———————————————————————- Page 1(111) 16870910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(12):1687 1691,2009cはじめに眼内腫瘍のうちで転移性脈絡膜腫瘍の割合は多く,特に原発巣としては肺癌,乳癌が多い.肺癌原発巣の 70%以上は腺癌であり,扁平上皮癌,小細胞癌は 5%にすぎない.これまでに腺癌や扁平上皮癌の脈絡膜転移に関しての化学療法や放射線治療による効果は報告されているが,小細胞癌の脈絡膜転移に関しては,脈絡膜腫瘍の経過,化学療法や放射線治療による効果について詳細に経過を追った報告はされていな〔別刷請求先〕伴由利子:〒629-0197 京都府南丹市八木町八木上野 25公立南丹病院眼科Reprint requests:Yuriko Ban, M.D., Ph.D., Department of Ophthalmology, Nantan General Hosopital, 25 Ueno, Yagi, Yagi-cho, Nantan, Kyoto 629-0197, JAPAN肺小細胞癌が眼症状を伴う脈絡膜転移により発見された 1 症例小林ルミ*1伴由利子*1吉田祐介*1土代操*1中川園子*2竹村佳純*2 小泉閑*3山田知之*3奥沢正紀*4*1 公立南丹病院眼科*2 公立南丹病院内科*3 京都市立病院眼科*4 奥沢眼科医院A Case of Choroidal Metastasis from Small-Cell Lung Carcinoma Diagnosed through Ocular SymptomsLumi Kobayashi1), Yuriko Ban1), Yusuke Yoshida1), Aya Doshiro1), Sonoko Nakagawa2), Yoshizumi Takemura2), Kan Koizumi3), Tomoyuki Yamada3) and Masaki Okuzawa4)1)Department of Ophthalmology, Nantan General Hospital, 2)Department of Internal Medicine, Nantan General Hospital, 3)Department of Ophthalmology, Kyoto City Hospital, 4)Okuzawa Ophthalmological Clinic肺小細胞癌が眼症状を伴う脈絡膜転移で発見された 67 歳,男性の 1 例を経験した.左眼の視野障害を訴え公立南丹病院眼科を受診.初診時左眼眼底に黄斑部耳側から上方にかけて周辺部に及ぶ座位と仰臥位で変化のない隆起性病変を認め矯正視力は 0.9 であった.精査により肺小細胞癌,多発肝転移を含む全身転移がみられ臨床病期は進展型であった.Cisplatin と etoposide の併用療法(PE 療法)により原発巣は部分寛解を認めたが,脈絡膜転移には効果がなく隆起病変は徐々に増大し硝子体混濁も増強し視力は光覚となった.脈絡膜病変に対しての放射線治療を行い,その後塩酸アムルビシン投与を行い脈絡膜腫瘍は縮小したが,光覚を消失した.生存期間の延長が重要であるが,転移巣の増大で眼球摘出する前に,転移巣への治療が必要であり,肺小細胞癌の脈絡膜病変の治療と原発巣の治療とのタイミングが重要と考えられた.We report the case of a 67-year-old male with choroidal metastasis. The patient had progressive loss of visual eld in his left eye, which showed a highly elevated choroidal mass in the upper temporal quadrant of the retina that remained constant in both sitting and reclining positions. Visual acuity in the left eye was 0.9. Further exami-nation revealed small-cell lung carcinoma as the primary tumor. The carcinoma was in the advanced stage and had spread throughout the body, including multiple liver metastasis. PE therapy(combined therapy of cisplatin and etoposide)resulted in partial remission of the original cancer, but was ine ective against the choroidal metas-tasis. The elevated lesion of the retina gradually became bigger, vitreous opacity increased, and visual acuity was reduced to light perception. Following radiotherapy to the choroidal metastasis, chemotherapy using amurubicin hydrochloride was performed and the choroidal tumor became smaller, but the patient lost light perception. There is an important relation between choroidal metastasis and the timing of therapy for the original carcinoma.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(12):1687 1691, 2009〕Key words:脈絡膜転移,肺小細胞癌,放射線治療,塩酸アムルビシン.choroidal metastasis, small-cell lung cancer, radiotherapy, amrubicin hydrochloride.———————————————————————- Page 21688あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(112)い.肺癌は近年急峻な増加傾向にあり,今後日常臨床において経験することが増えると予想される1).今回,肺小細胞癌 (small-cell lung cancer:SCLC)が脈絡膜転移で発見され,約 7 カ月間にわたって経過を観察できた症例を経験したので報告する.I症例患者:67 歳,男性.主訴:左眼視野障害家族歴:特記事項なし.嗜好歴:タバコ 1 日 15 本×50 年.既往歴:心筋梗塞(2003 年 4 月),その後は近医内科を月1 回受診していた.現病歴:2004 年 10 月 30 日,左眼の視野異常を訴え近医を受診したところ,左脈絡膜 離と診断され,11 月 8 日公立南丹病院(以下,当院)眼科紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼 0.8(0.9×sph 0.50 D(cyl 0.25 D Ax180°), 左 眼 0.6(0.9×sph 1.00 D(cyl 0.50 D Ax 160° )であった.眼圧は右眼 10 mmHg,左眼9 mmHgであり,両眼とも結膜充血はなく,前房は両眼とも深さ正常で,左眼に炎症性細胞が 1+みられたが,右眼にはなかった.対光反射は両眼とも異常なく水晶体にはわずかの混濁があった.左眼眼底の黄斑部耳側から上方にかけて座位と仰臥位で変化のない黄白色の隆起性病変があり,硝子体内は白色細胞(+)であった(図 1).右眼眼底に異常はなかった.蛍光眼底造影では左眼は後期において隆起性病変より顆粒状過蛍光を認めたが,右眼は異常所見を認めなかった.動的量的視野検査では左眼は鼻側を中心に約 4 分の 3 の視野欠損があり,右眼の視野は正常であった(図 2).血液検査では軽度の肝障図 1初診時の左眼眼底写真黄斑部耳側から上方にかけて周辺部に至る,座位と仰臥位で変化のない隆起性病変がみられる.図 3初診時のmagnetic resonance image(MRI)上:T2 強調画像(冠状断),下:造影 T1 強調画像(水平断).脈絡膜に沿って上方,下方,耳側の 3 カ所に腫瘤があり増強効果を認めた.視神経への浸潤はみられない.左眼右眼図 2初診時のGoldmann視野検査右眼は正常,左眼は鼻側を中心に約4 分の 3 の視野欠損を認めた.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091689(113)害を認め,CRP(C 反応性蛋白)は正常範囲であった.眼窩造影 magnetic resonance image(MRI)では脈絡膜に沿って上方,下方,耳側の 3 カ所に腫瘤を認め,T1 強調画像で低信号,T2 強調画像で低信号を呈し造影効果を認めた.最大のものは直径約 14.8 mmであった(図 3).経過:ぶどう膜炎,あるいは転移性脈絡膜腫瘍や脈絡膜悪性黒色腫などの眼内腫瘍を疑い胸部単純 X 線を行ったところ,肺野に直径 4 5 cmの腫瘍性病変があり,胸部 CT(コンピュータ断層撮影)では左肺下葉に 5×4 c m大の造影効果を有する腫瘍があった(図 4A).喀痰細胞診で Class V small-cell carcinoma が検出された.気管支鏡検査で左 B6(上-下葉枝)入口近くに腫瘍があったが,全周性に腫瘍性の狭窄をきたし直視下には腫瘤は観察されず生検は行われなかった.SCLCに特異的な腫瘍マーカーである pro-gastrin-releasing pep-tide が 8,000(正常値 46.0 p g/ml 未満)と異常高値であり,喀痰細胞診の所見と合わせて SCLC と診断された.胸・腹部 CT 検査で同側縦隔リンパ節転移,多発性肝転移(図4B),副腎転移,腹腔内リンパ節転移がみられた.これにより,左眼内の病変も SCLC の脈絡膜転移と考えられた.臨床病期は TNM 分類 T4N2M1,進展型と診断され,11 月 22日より cisplatin と etoposide の併用療法(PE 療法)4 クールが開始された.12 月 6 日には隆起性病変はやや広がり黄斑部にかかり硝子体内の白色の混濁も増加し,左眼視力は 0.02(0.06×sph+4.50 D)と急激に低下した(図 5).2005 年 1 月 27 日にはさらに隆起性病変は広がり,視力は手動弁に低下した.2 月 7 日には硝子体混濁が強くなり,視力は光覚となった(図 6).2 月 8 日の MRI では腫瘍はやや縮小していたが,血性滲出物による 離腔の体積は増加がみられた(図 7).2 月10 日 PE 療法 4 コースを終了した.2 月 18 日には隆起性病変は虹彩のすぐ後ろにまで達し,眼底は混濁が強く透見不能であった.この間,内科的には原発巣肺腫瘍の縮小を認め部図 4 胸部CT(A)および腹部CT(B)胸 部 C T(A)では左肺下葉に 5×4 c m大の腫瘤,縦隔および肺門部のリンパ節転移を認める.腹部 CT(B)では肝臓両葉に多数の転移巣を認める. 図 512月6日の眼底写真隆起性病変は広がり黄斑部にかかり,視力は矯正 0.06 に低下した.図 62月7日の眼底写真硝子体混濁は増加し視力は光覚となった.———————————————————————- Page 41690あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(114)分寛解となった.当院放射線科では放射線治療を行っていないため,2 月 20 日脈絡膜転移に対する放射線治療を目的で京都市立病院に転院となった.3 月 2 日 11 日にかけて放射線治療が行われた.5×5 cmの範囲に 0°と 45°の二門照射,水晶体を避けるため角膜に水晶体カバーフィルターを使用し3 Gy の照射が 8 回行われた.当初は 10 回の予定であったが全身状態悪化,吐き気,食欲不振などのため中止となった.3 月 4 日腫瘍の後方からの圧排により前房が浅くなり眼圧は30 mmHgと上昇したため,同院眼科よりラタノプロスト点眼が処方され 15 mmHg程度となった.3 月 10 日同院退院となったが,3 月 13 日疼痛,吐き気を訴え当院救急外来を受診し即日再入院となった.3 月 15 日には右眼の視力は 1.2(n.c.),左眼は光覚弁( ),RAPD(relative a erent pupillary defect;相対的瞳孔求心性障害)(+)であった.前房炎症は認めず,左眼眼底は透見不能であった.3 月 18 日に内科より多発性骨転移に対し,塩酸アムルビシンの点滴が開始された.4 月 8 日は左眼視力は光覚弁( )のままであったが,眼底は透見可能となり網膜の隆起は減少した.4 月 22 日には網膜の隆起は明らかに減少し,5 月 12 日の眼窩 MRI では腫瘍の消失が確認された(図 8).その後全身状態が悪化し 7 月 18 日癌性髄膜炎にて死亡した.剖検は行われなかった .II考按転移性脈絡膜腫瘍は,肺癌と乳癌によるものが多く,乳癌と肺癌を合わせると全体の 70 80%となる2).原発巣の診断前に癌転移が発見されたものは乳癌では 7.7 8.9%であるのに対して,肺癌では 56.7 65.2%と報告されている2,3).脈絡膜転移の治療法として,腫瘍が小さいうちは光凝固療法4,5)や冷凍凝固法6)の適応となるが,腫瘍が大きい場合は放射線療法が必要となる.箕田らは,腫瘍が黄斑部にあるとき,また,4 乳頭径以上の場合,または漿液性網膜 離を伴うときは放射線療法が必要であるとしている2).今回は初診時の腫瘍の直径は 14.8 m mと,明らかに 4 乳頭径以上であり放射線治療の対象であった.放射線療法に対しての反応はさまざまであり,反応が悪ければ腫瘍増大により緑内障を起こし眼球摘出を余儀なくされる場合もある3)ため,時期を逸せず放射線治療を行うことが必要である.今回,脈絡膜転移発見後,多臓器転移を伴う肺癌が見つかり,全身的治療を優先して化学療法が終了した時点で放射線治療を行った.放射線治療後,腫瘍は明らかに縮小したが,残念ながら失明した.今回治療がさらに遅れていれば眼圧上昇に伴う疼痛により眼球摘出を余儀なくされた可能性はある.以上より,転移性脈絡膜腫瘍に対して放射線治療を行う場合,全身治療をしながらのタイミングが重要であ図 72月8日のMRI T1強調画像(PE 療法後)上:冠状断,下:水平断.腫瘍は明らかに縮小し, 離腔に血性滲出物がみられる.図 8 5月12日のMRI T1強調画像(放射線療法および塩酸アムルビシン治療後)上:冠状断,下:水平断.網膜 離は残存しているが,腫瘍は消失した.———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091691(115)る.つまり,生存期間の延長が最も重要であるため化学療法が優先されるが,転移巣の増大により眼球摘出に至る前に転移性脈絡膜腫瘍への治療が必要であり,原発巣の状態,他臓器転移の有無,全身状態,予後を考慮して内科医と検討を行い治療をしなくてはいけない.今回は片眼性であったが,特に両眼性の場合は患者の quality of life も考慮に入れて治療方針を考える必要がある.さらに,当院では放射線治療を行っていないため,化学療法終了後転院してからの放射線治療となったが,放射線治療が可能な病院の場合,化学療法と並行して放射線治療を行うことも検討すべきである.転移性脈絡膜腫瘍の放射線治療に対する反応に関して,箕田ら2)はぶどう膜転移の過去の報告 105 例を検討し,直径10 mm以上で特に網膜 離を伴う場合は十分な反応が得られないことが多いと述べている.Bottke ら7)は37例49眼を対象として 90%で視力は不変あるいは改善したと報告している.Rudoler ら8)は 188 例 233 眼を検討し,眼球保存率は 98%と良好であり,55 歳以下で視力が 20/60 以上,腫瘍の直径が 15 m m以下は特に反応がよいと述べているが,組織型に関しては検討されていない.本症例は放射線治療を開始した時点で年齢は 55 歳以上,視力は光覚,腫瘍の直径は18.4 mm程度であったが,小細胞肺癌は一般的に放射線感受性がよいため,著明に腫瘍は縮小したと考えられる.SCLC は早期に急速な増大,全身転移を起こし,診断時大半の症例で縦隔リンパ節に転移を認め,6 割以上が遠隔転移を認めることが知られている9).一方で化学療法や放射線療法に対する感受性が高いため,治療の主体は化学療法や放射線療法となる9).SCLC は,その治療を行うにあたって限局型と進展型の 2 つに大別される.限局型では化学療法と放射線治療の合併療法,今回の症例にあたる進展型には併用化学療法が標準的治療となっている.小細胞癌は化学療法により明らかな生存期間延長効果が期待されるため,化学療法を計画どおりに遂行することが大切とされる9).今回の症例では,PE 療法により,内科的には原発巣肺腫瘍の縮小を認め部分寛解となったが,脈絡膜転移に対しては効果がなく腫瘍は増大し失明に至った.一方で,その後の多発性骨転移に対して行われた塩酸アムルビシン全身投与により,脈絡膜腫瘍は明らかに縮小した.塩酸アムルビシン投与前に行われた放射線治療による効果もあると考えられるが,塩酸アムルビシンが奏効した可能性がある.塩酸アムルビシンは 2002 年 4 月に厚生労働省から承認されたアントラサイクリン系抗癌薬であり,未治療進展型 SCLC に対して奏効率は 76%,生存期間中央値は平均 11.7 カ月と多剤併用療法に匹敵する成績とされる10).今回のような進展型 SCLC の標準治療として PE 療法は一般的であり,塩酸アムルビシンはセカンドライン治療薬として有用であると第Ⅱ相臨床試験で報告されており,内科医が両治療法を選択した.転移性脈絡膜腫瘍に対しての化学療法の効果については報告がなく,効果の有無に関しては,診察により判定し,効果がない場合は内科医と相談のうえ,次の治療法を考慮する必要がある .転移性脈絡膜腫瘍の患者の平均生存期間は短い.原発巣により,箕田ら2)は肺癌は 6 カ月,乳癌は 10 カ月と報告し,Bottke ら7)は乳癌 21.7 カ月,その他は 15.1 カ月と述べている.今回は約 8 カ月の生存期間であった.限られた時間のなかで quality of life を保ちつつ生存期間を長く保てるよう,速やかに診断し,治療方針を迅速にたてて対処することが重要である.文献 1) 吉見逸郎,祖父江友孝:高齢化する肺がん,急増する腺がん.癌の臨床 49:989-996, 2003 2) 箕田健生,小松真理,張明哲ほか:癌のブドウ膜転移.癌の臨床 27:1021-1032, 1981 3) 上野脩幸,玉井嗣彦,園部宏ほか:胞状網膜 離で発症した肺癌のぶどう膜転移例,眼紀 37:560-568, 1986 4) 小松真理,大西智子,箕田健生:葡萄膜転移癌の保存的治療.臨眼 35:1823-1828, 1981 5) 奥間政昭,井東弘子,中西祥治ほか:肺癌の脈絡膜転移例.眼臨 82:1081-1084, 1988 6) 上谷弥子,月本伸子,田場久代ほか:転移性脈絡膜腫瘍に対する冷凍凝固.日眼会誌 86:1081-1089, 1982 7) Bottke D, Wiegel T, Kreuse KM et al:Radiotherapy of choroidal metastases in patients with disseminated cancer. Onkologie 23:572-575, 2000 8) Rudoler SB, Shields CL, Corn BW et al:Functional vision is improved in the majority of patients treated with extended-beam radiotherapy for choroidal metastases:a multivariate analysis of 188 patients. J Clin Oncol 15:1244-1251, 1997 9) 矢野聖二,西久保直樹,曽根三郎:病期に基づく治療方針の選択.内科 95:50-53, 2005 10) 日本化薬株式会社,カルセドR製品概要,2006 年 6 月改訂第5版***