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角膜形状不正眼に使用した角膜内リング(Keraring邃「)の治療経過

2010年2月28日 日曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY (107) 245《原著》 あたらしい眼科 27(2):245.251,2010cはじめにペルーシド(pellucid)角膜辺縁変性は,典型例では角膜周辺部下方が非炎症性に菲薄化,突出する疾患である1,2).典型例の角膜前面トポグラフィーでは,角膜倒乱視が突出部の周囲を囲むように下方に弯曲し,butterfly-shaped appearanceやclaw-shaped pattern などと形容される特徴的な所見を呈する3.8).しかし,角膜前面トポグラフィーで見受けられるclaw-shaped pattern はペルーシド角膜辺縁変性に特異的な所見ではなく,円錐角膜でも同様の所見を呈することが報告されている9).今回,神奈川クリニック眼科におけるエキシマレーザー屈折矯正手術の術前検査で,角膜前面トポグラフィーで片眼にのみclaw-shaped pattern を呈する円錐角膜が疑われた6 症例を経験したので報告する.I症例以下に呈示する症例において,角膜炎の病歴や血管侵入,脂肪沈着,偽翼状片,細胞浸潤,角膜潰瘍などテリエン〔別刷請求先〕山田英明:〒163-1335 東京都新宿区西新宿6-5-1新宿アイランドタワー35F神奈川クリニック眼科Reprint requests:Hideaki Yamada, M.D., Department of Ophthalmology, Kanagawa Clinic, Shinjuku Island Tower 35F, 6-5-1Nishishinjuku, Shinjuku-ku, Tokyo 163-1335, JAPAN角膜前面トポグラフィーでClaw-shaped Pattern を呈する片眼性円錐角膜が疑われた6 症例山田英明北澤世志博今野公士土信田久美子神奈川クリニック眼科Six Cases of Suspected Unilateral Keratoconus with Claw-shaped Pattern onAnterior Corneal TopographyHideaki Yamada, Yoshihiro Kitazawa, Kimihito Konno and Kumiko ToshidaDepartment of Ophthalmology, Kanagawa Clinicエキシマレーザー屈折矯正手術の術前スクリーニングで,片眼にのみ角膜前面トポグラフィーでclaw-shapedpattern を呈する6 症例を経験した.このうち5 症例は,角膜傍中心部の突出,菲薄化が認められたため片眼性円錐角膜疑いであると考えられた.1 症例は,異常な角膜の菲薄化は認められないが,片眼性円錐角膜などの角膜拡張性疾患が否定できない症例であると考えられた.提示した6 症例は,片眼にのみトポグラフィー所見を呈しているが,僚眼は所見を伴わないsubclinical な円錐角膜の可能性があり,このような症例に対するエキシマレーザー屈折矯正手術の施行はkeratectasia の原因となりうるため両眼とも適応禁忌であると考えられた.During preoperative screening for excimer laser refractive surgery, we found 6 cases that showed unilateralclaw-shaped pattern on anterior corneal topography. Of those cases, 5 were suspected of being unilateral keratoconus,because of paracentral cornea protrusion and thinning. In the 1 case without abnormal thinning of the cornea,the possibility of ectasic corneal disorder such as unilateral keratoconus could not be completely refuted. Abnormalfindings on corneal topography in the 6 cases were found in only 1 eye;however, the possibility remains that thefellow eye has subclinical keratoconus without abnormal findings. Consequently, in cases like these bilateral excimerlaser refractive surgery is thought to be contraindicated, because it poses the risk of causing postoperativeiatrogenic keratectasia.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)27(2):245.251, 2010〕Key words:片眼性円錐角膜,角膜トポグラフィー,claw-shaped pattern,エキシマレーザー屈折矯正手術,角膜拡張症.unilateral keratoconus, corneal topography, claw-shaped pattern, excimer laser refractive surgery, keratectasia.246あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (108)(Terrien)角膜変性やモーレン(Mooren)潰瘍,自己免疫疾患による周辺部角膜潰瘍などを疑わせる前眼部所見,astigmatickeratotomy(AK)やlimbal relaxing incision(LRI)による角膜切開線は認められなかった.角膜トポグラフィーは,ビデオケラトスコープ(TOMEY 社製TMS-4)およびスリット型角膜形状解析装置(Baush&Lomb 社製OrbscanII)を施行し,固視状態は良好であった.角膜屈折力の測定は,オートレフケラトメーター(NIDEK 社製ARK-700)を使用し,屈折力はD(diopter)で表記した.角膜厚の測定には,超音波角膜厚測定装置(NIDEK 社製US-1800)を使用した.〔症例1〕24 歳,男性.視力は, 右眼0.04(1.5×sph.7.50 D(cyl.0.50 D Ax65°),左眼0.02(0.5×sph.1.00 D(cyl.8.25 D Ax100°)であった. 角膜屈折力は, 右眼K1:43.25 D Ax2°,K2:43.75 D Ax92°,左眼K1:44.25 D Ax97°,K2:53.50 D Ax7° であった.中央部角膜厚は,右眼530 μm,左眼545 μmであった.TMS の所見を図1 に示す.左眼(図1 右)では,clawshapedpattern が認められたが,右眼(図1 左)は軽度角膜直乱視の所見を認めた.Orbscan の所見を図2 に示す.左眼(図2 下段)では角膜前面,後面ともに傍中心部下方の前方偏位および傍中心部下方の顕著な菲薄化が認められたが,右眼(図2 上段)では明らかな異常所見は認められなかった.〔症例2〕38 歳,男性.視力は, 右眼0.09(1.2×sph.0.25 D(cyl.4.75 D Ax75°),左眼0.08(1.2×sph.3.00 D(cyl.1.25 D Ax180°)であった. 角膜屈折力は, 右眼K1:40.75 D Ax71°,K2:44.25 D Ax161°,左眼K1:42.50 D Ax8°,K2:44.50 D Ax98°であった.中央部角膜厚は,右眼500 μm,左眼508 μmであった.TMS の所見を図3 に示す.右眼(図3 左)では,clawshapedpattern が認められたが,左眼(図3 右)は角膜直乱視の所見を認めた.Orbscan の所見を図4 に示す.右眼(図4 上段)では角膜前面および後面傍中心部下方の前方偏位および耳下側傍中心部の菲薄化が認められたが,左眼(図4 下段)では明らかな異常所見は認められなかった.〔症例3〕44 歳,男性.視力は, 右眼0.07(1.5×sph.5.00 D(cyl.0.50 D Ax145°),左眼0.1(1.5×sph.2.75 D(cyl.3.25 D Ax80°)であった.角膜屈折力は,右眼K1:44.00 D Ax170°,K2:45.50 D Ax80°,左眼K1:44.75 D Ax64°,K2:46.00 D Ax154° であった.中央部角膜厚は,右眼522 μm,左眼505μm であった.TMS の所見を図5 に示す.左眼(図5 右)では,clawshapedpattern が認められたが,右眼(図5 左)は角膜直乱視の所見を認めた.Orbscan の所見を図6 に示す.左眼(図6 下段)では角膜前面および後面ともに傍中心部下方の前方偏位および傍中心図 1症例1 のTMS 所見左眼(図右)はclaw-shaped pattern を認め,右眼(図左)は角膜直乱視の所見を認める.図 2症例1 のOrbscan 所見左眼(図下段)は角膜前面および後面傍中心部下方の前方偏位および傍中心部下方の顕著な菲薄化を認めるが,右眼(図上段)は明らかな異常所見は認められない.(109) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010247部下方の菲薄化が認められたが,右眼(図6 上段)では明らかな異常所見は認められなかった.〔症例4〕49 歳,男性.視力は, 右眼0.09(1.2×sph.3.50 D(cyl.3.25 D Ax20°),左眼0.09(1.2×sph.3.75 D(cyl.3.25 D Ax120°)であった.角膜屈折力は,右眼K1:42.75 D Ax 16°,K2:45.75 D Ax106°, 左眼K1:43.50 D Ax126°,K2:45.75 DAx36° であった.中央部角膜厚は,右眼500 μm,左眼488μm であった.TMS の所見を図7 に示す.左眼(図7 右)では,左右非図 3症例2 のTMS 所見右眼(図左)はclaw-shaped pattern を認め,左眼(図右)は角膜直乱視の所見を認める.図 4症例2 のOrbscan 所見右眼(図上段)は角膜前面および後面傍中心部下方の前方偏位および耳下側傍中心部の菲薄化を認めるが,左眼(図下段)は明らかな異常所見は認められない.図 5症例3 のTMS 所見左眼(図右)はclaw-shaped pattern を認め,右眼(図左)は角膜直乱視の所見を認める.図 6症例3 のOrbscan 所見左眼(図下段)は角膜前面および後面傍中心部下方の前方偏位および傍中心部下方の菲薄化を認めるが,右眼(図上段)では明らかな異常所見は認められない.248あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (110)対称なパターンではあるがAmbrosio らがペルーシド角膜辺縁変性として提示した症例10)と同様なclaw-shaped patternが認められた.一方,右眼(図7 左)は角膜斜乱視の所見を認めた.Orbscan の所見を図8 に示す.左眼(図8 下段)では角膜前面および後面ともに耳下側傍中心部の前方偏位および耳下側傍中心部の菲薄化が認められたが,右眼(図8 上段)では明らかな異常所見は認められなかった.〔症例5〕34 歳,女性.視力は, 右眼0.06(1.5×sph.5.00 D(cyl.1.75 D Ax図 7症例4 のTMS 所見左眼(図右)は左右非対称なclaw-shaped pattern を認めるが,右眼(図左)は角膜斜乱視の所見を認める.図 8症例4 のOrbscan 所見左眼(図下段)は角膜前面および後面耳下側傍中心部耳側下方の前方偏位および耳下側傍中心部の菲薄化を認めるが,右眼(図上段)では明らかな異常所見は認められない.図 9症例5 のTMS 所見右眼(図左)はclaw-shaped pattern を認めるが,左眼(図右)は上下非対称な角膜直乱視の所見を認める.図 10症例5 のOrbscan 所見右眼(図上段)は角膜前面および後面傍中心部下方の前方偏位および傍中心部下方の菲薄化を認めるが,左眼(図下段)では角膜前面および後面耳側下方の非常に軽微な前方偏位を認める.(111) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,201024970°),左眼0.08(1.5×sph.5.25 D(cyl.1.50 D Ax165°)であった.角膜屈折力は,右眼K1:43.25 D Ax 67°,K2:44.50 D Ax157°, 左眼K1:42.25 D Ax162°,K2:44.00 DAx72° であった.中央部角膜厚は,右眼484 μm,左眼514μm であった.TMS の所見を図9 に示す.右眼(図9 左)では,clawshapedpattern が認められたが,左眼(図9 右)は上下非対称な角膜直乱視の所見を認めた.Orbscan の所見を図10 に示す.右眼(図10 上段)では角膜前面および後面ともに傍中心部下方の前方偏位および傍中心部下方の菲薄化が認められた.一方,右眼(図10 下段)では角膜前面および後面耳側下方がわずかに前方に偏位している所見が認められたが,その程度は非常に軽微であり,明らかな異常所見と断定することはできないと考えられた.上記5 症例は,片眼にのみTMS でclaw-shaped patternが認められ,Orbscan にて傍中心部の突出および菲薄化が示されたため,片眼性円錐角膜疑いであると考えられ,surfaceablation を含めlaser in situ keratomileusis(LASIK)などのエキシマレーザー屈折矯正手術の適応から除外した.〔症例6〕36 歳,男性.視力は, 右眼0.15(1.5×sph.1.50 D(cyl.0.75 D Ax85°),左眼0.09(1.2×sph.1.50 D(cyl.1.50 D Ax85°)であった. 角膜屈折力は, 右眼K1:43.00 D Ax0°,K2:43.00 D Ax180°, 左眼K1:43.25 D Ax77°,K2:44.00 DAx167°であった.中央部角膜厚は,右眼549 μm,左眼552μm であった.TMS の所見を図11 に示す.左眼(図11 右)では,軽度のclaw-shaped pattern が認められたが,右眼(図11 左)では明らかな異常所見は認められなかった.Orbscan の所見を図12 に示す.両眼ともに角膜前面および後面中心部やや下方がわずかに前方に偏位している所見が認められたが,特に右眼(図12 上段)ではその程度は非常に軽微であり,右眼のOrbscan 所見のみで明らかな異常所見と断定することはできないと考えられた.症例6 は,片眼にのみTMS で軽度のclaw-shaped patternが認められたため,片眼性の円錐角膜疑いもしくはペルーシド角膜辺縁変性疑いであると考えられ,エキシマレーザー屈折矯正手術の適応から除外した.II考按ペルーシド角膜辺縁変性では,角膜中央部から周辺突出部位にかけて角膜形状の扁平化が認められ,その連結現象(coupling phenomenon)として突出部位と垂直方向に角膜乱視が生じ,突出部の周囲を囲むように弯曲し,角膜前面トポグラフィーでclaw-shaped pattern を示す3.7).このような角膜前面トポグラフィー所見は,テリエン角膜変性やモーレン潰瘍およびリウマチなどの自己免疫疾患による周辺部角膜潰瘍など角膜周辺部が菲薄化する疾患およびAK(乱視矯正角膜切開術)やLRI(角膜輪部減張切開術)術後のような角膜周辺部に切開を加え局所的に角膜を脆弱化する処置によっても生じうる4,11,12).しかし,Lee らはclaw-shaped patternがペルーシド角膜辺縁変性など角膜周辺部が菲薄,突図 11症例6 のTMS 所見左眼(図右)は軽度のclaw-shaped pattern を認めるが,右眼(図左)では明らかな異常所見は認められない.図 12症例6 のOrbscan 所見両眼ともに角膜前面および後面中心部やや下方がわずかに前方に偏位しているが,特に右眼(図上段)ではその程度は非常に軽微である.250あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (112)出した状態に特異的な所見ではなく,傍中心部が菲薄,突出する円錐角膜やその疑い症例においても同様にclaw-shapedpattern を示す症例が存在することを報告している9).このLee らの報告では,角膜前面トポグラフィーでclaw-shapedpattern を示した40 眼のうち9 眼が,角膜周辺部が菲薄,突出したペルーシド角膜辺縁変性もしくはその疑い,27 眼が角膜傍中心部が菲薄,突出した円錐角膜もしくはその疑いであった9).円錐角膜疑いという概念があり,これは臨床上前眼部細隙灯で円錐角膜による明らかな病的所見は認められないものの,角膜トポグラフィーにて下方の急峻化など円錐角膜を疑わせる所見を呈する症例であり,将来円錐角膜に進行する可能性がある13).今回の6 症例は,その後のフォローを行っていないため,進行の有無は確認できないが,症例1.5 は片眼にのみTMS にてclaw-shaped pattern が認められたが,Orbscan で菲薄部位が傍中心部と確認されるため,角膜形状解析上片眼性ペルーシド角膜辺縁変性疑いではなく,片眼性円錐角膜疑いであると考えられた.円錐角膜およびペルーシド角膜辺縁変性の発症機序はともにいまだ不明であるが,病理組織学的所見が類似していることや,両疾患の合併例があることから,円錐角膜とペルーシド角膜辺縁変性は類縁疾患と考えられている1,2,14).Lee らは角膜移植を施行する際に菲薄部位による両疾患の鑑別が重要であると述べている9).しかしエキシマレーザー屈折矯正手術の適応判断にあたっては,角膜強度の低下している円錐角膜と同様にペルーシド角膜辺縁変性もkeratectasia が発症する危険性があるため適応禁忌である8,15.19).症例6 はOrbscanで異常な菲薄部位は確認されないが,TMS で片眼にのみ軽度のclaw-shaped pattern を示しており,円錐角膜やペルーシド角膜辺縁変性などの角膜拡張性疾患の可能性が否定できない疑い症例13)であると考えられる.このような円錐角膜が疑われる形状はEctasia Risk Factor Score System では4 点となり,Ectasia Risk Factor Score Categories ではLASIK の施行は禁忌となるhigh risk に分類される20).よって症例6 は,軽度のclaw-shaped pattern のみでは,円錐角膜疑いもしくはペルーシド角膜辺縁変性疑いの鑑別は不可能であるが,少なくとも円錐角膜疑いの可能性が否定できないため,エキシマレーザー屈折矯正手術は不適応とするべきである21).円錐角膜は両眼性疾患と考えられるが,所見に左右差を呈することが間々見受けられる2,7,22).これまでの片眼性円錐角膜についての検討では,片眼にのみ円錐角膜の所見が認められる症例で,僚眼に角膜トポグラフィーで明らかな円錐角膜とは断定できなくとも下方にやや急峻化などの所見が認められる症例があることや,僚眼が一見正常に見えても数年の経過の後に僚眼に円錐角膜の所見が顕著となる症例があることが報告されている23.25).また,現在の検査機器では検出できない円錐角膜の徴候が今後の検査機器の進歩により認められる可能性がある23).円錐角膜では角膜の機械的強度が低下しており15),片眼にのみ円錐角膜の所見を呈し,僚眼に明確な所見が認められない場合でも,僚眼は現在所見が認められないsubclinical な円錐角膜であると推察される.したがって一見僚眼が正常に見えてもエキシマレーザー屈折矯正手術はkeratectasia の原因となりうるため,両眼とも適応禁忌であると考えられる24).文献1) Krachmer JH:Pellucid marginal corneal degeneration.Arch Ophthalmol 96:1217-1221, 19782) Krachmer JH, Feder RS, Belin MW:Keratoconus andrelated noninflammatory corneal thinning disorders. 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フルオロキノロン耐性株による淋菌性結膜炎の小児例

2010年2月28日 日曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY (97) 235《原著》 あたらしい眼科 27(2):235.238,2010cはじめに性感染症サーベイランスの2002 年の報告1)によれば,1996 年以降淋菌感染症は増加傾向にあり,男性ではSTD(sexually transmitted disease)の第1 位を占めている.女性でも,淋菌感染症は1998 年に比べて2.7 倍と急増しており,これに伴い眼科領域でも淋菌性結膜炎の報告が増えている2.9).近年の淋菌感染症の最大の問題は薬剤耐性である10,11).フルオロキノロン系抗菌薬の汎用を反映して泌尿器科領域で分離される淋菌の約80%はフルオロキノロン耐性といわれている11.13).眼科での報告をみてもほとんどがフルオロキノロン耐性であり2.9),診断の遅れや不適切な薬剤選択により角膜穿孔に至った例も報告されている7).今回筆者らは,フルオロキノロン耐性株による淋菌性結膜炎の小児例を経験したので,診断法,薬剤選択に関する考察を含めて報告する.〔別刷請求先〕中川尚:〒189-0024 東村山市富士見町1-2-14徳島診療所Reprint requests:Hisashi Nakagawa, M.D., Tokushima Eye Clinic, 1-2-14 Fujimi-cho, Higashimurayama, Tokyo 189-0024,JAPANフルオロキノロン耐性株による淋菌性結膜炎の小児例中川尚中川裕子徳島診療所Gonococcal Conjunctivitis Caused by Fluoroquinolone-resistant Gonococci in an InfantHisashi Nakagawa and Yuko NakagawaTokushima Eye Clinic症例は5 歳の男児で,右眼の眼瞼腫脹,眼脂,充血を主訴に近医眼科を受診し,当初アデノウイルス結膜炎が疑われた.しかし,結膜所見が悪化したため当院を紹介受診した.初診時,右眼に著明な眼瞼腫脹と多量の膿性眼脂を認めた.瞼結膜にはビロード状の充血,浮腫があり,球結膜も充血,浮腫が著明で出血も認められた.眼脂の塗抹検査でグラム陰性双球菌が多数認められ,淋菌性結膜炎と診断した.セフトリアキソンの点滴静注と,レボフロキサシン,スルベニシリン,セフトリアキソンの頻回点眼を開始した.翌日には結膜所見はかなり改善し,約1 週間の治療で治癒した.細菌培養ではNeisseria gonorrhoeae が分離され,レボフロキサシンに耐性であった.問診上,本人と家族に淋菌感染症を疑わせる症状はなかった.淋菌性結膜炎に対しては,眼脂の塗抹検査による迅速診断と薬剤耐性淋菌を考慮した適切な抗菌薬の選択が重要である.また,小児の化膿性結膜炎でも淋菌の可能性を考慮する必要がある.A 5-year-old male first visited an eye clinic with complaint of eyelid swelling, discharge and hyperemia in hisright eye;adenoviral conjunctivitis was suspected. However, the conjunctival inflammation worsened and he wasreferred to our clinic for further examination. His right eye swelled extremely, with a large amount of purulent discharge.Marked hyperemia and edema were observed in the palpebral and bulbar conjunctiva, accompanied byscattered blot hemorrhages. Smear preparations of the discharge revealed polymorphonuclear leucocytes andgram-negative diplococci, strongly suggesting gonococcal conjunctivitis. We initiated topical and systemic antibiotictreatment, including ceftriaxone, levofloxacin, sulbenicillin. The conjunctivitis subsided in a few days and wascured in a week by the regimen. Neisseria gonorrhoeae was isolated from the conjunctival sac and exhibitedfluoroquinoloneresistance. Repeated questions regarding gonococcal infections failed to reveal any urogenital symptomsin the patient or his parents. In the management of gonococcal conjunctivitis, it is vital to achieve rapid diagnosisby microscopic examination and to choose appropriate antibiotics in consideration of drug resistance. Itshould be remembered that purulent conjunctivitis caused by N. gonorrhoeae can occur even in infants.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)27(2):235.238, 2010〕Key words:淋菌性結膜炎,フルオロキノロン耐性淋菌,塗抹標本,小児,セフトリアキソン.gonococcal conjunctivitis,fluoroquinolone-resistant gonococci, smear, infant, ceftriaxone.236あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (98)I症例患者:5 歳,男児.初診:平成16 年2 月7 日.主訴:右眼の眼脂,充血.現病歴:平成16 年2 月6 日から右眼の眼瞼腫脹と充血,眼脂が出現した.近所の眼科を受診したところ右眼の結膜炎と診断された.当日行ったアデノウイルス抗原検出テスト(アデノチェックTM)は陰性であった.ノルフロキサシン点眼と0.1%フルオロメトロン点眼を1 日4 回点眼するよう指示されたが,翌日になって結膜の点状出血,角膜の軽度の混濁が出現したため,当院を紹介されて受診した.既往歴:特記すべき事項なし.初診時所見:右眼は眼瞼腫脹が著しく開瞼できない状態であった.瞼裂は緑黄色の膿性眼脂で塞がり,瞼縁にも多量の眼脂が付着していた(図1).瞼結膜にはビロード状の強い充血と混濁がみられ,球結膜にも充血,浮腫が認められ,点状出血を伴っていた.角膜はわずかに混濁しているようにみえたが,フルオレセイン染色で上皮欠損は認められなかった.検査および診断:臨床所見から淋菌性結膜炎が疑われたが,性行為を介して伝播する淋菌感染症が5 歳の男児に起こることは考えにくいようにも思われ,鑑別と診断確定のために眼脂の塗抹検査を行った.眼脂の塗抹標本を2 枚作製し,1 枚はディフ・クイックTM 染色,残る1 枚はグラム染色を行った.標本では多数の多核白血球を認め,その胞体に重なって多数の双球菌が認められた(図2).この菌はグラム陰性を示し(図3),形態と染色性から淋菌と判断した.以上の結果から本症例を淋菌性結膜炎と診断した.同時に,病因確定と薬剤感受性に関する情報を得るため,細菌分離培養とPCR(polymerase chain reaction)による淋菌検出を行った.治療および経過:近年の多剤耐性淋菌の存在を考慮し,日本性感染症学会の治療ガイドラインに沿って薬剤を選択した.ガイドラインで推奨されているのはセフトリアキソン,スペクチノマイシン,セフォジジムの3 種の薬剤で,当日入手できたセフトリアキソンを使用することとし,全身投与として1 g を点滴静注した.局所投与として,静注用セフトリアキソンを生理食塩水で希釈した1%液と,スルベニシリン点眼,レボフロキサシン点眼を1 時間毎点眼とし,さらに就寝前にテトラサイクリン眼軟膏の点入を指示した.翌日には眼脂は著明に減少し,眼瞼腫脹も軽減して開瞼可能となった.結膜の充血,浮腫も改善した(図4a, b).角膜には異常は認められなかった.治療開始3 日後,結膜の充血や点状出血は残っていたが眼脂はほぼ消失した(図5a, b).点眼回数を1 日5 回に減らし,1 週間の治療で結膜炎は治癒図 1初診時の眼所見した.なお,問診では本人ならびに両親に淋菌感染症を疑わ眼瞼腫脹が強く,瞼裂に多量の緑黄色の膿性眼脂がみられる.図 3眼脂の塗抹標本(グラム染色)グラム陰性の双球菌が多核白血球の胞体に一致して多数認められる.図 2 眼脂の塗抹標本(ディフ・クイックTM 染色)多数の多核白血球と双球菌が認められる.(99) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010237せる症状や既往歴はなかった.感染経路を特定するため両親に泌尿器科や婦人科での検査を勧めたが,協力が得られず実施できなかった.培養結果:眼脂の細菌培養ではNeisseria gonorrhoeae が分離された.分離株の薬剤感受性試験の結果は表1 に示すとおりで,フルオロキノロン耐性であった.PCR でも淋菌DNA が検出された.II考按淋菌性結膜炎は急性化膿性結膜炎の代表的疾患であり,成書にもその特徴的な所見について記載がある.しかし,1980 年代から1990 年代前半の淋菌感染症の減少に伴い,日常臨床で淋菌性結膜炎に遭遇することがまれになり,その結果,他の結膜炎と間違われている例が少なくない7).今回の症例も初診時にアデノウイルス結膜炎を疑われているが,重症結膜炎をみたらアデノウイルスを考えるといった短絡的な臨床診断ではなく,結膜所見や眼脂の性状などから,系統だてた鑑別診断を行うべきである.淋菌性結膜炎は他に類のないほどの多量の膿性眼脂がみられるなど特徴的な所見を示すため,臨床像から疑いをもつことはむずかしくない.最近,淋菌性結膜炎の症例で角膜穿孔に至った例が学会などで報告されている.その経過をみると,多くは診断の遅れが原因になっており,例外なく初診時の塗抹検査が行われていない.結膜炎の診断の基本は臨床所見と眼脂の塗抹標本所見であり14),鑑別や病因診断には塗抹検査は必須といってよい15).塗抹標本を1 枚みれば,淋菌感染を疑う根拠がその場で得られる.淋菌は死滅しやすい菌であり16),輸送培地を用図 4a,b治療開始翌日の結膜所見眼脂は著明に減少し結膜の充血,浮腫も改善している.ab図 5a,b治療開始3 日後の結膜所見充血,出血は残っているが,眼脂はほぼ消失している.ab表 1薬剤感受性検査結果(ディスク拡散法による)薬剤感受性スルベニシリン(SBPC)セフトリアキソン(CTRX)セフメノキシム(CMX)ミクロノマイシン(MCR)スペクチノマイシン(SPCM)エリスロマイシン(EM)ロメフロキサシン(LFLX)レボフロキサシン(LVFX)SSSSSSRRS:感受性,R:耐性.太字:この症例で使用した薬剤.238あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (100)いて検査センターに分離を依頼すると途中で死滅して陰性になることも多く,塗抹検査は非常に重要である.もちろん,急性化膿性結膜炎を起こすグラム陰性双球菌として,他にも髄膜炎菌やモラクセラ・カタラーリスなどがあるので,塗抹検査だけで100%確実に起炎菌が確定ができるわけではない.近年,淋菌の薬剤耐性獲得は著しい速度で進んでいる.フルオロキノロン系抗菌薬が広く使用されるようになってから,泌尿器科領域から分離される淋菌の約80%はフルオロキノロンに耐性であり,同時にテトラサイクリンやセフェム系薬剤の耐性も進んでいる10.13).本症例から分離された株もフルオロキノロン耐性であり,現時点では淋菌感染症の治療にはフルオロキノロン系抗菌薬を使用すべきでないとされている.日本性感染症学会から発行されている「性感染症診断・治療ガイドライン2008」13)のなかで推奨されている抗菌薬は,セフォジジム,スペクチノマイシン,セフトリアキソンの3 種類である.淋菌感染症では,結膜炎の治療の場合でも全身投与は必須であり,まずこれらの薬剤から使用可能なものを選んで投与することが重要と考えられる.上記以外の薬剤でも基本的には感受性があれば治療効果は期待できるが,万が一,選択した薬剤に感受性がなければ治療が遅れて角膜穿孔といった重篤な合併症につながる危険性が高い.近年の多剤耐性獲得の現状を考えれば,最も安全で確実な抗菌薬選択を行うべきと考える.結膜炎の治療では,効率よく高濃度の抗菌薬が作用するという点で,眼局所投与も重要な薬剤投与経路である.耐性株が多い現在の淋菌感染症では既製の点眼薬で効果が確実なものはないが,なかではセフメノキシム(ベストロンTM)がある程度効果が期待できると考えられる.筆者らは今回,既製の点眼薬に加え最も効果が確実な静注用セフトリアキソンの1%液を点眼として用いたが,刺激もなく使用可能であった.このような確実な効果の期待できる静注用薬剤から0.5.1.0%程度の点眼薬を自家調整して用いることも,一つの選択肢であると考えられる.さて,淋菌感染症は代表的なSTD であり,結膜炎患者は産道感染による新生児と成人に限られ,小児の例はめずらしい.しかし,数年前から本症例のような小児の結膜炎症例がいくつか報告されている8).なかには家族内感染が疑われたものもあるが,検査の結果家族内にも感染者はなく感染経路が不明の例もある.今回の症例では泌尿器科や婦人科での検査は行っていないが,問診上は本人ならびに家族に淋菌感染症を疑わせる症状はなく,感染経路は不明であった.小児の場合,両親,兄弟などの家族の淋菌感染症患者からの伝播が第一に考えられるが,そのほかに幼稚園や保育園,あるいはスイミングスクールなどでの感染者との接触も可能性として考えられる.淋菌は粘膜から離れると容易に死滅するため直接接触以外には感染しにくいとされている16)が, 最近の小児例の報告から考えると他人から手指やタオルなどを介して17)結膜炎を起こすこともあるのではないかと考えられる.淋菌性結膜炎は診断,治療がさほどむずかしい疾患ではない.しかし最初の診断を間違えると治療が後手に回り,角膜穿孔という重篤な合併症に結びつく危険性をはらんでいる.今後は,小児の結膜炎の場合でも起炎菌として淋菌も必ず念頭において診察する姿勢が大切である .文献1) 性感染症サーベイランス研究班:日本における性感染症サーベイランス─ 2002 年度調査報告─.日本性感染症学会誌15:17-45, 20042) 小山恵子,中曾奈美,宮崎大ほか:50 歳代女性に発症したレボフロキサシン耐性淋菌性結膜炎の1 例.あたらしい眼科 20:661-663, 20033) 稲田紀子,田渕今日子,庄司純ほか:ペニシリン,フルオロキノロン耐性淋菌性結膜炎の1 例.眼科 44:995-999,20024) 西尾陽子,伊比健児,田原昭彦:多剤耐性を示した淋菌性結膜炎の2 例.眼科 44:1263-1267, 20025) 笠松容子,西島麻衣子,後藤晋:フルオロキノロン抵抗性淋菌による角結膜炎の1 例.あたらしい眼科 20:665-668, 20036) 星野健,福島伊知郎,川原澄枝ほか:多剤耐性を示した淋菌性結膜炎の症例.眼科 45:783-788, 20037) 小尾明子,松本光希,宮嶋聖也ほか:淋菌性結膜炎の3 例.眼紀 54:991-995, 20038) 田中才一,雑賀司珠也,大西克尚ほか:8 歳男児に発症したレボフロキサシン耐性淋菌性結膜炎の1 例.眼臨 98:873-875, 20049) 関口恵理香,林孝彰,敷島敬悟ほか:早期治療が奏効したペニシリン耐性およびフルオロキノロン耐性淋菌性結膜炎の1 例.眼臨 100:951-954, 200610) 米田尚生,藤本佳則,宇野雅博ほか:男子尿道炎由来淋菌の薬剤感受性の年次推移.日化学療法会誌 52:31-34,200411) 重原一慶,北川育秀,中嶋孝夫:当院における急性尿道炎についての臨床的検討.日本性感染症学会誌 17:72-77,200612) 田中正利:性感染症の現状と問題点 性感染症と薬剤耐性 淋菌.化学療法の領域 18:1620-1626, 200213) 日本性感染症学会:性感染症 診断・治療 ガイドライン2008.日本性感染症学会誌 19(Suppl):49-56, 200814) 中川尚:結膜炎総論.眼科診療ガイド(眼科診療プラクティス編集委員),p116-122,文光堂, 200415) 内田幸男,中川尚:結膜の擦過標本の見方.あたらしい眼科 1:303-310, 198416) 黒木俊郎:淋菌感染症.IDWR 4(22):8-10, 200217) Duke Elder S:Diseases of the outer eye. System of Ophthalmology,Vol 8, part 1, p167-174, CV Mosby, St Louis,1965

バイポーラ凝固鑷子による熱凝固の短縮効果を利用した簡便な結膜弛緩症手術

2010年2月28日 日曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY (91) 229《原著》 あたらしい眼科 27(2):229.233,2010cはじめに流涙症は,日常診療においてよく遭遇する疾患の一つであり,この原因は,おもに涙道閉塞である.しかし,涙道閉塞のない流涙症では,結膜弛緩症がその原因として報告され,積極的に治療されるようになりつつある.結膜弛緩症の流涙の原因は,結膜下の弾性線維の断片化により結膜が弛緩し1,2),涙点のブロックすることによる涙液の通過障害や,涙液メニスカスの形成不全による保持機能の低下などが考えられており3.5),弛緩結膜を切除し,涙点ブロックを防ぐとともに,良好な涙液メニスカスを作製することで自覚症状の改善が得られる4,6,7).また,弛緩結膜による機械的擦過や,涙液メニスカスの占拠に伴う陰圧により,角膜表面の涙液層〔別刷請求先〕鹿嶋友敬:〒371-8511 前橋市昭和町3-39-15群馬大学大学院医学系研究科視覚病態学分野Reprint requests:Tomoyuki Kashima, M.D., Department of Ophthalmology, Gunma University School of Medicine. 3-39-15Showamachi, Maebashi 371-8511, JAPANバイポーラ凝固鑷子による熱凝固の短縮効果を利用した簡便な結膜弛緩症手術鹿嶋友敬*1,2三浦文英*2秋山英雄*1岸章治*1*1 群馬大学大学院医学系研究科病態循環再生学講座眼科学分野*2 佐久総合病院眼科Simple Surgery for Conjunctivochalasis Using Shrinking Effect of Heat Coagulation withBipolar Coagulation ForcepsTomoyuki Kashima1,2), Fumihide Miura2), Hideo Akiyama1) and Shoji Kishi1)1) Department of Ophthalmology, Gunma University School of Medicine, 2)Department of Ophthalmology, Saku Central Hospital目的:結膜弛緩症に対する治療として,一般的に余剰結膜を切開する方法が行われるが,術後一過性に強い異物感を訴える症例を経験することがある.今回筆者らは弛緩結膜の凝固を行うことで,術前の症状の改善と術後異物感の改善に良好な成績を収めたので報告する.対象および方法:2009 年4 月から5 月に筆者らの施設で結膜凝固術を行った4 例7 眼.平均年齢は72.5 歳(62.81 歳)であった.円蓋部の結膜下麻酔ののちに,弛緩した結膜を把持・挙上し余剰結膜を電気凝固した.結果:異物感や流涙などの術前の自覚症状は術後早期に消失した.術後早期の手技に伴う異物感は軽度で,2 日以内に消退した.経過観察期間中,自覚症状と前眼部所見で再発はみられていない.結論:今回の結膜への凝固治療は簡便であること,結膜の短縮効果が切開法とほぼ同等であること,術後異物感が切開法より少ないことの3 点で,結膜切開法より有用であると考えられた.Purpose:Conjunctiva resection is commonly employed in treating conjunctivochalasis. Postsurgically, however,some patients continue to experience a gritty sensation. We report the efficiency of a thermal cauterizationtechnique for conjunctival shrinkage in treating this condition;we also report our post operative results. Methods:Included in this study were 7 eyes of 4 conjunctivochalasis patients, age ranged from 62 to 81 years(mean72.5 years), who underwent conjunctival cauterization at our institution between April.May 2009. The technique,performed following subconjunctival injection of local anesthetic agent at the lower fornix, involved pinching excessconjunctiva and cauterizing it with bipolar cautery. Results:All patients expressed relief from watery eyes andforeign body sensation immediately after the procedure, and had a mild gritty sensation that persisted for 1-2days. None had recurrence of symptoms at the end of follow-up period. Conclusion:We observed that thermalcauterization could offer the three advantages of simple surgical procedure, conjunctival shrinkage, and relief ofpostoperative foreign body sensation.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)27(2):229.233, 2010〕Key words:結膜弛緩症,電気凝固,短縮,流涙,異物感.conjunctivochalasis, cauterization, shrinkage, wateryeyes, foreign body sensation.230あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (92)を菲薄化することで,角膜障害を生じ,異物感の原因にもなると報告されている8,9).結膜弛緩症に対する治療は,一般的に横井らの弛緩結膜を切開する方法(以下,切開法)が行われ,そのほかに通糸法などが報告されている10.12).しかし切開法では術後2 週間程度,異物感や流涙の増悪を訴える患者をしばしば経験する.これは,残存縫合糸や結膜切開部断端への刺激によると考えられているため,切開法では避けることができない.また,通糸法においては,縫合を行うため縫合糸の刺激が残存し,かつ再発のリスクを伴う8).今回筆者らは結膜弛緩症に対しバイポーラ鑷子を用いて弛緩結膜の凝固を行い,結膜の切除および縫合を行うことなく,結膜の短縮と結膜と強膜の固着を得ることで,異物感・流涙症状の改善と術後の異物感の改善の双方に良好な成績を得たので報告する.I対象および方法対象は2009 年4 月から5 月の2 カ月間に群馬大学附属病院眼科と佐久総合病院眼科を受診した4 例7 眼.年齢は61.82 歳,平均72.5 歳.これらの症例の主訴は1 例1 眼が異物感,3 例6 眼が流涙であった.全例に通水検査を行い,涙道閉塞のないことを確認した.涙点部の軽度の外反を伴っている症例は,涙点の外反による機能的閉塞やHorner 筋の弛緩でポンプ機能が低下している可能性を考え適応から除外した.麻酔法は点眼麻酔(塩酸オキシブプロカイン;ベノキシールR)と,ごく少量(約0.2 ml)のエピネフリン添加1%塩酸リドカイン;キシロカインER による結膜下麻酔を用いた.注入部位はブロック麻酔の目的で,鼻側から耳側まで180°の範囲で下方円蓋部結膜に注入した.麻酔薬の注入時に出血した場合は適宜凝固位置の結膜をわずかに切開し,出血を排出してから行った.凝固部位は,横井らの報告に準じて6,7)デザインした.角膜輪部より2 mm の部位が凝固端となるように,下方結膜の角膜輪部より約4 mm の位置の結膜を鑷子で把持し軽く持ち上げ,上転させた状態での余剰結膜のみをバイポーラ鑷子で両側から軽く把持し,凝固した(図1,2).凝固電圧は設定を最弱にしておき,凝固斑がつかない場合は徐々に電圧を上昇させた.結膜が白濁・収縮したことが確認できるまで凝固した.収縮効果により通電後には把持した部位の結膜はほとんど消失し,平坦化した.手術時間は,全例で片眼2.3 分程度であった.弛緩結膜が十分に処理されたところで,急性期結膜浮腫の防止のためステロイド眼軟膏(ベタメタゾン;リンデロンAR 眼軟膏)を塗布,3 時間後からステロイド(リンデロンAR)1 日6 回と抗生物質点眼(レボフロキサシン;クラビットR)1 日6 回を指示した.術1 週間でリンデロンAR 点眼は弱ステロイド(フルオロメトロン;フルメトロンR0.1%)1 日4 回へ変更し,クラビットR 点眼も1 日4 回へ漸減し,その後約1 週間で両者とも中止した.II結果全例で術当日から数日の軽い異物感を訴えたものの,術後に強い異物感や眼痛を訴えた症例はなかった.また,術3 病日以降の痛みや異物感を訴えた症例はなかった.術1 週間後には充血もほぼ軽快し(図3),術3 カ月後には完全に消失した(図3,4).術直後から流涙症状や異物感など自覚症状の軽快がみられた.凝固した結膜は約1 カ月で固定され,全例で涙液メニスカスの再建が得られた.瞼球癒着や外眼筋の運動障害をきたした症例はなかった.1 例では結膜弛緩症が重度であったため,1 度目の凝固術で流涙症状の改善が得られたものの涙液メニスカスの再建が不完全であった.このため初回手術の2 週間後に追加の凝固術を行い,弛緩結膜の修復と涙液メニスカスの完全な再建を得ることができた.全例で術後4 カ月以上経過観察を行い,再発した症例はなかった.図 1結膜凝固のシェーマ患者に上方視を指示し,輪部から約4 mm の結膜を鈎付き鑷子(青)で弛緩した結膜をつまみ上げ,余剰分だけをバイポーラ鑷子(赤)で凝固する.図 2凝固範囲のシェーマ角膜輪部から4 mm の位置で下方結膜を約180°凝固する.(93) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010231III考按今回の研究では,結膜弛緩症に対し,全例で異物感や流涙症状の軽度で一過性の増悪のみで自覚症状を改善することができた.結膜弛緩症に対する切開治療方法の要点は弛緩結膜の除去と強膜への固定である13).弛緩結膜に対し,従来は切除短縮と縫合を行っていた.この場合,創部断端は上皮下の組織が多少なりとも露出することがあり,異物感の原因となる可能性がある.また,縫合糸が異物感の原因となり,切開法ではこの要因を避けることができなかった.今回の筆者ら図 3凝固部前眼部写真左:術1 週間後.わずかに結膜下出血がみられるが,凝固部の瘢痕は目立たない.右:術3 カ月後.凝固部の白い瘢痕組織が存在するが,ほとんど目立たない.図 4前眼部写真左上:術前.眼瞼縁から角膜上に弛緩した結膜が脱出している.右上:術前,色素検査施行時.涙液メニスカスは二重になり整然としていない.左下:術後3 カ月.弛緩した結膜は消失している.右下:術後3 カ月,色素検査施行時.涙液メニスカスは再建され,1 本の線となっている.232あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (94)の術式では凝固による収縮効果が得られたほか,瘢痕化した凝固結膜やTenon .が強膜と癒着する効果が得られたため,切開法と同様の効果を得ることができたと考えられた.加えて余剰結膜の切除および縫合を行わなかったため,術後早期の異物感などの自覚症状はほとんどなく,十分に許容できる程度であった.手術時間は切開した場合に比べ,大幅に短縮された.その一方で,重度の結膜弛緩症の1 例において,1回の凝固処置による短縮効果だけでは弛緩結膜の完全な改善はできなかった.このような症例においても大きな負担なく再度凝固術を行うことで涙液メニスカスの修復が可能であったが,重症例においては患者に説明のうえで,凝固法と切開法のどちらを選択するかを検討する必要があると考えられた.今回の結膜への凝固治療は,結膜の収縮による短縮と手術時の短縮,術後異物感の減少の3 点で有用であった.この術式は筆者らが独自に考案したものではあるが, 文献上Haefliger14)らの報告と要旨は同様である.しかしHaefliger らの報告では,術後の結膜弛緩症の残存が全症例にみられている点で異なる.おそらく結膜表面のみを凝固しているため短縮効果がほとんどなく,眼瞼縁上に弛緩した結膜が残存しているのではないかと推察される.筆者らの術式は鑷子で余剰分の結膜をつまみ上げ,その分を凝固することで短縮効果を最大にすることが可能であり,さらに結膜の過剰除去を防止することができる.また,結膜を挙上した際にTenon .も挙上され,Tenon .も同時に凝固されることでTenon .が瘢痕化し,強膜との癒着を形成すると考えた.筆者らはこれらの点でHaefliger らの術式より,有用であると考えている.今回の術式には円蓋部の結膜下麻酔を用いた.これは点眼麻酔のみでは鎮痛が不十分であることと,結膜下麻酔を行う際に麻酔薬が凝固部位内に貯留すると,弛緩結膜を十分に把持することができず,その結果凝固による短縮効果が不十分となる可能性を考えたためである.結膜弛緩症がどのような機序で流涙症状を起こすのかについて,さまざまな考えがある.既報では涙点部のブロックによる涙液クリアランスの低下5)や涙液メニスカスにおける涙液貯留・保持機能の低下15)が原因であると考えられている.健常人の涙.は涙.を覆うHorner 筋の影響により閉瞼時に拡張して,開瞼時には収縮する16,17).導涙機能が正常に働くためには涙道が陰圧になる閉瞼時に,涙点から耳側結膜まで涙液メニスカスがつながっている必要があると考えられる.しかし,結膜弛緩症では涙液メニスカスが一本の道のように涙点へ通じていない場合には,陰圧による涙液の吸い上げが正常に行われないのではないかと考えられた.今回の症例では再手術を行った症例があったが,1 度目の手術でも自覚症状の改善がみられていた.この症例は弛緩した結膜が涙液メニスカスを完全に占拠していたが,1 度目の術後に結膜が短縮することで皮膚粘膜移行部と弛緩結膜との間に隙間ができたため不完全であるが涙液メニスカスが形成され,涙液を貯留することが可能になったためと考えた.結膜弛緩症による異物感は,弛緩結膜が角膜表面を機械的に擦過することや,異所性涙液メニスカスが角膜上の涙液破綻をきたすことによると考えられており,本術式で,結膜の下眼瞼縁からの露出が改善し,全例で異物感の消失を得ることができた.今回の報告では経過観察が3 カ月程度と短いため,長期予後については不明である.しかし結膜欠損の修復は約3 週間で完了すること,一般的な組織障害後のリモデリングに要する時間は2.3 カ月18.20)であり,これを超過していることで,今後の再発の可能性は低いのではないかと考えられた.今回の症例は単純型結膜弛緩症のみであり,まれな病態であるとされる円蓋部挙上型9)の症例や半月ひだが涙液メニスカスをブロックしている症例21)は含まれていない.これら半月ひだや円蓋部挙上型の結膜弛緩症に対する結膜凝固術の有効性については今後検討を要すると考えている.また,4例7 眼と少数例の報告であり今後症例数を増やして検討したい.IV結語単純型の結膜弛緩症に対し,バイポーラ凝固鑷子による熱凝固の短縮効果を利用した簡便な結膜弛緩症手術を考案した.手術時間の短縮や,術後異物感の改善に有用であった.文献1) 渡辺彰英,横井則彦,木下茂ほか:結膜弛緩症における弛緩部結膜の病理組織学的検討.あたらしい眼科 17:585-587, 20002) Watanabe A, Yokoi N, Kinoshita S et al:Clinicopathologicstudy of conjunctivochalasis. Cornea 23:294-298, 20043) Liu D:Conjunctivochalasis. A cause of tearing and itsmanagement. Ophthal Plast Reconstr Surg 2:25-28, 19864) Serrano F, Mora LM:Conjunctivochalasis:a surgicaltechnique. Ophthalmic Surg 20:883-884, 19895) Meller D, Tseng SC:Conjunctivochalasis:literaturereview and possible pathophysiology. Surv Ophthalmol43:225-232, 19986) 横井則彦,島.潤:新しい治療と検査シリーズ 結膜弛緩症の新しい治療 涙液メニスカス再建術.あたらしい眼科17:993-994, 20007) 横井則彦,木下茂:涙液メニスカスの再建をめざした結膜弛緩症に対する新しい術式とその効果.あたらしい眼科17:573-576, 20008) 田聖花:ドライアイと関連疾患 結膜弛緩症とドライアイ.Frontiers in Dry Eye:涙液から見たオキュラーサーフェス3:62-64, 20089) 横井則彦,山田英明:結膜弛緩症.あたらしい眼科 22:1485-1492, 2005(95) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,201023310) Otaka I, Kyu N:A new surgical technique for managementof conjunctivochalasis. Am J Ophthalmol 129:385-387, 200011) 井之川宗右,栗原秀行:結膜弛緩症による流涙症への球結膜固定術の検討.臨眼 59:1715-1717, 200512) 永井正子,羽藤晋,大野建治ほか:結膜弛緩症に対する結膜縫着術.あたらしい眼科 25:1557-1560, 200813) Kheirkhah A, Casas V, Esquenazi S et al:New surgicalapproach for superior conjunctivochalasis. Cornea 26:685-691, 200714) Haefliger IO, Vysniauskiene I, Figueiredo AR et al:Superficial conjunctiva cauterization to reduce moderateconjunctivochalasis. Klin Monatsbl Augenheilkd 224:237-239, 200715) 小室青,横井則彦,木下茂:結膜弛緩症が涙液交換に及ぼす影響.あたらしい眼科 17:581-583, 200016) Kakizaki H, Zako M, Miyaishi O et al:The lacrimalcanaliculus and sac bordered by the Horner’s muscle formthe functional lacrimal drainage system. Ophthalmology112:710-716, 200517) 柿崎裕彦:眼瞼から見た流涙症.眼科手術 22:155-159,200918) 松浦成昭,沖田鋼季,梅本麻由美ほか:創傷治癒の分子機構.Surgery Frontier 10:121-126, 200319) 張弘富,清水智治,遠藤善裕ほか:侵襲に対する生体反応の分子機構 創傷治癒.Surgery Frontier 14:56-61, 200720) Geggel HS, Friend J, Thoft RA:Conjunctival epithelialwound healing. Invest Ophthalmol Vis Sci 25:860-863,198421) 横井則彦:結膜弛緩症手術─決め手は2 つの目標達成.眼科インストラクションコース16・アレルギー性眼疾患とドライアイ,p88-93,医学書院, 2008***

眼研究こぼれ話 1.眼とカメラの比較 F3.5ていどの明るさ

2010年2月28日 日曜日

(81) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010219眼とカメラの比較F3.5 ていどの明るさ共産圏の人々のことは知らないが,日本のカメラが,世界中の人々に愛用されている.ナイヤガラの滝や,エンパイヤ・ステートビルをピカピカとフラッシュで写しているインスタントカメラ族を除くと,あとは全部,日本製のカメラを使っているようだ.私はいささか天の邪鬼(─く)でドイツ製旧式ライカをポケットに入れて方々に行くのでドイツ人があきれ顔をしている.昔から,眼とカメラは構造が似ていると言われている.成程,眼の外郭は光の入らない黒い色素を持った殻でできており,前方には光の入る孔(あな)があって,後方には光を感ずる視細胞が配置され,まったくカメラそのままの形をしている.しかし,ちょっと詳しく見ると,両者の間に,種々の相違点がある.まず,角膜である.ちょうどカメラのレンズキャップのような具合に見えるが,この角膜が,眼の場合には光の屈折の約60%の役割を果たしていて,焦点を合わすためには,レンズ以上に大切であるとされている.眼のレンズは形もカメラのレンズに似ているが,大きな違いはカメラでは,前後運動をさせて,焦点を合わせるが,眼ではレンズそのものの厚さを変えて,焦点を合わせている.この精巧な一枚レンズは色とひずみの収差を完全に修整しているのである.また,面白いことに,大人になると,人間のレンズは黄色となって,紫外線防止のフィルターの役目もしている.それで,白内障でレンズを取り出す手術を受けると,世の中の色が以前と変わって青く見えるようになる.魚類の眼では,眼内に筋肉があって,眼のレンズが本物のカメラのように前後運動をして焦点を合わせているものもある.また魚は焦点を合わせるため,眼の奥の血管網を血液で充たしたり空にしたりして,フィルムに当たる網膜を前後に動かせている種類もある.カメラの絞りと同じ役目をしている虹(こう)彩は2 種類の筋肉が内蔵されていて,どんなEE 装置よりも精巧な絞りの調節を行っている.人間の瞳(どう)孔の直径が2.7 mm ぐらい動くので,絞りの明るさはF3.5 から12 ぐらいだと考えられている.F 番号で明るさをきめるとなると,カメラの方が明るいことが多い.鳥の虹彩には,意志で動かすことのできる横紋筋が入っていて,広い空で暮らすために必要と思われる特別な絞りの装置をもっている.昔,私は初めて持ったカメラにフィルムを裏がえしに入れて失敗した経験がある.ところが,眼では感光フィルムに当たる視細胞は光に対して裏がえしになっているのである.胎児期の最初の眼は,ふく0910-1810/10/\100/頁/JCOPY眼研究こぼれ話桑原登一郎元米国立眼研究所 実験病理部長●連載②.▲拡大された人間の眼1:角膜,2:虹彩,3:レンズ,4:網膜,5:視神経.220あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010眼研究こぼれ話(82)れ上がった脳の一部の陥没によって発生する.すっかり陥没して反対向きになった細胞群から視細胞が発達するのである.背骨をもっていない下等動物,例えばタコやコン虫類では光に感ずる細胞は光のやってくる方向に向かっているが,魚以上の高等になる動物は視細胞を光源と反対側に向けている.このような特殊な構造を知ることは,網膜の.(はく)離のような難しい疾患の研究をするときに必要となってくる.カメラは動かないように持っていないとブレてしまう.ところが,眼の結ぶ焦点は体の運動に関係なくいつもはっきりしている.この不思議な画像処理のメカニズムは脳で行われている.我々のカメラには画像処理の難しさはない.写真屋が全部やってくれるから.こうやって見てくると,カメラと眼はまったく同じではない.また,眼のシャッターは瞼(まぶた)であるが,人間の眼は開いていても見て見ぬふりをすることもできる便利さを持っている. (原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆ ☆ ☆眼科領域に関する症候群のすべてを収録したわが国で初の辞典の増補改訂版!〒113-0033 東京都文京区本郷2-39-5 片岡ビル5F振替00100-5-69315 電話(03)3811-0544 株式メディカル葵出版会社A5 判美装・堅牢総360 頁収録項目数:509 症候群定価6,930 円(本体6, 600 円+税)眼科症候群辞典<増補改訂版>内田幸男(東京女子医科大学名誉教授)【監修】堀貞夫(東京女子医科大学教授・眼科)本書は眼科に関連した症候群の,単なる眼症状の羅列ではなく,疾患自体の概要や全身症状について簡潔にのべてあり,また一部には原因,治療,予後などの解説が加えられている.比較的珍しい名前の症候群や疾患のみならず,著名な疾患の場合でも,その概要や眼症状などを知ろうとして文献や教科書を探索すると,意外に手間のかかるものである.あらたに追補したのは95 項目で,Medline や医学中央雑誌から拾いあげた.執筆に当たっては,眼科系の雑誌や教科書とともに,内科系の症候群辞典も参考にさせていただいた.本書が第1 版発行の時と同じように,多くの眼科医に携えられることを期待する. (改訂版への序文より)1. 眼科領域で扱われている症候群をアルファベット順にすべて収録(総509 症候群).2. 各症候群の「眼所見」については,重点的に解説.3. 他科の実地医家にも十分役立つよう歴史・由来・全身症状・治療法など,広範な解説.4. 各症候群に関する最新の,入手可能な文献をも収載.■ 本書の特色■

インターネットの眼科応用 13.医師の,医師による,医師のための,インターネット会議室

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102170910-1810/10/\100/頁/JCOPY医療情報の上流インターネットがもたらす情報革命によって,医療者よりも医療を受ける人たちのほうが優位に立つ時代になりました.医療に関する情報へのアクセスが容易になり,医療者,医療機関は選抜される対象となりました.インターネットを使って「食事の店を決める」ことと,「病院を選ぶ」際,切実さの差はあるにせよ,検索から行動に移るまでのパターンは同じです.これは,時代の流れであって仕方ありません.われわれ医療者もこの変化に対応しないといけませんが,物販と医療との間には重要な違いが一つあります.それは,医療の質は人気投票だけでは決まらない,ということです.医療の質は,医療者が良い医療を施そうと志す創意によって保たれ,向上されます.では,インターネット上の医療情報はどうやって向上されるのでしょう.インターフェースという観点から考えてみます.現在のインターネット上の情報は,ほとんどのものがキーボードを通して手入力されています.インターネット上には,ただただ,手が動いた痕跡のみが蓄積されます.日本の医師の数は約23 万人,日本の総人口127,767,994 人の約500 分の1 です1).単純計算しますと,インターネットに寄せられる患者発信の医療情報は医師発信の500 倍になります.その一つひとつをわれわれが査読するのは不可能です.さらに今までわれわれは,医療情報を発信する手段として,インターネットをほとんど活用していません.われわれ医師は,医療情報をインターネット上ではなく,どこに持ち寄るでしょう.それは学会であり論文です.医療者は学会というリアルな空間に,最も新鮮な医療情報を持ち寄ります.足を運んで,人の顔を見て得られる情報には,言葉以上に質感や温度を伴います.逆に,このリアルさに触れるためには,時間と場所を共有しないといけないデメリットがあります.学会の神聖性は閉鎖性を生み,医療情報を広める機会の損失となります.ただ,この問題点はインターネットで補完することができます.第7 章で紹介しました「インターネット学会」は時代の流れです2).インターネットは「繋ぐ」達人です.学会に参加できない医師と,学会に集まる医療情報を繋ぎます.また,デジタル情報は蓄積されても場所を必要としません.書庫を必要とせず,検索も容易です.インターネット学会は大いなる利便性を産むでしょう.動画の重要性では,どうすれば,医療者の現場の気概や,創意工夫をインターネット上に残すことができるでしょう.手入力しにくい医療情報を常々発信しているわれわれは,インターネットとどう付き合えばよいのでしょう.文書だけでは,医療者の頭の中にある想いや,繊細な手術手技は表現できません.声で入力,タッチパネルで入力,などの人間の動きと連動するユビキタス入力が可能な社会になれば,より,切実な想いや,漠然としたアイデア,情動,芸術を思わせる手術手技がインターネットのコンテンツとなるでしょう.ただ,そのようなユビキタス社会はもう少し先の話です.現在,アナログな医療情報をインターネットに発信するインターフェースとして,最も効率的な手法が「動画」であると考えます.当然ながら,動画は扱う情報量が多く,アナログな医療情報を容易にデジタル化してくれます.これは,情報圧縮技術の進歩の賜物です.臨床に関する動画を持ち寄り,共有できれば,その社会的価値は非常に大きなものになります.医師の,医師による,医師のためのインターネット空間がこれからの時代には必要です.動画を扱うことで,医療者がプロフェッショナル向けの情報を共有し,臨床の現場に応用するこ(79)インターネットの眼科応用第13章 医師の,医師による,医師のための,インターネット会議室武蔵国弘(Kunihiro Musashi)むさしドリーム眼科シリーズ⑬218あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010とが容易になります.「Internet conference room ofDoctors by Doctors for Doctors」の創設と育成がこれからの時代には必須です.動画の共有サイトといえば,YouTube が最も有名ですが,YouTube にも眼科領域の手術動画は投稿されています.白内障手術は1,560 件,網膜・硝子体手術は561 件,LASIK 手術は2,950 件がヒットします(2009 年9 月15 日現在).ただ,医療人に限らず誰でも閲覧できることが,将来的には問題になると予想します3).そこで今回は,医師限定でインターネット上で動画を共有し,ディスカッションすることが可能な先鋭的な試みを紹介します.EyetubeEyetube4)はアメリカの眼科医が主宰する動画閲覧サイトです.白内障手術は193 件,網膜・硝子体手術は81 件,角膜手術は40 件がヒットします3).有用な動画コンテンツが多い反面,広告が多いことと,医師に限らず誰でも登録可能な点が問題といえます.SeeTubeSeeTube5)は,MVC-online という医師限定の会員サイト内で,井上眼科病院の德田芳治先生が主宰する白内(80)障手術動画ギャラリーです.この会員サイトは完全招待制ですので,医師であることが担保されている点が特徴です.井上眼科病院における選別された手術動画を音声とともに閲覧し,閲覧者はコメントを投稿することが可能です.【追記】NPO 法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為と眼科という職人的な業を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvcjapan.org までご連絡ください.MVC-online からの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1) http://www.stat.go.jp/data/nihon/02.htm2) 武蔵国弘:インターネット学会.あたらしい眼科 26:1093-1094, 20093) 武蔵国弘,栗山晶治,奥村直毅ほか:インストラクションコース「インターネットを用いた遠隔医療の眼科領域への応用事例」.第63 回日本臨床眼科学会講演抄録,p110,20094) http://www.eyetube.net/5) http://seetube.mvc-online.com/societies/10001図 1Eyetube のホームページ図 2SeeTube の動画☆ ☆ ☆

硝子体手術のワンポイントアドバイス 81.増殖糖尿病網膜症における再増殖膜の処理法(中級編)

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102150910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに増殖糖尿病網膜症などの眼内増殖性疾患に対する硝子体手術では,初回手術時の膜処理が不完全であったり,術後に多量の出血や高度の炎症をきたすと,再増殖膜が形成されることが多い.再増殖膜はしばしばフィブリン析出を伴い,網膜と強固に癒着していることがあり,その処理に苦慮することがある.●再増殖膜の特徴シリコーンオイル下に形成される再増殖膜については『硝子体手術のワンポイントアドバイス(64)シリコーンオイル下増殖膜の処理(中級編)』に記載したので,今回は通常の再手術時の再増殖膜処理について述べる.硝子体手術後の再増殖膜は,一般に以下のような組織を基盤として形成されることが多い.1)易凝血性の出血2)残存硝子体皮質3)増殖膜の取り残し上記のいずれの場合でも,再増殖膜はフィブリン析出を伴い網膜と面状に強固に癒着していることが多く,初回手術時の増殖膜のように硝子体剪刀が増殖膜と網膜の間に挿入しづらいことが多い1).網膜と増殖膜との茎状の癒着部位(epicenter)も確認しづらい.●再増殖膜の処理法このような場合には,まずピックあるいは硝子体鑷子で膜の一端を浮かし,網膜とのスペースを作製する(図1).その後に水平硝子体剪刀を開閉しながら網膜との癒着を削ぐように.離を進める(図2).Epicenter が確認できれば硝子体剪刀で確実に切断し,不用意な牽引を網(77)膜にかけない配慮が必要である.癒着が緩い症例では大半を硝子体鑷子の牽引のみで.離できることもあるが,このようなケースはむしろ少ない.再手術例では網膜が菲薄化していることも多く,過度の牽引により医原性裂孔を形成する可能性が高いので慎重に操作を進めるべきである.癒着が広範囲な症例では双手法による膜処理が有用である.文献1) 池田恒彦:硝子体手術(3)手技の選択.増殖膜処理.眼科手術 4:604-614, 1991硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載81 増殖糖尿病網膜症における再増殖膜の処理法(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図 1膜処理のきっかけをつくるピックあるいは硝子体鑷子で膜の一端を浮かし,網膜とのスペースを作製する.図 2水平硝子体剪刀での処理水平硝子体剪刀を開閉しながら網膜との癒着を削ぐように.離をすすめる.

眼科医のための先端医療 110.網膜視細胞層の形態変化からわかること

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102110910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに裂孔原性網膜.離や特発性黄斑円孔などの網膜疾患では,硝子体手術により解剖学的治癒が得られても,発症以前の視力には回復せずに視力障害が残存する場合が少なくありません.しかし,細隙灯顕微鏡などによる眼底検査や従来のタイムドメイン光干渉断層計(OCT)では,視力障害の原因を同定することは困難です.スペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT)は従来のタイムドメインOCT に比べ深さ分解能が向上し高速撮影が可能となったため網膜の層構造,とりわけ網膜視細胞層における外境界膜(ELM)や視細胞内節外節境界部(IS/OS)に相当する高反射ラインの描出力が向上しました(図1).SD-OCT を用いて裂孔原性網膜.離や黄斑円孔術後の黄斑部を撮影することにより,網膜視細胞層の微小形態異常を評価し,術後の視力障害との関連を検討できるようになりました.網膜視細胞層の形態変化1. 裂孔原性網膜.離の場合黄斑.離を伴う裂孔原性網膜.離の術後における中心窩網膜の異常所見として,従来より黄斑前膜や黄斑下液,黄斑浮腫などが報告されていますが,SD-OCT 検査ではさらに中心窩視細胞層におけるIS/OS およびELM の欠損所見を検出できます.筆者らの検討では,術前に黄斑.離を認めた症例ではSD-OCT 検査時の術後視力(logMAR)はこれら異常所見のうちIS/OS およびELM の欠損所見と有意に相関することがわかりました1).なお,中心窩視細胞層の形態はIS/OS およびELM の両者が明瞭に認められるパターン,ELM は明瞭に認められるもののIS/OS が欠損しているパターン,IS/OS およびELM の両者が欠損しているパターンの3群に分類できます.これら3 群間には視力に有意差を認め,IS/OS およびELM の両者が明瞭に観察された症例では術後視力が最もよく,両者が欠損している症例では(73)◆シリーズ第110 回◆ 眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊若林卓大島佑介(大阪大学大学院医学系研究科感覚器外科学講座)網膜視細胞層の形態変化からわかること図 2裂孔原性網膜.離術後の中心窩視細胞層の経時的変化黄斑.離を伴う裂孔原性網膜.離術後のSD-OCT 所見.症例は63 歳,男性.A: 術後1 カ月.外境界膜(ELM)は明瞭に認められるもののIS/OS が欠損している(矢頭).黄斑下液も伴っている.視力は0.3.B: 術後約12 カ月.IS/OS の欠損が残存している(矢頭).視力は0.5.C: 術後約36 カ月.IS/OS が回復し欠損が認められなくなった.視力は0.8 に改善.図 1健常眼の2 次元網膜断層像網膜内の層構造が明瞭であり,特に外境界膜(ELM),視細胞内節外節境界部(IS/OS),網膜色素上皮(RPE)の高反射ラインが明確に区別できる.NFL:神経線維層,GCL:神経節細胞層,IPL:内網状層,INL:内顆粒層,OPL:外網状層,ONL:外顆粒層,Choroid:脈絡膜.外境界膜(ELM)NFLGCLIPLINLOPLONLChoroid網膜色素上皮(RPE)視細胞内節外節境界部(IS/OS)212あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010最も悪いことがわかりました.SD-OCT 検査を経時的に行うと,初回検査でELM は明瞭に認められるもののIS/OS が欠損していた症例の約6 割で平均12 カ月の間にIS/OS が完全に回復しました(図2)が,IS/OS およびELM の両者が欠損した症例では回復は認められませんでした.IS/OS は視細胞外節の円盤膜からなる高次構造と視細胞内節の境界に相当し,一方ELM は視細胞核からなる外顆粒層と内節の境界でMuller 細胞の先端部に相当すると考えられています.したがって,IS/OS が欠損しELM が明瞭に認められる所見は,視細胞層の障害が内節および外節レベルに限局していることを示唆しています.IS/OS およびELM ラインの両者が欠損する所見は,視細胞層の障害が細胞核レベルまで及んでいることを示唆していると考えられます.実験的網膜.離の既報では,網膜.離術後に視細胞のアポトーシスや外節の脱落などが生じることが報告されており2.4),SD-OCT におけるIS/OS やELM ラインの欠損は生体内における視細胞層レベルでの障害の違いを反映した所見である可能性があります.ELM が明瞭に観察できた症例ではIS/OS が経過とともに再構成することから,視細胞層レベルでの障害が核まで及んでいない症例では外節が再生される可能性があることを示唆しています.このような症例では術後長期にわたって視力が徐々に改善する可能性があり,視力予後を予測する重要な所見の一つと考えられます.2. 特発性黄斑円孔の場合円孔閉鎖後のSD-OCT による黄斑所見では,グリア細胞の増殖によるとされる中心窩高輝度病変,中心窩.離,視神経線維欠損,視細胞層の障害が認められます5,6).多変量解析を行うと,中心窩視細胞層の障害が術後視力と最も有意に相関することがわかりました.この障害の程度は,IS/OS およびELM の再構築の違いによって3群に分類できます.すなわち,IS/OS,ELM ともに再構築されたA 群,ELM は再構築されたもののIS/OSが欠損したB 群,IS/OS,ELM ともに欠損したC 群です.平均小数視力はA 群とB 群はC 群に比べ有意に良好でしたが,A 群とB 群の間には有意差はありませんでした(図3).このことは,術後早期の視力を予測するうえで,中心窩網膜におけるELM の再構築がIS/OSの再構築よりも重要であることを示しています.さらにこの所見が術後12 カ月の視力とも最も有意に相関しました.円孔閉鎖後の視細胞層での経時的な形態変化をみると,ELM が術後早期に再構築された症例では,当初IS/OS の再構築が不完全であっても術後経過とともに約5 割以上の症例でIS/OS の再構築がみられました6).一方,術後早期にELM が再構築されなかった症例では,グリア細胞の増殖と考えられる中心窩高輝度病変が高率にみられ,IS/OS の再構築はみられませんでした.円孔の閉鎖過程において,ELM の再構築がIS/OS の修復に先行し,形態的な修復に重要な所見である可能性が示唆されます.術後早期にELM の再構築が認められない場合は,円孔閉鎖はグリア細胞で補.される可能性が高く(中心窩高輝度病変),IS/OS の再構築が困難となるだけでなく,視力の改善も不十分となる可能性が考えられます.つまり,黄斑円孔術後早期におけるELM の再構築所見が,その後のIS/OS を含めた中心窩網膜形態修復と視力改善を決定する重要な因子であると考えられます.まとめSD-OCT により従来の検査機器では描出不可能であった微小な網膜病変が非侵襲的に観察可能となり,裂孔原性網膜.離や黄斑円孔術後に残存する視力障害を裏付ける中心窩視細胞層の形態異常を検出することができる(74)*** **-0.20.00.20.40.60.81.01.2術後視力(logMAR)中心窩視細胞層所見IS/OS(+)/ELM(+)(A 群)IS/OS(-)/ELM(+)(B 群)IS/OS(-)/ELM(-)(C 群)図 3黄斑円孔閉鎖後の中心窩視細胞層障害の程度と術後視力IS/OS(+)/ELM(+)=視細胞内節外節境界(IS/OS)と外境界膜(ELM)の両者が再構築されたパターン(A 群).IS/OS(.)/ELM(+)=ELM は再構築されたもののIS/OS が欠損したパターン(B 群).IS/OS(.)/ELM(.)=IS/OS およびELM の両者が欠損したパターン(C 群).SD-OCT による術後3 カ月の検討では,A 群とB 群はC 群に比べ有意に平均視力が良好であるが,A 群とB 群の間には有意差はない.* p>0.05,** p<0.05.(75) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010213ようになりました.網膜視細胞層の構造維持や再構築が視力予後に重要であることから,視細胞障害を最小限にとどめる治療方法の開発が今後の課題であると考えられます.文献1) Wakabayashi T, Oshima Y, Fujimoto H et al:Fovealmicrostructure and visual acuity after retinal detachmentrepair:imaging analysis by Fourier-domain optical coherencetomography. Ophthalmology 116:519-528, 20092) Cook B, Lewis GP, Fisher SK et al:Apoptotic photoreceptordegeneration in experimental retinal detachment.Invest Ophthalmol Vis Sci 36:990-996, 19953) Anderson DH, Guerin CJ, Erickson PA et al:Morphologicalrecovery in the reattached retina. Invest OphthalmolVis Sci 27:168-183, 19864) Sakai T, Calderone JB, Lewis GP et al:Cone photoreceptorrecovery after experimental detachment and reattachment:an immunocytochemical, morphological, and electrophysiologicalstudy. Invest Ophthalmol Vis Sci 44:416-425, 20035) Ko TH, Witkin AJ, Fujimoto JG et al:Ultrahigh-resolutionoptical coherence tomography of surgically closedmacular holes. Arch Ophthalmol 124:827-836, 20066) Wakabayashi T, Fujiwara M, Sakaguchi H et al:Fovealmicrostructure and visual acuity in surgically closed macularholes:Spectral-domain optical coherence tomographicanalysis. Ophthalmology, in press■「網膜視細胞層の形態変化からわかること」 を読んで■最近,新しい画像診断装置が次々と眼科臨床に導入されてきています.新しい画像診断装置は,本来病名診断のために開発されたものですが,治療効果の判定あるいは予測に有用であることがわかってきました.そのなかでも特に著しい成果を上げているのが光干渉断層計(OCT)です.この装置がもつ特長は多くありますが,低侵襲性かつ操作の簡便性は,サンプルの多数収集を格段に容易にしましたし,結果を数値化できる点は,再現性客観性を改善させ,解析精度を飛躍的に向上させました.網膜薬物治療導入において,OCTが果たした役割はこの好例であり,OCT がなければ,治験から承認までははるかに長い時間がかかったといわれています.今回,若林卓・大島佑介先生が紹介されているのは,スペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT)による視力予後予想に関する新しい試みです.SDOCTは従来型OCT に比べて解像力が大幅に向上しましたが,その性質を利用して従来解析不可能であった網膜視細胞層の微細構造を分類し,その結果から視力予後に重要な所見が発見されました.これは,視力予後という臨床家が最も興味ある点に注目した研究ですが,それだけでなく,その結果には網膜.離による視力障害のメカニズムという疾患の本質的問題とその解明につながる大きな発見が含まれています.現在精力的に行われている網膜神経保護治療などが臨床応用される場合,網膜.離もその対象になる可能性は高いと思います.その際には, 今回得られた知見は適応患者,適応状態や時期を決定するために重要なポイントとなるでしょう.この分野の研究はまだ始まったばかりですが,このような知見の集積が正しい理解を生み,将来の有効な手術法の確立に貢献することは確実であり,これはその先駆けとなる素晴らしい研究といえます.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆ ☆ ☆

眼感染アレルギー:遅発性眼内炎

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102090910-1810/10/\100/頁/JCOPY遅発性とはいつからか? その明確な定義はないが,文献的な調査では術後1 カ月の時点で線引きがなされている(表1)1).すなわち,眼内炎発症時期が術後1 カ月以前の症例では,起炎菌としてグラム陽性球菌が占める割合が多く,一方,術後1 カ月以上の症例では,グラム陽性桿菌であるPropionibacterium acnes が原因菌の最多である.特に,急性炎症をひき起こす黄色ブドウ球菌,腸球菌,緑膿菌は術後1 カ月以上経過後発症例ではまったく分離されず,逆にP. acnes は術後1 カ月以内に発症した眼内炎からは1 例も検出されていない.したがって術後1 カ月を基準として,それ以上経過した後に発症した眼内炎を「遅発性眼内炎」とよび,その代表がP. acnes による眼内炎である.●Propionibacterium acnes とは偏性嫌気性グラム陽性桿菌で,皮膚,口腔,鼻咽頭,腸管などに広く常在している.皮膚では表皮ブドウ球菌とともに主たる常在菌叢をなし,皮脂腺や毛.など嫌気状態にある皮膚深部に多数存在し,毛包管内での炎症は「ニキビ」の原因となる.一方,結膜.および眼瞼縁においてもP. acnes は高頻度に存在している2).嫌気性菌であるP. acnes が結膜.に存在する理由として,結膜の特に円蓋部皺襞内では空気に触れにくいことに加え,常在好気性菌である表皮ブドウ球菌に代表されるcoagulase-negative Staphylococcus が酸素を消費するために嫌気状態になりやすいことが考えられている.●Propionibacterium acnes による眼内炎1986 年にMeisler らによって初めて報告された3).以前から人工関節や人工心臓弁などの人工物移植後にみられる遅発性慢性炎症の原因としてP. acnes が注目されていたが,Meisler らの報告もP. acnes+人工物(眼内レンズ)=遅発性炎症という図式に合致することになり,以来遅発性眼内炎がにわかに脚光を浴びるようになった.しかし,P. acnes がどのように眼内に持ち込まれ,なぜ数カ月の猶予をもって炎症をひき起こすのかについては依然として不明である.恐らく,眼内レンズに付着するなどして持ち込まれたP. acnes は,水晶体.内において抗菌薬の点眼や生体の免疫監視機構から巧みに逃れて細々と生息を続けているが,やがて抗菌薬や抗炎症薬の投与中止とともに菌の増殖や免疫反応が顕性化してくると考えられる.また,後.切開を契機に発症することがあるのも,水晶体.に限局していた菌が,硝子体に播種されるためと推測されている.酸素分圧が低く,さらに抗菌点眼薬の効果が及びにくい水晶体.内はP.acnes にとっては最高の隠れ蓑の役割を果たしているのかもしれない.●臨床症状① 術後1 カ月以降(術後点眼の終了時期に関連?)に(71)眼感染アレルギーセミナー─感染症と生体防御─●連載監修= 木下茂大橋裕一26. 遅発性眼内炎薄井紀夫総合新川橋病院眼科白内障術後1 カ月以上経過した後に発症した眼内炎を広義に「遅発性眼内炎」とよぶ.なかでもPropionibacteriumacnes による眼内炎は,他の起炎菌にはみられない特徴的な所見と経過を有することから狭義にはP.acnes による眼内炎をさして遅発性眼内炎とよぶことが多い.表 1白内障術後眼内炎134 眼の発症時期と起炎菌の関連1)検出菌発症時期術後0.29 日術後1 カ月以上グラム陽性桿菌Propionibacterium acnes 0ツ黴€ 13 グラム陽性球菌 Coagulase-negative Staphylococcus28ツ黴€ 4 黄色ブドウ球菌 18ツ黴€ 0 Streptococcus 属 6ツ黴€ 1 腸球菌 22ツ黴€ 0 その他グラム陽性球菌 6ツ黴€ 1 グラム陰性桿菌緑膿菌 4ツ黴€ 0 その他 17ツ黴€ 10 真菌 3ツ黴€ 1 合計104 眼30 眼210あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010突然虹彩毛様体炎を生じる.Nd:YAG レーザーによる後.切開を契機に発症することもある.② 虹彩毛様体炎は肉芽腫性のことが多く,豚脂様角膜後面沈着物を認める.前房蓄膿がみられることもある.③ 眼内レンズと水晶体.の間にフィブリン様の白色混濁white plaque を認める(図1a).眼内レンズ表面に微細な沈着物を認めることもある(図1b).④ 炎症は抗菌薬やステロイド薬で軽減するが,完全には鎮静化せず,慢性化傾向を示す.⑤ 炎症の遷延化に従って突如硝子体混濁が増強する場合がある.●診断白内障術後1 カ月以降に虹彩毛様体炎を認めた場合に(72)は,内因性ぶどう膜炎とともに常にP. acnes による眼内炎を念頭に臨床経過を追う.水晶体.内にwhiteplaque(図1a)を認めれば遅発性眼内炎が最も疑われるが,初期の軽症例では診断に苦慮することが多い.そこで,抗菌薬とステロイド薬の点眼を行いながら炎症の推移をみるが,遅発性眼内炎の多くが遷延化の後に増悪することを考慮し,ある時点(点眼開始から2.4 週間程度)で検体採取による確定診断を兼ねて手術的治療に踏み切る.●治療① 検体(前房水,水晶体.内炎症物,硝子体液)採取:単に注射針で前房水を採取するのではなく,水晶体.内に限局した菌の増殖を考慮してシムコ針などで水晶体.内の混濁物も採取する.細菌培養に際しては必ずP.acnes を想定して好気性培養に加え嫌気培養も依頼する.② 抗菌薬添加灌流液を用いた前房洗浄+水晶体.内洗浄:急性眼内炎同様に塩酸バンコマイシンと第三世代のセフェム系薬剤(セフタジジムなど)を用いる.アミカシンなどのアミノ配糖体系薬剤はP. acnes には無効である.水晶体.と眼内レンズの癒着が強い場合には,粘弾性物質などを用いて癒着の解離を試みながら水晶体.内を十分に洗浄する.③ 抗菌薬添加灌流液を用いた硝子体手術:硝子体全体に炎症が波及していない場合は前部硝子体切除のみでも構わないが,その場合でも水晶体後.を眼内レンズ径より大きめに切除し,残存水晶体.に対し後方からも十分に抗菌薬が到達するようにする.また,手術終了時には抗菌薬の硝子体内注射を行う.④ 補助療法:急性眼内炎の治療に準じた点眼,結膜下注射,内服,点滴静注などを併用する.文献1) 原二郎:発症時期からみた白内障術後眼内炎の起炎菌─Propionibacterium acnes を主として─.あたらしい眼科20:657-660, 20032) Hara J, Yasuda F, Higashitsutsumi M:Preoperative disinfectionof the conjunctival sac in cataract surgery. Ophthalmologica211(Suppl 1):62-67, 19973) Meisler DM, Palestine AG, Vastine DW et al:ChronicPropionibacterium endophthalmitis after extracapsularcataract extraction and intraocular lens implantation. AmJ Ophthalmol 102:733-739, 1986ab図 1遅発性眼内炎前.切開線に沿ってフィブリン様のwhite plaque(白色混濁)がみられ(a),また眼内レンズ表面には微細な沈着物を認める(b).

緑内障:緑内障検診(1)

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102070910-1810/10/\100/頁/JCOPY●緑内障早期発見の重要性日本緑内障学会が岐阜県多治見市で実施した大規模な緑内障疫学調査(多治見スタディ)の結果,40 歳以上の人口における緑内障の有病率は約5%と高いことが判明した1).このうち,正常眼圧緑内障を含む開放隅角緑内障(POAG)の有病率は3.9%,うち93.3%が未発見のままであった2).現在,緑内障は日本人の失明原因の第1位である.緑内障によって障害された視機能障害は回復しないため,緑内障診療では早期発見が重要となる.緑内障を早期に発見できれば早期治療が可能となり,その結果,視野の悪化を遅らせたり,停止することができる.したがって,効率が良く,既存の検診業務に組み入れて実施することが可能な緑内障早期発見スクリーニングシステムを構築することが急務と思われる.● 健康検診受診者を対象とした緑内障検診の実際緑内障早期発見システム構築の基盤となるパイロット(69)●連載116 緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄山本哲也116. 緑内障検診(1) 石川誠秋田大学大学院医学研究系医学専攻病態制御医学系眼科学講座緑内障によって障害された視機能障害は回復しないため,緑内障診療では早期発見が重要となる.緑内障を早期に発見できれば早期治療が可能となり,その結果,視野の悪化を遅らせたり,停止することができる.したがって,効率が良く,既存の検診業務に組み入れて実施することが可能な緑内障早期発見スクリーニングシステムを構築することが急務と思われる.……………………………………………………………………………………………………………………..最終診断…………………………..2次検診……………………………………………………………………………………………………….1次検診70 代以上10%6%7%60 代5%11%8%50 代4%4% 4%40 代3%0%1%30 代0%5%2%121086420全世代4% 4% 4%緑内障有病率(%)■:男性■:女性■:全体図 1緑内障検診のフロー・チャート1 次検診は秋田県総合保健センター(秋田市)で,2 次検診は秋田大学医学附属病院で行った.図 2性別,年代別の緑内障有病率と95%信頼区間男女ともに,緑内障有病率は加齢とともに増加する傾向にある.208あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010スタディ(小松スタディ)3)の結果を踏まえて,平成19年に秋田市内の健康検診施設において,同様の無散瞳,非接触,非医師による緑内障検診を実施した.緑内障検診を受診した地域住民は710 名(秋田市全人口の0.21%に相当)であった.1 次検診として,非接触型(空気)眼圧計による眼圧測定,Scanning Peripheral AnteriorDepth Analyzer(SPAC)による前房深度測定,ステレオ眼底カメラによる視神経乳頭立体撮影検査,HeidelbergRetina Tomograph II(HRT II)による視神経乳頭解析を行った.いずれの検査も,無散瞳,非接触,非医師によって行った.緑内障が疑われた場合,該当者に案内状を出し,秋田大学医学部附属病院眼科において2 次検診を行った.2 次検診では,細隙灯生体顕微鏡検査,Goldmann 圧平眼圧測定,Humphrey 24-2 視野測定,隅角検査,ultrasound biomicroscope(UBM),視神経乳頭立体撮影を含む眼底検査が行われた(図1).その結果,すべての病型の緑内障の有病率は4.1%,うち86%は正常眼圧緑内障であった.男女ともに,緑内障有病率は加齢とともに増加する傾向にあった(図2).年齢調整したPOAG 有病率は,多治見スタディの(70)結果と統計学的有意差は認めなかった.以前に未発見の緑内障,または緑内障疑い例(今回の有病率4.1%)は,全体の90%を占めていた.健康検診受診者を対象とした緑内障検診は,未発見者をスクリーニングするうえで有用と考えられる.図3 に,今回の検診で発見された緑内障症例の検査結果を示す.文献1) Yamamoto T, Iwase A, Araie M et al:The Tajimi studyreport 2. Prevalence of primary angle closure and secondaryglaucoma in a Japanese population. Ophthalmology112:1661-1669, 20052) Iwase A, Suzuki Y, Araie M et al:The prevalence of primaryopen-angle glaucoma in Japanese. Ophthalmology111:1641-1648, 20043) Ohkubo S, Takeda H, Higashide T et al:A pilot study todetect glaucoma with confocal scanning laser ophthalmoscopycompared with nonmydriatic stereoscope photographyin a community health screening. J Glaucoma 13:531-538, 2007図 3 今回の検診で発見された緑内障症例(62 歳,女性)の眼底写真とHumphrey 視野視神経乳頭陥凹は血管の屈曲点をプロットして求めた. 左眼視野はAnderson-Patella の緑内障性視野基準を満たした.右左0.110.050.170.1C/D=0.73 C/D=0.84右眼左眼

屈折矯正手術:屈折矯正におけるフェムトセカンドレーザーの利用

2010年2月28日 日曜日

あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102050910-1810/10/\100/頁/JCOPYフェムトセカンドとは千兆分の1 秒であり現在国内で使用可能な4 機種のフェムトセカンドレーザー(以下,FS レーザー)の1 パルス当たりの照射時間は200.800 フェムト秒で,このごく短い時間に二酸化炭素と水からなるガスを組織中に発生させフォトディスラプションにより,数ミクロンの空隙を組織中の任意の深さと位置につくることが可能である.レーザーの波長は1,030.1,060 nm であり,波長の長さから赤外線レーザーに分類される.現在の機種では周波数が60 kHz から1 MHz と高速に連続照射可能であり,より少ないエネルギーでより密にガスを発生させることにより平滑な切開面を作製できる.IntraLase FS-60TM(AMO 社製,図1)では約25 秒で作製可能である.最新の機種ではさらに短い時間で作製可能となっている.国内導入当初のIntraLase(現在の最新のものはAMO 社製)は周波数が15 kHz であり,フラップ作製に60 秒程度要した.当時の筆者の使用感から,現在では患者の負担が大幅に軽減したと考えられる.●マイクロケラトームとの比較1.角膜屈折力が40 D 以下のフラット,あるいは46 D 以上の急峻な角膜形状の場合は,それぞれフリーフラップやボタンホールのリスクがあり,マイクロケラトームの適応には注意と技術を要し,しばしば適応外としていたが,FS レーザーではこのような角膜形状による適応はそれほど重視しなくても作製可能となっている(図2,3).2.マイクロケラトームで作製したフラップの形状は,中央部よりも周辺部が若干厚いメニスカスフラップとなるため,外傷などでフラップに皺が生じた際,治療には上皮を.離して皺を伸ばした後,ソフトコンタクトレンズの上にフラットタイプのハードコンタクトレンズ(67)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載117監修=木下茂大橋裕一坪田一男117. 屈折矯正におけるフェムトセカンドレーザーの利用堀川良高德田芳浩井上眼科病院フェムトセカンドレーザーを用いて角膜表面をシート状に切開することでフラップを作製し,LASIK 手術に応用されはじめ,国内でも5 年以上経過した.フラップ作製時に急激に眼圧を上げる必要がないことから,眼内レンズ挿入眼にも使用しやすく,一般臨床の延長の場でも使用される機会が今後増すことが予想される.図 1IntraLase FS.60(AMO 社製)スタッフが入力データを確認中の様子.図 2 Patient interface(disposable)術眼に直接接触する器具は滅菌パックで1 眼分ごとに用意される.吸 引リングアセンブリ(右上):眼球の強膜に直接陰圧をかけて固定する.ア プラネーションコーン(右下):角膜を直接圧平する器具.→ 図 3レーザーの出力口IntraLase 本体にアプラネーションコーンを装着している.←206あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010を装用するなどの特別な処置が必要となる場合があるが,FS レーザーではフラップの厚さが均一なため,フラップ裏面から皺を伸ばすなどの一般的な処置後,ソフトコンタクトレンズを約1 日装用することで比較的容易に回復可能な場合が多い.3.マイクロケラトームにはなくFS レーザーに特有の術後合併症として,一過性に眩しさを訴えるtransientlight sensitivity syndrome(TLSS)が知られている1).原因として初期の機種でのレーザーの高エネルギー設定が考えられているが,現在の低エネルギー設定での報告はきわめて少ない.治療はステロイドの頻回点眼であるが,合併症の発症時期が術後1 カ月程度経過してからであるために眼瞼痙攣など他の疾患との鑑別も必要である.4.Diffuse lamellar keratitis(DLK)はlaser in situkeratomileusis(LASIK)後早期に生じる無菌性層間炎症である.マイクロケラトームによる術後の発生頻度に比べFS レーザーの初期の機種では発生頻度が高いとの報告があるが,現在の機種ではエネルギー設定を低くするなどの工夫で発生頻度は低くなっている.ただし,炎症自体がマイクロケラトームではフラップ下に限局される場合が多いのに対し,FS レーザーではフラップの外側の角膜周辺部にも炎症が認められるという特徴がある.5.再手術をフラップリフティングで行う際2),FSレーザーではフラップエッジが視認しやすく,フラップエッジが直角に近く切り立った形状にできる機種(図4)では,比較的容易にフラップを元の位置に戻すことが可能である.6.エキシマレーザー照射後にフラップを戻した後,フラップエッジをmedical quick absorber(MQA)で軽く撫でることで,フラップ下の水分を抜き,術後の疼痛を軽減できるテクニックは両術式ともに共通である.●今後の展望FS レーザーで角膜実質をlenticle として切除し,エキシマレーザーを使用せずに角膜の屈折力を変えるfemtosecond lenticle extraction3)や角膜内リング挿入のためのトンネルを高精度に角膜実質内に作製することも可能となっている.さらに角膜移植4)にも利用可能な機種も存在する.今後もこうした応用の幅が広がる可能性があるが,慎重に予後を観察することが同時に望まれる.文献1) Munoz G, Albarran-Diego C, Sakla HF et al:Transientlight-sensitivity syndrome after laser in situ keratomileusiswith the femtosecond laser incidence and prevention. JCataract Refract Surg 32:2075-2079, 20062) 堀川良高:9 年以上経過したLaser In Situ Keratomileusis術後症例のフラップリフティング.IOL&RS 23:241-244,20093) 中村友昭:VisuMax. IOL&RS 23:92-94, 20094) 稗田牧:フェムトセカンドレーザーの角膜移植への応用.IOL&RS 23:245-248, 2009(68)☆ ☆ ☆図 4IntraLase 本体の入力確認画面フラップの厚み,フラップの直径,フラップエッジの角度,レーザーのスポット密度などを術眼ごとに設定することが可能である.