特集●眼に良い食べ物 あたらしい眼科 27(1):35.38,2010魚(オメガ-3 多価不飽和脂肪酸)w-3 Polyunsaturated Fatty Acid厚東隆志はじめに先進国における高齢者の主要な失明原因疾患である加齢黄斑変性(age-related macular degeneration:AMD)は,以前より魚の摂取によりその発症が抑制されるとの報告がある1)が,これはおもに魚由来の脂肪酸であるw(オメガ)-3 多価不飽和脂肪酸(polyunsaturatedfatty acid:PUFA)の作用によるものと考えられている.Iw-3 PUFA とはPUFA とは炭素結合間に複数の二重結合を有する脂肪酸の総称であり,メチル基側から数えて3 番目の炭素間結合に最初に二重結合が存在するものをw -3 PUFA(図1),6 番目に存在するものをw -6 PUFA とよぶ.いずれも体内では合成されない必須脂肪酸であるため,食事などによって摂取する必要がある.代表的なw -3PUFA として,おもに魚脂・海産物由来のエイコサペンタエン酸(eicosapentaenoic acid:EPA)とドコサヘキサエン酸(docosahexsaenoic acid:DHA),植物由来のa-リノレン酸(alpha-linolenic acid:ALA)が存在する.IIw-3 PUFA 摂取による疾患予防EPA/DHA の摂取は,1975 年にグリーンランドイヌイットの疫学調査において動脈硬化のリスクを低下することが報告されて以来2),現在まで種々の疾患においてその有用性が指摘されている.EPA/DHA による高脂血症および心血管疾患の予防効果は,種々の臨床試験によって証明されている.高脂血症への効果についてはEPA/DHA の2.4 g/日の摂取により血中トリグリセリド値が用量依存的に25.40%低下するとの報告があり3),w -3 PUFA の一つであるEPA はその高純度製剤が抗高脂血症剤(エパデール)として臨床的に用いられている.心臓発作の既往歴のある患者がEPA/DHA を摂取することにより死亡リスクが低下するとの報告もある4).ALA の摂取は,心疾患の二次予防臨床試験において有用であったとの報告5)などがある.ALA はその一部が体内において長鎖化・脱飽和化を生じてEPA/DHAに変換することが明らかとなっており6),EPA/DHA での摂取が困難な場合は一定の有用性があるものと思われる(後述のEPA/DHA の目標摂取量は欧米人の食事の5倍近い量である).しかしながらALA の摂取はDHAの組成にほとんど影響せず,またトリグリセリド値を上昇させる傾向にあるため7),EPA/DHA での摂取がより効果的であると考えられる.IIIw-3 PUFA の作用機序w -3 PUFA は,どのように高脂血症,虚血性心疾患などのリスクを低下させるのだろうか.その作用機序は以下のように考えられている.w -3 およびw -6 PUFAはともにエイコサノイド(プロスタグランジン:PG),ロイコトリエン(LT),トロンボキサン(TX)の前駆体であるが,w -6 PUFA はアラキドン酸を経て,生理活性(血管収縮作用,血小板凝集作用,炎症惹起作用)の強いPGE2, PGI2, TXA2, やLTA4 などの代謝産物を生成するのに対して,w -3 PUFA は弱い生理活性しかもたないPGE3, PGI3, TXA3, LTA5 などに代謝される(図2).この際,w -3 およびw -6 は体内の代謝経路において律速段階酵素を共有するため,w -3 PUFA の摂取は相対的にw -6 系列からのエイコサノイドの合成を阻害することになる5).つまり,その代謝産物による生理活性も相対的に低下することが,種々の抗炎症作用につながるとされている.一方で近年EPA は,in vitro において核内受容体peroxisome proliferator-activated receptor(PPAR)-gを介してNF-k B 活性化を抑制することにより抗炎症作用を示すことが明らかにされた9,10).PPAR-g はリガンド応答性の核内受容体型転写因子で,脂質代謝・糖代謝におけるおもな調節因子であるが,近年それに加えてanti-pathogenic な作用が明らかになっている.筆者らの行ったマウス実験的脈絡膜血管新生(choroidal neovascularization:CNV)モデルを用いた検討では,invivo におけるEPA のPPAR-g を介した作用はきわめて限定的であると考えられた11)が,今後さまざまな疾患での検討が待たれる.IVw-3 PUFA の摂取EPA/DHA は魚由来の脂肪に多く存在し,イワシやアジなどの青魚,サケやマグロなどに非常に多く含まれる(表1).近年,厚生労働省研究班による多目的コホート研究(JPHC Study)における魚およびw -3 PUFA 摂取と虚血性心疾患発症の関連について以下の報告がなされた12).すなわち,魚の摂取量により分けられた5 群間で虚血性心疾患の発症を比べたところ,摂取が20 g/日と最も少ない群に対しすべての群で発症リスクが下がり,摂取の最も多い群(180 g/日)では約40%もリスクが低下したというものである.EPA/DHA の摂取量による比較でも同様の傾向がみられた.以前より週1.2回の魚の摂取が有用であるとの報告は数多く存在したが,本研究の報告はいわば「魚は食べれば食べるだけ体に良い」ともいえ,大変興味深いものである.一方で,わが国における高純度EPA 製剤の虚血性心疾患に対する発症抑制効果を検討したランダム化比較対照臨床試験(Japan EPA Lipid Intervention Study:JELIS)においては,高脂血症患者に対しHMG-CoA 還元酵素阻害剤治療をベースとして1.8 g/日のEPA 投与の有無を比較したところ,EPA の投与は主要冠動脈イベント発症リスクを19%軽減したという報告がなされた13).本研究は,元来魚食の多いわが国においても,w -3 PUFA の投与が有用であることを示す意味で意義深い研究である.これらの研究に基づき,「日本人の食事摂取基準」の2010 年度版においては,成人のw-3 PUFA の摂取目標量は1.8.2.4 g/日とされ,新たにEPA およびDHA を1 g/日(魚で約90 g/日)以上摂取することが望ましいとの基準が追加された.不足するw -3 PUFA を魚油サプリメントで摂取する場合など,EPA/DHA の含有量が製品により大きく異なってくるため,摂取量はEPA/DHA の含有量に基づいて決定するべきである.一方で4 g/日以上の摂取は出血時間を延長し,血小板数の減少をきたすため,過剰な摂取には注意を要する14).Vw-3 PUFA の摂取とAMD―AREDS2について― 現在米国において進行中のAge-Related Eye DiseaseStudy(AREDS)2 では,ルテインとともにEPA/DHAのAMD 進行に対する影響が検討されている.AREDSとは, 米国国立眼研究所(National Eye Institute:NEI)の主導で行われた無作為前向き他施設研究である.1992 年から1998 年にわたって行われた調査では,中型ないし大型のドルーゼンが存在するか,片眼にAMD が存在する場合,抗酸化ビタミンおよび亜鉛の摂取がAMD の発症・進行を予防することが明らかにされた.この良好な結果を受け計画されたのがAREDS2 である(表2).この研究は黄斑に存在するカルテノイドであり,網膜に有害とされる青色光のフィルターとしても働くルテイン/ゼアキサンチンと,EPA/DHA のAMD 進行に対する影響を検討するものである.約100 施設で55.80 歳の患者4,000 人を対象に,以下の4 群に分けて解析するデザインとなっている.① プラセボ② DHA/EPA(350 mg/650 mg)③ ルテイン/ゼアキサンチン(10 mg/2 mg)④ ルテイン/ゼアキサンチン+DHA/EPAこれまでもAMD とw -3 PUFA の摂取の関連については,w -3 PUFA を豊富に含む魚の摂食がAMD のリスクを低下させるとの報告も多くあるが,大規模なランダム化試験の結果はAREDS2 の結果を待たねばならない.筆者らの研究グループは,マウス実験的脈絡膜血管新生モデルにおいてEPA の経口投与が脈絡膜血管新生を抑制することを報告し(図3)8),そのメカニズムとしてEPA 投与がアラキドン酸を減少させ炎症関連分子を抑制することを解明したが,これはAREDS2 の生物学的根拠となりうる知見である.おわりにEPA/DHA に代表されるw -3 PUFA の摂取は,高脂血症の治療や心血管病変の予防に役立つことがすでに明らかとなっている.今後の医療が疾患に対してより早期に介入していく方向へと進むなか,w -3 PUFA の豊富な魚を積極的に摂取するというライフスタイルを患者に勧めていくことは,さまざまな疾患を未然に防ぐ予防医学的アプローチにつながるであろう.w -3 PUFA によるAMD の進行抑制効果が示されるか否か,初の大規模ランダム化試験であるAREDS2 の結果に大きな期待が集まる.文献1) Seddon JM, Cote J, Davis N et al:Progression of agerelatedmacular degeneration:association with body massindex, waist circumference, and waist-hip ratio. 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