———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091095私が思うことシリーズ⑱(89)この欄は若くてアクチヴな眼科医たちの熱烈な思いが述べられる場と理解していたが,どうゆうわけか高齢の代表みたいな私にお鉢が回ってきた.当方,高齢症状の自覚がないままに,思うことのみぞ多かりけるの心境でいるためであろうか.わが愛するシューベルトが,菩提樹の木蔭でまどろんでは甘い夢をみたり,愛の言葉を幹に刻み込んだりしたように,50年以上も付き合ってきた緑内障の大樹の蔭にまどろみながら,四次元の世界をさまよってみるのも悪くはあるまい.私が付き合いはじめた頃は,緑内障(学)の樹木は今からみればとても未熟であった.この樹木は西暦が始まるはるか前のヒポクラテスの時代から立っていたが,発育停止の状態が長い間つづき,ようやく150年ほど前になってフォン・グレーフェが緑内障学の樹木として科学的に手を加え,樹形も大きくなり,一応形が整えられた.だが,その後も本態不明のままに再び発育停止し,最近まで野ざらしのままであった.私が眼科医になった50数年前当時もそんな状況で,細隙灯はVogtの天然記念物的なもの,眼底カメラはノルデンゾンの写らない壊れ物,眼圧計は錆びているシェッツ・トノメーター,視野計はフェルステルのこれも天然記念物.眼圧下降剤はエゼリン,ピロカルピンのみ.眼底検査はピロカルピン縮瞳下の倒像検査で乳頭陥凹の有無さえ透見できればよいといった低レベルで,現在からは想像もできない貧困な状況であった.近年の幾人かの天才たちによる新分野の開拓に加えて,その普及化に休むことなく努力を続けてきた眼科医たちのお蔭で今日があること,そしてその発展経過の一部始終を自ら体験し,自分のからだに緑内障学発展の歴史が刻まれていると思うと不思議な気持ちだ.現在,緑内障の木は巨木に育ったようで,その幹にも年輪の重なりとともに,歴史が刻みこまれている.私はその木蔭でまどろんだり,いじめたり,いじめられたり,シューベルトの菩提樹にあるように,愛の言葉を幹に刻んだりしてきたようだ.「あばたもえくぼ」のうちは幸せだ.「山に入りて山を見ず」という諺があるが,山に入ると,林や谷間が見えても山全体も頂上もみえなくなるというもので,物ごとに深く入り込むと,全体像がわからず,兎角,目先のことのみに囚われて,本当の姿,真理が見えなくなることを諫めた言葉である.緑内障の大樹の蔭にはいると,同じように,全体像がつかめなくなり,おまけに良い気分になってまどろんだりする誘惑のままに,満足で平和の世界に溶け込み勝ちになる.最近の豊かな情報のお蔭で,国際的なスリーピングがはじまり,まどろみに漬かっているような雰囲気となった.このまどろみの世界を脱出するには,創造力を生むための強烈なエネルギーを爆発寸前まで蓄えなければならない.既成概念の殿堂であるアカデミズムに浸っていては,孫悟空のごとくどんな凄いことをやってもそれはお釈迦様の掌の中の蠢きにすぎず,脱出もできなければ新しい世界も生まれはしない.幸か不幸か,緑内障の巨木をいまだ見きわめた人はいないのだ.近代のフランス絵画の革命をもたらしたゴッホにしろ,セザンヌにしろアカデミーとは関係ない素人であったし,印象派の巨匠モネーにしろ,世紀の天才と評価されているピカソにしろ,アカデミーから得るところなしとて脱出した人たちである.健全で着実な発展はアカデ0910-1810/09/\100/頁/JCOPY岩田和雄(KazuoIwata)新潟大学名誉教授国際的にも数少ない徹底した緑内障学メカニカル・テオリスト.類例のない正常眼圧緑内障の病理所見をベースにした理論体系を樹立.エッセーが趣味で「緑内障百話」執筆中.クラッシック音楽や雑話的エッセーも盛ん.エーデルワイス,エンチアン,数十種類の石楠花などの栽培が道楽.BMWを乗り回す.スペクトラルドメイン3D-OCT(光干渉断層計)で篩状板病態に挑戦中.(岩田)緑内障の木蔭で———————————————————————-Page21096あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009ミズムによるとしても,それは着実にレベルを上げることにすぎず,飛躍は困難である.大志を抱く人は,奥深い教養を蓄えながらも,研ぎ澄まされた創造心にあふれ,飛躍する夢を持ち続けねばなるまい.だが単なる無謀の創造心ではどうにもならない.若い頃,そんな体験をした.私が眼科入局3年のころ,春季カタールで,コーチゾンを点眼すると眼がかすむという人を診察し,眼圧が高いことに驚き,検討の結果,コーチゾン点眼で眼圧が上昇していることを確認し,まだ文献に見ない新しい病気として恐る恐る学会で発表した.だが教養もなく,学問の進め方も知らぬアマチュアではどうにもならず,症例報告に留まった.その後10年ほどしてArmaly,Beckerらがステロイドレスポンス学説を樹立して国際的に有名になったのをみて臍(ほぞ)をかんだものだ.だが,私の報告から50数年も経た現在,なお,その本態はわかってはいない.当時,緑内障の主因は隅角にありというわけで,電顕もなくて,強拡大による隅角生態観察に熱中し,サルコイドジスの線維柱帯壁につらなる隅角結節を発見し,それによる続発眼圧上昇機構をも解明した.結節タイプが他の肉芽性炎症と異なることから,診断に重要なポテンシァルとなり,現在に至っている.さらに,シュレンム管を血液逆流法で可視化し動態観察する装置を考案し,線維柱帯メッシュワークや管腔の房水流出の病態,アウトレットに流れ込む状態などを16ミリ映画に撮り,国内外でデモした.ドイツの学会ではトラベクロトミーの元祖Harms教授や,光凝固の元祖Mayer-Schwickerat教授に大変にお褒めをいただき,Tuebingen大学に招待された.アメリカではNEI(NationalEyeInstitute)に招待されて,コーガン,カッパー,クワバラら超大家の控えている前でデモしたものだ.また「君のおかげでシュレンム管というものがよく理解できた」と4代前の東北大学の桐沢教授に握手を求められたことを思い出した.実際,血液で彩られた房水が,いろいろなパターンで管腔に留まったり流出したりする状況は我ながら感動的で,病態を知るのにずいぶんと役立った.シュレンム管のアウトレット部のメッシュワークに限局して色素が点々と沈着し,そこが房水流出の主路であることも明らかにした.VascularTheoryの大元締めで,尊敬されていたバンクーバーのDrance教授とシンポジユームを担当したときに,私はMechanicalTheoryを病理組織所見をベースに主張し,Drance教授の血管説に反論したが,「ドクター・イワタは前から私の親しい友であるが,緑内障の視神経障害に関しては相容れないのは学問の上のことで,やむを得ないことだ…」.彼我ともにリタイヤーして久しく,当時を懐かしく思い出している.だが相容れない状況は現在も変わってはいない.緑内障の木蔭でまどろんだ夢が次々と思い出されて止めどがない.紙面の都合もあり,話題を変えてみよう.なんといっても,緑内障学が新しい世界に踏み出す契機を作ったのは,多治見スタディである.その十年ほど前に,私は日本眼科学会の特別講演で,眼圧が高くとも,正常でも,より低く眼圧を保持したほうが視野障害を緩めたり,停止させたりすることを後ろ向き調査で明らかにし,眼圧が正常でも進行することを強調し,タイプやステージごとに目標眼圧を設定した.多治見スタディは原発開放隅角緑内障(POAG)の92%は正常眼圧緑内障(NTG)であることを実証したが,私どもの成績とともに眼圧の高いのが緑内障という古典的コンセプトを覆す革命的事実となった.研究者の常識としては,正常眼圧でも緑内障性視神経障害(GON)をきたすのは血流障害など多因子の作用している疾患(multifactorialdisease)だからだと思い込むことになる.その後の研究でNTGでもGONに眼圧依存性の強いことがエヴィデンスとして確認された.しかしそれでも緑内障は進行することから,緑内障の本態がちらりとその姿を露見させたわけで,研究者はそこに喰らい付かねばなるまい.統計学では無視されるが,observationalstudyが新たなモチベーションを与えてくれるに違いない.科学は観察から始まるのだ.GONの解明のために日本に与えられた絶好のチャンスなのだ.話題のNTGの低脳圧現象は病態生理学的にはGONを説明できない.また緑内障で皮質中枢まで障害されるとは,単純には考えにくい.精密な追試が必要だ.現在緑内障の視神経障害は国際的に緑内障視神経症(glau-comatousopticneuropathy:GON)とよばれている.そして緑内障は視神経自身の病気と理解されている.これはきわめていい加減な表現で,惑わされてはならない.GONが自発的な視神経自身の病気とすべき根拠はどこにもない.私はGONという表現は,視神経が退行変性し消えてゆくmolecularbiologicalな複雑な処理過程を示しているにすぎず,病理所見からも視神経炎みたいな自発的疾患ではないとするのが妥当と考える.視神(90)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091097(91)経自身の疾患ならば解決は簡単だ.だが,それは本末転倒で,真の病態がますます見えなくなるのではないか.現在,臨床的に緑内障が進行しているか否かの判定法を巡って視野とか視神経線維層の厚みの変化を対象に論争が激しい.だが,それは年単位程度のごく大まかなものにすぎない.現時点で緑内障の本態がactiveに活動していることを「微分」的に確認する方法はないであろうか.未来の超高解像力OCT(光干渉断層計)が鍵を握っているのではあるまいか.私のフーリエ・ドメインOCTによる探索では,GONで視神経萎縮が起こる場合には,萎縮の前の段階で,視神経線維が腫脹することを確認できた.これこそが現在リアルタイムで観察可能な唯一のactiveなサインと考えている.また私どもは失敗したが,眼圧自動調整中枢のレベルを,エアコンの目盛りを下げてリセットし,室温を下げるみたいに調整できないか.緑内障の巨木の木蔭で見る,夢がつづく.(2009年5月,みどりの日に)岩田和雄(いわた・かずお)1927年生まれ19611963年Bonn大学留学1972年新潟大学教授1993年退官,名誉教授日本眼科学会,日本緑内障学会,日本臨床眼科学会,各総会特別講演☆☆☆