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調節障害と眼の疲れ

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/10/\100/頁/JCOPYの意味が病態を客観的に表せるか,どうか,確認できない点にある.「痙攣」,「衰弱」,「緊張」,あるいは「強直」など,いずれも対象組織,状況証拠,実測ができない表現が病名とされている.これらの表現は1970年を過ぎてもまったく変わっておらず,検査・実測手法がIT時代となった現在でも疑義をはさむ眼科医が皆無に近いということは不思議でならない.さて,調節機能を問題とする場合,基本的手法として提示される幾つかの要素があり,IT技術などを駆使した測定手法が開発され,それらの成果が報告されてきているが,上記の表現に対応する「診断的意義」としてのクライテリアは?となると明白な説明がなされていない.ところで,調節力とは本来自覚的な視標の明視領域に対応させて名付けられたものであり,加齢に伴う調節力(幅)〔amplitude(range)ofaccommodation〕としてDonders,Duane,あるいは石原ら多くの識者により報告されてきており,臨床医の診断・治療に供せられてきている.1988年山本ら7)は,パターン視覚誘発電位(PVECP)を用いた調節反応量に対して,他覚的調節力として従来の自覚的な調節力と比較した報告を行っている.その結果,加齢による相関は認めているものの自覚的測定結果(近点計による)と比較し3D程度大きい結果が得られたと結論付けている.PVECPによる成果を云々するものではないが,これらの結果は相互に比較対象とすべき群ではなくterminologyとして再考すべき内はじめに眼の疲れに関与する因子として,臨床の場において初めに想定するのは屈折・調節機能の異常であろう.これらのなかで,調節機能は年齢,内外の環境の影響を受けやすいが,その解析は必ずしも容易ではない.屈折条件を含めた老視は生理的加齢変化として除外し,本稿ではそれ以外の調節動態の異常について文献的考察を行い,私見を加えてみたい.なお,本論の内容は平成6年「第98回日本眼科学会総会」の宿題報告の一部を中心に眼疲労の実態を再構築してみようと試みたものであることをお断りしておきたい1).I調節異常とterminologyについて昭和9年に発刊された大日本眼科全書の「調節及其ノ障碍」2)によると,ドイツを中心とした欧州の眼科医療を導入,調節に関わる日本語訳が作られた経緯が理解できる(表1).その後,Duke-Elderの成書3),Cooperら4),わが国では加藤静一5),鈴村昭弘ら6)により異常調節動態について解説が加えられてきているが,必ずしも明白な定義(denition)がなされているとは言い難く,「老視」,および神経系麻痺に起因する病態である「調節麻痺」以外は臨床診断に苦慮する場合が多いのが実情かと思われる.表1は当初の邦訳が現在も採用され,臨床の場に引き継がれてきている幾つかの病態をあげたものであり,この辺の実態が理解されるものと考える.わが国のterminologyが不十分な大きな理由は,言葉(15)293eiiiroato900591特集●眼の疲れあたらしい眼科27(3):293298,2010調節障害と眼の疲れEyeFatigueRelatedtoAccommodativeDysfunction加藤桂一郎*———————————————————————-Page2294あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(16)臨床像をあげてみたものである.すなわち,1)調節時間2)調節反応量3)視標明視(の程度)などである.これらのなかで,1),2)は自覚的判断が困難な事項であり何らかの客観的(他覚的)手法に頼らざるえない評価項目であるが,3)は自覚的判断に依存する事象が主であり,客観的(他覚的)手法がとられることはあっても,その信憑性には乏しい場合も少なくない.容が含まれているともいえよう.いうなれば,明視域の別用語ともいえる調節力・幅(amplitudeofaccommo-dation)と,PVECPを用いた(明視の有無を問わない)調節反応量とは異なる位置付けをもつ対象である.「他覚的」という表現は医療レベルでは「より正確な」の意味で把握される傾向が強く,安易に使うべきではないものと愚考する.ちなみに,眼鏡処方,AC/Aratio(調整性輻湊対調節比)など,臨床で常時使われている調節力という用語が混乱する場合も想定され,ときには断り書きも必要となろう.強いて比較をするのであれば,調節力と調節反応量の相関であろうかと推察したい.II調節機能とその測定法調節機能はいくつかの動的過程(dynamicprocess)から構成されている.また,それらを評価する際に,臨床の場では自覚的・他覚的所見を部分的に取り出し結論付けられる傾向が強く,調節機能の全体像を見失っている場合が多いようにも思われる.図1は調節機能の評価において,おもな標的とされる表1調節異常の病名とその定義日本語訳英語独・羅語定義調節accommodationAkkommodation遠点内の任意の目標を明視するため,一時的に眼の屈折力を増加させる機能調節力調節幅amplitudeofaccommodationAmplitudoaccomodations調節休止(遠点明視)の位置から,近点明視の状態に至るまでに増加する眼の屈折力調節領調節域rangeofaccommodationRegioaccommodations遠点と近点との間の距離的範囲調節麻痺paralysis,accommodativepalsyParalysisetParesis動眼神経,または毛様筋自体が麻痺し,調節困難となる事象調節不全accommodativeinsuciecy調節力が年齢に相応した最低限より弱いもの(原による)調節不全麻痺paresisofaccommodation調節麻痺に準ずる調節衰弱ill-sustainedaccommodationAkkommodations-schwaeche,Astheniaaccommodations調節機能が衰弱し,疲労をきたしやすいものをいう石原式近点計により近点の延長を示すもの(石原による)調節痙攣spasmofaccommodationAkkommodations-krampf毛様筋の病的収縮状態をさす輻湊,縮瞳の有無については諸説あり(不定)調節緊張accommodativeconstrictionHypertonusaccommodations調節機が生理的範囲を超えて緊張状態を持続するもので,遠視に際し,毛様筋がまったく弛緩せず視力障害を生ずる調節強直(調節緊張症)inertiaofaccommodationAkkommodatonie,TonischeAkkommodation調節筋の収縮,ならびに弛緩の時間延長がみられ,幾分強直状態を呈するものをいう調節時間(A,C)視標明視(B)調節反応量(C,D)A:アコモドポリレコーダB:諸種近点計C:赤外線オプトメータD:パターンリバーサルVECP図1調節機能の評価———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010295(17)の位置を制御して調節反応を解析するために,2つの方法が採られている8).すなわち,1)準静的応答(連続刺激系)2)ステップ応答(非連続刺激系,遠・近,および近・遠)である.2.赤外線オプトメータによる調節反応の解析赤外線オプトメータ(現:アコモドメータ)は調節機能における眼内光学系の変化(調節反応時間)を経時的に記録できる装置であり,新たに多くの知見をもたらした.しかし本器の欠点は再現性が乏しい点にある.被検者に固視意欲がない場合においても,瞳孔反応によりある程度代償されること,あるいはpoor-responseとして処理されることはしばしば散見される.数回の反応形態で判断するか,VEP(視覚誘発電位)に準じた加算処理が行えれば検査結果の解析を誤ることも減らせるものとも考える.さて,反応形態のなかで,準静的応答は日常視では経験しにくい刺激・反応型であり,臨床的解釈・対応はむずかしい.一方,ステップ応答は日常視そのものともいえるので臨床的意義は大きい.赤外線オプトメータにおいて,遠方視を0.2D,近方視を3.2Dに置いた調節刺激条件でステップ応答を課した場合,一般に図2のような反応波形が得られる.すなわち,調節弛緩状態から仮に3Dの調節刺激を負荷すると,0.5sec前後までの急速な反応形態をとり,これら相互間に得てして乖離があるが故に調節機能の評価をむずかしくさせているとも考える.現在,調節機能検査として頻用されている2,3の検査法と課題について以下に述べてみたい.1.近点計視標明視領域の範囲を自覚的に計測する機種である近点計には,石原式近点計(等速度型)と両眼開放式定屈折近点計(ワック)がある.近点と遠点の明視限界を求め調節力(幅)を算出するもので,近用眼鏡の処方に際し基本的資料を提供する場合に使用される.これらのなかで,現在では視標の移動において誤差が少ない後者が頻用され,眼科臨床における評価も高い.2.アコモドポリレコーダ(accommodo-polyrecord-er)内部視標系を一定時間点灯させ,被検者の応答により遠・近方視標を反転させ,調節緊張・弛緩時間を測定する装置であり,手動により近点・遠点の測定も可能である.鈴村らによる詳細な報告がなされてきており,調節緊張・弛緩時間を量的に測定できる装置として臨床に頻用されてきたが,明視状態の確認がとれない欠点をもつのが課題といえよう6).3.赤外線オプトメータ(infra-redoptometer)眼球内光学系(調節・瞳孔反応)の動態が他覚的に確認できるため,アコモドポリレコーダに変わりうる装置として脚光を浴びてきている.本装置についての概念と,臨床における位置づけなどについては次項で述べたい.III調節異常の臨床1.赤外線オプトメータの概念赤外線オプトメータは眼底に投影された2個の赤外線スリット反射像を捉え,電圧の変化量として水晶体の屈折力に対応させて量定する装置で,光学系の動的実態を推察できる.現在アコモドメータ(NIDEK,AA-2000)として市販され,臨床の場で使用されるようになった.赤外線オプトメータの内部視標をレンズ系で刺激,視標0.50-3-2-101.201.5時間(sec)調節刺激量調節緊張調節ラグ調節(D)緩徐反応急速反応急速反応緩徐反応←?←?????調節弛緩←?図2調節反応の模式図———————————————————————-Page4296あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(18)3はフリー・スタート法の模式図を示したものであり,調節安静位の概念を示すものとして非常に理解しやすいものといえよう.すなわち,1.0D前後に最短のピークをもち+側に急峻で側に緩徐なカーブを描くものである.前者はnegativeaccommodation,後者は通常のpositiveaccommodationの反応型であり,1D前後を安静位とした調節反応を想定させるものである.「器具を覗く」という行為は予測調節が必然的に加味されるため,「調節安静位」の量定は困難となる.この問題について山野13)は「VDT作業前後の調節反ついで緩徐なスロープを描きピークに達する(調節緊張).調節弛緩刺激においても類似の反応波形を描くが,前者よりわずかに長い傾向がみられる.これを視標の明視レベルでみると,緊張・弛緩反応ともに急速・緩徐の移行時期に対応し,個人差はあるものの調節刺激量に対して調節ラグを残す.換言すれば,それぞれの急速・緩徐反応の角度を分析できれば,調節機能の本体に迫れるのではないかとも推察されよう.3.調節安静位の考え方と,VDT(visualdisplayterminal)作業前後における調節機能本器を用いた報告は多々あるが,「調節安静位」については疑義が多い.調節安静位はemptyeld,darkfocus(または夜間近視),instrumentmyopia(器械近視)に準ずる環境といわれるが,定量へのプロセスについては論じられてはおらず動的値として処理されているようにも思われる.赤外線オプトメータによる定量も論外ではなく,器械近視の量,そのもので対応させようとしているのであろうが,個々人における解釈はまちまちで定義は明瞭ではない.古い文献ではあるが,中林正雄9),山崎秀樹10,11),大橋利和12)らも安静位を,ある程度の幅を有する領域にあり,視環境の変化に応じて変動する可能性があることを示唆している.中林らのアコモドメータは,a)暗黒から視標設定距離(フリー・スタート法),およびb)視標提示距離が異なる2点を設定し,それぞれの明視可能な時間を制御し調節時間を測定する試みを行っている.図12345sec+10-1-2-3-4-5-6-7-8-9(D)図3アコモドメータによる明視時間(中林ら9)による模式図を改変)オプトメータミラーコントローラー回転式ミラーパコンレコーダ被検眼近視標遠視標図4外部視標を利用した赤外線オプトメータの模式図1D-0.2D-3.2D0DMyopicchangePre-workPre-workPost-workPost-workHyperopicchange図5VDT作業前後の調節反応量(赤外線オプトメータによる)表2VDT作業前後の調節反応量(赤外線オプトメータによる)調節刺激(D)調節反応量(D)作業前作業後Myopic-changeGroup3.21.902.410.2+0.220.37Range2.122.04Hyperopic-changeGroup3.21.971.510.20.09+0.41Range1.881.92———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010297(19)初期老視期(3545歳)である.生活環境において一般人が最も視機能を頻用する領域は中・近方,あるいは近・近方の距離であり,必要となればその距離に適した眼鏡を常用するのが快適な視機能をカバーすることにもなる.Sloaneらは個人が有する調節機能の1/2を残し,視距離に応じた不足分を眼鏡により補充するとする考え方を示しており,参考となる(表3)15).さて,VDT作業には側方視への配慮も重要であり,累進屈折度レンズは加入度が1D以内の近・近用デザインが好ましいと考える.個人的には遠用度数(5.5D)を1.5D程度弱めた単焦点レンズを常用し,生活環境の日常視として用い十分目的が達せられている(中・近明視野の確保,および収差の除去)ので重宝している.試みても良い方法かと考える.また,遠視眼の累進屈折度レンズによる矯正は側方の収差が非常に大きくなり,視空間の歪曲を起こし好まれない場合が多い.このような例では,上記と同様,作業距離に応じた専用の単焦点レンズで対応したほうが無難な選択であるともいえる.b.遠視,または学童期の眼鏡矯正小児期の屈折異常は調節性輻湊の関与が眼位異常を誘発する可能性があるので注意が必要である.遠視がベースとなり発症する調節性内斜視,あるいはその予防は早期に屈折矯正を行えば良く,過剰な調節性輻湊が避けられる.おわりに編集部の依頼内容は「調節緊張による眼の疲れ」であったが,調節緊張が何を意味するものかが明白でない現応」(赤外線オプトメータによるステップ応答)の小実験を行っているので簡単に紹介したい.VDT作業者13名(26眼)について作業前後の外部視標系(器械近視の除去を企図)を用いたステップ応答(0.2D⇔3.2D)について記録している(図4).表2,図5はそれらの結果を模式化したものである.興味のあることに,大部分の例は反応幅(amplitude)には変化がみられないにもかかわらず,作業後において遠方,あるいは近方にシフトする様子がうかがえる.これらを仮にHyperopic,およびMyopicchange群と名づけて考察を加えると,調節衰弱といわれるものが前者,調節緊張(あるいは,その一部)といわれるものが後者とすれば整合性が得られるのではとも思考している.ちなみに,この問題とvergenceを含めたdark-focusの動きをオプトメータを用いて精力的に追跡した米国の研究者にOwensDA14),AmosJFあるいはCooperJ4)らがおり,「Diagnosisandmanagementinvisioncare,Butter-worths,Boston1988」として纏められている.眼の疲れを「調節安静位の動的変化」として捉えようとした試みでもあろう.OwensDAらは若年者におけるVDT作業前後のdark-focusおよびvergenceが近視側に0.5D程度シフトし,遠方視力も低下すると述べている.眼鏡も含めた視環境の重要性を示唆したものとして興味深い.4.眼鏡レンズによる,いわゆる調節異常の矯正「調節障害による眼の疲れ」への対応は適切な眼鏡矯正が不可欠であり,作業環境に適したレンズの選択が必要となる.また,常に近方視における眼位の調整を念頭におくことも重要となる.ここでは上記で言及した,いわゆるaccommodativespasm(調節痙攣,あるいは強直),その亜型ともいわれるtonicaccommodation(調節緊張)を想定し,眼鏡矯正の要点を記してみたい.a.VDT作業と眼鏡矯正感染性疾患,あるいは脳内病変に伴う稀有な調節痙攣状態はさておき,日常頻用される機会の多い「VDT作業に伴う眼の疲れ(調節緊張状態)」について,中・近用眼鏡矯正に留意する必要があろう.調節反応が円滑な若年者はともあれ,問題となるのは表3快適な近方視のための調節区分(Sloane15)による)調節筋力残余調節力(総調節筋力×1/2)必要加入度(作業距離と必要調節力)25cm,4D33cm,3D40cm,2.5D50cm,2D6.0D3.0D1.0D5.0D2.5D1.5D0.5D4.0D2.0D2.0D1.0D0.5D3.0D1.5D2.5D1.5D1.0D0.5D2.0D1.0D3.0D2.0D1.5D1.0D1.0D0.5D3.5D2.5D2.0D1.5D———————————————————————-Page6298あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(20)5)加藤静一:調節及び調節障害.日本眼科全書7,眼機能(5),金原出版,19556)鈴村昭弘,谷口正子,三輪武次:Accommodo-Polyrecorder(HS-9B)による屈折異常者の調節機能について.眼紀23:150-157,19727)山本修一,安達恵美子,黒田紀子:パターン視覚誘発電位による調節力の他覚的検討,正常人における加齢による変化.日眼会誌92:981-986,19888)鵜飼一彦,石川哲:調節の準静的測定.日眼会誌87:1428-1434,19839)中林正雄,眞鍋禮三,片野隆正:調節機能の研究(VII).フリースタート法の簡易化について.眼紀14:257-261,196310)山崎秀樹:調節安静位の臨床的研究その1正常眼における調節安静位の生理的変化について.日眼会誌80:1668-1681,197611)山崎秀樹:調節安静位の臨床的研究その2屈折異常眼の調節安静位について.日眼会誌81:577-589,197712)大橋利和:器械近視に関する研究,日眼会誌71:1000-1009,196713)山野智敬:VisualDisplayTerminals(VDT)作業と調節反応の変化赤外線オプトメーターを用いた外部視標による検討.福島医学雑誌39:221-226,198914)OwensDA,Wolf-KellyK:Nearwork,visualfatigue,andvariationsofoculomotortonus.InvestOphthalmolVisSci28:743-749,198715)SloaneAE:ManualofRefraction2-nded,Little&BrownCo.,Boston,1970状にあり本題のようなタイトルとし,眼疲労を惹起する調節異常の全体像を眺めてみることとさせていただいた.ある程度の幅を有し,作業環境により変化しうる調節安静位(1D前後)を考慮に入れた適切な眼鏡を選択するのも,眼疲労を軽減するうえで重要かと考える.ダイナミックな調節機能をいかに評価すべきかは今後の課題とし,眼科医が調節機能を念頭におく際に,筆者の拙い経験ではあるがぜひ知っておいて欲しい実態(調節衰弱と調節緊張)を記してみた次第である.多少なりとも参考にしていただければ幸いに思う.文献1)加藤桂一郎:調節機能とその臨床評価.日眼会誌98:1238-1255,19942)畑文平:調節及其ノ障碍.大日本眼科全書6,眼機能学(第三冊),金原商店,19343)Duke-Elder:Anomaliesofaccommodation,SystemofOphthalmologyVol.V,OphthalmicOpticsRefraction,HenryKimpton,London,19704)CooperJ:Accommodativedysfunction,DiagnosisandManagementinVisionCare(edbyAmos,JF),p431-454,Butterworths,Boston,1988

眼の疲れの原因:VDT作業とドライアイ

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/10/\100/頁/JCOPYがあると考えられる.「眼疲労」は休息することでその疲れが解消するが,「眼精疲労」は休息してもその疲れが改善しない状態といえる1).しかしこの表現も非常に曖昧であり,本来であれば「眼疲労」のレベルであったものが精神的なストレスなどの影響により「眼精疲労」となる可能性もある.また,一人ひとりのストレスに対する耐性や感受性なども違うため,疲労の程度の感じ方は個人によって異なってくる.眼精疲労はさまざまの症状をひき起こす.たとえば,肩こり・頭痛・吐き気,眼痛,イライラや不安感,ひどい場合は抑うつ状態になったりすることもある.なかなか原因がはっきりせず苦労する場合も見受けられる.眼精疲労は生活環境や習慣が大きく影響するため,原因を突き止めそれに対処しなければならない.II眼精疲労の原因つぎに眼精疲労の原因について簡単に説明する2).1.調節性・屈折性老視による調節力の低下に起因する眼精疲労に対しては,適切な眼鏡装用が必要となる.遠視や正視では特に眼精疲労を起こしやすく,眼鏡の必要性について十分説明し納得してもらうことが大切である.一方,近視のためにコンタクトレンズや眼鏡を使用している場合,老視により調節力が低下しているにもかかわらず度数を調整していないこともあり眼精疲労の原因になっていることはじめに近年,情報処理のIT(情報技術)化が急速に進められVDT(visualdisplayterminal)が広く導入されたことで,多くの人がVDT作業に携わるようになった.携帯情報端末やノート型パソコンの普及により,いつでもどこでもインターネットやゲーム,メールをすることができる生活環境の変化により労働時間を超えて眼を酷使する機会が増えている.それに付随して多様な精神的,身体的な問題が生じてきている.特に眼科領域では眼精疲労や眼の乾燥感を訴える患者が急増している.これらの眼症状はわれわれの生活環境と密接に関連しているため眼の生活習慣病といっても過言ではない.こういったVDT作業に伴う眼症状はIT眼症ともよばれ,作業者に大きな負担を与え深刻な問題となっている.今後もIT化は進むことが予想され,VDT作業者における健康管理が重要な課題となってきている.われわれ眼科医は,VDT作業に関する諸問題における対応についてアドバイスする立場にあると考えられる.眼精疲労の原因はさまざまだが,本稿ではドライアイに伴って起こる眼精疲労,特にVDT作業との関連について的を絞って,その対処法も含めて解説する.I眼精疲労とはまず本題に入る前に眼精疲労とは何かについて触れておく.一般的に「目の疲れ」とひとまとめにしていうことが多いが,「眼疲労」と「眼精疲労」には大きな違い(9)287T:眼:160858235眼特集●眼の疲れあたらしい眼科27(3):287291,2010眼の疲れの原因:VDT作業とドライアイVisualDisplayTerminalandDryEye鴨居瑞加*坪田一男*———————————————————————-Page2288あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(10)IIIドライアイによる眼精疲労ドライアイは非常に頻度の高い疾患で,日本における患者数は約1,000万人といわれている.ドライアイの原因は,特に基礎疾患のない単純型のドライアイから,Sjogren症候群のような全身性の疾患に合併して起こる続発性のドライアイまでさまざまである.ここではVDT作業に伴うドライアイに的を絞って話を進める.近年,視覚情報化が進みわれわれの生活環境は大きく変化し,VDT作業は増加の一途をたどっている.それに伴いVDT作業によるドライアイや眼精疲労が急増している.ドライアイはすぐに失明につながるような疾患ではないが,その症状は患者にとって非常に深刻で,社会的な活動を著しく妨げる場合もある.さまざまな検査機器の進歩により,今までは単なる不定愁訴と考えられていたドライアイが,さまざまな角度から科学的なアプローチができるようになり,その病態メカニズムの解明に注目が集まっている.患者自身の関心も高まり,自分はドライアイではないか?と疑問に思い受診するケースもある.現在,VDT作業を行っている事業所は90%以上であり,VDT作業者における身体的疲労や自覚症状についての調査では,何らかの症状がある作業者が約77.6%であった.そのうち「目の疲れ・痛み」が一番多く,90.4%の作業者で自覚症状があるとのことである.続いて「首,肩こり・痛み」が69.3%で,「腕,手,指の疲れ・痛み」が22.5%であった3).このことはVDT作業がいかに眼の負担となっているかを示している(表1).ドライアイ患者の症状は多彩であるが,眼精疲労をあげる人がかなり多いのが特徴である.眼精疲労を訴える患者のうち51.4%にドライアイが認められたこと,またドライアイのある患者のうち71.3%に眼精疲労を認めた報告もあることから,ドライアイと眼精疲労には密接な関係があることがわかる4)(図1).がある.また,デスクワークとVDT作業などでは作業距離が異なっており,その作業距離に合わせた適切な眼鏡を処方することが肝要である.2.症候性眼精疲労の原因となる疾患としてはドライアイや緑内障,自律神経失調症など多岐にわたる.本稿ではこの後ドライアイと眼精疲労の関係について詳しく述べる.特に近年急増しているVDT作業に伴うドライアイでは強い眼精疲労を訴える患者が多く深刻な状況となっている.3.筋性間欠性外斜視や斜位がある場合,眼位を保つために輻湊することが必要になる.このとき,調節も同時に起こるため調節力が低下すると眼精疲労が起こりやすくなる.このような場合プリズム眼鏡を使用することで眼位が補正され有効である.眼位ずれの程度によっては斜視の手術を行うこともある.4.不等像視性左右の眼で網膜に写る像の大きさが異なることにより起きる眼精疲労である.一般的には2ジオプトリー以上の不同視の眼鏡装用は眼精疲労の原因となる.したがって,このような症例では眼鏡処方の際に片眼を完全矯正し,もう片眼を2ジオプトリー以内で矯正するとよい.もしくは不同視に伴う不等像視にはコンタクトレンズの装用も有効である.5.神経性不安神経症やうつ病などに起因するものである.まず眼科的に器質的な疾患が隠れていないか十分に精査を行ったうえで,精神科などへの受診も考慮することが大切である.表1身体的疲労・自覚症状のある労働者の疲労部位別割合目の疲れ・痛み首,肩のこり・痛み腕,手,指の疲れ・痛み腰の疲れ・痛み背中の疲れ・痛み頭痛足の疲れ・痛みその他全労働者(%)90.469.322.52219.518.73.31———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010289(11)3.その他内野らの報告ではVDT作業者のドライアイのリスクファクターとしてコンタクトレンズ装用をあげている7).コンタクトレンズ装用者は非装用者に比べ,ドライアイのリスクが約3.6倍となっている.これはコンタクトレンズを装用していると瞬目が浅くなり眼表面が乾きやすくなることが原因と考えられている.VDT作業の作業時間においても,作業時間が2時間未満の群と比べ作業時間が4時間以上の群ではドライアイのリスクが約1.8倍となっている.このことは,VDT作業時間が長くなればなるほど,ドライアイのリスクが高まることを示している(表2).■VDT作業におけるドライアイの要因1.瞬きの減少VDT作業に伴うドライアイの原因として,集中して画面を凝視することで瞬目が減少し,涙液の蒸発量が増えて眼表面の乾燥が起こり発症する.われわれの通常の瞬目は1分間に約20回程度といわれているが,読書やVDT作業,ゲームなどにより著明に減少することがわかっている.読書では約半分,VDT作業やゲームにいたっては1/31/4に減少する5,6)(図2).VDT作業者における涙液層破壊時間(tearlmbreakuptime:BUT)を測定した研究では,瞬目と瞬目との間の時間が,BUTを上回ることが証明されており,VDT作業者では眼表面が乾きやすいことを裏付けている6).2.瞼裂幅VDT作業をする際にディスプレイの置く位置により瞼裂幅が変わるため,眼球の露出面積が変わり,眼表面の乾燥に影響することがわかっている.通常パソコンのディスプレイは前方に置くことが多く,瞼裂幅が大きくなることで眼球の露出面積も大きくなり乾きやすくなってしまう(図3).読書などでは本をやや下方に置くことが多いので眼球の露出面積が小さくなるため,瞬目が減少しても眼表面の乾燥が緩和されると考えられる5).表2VDT作業者におけるドライアイのリスクファクターオッズ比コンタクトレンズ装用3.61VDT作業時間24時間1.284時間以上1.83性別(女性)1.6454人眼精疲労111人全患者524人中ドライアイ80人57人23人図1ドライアイと眼精疲労の合併瞬視ーコンーター図2各作業における瞬きの変化視視作業眼の露出面積図3視線と眼表面の露出面積———————————————————————-Page4290あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(12)ある症例にも比較的使いやすいと考えられる.5.近視矯正法の検討コンタクトレンズの使用がVDT作業者のドライアイのリスクファクターになることから,コンタクトレンズ装用をやめLASIK(laserinsitukeratomileusis)を受けるというのも一法である.ただ,LASIKの術後13カ月はドライアイが発症することがある.その後回復してくることが多いが,術前からドライアイがある症例では術後のドライアイにもなりやすく,また回復も遅いことが知られている.以上のことから術前のドライアイの程度を十分に検査してからLASIKを受けるべきと考えられる9,10).6.点眼長時間のVDT作業により乾燥感がでる場合は人工涙液やヒアルロン酸ナトリウム点眼薬の使用が効果的である.しかし乾燥感が強い症例では点眼回数が多くなりすぎることがあり,防腐剤の眼表面への影響が無視できなくなる.その場合は防腐剤無添加の点眼薬の使用が適している.ただ,涙液には水分だけでなく涙液の安定性を高め蒸発を防ぐ効果のある粘液や油分も含まれているため,過剰な点眼はこれらの必要な成分まで洗い流してしまうことになる.したがって防腐剤無添加の点眼といえども過度の使用は逆効果になってしまうことを十分に患者に説明しなければならない.7.温熱療法マイボーム腺から分泌される油分は涙液の蒸発を防ぐ役割を担っている.眼周囲を温めることでマイボーム腺からの油の分泌がよくなり涙の安定性が改善しドライアイに有効である11).また,眼周囲を温めることにより調節力が改善することがわかっている.メカニズムとしては副交感神経が優位になり,筋肉の緊張が低下し血管の拡張作用により循環が改善したことなどが考えられている12).8.作業環境の整備空調設備の普及により室内は一年中乾燥していることIVVDT作業に伴うドライアイへの対処法VDT作業に伴って起きるさまざまな症状への対処法について説明する.1.休息長時間のVDT作業は前述したとおりドライアイのリスクにもなりうるため,十分な休息をとる必要がある.長時間にわたって近方を凝視することは毛様体筋の過度の緊張を起こし,調節力の低下により眼精疲労が生じやすくなる.VDT作業における一連続作業時間は60分となっており,その間に1015分は休息を入れることを規定している7).2.姿勢や画面を置く位置VDT作業の特徴として長時間同じ姿勢をとり続けて作業をすることがあげられる.前述したとおり集中して作業すると瞬目が極端に減ってしまい,眼表面が乾燥してドライアイが起こりやすくなる.したがってディスプレイの置く位置にも配慮が必要で,正面に置くよりも少し下のほうに置くことで,下方視ができるようになり,眼表面の露出面積が小さくなり乾燥感が和らげられる.書類などはパソコンのディスプレイの近くに置くことや文字の大きさを工夫することも必要である.3.深い瞬き特にコンタクトレンズ装用者では瞬目が浅くなりがちなため,意識的に瞬目をしっかりするように心がけることも大切である.また,集中して凝視することにより瞬目の回数自体も減少するため,回数にも注意を払うことが必要である.4.コンタクトレンズの材質について高含水のソフトコンタクトレンズは装用感もよく,酸素透過性にも優れているが乾燥感が出やすく,長時間のVDT作業者にはドライアイの発症リスクが高まる危険性がある.シリコーンハイドロゲル素材のソフトコンタクトレンズは高い酸素透過性を維持したままで含水率を下げ乾燥感を和らげることができるため,ドライアイの———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010291(13)よってVDT作業者の精神的・肉体的ストレスをより軽減し,より快適な作業が行えるようになることを期待する.文献1)渥美一成:VDT作業と眼精疲労.現代医学39:465-474,19922)渡辺朗:眼精疲労.眼科45:1731-1736,20033)厚生労働省安全衛生部労働衛生課編:VDT作業における労働衛生管理・ガイドラインと解説.p147-160,20024)TodaI:Ocularfatigueisthemajorsymptomofdryeye.ActaOphthalmol71:347-352,19935)TsubotaK:Dryeyesandvideodisplayterminals.NEnglJMed328:584,19936)佐藤直樹,山田昌和,坪田一男:VDT作業とドライアイの関係.あたらしい眼科9:2103-2106,19927)UchinoM,SchaumbergDA,DogruMetal:PrevalenceofdryeyediseaseamongJapanesevisualdisplayterminalusers.Ophthalmology115:1982-1988,20088)中央労働災害防止協会編:VDT作業の労働衛生実務・厚生労働省ガイドラインに基づくVDT作業指導者用テキスト.20059)TodaI,Asano-KatoN,Komai-HoriYetal:Dryeyeafterlaserinsitukeratomileusis.AmJOphthalmol132:1-7,200110)TodaI,Asano-KatoN,Hori-KomaiYetal:Laser-assist-edinsitukeratomileusisforpatientswithdryeye.ArchOphthalmol120:1024-1028,200211)MoriA,ShimazakiJ,ShimmuraSetal:Disposableeye-lid-warmingdeviceforthetreatmentofmeibomianglanddysfunction.JpnJOphthalmol47:578-586,200312)TakahashiY,IgakiM,SuzukiAetal:Theeectofperio-cularwarmingonaccommodation.Ophthalmology112:1113-1118,200513NagymihayiA,DiksteinS,TianyJM:Theinuenceofeyelidtemperatureonthedeliveryofmiebomianoil.ExpEyeRes78:367-370,2004が多いため加湿器を用いて湿度を高めることが必要である.推奨される湿度は約4070%とされる.室温に関しては低温になりすぎると,マイボーム腺からの油の分泌が低下するため,いっそう涙液が蒸発しやすい状態になる13).特に夏場はエアコンの設定温度に注意する必要がある.個人差もあるが1827℃程度が推奨される8).また,適切な明るさを維持することも重要で,暗すぎるのも明るすぎるのも不快感の原因になりうる.作業面は300ルクス以上,ディスプレイ画面は500ルクス以下が適している8).ディスプレイと書類やキーボードの輝度が大きく異なる場合は,網膜の順応や瞳孔運動の影響も出てくるので,視野内の輝度を同レベルにすることも必要である.おわりに眼精疲労やドライアイは失明に至る疾患ではないが,その人のQOL(qualityoflife)に直結し近年ますますその重要性が高まっていると考えられる.今後はいっそう視覚情報化が進みコンピュータユーザーが増えることは間違いなく,眼精疲労やドライアイといった問題が増加することは必至である.しかし眼精疲労やドライアイを起こさないためVDT作業を減らせばよいというような単純なものではない.現代の社会生活においてVDT作業をなくすということは不可能であるからである.快適な生活を享受する反面,それによって生じた問題に積極的にアプローチしていくことが必要である.われわれ眼科医は,VDT作業における眼精疲労やドライアイのメカニズム,その対処法を周知させることで,この視覚情報化社会をより快適なものにしていくことができるように努めることが大切と考える.それに

眼の疲れ総論

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/10/\100/頁/JCOPY退状態といわれる1).眼の疲れは「見る」という活動,すなわち視覚を通して情報を得る活動が過度であった場合にひき起こされる.したがって,眼の疲れのメカニズムを知るには,われわれが無意識に行っている視覚情報処理のしくみを理解する必要がある.本稿ではまず,視覚情報処理のしくみについて概観し,そのシステムの疲労という視点に立って眼の疲れを考察する.I見ることのしくみ生体の感覚系は必要な情報のみを効果的に選択し,それらを中枢で処理できる条件にするための構造と機能を備えている.「見る」ことに関しての構造は眼球である.眼球はしばしば高性能カメラに例えられるが,角膜,水晶体を中心とする眼光学系は光学的にみれば欠点が多く,決して優れたものとはいえない.その欠点を補っているのが網膜視細胞に始まる視覚神経系である2,3).はじめに20世紀半ばにコンピュータが発明されると,それを用いてOA(OceAutomation)化が急速に進行し事務作業の形態を一変させた.21世紀になると,さらに技術革新が進み,IT(InformationTechnology)を応用したパソコンや携帯電話,携帯情報端末と,それらをインフラとした各種サービスの普及で,職場のみならず一般生活での利便性も驚異的に向上した.文明の進化により,われわれが入手できる情報の量は飛躍的に増大したが,その大部分は視覚を通して得られるものである.現代社会において最も酷使されているのが視覚であり,最も疲れを感じるのが「眼」であることは,厚生労働省の「技術革新と労働に関する実態調査」からも明らかである(表1).疲労とは過度の肉体的,精神的な活動によって惹起される,独特の病的不快感と休養欲求を伴う身体機能の減(3)281TT54342264TT特集●眼の疲れあたらしい眼科27(3):281286,2010眼の疲れ総論Eyestrain:AnOverview中村芳子*表1VDT作業における身体的な疲労や症状がある労働者および内容別労働者割合実施年度身体的な疲労や症状がある労働者計身体的な疲労や症状の内容(複数回答)身体的な疲労や症状がない労働者頭痛目の疲れ・痛み首・肩のこり・痛み腰の疲れ・痛みH20年[68.9%]100%23.3%90.8%74.8%26.9%[31.1%]H15年[78%]100%23%91.6%70.4%26.6%[22.0%]H10年[77.6%]100%18.7%90.4%69.3%22.0%[22.4%][]内はコンピュータ機器を使用している労働者のうち「身体的な疲労や症状がある労働者」および「ない労働者」の割合.斜体数字は「ある労働者計」を100%としたきの内容別割合である.VDT作業で身体的な疲労や症状を感じている労働者の割合は,H20年度:68.9%で前2回(H10年度:77.6%,H15年度:78%)より減少がみられた.一方,身体的疲労や症状の内容では,「目の疲れ・痛み」が最も多く,3回の調査ともに9割以上(90.491.6%)であった.(厚生労働省:技術革新と労働に関する実態調査結果より抜粋)———————————————————————-Page2282あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(4)系,視床下部,視床などの情報と統合あるいは照会,選択される2,57).その結果に基づいて認識が成立し,意思決定がなされ,運動中枢への働きかけが行われる.人間の眼にとって「必要な情報のみを効果的に選択する」ために求められる機能は,対象物を両眼の網膜中心窩で捉え,網膜上に鮮明に結像させることである.この役割を担うのが外眼筋による眼球運動,毛様体筋による焦点調節,虹彩筋による瞳孔運動である.いずれの機能も筋肉によって情報の位置や強度などを制御するので,モーター制御系と総称することができる8).視覚情報処理系とモーター制御系は密接に連携して「ものを見ること」を可能にしている(図2).II眼の疲れのメカニズム疲労は筋線維の疲労が中心となる肉体疲労と精神疲労の2つに分類される.精神疲労は大脳の興奮水準を高めた状態で行う精神・神経活動が長く続いたときに起こり,高頻度のインパルスによりシナプス前終末部の伝達物質が枯渇して起こるシナプス疲労が原因と考えられる.眼の疲れは,視力を必要とする作業を続けるときに起こるシナプス疲労が原因といわれ,肉体疲労の関与は否定的である9).明視に関連する筋肉は,3組の外眼筋,毛様体筋,瞳網膜上に投影された光学像を視覚情報として脳に送るため,網膜視細胞で光の強度がパルス電気信号に変えられ(光電変換),双極細胞を経て神経節細胞に伝えられる.視細胞と双極細胞の間には水平細胞,双極細胞と神経節細胞の間にはアマクリン細胞が介在し,それぞれの細胞と細胞間シナプスの特性により網膜内で情報処理の最初のステップが進行する.網膜は光変換器であると同時に,積極的に情報処理を行う中枢神経の機能を有している2,4).神経節細胞の軸策は視神経を形成して眼球外へ出,外側膝状体細胞に終止する.外側膝状体は網膜からの情報を大脳皮質視覚野へ伝える中継点であるが,ここでさらに情報の整理,強調,増幅が行われる.外側膝状体からの情報は大脳皮質第一次視覚野へ送られ,特有のコラム構造でさらに処理された後,視覚前野の各領域を経て,物体の動きや位置に関する運動視情報は頭頂葉に(背側経路),視対象の色や形といった物体視情報は側頭葉に出力される(腹側経路).これらの経路で並列に処理された情報はともに前頭前野に送られ(図1),大脳辺縁図1視覚情報の流れ視覚認識には大きく分けて2種類の課題がある.1つは運動視に関するもので,周囲の物体の位置や動き,環境の3次元構造などについて,情報の高速処理が求められる.他の1つは物体視に関するもので,物の形態,色,質などを正確に識別することが求められる.この課題に対し脳は,運動視情報はV1から頭頂葉に至る「背側経路」で処理し,物体視情報はV1から側頭葉に至る「腹側経路」で処理するという,並列処理で対応している.この2つの投射路を経た視覚情報は前頭前野に出力され認識される.(文献6,7より引用改変)モーター制御系視覚情報処理系眼球運動焦点調節瞳孔運動眼球運動中枢近見反応中枢外眼筋・毛様体筋虹彩筋入力感覚(sensation)知覚(perception)認識(cognition)【眼球】【網膜】【大脳視覚領】【大脳高次中枢】神経系Ⅳ(記憶)神経系Ⅲ(識別)神経系Ⅱ特徴抽出神経系Ⅰ情報整理変換系結像系出力図2ものを見るしくみ「ものを見る」ためには,見たい物を網膜中心窩で捉え,網膜上に焦点あわせをする「モーター制御系」と網膜上の像を高次中枢に伝えて認識できるようにする「視覚情報処理系」がうまく連携することが求められる.(文献8より引用改変)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010283(5)束点を維持しようとする,あるいは収束点変更の際に誤りを避けようとすることが,眼に疲労感を生じさせる原因と考えられる9).以上のことから,眼の疲れは視覚情報処理系のシナプス疲労による精神疲労と考えられる.刺激の質が悪いとき,結像系やモーター制御系に問題があるときなど,誤差の大きい視情報が伝達される状況では,知覚・認識系の負荷も大きく,眼の疲れを誘発しやすい.さらに認識には過去に学習した結果との照合も関与する.したがって,慣れた道であれば視力が不良であっても速やかに目的地に着けるが,初めての道であれば大変な労力を必要とする,というように記憶の補佐の有無で情報処理効率が変化する.同じ視作業であっても,習熟度によって眼の疲れ具合が違うのはこのためである.III眼の疲れ誘因「見難いものを判読しようとすると眼が疲れる」「老眼は眼の疲れで始まる」といったことを多くの人が経験する.眼科臨床の場では遠視や乱視,眼位異常があれば眼が疲れるというのも周知の事実である.視覚情報処理モデルに照らし合わせると,これらはいずれも入力から出力に至る過程のどこかで,情報処理の負荷要因となりシ孔括約筋と散大筋であるが,いずれも筋局所の疲労はないか,あっても眼疲労の原因にはならないといわれる.その理由として,これらの筋肉は休みなく微小運動をくり返している(外眼筋の固視微動,毛様体筋の調節微動,虹彩筋による瞳孔動揺)が,眼の疲れを誘発しないこと.頭位変化に伴う視線のブレの修正も絶え間なく行われており(前庭動眼反射),視線の揺れを防止するために外眼筋は絶えず活動しているが,これも眼の疲れを誘発しないことなどがあげられる.一方,同じく外眼筋の活動であっても,輻湊運動に関しては眼の疲れを誘発することが知られている.輻湊運動は左右の眼の網膜像のズレによりひき起こされる.条件によっては「快適に見える範囲」を超えた視線の収束を大脳の興奮水準を高めた状態で行わなければならず,シナプス疲労を招く.毛様体筋の活動による調節作用においても,最大調節量の2/3未満を使用するだけで網膜像を維持できるのであれば問題ないが,それを超えると眼の疲れを誘発するといわれる.瞳孔の動きについても同様の報告がみられ,外眼筋,内眼筋ともに快適な視覚の範囲内で働いていれば,常に運動していても疲労現象は生じないと推測される.したがって,眼筋線維の疲労ではなく,誤った視覚信号が脳に伝達され,視線の収1.光刺激(ディスプレイ注視など)2.照明の不良3.印刷面の反射・上方視での近業・不慣れな作業1.疲労,不2.ストレス(テクストレスをむ)3.全身疾患4.精神疾患5.頭部外症1.部疾患2.内障1.屈折異常(遠視,乱視)2.調節異常(老視など)3.眼位異常4.不適切な眼鏡,C5.ドライアイ入力(A)(B)(C)(D)(F)(E)【眼球】【網膜】【大脳視覚領】【大脳高次中枢】神経系Ⅳ(記憶)神経系Ⅲ(識別)神経系Ⅱ神経系Ⅰ変換系結像系出力図3視覚情報処理系への負荷要因負荷要因(AF)とそれぞれが影響する部位を→で示す.(A)視情報の画質低下の要因となる,(B)輻湊安静位の遠方化・斜位量の増加をきたす,(C)網膜像のボケあるいはズレを大きくする,(D)網膜像のゆがみや欠損が生じる,(E)情報処理能力の低下をきたす,(F)情報処理効率の低下をきたす.———————————————————————-Page4284あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(6)10:1以下が望ましいといわれる10).さらにデスクトップパソコンの場合には,ディスプレイ注視時に視線が下を向かないという負荷も加わる.視線が下を向かない近業では,輻湊安静位の遠方化や斜位量の増加がみられ,両眼同時視のために過剰な努力が必要となる.また,眼表面の露出面積が増加し,蒸発亢進型ドライアイを発症しやすいという弊害もある.ディスプレイの負荷は一般に理解されている以上に大きいものであり,2002年に厚生労働省より出された「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン」にも,快適にディスプレイを使用するための詳細な指示がみられる(表2).結像系・変換系に影響するのは視器の性能である.遠視,乱視,調節機能の低下や斜位,斜視などがあれば,誤差の大きい情報を処理する必要があり視覚情報処理系に負荷がかかる.しかし,視機能異常の程度と眼の疲れステムの疲労をひき起こすと推測される(図3).IT社会において,入力に関する最大の負荷要因はディスプレイ(情報表示装置)の注視である.書籍,新聞などの印刷紙面は反射物体であるため,ちらつきがない.周囲の明るさによって紙面の輝度は変化するが,文字と背景のコントラストは変化しない.したがって,極端に暗い場所以外では,文字の読み取りやすさは同じである.一方,ディスプレイは自ら光を発する発光型表示装置で,光点の点滅によって情報を表示する.このため,自覚の有無にかかわらず画面は常時ちらついている.発光型表示装置の特性として暗室でも視認性が高い一面,周囲が明るくなると文字と背景のコントラストが低下し読み取りにくくなる.すなわち,周囲の光環境が変われば,容易に画質不良の画面に変化する.暗所での作業においても,作業面の輝度と周囲の輝度比が大きくなり過ぎると視覚負担を招く可能性があり,輝度バランスは表2VDT作業ガイドライン※に記載されたディスプレイ関連の指示事項作業環境管理<照明及び採光>・ディスプレイを用いる場合のディスプレイ画面上における照度は500ルクス以下,書類上及びキーボード上における照度は300ルクス以上とすること.・ディスプレイ画面の明るさ,書類及びキーボード面における明るさと周辺の明るさの差はなるべく小さくすること.・ディスプレイ画面に直接又は間接的に太陽光等が入射する場合は,必要に応じて窓にブラインド又はカーテン等を設け,適切な明るさとなるようにすること.<グレアの防止>・ディスプレイについては,必要に応じ,次に掲げる措置を講じること等により,グレアの防止を図ること.(イ)ディスプレイ画面の位置,前後の傾き,左右の向き等を調整させること.(ロ)反射防止型ディスプレイを用いること.(ハ)間接照明等のグレア防止用照明器具を用いること.(ニ)その他グレアを防止するための有効な措置を講じること.作業管理<VDT機器等>・ディスプレイは,次の要件を満たすものを用いること.(イ)目的とするVDT作業を負担なく遂行できる画面サイズであること.(ロ)フリッカーは,知覚されないものであること.(ハ)ディスプレイ画面上の輝度又はコントラストは作業者が容易に調整できるものであることが望ましい.<調整>・ディスプレイに関して(イ)おおむね40cm以上の視距離が確保できるようにし,この距離で見やすいように必要に応じて適切な眼鏡による矯正を行うこと.(ロ)ディスプレイは,その画面の上端が眼の高さとほぼ同じか,やや下になる高さにすることが望ましい.(ハ)ディスプレイ画面とキーボード又は書類との視距離の差が極端に大きくなく,かつ,適切な視野範囲になるようにすること.(ニ)ディスプレイは,作業者にとって好ましい位置,角度,明るさ等に調整すること.(ホ)ディスプレイに表示する文字の大きさは,小さすぎないように配慮し,文字高さが概ね3mm以上とするのが望ましい.※「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン」(厚生労働省:2002年)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010285(7)となる可能性をもつ,という点においては見解が一致しているようである.眼精疲労の発症メカニズムとしては,外環境要因(眼の使用),視器要因(眼の能力),内環境要因(個体の耐える力)の三者が関与し,そのバランスの崩れにより発症するという考え方が一般的である9).鈴村は,これらの因子が単独で発症することは少なく,複雑に絡み合って,それらが悪循環をして生じると考え,眼精疲労の原因として単一なものをあげることはむずかしいと述べている.Duke-Elderは“EYE-SATRAImaybedenedasthesymptomsexperiencedintheconsciousstriv-ingofthevisualapparatustoclarifyvisionbyineec-tualadjustments.”と記載し,鈴村のいう悪循環を「明視を目的とした無駄な調整」と表現した.外環境要因,視器要因,内環境要因を視覚情報処理系に当てはめると,それぞれ入力,結像・変換系,知覚・認識系の要因となる.すなわち図3に示したすべての因子は,眼の生理的疲労とともに眼精疲労の発症要因となるが,単独では発症に至らないということである.では,単一因子が発端となり,複数の因子が絡み合って悪循環する状態に至る過程でどのようなトラブルが起こるのだろうか.眼の疲れは視覚情報処理系の処理能力が低下し出力量が低下したときに自覚されると推測する.このとき,個体の要求が出力量に見合うものであればバランスの崩れは起こらない.そうでなければ,出力に見合うところまで要求水準を下げる,あるいは休息などにより出力が回復するまで待つことが必要となる.しかし,出力量の低下が容認されず,情報処理効率の改善が指示されるとすれば,指示が伝達される所はモーター制御系である.なかでも網膜像のボケをトリガーとしてひき起こされる調節系が最も標的になりやすいものと思われる.赤外線オプトメーターを用いて眼精疲労症例の調節機能を測定すると,しばしば調節痙攣型の異常が検出される12).調節痙攣型の特徴は,調節無刺激状態においてみられる屈折度の大きな変動と近方への偏位であり,調節系が解放制御下にあっても不必要な調整をくり返していることを示している.この無駄な調整のために,調節刺激を与えた場合の実質反応量は低下することが多い.したがって,自覚的調節検査では調節不全や麻痺と診断されるのであやすさは相関しない.本人の努力で矯正可能な軽度の視機能異常があり,無意識のうちに矯正努力を持続する状況が最も疲れやすいといわれる.眼位異常を例にとれば,両眼視努力が強制される斜位のほうが斜視より症状が強い.眼鏡やコンタクトレンズについても,「よく見えること」と「装用して疲れないこと」は別の問題である.近視の完全矯正や遠視の低矯正レンズは,装用により調節負荷を強いることになり眼の疲れを誘発する.老視の矯正に繁用される累進多焦点レンズ眼鏡についても,単焦点レンズの鮮明な視感覚とは異なることを意識して装用させなければ,やはり無意識の矯正努力に繋がる危険性がある.知覚・認識系に影響を与える可能性があるという意味では,ほとんどの全身疾患,精神疾患,体質的要素や生体リズムまでもが該当する.そのなかで特に今日的な要因をあげるとすれば,疲労の影響と思われる.「過労死(Karoushi)」なる和製国際語が生まれるほどに日本の労働者に慢性的疲労が蔓延しているといわれる.2006年に始まった「長時間労働者への医師による面接指導」(改正労働安全衛生法第66条の8,9)に準じて面談を実施すると,身体的疲労を自覚するケースの多くが眼の疲労も感じている.うつや疲労を訴える症例では脳の血流が低下すると報告されており11),視覚情報処理の高次中枢にも影響があるものと推測される.IV眼精疲労のメカニズム疲労は適当な休息で速やかに改善する生理的疲労と,容易に回復せず不快な症状が持続する病的疲労に分類される.眼精疲労は眼の病的疲労で,WilliamMackenzieが1843年に視矇,流涙,頭痛を示す女工らの症状をasthenopiaとして最初に報告して以来,現代病,文明病の一つとして研究されてきた.わが国でも,戦後の眼科診療において患者が急増したことを受けて多数の報告がなされた.その本態については報告者によって理解がまちまちで不明点も多いが,本症は,①眼痛,視矇,流涙,頭痛などの症状があり,眼の疲れを主症状とする眼疲労とは異なる,②詳細に検査すれば多くの症例で調節機能の変化を認める,③発症に関与する要因は多彩であり,ほとんどの眼疾患,全身疾患から外環境までが誘引———————————————————————-Page6286あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(8)人は19%で,2割に達しなかった.この結果にみられるように,眼の疲れを感じている人は多いものの,大多数は自助努力で対応しているようである.眼科を受診する症例があれば,そのこと自体が症状の重さの証といえる.受診例に対しては,視情報の入力に始まる視覚情報処理過程のどこに問題があって訴えに繋がっているのかを慎重に検証することが望まれる.一方,未受診の症例に関しても,なんらかの形で支援が必要である.日本眼科啓発会議(http://www.ganka-kaigi.org/)などの新しい支援活動に期待したい.文献1)木谷照夫,渡辺恭良:疲労の実体と研究の現状.疲労の科学(井上正康,倉恒弘彦,渡辺恭良編),p2-4,講談社,20012)福田忠彦:視覚神経情報処理.生体情報論,p81-105,朝倉書店,19973)若倉雅登,三村治:視覚.視覚と眼球運動のすべて(若倉雅登,三村治編),p8-23,メジカルビュー社,20074)花沢明俊:神経生理I─網膜からV1まで─.視覚Ⅰ視覚系の構造と初期機能(篠森敬三編),p24-44,朝倉書店,20075)花沢明俊:神経生理II─高次の視覚領野─.視覚I視覚系の構造と初期機能(篠森敬三編),p45-63,朝倉書店,20076)乾敏郎,堀江長春,清澤源弘ほか:視覚認知の中枢機構.視覚と眼球運動のすべて(若倉雅登,三村治編),p48-69,メジカルビュー社,20077)佐藤宏道,津本忠治:大脳における視覚情報処理とその可塑性.眼科NewInsight①視覚情報処理(若倉雅登編),p60-73,メジカルビュー社,19948)福田忠彦:視覚補助系の機能(1)(2).生体情報論,p106-136,朝倉書店,19979)蒲山俊夫,松崎浩:眼精疲労.新臨床眼科全書,第2巻B(市川宏編),p189-203,金原出版,199310)吉武良治:VDT作業の作業環境管理のすすめ方.VDT作業と健康障害(和田攻監修),p98-108,産業医学振興財団,200511)小山文彦,北條敬,大月健郎ほか:脳血流99mTc-ECDSPECTを用いたうつ病像の客観的評価.日職災医誌56:122-127,200812)中村芳子:眼精疲労の診断と対策.あたらしい眼科14:1319-1326,1997るが,毛様体筋は休んでいるわけではなく緊張と弛緩をくり返している.このような調節微動の粗大化を特徴とする所見は,短時間の視作業負荷によって誘発されることはまれである.眼精疲労症例では,瞳孔動揺もまた動きが粗大になる,あるいは固視微動が顕在化し固視動揺が起こることも知られている3).以上のことから,眼精疲労は「視覚情報処理速度が低下し出力量が減ったときに,それをカバーすべく,高位中枢からモーター制御系に不当で無駄な賦活化指令が出ること」により発症するのではないかと推測する.臨床の場で最も身近に「不当で無駄な指示」に遭遇するのが老視初期の眼精疲労症例である.正視あるいは軽度遠視の個体は「網膜像のボケは焦点調節によって必ず解消される」と学習している.したがって,水晶体硬化のために調節応答が悪くなり情報処理効率が低下した場合にも,まずは調節系賦活化指令によって対処しようとするはずである.最良の対策は近用眼鏡処方により「見える」状態から「容易に見える」状態に戻すことであるが,眼鏡に対する抵抗が強く,裸眼ではどうしても見えなくなって眼鏡をかけるようになるまで眼精疲労が続く症例もある.さらに全年齢を通じて中枢の判断を誤らせる要因となるのが,情報社会における「生きること≒見ること」という構図である.視覚情報処理の効率低下は,能動的に生きるための障壁であり容認できないといった状況がみられる.このため,疲れても見ることを休めずに眼精疲労をひき起こすケースも少なくないと思われる.おわりに日本経済新聞社がインターネット調査会社マクロミルを通じて,1日1時間以上パソコンを使用する成人男女を対象に2009年10月に行ったアンケート調査(有効回答数1,032)の結果では,ディスプレイを見ていて「目に疲れや症状を感じることがある」と回答した人は83%と,8割を超えていた.そのうち医師の診断を仰いだ

序説:眼の疲れ

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/10/\100/頁/JCOPYVDT(visualdisplayterminal)作業とドライアイの視点から鴨居瑞加先生と坪田が解説した.もうひとつの眼の疲れの大きな原因である調節障害については仁泉会医学研究所の加藤桂一郎先生に解説をお願いした.ドライアイと調節障害の2つの病態は眼の疲れと最も関連するといわれており,まずは臨床的にもこれらを十分評価することが必要となる.治療としてもまずは対応すべき領域である.さらに従来より眼の疲れの原因と考えられてきた間欠性外斜視については,浜松医科大学の土屋陽子・佐藤美保両先生に治療法も含めて解説をお願いした.また,身体と眼の疲れについて梶田眼科の梶田雅義先生に執筆をお願いした.サプリメントなどの全身的アプローチによって眼精疲労が軽減できる可能性など新しい視点が学べると思う.40代以降の眼の疲れとして基本中の基本である老視との関連については南青山アイクリニックの井手武先生に,そして過矯正など医原性の眼の疲れを起こす可能性のある眼鏡については岡山大学の長谷部聡先生に丁寧に解説していただいた.これらの特集によって眼の疲れのかなりの部分がカバーされる.眼の疲れを訴えて受診する患者数は多く,今では眼精疲労はひとつの国民病にまでなろうとしている.コンピュータや携帯端末の普及によって眼は酷使されており,眼精疲労増加の原因となっている.従来眼の疲れや慢性的に起きる眼精疲労に対しての診断や治療に対しての研究は少なく,臨床でのエビデンスに基づいた対応は難しかった.しかしながら眼精疲労への理解が進み,一部は身体全体のストレスとの関連もあるものの,多くのものはドライアイや調節力障害,そして外斜視などの眼の問題であることがわかってきた.失明には至らないことが多いため,従来軽視されてきた感もあるが,quali-tyoflifeの重要性が認識されるようになり,眼科領域での不定愁訴の第一番に位置する眼の疲れに対しても理解が進みつつあると考えられる.眼の疲れへの眼科学的アプローチが始まりつつあるのだ.そこで今回は“眼の疲れ”という観点から特集を組んだ.まずは眼の疲れ総論としてNTT西日本関西健康管理センタの中村芳子先生にレビューをお願いした.そして近年増加中のドライアイとの関連について慶應義塾大学眼科の(1)279眼●序説あたらしい眼科27(3):279280,2010眼の疲れFatigueoftheEye坪田一男*木下茂**———————————————————————-Page2280あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(2)超高齢化社会,VDT作業環境の増大,視覚情報化社会となってますます眼の疲れは社会的に大きな問題になりつつある.国民調査によれば不定愁訴のうち,腰痛,肩こりに並んで眼の疲れは常に上位を占める問題となっており,特にVDTユーザーにおいては効率の低下ばかりでなく,うつ病や離職の原因にもなりかねないなど単なる眼の問題にとどまらない場合もある.これから増えることはあっても減る可能性は少ない“眼の疲れ”を訴える患者さんに対して本特集が少しでもお役にたてば幸いである.お申込方法:おとりつけの書店,また,その便宜のない場合は直接弊社あてご注文ください.メディカル葵出版年間予約購読ご案内あたらしい眼科Vol.27月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術Vol.23(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)(4冊)(送料弊社負担)日本眼科手術学会誌特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障・眼感染アレルギーなど)/新しい治療と検査/眼科医のための先端医療他【その他】トピックス・ニュース他毎号の【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他株式会社〒1130033東京都文京区本郷2395片岡ビル5F振替00100569315電話(03)38110544http://www.medical-aoi.co.jp

光干渉断層計による黄斑部網膜厚 ―屈折,眼軸長の影響―

2010年2月28日 日曜日

270 ( 132)あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 0910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》 あたらしい眼科 27(2):270.273,2010cはじめに光干渉断層計(optical coherence tomography:OCT)1,2)は黄斑疾患における病態の観察だけでなく,黄斑浮腫などの治療効果の判定3)などにも用いることができる有用な機器である.強度近視眼では,特に後局部で網膜は薄く変性していると考えられており4),屈折が網膜厚に関与している可能性が考えられる.そこで筆者らは,OCT を用い正常眼を対象に屈〔別刷請求先〕髙橋慶子:〒228-8555 相模原市北里1 丁目15 番1 号北里大学医学部眼科学教室Reprint requests:Keiko Takahashi, Department of Ophthalmology, Kitasato University School of Medicine, 1-15-1 Kitasato,Sagamihara-shi 228-8555, JAPAN光干渉断層計による黄斑部網膜厚―屈折,眼軸長の影響―髙橋慶子清水公也柳田智彦大本文子中西基庄司信行永野幸一山口純北里大学医学部眼科学教室Retinal Thickness of Macula as Evaluated by Optical Coherence Tomography─ Influence of Refractive Error and Axial Length─Keiko Takahashi, Kimiya Shimizu, Tomohiko Yanagita, Fumiko Ohmoto, Motoi Nakanishi, Nobuyuki Shouji,Kouichi Nagano and Jyun YamaguchiDepartment of Ophthalmology, Kitasato University School of Medicine目的:Optical coherence tomography(OCT)を用い,黄斑部網膜厚に対する屈折と眼軸長の影響を検討する.対象:186 例186 眼(男性84 眼,女性102 眼)の年齢4.59 歳(28.8±19.1 歳)を対象とした.屈折は+8.50..11.50 D(.0.93±3.96 D),眼軸長は19.90.29.36 mm(24.02±1.97 mm)であった.OCT3000TM で網膜厚を測定し,屈折と眼軸長との相関を調べた.結果:屈折の近視化とfoveal minimum は正の相関を示したが,fovea とは相関がなかった.Inner/outer 領域の4 象限では負の相関を示した.また,眼軸長ではfoveal minimum と正の相関を示したが,inner 領域のtemporal,superior,inferior とouter 領域の4 象限で負の相関を示した.Fovea とnasal inner では相関はなかった.結論:屈折の近視化,眼軸の延長に伴いfoveal minimum は厚くなり,nasal inner 以外の inner/outer 領域では薄くなった.Purpose:To evaluate the retinal thickness of the macula by optical coherence tomography(OCT)of eyeswith different refractive errors and axial lengths. Methods:The study involved 186 eyes of 186 patients, rangingin age from 4 to 59 years(mean age:29 years), with spherical equivalence ranging from +8.50 to .11.50diopters(mean spherical equivalence:.0.93 diopters), and axial length ranging from 19.90 to 29.36 mm(meanaxial lengths:24.02 mm). The retinal thickness of the macula was measured by OCT3000TM, and correlations torefraction and axial length were evaluated. Results:Although retinal thickness in the foveal minimum wasinversely correlated with the spherical equivalence, the fovea showed no correlation. All quadrants of the inner/outer retina were significantly positive in correlation. Regarding correlation to axial length, retinal thickness in thefoveal minimum was directly proportional;the temporal, superior and inferior quadrants of the inner retina, andall quadrants of the outer retina, were inversely correlated. The fovea and the nasal quadrant of the inner retinashowed no correlation with axial length. Conclusion:With myopic change and longer axial length, the retinalthickness at the foveal minimum became thicker, but the inner/outer retina became thinner, excluding the nasalquadrant of the inner retina.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)27(2):270.273, 2010〕Key words:光干渉断層計,黄斑部網膜厚,屈折,眼軸長.optical coherence tomography,retinal thickness ofmacula, refractive errors, axial lengths.(133) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010271折,眼軸長が黄斑部網膜厚に及ぼす影響を検討した.I対象および方法対象眼に屈折異常以外の眼疾患を有さない186 例186 眼(男性84 眼,女性102 眼)で年齢は4.59 歳(平均±標準偏差:28.8±19.1 歳),矯正視力は1.0 以上,乱視は2.00D 未満で中心固視が可能なものとした.屈折度は+8.50..11.50 D(.0.93±3.96 D),眼軸長は19.90.29.36 mm(24.02±1.97 mm)であった.網膜厚測定にはOCT3000TM(Carl Zeiss)の黄斑部網膜厚定量解析プログラムFast macular thickness を用いた.画質を示す信頼係数signal strength は6 以上のものを採用した.このプログラムによって測定される黄斑各部位を図1 に示す.黄斑部網膜厚の測定領域は, foveal minimum(測定部位中央の中心窩領域),fovea(中心部から直径1 mm 領域),inner retina(中心部から直径1.3 mm 領域),outer retina(中心部から直径3.6 mm 領域)に分けられ,うちinnerretina とouter retina ではtemporal,superior,nasal,inferiorの4 象限に分けて網膜厚が算出される.屈折測定にはオ10 5 0 0 -5 -10 -15屈折(D)y=-0.4558x+23.59r2=0.8496眼軸(mm)10203040図 1Fast macular thickness プログラムによる黄斑測定部位(1 mm)①:Foveal minimum②:Fovea③:Temporal inner④:Superior inner⑤:Nasal inner⑥:Inferior inner⑦:Temporal outer⑧:Superior inner⑨:Nasal outer⑩:Inferior outer(3 mm)(6 mm)⑦ ③ ② ⑤ ⑨①③ ②④⑤⑥⑦⑧⑨⑩図 2屈折と眼軸の分布(r=.0.922, p<0.0001)網膜厚(μm)網膜厚(μm)網膜厚(μm)網膜厚(μm)FoveaTemporal innerFoveal minimum Average inner Average outer屈折(D) 屈折(D) 屈折(D) 屈折(D)網膜厚(μm)網膜厚(μm)網膜厚(μm)網膜厚(μm)屈折(D) 屈折(D) 屈折(D) 屈折(D)網膜厚(μm)網膜厚(μm)網膜厚(μm)網膜厚(μm)屈折(D) 屈折(D) 屈折(D) 屈折(D)010020030040010 5 0 -5 -10 -15 010020030040010 5 0 -5 -10 -15 010020030040010 5 0 -5 -10 -15 010020030040010 5 0 -5 -10 -15010020030040010 5 0 -5 -10 -15 010020030040010 5 0 -5 -10 -15 010020030040010 5 0 -5 -10 -15 010020030040010 5 0 -5 -10 -15010020030040010 5 0 -5 -10 -15 010020030040010 5 0 -5 -10 -15 010020030040010 5 0 -5 -10 -15 010020030040010 5 0 -5 -10 -15Superior inner Nasal inner Inferior innerTemporal outer Superior outer Nasal outer Inferior outer図 3黄斑部網膜厚と屈折の分布272あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (134)ートレフラクトメータARK-700A(NIDEK)を用い,乱視を有するものは等価球面値を屈折度とした.眼軸長測定にはIOLMasterTM(Carl Zeiss)を用いた.両者の相関にはPearson’scorrelation coefficient を用いた.II結果今回測定をした186 例186 眼の年齢,屈折,眼軸長に性差はなかった(表1).屈折と眼軸長の関係を図2 に示す.両者は強く相関した(r=.0.922, p<0.0001).Fast macular thickness プログラムから算出された数値をもとにした網膜厚と屈折の関係を図3 に示す.Foveal minimumでは屈折の近視化とともに網膜厚は厚くなり(r=0.179, p=0.0144),inner retina 全象限(temporal;r=0.173, p=0.0175,superior;r=0.247, p=0.0006,nasal;r=0.166, p=0.0232,inferior;r=0.196, p=0.0070) とouter retina 全象限(temporal;r=0.579, p<0.0001,superior;r=0.462, p<0.0001,nasal;r=0.462, p<0.0001,inferior;r=0.462, p<0.0001)で,屈折の近視化とともに網膜厚は減少した.Fovea(r=.0.117, p=0.1115)では相関はなかった.図4 に網膜厚と眼軸長との結果を示す.Foveal minimumでは眼軸長の延長とともに網膜厚は厚くなり(r=0.209, p=0.0041),inner retina のtemporal(r=.0.148, p=0.0435),superior(r=.0.214, p=0.0032),inferior(r=.0.150, p=0.0406)とouter retina 全象限(temporal;r=.0.602, p<0.0001,superior;r=.0.489, p<0.0001,nasal;r=.0.363, p<0.0001,inferior;r=.0.536, p<0.0001)では眼軸長の延長とともに網膜厚は減少した.Fovea(r=0.127, p=0.0830)とnasal inner(r=.0.126, p=0.0874)では相関網膜厚(μm)FoveaTemporal innerFoveal minimum Average inner Average outerSuperior inner Nasal inner Inferior innerTemporal outer Superior outer Nasal outer Inferior outer400300200100015 25 35網膜厚(μm)400300200100015 25 35網膜厚(μm)400300200100015 25 35網膜厚(μm)400300200100015 25眼軸長(mm) 眼軸長(mm) 眼軸長(mm) 眼軸長(mm)35網膜厚(μm)400300200100015 25 35網膜厚(μm)400300200100015 25 35網膜厚(μm)400300200100015 25 35網膜厚(μm)400300200100015 25眼軸長(mm) 眼軸長(mm) 眼軸長(mm) 眼軸長(mm)35網膜厚(μm)400300200100015 25 35網膜厚(μm)400300200100015 25 35網膜厚(μm)400300200100015 25 35網膜厚(μm)400300200100015 25眼軸長(mm) 眼軸長(mm) 眼軸長(mm) 眼軸長(mm)35図 4黄斑部網膜厚と眼軸の分布表 1対象者の内訳男性(n=85) 女性(n=102) p 値年齢(歳) 28.7±19.6 29.3±19.0 0.9578屈折(D) .1.04±4.22 .0.84±3.76 0.6446眼軸(mm) 24.31±2.06 23.77±1.85 0.0714Mann-Whitney’s U 検定:Not significantly.(135) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010273はなかった.III考按屈折の近視化に伴いfoveal minimum は厚く,innerretina とouter retina の全象限は薄くなり,眼軸長の延長に伴いfoveal minimum は厚く,inner retina のtemporal,superior,inferior 象限とouter retina 全象限で薄くなるという結果を得た.過去にLam ら5)は屈折の近視化,眼軸長の延長に伴いfoveal minimum は厚くなり,outer macula 全象限で薄くなったと報告しており,筆者らと同様の結果であった.図2 で示すとおり,今回の対象者は屈折と眼軸長が相関を示し,軸性による屈折異常であることがわかる.以前より屈折の近視化に伴い強膜は厚く網膜が薄くなることがわかっており4,6,7),眼軸長の延長により網膜が引き伸ばされ,結果として網膜が薄くなると推察できる.特に網膜の菲薄化は周辺部において著明であると考えられていた8)が,今回の結果より中心窩から3.6 mm 領域においても網膜の菲薄化がみられ,その変化は中心窩近傍まで及んでいると考えられる.Foveal minimum が厚くなるという結果は,Lam ら5),Lim ら9)と同様であり,近視眼の動物モデルで中心窩の視細胞外節が伸展していたとの報告10)から,Lam らは視細胞の移動が関与しているのではないかと推察しているが,今回測定に用いたOCT3000TM は視細胞内節外節接合部までの距離を網膜厚として算出しており,その関与は明らかでない.なぜfoveal minimum のみ厚くなったのかは不明だが,測定中の固視ずれなどにより最も薄い中心窩領域では周辺網膜の厚さの影響を受けやすく厚く測定されてしまう可能性もあげられ,今後のさらなる検討が必要と考える.一方で,網膜厚が屈折や眼軸長と相関がなかったとの報告もある11,12).過去の報告が異なる要因として,対象としている人数,人種などが異なることに加え,測定機器のバージョンやその測定部位,スキャン方法がさまざまであることがあげられる.黄斑厚は女性のほうが薄いことがわかっている12)が,過去の屈折や眼軸長の影響を検討した報告5,9,11)では性差による影響を考慮せずに検討されていた.今回の測定では対象者の年齢,屈折,眼軸に性差はなく,より正しい屈折,眼軸による網膜変化を捉えることができたと考えられる.OCT を用いた黄斑部網膜厚測定は,今回の対象であった.11.00D.+8.50 D の屈折範囲でも測定可能な他覚的検査装置であった.OCT を測定の際には屈折や眼軸長が網膜厚に影響することを念頭に測定値を評価すべきと考える.文献1) Huang D, Swanson ER, Lin CP et al:Optical coherencetomography. Science 254:1178-1181, 19912) Puliafito CA, Hee HR, Schuman JS et al:Optical CoherenceTomography of Ocular Disease. p3-15, Slack, Thorofare,NJ, 19963) Sanchez-Tocino H, Alvarez-Vidal A, Maldolnado MJ etal:Retinal thickness study with optical coherence tomographyin patients with diabetes. Invest Ophthalmol Vis Sci43:1588-1594, 20024) Yanoff M, Fine BS:Ocular pathology. In Spencer WHed:A Text and Atlas, p513-514, Harper&Row, Philadelphia,19825) Lam DS, Leung KS, Mohamed S et al:Reginal variationsin the relationship between macular thickness measurementsand myopia. Invest Ophthalmol Vis Sci 48:376-382, 20076) Spencer WH:Ophthalmic Pathology. In Spencer WHed:An Atlas and Textbook. 3rd ed, p395-400, WB Saunders,Philadelphia, 19857) Curtin BJ:The posterior staphyloma of pathologic myopia.Trans Am Ophthalmol Soc 75:67-86, 19778) 中条真也,小林雄二,江見和雄ほか:超音波による強度近視眼の網膜,脈絡膜,強膜の厚さの生体計測について(予報).日眼会誌 87:70-73, 19839) Lim MC, Hoh ST, Foster PJ et al:Use of optical coherencetomography to assess variations in macular retinalthickness in myopia. Invest Ophthalmol Vis Sci 46:974-978, 200510) Liang H, Crewther DP, Crewther SG et al:A role forphotoreceptor outer segments in the induction of deprivationmyopia. Vision Res 35:1217-1225, 199511) Tewari HK, Wagh VB, Sony P et al:Macular thicknessevaluation using the optical coherence tomography in normalIndian eyes. Indian J Ophthalmol 52:199-204, 200412) Wakitani Y, Sasoh M, Sugimoto M et al:Macular thicknessmeasurement in healthy subjects with different axiallengths using optical coherence tomography. Retina 23:177-182, 2003***270(13あ2)たらしい眼科Vol.27,No.2,20100910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科27(2):270.273,2010cはじめに光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)1,2)は黄斑疾患における病態の観察だけでなく,黄斑浮腫などの治療効果の判定3)などにも用いることができる有用な機器である.強度近視眼では,特に後局部で網膜は薄く変性していると考えられており4),屈折が網膜厚に関与している可能性が考えられる.そこで筆者らは,OCTを用い正常眼を対象に屈〔別刷請求先〕髙橋慶子:〒228-8555相模原市北里1丁目15番1号北里大学医学部眼科学教室Reprintrequests:KeikoTakahashi,DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversitySchoolofMedicine,1-15-1Kitasato,Sagamihara-shi228-8555,JAPAN光干渉断層計による黄斑部網膜厚―屈折,眼軸長の影響―髙橋慶子清水公也柳田智彦大本文子中西基庄司信行永野幸一山口純北里大学医学部眼科学教室RetinalThicknessofMaculaasEvaluatedbyOpticalCoherenceTomography─InfluenceofRefractiveErrorandAxialLength─KeikoTakahashi,KimiyaShimizu,TomohikoYanagita,FumikoOhmoto,MotoiNakanishi,NobuyukiShouji,KouichiNaganoandJyunYamaguchiDepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversitySchoolofMedicine目的:Opticalcoherencetomography(OCT)を用い,黄斑部網膜厚に対する屈折と眼軸長の影響を検討する.対象:186例186眼(男性84眼,女性102眼)の年齢4.59歳(28.8±19.1歳)を対象とした.屈折は+8.50..11.50D(.0.93±3.96D),眼軸長は19.90.29.36mm(24.02±1.97mm)であった.OCT3000TMで網膜厚を測定し,屈折と眼軸長との相関を調べた.結果:屈折の近視化とfovealminimumは正の相関を示したが,foveaとは相関がなかった.Inner/outer領域の4象限では負の相関を示した.また,眼軸長ではfovealminimumと正の相関を示したが,inner領域のtemporal,superior,inferiorとouter領域の4象限で負の相関を示した.Foveaとnasalinnerでは相関はなかった.結論:屈折の近視化,眼軸の延長に伴いfovealminimumは厚くなり,nasalinner以外のinner/outer領域では薄くなった.Purpose:Toevaluatetheretinalthicknessofthemaculabyopticalcoherencetomography(OCT)ofeyeswithdifferentrefractiveerrorsandaxiallengths.Methods:Thestudyinvolved186eyesof186patients,ranginginagefrom4to59years(meanage:29years),withsphericalequivalencerangingfrom+8.50to.11.50diopters(meansphericalequivalence:.0.93diopters),andaxiallengthrangingfrom19.90to29.36mm(meanaxiallengths:24.02mm).TheretinalthicknessofthemaculawasmeasuredbyOCT3000TM,andcorrelationstorefractionandaxiallengthwereevaluated.Results:Althoughretinalthicknessinthefovealminimumwasinverselycorrelatedwiththesphericalequivalence,thefoveashowednocorrelation.Allquadrantsoftheinner/outerretinaweresignificantlypositiveincorrelation.Regardingcorrelationtoaxiallength,retinalthicknessinthefovealminimumwasdirectlyproportional;thetemporal,superiorandinferiorquadrantsoftheinnerretina,andallquadrantsoftheouterretina,wereinverselycorrelated.Thefoveaandthenasalquadrantoftheinnerretinashowednocorrelationwithaxiallength.Conclusion:Withmyopicchangeandlongeraxiallength,theretinalthicknessatthefovealminimumbecamethicker,buttheinner/outerretinabecamethinner,excludingthenasalquadrantoftheinnerretina.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(2):270.273,2010〕Keywords:光干渉断層計,黄斑部網膜厚,屈折,眼軸長.opticalcoherencetomography,retinalthicknessofmacula,refractiveerrors,axiallengths.(133)あたらしい眼科Vol.27,No.2,2010271折,眼軸長が黄斑部網膜厚に及ぼす影響を検討した.I対象および方法対象眼に屈折異常以外の眼疾患を有さない186例186眼(男性84眼,女性102眼)で年齢は4.59歳(平均±標準偏差:28.8±19.1歳),矯正視力は1.0以上,乱視は2.00D未満で中心固視が可能なものとした.屈折度は+8.50..11.50D(.0.93±3.96D),眼軸長は19.90.29.36mm(24.02±1.97mm)であった.網膜厚測定にはOCT3000TM(CarlZeiss)の黄斑部網膜厚定量解析プログラムFastmacularthicknessを用いた.画質を示す信頼係数signalstrengthは6以上のものを採用した.このプログラムによって測定される黄斑各部位を図1に示す.黄斑部網膜厚の測定領域は,fovealminimum(測定部位中央の中心窩領域),fovea(中心部から直径1mm領域),innerretina(中心部から直径1.3mm領域),outerretina(中心部から直径3.6mm領域)に分けられ,うちinnerretinaとouterretinaではtemporal,superior,nasal,inferiorの4象限に分けて網膜厚が算出される.屈折測定にはオ10500-5-10-15屈折(D)y=-0.4558x+23.59r2=0.8496眼軸(mm)10203040図1Fastmacularthicknessプログラムによる黄斑測定部位(1mm)①:Fovealminimum②:Fovea③:Temporalinner④:Superiorinner⑤:Nasalinner⑥:Inferiorinner⑦:Temporalouter⑧:Superiorinner⑨:Nasalouter⑩:Inferiorouter(3mm)(6mm)⑦③②⑤⑨①③②④⑤⑥⑦⑧⑨⑩図2屈折と眼軸の分布(r=.0.922,p<0.0001)網膜厚(μm)網膜厚(μm)網膜厚(μm)網膜厚(μm)FoveaTemporalinnerFovealminimumAverageinnerAverageouter屈折(D)屈折(D)屈折(D)屈折(D)網膜厚(μm)網膜厚(μm)網膜厚(μm)網膜厚(μm)屈折(D)屈折(D)屈折(D)屈折(D)網膜厚(μm)網膜厚(μm)網膜厚(μm)網膜厚(μm)屈折(D)屈折(D)屈折(D)屈折(D)01002003004001050-5-10-1501002003004001050-5-10-1501002003004001050-5-10-1501002003004001050-5-10-1501002003004001050-5-10-1501002003004001050-5-10-1501002003004001050-5-10-1501002003004001050-5-10-1501002003004001050-5-10-1501002003004001050-5-10-1501002003004001050-5-10-1501002003004001050-5-10-15SuperiorinnerNasalinnerInferiorinnerTemporalouterSuperiorouterNasalouterInferiorouter図3黄斑部網膜厚と屈折の分布272あたらしい眼科Vol.27,No.2,2010(134)ートレフラクトメータARK-700A(NIDEK)を用い,乱視を有するものは等価球面値を屈折度とした.眼軸長測定にはIOLMasterTM(CarlZeiss)を用いた.両者の相関にはPearson’scorrelationcoefficientを用いた.II結果今回測定をした186例186眼の年齢,屈折,眼軸長に性差はなかった(表1).屈折と眼軸長の関係を図2に示す.両者は強く相関した(r=.0.922,p<0.0001).Fastmacularthicknessプログラムから算出された数値をもとにした網膜厚と屈折の関係を図3に示す.Fovealminimumでは屈折の近視化とともに網膜厚は厚くなり(r=0.179,p=0.0144),innerretina全象限(temporal;r=0.173,p=0.0175,superior;r=0.247,p=0.0006,nasal;r=0.166,p=0.0232,inferior;r=0.196,p=0.0070)とouterretina全象限(temporal;r=0.579,p<0.0001,superior;r=0.462,p<0.0001,nasal;r=0.462,p<0.0001,inferior;r=0.462,p<0.0001)で,屈折の近視化とともに網膜厚は減少した.Fovea(r=.0.117,p=0.1115)では相関はなかった.図4に網膜厚と眼軸長との結果を示す.Fovealminimumでは眼軸長の延長とともに網膜厚は厚くなり(r=0.209,p=0.0041),innerretinaのtemporal(r=.0.148,p=0.0435),superior(r=.0.214,p=0.0032),inferior(r=.0.150,p=0.0406)とouterretina全象限(temporal;r=.0.602,p<0.0001,superior;r=.0.489,p<0.0001,nasal;r=.0.363,p<0.0001,inferior;r=.0.536,p<0.0001)では眼軸長の延長とともに網膜厚は減少した.Fovea(r=0.127,p=0.0830)とnasalinner(r=.0.126,p=0.0874)では相関網膜厚(μm)FoveaTemporalinnerFovealminimumAverageinnerAverageouterSuperiorinnerNasalinnerInferiorinnerTemporalouterSuperiorouterNasalouterInferiorouter4003002001000152535網膜厚(μm)4003002001000152535網膜厚(μm)4003002001000152535網膜厚(μm)40030020010001525眼軸長(mm)眼軸長(mm)眼軸長(mm)眼軸長(mm)35網膜厚(μm)4003002001000152535網膜厚(μm)4003002001000152535網膜厚(μm)4003002001000152535網膜厚(μm)40030020010001525眼軸長(mm)眼軸長(mm)眼軸長(mm)眼軸長(mm)35網膜厚(μm)4003002001000152535網膜厚(μm)4003002001000152535網膜厚(μm)4003002001000152535網膜厚(μm)40030020010001525眼軸長(mm)眼軸長(mm)眼軸長(mm)眼軸長(mm)35図4黄斑部網膜厚と眼軸の分布表1対象者の内訳男性(n=85)女性(n=102)p値年齢(歳)28.7±19.629.3±19.00.9578屈折(D).1.04±4.22.0.84±3.760.6446眼軸(mm)24.31±2.0623.77±1.850.0714Mann-Whitney’sU検定:Notsignificantly.(135)あたらしい眼科Vol.27,No.2,2010273はなかった.III考按屈折の近視化に伴いfovealminimumは厚く,innerretinaとouterretinaの全象限は薄くなり,眼軸長の延長に伴いfovealminimumは厚く,innerretinaのtemporal,superior,inferior象限とouterretina全象限で薄くなるという結果を得た.過去にLamら5)は屈折の近視化,眼軸長の延長に伴いfovealminimumは厚くなり,outermacula全象限で薄くなったと報告しており,筆者らと同様の結果であった.図2で示すとおり,今回の対象者は屈折と眼軸長が相関を示し,軸性による屈折異常であることがわかる.以前より屈折の近視化に伴い強膜は厚く網膜が薄くなることがわかっており4,6,7),眼軸長の延長により網膜が引き伸ばされ,結果として網膜が薄くなると推察できる.特に網膜の菲薄化は周辺部において著明であると考えられていた8)が,今回の結果より中心窩から3.6mm領域においても網膜の菲薄化がみられ,その変化は中心窩近傍まで及んでいると考えられる.Fovealminimumが厚くなるという結果は,Lamら5),Limら9)と同様であり,近視眼の動物モデルで中心窩の視細胞外節が伸展していたとの報告10)から,Lamらは視細胞の移動が関与しているのではないかと推察しているが,今回測定に用いたOCT3000TMは視細胞内節外節接合部までの距離を網膜厚として算出しており,その関与は明らかでない.なぜfovealminimumのみ厚くなったのかは不明だが,測定中の固視ずれなどにより最も薄い中心窩領域では周辺網膜の厚さの影響を受けやすく厚く測定されてしまう可能性もあげられ,今後のさらなる検討が必要と考える.一方で,網膜厚が屈折や眼軸長と相関がなかったとの報告もある11,12).過去の報告が異なる要因として,対象としている人数,人種などが異なることに加え,測定機器のバージョンやその測定部位,スキャン方法がさまざまであることがあげられる.黄斑厚は女性のほうが薄いことがわかっている12)が,過去の屈折や眼軸長の影響を検討した報告5,9,11)では性差による影響を考慮せずに検討されていた.今回の測定では対象者の年齢,屈折,眼軸に性差はなく,より正しい屈折,眼軸による網膜変化を捉えることができたと考えられる.OCTを用いた黄斑部網膜厚測定は,今回の対象であった.11.00D.+8.50Dの屈折範囲でも測定可能な他覚的検査装置であった.OCTを測定の際には屈折や眼軸長が網膜厚に影響することを念頭に測定値を評価すべきと考える.文献1)HuangD,SwansonER,LinCPetal:Opticalcoherencetomography.Science254:1178-1181,19912)PuliafitoCA,HeeHR,SchumanJSetal:OpticalCoherenceTomographyofOcularDisease.p3-15,Slack,Thorofare,NJ,19963)Sanchez-TocinoH,Alvarez-VidalA,MaldolnadoMJetal:Retinalthicknessstudywithopticalcoherencetomographyinpatientswithdiabetes.InvestOphthalmolVisSci43:1588-1594,20024)YanoffM,FineBS:Ocularpathology.InSpencerWHed:ATextandAtlas,p513-514,Harper&Row,Philadelphia,19825)LamDS,LeungKS,MohamedSetal:Reginalvariationsintherelationshipbetweenmacularthicknessmeasurementsandmyopia.InvestOphthalmolVisSci48:376-382,20076)SpencerWH:OphthalmicPathology.InSpencerWHed:AnAtlasandTextbook.3rded,p395-400,WBSaunders,Philadelphia,19857)CurtinBJ:Theposteriorstaphylomaofpathologicmyopia.TransAmOphthalmolSoc75:67-86,19778)中条真也,小林雄二,江見和雄ほか:超音波による強度近視眼の網膜,脈絡膜,強膜の厚さの生体計測について(予報).日眼会誌87:70-73,19839)LimMC,HohST,FosterPJetal:Useofopticalcoherencetomographytoassessvariationsinmacularretinalthicknessinmyopia.InvestOphthalmolVisSci46:974-978,200510)LiangH,CrewtherDP,CrewtherSGetal:Aroleforphotoreceptoroutersegmentsintheinductionofdeprivationmyopia.VisionRes35:1217-1225,199511)TewariHK,WaghVB,SonyPetal:MacularthicknessevaluationusingtheopticalcoherencetomographyinnormalIndianeyes.IndianJOphthalmol52:199-204,200412)WakitaniY,SasohM,SugimotoMetal:Macularthicknessmeasurementinhealthysubjectswithdifferentaxiallengthsusingopticalcoherencetomography.Retina23:177-182,2003***

光干渉断層計による黄斑部網膜厚 ―部位別,年齢の影響―

2010年2月28日 日曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY (127) 265《原著》 あたらしい眼科 27(2):265.269,2010cはじめにOCT3000TM(Carl Zeiss)は,非接触式でかつ短時間に画像取得が可能であることに加え,高度な解像度を持ち備え,網膜断層像の取得だけでなく,網膜厚の計測,視神経乳頭周囲の神経線維層厚の測定,視神経乳頭の形状解析などに用いることが可能である.とりわけ網膜厚に関しては,黄斑疾患における病態,病期,治療効果の判定のみならず1),緑内障2)や弱視3)との関連も報告され,今後,黄斑部網膜厚は黄斑疾患以外においても重要な指標になると考えられる.OCT による黄斑部網膜厚の検討では,年齢変化による影響の有無についてはいまだ一定の見解が得られていない4.7).強度近視眼において網膜の菲薄化を認めたとの報告8)や部位〔別刷請求先〕髙橋慶子:〒228-8555 相模原市北里1 丁目15 番1 号北里大学医学部眼科学教室Reprint requests:Keiko Takahashi, Department of Ophthalmology, Kitasato University School of Medicine, 1-15-1 Kitasato,Sagamihara-shi 228-8555, JAPAN光干渉断層計による黄斑部網膜厚―部位別,年齢の影響―髙橋慶子清水公也柳田智彦大本文子中西基庄司信行永野幸一山口純北里大学医学部眼科学教室Retinal Thickness of Macula as Evaluated by Optical Coherence Tomography─ Sectional and Age Influences─Keiko Takahashi, Kimiya Shimizu, Tomohiko Yanagita, Fumiko Ohmoto, Motoi Nakanishi, Nobuyuki Shouji,Kouichi Nagano and Jyun YamaguchiDepartment of Ophthalmology, Kitasato University School of Medicine目的:Optical coherence tomography(OCT)を用い黄斑部網膜厚に対する年齢の影響を検討する.対象および方法:年齢4.81 歳(平均±標準偏差,44.5±24.4 歳),屈折±2.00 D 以内の153 例153 眼を対象に,OCT3000TM を用いて黄斑部網膜厚を測定し,部位による差と年齢との関係を調べた.結果:Foveal minimum:155.9 μm,fovea:193.8 μm,average inner retina:270.3 μm,average outer retina:240.5 μm であった.Inner retina 領域においてはtemporal が薄かった.Outer retina 領域ではtemporal,inferior,superior,nasal の順に薄かった.Foveal minimum,fovea,inner retina で年齢との相関がなかったが,outer retina ではtemporal,superior,inferior で負の相関を認めた.結論:OCT による黄斑部網膜厚は,temporal が他象限に比べ薄く,またouter retina のtemporal,superior,inferior で年齢の増加に伴い薄くなった.Purpose:To evaluate normal macular thickness by optical coherence tomography(OCT)and determine itsrelation to age. Methods:This study comprised 153 eyes of 153 healthy volunteers, ranging in age from 4 to 81years(mean age:44 years), with refractive equivalents up to±2.00 diopters. Retinal thickness was measured byOCT3000TM. Results:The foveal minimum was 155.9 μm, fovea 193.8 μm, average inner retina 270.3 μm and averageouter retina 240.5 μm. In the inner retinal area, the temporal quadrant was significantly thinner than the otherquadrants. In the outer retinal area, the retina thinned in the quadrant order:temporal, inferior, superior andnasal. Although no correlation was found between age and thickness of the foveal minimum, fovea and inner retina,the outer retina became thinner as age increased. Thicknesses of the temporal, superior and inferior quadrants ofthe outer retina were inversely correlated with age. Conclusion:According to the retinal thickness of the maculaas evaluated by OCT, both the inner and outer temporal quadrants were thinner than in the other quadrants. Theouter areas of the temporal, superior and inferior retinal quadrants thinned as age increased.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)27(2):265.269, 2010〕Key words:光干渉断層計,黄斑部網膜厚,年齢変化.optical coherence tomography, retinal thickness of macula,age related.266あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (128)により屈折の影響を受けるとする報告があり9),黄斑部網膜厚の検討においては屈折の影響を除外する必要があると考えられる.そこで今回,筆者らは屈折の影響を考慮し,黄斑部網膜厚の部位による差と加齢による影響を検討した.I対象および方法屈折異常以外の眼疾患を有さない4.81 歳(平均±標準偏差,44.5±24.4 歳)の153 例153 眼(男性72 眼, 女性81眼),屈折度+2.00..2.00 D,乱視2.00 D 未満とし,矯正視力が1.0 以上で中心固視が可能であったものを対象とした.測定眼は基本的に右眼とし,上記の条件に合わない場合にのみ左眼とした.黄斑部網膜厚測定にはOCT3000TM のFast macular thickness プログラムを用い,画質を示すsignalstrength(信頼係数)が6 以上の測定を採用した.黄斑部網膜厚の測定領域は,foveal minimum thickness(測定画面中央の最も薄い部位),fovea thickness(中心部の直径1mm 部位),inner retina thickness(直径1.3 mm 部位),outer retina thickness(直径3.6 mm 部位)とし, うちinner retina とouter retina ではtemporal, superior, nasal,inferior の4 象限に分け検討した.黄斑部網膜厚の評価は,各部位における平均網膜厚を算出し,inner とouter retina 領域はKruskal-Wallis 検定を用いて4 象限の比較を行った.そこで有意差が得られた場合はScheffe 多重比較法を行った.黄斑部網膜厚の年齢変化は,各部位でSpearman 順位相関を用い検討した.II結果各部位における網膜厚(平均±標準偏差,μm)は,fovealminimum:155.9±16.0,fovea:193.8±17.8,averageinner retina:270.3±13.3(temporal inner:261.7±13.8,superior inner:274.1±13.9,nasal inner:274.1±14.7,inferior inner:271.3±14.6),average outer retina:240.5±13.9(temporal outer:225.5±14.2,superior outer:242.2±15.7,nasal outer:261.1±16.2,inferior outer:Foveal minimum FoveaInner retina Outer retina0 20 40 60 80400300200100年齢(歳)網膜厚(μm)0 20 40 60 80400300200100年齢(歳)網膜厚(μm)0 20 40 60 80400300200100年齢(歳)網膜厚(μm)0 20 40 60 80400300200100年齢(歳)網膜厚(μm)図 3各部位における年齢との相関Superior Nasal網膜厚(μm)象限部位Temporal Inferiorp-valueT vs S< 0.0001**T vs N< 0.0001**T vs I< 0.0001**S vs N> 0.9999S vs I0.3788N vs I0.3893** p<0.01(Scheffe 多重比較法)******3002000図 1Inner retina thickness における各象限の比較**** ********Superior Nasal網膜厚(μm)象限部位Temporal Inferiorp-valueT vs S< 0.0001**T vs N< 0.0001**T vs I0.0003 **S vs N< 0.0001**S vs I< 0.0001**N vs I< 0.0001**** p<0.01(Scheffe 多重比較法)3002000図 2Outer retina thickness における各象限の比較(129) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010267233.1±15.1)であった.Inner retina において4 象限を比較したものを図1 に,outer retina の4 象限を比較した結果を図2 に示す.Inner retina ではtemporal のみ他象限に比して薄かった(p<0.0001).Outer retina においてはnasal が最も厚く,以下superior,inferior,temporal の順で薄かった(p<0.0001).網膜厚と年齢との関係は,foveal minimum(r=0.153, p=0.1309),fovea(r=0.154, p=0.1928),inner retina(r=.0.024, p=0.4586)の各部位で相関はみられなかった(図3).Inner retina では,temporal inner(r=.0.027, p=0.4323),superior inner(r=.0.029, p=0.5178),nasalinner(r=0.003, p=0.7537),inferior inner(r=.0.036, p=0.3710)のいずれの部位も年齢との相関はみられなかった(図4).Outer retina では年齢の増加に伴い網膜厚が薄くなる負の相関がみられた(r=.0.222, p=0.0019).Outerretina 領域を各象限に分けると,temporal outer(r=.0 20 40 60 80年齢(歳)網膜厚(μm)400300200100Temporal inner Superior innerNasal inner Inferior inner0 20 40 60 80年齢(歳)網膜厚(μm)4003002001000 20 40 60 80年齢(歳)網膜厚(μm)400300200100 0 20 40 60 80年齢(歳)網膜厚(μm)400300200100図 4Inner retina における各象限網膜厚と年齢の分布0 20 40 60 80年齢(歳)網膜厚(μm)400300200100 0 20 40 60 80年齢(歳)網膜厚(μm) 4003002001000 20 40 60 80年齢(歳)網膜厚(μm)400300200100 0 20 40 60 80年齢(歳)網膜厚(μm)400300200100Temporal outer Superior outerNasal outer Inferior outer図 5Outer retina における各象限網膜厚と年齢の分布268あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (130)0.222, p=0.0012),superior outer(r=.0.244, p=0.0004),inferior outer(r=.0.25, p=0.0013)の各部位で負の相関がみられたが,nasal outer(r=.0.098, p=0.0500)では相関を認めなかった(図5).III考按黄斑部網膜厚は中心小窩で最も薄く,直径1.3 mm 領域で厚くなり,6 mm 領域にかけて薄くなることがわかった.これらの結果は,ほぼ同じ測定領域である金井らの報告4)およびChan らの報告7)と同様の結果であり(表1),解剖学的所見と一致するものであった.黄斑部網膜厚の部位による差は,inner retina ではtemporalが他象限に比べ薄く,outer retina ではnasal が最も厚くtemporal が最も薄かった.以前より耳側に比べて鼻側が厚いと報告されており,helium-neon laser を用いて測定したものでは鼻側網膜は耳側よりも25%厚いと述べられている10).また,ヒト網膜伸展標本を用いた研究においても神経節細胞の分布密度が耳側より鼻側のほうが高いことが確認されており11),これらの報告は筆者らの結果を裏付けるものである.黄斑部網膜厚の年齢変化については,OCT 機種の違いや測定部位,対象者の屈折もさまざまであることから,いまだ表 1黄斑部網膜厚の報告眼(例) 機種屈折(D) FovealminimumFovea(1 mm)Inner retina(3 mm)Outer retina(6 mm)金井ら,20024) 47(47) OCT2000TM +3.00..3.00 142±15 T:246±20 NS NSS:257±18N:246±20I:255±18Tewari HK et al, 20045) 340(170) OCT3000TM +5.80..8.00 149±21 181±18 T:224±25 T:209±17S:255±21 S:228±16N:258±21 N:245±17I:256±19 I:218±15Gobel et al, 20026) 159(205) OCT2000TM +7.25..11.13 142±18 T:272±13 NS NSS:268±11N:258±8I:270±10Chan A et al, 20067) 37(37) OCT3000TM +6.00..6.00 182±23 212±20 S:255±17 S:239±16I:260±15 I:210±13T:251±13 T:210±14N:267±16 N:246±14Present study 153(153) OCT3000TM +2.00..2.00 156±16 194±18 T:262±14 T:226±14S:274±14 S:242±16N:274±15 N:261±16I:271±15 I:233±15T:Temporal,S:Superior,N:Nasal,I:Inner. NS:Not significantly.表 2年齢変化の報告眼数(人) 年齢(歳) 屈折(D) 機種年齢との相関金井ら,20024) 47(47) 21.79 +3.00..3.00 OCT2000TM 中心小窩では相関なし中心小窩から0.25 mm(耳・上・鼻・下側) 相関なし中心小窩から0.75 mm(耳・上・鼻・下側) 負相関あり中心小窩から1.0 mm(耳・上・鼻・下側) 負相関ありTewari HK et al, 20045) 340(170) 10.78 +5.80..8.00 OCT3000TM Minimum foveal thickness 正相関ありAverage foveal thickness 相関なしGobel et al, 20026) 159(205) 13.92 +7.25..11.13 OCT2000TM Mean retinal thickness 相関なしChan A et al, 20067) 37(37) 22.71 +6.0..6.0 OCT3000TM Foveal thickness 相関なしPresent study 153(153) 4.81 +2.00..2.00 OCT3000TM Foveal minimum thickness 相関なしFovea thickness 相関なしInner retina thickness(耳・上・鼻・下側) 相関なしOuter retina thickness(耳・上・下側) 負相関ありOuter retina thickness(鼻側) 相関なし(131) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010269一定の見解が出ていない(表2).今回筆者らはouter retinaにおいて耳側,上側,下側で負の相関がみられたが,それ以外の部位では変化はみられなかった.対象者の屈折も軽度で筆者らと類似した測定領域である金井ら4)は,中心小窩においては変化がないものの中心小窩から0.75 mm,1 mm における網膜厚で加齢とともに減少したと述べている.これらの領域は今回測定したinner retina に相当する領域であるが,本研究ではinner retina において年齢による影響はみられなかった.結果の異なる理由として,金井らの用いたOCT2000TM は各測定部位を手動で任意の2 点間を設定しその距離を網膜厚とする方法であるのに対し,今回の測定に用いたOCT3000TM では自動的に測定部位の網膜厚が算出されるという測定機種の違いが考えられる.今回の結果より,年齢の増加に伴い網膜厚に減少がみられたことに関しては,Alamouti ら12)は網膜厚減少の約80%は網膜神経線維層の減少によるものと論じている.神経線維層は年0.44 μm の減少12)が起こることから,網膜内層,特に網膜神経線維層の菲薄化が影響して,網膜厚が減少した可能性が考えられる.本研究で計測した黄斑部網膜厚は,屈折による影響を無視しうる軽度屈折異常のみを対象としており,より正確な網膜厚の部位による差と年齢変化を捉えられたと考える.これらは今後,眼科疾患の重要な指標となるであろう.文献1) Sanchez-Tocino H, Alvarez-Vidal A, Maldonado MJ etal:Retinal thickness study with optical coherence tomographyin patients with diabetes. Invest Ophthalmol Vis Sci43:1588-1594, 20022) Guedes V, Schumun JS, Hertzmark E et al:Opticalcoherence tomography measurement of macular andnerve layer thickness in normal and glaucomatous humaneyes. Ophthalmology 110:177-189, 20033) Altintas O, Yuksel N, Ozkan B et al:Thickness of theretinal nerve fiber layer, macular thickness, and macularvolume in patients with strabismic amblyopia. J PediatrOphthalmol Strabismus 42:216-221, 20054) 金井要,阿部友厚,村山耕一郎ほか:正常眼における黄斑部網膜厚と加齢性変化.日眼会誌 106:162-165, 20025) Tewari HK, Wagh VB, Sony P et al:Macular thicknessevaluation using the optical coherence tomography in normalIndian eyes. Indian J Ophthalmol 52:199-204, 20046) Gobel W, Hartmann F, Haigis W:Determination of retinalthickness in relation to the age and axial length usingoptical coherence tomography. Ophthalmology 98:157-162, 20017) Chan A, Duker JS, Ko TH et al:Normal macular thicknessmeasurements in healthy eyes using stratus opticalcoherence tomography. Arch Ophthalmol 124:193-198,20068) Wang GL, Wang MY, Xiong Y:The image futures ofoptical coherence tomography in pathologic myopia. ZhonghuaYan Ke Za Zhi 40:597-600, 20049) Lam DS, Leung KS, Mohamed S et al:Reginal variationsin the relationship between macular thickness measurementsand myopia. Invest Ophthalmol Vis Sci 48:376-382, 200710) Mahnaz S, Ran CZ, Marek M:Topography of the retinalthickness in normal subjects. Ophthalmology 97:1120-1124, 199011) 亀井亜理:ヒト網膜神経節細胞の形態に関する研究.日眼会誌 92:818-827, 198812) Alamouti B, Funk J:Retinal thickness decreases withage:an OCT study. Br J Ophthalmol 87:899-901, 2003***

レーザースペックル法により治療過程を評価した網膜血管閉塞性疾患5例

2010年2月28日 日曜日

260 ( 12あ2)たらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 0910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》 あたらしい眼科 27(2):260.264,2010cはじめに網膜動脈閉塞症(RAO)は一般に高齢者に急激に発症し,視力予後不良な疾患である.治療には血栓溶解剤(ウロキナーゼ),高圧酸素療法,星状神経節ブロック,眼球マッサージなどがあげられるが,RAO の治療経過は閉塞の部位・程度・治療開始時期などによって大きく異なるため1,2),種々の治療法の有効性についての議論はいまだ絶えない.今回,筆者らは網膜中心動脈閉塞症(CRAO)と網膜動脈分枝閉塞症(BRAO)および眼虚血症候群の症例について,レーザースペックルフローグラフィ(以下LSFG)を用いて本症の治療過程における網膜血流動態を検討したので報告する.I対象および方法対象症例は2007 年9 月から2008 年7 月までに札幌医科大学眼科(以下,当科)で入院または外来で治療したRAOおよび眼虚血症候の5 例である.性別は男性4 例,女性1例,平均年齢は68.4±8.4 歳であった.各症例の治療は血栓〔別刷請求先〕井口純:〒060-8543 札幌市中央区南1 条西16 丁目札幌医科大学医学部眼科学講座Reprint requests:Jun Inokuchi, M.D., Department of Ophthalmology, Sapporo Medical University School of Medicine, South-1,West-16, Chuo-ku, Sapporo 060-8543, JAPANレーザースペックル法により治療過程を評価した網膜血管閉塞性疾患5 例井口純石川太前田貴美人小林和夫日景史人児玉章宏大黒浩札幌医科大学医学部眼科学講座Retinal Blood Flow Evaluation via Laser Speckle Flowgraphy before and afterTreatment in Retinal Artery OcclusionJun Inokuchi, Futoshi Ishikawa, Kimihito Maeda, Kazuo Kobayashi, Masato Hikage, Akihiro Kodama andHiroshi OhguroDepartment of Ophthalmology, Sapporo Medical University School of Medicine目的:動脈閉塞疾患の治療前後での網膜血流動態を報告する.対象および方法:対象は男性4 人,女性1 人,年齢は60.80 歳(平均±標準偏差68.4±8.4 歳).疾患は網膜中心動脈閉塞症(CRAO)3 例,網膜動脈分枝閉塞症1 例,眼虚血症候群1 例であった.レーザースペックルフローグラフィ(LSFG)を用いて,この5 症例の治療前後における網膜血流動態を検討した.血流速度の指標としてsquare blur rate(SBR 値)を用いた.結果:すべての症例で,治療後,網膜中心動脈のSBR 値は上昇した.5 症例のうち発症より長時間経過したCRAO 1 例以外の視力改善を認めた.結論:LSFG は動脈閉塞疾患の治療効果判定に有用であり,薬物,および星状神経節ブロックにより網膜血流の改善が期待される.We report on retinal blood flow level before and after treatment in retinal artery occlusion. This studyinvolved 5 patients(4 male, 1 female;age range:60.80 years, average:68.4±8.4 years)with retinal arteryocclusion(3 with central retinal artery occlusion, 1 with branch retinal artery occlusion and 1 with ocular ischemicsyndrome). We used Laser Speckle Flowgraphy(LSFG)to evaluate retinal blood flow level before and after treatment.Square blur rate(SBR), a quantitative index of relative blood flow velocity, was used. The mean SBR of thecentral retinal artery increased after treatment in all cases. Visual acuity also improved in all cases except 1, inwhom a long time had passed since onset. Medical therapy and stellate ganglion block improve retinal blood flowvelocity;LSFG can be used to evaluate the effect of these therapies on retinal artery occlusion.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)27(2):260.264, 2010〕Key words:網膜中心動脈閉塞症,眼虚血症候群,網膜血流,レーザースペックルフローグラフィ(LSFG).central retinal artery occlusion, ocular ischemic syndrome, retinal blood flow, Laser Speckle Flowgraphy(LSFG).(123) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010261溶解剤投与,星状神経節ブロック(SGB),プロスタグランジンE1 製剤(以下,PG 剤)投与の併用を発症期間や全身状態を考慮して行った.5 症例についてLSFG(ソフトケア社)を使用し,治療開始前後で網膜中心動脈(CRA)の血流を評価した.血流速度の指標としてsquare blur rate(SBR 値)を求めた.SBR 値はblur rate(BR 値)を二乗した値であり,BR 値はエリアセンサーで取り込まれたスペックルパターンの輝度偏差の逆数である.マイクロスフェア法や水素クリアランス法を用いた研究からBR 値が血流量に相関することが明らかにされている3,4).これらの値は単位をもたないので直接的に症例間の比較をすることはできない.よって,今回は治療過程における網膜血流動態を同一症例のSBR 値の変化率で評価した.測定は一度に3 回行いその平均値を用いて治療前後の変化率を求めた.SBR 値のカラー画像では低値から高値になるに従って寒色系から暖色系に変化するよう設定し,検眼鏡検査およびカラー眼底写真よりCRA を同定しラバーバンドを設定した(図1,3).II症例(表1,2)症例1(60 歳,女性):平成20 年5 月9 日,左眼の突然の視力低下および視野狭窄を自覚し近医受診した.RAO の疑いにて眼球マッサージ後,発症後2 時間半で当科紹介となった.初診時視力は右眼0.16(1.25),左眼HM(n.c.).左眼眼底で上下アーケード,下方への動脈内に血栓様の反射を認め,下耳側動脈の閉塞と対応した網膜の白濁を認めた.Cherry-red spot は認めなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)でchoroidal flash は1 分39 秒と遅延しており,動脈への流入は2 分30 秒過ぎであった.下方動脈への流入は結局認めなかった. 切迫型CRAO の診断にて治療を開始した.ウロキナーゼ(ウロキナーゼR)24 万単位/日およびアルプロスタジル(リプルR)5 μg/日7 日間点滴静注を行い,その後ワルファリンカリウム(ワーファリンR)5 mg/日内服し,眼底およびFA 所見はしだいに改善した.左眼視力は初診時HM(n.c.)から治療開始後20 日で0.16(1.25)に改善し,これに一致してCRA のSBR 値は19%上昇した.症例2(80 歳,男性):平成20 年5 月12 日より左眼下耳側の視野障害を自覚し5 月14 日近医受診した.左眼BRAOの疑いにて当科紹介となった.初診時視力は右眼0.2(1.0),左眼0.16(0.7).左眼眼底で上耳側動脈および上鼻側動脈の狭小化と網膜の白濁を認め,FA で同動脈の流入遅延を認めた.左眼BRAO の診断で治療を開始した.発症後2 日経過していた.ワルファリンカリウム(ワーファリンR)5 mg/日,カリジノゲナーゼ(カルナクリンR)30 単位/日投与を開始し,開始後6 日で網膜の白濁は軽快した.左眼視力は初診時0.16(0.7)から0.32(0.8)となり,これに一致してCRA のSBR値は67%上昇した.症例3(66 歳,男性):平成19 年9 月末頃より軽度の視力低下を自覚していた.10 月6 日急激な左眼視力低下を自覚し10 月7 日近医受診した.左眼BRAO の疑いで当科紹介となった.発症より少なくとも14 時間以上経過していた.初診時視力は右眼0.4(1.0), 左眼0.02(0.2). 左眼眼底にcherry-red spot と黄斑部周辺の蒼白化と浮腫を認めた.FA では明らかな動脈流入遅延および閉塞所見は認めなかっ表 1各症例の治療経過症例(年齢,性別)疾患(経過時間) 治療視力治療前治療後① 60 歳,女性切迫型CRAO(2.5 時間)ウロキナーゼ/アルプロスタジル→ワルファリンカリウムHM(n.c.) 0.16(1.25)② 80 歳,男性BRAO(2 日) ワルファリンカリウム/カリジノゲナーゼ0.16(0.7) 0.32(0.8)③ 66 歳,男性CRAO(14 時間以上)アルプロスタジル/SGB→ベラプロストナトリウム/カリジノゲナーゼ0.02(n.c.) (0.4)④ 76 歳,男性CRAO(4 日)アルプロスタジル/SGB→ベラプロストナトリウム0.02(n.c.) 0.02(n.c.)⑤ 60 歳,男性眼虚血症候群(1 週間以上)アスピリン/アルプロスタジル/SGB→ベラプロストナトリウム0.09(n.c.) 0.2(1.0)SGB:星状神経節ブロック.表 2SBR 値(CRA)の実測値と改善率症例(年齢,性別)疾患(経過時間)SBR 値(mean±SD) SBR 値治療前治療後改善率① 60 歳,女性切迫型CRAO(2.5 時間) 32.1±1.8 38.2±2.2 19.0%↑② 80 歳,男性BRAO(2 日) 26.4±4.0 44.1±1.6 67.0%↑③ 66 歳,男性CRAO(14 時間以上) 16.2±4.0 28.2±2.0 74.1%↑④ 76 歳,男性CRAO(4 日) 14.5±2.2 18.7±1.8 29.0%↑⑤ 60 歳,男性眼虚血症候群(1 週間以上) 9.7±0.7 11.9±0.7 22.7%↑262あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (124)た.左眼CRAO の疑いで治療を開始した.アルプロスタジル(リプルR)10 μg/日点滴7 日間およびSGB を開始し,治療開始後1 週間で網膜の白濁および浮腫は軽快した.左眼視力は治療前0.02(0.2)から治療開始後19 日で(0.4)に改善し,これに一致してCRA のSBR 値は74.1%上昇した.症例4(76 歳,男性):平成20 年5 月9 日急激な右眼視力低下を認め,5 月12 日近医受診した.右眼CRAO 疑いにて5 月13 日当科紹介となった.発症後4 日経過していた.初診時視力は右眼0.02(n.c.),左眼0.125(0.5).右眼眼底に視神経乳頭浮腫を認め,後極部を中心に乳白色の網膜の混濁および浮腫をきたしcherry-red spot を認めた.FA では黄斑部および視神経乳頭周囲の脈絡膜への流入が遅延していた.下耳側動脈への流入は5 分過ぎても認めなかった. 右眼CRAO の診断にてアルプロスタジル(リプルR)10 μg/日8図 3治療前後のカラー眼底血流マップとCRA のSBR 値(症例5)左から初診時右眼,初診時左眼,治療後26 日左眼で,各SBR 値はそれぞれ26.1, 8.8, 11.2 であった.図 1症例5 の初診時眼底写真左眼は視神経乳頭を中心に軟性白斑が多発している.図 2症例5 の治療後眼底写真治療前に比較して左眼の軟性白斑が減少している.(125) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010263日間点滴静注およびSGB を開始した.治療開始後視野拡大の自覚は認めたが,右眼矯正視力(0.02)と改善はみられなかった.CRA のSBR 値は治療開始後17 日で29%上昇した.症例5(60 歳,男性):平成19 年8 月頃よりしだいに左眼視力低下があり,9 月18 日近医受診した.網膜血管炎が疑われ,ステロイドTenon .下注射が行われるも症状改善せず10 月3 日当科紹介となった.初診時視力は右眼1.0(n.c.),左眼0.09(n.c.).左眼眼底に視神経乳頭周囲の軟性白斑と線状出血を認めた(図1).FA では腕動脈循環時間が38 秒と遅延し,左視神経乳頭周囲に無血管野と蛍光漏出を認めた.左眼虚血症候群の疑いでアルプロスタジル(リプルR)5 μg/日点滴静注・SGB およびアスピリン(バイアスピリンR)100 mg/日内服を開始し,左視神経乳頭周囲の軟性白斑は徐々に軽快した(図2).視力は初診時左眼0.09(n.c.)が治療開始後6 日で0.2(1.0)まで改善し,治療後26 日でCRA のSBR 値が22.7%上昇した.III考按RAO の視力予後は初診時視力,閉塞の程度・部位,治療開始時期,全身合併症の有無により異なる.RAO に対する治療法はさまざま示されているが,いずれも治療として確立されていない.CRAO の治療にはウロキナーゼやPG 剤が有効であるとの報告5.7)があり,高圧酸素療法については有効と無効の報告8,9)がある.今回,筆者らは各治療法と血流改善との関係および視力予後との関係などを検討することにより有効な治療法をLSFG で評価することができると考え,本検討を行った.表1,2 で示したとおり,年齢・疾患・治療開始時期・治療法などそれぞれ異なるが,5 例とも治療開始後,網膜中心動脈のSBR 値の上昇を認めた.症例4 では治療により血流改善は得られたものの視力改善は得られなかった.これは治療開始時期が遅かったことが影響していると考えられる.その他の症例では血流改善とともに視力の改善が得られており,本症の視力改善には血流改善が関与していると考えられた.RAO に対する治療としては血栓溶解剤,SGB,高圧酸素療法を基本とした治療が一般的であるが,高齢者に多く発生し,高血圧や動脈硬化性の疾患を有する症例が多いことや,萩村ら2)の報告にもあるように初診時視力不良例では改善例が少ないため,どこまで治療を行うべきかについては今後検討が必要である.今回の検討では患者背景が異なるため,全症例で同一の治療を行うことは困難であり,症例数も少ないことから,RAO に対する有効な治療法を検討するまでには至らなかった.症例5 は片眼性の緩除な視力低下があり,図1 で示したとおり眼底に視神経乳頭周囲に軟性白斑と一部線状出血を認め,診断が困難な一例であった.前医では炎症性疾患が疑われたが治療効果がなく当院紹介となった.MRA では明らかな閉塞を認めなかったがFA にて腕動脈循環時間の遅延があり,網膜血流の循環障害が背景にあることが推察された.鹿嶋ら10)は,健常者ではLSFG におけるカラーマップで明らかな左右差は認めなかったと報告している.図3 に示したとおり本症例ではLSFG カラーマップで明らかな左右差を認め,片眼の血流低下を視覚的に捉えることができた.RAOや眼虚血症候群にはFA やインドシアニングリーン蛍光造影(IA)といった血管造影が有用であるが,これらの症例では,糖尿病や高血圧のコントロールが不良な症例や腎機能が不良である症例も多く,これらを施行するリスクが高い場合がある.検眼鏡では捉えることのできない網脈絡膜の血流低下を非侵襲的に画像化することができるLSFG の診断補助機器としての価値は高いと思われる.橋本ら11)はLSFG は前部虚血性視神経症の診断と経過観察に有用であると報告しており,今後さまざまな疾患において広く臨床応用されていくことが期待される.LSFG は血流速度を定量化する点ではレーザードップラー法と類似しているが,画像化できるという利点を有する.各症例でみられたように視覚的にも血流量の変化が把握でき,さらに画像から容易に測定部位が同定できるため,経時的に病変部位の血流動態を観察することが可能である.今までにLSFG の臨床応用としては,緑内障における眼圧降下剤の点眼による虹彩組織・視神経乳頭の血流量の変化に関する研究12.14)や原田病におけるステロイドパルス療法の治療効果判定に有用であるといった報告15)がなされており,さまざまな治療薬や治療法が開発されている現在,これらの網膜血流への影響や治療効果の検証および病態の把握にも有用であると考えられる.しかし一方で,LSFG で得られる測定値は絶対値でないため直接的に症例間の比較をすることができない欠点があり,同一症例の相対変化を捉えることのみで各治療法の効果を全体的に判定することはむずかしいと思われた.解像度が改善されたとはいえ,LSFG 単独ではFA やIA といった従来の検査法の診断レベルにはまだ及ばず,本装置を用いて臨床評価を行う際はこれらを併用し行わざるをえないのが現状である.この点は今後の検討課題であり,解像度の向上・網膜と脈絡膜血管の分離・測定時間の短縮などと含め,今後改善が望まれる.文献1) Augsburfer JJ, Magargal LE:Visual prognosis followingtreatment of acute central retinal artery obstruction. Br JOphthalmol 64:913-917, 19802) 萩村徳一,岸章治,飯田知弘:網膜動脈閉塞症の病型と視力予後.臨眼 48:715-719, 1994264あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (126)3) 玉置泰裕,川本英三,新家眞ほか:レーザースペックル現象を利用した視神経乳頭および脈絡膜末梢循環の血流測定─指標normalized blur の定量性について─.日眼会誌98:162-168, 19944) 杉山哲也,戸田恵美,小鳥祥太ほか:レーザースペックル眼底循環解析装置を用いた視神経乳頭循環測定の水素クリアランス法による評価.日眼会誌 100:443-447, 19965) 森本賢治,福本光樹,吉井大ほか:10 年間に経験した網膜動脈閉塞症の治療経過.臨眼 38:825-830, 19966) Schmidt D, Schumacher M, Wakhloo AK et al:Microcatheterurokinase infusion in central retinal artery occlusion.Am J Ophthalmol 113:429-434, 19927) 湯沢美都子:網膜血管閉塞性疾患に対するプロスタグランディンズの効果.眼科 28:1381-1387, 19868) Anderson B, Saltzman HA, Heyman A:The effect ofhyperbaric oxygenation on retinal arterial occlusion. ArchOphthalmol 73:315-319, 19659) Atebara NH, Brown GC, Cater J:Efficacy of anteriorchamber paracentesis and carbogen in treating acute nonarteriticcentral retinal artery occlusion. Ophthalmology102:2029-2035;discussion 2034-2035, 199510) 鹿嶋友敬,岸章治:レーザースペックルフローグラフィが診断に有用であった眼虚血症候群の1 例.臨眼 61:1669-1675, 200711) 橋本雅人,田川博,大塚賢二:レーザースペックル法により血流動態が確認できたAION の一例.臨眼 54:265-268, 200012) 田川博,岡田昭人,藤居仁ほか:チモロール点眼による人眼での虹彩と房水静脈の血流の変化.日眼会誌 99:435-439, 199513) 玉置泰裕,富田憲,新家眞ほか:カルテオロール点眼の家兎視神経乳頭末梢循環に及ぼす影響─レーザースペックル眼底末梢循環解析機による検討─.日眼会誌 99:895-900, 199514) 牧本由紀子,杉山哲也,東郁郎ほか:イソプロピルウノプロストン長期点眼の網脈絡膜循環に及ぼす影響.日眼会誌 104:39-43, 200015) Hirose S, Saito W, Ohno S et al:Elevated choroidal bloodflow verocity during systemic corticosteroid therapy inVogt-Koyanagi-Harada disease. Acta Ophthalmol 86:902-907, 2008***

Laser Speckle Flowgraphy による網膜血管血流量解析

2010年2月28日 日曜日

256 ( 11あ8)たらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 0910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》 あたらしい眼科 27(2):256.259,2010cはじめに筆者らはこれまでLaser Speckle Flowgraphy(LSFG)とよばれる眼底の血流分布を動画でリアルタイムに画像化するシステムを,国内の多くの研究機関と共同で研究・開発してきた1.11).LSFG で得られる表示値(mean blur rate:MBR)は流速,または流量を反映した値であると議論されてきたが,はっきりとした根拠が提示されているとは言い難く,どちらかといえば平均流速を表す値であるとする報告が多くなされている12,13).今回筆者らは網膜血管の分枝部に着目し,分枝前後の血流を解析することにより,LSFG で用いられる表示量MBR 値が,血流量を反映した値であると推定できる結果を得たので報告する.I対象および方法眼撮影装置LSFG-NAVI の解析ソフトの最新版(Ver3)にはCrossSectionEx とよぶオプションソフトがあり,図1aに示すようにラバーバンドで血管の周りに矩形領域を設定すると,蛇行した血管でも図1b のように血管中心線を直線に並べる機能を追加できる.さらに血管の走行に沿ってMBR値を平均した値<MBR>を求めれば,図2 のように血管の断面方向の血流分布を描画できる.従来までは真っ直ぐに伸びた血管部分しかこの血流断面を求めることができなかったが,このソフトを利用すれば,血管が多少蛇行していても解析できるようになり,適用範囲が広がってくる.このソフトには,図2 のように適切な閾値(血管領域と血管の背景組織〔別刷請求先〕岡本兼児:〒820-0066 飯塚市幸袋576-14 飯塚リサーチパーク内トライバレーセンターB209ソフトケア有限会社Reprint requests:Kenji Okamoto, Softcare Ltd., Tryvalley Center B209, Iizuka Research Park, 576-14 Kobukuro, Iizuka-City,Fukuoka 820-0066Laser Speckle Flowgraphy による網膜血管血流量解析岡本兼児*1レーフン トゥイ*1高橋則善*1安本篤史*1藤居仁*2*1 ソフトケア有限会社*2 九州工業大学情報工学研究院電子情報工学研究系Analysis of Blood Flow in Retinal Vessels Using Laser Speckle FlowgraphyKenji Okamoto1), Lephuong Thuy1), Noriyoshi Takahashi1), Atsushi Yasumoto1) and Hitoshi Fujii2)1)Softcare Ltd, 2)Department of Computer Science and Electronics, Kyushu Institute of Technology今回筆者らはLaser Speckle Flowgraphy(LSFG)で得られる表示量mean blur rate(MBR)値が,血流量を反映した相対値であると考えられるデータを得たので報告する.LSFG で得られた眼底血流マップ(5 人9 眼)のデータを基に,1 本の網膜血管(親血管)が2 本の血管(子血管)に分枝する部位に注目し,それぞれの血管の断面方向に血流値を積算した値を血流量と仮定し,この値が親血管と子血管の和に対して保存されているか検討を行った.その結果,適切に網膜血管の領域を定め,背景血流と分離すれば,上述した断面方向に積算した値は,分枝の前後でほぼ等しくなり,両者の間には強い相関があることが判明した.これにより従来のLSFG における表示量MBR 値から,血流量の変化を情報として引き出せることがわかった.Laser Speckle Flowgraphy(LSFG)uses a special value, mean blur rate(MBR), to evaluate and display retinalblood flow distribution. In this paper, we report on a study of the conserving property of MBR values read atbranch vessels on the retinas of 5 healthy males, using the new version of LSFG-NAVI. By setting the thresholdlevel appropriately so as to extract the vessel region, then subtracting the background level from each MBR valueand integrating the values over the vessel cross-section, we found that the integrated values are conserved beforeand after the branching. This result suggests that the integrated value indicates blood flow volume, rather thanblood flow velocity.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)27(2):256.259, 2010〕Key words: 血流計, レーザースペックル, 眼撮影装置, 血流量.blood flowmetry, laser speckles, medicalinstruments, blood flow volume.(119) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010257を区分する境界のMBR 値)を定めることにより,網膜血管の占める領域を自動抽出し,この領域内のMBR 値から周囲のMBR 値を減算した値の総和,すなわち図2 の斜線部分の面積を算出する機能も備えている.筆者らは網膜血管の分枝部に注目し,分枝の前後で血流量は保存されるはずなので,MBR 値をどのように加工すればこの血流量の保存則を満たすことができるかについて,詳しい解析を行った.まず図3 のように網膜上の1 本の血管を親血管(①)とし,親血管から2 本に分岐した子血管(② , ③)について,上記のオプションソフトを利用して血管断面に沿った<MBR>の分布をそれぞれ求める.次に親血管側について図2 の斜線で示す部分の面積A を求め,子血管② , ③についてもそれぞれの同様の面積(B, C)を求めて加算し(B+C),両者の値を比較した.このとき血管部分の占める領域を決める閾値の選び方が,実効的な血管径や流量を議論するうえで重要となる.また,斜線で示す部分の底辺を全体のどのレベルに設定するかについても,はっきりとした基準があるわけではない.ただ,網膜血管が背後の脈絡膜血管を横切るときは,その交差部で値が一般的に高めに出ることがわかっているので,図2 で示すように血管の両側の値を結んだ線を背景血流として単純に差し引くことは妥当と考えられる.今回の閾値の設定では,図2 で血管断面の血流ピーク値と閾値に対する比を定義し(ここではピーク比率と名付ける),この値を0.1.0.5 まで変えながら,上記の面積A とB+Cを比較した.測定対象は同意を得た健康成人5 人の9 眼とし,LSFG-NAVI〔ソフトケア(有)社製〕を用いて眼底血流を多数回測定して,図3 のような合成マップを作成した.そのなかからフォーカスがよく血管輪郭が明瞭な血流マップを選び,さらに第3 分枝以内の中心動脈・静脈の血管分枝部分を無作為に40 例(血管径約60.130 μm,動脈23 例,静脈17 例)を選択し,検証の対象とした.その際血管分枝部は,背景の組成がほぼ同様であると考えられる部位を選択した.たとえば,親血管が視神経乳頭上にあり,子血管が乳頭外の脈絡膜上に位置するような場合は,解析対象から除外した.動脈・静脈の判定はLSFG-NAVI の時間解析機能14)と眼底写真の画像を用いて行った.II結果前述した分枝部40 例について,血管部分の<MBR>の総和,すなわち図2 の斜線部の面積を,親血管(A)と子血管の和(B+C)についてそれぞれ求め,プロットした例が図4(a) (b)図 1 血流合成マップ上で蛇行した網膜血管に矩形ラバーバンドを設定した様子(a)とCrosSectionEx を使って網膜血管の中心を直線に並べ直した様子(b)血管の左右の白線が血管と認識した境界線.それぞれの図の矢印が同じ部位を指し示している.組織部分組織部分血管と組織を区分する閾値血管部分の血流量とする領域血管部分血管背景部分血流量offset血管横断方向 X血流ピーク<MBR>[arb. unit]Width図 2 CrossSectionEx で抽出した血管を基に,血管を横切る方向に血流分布を表示し,血流量を解析する模式図図 3 平均血流マップ上に,分枝前の親血管(①)と分枝後の子血管(②,③)にラバーバンドを設定した例258あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (120)である.この図は閾値をピーク比率=0.3 に設定した場合で,回帰直線の傾きが0.98 であり1 に非常に近く,切片項も1.39 と0 に近い値を示している.直線回帰線の有意判定を行った結果p 値が0.001 を大きく下回っていたので,この最小二乗法による直線回帰線は信用してもよいと考えられる.値のばらつきを示す相関係数r は0.982 であり強い相関がみられる.したがってこの条件下では,図2 の斜線部のように<MBR>を断面方向に積算すれば,血流量の保存則がほぼ成立することがわかる.図4 を動脈と静脈に分けてプロットしても差がほとんどなかったので,いずれにおいても流量は保存されていると見なせる.閾値をそれ以外のレベルに設定して,同様の解析を行い,どのような傾向があるかを調べたものが図5 であり,相関係数r がどの閾値でも0.95 以上であることから,値のばらつきは小さいことがわかる.回帰係数が1 に近いほど流量が保存されていること,切片も小さいほど細い血管でも保存則が成立していることを意味するので,今後MBR の積算値を血流量とみなして議論を進めるには,ピーク比率=0.3 で閾値を決定するのが最適であるとの結論を得た.III考按これまでLSFG で使用されてきたMBR 値は,血流速度を反映しているものと理解されてきたが,ヒト眼の背景血流を考慮に入れた詳細な検証は進んでいない.永原ら13)はガラス細管内にヒト血液を循環させたin vitro 実験により,LSFG で出力されたNB 値(NB 値の二乗が本論文のMBR値に相関している1))が血流速度に比例すると同時に,ガラス細管の直径の増加と背景血流があることによっても増加することを詳細に報告している.言い換えれば同じ速度で流れていても,管径が太いほど高めの値が出ることになり,MBR 値が流量にも関係することを示唆している.従来のLSFG では一般にラバーバンド内のMBR の平均値を,血流速度に比例する相対値として読み取り,比較してきたが,ラバーバンドを血管の輪郭に正確に合わせることがなかなかむずかしく,誤差を生む原因になっていた.本論文では網膜血管を背景血流から簡単に分離する新しい手法を導入し,MBR 値から背景血流成分を差し引いた値を血管の走行方法に平均化した後,断面方向に積算したものが,血流量の指標として利用できることを示した.実効的な血管径も推定できることがわかったので,もしMBR 値が血管径に依存せず,流速のみに比例すると仮定した場合,分枝y=0.98x+1.39r=0.982,p<0.001◆:artery○:vein0 200 400面積(B+C)[arb. unit]面積(A)[arb. unit]600 8008006004002000図 4 親血管(①)のMBR 面積(A)と,子血管(②,③)のMBR 面積和(B+C)の比較(閾値ピーク比率=0.3を適用)線形性も良く,動脈・静脈に依存せず,面積(A),面積(B+C)が一致していることが確認できる.0.90.910.920.930.940.950.960.970.980.9910.1 0.2 0.25 0.3 0.35 0.4 0.5閾値 (ピーク比率)回帰係数(a) ・相関係数(r)01234567 切片(b)■:回帰係数(a)■:相関係数(r)■:切片(b)図 5 血管径を定義する際の閾値(ピーク比率)を変化させたときの,回帰係数a,切片b,相関係数r の各パラメータの結果y=1.12x-36.18r=0.968◆:artery○:vein子血管(②,③)の流量和(x)[arb. unit]親血管(①)の流量(y)[arb. unit]0 2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000 14,00014,00012,00010,0008,0006,0004,0002,0000図 6 図4 のデータを基にMBR 値が血管径に依存せず,流速のみに比例すると仮定し,分枝部で流量の保存則が成立するかどうかを検討した図図4 に比べ傾きが大きくオフセットも大きくなっており,流量が多くなるにつれ保存則が成り立たない結果になっている.(121) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010259部で流量の保存則が成立するかどうかも検討した.この場合は,流量は血管に相当する領域内のMBR 値から背景血流成分を差し引いた値を積算した後,該当する総画素数で割って平均血流値を求め,血管断面積を掛ければよい.図6 は図4のデータを基に再計算したもので,分枝後の血流量の和が,分枝前よりも全体的に低くなっていることがわかり,MBR値が血流速度のみに依存するという仮定では,流量保存則が成立しないことを示す結果が得られた.したがって図4 の結果を導いた演算式,すなわちMBR 値から背景血流を減算し,走行方向に平均化して得た<MBR>を断面方向に積算した値のほうが,血流量により近いという結論を得た.これは<MBR>に血管径が重みとしてすでに掛けられていることを意味しており,永原らの実験に近い結果になっている.このとき問題になるのは血管径がどの範囲までなら血流量として評価できるかという点である.測定する血管が太すぎる場合や,分枝後の血管径が大きく異なる場合は,流量が保存されないケースが出てくると思われる.図4 を見る限り,今回解析した60.130 μm の範囲では,動静脈の別なく流量が保存されていることから,乳頭周辺部で通常観察される網膜血管では,本論文で導入した演算によって血流量を正しく評価できると考えられる.ただし血流量といっても,この値は毎秒何ml などの絶対流量としての単位をもつわけではなく,依然として次元のない相対量である.それでも血流速度よりは血流量の増減のほうが,臨床的には重要であり,薬剤投与前後で網膜血管の同一部位で血流量の増減を明確に議論できるようになった意義は大きい.これまではMBR 値を個体間で比較することはむずかしいとされてきた.その理由はMBR 値が血管径や管壁の散乱特性などによって微妙に影響されるからである.たとえば,同一マップ上にある血管径がほぼ等しい動脈,静脈でもラバーバンドにより数値を比較すると,動脈のほうが静脈に比べて若干低めになっている.その理由は動脈の管壁が静脈より厚く,レーザーが静止した組織で散乱される確率が高いため,スペックルの変動速度が若干遅くなるからと考えられる15).網膜血管のうち静脈側の血流量をMBR 値によって安定に測定できるようになれば,いずれ網膜血流量の個体間の比較が可能になると期待できる.脈絡膜や乳頭組織血流に関しては,血管の分枝部の認識は困難であり,MBR 値が血流量を表すという根拠は今のところ見出せない.しかしラバーバンドで領域を設定して読み取ったMBR の平均値は,その領域においてレーザーが内部に浸入してから表面に戻ってくる間に散乱する粒子の平均速度に比例するので,移動する散乱粒子の数と速度の増加,すなわち血流量の増加に伴って高くなることはわかっている.ただ,網膜血管ほどの線形性があるかどうかは未確認であり,今後の詳細な解析を待つことになる.本研究の一部は久留米リサーチパーク・バイオベンチャー等育成事業,NEDO 大学発事業創出実用化研究開発事業,および科研費(18300173)等の助成を受けたものである.文献1) Konishi N, Tokimoto Y, Kohra K et al:New laser speckleflowgraphy using CCD camera. Opt Rev 9:163-169, 20022) Tamaki Y, Araie M, Tomita K et al:Real-time measurementof human optic nerve head and choroid circulationusing the laser speckle phenomenon. Jpn J Ophthalmol41:49-54, 19973) 永谷建,高橋広,秋谷忍ほか:正常眼視神経乳頭循環への加齢の影響─レーザースペックル法による検討.あたらしい眼科 15:1465-1469, 19984) Yaoeda K, Shirakashi M, Funaki S et al:Measurement ofmicrocirculation in optic nerve head by laser speckleflowgraphy in normal volunteers. Am J Ophthalmol 130:606-610, 20005) Yamana Y, Matsuo M, Koketsu Y et al:Dysregulation ofthe postprandial reitnal blood flow in type 2 diabetes.22nd Meeting of the European Society for Microcirculation.The Microcirculation and Vascular Biology 18:95-98, 20026) Isono H, Kishi S, Kimura Y et al:Observation of choroidalcirculation using index of erythrocytic velocity. ArchOphthalmol 121:225-231, 20037) Sugiyama T, Oku H, Komori A et al:Effect of P2X7receptor activation on the retinal blood velocity of diabeticrabbits. Arch Ophthalmol 124:1143-1149, 20068) 廣石悟朗,廣石雄二郎,長谷川裕平ほか:炭酸脱水酵素阻害点眼薬による視神経乳頭循環への影響.臨眼 62:733-737, 20089) 江内田寛:新しいレーザースペックルフローグラフィー(LSFG-NAVI)による網脈絡膜の血流測定.あたらしい眼科 25:827-829, 200810) Watanabe G, Fujii H, Kishi S:Imaging of choroidal hemodynamicsin eyes with polypoidal choroidal vasculopathyusing laser speckle phenomenon. Jpn J Ophthalmol 52:204-210, 200811) Maeda K, Ishikawa F, Ohguro H:Ocular blood flow levelsand visual prognosis in a patient with nonischemictype central retinal vein occlusion. Clin Ophthalmol 3:489-491, 200912) 小西直樹,岡本兼児,藤居仁:リアルタイムレーザーフローグラフィーにおける血流評価量の検討.視覚の科学16:74-78, 199513) 永原幸,玉置泰裕,新家眞ほか:レーザースペックル現象を利用した網膜血管血流速度の測定.日眼会誌 101:173-179, 199714) 岡本兼児,高橋則善,藤居仁:Laser Speckle Flowgraphyを用いた新しい血流波形解析手法.あたらしい眼科26:269-275, 200915) 岡本兼児,小西直樹,藤居仁:イメージセンサと相関法を用いた血流計測.日レーザー医会論集 15:73-76, 1995

角膜炎を伴わない単純ヘルペスウイルス1 型虹彩毛様体炎の3例

2010年2月28日 日曜日

252 ( 11あ4)たらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 0910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》 あたらしい眼科 27(2):252.255,2010cはじめにヘルペス性虹彩毛様体炎は,前部ぶどう膜炎の約5.10%を占めるとされており1),原因ウイルスとして,単純ヘルペスウイルス(HSV),水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV),サイトメガロウイルス(CMV)が報告されている2,3).HSV は角膜,前房,虹彩,線維柱帯など多くの眼内組織に炎症を起こすことが知られており,角膜に樹枝状角膜炎や角膜内皮炎などの炎症を伴う場合は角膜ぶどう膜炎(keratouveitis)とよばれる.HSV はHSV-1 とHSV-2 の2 つのサブタイプが存在するが,この角膜ぶどう膜炎の原因ウイルスはほとんどがHSV-1 と考えられている.一方,VZV が原因の前部ぶどう膜炎では角膜に炎症所見はなく経過中に虹彩萎縮や麻痺性散瞳などの合併症を伴うことが多い.HSV による虹彩毛様体炎でもこのような虹彩萎縮がみられることがある.近年,CMV が前部ぶどう膜炎に関与することを示す報告3,4)があり,このような症例ではPosner-Schlossman 症候群に類似〔別刷請求先〕山本紗也香:〒113-8519 東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野Reprint requests:Sayaka Yamamoto, M.D., Department of Ophthalmology & Visual Science, Tokyo Medical and Dental UniversityGraduate School of Medicine, 1-5-45 Yushima, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8519, JAPAN角膜炎を伴わない単純ヘルペスウイルス1 型虹彩毛様体炎の3 例山本紗也香*1,2杉田直*1堀江真太郎*1清水則夫*3森尾友宏*4望月學*1*1 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野*2 柏市立柏病院眼科*3 東京医科歯科大学難治疾患研究所フロンティア研究室ウイルス治療学*4 東京医科歯科大学細胞治療センターThree Cases of Herpes Simplex Virus-1 Anterior Uveitis in the Absence of KeratitisSayaka Yamamoto1,2), Sunao Sugita1), Shintaro Horie1), Norio Shimizu3), Tomohiro Morio4) and Manabu Mochizuki1)1)Department of Ophthalmology & Visual Science, Tokyo Medical and Dental University Graduate School of Medicine,2)Department of Ophthalmology, Kashiwa City Hospital, 3)Virus Research Unit, Frontier Research Unit, Medical ResearchInstitute, 4)Center for Cell Therapy, Tokyo Medical and Dental University虹彩毛様体炎患者の前房水より単純ヘルペスウイルス1 型(HSV-1)DNA がpolymerase chain reaction(PCR)法で高値を示し,HSV-1 による虹彩毛様体炎と考えられたが,経過中に角膜病変がみられなかった3 例を経験した.3例ともに虹彩毛様体炎のため東京医科歯科大学眼科を受診し,PCR 検査で前房水より高コピー数のHSV-1 DNA が検出された.角膜知覚低下が全例に,高眼圧と隅角色素沈着が3 例中2 例にみられた.いずれの症例もバラシクロビル内服,アシクロビル眼軟膏,ステロイド点眼,眼圧降下薬で軽快したが,経過観察中に角膜病変および虹彩萎縮はみられなかった.ヘルペスウイルスは虹彩毛様体炎の重要な原因ウイルスであるが,角膜病変や虹彩萎縮などの特徴的な所見がない場合,診断に苦慮することも少なくない.その疑いがあるときには,早期から眼内液のウイルス学的な検査が重要であると思われた.Herpes simplex virus(HSV)is well known as causing unilateral anterior uveitis characterized by keratitis,mutton-fat precipitates, iridocyclitis, ocular hypertension and iris atrophy. We report here on 3 cases of unusualunilateral anterior uveitis caused by HSV. Polymerase chain reaction was performed to determine the genomicDNA of the human herpes virus in the aqueous humor;HSV-1 DNA was detected in all 3 patients. All patientsreported diminished corneal sensation, 2 of the 3 also showing intraocular pressure elevation and moderate pigmentation.However, none showed iris atrophy or keratitis. They were treated with oral valacyclovir, topical acyclovirand corticosteroids. Unilateral anterior uveitis may result from infection by HSV-1 even in the absence of keratitisand iris atrophy. Virological analysis of intraocular fluid, followed by anti-viral treatment, is therefore recommendedfrom the early stage of this disease.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)27(2):252.255, 2010〕Key words:ポリメラーゼ連鎖反応,単純ヘルペスウイルス1 型,虹彩毛様体炎,角膜炎.polymerase chainreaction(PCR), herpes simplex virus-1(HSV-1), iridocyclitis, keratitis.(115) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010253した高眼圧を伴う虹彩炎か角膜内皮炎の所見を示す.このように,ヘルペスウイルスが原因の前部ぶどう膜炎は,経過中に角膜病変や虹彩萎縮といった特徴的な所見を伴わない場合,臨床的な診断に苦慮することも少なくない.今回筆者らは,経過中に角膜病変や虹彩萎縮などのHSV に特徴的とされる眼所見を伴わない虹彩毛様体炎の前房水よりHSV-1DNA がpolymerase chain reaction(PCR)検査で陽性を示し,HSV-1 虹彩毛様体炎と考えられた3 症例を経験したので報告する.I症例2007 年2 月から2008 年3 月の期間に,東京医科歯科大学病院眼科(以下,当科)を受診し,虹彩毛様体炎の前房水よりHSV-1 DNA が検出され,HSV-1 虹彩毛様体炎と考えられた3 症例.〔症例1〕58 歳,女性.現病歴:左眼の視力低下,充血,霧視が出現したため近医を受診し,左眼視力低下(0.6),眼圧上昇(36 mmHg),虹彩炎のためフルオロメトロン点眼,アセタゾラミド内服を開始されたが,改善しないため2007 年2 月に当科紹介受診となった.初診時眼所見:視力は右眼0.9(1.2×+0.25 D(cyl.0.75 DAx70°),左眼0.15(0.7×.1.25 D(cyl.1.00 D Ax75°),眼圧は右眼15 mmHg,左眼25 mmHg.左眼の前眼部に多数の色素を含む豚脂様角膜後面沈着物,cell 2+程度の中等度の虹彩炎がみられたが,角膜炎はみられなかった(図1).中間透光体,眼底に異常所見はなく,患眼の隅角に軽度の色素沈着がみられた.角膜知覚は健眼と比べて患眼で低下を示していた.上記の特徴的な眼所見に加えステロイド点眼で改善しないことよりヘルペス性虹彩毛様体炎を疑い,インフォームド・コンセントのもと前房水を0.1 ml 採取し,定性PCRでヘルペスウイルス1 型から8 型のスクリーニングを行った.その結果,HSV-1 DNA が陽性を示し,定量PCR でDNA コピー数を測定したところ1.7×106 copy/ml と高コピー数検出された.経過:治療はバラシクロビル1,000 mg/日の内服を3 週間,アシクロビル眼軟膏1 日5 回,ベタメタゾン点眼1 日4 回で徐々に改善し,眼圧上昇はアセタゾラミド1 日750 mg 内服で速やかに軽快した.経過中に角膜炎,虹彩萎縮,麻痺性散瞳の出現はみられず,右眼視力(1.5×+0.50 D(cyl.0.50 DAx70°)に改善した.〔症例2〕57 歳,男性.現病歴:前日から右眼の充血,頭痛が出現し,増悪したため2007 年2 月当科を受診した.初診時眼所見:視力は右眼0.2(0.4×.0.50 D(cyl.1.00 DAx110°), 左眼0.7(1.2×+0.50 D(cyl.1.00 D Ax20°), 眼圧は右眼47 mmHg,左眼18 mmHg.右眼に強い毛様充血,cell 1+の軽い虹彩炎がみられたが,角膜炎や角膜後面沈着物はみられなかった(図2).中間透光体,眼底に異常所見はなく,隅角所見に左右差はみられなかったが,角膜知覚は患眼で低下していた.3 年前に外眼角部のヘルペスの既往がありヘルペス性虹彩毛様体炎を疑い,前房水を採取し同様にPCR を試行した.その結果HSV-1 DNA が1.2×104 copy/ml と高コピー数検出された.経過:治療はバラシクロビル1,000 mg/日の内服を4 週間,アシクロビル眼軟膏1 日3 回,ベタメタゾン点眼1 日4 回で徐々に改善し,眼圧上昇はD-マンニトールの点滴静注,アセタゾラミド1 日750 mg 内服で速やかに軽快した.経過中図 1症例1 の初診時前眼部写真多数の色素を含む豚脂様角膜後面沈着物と虹彩炎がみられていた.図 2症例2 の初診時前眼部写真強い毛様充血,軽度の虹彩炎がみられたが,角膜炎や角膜後面沈着物はみられなかった.254あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (116)に角膜炎,虹彩萎縮,麻痺性散瞳の出現はみられず,右眼視力(1.5×+0.50 D(cyl.1.25 D Ax130°)に改善した.〔症例3〕56 歳,女性.現病歴:1 週間前からの左眼の充血,異物感,霧視,眼痛があり近医を受診した.左眼に肉芽腫性前部ぶどう膜炎がみられたため,ベタメタゾン点眼,デキサメタゾン結膜下注射を連日施行するも改善しないため2008 年3 月当科を紹介受診した.初診時眼所見:視力は右眼0.3(0.8×+2.75 D(cyl.5.00 DAx10°), 左眼0.6(0.7×+1.75 D(cyl.0.50 D Ax130°), 眼圧は右眼12 mmHg,左眼14 mmHg.右眼に強い毛様充血,大型の豚脂様角膜後面沈着物,cell 4+の虹彩炎,虹彩後癒着がみられたが,角膜炎はみられなかった(図3).白内障のほかに中間透光体,眼底に異常所見はみられなかった.隅角は患眼のみに色素沈着がみられ,角膜知覚検査では患眼で低下を示していた.ステロイド点眼に抵抗する虹彩毛様体炎よりヘルペス性を疑い,前房水を採取し同様にPCR を試行した結果,HSV-1 DNA が1.3×107 copy/ml と高コピー数検出された.経過:治療はアシクロビル眼軟膏1 日5 回,ベタメタゾン点眼1 日4 回を開始したが,前眼部炎症が遷延したため,バラシクロビル1,000 mg/日の内服を開始したところ徐々に改善した.経過中に角膜炎,虹彩萎縮,麻痺性散瞳の出現はなく,右眼視力(1.0×+1.50 D(cyl.0.75 D Ax110°)に改善した.II考按単純ヘルペスウイルス(HSV)は初感染後に三叉神経節を中心に,中脳,上頸部交感神経節,網膜,角膜に潜伏感染していることが報告されている6).HSV はさまざまな刺激により神経節に潜伏感染中のウイルスが再活性化し遠心性に眼組織に到達,もしくは末梢に潜伏感染するウイルスの活性化により,眼瞼炎,角結膜炎,角膜炎(上皮型,実質型,内皮型),線維柱帯炎,角膜ぶどう膜炎,虹彩毛様体炎,急性網膜壊死といった眼疾患をひき起こす重要な原因ウイルスである.今回の3 症例では,虹彩毛様体炎の程度は軽度から高度までさまざまであり,3 例中2 例に高眼圧と隅角の色素沈着,角膜知覚低下を全例にみられたが,角膜炎と虹彩萎縮は経過中にみられなかった.HSV 虹彩毛様体炎で典型的な角膜上皮炎や角膜内皮炎などがみられなく,片眼性の高眼圧を伴う虹彩炎の場合,Posner-Schlossman 症候群(PSS)などとの鑑別が困難であり,原因不明のくり返す虹彩毛様体炎と診断されていることが多いと推測される.Van der Lelij ら7)は虹彩萎縮を伴うが角膜病変はみられない特発性前部ぶどう膜炎患者31 名中24 名の前房水をPCR または抗体率で検討した結果,20 名がHSV,4 名がVZV と考えられたと報告している.この報告では90%に眼圧上昇がみられ,32%は角膜知覚が低下しており,20%は当初PSS と診断されていた.今回の3 例中2 例でも眼圧上昇がみられており,片眼性の虹彩毛様体炎で高眼圧症がみられた場合には,経過中に角膜炎がなくてもヘルペス感染を疑う必要があると思われた.今回の3 症例では全例で角膜知覚は低下しており,検眼鏡的に角膜病変はみられなかったが,角膜に分布する神経内でヘルペスウイルスが活性化している可能性が考えられた.HSV やVZV による虹彩毛様体炎による虹彩萎縮は一般的に発症後数カ月経過してから出現することが多いとされており,今回の3 症例でも,早期から抗ヘルペス薬による適切な治療が行われなかったならば虹彩萎縮が出現していた可能性があると思われた.以前よりPSS にはヘルペス感染の関与が示されているが,Yamamoto ら8)は片眼性に軽度の虹彩毛様体炎を伴う高眼圧発作をくり返しPSS と診断された症例の前房水を採取し,HSV,VZV,CMV に対するPCR を施行し,HSV DNA が陽性であったと報告している.最近のいくつかの報告のように4.6),PSS 類似の片眼性の虹彩毛様体炎からCMV DNAやCMV 特異抗体が検出されることがある.これらは免疫不全のない健康人にみられ,発作性の高眼圧を伴う片眼性の虹彩毛様体炎を診た場合,HSV,VZV,CMV などのヘルペス感染を念頭において診察する必要があると思われる.杉田ら9)は,1999 年から2007 年の間に当科を受診したぶどう膜炎患者100 例から眼内液を採取し,ヒトヘルペスウイルス1 型から8 型のDNA をPCR で検討した結果を報告しており,角膜病変を伴いHSV 虹彩毛様体炎と考えられた7 症例中2 例でHSV DNA が陽性であり,VZV 虹彩毛様体炎と考えられた16 例中10 例でVZV DNA が陽性であった.図 3症例3 の初診時前眼部写真強い毛様充血,大型の豚脂様角膜後面沈着物を伴う虹彩炎,虹彩後癒着がみられた.(117) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010255角膜病変を伴う症例では角膜内でのウイルス増殖が中心となり,前房水中にウイルスが検出されにくく,角膜病変を伴わない虹彩毛様体炎では虹彩内でのウイルス増殖が中心となり,前房水中にウイルスが検出されやすいのではないかと思われた.HSV 虹彩毛様体炎の治療は,アシクロビルやバラシクロビルといった抗ウイルス薬の局所,全身投与が基本となる.症例1 と症例3 ではステロイド治療のみでは改善せず,ステロイド治療抵抗性や再発性の場合には,ヘルペス性虹彩毛様体炎を考える必要があると思われた.また,抗ウイルス薬の治療は,症例3 では当初抗ウイルス薬の局所投与だけでは改善が乏しく,内服を開始したところ改善がみられた.ヘルペス性虹彩毛様体炎では,症例によっては抗ウイルス薬は局所投与だけでなく内服を併用する必要があると考えられた.以上より片眼性の高眼圧を伴う虹彩毛様体炎の鑑別疾患として,角膜病変や虹彩萎縮などのヘルペスウイルスに特徴的な所見がなくてもHSV 虹彩毛様体炎を考える必要があると思われた.文献1) Cunningham ET Jr:Diagnosing and treating herpeticanterior uveitis. Ophthalmology 107:2129-2130, 20002) Van der Lelij A, Ooijiman FM, Kijlstra A et al:Anterioruveitis with sectoral iris atrophy in the absence of keratitis.Ophthalmology 107:1164-1170, 20003) Markomichelakis NN, Canakis C, Zafirakis P et al:Cytomegalovirusas a cause of anterior uveitis with sectoraliris atrophy. Ophthalmology 109:879-882, 20024) Chee SP, Bacsal K, Jap A et al:Clinical features of cytomegalovirusanterior uveitis in immunocompetent patients.Am J Ophthalmol 145:834-840, 20085) Van Boxtel LA, Van der Lelij A, Van der Meer J et al:Cytomegalovirus as a cause of anterior uveitis in immunocompetentpatients. Ophthalmology 114:1358-1362, 20076) 下村嘉一:ウイルス性状,潜伏感染と再活性化,伝播と播種.月刊眼科診療プラクティス 92:98-102, 20037) Van der Lelij A, Ooijman FM, Kijlstra A et al:Anterioruveitis with sectoral iris atrophy in the absence of keratitis:a distinct clinical entity among herpetic eye diseases.Ophthalmology 107:1164-1170, 20008) Yamamoto S, Pavan-Langston D, Tada R et al:Possiblerole of herpes simplex virus in the origin of Posner-Schlossman syndrome. Am J Ophthalmol 119:796-798,19959) Sugita S, Shimizu N, Watanabe K et al:Use of multiplexPCR and real-time PCR to detect human herpes virusgenome in ocular fluids of patients with uveitis. Br J Ophthalmol92:928-932, 2008***

角膜前面トポグラフィーでClaw-shaped Pattern を呈する片眼性円錐角膜が疑われた6症例

2010年2月28日 日曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY (107) 245《原著》 あたらしい眼科 27(2):245.251,2010cはじめにペルーシド(pellucid)角膜辺縁変性は,典型例では角膜周辺部下方が非炎症性に菲薄化,突出する疾患である1,2).典型例の角膜前面トポグラフィーでは,角膜倒乱視が突出部の周囲を囲むように下方に弯曲し,butterfly-shaped appearanceやclaw-shaped pattern などと形容される特徴的な所見を呈する3.8).しかし,角膜前面トポグラフィーで見受けられるclaw-shaped pattern はペルーシド角膜辺縁変性に特異的な所見ではなく,円錐角膜でも同様の所見を呈することが報告されている9).今回,神奈川クリニック眼科におけるエキシマレーザー屈折矯正手術の術前検査で,角膜前面トポグラフィーで片眼にのみclaw-shaped pattern を呈する円錐角膜が疑われた6 症例を経験したので報告する.I症例以下に呈示する症例において,角膜炎の病歴や血管侵入,脂肪沈着,偽翼状片,細胞浸潤,角膜潰瘍などテリエン〔別刷請求先〕山田英明:〒163-1335 東京都新宿区西新宿6-5-1新宿アイランドタワー35F神奈川クリニック眼科Reprint requests:Hideaki Yamada, M.D., Department of Ophthalmology, Kanagawa Clinic, Shinjuku Island Tower 35F, 6-5-1Nishishinjuku, Shinjuku-ku, Tokyo 163-1335, JAPAN角膜前面トポグラフィーでClaw-shaped Pattern を呈する片眼性円錐角膜が疑われた6 症例山田英明北澤世志博今野公士土信田久美子神奈川クリニック眼科Six Cases of Suspected Unilateral Keratoconus with Claw-shaped Pattern onAnterior Corneal TopographyHideaki Yamada, Yoshihiro Kitazawa, Kimihito Konno and Kumiko ToshidaDepartment of Ophthalmology, Kanagawa Clinicエキシマレーザー屈折矯正手術の術前スクリーニングで,片眼にのみ角膜前面トポグラフィーでclaw-shapedpattern を呈する6 症例を経験した.このうち5 症例は,角膜傍中心部の突出,菲薄化が認められたため片眼性円錐角膜疑いであると考えられた.1 症例は,異常な角膜の菲薄化は認められないが,片眼性円錐角膜などの角膜拡張性疾患が否定できない症例であると考えられた.提示した6 症例は,片眼にのみトポグラフィー所見を呈しているが,僚眼は所見を伴わないsubclinical な円錐角膜の可能性があり,このような症例に対するエキシマレーザー屈折矯正手術の施行はkeratectasia の原因となりうるため両眼とも適応禁忌であると考えられた.During preoperative screening for excimer laser refractive surgery, we found 6 cases that showed unilateralclaw-shaped pattern on anterior corneal topography. Of those cases, 5 were suspected of being unilateral keratoconus,because of paracentral cornea protrusion and thinning. In the 1 case without abnormal thinning of the cornea,the possibility of ectasic corneal disorder such as unilateral keratoconus could not be completely refuted. Abnormalfindings on corneal topography in the 6 cases were found in only 1 eye;however, the possibility remains that thefellow eye has subclinical keratoconus without abnormal findings. Consequently, in cases like these bilateral excimerlaser refractive surgery is thought to be contraindicated, because it poses the risk of causing postoperativeiatrogenic keratectasia.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)27(2):245.251, 2010〕Key words:片眼性円錐角膜,角膜トポグラフィー,claw-shaped pattern,エキシマレーザー屈折矯正手術,角膜拡張症.unilateral keratoconus, corneal topography, claw-shaped pattern, excimer laser refractive surgery, keratectasia.246あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (108)(Terrien)角膜変性やモーレン(Mooren)潰瘍,自己免疫疾患による周辺部角膜潰瘍などを疑わせる前眼部所見,astigmatickeratotomy(AK)やlimbal relaxing incision(LRI)による角膜切開線は認められなかった.角膜トポグラフィーは,ビデオケラトスコープ(TOMEY 社製TMS-4)およびスリット型角膜形状解析装置(Baush&Lomb 社製OrbscanII)を施行し,固視状態は良好であった.角膜屈折力の測定は,オートレフケラトメーター(NIDEK 社製ARK-700)を使用し,屈折力はD(diopter)で表記した.角膜厚の測定には,超音波角膜厚測定装置(NIDEK 社製US-1800)を使用した.〔症例1〕24 歳,男性.視力は, 右眼0.04(1.5×sph.7.50 D(cyl.0.50 D Ax65°),左眼0.02(0.5×sph.1.00 D(cyl.8.25 D Ax100°)であった. 角膜屈折力は, 右眼K1:43.25 D Ax2°,K2:43.75 D Ax92°,左眼K1:44.25 D Ax97°,K2:53.50 D Ax7° であった.中央部角膜厚は,右眼530 μm,左眼545 μmであった.TMS の所見を図1 に示す.左眼(図1 右)では,clawshapedpattern が認められたが,右眼(図1 左)は軽度角膜直乱視の所見を認めた.Orbscan の所見を図2 に示す.左眼(図2 下段)では角膜前面,後面ともに傍中心部下方の前方偏位および傍中心部下方の顕著な菲薄化が認められたが,右眼(図2 上段)では明らかな異常所見は認められなかった.〔症例2〕38 歳,男性.視力は, 右眼0.09(1.2×sph.0.25 D(cyl.4.75 D Ax75°),左眼0.08(1.2×sph.3.00 D(cyl.1.25 D Ax180°)であった. 角膜屈折力は, 右眼K1:40.75 D Ax71°,K2:44.25 D Ax161°,左眼K1:42.50 D Ax8°,K2:44.50 D Ax98°であった.中央部角膜厚は,右眼500 μm,左眼508 μmであった.TMS の所見を図3 に示す.右眼(図3 左)では,clawshapedpattern が認められたが,左眼(図3 右)は角膜直乱視の所見を認めた.Orbscan の所見を図4 に示す.右眼(図4 上段)では角膜前面および後面傍中心部下方の前方偏位および耳下側傍中心部の菲薄化が認められたが,左眼(図4 下段)では明らかな異常所見は認められなかった.〔症例3〕44 歳,男性.視力は, 右眼0.07(1.5×sph.5.00 D(cyl.0.50 D Ax145°),左眼0.1(1.5×sph.2.75 D(cyl.3.25 D Ax80°)であった.角膜屈折力は,右眼K1:44.00 D Ax170°,K2:45.50 D Ax80°,左眼K1:44.75 D Ax64°,K2:46.00 D Ax154° であった.中央部角膜厚は,右眼522 μm,左眼505μm であった.TMS の所見を図5 に示す.左眼(図5 右)では,clawshapedpattern が認められたが,右眼(図5 左)は角膜直乱視の所見を認めた.Orbscan の所見を図6 に示す.左眼(図6 下段)では角膜前面および後面ともに傍中心部下方の前方偏位および傍中心図 1症例1 のTMS 所見左眼(図右)はclaw-shaped pattern を認め,右眼(図左)は角膜直乱視の所見を認める.図 2症例1 のOrbscan 所見左眼(図下段)は角膜前面および後面傍中心部下方の前方偏位および傍中心部下方の顕著な菲薄化を認めるが,右眼(図上段)は明らかな異常所見は認められない.(109) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010247部下方の菲薄化が認められたが,右眼(図6 上段)では明らかな異常所見は認められなかった.〔症例4〕49 歳,男性.視力は, 右眼0.09(1.2×sph.3.50 D(cyl.3.25 D Ax20°),左眼0.09(1.2×sph.3.75 D(cyl.3.25 D Ax120°)であった.角膜屈折力は,右眼K1:42.75 D Ax 16°,K2:45.75 D Ax106°, 左眼K1:43.50 D Ax126°,K2:45.75 DAx36° であった.中央部角膜厚は,右眼500 μm,左眼488μm であった.TMS の所見を図7 に示す.左眼(図7 右)では,左右非図 3症例2 のTMS 所見右眼(図左)はclaw-shaped pattern を認め,左眼(図右)は角膜直乱視の所見を認める.図 4症例2 のOrbscan 所見右眼(図上段)は角膜前面および後面傍中心部下方の前方偏位および耳下側傍中心部の菲薄化を認めるが,左眼(図下段)は明らかな異常所見は認められない.図 5症例3 のTMS 所見左眼(図右)はclaw-shaped pattern を認め,右眼(図左)は角膜直乱視の所見を認める.図 6症例3 のOrbscan 所見左眼(図下段)は角膜前面および後面傍中心部下方の前方偏位および傍中心部下方の菲薄化を認めるが,右眼(図上段)では明らかな異常所見は認められない.248あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (110)対称なパターンではあるがAmbrosio らがペルーシド角膜辺縁変性として提示した症例10)と同様なclaw-shaped patternが認められた.一方,右眼(図7 左)は角膜斜乱視の所見を認めた.Orbscan の所見を図8 に示す.左眼(図8 下段)では角膜前面および後面ともに耳下側傍中心部の前方偏位および耳下側傍中心部の菲薄化が認められたが,右眼(図8 上段)では明らかな異常所見は認められなかった.〔症例5〕34 歳,女性.視力は, 右眼0.06(1.5×sph.5.00 D(cyl.1.75 D Ax図 7症例4 のTMS 所見左眼(図右)は左右非対称なclaw-shaped pattern を認めるが,右眼(図左)は角膜斜乱視の所見を認める.図 8症例4 のOrbscan 所見左眼(図下段)は角膜前面および後面耳下側傍中心部耳側下方の前方偏位および耳下側傍中心部の菲薄化を認めるが,右眼(図上段)では明らかな異常所見は認められない.図 9症例5 のTMS 所見右眼(図左)はclaw-shaped pattern を認めるが,左眼(図右)は上下非対称な角膜直乱視の所見を認める.図 10症例5 のOrbscan 所見右眼(図上段)は角膜前面および後面傍中心部下方の前方偏位および傍中心部下方の菲薄化を認めるが,左眼(図下段)では角膜前面および後面耳側下方の非常に軽微な前方偏位を認める.(111) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,201024970°),左眼0.08(1.5×sph.5.25 D(cyl.1.50 D Ax165°)であった.角膜屈折力は,右眼K1:43.25 D Ax 67°,K2:44.50 D Ax157°, 左眼K1:42.25 D Ax162°,K2:44.00 DAx72° であった.中央部角膜厚は,右眼484 μm,左眼514μm であった.TMS の所見を図9 に示す.右眼(図9 左)では,clawshapedpattern が認められたが,左眼(図9 右)は上下非対称な角膜直乱視の所見を認めた.Orbscan の所見を図10 に示す.右眼(図10 上段)では角膜前面および後面ともに傍中心部下方の前方偏位および傍中心部下方の菲薄化が認められた.一方,右眼(図10 下段)では角膜前面および後面耳側下方がわずかに前方に偏位している所見が認められたが,その程度は非常に軽微であり,明らかな異常所見と断定することはできないと考えられた.上記5 症例は,片眼にのみTMS でclaw-shaped patternが認められ,Orbscan にて傍中心部の突出および菲薄化が示されたため,片眼性円錐角膜疑いであると考えられ,surfaceablation を含めlaser in situ keratomileusis(LASIK)などのエキシマレーザー屈折矯正手術の適応から除外した.〔症例6〕36 歳,男性.視力は, 右眼0.15(1.5×sph.1.50 D(cyl.0.75 D Ax85°),左眼0.09(1.2×sph.1.50 D(cyl.1.50 D Ax85°)であった. 角膜屈折力は, 右眼K1:43.00 D Ax0°,K2:43.00 D Ax180°, 左眼K1:43.25 D Ax77°,K2:44.00 DAx167°であった.中央部角膜厚は,右眼549 μm,左眼552μm であった.TMS の所見を図11 に示す.左眼(図11 右)では,軽度のclaw-shaped pattern が認められたが,右眼(図11 左)では明らかな異常所見は認められなかった.Orbscan の所見を図12 に示す.両眼ともに角膜前面および後面中心部やや下方がわずかに前方に偏位している所見が認められたが,特に右眼(図12 上段)ではその程度は非常に軽微であり,右眼のOrbscan 所見のみで明らかな異常所見と断定することはできないと考えられた.症例6 は,片眼にのみTMS で軽度のclaw-shaped patternが認められたため,片眼性の円錐角膜疑いもしくはペルーシド角膜辺縁変性疑いであると考えられ,エキシマレーザー屈折矯正手術の適応から除外した.II考按ペルーシド角膜辺縁変性では,角膜中央部から周辺突出部位にかけて角膜形状の扁平化が認められ,その連結現象(coupling phenomenon)として突出部位と垂直方向に角膜乱視が生じ,突出部の周囲を囲むように弯曲し,角膜前面トポグラフィーでclaw-shaped pattern を示す3.7).このような角膜前面トポグラフィー所見は,テリエン角膜変性やモーレン潰瘍およびリウマチなどの自己免疫疾患による周辺部角膜潰瘍など角膜周辺部が菲薄化する疾患およびAK(乱視矯正角膜切開術)やLRI(角膜輪部減張切開術)術後のような角膜周辺部に切開を加え局所的に角膜を脆弱化する処置によっても生じうる4,11,12).しかし,Lee らはclaw-shaped patternがペルーシド角膜辺縁変性など角膜周辺部が菲薄,突図 11症例6 のTMS 所見左眼(図右)は軽度のclaw-shaped pattern を認めるが,右眼(図左)では明らかな異常所見は認められない.図 12症例6 のOrbscan 所見両眼ともに角膜前面および後面中心部やや下方がわずかに前方に偏位しているが,特に右眼(図上段)ではその程度は非常に軽微である.250あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (112)出した状態に特異的な所見ではなく,傍中心部が菲薄,突出する円錐角膜やその疑い症例においても同様にclaw-shapedpattern を示す症例が存在することを報告している9).このLee らの報告では,角膜前面トポグラフィーでclaw-shapedpattern を示した40 眼のうち9 眼が,角膜周辺部が菲薄,突出したペルーシド角膜辺縁変性もしくはその疑い,27 眼が角膜傍中心部が菲薄,突出した円錐角膜もしくはその疑いであった9).円錐角膜疑いという概念があり,これは臨床上前眼部細隙灯で円錐角膜による明らかな病的所見は認められないものの,角膜トポグラフィーにて下方の急峻化など円錐角膜を疑わせる所見を呈する症例であり,将来円錐角膜に進行する可能性がある13).今回の6 症例は,その後のフォローを行っていないため,進行の有無は確認できないが,症例1.5 は片眼にのみTMS にてclaw-shaped pattern が認められたが,Orbscan で菲薄部位が傍中心部と確認されるため,角膜形状解析上片眼性ペルーシド角膜辺縁変性疑いではなく,片眼性円錐角膜疑いであると考えられた.円錐角膜およびペルーシド角膜辺縁変性の発症機序はともにいまだ不明であるが,病理組織学的所見が類似していることや,両疾患の合併例があることから,円錐角膜とペルーシド角膜辺縁変性は類縁疾患と考えられている1,2,14).Lee らは角膜移植を施行する際に菲薄部位による両疾患の鑑別が重要であると述べている9).しかしエキシマレーザー屈折矯正手術の適応判断にあたっては,角膜強度の低下している円錐角膜と同様にペルーシド角膜辺縁変性もkeratectasia が発症する危険性があるため適応禁忌である8,15.19).症例6 はOrbscanで異常な菲薄部位は確認されないが,TMS で片眼にのみ軽度のclaw-shaped pattern を示しており,円錐角膜やペルーシド角膜辺縁変性などの角膜拡張性疾患の可能性が否定できない疑い症例13)であると考えられる.このような円錐角膜が疑われる形状はEctasia Risk Factor Score System では4 点となり,Ectasia Risk Factor Score Categories ではLASIK の施行は禁忌となるhigh risk に分類される20).よって症例6 は,軽度のclaw-shaped pattern のみでは,円錐角膜疑いもしくはペルーシド角膜辺縁変性疑いの鑑別は不可能であるが,少なくとも円錐角膜疑いの可能性が否定できないため,エキシマレーザー屈折矯正手術は不適応とするべきである21).円錐角膜は両眼性疾患と考えられるが,所見に左右差を呈することが間々見受けられる2,7,22).これまでの片眼性円錐角膜についての検討では,片眼にのみ円錐角膜の所見が認められる症例で,僚眼に角膜トポグラフィーで明らかな円錐角膜とは断定できなくとも下方にやや急峻化などの所見が認められる症例があることや,僚眼が一見正常に見えても数年の経過の後に僚眼に円錐角膜の所見が顕著となる症例があることが報告されている23.25).また,現在の検査機器では検出できない円錐角膜の徴候が今後の検査機器の進歩により認められる可能性がある23).円錐角膜では角膜の機械的強度が低下しており15),片眼にのみ円錐角膜の所見を呈し,僚眼に明確な所見が認められない場合でも,僚眼は現在所見が認められないsubclinical な円錐角膜であると推察される.したがって一見僚眼が正常に見えてもエキシマレーザー屈折矯正手術はkeratectasia の原因となりうるため,両眼とも適応禁忌であると考えられる24).文献1) Krachmer JH:Pellucid marginal corneal degeneration.Arch Ophthalmol 96:1217-1221, 19782) Krachmer JH, Feder RS, Belin MW:Keratoconus andrelated noninflammatory corneal thinning disorders. 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