医療提供体制の改革と医師の働き方改革ReformoftheHealthcareSystemandtheLabourStandardsActforphysicians古川俊治*はじめに一般社団法人日本専門医機構の専門医共通講習の必修講習B「医療制度と法律」では,①医療提供体制に関する法制度(医師法,医療法など),②医薬品・医療機器等に関する規制(医薬品医療機器等法など),③健康保険に関する法制度(健康保険法など),④医療過誤などについての講習を行っている.第1回の講習では,単なる法制度の解説ではなく,医療に関する法制度の改変の背景としての現在の医療政策の動向について解説した.I日本の医療制度1.日本の人口構造の変化と医療需要の変化図1に,日本の人口構造の変化を示した.日本には,1947~1949年生まれの,いわゆる団塊の世代(年間約260万人)と,1971~1975年生まれの,いわゆる団塊ジュニア世代(年間約200万人)の人口の山があり,その世代の年齢が上がるにつれて人口構造が変化していく.2000~2025年にかけて,65歳以上の高齢者人口は急増する一方,15~64歳の生産年齢人口は減少してきた.しかし,2025年に「団塊の世代」が75歳以上となると,その後2040年までは75歳以上の高齢者人口の伸びは緩やかになる.2040年頃に「団塊ジュニア」が65歳以上となって日本の高齢者人口は最大となるが,以後は減少に転じる.一方,生産年齢人口の減少は,2025年以後は速度を増し,2025~2040年の15年間に,2000~2025年の25年間と同程度の割合の減少となる(図1).このような人口構造の変化を反映して,医療のニーズにも変化が生じ,医療費に及ぼす人口構造の影響は,2030年頃までは高齢化による増加要因が人口減少による減少要因を上回り増加するが,2030年以降は,高齢化は進行するものの人口減少要因が上回り,減少に転じると推計されている(図2).一方で,介護費用のほうは,2040年まで高齢化要因が人口減少要因を上回り,増加が続くと考えられる.また,医師の需要も,国全体をマクロでみると,2028年頃を境に減少に転じると推計されている1).このように,医療の需要は2025年頃までは急激に増加して,その後ピークを迎え,2030年頃を過ぎると医療の需要が減少していくという,まったく新しい状況を迎えることになる.同時に2035年にかけて「団塊の世代」は85歳となっていくため介護の需要が増加することが見込まれ,慢性期医療の一部を介護へ移行させていくことが必要と考えられる.2.国際比較でみた日本の医療制度の特徴医療制度の国際比較を行う場合,①質,②アクセス,③コストの3要素から検討することが多い.一般に,これら3要素は互いに両立しがたい.たとえば,医療の質を上げようとすれば,量(アクセス)は減らす必要があり,コストは高くなる.コストを抑えようとすれば,アクセスは減らし,質を下げる必要がある.したがって,これら3要素をできる限りよいレベルに保ちうる均衡を*ToshiharuFurukawa:慶應義塾大学大学院法務研究科(法科大学院),医学部外科,TMI総合法律事務所(弁護士)〔別刷請求先〕古川俊治:〒100-8962東京都千代田区永田町2-1-1参議院議員会館718号室参議院議員古川俊治事務所0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(21)1525〈65歳以上人口〉(万人)25年間15年間4,0002,0000(万人)8,0006,0004,0002,0000団塊の世代が団塊の世代が団塊ジュニアがすべて65歳以上にすべて75歳以上にすべて65歳以上に図12040年までの人口構造の変化(総務省:国勢調査,人口推計.2015年まで,および国立社会保障・人口問題研究所:出生中位・死亡中位推計,日本の将来推計人口平成29年推計.2016年以降をもとに作成)(%)1.5〈医療費への影響〉1.00.50.0▲0.5▲1.02015~20202020~20252025~20302030~20352035~2040(年)(%)〈介護費への影響〉4.03.02.01.00.0▲1.02015~20202020~20252025~20302030~20352035~2040(年)図2人口構造の変化が医療・介護費に及ぼす影響年齢階級別1人当たり医療費および介護費の実績と将来の年齢階級別人口を元に,年齢階級別1人当たり医療費・介護費を固定した場合の,将来の年齢階級別人口をベースとした医療費および介護費を算出し,その伸び率を「人口要因」による伸び率としている.そのうえで,総人口の減少率を「人口減少要因」とし,「人口要因」から「人口減少要因」を除いたものを,「高齢化要因」としている.(厚生労働省:医療保険に関する基礎資料,厚生労働省:介護給付費等実態調査,国立社会保障・人口問題研究所:日本の将来推計人口をもとに作成)表1OECD加盟国の平均寿命(2020年)国名全体順位男順位女順位日本84.7181.6287.71韓国83.3280.3986.32フランス82.31279.21885.33イギリス(暫定値)80.42778.42382.428米国(暫定値)77.33175.52980.233(文献5より引用)表2OECD加盟国の乳児死亡率(出生1,000対,2019年)順位国名死亡率順位国名死亡率1アイスランド1.111韓国2.72エストニア1.617ドイツ3.23日本1.921フランス(2000年暫定値)3.54ノルウェー2.027イギリス3.75フィンランド,スロベニア,スウェーデン2.133米国5.7(文献5より引用)表3在院期間,受診頻度の国際比較(2019年)日本米国イギリスドイツフランス平均在院日数(急性期)16.05.5(2018)6.27.5(2018)5.4年間平均受診回数12.5(2018)4.0(2011)5.0(2009)9.85.9(2018)(文献5より引用)表4医療費水準の推移の国際比較(%GDP)200020052010201520162017201820192020米国12.514.516.416.717.017.016.916.8─ドイツ9.810.311.011.211.211.411.511.712.5#フランス9.510.211.211.511.511.411.311.112.4*スウェーデン7.48.38.510.810.810.810.910.911.4#日本7.27.89.210.910.810.810.911.0*─イギリス6.07.28.59.99.99.810.010.212.8#*は推計値,#は暫定値.(文献5より引用)地域医療構想における2015年度病床機能報告2020年度病床機能報告2025年の病床の必要量89.5万床図32020年度病床機能報告について(注1)2020年度病床機能報告において,「2025年7月1日時点における病床の機能の予定」として報告された病床数.対象医療機関数および報告率が異なることから,年度間比較を行う際は留意が必要.報告医療機関数/対象医療機関数(報告率)は2015年病床機能報告:13,863/14,538(95.4%),2020年病床機能報告:12,635/13,137(96.2%).端数処理をしているため,病床数の合計値が合わない場合や,機能ごとの病床数の割合を合計しても100%にならない場合がある.(注2)平成25年度(2013年度)のNDBのレセプトデータおよびDPCデータ,国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(平成25年(2013年)3月中位推計)」などを用いて推計.ICUおよびHCUの病床数(*):18,482床(参考2019年度病床機能報告:18,253床).*救命救急入院料1~4,特定集中治療室管理料1~4,ハイケアユニット管理料1・2のいずれかの届出を行っている届出病床数.(厚生労働省:『2020年度病床機能報告について』より引用)コロナ患者入院医療施設数ECMOもしくは人工呼吸器を(n=1,961)使用中または重症病床入院中コロナ患者入院医療施設(n=392)■1~4人■5~9人■1~4人■5~9人■10~14人■15~19人■≧10人図4新型コロナウイルス感染症患者の受入状況(2021年8月25日時点)(厚生労働省:新型コロナウイルス感染症患者の受入状況https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000836103.pdfより作成)III医師偏在対策後述するように,長期的には医師供給が需要を上回ると考えられるが,地域偏在や診療科偏在に引き続き対応する必要があることから,医師養成過程のさまざまな段階で医師の地域偏在・診療科偏在対策が進められている.大学教育のレベルでは,大学が特定の地域や診療科で診療を行うことを条件とした選抜枠(いわゆる「地域枠」)を設け,都道府県が学生に対して奨学金を貸与し,都道府県の指定する区域で一定の年限従事することによりその返還を免除する制度であるが,2019年より,医師少数県は医師多数県の大学に,当該少数県の地域枠の設定を要請できるようにした.初期臨床研修のレベルでは都道府県別の採用枠の上限数を設定し,また臨床研修病院の指定・定員設定権限を国から都道府県に移管して,都道府県が医師少数地域に配慮して定員設定するようにした.専門研修のレベルでは,2018年より日本専門医機構が,都道府県別・診療科別採用上限の設定(シーリング)を行っており,また国や都道府県が研修の機会確保や地域医療の観点から,日本専門医機構に対して意見を述べるしくみを法定化した.さらに,2019年より,地域ごと,診療科ごと,入院外来ごとの医師の多寡を統一的・客観的に把握できる医師偏在の度合いを示す指標を導入し,都道府県知事が医師偏在の度合いなどに応じて都道府県内の医師少数区域と医師多数区域を指定し,具体的な医師確保対策に結びつけて実行できるようにし,2020年より,医師少数区域などで勤務した医師を認定する制度を導入し,医師少数区域などの医療機関(同等の経験が得られる他の施設も含む)において原則として連続6カ月以上勤務することを要件に,厚生労働大臣が認定を行い,①地域支援病院の管理者は認定医師でなければならない,②認定を取得した医師が医師少数区域等で診療を実施する際の医療レベルの向上や取得している資格等の維持に係る経費(研修受講料や旅費等)について支援を行う,などの認定取得へのインセンティブを制度化した.IV医師の働き方改革1.医師の労働に関する労働法上の規制医師は,昼夜問わず,患者への対応を求められうる仕事であり,とくに20代,30代の若い医師を中心に,他職種と比較しても抜きん出た長時間労働の実態がある.日進月歩の医療技術への対応や,より質の高い医療やきめ細かな患者への対応に対するニーズの高まりなどにより,こうした長時間労働に拍車がかかってきた6).研修医が労働基準法上の「労働者」に該当するかが争われた関西医科大学研修医事件では,最高裁は,医師国家試験合格後の臨床研修については,医師の資質向上を目的とした教育的側面を有しているが,指導医の指導の下,研修医は医療行為等に従事することを予定しており,研修医が医療行為などに従事する場合には,「病院の開設者のための労務の遂行という側面を不可避的に有することとなるのであり,病院の開設者の指揮監督の下にこれを行ったと評価することができる限り,上記研修医は労働基準法9条所定の労働者に当たるものというべきである」と判示した.これによって,医師にも労働基準法上の労働時間規制に関する諸規定(表5)が適用されることになった.一般に,労働時間とは,使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい,使用者の明示または黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる7).労働時間規制を考えるうえで医師が一般の労働者と比較して特殊なのは,宿日直(医療法16条)やオンコール待機が必要であり,また自己研鑽が求められる点である.宿日直に関しては,労働基準法第41条第3号の規定に基づき(表5),断続的業務として労働基準監督署長の許可を受けたものについては,労働基準法上の労働時間規制が適用されない.ただし,医師の宿日直についてこの許可を受ける場合には,①通常の勤務時間の拘束から完全に解放されたあとのものであること,②宿日直中に従事する業務は,前述の一般の宿直業務以外には,特殊の措置を必要としない軽度のまたは短時間の業務に限ること,③宿直の場合は,夜間に十分睡眠がとりうること,などの厳格な要件をすべて満たす必要がある8).また,オンコール待機時間全体が労働時間に該当するかど1530あたらしい眼科Vol.40,No.12,2023(26)表5労働時間規制に係る労働基準法のおもな規定【原則】・使用者は,1週間に40時間を超えて労働させてはならない.・使用者は,1日に8時間を超えて労働させてはならない.・使用者は,過半数組合又は過半数代表者と労使協定を締結し,労働基準監督署に届け出た場合は,協定で定めるところにより,時間外または休日に労働させることができる.・時間外労働(休日労働は含まず)の上限は,原則として,月45時間・年360時間となり,臨時的な特別の事情がなければ,これを超えることはできない.・臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合でも,時間外労働:年720時間以内,時間外労働+休日労働:月100時間未満,2~6カ月平均80時間以内とする必要がある.・原則である月45時間を超えることができるのは,年6カ月まで.・次の各号のいずれかに該当する労働者については,労働時間や割増賃金,休日等に関する規定を適用しない.1.農業,水産業,畜産業等に従事する者2.事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者3.監視又は断続的労働に従事する者で,使用者が行政官庁の許可を受けた者一般則時間外労働の上限法律による上限(特別条項/年6カ月まで).年720時間.複数月平均80時間*.月100時間未満**休日労働を含む法律による上限.月45時間.年360時間追加的健康確保措置2024年4月~将来暫定特例水準の解消(2035年度年1,860時間/月100時間未満(例外あり).いずれも休日労働を含む末を目標)後⇒将来に向けて縮減方向年960時間/月100時間未満C-1C-2年960時間/将来に向けて縮減(注2)(注3)月100時間未(例外あり).休日労働含む満(例外あり).集中的技能向上水準休日労働含む(原則)(医療機関を指定)法定労働時間.1日8時間.週40時間残業時間が月155時間を超える場合には労働時間短縮の具体的措置を講ずる図5医師の時間外労働規制について(注1)連携Bの場合は,個々の医療機関における時間外・休日労働の上限は年960時間以下.(注2)C-1:臨床研修医・専攻医が,研修プログラムに沿って基礎的な技能や能力を修得する際に適用.本人がプログラムを選択.(注3)C-2:医籍登録後の臨床従事6年目以降の者が,高度技能の育成が公益上必要な分野について,指定された医療機関で診療に従事する際に適用.本人の発意により計画を作成し,医療機関が審査組織に承認申請.(注4)実際に定める36協定の上限時間数が一般則を超えない場合を除く.(注5)臨床研修医については連続勤務時間制限を強化して徹底.(人)390,000370,000供給推計350,000需要ケース1需要ケース2330,000需要ケース3医療計画医師確保計画(注2)図6マクロ医師需給将来推計医療需要は,人口減少などを背景に,2030年以降にピークを迎え減少する見込み.医師需給は,労働時間を週60時間程度に制限する・7%のタスク・シフティングを実現するなどの仮定を置く「需要ケース2」において,2028年頃に均衡すると推計されるが,この場合でも2024年段階ではまだ約1万人の需給ギャップが存在.さらに,マクロで医師需給が均衡したあとも,引き続き偏在を解消するための取組が必要であり,都道府県単位で偏在が解消する目標年は,2036年とされている(医療従事者の需給に関する検討会医師需給分科会において議論).・需要ケース1:労働時間を週55時間に制限等≒年720時間の時間外・休日労働に相当・需要ケース2:労働時間を週60時間に制限等≒年960時間の時間外・休日労働に相当・需要ケース3:労働時間を週80時間に制限等≒年1,920時間の時間外・休日労働に相当(注1)マクロでは均衡するが,偏在を解消するための取組が必要.・地域枠の設定・拡充.・医療計画の中に医師確保計画を盛り込み対策を実施(PDCA).(注2)医師確保計画は2020年,第7次医療計画に初めて盛り込まれる.表6医師の需給の見通し労働時間上限制限(週)効率化・移管による7%業務削減需給均衡医師需要(万人)2025年2040年ケース155時間2040年2033年36.134.6(2.5過剰)ケース260時間2037年央2028年34.833.6(3.5過剰)ケース380時間2035年2018年32.8(1.4過剰)31.9(5.2過剰)医師供給(養成数据え置き)34.237.1(文献10より引用)