要因の一つとしてヘマトクリットの低値をあげており,Shorbら7)は,貧血を合併したことにより網膜症が急激に進行しCPDRとなりCPRPと硝子体手術が必要になった症例を報告している.貧血が糖尿病網膜症を悪化させる機序としては,糖尿病による著明な微小循環障害が広範な網膜虚血状態をきたして血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)などの血管新生因子の産生を促進し,新生血管の増悪を引き起こし,その結果,増殖膜形成へとつながり,重症CPDRの発症や進展に関与することがあげられる.さらに貧血により赤血球の産生能力が悪化し赤血球の数が減ることにより血液に酸素運搬能が低下し,網膜が虚血状態になり,より低酸素状態を助長し,その結果虚血の亢進につながっていると考えられる.腎機能の低下のある糖尿病患者では腎性貧血を引き起こしうる.腎性貧血は腎臓の機能低下によりヘモグロビンの低下に見合った十分量の造血ホルモンであるエリスロポエチンが産生されないことによって起こる.日本透析医学会が発表したC2015年版「慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン」では,腎性貧血治療の開始基準はヘモグロビン10Cg/dl未満とされている8).治療薬としては遺伝子組み換えヒトエリスロポエチン(recombinantChumanCerythropoie-tin:rHuEPO)製剤や赤血球造血刺激因子製剤(erythropoie-sisstimulatingCagent:ESA)などがあり,近年では血中濃度半減期が長時間にわたる持続性CESAとしてダルベポエチンアルファが広く使用されている.この製剤はエリスロポエチン受容体への結合を介して骨髄中の赤芽球系造血前駆細胞に作用し,赤血球への分化と増殖を促進し腎性貧血を改善させる作用がある.現在,ESA,低酸素誘導因子プロリン水素化酵素(HIF-PH)阻害薬,鉄剤などを中心に用いて慢性腎臓病患者の貧血治療が行われている.糖尿病網膜症に対する硝子体手術の予後は,術前の網膜症の重症度だけでなく,全身的な因子にも影響を受ける.その中でも高度の貧血は網膜神経組織の虚血,低酸素状態をさらに助長すると考えられ,手術予後と相関するとの報告があり9,10),腎性貧血を伴う増殖糖尿病網膜症の硝子体手術成績については笹野ら4)はCHb11.0Cg/dl以下,ヘマトクリット値30%未満の症例で視力悪化例が多かったと報告している.高度腎性貧血に対して治療後に硝子体手術を行った患者では,術後視力が比較的安定する患者が多く硝子体手術成績を向上させる可能性が示唆されている11,12).糖尿病網膜症の硝子体手術に際して,周術期の血糖コントロールや人工透析療法を含めた全身管理が重要である.透析による糖尿病網膜症の影響としては,透析導入に至る糖尿病患者では,網膜症も同様に進行し,透析導入時にC37.85%の患者でCPDRを合併し,また視力C0.1以下の高度視力障害はC47.54%の患者でみられるとの報告がある13).透析導入後の網膜症変化としては,吉富ら14)が透析導入後経過を追えたC10例C20眼について,透析導入直後からC6カ月間は網膜症の活動性が高くなりやすく,急速な網膜症の進行例が多いと報告している.また,それ以降も石井ら13)は導入後C1年以内に約C10%の網膜症で悪化がみられC3年以内にさらに約C10%が悪化するとの報告もあるが,全体的には血液透析導入後のCPDRの悪化率は低下するようである.近年では,透析導入前よりレーザー治療や硝子体手術などを施行するなど網膜症に対する治療が進歩したことによると考えられる.透析患者では全身状態の悪化などで通院が不規則になりやすく,治療介入のタイミングが非常にむずかしい患者が多いが,透析導入後に網膜症が悪化する例もあり定期的な眼科受診が重要であると考えられる.本症例は当科初診時に蛍光造影検査で両眼CNPA,右眼に新生血管を認め,すでに右眼CPDR,左眼CPPDRの状態であった.また,糖尿病腎症C4期で腎性貧血を伴っていた.本症例ではCPRPを施行したが,経過中にCPRHなどが出現し,急速に増殖性変化が進行した.この要因として,コントロール不良の糖尿病に加えて腎症による腎性貧血があり,PDRの増殖性変化が急速に進行したと考えられた.眼科初診時C2日目より腎性貧血に対してダルベポエチンの投与を開始し透析導入となった.また,活動性が高い網膜症に対してCPRPの照射数が少なく,PRH出現時に追加凝固ができなかったことも要因になったのではないかと反省している.右眼は網膜症が悪化しやすいと過去に報告されている透析導入直後から6カ月以内の時期に急速に増殖性変化が進んだが,左眼は導入C6カ月以降に網膜症が悪化した.強い増殖性変化に対して両眼硝子体手術を施行したが,術前より透析が導入されており,腎性貧血に対しても治療介入されていた.そのため腎性貧血はダルベポエチン投与後C4カ月でヘモグロビンC10.12g/dl,ヘマトクリット値C32.35%と推移しており,術後経過としては良好であった.糖尿病網膜症は腎性貧血や透析などさまざまな因子が関与しており,血糖値やCHbA1cだけでなく,貧血などの全身状態も考慮したうえで,総合的に経過観察していく必要がある.なお本症例は,第C29回日本糖尿病眼学会で発表した.文献1)別所建夫:網膜症の進行,抑制に関する眼局所状態.眼科診療プラクティスC20,糖尿病眼科診療(田野保雄編),p174-177,文光堂,19952)徳山孝展,池田誠宏,石川浩子ほか:血液透析症例における糖尿病網膜症.あたらしい眼科11:1069-1072,C19943)難波光義:糖尿病眼合併症予防の内科的対策.眼紀C48:C28-31,C19974)笹野久美子,安藤文隆,長坂智子ほか:増殖糖尿病硝子体手術成績と腎性貧血との関連について.眼紀C44:1152-1157,C19935)WangJ,XinX,LuoWetal:AnemiaanddiabetickidneydiseaseChadCjointCe.ectConCdiabeticCretinopathyCamongCpatientsCwithCtypeC2Cdiabetes.CInvestCOphthalmolCVisCSciC61:14-25,C20206)DavisMD,FisherMR,GangmnREetal:Riskfactorsforhigh-riskCproliferativediabeticretinopathyCandCsevereCvisualloss:EarlyTreatment.DiabeticRetinopathyStudyReport#18.InvestOphthalmolVisSciC39:233-252,C19987)ShorbSR:AnemiaCandCdiabeticCretinopathy.CAmCJCOph-thalmolC100:434-436,C19858)日本透析医学会:2015年版慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン.透析会誌49:89-158,C20169)笹野久美子,安藤文隆,長坂智子ほか:増殖糖尿病硝子体手術成績と腎性貧血との関連について.眼紀C44:1152-1157,C199310)AndoF,NagasakaT,SasanoKetal:Factorsin.uencingsurgicalresultsinproliferativediabeticretinopathy.GerJOphthalmolC2:155-160,C199311)笹野久美子,安藤文隆,長坂智子ほか:エリスロポイエチンによる高度腎性貧血治療後の糖尿病網膜症硝子体手術成績.あたらしい眼科11:1083-1086,C199412)笹野久美子,安藤文隆,鳥居良彦ほか:増殖糖尿病硝子体手術の視力予後への全身的因子の関与について.眼紀C47:C306-312,C199613)石井晶子,馬場園哲也,春山賢介ほか:糖尿病透析患者における網膜症の年次的変化.糖尿病C45:737-742,C200214)吉富健志,石橋達朗,山名泰生ほか:透析療法中の糖尿病患者の網膜症について.臨眼37:1179-1184,C1983***

マイボーム腺機能不全患者に対するIntense Pulsed Light治療前後での油層・涙液の変化

2025年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科42(1):119.123,2025cマイボーム腺機能不全患者に対するIntensePulsedLight治療前後での油層・涙液の変化後藤田哲史*1酒井幸弘*1森岡柚衣*1西崎康代*1市川慶*1,2市川一夫*1*1中京眼科*2総合青山病院眼科CChangesinLipidLayerandTearFilmduringIntensePulsedLightTherapyofPatientswithMeibomianGlandDysfunctionSatoshiGotoda1),YukihiroSakai1),YuiMorioka1),YasuyoNishizaki1),KeiIchikawa1,2)CandKazuoIchikawa1)1)ChukyoEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmolgy,AoyamaGeneralHospitalC目的:Intensepulsedlight(IPL)を施行したマイボーム腺機能不全(MGD)患者をClipidlayerthickness(LLT)別に分け,両群の油層・涙液の変化を検討する.対象と方法:MGDに対してCIPLをC4回施行したC45例C80眼を術前LLT<60Cnm群(以下,L群.42眼)とCLLT≧60Cnm群(以下,N群.38眼)に分け,術前およびC4回施行C1カ月後におけるCLLT,涙液評価(NIBUT,TMH),満足度(SPEEDscore)の変化をC2群間で比較した.結果:IPL後,L群はLLTがC44.0CnmからC59.4nm,NIBUTがC7.96秒からC9.25秒,TMHがC0.24CmmからC0.29Cmmへ有意に上昇(p<0.01,0.03,0.01),SPEEDscoreが10.4から7.88へ有意に減少した(p<0.01).一方,N群はLLTが72.3nmから72.4nm,NIBUTがC9.09秒からC8.85秒,TMHがC0.23mmからC0.22mmと変化せず(p=0.80,0.54,0.15),SPEEDscoreはC8.91からC7.92と減少傾向だが有意差は認められなかった(p=0.09).両群の治療前後での変化はCL群のほうがCN群に比べて有意にCLLT,NIBUT,TMHが上昇(p<0.01,0.03,<0.01)し,SPEEDscoreも減少する傾向であった(p=0.07).結論:油層厚が低下しているCMGD患者ほどCIPLにより油層・涙液動態が改善し,満足度が向上する可能性が示唆された.CPurpose:ToCinvestigateCchangesCinlipidClayer(LL)andCtear.lm(TF)dynamicsCinCmeibomianCglandCdys-function(MGD)patientsCtreatedCviaCintensepulsedClight(IPL)therapy.CSubjectsandMethods:ThisCstudyCinvolvedC80CeyesCofC45CMGDCpatientsCwhoCunderwentCfourCIPLCtreatmentsCandCwhoCwereCcategorizedCpreCtreat-mentCintoCtwoCgroupsCbasedConCLLthickness(LLT):1)LLT<60Cnm(LCgroup,C42eyes)and2)LLTC.60Cnm(Ngroup,38eyes).ChangesinLLT,non-invasivebreakuptime(NIBUT)C,tearmeniscusheight(TMH)C,andpatientsatisfactionCbasedConCtheCStandardCPatientCEvaluationCofEyeCDryness(SPEED)questionnaireCscoreCatCpreCandC1-monthCpostCIPLCtreatmentCwereCcompared.CResults:InCtheCLCgroup,CLLTCincreasedCfromC44.0CnmCtoC59.4Cnm,CNIBUTCincreasedCfromC7.96CtoC9.25Cseconds,CTMHCincreasedCfromC0.24CmmCto0.29Cmm(p<0.01,C0.03,CandC0.01,respectively),andtheSPEEDscoredecreasedfrom10.4to7.88(p<0.01)C.IntheNgroup,nosigni.cantchangesinLLT,NIBUT,andTMH(p=0.80,0.54,and0.15,respectively)andnosigni.cantdecreaseinSPEEDscore(p=0.09)wereobserved.Conclusion:IPLimprovedLLandTFdynamicsinMGDpatients,andincreasedpatientsat-isfactioninthosewithalesserpre-treatmentLLT.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C42(1):119.123,C2025〕Keywords:マイボーム腺機能不全(MGD),intensepulsedlight(IPL),LLT,NIBUT,ドライアイ.meibomianglanddysfunction(MGD)C,intensepulsedlight(IPL)C,LLT,NIBUT,dryeye.CはじめにMGD)は,さまざまな原因によってマイボーム腺の機能がマイボーム腺機能不全(meibomianCglanddysfunction:びまん性に異常をきたした状態であり,慢性の眼不快感を伴〔別刷請求先〕後藤田哲史:〒456-0032愛知県名古屋市熱田区三本松町C12-22医療法人いさな会中京眼科Reprintrequests:SatoshiGotoda,ChukyoEyeClinic,12-22Sanbonmatsu-cho,Atuta-ku,Nagoyacity,Aichi456-0032,JAPANC0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(119)C119図1当院でのIPLa:当院でのCIPL照射プロトコール(照射部位).b:当院でのマイボーム腺圧迫の風景.点眼麻酔施行のあと,マイボーム腺を専用の圧出鑷子にて圧迫する.う,と定義1)されている.また,有田らは,MGDの有病率がC30代で5%,50代でC32%,70代でC50%,80代でC63%と報告2)しており,わが国におけるCMGDの有病率は非常に高いといえる.今後,さらなる高齢化やドライアイ・オキュラーサーフェス分野の機器の精度向上なども見込むと,わが国においてCMGDと診断される患者は今後より一層増えていくものと想定される.MGD治療は従来点眼・軟膏などの薬物治療,温罨法,清拭などが施行されてきたが,近年CMGD治療にCintensepulsedlight(IPL)が追加された1).IPLとは,単一波長ではないブロードバンドの波長幅(400.1,200Cnm)をもったさまざまな光の集合体のことであり,ほかのレーザー治療に比べ,光の波長幅が長く,あらゆる深さに照射できる.Toyosらが,初めてCIPLのドライアイに対する治療成績とプロトコールを報告して以来3),IPLはドライアイやMGD患者に対して涙液,マイボーム腺,眼瞼炎症の安定化に寄与するとされてきた3.7).基礎研究においても,Liuらはドライアイにおける炎症カスケードに関与しているサイトカイン(IL-6,17A),炎症性介在物質(PGCE2)がCIPLにより有意に低下したと報告6)している.MGDに対するわが国でのCIPLの効果に関しては,わが国の多施設研究により,満足度スコア,breakuptime(BUT),マイバムの質ともに有意に改善したと報告7)されている.わが国のガイドラインでも,MGDに対してCIPLを実施することがエビデンス的には強く推奨1)されており,今後CMGD治療におけるCIPLの需要も高まっていくと考えられる.また,ドライアイ・MGDの病態評価の指標の一つに,ドライアイ装置Cidra(SBM)で測定できるClipidClayerthickness(LLT)があげられる7.9).LLTは光干渉を利用することで油膜の動態を測定して得られる指標であり,角膜染色スコアと満足度評価,BUTと正の相関傾向がみられたという報告7)や,カットオフ値がCLLT<60Cnmの場合,MGD検出感度はC47.9%,特異度はC90.2%という報告8),LLT≧60Cnmは蒸発亢進型ドライアイになりにくいといった報告9)もみられ,眼表面の油層を他覚的に評価できる指標として注目されている.そこで筆者らは,IPLを施行したCMGD患者をCLLT別にC2群に分け,両群の油層・涙液の変化を検討した.CI方法Chungらは,LLT<60CnmをClipidCde.ciencyCtypeと定義9)しており,筆者らも今回,IPL術前CLLT<60Cnm群(L群:油層低下群)と,60Cnm≦LLT≦100Cnm群(N群:油層正常群)のC2群に分類した.MGDの診断基準に関しては,国内のCMGDガイドライン1)を参考に,診察時に異物感,流涙などの自覚症状があり,かつ,眼瞼縁の異常,およびマイボーム腺分泌物の質的・量的異常を認めた際,MGDと診断した.中京眼科にてC2020年C11月.2023年C8月においてMGDと診断されCIPLをC4回施行したC45例C80眼(男性C18例33眼,女性27例47眼)を,術前idra測定にてL群(42眼)とCN群(38眼)に分けて後方視的に検討した.術前,CIPL4回施行C1カ月後における涙液評価〔LLT,non-inva-siveCbreakCuptime(NIBUT),tearCmeniscusCheight(TMH)〕,満足度(SPEEDCscore)10)の変化をC2群間で比較した.涙液評価のパラメータに関しては,idraで測定し,満足度評価に関しては,SPEEDscoreを用いて各診察前に記入する形式をとった.そのほかには,細隙灯顕微鏡を用いてIPLによる合併症の有無などを経過観察した.IPLでは,まず術前の問診にて,妊娠中・授乳中の患者,光線過敏症,ケロイド,てんかん発作の既往がある患者,そのほか診察医がIPL不適と判断した患者でないことを確認したのち,洗顔しアイシールドを装着した.ジェルを舌圧子にてC1.2Cmm程度の厚さで照射部位に塗布し,ライトガイドでこめかみより.,下眼瞼下,鼻を通り反対側のこめかみまで計C13回皮膚表1患者背景景L群(LLT<60)(4C2眼)N群(6C0≦LLT≦100)(3C8眼)p値年齢(歳)C58.9±19.6C60.1±18.9C0.43NIBUT(秒)C7.96±2.19C9.10±2.08C0.06TMH(mm)C0.24±0.13C0.23±0.06C0.49LLT(nm)C44.0±5.84C72.3±9.50<C0.01*CSPEEDScoreC10.4±5.44C8.91±4.68C0.30CMann-WhitneyUtest.表2L群とN群のIPLによる涙液パラメータと満足度評価の検討L群(LLT<60)(4C2眼)N群(6C0≦LLT≦100)(3C8眼)IPL前IPL後C1カ月p値IPL前IPL後C1カ月p値NIBUT(秒)C7.96±2.19C9.25±2.29C0.03*C9.10±2.08C8.85±2.11C0.54TMH(mm)C0.24±0.13C0.29±0.13<C0.01*C0.23±0.06C0.22±0.14C0.15LLT(nm)C44.0±5.84C59.4±19.7<C0.01*C72.3±9.50C72.4±17.3C0.80CSPEEDScoreC10.4±5.44C7.88±5.53<C0.01*C8.91±4.68C7.92±5.50C0.09CWilcoxonsigned-ranktest.表3L群とN群のIPLによる涙液パラメータと満足度評価の変化量の比較L群(LLT<60)(4C2眼)N群(6C0≦LLT≦100)(3C8眼)p値CΔIPL後C1カ月─CIPL前NIBUT(秒)CΔ+1.28CΔ.0.25<C0.01*TMH(mm)CΔ+0.057CΔ.0.004<C0.01*LLT(nm)CΔ+15.4CΔ+0.08C0.03*CSPEEDScoreCΔ.2.52CΔ.1.00C0.07CMann-WhitneyUtest.に対して垂直に照射(M22,Lumenis,フィルター:590nm,フルエンス:11.12CJ/cCm2),これをC2回繰り返した.照射後は診察室にてマイボーム腺圧出を施行した.以上をIPL1セットとし,約C4週間空けて計C4セット施行3)した(図1).当該患者には,MGD診断時に温罨法+清拭などのホームケアを指導し,IPL中,IPL後も続けるよう指導した.有意差検定には,2群間における術前背景因子の比較,および術前後の各パラメータの差の比較はCMann-WhitneyのCU検定を,各パラメータのCIPL前後での経時的な値の変化にはWilcoxonの順位和検定を行い,IPLでのCLLTの変化量とNIBUTの変化量の相関に関しては,Spearmanの順位相関係数を行った.統計学的にはCp値がC0.05未満を有意差ありとした.なお,本研究は中京眼科倫理審査委員会の審査を受表4L群とN群のIPLによるLLTとNIBUTの変化量の相関L群(LLT<60)(4C2眼)N群(6C0≦LLT≦100)(3C8眼)CtpCtpCΔCLLT/ΔCNIBUTC0.30C0.06C0.06C0.78Spearman’srankcorrelationcoe.cient.け承認され(審査番号C20231002065),ヘルシンキ宣言に則って研究を行った.また,研究内容は院内掲示にて情報公開を行った.CII結果1.患者背景平均年齢は,L群がC58.9C±19.6歳,N群がC60.1C±18.9歳で有意差は認められなかった.術前涙液パラメータや満足度評価に関しては,LLTのみCL群がC44.0C±5.84nm,N群がC72.3±9.50Cnm(Mann-WhitneyのCU検定,p<0.01)と有意差があったものの,NIBUT,TMH,SPEEDscoreは両群間にて有意差は認められなかった(表1).C2.術前後での各涙液パラメータの変化IPL後,L群はCLLT:44.0CnmからC59.4Cnm,NIBUT:7.96秒からC9.25秒,TMH:0.24mmからC0.29mmへ有意に上昇した(Wilcoxonの順位和検定,p<0.01,0.03,0.01).一方,N群はCLLT:72.3CnmからC72.4Cnm,NIBUT:9.09秒からC8.85秒,TMH:0.23mmからC0.22mmと変化しなかった(p=0.80,0.54,0.15)(表2).両群のCIPL前後での変化量に関しては,L群/N群:CΔLLT15.4nm/0.08nm,CΔNIBUT1.28秒/C.0.25秒,CΔTMH0.057mm/.0.004Cmmと,L群のほうがCN群に比べて有意にCLLT,NIBUT,TMHは上昇(Mann-WhitneyのCU検定,p<0.01,0.03,<0.01)していた(表3).また,L群では,LLTの変化量とNIBUTの変化量は有意差はつかなかったが,正の相関傾向を示した(Spearmanの順位相関係数,r=0.30,p=0.06).その一方,N群では,両者に相関関係は認められなかった(r=0.06,p=0.78)(表4).C3.術前後での満足度評価の変化IPL後,L群はCSPEEDscoreがC10.4からC7.88へ有意に減少した(Wilcoxonの順位和検定,p<0.01).一方,N群はCSPEEDscoreがC8.91からC7.92と減少傾向だが,有意差は認めなかった(p=0.09)(表2).両群のCIPL前後での変化に関しては,SPEEDscoreがCΔ.2.52/Δ.1.00と,L群のほうがCN群に比べて減少傾向であった(Mann-WhitneyのCU検定,p=0.07)(表3).C4.術中,術後合併症全症例にて,IPL施行中・施行後の合併症は認められなかった.CIII考察本検討は,MGD患者に対するCIPLの効果を,術前CLLTの値にてC2群に分けて比較検討した初めての報告である.L群では,各種涙液パラメータ(LLT,NIBUT,TMH),満足度評価のすべてにおいてCIPL後有意に改善する一方,N群では,IPL前後にて有意差は認められなかった.つまり,LLTが低下しているCMGDほどCIPLにより油層・涙液動態が改善し,満足度が向上する可能性が示唆された.また,L群においてはCIPL施行にてCLLTが上昇すればするほど,NIBUTもより上昇する傾向にあることがわかった.つまり,もともとCLLTがかなり低下している患者では,IPLをすることでより涙液パラメータも改善する可能性が示唆された.一方,N群においては,LLTの変化量とCNIBUTの変化量に相関が認められなかった.Finisらは,全症例ではCLLTとNIBUTに相関が認められなかった(r=0.003,p=0.97)が,LLT<60Cnmに絞ると,LLTとCNIBUTに相関傾向があった(r=0.21,p=0.059)と報告8)している.LLT≧60Cnmは,IPL術前より涙液状態が比較的良好であり,IPLをしても各種パラメータに変化がみられなかった可能性がある.IPL前後のCLLTの変化に関する既報では,AritCa11)らはCIPLによりCLLTがC46.0nmからC67.3nmへ有意に上昇した(p<C0.001)とする一方,DelCl12)らは,79.9CnmからC81.1Cnm(p=0.73)にて有意な上昇はなかったとしている.本研究も,全症例ではCIPL前後でCLLTはC57.5C±16.0CnmからC65.6C±19.6nmと有意に上昇(p=0.001)しており,60Cnm≦LLT≦100nm群に絞ると,LLTの変化に有意差は出なかったため,既報と同様の結果を示したといえる.IPLはCLLT<60Cnmで,LLTがより低下していればいるほど,IPLがより涙液動態を改善させやすいともいえるが,本検討は症例数の関係もあり,有意に相関があるとはいえず,症例数を増やして再検討する必要があること,また今後はCLLTのカットオフ値をC60以外でも検討する必要があると思われる.idraで算出されるCLLTにおいて,IPL前後にて,LLT>100Cnmを示す症例が散見されたが,今回はそのような症例を選択基準から除外した.Leeらは,LLT>100nmの群はC60Cnm≦LLT≦100Cnm,LLT<60Cnmの群と比較して,有意にCBUTが短縮し,満足度評価も悪化傾向だったと報告13)しており,いわゆる油層増加群は油層正常群に比べ,涙液層が不安定になることが示唆されるが,具体的な病態生理は現時点では理解が進んでいない.これが,わが国のガイドライン1)においても分泌増加型CMGDについては診断基準が確立されていない理由である可能性がある.今後,LLT>100Cnm症例の各検査パラメータを比較検討し,分泌増加型CMGDの病態生理を解明していく必要がある.また,今回検討したすべての症例において,施行中・施行後の合併症が認められなかった.IPLにて合併症の報告に関しては,CRongら14)のCIPL後一時的に火傷のような発赤と疼痛が生じたが,5分間のクーリングによって寛解した,という報告のみであり,それ以外の報告は現時点ではみられない5).症例数の限界があり,今後さらなるCIPLの報告が待たれるが,少なくとも現時点では,IPLは安全な術式といえる.本研究にはいくつかの限界がある.第一に症例数が計C80眼程度とあまり多くない.第二に先述のようにCLLT>100nm症例を対象に入れていない.第三に本研究は後ろ向き研究であり,IPL+マイボーム腺圧出以外のCMGDに対する治療法,点眼治療の有無・種類・回数に関しては検討項目に入れていない.温罨法・清拭などのホームケアも当院では全例IPLを施行する患者には指導はしており,実際にCIPLを希望する患者は治療意欲が高いが,実際にはホームケアの施行の有無やその回数などは不明である.第四に今回は客観的な検査指標のみを検査項目に入れているため,.uoresceinbreakuptime(FBUT)のCIPL前後での比較検討,ほかのパラメータとの検討はされていない.これらについては今後の課題にしたいと考えている.今回の研究では,術前CLLT<60Cnm症例はCIPLにおいて涙液パラメータも満足度評価も有意に上昇し,その場合,LLTが術前に低下しているほど,IPLにおいて涙液がより安定化する可能性が考えられた.今後ドライアイ・MGDに対する治療の選択肢の一つとしてCIPLが臨床の現場で用いられる機会が多くなることが想定され,LLTという涙液のパラメータがCIPLを選択する際の一つの基準となる可能性を秘めている.利益相反:後藤田哲史該当せず,酒井幸弘該当せず,市川慶該当せず,市川一夫F)IV…RxsightI)参天製薬,日本CAlcon,スタージャパン,中京メディカルR)IV…中京メディカル文献1)マイボーム腺機能不全診療ガイドライン作成委員会:マイボーム腺機能不全診療ガイドライン.日眼会誌C127:109-228,C20232)AritaCR,CMizoguchiCT,CKawashimaCMCetal:MeibomianCglandCdysfunctionCandCdryCeyeCareCsimilarCbutCdi.erentCbasedConCapopulation-basedCstudy:theCHirado-Takushi-mastudyinJapan.AmJOphthalmolC207:410-418,C20193)ToyosR,McGillW,BriscoeD:Intensepulsedlighttreat-mentCforCdryCeyeCdiseaseCdueCtoCmeibomianCglandCdys-function;aC3-yearCretrospectiveCstudy.CPhotomedCLaserCSurgC33:41-46,C20154)DemolinCL,CEs-Sa.CM,CSoyfooCMCetal:IntenseCpulsedClightCtherapyCinCtheCtreatmentCofCdryCeyediseases:ACsystematicCreviewCandCmeta-analysis.CJCClinCMedC12:C3039,C20235)PratomoCT,CZaifarCA,CWibowoCNCetal:CurrentCapplica-tionCofCintenseCpulsedClightCforCtheCmanagementCofCdryCeyedisease:ACsystematicCreviewCandCmeta-analysis.CIntCJOphthalmolC72:183-194,C20236)LiuR,RongB,TuPetal:AnalysisofcytokinelevelsintearsCandCclinicalCcorrelationsCafterCintenseCpulsedClightCtreatingCmeibomianCglandCdysfunction.CInvestCOphthalmolCVisSciC183:81-90,C20177)AritaCR,CMizoguchiCT,CFukuokaCSCetal:MulticenterCstudyCofCintenseCpulsedClightCtherapyCforCpatientsCwithCrefractoryCmeibomianCglandCdysfunction.CCorneaC37:C1566-1571,C20188)FinisCD,CPischelCN,CSchraderCSCetal:EvaluationCofClipidClayerCthicknessCmeasurementCofCtheCtearC.lmCasCaCdiag-nosticCtoolCforCmeibomianCglandCdysfunction.CCorneaC32:C1549-1553,C20139)ChungCS,CWuW:AssociationCbetweenCdryCeyeCparame-tersCdependsConCtearCcomponents.CJCClinCMedC11:3056,C202210)FinisCD,CPischelCN,CKonigCCCetal:[ComparisonCofCtheCOSDIandSPEEDquestionnairesfortheevaluationofdryeyeCdiseaseCinCclinicalroutine](inGerman)Ophthalmo-logeC111:1050-1056,C201411)AritaCR,CFukuokaCS,CMorishigeCNCetal:TherapeuticCe.cacyofintensepulsedlightinpatientswithrefractorymeibomianCglandCdysfunction.COculCsurfC17:104-110,C201912)DellCS,CGasterCR,CBarbarinoCSCetal:ProspectiveCevalua-tionCofCintenseCpulsedClightCandCmeibomianCglandCexpres-sione.cacyonrelievingsignsandsymptomsofdryeyediseaseCdueCtoCmeibomianCglandCdysfunction.CClinCOph-thalmolC11:817-827,C201713)LeeCY,CHyonCJ,CJeonCHCetal:CharacteristicsCofCdryCeyeCpatientsCwithCthickCtearC.lmClipidClayersCevaluatedCbyCaCLipiViewCIICinterferometer.CGraefesCArchCClinCExpCOph-thalmolC259:1235-1241,C202114)RongB,TangY,TuPetal:IntensepulsedlightapplieddirectlyConCeyelidsCcombinedCwithCmeibomianCglandCexpressionCtoCtreatCmeibomianCglandCdysfunction.CPho-tomedLaserSurgC36:326-332,C2018***

結膜乳頭腫における臨床所見,病理組織学的所見および遺伝子発現の検討

2025年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科42(1):111.118,2025c結膜乳頭腫における臨床所見,病理組織学的所見および遺伝子発現の検討児玉俊夫*1岡亮太郎*1奥野周蔵*1北畑真美*1川口秀樹*1上甲武志*1水野洋輔*2大城由美*2*1松山赤十字病院眼科*2松山赤十字病院病理診断科CAReviewoftheClinicalManifestation,PathologicalFindings,andGeneExpressioninCasesofConjunctivalPapillomaToshioKodama1),RyotaroOka1),ShuzoOkuno1),MamiKitahata1),HidekiKawaguchi1),TakeshiJoko1),YosukeMizuno2)andYumiOshiro2)1)DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,2)DepartmentofPathology,MatsuyamaRedCrossHospitalC目的:松山赤十字病院眼科で診断された結膜乳頭腫の報告.方法:過去C20年間,病理組織学的に確定した結膜乳頭腫C54例に対して発生頻度,年齢分布,性別,発生部位,再発の臨床所見と病理組織所見およびヒト乳頭腫ウイルス(HPV)DNA発現を検討した.結果:結膜腫瘍における結膜乳頭腫の発生頻度はC8.1%であった.年齢別頻度はC30歳台に多く,男性は女性のC2倍以上の発症がみられた.おもな発生部位は涙丘および下眼瞼鼻側結膜で涙液の流出経路に一致していた.病理組織所見として外向性乳頭腫が大多数を占めていたが,内反性乳頭腫がC1例みられた.病理組織学的にはウイルス感染を示唆するコイロサイトーシスがみられ,HPVの代替マーカーであるCp16の発現がC9例中C7例(78%)に認められた.遺伝子学的検討ではC9例中C6例(67%)にCHPV低リスク型CDNAの発現が認められた.術後再発した症例はC5例で頻回に再発した症例がC2例存在した.結論:病理組織所見および遺伝子発現より結膜乳頭腫の発症にはCHPV感染が関与している可能性がある.CPurpose:Toinvestigatetheclinicalmanifestation,pathological.ndings,andgeneexpressionincasesofcon-junctivalCpapilloma.CSubjectsandMethods:InCthisCretrospectiveCstudy,CweCreviewedCtheCmedicalCrecordsCofC54CpatientsCpathologicallyCdiagnosedCwithCconjunctivalCpapillomaCatCtheCDepartmentCofCOphthalmology,CMatsuyamaCRedCCrossCHospitalCoverCtheCpastC20Cyears.CCasesCwereCevaluatedCinCregardCtoCfrequency,Cage,Csex,Clocalization,Crecurrencerate,pathological.ndings,andhumanpapillomavirus(HPV)DNAanalysis.Results:Frequencyofpap-illomaCinCtheCconjunctivalCtumorsCwas8.1%.CInCtheCageCdistribution,CpapillomaCwasCmoreCfrequentlyCfoundCinCpatientsaged30-39years.Theincidentrateofpapillomainmaleswasapproximatelytwicemorefrequentthaninfemales.Conjunctivalpapillomawasmainlyarisinginthecaruncleandintheconjunctivaonmedialtarsusofthelowereyelid,consistentwiththelacrimaldrainagepassages.Pathologically,thevastmajorityofthepapillomawastheexophytictype,yetwedidexperienceararecaseofinvertedpapilloma.Inourcases,thehistological.ndingoftheviralinfectionwaskoilocytosis.Expressionofp16asasurrogatemarkerforHPVwasdetectedin7outof9cases(78%)C.Geneexpressionanalysisrevealedlow-risktypeHPVDNAin6outof9cases(67%)C.Therewere5casesofpapillomarecurrencepostsurgery,and2caseswerecomplicatedbymultiplerecurrences.Conclusions:CBasedConChistopathologicalCandCgeneCexpressionC.ndings,CHPVCmayCplayCanCimportantCroleCinCtheCdevelopmentCofCconjunctivalpapilloma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C42(1):111.118,C2025〕Keywords:結膜乳頭腫,ヒト乳頭腫ウイルス,外向性乳頭腫,内反性乳頭腫,p16.conjunctivalpapilloma,hu-manpapillomavirus,exophyticpapilloma,invertedpapilloma,p16.C〔別刷請求先〕児玉俊夫:〒790-8524愛媛県松山市文京町1松山赤十字病院眼科Reprintrequests:ToshioKodama,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,1Bunkyo-cho,Matsuyama,Ehime790-8524,JAPANCはじめに結膜乳頭腫は肉眼的にはヘアピンのようなループ状の血管を中心として透明な手指状に突出した良性腫瘍である.光学顕微鏡レベルでは線維性血管性間質が芯となり,樹枝状に伸びた腫瘍細胞が乳頭状に成長している.結膜腫瘍における結膜乳頭腫の発生頻度としてCShieldsらの報告によると結膜腫瘍C5,002例中,乳頭腫はC68例で発生頻度はC1.4%を占めるにとどまり,比較的頻度の低い腫瘍といえる1).一方,わが国における結膜乳頭腫の発生頻度は末岡らの報告では結膜腫瘍69例中結膜乳頭腫はC8例(11.9%)2),河田の報告ではC174例中C9例(5.2%)3)と幅があるが,結膜乳頭腫は米国より発生頻度がやや高いといえる.以前,筆者らは,再発を繰り返す結膜乳頭腫においてヒト乳頭腫ウイルス(humanpapillomavirus:HPV)11型が検出されたC1例を報告した4).結膜乳頭腫は多発性腫瘍として発症することが多く,手術後も再発しやすいことが知られている.そのため手術するたびに何度も再発する結膜乳頭腫に対して治療に苦慮する症例が少なからず存在している.実際,結膜乳頭腫の術後再発はC6.27%と幅があるが,良性腫瘍としては再発率の高い腫瘍の一つである5).今回,筆者らは過去C20年間に摘出手術を行って病理組織学的に確定診断が得られた結膜乳頭腫C54例について臨床所見,病理組織的所見およびCHPVの遺伝子発現について後方視的研究を行ったので報告する.CI対象と方法対象は松山赤十字病院眼科(以下,当科)においてC2004年4月1日.2024年3月31日の20年間に病理組織学的に確定診断のついた結膜乳頭腫C54例である.臨床症状の検討項目として,結膜乳頭腫の発生頻度,年齢分布,性別,発生部位,再発の頻度について調べた.再発とは肉眼的に腫瘍を全摘出してC1カ月以上の観察期間において再び腫瘍が生じた場合とした.さらに結膜乳頭腫が単発性に発生したかあるいは多発性に発生したか,腫瘍が片眼性のみの発生か両眼同時に発生したかについても検討した.2021年以降の症例では,性感染症の既往がないかなど結膜乳頭腫の疾病背景について問診項目を追加した.病理組織学的検討を行うために,摘出腫瘍はホルマリン固定,アルコール脱水,パラフィン包埋を行って薄切切片を作製,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を行った.2021年以降に摘出し,腫瘍の摘出量が多かったC9例については,パラフィン薄切切片を用いてCHPVのウイルス蛋白発現とHPVの代替マーカーであるCp166)の発現について免疫組織化学法により検討した.抗体は,抗CHPVマウスモノクロナール抗体CK1H8(フナコシ)と抗Cp16マウスモノクロナール抗体CES6H6(ロシェ・ダイアグノスティックス)を使用した.さらにCHPVの遺伝子発現については,9例の腫瘍より摘出した組織の一部はエスアールエル社が提供する細胞培養液に浸漬して測定まで冷凍保存された.そのうえで腫瘍よりDNAを抽出し,液相(核酸)ハイブリダイゼーション法によりCHPV低リスク型の発現について検討した.低リスク型とはCHPV6,11,42,43,44型のC5種類のうちいずれかの発現を示すものである.免疫組織化学検査はピーシーエルジャパン社で,HPV-DNA検査はエスアールエル社で施行された.本研究は松山赤十字病院医療倫理委員会の承認を受けて行った(No.1030).CII結果1.結膜腫瘍における結膜乳頭腫の発生頻度過去C20年で当科において病理組織学的診断を得た結膜腫瘍はC666例で,結膜乳頭腫はC54例であることより結膜乳頭腫の発生頻度はC8.1%であった.なお,同じ扁平上皮由来で眼表面扁平上皮新生物(ocularCsurfaceCsquamousCneopla-sia:OSSN)の症例数は結膜上皮内癌C8例,角結膜扁平上皮癌C20例で,結膜腫瘍C666例のうちCOSSNの発症頻度はC4.2%であった.他の結膜悪性腫瘍として悪性リンパ腫C46例,悪性黒色腫C7例,転移性悪性腫瘍C5例を認めた.C2.年齢分布結膜乳頭腫の発症はC12.90歳までにみられた.年齢別発頻度をみるとC30歳台がC13例ともっとも多く,平均年齢はC48.4±19.0(平均C±標準偏差)歳であった(図1).C3.性別性別による発生頻度は男性C38例,女性はC16例と,男性では女性の約C2.4倍もの発生がみられた(図1).C4.発生部位初診時における発生部位は,右眼はC22例,左眼はC28例でやや左眼が多かった.両眼性はC4例で全体のC7.4%を占めていた.図2で結膜における発生部位を比較すると,上眼瞼結膜鼻側C8病変,上眼瞼結膜耳側C3病変,角膜輪部を中心とした角結膜C3病変,球結膜鼻側C5病変,下眼瞼結膜鼻側C27病変,下眼瞼結膜耳側C3病変および涙丘C19病変であった.涙丘と下眼瞼結膜鼻側に発生した乳頭腫はC46病変で結膜全体のC67.6%を占めていた.腫瘍がC2カ所以上に多発したものはC7例で全体のC13.0%を占めていた.なお,眼瞼結膜例には下涙点由来で下眼瞼結膜に及んだC3例を含む.C5.病理組織学的所見大多数の症例では非角化性の重層扁平上皮に乳頭状の増殖がみられ,その下に血管結合組織芯を伴い,細い有茎組織で結膜とつながっていた(図3).強い細胞異型性や核分裂像はみられず,悪性所見は認めなかった.上記とは異なる特異な(人)14121086420~19~29~39~49~59~69~79~89(歳)■男性□女性図1結膜乳頭腫の性別・年齢別発症頻度結膜乳頭腫の発症はC30歳台がもっとも多く,性別による発症頻度は男性が女性のC2.4倍と性差を認めた.所見を示した症例については以下に示す.腫瘍基底部の形態で比較すると,角結膜にまたがって発症していたC3症例では上皮肥厚がみられ基底部が広基性を示し無茎で,上皮層には角化組織は認めなかった(図4b).腫瘍の生育パターンで比較すると,図3で示すようにC54例中C50例は腫瘍が結膜上皮から外側に向かって乳頭状の突起を示すexophyticCpapilloma,すなわち外向性乳頭腫であった.しかし,1例は基底膜が正常構造を保っているものの腫瘍が結膜上皮下に陥入して内方に向かって成長するCinvertedpapil-loma,すなわち内反性乳頭腫であった(図5).乳頭状に増殖した腫瘍細胞のうち,図6で示すような扁平上皮表層に核腫大や核周囲に空胞を生じるコイロサイトーシス(koilocyto-sis)がみられたのはC3例であった.C6.HPVの局在と遺伝子発現HPVウイルス蛋白の発現はC9例とも陰性であった(図7b).p16の局在は乳頭腫細胞に発現しており(図7c),その発現頻度はC9例中C7例(77.7%)であった(表1).低リスク型CHPVDNAの発現はC9例中C6例(66.7%)であった(表1).C7.再発手術後再発を生じなかった症例はC49例(90.7%)で再発例はC5例(9.3%)であった.そのうちC3例では再発までの期間はC7.17カ月で,いずれもC1回の追加切除ですみ,2回目の再発は生じなかった.再発例のうちC3回以上の複数回手術を必要としたのはC2例であった.12歳,女性の場合はC4回で,再発までの期間はC3.20カ月であった.26歳,男性ではC10回再発したが(図8),再発までの期間は最初の手術からC1回目の再発まで受診が途絶えたこともあり,20カ月と長期間右眼左眼角結膜角結膜23涙丘涙丘図2初診時における結膜乳頭腫の発生部位結膜乳頭腫の発生部位を比較すると,上眼瞼結膜鼻側C8カ所,上眼瞼結膜耳側C3カ所,角結膜C3カ所,球結膜鼻側C5カ所,下眼瞼結膜鼻側C27カ所,下眼瞼結膜耳側C3カ所および涙丘C19カ所であった.涙丘と下眼瞼結膜鼻側に発生した乳頭腫はC46カ所と結膜全体のC67.6%を占めていた.であった.以後C1カ月ごとに通院してC1.2カ月の間隔で腫瘍がたとえ小さくてもその都度切除した.病理組織学的検査ではすべて結膜乳頭腫と診断された.これらのC2症例では,再発のたびに腫瘍摘出術を行って最終の手術からC12歳,女性ではC2年C8カ月,26歳,男性ではC2年C2カ月間再発は認めていない.C8.性感染症との関連2021年以降ではC13例中,既往歴に外陰部や肛門周囲に尖圭コンジロームを有する症例がC3例あった.33歳,女性は外陰部の腟尖圭コンジローム切除を受けており,34歳,男性では肛門の尖圭コンジローム切除,22歳,男性では陰茎の尖圭コンジローマに対して焼灼治療の既往があった.10回の切除,再発をくり返したC26歳,男性では,本人の同意図334歳,女性にみられた外向性結膜乳頭腫の前眼部写真と病理組織学的所見a:右上下眼瞼結膜鼻側に多発性の乳頭腫を認めた.Cb:重層扁平上皮に乳頭状の増殖がみられ,血管結合組織芯(→)を伴い,細い有茎組織を有す樹枝状に伸びた組織がみられた.バーはC100Cμm.図482歳,男性にみられた広基性結膜乳頭腫の前眼部写真と病理組織学的所見a:右眼の角膜輪部を中心として角結膜部にまたがって生じる乳頭腫を認めた.Cb:上皮肥厚がみられ,腫瘍の基底部は広基性で無茎であった.バーはC50Cμm.を得たうえで視診を行ったところ,外陰部および肛門周囲に乳頭腫病変は認めなかった.CIII考按本報告では結膜腫瘍における結膜乳頭腫の発症頻度はC8.1%であった.多数例を検討したCShieldsらの報告では結膜乳頭腫の発症頻度はC1.4%と比較的頻度の低い腫瘍といえるが1),わが国では本報告を含め,結膜乳頭腫の発症頻度はC5.2.11.9%2,3)と米国における結膜乳頭腫の頻度を上回っており,人種差が結膜乳頭腫の発症に関与している可能性がある.発生部位は涙丘と下眼瞼結膜鼻側がC46病変で結膜全体の67.6%と全体の約C2/3を占めていた.これらの部位は涙液の流出経路に一致し,涙液の流れが結膜乳頭腫の発症に関与している可能性がある.Kalikiらの報告によると結膜乳頭腫の発症年齢はC21.60歳で,平均年齢はC43歳と比較的若い年齢層にピークを示し,男性は女性よりC2倍弱の発症がみられていた7).本報告でも結膜乳頭腫の発症はC31.39歳にピークがみられ,女性C16例に対して男性C37例と男性における発症は女性の約C2.4倍であった.このように結膜乳頭腫は比較的若い男性に多く発症するという特徴があるが,この年齢層は尖圭コンジロームの好発年齢でもある.尖圭コンジロームはCHPV6型,11型,16型が感染することにより,外陰部や肛門周囲に乳頭状の丘疹が多発する性感染症の一種である8).そのため以前よりHPV感染と結膜乳頭腫の発症との関連性が考えられているが,Kalikiらの報告では結膜乳頭腫と外陰部の尖圭コンジロームの合併はC4%で.結膜乳頭腫と性感染症との関連は薄いと報告している7).本報告では結膜乳頭腫と外陰部の尖圭コンジロームの合併はC54例中C3例,5.5%であるが,以前は性感染症の既往について問診を行っておらず,結膜乳頭腫患者に対しては性感染症の可能性について詳細な問診を行うことが勧められる.結膜乳頭腫では線維性血管性間質を芯として結膜上皮の表面から外側に向かって手指状に突出した腫瘍であることが組織学的特徴で,結膜乳頭腫の大部分はCexophyticpapilloma,すなわち外向性乳頭腫である.一方,invertedpapilloma,図538歳,女性にみられた内反性乳頭腫の病理組織学的所見a:約C20年前に近医で数回右眼の結膜腫瘍を切除されたが再発した.当科初診時には右眼の涙丘部に隆起の低い乳頭腫(.)を認めた.Cb:弱拡大顕微鏡写真.腫瘍が結膜上皮下に陥入し,乳頭腫が内方に向かって伸びていた.バーはC200Cμm.Cc:強拡大顕微鏡写真.非角化性の陥入する腫瘍細胞塊がみられた.バーはC5Cμm.いわゆる内反性乳頭腫は結膜下組織に陥入する乳頭腫で結膜における発症はきわめてまれであり,本報告では内反性乳頭腫はわずかC1例であった.RambergらはC2019年までの論文を調べたところ,結膜内反性乳頭腫はわずかC11例で,結膜におけるその発症は非常にまれとしている9).Elnerらは内反性乳頭腫が鼻腔,副鼻腔と涙.に発生して眼窩に浸潤したC10例では,乳頭腫から扁平上皮癌あるいは移行上皮癌に悪性転化したと報告しており,眼窩内容除去術を行ってもC8例で再発し,さらにC3例で頭蓋内浸潤を生じたため,予後は悪かったと報告している10).内反性乳頭腫では悪性化をきたすと考えられるため,注意深い経過観察が望ましい.一般にCHPVは粘膜の損傷部位から侵入して上皮の基底細胞に感染し,上皮細胞の過増殖により乳頭腫が形成されると考えられている.皮膚においては有棘細胞層でウイルスDNAが複製され,角化層が形成されるとウイルスのCDNA複製が増加する11).その際,ウイルスの増殖に伴って肥厚した重層扁平上皮層において核腫大や核周囲の空胞化を生じるコイロサイトーシスという現象がみられる12).すなわちHPVが感染した細胞の核においてウイルス粒子の複製を行結膜乳頭腫においてコイロサイトーシスが認められたことうために空胞が生じるものである.尖圭コンジロームでも病はCHPVの感染を示唆するものであるが,結膜乳頭腫の病因理組織学的特徴としてコイロサイトーシスがあげられる8).としてCHPVの関与があるかどうか,摘出腫瘍を用いて免疫図6再発を繰り返した26歳,男性にみられたコイロサイトーシスa:弱拡大顕微鏡写真.外向性結膜乳頭腫が認められた.バーは100Cμm.Cb:強拡大顕微鏡写真.乳頭状に増殖する腫瘍細胞のうち扁平上皮層に核の腫大や核周囲に空胞を生じるコイロサイトーシスがみられた.バーはC20Cμm.図7再発を繰り返した26歳,男性にみられたHPV蛋白とp16の免疫組織化学所見a:HE染色.バーはC100Cμm.Cb:HPV蛋白の局在は認めなかった.バーはC100Cμm.Cc:HPVの代替マーカーであるCp16は乳頭腫細胞に発現していた.バーはC100Cμm.表1ヒト乳頭腫ウイルスの遺伝子発現症例年齢・性別初発発生部位再発回数Cp16低リスク型CHPVDNAC12345678926歳,男性34歳,女性46歳,男性54歳,男性59歳,男性62歳,男性65歳,男性70歳,男性76歳,男性下眼瞼結膜,球結膜涙丘C上下眼瞼結膜C上下眼瞼結膜C涙丘C眼球結膜C上眼瞼結膜C下眼瞼結膜C涙丘C眼球結膜C100000C0C000++++..+++++..+.+++HPVの代替マーカーであるCp16の発現はC9例中C7例に認められた.低リスク型CHPVの遺伝子発現はC9例中C6例で認められた.なお,免疫組織および遺伝子検査を行ったC9例には両眼性に乳頭腫が発生した症例は認めなかった.組織化学的および遺伝子学的に検討した.HPV蛋白質の発現では,HPVの感染は証明できなかったため,p16の免疫組織染色を行った.p16はサイクリン依存性キナーゼインヒビターで細胞周期において中心的役割を果たす癌抑制遺伝子蛋白質である.HPVの初期遺伝子はCE1.E7まであるが,そのうちCE6蛋白質は癌遺伝子であるCp53と結合し,E7は癌抑制遺伝子であるCRbと結合してそれぞれ不活化させると代償的にCp16蛋白質が過剰に発現される11).すなわちCp16はCHPVの代替マーカーとして,p16の発現が陽性であれば間接的ではあるがCHPV感染が生じていると考えることができる6).そのため中咽頭癌の病期診断においてCHPV関与の有無を判断するCp16免疫組織染色は必須の検査とされている6,13).本報告でもCHPVのCp16の発現が乳頭腫細胞にみられ,HPV感染が生じていると考えることができる.なお,本報告でCHPVの発現が認められなかったのは,腫瘍摘出を行った時点ではCHPVの増殖は活発ではないことが考えられる.本報告では免疫組織学的にCHPV感染が示唆されるため,腫瘍よりCDNAを抽出してCHPVの遺伝子発現がみられるかどうか検討した.HPVウイルスゲノムの発現については本報告では低リスク型CHPVの発現はC9例中C6例,66.7%であった.Sjoらによると結膜乳頭腫におけるCHPVウイルスゲノムの発現率はC106例中C86例とC81%を示していた.なお,型別では低リスク型であるC6型はC80例,11型はC5例であった14).ただし,正常結膜からはCHPVのウイルスゲノムは検出されていない14).なお,現在子宮頸癌の原因ウイルスと考えられている高リスク型C16,18型が結膜乳頭腫より検出されたという報告は知られていないが,結膜の扁平上皮癌からはCHPV16型が検出されたという報告がある15).以上より低リスク型CHPV感染が結膜乳頭腫発症の危険因子である可能性は高い.結膜乳頭腫の治療の原則は手術切除である.再発の頻度と図8初回手術後,複数回再発した26歳,男性の前眼部写真a:初診時の前眼部写真.左涙丘部と鼻側の球結膜および下眼瞼結膜に多発性の乳頭腫が認められた.Cb:初回の結膜乳頭腫切除後,20カ月間受診が途絶えていたが,腫瘍再発のために当科を紹介された.左眼の上下眼瞼結膜に広範囲にわたって腫瘍がみられたために腫瘍切除時に結膜再建として羊膜移植を行った.Cc:1,2カ月ごとに経過観察を行っていたが,小腫瘍の再発を繰り返し,そのたびに腫瘍切除を行った.Cd:最終の手術からC2年C2月後には腫瘍の再発は認めなかった.して術後の観察期間によるが,KalikiらはC3%と報告している7)一方で,Vermaらの総説ではC6.27%の手術症例で再発を生じているが,自然寛解することも珍しくないと報告している5).本報告でも手術後C4回再発したC12歳,女性とC10回再発したC26歳,男性の症例ではいずれも最終の手術からそれぞれC2年C8カ月とC2年C2カ月間再発を認めず,自然寛解したと考えている.一方,HuangらはC23%の結膜乳頭腫で再発しているが,繰り返す結膜乳頭腫の再発は扁平上皮癌をもたらすと報告している16).結膜乳頭腫切除においては腫瘍の取り残しを防ぐために正常結膜を含めた拡大切除が必要である.腫瘍切除においてCTheotokaらは手術時における注意点として,腫瘍切除の際はウイルスの散布を最小限にするために「no-touchCwideresection」を勧めている.そのうえで腫瘍切除時には乳頭腫の上皮細胞を死滅させるために冷凍凝固,それもCdouble-freezeCthawtechniqueを推奨している17).HPVが感染した結膜上皮から完全にCHPVを除去することは不可能であることから,腫瘍の拡大切除が推奨されるが,術後過度の瘢痕化などの後遺症を引き起こさないよう注意が必要である.扁平上皮癌などCOSSCでは外科的切除後の再発に対して,局所化学療法としてインターフェロン,5-.uorouracil(5-FU),mitomycinC(MMC)の点眼投与が用いられ,いずれも腫瘍再発抑制効果が報告されている17).最近でもSripawadkulらは結膜乳頭腫切除後,インターフェロンあるいはC5-FU点眼を行うと再発はC0であったのに対して,単純切除+冷凍凝固法では再発がC11%にみられたと報告している18).しかし,結膜乳頭腫に対していずれの薬剤も保険適用外であり,インターフェロンに関しては必ずしも結膜乳頭腫の再発を抑制できるとは限らないという報告19)もある.一方,5-FUよりCMMC点眼治療のほうが副作用の発現が低いといわれているが,OSSNに対するC0.04%CMMCの長期点眼による副作用としてC30%にアレルギー性結膜炎,14%に涙点狭窄による流涙が報告されており,角膜輪部幹細胞障害による不可逆的な角膜再発性びらんによる重篤な報告例が含まれている20).さらに点眼時の眼痛をはじめ,薬剤毒性による角膜上皮障害,重篤な副作用を伴うために良性腫瘍である結膜乳頭腫に対して全例に術後治療として用いるべきではなく,慎重な経過観察が重要としている20).再発を繰り返した26歳の男性については再発予防としてCMMC点眼治療の有用性と副作用を説明したところ,MMC点眼による後療法は希望されず,再発ごとに腫瘍切除を行った.結膜乳頭腫における腫瘍の再発という問題は再発性呼吸器乳頭腫症においても切実な問題となっている21).再発性呼吸器乳頭腫症は結膜乳頭腫と同じく低リスク型であるCHPV6,11型ウイルスが感染して発症する疾患で大半は喉頭乳頭腫症が占めている.外科手術後に喉頭乳頭腫症に対する治療として,最近ではパルス色素レーザーや光線力学療法が導入されてきたがやはり再発頻度は高いといわれている21).オーストラリアでは子宮頸癌予防に有効なCHPVワクチン投与が若年型喉頭乳頭腫の新たな発症を減少させたという報告があり22),HPVワクチン投与が結膜乳頭腫に対して再発予防になる可能性を秘めているために,その実用化を含めて新しい治療法の開発が期待される.謝辞:今回,免疫組織化学的検討において結膜乳頭腫のおけるCHPVとCp16の局在を示す顕微鏡写真を提供していただいたピーシーエルジャパン社に感謝いたします.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ShieldsCL,AlsetAE,BoalNSetal:ConjunctivaltumorsinC5002Ccases.CcomparativeCanalysisCofCbenignCversusCmalignantcounterparts.The2016JamesD.AllenLecture.CAmJOphthalmolC173:106-133,C20172)末岡健太郎,嘉島信忠,笠井健一郎ほか:聖隷浜松病院眼形成眼窩外科における過去C9年間の眼窩,眼瞼,結膜腫瘍の検討,臨眼68:463-470,C20143)河田美貴子:がん研究会有明病院における眼部腫瘍性疾患の臨床病理学的検討,臨眼70:555-561,C20164)児玉俊夫,鳥山浩二,廣畑俊哉ほか:再発を繰り返す結膜乳頭腫においてヒト乳頭腫ウイルスC11型が検出された一例,松山赤十字医誌46:31-36,C20215)VermaV,ShenD,SievingPCetal:TheroleofinfectiousagentCinCtheCetiologyCofCocularCadnexalCneoplasia.CSurvCOphthalmolC53:312-331,C20086)El-NaggarCAK,CWestraWH:p16CexpressionCasCaCsurro-gateCmarkerCforCHPV-relatedCoropharyngealcarcinoma;Caguideforinterpretativerelevanceandconsistency.HeadNeckC34:459-461,C20127)KalikiS,ArepalliS,ShieldsCLetal:Conjunctivalpapillo-ma:featuresandoutcomesbasedonageatinitialexami-nation.JAMAOphthalmolC131:585-593,C20138)AnicCGM,CLeeCJ-H,CStockwellCHCetal:IncidenceCandChumanpapillomavirus(HPV)typeCdistributionCofCgenitalCwartsinamultinationalcohortofmen:TheHPVinmenstudy.JInfectDisC204:1886-1892,C20119)RambergI,SjoNC,BondeJHetal:Invertedpapillomaoftheconjunctiva.BMJOpenOphthC4:e000193,C201910)ElnerCVM,CBurnstineCMA,CGoodmanCMLCetal:InvertedCpapillomasCthatCinvadeCtheCorbit.CArchCOphthalmolC113:C1178-1183,C199511)温川恭至,清野透:ヒトパピローマウイルスによる発がんの分子機構.ウイルス58:141-154,C200812)KrawczykCE,CSuprynowiczCFA,CLiuCXCetal:Koilocytosis.Cacooperativeinteractionbetweenthehumanpapillomavi-rusCE5CandCE6Concoproteins.CAmCJCPatholC173:682-688,C200813)安藤瑞生:ここが変わった!頭頸部癌ガイドラインC2022中咽頭癌.耳喉頭頸94:928-931,C202214)SjoNC,vonBuchwaldC,CassonnetPetal:Humanpap-illomavirusinnormalconjunctivaltissueandinconjuncti-valpapilloma:typesandfrequenciesinalargeseries.BrJOphthalmolC91:1014-1015,C200615)Gri.nCH,CMudharCHS,CRundleP:HumanCpapillomavirusCtypeC16CcausesCaCde.nedCsubsetCofCconjunctivalCinCsituCsquamouscellcarcinomas.ModPatholC33:74-90,C202016)HuangYM,HuangYY,YangHYetal:ConjunctivalpapC-illoma:clinicalCfeatures,Coutcome,CandCfactorsCrelatedCtoCrecurrence.TaiwanJOphthalmolC8:15-18,C201817)TheotokaD,MorkinMI,GalorAal:Updateondiagnosisandmanagementofconjunctivalpapilloma.EyeVisionC6:C18-35,C201918)SripawadkulCW,CTheotokaCD,CZeinCMCetal:ConjunctivalCpapillomaCtreatmentoutcomes:aC12-year-retrospectivestudy.Eye(Lond)C37:977-982,C202319)GalorCA,CGargCN,CNanjiCACetal:HumanCpapillomavirusCinfectionCdoesCnotCpredictCresponseCtoCinterferonCtherapyCinCocularCsurfaceCsquamousCneoplasia.COphthalmologyC122:2210-2215,C201520)KhongJJ,MueckeJ:ComplicationsofmitomycinCther-apyCinC100CeyesCwithCocularCsurfaceCneoplasia.CBrCJCOph-thalmolC90:819-822,C200621)GoonCP,CSonnexCC,CJaniCPCetal:RecurrentCrespiratorypapillomatosis:anCoverviewCofCcurrentCthinkingCandCtreatment.CEurCArchCOtorhinolaryngolC265:147-151,C200822)NovakovicCD,CChengCATL,CZurynskiCYCetal:ACprospec-tiveCstudyCofCtheCincidenceCofCjuvenile-onsetCrecurrentCrespiratoryCpapillomatosisCafterCimplementationCofCaCnationalHPVvaccinationprogram.JInfecDisC217:208-212,C2018C***

Landolt環型角膜上皮症の4例

2025年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科42(1):107.110,2025cLandolt環型角膜上皮症の4例片岡大智*1小林顕*1横川英明*1森奈津子*1宮内修*2前田有*3川口一朗*4正木利憲*5杉山和久*1*1金沢大学附属病院眼科*2みやうち眼科*3前田眼科クリニック*4川口眼科医院*5正木アイクリニックCFourCasesofLandolt-RingShapedEpithelialKeratopathyDaichiKataoka1),AkiraKobayashi1),HideakiYokogawa1),NatsukoMori1),OsamuMiyauchi2),AriMaeda3),IchiroKawaguchi4),ToshinoriMasaki5)andKazuhisaSugiyama1)1)DepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversity,2)MiyauchiEyeClinic,3)MaedaEyeClinic,4)KawaguchiEyeClinic,5)MasakiEyeClinicCLandolt環型角膜上皮症は角膜上皮に限局する非対称性のCLandolt環様病変をきたすきわめてまれな疾患である.異物感を主訴とする場合が多く,通常視力低下はきたさないが,原因は未だ不明である.今回,Landolt環型角膜症の4例を経験したため報告する.病変は点眼治療によりいずれも消失したが,4例中C2例が再発したため,本症例に遭遇した場合,再発も念頭に長期間のフォローアップが必要であると思われた.CPurpose:ToCreportC4CcasesCofLandolt-ringCshapedCepithelialCkeratopathy(LRSEK)C.CCaseReports:Case1involveda69-year-oldfemalewhowasreferredtoourdepartmentafterbeingseenatanoutsideclinicwiththeprimarycomplaintofdryeye-likesymptoms.FluoresceinstainingrevealedLRSEKinbotheyes.ShewastreatedwithCrebamipide2%CophthalmicCsuspensionCandChyaluronicCacidCophthalmicCdrops.CInCbothCeyes,CLRSEKCresolvedCwithtime,yetrecurredduringthewinterseason.Case2involveda40-year-oldfemalewhopresentedwithafor-eignCbodyCsensationCinCherCrightCeye.CUponCexamination,CLRSEKCwasCobservedCinCherCrightCeye,CandC2CdaysClaterCwasalsoobservedinherlefteye,sotreatmentwithantibioticeyedrops,low-dosesteroideyedrops,andantibioticointmentCwasCinitiated.CTheClesionsCresolvedCwithinC30Cdays,CyetCrecurrenceCoccurredCinCbothCeyesC3CyearsClater.CCase3involveda57-year-oldfemalewhowasbeingtreatedwithbrinzolamideandcarteololeyedropsforglauco-ma.COnCaCfollow-upCvisit,C.uoresceinCstainingCrevealedCLRSEKCinCherCrightCeye.CHyaluronicCacidCeyeCdropsCwereCstartedandthelesionworsenedoverthefollowing7days,yetimproved5dayslater.Case4involveda53-year-oldCfemaleCwhoCpresentedCtoCtheCclinicCwithCtheCprimaryCcomplaintCofCdecreasedCvisualCacuity.CLRSEKCwasCobservedinherlefteye.Hyaluronicacideyedropswerestarted,and2weekslaterthelesionhadresolved.Con-clusions:AlthoughtheLRSEKlesionsinthese4casesresolvedwithorwithouteyedroptreatment,strictlong-termfollow-upinsuchcasesisnecessary,asrecurrencecanoccur.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C42(1):107.110,C2025〕Keywords:Landolt環型角膜上皮症,Landolt-ringshapedepithelialkeratopathy.はじめにLandolt環型角膜上皮症は,大橋らがC1992年に報告した異物感,羞明を主訴とする視力検査に用いるCLandolt環に似た形の角膜上皮隆起が生じる病変で1),わが国ではC10数例程度の報告がある.Inoueらの報告では,病変は冬季に好発し,片側,両側,非対称にランダムに発生すること,小さな病変が互いに連結してフラクタルパターンを形成すること,炎症所見や細胞浸潤を認めず,40代後半前後の女性に生じやすいことなどが判明しているが,原因は不明とされている2).小さなCC形状の病変が連なって大きなCC形状の病変を形成することをフラクタルパターンとよんでいる.今回,Landolt環型角膜上皮症をC4例経験したので報告する.CI症例症例1患者:69歳,女性.〔別刷請求先〕片岡大智:〒920-8641金沢市宝町C13-1金沢大学附属病院眼科Reprintrequests:DaichiKataoka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversityHospital,13-1Takara-machi,Kanazawacity,Ishikawa920-8641,JAPANC図1症例1の前眼部所見a:初診時の右眼.角膜中央付近にCLandolt環型角膜上皮症を認めた.Cb:初診時の左眼.角膜中央付近にCLandolt環型角膜上皮症を認めた.c:2年後の再診時の右眼(6月).Landolt環型角膜上皮症が角膜中央部に再発しており,Landolt環のギャップの向きは初診時とは異なっていた.図2症例2の前眼部所見a:初診時の右眼.角膜周辺部にCLandolt環型角膜上皮症を認めた.Cb:1カ月後の再診時(1月)の右眼.病変の数は減少していた.c:3年後の再診時の右眼(3月).Landolt環型角膜上皮症は再発し,Landolt環のギャップの向きは初診時とは異なっていた.図3症例3の前眼部所見a:初診時の右眼.角膜中央部にCLandolt環型角膜上皮症を認めた.Cb:1週間後の再診時の右眼.病変は増悪し,フラクタルパターンを示した.Cc:初診時からC12日後の右眼.病変は減少していた.Cd:初診時からC12日後の右眼の共焦点顕微鏡画像.角膜上皮の基底細胞層での高反射析出物を認めた.炎症細胞は認めなかった.主訴:目の渇き.15mmHg,左眼C14CmmHgであった.現病歴:X年C12月にドライアイ症状があるとのことでフ治療および経過:レバミピド点眼C2%,ヒアルロン酸点眼ルオレセイン染色したところ,両眼にCLandolt環型角膜上皮で治療を開始した.両眼とも時間経過とともに病変の数は減症を認めた(図1).少し,X+1年C6月には消失したが,X+2年C2月に右眼に再既往歴:高血圧症,高脂血症.度出現し,病変の位置やCLandolt環のギャップの向きは初診家族歴:特記事項なし.時とは異なっていた(図1c).初診時所見:視力は右眼C0.80(1.00C×sph+1.0D(cyl症例2.0.5DAx31°),左眼C1.0(矯正不能)であった.眼圧は右眼患者:40歳,女性.図4症例4の前眼部所見a:初診時の左眼.角膜部にCLandolt環型角膜上皮症を認めた.Cb:2週間後の再診時の右眼.初診時には認めなかった病変が出現していた.主訴:異物感.現病歴:Y年C12月に異物感を主訴に受診.フルオレセイン染色で右眼にCLandolt環型角膜上皮症を認めた(図2a).左眼の角膜には異常所見を認めなかった.既往歴:流行性角結膜炎(Y-1年).家族歴:特記事項なし.初診時所見:視力は右眼0.03(1.2C×sph.5.0D(cyl.0.5DAx180°),左眼C0.03(1.2C×sph.4.5D(cyl.1.0DAx180°)であった.眼圧は右眼C15mmHg,左眼C14CmmHgであった.治療および経過:抗生物質点眼とステロイド点眼にて治療開始した.Y+1年C1月時点で病変の数は減少し(図2b),症状は消失した.Y+3年C3月に処方希望で再診時にスリットで観察すると両眼に病変が再出現しており,再発時の病変の位置やCLandolt環のギャップの向きは初診時とは異なっていた(図2c).症例3患者:57歳,女性.主訴:なし.現病歴:両緑内障に対しブリンゾラミド点眼液を両眼C2回,カルテオロール塩酸塩点眼液を両眼C1回で治療中であり,1Cdayソフトコンタクトレンズ装用中.Z年C1月の再診時にフルオレセイン染色したところ,右眼にCLandolt環型角膜上皮症を認めた(図3a).左眼の角膜に異常所見を認めなかった.既往歴:高血圧症,高脂血症,子宮筋腫.家族歴:特記事項なし.初診時所見:視力は右眼C0.03(1.0C×sph.9.50D(cylC.1.25DAx15°),左眼C0.05(1.2C×sph.6.00D(cyl.2.00DAx170°)であった.眼圧は右眼C20mmHg,左眼C20mmHgであった.治療および経過:ソフトコンタクトレンズの装用を中止し,ヒアルロン酸点眼で治療開始した.1週間後の再診時には病変は増悪しており,フラクタルパターンを示した(図3b).そのC5日後,病変は改善傾向となった(図3c).その時点で生体共焦点顕微鏡CHeidelbergCRetinaCTomographCIICRostockCCorneaModule(HeidelbergCEngineering)を撮像すると,角膜上皮の高輝度病変を認めた(図3d).症例4患者:53歳,女性.主訴:視力低下.現病歴:W年C1月に視力低下を主訴に受診.両眼にフルオレセイン染色したところ,左眼にCLandolt環型角膜上皮症を認めた(図4a).右眼の角膜には異常所見を認めなかった.既往歴:両眼レーシック.家族歴:特記事項なし.初診時所見:視力は右眼C0.5(1.2C×sph.1.25D(cylC.0.75DAx40°),左眼C0.9(1.2C×sph.0.50D)で,眼圧は右眼C10mmHg,左眼C11CmmHgであった.治療および経過:ヒアルロン酸点眼で治療開始した.2週間後の再診察時に左眼の病変は改善していたが,右眼の角膜中央に小さなCLandolt環型角膜上皮症が出現した(図4b).そのC15日後に病変は消失していた.CII考按Landolt環型角膜上皮症は,異物感,羞明を主訴とする角膜上皮病変で,大橋らがC1992年に報告して以降,わが国で現在のところC10数例程報告されている.Landolt環型角膜上皮症の臨床的特徴として,InoueらはC11例を評価検討した.報告によると発症平均年齢はC45.9歳(年齢範囲:17.73歳)で,視力低下はほとんど認めず,他の眼疾患や全身疾患の既往との関連はないとされている.また,病変は両眼性,片眼性,非対称にランダムに出現し,数・大きさ・Landolt環のギャップの向きもランダムで,冬季に再発傾向がある2).筆者らの症例の平均年齢はC54.8歳(40.69歳)で,矯正視力の低下はいずれも認めず,病変の形状はランダムであった.4例中C2例で再発を認めたが,2例とも冬季での再発であった.Landolt環型角膜上皮症の病因として大橋らはヘルペスウイルス群やサイトメガロウイルスによる感染を疑っており,涙液からポリメラーゼ連鎖反応(polymeraseCchainCreac-tion:PCR)法によりウイルスを同定しようとするもヒトヘルペスウイルスC1.8型すべてが陰性であった1,2).TS-1内服患者に発症した症例3)や脳神経外科手術による視床下部障害のための低体温との関連性が考えられた症例4)もあり,筆者らの症例でも流行性角結膜炎の既往のある患者,緑内障点眼とソフトコンタクトレンズ装用を継続している患者,またレーシック術後の患者がいたが,はっきりとした原因は不明である.しかし,どの報告でも冬季に発症することは一致しており,寒冷環境下で発生する病変と考えられる.InoueらはCLandolt環型角膜上皮症の細胞レベルの病変の特徴を得るためにC11例中のC1例に対し,共焦点顕微鏡検査であるCHeidelbergCRetinCTomographCIICRostockCCorneaModuleを用いた.共焦点顕微鏡では角膜の最表層である角膜上皮表層細胞層から順に角膜上皮翼状細胞層,角膜上皮基底細胞層,Bowman層,角膜実質細胞層,角膜内皮細胞層が観察される.正常所見として,角膜上皮表層細胞層に存在する表層細胞は直径C50Cμm程度の高輝度の細胞質をもつ多角形細胞として観察され,翼状細胞層では低輝度の細胞質,高輝度の細胞境界が観察される5).Inoueらの報告では,病変における表層細胞の肥大化と細胞質の低輝度性変化,翼状細胞層での核と細胞膜の高輝度性変化,基底細胞層での異常な高反射析出物がみられたが,Bowman層以下では正常な形態的特徴を有していた2).筆者らのC3症例目でも共焦点顕微鏡を用いて病変の観察を行い,既報と同様に基底細胞層での高反射析出物を認めた.病変に対する治療として,筆者らはヒアルロン酸点眼,抗生物質点眼,ステロイド点眼を使用したが,著効したものはなく,Inoueらの報告でも発症してから数週.数カ月,治療の有無にかかわらず,散発性の悪化と自然寛解を呈するとされている2).予後についても上皮病変は瘢痕などを残さずに完全に消失していた.本疾患は視力低下を生じず,角膜上皮に不可逆的な瘢痕を残さない良性な疾患ではあるが,日常診療において本症例に遭遇した場合,冬季での再発も念頭に長期間のフォローアップが必要であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大橋裕一,前田直之,山本修士ほか:ランドルト環型角膜上皮炎のC1例.臨眼46:594-595,C19922)InoueT,MaedaN,XZhengXetal:Landoltring-shapedepithelialkeratopathy.anovelclinicalentityofthecornea.JAMAOphthalmolC133:89-92,C20153)細谷比左志:写真セミナー366.ランドルト環型角膜上皮炎.あたらしい眼科31:1631-1632,C20144)西田功一,岡本紀夫,高田園子ほか:ランドルト環型角膜上皮症のC1例.眼臨紀10:172,C20175)近間泰一郎:生体共焦点顕微鏡検査.日本の眼科C82:908-914,C2011C***

基礎研究コラム:92.補体と加齢黄斑変性

2025年1月31日 金曜日

補体と加齢黄斑変性補体とは補体は肝臓で産生されて血清中に存在する蛋白質で,病原体の除去や炎症反応の調節など広範囲にわたる免疫機能を担います.補体系はC30種類以上の蛋白質で構成され,これらが綿密に調整されたカスケード反応を通じて活性化されます(図1).補体活性化は三つの主要な経路(古典経路,レクチン経路,第二経路)に分けられますが,最終的には膜侵襲複合体の形成に至り,病原体の細胞死を引き起こします.補体系はアナフィラトキシン(C3a,C5aなど)の生成を通じて炎症反応を誘発します.アナフィラトキシンは強力な炎症促進因子として機能し,白血球の遊走を促進するとともに局所の血管透過性を高め,免疫細胞が効率的に標的領域に移動できるようにします.しかし,これらの反応が過剰になると,自己組織への攻撃や慢性炎症を引き起こす原因となるため,補体は多くの自己免疫疾患や炎症性疾患に関連します.眼の領域では,とくに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)と補体の関連が示唆されています.補体因子CH(CFH)などの遺伝子との関連1)や,血液中の補体活性化2)がCAMDの進行と関連することが報告されおり,補体が治療標的として注目されています.補体を標的とした地図状萎縮の治療AMDは黄斑部新生血管を特徴とする新生血管CAMDと,網膜色素上皮の萎縮を特徴とする地図状萎縮のC2病型に分類されます.新生血管CAMDは抗CVEGF療法や光線力学療法などの治療方法がありますが,地図状萎縮には有効な治療法は存在しませんでした.最近,抗補体治療薬であるCpegceta-coplan(C3阻害薬)とCavacincaptadCpegol(C5阻害薬)が米国食品医薬品局の承認を取得しました(日本では未承認).この二つの治療薬は,補体カスケードの上流部分を阻害することで細胞死を抑制し,萎縮進行を防ぎます(図1).治験でも二つの治療薬は地図状萎縮の拡大を遅らせることがわかりました.また,新たに古典経路を阻害するCC1q阻害薬(annexon)も治験が進んでおり,有効性が示されつつあります.補体系のターゲット化による治療戦略は,炎症反応の調節を通じて網膜色素上皮の細胞死を抑制し,地図状萎縮の進行を遅らせる可能性があります.今後の展望抗補体治療は,今後の地図状萎縮の治療薬として期待が高(93)C0910-1810/25/\100/頁/JCOPY山本昭成畑匡侑京都大学医学部眼科学古典経路レクチン経路第二経路ClassicalpathwayLectinpathwayAlternativepathwayC1p,C1r,C1sMASP-1,MASP-2C3C4C4FactorBC2C2FactorDFactorHC3転換酵素FactorIC3convertasePegcetacoplanC3C3aC3bC5転換酵素C5convertaseC5AvacincaptadpegolC5aC5b膜侵襲複合体図1補体カスケードと地図状萎縮の治療ターゲット補体は古典経路,レクチン経路,第二経路のC3経路により活性化される.pegcetacoplanはCC3を,avacincaptadCpegolはCC5を阻害することで,補体カスケードの上流を阻害し,地図状萎縮の進行を抑制する.まっています.しかし,局所的な補体阻害が炎症反応と感染を惹起するリスクや,新規黄斑部新生血管の発症が増加することもわかってきました.治療効果が一時的で半永久的に投与を行う必要があること,治療薬が高額であることなど費用対効果の面でも社会的負担は大きいと考えます.現在,筆者らは地図状萎縮の病態解明および進行に及ぼす因子に焦点をあてて研究をしており,今後は地図状萎縮の進行速度や治療効果の高い患者の層別化が重要になると考えています.文献1)HainesJL,HauserMA,SchmidtSetal:Complementfac-torCHCvariantCincreasesCtheCriskCofCage-relatedCmacularCdegeneration.ScienceC15:419-421,C20052)ReynoldsCR,CHartnettCME,CAtkinsonCJPCetal:PlasmaCcomplementcomponentsandactivationfragments:Asso-ciationswithage-relatedmaculardegenerationgenotypesandCphenotypes.CInvestCOphthalmolCVisCSciC50:5818,C20093)GirgisCS,CLeeLR:TreatmentCofCdryCage-relatedCmaculardegeneration:ACreview.CClinCExpCOphthalmolC51:835-852,C2003あたらしい眼科Vol.42,No.1,2025C93

硝子体手術のワンポイントアドバイス:260.裂孔原性網膜剝離の術前光干渉断層計所見(初級編)

2025年1月31日 金曜日

260裂孔原性網膜.離の術前光干渉断層計所見(初級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに裂孔原性網膜.離の術前光干渉断層計(opticalcoher-encetomography:OCT)画像を見ると,しばしば網膜外層が高度に屈曲して波うち,その間に網膜分離様の所見が観察される.これはCouterCretinalCcorrugations(ORC)とよばれ,網膜外層に生じる浮腫がその一因と考えられている1,2).C●症例提示60歳,女性.右眼の上耳側やや深部に弁状裂孔を認め,黄斑部にかけて胞状の網膜.離が生じていた(図1a).術前の眼底写真で黄斑部から裂孔周囲にかけて,同心円状の白色の網膜浮腫と思われる所見,いわゆる鮫肌様パターン(shagreenCpattern)を認めた(図1b).OCTでこの部位を撮影すると,網膜の外層は高度に屈曲して波うつような所見を呈し,その間に網膜分離様の所見が観察された(図1c).また,この網膜分離部位がCshagreenpatternに一致していた.硝子体手術による網膜復位後,このCORCは軽快し,矯正視力もC0.1から0.9に改善したが,復位後早期ではCORCが存在した部位のCellipsoidzoneに濃淡が認められた(図2).C●裂孔原性網膜.離のOCT所見裂孔原性網膜.離のCOCT所見については視力経過との関連について多くの報告がなされているが,術前のOCTを評価した報告は比較的少ない.MuniらはCORCの発症リスクとして,網膜.離の進行が早く急速に網膜下腔が液化硝子体に暴露されること,網膜.離がC2日以上継続すること,網膜.離が広範囲であることをあげている.またCORCの発症機序として,網膜外層の弾性率の低下が起こり,網膜外層の浮腫(hydration)と側方拡張性の低下がCORCを引き起こすとしている1).検眼鏡(91)C0910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1右眼の術前眼底写真(a,b)とOCT画像(c)上耳側やや深部に弁状裂孔を認め,黄斑部にかけて胞状の網膜.離が生じていた(a).網膜面には同心円状にCshagreenCpat-ternを認めた(b).OCTで網膜外層に波うち所見が観察され,ORCと考えられた.またCORCの網膜外層肥厚部位は白色病変に一致していた(c).図2右眼の術後OCT画像ORCが存在した部位のCellipsoidzoneに濃淡が認められた.的にめだった網膜皺襞を認めなくても,このCORCが術後に残存し視機能の回復が遅延することがあるので3,4),OCTによる経過観察が適宜必要である.文献1)MuniCRH,CDarabadCMN,COquendoCPLCetal:OuterCretinalCcorrugationsCinCrhegmatogenousCretinaldetachment:theCretinalCpigmentCepithelium-photoreceptorCdysregulationCtheory.AmJOphthalmolC245:14-24,C20232)MeloCIM,CBansalCA,CNaiduCSCetal:MorphologicCstagesCofCrhegmatogenousCretinalCdetachmentCassessedCusingCswept-sourceOCT.COphthalmolRetina7:398-405,C20233)FukuyamaCH,CYagiriCH,CArakiCTCatal:QuantitativeCassessmentCofCouterCretinalCfoldsConCenfaceCopticalCcoher-enceCtomographyCafterCvitrectomyCforCrhegmatogenousCretinaldetachment.SciRepC9:2327,C20194)白木暢彦,白木彰彦,若林卓:網膜.離の画像解析の進歩:OCTによる特徴を踏まえて.眼科65:797-806,C2023あたらしい眼科Vol.42,No.1,202591