眼瞼下垂に対する前頭筋吊り上げ術の適応と術式のバリエーションFrontalisSuspensionforBlepharoptosis:ProcedureVariationsAccordingtoDi.erentialSurgicalIndications権太浩一*舘一史*はじめに眼瞼下垂に対する術式の適応決定にあたっては,眼瞼挙筋の筋力が温存されているか低下しているかがもっとも重要である.挙筋筋力が温存されている場合には,腱膜性要因→眼瞼挙筋前転術,上眼瞼皮膚弛緩性要因→除皺術,けいれん性要因→ボトックス注射や眼輪筋部分切除など,下垂の要因に応じた術式を選択すればよい.一方,筋性要因あるいは神経原性要因などによって挙筋筋力が低下している場合には,前頭筋吊り上げ術を選択すべきである(当然ながら,腱膜性・皮膚弛緩性など他の要因が併存している場合はそれに対応する術式も併施する).挙筋筋力が低下している患者に眼瞼挙筋前転術を適用すると低矯正となりやすいし,挙筋筋力低下にもかかわらず瞼裂高を確保しようとして挙筋の前転量あるいは短縮量を増やしていくと,今度は兎眼を生じるリスクが高まる.挙筋の過前転・短縮量過多によって兎眼となった患者に対して行うべき修正術の術式は,標準的には挙筋腱膜の停止部離断と(必要に応じた)適切な吊り上げ材料による前頭筋吊り上げ術への切り替えである.ただし,眼瞼手術の一般的法則として上眼瞼の形成手術を二度以上繰り返した場合には,おもに眼瞼組織の瘢痕化に伴う伸縮性の低下によって,初回から適切な術式を実施して一度で手術を終わらせた場合と比較して臨床結果はほぼ確実に劣る.つまり,とりわけ上眼瞼に対する手術では適切な術式を最初から選択して一度でよい結果を得る必要があり,とくに眼瞼下垂で挙筋筋力が低下しているような患者に対しては,初回手術で前頭筋吊り上げ術を選択すべきである.とりあえず挙筋前転術を施行してみて,低矯正だったら再手術として前頭筋吊り上げ術を考慮すればよい,というような戦略は一見合理的に見えるが,他医手術例や自験例に対してそのような再手術を多く手がけてきた筆者の経験では,再手術で前頭筋吊り上げ術に切り替えた患者の術後結果は必ずしもよいものではない.眼瞼下垂に対しては術前に挙筋筋力を検討し,挙筋前転術と前頭筋吊り上げ術という2術式の適応の切り分けを行ったうえで適切なほうを選ぶべきであり,挙筋前転術の一辺倒は不適切である.ただし,挙筋筋力が温存されているか否かを判断するのは現状ではまだむずかしい面もあり,100%の確度で挙筋筋力の低下を術前に検知できるものではない.重症の眼瞼下垂は,挙筋筋力低下以外にも,重度の腱膜性要因,外傷などによる瘢痕形成やプロスタグランジン関連眼窩周囲症(prostaglandinassociatedperiorbitopa-thy:PAP)を含むさまざまな病態による眼窩脂肪の線維化の結果として起こる開瞼抵抗の増大,視力低下などによる廃用性要因など,さまざまな要因で生じる.そのため,挙筋筋力低下(いい換えると筋性あるいは神経原性下垂要因)というのはこれらさまざまな筋性・神経原性以外の下垂要因をすべて除外したあとに初めて診断できるということであり,ある意味で除外診断でしか診断し得ないのである.なお,通常行われる挙筋機能の測定*KoichiGonda&KazufumiTachi:東北医科薬科大学医学部形成外科学〔別刷請求先〕権太浩一:〒983-8536宮城県仙台市宮城野区福室1-15-1東北医科薬科大学医学部形成外科学0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(25)1173法(眉毛の挙上を用手的に抑えて下方視から上方視した際の上眼瞼縁の滑走距離を測定する)は開瞼抵抗の修飾を受けていたり,上方視時には上直筋の筋力も加わったりするため,眼瞼挙筋筋力を必ずしも正確には反映しない.挙筋前転術と各種吊り上げ材料による前頭筋吊り上げ術の適応の決定法については後述するが,挙筋筋力低下の診断精度が十分ではない現状では,つぎのような選択をすべきである.少なくとも挙筋筋力低下による筋性下垂の診断はつかないけれどもその可能性が否定できないような患者に対しては,最初から前頭筋吊り上げ術を選択するか,あるいは,まず挙筋前転術を実施するにしても,術中に挙筋前転後に挙上不足をうかがわせる所見がみられたら,即座に前頭筋吊り上げ術に切り替える準備をして手術に臨むという方針である.I大腿筋膜による吊り上げ術1.移植筋膜の特性前頭筋吊り上げ術における吊り上げ材料としてもっとも標準的なものは大腿筋膜だと思われるが,大腿筋膜に限らず吊り上げ材料としての筋膜の特性として認識しておくべきことは,以下の2点である1).①術後2.4週間で縫合固定点だけでなく,その全長において周囲組織と癒着して固定される.②移植筋膜は術後3カ月.1年をかけて,平均14%収縮する(収縮率は0.30%の範囲で個人差や左右差があり,術前に予測は不可能).特性①により,移植される筋膜の幅が広いほど筋膜と癒着して固定される周囲組織の面積が大きくなるため,移植筋膜による牽引力がそれだけ強くなる.そのため,幅5mmを超えるような幅広い筋膜を移植してしまうと,特性②によってとくに筋膜片の収縮率が大きくなった場合に,移植筋膜による牽引力が強くなりすぎて兎眼を生じるリスクがきわめて高くなる.上眼瞼に対して下垂の矯正目的で筋膜片を移植する場合には,基本的にそれほど強い牽引力は必要ないため,移植する筋膜片の幅は2.4mm程度の細い幅とすべきである.また,特性②により術後に移植筋膜は収縮する場合が多いため,術中の筋膜片固定時に牽引の強さを決める段階で,兎眼を生じるほどの牽引度で固定すべきではない.2.筋膜片の形態・サイズと本数移植筋膜片の形態および本数に関しては,筆者は上眼瞼に対する筋膜吊り上げ術を自ら執刀しはじめた当初から現在に至るまで,少なくとも初回の筋膜移植術時にはI型を縦に2本(まれに1本)移植することにしており,それ以外の筋膜片の形態や移植本数についての知見はもたない.移植筋膜の幅は,上述のように3mmないしは4mmとしている.以前は2mm幅の筋膜を移植していた時期もあったが,自験例で筋膜吊り上げ術の低矯正例に対する再手術を行った際に,移植筋膜が萎縮して非常に細くなっていた患者を数例経験し,それ以降は少なくとも3mm以上の幅で移植するように方針転換した2).3.筋膜片の移植レイヤー移植筋膜を通す層に関しては,筆者はほとんどの場合に眼窩脂肪腔内で眼窩隔膜の裏面を通している.このほか,眼輪筋下・眼窩隔膜前面の層を通すという選択肢もある.眼窩脂肪腔内・眼窩隔膜裏面を通す場合は,移植筋膜の周囲に形成される瘢痕組織量がやや多くなり,筋膜片そのものの短縮効果に瘢痕拘縮の効果が加わるため,眼輪筋下・眼窩隔膜前面を通す場合と比較して筋膜片による牽引力が強めになる傾向がある.移植筋膜片を眼輪筋下・眼窩隔膜前面に通した場合には筋膜片周囲の瘢痕形成が少なめになるのだが,その原因は不明である(可動性のある眼窩脂肪と接しないためか?).そのため,重症のドライアイを合併しているなど,絶対に兎眼を生じさせたくない患者では,あえて移植筋膜を通す層を眼輪筋下・眼窩隔膜前面としてもよいのだが,その場合はとくに(後述するように)shortgraft法による筋膜吊り上げを行うと今度は低矯正となる確率が高まる.4.筋膜片の固定点I型移植筋膜片の固定点であるが,上端は眉毛上切開から前頭筋に,また下端は重瞼線部切開から瞼板前面の上縁近くに縫合固定するというのが標準的な術式である.ただし,これらの標準術式には問題点が多いと筆者は考えている.1174あたらしい眼科Vol.41,No.10,2024(26)abc筋膜下端を眼窩脂肪腔眼窩隔膜前葉の裏側に固定眼窩隔膜の翻転部で挙筋腱膜を瞼板に縫合固定図1大腿筋膜による前頭筋吊り上げ術:従来法とshortgraft法a:術前の状態.b:従来法.c:Shortgraft法.abc筋膜を移植強いsuspension効果図2Shortgraft法における移植筋膜下端の固定位置の上げ下げによる牽引力の調節a:重症下垂例に対するshortgraft法.b:軽症下垂例に対するshortgraft法.c:左右で移植筋膜の下端の高さを変えた症例.bcd図3眼輪筋片による前頭筋吊り上げ術(donorlessfrontalsuspension)a:開瞼時.b:閉瞼時.c:採取した眼輪筋片.d:眼輪筋片の移植イメージ.==おける眼輪筋片上端の固定のために必要な切開は,眼輪筋片1本あたり3mmのstabincisionであり,これによる瘢痕は術後にほとんど識別不能となる.また,筋膜shortgraft法の場合と同様に,本法でも挙筋腱膜の前転・瞼板への再固定操作は必ず併施すべきだが,本法では兎眼リスクがほぼ0であることから,移植眼輪筋片の下端部は瞼板前面の上縁近くに直接縫合固定するようにする.移植眼輪筋片と上眼瞼皮膚の直接癒着による高位余剰重瞼線の発生を防ぐために,眼窩隔膜の開窓部は修復して閉鎖しておくべきである.4.眼輪筋片の移植手技筋膜吊り上げ術の場合には,技術的には吊り上げ材料を通すトンネルをモスキート鉗子で作製したあと,その同じモスキートで吊り上げ材料の筋膜の端を直接つかんでトンネル内を通せばよいが,眼輪筋片を用いる場合は眼輪筋片が柔らかくて脆弱であるため,筋膜移植の場合と同じ手技はとりにくい.まずは眼輪筋片の下端部(二つ折りの場合は,二つに折った場合の中点)を瞼板前面に縫合固定しておき,ついで眼輪筋片上端にトンネル内牽引用の4-0または5-0絹糸を通しておいてから,別の絹糸をループとしてあらかじめトンネルに眉毛下→重瞼線部切開の方向に通しておいて,それをガイドとして眼輪筋片の上端の牽引糸を眉毛下切開に引き出すといった工夫が必要となる.III眼瞼挙筋前転術および眼輪筋片や大腿筋膜による前頭筋吊り上げ術の適応の切り分け眼輪筋片による前頭筋吊り上げ術の適応については,眼瞼挙筋前転術単独実施の適応との切り分け(下位適応境界),およびより効果の高いと考えられる大腿筋膜による吊り上げ術の適応との切り分け(上位適応境界)が問題となる.1.眼輪筋片吊り上げ術の上位適応境界ある程度の筋性要因が疑われる下垂患者に対して,眼輪筋片による吊り上げ術ではなく筋膜吊り上げ術を実施すべき基準(眼輪筋片吊り上げ術の上位適応境界の判定基準)は経験的に以下の五つがあげられる.①先天性眼瞼下垂②後天性眼瞼下垂だが,明らかに中等度以上の筋性要因による眼瞼下垂③何らかの原因による眉毛下垂が併存している.④眼輪筋過緊張・拘縮といった顔面神経麻痺後遺症がある.⑤外傷や手術などによる上眼瞼の瘢痕形成がある.これらの基準のうち②だけは定量的な基準のため,何らかの方法で術前に挙筋筋力を見積もる必要があるが,現時点では筋性の下垂要因は本質的に,ほかの腱膜性などの要因を否定したうえでの除外診断でしか特定できないため,術式適用の判定基準とするには困難さを伴う.一方,先天性眼瞼下垂は基本的に純粋な筋性下垂と考えられるので,経験的にはきわめて軽症の先天性下垂を除けば眼輪筋片による吊り上げ術では効果不足で,初回手術時から筋膜吊り上げ術を選択すべきである.2.眼輪筋片吊り上げ術の下位適応境界筋性要因が存在するかどうか微妙であったり軽症の筋性要因にとどまったりなどと予想されるような下垂患者に対して,眼瞼挙筋前転術に加え眼輪筋片吊り上げ術を併施するかどうかを判断する基準(眼輪筋片吊り上げ術の下位適応境界の判定基準)は,現時点でいまだ明確なものは見いだせていない.ただし,少なくとも下記の三つの病態を伴う加齢性下垂患者に対しては,眼瞼挙筋前転術に加え眼輪筋片による前頭筋吊り上げ術を併施すべきだと思われる.①PAP②光老化・花粉症長期罹患・コンタクトレンズ長期装用など挙筋腱膜の高度損傷が疑われる例.③アトピー性皮膚炎・向精神薬服用・コンタクトレンズ長期装用など眼窩脂肪の高度線維化.これら三つの病態以外にも,ある程度軽症の筋性下垂であっても眼輪筋片吊り上げ術を併施すべき例が存在すると思われ,上位適応境界だけでなく下位適応境界を決める際にも挙筋筋力の術前見積もりは必要と考えられる.今後のさらなる臨床研究が必要である.自験例では,これらの判定基準にしたがって眼輪筋片1178あたらしい眼科Vol.41,No.10,2024(30)ab筋膜下端筋膜下端周囲をを下方移動筋膜下端.離を切除図4大腿筋膜吊り上げ術後の低矯正や過矯正(兎眼)に対する修正法a:低矯正例.移植筋膜下端部を剥離して下方移動.b:過矯正(兎眼)例.移植筋膜下端部を切除して短縮.■用語解説■lidlag:眼球の下転と同期して上眼瞼縁が下降することなく高い位置にとどまり「目を.いて」しまう現象.