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B 「海の幸」編 魚(オメガ-3多価不飽和脂肪酸)

2010年1月31日 日曜日

特集●眼に良い食べ物 あたらしい眼科 27(1):35.38,2010魚(オメガ-3 多価不飽和脂肪酸)w-3 Polyunsaturated Fatty Acid厚東隆志はじめに先進国における高齢者の主要な失明原因疾患である加齢黄斑変性(age-related macular degeneration:AMD)は,以前より魚の摂取によりその発症が抑制されるとの報告がある1)が,これはおもに魚由来の脂肪酸であるw(オメガ)-3 多価不飽和脂肪酸(polyunsaturatedfatty acid:PUFA)の作用によるものと考えられている.Iw-3 PUFA とはPUFA とは炭素結合間に複数の二重結合を有する脂肪酸の総称であり,メチル基側から数えて3 番目の炭素間結合に最初に二重結合が存在するものをw -3 PUFA(図1),6 番目に存在するものをw -6 PUFA とよぶ.いずれも体内では合成されない必須脂肪酸であるため,食事などによって摂取する必要がある.代表的なw -3PUFA として,おもに魚脂・海産物由来のエイコサペンタエン酸(eicosapentaenoic acid:EPA)とドコサヘキサエン酸(docosahexsaenoic acid:DHA),植物由来のa-リノレン酸(alpha-linolenic acid:ALA)が存在する.IIw-3 PUFA 摂取による疾患予防EPA/DHA の摂取は,1975 年にグリーンランドイヌイットの疫学調査において動脈硬化のリスクを低下することが報告されて以来2),現在まで種々の疾患においてその有用性が指摘されている.EPA/DHA による高脂血症および心血管疾患の予防効果は,種々の臨床試験によって証明されている.高脂血症への効果についてはEPA/DHA の2.4 g/日の摂取により血中トリグリセリド値が用量依存的に25.40%低下するとの報告があり3),w -3 PUFA の一つであるEPA はその高純度製剤が抗高脂血症剤(エパデール)として臨床的に用いられている.心臓発作の既往歴のある患者がEPA/DHA を摂取することにより死亡リスクが低下するとの報告もある4).ALA の摂取は,心疾患の二次予防臨床試験において有用であったとの報告5)などがある.ALA はその一部が体内において長鎖化・脱飽和化を生じてEPA/DHAに変換することが明らかとなっており6),EPA/DHA での摂取が困難な場合は一定の有用性があるものと思われる(後述のEPA/DHA の目標摂取量は欧米人の食事の5倍近い量である).しかしながらALA の摂取はDHAの組成にほとんど影響せず,またトリグリセリド値を上昇させる傾向にあるため7),EPA/DHA での摂取がより効果的であると考えられる.IIIw-3 PUFA の作用機序w -3 PUFA は,どのように高脂血症,虚血性心疾患などのリスクを低下させるのだろうか.その作用機序は以下のように考えられている.w -3 およびw -6 PUFAはともにエイコサノイド(プロスタグランジン:PG),ロイコトリエン(LT),トロンボキサン(TX)の前駆体であるが,w -6 PUFA はアラキドン酸を経て,生理活性(血管収縮作用,血小板凝集作用,炎症惹起作用)の強いPGE2, PGI2, TXA2, やLTA4 などの代謝産物を生成するのに対して,w -3 PUFA は弱い生理活性しかもたないPGE3, PGI3, TXA3, LTA5 などに代謝される(図2).この際,w -3 およびw -6 は体内の代謝経路において律速段階酵素を共有するため,w -3 PUFA の摂取は相対的にw -6 系列からのエイコサノイドの合成を阻害することになる5).つまり,その代謝産物による生理活性も相対的に低下することが,種々の抗炎症作用につながるとされている.一方で近年EPA は,in vitro において核内受容体peroxisome proliferator-activated receptor(PPAR)-gを介してNF-k B 活性化を抑制することにより抗炎症作用を示すことが明らかにされた9,10).PPAR-g はリガンド応答性の核内受容体型転写因子で,脂質代謝・糖代謝におけるおもな調節因子であるが,近年それに加えてanti-pathogenic な作用が明らかになっている.筆者らの行ったマウス実験的脈絡膜血管新生(choroidal neovascularization:CNV)モデルを用いた検討では,invivo におけるEPA のPPAR-g を介した作用はきわめて限定的であると考えられた11)が,今後さまざまな疾患での検討が待たれる.IVw-3 PUFA の摂取EPA/DHA は魚由来の脂肪に多く存在し,イワシやアジなどの青魚,サケやマグロなどに非常に多く含まれる(表1).近年,厚生労働省研究班による多目的コホート研究(JPHC Study)における魚およびw -3 PUFA 摂取と虚血性心疾患発症の関連について以下の報告がなされた12).すなわち,魚の摂取量により分けられた5 群間で虚血性心疾患の発症を比べたところ,摂取が20 g/日と最も少ない群に対しすべての群で発症リスクが下がり,摂取の最も多い群(180 g/日)では約40%もリスクが低下したというものである.EPA/DHA の摂取量による比較でも同様の傾向がみられた.以前より週1.2回の魚の摂取が有用であるとの報告は数多く存在したが,本研究の報告はいわば「魚は食べれば食べるだけ体に良い」ともいえ,大変興味深いものである.一方で,わが国における高純度EPA 製剤の虚血性心疾患に対する発症抑制効果を検討したランダム化比較対照臨床試験(Japan EPA Lipid Intervention Study:JELIS)においては,高脂血症患者に対しHMG-CoA 還元酵素阻害剤治療をベースとして1.8 g/日のEPA 投与の有無を比較したところ,EPA の投与は主要冠動脈イベント発症リスクを19%軽減したという報告がなされた13).本研究は,元来魚食の多いわが国においても,w -3 PUFA の投与が有用であることを示す意味で意義深い研究である.これらの研究に基づき,「日本人の食事摂取基準」の2010 年度版においては,成人のw-3 PUFA の摂取目標量は1.8.2.4 g/日とされ,新たにEPA およびDHA を1 g/日(魚で約90 g/日)以上摂取することが望ましいとの基準が追加された.不足するw -3 PUFA を魚油サプリメントで摂取する場合など,EPA/DHA の含有量が製品により大きく異なってくるため,摂取量はEPA/DHA の含有量に基づいて決定するべきである.一方で4 g/日以上の摂取は出血時間を延長し,血小板数の減少をきたすため,過剰な摂取には注意を要する14).Vw-3 PUFA の摂取とAMD―AREDS2について― 現在米国において進行中のAge-Related Eye DiseaseStudy(AREDS)2 では,ルテインとともにEPA/DHAのAMD 進行に対する影響が検討されている.AREDSとは, 米国国立眼研究所(National Eye Institute:NEI)の主導で行われた無作為前向き他施設研究である.1992 年から1998 年にわたって行われた調査では,中型ないし大型のドルーゼンが存在するか,片眼にAMD が存在する場合,抗酸化ビタミンおよび亜鉛の摂取がAMD の発症・進行を予防することが明らかにされた.この良好な結果を受け計画されたのがAREDS2 である(表2).この研究は黄斑に存在するカルテノイドであり,網膜に有害とされる青色光のフィルターとしても働くルテイン/ゼアキサンチンと,EPA/DHA のAMD 進行に対する影響を検討するものである.約100 施設で55.80 歳の患者4,000 人を対象に,以下の4 群に分けて解析するデザインとなっている.① プラセボ② DHA/EPA(350 mg/650 mg)③ ルテイン/ゼアキサンチン(10 mg/2 mg)④ ルテイン/ゼアキサンチン+DHA/EPAこれまでもAMD とw -3 PUFA の摂取の関連については,w -3 PUFA を豊富に含む魚の摂食がAMD のリスクを低下させるとの報告も多くあるが,大規模なランダム化試験の結果はAREDS2 の結果を待たねばならない.筆者らの研究グループは,マウス実験的脈絡膜血管新生モデルにおいてEPA の経口投与が脈絡膜血管新生を抑制することを報告し(図3)8),そのメカニズムとしてEPA 投与がアラキドン酸を減少させ炎症関連分子を抑制することを解明したが,これはAREDS2 の生物学的根拠となりうる知見である.おわりにEPA/DHA に代表されるw -3 PUFA の摂取は,高脂血症の治療や心血管病変の予防に役立つことがすでに明らかとなっている.今後の医療が疾患に対してより早期に介入していく方向へと進むなか,w -3 PUFA の豊富な魚を積極的に摂取するというライフスタイルを患者に勧めていくことは,さまざまな疾患を未然に防ぐ予防医学的アプローチにつながるであろう.w -3 PUFA によるAMD の進行抑制効果が示されるか否か,初の大規模ランダム化試験であるAREDS2 の結果に大きな期待が集まる.文献1) Seddon JM, Cote J, Davis N et al:Progression of agerelatedmacular degeneration:association with body massindex, waist circumference, and waist-hip ratio. Arch Ophthalmol121:785-792, 20032) Dyerberg J, Bang HO, Hjorne N:Fatty acid compositionof the plasma lipids in Greenland Eskimos. Am J ClinNutr 28:958-966, 19753) Montori VM, Farmer A, Wollan PC et al:Fish oil supplementationin type 2 diabetes:a quantitative systematicreview. Diabetes Care 23:1407-1415, 20004) Kris-Etherton PM, Harris WS, Appel LJ:Fish consumption,fish oil, omega-3 fatty acids, and cardiovascular disease.Arterioscler Thromb Vasc Biol 23:e20-30, 20035) de Lorgeril M, Renaud S, Mamelle N et al:Mediterraneanalpha-linolenic acid-rich diet in secondary prevention ofcoronary heart disease. Lancet 343:1454-1459, 19946) Pawlosky RJ, Hibbeln JR, Novotny JA et al:Physiologicalcompartmental analysis of alpha-linolenic acid metabolismin adult humans. J Lipid Res 42:1257-1265, 20017) Finnegan YE, Minihane AM, Leigh-Firbank EC et al:Plant- and marine-derived n-3 polyunsaturated fattyacids have differential effects on fasting and postprandialblood lipid concentrations and on the susceptibility of LDLto oxidative modification in moderately hyperlipidemicsubjects. Am J Clin Nutr 77:783-795, 20038) Rodriguez A, Sarda P, Nessmann C et al:Delta6- anddelta5-desaturase activities in the human fetal liver:kinetic aspects. J Lipid Res 39:1825-1832, 19989) Hutley L, Prins JB:Fat as an endocrine organ:relationshipto the metabolic syndrome. Am J Med Sci 330:280-289, 200510) Kavanagh T, Lonergan PE, Lynch MA:Eicosapentaenoicacid and gamma-linolenic acid increase hippocampal concentrationsof IL-4 and IL-10 and abrogate lipopolysaccharide-induced inhibition of long-term potentiation. ProstaglandinsLeukot Essent Fatty Acids 70:391-397, 200411) Koto T, Nagai N, Mochimaru H et al:Eicosapentaenoicacid is anti-inflammatory in preventing choroidal neovascularizationin mice. Invest Ophthalmol Vis Sci 48:4328-4334, 200712) Iso H, Kobayashi M, Ishihara J et al:Intake of fish andn3 fatty acids and risk of coronary heart disease amongJapanese:the Japan Public Health Center-Based(JPHC)Study Cohort I. Circulation 113:195-202, 200613) Yokoyama M, Origasa H, Matsuzaki M et al:Effects ofeicosapentaenoic acid on major coronary events in hypercholesterolaemicpatients(JELIS):a randomised openlabel,blinded endpoint analysis. Lancet 369(9567):1090-1098, 200714) Simopoulos AP:Essential fatty acids in health and chronicdisease. Am J Clin Nutr 70(3 Suppl):560S-569S, 1999

A 「山の幸」編 シイタケ(β-グルカン)

2010年1月31日 日曜日

特集●眼に良い食べ物 あたらしい眼科 27(1):29.34,2010A.「山の幸」編シイタケ(b-グルカン)Lentinus edodes(Beta-1,3-Glucan)山田潤*はじめにシイタケはナイアシンやパントテン酸を豊富に含む低カロリー食品であり,水溶性成分のエリタデニンが血漿中のコレステロールを減らすとされている.また,温風と天日で乾燥させた干しシイタケは味わいが増すことに加え,エルゴステロールという成分が紫外線によってビタミンD へと変化するため,ビタミンD の良い供給源として重宝されている.さらに,免疫能を高めてアレルギーを抑制可能であるb -グルカンが,干しシイタケではなく,生シイタケに多く含まれている.シイタケは手軽に入手できる食品であるため,古来よりさまざまな効能・効果が伝えられてきた.西洋医学に親しんできたわれわれにとって,東洋医学的な色合いが含まれている食品類などには一線を引いて接することが多い.ところが実際には,西洋医学の見地からみた効果や機序についての検討がなされているものが少なくない.今回紹介するb -グルカンには基礎研究や臨床試験などによる十分な科学的検証がなされている一方,科学的根拠に乏しいb -グルカン含有健康食品が多くみうけられることに歯がゆさを感じている.良き物を正確に患者さんに薦めるためにも,b -グルカンについての知識を深めていただけたら幸いである.Ib-グルカンが脚光を浴びたわけ古くからシイタケ,アガリクス茸,メシマコブなどの食用茸は免疫機能を増強する働きがあるとされ,煎じて飲むという非常に意味のある行為(後述)などの民間療法がなされてきた.千原,羽室らは椎茸子実体(Lentinusedodes)の成分として含まれているb -1,3/1,6-グルカン「レンチナン(Lentinan)」を単離精製し,癌免疫を増強する働きを有していることをNature 誌などに報告した1,2).その後,手術不能の再発胃癌におけるヒト二重盲検比較臨床治験によって,抗腫瘍薬「レンチナン」の延命効果が世界で初めて立証された.1985 年より抗悪性腫瘍剤(注射薬)として承認され,医薬品として癌患者に処方されている(ただし,経口摂取では効能を示さない).現在,著明なQOL(quality of life)改善,制癌剤の副作用軽減効果と同時に,癌に対する免疫予防効果も期待されている3).レンチナンでの結果をもとにして,シイタケ以外のさまざまなb -グルカン製品が販売されてきたが,科学的根拠が不十分なものがしばしば見受けられる.IIb-グルカンとは化学で習ったように,グルコース分子(C6H12O6)がグリコシド結合で重合した多糖類をグルカン(glucan)とよび,結合の仕方でa -グルカンとb -グルカンに分かれる.a -グルカンはデンプンやトレハロースなどであり,米に含まれているアミロースやアミロペクチン,肝臓のグリコーゲン,乳酸菌のデキストランなどが代表的である.b -グルカンは1,4-グルコシド結合で重合したセルロース(C6H10O5)n が代表的である.また,酵母やカビ類の細胞壁の骨格構造物やキノコ類の多糖成分として存在しているb -グルカンは1,3-グルコシド結合を基軸として1,6-グルコシド結合による側鎖が形成されたb -グルカンである(通常,このb -1,3/1,6-グルカンをb -1,3-グルカンとよぶ)(図1).しかし,基本構造は同じでも1,6 結合で作製された側鎖の長短や側鎖の間の長短があり,分子の形はまったく異なる.たとえば,カビ類から抽出されたb -グルカンでは側鎖が長く,側鎖間も長い.茸類から抽出されるb -グルカンは側鎖が短く,側鎖間も短い(図2).さらに,種に特徴的な高次らせん構造を形成するため,同じ茸類であっても異なる茸では異なった高次らせん構造を示す.マクロファージや樹状細胞などの抗原提示細胞の細胞膜表面にはb -グルカン受容体が存在し,高次らせん構造をしたb -グルカンとb -グルカン受容体とが結合して免疫作用を及ぼす.すなわち,b -1,3-グルカンは免疫増強作用があるといわれてはいるものの,科学的に実証されていない茸の種由来のb -1,3-グルカンでは同様の効果があるかどうかすら不明である.また,b -グルカンには可溶性の多糖として分泌されるものと,細胞壁構成成分由来を代表とする難水溶性のものが存在する.難水溶性b -グルカンに親水基を付けるなどの化学処理を施すとb -グルカンの立体構造が変化するために同じ効果は期待できない.IIIb-グルカンの経口摂取について抗悪性腫瘍剤であるレンチナンは経口投与では効果が得られず,注射薬として使用されてきた.なぜなら,b -グルカンは溶液中で水素結合により会合体(ミセル構造)を形成し,溶液中での粒子径が数百μm の巨大な凝集体となるからである.これは腸管粘膜のパイエル板を通過できない大きさであり,体内に取り込まれることなくそのまま排泄されてしまい,効果発現はほとんど期待できない.レンチナンを経口摂取可能とするため,ナノテクノロジーの手法を用いて,水溶液中で微粒子化安定したレンチナン含有機能性食品(ミセラピストR,味の素製)が開発されている.筆者らはこれを用いてヒト二重盲検臨床試験を行った(後述)(図3).b -グルカン製品ではb -グルカンの純度が議論の一つになっているが,純度だけの比較は無意味である.真に重要なのは,科学的根拠が得られている種類の茸由来b -グルカンが,如何ほど腸管吸収されて,如何ほど効果が得られているかである.ちなみに,古来より使用されてきた摂取方法に「煎じる」という行為がある.b -グルカンは生シイタケを煮ることで抽出でき,その際の粒子径は腸管吸収可能な小ささである.しかし,一旦冷却したり,また,粉末状にしたのちのb -グルカン溶液においてはグルカンが凝集して大きな粒子径を形成してしまう.すなわち,煎じて熱いうちに飲むという古来からの手法には一理あり,熱いうちに飲んで初めて効果が期待できると推測できる.今更ながら,人類の智恵,歴史,経験というものに感心させられる.余談となるが,b -グルカンの味は精製方法によってさまざまのようである.茸類を粉砕しただけのものは土臭さや苦みがある(効果が期待できるb -グルカンの量が不明であることに注意).パン酵母などのb -グルカンは無味無臭といわれている(茸のb -グルカンと構造がまったく異なることに注意).今回筆者が臨床試験に用いたミセラピストR は,生シイタケから高温高圧で抽出したb -1,3-グルカンであり,シイタケのだし汁のような味であった.好き嫌いがあるため,料理に使用するためのレシピが存在していた.医薬品では行われないような努力が各社の製品に垣間見られて面白い.IVb-グルカンによるアレルギーの制御もともと,b -グルカンは癌免疫を上昇させる目的で開発され,延命治療や予防医学を含めた補助療法として用いられている.免疫学的な効果発現機序として,アレルギー応答は抑制されると考えられる.難解な記載とはなるが,効果の機序を簡潔に述べたい.活性化CD4 陽性T 細胞はおもに,T-helper 1 型(Th1)とT-helper2 型(Th2)に分化する.Th1/Th2 バランスは抗原提示細胞の細胞内チオールレドックス状態により制御され,細胞内グルタチオンにおける還元型(GSH)/酸化型(GSSG)のバランスによって調節されている.アレルギーにおいては,アレルゲン曝露によって細胞内チオールレドックス状態が酸化型に傾斜した結果,Th1/Th2 バランスがTh2 に傾斜し,抗体産生やアレルギー応答が増強される.さらに,局所においては抗原提示細胞とT細胞との間でサイトカイン刺激によるTh2 増強ループが形成されてアレルギー応答の増強・維持が生じている.そこで,チオールレドックス状態を還元型に傾斜させるレンチナンを用いた.レンチナンによって細胞内チオールレドックス状態が還元型に傾斜した結果,Th1応答を増強させると同時にTh2 応答を抑制させることが可能である(図4).Th1 応答を増強させる治療においては,アレルギーを根本的に抑制できる可能性をも有しているが,逆にTh1 病は増悪することに注意が必要である.眼科疾患においては角膜移植拒絶反応などがあげられ,実際にb -グルカン服用直後に拒絶反応がみられたこともあるため,移植後の患者さんには薦めて欲しくない療法である.V微粒子化レンチナンを用いたヒト臨床二重盲検試験 実際に,粒子径を経口吸収可能な小さい状態(直径約0.2 μm)のミセル状態で安定させたレンチナン含有機能性食品を用いて眼表面アレルギー疾患の制御を試みた.倫理委員会の承認と文書同意によるインフォームド・コンセントを行った後に二重盲検比較臨床試験を施行した.季節性アレルギー性結膜炎を有しているボランティア60 例を無作為二重盲検法にて2 群に分け,一方にミセラピストR(以下,微粒子化群),他方に微粒子化されていないプラセボb -1,3-グルカン液(以下,プラセボ群)を一日1 回連続2 カ月摂取させた.ともに,b -1,3-グルカンを15 mg 含んでいるものを用いた.自己評価での効果判定では,2 カ月間の服用終了時点(図5),および服用終了2 カ月経過後において有意なアレルギー症状軽減効果が認められた.本臨床効果は末梢血IgE 変化と相関しており,プラセボ群では効果がみられなかったのに対し,レンチナン微粒子化群では服用後4 週と8 週において,有意にアレルゲン特異的IgE/抗原非特異的IgE の減少が認められた(図6).臨床効果との間に相関があるか否かを検討したところ,IgE 減少率と末梢血CD14 陽性単球へのレンチナン結合率に有意な相関がみられた(図7).以上より,レンチナンが単球に結合し,還元型を誘導し,Th2 偏倚を抑制することでアレルギー症状の制御が可能となったと推測している4).この検討におけるもう一つの特記すべき重要な結果は,同量のレンチナンを服用したプラセボ群ではまったく効果が得られなかったことである.30 年以上の昔,レンチナンをマウスに飲ませても効果が得られなかった理由が21 世紀に明らかとなった.大きな粒子径を形成したレンチナンは経口摂取では効果が得られないのである.いま一度,科学的根拠に基づいた基礎医学的,臨床医学的検証の重要性を感じることができた.一般的に,アレルギー疾患に対する治療には抗アレルギー薬や免疫抑制薬が用いられているが,抗アレルギー薬はアレルギー発症機序の末梢部分を抑制する対症療法に近い治療であり,また,免疫抑制薬もアレルギー体質を根本的に改善させる治療とは言い難い.免疫疾患に対する治療は免疫抑制ではなく免疫制御が重要と考えており,中等症以下のアレルギーが罹患患者の大部分を占めている現状において,体質改善を意図した安全かつ安価な治療指針を開発することは妥当な方向性であろうと考えている.おわりに近年,抗加齢医学(アンチエイジング)や老年医学といった分野が脚光を浴びている.加齢という生物学的プロセスに介入を行い,加齢に伴う疾患の発症率を下げることや,健康長寿を目指すといった医学である.加齢に伴いTh1/Th2 バランスはTh2 に偏倚することから,b -グルカンによるTh1/Th2 バランスの補正,すなわち,Th1 偏倚が抗加齢における一つの治療と考えられる.また,予防医学は現在の医学のなかで重要視されている.適切な時期にTh1 環境を強くすることで予防できる病態や疾患が多数みられ,免疫治療・体質改善という治療にも応用できる.癌に対する予防だけでなく,眼疾患においても新生血管や線維化を予防できる可能性が十分考えられ,今後の研究が期待されている.文献1) Chihara G, Maeda Y, Hamuro J et al:Inhibition of mousesarcoma 180 by polysaccharides from Lentinus edodes(Berk.)sing. Nature 222:687-688, 19692) Chihara G, Hamuro J, Maeda Y et al:Fractionation andpurification of the polysaccharides with marked antitumoractivity, especially lentinan, from Lentinus edodes(Berk.)Sing.(an edible mushroom). Cancer Res 30:2776-2781,19703) 羽室淳爾:癌免疫療法剤「レンチナン」の新たなうねり経口レンチナンの誕生.癌と化学療法 32:1209-1215,20054) Yamada J, Hamuro J, Hatanaka H et al:Alleviation ofseasonal allergic symptoms with superfine beta-1,3-glucan:A randomized study. J Allergy Clin Immunol 119:1119-1126, 2007

A 「山の幸」編 カレー(スーパークルクミン)

2010年1月31日 日曜日

特集●眼に良い食べ物 あたらしい眼科 27(1):23.28,2010カレー(スーパークルクミン)Curry( Super Curcumin)大澤俊彦*はじめに日本人の「わが家の味」のアンケートをとってみると,まず,トップランクに入る料理として「カレー」があげられるだろう.最近では,北海道で端を発した「スープカレー」が話題となってきており,インドやタイのカレー専門店も増えてきている.タイでは,ココナッツミルクを用いた白いカレーなども食欲をそそるが,大部分のカレー料理に特有の黄色と風味はカレー粉に由来する.カレー粉は,さまざまなハーブ・スパイス類をブレンドして作られる.ハーブ・スパイス類の基本作用は,図1 に示したように,香り付け(賦香作用)や悪臭に対するマスキング(矯臭作用),辛味作用や着色作用などである.カレーに用いられるおもなハーブ・スパイスとしては,カレー特有の黄色い色付けをするターメリック,サフランをはじめ,フマスキング効果が期待されるフェンネルやクミン,ナツメグやシナモン,カルダモンやコリアンダー,クローブやガーリック,ローレルなど多種多様で,ジンジャーやマスタード,ペッパーやトウガラシなどの辛味付けの香辛料なども含まれている.しかしながら,カレー料理に必須で,カレー粉の最大の特徴である黄色は「ターメリック」に由来する.ターメリックは,ウコンの根茎から来ている.その黄色の色素成分がクルクミンである1).Iターメリックの機能性インドでは,ターメリックがほとんど毎日のように料理に用いられ,特に芳香性や辛味効果を期待するために,調理の前にターメリックをはじめ10 数種のスパイスをブレンドしてカレーパウダーを作る,ということはそれぞれの各家庭に伝統的な味が引き継がれている.一方,沖縄では「ウコン茶」や「ウッチン茶」として「ウコン」が嗜好飲料として用いられ,調理素材として伝統的な沖縄料理に用いられているが,世界的には圧倒的に「スパイス」として用いられている.このターメリックは生薬としても伝統的に用いられ,漢方でも止血剤や健胃剤としては用いられ,インドやマレーシア,インドネシアなどで,女性はターメリックを皮膚に塗る習慣がある.「ウコン」には抗菌作用や抗炎症作用があることは,古くから知られており,インドやマレーシア,インドネシアなどでは,単に化粧として塗られるだけでなく,経験的にこのような効能を利用し,紫外線による傷害や皮膚感染などを予防したものであろう.「クルクミン」の機能性として最初に検討されたのが「皮膚癌」の抑制である.皮膚癌に対するクルクミン誘導体の抑制効果は「クルクミン」が最も強力であり,その抑制機構については,筆者らの研究グループにより発癌促進過程で生成されたフリーラジカルの捕捉能との間に大きな相関性があることが報告されている.一方,経口摂取での「癌予防効果」に関しては,ラトガース大学の研究グループが,前胃癌,十二指腸癌,大腸癌に対しての抑制効果を報告し,「クルクミン」は皮膚塗布だけでなく経口投与でも「癌予防効果」を示すことが期待できた.さらに,最近,放射線総合医学研究所の研究グループは,筆者らとの共同研究で,「クルクミン」がg 線照射による乳腺腫瘍の成長を有効に抑制したことを報告している.この研究の過程で筆者らが興味をもったのは,血液中には「クルクミン(U1)」がほとんど存在していないことであった.かわりに,大量に存在していたのは,「テトラヒドロクルクミン(THU1)」であった.この事実は,生体内で重要な役割を果たしているのは,U1 ではなくTHU1 ではないかという吸収・代謝経路の可能性を示すものである2).II「テトラヒドロクルクミン(THU1)」の機能3)U1 は,皮膚に塗る場合と食べる場合とで同じ効能が考えられるのであろうか.ここで登場するのがTHU1である.すなわち,U1 は経口で摂取すると腸管の部分で吸収されるときに上皮細胞中に存在する還元酵素でU1 がTHU1 に変換され,体の中で実際に効果を示すのはこのTHU1 である,というわけである(図2).これらの強力な癌予防効果は,「クルクミノイド類」のもつ強力な解毒酵素誘導作用をもつためではないかと考えられている.すなわち,「発癌物質」や「環境ホルモン」などの「毒性物質」が体内に入ると,肝臓で,まず第一相の薬物代謝系による活性化を受け,続いての第二相で「抱合反応」とよばれる反応の結果,「高水溶性代謝物」に変換され,最終的にはP 糖蛋白質などによる第三相の排出系で体外へ排泄されることが知られている.「抱合反応」には,グルクロン酸抱合体や硫酸抱合体の精製なども重要であるが,筆者らが注目したのは「キノン還元酵素(QR)」や「グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)」などの解毒酵素で,最近,発現のメカニズムの遺伝子レベルからの解明にも成功している.この「グルタチオン-S-トランスフェラーゼ」の誘導については,最近,ブロッコリー中のイソチオシアネートがよく知られているが,筆者らの研究では,ワサビをはじめとするアブラナ科の香辛料やパパイヤなどの果物にも高い解毒酵素誘導効果がみられている.「クルクミノイド」,THU1 はマウスに投与した場合,強力な解毒酵素誘導作用があることが見出されている.もう一つ興味深いのは免疫力をコントロールする働きがあるということである.まず,抗酸化の働きで酸化による免疫細胞のダメージを防いで,免疫力の低下を防ぐという作用をもち,この作用と一見,相反するようであるが,過剰な免疫作用も抑制するという作用も有している.白血球由来の免疫細胞は過剰に働くと正常な細胞も傷つけ,炎症を起こすが,クルクミンはこうした免疫細胞による過剰な炎症反応を抑制することが筆者らの実験で明らかになっている.III糖尿病合併症としての白内障の予防機能4)最近,糖尿病や動脈硬化といった代表的な生活習慣病に対する抑制効果も明らかとなった.糖尿病はわが国でも患者数1,370 万人といわれ,腎障害,神経障害,白内障などの合併症を伴う.その合併症の発症および進展には酸化ストレスが関係するといわれている.糖尿病における酸化ストレスの亢進の原因としては,高血糖状態が続くことにより生体構成蛋白質の糖化反応やポリオール代謝とレドックス,プロスタグランジン代謝などの経路とともに,グルコースの自動酸化などの経路による活性酸素の生成が考えられ,動脈硬化をはじめ,腎障害,糖尿病性白内障などの原因となると考えられる.このような背景から,糖尿病合併症の予防に抗酸化成分が大きな役割を果たしているのではないか,抗酸化成分が「糖尿病合併症の予防食品」となりうるのではないかと期待される.そこで,クルクミノイドの糖尿病合併症,なかでも,白内障に対する予防効果に関しての検討を行ってみた.白内障は水晶体の一部または全体が白色または黄褐色に混濁する疾患である.近年,糖尿病患者の増加に伴い,白内障を合併する患者数も急激に増えてきており,著効を示す薬物療法がないため,手術療法に頼らなければならない状況からも予防に関する研究が期待されている疾患である.白内障の発症要因は,これまでの研究からポリオール代謝の亢進によるレンズ内浸透圧の上昇,および蛋白質の糖化反応の亢進などが明らかにされているが,近年それらに加えて酸化ストレスも白内障の発症原因として重要であることが報告されてきている.そこで,正常ラットからレンズを単離し,キシロース含有培地で培養するという白内障のモデル系を用いて検討した.その結果,クルクミノイド,THU1 によるレンズ混濁抑制効果が見出され,グルタチオン量の回復機構を介したレドックス制御による抗酸化性であることが見出された.抗酸化酵素であるグルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)やスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)活性の回復などの効果も明らかにされ,実際の動物実験でも,ラットへのガラクトース経口投与による白内障発症に対するクルクミノイド,THU1 の予防効果が明らかとなった(図3).IVクルクミノイドと老化コントロールでは,老化制御に関するクルクミノイドの効果はどうであろうか.抗酸化因子による老化予防の試みとして,筆者らは,最近,13 週よりTHU1 を投与したマウスにおいて,最大寿命は延長しなかったが,加齢に従っての生存曲線の低下が緩和されるという興味ある結果を得ることができた(図4).このデータは,カレーを食べた場合,最大寿命を延ばすという寿命延長効果ではなく,健康寿命を延ばすことにより「健康死」に至る可能性を示したものである5).しかしながら,多くの注目を浴びているのは,食の介入による寿命延長への挑戦である.今までに,大きな注目を集めてきたのは,カロリー制限による寿命延長効果であり,その最近の研究の進展に関する内容は,本誌でも紹介されている.歴史的に,不老長寿を目指した挑戦は,ことごとく失敗してきたが,2003 年に発表された赤ワイン中に存在するレスベラトロールによる寿命延長効果は注目されるところである.Horwitz ら6)は,サーテュイン(sartuin)ファミリーの脱アセチル化活性を促進する低分子化合物をスクリーニングし,最も強力な促進活性をもつ化合物としてポリフェノール化合物レスベラトロールを同定された.最近,筆者らの研究グループは,酸化ストレス応答と寿命延長効果を指標にすることにより,ショウジョウバエの寿命延長および抗酸化ストレス応答効果を示す物質としてTHU1 の新しい機能を明らかにできた.筆者らは, ストレス応答性の遺伝子を標的遺伝子とするFOXO 転写因子に着目した.FOXO は細胞質と核を行き来する蛋白質であり,核に局在することで転写活性を示すことが知られている.このFOXO はインスリン/IGF-1(インスリン様成長因子-1)レセプターを介したPI3K(phosphatidylinositol-3 kinase)/Akt(プロテインキナーゼB)シグナル経路によって負に制御されており,血清中のさまざまな成長因子などが細胞に作用している通常状態では細胞質に局在し,不活化状態にある.筆者らは,THU1 がFOXO4 の細胞内局在に与える影響とともに,その作用機構についても検討を行った.その結果,THU1 はFOXO4 の核内局在誘導作用があることが明らかとなった.食品因子のなかでも寿命延長効果が多数報告されているレスベラトロールにおいては,PI3K の活性を阻害することでFOXO の核内移行を促進させると報告されている.筆者らも,レスベラトロール投与によってFOXO4 の核内移行が確認されている.しかし,レスベラトロールとTHU1 の構造にはそれほど相関性はみられないことから,レスベラトロールの作用部位とTHU1 の作用部位が同じではない可能性が考えられたので検討を進めた結果,FOXO4 のリン酸化の抑制と,FOXO4 のすぐ上流に存在するAkt のリン酸化を抑制することが明らかとなった.PI3K/Akt シグナル経路と同様にインスリン/IGF-1 レセプターを介するMAP(mitogen-activated protein)キナーゼシグナル経路に存在するp44/42 MAPK(ERK)のリン酸化状態には影響がみられなかったことから,THU1 はAkt よりも上流の,PI3K/Akt シグナル経路に作用している可能性が示唆された.今回の検討では,テトラヒドロクルクミンの作用部位を特定するには至らなかったが,今後はPI3K のサブユニットであるP110 やP85 のリン酸化状態について検討を行うなど,さらに詳細に検討を行うことでTHU1 の作用部位を特定するとともに,レスベラトロールの作用機序と比較していくことが期待される(図5)7).おわりに「ウコン」は,インドでは,伝統的に「アーユルヴェーダ」の医療に用いられ,利胆薬として肝臓障害や胆道炎,健胃,利尿,虫下し,腫れ物などに対する薬効が知られ,化粧としてヒンドゥー教の結婚式や儀式にも不可欠であった.黄色色素である「クルクミン」,なかでも,強力な抗酸化性をもつ「クルクミン」の代謝物「テトラヒドロクルクミン」に対する期待は大きなものである.実際に,どのくらいのクルクミンを摂取すればよいのか,よく質問されるが,ウコン換算で成人1 日当たり2,3 g で十分であろう.長い歴史のなか,副作用の報告はないが,一般的に摂り過ぎはよくない.体内の酸化,還元作用はバランスが大切で,抗酸化成分はフラボノイド,カテキン,ビタミンC,E など多数あり,それぞれの特徴と作用のメカニズムがあるのでいろいろな機能性成分を食生活のなかで摂っていくのが理想である.クルクミンはアキウコン特有の成分で,他のショウガ科の生薬・香辛料にはほとんど含まれていない.筆者もカレーは大好きであるが,毎日というわけにはいかない.継続的に摂取するためには,サプリメントやドリンクで摂取するのも一つの方法ではないだろうか.文献1) 大澤俊彦,井上宏生:スパイスには病気を防ぐこれだけの効果があった.廣済堂出版, 19992) 大澤俊彦:がん抑制の香辛料,調味料 うこん.がん抑制の食品事典(西野輔翼編著),p200-205,法研, 20023) Osawa T:Nephroprotective and hepatoprotective effectsof curcuminoids, in “MOLECULAR TARGETS ANDTHERAPEUTIC USES OF CURCUMIN IN HEALTHAND DISEASE”(Aggarwal BB, Surh Y-J, Shishodia S,eds), p407-423, Springer, NY, 20074) 上野有紀,木崎美穂,中桐竜介ほか:抗酸化食品因子による糖尿病合併症予防,食と生活習慣病.予防医学に向けた最新の展開(菅原務監修),昭和堂,p157-167, 20025) 大澤俊彦:アンチエイジングと抗酸化食品.臨床栄養110:265-273, 20076) Howitz KT, Bitterman KJ, Cohen HY et al:Small moleculeactivators of sirtuins extend Saccharomyces cerevisiae lifespan. Nature 425:191-196, 20037) 大澤俊彦,丸山和佳子監修:脳内老化制御とバイオマーカー─基盤研究と食品素材─.シーエムシー, 2009

A 「山の幸」編 ブドウ・赤ワイン(レスベラトロール)

2010年1月31日 日曜日

特集●眼に良い食べ物 あたらしい眼科 27(1):17.21,2010ブドウ・赤ワイン(レスベラトロール)Grapes and Red Wine(Resveratrol)久保田俊介*Iレスベラトロールとcaloric restrictionCaloric restriction(CR;カロリー摂取制限)は65.70%カロリー摂取への減少と定義される1).2000 年にCR によりsilencing information regulator 2(Sir2)が活性化し,酵母の寿命が延長する抗加齢作用が報告された2).その後CR は多くの生物種でsirtuin の活性が上昇し寿命を延長させ,病気の状態を改善する効果が報告されている.哺乳類におけるCR の特徴はインスリンの低下やインスリン感受性の上昇,そして癌や心疾患などの加齢性疾患の減少である3).この寿命延長や加齢性疾患の減少という大変重要な効果を示すCR に対し,CR の効果をミミックする効果(カロリスミミックリー)をもつ物質の研究が盛んになってきた.Sir2 の哺乳類ホモログであるヒトSIRT1(sirtuin 1)によるp53 ペプチドのin vitro での脱アセチル化を定量することにより低分子物質ライブラリーをスクリーニングし,レスベラトロール(resveratrol)をはじめとする植物性ポリフェノール化合物がSIRT1 活性を亢進し,酵母の寿命を延長させることがわかった.そのなかでも特にレスベラトロールは13.4 倍という最も高いSIRT1 活性化作用があることがわかった4).レスベラトロール投与による抗加齢作用は酵母,線虫,ショウジョウバエ,魚類,高カロリー食マウスで確認されている5,6).それ以降レスベラトロールはCR をミミックできる物質として多くの研究が行われている.IIレスベラトロールとは古くから脂肪分の過剰摂取が動脈硬化をもたらし,心血管病変をひき起こすといわれてきた.しかし動物性脂肪をヨーロッパで多く摂取するフランス人には心血管病変が少ないことが知られており,この現象は「フレンチ・パラドックス」とよばれてきた.赤ワインにポリフェノールの一種であるレスベラトロールが多く含まれていることがわかり,レスベラトロールを含むポリフェノール類に抗酸化作用があることからその抗酸化作用がワインを多く摂取するフランス人に恩恵をもたらしているのではないかと考えられている7).ポリフェノールは芳香族炭化水素に結合した水酸基を多数分子内にもつ化合物の総称である.その水酸基は酸化還元電位が低く,自身が酸化されることで抗酸化作用を示す.レスベラトロールはポリフェノール類のスチルベノイドに属し,短鎖の共役二重結合と両端のベンゼン環がヒドロキシル基で置換された化学構造(図1)を有する白色の天然物質である.ブドウの皮や赤ワイン,ピーナッツの皮などに多く含まれる.レスベラトロールは1940年にユリ科シュロソウ属のコバイケイソウの根から初めて単離された.植物にはフィトアレキシンという外的ストレスや感染などから生体を防御する物質が存在し,そのうちの一つと考えられていた.レスベラトロールは植物の細菌感染やUV(紫外線)照射により植物中で合成が促進する.植物中ではスチルビンシンターゼという合成酵素によりレスベラトロールが合成されるのだが,その酵素は限られた植物にのみ存在しその植物中にレスベラトロールが存在する.細菌はレスベラトロールの分解酵素を合成することができるので,長期に細菌感染を生じた植物のレスベラトロール量は低下する.しかし通常はレスベラトロール合成の速度が分解酵素合成の速度を上回るため,それらの植物は細菌感染を防御することができると考えられている.ただ,フィトアレキシンとして発見当時はあまり注目された物質ではなかった8).その後レスベラトロールにはシクロオキシゲナーゼを抑制する抗炎症作用が見出され,他にも血管拡張作用,抗血管新生作用,神経保護作用,抗癌作用,抗加齢作用など多くの生理活性について報告されている5).III眼科への応用筆者らのグループはぶどう膜炎の動物モデルとして知られる,エンドトキシン誘発ぶどう膜炎(EIU)モデルにおけるレスベラトロールの治療効果を検討した.C57BL/6J マウスにレスベラトロール(50 mg/kg)を5日間内服投与し,その後リポ多糖類(LPS)を投与後24時間で網膜血管への白血球接着数と網膜・脈絡膜における白血球接着因子(intercellular adhesion molecule-1:ICAM-1,monocyte chemoattractant protein-1:MCP-1)を測定した.LPS 投与3 時間後の網膜の酸化ストレス(8-hydroxydeoxygnanosine:8-OHdG)と脈絡膜の核内の核内因子k B(NF-k B)を測定した.その結果,LPS 投与24 時間後の白血球接着数は,レスベラトロールの濃度依存性に抑制されることがわかった(図2). そのメカニズムとして白血球接着因子であるICAM-1,MCP-1 はレスベラトロール投与により有意に減少することがわかった(図3).LPS 投与3 時間後における8-OHdG とNF-k B もレスベラトロール投与により有意に減少することがわかった(図4).抗加齢作用として重要なSIRT1 生体内活性が脈絡膜において上昇することを明らかにした(図5).今回の報告により,レスベラトロールは眼における酸化ストレスと炎症を抑IVレスベラトロール摂取についてレスベラトロールはサプリメントとして多く販売されているが,その最適な摂取量はいまだ不明であるのが現状である.レスベラトロールが多く含まれることで有名な赤ワインには1 杯につき0.1.3 mg のレスベラトロールが含まれると報告されている.ピーナッツには100 g当たり約0.1 mg のレスベラトロールが含まれる5).レスベラトロールは現在いくつかの臨床応用のための治験が米国にて行われている10).臨床応用としての対象疾患は2 型糖尿病,癌,そしてMELAS(mitochondrialmyopathy, encephalopathy, lactic acidosis, and stroke)症候群である.なかでもMELAS 症候群に対しては2008 年にFDA(米国食品医薬品局)よりorphan drug(希少疾病用医薬品)としての承認が下りており,臨床応用の先駆けとして注目されている.2 型糖尿病の患者を対象にした臨床試験では,28 日間レスベラトロールを5 g 経口投与したところ有意に血糖値の効果を得たとのことである.同様の摂取量で他の治験も行われているため,疾病の治療目的におけるレスベラトロール摂取は用量を考えると食事からの摂取は不可能であり,サプリメントとしての摂取となる.安全性については多くの報告が寄せられているが,明らかな副作用の報告はなく安全性は高いと考えられる.レスベラトロールの眼科的な作用についてはあまり報告が多くなく,まだ不明な点が多い.特に動物実験で使用された報告は数少ない.そのなかでは,レスベラトロールを40 mg/kg 体重でラットに4 日間投与することにより,酸化ストレスが減少し白内障の発生が抑制されたと2006 年に報告されている11).筆者らは2009 年に, レスベラトロールを50 mg/kg 体重でマウスに5 日間投与することにより,生体内SIRT1 を活性化し酸化ストレスと炎症が減少しぶどう膜炎を抑制したと報告した9).この量はヒトに換算すると一日2.5.3 g となり, 米国で施行されている治験の投与量に近似していて眼科的にも応用できる量と言える.眼は組織の特性上光を多く受光する組織であり,光酸化を生じやすく酸化ストレスを生じやすい.眼科的疾患の多くは酸化ストレスや炎症が関与するものが多い.われわれの社会も長寿社会となり,それに伴う多くの眼科的加齢性疾患も増加している.この加齢や酸化ストレス,炎症に対する効果をもつレスベラトロールは疾患の予防的見地から考えても非常に重要と考えられる.レスベラトロールは天然のポリフェノールであり,安全性は高いと考えられ,将来の抗炎症治療の一つとして有望な候補と考えられる.Vレスベラトロール以外のカロリスミミックリー CR の生体への有益な効果は広く知られているが,ヒトにおいて65.70%カロリー摂取への減少は現代の生活にあっては困難が伴うことが多い.そこでCR の効果をミミックする作用をもつレスベラトロールが注目されているが,最近は他にも同様の効果を示すものが報告されている.SIRT1 はnicotinamide adenine dinucleotide(NAD)依存性に働く酵素である.生体内においてNAD はCR など多くの刺激により増減しておりSIRT1の活性をcontrol しているのではないかと注目されている12).レスベラトロール以外のポリフェノールにも同様の効果があることが知られている.なかでもケルセチン(quercetin)が有名である.Quercetin はケッパー,タマネギ,リンゴ,お茶に多く含まれるポリフェノールの一種であり,レスベラトロール同様SIRT1 を活性化することが知られている.SIRT1 活性化の効果はレスベラトロールの40%程度と報告されている4,13).一方,薬剤としては2 型糖尿病の治療薬であるメトフォルミン(metformin)が注目されている.Metformin はアデノシン一リン酸(AMP)活性化蛋白キナーゼ(AMPK)を肝臓内で活性化することによりインスリン感受性を改善させることが知られている14).CR においても同様の効果が報告されており15),metformin もまたカロリスミミックリーとしての可能性が考えられる.他にも古来より体に有益であると考えられてきた運動(exercise)に対し最近は科学的な分析が進められている.CR において,CRP が減少し抗酸化物質が増加することがわかっているが,exercise によりその効果が増加することが報告されている16).ラットにexercise を負荷することにより筋肉においてSIRT1 の発現が増加することも報告された17).このようにレスベラトロールのみならず,NAD,quercetin,metformin,exercise など多くのものがカロリスミミックリーとして研究されている.近い将来にはこれらを組み合わせることによりCR そのものの効果を生体内で発揮することが期待される.文献1) McCay CM, Crowell MF, Maynard LA:The effect ofretarded growth upon the length of life span and uponthe ultimate body size, 1935. Nutrition 5:155-171;discussion172, 19892) Guarente L, Kenyon C:Genetic pathways that regulateageing in model organisms. Nature 408:255-262, 20003) Chen D, Guarente L:SIR2:a potential target for calorierestriction mimetics. Trends Mol Med 13:64-71, 20074) Howitz KT, Bitterman KJ, Cohen HY et al:Small moleculeactivators of sirtuins extend Saccharomyces cerevisiaelifespan. Nature 425:191-196, 20035) Baur JA, Sinclair DA:Therapeutic potential of resveratrol:the in vivo evidence. Nat Rev Drug Discov 5:493-506, 20066) Baur JA, Pearson KJ, Price NL et al:Resveratrol improveshealth and survival of mice on a high-calorie diet. Nature444:337-342, 20067) Dore S:Unique properties of polyphenol stilbenes in thebrain:more than direct antioxidant actions;gene/proteinregulatory activity. Neurosignals 14:61-70, 20058) Cucciolla V, Borriello A, Oliva A et al:Resveratrol:frombasic science to the clinic. Cell Cycle 6:2495-2510, 20079) Kubota S, Kurihara T, Mochimaru H et al:Prevention ofocular inflammation in endotoxin-induced uveitis with resveratrolby inhibiting oxidative damage and nuclear factor-kappaB activation. Invest Ophthalmol Vis Sci 50:3512-3519, 200910) Boocock DJ, Faust GE, Patel KR et al:Phase I dose escalationpharmacokinetic study in healthy volunteers of resveratrol,a potential cancer chemopreventive agent. CancerEpidemiol Biomarkers Prev 16:1246-1252, 200711) Doganay S, Borazan M, Iraz M et al:The effect of resveratrolin experimental cataract model formed by sodiumselenite. Curr Eye Res 31:147-153, 200612) Ramsey KM, Yoshino J, Brace CS et al:Circadian clockfeedback cycle through NAMPT-mediated NAD+ biosynthesis.Science 324:651-654, 200913) de Boer VC, de Goffau MC, Arts IC et al:SIRT1 stimulationby polyphenols is affected by their stability andmetabolism. Mech Ageing Dev 127:618-627, 200614) Blagosklonny MV:An anti-aging drug today:fromsenescence-promoting genes to anti-aging pill. Drug DiscovToday 12:218-224, 200715) Canto C, Gerhart-Hines Z, Feige JN et al:AMPK regulatesenergy expenditure by modulating NAD+metabolismand SIRT1 activity. Nature 458:1056-1060, 200916) Carter CS, Hofer T, Seo AY et al:Molecular mechanismsof life- and health-span extension:role of calorie restrictionand exercise intervention. Appl Physiol Nutr Metab32:954-966, 200717) Suwa M, Nakano H, Radak Z et al:Endurance exerciseincreases the SIRT1 and peroxisome proliferator-activatedreceptor g coactivator-1a protein expressions in rat skeletalmuscle. Metabolism 57:986-998, 2008

A 「山の幸」編 ホウレンソウ,ケール(ルテイン,ゼアキサンチン)

2010年1月31日 日曜日

特集●眼に良い食べ物 あたらしい眼科 27(1):9.15,2010ホウレンソウ,ケール(ルテイン,ゼアキサンチン)Spinach, Kale(Lutein, Zeaxanthin)尾花明*Iルテイン,ゼアキサンチンとはルテイン(lutein)はラテン語の黄色“luteus”から派生した言葉で,濃緑食野菜に豊富に存在する.食品中には650 種類のカロテノイドがあり,血液,乳汁中にはそのうちの34 種類(異性体も含む)が見つかっており,ルテインもその一つである.カロテノイドは長鎖ポリイソプレノイド分子で両端のシクロヘキセン環に酸素をもつものがキサントフィルで,ルテインとゼアキサンチンはキサントフィルに属する.眼内に存在するキサントフィルはルテインとゼアキサンチンで,ゼアキサンチンには2 つの立体異性体(3R, 3¢R)ゼアキサンチンと(3R,3¢ S)ゼアキサンチン(メソゼアキサンチン)がある(図1).(3R, 3¢ R)ゼアキサンチンは食事由来で,メソゼアキサンチンは体内でルテインから変換される.ルテイン,ゼアキサンチンは体内で合成されないので,日常的に食物から摂取しなければならない.サルを生後からキサントフィルを含まない食餌で飼育すると黄斑色素は形成されない.ヒトでも出生前(妊娠22 週)の網膜に黄斑色素はみられず,母乳など生後の食物摂取によって形成される.脂溶性のルテイン,ゼアキサンチンは十二指腸で吸収されて肝臓でリポ蛋白〔LDL(低比重リポ蛋白),HDL(高比重リポ蛋白)〕に組み込まれて眼に運ばれる(図2).IIルテイン,ゼアキサンチンは眼のどこに存在するか?ルテイン,ゼアキサンチンは網膜,毛様体,虹彩,水晶体に存在する(表1).なかでも黄斑色素として網膜中央の直径1.5.2.0 mm の範囲に多く存在する.この部分は黄斑色素によって黄色く見えるので黄斑とよばれる(図3).血漿中のルテイン,ゼアキサンチンは脈絡膜毛細血管から網膜色素上皮を介して錐体細胞外節に取り込まれて軸索に集積し,組織学的には錐体軸索である外網状層(Henle 線維層)に最も多い(図4).一部は神経接合を介して内網状層にも達する.杆体外節にもルテインが確認されている.網膜前膜や黄斑円孔の手術時に後部硝子体膜下のグリアと思われる増殖物に黄色色素がみられることから,病的に増殖したMuller 細胞は黄斑色素を取り込むと考えられる.周辺部網膜にも存在するが,錐体分布範囲にはメソゼアキサンチンが多く,杆体分布部位にはルテインが多い.眼以外には,肝臓,大腸,肺,前立腺,乳房,皮膚,子宮頸部にみつかっている.III眼内でのルテイン,ゼアキサンチンの働き1. フィルター効果ルテイン,ゼアキサンチンは460 nm に吸収ピークをもち,過剰な青色可視光を吸収する.青色可視光は視細胞に光障害をもたらす(blue light hazard)ため,この障害を抑制する働きをする(図5).2. 抗酸化作用ルテイン,ゼアキサンチンは活性酸素を還元する抗酸化作用をもつ.網膜色素上皮のリポフスチンに青色光を照射すると一重項酸素が発生するが,杆体外節のルテインがこの一重項酸素を消去していることが推測される.また,ゼアキサンチンの結合蛋白はpi isoform of glutathioneS-transferase(GST)で,錐体軸索に分布する.GST は脂質ヒドロペルオキシド(LOOH)など脂質過酸化によってできた毒性物質を還元する酵素であることを考えると,ゼアキサンチンが酸化されたGST の還元に働いているのかもしれない.IV黄斑色素は加齢とともに減少する黄斑色素量が低値となる要因として,低摂取,白人,加齢,女性(ただし,男性が少ないという報告もある),虹彩色素が少ない,喫煙,長時間の太陽光曝露などがある.図6 は筆者ら4)が共鳴ラマン分光法を用いて健常日本人100 名の黄斑色素量を測定したもので,60 歳以上は20 歳代,40 歳代より有意に色素密度が低かった.また,若年者では色素量の個人差が大きかった.一方,ルテインの血漿濃度は年齢とともに増加傾向を示し(図7),60 歳以上は20 歳代よりも有意に血漿濃度が高かった.血漿濃度と黄斑色素量の相関はみられない.黄斑色素は蓄積物なので血清濃度に直接左右されにくいと考えられる.V加齢黄斑変性では黄斑色素が少ない摘出眼球で中心窩から3 mm 以内のルテイン,ゼアキサンチン量を調べると,加齢黄斑変性(AMD)眼は健常眼の63%であったと報告されている5).生体でもAMD 眼は同年齢の健常眼より黄斑色素量が有意に少ない.図8 は筆者ら4)が共鳴ラマン分光法で日本人AMD 患者を測定したもので,AMD 眼は低値であるが,片眼性AMD で,一見正常な僚眼の色素量も低値であった.黄斑色素の低値はAMD 進行要因なのか,病気の結果で低値になったのかは断言できないが,筆者らは黄斑色素の少ない個体がより病気の進行をきたしやすいと推測している.VIルテイン,ゼアキサンチンの適切な摂取量は? 1. 適切な摂取量日常的な食生活での血漿ルテイン濃度を知ることは重要だが,十分な研究はない.インディアナポリスの住民280 人でのルテイン,ゼアキサンチン摂取量は1,101±838 μg/日とされる6).日本人での研究はさらに少ないが,若年未婚者の摂取量は350 μg/日との報告7)があり,欧米人より極端に少ない.ただし,これは食生活が豊かでない若年者を調べたもので,家庭での食事の多い中高年者の濃度は不明である.Age-Related Eye Disease Study(AREDS)の報告8)では,ルテイン,ゼアキサンチンの最大摂取群(中央値3.5 mg/日)は最小摂取群(0.7 mg)より,滲出型AMDのオッズ比が0.65,萎縮型AMD のオッズ比が0.45 であった.Ritcher らが行った萎縮型AMD に対する治療試験9)ではルテインをサプリメントとして一日10 mg 投与している.また現在施行されている大規模試験AREDS2で採用されているサプリメント処方は表2 のようで,やはり一日量はルテイン10 mg である.その他の報告でも10 mg/日とするものが多く,現時点ではこの値がスタンダードと考える.ゼアキサンチンの最適量は不明だが,ヒト血中のルテイン:ゼアキサンチン比が約7:1 であることを考えて,AREDS では2 mg/日に設定したと考えられる.2. 摂取により血漿濃度と黄斑色素は増加するか健常者では積極的な摂取により血漿濃度と黄斑色素量は増加する.投与試験ではサプリメントを使用するものが多いが,ホウレンソウを使った試験でもルテインを30 mg または12 mg 含むホウレンソウ12 週間摂食で血漿ルテイン濃度と黄斑色素量増加が確認されている.ただし,糖尿病患者では血漿濃度の増加が不良との報告や,AMD 患者では血漿濃度や黄斑色素量の増加しない個体があるようである.VIIルテイン,ゼアキサンチン含有食物米国農務省が野菜果実のルテイン,ゼアキサンチン含有量データベースを公開している(表3).しかし,残念なことにわが国には同様のデータがないため,日本人がよく食べる緑色野菜(小松菜,みずな,春菊,白菜など)の含有量は不明である.したがって,欧米で行われているような食事アンケートをもとに,摂取量と疾患に関する研究はわが国では行えない.日本人向けのデータベース構築が必要である.1. ルテインを多く含む食物a. ケール地中海原産のアブラナ科植物でキャベツの原種.生が店頭で販売されることはめずらしい(図9).青汁の原料に使用される.生はそのまま食べると硬いので,オリーブオイルで炒めて塩,胡椒少々.またはごま油で炒めた後,だし汁を加えて和風に.脂溶性物質なので脂質とともに摂食したほうが十二指腸での吸収がよくなると思われる.b. ホウレンソウ原産はペルシャ.店頭で販売される一束は約200 g(図10)なので,ルテイン10 mg を摂取するには約半束を食べればよい.ただし,100 g 当たりの含有量が5,869 μgとの報告もあるので,その場合はほぼ1 束となる.c. パセリ,レタス,芽キャベツ,ブロッコリーなど(図11)これらの緑色野菜もルテインを多く含有するが,単独で必要量を摂取するのは不可能で,たとえば10 mg を摂取するには,グリーンレタスなら500 g(約1.3 個),茹でたブロッコリーなら1 kg(約2 房)が必要になる.卵黄も含有量が多いが,10 mg 摂取には約50 個が必要となる.したがってこれらの食品はできる限り多くの種類をとる必要がある.2. ゼアキサンチンを多く含む食物(図12)a. パプリカゼアキサンチン含有が多く,サプリメントの原料となる.b. 柿c. トウモロコシ茹でて食べる以外にも,粉製品,油などさまざまに使用されるので摂取しやすい.d. オレンジ,みかんe. クコ(枸杞)中国原産で,果実(枸杞子)は古くから生薬として,血圧降下,血糖降下,コレステロール降下,強壮などに使用され,根皮(地骨皮)は消炎,解熱,葉(枸杞葉)は血圧降下に使用されてきた.VIIIルテインとゼアキサンチンサプリメント一日の最適摂取量は未確定だが,ルテイン10 mg,ゼアキサンチン2 mg を目安にすると,ルテインはホウレンソウによって摂取可能だが,毎日食べ続けるのはむずかしい.他の食物もかなり大量を多種類摂取せねばならず,事実上,毎日続けることはできない.そこで,食事摂取で不足した分をサプリメントとして摂取することは理にかなっている.1. ルテインサプリメント天然植物由来製品は菊科のマリーゴールド花弁(図13)から抽出したものである.もともと中南米で栽培されていたが,最近はインドや中国で栽培されたものが多い.抽出過程でゼアキサンチンを完全に分離できないため,通常,1%程度のゼアキサンチンを含む.市販品にはエステル体と遊離体のルテインがある.エステル体は胃・十二指腸のエステラーゼ,リパーゼでフリー体になり,フリー体が十二指腸粘膜から吸収される.エステル体の吸収は同時に摂取した脂肪の量に影響されるが,遊離体は影響を受けることなく吸収されるようである.合成品もある.ルテイン含有サプリメントは多数,市場に存在する.2. ゼアキサンチンサプリメント天然植物由来製品はオレンジペッパー(図14)から抽出したものである.近年,ゼアキサンチンと他のサプリメントを組み合わせた製品が販売されだした.文献1) Burri BJ, Clifford AJ:Carotenoid and retinoid metabolism:insights from isotope studies, Arch Biochem Biophys430:110-119, 20042) Bernstein PS, Khachik F, Carvalho LS et al:Identificationand quantification of carotenoids and their metabolites inthe tissues of the human eye. Exp Eye Res 72:215-223,20013) Snodderly DM, Brown PK, Delori FC et al:The macularpigment. I Absorbance spectra, localization, and discriminationfrom other yellow pigments in primate retinas.Invest Ophthalmol Vis Sci 25:660-673, 19844) Obana A, Hiramitsu T, Gohto Y et al:Macular carotenoidlevels of normal subjects and age-related maculopathypatients in a Japanese population. Ophthalmology 115:147-157, 20085) Bone RA, Landrum JT, Mayne ST et al:Macular pigmentin donor eyes with and without AMD:A case-controlstudy. Invest Ophthalmol Vis Sci 42:235-240, 20016) Curran-Celentano J, Hammond BRJ, Ciulla TA et al:Relation between dietary intake, serum concentrations,and retinal concentrations of lutein and zeaxanthin inadults in a Midwest population. Am J Clin Nutr 74:796-802, 20017) Hosotani K:Measurement of individual differences inintake of green and yellow vegetables and carotenoids inyoung unmariied subjects. J Nutr Sci Vitsminol 53:207-212, 20078) Age-Related Eye Disease Study Research Group:Therelationship of dietary carotenoid and vitamin A, E, and Cintake with age-related macular degeneration in a casecontrolstudy. AREDS Report 22. Arch Ophthalmol 125:1225-1232, 20079) Ritcher S, Stiles W, Statkute L et al:Double-masked, placebo-controlled, randomized trial of lutein and antioxidantsupplementation in the intervention of atrophic age-relatedmacular degeneration:the Veterans LAST study(LuteinAntioxidant Supplementation Trial). Optometry 75:216-229, 2004

A 「山の幸」編 野菜・果物(抗酸化ビタミン)

2010年1月31日 日曜日

特集●眼に良い食べ物 あたらしい眼科 27(1):3.8,2010野菜・果物(抗酸化ビタミン)Antioxidant Dietary Supplementation with Vitamin A, C and E forVisual Function寺田佳子*はじめに毎日の生活のなかで,私たちが生きていくために食は非常に重要なものである.「バランスのよい食生活を」,「好き嫌いをしない」,「お肉を食べたら野菜も食べる」など,子供のころから言われ続けたことであるが,つい忙しさにかまけたり,最近ではファーストフードに代表される手軽な食品を「いつでも・どこでも」手に入れることが容易となった.食生活の欧米化などに伴い,身体活動レベルに比して摂取カロリーが過剰になっていることもまれではない.一方で,昨今の生活状況の厳しさからか,内容はともあれとにかく必要なカロリーを摂取することに主眼がおかれていると思わざるをえないケースも見かける.国民の健康づくりや疾病予防を推進する目的として,健康増進法,食育基本法,食生活指針などが制定,策定された.さらに,一人ひとりが「何を」「どれだけ」食べればよいのかをよりわかりやすく表示するために,平成17 年6 月に厚生労働省と農林水産省より「食事バランスガイド」が発表された(図1).このなかで,野菜は副菜としてきのこ,いも,海藻とともに一日5.6SV 注1)(副菜の1SV は主材料が約70 g,野菜料理1皿に相当),果物はビタミンC やカリウムの摂取源として一日2SV(果物の1SV は主材料が約100 g=みかん1個に相当)の摂取が勧められている.厚生労働省の「健康日本21」では,具体的に野菜は一日350 g 以上,そのうち緑黄色野菜を120 g 以上,果物は一日150.200g を目安に摂取することが望ましいとされている(図2).野菜や果物は,ビタミンやミネラル源,食物繊維などの補給源と考えられており,最近では,その抗酸化作用が疾病予防に期待されるようになった.本稿では,野菜や果物から得られる抗酸化ビタミンの眼疾患に対する効果について,AREDS1),注2)の結果などを踏まえて述べる.I酸化ストレスと眼疾患酸化ストレスがいくつかの眼疾患の発症にかかわっていることはよく知られている.酸化ストレス仮説による内的酸化はもちろんのこと,眼は体表に位置し,また常に可視光および紫外線といった光を受けていることから,皮膚と同様に光老化(photo aging)の危険にもさらされていると考えられる.加齢により酸化ストレスを受ける時間はますます長くなり,白内障,加齢黄斑変性(AMD),翼状片などの発症や進行には酸化ストレスが関与しているとされる.これまで,いわゆる眼科としてのcommon disease に栄養あるいはサプリメントがどの程度関与しているか,さまざまな報告がある.残念ながらエビデンスレベルが高く,現在広く受け入れられているものはまだ多くない2,3).AREDS では,抗酸化ビタミンと亜鉛を摂取した群で,中等症から重症のAMD をもつものの,約25%に進行予防が認められた4).しかし,白内障の進行予防は認められなかった5).AREDS は多施設による無作為大規模前向き研究であり,この結果はAMD の進行予防を目的として抗酸化ビタミンを積極的に摂取する根拠となりうると思われる.II抗酸化ビタミンビタミンは,体外から摂取する栄養素のうち,蛋白質,脂肪,炭水化物,無機質および水以外に必要とされる微量の有機物の総称である.生物が生体内で作ることができないかあるいはできてもその量が少ないため,食事などにより摂取しないと欠乏症をひき起こし,生物が生存,生育することが困難となる.体内では,さまざまな酵素の補酵素として働くことが多い.これまでにビタミンA,D,E,K,B1,B2,B6,ナイアシン(旧B3),パントテン酸(旧B5),葉酸(旧M),ビオチン(旧H),ビタミンB12,C の13 種類のビタミンが知られており,その類縁物質も含めて広義のビタミンとすることが多い.ほとんどのビタミンは,現在サプリメントとして入手可能である.通常の生活では,基本的には食事からビタミンを摂取することが望ましく,サプリメントはあくまでも不足分の補助としてとらえられるべきと考える.ビタミンは,水によく溶ける水溶性(ビタミンB 群注3),C,)と,脂によく溶ける脂溶性(ビタミンA,D,E,K)に大きく分けられる.食品から摂取する限りビタミン過剰はまれだが,サプリメントとして補おうとする場合には,過剰摂取に注意する必要がある.水溶性ビタミンは尿から排泄されるため,過剰摂取が問題となることはほとんどないが,ビタミンE を除く脂溶性ビタミンは体内に長時間とどまるため,過剰摂取に注意しなければならない.一方で,特定の疾患に対する効果は,通常の食事によって得られるビタミン摂取量では不足するとの報告もあり,その他の疾患の有無も含め各人がいかにビタミンを摂取するかを考慮する必要がある.これらのビタミンのうち,ビタミンA,C,E には抗酸化作用が期待されている.1. ビタミンA(vitamin A)ビタミンA は,レチノール(図3),レチナール,レチノイン酸およびこれらの3-デヒドロ体とその誘導体の総称であり,レチノイドとも称される.ヒト血液中ではほとんどがレチノールとして存在する.血中濃度は通常約0.5 μg/ml 程度で,0.3 μg/ml を切るとビタミンA欠乏症状を呈する.食物中ではb -カロテンあるいはレチニルエステルの形で存在し,小腸粘膜上皮細胞から吸収され,体内で分解されてビタミンA となる.ビタミンA は抗酸化剤としての役割だけでなく,ロドプシンの前駆体として視覚になくてはならないものであり,欠乏症状として夜盲症が古くから知られている.しかし,脂溶性ビタミンであるために,過剰摂取は体内での蓄積を招き,偽脳腫瘍などの原因になることもある.変異原性があるため,生殖年齢では特に注意が必要である.過剰摂取を防ぐため,ビタミンA に代わってカロテノイドが注目されている.カロテノイドは自然界に500 種類以上が知られている橙色や黄色色素であり,このうちb -カロテンを代表とする約30 種類のものは体内でレチノイドに変化するので,プロビタミンA としての活性がある.b -カロテンは緑黄色野菜やみかん,びわなどに多く含まれる.しかしながら,AREDS では,喫煙者においてb -カロテン摂取群の肺癌発生率が高く,その後他の研究でも同様のことが疫学的に証明されたため,喫煙者にはb -カロテンの積極的な摂取を勧めないほうがよい.喫煙自体がAMD のリスクファクターであるため,禁煙も勧められる.LDL(低比重リポ蛋白)酸化説に基づき,b -カロテンを摂取することで動脈硬化を防ぎ,心筋梗塞などの動脈硬化性疾患を予防することができるという考え方もあるが,残念ながらこれについての疫学的なデータは存在しないし,現在では発癌性の観点からこれらの疾患にはb -カロテンの摂取はむしろ勧められなくなった.b -カロテンは緑黄色野菜に多く含まれ,たとえば,にんじん50 g 程度(約1/2 本),カボチャ100 g 程度でほぼ一日推奨量を摂取することができるので,食品からの摂取が十分期待できる.トマトはリコピンとして抗発癌作用も期待されるが,実際には600 g 程度,ブロッコリーは450 g 程度の摂取が必要となり,やや現実味に欠ける.また,野菜や果物だけでなく,動物性食品からレチニルエステルとしてのビタミンA 摂取も必要である.卵,レバー(ブタ,鶏,アンコウ=あん肝)などにレチノールは多く含まれる.AREDSでは,b-カロテン15 mg(ビタミンA 25,000 IU と同等)が投与されたが,b -カロテン単体でのAMD 予防効果はまだ不明であり,AREDS2 ではb -カロテンは15 mgと0 mg の2 つの投与群が設定されている.2. ビタミンC(vitamin C)ビタミンC は,水溶性ビタミンの一種であり,化学的にはアスコルビン酸(図4)のL 体のみをさす.ヒト以外の多くの動物にとっては,アスコルビン酸は生体内で生合成できる物質であるため,必ずしも外界から摂取する必要はない.ヒトではナトリウムイオン依存性の能動輸送系と濃度勾配に従う受動輸送系を経て腸管より吸収される.ヒト体内での組織当たりビタミンC 量は下垂体で最も高く,副腎や水晶体がそれに次ぐ.ビタミンC はアミノ酸の生合成に利用されるほか,副腎からのホルモンの分泌,脂肪酸をミトコンドリアに運ぶための担体であるl-カルニチンの合成など,体内で進行する水酸化反応に重要な役割を果たす.また,ビタミンC はコラーゲンを生成する過程でも必要とされる.ビタミンC が不足するとコラーゲンの同化が進行せず,血管の脆弱化や易出血性,免疫機能の低下・貧血などを呈することがある.ビタミンC はそのエンジオール基の還元性により強い抗酸化作用をもつため,食品にも酸化防止剤として添加される場合がある.一般に乾燥状態にある錠剤などでは約3 年安定であると考えられる.余剰分はおもに腎臓から体外に排泄されるため摂取量に上限はないが,2,000 mg 以上の大量摂取により下痢をきたすことがある.ビタミンC の摂取により白内障の進行,手術が必要となる割合が下がったという報告もあるが,まったく関与しないという報告もあり2),ビタミンC 単体での白内障進行予防効果はまだ確定されていない.ビタミンC を多く含む食品として,アセロラ,パセリ,緑茶,赤ピーマン,グアバ,芽キャベツ,いちご,じゃがいもなどが知られている.たとえば,果汁10%のアセロラジュース180 ml にビタミンC 216 mg,じゃがいも1 個(可食部100 g)にビタミンC 35 mg が含まれるとされる.ビタミンC の吸収・排泄は遺伝子多型の影響を受けるともされ,同量を摂取しても個人差が大きいといわれる.3. ビタミンE(vitamin E)ビタミンE は脂溶性ビタミンの一種である.トコフェロール(tocopherol)ともよばれ,特にd-a -トコフェロール(図5)は自然界に広く普遍的に存在するが,おもに植物の光合成により合成される.メチル基の位置によって8 つの異なる型があり,それぞれの生物学的機能をもち,合成a -トコフェロールはこれら8 種類のラセミ体の等モル混合物である.ヒトではd-a -トコフェロールが最も強い活性をもち,おもに抗酸化物質として働くと考えられている.特に,脂質の酸化反応が連鎖的に進行する過程で生じる脂質ペルオキシラジカルを捕捉して連鎖反応を切断し,反応を停止する.この抗酸化反応はビタミンC,ユビキノール,還元型グルタチオンとの共役反応で効率よく発揮される.その他,膜安定化作用,抗血栓作用,免疫応答増強作用などさまざまな作用をもつといわれている.植物油,落花生,大豆などナッツ類に多く含まれ,通常の食生活で欠乏することはないとされている.また,ビタミンE は脂溶性ビタミンとしては毒性が低く,過剰摂取が問題となることは通常ないとされている.III実際に食べる表1 をご覧いただきたいが,AREDS でサプリメントとして採用された量の抗酸化ビタミンを食事だけから摂取するのは実際にはなかなかむずかしい.したがって,疾病リスクのある人は抗酸化ビタミンをサプリメントとして摂取することが勧められる.一般的な健康増進目的として,先にも述べたように,健康日本21 では一日に野菜350 g(うち緑黄色野菜120 g)以上の摂取が勧められている.手軽に野菜ジュースを飲むという方法もあり,野菜ジュースは1 回に飲みきる量が約1SV と換算される.現実的には,野菜ジュースのみですべてを補うのは,含有糖分などの問題もあり,あまり勧められない.現在では,品種改良,栽培技術の進歩や輸送手段の発達により,季節を問わずいろいろな野菜や果物を手に入れることも不可能ではなくなってきているが,やはり栄養価の点からも旬の食物に勝るものはなく,可能であれば新鮮な旬の食べ物を上手に生活のなかに取り入れたい.ビタミンA,E といった脂溶性ビタミンは,油脂を使った調理によってより吸収効率が上がるため,調理の方法や食材の組み合わせも工夫したい(表2).ビタミンC は熱に弱いとされるが,たとえばじゃがいもではビタミンC がでんぷんに包まれるような形で存在するため,調理しても壊れにくいことが知られている.さらに,AMD や白内障の好発年齢である高齢者では,糖尿病合併率も高い.果物に注意が向いたばかりに,カロリー過剰になったり,腎機能が低い人がカリウムの過剰摂取に陥ることは避けなければいけない.その他の全身合併症があったり,薬剤投与を受けていることも多く,大量の抗酸化ビタミンをサプリメントとして摂取する場合は,かかりつけ医と情報を共有し,眼疾患の予防や治療の一助としたいものである.■用語解説■注1)SV:食事バランスガイドで,「何を」にあたる主食,副菜,主菜,牛乳・乳製品,果物の5 つの料理区分を,「どれだけ」食べたらよいかを示すために新しく提唱された単位.「1 つ」「2 つ」と数えやすい「つ」と, 1回当たりに提供される食事の標準的な量である「サービング(SV)」という単位が組み合わされたもの.注2)AREDS(Age.related Eye Disease Study):米国National Eye Institute(NEI)の主導で実施された,長期間にわたる無作為前向き多施設研究である.55.80 歳の米国人4,757 人を対象にしたトライアルで,抗酸化ビタミンおよびミネラルの摂取が,白内障と加齢黄斑変性(AMD)の発症予防および進行度に影響を及ぼすかどうか調べたものである.1986 年にそのコンセプトがすでに提出され,1992 年から研究が開始,1998 年に本研究への参加登録が締め切られた.参加者は6 カ月ごとに視力測定と眼底写真の評価を受けた.参加者には,抗酸化ビタミンとしてビタミンC 500 mg, ビタミンE 400 IU,b -カロテン15mg(ビタミンA 25,000 IU と同等),亜鉛80 mg,銅2 mg あるいはプラセボが投与された.AMD はその重症度をカテゴリー1 から4 に分類され,カテゴリー3,4 のいわゆる重症AMD では,抗酸化ビタミンと亜鉛を摂取した群の約25%に進行予防効果が認められたが,初期のAMD や滲出性変化を伴わないいわゆるdry type のAMD には発症または予防効果が認められなかった.これらの結果で得られた発癌性,貧血の可能性を減ずるため,また,参加者へのインタビューで得られた食事行動に基づいて,現在,ルテイン/ゼアキサンチン(10 mg/2 mg),DHA(ドコサヘキサエン酸)/EPA(エイコサペンタエン酸)(350 mg/650 mg)を含み,亜鉛を減じてもよいか,b -カロテンを除いてもよいかを比較するAREDS2が米国で進行中である.注3)ビタミンB 群:水溶性ビタミンのうち,ビタミンCを除くものがビタミンB 群とされ,ナイアシン,パントテン酸,葉酸はB 群とされる.文献1) The Age-Related Eye Disease Study Research Group:The Age-Related Eye Disease Study(AREDS):Designimplications AREDS Report No.1. Control Clin Trials 20:573-600, 19992) West AL, Oren GA, Moroi SE:Evidence for the use ofneutritional supplements and herbal medicines in commoneye diseases. Am J Ophthalmol 141:157-166, 20063) Seddon J:Multivitamin-multimineral supplements andeye disease:age-related macular degeneration and cataract.Am J Clin Nutr 85(Suppl):304S-307S, 20074) The Age-Related Eye Disease Study Research Group:Arandomized, placebo-controlled, clinical trial of high-dosesupplementation with vitamins C and E, beta carotene,and zinc for age-related macular degeneration and visionloss:AREDS Report No.8. Arch Ophthalmol 119:1417-1436, 20015) The Age-Related Eye Disease Study Research Group:The age-related eye disease study(AREDS)system forclassifying cataracts from photographs:AREDS ReportNo.4. Am J Ophthalmol 131:167-175, 2001 <参考図書>1) 女子栄養大学出版部:五訂版増補.食品成分表20092) 吉川敏一,桜井弘:サプリメントデータブック,オーム社,20053) 坪田一男(編):眼科プラクティス22,抗加齢眼科学,文光堂,2008

序説:眼に良い食べ物

2010年1月31日 日曜日

●序説 あたらしい眼科 27(1):1.2,2010眼に良い食べ物Optimal Nutrition for Eye Health坪田一男*石田晋**日本の医療において,従来の“健康保険”がカバーする疾病医学に加え,予防医学が大きくクローズアップされてきている.超高齢社会を迎えた今日,医療コストは伸び続けており,このままでは保険のシステムも財政も破綻してしまう.病気になってから治療するだけでなく,病気になる前のアプローチで疾患の発症リスクを下げることが,国民全体の課題といえるだろう.すでに厚生労働省ではメタボリックシンドローム撲滅を掲げて,糖尿病や癌,心筋梗塞などの加齢関連疾患の発症予防に真剣に取り組みを始めている.また,科学の進歩とともに,加齢関連疾患のメカニズムの研究が進み,さらに予防に関する臨床データも蓄積されて,実際に積極的な疾患予防の可能性がみえてきている.予防医学の中心,柱といえるのが,食である.“医食同源”といわれるように,食が健康の要であることは間違いない.眼科領域においては,古来から“眼に良い食べ物”という概念は存在していたが,サイエンスのバックグランドのあるものと,言い伝え的なものや,健康食品会社が宣伝しているものなど,その情報は玉石混淆である.しかし近年,まだまだエビデンスの弱い部分はあるものの,少しずつその基礎研究や臨床データが出始めて,“眼に良い食べ物”がサイエンスとして芽生えようとしている.そこで今回,『あたらしい眼科』の特集テーマとして “眼に良い食べ物”を組んでみた.読者の方からも,患者さんから「どんな食べ物が眼にいいのか?」と質問を受けることがよくあると聞いているので,日常診療に生かせるよう,外来でよく聞かれる質問に的確に答えられるように工夫して項目を設定した.まずは「山の幸」編として,抗酸化ビタミン類,ルテイン,レスベラトロール,スーパークルクミン,ラクトフェリンを取り上げた.抗酸化ビタミン類では,アメリカで行われている加齢黄斑変性に対する大規模前向き疫学調査(AREDS)研究でも基本になっているビタミンA,C,E 群にスポットをあてている.眼科疾患予防のなかでは中枢を占めるものだ.ルテインは体の中でも黄斑と水晶体に非常に高濃度に存在する“眼に特化した抗酸化物質”ともいえ,現在進められているAREDS2 にも入っている重要なカロテノイドである.眼科関連のサプリメントとしての売り上げも多いと聞く.レスベラトロールは,長寿を促すとされるサーチュイン酵素を活性化するとして話題のポリフェノールである.サーチュイン酵素は,カロリーリストリクション(カロリス)により活性化することがわかっており,よってレスベラトロールは“カロリスミミックリー”として注目され,研究が進んでいる.クルクミンは,インド人に心筋梗塞が少ない理由の一つではないかと推測されるほど健康効果が期待されている食品である.ラクトフェリンは涙液にも多く含まれており,筆者らの予備実験でもドライアイに効果があることが確認されるなど,応用が期待されているフードファクターである.これらの各項目について現在日本の第一線で研究をされている先生方に執筆をお願いした.さて,海に囲まれた日本は,古くから海の幸にも恵まれている.そこで,「海の幸」編として,脂肪酸のオメガ3,亜鉛,アスタキサンチンの3 つを取り上げた.オメガ3 は先に述べたAREDS2 にも取り上げられている大変重要な脂肪酸である.日本人の摂取量は欧米に比べて高く,日本人の健康を支えているとも考えられている.亜鉛は必須ミネラルとしては基本であり,眼科領域での研究はいまだ少ないものの,その重要性は軽視されるべきではない.アスタキサンチンは海のビタミンといわれるほど抗酸化作用が強く,最近になってさまざまな研究論文が発表され効果が期待されている.これら3 つについてもわかりやすく解説をお願いした.上記の山の幸,海の幸以外にも,アントシアニンほか,さまざまなポリフェノールなど眼に良いと思われる食べ物は多数存在する.そのなかで今回は,まずはなじみの深い,または現在とくに注目されている食べ物,栄養素をとりあげた.将来さらに研究が進んで新たに注目の食べ物が登場してきたら,いずれまた紹介する機会をつくっていきたいと思う.眼科雑誌としてはちょっと変わった特集となったが,21 世紀の予防医学の時代においては,食べ物を中心としたライフスタイルに関する知識は必須と考えられる.運動や睡眠,ストレスマネージメントなどが眼疾患の予防とも関係するエビデンスが少しずつではあるが蓄積されてきており,将来大きな予防医学に発展すると考える.

後期臨床研修医日記 12.国立病院機構東京医療センター・感覚器センター

2010年1月13日 水曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 27,No. 1,2010750910-1810/10/\100/頁/JCOPYまで行っているため角膜移植について広く深く学びます.木曜日:角膜外来があり角膜移植前後の患者をはじめ,水疱性角膜症,難治性の角膜ヘルペス,アカントアメーバ角膜炎などの患者をグループ全員で診察,治療しています.金曜日:前眼部グループとは異なりますが,当院は国立病院機構で唯一エキシマレーザーを有しているため,後期レジデントは PTK(治療的レーザー角膜除去術)やレーシック手術の診察,手術助手にはいり,それらの治療法を学びます.網膜硝子体グループ月曜日:網膜硝子体外来があり,糖尿病網膜症,黄斑円孔や黄斑上膜をはじめとする硝子体手術前後の患者を診ることのほか,網膜 離術後,加齢黄斑変性などあらゆる網膜硝子体疾患を学びます.火曜日:基本的にはレーザーの日です.糖尿病網膜症に対する PRP(汎網膜光凝固)や MA(毛細血管瘤)へのレーザー照射,後発白内障に対する YAG レーザー,(75)国立病院機構東京医療センター・感覚器センターは眼科専門医 13 名(常勤 8 名・非常勤 5 名)を有する都内最大級の市中病院として,また準ナショナルセンターである感覚器センターを敷地内にもつ病院として,霰粒腫,白内障をはじめとする commonツ黴€ disease から小口病などの難病に至るまで幅広い疾患の患者が訪れます.大学医局ではないものの当院独自に後期レジデントを募集しており,野田徹眼科医長および山田昌和視覚研究部長をはじめとする指導医の下,現在後期レジデント 1年目 3 名,2 年目 2 名,3 年目 2 名が眼科に関する最新の知見に触れながら日々研鑽に励んでいます.最初の 1 年半は基本的に 3 カ月ごとに前眼部グループ,網膜硝子体グループ,白内障グループをローテートします.それぞれの疾患のエキスパート達から疾患の基礎や手術助手のやり方,手術手技を学びます.前眼部グループ月曜日:隔週で国立成育医療センターでの小児角膜外来にみんなで出向します.おもに Peters 奇形や角膜輪部デルモイドをはじめとする先天前眼異常を多数診察しています.滅多に見ることのない先天疾患が多数集まり,診断から治療,手術,術後経過に至るまで一症例一症例が勉強です.火曜日:白内障,斜視,睫毛内反症,眼瞼下垂,結膜弛緩症,眼瞼腫瘍,緑内障などのあらゆる前眼部手術を行っています.多種多様な手術が行われるためビデオでの予習復習は必須です.水曜日:角膜移植を行っています.市中病院としては症例が豊富で,年間約 50 件の手術があり,PKP(全層角膜移植術),LKP(表層角膜移植術),ALTK(auto-mated lamellar therapeutic keratoplasty)に DSAEK(角膜内皮移植術)と古典的手術法から最先端の手術法後期臨床研修医日記●シリーズ⑫国立病院機構東京医療センター・感覚器センター谷井啓一▲ カンファレンス後にくつろぐレジデント(向かって左から福井,水谷,窪野,北田,谷井,田中,福島)———————————————————————- Page 276あたらしい眼科Vol. 27,No. 1,2010(76)丘近辺のお洒落な店から出前でハンバーガーなどを取り栄養補給をしながら,前の週 1 週間に行われた FA/IA(フルオレセイン蛍光造影/インドシアニングリーン蛍光造影)検査,3D OCT などの読影,診断,今後の治療法について検討します.また,後期レジデントが外来で出会った網膜疾患について少しでも疑問に思った症例はカンファレンスに提示して,今後の診療方針を指導してもらいます.火曜日の夕方からは抄読会が開催され,最新の論文や知見を調べて発表します.その後に指導医による初診症例チェックがあり,後期レジデントの外来での初診症例や診断に苦慮している症例や救急外来症例を提示し相談します.クルズス1 年目を対象としたクルズスが指導医,後期レジデント 2,3 年目の担当で約 1 年間毎週行われます.もれのないように綿密に計画された内容によってメキメキと力をつける後期レジデント 1 年目に対して,2,3 年目は焦りを覚えます.外来デビュー外来には 1 年目の 10 月 2 年目の 4 月にかけてデビューします.ここで見つけた手術適応症例を指導医の下,執刀するのが基本です.まだまだ知識不足であるためこれまで以上に勉強しなくてはならないのはもちろんですが,その場で困った症例は隣の診察室の先生に相談し,解決していきます.また,当院は平日 17 時から 22 時まで,土曜日は 8時半から 17 時まで当直業務を行っています.1 年目の9 月ごろには独り立ちしなければならないため,4 月から専門医や 2,3 年目の後期レジデントにくっついて救急症例の診断,対処や治療について学びます.8 月頃に行われる「当直許可試験」に合格すると独り立ちです.2年目以降2 年目の後半以降はさらに興味をもったテーマについて各グループでの引き続きの研修に加えて,希望者は緑内障・甲状腺疾患を扱う病院として有名なオリンピア眼科病院で診察,治療,手術を学んだり,総合周産期センターを有する都立大塚病院にて 300 g 台からの超低出生体重児の未熟児網膜症の診療およびレーザー治療を学ぶ開放隅角緑内障に対する SLT(選択的レーザー線維柱帯形成術)などを指導してもらいます.水曜日:一日中硝子体手術です.機械への接続から助手の務めに至るまで気の抜けない緊張した時間が続きます.木曜日:抗 VGEF(血管内皮増殖因子)療法と白内障手術の日です.3 種類ある抗 VGEF 薬についての適応や手術手技を学びます.金曜日:指導医の外来について,おもに網膜硝子体症例の治療経過を学びます.また,曜日にかかわらず網膜硝子体グループは網膜 離などの緊急症例が近医の先生方から送られてくることが多く,担当になった後期レジデントは思う存分チャートを描くことができます.白内障グループ月曜日:FAG(フルオレセイン蛍光造影)や HRA2(Heidelbergツ黴€ Retinaツ黴€ Angiographツ黴€ 2),OCT(光干渉断層計)等の撮影などを担当します.最初は後期レジデント2,3 年目と組んで撮影しますが,3 カ月もすれば独り立ちです.火曜日:白内障手術の集団術前説明会があります.個々の患者の特性にあった術前眼内レンズの計算などを深く学びます.内科的検査にて全身疾患が見つかったときは臨床研修の経験で身に着けた知識を総動員して対処します.水曜日:指導医の外来につきます.顕微鏡のように立体的に見えるモニターを使ってさまざまな疾患を広く深く学びます.木曜日:緑内障や白内障手術の助手に入ります.金曜日:白内障手術の日です.1 年目,2 年目のレジデントは自分の外来で見つけた白内障患者を指導医の下執刀します.ここでしっかり手術の基礎を学び,後々出合うであろう難症例にも応用が利くよう厳しく指導されます.カンファレンス月曜日の朝にその週に行われる症例の検討会があり,後期レジデントは担当している患者のプレゼンをします.ここで手ぬるい下調べをしていると袋だたきにあいます.夕方からは FAG カンファレンスがあります.自由が———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 27,No. 1,201077(77)ことができます.3 年もしくは 5 年で当院での研修を終えると,引き続き当院に残るか別の病院へと旅立っていきます.以上,後期レジデントのおおまかな研修プログラムについて紹介しました.これからも東京医療センター・感覚器センターをよろしくお願いします.☆ ☆ ☆谷井啓一(やついけいいち)平成 17 年 3 月大阪医科大学医学部医学科卒業平成 17 年 4 月市立伊丹病院初期臨床研修医平成 19 年 4 月東京医療センター眼科レジデント?プロフィール?指導医からのメッセージ外科手術には,長年積み重ねられて確立されてきた原則というものがあり,結果がよければよい,時間が早ければよいというものではありません.ゴルフの腕前は,スイングする姿をテレビで映して見せてもらえば,どれだけのトレーニングを受けたプレイヤーかはある程度はわかります.どれだけのスコアで回れると言われても,それは隠しようがありません.眼科の手術も同じです.外科手術は,はじめに身につけるフォ眼科を専門にしようと志した若い先生の研修先として求められる要件は 3 つあると私は考えています.幅広く眼疾患の診断・治療を学ぶことができること,眼疾患と関連した他科や検査部門と連携が取りやすいこと,リサーチも行うことができることの 3 つです.東京医療センターでは白内障だけでなく,網膜硝子体疾患,緑内障,角結膜疾患,斜視などさまざまな領域の手術症例が豊富にあり,眼科診療を網羅的に体験することができます.神経内科,脳外科,膠原病内科,病理など関連する他科や検査部門の先生と気軽に連絡が取れて,情報を交換できます.大学に比べて各ームがその後の一生の技術を左右するといっても過言ではありません.眼科手術は日々進化し,新しい術式が常に生まれます.しかし,「基本動作」は変わりません.基本がしっかり身についてないと,新しい術式が出るごとに,その術式ごとに出直しをくり返すことになります.手術に限らず後期臨床研修では,その基礎をしっかり身に着けてほしいと願っています.(眼科医長野田徹)科の所帯が小さい分,逆に小回りが効くのも魅力です.研究部門では分子・細胞生物学,生化学,電気生理,臨床疫学などさまざまな研究が行われており,レジデントもその一端に触れることができます.近年軽視されがちなリサーチですが,研究の経験や研究を通じて培った方法論,思考法は必ず臨床にも生きると信じています.医局には縛られたくないがちゃんとした眼科医になりたいと考えている研修医には最適な研修施設でありたいと思っています.(視覚研究部長山田昌和)

片眼の強度近視性斜視のMRI 所見と術中外眼筋所見

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1(121) 16970910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(12):1697 1701,2009cはじめに強度近視性斜視は,経過とともに徐々に下内斜視を呈し,上ひき,外ひき障害を合併する特殊な斜視である.進行すると著明な眼球運動制限により,固定内斜視となる.その病態には眼軸の病的な伸長が大きく関与しており,眼窩画像診断の発達により,その病態が明確になった.1995年太田ら1)は,眼窩 X 線 CT(コンピュータ断層撮影)検査を行い,眼軸が延長し,眼窩外側骨壁と眼球に外直筋が圧迫され,外直筋が下方偏位することを述べている.さらに,2000 年 Yokoyama ら2)は,眼窩 MRI(磁気共鳴画像)により伸長した眼球後極部が外直筋と上直筋の間から上耳側の方向に筋円錐外へ脱臼することを明らかにした.本所見が強度近視性斜視の原因とされている.その後,筆者らを含む他施設でも,横山の説を支持する報告3 6)がなされている.本斜視の治療法として外直筋と上直筋の筋腹を互いに縫着する上外直筋縫着術(以下,横山法)が横山により考案され,本術式の有用性を示す報告もなされている6 8).今回筆者らは,片眼のみの強度近視性斜視の手術症例で,斜視眼と健眼の眼窩 MRI 所見の比較,斜視眼の術前後のMRI 所見の比較,術中の斜視眼の外眼筋の走行偏位を計測したので報告する.I症例患者:58 歳,女性.〔別刷請求先〕中島智子:〒520-2192 大津市瀬田月輪町滋賀医科大学眼科学講座Reprint requests:Tomoko Nakashima, M.D., Department of Ophthalmology, Shiga University of Medical Science, Seta, Tsukinowa, Otsu 520-2192, JAPAN片眼の強度近視性斜視の MRI 所見と術中外眼筋所見中島智子西田保裕村木早苗大路正人滋賀医科大学眼科学講座Clinical Findings in a Case of Monocular Acquired Esotropia with High MyopiaTomoko Nakashima, Yasuhiro Nishida, Sanae Muraki and Masahito OhjiDepartment of Ophthalmology, Shiga University of Medical Science58 歳,女性.左眼に 60Δの内斜視と 14Δの下斜視を呈し,眼球運動制限を認めた.右眼の眼軸長は 23.7 mm に対し,左眼の眼軸長は 31.2 mm であった.眼窩 MRI(磁気共鳴画像)では,右眼に比べ,左眼球後極部は上耳側の筋円錐外に脱臼し,左上直筋は鼻側へ,左外直筋は下方へ偏位していた.左眼に横山法を実施した.術中,外直筋は 39° 下方を,上直筋は 25° 鼻側を走行していた.術後 MRI では,左眼球後極部の脱臼とともに,上直筋と外直筋の偏位は改善していた.眼位も 6Δの内斜視と 4Δの下斜視に改善した.本症例は横山が提唱した強度近視性斜視の発症機序を支持するものであり,また,横山法の有用性を再確認した.A 58-year-old female had 60 prism diopters(PD)of esotropia and 14 PD of hypotropia with restricted ocular motility, in her left eye. The left axial length was 31.2 mm, whereas the right axial length was 23.7 mm. Magnetic resonance imaging(MRI)demonstrated superotemporal dislocation of the left posterior globe from the muscle cone, with shifts of the left superior rectus muscle(SR)nasally and the left lateral rectus muscle(LR)inferiorly. The Yokoyama procedure was performed on the eye. Intraoperatively, the LR belly was running 39 degrees inferi-orly, and the SR was running 25 degrees nasally. Postoperative MRI demonstrated that the left posterior globe dis-location and the muscle shifts were improved. Eye position improved to 6 PD of esotropia and 4 PD of hypotropia. These clinical ndings support Yokoyama’s proposed etiology of acquired esotopia with high myopia, and the use-fulness of the Yokoyama procedure.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(12):1697 1701, 2009〕Key words:強度近視性斜視,眼窩 MRI,横山法,眼球後部脱臼.acqured esotropia with high myopia, orbital MRI, Yokoyama procedure, posterior globe dislocation.———————————————————————- Page 21698あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(122)初診:2007 年 7 月 6 日.主訴:左眼の内斜視.既往歴:特記すべきことなし.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:小児期より左眼に近視があった.55 歳頃より,徐々に左眼の内斜視が出現し,その後外ひきも不能となった.今回眼位矯正目的で他院から当科へ紹介受診となった.初診時所見:視力は,VD=0.06(1.5×sph 1.25 D),VS=0.03(0.06×sph 13.0 D(cyl 2.0 D Ax180°).前眼部,中間透光体に特記すべきことなく,左眼底後極部に網脈絡膜萎縮を認めた.眼位は 60Δの左内斜視とともに 14Δの左下斜視で,全方向に著しい眼球運動制限があり,眼位は内下斜視で固定し,固定内斜視の状態であった(図 1).右眼の眼球運動は正常であった.MRI の眼窩冠状断では,左眼の眼球後極部が外直筋と上直筋の間から上耳側の方向に筋円錐外へ脱臼し,左眼の上直筋が鼻側に,外直筋が下方に偏位していた(図 2).右眼の眼球後極部と各外眼筋に明らかな異常は認められなかった.軸位断 MRI では,右眼と比較して左眼は長眼軸で内斜視を呈していた(図 3).超音波 A モードによる眼軸長計測図 1術前9方向眼位写真左眼は内下斜視の眼位で固定し,外ひき,上ひきはまったく不能であった.図 2術前冠状断MRIa: 左眼球後部が外直筋と上直筋の間から上耳側の方向に筋円錐外へ脱臼していた.SR:上直筋,LR:外直筋,IR:下直筋,MR:内直筋,SO:上斜筋,ON:視神経.b:aよりさらに後方スライスでは,左外直筋が下方に偏位し,上直筋も鼻側に偏位していた.ab———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091699(123)では,右眼 23.7 mm,左眼 31.2 mmであった .経過:2007 年 11 月 12 日,眼位矯正目的で全身麻酔下にて横山法を左眼に実施した.外直筋の付着部から 15 m m後方の筋腹上縁に通糸し,同じく上直筋の付着部から 15 m m後方の筋腹耳側縁にも通糸した.糸を結紮して外直筋上縁と上直筋耳側縁を互いに縫着し,上耳側の眼球後極部の脱臼を整復した.術中,左眼瞼の内嘴と外嘴を結んだ線を基準線として,外直筋は 39° 下方を走行し,上直筋は基準線に対する垂直線から 25° 鼻側を走行していた(図 4).なお,この基準線は両眼の外嘴を結んだ顔面の水平線に対してわずか 3°,反時計方向に回旋しているのみであった.術後 2 カ月後,眼位は 6Δの内斜視,4Δの下斜視となり,眼球運動は著しく改善し,外ひき,上ひきとも可能となった(図 5).冠状断 MRI では,左眼の上直筋,外直筋は,上耳側の眼球後極部を囲むようにやや引き延ばされ,両筋の走行は改善していた.左眼球後極部の脱臼は右眼に比べるとまだ残存しているものの,術前に比べ明らかに整復されていた(図 6).図 3術前軸位断MRI右眼に比べ,左眼が内斜視とともに長眼軸であった.図 5術後9方向眼位写真術後左斜視に改善し,眼球運動も良好となった.図 4術中外眼筋所見a:左外直筋(LR)は著しく下方に偏位し,水平に対して 39°下方を走行していた.b:上直筋(SR)は垂直線に対して,25°鼻側を走行していた.ab———————————————————————- Page 41700あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(124)II考按今回筆者らは,片眼が著しい下内斜視とともに高度な眼球運動制限を伴った強度近視性斜視で,他眼は,眼位,眼球運動がまったく正常な症例を経験した.同一症例で両眼の臨床所見を比較できた点で意義深いと考える.まず,眼軸長に関しては,MRI 所見や超音波 A モードの値から,斜視眼は30 mm以上の長眼軸に対して,他眼は正常の眼軸を示していた.冠状断 MRI の所見では,斜視眼は横山が指摘している眼球後極部の上耳側への脱臼と上,外直筋の偏位が認められたが,他眼は眼球後極部や外眼筋に関して解剖学的位置異常は認められなかった.同一個体での両眼の比較からも,眼軸の異常な伸展が強度近視性斜視の発症に最も重要な因子であり,眼球後極部が筋円錐外に脱臼し,外眼筋の偏位が生じるとする横山の説2)を支持するものと考える.強度近視性斜視の術中所見に関する過去の報告9)でも,外直筋の下方偏位が指摘されているが,筆者らは外眼筋の走行偏位を,簡便に角度で定量評価した.本症例では基準線に対して約 40°の著しい下方偏位が認められ,MRI での走行異常を反映していた.上直筋は 25° 鼻側を走行していたが,正常でも上直筋は眼球付着部から眼窩先端部の方向へ鼻側斜めに走行しているため,今回の計測だけではどの程度の走行異常を示しているのかは評価困難である.今回の計測では,左眼瞼の内嘴と外嘴を結んだ線を基準線としたが,本症例での基準線は顔面の水平線と比較しても,わずかの回旋ずれがあるのみで,ほぼ水平の基準線としても問題ないと考えた.横山法により,左眼の術後眼位と眼球運動は著明に改善した.術後の眼窩冠状断 MRI でも,外直筋と上直筋が正常の走行部位に引き延ばされながらも脱臼した眼球後極部を取り囲む所見が確認できた.この所見からも,上下直筋の筋縁を互いに縫着する横山法は,眼球後極部の脱臼を矯正し,両筋の走行を正常化する術式であることが,画像診断的にも再確認された.以上,片眼のみに発症した強度近視性斜視症例で,両眼の眼軸長と眼窩 MRI 所見,術中の外眼筋所見,術前後の MRI所見を検討し,強度近視性斜視の発症機序である横山の説とその治療法である横山法の効果を再確認した.文献 1) 太田道孝,岩重博康,林孝雄ほか:固定内斜視の画像学的研究.日眼会誌 99:980-985, 1995 2) Yokoyama T, Tabuchi H, Ataka S et al:The mechanism of development in progressive esotropia with high myo-pia. Transactions of the 26th Meeting, European Strabis-図 6術後冠状断MRIa:眼球後部の脱臼は改善した.b:aよりさらに後方スライスでは,外直筋,上直筋の偏位は改善した.SR:上直筋, LR:外直筋,IR:下直筋, MR:内直筋, SO:上斜筋,ON:視神経.ab———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091701(125)mological Association, Swet and Zeitlinger:218-221, 2000 3) Aoki Y, Nishida Y, Hayashi O et al:MRI measurements of extraocular muscle path shift and posterior eyeball pro-lapse from the muscle cone in acquired esotropia with high myopia. Am J Ophthalmol 136:482-489, 2003 4) 秋澤尉子,安澄健次郎,井田正博:強度近視の眼球後部と筋円錐.日眼会誌 108:12-17, 2004 5) 中川たか子,米村隆温,谷原秀信:両眼の固定内斜視(進行性内斜視)の 1 例.眼臨 101:185-187, 2007 6) 須賀美保子,西田保裕,柿木雅志ほか:滋賀医大で施行した強度近視性内斜視の手術治療.眼科手術 22:77-81, 2009 7) 三橋玉絵,山下英俊:固定内斜視の 2 例.眼臨 98:304-306, 2004 8) 高橋麻穂,平石剛宏,林孝雄ほか:固定内斜視に対する上直筋・外直筋筋腹縫合術の効果.眼臨 100:569-572, 2006 9) Krzizok TH, Kaufmann H, Traupe H:New approach in strabismus surgery in high myopia. Br J Ophthalmol 81:625-630, 1997***

内境界膜自然剥離を伴った黄斑円孔症例

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1(117) 16930910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(12):1693 1696,2009cはじめに特発性黄斑円孔の発症機序には,黄斑への硝子体の牽引が重要な役割を果たしていると考えられている.黄斑部網膜に付着している硝子体皮質が収縮すると接線方向の牽引を生じ,傍中心窩では局所的な後部硝子体 離(PVD)を生じて弧が弦になろうとするために,残った黄斑部には接線方向と前後方向の牽引が生じる.硝子体皮質は黄斑部に生理的に強く接着しているために,黄斑部で PVD が生じないと網膜に裂隙を生じ,黄斑円孔を形成すると考えられている1).黄斑円孔の治療は通常硝子体切除,内境界膜 離を行い,網膜への牽引を解除し,ガスタンポナーデにより円孔を閉鎖する2).今回筆者らは,もともと黄斑前膜として経過観察していた患者で,光干渉断層計(optical coherent tomography:OCT)上明らかな PVD または局所的な PVD を伴わないが,なん〔別刷請求先〕伊藤忠:〒036-8562 弘前市在府町 5弘前大学大学院医学研究科眼科学Reprint requests:Tadashi Ito, M.D., Department of Ophthalmology, Hirosaki University Graduate School of Medicine, 5 Zaifu-cho, Hirosaki 036-8562, JAPAN内境界膜自然 離を伴った黄斑円孔症例伊藤忠*1山崎仁志*1横井由美子*1目時友美*1竹内侯雄*1木村智美*1 中澤満*1楠美智巳*2*1 弘前大学大学院医学研究科眼科学*2 弘前大学大学院医学研究科病理生命科学A Case of Macular Hole with Internal Limiting Membrane DetachmentTadashi Ito1), Hitoshi Yamazaki1), Yumiko Yokoi1), Tomomi Metoki1), Kimio Takeuchi1), Satomi Kimura1), Mitsuru Nakazawa1) and Tomomi Kusumi2)1)Department of Ophthalmology, Hirosaki University Graduate School of Medicine, 2)Department of Pathology and Bioscience, Hirosaki University Graduate School of Medicine緒言:術前から内境界膜の自然 離がみられた黄斑円孔症例に対して硝子体手術を施行したので報告する.症例:57 歳,男性.平成 19 年 10 月頃から左眼視矇を自覚し,同年 12 月前医受診,左眼黄斑円孔を指摘され 12 月 11 日弘前大学眼科(以下,当科)紹介受診となった.左眼黄斑円孔に対する手術目的で平成 20 年 4 月 7 日当科入院.入院時視力は左眼(0.2),検眼鏡的に左眼は星状硝子体症および黄斑円孔を認め,光干渉断層計では網膜表層の分離所見がみられた.4 月 9 日左眼に白内障硝子体手術を施行.血管アーケード内で内境界膜 離があることを確認し, 離している内境界膜を切除し 20% SF6(六フッ化硫黄)ガスタンポナーデで手術を終了した.切除した膜様物の病理所見は内境界膜で矛盾はなかった.退院時左眼視力は(0.15),術後 4 カ月には(0.7)と向上した.考察:星状硝子体症による牽引が内境界膜 離,さらに黄斑円孔を形成した可能性が考えられた.We report a case of macular hole with internal limiting membrane detachment before vitreous surgery. The patient, a 57-year-old male, had experienced blurred vision 2 months previously. A macular hole had been discov-ered in his left eye in December 2007;he was admitted to our hospital for surgery in April 2008. Left-corrected visual acuity was 20/100 before surgery. Fundus examination showed asteroid hyalosis and macular hole in the left eye. Optical coherence tomography disclosed separation of retinal surface. During vitrectomy, the internal limit-ing detachment in the vascular arcade was identi ed and removed by the extractor. The pathological ndings for the removed membrane corresponded with internal limiting membrane. The postoperative corrected visual acuity was 20/125 at 2 weeks postsurgery and 20/32 at 4 months. Traction by the asteroid hyalosis could have caused the internal limiting membrane detachment and macular hole.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(12):1693 1696, 2009〕Key words:黄斑円孔,内境界膜,星状硝子体症,後部硝子体 離.macular hole, internal limiting membrane, asteroid hyalosis, posterior vitreous detachment.———————————————————————- Page 21694あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(118)らかの牽引により内境界膜が術前から自然 離していた黄斑円孔の症例に対して硝子体手術を施行し,円孔閉鎖を得られたので,その経過について報告する.I症例患者:57 歳,男性.主訴:左眼視矇感.既往歴:糖尿病,高血圧.家族歴:兄,姉 糖尿病.現病歴:平成 18 年頃より前医で両眼黄斑前膜を指摘されていたが,自覚症状なく経過観察されていた.平成 19 年 10月頃より左眼視矇感を自覚し,同年 12 月に前医受診の際に左眼層状黄斑円孔を指摘され,同年 12 月 11 日弘前大学眼科(以下,当科)紹介受診となった.初診時所見:矯正視力は右眼 0.07(0.9×sph 7.00 D(cyl 1.00 D Ax75°),左眼 0.04(0.2×sph 6.00 D(cyl 1.00 D Ax75°),眼圧は右眼 15 mmHg,左眼 14 mmHgであった.図 1初診時の左眼後極眼底写真黄斑前膜および層状黄斑円孔を認める.硝子体は星状硝子体症による変性を認める.図 2初診時の左眼OCT所見全層黄斑円孔,傍中心窩硝子体膜 離および限局性の網膜 離がみられる.矯正視力 0.2.図 4退院時左眼OCT所見黄斑円孔は閉鎖しているものの,中心窩の小さな網膜 離が残存している,矯正視力 0.15.100?m図 3除去した膜様構造組織の病理所見除去した膜様構造組織は PAS 染色陽性で ILM として矛盾はなかった.また,黄斑前膜による細胞浸潤も認める.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091695(119)細隙灯顕微鏡検査では角膜,前房に異常なく,水晶体は軽度白内障を認めた.眼底検査では右眼に黄斑前膜,左眼に星状硝子体症および黄斑円孔を認めた(図 1).糖尿病網膜症は認めなかった.光干渉断層計(OCT)では,黄斑円孔および網膜表層での膜様物の分離所見を認めた(図 2).明らかなPVD は認めず,Gass の stage 3 と考えられた.経過:手術目的に平成 20 年 4 月 7 日入院.4 月 9 日左眼白内障同時硝子体手術施行.硝子体手術用メニスカスレンズで観察し,後極部全面に及ぶ内境界膜(internal limiting membrane:ILM) 離があることを確認した.星状硝子体症があり,後部硝子体膜と網膜の癒着が強いためか,人工的後部硝子体 離を行うも不完全だった.ILM 鉗子で残存後部硝子体皮質ごと 離している ILM を除去した.ILM は円孔縁でのみ網膜と強固に接着していたが,網膜が裂けないよう注意して接着を外した.除去した膜を病理組織学的に検索したところ,periodide acid Schi (PAS)染色陽性であり,ILM として矛盾のない結果だった(図 3).20% SF6(六フッ化硫黄)ガスタンポナーデで手術を終了した.術後ガスが消退してきて OCT を施行したところ,黄斑円孔は閉鎖していたものの,中心窩の小さな網膜 離が残存している状態で,視力は 0.05(0.15)であった(図 4).術後 4 カ月後の OCTでは中心窩の網膜 離は消失しており,中心窩陥凹もみられ,視力は 0.06(0.7)と改善していた(図 5).術後 8 カ月後には視力 0.06(0.8)となった.II考察本症例の術前 OCT では硝子体側の網膜表層の分離所見がみられた.もともと黄斑前膜がみられた症例であり,この画像のみでは分離している層が黄斑前膜なのか,内境界膜 離も伴っているのかは不明であった.硝子体手術中に硝子体手術用のメニスカスコンタクトレンズで拡大観察したところ,内境界膜 離のようにみられたので,内境界膜鉗子で残存硝子体膜ごと除去した.術中に採取した膜様物の病理組織学的検索では,PAS 染色陽性であり,組織学的に ILM であることがわかった.内境界膜は神経上皮性細胞である Muller 細胞の基底膜であり,PAS 染色陽性となる3).よって本症例の術前 OCT でみられた網膜表面の分離所見は内境界膜自然 離によるものであることが判明した.通常,黄斑円孔は硝子体の牽引から生じるので OCT でみると,黄斑部を牽引している後部硝子体皮質がみられる.また,PVD が生じている Gass stage 4 では 離した後部硝子体皮質とそれに付着する円孔の蓋がみられることが多い4).しかし本症例の OCT 所見では黄斑円孔が生じているにもかかわらず,明らかな後部硝子体皮質はみられなかった.また,術中トリアムシノロンを用いて PVD の有無を確認したが後部硝子体 離は完成しておらず,しかも人工的後部硝子体 離の作製を試みるも困難であったため,結局残存していた後部硝子体皮質ごと 離していた内境界膜を除去した.一般的に星状硝子体症では硝子体はあまり液化していないことが多く,PVD も生じにくい5).Yamaguchi ら6)は星状硝子体症があり視力低下をきたした症例に硝子体手術を施行しており,いずれも黄斑部での網膜と硝子体の癒着が強く,そのなかで黄斑浮腫をきたしていた例もあったと報告している.実際,本症例でも PVD 作製が困難であり,不完全であった.本症例の黄斑円孔は,星状硝子体症による後部硝子体皮質と網膜の癒着が,より強い網膜への牽引を生じたために発生したものであると思われた.また,同時に星状硝子体症よる広い範囲の牽引が,血管アーケード内に内境界膜 離を生じさせた可能性が考えられた.このように本症例は,通常の特発性黄斑円孔と様相は異なっていたが,硝子体切除,内境界膜除去により黄斑部への牽引解除をすることで,円孔閉鎖が得られた.退院時の OCT では円孔は閉鎖しているものの,中心窩の小さな網膜 離が残存しており,矯正視力も(0.15)にとどまっていたが,術後 4 カ月後の OCT では網膜 離は消失し,矯正視力も(0.7),8 カ月後には(0.8)と向上しており,硝子体手術によって解剖学的にも機能的にも改善がみられ,通常の特発性黄斑円孔と同様,経過は良好であった.本論文の要旨は第 32 回日本眼科手術学会にて報告した.文献 1) Kishi S, Hagimura N, Shimizu K:The role of the premac-ular lique ed pocket and premacular vitreous cortex in idiopathic macular hole development. Am J Ophthalmol 図 5術後4カ月の左眼OCT所見中心窩の網膜 離は消失しており,中心窩陥凹も認める.矯正視力 0.7.———————————————————————- Page 41696あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(120)122:622-628, 1996 2) 山根真,門之園一明:網膜硝子体疾患.あたらしい眼科 22(臨増):155-158, 2005 3) 向野利彦,猪俣孟:網膜内境界膜の厚さ.臨眼 46:222-223, 1992 4) 岸章治:黄斑円孔.あたらしい眼科 24(臨増):78-83, 2007 5) 秋葉純:硝子体の変性.眼科学(丸尾敏夫,本田孔士,臼井正彦ほか)I 巻,p238-243,文光堂, 2002 6) Yamaguchi T, Inoue M, Ishida S et al:Detecting vitreo-macular adhesions in eyes with asteroid hyasosis with tri-amcinolone acetonide. Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol 245:305-308, 2007***