強膜炎に対するバイオ治療薬と治療戦略TherapeuticStrategyforScleritisUsingBiologics八幡信代*はじめに強膜炎は強膜を中心とした炎症性疾患で,眼内炎症を伴う強膜ぶどう膜炎はぶどう膜炎初診患者の4~5位と頻度の高い疾患である1).前頭部や頬部へ放散する強い眼痛を伴い,眼球穿孔や視神経萎縮などにより高度の視力障害に至ることもあり,多くは慢性炎症の経過をとる2).30~40%は関節リウマチなどの全身炎症性疾患を伴っており,眼局所治療,消炎鎮痛薬,副腎皮質ステロイド全身投与のみでは炎症コントロールが困難な患者も少なくない3).これらの治療に抵抗性を示す場合には免疫抑制薬や生物学的製剤などの併用が必要となる.近年の生物学的製剤開発の進歩により,全身炎症性疾患の治療は大きく変わってきており,強膜炎に対する生物学的製剤治療の知見も蓄積してきている4).本稿では,難治性強膜炎に対する生物学的製剤を含めた今後の治療戦略について考える.I強膜炎と全身炎症性疾患強膜炎は病型より前部強膜炎(びまん性,結節性),壊死性強膜炎,後部強膜炎に分類される(図1)2,5).びまん性前部強膜炎はもっとも高頻度であり,全体の60~75%を占める5).また,壊死性強膜炎は強膜穿孔のリスクが高く,後部強膜炎は視神経・網膜障害による高度の視力障害をきたすリスクがあることから,いずれも速やかな治療導入が必要である.さらに強膜炎はその原因により感染性,非感染性,術後強膜炎に分類され,非感染性がその多くを占める.非感染性強膜炎の中で関節リウマチや抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcytoplasmicantibody:ANCA)関連血管炎,多発性軟骨炎,炎症性腸疾患などの全身炎症性疾患の合併が40%にみられる(表1)3,6,7).とくに壊死性強膜炎はANCA関連血管炎をはじめとした全身炎症性疾患の合併率が80%前後と高頻度である(表2)5).このため,ステロイド点眼治療のみでは眼痛や炎症のコントロールが困難な患者が多く,全身治療の併用が必要となることが多い.一方,後部強膜炎の80%は全身炎症性疾患の合併がみられないが,その多くは全身治療を要する(表3).強膜ぶどう膜炎に対して保険適用のある全身治療薬は非ステロイド性抗炎症薬(non-steroidalanti-in.amma-torydrugs:NSAIDs),副腎皮質ステロイドのほか,カルシニューリン拮抗薬であるシクロスポリン,生物学的製剤として腫瘍壊死因子(tumornecrosisfactor:TNF)阻害薬の一つであるアダリムマブである.さらに,合併する全身炎症性疾患に対する保険適用薬の使用が可能である.メトトレキサート(methotrexate:MTX)は強膜炎に対する保険適用はないが,国内外では副腎皮質ステロイドに次いでよく用いられており,ステロイド治療抵抗例,ステロイド減量中に再発する患者に有効である7,8).強膜炎にもっとも合併する関節リウマチの第一選択薬であることを鑑みると理にかなっている.しかし,MTXの併用でもコントロール不十分な患*NobuyoYawata:九州大学大学院医学研究院眼病態イメージング講座〔別刷請求先〕八幡信代:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼病態イメージング講座0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(17)1003図1強膜炎分類a:びまん性前部強膜炎.b:結節性前部強膜炎.c:壊死性強膜炎.d:後部強膜炎(エコー画像).表1強膜炎に合併するおもな全身炎症性疾患表2全身炎症性疾患の合併率5)びまん性前部結節性前部壊死性後部C35.7%C29.6%C80%C19.3%表3全身治療を要した強膜炎の割合3,5,7,19)びまん性前部結節性前部壊死性後部全身ステロイド治療免疫抑制薬生物学的製剤33~C37%14~C23%3~1C4%14~C29%<7C%<C13%20~C70%70~C100%<C17%C80~C83%17~C33%5%C図2強膜炎炎症にかかわる細胞と生物学的製剤表4強膜炎に合併するおもな全身炎症性疾患に対してわが国で保険適用のある生物学的製剤,免疫抑制薬生物学的製剤免疫抑制薬など関節リウマチTNF阻害薬,IL-6阻害薬,CTLA-4-Ig製剤MTX,タクロリムス,JAK阻害薬ANCA関連血管炎IL-6阻害薬,CDC20阻害薬(一部)アザチオプリン,シクロホスファミド再発性多発軟骨炎MTX,シクロホスファミド,アザチオプリン,シクロスポリン潰瘍性大腸炎TNF阻害薬アザチオプリン,タクロリムス,JAK阻害薬C関節リウマチと診断図3関節リウマチ治療フローチャート副腎皮質ステロイド,非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を補助的治療とする.MTX:メトトレキサート.(文献C11より改変)非感染性強膜炎と診断全身炎症性疾患の検索への治療でみられるように,パラドキシカル反応が多いようである.また,投与の持続が必要なケースが多く,無治療寛解を持続できる患者は限られている.TNF阻害薬無効例や二次無効のケースに対しては他のCTNF阻害薬や生物学的製剤への切り替えが行われている.CD20阻害薬はわが国でも保険適用となっている多発血管炎性肉芽腫症を合併した難治性強膜炎を中心とした報告がみられ,90%以上の寛解率を示している15,16).これらの症例は従来治療であるCMTXやシクロホスファミドなどの免疫抑制薬に抵抗性を示した症例に直接導入したケースと,TNF阻害薬に抵抗性を示したために導入したケースがみられる.このほか,IL-1阻害薬はCTNF阻害薬抵抗性の難治性強膜炎に奏効し,ステロイド投与量も大幅に減量できたという報告がある.IL-6阻害薬による強膜炎治療の報告は少ないが,免疫抑制薬やCTNF阻害薬に抵抗性の強膜炎の一部で炎症コントロールやステロイド減量に奏効しており,とくに既存治療に抵抗性の再燃性多発軟骨炎合併例での報告がみられる.生物学的製剤の多様な選択肢が増えている現在,難治性強膜炎は,まず背景にある全身炎症性疾患に基づいた戦略をとるのがよいであろう.これまでの知見をもとに作成した非感染性強膜炎治療のフローチャートを図4に示す.強膜炎は多様な全身炎症性疾患を背景にもつため,その治療選択はより複雑である.また,全身炎症性疾患はコントロールされているにもかかわらず,強膜炎のみ活動性が高いケースに遭遇することも少なくない.さらに強膜炎の約半数には明らかな全身炎症性疾患の合併がみられないため,血液中炎症マーカーなども参考に眼科主導で治療を進めることが多くなるが,これらの場合も膠原病内科などとの連携体制の下で治療を進めることが望ましい.CVI今後の課題生物学的製剤の台頭により以前と比べて強膜炎に対する治療選択肢が増えてきたが,強膜炎そのものに対する適応薬は限られている.また,全身炎症性疾患に対する複数の生物学的製剤の選択基準はまだ確立していない.これは各病型や治療抵抗性に関与する炎症病態やバイオマーカーがまだよくわかっていないためである.近年,炎症局所の微量検体から遺伝子・蛋白発現解析が可能なシングルセル解析技術が進歩し,関節リウマチでは関節腔内の局所炎症の病態解明が進んでいる.局所炎症病態に合った治療を選択することで,より高い治療効果を期待できることが報告されている17,18).難治性強膜炎の治療戦略の確立にも今後まだ多くの臨床からの知見が必要である.さらにそれによって多様な強膜炎の病態への理解が進むと考える.また,現在多様な治療薬によって多くのケースでは炎症コントロールは可能になってきているが,drug-free寛解が可能なケースは限られている.Drug-free寛解のバイオマーカー,再燃予測バイオマーカーが明らかになれば,副作用や医療負担軽減にも大きく貢献するであろう.文献1)SonodaCKH,CHasegawaCE,CNambaCKCetal:EpidemiologyCofCuveitisCinJapan:aC2016CretrospectiveCnationwideCsur-vey.JpnJOphthalmolC65:184-190,C20212)WatsonCPG,CHayrehSS:ScleritisCandCepiscleritis.CBriJOphthalmolC60:163-191,C19763)JabsDA,MudunA,DunnJPetal:Episcleritisandscleri-tis:clinicalfeaturesandtreatmentresults.AmJOphthal-molC130:469-476,C20004)SotaJ,GirolamoMM,FredianiBetal:Biologictherapiesandsmallmoleculesforthemanagementofnon-infectiousscleritis:aCnarrativeCreview.COphthalmolCTherC10:777-813,C20215)SainzCdeClaCMazaCM,CMolinaCN,CGonzalez-GonzalezCLA,CDoctorCPPCetal:ClinicalCcharacteristicsCofCaClargeCcohortCofCpatientsCwithCscleritisCandCepiscleritis.COphthalmologyC119:43-50,C20126)Wake.eldCD,CDiCGirolamoCN,CThurauCSCetal:Immuno-pathogenesisCandCmolecularCbasisCforCtherapy.CProgCRetinCEyeRes35:44-62,C20137)TanakaCR,CKaburakiCT,COhtomoCKCetal:ClinicalCcharac-teristicsandocularcomplicationsofpatientswithscleritisinJapanese.JpnJOphthalmolC62:517-524,C20188)SainzCdeClaCMazaCM,CMolinaCN,CGonzalez-GonzalezCLACetal:Scleritistherapy.OphthalmologyC119:51-58,C20129)StemCMS,CTodorichCB,CFaiaLJ:OcularCpharmacologyCforscleritis:reviewoftreatmentandapracticalperspective.JOculPharmacolTher33:240-246,C201710)Sarzi-PuttiniCP,CCeribelliCA,CMarottoCDCetal:SystemicCrheumaticdiseases:Frombiologicalagentstosmallmole-cules.AutoimmunRevC18:583-592,C20191008あたらしい眼科Vol.40,No.8,2023(22)-