小児の網膜検査の実際EvaluationoftheRetinainPediatricOphthalmology原藍子*上野真治*はじめに眼科における検査は,自覚的検査と他覚的検査に大別されるが,小児において自覚的検査は,協力が得られているようでも集中力が足りずに正確な結果が出ない場合が多く,あくまで参考値にとどまることも珍しくない.しかし他覚的検査は,検査の条件がよいことも前提とはなるが,正確な診断の根拠になるものでもあるため,月齢が低く自覚的検査ができない児において診断の重要なツールとなる.本稿では,網膜疾患における検査として代表的な眼底検査,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT),蛍光眼底造影検査,網膜電図(electroretino-gram:ERG)の実際の小児検査におけるポイントについて述べる.眼科検査以外においてもいえることであるが,基本的には小児が嫌がらない検査から順に施行し,最後に一番嫌がられる検査を行うのが重要である.I眼底検査眼底検査は網膜疾患において重要であるが,まぶしさを感じる検査で苦痛もあり,保護者の理解を得て行うべきである.抑制を要することも珍しくないが,これはとくに保護者が立ち会うとショックが大きいため,席をはずしてもらうことが望ましい.抑制時は,開始前にしっかり散瞳されていることを確認してから開始する.とくに嫌がる小児に点眼するときは,散瞳薬が涙で流れてしまい,検査時に散瞳されていないこともあるので複数回点眼することが望ましい.抑制には人手が必要なことも多いため,あらかじめスタッフの確保も必要である.点眼麻酔のあとに開瞼器を用いる.開瞼器は小児用にさまざまなサイズや形状があり,ネジ固定式のバンガーター氏開瞼器やデマル氏開瞼鈎の適切な大きさのものを使用する.観察は単眼倒像,双眼倒像でも可能だが,とくに未熟児網膜症の診察においては,強膜圧迫子を用いての診察を要するため,手があく双眼倒像鏡での診察が一般的と思われる.角膜乾燥予防のために,途中で補助者に人口涙液などの点眼を適宜行ってもらう.自然睡眠下で検査可能な場合もあるが,まぶしさで起きてしまうこともある.時間をかけて検査を行いたい場合は鎮静で行うのが望ましい.トリクロホスナトリウムは内服のみで完結するために,簡便に用いられることも多いが,結局あまり効果が出ずに十分な検査ができなかったという経験も珍しくない.しかし,頻度こそ高くはないものの,呼吸停止,心停止まで至った患者も報告されているため,医療者側は十分に注意して過量投与しないようにするべきである.とくに低年齢の乳幼児は,急速に効いて呼吸抑制を生じる場合と,なかなか効かないからと追加を繰り返すうちに覚醒が遅くなり,呼吸抑制に至っている場合もある.トリクロホスナトリウムでの鎮静がむずかしい場合は,経静脈的に鎮静薬投与を行うことになる.とくに抗てんかん薬であるビガバトリンの副作用のチェックなどの検査では,筆者らは,小児科に*AikoHara&ShinjiUeno:弘前大学大学院医学研究科眼科学講座〔別刷請求先〕上野真治:〒036-8562弘前市在府町5弘前大学大学院医学研究科眼科学講座0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(11)757鎮静を依頼して施行している.2019年に神経生理検査時の鎮静における医療安全に関する提言・指針が日本小児神経学会より公開された.検査中に徐脈がないかの観察を行い,可能なら経皮酸素飽和度の測定を行うことが望まれるが,困難な場合には,顔色や呼吸状態などを随時観察すると記載されている1).誤嚥の防止に対しては,2-4-6ルールが提唱されている.2-4-6ルールとは,検査前の経口摂取制限時間のことであり,清澄水は2時間前,母乳は4時間,人工乳,牛乳,粉ミルク,軽食は6時間前までに済ませることをさしている.検査時の誤嚥による窒息を防ぐためには,このルールを遵守して施行すべきである.II光干渉断層計検査OCTは撮像時に近赤外光を用いるため,被験者がまぶしくないので小児でも行いやすい検査である.特殊な手持ちOCTなどがあれば何歳からでも撮影は可能であるが,通常のOCTでの撮影は協力的な児であれば顎台で顔を固定できる2歳頃から可能となる2).OCTにはさまざまな機種があるが,固視がむずかしい小児では,撮影の際に撮影側の機器が固定されているものよりも,左右に動かせるような機器(たとえばハイデルベルグ社製のスペクトラリス)が,患児の視線に合わせて撮影できるので使いやすい.小児の撮影時には,一人で椅子に座れそうな児はあらかじめ椅子を普段よりやや機器に近いところに寄せておき,検査台を低くした状態で座らせると撮影開始までがスムーズである.顎台に顔が届かない児は,保護者の膝の上に座って検査を行う.短時間の検査で撮像するには顔の固定が重要となるが,あまり押し付けようとすると児が嫌がって顔を離してしまうため,顎台の高さや椅子の高さなどの環境を整えるのが重要である.撮影中はなるべく児の眼瞼を触らないようにすると,児が恐怖感なく固視灯を見てくれやすい.検査時には,画面の中に児の好きなキャラクターがいるとか,色の変化など,興味をそそる話をすると固視が持続しやすい.現在ではさまざまなOCTが開発され,広範囲のスキャンや光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA)もできるが,時間がかかるため小児ではむずかしいことが多い.短時間で診断に必要な最低限の情報を得るためには,まず黄斑部のラインスキャンの加算回数を減らして記録する.余裕があれば,加算回数を増やし質のよい画像を撮影したり,より広範囲に記録して病巣の範囲を確認したりするとよい.広範囲にOCTを記録する場合には,アイトラッキング機能をオンにすると,1回のスキャン時間は機能オフ時よりも撮像時間が長くなってしまうが,スキャン中の瞬目によるアーチファクトを除外して撮像できるため,小児でもきれいな画像を得やすくなる.III眼底写真眼底に異常のある疾患において,眼底写真を記録することは小児,大人を問わず重要であり,とくに小児の場合は保護者への説明にも役立つ.未熟児網膜症のように病状が刻々と変化し状況によって治療の選択が迫られる疾患は,経時的な変化や治療の効果をみるために眼底撮影が必須となる.また,揺さぶられっ子症候群で訴訟問題になることもあるが,眼底所見が非常に重要になるため,眼底写真を撮影しておくべきである.未熟児網膜症などの乳児の広角の眼底検査でもっとも用いられているのが,手持ちの広角眼底カメラRetCam(Natus社)であろう(図1a).RetCamは画角も130°と広く(図1b),網膜の周辺部の観察が重要な未熟児網膜症の評価になくてはならない存在となっている.近年はスマートフォンに取り付けられるカメラを使用して眼底写真を撮影する報告もあるが,やはり画角が広く,オプションをつければ蛍光眼底造影検査も施行できるRetCamには及ばない.RetCamがない施設では,乳幼児は催眠下またはタオルなどでの抑制のうえ,手持ちの眼底カメラで撮影することになる.いくつかの会社から機器は販売されているが,記録したい範囲を撮影することがむずかしいこともある.眼底検査と同様にスタッフと協力して撮影を行う.今までの通常の眼底カメラでは顎台に顔を乗せられたとしても,周辺視の状態を撮影するのが困難であったが,無散瞳でも周辺部網膜を撮影できる広角眼底カメラの登場により状況は一変した.広角眼底カメラによる眼底写真により,小児の網膜診療に慣れていない眼科医で758あたらしい眼科Vol.41,No.7,2024(12)図1未熟児網膜症のRetCamにおける眼底写真と撮影風景a:RetCamでの実際の撮影風景.b:在胎26週3日,932gで出生した未熟児網膜症Stage2の児の眼底写真である.この写真が撮影された約2週間後,修正39週で両眼にラニビズマブ硝子体注射が施行された.(名古屋大学眼科野々部典枝先生のご厚意による)図2小児の広角眼底カメラでの撮影風景広角眼底写真撮影時には,顔の位置を検査者が調整するが,あまり押さえつけないように注意する.Optos社製の眼底カメラは顎台を設置していないため,椅子を適切な高さにし,成人の撮影よりも椅子を近づけてから中をのぞいてもらい,撮影者が瞳孔の位置を調整して撮影する.図3小児の蛍光眼底造影画像5歳9カ月で当科初診,左眼Coats病の診断となった.検査に非常に協力的で,当科にまだ広角眼底カメラが導入されていなかった時代であったが,その年齢で9方向視も上手にできた画像である.図4RETevalを用いたERGの撮影の実際センサーストリップとよばれるシール型の電極を貼付して波形を記録する.小さなドームの内部から光刺激が発出され,被検者はドームをのぞき込んでERGを記録する.開瞼しているかは赤外線モニターで確認できるため,小児の検査にはとくに有用である.aRODbSFcBF15μV/div05015010020005005025msec/div10msec/div10msec/divdCONEeFLK10μV/div10μV/div0505010010msec/div10msec/div図5HE-2000により記録された国際臨床視覚電気整理学会が推奨するERG波形12歳女児の正常波形である.a:ROD(DA0.01)暗順応下に弱い光刺激で杆体系の機能を評価.b:SF(Standard.ash,DA3)暗順応下に中等度の光刺激で網膜全体の機能を評価.c:BF(Bright.ash,DA30)暗順応下に強度の光刺激で網膜全体の機能を評価.d:CONE(LA3)明順FLK(Flicker,LA30Hz)30Hz応下に中等度の光刺激で錐体系の機能を評価.e:のFlicker刺激により錐体系の機能を評価.