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後天斜視の原因とその検索

2023年11月30日 木曜日

後天斜視の原因とその検索CausesofAcquiredStrabismusandItsExamination飯森宏仁*はじめに本稿では一般的に行われる斜視や両眼視機能検査以外に,斜視診療の現場で知っておくと役立つ検査を紹介する.まず麻痺性斜視なのか機械的斜視(筋の拘縮など)なのかを鑑別するのに有用な「眼圧測定」,そして斜視手術既往のある患者の過去の手術や外眼筋の状態を知るのに有用な前眼部光干渉断層計(opticalcoherence表1後天斜視の原因となる疾患1.斜視の原因となる全身疾患,頭部・神経疾患甲状腺機能異常症(甲状腺眼症)重症筋無力症,Fisher症候群慢性進行性外眼筋麻痺(chronicprogressiveexternalophthalmoplegia:CPEO)腫瘍,血流障害(III,IV,VI麻痺,skewdeviation,開散麻痺,輻湊麻痺,doubleelevatorpalsy,mediallongitudinalfasciculussyndrome:MLF症候群など)脳動脈瘤,頸動脈海綿静脈洞瘻Tolosa-Hunt症候群,IgG4関連眼疾患,肥厚性硬膜炎外傷,眼窩骨折,低髄液圧症候群特発性眼窩炎症など2.その他急性内斜視感覚性斜視saggingeyesyndrome強度近視性固定内斜視眼窩窮屈症斜位の代償不全眼科手術後(斜視手術強膜バックリング緑内障チューブシャントなど)副鼻腔術後などtomography:OCT)について紹介,解説する.また,MRI撮影が診断に有用であった症例の紹介やシネモード撮影についても述べる.I後天斜視の原因となる疾患後天斜視の原因となる疾患にはさまざまなものがあるが,診断を行っていくにはどういった疾患が原因となり得るのか,そしてそれぞれの疾患の特徴について知っておく必要がある.全身疾患に伴うもの,神経麻痺によるもの,医原性のもの,代償不全によるものなど原因は以下のように多岐にわたる.原因を突き止めるうえで問診は重要である.各疾患の特徴については本稿では説明しきれないため解説は割愛するが,問診で得られた情報と疾患の特徴を結びつけることで診断に比較的容易にだどりつけるケースも少なくない(図1,2).問診では以下のような内容を聴取する.①発症様式:急性,亜急性,慢性②自覚症状:像のずれる方向(水平方向,上下方向,網膜子午線に対して回旋のずれ),複視・眼位ずれ以外の症状(痛み,眼瞼下垂,眼球突出,四肢運動異常など),日内変動,症状の進行の有無,速さ.③全身疾患既往歴:頭部・顔面外傷歴,副鼻腔炎治療歴,糖尿病など.④眼疾患治療歴:弱視治療歴,眼手術歴(強膜バックリング,緑内障チューブシャント術,眼瞼手術)問診ののちに眼位,眼球運動についての評価を行う*HirohitoIimori:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻器官・形態領域眼科学〔別刷請求先〕飯森宏仁:〒791-0295愛媛県東温市志津川454愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻器官・形態領域眼科学0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(33)1403図2マイラゲルの膨化が原因の斜視の症例数年前から徐々に複視が悪化してきたため受診.30年以上前に左眼網膜.離手術を施行された.眼窩MRIで膨化したマイラゲル(.)を認める.図1重症筋無力症の症例a:亜急性発症の複視.症状が夕方に悪化.対面時には眼瞼下垂はないが,夕方になると右まぶたが下がるという訴えがあった.b:上方注視負荷試験1分後.右眼瞼下垂を認める(.).c:bの続き.アイスパックテスト2分後.右眼瞼下垂が改善している(.).図3全身麻酔下でFDTを行った甲状腺眼症の症例a:上方視を指示すると左上転制限があることがわかる.b:FDTを行っている画像.右眼を上方に牽引している(斜視手術のために全身麻酔がかかっている).牽引時抵抗はない.FDT陰性.Cc:左眼を上方に牽引している.右眼に比べて上転に制限があり抵抗を感じる.FDT陽性.a:正面視を指示した際の眼位写真.このとき眼圧は右眼C14mmHg左眼C16mmHgであった.左眼の上眼瞼後退もみられる.b:上方視を指示した際の眼位写真.左眼の上転制限を認める.このとき眼圧を測定すると右眼C17mmHg,左眼C30mmHgであり,正面視で測定した値より左眼圧が上昇していた.図5アイケアIC200手持眼圧計(エムイーテクニカ)本体を斜めに傾けても眼圧を測定することが可能なため,上方視,下方視した際の眼圧測定が容易である.図6右眼に斜視手術歴のある症例a:右眼耳側結膜の細隙灯顕微鏡写真.瘢痕形成を認め(.),過去に手術歴があることが予測されるが,その内容まではわからない.b:左眼耳側結膜のスリット写真.明らかな瘢痕形成は認めない.c:右眼の外直筋付着部付近の前眼部COCT画像.dに比べると外直筋付着部が後方にみられ(.)過去に外直筋後転術を受けたことが予測される.d:左眼の外直筋付着部付近の前眼部COCT画像.外直筋が低輝度領域として描出される(.)..のあたりが付着部と考えられる.図7上斜筋麻痺の2症例a,cは症例A.b,dは症例B.a:左向きの顔回しと首傾げをして代償性頭位をとっている.b:右向きの首傾げをして代償性頭位をとっている.c:脳腫瘍を認める(.).d:左上斜筋の萎縮を認める(.).図830年前に脳幹梗塞の既往のある外斜視の症例a:第一眼位の写真.大角度の左外斜視を認める.Cb:MRIで著明に菲薄化した左眼の内直筋が観察される.図9シネモードMRIa:右方視をして撮影した画像.Cb:正面視をして撮影した画像.c:左方視をして撮影した画像.右眼CAhmed緑内障バルブ挿入術後に外斜視の出現した症例であるが,画像からは内直筋,外直筋の収縮伸展に明らかな異常は認められない.

回旋複視を疑う場合とその検査

2023年11月30日 木曜日

回旋複視を疑う場合とその検査SuspectingCyclodiplopiaandItsExamination佐々木翔*I回旋斜視,回旋複視とその種類回旋斜視は視軸を中心に眼球が回旋した状態である.眼球上部を基準として,外方に回旋しているのが外方回旋,内方に回旋しているのが内方回旋偏位で,それぞれ内方回旋複視,外方回旋複視を生じる(図1).回旋偏位は水平・上下斜視とは異なり,covertestなど通常の眼位検査で発見することができない.そのため患者の訴えや検査所見などから回旋偏位・回旋複視の存在を疑い,適切に回旋検査を行うことで見逃しを防ぐ必要がある.II回旋偏位を伴う斜視高齢者の斜視として知られるSaggingeyesyndrome1)や,外眼筋麻痺としてもっとも頻度の高い滑車神経麻痺(上斜筋麻痺)が代表的である.Saggingeyesyndromeでは多くの患者で外方回旋偏位を伴うが,水平・上下偏位がほぼみられないケースもあり,回旋偏位を検出することが発見のきっかけとなることも少なくない.滑車神経麻痺(上斜筋麻痺)では片眼性の場合,患眼の上斜視と外方回旋斜視を示す.また,両眼性の滑車神経麻痺では上下偏位は打ち消され角度が小さくなり,外見上は斜視が目立たないこともあるが,大角度の外方回旋偏位を示す.covertestなどの水平・上下のみの検査では見逃しが生じる可能性があるため,回旋検査が診断のうえできわめて重要となる.これ以外にも,とくに上下偏位を伴う斜視では回旋偏位を伴っていることが多い.回旋偏位の種類や程度を調べることにより診断や治療方針の決定に役立つ.III回旋複視を疑う所見回旋複視が存在する場合でも,それを患者が複視として訴えるケースは多くない.水平・上下斜視の場合は物が二つに見えるような複視となるが,純粋な回旋複視の場合は左右の像が重なるような見え方となり,これを適切に表現するのが困難なためである.回旋複視の存在を疑わせる訴えとしては,・両眼で見るとぼやける.・なんとなくすっきりしない.・めまいのような感じがする.などがある.また,融像の手がかりが少ない状況下でのみ回旋複視特有の見え方を自覚することもあり,・夜間の運転時にセンターラインが交わって見えた.・テレビの字幕が右下がり(左下がり)にずれて見えた.などは回旋偏位の存在が強く疑われる.上記の患者の訴えに加え屈折検査,眼位検査を行うなかで,・片眼ずつの矯正視力や見え方に問題がないにもかかわらず両眼開放下での見え方に違和感がある.・水平・上下斜視に対してプリズム中和を行っても満*KakeruSasaki:帝京大学医療技術学部視能矯正学科〔別刷請求先〕佐々木翔:〒173-8605東京都板橋区加賀2-11-1帝京大学医療技術学部視能矯正学科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(25)1395内方回旋複視外方回旋複視外方回旋内方回旋図1回旋斜視の種類図2正常な視神経乳頭と中心窩の位置関係回旋なし外方回旋内方回旋図3臨床的な他覚的回旋偏位の判定視神経乳頭中心と視神経乳頭下縁を通るC2本の水平線を基準とする.中心窩がこれより下方にあれば外方回旋偏位,上方にあれば内方回旋偏位と判断する.図4大型弱視鏡a.円と十字b.小屋と兵隊固視眼測定眼固視眼測定眼図5回旋偏位の測定に使用する異質図形水平・上下のずれを十字が円の隙間に合わせた状態収まるように回旋ノブを回す図6大型弱視鏡による回旋偏位の測定必要に応じて5程度のΔ上下プリズムを片眼に装用90°90°右眼左眼患者からの見え方平行=回旋偏位なし90°90°内方回旋複視=外方回旋偏位90°100°で水平=外方回旋10°図8Maddoxdoublerodtest左眼固視左方視+2°+2°+3°R/L3°R/L1°外方1°外方1°+4°+1°0°R/L8°R/L4°R/L1°外方2°外方4°外方5°+8°+7°+9°R/L11°R/L9°R/L6°外方5°外方6°外方8°図7右眼滑車神経麻痺の大型弱視鏡測定結果右眼の内下転方向(左下方視)で上下偏位が最大,外下転方向(右下方視)で回旋偏位が最大となる.右方視赤色Bagolini線条レンズ(固視眼)緑色Maddox杆(測定眼)目盛りダイヤル膜プリズムアタッチメント図9回旋偏位の測定と結果の判定図10Cyclophorometerによる回旋偏位の測定と結果の判定固視眼の前に赤色CBagolini線条レンズが来るように保持し,点光源を提示して線条光の見え方をたずねる(写真は左眼固視で検査をする様子).a.線条光がC2本見え,互いに平行である場合は回旋偏位はない.Cb.線条光がC2本見え,互いに平行でない場合は回旋偏位がある.Cc.線条光がC1本しか見えない場合は融像もしくは片眼の抑制が考えられる.付属の上下プリズムアタッチメントを装着し,光を上下に分離して再検査を行う.図11むき眼位での測定や,頭位を変えての測定

Hess赤緑試験の記録と読み方

2023年11月30日 木曜日

Hess赤緑試験の記録と読み方RecordingandInterpretationoftheHessRed-GreenTest古森美和*稲垣理佐子*はじめにHess赤緑試験は,赤と緑のフィルターで左右眼を分離し,融像を除去した状態で各向き眼位における眼位および眼筋の働きを測定する検査である.複視を自覚している患者に行う.検査は第1眼位から9方向の眼位の状態を記録紙に四角形で図示し,その大きさや形から眼球運動異常の診断に利用する.日常診療では,麻痺筋の同定や術式の選択,術前後の比較,疾患の経時的な変化の記録などに用いられる.IHess赤緑試験の記録1.Hess赤緑検査の原理検査は赤緑眼鏡を通して行う.赤色の固視灯は緑色のフィルターを通すと黒く見えるため(図1a),赤いフィルターからは緑の光は見えず赤の固視灯のみが見える.緑色のフィルターを通すと赤い固視灯は見えず緑の光のみが見える.したがって,左右眼が分離され融像ができない状態となる(図1b).眼球運動制限がない場合には,左右の眼のともむき筋に同等の力が働く(Heringの法則)ため,緑色でさし示された点をつないだ四角形は左右対称になる.一方,麻痺があると,健眼固視では麻痺筋の眼球運動制限によって四角形は小さくなるが(第1偏位),麻痺眼固視ではHeringの法則により大きくなる(第2偏位).このため,四角形が小さいほうが麻痺眼で,狭くなっている方向に作用する筋が麻痺筋であると判断できる(図2).また,内斜視では内側へ,外斜視では外側へ,上斜視では上側へ,下斜視では下側へ図形全体がずれる.V型斜視では四角形が上に開いた形,A型斜視では下に開いた形になる.視標が線ではなく点のため,Harms正接スクリーンテスト1)などの特殊な場合を除き,Hess赤緑試験では回旋偏位を測定することはできない.2.Hess赤緑試験の機器の種類一般に使用されているHess赤緑試験の機器は壁掛け式と投影式の2種類がある(図3).格子状にマスがあり,1マスは5°で,測定点は15°と30°の範囲がある.壁掛け式の検査距離は50cmで,測定点は中心の固視灯と中心から15°が8点,中心から30°が16点,合計25点を計測できる(図3a).一方,投影式の検査距離は1.4mで,測定点は中心の固視灯と中心から15°の8点は壁掛け式と同様だが,中心から30°は器械の構造上四隅が測定できないため12点となり,合計21点の計測となる(図3b).3.Hess赤緑試験の検査方法検査は半暗室で行う.眼の高さは中心の固視灯に合わせる(図4).検査時は顔を動かさず,眼だけを動かして光を見るように説明する.被検者には赤緑眼鏡を装用させ,赤色の固視灯に緑色の光を重ねるよう指示する.麻痺眼では固視がしづらいため健眼固視のほうが被検者にとっては負担が少ない.そこで麻痺眼が明らかな場合に*MiwaKomori&RisakoInagaki:浜松医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕古森美和:〒431-3192静岡県浜松市東区半田山1-20-1浜松医科大学医学部眼科学講座0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(15)1385ab左.赤の眼鏡右.緑の眼鏡左.緑の眼鏡右.赤の眼鏡図1Hess赤緑検査の原理(仮)右に赤の光,左に緑の光を照らした場合,a:右に緑の眼鏡,左に赤の眼鏡を重ねると,それぞれの眼鏡は赤と緑が重なり黒く見えるが,b:右に赤の眼鏡,左に緑の眼鏡を重ねると,赤の眼鏡には赤の光が,緑の眼鏡には緑の光が見える.図2左眼の外転神経麻痺の場合(仮)左眼の外転神経麻痺では,左眼の外直筋が麻痺筋となる(.).この場合,右眼(健眼)で固視したときは左眼の四角形は小さく(第1偏位),左眼(麻痺眼)で固視したときは右眼の四角形が大きくなる(第2偏位).図3Hess赤緑試験の機器a:壁掛け式,b:投影式.測定点は両機器とも中心の固視灯と中心から15°は8点だが,中心から30°は壁掛け式では16点,投影式では四隅(○)が測定できないため12点となる.図4検査時の写真視線は中心の固視灯(.)の高さに合わせる.ab図5Hess赤緑試験の結果a:15°のみ測定,b:15°と30°を測定.15°の範囲では異常を認めないが(a),30°を測定することにより右眼の外転制限があることが確認できる(b).a-①b-①c-①a-②b-②c-②図6症例1の初診時(a)と術前(b)・術後(c)の写真a:初診時は20ΔETで左眼の外転は正中をやや超える程度だった.b:術前は50ΔETとなり著明な外転制限を認めた.c:術後は正位となり外転も軽度可能となった(①:第1眼位,②:左方視時).==~ab図8症例2の頭部傾斜試験(a)とHess赤緑試験(b),眼窩MRI(c)a:Bielschowsky頭部傾斜試験は右眼で陽性.b:Hess赤緑試験では右眼の下斜筋過動を認めたが,拮抗筋である右眼の上斜筋の遅動は明らかではなかった.c:眼窩MRIで右眼上斜筋の萎縮を認めた().ab図9症例3の第二眼位(a)と頭部傾斜試験(b)の写真,眼窩MRI(c)a:右方視時に左眼が下斜視となり強い複視を自覚した.b:Bielschowsky頭部傾斜試験は右眼で陽性.c:右上斜筋の萎縮を認めた().a-①b-①a-②b-②図10症例3の術前後のHess赤緑試験(a)と第一眼位の写真(b)①:術前,②:術後.術前のHess赤緑試験では,右眼の下直筋麻痺や左眼のBrown症候群が考えられる結果だった(a-①).遠見眼位は術前25ΔRHT(b-①)から術後12ΔRH(T)(b-②)に軽快したが,右方視での複視が残存し追加手術を検討している(a-②).ab-①b-②c-①c-②d00+14L/R2L/R2L/REx14Ex14Ex14+1001L/R1R/L3R/LEx16Ex16Ex16+4+4+31L/R2R/L5R/LEx22Ex23Ex23+10+21R/L1R/L1R/LEx1Ex2Ex1+2+2+32R/L2R/L2R/LEx6Ex6Ex7+4+5+21R/L2R/L2R/LEx8Ex9Ex9図11症例4の9方向眼位写真(a)と眼底写真(b),Hess赤緑試験(c),大型弱視鏡(d)1:術前,2:術後.9方向眼位写真(a)では明らかな眼位異常は認めなかったが,術前の眼底写真(d)では著明な外方回旋偏位を認めた.術後はHess赤緑試験(b)でV型斜視は軽快し,大型弱視鏡(c)で外方回旋偏位の改善を認めた.ab-①b-②図12症例5の9方向眼位写真(a),Hess赤緑試験(b),アイスパックテスト前後の顔写真(c)a:9方向眼位写真(左眼瞼を挙上して撮影)では左眼の内転,上転制限を認めた.b:前医①と当科②の中心と中心から15°の9点を比較すると異なる結果を示した.c:アイスパックテスト前(上)後(下)で左眼瞼下垂の改善を認めた.■用語解説■Hummelsheim法:上直筋,下直筋の耳側半分をそれぞれ外直筋付着部に移動する術式.

眼球運動の見方

2023年11月30日 木曜日

眼球運動の見方EvaluationofOcularMotilityExaminationMethods塚本晶子*はじめに複視を訴える患者の診察では,まず問診で単眼複視か両眼複視かを確認する.両眼複視の場合は,眼位のずれがあることを念頭に頭位異常の有無,眼位を確認する.遮蔽-遮蔽除去試験(cover-uncovertest:CUT)や交代遮蔽試験(alternateprismcovertest:APCT)などの眼位検査で斜視の型を確認し,眼球運動検査で共同性斜視か非共同性斜視かを判断する.眼球運動検査では,①両眼運動(むき運動,version)による9方向眼位,②単眼運動(ひき運動.duction),③輻湊運動(よせ運動,vergence)を検査する1).眼球運動の検査はまず両眼で行い,もし運動に障害があれば,片眼ずつ検査する.大角度の斜視や上下筋過動では,両眼で検査すると,眼球運動が障害されているように見えることがあるので注意が必要である2).I9方向むき眼位検査9方向むき眼位とは第1眼位(正面視),第2眼位(上方視,下方視,右方視,左方視),第3眼位(右上方視,右下方視,左上方視,左下方視)の9方向でのむき眼位のことである2).各方向での眼位ずれ,各外眼筋の過動,不全,運動制限の有無を確認する.この検査は斜視,眼球運動障害が疑われる患者が対象となる.1.診断的むき眼位定性検査患者の30~50cmのところに固視目標,またはペンライトを用い,9方向むき運動を検査する.追視がむずかしい乳幼児にはおもちゃ,とくに音の出るものが有用である3).第1眼位から第2眼位(上下左右方向)に視標を動かし眼球運動(両眼むき運動)を確認する.つぎに第2眼位から第3眼位(右上方,左上方,右下方,左下方)への眼球運動の動きを確認し,それぞれの動きが正常範囲か検査する4).記録方法としては図示するか,眼位写真撮影を行う(図1).2.診断的むき眼位定量検査遠見(5m)を基本とし,必要であれば近見眼位の測定を行う.正面に固視目標を置き,第1眼位でのAPCTを行い,第2眼位は前庭動眼反射(vestibuloocularre.ex:VOR)を利用し顔を回し,APCTを行う.上下方向の眼球運動があれば顎を上げ下げしてAPCTを行い,第3眼位は顔回しと顎上げ下げを組み合わせた頭位でAPCTを行う5).回旋複視を訴える患者には,大型弱視鏡やcyclophorometer(回旋偏位測定装置),Maddoxdoublerodtestを用いた定量検査が有用である.II検査の留意点9方向むき眼位検査では,ときに眼瞼の形状により誤った判断してしまうことがある.たとえば内眼角部の上眼瞼が下がっている患者に対しては下斜筋過動という診断をつけやすい.そこで,十分に眼瞼を引き上げて観察*ShokoTsukamoto:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕塚本晶子:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(9)1379図1正常眼の9方向眼位(むき運動)両眼が同時に同じむき方向へ向かう両眼共同運動をむき運動といい,眼球運動評価の際は,まず,むき運動での9方向眼位を確認する.第1眼位:頭位をまっすぐにしたときの正面視の眼位.第2眼位:右方視,左方視の水平視,上方視,下方視の垂直視での眼位.第3眼位:右上方視,右下方視,左上方視,左下方視での眼位.図29方向眼位ひき運動(duction)(写真は正常)むき運動で眼球運動障害が疑われた際は,片眼を遮蔽して単眼性の眼球運動(ひき運動)を左右それぞれ確認する.上転下転角膜下縁が内外眼角を結ぶ線上にある角膜上縁が内外眼角を結ぶ線上にある内転瞳孔内縁が上下涙点を結ぶ線上にある外転角膜外縁が外眼角に達する位置にある図3眼球運動の正常範囲~右眼左眼上直筋下斜筋下斜筋上直筋外直筋内直筋内直筋外直筋下直筋上斜筋上斜筋下直筋図4眼球運動評価の記載外上転は上直筋のおもな作用方向.内上転は下斜筋のおもな作用方向.外下転は下直筋のおもな作用方向.内下転は上斜筋のおもな作用方向である.各筋の運動評価は,水平・垂直筋は0~.4.斜筋は.4~0~+4で表し記載する.-1-3-2-4図5外転障害の程度(右眼)正常を0とし,障害程度を.1~.4で表し記載する.(文献7より改変)+1+3+2+4図6下斜筋過動(inferiorobliquemuscleoveractio:IOOA)の程度第3眼位でのみIOOAを認めた場合,程度により+1,+2.第2眼位でIOOAを認めた場合,+3.第2眼位で内転眼が上転する場合,+4と記載する.(文献7,9より改変)右方視右方視右方視abc図7牽引試験a:右眼に外転制限が認められる場合,点眼麻酔後,患者に右方視を指示する.b:結膜輪部をピンセットでしっかりつかみ,眼球が外転できるかをみる.右眼の外転神経麻痺の場合は容易に外転できる.c:機械的運動制限の場合は抵抗を感じ外転できず,内転方向に動かすと拮抗筋の抵抗を感じる.SOSOLRLR図8外眼筋と神経支配上直筋(superiorrectus:SR),内直筋(medialrectus:MR),下直筋(inferiorrectus:IR),下斜筋(inferioroblique:IO),上斜筋(superioroblique:SO),外直筋(lateralrectus:LR)表1各むき眼位における筋の相互関係表2各種眼球運動障害の特徴作用する筋ともむき筋間接拮抗筋右方視右外直筋左内直筋左外直筋左内直筋右外直筋右内直筋左方視右内直筋左外直筋左内直筋左外直筋右内直筋右外直筋右上方視右上直筋左下斜筋左上斜筋左下斜筋右上直筋右下直筋右下方視右下直筋左上斜筋左下斜筋左上斜筋右下直筋右上直筋左上方視右下斜筋左上直筋左下直筋左上直筋右下斜筋右上斜筋左下方視右上斜筋左下直筋左上直筋左下直筋右上斜筋右下斜筋1.動眼神経麻痺:内転・上転・下転障害,外斜視,眼瞼下垂,瞳孔散大.2.滑車神経麻痺:内下転障害,上下斜視,回旋偏位,斜頸(頭位異常),Bielschowsky頭部傾斜試験(Bielschowskyheadtilttest:BHTT).3.外転神経麻痺:外転障害,内斜視.4.甲状腺眼症:上下斜視,眼球突出.5.重症筋無力症:日内変動,眼瞼下垂.6.眼窩底骨折:上転障害,上下斜視,外傷の既往.7.MLF症候群:内転障害,輻輳可能.(文献8より改変)■用語解説■Heringの法則:両眼むき運動を行うときに同時に動く外眼筋をともむき筋という.ともむき筋はそれぞれの神経支配から同等量の神経刺激を受ける.そのため両眼むき運動では左右眼とも同じ角度だけ動くしくみになっている.麻痺性斜視の場合は,患眼を罹患筋の作用方向に動かすために,その方向へ神経刺激が多く送られる.その刺激はHeringの法則によって健眼にも送られるために,患眼固視の偏位ずれは健眼固視の偏位ずれより大きくなる.-

複視を理解するための基本知識

2023年11月30日 木曜日

複視を理解するための基本知識FundamentalKnowledgeforUnderstandingDiplopia新井慎司*はじめに複視とは一つの物体が二つに見えることである.斜視が原因であることが多いが,他の要因で複視が生じることもある.複視の理解には,斜視だけでなく両眼視や網膜対応,複視が起こる可能性のある斜視以外の疾患の知識が必要となる.また,患者の自覚的な見え方も重要な情報である.他覚的な所見と一致しなかったり,斜視以外の原因で複視が生じたりすることがあるため,詳細な問診をとる.本稿では複視の基本的な知識や鑑別の方法,患者への聴取のポイントについて解説する.I両眼視と網膜対応ヒトが両眼で物体を見ているとき,左右眼のわずかに異なる角度から同時に外界を見ている.両眼の視野は,網膜面上でほぼ重なり合った画像を受けとる.右眼の中心窩も左眼の中心窩も正面に視方向をもっている関係を「網膜正常対応」とよぶ.網膜正常対応で斜視がないとき,網膜の各部位は一定の視方向をもち,両眼の中心窩を基準として同じ方向に同じ量離れた点を網膜対応点という.したがって,両眼の網膜対応点に結像する物体は頭の中で一つに認識される.横にある物体を見ていても右眼と左眼が共通の視方向を有していれば,同じ位置にあると認識され,複視は起こらない(図1).IIホロプタとPanumの融像感覚圏両眼である一点を固視しているとき,両眼の網膜の対応する点をつないでできる面のことを「ホロプタ」とよぶ.ホロプタ上の点は両眼網膜の各対応点に結像するため単一視が可能である.ホロプタ外の物は両眼の非対応点に結像するため複視になるが,実際にはホロプタ前後に両眼で単一視可能な領域が存在する.これを「Panumの融像感覚圏」とよぶ(図2).III生理的複視Panumの融像感覚圏内であればある程度の幅をもって融像することができるが,その範囲を超えると網膜の非対応点に像が投影されるため複視を感じる.これが「生理的複視」である.見ている物より近いところにある目標物は,網膜の耳側に投影されるため,右眼の像は左側,左眼の像は右側に見える.各眼の像が交差して反対側に見えるため,「交差性複視」となる.一方で,見ている目標物より遠いところにある物体は,両眼とも網膜の鼻側に像が投影されるため右眼の像は右側,左眼の像は左側に見える.各眼の像が眼と同側に見えるため,「同側性複視」となる(図3).正常者でも複視を感じるが,日常生活で自覚することはほとんどない.IV病的複視「病的複視」は顕性の共同性斜視や麻痺性斜視で抑制*ShinjiArai:帝京大学医療技術学部視能矯正学科〔別刷請求先〕新井慎司:〒173-8605東京都板橋区加賀2-11-1帝京大学医療技術学部視能矯正学科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(3)1373ホロプタ図2ホロプタとPanumの融像感覚圏ホロプタ上の点(F,A,B)は,左右眼の対応点であるため単一視される.ホロプタ外であってもPanumの融像感覚圏内であれば融像することができる.a視空間b視空間右眼図1網膜対応点網膜正常対応で斜視がなければ,両眼の網膜対応点に投影される像は単一視される.例:左眼の耳側網膜と右眼の鼻側網膜,左眼の下方網膜と右眼の下方網膜.右眼の像左眼の像左眼の像右眼の像FFFF図3生理的複視a:目標物よりも物体が近くにあるとき,中心窩より耳側に像が投影されるため交差性複視となる.b:目標物よりも物体が遠くにあるとき,中心窩より鼻側に像が投影されるため同側性複視となる.a視空間b視空間上斜視FFF’FFF’固視眼斜視眼固視眼斜視眼図4水平複視a:右眼外斜視:固視眼が中心窩で目標物を見ているとき,斜視眼の像は耳側に投影されるため交差性複視を生じる.b:右眼内斜視:固視眼が中心窩で目標物を見ているとき,斜視眼の像は鼻側に投影されるため同側性複視を生じる.視空間右眼F’FF左眼下斜視視空間右眼FFF’左眼図5上下複視上下斜視:左眼が中心窩で目標物を見ているとき,右眼の像は上方に投影されるため下方に複視を生じる.固視眼が右眼に切り替わったときは,像が下方に投影されるため上方に複視を生じる.TTTIIII右眼外方回旋斜視右眼内方回旋斜視図6回旋複視外方回旋斜視は内方回旋複視,内方回旋斜視は外方回旋複視を生じる.S:上方,I:下方,T:耳側,N:鼻側.視空間視空間抑制されているため複視を認識しないFFF’FFF’固視眼斜視眼固視眼斜視眼図7抑制図8混乱視斜視眼の道づれ領にあたる範囲に抑制野があるため,像が投影固視眼の中心窩と斜視眼の中心窩に投影される像が重なって見されていても複視を認識しない.える.-1.00D-3.00D-4.00D-8.00D右眼:左眼:-1.00Dcyl-3.00DA×180°-3.00Dcyl-5.00DA×180°図9乱視の軸方向で不同視が生じる一例例)球面,円柱度数ともに2.00Dの不同視で乱視軸も同じだが,軸方向で分類すると上下方向に4.00Dの不同視を認める.下方視したときにプリズム効果により複視を感じる可能性がある.()()-10.00D-10.00D-10.00D-10.00D図10強度屈折異常眼で眼鏡が傾いた場合に起こる複視の一例両眼とも.10.00Dの眼鏡で,右眼のレンズが上に2mm,左眼のレンズが下に2mm傾いた場合,Prenticeの公式p=hD(P:プリズム作用,h:光学中心からの距離(cm),D:レンズの度数)により合計4Δのプリズム効果が生じる.上下の融像幅は1.2°のため融像の限界を超え,複視を生じる可能性がある.

序説:複視を伴う斜視の診断と治療

2023年11月30日 木曜日

複視を伴う斜視の診断と治療DiagnosisandTreatmentforStrabismuswithDiplopia林孝雄*佐藤美保**複視には単眼複視と両眼複視がある.そのうち,両眼複視が斜視によるものであり,両眼の視線が同一の視標に向いていないために対象物が二重に見える現象である.複視を伴うおもな斜視には,表1に示すようなものがある.左右上下,どの方向を見ても同様な複視を自覚する共同性斜視には,後天内斜視と恒常性外斜視があり,見る方向によって複視の状態が変化するものは非共同性斜視で,動眼神経麻痺や滑車神経麻痺などの神経原性麻痺性斜視,甲状腺眼症や外眼筋炎などによる筋原性斜視,神経筋接合部障害による重症筋無力症,その他,斜視特殊型といわれるsaggingeyesyndromeや眼窩吹き抜け骨折などがある.非共同性斜視では,複視を自覚しない部位が正面以外のどこかにあれば,顔回しや顎上げや顎引き,顔の傾けなどの異常頭位を示すことがある.このような複視を伴うさまざまな斜視を診断するために,まずは,複視に関する基本知識を新井慎司先生に解説していただき,眼球運動検査のポイントと運動制限の程度の記載方法などに関して,塚本晶子先生に説明していただいた.さらに,Hess赤緑試験の記録の方法や,麻痺筋同定のための読み方に関して稲垣理佐子先生・古森美和先生に解説していただき,Hess赤緑試験では測定できない回旋複視を伴う斜視の検査法については,Cyclophorometerの発明者である佐々木翔先生にお願いした.そして,後天斜視の原因検索の詳細を飯森宏仁先生に解説していただき,とくに小児は複視の訴えのない場合もあり,また心因性で複視を訴えることもあり,確定診断には苦労することがあるので,その診断テクニックなどに関して杉山能子先生・輪島良太郎先生に説明していただいた.また,強度近視性内斜視やsaggingeyesyndromeの診断には眼窩MRI検査が有用であり,その画像診断の解説とポイントを河野玲華先生にお願いした.複視で困っている患者の治療の最終目標は,顔を正面に向けて,正面から下方視での,日常でもっともよくみる位置で二重に見えないようにすることで表1複視を伴うおもな斜視共同性斜視後天内斜視恒常性外斜視非共同性斜視神経原性麻痺性斜視筋原性斜視神経筋接合部障害Saggingeyesyndrome眼窩吹き抜け骨折*TakaoHayashi:帝京大学医療技術学部視能矯正学科**MihoSato:浜松医科大学医学部眼科学講座0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(1)1371

片眼の視神経症で発症し全脳放射線治療により失明を 免れた髄膜癌腫症の1 例

2023年10月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科40(10):1360.1364,2023c片眼の視神経症で発症し全脳放射線治療により失明を免れた髄膜癌腫症の1例中山佳純*1,2伊藤賀一*1,3,4内田敦郎*1,3野地将*3野村昌弘*1,3根岸一乃*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2永寿総合病院眼科*3国家公務員共済組合連合会立川病院眼科*4いとう眼科CPreservationofVisualFunctioninaCaseofMeningealCarcinomatosiswithOpticNeuropathyKasumiNakayama1,2),YoshikazuIto1,3,4),AtsuroUchida1,3),ShoNoji3),MasahiroNomura1,3)andKazunoNegishi1)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,EijuGeneralHospital,3)DepartmentofOphthalmology,KKRTachikawaHospital,4)ItoEyeClinicC視神経症で発症し脳症状を認めなかった髄膜癌腫症に対して,早期に全脳放射線治療を開始することで失明を免れたC1例を経験したので報告する.52歳,女性.約C1年前から立川病院乳腺外科にて乳癌と多発骨転移でホルモン療法を施行され,3カ月前の頭部CMRIでは頭蓋骨転移を認めていた.2日前から左眼の急激な視力低下を訴え,同院眼科に紹介となった.眼科初診時の矯正視力は,右眼C0.6,左眼C0.01,限界フリッカ値は右眼C39.7CHz,左眼測定不能.右眼前眼部や眼底に異常なく,左眼眼底には視神経乳頭腫脹を認めた.Goldmann動的量的視野検査で,右眼は正常であったが,左眼は測定不能であった.頭部造影CCTでは骨転移病変の増大,硬膜への浸潤,脳溝に沿った造影効果を認め,髄膜癌腫症と診断された.第C17病日から全脳照射をC10日間C30CGy施行,第C27病日には左眼視神経乳頭浮腫の改善を認め,第C57病日の視力は右眼C1.2,左眼C0.02を維持していた.第C161病日において髄膜癌腫症の再発は認めていない.髄膜癌腫症の早期診断,治療により失明を回避し生命予後の改善に寄与できた可能性がある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCmeningealcarcinomatosis(MC)thatCdevelopedCwithCopticCneuropathyCbutCnoCcerebralsymptoms.Casereport:A52-year-oldfemaleundergoinghormonetherapyforbreastcancerandmulti-pleCboneCmetastasesCforCaboutC1CyearCsuddenlyCnoticedCaClossCofCvisionCinCherCleftCeye.CAtCinitialCexamination,CherCcorrectedCvisualacuity(VA)wasC0.6CODCandC0.01COS,CandCcriticalCfusionCfrequencyCwasC39.7CHzConCtheCrightCandCunmeasurableontheleft.Goldmannperimetryshowedthattherightvisual.eldwaswithinthenormalrange,yettheCleftCvisualC.eldCwasCunmeasurable.CContrast-enhancedCCTCofCtheCheadCshowedCduralCinvasion,CandCcontrastCe.ectsalongthecerebralsulcus,leadingtoadiagnosisofMC.Fromthe17thday,wholebrainirradiationof30CGywasperformedfor10days.Thirtydayslater,herVAremainedat1.2CODand0.02COS,andnorecurrenceofMChasbeenobservedforover2months.Conclusions:EarlydiagnosisandtreatmentofMCmayhavecontributedtothepreservationofvisualfunctionandanimprovedprognosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(10):1360.1364,C2023〕Keywords:癌性髄膜炎,髄膜癌腫症,髄膜転移,視神経症.meningealcarcinomatosis,leptomeningealmetasta-ses,opticneuropathy.Cはじめに髄膜癌腫症とは,中枢神経に実質性の腫瘍を形成することなく髄腔内または髄膜にびまん性病変として癌細胞が浸潤するものである.原発巣となる悪性疾患には,固形癌では乳癌や肺癌,悪性黒色腫が多く,血液疾患ではリンパ腫や白血病が多いとされ,固形癌をもつ患者のC5.10%,造血器悪性腫瘍ではC5.15%に発症するとされる1.3).また,髄膜癌腫症は,癌患者の進行したステージに発症する病態であるが,固形癌の場合は診断のC1.2年後に,造血器悪性腫瘍の場合は平均してC11カ月後に発症するとされる3).担癌患者の生命〔別刷請求先〕中山佳純:〒110-8645東京都台東区東中野C2-23-16永寿総合病院眼科Reprintrequests:KasumiNakayama,M.D.,DepartmentofOphthalmology,EijuGeneralHospital,2-23-16Higashi-Nakano,Taito-ku,Tokyo110-8645,JAPANC1360(102)予後は延長しており,髄膜癌腫症を発症する患者は増加すると考えられる.髄膜癌腫症の初発症状として,頭痛やけいれん,精神症状,悪心・嘔吐などの中枢神経症状が多いとされる.脳神経障害や脊髄の神経根症状を生じることもあり,視神経のほか,動眼神経や内耳神経などが障害される場合,急速に進行して重度の神経障害となる特徴があり,髄膜癌腫症の視神経症の視機能の予後は不良である.加えて,髄膜癌腫症は生命予後も不良な疾患である.診断は診察所見や画像検査,髄液検査を行うが,それぞれの検査で有意な所見を認めないことがある.今回筆者らは視神経症で発症した患者に,脳症状を認めない髄膜癌腫症を疑って,早期に診断と全脳放射線治療を開始することで生存中の失明を免れたC1例を経験したので報告する.CI症例患者:52歳,女性.主訴:左眼の視力低下.既往歴:高眼圧症,高血圧,糖尿病,うつ病,喘息.現病歴:約C1年前に腰痛や股痛が出現.精査の結果,乳癌と多発骨転移の診断を受け,立川病院乳腺外科でホルモン療法を開始されていた.3カ月前の頭部CMRIでは,頭蓋骨の骨転移は認めたが,頭蓋内に明らかな異常は認めなかった.2日前から左眼の突然の視力低下を自覚し,同院眼科に紹介となった.初診時所見:視力は右眼C0.6(0.6C×.1.00D(cyl.1.75DAx80°),左眼C0.01(矯正不能)と左眼の視力低下を認め,眼圧は右眼C24CmmHg,左眼C24CmmHgと高眼圧であった.右眼の前眼部や眼底には明らかな異常所見は認めなかったが,左眼の乳頭浮腫を認め(図1),既往と経過から髄膜癌腫症による視神経症が疑われた.経過:第C7病日に施行した頭部造影CCTでは両眼の視神経に異常は認めなかったが,骨転移病変の増大,硬膜への浸潤,脳溝に沿った造影効果を認めた(図2).特徴的な画像所見から髄膜癌腫症と診断し,治療を優先して髄液検査は行わなかった.第C12病日に,視力は右眼(1.0CpC×.1.00D(cylC.1.75DAx80°),左眼手動弁(矯正不能),限界フリッカ値(CFF)は右眼C39.7CHz,左眼は手動弁のために測定不能.右眼前眼部や眼底に異常なく,左眼眼底の乳頭浮腫は変わりなかった.Goldmann動的量的視野検査では,右眼は正常範囲内,左眼は測定不能であった(図3).第C17病日から全脳照射をC10日間C30CGy施行,第C27病日の視力は,右眼C0.8(1.2C×.0.50D(cyl.1.00DAx180°),左眼手動弁,眼圧は右眼C21CmmHg,左眼C19CmmHg.左眼の乳頭浮腫は改善傾向であったが,視力の改善はなかった.第C57病日,矯正視力は右眼C0.7(1.2C×.0.75D(cyl.2.00DCAx175°),左眼C0.02(矯正不能)で,眼圧は右眼C22mmHg,左眼C22CmmHg.左眼の視力改善を認めたが限定的で,乳頭浮腫も改善したが,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)で左眼の視神経乳頭周囲神経線維層厚は菲薄化していた(図4).第C77病日,Goldmann動的量的視野検査で左眼も測定できたが,視野障害は残存した(図5).第C161病日も視神経症の再燃はなく,経過中に右眼の病変は認めなかった.また,意識障害などの中枢神経症状や他の脳神経障害の出現は認めず,そのほか髄膜癌腫症による症状はなく,全身状態の悪化もみられなかった.CII考按髄膜癌腫症の症状としては,頭痛がC82%,悪心・嘔吐が41%に認められ,視力低下はC18%に認めるとされる3).本症例は頭痛などの中枢神経症状を認めず,視力低下が初発症状で眼科受診となったが,髄膜癌腫症による視神経症は,短期間で片眼から両眼に発症した患者も報告されている4.7).本症例の場合も,無治療の場合に両眼性となる可能性が考えられ,片眼性の時点で早期診断と治療ができたことで,両眼の失明を避けることができた可能性がある.眼症状では視神経障害のほか,動眼神経障害や外転神経障害による複視や眼瞼下垂を認める場合がある4,8).また,髄膜癌腫症は生命予後不良な疾患で,急な死亡の転帰をたどることもある7).癌性髄膜腫症の視神経症の病態については,視神経自体に対する腫瘍細胞の浸潤性視神経症や,視神経周囲の腫瘍細胞浸潤によって視神経の圧迫による虚血視神経症や栄養代謝障害を起こすことが原因だと考えられている7,12).本症例は癌性髄膜腫症の治療開始を優先したため,髄液検査を行っていないため,浸潤性視神経症の有無の確認はできていない.また,蛍光眼底造影検査による視神経の虚血の評価ができていないので,本症例の視神経症の機序は把握できていない.髄膜癌腫症の診断は,臨床経過,画像所見,髄液検査によって行われるが,髄膜癌腫症による視神経症の眼所見は,視神経浮腫を呈する場合と,視神経浮腫を呈しない球後視神経の病変が主体の場合があるとされ,前者では,視神経症の鑑別をすすめる必要があるが,後者では眼所見が乏しいため,診断に難渋する症例が報告されている9,10).本症例では臨床経過や眼所見,画像所見で髄膜癌腫症に合致する所見を認めて,診断と治療開始に至った.しかし,髄膜癌腫症の画像所見についても所見が乏しいことがあり,MRIの感度はC20.91%と報告されており,画像検査で異常を認めないことがある3,10.12).また,髄液検査が診断に有用とされるが,髄液細胞診の陽性率はC78%とされ,臨床経過から髄膜癌腫症を疑われる場合は,初回で悪性所見が陰性であってもC2回以上施行することが推奨されている3,7,13,14).よって,診断は臨床図1初診時の眼底写真とOCT右眼に明らかな異常は認めないが,左眼に乳頭浮腫,出血を認める.(検査データは,患者本人から許可をいただいて本稿内に使用している)図2頭部造影CT右前頭部の骨転移病変の増大,硬膜への浸潤を認めている(C.).髄膜癌腫症の播種による右前頭葉や左後頭葉の脳溝に沿った造影効果を認めた(C.).図3治療前の視野検査(第C12病日)右眼は正常,左眼は手動弁のため測定不能であった.経過や画像所見,髄液検査を総合的に判断する必要がある15).既報では5,7),画像所見や髄液検査で異常は認めなかっことから,髄膜癌腫症が鑑別として考えられ,乳腺外科と放たが,短時間で高度な視力低下から死亡の転帰に至った症例射線科に画像精査と治療依頼をすることができた.が報告されており,短期間での診断が要される.本症例は,髄膜癌腫症の治療は,放射線治療や全身化学療法,化学療髄膜癌腫症による視神経症の既報と同様に,急な視力低下と法の髄注療法,もしくはそれらの併用療法を行うか,鎮痛な視野障害を生じた臨床経過と,眼底所見で乳頭浮腫を認めたどの対症療法のみを行う場合がある.無治療であれば,髄膜図4放射線治療後の眼底所見とOCT(第C57病日)左眼の乳頭浮腫は改善したが,視神経乳頭周囲神経線維層厚は菲薄化していた.図5放射線治療後の視野検査(第C77病日)左眼が測定可能になったが,広範な視野障害が残った.癌腫症の生命予後はC4.6週間といわれている.乳癌が原発が奏効して失明を免れたと考えられた.右眼についても,放巣の髄膜癌腫症では,治療を受けた場合の生命予後の中間値射線治療前後で,矯正視力は向上し,OCTの視神経乳頭周はC5カ月と報告されており,治療介入により生命も延長され囲神経線維層厚が正常域に改善しているため,ごく初期の視る15).治療選択は,症例の全身状態やCADL(activitiesCof神経症を発症していた可能性が考えられた.しかし,右眼のdailyliving)に応じて検討して行われる.静的視野検査は行っておらず,視神経のCMRI撮影も行って本症例は左眼の癌性髄膜腫の視神経症に対して,全脳照射いないので,推測の域をでないことは否定できない.本症例のように,髄膜癌腫症の診断を行い,早期に治療開始ができたことで,生存中の視機能保持に寄与でき,癌患者の生命予後とCQOL(qualityCoflife)にも貢献できたと考える.髄膜癌腫症は診察や検査所見が乏しい場合もあるため,経過から髄膜癌腫症が疑われる場合に念頭におくことが早期診断に重要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)RhunCEL,CPreusserCM,CvanCdenCBentCMCetal:HowCweCtreatCpatientsCwithCleptomeningealCmetastases,CESMOCOpenC4(SupplC2):e000507,C20192)WangCN,CBertalanCMS,CBrastianosPK:LeptomeningealCmetastasisCfromCsystemiccancer:ReviewCandCupdateConCmanagement.CancerC124:21-35,C20183)PanCZ,CYangCG,CHeCHCetal:LeptomeningealCmetastasisCfromCsolidtumors:clinicalCfeaturesCandCitsCdiagnosticCimplication.SciRepC8:10445,C20184)西尾正哉,鈴木利根:複視を契機に診断され,急速に失明に至った癌性髄膜炎のC1例.神経眼科24:338-343,C20075)一色佳彦,松本美保,田中春花ほか:両眼急速に盲となった胃癌による髄膜癌腫症のC1例,臨眼64:323-327,C20106)SugaokaCS,CKandaCT,CItoCMCetal:ACcaseCofCmeningealCcarcinomatosisCdueCtoCsignet-ringCcellCcarcinomaCthatCdevelopedCsevereCvisualCimpairmentCwithCpapillaryCswell-ing.IntMedCaseRepJC13:153-158,C20227)前田早織,石川久美子,田邊益美:視力障害を初発とし,初診からC2週間の経過で死亡した髄膜癌腫症のC1例.臨眼C71:953-957,C20178)山中千尋,冨田真知子,松下新悟ほか:放射線照射と化学療法が奏効した髄膜癌腫症と転移性脈絡膜腫瘍の合併例,臨眼69:559-564,C20159)CzyzCC,CBlairCK,CBergstromR:LeptomeningealCcarcino-matosisCwithCdelayedCocularCmanifestations.CCaseCRepCOncolC14:98-100,C202110)SabaterCAL,CSadabaCLM,CdeCNovaE:OcularCsymptomsCsecondaryCtoCmeningealCcarcinomatosisCinCaCpatientCwithClungadenocarcinoma:aCcaseCreport.CBMCCOphthalmolC12:65,C201211)山内宏大,工藤孝志,中澤満:診断に苦慮した浸潤性視神経症のC1例.臨眼72:1073-1080,C201812)望月里恵,谷口香織,板谷正博ほか:視力低下が初発症状であった肺腺癌由来髄膜癌腫症.神経眼科C29:409-415,C201213)BonigCL,CMohnCN,CAhlbrechtCJCetal:Leptomeningealmetastasis:TheCroleCofCcerebrospinalC.uidCdiagnostics.CFrontNeurolC10:839,C201914)LanfranconiS,BasilicoP,TrezziIetal:Opticneuritisasisolatedmanifestationofleptomeningealcarcinomatosis:acaseCreportCandCsystematicCreviewCofCocularCmanifesta-tionsCofCneoplasticCmeningitis.CNeurolCResCIntC2013:C892523,C201315)FernandesCL,CdeCMatosCLV,CCardosoCDCetal:EndocrineCtherapyforthetreatmentofleptomeningealcarcinomato-sisCinCluminalCbreastcancer:aCcomprehensiveCreview.CCNSOncolC9:CNS65,C2020***

片眼性網膜色素上皮剝離の所見から初期診断が困難であった 原田病の1 例

2023年10月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科40(10):1354.1359,2023c片眼性網膜色素上皮.離の所見から初期診断が困難であった原田病の1例古味優季*1熊谷知幸*1吉川祐司*1石川聖*1渋谷雅之*1庄司拓平*1,2蒔田潤*1篠田啓*1*1埼玉医科大学医学部眼科*2小江戸眼科内科CACaseofVogt-Koyanagi-HaradaDiseasethatWasDi.culttoDiagnoseduetoUnilateralRetinalPigmentEpithelialDetachmentYukiKomi1),TomoyukiKumagai1),YujiYoshikawa1),ShoIshikawa1),MasayukiShibuya1),TakuheiShoji1,2),JunMakita1)andKeiShinoda1)1)DivisionofOphthalmology,SaitamaMedicalUniversity,2)KoedoEyeInstituteC背景:Vogt-小柳-原田病(VKH)と中心性漿液性脈絡網膜症(CSC)はときとして鑑別が困難である.今回,初診時所見からは急性CCSCを否定できなかったが,時間とともに所見が顕在化したことで網膜色素上皮.離(PED)を伴うVKHと診断した症例を経験した.症例:23歳,女性.左眼歪視を主訴に埼玉医科大学病院眼科を受診した.数日前から耳鳴りや頭痛があった.左眼にのみ脈絡膜の肥厚とCPED,漿液性網膜.離(SRD)があった.VKHを疑うも蛍光眼底造影検査では特徴的な所見を認めず,急性CCSCも疑われた.1週間後に右眼にCSRDと脈絡膜肥厚が出現し,再検した蛍光眼底造影検査でCVKHに特徴的な所見を認めた.腰椎穿刺にて細胞数増多もあり不完全型CVKHと診断し,ステロイドパルス療法を施行し症状が改善した.結論:VKHは画像所見が非典型的であっても,時間とともに所見が顕在化する可能性を考慮し経過観察する必要がある.CPurpose:TopresentacaseofVogt-Koyanagi-Harada(VKH)diseasewithretinalpigmentepithelialdetach-ment(PED)thatwasinitiallydi.culttodiagnose.Case:A23-year-oldfemalepresentedwithmetamorphopsiainherCleftCeyeCafterCexperiencingCtinnitusCandCheadaches.CExaminationCrevealedCserousCretinaldetachment(SRD),Cchoroidalthickening,andPEDinthateye,andVKHdiseasewassuspected.However,therewerenocharacteristic.uoresceinangiography(FA).ndings,CandCacuteCcentralCserousCchorioretinopathyCcouldCnotCbeCruledCout.COneCweekClater,CSRDCandCchoroidalCthickeningCalsoCappearedCinCherCrightCeye,CandCFACimagesCrevealedCcharacteristicC.ndingsofVKHdisease.Alumbarpuncturerevealedanincreaseinthenumberofcells,andadiagnosisofincom-pleteVKHdiseasewasmade.Steroidpulsetherapywasinitiated,andthesymptomsimproved.Conclusion:EvenwhenFAimagesareatypicalofVHKdisease,follow-upexaminationsarerecommended,ascharacteristic.ndingsofthediseasemaypossiblybecomeapparentovertime.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(10):1354.1359,C2023〕Keywords:原田病,中心性漿液性脈絡網膜症,網膜色素上皮.離,光干渉断層計,インドシアニングリーン蛍光造影.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,centralserouschorioretinopathy,pigmentepithelialdetachment,opticalco-herencetomography,indocyaninegreenangiography.Cはじめにて自己免疫が生じると考えられている3,4).一方,中心性漿Vogt-小柳-原田病(Vogt-Koyanagi-Haradadisease:液性脈絡網膜症(centralCserouschorioretinopathy:CSC)VKH)は急性期に両眼性に滲出性網膜.離を生じ,視機能は黄斑部に漿液性網膜.離(serousCretinaldetachment:低下を生じる疾患である1.3).脈絡膜のメラノサイトに対しSRD)をきたし,視力低下や歪視・小視などの視機能障害を〔別刷請求先〕古味優季:〒350-0495埼玉県入間郡毛呂山町毛呂本郷C38埼玉医科大学医学部眼科Reprintrequests:YukiKomi,M.D.,DivisionofOphthalmology,SaitamaMedicalUniversity,38Morohongo,MoroyamaIruma,Saitama350-0495,JAPANC1354(96)図1初診時のカラー眼底とOCT所見左眼には隔壁を伴う漿液性網膜.離と網膜色素上皮.離,脈絡膜の肥厚が認められる(下)が,右眼は脈絡膜の肥厚と脈絡膜大血管の肥厚を認めた(上).生じる疾患で,おもな原因として脈絡膜循環障害が考えられている5).VKHとCCSCではいずれも脈絡膜と網膜色素上皮(retinalpigmentCepithelium:RPE)に障害をきたしており,SRDを生ずる,ないしフルオレセイン蛍光造影(.uoresceinCangi-ography:FA)でCRPEからの漏出がみられるなど臨床所見は似ている6).しかし,VKHとCCSCの治療戦略は異なる.VKHではステロイドが治療の主軸となるが,CSCではステロイドは原因の一つでもあり病態を悪化させる可能性がある7).そのため,VKHとCCSCの鑑別は慎重に行われる必要があるが,臨床所見が類似することから誤診されることが多い6,8).今回筆者らは,初診時の画像所見が非典型的であったが,時間とともに所見が顕在化したことからCVKHと診断し適切な加療を行うことができたC1症例を経験したので報告する.I症例23歳,女性.左眼歪視を自覚したため近医眼科を受診し,左眼CSRD,網膜色素上皮.離(pigmentCepithelialCdetach-ment:PED)の所見があり埼玉医科大学病院眼科を紹介受診した.既往歴はなく,内服薬は漢方薬(当帰芍薬散)のみであった.受診数日前から耳鳴りや頭痛があったが,内科は受診はしていなかった.最高矯正視力(best-correctedCvisualacuity:BCVA)は右眼C1.2,左眼C0.6であり,前眼部に炎症は認めなかった.左眼に眼底検査でCSRDを認め,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)で隔壁を伴うCSRDとCPED,および脈絡膜肥厚を認めた.右眼はCOCTで脈絡膜大血管の肥厚を認めた(図1).同日,FAとインドシアニングリーン蛍光造影(indocya-図2初診時蛍光造影検査所見a:左眼フルオレセイン蛍光造影(FA)初期.3カ所の過蛍光あり.Cb:左眼CFA後期.2カ所は貯留し,1カ所は蛍光漏出をしている.Cc:左眼インドシアニングリーン蛍光造影(IA)初期..離範囲に一致した低蛍光があり.僚眼と比較するとChypo.uorescentdarkdots(HDDs)が生じているようにみえる.Cd:左眼CIA後期.複数の境界明瞭な小斑状過蛍光が認められる.Ce:右眼CFA後期.明らかな異常なし.Cf:右眼CIA後期.HDDsなど明らかな異常はない.CnineCgreenangiography:IA)を施行した.FAでは右眼にの境界明瞭な小斑状過蛍光となった(図2c,d).VKHに特異常所見はなく,左眼に初期から黄斑部に過蛍光があり,後徴的な散在する低蛍光斑(hypo.uorescentCdarkdots:期にはC2カ所は貯留を,1カ所は漏出を認めた(図2a,b).HDDs)も疑われたが,この所見のみでCVKHと診断するこIAでは.離範囲に一致した低蛍光がみられ,後期には複数とは困難であった.右眼はCFAでは異常なく,IAで顆粒状図3再検時のカラー眼底とOCT所見初診時にはなかった漿液性網膜.離が認められる.cd図4再検時の蛍光造影検査所見a:再検時右眼フルオレセイン蛍光造影(FA).乳頭周囲に点状の多発性蛍光漏出が認められる.Cb:再検時左眼FA.乳頭周囲に点状の多発性蛍光漏出,中央に蛍光貯留あり.Cc:再検時右眼インドシアニングリーン蛍光造影(後期相).散在するChypo.uorescentdarkdots(HDDs)があり,脈絡膜の充盈遅延が認められる.Cd:再検時左眼CICG(後期相).右眼同様,散在するCHDDsがあり,脈絡膜の充盈遅延が認められる..離範囲に一致した低蛍光あり.表1OCT所見の比較ShinWB8)(n=100eyes)CLinD9)(n=117eyes)VKHCCSCCVKHCCSCC疾患数C50C50C65C52CSRD43(86%)47(94%)65(1C00%)52(1C00%)CPED0(0%)30(60%)2(3%)23(C44.2%)隔壁を伴うCSRD27(54%)2(4%)55(C84.6%)C0RPE/脈絡膜の皺襞27(54%)1(2%)44(C67.7%)C0VKH:Vogt-小柳-原田病,CSC:中心性漿液性脈絡網膜症,SRD:漿液性網膜.離,PED:網膜色素上皮.離,RPE:網膜色素上皮.過蛍光やCHDDsなど異常はなかった(図2e,f).光干渉断層血管撮影(opticalcoherencetomographyangi-ography:OCTA)の脈絡膜毛細血管板(choriocapillaris:CC)のCenface画像は.離範囲に一致した無信号領域を認めた.OCT所見では両眼の脈絡膜肥厚を認めるが,右眼のCFAとCICG所見には異常はなかった.大血管拡張による変化による可能性もあり,左眼COCTではCPEDを伴うことから急性CCSCも疑われ,ステロイド加療にて増悪するリスクも考えられたため,カリジノゲナーゼ内服を処方し,1週間後に再診となった.再診時,BCVAは右眼C1.2,左眼C0.8,前眼部に炎症は認めなかった.右眼眼底にもCSRDと脈絡膜の肥厚を認めた(図3).蛍光造影検査を再度施行しCFAでは両眼に点状の多発性蛍光漏出を認めた(図4a,b).IAでは両眼に散在するHDDs,および脈絡膜の充盈遅延を認めた(図4c,d).同日,腰椎穿刺を施行したところ,髄液中に細胞数増多を認めた.これらの結果から診断基準に則り,不完全型CVKHと診断した.入院後,ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウムC1,000Cmg/日C×3日)を施行し,BCVAは右眼C1.2,左眼C1.2,歪視などの症状は改善した.SRDやCPEDは縮小し,脈絡膜厚は減少した.その後ステロイド内服を漸減後終了し,2年後も再発はみられていない.CII考按現在のCVKHの診断基準1)はC2001年に作成されたものである.画像検査所見は眼底所見とCFA所見が主体であるが,近年,これらに加えてCIA,OCT,OCTA所見がCVKHの診断や経過観察に有用であると報告されている2.4).既報では,VKHの患者のうちC20%前後が最初にCCSCと診断され6),同様にCCSC患者のC20%が初回にCVKHと診断された8)と報告されている.Yangらの報告はCOCTが汎用されるようになった以前のものであり,OCTを用いて同様の検討を行った場合,上記頻度とは異なる可能性がある6).OCTが使用された文献ではCVKHの患者のうちC14%がCCSCと誤診されたと報告されている8).OCT所見にて隔壁を伴うCSRDとCRPEの皺襞はCVKHに多くみられ,PEDはCCSCに特異的といわれている8,9)(表1).しかし,頻度は少ないが,今回の症例のようにCVKHでCPEDが生じることは報告されている.文献によっては急性期CVKH眼におけるCPEDの頻度は,OCT所見の比較において65眼中C2眼(3.1%)9),OCTおよびCFA所見の比較でC80眼中C1眼(1.3%)10),enCfaceOCTおよびOCTA所見の比較で眼中C0眼(0%)11),3DOCTを用いた観察でC50眼中C5眼(10%)にみられた12)などと多様で,検出方法や検査範囲の違いなどによると考えられる.わが国でもCOCTが導入されるより以前や導入早期にCVKHの症例でPEDを検出した報告があり,丸山らは急性期CVKH10例C20眼の詳細な観察においてC2眼にCPEDを認めたとし13),牧野らは網膜.離が持続したCVKHの症例でCPEDを認め,ステロイド治療が遅れたこともあって脈絡膜における滲出性反応が強く,臨床的には確認が困難であったが,滲出液の貯留は網膜下のみならずCPEDの形で網膜色素上皮とCBruch膜との間にも生じたものと考えられる,と記述している14).その他の検査所見としては,IA検査にて斑状の低蛍光斑(hypo.uorescentCdarkdots:HDDs)はCVKHにおいてC100%にみられ15),OCTAの脈絡膜毛細血管板層のCenface画像では,CSCでは網膜下液と一致した無信号領域が,VKHでは脈絡膜毛細血管板層の虚血に一致した無信号領域がみられる11).本症例は初診時には片眼性で,OCT所見ではCSRDに加えPEDを伴いCCSCとCVKH双方に特徴的な所見を呈した.FA,IA,OCTA所見ではCCSCに近い所見を呈したため,診断に難渋した.診断後に初診時のCIAを確認すると,右眼と比較するとわずかにCHDDsを認める.診断に迷いが生じた際にはマルチモーダルイメージを駆使して総合的に判断することが重要である.VKHにCPEDが生じる機序は解明されていない.PEDの病因は,炎症・虚血・特発・変性のC4つに大別されており,炎症性CPEDは,脈絡膜の炎症が血管透過性の増加と外血液眼関門の破壊を引き起こし,続いてCRPE下に蛋白質を多く含む液体が蓄積した場合に生じると述べている16).VKHでも同様の機序でCPEDを生じている可能性が考えられる.近年,VKHには脈絡膜のうねり12)や加療後にCRPE裂孔が生じた17)などの報告があり,VKHにおいてはCRPEに機能障害だけでなく裂孔などの器質障害が生じCRPE下の貯留液が網膜下腔へと漏出することによってCSRDとなるため,結果としてCVKHではCPEDが観察されにくい可能性があるかもしれない.今回の症例は若年であり,発症から短期間であることから,RPEの障害がわずかでありCPEDを観察することができたと考えられるが,明らかなCRPEの断裂は観察されておらず,器質障害が生じた確証はない.VKHは病初期では眼所見が非典型的であっても,時間とともに眼所見が顕在化し診断に至る可能性があり,正しい治療を行ううえで慎重に経過観察をする必要がある.文献1)ReadCRW,CHollandCGN,CRaoCNACetal:RevisedCdiagnosticCcriteriaCforCVogt-Koyanagi-Haradadisease:reportCofCanCinternationalCcommitteeConCnomenclature.CAmCJCOphthal-molC131:647-652,C20012)PichiCF,CInvernizziCA,CTuckerCWRCetal:OpticalCcoher-enceCtomographyCdiagnosticCsignsCinCposteriorCuveitis.CProgRetinEyeResC75:100797,C20203)OC’KeefeCGA,CRaoNA:Vogt-Koyanagi-HaradaCdisease.CSurvOphthalmolC62:1-25,C20174)長谷川英一:Vogt-小柳-原田病(VKH).RetinaCMedicineC6:46-50,C20175)YannuzziLA:CentralCserouschorioretinopathy:aCper-sonalperspective.AmJOphthalmolC149:361-363,C20106)YangCP,CRenCY,CLiCBCetal:ClinicalCcharacteristicsCofCVogt-Koyanagi-HaradaCsyndromeCinCChineseCpatients.COphthalmologyC114:606-614,C20077)ArakiCT,CIshikawaCH,CIwahashiCCCetal:CentralCserousCchorioretinopathyCwithCandCwithoutsteroids:aCmulti-centersurvey.PLoSOneC14:e0213110,C20198)ShinWB,KimMK,LeeCSetal:Comparisonoftheclini-calCmanifestationsCbetweenCacuteCVogt-Koyanagi-HaradaCdiseaseCandCacuteCbilateralCcentralCserousCchorioretinopa-thy.KoreanJOphthalmolC29:389-395,C20159)LinD,ChenW,ZhangGetal:ComparisonoftheopticalcoherenceCtomographicCcharactersCbetweenCacuteCVogt-Koyanagi-Haradadiseaseandacutecentralserouschorio-retinopathy.BMCOphthalmolC14:87,C201410)LiuCXY,CPengCXY,CWangCSCetal:FeaturesCofCopticalCcoherenceCtomographyCforCtheCdiagnosisCofCVogt-Koya-nagi-Haradadisease.RetinaC36:2116-2123,C201611)AggarwalCK,CAgarwalCA,CDeokarCACetal:DistinguishingCfeaturesCofCacuteCVogt-Koyanagi-HaradaCdiseaseCandCacuteCcentralCserousCchorioretinopathyConCopticalCcoher-enceCtomographyCangiographyCandCenCfaceCopticalCcoher-enceCtomographyCimaging.CJCOphthalmicCIn.ammCInfectC7:3,C201712)ZhaoGL,LiRZ,PangYHetal:Diagnosticfunctionof3DopticalCcoherenceCtomographyCimagesCinCdiagnosisCofCVogt-Koyanagi-HaradaCdiseaseCatCacuteCuveitisCstage.CMedSciMonitC24:687-697,C201813)丸山泰弘,大谷倫裕,岸章治:Vogt-小柳-原田病の急性期COCT所見.臨眼52:1563-1566,C199814)牧野一雄,藤井節子,塚本尚哉ほか:網膜.離が持続した原田病患者の網膜色素上皮障害.あたらしい眼科C13:797-801,C199615)AbouammohMA,GuptaV,HemachandranSetal:Indo-cyaninegreenangiographic.ndingsininitial-onsetacuteVogt-Koyanagi-HaradaCdisease.CActaCOphthalmolC94:C573-578,C201616)Zayit-SoudryCS,CMorozCI,CLoewensteinA:RetinalCpig-mentCepithelialCdetachment.CSurvCOphthalmolC52:227-243,C200717)PrallCFR,CTokuharaCKG,CKeefeCKSCetal:RetinalCpigmentCepitheliumCtearCinCVogt-Koyanagi-HaradaCdisease.CRetinCCasesBriefRepC5:284-286,C2011***

タモキシフェン低用量内服により網膜症を呈した1 例

2023年10月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科40(10):1348.1353,2023cタモキシフェン低用量内服により網膜症を呈した1例小沼こころ橘晟西島義道小松功生士渡邉友之小川俊平渡邉朗中野匡東京慈恵会医科大学眼科学講座CACaseofRetinopathyCausedbyLow-DoseTamoxifenKokoroKonuma,SeiTachibana,EuidoNishijima,KojiKomatsu,TomoyukiWatanabe,ShumpeiOgawa,AkiraWatanabeandTadashiNakanoCDepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicineCタモキシフェンは,乳癌術後の再発予防に使用される経口抗エストロゲン薬である.まれな眼副作用として網膜症があり,近年,光干渉断層計(OCT)の普及に伴い早期発見が可能となっている.症例は,乳癌に対してタモキシフェンの低用量内服をC8年継続しているC42歳,女性.1カ月前から右眼の歪視を自覚し,当院紹介受診となった.初診時の視力は,右眼C0.7,左眼C1.2.右眼には,OCTにて中心窩のCretinalcavityと網膜外層の欠損を認め,左眼でも右眼同様の所見がみられた.OCTangiographyでは,右眼に中心窩耳側の毛細血管拡張を疑う所見を認めた.患者の希望でタモキシフェンの内服を継続したが,8カ月の経過でCretinalcavityは遷延しているが初診時よりは改善がみられている.タモキシフェン使用の際は,OCTにより網膜症を早期に発見し,視力障害を予防できる可能性があるため,定期的な眼底の診察により内服継続の可否を検討することが重要である.CTamoxifenisanoralantiestrogenusedtopreventrecurrenceafterbreastcancersurgery.Arareocularsidee.ectCofCtamoxifenCisCretinopathy,CwhichCisCoftenCdetectedCearlyCdueCtoCtheCwidespreadCuseCofCopticalCcoherencetomography(OCT)inrecentyears.Hereinwereportthecaseofa42-year-oldfemalewhohadbeentakinglow-dosetamoxifenfor8yearsandwhowasreferredtoourhospitalafterbecomingawareofdistortedvisioninherrighteye.OCTexaminationrevealedtheretinalcavityandlossofouterretinallayerinherrighteye,andsimilar.ndingsinherlefteye.Atthepatient’srequest,tamoxifenwascontinued.After8months,theretinalcavitywasprolonged,CyetCimprovedCcomparedCtoCatCtheCinitialCvisit.CWhenCweCuseCtamoxifen,CitCisCimportantCtoCexamineCtheCpatient’sCfundusCregularlyCtoCdetermineCwhetherCorCnotCtoCcontinueCuseCofCtheCmedication,CsinceCOCTCcanCeasilyCdetectretinopathyatanearlystageandpossiblyhelppreventvisualimpairment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(10):1348.1353,C2023〕Keywords:タモキシフェン,タモキシフェン網膜症,黄斑部毛細血管拡張症,網膜内空洞所見.tamoxifen,Ctamoxifenretinopathy,maculartelangiectasia,retinalcavity.Cはじめにタモキシフェンは,乳癌術後の再発予防や,肺癌に使用される代表的な経口抗エストロゲン薬である.眼副作用として,白内障,両側視神経炎,角膜混濁などがあり,なかでも網膜症は,クリスタリン沈着や黄斑浮腫,網膜外層障害や内層のCretinalcavityなど多彩な所見を呈する1.3).低用量内服に伴うタモキシフェン網膜症は,まれな眼合併症と考えられていたが,近年,光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomo-graphy:OCT)の進歩と普及により,早期に診断することが容易となり,近年の報告では低用量の使用においても有病率が増加している2,4.6).タモキシフェン網膜症の病態には,Muller細胞の変性が寄与するとされているが2,7,8),その機序の詳細は不明な点も多い.現在,タモキシフェン網膜症に対して有効とされる治療法はタモキシフェンの内服中止であり,中止により網膜所見が改善したとの報告もある7,9).〔別刷請求先〕小沼こころ:〒105-8461東京都港区西新橋C3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座Reprintrequests:KokoroKonuma,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,3-25-8Nishi-Shinbashi,Minato-ku,Tokyo105-8461,JAPANC1348(90)図1初診時の眼底写真(上)と自発蛍光眼底写真(下)右眼眼底に黄斑円孔様の所見を認め,左眼眼底には異常はなかった.自発蛍光写真では,両眼の中心窩に網膜色素上皮障害に伴う過蛍光がみられた.今回タモキシフェン低用量内服に伴うCretinalcavity,網膜外層の消失を認めた症例について報告する.CI症例症例は,乳癌術後に対し,タモキシフェンC20Cmg/日の内服を,8年継続しているC42歳,女性.1カ月前から右眼の歪視を自覚し近医眼科を受診した.近医で,右眼に黄斑円孔様の所見を指摘されて当院に紹介,受診となった.左眼には自覚症状はなかった.当院初診時,右眼C0.1(0.7C×sphC.0.5D(cyl.2.25DCAx90°),左眼C0.3(1.2C×sph.0.25D(cyl.2.00DCAx80°)と右眼矯正視力が低下していた.前眼部・中間透光体に異常はなかった.検鏡的には右眼眼底に黄斑円孔様の所見を認め,左眼眼底には異常はなかった.自発蛍光写真では,両眼の中心窩に網膜色素上皮障害,もしくは網膜外層障害に伴う過蛍光がみられた(図1).光干渉断層計(OCT)で,右眼中心窩下方の外顆粒層からCinterdigita-tionzone(IZ)まで至るCretinalcavity,eripsoidzone(EZ)とCIZの網膜外層の欠損,内顆粒層から外網状層にかけてのretinalcavityを認めた.左眼は,右眼同様中心窩のCEZとIZの欠損と,内顆粒層から外網状層にかけてのCretinalcavityを認めた(図2).OCTangiographyでは,右眼に中心窩耳側の毛細血管拡張を疑う所見があった(図3).フルオレセイン蛍光造影検査では,両眼の中心窩に網膜外層障害に伴う早期からの過蛍光がみられたが,蛍光漏出は認めなかった.インドシアニングリーン蛍光造影検査では,明らかな脈絡膜血管の異常はなかった(図4).以上の所見からタモキシフェン網膜症と診断し,内服の中止を勧めたが,ご本人の希望により内服は継続したまま経過観察することとなった.初診後,8カ月の経過中,右眼視力はC0.6からC1.0で変動するが明らかな悪化はなく,左眼視力はC1.5が維持されていた.OCT所見は,両眼に初診時にみられた外顆粒層からCIZまで至るCretinalcavityはC2カ月後には縮小しC4からC8カ月後にかけては消失した.両眼網膜内層のCretinalcavityと網膜外層欠損もC8カ月後も遷延しているが縮小傾向である(図5).OCTangiographyにおけるCFAZの形態は経過中も変図2初診時のOCT初診時,右眼中心窩下方の外顆粒層からCinterdigitationzone(IZ)まで至るCretinalcavity(白矢印),eripsoidzone(EZ)とCIZの網膜外層の欠損,内顆粒層から外網状層にかけてのCretinalcavity(白矢頭)を認めた.左眼は,右眼同様中心窩のCEZとCIZの欠損と,内顆粒層から外網状層にかけてのCretinalcavity(白矢頭)を認めた.図3初診時のOCTangiographyのenface画像(上),浅層(中),深層(下)右眼に中心窩耳側の毛細血管拡張を疑う所見を認めた.化は認めなかった.EnCfaceOCTでは,retinalcavityの拡大・縮小は認めず,明らかな進行なく経過している.経過中,患者本人の強い希望でC20Cmg/日のタモキシフェンの内服は継続していた.CII考察タモキシフェン網膜症の特徴的な所見として,網膜内層へのクリスタリン沈着,黄斑浮腫,黄斑円孔などがみられる7,9).1978年にCKaiser-Kupferらによってはじめて報告されたが3),当時はC240.320Cmg/日程度の高用量内服が一般的であった.1983年に,20.40Cmg/日程度のタモキシフェン低用量内服に伴うタモキシフェン網膜症が報告された10).タモキシフェン網膜症は,用量依存性に発症するといわれており,総累積投与量がC23.7g未満は発症しにくいという報告もある11).そのため,内服量・内服継続期間により発症率は異なるが,タモキシフェン網膜症の発症率はC6.3.12%程度と報告されている12.14).タモキシフェン網膜症は高用量ではクリスタリン沈着を,低用量では内層のCretinalcavity,黄斑円孔を認めやすいという報告もあり7),近年COCTなど画像検査の普及に伴い,以前はまれな疾患と考えられていたが,発見率が上昇している可能性がある2,12).BMI(bodymassindex)の高値と高脂血症があると,タモキシフェン網膜症の発症率を上昇させるという報告がされている12).タモキシフェン網膜症は,複数の機序で生じると考えられており,まだ原因の詳細は不明な点が多いが,タモキシフェンがリソソームに薬物-脂質複合体を蓄積させることで細胞の酸化障害を誘発し,脂質の異化を阻害するという報IA図4初診時のフルオレセイン蛍光造影検査(上)と,インドシアニングリーン蛍光造影検査(下)フルオレセイン蛍光造影検査では,両眼の中心窩に網膜外層障害に伴う早期からの過蛍光がみられた.インドシアニングリーン蛍光造影検査では,明らかな脈絡膜血管の異常はなかった.告があり15),高CBMI,高脂血症との相関が示唆される.また,タモキシフェン網膜症は,Muller細胞の障害が原因で生じるという報告もある7).Muller細胞は,神経栄養因子の取り込みや,グルタミン酸の取り込みや分解,抗酸化物質のグルタチオンの分泌を行い,神経細胞の保護を行っている.タモキシフェンがCMuller細胞のグルタミン酸アスパラギン酸輸送体を阻害することで,細胞のグルタミン酸代謝やイオンの恒常性が失われるため,網膜浮腫の発生や網膜障害が生じると考えられている7).一方,自発蛍光写真やCOCT上では,Muller細胞の障害に先立ち,RPEの障害を生じている報告もある8).Maenpaaらは,タモキシフェンは,豚や人間のCRPEにおけるグルタミン酸の取り込みを用量依存性に低下させたと報告している16).タモキシフェン網膜症の鑑別診断として,黄斑部毛細血管拡張症C2型がある.タモキシフェン網膜症と黄斑部毛細血管拡張症C2型は,毛細血管瘤や毛細血管の拡張など,類似した所見を認める17).OCTにおけるCEZの不整は,黄斑部毛細血管拡張症C2型では耳側に多く,タモキシフェン網膜症では中心窩に限局しているといわれている18).タモキシフェン網膜症に対し,硝子体手術やトリアムシノロン硝子体注射やTenon.下注射の有用性を示した報告もみられるが1,19),治療は確立しておらず,早期の発見と,速やかな薬剤の中止が重要である.本症例では,右眼の歪視を自覚し当院受診に至ったが,左眼の自覚症状はなく,検鏡的には異常は認めなかった.しかし,タモキシフェンの累積投与量は約C58.4Cgと比較的高値であり,OCTでは内層のCretinalcavity,網膜外層の欠損,FAFでは視細胞層やCRPEの障害を認め,両眼にタモキシフェン網膜症を発症していた.無自覚の症例に対して,画像上にのみ現れる網膜障害を早期発見することで,内服継続による視力障害を予防できる可能性がある.また,本症例では,タモキシフェンの内服を継続しているにもかかわらず,OCTにおける網膜構造の改善を認めている.詳細な理由は不明だが,今後も引き続き長期に経過の確認が必要であると思われる.タモキシフェン使用の際は病歴聴取を行い,定期的なOCTやCOCTangiographyで中心窩の血管形態変化を確認し,タモキシフェン内服継続の可否を検討していくことが重要である.文献1)TorrellCBelzachCN,CVelaCSegarraCJI,CCrespiCVilimelisCJCetal:BilateralCmacularCholeCrelatedCtoCtamoxifenClow-doseCtoxicity.CaseRepOphthalmolC11:528-533,C20202)DoshiCRR,CFortunCJA,CKimCBTCetal:PseudocysticCfovealCcavitationCinCtamoxifenCretinopathy.CAmCJCOphthalmolC156:1291-1298,C20143)Kaiser-KupferMI,LippmanME:Tamoxifenretinopathy.CancerTreatRepC62:315-320,C19784)BehrensCA,CSallamCA,CPembertonCJCetal:TamoxifenCuseCinCaCpatientCwithCidiopathicCmacularCtelangiectasiaCtype2.CCaseRepOphthalmolC9:54-60,C2018図5OCT経過初診C1カ月後,右眼の外顆粒層からCinterdigitationzone(IZ)まで至るCretinalcavity(.)の範囲や網膜外層の欠損範囲は著変なかった.左眼は視細胞層の欠損は改善したが,retinalCcavity(.)の範囲は大きく変化がなかった.初診C2カ月後,両眼のCretinalcavity(.)の範囲は縮小した.初診C4カ月後,右眼の網膜外層欠損とCretinalcavity(.)は増大なく,左眼のCretinalcavity(.)(そもそも元からCretinalcavityでは?)は縮小した.初診半年後,右眼の網膜外層の欠損範囲に著変なかったが,左眼のCretinalcavity(.)は増大した.初診C8カ月後,右眼のretinalcavity(.)は改善しており,網膜外層欠損も残存しているが,範囲は縮小傾向であった.また,左眼のCretinalcavity(.)は改善を認めた.5)ShinkaiA,SaitoW,HashimotoY,IshidaSetal:Improve-mentsinvisualacuityandmacularmorphologyfollowingcessationCofCanti-estrogenCdrugsCinCaCpatientCwithCanti-estrogenCmaculopathyCresemblingCmacularCtelangiectasiaCtype2.BMCOphthalmolC19:1-4,C20196)GhassemiCF,CMasoomianCB,CKhodabandehCACetal:CTamoxifenCinducedCpachychoroidCpigmentCepitheliopathyCwithCreversibleCchangesCafterCdrugCdiscontinuation.CIntCMedCaseRepJC27:285-289,C20207)VindingT,NielsenNV:RetinopathycausedbytreatmentwithCtamoxifenCinClowCdosage.CActaCOphthalmolC61:C45-50,C19838)TangCR,CShieldsCJ,CSchi.manCJCetal:RetinalCchangesCassociatedCwithCtamoxifenCtreatmentCforCbreastCcancer.CEyeC11:295-297,C19979)KimCHA,CLeeCS,CEahCKSCetal:PrevalenceCandCriskCfac-torsCofCtamoxifenCretinopathy.COphthalmologyC127:555-557,C202010)Nay.eldCSG,CGorinMB:Tamoxifen-associatedCeyeCdis-ease.Areview.JClinOncolC14:1018-1026,C199611)MaenpaaH,MannerstromM,ToimelaTetal:GlutamateuptakeCisCinhibitedCbyCtamoxifenCandCtoremifeneCinCcul-turedCretinalCpigmentCepithelialCcells.CPharmacolCToxicolC91:116-122,C200212)LeeCS,CKimCHA,CYoonCYHCetal:OCTCangiographyC.ndingsCofCtamoxifenretinopathy:SimilarityCwithCmacu-larCtelangiectasiaCtypeC2.COphthalmolCRetinaC3:681-689,C201913)ParkCYJ,CLeeCS,CYoonCYHCetal:One-yearCfollow-upCofCopticalcoherencetomographyangiographymicrovascular.ndings:macularCtelangiectasiaCtypeC2CversusCtamoxifenCretinopathy.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC260:C3479-3488,C202214)JengCKW,CWheatleyHM:IntravitrealCtriamcinoloneCace-tonidetreatmentoftamoxifenmaculopathywithassociat-edCcystoidCmacularCedema.CRetinCCasesCBriefCRepC9:C64-66,C2015C***

敗血症加療を契機に両眼性ヘルペス角膜炎を反復した1 例

2023年10月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科40(10):1342.1347,2023c敗血症加療を契機に両眼性ヘルペス角膜炎を反復した1例副島園子髙橋理恵北谷諒介原田一宏川村朋子内尾英一福岡大学医学部眼科学教室CACaseofRepeatedBilateralHerpeticKeratitisTriggeredbyTreatmentforSepsisSonokoSoejima,RieTakahashi,RyosukeKitatani,KazuhiroHarada,TomokoKawamuraandEiichiUchioCDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,FukuokaUniversityC目的:敗血症加療を契機に両眼性ヘルペス角膜炎を反復したC1例を報告する.症例:71歳,男性.前医で敗血症治療中に両眼視力低下あり,両眼角膜炎を認めた.真菌性角膜炎を疑い治療されたが治療抵抗性であるとして福岡大学病院に紹介された.既往歴にアトピー性皮膚炎があり,慢性腎不全で透析中であった.初診時,両眼結膜に毛様充血,角膜に地図状角膜炎を認めた.検査・所見から両眼性ヘルペス角膜炎と診断し,アシクロビル眼軟膏,バラシクロビル内服による治療を開始した.治療開始C14日目に角膜所見は改善したが,その後右眼は実質型に移行した.プレドニゾロン内服を開始したが,腸穿孔で他院入院し治療が中断された.その後右眼は上皮型C2回実質型C3回,左眼は上皮型C3回内皮型C1回と,両眼ともさまざまな病型での再発が複数回みられた.結論:易感染状態や基礎疾患のある患者では,両眼性ヘルペス角膜炎を発症しさまざまな病型の角膜炎を繰り返すことがあり,注意すべきである.CPurpose:Toreportacaseofrepeatedbilateralherpetickeratitistriggeredbytreatmentforsepsis.Case:A71-year-oldCmaleCwithCaChistoryCofCatopicCdermatitisCwhoCwasCbeingCtreatedCforCsepsisCsuddenlyCnoticedCbilateralChazyCvision,CandCexaminationCrevealedCbinocularCcornealCulcers.CSinceCherpeticCkeratitisCwasCsuspected,CheCwasCtreatedwithantifungaldrugs,yettherewasnoresponsetotreatment.Atinitialpresentationtoourclinic,bilateralconjunctivalciliaryhyperemiaandcornealkeratitiswasobserved,andherpessimplexvirus-1wasdetectedfromcornealscrapingsviapolymerasechainreaction,thusleadingtothediagnosisofherpetickeratitis.Aftertreatmentwithacyclovireyeointmentandoralvalacyclovir,thecorneallesionsgraduallysubsided.However,variousclinicaltypesCofCkeratitisConce-againCoccurredCseveralCtimesCafterCthat.CConclusion:ItCisCvitalCtoCbeCawareCthatCvariousCclinicaltypesofherpetickeratitismayrepeatedlyoccurbilaterallyduetoapatient’sunderlyingsystemiccondition.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(10):1342.1347,C2023〕Keywords:単純ヘルペスウイルスC1型,両眼性ヘルペス角膜炎,敗血症,アトピー性皮膚炎,易感染性.herpesCsimplexvirus-1,bilateralherpetickeratitis,sepsis,atopicdermatitis,susceptibility.Cはじめに単純ヘルペスウイルスC1型(herpesCsimplexvirus-1:HSV-1)はヒト角膜に初感染後,三叉神経節などに潜伏感染し,精神的ストレス,熱刺激,紫外線,免疫抑制などの誘因により再活性化され角膜炎を発症する1,2).上皮型ヘルペス角膜炎や実質型ヘルペス角膜炎,内皮型ヘルペス角膜炎などに分類され,初発の病型としては上皮型が半数を占める2).片眼に発症することが多く,両眼発症の頻度は低いことが知られている3,4).また,初発の病型が上皮型であると再発回数は平均C2.3回とされ,再発時の病型が上皮型の場合は,再々発はすべて上皮型となり,実質型で再発した場合は実質型,内皮型で再発した場合は内皮型で再々発し,再発時の病型を繰り返すと報告されている2).今回,敗血症加療を契機にさまざまな病型を繰り返した両眼性ヘルペス角膜炎のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:71歳,男性.主訴:両眼視力低下.既往歴:アトピー性皮膚炎,慢性腎不全で維持透析中,脳〔別刷請求先〕副島園子:〒814-0180福岡市城南区七隈C7-45-1福岡大学医学部眼科学教室Reprintrequests:SonokoSoejima,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,FukuokaUniversity,7-45-1Nanakuma,Johnan-ku,Fukuoka814-0180,JAPANC1342(84)図1初診時の前眼部写真a:右眼細隙灯顕微鏡所見.Cb:右眼フルオレセイン染色.結膜に毛様充血,角膜の広い範囲に地図状角膜炎および実質混濁を認めた.Cc:左眼細隙灯顕微鏡所見.Cd:左眼フルオレセイン染色.結膜に毛様充血,角膜の上方と下方に浅い地図状角膜炎を認めた.図2入院14日目の前眼部写真a:右眼.角膜炎はC1/10以下まで縮小した.Cb:左眼.角膜炎は消失した.梗塞,大動脈解離,心臓バイパス手術後.られなかった.9月C29日再診時に両眼角膜びらんを認め,現病歴:20XX年C8月C26日,悪寒戦慄を伴う発熱があり,両眼抗菌薬点眼およびステロイド点眼が開始された.10月敗血症の診断で前医救急部入院となった.血中Cb-Dグルカ1日全身状態が改善したため前医救急部を退院した.11月ン高値で両眼視力低下を認めたため,9月C3日に前医眼科で22日両眼角膜びらんの拡大および一部潰瘍を認め,視力は精査された.視力は右眼(0.9),左眼(0.2),眼圧は右眼C11右眼C0.01(矯正不能),左眼(0.3)と右眼視力が低下し,眼mmHg,左眼C16CmmHgであったが,眼内に感染徴候は認め圧は右眼測定不能,左眼C10CmmHgであった.11月C26日両図3初診から28日目の右眼前眼部写真a:細隙灯顕微鏡所見.びまん性に角膜浮腫を認めた.b:フルオレセイン染色.角膜上皮の粗造を認めた.図4初診から148日目の前眼部写真a:右眼細隙灯顕微鏡所見.Cb:右眼フルオレセイン染色.樹枝状角膜炎,Descemet膜皺襞,強い角膜浮腫を認めた.Cc:左眼細隙灯顕微鏡所見.d:左眼フルオレセイン染色.地図状角膜炎,Descemet膜皺襞,角膜浮腫を認めた.眼ともに結膜充血が著明になり,角膜びらんがさらに拡大日点滴,アムホテリシンCB2.5Cmg/kg/日点滴に変更された.し,角膜実質浮腫と角膜混濁も出現した.前眼部所見から真角膜擦過培養からは両眼とも真菌陰性であり,血中Cb-Dグ菌性角膜炎が疑われ,フルコナゾールC100Cmg/日内服と両眼ルカンも陰性化していた.角膜所見の改善がみられないたにピマリシン点眼C6回/日が開始されたが,角膜所見の改善め,12月C6日福岡大学病院眼科(以下,当院)へ紹介となっがなく,11月C29日に前医眼科入院となりセフェピムC0.5Cg/た.図5再々発治療開始5日目の前眼部写真a:右眼細隙灯顕微鏡所見.Cb:右眼フルオレセイン染色.角膜炎は改善し,角膜混濁は残存しているが角膜浮腫は改善した.Cc:左眼細隙灯顕微鏡所見.Cd:左眼フルオレセイン染色.わずかに地図状角膜炎は残存しているが,角膜浮腫は改善した.当院初診時所見:視力は右眼手動弁(矯正不能),左眼指数弁(矯正不能),眼圧は右眼測定不能,左眼C13mmHg.Cochet-Bonnet型角膜知覚計による角膜知覚検査は両眼ともC25Cmmまで低下していた.両眼結膜充血と毛様充血を認め,右眼に地図状角膜炎と強い角膜実質混濁がみられた.左眼にも角膜上方・下方に浅い地図状角膜炎がみられた(図1).前房より後方は,両眼とも角膜所見のため詳細不明であった.血液検査ではCHSVIgGと水痘帯状疱疹ウイルスCIgGの上昇を認め,HSVIgMと水痘帯状疱疹ウイルスCIgMは正常範囲であった.血中Cb-Dグルカンは陰性であった.病巣の擦過培養では右眼は細菌陰性であったが,左眼はCStaphylococ-cuscapraeを検出した.角膜擦過のCPCR法検査で右眼はHSV-1DNA陽性で,左眼は陰性であった.経過:角膜擦過のCPCR法検査で左眼はCHSV-1DNA陰性であったが,角膜所見から両眼性ヘルペス角膜炎と診断し同日入院となった.ピマリシン点眼を中止して,両眼にアシクロビル眼軟膏C5回/日投与,バラシクロビルC500Cmg/透析日内服を開始した.また,混合感染を疑い,両眼にガチフロキサシン点眼およびセフメノキシム点眼のC2時間毎頻回投与を行った.入院C14日目に右眼の角膜炎はC1/10以下まで縮小し,左眼の角膜炎は消失した(図2).その後,両眼角膜は上皮化したため,アシクロビル眼軟膏をC3回/日に減量して,入院C18日目に退院した.退院時視力は右眼手動弁,左眼(0.05)であった.初診からC28日目の外来受診時に,右眼角膜後面沈着物と,実質にはびまん性の角膜浮腫のみを認めた(図3).実質型ヘルペス角膜炎5)に移行したと判断し,プレドニゾロン40Cmg/日内服を開始したが,その後腸穿孔で他院へ入院したため治療が中断された.初診からC101日目,両眼の異物感を主訴に再受診した.右眼実質型ヘルペス角膜炎の再発,左眼上皮型ヘルペス角膜炎の再発を認め,右眼にC0.1%ベタメタゾン点眼C4回/日,左眼にアシクロビル眼軟膏C5回/日,バラシクロビル500Cmg/透析日内服にて治療を再開した.再発治療開始C7日目に両眼角膜所見は改善した.初診からC148日目,右眼に樹枝状角膜炎および強い角膜浮腫を認め,左眼に地図状角膜炎,Descemet膜皺襞,角膜浮腫を認めた(図4).右眼は上皮型・実質型の再々発,左眼は上皮型の再々発に加え,左眼内皮型ヘルペス角膜炎を発症していた.当院再入院となり,両眼アシクロビル眼軟膏C5回/日,バラシクロビルC500Cmg/透析日内服,プレドニゾロンC30Cmg/日内服を開始した.再々発治療開始C5日目で両眼角膜の上皮化を認めたため(図5),9日目に退院した.最終視力は両眼白内障のために右眼C0.1(矯正不能),左眼C0.05(矯正不能)であるが,ヘルペス角膜炎の再発はなく経過している.CII考按今回筆者らは,両眼にさまざまな病型のヘルペス角膜炎を繰り返し発症した症例を経験した.ヘルペス角膜炎は,初発の病型は上皮型C50%,実質型C23%,上皮・実質混合型C14%,内皮型C5%と上皮型が半数を占めるとされており2),通常片眼性が多く,両眼発症の頻度はC1.3.10%と低い3,4).両眼発症の背景として,アトピー性皮膚炎,酒さ,免疫不全などが報告されており1,3),両眼性ヘルペス角膜炎患者のC40%にアトピー性皮膚炎を合併していたとの報告もある6).また,アトピー性皮膚炎患者におけるヘルペス角膜炎には上皮型が多く,上皮の修復が遅いために表層実質に瘢痕が残ることも報告されており,細胞性免疫不全が関与していると考えられている7,8).上皮型はとくに免疫力低下時にウイルスが増殖して発症するとされている9).本症例はアトピー性皮膚炎を合併しており両眼発症をきたしやすい背景があり,高齢で,透析導入などの要因によって易感染状態といえた.今回さらに全身的な敗血症にステロイド薬局所投与により眼局所の免疫力低下をきたし,ヘルペス角膜炎を発症した可能性が考えられた.ヘルペス角膜炎の再発に関しては,その機序などはまだ不明な点が多い.過去の報告では,初発の病型が上皮型の場合の再発率はC46%であり,再発回数は平均C2.3回(1.9回)であった.再発時の病型は上皮型がC77%と多いが,実質型は20%,内皮型はC3%と他の病型での再発も認めている2).実質型には,円形の角膜実質浮腫,実質浅層を中心とした混濁,免疫輪,前房炎症や角膜実質への血管侵入などの所見がみられ,内皮型では角膜実質浮腫,角膜後面沈着物,内皮細胞減少などの所見がみられる5).本症例では右眼再発時,角膜後面沈着物と角膜実質浮腫,血管侵入を認め,病変の主座は実質炎であり,内皮病変を併発していたと考えられた.再発の原因として,初発とほぼ同様だが,アトピー性皮膚炎や両眼発症例,上皮型既往例に再発が多いとされており10,11),本症例の背景と多くの一致点があった.再々発に関しては,再発時の病型を再度繰り返すことが知られているが2),本症例は,右眼は上皮型C2回,実質型C3回,左眼は上皮型C3回,内皮型C1回と,両眼とも異なる病型を複数回発症しており,このように異なる病型を複数回発症するヘルペス角膜炎はあまり報告がなく,まれな症例と考えられた.本症例は,敗血症治療中に角膜障害を発症していた.敗血症患者における大規模スクリーニングでは内因性眼内炎の発生率はC0.05%であり12),真菌血症患者の眼科スクリーニングではC4.8%に真菌性の眼内炎と脈絡網膜炎認められたとの報告があるが13),これらのスクリーニング患者のなかで角膜炎の報告はなかった.Riveraらは,脾臓摘出患者が肺炎球菌による敗血症をきたし,肺炎球菌性角膜炎から角膜穿孔をきたし,眼球摘出を行ったC1例を報告している14).Wantenらは,腹部手術後に緑膿菌による敗血症をきたし,気管挿管による咽頭への感染から鼻涙管を通して緑膿菌の角膜炎となったC1例を報告した15).敗血症治療中に角膜炎をきたした報告は少なく,ヘルペス角膜炎の報告は調べた範囲ではみられなかった.易感染状態や基礎疾患のある患者では,全身状態により,両眼性ヘルペス角膜炎を発症し,異なる病型のヘルペス角膜炎を繰り返すことがあるため,注意して治療していく必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)檜垣史郎:ウイルス感染症角膜ヘルペス.医学と薬学C71:2269-2273,C20142)下村嘉一:ヘルペスと闘ったC37年.日眼会誌C119:145-167,C20153)PaulaMF,SouzaPM,HollandEJetal:Bilateralherpetickeratoconjunctivitis.OphthalmologyC110:493-496,C20034)UchioE,HatanoH,MitsuiKetal:AretrospectivestudyofCherpesCsimplexCkeratitisCoverCtheClastC30Cyears.CJpnJOphthalmolC38:196-201,C19945)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン第C2版作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン(第C2版).日眼会誌C117:467-509,C20156)WilhelmusCKR,CFalconCMG,CJonesBR:BilateralCherpeticCkeratitis.BrJOphthalmolC65:385-387,C19817)EastyD,EntwistleC,FunkAetal:HerpessimplexkeraC-titisandkeratoconusintheatopicpatient:AclinicalandimmunologicalCstudy.CTransCOphthalCSocCUKC95:267-276,C19758)GarrityJA,LiesegangTJ:Ocularcomplicationsofatopicdermatitis.CanJOphthalmolC19:21-24,C19849)井上幸次:眼感染症への取り組み.基礎から臨床まで..日眼会誌C124:155-184,C202010)MargolisCTP,COsltlerHB:TreatmentCofCocularCdiseaseCinCeczemaCherpeticum.CAmCJCOphthalmolC110:274-279,C199011)WilhelmusKR,DawsonCR,BarronBAetal:Riskfactorsforherpessimplexvirusepithelialkeratitisrecurringdur-ingtreatmentofstromalkeratitisoriridocyclitis.HerpeticEyeDiseaseStudyGroup.BrJOphthalmolC80:969-972,C199612)KamyarCV,CSuzannCP,CThomasCACetal:RiskCfactorsCpre-dictiveofendogenousendophthalmitisamonghospitalizedpatientsCwithChematogenousCinfectionsCinCtheCUnitedCStates.AmJOphthalmolC159:498-504,C201513)AdamCMK,CVahediCS,CNicholsCMMCetal:InpatientCoph-thalmologyCconsultationCforfungemia:prevalenceCofCocu-larCinvolvementCandCnecessityCofCfunduscopicCscreening.CAmJOphthalmolC160:1078-1083,C201514)RiveraCP,CWilsonCM,CRubinfeldCRSCetal:PneumococcalCkeratitis,Cbacteremia,CandCsepticCarthritisCinCanCasplenicCpatient.CorneaC15:434-436,C199615)WantenGJ,EgginkCA,SmuldersCMetal:Ocularinfec-tionCbyCpseudomonasCaeruginosaCinCaCmechanicallyCventi-latedCpatient.CNedCTijdschrCGeneeskdC142:1615-1617,C1998C***