白内障手術前に網膜色素変性を見つけたらCataractSurgeryinPatientswithRetinitisPigmentosa池田康博*はじめに網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)は,視細胞および網膜色素上皮細胞(RPE)を原発とした進行性の広範な変性がみられる遺伝性の疾患群と定義される1).現時点で有効な治療がなく,わが国の視覚障碍原因の第2位で2),難病指定されている.好発する合併症として,白内障や黄斑部合併症(黄斑前膜,黄斑浮腫,黄斑円孔)などが知られている.合併症に対する治療は可能なものもあるので,RP患者の日常診療においては,これらの合併症の有無を確認することが重要な点となる.本稿では,RPに合併する白内障の特徴とその治療にあたっての注意点を紹介する.CI網膜色素変性患者の白内障の特徴加齢による白内障と比較して若年で発症することが知られている.英国の同一施設での比較では,白内障手術時の平均年齢が加齢性でC72.5歳であったのに対し,RP患者ではC47.5歳であったと報告されている3,4).20年以上前の報告のため,加齢による白内障手術時の年齢が高いが,明らかな差がある.また,後.下白内障(後.下混濁)が多く,約C50%の患者に認められるとされている5.7)(図1).自験例では,九州大学病院で白内障手術を施行したCRP患者の約C65%に後.下白内障を認めた8).皮質混濁がまったくない若年の患者でも中心付近の後.下に混濁のみを認める場合もあり(図1),視力低下よりも羞明を訴える場合が多い.RP患者に後.下白内障が生じやすい詳細なメカニズムは不明であるが,眼内炎症との関連が示唆されている7).RP患者の眼内には慢性的な炎症があり,種々の炎症性サイトカイン濃度が高いことや,前房フレア値の上昇が知られている9,10).九州大学病院で定型CRPと診断されたC173例C322眼の前房フレア値を測定したところ,後.下白内障を認める眼でフレア値が高く,フレア値が高いほど後.下白内障が生じやすいという結果が得られた(図2)11).Zinn小帯の脆弱性も特徴の一つである.進行したCRP患者では,水晶体が動揺する所見が細隙灯顕微鏡検査で観察される場合がある.同様に,亜脱臼により水晶体が前方移動することで,急性閉塞隅角緑内障を発症する場合もあり,注意が必要である.RPでは網膜色素上皮の粗造化(色素むら)や骨小体様の色素沈着など特徴的な眼底所見を有するため,術後に十分な視力改善が得られないことで初めてCRPに気づくということはあまりないと予想されるが,特徴的な色素沈着が認められないタイプ(無色素性CRP,図3)もまれに認められる.上述したような特徴を有する白内障患者では,網膜電図などでCRPの有無を確認したほうがよいだろう.CII患者への説明加齢による白内障を手術する場合と比較して,RP患者では術前に十分な時間をとって説明する必要がある.*YasuhiroIkeda:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕池田康博:〒889-1692宮崎市清武町木原C5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(19)C867ab図1網膜色素変性患者の細隙灯顕微鏡所見a:33歳,女性.若い患者のため全体として混濁はないが,中央に淡い後.下混濁が認められる.Cb:67歳,女性.後.下混濁の程度は症例によってさまざまである.C3210図2前房フレア値による後.下白内障発症のオッズ比前房フレア値が高いほど後.下白内障が発症しやすい.*p<0.05vsreference,†pCfortrend<0.01.(文献C11より改変引用)オッズ比図3無色素性網膜色素変性67歳,女性.アーケード血管周囲には網膜色素上皮細胞の色素むらが認められるものの,色素沈着は網膜周辺部まで認められない.a123bEZGrade12300.51.01.5最終視力(logMAR)**図4黄斑部エリプソイドゾーンの状態による術後最終視力a:OCTによる黄斑部エリプソイドゾーンの分類(EZGrade).1:消失,2:不連続,3:連続.b:黄斑部エリプソイドゾーンが保たれている患者は術後視力が改善した.*p<0.0001.(文献C8より改変引用)IV術後の光障害による視機能への影響に関する知見白内障手術に限らず,RPに対する光障害については,モデル動物を用いた基礎的な検討や実臨床における症例の検討でも賛否が分かれており,結論は出ていない.術後の光障害による視機能への影響を,RPそのものの進行による視力障害や視野障害と明確に区別することは臨床的にむずかしいが,術後に視力がいったんは改善したものの低下してしまう患者や,術後に視野狭窄が加速する患者をまれに経験することがある.白内障手術施行の有無でCEZの幅の変化量を比較した報告では,手術した患者でもCEZが短縮する速度は変わらなかったとされている15).ただし,観察期間が最長でもC3年に満たないし,そもそもCEZが保たれている患者のみによる検討であるため,黄斑部の網膜に変化が生じているような進行した患者でも同様の結果なのかは不明である.前述した自験例では,黄斑部CEZが保たれていた患者の術後約C6年間の経過観察において,中心視機能を反映する中心窩付近の網膜感度(HFA10-2における中心C4点の平均感度)の低下(C.0.76CdB/年)が,自然経過における感度低下(C.0.55CdB/年)よりも軽度加速していたことが示されている13,16).ここからは私見になるが,すべてのCRP患者の網膜に対する光の影響が著しく有害であるとは考えていない.RPの原因となる遺伝子異常(病因遺伝子)によって影響は異なるだろうし,病期によっても視細胞が受ける影響が異なるだろう.いずれにしても,光の曝露量に左右されることが予想されるため,それを軽減させる工夫は必要であると考えている.おわりに白内障手術は一般的には安全性の高い治療法として定着しているが,RP患者の場合,眼底の状態によって予後が大きく異なるため,手術の適応には慎重な判断が求められる.OCTによって黄斑部CEZの状態を術前に詳細に把握しておくことは,術後視力の予測に有用であり,長期的な術後視力予後の予測にも重要である.また,術前の黄斑部合併症(黄斑前膜や黄斑浮腫など)の把握を含め,手術適応を決定するうえで不可欠な検査である.私見ではあるが,加齢による白内障と同様に,両眼の白内障手術を同時期に実施するよりは,片眼の手術後に一定期間経過観察し,患者の満足度ならびに術後視機能の推移を十分に評価してから僚眼の手術を検討したほうがよいと考えている.文献1)厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究班網膜色素変性診療ガイドライン作成ワーキンググループ:網膜色素変性診療ガイドライン.日眼会誌120:846-861,C20162)MorizaneCY,CMorimotoCN,CFujiwaraCACetal:IncidenceCandCcausesCofCvisualCimpairmentCinJapan:theC.rstCnation-wideCcompleteCenumerationCsurveyCofCnewlyCcerti.edCvisuallyCimpairedCindividuals.CJpnCJCOphthalmolC63:26-33,C20193)MurphyCC,CTuftCSJ,CMinassianDC:RefractiveCerrorCandCvisualoutcomeaftercataractextraction.JCataractRefractCSurgC28:62-66,C20024)JacksonCH,CGarway-HeathCD,CRosenCPCetal:OutcomeCofCcataractCsurgeryCinCpatientsCwithCretinitisCpigmentosa.CBrJOphthalmolC85:936-938,C20015)HeckenlivelyJ:TheCfrequencyCofCposteriorCsubcapsularCcataractCinCtheChereditaryCretinalCdegenerations.CAmJOphthalmolC93:733-738,C19826)FishmanCGA,CAndersonCRJ,CLourencoP:PrevalenceCofCposteriorsubcapsularlensopacitiesinpatientswithretini-tispigmentosa.BrJOphthalmolC69:263-266,C19857)DikopfCMS,CChowCCC,CMielerCWFCetal:CataractCextrac-tionCoutcomesCandCtheCprevalenceCofCzonularCinsu.ciencyCinCretinitisCpigmentosa.CAmCJCOphthalmolC156:82-88,C20138)YoshidaN,IkedaY,MurakamiYetal:Factorsa.ectingvisualacuityaftercataractsurgeryinpatientswithretini-tispigmentosa.OphthalmologyC122:903-908,C20159)YoshidaCN,CIkedaCY,CNotomiCSCetal:ClinicalCevidenceCofCsustainedCchronicCin.ammatoryCreactionCinCretinitisCpig-mentosa.OphthalmologyC120:100-105,C201310)LuB,YinH,TangQetal:Multiplecytokineanalysesofaqueoushumorfromthepatientswithretinitispigmento-sa.CytokineC127:154943,C202011)FujiwaraK,IkedaY,MurakamiYetal:RiskfactorsforposteriorCsubcapsularCcataractCinCretinitisCpigmentosa.CInvestOphthalmolVisSciC58:2534-2537,C201712)NakamuraCY,CMitamuraCY,CHagiwaraCACetal:Relation-shipCbetweenCretinalCmicrostructuresCandCvisualCacuityCaftercataractsurgeryinpatientswithretinitispigmento-870あたらしい眼科Vol.40,No.7,2023(22)