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考える手術:24.角膜内皮移植の術式選択─DSAEKかDMEKか

2023年12月31日 日曜日

考える手術.監修松井良諭・奥村直毅角膜内皮移植の術式選択―DSAEKかDMEKか谷口紫東京歯科大学市川総合病院眼科角膜移植が誕生して100年以上が経過した.長い間,全層角膜移植が標準治療であったが,続発性緑内障や拒絶反応,創部離開,縫合糸に起因する感染症や乱視などの合併症と隣り合わせであった.現在は,低侵襲かつ拒絶反応リスクが低く,視力回復が早いパーツ移植が普及し,角膜移植の主流となっている.なかでも水疱性角膜症に対する角膜内皮移植の割合は近年増加しており,筆者の病院でも角膜移植全体の4割強を占めるようになった.ここでは,Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)とDes-ムで厚み150μm程度に切離した角膜内皮移植片を,約8.0mm径でくりぬいて用いる.レシピエントの角膜内皮とDescemet膜を.離したのち,角膜内皮移植片を引き込み法やインサーターを用いて眼内に引き込む.前房内を全空気置換し,10~15分静置後に眼圧調整を行って終了となる(動画1).DMEKはDSAEKと同時期の2006年にMellesが報告し誕生した.グラフトはDescemet膜と角膜内皮層のみであるため,厚さは約20μmである.グラフトはドナーのDescemet膜・角膜内皮層を注意深く実質から.離して作成する.アジア人種は虹彩色素が強いため,トリパンブルーでグラフトをしっかりと染色しておくと術中操作が容易となる.ドナーパンチで約8.0mm径に打ち抜き,.離し葉巻状に巻いているグラフトをDMEK専用のインジェクターに装.し,水流でレシピエントの前房内に挿入する.10-0ナイロン糸で創部を縫合し,前房内でnontouchtechniqueでグラフトを広げ,前房内を20%SF6で置換し終了する(動画2).聞き手:白内障も併発している場合は,どのような手術期的手術が安全と考えています.しかし,患者の対眼の戦略を立てますか?状況,日常生活動作(ADL),自宅の遠さなども含めて谷口:角膜内皮移植を行う際には,前房スペースをしっ総合的に判断して,水晶体再建術と角膜内皮移植を同時かり確保し操作性を向上させるため,ある程度の年齢でに行うこともあります.二期的に施行する場合は,初回白内障がある場合には水晶体再建術も行います.水疱性の水晶体再建術のみでは視力回復を望めないばかりか,角膜症の角膜は浮腫性混濁をきたしており,手術中の視角膜浮腫がより一層顕著になり視力が低下するため,事認性が劣ります.確実に眼内レンズ(intraocularlens:前によく病状説明を行う必要があります.施設によってIOL)を水晶体.内に収めることを優先するために,二角膜移植までの待期期間は異なりますが,角膜内皮移植(71)あたらしい眼科Vol.40,No.12,202315750910-1810/23/\100/頁/JCOPY考える手術を予定する1~2カ月前に水晶体再建術を施行するのが適切と考えます.当院では国内ドナー角膜での移植希望例では,待機順番の進む状況をみながら,水晶体再建術の時期を考えます.聞き手:DMEKの特徴やメリットはなんですか?谷口:DMEKの特徴は術後の視力の回復が早いことです.Maierら1)が報告したDMEKの長期予後データでは,DMEKはDSAEKと比較して術後の視力回復効果が高い一方,DSAEKよりもre-babblingの回数が多いという結果でした.日本ではレーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症に代表されるように,眼軸が短く前房が浅い患者が多く,さらに硝子体圧も高い傾向にあることからグラフトを前房内で広げる動作がむずかしいため,DMEKが発表された当初は,日本では普及しないのではないかといわれたこともありました.これまでDMEKは,難易度の高いDescemet膜.離の必要がないプレピールドナーの普及や,眼内でグラフトの裏表を認知しやすいように非対称性の目印をおくSスタンプ(図1)の導入など,グラフト側の改善がなされてきました.また,小林氏DMEK鑷子(イナミ)など手術器具の登場や,角膜径に応じて適切なDMEKグラフト径を選択すること,硝子体圧を下げる目的でホナンバルーンを使用した眼球圧迫など手術面の工夫もあり,現在では日本人の眼においても安全に施行できることがわかり,手術数が増加しています.聞き手:DMEKのグラフトを前房内で広げるコツはなんでしょうか?また,表裏が逆のときはどうしますか?谷口:ガラス製の移植片挿入器具にグラフトを格納する時点で,ダブルロールの形にできると,前房内挿入後もスムーズにグラフトを展開できます.前房を浅くして,グラフトを展開します.小さめの眼に大きめのグラフト図1Sスタンプ移植片の表裏が正しいと「S」が判読できる.では展開しにくいため,無理をせずに少し小さなグラフト(7.75mm径や7.5mm径)を選択するのもコツです.術中は思いがけない水流でグラフトが創方向に押し出されたり折りたたまれたりするので,注意深く操作します.移植片の折りたたまれ方にはさまざまなパターンがあるので,このパターンのときはこう操作するということは,教科書で事前に学んでおくといいでしょう.また,グラフトの表裏は前述のようにSスタンプの導入で判断がすぐにつくようになりました.自施設でグラフトを作製しスタンプがない場合は,ピオクタニンで非対称的なマーキングをすることで代替になります.術中の前眼部光干渉断層計の使用やライトガイドができる施設であれば,これも判断の一助となります.表裏反対の時は,前房をBSSで深くして,ヒーロン針でBSSの水流をつくって,グラフトをひっくり返します.聞き手:DMEKとDSAEKはどちらも適応疾患は水疱性角膜症ですが,使い分けはどのようにしたらよいのでしょうか?あえてDSAEKを選択したほうがいい患者はどのような患者ですか?谷口:本来,水疱性角膜症であればDSAEKもDMEKも適応であるはずですが,術者要因として,DMEKはラーニングカーブもあることから,ある程度DSAEKを経験した術者がやるべきだといわれています.また,患者要因として,眼内レンズ縫着眼や十分な縮瞳が得られない場合はDMEKはむずかしいとされています.虹彩や水晶体.による隔壁がない眼では,DMEKではグラフトが薄いため硝子体腔に落下するリスクがありますし,前房水を抜いて前房を潰してグラフトの展開を試みても,硝子体腔からの水が回ってうまくいかないことがあります.また,緑内障術後眼では,周辺虹彩切除術のPIウィンドウやチューブシャントの存在により,眼内の水流が通常と異なることがグラフト展開に影響するようで,より一層の注意が必要です.緑内障術後の10mmHgを下回る低眼圧眼では,術後内皮グラフトが.がれやすく,その場合は,眼内ガスは滞留性のよいSF6を選択したり,10-0ナイロン糸で移植片縫合を検討したりします.どこまでDMEKが適応となりうるかは,今後も検証と議論が重ねられていくと思われます.文献1)MaierAB,MilekJ,JoussenAMetal:Systemicreviewandmeta-analysis:OutcomesafterDescemetmembraneendothelialkeratoplastyversusultrathinDescemetstrip-pingautomatedendothelialkeratoplasty.AmJOphthal-mol245:222-232,20231576あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023(72)

抗VEGF治療:糖尿病黄斑浮腫における局所網膜光凝固の活用

2023年12月31日 日曜日

●連載◯138監修=安川力五味文118糖尿病黄斑浮腫における局所網膜加藤房枝JA愛知厚生連豊田厚生病院名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学光凝固の活用糖尿病黄斑浮腫治療においてCVEGF阻害薬に対する反応不良例はC30.40%存在し,原因に毛細血管瘤が関与していることも多い.毛細血管瘤からの漏出による中心窩外の局所性浮腫は網膜光凝固のよい適応であり,VEGF阻害薬主体の糖尿病黄斑浮腫治療においても,局所網膜光凝固の適応の見きわめは重要である.はじめに糖尿病黄斑浮腫は,高血糖により網膜血管内皮細胞や周皮細胞が障害され,血管透過性亢進や毛細血管瘤が形成され生じる.そのなかでCVEGFの発現亢進が密接に関与しており,VEGF阻害薬硝子体内注射は糖尿病黄斑浮腫治療の主体である.VEGF阻害薬の登場以前は,CEarlyCTreatmentCDiabeticCRetinopathyCStudy(ETDRS)で局所/格子状網膜光凝固により重篤な視力低下を避けられるとされ,積極的に行われていたが,その後に網膜光凝固による瘢痕拡大や網膜下の線維性瘢痕などの合併症を生じることもあり,VEGF阻害薬登場以降はすっかり減少した.しかし,VEGF阻害薬が効きにくい患者,頻回投与が必要である抗CVEGF治療の経済的負担,VEGF阻害薬による心筋梗塞や脳卒中を発症するリスクもわずかながらあり,抗CVEGF治療以外の治療法はやはり必要と考える.局所網膜光凝固は毛細血管瘤からの漏出と考えられる中心窩外の局所性浮腫にはよい適応である1).局所網膜光凝固が奏効すれば,VEGF阻害薬に比べ効果が長く持続することが期待でき,低コストで,頻回通院の負担が減るなどメリットも大きい.糖尿病黄斑浮腫診療において,局所網膜光凝固の適応を見きわめることが重要である.図1抗VEGF治療後に浮腫が残存する症例a:抗CVEGF治療前のCOCTカラーマップ.びまん性浮腫となっている.b:抗CVEGF治療をC6回行いC1年経過した時点でのCOCTカラーマップ.びまん性浮腫から局所性浮腫となり,残存している.視力を脅かす糖尿病黄斑浮腫の状態であり,局所網膜光凝固を行うタイミングと考える.抗CVEGF治療などで網膜肥厚を減少させた状態で毛細血管瘤への網膜光凝固を行うと,最小限のエネルギーで凝固でき,網膜の瘢痕拡大を避けられる.c:抗CVEGF薬治療前のフルオレセイン蛍光造影とCOCTカラーマップ(b)を重ね合わせた.既報4)同様,浮腫の残存部位には治療前に毛細血管瘤が多く存在し,VEGF阻害薬に抵抗しやすいことが予測される.(69)あたらしい眼科Vol.40,No.12,202315730910-1810/23/\100/頁/JCOPY視力を脅かす糖尿病黄斑浮腫に対する局所凝固光凝固ETDRSが提唱してきた中心窩を含まない糖尿病黄斑浮腫(=clinicallyCsigni.cantCmacularedema:CSME)を放置すると,中心窩に黄斑浮腫がかかり視力低下する危険があるため,わが国の糖尿病網膜症診療ガイドライン(初版)では,CSMEを「視力を脅かす糖尿病黄斑浮腫」とわかりやすく表記し,その診断基準を明確に定義している.「視力を脅かす糖尿病黄斑浮腫」では硬性白斑や網膜肥厚の内部に毛細血管瘤が存在することが多く,局所網膜光凝固により抗CVEGF治療が不要になることも期待できるため,局所光凝固を推奨している.抗VEGF治療と局所凝固光凝固の併用治療抗CVEGF治療に抵抗する糖尿病黄斑浮腫はC30.40%程度あることや,さまざまな研究で併用治療はCVEGF単独治療に比べ,VEGF阻害薬の注射回数が少ないことが報告されている.現時点で抗CVEGF治療と局所網膜光凝固の併用に関する明確な治療プロトコルはないが,国内の専門家により作成された治療指針では,抗VEGF治療をC6カ月以上行ったのち,毛細血管瘤が存在すれば局所光凝固治療を併用する内容が記載されている2).VEGF阻害薬により毛細血管瘤は減少するが,中心窩周囲の毛細血管瘤,高密度に集簇した毛細血管瘤や大型の毛細血管瘤がCVEGF阻害薬の反応不良例に存在し,遷延する原因となっている3.5).抗CVEGF治療中に再発する患者において,再発直前の光干渉断層計(opti-calcoherencetomography:OCT)カラーマップを見ると,「視力を脅かす糖尿病黄斑浮腫」の状態にあることがある.その場合に毛細血管瘤があれば,局所網膜光凝固を検討する(図1).局所網膜光凝固の際は,中心窩に近いほど瘢痕を残さないようにショートパルスの条件でより低侵襲な凝固を心がける.具体的には凝固時間C0.02.0.03秒,スポットサイズC50Cμm,凝固出力はC100CmW.瘢痕が出る程度まで上げる1).新しいレーザー治療装置であるナビゲーションレーザーは,従来の局所網膜光凝固に比べ,成功率が高く,再治療の頻度が少ない.また,トラッキング機能により患者の眼が動いても安全に行うことができるため,中心窩に近い局所網膜光凝固ではナビゲーションレーザーが推奨される.さらにナビゲーションレーザーC1574あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023ではCOCTや光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA)を組み合わせた局所網膜光凝固も可能である.一方,毛細血管瘤がない場合には,閾値下凝固といった低侵襲な治療法もある.インドシアニングリーンガイド下局所凝固毛細血管瘤の評価にはフルレセイン蛍光造影(.uoresceinangiography:FA)のほかに,インドシアニングリーン蛍光造影(indocyanineCgreenCangiogra-phy:IA)も有用である.IAは浮腫に直接関連している毛細血管瘤の検出が可能であるため,FAに比べて少ない凝固数で効果が得られやすい.IA後期に染まる毛細血管瘤があると抗CVEGF治療を行っても再発しやすいという報告や,慢性糖尿病黄斑浮腫の原因として150Cμm以上の大型の毛細血管瘤をCPaquesらはとくにtelangiectaticCcapillariesとよび,局所網膜光凝固が有用であると報告している5).おわりに抗CVEGF治療単独で患者も医師側も満足な結果が得られているのであれば継続してよいと考えるが,継続がむずかしい患者や,再発も含め遷延している場合は,局所網膜光凝固を活用し双方の負担を軽減したい.文献1)NozakiM.,AndoR,KimuraT:Theroleoflaserphotoco-agulationintreatingdiabeticmacularedemaintheeraofintravitrealCdrugadministration:ACdescriptiveCreview.Medicina(Kaunas)C9:1319,C20232)YoshidaS,MurakamiT,NozakiMetal:Reviewofclini-calCstudiesCandCrecommendationCforCaCtherapeuticC.owCchartfordiabeticmacularedema.CGraefesArch.Clin.Exp.COphthalmolC259:815-836,C20213)HiranoCT,CToriyamaCY,CIesatoCYCetal:E.ectCofCleakingCperifovealmicroaneurysmsonresolutionofdiabeticmacu-laredematreatedbycombinationtherapyusinganti-vas-cularendothelialgrowthfactorandshortpulsefocal/gridlaserphotocoagulation.CJpnJOphthalmolC61:51-60,C20174)YamadaCY,CTakaniuraCY,CMoriokaCMCetal:Microaneu-rysmCdensityCinresidualoedemaCafterCanti-vascularCendothelialCgrowthCfactorCtherapyCforCdiabeticCmacularCoedema.CActaOphthalmolC99:e876-e883.C20215)PaquesCM,CPhilippakisCE,CBonnetCCCetal:Indocyanine-green-guidedCtargetedClaserCphotocoagulationCofCcapillaryCmacroaneurysmsinmacularoedema:Apilotstudy.BrJ.OphthalmolC101:170-174,C2017(70)

緑内障:サイトメガロウイルスと緑内障

2023年12月31日 日曜日

●連載◯282監修=福地健郎中野匡282.サイトメガロウイルスと緑内障上野盛夫京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学サイトメガロウイルス(CMV)関連続発緑内障は不安定な眼圧経過を呈し,診断や治療に難渋することが多い.その診断には臨床所見に加えて,前房水のCCMV-DNA陽性所見が必須である.治療においては抗ウイルス治療が有用であることも多いが,奏効しない場合には適切な時期に線維柱帯切開術や線維柱帯切除術を施行する.●サイトメガロウイルス(CMV)の眼科疾患への関与サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)はヘルペスウイルス科Cb亜科に属する二本鎖CDNAウイルスで,母子感染による先天性CCMV感染症に加えて,造血器悪性腫瘍に対する幹細胞移植後,悪性腫瘍に対する化学療法,自己免疫疾患に対する免疫抑制薬の投与,後天性免疫不全症候群などにより免疫能が低下した患者に生じる日和見感染の原因ウイルスとして知られていた.CMV網膜炎はこの範疇に属する.2006年にCCMVの免疫健常者の角膜内皮炎への関与が初めて報告され1),ついでCCMVの虹彩毛様体炎への関与も報告された2).どちらも眼圧上昇を伴うことが多い.さらにCPosner-Schlossman症候群患者の前房水から高率にCCMVが検出されることが報告された3,4).CMVによる眼圧上昇のメカニズムは,CMVが培養線維柱帯細胞に感染し,線維柱帯細胞内にウイルス由来蛋白を誘導し,アクチン細胞骨格を再構成することで生じる房水流出抵抗の増加である5).これらのCCMV関連続発緑内障は不安定な眼圧経過を呈し,診断や治療に難渋することが多い.C●CMV関連緑内障の診断2012年に特発性角膜内皮炎研究班で作成されたCCMV角膜内皮炎の診断基準6)(表1)では,確定診断にはCcoinlesionとよばれる円形に配列する白色の角膜後面沈着物(図1a)や拒絶反応線様の角膜後面沈着物の臨床所見に加えて,前房水CPCR検査によるCCMV-DNA陽性所見(HSVDNAおよびCVZVDNAは陰性)が必須である.実際の検査にあたっては専用デバイス(房水ピペット,ニプロ)を用いた前房水の採取7)と先進医療や外注検査として近年実用化されたC9種類の眼感染症病原体を検出可能な多項目迅速CPCR検査(directstripPCR)を用いた定量的ウイルスCPCR検査が簡便かつ有用である8).(67)C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY表1CMV角膜内皮炎診断基準I.前房水CPCR検査所見①CCMVDNAが陽性②CHSVDNAおよびCVZVDNAが陰性II.臨床所見①小円形に配列する白色の角膜後面沈着物様病変(coinlesion)あるいは拒絶反応線様の角膜後面沈着物を認めるもの②角膜後面沈着物を伴う角膜浮腫があり,かつ下記のうちC2項目に該当するもの.角膜内皮細胞密度の減少.再発性・慢性虹彩毛様体炎.眼圧上昇もしくはその既往<診断基準>典型例:Iおよび,II-①に該当するもの非典型例:Iおよび,II-②に該当するもの(平成C24年度特発性角膜内皮炎研究班)前房水中のCMV-DNA量が眼圧上昇の危険因子であり,前房水中のCCMV-DNA量と緑内障治療レベルは相関するため,CMV-DNA量の定量は緑内障の重症度の予測に有用と考えられている9).C●CMV関連緑内障の治療CMV関連続発緑内障には抗緑内障薬とステロイドに加えてガンシクロビル(GCV)による抗ウイルス治療(図1b,表2)の併用が有用である.しかし,GCVの点滴静注・内服ともに保険適用外であり,またわが国で承認されたCGCV点眼液はなく,施設内倫理委員会の承認のもと,0.5%CGCV点眼液を自家調整している施設が多い.欧米でヘルペス治療薬として承認されているC0.15%CGCVゲル化剤がわが国でも認可されることが期待されている10).抗ウイルス治療で眼圧コントロールが改善し,それを長期間にわたり維持できることがあるが,奏効しない場合は適切な時期に線維柱帯切開術(trabeculotomy:TLO)や線維柱帯切除術(trabeculectomy:TLE)が重要である.TLO眼内法がぶどう膜炎続発緑内障に対しあたらしい眼科Vol.40,No.12,20231571(mmHg)抗ウイルス治療開始後の眼圧と処方内容眼圧2520151050020406080100120ガンシクロビル(5mg/kg)点滴(日)1日2回図1CMV角膜内皮炎に続発した緑内障の一例抗緑内障薬点眼・内服治療で眼圧コントロール不良であったが,抗ウイスル治療の併用で眼圧コントロールが改善した.表2CMV角膜内皮炎・虹彩炎に対する抗ウイルス治療の例ガンシクロビルC5Cmg/kg1日2回点滴2週間①もしくはバルガンシクロビルC1,800Cmg1日2回内服4.1C2週間C②ガンシクロビル0.5%1日4.6回点眼(自家調整)(いずれも保険適用外)・①の投与終了後には,②を漸減しながら継続する.・ステロイド点眼液を併用する.ても有効であると報告されているが11),目標眼圧が低い場合にはCTLEのほうが長期予後はよい.TLEにおいては術後の角膜内皮細胞減少の進行が危惧されるが,術後に特段の減少を認めない報告もある12,13).これはCTLEによるCCMVの眼外へのドレナージの可能性が示唆されている13).目標眼圧,残存視野,緑内障治療後の角膜移植の予定などを総合的に考えて術式を決定する.文献1)KoizumiN,YamasakiK,KawasakiSetal:Cytomegalovi-rusinaqueoushumorfromaneyewithcornealendotheli-itis.AmJOphthalmolC141:564-565,C20062)CheeCSP,CBacsalCK,CJapCACetal:ClinicalCfeaturesCofCcyto-megalovirusanterioruveitisinimmunocompetentpatients.CAmJOphthalmolC145:834-840,C20083)SuCC,HuFR,WangTHetal:Clinicaloutcomesincyto-megalovirus-positiveCPosner-SchlossmanCsyndromeCpatientsCtreatedCwithCtopicalCganciclovirCtherapy.CAmJOphthalmolC158:1024-1031Ce1022,C20144)MaruyamaCK,CMaruyamaCY,CSugitaCSCetal:Characteris-1572あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023ticsCofCcasesCneedingCadvancedCtreatmentCforCintractableCPosner-SchlossmanCsyndrome.CBMCCOphthalmolC17:45,20175)ShimizuCD,CMiyazakiCD,CShimizuCYCetal:InfectionCofCendotheliotropicChumanCcytomegalovirusCofCtrabecularCmeshworkcells.JpnJOphthalmolC62:667-676,C20186)KoizumiCN,CInatomiCT,CSuzukiCTCetal:ClinicalCfeaturesCandCmanagementCofCcytomegalovirusCcornealCendotheli-itis:analysisCofC106CcasesCfromCtheCJapanCcornealCendo-theliitisstudy.BrJOphthalmolC99:54-58,C20157)KitazawaK,SotozonoC,KoizumiNetal:Safetyofante-riorCchamberCparacentesisCusingCaC30-gaugeCneedleCinte-gratedCwithCaCspeciallyCdesignedCdisposableCpipette.CBrJOphthalmolC101:548-550,C20178)NakanoCS,CSugitaCS,CTomaruCYCetal:EstablishmentCofCmultiplexCsolid-phaseCstripCPCRCtestCforCdetectionCofC24Cocularinfectiousdiseasepathogens.InvestOphthalmolVisSciC58:1553-1559,C20179)KandoriCM,CMiyazakiCD,CYakuraCKCetal:RelationshipCbetweenthenumberofcytomegalovirusinanteriorcham-berCandCseverityCofCanteriorCsegmentCin.ammation.CJpnJOphthalmolC57:497-502,C201310)KoizumiN,MiyazakiD,InoueTetal:Thee.ectoftopi-calapplicationof0.15%ganciclovirgeloncytomegalovirusCcornealendotheliitis.BrJOphthalmolC101:114-119,C201711)ChinS,NittaT,ShinmeiYetal:Reductionofintraocularpressureusingamodi.ed360-degreesuturetrabeculoto-mytechniqueinprimaryandsecondaryopen-angleglau-coma:apilotstudy.JGlaucomaC21:401-407,C201212)HigashideT,NishinoT,SakaguchiKetal:DeterminantsofCcornealCendothelialCcellClossCafterCtrabeculectomyCwithCmitomycinC.JGlaucomaC28:61-67,C201913)MuraiCY,CMoriCS,CTakanoCFCetal:TheCbene.cialCimpactCofC.ltrationCsurgeryConCantiviralCtherapyCcessationCinCpatientsCwithCcytomegalovirus-relatedCsecondaryCglauco-ma.BMCOphthalmolC21:389,C2021(68)

屈折矯正手術:治療的レーザー角膜切除術(PTK)後の白内障手術

2023年12月31日 日曜日

●連載◯283監修=稗田牧神谷和孝283.治療的レーザー角膜切除術(PTK)後の後藤憲仁戸田ごとう眼科白内障手術角膜混濁眼の術前診察は,ディフューザーを用いて角膜混濁を適切に評価し,手術戦略を立てていく.顆粒状角膜ジストロフィと帯状角膜変性は治療的レーザー角膜切除術(PTK)のよい適応である.PTK後の白内障手術は,角膜前面のフラット化により通常の眼内レンズ度数計算式では遠視にずれやすい.LASIK眼に対応した計算式や複数の計算式を用いて決定する.C●角膜混濁眼に対する白内障手術戦略角膜混濁の性状は,沈着・瘢痕・浮腫に分けられ,さらに混濁の深さにより治療方針が異なる.角膜混濁を合併した白内障手術では,まず角膜混濁の程度,位置や深さを考慮して,白内障手術のみを単独で行うか,角膜混濁を除去する手術を併用するかを判断する(表1).術前診察のポイントは,細隙灯顕微鏡のスリット光だけでなく,ディフューザーを用いて診察し,水晶体前.や虹彩紋理が観察できるか否かをチェックする.スリット光だけの診察では角膜混濁による散乱が軽減し,角膜混濁を過小評価してしまうことがある1).C●PTKとはPhototherapeuticCkeratectomy(PTK)とは,角膜上皮から実質浅層の比較的表層に限局した混濁に対する,エキシマレーザーを用いた治療的角膜切除術である.2012年から角膜ジストロフィまたは帯状角膜変性にかかわるものに限って,保険請求が可能になった.顆粒状角膜ジストロフィは,実質浅層から中層にかけてヒアリン様物質が沈着し,常染色体優性遺伝形式をとる.帯状角膜変性は,Bowman膜から実質浅層にかけての瞼裂間角膜の中央部に,リン酸カルシウムの帯状の沈着がみられ(図1),高カルシウム血症,ぶどう膜炎,緑内障術後,シリコーンオイル注入眼,重症ドライアイが原因となる.両疾患ともにCPTKのよい適応であり,白内障を発症している高齢者に多く,PTKにより角膜混濁を除去・軽減して視認性をよくしてから,白内障手術を予定することが多い.C●PTK後の白内障手術の問題点PTK後は角膜前面のみがフラットになるため,術後屈折が遠視化する.また,PTK後に白内障手術を行う場合は,通常の眼内レンズ(intraocularlens:IOL)度数計算で行うと,遠視ずれを生じやすい.これは近視Claserinsitukeratomileusis(LASIK)術後と同様の形状表1角膜混濁眼に対する白内障手術戦略性状部位(深さ)程度治療方針軽度(前.が観察できる程度)白内障手術のみ沈着瘢痕混濁上皮から実質浅層の表層混濁高度(前.が観察できない)PTK(先行)→白内障手術実質深層までの混濁高度(前.が観察できない)PKP/DALK(先行)→白内障手術(または同時)浮腫混濁実質混濁軽度白内障手術(先行)→DSAEK/DMEK(または同時)(角膜内皮障害)実質混濁高度PKP(先行)→白内障手術(または同時)角膜混濁の性状・部位によって,白内障手術のみで対応するか,各種角膜手術を先行または同時手術で対応していくか検討する.PTK:治療的レーザー角膜切除術,PKP:全層角膜移植,DALK:深部層状角膜移植,DSAEK:Descemet膜.離角膜内皮移植術,DMEK:Descemet膜角膜内皮移植術.(65)あたらしい眼科Vol.40,No.12,202315690910-1810/23/\100/頁/JCOPYPTK前PTK後顆粒状角膜ジストロフィ顆粒状角膜ジストロフィ帯状角膜変性図1PTK前後の顆粒状角膜ジストロフィと帯状角膜変性の前眼部写真顆粒状角膜ジストロフィでは白色顆粒状や円形・金平糖状の混濁がみられ,帯状角膜変性では瞼裂間角膜中央部に帯状白色混濁がみられる.PTK後はレーザー照射範囲に一致して円形に帯状角膜変性図2PTK後の角膜形状解析PTK後の角膜形状は,顆粒状角膜ジストロフィではフラット化しているのに対して,帯状角膜変性ではCcen-tralisland形状になっている.混濁が除去されている.表2近視LASIK眼に対応したIOL度数計算式①CBarrettTrue-KC②CHaigis-LC③CShammas-PLC④COCTbasedIOLpowerformulaC⑤CPotvin-HillPentacamC⑥CCamellin-Calossi⑦光線追跡法(OKULIX,PhacoOptics)いずれも角膜手術前のデータを必要としない.①.⑤はCASCRSのサイト内のCPostRefractiveIOLCalculatorで算出することができる.変化であり,一般に近視CLASIK眼に対応した計算式が推奨される(表2).PTK後は,LASIK後と比較して不正乱視が多い状態や,とくに帯状角膜変性ではCcentralisland形状2)といわれる中心がスティープで周辺がフラットな角膜形状になることがある(図2).この場合は,近視CLASIK眼に対する計算式では近視ずれを生じやすく,むしろ遠視LASIK眼に対する計算式が適している場合もある.つまり,PTK後のCIOL計算式の選択には,角膜形状解析を行い,どの計算式が適しているかを吟味する必要がある.筆者は単一の計算式でCIOL度数決定をせず,複数の計算式の結果を総合的に比較して決定している.結果的に複数計算を同時に行える米国白内障・屈折矯正手術C1570あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023学会(ASCRS)のCwebサイト(https://ascrs.org/tools/post-refractive-iol-calculator)は汎用性が高い.C●おわりに顆粒状角膜ジストロフィおよび帯状角膜変性はCPTKのよい適応であり,PTKにより角膜混濁が軽減し,白内障手術の難度は決して高くない.一方でCIOL度数決定がむずかしくなる.さらに,顆粒状ジストロフィは数年で再発することがあり,ホモ接合体では早く再発し3),再CPTKや角膜移植の可能性を考慮する必要がある.文献1)後藤憲仁:角膜混濁眼の白内障手術のコツ.眼科手術C29:C91-94,C20162)JungCSH,CHanCKE,CSgrignoliCBCetal:IntraocularClensCpowerCcalculationsCforCcataractCsurgeryCafterCphotothera-peutickeratectomyingranularcornealdystrophytype2.JRefractSurgC28:714-724,C20123)InoueCT,CWatanabeCH,CYamamotoCSCetal:RecurrenceCofCcornealdystrophyresultingfromanR124HBig-h3muta-tionafterphototherapeutickeratectomy.Corena21:570-573,C2002(66)

眼内レンズ:手元カメラによる白内障手術解析

2023年12月31日 日曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋秋元正行445.手元カメラによる白内障手術解析大阪赤十字病院眼科顕微鏡鏡筒に小型カメラを装着し,術者直視下目線での手元映像を顕微鏡下映像と同時に記録するシステムを開発した.顕微鏡映像と比べ,手元映像では器具の把持,手技の実施方法が術者によって異なることがわかった.手術手技の修得にあたって,顕微鏡映像と手元映像を併せて確認することで,より理解が深まると考えられる.●はじめに顕微鏡下で縫合時に,つかみ損ねた針がどこかに飛んで行ってしまった.ドレープの上を探すが見つからず,インシデントレポートを作成した、、、.誰しもが一度はこのような経験をしたことがあるであろう.顕微鏡は拡大された詳細な視野を提供してくれるが,その術野はとても狭い.顕微鏡は眼科手術に革命をもたらし,撮影された動画には多くの学びがある.しかし,その視野はとても狭く,術者が器具をどのように把持して取り扱っているのかは,想像するか,術者に尋ねるか,現場で外から確認するかしかなく,記録する方法がなかった.筆者らは,顕微鏡鏡筒に術者の直視下目線で手元を撮影する小型カメラを装着し,顕微鏡下映像だけでなく,手元映像を同時に記録するシステムを開発し,当院所属の医師C10名の手術を記録して比較した1).C●手元カメラFullHD(1,920×1,080),60Cfpsという顕微鏡下動画と同じスペックで撮影可能なカメラを鏡筒に装着し,手元を直視下目線で同時撮影した.顕微鏡映像と手元映像は手術動画記録装置で同時に録画し,顕微鏡映像モニタの上に専用モニタを設置して,リアルタイムにスタッフ全員が共有できるようにした(図1).C●角膜ポートの作製撮影したのは,20ゲージCMVRナイフをC3時とC9時から穿刺するシンプルな角膜ポート作製の手技である.しかし,手元映像によって,左からの穿刺時にはさまざまな実施方法があることがわかった.MVRナイフを左手に持ち替えてそのまま穿刺する術者,MVRナイフを(63)C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY図1手術室.:鏡筒に装着した手元カメラ.A:通常の鏡筒映像モニタ.CB:手元カメラの映像モニタ.左手に持ち替え,右手を添えて穿刺する術者,MVRナイフは持ち替えずに右手を返して穿刺する術者,MVRナイフは持ち替えず右手を返して左手を添える術者などに分類された(図2).C●超音波乳化吸引時(仮)フェイコチョップ法で実施する術者はCUSハンドピースの先端付近を把持し,Divide&Conquer法で実施する術者はCUSハンピースの後方を把持していた.USチップを核へ深く埋没させるフェイコチョップ法と,長さのある溝を掘削するCDivide&Conquer法での器具の扱いの違いと考えられた(図3).また,左手によるフェイコチョッパーの把持についても多様性があった.親指と示指でつまむようにする術者,小指と薬指で包むように把持する術者,分割動作時と同じ持ち方のまま眼外で待機させる術者などがいた.あたらしい眼科Vol.40,No.12,20231567図2MVRナイフによる左からの前房穿刺A:MVRナイフを左手に持ち替えて右手で眼球を固定.CB:MVRナイフを左手に持ち替え,右手を添えて穿刺.CC:MVRナイフを持ち替えずに右手を返して穿刺.D:MVRナイフを持ち替えず右手を返して左手を添えて穿刺.図3USハンドピースの持ち方A:Phacochop法.ハンドピース先端付近を把持し,立てている.B:Divide&Conquer法.ハンドピース後方を把持し,寝かせている.C●灌流吸引時(仮)IAハンドピースによる皮質吸引時は,吸引口をさまざまな方向に向ける必要がある.手首の回内・回外で向きを変更する術者,指の持ち替えでCIAハンドピースを回転させて向きを変える術者,明確に持ち替えて方向を変える術者がいた.C●専攻医の教育専攻医の手術手技をその第一例目から記録した.総じて,主たる手技は理解できていても,それをサポートするための左手の動作,固定などが理解できおらず,手元撮影を併用することで,左手の使い方が改善していった.C●まとめ顕微鏡映像を用いた手術手技の記録,学習,検討は長年行われてきている.一方で,その実施にかかわる把持の方法,取り扱いの方法については十分な解説はなく,各術者による想像や,介助として直接観ることによって継承されてきたといえる.これを記録し顕微鏡映像と連動することで,より具体的に手技の習熟度が変わってくるであろう.手の大きさ,指の強さなど,各術者にフィットする方法は異なる可能性はあるが,熟練者が好む共通点もあろう.手元映像については海外でも注目されており2),このカメラシステムが一般的となることで,手術教育の新しい視点になることが期待される.文献1)AkimotoCM,CTomitaCK,CYoshidaCMCetal:RecordingCtheCdirectsurgeon’sviewwithanoperatingmicroscopicviewimprovesCmicroscopicCophthalmicCsurgeryCtraining.CIntJOphthalmol16:1555-1558,C20232)GooiP,AhmedY,AhmedII:Useofamicroscope-mount-edCwide-angleCpointCofCviewCcameraCtoCrecordCoptimalChandCpositionCinCocularCsurgery.CJCCataractCRefractCSurgC40:1071-1074,C2014

写真:鉗子分娩後水疱性角膜症に対する角膜内皮移植術(DMEK)

2023年12月31日 日曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史475.鉗子分娩後水疱性角膜症に対する五十嵐あみ日本大学医学部視覚科学系眼科学分野角膜内皮移植術(DMEK)図2図1のシェーマ①CDescemet膜破裂図1DMEK術前細隙灯顕微鏡検査所見6時からC10時方向にCDescemet膜破裂に伴うCDescemet膜皺襞および角膜浮腫を認めた.図3前眼部OCT所見同領域の角膜後面にはCDescemet膜破裂後の瘢痕組織と角膜浮腫を認めた.図4DMEK術後1カ月の細隙灯顕微鏡検査所見図5DMEK術中における前眼部OCT所見角膜浮腫が改善し,角膜透明性が保たれている.角膜後面が円滑であり,移植片接着良好である.(61)あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023C15650910-1810/23/\100/頁/JCOPY鉗子分娩は,分娩第2期における急速遂娩術の方法であり,成功すれば緊急帝王切開を回避できるという利点がある.しかし,鉗子分娩に伴う合併症も多く報告されており,眼科領域においては,鉗子により眼球が圧迫されることでCDescemet膜破裂を生じることがある.Descemet膜破裂直後には角膜浮腫を認めるが,通常は一過性である.創傷治癒の過程で,破裂したCDes-cemet膜は結節状に突出し,角膜後面に線維性結合組織が増生するため,角膜後面が不整となる.そのため,角膜乱視に伴う弱視が生じる場合がある.また,Des-cemet膜破裂部位の角膜内皮細胞は広範囲で脱落しており,晩期合併症として角膜内皮機能不全,水疱性角膜症を生じることがある1).症例はC63歳の男性.鉗子分娩にて出生.60歳頃から徐々に霧視を自覚したため,筆者の施設を紹介受診した.初診時矯正視力は右眼C0.2,中心角膜厚C669Cμmであった.細隙灯顕微鏡検査および前眼部光干渉断層計検査(opticalCcoherencetomography:OCT)では,右眼に鉗子分娩後角膜外傷に特徴的な片眼性のCDescemet膜破裂と同部位の角膜浮腫を認めた(図1~3).鉗子分娩後水疱性角膜症と診断し,DescemetC’sCmembraneendothelialkeratoplasty((DMEK)を施行した.手術中および術後も合併症なく経過し,術後C1カ月で右眼矯正視力C0.7,中心角膜厚C514Cμmまで改善した(図4).本症例は,鉗子分娩後水疱性角膜症に対してCDMEKを安全に施行し,弱視も軽度であったため,視機能の改善が得られた一例である.角膜内皮移植術は移植片を空気やガスにより接着させる術式であるため,ホスト側の角膜後面が円滑であることが重要である.鉗子分娩後水疱性角膜症はCDescemet膜破裂後の瘢痕により角膜後面が不整であるため,従来,角膜内皮移植術は適応外と考えられていた.しかし,近年では手術技術の発展により,鉗子分娩後の水疱性角膜症に対しても,角膜内皮移植術の一つであるCDescemetC’sCstrippingCautomatedCendothelialkeratoplasty(DSAEK)が施行された症例が報告されている2,3).本症例ではCDMEKも有効であると考えられた.DMEKはCDSAEKと比較し,より短期間での術後視力回復や拒絶反応率が低いことが知られている4).その一方で,手術手技の難度が高い,術後の移植片接着不良が多いとされている5).鉗子分娩後水疱性角膜症に対してCDMEKを施行する際には,視機能や角膜形状など術前の適切な評価と,術中の臨機応変な対応が重要となる.術前には,弱視の評価や,前眼部COCTにて角膜後面の瘢痕組織の範囲や形状などを十分に確認し,手術計画を立てる.手術中には,視認性の改善や癒着した瘢痕組織を不足なく除去する工夫を施し,角膜後面が円滑であることを確認してから移植片を挿入する.術中前眼部COCTは,Descemet膜.離除去や移植片の接着も確認できるため有用である(図5).本症例は鉗子分娩後水疱性角膜症に対してもDMEKを安全に施行できる可能性を提示した.文献1)HonigCMA,CBarraquerCJ,CPerryCHDCetal:ForcepsCandCvacuuminjuriestothecornea:histopathologicfeaturesoftwelveCcasesCandCreviewCofCtheCliterature.CCorneaC15:C463-472,C19962)KobayashiA,YokogawaH,MoriNetal:CaseseriesandtechniquesCofCDescemet’sCstrippingCautomatedCendothelialCkeratoplastyCforCsevereCbullousCkeratopathyCafterCbirthCinjury.BMCOphthalmolC15:92,C20153)HayashiT,HirayamaY,YamadaNetal:DescemetstripC-pingCautomatedCendothelialCkeratoplastyCforCbullousCkera-topathyCwithCanCirregularCposteriorCsurface.CCorneaC32:C1183-1188,C20134)GoldichCY,CShowailCM,CAvni-ZaubermanCNCetal:Contra-lateraleyecomparisonofDescemetmembraneendothelialkeratoplastyandDescemetstrippingautomatedendotheli-alkeratoplasty.AmJOphthalmolC159:155-159.C20155)DebellemaniereCG,CGuilbertCE,CCourtinCRCetal:ImpactCofCsurgicallearningcurveinDescemetmembraneendotheli-alCkeratoplastyConCvisualCacuityCgain.CCorneaC36:1C-6,C2017C

両立支援

2023年12月31日 日曜日

両立支援ThePromotionofHealthandEmploymentSupport井上賢治*はじめに両立支援とは,病気に罹患した労働者に対して治療と仕事を両立するための支援である.労働者が病気にかかり治療が必要になると,それまでのようには働けなくなる場合がある.治療に専念する場合や治療をしながら働く場合が想定される.とくに労働者が治療をしながら働くことを希望する場合には,それが可能となるように労働者,事業者,主治医が連携し,支援にあたる必要がある(図1).厚生労働省では2016年2月に「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」1)(図2)を発出した.I医師による両立支援われわれ眼科医は患者の視機能については詳細に検討を行い,視機能の改善,あるいは悪化の抑制をめざして患者の診療にあたっている.そして日常診療においては,患者の労働については,患者から相談されない限り考えていないのが現状である.患者は労働することで賃金を得て生活をし,通院,治療を行っている.患者は視機能が悪化し,仕事に支障が出るようになると退職を考えてしまう.職場で他人に迷惑をかけたくないという思いは日本人的である.しかし,視機能が悪くなって退職した場合の再就職はきわめて困難である.退職することなく働き続けられるように調整することが重要である.厚生労働省職業安定高齢・障害者雇用対策部障害者雇用対策課が2007年10月に発出した「視覚障害者の雇用の継続のために眼科医の皆様にご理解いただきたいポイント」2)の冒頭にもこのことが記載されている.この発出文書には三つのポイントが記載されているので以下に紹介する.1.眼科受診から職場定着まで,医療,福祉,労働など多くの関係者の連携が不可欠患者は眼科を受診し,治療を受ける.適切な時期にロービジョンケアを開始する.ニーズに応じて福祉施設を紹介し,生活訓練や音声パソコンを用いた職業訓練を受けて復職する.2.眼科医の重要な役割と基本姿勢医師には障害を告知する役割がある.障害の告知は,障害の受容に関係する重要な問題だが,告知にあたっては,障害のマイナス面だけでなく,病気やその治療方法に関して説明し,生活訓練や職業訓練などの社会資源の存在とその活用などによって,マイナス面も克服できるということも伝えることが重要である.場合によっては,医療の段階で,当事者団体に引き合わせることも効果的である.医師には司令塔としての役割があり,その姿勢は他の医療スタッフの姿勢にも影響する.また,復職のための診断書や意見書の作成など,その後の患者への対応にも影響を与え,人生の岐路を分けることにもなる.「視力は戻らないけれども,仕事はできる」とアドバイスされ*KenjiInoue:井上眼科病院〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(53)1557①業務内容や仕事の情報を③主治医が作成した意見書を伝えるための書面を作成勤務先に提出仕事と治療の両立②患者から提出された④両立支援プランを作成書面をもとに意見書を作成図1労働者,事業者,主治医の連携③主治医意見の提出労主治医から収集した「主治医意見書」などの情報を事業者に提出し,両立支援を申し出ます.企業・事業者④産業医等の意見聴取事業者は,産業医などから意見を聴取し,主治医の意見や労働者(患者)本人の要望を勘案し,具体的な支援内容について検討します.⑥「両立支援プラン」の実行周囲の同僚や上司などに対して,必要な情報に限定したうえで可能な限り開示し,理解を得ながら「両立支援プラン」を実行します.図2治療と仕事の両立支援の流れ(厚生省のwebサイト「治療と仕事の両立支援ナビ」の図をもとに作成)決法を考えていくことである.活動の一つとして,ロービジョン就労相談会を毎月1回,原則第2土曜日の午後に開催している.新型コロナウイルス感染症の前には,北九州市の高橋広先生が相談医として立ち合っていた.新型コロナウイルス感染症の流行により,現在はwebにて開催している.現在の相談医は日本眼科医会役員と全国のロービジョン専門医が交代で担当している.b.盲学校(職業訓練)盲学校は視覚障害者に対する教育を行う学校であり,自分の安全を図るための手段とその工夫を学びつつ,点字などを中心に幼稚園,小学校,中学校,高等学校に準じた教育が行われている.盲学校は全国に66校があり,内訳は北海道地区4校,東北地区7校,関東甲信越地区17校,中部地区9校,近畿地区9校,中国・四国地区9校,九州・沖縄地区11校である.東京都内には,筑波大学附属視覚特別支援学校,東京都立文京盲学校,久我山青光学園,葛飾盲学校,八王子盲学校の5校がある.学童の教育だけでなく,職業訓練を行っている盲学校もある.東京都立文京盲学校の専攻科(就業科)には,あん摩マッサージ指圧師,はり師,きゅう師を養成する課程がある.保健理療科(あん摩マッサージ指圧師)と理療科(あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師)の二つがあり,どちらも高等学校卒業後3年間の課程である.専攻科の授業には解剖学,あん摩実技,情報処理,はり実技,経絡経穴,臨床実習などがある.c.眼科医の役割厚生労働省の「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」1)における眼科医の役割は,主治医意見書(病状,治療計画,就労上の措置に関する意見書)の提供である.主治医意見書を書く前に事業所に療養・就労両立支援に関する勤務情報提供書を医師から依頼する.その内容を基に病状,治療計画,就労計画,就労上の措置に関する意見書を作成し,事業所に提出する.意見書には病名,現在の症状,治療の予定,就労継続の可否,業務上の配慮事項,その他の特記事項,配慮の期間を記入する.黄斑ジストロフィの50歳代の患者の療養・就労両立支援に関する勤務情報提供書と症状,治療計画,就労上の措置に関する意見書の一例を図3,4に示す.また,労働者(患者)の視覚障害の状況を本人だけでなく,産業医,事業所の担当者,患者家族が理解することが重要である.そのためのツールとして,とくに視野障害をイメージできるソフトウェアを開発し,タブレットに入れて使用したところ,有効であったと報告されており5),このようなツールの活用も考えるとよい.なお,「事業場における治療と両立支援のためのガイドライン」に基づく療養・就労両立支援指導料は2018年に新設された.2020年には難病の患者に対する医療等に関する法律での指定難病(表1)に対象が広がった.また,従業員が常時10名以上のすべての事業場で就労している労働者に拡大された.保険点数は初回800点で,2回目以降400点が月に1回まで,初回を算定した月またはその翌月から起算して3カ月後まで算定できる.II労働者による両立支援両立支援は,疾病により支援が必要な労働者本人からの申し出により始まる.まずは本人の勤務情報提供書の作成を行う.業務内容や勤務時間など,自らの仕事に関する情報をまとめて主治医に提供する.勤務情報提供書を参考にして主治医が主治医意見書を作成する.産業医がいる事業所では産業医の意見も聴取して,労働者本人の要望を勘案し,具体的な支援を検討する.入院などによる休業を要さない場合は,両立支援プランを策定する.この際に両立支援コーディネーターに依頼するとスムーズである.両立支援コーディネーターとは,治療と仕事の両立に向けて,支援対象者(労働者),主治医,会社,産業医などのコミュニケーションが円滑に行われるように支援する者である.働き方改革実行計画(2017年3月)で両立支援コーディネーターの養成について示されている.両立支援コーディネーターの養成講座は2023年度には3回行われ,合計で2,000名以上が受講予定である.入院などによる休業を要する場合は,労働者は休業申請書類を提出し,休業を開始し,治療に専念する.その後,休業している労働者の職場復帰が可能であると判断したら,事業者は職場復帰支援プランを作成する.プランに基づいて着実に職場復帰を進めることが,復帰後の長く安定した就業につながることを本人へ説明し理解し1560あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023(56)……….図3療養・就労支援に関する勤務情報提供書てもらう.いきなり休業前と同じ業務内容に戻るのではなく,本人の状況に合わせて無理のないプランを作成し,「慣らし勤務」として段階的に仕事の負荷を上げていき,元の就業状態に戻していく.最初は単純作業や定型業務を担当し,その後,1,2カ月ごとに段階的に仕事の質と量を上げていき,復職6カ月後を目安に通常業務へ戻していく.職業上の配慮も必要である.表2にその例を示す.また,職場復帰するにあたり,自立した生活に必要な単独歩行,点字,またパソコンなどIT関連技能の講習を受けることもすすめられる.東京版スマートサイトである東京都ロービジョンケアネットワークにもこのような講習を行っている福祉施設が多数掲載されている.例を図5に示す.黄斑ジストロフィー現症:上記にて視力右矯正0.01、左矯正0.1である。視野は両眼の中心暗点を認める。視覚の障害者手帳は現在5級取得だが、視力は4級相当である。3治療方法:外来通院で経過観察中である。.就労について:通常より業務処理に時間を要するので職務遂行に際しては以下の配慮が必要である。①職場の遮光環境・適合する視覚補助具の使用にて文書処理は可能である。②音声パソコンの利用により作業は通常通り可能となる。視覚障害による移動困難があり、通勤に配慮が必要で、混雑および乗り換えを避ける必要がある。.図4病状,治療法計画,就労上の措置に関する意見書1.スマートサイトスマートサイトとはロービジョンケアについての情報やロービジョンケアを行っている福祉施設を紹介するシステムで,通常はリーフレットを用いて行われている.ロービジョン者は入手したスマートサイトの情報からロービジョンケアの概要を知ることができ,そこに記載された関連施設にアクセスすることで適切なロービジョンケアやサービスを受けることができる.スマートサイトは2005年に米国眼科学会が開始したウェブサイトからダウンロードして利用するロービジョン関連情報として始まった.日本眼科医会では全国すべての都道府県でのスマートサイト作成をめざして活動を続けてきた.2010年に最初に兵庫県でスマートサイト「つばさ」が(57)あたらしい眼科Vol.40,No.12,20231561表1難病の患者に対する医療等に関する法律での指定難病告示番号指定難病名11重症筋無力症13多発性硬化症/視神経脊髄炎35天疱瘡36表皮水疱症38スティーヴンス・ジョンソン症候群40高安動脈炎41巨細胞性動脈炎46悪性関節リウマチ49全身性エリテマトーデス53Sjogren症候群56ベーチェット病84サルコイドーシス90網膜色素変性症134中核視神経形成異常症/ドモルシア症候群157スタージ・ウェーバー症候群158結節硬化症160先天性魚鱗癬162類天疱瘡(後天性表皮水疱症を含む.)164眼皮膚白皮症166弾性繊維性仮性黄色腫167マルファン症候群168エーラス・ダンロス症候群171ウィルソン病191ウェルナー症候群192コケイン症候群271強直性脊椎炎300IgG4関連疾患301黄斑ジストロフィー302レーベル遺伝性視神経症303アッシャー症候群328前眼部形成異常329無虹彩症332膠様滴状角膜ジストロフィー作成され,2021年5月に47都道府県すべてでスマートサイトが完成した.東京都については2018年に完成した東京都ロービジョンケアネットワークのリーフレット(図6)に両立支援に関して,生活訓練・支援,就労支1562あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023表2職場復帰後の就業上の配慮短時間勤務軽作業や定型業務への従事残業・深夜業務の禁止出張の禁止,または制限交代勤務の制限危険作業,運転業務,高所作業,窓口業務,苦情処理業務などの制限フレックスタイム制度を制限,または適用転勤について配慮時間単位での年次有給休暇を支給テレワークの活用通勤方法を考慮図5東京都ロービジョンケアネットワーク・ロービジョンケア福祉施設情報援,教育機関の各福祉施設が記載されている.しかし,これらの福祉施設の利用にあたっては,居住地や勤務(58)図6東京都ロービジョンケアネットワークのリーフレット表面(左)と中面(右)地,身体障害者手帳の有無などの条件がある場合もある.また,利用できる日程や時間,利用料金についても施設毎で設定されており,一律ではない.III事業者による両立支援両立支援を必要とする労働者からの申し出があった場合は,事業者は検討に必要な情報に不足がないかの確認が必要である.このため,産業保健スタッフや人事労務担当者は,労働者が主治医から必要十分な情報を収集できるよう,書面の作成支援や手続きの説明など,必要な支援を行う.主治医から提供された情報を産業医などに提供し,就業継続の可否や,就業可能な場合の就業上の措置および治療に対する配慮に関する意見を聴取する.これら主治医や産業医などの意見を勘案し,就業を継続させるか否か,具体的な就業上の措置や治療に対する配慮の内容および実施時期などについて検討する.1.産業医職場において労働者の健康管理等を効果的に行うためには,医学に関する専門的な知識が不可欠なことから,事業者は常時50人以上の労働者を使用する事業場ごとに医師のうちから産業医を選任し,産業医は労働者の健康管理や労働相談などを行う.常時1,000人以上の労働者を使用する事業場または法定の有害業務に常時500人以上の労働者を従事させる事業場では,その事業場に専属の産業医を選任する.そのほかの事業場においては嘱託でも差し支えない.2.障害者雇用促進法1960年に身体障害者雇用促進法が制定され,事業主が雇用すべき障害者の最低雇用率が設定された.のちに障害者雇用促進法は何度も改正され,雇用率の設定については,少なくとも5年ごとに労働者の割合の推移を勘案し設定されている.現在の障害者の法定雇用率は民間企業2.3%,国や地方公共団体2.6%,都道府県などの教育委員会2.5%である.在職中に視力障害に至った場合は,身体障害者手帳を取得し,障害者雇用枠での雇用に変更する方法もある.産業医とよく相談するとよい.おわりに両立支援の成功の鍵は労働者,事業者,主治医の連携にかかっている.主治医の立場としては患者(労働者)の視機能を判断,把握することから始まる.患者の有する視機能を有効に利用することで患者がいかにして働くことが可能かを事業者に提示する必要がある.目の前の患者のことを考えて患者に寄り添ってほしい.文献1)厚生労働省:事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン(2023年版)https://www.mhlw.go.jp/con(59)あたらしい眼科Vol.40,No.12,20231563

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保険医療InsuranceMedicalTreatment柿田哲彦*はじめに新専門医制度の必修講習Bにある「医療経済(保険医療等)」について説明する.なお,厚生労働省などの公的機関では一般的に「保険医療」ではなく「保険診療」とよんでいるので,本稿でも以降,保険診療とよぶ.法律関係のテーマなので少々固い内容であることを容赦願いたい.I保険診療とはわれわれ眼科医は,患者に対して病院や診療所などの医療機関で診察・投薬・治療その他必要な医療を行う.患者は公的医療保険制度があることによって,かかった医療費を全額負担しなくてもすんでいる.日本は「国民皆保険制度」を採用しており,日本国民すべてに加入が義務づけられている.そのため日本国民は全国どこにいてもほぼ同じ医療費で医療を受けることができる.この仕組みは健康保険法1)ほか医療保険各法に規定されており,それらの規定に同意した保険医療機関などが自由意思で参加することにより実施されている.この医療制度を保険診療とよぶ.保険診療において医師が診療報酬を得るためには保険医となる必要がある.健康保険法の規定により,「保険医療機関において健康保険の診療に従事する医師は,厚生労働大臣の登録を受けた医師でなければならない」(健康保険法第64条)とされている.医師国家試験に合格し,医師免許を受けることにより自動的に保険医として登録されるわけではない.医師が保険診療を担当したいという自らの意思により,勤務先の保険医療機関の所在地(勤務していない場合は住所地)を管轄する地方厚生(支)局長へ申請する必要がある.所在地を管轄する地方厚生(支)局の事務所がある場合には,当該事務所を経由して行う(健康保険法第71条).つまり保険診療とは,健康保険法ほかの各法に基づく,保険者と保険医療機関との間の「公法上の契約に基づく診療」である.保険医療機関は,療養の給付に要する費用の額から被保険者が支払う一部負担金を除いた額を保険者に請求する(健康保険法第76条第1項).ここでいう保険者とは,保険契約に基づいて保険料(掛金)を徴収し疾病などの発生の際に診療報酬を支払う義務を負う者であり,健康保険事業の運営主体である社会保険として全国健康保険協会,健康保険組合,国民健康保険として市町村または各国民健康保険組合,後期高齢者医療広域連合をさす.それに対して,保険料を徴収される患者のことを被保険者とよぶ(図1).II診療報酬請求医療機関は1カ月間に行った診療内容をまとめ,診療報酬として審査支払機関に請求する.その際作成するのが診療報酬明細書(レセプト)である.医療機関から審査支払機関に提出されたレセプトに対する審査(一次審査)(図2)を経て,内容が妥当なレセプトと不適当な部分を査定したレセプトが保険者に送られ,レセプト提出*TetsuhikoKakita:柿田眼科〔別刷請求先〕柿田哲彦:〒270-0163千葉県流山市南流山4-1-15南流山駅前ビル2F柿田眼科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(47)1551図2診療報酬請求一次審査の流れ図3診療報酬請求再審査の流れ表1保険医が保険診療を行うに当たって遵守すべき保険診療のルール保険診療として診療報酬が支払われるには次の条件を満たさなければならない①保険医が②保健医療機関において③健康保険法,医師法,医療法,医薬品医療機器等法の各種関係法令の規定を遵守し④保健医療機関及び保険医療養担当規則の規定を遵守し⑤医学的に妥当適切な診療を行い⑥保健医療機関が診療報酬点数表に定められたとおりに請求を行っていること.口投与によっては治療の効果を期待することができないとき.(2)特に迅速な治療の効果を期待する必要があるとき.IV医科診療報酬点数に関する留意事項1.診療報酬請求の根拠は診療録にある診療録(カルテ)は,診療経過の記録であると同時に,診療報酬請求の根拠でもある.診療事実に基づいて必要事項を適切に記載していなければ,不正請求の疑いを招くおそれがある.診療録に関する規定:①診療録の記載(療養担当規則第22条,医師法第24条),②診療録の保存(療養担当規則第9条,医師法第24条第2項)2.診療録には適切な傷病名を記載する診断の都度,医学的に妥当適切な傷病名を診療録に記載する.以下にポイントを示す.・必要に応じて慢性・急性の区別,部位・左右の区別をすること.・診療開始年月日,終了年月日を適切に記載すること.・傷病の転帰を記載し,病名を逐一整理すること.特に,急性病名が長期間にわたり継続する場合には,医学的妥当性のある傷病名となっているか適宜見直しをすること.・疑い病名は,診断がついた時点で速やかに確定病名に変更すること.また,当該病名に相当しないと判断した場合は,その段階で中止とすること.なお,実施された診療行為を保険請求する際に,審査支払機関での査定を逃れるため,実態のない架空の傷病名(いわゆるレセプト病名)を傷病名欄に記載してレセプトを作成することは,きわめて不適切である.診断名を不実記載して保険請求したことになり,場合によっては返還対象となるばかりか,不正請求と認定される可能性もある.3.説明が不十分な場合は症状詳記で補う医学的に妥当適切な傷病名等のみでは,診療内容の説明が不十分と思われる場合は,請求点数の高低にかかわらず,「症状詳記」で補う必要がある.・診療録の記載やレセプトの内容と矛盾しないこと.・虚偽の内容を記載しないこと.V青本と添付文書保険診療では,2年ごとの診療報酬改定に合わせて社会保険研究所が出版している厚生労働省発出の告示・通知をそのまま収載した法令集『医科点数表の解釈』3)を「青本」(用語解説参照)とよび,これが算定根拠とされている.表2に屈折検査に関する項目3)を提示する.医科点数表や施設基準などに関する通知,厚生労働省より発出された疑義解釈,Q&Aなどがまとめられており,請求方法に疑問が生じた際は,まずこの本で調べるとよい.その他の出版社や保険医協会からも出ているが,いずれも民間会社が独自に解釈しているもので,それを保険請求の根拠とすることはできない.あくまでも参考書と考えるべきである.医療用医薬品の添付文書は医薬品医療機器等法(薬機法)第52条,第68条の2等に記載内容等が規定されている,法的根拠のある唯一の医薬品情報である.規定に基づき,医薬品の適用を受ける患者の安全を確保し適正使用を図るために,医師,歯科医師,薬剤師等の医薬関係者に対して必要な情報を提供する目的で,当該医薬品の製造販売業者が作成する.添付文書には表3の項目の届出が製造販売業者に義務付けられている.それらのなかで保険診療に重要なポイントは,「警告」「禁忌」「効能又は効果」「用法及び用量」「慎重投与」「重要な基本的注意」等である.保険者は添付文書の記載内容を基に合致していない病名のレセプトに対し,返戻や再審査請求を行う.たとえば,オロパタジン点眼液の「効能又は効果」はアレルギー性結膜炎と添付文書に記載されているので,結膜炎や巨大乳頭結膜炎とレセプトに入力しても基本的に査定されてしまう.保険診療では青本と添付文書に合致しない診療内容は基本的に査定されても仕方がない.青本は可能なら購入することをお勧めするが,勤務先の病院には常備されていると思われる.現在は「しろぼんねっと」4)というWebサイトである程度調べることができるので,参考にしてほしい.添付文書は現在ネットで容易に入手できるので,初めての薬剤を処方する場合は添付文書に一度1554あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023(50)表2青本の屈折検査に関する解説D261屈折検査16歳未満の場合69点21以外の場合69点注1について,弱視又は不同視と診断された患者に対して,眼鏡処方箋の交付を行わずに矯正視力検査を実施した場合には,小児矯正視力検査加算として,35点を所定点数に加算する.この場合において,区分番号D263に掲げる矯正視力検査は算定しない.(屈折検査について)(1)屈折検査は,検眼レンズ等による自覚的屈折検定法又は検影法,レフラクトメーターによる他覚的屈折検定法をいい,両眼若しくは片眼又は検査方法の種類にかかわらず,所定点数により算定し,裸眼視力検査のみでは算定できない.(2)散瞳剤又は調節麻痺剤を使用してその前後の屈折の変化を検査した場合には,前後各1回を限度として所定点数を算定する.(3)屈折検査とD263矯正視力検査を併施した場合は,屈折異常の疑いがあるとして初めて検査を行った場合又は眼鏡処方箋を交付した場合に限り併せて算定できる.ただし,本区分「1」については,弱視又は不同視が疑われる場合に限り,3月に1回(散瞳剤又は調節麻痺剤を使用してその前後の屈折の変化を検査した場合には,前後各1回)に限り,D263矯正視力検査を併せて算定できる.(4)「注」に規定する加算は,「1」について,弱視又は不同視と診断された患者に対して,眼鏡処方箋の交付を行わずに矯正視力検査を実施した場合に,3月に1回(散瞳剤又は調節麻痺剤を使用してその前後の屈折の変化を検査した場合には,前後各1回)に限り,所定点数に加算する.(屈折検査に関する事務連絡)問弱視又は不同視等が疑われる6歳未満の小児に対して,D261屈折検査とD263矯正視力検査を併施した場合は,3月に1回に限り併せて算定できるが,散瞳剤又は調節麻痺剤を使用してその前後の屈折の変化を検査した場合には,前後各1回の合計2回算定できるか.答算定できる.(平28.3.31その1・問123)(文献3より引用)表3添付文書に届出が必要な事項・販売名・警告・禁忌(原則禁忌を含む)・効能又は効果に関連する使用上の注意・用法及び用量に関連する使用上の注意・慎重投与・重要な基本的注意・相互作用・副作用・高齢者への投与・妊婦,産婦,授乳婦等への投与・小児等への投与・臨床検査結果に及ぼす影響・過量投与・適用上の注意・その他の注意・取扱い上の注意■用語解説■保険医療機関及び保険医療養担当規則:健康保険法などにおいて,保険診療を行ううえで保険医療機関と保険医が遵守すべき事項として定められた厚生労働省令であり,「療担規則」「療養担当規則」とよばれている.大きく以下の事項につきとりまとめられている.・第1章:保険医療機関の療養担当療養の給付の担当範囲,担当方針など.・第2章:保険医の診療方針等診療の一般的・具体的方針,診療録の記載など.青本:2年ごとの診療報酬改定に合わせて社会保険研究所が出版している厚生労働省発出の告示・通知をそのまま収載した法令集「医科点数表の解釈」の別名.医科点数表や施設基準などに関する通知,厚生労働省より発出された疑義解釈,Q&Aなどがまとめられている.

視覚障害者の福祉制度

2023年12月31日 日曜日

視覚障害者の福祉制度WelfareSystemforPersonswithVisualImpairment堀寛爾*はじめに見え方で困っているならロービジョンケアの対象である.そうはいっても,諸々の福祉制度を設計するにあたっては,その対象者を明確にする必要がある.表1に示すとおり,それぞれの制度の基準が他の制度の基準として引用されることがしばしばある.まずは身体障害者手帳に該当するか否かの線引きはどこか,ついで非該当であっても生活に困る視機能の範囲について意識しておくとよい.身体障害者手帳の基準は,視覚障害については2018年7月に現行の基準に改正された.また,障害年金の視覚障害の基準も2022年1月に改正され,身体障害者手帳の基準とほぼ揃えられた.一部の例外を除き,身体障害者手帳の等級の一つ上が障害年金の等級となる.たとえば身体障害者手帳で3級なら障害年金で2級に相当する.詳細については随時法令の記載を確認し,あるいは基準表を白衣のポケットに入れ,また視覚障害者等級計算機1)で検算すればよい.なお,本稿においてとくに言及しない限り,障害は視覚障害に限定し,その他の障害については割愛する.制度の例外処理も視覚障害にかかわらない限りはないものとして扱う.それらも含めてさらに深く学習する場合は,法令の条文や成書にあたることを勧める.また,身体障害者手帳および障害年金では,最重度の障害程度が1級である.一般に等級が「上がる」といった場合は障害程度が増悪する方向,つまり等級の数字が小さくなる方向の変化を意味する.とくに言及しない限り,本稿でもそれに従う.ちなみに難病法の指定難病には重症度分類に関する記載欄があるが,ここに段階がある場合は一般的に軽度がI度,重度がIV度といった具合に,障害程度が増悪するほど数字が大きくなる場合が多い.I身体障害者手帳1.1級~6級障害福祉の分野では,まず障害者手帳の有無を必ず聞かれる.身体障害者の診断書・意見書を記載できるのは,身体障害者福祉法の第15条指定医である.指定医とは都道府県知事に指定された医師であるが,一般的に5年程度の眼科臨床経験を有し,眼科専門医試験の受験資格が得られる程度であればおおむね該当するものと思われる.視力障害については,基本的には良いほうの眼の視力が重要である.両眼とも(0.1)以下となると4級であり,よいほうの眼が(0.7)以上では非該当となる.つまり運転免許の普通免許(8t限定中型免許と5t限定準中型免許を含む)の更新が危うくなるあたりから,視力障害に該当する可能性が出てくると覚えておくとよい.視野障害については,視野欠損をきたす疾患で正常範囲内とはいえない程度に進行した場合は,視野障害に該当している可能性が高い.とくに自動視野計による視野5級の基準は,日常診療で出会う患者の中にも該当者は*KanjiHori:国立障害者リハビリテーションセンター病院第二診療部眼科〔別刷請求先〕堀寛爾:〒359-8555埼玉県所沢市並木4-1国立障害者リハビリテーションセンター病院第二診療部眼科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(39)1543表1諸制度とその対象範囲法令等制度対象の範囲身体障害者福祉法身体障害者手帳施設入所盲導犬等社会参加の促進身体障害者手帳6級以上の者視力6級:AND#一眼(0.02)以下,他眼(0.6)以下-GP1/4;2分の1以上欠損GP/2;8方向合計56度以内視野5級:OREsterman;100/120点以下10-2;40/68点以下…………..JR各社規定交通機関各社規定運賃の割引第1種:視力4級以上視野3級以上第2種:それ以外難病法医療費助成338疾患で一定の重症度の者児童福祉法医療費助成療育の指導(本人または保護者が)身体障害者手帳の交付を受けた児童小児慢性特定疾病の児童等(20歳未満)障害者総合支援法補装具費障害福祉サービス身体障害者・児(≒身体障害者手帳の交付を受けた者)366疾病で身体障害者手帳相当の者(指定難病に加え円錐角膜・加齢黄斑変性など)障害者雇用促進法障害者雇用障害者:身体障害者手帳の交付を受けた者重度障害者:身体障害者手帳1.2級所得税法地方税法所得税・住民税の障害者控除障害者:身体障害者手帳の交付を受けた者特別障害者:身体障害者手帳1.2級国民年金法厚生年金保険法障害年金…….老齢年金の受給開始前初診日に被保険者AND…….初診日の前々月まで保険料納付障害認定日に一定の障害程度労災保険法障害(補償)給付……業務災害または通勤災害による傷病AND→年金または一時金一定の障害等級に該当WHO(ICD-11)視力障害の定義Mild:6/18以上6/12未満Moderate:6/60以上6/18未満Severe:3/60以上6/60未満Blindness:3/60未満非該当障害福祉サービス税金の控除障害者雇用JRの割引表2年金制度対象者国民年金厚生年金保険保険料の額と納付方法・いわゆる会社員(正社員)・公務員・所定労働時間が正社員の3/4以上のパート・特定適応事業所(被保険者が100人超)で週20時間以上,月8.8万円以上,学生でない第2号被保険者被保険者標準給与・賞与額の18.300%(会社と9.150%ずつ).給与・賞与から天引き・第2号被保険者の配偶者(年収130万円未満)第3号被保険者上記に含まれる・自営業・学生・無職・日雇い・2カ月以内の期間労働・季節的事業(4カ月以内),臨時的事業(6カ月以内)など第2号でも第3号でもない人すべて第1号被保険者月額16,520円(注1).納付書,口座振替など(注1)保険料の額は令和5年度の数字.表3障害年金の受給要件のチェックリスト手帳等級厚生年金基礎年金受給要件1級2級1級□申請日時点で65歳未満である●初診日が確定している(年月日)3級2級○初診日に厚生年金○初診日に国民年金4級3級5級6級手当金非該当●障害認定日に一定の障害程度○1級・2級・3級○治らない手当金(→3級)○1級・2級非該当□保険料納付要件非該当(注1)身体障害者手帳の等級と障害年金の等級はおおむね表のとおりであるが,一部例外がある.(注2)厚生年金保険の手当金相当の障害について,症状が固定せず今後も増悪する見込みの疾患(多くの眼科疾患はこれに含まれる)の場合は年金3級の受給となる.がないこと」という要件もあるが,これは③欄の初診日が2026年3月31日までの場合の救済措置である.5.障害認定日四肢の切断であれば,手術および術後処置が終わった時点で障害程度が固定されるため,例外的にこのときを障害認定日とする運用もある.眼疾患の場合は一般に徐々に増悪するため,障害程度は固定されない.眼球摘出などの場合を除き,障害認定日は原則どおり③欄の初診日の1年半後である.なお国民年金で20歳前傷病の場合,障害認定日は,初診日の1年半後または20歳の誕生日のいずれか遅いほうである.障害年金の申請は障害認定日以降に行う.障害基礎年金の受給を開始すると国民年金の保険料は法定免除となるが,障害厚生年金の受給を開始しても厚生年金保険の保険料は免除にならず,給与から天引きされる.障害年金受給開始後の保険料納付は障害年金の額に影響しない.ただし,将来的に障害程度が改善し障害年金ではなく老齢年金を受給することになった場合には,その時点で年金額の再計算が行われるため,とくに症状の変動が見込まれる精神疾患などでは,法定免除であっても国民年金保険料を納付するという選択もある.6.障害年金受給額障害基礎年金は20歳前傷病で前年所得が高い場合を除き,受給額は障害程度により固定である.障害厚生年金は図2,3に示すとおり,報酬比例の年金額の計算の際,加入期間が300月未満の場合は300月として計算されるので,勤続年数の短い若い視覚障害者であっても意外と受給額が多い.認定日請求(遡及請求を含む)であれば障害認定日が早いほうが生涯受給額は増えることが多いが,事後重症請求で申請日から将来に向かって受給する場合には,障害認定日が遅いほうが昇格・昇給の結果が反映されることもある.初期に自覚症状を伴わない慢性進行性疾患において,どの時点をもって初診日を迎えたとみなすかは,意外と単純ではない.医学的には早期診断・早期治療の必要性が叫ばれて久しいが,過剰診断ともいえる早計診断・早計治療はとくに障害厚生年金の話題では患者の不利益を生む可能性がある.7.社会保険労務士障害年金の専門家は社会保険労務士(社労士)である.自院の記録で③欄の初診日が確定してすぐにも診断書を書けるような場合を除き,社労士への相談を勧めるべきである.地域の評判のよい社労士は,患者会などにたずねるのも一案である.近隣に信頼のおける社労士事務所がない場合は,NPO法人障害年金支援ネットワーク(https://www.syougainenkin-shien.com/)などに相談するとよい.年金事務所は原則として情報が確定してから行くところである.なお社労士の業務はおもに労働関係と保険関係に分けられ,障害年金は後者である.社労士への相談を勧めた結果,患者が「会社の社労士に聞いてみます」と答えた場合,その社労士は労働関係に強い可能性が高いと申し添えてもよいかもしれない.社労士への成功報酬の相場は,年金額の2.3カ月分と聞く.つまり患者本人や家族,医療者などが月単位でもたもたするくらいなら,速やかにプロにつなぐべきである.III指定難病難病法は,指定難病の患者が適切に医療を受けられることを主目的として掲げているが,併せて調査・研究・開発なども基本方針に含まれている.適切に医療を受けられることを担保するために,具体的には特定医療費の支給がある.つまり難病の医療券をもって医療機関を受診した場合,その疾病についての医療に関しては公費負担となる.研究も目的の1つであるので,難病指定医の記載した診断書(臨床調査個人票)を毎年提出する必要がある.網膜色素変性や黄斑ジストロフィなどの眼科疾患に限っていえば,指定難病ではあるが,Behcet病やサルコイドーシスなどの全身疾患とは異なり,長期にわたって断続・継続的に高額な医療費を要する場合はまれである.診断書のために本人や家族が仕事を休んで難病指定医のいる眼科を受診し,文書料を払うことが,家計にプラスであるとはいい切れない.自治体によっては難病見舞金の支給や難病関連のサービスを受けられるというメリットがあるが,全体的には障害者に対する障害見舞金や障害福祉サービスと統合するなど,縮小傾向である.1548あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023(44)保険料勤続年数図2障害厚生年金の受給額のシミュレーション初任給20万円,賞与が1.5カ月×年2回,月収1万円の昇給が年に1回.また令和5年度の物価・給与水準が永遠に続く,という大ざっぱな条件設定で試算した.年金額200万150万100万50万0万300月補正厚生年金基礎年金勤続5101520253035年図3障害厚生年金の300月補正の効果図2と同条件での試算.納付した保険料の総額が多いほうが当然受給額は多くなるが,勤続が短い間は基礎年金部分および300月補正のために納付した保険料に比べて受給する年金が割高になる.

地域医療

2023年12月31日 日曜日

地域医療EyeCareinaCommunityMedicalTeam日比野久美子*永田豊文**山本修士***はじめに超高齢社会を迎えて,外来通院していた患者が通院困難になったとき,眼科医としてどのように対応するかを考えなければならない.在宅での医療には限界があるので,同行援護サービスや介護タクシーを依頼してサポート通院を組み合わせることもできるが,今後は眼科医も在宅医療に真剣に取り組まざるを得ない.すでに全国の外来患者数は214の2次医療圏で2020年にピークアウトしており,今後,外来患者数はさらに減少していく.一方で在宅患者数は2040年まで増加していくと予想されている.在宅患者でも,緑内障や糖尿病網膜症などの眼科慢性疾患に対する眼科医療の継続は不可欠である.国は,超少子高齢社会に適応した医療提供体制を構築するべく,2024~2029年度の第8次医療計画を策定するため検討会を重ねている.専門医共通講習領域の「地域医療」を理解するためには,第8次医療計画についても知っておく必要がある(図1).ここで議論されている重点領域は,新興感染症などへの対応を含む5疾病6事業・在宅医療などである.5疾病とは,がん,脳卒中,急性心筋梗塞などの心血管疾患,糖尿病,精神疾患.6事業とは,救急医療,災害医療,へき地医療,周産期医療,小児の医療,新興感染症である.眼科医としても地域医療構想と地域包括ケアシステムの構築という枠組みの中での在宅医療に取り組み,医療全体を支えていかなければならない.一般に在宅医療には往診と訪問診療があり,後述するように施設によっては訪問診療が不可のところもあり1),往診と訪問診療では保険点数が異なるなど1,2),注意が必要である.ここでは,おもに患家への居宅訪問を中心に眼科在宅医療の実際を述べる.なお,本稿で述べる在宅医療とは,往診と訪問診療の両者の場合をさす.I眼科在宅医療の実際1.眼科在宅医療の重要性わが国は現在,高齢社会を迎え,眼科日常診療においても,多数の高齢患者が受診している.高齢化により,歩行能力の低下や全身疾患の発生によりフレイルとなり,外来通院がしだいに困難になっていくが,このような人々の中で,介護認定を受け,在宅医療や施設入所をする患者も多い.しかし,在宅医療の主治医には眼科専門医はほとんどおらず,精密眼圧・眼底検査などの眼科的精査がないまま,漫然と同じ点眼薬のみを処方され続け,緑内障や糖尿病網膜症が悪化し失明に至る例もある.一方,全身的に問題がなく介護認定の必要がない患者でも,眼疾患の発生や増悪により,介助者なくしては眼科への外来通院が困難となり,介助者がいない場合や独居生活の者は,家庭に引きこもってしまう場合もある.このような状況にある眼科患者の永続的な視機能を守るためには,眼科専門医自らが患家や施設に赴き診療,治療を行う,すなわち「眼科在宅診療」こそが必要なのである.*KumikoHibino:真清クリニック**ToyofumiNagata:永田眼科***ShujiYamamoto:仁眼科医院〔別刷請求先〕山本修士:〒663-8184西宮市鳴尾町3-16-16仁眼科医院0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(31)1535第8次医療計画等(2024年度~2029年度)に関する検討会○医療計画の作成指針(新興感染症への対応を含む*5疾病**6事業・在宅医療等)○医師確保計画,外来医療計画,地域医療構想等*5疾病:がん・脳卒中・急性心筋梗塞等の心血管疾患・糖尿病および精神疾患**6事業:救急医療・災害医療・へき地医療・周産期医療・小児医療・新興感染症等本検討会の下に,以下の4つの作業部会(WorkingGroup:WG)を立ち上げて議論する.へき地医療:厚生労働科学研究の研究班で検討⇒本検討会に報告,協議.周産期医療,小児医療:有識者の意見交換⇒本検討会に報告,協議.図1第8次医療計画等(2024年度~2029年度)に関する検討会(厚生労働省のホームページより一部改変引用)図2実際の診察風景表1携行する医療機器および処置器具,薬剤携行医療機器手持ち細隙灯,手持ち眼圧計,眼底鏡(直像鏡,倒像鏡),手持ち眼底カメラ,手持ちレフケラトメーター,検眼レンズ処置器具睫毛抜去:睫毛鑷子表層異物除去:鑷子,異物針涙.洗浄:涙洗針,注射器洗顔:洗顔瓶,受水器硝子棒,清浄綿,綿棒,培養キット,ガーゼ,テープ薬剤散瞳薬,抗菌点眼薬,点眼麻酔薬,生理食塩水,眼軟膏眼科医図3在宅患者から眼科医への往診依頼の流れ図4地域包括ケアシステム地域内で個々の高齢者に対し多職種によるケアが行われる.研修会懇親会図5多職種連携事業表2各施設の特徴と眼科在宅医療の可否介護保険施設基本的性格医療体制眼科在宅医療の可否特別養護老人ホーム要介護高齢者の最終の生活施設.要介護3以上非常勤嘱託医配置医師訪問診療は原則不可往診は可(とくに診療を必要とした場合)介護老人保健施設要介護高齢者にリハビリを提供し在宅復帰をめざす施設.要介護1以上常勤医師1人以上訪問診療不可往診は可能投薬・注射不可介護療養型医療施設医療の必要な要介護高齢者の長期療養施設常勤医師3人以上訪問診療は不可往診は可能有料老人ホーム療養老人ホーム要介護・要支援者の生活の場看護師訪問診療可能往診可能グループホーム認知症高齢者の共同生活の場訪問看護と連携訪問診療可能往診可能ケアハウス自治体から助成のある低所得者も入所可能な住宅なし訪問診療可能往診可能サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)居室の基準を満たし,安否確認生活相談がついた施設なし訪問診療可能往診可能