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植物による角膜異物受傷7 カ月後に発症した 真菌性角膜炎の1 例

2023年6月30日 金曜日

《第58回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科40(6):819.823,2023c植物による角膜異物受傷7カ月後に発症した真菌性角膜炎の1例宮久保朋子*1戸所大輔*1槇村浩一*2田村俊*2小森綾*2秋山英雄*1*1群馬大学大学院医学系研究科眼科学教室*2帝京大学医真菌研究センターCACaseofFungalKeratitisthatDeveloped7MonthsafteraThornInjuryTomokoMiyakubo1),DaisukeTodokoro1),KoichiMakimura2),TakashiTamura2),AyaKomori2)andHideoAkiyama1)1)DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)InstituteofMedicalMycology,TeikyoUniversityC目的:Diaporthe属は植物や土壌に存在する糸状菌であり,眼感染症の報告は少ない.今回筆者らは,植物による眼外傷C7カ月後に発症した真菌性角膜炎の症例を経験した.症例:78歳,男性.木の枝が左眼に当たり受傷し近医を受診した.左眼の角膜実質内に刺入した枝の欠片を除去し,抗菌薬点眼を開始したが,角膜浮腫が残存するため,群馬大学医学部附属病院(以下,当院)へ紹介され実質深層の角膜浮腫を認めたが,その後通院中断した.受傷C7カ月後,左眼の視力低下が出現し,角膜後面沈着物を伴う角膜浸潤を認めた.前医にて抗菌薬点眼およびステロイド点眼で改善しないため,当院へ紹介された.真菌感染を疑いボリコナゾール点眼を開始したが徐々に羽毛状の角膜潰瘍を形成した.受傷C10カ月目,角膜移植術を施行した.摘出角膜の病理検査にて糸状菌を認め,培養菌株のCDNAシークエンスからCDiaporthe属と同定した.結論:植物による眼外傷の既往がある場合は受傷から半年経過後も真菌感染を考慮する必要がある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCfungalCkeratitisCthatCdevelopedC7CmonthsCafterCocularCtraumaCbyCaCplant.CCasereport:A78-year-oldmanvisitedaneyeclinicduetooculartraumatohislefteyecausedbyaplant.Apieceofthebranchwasremoved,andhewastreatedwithtopicalantibioticsandsteroideyedrops.Sevenmonthslater,hevisitedanothereyecliniccomplainingofblurredvision,andwassubsequentlyreferredtoourclinicduetocornealin.ltratesCwithCkeraticCprecipitates.CUponCexamination,CheCwasCdiagnosedCasCaCfungalCinfectionCandCtreatedCwithCvoriconazoleeyedrops.However,afeather-likecornealulcergraduallyformed.At10monthsaftertheinjury,pen-etratingkeratoplastywasperformedfortreatment.Fungalkeratitiswascon.rmedfromtheexcisedcornealspeci-men,CandCtheCculturedCstrainCwasCidenti.edCasCDiaportheCsp.CbasedConCribosomalCDNACsequencing.CConclusions:CWeshouldsuspecta.lamentousfungusasapathogenevenafteralongtimepostinitialinjury.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(6):819.823,C2023〕Keywords:真菌性角膜炎,Diaporthe属,角膜移植術,植物眼外傷,角膜後面沈着物.fungalkeratitis,DiaportheCspecies,penetratingkeratoplasty,plantinjury,keraticprecipitates.Cはじめに糸状菌による真菌性角膜炎は植物による角結膜異物や眼外傷などが契機となることが多い1).わが国では糸状菌による感染性角膜炎の起因菌としてはCFusarium属がもっとも多く,ついでCAlternaria属,Aspergillus属などが多い2).一方,Diaporthe属は植物や土壌に存在する糸状菌であるが,人体への感染報告は少なく,とくに眼感染症の報告はまれである.今回筆者らは,植物による眼外傷C7カ月後に発症したDiaporthe属による真菌性角膜炎の症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕宮久保朋子:〒371-8511群馬県前橋市昭和町C3-39-15群馬大学大学院医学系研究科眼科学教室Reprintrequests:TomokoMiyakubo,DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-39-15Showa-machi,Maebashi,Gunma371-8511,JAPANCabcd図1初診時および再診時の前眼部写真と前眼部OCT画像a:左眼の初診時前眼部写真(受傷後C10日).結膜充血は乏しく,角膜中央の創部周辺に限局した角膜浮腫を認めた.Cb:左眼の初診時前眼部COCT画像(受傷後C10日).角膜内に明らかな異物を認めない.Cc:左眼の再診時前眼部写真(受傷後C8カ月C3日).褐色の角膜病変および周辺角膜の実質浮腫を認めた.Cd:左眼の再診時前眼部OCT画像(受傷後C8カ月C3日).前房側へ突出する角膜後面沈着物を認めた.I症例患者:78歳,男性.主訴:左眼の充血,眼痛.既往歴:心房細動,高尿酸血症.現病歴:2020年C3月CX日,ツツジの剪定中に枝が左眼にあたり受傷した.X+4日目,左眼の霧視を自覚したため近医CAを受診した.VD=0.8(1.2),VS=0.4(0.5).左眼の角膜に刺入した植物の欠片を認め,創部周囲に角膜浮腫を伴っていた.異物を除去し,1.5%レボフロキサシン点眼を開始した.3月CX+10日目,角膜浮腫が持続するため群馬大学医学部附属病院(以下,当院)を紹介受診した.初診時所見:VD=0.8(1.2),VS=0.4(0.5).右眼は特記事項なし.左眼は結膜充血なし,角膜内に異物の残存を認めず,創部の周囲に限局する角膜実質浮腫を認めた(図1a,b).初診後経過:感染症が否定できないため,前医CAで引き続き慎重な経過観察をすすめたが,その後自覚症状の改善とともに通院を自己中断した.同年C10月(X+7カ月後),左眼の霧視が再度出現したため近医CBを受診した.左眼に白色の角膜後面沈着物を伴う角膜実質浸潤および角膜浮腫を認めた.角膜炎が疑われ,1.5%レボフロキサシン点眼が開始された.4日後,所見の改善・増悪がないため,0.1%フルオロメトロン点眼が追加された.17日後,角膜浮腫は持続し白色の角膜後面沈着物の増大を認めたため,当院へ紹介された.再診時所見:VD=(1.2),VS=(1.0).右眼は特記事項なし.左眼に軽度の結膜充血,3月に受傷した部位に褐色の角膜病変および周辺角膜の実質浮腫を認めた.角膜病変に一致して,前房側へ突出する白色の角膜後面沈着物を認めた(図1c,d).角膜内には明らかな異物の残存を認めなかった.再診後経過:過去の外傷部位に一致した角膜病変であることから真菌感染を疑った.前房水の培養検査を施行したが培養は陰性だった.0.1%フルオロメトロン点眼を中止し,レボフロキサシン点眼およびC1.0%ボリコナゾール点眼(自家調剤)各C1日C6回を開始した.再診からC24日後,VS=(1.2).充血や前房炎症は乏しい図2褐色の角膜実質病変再診からC24日後の左眼の前眼部写真.角膜実質中層に褐色混濁を認めた.bc図4摘出角膜の病理組織学所見(200倍)角膜実質内に真菌菌糸がみられる.写真上方が内皮側(グロコット染色).が白色の角膜後面沈着物は徐々に増大した.角膜実質中層に褐色混濁があり,緩徐な増大を認めたため,角膜実質中層まで角膜潰瘍.爬術を施行した(図2).再診からC1カ月後,VS=(1.0).白色の角膜後面沈着物は残存したが増悪なく,角膜浮腫は消退した.1カ月間の点眼治療および角膜.爬術で角膜所見は改善したため,点眼治療を中止した.再診から2カ月後,VS=(1.0).前房炎症が再燃し,角膜後面沈着物の増大と角膜実質浮腫が出現した(図3a).角膜炎の再燃が疑われ,1.5%レボフロキサシン点眼を再開した.4日後,CVS=10Ccm/n.d..左眼の充血,角膜実質深層に羽毛状角膜病変を認めた.角膜擦過を行い,塗抹鏡検では細菌や真菌を認めず,培養検査を提出したがのちに菌の発育はみられなかった.眼外傷歴と角膜所見から真菌感染を強く疑い,1.0%ボリコナゾール点眼を再開した.さらにC5日後,角膜擦過物の図3角膜炎発症後の経過a:再診からC2カ月後.前房炎症が再燃し,角膜後面沈着物の増大と角膜実質浮腫を認めた.Cb:aからC9日後,左眼の充血と角膜実質深層に羽毛状角膜病変を認めた.Cc:再診からC2.5カ月後に角膜全層移植術を施行したが,術後C6カ月時点で角膜移植後移植片機能不全のため,新鮮角膜で再度全層角膜移植術を施行した.ポリメラーゼ連鎖反応(polymeraseCchainreaction:PCR)検査において単純ヘルペスウイルス,帯状疱疹ウイルス,アデノウイルス,クラミジア,アメーバ,淋菌はいずれも陰性だった.羽毛状角膜病変は増大傾向であり(図3b),0.1%ミ表1Diaporthe属菌による角膜炎の既報との比較症例発症契機発症までの期間菌種抗真菌薬手術本症例79歳男性ツツジの枝で受傷8カ月CDiaportheCspp.CVRCZCMCZ全層角膜移植術Mandellら63歳男性バラの枝で受傷2カ月CPhomopsisCspp.CVRCZCAMPH-B全層角膜移植術Gajjarら48歳男性翼状片手術6週間CPhomopsisphoenicicolaCPMRCFLCZなしOzawaら80歳男性68歳男性農業翼状片術後外傷歴なしバラの枝で角膜穿孔(7年前に翼状片術後)C1日CDiaportheoculiCDiaporthepseudoocliCVRCZCAMPH-BCPMRVRCZCAMPH-BCPMR全層角膜移植術なしVRCZ:ボリコナゾール,MCZ:ミコナゾール,AMPH-B:アムホテリシンB,FRCZ:フルコナゾール,PMR:ピマリシン.コナゾール点眼を追加した.羽毛状角膜潰瘍の改善が乏しいため,受傷からC10カ月後(再診からC2.5カ月後)に保存角膜を使用した全層角膜移植術を施行した.摘出角膜の病理検査では,角膜実質深層に好中球・リンパ球浸潤を認め,Grocott染色で真菌菌糸を認めた(図4).術後点眼としてガチフロキサシン,1.0%ボリコナゾール点眼各C1日C6回,0.1%フルオロメトロン点眼C1日3回,1%アトロピン点眼C1日C1回を開始した.術後経過中に摘出角膜からの培養検査で糸状菌が発育したが,形態からは菌種同定に至らなかった.その後,分離真菌の内部転写スペーサー(internalCtranscribedspacer:ITS)領域のシークエンスからCDiaporthe属と同定された.本分離株の各種抗菌薬に対する最小発育阻止濃度(minimumCinhibitoryCconcen-tration:MIC)値はつぎのとおりである;ミカファンギン≦0.015,カスポファンギンC1,アムホテリシンCB0.25,フルシトシンC4,フルコナゾールC2,イトラコナゾールC0.03,ボリコナゾール≦0.015,ミコナゾールC0.5Cμg/ml.角膜移植術後C6カ月時点で,視力回復のため新鮮角膜で再度全層角膜移植術を施行した(図3c).術後C15カ月で,後.下白内障が進行したため水晶体再建術を施行した.術後16カ月時点でCVS=(0.4)だった.CII考按Diaporthe属は植物寄生菌である.国内では果樹病の原因菌として多く報告され,人への感染報告は少ない.これまで分離された宿主ごとに命名されてきたため非常に多くの種を含んでおり,正確な分類上の位置関係はいまだに混乱している3).本症例では分離真菌からのCDNAシークエンスによってCDiaporthe属と同定された.基本的にはCITS1/ITS4解析と宿主の種類から同定できるが,宿主はおもに果樹であって正確な菌種同定は困難だった.筆者らの知る限りでは,Diaporthe属菌の無性世代とされるCPhomopsis属の症例を含め,Diaporthe属菌による角膜炎の既報はC4例である4.6).本菌による角膜炎の既報を表にまとめた(表1).発症の背景として植物による眼外傷歴と翼状片手術の既往が目立った.翼状片手術と真菌性角膜炎の関連については,翼状片術中に使用するマイトマイシンCCなどの細胞毒性をもつ薬剤が結膜や上強膜の組織,血管を破壊すること,また翼状片切除自体が保護組織や血管栄養を除去することにより,細菌や真菌感染のリスクが高くなる可能性がある6).翼状片術後は眼表面の組織や血管構造を破壊し,また術後ステロイド点眼を使用するため,植物による外傷や植物に関与した生活歴がある場合には真菌感染症に注意を要する.既報における本菌による角膜潰瘍発症までの期間はC4例中2例が植物外傷受傷からC1.5カ月後,2カ月後と遅発性の発症だった.早期発症のC1例は角膜穿孔で受傷し翌日発症した症例であり,もうC1例は明らかな眼外傷歴がなかったが農業やガーデニング趣味といった植物に関連した生活歴と,糖尿病の既往があった6).これらのことから植物による眼外傷歴のある角膜炎では,受傷から時間経過している場合も真菌感染を考慮する必要があると考えられた.本症例では経過中,角膜所見が局所浮腫のみで充血や眼脂などの感染徴候に乏しく,また炎症所見がみられたことから経過中にフルオロメトロン点眼が使用された.既報でも角膜所見からヘルペス角膜炎が疑われ経過中にステロイド点眼を使用されている4).Diaporthe属菌は本来植物寄生菌であり,人への感染成立には翼状片手術による眼表面のバリア機能の破壊,ステロイド点眼などによる眼局所の免疫抑制などが関与している可能性が考えられる.本症例ではヘルペス性角膜炎との鑑別に角膜擦過物のCPCRが有用だった.既報での薬剤感受性について,MandellらはCPhomopsisCspp.でアムホテリシンCBとボリコナゾールに感受性を認めたことを報告した4).また,GajjarらはCPhomopsisphoenici-colaにおいてCMICがフルコナゾール≧256,イトラコナゾール≧256,ピマリシン≧32Cμg/mlだったことを報告した5).小澤らはCDiaportheoculi,DiaportheCpseudoocliともにアムホテリシンCB,ボリコナゾール,イトラコナゾール,ミカファンギンに感受性があったと報告している6).菌種や測定条件などが異なるため参考にとどまるが,既報で感受性を認めたミカファンギン,アムホテリシンCB,ボリコナゾールは本症例においても同様に感受性を示した.糸状菌が疑われる症例ではピマリシン点眼・眼軟膏は第一選択であるが,本症例では病巣が角膜深層であるためより眼移行性が高いボリコナゾール点眼を選択した.Diaporthe属は薬剤感受性試験の評価基準が確立していないため薬物治療の情報が少なく,今後さらなる研究が必要である.植物による突き目では真菌が角膜深層に播種されるため,眼表面の創傷が治癒後,角膜後面に飛び出したような角膜後面沈着物が出現することがある.病巣が深層のため抗真菌薬治療が十分な効果を得られず,予後不良なことが多い.これに対して,前房側からの角膜後面沈着物の直接除去および前房洗浄が真菌感染の早期診断・早期治療に有用であったことが報告されている7,8).本症例では再診時(受傷後約C8カ月)に角膜後面に白色沈着物を認めたが,非常に小さく外科的採取は困難であったと考えられる.しかし,治療的角膜移植術を行うまで角膜擦過による塗抹鏡検・培養や前房水培養では原因菌を検出できず,角膜プラークが増大した際に外科的採取を行うことで早期診断や感受性のある抗真菌薬による治療が行える可能性がある.本症例では薬剤感受性を認めたボリコナゾールによる点眼治療を行ったにもかかわらず,本症例では治療が奏効せず最終的に角膜移植術に至った.ボリコナゾールは眼移行性が比較的高いが,病巣が角膜深層にあったために十分な治療効果が得られなかったと考えられる.北澤らは,進行した真菌性角膜炎であっても,前述の角膜プラーク除去および前房洗浄は前房内の菌体とフィブリンなどの炎症物を減らし治療に寄与する可能性を報告しており9),角膜プラークを伴う真菌性角膜炎では治療選択肢の一つとして検討されうる.以上から,植物による眼外傷の既往がある場合は受傷から経過後も真菌感染を考慮する必要があると考えられた.また,とくに植物性眼外傷の既往のある症例ではステロイド導入の際は慎重な検討と経過観察が必要と考えられた.文献1)日本眼感染症学会:感染性角膜炎診療ガイドライン(第C2版).日眼会誌117:467-509,C20132)InoueCY,COhashiCY,CShimomuraCYCetal:MulticenterCpro-spectiveobservationalstudyoffungalkeratitisinJapan:CanalysisCofCculture-positiveCcases.CJpnCJCOphthalmolC66:C227-239,C20223)兼松聡子:果樹に寄生するCPhomopsis属菌の分類.果樹研報1:1-10,C20024)MandellKJ,ColbyKA:Penetratingkeratoplastyforinva-siveCfungalCkeratitisCresultingCfromCaCthornCinjuryCinvolv-ingPhomopsisCspecies.CorneaC28:1167-1169,C20095)GajjarDU,PalAK,ParmarTJetal:Fungalscleralkera-titisCcausedCbyCPhomopsisCphoenicicola.CJCClinCMicrobiolC49:2365-2368,C20116)OzawaK,MochizukiK,TakagiDetal:Identi.cationandantifungalsensitivityoftwonewspeciesofDiaportheCiso-lated.JInfectChemotherC25:96-103,C20197)北澤耕司,近藤衣里,外園千恵ほか:外科的治療が奏功した真菌性角膜炎のC1例.日眼会誌C120:630-645,C20168)皆本瑛,近間泰一郎,井之川宗右ほか:角膜内皮移植後にみられた角膜後面白色塊から酵母様真菌が検出されたC1例.日眼会誌C125:452-458,C20219)KitazawaK,FukuokaH,InatomiHetal:Safetyofretro-cornealCplaqueCaspirationCforCmanagingCfungalCkeratitis.CJpnJOphthalmolC64:228-233,C2020***

基礎研究コラム:73.実験用ブタを用いた質の高い前臨床試験の推進

2023年6月30日 金曜日

実験用ブタを用いた質の高い前臨床試験の推進横田陽匡ブタを用いたアンメットメディカルニーズの克服新しい治療,とくに創薬においては,ある分子が標的であると考えて,その標的分子に作用する物質が疾患の治療薬になりうるという仮説を設定した場合,その実証のためにマウス,ラットをはじめとしたげっ歯類が多く用いられてきました.そこで明らかになった標的分子に対して作用する物質が,臨床試験において期待された効果を発揮せず,お蔵入りになることは枚挙にいとまがありません.その原因として,ヒトとげっ歯類の間に生理学的,解剖学的に大きなギャップがあることがあげられます.そのギャップを埋める存在として非げっ歯類であるイヌやサルやブタが用いられてきましたが,国内の実験動物の販売数が全体として減少するなかで,ブタの販売数は増加しています.それはなぜでしょうか?ブタの臓器は解剖学的,生理学的にヒトに近く,性格が穏やかでヒトに慣れやすく飼育しやすい(図1の写真でも頭を撫でられて恍惚の表情),免疫系が十分に発達,繁殖が容易であることから,実験用動物としての応用が進んできました.ことに臓器移植,再生医療研究の分野では,ブタの体内でヒトの臓器を作ることも試みられているわけです.また,遺伝子編集技術の確立により簡便に遺伝子改変ブタを作製することができるようになったことから,目的に応じた適切な遺伝子改変疾患モデルを開発することも可能となってきています.すなわち,実験用ブタを用いたアンメットメディカルニーズの克服が注目を集めています.ブタ糖尿病網膜症モデルの作製依然として中途失明の原因として上位に位置する糖尿病網膜症は,抗CVEGF療法によって進行した糖尿病網膜症に対する効果は確立されています.しかし,たとえば点眼することで糖尿病網膜症の発症を予防できれば,より良い視機能を図1当院における実験用ブタの応用点眼実験ブタは知能が高く人に慣れるため扱いやすい(左).遺伝子改変糖尿病モデルでは,網膜に白知能が高く人に慣れる斑が生じる(右上)(文献C2から引用).眼球サイズがヒトに近いことから,増殖性硝子体網膜症モデルなどの作成が容易である(右下).日本大学医学部視覚科学系眼科学分野維持することが可能になると考えられます.げっ歯類の眼球はヒトと比べると非常に小さいことから,点眼の薬理学的動態をヒトと同様に再現することは不可能です.一方で家兎を用いれば薬理学的動態を再現することは可能かもしれませんが,糖尿病における効果を確認することは不可能です.ブタを用いることにより上述の課題を解決できると考えられます.糖尿病ブタの作製には,外科的に膵臓を摘出,薬剤で誘発,高脂肪高カロリー食を負荷,遺伝子改変,のC4通りがありますが,糖尿病が再現性よく発症し,さらに眼科医でも扱いやすいモデルは遺伝子改変糖尿病ブタになります1.3).今後の課題と発展性筆者の施設でも遺伝子改変糖尿病ブタ3)や網膜.離,増殖性硝子体網膜症モデルを飼育した経験があります.飼育場所と専門の飼育員の確保,遺伝子改変ブタになると高額になることなど,げっ歯類と比較すると容易ではない点がありますが,筆者らはその有用性を実感しています.今後は単施設よりも多施設共同研究を行うなどの工夫により個体数を確保して,さらに研究の質を高めるなどの体制の充実化が必要であると考えています.これらを克服することにより新規治療法の確立が加速することが期待されます.文献1)RennerCS,CBlutkeCA,CClaussCSCetal:PorcineCmodelsCforCstudyingCcomplicationsCandCorganCcrosstalkCinCdiabetesCmellitus.CCellTissueRes380:341-378,C20202)UmeyamaCK,CNakajimaCM,CYokooCTCetal:DiabeticCphe-notypeCofCtransgenicCpigsCintroducedCbyCdominant-nega-tiveCmutantChepatocyteCnuclearCfactorC1Calpha.CJCDiabetesCComplicationsC31:796-803,C20173)TakaseK,YokotaH,OhnoAetal:Apilotstudyofdia-beticCretinopathyCinCaCporcineCmodelCofCmaturityConsetCdiabetesCofCtheCyoungCtype3(MODY3)C.CExpCEyeCResC227:109379,C2023遺伝子改変糖尿病モデル増殖性硝子体網膜症モデル(101)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023C8130910-1810/23/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス: 241.糖尿病網膜症と自然免疫─その 2(研究編:

2023年6月30日 金曜日

241糖尿病網膜症と自然免疫―その2(研究編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに前回では,糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)の発症と病態に自然免疫系のCNLRP3インフラマソームが深く関与していること,またCDRの発症と進行は遷延化した創傷治癒過程に類似しており,単純糖尿病網膜症(simpleCdiabeticretinopathy:SDR)や前増殖糖尿病網膜症(preproliferativeCdiabeticretinopathy:prePDR)には炎症性のCM1マクロファージ(macrophage:Mz)が,PDRには抗炎症性のCM2CMzが関与することなどを述べた.今回は,その仮説をもとにCDRの臨床所見の多様性について考えてみたい.C●糖尿病黄斑浮腫の自然軽快例日常臨床において糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME)の自然軽快をしばしば経験する.図1はC29歳,女性.左眼のみ硝子体手術を施行したが,9年間に無治療の右眼のCDMEも軽快した1).このCDMEの軽快には硝子体手術よりはむしろ免疫系の変化が関与した可能性がある.DMEの遷延例はCM1Mzが優位な炎症期からCM2Mzが優位な抗炎症期にスムーズに移行できない病態と考えられる2).2007年1月(29歳)2008年4月(30歳)2016年11月(38歳)RV=(0.08)RV=(0.15)RV=(0.5)LV=(0.06)LV=(0.1)LV=(0.5)図1DMEの自然寛解例左眼のみ硝子体手術を施行し,DMEの推移をみていた症例.9年という長い経過中に,硝子体手術を施行した左眼だけでなく,無治療の右眼のCDMEも軽快した.(文献C1より引用)(99)C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY●DMEがないのに新生血管が著明な症例SDRでも著明なCDMEをきたす症例(図2a)がある一方で,新生血管を多数認めるCPDRでもCDMEをまったく認めない症例(図2b)をときどき経験する1).この乖離は,前者がCM1Mz優位,後者がCM2Mz優位な時期の症例と考えると理解しやすい.前回で述べたように,高血糖や活性酸素はCM1MzからCM2Mzへの極性化を抑制する因子,逆にCPPARcは促進する因子とされている.C●免疫調節をターゲットとしたDRの新治療DRに対する新たな治療法として免疫抑制療法または免疫調節療法の可能性を示す報告はすでになされている.NLRP3阻害薬が高グルコース誘発性ヒト網膜内皮細胞機能不全に対して保護効果を有することを示した報告3)や,b-ヒドロキシブチレートがCNLRP3インフラマソームの活性化を制御することでCDRの進行を抑制したとする報告4)などがある.文献1)池田恒彦,奥英弘,杉山哲也ほか:糖尿病網膜症の病態と治療─臨床と基礎研究の接点.あたらしい眼科C36:757-770,C20192)IkedaCT,CNakamuraCK,CKidaCTCetal:PossibleCrolesCofCanti-typeIIcollagenantibodyandinnateimmunityinthedevelopmentCandCprogressionCofCdiabeticCretinopathy.CGraefesArchClinExpOphthalmolC260:387-403,C20223)ZhangY,LuX,HuZetal:ProtectionofMcc950againsthigh-glucose-inducedChumanCretinalCendothelialCcellCdys-function.CellDeathDisC8:e2941,C20174)TrottaCMC,CMaistoCR,CGuidaCFCetal:TheCactivationCofCretinalCHCA2CreceptorsCbyCsystemicCbeta-hydroxybutyr-ateCinhibitsCdiabeticCretinalCdamageCthroughCreductionCofCendoplasmicCreticulumCstressCandCtheCNLRP3Cin.amma-some.CPLoSOneC14:e0211005,C2019Cab図2DRの重症度とDMEの乖離網膜無灌流域を認めないCSDRでも著明なCDMEをきたす症例(a)がある一方で,新生血管を多数認めるCPDRでもCDMEをまったく認めない症例(b)もある.(文献C1より引用)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023811

考える手術:18.挙筋群短縮術

2023年6月30日 金曜日

考える手術⑱監修松井良諭・奥村直毅挙筋群短縮術米田亜規子京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学日常診療においてもっとも多くみられる眼瞼下垂は,加齢やハードコンタクトレンズ長期使用でみられる腱膜性眼瞼下垂である.腱膜性眼瞼下垂では,眼瞼挙筋の働き自体は保たれているにもかかわらず,挙筋群に変性・線維化・萎縮などを生じ,挙筋腱膜が本来付着している瞼板から離れ,後方へ偏位している.眼瞼下垂症に対する手術にはさまざまな術式があり,上眼瞼挙筋腱膜単独での前転術やMuller筋を瞼板にタッキングするMuller筋タッキング,さらに挙筋腱膜とMuller筋の両者を短縮する挙筋群短縮術などがある.本稿では挙筋群短縮術における結膜とMuller筋間の.離操作でのポイントを紹介する.この操作をスムーズに行えるようになれば,挙筋群短縮術の手術時間も大幅に短縮できる.まず,術前の結膜下麻酔で,結膜とMuller筋間に層間.離を意識して麻酔液を注入しておくと,あとの.離が容易になる.結膜とMuller筋間の.離は,瞼板上縁で水平方向にMuller筋を切離する操作と,瞼板上縁から頭側に向けてMuller筋を.離する操作に分かれる.瞼板上縁付近には辺縁動脈弓が水平方向に走行しているため,この血管に注意しながらMuller筋を1カ所小さく切開し,スプリング剪刀の先端で鈍的に結膜層まで.離を進め,結膜層に到達したらそこから水平方向にMuller筋を焼灼しながら切離を進める.瞼板上縁でMuller筋が切離できたら,Muller筋を手前に牽引し,結膜との間に突っ張った組織にスプリング剪刀を少し開いた状態で軽く押し当て,削ぐように頭側に.離していく.この際に挙筋腱膜とMuller筋に制御糸をかけて牽引すると,操作が容易になる.聞き手:挙筋群短縮術がとくに望ましいのはどんな場合筋の両方の力により開瞼幅を矯正するため,他の術式よですか?りも少ない前転量で十分な眼瞼挙上が得られることがあ米田:挙筋群短縮術(levatorresection)は挙筋機能がります.前転量が少ないので,術後の閉瞼不全やそれに比較的弱い患者でも対応可能なため,挙筋機能が5~伴って生じる角結膜障害を最小限に抑えることができま9mm程度の場合は挙筋群短縮術がとくに望ましいといす.そのため,Parkinson病などでしばしばみられるよえます.この術式の利点の一つに,挙筋腱膜とMullerうな自然瞬目の浅い患者や,閉瞼機能が弱く術後閉瞼不(97)あたらしい眼科Vol.40,No.6,20238090910-1810/23/\100/頁/JCOPY考える手術全のリスクが高い患者,また角膜疾患や重症ドライアイ,緑内障手術の既往があり角結膜障害を可能なかぎり最小限に抑えたい患者では,挙筋群短縮術が望ましいといえます.さらに,前医での術式詳細が不明な再手術の場合は,いったん眼瞼の解剖をすべてリセット,つまり挙筋腱膜とMuller筋を.離しなおして,状況を把握したうえで,望ましい位置に再び付けなおすことができるという点で,挙筋群短縮術がもっとも有効です.聞き手:挙筋腱膜のみの前転術中に,大幅に前転しても予想より眼瞼が上がりにくい場合,途中から挙筋群短縮術に変更できますか?米田:挙筋腱膜(aponeurosis)単独での前転術を行っている最中に,ホワイトライン上縁を超えて大幅に前転しても十分な眼瞼挙上が得られない場合は,追加でMuller筋と結膜の間を.離し,挙筋腱膜とMuller筋を合わせて前転することで挙筋群短縮術に切り替えることが可能です.聞き手:挙筋群短縮術のデメリットについて教えてください.米田:他の術式と比較して出血しやすい操作が多いため(とくに結膜とMuller筋間の.離),時間がかかりやすい点がデメリットといえます.そのためにも,エッセンスに記載したポイントの操作を確実に行えるようになることが,この術式攻略の近道になります.聞き手:挙筋群を瞼板に固定する際の目安やコツなどがあれば教えてください.米田:正常の眼瞼では,挙筋腱膜はホワイトライン(眼窩隔膜の翻転部)の下縁あたりで瞼板に付着しています.一方,腱膜性眼瞼下垂では挙筋腱膜は本来付着している瞼板から離れ,後方へ偏位しており,術中所見においてホワイトラインの頭側への後退を認めます.挙筋群短縮術では,挙筋腱膜とMuller筋の両者を前転させますが,解剖学的に正常な位置へ戻すことを意識して,ホワイトラインの下端を瞼板上方1/3のあたりに3点(鼻側,中央,耳側)で固定することを目安としています.ホワイトラインは必ずしも鼻側から耳側まで均一に後退しているとは限らず,鼻側ではしばしば挙筋腱膜自体の菲薄化や脂肪変性を認めることもあるため,挙筋群の状態に応じて固定位置を調整し,その後さらに患者に開瞼してもらいアーチの形や瞼縁の高さ,左右差などを見ながら調整を行います.瞼板への固定位置を瞼縁に近くすると,固定位置に合わせてノッチが形成され瞼縁のアーチが不自然になりやすいだけでなく,瞼板変形をきたし角結膜障害を生じるリスクにもなるため,瞼縁高の調整は挙筋群の前転量で調整します.聞き手:重瞼作製のポイントについて教えてください.米田:重瞼を予想通りの幅や形にするには,さまざまな要素を考慮する必要があります.まず切開線が術後の重瞼線になるようデザインしますが,術前の眉毛代償や皮膚弛緩の程度から,術後の皮膚弛緩が少なそうな場合は瞼縁から6~7mm程度,術後に皮膚弛緩がある程度予想される場合には少し高めに調整してデザインを行います.デザインを左右差なく描いても,切開がデザインより瞼縁側に寄ると結果的に重瞼幅は狭くなるため,切開の際にも注意が必要です.切開線が瞼縁側にずれやすい術者は,皮膚切開時に瞼縁側の牽引固定が対側の牽引固定より弱い傾向があるため,デザインに対し均等な牽引固定がポイントになります.挙筋群短縮術の重瞼作製では瞼板に固定した挙筋群より遠位の挙筋腱膜と瞼縁側の皮下組織を拾って埋没縫合します.縫合時の締め具合でも睫毛の立ち具合が調整できるため,睫毛の立ち具合も見ながら縫合します.図1Muller筋と結膜間の.離a:Muller筋に1カ所きっかけとなる切開を作製し,結膜層まで鈍的に.離する.b:瞼板上縁に沿って横方向に.離を進め切開を広げていく.c:Muller筋を手前に牽引し,結膜との間にスプリング剪刀を少し開いた状態で軽く押し当て,削ぐように頭側に.離していく.810あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023(98)

抗VEGF治療:OCTAを活用した無症候性の脈絡膜新生血管への対処法

2023年6月30日 金曜日

●連載◯132監修=安川力髙橋寛二112OCTAを活用した無症候性の脈絡膜有馬武志日本医科大学眼科学教室新生血管への対処法脈絡膜新生血管(CNV)の第一選択の治療である抗CVEGF薬硝子体内注射の追加を決める際に,光干渉断層血管撮影(OCTA)が有用となることがある.本稿ではCOCTAの特性とCCNV治療へのCOCTAの活用法を概説する.光干渉断層血管造影(OCTA)のメリット・デメリット脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)の診断・治療方針には,従来から行われているフルオレセイン蛍光造影(.uorescenceangiography:FA),インドシアニングリーン蛍光造影(indocyanineCgreenangiography:IA)だけでなく,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)が必須検査となっている.CNVの病型や病態を理解するためにCFA,IAを行い,抗CVEGF薬の硝子体内注射で滲出性変化を抑えながら長期マネージメントするのが一般的である.非侵襲的なCOCTを用いて網膜色素上皮(retinalCpig-mentepithelium:RPE)の隆起の有無を確認し,網膜内,網膜下やCRPE下のC.uid成分の増悪を確認して治療できる時代になってきた.しかし実臨床において,わずかな滲出性変化でも,恒久的な網膜外層のダメージが残ってしまう患者があることは事実である.これからのCNV治療には滲出性変化が悪化する前(無症候性の時期)に増悪する予兆をみつけ,早期治療を行う戦略が重要である.近年,検査領域でCOCTを用いて網脈絡膜の血管構造を層別に検出する新しい技術である光干渉断層血管造影(OCTangiography:OCTA)が登場し,CNVの治療戦略において新たなゲームチェンジャーとなる可能性がある.従来のCFA,IAと比較したCOCTAのメリットとしては,造影剤を使用する必要がなくショック・アレルギーの心配が不要な点と,撮影時間も短く網膜表層~深層の血管構造を層別に検出できる点があげられる.非侵襲的な検査のため頻回撮影して経時変化を捉えることも可能である.デメリットとしてはアーチファクトや画角の問題などがあり,今後克服すべき課題でもある.現時点でCOCTAは単独で診断や治療方針を決定する検査手法とはいいがたいが,補助的検査機器として(95)C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY活用することでCCNVや網脈絡膜の虚血病変を正確に検出・病態を把握できる可能性は高い1,2).COCTAを用いたCNVへの対処法筆者らの網膜硝子体外来におけるCOCTAの活用の一例を紹介する.患者はC79歳,男性.5年前に右眼の滲出型加齢黄斑変性と診断され,視力,その他の自覚症状,OCTの所見の変化を基本とした必要時投与(proCrenata投与)でおおむねC3~4カ月おきの抗CVEGF薬硝子体内注射にて右眼矯正視力C0.4前後で推移していた.当院でCOCTA導入後に定期的に血管動態の観察を行っていたところ,視力,その他の自覚症状,OCT所見は不変であったが,OCTA上で血管網所見の増悪を認めた.前回の抗CVEGF薬硝子体内注射からC8週目で時期的には早かったが,患者に状況を説明して抗VEGF薬の追加投与を行ったところ,所見が改善しただけでなく,これまででもっとも良好な右眼矯正視力0.9が得られた(図1).このようにCOCTAを用いることで,自覚症状が生じる前にCCNVの病状の進行をとらえることができる可能性がある.OCTAは非侵襲的に脈絡膜レベルまでの血管動態を調べることが可能であり,OCTでは一見不変であっても,OCTAで追加検査することで微細な血管構造の変化をチェックし,より適切な時期に硝子体内注射を施行できるケースがあると思われる.しかし,OCTAの所見の解釈が確立していないことから,CNVの病態把握をC1枚のCOCTA画像でできると考えるのは,やや早計であろう.筆者が考えるCOCTA活用の大事なポイントは「変化」を捉えることである.経時変化を捉えるために,定期的に時間をおいてCOCTAを撮影し,網膜深層での微細な変化が生じてくれば,OCTや視力その他の自覚症状の変化と総合的に見比べて評価すればよいのである.一度あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023807ab図1OCTAの経時変化に伴う血管構造の変化および治療後の変化同一症例の経時的なCOCTAの画像を示す.Ca:定期的な抗VEGF薬硝子体内注射により安定していた時期のCOCTA.網膜外層~脈絡膜の領域に血管網を疑う高輝度所見を認める.b:患者の視力,その他の自覚症状に変化はなく抗VEGF薬硝子体内注射後からC8週目であり,OCTでもCRPEの形状に変化は認めない.しかしCOCTAでは網膜の深層部で血管網の増悪所見(C..)を認める.Cc:抗CVEGF薬硝子体内注射を追加したところ,所見の改善を認め(C..),視力がさらに改善した.のCOCTAの所見にとらわれずに数回のCOCTA画像を比較することが大事である.自覚症状やCOCT所見がない時期に,OCTAからCCNVの治療を開始すべきタイミングを導き出せれば,今後多くの患者の福音となる可能性がある.また近年,抗CVEGF薬硝子体内注射の治療法に新たに抗CVEGF+アンジオポエチンC2(angiopoi-etin-2:Ang-2)阻害薬が登場し,今後期待されている.Ang-2は網脈絡膜血管において血管内皮細胞とペリサイトの離脱に関与している.Ang-2阻害により,ペリサイトは血管内皮細胞に強固に接着することで新生血管の足場をブロックする.VEGFだけでなくCAng-2も抑制することで新生血管を抑制するだけでなく,ペリサイトと血管内皮細胞の接着を促進して血管の安定化が得られる.動物実験レベルでの新生血管においても,Ang-2の増減に伴い,ペリサイトが離脱した血管構造の病理画像は有意な所見として観察される3).実臨床においても抗CVEGF+Ang-2阻害薬の普及により,今後は網脈絡C808あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023膜血管の構造変化を観察することが治療の効果判定に有用となる時代が来る可能性が高い.FAやCIAのように蛍光漏出の影響を受けないので,理論的にはCOCTAを用いてCAng-2の影響による血管構造の変化を捉えることが可能であると思われる.今後,こういった新たな治療方法の評価の補助にもCOCTAが有効となる可能性が高く,より詳細な調査が期待される.文献1)TakasagoCY,CShiragamiCC,CKobayashiCMCetal:MacularCatrophy.ndingsbyopticalcoherencetomographyangiog-raphyCcomparedCwithCfundusCauto.uorescenceCinCtreatedCexudativeage-relatedmaculardegeneration.CRetina39:2,C20192)IkebukuroCT,CIgarashiCT,CKameyaCSCetal:OpticalCcoher-enceCtomographyCangiographyCofCnonarteriticCcilioretinalCarteryCocclusionCalone.CCaseCRepCOphthalmolCMedC27:C8845972,C20213)ArimaCT,CUchiyamaCM,CShimizuCACetal:ObservationCofCcornealCwoundChealingCandCangiogenesisCusingClow-vacu-umscanningelectronmicroscopy.TranslVisSciTechnol9:14,C2020(96)

緑内障:緑内障における抗酸化サプリメントの可能性

2023年6月30日 金曜日

●連載◯276監修=福地健郎中野匡276.緑内障における抗酸化サプリメントの結城賢弥名古屋大学大学院医学系研究科眼科学・感覚器障害制御学教室可能性活性酸素種が緑内障に関与しているという報告は多い.ほぼすべての緑内障動物モデルで活性酸素種の抑制により網膜神経節細胞死が抑制可能であり,ヒトのサンプルを用いた多くの症例対照研究が緑内障と活性酸素種の関係を示唆している.あとは無作為化比較試験で抗酸化サプリメントの有効性を証明するだけのように思われる.●活性酸素種と緑内障モデルマウス抗酸化サプリメントが緑内障性視神経症を抑制するためには,緑内障性視神経症に酸化ストレスが関与している必要がある.緑内障動物モデルには眼圧上昇モデル,軸索損傷モデル,TNF-a軸索障害モデル,グルタミン酸毒性モデルなどがあるが,それらすべてで傷害に伴い網膜神経節細胞(retinalCganglioncell:RGC)で活性酸素種が発生し,その除去によりCRGC死が抑制可能であると報告されている.Yangらは前房内マイクロビーズ投与高眼圧モデルマウスを用い,抗酸化物質CTempolの神経保護効果を検討した.マイクロビーズにより眼圧は平均してC25CmmHg程度に上昇したが,抗酸化物質投与群では網膜中の抗酸化能が有意に高値であり,また網膜内の酸化ストレスマーカーCHNEなどが有意に低値であった.RGC死に関しても対照群では約C40%の減少が認められたが,抗酸化物質投与群では細胞死は約C25%に抑制されていた.この報告ではCSOD1欠損マウスにも同様に眼圧上昇負荷を行い,RGC死を検討しているが,SOD1欠損マウスのCRGC死は約C50%と野生型よりも有意に多く,眼圧上昇によるCRGC死に活性酸素の関与があることを示唆している1).C●ヒト緑内障における活性酸素種の関与ヒト緑内障における酸化ストレスの関与はどうであろうか.ヒト緑内障眼の線維柱帯,房水,血液,尿において,8-OHdGなどのCDNA酸化損傷マーカーとマロンジアルデヒドのような脂質酸化損傷マーカーの高値,SOD1などの抗酸化酵素の変化などが報告されている.正常眼圧緑内障(normalCtensionglaucoma:NTG)では眼圧非依存的な因子の存在が考えられている.筆者らは,NTG患者の血清中のビタミンCC濃度が対照群と比較し有意に低値であることを報告した(図1)2).また筆者らは,NTGの進行に関与する因子を明らかにするために,DNAの酸化ストレスマーカーであるC8-OHdG(93)の尿中濃度と,5年後のCNTG進行との関係を検討した.その結果,5年後にCNTGが進行した群と進行しなかった群で,ベースライン眼圧や治療下の眼圧に差はなかったが,進行群では有意に尿中C8-OHdG濃度が高値であった(図2)3).緑内障患者では全身や眼内の抗酸化酵素濃度が上昇しているという報告が複数ある.抗酸化物質や抗酸化酵素濃度が減り,その結果,活性酸素種が増えて緑内障になるならば,矛盾していないのかと考えるかもしれない.抗酸化酵素は活性酸素種が増えると,それに対応して濃度が増えるとされており,たくさんあるとよいという単純なものではないのである.C●緑内障性視神経症に対する抗酸化サプリメントによる介入研究無作為化比較試験の結果はどうであろうか.Garcia-Medinaらは原発開放隅角緑内障患者C117名に対し,経口にてビタミンCA,B,C,E,ルテイン,ゼアキサンチン,亜鉛,銅,セレン,マンガンからなる抗酸化物質投与を行った4).この研究ではC26名に対しC~3不飽和脂肪酸を含む抗酸化物質投与群に,26名に対しC~3不飽和脂肪酸を含まない抗酸化物質投与群に,63名をプラセボ群に無作為化割付けし,抗緑内障薬を併用してC2年間経過観察を行なった.介入前のC3群間の視野や網膜内層厚に有意な差はなかったが,2年経過後もC3群間に明らかな差はなかった(図3)4).症例数が少ない,経過観察期間が短いなどの問題点はあるが,抗酸化物質の緑内障進行予防効果は認められなかった.一部の抗酸化サプリメントの眼圧下降効果が報告されている.活性酸素種はCRGC死だけでなく,線維柱帯細胞を障害し,眼圧上昇をきたすと考えられている.Manabeらは平均眼圧C17.2CmmHgの原発開放隅角緑内障患者に対し松樹皮エキスとビルベリー果実エキスからなるサプリメントをC1日C1粒投与した5)(図4).その結果,投与C4週間後の平均眼圧はC15.7CmmHgと有意に下降したと報告している.また,Steigerwaltらの高眼圧症あたらしい眼科Vol.40,No.6,20238050910-1810/23/\100/頁/JCOPY血清中ビタミンC濃度(μg/ml)12108*サプリメントサプリメント0対照群A群B群-212108-4尿中8-OHdG濃度(ng/mgクレアチニン)6-6-84-102-120対照群(n=44)NTG群(n=47)非進行群(n=23)進行群(n=17)図3原発開放隅角緑内障患者へのサプリ図1正常眼圧緑内障患者と対照者の血図2正常眼圧緑内障進行群と非進行群の尿メント投与2年後の視野MD値清中ビタミンC濃度の比較中DNA酸化損傷マーカー値の比較抗酸化サプリメント投与群(サプリメントNTG患者では対照群と比較し,血清中緑内障薬物治療下でも進行するCNTG患者の中身の違いによりCA群とCB群に分かれビタミンCC濃度が有意に低値であった(進行群)は,DNA酸化損傷マーカーであるる)と対照群のC2年後の視野CMD値であ(*p<0.05,t検定).尿中C8-OHdGの濃度が非進行群と比較し,る.投与開始時のCMD値と網膜内層厚にC3(文献C2より改変引用)有意に高値であった(*p<0.05,t検定).群間で有意な差はなかった.2年後もC3群図4栄養補助食品「サンテグラジェノックス」一部の抗酸化作用があるとするサプリメントで眼圧下降効果が報告されている.平均眼圧C17.2CmmHgの原発開放隅角緑内障患者に対し,松樹皮エキスとビルベリー果実エキスからなる本製品をC1日C1粒投与した結果,投与C4週間後の平均眼圧はC15.7CmmHgと有意に下降したとの報告5)がある.(写真提供:参天製薬株式会社)患者に対する無作為化試験においても,松樹皮エキスとビルベリー果実エキスサプリメントの眼圧下降効果が報告されている6).神経保護効果を証明することは,多くの研究において困難だが,むしろ抗酸化物質による眼圧下降効果が先に証明される可能性があると考えている.C●抗酸化サプリメントは無害か?サプリメントの神経保護効果は証明されていないとしても,害がなければ使用することに問題はないのではなかろうか.実際はサプリメントにも害がある可能性がある.喫煙者はCbカロテンを摂取することにより,肺癌の罹患率が約C20%程度上昇することや,ビタミンCEの摂取は前立腺がんや大腸癌がんのリスクを上昇させるこC806あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023(文献C3より改変引用)間に有意な差を認めなかった.(文献C4より作成)とが報告されており7),その理由は,生体では癌細胞などができたときに活性酸素種を利用して癌細胞を除去しているが,抗酸化物質の投与により活性酸素種が除去され,癌細胞の除去ができなくなるためではないかと考えられている7).そういった観点から効果が証明されていないサプリメントの摂取は個人的にはお薦めしない.とくに日本人は魚や野菜などをバランスよく食べていることが多く,十分な抗酸化物質を摂取している可能性が高い.今後のエビデンスの蓄積が必要である.文献1)YangX,HondurG,TezelG:Antioxidanttreatmentlimitsneuroin.ammationCinCexperimentalCglaucoma.CInvestCOph-thalmolVisSciC57:2344-2354,C20162)YukiK,MuratD,KimuraIetal:Reduced-serumvitaminCandincreaseduricacidlevelsinnorma-tensionglauco-ma.GraefesArcClinExpOphthalmol248:243-248,C20103)YukiCK,CTsubotaK:IncreasedCurinaryC8-hydroxy-2’-deoxyguanosine(8-OHdG)/creatininelevelsisassociatedwithCtheCprogressionCofCnormal-tensionCglaucomaCCurrCEyeResC38:983-988,C20134)Garcia-MedinaCJJ,CGarcia-MedinaCM,CGarrido-FernandezCPetal:Atwo-yearfollow-upoforalantioxidantsupple-mentationCinprimaryCopen-angleCglaucoma:anCopen-label,Crandomized,CcontrolledCtrialCActaCOphthalmolC93:C546-545,C20155)ManabeCK,CKaidzuCSachikoCTsutsuiCACetal:E.ectsCofCFrenchCmaritimeCpineCbark/bilberryCfruitCextractsConCintraocularCpressureCforCprimaryCopen-angleCglaucoma.CJClinBiochemNutrC68:67-72,C20216)SteigerwaltRD,BelcaroG,MorazzoniPetal:MirtogenolpotentiatesClatanoprostCinCloweringCintraocularCpressureCandimprovesocularblood.owinasymptomaticsubjectsClinOphthalmolC4:471-476,C20107)PoljsakCB,CMilisavI:TheCroleCofCantioxidantsCinCcancer,Cfriendsorfoes?CurrPharmCDes24:5234-5244,C2018(94)

屈折矯正手術:LASIK術後診察のポイント

2023年6月30日 金曜日

●連載◯277監修=稗田牧神谷和孝277.LASIK術後診察のポイント伊藤栄獨協医科大学眼科学教室LASIK術後診察は,術直後,術後早期,術後中長期と時期を分けて把握すると,判断が容易となる.患者が若く活動的である点が通院を継続させる障壁となるが,角膜拡張症や屈折の戻りなど,術後長期間経過してから生じる合併症もあるため,注意が必要である.C●はじめにLaserCinCsitukeratomileusis(LASIK)は安全性,有効性が非常に高く,屈折矯正手術の中では完成された術式である.しかし,見逃してはならない術後合併症があるため,今回,LASIKの術後を術直後,術後初期,術後中長期に分けて,術後診察のポイントを解説する.C●術直後・フラップ偏位と皺(striae)大きなフラップのずれや皺は視機能に影響を与えるため,必ず術直後にフラップを確認する.獨協医科大学病院(以下,当院)では,手術C30分後に細隙灯顕微鏡で再度診察し,フラップの異常がないか確認してから帰宅させるようにしている.フラップが薄い場合やヒンジが短い場合にフラップのずれや皺が起こりやすいため,フラップの厚さはC120Cμmを標準に,最低でもC100Cμmは確保するようにしている.術直後であれば容易に整復できるが,時間が経過してしまった場合は,複数回の手術やフラップの縫合が必要となることもあるため,術直後に見逃さないことが重要である.・フラップ層間の異物眼脂,MQAやガーゼの繊維,滅菌手袋のラテックス粉,マイクロケラトームの金属粉などがフラップ層間の異物としてあげられる.フラップの洗浄に注意し,できるかぎり繊維や粉状の成分が出ないものを術中使用する.通常は,微小な層間異物があったとしても,瞳孔領にかからなければ視機能に影響することはない.C●術後初期(術後1日~3カ月)・Di.uselamellarkeratitisフラップ下への細胞浸潤であり,術翌日にみられることが多い.ほとんどの場合,ステロイド点眼を使用しC1週間程度で消退するが,中心部に及ぶ強い浸潤の場合は,フラップの洗浄やステロイドの全身投与を行う必要(91)がある.・ドライアイフラップ作製により角膜の三叉神経が切断されるため,LASIK術後ドライアイは多くの症例で生じる.神経の回復とともに術後数カ月で改善する一時的な合併症であることが多いが,まれに難治性となる場合もある.自覚症状が強い場合や,涙液減少,角結膜上皮障害などの所見がある場合はドライアイ治療を強化し,遷延させないことが重要である.・角膜内皮増殖(epithelialingrowth)角結膜上皮細胞がフラップ下に迷入し,進展増殖することで角膜混濁が生じた状態である.術後C1.3週程度で認められ,フラップ辺縁から連続して生じるものと,フラップ辺縁とは連続せずフラップ内部で限局して生じるものに分けられる.進行するものや範囲が広いものはフラップ下の上皮組織を除去する必要がある.・屈折誤差術後屈折誤差の範囲は施設によって異なる場合があるが,当院ではCLASIK術後C1週間程度で,目標屈折値からC0.5Dを上回る屈折誤差があった場合は,低矯正や過矯正が生じたと考える.術後C1.3カ月程度経過し,術後屈折値が安定した段階で患者に自覚症状があれば,再手術によるCenhancementを検討する.術後進行する近視化の場合は,regressionや軸性近視の悪化,角膜拡張症でないか注意する必要がある.・感染症LASIK術後の感染症はC0.004.0.2%程度など報告により頻度はさまざまである1,2).フラップ辺縁の上皮化は約C24時間で完成すると考えられているが,上皮欠損している間は感染の成立に注意しなければならない.ブドウ球菌やレンサ球菌の場合は術後C1.3日で症状が進行するが,非定型抗酸菌やCNocardiaなどではC1週間以上経って顕在化する場合もある.当院では,フラップが安定するC1カ月くらいの期間は感染症に注意し,激しいスポーツや水泳と温泉に入ることは禁止している.あたらしい眼科Vol.40,No.6,20238030910-1810/23/\100/頁/JCOPY図2角膜拡張症に急性角膜水腫を合併した症例数年前に他院でCLASIKを施行し,術後角膜拡張症を発症.その後,急性角膜水腫を合併した症例.角膜浮腫によりLASIKフラップの辺縁が明瞭となっている.●術後中長期(術後3カ月~)・角膜拡張症(keratectasia)エキシマレーザー角膜屈折矯正術後に,円錐角膜のように進行性に角膜が突出し,菲薄化する合併症である.発症頻度はC0.09%程度3)とまれであるが,発症した場合は矯正視力が低下する可能性が高い.角膜拡張症の平均発症期間は術後C15.3カ月と報告されているが,術後C62カ月経過してから発症した例もあり4),長期間にわたり経過観察をする必要がある.術前に角膜拡張症のリスクファクタースコア4)でリスクの高い症例を避けることが予防につながるが,低リスクでも角膜拡張症が発生する可能性がゼロではないことに留意する.発症予防として,角膜前後面の形状解析により術前に潜在的な円錐角膜を除外することはいうまでもないが,当院では術前後C804あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023図1角膜生体力学特性による評価CorvisST(OCULUS社)を用いて,エキシマレーザー角膜屈折矯正術後の角膜生体力学特性を測定し,角膜拡張症発症のリスクを評価する.に角膜生体力学特性を評価し(図1),リスクの程度を把握している.進行した場合は恒久的な視力低下を起こすため(図2),円錐角膜と同様,早期に発見することが重要であり,角膜拡張症を認め次第,未承認治療ではあるが角膜クロスリンキングの施行を検討する.・Regression(屈折の戻り)AlioらはCLASIK術後C3カ月から術後C10年間に,平均.1.04±1.73Dの近視化が生じたと報告しており5),LASIK術後は一定の割合で再近視化する.原因としては角膜や水晶体の変化,眼軸長の延長などの影響が考えられるが,近視化による自覚症状が強く,患者の希望があればCenhancementを検討する.術後Cenhancementの方法としては,初回のCLASIKフラップを再.離してablationする方法と,レーザー屈折矯正角膜切除術(photorefractiveCkeratectomy:PRK)によりCsurfaceablationをする方法がある.どちらの方法を選択するかは,術後年数やCLASIKフラップ厚,残存角膜ベッド厚などから複合的に判断している.文献1)IdeCT,CKurosakaCD,CSenooCTCetal:FirstCmulticenterCsur-veyoninfectiouskeratitisfollowingexcimerlasersurgeryinJapan.TaiwanJOphthalmol4:116-119,C20142)StultingRD,CarrJD,ThompsonKPetal:Complicationsoflaserinsitukeratomileusisforthecorrectionofmyopia.OphthalmologyC106:13-20,C19993)MoshirfarCM,CTukanCAN,CBundogjiCNCetal:RiskCfactorsCandCprognosisCforCcornealCectasiaCafterCLASIK.COphthal-molTher10:753-776,C20214)RandlemanJB,WoodwardM,LynnMJetal:Riskassess-mentforectasiaaftercornealrefractivesurgery.COphthal-mology115:37-50,C20085)AlioCJL,CMuftuogluCO,COrtizCDCetal:Ten-yearCfollow-upCoflaserinsitukeratomileusisformyopiaofupto-10diop-ters.CAmJOphthalmol145:46-54,C2008(92)

眼内レンズ:スパイラルCTRインジェクター

2023年6月30日 金曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋下分章裕439.スパイラルCTRインジェクターしもわけ眼科脆弱CZinn小帯眼に対して水晶体.拡張リング(CTR)を安全に挿入する方法としてスパイラル法が知られているが,両手法を必要とし,初心者にはむずかしい.片手で簡便に操作できるスパイラルCCTRインジェクターを開発した.●はじめに脆弱CZinn小帯眼に対して水晶体.拡張リング(capsu-lartensionring:CTR)を正確に.内へ挿入できれば,その後の白内障手術は格段に遂行しやすくなるのは既知のとおりである1).しかし,Zinn小帯断裂が広範囲に及ぶ場合は,挿入する際にCZinn小帯断裂を広げてしまい,状況をさらに悪化させてしまうことがある.とくに.内の核を乳化吸引したあとにCCTRを挿入する場合は,核がないため.形状にたるみが生じ,そこにCCTR先端部が引っかかり.に力が加わると,Zinn小帯断裂が拡大する可能性が高まる(図1).C●CTRを.にストレスをかけずに挿入する方法その対策としてCFish-tail法が知られているが2),CTRを.内に導くのがむずかしく,一般的には普及しなかった.その後,スパイラル法が広く使われるようになった3,4).スパイラル法とは,CTRインジェクターを用い,CTR先行アイレットにフックを差し込み,先行アイレットを瞳孔部に保持したままCCTRを挿入する方法である.シンプルで大変有用な方法であるが,両手法で行う必要があり,大きいインジェクターを片手で震えないように操作するのは困難であった.●スパイラルCTRインジェクターそこで筆者は,スパイラル法を片手で簡便に行える専用のスパイラルCCTRインジェクターを作成した.通常のCCTRインジェクター先端にもう一つフックを取り付けた構造になっており,元のインジェクター内筒にあったフックをインナーフック,外側のフックをアウターフックとよぶ(図2a).アウターフックがインジェクター先端に付いているので,スパイラル法が片手で安定してできるようになっている.使い方は以下のとおりである.インナーフックにCTRアイレットを差し込み,CTRを内筒に半分程度引き込む.次にもう片方のCCTRアイレットをアウターフックに差し込み(図2b),続いて完全にCCTRをインジェクター内へ引き込む.これで準備完了である.創口にアウターフックを差し込み,アウターフック先端を瞳孔中心部付近まで挿入する(図3a).アウターフック先端を瞳孔中心部付近に保持したまま,CTRを.内へ挿入する(図3b).挿入するにしたがい,アウターフックの位置を瞳孔中心部から周辺部に移動させると.にストレスがかかりにくい(図3c).最後までCCTRを出し切ったあとは,インジェクターを少し傾けると自然にアイレットがはずれ,.内へCCTRが挿入される.もし,はずれない場合はフックを挿入し,CTRをインジェクター図1従来のCTRで起きやすいZinn小帯断裂の例a:.内の核が乳化吸引されたあとは核がないためCZinn小帯断裂部に.形状のたるみが生じる.Cb:そこにCCTR先端部が引っかかるとCZinn小帯断裂が拡大する可能性が高まる.(89)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023C8010910-1810/23/\100/頁/JCOPY図2スパイラルCTRインジェクターa:内筒のフックをインナーフック,外側のフックをアウターフックとよぶ.b:CTRの先行アイレットをアウターフックに差し込む.図3スパイラルCTRインジェクターの使い方a:アウターフック先端を瞳孔中心部付近まで挿入する.b:アウターフック先端を瞳孔中心部付近に保持したまま,CTRを.内へ挿入する.CTRの先行アイレットが.の弛みの部分に引っかかりにくい.Cc:後半はアウターフックの位置を瞳孔中心部から周辺部に移動させると.にストレスがかかりにくい.からはずす.C●CTRはいつ挿入するべきかZinn小帯脆弱やCZinn小帯断裂が判明した時点で,できるだけ早期にCCTRを挿入すべきである.できれば連続円形切.後,ハイドロダイセクションを行った直後に入れるのがよい.核を吸引中にCZinn小帯断裂が判明した場合は,.の核のサポートがなくなっているので,CTR挿入はより困難になる.スパイラルCCTRインジェクターを用いる場合でも,Zinn小帯断裂の範囲が広い場合はカプセルエキスパンダーなどを用い,.をサポートしてから挿入したほうが安全である.C●注意点スパイラルCCTRインジェクターを使ってCCTRを挿入する際に,CTRが破損する場合がまれにある.とくにCCTRを引き込む最終段階と,CTRを出す最初の段階ではCCTRを変形させる力がかかりやすいので,CTRの挙動を確認しながらゆっくり操作する.文献1)BayraktarS,AltanT,KucuksumerYetal:Capsularten-sionCringCimplantationCafterCcapsulorhexisCinCphacoemulsi-.cationofcataractsassociatedwithpseudoexfoliationsyn-drome.CIntraoperativeCcomplicationsCandCearlyCpostoperativeC.ndings.CJCCataractCRefractCSurgC27:1620-1628,C20012)AngunawelaCR,CLittleB:Fish-tailCtechniqueCforCcapsularCtensionCringCinsertion.CJCCataractCRefractCSurgC33:767-769,C20073)CapsularCTensionRing(CTR)insertionCtechniqueCwithSinskeyhook.2012/11/03augnlaeknirチャンネル4)小堀朗:CTR挿入時のCZinn小帯ダメージを減らすために.あたらしい眼科35:99-100,C2018

コンタクトレンズ:読んで広がるコンタクトレンズ診療 円錐角膜へのハードコンタクトレンズ処方(その2)

2023年6月30日 金曜日

提供コンタクトレンズセミナー読んで広がるコンタクトレンズ診療10.円錐角膜へのハードコンタクトレンズ処方(その2)■はじめに前回は円錐角膜眼へのハードコンタクトレンズ(HCL)処方について,レンズデザインやベースカーブ(basecurve:BC)の選択方法を中心に解説した.今回は,フィッティングの評価方法やレンズのケアについて解説する.C■フィッティングの動的・静的評価円錐角膜眼でも,フィッティングの評価は動的・静的評価に分かれる.動的評価では,涙液交換の有無と安静位置を評価する.涙液交換については,正常眼と同様に,瞬目時のレンズの動き(スピードと移動量)を参考にする.一方,安静位置の評価は,正常眼とは少し異なるポイントがある.円錐角膜眼はレンズが偏位しやすいため,瞬目直後のみならず,瞬目してしばらく経過したあとに,さらにレンズが偏位することが多い.そういった場合,瞬目直後の評価だけでは偏位を見逃してしまう危険性がある.そのため,円錐角膜眼では,瞬目直後に加えて,5秒程度開瞼を継続した状態でも安静位置を評価することが望ましい.図1円錐角膜眼におけるフルオレセイン染色パターンの名称上段にレンズと角膜の模式図を,下段にフルオレセイン染色パターンを示す.各図のはレンズと角膜の接触部である.アピカルタッチ糸井素啓京都府立医科大学道玄坂糸井眼科静的評価では,フルオレセイン染色パターンからCBCと角膜曲率の関係性を推測する.円錐角膜眼のフルオレセイン染色パターンは,レンズを角膜頂点で支えるアピカルタッチ,角膜頂点と傍中心部のC3点で支えるスリーポイントタッチ,傍中心部で支えるアピカルクリアランスのC3種類(図1)に分類される1).各レンズフィッティングにおけるレンズと角膜曲率の関係性は,角膜とレンズが並行(パラレル)な状態がスリーポイントタッチレンズ,レンズがフラットな状態がアピカルタッチ,スティープな状態がアピカルクリアランスとなる.それぞれのフィッティングにはメリット・デメリットがあり1)(表1),原則的には,角膜への負担が少ないスリーポイントタッチが理想とされる.しかし,角膜形状や眼瞼形状によってはアピカルタッチで処方せざるをえないことも多く,スリーポイントタッチに過度にこだわる必要はない.角膜への負担を減らすために,極端にフラットあるいはスティープな処方を避けることを意識したい.C■レンズ周辺部の確認レンズ最周辺部には,装用感を良好に保ち,涙液交換を円滑に行うために,ベベルというカーブが設けられてスリーポイントタッチアピカルクリアランス表1各レンズフィッティングのメリット・デメリットアピカルタッチスリーポイントタッチアピカルクリアランス利点・視力が出やすい・重症例でも行いやすい・角膜頂点に傷が生じる危険性が低い中間的な立ち位置欠点・角膜頂点に傷が生じやすい・視力が出にくい・涙液交換が生じにくい(87)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023C7990910-1810/23/\100/頁/JCOPY図2円錐角膜眼のフルオレセイン染色パターンベベル下に貯留した涙液の幅から,レンズ周辺カーブが角膜に適合しているか評価する.円錐角膜眼では,レンズ下部の浮きはあまり重要視せず,角膜上部と左右の適合性を優先する.いる.フルオレセイン染色時にはベベル下に貯留した涙液の幅からベベル幅を評価し,ベベルが角膜形状に適しているかどうかを判定する.円錐角膜眼は上下非対称性の突出を示すことが多いため,下方のベベルばかりを重要視すると,レンズ上方が角膜に食い込み,上皮障害や疼痛などを生じる要因となる.そのため,円錐角膜眼では下方のベベル幅をあまり重要視せず,上方と左右について,均一にC0.5~0.8Cmm程度のベベル幅が出ていることをしっかりと確認することがポイントとなる(図2).C■レンズケア円錐角膜眼はアレルギー性結膜炎を合併することが多く,レンズが汚れやすい傾向にある.また,眼鏡で視力が出にくいためか,通常であれば目視で気づけるほどに汚れたレンズや欠けたレンズを気づかずに使用している人が多い(図3).レンズの傷や汚れは角膜感染症の発症リスクを高めるため,円錐角膜眼では定期診察時にレンズ汚れを確認し,こすり洗いの重要性やレンズの取り扱い方法を丁寧に説明する.とくに多段カーブレンズはBCが小さく,こすり洗いがしにくいため,レンズ内面に汚れが堆積しやすい.そのため,多段カーブレンズを処方する際には,洗いにくい形状であることを説明したうえで,とくにCHCL内面を意識した洗浄を行うように指導する(図4).図3レンズ状態の確認診察時にはレンズの欠け(Ca),傷(Cb)にも注意する.図4HCLの洗浄方法こすり洗いの手法には,手のひら洗浄(Ca)と指先洗浄(Cb)がある.手のひら洗浄ではCHCLの外面の汚れは除去しやすいが内面の汚れが残りやすい,一方,指先洗浄ではCHCLの内面の汚れは除去しやすいが,外面の汚れが残りやすいという特徴がある.多段カーブレンズ装用者には,両洗浄方法を併用しつつ,指先洗浄をより長く行うように指導している.C■おわりに円錐角膜眼に対するCHCL処方は,やや煩雑というイメージをもつ人が多いだろう.しかし,実際には通常眼への処方と異なる点は少なく,前回・今回で紹介したポイントを押さえれば,けっしてむずかしいものではない.円錐角膜眼に対しても積極的にCHCLを処方し,満足度の高いコンタクトレンズ診療を行いたい.文献1)LeungKKY:RGPC.ttingCphilosophiesCforCkeratoconus.CClinExpOptom82:230-235,C1999

写真:Mycobacterium chelone感染

2023年6月30日 金曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史滝陽輔469.Mycobacteriumchelone感染東京歯科大学市川総合病院眼科図2図1のシェーマ①角膜実質深層の浸潤②前房蓄膿図1初診時前眼部所見角膜中央実質深層に浸潤,endothelialplaque,浮腫,前房蓄膿を認めた.図3図1のフルオレセイン所見浸潤に一致して上皮欠損を認める.図4再発時前眼部所見角膜中央実質深層に白色病変を多数認める.(85)あたらしい眼科Vol.40,No.6,2023C7970910-1810/23/\100/頁/JCOPY症例は56歳の女性.Stevens-Johnson症候群のため左眼角膜穿孔ののち結膜化した既往がある.右眼の眼瞼角化と角膜上皮障害に対しヒアレインミニ点眼液とフルメトロン点眼液0.1%で治療中であった.外来通院中に右眼視力低下とともに角膜中央に上皮欠損と浸潤,endothelialplaque,前房蓄膿を認めたため入院加療となった(図1~3).真菌性角膜潰瘍の疑いで,ピマリシン眼軟膏C4回/日,ブイフェンド点眼液C6回/日,オフサロン点眼液C3回/日を開始した.入院時の培養検査でCMycobacteriumcheloneが検出されたが,浸潤は改善傾向であったため,点眼を漸減し退院となった.しかし,退院C2カ月後の外来通院中に角膜浸潤と上皮欠損を認めたため再度入院し(図4),角膜擦過培養でCM.Cche-loneが再び検出された.ベガモックス点眼液C5回/日,オフサロン点眼液C5回/日,エコリシン眼軟膏C3回/日を開始.改善傾向のため退院となったが,退院後も増悪寛解を繰り返している.Mycobacteriumは結核菌以外の培養可能な抗酸菌として非定型抗酸菌ともよばれる.コロニーの特徴に基づいてCRunyon分類CI~IVで分類されており,IVは発育が迅速であり,M.fortuitum,M.chelonae,M.abescessusが属する1).非定型抗酸菌角膜炎の原因のC83.5%がこれらC3種の菌である2).世界中の自然水や土壌に存在し,バイオフィルムを形成することができるため,手術室やプールなどの日常的な配水システムといった人工的な環境でも生存することができる.外傷,コンタクトレンズ,眼手術などがきっかけとなり,ステロイド点眼の使用もリスクとなる.また,屈折矯正手術の進歩に伴いLASIK後の非定型抗酸菌角膜炎の集団発生が報告されており,これらは手術で使用する水や器具の不適切な滅菌に関連しており,LASIK後角膜炎の原因菌のC47%を占める3).症状は視力低下,羞明,眼痛である.外傷から感染の発症まで数日から数週間かかるが,LASIK後の場合は数週間と経過が長くなる.細隙灯顕微鏡所見での角膜浸潤は多巣性のものや,多数の白色衛生病変に囲まれた単一の主病変などである.3分のC1の患者で初診時に上皮欠損を認めない.早期の段階では浸潤が放射状の突起をもつことがあり,crackedwindshieldという特徴的な所見である.LASIK後では病変はフラップ内かフラップ面にみられる.診断は感染病巣を擦過して抗酸菌染色(Ziehl-Neelsen染色)や抗酸菌培養を行う.発育の早い種ではC1週間以内と比較的早くわかるが,遅い種の発育をみるためには培養期間をC8週間まで待つべきである.薬剤感受性はアミノグリコシド系薬(アミカシン,アルベカシン),マクロライド系薬,フルオロキノロン系薬があるといわれているが,近年キノロン系薬にも耐性の報告がある.これらをC2種類ないしそれ以上組み合わせて治療することが推奨されている.診断の遅れや,不十分な薬剤浸透性,治療への反応が緩徐であることなどから満足のいく治療ができず,数週間から数カ月の長期的な治療が必要である.難治例ではクラリスロマイシンなどの内服をすることもある.外用治療が効かない場合は外科的治療が必要である.菌量を減らし,薬剤浸透を促すために層状角膜切除が行われる.LASIK後の場合はフラップを持ち上げ,削り取り,抗菌薬で実質を洗浄する.難治例ではフラップを切除することもある.非定型抗酸菌角膜炎はC68~95%で外科的介入が必要であったという報告もある.外傷やCLASIK後などで難治性の角膜炎をみたら,非定型抗酸菌角膜炎も念頭におき,早期診断早期治療が重要である4).文献1)RunyonEH:Anonymousmycobacteriainpulmonarydis-ease.MedClinNorthAmC43:273-290,C19592)MoorthyCRS,CValluriCS,CRaoCNACetal:NontuberculousCmycobacterialocularandadnexalinfections.SurvOphthal-molC57:202-235,C20123)ChangCMA,CJainCS,CAzarCDTCetal:InfectionsCfollowingClaserCinCsitukeratomileusis:anCintegrationCofCtheCpub-lishedliterature.SurvOphthalmolC49:269-280,C20044)ChuHS,HuFR:Non-tuberculousmycobacterialkeratitis.ClinMicrobiolInfectC19:221-226,C2013