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硝子体手術のワンポイントアドバイス: 241.糖尿病網膜症と自然免疫─その 2(研究編:

2023年6月30日 金曜日

241糖尿病網膜症と自然免疫―その2(研究編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに前回では,糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)の発症と病態に自然免疫系のCNLRP3インフラマソームが深く関与していること,またCDRの発症と進行は遷延化した創傷治癒過程に類似しており,単純糖尿病網膜症(simpleCdiabeticretinopathy:SDR)や前増殖糖尿病網膜症(preproliferativeCdiabeticretinopathy:prePDR)には炎症性のCM1マクロファージ(macrophage:Mz)が,PDRには抗炎症性のCM2CMzが関与することなどを述べた.今回は,その仮説をもとにCDRの臨床所見の多様性について考えてみたい.C●糖尿病黄斑浮腫の自然軽快例日常臨床において糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME)の自然軽快をしばしば経験する.図1はC29歳,女性.左眼のみ硝子体手術を施行したが,9年間に無治療の右眼のCDMEも軽快した1).このCDMEの軽快には硝子体手術よりはむしろ免疫系の変化が関与した可能性がある.DMEの遷延例はCM1Mzが優位な炎症期からCM2Mzが優位な抗炎症期にスムーズに移行できない病態と考えられる2).2007年1月(29歳)2008年4月(30歳)2016年11月(38歳)RV=(0.08)RV=(0.15)RV=(0.5)LV=(0.06)LV=(0.1)LV=(0.5)図1DMEの自然寛解例左眼のみ硝子体手術を施行し,DMEの推移をみていた症例.9年という長い経過中に,硝子体手術を施行した左眼だけでなく,無治療の右眼のCDMEも軽快した.(文献C1より引用)(99)C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY●DMEがないのに新生血管が著明な症例SDRでも著明なCDMEをきたす症例(図2a)がある一方で,新生血管を多数認めるCPDRでもCDMEをまったく認めない症例(図2b)をときどき経験する1).この乖離は,前者がCM1Mz優位,後者がCM2Mz優位な時期の症例と考えると理解しやすい.前回で述べたように,高血糖や活性酸素はCM1MzからCM2Mzへの極性化を抑制する因子,逆にCPPARcは促進する因子とされている.C●免疫調節をターゲットとしたDRの新治療DRに対する新たな治療法として免疫抑制療法または免疫調節療法の可能性を示す報告はすでになされている.NLRP3阻害薬が高グルコース誘発性ヒト網膜内皮細胞機能不全に対して保護効果を有することを示した報告3)や,b-ヒドロキシブチレートがCNLRP3インフラマソームの活性化を制御することでCDRの進行を抑制したとする報告4)などがある.文献1)池田恒彦,奥英弘,杉山哲也ほか:糖尿病網膜症の病態と治療─臨床と基礎研究の接点.あたらしい眼科C36:757-770,C20192)IkedaCT,CNakamuraCK,CKidaCTCetal:PossibleCrolesCofCanti-typeIIcollagenantibodyandinnateimmunityinthedevelopmentCandCprogressionCofCdiabeticCretinopathy.CGraefesArchClinExpOphthalmolC260:387-403,C20223)ZhangY,LuX,HuZetal:ProtectionofMcc950againsthigh-glucose-inducedChumanCretinalCendothelialCcellCdys-function.CellDeathDisC8:e2941,C20174)TrottaCMC,CMaistoCR,CGuidaCFCetal:TheCactivationCofCretinalCHCA2CreceptorsCbyCsystemicCbeta-hydroxybutyr-ateCinhibitsCdiabeticCretinalCdamageCthroughCreductionCofCendoplasmicCreticulumCstressCandCtheCNLRP3Cin.amma-some.CPLoSOneC14:e0211005,C2019Cab図2DRの重症度とDMEの乖離網膜無灌流域を認めないCSDRでも著明なCDMEをきたす症例(a)がある一方で,新生血管を多数認めるCPDRでもCDMEをまったく認めない症例(b)もある.(文献C1より引用)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023811

考える手術:18.挙筋群短縮術

2023年6月30日 金曜日

考える手術⑱監修松井良諭・奥村直毅挙筋群短縮術米田亜規子京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学日常診療においてもっとも多くみられる眼瞼下垂は,加齢やハードコンタクトレンズ長期使用でみられる腱膜性眼瞼下垂である.腱膜性眼瞼下垂では,眼瞼挙筋の働き自体は保たれているにもかかわらず,挙筋群に変性・線維化・萎縮などを生じ,挙筋腱膜が本来付着している瞼板から離れ,後方へ偏位している.眼瞼下垂症に対する手術にはさまざまな術式があり,上眼瞼挙筋腱膜単独での前転術やMuller筋を瞼板にタッキングするMuller筋タッキング,さらに挙筋腱膜とMuller筋の両者を短縮する挙筋群短縮術などがある.本稿では挙筋群短縮術における結膜とMuller筋間の.離操作でのポイントを紹介する.この操作をスムーズに行えるようになれば,挙筋群短縮術の手術時間も大幅に短縮できる.まず,術前の結膜下麻酔で,結膜とMuller筋間に層間.離を意識して麻酔液を注入しておくと,あとの.離が容易になる.結膜とMuller筋間の.離は,瞼板上縁で水平方向にMuller筋を切離する操作と,瞼板上縁から頭側に向けてMuller筋を.離する操作に分かれる.瞼板上縁付近には辺縁動脈弓が水平方向に走行しているため,この血管に注意しながらMuller筋を1カ所小さく切開し,スプリング剪刀の先端で鈍的に結膜層まで.離を進め,結膜層に到達したらそこから水平方向にMuller筋を焼灼しながら切離を進める.瞼板上縁でMuller筋が切離できたら,Muller筋を手前に牽引し,結膜との間に突っ張った組織にスプリング剪刀を少し開いた状態で軽く押し当て,削ぐように頭側に.離していく.この際に挙筋腱膜とMuller筋に制御糸をかけて牽引すると,操作が容易になる.聞き手:挙筋群短縮術がとくに望ましいのはどんな場合筋の両方の力により開瞼幅を矯正するため,他の術式よですか?りも少ない前転量で十分な眼瞼挙上が得られることがあ米田:挙筋群短縮術(levatorresection)は挙筋機能がります.前転量が少ないので,術後の閉瞼不全やそれに比較的弱い患者でも対応可能なため,挙筋機能が5~伴って生じる角結膜障害を最小限に抑えることができま9mm程度の場合は挙筋群短縮術がとくに望ましいといす.そのため,Parkinson病などでしばしばみられるよえます.この術式の利点の一つに,挙筋腱膜とMullerうな自然瞬目の浅い患者や,閉瞼機能が弱く術後閉瞼不(97)あたらしい眼科Vol.40,No.6,20238090910-1810/23/\100/頁/JCOPY考える手術全のリスクが高い患者,また角膜疾患や重症ドライアイ,緑内障手術の既往があり角結膜障害を可能なかぎり最小限に抑えたい患者では,挙筋群短縮術が望ましいといえます.さらに,前医での術式詳細が不明な再手術の場合は,いったん眼瞼の解剖をすべてリセット,つまり挙筋腱膜とMuller筋を.離しなおして,状況を把握したうえで,望ましい位置に再び付けなおすことができるという点で,挙筋群短縮術がもっとも有効です.聞き手:挙筋腱膜のみの前転術中に,大幅に前転しても予想より眼瞼が上がりにくい場合,途中から挙筋群短縮術に変更できますか?米田:挙筋腱膜(aponeurosis)単独での前転術を行っている最中に,ホワイトライン上縁を超えて大幅に前転しても十分な眼瞼挙上が得られない場合は,追加でMuller筋と結膜の間を.離し,挙筋腱膜とMuller筋を合わせて前転することで挙筋群短縮術に切り替えることが可能です.聞き手:挙筋群短縮術のデメリットについて教えてください.米田:他の術式と比較して出血しやすい操作が多いため(とくに結膜とMuller筋間の.離),時間がかかりやすい点がデメリットといえます.そのためにも,エッセンスに記載したポイントの操作を確実に行えるようになることが,この術式攻略の近道になります.聞き手:挙筋群を瞼板に固定する際の目安やコツなどがあれば教えてください.米田:正常の眼瞼では,挙筋腱膜はホワイトライン(眼窩隔膜の翻転部)の下縁あたりで瞼板に付着しています.一方,腱膜性眼瞼下垂では挙筋腱膜は本来付着している瞼板から離れ,後方へ偏位しており,術中所見においてホワイトラインの頭側への後退を認めます.挙筋群短縮術では,挙筋腱膜とMuller筋の両者を前転させますが,解剖学的に正常な位置へ戻すことを意識して,ホワイトラインの下端を瞼板上方1/3のあたりに3点(鼻側,中央,耳側)で固定することを目安としています.ホワイトラインは必ずしも鼻側から耳側まで均一に後退しているとは限らず,鼻側ではしばしば挙筋腱膜自体の菲薄化や脂肪変性を認めることもあるため,挙筋群の状態に応じて固定位置を調整し,その後さらに患者に開瞼してもらいアーチの形や瞼縁の高さ,左右差などを見ながら調整を行います.瞼板への固定位置を瞼縁に近くすると,固定位置に合わせてノッチが形成され瞼縁のアーチが不自然になりやすいだけでなく,瞼板変形をきたし角結膜障害を生じるリスクにもなるため,瞼縁高の調整は挙筋群の前転量で調整します.聞き手:重瞼作製のポイントについて教えてください.米田:重瞼を予想通りの幅や形にするには,さまざまな要素を考慮する必要があります.まず切開線が術後の重瞼線になるようデザインしますが,術前の眉毛代償や皮膚弛緩の程度から,術後の皮膚弛緩が少なそうな場合は瞼縁から6~7mm程度,術後に皮膚弛緩がある程度予想される場合には少し高めに調整してデザインを行います.デザインを左右差なく描いても,切開がデザインより瞼縁側に寄ると結果的に重瞼幅は狭くなるため,切開の際にも注意が必要です.切開線が瞼縁側にずれやすい術者は,皮膚切開時に瞼縁側の牽引固定が対側の牽引固定より弱い傾向があるため,デザインに対し均等な牽引固定がポイントになります.挙筋群短縮術の重瞼作製では瞼板に固定した挙筋群より遠位の挙筋腱膜と瞼縁側の皮下組織を拾って埋没縫合します.縫合時の締め具合でも睫毛の立ち具合が調整できるため,睫毛の立ち具合も見ながら縫合します.図1Muller筋と結膜間の.離a:Muller筋に1カ所きっかけとなる切開を作製し,結膜層まで鈍的に.離する.b:瞼板上縁に沿って横方向に.離を進め切開を広げていく.c:Muller筋を手前に牽引し,結膜との間にスプリング剪刀を少し開いた状態で軽く押し当て,削ぐように頭側に.離していく.810あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023(98)

抗VEGF治療:OCTAを活用した無症候性の脈絡膜新生血管への対処法

2023年6月30日 金曜日

●連載◯132監修=安川力髙橋寛二112OCTAを活用した無症候性の脈絡膜有馬武志日本医科大学眼科学教室新生血管への対処法脈絡膜新生血管(CNV)の第一選択の治療である抗CVEGF薬硝子体内注射の追加を決める際に,光干渉断層血管撮影(OCTA)が有用となることがある.本稿ではCOCTAの特性とCCNV治療へのCOCTAの活用法を概説する.光干渉断層血管造影(OCTA)のメリット・デメリット脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)の診断・治療方針には,従来から行われているフルオレセイン蛍光造影(.uorescenceangiography:FA),インドシアニングリーン蛍光造影(indocyanineCgreenangiography:IA)だけでなく,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)が必須検査となっている.CNVの病型や病態を理解するためにCFA,IAを行い,抗CVEGF薬の硝子体内注射で滲出性変化を抑えながら長期マネージメントするのが一般的である.非侵襲的なCOCTを用いて網膜色素上皮(retinalCpig-mentepithelium:RPE)の隆起の有無を確認し,網膜内,網膜下やCRPE下のC.uid成分の増悪を確認して治療できる時代になってきた.しかし実臨床において,わずかな滲出性変化でも,恒久的な網膜外層のダメージが残ってしまう患者があることは事実である.これからのCNV治療には滲出性変化が悪化する前(無症候性の時期)に増悪する予兆をみつけ,早期治療を行う戦略が重要である.近年,検査領域でCOCTを用いて網脈絡膜の血管構造を層別に検出する新しい技術である光干渉断層血管造影(OCTangiography:OCTA)が登場し,CNVの治療戦略において新たなゲームチェンジャーとなる可能性がある.従来のCFA,IAと比較したCOCTAのメリットとしては,造影剤を使用する必要がなくショック・アレルギーの心配が不要な点と,撮影時間も短く網膜表層~深層の血管構造を層別に検出できる点があげられる.非侵襲的な検査のため頻回撮影して経時変化を捉えることも可能である.デメリットとしてはアーチファクトや画角の問題などがあり,今後克服すべき課題でもある.現時点でCOCTAは単独で診断や治療方針を決定する検査手法とはいいがたいが,補助的検査機器として(95)C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY活用することでCCNVや網脈絡膜の虚血病変を正確に検出・病態を把握できる可能性は高い1,2).COCTAを用いたCNVへの対処法筆者らの網膜硝子体外来におけるCOCTAの活用の一例を紹介する.患者はC79歳,男性.5年前に右眼の滲出型加齢黄斑変性と診断され,視力,その他の自覚症状,OCTの所見の変化を基本とした必要時投与(proCrenata投与)でおおむねC3~4カ月おきの抗CVEGF薬硝子体内注射にて右眼矯正視力C0.4前後で推移していた.当院でCOCTA導入後に定期的に血管動態の観察を行っていたところ,視力,その他の自覚症状,OCT所見は不変であったが,OCTA上で血管網所見の増悪を認めた.前回の抗CVEGF薬硝子体内注射からC8週目で時期的には早かったが,患者に状況を説明して抗VEGF薬の追加投与を行ったところ,所見が改善しただけでなく,これまででもっとも良好な右眼矯正視力0.9が得られた(図1).このようにCOCTAを用いることで,自覚症状が生じる前にCCNVの病状の進行をとらえることができる可能性がある.OCTAは非侵襲的に脈絡膜レベルまでの血管動態を調べることが可能であり,OCTでは一見不変であっても,OCTAで追加検査することで微細な血管構造の変化をチェックし,より適切な時期に硝子体内注射を施行できるケースがあると思われる.しかし,OCTAの所見の解釈が確立していないことから,CNVの病態把握をC1枚のCOCTA画像でできると考えるのは,やや早計であろう.筆者が考えるCOCTA活用の大事なポイントは「変化」を捉えることである.経時変化を捉えるために,定期的に時間をおいてCOCTAを撮影し,網膜深層での微細な変化が生じてくれば,OCTや視力その他の自覚症状の変化と総合的に見比べて評価すればよいのである.一度あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023807ab図1OCTAの経時変化に伴う血管構造の変化および治療後の変化同一症例の経時的なCOCTAの画像を示す.Ca:定期的な抗VEGF薬硝子体内注射により安定していた時期のCOCTA.網膜外層~脈絡膜の領域に血管網を疑う高輝度所見を認める.b:患者の視力,その他の自覚症状に変化はなく抗VEGF薬硝子体内注射後からC8週目であり,OCTでもCRPEの形状に変化は認めない.しかしCOCTAでは網膜の深層部で血管網の増悪所見(C..)を認める.Cc:抗CVEGF薬硝子体内注射を追加したところ,所見の改善を認め(C..),視力がさらに改善した.のCOCTAの所見にとらわれずに数回のCOCTA画像を比較することが大事である.自覚症状やCOCT所見がない時期に,OCTAからCCNVの治療を開始すべきタイミングを導き出せれば,今後多くの患者の福音となる可能性がある.また近年,抗CVEGF薬硝子体内注射の治療法に新たに抗CVEGF+アンジオポエチンC2(angiopoi-etin-2:Ang-2)阻害薬が登場し,今後期待されている.Ang-2は網脈絡膜血管において血管内皮細胞とペリサイトの離脱に関与している.Ang-2阻害により,ペリサイトは血管内皮細胞に強固に接着することで新生血管の足場をブロックする.VEGFだけでなくCAng-2も抑制することで新生血管を抑制するだけでなく,ペリサイトと血管内皮細胞の接着を促進して血管の安定化が得られる.動物実験レベルでの新生血管においても,Ang-2の増減に伴い,ペリサイトが離脱した血管構造の病理画像は有意な所見として観察される3).実臨床においても抗CVEGF+Ang-2阻害薬の普及により,今後は網脈絡C808あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023膜血管の構造変化を観察することが治療の効果判定に有用となる時代が来る可能性が高い.FAやCIAのように蛍光漏出の影響を受けないので,理論的にはCOCTAを用いてCAng-2の影響による血管構造の変化を捉えることが可能であると思われる.今後,こういった新たな治療方法の評価の補助にもCOCTAが有効となる可能性が高く,より詳細な調査が期待される.文献1)TakasagoCY,CShiragamiCC,CKobayashiCMCetal:MacularCatrophy.ndingsbyopticalcoherencetomographyangiog-raphyCcomparedCwithCfundusCauto.uorescenceCinCtreatedCexudativeage-relatedmaculardegeneration.CRetina39:2,C20192)IkebukuroCT,CIgarashiCT,CKameyaCSCetal:OpticalCcoher-enceCtomographyCangiographyCofCnonarteriticCcilioretinalCarteryCocclusionCalone.CCaseCRepCOphthalmolCMedC27:C8845972,C20213)ArimaCT,CUchiyamaCM,CShimizuCACetal:ObservationCofCcornealCwoundChealingCandCangiogenesisCusingClow-vacu-umscanningelectronmicroscopy.TranslVisSciTechnol9:14,C2020(96)

緑内障:緑内障における抗酸化サプリメントの可能性

2023年6月30日 金曜日

●連載◯276監修=福地健郎中野匡276.緑内障における抗酸化サプリメントの結城賢弥名古屋大学大学院医学系研究科眼科学・感覚器障害制御学教室可能性活性酸素種が緑内障に関与しているという報告は多い.ほぼすべての緑内障動物モデルで活性酸素種の抑制により網膜神経節細胞死が抑制可能であり,ヒトのサンプルを用いた多くの症例対照研究が緑内障と活性酸素種の関係を示唆している.あとは無作為化比較試験で抗酸化サプリメントの有効性を証明するだけのように思われる.●活性酸素種と緑内障モデルマウス抗酸化サプリメントが緑内障性視神経症を抑制するためには,緑内障性視神経症に酸化ストレスが関与している必要がある.緑内障動物モデルには眼圧上昇モデル,軸索損傷モデル,TNF-a軸索障害モデル,グルタミン酸毒性モデルなどがあるが,それらすべてで傷害に伴い網膜神経節細胞(retinalCganglioncell:RGC)で活性酸素種が発生し,その除去によりCRGC死が抑制可能であると報告されている.Yangらは前房内マイクロビーズ投与高眼圧モデルマウスを用い,抗酸化物質CTempolの神経保護効果を検討した.マイクロビーズにより眼圧は平均してC25CmmHg程度に上昇したが,抗酸化物質投与群では網膜中の抗酸化能が有意に高値であり,また網膜内の酸化ストレスマーカーCHNEなどが有意に低値であった.RGC死に関しても対照群では約C40%の減少が認められたが,抗酸化物質投与群では細胞死は約C25%に抑制されていた.この報告ではCSOD1欠損マウスにも同様に眼圧上昇負荷を行い,RGC死を検討しているが,SOD1欠損マウスのCRGC死は約C50%と野生型よりも有意に多く,眼圧上昇によるCRGC死に活性酸素の関与があることを示唆している1).C●ヒト緑内障における活性酸素種の関与ヒト緑内障における酸化ストレスの関与はどうであろうか.ヒト緑内障眼の線維柱帯,房水,血液,尿において,8-OHdGなどのCDNA酸化損傷マーカーとマロンジアルデヒドのような脂質酸化損傷マーカーの高値,SOD1などの抗酸化酵素の変化などが報告されている.正常眼圧緑内障(normalCtensionglaucoma:NTG)では眼圧非依存的な因子の存在が考えられている.筆者らは,NTG患者の血清中のビタミンCC濃度が対照群と比較し有意に低値であることを報告した(図1)2).また筆者らは,NTGの進行に関与する因子を明らかにするために,DNAの酸化ストレスマーカーであるC8-OHdG(93)の尿中濃度と,5年後のCNTG進行との関係を検討した.その結果,5年後にCNTGが進行した群と進行しなかった群で,ベースライン眼圧や治療下の眼圧に差はなかったが,進行群では有意に尿中C8-OHdG濃度が高値であった(図2)3).緑内障患者では全身や眼内の抗酸化酵素濃度が上昇しているという報告が複数ある.抗酸化物質や抗酸化酵素濃度が減り,その結果,活性酸素種が増えて緑内障になるならば,矛盾していないのかと考えるかもしれない.抗酸化酵素は活性酸素種が増えると,それに対応して濃度が増えるとされており,たくさんあるとよいという単純なものではないのである.C●緑内障性視神経症に対する抗酸化サプリメントによる介入研究無作為化比較試験の結果はどうであろうか.Garcia-Medinaらは原発開放隅角緑内障患者C117名に対し,経口にてビタミンCA,B,C,E,ルテイン,ゼアキサンチン,亜鉛,銅,セレン,マンガンからなる抗酸化物質投与を行った4).この研究ではC26名に対しC~3不飽和脂肪酸を含む抗酸化物質投与群に,26名に対しC~3不飽和脂肪酸を含まない抗酸化物質投与群に,63名をプラセボ群に無作為化割付けし,抗緑内障薬を併用してC2年間経過観察を行なった.介入前のC3群間の視野や網膜内層厚に有意な差はなかったが,2年経過後もC3群間に明らかな差はなかった(図3)4).症例数が少ない,経過観察期間が短いなどの問題点はあるが,抗酸化物質の緑内障進行予防効果は認められなかった.一部の抗酸化サプリメントの眼圧下降効果が報告されている.活性酸素種はCRGC死だけでなく,線維柱帯細胞を障害し,眼圧上昇をきたすと考えられている.Manabeらは平均眼圧C17.2CmmHgの原発開放隅角緑内障患者に対し松樹皮エキスとビルベリー果実エキスからなるサプリメントをC1日C1粒投与した5)(図4).その結果,投与C4週間後の平均眼圧はC15.7CmmHgと有意に下降したと報告している.また,Steigerwaltらの高眼圧症あたらしい眼科Vol.40,No.6,20238050910-1810/23/\100/頁/JCOPY血清中ビタミンC濃度(μg/ml)12108*サプリメントサプリメント0対照群A群B群-212108-4尿中8-OHdG濃度(ng/mgクレアチニン)6-6-84-102-120対照群(n=44)NTG群(n=47)非進行群(n=23)進行群(n=17)図3原発開放隅角緑内障患者へのサプリ図1正常眼圧緑内障患者と対照者の血図2正常眼圧緑内障進行群と非進行群の尿メント投与2年後の視野MD値清中ビタミンC濃度の比較中DNA酸化損傷マーカー値の比較抗酸化サプリメント投与群(サプリメントNTG患者では対照群と比較し,血清中緑内障薬物治療下でも進行するCNTG患者の中身の違いによりCA群とCB群に分かれビタミンCC濃度が有意に低値であった(進行群)は,DNA酸化損傷マーカーであるる)と対照群のC2年後の視野CMD値であ(*p<0.05,t検定).尿中C8-OHdGの濃度が非進行群と比較し,る.投与開始時のCMD値と網膜内層厚にC3(文献C2より改変引用)有意に高値であった(*p<0.05,t検定).群間で有意な差はなかった.2年後もC3群図4栄養補助食品「サンテグラジェノックス」一部の抗酸化作用があるとするサプリメントで眼圧下降効果が報告されている.平均眼圧C17.2CmmHgの原発開放隅角緑内障患者に対し,松樹皮エキスとビルベリー果実エキスからなる本製品をC1日C1粒投与した結果,投与C4週間後の平均眼圧はC15.7CmmHgと有意に下降したとの報告5)がある.(写真提供:参天製薬株式会社)患者に対する無作為化試験においても,松樹皮エキスとビルベリー果実エキスサプリメントの眼圧下降効果が報告されている6).神経保護効果を証明することは,多くの研究において困難だが,むしろ抗酸化物質による眼圧下降効果が先に証明される可能性があると考えている.C●抗酸化サプリメントは無害か?サプリメントの神経保護効果は証明されていないとしても,害がなければ使用することに問題はないのではなかろうか.実際はサプリメントにも害がある可能性がある.喫煙者はCbカロテンを摂取することにより,肺癌の罹患率が約C20%程度上昇することや,ビタミンCEの摂取は前立腺がんや大腸癌がんのリスクを上昇させるこC806あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023(文献C3より改変引用)間に有意な差を認めなかった.(文献C4より作成)とが報告されており7),その理由は,生体では癌細胞などができたときに活性酸素種を利用して癌細胞を除去しているが,抗酸化物質の投与により活性酸素種が除去され,癌細胞の除去ができなくなるためではないかと考えられている7).そういった観点から効果が証明されていないサプリメントの摂取は個人的にはお薦めしない.とくに日本人は魚や野菜などをバランスよく食べていることが多く,十分な抗酸化物質を摂取している可能性が高い.今後のエビデンスの蓄積が必要である.文献1)YangX,HondurG,TezelG:Antioxidanttreatmentlimitsneuroin.ammationCinCexperimentalCglaucoma.CInvestCOph-thalmolVisSciC57:2344-2354,C20162)YukiK,MuratD,KimuraIetal:Reduced-serumvitaminCandincreaseduricacidlevelsinnorma-tensionglauco-ma.GraefesArcClinExpOphthalmol248:243-248,C20103)YukiCK,CTsubotaK:IncreasedCurinaryC8-hydroxy-2’-deoxyguanosine(8-OHdG)/creatininelevelsisassociatedwithCtheCprogressionCofCnormal-tensionCglaucomaCCurrCEyeResC38:983-988,C20134)Garcia-MedinaCJJ,CGarcia-MedinaCM,CGarrido-FernandezCPetal:Atwo-yearfollow-upoforalantioxidantsupple-mentationCinprimaryCopen-angleCglaucoma:anCopen-label,Crandomized,CcontrolledCtrialCActaCOphthalmolC93:C546-545,C20155)ManabeCK,CKaidzuCSachikoCTsutsuiCACetal:E.ectsCofCFrenchCmaritimeCpineCbark/bilberryCfruitCextractsConCintraocularCpressureCforCprimaryCopen-angleCglaucoma.CJClinBiochemNutrC68:67-72,C20216)SteigerwaltRD,BelcaroG,MorazzoniPetal:MirtogenolpotentiatesClatanoprostCinCloweringCintraocularCpressureCandimprovesocularblood.owinasymptomaticsubjectsClinOphthalmolC4:471-476,C20107)PoljsakCB,CMilisavI:TheCroleCofCantioxidantsCinCcancer,Cfriendsorfoes?CurrPharmCDes24:5234-5244,C2018(94)

屈折矯正手術:LASIK術後診察のポイント

2023年6月30日 金曜日

●連載◯277監修=稗田牧神谷和孝277.LASIK術後診察のポイント伊藤栄獨協医科大学眼科学教室LASIK術後診察は,術直後,術後早期,術後中長期と時期を分けて把握すると,判断が容易となる.患者が若く活動的である点が通院を継続させる障壁となるが,角膜拡張症や屈折の戻りなど,術後長期間経過してから生じる合併症もあるため,注意が必要である.C●はじめにLaserCinCsitukeratomileusis(LASIK)は安全性,有効性が非常に高く,屈折矯正手術の中では完成された術式である.しかし,見逃してはならない術後合併症があるため,今回,LASIKの術後を術直後,術後初期,術後中長期に分けて,術後診察のポイントを解説する.C●術直後・フラップ偏位と皺(striae)大きなフラップのずれや皺は視機能に影響を与えるため,必ず術直後にフラップを確認する.獨協医科大学病院(以下,当院)では,手術C30分後に細隙灯顕微鏡で再度診察し,フラップの異常がないか確認してから帰宅させるようにしている.フラップが薄い場合やヒンジが短い場合にフラップのずれや皺が起こりやすいため,フラップの厚さはC120Cμmを標準に,最低でもC100Cμmは確保するようにしている.術直後であれば容易に整復できるが,時間が経過してしまった場合は,複数回の手術やフラップの縫合が必要となることもあるため,術直後に見逃さないことが重要である.・フラップ層間の異物眼脂,MQAやガーゼの繊維,滅菌手袋のラテックス粉,マイクロケラトームの金属粉などがフラップ層間の異物としてあげられる.フラップの洗浄に注意し,できるかぎり繊維や粉状の成分が出ないものを術中使用する.通常は,微小な層間異物があったとしても,瞳孔領にかからなければ視機能に影響することはない.C●術後初期(術後1日~3カ月)・Di.uselamellarkeratitisフラップ下への細胞浸潤であり,術翌日にみられることが多い.ほとんどの場合,ステロイド点眼を使用しC1週間程度で消退するが,中心部に及ぶ強い浸潤の場合は,フラップの洗浄やステロイドの全身投与を行う必要(91)がある.・ドライアイフラップ作製により角膜の三叉神経が切断されるため,LASIK術後ドライアイは多くの症例で生じる.神経の回復とともに術後数カ月で改善する一時的な合併症であることが多いが,まれに難治性となる場合もある.自覚症状が強い場合や,涙液減少,角結膜上皮障害などの所見がある場合はドライアイ治療を強化し,遷延させないことが重要である.・角膜内皮増殖(epithelialingrowth)角結膜上皮細胞がフラップ下に迷入し,進展増殖することで角膜混濁が生じた状態である.術後C1.3週程度で認められ,フラップ辺縁から連続して生じるものと,フラップ辺縁とは連続せずフラップ内部で限局して生じるものに分けられる.進行するものや範囲が広いものはフラップ下の上皮組織を除去する必要がある.・屈折誤差術後屈折誤差の範囲は施設によって異なる場合があるが,当院ではCLASIK術後C1週間程度で,目標屈折値からC0.5Dを上回る屈折誤差があった場合は,低矯正や過矯正が生じたと考える.術後C1.3カ月程度経過し,術後屈折値が安定した段階で患者に自覚症状があれば,再手術によるCenhancementを検討する.術後進行する近視化の場合は,regressionや軸性近視の悪化,角膜拡張症でないか注意する必要がある.・感染症LASIK術後の感染症はC0.004.0.2%程度など報告により頻度はさまざまである1,2).フラップ辺縁の上皮化は約C24時間で完成すると考えられているが,上皮欠損している間は感染の成立に注意しなければならない.ブドウ球菌やレンサ球菌の場合は術後C1.3日で症状が進行するが,非定型抗酸菌やCNocardiaなどではC1週間以上経って顕在化する場合もある.当院では,フラップが安定するC1カ月くらいの期間は感染症に注意し,激しいスポーツや水泳と温泉に入ることは禁止している.あたらしい眼科Vol.40,No.6,20238030910-1810/23/\100/頁/JCOPY図2角膜拡張症に急性角膜水腫を合併した症例数年前に他院でCLASIKを施行し,術後角膜拡張症を発症.その後,急性角膜水腫を合併した症例.角膜浮腫によりLASIKフラップの辺縁が明瞭となっている.●術後中長期(術後3カ月~)・角膜拡張症(keratectasia)エキシマレーザー角膜屈折矯正術後に,円錐角膜のように進行性に角膜が突出し,菲薄化する合併症である.発症頻度はC0.09%程度3)とまれであるが,発症した場合は矯正視力が低下する可能性が高い.角膜拡張症の平均発症期間は術後C15.3カ月と報告されているが,術後C62カ月経過してから発症した例もあり4),長期間にわたり経過観察をする必要がある.術前に角膜拡張症のリスクファクタースコア4)でリスクの高い症例を避けることが予防につながるが,低リスクでも角膜拡張症が発生する可能性がゼロではないことに留意する.発症予防として,角膜前後面の形状解析により術前に潜在的な円錐角膜を除外することはいうまでもないが,当院では術前後C804あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023図1角膜生体力学特性による評価CorvisST(OCULUS社)を用いて,エキシマレーザー角膜屈折矯正術後の角膜生体力学特性を測定し,角膜拡張症発症のリスクを評価する.に角膜生体力学特性を評価し(図1),リスクの程度を把握している.進行した場合は恒久的な視力低下を起こすため(図2),円錐角膜と同様,早期に発見することが重要であり,角膜拡張症を認め次第,未承認治療ではあるが角膜クロスリンキングの施行を検討する.・Regression(屈折の戻り)AlioらはCLASIK術後C3カ月から術後C10年間に,平均.1.04±1.73Dの近視化が生じたと報告しており5),LASIK術後は一定の割合で再近視化する.原因としては角膜や水晶体の変化,眼軸長の延長などの影響が考えられるが,近視化による自覚症状が強く,患者の希望があればCenhancementを検討する.術後Cenhancementの方法としては,初回のCLASIKフラップを再.離してablationする方法と,レーザー屈折矯正角膜切除術(photorefractiveCkeratectomy:PRK)によりCsurfaceablationをする方法がある.どちらの方法を選択するかは,術後年数やCLASIKフラップ厚,残存角膜ベッド厚などから複合的に判断している.文献1)IdeCT,CKurosakaCD,CSenooCTCetal:FirstCmulticenterCsur-veyoninfectiouskeratitisfollowingexcimerlasersurgeryinJapan.TaiwanJOphthalmol4:116-119,C20142)StultingRD,CarrJD,ThompsonKPetal:Complicationsoflaserinsitukeratomileusisforthecorrectionofmyopia.OphthalmologyC106:13-20,C19993)MoshirfarCM,CTukanCAN,CBundogjiCNCetal:RiskCfactorsCandCprognosisCforCcornealCectasiaCafterCLASIK.COphthal-molTher10:753-776,C20214)RandlemanJB,WoodwardM,LynnMJetal:Riskassess-mentforectasiaaftercornealrefractivesurgery.COphthal-mology115:37-50,C20085)AlioCJL,CMuftuogluCO,COrtizCDCetal:Ten-yearCfollow-upCoflaserinsitukeratomileusisformyopiaofupto-10diop-ters.CAmJOphthalmol145:46-54,C2008(92)

眼内レンズ:スパイラルCTRインジェクター

2023年6月30日 金曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋下分章裕439.スパイラルCTRインジェクターしもわけ眼科脆弱CZinn小帯眼に対して水晶体.拡張リング(CTR)を安全に挿入する方法としてスパイラル法が知られているが,両手法を必要とし,初心者にはむずかしい.片手で簡便に操作できるスパイラルCCTRインジェクターを開発した.●はじめに脆弱CZinn小帯眼に対して水晶体.拡張リング(capsu-lartensionring:CTR)を正確に.内へ挿入できれば,その後の白内障手術は格段に遂行しやすくなるのは既知のとおりである1).しかし,Zinn小帯断裂が広範囲に及ぶ場合は,挿入する際にCZinn小帯断裂を広げてしまい,状況をさらに悪化させてしまうことがある.とくに.内の核を乳化吸引したあとにCCTRを挿入する場合は,核がないため.形状にたるみが生じ,そこにCCTR先端部が引っかかり.に力が加わると,Zinn小帯断裂が拡大する可能性が高まる(図1).C●CTRを.にストレスをかけずに挿入する方法その対策としてCFish-tail法が知られているが2),CTRを.内に導くのがむずかしく,一般的には普及しなかった.その後,スパイラル法が広く使われるようになった3,4).スパイラル法とは,CTRインジェクターを用い,CTR先行アイレットにフックを差し込み,先行アイレットを瞳孔部に保持したままCCTRを挿入する方法である.シンプルで大変有用な方法であるが,両手法で行う必要があり,大きいインジェクターを片手で震えないように操作するのは困難であった.●スパイラルCTRインジェクターそこで筆者は,スパイラル法を片手で簡便に行える専用のスパイラルCCTRインジェクターを作成した.通常のCCTRインジェクター先端にもう一つフックを取り付けた構造になっており,元のインジェクター内筒にあったフックをインナーフック,外側のフックをアウターフックとよぶ(図2a).アウターフックがインジェクター先端に付いているので,スパイラル法が片手で安定してできるようになっている.使い方は以下のとおりである.インナーフックにCTRアイレットを差し込み,CTRを内筒に半分程度引き込む.次にもう片方のCCTRアイレットをアウターフックに差し込み(図2b),続いて完全にCCTRをインジェクター内へ引き込む.これで準備完了である.創口にアウターフックを差し込み,アウターフック先端を瞳孔中心部付近まで挿入する(図3a).アウターフック先端を瞳孔中心部付近に保持したまま,CTRを.内へ挿入する(図3b).挿入するにしたがい,アウターフックの位置を瞳孔中心部から周辺部に移動させると.にストレスがかかりにくい(図3c).最後までCCTRを出し切ったあとは,インジェクターを少し傾けると自然にアイレットがはずれ,.内へCCTRが挿入される.もし,はずれない場合はフックを挿入し,CTRをインジェクター図1従来のCTRで起きやすいZinn小帯断裂の例a:.内の核が乳化吸引されたあとは核がないためCZinn小帯断裂部に.形状のたるみが生じる.Cb:そこにCCTR先端部が引っかかるとCZinn小帯断裂が拡大する可能性が高まる.(89)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023C8010910-1810/23/\100/頁/JCOPY図2スパイラルCTRインジェクターa:内筒のフックをインナーフック,外側のフックをアウターフックとよぶ.b:CTRの先行アイレットをアウターフックに差し込む.図3スパイラルCTRインジェクターの使い方a:アウターフック先端を瞳孔中心部付近まで挿入する.b:アウターフック先端を瞳孔中心部付近に保持したまま,CTRを.内へ挿入する.CTRの先行アイレットが.の弛みの部分に引っかかりにくい.Cc:後半はアウターフックの位置を瞳孔中心部から周辺部に移動させると.にストレスがかかりにくい.からはずす.C●CTRはいつ挿入するべきかZinn小帯脆弱やCZinn小帯断裂が判明した時点で,できるだけ早期にCCTRを挿入すべきである.できれば連続円形切.後,ハイドロダイセクションを行った直後に入れるのがよい.核を吸引中にCZinn小帯断裂が判明した場合は,.の核のサポートがなくなっているので,CTR挿入はより困難になる.スパイラルCCTRインジェクターを用いる場合でも,Zinn小帯断裂の範囲が広い場合はカプセルエキスパンダーなどを用い,.をサポートしてから挿入したほうが安全である.C●注意点スパイラルCCTRインジェクターを使ってCCTRを挿入する際に,CTRが破損する場合がまれにある.とくにCCTRを引き込む最終段階と,CTRを出す最初の段階ではCCTRを変形させる力がかかりやすいので,CTRの挙動を確認しながらゆっくり操作する.文献1)BayraktarS,AltanT,KucuksumerYetal:Capsularten-sionCringCimplantationCafterCcapsulorhexisCinCphacoemulsi-.cationofcataractsassociatedwithpseudoexfoliationsyn-drome.CIntraoperativeCcomplicationsCandCearlyCpostoperativeC.ndings.CJCCataractCRefractCSurgC27:1620-1628,C20012)AngunawelaCR,CLittleB:Fish-tailCtechniqueCforCcapsularCtensionCringCinsertion.CJCCataractCRefractCSurgC33:767-769,C20073)CapsularCTensionRing(CTR)insertionCtechniqueCwithSinskeyhook.2012/11/03augnlaeknirチャンネル4)小堀朗:CTR挿入時のCZinn小帯ダメージを減らすために.あたらしい眼科35:99-100,C2018

コンタクトレンズ:読んで広がるコンタクトレンズ診療 円錐角膜へのハードコンタクトレンズ処方(その2)

2023年6月30日 金曜日

提供コンタクトレンズセミナー読んで広がるコンタクトレンズ診療10.円錐角膜へのハードコンタクトレンズ処方(その2)■はじめに前回は円錐角膜眼へのハードコンタクトレンズ(HCL)処方について,レンズデザインやベースカーブ(basecurve:BC)の選択方法を中心に解説した.今回は,フィッティングの評価方法やレンズのケアについて解説する.C■フィッティングの動的・静的評価円錐角膜眼でも,フィッティングの評価は動的・静的評価に分かれる.動的評価では,涙液交換の有無と安静位置を評価する.涙液交換については,正常眼と同様に,瞬目時のレンズの動き(スピードと移動量)を参考にする.一方,安静位置の評価は,正常眼とは少し異なるポイントがある.円錐角膜眼はレンズが偏位しやすいため,瞬目直後のみならず,瞬目してしばらく経過したあとに,さらにレンズが偏位することが多い.そういった場合,瞬目直後の評価だけでは偏位を見逃してしまう危険性がある.そのため,円錐角膜眼では,瞬目直後に加えて,5秒程度開瞼を継続した状態でも安静位置を評価することが望ましい.図1円錐角膜眼におけるフルオレセイン染色パターンの名称上段にレンズと角膜の模式図を,下段にフルオレセイン染色パターンを示す.各図のはレンズと角膜の接触部である.アピカルタッチ糸井素啓京都府立医科大学道玄坂糸井眼科静的評価では,フルオレセイン染色パターンからCBCと角膜曲率の関係性を推測する.円錐角膜眼のフルオレセイン染色パターンは,レンズを角膜頂点で支えるアピカルタッチ,角膜頂点と傍中心部のC3点で支えるスリーポイントタッチ,傍中心部で支えるアピカルクリアランスのC3種類(図1)に分類される1).各レンズフィッティングにおけるレンズと角膜曲率の関係性は,角膜とレンズが並行(パラレル)な状態がスリーポイントタッチレンズ,レンズがフラットな状態がアピカルタッチ,スティープな状態がアピカルクリアランスとなる.それぞれのフィッティングにはメリット・デメリットがあり1)(表1),原則的には,角膜への負担が少ないスリーポイントタッチが理想とされる.しかし,角膜形状や眼瞼形状によってはアピカルタッチで処方せざるをえないことも多く,スリーポイントタッチに過度にこだわる必要はない.角膜への負担を減らすために,極端にフラットあるいはスティープな処方を避けることを意識したい.C■レンズ周辺部の確認レンズ最周辺部には,装用感を良好に保ち,涙液交換を円滑に行うために,ベベルというカーブが設けられてスリーポイントタッチアピカルクリアランス表1各レンズフィッティングのメリット・デメリットアピカルタッチスリーポイントタッチアピカルクリアランス利点・視力が出やすい・重症例でも行いやすい・角膜頂点に傷が生じる危険性が低い中間的な立ち位置欠点・角膜頂点に傷が生じやすい・視力が出にくい・涙液交換が生じにくい(87)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023C7990910-1810/23/\100/頁/JCOPY図2円錐角膜眼のフルオレセイン染色パターンベベル下に貯留した涙液の幅から,レンズ周辺カーブが角膜に適合しているか評価する.円錐角膜眼では,レンズ下部の浮きはあまり重要視せず,角膜上部と左右の適合性を優先する.いる.フルオレセイン染色時にはベベル下に貯留した涙液の幅からベベル幅を評価し,ベベルが角膜形状に適しているかどうかを判定する.円錐角膜眼は上下非対称性の突出を示すことが多いため,下方のベベルばかりを重要視すると,レンズ上方が角膜に食い込み,上皮障害や疼痛などを生じる要因となる.そのため,円錐角膜眼では下方のベベル幅をあまり重要視せず,上方と左右について,均一にC0.5~0.8Cmm程度のベベル幅が出ていることをしっかりと確認することがポイントとなる(図2).C■レンズケア円錐角膜眼はアレルギー性結膜炎を合併することが多く,レンズが汚れやすい傾向にある.また,眼鏡で視力が出にくいためか,通常であれば目視で気づけるほどに汚れたレンズや欠けたレンズを気づかずに使用している人が多い(図3).レンズの傷や汚れは角膜感染症の発症リスクを高めるため,円錐角膜眼では定期診察時にレンズ汚れを確認し,こすり洗いの重要性やレンズの取り扱い方法を丁寧に説明する.とくに多段カーブレンズはBCが小さく,こすり洗いがしにくいため,レンズ内面に汚れが堆積しやすい.そのため,多段カーブレンズを処方する際には,洗いにくい形状であることを説明したうえで,とくにCHCL内面を意識した洗浄を行うように指導する(図4).図3レンズ状態の確認診察時にはレンズの欠け(Ca),傷(Cb)にも注意する.図4HCLの洗浄方法こすり洗いの手法には,手のひら洗浄(Ca)と指先洗浄(Cb)がある.手のひら洗浄ではCHCLの外面の汚れは除去しやすいが内面の汚れが残りやすい,一方,指先洗浄ではCHCLの内面の汚れは除去しやすいが,外面の汚れが残りやすいという特徴がある.多段カーブレンズ装用者には,両洗浄方法を併用しつつ,指先洗浄をより長く行うように指導している.C■おわりに円錐角膜眼に対するCHCL処方は,やや煩雑というイメージをもつ人が多いだろう.しかし,実際には通常眼への処方と異なる点は少なく,前回・今回で紹介したポイントを押さえれば,けっしてむずかしいものではない.円錐角膜眼に対しても積極的にCHCLを処方し,満足度の高いコンタクトレンズ診療を行いたい.文献1)LeungKKY:RGPC.ttingCphilosophiesCforCkeratoconus.CClinExpOptom82:230-235,C1999

写真:Mycobacterium chelone感染

2023年6月30日 金曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史滝陽輔469.Mycobacteriumchelone感染東京歯科大学市川総合病院眼科図2図1のシェーマ①角膜実質深層の浸潤②前房蓄膿図1初診時前眼部所見角膜中央実質深層に浸潤,endothelialplaque,浮腫,前房蓄膿を認めた.図3図1のフルオレセイン所見浸潤に一致して上皮欠損を認める.図4再発時前眼部所見角膜中央実質深層に白色病変を多数認める.(85)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023C7970910-1810/23/\100/頁/JCOPY症例は56歳の女性.Stevens-Johnson症候群のため左眼角膜穿孔ののち結膜化した既往がある.右眼の眼瞼角化と角膜上皮障害に対しヒアレインミニ点眼液とフルメトロン点眼液0.1%で治療中であった.外来通院中に右眼視力低下とともに角膜中央に上皮欠損と浸潤,endothelialplaque,前房蓄膿を認めたため入院加療となった(図1~3).真菌性角膜潰瘍の疑いで,ピマリシン眼軟膏C4回/日,ブイフェンド点眼液C6回/日,オフサロン点眼液C3回/日を開始した.入院時の培養検査でCMycobacteriumcheloneが検出されたが,浸潤は改善傾向であったため,点眼を漸減し退院となった.しかし,退院C2カ月後の外来通院中に角膜浸潤と上皮欠損を認めたため再度入院し(図4),角膜擦過培養でCM.Cche-loneが再び検出された.ベガモックス点眼液C5回/日,オフサロン点眼液C5回/日,エコリシン眼軟膏C3回/日を開始.改善傾向のため退院となったが,退院後も増悪寛解を繰り返している.Mycobacteriumは結核菌以外の培養可能な抗酸菌として非定型抗酸菌ともよばれる.コロニーの特徴に基づいてCRunyon分類CI~IVで分類されており,IVは発育が迅速であり,M.fortuitum,M.chelonae,M.abescessusが属する1).非定型抗酸菌角膜炎の原因のC83.5%がこれらC3種の菌である2).世界中の自然水や土壌に存在し,バイオフィルムを形成することができるため,手術室やプールなどの日常的な配水システムといった人工的な環境でも生存することができる.外傷,コンタクトレンズ,眼手術などがきっかけとなり,ステロイド点眼の使用もリスクとなる.また,屈折矯正手術の進歩に伴いLASIK後の非定型抗酸菌角膜炎の集団発生が報告されており,これらは手術で使用する水や器具の不適切な滅菌に関連しており,LASIK後角膜炎の原因菌のC47%を占める3).症状は視力低下,羞明,眼痛である.外傷から感染の発症まで数日から数週間かかるが,LASIK後の場合は数週間と経過が長くなる.細隙灯顕微鏡所見での角膜浸潤は多巣性のものや,多数の白色衛生病変に囲まれた単一の主病変などである.3分のC1の患者で初診時に上皮欠損を認めない.早期の段階では浸潤が放射状の突起をもつことがあり,crackedwindshieldという特徴的な所見である.LASIK後では病変はフラップ内かフラップ面にみられる.診断は感染病巣を擦過して抗酸菌染色(Ziehl-Neelsen染色)や抗酸菌培養を行う.発育の早い種ではC1週間以内と比較的早くわかるが,遅い種の発育をみるためには培養期間をC8週間まで待つべきである.薬剤感受性はアミノグリコシド系薬(アミカシン,アルベカシン),マクロライド系薬,フルオロキノロン系薬があるといわれているが,近年キノロン系薬にも耐性の報告がある.これらをC2種類ないしそれ以上組み合わせて治療することが推奨されている.診断の遅れや,不十分な薬剤浸透性,治療への反応が緩徐であることなどから満足のいく治療ができず,数週間から数カ月の長期的な治療が必要である.難治例ではクラリスロマイシンなどの内服をすることもある.外用治療が効かない場合は外科的治療が必要である.菌量を減らし,薬剤浸透を促すために層状角膜切除が行われる.LASIK後の場合はフラップを持ち上げ,削り取り,抗菌薬で実質を洗浄する.難治例ではフラップを切除することもある.非定型抗酸菌角膜炎はC68~95%で外科的介入が必要であったという報告もある.外傷やCLASIK後などで難治性の角膜炎をみたら,非定型抗酸菌角膜炎も念頭におき,早期診断早期治療が重要である4).文献1)RunyonEH:Anonymousmycobacteriainpulmonarydis-ease.MedClinNorthAmC43:273-290,C19592)MoorthyCRS,CValluriCS,CRaoCNACetal:NontuberculousCmycobacterialocularandadnexalinfections.SurvOphthal-molC57:202-235,C20123)ChangCMA,CJainCS,CAzarCDTCetal:InfectionsCfollowingClaserCinCsitukeratomileusis:anCintegrationCofCtheCpub-lishedliterature.SurvOphthalmolC49:269-280,C20044)ChuHS,HuFR:Non-tuberculousmycobacterialkeratitis.ClinMicrobiolInfectC19:221-226,C2013

インフォームド・コンセント先進国としての米国の歴史と現状

2023年6月30日 金曜日

インフォームド・コンセント先進国としての米国の歴史と現状InformedConsentintheUnitedStatesasaDevelopedCountry:PastandPresent後藤聡*はじめに医師や看護師,研究者らが患者や被験者(対象者)に対して治療および研究内容の説明を行い,対象者の同意が得られたうえで,治療や治験を開始するというインフォームド・コンセント(informedconsent:IC)のプロセスは,今では日本の医療や臨床研究の現場において,一般的なものとなった.ICは医療を受ける患者の権利に関するものであると同時に,臨床研究における被験者の権利を守るための原理にもなっているが,社会構造や疾病概念,医療行為の多様化に伴って,現在も継続された議論が続けられており,変化と発展の途上にあるといえる.本稿では,ICの先進国とされる米国におけるCIC確立の歴史と現状について述べる.CI医学研究におけるICの歴史1964年に世界医師会総会において採択された「ヘルシンキ宣言」は,医学研究においては被験者本人の自発的同意,すなわちICが不可欠であるとする研究倫理を確立した1).「ヘルシンキ宣言」は,第二次世界大戦終結後に制定されたC1947年のニュルンベルク綱領をもとにしている2).ナチス・ドイツの戦争責任を戦勝国が追及した法廷がニュルンベルク裁判であり,この裁判の判決のなかで「許可できる医学実験」と題された部分が「ニュルンベルク綱領」といわれる.その冒頭では「許容できる医学の実験においては,被験者の自発的同意が絶対に必要である.これは被験者が,同意を与える法的能力をもっていること,強制がない状況で,自由な意志で選択できること,実験内容を十分に理解していることを含む」と述べられ,研究目的の医療行為を行うにあたって厳守すべきC10項目の基本原則が示された.さらに,2000年のエディンバラ改訂後は,正式名称が「ヘルシンキ宣言人を対象とする医学研究の倫理的原則」となり,医学研究を治療的要素の有無によって区別しないこととした.これによってCICは,臨床研究と非臨床研究の双方に適用されるものになった.CII米国のIC確立の歴史米国でCICという言葉が初めて使われたのは,1957年のカルフォルニア控訴裁判所によるCSalgo判決においてであった3).原告は,歩行時に足の痛みを感じ,その痛みは徐々に広がっていったため,サンフランシスコの南に位置するスタンフォード大学病院を受診し,腹部大動脈の循環異常を疑われ,大動脈造影が実施された.しかし,検査の翌日,原告の脚全体の麻痺が発見され,その状態は改善することはなかった.原告は大学病院と担当医師らを医療過誤であるとして訴えた.裁判所は原告の訴えを認め,医師が行った医療行為について,患者が同意するための必要な情報を説明しなかったと述べた.Salgo判決は,開示義務を論ずる中で「IC」という表現を米国で初めて使用し,「ICに必要な事実を十分に開示すること」と述べたが,どの程度の情報開示が必要かという点において,患者の状況を考慮に入れるべきと述べ*SoGoto:カルフォルニア大学バークレー校オプトメトリー〔別刷請求先〕後藤聡:〒565-0871大阪府吹田市山田丘C2-2大阪大学大学院医学系研究科眼科学C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(79)C7911960年2020年0.53.2■白人■黒人■アジア■ヒスパニック図1国勢調査結果に基づく米国における民族の割合(%)の一つとして言語の問題があげられる.ヒスパニックは米国最大のマイノリティグループであるが,英語以外の言語においてスペイン語が一般的に話される言語のうち62%を占めている.米国の国勢調査の結果によると,英語以外の言語を話す人は,1980年には約C10人にC1人の割合だったが,2019年には約C5人にC1日(3億C2,830万人中のC6,780万人)に増加した.このように,多様な人種・民族から構成される米国ではマイノリティが臨床試験の内容を理解できるよう配慮が必要となる.2010年には米国連邦議会による「患者保護ならびに医療費負担適正化法」の制定により,HHS内の六つの組織にそれぞれマイノリティ健康・健康公平事務室が設置された.そのうちの一つは,医薬品行政を担う食品医薬品局(FoodCandCDrugAdministration:FDA)内に設けられた.FDAはマイノリティが臨床研究に参加することやその際のCICの重要性について,明確な声明を示している.CIV米国のICの現状21世紀以降,コンピュータサイエンスや通信技術,イメージングなどの技術革新により研究の規模と特性が劇的に変化している.2003年に完了宣言がなされ,2022年に完全解読が達成されたヒトゲノム計画が精密医療(precisionmedicine)へと導かれ,個人の特定を可能にする膨大なデータが多数の人々に共有しうるようになり,病院や研究機関の診療環境の中で,電子化された診療情報,バイオバンクや大規模データベースの既存試料・情報を活用する研究がますます増加している.そのような時代の中で,身体的リスクのみならず情報リスクについての比重が高まっており,2017年には連邦政府の助成金を受ける「人を対象とする研究」に適用される国家研究法(NationalCResearchAct)に基づく「研究対象者保護規則」が全面改正された7).現在,研究対象者保護規則を管轄するのは研究対象者保護局(O.ceCforCHumanCResearchProtections:OHRP)である.研究対象者保護規則の基本構成は,「respectCforpersons(人権の尊重)」の原則から導かれるCICの要件,研究計画に対する「risk-bene.tassessment」を責務とする倫理審査委員会(InstitutionalCReviewBoard:IRB)の機能である.続いて,典型的な「弱者」と位置づけられる研究対象者における各類型に特異的なCICの要件と,より高いCbene.t/risk比を要件とする考え方が規定されている.2017年の改定による最大の変更点は以下の三つである.1)IC文書の公開規定が設けられ,2)「広範囲な同意」の要件およびこれに基づく情報・試料の二次利用の要件が規定され,3)多施設研究のCIRB審査を一つの承認に依拠すべきと義務づけた.さらに「個人特定可能なプライバシー情報」と「個人特定可能な人体試料」を定義し,これらについても保護の対象とした.また,それら情報・試料の二次利用や保存以外にも,教育学的研究など,主として情報リスク以外のリスクが低い研究については,プライバシー保護のための限定的な規定を設けたうえで,本規則全体を遵守することは例外的に免除する扱いとなった.教育学的研究についての説明の中で,免除規定を設ける一方で「研究対象者に通知することによってオプトアウトの機会を提供する」ことを要件としなかった理由として,手続き的負担を増大させるため,と説明されている7).CV米国におけるヒト胚研究規制ヒト胚研究を規制する連邦法は現時点では存在しないが,人間を対象とする研究に参加する機関や施設は,被験者を保護する目的で作成されたCProtectionofHumanSubjects(45CFR46)に従う必要がある8).国立衛生研究所(NationalCInstitutesCofHealth:NIH)からの助成を受ける研究には,NIHガイドラインという形で助成金の適応範囲を定める法規制がかけられ,いくつかの厳格な手続きが必要である.一方,ヒトCES細胞を使用する研究はCNIHの研究助成の対象であり,オバマ大統領時代には樹立も対象となったことで,NIHはヒトCES細胞の研究ガイドライン(連邦官報C65FR51975)を作成した.米国科学アカデミー(NationalAcademyofScienc-es:NAS)のガイドラインとともに,ヒトCES細胞研究を審査する仕組みは明確であり,各機関のCIRB,Embry-onicCStemCCellCResearchCOversightCCommittee(ESCRO),InstitutionalCAnimalCCareCandCFacilitiesCommittees(IACUC)で審査を行う必要がある.(81)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023C793電子署名での同意書紙媒体の同意書図2使用頻度が増している電子署名の同意書と従来使用されてきた紙媒体の同意書の例

過去の裁判例・紛争例から検討するインフォームド・コンセント

2023年6月30日 金曜日

過去の裁判例・紛争例から検討するインフォームド・コンセントExaminationofInformedConsentBasedonPastCourtCasesandDisputeCases峰村健司*はじめに日本眼科医会眼科医事紛争事例調査(2022)1)によると,2018.2020年に調査された眼科医事紛争事例の約3分の1を白内障手術関連の紛争が占めており,白内障手術におけるインフォームド・コンセント(informedconsent:IC)は医事紛争予防のために重要と考えられる.しかし,白内障手術における説明義務が論点とされ,実際に訴訟を提起されて判決に至り,判決文が公開された事例は多くない.本稿では,まず医療訴訟における医師の説明義務の規範について概観し,ついで2001年以降に提起された,説明義務が問題となった白内障手術(7例)および後発白内障手術(1例)の訴訟事例を紹介し,最後にそれらに対する考察を行う.I医療訴訟で問題とされる医師の説明義務の規範医療訴訟で問題とされる医師の説明義務は,患者が,自身が受ける治療について自ら比較検討のうえで決定できるようにし,それにより患者の自己決定権を保証するための義務である.その内容は,①病名および病状,②実施予定の治療の内容,③実施予定の治療に付随する危険性,④他に選択可能な治療方法があればその内容と利害得失,⑤予後,であることが2001年の最高裁判例2)で判示され,その後の医療訴訟では原則としてこの基準に沿って判断されている.危険性の説明については,「出現頻度の高い合併症や症状の重篤な合併症が対象」であり,「無数にある合併症のすべてを説明することを求められるものではない」と判示した裁判例もある3).しかし,個々の事例における説明義務の内容の判断は,裁判官の裁量によって変化し,画一的な基準を提示することはむずかしい.II白内障手術におけるICを問題とされた訴訟の判決以下の紹介では,訴訟内容のうち説明義務に関係する部分のみを摘示し,説明義務に関係しない手技上の過失などについては言及しないものとする.1.東京地裁平成20年(ワ)第30183号事件(平成22年8月30日判決)4)50歳,男性.両眼小眼球症患者の左眼白内障手術.左眼術前視力は0.04(矯正不能),右眼はそれ以前に失明していた.術前にZinn小帯断裂を認めていたため,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)毛様溝縫着術が予定され,予定通り施行された.術後矯正視力は(0.4).その後,縫着部位から増殖硝子体網膜が発生し牽引性網膜.離をきたし,後医で硝子体手術を施行されたが最終的に失明した.裁判で原告は,白内障手術についての術前説明がなかったこと,術後合併症の有無とその頻度,IOL毛様溝縫着により術後に網膜.離を生じて失明する可能性があることなどを説明する義務があったことなどを主張した.*KenjiMinemura:こはら眼科,順天堂大学医学部病院管理学〔別刷請求先〕峰村健司:〒180-0006東京都武蔵野市中町1-4-4スクゥアー三鷹ビル1階こはら眼科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(73)785判決では,診療録の記載に基づき,IOL縫着の必要があることが説明され,担当医から説明を聞き十分に納得了承したことが記された手術承諾書に署名して提出されていたことが認められた.一方,白内障手術によって網膜.離による失明の可能性が高まったとは認められず,その点を説明する義務はなかったと判断された.なお,判決では,後医における網膜.離に対する硝子体手術に関する過失のため,後医について70万円の慰謝料が認められた.2.東京地裁平成23年(ワ)第40436号事件(平成24年6月21日判決)5)83歳,男性.硝子体黄斑牽引症候群による限局性網膜.離を合併した右眼白内障に対する白内障および硝子体の同時手術.術前矯正視力(0.1).術後最高矯正視力は(0.2),その後加齢黄斑変性発症のため,他院に紹介された.裁判で原告は,白内障に関する説明も,また原告の右眼が白内障であったとの説明も受けていないなどと主張した.なお裁判は,原告に代理人弁護士がつかないまま進められた.判決では,診療録の記載に基づき,手術の主目的は硝子体黄斑牽引症候群の進行予防であること,視力改善の程度は不明であること,白内障にも罹患しており同時手術を行うことなどが説明されていたと認められ,また,提出された承諾書に,現在の病状および手術の必要性とその内容,危険性などについて十分な説明を受け理解し実施を承諾する旨が記載され,原告および妻の署名押印がされていたことから,説明義務違反は認められなかった.3.横浜地裁平成24年(ワ)第1426号事件(平成29年1月19日判決)6)57歳,女性.近視矯正手術を希望して被告眼科を受診したところ,矯正視力は両眼とも(0.7),両眼白内障を指摘され手術を施行され.問題なく終了した右眼に続いて行われた左眼手術の際に後.破損が発生し,IOLは.外に挿入された.術後最高矯正視力は(0.6)であったが,虚血性視神経症を発症し(0.2)まで低下し固定した.裁判で原告は,後.破損などのため術前より視力が低下する危険性についての説明が一切なかったと主張した.判決では,診療録や承諾書に説明内容の記載はないものの,承諾書に「手術中,止む負えない合併症については,いかなることが発生しても一切異議を申し立てないことを承諾します」(原文のまま)との記載があり,原告はこれを持ち帰り,合併症について質問することなく数日後に署名押印して提出していることから,被告医師は少なくとも合併症の存在については説明をしたものと考えるのが自然であると判断された.4.東京地裁平成25年(ワ)第33208号事件(平成27年9月30日判決)7)67歳,男性.糖尿病網膜症,黄斑浮腫,緑内障を合併した右眼白内障手術.術前矯正視力は(0.5).術後最高矯正視力は(0.9)となったが,術後50日で虹彩新生血管を認め,血管新生緑内障が進行して失明した.裁判で原告は,白内障手術の施行により糖尿病網膜症から血管新生緑内障が続発し,失明に至る危険があることを説明すべき義務があったと主張した.判決では,小切開白内障手術では糖尿病網膜症が進行する危険は低下しており,白内障手術が糖尿病網膜症から血管新生緑内障を続発させる危険因子であるという見解が確立していたとはいえず,その点について説明する義務があったとは認められなかった.5.東京地裁平成26年(ワ)第23739号事件(平成29年7月27日判決)8)75歳,男性.糖尿病網膜症および緑内障合併眼の白内障手術.術前矯正視力は右眼(0.2),左眼(0.4).糖尿病網膜症に対し網膜光凝固を行う必要があるが,眼底透見困難であり,白内障手術を速やかに行う必要があると判断された.術後に糖尿病網膜症および緑内障が進行し,最終的に右眼は失明し,左眼は矯正視力(0.7)となった.裁判で原告は,病名,病状,網膜光凝固術をすることなく白内障手術をする理由,その場合の失明などの危険性などを原告に説明し,判断する機会を与える義務があ786あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023(74)ったこと,および原告が当時75歳と高齢で理解力に欠けていたので,家族に対しても説明する義務があったなどと主張した.判決では,診療録や承諾書などの記載に基づき,被告医師は術前に糖尿病の状態がかなり悪いこと,術後炎症が取れ次第網膜光凝固を施行する必要があること,視力がよくなるとは限らないことなどを説明していたと認められた.また,手術に際して患者が意思能力を欠く状態であったとは認められず,家族に対して説明をする義務はなかったと判断された.6.東京地裁平成28年(ワ)第22464号事件(平成30年7月5日判決)9)60代,女性.両眼白内障手術目的に近医から紹介され,術前矯正視力は右眼(0.3),左眼(0.15).両眼強度近視かつ左眼に中心窩分離症を認めたが,明らかな硝子体牽引は認めなかった.両眼白内障手術を施行され近医に戻された.術後最高矯正視力は右眼(1.0),左眼(0.8).その後,左眼に黄斑円孔網膜.離を発症し,他院で硝子体手術を施行されたが,円孔は閉鎖せず左眼矯正視力は(0.1)となった.裁判で原告は,白内障手術を行った医師には,原告の左眼の状態について説明し,黄斑円孔網膜.離を発症する前に,硝子体手術および中心窩分離症に対して適切な管理ができる医療機関を紹介する義務があったと主張した.判決では,診療録などの記載に基づき,被告医師は左眼の状態について,光干渉断層計検査などの結果を踏まえ,黄斑分離,黄斑円孔網膜.離の危険性などを原告に説明し,また紹介元には診療情報提供書などを通じて,原告の左眼の状態や今後起こり得る合併症などについての情報を提供していることから,合理的な対応がなされていたと判断した.7.東京地裁平成29年(ワ)第42453号事件(令和3年4月30日判決)10)80歳,男性.両眼加齢黄斑変性合併眼の白内障手術.術前矯正視力は右眼(0.02),左眼(0.3).右眼手術ではZinn小帯脆弱が認められたが問題なく終了した.左眼手術ではZinn小帯断裂および後.破損をきたし,IOLを挿入せずに終了した.術後に眼圧が上昇し,前房穿刺を複数回施行され,また眼圧下降薬を処方された.後日IOL縫着術を施行されたが最終的に失明した.裁判で原告は,術中・術後の合併症について説明がなく,とくに左眼はZinn小帯脆弱のため難易度が高いこと,Zinn小帯断裂や後.破損を発症しIOLを挿入できない可能性,術後眼圧上昇などの危険性の説明,手術を実施しない場合の利害得失の説明をされなかったと主張した.一方被告は,診療録の記載の通りそれらの説明を行ったと主張した.判決では,診療録の記載の体裁,被告医師の証言などに基づき,診療録に記された説明内容について,事実認識とは異なる内容を後から記載した改ざんであり,実際には適切な説明がなされていなかったと判断された.そして説明が適切に行われていれば,原告は手術を受けることはなかったと判断され,全損害として960万円余りの賠償を命じた.8.東京高裁平成26年(ネ)第956号事件(平成26年9月18日判決)11)74歳,女性.公的健康診断を受けた当日に後発白内障に対するYAGレーザー後.切開術を施行された事例.術前矯正視力は右眼(0.6),左眼(0.6),術翌日矯正視力は右眼(0.7),左眼(0.8).右眼眼内レンズにピットが一つ認められた.裁判では,治療によってIOLにピットを生じる可能性を説明されず,自己決定権を侵害されたと主張した.被告医師は,看護師が説明手順書を用いて網膜.離やIOL破損の可能性についても説明したなどと主張した.一審は原告が敗訴したが,控訴審判決では,看護師が使用した後発白内障クリティカルパス記載の説明内容欄に,重篤な合併症はまれであるとの記載があるものの,網膜.離やIOL破損などの具体的な記載がなく,これらを説明したと認めることはできないと判断された.よって原告は十分な説明を受けないままに治療を決定することになり,自己決定権が侵害されたとして55万円の賠償を命じられた.(75)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023787III考察まず目につくことは,書面による記録の重要性であろう.説明書や承諾書には当該手術一般の説明が書かれていることが基本と思われるが,事例3においては,診療録や承諾書に具体的な説明内容の記載がなくとも,手術中のやむを得ない合併症について一切異議を申し立てない旨が承諾書に書かれていることから,説明がなされたことが推認されているほどである.事例3の承諾書の文言は現代において参考にすべきではないと思われるが,書面による記録の重要さの証左にはなると考える.一方で説明内容について厳しい判断がなされる例も散見する.事例7ではカルテ改ざんを認められた以上,説明が不十分であったと認められたことは裁判の判断としては不自然ではないと思われる.事例8では説明内容不備を厳しく認定して賠償を認めたが,そもそも健康被害が事実上認められていない事例において説明義務違反による自己決定権の侵害を認めることは,通常の司法判断ではあり得ない.先に述べたように,画一的な対策を立てにくい所以である.事例1.7のうち,トラブル要因となる術前合併症を認めない通常の白内障手術例は事例3のみである.筆者が知る白内障手術関連訴訟の中には,術前に特段の合併症を認めていない通常の白内障手術で,術後細菌性眼内炎で失明に至るなど,重篤な予後をきたした事例が複数例あるが,そのうち説明義務違反を問われた訴訟例は事例3のみである.事例3のように説明内容の記録が一切ない事例は別として,一般的な事例では定型的な白内障術前説明がなされていて,原告としても説明義務違反を問うことはむずかしいと考えるからであろうと推察している.逆に,事例1,2,4.7からわかるように,トラブル要因を合併した眼の白内障手術事例では,その要因についての説明の適否を追求されやすいことがわかる.これは定型的な説明書ではカバーできない部分であり,適切に説明していない場合や,説明したことを診療録に書き残さない場合があるからであると考えている.紹介した事例にみられるように,裁判では厳しい判断をされるとは限らないが,紛争予防の観点からは,トラブル要因となりうる合併症についても説明し,説明したことを記録に残すことが望ましいし,できれば承諾書に追記する仕組みを構築しておくのがよいと考える.なお,多焦点IOLに関する訴訟事例は,これまで筆者は確認していない.しかし筆者は,多焦点IOLの特性を説明せずに使用して紛争になった事例について弁護士から意見を求められた経験がある.また,ある都道府県医師会の医事紛争関連委員会の法律家委員からは,多焦点IOLはそれ自体が過失前提の医療機器であると考えている旨を聞かされた経験もある.説明内容については他稿に譲るが,使用に際しては慎重な説明が必要であると考える.おわりに説明義務をめぐる司法判断は裁判官によってばらつきがあり,画一的に対策を立てることはむずかしい.一般的な術前説明に加えて,個々の患者の眼の状態に応じた追加の説明を行い,説明内容を記録し,また記載した説明書を交付し承諾書を受領することが,紛争低減に資するものと考えられた.文献1)眼科医事紛争事例調査(平成30年度・令和元年度・令和2年度)の結果と診療上の留意事項について.日本の眼科93:1444-1446,20222)乳がんの手術に当たり,当時医療水準として未確立であった乳房温存療法について医師の知る範囲で説明すべき診療契約上の義務があるとされた事例.判例タイムズ1079:198-203,20023)事件番号平成23年(ワ)第40103号事件,ウエストロー(判例データベース)収載4)眼内レンズの縫着部位を誤った過失や眼内に強膜プラグを残置した過失などがあるとして,損害賠償を求めた事例.医療判例解説35:113-137,20115)ウエストロー(判例データベース)収載6)術後管理義務違反により白内障手術中または術直後に発症した虚血性視神経症が不可逆手的になり視力低下したとして損害賠償を求めた事例.医療判例解説69:68-85,20177)峰村健司:糖尿病網膜症患者の白内障術後に,新生血管緑内障を発症して最終的に失明したことについて,診療義務違反および説明義務違反等が争われた訴訟.眼科グラフィック8:103-109,20198)峰村健司:糖尿病網膜症かつ緑内障眼につき,白内障術後に失明したことに対する責任が争われた訴訟.眼科グラフィック8:211-216,2019788あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023(76)