●連載◯272監修=福地健郎中野匡272.眼圧日内変動と調節機構土屋俊輔金沢大学附属病院眼科眼圧日内変動は概日時計によって制御される生理現象の一つであり,近年は眼圧の低い緑内障患者において大きな眼圧変動は進行のリスクであることも示され,臨床的意義も大きい.最近の基礎研究によって眼圧リズムはグルココルチコイドやノルアドレナリンなどのホルモンによって調節されている可能性が示唆されている.今後さらなる解明が進むことで緑内障の新規治療法開発に期待したい.●はじめに眼圧日内変動研究の歴史は非常に古く,最初の報告は100年以上前まで遡る.それ以来そのメカニズムの解明のために研究がなされてきた.ヒトの眼圧変動は,体内時計によって制御を受けるリズム変動に加えて,体位,ストレス,運動など,さまざまな要因により影響を受けるため正確な測定がむずかしいが,その要因をできるかぎり除外した場合,明け方から午前中にかけて眼圧は高値を示し,それ以後低下するパターンをとることが知られている.マウスやラット,ウサギなどの実験動物を対象とした基礎研究では,昼行性・夜行性にかかわらず,夜間に高値を示すリズムパターンを示すことが知られている.この眼圧日内変動は一定期間,外部の周期的な光刺激がなくとも維持されるため,眼圧日内変動のリズムは生体内の概日時計に従っていることがわかる.近年はこの概日時計と眼圧日内変動との関連に着目した多くの報告がなされ,少しずつそのメカニズムが明らかになってきている.C●眼圧日内変動の臨床的意義眼圧日内変動は正常眼でも認められるが,とくに緑内障患者ではそのパターンが日中上昇型,夜間上昇型,もしくは変動がないなど多岐にわたることや1),これらの多彩な変動パターンが存在するために,約C7割程度の緑内障患者ではC1日における最高眼圧が診療時間外に記録されるという報告もある2).したがってわれわれが通常行っている外来診療では,変動のある一時点を捉えているに過ぎず,患者の眼圧を正確に把握できているとはいいがたい.さらに最近の報告では,5年以上経過を追えたベースライン眼圧の低い(≦12CmmHg)正常眼圧緑内(81)C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY障患者において,点眼治療開始前の眼圧日内変動が大きいことがその後の緑内障進行のリスクファクターであるということが明らかとなった3).よって,日本人緑内障患者の大多数を占める正常眼圧緑内障患者のマネージメントとして,眼圧日内変動の把握が非常に重要であることがわかる.C●眼圧日内変動と概日リズム哺乳類の体内時計の中枢は視床下部の視交叉上核(suprachiasmaticnucleus:SCN)に存在し,この部分が中枢時計として,全身の組織における固有の概日リズムを生み出す末梢時計の位相を調節し,全身のリズムを同期させている.さらに細胞レベルでは,概日時計は時計遺伝子(clockgenes)とよばれる一連の遺伝子群によって構成されている.時計遺伝子の一つであるCCry遺伝子をノックアウトしたマウスでは,眼圧日内変動が消失してしまうことや4),房水産生の場である毛様体に時計遺伝子が規則的に発現すること5),さらには盲状態のマウスは外部サイクルから独立して,SCNのリズムに沿った眼圧日内変動を示すこと6)などの数多くの知見から,眼圧変動は生体の概日時計によってコントロールされていることはほぼ間違いないと思われる.そのCSCNからどのようにして眼圧リズムが生み出されるのか,という問いに対しては,最近の研究で重要な示唆が得られている.まず,副腎から体内の概日リズムに合わせて規則的に分泌されるホルモンであるグルココルチコイドに着目した研究では,exvivoで副腎ホルモンを投与することにより毛様体の局所時計の位相調節ができることや,副腎を摘出したマウスは行動リズムが正常であるにもかかわらず眼圧リズムが消失することから,副腎の働きが眼圧リズム形成に必須であることが明あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023219図1眼圧日内変動の制御機構概日リズムは視床下部に存在する視交叉上核CSCNが中枢時計となって,各臓器などに存在する末梢時計の位相を調節している.外部の明暗サイクルを網膜が感受し,中枢時計に伝達することで,外部のリズムと体内時計のリズムを同調させている(光同調).近年の報告により,中枢時計からのシグナル伝達経路として副腎ホルモンであるグルココルチコイドや,交感神経系のノルアドレナリンの働きにより,眼圧リズムが制御されている可能性が示唆されている.らかになった7).その後,他の報告では副腎に加えて上頸神経節を外科的に切除すると眼圧リズムのとくに夜間の上昇が消失してしまうことが明らかとなり,グルココルチコイドだけでなく,ノルアドレナリンの関与も示唆された8).さらに同じグループは,眼局所でのホルモンの働きとCphagocytosis(食作用)の関連に着目し,とくにノルアドレナリンによる線維柱帯における食作用抑制を介して眼圧が変動するという可能性を示した9).上記のことから,眼圧リズムは体内時計の制御下におかれ,中枢時計からの副腎および交感神経を介したシグナルを受けとり,房水動態を変化させることでそのリズムが形成されていると考えられる(図1).C●おわりに本稿では眼圧日内変動の重要性,および基礎研究によって現在明らかになりつつある眼圧リズムの調節機構に関して述べた.今回は触れなかったが,近年はコンタクトレンズセンサーなども登場し,生活の制限をあまり設けずに眼圧に関連したパラメータをC24時間連続で測定できるようになってきた.現状ではまだ広く普及していないが,今までの眼圧連続測定における医療側,患者側の負担を軽減し,今後さまざまな眼圧変動と緑内障の病態との関連が解明されることが期待できる.また,日内変動の基礎研究がさらに発展することで,現在の緑内障標準治療である眼圧を低下させることだけでなく,将来的には眼圧リズムをコントロールし,変動を抑制することをターゲットとした緑内障新規治療につながることが期待される.文献1)RenardE,PalombiK,Gron.erCetal:Twenty-fourhour(Nyctohemeral)rhythmofintraocularpressureandocularperfusionCpressureCinCnormal-tensionCglaucoma.CInvestCOphthalmolVisSciC51:882-889,C20102)BarkanaCY,CAnisCS,CLiebmannCJCetal:ClinicalCutilityCofCintraocularCpressureCmonitoringCoutsideCofCnormalCo.ceChoursCinCpatientsCwithCglaucoma.CArchCOphthalmolC124:C793-797,C20063)BaekCSU,CHaCA,CKimCDWCetal:RiskCfactorsCforCdiseaseCprogressionCinClow-teensCnormal-tensionCglaucoma.CBrJOphthalmolC104:81-86,C20204)MaedaA,TsujiyaS,HigashideTetal:Circadianintraoc-ularCpressureCrhythmCisCgeneratedCbyCclockCgenes.CInvestCOphthalmolVisSciC47:4050-4052,C20065)DalvinCLA,CFautschMP:AnalysisCofCcircadianCrhythmCgeneexpressionwithreferencetodiurnalpatternofintra-ocularCpressureCinCmice.CInvestCOpthalmolCVisCSciC56:C2657,C20156)TsuchiyaCS,CBuhrCED,CHigashideCTCetal:LightCentrain-mentofthemurineintraocularpressurecircadianrhythmutilizesCnon-localCmechanisms.CPloSCOneC12:e0184790,C20177)TsuchiyaCS,CSugiyamaCK,CVanCGelderRN:AdrenalCandCGlucocorticoidE.ectsontheCircadianRhythmofMurineIntraocularCPressure.CInvestCOphthalmolCVisCSciC9:5641-5647,C20188)IkegamiK,ShigeyoshiY,MasubuchiS:Circadianregula-tionCofCIOPCrhythmCbyCdualCpathwaysCofCglucocorticoidsCandCtheCsympatheticCnervousCsystem.CInvestCOphthalmolCVisSciC61:26,C20209)IkegamiCK,CMasubuchiS:SuppressionCofCtrabecularCmeshworkCphagocytosisCbyCnorepinephrineCisCassociatedCwithCnocturnalCincreaseCinCintraocularCpressureCinCmice.CCommunBiolC5:339,C2022220あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023(82)