HTLV-1による眼疾患OcularManifestationsCausedbyHTLV-1Infection鴨居功樹*はじめにヒトCT細胞白血病ウイルスC1型(humanCTCcellCleu-kemiaCvirusCtype1:HTLV-1)は世界でC3,000万人以上,日本には先進国の中でもっとも多いC100万人前後の感染者が存在すると推定されており,近年,世界的な注目を集める感染症である.世界保健機関(WorldCHealthOrganization:WHO)は,HTLV-1感染症を全世界で取り組むべき感染症として,technicalreportを発刊した.続けてCWHOCStrategicCTechnicalCAdvisoryGroupは,HTLV-1感染症を性感染症(sexuallyCtrans-mittedinfections:STI)として分類し,重点的に取り組むことを決定した.現在,HTLV-1感染症はクローズアップされるとともに,眼疾患に関する多くの新しい知見が報告されている.本稿では,筆者らの発見によってもたらされたHTLV-1感染症における二つのパラダイムシフトを含め,最近のCHTLV-1による眼疾患における重要な知見を概説する.CI注目されるHTLV-1感染症HTLV-1はCWHOをはじめ世界的に注目されているが,それはアボリジニにおけるCHTLV-1の高感染率が判明したことを契機とする.アボリジニはオーストラリアの先住民族で,おもにアリススプリングスを中心とした広大な地域に点在して居住する.アリススプリングス病院の感染症専門医であるCEinsiedel博士らによる疫学調査の結果,アボリジニの成人の約半数がCHTLV-1に感染していることが明らかになった1).これを受けて,オーストラリア政府はCHTLV-1感染症の重要性を認識し,大規模な研究資金を本感染症分野に投入することを決定した2).さらに,レトロウイルスの発見者であるCGallo博士らによるCHTLV-1感染症の重要性を記したCopenletterが「Lancet」誌に掲載されたことにより,WHOは世界規模でCHTLV-1感染症対策を推進する必要性を認識し,Ctechnicalreportを発刊するなど,意欲的な取り組みを開始した3).CIIHTLV-1による眼疾患HTLV-1は,遺伝情報をCRNAとして保持し,逆転写により宿主のCDNAにその情報を組み込む特性をもつレトロウイルスで,おもにCCD4+T細胞に感染し,一度感染が成立すると生涯にわたる持続感染となる4).HTLV-1はヒトに疾患を引き起こすことが初めて明らかになったレトロウイルスで,成人CT細胞白血病(adultT-cellleukemia/lymphoma:ATL),HTLV-1関連脊髄症(HTLV-1Cassociatedmyelopathy:HAM),および眼疾患を生じる5).HTLV-1による眼疾患としては,ぶどう膜炎,ドライアイ,角膜混濁,視神経症,そしてATL関連眼疾患などが存在するが,とくにCHTLV-1関連ぶどう膜炎とCATL関連眼病変は頻度が高く,重要な眼疾患である6).*KojuKamoi:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学〔別刷請求先〕鴨居功樹:〒113-8510東京都文京区湯島C1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(29)C1151HTLV-1感染細胞浸潤細胞網膜血管炎硝子体混濁図1HTLV-1関連ぶどう膜炎のシェーマ図2Basedow病に伴う眼球突出図3HTLV-1関連ぶどう膜炎a:硝子体混濁.b:網膜血管炎.従来の発症メカニズム高いプロウイルスロード時間疾患発症長期の潜伏で感染発症新しいメカニズムの発見低いプロウイルスロード時間感染疾患発症短期の潜伏で発症HTLV-1感染細胞Basedow病T細胞図4プロウイルスロードに関する新発見従来,HTLV-1感染による疾患発症は,高いプロウイルスロードと長期の潜伏感染が必要と考えらえていたが(a),Basedow病が背景にある場合,低いウイルスロード・短い潜伏期間で疾患(HTLV-1関連ぶどう膜炎)が発症することを発見した(Cb).体内でゆっくりと長い年月をかけて感染細胞数が増加し,感染細胞数が多くなった患者において,疾患が生じる」という考えである.それゆえCHTLV-1関連疾患の発症は中高年以降に起こると認識されていた.筆者らは,東京において若年者にCHAUの発症が多くみられることに着目し研究を進め,眼科検査・内科検査・全身検査・ウイルス学的検査・感染経路調査を行い解析したところ,Basedow病が背景にある感染者においては,短い潜伏期間・PVL値であっても,程度の強い硝子体混濁・網膜血管炎を伴うCHAUを発症することをつきとめ,「Lancet」誌に報告した15)(図4b).HTLV-1関連疾患の発症にもっとも強く関与すると考えられていた「PVL高値」に依存しない発症機序を示した本報告は,疾患発症機序に関する常識を覆すパラダイムシフトとなり,HTLV-1感染症に新たな知見をもたらした.CVIHAUにおける合併症メカニズムHAUの発症機序については,多くのことが明らかになっているが6,7),HAUの眼合併症の発症機序に関する研究報告はこれまでにない.実際,HAUの眼合併症としての頻度が高い(30%程度)にもかかわらず6),そのメカニズムは明らかではない.そこで筆者らは,HAUにおける続発緑内障のメカニズム解析に取り組んだ.HAUに伴い前房に浸潤するHTLV-1感染細胞と線維柱帯細胞との相互関係をCinvitroで検討し,その結果,HTLV-1感染細胞と線維柱帯細胞の接触によって,線維柱帯細胞はCHTLV-1に感染し,増殖を起こすことが明らかになった.さらに,HTLV-1に感染した線維柱帯細胞ではCnuclearCfactor-lBが上昇し,サイトカイン,ケモカインが産生されることが明らかになった16).この結果を踏まえたCHAUにおける眼圧上昇のメカニズムとしては,HAUによって前房に浸潤したCHTLV-1感染細胞が,線維柱帯細胞に接触することで感染し,線維柱帯細胞の増殖,サイトカインによる局所炎症,ケモカインによる浸潤細胞の誘導が生じることで,房水流出障害が起きることが想定された.VIIHTLV-1感染者に対するTNF阻害薬の安全性評価腫瘍壊死因子(tumorCnecrosisfactor:TNF)阻害薬は,炎症性疾患の治療の流れを変えた画期的な分子標的治療薬で,インフリキシマブ・アダリムマブなどは,眼科領域でも使用されている.これらは炎症性疾患の治療に長年使用され,良好な成績を上げている17,18).一方で,TNF阻害薬には逆説的反応(paradoxicalreaction)があり19),主要な逆説的反応の一つとして眼炎症(ぶどう膜炎)が起こることが知られている20).TNF阻害薬の使用の際に,B型肝炎,結核など感染症を除外する必要性がガイドライン・指針・マニュアルなどで言及されている一方で,HTLV-1感染症に関しては言及されていない.しかし,これまでにCHTLV-1感染者にアダリムマブを投与したことでCATLが発症した報告があり21),また筆者らも関節リウマチに罹患したHTLV-1感染者にトシリズマブを投与後にCHAMとHAUが生じた症例を経験している22).そこで筆者らは,この未解決な課題であるCHTLV-1感染者に対するCTNF阻害薬の安全性の評価に眼科学の立場から取り組んだ.HTLV-1感染者においてCTNF阻害薬のおもな逆説的反応である眼炎症ぶどう膜炎(HAU)が誘発される可能性をCinvitroで検討した.HTLV-1感染者における眼内環境に模した実験系をCinvitroで構築し,インフリキシマブとアダリムマブの影響について検討した結果,これらのCTNF阻害薬の投与によってCHTLV-1感染者の眼内にサイトカイン・ケモカインを介した炎症惹起は起こらず,またCHTLV-1感染細胞とCHTLV-1に感染した眼組織のCPVL量に影響を与えないことが示された23,24).つまりCHTLV-1感染者におけるCTNF阻害薬投与は,invitroの見地から安全である可能性が示唆された.CVIIIHTLV-1感染者に対するVEGF阻害薬の安全性評価血管内皮成長因子(vascularCendothelialCgrowthCfac-tor:VEGF)は,加齢黄斑変性,糖尿病網膜症,近視に伴う脈絡膜新生血管などに関与する.治療としては,1154あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023(32)多数のクラスター形成眼瞼結膜への浸潤(とくに涙点周囲)ATL細胞眼球結膜への浸潤(とくに角膜輪部)網膜色素上皮下への浸潤図5ATL患者における眼浸潤のシェーマsIL-2R,LDHの上昇であることが報告されている32).CXATL患者における移植治療とフォローアップATLの生命予後は,同種造血幹細胞移植によって改善したが,移植前処置(抗癌剤,放射線照射)を含む同種造血幹細胞移植における一連の治療は,ATL患者の免疫恒常性の破綻,免疫寛容の減弱を起こし,全身に炎症が生じることがある33).筆者らは,ATL患者において,同種造血幹細胞移植を行う前後に眼科検査,全身検査を実地し,かつ長期にわたる追跡調査を行った.その結果,同種造血幹細胞移植を行った後に生じる炎症は,他の臓器・部位に先行して眼内に炎症が生じることを明らかにし,「LancetHae-matology」誌に報告した34).この発見によって,移植後の患者のフォローアップの際には,積極的な眼科検査を行い,早期に炎症を発見することが重要であることが示唆された.おわりにHTLV-1は日本における重要な感染症である.近年,眼科学的アプローチにより,感染経路・PVLといったHTLV-1関連疾患発症における主要な常識が覆され,パラダイムシフトが起きた.ほかにも多くの重要な研究成果が眼科から報告されている.現在,HTLV-1は世界的に取り組むべき感染症であり,HTLV-1感染者が先進国の中でもっとも多い日本からの情報発信が期待されている.文献1)EinsiedelL,WoodmanRJ,FlynnMetal:T-lymphotropicvirustype1infectioninanIndigenousAustralianpopula-tion:epidemiologicalCinsightsCfromCaChospital-basedCcohortstudy.BMCPublicHealth16:787,C20162)GruberK:AustraliaCtacklesCHTLV-1.CLancetCInfectCDisC18:1073-1074,C20183)MartinCF,CTagayaCY,CGalloR:TimeCtoCeradicateCHTLV-1:anopenlettertoWHO.Lancet391:1893-1894,C20184)YoshidaM,SeikiM,YamaguchiKetal:Monoclonalinte-grationCofChumanCT-cellCleukemiaCprovirusCinCallCprimaryCtumorsofadultT-cellleukemiasuggestscausativeroleofhumanCT-cellCleukemiaCvirusCinCtheCdisease.CProcCNatlCAcadSciUSA81:2534-2537,C19845)WatanabeT:HTLV-1-associateddiseases.IntJHematol66:257-278,C19976)KamoiK:HTLV-1CinCophthalmology.CFrontCMicrobiolC11:388,C20207)KamoiK,MochizukiM:HTLV-1uveitis.FrontMicrobiol3:270,C20128)KamoiCK,CMochizukiM:HTLVCinfectionCandCtheCeye.CCurrOpinOphthalmol23:557-561,C20129)TeradaY,KamoiK,KomizoTetal:HumanTcellleuke-miavirustype1andeyediseases.JOculPharmacolTher33:216-223,C201710)KamoiCK,CWatanabeCT,CUchimaruCKCetal:UpdatesConCHTLV-1uveitis.Viruses14:794,C202211)NishijimaT,ShimadaS,NodaHetal:TowardstheelimiC-nationCofCHTLV-1CinfectionCinCJapan.CLancetCInfectCDisC19:15-16,C201912)SatakeCM,CIwanagaCM,CSagaraCYCetal:IncidenceCofChumanT-lymphotropicvirus1infectioninadolescentandadultCbloodCdonorsCinJapan:aCnationwideCretrospectiveCcohortanalysis.LancetInfectDis16:1246-1254,C201613)KamoiCK,CHoriguchiCN,CKurozumi-KarubeCHCetal:Hori-zontalCtransmissionCofCHTLV-1CcausingCuveitis.CLancetCInfectDis21:578,C202114)BanghamCR,CookLB,MelamedA:HTLV-1clonalityinadultT-cellleukaemiaandnon-malignantHTLV-1infec-tion.SeminCancerBiol26:89-98,C201415)KamoiK,UchimaruK,TojoAetal:HTLV-1uveitisandGraves’CdiseaseCpresentingCwithCsuddenConsetCofCblurredCvision.Lancet399:60,C202216)ZongY,KamoiK,AndoNetal:MechanismofsecondaryglaucomadevelopmentinHTLV-1uveitis.FrontMicrobiolC13:738742,C202217)HoriguchiCN,CKamoiCK,CHorieCSCetal:AC10-yearCfollow-upCofCin.iximabCmonotherapyCforCrefractoryCuveitisCinCBehcet’ssyndrome.SciRep10:22227,C202018)TakeuchiM,UsuiY,NambaKetal:Ten-yearfollow-upofCin.iximabCtreatmentCforCuveitisCinCBehcetCdiseasepatients:ACmulticenterCretrospectiveCstudy.CFrontCMed(Lausanne)C10:1095423,C202319)ToussirotE,AubinF:ParadoxicalreactionsunderTNF-alphaCblockingCagentsCandCotherCbiologicalCagentsCgivenCforCchronicCimmune-mediateddiseases:anCanalyticalCandCcomprehensiveoverview.RMDOpen2:e000239,C201620)WendlingCD,CPratiC:ParadoxicalCe.ectsCofCanti-TNF-alphaCagentsCinCin.ammatoryCdiseases.CExpertCRevCClinCImmunol10:159-169,C201421)BittencourtCAL,COliveiraCPD,CBittencourtCVGCetal:AdultCT-cellCleukemia/lymphomaCtriggeredCbyCadalimumab.CJClinVirol58:494-496,C201322)TeradaCY,CKamoiCK,COhno-MatsuiCKCetal:TreatmentCofCrheumatoidCarthritisCwithCbiologicsCmayCexacerbateCHTLV-1-associatedconditions:ACcaseCreport.CMedicine(Baltimore)C96:e6021,C20171156あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023(34)