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眼瞼下垂と眼球運動障害をくり返したサルコイドーシスの2例

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1(115)5470910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):547551,2009cはじめにサルコイドーシスは全身性肉芽腫性疾患で脳神経症状としては顔面・視神経障害の頻度が高く,動眼・滑車・外転神経障害の報告は少ない13).今回筆者らは短期間に両眼瞼下垂をくり返したサルコイドーシスの2例を経験したので,その眼科的所見および臨床症状について報告する.I症例〔症例1〕33歳,男性.主訴:両眼瞼下垂.現病歴:2000年健診にて肺門部リンパ節腫脹(BHL)を指摘され,経気管支肺生検の結果サルコイドーシスと組織診断された.2007年6月中旬より左右の眼瞼下垂をくり返し,〔別刷請求先〕相馬実穂:〒849-8501佐賀市鍋島5丁目1番1号佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:MihoSoma,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPAN眼瞼下垂と眼球運動障害をくり返したサルコイドーシスの2例相馬実穂*1石川慎一郎*1平田憲*1沖波聡*1皆良田研介*2*1佐賀大学医学部眼科学講座*2皆良田眼科TwoCaseofSarcoidosiswithFrequentRecurrenceofBlepharoptosisandOphthalmoplegiaMihoSoma1),ShinichiroIshikawa1),AkiraHirata1),SatoshiOkinami1)andKensukeKairada2)1)DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,2)KairadaEyeClinic緒言:眼瞼下垂と眼球運動障害をくり返したサルコイドーシスの2例を報告する.症例:症例1は33歳,男性,7年前にサルコイドーシスと診断された.左右の眼瞼下垂をくり返し近医受診.頭部磁気共鳴画像(MRI)に異常なく重症筋無力症も否定され,佐賀大学附属病院眼科を受診した.右眼瞼下垂を認めたが,両眼とも活動性炎症所見はなかった.プレドニゾロン(PSL)20mg内服開始後に下垂は改善したが,漸減に伴い左右下垂と動眼・滑車神経障害の再発をくり返した.症例2は64歳,女性,両眼ぶどう膜炎と左眼瞼下垂で紹介受診.胸部コンピュータ断層撮影(CT)で肺門部リンパ節腫脹(BHL)が判明した.PSL20mg内服,点眼加療後に下垂は改善,眼底所見も改善し内服を中止した.その後,左眼瞼下垂が再発したがミドリンRP点眼で下垂は改善,その後も左右眼瞼下垂と上転障害の再発をくり返したが点眼のみで改善した.結論:反復性の眼瞼下垂と眼球運動障害では,サルコイドーシスも原因疾患として検索を進める必要がある.Wereport2casesofsarcoidosiswithfrequentrecurrenceofblepharoptosisandophthalmoplesia.Case1,a33-year-oldmalewhohadhadsarcoidosisfor7years,noticedrecurrentblepharoptosis.Brainmagneticresonanceimaging(MRI)wasnormal.Myastheniagraviswasruledout.Hewasreferredtousforblepharoptosisoftherighteye.Therewasnoactiveintraocularinammation.Withoralprednisolone,theblepharoptosisdisappearedwithin2weeks.However,whentheprednisolonewasreduced,bilateralblepharoptosisrecurredandophthalmoplegia(CNIII,IVandVI)wasobserved.Case2,a64-year-oldfemale,wasreferredtousforblepharoptosisofthelefteyeanduveitisofbotheyes.Ocularmovementwasnormal.Chestcomputedtomography(CT)revealedbilateralhilarlymphadenopathy.Oralprednisoloneandeyedropsofbetamethasoneandmydriaticsresultedinimprovementofblepharoptosisandintraocularinammation,althoughtheblepharoptosisontheleftsiderecurredwithprednisolo-nediscontinuation;thiswastreatedwithmydriatics.Recurrentblepharoptosisandophthalmoplesiamaybecausedbysarcoidosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):547551,2009〕Keywords:サルコイドーシス,眼瞼下垂,眼球運動障害.sarcoidosis,blepharoptosis,ophthalmoplesia.———————————————————————-Page2548あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(116)近医を受診.頭部磁気共鳴画像(MRI)にて異常なく,7月30日佐賀大学附属病院神経内科に紹介されるも重症筋無力症は否定され,8月6日眼科へ紹介となった.既往歴・家族歴:特記すべき事項なし.初診時所見(2007年8月6日):視力は右眼0.1(1.5×2.5D(cyl1.0DAx165°),左眼0.15(1.5×2.0D(cyl1.0DAx165°).眼圧は右眼13mmHg,左眼15mmHg.眼位,眼球運動,対光反応は異常なく,瞼裂幅は右3mm,左10mmと右眼瞼下垂を認め,挙筋作用は右5mm,左15mmと右がやや不良であった.前眼部は両眼cell(),フレア(),隅角鏡にて両眼にテント状周辺虹彩前癒着(PAS)を認めた.右眼眼底の下方に軽度硝子体混濁を認めたが,左眼眼底は異常がなかった.検査所見:一般血液学的には異常なく,内分泌学的には甲状腺刺激ホルモン(TSH)1.32μg/dl,f-T33.2ng/dl,f-T41.0ng/dl,抗アセチルコリンレセプター抗体0.2nmol/l,ヘモグロビンA1C(HbA1C)5.3%と正常であった.髄液検査では細胞数0/mm3,蛋白質22mg/dl,糖57mg/dlと正常であった.経過:サルコイドーシスの眼病変の既往があると思われたが,活動性の炎症所見は認めなかった.眼瞼下垂の原因としてサルコイドーシスを考え,同日よりプレドニゾロン(PSL)20mg(0.3mg/kg)の内服を2週間行ったところ右眼瞼下垂は改善したため,10mgを3日間,5mgを4日間内服し3週間後に中止した.内服中止から2週間後に左の眼瞼下垂が出現,3週間後に下垂は両眼性となり両眼の上転障害,右眼の内転・下転・内下転障害も認めた(図1).その後眼瞼下垂・眼球運動障害とも寛解・再発をくり返した(図2).9月20日に再検した頭部・眼窩MRIでは,右海綿静脈洞に軟部腫瘤様構造を認め,サルコイドーシスによる肉芽腫性病変が疑われたが病状とは一致しなかった.病変部位として動眼神経核の障害を考え,10月22日に脳幹部MRIを施行したが異常を認めなかった.鑑別として慢性進行性外眼筋麻痺を疑い精査を行った.筋電図では大腿四頭筋,前脛骨筋に低振幅波を認めたが,筋生左眼右眼図2症例1:2007年10月11日再診時Hessチャート瞼裂幅は右7mm,左9mmと右眼瞼下垂を認め,挙筋作用は右12mm,左15mmであった.右眼の内転・上転障害を認めた.左眼右眼図1症例1:2007年9月20日再診時Hessチャート瞼裂幅は右4mm,左4mmと両眼瞼下垂を認め,挙筋作用は右7mm,左7mmであった.両眼の上転障害,右眼の内転・下転・内下転障害を認めた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009549(117)検では異常を認めなかった.以上の結果から眼瞼下垂の原因を神経サルコイドーシスと考え,2008年1月23日PSL20mg(0.3mg/kg)の内服が再開された.内服再開に伴い眼瞼下垂は速やかに改善したが,眼球運動障害は残存した.短期間の内服では再燃の可能性が高いと思われたため,PSL内服量は症状の軽快に合わせ20mgを13週間,15mgを2週間,10mgを3週間と漸減した.再開後4カ月を経過した現在,10mg内服中で眼瞼下垂・眼球運動障害とも改善傾向にある(図3).〔症例2〕64歳,女性.主訴:右眼充血,左眼瞼下垂.現病歴:2006年12月22日より右眼充血,12月25日よ左眼右眼図3症例1:2008年6月13日再診時Hessチャート瞼裂幅は右9mm,左9mm,挙筋作用は右14mm,左15mmで両眼瞼下垂はほぼ消失している.右眼の上転・内転障害が残存し,正面視にて外斜している.左眼右眼図4症例2:2008年4月4日再診時Hessチャート瞼裂幅は右4mm,左6mmと右眼瞼下垂を認め,挙筋作用は右7mm,左11mmであった.右眼上転障害を認めた.———————————————————————-Page4550あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(118)り左眼瞼下垂があり近医を受診.12月27日精査・加療目的にて当科へ紹介となった.既往歴:高コレステロール血症,胆石にて内服中.家族歴:特記事項なし.初診時所見(2006年12月27日):視力は右眼1.2(矯正不能),左眼1.2(矯正不能).眼圧は右眼19mmHg,左眼20mmHg.眼位,眼球運動,対光反応は異常なく,瞼裂幅は右8mm,左2mmと左眼瞼下垂を認め,挙筋作用は右11mm,左4mmと左が不良であった.前眼部は両眼ともcell(),フレア(),隅角鏡にて両眼に結節,右眼にテント状PASを認めた.前部硝子体に右眼cell(3+),左眼cell(2+)で右眼に網膜静脈周囲炎と網膜滲出斑,左眼に数珠状硝子体混濁と網膜滲出斑を認めた.経過:初診時に施行したツベルクリン反応は陰性,血清アンギオテンシン変換酵素活性(ACE)・カルシウム値とも正常,胸部単純X線撮影ではBHLはないとのことであった.胸部コンピュータ断層撮影(CT)による再検で縦隔内・肺門部にリンパ節腫脹を指摘され呼吸器内科を紹介受診した.本人が生検を希望せず組織診断は行っていないが,サルコイドーシス(臨床診断群)の診断基準(2006年)を満たすことからサルコイドーシス(臨床診断群)と診断した.重症筋無力症は精査の結果,否定的とされている.眼炎症所見に対しPSL20mg(0.47mg/kg)を開始したところ,開始1週間後に左眼瞼下垂は改善,眼底所見も軽快したため,20mgを10日間内服した後,15mgを1週間,10mgを3週間,5mgを2週間と漸減し7週間後に中止となった.2007年4月に左眼瞼下垂を認めたが,自己判断にてトロピカミド(ミドリンRP)を点眼したところ軽快した.その後も7月・8月に右,10月・12月に左眼瞼下垂,2008年4月に右眼瞼下垂と右眼上転障害を認めた(図4)が点眼のみで寛解した(図5).2007年11月に頭部・眼窩MRIを施行したところ,眼窩内に異常所見なく,動脈硬化による左動眼神経の圧排を認めたが病状とは一致しなかった.本人の希望もあり,現在も点眼のみで経過観察中である.II考按サルコイドーシスは全身性肉芽腫性疾患であり,眼球への浸潤は約25%といわれる.眼症状としてはぶどう膜炎によるものが一般的だが,その他眼球突出,眼瞼下垂,ドライアイ,複視も報告されている4).神経サルコイドーシスの頻度は127%(日本では6.4%)で,脳神経症状としては顔面・視神経障害が最も多く,動眼・滑車・外転神経障害はまれである13).サルコイドーシスに伴う眼瞼下垂は眼窩や眼付属器への明らかな肉芽の浸潤5)以外に病変が特定できない症例も報告されている6,7).今回の2症例では,いずれも眼瞼下垂の原因として重症筋無力症は否定され,画像診断では眼筋の腫脹や眼窩内の肉芽左眼右眼図5症例2:2008年5月28日再診時Hessチャート瞼裂幅は右7mm,左7mm,挙筋作用は右11mm,左11mmで右眼瞼下垂と右眼上転障害はほぼ消失している.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009551(119)腫性病変は認めなかった.しかし症例1では受診時すでにサルコイドーシスと診断されていたこと,症例2では特徴的なぶどう膜炎症状を伴っていたことから眼瞼下垂の原因として神経サルコイドーシスが考えられた.神経サルコイドーシスの障害レベルとしては一般に末梢性の病変が多いとされ,その発生機序については髄膜炎による炎症,脳圧亢進による神経の圧迫,神経への肉芽腫の直接浸潤,肉芽腫による塞栓などが関与していると考えられており8),脳神経障害が伴う場合は一般にステロイドに良く反応し予後が良いといわれる.症例1の障害部位としては眼瞼下垂のほか両眼の上転障害,右眼の内転・下転・内下転障害を伴ったことより動眼神経核のレベルの異常を疑ったが,MRIでは異常所見は検出されなかった.症例2においては下垂側の上転障害を伴っており,対光反応は正常であったことから動眼神経上枝の障害が疑われたが,やはり画像上異常所見は検出されなかった.しかしいずれの症例もPSL20mgからの投与を行うことで,下垂は速やかに軽快した.Lukeらは神経サルコイドーシスの患者25例について検討・報告している9).これによれば8例(32%)に110年間隔で14回の再発を認め,脳神経障害の再発・寛解をくり返したのは4例で,外眼筋麻痺のみをくり返した症例はなかったとしている.Pentlandらも神経サルコイドーシス10例を報告しているが,再発例3例中に脳神経障害の再発例を認めた症例はなかったとしている10).今回の場合,症例1では発症から12カ月が経過しているが右3回,左2回の眼瞼下垂をくり返しており,PSL内服再開後は眼瞼下垂の再発は認めていない.症例2では発症から1年6カ月の経過観察中,右3回,左4回の眼瞼下垂をくり返している.筆者らの調べ得た限り,今回のように短期間に頻回の眼瞼下垂・眼球運動障害をくり返した神経サルコイドーシスの症例はわが国における2例の報告6,7)しかない.いずれもPSL60mgより内服を開始し,眼瞼下垂・眼球運動障害とも正常化している.今回の報告ではいずれもPSL20mgより内服を開始し眼瞼下垂は速やかに消失したが,症例1では眼球運動障害は改善したものの残存している.このことから眼瞼下垂単独の症状や動眼神経上枝レベルの眼瞼下垂と眼球運動障害であればPSL初期投与量は20mgでも十分効果を期待できるが,動眼神経核レベルの眼球運動障害であればさらに多量のPSL初期投与が必要と考えられた.症例2ではPSL内服を20mgから開始し7週間後に中止,その後に再発した眼瞼下垂に対してはミドリンRPの点眼加療により症状の寛解が得られた.これは点眼液中のフェニレフリン(アドレナリン作動薬)が交感神経系を介して上瞼板筋(Muller筋)に作用し眼瞼が挙上することで下垂症状が一時的に軽快したものと思われ,根本的治療になったとは考えにくい.しかしこの経過から,神経サルコイドーシスの症状が眼瞼下垂単独や動眼神経上枝レベルの眼瞼下垂と眼球運動障害として現れた場合は自然寛解の可能性があるとも考えられる.症例1がPSLの再開後に眼瞼下垂の再発を認めていないことに対し,症例2はPSL20mg投与中止後に計6回の眼瞼下垂の再発を認めていることから,やはり眼瞼下垂・外眼筋麻痺を症状とする神経サルコイドーシスにはPSL投与が有効であり,再発を少なくするためには中・長期間の内服が必要であると思われる.PSLの初期投与量・投与期間については今後もさらに検討が必要と思われる.眼科的にサルコイドーシスが疑われ,画像診断で肉芽腫は認めなかったものの両眼に交代性・反復性に眼瞼下垂をくり返す症例を経験した.器質的異常を伴わない眼瞼下垂を認めた場合,重症筋無力症のほかにサルコイドーシスも原因となる可能性があると思われた.文献1)SternBJ,KrumholtzA,JohnsCetal:Sarcoidosisanditsneurologicalmanifestation.ArchNeurol42:909-917,19852)SharmaOP,SharmaAM:Sarcoidosisofthenervoussys-tem.ArchInternMed151:1317-1321,19913)作田学:神経サルコイドーシス.日本臨牀52:1590-1594,19944)PrabhakaranVC,SaeedP,EsmaeliBetal:Orbitalandadnexalsarcoidosis.ArchOphthalmol125:1657-1662,20075)SneadJW,SeidensteinL,KnicRJetal:Isolatedorbitalsarcoidosisasacauseforblepharoptosis.AmJOphthal-mol112:739-740,19916)上古真理,安田斎,寺田雅彦ほか:頻回に眼筋麻痺を繰り返したサルコイドーシスの1例.臨床神経34:882-885,19947)植田美加,竹内恵,太田宏平ほか:交代性,反復性外眼筋麻痺を呈したサルコイドーシス.臨床神経37:1021-1023,19978)HeckAW,PhillipsLHII:Sarcoidosisandthenervoussystem.NeuroClin7:641-654,19899)LukeRA,SternBJ,KrumholzAetal:Neurosarcoido-sis:Thelong-termclinicalcourse.Neurology37:461-463,198710)PentlandB,MitchellJD,CullREetal:Centralnervoussystemsarcoidosis.QJMed220:457-465,1985***

Blau 症候群同胞例の長期経過

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1542あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(00)542(110)0910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):542546,2009cはじめにブラウ症候群(Blausyndrome)は家族性全身性肉芽腫性炎症であり,主として眼・関節・皮膚に病変を認める.1985年にBlau1)らが報告したまれな疾患で,ぶどう膜炎による失明,関節炎による関節拘縮が高頻度でみられ,予後不良な疾患である.わが国での報告は数家系のみであり25),眼科領域からの臨床報告はさらにまれである2,5).臨床病型は4歳以下で発症し,発疹・関節炎・ぶどう膜炎を3症状とする若年性サルコイドーシスと酷似しており,鑑別は家族集積の有無のみである3,4).多くの症例で当初は若年性特発性関節炎(juvenileidiopathicarthritis:JIA)として経過観察されやすく,本疾患は潜在的には多いことが予想される.ブラウ症候群は常染色体優性遺伝で,16番染色体(16p21-q21)に責任遺伝子が存在し,2001年にNOD2(nucleotideoligomerizationdomain2)遺伝子変異が報告された6).筆者らは,わが国で初めて,遺伝子検査にて確定診断に至ったブラウ症候群の一家系を報告した2).難治性ぶどう膜炎とされるが,長期経過に関する詳細な治療報告はほとんどない.今〔別刷請求先〕太田浩一:〒399-0781塩尻市広丘郷原1780松本歯科大学眼科Reprintrequests:KouichiOhta,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MatsumotoDentalUniversity,1780Gobara,Hirooka,Shiojiri399-0781,JAPANBlau症候群同胞例の長期経過太田浩一*1,2黒川徹*1今井弘毅*1朱さゆり*1菊池孝信*3*1信州大学医学部眼科学教室*2松本歯科大学眼科*3信州大学ヒト環境科学研究支援センターLong-TermFollow-upforSiblingswithBlauSyndromeKouichiOhta1,2),ToruKurokawa1),HirokiImai1),SayuriShu1)andTakanobuKikuchi3)1)DepartmentofOphthalmolgy,ShinshuUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,MatsumotoDentalUniversity,3)DepartmentofInstrumentalAnalysisResearchCenterforHumanandEnvironmentalScience,ShinshuUniversityブラウ症候群(Blausyndrome)は発疹・関節炎・ぶどう膜炎を3主徴とする家族性全身性肉芽腫性疾患である.重症例では失明に至る.同胞例の長期経過につき報告する.症例1:10歳,男児.両眼に強い肉芽腫性ぶどう膜炎を認め,右眼はirisbombe,白内障により視力は右眼指数弁であった.右眼に白内障手術・周辺虹彩切除術および副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)パルス療法,漸減投与を行った.6年に至る現在,右眼視力(0.9)であるが,プレドニゾロン(PSL)10mg/日を要している.症例2:12歳,女児.前房炎症および硝子体混濁が出現し,PSL40mg/日から漸減投与.経過中,両眼のirisbombeが生じ,虹彩切除術を行った.以降,視力は維持されているが,PSL15mg/日以上を必要としている.ブラウ症候群では強い肉芽腫性ぶどう膜炎が継続するため,長期的なステロイド投与が必要であった.Blausyndromeisararefamilialgranulomatoussystemicdiseasecharacterizedbyskinrash,arthritisanduveitis.Somepatientsbecomeblindinseverecases.Wereporttwosiblingswiththisdisease.Theproband,a10-year-oldmale,hadseverepan-uveitisbilaterallyandirisbombeandcataractintherighteye.Cataractsurgeryandperipheraliridectomywereperformedontheeye,andcorticosteroidpulsetherapywasadministered,followedbyoralprednisolone(PSL).Thecorrectedvisualacuityoftherighteyeremainsat0.9after6years,althoughthepatientneedsPSL10mgdaily.Theproband’s12-year-oldsisteralsohadiritisandvitreousopacity.AlthoughoralPSL(startingat1mg/kgbodyweight)wasadministered,shelatersueredfromirisbombebilaterally.Peripheraliridectomywasperformed.Althoughhervisualacuitiesweremaintained,PSLover15mgdailyhasbeenrequired.Long-termadministrationoforalPSLwasrequiredforprolongedseveregranulomatousuveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):542546,2009〕Keywords:ブラウ症候群,ステロイド,irisbombe,周辺虹彩切除術.Blausyndrome,corticosteroid,irisbombe,peripheraliridectomy.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009543(111)回,6年にわたり,副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)の全身投与を必要とした同胞例2)についてその後の経過を含めて報告する.I症例〔症例1〕10歳,男児.主訴:右眼痛および右眼視力低下.現病歴:6歳より,両眼の虹彩炎のため近医にて点眼治療を受けていた.母親は同時期より,手首の腫脹には気がついていた.2日前から主訴を自覚し,平成14年2月23日に近医を再診した.右眼眼圧上昇および虹彩炎の増悪がみられ,精査・加療目的に同年2月25日に信州大学医学部附属病院眼科に紹介.既往歴:上記以外は特になし.家族歴:父親;幼少期より関節変形.14歳で失明.46歳より歩行不能.母親;健康.初診時所見:初診時,視力は右眼指数弁(矯正不能),左眼0.6(矯正不能).眼圧は右眼38mmHg,左眼20mmHg.両眼に毛様充血,角膜実質点状混濁,角膜後面沈着物を認めた.両眼に全周性の虹彩後癒着を認め,右眼は著明な角膜浮腫を伴う浅前房(irisbombe)(図1A)であった.右眼の隅角は閉塞していたが,左眼は広隅角で,3カ所にテント状の周辺虹彩前癒着を認めた.明らかな虹彩結節はみられなかった.左眼前房には3+の炎症細胞を認めた(図1B).右眼に白内障は認めたが,硝子体,眼底の詳細は不明であった.左眼は軽度の硝子体混濁,周辺部網膜に黄白色点状病変を認めた.全身所見:血液・生化学検査では異常なし.血清アンギオテンシン変換酵素(ACE)は正常範囲.胸部X線写真では肺門リンパ節腫脹なし.頬部,前腕に紅斑が認められた2).手関節・足関節には軽度の腫脹を認め,手指関節は軽度の伸展障害も認めた2).経過:リン酸ベタメタゾン(0.1%リンデロンRA),マレイン酸チモロール(0.5%リズモンRTG),塩酸ドルゾラミド(1%トルソプトR),ブナゾシン塩酸塩(0.01%デタントールR),ラタノプロスト(キサラタンR),アトロピン硫酸塩(アトロピンR点眼液1%),トロピカミド・塩酸フェニレフリン(ミAB1初診時の前眼部写真A:右眼.角膜浮腫,角膜実質点状混濁,irisbombe,白内障を認める.B:左眼.角膜後面沈着物および虹彩後癒着を認める.図2右眼の眼底スリット写真(倒像)(白内障術後)視神経乳頭発赤と黄白色網脈絡膜点状病変を認める.———————————————————————-Page3544あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(112)ドリンRP)の点眼およびアセタゾラミド(ダイアモックスR)内服を開始した.眼所見に著明な改善はみられないため,ぶどう膜炎の消炎を目的に,小児科にて,翌日よりステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン600mg/日を3日間)を開始した.炎症軽減は得られたが,右眼のirisbombeの改善は認められず,3月8日右眼超音波白内障手術+眼内レンズ挿入術+隅角癒着離術+周辺虹彩切除術を施行.同日よりパルス療法を行い,以降はプレドニゾロン(PSL)25mg/日より漸減投与とした.炎症の改善がみられたため,さらに漸減(PSL2.55mg/日)したところ再燃し,術後4カ月間に2回の増量(25および30mg/日)を必要とした.以降はPSL1520mg/日の隔日内服として,平成17年からは1015mg/日の連日内服にて炎症は軽度になっている.6年の経過となる平成20年3月の時点での総投与量はPSL換算26,245mgとなった.なお,平成16年6月には右眼の後発白内障切開術を行い,現在まで右眼視力0.2(0.9×6.0D),左眼視力1.0(矯正不能)が維持されている.しかし,両眼眼圧が1540mmHgと変動しており,4剤の眼圧下降薬の点眼に加え,3040mmHgに至る場合にアセタゾラミドを一時的に使用している.右眼は後発白内障,左眼は虹彩後癒着により,十分な眼底の観察が困難だが,視神経乳頭の明らかな陥凹(図2)やGoldmann視野検査上の緑内障性暗点拡大はみられていない.眼圧上昇の原因としてステロイド緑内障も疑われたが,低濃度のステロイド点眼薬に変更後も眼圧下降を得られず,高濃度ステロイド点眼薬をつけても10mmHg台後半の眼圧のこともあり,不明である.初診から6年経過した現在の前眼部写真を示す(図3).長期に及ぶステロイド薬の全身投与により,関節炎の増悪はなく,通常の学生生活を送っている.初期にみられた手関節の腫脹や発疹は消失している.なお,骨密度を含めたステロイド薬の副作用は小児科にて確認をしているが,明らかな副作用は認められない.経過中はステロイド薬内服による副作用の予防のため,フェモチジン(ガスターR),リセドロン酸ナトリウム(アクトネルR)〔初期はアルファカルシドール(アルファロールR)〕の内服を併用した.〔症例2〕12歳,女児(症例1の姉).主訴:自覚症状なし.既往歴:なし.初診時所見:初診時(平成14年3月)視力は右眼1.5(矯正不能),左眼1.5(2.0×0.5D).眼圧は右眼20mmHg,左眼18mmHg.両眼に軽度の睫毛内反症,びまん性表層角膜炎を認めた.両眼とも前房に炎症細胞は認めなかった.両眼とも広隅角で,左眼のみ,小さな周辺虹彩前癒着と虹彩後癒着を認めた.両眼とも水晶体は透明で,硝子体にわずかの細胞がみられた.右眼眼底周辺部に点状の網脈絡膜病変がみられた.全身所見:皮膚病変と関節病変を認めた2).経過:活動性が乏しく,経過観察としていたが,平成14年10月に左眼の霧視を自覚し,受診.両眼視力は矯正1.2にて,左眼に角膜裏面沈着物と前房炎症2+を認め,リン酸ACBD3症例1の現在の前眼部写真A:右眼.上方の虹彩切除部,眼内レンズ,後発白内障を認める.B:左眼.虹彩後癒着を認める.C:右眼.角膜実質点状混濁とわずかの角膜後面沈着物を認める.D:左眼.角膜実質点状混濁とわずかの角膜後面沈着物を認める.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009545(113)ベタメタゾンナトリウム(リンデロンRA),トロピカミド・塩酸フェニレフリン(ミドリンRP),アトロピン硫酸塩(アトロピンR点眼液1%)点眼を開始した.しかし,反応が悪く,硝子体混濁が増悪したため,12月よりPSL40mg/日からの漸減投与を追加した.反応がよいことから,漸減したところ,再燃したため,PSL1520mg/日の隔日投与での維持とした.しばらく炎症は軽微であったが,平成16年3月に両眼の前房炎症が増悪したため,ステロイド点眼薬に加え,トロピカミド・塩酸フェニレフリン(ミドリンRP)を両眼に点眼していた.しかし,虹彩後癒着が進行し,左眼のirisbombeが生じた.3月26日に左眼に周辺虹彩切除術,さらには5月30日に右眼に周辺虹彩切除術を施行した.以降平成20年3月までの4年近くの間はPSL1020mg/日の連日内服として,増悪時に2530mg/日に増量(合計2回)し,消炎を目指した(総量;PSL換算20,130mg).この間も前房炎症が残存,ときに増悪した.右眼視力0.5(1.5×1.25D(cyl0.5DAx160°),左眼視力0.4(1.2×1.75D)を保っていたが,平成19年10月より,左眼視力は0.4(0.7×1.75D)(0.9×1.75D)と若干低下した.原因として,全周性の虹彩後癒着にて小瞳孔かつ水晶体前面への炎症産物の沈着が疑われた(図4).両眼の眼圧は1525mmHgと変動し,塩酸カルテオロール(2%ミケランR)の点眼を継続している.視神経乳頭所見およびGoldmann視野検査では明らかな緑内障性変化はみられていない.全身的には発疹および関節障害の進行はなく,ステロイド薬の長期内服による副作用は認めていない.経過中,症例1と同様のステロイド薬による副作用予防薬も投与した.平成20年3月進学のため,他院に紹介となった.なお,両症例とも皮膚生検にて肉芽腫性炎症所見を証明するとともに,末梢血からの遺伝子診断にてNOD2遺伝子変異(R334W)を確認し,父親の臨床経過と併せ,ブラウ症候群の確定診断に至った2).II考按ブラウ症候群はぶどう膜炎・関節炎・皮膚炎を3主徴とする遺伝性の疾患であるが,わが国における眼科からの報告がきわめて少ない2,5).臨床像が若年性サルコイドーシスと酷似しており,家族歴を聴取して遺伝の有無を確認しないと診断はつかないことが一因と考えられる.また,ぶどう膜炎も併発しうる若年性関節リウマチと診断されている症例も多く4),確定診断に至っていないだけで,日常診療のなかで本疾患に遭遇している可能性がある.本症例の臨床的な特徴となるぶどう膜炎・関節炎・皮膚炎であるが,進行性で,失明や関節拘縮に至る例がまれではない110).Kurokawaらが検討したところ,既報告76例中,ぶどう膜炎症状が61%(46例),関節症状が91%(69例),皮膚症状が54%(41例)であった2).若年性サルコイドーシスと併せた17例の検討では最初に皮膚病変,つぎに関節病変,最後に眼病変が出現することが多いとされている4).本ACBD4症例2の現在の前眼部写真A:右眼.上方の虹彩切除部,全周性虹彩後癒着を認める.B:左眼.上方の虹彩切除部,全周性虹彩後癒着を認める.C:右眼.前房炎症は軽微.D:左眼.前房炎症は軽微も,水晶体前面への沈着物が著明.———————————————————————-Page5546あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(114)症例でもぶどう膜炎にて眼科を受診した際にはすでに皮膚症状・関節症状を認めていた.ぶどう膜炎に関しては虹彩毛様体炎,虹彩後癒着,網脈絡膜炎の記載が多く,汎ぶどう膜炎を呈する.白内障および緑内障が合併しやすく,失明原因は緑内障のことが多い.本2症例も同様に白内障および緑内障を合併した汎ぶどう膜炎を認めた.症例1では角膜実質に点状の混濁がみられ,本疾患の特徴である可能性があり,今後の症例の蓄積に期待したい.病理学的には肉芽腫性炎症を呈し,本症例でも皮膚病変からは非乾酪性肉芽腫病変が証明された2).なお,症例1および症例2の虹彩切除術で得られた虹彩組織には明らかな巨細胞や類上皮細胞はみられなかった.病理学的には同様の肉芽腫性病変を呈するサルコイドーシス(成人)とは異なり,本疾患は進行性で予後が不良である.その理由の一つにCARD15(caspase-activatingandrecruitmentdomain15)/NOD2(nucleotide-bindingoligomerizationdomain2)遺伝子異常が考えられる.ブラウ症候群にみられるR334Wなどの遺伝子変異はNOD領域の異常で,リガンド非依存性にNF-kB活性を増強させる3,4).関連して,強い肉芽腫性炎症が生ずると推測されるが,詳細なメカニズムはまだ明らかにはなっていない.文献的にもステロイドの局所治療で改善をみない場合にステロイドの全身投与が行われている3,4,7,8).本症例では小児であり,ステロイドの全身投与から早期に離脱させるために,消炎傾向があった時点で,漸減・中止とした.しかし,再燃をきたし,PSL10mg/日の長期投与に至った.症例2ではさらに,ときに2530mg/日への増量が必要であった.ステロイドの無効例でのメトトレキサートの有効性9),およびメトトレキサート抵抗性の2症例における抗TNF(腫瘍壊死因子)-a抗体治療の有効性10)などが報告されている.特に後者の有用性は高いと考えられるが,小児への長期投与の安全性が不明であり,医療費負担の問題もあり,現時点では導入していない.今後は選択肢として検討予定である.もう一つの問題は緑内障である.両症例ともirisbombeをきたしたことはブラウ症候群の強いぶどう膜炎を裏づけている.症例1では初診時より,症例2では炎症の増悪時より,散瞳薬の点眼を使用していたにもかかわらず,虹彩後癒着が進行した.これまで報告された失明例の多くは緑内障とされており,irisbombeに対する加療がうまくいっていなかった可能性がある.両症例に対し,速やかに周辺虹彩切除術を行ったことで,既報のような緑内障による失明が避けられたと考えられる.しかし,症例1ではときどき眼圧が上昇し,4剤の眼圧下降薬を必要としている.現在は明らかな視野障害に至っておらず,濾過胞感染のリスクや日常生活に制限が加わる線維柱帯切除術を施行していないが,将来的には必要となる可能性が高い.なお,ぶどう膜炎のコントロールのために長期にわたり,投与しているステロイド薬は関節病変にも好影響を与えている.両症例とも初診時に認められた手関節の腫脹は消失し,明らかな関節拘縮はなく,学校生活における運動も行えている.成長期に大量のステロイド薬の全身投与を必要としたが,骨粗鬆症など重篤な全身性の副作用は生じなかったことが幸いである.難治性ぶどう膜炎を呈するブラウ症候群同胞例の長期経過を報告した.続発緑内障を伴う強い肉芽腫性ぶどう膜炎が続くことが確認された.抗炎症のため,PSL1015mg/日のステロイド薬の全身投与が6年にわたって必要であった.外科的治療を含めた緑内障の治療も必要であった.小児において難治性の肉芽腫性ぶどう膜炎を診たら本疾患を鑑別にあげ,関節症状・皮膚症状に加え,家族歴を聴取することが診断には不可欠と考えられた.長期的にステロイド薬を全身投与する必要があることを十分理解のうえ,治療にあたる必要がある.文献1)BlauEB:Familialgranulomatousarthritis,iritis,andrash.JPediatr107:689-693,19852)KurokawaT,KikuchiT,OhtaTetal:Ocularmanifesta-tionsinBlausyndromeassociatedwithaCARD15/Nod2mutation.Ophthalmology110:2040-2044,20033)金澤伸雄:若年性サルコイドーシスとNOD2遺伝子変異.日小皮会誌25:47-51,20064)岡藤郁夫,西小森隆太:小児医学最近の進歩.若年性サルコイドーシスの臨床像と遺伝子解析.小児科48:45-51,20075)小豆澤宏明,壽順久,室田浩之ほか:Blausyndromeの母子例.日皮会誌115:2272-2275,20056)Miceli-RichardC,LesageS,RybojadMetal:CARD15mutationsinBlausyndrome.NatGenet29:19-20,20017)PastoresGM,MichelsVV,SticklerGBetal:Autosomaldominantgranulomatousarthritis,uveitis,skinrash,andsynovialcysts.JPediatr117:403-408,19908)ScerriL,CookLJ,JenkinsEAetal:Familialjuvenilesys-temicgranulomatosis(Blau’ssyndrome).ClinExpDerma-tol21:445-448,19969)LatkanyPA,JabsDA,SmithJRetal:Multifocalchoroidi-tisinpatientswithfamilialjuvenilesystemicgranulomato-sis.AmJOphthalmol134:897-904,200210)MilmanN,AndersenCB,vanOvereemHansenTetal:FavourableeectofTNF-alphainhibitor(iniximab)onBlausyndromeinmonozygotictwinsadenovoCARD15mutations.APMIS114:912-919,2006

潰瘍性大腸炎に真菌性眼内炎と汎ぶどう膜炎を合併した1例

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1538あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(00)538(106)0910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):538541,2009cはじめに潰瘍性大腸炎は特発性の炎症性腸疾患で,皮膚病変,関節病変,肝病変などの多臓器にわたる多彩な症状を呈し,眼合併症は3.511.8%にみられるといわれている1).非肉芽腫性虹彩毛様体炎が多くみられるが,汎ぶどう膜炎の報告もある2).一方,潰瘍性大腸炎に真菌性眼内炎を合併したとする症例はまれであり,わが国での報告は過去に一報のみである3).今回筆者らは,潰瘍性大腸炎加療中に真菌性眼内炎を発症し,その治癒過程で汎ぶどう膜炎を合併したと思われるまれな症例を経験したので報告する.I症例患者:59歳,男性.主訴:右眼変視.〔別刷請求先〕石﨑英介:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:EisukeIshizaki,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,TakatsukiCity,Osaka569-8686,JAPAN潰瘍性大腸炎に真菌性眼内炎と汎ぶどう膜炎を合併した1例石﨑英介福本雅格藤本陽子佐藤孝樹高井七重南政宏植木麻理池田恒彦大阪医科大学眼科学教室EndogenousFungalEndophthalmitisandPan-UveitisinaCaseofUlcerativeColitisEisukeIshizaki,MasanoriFukumoto,YokoFujimoto,TakakiSato,NanaeTakai,MasahiroMinami,MariUekiandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege潰瘍性大腸炎に真菌性眼内炎と汎ぶどう膜炎を合併した症例を経験した.症例は59歳,男性で,潰瘍性大腸炎にてステロイド経静脈投与を受けていた.初診時両眼眼底に多発性の白斑を認めた.その後左眼白斑の拡大および硝子体混濁が出現し,真菌性眼内炎を疑い抗真菌薬の点滴を開始したが硝子体混濁が増悪したため,硝子体手術を施行した.術後炎症は速やかに消退し経過良好であったが,術5日後に急激な左眼硝子体混濁の再発を認めた.真菌性眼内炎の再燃を疑い,左眼硝子体再手術を施行した.術中,真菌性眼内炎の網脈絡膜病巣は鎮静化しており,再手術後炎症は消退した.本症例では,真菌性眼内炎が治癒する過程で潰瘍性大腸炎に続発する汎ぶどう膜炎が発症したものと考えられる.汎ぶどう膜炎に対しては硝子体手術は結果的に不要であった可能性もあるが,眼底が透見不能であったため,診断目的としても硝子体手術は有用であったと考える.Wereportacaseofulcerativecolitiswithendogenousfungalendophthalmitisandpan-uveitis.Thepatient,a59-year-oldmalewithulcerativecolitis,wastreatedwithcorticosteroid.Hislefteyeshowedwhitemassandvitre-ousopacity;theendophthalmitisprogresseddespitetreatmentwithantifungalagents.Weperformedvitreoussur-geryonhislefteye.Theinammationreducedsoonaftersurgery,butat5daysaftertheoperationheagainpre-sentedwithmassivevitreousopacity.Wesuspectedthereccurenceoffungalendophthalmitisandagainperformedvitreoussurgery,butthefundusndingsshowedchorioretinalscarringandnoinammatorylesion.Inthiscase,wesusupectthatthepan-uveitissecondarytotheulcerativecolitisoccurredinthecourseoffungalendophthalmi-tishealing;vitreoussurgerywasusefulnotonlyfortreatment,butalsofordiagnosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):538541,2009〕Keywords:潰瘍性大腸炎,真菌性眼内炎,汎ぶどう膜炎,硝子体手術.ulcerativecolitis,fungalendophthalmitis,pan-uveitis,vitreoussurgery.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009539(107)現病歴:平成8年他院内科にて潰瘍性大腸炎と診断された後,再燃,寛解をくり返していた.平成19年10月17日より発熱,頸部リンパ節腫脹が出現したため,10月26日からプレドニゾロン60mgの経静脈投与を受けていた.11月初めから右眼変視を自覚したため,11月6日当科紹介初診となった.初診時所見:初診時視力は右眼矯正0.8,左眼矯正1.0,眼圧は右眼10mmHg,左眼12mmHg,中間透光体は両眼に軽度白内障を認めたが,前房内および硝子体中に炎症細胞は確認できなかった.眼底所見は右眼黄斑部耳下側に白色の隆起性病変を認め,変視の自覚症状はこれによるものと考えられた.両眼とも上方に白色の滲出斑を認めた(図1).経過:11月21日再診時には左眼滲出斑の拡大および著明な硝子体混濁が出現し(図2),真菌性眼内炎を強く疑いホスフルコナゾール(プロジフR)400mgの点滴を開始した.点滴開始後,右眼の病変は速やかに瘢痕化したが,左眼硝子体混濁はさらに増悪し,著明な結膜充血,前房内の多数の炎症細胞,虹彩後癒着もみられたため,11月30日左眼超音波水晶体乳化吸引術,眼内レンズ挿入術および硝子体切除術を施行した.術中,網膜面上にはフィブリン析出によると考えられる膜様物が全面に付着していたため,ダイアモンドダストイレーサーで周辺部に向かって可及的に除去した.下方の白色滲出性病巣は無理に除去しようとすると裂孔を形成する危険性があるため,そのまま残存させた.手術時,灌流前に採取した硝子体液中のb-D-グルカンは394.3pg/ml(血中基準値:11.00pg/ml)であった.また,硝子体細胞培養にてCandidaalbicansが検出された.術前に測定した血中b-D-グルカンは10.95pg/mlと基準値上限程度であった.術後,炎症は速やかに消退し,経過良好であったが,術5日後に急激な左眼硝子体混濁の再発を認めた.前眼部には結膜充血を認め,前房内の細胞数が著明に増加しており,硝子体内は多数の炎症細胞で白色に混濁していたが,明らかなフィブリンの析出は認めなかった.真菌性眼内炎の再燃を疑い,12月7日左眼硝子体再手術を施行した.再手術の術中所見では,下方の滲出斑は鎮静化していた.周辺部にも特に残存硝子体図1初診時両眼眼底写真(平成19年11月6日)右眼黄斑部耳下側に白色の隆起性病変を認め,両眼とも上方に白色の滲出斑を認める.図2増悪時左眼眼底写真(平成19年11月21日)左眼滲出斑の拡大および著明な硝子体混濁が出現している.———————————————————————-Page3540あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(108)は認めず,真菌性眼内炎が原因と考えられる炎症の再燃所見を認めなかった.ステロイド投与は真菌性眼内炎の治療を開始した時点で内科に依頼して60mgから漸減しており,炎症再燃の2日前である12月3日に中止となっていた.抗真菌薬の投与はホスフルコナゾール(プロジフR)400mg点滴を11月21日から12月21日まで続行した後,12月28日までフルコナゾール(ジフルカンR)400mg内服を行った.経過中,潰瘍性大腸炎の症状には特に変化を認めなかった.再手術後炎症は速やかに消退し,平成20年2月19日現在,矯正視力は右眼1.5,左眼1.0と改善している.術後眼底は両眼ともに滲出性病巣は瘢痕化している(図3).前眼部にも,虹彩後癒着や前房内炎症を認めていない(図4).II考按潰瘍性大腸炎に合併するぶどう膜炎は非肉芽腫性前部ぶどう膜炎が特徴的で,後眼部病変は少ないとされている4).わが国での十数例の報告を検討したところ,虹彩毛様体炎は大半の症例でみられ,網膜血管炎や乳頭浮腫などの眼底病変も半数以上の症例で認められた5)とされている.本疾患の原因は不明であるが,自己抗体がぶどう膜の血管内皮細胞を障害することや免疫複合体によりぶどう膜炎が惹起されるのではないかと考えられている.眼症状と腸管症状の活動性,罹病期間の関連性の有無については意見が分かれているが,一般的に副腎皮質ステロイド薬の治療に反応がよく,視力予後は良好とされている.一方,真菌性眼内炎は,肉芽腫性脈絡膜炎で,約90%が経中心静脈高カロリー輸液(intravenoushyperalimenta-tion:IVH)使用例とされている6)が,副腎皮質ステロイド投与中などの免疫力の低下した状態での発症も報告されている7,8).その原因は腸管粘膜の機能が低下している場合に,通常では通過できない腸管壁バリアを真菌が通過して,血管やリンパ管に侵入するのではないか,と考えられている7).今回の症例においても,副腎皮質ステロイド投与による免疫力の低下,および潰瘍性大腸炎に伴う腸管機能低下が真菌性眼内炎の原因となったと考えられる.真菌性眼内炎の確定診断は眼内から真菌が分離・培養されることであるが,硝子体培養の陽性率は3050%,血液培養の陽性率は50%程度と低く,硝子体中b-D-グルカン測定の診断への有用性が報告されている9).硝子体中のb-D-グルカンの基準値は10pg/mlとする報告があり10),今回の症例でも,硝子体液からCandidaalbicansが検出され,確定診断が可能であったが,硝子体液中のb-D-グルカンも394.3pg/mlと基準値を大幅に上回っていた.今回の症例では,初発の眼内炎については臨床所見より真菌性眼内炎を強く疑い,抗真菌薬の投与にても症状の改善がないため,硝子体手術に踏み切った.術中に採取した硝子体液の培養より真菌性眼内炎の確定診断が可能であり,術翌日より炎症は速やかに消退し,術後経過良好で硝子体手術が効果的であったと思われた矢先に炎症の再発を認めた.再発時の炎症は強く,硝子体中の大量の炎症細胞のため眼底は透見不能であった.初回手術時の残存硝子体を足場とした真菌性眼内炎の再発を疑い,硝子体再手術を行ったが,真菌性眼内炎の網脈絡膜病巣は鎮静化しており,眼内の所見からは真菌性眼内炎の再発は否定的であった.そこで,2回目の炎症は,真菌性眼内炎が治癒する過程で潰瘍性大腸炎に続発する汎ぶどう膜炎が発症したものである可能性が高いと考えた.今回のタイミングで続発性汎ぶどう膜炎が発症した原因としては,真菌性眼内炎の治療を開始した時点からステロイドの投与を漸減し,ちょうど炎症再燃の2日前に中止となっていたことから,ステロイド投与によって食い止められていた炎症がステロイドの減量,中止に伴い出現した可能性も考え図3術後左眼眼底写真(平成19年12月26日)両眼ともに滲出性病巣は瘢痕化している.図4術後左眼前眼部写真(平成20年1月29日)虹彩後癒着や前房内炎症を認めていない.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009541(109)られた.汎ぶどう膜炎に対しては硝子体手術は結果的に不要であった可能性もあるが,眼底が透見不能であったため,真菌性眼内炎の状態を確認し,続発性汎ぶどう膜炎の診断を下すために硝子体手術は有用であったと考えられた.文献1)HanchiFD,RembackenBJ:Inammatoryboweldiseaseandtheeye.SurvOphthalmol48:663-676,20032)越山健,中村宗平,田口千香子ほか:潰瘍性大腸炎に合併した汎ぶどう膜炎の3例.臨眼60:1237-1243,20063)高橋明宏,鹿島佳代子,明尾康子ほか:潰瘍性大腸炎加療中に合併したと思われるカンジダ眼内炎の1例.眼臨81:357-361,19874)小暮美津子:腸疾患とぶどう膜炎.ぶどう膜炎(増田寛次郎,宇山昌延,臼井正彦ほか編),p282-287,医学書院,19995)唐尚子,南場研一,村松昌裕ほか:大量の線維素析出を伴うぶどう膜炎を発症した潰瘍性大腸炎の1例.臨眼59:1609-1612,20056)松本聖子,藤沢佐代子,石橋康久ほか:わが国における内因性真菌性眼内炎─19871993年末の報告例の集計─.あたらしい眼科12:646-648,19957)薬師川浩,林理,東川昌仁ほか:経中心静脈高カロリー輸液(IVH)の既往がない内因性真菌性眼内炎の2症例.眼紀54:139-142,20038)呉雅美,西川憲清,三ヶ尻研一:中心静脈栄養の既往がないにもかかわらず真菌性眼内炎が疑われた1例.あたらしい眼科23:225-228,20069)若林俊子:真菌性眼内炎.眼科プラクティス16.眼内炎症診療のこれから(岡田アナベルあやめ編),p90-93,文光堂,200710)真保雅乃,伊藤典彦,門之園一明:硝子体液中b-D-グルカン値の臨床的意義の検討.日眼会誌106:579-582,2002***

インフリキシマブ投与を行ったBehcet病の4症例

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1(101)5330910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):533537,2009cはじめにBehcet病は原因不明の炎症性疾患であり,主症状の一つであるぶどう膜炎は難治性で,失明に至ることもある.従来の治療法で眼炎症を抑制できないBehcet病の難治性ぶどう膜炎に対して,抗ヒトtumornecrosisfactor-a(TNF-a)モノクローナル抗体であるインフリキシマブが適用認可され,有効な治療法と期待されている.今回筆者らは,久留米大学眼科においてBehcet病による難治性ぶどう膜炎の4症例にインフリキシマブを投与したので報告する.I症例症例は,15歳女性,31歳男性,40歳男性,43歳男性の4例.病型はすべて不全型であった.Behcet病と診断し,インフリキシマブ投与開始までの罹患期間は,5カ月から6年4カ月で,インフリキシマブ投与前の治療は,全例シクロスポリンを使用していた.インフリキシマブ投与開始後の経過観察期間は5カ月から12カ月であった(表1).インフリキシマブの投与方法は,投与量5mg/kgを2時間以上かけて点滴投与を行い,0,2,6,14週と以降8週おきに投与した.インフリキシマブ投与開始後は,免疫抑制薬〔別刷請求先〕田口千香子:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ChikakoTaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume-city,Fukuoka830-0011,JAPANインフリキシマブ投与を行ったBehcet病の4症例田口千香子浦野哲河原澄枝山川良治久留米大学医学部眼科学教室FourCasesofBehcet’sDiseaseTreatedwithIniximabChikakoTaguchi,ToruUrano,SumieKawaharaandRyojiYamakawaDepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine目的:Behcet病の4例に抗ヒトtumornecrosisfactor-a(TNF-a)モノクローナル抗体であるインフリキシマブ(レミケードR)を投与したので報告する.方法:インフリキシマブ投与開始後3カ月以上経過観察をした4例(女性1例,男性3例)について,投与前後の眼炎症発作回数,副作用を調べた.結果:インフリキシマブ投与開始時の年齢は15歳,31歳,40歳,43歳で,投与開始までの罹患年数は5カ月から6年4カ月であった.4例のうち2例では眼炎症発作が完全に抑制され,その他の2例では減少した.副作用は4例中2例にみられ,帯状疱疹が1例,頬部蜂窩織炎と投与中に蕁麻疹がみられたのが1例であった.副作用は,治療やインフリキシマブの点滴速度を遅くすることで速やかに改善し,2例ともインフリキシマブはほぼ予定どおりの投与が可能であった.結論:インフリキシマブは,難治性ぶどう膜炎に対し有効な治療法である.副作用には十分に注意し,慎重な対応が必要であると考えられる.Wereport4patients(1female,3males)withBehcet’sdiseasetreatedwithiniximab(RemicadeR),ananti-tumornecrosisfactor-a(TNF-a)monoclonalantibody.Weevaluatedthenumberofocularattacksbeforeandaftertreatment,andthesideeects,withaminimumfollow-upof3months.Agesatiniximabtreatmentinitiationwere15,31,40and43years.Timebetweendiseaseonsetandadministrationrangedfrom5to76months.Ocularinammationwascompletelysuppressedin2casesandreducedin2cases.Sideeectswereseenin2cases:1patientdevelopedvaricellazosterand1developedcellulitisofthecheek,andhives,duringiniximabadministra-tion.Thesideeectsimprovedpromptlywhentheinfusionratewasslowed;these2patientsthenunderwentiniximabadministrationasscheduled.Iniximabiseectiveinthetreatmentofrefractoryuveitis;however,itrequirescarefulattentionandappropriateresponsetosideeects.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):533537,2009〕Keywords:Behcet病,インフリキシマブ,ぶどう膜炎.Behcet’sdisease,iniximab,uveitis.———————————————————————-Page2534あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(102)は中止した.〔症例1〕15歳,女性.2006年11月28日に当院を初診.初診時矯正視力は右眼0.1,左眼1.2.両眼の汎ぶどう膜炎を認め,口内炎と皮膚症状の既往があったため,Behcet病と診断し,コルヒチン1mgの内服を開始した.12月左眼に強い炎症発作がみられ,視力(0.01)まで低下した(図1).この強い炎症発作に対して,リン酸ベタメタゾン(6mg)を3日間点滴し,内服治療をコルヒチンからシクロスポリンに変更した.しかし,その後も炎症発作をくり返したため,シクロスポリンを100mgから150mgへ増量したにもかかわらず,初診から5カ月間に9回の炎症発作を認めた.シクロスポリン内服後の頭痛・体調不良の訴えもあったため,2007年4月24日からインフリキシマブを開始した.開始後から現在まで約12カ月が経過しているが,眼炎症発作は完全に抑制されている.視力も,インフリキシマブ投与前の右眼(0.7),左眼(手動弁)から右眼(1.2),左眼(0.9)と著明に改善している(図2,3).初診1234567インフリキシマブ4/24開始89104(月)2008年2007年リンロン6mg3日間点滴100mg125mg150mg治療コルヒチンシクロスポリン11/281.51.0視力0.10.01:右眼:左眼眼炎症図3症例1の経過図1症例1の左眼炎症発作時の眼底写真視神経乳頭は発赤し,黄斑部を含んで強い網膜浮腫を認め,周辺網膜には出血や滲出斑が散在している.図2症例1の現在の左眼眼底写真視神経は正常色調で,黄斑部に網膜浮腫はなく,網膜にも出血や滲出斑はみられない.表1患者背景投与開始時年齢性病型投与開始までの罹患期間投与開始前の治療114歳女性不全型5カ月シクロスポリン231歳男性不全型3年6カ月シクロスポリン343歳男性不全型6年4カ月シクロスポリン440歳男性不全型3年1カ月シクロスポリン———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009535(103)〔症例2〕31歳,男性.2003年からBehcet病のぶどう膜炎のため加療していた.2004年からシクロスポリン投与を行ったが,眼炎症は抑制できず,2007年5月15日にインフリキシマブを開始した.2回目投与の4週間後,大腿部に帯状疱疹が出現したため,翌日予定していた3回目の投与を延期し,同日より塩酸バラシクロビル3,000mg内服を1週間行った.帯状疱疹の改善を確認後,インフリキシマブ投与3回目を7月3日に行った.その後は,副作用の出現も認めず,眼炎症も現在まで完全に抑制されている(図4).〔症例3〕43歳,男性.2001年に初診し,シクロスポリン投与にても眼炎症は抑制できず,左眼はすでに失明している.2005年7月に,はじめて右眼の炎症発作を認め,その後から右眼の炎症発作をくり返していた.唯一眼であり,シクロスポリンの副作用である腎機能障害や高血圧が出現していたため,2007年7月24日よりインフリキシマブ投与を開始した.2回目投与の1週間後から頬部腫脹が出現し,頬部蜂窩織炎と診断され,レボフロキサシン300mg内服を1週間行った.症状が改善したため,予定どおりに9月4日にインフリキシマブ3回目の投与を行った.4回目のインフリキシマブ投与中に,腹部に蕁麻疹が出現した.投与時反応(infusionreaction)と考え,インフリキシマブの点滴速度を遅くし,抗ヒスタミン薬を内服させた.しばらく経過すると,蕁麻疹が消退したため,点滴速度を戻し,その後は予定どおりにインフリキシマブの点滴を行った.5回目以降は,抗ヒスタミン薬を前投薬とし,その後は現在まで副作用はみられていない.インフリキシマブ開始後は,強い発作が3回あり,眼炎症発作は抑制できていインフリキシマブ5/15開始(月)2008年2007年6/25大腿部帯状疱疹出現6/257/2塩酸バラシクロビル3,000mg内服2006年治療136912369123シクロスポリン200mg1.51.0視力0.10.01:右眼:左眼眼炎症図4症例2の経過炎回目に治眼炎症図5症例3の経過———————————————————————-Page4536あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(104)ない.しかし,シクロスポリンによる副作用があり,現在もインフリキシマブの投与を継続している(図5).〔症例4〕40歳,男性.2005年からBehcet病のぶどう膜炎のため加療し,シクロスポリン投与にても眼炎症は抑制できず,2007年11月27日にインフリキシマブを開始した.投与中,投与後も副作用はなく,インフリキシマブ投与開始後の眼炎症は,軽度な発作が1回のみで,ほぼ抑制されている(図6).II結果2007年4月から2008年4月までのインフリキシマブの投与回数は4回から9回であった.インフリキシマブ投与前後の月平均眼炎症発作回数を,症例1,4は投与前後5カ月,症例2,3は投与前後9カ月で比較した.症例1は1.8回から0回,症例2は0.4回から0回と眼炎症が完全に抑制され,症例4は0.8回から0.2回へと眼炎症は減少していた.しかし,症例3は0.2回から0.3回と眼炎症は抑制できなかった.インフリキシマブの副作用は2例にみられ,帯状疱疹が1例,頬部蜂窩織炎と投与中に蕁麻疹が出現したのが1例であった.III考按Behcet病の病態形成においてさまざまなサイトカインが関与し,なかでもTNF-aは,Behcet病のぶどう膜炎の活動性と有意に相関し,病態に深く関与していることが示唆されている1).近年,抗TNF-a抗体であるインフリキシマブが,Crohn病や関節リウマチなどの治療に用いられ,優れた治療効果が報告された2,3).そこで,わが国において,難治性ぶどう膜炎を有するBehcet病患者に対して,抗TNF-a抗体の多施設の臨床治験が行われた.10週間にインフリキシマブを4回投与した結果,眼炎症発作が有意に減少し視力改善すると報告され4,5),2007年1月にBehcet病にもインフリキシマブの保険適用が拡大された.その後,Behcet病の難治性ぶどう膜炎に対するインフリキシマブの有用性が報告されている6,7).当科において,2007年4月よりインフリキシマブの投与を開始し,4症例に投与を行った.眼炎症は4症例中の2例では完全に抑制され,その他の1例でも眼炎症は減少し,インフリキシマブはBehcet病の眼炎症の抑制に有効な治療方法であると考えられた.特に,症例1は15歳と若年だが,強い眼炎症発作を頻発し,シクロスポリンによる頭痛や体調不良もあったため,初診から5カ月後と早期からインフリキシマブの投与を行った.眼炎症は完全に抑制され,視力も著明に改善し,現在も良好な視力を保っている.インフリキシマブは,従来の治療法に抵抗性の難治例において適応とされているが,この症例のように早期から投与し,視力予後を良好に保つことができる可能性もある.しかし,いつまでインフリキシマブ投与を継続すべきなのか,インフリキシマブを中止する目安をどのように定めるのかなど,課題も残されている.インフリキシマブ治療が効果的な症例がある一方で,症例3のように眼炎症発作を抑制できない症例も存在している.インフリキシマブ投与後も眼炎症発作を起こし,その1回は,投与予定の前の週(インフリキシマブ投与後7週目)に眼炎症を起こしている.症例に応じインフリキシマブの至適投与量や投与間隔を設定する必要があるのかもしれない.また,当科では,インフリキシマブ投与開始後は免疫抑制薬は中止しているが,関節リウマチでは既存のメトトレキサートとの併用が推奨されており,インフリキシマブのみでは炎症が抑制できない症例においては,免疫抑制薬の併用が必要であるのかもしれない.症例3では,腎:右眼:左眼眼炎症インフリキシマブ11/27開始2007年123(月)0.010.11.01.5視力962006年2008年3129631治療150mgシクロスポリンコルヒチン図6症例4の経過———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009537(105)機能障害がやや改善していることもあり,現在も免疫抑制薬の併用は行っていない.合併症は4例中の2例にみられ,帯状疱疹,頬部蜂窩織炎,投与中のinfusionreactionと思われる蕁麻疹であった.帯状疱疹と頬部蜂窩織炎は治療により症状は1週間程度で改善した.蕁麻疹は抗ヒスタミン薬を内服し,点滴速度を遅くすることで速やかに症状は消退した.このように合併症がみられたものの,インフリキシマブの投与は中止することなく,ほぼ予定どおりに可能であった.しかし,合併症には十分に注意する必要があり,さらにインフリキシマブの長期の副作用なども懸念される問題である.インフリキシマブは,従来の治療法で眼炎症を抑制できないBehcet病の難治性ぶどう膜炎に対し有効な治療方法であり,Behcet病患者の臨床経過の改善が期待される.副作用には十分に注意し,慎重な対応が必要である.今後,インフリキシマブの長期の副作用や,インフリキシマブ治療でも眼炎症発作を抑制できない症例への対策が必要と思われた.文献1)中村聡,杉田美由起,田中俊一ほか:ベーチェット病患者における末梢血単球のinvitrotumornecrosisfactor-alpha産生能.日眼会誌96:1282-1285,19922)ElliottMJ,MainiRN,FeldmannMetal:Repeatedthera-pywithmonoclonalantibodytotumornecrosisfactoralpha(cA2)inpatientswithrheumatoidarthritis.Lancet344:1125-1127,19943)PresentDH,RutgeertsP,TarganSetal:IniximabforthetreatmentofstulasinpatientswithCrohn’sdisease.NEngJMed340:1398-1405,19994)OhnoS,NakamuraS,HoriSetal:Ecacy,safety,andpharmacokineticsofmultipleadministrationofiniximabinBehcet’sdiseasewithrefractoryuveoretinitis.JRheu-matol31:1362-1368,20045)中村聡,堀貞夫,島川眞知子ほか:ベーチェット病患者を対象とした抗TNFa抗体の前期第Ⅱ相臨床試験成績.臨眼59:1685-1689,20056)AccorintiM,PirragliaMP,ParoliMPetal:IniximabtreatmentforocularandextraocularmanifestationsofBehcet’sdisease.JpnJOphthalmol51:191-196,20077)TakamotoM,KaburakiT,NumagaJetal:Long-terminiximabtreatmentforBehcet’sdisease.JpnJOphthal-mol51:239-240,2007***

サイトメガロウイルス網膜炎を発症した成人T細胞白血病の1例

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1(97)5290910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):529531,2009cはじめにサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎は免疫不全状態の患者に発症する難治性の疾患であるが,成人T細胞白血病(ATL)患者でのCMV網膜炎の報告は少ない.今回筆者らはATLの経過中にCMV網膜炎を発症した1例を経験したので,その眼科的所見および臨床症状について報告する.I症例患者:54歳,男性.主訴:両眼飛蚊症.現病歴:1998年に皮膚型ATL(慢性型)と診断され,2006年よりプレドニゾロン(PSL)5mg内服にて経過観察中だった.2007年2月に胸背部痛が出現し,画像上ATL〔別刷請求先〕相馬実穂:〒849-8501佐賀市鍋島5丁目1番1号佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:MihoSoma,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPANサイトメガロウイルス網膜炎を発症した成人T細胞白血病の1例相馬実穂清武良子野村慶子平田憲沖波聡佐賀大学医学部眼科学講座AdultT-CellLeukemiawithCytomegalovirusRetinitisMihoSoma,RyokoKiyotake,KeikoNomura,AkiraHirataandSatoshiOkinamiDepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine目的:成人T細胞白血病(ATL)経過中にサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎を発症した1例を報告する.症例:症例は54歳,男性.皮膚型ATLの急性転化に対し末梢血幹細胞移植後,移植片対宿主病を発症.シクロスポリンAとメチルプレドニゾロンが投与されていた.2007年11月12日にCMV抗原血症を指摘され,ガンシクロビルの点滴が開始された.11月23日両眼飛蚊症を自覚し,眼科的検査にて左眼の耳側網膜に軟性白斑,鼻上側に点状出血を伴った白色病変を認めた.バルガンシクロビル450mg内服への減量に伴い2008年1月9日より左眼の白色病変が拡大,CMV網膜炎悪化と判断し,ガンシクロビル500mg点滴に増量した.病変は徐々に消退したが裂孔原性網膜離が出現し,硝子体切除術を行った.術後,矯正視力は右眼1.2,左眼0.9で左眼網膜は復位している.結論:ATLに対する末梢血幹細胞移植後の免疫不全状態においてもCMV網膜炎は十分注意すべき合併症である.WereportacaseofadultT-cellleukemia(ATL)withcytomegalovirus(CMV)retinitis.Thepatient,a54-yearmalewithskintypeATL,hadbeentreatedwithperipheralbloodstemcelltransplantationforblastcrisis.Thereaf-ter,hewasdiagnosedwithgraft-versus-hostdiseaseandtreatedwithmethylprednisoloneandcyclosporinA.Inaddition,hewastreatedwithgancicloviragainstCMVdetectedinhisserumonNovember12,2007.Hewasreferredtousforblurredvision.Ophthalmoscopicndingsshowedsoftexudatesandwhiteopacicationwithdothemorrhageinhislefteye.Asoralvalganciclovirwasreducedto450mg,thelesionenlarged.Ganciclovir(500mgiv.)wasthenadministered.Althoughtheexudativelesiondisappearedgradually,rhegmatogenousretinaldetach-mentoccurredinthelefteye.Vitrectomywasperformed,theretinawasreattachedandvisualacuitywasmain-tained.CMVretinitisshouldbeconsideredinimmunodecientpatientsafterperipheralbloodstemcelltransplanta-tionforATL.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):529531,2009〕Keywords:サイトメガロウイルス網膜炎,成人T細胞白血病(ATL),末梢血幹細胞移植.cytomegalovirusretinitis,adultT-cellleukemia(ATL),peripheralbloodstemcelltransplantation.———————————————————————-Page2530あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(98)の骨病変が最も疑われたため,ATL急性転化の判断にて化学療法を施行したのち,ヒト白血球型抗原(HLA)完全一致,血液型一致,ヒトTリンパ球向性ウイルス1型(HTLV-1)陰性の弟をドナーとして10月7日同種末梢血幹細胞移植が施行された.移植片対宿主病(GVHD)予防目的でシクロスポリンA単独投与を行っていたが,生着12日後に皮疹・発熱・胸水貯留を主症状とするGVHDを生じメチルプレドニゾロン(ソルメドロールR)60mg点滴が開始となった.11月12日にCMV抗原血症を指摘され,ガンシクロビル(デノシンR)560mg点滴が開始された.GVHD症状は徐々に改善し,PSL55mg内服まで減量となった11月27日当院血液内科へ転院となった.11月23日より両眼の飛蚊症を自覚していたため,11月28日眼科的精査目的にて当科紹介となった.既往歴:2007年6月帯状疱疹.家族歴:弟がHTLV-1キャリア.全身検査結果(2007年11月27日):末梢血一般検査では白血球7,500/mm3,リンパ球は270/mm3(3.6%)で異常リンパ球は認めなかった.末梢血リンパ球サブセットはCD4+T細胞30.7,CD8+T細胞45.4でCD4/8比は0.68であった.直接酵素抗体法(C7-HRP)にてCMV陽性細胞を3/30万認めた.初診時所見(2007年11月28日):視力は右眼0.2(1.2×4.0D),左眼0.1(1.2×3.25D(cyl1.0DAx90°).眼圧は両眼とも10mmHgであった.眼位・眼球運動・対光反応は異常なく,両眼に皮質混濁を伴った軽度白内障を認めた.右眼眼底は後部硝子体離を認めるほか異常なく,左眼眼底は視神経乳頭の耳側に軟性白斑,鼻上側に一部点状出血を伴った網膜の白色病変とグリア環を認めた.内科ではC7-HRPを指標としてガンシクロビル点滴の中止・再開をくり返していたが,肝機能が悪化してきたため,12月27日からバルガンシクロビル(バリキサR)450mg内服に変更となっていた.2008年1月9日眼科再診時に左眼鼻上側の出血と網膜の白色病変が拡大しており(図1),CMV網膜炎の診断にて内科と相談のうえ1月12日14日はバルガンシクロビル内服を1,800mgへ増量し,1月15日からガンシクロビル500mg点滴を3週間行った.網膜炎の軽快をみて300mg週5回投与へ減量,1カ月間投与を行った後バルガンシクロビル900mg1週間,450mg内服へ変更となり全身状態も改善したため3月28日退院となった(図2).5月28日眼科再診時に左眼鼻上側の網膜出血,網膜の白濁が消退した部位に網膜離を伴った裂孔を認めた.離部の網膜は菲薄化していて,硝子体手術とガス注入では復位困難と思われたため,翌日硝子体切除術+シリコーンオイル注入+水晶体超音波乳化吸引+眼内レンズ挿入術を行った.バルガンシクロビル内服は6月25日にて中止となり,術後1カ月を経過した2008年6月28日現在,矯正視力は右眼1.2,左眼0.9で左眼網膜は復位しており,9月以降にシリコーンオイル抜去を考えている.II考按一般に日本人(成人)の95%はCMVキャリアであるが正常な免疫状態ではほとんど不顕性感染をしており,顕性感染が生じるためには宿主が何らかの形で免疫不全状態にあることが不可欠の条件となる1).今回の症例では基礎疾患としてATLを発症したこと,その治療として化学療法と同種末梢血幹細胞移植を行ったこと,GVHDに対する治療としてステロイドおよび免疫抑制薬投与を行ったことがCMV網膜炎発症の誘因として考えられる.後天性免疫不全症候群(AIDS)患者においてはCMV網膜炎の合併率は2530%と報告されていたが,highlyactiveantiretroviraltherapy(HAART)導入後はさらに減少しているといわれている24).ATLにCMV網膜炎を発症したという報告は少なく,原疾図12008年1月9日再診時の左眼眼底写真左眼鼻上側の出血と白色病変が増加していた.図22008年4月16日再診時の左眼眼底写真左眼鼻上側の網膜血管は一部白鞘化したが,出血と白色病変はほぼ吸収されている.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009531(99)患の特徴からほとんどが九州出身者である511).また,造血幹細胞移植後の報告も国内外を含めわずかである1214).Coskuncanらの報告によれば,白血病の治療として一般的に行われてきた骨髄移植においても,後眼部の合併症を認めたものは397例中51例(12.8%)で,そのうち網膜または眼内の感染症と診断されたものは8例(2.0%)であり,発症は移植の平均57日後でウイルス性がサイトメガロウイルス1例・水痘ヘルペス1例の2例(0.5%)であったとされ,骨髄移植後のCMV網膜炎の発症としても大変まれであるといえる13,14).本症例で行われた同種末梢血造血幹細胞移植は,2000年に保険適用が認められて以来,同種骨髄移植の代替法として2001年にはその実施症例数が骨髄移植の実施症例数を超え急速に普及している.同種骨髄移植と比較した場合,①速やかな造血回復(約1週間の短縮),②速やかな免疫回復,③低コスト,④低い再発率,⑤急性GVHDは増加しない,⑥ドナーに与える負担が少ないなどの利点があり15),今後さらに症例数が増加し,それに伴う眼合併症も増加する可能性がある16).ATLに対し同種末梢血造血幹細胞移植を行い,その後にCMV網膜炎を発症したという報告は筆者らの調べる限り今回の症例が初めてである.このことから同種骨髄移植に比べ免疫回復が速やかであるとされる同種末梢血造血幹細胞移植後においても,やはりCMV網膜炎の発症には注意する必要があるものと思われる.現在抗CMV薬としてはガンシクロビル(静注,経口,インプラント),ホスカルネット(静注),シドフォビル(静注),バルガンシクロビル(経口)がある17).このうち日本で使用が可能な薬剤はガンシクロビルとホスカルネット,バルガンシクロビルで,網膜炎にも有効である一方,細胞毒性も強い.そのため投与量と投与期間は薬効と副作用により症例ごとに変えなければいけない1).また,免疫不全状態が改善されない限り,投与中止後にCMV網膜炎を再燃する可能性が高い1821).今回の症例ではCMV網膜炎の悪化に対しガンシクロビルの増量を行ったところ,眼底の出血および白色病変は速やかに消退,重篤な全身的副作用も認めなかった.しかし発症から6カ月後に網膜壊死に伴う裂孔形成と網膜離を認め手術加療が必要となった.今後ガンシクロビル中止に伴うCMV網膜炎の再燃に十分注意して経過観察を行っていく必要があると考える.文献1)坂井潤一:サイトメガロウイルスと眼感染症.あたらしい眼科11:677-683,19942)坂井潤一:免疫不全患者におけるサイトメガロウイルス網膜炎.医学のあゆみ170:158-159,19943)JabsDA,VanNattaML,HolbrookJTetal:LongitudinalstudyoftheocularcomplicationsofAIDS1.Oculardiag-nosisatenrollment.Ophthalmology114:780-786,20074)JabsDA,BartlettJD:AIDSandophthalmology:Aperi-odoftransition.AmJOphthalmol124:227-233,19975)久志雅和,新城光宏,大城一郁ほか:成人T細胞白血病に続発したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.臨眼57:317-320,20036)岸川泰宏,出口裕子,三島一晃ほか:成人T細胞白血病にみられたサイトメガロウイルス網膜炎の1例.臨眼55:1411-1415,20017)辻真理子,手島靖夫,末田順ほか:サイトメガロウイルス網膜炎が初発症状であった成人T細胞白血病の2例.臨眼52:546-550,19988)藤井智仁,稲田晃一郎:サイトメガロウイルス網膜炎の2例.眼臨5:625-628,19959)森直樹,浦一美,村上修一ほか:経過中にサイトメガロウイルス性網膜炎を併発した成人T細胞白血病の1例.臨床血液33:537-541,199210)杉本浩一,杉本睦子,春田恭照ほか:ATL(成人T細胞白血病)に随伴したサイトメガロウイルス網膜炎─ガンシクロビルで沈静化した症例─.眼科33:559-564,199111)樺山八千代,伊佐敷誠,上原文行ほか:成人T細胞白血病における眼症状.臨眼42:139-141,198812)長田愉以子,佐々木勇二,山崎厚志ほか:急性骨髄性白血病患者の非血縁者間同種骨髄移植後に認められたサイトメガロウイルス網膜炎の1例.眼臨93:396-400,199913)CoskuncanNM,JabsDA,DunnJPetal:Theeyeinbonemarrowtransplantation.VI.Retinalcomplication.ArchOphthalmol112:372-379,199414)LarssonK,LonnqvistB,RingdenOetal:CMVretinitisafterallogeneicbonemarrowtransplantation:areportofvecases.TransplInfectDis4:75-79,200215)長藤宏司:広がる幹細胞ソースの選択肢,骨髄移植と末梢血幹細胞移植の比較.内科98:218-223,200616)ShereckEB,CooneyE,vandenVenCetal:ApilotphaseⅡstudyofalternatedayganciclovirandfoscarnetinpreventingcytomegalovirus(CMV)infectionsinat-riskpediatricandadolescentallogeneicstemcelltransplantrecipients.PediatrBloodCancer49:306-312,200717)LeeCH,BrightDC,FerrucciS:Treatmentofcytomega-lovirusretinitiswithoralvalganciclovirinanacquiredimmunodeciencysyndromepatientunresponsivetocom-binationantiretroviraltherapy.Optometry77:167-176,200618)SongM,KaravellasMP,MacDonaldJCetal:Character-izationofreactivationofcytomegalovirusretinitisinpatientshealedaftertreatmentwithhighactiveantiretro-viraltherapy.Retina20:151-155,200019)LehoangP,GirardB,RobinetMetal:Foscarnetinthetreatmentofcytomegalovirusretinitisinacquiredimmunedeciencysyndrome.Ophthalmology96:865-874,198920)JabsDA,NewmanC,DeBustrosSetal:Treatmentofcytomegalovirusretinitiswithganciclovir.Ophthalmology94:824-830,198721)HollandGN,SakamotoMJ,HardyDetal:Treatmentofcytomegalovirusretinopathyinpatientswithacquiredimmunodeciencysyndrome.Useoftheexperimentaldrug9-[2-Hydroxy-1(hydroxymethyl)ethoxymethyl]guanine.ArchOphthalmol104:1794-1800,1986

重症型春季カタルに対するタクロリムス軟膏の眼軟膏治療

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1(93)5250910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):525528,2009cはじめに春季カタル(vernalkeratoconjunctivitis:VKC)は,結膜の乳頭増殖,増大,輪部結膜の腫脹,堤防状隆起を呈する若年者にみられるアレルギー疾患で,高率に角膜病変を合併し,特に重症例においては盾型潰瘍や角膜プラークを生じる.若年者に発症するため,これらの病状は視力予後に大きく影響し,そのため発作期の速やかで有効な消炎治療が大変重要となる.アレルギー性結膜疾患に対する一般的な治療において,特に難治性の重症例では,外科的な乳頭切除やステロイド薬の眼瞼結膜下注射,あるいはステロイド薬の内服が必要となる1).しかし,外科治療は,即効性は期待できるものの,切除が不十分だと再発の可能性があり,手技が煩雑で幼少児には全身麻酔を要することもあり容易ではない.ステロイドの眼瞼結膜下注射は,過去の報告2)によると,症状の速やかな改善が得られているが,なかには眼圧上昇例がある3).小児期においては,ステロイド薬はステロイド白内障のみならずステロイド緑内障の頻度が高く,視機能に悪影響を及ぼす可能性があると同時に,発育時期であるため,全身投与では骨粗鬆症を代表とする全身的な合併症による発育障害の併発が懸念される4).よって,できればステロイド薬と〔別刷請求先〕小沢昌彦:〒814-0180福岡市城南区七隈7-45-1福岡大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasahikoKozawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,FukuokaUniversity,7-45-1Nanakuma,Jonan-ku,Fukuoka814-0180,JAPAN重症型春季カタルに対するタクロリムス軟膏の眼軟膏治療小沢昌彦市頭教克梶原淳内尾英一福岡大学医学部眼科学教室SevereVernalKeratoconjunctivitisCasesTreatedwithTacrolimusOintmentasanOphthalmicOintmentMasahikoKozawa,NoriyoshiIchigashira,JunKajiwaraandEiichiUchioDepartmentofOphthalmology,FukuokaUniversitySchoolofMedicine春季カタル(vernalkeratoconjunctivitis:VKC)の重症例に対し,タクロリムス軟膏を眼軟膏として使用した5例につき報告する.症例は714歳で全例男児の重症春季カタルであり,2例は0.03%,3例は0.1%製剤の皮膚用軟膏をそのまま眼軟膏として投与した.投与回数は最多で1日3回,投与期間は最長で4カ月とした.3例では巨大乳頭切除後に併用したが,全例で臨床所見の改善が得られた.全例で使用直後の眼灼熱感がみられたが,徐々に消失した.その他特記すべき副作用はみられなかった.タクロリムス眼軟膏は全身的な副作用が出にくく,重症型VKCに対し,眼軟膏としてほぼ安全に使用できた.しかし,結膜に対する長期使用経験が少なく安全性については不明であり,今後検討を加える必要がある.タクロリムス軟膏は重症型VKCに対するリリーバとして有用であると考えられ,眼軟膏製剤の臨床応用も望まれる.Wereport5casesofseverevernalkeratoconjunctivitis(VKC)(5males,agerang:7to14years,average12years)treatedwithtacrolimusointmentasanophthalmicointment.FortheirsevereVKC,twocaseswerepre-scribed0.03%tacrolimusointmentand3wereprescribed0.1%,asanophthalmicointmenttobeadministered3timesdailyandcontinuedforupto4months.Althoughgiantpapillaresectionwasperformedinthreecases,theclinicalndingswereimprovedinallcases.Therehasbeennoadverseeectotherthanophthalmicburningsensa-tionduringtheearlyphaseoftreatment.TopicaltacrolimusmayproveeectiveforsevereVKC,thoughduetolackoflong-termuse,itsclinicalsafetyisunknown.ConsideringitsusefulnessinrelievingsevereVKC,however,thedevelopmentoftacrolimusophthalmicointmentisexpected.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):525528,2009〕Keywords:春季カタル,重症型,治療法,タクロリムス(FK506)軟膏.vernalkeratoconjunctivitis,severetype,treatment,tacrolimus(FK506)ointment.———————————————————————-Page2526あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(94)同等の抗炎症作用をもち,かつステロイド薬の副作用がみられず,継続的投与が可能な薬剤の使用が望ましい.タクロリムスは強力な免疫抑制作用をもつカルシニューリン阻害薬の一つで,その軟膏製剤は,アトピー性皮膚炎の顔部・頸部の治療に多く使用されており有効性が認められている5).その0.1%製剤は,ステロイド外用薬のstrongクラスと同等の抗炎症効果をもつ一方で,ステロイドに比べ分子量が大きく炎症部位からのみ吸収されるため,消炎後は吸収率が低下し,皮膚使用時にはステロイド外用薬の連用でみられる皮膚萎縮などの副作用がないといった特徴がある.眼科領域においては,最近タクロリムス点眼製剤が発売されたが,それ以前に眼科製剤はなく,過去の報告では,VKCに対しタクロリムス内服薬から眼軟膏製剤を自家調剤のうえ角結膜に投与し,有効であったとされている6).そこで今回筆者らは,タクロリムス点眼製剤発売以前の重症型VKCの5例に対し,タクロリムス軟膏を眼軟膏として使用し,その効果を検討したので報告する.I対象および方法対象は714歳(平均11.8歳)で,性別は全例男性であった.既往歴にはアトピー性皮膚炎,アレルギー性鼻炎,気管支喘息がいずれも5例中3例にみられた.まずタクロリムス軟膏の角結膜への使用に関しては,規定の臨床研究申請を行ったうえ,本人および両親に対し,①病状の改善のためには免疫抑制薬(タクロリムス)の局所投与が望ましいが,現在眼科用製剤がないため,皮膚用軟膏製剤であるタクロリムス軟膏の使用が適当であると考えざるをえないこと,②皮膚用製剤であるため眼球に対する安全性は不明であるが,現在の病状を考えた場合,投与した際の利益のほうが上回ると思われること,③結膜は皮膚に近接した粘膜であり,現在皮膚科領域ではアトピー性皮膚炎の症例に対し眼瞼皮膚に多く使用されているが,眼球に関する目立った重篤な副作用の報告がみられないことを十分説明し,インフォームド・コンセントを得たうえ使用を開始した.タクロリムスの薬物濃度や点入回数は,個々の臨床症状の程度に応じ適宜決定し,投与開始後の臨床所見の改善度により点入回数を適宜漸減した.長期投与時の合併症については不明な点もあることから,投与期間を最長4カ月とした.投与方法は,まずタクロリムス軟膏をチューブの先端から約5mmほど出し,清潔な綿棒などで取ったのち,下眼瞼を翻転し直接眼瞼結膜上に塗布して行った.臨床効果の評価方法としては,アレルギー性結膜疾患診療ガイドラインにより提唱されている臨床評価基準7)の10項目(表1)を用い,それぞれの項目において,高度なものを3点,中等度を2点,軽度を1点,所見がないものを0点としてスコア化し,その合計値を臨床スコアとして投与開始前および投与開始1カ月後に算出した.そして,臨床スコア値の変動にて臨床所見の改善度を検討した.II結果(表2)まず治療開始前の既投薬についてであるが,全例でステロ表1アレルギー性結膜疾患の臨床評価基準眼瞼結膜充血高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()個々の血管の識別不能多数の血管拡張数本の血管拡張所見なし腫脹高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()びまん性の混濁を伴う腫脹びまん性の薄い腫脹わずかな腫脹所見なし濾胞高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()20個以上1019個19個所見なし乳頭*高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()直径0.6mm以上直径0.30.5mm直径0.10.2mm所見なし巨大乳頭高度(+++)上眼瞼結膜の1/2以上の範囲で乳頭が隆起中等度(++)上眼瞼結膜の1/2未満の範囲で乳頭が隆起軽度(+)乳頭は平坦化なし()所見なし眼球結膜充血高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()全体の血管拡張多数の血管拡張数本の血管拡張所見なし浮腫高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()胞状腫脹びまん性の薄い腫脹部分的腫脹所見なし輪部Trantas斑高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()9個以上58個14個所見なし腫脹高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()範囲が2/3周以上範囲が1/3周以上2/3周未満1/3周未満所見なし角膜上皮障害高度(+++)シールド(盾型)潰瘍または上皮びらん中等度(++)軽度(+)なし()落屑様点状表層角膜炎点状表層角膜炎所見なし*:直径1mm以上の乳頭は巨大乳頭も併せて評価する.(文献7より)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009527(95)イド点眼薬が投与されており,5例中4例でシクロスポリン点眼が施行されていた.5例中3例で,タクロリムス投与の前後に外科的巨大乳頭切除術を施行していた.タクロリムス軟膏には,皮膚使用時,通常小児に使用する0.03%製剤と,通常成人に使用する0.1%製剤があるが,症例1と症例3では0.03%製剤を使用した.症例1,3のタクロリムス投与前の臨床スコアをみると両症例とも13であり,点入回数は1日1回より開始され,投与期間は12カ月であった.症例2,4,5では0.1%製剤を使用し,それらの臨床スコアはいずれも0.03%製剤を使用していた症例よりも高く1519であった.症例2,4,5では点入回数も23回より開始しており,投与期間も24カ月と0.03%製剤使用群と比べ長かった.つぎに臨床所見の改善は,タクロリムス投与前の臨床スコアの平均値は15.2であったが,投与開始1カ月後の臨床スコアの平均値は5.8と減少していた.各症例においても臨床スコアは低下しており,全例で臨床所見が改善していた(図1).図2に症例2の初診時およびタクロリムス軟膏投与後の結膜所見の写真を示す.一方,タクロリムスの副作用は,まず皮膚使用時に小児では約半数でみられるとされる投与開始直後の灼熱感があげられるが,全症例において投与開始直後に著明な眼灼熱感・眼刺激感の訴えがみられた.しかし連用し炎症が改善するにつれ,灼熱感・刺激感は減少する傾向があり8),全症例で12週間内にこれらの眼症状は消失した.その他の副作用としては,免疫抑制作用に伴う感染症の併発・遷延化の可能性があ表2各症例の背景とタクロリムス軟膏投与前後の臨床スコア症例年齢(歳)タクロリムス濃度(%)回数タクロリムス使用期間シクロスポリン使用ステロイド使用乳頭切除臨床スコア投与前臨床スコア投与後170.0311カ月++1372130.134カ月+++1653140.0312カ月+++1344130.122カ月++1555110.124カ月++198図1各症例における臨床スコアの経時変化臨床スコア投与前投与後症例症例症例症例症例図2症例2の初診時結膜所見(a)とタクロリムス投与後の結膜所見(b)aの巨大乳頭に対し乳頭切除施行を行ったが再燃がみられたため,タクロリムス軟膏の点入を開始した.軟膏開始後9週目(b)には巨大乳頭の平坦化と病巣の瘢痕化が得られた.ab———————————————————————-Page4528あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(96)げられる.皮膚使用時においては,小児では約2割でみられるとの報告8)もあるが,全症例に感染症の合併はみられなかった.眼圧上昇もみられなかった.III考按タクロリムスはT細胞分化・増殖抑制効果により,サイトカイン産生を抑制することにより,抗炎症作用を有する薬剤で,invitroにおいては同じカルシニューリン阻害薬であるシクロスポリンの約100倍の効果を有するとの報告がある9).分子量を比較するとシクロスポリンに比べ小さいため,効果的に組織に浸潤することが可能であると思われ,高いT細胞選択抑制効果をもつことから,重症例に対しても効果があるとされている.一方で,眼圧上昇がみられず,ステロイドと比較し同等以上の消炎効果をもち,全身的および局所的副作用が少ないことから,長期連用が必要な再発例,重症例あるいは副作用のためステロイドの継続が困難となった症例においても使用可能であると思われる.しかし,長期連用時の安全性は未確立であり,皮膚使用時に比較的多くみられる感染症を併発する可能性もある.5症例中3例では巨大乳頭切除を併用しており,それらの症例ではタクロリムス投与のみでどれくらい有効性があるかは不明である.よってタクロリムスの適応については,①ステロイド抵抗性の高度な巨大乳頭増殖を有する重症化したもの,②すでに乳頭切除やステロイド注射を施行した症例の再増殖例,③ステロイドによる眼圧上昇などの副作用のため,離脱を必要とする症例などに対しリリーバとしての使用が好ましいと考える.いずれにしても,重症型VKCに対してタクロリムスは有用であると思われるが,漫然と使用せず適応および期間を定めて使用することが重要と思われる.全症例ともタクロリムス点眼の発売前であったため,既存の軟膏製剤を使用したが,その軟膏製剤の特性に伴う利点としは,その滞留性により局所における薬物濃度を維持しうる可能性があり,点眼回数を少なくすることができうることがあげられる10).この点眼回数を少なくできることは,タクロリムス特有の投与時の刺激感に伴うコンプライアンスの低下を防ぐ利点もあると考えられた.また,刺激の強い薬剤では,それに伴う流涙による薬剤の希釈を防ぐ意味でも有用と思われた.タクロリムスの皮膚使用時の注意点として,長期間の外用による局所免疫の低下による皮膚癌発症のリスクは完全に否定できないため,誘発を予防するために紫外線曝露を避けるよう明記してあるが,春季カタルは対象が幼少児に多いことから,日中の紫外線曝露を考慮した場合,就寝前の単回投与の可能性などからも,軟膏製剤の有用性が期待されると思われる.より安全に眼科領域にて使用するためにも今後の眼軟膏製剤の開発が望まれる.文献1)加藤直子:アトピー性結膜炎(含む眼瞼炎)と春季カタルの治療指針.あたらしい眼科22:733-738,20052)HolsclawDS,WitcherJP,WongIGetal:Supratarsalinjectionofcorticosteroidinthetreatmentofrefractoryvernalkeratoconjunctivitis.AmJOphthalmol121:243-249,19963)八田史郎,永田正夫,金田周三ほか:ケナコルトAで長期眼圧上昇を来たした春季カタルの1例.眼臨95:682,20014)池住洋平,鈴木俊明,内山聖:日常診療に役立つ最新の薬物治療と副作用対策.小児科47:795-802,20065)FK506軟膏研究会:アトピー性皮膚炎におけるタクロリムス軟膏0.1%および0.03%の使用ガイダンス.臨皮57:1217-1234,20036)VichyanondP,TantimongkolsukC,DumrongkigchaipornPetal:Vernalkeratoconjunctivitis:Resultofanoveltherapywith0.1%topicalophthalmicFK-506ointment.JAllergyClinImmunol113:355-358,20047)大野重昭,内尾英一,石崎道治ほか:アレルギー性結膜疾患の新しい臨床評価基準と重傷度分類.医薬ジャーナル37:1341-1349,20018)本田まりこ:小児用タクロリムス軟膏の使い方.小児科47:1125-1129,20069)AndersonJ,NagyS,GrothCGetal:EectofFK506andcyclosporineAoncytokineproductionstudiedinvitroatasingle-celllevel.Immunology75:136-142,199210)横井則彦,木下茂:眼軟膏とその特性.眼科NewInsight2:点眼薬─常識と非常識─,p66-75,メジカルビュー社,1994***

眼科医にすすめる100冊の本-4月の推薦図書-

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.4,20095150910-1810/09/\100/頁/JCLSバラク・オバマが44代目の大統領に就任したアメリカは,すでに以前のアメリカではない.そのことについては,誰しもが思っていることだと思います.それは前回の大統領選挙のときにも私は思いました.前回の大統領選挙でブッシュがゴアに勝ったとき,アメリカ人の友人は「恥ずかしい」と言っていました.それは2つの意味で.一つは選挙そのものに対する不信感.そしてもう一つは「ブッシュ」.どの国にも事情があります.観光や仕事で訪れるだけでは理解できないところが多々あると思います.ただ,私たちはアメリカやアメリカ人を批判しながらも,今もアメリカから学んでいる点は多く,それだけに,今後アメリカから何を学び,何を学ばないのか,それを選択するときに,ちょっと参考にしたい一冊です.本書が出版されたのは2008年の10月で,ちょうどリーマンショックと同時期になります.それを予測してか,第三章ではバブル経済と格差社会について扱っています.第一章は「暴走する宗教」.第二章は「デタラメな戦争」.第四章は「腐った政治」,もちろんブッシュ前大統領について.第五章は「ウソだらけのメディア」.第六章は「アメリカを救うのは誰か」.そして終章は「アメリカの時代は終わるのか」.序章,アメリカのトーク番組の「ジェイウォーキング」というコーナーで司会者が街角の人たちに小学生レベルの質問をしていきます.「今,オリンピックやっている国はどこですか?」「アメリカ?」(北京オリンピック最中)「いままで世界大戦は何回あった?」「三回?」「ヒロシマ,ナガサキといえば?」「ジュードー?」(文中より)ちなみに,リック・シェンクマン著『アメリカ人はどうしてこんなにバカになってしまったのか』によると,自分たちの国が日本に原爆を投下した事実を知っているアメリカ人は49%にすぎないそうです.ナショナルジオグラフィック(全米地理学協会)が,2006年に18~24歳のアメリカ人に対して行った調査によると,88%は世界地図を見てもアフガニスタンの場所がわからず,63%はイラクの場所を知らなかった.パスポートを持っているアメリカ人は国民の2割にすぎない.さらに,アメリカの地図を見てニューヨーク州の場所を示せた者は5割しかいなかった.(文中より)この人たちにアメリカを担わせることについては,特に問題を感じませんが,彼らが世界に影響することを考えると,他人事にはできません.そういう頭脳とメンタリティーを持った国民とどうつきあうかについてはこちらも知恵がいると思います.第三章,先進国で唯一,国民健康保険のない国アメリカで,マイケル・ムーアのドキュメンタリー映画「シッコSiCKO」では,病気を治すはずの医療制度がビョーキであるという呆れた現実を告発しています.アメリカの医療保険には民間企業の保険しかない.保険料は平均年間35万円.国勢調査によると,全米には年収200万円以下の貧困層が3,800万人もいる.彼らにとって家族3人で100万円を超える保険料は支払い不可能だ.かくしてアメリカの人口約3億人のうち6分の1にあたる約5,000万人が医療保険に未加入で,年間2万人が何の医療も受けられずに死んでいく.(文中より)しかし問題は,保険に入れない人だけではなく,日本の保険制度とアメリカのそれは違う点にあります.(83)■4月の推薦図書■アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない町山智浩著(文藝春秋社)シリーズ─87◆伊藤守株式会社コーチ・トゥエンティワン———————————————————————-Page2516あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009HMO(健康維持機構)というシステムでは,医師への報酬を保険会社が支払うことで,医療の内容を保険会社が管理するマネージド・ケア(管理医療)を行う.このシステムでは,医師は治療の質や量と関係なく,HMOから一定の給料をもらっており,投薬や治療を拒否すればするほど,保険会社の支出を減らしたと評価されて奨励金をもらえる.同じように,保険会社の職員も,投薬や治療を拒否すればするほど給料が上がる.」(文中より)治療を受けたくても,保険会社が許可しなければ治療も受けられない.それが最新の治療であればなおさら,「実験的すぎる」という理由で拒否されてしまうのです.以前,この制度は無駄な医療費を削減する効果があると耳にしたことがあります.確かに運用の仕方によってはその可能性はあります.昔は民間の保険会社といえども,こんなに治療を拒否することなどなかった.HMOは’70年代にニクソン政権によって拡大され,保険会社は国民から保険料を集めながら治療費を最小限に抑えて利益を上げ,石油や軍需産業などに匹敵する産業へと成長した.(文中より)それが多大な利益を生むことを知るとアメリカは正気を失う傾向があります.ヒラリー・クリントンは国民健康保険実現をスローガンにしたが,アメリカではもっと他に優先することが多いようです.ところで,昨年NYで友人の紹介でお会いした方が,「最近はもう,ニュースなんて誰も信じていませんよ.ほとんど捏造されていることを知っていますから」と話していました.少し極端だとは思いましたが,第五章の「ウソだらけのメディア」を読めば,まんざらその話が大げさなわけでもないように思わせます.特にイラク戦争を操ったメディア王,ルバート・マードックとFOXニュースについては驚くばかりです.ただ,興味深い点は,メディアという権力に対して,それが権力を監視する最終権力のように思っていたのですが,必ずしもそういうわけではないようです.メディアという権力に立ち向かうコメディアン,スティーヴン・コルベアのホワイトハウス記者クラブの晩餐会におけるスピーチは圧巻です.コルベアは堂々とタカ派を表明し,戦争に賛成し,福祉に反対し,大企業に味方し,キリスト教以外の価値観を蔑み,ブッシュ大統領を熱狂的に支持する.たとえばブッシュは貧困層を無視して金持ちを優遇しているという批判にコルベアは反論する.「貧乏人たちに告ぐ!貧乏をやめろ!諸君らが貧乏なせいで大統領が責められる.貧乏なのは愛国心が足りない!」(文中より)今から40年前,高校生だった私の見たアメリカは,アメリカそのものがディズニーランドのような国で,本書にあるような内容には首を傾げる部分も多々あります.そういう見方をしているのではないかと.冒頭で触れたアメリカ人の友人は私に言いました.アメリカは西と東にはインテリジェンスはあるが,真ん中は別の国だと.本書はアメリカを,これまでとは違った角度から見せてくれる一冊です.(84)☆☆☆

眼科専門医志向者”初心”表明15.眼はからだの一部

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.4,20095130910-1810/09/\100/頁/JCLS眼科学は眼科医だけのものでしょうか?もちろん違います.眼科学はいくら専門性が高いといっても,それを専攻している私たちのためだけにあるのではありません.ある日,指導医の下,高血圧網膜症を診断できたはいいものの,「他の全身合併症は」「あ,見ていません…」.オーダーには“洗顔可”を“洗眼可”と書き,ついつい眼だけの診察に走りつつあったとき,先輩から「Wong-Mitchell分類を勉強せよ」という導きともとれる叱責を頂きました.調べてみると…,感動しました.彼らは,高血圧網膜症の程度によって,内科合併症のリスクを予測できると報告したのです.他科とのつながりを感じ,20Dを持つ手にも思わず力が入ります.眼科学の専門性が,他科の医師の診察を助けることができるとわかったからです.スーパーローテートのおかげで,いろいろな科のお世話になった先輩と飲む機会が今でもあります.「じゃあ今度,高血圧の患者さんを診たら眼科に聞いてみるよ」と興味をもってもらえると,本当に嬉しく思います.Wong-Mitchell分類を通じて,今では他科に別れてしまった先輩方とまた診察の場で一緒の仕事ができる機会を得たことも,誇らしく思います.飲み会の帰り道,ふと頭をよぎりました.「眼科学と他領域をつなげるエビデンスを追究すれば,もっといろいろな人と会えるのでは…?」いやいや,こんなことを考えるのはきっと酔い過ぎたせいに違いありません.眼科学をもっとみんなに広めたい!私たちが知っていることをより多くの人に役に立てるにはどうすればいいんだろう,なんて考えるのはわくわくしませんか?多くの科に助けられ,私たちも他科を助けてこそ眼科学は医学の一部,眼はからだの一部!と大きな声で言えるのだと思います.眼球というちっぽけな臓器に,いろいろな領域へつながる入口があって,より多くの人にインパクトを与えることもできる…眼科学のダイナミズムここに極まれり!直径24mmの球体がどこまで広がっていくのか?私にはまだ想像もつきません.◎今回は北里大学出身の平山先生にご登場いただきました.眼科は高い専門性の一方で,全身疾患などでは内科を初めとする他科との連携を行いながら診療を進めていくオールラウンドな科です.この大きな魅力を伝えれば眼科に興味をもつ人がもっと増えるのではないかと思います.(加藤)☆本シリーズ「“初心”表明」では,連載に登場してくださる眼科に熱い想いをもった研修医~若手(スーパーローテート世代)の先生を募集します!宛先は≪あたらしい眼科≫「“初心”表明」として,下記のメールアドレスまで.全国の先生に自分をアピールしちゃってください!E-mail:hashi@medical-aoi.co.jp(81)眼科専門医者“初心”表明●シリーズ⑮眼はからだの一部平山雅敏(MasatoshiHirayama)慶應義塾大学医学部眼科学教室北里大学医学部卒業後,北里大学病院初期臨床研修修了.2008年慶應義塾大学医学部眼科学教室入局.入局後,周りの先生に影響されて医学を横断的に診られる再生医療,抗加齢医療に興味をもち始めました.(平山)編集責任加藤浩晃・木下茂本シリーズでは研修医~若手(スーパーローテート世代)の先生に『なぜ眼科を選んだか,将来どういう眼科医になりたいか』ということを「“初心”表明」していただきます.ベテランの先生方には「自分も昔そうだったな~」と昔を思い出してくださってもよし,「まだまだ甘ちゃんだな~」とボヤいてくださってもよし.同世代の先生達には,おもしろいやつ・ライバルの発見に使ってくださってもよし.第15回目はこの先生に登場していただきます!▲イリノイ大学の留学生歓迎会(今年は計6人も来日)

私が思うこと16.こうして新病院は完成した

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009511私が思うことシリーズ⑯(79)2008年4月1日,東京警察病院は79年の歴史をもつ千代田区飯田橋の地から中野区警察学校跡地に移転開院しました.6千坪の広々とした敷地に,地上9階,地下2階,413床の真新しい病院が完成したのです.病院移転の構想は1991年に発表されたものの,その後のバブル崩壊や諸事情で14年もの間,凍結されていました.もう私の現役中に移転は間に合わないだろうと思っていたところ2005年に,にわかに移転が実行されることになったのです.それから3年間,病院の設計について多くの委員会,ワーキンググループがつくられ,医師,看護師,事務職すべての職員が主体的に設計に関わりました.連日,会議つづきで疲労困憊の日々でしたが,自分たちで病院をつくり上げるという自負のもと,設計の細部に至るまで徹底的に議論を尽くしました.私がチーフをつとめたワーキンググループは病院の内装,家具,アートなど全体の雰囲気に大きく関わる管理・サービス部門でした.「病院らしくない病院を目指そう」と,他病院の見学はせず,美術館のロビーやホテルの内装を見て歩きました.病院というと白っぽいイメージが先行しますが,それを覆して内装にはあえてダークなウッドを多用しました.外壁タイル,床材,照明器具,看板,植栽,診察机,患者用椅子,シンボルマーク,壁に飾る250点のアートの選択などまるごとの空間プロデュースの仕事をした感じです.病院の正面玄関から入ると南面総硝子張りで2階まで吹き抜けの明るく広いロビーがあります.1階と2階の外来を結ぶ導線はエスカレーターを廃し,シースルーのエレベーターを2基設置しました.エレベーターも一つのオブジェと位置づけ空間の広がりを損なわないようにと考えたからです.ロビー中央には高さ4mのつくり物の大木を置き,待ち合わせ場所の目印にしました.外壁のタイルの色や病院のシンボルマークはいくつかに絞って実物をつくってもらい全職員の投票で決めました.0910-1810/09/\100/頁/JCLS安田典子(NorikoYasuda)東京警察病院眼科こうして新病院は完成した▲新病院全景▲一階ロビー硝子アート———————————————————————-Page2512あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009病室もモデルルームを3パターンつくってもらい,機能性とくつろげる雰囲気を比べ決定しました.ロビーと廊下を飾る絵画は,見る人によってどうとでも解釈できる抽象的なものを選びました.病院へはいろいろな思いをもった人が来ますから,具体的絵画はある人には心地よくても他の人には悪い思い出につながるかもしれないからです.各階エレベーターホールには同じ図柄で色違いのアートを配しました.患者さんに色で階数を認識してもらうためです.椅子も設置場所により長椅子,個別椅子,ハイバックチェアなど10以上のパターンを選びました.個室のハイバックチェアはゆったりくつろげると患者さんの評判も上々です.振り返ると3年間,200回以上の会議を繰り返し,何百項目の決定をしてきました.時に予算がないと却下されたり,業者から手間がかかると渋られたこともありましたが,仲間とともになんとか細部まで統一イメージを貫くよう努力しました.今は1日千人以上の患者さんが来院し,新病院は活気づいています.初めて新病院を訪れた患者さんが「とても明るい病院ですね」と言ってくださるとき,入院患者さんが「とても居心地の良い部屋でした」と言ってくださるとき,今までの苦労が報われた思いです.新病院が開院して1年がたちます.この後も永く今の美しい姿を保ってくれることを願ってやみません.安田典子(やすだ・のりこ)1977年昭和大学医学部卒業同年東京警察病院眼科1994年東京警察病院眼科部長現在に至る(80)☆☆☆▲エレベーターホール▲2階患者受付ホール▲予防医学センター

インターネットの眼科応用3. 他科のインターネット事情

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.4,20095090910-1810/09/\100/頁/JCLSレントゲン写真は誰のもの?ひとつ問題です.病院で撮影されるレントゲン写真や眼底写真の権利は誰に所属するのでしょうか.撮影された患者さんのものでしょうか.撮影を指示した医師のものでしょうか.実際に撮影した技師のものでしょうか.フィルムを所有している病院のものでしょうか.いろんな立場で権利を考えることができますが,答えは「モノとしての所有権は医師・病院に帰属し,写真に含まれる医療情報(個人情報)は患者に帰属し保護されるべきである.」1)です.つまり,レントゲン写真のすべてを所有する権利者はいないことになります.われわれが学会や論文で使う写真は,法律論からすると患者さんに所有権を放棄するよう依頼すべきなのです.いずれ,医療情報を学術利用する際にも,同意書が必須になるかもしれません.そのような時代では,医療・健康情報は患者さんに所属し,われわれ医療者には,その健康情報をお借りして管理・運用している,という謙虚さが求められます.医療・健康情報が,フィルムやカルテなどのアナログな「物品」として管理されているなら,比較的容易に安全性は維持されます.しかし,情報がいったんデジタル化されると,修飾や閲覧に便利な反面,慎重な取り扱いが必要です.パソコンをインターネットに無防備に接続すると,そのなかに含まれる情報が全世界に公開されるリスクを背負います.秘密保持性を高く求められる病院以外の他の業種ではどうか,特許事務所を例にあげます.われわれにとって診療録にあたる特許出願用の書類(明細書)には企業の高度な秘密事項が多く含まれます.特許事務所では,明細書を書くパソコンは絶対インターネットにつなぎません.ウイルスの多いWindows対応のソフトも使わないそうです.どことなく医療業界と似ています.インターネットに接続しなくても,パソコンやメモリースティックを紛失したり,盗難されたりすれば,情報は当然のように流出します.2008年には患者情報がファイル交換ソフトを通じて流出する事件が起こりました2).情報漏洩の原因の半分以上は,ヒューマンエラーによるものです.患者情報が詰まったメディアの扱いには気をつけないといけません.特に学会,講演前は要注意です.放射線科のインターネット事情医療情報は機密性を高く求められるとはいえ,インターネットを用いれば容易に病院間で共有できます.VPN(VirtualPrivateNetwork)方式を用いることで,セキュリティの問題はクリアされる,というのが現在の認識です.数ある診療科のなかでも,最もデジタルインフラの整備が進んでいる放射線科のインターネット事情を紹介します.2000年を境に数多くの遠隔診断事業会社が誕生しました.その多くは株式会社の形態をとり,代表取締役社長は放射線科医です.宇都宮セントラルクリニックの佐藤俊彦氏(放射線科医)が代表を務める株式会社ドクターネットを筆頭に,大阪大学出身の放射線科医を中心にした日本読影センター株式会社,東北大学発ベンチャー企業として設立された株式会社ラドネット東北,京都大学出身の放射線科医を中心にした株式会社メディカルITコンサルティングなど,多数の事業会社がシェアを競い合っています.医師が医療知識を株式会社として発揮するひとつの手段が,この遠隔診断事業といえます.大学医局と民間法人が連携している事業体もあります.神戸大学放射線科杉村和朗教授が理事長を務めるNPO法人神戸画像診断支援センターは,医療法人白眉会画像診断クリニックと連携し,放射線科医が常駐しない兵庫県下の病院の画像診断を引き受けます.眼科領域では,京都大学眼科吉村長久教授が理事長を務める(77)インターネットの眼科応用第3章他科のインターネット事情武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ③———————————————————————-Page2510あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009NPO法人関西眼科画像診断支援センターは,株式会社かんでんエンジニアリングと連携し,検診施設などで撮影された眼底写真の診断を引き受けます.これらの遠隔診断事業会社では,VPN方式で転送されたCT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)などの画像を,放射線科専門医が24時間365日体制で遠隔地から診断します.自宅からの参加も可能です.このように,放射線科領域には遠隔診断に必要な情報インフラが整っています.そのインフラにどのように参加するかは,病院経営者の判断するところとなります.放射線科医の先駆者たちは,医師同士,病院同士をつなぐ遠隔医療を立派に事業として成立させています.最近では多数の事業会社が設立され,事業者間で価格競争が起こり,株式会社として健全に収益をあげながら継続するのはそれなりに苦労が多いようです.宇都宮セントラルクリニックの佐藤俊彦先生はこのように講演されました.『私は,1995年にアメリカで医療制度の違いをリサーチしていました.日本にない放射線インフラを整備しようと思い,ドクターネットを創業しました.当時,アメリカにあって日本に無い医療システムが3つありました.グループプラクティス,遠隔診断ネットワーク,DiagnosticImagingCenter:DICがそうです.(中略)VirtualRadiologyは,時差を使った国際的遠隔診断を行う企業で,Preliminaryreadingをインド等の諸外国で行い,Finalreadingを米国内で行うよう分けていることが特徴です.また,インターネットインフラを整備していれば,そのインフラをレンタルすることで収益を上げることが可能です.』3)インターネットの潮流に関し,アメリカは日本の10年先を進んでいます.そのアメリカのシステムを日本にいち早く導入した佐藤先生は,「日本の全ての診療科は放射線科に比べて10年遅れている.」と断言します.われわれ眼科医は,医療情報提供書を紙で作成し,せっかくデジタルで撮影した眼底写真を光沢紙に印刷しています.病院間をつなぐ情報インフラは紙をベースにしており,アメリカの20年遅れ,と指摘されても仕方ありません.もちろん理由はあります.画像の読影に保険点数が加算される放射線科と違い,眼科は読影行為自体には保険点数がつきません.手紙で診療情報を提供すれば保険点数が加算されますが,メールや電話で提供しても点数は加算されません.これは明らかに制度が時代にマッチしておらず,非常に残念なことです.(78)単独事業として成り立ちにくい読影事業ですが,私は,この事業をNPO法人や株式会社ではなく医療法人が行うべき,と考えます.現在,すべての遠隔診断事業会社は診断リスクをまったく担いません.最終的に診断するのは主治医であり,リスクは100%主治医がとる,というスタンスです.この場合,事業会社は診断補助の立場にとどまります.私は,遠隔診断は立派な医療行為ですので,医療法人が行える事業として医師法,医療法で認めるべき,と考えます.インターネット上の「受診」や相談事に対して,医療法人などに所属する医師がセカンドオピニオンという形で情報を提供して,その「診療行為」に対して正当に収益を得られる仕組みが必要です.日本という枠内で考えるだけでなく,アジアや世界に目を向ければ,日本の制度だけで医療を行う時代ではありません.いつか,他国の患者のデータをウェブ上で診察して診断する時代がくると思います.たとえば,日本の黄斑変性症の専門家がOCT(光干渉断層計)やIA(インドシアニングリーン蛍光造影)などの診療録・画像をもとに,インド人の患者のPDT(光線力学的療法)の適応をインターネット上だけで判断することは十分可能です.【追記】私は大阪で眼科クリニックを営む傍ら,有志とNPO法人MVCメディカルベンチャー会議(以下,MVC)を設立しました.MVCは医療人の知的・人的な交流を活性化させ,蓄積された知的共有物を広く一般生活者に伝え,医療水準の向上に貢献したい,という理念のもとに活動しています.私はMVCの活動を通じて,インターネットの医療応用を実践してきました.次号からは医師限定インターネット会議室「MVC-online」http://mvc-online.jpで行われている実例を紹介します.医療というアナログな行為と,眼科という職人的な業をインターネットでどう補完するか,皆さんとの意見交換を通じて,30年後の医療環境をともに作っていければ幸いです.MVCの活動に共感いただき,k.musashi@mvc-japan.orgにご連絡いただければ,医師限定インターネット会議室「MVC-online」http://mvc-online.jpからの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1)植木哲:医療の法律学.第3版,p127-133,有斐閣,20072)都立墨東病院における個人情報流出事故の発生についてhttp://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2009/01/20j1t600.htm3)http://blog.goo.ne.jp/med-venture/d/20080607