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写真:感染性角膜炎治療前後の角膜形状変化

2023年9月30日 土曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史松村健大472.感染性角膜炎治療前後の角膜形状変化福井大学医学部眼科学教室図2図1のシェーマ①白色病巣②角膜浸潤,浮腫,上皮欠損図1前眼部写真角膜中央付近に感染巣,浸潤,浮腫,上皮欠損を認める.図3前眼部OCT所見角膜浸潤や浮腫の範囲が断面像で確認できる.図4前眼部OCTによる角膜形状解析角膜浸潤や浮腫の影響で,角膜形状に非対称的な変化が生じている.図5治療後の前眼部所見と角膜形状解析瞳孔領付近に瘢痕を残して治癒した.角膜形状は随分改善したが,軽度の不正乱視が残った.(73)あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023C11950910-1810/23/\100/頁/JCOPY症例は40代の男性.2日前からの右眼の痛み,充血,見えにくさで受診した.右眼角膜の瞳孔領に感染巣と思われる白色の円形病変が2カ所あり,周囲に角膜浸潤,角膜上皮欠損,角膜浮腫を認めた(図1,2).右眼視力は矯正(0.03)と低下しており,前眼部光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)で非対称的な角膜形状の変化と高次収差(higher-orderaber-rations:HOAs)の著しい増加を認めた(図3,4).まず角膜擦過物の検鏡と培養検査を行い,起炎菌としてグラム陽性菌が疑われたため,フルオロキノロン系とセフェム系の抗菌薬点眼を開始した.その後,培養検査でメチシリン感受性黄色ブドウ球菌(methicillin-susceptibleCStaphylococcusaureus)が検出され,治療開始後は浸潤などの角膜所見も改善傾向であったため,薬剤の変更は行わず,そのまま同じ治療を継続した.治療開始C7日後には上皮欠損がなくなり,治療開始C21日後には瘢痕治癒が得られた.治癒後,角膜形状は治療前より改善したものの,瞳孔領とその近傍に円形の瘢痕が残り,治療後の角膜CHOAs(total,6Cmm)はC1.31Cμmで,右眼視力は矯正(0.6)であった(図5).感染性角膜炎の診断は,角膜擦過物の直接検鏡,培養,薬剤感受性試験といった微生物学的検査がゴールドスタンダードであるが,近年のポリメラーゼ連鎖反応(polymeraseCchainreaction:PCR)法やメタゲノム解析の臨床応用,AI診断の発展によって診断技術はより洗練されていく可能性がある.また基本となる細隙灯顕微鏡による所見以外に,前眼部COCTやCinvivoconfocalmicroscopyといった画像検査も感染性角膜炎診療の補助となる1).とくに前眼部COCTは,重症度や角膜所見の経時的な変化を客観的に定量化できるだけではなく,角膜混濁眼においても角膜CHOAsを測定し,不正乱視といった視機能を評価することも可能である.角膜HOAsは視力と強い相関があることが各種角膜疾患で報告されている2.5).感染の急性期から瘢痕治癒期にかけて,角膜形状は変化していくが,正常に近い形状に回復するほど角膜HOAsは小さくなり,視力も良好となる.感染性角膜炎において,正常もしくは正常に近い形状以外でもっとも多い角膜形状の変化は,非対称パターンであることが報告されている4,5).可及的速やかに診断と適切な治療を行い,感染を治めることで,できる限り混濁や形状異常を残さず治癒させたい.前眼部COCTは診療におけるモニタリング機器として役立つものと思われる.文献1)TingDSJ,GopalBP,DeshmukhRetal:Diagnosticarma-mentariumCofCinfectiouskeratitis:ACcomprehensiveCreview.OculSurf23:27-39,C20222)KashizukaCE,CYamaguchiCT,CYaguchiCYCetal:CornealChigher-orderaberrationsinherpessimplexkeratitis.Cor-neaC35:1562-1568,C20163)IbrahimCOMA,CYagi-YaguchiCY,CNomaCHCetal:CornealChigher-orderCaberrationsCinCStevens-JohnsonCsyndromeCandCtoxicCepidermalCnecrolysis.COculCSurfC17:722-728,C20194)MatsumuraT,YamaguchiT,SuzukiTetal:ChangesincornealChigher-orderCaberrationsCduringCtreatmentCforCinfectiouskeratitis.SciRepC13:848,C20235)ShimizuCE,CYamaguchiCT,CYagi-YaguchiCYCetal:CornealChigher-orderaberrationsininfectiouskeratitis.AmJOph-thalmolC175:148-158,C2017

ウイルス性肝炎の治療・感染予防

2023年9月30日 土曜日

ウイルス性肝炎の治療・感染予防TreatmentandPreventionofViralHepatitis戸島洋貴*柿崎暁**是永匡紹***はじめに肝炎ウイルスには,A~E型の5種類がある.A型,E型は経口感染が主体で,B型,C型,D型は血液・体液を介して感染し,A型,B型,C型,の一部は性行為感染による急性肝炎の原因になりうる.B型,C型肝炎は急性感染ののち,慢性化し肝硬変・肝癌など重大な病態へ進展しうるため,肝炎ウイルス対策は国内のみならず世界的な喫緊の課題となっている.WHOは2016年に,2030年までにウイルス性肝炎を撲滅する戦略を掲げた.わが国では2010年に肝炎対策基本法が制定され,2023年の改定では,肝炎検査を行った施設は「その規模を問わず」検査結果を受検者に適切に説明し,受診・受療につなげることを求めている.肝炎ウイルス検査は手術前等のスクリーニング検査として医療機関で広く行われている.手術件数の多い眼科においては検査件数も多く,眼科における肝炎ウイルス対策は重要な課題である.IB型肝炎1.B型肝炎ウイルスとはB型肝炎ウイルス(hepatitisBvirus:HBV)はヘパドナウイルス科のDNAウイルスである.出産時・乳幼児期の感染では9割が持続感染に移行し,約1割が慢性肝炎へ至る.成人が感染した場合,潜伏期間(6週~6カ月)後に30~50%が急性肝炎を発症し,典型的には臨床的寛解に至るが,慢性化する場合もある.HBV感染者は全世界に4億人ほど存在すると推定されている.国内における感染率は1%程度であり,高齢者層において感染率が高い1).A~J型の9つの遺伝子型があり,わが国では遺伝子型CとBが多く,近年A型も増加している2).2.感染経路感染力の強いウイルスであり,血液・体液から感染する.垂直感染(母子感染)と水平感染に分けられ,水平感染としては性行為感染,傷のある皮膚への体液の付着(針刺し事故など),刺青・ピアスの穴開け,静注薬物の乱用,不衛生な器具を用いた医療行為などがあげられる.かつては感染経路として母子感染が最多であったが,1980年代から開始されたハイリスク者への出生直後のワクチン接種・免疫グロブリン投与により減少した.現在では水平感染,とくに性行為感染が多い.3.感染症としての特徴不特定多数との交渉をもつ者はとくに感染のリスクが高く,ワクチン接種をはじめとする感染予防を行うことが望ましい.近年,5~10%と高率に慢性化する遺伝子型AのHBVが増加しており2),若年者の性的接触や薬物乱用を原因とする水平感染に関与しているとして注目されている.*HirokiTojima:群馬大学大学院医学系研究科内科学講座消化器・肝臓内科学分野,厚生労働省「肝炎ウイルス検査受検率の向上及び受診へ円滑につなげる方策の確立に資する研究」班**SatoruKakizaki:国立病院機構高崎総合医療センター臨床研究部,厚生労働省「肝炎ウイルス検査受検率の向上及び受診へ円滑につなげる方策の確立に資する研究」班***MasaakiKorenaga:国立国際医療研究センター肝炎・免疫研究センター,厚生労働省「肝炎ウイルス検査受検率の向上及び受診へ円滑につなげる方策の確立に資する研究」班〔別刷請求先〕戸島洋貴:〒371-8511群馬県前橋市昭和町3-39-15群馬大学大学院医学系研究科内科学講座消化器・肝臓内科学分野0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(67)1189表1B型肝炎,C型肝炎の関連検査表2B型慢性肝炎・肝硬変の治療法~核酸アナログとペグイン検査項目検査の意義B型肝炎ターフェロン~HBV感染を示す,感染有無のスクリーニングHBs抗原に用いる.HBV既往感染またはワクチン接種により得らHBs抗体れる防御抗体.HBe抗原一般的にCHBVの増殖能が高いことを示す.HBe抗体一般的にCHBVの増殖能が高くないことを示す.既往感染を意味し,ワクチン接種では誘導さHBc抗体(IgG)れない.HBc抗体(IgM)急性感染を示唆する.血液中のCHBVのウイルス量を示す.陽性であCHBVDNAれば感染力がある.抗ウイルス治療のマーカーとなる.核酸アナログ治療PEG-IFN治療治療効果高率予測困難治療期間生涯にわたる48週間副作用少ない多彩(発熱,網膜症など)投与経路経口皮下注射催奇形性否定できないなし薬剤エンテカビルCPEG-IFNa-2aテノホビルアラフェナミドテノホビルジソプロキシル肝硬変症例使用可能(必須)治療不可HCV抗体HCV感染有無のスクリーニングに用いる.ウイルスが排除されても陽性のまま残る.C血液中のウイルス量を示す.治療により持続HCVRNA陰性化したことをもってウイルスが排除されたと定義され,治療成功例では陰性である.ロン(peginterferon:PEG-IFN)治療がある(表2).核酸アナログはC9割以上の確率でCHBVDNAの減少・陰性化とCALTの正常化を達成できる.現在使用される薬剤(エンテカビル,テノホビルジソプロキシル,テノホビルアラフェナミド)は長期的にも治療効果が高いが5~7),内服中止により高率に肝炎の再燃をきたすため治療期間は一生涯にわたる.また,催奇形性のため挙児希望がある場合は安全性が比較的高いテノホビルジソプロキシルが選択される.ヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.ciencyvirus:HIV)共感染例に核酸アナログを単剤投与するとCHIV薬剤耐性変異を誘導するため,治療前にはCHIV感染を調査する.PEG-IFN治療はドラッグフリーをめざすことができるが,効果の予測が困難であり,副作用も多く,非代償性肝硬変の患者に対しては禁忌である.C7.再活性化HBs抗体やCHBc抗体のみ陽性の既往感染者も免疫抑制・化学療法によりCHBVの再活性化をきたすことがある.リツキシマブなど抗CCD20抗体薬によるものが有名だが,ステロイドや生物学的製剤,ヤヌスキナーゼ(Januskinase:JAK)阻害薬の投与でも生じる.重症化しやすく,HBs抗原陰性者ではC40%が劇症肝炎化し,50%が死亡するため8),再活性化による肝炎を確実に予防する必要がある.予防策は厚生労働省研究班によりガイドラインが発表されている.免疫抑制をきたす治療を行う前にはCHBs抗原・HBs抗体・HBc抗体の検査が必要であり,陽性の場合は治療中~治療終了後C1年までは定期的なCHBVDNA,AST・ALTの測定が求められる.HBs抗原陽性者,HBVDNA陽性者はあらかじめ核酸アナログの投与が行われる.経過中にCHBVDNA陽性化がみられた場合は,速やかに専門科と連携し診療にあたる.CIIC型肝炎1.C型肝炎とはC型肝炎ウイルス(hepatitisCCvirus:HCV)はC1989年に発見されたフラビウイルス科のCRNAウイルスである.感染するとC70%で慢性化し,自然排除率は年間C0.2%に留まり,数十年を経て肝硬変へと進展する.肝硬変では年率約C7%で肝細胞癌を発症する.わが国における肝細胞癌の最多原因であり,肝癌対策上大きな課題となっている.感染者数は全世界でC5,800万人,国内においてはC90~130万人と推定されている.遺伝子型によってC1型~6型に分類され,国内ではC1b型,2a型,2b型が多くを占めている.HBV同様,高齢者で有病率が高い1).C2.感染経路血液・体液を介して感染する.以前は輸血・血液製剤を介した感染が多くみられたが,現在はまれになった.ほかに医療従事者の針刺し事故,汚染された医療器具を用いた医療行為,注射器・針の使いまわし,刺青やピアス,性的接触などがあげられる.HBVより感染力は弱く,母子感染での感染率はC4~7%,針刺し事故での感染率はC1.8%ほどである9).C3.性感染症としての特徴HBVより確率は低く,異性パートナー間での感染率はC0.6%とされる.男性同性間性的接触者での感染率は高く10),性感染症としてのCHCVが流行する危険性は危惧されている.不特定多数との性接触もリスクとなる.C4.感染予防・ワクチン現在有効なワクチンはない.性的接触時のコンドームの使用や,医療従事者においては血液・体液への接触予防策が有効である.C5.検査HCV抗体陽性の場合に感染を疑い,HCVRNA定量を行う.HCVRNA陽性は持続感染を示し,感染力を有する.HCV抗体はウイルス排除後も陽性が持続する(表3).C6.治療かつて主力であったインターフェロン(interferon:IFN)治療は副作用(発熱・関節痛や血球減少,網膜症など)が多く,治療期間が長く,治療成功率もC40~50(69)あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023C1191表3C型慢性肝炎・肝硬変のDAA治療薬剤名略称遺伝子型投与期間非代償性肝硬変への投与腎機能初回治療ソホスブビル・レジパスビル配合剤CグレカプレビルC/ピブレンタスビル配合剤CソホスブビルC/ベルパタスビル配合剤C再治療ソホスブビルC/ベルパタスビル配合剤+リバビリンCSOF/LDVCGLE/PIBSOF/VELSOF/VEL+RBV1,2すべてすべてすべて12週C慢性肝炎8週肝硬変,再治療例1C2週※遺伝子型C1,2以外1C2週C12週(8週投与は不可)24週C××〇適応×eGFR>3C0〇eGFR>3C0eGFR>5C0図1肝炎検査後の対応フローチャートa.陰性説明資料b.HBV陽性説明資料c.HCV陽性説明資料図2肝炎検査結果説明資料■用語解説■核酸アナログ:HBVの増殖過程を抑制することにより効果を発揮する.現在第一選択となっている薬剤はいずれも治療効果が高く,薬剤耐性変異を誘導しにくい.核酸アナログは増殖過程において逆転写酵素の働きを阻害し,HBV-DNAの増殖を抑制する.HIVの共感染者に核酸アナログを単剤で用いると,HIVの逆転写酵素も阻害され,これによりCHIVに薬剤耐性変異を誘導する可能性があり注意が必要である.CSustainedvirologicalresponse(SVR):主としてCC型肝炎治療に用いられる.薬剤投与(IFNまたはCDAA)を終了してもウイルスが血中から検出されなくなることをさしており,一般的には治療終了後C24週間にわたりCHCV-RNAが検出されなくなったことを治癒と判定する(SVR24).治療終了後の経過観察期間中にHCV-RNAが再検出された場合は再燃と診断され,追加治療が検討される.肝炎医療コーディネーター:2008年に通知された肝炎患者等支援対策事業実施要項に基づき各都道府県で育成が行われており,肝炎患者らが適切な医療や支援を受けられるように,医療機関,行政機関その他の地域や職場の関係者間の橋渡しを行うことが期待されている.主として看護師や保健師,自治体職員,職域の健康管理者,医師・歯科医師,臨床検査技師,薬剤師,患者会・自治会役員などが対象であるが,各都道府県で定め講習を受講するなどすれば職種を問わず資格を取得できる(取得の基準は各都道府県の規定による).

HIV 感染症の治療

2023年9月30日 土曜日

HIV感染症の治療TreatmentStrategiesforHIVInfection栁澤邦雄*はじめにかつて死にいたる病と称されたヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.ciencyvirus:HIV)感染症は,治療の劇的な進歩により日常的な慢性疾患へと変貌している.日常診療も後天性免疫不全症候群(acquiredimmu-node.ciencysyndrome:AIDS)を発症した患者の救命から,「HIVと共に生きる人(peoplelivingwithHIV:PLWH)」の合併症ケアへと変貌した現状について,専門医の立場から概説する.I歴史的な経緯と感染経路長らくAIDSは結核・マラリアと並ぶ世界三大感染症の一つとされてきた.その原因はヒトレトロウイルスの一種であるHIVの感染にある.HIVはおもに宿主リンパ球の一分画であるCD4陽性Tリンパ球(以下,CD4)に感染し,その破壊による宿主免疫の低下に伴うさまざまな合併症(日和見疾患)が生じる.具体例としては,ニューモシスチス肺炎(旧称カリニ肺炎)や食道カンジダ症といった真菌感染症,サイトメガロウイルス(cyto-megalovirus:CMV)網膜炎や進行性多巣性白質脳症などのウイルス感染症,非Hodgkinリンパ腫やKaposi肉腫などの腫瘍性疾患があげられる.HIVに感染した患者がこれら日和見疾患を発症した状態がAIDSであり,その関係性は図1のとおりである.読者の中にはAIDS発症患者の生々しい臨床写真に強烈な印象をもった人も少なくないであろう.当初はこれらが欧米の同性間性的接触を行う男性(menwhohavesexwithmen:MSM)から報告されたこともあり,患者差別や診療忌避の問題をはらんで,エイズ・パニックとも称される世界的な騒動となった.特筆されるべきは,非加熱血液製剤によりHIVに感染した血液疾患の患者がAIDS発症から致死的となった図1HIVとAIDSの関係*KunioYanagisawa:群馬大学医学部附属病院感染制御部〔別刷請求先〕栁澤邦雄:〒371-8511群馬県前橋市昭和町3-39-15群馬大学医学部附属病院感染制御部0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(61)1183悲劇,いわゆる「薬害CAIDS」事件である.なかでも先天性の凝固因子欠乏症である血友病の患者は,止血のために凝固因子製剤を補充する必要がある.しかし,非加熱のヒト由来凝固因子製剤にCHIVが混入していたため,わが国でもC1982.1985年にC1,439名の血友病患者がHIV感染の被害を受けた.彼らは厚生省(当時)と製薬会社の責任を問うために訴訟を起こし,1995年に当時の菅直人厚生大臣のもとで,被害者への恒久対策を条件とした和解が成立した.その結果として,1997年には国立国際医療センター(当時)にわが国のCHIV/AIDS診療の司令塔を担うエイズ治療・研究開発センター(AIDSCClinicalCenter:ACC),また各都道府県に最低C1施設のエイズ拠点病院が整備され,診療拒否に遭うことも多かったCHIV/AIDS患者の診療先が(一応)確保された.1990年代のわが国では感染症専門医が非常に希少であったこともあり,エイズ拠点病院で担当医師となったのは,血友病患者を診療してきた血液内科医などである.HIV/AIDS診療は感染経路を問わずに行われるため,血友病患者(薬害被害者)と性的接触による感染者(おもにCMSM)が混在することになるが,各担当医師はそれまでの日和見疾患に対応する経験を生かして,HIV/AIDS患者の診療にあたってきた.要点1:HIV/AIDS診療の歴史には,診療拒否や差別の問題,薬害被害者への対応があったことを忘れてはならない.CII治療薬の開発と発展の歴史HIVの同定からわずかC4年後には,満屋裕明博士によって世界で初めて有効な薬剤が開発された.これが核酸系逆転写酵素阻害薬(nucleosideCreverse-transcrip-taseinhibitors:NRTIs)と称される薬剤の一種,ジドブジン(zidovudine:AZT)である1).当初は単剤治療による速やかな耐性化が問題となったが,続く非核酸系逆転写酵素阻害薬(non-nucleosideRTIs:NNRTIs)やプロテアーゼ阻害薬(proteaseinhibitors:PIs)の開発と,これらをC3剤(一般にキードラッグC1剤+バックボーンC2剤と説明される)組み合わせた「強力でよく効く多剤併用抗レトロウイルス療法(highlyactiveantiret-roviraltherapy:HAART)」がC1996年の国際エイズ学会で報告され,以降C20年余りはこの治療戦略が鉄則となってきた.HAARTは近年CcombinationCantiretroviralCtherapy(cART)とも称されるようになり,HIV感染者に日常生活への復帰を可能としたが,今度は治療の長期化に伴うさまざまな問題が生じることとなった.第一は服薬率(アドヒアランス)の問題であり,これがC95%を切ると次第に耐性ウイルスが選択され,治療が無効となるとされてきた.計算上はC1日C2回,月C60回の服薬機会のうちわずかC3回飲み忘れると耐性化することになるので,患者にとっては日常生活上の大きな負担である.これを長期に維持することでの「飲み疲れ」を回避するべく,cARTの長期継続群と意図的に中断・再開をした群の比較試験が実施されたが,後者での有意な病状悪化2)が報告され,cARTの服薬はアドヒアランスを遵守したうえでの生涯継続が原則となった.第二は開発当初の薬剤で高頻度にみられた嘔気・下痢などの自覚的副作用や,1日あたりの錠剤数の多さに由来する「飲みにくさ」の問題である.やはりこれらも治療中の大きな負担となり,服薬の中断から複数回のAIDS発症に至る患者も散見された.開発当初の治療は上記のように患者に強い負担を強いるものであり,2000年代のある時期までは,CD4数が日和見疾患の発症危険域(200.350/mmC3)に低下するまでCcARTを見送る考え方が主流であった.第三はCcART自体が脂質や糖・骨といった代謝面や腎機能などに与える影響,すなわち薬剤の長期毒性の問題である.これらは(N)NRTIsやCPIsを継続するうえでのジレンマであり,cART薬剤の改良・発展がなされるまで,患者・処方医双方にとって悩みの種であった.しかしその後,無症状であってもCcARTを早期導入することが,性的パートナーへの伝播を阻止する効果3)や,免疫能(CD4数)にかかわらず非CAIDS合併症全体の頻度低下4)をもたらすことが示され,現在ではCCD4数の低下の有無にかかわらず,すべての患者にCcARTを開始することのメリットが強調されるようになった.同時期にCcART自体が後述するように改良・発展したため,大多数の患者で確実なウイルス抑制とCCD4数の安定が得られるようになった.1184あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023(62)図2AIDS患者からPLWHへ:治療と臨床像の変化cART薬剤に比べその程度は低くなっており,万が一有害事象が生じれば別のCSTRへの変更を検討すればよい.また,安定期の患者管理は,1日C1回C1錠のCSTRを継続処方することにほかならないので,医事的な問題さえクリアすれば地域の医療機関でも十分対応可能と思われる.もちろん高額な薬価の納入やCCD4・ウイルス量の検査体制などのハードルはあるが,安定期の患者をエイズ拠点病院から市中のクリニックに移行する動きも大都市圏を中心にみられるようになっている.さて,ここまで発展したCHIV治療にも限界はある.C型肝炎が経口抗ウイルス薬によって完治できるようになって久しいが,現時点でCHIVの完治をもたらす手法は確立していない.また,感染を予防できるワクチンの開発は,長年にわたって難渋している.HIV感染に耐性をもつ特殊な形質のドナーから造血幹細胞移植を受けることによってCHIVが「治癒」したとされる事例が2008年の「ベルリン患者」以降数例報告されているが,それが完治なのか長期寛解なのかは,まだ確証が得られているわけではない.なにより造血幹細胞移植自体が,きわめて高度かつ侵襲性の強い,治療関連死亡のありうる治療手段である.造血器悪性腫瘍の根治などの特別な理由がない限り,HIV感染の治療手段として造血幹細胞移植が一般化することは今後も考えにくいと思われる.したがって,現時点でも「完治はしないが,生涯cARTを継続することで,長期抑制状態を維持する」ことがCHIV診療の基本である.要点3:今のところCHIV感染症は完治しないが,1日1回C1錠の錠剤やC1.2カ月にC1回の注射剤も登場するなど,治療は非常に簡便になった.CIV全例治療時代の臨床像の変化上記のとおり,簡便で有効なCcARTが年々発展を遂げたことから,適切な治療にアクセスできた患者はおおむね救命が図れるようになった.現在多くのCPLWHが1日C1回C1錠のCcART(STR)を継続しながら,健常者同様に就業・通学を果たせるようになっており,HIV感染症は典型的な慢性疾患へと変貌をとげている.近年,わが国のCnationaldatabaseの解析5)によれば,cARTを継続しているCPLWHの年齢構成は徐々に高齢化しており(図3),多数の併存症とそのケアに多数の併用薬を要する事例が増加している(図4).すなわちPLWHの臨床像は免疫不全症というよりも,生活習慣病や悪性腫瘍など,非CHIV感染者となんら変わらないものに変貌しているのである.超高齢社会のなかでPLWHも確実に加齢を重ねており,合併症ケアのために実地医家のクリニックに併診で紹介される機会も増えていると思われる.多くのケースがエイズ拠点病院で有効なCcARTが開始されウイルス抑制状態と思われるので,地域で求められるのは非感染者同様の慢性期合併症対応である.具体的には,健康診断から降圧薬・糖尿病薬などの処方といった生活習慣病管理,あるいは介護認定にあたっての主治医意見書の作成といった高齢者福祉の分野まで多岐にわたる.コロナ・パンデミックを経験した今となっては,ワクチン接種や発熱診療などもまずは地域で対応することが期待される.すなわち,PLWHをめぐって,専門病院(エイズ拠点病院)と地域医療機関の連携が欠かせない状況になっているのである.また,近年着目されているのが,PLWHに対するcARTを未感染者に応用した,HIV「予防」としての服用法である.具体的には,ハイリスクな性行為を行う者を中心に事前に抗ウイルス薬を服用する曝露前予防内服(pre-exposureprophylaxis:PrEP)と,医療行為などで万が一の血液曝露が生じたときに,速やかにCcARTを服用することで感染を予防する,曝露後予防内服(post-exposureprophylaxis:PEP)に分けられる.いずれも保険適用は認められていないので自費診療となるが,業務上発生した医療者に対するCPEP費用は労働災害保険の適応となるので,曝露者に確実に伝えていただきたい.また,現在は適切なCcARTにアクセスできたPLWHの大多数がウイルス抑制状態にあり,もはや「ウイルス抑制状態にある患者からは他人に感染しない」との概念(Undetectable=Untransmittable:U=U)も提唱されていて,医療者の血液曝露や患者の免疫不全による混合感染のリスクを必要以上に意識する必要はない.もちろん処置にあたっての懸念があれば,cARTを処方している医師(病院)との間で事前に診療情報を交わし,HIVの治療状況やCcARTと併用薬の相互作用有無など1186あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023(64)n=28,089100%90%60-6980%50-5970%60%Age(Year)50%40-4940%30%20%30-3910%20-290%図3PLWHの年齢層の変化(文献C5より引用)併存症併存薬n=28,089100%100%90%90%80%80%70%■.5comorbidities70%■.5co-medications60%■4co-medications■3co-medications■4comorbidities60%50%■3comorbidities50%■2comorbidities■2co-medications40%■1comorbidities40%■1co-medications30%■Noco-medications■Nocomorbidities30%20%20%10%10%2009201020112012201320142015201620172018201920-2930-3940-4950-5960-69.7020-2930-3940-4950-5960-69.70Age(years)Age(years)図4PLWHの併存症と併用薬(文献C5より引用)’’図5曝露後予防(PEP)薬-

HIV感染症に伴う眼合併症

2023年9月30日 土曜日

HIV感染症に伴う眼合併症OcularComplicationsAssociatedwithHIVInfection八代成子*はじめにヒト免疫不全ウイルス(humanCimmunode.ciencyvirus:HIV)は,レトロウイルスに属する直径約C110nmのリボ核酸(ribonucleicacid:RNA)型エンベロープウイルスで,1983年に分離同定された.HIVの粒子内部には逆転写酵素が存在するため,リボ核酸(ribonu-cleicacid:RNA)からデオキシリボ核酸(deoxyribonu-cleicacid:DNA)を合成することができるユニークなウイルスである.HIVはCCD4陽性CTリンパ球に感染する.そのため,細胞性免疫が低下することにより,全身にさまざまな日和見感染症を引き起こす.後天性免疫不全症候群(acquiredCimmunode.ciencyCsyndrome:AIDS)は,HIV陽性が判明しただけでは診断には至らず,サーベイランスのためのCAIDS指標疾患(表1)のうち一つ以上が明らかにみられる場合にCAIDSと診断される.HIVは結核,マラリアとともに世界三大感染症とされており,2021年世界におけるCHIV陽性者数はC3,840万人に達する.一方,日本におけるCHIV陽性患者数は約C3万人と,世界の感染者数と比較するときわめて少ない.現在世界規模でCHIV/AIDSの撲滅に向けたキャンペーンが行われており,日本でも他の先進国に遅れ患者数はC2013年をピークに減少傾向にある.発見当初は死の病と恐れられていたが,わが国ではC2000年代に入り多剤併用療法(antiretroviraltherapy:ART)が治療の標準となると,生命予後が劇的に改善したことにより,慢性感染症としての問題点も浮上してきた.HIV感染症に伴う眼合併症は,同一ウイルス感染でも患者の免疫能の違いにより異なる病態を呈し,臨床像も異なることは大変興味深い(図1).多臓器病変の中の氷山の一角でしかない眼合併症ではあるが,重要な疾患の前駆段階である可能性も高い.本稿ではCHIV感染症に伴う眼合併症について,診断のポイントを中心に概説する.CIHIV感染症に関連する眼疾患HIV感染症に関連するおもな眼疾患を表1に示す.HIV感染症で興味深い点は,これらの疾患の発症や悪化は,宿主の細胞性免疫と深く関連していることである.細胞性免疫能はCCD4陽性CTリンパ球数が指標となり,正常値はC700~1.000/μlとされているなか,CD4陽性CTリンパ球数がC200/μl未満になると多くの日和見感染症を発症する.逆に合併した眼感染症から,患者の免疫状態をある程度推測することもできる.主たる網脈絡膜疾患における免疫能の指標であるCCD4陽性CTリンパ球数と,感染経過時間との関係を経時的な関係を図2に示す.とくにサイトメガロウイルス(cytomegalovi-rus:CMV)網膜炎,悪性リンパ腫に伴う眼内炎,進行性網膜外層壊死(progressiveCouterCretinalnecrosis:PORN)は免疫能が著明に低下した状態で発症する.以下,代表的な眼疾患について説明する.*ShigekoYashiro:国立国際医療研究センター病院眼科〔別刷請求先〕八代成子:〒162-8655東京都新宿区戸山C1-21-1国立国際医療研究センター病院眼科C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(53)C1175表1AIDS指標疾患およびHIV感染症に関連する眼疾患AIDS指標疾患HIV感染症に関連する眼疾患AIDS指標疾患に関連する眼疾患その他の眼疾患A.真菌症1.カンジダ症(食道・気管・気管支・肺)2.クリプトコッカス症(肺以外)3.コクシジオイデス症4.ヒストプラズマ症5.ニューモシスチス肺炎・カンジダ性眼内炎・クリプトコッカス網脈絡膜炎・ヒストプラズマ性網脈絡膜炎・ニューモシスチス脈絡膜症B.原虫症6.トキソプラズマ脳症7.クリプトスポリジウム症8.イソスポラ症・トキソプラズマ網脈絡膜炎C.細菌感染症9.化膿性細菌感染症10.サルモネラ菌血症11.活動性肺結核12.非結核性抗酸菌症・結核性ぶどう膜炎・非結核性抗酸菌症による網脈絡膜炎・梅毒性ぶどう膜炎・強膜炎D.ウイルス感染症13.サイトメガロウイルス感染症14.単純ヘルペスウイルス感染症15.進行性巣性白質脳症・サイトメガロウイルス網膜炎・角膜ヘルペス・急性細胞壊死・進行性巣性白質脳症(視野異常)・免疫回復ぶどう膜炎・進行性網膜外層壊死/急性網膜壊死/眼部帯状疱疹・眼瞼伝染性軟属腫E.腫瘍16.Kaposi肉腫17.原発性脳リンパ腫18.非CHodgkinリンパ腫19.浸潤性子宮頸癌・眼瞼・結膜CKaposi肉腫・眼内悪性リンパ腫F.その他20.反復性肺炎21.リンパ性間質性肺炎/肺リンパ過形成22.HIV脳症23.HIV消耗性症候群・HIV網膜症・HIV関連視神経炎・薬剤性ぶどう膜炎(シドフォビル・リファブチン)結核性ぶどう膜炎200カンジダ性眼内炎ニューモシスチス脈絡膜炎梅毒性ぶどう膜炎500正常免疫反応不全直接的ウイルスCMVHSV-1,2毒性VZV図1免疫能と病態の違いにより生じるウイルス性眼病変サイトメガロウイルス(CMV)は(単純ヘルペスウイルスC1型,CD4陽性リンパ球数(/μl)トキソプラズマ網脈絡膜炎進行性網膜外層壊死2型(HIV-1,2),(水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)と比べ病C50変は緩徐に進行する.CMV感染症では,免疫不全様態では網感染後経過時間膜炎を,免疫正常では角膜内皮炎を生じる.CRN(慢性網膜壊死)は通常のCCMV網膜炎より免疫能はやや高い状態でまれに図2代表的な眼疾患と免疫との関係みられ,IRU(免疫回復ぶどう膜炎)は免疫能が急激に立ち上がったときに生じる.HSV-1.2およびCVZVは通常,急性網表2新たなCMV網膜炎分類基準膜壊死(ARN)を生じるが,免疫不全が著明に低下するとまれに進行性網膜外層壊死(PORN)を生じる.CMV網膜炎の分類基準(1&C2&C3またはC4を満たすこと)1多数の小さな(<C50Cμm)サテライト病巣による境界不明瞭な壊死性網膜炎C2免疫低下(aまたはb)a.全身性(例:AIDS,臓器移植,化学療法)b.眼局所(例:眼内ステロイド療法や化学療法)C3特徴的な臨床像(a,b,cのいずれか,およびd)a.網膜炎の扇形領域b.網膜炎による出血c.網膜炎による顆粒状病巣d.硝子体炎がないかあっても軽度C4CMVの眼内感染の証明(前房水または硝子体液検査でCMV-PCR陽性)除外1.梅毒トレポネーマ血清反応陽性2.眼内液CPCRで単純ヘルペスウイルス,水痘帯状疱疹ウイルス,トキソプラズマ陽性(ただし免疫不全,CCMV感染歴,CCMV網膜炎に特徴的臨床像がありCCMV-PCR陽性の場合を除く)(文献C2より引用)図3OCTを用いた初期CMV網膜炎とHIV網膜症との鑑別a:CMV網膜炎:眼底写真ではCHIV網膜症と同程度のごく小さな病巣がみられるが,OCTでは網膜全層の層構造は脱落し網膜は陥凹している(矢印).b:HIV網膜症:OCTでは病巣は網膜内層に現局し,網膜外層は保たれ神経線維層は隆起している.(文献C3より引用)図4進行性網膜外層壊死(PORN)網膜出血や硝子体混濁などを伴わずに白色病変が急速に後極に向かって進展している.図5下眼瞼に発症した結膜Kaposi肉腫結膜円蓋部に暗赤色隆起性病変がみられる.

梅毒診療の最前線

2023年9月30日 土曜日

梅毒診療の最前線AReviewandUpdateonAdultSyphilisTreatmentStrategies柳澤如樹*はじめに新型コロナウイルス感染症の流行は,感染症疫学に大きな変化をもたらした.わが国では,空気感染する代表的な感染症である麻疹はC2019年にC744例報告されたが,2020年,2021年はC10例,6例と激減した.同様に飛沫感染する代表的な感染症である風疹は2019年に2,309例報告されたが,2020年,2021年はC101例,12例と同様に激減した.一方,性感染症である梅毒は,2010年頃までは年間数百例の報告数であったが,以降は増加傾向を示し,コロナ禍にもかかわらず,2022年は12,964例と感染症法の施行以来,初めて年間C1万例を超えた(図1).この傾向は日本のみならず,米国でも同様であった.2019年にはクラミジア,淋菌,梅毒の合計報告数がC250万人以上と,6年連続で最多を更新したが,その後も報告数は増加した.梅毒に関しては,2017年にC101,590例が報告されたが,2021年には176,713例まで増加した.CI病原体梅毒はスピロヘータ属の一つであるCTreponemapalli-dumによる感染症である.菌体はらせん状で,長さは6~20.μm,直径はC0.1~0.2.μmである.通常の光学顕微鏡では視認することができないため,暗視野顕微鏡を用いる必要がある.病巣の浸潤液を暗視野顕微鏡で観察すると,運動するコークスクリュー型の菌体を観察することができる.T.pallidumはCinvitroでの培養は不可能15,00010,0005,000012,964図1梅毒の年別報告数の推移(2001~2022)であり,現在でもウサギの睾丸を用いた生体培地が必要である.CII感染経路梅毒の大部分は,性行為によりヒトからヒトに感染する.感染力は硬性下疳や扁平コンジローマのような活動性病変が認められる時期で高く,時間とともに低下する.性行為以外では,経胎盤的に感染し,胎児に先天梅毒を起こす.まれではあるが,輸血や針刺し事故などでも感染することが報告されている.CIII疫学わが国ではC1948年に性病予防法に基づいて,梅毒の全数報告が開始された.1999年からは感染症法に基づ20012003200520072009201120132015201720192021*NaokiYanagisawa:柳沢クリニック/国立国際医療研究センター〔別刷請求先〕柳澤如樹:〒160-0001東京都新宿区片町C2-3菱和ビルC3F柳沢クリニックC0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(45)C1167感染力あり(性行為感染または母胎感染)感染力あり(母胎感染)感染力なし図3第1期梅毒(陰部の硬性下疳)図4第2期梅毒(皮膚症状)図6梅毒性直腸炎26歳,男性.HIV感染症,CD4陽性リンパ球数C227/μl,梅毒血清反応陽性.歯状線直上よりCRa領域まで大きな打ち抜き様潰瘍が多発.形質細胞やリンパ球を中心とした高度の炎症細胞浸潤を伴った非特異的な腸炎の所見.T.pallidum陰性.(文献C3より引用)図7眼梅毒26歳,男性.HIV感染症,CD4陽性リンパ球数C215/μl,梅毒血清反応陽性.眼底所見では著明な視神経乳頭浮腫を認めた.網膜は浮腫のために色調が蒼白で,網膜血管周囲には血管炎による細胞浸潤を認めた.(文献C4より引用)く,診断が困難である場合もある(図7)4).内耳梅毒では感音性難聴や,めまい,耳鳴り,平衡障害などが契機で診断されることが多い.泌尿器系では糸球体腎炎やネフローゼ症候群を,筋骨格系では関節炎,骨膜炎などの症状を呈することがある.皮膚や臓器症状に加え,第C2期梅毒では発熱,全身倦怠感,全身性リンパ節腫大,関節痛,体重減少のような全身症状が出現することもある.その一方で,第C2期梅毒の症状が軽微,もしくは無症状のこともある.また,第C1期梅毒同様,無治療で自然消退するため,診断がつかぬまま潜伏梅毒に移行することもある.このように梅毒は多彩な臨床症状を呈することから,“greatCimitator(模倣の名人)”とよばれている.C3.潜伏梅毒潜伏梅毒とは,血清梅毒反応が陽性にもかかわらず,症状がない状態をさす.この時期では献血や検診を契機に,偶然梅毒が発見されることが多い.潜伏梅毒は感染成立後C1年以内の早期潜伏梅毒(earlyClatentsyphilis)と,1年以上を後期潜伏梅毒(lateClatentsyphilis)に分けられる.潜伏梅毒の約C25%は,第C2期梅毒に再度移行しうるが,その多くが早期潜伏梅毒の時期に起こる.梅毒の感染力は時間経過とともに衰えるが,この時期でも母胎から胎児に感染し,先天梅毒を発症する可能性がある.無治療のまま経過すると,潜伏梅毒患者の約C30%は晩期梅毒に移行する.C4.晩期梅毒晩期梅毒は梅毒に対する適切な治療が行われなかった場合に,感染からC5~30年程度かけて緩徐に進行し,臓器障害を呈したものをさす.具体的にはゴム腫,心血管梅毒,神経梅毒があげられる.しかし,抗菌薬がさまざまな感染症に使用できるようになった現在,新規の晩期梅毒患者を診察することはまれである.ゴム腫とは組織の破壊を伴う壊死性肉芽腫性病変である.病変は皮膚,粘膜,骨に多く形成されるが,あらゆる臓器に生じる可能性がある.上気道では軟口蓋や鼻中隔の破壊を,骨では骨折や関節破壊を起こすことがある.皮膚では表在性の小結節から,深い潰瘍形成を伴うものまでさまざまな形態が存在し,結核,サルコイドーシス,深在性真菌感染症のそれと類似している.病変部の生検でCT.pallidumの菌体を認めることはまれであるため,診断に難渋することが多い.心血管梅毒では,おもに大動脈を栄養する血管の炎症により,血管中膜の壊死および弾性線維の破壊が起こる.これによって大動脈が進行性に拡張し,.状あるいは紡錘状の動脈瘤が形成される.また,上行大動脈が侵された場合は,大動脈弁閉鎖不全症や冠動脈入口部の狭窄を引き起こすことがある.神経梅毒は早期と後期神経梅毒に分類できるが,晩期梅毒は後者に相当し,進行麻痺や脊髄癆の原因となる.CVI診断と検査病原体検出は感染症の確定診断の基本であるが,T.pallidumは培地上で培養ができないため,診断には直接菌体を検出する方法と,梅毒血清反応を用いる方法が一般的である.病変部の検体からポリメラーゼ連鎖反応(polymeraseCchainreaction:PCR)検査を用いた方法もあるが,一般的な検査としては行われていない.神経梅毒の診断には脳脊髄液検査が必須である.C1.病原体の検出菌体を検出するためには,硬性下疳や扁平コンジローマなど,菌体が多く存在する活動性病変部位の浸潤液をスライドガラスに採取し,暗視野顕微鏡を用いる方法か,パーカーインク染色後に光学顕微鏡を用いる方法がある.しかしいずれの方法も,その正確性は検査技師の技術や病変部位の菌体数に依存している.また,病変部にはCT.pallidum以外のトレポネーマが存在している可能性があるために,評価は必ずしも容易ではない.そのため,この方法は臨床現場ではあまり用いられない.C2.梅毒血清反応検査梅毒の多くは血清反応検査を用いて診断される.梅毒血清反応検査は,非トレポネーマ検査と特異的トレポネーマ検査に分類される.それぞれの検査法には長所と短所があり,この二つの方法を組み合わせて梅毒の診断をする(表1).(49)あたらしい眼科Vol.C40,No.9,2023C1171表1梅毒血清反応検査の解釈RPRCTPHA結果の解釈--未感染感染の極初期(まれ)+-生物学的偽陽性感染の初期(TPHAがまだ上昇していない)-+感染の初期(RPRがまだ上昇していない)感染の後期(RPRが自然に低下した)治療後(現在の活動性はない)TPHA偽陽性プロゾーン現象(RPRが偽陰性)++活動性感染治療中もしくは治療直後CSerofastreaction(治療にもかかわらずCRPRが低下しない)RPR,TPHAともに偽陽性(まれ)

眼梅毒

2023年9月30日 土曜日

眼梅毒OcularSyphilis橋田徳康*はじめに梅毒はスピロヘータ属である梅毒トレポネーマ(TreponemaCpallidum:TP)によって起こる性感染症である.かつては頻度の高かった感染症であったが,ペニシリンの発見以降,駆梅療法の進歩により激減した.しかし近年増加傾向にあり,2022年には感染者数がC1万人を超えた.性感染症として最重要な疾患であり,ヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.ciencyvirus:HIV)感染を併発した発症例も近年増えてきており,免疫力の低下による重症例に対しても注意が必要である.CGreatimitatorといわれるように,全身のみならず眼所見においてもさまざまな臨床所見を呈する1).日本におけるぶどう膜炎のC0.5%を占めるとされている2).内科的治療を含めた梅毒診療に関しては別稿を参照いただき,本稿では,TPの感染病原体としての特徴と,眼梅毒として梅毒感染に関連する眼所見を中心に概説する.CI病原体スピロヘータ科,トレポネーマ属に属するCTPは,直径C0.1~0.2Cμm,長さ6~20Cμmのらせん菌で唯一の宿主はヒトである.トレポネーマ属に属するものとして,歯周病関連細菌であるCTreponemadenticolaがほかによく知られている.その他,回帰熱の原因菌であるCBor-reliarecurrentisやライム病の原因菌であるCBorreliaburgdorferiも有名である.スピロヘータの運動に関して,鞭毛をスクリュープロペラのように使って泳ぐ鞭毛細菌とは異なり,細胞内に鞭毛を内在していて螺旋状の菌体をくねらせながら泳ぐのが特徴である3).低酸素状態でしか長く存在できず,試験管内での培養は不可で,ウサギの睾丸内で培養する以外に方法が存在しない.Toll様受容体(tollClikereceptor:TLR)2およびC4は,グラム陰性菌の外膜の主要な炎症誘発性成分であるリポ多糖(lipopolysaccharide:LPS)のパータン認識受容体であるが,TPはCLPSがないためCTLRに認識されにくく,宿主の免疫を回避しやすい特徴をもっている4).CII検出方法病原体の明視野顕微鏡での直接検鏡による検出はむずかしく,暗視野顕微鏡・電子顕微鏡を用いて観察する.血清学的検査に関して,非トレポネーマ抗原による検査方法としてCserologicCtestCforsyphilis(STS)法がある.カルジオリピンを用いてCTPに破壊された組織の産生する自己抗体との反応をみる検査で,venerealCdiseaseCresearchlaboratory(VDRL)テストやCrapidCplasmareagin(RPR)カード法などがある.時間があまりかからないことが利点であり,また梅毒の早い段階(感染してから数週間程度)から検査が陽性になること,梅毒による炎症がおさまると数値が下がるため,早期の診断や治療効果の判定にも用られる.一方,トレポネーマ抗原による検査であるCTP抗原法とよばれる検査は,梅毒トレポネーマに対する抗体の量を測定するものである.CTreponemaCpallidumChemagglutinationassay(TPHA)*NoriyasuHashida:大阪大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕橋田徳康:〒565-0871大阪府吹田市山田丘C2-2大阪大学医学部眼科学教室C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(37)C1159表1梅毒の全身症状病期潜伏期間臨床症状潜伏期第一期第二期第三期第四期3週間3週間~C3カ月3カ月~C3年3~4年10~1C5年初期硬結,陰部,口唇,乳房に無痛性の小丘疹(硬性下疳),小丘疹から硬結潰瘍,鼠径部リンパ節腫脹全身リンパ節腫脹,脱毛,バラ疹,扁平コンジローマ,髄膜炎,脳炎,眼梅毒,髄膜血管梅毒ゴム腫,心血管梅毒変性梅毒,進行性麻痺,脊髄癆-図1梅毒性ぶどう膜炎患者の前眼部所見41歳,男性.RPR(256),PHA(81920).a:結膜充血・毛様充血を認める.Cb:多数の炎症細胞とフレアの増強を認める.図2梅毒性ぶどう膜炎患者の広角眼底所見a:図C1と同一患者.網膜血管が判別不能なほどの強い硝子体混濁と,鼻側網膜に黄白色滲出性病変を認める.Cb:49歳,男性.RPR(C.),TPHA(80).強い硝子体混濁を認める.図3梅毒性ぶどう膜炎患者の網膜光干渉断層計所見a:58歳,男性.RPR(64),TPHA(5120).片眼性に隔壁構造のある一見,Vogt-小柳-原田(VKH)病によく似た漿液性網膜.離を認める.片眼性でありびまん性脈絡膜肥厚がみられず,VKHとは容易に鑑別され,血清所見より梅毒性ぶどう膜と診断されている.Cb:47歳,男性.RPR(64),TPHA(20480).AcuteCsyphiliticCposteriorCplacoidchorioretinitis(ASPPC)のC1例.後極における病変部に一致して外境界膜とCelipsoidzoneの消失と,outerretina/PREcomplexにおける結節状の不正隆起がみられる.図4Acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC)患者の眼底所見・フルオレセイン蛍光造影(FA)所見a,b:図C3aと同一患者.眼底写真では,漿液性.離のある後局部は広範囲に淡い白色病変を呈している.FAでは,網膜血管壁の濃染と血管拡張および広範囲の蛍光漏出がみられる.Cc,d:40歳,男性.RPR(64),TPHA(10240).眼底写真では,黄斑部に淡い白色病変がみられ,FAでは網膜色素上皮の障害を反映したCwindowdefectが広範囲に認められる.図5ASPPC患者の蛍光造影所見と眼底自発蛍光所見図C3bと同一患者.Ca:フルオレセイン蛍光造影で後極部病変を取り囲むように網膜静脈血管炎と蛍光漏出がみられる.Cb:インドシアニングリーン蛍光造影検査では,病変部の低蛍光と周囲組織の輪状の過蛍光がみられる.Cc:眼底自発蛍光では病変部の粒状・斑点状の低蛍光部と周囲の輪状の過蛍光がみられ,そのコントラストがはっきりと認められる.–

HTLV-1による眼疾患

2023年9月30日 土曜日

HTLV-1による眼疾患OcularManifestationsCausedbyHTLV-1Infection鴨居功樹*はじめにヒトCT細胞白血病ウイルスC1型(humanCTCcellCleu-kemiaCvirusCtype1:HTLV-1)は世界でC3,000万人以上,日本には先進国の中でもっとも多いC100万人前後の感染者が存在すると推定されており,近年,世界的な注目を集める感染症である.世界保健機関(WorldCHealthOrganization:WHO)は,HTLV-1感染症を全世界で取り組むべき感染症として,technicalreportを発刊した.続けてCWHOCStrategicCTechnicalCAdvisoryGroupは,HTLV-1感染症を性感染症(sexuallyCtrans-mittedinfections:STI)として分類し,重点的に取り組むことを決定した.現在,HTLV-1感染症はクローズアップされるとともに,眼疾患に関する多くの新しい知見が報告されている.本稿では,筆者らの発見によってもたらされたHTLV-1感染症における二つのパラダイムシフトを含め,最近のCHTLV-1による眼疾患における重要な知見を概説する.CI注目されるHTLV-1感染症HTLV-1はCWHOをはじめ世界的に注目されているが,それはアボリジニにおけるCHTLV-1の高感染率が判明したことを契機とする.アボリジニはオーストラリアの先住民族で,おもにアリススプリングスを中心とした広大な地域に点在して居住する.アリススプリングス病院の感染症専門医であるCEinsiedel博士らによる疫学調査の結果,アボリジニの成人の約半数がCHTLV-1に感染していることが明らかになった1).これを受けて,オーストラリア政府はCHTLV-1感染症の重要性を認識し,大規模な研究資金を本感染症分野に投入することを決定した2).さらに,レトロウイルスの発見者であるCGallo博士らによるCHTLV-1感染症の重要性を記したCopenletterが「Lancet」誌に掲載されたことにより,WHOは世界規模でCHTLV-1感染症対策を推進する必要性を認識し,Ctechnicalreportを発刊するなど,意欲的な取り組みを開始した3).CIIHTLV-1による眼疾患HTLV-1は,遺伝情報をCRNAとして保持し,逆転写により宿主のCDNAにその情報を組み込む特性をもつレトロウイルスで,おもにCCD4+T細胞に感染し,一度感染が成立すると生涯にわたる持続感染となる4).HTLV-1はヒトに疾患を引き起こすことが初めて明らかになったレトロウイルスで,成人CT細胞白血病(adultT-cellleukemia/lymphoma:ATL),HTLV-1関連脊髄症(HTLV-1Cassociatedmyelopathy:HAM),および眼疾患を生じる5).HTLV-1による眼疾患としては,ぶどう膜炎,ドライアイ,角膜混濁,視神経症,そしてATL関連眼疾患などが存在するが,とくにCHTLV-1関連ぶどう膜炎とCATL関連眼病変は頻度が高く,重要な眼疾患である6).*KojuKamoi:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学〔別刷請求先〕鴨居功樹:〒113-8510東京都文京区湯島C1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(29)C1151HTLV-1感染細胞浸潤細胞網膜血管炎硝子体混濁図1HTLV-1関連ぶどう膜炎のシェーマ図2Basedow病に伴う眼球突出図3HTLV-1関連ぶどう膜炎a:硝子体混濁.b:網膜血管炎.従来の発症メカニズム高いプロウイルスロード時間疾患発症長期の潜伏で感染発症新しいメカニズムの発見低いプロウイルスロード時間感染疾患発症短期の潜伏で発症HTLV-1感染細胞Basedow病T細胞図4プロウイルスロードに関する新発見従来,HTLV-1感染による疾患発症は,高いプロウイルスロードと長期の潜伏感染が必要と考えらえていたが(a),Basedow病が背景にある場合,低いウイルスロード・短い潜伏期間で疾患(HTLV-1関連ぶどう膜炎)が発症することを発見した(Cb).体内でゆっくりと長い年月をかけて感染細胞数が増加し,感染細胞数が多くなった患者において,疾患が生じる」という考えである.それゆえCHTLV-1関連疾患の発症は中高年以降に起こると認識されていた.筆者らは,東京において若年者にCHAUの発症が多くみられることに着目し研究を進め,眼科検査・内科検査・全身検査・ウイルス学的検査・感染経路調査を行い解析したところ,Basedow病が背景にある感染者においては,短い潜伏期間・PVL値であっても,程度の強い硝子体混濁・網膜血管炎を伴うCHAUを発症することをつきとめ,「Lancet」誌に報告した15)(図4b).HTLV-1関連疾患の発症にもっとも強く関与すると考えられていた「PVL高値」に依存しない発症機序を示した本報告は,疾患発症機序に関する常識を覆すパラダイムシフトとなり,HTLV-1感染症に新たな知見をもたらした.CVIHAUにおける合併症メカニズムHAUの発症機序については,多くのことが明らかになっているが6,7),HAUの眼合併症の発症機序に関する研究報告はこれまでにない.実際,HAUの眼合併症としての頻度が高い(30%程度)にもかかわらず6),そのメカニズムは明らかではない.そこで筆者らは,HAUにおける続発緑内障のメカニズム解析に取り組んだ.HAUに伴い前房に浸潤するHTLV-1感染細胞と線維柱帯細胞との相互関係をCinvitroで検討し,その結果,HTLV-1感染細胞と線維柱帯細胞の接触によって,線維柱帯細胞はCHTLV-1に感染し,増殖を起こすことが明らかになった.さらに,HTLV-1に感染した線維柱帯細胞ではCnuclearCfactor-lBが上昇し,サイトカイン,ケモカインが産生されることが明らかになった16).この結果を踏まえたCHAUにおける眼圧上昇のメカニズムとしては,HAUによって前房に浸潤したCHTLV-1感染細胞が,線維柱帯細胞に接触することで感染し,線維柱帯細胞の増殖,サイトカインによる局所炎症,ケモカインによる浸潤細胞の誘導が生じることで,房水流出障害が起きることが想定された.VIIHTLV-1感染者に対するTNF阻害薬の安全性評価腫瘍壊死因子(tumorCnecrosisfactor:TNF)阻害薬は,炎症性疾患の治療の流れを変えた画期的な分子標的治療薬で,インフリキシマブ・アダリムマブなどは,眼科領域でも使用されている.これらは炎症性疾患の治療に長年使用され,良好な成績を上げている17,18).一方で,TNF阻害薬には逆説的反応(paradoxicalreaction)があり19),主要な逆説的反応の一つとして眼炎症(ぶどう膜炎)が起こることが知られている20).TNF阻害薬の使用の際に,B型肝炎,結核など感染症を除外する必要性がガイドライン・指針・マニュアルなどで言及されている一方で,HTLV-1感染症に関しては言及されていない.しかし,これまでにCHTLV-1感染者にアダリムマブを投与したことでCATLが発症した報告があり21),また筆者らも関節リウマチに罹患したHTLV-1感染者にトシリズマブを投与後にCHAMとHAUが生じた症例を経験している22).そこで筆者らは,この未解決な課題であるCHTLV-1感染者に対するCTNF阻害薬の安全性の評価に眼科学の立場から取り組んだ.HTLV-1感染者においてCTNF阻害薬のおもな逆説的反応である眼炎症ぶどう膜炎(HAU)が誘発される可能性をCinvitroで検討した.HTLV-1感染者における眼内環境に模した実験系をCinvitroで構築し,インフリキシマブとアダリムマブの影響について検討した結果,これらのCTNF阻害薬の投与によってCHTLV-1感染者の眼内にサイトカイン・ケモカインを介した炎症惹起は起こらず,またCHTLV-1感染細胞とCHTLV-1に感染した眼組織のCPVL量に影響を与えないことが示された23,24).つまりCHTLV-1感染者におけるCTNF阻害薬投与は,invitroの見地から安全である可能性が示唆された.CVIIIHTLV-1感染者に対するVEGF阻害薬の安全性評価血管内皮成長因子(vascularCendothelialCgrowthCfac-tor:VEGF)は,加齢黄斑変性,糖尿病網膜症,近視に伴う脈絡膜新生血管などに関与する.治療としては,1154あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023(32)多数のクラスター形成眼瞼結膜への浸潤(とくに涙点周囲)ATL細胞眼球結膜への浸潤(とくに角膜輪部)網膜色素上皮下への浸潤図5ATL患者における眼浸潤のシェーマsIL-2R,LDHの上昇であることが報告されている32).CXATL患者における移植治療とフォローアップATLの生命予後は,同種造血幹細胞移植によって改善したが,移植前処置(抗癌剤,放射線照射)を含む同種造血幹細胞移植における一連の治療は,ATL患者の免疫恒常性の破綻,免疫寛容の減弱を起こし,全身に炎症が生じることがある33).筆者らは,ATL患者において,同種造血幹細胞移植を行う前後に眼科検査,全身検査を実地し,かつ長期にわたる追跡調査を行った.その結果,同種造血幹細胞移植を行った後に生じる炎症は,他の臓器・部位に先行して眼内に炎症が生じることを明らかにし,「LancetHae-matology」誌に報告した34).この発見によって,移植後の患者のフォローアップの際には,積極的な眼科検査を行い,早期に炎症を発見することが重要であることが示唆された.おわりにHTLV-1は日本における重要な感染症である.近年,眼科学的アプローチにより,感染経路・PVLといったHTLV-1関連疾患発症における主要な常識が覆され,パラダイムシフトが起きた.ほかにも多くの重要な研究成果が眼科から報告されている.現在,HTLV-1は世界的に取り組むべき感染症であり,HTLV-1感染者が先進国の中でもっとも多い日本からの情報発信が期待されている.文献1)EinsiedelL,WoodmanRJ,FlynnMetal:T-lymphotropicvirustype1infectioninanIndigenousAustralianpopula-tion:epidemiologicalCinsightsCfromCaChospital-basedCcohortstudy.BMCPublicHealth16:787,C20162)GruberK:AustraliaCtacklesCHTLV-1.CLancetCInfectCDisC18:1073-1074,C20183)MartinCF,CTagayaCY,CGalloR:TimeCtoCeradicateCHTLV-1:anopenlettertoWHO.Lancet391:1893-1894,C20184)YoshidaM,SeikiM,YamaguchiKetal:Monoclonalinte-grationCofChumanCT-cellCleukemiaCprovirusCinCallCprimaryCtumorsofadultT-cellleukemiasuggestscausativeroleofhumanCT-cellCleukemiaCvirusCinCtheCdisease.CProcCNatlCAcadSciUSA81:2534-2537,C19845)WatanabeT:HTLV-1-associateddiseases.IntJHematol66:257-278,C19976)KamoiK:HTLV-1CinCophthalmology.CFrontCMicrobiolC11:388,C20207)KamoiK,MochizukiM:HTLV-1uveitis.FrontMicrobiol3:270,C20128)KamoiCK,CMochizukiM:HTLVCinfectionCandCtheCeye.CCurrOpinOphthalmol23:557-561,C20129)TeradaY,KamoiK,KomizoTetal:HumanTcellleuke-miavirustype1andeyediseases.JOculPharmacolTher33:216-223,C201710)KamoiCK,CWatanabeCT,CUchimaruCKCetal:UpdatesConCHTLV-1uveitis.Viruses14:794,C202211)NishijimaT,ShimadaS,NodaHetal:TowardstheelimiC-nationCofCHTLV-1CinfectionCinCJapan.CLancetCInfectCDisC19:15-16,C201912)SatakeCM,CIwanagaCM,CSagaraCYCetal:IncidenceCofChumanT-lymphotropicvirus1infectioninadolescentandadultCbloodCdonorsCinJapan:aCnationwideCretrospectiveCcohortanalysis.LancetInfectDis16:1246-1254,C201613)KamoiCK,CHoriguchiCN,CKurozumi-KarubeCHCetal:Hori-zontalCtransmissionCofCHTLV-1CcausingCuveitis.CLancetCInfectDis21:578,C202114)BanghamCR,CookLB,MelamedA:HTLV-1clonalityinadultT-cellleukaemiaandnon-malignantHTLV-1infec-tion.SeminCancerBiol26:89-98,C201415)KamoiK,UchimaruK,TojoAetal:HTLV-1uveitisandGraves’CdiseaseCpresentingCwithCsuddenConsetCofCblurredCvision.Lancet399:60,C202216)ZongY,KamoiK,AndoNetal:MechanismofsecondaryglaucomadevelopmentinHTLV-1uveitis.FrontMicrobiolC13:738742,C202217)HoriguchiCN,CKamoiCK,CHorieCSCetal:AC10-yearCfollow-upCofCin.iximabCmonotherapyCforCrefractoryCuveitisCinCBehcet’ssyndrome.SciRep10:22227,C202018)TakeuchiM,UsuiY,NambaKetal:Ten-yearfollow-upofCin.iximabCtreatmentCforCuveitisCinCBehcetCdiseasepatients:ACmulticenterCretrospectiveCstudy.CFrontCMed(Lausanne)C10:1095423,C202319)ToussirotE,AubinF:ParadoxicalreactionsunderTNF-alphaCblockingCagentsCandCotherCbiologicalCagentsCgivenCforCchronicCimmune-mediateddiseases:anCanalyticalCandCcomprehensiveoverview.RMDOpen2:e000239,C201620)WendlingCD,CPratiC:ParadoxicalCe.ectsCofCanti-TNF-alphaCagentsCinCin.ammatoryCdiseases.CExpertCRevCClinCImmunol10:159-169,C201421)BittencourtCAL,COliveiraCPD,CBittencourtCVGCetal:AdultCT-cellCleukemia/lymphomaCtriggeredCbyCadalimumab.CJClinVirol58:494-496,C201322)TeradaCY,CKamoiCK,COhno-MatsuiCKCetal:TreatmentCofCrheumatoidCarthritisCwithCbiologicsCmayCexacerbateCHTLV-1-associatedconditions:ACcaseCreport.CMedicine(Baltimore)C96:e6021,C20171156あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023(34)

性感染症における眼感染症多項目PCR 検査 (ぶどう膜炎前房水スクリーニング検査)

2023年9月30日 土曜日

性感染症における眼感染症多項目PCR検査(ぶどう膜炎前房水スクリーニング検査)Muliti-plexPCRTestandScreeningofAqueousHumor中野聡子*はじめに感染症診断の基本的な流れには,①病歴や臨床所見から臨床診断をつける.②ターゲットとした病原体を検出可能な検査を組み合わせ,感染部位から得た検体を分配する.③検査結果や治療への反応を総合して,最終的に医師が起炎病原体を診断する.④病原体量がわかる検査で病勢や治療効果を判定する.という段階がある.性感染症では,病歴について患者から正確な情報が得られない場合が多い.梅毒性ぶどう膜炎やヒトT細胞白血病ウイルス1型(humanT-cellleukemiavirustype1:HTLV-1)関連ぶどう膜炎など,特徴的な臨床所見を示さず,腫瘍性を含めた他疾患の除外が必須となる疾患がある.また,眼症状で初診した場合は眼外病変が見逃されやすい一方で,経過中に重篤な全身病変を生じる疾患もある.早期に明確な診断を示さなければ,治療に協力的でない患者が存在する.以上の特徴から,他の眼感染症よりも客観的な病因検査の重要性が高い.I性感染症と眼科検体検査性感染症の病原体のうち,淋菌は塗抹鏡検が有用であるが,温度変化や乾燥に弱く輸送に注意が必要である.ほかにも塗抹鏡検,培養が困難な病原体が多く,他科では血清学的検査や,腟分泌物,子宮頸管擦過物,咽頭拭い液を用いた遺伝子検査が一般化している.日本性感染症学会が編集した「性感染症診断・治療ガイドライン2020」1)が参考になる.ただし,全身検査結果が必ずしも眼病変を反映しているとは限らないため,眼局所の診断には眼科検体を用いることが望ましい.しかし,既存の遺伝子検査は眼科微量検体に対応せず,陰性結果が検体量不足によるものか,真陰性か,明確ではなかった.眼科微量検体に適する病因検査の一つに,マルチプレックスポリメラーゼ連鎖反応(polymerasechainreac-tion:PCR)法(複数の蛍光色素で測定するリアルタイムPCR)を用いた多項目PCR検査「DirectStripPCR法」2)があり,核酸抽出不要で,20μlの前房水から9項目の病原体を診断,または除外可能である.II感染性,腫瘍性鑑別のための「前房水スクリーニング検査」ぶどう膜炎診断では,治療が異なる感染性,非感染性(免疫),腫瘍性(仮面症候群)の三つを,まず明確に鑑別する必要がある.非感染性に対するステロイド治療や免疫抑制薬,生物学的製剤は感染を悪化させ,腫瘍性を見逃すと生命予後に影響する.従来から行われている採血(HLA含む),胸部X線写真などの「全身スクリーニング検査」は,サルコイドーシスなどの非感染性の診断には有用であったが,眼局所の感染や腫瘍性病変を発見する力が弱かった.「前房水スクリーニング検査」では,初診時の病原体や炎症に富む前房水(20~150μl)を,臨床所見に基づいて,塗抹鏡検,培養,多項目PCR検査,サイトカイン検査(IL-10,IL-6)3),細胞診などの必要な検査に上*SatokoNakano:大分大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕中野聡子:大分県由布市迫間町医大ケ丘1-1大分大学医学部眼科学講座0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(21)1143手に振り分けて,見逃してはならない眼感染症や腫瘍をまず除外する.サイトカイン検査は60~80μl,他は20μlずつ分配すればよい.いずれも先進医療や保険で実施可能で,従来の全身スクリーニング検査と組み合わせることで,ぶどう膜炎専門医でなくても,感染性,非感染性,腫瘍性が客観的に診断,または除外可能である.特徴的な所見に乏しく,腫瘍性も含めた他疾患の除外を要する性感染症には最適である.ただし,性感染症を生じる患者背景を考えると,費用面や施設面でのハードルがある.2023年現在,梅毒,HTLV-1を含む感染性ぶどう膜炎キットは先進医療から保険適用をめざした医師主導臨床性能試験中で,淋菌,クラミジア,アデノウイルスを含む角結膜炎キットも保険適用を念頭に,先進医療が準備されている.また,これらの先進医療は,従来は基幹病院規模の施設に限定されていたが,先進医療届出要件の緩和が検討されており,近い将来,気軽に実施できるようになることが期待されている.III梅毒,HTLV-1を含む感染性ぶどう膜炎キット1.適応症単純ヘルペスウイルス1型(herpessimplexvirus-1:HSV1)・2型(HSV2),水痘帯状疱疹ウイルス(vari-cellazostervirus:VZV),Epstein-Barrウイルス(Epstein-Barrvirus:EBV),サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV),ヒトヘルペスウイルス6(humanherpesvirus6:HHV6),HTLV-1,梅毒トレポネーマ,トキソプラズマを対象とした多項目PCR検査キット2)の適応症は感染性ぶどう膜炎疑いであリ,眼科微量検体に対応する.性感染症に関連する病原体として,梅毒,HTLV-1が含まれており,海外版ではヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.ciencyvirus:HIV)も含む.結核,トキソカラは,とくに先進国では免疫反応性で,眼内に病原体遺伝子がほぼ存在しないことからキットに含まれず,診断には採血や胸部X線写真といった全身検査が必要である.現行の先進医療は適応症に制約があり,豚脂様角膜後面沈着物,眼圧上昇,網膜壊死病巣を有するヘルペス性ぶどう膜炎とその鑑別疾患が対象である.2.検体眼内液(前房水・硝子体)を用いる.炎症の主座に近い部位の検体が望ましいが,後眼部が主座の病変でも硝子体手術に至らない患者では前房水で代用する.その場合は,陰性結果の解釈は真陰性なのか,採取した検体中に病原体がいないのかという考察を要する.3.前房水採取方法房水ピペット(ニプロ,型番NIP-021)を推奨する.30ゲージ(G)針がついたディスポーザブルシリンジで,シリンジ部分はストロー状の閉鎖腔となっているため,片手操作が可能で,指でつまむ幅で採取量を調整可能である.過剰採取による低眼圧や出血,感染を生じることはきわめてまれで,受診が途切れがちな性感染症患者でも安心して採取できる.1ccシリンジと30G針で代用する場合は,シリンジの押し子をはずして自然吸引にする.浅前房ではない場合は,前房水は20~150μlが採取可能で,臨床診断に基づいて必要な検査に配分する.多項目PCR検査は20μlで十分で,保管は冷凍(-20~-80℃,家庭用で可)である.検査ごとの必要検体量,保管方法を事前に確定させてから採取に臨む.4.硝子体採取方法水晶体などの不純物を含まない,無灌流下で採取した無希釈硝子体が望ましい.眼底が透見できる程度の軽微な出血であれば核酸抽出を省いた直接PCRが可能である.5.検査の実際簡便で,眼科外来でも試薬調製が可能で,小型PCR機器を用いた臨床現場即時検査としとて行われている施設もあり,病因診断に基づいて初診日から治療開始が可能である.①眼内液を採取後,手袋のままピペットで眼内液20μlを取り,PCR反応液に混合し,キットに20μlずつ分注する(用手操作1分)4).②攪拌後,PCR機器にセッティングし,32分程度で結果が判明する.検査部検査では,新型コロナウイルス感染症の検査状況1144あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023(22)図1梅毒性ぶどう膜炎図2CMV感染症を契機にATLと診断されたHTLV-1キャリア細胞診,および血中C7-HRPは陰性であった.HTLV-1キャリアとして,他院血液内科で半年前も全身合併症なく経過観察をされていたが,眼科の診療情報提供後,再検査となり,成人CT細胞白血病(adultCT-cellleukemia:ATL)くすぶり型と診断された.バルガンシクロビル内服は副作用で継続できず,眼病変はガンシクロビル硝子体内注射および点眼(倫理委員会承認済)にて軽快した.C9.HIV感染に伴う日和見感染症(トキソプラズマ,CMV)の検査法としての眼内液多項目PCR検査日和見感染症(トキソプラズマ,CMV)の診断,除外診断は,多項目CPCR検査がもっとも得意とするところである.海外版キットにはCHIVも含むが実検体での検証例はない.トキソプラズマはわが国の成人のC20~30%が不顕性感染で,後天性感染を示唆するCIgM抗体も感染後長期陽性になることもあり,再燃時にも上昇しない.CMVも多くは幼児期に不顕性感染するため,抗体保持率はC70~90%で参考にならない.欧米では感度が高いリアルタイムCPCR法(血漿または血清)が主流であるが,わが国では保険適用がなく,CMV抗原血症検査(C7-HRP法,C10/11法)10)が主流である.両者ともに全身的な病勢や治療経過とは相関する.抗原血症検査のCCMV網膜炎に対する感度はとくに低く,陰転化して内科での抗ウイルス薬治療が終了されても,CMV網膜炎が悪化したり,眼内の病原体コピー数が陰転化しないことがよくある(抗ウイルス薬治療で眼所見が改善した場合は,しばらくは低コピー数でCPCR陽性が続くが,のちに陰転化する).ガンシクロビル硝子体内注射の際に抜いた前房水C5Cμlで,安価に頻回測定できるCCMV単項目CPCRキットがあり,治療効果判定・経過観察に有用である.オーダリング画面上に時系列表示された病原体コピー数と臨床所見をモニタリングし,ガンシクロビル硝子体内注射の回数や濃度を調整することが試みられている.IV淋菌,クラミジア,アデノウイルスを含む角結膜炎キット1.適応症HSV1,VZV,アカントアメーバ,淋菌,クラミジア,アデノウイルスを対象としており,適応症は感染性角結膜炎疑いで,先進医療化が準備されている.RNAウイルスであるエンテロウイルスは検査時間の都合上,キットに含んでいない.性感染症に関連する病原体として,淋菌,クラミジアが含まれている.C2.検査の時期・検体病原体に富む治療前検体が望ましい.アデノウイルス抗原検査陰性の場合や,臨床診断からクラミジアやHSV1が疑われる場合は,初診時にCPCR検査を実施する.または,保管の同意を得て,初診時の結膜拭い液を冷凍保存しておき,後日,診断に苦慮した場合に検査に用いることもある.採取,保管中に環境汚染がないよう,容器外への検体の付着,廃棄時の取り扱いに注意する.なお,さまざまな治療を試してこじれた後は,検査に十分な量の病原体の確保がむずかしくなっているため,検体検査の適応はない.C3.結膜拭い液(結膜擦過物)の採取方法細胞内増殖の病原体では結膜上皮細胞を綿棒でしっかり擦過して検体とする.アデノウイルスの抗原検査(イムノクロマト法)では,ウイルス表面を構成するヘキソン蛋白を涙液から検出できるクイックチェイサーAdeno眼(ロートニッテン)もある.乾燥して固形となった眼脂は検査に適さず,濾胞間のウエットな眼脂や涙液をスワブで十分に吸い取る.スワブは綿棒でもよいが,病原体離れがよいフロックスワブを用いるとよい.塗沫でクラミジア封入体をみつけるのは初心者には困難だが,クラミジア結膜炎は好中球,ウイルス性結膜炎はリンパ球優位である点も鑑別になる.角膜病変を伴う場合は角膜潰瘍部分と正常の「キワ」に病原体が多く存在するため,遺伝子の付着していないディスポーザブルの円刃刀などを用いて角膜細胞を擦過する.(25)あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023C11474.検査の実際ぶどう膜炎キットと検査プロトコルが共通で同時検査可能であるが,別に,PCR反応液の事前加熱(20分)を要する.C5.結果の解釈角結膜炎の臨床では,病原体量の単位はコピー数/検体がよく用いられる.拭い液が倍量とれたとしても,病原体コピー数の幅がC10C2~10C9コピー/検体と幅広いため,病勢判断に大きな影響は与えないためである.角結膜炎キットに含まれるCHSV1やアカントアメーバでは角膜擦過が治療の一環で,病原体コピー数の確認が擦過継続・終了の目安になるる.また,HSV1ではCshed-ding(正常者の微量分泌)もあるため,抗原検査よりも定量性があるリアルタイムCPCRが好ましい.C6.淋菌・クラミジアの鑑別法としての多項目PCR検査新生児膿漏眼の代表としてクラミジア結膜炎,淋菌性結膜炎があり,重複もある11).淋菌は多剤耐性で,セフェム系で治療するため,病因診断をつけることが望ましい.塗抹鏡検が迅速であるが,輸送中に死滅しやすいため,提出方法について検体採取前に検査部と打ち合わせておく.他科には死菌でも検出できるCPCR検査を含む核酸増幅法(例:APTIMACCombo2クラミジア/ゴノレア,ホロジックジャパン)が多数存在し,子宮頸管擦過物,男性尿道擦過物,咽頭擦過物などが対象である.結膜炎では得られる検体量は多いため,眼科微量検体に特化しない従来型検査でも比較的陽性が出やすい.C7.アデノウイルス・クラミジア・HSV1の鑑別法としての多項目PCR検査急性濾胞性結膜炎を呈する病原体として,アデノウイルス・クラミジア・HSV1がある.アデノウイルスと比較して,クラミジアは粘液膿性眼脂で,濾胞が大型・充実性,癒合するが11),初期は鑑別がむずかしい.HSV1も眼瞼ヘルペスや角結膜上皮病巣を伴わない場合は鑑別がむずかしい.アデノウイルスは眼科検体を対象とした抗原検査キットが豊富にある.出席停止措置を考えると,少しでも感度・特異度が高いCPCR検査で確定診断したいところであるが,価格は同等でも,検査時間が長いこと(抗原検査約C10分,PCR32分),高コピー数で検査環境が汚染されやすいことから,PCR検査は推奨せず,抗原検査を推奨する.検査のタイミングにもよるが,抗原検査でも高率に検出できる.臨床所見に応じて他の抗原検査を実施することもある.HSVはチェックメイト・ヘルペスアイ(わかもと製薬)が保険適用で,HSV・VZVはデマルクイック(マルホ)が医師主導臨床性能試験として使用可能である.臨床所見から複数病原体の鑑別が必要であれば,抗原検査よりも初診時に多項目CPCR検査を実施することが,検体量の面からは効率的である.クラミジアは不妊症などの重篤かつサイレントな全身合併症を伴うことを考えると,結膜炎としては軽微でも,病因診断をつけて全身治療に誘導することは眼科医の責務である.ただし,患者背景として再来が期待できない場合もあり,当日結果が得られない施設では,重要な結果が出た場合は電話連絡することなどをあらかじめ伝えておく.CV先進医療2023年現在,眼感染症多項目CPCR検査のうち,感染性ぶどう膜炎(おもにヘルペスウイルス性ぶどう膜炎),感染性眼内炎(おもに急性細菌性眼内炎)は,先進医療として実施可能である.感染性角結膜炎に対するキットも,先進医療症例集積が開始されている.先進医療は届出施設限定で,届出後約C1カ月で承認される.新型コロナウイルス感染症のために普及したCPCR機器の活用法が全国で模索されており,眼感染症CPCR検査導入の好機である.倫理審査も一括審査になって簡便になった.①院内にリアルタイムCPCR機器,またはマルチプレックスCPCR機器があること,②検査部が月数件,用手操作C1分の眼感染症を受けてくれること,このC2点だけ確認できれば,大分大学にて導入支援を実施している.ホームページ上に検査部への説明資料や動画も公開されており,検査部や医事課などへの説明もCweb上で実施されている.先進医療では,検査費用のみが患者自己負担(感染性ぶどう膜炎では平均価格がC2万円台半ば)で,先進医療特約先保険でほぼ全額が給付される.なお,現1148あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023(26)–’C

アデノウイルス結膜炎

2023年9月30日 土曜日

アデノウイルス結膜炎AdenoviralConjunctivitis内尾英一*はじめにアデノウイルス(Adenovirus:AdV)はウイルス性結膜炎の主たる病因微生物であり,臨床的にCAdV結膜炎には流行性角結膜炎(epidemicCkeratoconjunctivitis:EKC)と咽頭結膜熱とがある.近年CAdV結膜炎の原因として新型のCAdVが注目を集めている.眼科医にとってCAdVはウイルス性結膜炎との関連しか考えにくいが,実はCAdVは咽頭炎,気管支炎,肺炎などの呼吸器系感染症の原因など,全身感染症としての一面もある.さらに尿道炎,それも性感染症(sexuallyCtransmittedCdis-ease:STD)として発症する尿路感染症の中でも,上位の頻度で病因となるウイルスでもある.本稿ではCAdV感染症について,STDと結膜炎との関連なども含めて最近の知見を中心に解説する.CIアデノウイルスと性感染症1.性感染症の原因としてのアデノウイルスの認識アデノウイルスは結膜炎,咽頭炎そして気管支炎などの原因として長く認識されていたが,AdVによる子宮頸管炎あるいは尿道炎など生殖器系への感染がC1977年にオーストラリアで初めて報告された1).また,同様にオーストラリアのホモセクシュアリティーコミュニティーの患者を診察したCSTD診療所の症例の男女両性の尿道炎から分離されたものからも,STDとしての尿路感染症との関連が広く知られるようになった2).AdV19型はC1955年に結膜炎から始めて分離され3),その後欧米で結膜炎から報告されていたが,これ以降標準株であるCAd19pは,結膜からは分離検出されなくなり,結膜炎からはCAd19aという臨床株のみが分離され,その変化の理由は長く不明であった.遺伝子型というのはゲノムの制限酵素切断解析法によって行われた分類であり,血清型の中で生じた変異を示すものである.標準株はprototypeなのでCpと,その後に報告されるものは順次a,b,cというふうに名づけられる(図1).C2.尿道炎の原因としての19型と37型一方,これらCAdV19型の関与と考えられていた尿道炎の原因が後に,その多くではCAdV37型が病因であったことがわかった4.7).分離培養および中和法によって血清型が診断されていた時代には,AdV19型とCAdV37型は区別が困難であった.つまりC19型の中和抗体でも不完全にC37型で中和することができた.AdV19型と37型はゲノム,とくにヘキソンの配列が類似していたからである.1980年代以降,ゲノムの制限酵素切断解析法によって,AdV19型と同定されていたものがAdV37型であったことを,結膜炎の院内感染例からだが,実際に筆者らが報告した(図2)8).C3.新型になった19型結膜炎そして,次世代シークエンサーの導入によって,全ゲノム解析が行われ,2005年以降全ゲノム変異率によって新型とされることにになった.目安は既存のどの血清*EiichiUchio:福岡大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕内尾英一:〒814-0180福岡市城南区七隈C7-45-1福岡大学医学部眼科学教室C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(15)C1137図1アデノウイルスの遺伝子型が生じる模式図仮にC1,2およびC3の型があるとして,それぞれの型において中和抗体への反応性からCaからCbへと遺伝子型が変化すると,流行性が増し,患者が増える.そのサイクルがそれぞれの型で行われているために,年によってその頻度が変わるわけである.表1尿路感染症を生じるアデノウイルス型とおもな新型アデノウイルスのウイルス学的形質型ペントンベースヘキソンファイバー2C2C2C2C8C8C8C8C11C11C11C11C19C19C19C19C37C37C37C37C5337C22C8C5454C54C8C569C15C9C6422C19C37C8537C19C8太字が新型を示す.図2アデノウイルス37型によるウイルス性結膜炎院内感染例から分離され,点状出血を伴う急性濾胞性結膜炎を呈した.表2ヒトアデノウイルスの分類種型AC12,C18,C31,C61CBC3,7,11,C14,C16,C21,C34,C35,C50,C55,C66,C76,C77-79CCC1,2,C5,C6,C57,C89,C104C8,C9,C10,C13,C15,C17,C19,C20,C22-30,C32,C33,C36,C37,C38,C39,CDC42-49,C51,C53-54,56,C58-60,C62,C63,C64,C65,C67-75,C80-84,C85,C86-103,C105,C106-113CEC4FC40,C41CGC52主要な結膜炎起炎型を太字で示す.尿路感染症起炎型を下線で示す.図3アデノウイルス56型によるウイルス性結膜炎結膜充血,濾胞がみられ,中等度の症例である.図4結膜の組織像図5結膜上皮の杯細胞多数の上皮層からなる重層円柱組織であるが,杯細胞が少ない粘液分泌能をもつ杯細胞が上皮細胞の中に混じってみられるこのような部位では重層扁平上皮に近い組織を呈する.しか(ヘマトキシリンエオジン染色,400倍).し,角膜と異なり,上皮下には多数の血管や炎症細胞が正常でもみられる(ヘマトキシリン・エオジン染色,100倍).C-図6アデノウイルス7型の遺伝子型制限酵素で切断したパターンによって,複数の遺伝子型が区別される.■用語解説■新型アデノウイルス:アデノウイルスは結膜擦過物などの検体を培養細胞で増殖させる過程で,あらかじめ血清型特異的な中和抗体(抗血清)を作用させると,細胞変性効果が生じない中和抗体の血清型によって,型別が決定されていた.これを分離中和法といった.しかし,血清型がC50を超えて,すべての抗血清を準備することがむずかしくなり,21世紀に入ってから次世代シークエンサーで容易に全ゲノムの配列を読む(シークエンシング)が可能になったので,既存の型との変異率によって,新型を決定することになった.そのため,52型以降は血清型ではなく遺伝子型で,現在C110型を超えている状況である.—

クラミジア結膜炎

2023年9月30日 土曜日

クラミジア結膜炎Chlamydial“AdultInclusion”Conjunctivitis戸所大輔*はじめにクラミジア結膜炎(封入体結膜炎)には,青壮年の性感染症として起こる成人クラミジア結膜炎と性器クラミジアに感染した母親から出生した児に生じる新生児クラミジア結膜炎がある.いずれも原因となるのはクラミジア・トラコマチス(Chlamydiatrachomatis)である.クラミジアは細胞内寄生菌であり,クラミジア感染症の病態,診断法,治療薬を理解するためには,その特殊な生態を理解する必要がある.CIクラミジア発見の歴史トラコーマの研究をしていたCHalberstadterとCvonProwazekはC1909年にトラコーマ患者の結膜上皮細胞の細胞質にギムザ染色で赤紫~青色に濃染する小体を発見し,トラコーマの病原体として報告した.その後,同様の小体はオウム病や鼠径リンパ肉芽腫の患者からも見つかったが,培養することはできなかった.1957年にCT’angらが孵化鶏卵内での分離培養に成功するが,やはり人工培養はできず大型のウイルスと考えられていた.1965年に細胞壁の性質などからこの病原体は細菌であると認知されるようになったが,リケッチアの一種と考えられていた.翌C1966年に細菌リボソームリボ核酸(ribonucleicacid:RNA)の遺伝子配列解析から,この病原体がリケッチアとは異なる新種の細菌であることが明らかにされ,Chlamydiaと属名が与えられた1).IIクラミジアとはクラミジアは細菌に分類されるが一般細菌とは異なり,上皮細胞内でしか増殖できない偏性細胞内寄生性細菌である.エネルギー産生系をもたず,感染した宿主細胞にエネルギー源であるアデノシン三リン酸(adenos-inetriphosphate:ATP)を依存しているため,人工培地では発育しない.クラミジアには,トラコーマや性器クラミジアを起こすCChlamydiatrachomatis以外にも,オウム病を起こすCC.psittaciやクラミジア肺炎の原因となるCC.pneumoniaeなど数種がある(表1).クラミジアはC48~72時間からなる特殊な増殖サイクルをもち,基本小体,網様体,中間体などさまざまな形態をとる.基本小体は感染能力をもつが,分裂能をもたない.基本小体の状態で上皮細胞に感染し,感染細胞内で封入体を形成する.基本小体は封入体内で網様体へ変化し,増殖する.封入体内で増殖した網様体は再び基本小体へ変化し,宿主細胞死により基本小体が放出され,周囲の細胞へ感染を広げる.抗菌薬は網様体にのみ有効で,基本小体に対しては効果がない(図1).CIII性感染症としてのクラミジア症C.trachomatisは細胞壁外膜蛋白質COmpAの多様性に由来する血清型の違いによって組織親和性が異なる.血清型A~Cはトラコーマ,血清型D~Kは封入体結膜炎や性器クラミジア,血清型CLは鼠径リンパ肉芽腫を*DaisukeTodokoro:群馬大学大学院医学系研究科病態循環再生学講座眼科学分野〔別刷請求先〕戸所大輔:〒371-8511群馬県前橋市昭和町C3-39-15群馬大学大学院医学系研究科病態循環再生学講座眼科学分野C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(9)C1131表1各種クラミジアと感染症クラミジアの種血清型A~CCChlamydiatrachomatis血清型D~K血清型CLCChlamydiapneumoniaeCChlamydiapsittaci基本小体核網様体上皮細胞封入体図1クラミジアの増殖サイクル基本小体が宿主細胞に取り込まれ,細胞質内で封入体を形成する.基本小体は封入体内で網様体へ変換される.網様体は封入体内で活発に分裂・増殖したのち,再び基本小体へ変換される.基本小体は細胞外へ放出され,隣接する細胞へ感染する.抗菌薬は網様体にのみ有効で,基本小体に対しては効果がない.起こす2)(表1).ただし,血清型分類と臨床症状は完全に一致するものではなく,尿または陰部検体からトラコーマ型が分離されることもある3).性器クラミジアは,男性では尿道炎や精巣上体炎を起こし,女性では子宮頸管炎などを起こす.子宮頸管炎のC10~20%は咽頭からもCC.trachomatisが検出される.性器クラミジアの治療はアジスロマイシン,クラリスロマイシン,ミノサイクリン,ドキシサイクリン,レボフロキサシンなどの内服が推奨されている.また,パートナーのスクリーニングを行うことが推奨されている4).疾患トラコーマ封入体結膜炎,性器クラミジア,新生児肺炎,新生児膿漏眼鼠径リンパ肉芽腫肺炎,上気道炎オウム病図2結膜上皮細胞内の封入体(ディフクイック染色1,000倍)結膜上皮細胞の細胞質内に核に隣接する封入体が認められる().封入体内には微細な顆粒が充満している.結膜上皮細胞の周囲には多核球がみられる.(眼科検査ガイド第C3版,文光堂,2022年より許可を得て転載)CIVクラミジア結膜炎の臨床所見クラミジア結膜炎は結膜上皮細胞の塗抹鏡検で封入体(図2)を認めることから,封入体結膜炎ともよばれる.クラミジア結膜炎には新生児クラミジア結膜炎と成人クラミジア結膜炎があり,眼所見が大きく異なる.新生児クラミジア結膜炎はクラミジアに感染した母体からの産道感染である.多量の眼脂を伴い,いわゆる膿漏眼の所見を呈する.成人のようなリンパ濾胞はみられない.成人では,急性濾胞性結膜炎を起こす.約C1週間の潜伏期を経て,結膜充血,粘液膿性眼脂を生じ,結膜濾胞および耳前リンパ節腫脹がみられる.発症初期の病像はアデ1132あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023(10)図3成人クラミジア結膜炎いずれも結膜充血と下眼瞼円蓋部に敷石状の大型濾胞を認めるCa:20歳代,女性.Cb:50歳代,男性.Cc:20歳代,男性.(文献C6より許可を得て転載)図4アジスロマイシン点眼が著効した成人クラミジア結膜炎(20歳,女性)4日前から両眼の充血,眼脂,眼痛,視力低下があり受診した.両眼とも堤防状の結膜リンパ濾胞および耳前リンパ節腫脹を認めた.結膜擦過物のCPCRでCChlamydiatrachomatisのCDNA増幅を認め,擦過物塗抹標本で封入体を認めた(図C2と同一症例).アジスロマイシン点眼を眼瞼炎に準じてC2週間使用したところ症状は消失し,再発を認めなかった.a:右眼(診断時).b:左眼(診断時).c:右眼(治療開始C4週間後)Cd:左眼(治療開始C4週間後).