‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

網膜の「OCTを読む」

2014年12月31日 水曜日

特集●OCTを読むあたらしい眼科31(12):1763~1770,2014特集●OCTを読むあたらしい眼科31(12):1763~1770,2014網膜の「OCTを読む」AssessmentofRetinalStructuresUsingOCT大音壮太郎*はじめに近年,スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectraldomainOCT:SD-OCT)が広く普及し,今やOCTなしでは高い診療レベルを維持するのがむずかしくなってきている.本稿では,はじめにOCTの読影や解析を行う際に役に立つであろうと思われる基礎的な知識を紹介し,ついで網膜OCT画像の読み方・網膜厚測定方法について述べる.I網膜OCT画像の質を決める因子1.分解能―axialresolutionOCTによる画像の分解能(resolution)は,深さ分解能(axialresolution)とXY面分解能(lateralresolution)に分けられる.眼底に入る光に平行な方向の分解能が深さ分解能である.この方向をZ方向ともいうためZ方向分解能ともいう.一方,眼底に入る光に垂直な面がXY面である.単にOCTの分解能をいうとき深さ分解能をさす場合が多い.OCTの深さ分解能は光源によって決まる.すなわち,光源の波長帯域が広ければ広いほど深さ分解能は高くなる.タイムドメインOCTの時代は深さ分解能が10μm程度であったが,SD-OCTの深さ分解能は3~7μmである.深さ分解能の向上により,網膜外層構造がより詳細に可視化されるようになった.一方,OCTではXY面分解能は高くない.角膜や水晶体の収差がXY面分解能を不良にする最大の因子であり,タイムドメインOCTのXY面分解能は20μm程度であった.これは,SD-OCTになっても変わらない.2.スペックルノイズ(specklenoise)深さ分解能以上にBスキャンの解像力に関係する重要な因子にスペックルノイズがある.スペックルノイズは,レーザー光で物体を照明すると出現する斑点模様のことで,OCTはスペックルノイズに埋もれている画像なのである.OCTにおけるスペックルノイズの影響の大きさ,言い換えるとスペックルノイズを除去するといかに画像が良くなるか,を最初に示したのが,2005年のSanderらの報告である1).粗いOCT2000の画像を9枚加算平均(multipleB-scanaveraging)してスペックルノイズを取り除くとSD-OCT並の画像になり,外境界膜まで描出できることが示された(図1).加算平均処理とはいかなる方法であろうか?画像を重ね合わせ,重ね合わせた枚数で割ると実体は元と変わらないが,虚像であるノイズはランダムであるため,重ね合わせた枚数で除した分だけノイズシグナルは希釈される.しかし,実際には,スペックルノイズを取り除くには,まったく同じ部位でBスキャンを何枚も撮影することが必要であり,撮影速度の遅いタイムドメインOCTでは困難であった.ここで,SD-OCTの高速性が重要となってくる.ここで,加算平均処理においてもう一つ問題になるのは,後述する固視微動である.SD-OCTの撮影速度を*SotaroOoto:京都大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕大音壮太郎:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科眼科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(25)1763 1764あたらしい眼科Vol.31,No.12,2014(26)ンが歪む,あるいはサークルスキャンや放射スキャンにおける中心(中心窩や乳頭中心)がずれる,といった問題が生じ,計測値が同じ日に同じ検者が検査しても数値が異なるリスクがあることである.まして経過観察において,撮影日が異なる,検者が異なる場合,そのリスクはさらに大きい.そして,固視の不良な患者ほどこのリスクは高まる.SD-OCTで高速化し,1枚のBスキャン画像の歪みは解消され,OCT3000と同じスキャンプロトコールを用いる範囲では上記したリスクは解消された.しかしながら,3次元撮影が可能になったことで,ここに新たな固視微動の問題が生じている.すなわち,どのメーカーの製品でも,3次元撮影に2秒程度あるいはそれ以上の時間がかかるため,固視微動による3次元像の歪みが生じる(図2).また,中心窩を中心にして3次元スキャンを行った場合,撮影中の2秒の間に中心がずれたり(図2),スキャン予定範囲をはみ出したりする.すなわち,OCT3000において2次元のBスキャンで起こったのと同じ問題が,SD-OCTでは3次元において起きる.真に3次元を生かすためには,固視微動の問題を解決する必要があり,それには2つの方法がある.一つは,スキャン速度をさらに高速化すること,二つめは,眼球運動を追いかけて(追尾して)スキャンも移動しながら行うこと(eyetracking)である.最初にeyetracking行ったのは,Heidelberg社のHRA-OCTSpectralisで,同時撮影する走査型レーザー検眼鏡(SLO)画像のパターンからX,Y,Zの3方向にeyetrackingを行っている.Topcon社の波長走査型OCT(sweptsourceOCT:SS-OCT)DRIOCT-1は市販OCTのなかで最速のスキャンスピードであり(100,000A-scans/秒),3次元撮影に適している.II正常黄斑部網膜像図3はタイムドメインOCTであるOCT3000の後極部水平断である.図4がSD-OCTであるSpectralisによる後極部の水平断・垂直断で,それぞれ50枚加算平均している.これらは図5のアズール染色をしたヒト眼組織切片と同様の構造を示している.図6は3DOCT-1000による黄斑部6mm×6mmの3次元画像である.もってしても固視の悪い患者では,同一部位でBスキャンを得ることがむずかしく,加算平均処理を行うと,かえってぼやけた画像になってしまう.Heidelberg社のSpectralisは3次元的に固視微動を追尾して撮影するeyetrackingシステムを導入し固視微動の問題を解決し,加算平均処理の成功率を向上させ,100枚重ねることも可能となった.これにより,スペックルノイズが激減した画像をみることが可能になり,実に驚くべき病変の情報が描出されるに至っている.3.固視微動―eyemovement固視微動の問題は,タイムドメインOCTでは,1枚のBスキャン画像の波打つ歪みとして認められた.OCT3000にはアラインメント機能(alignment)があり,網膜色素上皮の高さを揃え直線化することで,歪みを解消していた.より問題となるのは,黄斑部網膜厚や視神経周囲網膜神経線維厚を計測するときに,スキャンライABC図1加算平均処理によるスペックルノイズ除去効果〔文献1)より〕ABC図1加算平均処理によるスペックルノイズ除去効果〔文献1)より〕 あたらしい眼科Vol.31,No.12,20141765(27)2.神経線維層(NFL)神経線維層(nervefiberlayer:NFL)は線維の方向が測定光に対し直角であるために高反射になる.NFLは水平断では非対称となる.黄斑の乳頭よりは厚いNFLを示すのに対し,中心窩の耳側はrapheに相当し,NFLが薄い領域となる.これに対し垂直断では対称な厚みとなる(図4).このため緑内障などでNFLの評価を行うときは,垂直断を用いて読影するのが良い.1.層の反射強度OCT像と組織切片は同様の層状構造を示している.しかし,組織切片で濃染されている顆粒層はOCT像では低反射層になっており,逆に組織切片で淡染された神経線維層と網状層が高反射層になっている(図4,5).網膜では神経線維成分が多いところ(神経線維層,内・外網状層)では反射波が大量に発生する一方,細胞体から構成されている層(神経節細胞層,内・外顆粒層)では反射波の発生が少なく,OCTでは低反射で表現される.ABCVitreousVitreousEllipsoid図4Spectralisにおける正常網膜黄斑部A:水平断.血管(矢頭)によるシャドー(矢印)がみられる.B:垂直断.神経線維層は対称性を示す.C:水平断拡大像.NFL:網膜神経線維層,GCL:神経節細胞層,IPL:内網状層,INL:内顆粒層,OPL:外網状層,ONL:外顆粒層,ELM:外境界膜,IS/OS:視細胞内節外節接合部,RPE:網膜色素上皮,IZ:interdigitationzone,COST:錐体細胞外節先端.AB図2スキャン中心のずれ(A)や固視微動によるスキャンラインのずれ(B)図3OCT3000における正常網膜水平断ILM:内境界膜,IS/OSline:視細胞内節外節接合部,RPE:網膜色素上皮.FoveacentralisChoroidChoroid図5ヒト眼網膜の組織切片NFL:神経線維層,GCL,G:神経節細胞層,IPL:内網状層,N:内顆粒層,H:Henle層,OPL:外網状層,ONL:外顆粒層,IS:視細胞内節,OS:視細胞外節,RPE:網膜色素上皮.〔文献6)より改変〕ABCVitreousVitreousEllipsoid図4Spectralisにおける正常網膜黄斑部A:水平断.血管(矢頭)によるシャドー(矢印)がみられる.B:垂直断.神経線維層は対称性を示す.C:水平断拡大像.NFL:網膜神経線維層,GCL:神経節細胞層,IPL:内網状層,INL:内顆粒層,OPL:外網状層,ONL:外顆粒層,ELM:外境界膜,IS/OS:視細胞内節外節接合部,RPE:網膜色素上皮,IZ:interdigitationzone,COST:錐体細胞外節先端.AB図2スキャン中心のずれ(A)や固視微動によるスキャンラインのずれ(B)図3OCT3000における正常網膜水平断ILM:内境界膜,IS/OSline:視細胞内節外節接合部,RPE:網膜色素上皮.FoveacentralisChoroidChoroid図5ヒト眼網膜の組織切片NFL:神経線維層,GCL,G:神経節細胞層,IPL:内網状層,N:内顆粒層,H:Henle層,OPL:外網状層,ONL:外顆粒層,IS:視細胞内節,OS:視細胞外節,RPE:網膜色素上皮.〔文献6)より改変〕 図63D.OCTにおける正常黄斑部3次元画像左上:3次元画像.右上:EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyで定義されたセクターにおける平均網膜厚.右下:Thicknessmap表示. 図8傾斜によるHenle線維層の可視化:中心性漿液性脈絡網膜症漿液性網膜.離により網膜が傾斜し,Henle層(矢印)が可視化される.図7傾斜によるHenle線維層の可視化網膜面に傾きがないとHenle層は可視化されないが(上),測定光が瞳孔の鼻側もしくは耳側を通ると網膜像が傾斜し,Henle層(矢印)が描出される(中・下).== 図9硬性白斑によるブロック硬性白斑によるブロックのため,矢印内の後方組織は描出されない.図10RPE萎縮部位における脈絡膜信号増強(萎縮型加齢黄斑変性)萎縮型加齢黄斑変性の地図状萎縮部位では,RPEの萎縮により脈絡膜・強膜の信号が増強している(矢印の範囲).図11傾斜による反射強度の減弱(中心性漿液性脈絡網膜症)漿液性網膜.離による傾斜のため,網膜外層の信号強度が減弱しているが,外節欠損はみられない.図12SS.OCTによる深さによる感度減衰がない画像強度近視眼.前方の硝子体から後方の強膜,さらには脂肪組織まで明瞭に描出される. 図13網膜各層の自動セグメンテーションRNFL:網膜神経線維層,GCL:神経節細胞層,IPL:内網状層,INL:内顆粒層,OPL:外網状層,ONL:外顆粒層,IS:視細胞内節,OS:視細胞外節.〔文献5)より改変〕 図14正常黄斑部網膜層厚RNFL:網膜神経線維層,GCL:神経節細胞層,IPL:内網状層,INL:内顆粒層,OPL:外網状層,ONL:外顆粒層,IS:視細胞内節,OS:視細胞外節.〔文献5)より改変〕20~3940~5960~網膜内層網膜外層図15黄斑部網膜層厚の加齢変化網膜内層(NFL~INL)は加齢に伴い菲薄化するが,網膜外層(OPL~OS)は厚みが保たれる.〔文献5)より改変〕

緑内障の「OCTを読む」

2014年12月31日 水曜日

特集●OCTを読むあたらしい眼科31(12):1755.1762,2014特集●OCTを読むあたらしい眼科31(12):1755.1762,2014緑内障の「OCTを読む」GlaucomatousFeaturesObservedbyOCT福地健郎*はじめに光干渉断層計(OCT)が一般臨床の場に広く普及したことによって緑内障診療は大きく変貌した.現在のOCTによる緑内障の観察は大きく3つに分けられる.①視神経乳頭陥凹の計測,②網膜神経線維層,網膜神経節細胞層の計測,③生体顕微鏡として視神経乳頭,網膜変化の観察,である.視神経乳頭陥凹の計測に関しては,HRTによる計測の精度が高く,現在でもHRTを用いた研究が発表されている.そこで,この項では主にOCTによる緑内障眼の網膜神経線維層,神経節細胞層の解析と,生体下での組織観察によってみられる特異的,非特異的な所見について示す.IOCTによる緑内障視神経症(GON)の診断1.測定の原理眼底所見によるGONの診断の鑑別において乳頭所見,特に網膜神経線維層の所見が重要である.視神経乳頭はGONによる臨床的にもっとも特徴的な所見で,診断と発見の機会としてもっとも重要である1,2).しかし,乳頭所見というのはサイズを含めて,個体差が大きく,たとえば近視の影響を受け乳頭が傾斜している例も多い.GONは網膜神経節細胞とその軸索が障害され消失する疾患である.乳頭は組織学的に複雑で,GONで乳頭陥凹拡大には篩状板の後方への弯曲など視神経線維の消失以外の要素が含まれる.したがって,その乳頭陥凹拡大の量的変化による診断や進行判定には限界と問題がある.一方,網膜神経線維層の組織構造はシンプルで,結果的に“厚さ”というパラメータでみた場合,正常範囲(正常値)を設定して,それと比較する方法により適している3,4).現在の後眼部OCTの緑内障への応用はタイムドメイン(TD)方式からフーリエドメイン方式にバージョンアップされ,分解能が20μmから5μmに,さらにスキャン速度が向上したことによって大きく進歩した.網膜の層構造をより鮮明に分離できるようになったことから,乳頭周囲の網膜神経線維層厚の測定精度が向上し,さらに網膜各層の分離が可能になり,黄斑部における網膜神経節細胞に関連した層厚の測定が可能となった.網膜神経節細胞は中心窩付近では重層化しているものの,周辺に向かうに従って単層化し,網膜神経節細胞層を厚みで捉えることができる領域は限局される.そこで先行して開発されたRTVue(Optovue社)では,さらに上下の網膜神経線維層と内網状層を合わせて厚みを計測し,神経節細胞複合体(ganglioncellcomplex:GCC)と称した5).その後の例えば3D-OCT(Topcon社)の黄斑部解析では,RNFL:網膜神経線維層,GCL+:網膜神経節細胞層と内網状層,GCL++:網膜神経線維層と網膜神経節細胞層と内網状層(つまりRTVueのGCC)のように表示している(図1a).最近の研究結果では,GCC,GCL++がもっとも精度が高く視野と良く相関すると報告されている6).黄斑部付近の緑内障性変化は視力を含むいわゆるQOL(qualityoflife,生活の質),*TakeoFukuchi:新潟大学大学院医歯学総合研究科視覚病態学分野〔別刷請求先〕福地健郎:〒951-8510新潟市旭町通一番町754新潟大学大学院医歯学総合研究科視覚病態学分野0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(17)1755 1756あたらしい眼科Vol.31,No.12,2014(18)とHFA24-2のコンビネーション表示,2)黄斑部解析の結果とHFA10-2のコンビネーション表示である.この方法では,それぞれのクラスタ(領域)に応じたOCTによるデータが附属しており,研究的にも有用な方法である.現状においてこのような解析の目的は主に診断である.今後,さらに発展させていくことよって,形態と機能の進行過程が総合的に捉えられる可能性があり,また進行の予測,予後の予測につながっていく可能性がある.今後の展開が期待される.3.OCTによる緑内障診断の問題点OCTによる緑内障診断の問題点として,①OCTの測定は緑内障に関連した網膜層の厚みを測定しているにすぎない.②個体によって網膜層の厚みには大きなバリエーションがある.③同様に正常眼と緑内障眼で比較した場合に,大きなオーバーラップが生じる.④血管を含む領域ではその後方を正確に描出することができない,などがあげられる.QOV(qualityofvision,視覚の質)に大きくかかわっている.OCTによる観察と解析をきっかけに視野に関するわれわれの理解も深まり,総合的に緑内障診療の質は向上した.2.OCT所見と視野所見のコンビネーション緑内障における網膜,視神経乳頭の眼底所見,つまりは「形態」は診断としての重要性が高く,これに対して管理としての意義は限られていた.現在,OCTが普及したことによって,「機能」である視野とともに「形態」による管理が加わり,さらに互いにその情報が相加されることによって,より精度の高いより多彩な臨床情報を取得可能になることが期待されている.乳頭周囲網膜神経線維層厚の判定は,たとえばHumphrey視野24/30-2プログラムの結果に対応し,黄斑部神経節細胞複合体厚の判定は,同じく10-2プログラムの結果に対応する.図2はCarlZeiss社(Oberkochen)のForumGlaucomaWorkPlaceの,1)視神経乳頭部解析の結果ba図1SD.OCTを用いた緑内障診断a:視神経乳頭部解析.b:黄斑部解析.b図1SD.OCTを用いた緑内障診断a:視神経乳頭部解析.b:黄斑部解析.QOV(qualityofvision,視覚の質)に大きくかかわっている.OCTによる観察と解析をきっかけに視野に関するわれわれの理解も深まり,総合的に緑内障診療の質は向上した.2.OCT所見と視野所見のコンビネーション緑内障における網膜,視神経乳頭の眼底所見,つまりは「形態」は診断としての重要性が高く,これに対して管理としての意義は限られていた.現在,OCTが普及したことによって,「機能」である視野とともに「形態」による管理が加わり,さらに互いにその情報が相加されることによって,より精度の高いより多彩な臨床情報を取得可能になることが期待されている.乳頭周囲網膜神経線維層厚の判定は,たとえばHumphrey視野24/30-2プログラムの結果に対応し,黄斑部神経節細胞複合体厚の判定は,同じく10-2プログラムの結果に対応する.図2はCarlZeiss社(Oberkochen)のForumGlaucomaWorkPlaceの,1)視神経乳頭部解析の結果とHFA24-2のコンビネーション表示,2)黄斑部解析の結果とHFA10-2のコンビネーション表示である.この方法では,それぞれのクラスタ(領域)に応じたOCTによるデータが附属しており,研究的にも有用な方法である.現状においてこのような解析の目的は主に診断である.今後,さらに発展させていくことよって,形態と機能の進行過程が総合的に捉えられる可能性があり,また進行の予測,予後の予測につながっていく可能性がある.今後の展開が期待される.3.OCTによる緑内障診断の問題点OCTによる緑内障診断の問題点として,①OCTの測定は緑内障に関連した網膜層の厚みを測定しているにすぎない.②個体によって網膜層の厚みには大きなバリエーションがある.③同様に正常眼と緑内障眼で比較した場合に,大きなオーバーラップが生じる.④血管を含む領域ではその後方を正確に描出することができない,などがあげられる.1756あたらしい眼科Vol.31,No.12,2014(18) ab図2SD.OCTによる形態所見と視野検査による機能所見のコンビネーションa:視神経乳頭部解析とHumphrey視野30-2SITAstandardの結果.b:黄斑部解析とHumphrey視野10-2SITAstandardの結果. 図3SD.OCTによる緑内障診断の際のさまざまなアーチファクト(1)緑内障眼での厚み解析における白内障の影響は大きい症例は66歳,女性で,検診で乳頭陥凹拡大を指摘され精査を希望されて受診した.軽度の乳頭陥凹拡大所見があるが左右は検眼鏡的にほぼ同等であった.左眼に視力は矯正1.0であったが顕著な皮質白内障があった.OCTによる視神経乳頭解析でイメージクオリティーは右眼53に対して左眼35と低いが,許容範囲の30は超えていた(青枠).RNFLcirculartopographをみても右眼に比べて左眼の画像は不鮮明で(赤枠),その結果,神経線維層も著しく菲薄化した所見として描出された. あたらしい眼科Vol.31,No.12,20141759(21)左眼の乳頭写真は不鮮明(赤枠)で,神経線維層は右眼に比べて著しく菲薄化した結果が表示されている.OCT撮影時の瞬目や固視不良も画像と解析結果に影響する.図4は1年以上の間隔をあけて撮影された同一患者の乳頭解析結果である.後の結果では網膜神経線維層厚はまったくの正常範囲として示されている.前の結果のスキャン画像上の網膜層のセグメンテーションをみると部分的に波打っていることに気がつく(矢頭).そこに相当する領域の厚み画像をみると横方向に筋が入っている(矢印).これは瞬目によるアーチファクトと考えられる.現在,OCTのほとんどの機種で補正機能をもっているが,やはり不完全であり,結果を読む際に必ずスキャン画像を見て適切に撮影された画像かを確認することが必要である.II緑内障眼のOCTによる生体下での組織観察OCTの本来の目的は,生体顕微鏡としての観察である.高解像度になったSD-OCT,SS-OCTによる緑内障眼の観察によって,眼底所見と組織構造,組織所見とさに影響する要素がないこと」がある.たとえば網膜前膜(epiretinalmembrane:ERM)は網膜表層の形態を変化させ,当然,神経線維層の形態変化を伴う.黄斑部解析の場合には,黄斑部のスキャン画像を必ず確認し,ERMがないことを確認しなければならない.網膜や乳頭の浮腫性変化によってしばしば神経線維層も肥厚する.続発緑内障ではその原因疾患によってOCTによる観察に適しているかどうか,また結果が原因疾患に修飾されているかもしれないという可能性について考慮することが必要である.たとえば,乳頭浮腫を伴うぶどう膜炎による緑内障の症例で神経線維層の肥厚が検出されたとしても,これはGONの病態とは直接かかわらない変化であり,神経線維の数には変化がない.つまり,機能の変化を反映していない.一方,OCTの撮影条件についても十分に注意することが必要である.たとえば白内障の影響は意外にも大きい.図3は左眼に顕著な皮質白内障を伴った例である.画像の質を表すイメージクオリティ(IQ)は許容範囲と表示されているが右眼よりは低い(青枠).乳頭の眼底所見では両眼ともほぼ同等の乳頭陥凹だが,撮影されたab図4SD.OCTによる緑内障診断の際のさまざまなアーチファクト(2)瞬目,その他による不完全な画像では解析精度が低下する同一患者の2013年2月の所見(a)と,2014年8月の所見(b)である.グリッド表示による結果を比べると,bではまったくの正常範囲として示されている(青枠).RNFLcirculartopographを見比べると,aでは所々で画像の網膜表面に凹凸があるのがわかる(赤枠).また,この凹凸に相当するThicknessmap,Significationmapをみると,aでは横方向の筋状のものが確認される.おそらく測定の際の瞬目によって生じたアーチファクトと考えられる.ab図4SD.OCTによる緑内障診断の際のさまざまなアーチファクト(2)瞬目,その他による不完全な画像では解析精度が低下する同一患者の2013年2月の所見(a)と,2014年8月の所見(b)である.グリッド表示による結果を比べると,bではまったくの正常範囲として示されている(青枠).RNFLcirculartopographを見比べると,aでは所々で画像の網膜表面に凹凸があるのがわかる(赤枠).また,この凹凸に相当するThicknessmap,Significationmapをみると,aでは横方向の筋状のものが確認される.おそらく測定の際の瞬目によって生じたアーチファクトと考えられる. ab図5SS.OCTのEn.faceイメージで観察した網膜神経線維束a:正常眼の網膜神経線維束.b:緑内障眼の網膜神経線維束. 図6緑内障眼の網膜内顆粒層にみられた小.胞状黄斑浮腫 ’-

隅角・虹彩の「OCTを読む」

2014年12月31日 水曜日

特集●OCTを読むあたらしい眼科31(12):1747.1753,2014特集●OCTを読むあたらしい眼科31(12):1747.1753,2014隅角・虹彩の「OCTを読む」OCTImagingofIrisandAngle酒井寛*はじめに光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)は短時間,非接触で撮影が可能であり,前眼部においては虹彩,隅角が描出され,閉塞隅角診断などに用いられる.前眼部OCT以外にも後眼部撮影用のスペクトラルドメインOCTにおいても虹彩,隅角の描出が可能であるが,撮像範囲が狭く,得られる情報は少ない.前眼部OCTでは,1枚の断面に両方の隅角が描出される.また,隅角の生体計測を内蔵ソフトウエアにより行うことが可能である.こうして得られた定量データは,臨床の場でその数字データが使用されることは稀であるが,病態解明のための臨床研究に用いられる.前眼部OCTによる画像診断の主要な目的は隅角閉塞の有無を診断すること,隅角閉塞の機序を推測すること,および緑内障手術など前眼部手術の経過を観察することである.隅角閉塞は虹彩と線維柱帯部の接触として描出されるが,隅角底や強膜岬の判定には主観が入る.経験を積んだ読影者により診断されるのが一般的である.最近,この診断過程を機械学習させ自動診断するソフトウエアが開発,発表されている.すなわち,技術的には非接触かつ短時間での自動隅角検査が可能となっている.一方,前眼部OCT画像から,隅角閉塞機序や病型を診断するためには,経験を積んだ眼科医の目が必要である.また,前眼部OCTでは圧迫検査ができないこと,虹彩の後方が撮影できないことから,隅角鏡検査や超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscope:UBM)検査と組み合わせて用いる必要がある.IOCTによる前眼部撮影の目的と特徴OCTによる虹彩,隅角撮影のおもな目的は,隅角の広さ,閉塞の有無を診断することである.短時間,非接触に行うことのできる検査であり,スクリーニングに使用することも可能な性能を備える.前眼部OCTでは角膜,結膜,強膜,虹彩の全層が描出可能である.水晶体は瞳孔領内の前方部分のみが描出され,虹彩後方の水晶体は描出されない.毛様体は,扁平部の前方は描出されるが,皺襞部は描出されない.現在,眼底用のスペクトラルドメインOCTにおいても,前眼部撮影のできる機能をもつ機種を用いることにより隅角の閉塞が診断可能である(図1).眼底用のOCTを前眼部用に用いる場合,解像度は高いが侵達度が低く,隅角底が描出できない症例が存在するなど,前眼部解析に用いるには難点が存在する.一方,虹彩線維柱帯接触が描出された場合には隅角閉塞の存在は明らかであり臨床上有用である(図1).前眼部OCTは後眼部用よりも長い1.3μmの波長の光源を用いるため,組織侵達度が高く,隅角,虹彩が明瞭に描出される.OCTの撮影方式にはタイムドメインとFourierドメインがある.タイムドメインの前眼部OCTとしてはハイデルベルク社のSL-OCTとZeiss社のVisanteなどが,Fourierドメインにはスウェプトソース方式の前眼部OCTであるトーメー社のSS-1000(CASIA)がある.*HiroshiSakai:琉球大学医学部附属病院眼科〔別刷請求先〕酒井寛:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学医学部附属病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(9)1747 図1スペクトラルドメインOCTを用いた隅角の描出瞳孔を通る水平断(上),耳側(中),鼻側(下)の隅角である.耳側,鼻側ともに隅角は閉塞している.一般に耳側隅角は最も広い部位であり,耳側隅角が閉塞している場合,隅角閉塞の程度は強いと考えられる.図2スウェプトソース前眼部OCTによる隅角3次元像短時間の撮影で3次元画像を構築可能なスウェプトソース前眼部OCTでは,任意の断面での平面像に加えて,隅角内面を回転させながら内側から観察するような動画を表示させる機能もある. 図3タイムドメイン前眼部OCT(低解像度モード)による前眼部画像低解像度モードでは広い描写範囲により,1つの断面上に両方の隅角を描出することが可能である.図4前眼部OCTの高解像度モード上:スウェプトソース前眼部OCTによる隅角.強膜と毛様体の境界やSchlemm管が描出されている.隅角は狭いが虹彩と線維柱帯は接触していない.中:タイムドメイン前眼部OCTによる隅角.Schlemm管は描出されていないが,隅角閉塞は診断可能である.下:タイムドメイン前眼部OCTによる隅角.線維柱帯とその周辺の組織の複屈折性に由来するアーチファクトにより線維柱帯部が白く描出されている. 図5前眼部OCT(高解像度)プラトー虹彩の所見虹彩の後面が平坦で,隅角閉塞がある.図7前眼部OCT(高解像度)による毛様体脈絡膜.離を伴う隅角閉塞原発閉塞隅角症の上方隅角.虹彩裏面は前方に膨隆しており,瞳孔ブロックも存在する.毛様体扁平部に軽度の毛様体脈絡膜.離が存在する.図6前眼部OCT(高解像度)による瞳孔ブロック所見虹彩は薄く,虹彩裏面は前方に膨隆して弯曲していて隅角閉塞がある.図5と同じ眼の同じ部位の隅角であり,ピロカルピンによる縮瞳により瞳孔ブロックが増強した状態である. 図8レーザー虹彩切開術による瞳孔ブロック解除後の前眼部OCT所見虹彩は平坦で前後房の圧較差は解消されている.隅角は左(耳側)は狭いが開放,右(鼻側)は閉塞(虹彩-線維柱帯接触)している.図10周辺虹彩前癒着(PAS)の前眼部OCTPASのない隅角閉塞では虹彩と線維柱帯の接触部における両組織のコントラストは多く2つの組織を区別可能である(上).一方,PASの存在する隅角閉塞では,虹彩と線維柱帯の区別が困難である.図9水晶体再建術前後のプラトー虹彩の前眼部OCT所見厚い虹彩とプラトー虹彩形状による隅角の閉塞(上)は水晶体再建術後(下),水晶体の除去により虹彩が後方に移動することで開放している.虹彩の形状自体はあまり変化がなく,隅角は狭い. 図12前眼部の定量解析図11線維柱帯切除術後の濾過胞の前眼部OCT(高解像度)隅角幅,中心前房深度,水晶体膨隆度などが測定可能である.眼圧コントロールの良い濾過胞の前眼部OCT所見.強膜弁,厚い安全な壁をもった濾過胞が確認できる.術後感染の可能性は低いと判断できる.図13前眼部OCTの限界毛様小帯の脆弱による水晶体前方移動,瞳孔ブロックを合併した隅角閉塞.毛様小帯や周辺部の水晶体が描出されないので,瞳孔ブロック以外は前眼部OCTでは診断できない.こうした続発性の隅角閉塞の鑑別診断には超音波生体顕微鏡(UBM)が欠かせない. あたらしい眼科Vol.31,No.12,20141753(15)angleclosure,itssuspects,andnonoccludableangles:theKumejimaStudy.AmJOphthalmol151:1065-1073,20116)NongpiurME,HeM,AmerasingheNetal:Lensvault,thickness,andpositioninChinesesubjectswithangleclo-sure.Ophthalmology118:474-479,20117)AptelF,DenisP:Opticalcoherencetomographyquanti-tativeanalysisofirisvolumechangesafterpharmacologicmydriasis.Ophthalmology117:3-10,20108)RadhakrishnanS,GoldsmithJ,HuangDetal:Compari-sonofopticalcoherencetomographyandultrasoundbio-microscopyfordetectionofnarrowanteriorchamberangles.ArchOphthalmol123:1053-1059,20059)WangD,PekmezciM,BashamRPetal:Comparisonofdifferentmodesinopticalcoherencetomographyandultrasoundbiomicroscopyinanteriorchamberangleassessment.JGlaucoma18:472-478,2009

光干渉断層計・最近の進歩(総論)

2014年12月31日 水曜日

特集●OCTを読むあたらしい眼科31(12):1741.1746,2014特集●OCTを読むあたらしい眼科31(12):1741.1746,2014光干渉断層計・最近の進歩(総論)RecentAdvanceinOpticalCoherenceTomography板谷正紀*はじめにひとくちに光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)の進歩といっても,実はさまざまな技術が進歩し,その集合体として今日の普及型OCT機器ができあがっている.まず,検出技術が進歩しタイムドメインOCTからスペクトラルドメインOCTになったことがよく知られており,進歩の中心でもあり起爆剤でもあったが,同時に進歩の一部分である.他に,光源の波長幅が広帯域化したことによる深さ分解能が向上してきたこと,眼球の動きを追尾する技術の進歩,ノイズ除去技術の進歩,ミラーイメージ利用によるenhanceddepthimaging,波長1,050nm帯Swept-source光源の使用による高深達OCTなど,枚挙にいとまがない.さらには,われわれが臨床で使用している普及型OCT機器は,反射強度の程度を画像化した強度画像であり,OCTが捉えられる情報の一部にすぎない.現在,偏光情報を捉える偏光OCT,血流のドップラシフトを捉えるドップラOCT,血流という動きあるものを種々の方法で画像化するOCTアンギオグラフィーなど,強度画像以外のOCT技術が臨床の手前まできている.IOCT関連技術進歩の起爆剤となったOCT検出技術の世代交代最初に実用化されたOCTは,タイムドメインOCT(time-domainOCT:TD-OCT)であった.TD-OCTは光波の干渉を実空間(時間領域)で行う.これに対し,光波の干渉をフーリエ空間(周波数領域または波長領域)で行う検出技術をフーリエドメインOCT(FourierdomainOCT:FD-OCT)と呼ぶ.FD-OCTは,波長固定光源と分光器を用いてフーリエ空間で検出するスペクトラルドメインOCT(spectral-domainOCT:SDOCT)とチューナブルレーザ(波長掃引光源)を用いて光源の発信波長を高速に順次切り替えて出力し,点検出器で順次検出する方式をとる波長掃引型OCT(sweptsourceOCT:SS-OCT)とがある.ともに高速化に有利な技術であるが,SS-OCTは光源次第で速度を上げることが可能であり,高速化に有利である.TD-OCTは1回のスキャンにより網膜の1点の情報しか得られないため,深さ方向に1点1点機械的走査(axialscan)を行わねばならない.これに対してSD-OCTは,1回のスキャンにより深さ方向の情報がすべて取得できるため,深さ方向の機械的走査が不要となり,その分だけ高速で,診断情報取得のパフォーマンスは圧倒的となり,TD-OCTからSD-OCTへの世代交代が起き,今日の普及型OCT機器に至る.IISD.OCTの高速スキャンで可能になったことのまとめ1.3次元撮影高速になり黄斑部や視神経乳頭を中心に3次元撮影が可能になった.TD-OCT時代の粗なスキャンでは見逃してしまう微細な病変を3次元スキャンは見逃さない.*MasanoriHangai:埼玉医科大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕板谷正紀:〒350-0495埼玉県入間郡毛呂山町毛呂本郷38埼玉医科大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)1741 図1スペックルノイズ(SpeckleNoise)とは左図は,深さ分解能3μmの正常網膜のBスキャン画像.拡大すると黒い粒状のスペックルノイズが見える.250~100図2スペックルノイズを減らす加算平均法スペックルノイズはBスキャンごとに位置を変えるが,実像(図では花で眼底の例え)は位置を変えない.このため2回Bスキャンを撮影し足して割るとノイズは半分になるが,花は不変である.これを50回,100回と繰り返すとスペックルノイズはほとんど消失する.病変は変化することが多く,まさに一期一会であるが,3次元撮影をしておけばすべての病変の形態情報が記録され,後で見返せる.3次元撮影により,網膜厚や視神経乳頭周囲神経線維厚を再現性良く正確に計測できるようになった.2.スペックルノイズ除去による高精細断層画像OCT断層像の層境界が不鮮明である最大の原因はスペックルノイズと呼ばれるノイズである(図1).同じ部位で何十回と撮影し画像の加算平均(図2)を行うと,スペックルノイズが効果的に除去され,層境界面が明瞭図3スペックルノイズ除去画像50回のBスキャンを加算平均すると,1枚のBスキャンでは観察がむずかしかった神経節細胞層(GCL)が網膜神経線維層(RNFL)と内網状層(IPL)の間に明瞭に観察される.で光学顕微鏡組織のような鮮明な画像になる1,2)(図3).眼球は健常眼でも複雑な固視微動をしているため,速度が遅いOCTでは同一部位で重ね合わせ可能な同一の画像を撮ることがむずかしかったが,高速化により可能になった.スペックルノイズ除去画像が断層像観察の基本となっている.III眼球運動追尾技術この技術は眼球が健常でも複雑に動いているというイメージング上最大の問題を解決した特記すべき技術である.まず,スペックルノイズ除去のための同一部位における同一画像撮影を正確に行うことを可能とした.これにより,100枚でも加算平均化が可能となり,鮮明なBスキャン画像を再構築することができるようになった.また,眼球運動追尾技術は正確な経過観察を可能にした.眼球運動を追尾するために最初の画像が記憶され1742あたらしい眼科Vol.31,No.12,2014(4) 現行のOCT新しい窓光通信www.thorlabs.com現行のOCT新しい窓光通信www.thorlabs.comる.これに基づき,2回目以降の撮影でもまったく同一部位を撮影可能である.これは,特にわずかの菲薄化を捉える必要がある緑内障進行管理で意義が高い.IV強度画像OCTの進歩1.新しいOCT機器「もっと深く」a.Enhanced.depthOCT(EDI.OCT)SD-OCTがもつ反転ミラーイメージを用いて脈絡膜や篩状板などの深部組織の感度を上げることにより観察する方法であり,最初にSpaideらが報告しEnhancedDepthImaging(EDI)と呼んだ.通常の普及型OCT機器では網膜の描出感度を上げるため,参照面が硝子体側に設定されているが,そのミラーイメージの参照面は反対に脈絡膜側にある.そのため深部の感度が向上する.撮影時にOCTの対物レンズを患者眼に近づけていくと,このミラーイメージが現れる.ここで100枚の加算平均を行いスペックルノイズを除去すると脈絡膜や篩状板の描出が著しく改善される3).b.高深達OCT=長波長光源OCT(「もっと速く」)実用化されたOCTの光源の中心波長が800.900nm前後であるため,測定光の多くが網膜色素上皮で吸収されてしまう.その結果,網膜色素上皮下の脈絡膜や病変部の画像が急に不鮮明になる.そこで,OCTの光源としてより長い波長域の応用が考えられてきた.波長が長水への吸収くなるほど組織での吸収が減り深達性が向上するが,逆に水への吸収が増えるため眼底へ届く光量が減るというジレンマがある.できるだけ長波長で水の吸収の谷間として注目されるのが1,050nm前後の光源である(図4).1,050nmは,ほぼ1μmであるため,1μm帯といわれる.1μm帯の光源を用いると脈絡膜や篩状板の描出が著しく改善し測定も可能になった4,5)(図5).他にも,スキャンラインが見えないため被験者がスキャンラインを眼で追わない,白内障など中間透光体での散乱の影響が少ないなどの利点がある.c.波長掃引型OCT(SweptsourceOCT:SS.OCT)(「前も後ろも」)SS-OCTの最大の利点は,深さによる信号低下が少ないことである(図6).SD-OCTは深いほど画像感度が低下する欠点があるため,網膜硝子体を優先すると脈絡膜の感度が低下し,EDI-OCTで脈絡膜を優先すると網膜と硝子体の感度が低下したが,SS-OCTでは,硝子体から脈絡膜まで前後方向に広がる組織や病変の全体像を高感度に描出できる(図7).他に,SD-OCTより高速化が可能である,眼球の動きによる感度低下が少ない,分光器の光検出ロスがないなどの利点がある.現在市販されている唯一のSS-OCT機器であるDRIOCT-1Atlantis(トプコン社)は,上記した1μm帯のSS光源を使用しているため,両方の利点を併せもつことを明記λ=0.8μmλ=1μm網膜網膜色素上皮脈絡膜図4光の波長と水による吸収の関係1μmは長波長帯域のなかで水の吸収の谷間である.(5)あたらしい眼科Vol.31,No.12,20141743 1744あたらしい眼科Vol.31,No.12,2014(6)ことで,2μmの深さ分解能が可能である.しかし,これでは細胞レベルの観察ができなかった.XY面分解能が低いためである.XY面分解能は,普及型OCTでは角膜と水晶体の波面収差が原因で.20μm程度であった.波面収差を除去しクリアな像を得る技術である補償光学を応用して,角膜と水晶体の収差を補正しXY面分解能を向上させる研究が行われてきた.1999年,Roch-ester大学のWilliamsらにより,補償光学を眼底カメラに適用した研究発表6)がNature誌上になされて以来,laserscanningophthalmoscope(SLO)への応用を経て,したい.その結果,脈絡膜の厚みと疾患の関係4)や,強度近視の異常部位である強膜や緑内障の原因の場である篩状板の病態の理解が進んだ5).2.補償光学OCT(AdaptiveopticsOCT:AO.OCT)「細胞レベルに迫る」OCTによる画像の分解能(resolution)は,深さ分解能(axialresolution)とXY面分解能(lateralresolu-tion)に分けられる.OCTの深さ分解能は光源の波長帯域が広いほど高くなる.100nmの広帯域光源を用いる1,050nm840nm図51,050nmと840nmのOCTによる画像の比較左図はSS-OCT方式,右図はSD-OCT方式による.500μm1mm硝子体脂肪組織強膜図7SS.OCTによる画像強度近視眼.深さによる感度減衰がないが少ないため,硝子体から脈絡膜,強膜,さらには脂肪組織まで明瞭に描出される.トプコン社製SS-OCTプロトタイプ機による画像.00.511.522.5深さ(mm)OCT信号強度(対数)840nmSD-OCT1050nmSS-OCT図6深さ方向の距離とOCT信号感度強度の関係SS-OCTは深さによる感度の減衰がない.1,050nm840nm図51,050nmと840nmのOCTによる画像の比較左図はSS-OCT方式,右図はSD-OCT方式による.500μm1mm硝子体脂肪組織強膜図7SS.OCTによる画像強度近視眼.深さによる感度減衰がないが少ないため,硝子体から脈絡膜,強膜,さらには脂肪組織まで明瞭に描出される.トプコン社製SS-OCTプロトタイプ機による画像.00.511.522.5深さ(mm)OCT信号強度(対数)840nmSD-OCT1050nmSS-OCT図6深さ方向の距離とOCT信号感度強度の関係SS-OCTは深さによる感度の減衰がない. =図8OCTアンギオグラフィー画像黄斑部4.5mm×4.5mmの画像. 1746あたらしい眼科Vol.31,No.12,2014(8)roidalthicknessandvolumeinnormalsubjectsmeasuredbyswept-sourceopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci52:4971-4978,20115)TakayamaK,HangaiM,KimuraYetal:Three-dimen-sionalimagingoflaminacribrosadefectsinglaucomausingswept-sourceopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci54:4798-4807,20136)Roorda,A,WilliamsDR:Thearrangementofthethreeconeclassesinthelivinghumaneye.Nature397:520-522,19997)DrexlerW:Cellularandfunctionalopticalcoherencetomographyofthehumanretinathecoganlecture.InvestOphthalmolVisSci48:5340-5351,20078)KleinT,WieserW,EigenwilligCMetal:MegahertzOCTforultrawide-fieldretinalimagingwitha1050nmFourierdomainmode-lockedlaser.OptExpress19:3044-3062,20119)PedersenCJ,HuangD,ShureMAetal:Measurementofabsoluteflowvelocityvectorusingdual-angle,delay-encodedDoppleropticalcoherencetomography.OptLett32:506-508,200710)MakitaS,JaillonF,YamanariMetal:Comprehensiveinvivomicro-vascularimagingofthehumaneyebydual-beam-scanDoppleropticalcoherenceangiography.OptExpress19:1271-1283,201111)ZotterS,PircherM,TorzickyTetal:Visualizationofmicrovasculaturebydual-beamphase-resolveddoppleropticalcoherencetomography.OptExpress19:1217-1227,201112)SpaideRF,KlancnikJMJr,CooneyMJ:Retinalvascularlayersimagedbyfluoresceinangiographyandopticalcoherencetomographyangiography.JAMAOphthalmol,inpress例えば,視反応に伴い視細胞外節ではOCT信号が増加し,視細胞内節ではOCT信号が減少する.これをマッピングすれば,視力に関係する中心窩視細胞層の機能を可視化できる可能性がある.おわりにOCTの進歩を概観した.OCTは眼底疾患や緑内障の診療レベルに格段のレベルアップをもたらした.OCTにより,各疾患分野においてさまざまな新しい情報を読み取れるようになってきた.OCTによりどのようなことがわかるようになったかを各セクションの原稿を読んで理解を深めたい.文献1)HangaiM,YamamotoM,SakamotoAetal:Ultrahigh-resolutionversusspecklenoise-reductioninspectral-domainopticalcoherencetomography.OptExpress17:4221-4235,20092)SakamotoA,HangaiM,YoshimuraN:Spectral-domainopticalcoherencetomographywithmultipleB-scanaver-agingforenhancedimagingofretinaldiseases.Ophthal-mology115:1071-1078,20083)SpaideRF,KoizumiH,PozzoniMC:Enhanceddepthimagingspectral-domainopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol146:496-500,2008.doi:10.1016/j.ajo.2008.05.032.Epub2008Jul17.Erratumin:AmJOph-thalmol148:325,20094)HirataM,TsujikawaA,MatsumotoAetal:Macularcho-

序説:OCTを読む

2014年12月31日 水曜日

●序説あたらしい眼科31(12):1739.1740,2014●序説あたらしい眼科31(12):1739.1740,2014OCTを読むIntroductionofOpticalCoherenceTomographyinOphthalmology岸章治*OCTが1997年に日本に導入されてから17年になる.第1世代のOCTは網膜の層状構造がやっと見える代物であったが,それでも網膜の内部や硝子体界面を可視化することができ,眼底疾患の理解にインパクトを与えた.それからのOCTの進歩は板谷氏の総論を読んでいただきたい.最近のOCTは分解能が向上しただけでなく,スペックルノイズの低減により,精細な断層像が得られるようになった.このため,我々はOCT像が組織切片と同一であると錯覚するようになった.組織切片では,細胞の核は濃染し,メラニン色素も目立って見える.一方,OCTでは核は見えず,メラニンも描出されない.OCT画像とは何か?それは反射信号の分布である.OCTが捕捉するのは,測定光と同軸に戻ってきた反射光だけである.水平線に対し傾斜しているHenle線維層は画像にはほとんど表れないが,測定光を斜めから入れてHenle線維に直角になるようにすると,Henle層はしっかり描出されるようになる.反射信号は屈折率の異なる組織の界面で発生し,急速に減衰する.層状構造をもつ組織では,新たな界面で再び反射信号が生じ,また減衰するのである.細胞は固い細胞膜に包まれ,内部はゾルであり,そこに核やさまざまな小器官がある.測定光は細胞膜で反射するが,細胞内部では反射波が発生しない.UltrahighresolutionOCTで網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)を見ると,反射が発生するのは表面の微絨毛であり,つぎにBowman膜で反射が生じるため,2本の高反射ラインが生じる.一方でRPE内部の核,豊富なメラニン色素,細胞内小器官からは反射信号は生じない.OCTでは細胞膜による異質な界面が多い層(神経線維層,網状層)は高信号で描出され,細胞体からなる顆粒層(神経節細胞層,内外顆粒層)は低信号になるのである.大音氏の「網膜のOCT」では,新しい話題としてellipsoidzoneが取り上げられている.Spaide,Crucioらは,従来の視細胞内節外節接合部(photoreceptorinnersegment/outersegmentjunction:IS/OS)はellipsoidzoneであると主張している.すでに国内外の学会では,多くの演者がそれにならっている.先に挙げたOCT画像の原理から,この提案は間違えであると筆者は考えている.視細胞内節の近位部は粗面小胞体が多い.これをmyoidという.Ellipsoidは遠位部でミトコンドリアの密度がどちらかというと高い.しかし,両者に境界があるわけではない.Ellipsoid説によれば,ゾルに浮遊しているミトコンドリアが高反射を発生することになる.これは考えにくい.一方,外節内節の境界*ShojiKishi:群馬大学大学院医学系研究科病態循環再生学講座眼科学分野0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)1739 -

小児におけるオルソケラトロジーの有効性および安全性の検討

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1727.1730,2014c小児におけるオルソケラトロジーの有効性および安全性の検討箱﨑理花*1稗田牧*2中村葉*2小泉範子*1,2木下茂*2*1同志社大学生命医科学部医工学科*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学EfficacyandSafetyofOrthokeratologyinChildrenRikaHakozaki1),OsamuHieda2),YouNakamura2),NorikoKoizumi1,2)andShigeruKinoshita2)1)TheDepartmentofBiomedicalEngineering,FacultyofLifeandMedicalSciences,DoshishaUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine目的:小児のオルソケラトロジーについて,6カ月間のオルソケラトロジーレンズ装用が角膜に与える効果とその安全性を評価する.対象および方法:対象はオルソケラトロジーレンズを6カ月間装用した小児9例13眼(男性5例,女性4例)である.治療開始年齢は8.12歳であり,平均年齢10.0±1.8歳,開始時自覚等価球面度数.2.31±0.57Dであった.初診時に眼科的異常のないことを確認のうえ,オルソケラトロジーレンズの規格を決定し,レンズの就寝時装用を開始した.定期検診で細隙灯顕微鏡を用いたレンズのフィッティング,角膜上皮障害の有無の確認,また裸眼視力,自覚屈折度数,角膜内皮細胞数,角膜厚,角膜形状を検査した.結果:裸眼視力,等価球面度数ともに治療開始前後で有意差を認めた(p<0.01).角膜内皮細胞密度は治療開始前後で有意差は認めなかった.中央部角膜厚は治療開始前と開始後6カ月で有意差を認めた(p<0.05).角膜前面のbestfitsphere(BFS),中央部elevationともに治療開始前後で有意差を認めた.角膜後面のBFS,中央部elevationともに治療開始前後で有意差は認めなかった.結論:6カ月間におけるオルソケラトロジーは小児に適応しても,角膜内皮細胞への影響は認められず,その変化は成人と同等に角膜前面の変化のみであり,安全で効果的であることが示唆された.Purpose:Toevaluatetheefficacyandsafetyofovernightorthokeratologyinchildren.Methods:Recruitedfor6monthsoforthokeratologywere13eyesof9children(5male,4female);age(mean±standarddeviation):10.0±1.8years;range:8.12years;subjectivesphericalequivalentrefractiveerror:-2.31±0.57D;datefromalleyeswereanalyzed.Thechildrenexhibitednormalocularfindings;overnightlenswearwasinitiated.Lensfitting,cornealepithelialfindings,uncorrectedvisualacuity,subjectivesphericalequivalentrefractiveerror,cornealendothelialcelldensity,cornealthicknessandcornealshapewereinvestigated.Results:Uncorrectedvisualacuityandsubjectivesphericalequivalentrefractiveerrorexhibitedsignificantdifferenceinthetreatmentperiod(p<0.01).Cornealendothelialcelldensitydidnotdecreaseduringthetreatmentperiod.Cornealthicknessatthecenterexhibitedsignificantdifferencebetweenstartoftreatmentandafter6months(p<0.05).Best-fitsphere(BFS)andcentralelevationoftheanteriorsurfaceofthecorneachangedsignificantlyduringthetreatmentperiod.BFSandcentralelevationoftheposteriorsurfaceofthecorneadidnotchangeduringthetreatmentperiod.Conclusions:Cornealendothelialcelldensitydidnotdecreasewithin6months.Changeincornealshapewasseenonlyattheanteriorsurface,asinadults.Ourdatesuggestthat6monthsoforthokeratologyinchildreniseffectiveandsafe.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1727.1730,2014〕Keywords:オルソケラトロジー,角膜内皮細胞,角膜厚,角膜形状.orthokeratology,cornealendothelialcell,cornealthickness,cornealshape.〔別刷請求先〕箱﨑理花:〒630-0101奈良県生駒市高山町8916-5学生宿舎1405Reprintrequests:RikaHakozaki,GakuseiShukusha1405,8916-5Takayamacho,Ikoma,Nara630-0101,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(161)1727 はじめにオルソケラトロジーとは,特殊に設計されたコンタクトレンズ(オルソケラトロジーレンズ)を装用することで,角膜形状を変化させ,屈折異常を矯正することを目的とする角膜屈折矯正療法である.継続的な装用で良好な裸眼視力の維持が見込まれるが,角膜形状の変化は可逆的であり,装用を中止すると角膜形状が戻り,裸眼視力も治療前の状態に戻る1).近年は酸素透過性の高いレンズ素材の開発により,就寝時にレンズを装用し,起床時に裸眼視力の改善をめざす治療が主流である.オルソケラトロジーレンズは角膜中央部をフラット,中間周辺部をスティープに角膜矯正をする.ウサギにオルソケラトロジーを行った報告2)によると,中央部角膜上皮層のみが菲薄化する.レンズによる角膜矯正は角膜実質層に影響を与えないと考えられ,成人に対するオルソケラトロジーの報告3,4)によると,レンズによる角膜形状変化は角膜全体ではなく角膜前面で起こる.オルソケラトロジーは近視矯正法として,世界各国に普及している.特に開発,研究をした米国ではFoodandDrugAdministrationがその安全性を承認している.また,近視進行が抑制されるというmyopiacontrolの報告5,6)があるが,症例数の少なさや個人差があることも報告されている.角膜感染症の問題から,未成年に対するオルソケラトロジーの適応は慎重にするべきと考えられているが,近視進行抑制の効果を期待しアジア各国では小児に対する治療を積極的に行っている.本研究は,報告が少ない小児のオルソケラトロジーについて,6カ月間のオルソケラトロジーレンズ装用が角膜に与える効果とその安全性を評価する.I対象および方法対象は,京都府立医科大学付属病院眼科を受診し,本研究の趣旨,また京都府立医科大学倫理委員会の承認を受けたことを説明したうえで同意を得た9例13眼(男性5例,女性4例)である.治療開始年齢は8.12歳であり,平均年齢10.0±1.8歳,開始時自覚等価球面度数.2.31±0.57Dであった.毛様体筋の調節麻痺下でオートレフケラトメータARK-730A(NIDEK社)による他覚的屈折検査および自覚的屈折検査を行い,自覚的屈折検査値が等価球面度数.1.5D..4.50Dの症例のみを適応とした.他に不同視差が1.5D未満,乱視が1.5D未満,斜視でない,狭隅角でない,眼科の手術歴や眼外傷歴がない,緑内障,糖尿病網膜症,未熟児網膜症,弱視,円錐角膜,ヘルペス角膜炎,乳頭増殖などの眼疾患がない,Marfan症候群,糖尿病などの全身疾患がない,過去にバイフォーカルや累進屈折力の眼鏡またオルソケラトロジーレンズを装用したことがないことを確認した.初診にオルソケラトロジーレンズの規格を決定し,レンズ1728あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014の就寝時装用を開始した.定期検診で細隙灯顕微鏡を用いたレンズのフィッティング,角膜上皮障害の有無の確認,また裸眼視力,自覚屈折度数,角膜内皮細胞数,角膜厚,角膜形状を検査した.裸眼視力が0.6以下の場合,レンズを再度調整した.スペキュラーマイクロスコープEM-3000(Tomey社)で角膜内皮細胞密度を検査した.ペンタカムHR(オクレル社)で中央部角膜厚,角膜前面,後面形状を検査した.角膜厚はオルソケラトロジーレンズが作用している箇所が最も菲薄化するはずであるから,thinnestの値を比較検討した.角膜前面,後面形状は角膜の曲率半径を示すbestfitsphere(BFS)とBFSを基準球面とした高さの差分を示す中央部elevationを比較検討した.対象はペンタカムHRに搭載されている信頼指数の範囲にないデータは除外し,n=13とした.統計学的検討は対応のあるt検定を用いた.II結果治療開始前後の平均裸眼視力,等価球面度数の経過を図1,2に示す.開始前の裸眼視力は0.14,開始後は1日0.35,1週間0.85,1カ月1.06,3カ月1.02,6カ月1.23であった.開始前の裸眼視力の分布は,0.1未満1眼,0.1以上0.3未満12眼であるが,開始後1週間で0.7未満4眼,0.7以上1.0未満4眼,1.0以上5眼であり,開始後1カ月で0.7未満1眼,0.7以上1.0未満3眼,1.0以上9眼であった.開始前の等価球面度数は.2.31±0.57D,開始後は1日.1.51±1.05D,1週間.0.48±0.44D,1カ月.0.29±.0.32D,3カ月.0.40±0.45D,6カ月.0.22±0.29Dであった.裸眼視力,等価球面度数ともに治療開始前と開始後1日以降すべてで有意差を認め(p<0.01),視力の改善がみられた.治療開始前後の角膜内皮細胞密度の経過を図3に示す.開始前の角膜内皮細胞密度は3,057±180.9cells/mm2,開始後は1カ月2,996±184.7cells/mm2,6カ月3,045±195.5cells/mm2であった.治療開始前後で有意差は認めなかった.治療開始前後の中央部角膜厚の経過を図4に示す.開始前の中央部角膜厚は545±21.9μm,開始後は1カ月542±15.3μm,3カ月538±14.6μm,6カ月538±16.9μmであった.治療開始前と開始後6カ月で有意差を認め(p<0.05),中央部角膜の菲薄化がみられた.角膜前面のBFSとelevationを図5,6に示す.開始前の角膜前面のBFSは7.92±0.19mm,開始後は1カ月7.96±0.20mm,3カ月7.94±0.19mm,6カ月7.96±0.20mmであった.開始前の中央部角膜前面のelevationは1.77±1.24μm,開始後は1カ月.3.62±1.50μm,3カ月.4.23±1.54μm,6カ月.4.54±1.90μmであった.BFS,elevationともに治療開始前と開始後1カ月以降すべてで有意差を認めた(p<0.05).角膜後面のBFSとelevationを図7,8に示す.開始前の(162) レンズ装用日数レンズ装用日数治療前1日1週間1カ月3カ月6カ月治療前1日1週間1カ月3カ月6カ月レンズ装用日数治療前1日1週間1カ月3カ月6カ月治療前1日1週間1カ月3カ月6カ月0.11裸眼視力************p<0.01,n=13-3.5-3.0-2.5-2.0-1.5-1.0-0.500.5等価球面度数(D)************p<0.01,n=13図1裸眼視力経過図2等価球面度数経過3,500570560n=13**p<0.05,n=13BFS(mm)角膜内皮細胞密度(cells/mm2)3,000Elevation(μm)角膜厚(μm)5502,5005402,000治療前1カ月6カ月530レンズ装用日数520図3角膜内皮細胞数経過レンズ装用日数*p<0.05,**p<0.01,n=13図4中央部角膜厚経過治療前1カ月3カ月6カ月8.28.18.0*****24治療前1カ月3カ月6カ月**p<0.01,n=13******レンズ装用日数7.907.8-27.7治療前1カ月3カ月6カ月-4レンズ装用日数図5角膜前面BFS経過-6-8角膜後面のBFSは6.39±0.13mm,開始後は1カ月6.38±0.14mm,3カ月6.39±0.13mm,6カ月6.38±0.12mmであった.開始前の中央部角膜後面のelevationは1.08±2.22μm,開始後は1カ月1.31±2.63μm,3カ月1.62±2.47μm,6カ月1.62±2.29μmであった.BFS,elevationともに治療開始前後で有意差は認めなかった.感染症,治療を中止するような重度な角膜障害は生じなかった.また,経過観察中,裸眼視力が0.6以下でありレンズの規格を変更した症例が3例あったが,レンズ変更後良好な裸眼視力を得た.図6角膜前面elevation経過III考察本研究は,オルソケラトロジーが小児に対しても効果的,また安全であるかどうかを検討した.対象の9割が治療開始後1カ月で良好な裸眼視力を得られるとともに,最終的に全員に有効な屈折矯正ができた.また,角膜形状は角膜の前面のみ変化しており,成人と同等の結果となった.(163)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141729 6.6n=135n=1346.53BFS(mm)0治療前1カ月3カ月6カ月6.2治療前1カ月3カ月6カ月-1レンズ装用日数-2Elevation(μm)6.4216.3レンズ装用日数図7角膜後面BFS経過コンタクトレンズ装用の安全性を検討するうえで,角膜障害は重要な要因となる.コンタクトレンズは長時間眼表面を覆うため,酸素供給不足による角膜障害が考えられ,また角膜上皮欠損,レンズの長期装用による角膜内皮細胞密度の減少が起こりうる.本研究では,角膜内皮細胞密度の著しい減少はなく,安全に治療できたと思われる.しかし,スペキュラーマイクロスコープは角膜全体を検査しているわけではなく,中央部の一定の箇所の角膜内皮細胞しか記録してない.経過観察中,角膜内皮細胞密度の値には多少の増減が認められたが,これは撮影条件が違うことによる撮影箇所の違いが原因と考えられる.角膜内皮細胞の著しい減少を判断するには長期的なデータが必要かと考えられた.角膜前面形状はオルソケラトロジー開始後,BFSが大きくなり,角膜がフラットになることがわかった.また,角膜中央部の角膜厚,elevationからも角膜中央部が菲薄化し,BFSの基準面球面より凹面に変化した.このことはオルソケラトロジーレンズにより角膜中央部が圧迫,矯正されたことを顕著に示している.従来の報告と同様に角膜後面形状は変化せず,レンズの矯正は角膜上皮層のみであり,角膜実質層に影響を与えないことが示唆された.オルソケラトロジーは小児に対して,成人と同様な効果を期待できるが,レンズの使用に関してはむずかしい点がみられた.本研究に用いたオルソケラトロジーレンズはハードコンタクトレンズであり,破損しやすい.また,レンズケア方法も個人差があり,現時点では角膜感染症がなかったが,今後長期的な治療を続ける場合,注意すべきである.小児にハードコンタクトレンズ装用,ケアを任せるのは不十分である図8角膜後面elevation経過ため,本研究でも基本的に親の管理下で治療を行ったが,経過観察中の小児の成長とともに自身で行うこともある.小児に対するオルソケラトロジーはレンズ管理が課題ともいえる.今回の検討により,小児に対するオルソケラトロジーは短期的には安全かつ有効であり,その変化は成人と同様であることが示唆された.今後,さらに長期的な有効性と安全性の検討をすることが必要と考えられた.文献1)ChenD,LamAK,ChoP:Posteriorcornealcurvaturechangeandrecoveryafter6monthsofovernightorthokeratologytreatment.OphthalmicPhysiolOpt30:274280,20102)MatsubaraM,KameiY,TakedaSetal:Histologicandhistochemicalchangesinrabbitcorneaproducedbyanorthokeratoligylens.EyeContactLens30:198-204,20043)TsukiyamaJ,MiyamotoY,FukudaMetal:Changesinanteriorandposteriorradiiofthecornealcurvatureandanteriorchamberdepthbyorthoketatology.EyeContactLens34:17-20,20084)YoonJH,SwarbrickHA:Posteriorcornealshapechangesinmyopicovernightorthokeratology.OptomVisSci90:196-204,20135)HiraokaT,KakitaT,OkamotoFetal:Long-termeffectofovernightorthokeratologyonaxiallengthelongationinchildhoodmyopia:a5-yearfollow-upstudy,InvestOphthalmolVisSci53:3913-3919,20126)CharmJ,ChoP:Highmyopia-partialreductionorthok:a2-yearrandomizedstudy.OptomVisSci90:530539,2013***1730あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(164)

裂孔原性網膜剝離術後に黄斑円孔を伴い再発した2症例

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1723.1726,2014c裂孔原性網膜.離術後に黄斑円孔を伴い再発した2症例三野亜希子香留崇堀田芙美香仙波賢太郎三田村佳典徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野TwoCasesofRecurrentRhegmatogenousRetinalDetachmentwithMacularHoleAkikoMino,TakashiKatome,FumikaHotta,KentaroSembaandYoshinoriMitamuraDepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool目的:裂孔原性網膜.離(RRD)術後に黄斑円孔を伴う再.離を生じた2症例を報告する.症例1:54歳,男性,右眼.RRDに対して25ゲージ経毛様体扁平部硝子体切除術(parsplanavitrectomy:PPV)を施行した24日後に黄斑円孔を認め,その23日後RRDの再発を生じた.症例2:57歳,男性,右眼.RRDに対して強膜内陥術を施行した2週間後に黄斑円孔およびRRDの再発を認めた.経過:いずれの症例に対してもPPVを施行し内境界膜.離も行ったが復位しなかった.PPVと輪状締結術,部分バックルを併用して行い復位を得た.結論:RRD術後に黄斑円孔を伴う再.離を生じ,PPV単独では治癒しなかったことから強膜内陥術の併用を考慮する必要があると思われた.Purpose:Wereport2casesofrhegmatogenousretinaldetachment(RRD)thatrecurredwithmacularhole(MH)aftertheinitialsurgery.Casereport:Case1,a54-year-oldmale,underwent25-gaugeparsplanavitrectomy(PPV)withSF6gasinjectionintherighteyeforRRD.At24daysaftertheinitialsurgery,MHwasobserved;RRDrecurred23daysafterthat.Case2,a57-year-oldmale,underwentsegmentalbucklingintherighteyeforRRD;2weekslater,hepresentedwithrecurrentRRDandMH.Findings:BothpatientsunderwentPPVwithinternallimitingmembranepeeling,butretinalreattachmentwasnotachieved.RetinalreattachmentwasachievedafterPPVcombinedwithencirclingandsegmentalbuckling.Conclusion:IncaseofrecurrentRRDwithMH,PPVcombinedwithencirclingandsegmentalbucklingmaybeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1723.1726,2014〕Keywords:裂孔原性網膜.離,黄斑円孔,強膜内陥術,経毛様体扁平部硝子体切除術,再発.rhegmatgenousretinaldetachment,macularhole,scleralbuckling,parsplanavitrectomy,recurrence.はじめに裂孔原性網膜.離(RRD)に対する初回手術では約90%で復位が得られるが1),再発例は難易度が高い.再手術の術式については明確なコンセンサスが得られていないが,近年は結膜への侵襲の少ないスモールゲージ経毛様体扁平部硝子体切除術(parsplanavitrectomy:PPV)の普及と発達に伴いPPV単独が選択される傾向があると思われる.また,黄斑円孔(macularhole:MH)を併発して再.離したRRD症例の報告は少ない2,3).今回筆者らは,RRDの術後にMHを伴って網膜.離が再発した2症例を経験し,いずれもPPV単独では治癒せず,PPVと強膜内陥術の併用が必要だったので報告する.I症例〔症例1〕54歳,男性.主訴:右眼視力低下,下方視野欠損.既往歴:両眼前.下白内障.現病歴:平成24年5月より右眼の下方視野欠損を自覚し,翌日近医を受診し右眼RRDおよび左眼萎縮性網膜円孔を指摘された.左眼に網膜光凝固を施行されたのち,徳島大学眼科を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼20cm手動弁(矯正不能),左眼0.15(0.8×sph.5.00D(cyl.0.75DAx140°).眼圧は右眼10mmHg,左眼13mmHg.右眼は12時方向の格子状変性辺縁に萎縮円孔と9時方向に弁状裂孔があり,1時から6時〔別刷請求先〕三野亜希子:〒770-8503徳島市蔵本町3丁目18-15徳島大学眼科Reprintrequests:AkikoMino,M.D.,DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,3-18-15Kuramoto-cho,Tokushima770-8503,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(157)1723 の領域を除く耳側に黄斑を含む丈の高い網膜.離を認めた.硝子体混濁を伴っており,増殖硝子体網膜症gradeAと診断した(図1).治療経過:初診翌日25ゲージPPV,白内障手術を行った.液体パーフルオロカーボンは使用しなかった.20%SF6(六図1症例1の初診時眼底写真(右眼)上方の格子状変性辺縁に萎縮円孔と耳側に弁状裂孔があり,黄斑を含む胞状の網膜.離を認めた.ab図2症例1の初回術後24日の所見網膜は復位しているが,黄斑円孔を生じている.a:眼底写真.b:光干渉断層計像.フッ化硫黄)によるガスタンポナーデを行い手術を終了した.術後に網膜は復位したが,術後20日目の受診時右眼に黄斑円孔を認めた(図2a,b).術後41日目診察時,下方に網膜.離を生じており前回手術時に行った網膜光凝固斑に一致する小裂孔を複数認めた(図3a,b).初回手術後46日目に25ゲージPPVを行い,インドシアニングリーンを用いて黄斑周囲の内境界膜.離,シリコーンオイルタンポナーデを行った.術後黄斑円孔は閉鎖せず,下方に網膜.離も残存したため,初回手術後161日目25ゲージPPVおよび強膜内陥術を行った.輪状締結術および下方4時から8時にかけて円周バックルを縫着し,14%C3F8(八フッ化プロパン)によるガスタンポナーデを行った.術後網膜.離は治癒したが,MHは開存している.視力の改善は見込めないと判断し,追加手術は行っていない.最終手術1年後右眼矯正視力は(0.2)である.〔症例2〕57歳,男性.主訴:右眼視力低下.既往歴:なし.現病歴:平成22年10月から右眼視力低下を自覚し,近医でRRDを指摘され,徳島大学眼科を受診した.初診時所見:視力は右眼30cm手動弁(0.01×sph+18.00D),左眼1.5(矯正不能).眼圧は右眼14mmHg,左眼18ab図3症例1の初回術後41日の所見黄斑円孔に加え網膜.離の再発を認める.意図的裂孔に対して行われた眼内光凝固が過凝固となっている.a:眼底写真.b:光干渉断層計像.1724あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(158) mmHg.眼軸長は右眼22.92mm,左眼22.79mmであった.右眼に黄斑を含む耳側半周の網膜.離を認めた.耳上側周辺部網膜に硝子体が強固に癒着した部分があり,その周囲に小さな円孔を6つ認めた.後部硝子体.離は中間周辺部で止まっており,周辺部は広範に硝子体の癒着が観察された(図4).治療経過:初診2日後に強膜内陥術を施行した.冷凍凝固および排液を行い,10時から1時方向に円周バックルを縫着した.術後残存した網膜下液は順調に吸収された.術後13日目の受診時,初回手術時の原因裂孔部分を含む耳側の網膜.離再発を認め,MHも生じていた(図5a,b).初回手術後18日目に20ゲージPPV,白内障手術を施行した.インドシアニングリーンを用いて黄斑周囲の内境界膜を.離した.網膜光凝固を追加し,12%C3F8ガスタンポナーデを行った.術後MHは閉鎖したが耳側および下鼻側周辺部に網膜下液が残存した.初回手術後68日目の受診時,MHは閉鎖したまま黄斑を含めて.離していたため(図6a,b)初ab図5症例2の初回術後13日の所見a:眼底写真.耳側から上方にかけて網膜.離の再発を認め,黄斑円孔を伴っている.b:光干渉断層計像.黄斑円孔周辺には増殖膜や硝子体による直接牽引を認めない.図4症例2の初診時眼底写真(右眼)黄斑を含む耳側半周の網膜.離を認め,耳上側周辺部に小さな円孔を6つ認めた.ab図6症例2の初回術後68日の所見a:眼底写真.2回目の再.離を認め黄斑部を含んでいるが,黄斑円孔はみられない.b:光干渉断層計像.黄斑部に網膜.離が及んでいるが,黄斑円孔の閉鎖は保たれている.(159)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141725 回手術後74日目に20ゲージPPVおよび強膜内陥術を施行した.シリコーンタイヤによる輪状締結術および耳側の5時から1時にかけて円周バックルを縫着し,シリコーンオイルタンポナーデを行った.術後,網膜は復位しMHも再発しなかった.初回手術後319日目にシリコーンオイルを抜去し現在まで経過観察している.最終手術の2年後右眼矯正視力は(0.07)であるII考按網膜.離の術後再発に対してどのような術式を選択するかについて明確な基準は定められていない.PPV単独とPPV・強膜内陥術の併用では手術成績に差はないとの報告がある4)ものの,症例ごとの病態に応じ慎重に検討する必要がある.硝子体牽引力が強いと予想される症例や,多発する網膜裂孔,広範な変性巣がある症例については特に輪状締結術の併用を検討するべきという指摘がある5).RRDの術後,0.32.2.0%の症例で残存硝子体の有無にかかわらずMHが生じることが知られており,内境界膜.離を併用した硝子体手術により約80%の症例で閉鎖が得られたと報告されている6.8).しかし,MHと網膜.離の再発が合併した症例の報告は少なく,Girardらの報告2)では初回の硝子体手術または網膜復位術の後6カ月以降に再発した51例中の1症例,田中らの報告3)では初回の硝子体手術の後に増殖硝子体網膜症gradeCとなった症例27例中の1症例がMHと再.離の合併例であったと報告されている.症例1は硝子体手術後で,明らかな網膜前膜などを認めないにもかかわらずMHを生じ,その後新たな周辺部裂孔を伴って再.離した.初回手術時にアーケード内に作製した意図的裂孔に対する眼内光凝固が過凝固となり同部位に瘢痕増殖が生じ接線方向の牽引によってMHが形成された可能性が考えられる.再発時の原因裂孔がMHなのか,周辺部の裂孔なのかは不明である.MHの形成に意図的裂孔に対する光凝固部位の瘢痕収縮が関与したのであれば,その牽引が強くなりMHから再.離した可能性は排除できない.一方,周辺部裂孔が原因であった可能性を支持する根拠としては網膜.離術後に発生する黄斑円孔で網膜.離の再発が合併するのは稀であること,また,本症例は中等度近視眼であり後部ぶどう腫や網脈絡膜萎縮を伴っていなかったことなどが挙げられる.RRDが硝子体手術後に再発する原因には,周辺部硝子体の不完全な切除や,薄い硝子体皮質の取り残しが指摘されている3,9).また,下方周辺部にははっきりとした網膜上の増殖膜形成を認めなかったが,網膜下に色素沈着を伴っていたことから,網膜下に軽度の線維増殖が生じていた可能性もある.ただし,術中にはっきりした網膜下増殖はみられなかったことから,これらの軽度の網膜下増殖による牽引が1726あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014原因となって下方周辺部の裂孔形成および網膜.離の再発に至ったかどうかは不明である.症例2は強膜内陥術後,初発時と同じ部位に再.離を生じるとともにMHを生じていた.術後早期に黄斑円孔が生じる原因として,黄斑.離に伴う黄斑部網膜の萎縮性変化や初回手術時の直接的な黄斑部への侵襲が挙げられている7).本症例の初発時には黄斑.離はあったものの,初回手術は強膜内陥術であり黄斑へ直接的侵襲は加わっていないこと,眼軸は正常範囲内であることから黄斑部網膜が脆弱となる要因は乏しい.そのため周辺部への硝子体牽引がバックル効果を上回って網膜.離が再発した際に,黄斑に周辺部網膜からの牽引が加わってMHを生じた可能性が高いと考えている.いずれの症例も,PPV単独での再手術ではMHは閉鎖せず,網膜.離も再発した.部分バックルと輪状締結術を併用したPPVが必要であった.輪状締結術は郭清しきれなかった硝子体牽引や網膜の収縮を緩和する効果がある.MH形成との因果関係は証明できないものの,これら2症例では硝子体の牽引が非常に強かったことが示唆された.RRD術後にMHを伴って再.離を生じた場合,再手術時にはPPVと部分バックル,輪状締結術を併用したほうがよい可能性がある.今後,類似症例の蓄積によって再手術の術式についてのより詳細な知見を得たいと考えている.文献1)田川美穂,大島寛之,蔵本直史ほか:天理よろづ相談所病院における10年間の裂孔原性網膜.離手術成績.眼臨紀5:832-836,20122)GirardP,MayerF,KarpouzasI:Laterecurrenceofretinaldetachment.Ophthalmologica211:247-250,19973)田中住美,島田麻恵,堀貞夫ほか:硝子体手術既往のある増殖性硝子体網膜症における残存硝子体皮質.臨眼63:311-314,20094)RushRB,SimunovicMP,ShethSetal:Parsplanavitrectomyversuscombinedparsplanavitrectomy-scleralbuckleforsecondaryrepairofretinaldetachment.OphthalmicSurgLasersImagingRetina44:374-379,20135)塚原逸朗:〔理に適った網膜復位術〕OnePointAdvice輪状締結は必要か.眼科プラクティス30:94-95,20096)ShibataM,OshitariT,KajitaFetal:DevelopmentofmacularholesafterrhegmatogenousretinaldetachmentrepairinJapanesepatients.JOphthalmol:740591,20127)FabianID,MoisseievE,MoisseievJetal:Macularholeaftervitrectomyforprimaryrhegmatogenousretinaldetachment.Retina32:511-519,20128)矢合隆昭,柚木達也,岡都子ほか:硝子体手術後の続発性黄斑円孔の3例.眼臨紀4:772-776,20119)池田恒彦:網膜硝子体疾患治療のDON’T硝子体手術.眼臨紀2:820-823,2009(160)

網膜下出血を伴って新たな線条が出現した網膜色素線条の1例

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1717.1721,2014c網膜下出血を伴って新たな線条が出現した網膜色素線条の1例小池直子*1尾辻剛*1正健一郎*1津村晶子*1西村哲哉*1髙橋寛二*2*1関西医科大学附属滝井病院眼科*2関西医科大学附属枚方病院眼科AcuteNewStreakFormationinPatientwithRetinalAngioidStreakswithoutOcularTraumaNaokoKoike1),TsuyoshiOtsuji1),KenichiroSho1),AkikoTsumura1),TetsuyaNishimura1)andKanjiTakahashi2)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital目的:網膜色素線条(angioidstreaks:AS)はBruch膜が脆弱であるため軽微な外傷により容易にBruch膜の断裂による網膜下出血をきたすことがあると報告されている.今回筆者らはASの経過観察中に外傷などの誘因なく両眼性に新たな線条形成と網膜下出血をきたした症例を経験した.症例:59歳,男性.左眼矯正視力0.8.約2カ月前からの左眼変視を主訴に関西医科大学附属滝井病院眼科初診となった.両眼に視神経乳頭からその周囲へ黒褐色の線条が地割れ様に赤道部に向かって放射状に伸びておりASと診断された.初診から6年後の定期受診時,左眼矯正視力は0.7で自覚症状に変化はなかったが,両眼に新たな色素線条の出現とその走行に一致した網膜下出血を認めた.考察と結論:外傷の既往なく網膜下出血をきたしたASの症例を経験した.本症例では外傷以外の何らかの原因により後極部が伸展され,Bruch膜に亀裂が入りその深部の脆弱化した脈絡膜毛細血管から出血したものと考えられた.Purpose:Angioidstreaks(AS)arecausedbycracksinthecollagenousandelasticlayersofBruch’smembrane.WereportacaseofASshowingtheformationofnewstreakswithsubretinalhemorrhage(SRH)inbotheyes,andnohistoryofblunttrauma.Case:A59-year-oldmalewasadmittedtoourcliniccomplainingofdeterioratedvisioninhislefteye.Funduscopicexaminationrevealedirregulardarkredlinesradiatingtowardtheretinalperipheryinbotheyes;thepatientwasdiagnosedwithAS.Sixyearsafterhisfirstvisit,newstreakswithSRHappearedinbotheyes,withouthistoryoftrauma.Discussion:PatientswithASarereportedlypronetodevelopSRHafteroculartrauma,duetothefragilityofthechoriocapillaries;ourpatient,however,hadnohistoryoftrauma.ThiscasedemonstratesthatnewstreakswithSRHcanoccurinASpatientswithouttraumatichistory.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1717.1721,2014〕Keywords:網膜色素線条,網膜下出血,自然経過.angioidstreaks,subretinalhemorrhage,naturalcourse.はじめに網膜色素線条(angioidstreaks:AS)は,1889年にDoyneにより初めて報告された1),全身の弾性線維の変性を生じる全身系統的疾患であり,弾力線維性仮性黄色腫2)やPaget病3,4)との関連が報告されている.眼合併症としては,視神経乳頭から周辺部に向かって放射状に不規則な茶褐色の線条が認められる疾患である.病理学的にはBruch膜の構成成分である弾性線維にカルシウムが沈着しBruch膜全体が肥厚して断裂している5).ASではしばしば脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)を伴うことがある.またASはBruch膜が脆弱であるため外傷により容易にBruch膜の断裂による網膜下出血をきたすことがある6).ASは通常無症候性であることが多く,検診などにより偶然見つけられることも多いが,これらの合併症をきたすと重篤な視力低下につがることがある.頭部外傷を受けたAS患者のうち15%に網膜下出血による著明な視力低下を認めたと報告〔別刷請求先〕小池直子:〒570-8507大阪府守口市文園町10-15関西医科大学附属滝井病院眼科Reprintrequests:NaokoKoike,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,10-15Fumizono-cho,Moriguchi,Osaka570-8507,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(151)1717 されている7).今回筆者らはASの経過観察中に外傷などの誘因なく両眼性に新たな線条形成と網膜下出血をきたした症例を経験したので報告する.I症例患者:59歳,男性.初診日:平成19年4月9日.主訴:左眼変視.現病歴:約2カ月前からの左眼変視を主訴に関西医科大学附属滝井病院眼科(以下当科)初診となった.既往歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼0.9(1.2×sph+0.5D(cyl.1.0DAx90°),左眼0.4(0.8×sph+0.5D(cyl.1.0DAx95°).眼圧は右眼16mmHg,左眼14mmHgであった.眼底検査で両眼に視神経乳頭からその周囲へ黒褐色の線条が地割れ様に赤道部に向かって放射状に伸びていた.左眼には網膜下出血を伴うCNVを認め,梨地状眼底と思われる後極部から赤道部の眼底の色調異常を認めた(図1).蛍光眼底造影(fluoresceinangiography:FA)では,両眼とも早期から線条の部はwindowdefectによる過蛍光を示した.左眼には網膜下出血による蛍光ブロックと中心窩にclassicCNVの所見を認めた(図2).光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では左眼に2型CNVの所見とわずかに漿液性網膜.離を認めた.右眼には異常所見は認めなかった(図3).経過:検査所見よりASと診断し,左眼CNVに対し光線力学的療法を2回施行し2カ月後にはCNVは瘢痕化し,左眼矯正視力は0.4で安定した.その後左眼は経過良好であったが,初診から14カ月後右眼に漿液性網膜.離を伴うCNVが出現した.この際の右眼矯正視力は0.9であった.当院倫理委員会承認のもとで患者の同意を得て,右眼にベバシズマブ硝子体内投与を2回,ラニビズマブ硝子体内投与を3回施行し,滲出は停止したため,経過観察を行った.初診から3年後の矯正視力は右眼0.7,左眼0.5であった.初診から6年後,平成25年4月15日の定期受診時,矯正視力は右眼1.5,左眼0.7で自覚症状に変化はなかったが,両眼に新たな色素線条の出現とその走行に一致した網膜下出血を認めた.頭部外傷や眼球打撲の既往はなかった.新たな色素線条はCNVに連なるか,視神経乳頭から放射状に数カ所認められた(図4).FAでは両眼に網膜下出血による蛍光ブロックと黄斑部に線維瘢痕化したCNVによる過蛍光を認めた.新たな線条はFAでははっきりしなかった(図5).OCTでは網膜下出血の高反射を認めたが,線条そのものは描出されなかった(図6).出血から3カ月後,両眼とも網膜下出血は消退し,出血のあった部位に線条が確認された(図7).最終経過観察時の矯正視力は右眼1.5,左眼0.8であった.II考按現在までにASに網膜下出血を発症した症例は報告されているが,その多くは眼球への鈍的直達外傷が誘因となったものである6,8,9).Pandolfoらは,初めて眼球への直達外傷でなく左側頭部の打撲により網膜下出血をきたした症例を報告した10).また,受傷の程度についてはボールによる眼球打撲およびおよび喧嘩での打撲といった重度のものが報告されていたが6,8.10),その後Alpayらは,頭部の比較的軽微な外傷により網膜下出血をきたし視力低下につながった症例を報告している11).どの症例においても間接的あるいは直接的な外傷ab図1初診時眼底a:右眼.視神経乳頭からその周囲へ黒褐色の線条が地割れ様に赤道部に向かって放射状に伸びていた(矢印).b:左眼.地割れ様の線条(矢印)と梨地状眼底を認めた.黄斑部には網膜下出血を伴う脈絡膜新生血管(CNV)を認めた.1718あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(152) abcdabcd図2初診時蛍光眼底造影(FA)a:右眼FA早期.線条の部はwindowdefectによる過蛍光を示した.b:右眼FA後期.線条部の過蛍光を認めた.c:左眼FA早期.線条の部はwindowdefectによる過蛍光を示した.網膜下出血による蛍光ブロックと中心窩に境界鮮明なCNVによる過蛍光を認めた.d:左眼FA後期.CNVからの蛍光漏出を認めた.ab図3初診時光干渉断層計(OCT)a:右眼.異常所見は認めなかった.b:左眼.網膜下に高反射を示すCNV所見とわずかに網膜.離を認めた.が誘因となっており本症例のように外傷の誘因なく発生したある10).このため,たとえごく初期のASであっても,またものはなかった.また,現在までの報告では出血の程度は症ごく軽微な外傷であっても網膜下出血による著明な視力低下例によりさまざまであった.色素線条に沿って多発性にみらをきたす可能性があることを指摘している10).本症例では外れたもの8)から視神経乳頭周囲に広範囲に認めたもの6,10,11)傷の既往がないことから,その原因を明らかにするのは困難もあった.ASにおいて外傷により網膜下出血が発症する機ではあるが,たとえば,痒みのため眼を強く擦った,就寝時序については明らかにされていないが,ASではBruch膜のの腹臥位による眼球の圧迫,怒責によるValsalva刺激など変性により脈絡膜毛細血管板が脆弱化しているという報告がにより眼底後極部が伸展され,そのためにBruch膜に亀裂(153)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141719 abab図4初診から6年後の眼底a:右眼,b:左眼.両眼とも新たな色素線条の出現と網膜下出血を認めた(矢印).abcd図5初診から6年後のFAa:右眼早期,b:右眼後期,c:左眼早期,d:左眼後期.両眼とも網膜下出血による蛍光ブロックと黄斑部の線維瘢痕化したCNVの組織染による過蛍光を認めた.新たな線条は明瞭ではなかった.が入り,その深部の脆弱化した脈絡膜毛細血管から出血が発見がごく軽度のものであっても,また外傷の誘因がなくても生したものと思われる.網膜下出血の出現による視力低下をきたす可能性があるので以上,筆者らは外傷の既往なく新たな線条の出現と網膜下注意を要する.出血をきたしたASの症例を経験した.ASではその眼底所1720あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(154) ba図6初診から6年後のOCTa:右眼,b:左眼.両眼とも網膜下出血の高反射を認めた.その深部に線条そのものは描出されなかった.ab図7出血吸収後(3カ月後)の眼底a:右眼,b:左眼.両眼とも網膜下出血は吸収し,出血のあった部位に線条を認めた(矢印).文献1)DoyneRW:Choroidalandretinalchanges.Theresultsofblowsontheeyes.TransOphthalmolSocUK9:128,18892)ConnorPJJr,JuergensJL,PerryHOetal:Pseudoxanthomaelasticumandangioidstreaks.Areviewof106cases.AmJMed30:537-543,19613)DabbsTR,SkjodtK:PrevalenceofangioidstreaksandotherocularcomplicationsofPaget’sdiseaseofbone.BrJOphthalmol74:579-582,19904)GassJD,ClarksonJG:AngioidstreaksanddisciformmaculardetachmentinPagetsdisease(osteitisdeformans).AmJOphthalmol75:576-586,19735)猪俣猛:網膜色素線条と弾性線維性仮性黄色腫.眼の組織・病理アトラス(猪俣猛編・著),p318-319,医学書院,20016)BrittenMJ:Unusualtraumaticretinalhaemorrhagesassociatedwithangioidstreaks.BrJOphthalmol50:540542,19667)GeorgalasI,PapaconstaninouD,KoutsandreaCetal:Angioidstreaks,clinicalcourse,complications,andcurrenttherapeuticmanagement.TherClinRiskManag5:81-89,20098)LevinDB,BellDK:Traumaticretinalhemorrhageswithangioidstreaks.ArchOphthalmol95:1072-1073,19779)TurutP,MalthieuD,CourtinJ:Neovascularchoroidmembraneandtraumaticchoroidruptureinapatientwithangioidstreaks[inFrench].BullSocOphtalmolFr82:591-594,198210)PandolfoA,VerrastroG,PiccolinoFC:Retinalhemorrhagesfollowingindirectoculartraumainapatientwithangioidstreaks.Retina22:830-831,200211)AlpayA,CaliskanS:Subretinalhemorrhageinasoccerplayer:acasereportofangioidstreaks.ClinJSportMed20:391-392,2010(155)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141721

小切開硝子体手術における術中サンプル収集方法の検討

2014年11月30日 日曜日

1706あたらしい眼科Vol.4101,211,No.3(00)1706(140)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(11):1706.1710,2014cはじめに眼科領域においては硝子体手術の適応となる網膜・硝子体疾患は多様であり,わが国では年間に10万件以上もの硝子体手術が行われている1).かつて硝子体手術は20ゲージ(20G)硝子体手術が主流であったが2),2002年以降,小切開硝子体手術(microincisionvitrectomysurgery:MIVS)である25ゲージ(25G)硝子体手術システムが確立され3),また,2005年には23ゲージ(23G)硝子体手術システムなど〔別刷請求先〕兼子裕規:〒466-8550愛知県名古屋市昭和区鶴舞町65番地名古屋大学大学院医学系研究科眼科学Reprintrequests:HirokiKaneko,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NagoyaUniversityGraduateSchoolofMedicine,65Tsuruma-cho,Showa-ku,Nagoya466-8550,JAPAN小切開硝子体手術における術中サンプル収集方法の検討黒川幸延*1,2兼子裕規*1浅見哲*1岩瀬剛*1寺崎浩子*1*1名古屋大学大学院医学系研究科眼科学講座*2市立四日市病院眼科AssessmentforCollectingVitreoretinalTissuesinMicroincisionVitrectomySurgeryYukinobuKurokawa1,2),HirokiKaneko1),TetsuAsami1),TakeshiIwase1)andHirokoTerasaki1)1)DepartmentofOphthalmology,NagoyaUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,YokkaichiMunicipalHospital目的:クロージャーバルブ付きトロカールを使用した小切開硝子体手術時(MIVS)における網膜硝子体組織採取の方法について検討する.対象および方法:23ゲージ(23G)もしくは25ゲージ(25G)クロージャーバルブ付きトロカールを用いてMIVSを行った26眼に対し,以下の3種類の組織採取方法を用いて組織採取の可否を検討した.①25Gもしくは23G硝子体鑷子で把持し,組織を把持したままトロカールを通過させ眼外に摘出する,②トロカールを抜去,もしくは新規の強膜創を作製し,トロカールを介さない状態で眼外に摘出する,③収納可能なVitSweeperTM(RB-700,イナミ社)を用いて眼外に摘出する.結果:①の方法で25GMIVSを行うと全例で組織採取が困難であった.②の方法では比較的組織採取が可能であったが,手術途中でトロカールを抜去することによる合併症などが懸念された.③の方法では25GMIVSでも組織を採取することが可能であったが,増殖膜など比較的固い組織の採取は困難であった.結論:増殖膜など比較的強固な組織を摘出する場合は,結膜を計画的に切開したうえで23GMIVSを用い,把持したまま組織の摘出を試みるか,仮に摘出できなくてもトロカールごと抜いて摘出する手技が有効である.内境界膜など柔らかい組織の採取には,25GMIVSを通常どおり採用し,トロカールは経結膜的に留置したうえでVitSweeperTMを用いた組織採取が可能である.Purpose:Toassessappropriatemethodsofcollectingvitreoretinaltissuesduring23-gauge(23G)or25-gauge(25G)closurevalve-equippedmicroincisionvitrectomysurgery(MIVS).Methods:Weassessedthreedifferentmethodsofcollectingtissuesduring23Gor25Gclosurevalve-equippedMIVS.Subjectswere26eyeswithvariousvitreoretinaldiseases,fromwhichtissueswereremovedduringsurgery.Results:Inclosurevalve-equipped23GMIVS,withdrawalofthetrocar,followedbyforcepsremovalthroughthescleralincision,enabledcollectionofvitreoretinaltissues.In25GMIVS,vitreoretinaltissueswerenotsuccessfullycollectedwhenpulledthroughatrocarwithaclosurevalve.UseofaVitSweeperTMenabledsuccessfulcollectionoftissuesinclosurevalve-equipped25GMIVSonlywhenthetissueswererelativelysoft.Conclusions:Thenewtechnique,usingaVitSweeperTMtocollecttissuesduring25Gclosurevalve-equippedMIVS,isusefulonlywhenremovingrelativelysoftvitreoretinaltissues.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1706.1710,2014〕Keywords:小切開硝子体手術,クロージャーバルブ付きトロカール,VitSweeperTM,網膜硝子体組織採取.mi-cro-incisionvitrectomysurgery(MIVS),closurevalve-featuredtrocar,VitSweeperTM,collectingvitreoretinaltis-sues.(00)1706(140)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(11):1706.1710,2014cはじめに眼科領域においては硝子体手術の適応となる網膜・硝子体疾患は多様であり,わが国では年間に10万件以上もの硝子体手術が行われている1).かつて硝子体手術は20ゲージ(20G)硝子体手術が主流であったが2),2002年以降,小切開硝子体手術(microincisionvitrectomysurgery:MIVS)である25ゲージ(25G)硝子体手術システムが確立され3),また,2005年には23ゲージ(23G)硝子体手術システムなど〔別刷請求先〕兼子裕規:〒466-8550愛知県名古屋市昭和区鶴舞町65番地名古屋大学大学院医学系研究科眼科学Reprintrequests:HirokiKaneko,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NagoyaUniversityGraduateSchoolofMedicine,65Tsuruma-cho,Showa-ku,Nagoya466-8550,JAPAN小切開硝子体手術における術中サンプル収集方法の検討黒川幸延*1,2兼子裕規*1浅見哲*1岩瀬剛*1寺崎浩子*1*1名古屋大学大学院医学系研究科眼科学講座*2市立四日市病院眼科AssessmentforCollectingVitreoretinalTissuesinMicroincisionVitrectomySurgeryYukinobuKurokawa1,2),HirokiKaneko1),TetsuAsami1),TakeshiIwase1)andHirokoTerasaki1)1)DepartmentofOphthalmology,NagoyaUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,YokkaichiMunicipalHospital目的:クロージャーバルブ付きトロカールを使用した小切開硝子体手術時(MIVS)における網膜硝子体組織採取の方法について検討する.対象および方法:23ゲージ(23G)もしくは25ゲージ(25G)クロージャーバルブ付きトロカールを用いてMIVSを行った26眼に対し,以下の3種類の組織採取方法を用いて組織採取の可否を検討した.①25Gもしくは23G硝子体鑷子で把持し,組織を把持したままトロカールを通過させ眼外に摘出する,②トロカールを抜去,もしくは新規の強膜創を作製し,トロカールを介さない状態で眼外に摘出する,③収納可能なVitSweeperTM(RB-700,イナミ社)を用いて眼外に摘出する.結果:①の方法で25GMIVSを行うと全例で組織採取が困難であった.②の方法では比較的組織採取が可能であったが,手術途中でトロカールを抜去することによる合併症などが懸念された.③の方法では25GMIVSでも組織を採取することが可能であったが,増殖膜など比較的固い組織の採取は困難であった.結論:増殖膜など比較的強固な組織を摘出する場合は,結膜を計画的に切開したうえで23GMIVSを用い,把持したまま組織の摘出を試みるか,仮に摘出できなくてもトロカールごと抜いて摘出する手技が有効である.内境界膜など柔らかい組織の採取には,25GMIVSを通常どおり採用し,トロカールは経結膜的に留置したうえでVitSweeperTMを用いた組織採取が可能である.Purpose:Toassessappropriatemethodsofcollectingvitreoretinaltissuesduring23-gauge(23G)or25-gauge(25G)closurevalve-equippedmicroincisionvitrectomysurgery(MIVS).Methods:Weassessedthreedifferentmethodsofcollectingtissuesduring23Gor25Gclosurevalve-equippedMIVS.Subjectswere26eyeswithvariousvitreoretinaldiseases,fromwhichtissueswereremovedduringsurgery.Results:Inclosurevalve-equipped23GMIVS,withdrawalofthetrocar,followedbyforcepsremovalthroughthescleralincision,enabledcollectionofvitreoretinaltissues.In25GMIVS,vitreoretinaltissueswerenotsuccessfullycollectedwhenpulledthroughatrocarwithaclosurevalve.UseofaVitSweeperTMenabledsuccessfulcollectionoftissuesinclosurevalve-equipped25GMIVSonlywhenthetissueswererelativelysoft.Conclusions:Thenewtechnique,usingaVitSweeperTMtocollecttissuesduring25Gclosurevalve-equippedMIVS,isusefulonlywhenremovingrelativelysoftvitreoretinaltissues.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1706.1710,2014〕Keywords:小切開硝子体手術,クロージャーバルブ付きトロカール,VitSweeperTM,網膜硝子体組織採取.mi-cro-incisionvitrectomysurgery(MIVS),closurevalve-featuredtrocar,VitSweeperTM,collectingvitreoretinaltis-sues. あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141707(141)の確立もなされた4).その結果,MIVSは広く一般的な術式として受け入れられるに至った.わが国では2012年までにMIVSが全体の50%以上を占めるようになり,器具や技術の進歩に伴いMIVSは従来の20G硝子体手術と比較しても遜色なく使用できると考えられるようになってきている5,6).さらには近年,わが国ではクロージャーバルブ付きトロカールが普及し,手術の安全性,効率性が向上するとともに手術操作の簡略化および手術時間の短縮が可能となった7).しかし,MIVSが普及し器具の口径が縮小することにより手術の安全性・効率性が向上した一方で,硝子体手術中に網膜硝子体組織を採取する操作はむしろ困難となってしまった可能性がある.そこで今回筆者らは,従来のMIVSのままで適切に網膜硝子体組織を採取する方法について検討した.I対象および方法1.対象2012年11月.2013年11月に名古屋大学医学部附属病院にて増殖硝子体網膜症(proliferativevitreoretinopathy:PVR)・黄斑円孔(macularhole:MH)・黄斑上膜(epireti-nalmembrane:ERM)など硝子体手術中に眼内組織の切除・.離を必要とする症例を対象とした.いずれも25Gもしくは23G硝子体手術を施行し,網膜硝子体組織を採取した26眼(男性14眼,女性12眼)である.いずれの症例においても通常の25G・23GMIVSを採用し,手術装置はConstellationVitrectomySystem(Alcon社),手術顕微鏡はOPMILumera(CarlZeiss社)を使用した.また,トロカールはクロージャーバルブ付きトロカール(Alcon社製24例,DORC社製2例)を使用した.手術は5名の術者によって施行された.2.網膜硝子体組織の採取方法まず硝子体カッターで十分にcorevitrectomyを行った後,硝子体鑷子(Alcon社)で切離した増殖膜・内境界膜(inter-nallimitingmembrane:ILM)・ERMなどの網膜硝子体組織の採取方法を検討した.検体の採取方法は①25Gもしくは23G硝子体鑷子で把持し,組織を把持したままトロカールを通過させ眼外に摘出する,②トロカールを抜去,もしくは新規の強膜創を作製し,トロカールを介さない状態で眼外に摘出する,③収納可能なVitSweeperTM(RB-700,イナミ社)を用いて眼外に摘出する,のいずれかの方法を用いた.今回の検討は名古屋大学医学部附属病院の生命倫理委員会の承認を受け,患者に十分なinformedconsentを行った後に図1VitSweeperTMの先端部位図a:本体にdisposableのブラシ部分を取り付けて使用する.b:プランジャーを進めると先端のブラシも伸展する.c:逆にプランジャーを戻すと先端のブラシも収納される.眼内ではbの状態で組織をブラシ内に埋没させ,cの状態(組織が管腔内に収納された状態)にした後にVitSweeperTMをトロカールから抜去する.abc図2VitSweeperTMによる網膜硝子体組織摘出方法a:硝子体鑷子で網膜硝子体組織を把持したまま(黒矢印),先端を収納した状態のVitSweeperTMを挿入する(白矢印).b:VitSweeperTMの先端ブラシを眼内で伸展させ,ブラシの中に網膜硝子体組織(黒矢印)を埋没させる.c:硝子体鑷子でサポートしながら,網膜硝子体組織ごとVitSweeperTMのブラシを収納する(黒矢印).abcあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141707(141)の確立もなされた4).その結果,MIVSは広く一般的な術式として受け入れられるに至った.わが国では2012年までにMIVSが全体の50%以上を占めるようになり,器具や技術の進歩に伴いMIVSは従来の20G硝子体手術と比較しても遜色なく使用できると考えられるようになってきている5,6).さらには近年,わが国ではクロージャーバルブ付きトロカールが普及し,手術の安全性,効率性が向上するとともに手術操作の簡略化および手術時間の短縮が可能となった7).しかし,MIVSが普及し器具の口径が縮小することにより手術の安全性・効率性が向上した一方で,硝子体手術中に網膜硝子体組織を採取する操作はむしろ困難となってしまった可能性がある.そこで今回筆者らは,従来のMIVSのままで適切に網膜硝子体組織を採取する方法について検討した.I対象および方法1.対象2012年11月.2013年11月に名古屋大学医学部附属病院にて増殖硝子体網膜症(proliferativevitreoretinopathy:PVR)・黄斑円孔(macularhole:MH)・黄斑上膜(epireti-nalmembrane:ERM)など硝子体手術中に眼内組織の切除・.離を必要とする症例を対象とした.いずれも25Gもしくは23G硝子体手術を施行し,網膜硝子体組織を採取した26眼(男性14眼,女性12眼)である.いずれの症例においても通常の25G・23GMIVSを採用し,手術装置はConstellationVitrectomySystem(Alcon社),手術顕微鏡はOPMILumera(CarlZeiss社)を使用した.また,トロカールはクロージャーバルブ付きトロカール(Alcon社製24例,DORC社製2例)を使用した.手術は5名の術者によって施行された.2.網膜硝子体組織の採取方法まず硝子体カッターで十分にcorevitrectomyを行った後,硝子体鑷子(Alcon社)で切離した増殖膜・内境界膜(inter-nallimitingmembrane:ILM)・ERMなどの網膜硝子体組織の採取方法を検討した.検体の採取方法は①25Gもしくは23G硝子体鑷子で把持し,組織を把持したままトロカールを通過させ眼外に摘出する,②トロカールを抜去,もしくは新規の強膜創を作製し,トロカールを介さない状態で眼外に摘出する,③収納可能なVitSweeperTM(RB-700,イナミ社)を用いて眼外に摘出する,のいずれかの方法を用いた.今回の検討は名古屋大学医学部附属病院の生命倫理委員会の承認を受け,患者に十分なinformedconsentを行った後に図1VitSweeperTMの先端部位図a:本体にdisposableのブラシ部分を取り付けて使用する.b:プランジャーを進めると先端のブラシも伸展する.c:逆にプランジャーを戻すと先端のブラシも収納される.眼内ではbの状態で組織をブラシ内に埋没させ,cの状態(組織が管腔内に収納された状態)にした後にVitSweeperTMをトロカールから抜去する.abc図2VitSweeperTMによる網膜硝子体組織摘出方法a:硝子体鑷子で網膜硝子体組織を把持したまま(黒矢印),先端を収納した状態のVitSweeperTMを挿入する(白矢印).b:VitSweeperTMの先端ブラシを眼内で伸展させ,ブラシの中に網膜硝子体組織(黒矢印)を埋没させる.c:硝子体鑷子でサポートしながら,網膜硝子体組織ごとVitSweeperTMのブラシを収納する(黒矢印).abc 施行された.3.VitSweeperTM使用方法VitSweeperTMは,そもそも残存硝子体を除去することを目的とした器具である.今回筆者らは,この器具の内腔にブラシが収納可能である特徴に着目し(図1),このブラシの中に網膜硝子体組織を収納した状態で眼外に運ぶ方法を検討した.具体的には,右ポートの硝子体鑷子で網膜硝子体組織を把持した後,左ポートからVitSweeperTMを眼内に挿入し(図2a),顕微鏡下でVitSweeperTMのブラシを伸ばす.延長したブラシの中に網膜硝子体組織を埋没した状態(図2b)で,ブラシと組織をまとめて管腔内に収納する(図2c).ブラシと組織が収納された状態でVitSweeperTMを眼外へ抜去した後,眼外で再びブラシを伸展すれば,中に埋没されていた組織を失うことなく採取することができる.この手技を使用することで,クロージャーバルブに組織が挟まる心配がなくなり,確実に組織を眼外に運ぶことが可能と考えられた.II結果今回の検討で行った採取方法と疾患名の内訳を表1に示す.疾患別ではPVRおよび増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)が8眼,MHが4眼,ERMおよび黄斑皺襞が9眼,.胞様黄斑浮腫(cystoidmacularedema:CME)もしくは糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)が6例(うち1例はERMと重複)であった.各採取方法の結果として,①硝子体鑷子に把持したまま摘出する方法では,25GMIVSでは5例中5例(100%)で組織の一部がトロカールに挟まり眼外へ摘出されなかった(図3a).一方で23Gシステムでは,鑷子の先端で包む込みように組織を把持できれば,網膜硝子体組織のような比較的硬い表1症例と組織採取方法の一覧疾患名年齢性別採取組織採取方法摘出可否コメント20GILM鑷子Pucker70FPucker②○25GMIVSに20G創追加23GILM鑷子DME55MILM①×PDR53M増殖膜①○PDR49F増殖膜①×PDR47F増殖膜②×灌流液の結膜下流入PDR42F増殖膜②○Trocarごと抜去PVR48M増殖膜②○25GILM鑷子ERM53MILM①×ERM75FILM①×DORCTrocar使用ERM80FILM①×ERM82MILM①×RD+PVR71MSRM①×ERM64MERM②○灌流液の結膜下流入ERM82MERM②×ERM82MERM②×DORCTrocar使用DME+ERM69FERM②×MH72MILM②○CME80FILM③○CME65MILM③○CME73MILM③○DME70FILM③○MH75MILM③○MH63FILM③×MH66FILM③○PDR47F増殖膜③×組織が固くて入らないPDR69M増殖膜③×組織が固くて入らない採取方法:①25Gもしくは23G硝子体鑷子で把持し,組織を把持したままトロカールを通過させ眼外に摘出する.②トロカールを抜去,もしくは新規の強膜創を作製し,トロカールを経ない状態で硝子体鑷子を眼外に摘出する.③VitSweeperTM(RB-700,イナミ社)を用いて眼外に摘出する.ERM:網膜前膜,DME:糖尿病黄斑浮腫,MH:黄斑円孔,RD:網膜.離,PVR:増殖硝子体網膜症,PDR:増殖糖尿病網膜症,Pucker:黄斑パッ力ー,CME:.胞様黄斑浮腫,ILM:内境界膜,SRM:網膜下増殖膜.(142) あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141709(143)膜でも眼外に摘出できる症例があった(3例中1例).また,②トロカールを抜去,もしくは新規の強膜創を作製した後に硝子体鑷子を抜去する方法を採用した症例では,非常に大きな網膜硝子体組織を摘出する際に組織摘出専用に20Gの強膜創を新たに作製し,20G硝子体鑷子を用いて組織を採取する(図3b)か,もしくは網膜硝子体組織を把持した状態でトロカールを抜去し(図3c),その後に組織を摘出する(図3d)ことで,確実に硬い組織を摘出できた.しかし,経結膜的に穿刺したトロカールを手術途中で抜去することで灌流液の結膜下流入を招き,手術途中で結膜の異常な膨隆を伴うことによる視認性の低下と手術効率の低下が懸念された(図3e,f).また,手術途中の経結膜トロカールの抜去は,灌流液だけでなく硝子体線維の脱出を誘発する可能性があり,術後網膜.離など合併症の増加が懸念された.20G強膜創作製による摘出方法も,眼球に余分な侵襲を与えることが懸念された.一方でVitSweeperTMを使用した場合,ILMなど柔らかな組織であればそれらを容易に内腔内に格納することが可能であった(7例中6例).しかし,増殖膜など比較的硬い組織や巨大な組織を摘出する状況では,組織を適切にVitSweeperTM内腔内に収納できず,VitSweeperTM使用による利点はないと考えられた(2例中2例).III考按硝子体手術は疾患の治療だけでなく,眼内の組織を採取することによる診断目的に行われる場合があり,採取組織は硝子体・網膜・網膜下液・脈絡膜・増殖膜など多岐にわたる.具体例として,眼内から採取した組織に対しての病理学的染色やpolymerasechainreaction(PCR)法による遺伝子解析が眼内悪性リンパ腫の診断に有効であった報告や8),原因不明であったぶどう膜炎に対し組織生検により確定診断が行われた報告などがあり,眼内組織の採取は疾患の診断に重要な役割を果たしている9).組織採取の目的は科学的な意味から図3クロージャーバルブを使用したMIVSにおける網膜硝子体組織摘出例a:25Gクロージャーバルブ越しに網膜硝子体組織の眼外への摘出を試みると,クロージャーバルブ部位で組織が挟まり(矢印),摘出が困難になる.b:巨大な増殖膜を摘出する際は,トロカール越しに増殖膜を摘出することを断念し,新規の20G用強膜創を作製し(矢印),そこから20G硝子体鑷子を用いて組織摘出を試みる.c,d:もしくは,硝子体鑷子を支柱としてトロカールを抜去し(c,矢印),強膜創から組織を抜去する(d,矢印).e,f:経結膜的にトロカールを留置している場合,組織採取目的でトロカールを抜去してしまうと硝子体灌流液の結膜下流入を招くことがあり(e,矢印),トロカールの再留置は隆起した結膜越しに行う必要が出てくる(f,矢印).abcdefあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141709(143)膜でも眼外に摘出できる症例があった(3例中1例).また,②トロカールを抜去,もしくは新規の強膜創を作製した後に硝子体鑷子を抜去する方法を採用した症例では,非常に大きな網膜硝子体組織を摘出する際に組織摘出専用に20Gの強膜創を新たに作製し,20G硝子体鑷子を用いて組織を採取する(図3b)か,もしくは網膜硝子体組織を把持した状態でトロカールを抜去し(図3c),その後に組織を摘出する(図3d)ことで,確実に硬い組織を摘出できた.しかし,経結膜的に穿刺したトロカールを手術途中で抜去することで灌流液の結膜下流入を招き,手術途中で結膜の異常な膨隆を伴うことによる視認性の低下と手術効率の低下が懸念された(図3e,f).また,手術途中の経結膜トロカールの抜去は,灌流液だけでなく硝子体線維の脱出を誘発する可能性があり,術後網膜.離など合併症の増加が懸念された.20G強膜創作製による摘出方法も,眼球に余分な侵襲を与えることが懸念された.一方でVitSweeperTMを使用した場合,ILMなど柔らかな組織であればそれらを容易に内腔内に格納することが可能であった(7例中6例).しかし,増殖膜など比較的硬い組織や巨大な組織を摘出する状況では,組織を適切にVitSweeperTM内腔内に収納できず,VitSweeperTM使用による利点はないと考えられた(2例中2例).III考按硝子体手術は疾患の治療だけでなく,眼内の組織を採取することによる診断目的に行われる場合があり,採取組織は硝子体・網膜・網膜下液・脈絡膜・増殖膜など多岐にわたる.具体例として,眼内から採取した組織に対しての病理学的染色やpolymerasechainreaction(PCR)法による遺伝子解析が眼内悪性リンパ腫の診断に有効であった報告や8),原因不明であったぶどう膜炎に対し組織生検により確定診断が行われた報告などがあり,眼内組織の採取は疾患の診断に重要な役割を果たしている9).組織採取の目的は科学的な意味から図3クロージャーバルブを使用したMIVSにおける網膜硝子体組織摘出例a:25Gクロージャーバルブ越しに網膜硝子体組織の眼外への摘出を試みると,クロージャーバルブ部位で組織が挟まり(矢印),摘出が困難になる.b:巨大な増殖膜を摘出する際は,トロカール越しに増殖膜を摘出することを断念し,新規の20G用強膜創を作製し(矢印),そこから20G硝子体鑷子を用いて組織摘出を試みる.c,d:もしくは,硝子体鑷子を支柱としてトロカールを抜去し(c,矢印),強膜創から組織を抜去する(d,矢印).e,f:経結膜的にトロカールを留置している場合,組織採取目的でトロカールを抜去してしまうと硝子体灌流液の結膜下流入を招くことがあり(e,矢印),トロカールの再留置は隆起した結膜越しに行う必要が出てくる(f,矢印).abcdef 考えると上述したのみではない.たとえば過去には採取したILMを利用してliquidchromatography-tandemmassspectrometry(LC-MS-MS)法を行い,ILM中に含まれる蛋白の組成を調べた報告もある10).他にも,PDRの手術中に増殖組織を採取し,半定量PCR法やenzyme-linkedimmunosorbentassay(ELISA)法などを用い増殖組織内で重要な蛋白が発現していることを明らかにした報告もある11).このように,診断目的のみならず眼内組織の分析・研究による眼科学の発展のためには今後も組織採取は非常に需要な手技といえる.蛋白やRNAを採取する目的であればかならずしも組織構造を正常に保つ必要はなく,バックフラッシュニードルや硝子体カッターの管内に高圧力で吸引し,眼外で採取することも可能である.しかし,組織学的検討を必要とする際は,組織をいかに傷めずに採取するかが重要となる.しかしながら,組織を採取することにこだわりすぎ,手術合併症のリスクを高めることは望ましくない.筆者らは今回,クロージャーバルブ付きトロカールを用いたMIVSでの組織採取をいくつかの症例で試みた結果,以下のような手技が適切と考えられた.すなわち,増殖膜など比較的強固な組織を摘出する場合は,結膜を計画的に切開したうえで23GMIVSを用い,把持したまま組織の摘出を試みるか,仮に摘出できなくてもトロカールごと抜いて摘出する手技が有効である.つぎに,ERM・ILMなど柔らかい組織であれば,25GMIVSを通常どおり採用し,トロカールは経結膜的に留置して問題ない.組織採取にはVitSweeperTMを用いた採取が安全で確実である.硝子体手術は今や27G手術に向かおうとしている12).手術の安全性・効率性が向上する一方,管口径は確実に小さくなっていく傾向にある.それに伴い,小さな眼内の組織を採取する方法はますます困難になっていくことが予想される.今回の検討では一部の25GMIVS症例で組織採取する際に,イナミ社のVitSweeperTMを用いることの有効性が示唆されたが,この手技によってすべての症例で確実に組織採取できるわけではなかった.組織が強固でトロカールから直接摘出することが物理的に困難な場合にはより太いゲージ(大口径の)のMIVSを用い,安全性・視認性の確保のために計画的な結膜切開を行ったうえでトロカールの抜去や新たな強膜創作製といった手技を行うことが望ましいと考えられる.今後ますます手術器具のスモールゲージ化が進むにつれ,より安全・確実な組織の採取を可能にするためにもさらに工夫された器具の開発や採取方法の検討が必要になると考えられた.文献1)門之園一明:【硝子体手術の現状と展望】わかりやすい臨床講座小切開硝子体手術の現状と展望.日本の眼科83:1192-1195,20122)O’MalleyC,HeintzRMSr:Vitrectomywithanalternativeinstrumentsystem.AnnOphthalmol7:585-588,591-594,19753)FujiiGY,DeJuanE,Jr,HumayunMSetal:Initialexperienceusingthetransconjunctivalsuturelessvitrectomysystemforvitreoretinalsurgery.Ophthalmology109:1814-1820,20024)EckardtC:Transconjunctivalsutureless23-gaugevitrectomy.Retina25:208-211,20055)IbarraMS,HermelM,PrennerJLetal:Longer-termoutcomesoftransconjunctivalsutureless25-gaugevitrectomy.AmJOphthalmol139:831-836,20056)LakhanpalRR,HumayunMS,deJuanEJretal:Outcomesof140consecutivecasesof25-gaugetransconjunctivalsurgeryforposteriorsegmentdisease.Ophthalmology112:817-824,20057)LafetaAP,ClaesC:Twenty-gaugetransconjunctivalsuturelessvitrectomytrocarsystem.Retina27:11361141,20078)CouplandSE,BechrakisNE,AnastassiouGetal:EvaluationofvitrectomyspecimensandchorioretinalbiopsiesinthediagnosisofprimaryintraocularlymphomainpatientswithMasqueradesyndrome.GraefesArchClinExpOphthalmol241:860-870,20039)LimLL,SuhlerEB,RosenbaumJTetal:Theroleofchoroidalandretinalbiopsiesinthediagnosisandmanagementofatypicalpresentationsofuveitis.TransAmOphthalmolSoc103:84-91;discussion-2,200510)UemuraA,NakamuraM,KachiSetal:Effectofplasminonlamininandfibronectinduringplasmin-assistedvitrectomy.ArchOphthalmol123:209-213,200511)YoshidaS,IshikawaK,AsatoRetal:Increasedexpressionofperiostininvitreousandfibrovascularmembranesobtainedfrompatientswithproliferativediabeticretinopathy.InvestOphthalmolVisSci52:5670-5678,201112)OshimaY,WakabayashiT,SatoTetal:A27-gaugeinstrumentsystemfortransconjunctivalsuturelessmicro-incisionvitrectomysurgery.Ophthalmology117:93-102e2,2010***(144)

網膜中心動脈閉塞症から血管新生緑内障をきたした1例

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1701.1705,2014c網膜中心動脈閉塞症から血管新生緑内障をきたした1例河本良輔*1石崎英介*1福本雅格*1中泉敦子*1佐藤孝樹*1池田恒彦*1南政宏*2佐藤文平*3*1大阪医科大学眼科学教室*2南眼科*3大阪回生病院眼科ACaseofNeovascularGlaucomaAssociatedwithCentralRetinalArteryOcclusionRyohsukeKohmoto1),EisukeIshizaki1),MasanoriFukumoto1),AtsukoNakaizumi1),TakakiSato1),TsunehikoIkeda1),MasahiroMinami2)andBunpeiSatou3)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)MinamiEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital軽度の桜実紅斑(cherry-red-spot)で初発,経過中に血管新生緑内障(NVG)をきたした網膜中心動脈閉塞症(CRAO)の1例.56歳,男性.冠動脈カテーテル治療中に左眼視力低下を自覚.左眼眼底に軽度のcherry-red-spotを認めCRAOと診断.眼球マッサージ,前房穿刺を行いプロスタグランジン製剤およびウロキナーゼの点滴を開始したが,30cm手動弁のままであった.Cherry-red-spotは軽度のまま遷延した.2カ月後にNVGを発症し,前房出血も併発して左眼眼圧は48mmHgに上昇した.前房洗浄,水晶体切除,硝子体切除,眼内汎網膜光凝固術,毛様体光凝固術を施行し,術後眼圧下降を得た.蛍光眼底造影は著しい充盈遅延があり,網膜電図(ERG)はa波,b波,律動様小波とも減弱していた.Cherry-red-spotの遷延するCRAOでは早期に汎網膜光凝固を施行する必要があると考えられた.Wereportacaseofneovascularglaucoma(NVG)associatedwithcentralretinalarteryocclusion(CRAO).A56-year-oldmalepresentedatourophthalmologycliniccomplainingofsuddenvisualdisturbanceinhislefteye,afterundergoingpercutaneouscoronaryintervention.Weobservedaslightcherry-redspotanddiagnosedCRAO.Wesubsequentlyperformedeyeballmassage,paracentesisandcontinuousdripinfusionofprostaglandinandurokinase.However,thepatient’scorrectedvisualacuityremainedat30cm/f.c.Twomonthslater,NVGassociatedwithhyphemadevelopedandintraocularpressure(IOP)increasedto48mmHg.Weperformedanteriorchamberirrigation,lensectomy,vitrectomy,panretinalphotocoagulationandcyclophotocoagulation.Postoperatively,IOPdecreased.fluoresceinfundusangiographyrevealedaseveredelayofinflowtotheretinalartery.Electroretinographyrevealedreductionofa-wave,b-waveandoscillatorypotential.OurfindingsshowthatpanretinalphotocoagulationmightbenecessaryforpatientswithearlyphaseCRAOwithaprolongedcherry-redspot.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1701.1705,2014〕Keywords:網膜中心動脈閉塞症,血管新生緑内障,cherry-red-spot.centralretinalarteryocclusion,neovascularglaucoma,cherry-red-spot.はじめに網膜中心動脈閉塞症(CRAO)に血管新生緑内障(NVG)を併発することは稀で,その理由としては,急激な網膜虚血により網膜が菲薄化するため,血管新生因子を放出する余力が網膜組織に残存しないことが推測されている1).今回筆者らは軽度のcherry-red-spotで初発し,経過中にNVGをきたしたCRAOの1例を経験したので報告する.I症例患者:56歳,男性.主訴:左眼霧視,視力低下.現病歴:平成19年6月20日午前9時過ぎごろ冠動脈カテーテル治療中に左眼の霧視を自覚した.同日15時頃より左眼視力低下があり,眼科紹介受診となった.〔別刷請求先〕河本良輔:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科Reprintrequests:RyohsukeKohmoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(135)1701 図1初診時眼底写真左眼は軽度の網膜白濁・cherry-red-spotを認める.右眼は異常を認めない.初診時所見:視力は右眼0.15(0.9×sph.2.0D),左眼30cm手動弁(矯正不能)で,眼圧は右眼12mmHg,左眼11mmHgであった.両眼とも前眼部に異常なく中間透光帯は軽度白内障を認めた.直接対光反応は右眼は迅速かつ十分,左眼は鈍で相対的入力瞳孔反応異常(RAPD)を認めた.左眼眼底には網膜白濁,軽度のcherry-red-spotを認めた.右眼は異常を認めなかった(図1).Goldmann視野検査では左眼の中心視野消失を認めた(図2).また,同日撮影されたMRA(磁気共鳴血管画像)では両側内頸動脈に径不整を認めたが,著しい狭窄・閉塞はなかった(図3).経過:網膜中心動脈閉塞症と診断,ただちに眼球マッサージおよび前房穿刺を行った.また,同日より入院にてリプルR,ウロキナーゼRの点滴を5日間開始したが,視力に著変なく左眼視力矯正30cm手動弁のまま退院となった.その後,外来にて経過観察されており,平成19年8月8日外来受診時は左眼視力矯正30cm手動弁,左眼眼圧14mmHgで,前眼部に著変を認めなかった.眼底は網膜の白濁および1702あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014図2初診時動的視野左眼は中心視野消失を認める.cherry-red-spotが遷延していた(図4).ところが発症より約2カ月後の平成19年8月27日,高度な頭痛,眼痛および嘔吐を主訴に来院.左眼の著明な角膜浮腫を認め,左眼眼圧は48mmHgに上昇していた.右眼に著変はなかった.左眼は角膜浮腫のため虹彩や隅角所見は得られなかったが,NVGと診断した.眼痛が強く球後麻酔施行のうえ前房穿刺およびベバシズマブ硝子体注射を施行した.しかし,その後も眼圧下降は得られず,疼痛も続いたため平成19年8月31日に経毛様体扁平部硝子体切除術および経毛様体扁平部水晶体切除術を施行した.術中,著明な角膜浮腫,多量の前房出血を認めた.最初にバイマニュアルアスピレータにて丁寧に前房出血を除去した.その後経毛様体扁平部水晶体切除を行った.硝子体出血をきたしていたが眼底には網膜.離や増殖性変化は認めなかった.経毛様体硝子体切除を施行後,汎網膜光凝固および下方約1/2周にわたり毛様体扁平部光凝固を行い合併症なく手術を終えた.術後左眼眼圧は10mmHg台前半で経過し,眼圧下降,眼痛,疼痛の消失を得た.平成(136) 図3初診時MRA両側内頸動脈に径不整を認めるが,高度な閉塞・狭窄を認めない.19年9月19日の所見では左眼眼圧8mmHgと眼圧下降は得たが,左眼視力は光覚(±)であった.眼底所見では汎網膜光凝固斑およびcherry-red-spotを認めた(図5).その後眼圧は再上昇することなく落ち着いている(図6).同日施行した蛍光眼底造影検査では左眼の著しい循環遅延を認め(図7),網膜電図(ERG)ではa波,b波,律動様小波の減弱を認めた(図8).II考按CRAOにNVGを併発する頻度は1.2%とする報告2,3)があるが,他の循環障害をきたす疾患よりその頻度は少ない.その理由としては,急激な血行の途絶による網膜の崩壊が生じ,そのダメージが強すぎるため血管新生因子が産生・放出されないことが指摘されている.しかし,一方でNVGの頻度はさほど低率でなく15.16%に生じたとする報告4,5)もある.このなかには高度の頸動脈病変などの眼虚血症候群に起因するものがかなり含まれていると考えられる.CRAOに続発するNVGには①眼虚血症候群に起因するもの,②網膜中心静脈閉塞症(CRVO)に併発するもの,③CRAO単独でNVGが発症するもの,の3タイプがあると推測される.①の眼虚血症候群に起因するもの6.8)では,一般に頸動脈狭窄が強くなると虹彩ルベオーシスが発生する.CRAOと頸動脈病変には糖尿病や高血圧,高脂血症など危険因子には共通なものが多く,両者の合併は決して稀ではない.大野ら9),田宮ら10)の報告ではCRAOの約30.50%に(137)図4発症7週間後の眼底写真網膜白濁およびcherry-red-spotが遷延している.図5術後眼底写真(発症2カ月後)汎網膜光凝固痕とcherry-red-spotの残存を認める.50%以上の頸動脈病変があるとしている.また,網膜動脈分枝閉塞症を発症後にNVGを併発した眼虚血症候群の報告11)もある.②のCRVOとCRAOが併発した症例報告12.14)はいくつかあるが,その特徴は通常のCRVOに比べて網膜出血が少なく,非虚血型のCRVO様の所見を呈するが後極部は網膜白濁が強いことが挙げられる.発症機序に関しては諸説があり,一過性のCRAOの血流障害がベースになり,血流うっ滞により二次的にCRVOが生じるとする説や,逆にCRVOの循環障害がCRAOの誘因であるとする説がある.今回の症例はMRAより内頸動脈に眼虚血症候群を引き起こすほどの重度の狭窄や閉塞を認めなかったことや,他にNVGを引き起こすようなCRVOや重度虚血の糖尿病網膜症の所見を眼底に認めなかったことから③の単独のCRAOよりNVGを併発したものと考えた.術中の左眼眼底所見においても同様で他のNVGを引き起こすような眼底疾患を認めあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141703 眼圧(mmHg)60:右眼50:左眼4030201006/237/238/239/2310/23図6両眼の眼圧経過図7蛍光眼底造影検査静脈相左眼は網膜循環の遅延を認める.図8術後網膜電図a波,b波,律動小波の減弱を認める.なかった.本症例の特徴としては経過中左眼眼底の網膜白濁は通常のCRAO所見より軽度であった.CRAOの眼底所見は極早期ではcherry-red-spotがみられず,網膜の白濁は3.6週間で消失し,網膜の色調は徐々に正常化することが知られている15).しかし,本症例では軽度の網膜白濁が遷延したためcherry-red-spotも残存したものと考えた.岡本の報告16)ではcherry-red-spotが明瞭なCRAOと不明瞭なCRAO群でOCT(光干渉断層計)を用いた検討を行っている.それらによるとcherry-red-spotが不明瞭な群の急性期のOCT画像では明瞭な典型的なCRAOと異なり,SD-OCT(spectraldomain-OCT)のカラー表示で神経節細胞層の高反射が弱いことを示している.このことは網膜内層の浮腫,特に神経細胞層の浮腫が軽度であることを意味していると述べている.特にこれらcherry-red-spotが不明瞭な群の症例は眼底所見で網膜白濁が軽度であり,軟性白斑を認めることが多いとしている.軟性白斑の存在は網膜虚血の所見ではあるが,軸索流のうっ滞を反映しており,網膜内層の神経節細1704あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014胞層の生存を意味している.また,向野らの報告1)では,CRAOにおいて網膜虚血が急速に進行した場合は血管新生が起こらず,緩徐に進行した場合は血管新生が起こるとしている.本症例は冠動脈カテーテル検査中に発症したため,原因は心原性の塞栓による可能性が高い.患者の全身状態不良につき初診時に蛍光眼底造影検査やOCTを撮影はしておらず,当時の血行動態,網膜周辺部無血管野の有無や網膜内層の評価は正確には不明である.しかし,本症例では軟性白斑の出現はなかったが,網膜白濁が軽度であり通常よりも遷延したことを考えると網膜は完全な虚血状態ではなかったと考えられた.また網膜虚血も緩徐に進行した可能性も考えられる.網膜内層の代謝がある程度維持されておりそこからvascularendothelialgrowthfactor(VEGF)などの血管新生因子が多く産生されNVGに至ったと考えた.今回の症例は発症より2カ月後にNVGを発症しており,完全虚血ではないCRAO症例では虚血型のCRVOと同様に発症より2,3カ月にて(138) NVG発症に至る可能性がある.通常CRAO症例は急性期を過ぎると病状固定し経過観察となる場合が多いが,本症例と同様に網膜虚血が軽度で進行が緩徐であると考えられる症例では経過中にNVGに至る可能性があり,経過が落ち着いたとしても長期にわたり蛍光眼底検査や隅角検査などで可能な限りNVG発症に注意し,危険性がある場合は早期の汎網膜光凝固が必要であると考えた.本論文の要旨は第26回日本眼循環学会(名古屋)で発表した.文献1)向野利寛,魚住博彦,中村孝一ほか:網膜中心動脈閉塞症の病理組織学的研究.臨眼42:1221-1226,19882)GartnerS,HenkindP:Neovasculizationoftheiris(rubeosisiridis).SurvOphthalmol22:291-312,19783)PerpautLE,ZinmmermanLE:Theoccurrenceofglaucomafollowingocculusionofthecentralretinalartery.AMAArchOphthalmol61:845-846.Link,19594)DukerJS,SivalingamA,BrownGCetal:Aprospectivestudyofacutecentralretinalarteryobstruction.Theincidenceofsecondaryocularneovasculariization.ArchOphthalmol109:339-342,19915)DukerJS,BrownGC:Irisneovasculrizationassociatedwithobstructionofthecentralretinalartery.Ophthalmology95:1244-1250,19886)渡邊真弓,荻野哲夫,木下貴正ほか:眼虚血症候群の眼所見と予後.眼紀57:189-194,20067)梶浦祐子,安積淳,井上正則:眼虚血症候群その臨床経過と治療成績.臨眼46:1022-1024,19928)鈴木智子,紺屋浩之,浜口朋也ほか:2型糖尿病に合併した両側内頚動脈閉塞症眼虚血症候群の1例.糖尿病と代謝30:54-60,20029)大野尚登,村田恭啓,木村和美ほか:網膜動脈閉塞症と頚動脈病変.臨眼50:1599-1601,199610)田宮良司,内田璞,岡田守生ほか:網膜血管閉塞症と閉塞性頚動脈疾患との関係について.日眼会誌100:863867,199611)奥野高司,長野陽子,池田佳美ほか:網膜動脈分枝閉塞症を発症後に血管新生緑内障を併発し予後不良であった眼虚血症候群の1例.あたらしい眼科27:1617-1620,201012)忍田拓哉,渡邊博,松橋正和ほか:網膜中心静脈症に合併した網膜中心動脈閉塞症及び脈絡膜循環不全の1例.臨眼56:1111-1115,200213)西村幸英,岡本紀夫:内頸動脈病変が影響したと考えられる網膜中心静脈閉塞症に合併した網膜中心動脈閉塞症の2例.眼科45:263-269,200314)天野公美子,川久保洋,島田宏之ほか:網膜中心動静脈閉塞症の2症例.眼紀47:1012-1017,199615)渡辺博:網膜動脈閉塞症.GeriatricMedicine44:12561257,200616)岡本紀夫:網膜中心動脈閉塞症の病型:網膜形態と視力予後に関する研究.兵庫医大会誌35:81-88,2010***(139)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141705