———————————————————————-Page10910-1810/10/\100/頁/JCOPY一様に進むため,遠視眼において最も早く,代償不全を生じて,近業時の視力障害や眼精疲労が発症する.正視眼であれば調節近点が30cm(図1,破線)を下回り,近見障害が発症するのは50歳前後と考えられる.これに対して,たとえば+3Dの遠視眼(図1,+3D)では,症状発症が約10歳早まり,40歳頃から近見障害が現れることになる.40歳を過ぎると調節近点は急速に遠方化するため,日常生活に及ぼす老視の問題は,遠視眼で最も深刻であると予想される.さらに50歳を超すと,調節近点は2mを超え,早晩,遠方も眼鏡なしにははっきり見えない状況になる.こうした代償不全症状は,瞳孔径が増大し,眼球の光学的な焦点深度(一度にはじめに眼鏡装用に関する眼精疲労の原因は多岐にわたる.しかしいずれの場合も,異なる因子の間で何らかの競合・衝突関係(コンフリクト)が発生した場合に,眼精疲労が発症するという点では変わりはない.これらのコンフリクトに対し中枢神経系は,感覚的順応力(sensoryadaptation)や,眼球運動系の適応能力(vergenceadaptation,ocularmotoradaptation)により眼位や眼球運動を調整することで,問題解決を図ろうとする.このため眼精疲労の多くは,眼鏡を続けて装用するうちに自然に消失する.「優れた眼鏡視力を獲得するためには,眼に眼鏡を合わせるだけでなく,眼鏡に眼を合わせる過程も必要である」といわれる所以である.しかし,一旦コンフリクトの程度が中枢神経系の適応力の限界を超えると,眼精疲労が持続し,日常生活の妨げとなる.本稿では,眼精疲労が起こるメカニズムと対処法について,眼鏡矯正における因子間のコンフリクトという観点から考察してみたい.I遠視眼にみられる眼精疲労遠視眼では,網膜の焦点ずれとこれを補正するための調節努力の間でコンフリクトが生じることによって,眼精疲労が発症する.軽度の遠視眼であれば,特に小児期においては豊富な調節力によって代償され,視力障害や眼精疲労を自覚することはない(潜伏遠視).しかし,加齢による調節力の低下は遠視,正視,近視眼を問わず(39)317aab眼7914251眼特集●眼の疲れあたらしい眼科27(3):317321,2010眼鏡と眼の疲れOcularFatigueAssociatedwithSpectacleCorrection長谷部聡*年齢調節近点+3D-3D正視眼図1年齢と裸眼での調節近点の関係(遠視,正視,近視眼の比較)遠視眼(+3D)では近見視力障害の発症が早く,しかも急激.破線は読書距離30cmを示す.近視眼(3D)では矯正眼鏡を外すと,近見は明視できる.———————————————————————-Page2318あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(40)このような調節誤差は通常,眼の焦点深度内に止まるため,像のボケを自覚することは少ない.しかし近視の過矯正眼鏡や遠視の低矯正眼鏡では,一定の視距離にある対象物を見る場合でも,正視眼に比べてより大きな調節を必要とする.このため近業での調節必要量が増大し,調節ラグが大きくなる傾向がある(図3-C)1,2).一旦,調節誤差が眼の焦点深度を超えると,調節努力と像のボケの間にコンフリクトが生じ,眼精疲労が発症する可能性がある.これらのコンフリクトを解決するためには,合理的なクリアな像が得られる距離範囲)が狭くなる夕方から夜間にかけて増悪するのが特徴である.成人に遠視眼鏡を処方するときには,眼鏡に対する心理的な抵抗感にも配慮すべきであろう.患者の多くは,小児期には裸眼視力が良好で,眼鏡装用の経験がない.自分の眼には自信をもつ者が多い.このため,せっかく矯正眼鏡を処方しても,それを使用せず,眼精疲労に対する点眼液を漫然と続ける患者は少なくない.このような,いわば心理的コンフリクトを解決するために,眼精疲労のしくみを説明するとともに,心理的な抵抗感を和らげるカウンセリングが必要かもしれない.II低矯正眼鏡や過矯正眼鏡にみられる眼精疲労近視の低矯正眼鏡や遠視の過矯正眼鏡では共通して,焦点が網膜前方へ偏位する.このため,遠見での視力障害が起こる.視覚の質における需要と供給の間にコンフリクトが生じる結果,眼精疲労が発症する.症状は,高い空間周波数を含む像や低いコントラストの像を詳しく見ようと努力するとき,つまり視覚の質に対する需要の増したときに増悪するのが特徴である.また,瞳孔径に応じて眼球の焦点深度が変動するため,眼鏡視力が変動しやすいという問題がみられる.たとえ昼間明所では不自由がなくても,夜間や雨天など暗所で瞳孔が広がると,眼鏡視力が低下し,眼精疲労を自覚する場合がある.逆に近視の過矯正眼鏡や遠視の低矯正眼鏡では,焦点は網膜後方へ偏位する.これに対しては調節反応が起こり,焦点ずれは補正される.このため調節力が豊富な小児期や青年期にあっては,遠見での眼鏡視力は良好に保たれることが多い.調節系を制御工学的な視点からみると,視距離(またはdioptricpower)の変動という外乱に対して,網膜像をクリアに保つためのフィードバック回路とみなせる(図2).しかし,これは生物学的なフィードバック回路であるため,健常者であっても調節反応には一定の誤差がみられることが知られている(図3-B).つまり視距離が短くなり,調節必要量が増大すると,調節反応が鈍り,焦点はわずかに網膜後方へ偏位することになる(調節ラグ:lagofaccommodation).663322131.53.04.56.0視距離(cm)レンズを含む総合的な調節量(D)0.0ABC図3眼鏡の低・過矯正に伴う調節誤差の概念図完全矯正または正視眼(B),近視低矯正または遠視過矯正(A),近視過矯正または遠視低矯正(C)の視距離と調節量の関係を示す.斜めの破線は100%反応直線.破線と曲線との垂直距離が調節誤差の大きさを示す.調節ラグは,近視の低矯正眼鏡または遠視の過矯正眼鏡では減少し,近視の過矯正眼鏡または遠視の低矯正眼鏡では逆に増大する.高速積分器調節運動輻湊運動調節制御ループ像のボケ視差ずれ輻湊制御ループ低速積分器低速積分器高速積分器++++++++++--CA/CAC/AD図2調節と輻湊のフィードバック制御系(CliftonSchor)3,4)フィードバック回路内では,低速神経積分器が調節または輻湊の順応を司っている.D:眼鏡レンズで矯正しきれない残余の屈折異常.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010319(41)査で得られた値をもとに完全矯正すべきある.つぎに問題となるのは,第2,第3眼位におけるプリズム効果である.眼鏡レンズの度数に左右差があると,水平方向の眼球運動に伴って水平方向の視差(binoculardisparity)が,上下方向の眼球運動に伴って垂直方向の視差が生ずる.水平方向では融像幅(fusionalrange)が広く,さらに輻湊制御系の輻湊順応(vergenceadapta-tion)の作用により,視差は短時間で代償されることが報告されている5).しかし,垂直方向では融像幅が狭く,特に順応力の低下した高齢者では,下方視で上下複視が自覚されることがある(図4).IV乱視矯正にみられる眼精疲労円柱レンズで乱視を矯正する場合には,乱視性の不等像視により,空間感覚の異常(distortionofspatiallocalization)が知覚されることがある6).両眼視に由来するこの異常感覚は,片眼性の奥行き情報(monoculardepthcue)─たとえば遠近法,テキスチャーの勾配,陰線効果から得られる空間感覚との間にコンフリクトをもたらすため,眼精疲労の原因となる.空間感覚の異常には,回転ドア感覚とスラント感覚の2種類があり(図5),前者は約1週間の眼鏡装用により感覚的順応が成立するのに対し,後者は成人では順応が期待しにくいと考えられている.従来この種の眼精疲労理由がない限り,屈折異常は完全矯正すべきであろう.III不同視矯正にみられる眼精疲労眼鏡レンズは角膜頂点から約12mm離れたところに置かれるため(頂間距離),レンズを通して見た像は,その度数に比例して(約1.25%/D)拡大(凸レンズ)または縮小(凹レンズ)される.もし左右に度数差がある眼(不同視)を完全矯正しようとすると,レンズを通して見た像の大きさは両眼間で異なるものになる(不等像視).一般に,45%を超える不等像視は,感覚的順応が及ばず,両眼単一視が妨げられる結果,眼精疲労の原因になる.レンズの度数差に換算すれば約3Dに相当する.したがって不同視に眼鏡矯正する場合には,レンズ度数差がこれを超えないように,度数調整が必要になる(モノビジョン眼鏡).ただし不等像の程度(%)は,必ずしもレンズの度数差のみに依存するわけではなく,不同視の原因が軸性であるか屈折性であるかによっても異なる(Knappの原理).粟屋のNewAnisekoniaTestなどを用いて,不等像視の程度を実際に測定することも参考になる.一方小児では,大きな不同視であっても,強力な感覚的順応力などにより,多くの場合完全矯正眼鏡を処方できる.特に不同視弱視の症例では,調節麻痺下の屈折検R)0DL)-3DL)-3DR)0D図4不同視矯正眼鏡による下方視での上下複視の例ント感覚qA左眼右眼左眼右眼BAABB回転ドア感覚fAB図5乱視矯正眼鏡にみられる2種類の空間感覚異常円柱レンズによる経線拡大・縮小効果により,点AやBに剪断性視差が生ずると(左),前額面に置かれた平面図形は奥行き方向に傾斜して見える(右).———————————————————————-Page4320あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(42)融像性開散運動によって両眼単一視を保とうとするが,その際,調節と輻湊系の間でコンフリクトが生じ,眼精疲労の原因となる.臨床的には,コンフリクトは調節ラグや固視ずれ(xationdisparity)の増加となって観察される.健常者では,神経的な順応機転(vergence&accom-modationadaptation)が作用して,このようなコンフリクトは時間とともに緩和される場合が多い.しかし残余の遠視が大きいと,代償不全を起こして,持続する眼精疲労の原因となりうる.一般に融像幅は,輻湊方向に広く,開散方向に狭い.近視の過矯正眼鏡が低矯正眼鏡に比べて,しばしば眼精疲労をひき起こす理由かもしれない.VI読書用眼鏡にみられる眼精疲労読書用眼鏡では,調節力の低下とともに加入(プラス)度数を増やす必要がある.また視距離が近い人ほど,必要となる加入度数は大きい.しかし加入度数を増やすへの対策として,円柱度数については低(控えめの)矯正にすることが推奨されてきた.しかし2種類の空間感覚異常に対する感覚的な順応力の違いを考慮すると,この方針が常に正しいとは言いきれない(詳しくは拙稿7)を参照のこと).〔ポイント〕球面,円柱レンズにかかわらず,眼鏡の不等像視による眼精疲労の鑑別法として,片眼遮閉があげられる.眼帯または遮閉シール(メンディングテープ,3M)で片眼を遮閉すると,不等像のコンフリクトが解消されるため,症状が消失する.V輻湊と調節運動の不均衡による眼精疲労先に(II)述べたように,近視の過矯正眼鏡や遠視の低矯正眼鏡では,一定の視距離に置かれた物体を明視するために必要な調節量は正視眼に比べて大きくなる.その結果,調節努力は調節・輻湊系の相互クロスリンク(図2)を介して,調節性輻湊をひき起こし,内斜位が発生する(図6a)4).この変化に対して輻湊の制御系は,1乱視性不等像視による異常空間感覚の臨床的特徴種類原因例感覚的順応*回転ドア感覚水平経線での不等像視R)1.00D(cyl3.00DAx180°L)3.00D(cyl1.00DAx180°約1週間スラント感覚交差する斜めの不等像視R)1.00D(cyl3.00DAx45°L)1.00D(cyl3.00DAx135°成立しにくい*成人の場合.OOLabOcLL図6眼鏡の矯正状況に依存する眼位Lは矯正レンズ,Oは遮閉を示す.a:近視の過矯正や遠視の低矯正では,対象を明視するためには過剰な調節反応が必要であるため,内斜位が生じる.b:完全矯正では偏位が生じない.c:近視の低矯正や遠視の過矯正では調節反応が少なくて済むため,外斜位が生ずる.輻湊制御系は融像性開散運動(a)または輻湊運動(b)により両眼単一視を保つ必要がある.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010321(43)疲労の原因となる因子間のコンフリクトの多くは,感覚的な順応力や,眼球運動系の適応力によって,時間とともに解消される.しかしコンフリクトの程度が適応能力の限界を超えると,眼精疲労が持続し,日常生活の妨げとなる.一般的に,屈折異常以外に眼疾患をもたない患者ではコンフリクトの程度は小さく,角膜疾患や眼科手術後の患者ではより大きなものになると予想される.眼鏡処方者は良好な眼鏡視力を提供すると同時に,眼精疲労の原因となるコンフリクトを発見し,その調整と解決に努める必要がある.文献1)NakatsukaC,HasebeS,NonakaF,OhtsukiH:Accommo-dativelagunderhabitualseeingconditions:comparisonbetweenadultmyopesandemmetropes.JpnJOphthalmol47:291-298,20032)NakatsukaC,HasebeS,NonakaFetal:Accommodativelagunderhabitualseeingconditions:comparisonbetweenmyopicandemmetropicchildren.JpnJOphthalmol49:189-194,20053)HasebeS,GrafEW,SchorCM:Fatiguereducestonicaccommodation.OphthalmicPhysiolOpt21:151-160,20014)HasebeS,NonakaF,OhtsukiH:Accuracyofaccommo-dationinheterophoricpatients:testinganinteractionmodelinalargeclinicalsample.OphthalmicPhysiolOpt25:582-591,20055)OohiraA,ZeeDS,GuytonDL:Disconjugateadaptationtolong-standing,large-amplitude,spectacle-correctedani-sometropia.InvestOphthalmolVisSci32:1693-1703,19916)GuytonDL:Prescribingcylinders:Theproblemofdis-tortion.SurvOphthalmol22:177-188,19777)長谷部聡:眼鏡レンズによる乱視矯正とスラント感─より優れた眼鏡視力を提供するために─.あたらしい眼科24:1145-1150,2007と,それに反比例して眼鏡装用下の明視域が狭くなるというコンフリクトに注意が必要である(図7).明視域が狭い(加入度数が大きい)眼鏡では,小さな視距離の変化であっても視力の変動を起こすため,眼精疲労の原因になる.近業時に視距離の変動がどの程度あるのか,加入度数を決めるうえで,年齢とともに考慮すべき点であろう.もし加入度数が大きい読書用眼鏡を処方する場合には,なるべく視距離を一定に保つような工夫(書見台の使用など)を患者にアドバイスすべきかもしれない.まとめ眼鏡装用に伴う眼精疲労の原因は多岐にわたる.眼精00.10.20.30.40.50.60.70.80.91012345600.10.20.30.40.50123456読書用眼鏡の加入度数(D)明視域(m)明視域の幅(m)図7調節力1Dの老視眼における明視域(遠,近点距離)と明視域の幅加入度数を増やすに従って,読書用眼鏡の明視域は狭くなる.明視域の幅は,加入度数+1Dで50cmであるが,+3Dで8cmになる.