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眼瞼下垂に対する前頭筋吊り上げ術の適応と術式のバリエーション

2024年10月31日 木曜日

眼瞼下垂に対する前頭筋吊り上げ術の適応と術式のバリエーションFrontalisSuspensionforBlepharoptosis:ProcedureVariationsAccordingtoDi.erentialSurgicalIndications権太浩一*舘一史*はじめに眼瞼下垂に対する術式の適応決定にあたっては,眼瞼挙筋の筋力が温存されているか低下しているかがもっとも重要である.挙筋筋力が温存されている場合には,腱膜性要因→眼瞼挙筋前転術,上眼瞼皮膚弛緩性要因→除皺術,けいれん性要因→ボトックス注射や眼輪筋部分切除など,下垂の要因に応じた術式を選択すればよい.一方,筋性要因あるいは神経原性要因などによって挙筋筋力が低下している場合には,前頭筋吊り上げ術を選択すべきである(当然ながら,腱膜性・皮膚弛緩性など他の要因が併存している場合はそれに対応する術式も併施する).挙筋筋力が低下している患者に眼瞼挙筋前転術を適用すると低矯正となりやすいし,挙筋筋力低下にもかかわらず瞼裂高を確保しようとして挙筋の前転量あるいは短縮量を増やしていくと,今度は兎眼を生じるリスクが高まる.挙筋の過前転・短縮量過多によって兎眼となった患者に対して行うべき修正術の術式は,標準的には挙筋腱膜の停止部離断と(必要に応じた)適切な吊り上げ材料による前頭筋吊り上げ術への切り替えである.ただし,眼瞼手術の一般的法則として上眼瞼の形成手術を二度以上繰り返した場合には,おもに眼瞼組織の瘢痕化に伴う伸縮性の低下によって,初回から適切な術式を実施して一度で手術を終わらせた場合と比較して臨床結果はほぼ確実に劣る.つまり,とりわけ上眼瞼に対する手術では適切な術式を最初から選択して一度でよい結果を得る必要があり,とくに眼瞼下垂で挙筋筋力が低下しているような患者に対しては,初回手術で前頭筋吊り上げ術を選択すべきである.とりあえず挙筋前転術を施行してみて,低矯正だったら再手術として前頭筋吊り上げ術を考慮すればよい,というような戦略は一見合理的に見えるが,他医手術例や自験例に対してそのような再手術を多く手がけてきた筆者の経験では,再手術で前頭筋吊り上げ術に切り替えた患者の術後結果は必ずしもよいものではない.眼瞼下垂に対しては術前に挙筋筋力を検討し,挙筋前転術と前頭筋吊り上げ術という2術式の適応の切り分けを行ったうえで適切なほうを選ぶべきであり,挙筋前転術の一辺倒は不適切である.ただし,挙筋筋力が温存されているか否かを判断するのは現状ではまだむずかしい面もあり,100%の確度で挙筋筋力の低下を術前に検知できるものではない.重症の眼瞼下垂は,挙筋筋力低下以外にも,重度の腱膜性要因,外傷などによる瘢痕形成やプロスタグランジン関連眼窩周囲症(prostaglandinassociatedperiorbitopa-thy:PAP)を含むさまざまな病態による眼窩脂肪の線維化の結果として起こる開瞼抵抗の増大,視力低下などによる廃用性要因など,さまざまな要因で生じる.そのため,挙筋筋力低下(いい換えると筋性あるいは神経原性下垂要因)というのはこれらさまざまな筋性・神経原性以外の下垂要因をすべて除外したあとに初めて診断できるということであり,ある意味で除外診断でしか診断し得ないのである.なお,通常行われる挙筋機能の測定*KoichiGonda&KazufumiTachi:東北医科薬科大学医学部形成外科学〔別刷請求先〕権太浩一:〒983-8536宮城県仙台市宮城野区福室1-15-1東北医科薬科大学医学部形成外科学0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(25)1173法(眉毛の挙上を用手的に抑えて下方視から上方視した際の上眼瞼縁の滑走距離を測定する)は開瞼抵抗の修飾を受けていたり,上方視時には上直筋の筋力も加わったりするため,眼瞼挙筋筋力を必ずしも正確には反映しない.挙筋前転術と各種吊り上げ材料による前頭筋吊り上げ術の適応の決定法については後述するが,挙筋筋力低下の診断精度が十分ではない現状では,つぎのような選択をすべきである.少なくとも挙筋筋力低下による筋性下垂の診断はつかないけれどもその可能性が否定できないような患者に対しては,最初から前頭筋吊り上げ術を選択するか,あるいは,まず挙筋前転術を実施するにしても,術中に挙筋前転後に挙上不足をうかがわせる所見がみられたら,即座に前頭筋吊り上げ術に切り替える準備をして手術に臨むという方針である.I大腿筋膜による吊り上げ術1.移植筋膜の特性前頭筋吊り上げ術における吊り上げ材料としてもっとも標準的なものは大腿筋膜だと思われるが,大腿筋膜に限らず吊り上げ材料としての筋膜の特性として認識しておくべきことは,以下の2点である1).①術後2.4週間で縫合固定点だけでなく,その全長において周囲組織と癒着して固定される.②移植筋膜は術後3カ月.1年をかけて,平均14%収縮する(収縮率は0.30%の範囲で個人差や左右差があり,術前に予測は不可能).特性①により,移植される筋膜の幅が広いほど筋膜と癒着して固定される周囲組織の面積が大きくなるため,移植筋膜による牽引力がそれだけ強くなる.そのため,幅5mmを超えるような幅広い筋膜を移植してしまうと,特性②によってとくに筋膜片の収縮率が大きくなった場合に,移植筋膜による牽引力が強くなりすぎて兎眼を生じるリスクがきわめて高くなる.上眼瞼に対して下垂の矯正目的で筋膜片を移植する場合には,基本的にそれほど強い牽引力は必要ないため,移植する筋膜片の幅は2.4mm程度の細い幅とすべきである.また,特性②により術後に移植筋膜は収縮する場合が多いため,術中の筋膜片固定時に牽引の強さを決める段階で,兎眼を生じるほどの牽引度で固定すべきではない.2.筋膜片の形態・サイズと本数移植筋膜片の形態および本数に関しては,筆者は上眼瞼に対する筋膜吊り上げ術を自ら執刀しはじめた当初から現在に至るまで,少なくとも初回の筋膜移植術時にはI型を縦に2本(まれに1本)移植することにしており,それ以外の筋膜片の形態や移植本数についての知見はもたない.移植筋膜の幅は,上述のように3mmないしは4mmとしている.以前は2mm幅の筋膜を移植していた時期もあったが,自験例で筋膜吊り上げ術の低矯正例に対する再手術を行った際に,移植筋膜が萎縮して非常に細くなっていた患者を数例経験し,それ以降は少なくとも3mm以上の幅で移植するように方針転換した2).3.筋膜片の移植レイヤー移植筋膜を通す層に関しては,筆者はほとんどの場合に眼窩脂肪腔内で眼窩隔膜の裏面を通している.このほか,眼輪筋下・眼窩隔膜前面の層を通すという選択肢もある.眼窩脂肪腔内・眼窩隔膜裏面を通す場合は,移植筋膜の周囲に形成される瘢痕組織量がやや多くなり,筋膜片そのものの短縮効果に瘢痕拘縮の効果が加わるため,眼輪筋下・眼窩隔膜前面を通す場合と比較して筋膜片による牽引力が強めになる傾向がある.移植筋膜片を眼輪筋下・眼窩隔膜前面に通した場合には筋膜片周囲の瘢痕形成が少なめになるのだが,その原因は不明である(可動性のある眼窩脂肪と接しないためか?).そのため,重症のドライアイを合併しているなど,絶対に兎眼を生じさせたくない患者では,あえて移植筋膜を通す層を眼輪筋下・眼窩隔膜前面としてもよいのだが,その場合はとくに(後述するように)shortgraft法による筋膜吊り上げを行うと今度は低矯正となる確率が高まる.4.筋膜片の固定点I型移植筋膜片の固定点であるが,上端は眉毛上切開から前頭筋に,また下端は重瞼線部切開から瞼板前面の上縁近くに縫合固定するというのが標準的な術式である.ただし,これらの標準術式には問題点が多いと筆者は考えている.1174あたらしい眼科Vol.41,No.10,2024(26)abc筋膜下端を眼窩脂肪腔眼窩隔膜前葉の裏側に固定眼窩隔膜の翻転部で挙筋腱膜を瞼板に縫合固定図1大腿筋膜による前頭筋吊り上げ術:従来法とshortgraft法a:術前の状態.b:従来法.c:Shortgraft法.abc筋膜を移植強いsuspension効果図2Shortgraft法における移植筋膜下端の固定位置の上げ下げによる牽引力の調節a:重症下垂例に対するshortgraft法.b:軽症下垂例に対するshortgraft法.c:左右で移植筋膜の下端の高さを変えた症例.bcd図3眼輪筋片による前頭筋吊り上げ術(donorlessfrontalsuspension)a:開瞼時.b:閉瞼時.c:採取した眼輪筋片.d:眼輪筋片の移植イメージ.==おける眼輪筋片上端の固定のために必要な切開は,眼輪筋片1本あたり3mmのstabincisionであり,これによる瘢痕は術後にほとんど識別不能となる.また,筋膜shortgraft法の場合と同様に,本法でも挙筋腱膜の前転・瞼板への再固定操作は必ず併施すべきだが,本法では兎眼リスクがほぼ0であることから,移植眼輪筋片の下端部は瞼板前面の上縁近くに直接縫合固定するようにする.移植眼輪筋片と上眼瞼皮膚の直接癒着による高位余剰重瞼線の発生を防ぐために,眼窩隔膜の開窓部は修復して閉鎖しておくべきである.4.眼輪筋片の移植手技筋膜吊り上げ術の場合には,技術的には吊り上げ材料を通すトンネルをモスキート鉗子で作製したあと,その同じモスキートで吊り上げ材料の筋膜の端を直接つかんでトンネル内を通せばよいが,眼輪筋片を用いる場合は眼輪筋片が柔らかくて脆弱であるため,筋膜移植の場合と同じ手技はとりにくい.まずは眼輪筋片の下端部(二つ折りの場合は,二つに折った場合の中点)を瞼板前面に縫合固定しておき,ついで眼輪筋片上端にトンネル内牽引用の4-0または5-0絹糸を通しておいてから,別の絹糸をループとしてあらかじめトンネルに眉毛下→重瞼線部切開の方向に通しておいて,それをガイドとして眼輪筋片の上端の牽引糸を眉毛下切開に引き出すといった工夫が必要となる.III眼瞼挙筋前転術および眼輪筋片や大腿筋膜による前頭筋吊り上げ術の適応の切り分け眼輪筋片による前頭筋吊り上げ術の適応については,眼瞼挙筋前転術単独実施の適応との切り分け(下位適応境界),およびより効果の高いと考えられる大腿筋膜による吊り上げ術の適応との切り分け(上位適応境界)が問題となる.1.眼輪筋片吊り上げ術の上位適応境界ある程度の筋性要因が疑われる下垂患者に対して,眼輪筋片による吊り上げ術ではなく筋膜吊り上げ術を実施すべき基準(眼輪筋片吊り上げ術の上位適応境界の判定基準)は経験的に以下の五つがあげられる.①先天性眼瞼下垂②後天性眼瞼下垂だが,明らかに中等度以上の筋性要因による眼瞼下垂③何らかの原因による眉毛下垂が併存している.④眼輪筋過緊張・拘縮といった顔面神経麻痺後遺症がある.⑤外傷や手術などによる上眼瞼の瘢痕形成がある.これらの基準のうち②だけは定量的な基準のため,何らかの方法で術前に挙筋筋力を見積もる必要があるが,現時点では筋性の下垂要因は本質的に,ほかの腱膜性などの要因を否定したうえでの除外診断でしか特定できないため,術式適用の判定基準とするには困難さを伴う.一方,先天性眼瞼下垂は基本的に純粋な筋性下垂と考えられるので,経験的にはきわめて軽症の先天性下垂を除けば眼輪筋片による吊り上げ術では効果不足で,初回手術時から筋膜吊り上げ術を選択すべきである.2.眼輪筋片吊り上げ術の下位適応境界筋性要因が存在するかどうか微妙であったり軽症の筋性要因にとどまったりなどと予想されるような下垂患者に対して,眼瞼挙筋前転術に加え眼輪筋片吊り上げ術を併施するかどうかを判断する基準(眼輪筋片吊り上げ術の下位適応境界の判定基準)は,現時点でいまだ明確なものは見いだせていない.ただし,少なくとも下記の三つの病態を伴う加齢性下垂患者に対しては,眼瞼挙筋前転術に加え眼輪筋片による前頭筋吊り上げ術を併施すべきだと思われる.①PAP②光老化・花粉症長期罹患・コンタクトレンズ長期装用など挙筋腱膜の高度損傷が疑われる例.③アトピー性皮膚炎・向精神薬服用・コンタクトレンズ長期装用など眼窩脂肪の高度線維化.これら三つの病態以外にも,ある程度軽症の筋性下垂であっても眼輪筋片吊り上げ術を併施すべき例が存在すると思われ,上位適応境界だけでなく下位適応境界を決める際にも挙筋筋力の術前見積もりは必要と考えられる.今後のさらなる臨床研究が必要である.自験例では,これらの判定基準にしたがって眼輪筋片1178あたらしい眼科Vol.41,No.10,2024(30)ab筋膜下端筋膜下端周囲をを下方移動筋膜下端.離を切除図4大腿筋膜吊り上げ術後の低矯正や過矯正(兎眼)に対する修正法a:低矯正例.移植筋膜下端部を剥離して下方移動.b:過矯正(兎眼)例.移植筋膜下端部を切除して短縮.■用語解説■lidlag:眼球の下転と同期して上眼瞼縁が下降することなく高い位置にとどまり「目を.いて」しまう現象.

眼瞼下垂手術(Müller筋タッキング)

2024年10月31日 木曜日

眼瞼下垂手術(Muller筋タッキング)PtosisRepair:Muller’sMuscleTucking林憲吾*はじめに眼瞼挙筋は挙筋腱膜とCMuller筋に分かれ,瞼板に付着する.挙筋の収縮が瞼板に伝わり,眼瞼が挙上される(図1).眼瞼下垂は挙筋群(挙筋腱膜とCMuller筋)の菲薄化や後退により挙筋の収縮が瞼板に伝わらない,あるいは挙筋群の変性や欠損によりその収縮性が低下していることが原因である.そのため,なんらかの方法で挙筋群を前転する手術,あるいは挙筋機能がない重度の場合には前頭筋吊り上げ術が必要となる.海外の総説では下垂の程度と挙筋機能から,軽度にはMuller筋短縮術(Muller’sCmuscleCconjunctivalCresec-tion:MMCR),軽度から中等度には挙筋腱膜前転法,中等度から重度には挙筋短縮術,挙筋機能のない重度には前頭筋吊り上げ術が適応とされている(図2)1).国内では経結膜アプローチのCMMCRなどより,経皮アプローチの術式が一般的に行われている.経皮アプローチの挙筋を前転するおもな術式として,挙筋腱膜前転法,Muller筋タッキング,挙筋短縮術がある(図3).本稿では,Muller筋タッキングを中心に解説する.CIMuller筋タッキングMuller筋タッキング(Muller’sCmuscletucking)は,挙筋腱膜とCMuller筋の間を.離し,Muller筋のみ瞼板上へたぐりよせて固定する術式である(図3b)2).Muller筋タッキングの際は,瞼板を尾側へ牽引した状態で瞼板上縁から軽度でC8Cmm,中等度でC10mm,重度図1眼瞼挙筋群の模式図および二つのアプローチ上眼瞼挙筋挙筋腱膜経皮アプローチMuller筋経結膜アプローチ瞼板でC12mm程度をタッキング量の目安とする(図4).Muller筋は柔らかく進展性がある組織のため,瞼縁が自然なカーブになりやすく,前転量と固定位置の調整は挙筋腱膜前転より容易である.また,中等度以上の眼瞼下垂では,タッキング幅が瞼板上縁からC10.12Cmmとなることが多いが,閉瞼不全は生じにくく,術後の点状表層角膜症(super.cialpunctateCkeratopathy:SPK)も少ないのが特徴である.筆者らは中等度以上の眼瞼下垂で挙筋腱膜前転法とMuller筋タッキングとの術後CSPKを比較し,術後早期のCSPKおよびドライアイの自覚症状は挙筋腱膜前転法のほうが有意に多いことを報告した(図5)3).ただし,Muller筋タッキングの問題点として再発率の高さがあげられる.小久保らは経過観察期間約C1年*KengoHayashi:横浜桜木町眼科〔別刷請求先〕林憲吾:〒231-0066神奈川県横浜市中区日ノ出町C1-200日ノ出サクアスC205横浜桜木町眼科C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(19)C1167151413121110987654321軽度中等度重度開瞼状態(MRD)から下垂程度a挙筋機能(mm)図2挙筋機能と下垂の程度による各術式の適応範囲下垂の程度は上眼瞼縁角膜反射間距離(marginCre.exdistance:MRD)で判断する.MRDは瞳孔中央から上眼瞼縁までの距離で,軽度がCMRD=2.3.mm,中等度がCMRD=0.1.5.mm,重度がMRD<0.mmとされる.これと挙筋機能(下方視から上方視の瞼縁の移動距離)から適応術式を選択する.(文献C1より引用)腱膜のみ前転図3代表的な眼瞼下垂の三つの術式a:挙筋腱膜前転法.Cb:Muller筋タッキング.Cc:挙筋短縮術.いずれの術式においても,筆者はすべてC6-0ナイロン糸を使用している.図4Muller筋のタッキング量の測定瞼板上縁からタッキングするCMuller筋の距離を測定する.この患者は軽度の眼瞼下垂のため,8.9Cmm程度を目安としている.Kaplan-Meier10.80.60.40.200612観察期間(月)図6挙筋腱膜前転法とMuller筋タッキングの術後再発に対する生存曲線Muller筋タッキングのほうが挙筋腱膜前転法より有意に再発が多い.(文献C4より引用)(点)10.80.6Apo(n=235)0.4Muller(n=208)0.2p=0.0040フルオレセイン染色スコア術前術後術後術後1週間1カ月3カ月観察期間*:Mann-WhitneyUtest#:repeatedmeasureANOVA図5挙筋腱膜前転法とMuller筋タッキングのSPKの定量推移(フルオレセイン染色スコア)青線:Apo(挙筋腱膜前転法).赤線:Muller(Muller筋タッキング).術後C1週間,術後C1カ月,術後C3カ月ともに有意差があり,とくにC1週間の時点でのCSPKの差が著明である.(文献C3より引用)図7Muller筋の菲薄化が著明な例a:Muller筋が菲薄化しており,瞼結膜が透見される.Cb:瞼板上縁から測定.c:瞼板上縁からC12.mmをマーキング.d:菲薄化したCMuller筋を瞼板へタッキング.図8Muller筋タッキングと挙筋腱膜前転法の併施術の模式図と術中写真a:Muller筋タッキングの模式図(青線が挙筋腱膜,赤線がCMuller筋).b:Muller筋タッキングの術中写真.Muller筋をC2点タッキング固定.c:挙筋腱膜前転法の術中写真.挙筋腱膜の後面へC1針通糸.Cd:挙筋腱膜前転法を併施した模式図.e:挙筋腱膜前転法の術中写真.Muller筋を固定したC2点間の瞼板へ通糸.Cf:挙筋腱膜前転法の術中写真.挙筋腱膜をC1点前転固定.(文献C5より引用)C-

眼瞼下垂手術(挙筋前転法)

2024年10月31日 木曜日

眼瞼下垂手術(挙筋前転法)Blepharoptosis:LevatorAdvancement渡邉輝*朝村真一*はじめに加齢に伴う眼瞼下垂はC60歳以上で約C20%,70歳以上ではC3人にC1人の割合で発症し,眼科医や形成外科医が日常的に取り扱う疾患となった.その手術は皮膚切開から挙筋腱膜を瞼板に固定する挙筋腱膜前転法1)が一般的で,手技の複雑さはなく,各施設において安定した治療効果が得られているのはいうまでもない.その反面,瞼裂高や上眼瞼のカーブ,重瞼幅に左右差が生じないようにするのは至難の業で,眼瞼下垂手術の永遠のテーマでもある.本稿では,整容面において左右差を最小限にするための工夫や留意点を中心に解説する.CIデザイン切開線は瞼縁よりC6Cmmとし,外側ではカラスの足跡に沿って切開を延長するデザインを設定する.諸家により皮膚切除幅の決定はさまざまであるが,皮膚をつまみ(pinchtechnique),最大切除可能な量の半分を目安に,外側が膨らんだような台形のデザインが一般的である(図1).★ひとこと皮膚切除量が多くなると,頭側の厚い皮膚が瞼縁側に被ってくるため,術後に目が腫れぼったいという整容面の不満を訴えられることがある.そこで,最大皮膚切除量がC1Ccmほどの切除量が必要と判断した場合には,まず眉毛下切開による皮膚切除を行い,3カ月後に挙筋前転法を行っている.CII皮膚と眼輪筋の切除眼輪筋の切除量に関しても,基本的には皮膚切除量の半分を目安とし,頭側の眼輪筋を残すことを推奨する.実際には手術で瞼板上縁を露出する際に,瞼板部の眼輪筋を帯状に切除するので,結果的に数Cmm幅の眼輪筋を切除したことになる.頭側の眼輪筋が残存すると,後述する皮膚縫合の際に自然な重瞼形成につながる.CIII挙筋腱膜の同定眼窩脂肪直上の眼窩隔膜を水平方向に切開し,眼窩脂肪を頭側に引き上げる.すると眼瞼挙筋および白い膜様組織である挙筋腱膜が確認できる(図2a).次に眼輪筋や瞼板部前組織を切除して瞼板を露出させ,腱膜とMuller筋の間を.離する(図2b)★ひとこと挙筋腱膜の露出に関して当初はむずかしいと感じるかもしれないが,眼瞼・眼窩部の詳細な解剖2)が報告されているので,眼瞼の三次元的な解剖学的構造と実際に行った手術症例を照らし合わせる作業を行うと,すぐに挙筋腱膜の同定が可能になると思われる.*HikaruCWatanabeC&CShinichiAsamura:和歌山県立医科大学形成外科学講座〔別刷請求先〕渡邉輝:〒641-8510和歌山市紀三井寺C811-1和歌山県立医科大学形成外科学講座C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(15)C1163a図1術前デザインa:閉瞼時.b:開瞼時.Ca図2挙筋腱膜の同定a:眼窩隔膜を切離し挙筋腱膜前面の露出.b:瞼板,挙筋腱膜後面の露出.~図3挙筋腱膜の前転量の調整a:挙筋腱膜を前進させ,固定位置をイメージする.b:挙筋腱膜を瞼板上縁にC3箇所固定.図4上眼瞼カーブの確認a:挙筋腱膜の固定後,皮膚縫合前(仰臥位).b:挙筋腱膜の固定後,皮膚縫合前(座位).図5手術前後の眼瞼(仰臥位)a:手術開始前の開瞼時.b:術直後の開瞼時.c:術直後の閉瞼時.図8ドライアイと診断された眼瞼下垂症患者図6重瞼作成時のシェーマ図7術後1カ月a:開瞼時,b:閉瞼時.

眼瞼形成手術のための外眼部のチェックポイント

2024年10月31日 木曜日

眼瞼形成手術のための外眼部のチェックポイントEyelidCheckpointsforBlepharoplasty村上正洋*はじめに眼瞼下垂の診療において,術前に外眼部の状態を評価することや術後に生じる変化を推測することは重要である.一般的に,眼瞼下垂の術後には瞼縁が上がるとともに眉毛が下がるため重瞼幅が狭くなる.さらに,眼瞼下垂と表裏の関係にある皮膚弛緩症が潜在的にあると,挙筋前転後にそれが顕在化し,機能的のみならず整容的にも問題を生じることがある.これらは,外眼部のチェックポイントを知り,測定結果を客観的に評価することである程度は解決できる.本稿では,眼瞼形成手術の大半を占める上眼瞼疾患において筆者が行っている外眼部の測定項目,測定方法,評価方法,活用方法について詳記する.I上眼瞼(眼瞼下垂,皮膚弛緩症)の計測上眼瞼縁瞳孔反射間距離は眼瞼下垂の診断とその程度に,眼瞼挙筋機能は下垂の原因の推測および術式の決定に利用されるが,患者の満足度を上げるには整容的改善も得なければならない.上記2項目はおもに機能評価であるため,整容面を含めた術後の外眼部の変化を十分には予想できない.以上より,筆者は独自に考案した項目も含めた7項目をチャート化して上眼瞼疾患の診療に利用してきた.II筆者が行ってきた測定項目と測定方法筆者は,一般的な測定項目である上眼瞼縁角膜反射間距離(Marginre.exdistance-1:MRD-1.以下,MRD),眼瞼挙筋機能(Levatorfunction:LF)の2項目のほかに,瞼裂高(Palpebralaperture:PA),開瞼時重瞼幅(Pretarsalshow:PTS),眉毛高(Browheight:BH),眼瞼長(Lidlength:LL),重瞼線高(Lidcrease:LC)の5項目を加えた計7項目を測定している(村上式チャート,図1~3).III7項目の関係性眼瞼下垂ではPAは小さくなるが,下眼瞼の弛緩(下眼瞼後退)があると大きくなる.PTSは大きくなり,BHやLLとも連動する.MRDは当然ながら小さくなる.LFは筆者の経験によると13mm程度が普通であり,腱膜性眼瞼下垂の多くはその前後の値を示す.ただし,腱膜が高度に変性した重症例ではみかけ上の値が低下していることもあるため,LFの低下のみで先天性や筋・神経原性の眼瞼下垂と診断できるわけではなく,前頭筋吊り上げ術の適応を意味するものではない.BHは多くの場合で大きくなる.筆者の経験では,眼瞼下垂のない若年者の値はおおよそ18mm程度である.LLは一般的には加齢現象により大きくなる.同様に,筆者の経験では若年者で25.28mm程度を示すことが多い.LCは頭側に偏位することが多く,二重瞼での一般的な位置とされる6.8mmより大きくなる.また,中年以降に生じる重瞼様の皺は13mm前後に生じることが多い.これは真の重瞼線ではないため,手術時にはその位置に*MasahiroMurakami:まぶたとヒフのクリニック千駄木プラザ形成外科,日本医科大学形成外科・眼科〔別刷請求先〕村上正洋:〒113-0022東京都文京区千駄木2-13-1ルネ千駄木プラザ2F21号まぶたとヒフのクリニック千駄木プラザ形成外科0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(9)1157RL①PA②PTS③MRD④LF⑤BH⑥LL⑦LCPA:palpebralaperture(瞼裂高)PTS:pretarsalshow(開瞼時重瞼幅)MRD:marginre.exdistance(上眼瞼縁角膜反射間距離)LF:levatorfunction(眼瞼挙筋機能)BH:browheight(眉毛高)LL:lidlength(眼瞼長)LC:lidcrease(重瞼線高)図1上眼瞼疾患で使用するチャート(村上式チャート)※筆者独自の定義であり造語も含まれる.正面視閉瞼図2測定方法①瞼裂高:正面視での上下眼瞼縁間の距離.②開瞼時重瞼幅:開瞼時の二重の幅.③上眼瞼縁角膜反射間距離:上眼瞼縁と角膜反射(瞳孔中心)の距離.④眼瞼挙筋機能:眉毛を固定した状態で上下方視したときの上眼瞼縁の移動距離.⑤眉毛高:角膜反射(瞳孔中心)と眉毛下縁の距離.⑥眼瞼長:閉瞼した状態で軽く指で眉毛を引き上げ皮膚の弛緩を取り除いた状態での上眼瞼縁と眉毛下縁の距離.⑦重瞼線高:⑥と同様の状態での上眼瞼縁と重瞼線の距離.※測定はすべての項目において角膜反射(瞳孔中心)の位置で行う(斜視がある場合は瞼裂横径の中央).RLPA5*16(7)PTS2.50↓*2MRD1.5*31(2)LF1310BH2126LL3237,36*4LC8*59,(13)*16(7):見かけ上のPAは6mmであるが,余剰皮膚をピンチすると実際のPAは7mmである状態.*20↓:二重瞼であるにもかかわらず,下垂した余剰皮膚が真の上眼瞼縁を超えている状態.一重瞼の場合はーと記載する.*31(2):見かけ上のMRDは1mmであるが,余剰皮膚をピンチすると実際のMRDは2mmである状態.*437,36:皮膚弛緩症の場合は,角膜反射(瞳孔中心)/外眼角部の2カ所を測定する.*59,(13):カッコは本来の重瞼線ではなく,加齢やハードコンタクトレンズの長期装用などで生じた皺を意味する.上眼瞼縁から13mmのところに皺がある状態.図3村上式チャートの記載方法PreOPRL①PA66.5②PTS23③MRD10.5④LF1111⑤BH2123⑥LL3535⑦LC66,(13)PreOPRLPA6.57PTS3,73,7MRD00LF1214BH2728LL41,4241,42LC6,(14)6,(13)図4チャートの評価方法の例図5チャートの活用方法の例PreOPRLPA56PTS..MRD0.51.5LF911BH2524LL3939LC..Bell++PreOPRLPA88PTS22.5MRD33LF1213BH2423LL3636LC77Bell++図6患者への数値を加えた説明の例(術前)「緑内障点眼薬による眼瞼下垂です.瞳の中心から上まぶたまでの距離が不足しています.左右差が1mmありますが,ともに中等度の下垂です.まぶたを上げる筋肉は,とくに右目でわずかに機能低下を示す値となっていますが,筋肉の動きを伝える腱膜の変性によると考えるほうが普通です.黒目の表面に傷はありませんが,涙の安定性が悪く,刺激のある目薬を使用していることもあるので,挙上の目標は控え目に右で2mm,左で1mm程度を考えています.それでも十分に見やすくなりますし,そのほうが安全です.一方,眉毛は昔より6.7mm高い位置にあり,まぶたの皮膚も10mm以上伸びています.そのため,術後に眉毛が下がると余った皮膚が睫毛を越えて垂れ下がり不自由を感じることがあります.場合によっては,別日に眉毛の下で余った皮膚を切除することになるかもしれません」図7患者への数値を加えた説明の例(術後)「術後半年が経ちましたので現状を説明します.瞳が完全に露出しており,視野は十分に確保されていると思います.当初の予定より多少大きくなりましたが,黒目の表面には傷はなく良好な状態です.また,目の大きさの左右差は解消されていますが,二重幅に若干の差があります.ただし,気になるほどではないと思います.いかがでしょうか?まぶたの動きは緩んでいた腱膜をしっかりと縫い付けられたので,ほぼ正常となりました.やはり腱膜に問題があったようです.一方,術後に眉毛が下がると予想していましたが,わずかに留まっています.そのため,余った皮膚は睫毛を越えて垂れ下がっておらず,別日に追加手術を行う必要性は少なそうです.その点は良し悪しですので,もうしばらく経過をみていきましょう」RLPA10.511.5PTS52MRD24LF1416BH2621LL3732LC(11)7若手医師指導医術式は挙筋前転でよいと思うけど,BHが26mmだから,術後に眉毛が下がると,LLが37mmなので皮膚弛緩症が生じるよね?そうなると,皮膚をたくさん切除したくなるけど,左右のLL,LCから考えると瞼縁より7mmの高さで皮膚切除は最大で5mmになるね.それと,PAの差が1mmなのにMRDの差は2mmなのは,きっと右に下三白眼があるということだよね!外眥靭帯が緩んでいると挙上の調整に苦労するかもね?ところでLLの左右差が5mmというのは不自然だと思わなかった?若手医師指導医図8チャートを使った若手医師の指導(会話)の例図9チャートから推測して描いた外眼部のシェーマと実際の臨床写真実際の臨床写真と近似したシェーマになっている.ただし,チャートからは上眼瞼溝の深化,眼球突出,眼位異常,眼瞼腫脹,皮膚の硬さなどがわからないため,チャートの下に備考として記載している.(文献1より改変引用)~図10出張手術の事前打ち合わせの際に送られてきた実際のメール診察していない患者であるが,臨床写真にチャートが加わると,手術のイメージがより明瞭になり,医師間共通のツールとしても利用できる.なお,このメールのPFHはPA,LHはLLをさし,LCは記載されていない.

眼瞼形成手術のための臨床解剖

2024年10月31日 木曜日

眼瞼形成手術のための臨床解剖ClinicalAnatomyforBlepharoplasty根本裕次*はじめに――眼瞼形成手術のための臨床解剖眼瞼の形成手術には,眼瞼だけでなく周囲組織の上部顔面や眼窩,筋,脂肪,神経,血管などの立体的知識が欠かせない(図1).この部位は基本的に層状構造をとるため,深部から浅部にかけて述べる.本稿では,単なる解剖学用語の解説だけでなく,その働きや手術時における意義も解説する.I三叉神経と眼窩内の動脈眼瞼およびその周囲組織の知覚を支配するのは三叉神経第一枝,第二枝である(図2).上眼窩裂から眼窩壁に沿って前進する.眼瞼皮膚などに分布する終末枝は5本ある.滑車上神経は眼窩骨縁の鼻上角を越える.眼窩上神経は眼窩上切痕/孔を経て,前頭骨前面を1.1.5cm上行して前頭筋を貫き,内側枝と外側枝に分かれて皮下に到達する(図1a).涙腺神経は,眼窩骨上縁耳側を数本に分かれて越える.滑車下神経は眼窩内側縁と内眼角靱帯の起始部上縁を越える.眼窩下神経は鼻翼の脇の眼窩下孔を通過して眼瞼から上口唇までの皮下に分布する.手術時における意義眼形成手術の際に広範囲の麻酔が必要,あるいは再手術で組織浸潤が困難な際に,神経ブロックとして利用することがある.とくに,眼窩上切痕/孔と眼窩下孔は,皮膚上から触知できる重要な指標である(図1a*).眉毛部手術の際は前頭筋に深い侵襲を加えると術後前額部知覚鈍麻を生じる危険性がある.眼窩内の動脈は,内頸動脈系の眼動脈由来で(図3),視神経管を通過したのちは,三叉神経に伴走して前進し,結膜,眼窩脂肪などを後方から栄養する.三叉神経終末枝とともに皮下に出て,外頸動脈系血管と連絡する.手術時における意義眼窩脂肪を切除する際は,出血は深部から生じて止血困難になりやすい.あらかじめ脂肪後方をモスキートペアンなどで把持し,切除後に断端を止血する.II眼瞼の「骨格」と支える筋群1.内眼角靱帯-瞼板-外眼角靱帯内眼角靱帯-瞼板-外眼角靱帯はsling(つり革)とよばれ,眼瞼の「骨格」として機能する(図4).内眼角靱帯(内眥靱帯)は,眼窩内側壁の前涙.稜から前脚が,後涙.稜から後脚が起始し,涙.を挟んで外側に走行したのちに合流し,上下の瞼板に移行する.外眼角靱帯(外眥靱帯)は眼窩外側壁から起始し,上下の瞼板に移行する.上眼瞼の瞼板は横幅約25.mm,厚さは約1.mm,幅は上眼瞼で約10.mm,下眼瞼で約5.mm,内部にMeibom腺(瞼板(脂)腺)を内蔵し,その数は上眼瞼では約25本,下眼瞼では約20本である.*YujiNemoto:日本医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕根本裕次:〒113-8603東京都文京区千駄木1-1-5日本医科大学眼科学教室0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(3)1151a前額部眉毛b眉毛眼輪筋前頭筋眼窩隔膜Whitnall靭帯挙筋腱膜前眼窩脂肪*上眼瞼重瞼線重瞼線穿通枝眼瞼挙筋腱膜MUller筋whiteline睫毛内眼角外眼角靭帯内眼角下眼瞼外眼角眼瞼結膜眼窩隔膜瞼板*.部眼窩縁眼輪筋眼窩脂肪眼瞼下制筋(LER)図1眼瞼,上部顔面,眼窩の構造a:表面.点線および図中の*は三叉神経ブロックの指標である.b:深部の階段状断面.眼瞼は層状構造となっている.眼窩上神経滑車上神経眼窩上切痕/孔涙腺神経前頭神経滑車下神経鼻毛様体神経上顎神経眼窩下孔眼窩下神経.骨顔面神経図2三叉神経枝三叉神経のうち,眼瞼皮膚などに分布する終末枝は5本ある.骨縁や孔周囲では神経の偏位が少なく,ブロックが効きやすい.2.眼瞼挙筋群眼瞼挙筋は上直筋と平行して走る大きな筋肉で,動眼神経上枝支配である.遠位端で筋は腱膜となる(図1b).筋から腱膜に移行する部分でWhitnall靱帯(上横走靱帯)と交差する.腱膜は走行の深さにより3種類に分けられ,それぞれ到達部位が異なる.浅部は眼窩隔膜に連続し,この移行部をwhitelineとよぶ.中間部は穿通枝となって,眼輪筋や皮下に到達し,重瞼線を形成す眼窩上動脈涙腺動脈鼻背動脈眼動脈眼窩下動脈図3眼窩内の動脈前進して三叉神経終末枝とともに皮下に出る.る.深部は扇状に広がり,瞼板前面の上1/3に停止する.内側と外側の停止端は内角(medialhorn),外角(lateralhorn)とよばれる(図4).Muller筋(瞼板筋)は,交感神経支配である.Whit-nall靱帯と交差する付近で眼瞼挙筋後面から起始し,眼瞼結膜の前面を前進し,瞼板上縁に停止する.3.眼瞼下制筋眼瞼下制筋(下眼瞼牽引筋膜,lowereyelidretrac-1152あたらしい眼科Vol.41,No.10,2024(4)図4眼瞼の「骨格」と支える筋群図5眼瞼形成手術の組織移動方向内眼角靭帯-瞼板-外眼角靭帯はslingとして水平方向に,眼瞼前転,切除短縮術は組織の緊張を高める作用があり,後転,組挙筋腱膜・Muller筋および眼瞼下制筋は垂直方向に眼瞼を伸織延長術は組織の緊張を弱める作用がある.展しバランスを保つ.挙筋腱膜前眼窩脂肪眼瞼挙筋穿通枝下直筋眼瞼下制筋(LER)図6眼瞼の運動とMRI像眼球運動時には,筋の収縮と連動して眼瞼形態や睫毛の方向が変化する.これらは非常に合目的な構造である.図7眼瞼・顔面の動脈眼瞼浅層の動脈弓は横走する.眼瞼深層の動脈が前進するのとは対照的である.図8脂肪と主涙腺3種類の脂肪と主涙腺は,眼窩隔膜との位置関係,房の状態,色調,硬さなどで鑑別できる.図9表情筋と顔面神経a:眼輪筋を外した状態,b:眼輪筋を正常な位置に置いた場合.もっとも浅いのは眼輪筋,ついでほかの表情筋,顔面神経はもっとも深い部位を走行する.図10顔面上部表情筋の作用a:開瞼時.b:上方視時.前頭筋収縮により眉毛が挙上する.c:強閉瞼時.眼輪筋の収縮による閉瞼だけでなく,皺眉筋や鼻根筋の収縮により眉毛頭部が下がり,鼻根部に皺ができる.d:上唇鼻翼挙筋や.骨筋群の収縮により上口唇や口角が挙上し,鼻唇溝が明瞭になる.’

序説:眼瞼形成手術の“Agree to Disagree”からその先へ

2024年10月31日 木曜日

眼瞼形成手術の“AgreetoDisagree”からその先へ“AgreetoDisagree”inBlepharoplastyandFutureApproachesinJapan村上正洋*外眼部は,臓器としては眼科の領域であるが,体表面のあらゆる部位を診療対象とする形成外科の領域でもある.したがって,眼形成外科が診療科として独立していないわが国では,おもに眼科と形成外科の双方で眼瞼形成手術を担っている.眼球を中心に診察する眼科医は,眼瞼を視機能を正常な状態に保つためのパーツとして捉える傾向がある.一方で,顔面の外傷,腫瘍,先天異常などの治療を行う形成外科医は,眼瞼を眉毛,外鼻,口唇,耳介などと同様に顔面の一つのパーツとして捉えている.大学病院の形成外科に28年間,眼科に4年間在籍した筆者は,同じ眼瞼疾患を扱っているにもかかわらず,両科の間に存在する視点の差を知った.眼瞼形成手術を独学で行ってきた筆者であるが,ある時期から両科の若手医師を指導する立場となった.その際に感じたことは,質問される内容の違いである.形成外科医は皮膚の切開と縫合を毎日のように行う.これは眼科医が細隙灯顕微鏡を使うごとくである.眼科医が細隙灯顕微鏡を自然と巧みに扱えるようになるのと同じく,形成外科医は皮膚の切開や縫合を知らぬ間に習得し,意識しなくとも手が動くようになる.そのため,形成外科医から基本的手術手技に関する質問をされることはない.一方で,眉毛下皮膚切除術を見学に来る眼科医からは,真皮縫合が終了する時点で決まったように「創縁が合っているのに,さらに表層縫合する必要があるのですか?」と質問される.縫合の最低限の目標は傷が治ることであるため,その点では表層縫合は不要であるが,scarlesswoundhealingを究極の目標とする形成外科医は,表層縫合によって創縁をさらに正確に合わせることでminimalscarringをめざしている.よって,この差異は両科の間にあるめざすゴールの違いから来るものと思われる.他方,形成外科医から「細隙灯顕微鏡って何が見えるのですか?」などという質問をされて驚く.よくよく考えれば,細隙灯顕微鏡に触れたのは学生時代以来であることも多く,眼科医が細隙灯顕微鏡から驚くほどさまざまな情報を得ていることを知らない.筆者の形成外科時代には,外科(消化器外科,胸部外科,呼吸器外科,乳腺外科など),整形外科,耳鼻咽喉科・頭頸部外科,脳神経外科,女性診療科,皮膚科などと一緒に同じ術野で同じ外科基本手技を使い,近い感覚をもって合同手術をやってきた.もちろん眼科とも手術をしたことはあるが,それは眼科医が手術しているときは手を下ろし出番まで休憩するというバトンタッチの形式であって,眼科医と一緒に同じ術野で手術するものではなかっ*MasahiroMurakami:まぶたとヒフのクリニック千駄木プラザ形成外科,日本医科大学形成外科/眼科0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(1)1149

眼窩先端部症候群7例の原因と臨床経過の検討

2024年9月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科41(9):1135.1140,2024c眼窩先端部症候群7例の原因と臨床経過の検討小林嶺央奈*1,2渡辺彰英*2外園千恵*2*1舞鶴赤十字病院眼科*2京都府立医科大学眼科学教室CInvestigationoftheCausesandClinicalCoursesin7CasesofOrbitalApexSyndromeReonaKobayashi1,2)C,AkihideWatanabe2)andChieSotozono2)1)DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossSocietyMaizuruHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicineC眼窩先端部症候群に必要な初期対応を明らかにするため,2009.2020年に京都府立医科大学附属病院眼科を受診したC7例の原因,治療,臨床経過を後ろ向きに検討した.患者の内訳は男性C6例,女性C1例,平均年齢C71歳,原因は副鼻腔炎C2例,眼窩先端部腫瘍C3例,特発性眼窩炎症とCTolosa-Hunt症候群がC1例であった.副鼻腔炎のC2例はともに真菌性で抗真菌薬投与を行うも失明した.腫瘍C3例はびまん性大細胞型CB細胞性リンパ腫,眼窩副鼻腔腫瘍,眼窩炎症性偽腫瘍で,リンパ腫に対し化学療法,炎症性偽腫瘍に対しステロイドパルス療法を行い,炎症性偽腫瘍例で視力が改善した.眼窩副鼻腔腫瘍は生検で確定診断に至らず,腎機能障害のためステロイド治療を行えず失明した.特発性眼窩炎症,Tolosa-Hunt症候群にステロイドパルス療法を行い視力が改善した.眼窩先端部症候群が疑われる際は迅速に画像検査を行い,副鼻腔に病変があれば耳鼻咽喉科での速やかな生検が必要である.CPurpose:ToCinvestigateCtheCcausesCandCclinicalCcoursesCinC7CcasesCofCorbitalCapexsyndrome(OAS)C.CCasereport:Thisstudyinvolved7OAScases(6males,1female;meanage:71years)seenatKyotoPrefecturalUni-versityCofCMedicine,CKyoto,CJapanCfromC2009CtoC2020.CCausesCincludedsinusitis(2cases)C,CorbitalCapextumors(3cases),idiopathicorbitalin.ammation(1case)C,andTolosa-Huntsyndrome(1case)C.Inthe2sinusitiscases,bothfungal,CblindnessCoccurredCdespiteCantifungalCtreatment.CTheC3CtumorCcases,Crespectively,CinvolvedCaCdi.useClargeCB-cellClymphoma,CanCorbitalCethmoidCsinusCtumor,CandCanCin.ammatoryCpseudotumor.CChemotherapyCwasCper-formedforthelymphomacase,andcorticosteroidpulsetherapywasadministeredforthein.ammatorypseudotu-morCcase.CImprovementCinCvisionCwasCobservedCinCtheCin.ammatoryCpseudotumorCcase.CCorticosteroidCpulseCimprovedvisionintheidiopathicorbitalin.ammationandTolosa-Huntsyndromecases.Conclusion:RapidtestingforfungalsinusitisisvitalwhenOASissuspected,andimagingandabiopsybyanotolaryngologistisnecessaryinthepresenceofsinuslesions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(9):1135.1140,C2024〕Keywords:眼窩先端部症候群,副鼻腔炎,真菌感染,ステロイドパルス.orbitalapexsyndrome,sinusitis,fungalinfection,steroidpulse.Cはじめに眼窩先端部症候群は眼窩部から眼窩深部の病変により視神経管および上眼窩裂を走行する神経が障害され,全眼球運動障害と視力障害をきたす疾患である.類縁疾患として眼球運動障害と三叉神経の障害による知覚麻痺を主体とする上眼窩裂症候群や海綿静脈洞症候群があるが,眼窩先端部症候群の疾患概念としては,眼球運動障害や三叉神経障害に加えて視神経障害をきたしたものが本症候群と定義される1)(図1).原因は副鼻腔炎やサルコイドーシス,ANCA関連血管炎,炎症性疾患,感染症,腫瘍,肥厚性硬膜炎など多岐にわたる.とくに真菌性副鼻腔炎が原因の場合は致死率が高く,注意が必要である2).国内での眼窩先端部症候群について複数症例をまとめた報告は少ない3.5).今回筆者らは眼窩先端部症候群のC7症例について原因,臨床経過について検討し,必要な初期対応について若干の知見を得たので報告する.〔別刷請求先〕小林嶺央奈:〒624-0906京都府舞鶴市字倉谷C427舞鶴赤十字病院眼科Reprintrequests:ReonaKobayashi,DepartmentofOpthalmology,MaizuruRedCrossHospital,427Kuratani,Maizuru,Kyoto624-0906,JAPANC眼球運動障害上眼窩裂症候群三叉神経第1枝の刺激症状・知覚麻痺海綿静脈洞症候群眼窩先端部症候群視神経障害図1眼窩先端部症候群の類縁疾患(今日の眼科疾患治療方針第3版.679-680,医学書院,2016,BadakereCA,CPatil-ChhablaniP:Orbitalapexsyndrome:Areview.EyeBrainC11:63-72,C2019より改変)表1対象症例のまとめ症例性別年齢原疾患治療治療前視力治療後視力再発C1男性C71真菌性副鼻腔炎CESSCVRCZCVD=(0C.2)CVD=SL-なしC2男性C78真菌性副鼻腔炎CESSCAMPH-BCVS=30Ccm/CFCVS=SL-なしC3男性C74CDLBCLR-CHOP療法CVS=(0C.5)CVS=(0C.8)なしC4男性C75炎症性偽腫瘍CMPSLpuluseCVS=30Ccm/CF不明不明C5男性C85眼窩副鼻腔腫瘍経過観察CVS=(0C.8)CVS=SL+不明C6女性C76Tolosa-Hunt症候群CMPSLpulseCVS=(0C.6)CVS=(0C.7)なしC7男性C66特発性眼窩炎症CMPSLpulseCVD=(C0.15)CVD=(0C.8)なしMPSL:methylprednisolone,ESS:endoscopicsinussurgery,VRCZ:voriconazole,AMPH-B:amphoteri-cin,DLBCL:di.uselargeB-celllymphoma.I方法2009年C1月.2020年C12月に京都府立医科大学附属病院眼科(以下,当科)を受診し,眼窩先端部症候群と診断した7症例について診療録をもとに原因,治療,臨床経過を検討した.画像検査で眼窩先端部に病変を認め,動眼神経麻痺や外転神経麻痺による眼球運動障害,三叉神経第一枝の障害のいずれかの障害に加えて視神経障害があったものを眼窩先端部症候群と診断した.II結果7例の内訳は男性C6例,女性C1例,年齢はC66.85歳(平均C71.7C±6.3歳)であった(表1).原因となった疾患は,副鼻腔炎がC2例,眼窩先端部腫瘍がC3例,Tolosa-Hunt症候群がC1例,特発性眼窩炎症がC1例であった(図2).副鼻腔炎C2例はともに真菌性副鼻腔炎であり,耳鼻咽喉科での内視鏡下副鼻腔手術(endoscopicCsinussurgery:ESS)による生検で真菌塊を認めた.症例C1の原因真菌はCAsper-gillusCfumigatusであったが,症例C2は生検部位より真菌が検出されたが真菌の種類を同定することはできなかった.症例C1は他科入院中に視力低下がみられ,当科紹介となった.当科初診時の右眼矯正視力はC0.2であったが軽度白内障を認めるのみで,眼瞼下垂および眼球運動障害を認めなかった.その数日後より眼瞼下垂,眼球運動障害を生じ,画像検査で副鼻腔炎および眼窩先端部に占拠性病変を認め(図3),耳鼻咽喉科のCESSで真菌塊を認めたことから抗真菌薬による治療が開始された.視力低下を自覚してからすでに約C3週間が経過しており,治療の効果は乏しく失明となった.症例C2は左眼の眼瞼下垂と視力低下の症状から始まり,次第に悪化して全眼球運動障害を呈したため画像検査を行った図3症例1における頭蓋内MRIT1強調画像(Ca),T2強調画像(Cb).水平断画像(Cb)で眼窩部に低信号の病変を認める.T2強調STIR画像(Cc).右篩骨洞後方から眼窩先端部および海綿静脈洞にかけて病変を認める.ところ,蝶形骨洞内に軟部陰影を認めた(図4).しかし,症状が出現してから受診までの日数が長く,抗真菌薬による治療が開始されるまで約C1カ月が経過しており,投薬の効果なく失明となった.眼窩先端部腫瘍によるC3症例はそれぞれ,びまん性大細胞型CB細胞性リンパ腫(di.useClargeCB-celllymphoma:DLBCL),炎症性偽腫瘍,眼窩副鼻腔腫瘍であった.症例C3は,篩骨洞の軟部陰影が骨破壊を伴い,眼窩先端部や海綿静脈洞へ進展していた.耳鼻咽喉科でのCESS術中所見から真菌感染が疑われたため抗真菌薬による治療が開始されたが,生検結果からCDLBCLと診断されたため,血液内科へ紹介となり化学療法が行われた.矯正視力は白内障手術が行われた影響もあり,治療前後でC0.5からC0.7まで改善した.症例C4は,前医にて心臓カテーテル治療の入院中に視野欠損を自覚,視力が光覚弁となり精査加療のため当院へ紹介となった.MRI検査を行ったところ眼窩先端部に炎症性腫瘤を認めた.副鼻腔炎を認めず,採血上も真菌感染は否定的であったため,診断的治療としてステロイドパルス療法を行った.指数弁まで視力は回復したが,その後は前医へ転院され,前医にてステロイドパルス療法継続となったため治療後の視力は不明である.症例C5は,眼窩および篩骨洞後方の骨破壊を伴う腫瘍であった(図5).耳鼻咽喉科での生検では炎症細胞の浸潤や肉芽組織,線維性組織を認めるのみで積極的に腫瘍を疑う病理結果ではなく,確定診断に至らなかった.病変が広範囲にわたり手術不可能であったこと,透析中で腎機能障害があることを考慮し,ステロイド治療を行わずに経過観察の方針となった.当科初診時の視力は裸眼視力でC0.8であったが,眼窩先端部への病変の進展により光覚弁となった.Tolosa-Hunt症候群の症例6,特発性眼窩炎症の症例C7の2症例はステロイドパルス療法が行われた.症例C6は治療前後で視力はC0.6からC0.7とわずかな改善がみられたのみであbcd図4症例2におけるCT・MRI画像a,b:CT画像.左蝶形骨洞内から眼窩先端部に軟部陰影および,左内側壁の骨破壊を認める.Cc,d:MRI画像.T2強調画像(Cd)で左蝶形骨洞および眼窩先端部に低信号の病変を認める.った.一方,症例C7では治療前後でC0.15からC1.0と著明な視力改善を認め,眼球運動障害の改善も認めた.CIII考按眼窩先端部症候群は眼窩部から眼窩深部の病変により視力低下や眼球運動障害をきたす比較的まれな疾患である.原因は多岐にわたり,原因疾患によって治療方針も異なる.原因検索のため,MRIやCCT,必要に応じて造影検査も追加する.また,血液検査で全血液計測やCCRP,肝・腎機能に加え,ANCA関連血管炎やサルコイドーシス,IgG4関連疾患,悪性リンパ腫などを考慮した検査を行う.今回の検討で真菌性副鼻腔炎が原因となったC2例は,その他の症例と比較して視機能の改善に乏しく,重篤な経過となった.既報でも副鼻腔炎が原因となる眼窩先端部症候群のうち,とくに真菌感染症によるものは重篤な転機をたどった報告もあり注意が必要である6.9).真菌性副鼻腔炎は周辺部組織に浸潤する浸潤型と,周辺浸潤を伴わない非浸潤型に分けられる.浸潤型副鼻腔真菌症はC2.3%とまれであるが10)頭蓋内にまで及んだ浸潤型眼窩先端部症候群では死亡例も報告されている6).また,真菌感染のなかでも頻度の高いCAsper-gillusCfumigatusは空気中の胞子から体内に吸入されることで感染し,さらに血管との親和性が高いため血管壁を突破し全身へ散布される.血栓症や動脈瘤,膿瘍といった合併症の報告もあり6.8)早期の診断と治療が重要と考えられる.真菌感染症による副鼻腔炎が原因となった眼窩先端部症候群を画像所見のみで診断することはむずかしい.しかし,真菌性副鼻腔炎では真菌内のアミノ酸代謝産物の鉄,マグネシウム,マンガンが常磁性体効果を有し,T2画像で低信号を示すとされており,画像上の特徴として留意すべきである11,12).また,採血で真菌感染を示唆するCb-Dグルカンが陰性のこともあり9)b-Dグルカンが陰性であるからといって真菌感染の可能性を除外することはできない.本検討でも真菌性副鼻腔炎のC2症例はCb-Dグルカンは陰性であった.そのため速やかに耳鼻咽喉科で副鼻腔手術による病変部位の生検を行い,真菌を証明することが重要となる.越塚らは,診断と治療の時間を要し死亡に至った浸潤型副鼻腔真菌症による眼窩先端部症候群の症例報告から,副鼻腔真菌症での生検の重要性を説いている13).最近では内視鏡手術の発達により安全で低侵襲な生検が行えるようになっており,易感染性患者での眼窩先端部症候群では浸潤型副鼻腔真菌症を念頭に,適切な時期に慎重に内視鏡生検を行う必要性を指摘している.本検討の症例C1は,当初は視力低下のみで眼瞼下垂や眼球運動障害などの症状に乏しく,副鼻腔真菌症による眼窩先端部症候群の診断には至らなかった.視力低下を自覚して数日してから眼瞼下垂や眼球運動障害が出現し,耳鼻咽喉科での内視鏡手術と副鼻腔の生検を行い副鼻腔真菌症の診断に至った.症例C2では画像検査で骨破壊を認め,浸潤型副鼻腔真菌症となっていた.これらのC2症例は既往に糖尿病や慢性腎臓病といった易感染性の全身疾患を有し,ハイリスク患者であった.こうした患者では真菌感染を念頭に,早期の鼻内視鏡による副鼻腔炎の生検が必要であったと考えられる.また,篩骨洞後方や蝶形骨洞など内視鏡手術が困難な深部の病変で生検が困難な場合や,病変部が小さく画像による判断がむずかしい患者では診断に難渋する.こうした症例に対しては患者背景の詳細な聴取や経時的な臨床経過,放射線科医や耳鼻咽喉科医,眼科医の複数の専門医の意見を総合的に判断し,治療方針を決定する必要がある.診断的治療を行う場合は,安易なステロイド投与が感染の悪化を招くことがあるため注意しなくてはならない.炎症性腫瘍やCTolosa-Hunt症候群,特発性眼窩炎症が原因となった症例4,6,7に関してはステロイドパルス療法で視機能の改善がみられた.炎症性疾患が原因である患者に対してはステロイドによる治療を積極的に行うことで良好な視力が得られると考えられる.しかし,悪性リンパ腫や真菌感染ではステロイド治療により一時的に鎮静化しても,その後再燃し病状を悪化させ,結果として予後が悪くなることがある.そのためステロイド治療前に,悪性リンパ腫や真菌感染症による眼窩先端部症候群を否定しておくことが望ましい.画像検査や採血で真菌感染が疑われ,患者背景に易感染性のある場合はステロイド治療を開始する前に,耳鼻咽喉科で病変部位の生検を依頼する必要があると考えられる.以上,当科における眼窩先端部症候群のC7例の原因と臨床図5症例5におけるCT画像眼窩後方の篩骨洞側に骨欠損像を認める.経過を報告した.眼窩先端部症候群のうち真菌感染による副鼻腔炎が原因であった症例は,結果的に抗真菌薬治療開始が遅れたことで視力予後が不良であった.眼窩先端部症候群を疑った際には,まず画像検査にて真菌感染による副鼻腔炎が原因であるかどうかを疑い,副鼻腔に病変があれば速やかに耳鼻咽喉科へ依頼し生検を施行することが重要である.また,副鼻腔炎を伴わない場合はその他の原因疾患を想起し検査を進め,適切な診断および治療につなげる必要がある.文献1)KjoerI:ACcaseCofCorbitalCapexCsyndromeCinCcollateralCpansinusitis.ActaOphthalmolC23:357,C19452)TurnerJH,SoudryE,NayakJVetal:SurvivaloutcomesinCacuteCinvasiveCfungalsinusitis:aCsystematicCreviewCandquantitativesynthesisofpublishedevidence.Laryngo-scopeC123:1112-1118,C20083)二宮高洋,檜森紀子,吉田清香ほか:東北大学における眼窩先端部症候群C19例の検討.神経眼科36:404-409,C20194)藤田陽子,吉川洋,久冨智朗ほか:眼窩先端部症候群の6例.臨眼59:975-981,C20055)中島崇,青山達也,奥沢巌ほか:眼窩尖端症候群をきたした数例についての解析.臨眼32:930-936,C19786)津村涼,尾上弘光,末岡健太郎ほか:浸潤型蝶形骨洞アスペルギルス症による死亡例と生存例.あたらしい眼科C39:1256-1260,C20227)YipCCM,CHsuCSS,CLiaoCWCCetal:OrbitalCapexCsyndromeCdueCtoCaspergillosisCwithCsubsequentCfatalCsubarachnoidChemorrhage.SurgNeurolIntC3:124,C20128)戸田亜以子,坂口紀子,伊丹雅子ほか:副鼻腔真菌症に続発した海綿静脈洞血栓症と内頸動脈瘤による眼窩先端部症候群のC1例.臨眼72:1277-1283,C20189)甘利達明,澤村裕正,南館理沙ほか:非浸潤型副鼻腔アスペルギルス感染症により視神経症を呈したC1例.臨眼C74:C907-912,C2020C10)FukushimaT,ItoA:Fungalinfection.JpnClinMedC41:CneseCde.ciencyCinAspergillusCniger:evidenceCofC84-97,C1983CincreasedCproteinCdegradation.CArchCMicrobialC141:266-11)ZinreichCSJ,CKennedyCDW,CMalatCJCetal:FungalCsinus-268,C1985itis:DiagnosisCwithCCTCandCMRCimaging.CRadiology13)越塚慶一,花澤豊行,中村寛子ほか:眼窩先端症候群を伴C169:439-444,C1988った浸潤型副鼻腔真菌症のC2症例.頭頸部外科C25:325-12)MaCH,CKubicekCCP,CRohrM:MetabolicCe.ectsCofCmanga-332,C2015***

経強膜的マイクロパルス波毛様体凝固術の短期治療成績

2024年9月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科41(9):1131.1134,2024c経強膜的マイクロパルス波毛様体凝固術の短期治療成績大原成喜梅津新矢渡部恵錦織奈美大黒浩札幌医科大学眼科学講座CShort-TermSurgicalOutcomesofMicropulseTransscleralCyclophotocoagulationforGlaucomaNarukiOhara,ArayaUmetsu,MegumiWatanabe,NamiNishikioriandHiroshiOhguroCDepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversityC目的:マイクロパルス波毛様体凝固術(MP-CPC)の短期治療成績の検討.対象および方法:2023年2月.6月に札幌医科大学付属病院でCMP-CPCを施行した緑内障患者C18人C18眼を後ろ向きに検討した.検討項目は術前,術後C1週間,術後C1,2カ月の眼圧値,術前,術後C2カ月の点眼スコア,術前,術後の矯正視力(logMAR),有害事象の有無とした.結果:平均眼圧は術前がC29.9C±9.6CmmHg,術後C1週間がC17.9C±6.6CmmHg,術後1,2カ月がそれぞれC19.7C±7.1CmmHg,20.1C±7.6CmmHgで,術前と比較してすべての時点で有意な眼圧下降を示した(p<0.05).点眼スコアおよび矯正視力はそれぞれ術前がC4.3C±1.6およびC0.7C±0.8,術後C2カ月がC4.5C±1.5およびC0.7C±0.8と術前後で有意な差はなかった(p>0.05).合併症では瞳孔散大C3例で,眼球癆などの重篤な合併症は認めなかった.結論:緑内障の病型にかかわらずCMP-CPCは施行可能であった.CPurpose:ToCinvestigateCtheCshort-termCsurgicalCoutcomesCofCmicropulseCtransscleralCcyclophotocoagulation(MP-CPC)forglaucoma.Methods:Weretrospectivelyevaluated18glaucomapatientswhounderwentMP-CPCfromCFebruaryCtoCJuneC2023CatCSapporoCMedicalCUniversityCHospital.CResults:MeanCintraocularpressure(IOP)Cwas29.9±9.6CmmHgpresurgery,and17.9±6.6CmmHg,19.7±7.1CmmHg,and20.1±7.6CmmHgat1week,2weeks,and2months,respectively,postsurgery,thusshowingthatMP-CPCresultedinasigni.cantdecreaseinIOPatallpostoperativetimepoints(p<0.05)C.Nosigni.cantdi.erenceswerefoundinthenumberofanti-glaucomamedi-cationsCusedCorCcorrectedCvisualCacuityCbetweenCtheCpre-andpostoperativeCperiods(p>0.05)C.CExceptCforCdilatedpupils(n=3cases)C,CnoCmajorCcomplicationsCoccurred.CConclusion:RegardlessCofCglaucomaCtype,CMP-CPCCwasCe.ectiveforthereductionofIOP,thusillustratingthatitisoneoptionforthetreatmentofglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(9):1131.1134,C2024〕Keywords:マイクロパルス波毛様体凝固術,緑内障.micropulsetransscleralcyclophotocoagulation,glaucoma.はじめに緑内障の治療目標は,眼圧下降を図ることによる視野進行の抑制であり,治療法としては点眼,内服,手術療法がある1).毛様体をターゲットとした手術治療は,従来は毛様体上皮を破壊することで房水産生を抑制し眼圧下降を図ったが,眼球癆などの重篤な合併症を生じるため難症例の緑内障におもに行われていた.2010年に報告された経強膜的マイクロパルス波毛様体凝固術(micropulseCtransscleralcyclophotocoagulation:MP-CPC)は,従来よりも低い出力のレーザーを,短時間照射(on)と休止(o.)を周期的に繰り返すことにより,周囲組織の温度上昇を抑えながら毛様体光凝固を行う1).そのため従来の毛様体破壊術とは違い,手術侵襲が少なく重篤な合併症はきわめてまれである.また,MP-CPCは毛様体への破壊作用と流出路の促進と両方あると考えられているが,現在のところは詳細な見解が得られていない.現在,MP-CPCは適応を中期の緑内障へと広げて加療されているが2),日本ではC2017年に認可されたため,術後成績の報告はまだ少数である3,4).そこで今回筆者らは,札幌医科大学病院(以下,当院)における短期治療成績を検討した.〔別刷請求先〕大原成喜:〒060-8543北海道札幌市中央区南C1条西C16丁目札幌医科大学眼科学講座Reprintrequests:NarukiOhara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,Minami1-joNishi16-chome,Chuo-ko,Sapporocity,Hokkaido060-8543,JAPANC表1患者背景年齢C71.72±16.94歳性別男8例(C44.4%)女10例(C55.6%)病型開放隅角緑内障9眼(C50.0%)高眼圧症3眼(C16.7%)閉塞隅角緑内障2眼(C11.1%)落屑緑内障2眼(C11.1%)血管新生緑内障2眼(C11.1%)手術既往8眼(C44.4%)Trabeculotomy5眼(C27.8%)Trabeculectomy4眼(C22.2%)AhmedglaucomavalveC1眼(5C.6%)術前眼圧C29.89±9.37CmmHg術前視力(logMAR)C0.71±0.81術前点眼スコアC4.29±1.52点(平均±標準偏差)CI対象および方法対象はC2023年C2月.6月に当院眼科でCMP-CPCを施行した緑内障患者で,男性C8例,女性C10例,年齢C71.7C±16.9歳(平均年齢C±標準偏差)のC18人C18眼である.病型は,原発開放隅角緑内障C9眼,原発閉塞隅角緑内障C2眼,落屑緑内障2眼,血管新生緑内障C2眼および高眼圧症C3眼で,そのうちのC8眼が緑内障手術既往眼であった(表1).測定項目は,①眼圧値(術前,術後C1週間,術後C1カ月,2カ月),②術前および術後C2カ月の点眼スコア(点眼薬:1点,配合薬:2点,炭酸脱水酵素阻害薬内服:2点),③術前,術後の矯正視力(logMAR)および④有害事象の有無を診療録から後ろ向きに検討した.MP-CPCはCCycloG6CGlaucomaCLasermachine(IRIDEX社)とCMP3プローブCRev2を使用し,下耳側にCTenon.下麻酔(2%リドカイン)をC2Cml注入したあとに,以下の条件で施行した.出力C2,500CmW,DutycycleはC31.3%(on0.5ms,o.1.1ms)で上半球および下半球をそれぞれ片道C20秒,合計C2往復照射し,合計C160秒で終了とした.毛様動脈の照射による損傷を避けるためにC3時,9時は避けて照射した.また,濾過胞がある患者に対しては濾過胞部位も避けて照射した.解析は平均眼圧はCOne-wayANOVA,手術の有無による平均眼圧の推移はCmixed-e.ectsanalysis,点眼スコアおよび矯正視力の推移はCunpairedt検定を用いて検討し,いずれもCp<0.05を有意水準とした.なお,本研究は札幌医科大学倫理委員会で承認された.眼圧(mmHg)***50****403020100(repeatedmeasuresANOVA)***p<0.001術前術後術後術後****p<0.00011週間1カ月2カ月図1平均眼圧の推移II結果18例中C2例は眼圧低下を認めたものの,目標眼圧に達しなかったため,術後C1カ月までの検討で打ち切りとなった.このC2例のうちC1例は複数回にわたり,従来の毛様体破壊術を行い眼圧コントロールしていた症例であり,再度従来の毛様体破壊術を施行し,もうC1例は濾過手術を行った.平均眼圧の推移を図1に示す.平均眼圧は術前がC29.9C±9.6CmmHg,術後C1週間がC17.9C±6.6CmmHg,術後C1およびC2カ月がそれぞれC19.7C±7.1CmmHgおよびC20.1C±7.6CmmHgで,術前と比較してすべての時点で有意な眼圧下降を認めた(p<0.05).また,眼圧下降率は術後C1週間がC40.1%,術後C1およびC2カ月がそれぞれC34.1%およびC32.8%であった.緑内障手術既往の有無別での平均眼圧の推移を図2に示す.手術既往眼の平均眼圧は術前がC27.1C±8.1CmmHg,術後1週間がC16.9C±6.0CmmHg,術後C1およびC2カ月がそれぞれC21.1±8.1CmmHgおよびC18.8C±7.9CmmHgで,術前と比較してすべての時点で有意な眼圧下降であり(p<0.05),一方,非手術既往眼の平均眼圧でも術前がC32.1C±10.6CmmHg,術後C1週間がC18.6C±7.2CmmHg,術後C1およびC2カ月がそれぞれC19.5C±7.4CmmHgおよびC20.5C±7.8CmmHgと,術前と比較してすべての時点で眼圧が有意に下降した(p<0.05).手術既往眼,非手術既往眼ともに,術後C2カ月時点で術前と比較し有意な眼圧下降を認めた(p<0.05).手術の既往の有無での有意差は認めなかった.点眼スコアおよび矯正視力の推移は,それぞれ術前がC4.3C±1.6およびC0.7C±0.8,術後C2カ月がC4.5C±1.5およびC0.7C±0.8で術前後において有意な差はなかった(p>0.05).合併症はC3例で瞳孔散大と羞明などの自覚症状を認めたが,眼球癆などの重篤なものは認めなかった.**眼圧(mmHg)50403020100手術既往なし●手術既往あり固定効果:手術既往の有無変量効果:眼圧Paired-t検定で解析を行っています(mixed-e.ectsanalysis)術前術後術後術後**p<0.01,***p<0.005,****p<0.0011週間1カ月2カ月*******図2手術既往の有無別にみた平均眼圧の推移表2既報との比較Rita.Cら5)今回症例数61眼18眼年齢C73.9±10.8歳C71.7±16.9歳病型開放隅角緑内障3C9眼(6C3.9%)開放隅角緑内障9眼(5C0.0%)落屑緑内障1C2眼(1C9.7%)高眼圧症3眼(1C6.7%)血管新生緑内障6眼(1C0.0%)閉塞隅角緑内障2眼(1C1.1%)閉塞隅角緑内障2眼(3.3%)落屑緑内障2眼(1C1.1%)先天性緑内障2眼(3.3%)血管新生緑内障2眼(1C1.1%)緑内障手術既往眼23眼(C37.8%)8眼(C44.4%)術前眼圧C24.9±8.6CmmHgC29.9±9.6CmmHg術後C1カ月での眼圧下降率34.8%34.1%術前後の矯正視力0.5(有意差なし)0.7(有意差なし)合併症前房炎症4眼(6C.6%)瞳孔散大3眼(1C6.7%)角膜障害3眼(4C.9%)黄斑浮腫2眼(3C.3%)III考按今回,当院では従来の点眼や手術などの治療法で目標眼圧に達することができなかった患者をCMP-CPCの適応とした.その結果,眼圧は術後C1週間からC2カ月までで有意な眼圧下降を認めた.本研究と類似条件でCMP-CPCを施行した既報5)との比較を表2に示す.そのほかにもC2,500CmWの出力でC31.3.57%,2,000CmWの出力でC17.8.30%の眼圧下降を認めた報告があり6,7),本研究でも最長C2カ月の経過でC32%の眼圧下降と既報と同等の結果だった.手術既往の有無別に検討したところ,本研究では手術歴の有無にかかわらず,術後C1週間より良好な眼圧下降を得られ,術後C2カ月までの経過中も有意な眼圧下降を認めた.一方,MP-CPCによる眼圧下降の手術歴の有無による有意差は既報でも見解が分かれており8,9),統一した見解はない.本研究では手術眼がC8例と症例数が少なく,また短期期間の結果にとどまるため,今後さらなる症例数の蓄積および追跡による検討が必要である.術前後の矯正視力に関しては,本研究では術前後で有意な変化は認めなかった.既報でも,同様の報告が多数みられる一方,Sarrafpourらは視力C20/400以上の患者のC18.8%において,視力がC2段階下がり,counting.nger(CF)の患者の10%がCnolightCperception(NLP)になったと報告している6).また,Jammalらは,難治性・進行性の緑内障患者においてはCMP-CPCによりC2段以上の視力低下がC4.8%で生じたと報告しており10),比較的末期の緑内障患者においてはMP-CPCによる視力低下が生じやすいことが考えられる.本研究では術前視力が良好であった症例が多いことから,矯正視力に有意差が生じなかったと考えられた.点眼スコアに関しては,今回は術前後で有意な変化は認めなかったが,既報では点眼スコアが有意に減少した報告が複数散見される5,11).本研究では比較的中期.末期の緑内障が多く,20.30%程度の眼圧下降を得られていても,目標眼圧をより低く設定している症例が多いことや,観察期間がC2カ月と短いことから,点眼調整が始まる前の症例が多いことが一因であると考えられた.合併症に関しては,本研究では既報同様に瞳孔散大を16.7%に認めたのみで,既報で報告されている前房出血5)を生じた症例はなかった.瞳孔散大についてCRadhakrishmanらは,アジア人や水晶体眼では術後瞳孔散大の頻度が高いと報告している12).本研究でも比較的高頻度の瞳孔散大が認められ,人種による要因がある可能性が示唆された.しかし,本研究で認めた瞳孔散大はいずれも経過観察中に改善を認め一過性のもので,加えて低眼圧による眼球癆などの重篤な合併症を認めなかったことから,MP-CPCは合併症の少ない治療法であると思われた.従来の毛様体破壊術と違い,重篤な合併症が少なく良好な眼圧下降が得られることから,中期の緑内障への適応拡大の可能性が示唆された.しかし,軽度の瞳孔散大を数例で認めるため,視力や視野が良好な人には,施行後に羞明や見えづらさなどが出現する可能性があり,初期症例に対しては慎重な検討が必要である.今回筆者らは,短期成績ではあるがCMP-CPCで良好な眼圧下降を得ることができ,緑内障治療の選択肢の一つとしての可能性が示唆された.今後は症例数を増やし,長期的な眼圧経過および視野進行を追跡しさらなる検討を行うことが必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第C5版).日眼会誌C126:85-177,C20222)ChangCHL,CChaoCSC,CLeeCMTCetal:MicropulseCtranss-cleralCcyclophotocoagulationCasCprimaryCsurgicalCtreat-mentforprimaryopenangleglaucomainTaiwanduringtheCCOVID-19Cpandemic.Healthcare(Basel)C9:1563,C20213)山本理沙子,藤代貴志,杉本宏一郎ほか:難治性緑内障におけるマイクロパルス波経強膜的毛様体凝固術の短期成績.あたらしい眼科36:933-936,C20194)神谷由紀,神谷隆行,木ノ内玲子ほか:マイクロパルス波経強膜毛様体光凝固術の短期治療成績.あたらしい眼科C40:1103-1107,C20235)BastoCRC,CAlmeidaCJ,CRoqueCJNCetal:ClinicalCoutcomesCofCmicropulseCtransscleralcyclophotocoagulation:2CyearsofexperienceinPortugueseeyes:JCurrGlaucomaPractC17:30-36,C20236)SarrafpourS,SalehD,AyoubSetal:Micropulsetranss-cleralcyclophotocoagulation:AClookCatClong-termCe.ectivenessCandCoutcomes.COphthalmolCGlaucomaC2:C167-171,C20197)KabaCQ,CSomaniCS,CTamCECetal:TheCe.ectivenessCandCsafetyCofCmicropulseCcyclophotocoagulationCinCtheCtreat-mentCofCocularChypertensionCandCglaucoma.COphthalmolCGlaucomaC3:181-189,C20208)ZaarourCK,CAbdelmassihCY,CArejCNCetal:OutcomesCofCmicropulseCtransscleralCcyclophotocoagulationCinCuncon-trolledglaucomapatients.JGlaucomaC28:270-275,C20199)GarciaCGA,CNguyenCCV,CYelenskiyCACetal:MicropulseCtransscleralCdiodeClaserCcyclophotocoagulationCinCrefracto-ryglaucoma:Short-termCe.cacy,Csafety,CandCimpactCofCsurgicalChistoryConCoutcomes.COphthalmolCGlaucomaC2:C402-412,C201910)JammalCAA,CCostaCDC,CVasconcellosCJPCCetal:Prospec-tiveCevaluationCofCmicropulseCtransscleralCdiodeCcyclopho-tocoagulationinrefractoryglaucoma:1yearresults.ArqBrasOftalmolC82:381-388,C201911)deVriesVA,PalsJ,PoelmanHJetal:E.cacyandsafe-tyofmicropulsetransscleralcyclophotocoagulation.CJClinMedC11:3447,C202212)RadhakrishnanS,WanJ,TranBetal:Micropulsecyclo-photocoagulation:ACmulticenterCstudyCofCe.cacy,Csafety,CandCfactorsCassociatedCwithCincreasedCriskCofCcomplica-tions.JGlaucomaC29:1126-1131,C2020***

白内障手術,硝子体手術,硝子体内注射の術中ヨード洗浄と抗菌薬前房内投与の臨床的検討

2024年9月30日 月曜日

《第59回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科41(9):1127.1130,2024c白内障手術,硝子体手術,硝子体内注射の術中ヨード洗浄と抗菌薬前房内投与の臨床的検討小野竜輝岡野内俊雄林淳子越智正登野田雄己永岡卓戸島慎二小野恭子細川満人倉敷成人病センター眼科CClinicalE.cacyofIntraoperativeOcularSurfaceIrrigationwithPovidone-IodineandIntracameralAntibioticsAdministrationinCataractSurgery,Vitrectomy,andIntravitrealInjectionRyukiOno,ToshioOkanouchi,JunkoHayashi,MasatoOchi,YukiNoda,TakuNagaoka,ShinjiToshima,KyokoOnoandMitsutoHosokawaCDepartmentofOpthalmology,KurashikiMedicalCenterC目的:白内障手術,硝子体手術,硝子体内注射におけるポビドンヨード(PI)による術中眼表面洗浄(術中CPI)と抗菌薬前房内投与の臨床効果を検討する.対象および方法:2006.2022年に倉敷成人病センターで施行された白内障手術C22,301件,硝子体手術C6,404件,硝子体内注射C20,358件を対象とした.当院では眼内炎対策としてC2015年から硝子体内注射を含むすべての手術に術中CPIを,白内障手術と硝子体手術については術終了時にモキシフロキサシン(MFLX)前房内投与を施行している.この眼内炎対策の開始以前と開始後の眼内炎発症率を後ろ向きに検討した.結果:硝子体手術で眼内炎発症率は有意に減少(p=0.018)した.白内障手術では有意差はなかった(p=0.34)が発症率は減少した.硝子体注射では有意差はなかった(p=1.0).考按:術中CPIとCMFLX前房内投与は白内障手術と硝子体手術後の眼内炎発症を抑制する効果が期待できる.硝子体内注射は対策前後の母数の差が大きく,さらなる検討が必要である.CPurpose:Toevaluatetheclinicale.cacyofintraoperativeocularsurfacepovidone-iodineirrigation(PI-irriga-tion)andintracameralmoxi.oxacinadministrationincataractsurgery,vitrectomy,andintravitrealinjection.Mate-rialsandMethods:InCthisCstudy,C22301CcataractCsurgeries,C6404Cvitrectomies,CandC20358CintravitrealCinjectionsCperformedCatCKurashikiCMedicalCCenterCfromC2006CtoC2022CwereCincluded.CAtCtheCbeginningCofC2015,CweCinitiatedCPI-irrigationCforCallCsurgeriesCincludingCintravitrealCinjectionsCandCintracameralCmoxi.oxacinCadministrationCatCtheCendofthecataractsurgeriesandvitrectomies.Theincidencerateofendophthalmitisbeforeandaftertheinitiationwasretrospectivelyexamined.Results:Aftertheinitiation,theincidencerateofendophthalmitisaftervitrectomysigni.cantlyreduced(p=0.018)C,whilethataftercataractsurgerywasreduced,butnotsigni.cantly(p=0.34)C.Nosigni.cantCdi.erenceCinCtheCincidenceCrateCofCendophthalmitisCafterCintravitrealCinjectionCwasobserved(p=1.0)C.Conclusions:AlthoughCPI-irrigationCandCintracameralCmoxi.oxacinCadministrationCcanCreduceCendophthalmitisCaftercataractsurgeryandvitrectomy,nosigni.cantdi.erenceintheincidencerateofendophthalmitisafterintra-vitrealinjectionwasdetected.Thus,furtherinvestigationisneeded.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(9):1127.1130,C2024〕Keywords:術後眼内炎,ポビドンヨード,モキシフロキサシン,前房内投与.postoperativeendophthalmitis,po-vidone-iodine,moxi.oxacin,intracameraladministration.Cはじめにうる合併症である.その発症予防はきわめて重要な課題であ眼科手術における術後眼内炎は重篤な視機能障害をきたしり,術前後の抗菌薬による減菌化に依存してきた経緯があ〔別刷請求先〕小野竜輝:〒710-8522岡山県倉敷市白楽町C250倉敷成人病センター眼科Reprintrequests:RyukiOno,DepartmentofOpthalmology,KurashikiMedecalCenter,250Bakuro-tyo,Kurashiki,Okayama710-8522,JAPANC図1ポビドンヨード(PI)による眼表面洗浄a:白内障手術時のCIOL挿入直前,Cb:硝子体手術時の硝子体ポート作成時,Cc:硝子体内注射時の開瞼後注射直前のCPIによる眼表面洗浄.る1).一方,2016年の英国の報告で,2050年にはC100万人が薬剤耐性菌により死亡する可能性があるとされ2),近年薬剤耐性菌増加を抑止する観点から抗菌薬の適正使用が求められている.眼科では耐性菌を生まないヨード製剤を使用した眼内炎対策が新たに提唱されており,白内障手術で術中のヨード製剤での眼表面洗浄や抗菌薬前房内投与,硝子体手術で硝子体ポート作製時のヨード製剤での眼表面洗浄などの有効性や安全性が報告されている1,3.7).ただし,複数の技量の異なる術者がいる病院施設では施設として眼内炎対策を統一させる必要があり,従来どおりの眼内炎対策を取り続ける施設も多いと考えられる.今回,複数の術者がいる筆者らの病院施設で,白内障手術,硝子体手術の術中ポビドンヨード(povidone-iodine:PI)での眼表面洗浄と,術終了時のモキシフロキサシン(MFLX)前房内投与,および硝子体内注射の注射直前・直後のCPIでの眼表面洗浄の臨床効果を検討したので報告する.CI対象および方法2006.2022年に倉敷成人病センター(以下,当院)で施行された白内障手術C22,301件,硝子体手術C6,404件,硝子体注射C20,358件について後ろ向きに検討した.当院では,眼内炎予防のため術前後のニューキノロン系抗菌薬点眼,術前のヨード製剤での皮膚洗浄や洗眼,術中の生理食塩水による眼表面洗浄3),白内障手術と硝子体手術でセフェム系抗菌薬の点滴,内服(白内障手術では点滴はC2019年で終了,内服はC2022年で終了)をしていた.2015年から白内障手術と硝子体手術で術中のC0.25%CPIでの眼表面洗浄3,7)と術終了時CMFLX250.375Cμg/mlの前房内投与5,6)を,また硝子体内注射で開瞼後注射直前(図1c)と直後のC0.25%CPIでの眼表面洗浄を導入した.術中CPI洗浄は,術開始時,終了時,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入時(図1a),硝子体ポート作製時(図1b),および抜去時には必ず,それ以外でも極力角膜にかからないよう断続的に行った.また,硝子体手術のCMFLX前房内投与は白内障手術併用時のみ行った.今回,2015年以前と以後の眼内炎発症率を診療録をもとに後ろ向きに検討した.明らかに中毒性前眼部症候群(toxicanteriorsegmentCsyndrome:TASS)と考えられた症例は除外した.統計解析はCFisherの正確確率検定を用い,p<0.05で有意差ありとした.本研究は当院の倫理委員会の承認を得たうえで,ヘルシンキ宣言に則って行った.CII結果白内障手術後の眼内炎発症は,TASSのC9件(うちCHOYA製CiSert251,255に起因8)したC8件)を除外し,2006.2014年でC7,501件中C3件(0.040%),2015.2022年でC14,800件中C2件(0.012%)だった.眼内炎症例は強角膜切開がC3件,強角膜一面切開がC2件で,2015年以後のC2件は認知症であった.前後で有意差はなかった(p=0.34)が,発症率は低下していた(表1).硝子体手術後の眼内炎発症は,ケナコルトによるCTASSと考えられたC2件を除外し,2006.2014年でC2,551件中C4件(0.17%),2015.2022年でC3,636件中C0件(0%)だった.2015年以後で眼内炎発症率が有意に低下していた(p=0.018)(表1).白内障手術併用の硝子体手術に限定すると(2015年以後はCMFLX前房内投与併用),2006.2014年で1,696件中C4件(0.24%),2015.2022年でC2,962件中C0件(0%)であり,発症率は同様に有意に低下した(p=0.018).2006.2014年の白内障手術併用硝子体手術と硝子体単独手術の比較では,発症率に有意差はなかった(p=0.31).2015年以後ではいずれも眼内炎の発症はなかった.また,対象期間の硝子体手術は全例低侵襲硝子体手術(MIVS)で,23,25,27ゲージ(gauge:G)システムを用いた.2006.2014年ではC2,551件中,23GがC950件,25GがC1,564件,27GがC37件であり,2015.2022年ではC3,636件中,それぞれ50件,1,962件,1,624件であった.眼内炎を生じたのは,対策前ではC23CGでC950件中C1件(0.11%),25CGでC1,564件中C3件(0.17%),27Gで37件中0件(0%)であり,3群間で発症率に有意差はなかった(p=1.0)(表2).対策後ではすべてのゲージでC0件(0%)だった.対策前後を合わせたC3群間でも有意差はなかった(p=0.49)(表2).硝子体内注射後の眼内炎発症は,ブロルシズマブ関連の眼内炎9)3件を除外すると,2006.2014年でC3,536件中C0件(0表1白内障手術,硝子体手術,硝子体内注射後の眼内炎発症率2006.C2014年2015.C2022年p値*白内障手術0.040%(3C/7,501)0.012%(2C/14,800)C0.34硝子体手術0.17%(4C/2,551)0%(0C/3,636)C0.018硝子体内注射0%(0C/3,536)0.012%(2C/16,822)C1.002015年以降,白内障手術では有意差はないが眼内炎の発症率がC0.04%からC0.012%へと約C1/3に減少した,硝子体手術では眼内炎発症率が有意に減少した.硝子体内注射では発症率に有意差はなかった.*Fisherの正確確率検定.表2硝子体手術のゲージ数ごとの眼内炎発症率2006.C2014年2015.C2022年全症例23ゲージ25ゲージ27ゲージp値*C0.11%(1C/950)0.17%(3C/1,564)0%(0C/37)1.0C0%(0C/50)0%(0C/1,962)0%(0C/1,624)1.0C0.10%(1C/1,000)0.085%(3C/3,526)0%(0C/1,661)0.49硝子体手術のゲージ別のC3群間で眼内炎発症率に有意差はなかった.*Fisherの正確確率検定.表3発症した術後眼内炎の治療経過年度年齢,性別元の視力原因となった治療発症までの日数発症後視力眼内炎治療内容術後視力C2006200920102010201020102014201620162017202059歳,男性C75歳,男性C75歳,男性C54歳,女性C70歳,女性C51歳,男性C78歳,男性C84歳,女性C89歳,女性C81歳,女性C89歳,男性C0.21.20.70.50.090.60.60.90.30.020.5硝子体手術白内障手術硝子体手術白内障手術硝子体手術白内障手術硝子体手術硝子体内注射白内障手術白内障手術硝子体内注射2日20日C11日C16日C10日13日C5日1日C2日2日C7日C測定なし1.00.80.01手動弁0.6測定なし0.9測定なし0.60.07前房洗浄+硝子体手術C前房洗浄+抗菌薬硝子体内注射C抗菌薬硝子体内注射C前房洗浄+硝子体手術C硝子体手術C前房洗浄+抗菌薬硝子体内注射C前房洗浄+硝子体手術C前房洗浄+抗菌薬硝子体内注射C前房洗浄C前房洗浄+抗菌薬硝子体内注射C前房洗浄+硝子体手術C1.2C1.2C1.2C1.2C0.7C1.5C0.7C1.2C1.2C1.0C1.0発症した眼内炎症例C11件は硝子体手術や前房洗浄,抗菌薬硝子体内注射で治療を行い,いずれも視力の改善が得られた.%),2015.2022年でC16,822件中C2件(0.012%)だったが,前後で有意差はなかった(p=1.0)(表1).なお,発症した眼内炎症例C11件は全例当院で前房洗浄や抗菌薬硝子体内注射,硝子体手術などで治療し,いずれも視力改善が得られた(表3).IOLは全例温存した.CIII考按術後眼内炎発症率は白内障手術でC0.025%10),硝子体手術でC0.054%11),硝子体内注射でC0.035%12)程度と報告されている.その発症を予防するため,近年白内障手術で術中ヨード製剤での眼表面洗浄や抗菌薬前房内投与,硝子体手術で硝子体ポート作製時のヨード製剤での眼表面洗浄などが行われ,その有効性や安全性が報告されている1,3.7).とくにヨード製剤の使用は薬剤耐性菌を生じないことで注目されている.2011年,Shimadaらは白内障手術でC0.25%CPIでの術中眼表面洗浄を頻回に行った群で術終了時の前房水中の細菌検出率が0%だったと報告しており3),開瞼器装脱着前後の眼脂の出やすいタイミングや眼内への細菌迷入の可能性があるCIOL挿入時などでCPIでの洗浄は重要と考えられる.また,同報告でヨードの含まれていない灌流液での術中の眼表面頻回洗浄でも,前房水中の細菌汚染率が既報と比較し低値だったと報告されており,当院でも生理食塩水での術野洗浄を励行している.また,2015年,Matsuuraらは白内障手術時,MFLX前房内投与群で非投与群と比較し眼内炎発症率が有意に低かったと報告し,MFLX前房内投与の有用性を示した6).当院では術野から眼内への菌の迷入を減らすため術中CPI洗浄を,迷入する菌に対してCMFLX前房内投与をC2015年から導入した.今回の結果では,白内障手術は術中CPI洗浄とCMFLX前房内投与の開始前後で眼内炎発症率はC0.040%からC0.012%まで低下したものの有意差はなかった.2015年以後のC2件はいずれも認知症患者であり,術後の感染も考えられるため,一定の眼内炎発症抑制効果が期待できると考えてよいかもしれない.切開創は強角膜切開を基本とし,経結膜強角膜一面切開が報告されてからは13),この切開を基本としている.熟練術者による角膜切開も一部含まれるが,今回の眼内炎発症例に角膜切開はなかった.角膜切開と強角膜切開で眼内炎発症率に有意差はないという過去の報告14)からも切開創による影響はないと考える.硝子体手術では開始前後で眼内炎発症率に有意差を認め,眼内炎発症抑制効果が示された.ゲージによる発症率の差はなかった.なお,硝子体単独手術で眼内炎発症例がなかったが,単独手術の全体数が少ないことを考慮する必要がある.硝子体注射ではC2015年以前と以後で眼内炎発症率に有意差はなかった.以後でC2件生じたことからヨードの直前直後の使用でも完全には予防できないといえる.以前以後とも低値だったのは,注射開始当初から全例テガダームを用いたドレーピングを行っていることや,開瞼してすぐ注射することで結膜面への常在菌の移行が少ないことも要因として考えられる.近年,薬剤耐性菌増加を抑止する観点から抗菌薬の適正使用が求められている.2020年,Matuuraらは白内障手術時,抗菌薬点眼を術前C3日間使用した群と抗菌薬点眼は使用せず手術開始時とCIOL挿入直前のC2回,ヨードでの眼表面洗浄を行った群で手術前,手術開始時,手術後の結膜の細菌培養陽性率に差がなかったと報告した4).また,2013年,MatsuuraらはCMFLX前房内投与後の前房濃度がC150Cμg/mlであれば半減期を考慮してC2時間後濃度がC38Cμg/mlであり,これはほとんどの耐性菌のCMICC90を上回ると報告した5).レボフロキサシンC1.5%点眼,およびCMFLX0.5%点眼の頻回使用で前房内濃度がそれぞれC1.43,0.87μg/mlだったという報告15)があり,耐性菌を考慮すると十分な濃度に達していないと考えられる.そのため,高濃度投与の可能な前房内投与はより有効な術後眼内炎対策方法であるといえる5,6).周術期の抗菌薬使用の適正化を進めるうえで,術中CPI洗浄とCMFLX前房内投与は術前後の抗菌薬削減に向けて期待されている1).今回の結果から,技量の異なる複数の術者がいる病院施設でも,術中CPI洗浄とCMFLX前房内投与が眼内炎対策にさらなる有益性をもたらすと考えられた.このことは,病院施設の術前抗菌薬点眼などの周術期抗菌薬使用の削減にもつながると考えられる.本研究の限界としては,白内障手術,硝子体内注射で前後の発症率に有意差はなく,さらに多数例での検討が必要であること,また白内障手術,硝子体手術では術中CPI洗浄とMFLX前房内投与を同時に開始したため,単独での有用性について言及できないことがあげられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)松浦一貴,宮本武,田中茂登ほか:日本国内での白内障周術期の消毒法および抗菌薬投与法の現況調査.日眼会誌C121:521-528,C20172)OC’NeillJ:TacklingCdrug-resistantCinfectionsglobally:C.nalreportandrecommendations.ReviewonAntimicrobi-alResistance,C20163)ShimadaCH,CAraiCS,CNakashizukaCHCetal:ReductionCofCanteriorCchamberCcontaminationCrateCafterCcataractCsur-gerybyintraoperativesurfaceirrigationwith0.25%Cpovi-done-iodine.AmJOphthalmolC151:11-17,C20114)MatsuuraK,MiyazakiD,SasakiSIetal:E.ectivenessofintraoperativeCiodineCinCcataractsurgery:cleanlinessCofCtheCsurgicalC.eldCwithoutCpreoperativeCtopicalCantibiotics.CJpnJOphthalmolC64:37-44,C20205)MatsuuraK,SutoC,AkuraJetal:ComparisonbetweenintracameralCmoxi.oxacinCadministrationCmethodsCbyCassessingCintraocularCconcentrationsCandCdrugCkinetics.CGraefesArchClinExpOphthalmolC251:1955-1959,C20136)MatsuuraCK,CUotaniCR,CSasakiS:Irrigation,CincisionChydration,CandCeyeCpressurizationCwithCantibiotic-contain-ingsolution.ClinOphthalmolC9:1767-1769,C20157)ShimadaCH,CNakashizukaCH,CHattoriCTCetal:E.ectCofCoperativeC.eldCirrigationConCintraoperativeCbacterialCcon-taminationCandCpostoperativeCendophthalmitisCratesCinC25-gaugevitrectomy.RetinaC30:1242-1249,C20108)SuzukiCT,COhashiCY,COshikaCTCetal:OutbreakCofClate-onsettoxicanteriorsegmentsyndromeafterimplantationofCone-pieceCintraocularClenses.CAmCJCOphthalmolC159:C934-939,C20159)BaumalCCR,CSpaideCRF,CVajzovicCLCetal:RetinalCvasculi-tisandintraocularin.ammationafterintravitrealinjectionofbrolucizumab.OphthalmologyC127:1345-1359,C202010)InoueT,UnoT,UsuiNetal:Incidenceofendophthalmi-tisCandCtheCperioperativeCpracticesCofCcataractCsurgeryCinJapan:JapaneseCProspectiveCMulticenterCStudyCforCPost-operativeCEndophthalmitisCafterCCataractCSurgery.CJpnJOphtalmolC62:24-30,C201811)OshimaCY,CKadonosonoCK,CYamajiCHCetal:MulticenterCsurveyCwithCaCsystematicCoverviewCofCacute-onsetCendo-phthalmitisCafterCtransconjunctivalCmicroincisionCvitrecto-mysurgery.AmJOphtalmolC150:716-725,C201012)RayessCN,CRahimyCE,CStoreyCPCetal:PostinjectionCendo-phthalmitisratesandcharacteristicsfollowingintravitrealbevacizumab,ranibizumab,anda.ibercept.AmJOphthal-molC165:88-93,C201613)菅井滋,大鹿哲郎:白内障手術における経結膜・強角膜一面切開.眼科手術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網羅的Polymerase Chain Reaction(PCR)検査が診断の補助に有効であった眼トキソプラズマ症の1例

2024年9月30日 月曜日

《第59回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科41(9):1122.1126,2024c網羅的PolymeraseChainReaction(PCR)検査が診断の補助に有効であった眼トキソプラズマ症の1例井本翔*1辻中大生*1南出恵美*1上田哲生*1今北菜津子*2笠原敬*2緒方奈保子*1*1奈良県立医科大学眼科学教室*2奈良県立医科大学感染症内科学講座CACaseofOcularToxoplasmosisDiagnosedbyComprehensivePolymeraseChainReaction(PCR)TestingShoImoto1),HirokiTsujinaka1),EmiMinamide1),TetsuoUeda1),NatsukoImakita2),KeiKasahara2)andNahokoOgata1)1)DepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity,2)DepartmentofInfectiousDiseases,NaraMedicalUniversityC目的:原因不明の汎ぶどう膜炎に対し,前房水の網羅的CPCR検査によりトキソプラズマ網膜炎と診断し,有効な治療を行うことができたC1例を報告する.症例:70歳代,男性.2カ月前から左眼霧視を自覚し,近医で左眼ぶどう膜炎と診断されて奈良県立医科大学附属病院眼科を紹介受診.初診時矯正視力は右眼C0.8,左眼C0.1,左眼に豚脂様角膜後面沈着物,虹彩後癒着,硝子体混濁を認めた.右眼は炎症所見を認めなかった.血清抗トキソプラズマCIgG,IgM抗体価が高値であり,前房水の網羅的CPCR検査でトキソプラズマ遺伝子を検出し,トキソプラズマ網膜炎と診断した.ピリメタミン,スルファジアジン,ホリナート内服を開始し,6週後滲出斑の改善が得られ内服終了としたが,2カ月後に硝子体混濁の再発を認めた.硝子体手術を施行し,術後クリンダマイシン硝子体内投与を併用し,滲出性病変の鎮静化を得た.結論:網羅的CPCR検査によりトキソプラズマ網膜炎と診断できたことで,有効な治療を行うことができた.CPurpose:ToreportCaCcaseofCpanuveitisthatCwasdiagnosedastoxoplasmosisretinitisbycomprehensivepoly-merasechainreaction(PCR)testingCofCaqueoushumor.Case:Amaleinhis70’swasreferredtoourChospitalwiththeprimarycomplaintCofCblurredvisioninhisleftCeyeforCoverC2months.Uponexamination,hisvisualacuitywas0.8CO.D.CandC0.1CO.S.CKeraticCprecipitates,CposteriorCsynechia,CandCvitreousCopacityCwereCobservedCinCtheCleftCeye.CTherewasnoin.ammatory.ndingCintherightCeye.ThelevelsofCserumanti-ToxoplasmaCimmunoglobulinGandimmunoglobulinMwerehigh.ComprehensivePCRtestingCofCtheaqueoushumordetectedtoxoplasmaCgenes,whichallowedthediagnosisofCtoxoplasmaCretinitis.Anti-toxoplasmaCtreatment,pyrimethamine,sulfadiazine,andfolinatewerestartedorallyfor6weeks.AtC2monthsafterCthetreatmentCwasdiscontinued,thevitreousopacityonce-again.aredup.VitrectomyandintravitrealinjectionofCclindamycinwereperformed,andtheocularin.ammation.nallydisappeared.Conclusion:ComprehensivePCRtestingCwase.ectiveforthediagnosisofCuveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)41(9):1122.1126,C2024〕Keywords:トキソプラズマ網膜炎,網羅的CPCR検査.toxoplasmosisretinitis,comprehensivepolymerasechainreaction(PCR)testing.はじめにトキソプラズマ網膜炎は,トキソプラズマ原虫(Toxoplas-magondii)が網脈絡膜の細胞内に寄生して汎ぶどう膜炎を生じる疾患である.トキソプラズマ原虫は,ウシ,ブタ,ヒツジ,ウマなどを中間宿主とし,ネコを終宿主とする1).ヒトへの感染は,トキソプラズマ原虫に感染した中間宿主の生肉の摂取や,ネコの糞便に含まれる.胞体を汚染された土や水とともに経口摂取することによるとされる1).また,感染した妊婦から胎盤経由での胎児への垂直感染や臓器移植による先天性感染が知られている.〔別刷請求先〕井本翔:〒634-8521奈良県橿原市四条町C840奈良県立医科大学眼科学教室Reprintrequests:ShoImoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity,840Shijo-cho,Kashihara-shi,Nara634-8521,JAPANC1122(80)図1左前眼部所見a:豚脂様角膜後面沈着物(C→),虹彩後癒着(C→)を認める.Cb:隅角では周辺虹彩前癒着(C←)を認める.今回,原因不明の汎ぶどう膜炎に対し前房水の網羅的ポリメラーゼ連鎖反応(polymeraseCchainreaction:PCR)検査を行い,トキソプラズマ網膜炎と診断でき,有効な治療を行えた症例を経験したので報告する.CI症例患者:70歳代,男性.現病歴:某年CX-2月下旬から左眼霧視を自覚し近医を受診.左眼ぶどう膜炎と診断されC0.1%ベタメタゾン点眼で加療開始された.いったん症状は改善したが,X月上旬より左眼霧視再燃し視力低下が進行したため,X月CY日(第C0病日)に奈良県立医科大学附属病院眼科を紹介受診となった.既往歴:2型糖尿病(HbA1c9.0%),腸閉塞治療後,片頭痛.両眼前増殖糖尿病網膜症,左眼網膜裂孔に対して網膜光凝固施行後.海外渡航や生肉摂取歴はなく,猫との接触もなかったが,自宅庭に野良猫が来ており,その場所での農作業やガーデニングはしていたとのこと.矯正視力:右眼(0.8C×sph+1.25D(cyl.0.75DCAx110°),左眼(0.1C×sph+1.50D(cyl.1.25DCAx130°).眼圧:右眼C19mmHg,左眼C17mmHg.前眼部所見:右眼は明らかな炎症所見なし.左眼は毛様充血,豚脂様角膜後面沈着物,虹彩後癒着,周辺部虹彩前癒着を認めた(図1).眼底所見:右眼は明らかな異常所見はなし.左眼には硝子体混濁があり,網膜上方に境界不明瞭の白色滲出性病変と周辺血管の白鞘化を認めた(図2).フルオレセイン蛍光造影:眼底病変部は造影早期に低蛍光,造影後期には病変周囲が過蛍光となり,中央部には低蛍光が持続するCblackcenterの所見を呈した.周辺動静脈からの蛍光漏出があり,網膜血管炎を示唆する所見であった図2左眼眼底写真境界不明瞭な白色の滲出性病変(.)と周辺血管の白鞘化を認める.(図3).血清学的検査:血液検査の結果を別表に示す(表1).トキソプラズマ抗体価は第C10病日に結果が判明し,免疫グロブリン(immunoglobulin:Ig)G抗体がC77CU/ml,IgM抗体がC3.7CC.O.Iと上昇を認めいずれも陽性であった.前房水CPCR検査:感染性ぶどう膜炎を疑い,第C7病日にウイルス性ぶどう膜炎に対する前房水CPCR検査を施行したが,対象となるウイルスはすべて陰性であった(図4).そのため,さらなる原因検索のため第C14病日後にC24項目の病原微生物CDNAを同定することが可能である眼感染症網羅的PCR12連Cstrip検査を神戸アイセンター病院に依頼した.第20病日に結果(表2)が判明し,トキソプラズマ原虫のみ陽図3FA所見:造影剤投与1分後(a)と5分後(b)の写真病変部は造影早期に低蛍光,造影後期に周囲が過蛍光で中央部に低蛍光となるCblackcenterを伴う.表1血清学的検査の結果Lane抗CSS-A抗体<1.0(U/ml)抗CSS-B/La抗体<1.0(U/ml)ループスアンチコアグラントC1.6TG抗体<10.0(U/ml)抗CTPO抗体<9.0(U/ml)CACEC19.6(U/ml)Lane1:PositivecontrolLane2:Patient’ssample血清単純ヘルペスウイルスC32倍血清サイトメガロウイルスC32倍血清トキソプラズマClgGC77(U/ml)CHSV-2血清トキソプラズマClgMC3.7(C.0.1)CHSV-1b-Dグルカン<6.0(pg/ml)CEBV梅毒CTP抗体C0(S/CO)CHHV-6VZVMPO-ANCA<1.0(S/CO)CCMVRFC8(U/ml)CKL-6C316(U/ml)可溶性CIL-2レセプターC413(U/ml)図4前房水PCR検査の結果表2眼感染症網羅的PCR12連Strip検査の結果定性CPCR定量CPCR定性CPCR定量CPCRCHSVl(.)(.)トキソカラ(.)(.)CHSV2(.)(.)結核(.)(.)CVZV(.)(.)梅毒(.)(.)CCMV(.)(.)アクネ菌(.)(.)CHHV6(.)(.)クラミジア(.)(.)CEBV(.)(.)CHTLVl(.)(.)CHHV7(.)(.)アカントアメーバ(.)(.)CHHV8(.)(.)カンジダアルビカンス(.)(.)真菌C28CS(全般)(.)(.)カンジダグラブラータ(.)(.)細菌C16CS(全般)(.)(.)カンジダクルセイ(.)(.)トキソプラズマ(+)C3.3×10CE4copies/mlアスペルギルス(.)(.)CADV(.)(.)フザリウム(.)(.)性であった.前眼部,眼底所見,前房水の眼感染症網羅的PCR12連Cstrip検査結果を総合し,眼トキソプラズマ症と診断し,第C21病日より治療を開始した.治療経過:本症例は,まずスルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST合剤)(900mg/日)で治療を開始したが,投与後より副作用と思われる腎機能障害の進行を認めたため,2週間でCST合剤の投与を中止した.第C35病日より熱帯病治療薬研究班による研究(jRCTs071180092)に参加し,ピリメタミン(50Cmg/日),スルファジアジン(1,500Cmg/日),ホリナート(5Cmg/週C3日間)の内服を開始した.臨床研究のプロトコルで最長のC6週間で投与を終了し,網膜滲出性病変は縮小傾向にあったので,経過観察とした.しかし,3剤内服終了から約C2カ月後,豚脂様角膜後面沈着物と硝子体混濁の再発を認め,第C133病日よりアセチルスピラマイシンを開始したが,第C140病日には虹彩新生血管を認めピリメタミン+スルファジアジン+ホリナート内服を再開した.再度C6週間投与したが硝子体混濁の改善を得られず,第175病日に硝子体出血が合併し,第C189病日に硝子体手術を施行した.また,術後クリンダマイシン硝子体内注射(1.0mg/0.05Cml)を週C1回とアジスロマイシン内服(500Cmg/日)を追加した.その後,矯正視力はC0.03程度であるが滲出性病変の鎮静化を得た.CII考按本症例は診断に苦慮したぶどう膜炎に対して,眼感染症網羅的CPCR12連Cstrip検査が診断に有用であったC1例であった.一般に眼トキソプラズマ症の診断には,血清学的検査による血清トキソプラズマCIgG抗体,IgM抗体の抗体価上昇,特徴的な眼底所見やフルオレセイン蛍光造影の所見から診断する.眼局所のみの感染の場合は,眼内で抗体が産生されることから,Goldmann-Witmer係数の抗体率2)から診断することもある.近年では,前房水や硝子体液中のトキソプラズマ原虫のCDNAを検出することがもっとも確実な診断方法である3).本症例では,先に原因不明の汎ぶどう膜炎に対してウイルス性ぶどう膜炎に対する前房水CPCR検査を施行したが,原因病原体を特定できず,診断に至るまで時間を要した.また,眼トキソプラズマ網膜炎は,通常,片眼性の限局性滲出性網脈絡膜炎として発症するが,約C30%に両眼性の発症を伴う場合がある4).また,非典型的な例もあるため他疾患によるぶどう膜炎,とくに感染性ぶどう膜炎との鑑別が重要になってくる.StripPCR検査を利用すれば,主要な病原微生物を網羅的に検出することができ,感染性ぶどう膜炎に対する診断の迅速化につながる.中野らの報告によると,CStripPCR法は従来の定量的CPCR法とほぼ同等の感度特異度をもち,1度の検査で複数の原因についての結果が得られるとされている5).さらに,トキソプラズマ抗体の採血結果が判明するまで,外注検査では通常時間を要する場合が多く,本症例でもC10日間を要した.一方でCStripPCR法は検体到着からC1.2日程度で結果が判明し,治療が開始できる点で優位性をもっているといえる.また,本症例では血清サイトメガロウイルス,単純ヘルペスウイルスの抗体価が上昇していたことから,採血検査のみからではこれらとの鑑別が問題となったが,StripPCR検査によって,より確実に診断を行うことができた.治療であるが,眼トキソプラズマ症の治療は,欧米ではピリメタミンとスルファジアジンに加え,ホリナートを併用するC3剤内服療法による治療が中心である6)が,わが国ではこれらの薬剤は未承認薬であり,トキソプラズマに対して適応を有する認可された薬剤はない.これらの治療薬を日本国内において使用する場合は,現時点においては,熱帯病治療薬研究班の研究参加という形でしか使用できない.これらの薬剤が処方困難な場合に代替薬としてCST合剤,アセチルスピラマイシン,クリンダマイシン,アジスロマイシンなどが使用されることが多い7).また,眼科領域においてはアセチルスピラマイシンが眼内移行性良好であるとされ,選択されることが多い.免疫正常者の眼トキソプラズマに対して,ST合剤はピリメタジン+スルファジアジンの代替療法となるとの報告8)もされており,クリンダマイシンは全身加療のみならず硝子体注射でも代替療法となるなど,代替治療の報告はさまざまあるが,それらのエビデンスは乏しい実態がある.近年,アセチルスピラマイシン耐性のトキソプラズマの報告も散見されるため9),本症例では,ST合剤で治療開始したが,薬剤性の腎機能障害が出現したため,治療効果を得られる前に投与中止となってしまった.ピリメタミン+スルファジアジン+ホリナート内服療法は,6週間で治療効果を得られていたが,その後再燃を認めた.眼内炎症所見が強い場合には,ピリメタミン,スルファジアジンに加えて網膜保護目的に副腎皮質ステロイド全身投与の併用が推奨されているが,本症例においてはコントロール不良の糖尿病があったため,3剤内服のみで治療を開始する方針とした.入院管理し厳重な血糖コントロールのもとで副腎皮質ステロイド全身投与の併用で加療すれば,眼内炎症の再燃は発生せず,最終視力の低下を防ぐことができた可能性があると考える.また,眼トキソプラズマ症の再発のリスクファクターとして,40歳以上の症例,初回発症例,1乳頭径以上の病変を伴う症例など10)が報告されており,本症例においても再発リスクを考慮し慎重に経過観察を行う必要があった.ピリメタミン+スルファジアジン+ホリナート内服療法は,臨床研究のプロトコルではC6週間の投与が最長であるが,経過に応じて投与延長や代替薬の追加が可能であれば,再発を防ぐことができた可能性があると考える.眼トキソプラズマ症に対する欧米での標準的な治療薬は,容易に使用することはできないので,このような疾患に対してより早期に治療介入するためにも,網羅的CPCR検査を利用して診断を迅速に行うことが重要である.謝辞:本研究は,AMED新興・再興感染に対する革新的医薬品等開発推進事業「わが国における熱帯病・寄生虫症の最適な診断治療予防体制の構築」(課題番号:23fk0108639h0002)により実施された.この研究に参加するにあたり,ご協力いただいた熱帯病治療薬研究班代表である宮崎大学医学部医学科感染症学講座寄生虫学分野丸山治彦先生,国立国際医療研究センター病院国際感染症センター山元佳先生に心より感謝申し上げます.文献1)日本医療研究開発機構熱帯病治療薬研究班:寄生虫症薬物治療の手引き改訂第C10.2版,p33-36,C20202)杉田直:ポリメラーゼ連鎖反応(PCR),Goldmann-Wit-mer比(Q値).あたらしい眼科25:1491-1496,C20083)SugitaCS,COgawaCM,CInoueCSCetal:DiagnosisCofCocularCtoxoplasmosisCbyCtwoCpolymeraseCchainreaction(PCR)examinations:qualitativemultiplexandquantitativereal-time.JpnJOphthalmolC55:495-501,C20114)HoganCMJ,CKimuraCSJ,CO’ConnorGR:OcularCtoxoplasmo-sis.ArchOphthalmolC72:592-600,C19645)NakanoCS,CTomaruCY,CKubotaCTCetal:EvaluationCofCaCmultiplexCStripCPCRCtestCforCinfectiousuveitis:ACpro-spectiveCmulticenterCstudy.CAmCJCOphthalmolC213:252-259,C20206)MontoyaCJG,CLiesenfeldO:Toxoplasmosis.CLancetC363:C1965-1976,C20047)de-la-TorreCA,CStanfordCM,CCuriCACetal:TherapyCforCocularCtoxoplasmosis.COculCImmunolCIn.ammC19:314-320,C20118)ZhangY,LinX,LuF:Currenttreatmentofoculartoxo-plasmosisCinimmunocompetentCpatients:aCnetworkCmeta-analysis.ActaTropC185:52-62,C20189)山名智志,武田篤信,長谷川英一ほか:ピリメタミンにより加療した眼トキソプラズマ症のC2例.日眼会誌C125:C122-128,C202110)Cifuentes-GonzalezCC,CRojas-CarabaliCW,CPerezCAOCetal:RiskfactorsforrecurrencesandvisualimpairmentinpatientsCwithCoculartoxoplasmosis:ACsystematicCreviewCandmeta-analysis.PLOSONEC18:e0283845,C2023***