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眼科受診を契機に診断された化膿性脊椎炎を伴う 猫ひっかき病の1 例

2023年4月30日 日曜日

《第58回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科40(4):544.551,2023c眼科受診を契機に診断された化膿性脊椎炎を伴う猫ひっかき病の1例篠原大輔*1林孝彰*1大庭好弘*2筒井健介*2根本昌実*2中野匡*3*1東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科*2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター総合診療部*3東京慈恵会医科大学眼科学講座CACaseofCatScratchDiseasewithPyogenicSpondylitisDiagnosedafteranOphthalmologicalAssessmentDaisukeShinohara1),TakaakiHayashi1),YoshihiroOhba2),KensukeTsutsui2),MasamiNemoto2)andTadashiNakano3)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,2)DivisionofGeneralMedicine,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,3)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicineC目的:不明熱の精査中,眼症状と脊椎炎症状を呈し,眼科受診を契機に猫ひっかき病と診断されたC1例を報告する.症例:患者はC54歳,女性.約C1カ月前より持続する弛張熱に対して内科的精査が行われたが,原因を特定することができなかった.腰部の圧痛所見もみられた.右眼霧視と飛蚊症の自覚があり,眼科受診となった.視力は右眼(0.8),左眼(1.2)で,右眼眼底に網膜出血を伴う滲出斑と局所的な星芒状白斑を認めた.また,両眼の視神経乳頭周囲に複数の白色病巣がみられた.OCT検査では右眼黄斑部に漿液性網膜.離と視神経乳頭周囲網膜神経線維層の肥厚を認めた.視神経網膜炎を疑う眼底所見から,猫ひっかき病を鑑別にあげ血清学的検査を施行し,BartonellaChenselaeに対する抗体価の陽性を認め診断が確定した.脊椎CMRIでは椎体に多数の異常信号を認め,化膿性脊椎炎と診断された.抗菌薬投与後,右眼視力(1.2)となり,眼底所見,全身性の炎症所見ならびに脊椎CMRI所見も改善した.結論:眼底所見が軽微であっても視神経網膜炎を疑うCOCT所見がみられれば,猫ひっかき病を鑑別にあげることが重要と考えられた.CPurpose:Toreportacaseofcatscratchdisease(CSD)diagnosedafteranophthalmologicalassessmentinapatientwhopresentedwithocularandspondylitissymptomswhileundergoingadetailedmedicalexaminationforafeverofunknownorigin.Casereport:A54-year-oldfemaleunderwentamedicalexaminationforaremittentfeverthathadpersistedforapproximately1month,yetthecausewasindeterminate.Therewasalsoa.ndingoftendernessinherlowerback,andshecomplainedofblurredvisionanda.oaterinherrighteyeandvisitedourophthalmologyCdepartment.CUponCexamination,CherCbest-correctedCvisualacuity(BCVA)wasC0.8CODCandC1.2COS.CFunduscopyCrevealedCanCexudativeClesionCwithCretinalChemorrhageCandChardCstellateCexudatesCfocallyCinCtheCrightCeye,CandCmultipleCwhiteCspotsCwereCfoundCaroundCtheCopticCdiscsCinCbothCeyes.COpticalCcoherenceCtomography(OCT)revealedaserousmacularretinaldetachmentandthickeningofthecircumpapillaryretinalnerve.berlay-erintherighteye.Basedonthose.ndingsofsuspectedopticneuroretinitis,CSDwaslistedasadi.erentialdiag-nosisthatwaslatercon.rmedbyserologicaltestingthatshowedpositiveantibodytitersagainstBartonellaChense-lae.CSpinalCMRIC.ndingsCrevealedCmultipleCabnormalCsignalsCinCtheCvertebralCbodies,CdiagnosedCasCpyogenicCspondylitis.CAfterCtheCadministrationCofCantibacterialCdrugs,CherCBCVACrecoveredCtoC1.2,CandCtheCfundusC.ndings,CsystemicCin.ammatoryC.ndings,CandCspinalCMRIC.ndingsCalsoCimproved.CConclusion:WhenCOCTC.ndingsCofCsus-pectedCopticCneuroretinitisCareCfound,CitCisCimportantCtoCconsiderCCSDCasCaCdi.erentialCdiagnosis,CevenCthoughCtheCfundus.ndingsareminimal.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(4):544.551,C2023〕Keywords:不明熱,化膿性脊椎炎,視神経網膜炎,猫ひっかき病,光干渉断層計.feverofunknownorigin,pyo-genicspondylitis,opticneuroretinitis,catscratchdisease,opticalcoherencetomography.C〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸C6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科Reprintrequests:TakaakiHayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPANC544(112)はじめに猫ひっかき病はネコのひっかき傷や咬傷が原因となり,受傷部位の所属リンパ節腫大や発熱を主徴とする人獣共通感染症であり,1992年にグラム陰性桿菌であるBartonellahenselae(B.henselae)が病原体であることが明らかになった1).わが国では,猫ひっかき病患者数の全国的な統計調査が行われていないため,年間発生患者数は不明である.典型例では抗菌薬投与を行わなくてもC4.8週間で自然治癒するとされているが2),近年血清学的診断法が確立したことで,眼症状や中枢神経症状のみを呈する症例や,抗菌薬不応例,膠原病類似症例などの非定型例の報告も散見される3,4).一方,猫ひっかき病患者は必ずしも眼症状を訴えるわけではないため,眼科医が日常診療で経験する機会は決して多くない.今回筆者らは,弛張熱で発症し眼科受診を契機に診断された,化膿性脊椎炎を伴う猫ひっかき病のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:54歳,女性.主訴:右眼の霧視および飛蚊症.現病歴:約C1カ月前よりC38℃前後の発熱が持続し,10日前に近医内科を受診した.咳嗽を認めたが,胸部CX線検査では異常はなかった.血液検査で白血球の上昇はなく,CRPの著明な上昇を認め,ウイルス感染が疑われた.肝酵素も軽度上昇していたが,Epstein-Barrウイルス(EBウイルス)に対する抗CEBNA抗体は陽性も抗CVCAIgM抗体は陰性であり,腹部エコーでも胆石以外の明らかな異常所見はなかった.細菌感染も鑑別にあげ,セフェム系抗菌薬内服が開始されたが,その後も弛張熱が持続し,3日前に東京慈恵会医科大学葛飾医療センター(以下,当院)総合診療部に紹介受診となった.身体診察では腰椎中央部に圧痛を認めた.また,右眼の霧視および飛蚊症の自覚があり,当院眼科初診となった.既往歴:片頭痛,脂質異常症,不正性器出血.初診時所見:矯正視力は右眼C0.2(0.8C×sph+1.00D(cylC.0.50DAx75°),左眼C0.9(1.2×+1.25D(cyl.0.50DAx125°),眼圧は正常範囲内であった.前房内の細胞浮遊は明らかでなかったが,両眼に微細な角膜後面沈着物,前部硝子体中に色素散布がみられた.右眼底所見として,網膜出血を伴う滲出斑そして視神経乳頭鼻側に複数の白色病巣を認め,中心窩から上方にかけて星芒状白斑が局所的にみられた(図1a,b).左眼にも視神経乳頭周囲に複数の白色病巣を認めた(図1c).硝子体混濁はみられなかった.光干渉断層計(opti-calCcoherencetomography:OCT,CirrusCHD-OCT5000)検査では右眼黄斑部に漿液性網膜.離の所見を認め,中心窩鼻側に小さな高輝度病変が外網状層に観察された(図2a).右眼の網膜厚は全体的に肥厚し,下方網膜静脈の肥厚が両眼でみられた(図2a,b).黄斑部の漿液性網膜.離が右眼視力低下の原因と考えられた.不明熱に対して,総合診療部で詳細な全身検査が行われた.血液検査所見:白血球C7,600/μl(白血球分画:好中球C58.5%,リンパ球C31.8%,単球C8.9%,好酸球C0.3%,好塩基球0.5%),CRP14.78Cmg/dl,プロカルシトニンC0.08Cng/ml,血沈(1時間値)77Cmm,赤血球数,血小板数,腎機能,電解質に異常なし,AST40CU/l,ALT37CU/l,LDH282CU/l,CT-Bil0.8Cmg/dl,ALP443CU/l,Cc-GTP62CU/l,PT-INR0.97,APTT31.2秒,Fbg666Cmg/dl,FDP11.1Cμg/ml,リウマトイド因子陰性,抗核抗体陰性,IgG2,646Cmg/dl,CIgA362mg/dl,IgM177mg/dl,C3162mg/dl,CH5057.5CU/ml,PR3-ANCA1.0CU/ml未満,MPO-ANCA1.0CU/ml未満,アンギオテンシンCI変換酵素(ACE)12.6CU/l,可図1初診時眼底写真a:右眼に網膜出血を伴う滲出斑,そして視神経乳頭鼻側に複数の白色病巣を認める.Cb:右黄斑部の拡大写真で,中心窩から上方にかけて星芒状白斑が局所的にみられる.c:左眼の視神経乳頭周囲に複数の白色病巣を認める.ab図2初診時OCT画像(a:右眼,b:左眼)a:右眼黄斑部に漿液性網膜.離の所見を認め,中心窩鼻側に小さな高輝度病変(→)が外網状層に観察される.網膜厚は全体的に肥厚している.下方網膜静脈の肥厚がみられる.Cb:左眼でも,下方網膜静脈の肥厚がみられる.図3初診から4日後の右眼滲出斑のOCT画像硝子体側に隆起した高反射病変が外顆粒層に及び,深部の信号はブロックされている.溶性IL-2レセプター(sIL-2R)1,210U/ml,抗ds-DNAIgG抗体C10CIU/ml未満,抗CSm抗体陰性,抗CRNP抗体陰性,抗CSS-A抗体陰性,マトリックスメタロプロテイナーゼ-3(MMP-3)48.1Cng/ml,フェリチンC988Cng/ml,甲状腺刺激ホルモン(TSH)3.46CμIU/ml,FT41.33Cng/dl,抗ストレプトリジンCO抗体C78CIU/ml,HBs抗原陰性,HCV抗体陰性,梅毒CRPR陰性,梅毒CTP抗体陰性,T-SPOT.TB陰性,サイトメガロウイルスCIgG抗体陽性,サイトメガロウイルスCIgM抗体陰性,サイトメガロウイルスCpp65抗原CC7-HRP陰性,EBウイルス核酸定量陰性,HTLV-1抗体陰性,トキソプラズマCIgG抗体陰性,トキソプラズマCIgM抗体陰性,b-D-グルカンC6.0Cpg/ml未満,カンジダ抗原陰性,クリプトコッカス抗原陰性,寄生虫抗体スクリーニング陰性という結果であった.高度の炎症反応,肝胆道系酵素軽度上昇,sIL-2R上昇,フェリチン上昇を認めた.尿検査:pH6.5,尿比重C1.010,蛋白陰性,潜血陰性,赤血球C0-1/HPF(highpower.eld),白血球C1-4/HPF.培養検査:血液培養,尿培養,咽頭抗酸菌培養検査はいずれも陰性であった.経胸壁心エコー:疣贅など感染性心内膜炎を疑う所見を認めなかった.側頭動脈エコー:壁肥厚など巨細胞性動脈炎を疑う所見を認めなかった.頭部・頸部コンピュータ断層撮影(computedCtomogra-phy:CT):頭蓋内・頭頸部に明らかな異常所見を認めなかった.胸部CCT:右肺中葉の陳旧性炎症以外に明らかな所見を認めなかった.腹部CCT:脂肪肝,胆.結石,軽度脾腫大のほかに明らかな所見を認めなかった.経過:眼科初診からC4日後の右眼滲出斑のCOCT所見として,硝子体側に隆起した高反射病変が外顆粒層におよび,深部の信号はブロックされていた(図3).フルオレセイン蛍光造影(.uoresceinangiography:FA)検査では,右眼滲出斑の組織染による過蛍光と出血部の蛍光ブロックを認めたが,両眼ともに明らかな網膜血管炎を示唆する所見はみられなかった(図4).FAの造影後期相で両眼視神経に軽度の過蛍光所見を認めた(図4).OCTによる視神経乳頭周囲網膜神経線維層(circumpapillaryCretinalCnerveC.berlayer:cpRN-FL)厚は,左眼に比べ右眼で肥厚していた.臨床経過ならびに右眼の視神経網膜炎を疑う眼底所見から,精査されていなかった猫ひっかき病の可能性も考慮し,内科で詳細な問診を行ったところ,動物との接触歴があることが判明し,ネコによる咬傷の既往を聴取した.バルトネラ感染症を鑑別にあげ,血清学的検査を施行した.眼科初診からC11日後,総合診療部に入院し猫ひっかき病を疑い,ミノサイクリン点滴(初回C300Cmg/日,その後C200mg/日)とリファンピシンC300Cmg/日の内服を開始した.同日施行した脳脊髄液検査所見は初圧C12CcmHC2O,細胞数C2/μl,52Cmg/dl,蛋白C18.6Cmg/dl,乳酸C13.9Cmg/dl,抗酸菌図4初診から4日後のフルオレセイン蛍光造影写真上段が右眼,下段が左眼で,各写真の右上に造影開始からの時間経過を示す.造影開始C19秒からC10分C10秒にかけて,右眼滲出斑に一致して,組織染による過蛍光と出血部の蛍光ブロックを認める.両眼ともに明らかな網膜血管炎を示唆する所見はみられない.後期相(右眼:10分C10秒,左眼:10分)で両眼視神経に軽度の過蛍光所見を認める.培養陰性であり,細胞診で腫瘍性病変を認めなかった.その後,腰部圧痛の精査目的に施行した脊椎磁気共鳴画像(magneticresonanceimaging:MRI)で,胸椎・腰椎の椎体に多数の異常信号を認め,T1強調像(図5a)で低信号を,T2強調像(図5b)では高信号を示し脊椎炎が疑われた.抗菌薬開始後もCCRP値C10.14Cmg/dlで経過したが,全身状態はやや改善し,体温もC37℃を下回るようになり,9日間の入院後退院となり,ミノサイクリン点滴をドキシサイクリンC100Cmg/日の内服に変更した.眼科初診からC20日後,抗CB.henselaeIgM抗体C20倍,IgG抗体C1,024倍以上とともに陽性であることが判明し,猫ひっかき病と診断した.その後,軽度肝機能障害が出現したため,抗菌薬をスルファメトキサゾールC400mg/トリメトプリムC80Cmg(ST)合剤に変更,その後CCRP3.30Cmg/dlと著明に低下した.椎体CMRIの異常信号は,猫ひっかき病による化膿性脊椎炎と診断された.眼科初診から約C1カ月後,右眼視力は(1.2)に改善,右眼眼底の滲出斑は縮小し,局所的にみられた星芒状白斑が初診時に比べ明瞭化していた(図6a).一方,左眼でみられた視神経乳頭周囲の白色病巣は消失した.また,右眼COCTでみられた漿液性網膜.離は消退し(図6b),肥厚していたcpRNFL厚も改善した.その後,ST合剤による薬疹が疑われ,シプロフロキサシンC600Cmg/日内服に変更し,約C1カ月間服用した.眼科初診からC2.5カ月後,ドキシサイクリン200mg/日の内服に変更,約C2カ月間の服用後終了となった.眼科初診から約C7カ月後の血清学的検査で,抗CB.ChenselaeIgM抗体は陰性化し,IgG抗体はC256倍に低下した.また,脊椎CMRIでは胸椎・腰椎ともに異常信号はほぼ消失した(図5c).眼科最終受診時(初診からC11カ月後),右眼視力(1.5)で,眼底所見の悪化はなかった.経過中,左眼視力は(1.2)を維持していた.ac図5脊椎MRI画像入院後の胸椎・腰椎の椎体に多数の異常信号を認め,T1強調像(Ca)で低信号を,T2強調像(Cb)では高信号を示す.眼科初診から約C7カ月後のCT2強調像(Cc)で異常信号はほぼ消失している.CII考按本症例はC3週間以上持続する弛張熱で発症し,不明熱として精査された.感染症をはじめ,膠原病やその他の非感染性炎症性疾患,悪性腫瘍などを鑑別疾患としてあげていたが,原因を特定することができなかった.総合診療部の問診で聴取された右眼の霧視と飛蚊症が眼科受診のきっかけとなり,猫ひっかき病の診断につながった.猫ひっかき病に伴う眼所見としては,Parinaud眼腺症候群,前部ぶどう膜炎,視神経乳頭腫脹,黄斑部星芒状白斑,漿液性網膜.離,網脈絡膜滲出斑,網膜出血,まれに網膜中心動脈分枝閉塞症などの報告がある5.8).FukudaらのC15例19眼の検討において8),眼底病変は,網膜白色斑/滲出斑(84%),網膜出血(63%),視神経病変(63%),漿液性網膜.離(53%),黄斑部星芒状白斑(47%)の順に多かったと報告されている.本症例では微細な角膜後面沈着物を両眼に認め,眼底所見で,右眼に網膜出血を伴う眼底滲出斑,漿液性網膜.離,また視神経網膜炎を疑う局所的な星芒状白斑(図1a,b,2a)とCOCTでの視神経乳頭周囲網膜神経線維層の肥厚を認め,視神経乳頭周囲の白色病巣(図1a,c)ならびに下方網膜静脈肥厚は両眼にみられた(図2).左眼の眼底所見は軽微であったが,いずれも猫ひっかき病でみられる所見であり,不明熱の原因疾患にあげるきっかけとなった.過去に報告された猫ひっかき病C24例の検討では9),13例(54%)が片眼性でC11例(46%)が両眼性であった.両眼性と診断されたC6例に星芒状白斑がみられ,いずれも片眼性であった9).このように両眼性であっても,左右眼で異なる眼底所見を示すことが,猫ひっかき病の特徴であるかもしれない.猫ひっ図6初診から1カ月後の右眼底写真とOCT画像a:右眼の眼底写真で,滲出斑は縮小し,局所的にみられた星芒状白斑が初診時に比べ明瞭化している.Cb:右眼COCTで,初診時にみられた漿液性網膜.離は消退している.かき病患者で視神経網膜炎を呈する頻度はC1.2%程度と考えられているが,逆に視神経網膜炎を発症した患者においては,約C6割の症例で血清学的にCB.henselaeの既感染が示されたとの報告がある10).視神経網膜炎は,視神経乳頭の腫脹と黄斑部の星芒状白斑が特徴的な所見であり,トキソプラズマ症やトキソカラ症などの感染症や,サルコイドーシス・Behcet病などでもみられるほかに,高血圧症・糖尿病・網膜静脈分枝閉塞症・頭蓋内圧亢進症・前部虚血性視神経症でも類似の所見を呈することがある11).そのため,他疾患を鑑別する必要があるものの,猫ひっかき病を疑ううえでは有用な所見と考えられる.局所または多発する網脈絡膜炎を合併する場合には,さらに猫ひっかき病の可能性が高くなるといわれている10).眼病変の発症機序は不明であるが,全身の炎症症状とは同時期に発生しないことが多く,B.henselaeの直接的な眼内感染以外にも,菌体由来の弱毒性のエンドトキシンの関与や,抗菌薬により破壊された菌体成分に関連する抗原による遅延型アレルギーの関与も考えられている12).視神経網膜炎やその他の眼所見に対し,ステロイドの局所または全身投与を行った報告も多数あるが3,6,13),本症例ではCB.henselaeに対する初期治療としてテトラサイクリン系抗菌薬に加えリファンピシンを投与し,その後,ST合剤へ変更し,眼所見ならびに全身の炎症所見はとともに改善した.B.henselaeは,細胞内寄生菌であるため,テトラサイクリン系やマクロライド系抗菌薬に感受性がある.本症例のように視機能障害が軽度で眼底所見が軽微であった場合には,眼科的に必ずしもステロイドの全身投与は必要ないかもしれない.本症例では全身性の高度炎症所見を認めたものの,プロカルシトニン値は基準範囲内であった.過去に猫ひっかき病と診断されたケースで,本症例と同様にCCRP高値にもかかわらずプロカルシトニン値が基準範囲内であった報告がある14,15)一方,プロカルシトニン値が上昇した報告例もあった16).一般的に,プロカルシトニンは敗血症などの重症細菌感染症で上昇することが知られている.過去の報告と照らし合わせると,本症例でプロカルシトニン値が基準範囲内であった理由として,重症細菌感染症の病態に至っていなかった可能性が考えられた.また,本症例では全身性の炎症所見や眼所見の他に,腰部の圧痛とCMRIでの脊椎の異常信号を認めた.画像所見からは,感染症のほか,非感染性炎症性疾患に関連した脊椎関節炎・骨髄炎,血液腫瘍,転移性腫瘍なども考慮されたが,抗菌薬投与により発熱や眼所見とともに画像所見も消退したことから,猫ひっかき病に伴う化膿性脊椎炎と考えられた.B.henselaeは血行性・リンパ行性もしくは隣接部に炎症が波及し,多臓器に影響を及ぼすことがあり,心内膜炎や肝臓・脾臓の多発性肉芽腫性病変,脳炎・髄膜炎・脊髄炎による神経症状の報告がある17).まれではあるが骨髄炎も引き起こし,猫ひっかき病患者のC0.1.0.3%に発症すると報告されている17,18).骨病変の部位としては脊椎・四肢骨・骨盤・.骨・頭蓋骨の報告があり,周囲の軟部組織へ炎症が波及したり,膿瘍を形成したりする症例もある17,18).発熱と骨髄炎発症部位の圧痛以外の明らかな所見を認めずに,診断に苦慮する症例に対して,骨病変を生検しCpolymeraseCchainreaction検査でCB.ChenselaeDNAが証明された報告例もあり17),骨髄炎は免疫機序というよりは骨への直接的な感染によるものと考えられる.また,感染が全身に波及し,肝脾腫や画像上で肝臓・脾臓の異常影を合併することも多い18,19).脊椎の骨髄炎に関して,抗菌薬投与が行われる症例がほとんどで,手術を要した症例も報告されているが,生命予後は良好とされている17).脊椎炎のCMRI所見として,T1強調像で低信号を,T2強調像では高信号を示すことが多く19),本症例も同様であった(図5a,b).また,本症例でも腹部CCTで軽度の脾腫が指摘されており,これまでの報告と同様に,全身へ感染が波及していた所見の一つと考えられた.本症例を経験し,眼底所見が軽微であっても視神経網膜炎を疑う所見がみられれば猫ひっかき病を鑑別にあげることが重要で,本疾患の診断において,眼科医の果たす役割は大きいと考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)RegneryCRL,COlsonCJG,CPerkinsCBACetal:SerologicalCresponseCto“RochalimaeaChenselae”antigenCinCsuspectedCcat-scratchdisease.LancetC339:1443-1445,C19922)土田里香:猫ひっかき病.小児科診療C65:118-119,C20023)藤井寛,清水浩志,阿部祥子ほか:弛張熱と眼底隆起性病変を伴う網脈絡膜炎を認めた猫ひっかき病の女児例.小児科臨床C57:1012-1016,C20044)池田衣里,南博明,福田和由ほか:間欠熱で発症した非定型的猫ひっかき病のC1例.小児科臨床C73:437-441,C20205)ZaccheiCAC,CNewmanCNJ,CSternbergP:SerousCretinalCdetachmentofthemaculaassociatedwithcatscratchdis-ease.AmJOphthalmolC120:796-797,C19956)小林かおり,古賀隆史,沖輝彦ほか:猫ひっかき病の眼底病変.日眼会誌C107:99-104,C20037)溝渕朋佳,天野絵梨,谷口義典ほか:ぶどう膜炎,視神経網膜炎,無菌性髄膜炎を呈した猫ひっかき病のC2例.日内会誌C106:2611-2617,C20178)FukudaCK,CMizobuchiCT,CKishimotoCTCetal:ClinicalCpro.leCandCvisualCoutcomeCofCintraocularCin.ammationCassociatedCwithCcat-scratchCdiseaseCinCJapaneseCpatients.CJpnJOphthalmolC65:506-514,C20219)SolleyCWA,CMartinCDF,CNewmanCNJCetal:CatCscratchdisease:posteriorsegmentmanifestations.OphthalmologyC106:1546-1553,C199910)CunninghamCET,CKoehlerJE:OcularCbartonellosis.CAmJOphthalmolC130:340-349,C200011)KsiaaI,AbrougN,MahmoudAetal:UpdateonBarton-ellaneuroretinitis.JCurrOphthalmolC31:254-261,C201912)棚成都子,堤清史,望月學ほか:ネコひっかき病にみられた限局性網脈絡膜炎のC1例.眼紀50:239-243,C199913)徳永孝史,渡久地鈴香,島袋美起子ほか:眼底所見が診断の契機となった非典型猫ひっかき病のC2例.那覇市立病院医学雑誌C7:47-51,C201514)DureyCA,CKwonCHY,CImCJHCetal:BartonellaChenselaeCinfectionCpresentingCwithCaCpictureCofCadult-onsetCStill’sCdisease.IntJInfectDisC46:61-63,C201615)TirottaCD,CMazzeoCV,CNizzoliM:HepatosplenicCcatscratchdisease:Descriptionoftwocasesundergoingcon-trast-enhancedCultrasoundCforCdiagnosisCandCfollow-upCandsystematicliteraturereview.SNComprClinMedC3:2154-2166,C202116)SodiniC,ZaniEM,PecoraFetal:Acaseofatypicalbar-tonellosisCinCaC4-year-oldCimmunocompetentCchild.CMicro-organismsC9:950,C202117)VermeulenCMJ,CRuttenCGJ,CVerhagenCICetal:TransientCparesisCassociatedCwithCcat-scratchdisease:caseCreportCandliteraturereviewofvertebralosteomyelitiscausedbyBartonellaChenselae.PediatrCInfectCDisCJC25:1177-1181,C200618)VerdonR,Ge.rayL,ColletTetal:Vertebralosteomyeli-tisCdueCtoCBartonellaChenselaeCinadults:aCreportCofC2Ccases.ClinInfectDisC35:e141-e144,C200219)NotoT,FukuharaJ,FujimotoHetal:Bonemarrowsig-nalsCwithoutCosteolyticClesionsConCmagneticCresonanceCimagingCinCaC4-year-oldCpatientCwithCcat-scratchCdisease.CPediatrIntC62:242-244,C2020***

眼部帯状疱疹から同側眼に急性網膜壊死,対側眼に 虹彩炎を発症した1 例

2023年4月30日 日曜日

《第58回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科40(4):539.543,2023c眼部帯状疱疹から同側眼に急性網膜壊死,対側眼に虹彩炎を発症した1例安達彩*1,2,3髙橋元*2佐々木香る*2山田晴彦*2髙橋寛二*2*1東北医科薬科大学眼科学教室*2関西医科大学眼科学教室*3東北大学眼科学教室CACaseofHerpesZosterOphthalmicuswithAcuteRetinalNecrosisintheIpsilateralEyeandIritisintheContralateralEyeAyaAdachi1,2,3)C,GenTakahashi2),KaoruAraki-Sasaki2),HaruhikoYamada2)andKanjiTakahashi2)1)DepartmentofOphthalmology,TohokuMedicalandPharmaceuticalUniversity,2)CMedicalUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,TohokuUniversityCDepartmentofOphthalmology,Kansai緒言:眼部帯状疱疹は,免疫能の低下した高齢者に多く,多彩な前眼部と外眼部炎症所見を生じるが,網脈絡膜炎に至ることはまれとされる.今回,眼部帯状疱疹発症後,同側眼に急性網膜壊死(ARN)を認め,続いて対側眼に虹彩炎を認めた症例を経験したので報告する.症例:78歳,女性.末梢性CT細胞リンパ腫のため抗癌剤,予防としてステロイド,アシクロビルを不定期に投与中.前額部の発疹を伴う左眼部帯状疱疹を認め,受診した.抗ウイルス薬の点眼,内服加療により前眼部所見は改善したが強膜炎が遷延化し,再発C1カ月後に飛蚊症が出現した.硝子体混濁,周辺部黄白色滲出斑,血管白線化を認め,前房水から水痘帯状疱疹ウイルスが検出されたためCARNと診断し,抗ウイルス薬の投薬とその後の硝子体手術にて消炎した.しかし,ARN診断C192日目に対側眼に虹彩炎を認めた.考按:近年,水痘ワクチン定期接種の影響により,帯状疱疹の重症化が懸念されている.眼部帯状疱疹においても,眼底検査を励行することが重要である.CPurpose:HerpesCzosterophthalmicus(HZO)frequentlyCoccursCinCimmunocompromisedCelderlyCpatientsCandCcausesavarietyofanteriorocularmanifestations,butrarelyleadstoretinochoroiditis.WereportacaseofocularherpesCzosterCfollowedCbyCacuteCretinalnecrosis(ARN)inCtheCipsilateralCeyeCandCiritisCinCtheCcontralateralCeye.CCasereport:A78-year-oldfemalepatientdevelopedocularshinglesdevelopedintheregionofthe.rstbranchofthetrigeminalnerve.ShehadbeentreatedwithanticancertherapyforperipheralT-celllymphomaandirregu-laradministrationofsteroidsandacyclovirasaprophylaxisforsidee.ects.Fortreatment,antiviraleyedropsandoralmedicationwasadministered,andtheanteriorocular.ndingsimproved.However,therewasprolongedscleri-tis,CandC1CmonthClater,CsheCbecameCawareCofC.oaters.CVitreousCopacity,CperipapillaryCyellowish-whiteCexudativeCspots,andvascularwhitelineationwereobserved,andvaricella-zosterviruswasdetectedintheanteriorchamberaqueoushumor,resultinginadiagnosisofARN.Thepatientwassuccessfullytreatedwithantiviraldrugs,steroids,andvitrectomy.However,at192daysaftertheonsetofARN,iritiswasobservedinthecontralateraleye.Conclu-sion:Sinceconcernshaverecentlyaroseabouttheseverityofherpeszosterduetotheweakeningoftheboostere.ectCcausedCbyCroutineCvaccinationCwithCtheCvaricellaCvaccine,CaCfundusCexaminationCisCrecommendedCinCtheCfol-low-upofHZOcases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(4):539.543,C2023〕Keywords:帯状疱疹ウイルス,眼部帯状疱疹,急性網膜壊死,PCR検査,前房関連免疫偏位.varicella-zostervi-rus,helpeszosterophthalmicus,acuteretinalnecrosis,polymerasechainreaction,anteriorchamberassociatedim-munedeviation.C〔別刷請求先〕安達彩:〒983-8536宮城県仙台市宮城野区福室C1-15-1東北医科薬科大学眼科学教室Reprintrequests:AyaAdachi,DepartmentofOphthalmology,TohokuMedicalandPharmaceuticalUniversity,1-15-1Fukumuro,Miyagino-ku,SendaiCity,Miyagi983-8536,JAPANCはじめに急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)は,1971年に浦山らによって桐沢型ぶどう膜炎として初めて報告されたウイルス性壊死性網膜炎である1).ARNについての報告が国内外で増えるにつれ,病因として単純ヘルペスウイルスや水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)が同定されるようになった.VZVによる眼科領域の疾患として眼部帯状疱疹がよく知られている.眼部帯状疱疹は,通常幼少期に初感染し全身に水痘を引き起こしたCVZVが三叉神経節などに潜伏し,加齢や免疫低下などにより三叉神経第一枝領域に再活性化することで発症する.これに対し,ARNは通常は一般的な細胞性免疫や液性免疫にまったく異常を認めない健常人の網膜に突然発症することもある.このようにARNと眼部帯状疱疹はともにCVZVにより生じることがあるにもかかわらず,両者の合併は多くない.現在までに,眼部帯状疱疹に続いて同側眼にCARNを生じた例や対側眼に生図1皮膚科受診時所見鼻尖部を含む左顔面三叉神経第一枝領域に発疹を認めた.じた例はいくつか報告されている2.9)が多くはなく,そのため眼部帯状疱疹の経過観察において眼底観察を怠りがちである.今回,眼部帯状疱疹発症後,同側眼にCARNを認め,続いて対側眼に虹彩炎を認めた患者を経験したため報告する.CI症例患者:78歳,女性.全身既往歴:末梢性CT細胞性リンパ腫にてC5年前からプレドニゾロンC100Cmg5日間併用のCCHOP療法を毎月実施されており,それに伴い,スルファメトキサゾール・トリメトプリム錠,アシクロビル錠の予防投与が継続されていた.眼科既往歴:2年ほど前から複数回,左眼角膜上皮に偽樹枝状あるいは棍棒状の病変を生じており,アシクロビル眼軟膏,バラシクロビル内服投与にて加療されていた.毎回アシクロビル眼軟膏による高度薬剤性角膜炎を生じ,難治であったが最近C10カ月ほどは安定していた.現病歴:左前額部違和感,発疹発症を自覚し,発疹発症C4日目に,左眼の腫脹,眼脂,充血を主訴に関西医科大学附属病院(以下,当院)眼科を受診した.受診時の視力は右眼(1.0),左眼(1.0),眼圧は右眼C18mmHg,左眼C14mmHgであった.左眼眼球結膜の軽度充血,角膜偽樹枝状病変を認め,アシクロビル眼軟膏をC2回処方したが,副作用のためC2日間で自己中断した.発疹発症C7日目,鼻尖部を含む左顔面三叉神経第一枝領域に発疹を認めたため当院皮膚科を受診し,ファムシクロビルC250Cmg,6錠がC7日処方された(図1).発疹発症後C14日目の眼科再診時,左眼充血に対しアシクロビル眼軟膏をC1日C1回再開したが,発疹発症後C21日目には,左眼角膜偽樹枝状病変の再発,軽度微細な角膜後面沈着物(keraticprecipitates:KP)を認め(図2a),アシクロビル眼軟膏をC1日C2回に増量し,0.1%フルオロメトロン点眼C1日C1回を開始した.しかし,発疹発症後C35日目に,左図2眼科受診時所見a:発疹発症後C21日目の左眼前眼部写真.角膜偽樹枝状病変の再発,軽度の微細な角膜後面沈着物を認めた.Cb:発疹発症後C35日目の左眼前眼部写真.結膜充血,6時方向の角膜実質浮腫,白色角膜後面沈着物の増悪を認めた.Cc:発疹発症後C49日目の左眼眼底写真.網膜周辺部黄白色滲出斑,網膜血管白線化を認めた.発疹発症後日数前眼部所見治療内容の概要021354249以下ARN治療開始後日数三叉神経第1枝帯状疱疹発症偽樹枝状病変・充血角膜実質炎発症角膜所見改善するも,強膜炎悪化急性網膜壊死発症~~対側眼虹彩炎発症アシクロビル眼軟膏ステロイド点眼加療PEA+IOL+PPV+SO注入SO抜去10~~161192図3全経過のまとめ前眼部所見と治療の概要を示す.CPEA+IOL+PPV+SOSO抜去術ARN発症後日数010152950161ACV-IVVACV-IVAMNVACV750mg3回/日1000mg1回/日200mg2錠/日200mg1錠/日ベタメタゾンプレドニゾロン30mg/日から漸減ACV:アシクロビルリン酸エステルNa-IVVACV:バルガンシクロビル6mg1回/日AMNV:アメナメビルIV:静脈内注射図4急性網膜壊死(ARN)に対する治療内容抗ウイルス薬およびステロイドの全身投与により加療した.経過途中C29日目に腎機能悪化により抗ウイルス薬を変更した.眼結膜充血,KPの増悪,同部の角膜高度浮腫を認めたため(図2b),フルオロメトロン点眼をC0.1%デキサメタゾン点眼1日C4回に変更し,継続した.発疹発症後C42日目には,左眼角膜偽樹枝状病変,角膜浮腫,KPなどはすべて改善傾向であったが,強膜炎は全周に及び,高度に増悪した.さらに発疹発症後C49日目には,左眼に飛蚊症が出現し,前房細胞に加えて眼底がかろうじて透見できる程度の硝子体混濁を認めた.そこで発疹発症後初めて散瞳のうえ,眼底検査を実施したところ,硝子体混濁,周辺部黄白色滲出斑,部分的な血管白線化を認めた(図2c).前房水PCRにてVZVが7C×105コピー/ml検出され,ARNと診断した.アシクロビル250CmをC1日C3回,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム6Cmg点滴静注を開始し,網膜.離はなかったものの,ARN治療開始後C10日目には予防的に超音波乳化吸引術(phacoemulsi.cationandaspiration:PEA)および眼内レンズ挿入術(intoraoculaarlens:IOL)併用硝子体手術(parsplanaCvitrectomy:PPV)およびシリコーンオイル(siliconeoil:SO)注入術を実施した.ARN治療開始後C15日目に,抗ウイルス薬をバラシクロビルC1,000Cmgに,ステロイドをプレドニゾロンC30Cmgに変更し,その後ステロイドは漸減しC50日で中止とした.ARN治療開始後C29日目にバラシクロビルによる腎機能悪化を認めたため,内科の指示で抗ウイルス薬をアメナメビルC200Cmg2錠に変更し継続投与した.術後速やかに消失し経過良好であったため,ARN治療開始後C51日目にアシクロビルC200Cmg1日C1錠の予防投与に変更し,以後,当院腫瘍内科にてアシクロビルC1日C1錠の予防投与を継続した.ARN治療開始後C161日目にはCSOを抜去し,左眼視力は(0.7),眼圧はC18CmmHgを得た.その後,再燃なく落ち着いていたが,ARN治療開始後C192日目に対側眼に前房内細胞と微細な色素性角膜後面沈着物を伴う非肉芽種表1眼部帯状疱疹から急性網膜壊死(ARN)を生じた既報のまとめ既報性別年齢同側CARN発症時期同側眼前房水CVZV-PCR対側眼CARN発症時期対側眼前房水CVZV-PCR全身状態本症例C78FC6WC7×105C24W(.)免疫抑制(コピー)(虹彩炎)ChambersCetCal,C39MC3WC3W免疫抑制C1989CLito.etal,1990C40CF発症なしC3CW免疫抑制松尾ら,1990C26FC3WC3W妊娠中C20FC3W発症なしネフローゼC29MC3W発症なし免疫抑制CYeoetal,1986C33MC3W発症なし不明C59F発症なしC6WCBrowningCetCal,C43CFC2CW発症なし不明C1987C74MC1W発症なしC78M発症なしC8WC性の虹彩炎を認めた.対側眼の虹彩炎発症時,眼底に異常は認めなかったが対側眼のCARN発症を鑑別するために,前房水CPCRを実施した.VZVを含む各種ウイルスは検出されず,虹彩炎はC0.1%デキサメタゾン点眼C1日C4回にて消炎した.全経過のまとめを図3に,ARN発症からの治療内容を図4に示す.CII考察眼部帯状疱疹とCARNは,ともにヘルペスウイルス群により生じるにもかかわらず,両者の合併は少ない.現在までに13例が合併症例の既報として報告されている(表1).13例のうち,同側眼にCARNが発症したものはC7例で,発症時期までの平均はC2.6週間であった4,6.8).対側眼にCARNが発症したものはC8例で,発症時期までの平均はC6.3週間であった2.9).また,同側,対側眼ともにCARN発症したものはC2例であった4,6).13例のうち,1例の健常人2),5例の不明例7,8)を除き,いずれも免疫不全状態であった.今回の筆者らの症例は既報と同様に免疫不全状態であるが,同側眼のARN発症まではC6週間,対側眼の虹彩炎発症まではC24週間とやや長期間を要していた.本症例にはアシクロビルの予防投与やステロイドの定期投与がなされていたことも関係するかもしれない.原因ウイルスの同定のためにCPCR検査が実施されていたものは,鈴木ら2),中西ら3),正ら9)の3例で,そのうちCPCRからCVZVが検出されたのは,鈴木ら2),中西ら3)のC2例のみであった.中西らの報告は前房水から,鈴木らの報告は涙液から,それぞれCVZVが検出されていたが,コピー数の記載はなかった.鈴木らの報告は,前房水および硝子体液はCPCRを実施したにもかかわらずCVZVは検出されず,原因ウイルスがCVZVと判定することは困難であると記載されている.一方,正らの報告は術中採取した眼内液にCPCR検査を実施したところ,ヘルペスウイルスは陰性であったが,硝子体液中のCVZVIgG抗体価が上昇しており,それぞれCVZVの硝子体液中CIgG量,血清抗体価,血清CIgG量によりCVZV抗体率を算出することで抗体率C25と高値であったため原因ウイルスと同定している.今回の筆者らの例では,PCR検査で前房水から比較的多量(7C×105コピー/ml)のCVZVが検出されていたが,眼部帯状疱疹からCARNを発症した既報では,まだCPCRが普及していない時期の報告も多く,必ずしもCVZV量が多いとも断定できなかった.眼部帯状疱疹において,多発性角膜浸潤や強膜炎が発症した場合に遷延化しやすく,これらの病態ではウイルス量が多いという報告10)もあるが,今回の検討により眼部帯状疱疹によるCVZVのウイルス量とCARN発症機序の関連性は明らかにはできなかった.ARNでは水痘皮内反応の陰性例が多く,細胞性免疫能の低下がCARNの重症化に関与していると報告されており11),その発症には,前房関連免疫偏位(anteriorchamberassoci-atedCimmunedeviation:ACAID)の関与が知られている.つまり,前房という閉鎖空間においては,VZVなどのウイルス特異的に免疫抑制が生じることで炎症を惹起しにくいが,本来正常に機能しなければいけないウイルス排除機能も作用しなくなり,VZVの眼内増殖が助長される可能性があるとされている.通常,眼部帯状疱疹の動物モデルでは,ACAIDにより前房内に投与されたウイルスは同側眼にはCARNを生じないと報告されており12),実際の臨床でも眼部帯状疱疹からのARN発症は多くはない.しかし,本症例のように免疫不全状態が極度の場合は,増殖助長されたウイルスにより,眼部帯状疱疹から同側眼にCARNを生じると推測される.本症例ではCCHOP療法に伴う定期的なステロイド投与という高度の免疫抑制状態に定期的にさらされており,同側眼にCARNが生じたと推測する.もともと眼科既往歴にある複数回の偽樹枝状あるいは棍棒状の角膜所見も,VZVによるものであった可能性が高いと考える.また,対側眼に網膜炎を生じる機序として,vonSzilyのモデルでは,前房内ウイルス→毛様体神経節→動眼神経→CEdinger-Westphal核→視交叉上核→対側視神経→対側網膜という経路が報告されている12).筆者ら症例における対側眼の虹彩炎に関しては,元来対側眼の神経節に潜伏していたCVZVの再活性化により免疫反応として虹彩炎が生じた可能性も否定はできないが,vonSzilyのモデルの経路のように,眼部帯状疱疹から逆行性に対側眼へと進行したウイルスへの免疫反応が生じたとも推測できる.また,他科から不定期・予防的に投与されている抗ウイルス薬やステロイドも発症時期や機転に関係した可能性があると考える.本症例では発疹発症後C4日目に眼科を受診し診療を受けたにもかかわらず,皮膚科受診がC7日目であった.これは眼科医師が眼科受診時に皮膚科受診を促す,あるいはその時点で内服投与すべきであったと考える.過去に筆者らが眼部帯状疱疹を検討した際,発疹発症後に眼科を受診しているにもかかわらず,皮膚科受診あるいは全身投与までの日数が迅速ではないことが判明している13).全身投与が遅れた場合,よりヘルペス後神経疼痛が重症になることが懸念されており14),眼科医による早期診断と,速やかな皮膚科への紹介の啓発が必要だと考える.また,眼部帯状疱疹では結節性強膜炎が遷延化することも筆者らは報告した13).今回の症例についても結節性強膜炎が遷延化することは想定範囲内であったが,偽樹枝状病変や角膜浮腫が明らかに改善しているにもかかわらず,結節性であった強膜炎が発症後C42日目に全周に拡大したことに違和感を覚えた.患者が飛蚊症を訴えたことが眼底検査の契機となったが,おそらく強膜炎が悪化した時点ですでにウイルスは後眼部に波及しつつあったのではないかと考える.患者の訴えを真摯に受け止めることや日ごろの治癒過程との相違点に気づくことが大切だと改めて認識された.2014年に水痘ワクチンの定期接種が開始され,小児における水痘の減少,それに伴ったブースター効果の減弱により近年CVZVによる感染症の重症化が懸念されている13,15).眼部帯状疱疹患者の経過観察において,とくに免疫不全患者の場合,両眼ともにCARNが発症する可能性があることを念頭におき,毎回の両眼眼底観察を怠ってはならないと考えられる.文献1)浦山晃,山田西之,佐々木徹郎ほか:網膜動脈周囲炎と網膜.離を伴う特異な片眼性急性ブドウ膜炎について.臨眼C25:607-619,C19712)鈴木智,池田恒彦,西田幸二ほか:ヘルペス性角膜炎の僚眼に発症した桐沢型ぶどう膜炎のC1例.あたらしい眼科C14:1821-1824,C19973)NakanishiF,TakahashiH,OharaK:Acuteretinalnecro-sisCfollowingCcontralateralCherpesCzosterCophthlmicus.CJpnCJOphthalmolC44:561-564,C20004)ChambersCRB,CDerickCRJ,CDavidorfCFHCetal:Varicella-zosterCretinitisisCinChumanCimmunode.ciencyCvirusCinfec-tiontotheeditor.ArchOphthalmolC107:960,C19895)Lito.CD,CCatalanoRA:HerpesCzosterCopticCneuritisCinChumanimmunode.ciencyvirusinfectioncasereport.ArchOphthalmolC108:782,C19906)松尾俊彦,小山雅也,梅津秀夫ほか:水痘の合併症つぃての桐沢型ぶどう膜炎.臨眼C44:605-607,C19907)YeoJH,PeposeJS,StewartJAetal:Acuteretinalnecro-sissyndromefollowingherpeszosterdermatitis.Ophthal-mologyC93:1418-1422,C19868)BrowningCDJ,CBlumenkranzCMS,CCulbertsonCWWCetal:CAssociationCofCvaricellaCzosterCdermatitisCwithCacuteCreti-nalCnecrosisCsyndorome.COphthalmologyC94:602-606,C19879)正健一郎,松島正史,安藤彰ほか:眼部帯状ヘルペス後に他眼に発症した桐沢型ぶどう膜炎.臨眼C53:1895-1899,C199910)InataCK,CMiyazakiCD,CUnotaniCRCetal:E.ectivenessCofCreal-timeCPCRCforCdiagnosisCandCprognosisCofCvaricella-zosterviruskeratits.JpnJOphthalmolC62:425-431,C201811)毛塚剛司:水痘帯状疱疹ウイルスによる眼炎症と免疫特異性.日眼会誌C108:649-653,C200412)VannVR,AthertonSS:NeuralspreadofherpessimplexvirusCafterCanteriorCchamberCinoculation.CInvestCOphthal-molVisSciC32:2462-2472,C199113)安達彩,佐々木香る,盛秀嗣ほか:近年の眼部帯状ヘルペスの臨床像の検討.あたらしい眼科C39:639-643,C202214)漆畑修:帯状疱疹の診断・治療のコツ.日本医事新報4954:26-31,C201915)白木公康,外山望:帯状疱疹の宮崎スタディ.モダンメディアC60:251-264,C2020***

基礎研究コラム71:糖尿病による網膜神経障害の抑制

2023年4月30日 日曜日

糖尿病による網膜神経障害の抑制糖尿病による網膜神経障害網膜神経細胞・グリア細胞・血管・免疫細胞が,解剖学的にも機能的にも相互依存している状態を捉えた「神経血管ユニット(neurovascularunit:NVU)」という用語は,もともと血液脳関門に対して用いられてきたもので,2007年にCMonicaMeteaとCEricNewmanが初めて網膜に対して適用してから広く使われるようになりました1).糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)では,その診断基準となる毛細血管瘤,網膜内出血,白斑,新生血管といった細小血管障害に起因する眼底所見が出現する前から,NVUの機能低下が,血管網膜関門の破綻や網膜内血流調節の低下を介してCDR発症に関与しています.このため,DRの予防と早期治療の研究では糖尿病による細小血管障害の抑制のみならず,網膜神経の保護も重要視されています2).C~3脂肪酸とその代謝産物の網膜神経保護効果近年,高血糖環境下で血管内皮細胞から産生される活性酸素が,グリア細胞や網膜神経細胞を障害することが確認されています.また,DRの早期から生じる網膜神経障害は,網膜電図にて網膜内神経細胞であるアマクリン細胞由来の律動様小波(oscillatorypotential:OP)減弱として検出されます.網膜神経保護に焦点をあてたCDRの早期治療戦略を考えるうえで,筆者らは糖尿病で低下するといわれている脳由来神経栄養因子(brain-derivedCneurotrophicfactor:BDNF)に着目し,その内服によりCBDNF産生が改善されるというエイコサペンタエン酸(eicosapentaenoicacid:EPA)が,DRにおける網膜機能障害を改善する可能性を検討しました.すると,活性酸素によるアマクリン細胞への直接的な障害だけで図1糖尿病網膜症におけるEPAとその代謝産物18-HEPEによるBDNFを介した網膜神経保護効果のメカEPAニズム糖尿病網膜症における網膜機能障害には,アマクリン細胞への直接的な障害だけでなくCMuller細胞から産生されるCBDNFの減少が関与しており,EPA代謝産物の18-HEPEが組織特異的に作用してBDNF産生を改善させ,アマクリン細胞の障害を抑制する.鈴村文那名古屋大学医学部医学科・大学院医学系研究科眼科学・感覚器障害制御学教室なく,眼内でBDNFを産生するCMuller細胞が障害され,BDNFの産生が低下することでアマクリン細胞の活性が低下するというCDR一連のメカニズムに対して,EPAの内服は活性酸素の産生ならびにCMuller細胞の障害を抑制し,眼内のCBDNF産生を改善するとともにCOP減弱を抑制することがわかりました.また,EPAは体内で代謝されたあと,とくにC18-HEPEという形で作用していることもわかりました3).このことから,EPAの内服によりCDR早期の網膜機能障害が抑制される可能性が示唆されました(図1).今後の展望現在,DRの治療としては網膜光凝固術や血管内皮増殖因子阻害薬の硝子体内注射が広く行われ,硝子体手術の技術も向上してきているものの,治療抵抗性を示す患者も少なくありません.そこで,DRの効率的な予防および早期治療の研究が進められるなかで,網膜神経を保護するという新たなアプローチも試みられています.複雑な病態のCDRにおいて,従来多くの研究でターゲットにされてきた網膜血管障害の抑制とともに臨床への応用が期待されます.文献1)MeteaMR,NewmanEA:Signallingwithintheneurovas-cularCunitCinCtheCmammalianretina:SignallingCwithinCneurovascularCunitCinCretina.CExpCPhysiolC92:635-640,C20072)AntonettiDA,SilvaPS,StittAW:CurrentunderstandingofCtheCmolecularCandCcellularCpathologyCofCdiabeticCreti-nopathy.NatRevEndocrinolC17:195-206,C20213)SuzumuraCA,CKanekoCH,CFunahashiCYCetal:n-3CFattyCacidanditsmetabolite18-HEPEameliorateretinalneuro-nalcelldysfunctionbyenhancingMullerBDNFindiabet-icretinopathy.DiabetesC69:724-735,C2019糖尿病網膜症高血糖状態活性酸素産生抑制18-HEPEMuller細胞障害改善BDNF産生低下改善網膜電図にてOP振幅低下抑制として確認されるアマクリン細胞障害抑制(97)あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023C5290910-1810/23/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス 239.ガスタンポナーデ後の網膜中心動脈閉塞症

2023年4月30日 日曜日

239ガスタンポナーデ後の網膜中心動脈閉塞症(初級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめにガスタンポナーデ後の眼圧上昇に起因する網膜動脈閉塞症の報告としては,飛行機搭乗や山行などの気圧低下による気体の急激な膨張によるものが多いが1),六フッ化硫黄(SF6)や八フッ化プロパン(C3F8)などの膨張性ガスをoneshotで硝子体腔内に注入したあとにRAOを発症したとする報告はきわめて少ない.筆者は過去に1例だけ,このような苦い合併症を経験したことがある.●症例提示75歳,男性.左眼の網膜細動脈瘤破裂に伴う網膜下および網膜前出血を認め(図1),ガスタンポナーデによる血腫移動術を施行した.左眼瞳孔縁には落屑物質を認め,前房は浅かったが(図2),眼圧は16mmHgであった.100%SF6を0.5ml硝子体腔内にoneshotで注入し,直後に眼圧上昇をきたしたため,前房穿刺を施行した.浅前房のため少量の前房水しか抜去できなかったが,処置後の眼圧は34mmHgに低下した.その後,伏臥位を保持してもらい,翌日眼底検査を施行したところ,網膜下血腫は下方に移動したが,黄斑部にcherryredspotを認め(図3),網膜中心動脈閉塞症と診断した.このときの眼圧は13mmHgであった.ただちに眼球マッサージ,前房穿刺,ペーパーバック,ウロキナーゼ点滴を開始した.Cherryredspotは徐々に消退したが矯正視力は0.01にとどまった.●膨張性ガスによる眼圧上昇膨張性ガスをoneshotで硝子体腔内に注入した後の眼圧の推移については,本シリーズ連載96(2011年)でも記載したことがある2).100%SF60.5ml注入直後の眼圧は50~60mmHgに上昇するが,房水流出率が正常の眼球であれば,通常30分以内で30mmHg以下に低下する.正常眼の房水流出率を約0.28×10.3ml/min/mmHgとすると,眼圧が15mmHgの場合は8時間で眼外へ約2.0mlの房水を排出することができる.さらに逆算すれば,房水流出率が正常であれば,100%SF6(95)0910-1810/23/\100/頁/JCOPY図1ガスタンポナーデ施行前の左眼眼底写真網膜細動脈瘤破裂に伴う網膜下および網膜前出血を認めた.図2ガスタンポナーデ施行前の左眼細隙灯顕微鏡写真瞳孔縁に軽度の落屑物質の沈着を認めた.前房はきわめて浅かった.図3ガスタンポナーデ施行翌日の左眼眼底写真網膜下血腫は下方に移動したが,cherryredspotを認め,網膜中心動脈閉塞症と診断した.を1.0mlまでoneshotで注入しても,SF6の膨張による眼圧上昇は避けられることになる.しかし,これはあくまでも房水流出率が正常であると仮定した場合の話で,もともと隅角癒着や線維柱帯の器質的な変化により房水流出率が低下している患者では注意を要する.本提示例は浅前房のうえに落屑症候群を合併しており,ガス注入後のSF6の膨張に房水流出量が追いつかず,伏臥位中に極端な眼圧上昇をきたしていた可能性が考えられる.このような素因を有する眼に対して100%SF6をoneshotで注入する場合には,0.5ml以下の量にしたほうが無難である.文献1)DieckertJP,O’ConnorPS,SchacklettDEetal:Airtravelandintraoculargas.Ophthalmology93:642-645,19862)池田恒彦:硝子体手術のワンポイントアドバイス(96)膨張性ガスによる眼圧の推移(初級編).あたらしい眼科28:667,2011あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023527

考える手術:16.ドライアイ類縁疾患の手術

2023年4月30日 日曜日

考える手術⑯監修松井良諭・奥村直毅ドライアイ類縁疾患の手術田聖花東京慈恵会科大学附属葛飾医療センター眼科自覚症状があり涙液層の不安定性を認めれば,ドライアイと診断される.涙液層の不安定性は涙液層破壊時間の短縮で診断し,涙液層破壊像の違いによってドライアイのタイプ別診断が可能である.治療の選択はタイプによって異なる.水濡れ低下型ではムチン蛋白の分泌を促す点眼薬が有効である.涙液減少型は軽症であれば点眼薬が有効だが,重症では涙点閉鎖術が必要となる.涙点プラグによる閉鎖が簡便だが,脱落を繰り返す場合は外科的涙点閉鎖術を行う.涙小管内および涙点付近を1分程度しっかり焼灼するのがコツである.それでも再開ム腺機能不全といったドライアイ類縁疾患の可能性がある.とくに結膜弛緩症では,弛緩結膜が下眼瞼の涙液メニスカスを占拠し異所性メニスカスを形成したり,摩擦性の上皮障害を生じるなど,ドライアイの悪化原因となる.結膜弛緩症は,その物理特性から点眼加療が無効なことが多く,ドライアイ類縁疾患のなかでも外科的治療が奏効する代表疾患といえる.とくに,ドライアイに悪影響を及ぼしている場合は,手術が勧められる.結膜弛緩症の手術方法には焼灼法,強膜縫着法,切除縫合法がある.焼灼法は点眼麻酔下で数分で行えて比較的簡便だが,術直後は焼灼部分が結膜上皮欠損になるため,消炎や上皮化を図る必要がある.強膜縫着法は術後炎症は比較的軽度だが,弛緩結膜が残りやすい欠点がある.切除縫合法は弛緩結膜の取り残しがないこと,中央・耳側・鼻側で弛緩量が異なる例でも対応できることが利点であり,縫合の手間はあるが,ぜひ習得してほしい術式である.聞き手:ドライアイにはさまざまなタイプがあるといわ聞き手:タイプによって治療選択は異なりますか?れていますが,診断のコツはありますか?田:水濡れ低下型では眼表面での涙液保持機能が低下し田:自覚症状があり涙液層の不安定性を認めれば,ドラており,その機能を担うムチン蛋白の分泌を促す点眼薬イアイと診断されます.涙液層の不安定性は,涙液層破が有効です.涙液減少型では涙液量の増加が必要です.壊時間の短縮だけでなく,涙液層破壊像からも診断され軽症例では,眼表面の水分量を増やす作用をもつ点眼薬ます.涙液層破壊像の違いによって,涙液減少型や水濡を選択しますが,重症の涙液減少型(図1)は点眼薬だれ低下型など,ドライアイのタイプ別診断も可能です.けでは治療しきれず,涙点閉鎖術が必要となります.(93)あたらしい眼科Vol.40,No.4,20235250910-1810/23/\100/頁/JCOPY考える手術聞き手:涙点閉鎖のコツを教えてください.田:シリコーン製の涙点プラグを用いるのが簡便です.最近では,挿入後に各々の涙小管径にフィットするように広がるフリーサイズといえるものもあり,サイズ選択が簡便になっています.涙点プラグの脱落を繰り返す場合は,外科的涙点閉鎖術を行います.涙点を縫合閉鎖する方法も報告されていますが,涙小管内および涙点付近をしっかり焼灼するだけでも十分な閉鎖が得られます.アキュテンプなどを涙小管内に挿入し,1分程度しっかり焼灼します.涙点付近の結膜および皮膚浸潤麻酔に加えて,滑車下神経ブロックによる伝達麻酔を行うと,術中の疼痛を抑制することができます.それでも再開通を起こす難治例では,涙小管切断が有効です.涙小管水平部はHorner筋に囲まれており,切断されると奥のほう(鼻側)へ引っ込んでしまう性質があります.この作用を逆手に取り,涙小管水平部を切断することにより,導涙機能を遮断するという術式です.瞼縁に沿って結膜切開後,涙小管水平部を直視下に露出し,涙.移行部よりも2~3mm涙点寄りで切断し,両断端を焼灼閉鎖します(動画①).聞き手:涙液は少なくないのに角結膜上皮障害がある場合は,どのように考えるとよいでしょうか?田:涙液と眼表面上皮細胞以外に原因があります.頻度の高い疾患には,結膜弛緩症,上輪部角結膜炎,lidwiperepitheliopathy,マイボーム腺機能不全などがあり,これらはドライアイ類縁疾患とよばれています.これらの疾患はドライアイ治療薬だけでは改善しないことが多く,別のアプローチが必要です.聞き手:結膜弛緩症のドライアイへの影響を診断するコツはありますか?田:結膜弛緩症では,弛緩結膜が下眼瞼の涙液メニスカスを占拠したり,摩擦性の上皮障害を生じるなど,物理的に眼表面に悪影響が生じます.弛緩結膜と角膜が接するところに涙液が貯留し,フルオレセイン染色によって「異所性涙液メニスカス」(図2)として観察され,涙液層の破壊が生じ,角膜上皮障害の好発部位となります.聞き手:結膜弛緩症の手術適応について教えてください.田:結膜弛緩症は,その物理特性から点眼加療が無効なことが多く,ドライアイ類縁疾患のなかでも外科的治療が奏効する代表疾患といえます.充血,結膜下出血,流涙がよく知られた症状ですが,QOLに影響している場合は手術の適応となります.また,整容上の理由も手術を受ける動機となります.とくにドライアイに悪影響を及ぼしている場合は,強く手術を勧めたほうがよいと思います.聞き手:結膜弛緩症の手術にはどのような方法がありますか?田:特別なディバイスや生体材料を用いずに行える方法には,焼灼法,強膜縫着法,切除縫合法があります.焼灼法は点眼麻酔下で数分で行えて比較的簡便ですが,術直後は焼灼部分が結膜上皮欠損になるため,消炎や上皮化を図る必要があります.細いジアテルミー針を挿入して結膜下で焼灼する方法では,術後の結膜上皮欠損は起こりにくい利点があります.強膜縫着法は,結膜を焼いたり切ったりしませんので術後炎症は比較的軽度ですが,弛緩結膜が残りやすい欠点があります.切除縫合法は弛緩結膜の取り残しがないこと,中央・耳側・鼻側で弛緩量が異なる場合でも対応できることが利点です.とくにドライアイ合併例では弛緩結膜が残ると症状が改善されにくいため,本法で確実に治癒させることが必要と考えます.縫合の手間はありますが,ぜひ習得してほしい術式です(動画②).図1重症の涙液型ドライアイ涙液層破壊像はareabreaktype.糸状角膜炎もみられる.図2結膜弛緩症でみられる異所性メニスカス角膜上での涙液層の破壊がみられる.526あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023(94)

抗VEGF治療:ファリシマブの作用機序

2023年4月30日 日曜日

●連載◯130監修=安川力髙橋寛二110ファリシマブの作用機序家里康弘信州大学医学部眼科学教室加齢黄斑変性,糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症において,アンジオポエチン(Ang)-2はアンタゴニストとして血管安定化に関連するCAng-1の作用を阻害し,VEGF-Aと協働的に血管新生や血管透過性を亢進する.ファリシマブはCVEGF-AとCAng-2の両方をターゲットとしてその作用を阻害するバイスペシフィック抗体である.はじめに2022年C6月にファリシマブが眼科領域初のバイスペシフィック抗体(2種類の抗原に対して結合できる抗体)として中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性(neovascularCage-relatedCmaculardegeneration:nAMD)および糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME)に対して承認された.ファリシマブはCrossMAB技術を用いて創製されたCVEGF-Aおよびアンジオポエチン(angiopoietin:Ang)-2に対するヒト化二重特異性モノクローナルCIgG1抗体であり,血管新生や血管透過性に重要な役割を果たすCVEGF-AおよびAng-2の両方を阻害する(図1)1).本稿ではファリシマブの既存のCVEGF阻害薬と異なる特徴であるCAng-2の病態生理学な意義と作用機序について述べる.CAng/Tie経路と血管恒常性の維持TyrosineCkinaseCwithCimmunoglobulinCandCepider-malgrowthfactorhomologydomains(Tie)2受容体を介するCAngシグナルは,血管系では壁細胞と内皮細胞(endothelialcell:EC)およびCEC同士の細胞間接着相互作用,血管の成熟化・安定化,血管網の再構築,ECの生存に重要な役割を果たしている.そしてCTie2受容体のリガンドであるCAng-1は血管安定化に寄与する一方で,病態に応じて上昇するCAng-2はおもにCAng-1のアンタゴニスト(競合的)として作用し,血管構造を弱めてCVEGFなどと協働的に新生血管を促し,血管透過性を亢進する(図2)2,3).血管恒常性の維持に果たすAng-1の作用血管構造は,管腔の内面のCECに対して,その周囲から壁細胞と総称される周皮細胞(ペリサイト)や血管平滑筋細胞がとりまいて,構造的に安定した血管を形成している.平常では周囲の壁細胞からCAng-1が分泌され,ECに発現する免疫グロブリンおよび上皮成長因子(epi-(91)C0910-1810/23/\100/頁/JCOPYdermalCgrowthfactor:EGF)相同性ドメインを有するチロシンキナーゼC2(Tie2)受容体に結合する.Ang-1はCTie-2受容体のアゴニストであり,Tie-2受容体に結合するとCECの生存や内皮-壁細胞接着に関与し,血管の安定化を促進する下流シグナルを活性化させる.たとえばCAkt(またはプロテインキナーゼCB)やCphosphati-dylinositol3-kinase(PI3K)経路の活性化をもたらし,ECのアポトーシスを抑制して生存を促進し,転写因子FOXO1の不活性化を介してCAng-2産生を抑制し,CNF-lBを介する炎症を抑制して血管恒常性を維持し安定化を促す.また,活性化したCTie2受容体が細胞接合部に移動し,細胞間接着分子である血管内皮カドヘリン(VE-cadherin)を強化し,血管透過性を低下させる.また,血管形成の過程で血管分岐の先端細胞が移動する方向に存在する細胞の分泌するCAng-1が血管新生を誘導するが,この場合は構造的に安定化した正常な血管を形成する.これはCVEGF受容体の強い活性化が認められる状態では,幼弱な細い血管が大量に誘導されるのと対照的である.こうしたCAng-1/Tie2経路の血管恒常性に対する重要性は遺伝子改変マウスの結果からも明らかであり,Ang-1欠損マウスやCTie2受容体欠損マウスは妊娠中期に胎生致死となるが,その血管は壁細胞である周皮細胞や平滑筋細胞がほとんどなく,血管網の再構築や成熟化が認められない.病的状態におけるAng-2の作用と眼内血管疾患Ang-2はおもにCECに発現を認め,Ang-1と同じ部位,同様の親和性でCTie2受容体に結合する.Ang-2は低酸素,高血糖,炎症などにより誘導され,多くはAng-1のアンタゴニストとして作用して前述のCAng-1/Tie2経路によるシグナル伝達を阻害する(ただし状況によっては部分アゴニストとして機能する).つまりAng-2は血管透過性を亢進して血管構造を不安定化させる.Ang-2欠損マウスはCAng-1欠損マウスと異なり,あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023523抗Ang-2Fab抗VEGF-AFab改変Fc図1ファリシマブの構造マウス抗ヒトCVEGF-A抗体とヒト抗CAng-2抗体のFab領域が同一分子内に存在する.また,Fc領域はエフェクター細胞上に発現しているCFcCc受容体およびFcRnへ結合し,炎症反応や全身クリアランスの影響を抑制するように改変されている.(文献C1より改変)血管異常(硝子体血管遺残など)は生じるが胎生致死とならずに生存する.一方,Ang-2の過剰発現マウスはAng-1欠損マウスと同様に胎生致死となる.また,Ang-2にはCTie2受容体を介さずにインテグリンに作用して細胞間接着を減弱する機序もあり,Ang/Tie経路における作用機序と合わせて血管透過性亢進に関与していると考えられる.眼内疾患ではCnAMD,DME,網膜静脈閉塞症(reti-nalCveinocclusion:RVO)などの臨床検体では,VEGFとともにCAng-2の発現上昇が確認されている.たとえばCnAMDにおいては,Ang-2はCnAMD発症の感受性遺伝子であり,房水中のCAng-2濃度が上昇していた.また,脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)組織においてCVEGFとCAng-2が高発現していた.また糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)およびRVO眼では,硝子体中のCAng-2濃度が上昇しており,DRでは重症度とも相関していた.これらの眼内血管疾患ではCVEGFが病態に強く関与しているが,Ang-2はCVEGF経路と複合的な活性化によりCVEGFの作用を増強し,VEGFによる血管透過性がC3倍となると報告されている.そして,臨床試験については別稿に譲るが,マウスのCnAMDモデルでVEGF-AとCAng-2の両方を阻害すると,それぞれ単独に阻害するよりもCCNV形成や血管外漏出を強く抑制した4,5).これらの知見は,多角的なアプローチが有効でC524あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023図2正常血管と病的血管におけるAng/Tie経路正常血管ではCAng-1がCTie-2受容体と結合してリン酸化し,下流シグナルを活性化することで細胞生存や血管安定化を促す.一方,病的血管ではCAng-2がCAng-1のアンタゴニストとして作用するため,下流シグナルが抑制されて血管の不安定化や炎症を惹起する.(文献C2より改変)あることを示唆するものである.おわりに今回紹介した新薬ファリシマブは,VEGFだけではなく血管新生や血管透過性亢進に関与するCAng-2も同時にターゲットとする薬剤である.癌領域などでは複数の分子標的薬が登場しているが,眼科領域においてもこうして治療標的・薬剤選択の幅が広がることは喜ばしいことである.今後の報告が楽しみな薬剤である.文献1)SahniJ,PatelSS,DugelPUetal:SimultaneousinhibitionofCangiopoietin-2CandCvascularCendothelialCgrowthCfactor-ACwithCfaricimabCinCdiabeticCmacularedema:BOULE-VARDCphaseC2CrandomizedCtrial.COphthalmologyC126:C155-1170,C20192)JoussenCAM,CRicciCF,CParisCLPCetal:Angiopoietin/TieC2Csignallinganditsroleinretinalandchoroidalvasculardis-eases:areviewofpreclinicaldata.Eye(Lond)C35:1305-1316,C20213)SaharinenCP,CEklundCL,CAlitaloK:TherapeuticCtargetingCofCtheCangiopoietin-TIECpathway.CNatCRevCDrugCDiscov.C16:635-661,C20174)RegulaCJT,CLundhCvonCLeithnerCP,CFoxtonCRCetal:Tar-getingCkeyCangiogenicCpathwaysCwithCaCbispeci.cCCross-MAbCoptimizedCforCneovascularCeyeCdiseases.CEMBOCMolCMedC8:1265-1288,C2016.CErratumin:EMBOCMolCMedC11:20195)FoxtonRH,UhlesS,GrunerSetal:E.cacyofsimultane-ousCVEGF-A/ANG-2CneutralizationCinCsuppressingCspon-taneousCchoroidalCneovascularization.CEMBOCMolCMedC11:e10204,C2019(92)

緑内障:緑内障治療下における長期の眼圧変遷と季節変動

2023年4月30日 日曜日

●連載◯274監修=福地健郎中野匡274.緑内障治療下における長期の眼圧変遷と池田陽子御池眼科池田クリニック京都府立医科大学眼科季節変動1997年C1月~2016年C12月のC20年にわたる京都緑内障レジストリーのデータを用いて,点眼治療されている広義原発開放隅角緑内障C2,781例・総数C8万超の月ごとの眼圧を抽出・可視化し,緑内障治療下におけるCrealworlddataとしての管理眼圧の長期経過による眼圧の変遷と季節変動を考察した.●はじめに広義原発開放隅角緑内障(primaryCopenCangleCglau-coma:POAG)の点眼治療下における管理眼圧の長期経過と季節変動を知るために,京都緑内障レジストリー(KyotoCGlaucomaRegistry:KGR)より眼圧を抽出し可視化を試みた.KGRはC1995年に京都府立医科大学が開設し,以後,バプテスト眼科クリニックおよび御池眼科池田クリニックも参加してC1受診ごとにデータを入力し,2022年C3月末でC404,591件のデータを保有している.今回は1997年1月~2016年12月の20年にわたる広義CPOAGの眼圧データを抽出した.C●広義POAG患者の20年間の眼圧推移対象は広義CPOAGの患者で,①C1例C1眼/月で抽出した全例の眼圧平均値,②同一症例で同月に複数回眼圧値がある場合は全眼圧の平均値,③両眼対象の場合は右眼値,を選択した.線維柱帯切開術あるいは線維柱帯切除術施行例については,術後眼圧を除外した.ただし,白内障手術あるいは選択的レーザー線維柱体形成術施行例は術後眼圧を含めた.患者背景を表1に示す.図1a1)に広義CPOAG症例のC20年間の月平均眼圧値の変化を示す.図1bにはCPOAGと正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)の病型に分けて示す.全病型でC20年間に徐々に眼圧が下降した.1997年から2016年にかけ,広義CPOAGではC19mmHgからC14mmHgへ,POAGではC21CmmHgからC17CmmHgへ,NTGではC16mmHgからC13mmHgへ下降した.月ごとの眼圧は回帰曲線に近似でき,全病型でC20年間,夏は低く冬は高い眼圧季節変動の存在が示された.NTG症例をC4年ごとにC5グループ(1997~2000年,2001~2004年,2005~2008年,2009~2012年,2013~2016年)に分け,1~12月の平均眼圧の変化を調べた(図2)2).季節変動は回帰曲線を求めた.各月とも,年代とともに眼圧が下降し(1997~2000年の眼圧は冬14CmmHg,夏C13CmmHgであったが,2013~2016年には冬C12.5mmHg,夏C11.5mmHgとなった),また,5グループとも冬に高く夏に低い有意な眼圧季節変動が示された.C●処方薬の推移4年ごとのCNTGの使用薬剤割合を図32)に示した.1997~2000年ではCb阻害薬(以下,b)がもっとも多く,プロスタグランジン関連薬(以下,PG)が続き,2001~2004年ではCPGの割合が増加し,bの割合が減少した.また炭酸脱水酵素阻害薬(carbonicCanhydraseCinhibi-tor:CAI)とCa1遮断薬の割合が増加した.2005~2008年ではC2001~2004年と同じ傾向を示し,2009~2012年では配合薬の上市によりCPG/b,CAI/bの割合が増え,a2刺激薬の上市でその割合が増加した.2013~2016年では配合薬,a2刺激薬の割合が倍増した.C●おわりに新規作用機序の点眼薬や同一作用機序の別製品が上市され,点眼薬の選択肢の増加が長期にわたる眼圧下降に貢献したと考えられた.また,平均寿命延長に伴い,より長期に視機能を維持させなければならない社会状況と,視野悪化時にはさらに低く眼圧管理しようとする眼表1患者背景病型症例数(人)眼圧データ数(件)男性:女性(人)平均年齢(歳)平均経過観察期間(年)広義原発開放隅角緑内障C原発開放隅角緑内障C正常眼圧緑内障C2,781C1,007C1,774C80,25831,25149,0071,186:1,595C521:486C665:1,109C60.8±14.1C62.6±13.3C59.8±14.4C5.5±4.75.5±5.15.5±4.4C(89)あたらしい眼科Vol.40,No.4,20235210910-1810/23/\100/頁/JCOPYa70020600データポイント(onedata/patient/month)データポイント(onedata/patient/month)図1病型別の20年間の眼圧経過(a:広義原発開放隅角緑内障,b:原発開放隅角緑内障と正常眼圧緑内障)月ごとの平均眼圧を解析した.病型にかかわらず,20年間で眼圧は徐々に下降してきており,夏は低く冬は高い眼圧の有意な季節変動を示した.(文献C1より改変引用)18500164001430020012眼圧(mmHg)100100b700500184001630014200122260020眼圧(mmHg)1001000%10%20%30%40%50%60%70%80%90%100%1997~20002001~20042005~2008眼圧(mmHg)13.52009~201213.02013~201612.5■PG■b■CAI■a1■a2■S■PS■PG/b■CAI/b■RK■0ral12.0図3正常眼圧緑内障の処方薬の4年ごとの推移新薬の上市が処方に反映されている.配合剤,Ca2刺激薬,ROCK阻害薬が上市されてからは,それら薬剤の増加割合が大きかった.図2正常眼圧緑内障の4年間ごとの眼圧の変化PG:プロスタグランジン関連薬,Cb:b遮断薬,CAI:炭酸脱11.5JanFebMarAprMayJunJulAugSepOctNovDec年が進むごとに眼圧が下降していた.また,5グループとも夏は低く冬は高い有意な季節変動を示した.点線は回帰曲線.(文献C2より改変引用)科医の意識や努力も,眼圧下降に影響したと考えられた.これら長期管理眼圧のCrealworlddataを把握し参照することで,日々の治療の立ち位置や眼圧の季節変動を確認し,今後の緑内障診療の参考にしていただければ幸いである.水酵素阻害薬,Ca1:a1遮断薬,Ca2:a2刺激薬,S:交感神経刺激薬,PS:副交感神経刺激薬,PG/Cb:PG・Cb配合薬,CCAI/b:CAI・Cb配合薬,RK:ROOK阻害薬,Oral:経口CCAI(文献C2より改変引用)文献1)IkedaCY,CUenoCM,CYoshiiCKCetal:LongitudinalCseasonalCvariationsCofCintraocularCpressureCinCprimaryCopen-angleCglaucomaCpatientsCasCrevealedCbyCreal-worldCdata.CActaCOphthalmol98:e657-e658,C20202)IkedaCY,CMoriCK,CUenoCMCetal:SeasonalCvariationCandCtrendCofCintraocularCpressureCdecreaseCoverCaC20-yearCperiodCinCnormal-tensionCglaucomaCpatients.CAmCJCOph-thalmol234:235-240,C2022522あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023(90)

屈折矯正手術:LASIKはどのような人に適応となるのか

2023年4月30日 日曜日

●連載◯275監修=稗田牧神谷和孝275.LASIKはどのような人に適応となるのか戸田郁子南青山アイクリニックLASIKにおいて良好な結果と患者満足度を得るためには,適応選択を厳しく行うべきである.矯正度数,角膜厚,角膜形状,眼表面の状態,患者因子(年齢,希望,性格,職業など)を総合的に評価し,適応を決定する.リスク因子がある場合は無理をせず,他の屈折矯正術や「手術をしない」選択肢を推奨することも必要である.●はじめにLASIK(laserinsitukeratomileusis)が本格的に臨床応用されてすでにC30年が経過し,その有用性や安全性については確立され,世界的にも屈折矯正手術のスタンダードの一つとなっている.しかし,LASIKはすべての屈折異常をもつ患者に適応になるわけではなく,術前の適切な適応選択が術後患者満足度の一番の鍵である.適応選択基準はC30年間の経験に基づき変化してきており,より厳しく「LASIKが最適な患者」のみを適応とする方向にシフトしている.このような適応の厳格化によって,合併症を最小化し,満足度を最大化できると考えられる.LASIKの適応を決定するうえで重要な因子を,以下にあげる.C●適応決定の重要因子1.矯正屈折度数日本眼科学会の「屈折矯正手術のガイドライン(第C7版)」1)によれば,「近視については,矯正量の限度を原則としてC6Dとする.ただし,何らかの医学的根拠を理由としてこの基準を超える場合には,十分なインフォームド・コンセントのもと,10Dまでの範囲で実施することとする」とある.実際の現場では,術後の視力の質を考慮し,近視矯正では等価球面度数.4D程度までを最適応,希望があれば.6D程度までを適応とし,それ以上の高度近視は有水晶体眼内レンズを推奨している.一方,遠視と乱視については,上記ガイドラインでは6Dまでとされているが,術後のCregressionの起こりやすさから遠視はC2D,乱視はC3D程度を上限としている.C2.角膜厚残存角膜をC400Cμm確保することが,術後の医原性角膜拡張症を防止するために必須であるため,切除量を計算し,術後角膜厚がC1回の再手術量(30Cμm程度)を含めC430Cμm程度は残る状況を適応とする.(87)3.角膜形状医原性角膜拡張症の原因となる円錐角膜(FFKも含む)の除外は重要である.現在の角膜形状解析装置には円錐角膜疑いを表示するインデックスシステムが付属しており,非常に有用である.これに加えてリスクファクターとして,①薄い角膜(500μm未満),②高度乱視(とくに斜乱視),③非対称角膜,④角膜後面異常,⑤若年など,⑥アレルギー,などがあげられる.円錐角膜インデックスがC0%であっても,これらのリスクファクターが複数ある患者では適応に注意を要する.Randle-manらは複数のリスクファクターを点数化し,4点以上は医原性角膜拡張症のハイリスクとしている(表1)2).C4.眼表面の異常角膜フラップ作製とレーザー照射は角膜内神経に一時的ダメージを与え,涙液分泌をはじめとする眼表面の生理に影響を及ぼす.たとえば術後C1カ月程度はドライアイ所見と症状を呈することが多い3).ドライアイ患者でも術前からドライアイマネージメントを行えば安全にLASIKは可能であるが,術後の症状悪化のリスクを考えると,他の方法(ReLExSMILEや有水晶体眼内レンズなど)を推奨するほうがよい.また,角膜実質に混濁がある患者では,混濁が視軸に近い部位に存在するとフェムトセカンドレーザーによるフラップ作製時に問題が起こる可能性があり,photorefractiveCkeratectomy(PRK)などの表層切除などを選択するのがよい.流行性核結膜炎後の多発性角膜上皮下混濁はフラップ作製で一時的に悪化することがあり,LASIK不適応ではないが,術後1~2カ月程度のステロイド使用が必要である.ヘルペス性角膜炎既往者ではヘルペス再活性化の可能性があり,術後C1週間~1カ月の予防的アシクロビルの内服を推奨する.瘢痕のあるようなケースではレーザーによる再発の可能性が高く,角膜屈折矯正術ではなく有水晶体眼内レンズを推奨する.C5.患者の職業やアクティビティLASIKではフラップを作製するため,眼球に直接外あたらしい眼科Vol.40,No.4,20235190910-1810/23/\100/頁/JCOPY表1EctasiaRiskScoreSystem(ERSS)ParameterCPointsC4C3C2C1C0CTopographyCAbnormalTopographyCInf.Steep/SRACABTCNormal/SBTCRSB<2C40CμC240-259CμC260-279CμC280-299CμC.300CμCAgeC18-21CyrsC22-25CyrsC26-29CyrsC.30CyrsCCT<4C50CμC451-480CμC481-510CμC.510CμCMRSE>.14D>.12–14D>.10–12D>.8–10DC.8Dorless合計点がC4点以上はハイリスクと判断される.CInf.Steep:inferiorCsteepeningCpattern,SRA:skewedCradialCaxis,ABT:asymmetricCbowtie,SBT:symmetricbowtie,RSB:residualstromalbedthickness,CT:preoperativecornealthickness,MRSE:Cpreoperativesphericalequivalentmanifestrefraction.(文献C2より引用)力が頻繁にかかる可能性のある患者には向いていない.日常生活や通常のスポーツ程度であればCLASIK施行は問題はないが,格闘家(とくにボクサー)など確率的に眼外傷の可能性が高い患者はCLASIK以外の方法がよい.一定の視力が必要な職業の患者(パイロット,レーサー,騎手など)は手術方法についての基準があるので注意が必要である.旅客機や自衛隊パイロットはCLASIKは可能であるが後房型有水晶体眼内レンズは許可されていないので,C.6Dを超える場合でもCLASIK適応とする必要がある(実情と合っていないこの基準は改定が必要と個人的には考える).C6.患者の年齢上記ガイドラインではC18歳以上が適応とされている.18歳以上であっても,過去C6カ月間に屈折度数変動があった患者では,安定するまで待つ.年齢上限はとくにないが,LASIKで単眼多焦点を達成するのは困難であるため(過去には多焦点照射が試みられたが効果が不十分であった)ので,老視年齢(約C45歳)以上では,老眼鏡の必要性やモノビジョンなどの対応を患者が十分理解したうえでの適応判断が必須である.C7.患者の性格と理解度LASIKのみならずすべての屈折矯正手術に共通する問題であるが,手術のメリット・デメリットを理解できない,コミュニケーションがうまく取れない,手術が100%完璧であると思っている,手術を安易に考えている,などの患者は不適応である.しかし,性格や理解度を客観的評価(数値での評価など)することはむずかしく,また術前に性格が問題なくみえても術後の結果によって(たとえ他覚的に良好であったとしても,なんらかの理由で)豹変してしまう患者もいるため,非常にむずかしい問題である.必要な説明をして記録に残し,適切に適応判断を行い,しっかりとインフォームド・コンセントを取得することが非常に重要である.C520あたらしい眼科Vol.40,No.4,20238.患者の希望LASIKを希望しても,他覚的に不適応または他の方法がより向いている,ということがある.医学的不適応を除いて,たとえCLASIK以外の方法のほうが向いていたとしても,患者の希望を無視して他の方法のみを一方的に押し付けることは好ましくない.さまざまな理由(金銭的,眼内に異物を入れる抵抗感など)でCLASIKを受けたいと希望する患者には,最終的な決定は患者自身であるという前提で,経験とエビデンスからのアドバイスとしては他の方法を推奨するということを伝えたうえで,患者の選択を尊重することも,術後の良好な医師患者関係を築くためにときに必要となる.C●おわりにわが国ではCLASIKの施行件数は年間C5万件程度であるが,欧米ではC80万件程度がコンスタントに施行されている.また,わが国では屈折矯正手術における有水晶体眼内レンズの割合が先進国中唯一C50%以上を占め,世界の国々(70~80%程度がレーザー屈折矯正手術)とは違ったユニークな状況となっている.どの方法がもっともよいということではなく,各方法の特性を理解し,上記因子を考慮しつつ,個々の患者に最適な方法を提供することがもっとも重要と考える.文献1)日本眼科学会屈折矯正委員会:屈折矯正手術のガイドライン(第C7版).日眼会誌123:167-169,C20192)RandlemanCJB,CTrattlerCWB,CStultingRD:ValidationCofCtheCEctasiaCRiskCScoreCSystemCforCpreoperativeClaserCinCsitukeratomileusisscreening.AmJOphthalmolC145:813-818,C20083)TodaI:DryCeyeCafterCLASIK.CInvestCOphthalmolCVisCSciC59:109-115,C2018(88)

眼内レンズ:ループ式核分割デバイスによる核分割

2023年4月30日 日曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋437.ループ式核分割デバイスによる核分割宮本武トメモリ眼科・形成外科いわで宮本クリニックループ式核分割デバイスであるCmiLOOPは,白内障手術時にループ状のカッティングワイヤを使って核分割を行うという新しい概念の分割器具で,近年わが国でも使用が可能となったため注目されている.●はじめに核分割操作は現在ではほとんどの超音波白内障手術で行われる手技である.核分割の方法にはCdivideCandconquerやCphacoCchop,prechopなどさまざまなバリエーションはあるものの,水晶体を分割しつつ乳化吸引していくことが基本操作となっている.しかし,核硬化度が進行したCEmery-Little分類のCgradeIVやCgradeVの場合,なかでも核中心が固い場合や後.側まで硬い場合は,通常の分割手技では対応が困難である.分割操作に手間どると核を動かしてしまい,Zinn小帯に負担がかかる可能性もある.Zinn小帯に負担をかけずに,水晶体を後.側からも核の中心に向かって分割できる方法としてループ式核分割デバイスを紹介する.C●ループ式核分割デバイスmiLOOPmiLOOPはCCarlCZeissMeditech社から発売されている核分割デバイスである1.3).スライダーを動かすことで先端のカッティングワイヤが出入りしループの径が変わる.このカッティングワイヤで水晶体核を括ってワイヤを絞ることで核を切断する.通常の核分割操作は水晶体前面もしくは赤道部からのアプローチになるが,miLOOPは水晶体後.側からのアプローチで核を切断できる唯一のツールである.miLOOPを用いた白内障手術では,超音波エネルギー量や角膜内皮細胞減少量を減らすことができたとの報告がある1,2).C●使用方法前.切開は連続円形切.(continuousCcurvilinearcapsulorhexis:CCC)で行う.CCCに亀裂が入っている状態,あるいはCcanopener法でCmiLOOPを用いると,水晶体.から核が脱臼してくるだけでなく,亀裂が後.側に回って後.破損につながる恐れがある.CCCを完成させたあとは,水晶体.内で核が回転できるまでしっかりハイドロダイセクションを行う.前房内に粘弾性物質を十分に入れる.ループを確実に前.下に挿入で(85)C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY図1miLOOPの全体像①ハンドル.②スライダー.前方に押すとカッティングワイヤが伸びて大径となる.後方に引くとカッティングワイヤが格納され小径となる.③ポジショニングベロー.正しい挿入位置にガイドする.④カッティングワイヤ.水晶体核の切断を行う.きるように粘弾性物質を少し前.下に入れてスペースを作っておくと,ループ先端を前.下に刺入しやすくなる.前.よりも前にワイヤを出して操作してしまうとZinn小帯を断裂させてしまう恐れがある.前.下にループ先端を刺入し,スライダーを押し込むことでカッティングワイヤを伸ばしていく.伸び切ってから,赤道部方向に軽くあて,ハンドルを回転させループを後.側に展開していく.核の中心を越えるまで回転させたあとで中心まで戻す.その後スライダーを引きカッティングワイヤを縮小させることで核を切断することができる.核をC90°回転させたあとで,もう一度同様の操作を行うことでC4分のC1分割ができる.C●miLOOPの利点miLOOPは水晶体後.側から切断できるため,硬い核でも比較的安全に切断することができる.また,水晶体核の中心に向かって切断するため,切断の際にCZinn小帯へのダメージは少ないと考えられる.切断後の断面は凹凸がない.そのため核片を乳化吸引する際に周りの核片に引っかからず吸引除去しやすくなる.あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023C517図2miLOOPを使用した白内障手術症例a:カッティングワイヤを前房内に挿入する.Cb:カッティングワイヤを前.切開下に刺入する.Cc:カッティングワイヤを伸ばしハンドルを回転させ,カッティングワイヤを後.側に回していく.Cd:カッティングワイヤを絞り,核を切断する.Ce:核をC90°回転させたあと同様に核を切断し,4分割を完成させる.Cf:超音波乳化吸引を行う.核が鋭利に切断されているのがわかる.●miLOOPの注意点miLOOPは水晶体.内で操作するが,操作中に核を引っぱってしまうと水晶体.から脱出してくることがあるので,スライダーを引く際に水晶体.を引っ張らないようにする必要がある.そのため,本来はサイドポートからスパーテルなどで核を抑えておくほうがよい.筆者はスパーテルを用いないことが多いが,核が水晶体.から脱出しないように先端を水晶体.に押し込みつつ切断するようにしている.核が硬いと完全に切断できないことがあり,その際は分割器具でアシストするかハンドルを回転させることで残った部分を切断することができる.切断後に器具を引き抜く際にも,慎重に引き抜く必要がある.カッティングワイヤは完全には格納できないので,慌てて引き抜こうとすると前.切開縁に引っかけて前.を切ってしまう可能性がある.ループの出し入れは5回ほどでロックがかかる構造になっている.無駄に出し入れをしないようにしなければいけない.●おわりに日本はC2007年にC65歳以上がC21%以上となる超高齢社会に突入した.核硬化の進んだ白内障患者に遭遇する機会は今後も増えてくるであろう.核硬化が進行した白内障は合併症発生リスクが高く,十分な対策が必要である4).miLOOPを用いることで超音波エネルギー量を減らし,合併症の発生リスクを軽減できる可能性がある.文献1)IanchulevT,ChangDF,KooEetal:MicrointerventionalendocapsularCnucleusdisassembly:novelCtechniqueCandCresultsof.rst-in-humanrandomisedcontrolledstudy.BrJOphthalmolC103:176-180,C20192)HuCEH,CBuieCT,CJensenCRJCetal:ComparativeCstudyCofCsafetyCoutcomesCfollowingCnucleusCdisassemblyCwithCandCwithoutCtheCmiLOOPClensCfragmentationCdeviceCduringCcataractsurgery.ClinOphthalmolC16:2391-2401,C20223)野口三太朗:手術器具CLoopfragmentation.CIOL&CRSC36:C118-123,C20224)山根真:超高齢者の白内障手術.眼科手術C35:35-40,C2022C

コンタクトレンズ:読んで広がるコンタクトレンズ診療 トーリックソフトコンタクトレンズ処方

2023年4月30日 日曜日

提供コンタクトレンズセミナー読んで広がるコンタクトレンズ診療8.トーリックソフトコンタクトレンズ処方糸井素啓京都府立医科大学■はじめにわが国の乱視用ソフトコンタクトレンズ(toricCsoftCcontactlens:TSCL)の処方割合は諸外国に比較して低い.この背景として,「TSCLは処方に手間と時間がかかる」という先入観があるようだ.しかし,近年発売されたCTSCLは,以前に比較して格段に処方しやすい.そこで本稿ではCTSCL処方のポイントを解説する.C■TSCLの効果乱視眼は強主経線と弱主経線の焦点,すなわち前焦線と後焦線が一致していない.このため,乱視眼はボケを伴った像を見ている.TSCLは強主経線と弱主経線の焦点を一致させ,眼外からの光線をC1点に集めることで,視力やコントラスト感度を改善できる.さらには調節刺激量の減少による眼精疲労の改善やリーディングスピードの向上なども期待でき,適切なCTSCL装用は視機能の向上に寄与する.C■TSCLの適応TSCLの適応を考えるうえでは,乱視の程度と種類,そして「乱視による愁訴」の有無がポイントとなる.乱視の程度と種類については,1.0~3.0Dまでの正乱視眼がよい適応となる.不正乱視やC3D以上の正乱視眼ではハードコンタクトレンズ(HCL)のほうが矯正効果に優れる.また,正乱視眼であっても,市販されているTSCLの円柱軸にない斜乱視の場合は,TSCLで安定したフィッティングが得られない場合がある.「乱視に困っています」と訴える患者はほとんどいない.丁寧に問診を行い,乱視による愁訴に気づくことが大切である.「球面レンズでの矯正視力が良好な乱視眼にはCTSCLは不要」とは必ずしもいえない.健常人に意図的に乱視を負荷した場合,矯正視力(1.0)を維持しているにもかかわらず,実用視力やコントラスト視力が低下することが報告されており1),矯正視力が良好であっても未矯正の乱視によって不調を生じている可能性が(83)道玄坂糸井眼科表1未矯正の乱視による症状を探す問診1.夜間の運転で見えづらいと感じることはないですか?2.暗くなってくると看板や標識が見えづらくないですか?3.夕方,ピントが合いにくいと感じていませんか?4.小さな文字が見えづらくないですか?5.目の疲れや肩こりなどの眼精疲労の症状がありませんか?ある.暗所や調節刺激に着目した具体的な問診(表1)を行い,TSCLが有効な患者を見きわめる.C■TSCLの選択TSCL処方では,まず素材とデザインを選択する.トーリックレンズは部分的に分厚くなるため,低酸素による角膜障害の危険性が球面レンズに比較して高い2).そのため,TSCLの素材は酸素透過性に優れるシリコーンハイドロゲルが望ましい.レンズデザインについては,プリズムバラストとダブルスラブオフのC2種に大別され,乱視の種類と眼瞼の形状によって,それぞれ向き不向きがある3).しかし,技術的進歩に伴ってデザイン間の性能の差は減少傾向にあり,近年発売されたCTSCLはいずれも良好な軸安定性を示している.筆者はそれぞれのデザインのレンズをC1,2種用意したうえで,患者ごとに装用テストをして判断している.C■トライアルレンズの決定円柱軸,円柱度数,球面度数の順番にトライアルレンズの規格を決める.円柱軸は自覚的屈折度数から選択する.円柱度数と球面度数は,自覚的屈折度数をそのまま使うことはできず,軸ごとに頂点間距離補正(コンタクトレンズと眼鏡の角膜頂点からの距離の違いから生じる矯正効率に対する補正)を行う.すなわち,自覚的屈折度数を経線方向に展開し,それぞれの経線方向で屈折度数に対して頂点間距離補正を行い,その結果から円柱度数と球面度数を算出する(図1).慣れるまでは各レンズメーカーが提供している早見表を用いるとよい.あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023C5150910-1810/23/\100/頁/JCOPY-5.5D-5.0D-4.0D-3.75D〈自覚的屈折値〉〈頂点間距離補正後〉sph-4.0(cyl-1.5Ax180°sph-3.75(cyl-1.25Ax180°図1円柱度数の頂点間距離補正自覚的屈折度数が(sphC.4.0(cyl.1.5Ax180°)の場合,頂点間距離補正後の屈折度数は(sphC.3.75(cyl.1.25Ax180°)となり,球面度数・円柱度数ともに変化している.C■フィッティングの観察通常のCSCLと同様に,センタリングの確認とCpushupテスト(指で下眼瞼の上からレンズを押し上げ,指を離してレンズが元の位置に戻る様子を確認する)でレンズの動きを評価する.安静位置で角膜輪部が露出している場合や,レンズの動きが大きすぎる(1Cmm以上)あるいはレンズが動かない場合には,ベースカーブを変更する.次に,TSCLのガイドマーク(図2)を目安にレンズの回転安定性を評価する.瞬目によるガイドマークの変動がC15°を超える場合は不安定と判断し,異なるタイプのCTSCLに変更する.次に,レンズが安定したときのガイドマークの位置から,偏位度数つまり軸ズレを評価する.軸ズレの許容範囲はC10°と考えられており,軸ズレがC10~30°の場合は軸補正を行い,30°より大きい場合は異なるタイプのCTSCLに変更する.なお,ガイドマークは各レンズのデザイン上の向きを示しているのであり,円柱軸を示しているのではない.C■軸補正軸補正とは,レンズの円柱軸を変更することでレンズと角膜の乱視軸を一致させることである.方法は「正加反減則」とよばれ,TSCLが時計回り(正方向)に回転しているときには,乱視軸に偏位度数を加算して処方す円柱軸30°円柱軸90°円柱軸180°図2TSCLのガイドマーク黒線がガイドマーク,赤線が円柱軸を示す.ガイドマークはレンズの種類によって配置が異なり,そのレンズのデザイン上の向きを示しているのであって,円柱軸を示しているのではない.る円柱軸とし,反時計回りに回転しているときには元の円柱軸に偏位度数を減算して処方する円柱軸とする.梶田雅義先生が提唱されているように,軸補正を誤ると乱視の矯正の成果が半減するという意味合いで,「正加反減」を「成果半減」と語呂合わせで記憶すると大変便利である.C■おわりにTSCLは見え方の質を向上できるため,処方に成功すれば患者の満足度が高くなる.具体的には,「夜の運転が楽になった」「夜まで仕事をしても疲れにくくなった」など,眼精疲労が軽減したことによる喜びの声を得られる.乱視眼では,球面レンズによる矯正視力が良好であっても,丁寧な問診によって「TCLが有効な患者」を探し出し,積極的にCTSCLを処方していただきたい.文献1)WatanabeCK,CNegishiCK,CKawaiCMCetal:E.ectCofCexperi-mantalyCinducedCastigmatismConCfunctional,Cconventional,Candlow-contrastvisualacuity.JRefSurC29:19-24,C20132)TyagiG,CollinsM,ReadSetal:Regionalchangesincor-nealCthicknessCandCshapeCwithCsoftCcontactClenses.COptomCVisSciC87:567-575,C20103)塩谷浩:乱視眼へのトーリックソフトコンタクトレンズ処方.図説コンタクトレンズ完全攻略(小玉裕司編),p105-113,メディカル葵出版,2018