‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

肺小細胞癌が眼症状を伴う脈絡膜転移により発見された1症例

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1(111) 16870910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(12):1687 1691,2009cはじめに眼内腫瘍のうちで転移性脈絡膜腫瘍の割合は多く,特に原発巣としては肺癌,乳癌が多い.肺癌原発巣の 70%以上は腺癌であり,扁平上皮癌,小細胞癌は 5%にすぎない.これまでに腺癌や扁平上皮癌の脈絡膜転移に関しての化学療法や放射線治療による効果は報告されているが,小細胞癌の脈絡膜転移に関しては,脈絡膜腫瘍の経過,化学療法や放射線治療による効果について詳細に経過を追った報告はされていな〔別刷請求先〕伴由利子:〒629-0197 京都府南丹市八木町八木上野 25公立南丹病院眼科Reprint requests:Yuriko Ban, M.D., Ph.D., Department of Ophthalmology, Nantan General Hosopital, 25 Ueno, Yagi, Yagi-cho, Nantan, Kyoto 629-0197, JAPAN肺小細胞癌が眼症状を伴う脈絡膜転移により発見された 1 症例小林ルミ*1伴由利子*1吉田祐介*1土代操*1中川園子*2竹村佳純*2 小泉閑*3山田知之*3奥沢正紀*4*1 公立南丹病院眼科*2 公立南丹病院内科*3 京都市立病院眼科*4 奥沢眼科医院A Case of Choroidal Metastasis from Small-Cell Lung Carcinoma Diagnosed through Ocular SymptomsLumi Kobayashi1), Yuriko Ban1), Yusuke Yoshida1), Aya Doshiro1), Sonoko Nakagawa2), Yoshizumi Takemura2), Kan Koizumi3), Tomoyuki Yamada3) and Masaki Okuzawa4)1)Department of Ophthalmology, Nantan General Hospital, 2)Department of Internal Medicine, Nantan General Hospital, 3)Department of Ophthalmology, Kyoto City Hospital, 4)Okuzawa Ophthalmological Clinic肺小細胞癌が眼症状を伴う脈絡膜転移で発見された 67 歳,男性の 1 例を経験した.左眼の視野障害を訴え公立南丹病院眼科を受診.初診時左眼眼底に黄斑部耳側から上方にかけて周辺部に及ぶ座位と仰臥位で変化のない隆起性病変を認め矯正視力は 0.9 であった.精査により肺小細胞癌,多発肝転移を含む全身転移がみられ臨床病期は進展型であった.Cisplatin と etoposide の併用療法(PE 療法)により原発巣は部分寛解を認めたが,脈絡膜転移には効果がなく隆起病変は徐々に増大し硝子体混濁も増強し視力は光覚となった.脈絡膜病変に対しての放射線治療を行い,その後塩酸アムルビシン投与を行い脈絡膜腫瘍は縮小したが,光覚を消失した.生存期間の延長が重要であるが,転移巣の増大で眼球摘出する前に,転移巣への治療が必要であり,肺小細胞癌の脈絡膜病変の治療と原発巣の治療とのタイミングが重要と考えられた.We report the case of a 67-year-old male with choroidal metastasis. The patient had progressive loss of visual eld in his left eye, which showed a highly elevated choroidal mass in the upper temporal quadrant of the retina that remained constant in both sitting and reclining positions. Visual acuity in the left eye was 0.9. Further exami-nation revealed small-cell lung carcinoma as the primary tumor. The carcinoma was in the advanced stage and had spread throughout the body, including multiple liver metastasis. PE therapy(combined therapy of cisplatin and etoposide)resulted in partial remission of the original cancer, but was ine ective against the choroidal metas-tasis. The elevated lesion of the retina gradually became bigger, vitreous opacity increased, and visual acuity was reduced to light perception. Following radiotherapy to the choroidal metastasis, chemotherapy using amurubicin hydrochloride was performed and the choroidal tumor became smaller, but the patient lost light perception. There is an important relation between choroidal metastasis and the timing of therapy for the original carcinoma.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(12):1687 1691, 2009〕Key words:脈絡膜転移,肺小細胞癌,放射線治療,塩酸アムルビシン.choroidal metastasis, small-cell lung cancer, radiotherapy, amrubicin hydrochloride.———————————————————————- Page 21688あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(112)い.肺癌は近年急峻な増加傾向にあり,今後日常臨床において経験することが増えると予想される1).今回,肺小細胞癌 (small-cell lung cancer:SCLC)が脈絡膜転移で発見され,約 7 カ月間にわたって経過を観察できた症例を経験したので報告する.I症例患者:67 歳,男性.主訴:左眼視野障害家族歴:特記事項なし.嗜好歴:タバコ 1 日 15 本×50 年.既往歴:心筋梗塞(2003 年 4 月),その後は近医内科を月1 回受診していた.現病歴:2004 年 10 月 30 日,左眼の視野異常を訴え近医を受診したところ,左脈絡膜 離と診断され,11 月 8 日公立南丹病院(以下,当院)眼科紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼 0.8(0.9×sph 0.50 D(cyl 0.25 D Ax180°), 左 眼 0.6(0.9×sph 1.00 D(cyl 0.50 D Ax 160° )であった.眼圧は右眼 10 mmHg,左眼9 mmHgであり,両眼とも結膜充血はなく,前房は両眼とも深さ正常で,左眼に炎症性細胞が 1+みられたが,右眼にはなかった.対光反射は両眼とも異常なく水晶体にはわずかの混濁があった.左眼眼底の黄斑部耳側から上方にかけて座位と仰臥位で変化のない黄白色の隆起性病変があり,硝子体内は白色細胞(+)であった(図 1).右眼眼底に異常はなかった.蛍光眼底造影では左眼は後期において隆起性病変より顆粒状過蛍光を認めたが,右眼は異常所見を認めなかった.動的量的視野検査では左眼は鼻側を中心に約 4 分の 3 の視野欠損があり,右眼の視野は正常であった(図 2).血液検査では軽度の肝障図 1初診時の左眼眼底写真黄斑部耳側から上方にかけて周辺部に至る,座位と仰臥位で変化のない隆起性病変がみられる.図 3初診時のmagnetic resonance image(MRI)上:T2 強調画像(冠状断),下:造影 T1 強調画像(水平断).脈絡膜に沿って上方,下方,耳側の 3 カ所に腫瘤があり増強効果を認めた.視神経への浸潤はみられない.左眼右眼図 2初診時のGoldmann視野検査右眼は正常,左眼は鼻側を中心に約4 分の 3 の視野欠損を認めた.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091689(113)害を認め,CRP(C 反応性蛋白)は正常範囲であった.眼窩造影 magnetic resonance image(MRI)では脈絡膜に沿って上方,下方,耳側の 3 カ所に腫瘤を認め,T1 強調画像で低信号,T2 強調画像で低信号を呈し造影効果を認めた.最大のものは直径約 14.8 mmであった(図 3).経過:ぶどう膜炎,あるいは転移性脈絡膜腫瘍や脈絡膜悪性黒色腫などの眼内腫瘍を疑い胸部単純 X 線を行ったところ,肺野に直径 4 5 cmの腫瘍性病変があり,胸部 CT(コンピュータ断層撮影)では左肺下葉に 5×4 c m大の造影効果を有する腫瘍があった(図 4A).喀痰細胞診で Class V small-cell carcinoma が検出された.気管支鏡検査で左 B6(上-下葉枝)入口近くに腫瘍があったが,全周性に腫瘍性の狭窄をきたし直視下には腫瘤は観察されず生検は行われなかった.SCLCに特異的な腫瘍マーカーである pro-gastrin-releasing pep-tide が 8,000(正常値 46.0 p g/ml 未満)と異常高値であり,喀痰細胞診の所見と合わせて SCLC と診断された.胸・腹部 CT 検査で同側縦隔リンパ節転移,多発性肝転移(図4B),副腎転移,腹腔内リンパ節転移がみられた.これにより,左眼内の病変も SCLC の脈絡膜転移と考えられた.臨床病期は TNM 分類 T4N2M1,進展型と診断され,11 月 22日より cisplatin と etoposide の併用療法(PE 療法)4 クールが開始された.12 月 6 日には隆起性病変はやや広がり黄斑部にかかり硝子体内の白色の混濁も増加し,左眼視力は 0.02(0.06×sph+4.50 D)と急激に低下した(図 5).2005 年 1 月 27 日にはさらに隆起性病変は広がり,視力は手動弁に低下した.2 月 7 日には硝子体混濁が強くなり,視力は光覚となった(図 6).2 月 8 日の MRI では腫瘍はやや縮小していたが,血性滲出物による 離腔の体積は増加がみられた(図 7).2 月10 日 PE 療法 4 コースを終了した.2 月 18 日には隆起性病変は虹彩のすぐ後ろにまで達し,眼底は混濁が強く透見不能であった.この間,内科的には原発巣肺腫瘍の縮小を認め部図 4 胸部CT(A)および腹部CT(B)胸 部 C T(A)では左肺下葉に 5×4 c m大の腫瘤,縦隔および肺門部のリンパ節転移を認める.腹部 CT(B)では肝臓両葉に多数の転移巣を認める. 図 512月6日の眼底写真隆起性病変は広がり黄斑部にかかり,視力は矯正 0.06 に低下した.図 62月7日の眼底写真硝子体混濁は増加し視力は光覚となった.———————————————————————- Page 41690あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(114)分寛解となった.当院放射線科では放射線治療を行っていないため,2 月 20 日脈絡膜転移に対する放射線治療を目的で京都市立病院に転院となった.3 月 2 日 11 日にかけて放射線治療が行われた.5×5 cmの範囲に 0°と 45°の二門照射,水晶体を避けるため角膜に水晶体カバーフィルターを使用し3 Gy の照射が 8 回行われた.当初は 10 回の予定であったが全身状態悪化,吐き気,食欲不振などのため中止となった.3 月 4 日腫瘍の後方からの圧排により前房が浅くなり眼圧は30 mmHgと上昇したため,同院眼科よりラタノプロスト点眼が処方され 15 mmHg程度となった.3 月 10 日同院退院となったが,3 月 13 日疼痛,吐き気を訴え当院救急外来を受診し即日再入院となった.3 月 15 日には右眼の視力は 1.2(n.c.),左眼は光覚弁( ),RAPD(relative a erent pupillary defect;相対的瞳孔求心性障害)(+)であった.前房炎症は認めず,左眼眼底は透見不能であった.3 月 18 日に内科より多発性骨転移に対し,塩酸アムルビシンの点滴が開始された.4 月 8 日は左眼視力は光覚弁( )のままであったが,眼底は透見可能となり網膜の隆起は減少した.4 月 22 日には網膜の隆起は明らかに減少し,5 月 12 日の眼窩 MRI では腫瘍の消失が確認された(図 8).その後全身状態が悪化し 7 月 18 日癌性髄膜炎にて死亡した.剖検は行われなかった .II考按転移性脈絡膜腫瘍は,肺癌と乳癌によるものが多く,乳癌と肺癌を合わせると全体の 70 80%となる2).原発巣の診断前に癌転移が発見されたものは乳癌では 7.7 8.9%であるのに対して,肺癌では 56.7 65.2%と報告されている2,3).脈絡膜転移の治療法として,腫瘍が小さいうちは光凝固療法4,5)や冷凍凝固法6)の適応となるが,腫瘍が大きい場合は放射線療法が必要となる.箕田らは,腫瘍が黄斑部にあるとき,また,4 乳頭径以上の場合,または漿液性網膜 離を伴うときは放射線療法が必要であるとしている2).今回は初診時の腫瘍の直径は 14.8 m mと,明らかに 4 乳頭径以上であり放射線治療の対象であった.放射線療法に対しての反応はさまざまであり,反応が悪ければ腫瘍増大により緑内障を起こし眼球摘出を余儀なくされる場合もある3)ため,時期を逸せず放射線治療を行うことが必要である.今回,脈絡膜転移発見後,多臓器転移を伴う肺癌が見つかり,全身的治療を優先して化学療法が終了した時点で放射線治療を行った.放射線治療後,腫瘍は明らかに縮小したが,残念ながら失明した.今回治療がさらに遅れていれば眼圧上昇に伴う疼痛により眼球摘出を余儀なくされた可能性はある.以上より,転移性脈絡膜腫瘍に対して放射線治療を行う場合,全身治療をしながらのタイミングが重要であ図 72月8日のMRI T1強調画像(PE 療法後)上:冠状断,下:水平断.腫瘍は明らかに縮小し, 離腔に血性滲出物がみられる.図 8 5月12日のMRI T1強調画像(放射線療法および塩酸アムルビシン治療後)上:冠状断,下:水平断.網膜 離は残存しているが,腫瘍は消失した.———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091691(115)る.つまり,生存期間の延長が最も重要であるため化学療法が優先されるが,転移巣の増大により眼球摘出に至る前に転移性脈絡膜腫瘍への治療が必要であり,原発巣の状態,他臓器転移の有無,全身状態,予後を考慮して内科医と検討を行い治療をしなくてはいけない.今回は片眼性であったが,特に両眼性の場合は患者の quality of life も考慮に入れて治療方針を考える必要がある.さらに,当院では放射線治療を行っていないため,化学療法終了後転院してからの放射線治療となったが,放射線治療が可能な病院の場合,化学療法と並行して放射線治療を行うことも検討すべきである.転移性脈絡膜腫瘍の放射線治療に対する反応に関して,箕田ら2)はぶどう膜転移の過去の報告 105 例を検討し,直径10 mm以上で特に網膜 離を伴う場合は十分な反応が得られないことが多いと述べている.Bottke ら7)は37例49眼を対象として 90%で視力は不変あるいは改善したと報告している.Rudoler ら8)は 188 例 233 眼を検討し,眼球保存率は 98%と良好であり,55 歳以下で視力が 20/60 以上,腫瘍の直径が 15 m m以下は特に反応がよいと述べているが,組織型に関しては検討されていない.本症例は放射線治療を開始した時点で年齢は 55 歳以上,視力は光覚,腫瘍の直径は18.4 mm程度であったが,小細胞肺癌は一般的に放射線感受性がよいため,著明に腫瘍は縮小したと考えられる.SCLC は早期に急速な増大,全身転移を起こし,診断時大半の症例で縦隔リンパ節に転移を認め,6 割以上が遠隔転移を認めることが知られている9).一方で化学療法や放射線療法に対する感受性が高いため,治療の主体は化学療法や放射線療法となる9).SCLC は,その治療を行うにあたって限局型と進展型の 2 つに大別される.限局型では化学療法と放射線治療の合併療法,今回の症例にあたる進展型には併用化学療法が標準的治療となっている.小細胞癌は化学療法により明らかな生存期間延長効果が期待されるため,化学療法を計画どおりに遂行することが大切とされる9).今回の症例では,PE 療法により,内科的には原発巣肺腫瘍の縮小を認め部分寛解となったが,脈絡膜転移に対しては効果がなく腫瘍は増大し失明に至った.一方で,その後の多発性骨転移に対して行われた塩酸アムルビシン全身投与により,脈絡膜腫瘍は明らかに縮小した.塩酸アムルビシン投与前に行われた放射線治療による効果もあると考えられるが,塩酸アムルビシンが奏効した可能性がある.塩酸アムルビシンは 2002 年 4 月に厚生労働省から承認されたアントラサイクリン系抗癌薬であり,未治療進展型 SCLC に対して奏効率は 76%,生存期間中央値は平均 11.7 カ月と多剤併用療法に匹敵する成績とされる10).今回のような進展型 SCLC の標準治療として PE 療法は一般的であり,塩酸アムルビシンはセカンドライン治療薬として有用であると第Ⅱ相臨床試験で報告されており,内科医が両治療法を選択した.転移性脈絡膜腫瘍に対しての化学療法の効果については報告がなく,効果の有無に関しては,診察により判定し,効果がない場合は内科医と相談のうえ,次の治療法を考慮する必要がある .転移性脈絡膜腫瘍の患者の平均生存期間は短い.原発巣により,箕田ら2)は肺癌は 6 カ月,乳癌は 10 カ月と報告し,Bottke ら7)は乳癌 21.7 カ月,その他は 15.1 カ月と述べている.今回は約 8 カ月の生存期間であった.限られた時間のなかで quality of life を保ちつつ生存期間を長く保てるよう,速やかに診断し,治療方針を迅速にたてて対処することが重要である.文献 1) 吉見逸郎,祖父江友孝:高齢化する肺がん,急増する腺がん.癌の臨床 49:989-996, 2003 2) 箕田健生,小松真理,張明哲ほか:癌のブドウ膜転移.癌の臨床 27:1021-1032, 1981 3) 上野脩幸,玉井嗣彦,園部宏ほか:胞状網膜 離で発症した肺癌のぶどう膜転移例,眼紀 37:560-568, 1986 4) 小松真理,大西智子,箕田健生:葡萄膜転移癌の保存的治療.臨眼 35:1823-1828, 1981 5) 奥間政昭,井東弘子,中西祥治ほか:肺癌の脈絡膜転移例.眼臨 82:1081-1084, 1988 6) 上谷弥子,月本伸子,田場久代ほか:転移性脈絡膜腫瘍に対する冷凍凝固.日眼会誌 86:1081-1089, 1982 7) Bottke D, Wiegel T, Kreuse KM et al:Radiotherapy of choroidal metastases in patients with disseminated cancer. Onkologie 23:572-575, 2000 8) Rudoler SB, Shields CL, Corn BW et al:Functional vision is improved in the majority of patients treated with extended-beam radiotherapy for choroidal metastases:a multivariate analysis of 188 patients. J Clin Oncol 15:1244-1251, 1997 9) 矢野聖二,西久保直樹,曽根三郎:病期に基づく治療方針の選択.内科 95:50-53, 2005 10) 日本化薬株式会社,カルセドR製品概要,2006 年 6 月改訂第5版***

角膜内皮移植術中に高眼圧を生じた1例

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1(107) 16830910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(12):1683 1686,2009cはじめに角膜内皮移植術は Melles らによって考えられ1),現在のDescemet’s stripping automated endothelial keratoplasty(DSAEK)が報告されて以来2),術式の改良とともに術後成績の向上がみられ3 8)一定の成果が出てきた.しかし,日本における角膜内皮移植の最初の報告9)から日が浅いこともあって全層角膜移植術のように確立された術式に至っておらず,まだまだ改善の余地があるのも事実である.その一因として全層角膜移植に比べて術中操作が多く煩雑なため,これまでの全層角膜移植では経験することがなかった術中合併症に 遭 遇 す る 機 会 が 生 じ る よ う に な っ た. 今 回 筆 者 ら は,DSAEK 術中のドナー角膜内皮片挿入後に前房内を空気で置換したところ,空気が硝子体側へ迷入したため高眼圧を生じるに至った 1 例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕清水一弘:〒569-8686 高槻市大学町 2-7大阪医科大学眼科学教室Reprint requests:Kazuhiro Shimizu, M.D., Department of Ophthalmology, Osaka Medical College, 2-7 Daigaku-cho, Takatsuki city, Osaka 569-8686, JAPAN角膜内皮移植術中に高眼圧を生じた 1 例清水一弘勝村浩三服部昌子山上高生向井規子池田恒彦大阪医科大学感覚器機能形態医学講座眼科学教室A Case of Ocular Hypertension Occurring during Descemet’s Stripping Automated Endothelial KeratoplastyKazuhiro Shimizu, Kouzou Katsumura, Masako Hattori, Takao Yamagami, Noriko Mukai and Tsunehiko IkedaDepartment of Ophthalmology, Osaka Medical College角膜内皮移植術(Descemet’s stripping automated endothelial keratoplasty:DSAEK)の前房内空気置換時に空気が硝子体側へ移動し高眼圧を生じた 1 例を経験したので報告する.症例は 79 歳,男性.2007 年に白内障手術を施行されたが,術後に水疱性角膜症を生じたため 2008 年 10 月に DSAEK を行った.内皮片を前房内に引き込み空気を注入したところ空気が虹彩下に流入した.さらに空気を追加したところ突然前房が消失し高眼圧を呈した.前房側から人工房水と空気の置換を試みたが困難であったため,毛様体扁平部より空気を抜去したところ前房が形成された.術後,内皮片は前房内に脱落することはなく改善傾向がみられ始めていたが,術後 3 日目に角膜ヘルペスが生じ地図状角膜炎となった.白内障術後の水疱性角膜症に対して DSAEK はよい適応とされているが,Zinn 小帯が脆弱化している可能性を考えておく必要がある.During Descemet’s stripping automated endothelial keratoplasty(DSAEK)in a 79-year-old male, air injected to ll the anterior chamber moved into the vitreous body, resulting in ocular hypertension. In 2007, the patient had undergone cataract surgery, but because he experienced bullous keratopathy postoperatively, he underwent DSAEK in October 2008. A corneal endothelial lenticule was placed in the anterior chamber to inject air into the anterior chamber;air entered below the iris. However, the anterior chamber suddenly collapsed when more air was injected, and ocular pressure increased. As replacing air inside the anterior chamber was di cult, air was removed from the ciliary ring and the anterior chamber was formed. Postoperatively, the corneal endothelial lenti-cle tended to improve without falling inside the anterior chamber, but the patient developed corneal herpes on postoperative day 3, resulting in geographic keratitis. Although DSAEK is considered suitable for bullous keratopa-thy following cataract surgery, possible fragility of the zonule of Zinn should be kept in mind.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(12):1683 1686, 2009〕Key words:角膜内皮移植術,高眼圧,水疱性角膜症,全層角膜移植.Descemet’s stripping automated endothelial keratoplasty(DSAEK), ocular hypertension, bullous keratopathy, penetrating keratoplasty.———————————————————————- Page 21684あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(108)I症例患者:79 歳,男性.主訴:右眼の視力障害.初診:2008 年 7 月 30 日.既往歴:幼児期に眼外傷にて左眼弱視となる.両眼の強度近視.脳梗塞,狭心症,高血圧,リウマチ.現病歴:2007 年 1 月に近医にて右眼の水晶体再建術+眼内レンズ挿入術を施行するも 2008 年 7 月に水疱性角膜症を発症.右眼の白内障術前の角膜内皮細胞数は 1,009 個/mm2.角膜移植手術目的にて大阪医科大学附属病院眼科を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼 10 c m指数弁(矯正不能),左眼0.01(0.02×sph 7.0 D(cyl 1.25 D Ax40°).眼圧は右眼12 mmHg,左眼 14 mmHg.角膜内皮細胞数は右眼測定不能,左眼 976 個/mm2.経過:初診時,症例の右眼角膜は Descemet 膜皺襞を伴った実質の浮腫を生じ水疱性角膜症となっていた(図 1).角膜周辺部の一部に血管侵入が起こり始めていたが軽微であった.左眼は Fuchs 角膜内皮ジストロフィを生じていた.水疱性角膜症が発症してから 1 年半と比較的短いこと,前房も深くすでに眼内レンズが挿入されていたことより,従来の全層角膜移植ではなく DSAEK を選択し,2008 年 10 月に手術を行った.提供角膜はアメリカからの海外ドナー角膜でDSAEK 用に強膜片の大きな提供眼を使用した.ドナー角膜内皮移植片の作製には人工前房装置とマイクロケラトーム(Moria 社,フランス)を使用し,内皮移植片は問題なく作製できた.ホスト側の内皮を 離するにあたって角膜内皮側の染色を試み,トリパンブルーを前房内に注入したところ,虹彩に異常な挙動を認めた.さらに前房保持のため 12 時の位置に前房カニューラを挿入すると再度虹彩にうねりを生じた.前房保持は可能であったため,逆 Sinskey フックにてDescemet 膜 離を完成させ,Busin グライド(Moria 社,フランス)を用いて内皮移植片を前房内に引き込み10),30 ゲージ針を付けた 2.5 ml のシリンジにて右眼の 10 時のサイドポートから前房内に空気を注入したところ,虹彩のうねりが再度生じるとともに一瞬にて空気が虹彩下に回った(図 2).さらに空気を追加したところ前房が消失した(図 3).これらの際に眼内レンズが大きく偏位しているのが確認でき瞳孔領から前 の一部が視認できた.人工房水の前房内投与を試みたが,前房内を水に置換することはできなかった.眼球を触診すると明らかな高眼圧となっていた.複数回前房形成を試みたが遂行できなかったため,硝子体圧軽減目的で毛様体扁平部から 20 ゲージの V ランスを挿入して引き抜いたところ図 1初診時右眼前眼部写真Descemet 膜皺襞を伴い実質浮腫が著しく水疱性角膜症に至っている.図 2DSAEK術中写真前房カニューラの挿入にて虹彩のうねりが生じ,空気が虹彩下に迷入した.図 3DSAEK術中写真内皮移植片挿入後に前房内空気置換できず前房虚脱となった.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091685(109)一気に空気が排出された(図 4).それと同時に眼圧が下降し前房が形成された.ゆっくり少しずつ空気を前房に注入し創を閉じ手術を終了した.術後夜間に軽い眼痛と嘔気の訴えがあったが自制範囲内で朝には消失していた.術翌日角膜内皮移植片の脱落もなく前房形成も良好であったが,角膜浮腫が著明であった(図 5).前房内に空気が約 3分の 1 ほど残存していたため引き続き仰臥位で経過観察とした.抗生物質(レボフロキサシン)とステロイド(ベタメタゾン)の点眼で経過をみていたところ術後 4 日目に角膜全体がフルオレセインに染色される角膜上皮障害がみられ,角膜ヘルペスの地図状角膜炎の発症が疑われた.ただちにアシクロビル眼軟膏を 5 回/日,バラシクロビル 1,000 m g/日投与したところ徐々に改善傾向がみられ,術後 1 週間目にはおおむね角膜上皮の修復が得られた.しかし角膜実質浮腫が遷延し内皮機能不全となり術後 1 カ月経過しても角膜実質の透明化は得られなかった.初回手術後 3 カ月を待って全層角膜移植術を行った(図 6).手術は問題なく終了し,バラシクロビル 1,000 mg/日を 1 週間,アシクロビル眼軟膏を 1 回/日を 3週間投与し,角膜ヘルペスの再発はみられず,透明治癒した.II考按2007 年に近医にて右眼の水晶体再建術+眼内レンズ挿入術が施行されたが,後日問い合わせたところ,術中合併症はなく通常どおり何の問題もなく終了したとのことであった.他眼である左眼は角膜内皮スペキュラー検査所見より内皮細胞数が 976 個/mm2と減少しており,右眼は水疱性角膜症のため内皮所見が得られず詳細は不明だが,右眼白内障術前の内皮細胞数が 1,009 個/mm2と極端に少なく,左眼の状況から推測して右眼にも Fuchs 角膜内皮ジストロフィなど内皮障害に至る所見が白内障手術前に存在したものと推測される.角膜内皮細胞数が少ない眼に手術侵襲が加わり水疱性角膜症に至ったものと思われる.DSAEK を施行するにあたってレーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症では閉塞隅角眼の前房の浅さが弊害となり,術中前房内操作の煩雑さから DSAEK は困難といわれている11)が,本症例は白内障術後で前房は深くすでに眼内レンズも挿入されており,DSAEK のよい適応と考えられた.また,水疱性角膜症を発症してから長期間経過すると角膜実質混濁が生じ透明治癒しにくいといわれているが,症例の罹病期間は1 年半と比較的短いことなどから回復が可能と考え,今回は全層角膜移植ではなく DSAEK を選択した.術前に右眼を細隙灯顕微鏡で観察した際にはさほど角膜の混濁は気にならなかったが,ホスト側の内皮を 離するにあ図 4DSAEK術中写真著明な高眼圧のため毛様体扁平部より空気を抜いたところ前房が形成された.図 5術後前眼部写真内皮移植片の脱落はないが角膜浮腫が著明である.図 6再移植後の前眼部写真全層角膜移植で透明治癒した.———————————————————————- Page 41686あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(110)たって手術用顕微鏡下では思いのほか角膜浮腫が強く視認性が不良であったためトリパンブルーによる角膜内皮側の染色を試みた.トリパンブルーの前房内注入時に虹彩のうねりを伴った異常な挙動がみられたが,最初はシリンジを強く押しすぎたためかと思われた.しかし,内皮移植片を前房内に引き込み,前房内に空気を注入したところ前述の虹彩のうねりが再度生じるとともに一瞬にて空気が虹彩下に回り前房も消失していた.その際に眼内レンズはレンズを覆っている ごと空気注入した側の逆の 3 時方向に大きく偏位し Zinn 小帯離断の発生が疑われた.このことより前房が消失し高眼圧となったのは Zinn 小帯の脆弱性によって空気が硝子体に回ったためと考えられた.再度慎重にゆっくりと前房内空気置換を行うことによって前房は形成されたため,初回の空気注入に際してシリンジを強く押しすぎたことも否めない.いずれにせよこのような症例の存在を認識し慎重な操作が必要と考えられた.術直後から内皮機能不全を生じたのは術中前房が消失している時間が計 10 分以上に及び,虹彩と内皮面の接触が続いたことによる機械的障害によりドナー角膜内皮細胞が一気に脱落したことによるものと考えられた.DSAEK を完遂させるにはおよそ 25 の手技を要するが,そのなかで最も大事な箇所が内皮移植片の前房内への引き込みと内皮挿入後に行う前房内空気置換である.これらの操作がドナー内皮細胞数の残存に大きく影響することが明らかだが,今回のような術中合併症の発症は致命的な結果を招く可能性が大きいことより Zinn 小帯脆弱例の存在を認識しておく必要があると思われた.全層角膜移植とは異なり内眼手術となった DSAEK では術中高眼圧が生じる可能性があることを知っておくべきであろう.今回再移植の術式を選択するにあたっては,DSAEK では同じ現象が生じることが容易に想像されたため,全層角膜移植術を施行し術中合併症はみられなかった.抗ウイルス薬により角膜ヘルペスの再発が防げたことより,予防投与は有効な手段であると思われた.本論文の要旨は第 33 回角膜カンファランス・第 25 回日本角膜移植学会にて発表した.文献 1) Melles GR, Eggink FA, Lander F et al:A surgical tech-nique for posterior lamellar keratoplasty. Cornea 17:618-626, 1998 2) Price FW Jr, Price MO:Descemet’s stripping with endo-thelial keratoplasty in 50 eyes:a refractive neutral corne-al transplant. J Refract Surg 21:339-345, 2005 3) Terry MA, Ousley PJ:Deep lamellar endothelial kerato-plasty in the rst United States patients. Early clinical results. Cornea 20:14-18, 2001 4) 榛村重人:【前眼部アトラス】角膜 角膜内皮移植術後.眼科プラクティス 18:317-318, 2007 5) 稲富勉:角膜内皮移植 Descemet’s Stripping Automated Endothelial Keratoplasty(DSAEK). IOL&RS 22:181-186, 2008 6) 井上智之,大島佑介:重症水疱性角膜症に対する角膜内皮移植術におけるシャンデリア照明の有効性.眼科手術 21:197-201, 2008 7) 魏 ,前野則子:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症に対し,角膜内皮移植術(DSAEK)を行った 2 例.眼臨紀 2:136-139, 2009 8) 江口洋,松下新悟,井上昌幸ほか:DSEK で内皮移植片挿入に毛様溝縫着針を用いた 3 例.眼科手術 22:89-92, 2009 9) 佐野洋一郎:角膜内皮移植.あたらしい眼科 21:143-147, 2004 10) Busin M, Bhatt PR, Scorcia V:A modi ed technique for descemet membrane stripping automated endothelial ker-atoplasty to minimize endothelial cell loss. Arch Ophthal-mol 126:1133-1137, 2008 11) Kobayashi A, Yokogawa H, Sugiyama K:Non-Descemet stripping automated endothelial keratoplasty for endothe-lial dysfunction secondary to argon laser iridotomy. Am J Ophthalmol 146:543-549, 2008***

白内障術前患者の眼瞼縁における細菌検査の検討

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 11678あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(00)1678 (102)0910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(12):1678 1682,2009cはじめに白内障手術は視力を改善するのみでなく,さらに高度なquality of vision を目指す手術となってきている.しかし術後眼内炎は,著しく減少したとはいっても重篤な視力障害を残す合併症として今なお問題である.術後眼内炎の原因としては結膜 の常在菌が有力視され,さまざまな対策が講じられてきた.近年はそれに加えてマイボーム腺分泌物中の菌が原因として注目されており1,2),これについても,ドレーピングなどの対策が普及している.しかし結膜 の常在菌についての報告に比べると,瞼縁部分の常在菌についての報告は少ない.咲花病院(以下,当院)においては,2004 年から 5年間に白内障手術を予定している患者に対して瞼縁の擦過細菌検査を術前に行ってきたのでその結果を報告する.I対象および方法対象は,当院にて 2004 年 1 月 2008 年 12 月までの 5 年間に白内障手術を行った 205 例 250 眼である.半年以内に角結膜あるいは涙道に感染性疾患のあったもの,検査時に結膜充血や眼脂やマイボーム腺炎などが認められたものは除外した.抗菌薬またはステロイドを長期間にわたって点眼していたものも除外した.患者の年齢は 19 98 歳(平均 73.4±13.0 歳).性別は,男性 109 例 117 眼(76.1±11.9 歳),女性96 例 133 眼(70.3±13.6 歳)であった.検体は白内障手術の 2 週間前に,何も点眼を行わない状態で下眼瞼縁を軽く外反させて滅菌綿棒(スワブキット3R,㈱ホーエイ)をマイボーム腺開口部に当て,瞼縁に沿って 1 2〔別刷請求先〕村上純子:〒594-1105 和泉市のぞみ野 1-3-30啓仁会咲花病院眼科Reprint requests:Junko Murakami, M.D., Ph.D., Division of Ophthalmology, Sakibana Hospital, 1-3-30 Nozomino, Izumi-shi, Osaka 594-1105, JAPAN白内障術前患者の眼瞼縁における細菌検査の検討村上純子*1下村嘉一*2*1 啓仁会咲花病院眼科*2 近畿大学医学部眼科学教室Bacterial Flora at Lid Margin Prior to Cataract SurgeryJunko Murakami1) and Yoshikazu Shimomura2)1)Division of Ophthalmology, Sakibana Hospital, 2)Department of Ophthalmology, Kinki University School of Medicine白内障術前患者 205 例 250 眼について,眼瞼縁の細菌培養検査および薬剤感受性検査を行った.43 例 44 眼に細菌が同定された(17.6%).総検出菌数は 52 株で,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)が 44%,コリネバクテリウム属が 15%,黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)が 8%であった.CNS の薬剤感受性を調べるとメチシリン耐性株では,ニューキノロン耐性も高率になっていた.高齢者では若年者に比べ菌の検出率が高く,グラム陰性菌の割合が高い傾向があった.合併症との関連は高血圧以外では認められなかった.眼瞼縁の菌検査報告は少なく,従来の結膜 などの細菌検査に関する報告と比較すると,今回の結果は菌の検出率が低かったが,菌種や薬剤耐性,年齢の影響,合併症などの傾向はほぼ同様であった.We investigated the rates of bacterial isolation from the lid margins of patients who were about to undergo cataract surgery. Of the 205 patients(250 eyes), 43(44 eyes, 17.6%)had positive bacterial growth(52 strains). The isolated bacteria included Staphylococci(44%), Corynebacteria(15%)and Staphylococcus aureus(8%). The methicillin-resistant Staphylococci were also resistant to uoroquinolone. Elderly patients had more lid margin bac-teria and a greater frequency of Corynebacteria and gram-negative rods than did those younger than 80 years. Although our lid margin isolation rate was less than rates previously reported from conjunctiva and lid, the bacte-rial strains, drug sensitivity, e ect of age and e ect of complications showed nearly identical inclinations.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(12):1678 1682, 2009〕Key words:眼瞼縁, 常在菌, 細菌培養, 年齢別, 術前患者.lid margin, bacterial ora, bacterial culture, advanced age, pre-operative patients.———————————————————————- Page 2あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091679(103)往復させて採取した.患者が苦痛を感じない程度の擦過とし,事前のマイボーム腺圧迫などは行わなかった.綿棒は付属の輸送用培地に挿入し,日本医学臨床検査研究所に塗抹検鏡,培養同定および感受性検査を委託した.分離培地はヒツジ血液寒天培地ならびにドリガルスキー(Drigalski)改良培地が用いられ,35℃で最大 48 時間培養された.嫌気培養は行われなかった.菌の増殖が認められたものについては,ゲンタマイシン(GM),トブラマイシン(TOB),クロラムフェニコール(CP),ノルフロキサシン(NFLX),オフロキサシン(OFLX)について感受性検査を行った.全身合併症としては糖尿病,高血圧,脳梗塞,心疾患,認知症,人工透析,慢性呼吸器疾患,内分泌疾患,膠原病およびアトピー性皮膚炎の有無を調べ,眼合併症としてはドライアイ,網膜疾患,緑内障の有無を調べた.統計的検証はイエーツ(Yates)の連続補正によるc2独立性の検定を用いた.II結果1. 全例での検出菌種と薬剤感受性術前患者 205 人 250 眼のうち,塗抹検鏡で菌が検出されたものは 13 例 13 眼であった.培養によって菌の同定ができたものは 43 例 44 眼(50 株),塗抹検鏡では確認できたが好気培養で検出できなかったものが 2 例 2 眼であった.両眼の検査を行ったのは 45 例であったが,両眼から菌が検出されたのは 1 例だけであった.分離同定された菌種は,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)が 23 株(44%)と最も多く,そのうち 5 株(10%)はメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MR-CNS)であった.コリネバクテリウム属が 8株(15%),黄色ブドウ球菌が 4 株(8%),そのうちメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は 1 株(2%)であった(図1).その他に分類した菌種は,Acinetobacter baumannii,Escherichia coli,Haemophilus in uenzae,Klebsiella oxy-toca,Klebsiella pneumoniae,Morganella morganii,Patoea agglomeras,Pseudomonas aeruginosa など,9 株(17%)であり,いずれもグラム陰性桿菌であった.塗抹検鏡で菌が認められたが培養同定できなかった 2 例 2 眼はいずれもグラム陰性桿菌であった.1 眼から 1 株の菌だけが同定されたのが 36 眼,2 株の菌が同定されたのが 8 眼であった.3株以上の菌が同定された症例はなかった.薬剤感受性検査では,GM と TOB の感受性はともに 68.2%,CP の感受性は 77.3%,OFLX と NFLX の感受性はともに 63.4%であった.CP は 5 薬剤のなかで唯一 MRSA(1株)に感受性があった.検査した 5 薬剤すべてに耐性であった株は CNS の 1 株だけであった.最も多く検出された菌種である CNS について,メチシリン感受性株(MS-CNS)とメチシリン耐性株(MR-CNS)で 5 薬剤に対する感受性を比べると,MS-CNS ではいずれの薬剤においても感受性を示す株が過半数を占めたが,MR-CNS ではいずれの薬剤に対しても感受性株の割合は低かった(図 2).0255075100GMTOBCPNFLXOFLXGMTOBCPNFLXOFLXメチシリン感受性株(MS-CNS)メチシリン耐性株(MR-CNS):耐性:中間:感受性検出細菌株の割合(%)図 2コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)の薬剤感受性の比較 感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌( ) ( ) 性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌( ) ( )コ ウ ( ) ( ) ( ) ( ) の ( ) 感受性 ブドウ球菌( ) ( ) 性 ブドウ球菌( ) ( ) に検出 ( )図 1検出菌の内訳 年齢層( )検 症例 (眼) 菌 陰性 菌 性図 3年齢層別にみた菌検出の有無———————————————————————- Page 31680あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(104)2. 年齢層別の菌種と感受性患者を 50 歳未満,50 歳代,60 歳代,70 歳代,80 歳以上に分けて,年齢層別に検討すると,症例数は年齢が高いほど多く,菌の検出株数および検出率は 50 歳未満 1 株 9.1%,50 歳代 5 株 25.0%,60 歳代 8 株 14.9%,70 歳代 12 株 11.6%,80 歳以上 26 株 25.6%であった(図 3).菌の検出率を80 歳以上と 50 歳以上 79 歳以下で比較すると 80 歳以上で有意に高かった(p<0.05).菌種をみると,79 歳までの各年齢層では CNS,黄色ブドウ球菌などブドウ球菌属が過半数を占めていたが,80 歳以上ではコリネバクテリウムとその他のグラム陰性桿菌の割合が増加し,ブドウ球菌属は半数以下であった(図 4).OFLX に対する感受性をみてみると,69歳までは耐性株は認められなかった.70 歳代では 27%,80歳 以 上 で は 26% の 株 が 耐 性 を 示 し て い た. 菌 種 お よ びOFLX 耐性については年齢間で有意差は認められなかった(図 5).3. 合併症の有無による差合併症の有無で菌の検出率を比較すると,有意差のあった疾患は高血圧だけであった(p<0.01).高血圧を合併した症例は,そうでない症例よりも菌の検出率が高かった(表 1).4. 術後眼内炎今回調査した全症例に,早期および晩期の術後眼内炎を生じた症例はなかった.アトピー性皮膚炎の症例では,1 カ月後の再検査で菌は検出されなかった.その他の症例について,再検査は行っていない.III考察当院で行った眼瞼縁からの細菌検出率は 17.6%であり,これまで報告されている手術前の細菌検出率(結膜 98 34.3%3 12), 眼瞼縁 84.6%11), マイボーム腺分泌物 70.7%12),涙液 50%13))のいずれの値よりも低かった.その理由としては,検体の採取方法による問題と,培養方法による問題が考えられる.当院では検体を採取する際,マイボーム腺分泌物の圧出などを行わずに綿棒で瞼縁を軽くこする程度にとどめていたため,検体の採取量が少なかったと考えられる.日常臨床業務のなかで行っていた検査であったため,手術を控えた患者に対し手術への心理的ストレスの増加を懸念し,患者に苦痛がない程度の擦過にとどめていた.今回集計を行って,検出率の低さが明らかになったが,当院のような手法で行った場合のデータとして,必要ではないかと考えた.原らの報告11)では,結膜 よりも眼瞼縁のほうが菌の検出率も種類も多かったが,彼らは滅菌生理食塩水で湿らせた綿棒を用いて擦過している.当院では乾燥した綿棒を用いたが綿棒の乾湿による差異が影響するのかどうかは検討していない.培養条件については,宮永ら14)が,結膜 の 500 検体を 100 4960 69年齢層(歳)検出細菌株数(株)70 7980 50 593.8 20.0 12.5 25.0 11.5 20.0 25.0 8.3 50.1 051015202530:その他:コリネバクテリウム:MRSA:MSSA:MR-CNS:MS-CNS*100 20.0 50.0 41.9 23.1 20.0 12.5 16.7 7.7 20.0 8.3 3.8 ブドウ球菌属*図 4年齢層別にみた菌種 年齢層( )検出 菌 ( ) 性 感受性 図 5年齢層別にみたOFLXに対する薬剤感受性表 1合併症の有無による菌検出率の違い疾患合併症あり合併症なし症例数(眼)菌陽性数(眼)(%)症例数(眼)菌陽性数(眼)(%)糖尿病54 8(15)19644(21)高血圧6423(36)18629(15)*脳梗塞43 9(21)20773(20)心疾患22 2(9)22850(21)認知症 4 1(25)24651(20)人工透析11 1(9)23951(20)慢性呼吸器疾患13 4(31)23748(19)内分泌疾患 6 2(33)24450(19)膠原病11 3(27)23948(19)アトピー性皮膚炎 4 1(25)24651(20)ドライアイ29 2(7)22150(21)網膜疾患13 2(15)23750(20)緑内障33 7(21)21745(20)高血圧のみ, 菌陽性率に優位差を認めた.(*c2検定:p<0.01)———————————————————————- Page 4あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091681(105)ずつ振り分けた 5 施設での菌検査結果を比較している.それによると 5 施設では検出率に 45 89%のばらつきがあった.施設間で Propionibacterium acnes(P. acnes)の検出能も異なり,CNS の名称については CNS と総称する施設やすべてを Staphylococcus epidermidis とする施設,CNS のなかの菌種まで同定する施設など施設によって異なっていた.使用している培地も同一ではなく,培養温度は 35℃から 37℃まで,培養時間は 20 時間から 78 時間と差があった.これらのなかには,当院と同一の条件の施設はなかった.日常診療における菌検査は現実には検査に要する費用の制約を受けざるをえない.しかし,検出すべきものが見逃されている可能性があるとしたら,改善しなくてはならない問題である.今回検出された菌の同定結果は,従来の報告にある結膜や瞼縁の菌の同定結果2 11)と矛盾しない.ただし,当院では嫌気培養は行わなかったため,同様に報告の多い P. acnes は検出されなかった.P. acnes は遅発性の眼内炎の原因として問題になっている1,2).今回の結果では,検鏡で菌が観察されたにもかかわらず好気培養で分離同定できなかった症例が2 例あった.塗抹検鏡では菌密度が 105 CFU/ml より高くないと検出できない13)ため,菌が陰性とされた症例にも P. acnes が存在していた可能性が十分考えられる.また,メチシリン感受性のブドウ球菌属に比べて,メチシリン耐性のブドウ球菌属は,キノロン耐性の割合が高いことが堀らにより報告されている3,7).今回の結果からも,そのことが示唆された.年齢による検出率の変化については,年齢によって有意差がないとする報告6,12)と,高齢者で有意に菌の陽性率が高いという報告15)がある.今回の結果について,少数である若年層の影響を除くため 50 歳以上で菌の陽性率を比較したところ,80 歳以上で 50 歳以上 79 歳以下より有意に陽性率が高かった.さらに高齢者ではコリネバクテリウム属とグラム陰性菌の割合が高くなり,CNS の割合が相対的に低くなっていたが,有意差は認められなかった.荒川ら12)は結膜から検出された菌のうち病原性のある菌種について薬剤耐性を調べ,高齢者に耐性率が高くなる傾向を示したが,検出されたすべての菌に対して OFLX 耐性を調べ,年齢層別に比較した今回の結果も同様であった.薬剤感受性検査の種類は,病院採用薬のなかから各診療科ごとにセットを設定したなかの一つで,点眼薬および眼軟膏製剤をもとに構成した 5 種であった.現在は抗菌薬,特にキノロンが多様化しており,感受性検査薬剤の再構成を考慮しなくてはならない.しかし,既成軟膏製剤として使用可能なキノロンは現在でも OFLX だけであり,OFLX の感受性は日常診療において留意する意義があると思われる.合併症と菌の検出率の関係では,高血圧以外で有意差は認められなかった.しかし,高血圧が直接あるいは間接的に眼瞼縁の常在菌にどのように影響するかについては不明である.屋宜ら10)によれば,糖尿病の有無で結膜 の菌の検出率に有意差はなかったが,MRSA の検出率については糖尿病を合併した群に有意に多かった.Grabam ら16)の報告ではドライアイのほとんどの検査値と結膜 の菌の検出率は関係なかったが,goblet cell の密度の減少だけは菌の検出率と相関がみられた.糖尿病やドライアイ,アトピー性皮膚炎などは易感染性が問題になっている疾患であるが,結膜 や眼瞼縁の細菌検出率に関しては健常者と大きな違いがない可能性がある.しかし,これらの疾患においては健常者より MRSAの検出率が高いことが多く報告されており,耐性菌の存在が易感染性に関係している可能性が考えられる.白内障手術は高齢者に行うことが多い手術である.高齢者の常在菌の特色,高齢者による合併症の頻度などを考慮して手術に備える必要があるとともに,術後感染症への対策として行ってきた自施設の細菌検査について,その検出能力,特性を把握して改善に努める必要がある.文献 1) 原二郎:感染─ Propionibacterium acnes 眼内炎を主として─.眼科診療プラクティス 1:188-192, 1992 2) 大鹿哲郎:術後眼内炎をいかにして予防し,いかにして治療するか.眼科プラクティス 1:2-11, 2005 3) Hori Y, Maeda N, Sakamoto M et al:Fluoroquinolone-resistant bacteria and methicillin-resistant Staphylococci from normal preoperative conjunctiva. J Cataract Refract Surg 34:711-712, 2008 4) 河原温,五十嵐羊羽,今野優ほか:白内障手術術前患者の結膜 常在細菌叢の検討.臨眼 60:287-289, 2006 5) 片岡康志,佐々木香る,矢口智恵美ほか:白内障手術予定患者の結膜 内常在菌に対するガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの抗菌力.あたらしい眼科 23:1062-1066, 2006 6) 岩崎雄二,小山忍:白内障術前患者における結膜 内細菌叢と薬剤感受性.あたらしい眼科 23:541-545, 2006 7) Hori Y, Nakazawa T, Maeda N et al:Susceptibility com-parisons of normal preoperative conjunctival bacteria to uoroquinolones. J Cataract Refract Surg 35:475-479, 2009 8) 志熊徹也,臼井正彦:白内障術前患者の結膜 内常在菌と3 種抗菌点眼薬の効果.臨眼 60:1433-1438, 2006 9) 白井美恵子,西垣士郎,荻野誠周ほか:術後感染予防対策としての術前結膜 内常在菌培養検査.臨眼 61:1189-1194, 2007 10) 屋宜友子,須藤史子,森永将弘ほか:糖尿病患者における白内障術前の結膜 細菌叢の検討.あたらしい眼科 26:243-246, 2009 11) Hara J, Yasuda F, Higashitsutsumi M:Preoperative disin-fection of the conjunctival sac in cataract surgery. Oph-thalmologica 211(Suppl 1):62-67, 1997 12) 荒川妙,太刀川貴子,大橋正明ほか:高齢者におけるマイボーム腺および結膜 内の常在細菌叢についての検討 . ———————————————————————- Page 51682あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(106)あたらしい眼科 21:1241-1244, 2004 13) 勝村浩三,向井規子,山上高生ほか:白内障術前患者における結膜 涙液の培養と塗抹検査成績の対比.あたらしい眼科 23:1213-1215, 2006 14) 宮永将,佐々木香る,宮井尊史ほか:5 検査施設間での白内障術前結膜 培養検査の比較.臨眼 61:2143-2147, 2007 15) Rubio EF:In uence of age on conjunctival bacteria of patients undergoing cataract surgery. Eye 20:447-454, 2006 16) Grabam JE, Moore JE, Jiru X et al:Ocular pathogen or commensal:A PCR-based study of surface bacterial ora in normal and dry eyes. Invest Ophthalmol Vis Sci 48:5616-5623, 2007***

流行性角結膜炎を契機に発症したと考えられるドライアイの3症例

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1(95) 16710910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(12):1671 1677,2009cはじめに涙液減少型ドライアイに対しては,涙液量補充の目的で人工涙液およびヒアルロン酸ナトリウムの点眼を行うが,難治例についても涙点プラグの挿入により上皮障害が劇的に改善することが一般的である.最近,筆者らは,当科の角膜外来を受診した重症のドライアイ患者のなかに,流行性角結膜炎〔別刷請求先〕野田恵理子:〒791-0295 愛媛県東温市志津川愛媛大学医学部眼科学教室Reprint requests:Eriko Noda, M.D., Department of Ophthalmology, Ehime University School of Medicine, Shitsukawa, Toon, Ehime 791-0295, JAPAN流行性角結膜炎を契機に発症したと考えられる ドライアイの 3 症例野田恵理子山口昌彦白石敦宇野敏彦大橋裕一愛媛大学大学院感覚機能医学講座視機能外科学分野Three Cases of Dry Eye Thought to be Caused by Epidemic KeratoconjunctivitisEriko Noda, Masahiko Yamaguchi, Atsushi Shiraishi, Toshihiko Uno and Yuichi OhashiDepartment of Ophthalmology, Ehime University School of Medicine背景:流行性角結膜炎(EKC)罹患後に多発性角膜上皮下浸潤(MSI)を生じることはよく知られているが,ドライアイの報告は調べる限りにおいてない.今回,筆者らは EKC を契機にドライアイが発症したと思われる 3 症例を経験したのでその臨床像を報告する.症例:症例 1 は 59 歳,女性.EKC に罹患(アデノチェックR陽性)した 1 カ月後に涙液減少型ドライアイを発症した.上下涙点へのプラグ挿入にて点状表層角膜症(SPK)は改善しなかったが,シクロスポリンおよびステロイド点眼を追加したところ病変は軽快した.増悪時,共焦点顕微鏡による観察で角膜中央部にLangerhans 細胞(LC)が認められた.症例 2 は 62 歳,女性.4 年前に EKC(他医診断)に罹患した後に涙液減少型ドライアイを発症,涙点プラグ挿入にて SPK は軽快しなかったが,シクロスポリン点眼を行ったところ軽快傾向を示した.この症例でも共焦点顕微鏡で LC の浸潤が確認された.症例 3 は 57 歳,女性.EKC に罹患(キャピリアアデノR陽性)した 2 週後より SPK が出現した.Schirmer 値は低値で BUT(涙液層破壊時間)短縮があり,涙液減少型ドライアイと考えられた.共焦点顕微鏡で多数の LC 浸潤が認められ,病変はステロイド点眼により軽快した.結論:症例はいずれも EKC 後しばらくして涙液減少ドライアイを発症したが,所見の改善には涙液量の確保だけでは不十分で,何らかの免疫抑制薬の使用が必要であり,病態形成に免疫学的機序が関与している可能性が推察された.We report three cases of dry eye thought to be caused by epidemic keratoconjunctivitis(EKC). Case 1:59-year-old female. Tear-de cient dry eye appeared one month after EKC contraction. Although the super cial punctate keratopathy(SPK)did not improve after lacrimal plug insertion, cyclosporine and steroid eyedrops were e ective. When the SPK worsened, Langerhans cells(LC)were observed in the cornea by confocal microscopy(HRT II-RCM). Case 2:62-year-old female. Tear-de cient dry eye developed 4 years after EKC diagnosis. Changes in SPK severity and LC in ltration were similar to those in Case 1. Case 3:57-year-old female. SPK appeared 2 weeks after EKC contraction and tear-de cient dry eye was diagnosed. LC in ltration was observed via HRT II-RCM. SPK improved after steroid eyedrop administration. In each case, tear volume maintenance alone did not resolve SPK;immunosuppressive agents were also necessary. We propose that dry eye occurring after EKC may be related to an immunological mechanism.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(12):1671 1677, 2009〕Key words:ドライアイ,流行性角結膜炎(EKC),点状表層角膜症(SPK),ランゲルハンス細胞(LC),レーザー生体共焦点顕微鏡(HRT II-RCM).dry eye, epidemic keratoconjunctivitis(EKC), super cial punctate keratopathy(SPK), Langerhans cell(LC), Heidelberg Retina Tomograph II-Rostock Cornea Module(HRT II-RCM).———————————————————————- Page 21672あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(96)(epidemic keratoconjunctivitis:EKC)を契機に発症したと考えられる治療抵抗性の症例が存在することに気づいた.EKC の罹患後に多発性角膜上皮下浸潤(multiple subepithe-lial corneal in ltlates:MSI)1)が生じることはよく知られているが,ドライアイについての報告は調べる限りにおいてなく,病態もよくわかっていない.今回,筆者らの経験した 3症例について,その臨床像,治療経過などを報告するとともに,レーザー生体共焦点顕微鏡(Heidelberg Retina Tomo-graph II-Rostock Cornea Module:HRT II-RCM)所見を参考にドライアイの発症機序について考察した.I症例〔症例1〕59 歳,女性.主訴:両眼の視力低下.現病歴:2004 年 11 月 9 日より,両眼 EKC に罹患したが(アデノチェックR陽性),その後重症の角結膜上皮障害が出現し,両眼の視力低下をきたしたため,2004 年 12 月 7 日,当院に紹介受診となった.初診時所見(EKC 罹患後約 1 カ月):視力は右眼(0.4),左眼(0.15),両眼ともに涙液メニスカスは低く,角膜にはびまん性の点状表層角膜症(super cial punctate keratopa- 濯琢ⅲ猪?????敏朿0.1%????????0.05%???????RLRL???????鏗???????鏗2004.11.9EKC?????????鏗BBLLL暢滿ⅲ?B0.1%?????????????B+++++++++++++++±++++++++++±±±+++++±++2004.12.7 補?+B(0.4)(0.15)RL(1.2)(1.2)?堀(1.2)(1.2)0.1%???????????B(-)±±図 3 症例1の治療経過 R:右眼,L:左眼, B:両眼.RL図 1症例1の初診時における前眼部フルオレセイン染色所見両眼ともに涙液メニスカスの低下,著明な SPK,瞼裂間結膜のフルオレセイン染色所見を認める.図 2 症例1の初診時左眼前眼部写真MSI を認める.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091673(97)thy:SPK)および瞼裂間結膜のフルオレセイン点状染色を認め,左眼には MSI が認められた(図 1,2).Schirmer Ⅰ法は両眼ともに3 m m,BUT(涙液層破壊時間)は両眼ともに 1 秒と低値であった.血液検査にて,抗 SS-A 抗体,抗SS-B 抗体はともに陰性で,ドライマウスなど Sjogren 症候群を疑わせる所見はなかった.前医では,ヒアルロン酸ナトリウム点眼両眼 6 回/日,レボフロキサシン点眼両眼 4 回/日が処方されていた.治療経過:所見から涙液減少型ドライアイと診断された.治 療 経 過 と SPK,MSI お よ び 視 力 の 推 移 を 図 3 に 示 す.EKC 罹患前にはドライアイ症状はなく,罹患後に発症または顕在化したものと思われた.治療としては,両眼に上下涙点プラグを挿入し,人工涙液点眼を追加,さらに,消炎の目的で 0.1%フルオロメトロン点眼両眼 4 回/日を開始した.右眼は,上下涙点プラグによる涙液量の増加とともに SPKの改善が得られ,自覚症状,所見ともに軽快したが,涙点プラグ挿入によって十分な涙液量が確保できているにもかかわらず,左眼の SPK は不変であった.フルオロメトロン点眼の中断で SPK および MSI が増悪し,再開すると軽快することをくり返しながら,最終的にステロイド点眼を中止した.しかし,中止から 5 カ月目の 2006 年 9 月 12 日,両眼のSPK,左眼の MSI が増悪した.ここで HRT II-RCM を施行したところ,両眼の角膜中央部において,角膜上皮基底細胞から Bowman 膜レベルに Langerhans 細胞(LC)の著明な浸潤を認め,特に左眼においては太く枝分かれした,高い活動性を有すると思われる LC が多数認められた(図 4 上).SPK の増悪に免疫反応が関与している可能性を考え,自家調整した 0.05%シクロスポリン点眼両眼 4 回/日を開始したところ,SPK,MSI ともに改善し,HRT II-RCM でも LC浸潤の減少がみられた(図 4 下).しかし,6 週後に至って,点眼後の刺激感や眼脂出現のため,シクロスポリン点眼は中止し,0.1%フルオロメトロン点眼に変更した.その後,0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼を防腐剤無添加のものに変更し,0.1%フルオロメトロン点眼を両眼 2 回/日で経過観察中であるが,SPK の増悪を認めていない.〔症例2〕62 歳,女性.主訴:両眼痛.現病歴:2001 年 10 月,両眼が EKC に罹患したが(アデノチェックR陽性,他医にて診断),その後ドライアイによる重症の角結膜上皮障害が発症し,人工涙液,ヒアルロン酸ナトリウム点眼に加え,両眼の下涙点プラグ挿入などの治療を受けていた.症状が改善しないため,2006 年 1 月 10 日に図 5症例2の初診時前眼部フルオレセイン染色写真(上:初診時,下:最終診察時)初診時には,両眼ともに涙液メニスカスの低下,左眼に特に強く角結膜上皮障害を認めた.最終診察時にはやや改善している.悪化時(2006.9.12)改善(2006.12.19)RL図 4症例1のHRT II RCM所見———————————————————————- Page 41674あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(98)当院に紹介受診となった.初診時所見(EKC 罹患後約 4 年):視力は右眼(1.2),左眼(0.7),両眼ともに涙液メニスカスは低く,両眼の瞼裂間に SPK と結膜上皮の点状染色がみられた.上皮障害は特に左眼で著明であった(図 5 上).Schirmer I 法は右眼3 m m,左眼2 mm,BUT は両眼ともに 1 秒と低値であった.血液検査にて,抗 SS-A 抗体,抗 SS-B 抗体はともに陰性で,ドライマウスなど Sjogren 症候群を疑わせる所見はなかった.また,前医でヒアルロン酸ナトリウム点眼両眼 5 回/日が処方されていた.両眼の下涙点のプラグはすでに脱落していた.治療経過:経過観察中,SPK の軽快と増悪をくり返したが,2006 年 11 月 14 日に,SPK の著明な増悪を認めたため,症例 1 と同様に自家調整した 0.05%シクロスポリン点眼両眼 4 回/日を開始した.投与後 SPK は改善したが,点眼開始7 日後に点眼による刺激症状と眼脂のため中止せざるをえず,中止後は 0.1%フルオロメトロン点眼両眼 4 回/日とした.涙点プラグ脱落後の涙点は大きく拡大し,涙点プラグ再挿入が困難であったため,涙液量確保の目的で観血的涙点閉鎖 術 を 勧 め た が 拒 否 さ れ, そ の ま ま 経 過 観 察 と な っ た.2007 年 3 月 14 日,SPK はやや軽減したものの残存している(図 5 下).初診時,角膜中央部における角膜上皮基底細胞から Bowman 膜レベルでの LC 浸潤は軽度であったが,2006 年 11 月 14 日の SPK 悪化時には LC の浸潤は明らかに増加していた(図 6).〔症例3〕57 歳,女性.主訴:両眼の羞明,視力低下.現病歴:2006 年 10 月 10 日,両眼のアデノウイルス結膜炎と診断された(キャピリアアデノR陽性,咽頭痛あり).2006 年 10 月 24 日,羞明,視力低下が出現したため当院受診となった.初診時所見(EKC 罹患後 2 週):視力は右眼(1.0),左眼(0.9),両眼ともに涙液メニスカスは低く,Schirmer Ⅰ法にて右眼2 mm,左眼3 mm,BUT は両眼ともに 1 秒と低値であった.血液検査にて,抗 SS-A 抗体,抗 SS-B 抗体はともに陰性で,ドライマウスなど Sjogren 症候群を疑わせる所見はなかった.両眼ともに角結膜上皮障害は軽度であったが,角膜上皮内に淡い浸潤を伴う点状表層角膜炎を認めた(図7).MSI は認められなかった.治療経過:両眼にレボフロキサシン点眼,0.1%リン酸デキサメタゾン点眼(4 回/日)を開始したところ,自覚症状,角膜所見ともに約 1 カ月で改善し,点状表層角膜炎は消失した.以後は,0.1%フルオロメトロン点眼を両眼 4 回/日,人工涙液点眼を適宜使用に変更し経過を観察中であるが,瞼裂間の角結膜上皮障害は残存している.治療前の 10 月 24 日には,HRT II-RCM により,中央部の角膜上皮翼細胞のレベルに白血球の浸潤と思われる高輝度の小型細胞が角膜中央部に多数認められた.また,角膜上皮基底細胞レベルには著明な LC 浸潤もみられた(図 8 上)が,ステロイド点眼開始後 6 週目には両者ともに減少した(図 8 下).II考察今回,筆者らが経験した症例の臨床像は表 1 に示すとおりで,初診時(2006.1.10)悪化時(2006.11.14)RL図 6症例2のHRT II RCM所見 図 7症例3の前眼部写真両眼ともに角膜上皮内に淡い浸潤を伴う SPK を認めた(角膜上皮炎).なお,結膜上皮障害は軽度であった.MSI は認められなかった.———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091675(99)(1) いずれも高齢の女性で,EKC に罹患後 2 4 週で発症している.(2) 涙液減少型ドライアイだが Sjogren 症候群の診断基準は満たさない.(3) 人工涙液や涙点プラグだけでは SPK の完全寛解は困難で,軽快・増悪をくり返すことがある.(4) 病変の増悪時に上皮下に Langerhans 細胞(LC)の浸潤がみられる.表 1症例のまとめ症例 1症例 2症例 3年齢,性別59 歳,女性62 歳,女性57 歳,女性罹患後期間1 カ月不明2週症状視力低下眼痛羞明,視力低下RLRLRL初診時視力0.40.151.20.71.00.9最終視力1.21.21.21.21.01.2SPK++++++++++MSI + BUT(秒)111111Schirmer I 法333223治療方法涙液の確保・涙点プラグ・人工涙液・ヒアルロン酸ナトリウム・涙点プラグ・人工涙液・ヒアルロン酸ナトリウム・人工涙液免疫抑制0.05%シクロスポリン↓0.1%フルオロメトロン0.1%フルオロメトロン0.1%リン酸デキサメタゾン↓0.1%フルオロメトロンRL治療前(2006.10.24)翼細胞レベル基底細胞レベル翼細胞レベル基底細胞レベル:LC(Langerhans細胞),:WBC(白血球)治療後(2006.12.7)図 8症例3のHRT II RCM所見———————————————————————- Page 61676あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(100)(5) SPK の改善には,ステロイドあるいはシクロスポリンの点眼が有効である.など,一般の涙液減少型ドライアイとは異なるものである.最大のポイントは EKC を契機にドライアイが発症したのかという点であるが,それ以前の眼科受診がないために明確な判断はできないものの,病歴からは罹患後 2 4 週目付近における症状悪化は顕著である.検査所見は涙液減少型ドライアイであることを示しており,この時点において何らかの機序で涙腺機能の低下が起きた可能性が高いと考えられる.他方,動物実験レベルにおいて筆者らの推論を支持する報告がある2).Richard らによると,アデノウイルス 5 型の家兎角膜実質感染モデルにおいて涙腺の免疫組織学的検討を行ったところ,アデノウイルス自体の存在は確認されないものの,CD4 陽性でかつ MHC(主要組織適合遺伝子複合体)クラス II を発現する多数のリンパ球浸潤が涙腺内に認められたとしている.型は異なるものの,この事実は,EKC 罹患後に涙腺炎が生じ,Sjogren 症候群に類似した涙液分泌機能低下をひき起こす可能性を示唆している.涙液減少の機転として,円蓋部結膜の炎症性瘢痕化による涙腺導管の閉塞も考えられるが,今回の症例では,上眼瞼結膜の瘢痕形成や結膜 の短縮などの所見は明らかではなかった.第二のポイントは,症例 1 の左眼のように,涙点プラグ挿入によって十分な涙液確保を図ったにもかかわらず SPK が遷延化したことで,EKC 罹患後でみられるドライアイの病態に涙液減少以外のメカニズムがかかわっている可能性が考えられる点である.近年,角膜におけるより鮮明な画像が得られる生体レーザー共焦点顕微鏡検査として,HRT II-RCM(Heidelberg 社)が開発され,角膜真菌症3,4)やアカントアメーバ角膜炎5),サイトメガロウイルス角膜内皮炎6)などの角膜感染症における非侵襲的な病原体検出に応用されている.一方で,Sjogren 症候群における角膜神経密度の解析7)やEKC における角膜浸潤細胞の検討8)など,種々の角膜疾患の病態評価にも用いられている.今回,HRT II-RCM を用いて,角膜上皮基底細胞から Bowman 膜レベルにおける LCの動向に注目して経過を追ったところ,全例で SPK の悪化時に LC の浸潤が増加しており,シクロスポリンもしくはステロイドの点眼投与により,SPK および LC の浸潤も明らかに減少していた.EKC 罹患後,MSI がときに 1 年以上も出現・消失をくり返す症例に遭遇することがあるが,このことはアデノウイルス抗原が角膜上皮下から実質浅層にかけて年余にわたり残存しうる可能性を示唆している.SPK の悪化時に細胞性免疫の担い手である LC の浸潤が増加することや,細胞性免疫を特異的に抑制するシクロスポリン点眼がSPK の減少に効果を発揮することから,MSI の有無にかかわらず,角膜内に残存するアデノウイルス抗原に対するⅣ型アレルギー反応が,SPK の遷延化に関与しているとも推察される.興味深いことに,今回の症例の SPK の発症時期は,罹患後 2 4 週付近とアデノウイルス抗原に対するⅣ型アレルギー反応とされる MSI の発症時期によく一致している.同様のメカニズムが涙腺を含む眼表面で起きているのかもしれない.角膜への LC 浸潤は正常者でも認められるが,多くは角膜輪部から周辺部にかけてのものであり,角膜中央部でみられることは稀とされる10).また,Sjogren 症候群では角膜中央部に若干の LC は観察される7)のみで,今回の症例のような著明な LC の浸潤は認められない.EKC 後の MSI 症例をHRT II-RCM で観察した Adel らの報告によると,罹患後 8週において角膜中央部の上皮下に多数の LC,炎症細胞の浸潤を認めたとされているが,ドライアイや SPK についての記載はない8).EKC 後にみられる角膜中央部への LC の浸潤が普遍的な現象なのか,あるいは MSI や SPK の遷延化に伴って生じるのか,今後 EKC 罹患眼について HRT II-RCMを施行し,検討していく必要がある.EKC 後の難治性 SPK に対する治療のポイントには大きく2 点ある.1 点目は,涙液減少型ドライアイへの対策で,人工涙液やヒアルロン酸などの点眼治療だけで不十分な場合,涙点プラグを中心とした涙点閉鎖が不可欠である.2 点目は,局所的な免疫抑制薬の併用で,症例 1,2 では自家調整した0.05%シクロスポリン点眼が SPK の改善に効果を示した.結果的には,点眼コンプライアンス不良のため中止となり,低力価ステロイドの点眼に変更せざるをえなかったが,長期点眼による眼圧上昇や日和見感染症などのリスクを考えると,残しておきたいオプションの一つではある.日常臨床において,EKC を契機に涙液減少型ドライアイを発症する症例は決して稀ではないように思われる.特に,通常の治療に抵抗して SPK が残存するようなケースでは,EKC の既往についても考慮する必要がある.発症機序や治療戦略に言及した報告は筆者らの調べる限りではないが,免疫抑制薬の投与が消炎に有効であり,涙腺や角膜における免疫反応が病態に密接に関与している可能性があると考えられる.おわりに今回筆者らは,EKC を契機にドライアイが発症もしくは顕在化したと思われる 3 症例を経験した.3 症例とも涙液減少型ドライアイを合併しており,SPK の増悪時には HRT II-RCM で角膜上皮下に LC 浸潤の増加が認められ,免疫抑制薬点眼の使用により LC 浸潤の減少がみられた.EKC 後に遷延化する SPK には,涙液減少のみならず,角膜上皮下における何らかの免疫学的機序が関与している可能性もあり,治療には,点眼や涙点プラグによる十分な涙液確保に加えて,シクロスポリンやステロイドなどの免疫抑制薬の点眼———————————————————————- Page 7あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091677(101)が必要であると考えられた.文献 1) 青木功喜,井上幸次:ウイルス性結膜炎のガイドライン.日眼会誌 107:11-16, 2003 2) Wood RL, Trousdale MD, Stevenson D et al:Adenovirus infection of the cornea causes histopathologic changes in the lacrimal gland. Curr Eye Res 16:459-466, 1997 3) Brasnu E, Bourcier T, Dupas B et al:In vivo confocal microscopy in fungal keratitis. Br J Ophthalmol 91:588-591, 2007 4) 野田恵理子,白石敦,坂根由梨ほか:生体レーザー共焦点顕微鏡(HRT II-RCM)が診断,経過観察に有用であった角膜真菌症の 1 例.あたらしい眼科 25:385-388, 2008 5) Kobayashi A, Ishibashi Y, Oikawa Y et al:In vivo and ex vivo laser confocal microscopy ndings in patients with early-stage acanthamoeba keratitis. Cornea 27:439-445, 2008 6) Shiraishi A, Hara Y, Takahashi M et al:Demonstration of “owl’s eye” morphology by confocal microscopy in a patient with presumed cytomegalovirus corneal endothe-liitis. Am J Ophthalmol 143:715-717, 2007 7) Villani E, Galimberti D, Viola F et al:The cornea in Sjogren syndrome:An in vivo confocal study. Invest Oph-thalmol Vis Sci 48:2017-2022, 2007 8) Alsuhaibani AH, Sutphin JE, Wagoner MD:Confocal microscopy of subepithelial in ltrates occurring after epi-demic keratoconjunctivitis. Cornea 25:778-780, 2006 9) Gutho RF, Stave J:Essentials in Ophthalmology chapter 13. In Vivo Micromorphology of the Cornea:Confocal Microscopy Principles and Clinical Applications. p173-208, Springer-Verlag, Berlin, 2006 10) Zhivov A, Stave J, Vollmar B et al:In vivo confocal micro-scopic evaluation of Langerhans cell density and distribu-tion in the normal human corneal epithelium. Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol 243:1056-1061, 2005***

私が思うこと 20.大学からベンチャー企業への転身

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091663私が思うことシリーズ⑳(87)Change私は 2005 年 4 月に(株)アールテック・ウエノ(http://rtechueno.com)に取締役として入社しました.アールテック・ウエノは,慶應義塾大学医学部の同級生である上野隆司先生(医師,医学博士,薬学博士)が 1989 年に設立した医薬品開発のベンチャー企業です.上野隆司先生は 1980 年代に発見したプロストン(機能性脂肪酸)をテーマとして臨床開発を行い,1994 年に世界で初めてプロストン系医薬品であるレスキュラR点眼液 0.12%(ウノプロストン:BK channel activator)が,緑内障・高眼圧症治療薬として開発され,日本から世界に発信されました.その後 1996 年に,上野隆司先生はメリーランド州のベセスダで Sucampo Pharmaceuticals Inc.(http://www.sucampo.com)を設立しました(2007 年 8月米国ナスダック市場に上場),第 2 のプロストン系医薬品である AmitizaRカプセル(ルビプロストン:Cl channel activator)を臨床開発し,2006 年 1 月に FDA(食品医薬品局)から慢性特発性便秘症治療薬として販売許可を取得し,現在アメリカで販売しています.2008 年には便秘型過敏性腸症候群にも適応が拡大され,アールテック・ウエノは AmitizaRカプセルの受託製造を行っています.私がアールテック・ウエノに入社する 2 年前の 2003年に医薬品事業部が開設され,その後上野隆司先生からアールテック・ウエノは今後,新規医薬品の開発,製造,販売を行い,会社を大きくし,グローバル化したいという考えを聞いていました.2004 年頃,私はいくつかの大学教授選を考えていましたが,一方で,1 人の医師として治療できる患者さんの数には限りがあり,もし,有効な治療法のない領域で画期的な治療薬が開発できれば,多くの患者さんを治療することが可能になるという思いもありました.大学にいる限り非臨床までは薬剤の治療効果の評価は可能ですが,臨床開発まで進めていくことに限界を感じていました.教授選を考えていた当時に,上野隆司先生と当時のアールテック・ウエノの社長であった久能祐子博士の語る 21 世紀における大きな夢に引きずりこまれ,リスキーではありましたが,チャレンジブルなアールテック・ウエノに参画することを決めました.Physician Oriented Companyの誕生私は 2006 年 4 月からは専務取締役として経営陣の一角に参画すると同時に Medical Director として,レスキュラRの薬理作用の解明,販売プロモーション企画,学会セミナー企画や講演,臨床試験の企画などを行ってきました.2008 年 4 月にアールテック・ウエノは大阪証券取引所ヘラクレスに上場しました(証券コード4573).しかし,アメリカのサブプライムローン破綻やリーマンショックに端を発した世界的な金融危機,経済危機により最大の医薬品市場であるアメリカではマイナス成長となり,日本の医薬品業界においても医療費削減,薬価引き下げ,2010 年問題(大型医薬品の特許切れ),後発品の普及促進など急激な変革期を迎えており,各製薬会社は生き残りのためにそれぞれの方向性を打ち出しています.このような医薬品事業環境のなかで,私は 2009 年 6月 26 日のアールテック・ウエノ株主総会および取締役会で代表取締役社長に任命されました.上野隆司先生がアールテック・ウエノを 1989 年に設立した当初の経営0910-1810/09/\100/頁/JCOPY真島行彦(Yukihiko Mashima)(株)アールテック・ウエノ 代表取締役社長慶應義塾大学講師(非常勤)2005 年に慶應義塾大学助教授から,創薬バイオベンチャー企業のアールテック・ウエノの取締役に転職し,2009 年 6 月に代表取締役社長に就任.私の父方は学者が多く,一方,母方は実業家が多いことから,ハイブリッド社長と呼ばれている.社長になって変わったことは日本経済新聞を毎日読むようになったこと.アンメット・メディカル・ニーズに応える新薬を開発したいと思います.大学からベンチャー企業への転身———————————————————————- Page 21664あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009理念である「医師目線の経営」という原点に戻ったものです.すなわち,製薬企業は医師に医薬品を売っていますが,医薬品の最終ユーザーはもちろん患者さんです.厳しい医薬品事業環境のなかで,これまでのように研究所からの発想で開発された新薬が必ずしも医療現場で必要とは限らない時代になってきました.殊に作用機序は同じ場合,二番目はともかく,三番目,四番目の新薬は国の後発品の普及促進政策から今後の医療現場では必ずしも必要ではないかもしれません.特にアメリカではその傾向が強くなるといわれています.今後は,医療現場で医師や患者さんが本当に必要としている薬を開発することが重要で,それには医療現場に精通した医師の目線や発想からどのような新薬(First in class)を開発するかが重要です.医薬品の開発は量から質の時代になったといえます.一方,新薬の開発が現在世界的に困難になってきていますが,その代わりに開発した新薬のライフサイクルマネージメントが重要視されるようになってきました.簡単なものでは剤型変更などですが,重要な一つのテーマに適応拡大があります.これは医療現場の医師に期待されるテーマです.すでに薬剤の安全性が確立しているわけですから,安全域内で新たな疾患への適応は医療現場で活躍されている医師の目線が今まで以上に重要とされる時代になると思います.製薬会社のクラス分けが進むなかで,アールテック・ウエノは「医師の目線で医薬品販売・開発する分野特化型(眼科・皮膚科)のグローバルな医薬品会社」を目指すことになります.アールテック・ウエノに入社して以来の Medical Director としての実績,また慶應義塾大学医学部時代から現在まで続く最先端の医療現場での経験および数多くの研究成果をもとに,今後は会社のトップとして Medical A airs(メディカルアフェアーズ)の視点から医療環境や社会環境の急激な変化に迅速に対応して,さらには医薬品の最終ユーザーである患者ニーズの変遷にも対応していきたいと思います.社長に任命されただちに行ったことは,アールテック・ウエノのホームページの刷新です.上場会社として,私の考える経営方針の透明性を高める必要があると判断し,全面改変しました.わかりやすくなったと良い評価を得ていますので,興味がある先生方は一度ご覧ください(http://rtechueno.com).Medical Advisory Boardの設置この経営方針をより明確なものにするために,私は眼科各領域の 10 名の専門家で構成される Medical Advi-sory Board を設置しました(10 名のメンバーはホームページに掲示しています).今の医療が抱える問題点や将来の眼科医療の方向性などテーマ別にさまざまな角度での意見を交換し,医師である私(社長)の諮問機関として直接経営会議に提言していただき,その意見や提言を医薬品会社として有効に活用し,眼科医療にフィードバックすることで医師の目線での経営活動がより生かされると思います.写真は 10 月 11 日に開催された第一回目の会議でのメンバーの面々です.Yes, We Can今後新薬が優先的に開発されることが期待される分野の一つに「治療法がない領域」があります(アンメット・メディカル・ニーズ).現在,私が先頭に立って行っている臨床治験(フェーズ 2)は,オーファンドラッグである網膜色素変性治療薬の開発です.これは,1994 年に緑内障治療薬として販売されたレスキュラR点眼液(アールテック・ウエノ製造,販売)のライフサイクルマネージメントの一つとして適応拡大を狙ったものです.レスキュラR点眼液の網膜色素変性に対する治療効果は,1996 年当時眼科学教室の小口芳久講師(現名誉教授),緋田芳樹先生とともに見い出した成果で,特許を申請しました.その後,網膜色素変性にレスキュラR点眼液を使用し,視野維持または視機能の改善の臨床報告が散見されるようになり,10 年後に臨床治験にまで至ったことは,大変感慨深いものがあります.私は 2005 年にアールテック・ウエノに取締役として(88)▲第一回Medical Advisory Board会議光景———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091665(89)入社しましたが,オーファンドラッグとしての開発を現場医療に精通した企業の医師がプロトコール作りから患者登録までトップで指揮することで,医師指導型に近い臨床試験として効果的に実現してきました.今年の 8 月に症例登録は完了しましたが,短期間の間に多くの症例が登録できたのは,私も含め全国 6 カ所の治験参加病院の治験担当の先生方が,網膜色素変性患者の方に対して誠実な思い入れがあったことが効を奏したと思っています.キーオープンは来春になると思います.オーファンドラッグの開発は企業の視点から見れば採算性が取れない,または収益性が低い事業には消極的にならざるをえませんが,現場医療からすればアンメット・メディカル・ニーズは高いので,患者さんの QOL 向上にチャレンジしたいと思います.画期的な新薬が開発されにくい時代においては,先発医薬品のライフサイクルマネージメントが重要視され,その発想には医師目線が絶対必要です.さらに,治療薬がないオーファンドラッグの分野では,製薬企業のなかでも医師が中心になって開発していくことの重要性を自ら経験しました.これからの製薬会社,特にアールテック・ウエノのようなベンチャー企業においては,患者さん本位の医師目線での画期的な新薬の開発が重要であり,私にとって大学医学部在籍で得た医療技術,知識,特に人間関係のすべてが総合され,現在の企業の経営に役立っていることを実感しています.治療法がない領域で,再び日本から世界に向けて患者さんの未来にチャレンジしていきますので,いっそうのご指導のほどよろしくお願い申し上げます.真島行彦(ましま・ゆきひこ)1980 年慶應義塾大学医学部卒業1997 年慶應義塾大学助教授(医学部眼科学)2005 年(株)アールテック・ウエノ 取締役(Medical Director)慶應義塾大学講師(非常勤)2006 年(株)アールテック・ウエノ 専務取締役2009 年(株)アールテック・ウエノ 代表取締役社長☆ ☆ ☆

インターネットの眼科応用 11.医療情報の格付け

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,200916610910-1810/09/\100/頁/JCOPY散乱する医療情報インターネットの登場により,医療を受ける患者サイドが医療情報を入手しやすくなり,その結果,自分にあった病院を探したり,自分の病気・治療法について調べたりする時代になりました.アメリカでは,76%の患者が受診する前に Google で病院を検索し,30%の患者が医師の説明よりもインターネット情報を含めた友人などの体験談を信用する,というデータがあります1).Google で「白内障」と検索すると,wikipedia というウェブ百科事典の白内障記事を先頭に,新聞社,製薬メーカーのページがずらりと並びます.ヒットするサイト数は約 234 万件に及び,自分が本当に調べたい情報を引き出せるかどうかは,検索する利用者に依存します.しかし,検索された情報の精度を担保するものは何もありません.白内障のように,一般的な疾患ならさほど問題になることはないでしょうが,「脳腫瘍治療」と検索すると約 162 万件のサイトがヒットしますが,どの情報を信じて行動すればよいのか,インターネット上ではその指針は示されていません.医療知識・ノウハウには言葉にしにくい曖昧なものが多く含まれます.われわれ医療者は,それらを先輩から耳学問などのアナログな方法で引き継いできました.アナログな医行為に対し,医療情報はデジタル化しやすい特徴をもちます.そのため,医学や健康に関する情報がインターネット上に散乱するようになりました.インターネットの特性は繋ぐことにあります.患者が医療情報にアクセスしやすい環境が整い,その結果,患者が医療機関を選ぶ時代になりました.顧客と生産者の優位性が逆転するこの状況は,医療界だけが特別ではなく,「情報革命」という歴史の大きな潮流であることは,前号で紹介しました2).しかし,情報革命のなかにあっても,われわれ医療者は医療情報を上流から発信する義務があります.21 世紀の医療者は,学会の場で医療界に発信するだけでなく,インターネットを使って生活者に発信することが求められます.では,医療界が情報革命に柔軟にかつ主体的に対応するには,具体的に何をすればよいのでしょうか.私は二つの方法がある,と考えます.そのどちらもが,民間の活力を得て事業化できるものと考えます.継続させるためには,医療者の目線だけではなく,事業者の目線が必要です.その二つとは,1) 医療者が,インターネットに散乱する医療情報の格付けをします.2) 医療プロフェッショナル向けの情報を,インターネット上の閉じた空間で共有し,医療者の医療知識の底上げを図ります.今月号では,Google の次の世代の検索エンジンの潮流と,それを応用した医療情報の格付けについて,世界的に斬新な事例を紹介します.次世代の検索エンジンGoogle などに代表される水平型(horizontal)検索エンジンでは,無関係な結果が数多く提示されることがあります.食事,嗜好の類を検索する際はさほど困りませんが,自分自身の健康情報を検索する状況ではどうでしょう.患者サイドから考えてみましょう.ほとんどの場合,医療・健康情報を検索しても,どの情報が有益なのかそのランク付けがなされず,何の助けにもならず強い不安が残ります.インターネット上には優れた情報がありますが,それが十分に整理されておらず,有用な情報が入手できません.この問題を解決するために,Google の次の世代を狙う企業家たちが,懸命になってシステムの開発をしています.今,検索エンジンの進化の方向性は二つあります.一(85)インターネットの眼科応用第11章医療情報の格付け武蔵国弘(Kunihiro Musashi)むさしドリーム眼 科シリーズ⑪———————————————————————- Page 21662あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009つは,Google が目指している,「人工知能」の方向性と,もう一つは「垂直型検索」といわれるものです.人工知能とは,ユーザーの指向性を判断して,検索すればするほど,よりその人の指向に合わせた検索をする,というものです.それに対し,垂直型検索とは,水平型で検索された情報を格付けして,信用性の高いもの,権威のあるもの,から順に表示します.Google のような水平型検索サービスが百貨店とすれば,垂直型検索サービスは専門店のようなものです.その専門特化型検索サービスの立ち上げラッシュが,2005 年以降,米国では相次いでいます3).医療・健康情報の検索は,このような専門店のような検索エンジンが必要です.近い将来,より洗練されたエンジンが登場するでしょう.医療情報の格付けイスラエルの健康情報サイトを紹介します.iMedixというサイトでは,健康用語を入力すると,その用語に関する情報を検索し,独自の技術で格付けして,利用者に提示します.また,その用語に関連する疾患で悩んでいる会員を紹介し,お互いの情報交換をネット上でできるように広げています.格付けの方法については,明らかになっていませんが,iMedix の最高マーケティング責任者(CMO)イリ・アリマブ氏と最高経営責任者(CEO)のアミール・ライタースドルフ氏は,「健康に関して貴重な経験や知識をもつ人がいても,手早く連絡を取り合うことは困難でした.そこで,患者自らが原動力となり,患者自身に恩恵をもたらすような,健康に特化した検索エンジンを開発しようと決めたのです.」4)と述べています.iMedix には,次世代の健康管理を示唆します.たとえば,「喘息」と検索すると,喘息に関する医療健康情報が格付けされて表示されます.と同時に,喘息で悩んでいる人のコミュニティも表示されます.そのコミュニティ内では,世界中で同じ疾患で悩んでいるメンバーからのコメントが寄せられます.おそらく勇気づけられ,貴重な体験談を聞けるでしょう.本来,このような相談事は地域の開業医が担っており,毎日訪れる老人患者によってサロン化されたなかで情報交換が行われていたと考えられます.しかし,このような相談相手,サロンがリアルな臨床の現場からインターネット上へと移行する(86)動きを感じます.その動きは,情報革命の潮流であり,遠隔医療へ人々の意識が動くきっかけとなるでしょう.遠隔医療には三つの形態があることは以前にも紹介しました.医師-医師間の遠隔医療,医師-患者間の遠隔医療に加えて,もう一つの形態が「患者同士のコミュニティ支援」です.インターネットを有効に使うことで,患者同士が横に繋がって,医療リテラシーを向上させています.このような新しい遠隔医療の形態も,日本の医療界にじわじわ波及するでしょう.インターネットの登場とそれに続く情報革命によって,患者の医療リテラシーが格段に向上しています.われわれ医療者は,垣根を越えて医療情報を共有しないと情報革命に飲み込まれてしまいます.医療情報を扱うプロフェッショナル同士で,医療情報を共有できる場所を有効活用する必要があります.【追記】NPO 法人 MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為と眼科という職人的な業を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVC の活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvc-japan.org までご連絡ください.MVC-online からの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献 1) 中尾彰宏:第 3 回日本遠隔医療学会 WEB 医療分科会「遠隔医療における WEB の役割」,2009 2) 武蔵国宏:インターネットがもたらす医師-患者関係.あたらしい眼科 26:1513-1514, 2009 3) http://weblogs.nikkeibp.jp/mediawatch/2005/04/post_ 403c.html 4) http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2008/04/08/2934図 1iMedixのホームページ

硝子体手術のワンポイントアドバイス 79.深部裂孔を伴うアトピー性網膜剥離に対する硝子体手術(中級編)

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科 Vol. 26,No. 12,2009  16590910-1810/09/\100/頁/JCOPYはじめにアトピー性網膜 離の原因裂孔は,鋸状縁近傍,毛様体扁平部,毛様体皺襞部といった眼底周辺部に存在することが多く,後極部近傍に裂孔をきたすことは少ない.しかし,ときに後極部の網膜血管に沿ったスリット状の後極部裂孔の症例を経験することがある.    例19 歳,男性.右眼視力低下を自覚したため近医を受診.アトピー性過熟白内障および,B モード超音波検査にて網膜 離が疑われたため,当院紹介受診となった.アトピー性皮膚炎による 痒のため叩打癖があった.手術はまず経毛様体扁平部水晶体切除を施行した後,硝子体を周辺部まで切除した.術中所見として,視神経乳頭の下鼻側に網膜血管に沿った子午線方向のスリット状裂孔を認めたが,この部位に明らかな網膜硝子体癒着を認めなかった(図1a).鋸状縁近傍,毛様体扁平部,毛様体皺襞部には裂孔を認めなかった.硝子体切除後,深部裂孔から内部排液を行い,その後,裂孔周囲に眼内光凝固(図1b),ガスタンポナーデを施行し手術を終了し た.術後,網膜は復位し,矯正視力は 0.4 に改善した1)(図2). トピー性網膜 離にみられる深部裂孔アトピー性網膜 離の原因裂孔の好発部位としては,鋸状縁から前方が 20%,鋸状縁から赤道部が 64%,赤道部が 6%,赤道部から後方が 3%であり,鋸状縁前後に多いとされている.アトピー性網膜 離の原因としては,外傷説,周辺部ぶどう膜炎説などがある.外傷説は,アトピー性皮膚炎による 痒感のため,眼部を擦ったり叩打したりすることで裂孔が生じるとするものである.Coolong らは,鈍的外傷による子午線方向の網膜裂孔の発生機序として,外力により眼球に激しい歪みが生じ,網膜硝子体癒着が生理的に強固な網膜血管周囲に牽(83)引が生じるのではないかと推察している2).本症例では術中所見として明らかな網膜硝子体癒着を認めなかったが,裂孔形成後に後部硝子体 離が完成した可能性もある.筆者らは同様の症例で裂孔周囲に異常な網膜硝子体癒着を有する症例も経験している.アトピー性皮膚炎に起因する眼内炎症により,異常な網膜硝子体癒着が形成されたところに,鈍的外傷による眼球の変形が加わり,このような裂孔が発生するのではないかと推測される.硝子体手術により確実に人工的後部硝子体 離を作製すれば,復位率は良好であるが,なかには最周辺部裂孔を併発している例もあり注意が必要である.文   献 1) 佐藤孝樹,植木麻理,今村 裕ほか:深部裂孔をきたしたアトピー性網膜 離の 1 例.眼臨 97:769-771, 2003 2) Coolong R:Traumatic retinal detachment-Mechanisms and management. Trans Ophthalmol Soc UK 105:575-579, 1986硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載79 深部裂孔を伴うアトピー性網膜 離に対する硝子体 手術(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図 2 術後眼底写真子午線方向の裂孔周囲に眼内光凝固の瘢痕を認める. 1 術中所見a:視神経乳頭下方に子午線方向に裂けた裂孔を認めた.b: 気圧伸展網膜復位術に裂孔周囲に眼内光凝固を施行している.

眼科医のための先端医療 108.眼内増殖性疾患に対する薬物療法の可能性

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.12,200916550910-1810/09/\100/頁/JCOPY眼内増殖性疾患の病態の膜硝子体のによ増殖病膜によでにすにの増にをけのですた増殖硝子体膜の眼性の多性病態でるのの疾患とししんたんするとそのです眼内増殖性疾患の療とし硝子体のするとにのですとするとにるのです眼内増殖性疾患のにおの果眼内でする性物のによ性の増殖膜膜硝子体にすその増殖膜に収縮し性膜をし重機能害のとす性膜で硝子体によ膜のとにるよにしたそのとしですに増殖膜の増殖による膜の性しのを要する患にと度下する病態ですした療を要するでよでのる療を要するにたでのをしによ機能をするたの薬物療法のです増殖膜収縮におけるTGFbの重要性膜をすとる増殖膜の収縮機にン関するとすでので増殖子b(transforminggrowthfactor-b:TGF-b)が重要な役割を果たしていることがわかってきました.コラーゲンゲルを用いたinvitroの瘢痕収縮モデルにおいて,増殖膜を構成する細胞の一つと考えられている硝子体細胞(hyalocytes)を包埋したゲルを,硝子体手術で採取したPDRやPVRの硝子体液で刺激すると,非増殖性疾患の硝子体と比較して有意に強いゲルの収縮が誘導され,その収縮程度は硝子体中の活性型TGF-b2濃度と非常に強い相関を示します(図1).また,その収縮はTGF-bの中和抗体で不完全ながらも非常に強く抑制されます1).このことから,増殖膜の収縮には硝子体中のTGF-bが非常に重要な役割を担っていることがわかります.その一方で,TGF-b中和抗体の効果が不十分なことから(図2),たとえば血小板由来増殖因子(plate-let-derivedgrowthfactor:PDGF),インスリン様増殖因子(insulin-likegrowthfactor-1:IGF-1),endothe-linなど,TGF-b以外の因子の関与が示唆されます.つまり,TGF-bだけを分子標的としても治療効果は不十分と考えられます.増殖膜の収縮機序とROCK阻害薬の効果の眼内増殖性疾患をする硝子体液による収縮程におよ収縮を細胞のと収縮ルでるンのン重要を果たしすおにbによって誘導されるのは間違いないようです.しかしながら,TGF-bを治療標的として考えた場合,TGF-bは生理的な状態でも眼内(79)◆シリーズ第108回◆ 眼科医のための先端医療 =坂本泰二山下英俊喜多岳志畑快右(九州大学大学院医学研究院眼科学分野)眼内増殖性疾患に対する薬物療法の可能性s300250200150100500性TGFb2濃度5060r=0.82,p<0.0001708090図1硝子体液による収縮の程度と硝子体中TGFb2濃度の相関———————————————————————-Page21656あたらしい眼科Vol.26,No.12,2009に存在しており,細胞のアポトーシスや過剰な免疫反応の抑制など多彩な機能を有し,眼内の恒常性維持に非常に重要な役割を果たしています.そのため,TGF-bそのものを分子標的とすることは,これらの重要な機能をも阻害してしまうことによる細胞の癌化や自己免疫疾患の誘発など,重篤な副作用をひき起こす可能性が危惧され,治療標的とすることは困難と考えられます2).Rho-kinase(ROCK)阻害薬であるfasudilは,脳血管や冠動脈の攣縮,狭心症などに対する治療目的ですでに注射薬として臨床応用されています3).Fasudilは細胞がa-SMA(a-smoothmuscleactin)を発現するようになる筋線維芽細胞への形質転換そのものは阻害しないものの,ROCKを阻害することで,収縮に直接作用するシグナルであるMLCのリン酸化ならびにa-SMAの規則的な分布を阻害し,硝子体液が有する収縮作用をほぼ完全に抑制することができます(図2).収縮シグナルであるMLCのリン酸化は,TGF-bのみならず,前述したTGF-b以外の収縮促進因子にも共通したシグナルであるため,ROCKを標的とすることはTGF-bそのものを分子標的とするよりも現実的かつ効率的であると考えられます.また,invivoにおいてもfasudilは家兎を用いた増殖硝子体網膜症モデルの進行を著明に抑制し,有効濃度において明らかな網膜毒性も示しませんでした.Fasudilには血流改善作用があり,また神経保護作用を有することも明らかにされていることなどから,手術療法だけでは限界がある眼内増殖性疾患の新規治療薬として臨床応用されることが期待されます.文献1)KitaT,HataY,AritaRetal:RoleofTGF-binprolifera-tivevitreoretinaldiseasesandROCKasatherapeutictar-get.ProcNatlAcadSciUSA105:17504-17509,20082)BlobeGC,SchiemannWP,LodishHF:Roleoftransform-inggrowthfactorbetainhumandisease.NEnglJMed342:1350-1358,20003)ShimokawaH,RashidM:DevelopmentofRho-kinaseinhibitorsforcardiovascularmedicine.TrendsPharmacolSci28:296-302,2007(80)*****ControlPDRvitreous()FasudilAnti-TGF-b$POUSPM1%3WJUSFPVT’BTVEJM”OUJ5(‘bWT図2PDR硝子体液による硝子体細胞を包埋したコラーゲンゲルの収縮とその収縮に対するTGFb中和抗体とfasudilによる阻害作用Anti-TGF-b:TGF-bに対する中和抗体.*p<0.05,**p<0.01.眼内増殖性疾患に対する薬物療法の可能性を読んで喜多岳志畑快右眼によ硝子体ーンをる増殖膜の病態にその収縮にのし果をすにおしたした増殖子bによる収縮の分子メカニズムとその治療薬としてのfasudilの可能性を体系的に説明していただきました.網膜硝子体の領域で増殖糖尿病網膜症の血管新生については抗VEGF(血管内皮増殖因子)薬の開発・臨床応用により対処法が確立されつつあります.しかし,増殖膜の細胞外基質の産生,増殖膜の収縮については抗VEGF薬では解決できません.特に,増殖糖尿病網膜症に対してベバシズマブを用いて新生血管の活動性を抑制すると増殖膜の線維化が進行することが臨床的にも示されています.増殖糖尿病網膜症を薬物のみでコントロールできるかどうかはまだわかりませんが,今回お示しいただいた成果は今後の発展を予感させる大変素晴らしい研究成果であり,喜多先生,畑先生のご研究は一つのbreakthroughになるものと考えます.増殖糖尿病網膜症で増殖膜が収縮して網膜を牽引性網膜離の状態に追い込むことがなけ———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.12,20091657(81)ればじっくりと光凝固などの治療で血管新生などの病態の沈静化を図ることができるのです.今後ますますの発展が期待されます.われわれ眼科医は手術,薬物治療を両方使えるような医学の進歩を享受できるようになりました.これをいかに組み合わせて患者にとってベストの治療法を計画できるかが問われています.加齢黄斑変性でも手術的な治療(PDT;光線力学的療法)のみ,薬物のみでは効果が限られていますので,どのように組み合わせるかが治療成果改善のキーとなっています.増殖糖尿病網膜症でも,この総説の最後に書かれているように,手術と薬物を組み合わせる治療戦略を構築できれば,治療成績はさらに良くなると考えます.日本ではこのような次世代の診療を切り開く研究の実力とそれを臨床現場で実用化する実力は世界でもトップクラスだと考えます.しかし,これらを戦略的に結びつけて実際の製品として世界の市場に上梓するシステムがまだまだ改善の余地があると考えます.日本人の叡智でこれを乗り越えて日本から世界に新しい治療法を発信していきたいものです.このような観点から本総説で提示された分子病態研究の成功と治療薬が実用化されることを心から祈るものです.山形大学医学部眼科学講座山下英俊☆☆☆

眼感染アレルギー:Thygeson点状表層角膜炎

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,200916530910-1810/09/\100/頁/JCOPYThygeson 点状表層角膜炎は,角膜上皮障害を伴う点状の角膜上皮から上皮下に及ぶ細胞浸潤を特徴とする角膜炎で,1950 年に Thygeson が初めて報告している1).日常診療においてしばしば遭遇する疾患であるが,まだ病態については明らかになっていないことが多く,診断についても,臨床所見と他の類似疾患の除外によって行われ,特異的な検査所見は乏しい.本稿では,Thygeson 点状表層角膜炎の病態,臨床所見,検査・診断,治療について,過去の報告と若干のスペキュレーションを交えながら解説する. 態Thygeson 点状表層角膜炎の病態については,種々の説があるものの,いまだ明確になっていない.過去の報告において,1953 年に Braley らがウイルスの病態への関与の可能性を提言した後2), 1974 年に Lemp らが角膜病変より水痘帯状疱疹ウイルスを分離した3)ことから,ウイルスが何らかの病態に関与しているのではないかと考えられていたが,検出感度の高い PCR(polymerase chain reaction)を用いた検査では病変より水痘帯状疱疹ウイルス DNA は検出されず4),Thygeson 点状表層角膜炎の病態におけるウイルスの関与について明らかな証明はされていない.Darrell が Thygeson 点状表層角膜炎と自己免疫疾患との関係が強い HLA(ヒト白血球抗原)-DR3 の保有との関連を報告しており5),また,本疾患がステロイド薬による反応が非常に良好であることから,なんらかの抗原が免疫反応を刺激し,炎症を惹起している可能性がある.また,自験例において,コンタクトレンズ装用者で,multi-purpose solution(MPS)アレルギーと思われる症例が Thygeson 点状表層角膜炎に非常に類似した臨床所見を呈しており,さらに同一患者において同じ季節に反復して発症することが多いことから,環境中の細菌や真菌,もしくは蛋白質などに対しての免疫反応である可能性がある.(77)眼感染アレルギーセミナー─感染症と生体防御─●連載監修= 木下茂 大橋裕一24. Thygeson点状表層角膜炎鈴木崇Schepens Eye Research InstituteThygeson 点状表層角膜炎は,再発性,両眼性の角膜上皮障害を伴う点状の角膜上皮から上皮下に及ぶ細胞浸潤を特徴とする角膜炎である.病態は明らかではないが何らかの抗原に対する免疫反応である可能性が高く,治療として,ステロイド点眼薬が著効する.図 1Thygeson点状表層角膜炎の1例角膜上皮内に限局する細胞浸潤の細かい集合(矢印)を認める.図 2図1の症例のフルオレセイン染色所見細胞浸潤に一致した星芒状の染色像(矢印)を認める.———————————————————————- Page 21654あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009 床所見Thygeson 点状表層角膜炎の自覚症状としては,両眼性に流涙,羞明,異物感などを呈し,小児から高齢者まで幅広い年代に生じる.特に明らかな既往症や契機はないが,再発をくり返す場合がある.臨床所見として,複数の角膜上皮から上皮下に及ぶ微小な点状の細胞浸潤の集合体を散在性に認め,同部位に一致した星芒状のフルオレセイン染色像を認める(図1,2).しかし,角膜実質には細胞浸潤は及んでいないことがほとんどで,角膜内皮や前房への炎症波及,結膜充血はほとんどみられない. 査・診断前述のように,詳細な病態は解明されていないため,Thygeson 点状表層角膜炎の特徴的な角膜所見と明らかに原因がはっきりしている鑑別疾患を除外することで行うことが多い.鑑別疾患としてはアデノウイルス角結膜炎,角膜ヘルペス,再発性角膜上皮びらん,ドライアイ,map-dot- ngerprint 角膜上皮変性症に加え,前述のようにコンタクトレンズ装用中の合併症としてみられる MPS アレルギーや角膜上皮障害も重要である(図3).また,くり返し,再発する症例もあることから,同様の症状を呈したことがないか,問診することも必要である.検査所見として,角膜知覚は低下せず,共焦点角膜顕微鏡検査では,病巣に一致して角膜上皮に高輝度の病像を認める場合が多い. 療病態の主体が角膜上皮の免疫反応であるため,ステロイド薬点眼が奏効する6).軽度な状態だと,低濃度のステロイド薬(0.02%フルオロメトロン点眼液)でも効果を有する場合がある.使用するステロイド薬は,臨床所見の程度によって,高い濃度の点眼薬を使用するのが望ましい.また,過去の報告ではシクロスポリン点眼も効果を示しており,オプションとして有効な可能性があ る7).(78)ナイフやエキシマレーザーを用いた病巣部切除における効果については,一定の見解を得られていない. 病態については不明な点が多く,臨床サンプルを用いた基礎的な解析が望まれる.文献 1) Thygeson P:Super cial punctate keratitis. J Am Med Assoc 144:1544-1549, 1950 2) Braley AE, Alexander RC:Super cial punctate kerati-tis;isolation of a virus. AMA Arch Ophthalmol 50:147-154, 1953 3) Lemp MA, Chambers RW Jr, Lundy J:Viral isolate in super cial punctate keratitis. Arch Ophthalmol 91:8-10, 1974 4) Reinhard T, Roggendorf M, Fengler I et al:PCR for vari-cella zoster virus genome negative in corneal epithelial cells of patients with Thygeson’s super cial punctate kera-titis. Eye 18:304-305, 2004 5) Darrell RW:Thygeson’s super cial punctate keratitis:natural history and association with HLA DR3. Trans Am Ophthalmol Soc 79:486-516, 1981 6) Tabbara KF, Ostler HB, Dawson C et al:Thygeson’s super cial punctate keratitis. Ophthalmology 88:75-77, 1981 7) Reinhard T, Sundmacher R:Topical cyclosporin A in Thygeson’s super cial punctate keratitis. Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol 237:109-112, 1999☆ ☆ ☆図 3MPSアレルギーにみられた角膜炎の1例Thygeson 点状表層角膜炎に非常に類似した所見(散在性の角膜上皮細胞浸潤)を呈した.

緑内障:網膜視神経保護の限界と可能性

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,200916510910-1810/09/\100/頁/JCOPY 神経変性疾患の発症や病態のメカニズムは完全に解明されていないが,過去 30 年以上にわたって,数多くの薬剤の神経保護作用が世界中の研究者によって検討されてきた.そのうち,臨床トライアルにまで到達できたものも少なくない.しかしながら,それら薬剤のうち,世界 標 準 で あ る FDA(United States Food and Drug Administration)が神経保護薬として臨床使用を認可したのは,驚くことなかれ,Alzheimer 病治療薬であるメマンチンと筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療薬であるリルゾールのたった 2 剤44444である.眼科領域においても,現行の治療後に追加すべき神経保護療法を必要とする疾患が存在する(表1).とりわけ,緑内障では,すでに眼圧下降療法を行っているにもかかわらず視野障害が進行する,すなわち「眼圧が高くないのに,視機能障害が進行する」という症例がしばしばみられる.緑内障のみならず,視神経症や急性網膜血管閉塞などにおいても,急性期治療の後に慢性的で不可逆的な網膜・視神経の障害が持続するケースが存在する.前述のメマンチンについては,緑内障患者を対象としたスタディが行われているが,その神経保護効果を積極的に支持する臨床データはまだ得られていない.眼科製剤としては,緑内障治療薬のab遮断薬であるニプラジロール点眼薬の神経保護作用が期待されたが,最終的に明らかな視野改善は得られなかった1). なぜ神経保護の臨床スタディはうまく いかないのか?上述のように,眼科臨床において実質的な神経保護効果を有する薬剤は,依然として見いだされていない.それでは,なぜ有効な神経保護薬がみつけられないのか?その理由を検証してみると,以下のことが浮かび上がってくる.1. 動物実験のデータがベースになること数多くの臨床薬剤の開発過程には,必ずといっていいほど,動物を用いたデータが供用される.動物実験データは確かに必須項目の一つなのだが,そこに落とし穴が隠れていることもある.つまり,ヒトと動物(マウスな(75)●連載114緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄 山本哲也114. 網膜視神経保護の限界と可能性金本尚志広島大学大学院医・歯・薬学総合研究科 視覚病態学(眼科学)神経保護療法を必要とする網膜視神経変性疾患は多岐にわたるが,EBM(evidence-based medicine)を有する神経保護療法は眼科領域では存在しない.長年にわたり,さまざまな神経保護が検討されてきたにもかかわらず,神経変性と総称される特殊な病態のゆえに,その臨床的な治療法の開発として完成したものはない.しかし,現在でも基礎研究成果を背景としたトライアルが進行中である.表 1神経保護療法を要するおもな眼科疾患緑内障Leber 遺伝性視神経症虚血性視神経症網膜中心動脈閉塞症外傷性視神経症網膜中心静脈閉塞症視神経炎 網膜神経節線維細胞由来の軸索(視神経)障害が視機能障害の原因となる疾患が含まれる.図 1レトログレード・ラベル法動物モデルで逆行性視神経軸索の軸索流動態を検出する基本的な実験手技.中枢側の視神経から蛍光色素などを注入し,視神経や網膜神経節細胞を観察する.視神経の機能や網膜神経節細胞の生存率を評価するのに適している.しかし,生理的な条件下にないことはいうまでもない.ラベル製剤の注入逆行性軸索輸送生存する網膜神経節細胞とその軸索(視神経)が同定される———————————————————————- Page 21652あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009ど)では生理学的条件が基本的に異なるうえ,極論すれば,動物を用いるという実験プロトコール自体がすでに生理的とはいえない(図1).そんなことは至極当たり前のことなのだが,よい実験データが得られた場合には,得てして動物実験データから過大な期待をしてしまうものである.さらに,動物で使用した薬剤の濃度から推計されたヒトでの臨床使用の濃度が適正なのかどうかを検討しづらいことも大きな問題点である.2. 病期との関連性神経変性のメカニズムのいくつかは解明されているが,それらが複雑に組み合わさって,段階的に徐々に変性が進行すると推定されている.つまり,病期と病態の関係が完全に明確でない.しかし,薬剤はピン・ポイントで作用するので,対象患者の病期がマッチしなければ,当然ながら有効な薬効は得られないことになる.3. 薬効の判定のむずかしさ薬効は,通常は血液データの改善や血管造影検査などで評価され,短期的に数値的に評価されることが必要である.網膜視神経変性の病状は,視力・視野検査などの自覚的検査や視神経乳頭解析,網膜神経線維層厚の測定などによって評価されるが,残念ながら,それらの検査は神経変性過程からの脱却をリアルタイムに検出する検査には程遠い.神経変性という病態の複雑さや長期的な経過を考慮すると,薬剤効果の評価自体がやや困難である. 後期待される神経保護とは?現在も緑内障性網膜視神経障害のメカニズム解明の研究は進行中で,その標的も徐々に明らかになりつつある(表2).さらに,国外で認可済みの緑内障点眼治療薬である酒石酸ブリモニジン(アルファガンPR)は,その神経保護効果を示唆する報告がなされている.また,眼科製剤として開発中のカルパイン-1 阻害薬もその神経保護効果が期待できると報告されている2).一方,点眼や内服ではない大胆な治療法も模索されている.網膜組織再生を目指した遺伝子治療3)や経角膜電気刺激療法4)などがすでに臨床応用に到達しつつある.さらに,神経幹細胞の眼内導入のための研究も行われている5).おわりに抗腫瘍薬である分子製剤べバシズマブ〔抗 VEGF(血(76)管内皮増殖因子)抗体〕が,加齢黄斑変性に対する治療として導入され,臨床的成果をあげている.長年の癌研究の功績である分子製剤はさまざまな臨床領域に活用されつつあるが,神経保護領域ではあまり見当たらない.そのため,神経保護療法の研究は,独自の薬効評価システムを確立し,実際的な臨床応用を強く意識した研究プロトコールに変えていく必要があると思われる.文献 1) Araie M, Shirato S, Yamazaki Y et al:Clinical e cacy of topical nipradilol and timolol on vicual eld performanace in normal-tension glaucoma:a multicenter, randomized, double-masked comparative study. Jpn J Ophthalmol 52:255-264, 2008 2) Govindarajan B, Laird J, Sherman R et al:Neuroprotec-tion in glaucoma using calpain-1 inhibitors:regional di erences in calpain-1 activity in the trabecular mesh-work, optic nerve and implications for therapeutics. CNS Neural Disord Drug Targets 7:295-304, 2008 3) Ikeda Y, Yonematsu Y, Miyazaki M et al:Acute toxicity study of a simian immunode ciency virus-based lentiviral vector for retinal gene transfer in nonhuman primates. Hum Gene Ther 20:943-954, 2009 4) Fujikado T, Morimoto T, Matsushita K et al:E ect of transcorneal electric stimulation in patients with nonarter-itic ischemic optic neuropathy or traumatic optic neuropa-thy. Jpn J Ophthalmol 50:266-273, 2006 5) Wallace VA:Stemcells:a source for neuron repair in retinal disease. Can J Ophthalmol 42:442-446, 2007表 2 現時点における緑内障性網膜視神経障害に対する神経保護の概要病態メカニズム治療製剤細胞外毒性NMDA 受容体アンタゴニスト(メマンチン,MK801 など)ミトコンドリア機能異常コエンザイム Q-10蛋白構造異常アミロイド産生阻害HSP-70酸化ストレスビタミン E抗酸化剤炎症・自己免疫異常Cop-1TNF-aVaccine神経栄養因子の枯渇BDNFエリスロポエチン遺伝子導入 さまざまな因子の神経保護効果が実験レベルで確認されている.NMDA:N-methyl-d-aspartic acid,HSP-70:heat, shock, protein, 70 kD,TNF-a:tumor necrosis factor a,BDNF:brain-derived neurotrophic factor.