視神経炎に対するバイオ治療薬と治療戦略BiologicsandTreatmentStrategyforOpticNeuritis坪田欣也*はじめに特発性視神経炎は多発性硬化症をはじめとする脱髄疾患の一型と考えられてきた.脱髄疾患は自己抗原に対する異常な免疫反応を起こし,健常な神経組織を障害する自己免疫疾患である.視神経と脊髄に繰り返し炎症がみられる難治性視神経炎を視神経脊髄炎(neuromyelitisoptica:NMO,Devic病)とよんでいた1).視神経炎を引き起こす自己抗原は長らく不明であったが,2004年にアストロサイト上に発現するアクアポリンC4(aquapo-rin-4:AQP4)に対する抗体(抗CAQP4抗体)が視神経炎の発症因子の一つと判明した2).抗CAQP4抗体の発見によりC2006年にCWingerchukらが診断基準を改定したが3),視神経炎と脊髄炎が同時にみられない患者や,脳病変から発症する患者など症状が多彩であったために,2015年により広い疾患概念として視神経脊髄炎スペクトラム(neuromyelitisCopticaCspectrumdisorders:NMOSD)となった4).本稿では視神経炎の簡単な病態から生物学的製剤の選択と治療戦略について述べる.CI視神経炎の病態アストロサイトは神経と連携する働きをもつグリア細胞の中でもっとも多く,おもに神経に栄養を運ぶ,指令を伝えやすくするといった働きをもち,豊富なCAQP4を有する細胞である.そのためアストロサイトのCAQP4が標的とされることによって,視機能障害,運動機能障害,感覚障害などが起こる.NMOSDの多くの患者は抗AQP4抗体陽性となる一方で,抗CAQP4抗体陰性にもかかわらず,臨床症状などからCNMOSDの診断基準を満たす患者が存在する.その一部は抗ミエリンオリゴデンドロサイト糖蛋白(myelin-oligodendrocyteglycopro-tein:MOG)抗体陽性の場合があり,抗CMOG抗体は視神経炎の発症に関連する因子として注目されている.MOG抗体は髄鞘にみられオリゴデンドロサイト糖に対する抗体であり,髄鞘の安定性と免疫系に関与している5,6).さらに近年では,NMOSDの病態形成に抗AQP4抗体に加え,補体(C5)の活性化7,8),炎症性サイトカインであるインターロイキン(interleukin:IL)-6)の関与が明らかとなり9)(図1),さまざまな生物学的製剤が保険適用となった(表1).CII生物学的製剤(バイオ治療薬)視神経炎に対する急性期治療の第一選択はステロイド大量点滴療法である.ステロイド抵抗性の視神経炎やステロイド依存性に再発を繰り返す視神経炎では,ステロイド大量点滴療法が繰り返し行われてきた.難治性視神経炎の病態に抗CAQP4抗体や抗CMOG抗体の関与が明らかになってから,抗体を体内から除去することを目的とした血液浄化療法が導入されるようになった(抗MOG抗体関連視神経炎は保険適用外).さらに大量免疫グロブリン療法がステロイド抵抗性視神経炎に有効であることが報告され10),わが国でも保険収載されたが原則として抗CAQP4抗体陽性の患者に限られている.ま*KinyaTsubota:東京医科大学臨床医学系眼科学分野〔別刷請求先〕坪田欣也:〒160-0023東京都新宿区西新宿C6-7-1東京医科大学臨床医学系眼科学分野C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(47)C1033血管図1抗AQP4抗体陽性視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の病態と生物学的製剤B細胞が形質細胞に分化し抗CAQP4抗体を産生する.抗CAQP4抗体と結合したCAQP4(免疫複合体)によって補体が活性化し炎症を生じる.IL-6はCB細胞から形質細胞への分化を通じ抗CAQP4抗体産生の亢進,補体の活性化やCTh17細胞の誘導に関与する.サトラリズマブはCIL-6,リツキシマブはCB細胞,イネビリズマブはCB細胞と形質細胞,エクリズマブとラブリズマブは補体をそれぞれ抑制し,視神経炎の再発を予防する.表1難治性視神経炎に対する生物学的製剤の一覧一般名(薬品名)エクリズマブ(ソリリス)ラブリズマブ(ユルトミス)サトラリズマブ(エンスプリング)イネビリズマブ(ユプリズナ)リツキシマブ(リツキサン)治療適応抗CAQP4抗体陽性CNMOSD抗CAQP4抗体陽性CNMOSD抗CAQP4抗体陽性CNMOSD抗CAQP4抗体陽性CNMOSD抗CAQP4抗体陽性CNMOSD治療目的再発予防再発予防再発予防再発予防再発予防作用機序補体減少補体減少IL-6減少CD19細胞減少(B細胞,形質細胞)CD20細胞減少(B細胞)投与方法初月は週C1回1回C900Cmg点滴静注.その後C2週間ごとに1,200Cmg点滴静注.1回C2,400.C3,000Cmgを開始用量2週後にC1回C3,000.C3,600Cmg以降C8週ごとに1回C3,000.C3,600Cmgを点滴静注(体重によって投与量を変更)1回C120Cmgを初回,C2,4週後以降C4週ごとに皮下注射1回C300Cmgを初回,2週目,以降C6カ月ごとに点滴静注射1回量C375Cmg/mC2をC1週間ごとにC4回点滴静注.初回投与からC6カ月ごとC1,000Cmg/bodyをC2週間ごとにC2回点滴静注副作用投与時反応,感染症,髄膜炎など投与時反応,感染症,髄膜炎など投与時反応,感染症,リンパ球減少など投与時反応,感染症,進行性多巣性白質脳症など投与時反応,感染症,進行性多巣性白質脳症など薬価593,721円C/300Cmg699,570円C/300Cmg1,532,660円C/1シリンジ3,495,304円C/C100Cmg24,221円C/100Cmg年間薬力(2年目以降)約C6,600万円約C4,200万円約C1,800万円約C2,000万円約C100万円ステロイド少量維持*難病申請を受けていること脳神経内科との連携がとれていること(ステロイド)+免疫抑制薬有効年に1回以上の再発ステロイド依存性有効ステロイド漸減中止免疫抑制薬中止生物学的製剤継続図2生物学的製剤導入の過程NMOSDの再発予防治療は必要不可欠であるが,副作用の観点から可能な限り低用量のステロイドが望まれる.一方で,ステロイド投与継続が困難な患者,ステロイド抵抗性がみられる患者では免疫抑制薬の併用が用いられる.ステロイドと免疫抑制薬を使用しても再発がみられる患者,ステロイド投与が困難であり免疫抑制薬単剤では再発がみられる患者などでは生物学的製剤の使用を検討するが,生物学的製剤の導入には難病申請を受けていること,脳神経内科と連携がとれていることが必須条件である.-溶血性尿毒症候群,全身型重症筋無力症の治療に承認されている.非盲検第CIII相多施設国際共同試験でエクリズマブとの非劣性が明らかとなり,2023年C5月に承認された.副作用はエクリズマブ同様で,アナフィラキシーショックといった投与時反応,上気道感染,髄膜炎がみられるため,髄膜炎菌ワクチンを本剤の投与開始C2週間前までに接種することが推奨されている.用法用量は患者の体重を考慮し,1回C2,400.3,000Cmgを開始用量とし,初回投与C2週後にC1回C3,000.3,600Cmg,以降C8週ごとにC1回C3,000.3,600Cmgを点滴静注する.本剤はエクリズマブと同様に高い有効性が期待され,さらにC8週間ごとの投与間隔であることが大きな利点であり,今後おおいに期待される.C3.サトラリズマブ抗CIL-6抗体のサトラリズマブ(エンスプリング)はヒト化CIgG2モノクローナル抗体である.IL-6はCB細胞や形質細胞の分化や抗体産生,細胞性免疫全般の活性化や脳内グリア活性に関与するため,IL-6抑制によって広く抗炎症効果が期待される.さらに通常の抗体薬は抗原と一度しか結合できないが,本剤は抗原と何度でも結合できる「リサイクリング抗体」である.その機序として抗原-抗体複合体となると細胞内に取り込まれリソソームに移行し抗原-抗体複合体は分解されるが,本剤は細胞内に取り込まれた後にCpH依存的に抗原を遊離することで,再度細胞外に放出され,新たな抗原と再結合することが可能となる.サトラリズマブはC2020年C6月に抗CAQP4抗体陽性患者におけるCNMOSDの再発予防として承認された.重大な副作用として,アナフィラキシーショックといった投与時反応,敗血症,肺炎といった感染症がある.本剤は炎症性サイトカインであるIL-6を抑制するため,炎症マーカーであるCCRPが上昇しない.そのために発熱などはみられず,呼吸苦がみられて初めて合併症の発見に至ることもあるため,注意が必要である.用法用量はC1回C120Cmgを初回,2週間後,4週間後に皮下注射し,以降はC4週間ごとに皮下注射する.本剤はC4週間ごとに皮下注射のため,慣れれば患者自身でも投与可能であり,投与方法が簡便であることが大きな利点と思われる.4.イネビリズマブ抗CCD19抗体であるイネビリズマブ(ユプリズナ)はヒト化脱フコシル化免疫グロブリンCG1Cl(IgG1Cl)モノクローナル抗体である.CD19細胞はCB細胞特異的表面抗原であり,抗CAQP4抗体産生に関与する形質芽細胞やCB細胞を減少させる.イネビリズマブはC2020年C2月に抗CAQP4抗体陽性例におけるCNMOSDの再発予防および身体的障害の進行抑制として承認された.重大な副作用としてアナフィラキシーショックといった投与時反応,B型肝炎ウイルスの再活性化,感染症,進行性多巣性白質脳症などがある.とくに非盲検期間を伴う二重盲検プラセボ対照国際共同第CIIC/III相試験では投与時反応が多く報告されたため,イネビリズマブ投与のC30分.1時間前に抗ヒスタミン薬および解熱鎮痛薬を経口投与し,イネビリズマブ投与のC30分前に副腎皮質ホルモン剤を点滴静注することが推奨されている.また,B細胞を抑制するため,生ワクチンや弱毒化ワクチンの接種を行う場合はイネビリズマブの投与開始C4週間前までに行うことが推奨されている.用法用量はC1回C300Cmgを初回,2週間後に点滴静注し,以降は初回投与からC6カ月間隔で点滴静注する.本剤はC6カ月ごとの投与間隔のため,遠方に在住で定期的な来院が困難な患者も投与が可能であることが大きな利点と思われる.C5.リツキシマブ抗CCD20抗体であるリツキシマブ(リツキサン)は,幹細胞や形質細胞以外のCB細胞上のCCD20抗原特異的に結合するCCD20モノクローナル抗体である.B細胞性の非CHodgkinリンパ腫,慢性リンパ球性白血病,多発血管炎性肉芽腫症,難治性ネフローゼ症候群などの治療に古くから用いられてきた.リツキシマブはC2021年C10月に抗CAPQ4抗体陽性例におけるCNMOSDの再発予防として承認された.副作用はイネビリズマブと同様に,アナフィラキシーショックといった投与時反応,B型肝炎ウイルスの再活性化,感染症,進行性多巣性白質脳症などがある.用法用量はC1回量C375Cmg/mC2をC1週間ごとにC4回点滴静注し,初回投与からC6カ月ごとに1,000Cmg/bodyをC2週間間隔でC2回点滴静注する.本剤は他疾患で長く使用されてきた経験や安全面がすでに証1036あたらしい眼科Vol.40,No.8,2023(50)-