‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

屈折矯正手術:LASIK術後診察のポイント

2023年6月30日 金曜日

●連載◯277監修=稗田牧神谷和孝277.LASIK術後診察のポイント伊藤栄獨協医科大学眼科学教室LASIK術後診察は,術直後,術後早期,術後中長期と時期を分けて把握すると,判断が容易となる.患者が若く活動的である点が通院を継続させる障壁となるが,角膜拡張症や屈折の戻りなど,術後長期間経過してから生じる合併症もあるため,注意が必要である.C●はじめにLaserCinCsitukeratomileusis(LASIK)は安全性,有効性が非常に高く,屈折矯正手術の中では完成された術式である.しかし,見逃してはならない術後合併症があるため,今回,LASIKの術後を術直後,術後初期,術後中長期に分けて,術後診察のポイントを解説する.C●術直後・フラップ偏位と皺(striae)大きなフラップのずれや皺は視機能に影響を与えるため,必ず術直後にフラップを確認する.獨協医科大学病院(以下,当院)では,手術C30分後に細隙灯顕微鏡で再度診察し,フラップの異常がないか確認してから帰宅させるようにしている.フラップが薄い場合やヒンジが短い場合にフラップのずれや皺が起こりやすいため,フラップの厚さはC120Cμmを標準に,最低でもC100Cμmは確保するようにしている.術直後であれば容易に整復できるが,時間が経過してしまった場合は,複数回の手術やフラップの縫合が必要となることもあるため,術直後に見逃さないことが重要である.・フラップ層間の異物眼脂,MQAやガーゼの繊維,滅菌手袋のラテックス粉,マイクロケラトームの金属粉などがフラップ層間の異物としてあげられる.フラップの洗浄に注意し,できるかぎり繊維や粉状の成分が出ないものを術中使用する.通常は,微小な層間異物があったとしても,瞳孔領にかからなければ視機能に影響することはない.C●術後初期(術後1日~3カ月)・Di.uselamellarkeratitisフラップ下への細胞浸潤であり,術翌日にみられることが多い.ほとんどの場合,ステロイド点眼を使用しC1週間程度で消退するが,中心部に及ぶ強い浸潤の場合は,フラップの洗浄やステロイドの全身投与を行う必要(91)がある.・ドライアイフラップ作製により角膜の三叉神経が切断されるため,LASIK術後ドライアイは多くの症例で生じる.神経の回復とともに術後数カ月で改善する一時的な合併症であることが多いが,まれに難治性となる場合もある.自覚症状が強い場合や,涙液減少,角結膜上皮障害などの所見がある場合はドライアイ治療を強化し,遷延させないことが重要である.・角膜内皮増殖(epithelialingrowth)角結膜上皮細胞がフラップ下に迷入し,進展増殖することで角膜混濁が生じた状態である.術後C1.3週程度で認められ,フラップ辺縁から連続して生じるものと,フラップ辺縁とは連続せずフラップ内部で限局して生じるものに分けられる.進行するものや範囲が広いものはフラップ下の上皮組織を除去する必要がある.・屈折誤差術後屈折誤差の範囲は施設によって異なる場合があるが,当院ではCLASIK術後C1週間程度で,目標屈折値からC0.5Dを上回る屈折誤差があった場合は,低矯正や過矯正が生じたと考える.術後C1.3カ月程度経過し,術後屈折値が安定した段階で患者に自覚症状があれば,再手術によるCenhancementを検討する.術後進行する近視化の場合は,regressionや軸性近視の悪化,角膜拡張症でないか注意する必要がある.・感染症LASIK術後の感染症はC0.004.0.2%程度など報告により頻度はさまざまである1,2).フラップ辺縁の上皮化は約C24時間で完成すると考えられているが,上皮欠損している間は感染の成立に注意しなければならない.ブドウ球菌やレンサ球菌の場合は術後C1.3日で症状が進行するが,非定型抗酸菌やCNocardiaなどではC1週間以上経って顕在化する場合もある.当院では,フラップが安定するC1カ月くらいの期間は感染症に注意し,激しいスポーツや水泳と温泉に入ることは禁止している.あたらしい眼科Vol.40,No.6,20238030910-1810/23/\100/頁/JCOPY図2角膜拡張症に急性角膜水腫を合併した症例数年前に他院でCLASIKを施行し,術後角膜拡張症を発症.その後,急性角膜水腫を合併した症例.角膜浮腫によりLASIKフラップの辺縁が明瞭となっている.●術後中長期(術後3カ月~)・角膜拡張症(keratectasia)エキシマレーザー角膜屈折矯正術後に,円錐角膜のように進行性に角膜が突出し,菲薄化する合併症である.発症頻度はC0.09%程度3)とまれであるが,発症した場合は矯正視力が低下する可能性が高い.角膜拡張症の平均発症期間は術後C15.3カ月と報告されているが,術後C62カ月経過してから発症した例もあり4),長期間にわたり経過観察をする必要がある.術前に角膜拡張症のリスクファクタースコア4)でリスクの高い症例を避けることが予防につながるが,低リスクでも角膜拡張症が発生する可能性がゼロではないことに留意する.発症予防として,角膜前後面の形状解析により術前に潜在的な円錐角膜を除外することはいうまでもないが,当院では術前後C804あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023図1角膜生体力学特性による評価CorvisST(OCULUS社)を用いて,エキシマレーザー角膜屈折矯正術後の角膜生体力学特性を測定し,角膜拡張症発症のリスクを評価する.に角膜生体力学特性を評価し(図1),リスクの程度を把握している.進行した場合は恒久的な視力低下を起こすため(図2),円錐角膜と同様,早期に発見することが重要であり,角膜拡張症を認め次第,未承認治療ではあるが角膜クロスリンキングの施行を検討する.・Regression(屈折の戻り)AlioらはCLASIK術後C3カ月から術後C10年間に,平均.1.04±1.73Dの近視化が生じたと報告しており5),LASIK術後は一定の割合で再近視化する.原因としては角膜や水晶体の変化,眼軸長の延長などの影響が考えられるが,近視化による自覚症状が強く,患者の希望があればCenhancementを検討する.術後Cenhancementの方法としては,初回のCLASIKフラップを再.離してablationする方法と,レーザー屈折矯正角膜切除術(photorefractiveCkeratectomy:PRK)によりCsurfaceablationをする方法がある.どちらの方法を選択するかは,術後年数やCLASIKフラップ厚,残存角膜ベッド厚などから複合的に判断している.文献1)IdeCT,CKurosakaCD,CSenooCTCetal:FirstCmulticenterCsur-veyoninfectiouskeratitisfollowingexcimerlasersurgeryinJapan.TaiwanJOphthalmol4:116-119,C20142)StultingRD,CarrJD,ThompsonKPetal:Complicationsoflaserinsitukeratomileusisforthecorrectionofmyopia.OphthalmologyC106:13-20,C19993)MoshirfarCM,CTukanCAN,CBundogjiCNCetal:RiskCfactorsCandCprognosisCforCcornealCectasiaCafterCLASIK.COphthal-molTher10:753-776,C20214)RandlemanJB,WoodwardM,LynnMJetal:Riskassess-mentforectasiaaftercornealrefractivesurgery.COphthal-mology115:37-50,C20085)AlioCJL,CMuftuogluCO,COrtizCDCetal:Ten-yearCfollow-upCoflaserinsitukeratomileusisformyopiaofupto-10diop-ters.CAmJOphthalmol145:46-54,C2008(92)

眼内レンズ:スパイラルCTRインジェクター

2023年6月30日 金曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋下分章裕439.スパイラルCTRインジェクターしもわけ眼科脆弱CZinn小帯眼に対して水晶体.拡張リング(CTR)を安全に挿入する方法としてスパイラル法が知られているが,両手法を必要とし,初心者にはむずかしい.片手で簡便に操作できるスパイラルCCTRインジェクターを開発した.●はじめに脆弱CZinn小帯眼に対して水晶体.拡張リング(capsu-lartensionring:CTR)を正確に.内へ挿入できれば,その後の白内障手術は格段に遂行しやすくなるのは既知のとおりである1).しかし,Zinn小帯断裂が広範囲に及ぶ場合は,挿入する際にCZinn小帯断裂を広げてしまい,状況をさらに悪化させてしまうことがある.とくに.内の核を乳化吸引したあとにCCTRを挿入する場合は,核がないため.形状にたるみが生じ,そこにCCTR先端部が引っかかり.に力が加わると,Zinn小帯断裂が拡大する可能性が高まる(図1).C●CTRを.にストレスをかけずに挿入する方法その対策としてCFish-tail法が知られているが2),CTRを.内に導くのがむずかしく,一般的には普及しなかった.その後,スパイラル法が広く使われるようになった3,4).スパイラル法とは,CTRインジェクターを用い,CTR先行アイレットにフックを差し込み,先行アイレットを瞳孔部に保持したままCCTRを挿入する方法である.シンプルで大変有用な方法であるが,両手法で行う必要があり,大きいインジェクターを片手で震えないように操作するのは困難であった.●スパイラルCTRインジェクターそこで筆者は,スパイラル法を片手で簡便に行える専用のスパイラルCCTRインジェクターを作成した.通常のCCTRインジェクター先端にもう一つフックを取り付けた構造になっており,元のインジェクター内筒にあったフックをインナーフック,外側のフックをアウターフックとよぶ(図2a).アウターフックがインジェクター先端に付いているので,スパイラル法が片手で安定してできるようになっている.使い方は以下のとおりである.インナーフックにCTRアイレットを差し込み,CTRを内筒に半分程度引き込む.次にもう片方のCCTRアイレットをアウターフックに差し込み(図2b),続いて完全にCCTRをインジェクター内へ引き込む.これで準備完了である.創口にアウターフックを差し込み,アウターフック先端を瞳孔中心部付近まで挿入する(図3a).アウターフック先端を瞳孔中心部付近に保持したまま,CTRを.内へ挿入する(図3b).挿入するにしたがい,アウターフックの位置を瞳孔中心部から周辺部に移動させると.にストレスがかかりにくい(図3c).最後までCCTRを出し切ったあとは,インジェクターを少し傾けると自然にアイレットがはずれ,.内へCCTRが挿入される.もし,はずれない場合はフックを挿入し,CTRをインジェクター図1従来のCTRで起きやすいZinn小帯断裂の例a:.内の核が乳化吸引されたあとは核がないためCZinn小帯断裂部に.形状のたるみが生じる.Cb:そこにCCTR先端部が引っかかるとCZinn小帯断裂が拡大する可能性が高まる.(89)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023C8010910-1810/23/\100/頁/JCOPY図2スパイラルCTRインジェクターa:内筒のフックをインナーフック,外側のフックをアウターフックとよぶ.b:CTRの先行アイレットをアウターフックに差し込む.図3スパイラルCTRインジェクターの使い方a:アウターフック先端を瞳孔中心部付近まで挿入する.b:アウターフック先端を瞳孔中心部付近に保持したまま,CTRを.内へ挿入する.CTRの先行アイレットが.の弛みの部分に引っかかりにくい.Cc:後半はアウターフックの位置を瞳孔中心部から周辺部に移動させると.にストレスがかかりにくい.からはずす.C●CTRはいつ挿入するべきかZinn小帯脆弱やCZinn小帯断裂が判明した時点で,できるだけ早期にCCTRを挿入すべきである.できれば連続円形切.後,ハイドロダイセクションを行った直後に入れるのがよい.核を吸引中にCZinn小帯断裂が判明した場合は,.の核のサポートがなくなっているので,CTR挿入はより困難になる.スパイラルCCTRインジェクターを用いる場合でも,Zinn小帯断裂の範囲が広い場合はカプセルエキスパンダーなどを用い,.をサポートしてから挿入したほうが安全である.C●注意点スパイラルCCTRインジェクターを使ってCCTRを挿入する際に,CTRが破損する場合がまれにある.とくにCCTRを引き込む最終段階と,CTRを出す最初の段階ではCCTRを変形させる力がかかりやすいので,CTRの挙動を確認しながらゆっくり操作する.文献1)BayraktarS,AltanT,KucuksumerYetal:Capsularten-sionCringCimplantationCafterCcapsulorhexisCinCphacoemulsi-.cationofcataractsassociatedwithpseudoexfoliationsyn-drome.CIntraoperativeCcomplicationsCandCearlyCpostoperativeC.ndings.CJCCataractCRefractCSurgC27:1620-1628,C20012)AngunawelaCR,CLittleB:Fish-tailCtechniqueCforCcapsularCtensionCringCinsertion.CJCCataractCRefractCSurgC33:767-769,C20073)CapsularCTensionRing(CTR)insertionCtechniqueCwithSinskeyhook.2012/11/03augnlaeknirチャンネル4)小堀朗:CTR挿入時のCZinn小帯ダメージを減らすために.あたらしい眼科35:99-100,C2018

コンタクトレンズ:読んで広がるコンタクトレンズ診療 円錐角膜へのハードコンタクトレンズ処方(その2)

2023年6月30日 金曜日

提供コンタクトレンズセミナー読んで広がるコンタクトレンズ診療10.円錐角膜へのハードコンタクトレンズ処方(その2)■はじめに前回は円錐角膜眼へのハードコンタクトレンズ(HCL)処方について,レンズデザインやベースカーブ(basecurve:BC)の選択方法を中心に解説した.今回は,フィッティングの評価方法やレンズのケアについて解説する.C■フィッティングの動的・静的評価円錐角膜眼でも,フィッティングの評価は動的・静的評価に分かれる.動的評価では,涙液交換の有無と安静位置を評価する.涙液交換については,正常眼と同様に,瞬目時のレンズの動き(スピードと移動量)を参考にする.一方,安静位置の評価は,正常眼とは少し異なるポイントがある.円錐角膜眼はレンズが偏位しやすいため,瞬目直後のみならず,瞬目してしばらく経過したあとに,さらにレンズが偏位することが多い.そういった場合,瞬目直後の評価だけでは偏位を見逃してしまう危険性がある.そのため,円錐角膜眼では,瞬目直後に加えて,5秒程度開瞼を継続した状態でも安静位置を評価することが望ましい.図1円錐角膜眼におけるフルオレセイン染色パターンの名称上段にレンズと角膜の模式図を,下段にフルオレセイン染色パターンを示す.各図のはレンズと角膜の接触部である.アピカルタッチ糸井素啓京都府立医科大学道玄坂糸井眼科静的評価では,フルオレセイン染色パターンからCBCと角膜曲率の関係性を推測する.円錐角膜眼のフルオレセイン染色パターンは,レンズを角膜頂点で支えるアピカルタッチ,角膜頂点と傍中心部のC3点で支えるスリーポイントタッチ,傍中心部で支えるアピカルクリアランスのC3種類(図1)に分類される1).各レンズフィッティングにおけるレンズと角膜曲率の関係性は,角膜とレンズが並行(パラレル)な状態がスリーポイントタッチレンズ,レンズがフラットな状態がアピカルタッチ,スティープな状態がアピカルクリアランスとなる.それぞれのフィッティングにはメリット・デメリットがあり1)(表1),原則的には,角膜への負担が少ないスリーポイントタッチが理想とされる.しかし,角膜形状や眼瞼形状によってはアピカルタッチで処方せざるをえないことも多く,スリーポイントタッチに過度にこだわる必要はない.角膜への負担を減らすために,極端にフラットあるいはスティープな処方を避けることを意識したい.C■レンズ周辺部の確認レンズ最周辺部には,装用感を良好に保ち,涙液交換を円滑に行うために,ベベルというカーブが設けられてスリーポイントタッチアピカルクリアランス表1各レンズフィッティングのメリット・デメリットアピカルタッチスリーポイントタッチアピカルクリアランス利点・視力が出やすい・重症例でも行いやすい・角膜頂点に傷が生じる危険性が低い中間的な立ち位置欠点・角膜頂点に傷が生じやすい・視力が出にくい・涙液交換が生じにくい(87)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023C7990910-1810/23/\100/頁/JCOPY図2円錐角膜眼のフルオレセイン染色パターンベベル下に貯留した涙液の幅から,レンズ周辺カーブが角膜に適合しているか評価する.円錐角膜眼では,レンズ下部の浮きはあまり重要視せず,角膜上部と左右の適合性を優先する.いる.フルオレセイン染色時にはベベル下に貯留した涙液の幅からベベル幅を評価し,ベベルが角膜形状に適しているかどうかを判定する.円錐角膜眼は上下非対称性の突出を示すことが多いため,下方のベベルばかりを重要視すると,レンズ上方が角膜に食い込み,上皮障害や疼痛などを生じる要因となる.そのため,円錐角膜眼では下方のベベル幅をあまり重要視せず,上方と左右について,均一にC0.5~0.8Cmm程度のベベル幅が出ていることをしっかりと確認することがポイントとなる(図2).C■レンズケア円錐角膜眼はアレルギー性結膜炎を合併することが多く,レンズが汚れやすい傾向にある.また,眼鏡で視力が出にくいためか,通常であれば目視で気づけるほどに汚れたレンズや欠けたレンズを気づかずに使用している人が多い(図3).レンズの傷や汚れは角膜感染症の発症リスクを高めるため,円錐角膜眼では定期診察時にレンズ汚れを確認し,こすり洗いの重要性やレンズの取り扱い方法を丁寧に説明する.とくに多段カーブレンズはBCが小さく,こすり洗いがしにくいため,レンズ内面に汚れが堆積しやすい.そのため,多段カーブレンズを処方する際には,洗いにくい形状であることを説明したうえで,とくにCHCL内面を意識した洗浄を行うように指導する(図4).図3レンズ状態の確認診察時にはレンズの欠け(Ca),傷(Cb)にも注意する.図4HCLの洗浄方法こすり洗いの手法には,手のひら洗浄(Ca)と指先洗浄(Cb)がある.手のひら洗浄ではCHCLの外面の汚れは除去しやすいが内面の汚れが残りやすい,一方,指先洗浄ではCHCLの内面の汚れは除去しやすいが,外面の汚れが残りやすいという特徴がある.多段カーブレンズ装用者には,両洗浄方法を併用しつつ,指先洗浄をより長く行うように指導している.C■おわりに円錐角膜眼に対するCHCL処方は,やや煩雑というイメージをもつ人が多いだろう.しかし,実際には通常眼への処方と異なる点は少なく,前回・今回で紹介したポイントを押さえれば,けっしてむずかしいものではない.円錐角膜眼に対しても積極的にCHCLを処方し,満足度の高いコンタクトレンズ診療を行いたい.文献1)LeungKKY:RGPC.ttingCphilosophiesCforCkeratoconus.CClinExpOptom82:230-235,C1999

写真:Mycobacterium chelone感染

2023年6月30日 金曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史滝陽輔469.Mycobacteriumchelone感染東京歯科大学市川総合病院眼科図2図1のシェーマ①角膜実質深層の浸潤②前房蓄膿図1初診時前眼部所見角膜中央実質深層に浸潤,endothelialplaque,浮腫,前房蓄膿を認めた.図3図1のフルオレセイン所見浸潤に一致して上皮欠損を認める.図4再発時前眼部所見角膜中央実質深層に白色病変を多数認める.(85)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023C7970910-1810/23/\100/頁/JCOPY症例は56歳の女性.Stevens-Johnson症候群のため左眼角膜穿孔ののち結膜化した既往がある.右眼の眼瞼角化と角膜上皮障害に対しヒアレインミニ点眼液とフルメトロン点眼液0.1%で治療中であった.外来通院中に右眼視力低下とともに角膜中央に上皮欠損と浸潤,endothelialplaque,前房蓄膿を認めたため入院加療となった(図1~3).真菌性角膜潰瘍の疑いで,ピマリシン眼軟膏C4回/日,ブイフェンド点眼液C6回/日,オフサロン点眼液C3回/日を開始した.入院時の培養検査でCMycobacteriumcheloneが検出されたが,浸潤は改善傾向であったため,点眼を漸減し退院となった.しかし,退院C2カ月後の外来通院中に角膜浸潤と上皮欠損を認めたため再度入院し(図4),角膜擦過培養でCM.Cche-loneが再び検出された.ベガモックス点眼液C5回/日,オフサロン点眼液C5回/日,エコリシン眼軟膏C3回/日を開始.改善傾向のため退院となったが,退院後も増悪寛解を繰り返している.Mycobacteriumは結核菌以外の培養可能な抗酸菌として非定型抗酸菌ともよばれる.コロニーの特徴に基づいてCRunyon分類CI~IVで分類されており,IVは発育が迅速であり,M.fortuitum,M.chelonae,M.abescessusが属する1).非定型抗酸菌角膜炎の原因のC83.5%がこれらC3種の菌である2).世界中の自然水や土壌に存在し,バイオフィルムを形成することができるため,手術室やプールなどの日常的な配水システムといった人工的な環境でも生存することができる.外傷,コンタクトレンズ,眼手術などがきっかけとなり,ステロイド点眼の使用もリスクとなる.また,屈折矯正手術の進歩に伴いLASIK後の非定型抗酸菌角膜炎の集団発生が報告されており,これらは手術で使用する水や器具の不適切な滅菌に関連しており,LASIK後角膜炎の原因菌のC47%を占める3).症状は視力低下,羞明,眼痛である.外傷から感染の発症まで数日から数週間かかるが,LASIK後の場合は数週間と経過が長くなる.細隙灯顕微鏡所見での角膜浸潤は多巣性のものや,多数の白色衛生病変に囲まれた単一の主病変などである.3分のC1の患者で初診時に上皮欠損を認めない.早期の段階では浸潤が放射状の突起をもつことがあり,crackedwindshieldという特徴的な所見である.LASIK後では病変はフラップ内かフラップ面にみられる.診断は感染病巣を擦過して抗酸菌染色(Ziehl-Neelsen染色)や抗酸菌培養を行う.発育の早い種ではC1週間以内と比較的早くわかるが,遅い種の発育をみるためには培養期間をC8週間まで待つべきである.薬剤感受性はアミノグリコシド系薬(アミカシン,アルベカシン),マクロライド系薬,フルオロキノロン系薬があるといわれているが,近年キノロン系薬にも耐性の報告がある.これらをC2種類ないしそれ以上組み合わせて治療することが推奨されている.診断の遅れや,不十分な薬剤浸透性,治療への反応が緩徐であることなどから満足のいく治療ができず,数週間から数カ月の長期的な治療が必要である.難治例ではクラリスロマイシンなどの内服をすることもある.外用治療が効かない場合は外科的治療が必要である.菌量を減らし,薬剤浸透を促すために層状角膜切除が行われる.LASIK後の場合はフラップを持ち上げ,削り取り,抗菌薬で実質を洗浄する.難治例ではフラップを切除することもある.非定型抗酸菌角膜炎はC68~95%で外科的介入が必要であったという報告もある.外傷やCLASIK後などで難治性の角膜炎をみたら,非定型抗酸菌角膜炎も念頭におき,早期診断早期治療が重要である4).文献1)RunyonEH:Anonymousmycobacteriainpulmonarydis-ease.MedClinNorthAmC43:273-290,C19592)MoorthyCRS,CValluriCS,CRaoCNACetal:NontuberculousCmycobacterialocularandadnexalinfections.SurvOphthal-molC57:202-235,C20123)ChangCMA,CJainCS,CAzarCDTCetal:InfectionsCfollowingClaserCinCsitukeratomileusis:anCintegrationCofCtheCpub-lishedliterature.SurvOphthalmolC49:269-280,C20044)ChuHS,HuFR:Non-tuberculousmycobacterialkeratitis.ClinMicrobiolInfectC19:221-226,C2013

インフォームド・コンセント先進国としての米国の歴史と現状

2023年6月30日 金曜日

インフォームド・コンセント先進国としての米国の歴史と現状InformedConsentintheUnitedStatesasaDevelopedCountry:PastandPresent後藤聡*はじめに医師や看護師,研究者らが患者や被験者(対象者)に対して治療および研究内容の説明を行い,対象者の同意が得られたうえで,治療や治験を開始するというインフォームド・コンセント(informedconsent:IC)のプロセスは,今では日本の医療や臨床研究の現場において,一般的なものとなった.ICは医療を受ける患者の権利に関するものであると同時に,臨床研究における被験者の権利を守るための原理にもなっているが,社会構造や疾病概念,医療行為の多様化に伴って,現在も継続された議論が続けられており,変化と発展の途上にあるといえる.本稿では,ICの先進国とされる米国におけるCIC確立の歴史と現状について述べる.CI医学研究におけるICの歴史1964年に世界医師会総会において採択された「ヘルシンキ宣言」は,医学研究においては被験者本人の自発的同意,すなわちICが不可欠であるとする研究倫理を確立した1).「ヘルシンキ宣言」は,第二次世界大戦終結後に制定されたC1947年のニュルンベルク綱領をもとにしている2).ナチス・ドイツの戦争責任を戦勝国が追及した法廷がニュルンベルク裁判であり,この裁判の判決のなかで「許可できる医学実験」と題された部分が「ニュルンベルク綱領」といわれる.その冒頭では「許容できる医学の実験においては,被験者の自発的同意が絶対に必要である.これは被験者が,同意を与える法的能力をもっていること,強制がない状況で,自由な意志で選択できること,実験内容を十分に理解していることを含む」と述べられ,研究目的の医療行為を行うにあたって厳守すべきC10項目の基本原則が示された.さらに,2000年のエディンバラ改訂後は,正式名称が「ヘルシンキ宣言人を対象とする医学研究の倫理的原則」となり,医学研究を治療的要素の有無によって区別しないこととした.これによってCICは,臨床研究と非臨床研究の双方に適用されるものになった.CII米国のIC確立の歴史米国でCICという言葉が初めて使われたのは,1957年のカルフォルニア控訴裁判所によるCSalgo判決においてであった3).原告は,歩行時に足の痛みを感じ,その痛みは徐々に広がっていったため,サンフランシスコの南に位置するスタンフォード大学病院を受診し,腹部大動脈の循環異常を疑われ,大動脈造影が実施された.しかし,検査の翌日,原告の脚全体の麻痺が発見され,その状態は改善することはなかった.原告は大学病院と担当医師らを医療過誤であるとして訴えた.裁判所は原告の訴えを認め,医師が行った医療行為について,患者が同意するための必要な情報を説明しなかったと述べた.Salgo判決は,開示義務を論ずる中で「IC」という表現を米国で初めて使用し,「ICに必要な事実を十分に開示すること」と述べたが,どの程度の情報開示が必要かという点において,患者の状況を考慮に入れるべきと述べ*SoGoto:カルフォルニア大学バークレー校オプトメトリー〔別刷請求先〕後藤聡:〒565-0871大阪府吹田市山田丘C2-2大阪大学大学院医学系研究科眼科学C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(79)C7911960年2020年0.53.2■白人■黒人■アジア■ヒスパニック図1国勢調査結果に基づく米国における民族の割合(%)の一つとして言語の問題があげられる.ヒスパニックは米国最大のマイノリティグループであるが,英語以外の言語においてスペイン語が一般的に話される言語のうち62%を占めている.米国の国勢調査の結果によると,英語以外の言語を話す人は,1980年には約C10人にC1人の割合だったが,2019年には約C5人にC1日(3億C2,830万人中のC6,780万人)に増加した.このように,多様な人種・民族から構成される米国ではマイノリティが臨床試験の内容を理解できるよう配慮が必要となる.2010年には米国連邦議会による「患者保護ならびに医療費負担適正化法」の制定により,HHS内の六つの組織にそれぞれマイノリティ健康・健康公平事務室が設置された.そのうちの一つは,医薬品行政を担う食品医薬品局(FoodCandCDrugAdministration:FDA)内に設けられた.FDAはマイノリティが臨床研究に参加することやその際のCICの重要性について,明確な声明を示している.CIV米国のICの現状21世紀以降,コンピュータサイエンスや通信技術,イメージングなどの技術革新により研究の規模と特性が劇的に変化している.2003年に完了宣言がなされ,2022年に完全解読が達成されたヒトゲノム計画が精密医療(precisionmedicine)へと導かれ,個人の特定を可能にする膨大なデータが多数の人々に共有しうるようになり,病院や研究機関の診療環境の中で,電子化された診療情報,バイオバンクや大規模データベースの既存試料・情報を活用する研究がますます増加している.そのような時代の中で,身体的リスクのみならず情報リスクについての比重が高まっており,2017年には連邦政府の助成金を受ける「人を対象とする研究」に適用される国家研究法(NationalCResearchAct)に基づく「研究対象者保護規則」が全面改正された7).現在,研究対象者保護規則を管轄するのは研究対象者保護局(O.ceCforCHumanCResearchProtections:OHRP)である.研究対象者保護規則の基本構成は,「respectCforpersons(人権の尊重)」の原則から導かれるCICの要件,研究計画に対する「risk-bene.tassessment」を責務とする倫理審査委員会(InstitutionalCReviewBoard:IRB)の機能である.続いて,典型的な「弱者」と位置づけられる研究対象者における各類型に特異的なCICの要件と,より高いCbene.t/risk比を要件とする考え方が規定されている.2017年の改定による最大の変更点は以下の三つである.1)IC文書の公開規定が設けられ,2)「広範囲な同意」の要件およびこれに基づく情報・試料の二次利用の要件が規定され,3)多施設研究のCIRB審査を一つの承認に依拠すべきと義務づけた.さらに「個人特定可能なプライバシー情報」と「個人特定可能な人体試料」を定義し,これらについても保護の対象とした.また,それら情報・試料の二次利用や保存以外にも,教育学的研究など,主として情報リスク以外のリスクが低い研究については,プライバシー保護のための限定的な規定を設けたうえで,本規則全体を遵守することは例外的に免除する扱いとなった.教育学的研究についての説明の中で,免除規定を設ける一方で「研究対象者に通知することによってオプトアウトの機会を提供する」ことを要件としなかった理由として,手続き的負担を増大させるため,と説明されている7).CV米国におけるヒト胚研究規制ヒト胚研究を規制する連邦法は現時点では存在しないが,人間を対象とする研究に参加する機関や施設は,被験者を保護する目的で作成されたCProtectionofHumanSubjects(45CFR46)に従う必要がある8).国立衛生研究所(NationalCInstitutesCofHealth:NIH)からの助成を受ける研究には,NIHガイドラインという形で助成金の適応範囲を定める法規制がかけられ,いくつかの厳格な手続きが必要である.一方,ヒトCES細胞を使用する研究はCNIHの研究助成の対象であり,オバマ大統領時代には樹立も対象となったことで,NIHはヒトCES細胞の研究ガイドライン(連邦官報C65FR51975)を作成した.米国科学アカデミー(NationalAcademyofScienc-es:NAS)のガイドラインとともに,ヒトCES細胞研究を審査する仕組みは明確であり,各機関のCIRB,Embry-onicCStemCCellCResearchCOversightCCommittee(ESCRO),InstitutionalCAnimalCCareCandCFacilitiesCommittees(IACUC)で審査を行う必要がある.(81)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023C793電子署名での同意書紙媒体の同意書図2使用頻度が増している電子署名の同意書と従来使用されてきた紙媒体の同意書の例

過去の裁判例・紛争例から検討するインフォームド・コンセント

2023年6月30日 金曜日

過去の裁判例・紛争例から検討するインフォームド・コンセントExaminationofInformedConsentBasedonPastCourtCasesandDisputeCases峰村健司*はじめに日本眼科医会眼科医事紛争事例調査(2022)1)によると,2018.2020年に調査された眼科医事紛争事例の約3分の1を白内障手術関連の紛争が占めており,白内障手術におけるインフォームド・コンセント(informedconsent:IC)は医事紛争予防のために重要と考えられる.しかし,白内障手術における説明義務が論点とされ,実際に訴訟を提起されて判決に至り,判決文が公開された事例は多くない.本稿では,まず医療訴訟における医師の説明義務の規範について概観し,ついで2001年以降に提起された,説明義務が問題となった白内障手術(7例)および後発白内障手術(1例)の訴訟事例を紹介し,最後にそれらに対する考察を行う.I医療訴訟で問題とされる医師の説明義務の規範医療訴訟で問題とされる医師の説明義務は,患者が,自身が受ける治療について自ら比較検討のうえで決定できるようにし,それにより患者の自己決定権を保証するための義務である.その内容は,①病名および病状,②実施予定の治療の内容,③実施予定の治療に付随する危険性,④他に選択可能な治療方法があればその内容と利害得失,⑤予後,であることが2001年の最高裁判例2)で判示され,その後の医療訴訟では原則としてこの基準に沿って判断されている.危険性の説明については,「出現頻度の高い合併症や症状の重篤な合併症が対象」であり,「無数にある合併症のすべてを説明することを求められるものではない」と判示した裁判例もある3).しかし,個々の事例における説明義務の内容の判断は,裁判官の裁量によって変化し,画一的な基準を提示することはむずかしい.II白内障手術におけるICを問題とされた訴訟の判決以下の紹介では,訴訟内容のうち説明義務に関係する部分のみを摘示し,説明義務に関係しない手技上の過失などについては言及しないものとする.1.東京地裁平成20年(ワ)第30183号事件(平成22年8月30日判決)4)50歳,男性.両眼小眼球症患者の左眼白内障手術.左眼術前視力は0.04(矯正不能),右眼はそれ以前に失明していた.術前にZinn小帯断裂を認めていたため,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)毛様溝縫着術が予定され,予定通り施行された.術後矯正視力は(0.4).その後,縫着部位から増殖硝子体網膜が発生し牽引性網膜.離をきたし,後医で硝子体手術を施行されたが最終的に失明した.裁判で原告は,白内障手術についての術前説明がなかったこと,術後合併症の有無とその頻度,IOL毛様溝縫着により術後に網膜.離を生じて失明する可能性があることなどを説明する義務があったことなどを主張した.*KenjiMinemura:こはら眼科,順天堂大学医学部病院管理学〔別刷請求先〕峰村健司:〒180-0006東京都武蔵野市中町1-4-4スクゥアー三鷹ビル1階こはら眼科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(73)785判決では,診療録の記載に基づき,IOL縫着の必要があることが説明され,担当医から説明を聞き十分に納得了承したことが記された手術承諾書に署名して提出されていたことが認められた.一方,白内障手術によって網膜.離による失明の可能性が高まったとは認められず,その点を説明する義務はなかったと判断された.なお,判決では,後医における網膜.離に対する硝子体手術に関する過失のため,後医について70万円の慰謝料が認められた.2.東京地裁平成23年(ワ)第40436号事件(平成24年6月21日判決)5)83歳,男性.硝子体黄斑牽引症候群による限局性網膜.離を合併した右眼白内障に対する白内障および硝子体の同時手術.術前矯正視力(0.1).術後最高矯正視力は(0.2),その後加齢黄斑変性発症のため,他院に紹介された.裁判で原告は,白内障に関する説明も,また原告の右眼が白内障であったとの説明も受けていないなどと主張した.なお裁判は,原告に代理人弁護士がつかないまま進められた.判決では,診療録の記載に基づき,手術の主目的は硝子体黄斑牽引症候群の進行予防であること,視力改善の程度は不明であること,白内障にも罹患しており同時手術を行うことなどが説明されていたと認められ,また,提出された承諾書に,現在の病状および手術の必要性とその内容,危険性などについて十分な説明を受け理解し実施を承諾する旨が記載され,原告および妻の署名押印がされていたことから,説明義務違反は認められなかった.3.横浜地裁平成24年(ワ)第1426号事件(平成29年1月19日判決)6)57歳,女性.近視矯正手術を希望して被告眼科を受診したところ,矯正視力は両眼とも(0.7),両眼白内障を指摘され手術を施行され.問題なく終了した右眼に続いて行われた左眼手術の際に後.破損が発生し,IOLは.外に挿入された.術後最高矯正視力は(0.6)であったが,虚血性視神経症を発症し(0.2)まで低下し固定した.裁判で原告は,後.破損などのため術前より視力が低下する危険性についての説明が一切なかったと主張した.判決では,診療録や承諾書に説明内容の記載はないものの,承諾書に「手術中,止む負えない合併症については,いかなることが発生しても一切異議を申し立てないことを承諾します」(原文のまま)との記載があり,原告はこれを持ち帰り,合併症について質問することなく数日後に署名押印して提出していることから,被告医師は少なくとも合併症の存在については説明をしたものと考えるのが自然であると判断された.4.東京地裁平成25年(ワ)第33208号事件(平成27年9月30日判決)7)67歳,男性.糖尿病網膜症,黄斑浮腫,緑内障を合併した右眼白内障手術.術前矯正視力は(0.5).術後最高矯正視力は(0.9)となったが,術後50日で虹彩新生血管を認め,血管新生緑内障が進行して失明した.裁判で原告は,白内障手術の施行により糖尿病網膜症から血管新生緑内障が続発し,失明に至る危険があることを説明すべき義務があったと主張した.判決では,小切開白内障手術では糖尿病網膜症が進行する危険は低下しており,白内障手術が糖尿病網膜症から血管新生緑内障を続発させる危険因子であるという見解が確立していたとはいえず,その点について説明する義務があったとは認められなかった.5.東京地裁平成26年(ワ)第23739号事件(平成29年7月27日判決)8)75歳,男性.糖尿病網膜症および緑内障合併眼の白内障手術.術前矯正視力は右眼(0.2),左眼(0.4).糖尿病網膜症に対し網膜光凝固を行う必要があるが,眼底透見困難であり,白内障手術を速やかに行う必要があると判断された.術後に糖尿病網膜症および緑内障が進行し,最終的に右眼は失明し,左眼は矯正視力(0.7)となった.裁判で原告は,病名,病状,網膜光凝固術をすることなく白内障手術をする理由,その場合の失明などの危険性などを原告に説明し,判断する機会を与える義務があ786あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023(74)ったこと,および原告が当時75歳と高齢で理解力に欠けていたので,家族に対しても説明する義務があったなどと主張した.判決では,診療録や承諾書などの記載に基づき,被告医師は術前に糖尿病の状態がかなり悪いこと,術後炎症が取れ次第網膜光凝固を施行する必要があること,視力がよくなるとは限らないことなどを説明していたと認められた.また,手術に際して患者が意思能力を欠く状態であったとは認められず,家族に対して説明をする義務はなかったと判断された.6.東京地裁平成28年(ワ)第22464号事件(平成30年7月5日判決)9)60代,女性.両眼白内障手術目的に近医から紹介され,術前矯正視力は右眼(0.3),左眼(0.15).両眼強度近視かつ左眼に中心窩分離症を認めたが,明らかな硝子体牽引は認めなかった.両眼白内障手術を施行され近医に戻された.術後最高矯正視力は右眼(1.0),左眼(0.8).その後,左眼に黄斑円孔網膜.離を発症し,他院で硝子体手術を施行されたが,円孔は閉鎖せず左眼矯正視力は(0.1)となった.裁判で原告は,白内障手術を行った医師には,原告の左眼の状態について説明し,黄斑円孔網膜.離を発症する前に,硝子体手術および中心窩分離症に対して適切な管理ができる医療機関を紹介する義務があったと主張した.判決では,診療録などの記載に基づき,被告医師は左眼の状態について,光干渉断層計検査などの結果を踏まえ,黄斑分離,黄斑円孔網膜.離の危険性などを原告に説明し,また紹介元には診療情報提供書などを通じて,原告の左眼の状態や今後起こり得る合併症などについての情報を提供していることから,合理的な対応がなされていたと判断した.7.東京地裁平成29年(ワ)第42453号事件(令和3年4月30日判決)10)80歳,男性.両眼加齢黄斑変性合併眼の白内障手術.術前矯正視力は右眼(0.02),左眼(0.3).右眼手術ではZinn小帯脆弱が認められたが問題なく終了した.左眼手術ではZinn小帯断裂および後.破損をきたし,IOLを挿入せずに終了した.術後に眼圧が上昇し,前房穿刺を複数回施行され,また眼圧下降薬を処方された.後日IOL縫着術を施行されたが最終的に失明した.裁判で原告は,術中・術後の合併症について説明がなく,とくに左眼はZinn小帯脆弱のため難易度が高いこと,Zinn小帯断裂や後.破損を発症しIOLを挿入できない可能性,術後眼圧上昇などの危険性の説明,手術を実施しない場合の利害得失の説明をされなかったと主張した.一方被告は,診療録の記載の通りそれらの説明を行ったと主張した.判決では,診療録の記載の体裁,被告医師の証言などに基づき,診療録に記された説明内容について,事実認識とは異なる内容を後から記載した改ざんであり,実際には適切な説明がなされていなかったと判断された.そして説明が適切に行われていれば,原告は手術を受けることはなかったと判断され,全損害として960万円余りの賠償を命じた.8.東京高裁平成26年(ネ)第956号事件(平成26年9月18日判決)11)74歳,女性.公的健康診断を受けた当日に後発白内障に対するYAGレーザー後.切開術を施行された事例.術前矯正視力は右眼(0.6),左眼(0.6),術翌日矯正視力は右眼(0.7),左眼(0.8).右眼眼内レンズにピットが一つ認められた.裁判では,治療によってIOLにピットを生じる可能性を説明されず,自己決定権を侵害されたと主張した.被告医師は,看護師が説明手順書を用いて網膜.離やIOL破損の可能性についても説明したなどと主張した.一審は原告が敗訴したが,控訴審判決では,看護師が使用した後発白内障クリティカルパス記載の説明内容欄に,重篤な合併症はまれであるとの記載があるものの,網膜.離やIOL破損などの具体的な記載がなく,これらを説明したと認めることはできないと判断された.よって原告は十分な説明を受けないままに治療を決定することになり,自己決定権が侵害されたとして55万円の賠償を命じられた.(75)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023787III考察まず目につくことは,書面による記録の重要性であろう.説明書や承諾書には当該手術一般の説明が書かれていることが基本と思われるが,事例3においては,診療録や承諾書に具体的な説明内容の記載がなくとも,手術中のやむを得ない合併症について一切異議を申し立てない旨が承諾書に書かれていることから,説明がなされたことが推認されているほどである.事例3の承諾書の文言は現代において参考にすべきではないと思われるが,書面による記録の重要さの証左にはなると考える.一方で説明内容について厳しい判断がなされる例も散見する.事例7ではカルテ改ざんを認められた以上,説明が不十分であったと認められたことは裁判の判断としては不自然ではないと思われる.事例8では説明内容不備を厳しく認定して賠償を認めたが,そもそも健康被害が事実上認められていない事例において説明義務違反による自己決定権の侵害を認めることは,通常の司法判断ではあり得ない.先に述べたように,画一的な対策を立てにくい所以である.事例1.7のうち,トラブル要因となる術前合併症を認めない通常の白内障手術例は事例3のみである.筆者が知る白内障手術関連訴訟の中には,術前に特段の合併症を認めていない通常の白内障手術で,術後細菌性眼内炎で失明に至るなど,重篤な予後をきたした事例が複数例あるが,そのうち説明義務違反を問われた訴訟例は事例3のみである.事例3のように説明内容の記録が一切ない事例は別として,一般的な事例では定型的な白内障術前説明がなされていて,原告としても説明義務違反を問うことはむずかしいと考えるからであろうと推察している.逆に,事例1,2,4.7からわかるように,トラブル要因を合併した眼の白内障手術事例では,その要因についての説明の適否を追求されやすいことがわかる.これは定型的な説明書ではカバーできない部分であり,適切に説明していない場合や,説明したことを診療録に書き残さない場合があるからであると考えている.紹介した事例にみられるように,裁判では厳しい判断をされるとは限らないが,紛争予防の観点からは,トラブル要因となりうる合併症についても説明し,説明したことを記録に残すことが望ましいし,できれば承諾書に追記する仕組みを構築しておくのがよいと考える.なお,多焦点IOLに関する訴訟事例は,これまで筆者は確認していない.しかし筆者は,多焦点IOLの特性を説明せずに使用して紛争になった事例について弁護士から意見を求められた経験がある.また,ある都道府県医師会の医事紛争関連委員会の法律家委員からは,多焦点IOLはそれ自体が過失前提の医療機器であると考えている旨を聞かされた経験もある.説明内容については他稿に譲るが,使用に際しては慎重な説明が必要であると考える.おわりに説明義務をめぐる司法判断は裁判官によってばらつきがあり,画一的に対策を立てることはむずかしい.一般的な術前説明に加えて,個々の患者の眼の状態に応じた追加の説明を行い,説明内容を記録し,また記載した説明書を交付し承諾書を受領することが,紛争低減に資するものと考えられた.文献1)眼科医事紛争事例調査(平成30年度・令和元年度・令和2年度)の結果と診療上の留意事項について.日本の眼科93:1444-1446,20222)乳がんの手術に当たり,当時医療水準として未確立であった乳房温存療法について医師の知る範囲で説明すべき診療契約上の義務があるとされた事例.判例タイムズ1079:198-203,20023)事件番号平成23年(ワ)第40103号事件,ウエストロー(判例データベース)収載4)眼内レンズの縫着部位を誤った過失や眼内に強膜プラグを残置した過失などがあるとして,損害賠償を求めた事例.医療判例解説35:113-137,20115)ウエストロー(判例データベース)収載6)術後管理義務違反により白内障手術中または術直後に発症した虚血性視神経症が不可逆手的になり視力低下したとして損害賠償を求めた事例.医療判例解説69:68-85,20177)峰村健司:糖尿病網膜症患者の白内障術後に,新生血管緑内障を発症して最終的に失明したことについて,診療義務違反および説明義務違反等が争われた訴訟.眼科グラフィック8:103-109,20198)峰村健司:糖尿病網膜症かつ緑内障眼につき,白内障術後に失明したことに対する責任が争われた訴訟.眼科グラフィック8:211-216,2019788あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023(76)

臨床研究のインフォームド・コンセント

2023年6月30日 金曜日

臨床研究のインフォームド・コンセントInformedConsentinClinicalResearch八木彰子*岩江荘介**宮田和典*はじめに医学・医療分野の研究の大半は,政府が策定した「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」1)(以下,倫理指針)の対象である.ただし,人を対象としたものでも,再生医療は再生医療法で,医薬品や医療機器を使って有効性や安全性の検証を目的とするものは臨床研究法で,また国による承認や適応拡大をめざすいわゆる治験は医薬品,医療機器等に関する法律(薬機法)で,別々に規制されている.いずれの規制でも,研究計画の科学的妥当性,倫理的妥当性について法律あるいは倫理指針が規定する委員会で審査と承認を受け,実施施設の責任者による実施許可を得る必要がある.それらを経て初めて,研究対象者からインフォームド・コンセント(informedconcent:IC)を取得することも,研究を開始することも,データ解析や論文作成もできるのである.そのICであるが,大きく分けて「文書説明・文書同意(以下,文書IC)」「口頭説明・同意記録(以下,口頭IC)」および「通知または公開(通知・公開)」(通知・公開に研究参加拒否の機会の保証を付加したものが,いわゆる「オプトアウト」である)の3種類がある.研究倫理の原則では文書ICが基本であり,可能な範囲で対応すべきである.とくに,研究目的の医薬品投与や穿刺などの侵襲のある研究では文書ICが必須である.ただし,研究の内容や状況によっては,別の方法により研究対象者の意思確認を行うことができる(図1~3).たとえば,いわゆる後ろ向き研究など日常診療で蓄積されたカルテ情報を二次的に利用するだけの研究であれば,一定の条件を満たせば「通知・公開」によって文書ICに代えることができる.しかし,文書ICを取得しなくてよいからといって,適当な内容の研究概要を,適当な場所に公示することでよいわけではない.この「通知・公開」あるいは「オプトアウト」を行うにも充足すべき要件があり,実施上の注意点もある.「カルテ情報を使用する研究」は,開業医にとって実施しやすい研究であり,観察研究の中でもその割合はそれなりに多い.以下,カルテ情報を使用する場合のICについてのキーポイントを述べる.I既存資料・情報とはカルテ情報は,元々は診療目的で取得された情報であるため,倫理指針では「既存試料・情報」とされ,以下のように定義されている.「試料・情報のうち,次に掲げるいずれかに該当するものをいう.①研究計画書が作成されるまでにすでに存在する試料・情報,②研究計画書の作成以降に取得された試料・情報であって,取得の時点においては当該研究計画書の研究に用いられることを目的としていなかったもの」1)①は,すでに実施した研究のデータや保存検体,記載済のカルテ情報や残余検体が該当する.いわゆる「後ろ向き観察研究」で使用する試料・情報はこれに当たる.*AkikoYagi&KazunoriMiyata:宮田眼科病院**SosukeIwae:宮崎大学〔別刷請求先〕八木彰子:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町6-3宮田眼科病院0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(67)779はい文書ICいいえはい文書IC口頭IC+記録いいえはい文書IC口頭IC+記録いいえはい文書IC口頭IC+記録図1新たに試料・情報を取得して研究を実施する場合フローチャートは文献2を参考に指針の規定をわかりやすく示したものであり,網羅的に反映したものではない.はい通知または公開いいえはいオプトアウト可いいえ文書IC口頭IC+記録図2既存情報を用いて研究を実施する場合フローチャートは文献2を参考に指針の規定をわかりやすく示したものであり,網羅的に反映したものではない.いいえ文書IC口頭IC+記録はいはいオプトアウト可いいえ提供不可図3他の研究機関に既存情報を提供する場合フローチャートは文献2を参考に指針の規定をわかりやすく示したものであり,網羅的に反映したものではない.公開(HP)この研究にご協力いただけない場合は,問い合わせ先まで連絡ください.ご協力いただけなくても,患者さまの不利益は生じませんのでご安心ください.図4オプトアウトの例表1通知・公開に記載する事項1.試料・情報の利用目的及び利用方法(他の機関へ提供される場合はその方法を含む)2.利用し,又は提供する試料・情報の項目3.利用又は提供を開始する予定日4.試料・情報の提供を行う機関の名称及びその長の氏名5.提供する試料・情報の取得の方法6.提供する試料・情報を用いる研究に係る研究責任者(多機関共同研究にあっては,研究代表者)の氏名及び当該者が所属する研究機関の名称7.利用する者の範囲8.試料・情報の管理について責任を有する者の氏名又は名称9.研究対象者等の求めに応じて,研究対象者が識別される試料・情報の利用又は他の研究機関への提供を停止する旨10.9の研究対象者等の求めを受け付ける方法(文献1より引用)III通知または公開+オプトアウトの実際オプトアウトは患者に研究参加拒否の機会の保証することで,「あなたのデータをこの研究に使用したくない場合はいつでも窓口に申し出てください」という記載が該当し,常に「通知・公開」とセットになっている.通知は研究概要を個人配布することで,公開は研究概要を院内掲示またはホームページ掲載することであり(図4),通知・公開すべき内容は倫理指針に規定されている(表1).また,公開とは「研究対象者等が容易に知り得る状態」と定義されており,掲示場所は患者の目につきやすい場所,ホームページでは可能であればワンクリック,多くてもツークリックで情報にアクセスできるようにすることが奨められている.IVその他の注意点文書ICなど,直接研究対象者から同意の意思確認を行うことが基本である点を改めて強調したい.たしかに,臨床現場で費やす時間を確保し,コストはできるだけ節約したいため,ICの手続きもできることなら簡便な方法を選びたいところである.ただし,海外誌に論文投稿した際に「writtenIC」を求められることも往々にしてある.文書ICは,取得に時間と手間がかかる分,研究対象者による明確な同意を取得できるため,同意を得た範囲内であれば提供を受けた試料・情報を柔軟に利活用できる利点がある.そのため,前向き研究のように,研究対象者と直接コンタクト可能な状況下では,できる限り文書ICを取得することを奨める.たとえオプトアウトの場合でも,ホームページ上に研究概要を掲示するのもよいが,患者にそれを直接配布することで確実に周知できる「通知」のほうが望ましい.次に,手術説明書に「将来の研究のために,あなたのカルテ情報を使用することがあります」のように記載すれば二次利用の際のIC手続きが不要になる,と誤解されがちなので注意が必要である.「白紙同意」のような方法は認められていない.ただし,日常診療の中で発生した患者の試料・情報が,将来において研究利用されることを,事前にある程度想定できる状態にしておくことは大切である.たとえば,白内障手術説明書にカルテ情報を将来の白内障の術後成績の評価などの研究に使用することや,研究実施時には研究計画書を作成し,研究実施に必要な手続きを行うことなどを併記して,了解を得ておくことが考えられる.こうした倫理的配慮を行うことで,研究対象者との信頼の醸成につながり,「既存試料・情報」の研究利用が円滑に進められると考える.おわりにICは研究を実施するために必要なステップであり,本来の目的は研究対象者の権利保護である.したがって,侵襲や介入のある患者へのリスクの高い研究では,「研究者による十分な説明」「研究対象者の十分な理解」「研究対象者の自発的同意」がセットで成立することが重要である.同意書に署名をもらえば終わりではなく,円滑な研究遂行のためには,研究者と研究対象者となる患者の相互理解を深め,研究に対してお互いが何をすべきなのか十分に理解しあうことが重要と考える.2002年に制定された「疫学研究に関する倫理指針」では,カルテ情報を使用した研究については例外なくオプトアウトが標準であった.この10年で指針の統合,改定によってIC手続きが複雑になってしまったが,根本にあるのは,この施設なら,この医師なら自分のカルテ情報を適正に利用してくれるという信頼関係である.指針を遵守することに加えて,日常診療で培われた患者との信頼関係をもとに,必要な要件を満たしつつ必要な範囲でICの簡略化を利用して研究を進めることを望む.文献1)文部科学省,厚生労働省,経済産業省:人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針.令和3年3月23日(令和4年3月10日一部改正,令和5年3月27日一部改正))2)厚生労働省:人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針ガイダンス.令和3年4月16日(令和4年6月6日一部改訂,令和5年4月17日一部改訂)782あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023(70)■用語解説■「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」の用語侵襲:研究目的で行われる,穿刺,切開,薬物投与,放射線照射,心的外傷に触れる質問などによって,研究対象者の身体または精神に傷害または負担が生じることをいう.一義的には研究計画書の作成に際して研究責任者が判断し,その妥当性を含めて倫理審査委員会で審査するものとする.軽微な侵襲:侵襲のうち,研究対象者の身体または精神に生じる傷害または負担が小さいものをいう.日常生活や日常的な医学検査で被る身体的,心理的,社会的危害の可能性の限度を超えない危険であって,社会的に許容される種類のものが該当する.たとえば,採血および放射線照射に関して,労働安全衛生法に基づく一般健康診断で行われる採血や胸部単純X線撮影などと同程度(対象者の年齢・状態,行われる頻度などを含む)であれば,「軽微な侵襲」を伴うと判断してよい.16歳未満の未成年者を研究対象者とする場合には,身体および精神に生じる傷害および負担が必ずしも小さくない可能性を考慮して,慎重に判断する.一義的には研究計画書の作成に際して研究責任者が判断する.一義的には研究計画書の作成に際して研究責任者が判断し,その妥当性を含めて倫理審査委員会で審査するものとする.要配慮個人情報:個人情報のうち,一定の記述(病歴,医師などにより行われた健康診断などの結果,医師などより指導または診療もしくは調剤が行われたことなど)が含まれるものは該当する.たとえば,診療録,レセプトに記載された個人情報は学術研究機関等:(個人情報保護法の定義)大学その他の学術研究を目的とする機関もしくは団体またはそれらに属する者をいう.

動画を活用したインフォームド・コンセント

2023年6月30日 金曜日

動画を活用したインフォームド・コンセントInformedConsentviaVideoInstructions森山涼*はじめに白内障手術に関するインフォームド・コンセント(informedconsent:IC)に必要な医療者サイドが提供すべき情報の量は年々増加傾向にある.そのおもな要因は,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の種類が20年前には単焦点レンズ1種類だったのが,現在では単焦点IOLに加え,保険適用の付加価値レンズ,選定療養適用の多焦点レンズ,クリニックによっては個人輸入の自費レンズと非常に多種多様化したことだと考える.その結果,ICに膨大なマンパワーを割くことになり,人件費や外来患者の待ち時間の増加を引き起こした.当院は2019年に開院し,当初は医師からの説明に加え,紙のパンフレットを用いて,看護師や視能訓練士が直接オリエンテーションを行っていた.しかし,前述のマンパワーや待ち時間管理の観点から2021年より動画を用いたICを導入した.本稿では,動画を用いたICについて運用の実際やメリット・デメリットについて解説する.I動画を活用したICの実際動画のイメージは図1~10の通りである.動画の全編は当院ホームページにリンクがあるので,そちらも参照いただきたい.元々当院で使用していた紙のIC用パンフレットを軸に動画作成業者に依頼して作成した.全編7分半の動画で文字,アニメーションに加えてナレーション音声で説明する.動画の内容は,手術前の注意点,術前および術後の点眼方法,白内障の疾患説明および手術の方法,術後の注意点,合併症などを説明している.また,高度の難聴の人のために字幕もつけている.この動画データを院内の複数台のタブレット端末に入れておいて患者の散瞳待ちなど,空いた時間にタブレットおよびイヤホンを使用し視聴させている.現在は,ナレーションの言語として,日本語版,英語版,中国語版,韓国語版を用意している.II動画ICのメリット第一にマンパワーの削減である.以前,紙のパンフレットで説明していたときには,患者1人あたり平均15分程度かかっていた.当院では2022年現在,年間約2,000件の白内障手術を行っており,口頭での説明のみでは膨大なマンパワーを必要としていた.動画IC導入後は,患者は先に動画を視聴しているため,対面では個別に説明が必要な事項,患者からの質問に答えるだけでよいため,補足説明に要する時間は半分程度に圧縮できた.また,患者は待ち時間に動画を視聴しているため,患者の在院時間の短縮にもなる.第二のメリットは,患者がクリニック受診前にホームページで視聴し予習ができること,また手術日までに復習も可能である.当院では紙のパンフレットも従来通り使用しているため,アナログ,デジタルどちらでもオリエンテーションを復習することができる.また,オリエンテーションに同席できない患者の家族にもホームページ経由で見せることができる.手術は申し込まないが,*RyoMoriyama:森山眼科クリニック〔別刷請求先〕森山涼:〒190-0021東京都立川市羽衣町2-49-6森山眼科クリニック0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(63)775図1タイトルページ図2術前点眼図3術後に必要な物品の案内図4来院スケジュール図5術後点眼図6術後の生活上の制限図7白内障の疾患説明図8手術方法図9術後合併症図10個別説明の案内

 クリニックにおけるインフォームド・コンセント

2023年6月30日 金曜日

クリニックにおけるインフォームド・コンセントInformedConsentinanOutpatientClinic三戸岡克哉*福沢紫乃*熊谷光*はじめにクリニックにおけるインフォームド・コンセント(informedconsent:IC)といっても,大学病院と大きくその内容が変わるわけではない.白内障の状態や治療方法について説明し,患者が手術に対して期待していることを把握し,手術によって治ることと治らないことを患者に十分理解してもらい,手術に同意してもらうことであると思っている.しかし,そのやり方については,複数医師が在籍する施設とは異なり,個人クリニックでは,そのすべての説明を医師一人で行うことはむずかしく,看護師や受付スタッフの手を借りる必要がある.また,麻酔科医や硝子体術者がいる環境ではないため,患者の全身状態や眼の状態によっては近隣の総合病院への紹介も検討する必要がある.当クリニックは,保険診療で取り扱い可能な単焦点眼内レンズ(intraocularlens:IOL)のみを使用している.以上の点を踏まえて,当クリニックにおける手術に関するIC,および術前後の注意点として患者に説明していることを,その一連の流れに沿って紹介する.I通常の外来にて白内障手術目的で他院から紹介となった患者を除き,初診時に白内障手術適応と診断したとしても,当日に手術日まで決めないようにしている.まずは,白内障という病気をしっかり理解してもらうことから始めている.現在の視力などの検査結果,白内障の程度,白内障の進行スピードなどを説明し,日常生活でどのような場面で不自由を感じているかを尋ねる.その要因が白内障に起因するものであれば,白内障手術に関するパンフレットを渡し,自宅で家族と一緒に読んでもらい,白内障およびその手術について理解を深めてもらう.パンフレットのおもな内容は図1に示す通りで,大学病院勤務時代に使用していたものをクリニック用にアレンジしている.また,ホームページにもパンフレットと同様の内容を掲載し,離れた家族でも内容を共有できるようにしている(図2).そして患者が手術を希望した際には,改めて手術相談の予約を取って来院してもらう.II手術相談(手術決定時)検査,診察後に,現状について医師から説明を行い,患者が手術を希望した場合に,大まかな白内障手術の説明から始める.おもな内容は,濁った水晶体を取り除き,透明なIOLに入れ替える手術であること,傷口を作って手術を行うので,その傷口から細菌などが入ってしまうと,眼の中にひどい炎症を起こし失明につながることがあるため,術後管理が重要であること,水晶体.を破損したり,Zinn小帯断裂などがあればIOL挿入できず,後日IOL縫着(強膜内固定)が必要になることがあることなどである.とくに,過熟白内障,小瞳孔,前.線維化が顕著な患者などは,そのリスクが高くなることを説明し,同意書も通常患者と異なるものを用意している.*KatsuyaMitooka,ShinoFukuzawa&HikaruKumagai:北戸田駅前みとおか眼科〔別刷請求先〕三戸岡克哉:〒335-0021埼玉県戸田市新曽2220-1北戸田駅前みとおか眼科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(57)769図1患者に配布しているパンレットQ&A方式で記載し,患者や家族が読みやすいように工夫している.図2ホームページへの掲載ホームページにもパンフレットと同様の内容を掲載し,離れた家族でも内容を共有できるようにしている.医師からの説明後に,看護師が手術日程の調整および周術期における情報収集を行う.白内障の日帰り手術であること(入院できないこと),手術予定眼や術後予定屈折度数の確認,手術までの流れ,そのほか,術後制限などを説明する.また,問診や薬剤情報などを元に現在治療中の疾患・怪我,入院や手術歴,アレルギー情報,眼外傷歴,前立腺肥大治療薬の服用歴などを聴取する.看護師が情報収集することにより,眼外傷歴,前立腺肥大治療薬の服用歴などが判明したり,患者から新たな質問が出ることが多く,その都度医師に報告し適切な対応を行う.III術前検査時術前検査時には家族同伴での来院をお願いしている.個別に一連の術前検査を行ったあとに,家族とともに集団で看護師が説明を行う.おもな説明内容は,1)白内障とは,2)白内障の代表的な原因,3)白内障の治療および手術を受けるのに適した時期,4)手術の流れ(手術は局所麻酔であり,医師や看護師から声かけをしたり,音楽を流したりして緊張感を和らげるように心がけていることも加えて説明),5)術後の見え方(術後予定度数の違いや老視についても説明),6)手術に関する合併症(アレルギー,Zinn小帯断裂・後.破損,術後眼内炎など,状況に応じて転院加療が必要であること,そのほかパワーずれや後発白内障などについて説明),7)検査データや手術動画などを医学研究目的で使用することがある,といったことである.一連の説明終了後に質疑応答を行うが,もし,患者から質問が出ないようであれば,感想を聞いてみることによって,質問を引き出すことができるようである.看護師からの説明後に,医師が,患者および家族へ現在の眼の状況を説明する.その際には,患者自身と正常眼の細隙灯顕微鏡画像を比較提示して白内障の状況を説明するだけでなく,患者自身と正常眼の眼底写真を比較提示すると,どれほど患者が見えにくい状況であることを家族が理解しやすいようである(図3).最後に,看護師が説明した内容について質問がないかどうかの確認をする.追加質問に対し医師から説明し,理解を得られたら,手術同意書に捺印してもらう.同意書は項目ごとに捺印することで,各項目が確実に理解できているか確認してもらう(図4).IV術前診察時術前診察時にも家族同伴での来院をお願いしている.最初に,個別に医師から術前検査の結果報告,術後予定屈折度数の確認を行う.次に家族とともに集団で看護師から,手術当日までのオリエンテーションを行う.おもな内容は,1)術順・来院時間に関する事項,2)術前の日常生活に関する事項,3)手術当日の流れに関する事項,4)手術当日の身支度などに関する事項である.引き続き,そのまま集団で医師から,1)術後眼内炎,2)Zinn小帯断裂・後.破損などによりIOL入ができない場合,3)老視,4)パワーずれ,5)状況に応じて転院加療が必要であることを説明する.そのほか,術後にエッジグレアや飛蚊症を感じることがあることについても説明する.集団で説明する利点として,他者からの質疑応答があることでグループダイナミクス効果による納得感や,集団心理による安心感が得やすいと考えている(図5).最後の会計時には受付スタッフが術前点眼の確認,手術当日の注意事項(来院時間,服装,化粧など)について再度説明し,あわせて手術当日の費用についても説明する.V手術当日手術終了後に,受付スタッフが痛みや急変時の当クリニック緊急連絡先,および当クリニックから連絡が必要な場合のための患者連絡先の確認を行う.また,翌日来院時は眼帯を装着しているため見えづらさがあること,術後の注意事項などの説明があるため,家族の同伴が望ましいことを説明する.VI術後診察時視能訓練士が視力や眼圧検査などを施行し,とくに問題ない場合には,医師の診察の前に,看護師から術後の注意事項などの説明し,手術相談,術前検査,術前診察で繰り返し指導した内容を振り返り術後管理の重要性を772あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023(60)〈白内障手術同意書チェックリスト〉白内障手術計面書を良く読んで頂き、ご理解頂けましたら全ての項目に確認印を押して下さい。「手術計画書」を渡され、その内容をよく読みました。「手術計画書」に書かれている内容について理解致しました。手術の必要性を説明してもらいました。通常手術によって良い視力を回復しますが、眼の状態によっては手術後に視力が回復しない場合がある事を理解致しました。極めてまれですが、眼の状態によって手術前の視力よりも悪くなる場合がある事を理解致しました。手術は非常に安全ではありますが、まれに手術中に合併症が発生する事がある事を理解致しました。まれに、手術の際、眼内レンズを挿入しない方が良い事がある事を理解致しました。当施設の対応出来ない状況が発生した場合、転院・加療も必要になる揚合がある事は、説明を受け理解出来ました。検査データや手術動画などを医学研究の目的で個人を特定できない状態で使用される事がある事を理解致しました。今回手術を受けるにあたり、手術によって得る利益と、手術によって起こる危険性について説明を受け十分に検討し、手術を受ける事を希望致しました。平成年月日患者氏名同席行氏名(ご関係)図4同意書同意書は,チェックリスト方式として,項目ごとに捺印することで,各項目が確実に理解できているか確認してもらっている.図5患者および家族への集団の説明風景コロナ禍以前は,10組以上の集団で説明していたが,現在は4組程度に縮小して行っている.他者からの質疑応答があることでグループダイナミクス効果による納得感や,集団心理による安心感が得やすい.図3患者および家族への個別の説明風景患者自身と正常眼のスリット画像を比較提示して白内障の状況を説明するだけでなく,患者自身と正常眼の眼底写真を比較提示すると,どれほど患者が見えにくい状況であることを家族が理解しやすい.

クリニックにおけるインフォームド・コンセント

2023年6月30日 金曜日

クリニックにおけるインフォームド・コンセントInformedConsentinaClinic柴琢也*はじめに現在の白内障手術は,超音波水晶体乳化吸引術とfoldable眼内レンズ(intraocularlens:IOL)による小切開創白内障手術が普及しており,多くの患者で良好な術後視機能を獲得することが可能になっており,わが国でも年間約170万件もの手術が行われている(一般社団法人日本眼科医療機器協会アニュアルレポート2022より推察).このことは世間的にも広く認知されており,ともすれば白内障手術を安易に捉える風潮も否定できないが,現在でも術中・術後合併症や,なんらかの既往症により良好な術後視機能が得られないことも経験する.そのため,患者やその家族が白内障手術を受ける前に医師から医療行為について十分な説明を受け,それに対して疑問があれば解消し,内容について十分納得したうえでその医療行為に同意するインフォームド・コンセント(informedconsent:IC)が重要である.I当院の概要当院のICについて述べる前に,医院の環境について説明する.当院は病床を有しないクリニックであり,東京の繁華街である六本木に位置している.公共交通機関が発達しており,ほとんどの患者は地下鉄やタクシーを利用して来院する.また,周辺3km以内に筆者の出身医局を含む5つの医学部附属病院,5つの眼科を有する総合病院,1つの公立病院が存在する,いざというときの後方病院に恵まれているエリアである.ここで医師1人(筆者)と看護師を含むスタッフ数名で手術を行っている.白内障手術を受ける人の85%以上は他院からの紹介患者であり,紹介元のほとんどが眼科クリニックである.II白内障手術術前の流れ当院を受診する患者はすでに紹介元にて白内障についてある程度の説明を受けていることが多いため,情報や知識を整理することを目的として,まずは文章での説明を行っている.具体的な流れは,患者に問診票を書いてもらい,視力検査および眼圧検査がすんだ状態で患者と初めて対面する.アナムネ聴取および未散瞳状態の前眼部診察を行ったあとに,続きの検査の指示を出す.必要であればコントラスト感度を測定したあとで,施行可能であれば散瞳薬点眼を行う.その後,眼軸長や角膜内皮細胞密度の測定を行い,必要に応じて光干渉断層計撮影や角膜形状解析検査を行った後に待合室で白内障手術説明書(図1)を読んでもらい,本人が読めない場合は付き添いの人に読んでもらう.読んだ後で残りの診察を行い,白内障手術の適応があればその旨を伝えるが,その時点で説明書を読んでいるので,まずはその内容について理解できない点や不安な点などを聞いて説明を行う.理解してもらいたいことは説明書にすべて網羅しているが,そのほかに質問したいことがあるかも尋ねる.規模が大きい施設では,医師以外がカウンセリングや手術説明会を行ったり,集団での手術説明会を行っているケー*TakuyaShiba:六本木柴眼科〔別刷請求先〕柴琢也:〒106-0032東京都港区六本木1-7-28-201六本木柴眼科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(49)761図1白内障手術の説明書表紙を入れると12ページにわたり,I.白内障について,II.六本木柴眼科で白内障手術を希望される方へ,III.白内障手術を受けられた方への3項目から構成されている.患者はこれを読んでから散瞳後の診察を受ける.障手術を安全に行いやすい時期があるので,定期検査を受けてその時期を逸しないようにすることが重要である.③一般に,時期が早いほうが手術を安全に行いやすく,手術時期を延ばして白内障を進行させすぎると,核が硬くなったり,水晶体が膨化したりして手術の難易度が高くなる.④進行しすぎた場合,手術時間の延長や,最新の術式を採用できなくなることがある.また,放置したままにすると,緑内障の発作や水晶体の脱臼などを生じて視機能に不可逆的な影響を及ぼす可能性がある.⑤手術後1週間くらいは,根を詰めた仕事はしないほうがよく,旅行や軽い運動は2週間くらい,ゴルフなどの運動や海外旅行などは1カ月くらいは避けたほうがよい.したがって,これらの予定を考えたうえで手術日を決定する.⑥術中に生じた結膜下出血が消えるのに2.3週かかることがあるため,結婚式や重要な会合がある場合なども,1カ月程度余裕をみたほうがよい.6.手術後には必ず見えるようになりますか?①手術である以上,その安全性は100%ではないが,最近の白内障手術はきわめて安全になっている.②白内障以外の眼疾患を有しなければ,ほとんどの場合手術によってよい視機能を獲得することができるが,視力が安定する時期には個人差があり,手術翌日からよく見えるようになる人や1カ月ほどを要することもある.③網膜や視神経が障害されている場合には,視機能が十分に上がらないことがある.なお,白内障で水晶体が強く混濁している場合には術前に十分な眼底検査を行うことができないため,術前には網膜や視神経が障害されていることがわからないことがある.④水晶体(亜)脱臼や後.破損の状態によっては,1回の手術で眼内レンズを挿入しないほうがよいことがあるが,手術後の眼の状態が良好であれば,後日眼内レンズを特殊な方法(縫着術,強膜内固定など)で眼内に固定することが可能である.その場合は,大学病院など他院で手術を受けてもらう可能性がある.⑤きわめて安全に行われるようになった白内障手術でも,必ず一定の割合で手術中に合併症が発生するが,最終的にはほとんどの患者で通常の場合と大差ない結果を得ることができる.⑥通常の眼内レンズには調節機能がないため手術後には眼鏡装用が必要となる.⑦多焦点眼内レンズを挿入すると遠方から近方にかけてピントを合わせることができるが,見え方の質が少し劣ることがあり,このレンズが適していない患者もある.また,通常の保険診療では使用できない.⑧もっとも重篤な合併症の一つは術後眼内炎である.わが国では5,000例に1例の頻度で発生するといわれている.一度発症すると視力の回復を望めない場合があり,このような合併症を未然に防ぐためにも,手術後の管理や診察が大変重要である.II.六本木柴眼科で白内障手術を希望される方へ1.手術前に決めておいたほうがよいことはありますか?術後にどこを裸眼で見たいかによって目標屈折度数を設定するが,一人ひとりの眼の状態が違うため,どうしても誤差が生じることがある.2.手術の時に発生しうる合併症は?①水晶体(亜)脱臼,後.破損の状態によっては,1回の手術で眼内レンズを挿入しないほうがよい場合があり,そのようなときには手術の時間も長くなる.手術後の眼の状態が良好であれば,後日眼内レンズを特殊な方法(縫着術,強膜内固定など)で眼内に固定することが可能である.②駆逐性出血が発症する可能性があるが,現在の小切開創手術になってからはきわめてまれな合併症になった.③白内障手術は,全身状態への影響が非常に少ない手術であるが,手術と関係なく突然心筋梗塞や脳梗塞が起こる可能性がある.3.手術直後,強い痛みは起こりますか?通常の白内障手術では,術直後に異物感を感じること(51)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023763があるが,強い痛みを感じることはなく,痛みを感じた場合には医師に相談すること.4.術後はどのように見えますか?①通常は良好な視機能を獲得することが可能である.②手術直後は,顕微鏡光により陽性残像を生じるが,自然に消滅する.③飛蚊症状を術前よりも強く自覚することがある.④羞明感を強く感じたり,色感覚が変わることがある.5.手術がむずかしい眼であるといわれているのですが,大丈夫ですか?①散瞳不良症例,先天異常眼,全身疾患合併症例,外傷や手術歴のある場合などは,手術の難易度が高くなるが,従来に比べて安全に手術を行うことが可能になっている.②手術を受けるか否かは,現在感じている不自由さと手術をしないでそのまま放置していた場合にさらに悪化していく可能性などを検討したうえで,最終的に患者自身が総合的に判断すべきである.③医師は,これらの情報を患者に提供し,判断を委ねられた場合には「自分の家族ならば手術をしたほうがよいと思うか」ということを基準にアドバイスするが,残念ながらその結果を保証することはできない.6.白内障手術は本当に簡単なのですか?①簡単であると思われる要素以前に比べて手術時間が短くなり,手術中の痛みも少なく手術の安全性も飛躍的に向上した.また,日帰りで手術を受けることも可能になり,患者にとっては以前よりも負担が少なく,気軽に手術を受けることができるようになった.②白内障手術を軽視すると大変ですどんなに安全な手術であっても,合併症はやはりある一定の確率で生じる.手術中に術者が誤った処置をしていないにもかかわらず合併症が発生する頻度は,ごくわずかと考えられているが,中には術後視機能が十分に回復できない場合もある.手術である以上,危険性をゼロにすることはできないため,あまり軽い気持ちで手術を受けることは避けたほうがよい.③安全が第一,眼に優しい手術を心がけています当院では,合併症に対してできる限りの適切な処置を行うが,硝子体手術など当院で対応できない治療が必要になった場合には,大学病院などを責任もって紹介するのでそちらを受診してもらう.III.白内障手術を受けられた方へ1.手術直後の見え方はどのようになりますか?①明るく鮮明だが,羞明感がある特殊な状態の場合を除き,術翌日から非常に明るく,物が鮮明に見えるようになるが,少しまぶしすぎるように感じることがある.手術直後はかなりまぶしく感じるものの,時間が経過するとあまり感じなくなってくる.まぶしさが続くようであれば,白内障術後用のサングラスを使用すること勧める.②陽性残像を自覚するが,自然消失する手術顕微鏡により視野の中心に感じることがあるが,数日で消失する.③青視症の可能性白内障により黄色味がかった水晶体が短波長のフィルターの役割を果たしていたが,これを摘出して眼内レンズに置き換わったため生じる.現在はほとんど着色レンズを使用しているため,以前に比べると症状は軽減している.④飛蚊症の出現術後,飛蚊症の出現や増悪を自覚することがある.これは,術前よりも眼内に入る光量が増えたことにより,硝子体混濁を自覚しやすくなったことが原因であるが,まれに網膜.離などの前兆として現れることもあるので,術後必ず眼底検査を行うが,自覚した場合は医師に伝えることが必要である.⑤Positivedysphotopsia,negativedysphotopsiaほとんどが術後経過により改善されるが,症状が残ることもあり,ごくまれではあるが眼内レンズの入れ替えを行った報告もある.764あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023(52)2.視力はすぐによくなりますか?①視力の回復の速さは,人によって,また眼の状態によって大きく異なる.②裸眼視力(屈折)は少しずつ変化する.裸眼視力が安定するのは術後1.2カ月後のため,その間は眼鏡の度数も変化する.3.眼鏡はいつ作ればよいのですか?屈折状態が安定するのに1.2カ月かかるため,手術直後に合わせた眼鏡が数カ月で合わなくなることがある.①術後1.2カ月してから眼鏡を作製することを勧める場合・術前に使用していた眼鏡である程度不自由なく見える場合・術後に眼鏡を使用しなくてもある程度不自由なく見える場合今までの眼鏡を使って,または眼鏡なしで1.2カ月過ごす.②術後1週以内に眼鏡を作製することを勧める場合・術前の眼鏡や眼鏡なしでは,日常生活・社会生活に困る場合・作り変えることを納得したうえで,すぐに最善の眼鏡を使用したい場合術後すぐに適切な眼鏡を作製し,2.3カ月後に微調整した新しい度数の眼鏡を作り直すことが前提になる.4.日常生活の注意点は?①術後感染症予防のため,手指などを清潔に保つことが大切である.②洗顔は,術後数日で可能であるが,流水を使い眼球を圧迫しないよう注意して行う.術後4.5日は眼球周囲に触れないよう洗顔する.③入浴は最初のうちはシャワーだけにして,数日後から浴槽に入るようにする.④洗髪は,術後1週くらいから可能であるが最初はシャンプーなどが眼に入らないよう注意が必要であり,術直後は美容院・理容室での洗髪が必要である.5.仕事や運動はいつからできますか?①通常の白内障手術では,日常の家事や散歩は術後3日目頃より可能であり,術後1カ月を経過すればほぼ術前と同じ生活ができる.仕事の種類にもよるが,重労働でなければ術後数日で職場復帰は可能である.②ゴルフなどの通常のスポーツは3.4週後より可能だが,眼を打撲する可能性のある競技や水泳などは1.2カ月ぐらい避けておいたほうがよい.6.術後の合併症として,何に気をつければよいのですか?①術後早期の合併症:細菌性眼内炎もっとも重篤な合併症の一つである術後細菌性眼内炎は,術直後何も問題なく鮮明に見えるようになっていたにもかかわらず,術後3.7日頃に急に見にくくなり,強い痛みやひどい充血が生じた場合にはこの合併症の可能性がある.放置すると失明する危険あるため,すぐに近医または当科を受診すること.早期に治療を開始する必要がある.②術後数カ月.数年経過してから生じる合併症:後発白内障術後しばらく経過してから,眼内レンズを入れている水晶体の.が混濁して手術前のように霧がかかって見えるようになることがある.後発白内障という合併症であり,外来でレーザー治療を受けることによってすぐに治療することが可能である.術後視機能低下を感じたら,あきらめずに診察を受けることを勧める.7.何か心配がおありですか?①眼内レンズの寿命特別なことがなければ,50.100年くらいの耐久性があるが,何か問題が生じれば眼内レンズを交換することも可能である.②眼球掻痒について通常の衝撃では,眼内レンズがはずれたりずれたりすることはないが,まれに水晶体.がはずれやすい人がいるため,術後異変を感じたら受診が必要である.(53)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023765図2説明同意書説明同意書(図右側黒線内)に,目標屈折度数や使用する眼内レンズを記載している(図左側赤線内).図3FLACSの説明書12ページにわたりFLACSを説明している.図4多焦点眼内レンズの説明書4ページにわたり多焦点眼内レンズについて解説しており,最後に今回使用するレンズの名称とその特徴を患者ごとに記載している.