———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLS用いた再生医療の成果について総論的に紹介する.I先端医療の変遷薬物療法が医療の主体だった時代,化学技術の向上が新しい医療を担ったが,1980年代は細胞工学や遺伝子工学が発展し,蛋白質やペプチドが大量に合成できる時代となり,さらに1990年代に入りDNA,RNAへと研究が進み,2000年代にはついに組織や器官を作製することが夢でなくなった.このことは対症療法から根本治療に向かう治療の進歩の必然的な流れとみることができはじめに2008年4月,東京女子医科大学は早稲田大学との連合大学院(TWIns)を開設した.現在,治すことのできない疾患の治療を実現する先端医療を追究するうえで,理工学領域や人文科学領域と医学の研究の融合はきわめて効果的な戦略と考えられる.このようなコンセプトのもとで同じ建物に二つの大学院が乗り入れ,産業分野も参加し,先端医療の実現に向けたきわめてユニークな出発となった.今回は,筆者らの研究分野の一つである細胞シートを(53)7771医2医生医I162866681医生医たい26(6):777781,2009c第14回日本糖尿病眼学会特別講演細胞シートを用いた再生医療RegenerativeMedicine-BasedCellSheetEngineering谷治尚子*1岡野光夫*2総説胚性幹細胞体性幹細胞高脂血症薬抗うつ薬抗潰瘍剤抗ヒスタミン剤Cox2阻害剤PDGF,EGF,TGF-aIGF,FGF,HGF,VEGF,NGF,BDNF,CTNFTGF-b,BMP,アクチビン,レチノイン酸,5-アザシチジン増殖因子文化誘導因子低分子医薬バイオ医薬遺伝子医薬細胞医薬組織医薬細胞シート医薬有機化学遺伝子工学細胞生物工学組織工学,DDS細胞工学再生医学バイオマテリアル図1再生医療―医薬・先端治療の進化と融合:対症療法から根本治療へCox2:シクロオキシゲナーゼ2,PDGF:血小板由来成長因子,EGF:上皮成長因子,TGF-a:トランスフォーミング成長因子,IGF:インスリン様成長因子,FGF:線維芽細胞成長因子,HGF:肝細胞増殖因子,VEGF:血管内皮細胞増殖因子,NGF:神経成長因子,BDNF:脳由来神経栄養因子,CTNF:毛様体神経栄養因子,BMP:骨形成因子.———————————————————————-Page2778あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(54)る(図1).特にこの意味で組織工学(ティッシュエンジニアリング)や幹細胞工学(ステムセルエンジニアリング)の発展が今後の緊急な重要課題である.1997年Vacantiらがヒトの軟骨細胞を生分解性の立体的な足場(スキャホールド)に撒いて培養し,生きているマウスの背中にヒトの耳を作製した1).彼らは心臓弁,骨などの再生にも成功し,その成果はHumanBodyShopと紹介され再生医療の成功が約束されたかのような印象を与えた.しかし彼らの生分解性ポリマーの足場は分解され吸収されていく過程で炎症反応をひき起こし,長期的に組織の形状の安定性が必ずしも完璧なものとなっておらず,血管も誘導できなかったためサイズの大きい塊としての再生組織は壊死していくことが多かった.彼らの研究で世の中に組織工学が認知された功績は大きいといえるが,人工材料を用いない再生医療がさらに望まれる.II細胞シート工学1.細胞シート工学とは筆者らの研究室ではより生体に近い組織の作製を目指し,細胞組織を培養皿からシートの形のまま脱着・回収して利用するという方法で研究を進めている.「細胞シート工学」と名づけたこの方法では,温度変化によって培養皿から細胞シートを回収することができる.トリプシンなどの蛋白分解酵素を用いた従来の方法では細胞間結合や細胞外マトリックス(ECM)を壊してしまうが,筆者らの開発した温度応答性培養皿上で培養した細胞は細胞間結合を保ったままECMも保持しているため,移植面上に接着しやすいというメリットがある.この技術を応用しすでに角膜,食道,歯根膜,心筋,皮膚が臨床段階に入っている.その他にも肺,気管,肝臓,甲状腺,副甲状腺,膀胱,網膜色素上皮(RPE)などの研究もなされている(図2).2.温度応答性表面温度応答性培養皿の底面には温度応答性高分子であるポリN-イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)が固定化されているが,PIPAAmは下限臨界溶液温度である32℃を境に水との親和性が大きく変化する.細胞を培養する37℃では培養皿表面は疎水性で,通常の培養皿と同じように細胞は接着することができる.細胞が増殖してコンフルエントになった後に温度を20℃に下げーバード大学・MIT発スキャフォールド法s東京女子医科大学発細胞シート工学法術角膜軟骨食道歯根膜2008年4月臨床研究開始2008年4月臨床研究開始東北大学西田幸二教授との共同研究東北大学西田幸二教授提供20例上の臨床研究をまえ2007年9月月治験開始ーバード大学小教授提供高分子製足場細胞培養心筋2007年6月臨床研究開始大阪大学教授との共同研究温度応答性培養皿上で作製された細胞シート(直接貼り付け)術後2年図2日本発の細胞シート工学———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009779(55)ると培養皿の表面は親水性になる.すると細胞層の底面は培養皿表面と接着していられなくなり,シート状に自然にがれてくる(図3).このようにして温度のみでシート状にがすと,細胞はECMや細胞間結合を保っており,酵素処理した場合に比べダメージの少ない分化した細胞が直接移植できる.ECMを保持したシートは他の組織に容易に接着するのみならず,別の細胞シートに接着させることもできる.III世界に先駆けた細胞シートの臨床応用1.角膜上皮角膜は皮膚などと同様に移植がしやすく,経過が直接みられるという点で再生医療に適した組織である.角膜の分野では東北大学眼科の西田幸二教授と共同研究をしている.角膜移植は献体からの移植が通常行われるが,わが国では提供眼が圧倒的に不足している.そのため再生医療による移植が期待され,コラーゲンやフィブリンを基質とした培養や羊膜上で培養したシートなどさまざまな方法での移植が試みられている.温度応答性培養皿から温度処理のみで回収された細胞シートはECMをその構造を変化させることなく保持しており,容易に角膜実質層に接着するため縫合の必要がない.酵素を用いないため細胞間結合も維持しているが,余分な基質はなく透明度も高い.このような細胞シートをアルカリ外傷やStevens-Johnson症候群などに移植した症例では良好な視力を得ている2).ほかにも両眼とも角膜輪部から自己の細胞を得られないような重篤な症例では,培養自己口腔粘膜上皮細胞シート移植を行い,良好な治療成績を得ている3).角膜実質のなかのケラトサイトと口腔粘膜細胞のサイトカインを介したコミュニケーションにより,口腔粘膜上皮シートに角膜上皮に特異的なケラチンマーカーを認めており,細胞シートを貼り付けることは構造的な統合にとどまらず,機能的な統合も誘導していることを確認した.2.食道近年,早期消化管癌の治療として内視鏡的粘膜下層離術(endoscopicsubmucosaldissection:ESD)が登場し,広範囲の病変でも一括切除が可能となってきた.しかし,管腔の狭い食道では広範囲のESD後に生じる潰瘍瘢痕による狭窄の問題が生じる.東京女子医科大学消化器外科では食道ESD後の人工潰瘍の創傷治癒の促進,および術後食道狭窄の抑制を目的とした内視鏡を用いた培養自己口腔粘膜上皮細胞シート移植を2008年4月に開始した4,5).移植した細胞シートが構造的,機能的に食道の粘膜下層と統合し,良好な狭窄阻止効果を示したものと考えている.3.歯根膜歯周病になると歯根膜が減少する.東京医科歯科大学歯学部との共同研究で,培養下で作った歯根膜細胞シートの移植により歯根膜のみならず,セメント質や歯槽骨の再生も可能であることを動物モデルで明らかにしている6).2008年4月より臨床研究を開始した.細胞ソースは患者本人の智歯である.4.心筋重症の心不全に対する治療を目的として,再生医療的アプローチが始まっている.自己の細胞懸濁液を心筋梗塞を起こした患部に移植するという方法がこれまで検討されてきたが,細胞シートであれば細胞を目的とする場所に正確に移植することができる.また,培養心筋シートは複数枚移植することにより厚みをもたせることができる7).心筋シートの拍動はシート間でばらばらであるが,積層化すると同期することが確認されている.すなわち,構造的,機能的な細胞シート間の統合が誘導されることが明確となった.これを心筋パッチとして移植するとホストの心臓と同期して拍動する.実際問題として移植に使う自己の心筋細胞の採取は困難であることから,大腿の筋芽細胞を培養したシートで同様の移植を患細胞間接着蛋白質酵素処理37℃(疎水性)20℃(親水性)本方法温度応答性培養皿*細胞外マトリックス*poly(?-isopropylacrylamide)細胞外マトリックスなどが維持されたまま?がれる図3細胞シートの離トリプシン処理での細胞シートの離と温度応答性表面での場合の比較.———————————————————————-Page4780あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(56)部に行うと線維化した組織の改善が得られた8).この研究は大阪大学第一外科との共同研究である.5.皮膚皮膚,粘膜などバリア機能を主たる目的とする場合,細胞シートは良好な適応である.現在,患者自己表皮細胞由来培養表皮細胞シートを用いた瘢痕組織治療が東京女子医科大学形成外科で行われている.ECMを保った培養表皮細胞シートの創への接着はきわめて良好である.IV眼科領域での研究このようにヒトでの試験的な治療を開始している組織もあるが,ほかにも眼科領域では角膜内皮細胞や網膜色素上皮(RPE)細胞のシート利用が研究されている.1.角膜内皮細胞シート角膜組織は東北大学眼科の西田幸二教授との共同研究である.角膜内皮は生体内では増殖せず,そのポンプ機能が破綻すると水疱性角膜症を発症する.生体外では条件を整えると分裂・増殖することから,温度応答性培養皿上で角膜内皮を培養し,細胞シートとして回収し実験動物に移植している.ウサギ病態モデルへの移植では培養角膜内皮細胞シートの機能により角膜の透明性を保つことができている9).2.網膜色素上皮細胞シートRPEは神経網膜と脈絡膜の間に存在し,視細胞の貪食・神経網膜との接着・血液網膜柵のメンテナンス・細胞増殖因子の分泌など神経網膜の機能維持に重要な役割を果たしている.成人ではRPEは傷害されても分化したままでは増えることはなく,大きくなったり遊走して変形したりすることによりその面積を占める.そして本来の機能を失ったRPEにより神経網膜の機能も維持できなくなり視力の低下をきたす.そこでRPE細胞シートの移植が検討された.RPEシートは網膜色素変性症や加齢黄斑変性症などが対象疾患になると考えている.現在では脈絡膜新生血管(CNV)抜去術は光線力学的療法(PDT)や抗VEGF(血管内皮増殖因子)療法などの新しい治療に比べて侵襲が大きく成績も良くないことから施行される機会はほとんどない.筆者らの施設で過去に施行した例ではCNV抜去時に多量のRPEが新生血管板に付着しており,固視点はRPEが脱落していない部位に移動していた.このようなRPE脱落部位にRPEシートが移植できたらRPE欠損による神経網膜の萎縮が防げるのではないかというのが当初の目的であった.他の方法としてこれまでにAutoで細胞懸濁液の注射,フラップ状の自己RPE移植,周辺部のRPEの直接移植などが国内外で報告されている.Alloの成人RPEや胎児RPEのヒトへの移植のほか,RPEの代替として採取の容易な虹彩色素上皮(IPE)での臨床報告も出ている.細胞ソースの問題はあるが,今後はES細胞やiPS細胞を利用できる可能性が広がっている.RPEのシート作製は東北大学,大阪大学,東京女子医科大学で試みられた(図4,5).作製したウサギRPE細胞シートは実験動物に移植された10).しかし単層のRPEシートの眼内での操作性の悪さがネックであるため,まずは移植デバイスの開発を進めているところである.100図4網膜色素上皮細胞の培養温度応答性培養皿上で網膜色素上皮細胞の培養に成功した.図5網膜色素上皮細胞シートの離に成功37℃から20℃へ温度を低下させ,網膜色素上皮(RPE)細胞シートの回収に成功した.温度応答性培養皿?がれたシートディッシュ上のRPE温度応答性培養皿?がれたシート———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009781(57)V医工連携,産学連携での試み細胞培養の自動化を目指した小型自動培養装置やインテリジェントセルカートリッジの試作を企業と共同で進めている.さらに,移植デバイスの開発も他大学とも共同で行っている.先端医療のために,テクノロジーを結集させて利用できれば,今まで不可能であった治療が可能となることが期待できる.特に再生医療は無菌操作での培養が必要であり,これをロボットが行うことも魅力あるテーマであると考えている.また多くのテクノロジーにより,安全で効果的な治療が実現できる.この意味で医工連携,産学連携の体制作り,人材教育はきわめて重要であると思われる.文献1)CaoY,VacantiJP,PaigeKTYetal:Transplantationofchondrocytesutilizingapolymer-cellconstructtoproducetissue-engineeredcartilageintheshapeofahumanear.PlastReconstrSurg100:297-302,19972)NishidaK,YamatoM,HayashidaYetal:Functionalbio-engineeredcornealepithelialsheetgraftsfromcornealstemcellsexpandedexvivoonatemperature-responsivecellculturesurface.Transplantation77:379-385,2004a3)NishidaK,YamatoM,HayashidaYetal:Cornealrecon-structionwithtissue-engineeredcellsheetscomposedofautologousoralmucosalepithelium.NEnglJMed351:1187-1196,2004b4)OhkiT,YamatoM,MurakamiDetal:Treatmentofoesophagealulcerationsusingendoscopictransplantationoftissue-engineeredautologousoralmucosalepithelialcellsheetsinacaninemodel.Gut55:1704-1710,20065)MurakamiD,YamatoM,NishidaKetal:Fabricationoftransplantablehumanoralmucosalepithelialcellsheetsusingtemperature-responsivecultureinsertswithoutfeederlayercells.JArtifOrgans9:185-191,20066)HasegawaM,YamatoM,KikuchiAetal:Humanperi-odontalligamentcellsheetscanregenerateperiodontalligamenttissueinanathymicratmodel.TissueEng11:469-478,20057)ShimizuT,YamatoM,IsoiYetal:Fabricationofpulsa-tilecardiactissuegraftsusinganovel3-dimensionalcellsheetmanipulationtechniqueandtemperature-responsivecellculturesurfaces.CircRes90:e40,20028)MiyagawaS,SawaY,SakakidaSetal:Tissuecardiomyo-plastyusingbioengineeredcontractilecardiomyocytesheetstorepairdamagedmyocardium:theirintegrationwithrecipientmyocardium.Transplantation80:1586-1595,20059)SumideT,NishidaK,YamatoMetal:Functionalhumancornealendothelialcellsheetsharvestedfromtempera-ture-responsiveculturesurfaces.FasebJ20:392-394,200610)YajiN,YamatoM,YangJetal:Transplantationoftissue-engineeredretinalpigmentepithelialcellsheetsinarabbitmodel.Biomaterials30:797-803,2009☆☆☆