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ドライアイと画像診断

2023年3月31日 金曜日

ドライアイと画像診断DryEyeandDiagnosticImaging高静花*はじめに眼表面を層別に診断し(tear.lmorienteddiagno-sis:TFOD),層別の不足成分を補う(tear.lmorient-edtherapy:TFOT)ことにより涙液層の安定性を高めて効果的にドライアイを治療するというのが,現在日本においてはドライアイ診療の基本である.本稿のテーマは日進月歩の「ドライアイと画像診断」であり,最新あるいはまだラボレベルの装置も存在するが,ここでは基本的なことをわかりやすく解説する.また,ドライアイと手術との関係が最近注目を浴びている.ドライアイの自覚症状のひとつである視機能低下の診断には,画像を用いた評価が有用であり,これについても整理する.ITFODに基づく画像診断日本およびAsiaDryEyeSociety(ADES)のドライアイの定義と診断基準をおさらいする(図1)1,2).定義:さまざまな要因により涙液層の安定性が低下する疾患であり,眼不快感や視機能異常を生じ,眼表面の障害を伴うことがある.診断基準:涙液層破壊時間(tearbreak-uptime:BUT)が5秒以下で,かつ眼不快感,視機能異常などの自覚症状を有する.細隙灯顕微鏡はいうまでもなく優れた生体顕微鏡で,フルオレセイン染色を用いれば涙液を可視化できる.ドライアイ診断基準1,2)における必須項目のBUTの測定,涙液層の破壊パターン(break-uppattern:BUP)の鑑別もでき,眼表面の層別診断であるTFODはできる.ただし,詳しい情報を得るには限界があり,そのアシストをするのが画像診断である.とくに,前眼部,眼表面の画像診断の場合,①病変の程度や広がりを定量化できる,②細隙灯顕微鏡では見えないもの,観察しにくいものを可視化できる,というメリットがある.おなじみのTFOD/TFOTの概念に基づいて,細隙灯顕微鏡以外で一般的に入手可能な画像診断装置を図2に示す.以下,個々の画像診断について解説する.1.涙液干渉像観察涙液干渉像の観察は,非侵襲的な涙液層の安定性の評価法としてドライアイを対象とした研究から発展し,最近ではマイボーム腺機能不全(meibomianglanddys-function:MGD)の評価においても広く使われている.通常,涙液の最表層に位置する涙液油層の干渉像の観察を意味するが,装置によっては厚みの計測も可能である.現在日本で市販されている装置としてはLipiViewII(ジョンソン・エンド・ジョンソン),Keratograph5M(Oculus社),DR-1a(興和,生産終了)などがある.図3に健常眼,linebreak(涙液減少型ドライアイの軽症タイプ),dimplebreak(水濡れ性低下型ドライアイの軽症タイプ)の例を提示する.非侵襲に直接観察することによって涙液の油層の障害を推測することができる*ShizukaKoh:大阪大学大学院医学系研究科視覚先端医学講座〔別刷請求先〕高静花:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2.2大阪大学大学院医学系研究科視覚先端医学講座0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(3)285+=図1ドライアイの診断基準(文献2より改変引用)画像診断視機能評価涙液干渉像観察NIBUTマイボグラフィー涙液メニスカス評価コントラスト感度NIBUT前方散乱(以下は動的評価可能)実用視力角膜トポグラフィーNIBUT波面センサー共焦点顕微鏡結膜充血評価図2ドライアイ研究会の眼表面の層別治療(TFOT)の概念図に対応する画像診断の種類健常眼LinebreakDimplebreak自覚症状BUT<5秒ドライアイ図3DR-1aによる涙液干渉像の測定(東邦大学眼科糸川貴之先生のご厚意による)図4Keratograph5Mによる非侵襲的涙液層破壊時間(NIBUT)の測定Firstは最初にbreakupが検出されたとき,Averageは全体の平均.健常眼ドライアイTMH=0.25mmTMH=0.08mm図5Keratograph5Mによる下方涙液メニスカス高(TMH)の測定おおむねの目安として健常眼はC0.2Cmm以上.図6前眼部OCTによる下方涙液メニスカス高(TMH)の評価健常眼ドライアイ図7プラチド角膜形状解析装置による測定健常眼ドライアイ図8実用視力測定(文献C7より転載)Blink12345678Blink12345678図9Break-uppatternと高次収差(文献C8,9より改変引用)?早すぎて検出できずBlink123456789BlinkBUT>10秒12345678BUT<10秒Blink123456789図9つづき

序説:わかりやすいドライアイ診療

2023年3月31日 金曜日

わかりやすいドライアイ診療ComprehensiveDryEyeTherapy榛村重人*山上聡**ドライアイは実に奥が深い分野であり,日米の研究者においては疾患概念が一部異なるほどである.日本では涙液を層別に診断する概念(tear.lmori-enteddiagnosis:TFOD)が提唱されており,涙液層が不安定になることが主病因として捉えられている.一方で,欧米ではドライアイの発症は炎症が主軸であるとの考えがある.こうした議論の場として,ここ20年ほどでドライアイ専門誌が刊行され,専門的な研究会や学会が多く立ち上がっている.日本眼科学会や日本眼科医会の啓発活動の成果もあって,ドライアイは単に眼が乾く病気から,qualityoflifeに影響する「疾患」という概念が社会において受け入れられつつある.また,小児におけるドライアイも報告されるようになり,近視との関連,あるいはCOVID-19の後遺症としても注目されている.ドライアイ研究が盛んなわが国はドライアイ治療薬の種類も多く,世界に先駆けて承認された点眼薬も市販されている.ドライアイの診断は,油層と液層に分けて考えるのが基本で,原因として油層を形成するマイボーム腺が関与しているケースは多い.本特集は,ドライアイの診断,治療にかかわる知見をさまざまな角度から紹介することで,最近のドライアイに関する考え方を整理,定着させることを目標とした.まず,高静花先生には「ドライアイと画像診断」について解説していただいたが,患者負担が少ない非侵襲的な機器開発により,多くのドライアイ関連のデータが蓄積できるようになった.庄司純先生には「ドライアイとアレルギー性結膜疾患」について執筆していただいた.アレルギー性疾患とドライアイを合併する患者は多く,臨床の場において対応に迷うことが少なくない.長年の臨床経験に基づいたアドバイスは大変参考になる.山西竜太郎先生・内野美樹先生が執筆された「VDTとドライアイ」では,ドライアイの環境的な側面について説明されている.オフィスワーカーの職業病ともいえるドライアイは,企業の生産性にも影響する可能性があり,近年注目されている.ドライアイはさまざまな症状を呈することがあるため,環境によるドライアイについては啓発が重要である.重安千花先生には代謝性疾患,神経疾患や自己免疫疾患とドライアイについて解説していただいた.アレルギー性結膜疾患のような局所的な病態以外にも,全身疾患とドライアイの関連性も重要なテーマである.とくに失明するリスクのある自己免疫疾患では,眼科医単独で免疫抑制薬を処方するのが困難な場合があり,他科と連携する必要がある.*ShigetoShimmura:藤田医科大学**SatoruYamagami:日本大学医学部視覚科学系眼科学分野0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(1)283

顕微鏡的多発血管炎治療中に網膜動脈分枝閉塞症を 発症した1 例

2023年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科40(2):271.277,2023c顕微鏡的多発血管炎治療中に網膜動脈分枝閉塞症を発症した1例飯田由佳*1林孝彰*1倉重眞大*2丹野有道*2中野匡*3*1東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科*2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター腎臓・高血圧内科*3東京慈恵会医科大学眼科学講座CACaseofBranchRetinalArteryOcclusionduringTreatmentofMicroscopicPolyangiitisYukaIida1),TakaakiHayashi1),MahiroKurashige2),YudoTanno2)andTadashiNakano3)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,2)DivisionofNephrologyandHypertension,DepartmentofInternalMedicine,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,3)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicineC目的:全身性の抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎に網膜動脈閉塞症の合併例の報告は少ない.今回,顕微鏡的多発血管炎(MPA)治療中に網膜動脈分枝閉塞症を発症したC1例を報告する.症例:78歳,男性.13年前にMPO-ANCA高値(600CEU)を認め,腎生検の結果CMPAと診断され,ステロイドと免疫抑制薬内服加療中であった.右眼下方視野異常を自覚したC2日後に東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科を受診した.血清学的検査で,MPO-ANCAは陰性化していた.右眼の視力は(0.9)であった.眼底の血管アーケード内上方に網膜の白濁所見を認め,光干渉断層計画像で病変部網膜内層に高反射帯がみられた.光干渉断層血管撮影では病変部の網膜血管の描出不良を認め,フルオレセイン蛍光造影検査を施行し網膜動脈分枝閉塞症と診断された.慢性腎臓病ならびにCMPAに対して加療中であったため,アスピリン腸溶錠による加療を行った.発症C3カ月後,右眼視力(1.2)を維持していた.結論:MPAに対する治療によってCMPO-ANCAが陰性化しても,その経過中に網膜動脈分枝閉塞症は起こりうる.CPurpose:ThereChaveCbeenCfewCreportsCofsystemicCantineutrophilCcytoplasmicCantibody(ANCA)C-associatedCvasculitisCcomplicatedCwithCretinalCarteryCocclusion.CHereCweCreportCaCcaseCofCbranchCretinalCarteryCocclusion(BRAO)thatCoccurredCduringCtreatmentCofCmicroscopicpolyangiitis(MPA)C,ConeCofCtheCmostCcommonCformsCofCANCA-associatedvasculitis.Casereport:A78-year-oldmalewhohadanincreasedMPO-ANCAlevel(600EU)CandCwhoCwasCdiagnosedCwithCMPACafterCaCrenalCbiopsyC13CyearsCagoCandCwasCbeingCtreatedCwithCcorticosteroidsCandimmunosuppressivedrugspresentedwithalowervisual.eldabnormalityinhisrighteyeat2daysafterthesymptomConset.CSerologicCtestingCshowedCthatCMPO-ANCACwasCnegative,CandCbest-correctedCvisualCacuityCinChisCrighteyewas0.9.Funduscopyrevealedawhitishlesioninthesuperiorretinawithinthevasculararcade.Opticalcoherencetomography(OCT)revealedChyperre.ectiveCbandsCinCtheCinnerClayerCofCtheCretinaCatCtheClesion,CandCOCTangiographyshowedpoorvisualizationofretinalbloodvesselsinthelesion,.nallyleadingtothediagnosisofBRAOby.uoresceinangiography.SincethepatientwasundertreatmentforchronickidneydiseaseandMPA,hewastreatedwithaspirinenteric-coatedtablets.At3monthspostonset,thepatientmaintainedagoodvisualacu-ityCofC1.2CinCtheCrightCeye.CConclusion:BRAOCcanCoccurCduringCtheCcourseCofCMPA,CevenCafterCMPACtreatmentChasmadeMPO-ANCAnegative.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(2):271.277,C2023〕Keywords:ANCA関連血管炎,顕微鏡的多発血管炎,網膜動脈閉塞症,光干渉断層計,光干渉断層血管撮影.an-tineutrophilcytoplasmicantibody(ANCA)C-associatedvasculitis,microscopicpolyangiitis,retinalarteryocclusion,Copticalcoherencetomography,opticalcoherencetomographyangiography.C〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸C6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科Reprintrequests:TakaakiHayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPANCはじめに全身性の抗好中球細胞質抗体(antineutrophilCcytoplasmicantibody:ANCA)関連血管炎は小血管(毛細血管,細小動・静脈)を主体とした壊死性血管炎で,ANCA陽性率が高いことを特徴とする1,2).肉芽腫性病変のみられないものが顕微鏡的多発血管炎(microscopicCpolyangiitis:MPA)と定義され,指定難病(告示番号C43)に認定されている.厚生労働省作成(https://www.nanbyou.or.jp/entry/245)によるMPAの診断基準を表1に示す.主要症候のC2項目以上を満たし,組織所見が陽性の例,あるいは主要症候の①「急速進行性糸球体腎炎」および②「肺出血又は間質性肺炎」を含め2項目以上を満たし,myeloperoxidase(MPO)-ANCAが陽性の例はCDe.nite(確実例)と診断される.MPA罹患者の男女比はほぼC1:1で,好発年齢はC55.74歳と高齢者に多い.発熱,体重減少,易疲労などの全身症状とともに,組織の出血や虚血・梗塞による徴候が出現する.網膜動脈閉塞症(retinalCarteryocclusion:RAO)は,血管閉塞部位によって,網膜中心動脈閉塞症(centralRAO:CRAO)と網膜動脈分枝閉塞症(branchRAO:BRAO)に分類される3).CRAOは急激な視力障害をきたす疾患で,網膜中心動脈への血栓や塞栓によって発症する.一方,BRAOは,網膜中心動脈の枝の網膜動脈が閉塞し発症する.過去に,ANCA関連血管炎にCRAOを合併した報告例は少ない.今回筆者らは,MPA治療中にCBRAOを発症した症例を経験したので報告する.CI症例患者:78歳,男性.主訴:右眼下方視野異常.現病歴:13年前の東京慈恵会医科大学葛飾医療センター(以下,当院)腎臓・高血圧内科受診時,全身性の高度炎症所見(白血球数C13,800/μl,CRP21.6Cmg/dl,血液沈降速度1時間値C140Cmm),腎障害(血清CCr値C2.97Cmg/dl),MPO-ANCAの抗体価高値(600CEU,基準値:20CEU未満)を認めた.白血球分画で好酸球数の増加はみられなかった.その後,出血性胃潰瘍がみられ,腎生検で急速進行性糸球体腎炎所見も認められた.MPAの主要症候のC2項目以上を満たし,かつ主要組織所見から確実例(表1)と診断された.診断後,ステロイドパルス療法および免疫抑制薬(タクロリムス水和物カプセルC2Cmg/日およびアザチオプリンC50Cmg/日)の治療により軽快し,約C1年半前よりプレドニゾロンC7.5Cmg/日および免疫抑制薬(ミコフェノール酸モフェチルC500Cmg/日)内服加療にて通院中であった.MPO-ANCAの直近C2年間の推移としてC1.0.4.5CU/ml(基準値:3.5CU/ml以下)であった.今回,2日前からの右眼下方視野の霧視を訴え当院眼科初診となった.既往歴:MPA,慢性腎臓病,高血圧,糖尿病,胃潰瘍,肺気腫,急性虫垂炎術後,右結腸切除後,肥満,帯状疱疹.初診時眼所見:視力は右眼C0.6(0.9C×sph+1.25D(cylC.1.75DCAx95°),左眼C0.4(0.9C×sph+1.25D(cyl.2.00DCAx85°),眼圧は右眼13mmHg,左眼10mmHgであった.両眼ともに偽水晶体眼である以外は,前眼部・中間透光体に特記すべき異常はなく,虹彩毛様体炎や強膜炎の所見はみられなかった.右眼眼底の血管アーケード内上方に網膜白濁とドルーゼンを認め,左眼眼底にはドルーゼンと視神経乳頭耳側下方に網膜神経線維欠損を認めた(図1).右眼黄斑部光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT,CirrusCHD-OCT5000)検査を施行し,中心窩の上方から耳側網膜内層に高反射帯所見を認め,同部位の網膜神経線維層は肥厚していた(図2).光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA,CirrusCHD-OCT5000)では,右眼の黄斑部上方網膜の網膜血管ならびに網膜毛細血管の描出不良を認めた(図2).同日,フルオレセイン蛍光造影検査を施行したところ,耳側に向かう網膜動脈の充盈遅延を認めた(図3).造影早期(造影C19秒,22秒,27秒後)から造影中期・後期(造影C44秒,1分10秒,7分11秒後)の画像(図3)をよく観察すると,閉塞動脈の起始部は視神経乳頭の耳側辺縁部からではなく中心部付近に存在していたことから,BRAOと診断した.一方,糖尿病網膜症の所見はみられなかった.血液検査所見:赤血球数,血小板数,凝固系,肝機能,電解質値に異常なし,白血球数C8,800/μl,CRP0.54Cmg/dl,血液沈降速度C1時間値C43Cmmと軽度の炎症反応を認めた.白血球分画は,好中球C79.5%,リンパ球C16.9%,単球C3.2%,好酸球C0.2%,好塩基球C0.2%でやや好中球の割合が高かった.Cr2.23Cmg/dl,eGFR23Cml/分/1.73CmC2,LDLコレステロール129mg/dl,HbA1c7.1%,MPO-ANCAC1.7U/ml,proteinase3(PR3)C-ANCA1.0CU/ml,リウマトイド因子C11.4CIU/ml,抗ストレプトリジン-O抗体20CIU/ml,可溶性CIL-2レセプター(solubleCinterleukin-2receptor:sIL-2R)604CU/ml,Cb-D-グルカンC6.0Cpg/ml,T-SPOT.TB(-)であり,腎障害に加えCsIL-2Rの軽度上昇を認めた.MPO-ANCAは陰性化していた.経過:発症から約C48時間経過しており,積極的な加療希望がなかったこと,慢性腎臓病ならびにCMPAに対してプレドニゾロンC7.5Cmg/日および免疫抑制薬内服加療中であったことから,内科医の許可を得て,同日よりアスピリン腸溶錠(100Cmg/日)のみ開始した.内服直後からふらつきを自覚し,自己中断していたため,クロピドグレル硫酸塩に変更した.変更後にふらつきは改善した.原因精査の目的で頸動脈超音波検査を施行し,両側総頸動脈分岐部から内頸動脈・外頸動脈にかけて高輝度プラーク(図4)を認めたが,閉塞や明らかな狭窄を疑う所見はみられなかった.頭部・眼窩単純表1顕微鏡的多発血管炎の診断基準(1)主要症候①急速進行性糸球体腎炎②肺出血または間質性肺炎③腎・肺以外の臓器症状:紫斑,皮下出血,消化管出血,多発性単神経炎など(2)主要組織所見細動脈・毛細血管・後毛細血管細静脈の壊死,血管周囲の炎症性細胞浸潤(3)主要検査所見①CMPO-ANCA陽性②CCRP陽性③蛋白尿・血尿,BUN,血清クレアチニン値の上昇④胸部CX線所見:浸潤陰影(肺胞出血),間質性肺炎(4)診断のカテゴリー①CDe.nite(確実例)(a)主要症候のC2項目以上を満たし,組織所見が陽性の例(b)主要症候の①および②を含めC2項目以上を満たし,MPO-ANCAが陽性の例②CProbable(疑い例)(a)主要症候のC3項目を満たす例(b)主要症候のC1項目とCMPO-ANCA陽性の例(5)鑑別診断①結節性多発動脈炎②多発血管炎性肉芽腫症(旧称:ウェゲナー肉芽腫症)③好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(旧称:アレルギー性肉芽腫性血管炎/チャーグ・ストラウス症候群)④川崎病動脈炎⑤膠原病(全身性エリテマトーデス,関節リウマチなど)⑥CIgA血管炎(旧称:紫斑病性血管炎)参考事項(1)主要症候の出現するC1.2週間前に先行感染(多くは上気道感染を認める例が多い.(2)主要症候①②は約半数例で同時に,その他の例ではいずれか一方が先行する.(3)多くの例でCMPO-ANCAの力価は疾患活動性と平行して変動する.(4)治療を早期に中止すると,再発する例がある.(5)除外項目の諸疾患は壊死性血管炎を呈するが,特徴的な症候と検査所見から鑑別できる.難病情報センターのホームページ(https://www.nanbyou.or.jp/entry/245)より抜粋.図1初診時の眼底写真右眼眼底(左)にアーケード内上方の網膜白濁とドルーゼンを認め,左眼眼底(右)にはドルーゼンと視神経乳頭耳側下方に網膜神経線維欠損を認める.ab図2初診時の右眼黄斑部OCTおよびOCTA画像a:OCTのCganglioncellanalysisでは,中心窩の上方から耳側網膜内層に高反射帯所見を認め,同部位の網膜神経線維層は肥厚している.Cb:網膜全層のセグメンテーションによるCOCTA(3×3mm)で,黄斑部上方網膜の網膜血管ならびに網膜毛細血管の描出不良を認める.MRI検査を施行したところ,加齢性白質病変を認め,潜在的なCsmallCvesseldiseaseの存在が疑われた.MRI再評価の目的で脳神経外科にコンサルトし,クロピドグレル硫酸塩内服継続となった.Goldmann動的視野検査では右眼は網膜の病変部に一致した部位(中心下方)の視野障害を認め,左眼に視野異常はみられなかった.発症C2カ月後,右眼視力(1.0),OCT検査で右眼病変部の網膜神経線維層は菲薄化し,OCTAでは,病変部の網膜血管の血流シグナルは回復していたが,網膜毛細血管の血流シグナルは他の部位と比べ低下していた(図5).最終受診時(発症C3カ月後),右眼視力(1.2)を維持していた.CII考按今回,MPAに対してステロイドおよび免疫抑制薬内服加療中に,BRAOを発症した高齢男性例を報告した.全身性のCANCA関連血管炎は,MPAのほかに多発血管炎性肉芽腫症(旧称:Wegener肉芽腫症)と好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(旧称:アレルギー性肉芽腫性血管炎/Churg-Strauss症候群)がある2).MPO-ANCAは,MPAと好酸球性多発血管炎性肉芽腫症で高率に検出され,PR3-ANCAは多発血管炎性肉芽腫症で検出されることが多い2).過去にCMPO-ANCAもしくはCPR3-ANCAが検出され,RAOを発症した報告例は大きくC2種類に分けられ,ANCA陽性で全身性のCANCA関連血管炎と診断されている症例と診断されていない症例である.これまでにわが国からCANCA陽性にCRAOもしくは毛様網膜動脈閉塞症を合併した報告例に関する文献検索を行った.全身性のCANCA関連血管炎の診断には至っていないものの,片眼性にCCRAOを発症し,血清学的検査でCMPO-ANCAが検出されたC4例の報告がある4.7).このC4例のうちC3例5.7)は高齢者で,1例4)はC26歳の男性であった.一方,小山らは,MPO-ANCAが検出された多発血管炎性肉芽腫症に対する治療直後に両眼のCBRAOを合併したC72歳の女性例を報告している8).58歳の男性が片眼のCCRAOを発症し,その後CPR3-ANCAが検出され多発血管炎性肉芽腫症と診断された報告例もある9).また,MPO-ANCA陽性の好酸球性図3初診時の右眼フルオレセイン蛍光造影写真各写真右上に造影開始からの時間経過を示す.造影早期(造影C19秒後)から後期(造影C7分C11秒後)にかけて観察すると,耳側に向かう網膜動脈の充盈遅延を認める(→).造影中期(造影C1分C10秒後)から閉塞網膜動脈の造影が観察される.造影早期(造影C19秒,22秒,27秒後)から造影中期・後期(造影C44秒,1分C10秒,7分C11秒後)の拡大画像をよく観察すると,閉塞動脈の起始部は視神経乳頭の辺縁部からではなく中心部付近に存在している.図4総頸動脈分岐部の超音波画像(長軸像)a:右総頸動脈分岐部から内頸動脈起始部に高輝度プラーク(.)を認める.Cb:左総頸動脈分岐部に高輝度プラーク(.)を認める.図5発症2カ月後の右眼黄斑部OCTおよびOCTA画像a:黄斑部COCTのCganglionCcellanalysisでは,病変部の網膜神経線維層は菲薄化している.Cb:網膜全層のセグメンテーションによるOCTA(3×3mm)で,病変部網膜血管の血流シグナルは回復しているが,網膜毛細血管の血流シグナルは他の部位と比べ低下している.多発血管炎性肉芽腫症にCCRAOを合併した高齢者C3例の報告10.12)や,好酸球性多発血管炎性肉芽腫症に両眼のCCRAOの合併例の報告もある13).これらC4例10.13)のCCRAOは,好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の診断もしくは治療直後に発症している.一方,全身性のCANCA関連血管炎に毛様網膜動脈閉塞症を合併した報告例として,片眼性の毛様網膜動脈閉塞症発症直後にCMPO-ANCA陽性の好酸球性多発血管炎性肉芽腫症と診断されたC48歳の女性の報告があった14).MPO-ANCA陽性CMPAで経過観察されていた本症例は,フルオレセイン蛍光造影検査(図3)で右眼CBRAOと診断された.過去の報告をまとめると,全身性のCANCA関連血管炎と診断されていなくても,ANCAが検出されればCRAOを合併する可能性があり,PR3-ANCA陽性例に比べCMPO-ANCA陽性例の報告が多かった.また,発症時期に関しては,RAO/毛様網膜動脈閉塞症の発症を機にCANCA関連血管炎と診断された症例,ANCA関連血管炎の診断もしくは治療直後に発症した症例に分類された.本症例は,MPAと診断されたC13年後にCBRAOを発症した.筆者らが調べた限り,本症例のようにCMPAの確実例と診断され,その診断・治療前後においてCRAOもしくは毛様網膜動脈閉塞症を合併した報告例はなかった.このことから,全身性のCANCA関連血管炎のなかでもCMPAにCRAOを合併することは,まれな病態である可能性が示唆された.一方で,本症例は,発症時の年齢がC78歳と高齢で,コントロールは比較的良好であったものの,高血圧と糖尿病の存在,慢性腎臓病の加療中であったこと,さらに,頸動脈超音波検査で両側性に高輝度プラーク(図4)を認めたことから,MPAとは関係なく,BRAOを発症した可能性は否定できなかった.しかし,少なくともCMPAの存在がCBRAO発症のリスクを高めた可能性は考えられる.過去の報告と照らし合わせると,ANCA陽性であれば全身性のCANCA関連血管炎の診断の有無にかかわらず,RAO/毛様網膜動脈閉塞症は起こりうる合併症である.本症例を経験し,治療によってCMPO-ANCAが陰性化しても,MPAの経過中にCBRAOを発症する可能性がある.本論文の要旨は,第C38回日本眼循環学会(富山,2022)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日本循環器学会ほか:血管炎症候群の診療ガイドライン(2017年改訂版).p54-60,C20182)高田秀人,針谷正祥:血管炎ANCA関連血管炎.日本臨床C77:531-542,C20193)HayrehSS:AcuteCretinalCarterialCocclusiveCdisorders.CProgRetinEyeResC30:359-394,C20114)渡辺一順,加瀬学:網膜中心動脈閉塞症を呈したCP-ANCA陽性網膜血管炎.あたらしい眼科C17:1429-1432,C20005)YasudeT,KishidaD,TazawaKetal:ANCA-associatedvasculitisCwithCcentralCretinalCarteryCocclusionCdevelopingCduringCtreatmentCwithCmethimazole.CInternCMedC51:C3177-3180,C20126)土橋直史,八田和大,石丸裕康ほか:網膜中心動脈閉塞症,糸球体腎炎,間質性肺炎,脳梗塞,肥厚性硬膜炎を合併したCANCA関連血管炎の一例.日本リウマチ学会総会・学術集会プログラム・抄録集C03:660,C20167)高木麻衣,小林崇俊,高井七重ほか:ANCA関連血管炎に発症した網膜中心動脈閉塞症のC1例.眼臨紀C10:960,C20178)小山里香子,本間栄,坂本晋ほか:気管支粘膜病変と全身の血管炎が顕著であったCPR3-ANCA陰性ヴェゲナー肉芽腫症疑いのC1例.日本呼吸器学会雑誌C41:646-650,C20039)小林大介,和田庸子,村上修一ほか:網膜中心動脈閉塞で発症したCWegener肉芽腫症の一例.中部リウマチC40:C100-101,C201010)山下嘉郎,村上一雄,横田英介ほか:網膜中心動脈閉塞症,多発大腸潰瘍の合併を認めたアレルギー性肉芽腫性血管炎の1例.愛媛医学C25:128-133,C200611)AsakoCK,CTakayamaCM,CKonoCHCetal:Churg-StraussCsyndromeCcomplicatedCbyCcentralCretinalCarteryCocclu-sion:caseCreportCandCaCreviewCofCtheCliterature.CModCRheumatolC21:519-523,C201112)井上千鶴,中道悠太,杉山千晶ほか:前部虚血性視神経症と網膜中心動脈閉塞症が併発したアレルギー性肉芽腫性血管炎(Churg-Strauss症候群)の症例.臨眼C67:369-376,C201313)UdonoCT,CAbeCT,CSatoCHCetal:BilateralCcentralCretinalCarteryCocclusionCinCChurg-StraussCsyndrome.CAmCJCOph-thalmolC136:1181-1183,C200314)安田貴恵,信藤肇,波多野裕二ほか:眼症状を伴ったアレルギー性肉芽腫性血管炎(Churg-Strauss症候群)のC1例.臨床皮膚科C55:1027-1030,C2001***

鈍的外傷により無虹彩症となった極小切開白内障手術後の 1 例

2023年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科40(2):266.270,2023c鈍的外傷により無虹彩症となった極小切開白内障手術後の1例富永千晶多田香織水野暢人伴由利子京都中部総合医療センター眼科CACaseofBlunt-TraumaAniridiaafterMicroincisionCataractSurgeryChiakiTominaga,KaoriTada,NobuhitoMizunoandYurikoBanCDepartmentofOphthalmology,KyotoChubuMedicalCenterC目的:鈍的外傷により無虹彩症となった極小切開白内障手術後の症例を報告する.症例:78歳,男性.当科で左眼超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行.眼内レンズを.内固定し,2.4Cmmの角膜切開創は無縫合で終了した.術後矯正視力はC1.2であった.術後C1年C3カ月時,転倒し左眼を打撲,霧視,眼痛を自覚し当科を受診した.左眼視力は手動弁(矯正不能)で,前房出血のため透見不良であったが全周の虹彩が消失していた.眼球の裂創や角膜切開創の離解,眼内レンズの偏位はなく,切開創に色素性組織の付着がみられた.2日後には前房出血は消退し,網膜に異常はなく矯正視力はC1.0に回復した.羞明の自覚が残存したが,人工虹彩付きソフトコンタクトレンズの装用により症状の改善が得られた.結論:外傷により全周性に離断した虹彩が角膜切開創から脱出し,その後切開創は自然閉鎖したと考えられた.極小切開白内障手術の長期経過後においても外傷により創離解を生じる可能性がある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCblunt-traumaCaniridiaCafterCmicroincisionCcataractsurgery(MICS).CCaseReport:AC78-year-oldCmaleCunderwentCMICSCinChisCleftCeyeCthroughCaC2.4CmmCself-sealingCcornealCincision.CHisCpostoperativeCvisualacuity(VA)wasC1.2,CyetC15CmonthsClaterCheCvisitedCourCdepartmentCcomplainingCofCblurredCvisionandpaininhislefteyeimmediatelyafterexperiencingblunttrauma2daysbefore.Onclinicalexamination,moderatehyphemaandcompleteabsenceoftheiriswasobservedwithoutdehiscenceofthecornealincision.Sincetheintraocularlensandallotherocularstructuresremainedintact,hisVAimprovedto1.0afterresolutionofthehyphema.Theuseofasoftcontactlenswithanarti.cialiriswassuccessfulagainsthisphotophobia.Conclusion:CThe.ndingsinthiscasesuggestthatthetotalirisexpelledthroughthecornealincisionandthattheincisionwasself-sealed,andthattraumamightcausewounddehiscenceeveninthelongtermafterMICS.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(2):266.270,C2023〕Keywords:極小切開白内障手術,無虹彩症,鈍的外傷,虹彩付きソフトコンタクトレンズ.microincisioncataractsurgery,aniridia,blunttrauma,softcontactlenswithanarti.cialiris.Cはじめに白内障手術は年々進歩を遂げ,今では極小切開白内障手術が主流となり安全性が高まっているが,術後合併症はいまだ存在する.今回,極小切開白内障手術施行よりC1年C3カ月後に鈍的に眼球を打撲し,外傷性無虹彩症をきたしたが,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の脱出や偏位,その他の眼組織に異常がみられなかった症例を経験したので報告する.I症例患者:78歳,男性.主訴:左眼霧視,眼痛.既往歴:左眼白内障に対し,当科で超音波乳化吸引術(phacoemulsi.cationCandaspiration:PEA)およびCIOL挿入術を施行した.手術はC2.4Cmmの角膜切開創で,foldableIOL(AMO社製CZCV300)を.内固定し,切開創は無縫合で終了した.術中合併症はなく,術後視力はC1.2(矯正不能)〔別刷請求先〕富永千晶:〒629-0197京都府南丹市八木町八木上野C25京都中部総合医療センター眼科Reprintrequests:ChiakiTominaga,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoChubuMedicalCenter,25YagiUeno,Yagi-cho,Nantan,Kyoto629-0197,JAPANC266(128)図1初診時の左眼前眼部写真白内障手術における角膜切開創の拡大・離解はなく,前房深度は深く維持され,軽度の前房出血がみられた.前房出血のため透見不良ではあったが,全周の虹彩が確認できなかった.眼内レンズの明らかな偏位はみられなかった.図2受傷4日後の左眼前眼部写真角膜切開創に虹彩とおぼしき色素性組織の付着(.)がみられた.図3左眼隅角鏡写真全周にわたり虹彩組織は確認できず,毛様突起が観察された.と良好であった.現病歴:左眼白内障術後C1年C3カ月時,泥酔し駐車場で転倒した際に車止めで左眼を打撲した.受傷後から左眼の霧視,眼痛を自覚し,2日後に当科を受診した.初診時所見:視力は右眼C0.7(0.9C×sph+2.25D(cyl.1.75CDCAx85°),左眼30cm/m.m.(矯正不能),眼圧は右眼18CmmHg,左眼C28CmmHgであった.左眼は前房出血のため眼内透見不良であったが,前房深度は深く,全周の虹彩が確認できなかった(図1).IOLは.内に固定され偏位はなく,Seideltestは陰性で,Bモード超音波検査では硝子体出血や網膜.離を疑う所見はみられなかった.これらの所見から眼球破裂の合併はないものと判断し,降圧薬を内服のうえ,保存的に経過観察を行った.経過:前房出血は徐々に吸収され,受傷C4日後には全周の虹彩欠損が明らかとなった.受傷C11日後には左眼視力はC0.4(1.0C×sph.0.75D(cyl.0.25DAx145°)に回復し,眼圧は16CmmHgに下降した.白内障手術切開創の拡大・離解はなく,切開創に虹彩とおぼしき色素性組織の付着がみられた(図2).眼底の透見も可能となり,異常はみられなかった.後日行った隅角鏡検査では,虹彩組織の残存はなく,全周性に毛様体突起が確認された(図3).受傷からC5カ月が経過し,羞明に対して人工虹彩付きソフトコンタクトレンズ(soft図4「シード虹彩付ソフト」装用時の左眼前眼部写真a:茶(C),瞳孔が透明なタイプ(No.3).僚眼に似た最濃の茶色を選択したが,ソフトコンタクトレンズを通して眼内レンズの全貌が透見され,羞明の改善もみられなかった.Cb:黒(D),瞳孔が透明なタイプ(No.3).眼内レンズは透見されず,羞明の訴えも解消した.Ccontactlense:SCL)の装用を希望された.「シード虹彩付ソフト」(シード社)のなかで,僚眼の虹彩色に近いもっとも濃い茶色の茶(C)で,瞳孔が透明なタイプCNo.3のCSCLを選択し,虹彩径C12Cmm,瞳孔径C2Cmmでオーダーした.しかし,実際にレンズを装用すると肉眼的に僚眼よりやや薄い色調であり,細隙灯顕微鏡下においてはCSCLを通してCIOLの全貌が透見され(図4a),羞明の改善にも至らなかった.そこでCSCLの虹彩色を黒色(黒(D))へ変更したところ,整容的な違和感もなくなり,羞明の訴えも解消した.患者はコンタクトレンズ使用歴がなく,着脱練習に時間を要したが,高い満足度を得られている(図4b).CII考按白内障手術創は,水晶体.外摘出術(extracapsularcata-ractextraction:ECCE)が主流の時代にはC12Cmmの切開が必要であったが,PEAの普及やCIOLの進歩により現在では2Cmm台にまで狭小化し,安定性や安全性は高まっている1).CBallら2)は,同一施設,同一術者により施行されたCECCE症例とCPEA症例における術後鈍的外傷後の創離解率について比較検討し,ECCE症例における創離解はC5,600例中C21例(0.40%)であったのに対し,PEA症例ではC4,800例中C1例(0.02%)であったと報告している.外傷のエネルギーや術後経過年数は症例によって異なるが,PEA症例での創離解率はCECCE症例の約C20分のC1であり,術式の進歩が術創の安定性に大きく貢献しているといえる.一方で,わが国においては高齢化が急速に進行しており,白内障手術の適応となる年齢層の人口が増加している.高齢者の場合,転倒リスクが高く3),したがって白内障手術後鈍的眼外傷の患者は今後も増加することが予想される.また,術後C6年経過後に鈍的外傷で無虹彩症を生じた症例報告もあり4),小切開白内障手術の長期経過後であっても創離解を生じる可能性があるという認識を医師・患者ともにもつ必要がある.外傷性無虹彩症は虹彩が根部で全周にわたって離断したものをいい,重篤な眼外傷に生じることが多く,前房出血を伴う5).鈍的眼外傷時,外力は組織の脆弱な部分にもっとも強く作用するため,過去に内眼手術の既往がある場合には手術創の離解を生じ,内眼手術の既往がない場合では輪部あるいは直筋付着部付近の強膜に破裂創を生じやすいことが知られている3,5).本症例でも術創以外に裂創はなく,離断した虹彩は角膜切開創から脱出し,その後切開創は自然閉鎖したと考えられた.術創からの虹彩脱出については,①外傷により手術切開創が一時的に歪み,房水が流出,②持ち上げられた虹彩が創口に引き寄せられ,創口に嵌頓,③創口の内側と外側に生じる圧勾配により虹彩離断が生じ,創口から房水とともに眼外に脱出,④創口の自己閉鎖性や凝固血によって房水流出が遮断されるというメカニズムが提唱されている6,7).ここで前述したCBallら2)の報告において創離解をきたした症例の虹彩所見に着目すると,ECCE症例のC21例中,3例は虹彩損傷なし,18例で部分的な虹彩の断裂・脱出をきたしたが,無虹彩となった症例はなかった.それに対しCPEA症例のC1例は無虹彩であったと報告されている.これにはPEAにおける小切開創のほうが無虹彩症を生じやすいメカニズムがあると考える.ECCEのような大きな切開創では比較的眼内圧が低い時点から創離解を生じてしまうが,創が大きいがゆえ,圧が下がりやすく,また房水流出時に虹彩が引き込まれた場合にも創の完全閉塞には至りにくく,部分的な虹彩損傷に終わる.一方,PEAの小切開創は安定性が高く,創離解率も低いが,小切開創が離解する場合には,より高い(130)眼内圧が生じているといえる.その高まった圧により小さな創から房水が押し出され,その際に虹彩が引き込まれると比較的容易に創を閉塞する.房水流出はいったん遮断されるが,その時点で眼内圧が十分に下降していない場合には,嵌頓部を起点に全周の虹彩離断を生じ,房水とともに全虹彩の脱出に至ると考えられる.このことから白内障術後外傷性無虹彩症は,小切開化に伴い,生じるリスクがより高くなった病態である可能性も考えられる.小切開強角膜切開創と角膜切開創の外力に対する抵抗性について,Ernestら8)は猫眼において幅C1.7CmmC×トンネル長C3.0Cmmの切開創を比較し,術翌日では角膜切開創のほうが強角膜切開創より低い外力で変形を生じたこと,創部の治癒過程にみられる線維血管反応が強角膜切開創ではC7日以内に生じたのに対し,角膜切開創ではC60日かかったことを報告している.また,角膜切開創の形状と外力に対する抵抗性について,Mackoolら9)はヒト摘出眼球に幅C3.0Cmmもしくは3.5Cmm,トンネル長C1.0Cmm.3.5Cmm(0.5Cmm間隔)の角膜切開創を作製し外力を投じたところ,トンネル長C2.0Cmm以上で大きな耐性を示したと報告している.このように強角膜切開創であるか角膜切開創であるか,またトンネル長の違いによって術創の外力に対する抵抗性に差がみられるが,本症同様の白内障術後外傷性無虹彩症の既報において,筆者らが調べた限り,角膜切開創4,10,11)と強角膜切開創2,6,12)いずれの報告も同程度であった.以上より,切開創の大きさ,位置,術後経過期間による創の安定性と,鈍的外傷のエネルギーの大きさ,タイミングなど条件が揃うと外傷性無虹彩症に至ると考えられる.切開創が小さいほど術創の安定性は高く,術後経過期間が長くなるほど外力に対する抵抗性は増すと考えられるが,本症のように極小切開白内障手術の長期経過後においても外傷により創離解を生じる可能性があり,その場合にはそれだけ高い眼内圧が生じていることを意味するため注意が必要である.本症例では外傷性無虹彩症をきたしたが,IOLの偏位や脱出はみられなかった.同様に自己閉鎖創白内障手術後にCIOLの偏位や脱出がみられなかった症例としては,筆者らが調べた限りC1997年にCNavoCn6)が報告した強角膜切開C5.5mm,術後C4カ月の症例が最初である.無虹彩症をきたすほどの衝撃が加わったにもかかわらず,IOLの偏位を生じず,水晶体.やCZinn小帯に損傷がみられなかった要因の一つには,前述の虹彩脱出のメカニズムからも推測されるとおり,角膜または強角膜切開創が衝撃による外圧を逃がすバルブの機能を果たすことがあげられる6,10)が,その他の要因としてCIOLの材質の関与が考えられる11).白内障術後鈍的外傷性無虹彩症の既報に,IOLが硝子体内へ落下し,その後網膜.離をきたした症例がある2).この症例で使用されていたCIOLは硬い素材のCpolyCmethylmethacrylate(PMMA)で,受傷時の衝撃を吸収できずに重症化した可能性が考えられている.術式の進化とともにCIOLの開発も進み,今ではCfoldableIOLが一般的に使用されている.小切開,極小切開創から安全に挿入できることをめざし開発されたCfoldableIOLであるが,その柔軟性により本症例でも受傷時の衝撃を吸収し,水晶体.やCZinn小帯の損傷を防ぐことができた可能性が考えられる.無虹彩症による羞明の対症療法として,わが国では遮光眼鏡,人工虹彩付きCSCLが推奨されている.現在わが国で唯一認可されている人工虹彩付きCSCLは,「シード虹彩付ソフト」(シード社)のみである13).このCSCLは現在主流のC1日交換型あるいは頻回交換型CSCLと異なり,使用後に適切な洗浄・消毒のケアが必要な従来型に分類される.5種類の虹彩デザイン(周辺透明部の有無,瞳孔の有無の組み合わせ)とC4色の虹彩色の全C19パターンから選択し,度数,虹彩径,瞳孔径,瞳孔色をオーダーして作製することができる.現物サンプルはあるがトライアルレンズはなく,購入後C1回限り交換可能となっている.羞明に対する処方の場合,薄い色では本症例のように透けて症状改善に至らないことがあり,その際は虹彩色の変更が望ましいと考える.シード虹彩付ソフトの素材はメタクリル酸C2-ヒドロキシエチル,通称ハイドロゲルであり,一般的な頻回交換型のCSCLに比べると酸素透過係数は低い.今後は基本的な眼科検査・診察に加え,SCLの装用状況やケアの適正性,SCLの状態やフィッティングを確認し,角膜上皮障害などCSCL装用に伴う合併症にも注意して経過観察していく必要があると考える.今回の症例はC2.4Cmmの極小切開で施行した白内障術後C1年C3カ月が経過していたが,鈍的外傷により創離解が生じた.その後切開創は自然閉鎖したが,無虹彩症をきたした.白内障手術の進歩に伴い,術創は狭小化し手術時間も短縮しているが,それゆえ患者の術後眼球保護に対する意識の低下が懸念される.極小切開白内障手術の長期経過後においても外傷により創離解を生じる可能性があることを認識し,患者の年齢,性格,生活環境などに応じて術後患者指導を行うことの重要性を再確認する必要がある.また,外傷性無虹彩症は小切開創で生じやすい可能性があり,症例の蓄積が重要と考える.文献1)三戸岡克哉:白内障手術法の進化.あたらしい眼科C26:C1009-1016,C20092)BallCJL,CMcLeodBK:TraumaticCwoundCdehiscenceCfol-lowingCcataractsurgery:aCthingCofCtheCpast?CEyeC15:C42-44,C20013)相馬利香,森田啓文,久保田敏昭ほか:高齢者における鈍的眼外傷の検討.臨眼C63:93-97,C20094)MikhailM,KoushanK,ShardaRetal:Traumaticanirid-iaCinCaCpseudophakicCpatientC6CyearsCfollowingCsurgery.CClinOphthalmolC6:237-241,C20125)矢部比呂夫:鈍的眼外傷.日本の眼科C68:1317-1320,C19976)NavonES:Expulsiveiridodialysis:AnCisolatedCinjuryCafterCphacoemulsi.cation.CJCCataractCRefractCSurgC23:C805-807,C19977)AllanB:Mechanismofirisprolapse:Aqualitativeanaly-sisCandCimplicationsCforCsurgicalCtechnique.CJCCataractCRefractSurgC21:182-186,C19958)ErnestCP,CTippermanCR,CEagleCRCetal:IsCthereCaCdi.e-renceCinCincisionChealingCbasedConClocation?CJCCataractCRefractSurgC24:482-486,C19989)MackoolCR,CRussellR:StrengthCofCclearCcornealCincisionsCinCcadaverCeyes.CJCCataractCRefractCSurgC22:721-725,C199610)BallJ,CaesarR,ChoudhuriD:Mysteryofthevanishingiris.JCataractRefractSurgC28:180-181,C200211)Muza.arCW,CO’Du.yD:TraumaticCaniridiaCinCaCpseudo-phakiceye.JCataractRefractSurgC32:361-362,C200612)三田覚,坂本拡之,堀貞夫:白内障術後外傷性無虹彩症のC1例.東女医大誌82:220-225,C201213)大口泰治:虹彩付ソフトコンタクトレンズによる羞明への対応.あたらしい眼科C38:775-782,C2021***

近視の過矯正眼鏡装用下でのスマートフォンの使用が誘因と なった内斜視の1 症例

2023年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科40(2):263.265,2023c近視の過矯正眼鏡装用下でのスマートフォンの使用が誘因となった内斜視の1症例疋田菜央*1矢野隆*1後関利明*2,4神山とよみ*3,4相澤大輔*3,4*1海老名メディカルプラザ医療技術部視能訓練科*2国際医療福祉大学熱海病院眼科*3海老名総合病院眼科*4北里大学病院眼科CACaseofEsotropiaTriggeredbyUsingaSmartphonewithMyopiaOvercorrectedGlassesNaoHikita1),TakashiYano1),ToshiakiGoseki2,4)C,ToyomiKamiyama3,4)CandDaisukeAizawa3,4)1)MedicalPlazaofEbina,2)DepartmentofOphthalmology,InternationalUniversityofHealthandWelfareAtamiHospital,3)DepartmentofOphthalmology,GeneralHospitalofEbina,4)DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversityHospitalC近視の過矯正眼鏡を装用し,デジタルデバイス(DD)の使用後に内斜視を発症したC1例を報告する.症例はC40歳,男性.長時間のCDD使用後に複視を自覚し当院を紹介受診.眼球運動は制限なく,斜視角は遠見近見ともにC45プリズムジオプトリー(CΔ)の内斜視であった.頭部CMRIにて異常はなかった.調節麻痺下の屈折検査にて過矯正眼鏡を装用していたことが判明した.調節麻痺下の屈折値にて眼鏡を処方し,スマートフォンの使用時間を制限した.その後,眼位は遠見・近見ともにC25CΔの内斜位と斜視角が減少したが斜視の頻度が増え,手術を受けた.今回,内斜視を引き起こした原因としては,近視の過矯正眼鏡使用による調節性輻湊,初期老視による過剰な融像性輻湊の誘発,長時間のDD使用による調節性輻湊と調節痙攣が原因と考えられた.DDによる内斜視の発症は若年者での報告が多くみられるが,中年でも起こりうるためCDDの使用状況に注意すること,また適矯正の眼鏡使用の必要性が示唆された.CPurpose:Toreportacaseofesotropiathatoccurredafterusingadigitaldevice(DD)withmyopiaovercor-rectionCglasses.CCaseReport:AC40-year-oldCmaleCwasCreferredCtoCourChospitalCafterCbecomingCawareCofCdiplopiaCfollowingCtheClong-termCuseCofCaCDD.CUponCinitialCexamination,CheCshowedCaC45prismCdiopter(CΔ)esotropia.CACrefractiontestunderaccommodativeparalysisrevealedthathewaswearingovercorrectedglasses,andnewglass-eswereprescribedbasedontherefractionvalueunderaccommodativeparalysis.Afterthat,theangleofstrabis-musdecreased,buthisclinicalcoursewasnotstable,sosurgerywasperformed.Inthiscase,thecauseofesotro-piaCwasCaccommodativeCconvergenceCdueCtoCwearingCovercorrectedCmyopicCspectacles,CinductionCofCexcessiveCconvergencestimulusbyearlypresbyopia,andaccommodativeconvulsionsduetothelong-termuseofaDD.Con-clusion:OurC.ndingsCshowCthatCesotropiaCcausedCbyCtheCuseCofCaCDDCcanCoccurCinCmiddle-ageCpeople,CthusCillus-tratingthenecessityofpayingstrictattentiontowearingappropriateglasseswhenusingaDD.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(2):263.265,C2023〕Keywords:後天内斜視,過矯正眼鏡,デジタルデバイス,輻湊,調節.acquiredesotropia,overcorrectionglass-es,digitaldevice,convergence,accommodation.Cはじめに近年,若年者のデジタルデバイス(digitaldevice:DD)の過剰使用が原因と考えられる急性共同性内斜視(acuteCcomitantesotropia:ACE)の報告が増加している1,2).ACEの起因としては,DDが普及してきたことが関連しているのではないかと考えられている3).また,DDの使用距離は20Ccm前後と近いために強い,使用中は調節や輻湊が過度にかかり,視覚系への負荷が大きい4).ACEの報告は若年者で多くみられるが,今回筆者らは過矯正眼鏡の装用とCDDの過剰利用が原因で発症したCACEの中年症例を経験したので報告する.なお,本症例報告は当該患者の同意が得られている.〔別刷請求先〕疋田菜央:〒243-0422神奈川県海老名市中新田C439-1海老名メディカルプラザ医療技術部視能訓練科Reprintrequests:NaoHikita,MedicalPlazaofEbina,439-1,Nakashinden,Ebina-shi,Kanagawa243-0422,JAPANC0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(125)C263図1初診時眼位写真a:右方視,b:正面視,c:左方視.両眼ともに外転制限はみられない.図2術後1カ月眼位写真a:右方視,b:正面視,c:左方視.I症例患者:40歳,男性.主訴:複視.既往歴・家族歴:特記すべき事項なし.現病歴:X年C8月より水平の複視を自覚し眼科受診なく眼鏡店にてプリズム眼鏡を作製した.X+1年C5月の連休明けより複視を再度自覚し近医を受診した.頭蓋内精査目的で当院紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼=0.08(1.2C×既用眼鏡),左眼=0.09(1.2C×既用眼鏡).既用眼鏡度数は右眼CsphC.2.75D(cylC.0.50DAx85°1プリズムジオプトリー(CΔ)baseout,左眼CsphC.3.50D(cyl.0.50DAx20°C2Δbaseout.眼位は交代プリズム遮閉試験(alternateCprismCcovertest:APCT)にて遠見近見ともにC45CΔ内斜視,眼球運動制限なし(図1),頭部CMRIにて頭蓋内には明らかな異常所見は認めなかった.調節要素の可能性も疑い,調節麻痺薬点眼による屈折検査を施行した.シクロペントラート塩酸塩(サイプレジン)を用いた調節麻痺下の自覚的屈折値は,右眼CsphC.1.25D(cylC.0.50DCAx115°,左眼sphC.2.25D(cyl.0.25DAx15°となり,既用眼鏡が過矯正であることが判明した.また,スマートフォンの使用時間はC1日C4.5時間であり,複視が悪化する前のC1週間は就寝前に暗いところでC3時間程度の連続使用を行っていた.同日,調節麻痺下の屈折度数で眼鏡処方を行い,スマートフォンなどのCDDの使用を控えるように指示した.初診よりC1カ月後:スマートフォンの使用はほとんどなく,仕事上のパソコン作業も長くともC1時間程度に軽減したこともあり,前回の調節麻痺下の屈折値で処方した眼鏡で両眼の視力は(1.2)と調節緊張は緩和されていた.眼位はAPCTにて遠見C25CΔ間欠性内斜視,近見C25CΔ内斜位と角度も減り斜位を保てるようになっていた.また,Titmus立体試験(TitmusCstereotest:TST)にてC.y(+),animal(1/3),circle(2/9)とC400秒まで確認でき,大型弱視鏡にて融像幅は+20.C.10Δであった.初診よりC3カ月後:主訴は複視の悪化.眼位はCAPCTにて遠見C30CΔ内斜視,近見C35CΔ内斜位と眼位の悪化がみられた.調節性の要素が取り切れていないことを考え,再度サイプレジンを用いた調節麻痺下の屈折検査を施行した.調節麻痺下の自覚的屈折度数は,右眼CsphC.1.00D(cyl.0.75DAx115°,左眼sphC.1.75D(cyl.0.50DAx15°とさらに調節緊張が緩和されたことが確認されたため,再度調節麻痺下の屈折度数で眼鏡を再処方した.初診よりC4カ月後:眼鏡の再処方からC1カ月が経ち,眼位はCAPCTにて遠見C25CΔ間欠性内斜視,近見C25CΔ内斜位と再び眼位の改善がみられた.その後,初診よりC6カ月経過しCAPCTにて遠見C25CΔ間欠性内斜視,近見C25CΔ内斜位と角度は変わらないが,斜位を保つことがむずかしくなり,患者の希望もありCX+2年5月に斜視手術を行った.後天内斜視の手術量の決定にはプリズム順応検査の結果より術量を決定し5),50CΔ狙いで両眼内直筋後転術C6mmを行った.術後よりC1カ月後の眼位はHirschberg試験にて正位(図2),APCTにて遠見C6CΔ内斜位,近見C12CΔ内斜位と角度が減少したため,斜位を保てるようになり複視も消失した.TSTではC.y(+),animal(3/3),circle(9/9)と両眼視は改善した.CII考按ACEは急性または亜急性に複視を自覚し発症する共同性内斜視で,自然治癒も期待できるが改善傾向がなければ,プ264あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023(126)リズム眼鏡,ボツリヌス毒素療法,手術が必要とされている6).ACEにはいくつかの分類法があり,有名なものではBurianらのC3typeの分類7)があるが,今回のようなCDDの過剰使用によるCACEの発症は病態が不明な点もあり,どのtypeにも当てはまりにくい場合も多々ある8).ACEの原因としては,過剰な調節や輻湊が一因であるという考えもある9).本症例ではスマートフォンの過剰使用と過矯正眼鏡を使用していたことより引き起こされた調節と輻湊の過多がACE発症に少なからず関連していると考えられる.また,本症例では,はじめに眼鏡店にてC3CΔCbaseoutのプリズム眼鏡を作製し,9カ月程度はプリズム眼鏡で生活していた.その後の連休中にスマートフォンを過剰に使用し複視が悪化したため前医を受診したという経緯があるが,とくに連休中ということもありストレスはなかったという.最初に複視を自覚したときの正確な眼位はわからないが,3CΔと少ないプリズムで複視もなく快適だったということで斜視角は大きくなかったと考えられる.現代においてC1日C4.5時間のCDD使用は過剰使用とは言い切れず,またCDDを長時間使用しているすべての人が必ずしもCACEを発症しているわけではないため,DDの使用時間や使用距離以外に発症のリスクになる要因があるのではないかと考えられている8).このため,本症例でも調節や輻湊以外での環境的要因や他の因子も関係しているのではないかと考えられる.スマートフォンによる内斜視の発症は若年者での報告1,2)が多くみられ,中年以降の報告は少ない10).また,斜視の悪化はC12歳以下に多く,低年齢ほど使用を注意する必要があるとの報告もある11).2020年に永山らは本症例と同じように過矯正の眼鏡を装用していたことが原因でCACEを発症したと考えられる症例を報告している12).この症例は,16歳の若年者という点で本症例と相違しているものの,元々調節力が弱いという素因があった.本症例ではC40歳という年齢で老視が始まってきたと考えられるため,類似している状況ではないかと考えた.永山らは調節力が弱い分,長時間のスマートフォン使用により輻湊刺激が過剰に誘発されたことと,過矯正眼鏡の使用によって近見だけではなく,遠見においても調節を要することで調節性輻湊が誘発されたことが内斜視発症の要因になっていると報告している.本症例では老視が徐々に始まり,弱い調節力で輻湊過多になりやすい状態だったと考えられる.調節性輻湊を補うために融像性輻湊が過剰に働いたことと過矯正眼鏡装用による過剰な調節性輻湊の誘発が内斜視の発症の一因になっていると考えた.また,発症前の連休中に連続したC3時間程度のCDD使用を行っていたため,調節痙攣も引き起こされたのではないかと考えた.CIII結語今回,筆者らは過矯正眼鏡とCDDの過剰な使用が原因でACEを発症したと考えられる中年の症例を経験した.DDの普及とともに視機能の発達過程にある幼少児や調節力の強い若年者においてCDDの過剰使用や使用距離の注意は周知され始めているが,中年以降においてもCDDの過剰使用を控えることと,適切な度数の眼鏡処方の必要性が示唆された.文献1)LeeCHS,CParkCSW,CHeoH:AcuteCacquiredCcomitantCeso-tropiarelatedtoexcessivesmartphoneuse.BMCOphthal-molC16:37,C20162)KaurCS,CSukhijaCJ,CKhannaCRCetal:DiplopiaCafterCexces-siveCsmartCphoneCusage.CNeuro-OphthalmolC43:323-326,C20183)吉田朋世,仁科幸子:デジタルデバイスと急性内斜視.あたらしい眼科36:877-882,C20194)不二門尚:デジタルデバイス時代の視機能管理.あたらしい眼科36:841-844,C20195)河合愛実,西川典子,伊藤はる奈ほか:後天内斜視における片眼遮蔽法とCPrismAdaptationTestの効果.臨眼71:C1077-1082,C20176)vonCNoordenCGK,CCamposEC:BinocularCvisionCandCocu-larmotility.6thed,p338-340,CVMosby,StLouis,20027)BirianCHM,CMillerJE:ComitantCconvergentCstrabismusCwithacuteonset.AmJOphthalmolC45:55-64,C19588)鎌田さや花:近視眼で近方視過多による後天共同性内斜視(近視性後天性内斜視).神経眼科38:248-256,C20219)吉田朋世,仁科幸子:急性後天共同性内斜視.あたらしい眼科36:995-1001,C201910)飯森宏仁:急性後天共同性内斜視.神経眼科C38:241-247,C202111)吉田朋世,仁科幸子,赤池祥子ほか:InformationCandCcommuniationtechnology機器と斜視に関するアンケート調査.眼臨紀13:34-41,C202012)永山弓乃,貝田智子,吉松香ほか:スマートフォンの過剰使用後に発症した急性後天共同性内斜視のC1例.眼臨紀C13:461-464,C2020***(127)あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023C265

西葛西・井上眼科病院運転外来における視野障害と 事故との関連

2023年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科40(2):257.262,2023c西葛西・井上眼科病院運転外来における視野障害と事故との関連小原絵美*1野村志穂*1國松志保*1平賀拓也*1高橋佑佳*1黒田有里*1井上順治*1小野浩*2桑名潤平*3伊藤誠*3友岡清秀*4井上賢治*5*1西葛西・井上眼科病院*2本田技研工業*3筑波大学システム情報系*4順天堂大学医学部衛生学・公衆衛生学講座*5井上眼科病院CRelationshipBetweenVisualFieldImpairmentandMotorVehicleCollisionsinaDrivingAssessmentClinicEmiObara1),ShihoNomura1),ShihoKunimatsu-Sanuki1),TakuyaHiraga1),YukaTakahashi1),YuriKuroda1),JunjiInoue1),HiroshiOno2),JunpeiKuwana3),MakotoItoh3),KiyohideTomooka4)andKenjiInoue5)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)HondaMotor,CompanyLimited,3)Informationandsystems,UniversityofTsukuba,4)DepartmentofPublicHealth,FacultyofMedicine,JuntendoUniversity,5)InouyeEyeHospitalC目的:視野障害患者に対してアイトラッカー搭載ドライビングシミュレータ(ETDS)を施行し,若年群・中年群・高齢群ごとに,視野障害度と運転能力について検討する.対象および方法:運転外来を受診した視野障害患者C57例を対象とし,視力検査,Humphrey視野計中心C24-2SITA-Standard(HFA24-2),両眼開放CEsterman検査を施行し,HFA24-2をもとに,両眼重ね合わせ視野(IVF)を作製し,上下半視野平均網膜感度を算出した.また,運転アンケート,認知機能検査CMini-MentalStateExamination(MMSE)を施行した.年齢を若年群,中年群,高齢群に分け,ETDS上の事故数や,ETDS上の事故とCIVFとの不一致率を検討した.結果:ETDS上の事故数は全部でC87件,そのうち視野障害と不一致な事故はC39件あった.視力良好眼の視力,MMSEtotalscore,IVF下半視野平均網膜感度は,若年群,中年群,高齢群間でそれぞれ有意な差があった(p=0.015,0.042,0.012).ETDS上の事故と視野障害との不一致率は,若年群ではC9.1%,中年群ではC12.5%に対し,高齢群ではC37.9%と,有意差が認められた(p=0.026).結論:高齢視野障害患者およびその家族には,視野障害と一致しない事故が増えることもふまえて,運転に関する助言をすることが大切である.CPurpose:ToCexamineCtheCrelationshipCbetweenCvisualC.eldCimpairmentCandCmotorCvehiclecollision(MVC)Cusingadrivingsimulatorwitheyetracker(ETDS)C.SubjectsandMethods:Fifty-sevenpatientsofdrivingassess-mentclinic(age:<50years:n=11,50to70years:n=22,and>70years:n=24)underwentCETDS,CandCtheCHumphreyCFieldCAnalyzerCCentralC24-2SITA-Standard(HFA24-2)andCbinocularCHumphreyCEstermanCVisualCField.CCognitiveCimpairmentCwasCassessedCusingCtheCMiniCMentalCStateExamination(MMSE)C.CWeCcalculatedCtheCintegratedvisual.eld(IVF)basedonHFA24-2data.Theconcordance/discordancebetweenMVCsintheETDSandtheIVFwasdeterminedbyexaminingeyetrackerdatainarecordingoftheETDStest.Results:ThetotalnumberofMVCsontheETDSwas87,ofwhich39wereinconsistentwiththeIVF.Amoungtheyoung,middle-age,andelderlygroups,signi.cantdi.erencesinVA,totalMMSEscore,andmeansensitivityoftheinferiorIVFwasCfoundCtoCbeCsigni.cantlyClowerCwithage(p=0.015,C0.042,CandC0.012,respectively)C,CandCdiscordanceCbetweenCETDSCMVCsCandCtheCIVFCincreasedCwithage(9.1%,12.5%,Cand37.9%,respectively)(p=0.026)C.CConclusion:CDriversover70yearsoldshouldbeinformedabouttheriskofMVCsduetovisual.eldimpairmentandotherfac-tors.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(2):257.262,C2023〕〔別刷請求先〕小原絵美:〒134-0088東京都江戸川区西葛西C3-12-14西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:EmiObara,NishikasaiInouyeEyeHospital,3-12-14Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPANC0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(119)C257Keywords:ドライビングシミュレータ,視野障害,高齢ドライバー.drivingsimulator,visual.eldimpairment,olderdriver.Cはじめにわが国の令和C2年C10月C1日時点での「65.74歳人口」は1,747万人(総人口のC13.9%),「75歳以上人口」はC1,872万人(同C14.9%)であり,65歳以上人口はC3,619万人,総人口に占める割合はC28.8%となっている.これは,昭和C25年の65歳以上人口が総人口のC5%に満たなかったことから考えると,高齢化率が上昇を続けていることを示している.一方で,平成C22年から令和C2年にかけて,交通事故死者数は年々減少傾向にある.このなかでC65歳以上の高齢者の事故件数も減少傾向にあるが,全体に占める割合は年々高くなっている.近年,交通事故において致死率の高い高齢者の人口の増加が,交通事故死者数が減りにくい要因の一つとなっており,今後,高齢化がさらに進むことをふまえると,高齢者の自動車運転対策は重点的に取り組むべき課題である(令和C3年版高齢社会白書Chttps://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2021/zenbun/03pdf_index.html).視野障害をきたす代表的な疾患である緑内障は,40歳以上の成人の有病率はC5.0%だが,80歳以上の有病率はC11.4%と高齢者に多い1).視野障害が進行すると自動車事故のリスクが増えると報告されており2.6),高齢視野障害患者のCqual-ityoflife(QOL)の維持にあたっては,自動車運転能力の評価は欠かせない.しかし,高齢視野障害患者では,運動能力や認知機能が低下している場合もあり,それらも事故の要因として考慮しなければならない7).西葛西・井上眼科病院(以下,当院)では,2019年C7月より運転外来を開設し,アイトラッカー搭載ドライビングシミュレータ(以下,ETDS)を用いて,自動車運転能力の評価を行っている.運転外来では,速度一定の条件下で,視野障害患者が事故を起こしやすいと予想される場面を織り込んだCETDSを用いて,視野障害が原因で事故が起きたり,事故が起こりそうになった場面を,リプレイ機能を用いて再現し,患者およびその家族に,視野障害が原因で事故が起こりうることを知らせている.今回筆者らは,視野障害患者に対してCETDSを施行し,年齢群ごとに,視野障害度,認知機能とCETDS上の事故との関連を調べた.また,高齢視野障害患者のCETDS上の事故の特徴についても検討したので報告する.CI対象および方法2019年C7月.2020年12月に当院の運転外来を受診し,ETDSを施行した視野障害患者C57例(緑内障C53例,網膜色素変性C2例,視神経萎縮C2例,男:女=47:10)を対象とした.全例に対して,視力検査,Humphrey自動視野計中心C24-2SITA-Standard(HFA24-2),両眼開放CEsterman検査,運転アンケート,認知機能検査CMini-MentalCStateExamination(MMSE),ETDSを施行した.なお,HFA24-2をもとに,既報に基づき8,9),両眼重ね合わせ視野(inte-gratedvisual.eld:IVF)を作製し,上下半視野平均網膜感度を算出した.また,Huらの定義10)を参考に,IVF網膜感度がC20CdB以下の領域を視野障害部位として,IVFにて視野障害がある患者を対象とした.視力検査,運転アンケート,MMSE,ETDSは同一日に実施した.HFA24-2,両眼開放CEsterman検査はCETDS実施日からC3カ月前後以内に実施した結果を使用した.運転アンケートでは,運転歴,運転時間,運転目的,過去C5年間の事故歴の有無の聞き取りを行った.MMSEは,認知症スクリーニングテストであり,11項目の質問項目があり,orientationCMMSE10点,recallCMMSE6点,attentionCMMSE5点,languageCMMSE9点の計C30点満点であり,23点以下が認知症疑いとされている11).ETDSは,エコ&安全運転教育用ドライビングシミュレータであるCHondaセーフティナビ(本田技研工業)を改変したものである.このシステムは,超短焦点液晶プロジェクター(NECCViewLightNP-U321HJD)を用いて,ETDSの映像を無地の白い壁に投射することにより,設置スペースをとらずに,一般乗用車のフロントガラスからの眺め(画角:上方C19°,下方C9°,右側C35°,左側C35°)を再現した(図1).運転条件を統一するために,速度は一定とし,ハンドル操作はなく,所要時間は練習走行C3分,本走行約C5分である12).運転場面は,信号や右折車,止まれの標識,側方からの飛び出しなど全C15場面あり,それぞれの運転場面での事故の有無やブレーキ反応時間を記録した.また,運転時の視線の動きは,据え置き型視線計測装置(TobiiProX3-120)にてサンプリングレートC120Hzで測定し,0.5°内にC60msec以上視線が留まったものを「視線が停留」と定義した.さらに,個々の事故場面について,リプレイ画像での視線の位置にIVFを重ね合わせ,IVF網膜感度がC20CdB以下の視野障害部位と一致する事故・一致しない事故に分類した.今回はリプレイ画像にて,視線が,対象物(左右から車,右折してくる対向車,信号や止まれの標識)に停留せず,対象物が視野障害部位に重なり確認できずに事故が起きたと考えられる場合を「視野障害と一致した事故」と定義した(図2a).一方,対象物に視線が停留した,あるいは対象物に視野障害部位に重ならずに事故が起きた場合を「視野障害と一致しない事図1運転外来で使用しているアイトラッカー搭載ドライビングシミュレータ(ETDS)①:据え置き型視線計測装置(TobiiCProX3-120),②:超短焦点プロジェクター.CNECCViewLightNP-U321HJD,③:HONDAセーフティナビ(Sナビ).Ca図2aETDS上の事故と視野障害との一致例下方視野障害のために,白いトラック(.)が見えず衝突した.●は視線の位置.左:通常CDS画面,中央:運転場面に両眼重ね合わせ視野を重ねたもの,右:両眼重ね合わせ視野グレースケール.b図2bETDS上の事故と視野障害との不一致例白いトラック(.)を何度も見ていたにもかかわらず,衝突した.視線の位置(●)がトラックに重なった時点で,ブレーキを踏めば停止できる距離であった.左:通常CDS画面,中央:両眼重ね合わせ視野を重ねたもの,右:両眼重ね合わせ視野グレースケール.表1各年齢群別の比較平均±SD値p値*若年群(n=11)中年群(n=22)高齢群(n=24)視力良好眼の視力(logMAR)C視力不良眼の視力(logMAR)C視野良好眼のCMD値(dB)C視野不良眼のCMD値(dB)CEstermanスコアCMMSEtotalscoreCIVF上半視野平均網膜感度(dB)CIVF下半視野平均網膜感度(dB)C1週間の運転時間(時間)CETDS上の事故と視野障害との不一致率C.0.050±0.040C0.48±0.81C.10.3±5.7C.15.9±7.9C87.0±18.6C29.5±0.9C20.3±9.7C25.5±5.4C9.6±10.3C9.1±30.2C.0.020±0.10C0.14±0.32C.11.1±6.4C.17.4±7.4C86.5±13.0C28.4±1.5C19.4±8.3C22.7±4.4C4.8±6.6C12.5±32.5C0.030±0.090C0.26±0.36C.11.8±5.6C.20.2±7.0C81.8±16.6C27.3±2.7C19.8±5.4C17.7±8.3C4.3±5.1C37.9±45.1C0.0150.220.820.260.26C0.0420.820.0120.220.026不一致率10080604020050歳未満50~70歳未満70歳以上9.1±30.2%12.5±32.5%37.9±45.1%*:Wilcoxon検定図3ETDS上の事故と視野障害との不一致率(年齢群別)水平線は,全体平均,ひし形の中央線は各群の平均値,ひし形の縦の長さは平均のC95%信頼区間を表している.ひし形の横の長さは被験者数に対応している.若年群・中年群と比較して,高齢群は,ETDS上の事故と視野障害との不一致率が高い.故」と定義した(図2b).また,視野障害部位と一致しないETDS事故件数を,全CETDS事故件数で除した値を,ETDS上の事故と視野障害部位との不一致率とした.つぎに,若年群(50歳未満,11名),中年群(50.70歳未満,22名),高齢群(70歳以上,24名)に分けて,完全矯正視力(logMAR),視野障害度(meandeviation:MD),Estermanスコア,MMSEtotalscore,IVF上下半視野平均網膜感度(dB),1週間の運転時間,ETDS上の事故と視野障害との不一致率とを比較した.比較にあたっては,Krus-kal-Wallis検定を行ったのち,Steel-Dwass検定により多重比較を行った.本研究は,当院倫理委員会の承認のもと〔「視野障害患者に対する高度運転支援システムに関する研究」(課題番号:C201906-1)〕各対象者にインフォームド・コンセントを行い,*Kruskal-Walli同意を得た後に実施した.また,この研究は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(JPNP18012)である.CII結果今回CETDSを施行したC57名の平均年齢は,62.8C±14歳(33.84歳)であった.視野良好眼の平均偏差(meandevia-tion:MD)値はC.11.2±5.8dB,視野不良眼のCMD値はC.18.4±7.4CdBであった.3例は車酔いのためCETDSを途中で中止したため,中止するまでの運転場面(13場面,9場面,7場面)を対象とした.一人あたりのCETDSの事故件数はC2.3±1.9件であった.若年群,中年群,高齢群のC3群を比較した結果を表1に示す.視力良好眼の視力は有意な差がみられ,視力不良眼の視力には年齢群による差はみられなかった.視力良好眼,不良眼のCMD値,Estermanスコア,IVF上半視野平均網膜感度では年齢群による差がみられなかったのに対し,IVF下半視野平均網膜感度では有意な差がみられた(p=0.012,Kruskal-Wallis検定).MMSECtotalscoreは,若年群ではC29.5±0.93点,中年群ではC28.4C±1.5点,高齢群ではC27.3C±2.7点と,有意な差がみられた(p=0.042,Kruskal-Wallis検定).1週間の運転時間では年齢群による差はみられなかった.ETDS上で起きた事故は全体でC87件あり,そのうち視野と一致しない事故は全部でC39件あった.39件の内訳は,信号・止まれの標識の場面がC20件,対向車が右折してくる場面がC11件,左右から車などの対象物が飛び出してくる場面がC8件であった.ETDS上の事故と視野障害との不一致率を比較すると,若年群ではC9.1C±30.2%,中年群ではC12.5C±32.5%,高齢群ではC37.9C±45.1%と,有意な差がみられた(p=0.026,Kruskal-Wallis検定)(図3).高齢群は,中年群と比較して,ETDS上の事故と視野障害との不一致率が高い傾向があった(p=0.068,Steel-Dwass検定)(図3).CIII考按今回,若年群,中年群,高齢群に分けたCETDS上の事故と視野障害との不一致率は,高齢群ではC37.9C±45.1%と,若年群のC9.1C±30.2%,中年群のC12.5C±32.5%と比較して多くなっていることがわかった.運転外来では,ETDSを施行し,その走行映像を振り返ることで,実際の運転場面で視野障害によりどこが見えにくいのかを自覚してもらうことができる.患者は,リプレイ画像を見ることにより,赤信号や左右から飛び出してくる車などの対象物が視野障害部位に重なるために認識できなくなることが理解できる.一方で,視線計測装置を用いることで,実際に対象物を「見た」にもかかわらず事故が起きる,視野障害とは一致しない事故も存在することがわかった.視野と一致しない事故が起きた場面を患者と振り返ると,対象物を認識していたにもかかわらず,ブレーキを踏むタイミングが遅れたために衝突した例や,「止まれ」の標識を見ながら止まらないという交通ルールを理解していない,認知機能低下が疑われる例がみられた.ただし,ETDS上の事故と視野障害との不一致率は,多重比較を行ったところ,高齢群は中年群と比較して,不一致率が高い傾向があるものの,有意差が認められなかった.これは,対象の人数が少ないためだと思われ,今後症例を増やして検討する必要があると考えた.今回,若年群,中年群,高齢群では,高齢群が若年群・中年群と比較して,視力良好眼の視力,IVF下半視野平均網膜感度が低くなっていた.これは,対象者の多くが緑内障患者であり,高齢者ほど罹病期間が長く,進行例が多くなるためだと考えている.では,高齢視野障害患者の運転指導においては,どのようなことに気をつければよいのだろうか.過去の高齢者の自動車事故についての報告では,米国のアラバマ州で,70歳以上の高齢者ドライバーC2,000名に対して過去C5年間の事故歴の有無を聴取したものがある.Hum-phrey視野計でC60°までの視野を測定し左右の視野検査結果を重ね合わせるCbinocularCdrivingCvisual.eldを行ったところ,緑内障患者は正常者と比較してC1.65倍事故が多く,CbinocularCdrivingCvisual.eldの左方,上方,下方視野感度の低下が事故歴の有無に関与していた13).一方CDeshmukhらは,インドの高齢緑内障ドライバー100名,正常者C50名の事故歴を調べたところ,緑内障が重症になるほど運転を中止したり,制限をしているため,緑内障患者に事故が多いということはなく,高齢緑内障ドライバーは正常高齢者と比較して事故が多いということもなかったと報告している14).このように,高齢視野障害患者が事故のリスクが高いかどうか,エビデンスは存在しない.これまで,当院では,高齢者ドライバーに対してCETDSを行った結果,認知機能障害が疑われたC2症例を報告している7).これらC2症例は,いずれも視野と一致しないCETDS上の事故場面があり,MMSEの点数が低いことから,認知機能の低下を疑い,認知症専門病院に紹介した.今回,MMSEが良好でも視野障害と一致しないCETDS上の事故は起きており,認知機能の低下だけではなく,運動能力や判断力の低下なども影響していると思われた.視野障害患者の運転指導にあたっては,どのような運転場面でリスクがあるかを知らせ,注意喚起をすることが大切である.さらに,70歳以上の高齢者ドライバーに対しては,視野障害に加えて,認知機能や判断力,運動能力の低下などによる影響も考慮するべきだと考える.そして,患者およびその家族に視野障害も事故の原因になりうることを説明し,治療を継続することも重要である.文献1)日本緑内障学会:「日本緑内障学会多治見疫学調査」報告,C20122)JohnsonCCA,CKeltnerJL:IncidenceCofCvisualC.eldClossCinC20,000CeyesCandCitsCrelationshipCtoCdrivingCperformance.CArchOphthalmolC101:371-375,C19833)OwsleyCC,CBallCK,CMcGwinCGCJrCetal:VisualCprocessingCimpairmentCandCriskCofCmotorCvehicleCcrashCamongColderCadults.JAMAC279:1083-1088,C19984)McGwinG,XieA,MaysAetal:Visual.elddefectsandtheCriskCofCmotorCvehicleCcollisionsCamongCpatientsCwithCglaucoma.InvestOphthalmolVisSciC46:4437-4441,C20055)HaymesCSA,CLeblancCRP,CNicolelaCMTCetal:RiskCofCfallsCandCmotorCvehicleCcollisionsCinCglaucoma.CInvestCOphthal-molVisSciC48:1149-1155,C20076)TanabeCS,CYukiCK,COzekiCNCetal:TheCassociationCbetweenprimaryopen-angleglaucomaandmotorvehiclecollisions.InvestOphthalmolVisSciC52:4177-4181,C20117)平賀拓也,國松志保,野村志穂ほか:運転外来にて認知機能障害が明らかになったC2例.あたらしい眼科C38:1325-1329,C20218)Nelson-QuiggJM,CelloK,JohnsonCA:Predictingbinoc-ularCvisualC.eldCsensitivityCfromCmonocularCvisualC.eldCresults.InvestOphthalmolVisSciC41:2212-2221,C20009)CrabbCDP,CFitzkeCFW,CHitchingsCRACetal:ACpracticalCapproachCtoCmeasuringCtheCvisualC.eldCcomponentCofC.tnesstodrive.BrJOphthalmolC88:1191-1196,C200410)HuS,SmithND,SaundersLJetal:PatternsofbinocularvisualC.eldClossCderivedCfromClarge-scaleCpatientCdataCfromCglaucomaCclinics.COphthalmologyC122:2399-2406,C201511)FolsteinCMF,CFolsteinCSE,CMcHughPR:C“Mini-mentalCstate”.Apracticalmethodforgradingthecognitivestateofpatientsfortheclinician.JPsychiatrResC12:189-198,C197512)Kunimatsu-SanukiS,IwaseA,AraieMetal:Anassess-mentofdriving.tnessinpatientswithvisualimpairmenttoCunderstandCtheCelevatedCriskCofCmotorCvehicleCacci-dents.BMJOpenC5:e006379,C2015C109-116,C201613)KwonCM,CHuisinghCC,CRhodesCLACetal:Association14)DeshmukhAV,MurthyGJ,ReddyAetal:OlderdriversbetweenCglaucomaCandCat-faultCmotorCvehicleCcollisionCandCglaucomaCinIndia:drivingChabitsCandCcrashCrisks.CJinvolvementCamongColderCdrivers.COphthalmologyC123:CGlaucomaC28:896-900,C2019***

眼内レンズMP70 を用いた眼内レンズ縫着術の術後短期成績

2023年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科40(2):252.256,2023c眼内レンズMP70を用いた眼内レンズ縫着術の術後短期成績佐藤彩乃竹内正樹河野奈々子黄士恭岡崎信也山田教弘水木信久横浜市立大学附属病院眼科CShort-termOutcomesofTransscleralSutureFixationoftheHOYAMP70IntraocularLensAyanoSato,MasakiTakeuchi,NanakoKawano,ShihkungHuang,ShinyaOkazaki,NorihiroYamadaandNobuhisaMizukiCDepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversityHospitalC目的:支持部にCpositioningnotchを有する眼内レンズ(intraocularlens:IOL),HOYAエイエフ-1iMics1(モデル名:MP70)を用いたCIOL縫着術についての術後短期成績を検討した.方法:横浜市立大学附属病院眼科においてMP70を用いたCIOL縫着術を行った患者について,術前後矯正視力,レフ屈折値,目標屈折値と術後屈折値との差(以下,屈折誤差),IOL傾斜と偏位を測定した.術後結果はすべて術後C3カ月時点で計測した.結果:対象は9例9眼.矯正視力は術前C0.85±0.44,術後C1.02±0.28(p=0.04),レフ屈折値は術前C5.19±6.26D,術後.1.21±1.39D(p=0.003)と有意に改善を認めた.屈折誤差は.0.03±0.59Dであった.IOL傾斜および偏位はC5例で測定し,傾斜は5.14C±3.26°,偏位はC0.54±0.10Cmmであった.術中C1例で支持部の屈曲とCIOLの回転がみられた.術後低眼圧による脈絡膜.離,および黄斑浮腫を各C1例認めたが,いずれも空気注入または点眼にて改善を得られた.結論:MP70を用いたIOL縫着術はCIOLの安定性に寄与すると考えられた.術者は支持部の張力への脆弱性について留意して操作しなければならない.CPurpose:ToCinvestigateCtheCshort-termCoutcomesCofCtransscleralCsutureC.xationCofCtheCHOYACAF-1CiMics1(MP70),anintraocularlens(IOL)withtwopositioningnotchesateachhaptic.SubjectsandMethods:InpatientswhoCunderwentCtransscleralCsutureC.xationCofCtheCMP70CIOL,CpreCandCpostoperativeCbest-correctedCvisualCacuity(BCVA),refractivepower,predictionerror,andIOLtiltanddecentrationwereexamined,andsurgicaloutcomeswereevaluatedat3-monthspostoperative.Results:In9eyesof9patientsincludedinthestudy,themeanpreop-erativeandpostoperativeBCVAwas0.85±0.44CandC1.02±0.28,respectively(p=0.04),themeanrefractivepowerimprovedfrom5.19±6.26diopters(D)to.1.21±1.39D(p=0.003),andin5patients,themeanIOLtiltanglewas5.14±3.26°Canddecentrationwas0.54±0.10Cmm.PostoperativecomplicationsincludedocularhypotensionresultinginCchoroidalCdetachment,CandCmacularCedema,CyetCbothCsoonCimprovedCfollowingCanCairCtamponadeCandCeyeCdropCmedication.CInC1Cpatient,CintraoperativeCIOLCrotationCandCbendingCofCtheChapticCwasCobserved.CConclusion:CAlthoughtheMP70wasfoundtoprovidereliablestabilityforIOLtransscleralsuture.xation,surgeonsshouldbeawareofthesusceptibilitytosuturetensionandthepullingdirection.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(2):252.256,C2023〕Keywords:MP70,眼内レンズ縫着術,眼内レンズ傾斜,偏位.positioningnotch,transscleralsuture.xation,in-traocularlenstilt,decentration.Cはじめに白内障手術時に眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の.内固定や.外固定が困難な症例において,IOL縫着術はもっとも基本的な術式の一つであるが,術後のCIOL傾斜や偏位が患者の視機能に大きく影響することがある1,2).これらを最小限に抑えるためには,左右対称かつ均衡のとれた縫着が必須であり3),今日まで術式の工夫のみならず,アイレットを有するCZ70BD(アルコン社)やCP366UV(ポシュロム社),VA70AD(HOYA)などさまざまなCIOLが開発されてきた.しかし,CZ70BDやCP366UVはポリメチルメタクリ〔別刷請求先〕佐藤彩乃:〒236-0004神奈川県横浜市金沢区福浦C3-9横浜市立大学附属病院眼科Reprintrequests:AyanoSato,DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversityHospital,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,YokohamaCity,Kanagawa236-0004,JAPANC252(114)レート(polymethylCmethacrylate:PMMA)素材であるため切開創が大きくなるという欠点があり,VA70ADはフォーダブルレンズであるものの,非着色眼内レンズであるため着色眼内レンズと比較し,コントラスト感度が低下したり4),網膜色素上皮細胞への光線酸化ストレスを受けやすくなったりする5).また,近年では支持部や全長が長いCNX-70(参天製薬)が用いられていることも多い.今回CHOYAにより開発されたCHOYAエイエフ-1iMics1(モデル名:MP70)は径C13Cmm,アクリル疎水性のC3ピースCIOLであり,各支持部にC2個の特徴的な突起(以下,positioningnotch)を有している(図1).本研究では,IOL縫着術において,このCpositioningnotch間に結び目を作製することでCIOLの安定性に寄与するのではないかと考え,その短期成績と有効性について報告する.CI対象および方法1.対象および方法横浜市立大学倫理審査委員会の承認を受け,ヘルシンキ宣言に基づいて後ろ向き観察研究を行った.2019年C12月.2021年C5月に当院でCMP70を用いたCIOL縫着術を施行された患者を対象とした.評価項目は術前後の矯正視力,レフ屈折値,目標屈折値と術後屈折値の差(以下,屈折誤差),IOL傾斜および偏位量とした.屈折検査はオートレフラクトメータ(ARK-1a,ニデック)を使用し,IOL傾斜および偏位は,前眼部光干渉断層計(CASIA2,トーメーコーポレーション)を用いて測定した.すべての術後結果は術後C3カ月の時点で測定した.C2.手術方法2%塩酸リドカインによる球後麻酔導入後,右眼ではC2時およびC8時方向,左眼ではC4時およびC10時方向に,角膜輪部よりC2.0Cmmの位置で強膜フラップを作製した(図2a).水晶体摘出の場合はC2.4Cmm,IOL摘出の場合はC3.4Cmmの強角膜切開創をC12時方向に作製し,水晶体やCIOLが落下していない症例や,水晶体.の破損がない症例,Zinn小帯断裂がない症例についてはCinfusioncannulaのみ設置し,それ以外の症例ではC3ポートC27G硝子体手術併用で行った.IOL摘出の際は,IOLカッターを用いて半分に切断し摘出した(図2b).針付C10-0ポリプロピレン糸の直針をC8時またはC10時の強膜フラップより挿入,先端をやや弯曲させた別のC27CG針を反対側の強膜フラップより挿入し,10-0ポリプロピレン糸を通糸した(図2c).IOLフックを用いて強角膜切開創よりC10-0ポリプロピレン糸を引き出し,左右対称の長さになるよう切断した.MP70をカートリッジに設置,支持部の前脚側のみを押し出したのち,2時またはC4時方向の10-0ポリプロピレン糸をCpositioningnotch間で結びつけた(図2d).レンズを前房内に挿入し,支持部の後脚側のみ強Positioningnotch7.0mm13.0mm図1HOYAエイエフ-1iMics1(MP70)角膜切開創より脱出するように留置した.同様にC8時または10時方向のC10-0ポリプロピレン糸を後脚のCpositioningnotch間で結びつけたのち前房内に挿入し(図2e),レンズ全体を後房へ押し下げた(図2f).光学部が瞳孔中心に位置するようC10-0ポリプロピレン糸の両端を引っ張り(図2g)強膜フラップへ縫着(図2h),結膜で被覆し終刀とした(図2i).C3.統計学的検討統計ソフトはCSPSSver21.(IBM社)を使用した.屈折結果の評価にはCt検定を用い,p<0.05を有意とした.CII結果対象はC9例C9眼.症例ごとの基本情報について表1に示す.患者は全例男性,平均年齢はC57.9C±19.4歳であった.手術契機としては,2例が水晶体偏位,1例がCIOL脱臼,その他がCIOL偏位であった.6例が硝子体手術併用で施行された.平均観察期間はC5.11C±3.41カ月であった.術前後の矯正視力および屈折結果をあわせて表1に示す.術前矯正視力はC0.85C±0.44であったが,術後C3カ月時点での矯正視力はC1.02C±0.28と有意に改善を認めた(p=0.04).レフ屈折値は,5.19C±6.26DからC.1.21±1.39Dと遠視化の改善を認めた(p=0.003).屈折誤差はC.0.03±0.59Dとほぼすべての患者で目標屈折値と近い屈折値を得ることができた.IOL傾斜および偏位については,その後の通院状況などによりC5例でのみ計測を行い,IOL傾斜はC5.14C±3.26°,偏位はC0.54C±0.10Cmmであった(表2).術後合併症として,症例C3では低眼圧による脈絡膜.離を認めたが,フルオレセイン染色にて創口からの漏出がないことを確認し,空気注入により改善した.症例C8では黄斑浮腫を認めたが,ブロムフェナクナトリウム水和物点眼にて速やかに改善が得られた.いずれも術後視力に影響はなかった.術中合併症として,症例C4では,MP70を後房に挿入し10-0ポリプロピレン糸の両端を引っ張った際に支持部が屈図2手術方法(代表症例)a:強膜フラップおよび強角膜切開創を作製.b:IOLを切断し摘出.Cc:10-0ポリプロピレン糸を通糸.Cd:IOL支持部前脚のCpositioningnotchへ結ぶ.Ce:IOLを前房内へ挿入し後脚のCpositioningnotchへ結ぶ.Cf:IOLを後房へ押し下げる.Cg:10-0ポリプロピレン糸の両端を引っぱる.h:強膜フラップへ縫合.i:結膜で被覆し終刀.曲し,レンズが回転するという現象が起きた.したがって,一度レンズ全体を虹彩上に戻し,絡まったC10-0ポリプロピレン糸をほどいた後,再び後房に戻し縫着を行った.これに起因するその他の合併症は認めなかった.CIII考按通常の白内障手術においては,IOLの種類にかかわらず,2.3°のCIOL傾斜およびC0.2.0.3Cmmの偏位は一般的であり,患者の視機能含め臨床的な影響はないとされているが6),5°以上の傾斜およびC1.0Cmm以上の偏位は,術後矯正視力低下や乱視量の増加など視機能に影響をもたらす7,8).IOL縫着術におけるCIOL傾斜や偏位量については,今日までさまざまな報告がなされており,三浦らの報告では,4.38C±3.72°およびC0.31C±0.26mm9),DurakらではC6.09C±3.80°およびC0.67±0.43mm10),林らでは6.35C±3.09°およびC0.62C±0.31Cmm11)であった.本研究では,複数の術者が執刀したなか,IOL傾斜はC5.14C±3.26°,偏位はC0.54C±0.10Cmmと比較的良好な結果が得られた.IOL縫着術は盲目的操作を伴うため,毛様溝に縫着できていない場合があり12),また,後.が不安定または欠損している場合は,IOL傾斜や偏位はより生じやすくなる.今回,一般的な白内障手術で認めるようなIOL傾斜および偏位量には達することはできなかったもの表1症例基本情報および術前後矯正視力と屈折結果観察期間PPVの矯正視力レフ屈折値(D)症例年齢性別(月)手術契機眼既往歴有無術前術後術前術後屈折誤差(D)表2IOL傾斜と偏位1C64男性C3IOL偏位水晶体偏位C.1.2C1.2C.3.50C.3.00+0.74C2C88男性C10水晶体偏位偽落屑症候群+0.15C0.8C.2.50C.3.00C.1.27C3C33男性C4IOL偏位外傷およびC.0.6C0.7+11.0+0.60+0.41網膜.離C4C60男性C4IOL偏位反対眼のCIOL縫着+1.2C1.2+6.50C.1.50+0.38強度近視および5C80男性C3IOL偏位網膜色素変性症+0.3C0.5+5.25C.2.25C.0.46C6C30男性C12IOL偏位成熟白内障C.0.6C1.2C.2.00C.0.75C.0.03C7C65男性C3IOL脱臼なし+1.2C1.2+10.75+0.75+0.24C8C47男性C4IOL偏位アトピー性皮膚炎+1.2C1.2+9.75C.1.25C.0.15C9C54男性C3水晶体偏位アトピー性皮膚炎+1.2C1.2+11.5C.0.50C.0.10C平均±SDC57.9±19.4C5.11±3.41C0.85±0.44C1.02±0.28C5.19±6.26C.1.21±1.39C.0.03±0.59Cp値Cp=0.04Cp=0.003CD:ジオプトリー,IOL:眼内レンズ,PPV:経毛様体扁平部硝子体切除,SD:標準偏差.症例IOL傾斜(°)IOL偏位(mm)2C1.6C0.49C4C3.2C0.48C5C7.5C0.44C7C3.9C0.64C8C9.5C0.67C平均±SDC5.14±3.26C0.54±0.10CIOL:眼内レンズ,SD:標準偏差.の,MP70の特徴的なCpositioningnotchは支持部の中央部付近に位置しており,結び目から光学部間だけでなく,結び目から支持部先端部までの固定の安定性に寄与できるのではないかと考える.また,10-0ポリプロピレン糸を結びつける際の指標となるため,均一で対称性のある縫着力をもたらす.さらに,縫合糸の結び目が支持部上で滑ることにより対称性を失い,IOL傾斜や偏位を惹起する場合もあるが,MP70のCpositioningnotchにはこれらを防ぐ役割も果たしていると考えられる.しかし,症例C5およびC8では他の症例よりも比較的大きなIOL傾斜を認めた.原因として,強膜ポケットに挿入する10-0ポリプロピレン糸の直針や,反対側のC27CG針の穿刺位置のずれが大きかった可能性,両端の縫い付ける縫合力の違いが考えられる.IOL縫着術は複雑な手技を伴うため,IOL傾斜や偏位を予防するうえでは術者の正確な技量を要する側面も否定できない.症例C3では網膜.離の既往によるCellipsoidzoneの断裂,症例C5では網膜色素変性症の既往があることから,両者とも術後矯正視力の大幅な改善は認められなかったが,その他の患者では良好な視力結果を得た.また,本研究では屈折誤差は.0.03±0.59Dとわずかであった.EuropeanCRegistryCofCQualityCOutcomesCforCCataractCandCRefractiveSurgeryによると,2007.2017年で,屈折誤差の中央値は,0.38DからC0.28Dへと大幅に改善しており13),また,Aristodemouらが行ったメタ解析では,一般的な白内障手術においてC95%以上で±1.00D内の屈折誤差であった14).これらをふまえると,MP70を使用したCIOL縫着術は,従来の白内障手術に劣らず,目標屈折値をほぼ正確に達成することができたといえる.術後合併症として低眼圧による脈絡膜.離を認めたが,創口からの漏出はなく,手術侵襲による毛様体房水産生能の低下が原因と考えられた.また,黄斑浮腫についても点眼にて改善し,術後視力への影響は認めなかった.しかし,術中合併症としてCIOLの回転と支持部の屈曲を認め,これらはMP70の特徴的な構造に起因していると考えられた.他のレンズと異なり,MP70の光学部と支持部の連結部分は,光学図3MP70の支持部の屈曲Positioningnotchに結びつけた縫合糸を矢印方向に引っぱると,支持部が容易に屈曲した.部と同じアクリル素材で連続している.これにより支持部の強度が増しCIOL傾斜を減少させ安定させるという利点はあるものの,張力やその方向に影響を受けやすく,支持部は簡単に屈曲できてしまう(図3).レンズが後房内にある際にこの現象が起きると,術野は虹彩により必然的に狭くなるため,屈曲した支持部を直す,または絡まったC10-0ポリプロピレン糸をほどく操作が煩雑になってしまう.これらを防ぐための手順として,まずCMP70を前房内に挿入し,支持部およびC10-0ポリプロピレン糸を含めCIOL全体の位置を確認する.糸の絡まりを可能な限り防ぐため,各Cpositioningnotchと強膜フラップの距離が最短になるようCIOLを回転させたのち,レンズを後房内へ押し下げる.術者は慎重にかつ適度な張力でC10-0ポリプロピレン糸を左右対称に引っ張り,光学部が中心に位置するよう調整する.これらの操作により,狭い術野のなかでも縫合糸の絡まりや支持部の屈曲などの合併症を減らすことができ,本研究でも症例C4以降,上記のような手術方法で同様の現象は認めなかった.本研究の問題点としては,症例数が少ないこと,術者の経験年数や手術手技などのばらつきがあること,術後C3カ月のみの短期成績のみであることがあげられる.今後,さらなる症例数を検討し長期成績を評価していく必要がある.CIV結論MP70レンズは支持部にCpositioningnotchという特徴的な構造物を有し,IOL縫着術においてCIOLの安定性に寄与すると考えられた.術者は支持部の張力およびその方向性への脆弱性に留意し,術中合併症を防ぐ必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)AshenaZ,MaqsoodS,AhmedSNetal:E.ectofintraoc-ularlenstiltanddecentrationonvisualacuity,dysphotop-siaandwavefrontaberrations.Vision(Basel)C4:41,C20202)LawuT,MukaiK,MatsushimaHetal:E.ectsofdecen-trationCandCtiltConCtheCopticalCperformanceCofC6CasphericCintraocularlensdesignsinamodeleye.JCataractRefractSurgC45:662-668,C20193)TeichmannCKD,CTeichmanIA:TheCtorqueCandCtiltCgam-ble.JCataractRefractSurgC23:413-418,C19974)越野崇,星合繁,福島孝弘ほか:着色アクリル眼内レンズ挿入眼のコントラスト感度.IOL&RSC21:243-247,C20075)MukaiCK,CMatsushimaCH,CSawanoCMCetal:Photoprotec-tiveCe.ectCofCyellow-tintedCintraocularClenses.CJpnCJCOph-thalmolC53:47-51,C20096)AleJB:Intraocularlenstiltanddecentration:AconcernforCcontemporaryCIOLCdesigns.CNepalCJCOphthalmolC3:C68-77,C20117)HolladayJT:EvaluatingCtheCintraocularClensCoptic.CSurvCOphthalmolC30:385-390,C19868)UozatoH,OkadaY,HiraiHetal:WhatarethetolerablelimitsofIOLtiltanddecentration?JpnRevClinOphthal-molC82:2308-2311,C19889)三浦瑛子,薄井隆宏,遠藤貴美ほか:強膜内固定術の術後経過毛様溝縫着術との比較.眼科手術C33:437-441,C202010)DurakA,OnerHF,KocakNetal:Tiltanddecentrationafterprimaryandsecondarytranssclerallysuturedposte-riorCchamberCintraocularClensCimplantation.CJCCataractCRefractSurgC27:227-232,C200111)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:IntraocularlenstiltandCdecentration,CanteriorCchamberCdepthCandCrefractiveCerrorCafterCtrans-scleralCsutureC.xationCsurgery.COphthal-mologyC106:878-882,C199912)PavlinCJ,RootmanD,Arshino.Setal:Determinationofhapticpositionoftranssclerally.xatedposteriorchamberintraocularlensesbyultrasoundbiomicroscopy.JCataractRefractSurgC19:573-577,C199313)LundstomCM,CDicmanCM,CManningCSCetal:ChangingCpracticeCpatternsCinCEuropeanCcataractCsurgeryCasCre.ectedintheEuropeanregistryofqualityoutcomesforcataractCrefractiveCsurgeryC2009CtoC2017.CJCCataractCRefractSurgC47:373-378,C202114)AristodemouP,KnoxCartwrightNE,SparrowJMetal:CFormulachoice:Ho.erCQ,CHolladayC1,CorCSRK/TCandCrefractiveCoutcomesCinC8108CeyesCafterCcataractCsurgeryCwithbiometrybypartialcoherenceinterferometry.JCata-ractRefractSurgC37:63-71,C2011***

マイクロフック線維柱帯切開術眼内法術後のゴニオスコープ GS-1 により観察された隅角所見と眼圧の検討

2023年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科40(2):248.251,2023cマイクロフック線維柱帯切開術眼内法術後のゴニオスコープGS-1により観察された隅角所見と眼圧の検討宮崎稚子*1,2藤原雅史*1,2山本庄吾*1,2吉水聡*1,2横田聡*1,2宇山紘史*1,2松崎光博*1,2酒井大輝*1,2広瀬文隆*1,3栗本康夫*1,2*1神戸市立神戸アイセンター病院*2神戸市立医療センター中央市民病院*3新神戸ひろせ眼科CIntraocularPressureandGonioscopicFindingsObservedbytheGonioscopeGS-1360-DegreeOphthalmicCameraafterMicrohookAbInternoTrabeculotomyWakakoMiyazaki1,2),MasashiFujihara1,2),ShogoYamamoto1,2),SatoruYoshimizu1,2),SatoshiYokota1,2)CUyama1,2),MitsuhiroMatsuzaki1,2),DaikiSakai1,2),FumitakaHirose1,3)andYasuoKurimoto1,2)C,Hirofumi1)KobeCityEyeHospital,2)KobeCityMedicalCenterGeneralHospital,3)HiroseEyeClinicC目的:マイクロフック線維柱帯切開術眼内法(μLOT)術後のゴニオスコープCGS-1(ニデック)による隅角所見と眼圧の関連の検討.対象および方法:2021年C1.3月に神戸アイセンター病院にてCμLOTを施行した連続C29例C33眼中,白内障手術以外の内眼手術の既往がなく,術後CGS-1による撮影ができた続発性を含む緑内障C18眼(両眼の場合C1眼目)を対象に,GS-1による隅角所見,眼圧,緑内障点眼スコアを後向きに検討した.結果:平均眼圧および点眼スコアは術前C25.2±10.2CmmHg,3.9±1.1に対して平均観察期間C6.3±2.2カ月でC11.0±2.7CmmHg,2.0±1.4と有意に下降した(p<0.01)(ANOVA+Dunnett検定).術後CGS-1にて周辺虹彩前癒着(PAS)がC10眼(56%)に認められた.PASの有無で,全時点での眼圧に明らかな有意差は認められなかった(最終平均眼圧:15.6±4.8CmmHgCvsC12.6±4.0CmmHg)(t検定).結論:GS-1によりCμLOT術後早期にCPASが高率に認められたが,術後C6カ月の期間では眼圧に影響は認められなかった.CPurpose:ToCinvestigateCtheCassociationCbetweenCperipheralCanteriorsynechiae(PAS)andCintraocularCpres-sure(IOP)afterCmicrohookCab-internotrabeculotomy(μLOT)usingCtheCGonioscopeGS-1(NIDEK)360-degreeCophthalmiccamera.SubjectsandMethods:Of33consecutiveeyesof29patientswhounderwentμLOTorcom-binedμLOTandcataractsurgeryasaninitialsurgery,weretrospectivelyreviewedtheIOP,glaucomaeye-dropmedicationscore,andthedevelopmentofPASusingtheGonioscopeGS-1in18eyeswithglaucoma.Results:ThemeanIOPandmedicationsscoredecreasedfrom25.2±10.2CmmHgand3.9±1.1beforesurgeryto11.0±2.7CmmHgandC2.0±1.4CatC6.3±2.2CmonthsCaftersurgery(p<0.01)(ANOVA+Dunnett’stest).CIn10(56%)ofCtheC18Ceyes,CPASwasobserved,yetnocorrelationwasfoundbetweenthedevelopmentofPASandthemeanIOP(i.e.,15.6±4.8CmmHgbeforesurgeryvs.12.6±4.0CmmHgat.nalfollow-up)(t-test).Conclusion:TherateofPASformationafterCμLOTCdetectedCusingCtheCGonioscopeCGS-1CwasCsigni.cantlyChigh,CbutCwasCnotCassociatedCwithCIOPCatC6-monthspostoperative.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(2):248.251,C2023〕Keywords:線維柱帯切開術,谷戸氏Cabinternoトラベクロトミーマイクロフック,ゴニオスコープCGS-1,周辺虹彩前癒着,緑内障.trabeculotomy,Tanitomicrohookabinterno,360-degreegonio-camera,peripheralanteriorsyn-echia,glaucoma.Cはじめにあるものの安全性に優れ,おもに線維柱帯にその病因がある線維柱帯切開術は,線維柱帯切除術に比べ効果は限定的でとされる落屑緑内障,ステロイド緑内障や発達緑内障などを〔別刷請求先〕宮﨑稚子:〒650-0047兵庫県神戸市中央区港島南町C2-1-8神戸市立神戸アイセンター病院Reprintrequests:WakakoMiyazaki,M.D.,KobeCityEyeHospital,2-1-8,Minatojima-minami-machi,Chuo-ku,Kobe,Hyogo650-0047,JAPANC248(110)中心に高い効果が報告されてきた1.4).近年,機器の進歩などに伴い,minimallyCinvasiveCglaucomasurgery(MIGS)が盛んになってきた.そのなかでも谷戸氏Cabinternoトラベクロトミーマイクロフックを用いた線維柱帯切開術眼内法(microhookab-internotrabeculotomy,以下CμLOT)は,短い手術時間と比較的軽い患者への負担で線維柱帯切開を行うことができる5).一方,μLOT術後には切開象限を中心に周辺部虹彩前癒着(peripheralCanteriorsynechia:PAS)が高頻度で形成されることが報告されている.ゴニオスコープCGS-1(GS-1)は360°の隅角写真が一度の撮像で得られるため,PASの経時的な形成が簡便かつ客観的に検出可能である6).続発緑内障を含むCμLOTの術後にはCPAS形成の頻度の上昇の可能性が考えられるが,その眼圧に与える影響は知られていない.今回CμLOT術後のCGS-1による隅角所見と眼圧の検討を行ったので報告する.CI対象および方法2021年C1.3月に神戸アイセンター病院(以下,当院)にて複数人の医師がCμLOTを施行した連続C29例C33眼中,白内障手術以外の内眼手術の既往がなく,医師の指示のもと術後CGS-1による撮影がされたC18眼を対象とした.両眼手術の場合はC1眼目のみとした.一般的に続発緑内障は線維柱帯切開術眼外法の適用外となることが多いが,炎症が軽微かつ落ち着いている場合は,消炎に用いられたステロイドの影響も鑑み,侵襲の低いCμLOTであれば炎症を励起する危険性が低く,将来の濾過手術に結膜を温存できるなど有用性が上回ると考え,手術対象とした.術中に切開範囲内にCPASを認めた場合は,谷戸氏Cabinternoトラベクロトミーマイクロフックを用いて解離した後,線維柱帯を切開した.平均切開範囲は鼻側を中心としてC186C±36.4°(120.240°),平均観察期間はC6.3C±2.2カ月,平均年齢はC73.1C±13.1歳,男性C11眼,女性C7眼であった.病型別では原発開放隅角緑内障C8眼,落屑緑内障C6眼,特発性ぶどう膜炎による続発緑内障C4眼であった.白内障手術併用はC8眼,単独はC10眼(有水晶体眼はC2眼)であった.GS-1による撮影は術後C1.8カ月まで行った.GS-1は隅角を360°カラー撮影し,自動でC16枚に分割した画像を環状に再構成しており,そのうちCPASが出現している画像数の割合をCPASの割合とした.術後全例に抗菌薬,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液,ピロカルピン塩酸塩液を投与した.基本的にはC3カ月以内で点眼中止しているが,続発緑内障の患者を中心に術後炎症の程度に応じてフルオロメトロン液に漸減し,最大C8カ月間投与とした.また,術前から続発性の要素を認めた患者や,術前は開放隅角緑内障であると思われたものの,術中線維柱帯前面に透明な膜が形成されていることが判明し,その切開を要した場合は,炎症を惹起しやすいと考え,術当日からプレドニゾロン錠C10Cmg3日間の内服を追加した(6眼).なお,術前にCPASを認めず術中切開部に膜の存在が判明した場合は,μLOTを施行しなければ開放隅角緑内障として扱われていたものであり,またその成因が不明であることより,本研究では開放隅角緑内障として分類した.眼圧,緑内障薬剤スコア,GS-1によるCPASの割合を後向きに検討した.薬剤スコアは緑内障点眼薬C1種類につきC1点(配合剤はC2点),アセタゾラミド内服はC2点とした.眼圧および薬剤スコアはCrepeated-measureCanalysisCofCvari-ance(ANOVA)を用いて検定し,有意差が認められた場合はCDunnett法を用いて検定した.隅角所見として術後C4カ月の時点でCPASを認めた群と認めなかった群に分け,眼圧経過をCunpairedCStudentt-testを用いて検定した.また,目標眼圧を術前眼圧のC30%下降とし,生存率における死亡の定義は,緑内障点眼薬の有無にかかわらず目標眼圧をC2回連続で越えた時点,もしくは追加観血的手術が施行された時点としてCKaplan-Meierの生命曲線を用いて作成し,群間の生存率比較にはCLog-rank検定を用いた.有意水準はCp<0.05とした.本研究は当院倫理委員会の承認を得て施行した.CII結果術前および術後C1,2,3,6カ月の平均眼圧はそれぞれC25.2±10.2,15.9C±4.3,16.9C±6.4,14.4C±3.9,11.0C±2.7mmHgであり,平均薬剤スコアはそれぞれC3.9C±1.1,1.6C±1.7,1.2C±1.4,1.6C±1.5,2.0C±1.4であった.術後すべての時点で術前と比較して有意に平均眼圧は低下し,薬剤スコアは減少していた(p<0.01,ANOVA)(図1,2).術前に全例隅角鏡で隅角所見を確認したところ,全C18症例中C4例にCPASを認めた.いずれの症例でもCPASindexは50%以下であった.術後はCGS-1を用いて経時的にCPASを観察し,全C18症例中術後C1カ月では新たにC7例,術後C4カ月ではさらにC3例増え,最終的に合計C10例に認めた(図3).術後C1,2,3,4,5,6カ月目のCPASの割合はそれぞれC0.09C±0.13,0.11C±0.19,0.16C±0.23,0.21C±0.23,0.21C±0.23,C0.21±0.23であった.術後C1カ月目と比較し術後C6カ月目で57%増加しており有意な増加を認めた(p=0.05,ANOVA).また,いずれの症例でもCPASはテント状のものが散見されるのみで,PASindexがC50%を超える症例は認められなかった.PASを認めた症例のうち切開範囲に一致していたのはC9例で,1例は切開範囲外にもCPASを認めた.PASを認めた群の術前および術後C1,2,3,6カ月の平均眼圧はそれぞれC24.3C±10.2,16.1C±4.4,17.2C±7.1,14.9C±3.4,15.3C±7.6mmHgであり,認めなかった群ではC26.3C±35530薬剤スコア眼圧(mmHg)201510321500-1術前123456経過期間(月)(mean±SD)経過期間(月)(mean±SD)図1術前および術後の平均眼圧の経過図2平均薬剤スコア術後すべての観察期間で術前と比べて有意な眼圧下降効果を認め術後すべての観察期間で術前と比べて有意な平均薬剤スコアの減た(p<0.01,ANOVA+Dunnett’stest).少を認めた(p<0.01,ANOVA+Dunnett’stest).C40眼圧(mmHg)35302520151050術前123456経過期間(月)(mean±SD)図4PASの有無での眼圧経過両群とも術後有意な眼圧下降を認めた(p<0.01,unpairedCStudentt-test)が,いずれの時期においても両群の眼圧経過に有意差を認めなかった.C1009087.5%80生存率(%)7070.0%605040PAS+図3GS-1で得られた同一眼の隅角画像30a:術後C1カ月(C.).b:術後C4カ月でCPASを新たに認めた(.).10.8,15.8C±4.5,16.6C±5.8,14.0C±4.5,14.0C±4.1CmmHgであった.両群間においてすべての時点で眼圧に有意な差は認めなかった(p>0.05,unpairedCStudentt-test)(図4).術後C6カ月の時点での生存率はCPASを認めた群でC70%,認めなかった群でC87.5%であり,両群間で有意な差は認めなかった(p=0.33)(図5).なお,経過観察期間中に再手術を要した症例はなかった.また,術中術後に前房内出血(11例)と20100012345PAS-67生存期間(a)図5PASの有無での生存曲線目標眼圧を術前眼圧からC30%の眼圧下降とした.死亡の定義は緑内障点眼薬の有無にかかわらず目標眼圧をC2回連続で越えた時点,もしくは追加観血的手術が施行された時点とした.両群間で有意な差は認めなかった(p=0.33,Logranktest).一過性の眼圧上昇(3例)以外の重篤な合併症は認めなかった.CIII考按今回の検討ではC25.2C±10.2mmHgからC11.0C±2.6CmmHgへとC56%の眼圧下降しており,平均薬剤スコアはC3.9C±1.1からC2.0C±1.4に減少していた.既報では術後C6.2カ月でC25.9C±14.3CmmHgからC14.3C±3.6CmmHgへとC44%の眼圧下降効果があり,点眼スコアはC3.3C±1.0からC2.8C±0.8に減少すると報告されており5),本検討は既報と同程度の効果が得られた.μLOT術後のCPASの有無についてCGS-1を用いて評価したところ,PASを認めた症例はC56%であった.Matsuoらの報告では続発緑内障を除く開放隅角緑内障に対するCμLOT術後の症例C86%にCPASが発生しており6),今回の検討では続発性を含むにもかかわらず,それに比してやや低率であった.本研究は症例数が少なく観察期間が短いことや,GS-1において,眼位などによるイメージクオリティの問題から一部検出できていない可能性は否定できない.術後生じたCPAS形成の有無でC2群に分け,両群間で眼圧経過に関して検討したが,有意な差は認められなかった.いくつかの研究では,PASindexがC50%以上認めると有意に眼圧上昇するとの報告があるが7.9),今回はCPASindexが50%を超えたものがなく,程度が軽かったことが要因の一つとなった可能性が考えられる.今回の検討ではC1例を除くすべての症例が切開範囲に一致してCPAS形成を認めていた.PAS形成の原因は炎症反応に伴うことが知られており10),切開に伴う炎症がCPAS形成に関与している可能性や,切開範囲に一致してCPASが形成されている場合には線維柱帯切開に伴う房水流出の増大により虹彩が切開部位に嵌頓している可能性などが考えられる.また,術C4カ月後にもかかわらずCPASが別の部位に増加している症例や新たに形成されている症例もあり,術後長期間にわたって検眼鏡的には検出できないほどの弱い炎症が続いている可能性もあり,今後さらなる検討が必要である.また,今回の検討では,対象となった炎症が軽微かつ落ち着いている続発緑内障眼全例で有意な眼圧下降効果を認めているが,術後に新たにCPAS形成を認めた.予想されたとおり続発緑内障においてはCPAS形成の頻度は高いものの,術後早期にステロイド内服を併用することで全例テント状PASが散見される程度の軽度なものに抑制され,短期間の眼圧への影響も認められなかったため,μLOTは炎症が軽微かつ落ち着いている続発緑内障にも有効である可能性がある.しかし,今回は短期間の観察であったため長期的には炎症再燃,PASの増加や眼圧上昇などの可能性は否定できない.CIV結論炎症が軽微かつ落ち着いている続発性を含む緑内障眼において,GS-1によりCμLOT術後早期からCPASが高率に認められたが,術後十分な消炎を行えば,PASを認めた群と認めなかった群ともに術後C6カ月で有意に眼圧は低下し,点眼スコアは減少していた.また,両群間の眼圧経過や薬剤スコアに有意な差は認めなかった.今後,PASの増悪と眼圧の長期的な経過観察が必要である.文献1)ChiharaCE,CNishidaCA,CKodoCMCetal:TrabeculotomyCabexterno:anCalternativeCtreatmentCinCadultCpatientsCwithCprimaryopen-angleglaucoma.OphthalmicSurgC24:735-739,C19932)TaniharaH,NegiA,AkimotoMetal:Surgicale.ectsoftrabeculotomyCabCexternoConCadultCeyesCwithCprimaryCopenCangleCglaucomaCandCpseudoexfoliationCsyndrome.CArchOphthalmolC111:1653-1661,C19933)TanitoM,OhiraA,ChiharaE:Surgicaloutcomeofcom-binedCtrabeculotomyCandCcataractCsurgery.CJCGlaucomaC10:302-308,C20014)TanitoCM,COhiraCA,CChiharaE:FactorsCleadingCtoCreducedCintraocularCpressureCafterCcombinedCtrabeculoto-myandcataractsurgery.JGlaucomaC11:3-9,C20025)TanitoCM,CSanoCI,CIkedaCYCetal:Short-termCresultsCofCmicrohookCabCinternoCtrabeculotomy,CaCnovelCminimallyCinvasiveCglaucomaCsurgeryCinCJapaneseeyes:initialCcaseCseries.ActaOphthalmolC95:e354-e360,C20176)MatsuoCM,CInomataCY,CTanitoCMCetal:CharacterizationCofperipheralanteriorsynechiaeformationaftermicrohookCab-internotrabeculotomyusinga360-degreegonio-cam-era.ClinOphthalmolC15:1629-1638,C20217)ZhangCM,CMaoCGY,CYeCCCetal:AssociationCofCperipheralCanteriorsynechia,intraocularpressure,andglaucomatousopticCneuropathyCinCprimaryCangle-closureCdiseases.CIntJOphthalmolC14:1533-1538,C20218)LeeJY,KimYY,JungHR:istributionandcharacteristicsofCperipheralCanteriorCsynechiaeCinCprimaryCangle-closureCglaucoma.KoreanJOphthalmolC20:104-108,C20069)FosterCPJ,CMachinCD,CSeahCSKCetal:DeterminantsCofCintraocularpressureanditsassociationwithglaucomatousopticCneuropathyCinCChineseSingaporeans:theCTanjongCPagarCStudy.CInvestCOphthalmolCVisCSciC44:3885-3891,C200310)RouhiainenCHJ,CTerasvirtaCME,CTuovinenEJ:PeripheralCanteriorCsynechiaeCformationCafterCtrabeculoplasty.CArchCOphthalmolC106:189-191,C1988***

当科における10 年間の感染性角膜潰瘍の起炎菌と薬剤感受性

2023年2月28日 火曜日

当科における10年間の感染性角膜潰瘍の起炎菌と薬剤感受性柴田学張佑子曽田里奈塚本倫子中路進之介南泰明鈴木智地方独立行政法人京都市立病院機構京都市立病院眼科CAlterationofCausativeBacteriaandDrugSusceptibilityinCasesofInfectiousCornealUlcerGakuShibata,YukoCho,RinaSoda,MichikoTsukamoto,ShinnosukeNakaji,YasuakiMinamiandTomoSuzukiCDepartmentofOphthalmology,KyotoCityHospitalC目的:感染性角膜潰瘍(ICU)の起炎菌と薬剤感受性についての検討.対象および方法:2010年C4月.10年間にICUと診断したC97例C101眼を対象に,患者背景,起炎菌とその薬剤感受性,臨床的特徴を診療録によりレトロスペクティブに検討した.結果:50歳未満(46例)は,コンタクトレンズ装用者がC91.3%を占め,起炎菌はメチシリン感受性表皮ブドウ球菌(MSSE)が最多であった.50歳以上(51例)では,起炎菌は角膜上下方の感染ではCMSSE(27.6%),中央部ではメチシリン耐性黄色ブドウ球菌が最多であった(17.4%).耐性菌は検出菌のC4割以上を占め,緑内障点眼使用者でその割合が有意に高かった(p<0.05).緑内障とマイボーム腺機能不全(MGD)の双方を合併したC6例中,4例で耐性菌が検出された.結論:ICUでは,常在細菌叢の加齢性変化に加え,緑内障やCMGDなどの患者背景,耐性菌を念頭において診療にあたることが重要である.CPurpose:ToCinvestigateCtheCcausativeCbacteriaCandCdrugCsusceptibilityCinCcasesCofCinfectiousCcornealCulcer(ICU)C.Methods:InC101CeyesCofC97CpatientsCdiagnosedCwithCICUCfromCAprilC2010CtoCMarchC2020,CpatientCback-ground,CcausativeCbacteriaCandCtheirCdrugCsusceptibility,CandCocularC.ndingsCwereCretrospectivelyCinvestigated.CResults:InCpatientsCunderC50Cyearsold(n=46cases)C,91.3%CwereCcontactClensCwearers,CandCtheCmostCcommonCcausativebacteriumwasMethicillin-susceptibleStaphylococcusepidermidis(MSSE)C.Inpatientsover50yearsold(n=51cases)C,themostcommoncausativebacteriuminupperandlowerregioncornealinfectionswasMSSE(27.6%)C,CwhileCinCcentralCcornealCregionCtheCinfectionCwasCMethicillin-resistantCStaphylococcusaureus(17.4%)C.Morethan40%CofCtheCcausativeCbacteriaCwereCresistantCtoCantibiotics,CandCtheCproportionCofCdrug-resistantCorganismsCwasCsigni.cantlyChigherCinCglaucomaCeyeCdropusers(p<0.05)C.CInC4CofC6CpatientsCwithCglaucomaCandCmeibomianCglanddysfunction,drug-resistantbacteriaweredetected.Conclusion:InICUcases,itisimportanttounderstandtheage-relatedalterationofcommensalbacteriaandthepatientbackground.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(2):243.247,C2023〕Keywords:感染性角膜潰瘍,起炎菌,薬剤感受性,緑内障,マイボーム腺機能不全.infectiouscornealulcer,causativebacteria,drugsusceptibility,glaucoma,meibomianglanddysfunction(MGD)C.Cはじめに角膜感染症は,早期に診断し効果的な治療ができなければ永続的な視力低下を生じうる疾患である.若年者ではコンタクトレンズ(contactlens:CL)の不適切な使用に伴う角膜上皮障害をきっかけとするケースが多い一方,高齢者では,ドライアイ,マイボーム腺機能不全(meibomianglanddys-function:MGD),眼瞼内反症,緑内障点眼の長期使用など,さまざまな患者背景に起因する角膜上皮障害をきっかけに感染を生じることが多いと考えられている1).近年,周術期を含めた抗菌薬の過度な使用は,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)やキノロン耐性コリネバクテリウム属をはじめとする薬剤耐性菌を生じ,これらの細菌に起因した重症の角膜感染症へとつながることが報告されている2,3).一方,健常者のマイボーム腺,結膜.,眼瞼皮膚の常在細菌叢は加齢とともに変化し4),とくにCMGD患者では結膜.の常在細菌叢が変化する〔別刷請求先〕柴田学:〒604-8845京都市中京区壬生東高田町C1-2京都市立病院眼科Reprintrequests:GakuShibata,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoCityHospital,1-2MibuHigashitakadacho,Nakagyo-ku,Kyoto-shi,Kyoto604-8845,JAPANC50歳未満50歳以上症例数,眼数46例49眼51例52眼年齢C30.4±9.4歳C70.2±11.5歳性別(男性/女性)C21/25C23/28マイボーム腺機能不全合併9例(1C9.6%)23例(C45.1%)(p=0.008)コンタクトレンズ装用42例(C91.3%)10例(C19.6%)(p<0C.001)緑内障点眼使用0例(0%)12例(C23.5%)(p<0C.001)(例)25201510500~910~1920~2930~3940~4950~5960~6970~79■症例数■MGD合併症例数■緑内障点眼使用症例数図1年代別感染性角膜潰瘍症例数80~8990~99(歳)各年代におけるマイボーム腺機能不全(MGD)合併症例数,緑内障点眼使用症例数を合わせて表示した.と報告されている5).また,緑内障点眼を使用している患者のC82%はCMGDを合併し6),長期間の緑内障点眼治療により眼表面常在細菌叢が変化することも報告されている7).そこで,今回筆者らは,当院で過去C10年間に経験した感染性角膜潰瘍の患者について,起炎菌とその薬剤感受性,患者背景(とくにCMGDの合併や緑内障点眼使用の有無)についてレトロスペクティブに検討したので報告する.CI対象および方法対象は,2010年4月1日.2020年3月31日の10年間に当院で感染性角膜潰瘍と診断されたC97例である.感染性角膜潰瘍の診断は細隙灯顕微鏡による角結膜所見(角膜細胞浸潤・潰瘍の部位,形状,深さ,前房蓄膿の有無,結膜充血など)から行った.ウイルス性角膜炎,慢性移植片対宿主病(graft-versus-hostdisease:GVHD)による重症ドライアイを合併した症例は除外した.結膜.培養および角膜擦過培養検査,検出菌の薬剤感受性,前眼部所見(角膜感染巣の部位,MGDの有無),CL装用歴,緑内障点眼使用の有無,診断日から治癒までの期間を診療録によりレトロスペクティブに検討した.感染巣の部位は,瞳孔径によらず角膜を上方・中央・下方と三つの部位に均等に分け,上方・下方をまとめて上下方とした.MGDは,2010年に日本で制定された分泌減少型CMGDの診断基準8)に基づいて,マイボーム腺開口部周囲異常所見(血管拡張,粘膜皮膚移行部の前方または後方移動,眼瞼縁不整),マイボーム腺開口部の閉塞所見,マイボーム腺分泌物の圧出低下から診断した.CL使用歴は発症時に装用していた症例を対象とし,緑内障点眼使用については,発症時より遡ってC1年間以上緑内障点眼を継続していた症例を対象とした.各数値は平均値C±標準偏差(standarddeviation:SD)で表記し,統計学的検討にはCt検定を行い,p<0.05を有意水準とした.CII結果対象の詳細を表1に示す.97例C101眼の平均年齢はC51.0C±22.6歳であった.50歳未満(46例C49眼)とC50歳以上(51例C52眼)の各群の平均年齢はそれぞれC30.4C±9.4歳とC70.2C±11.5歳であり,両群とも性差を認めなかった.MGDの合併は全体のC33.0%(32例)で認め,50歳未満のC19.6%(9例),50歳以上のC45.1%(23例)であった.CL装用歴は全体の53.6%(52例)で認め,50歳未満のC91.3%(42例),50歳以上のC19.6%(10例)であった.緑内障点眼の使用症例は全例がC50歳以上であり,23.5%(12例)を占めていた.診断か陰性51.2%MSSE30.2%陰性32.6%MSSE32.6%MSSA4.7%その他8.7%CCorynebacteriumその他S.lugdunensis4.7%CMSSACMRSA8.7%7.0%Corynebacterium2.3%6.5%8.7%MRSE2.2%図2結膜.培養検出菌MSSE:メチシリン感受性表皮ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌,MRSE;メチシリン耐性表皮ブドウ球菌,MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌.Ca上下方(n=27)中央(n=23)CMSSE18.5%CMSSE不明不明26.1%51.9%CMSSA34.8%7.4%CPseudomonasaeruginosaCSerratia7.4%8.7%CSteptococcusspecies7.4%アカントアメーバCMRSECMRSA8.7%Corynebacterium3.7%4.3%4.3%CSteptococcusspeciesS.lugdunensis3.7%4.3%Moraxellacatarrhalis4.3%Enterococcusfaecalis4.3%Cb上下方(n=29)中央(n=23)CMRSA不明CMSSE不明17.4%27.6%27.6%26.1%CMSSECStaphylococcushaemolyticus13.0%CStenotrophomonasmaltophilia3.4%CMSSA4.3%CMRSEC.acnes3.4%13.8%肺炎球菌4.3%8.7%Serratia3.4%CMRSECMRSACMoraxellacatarrhalis真菌10.3%10.3%4.3%CMSSA8.7%CCorynebacterium4.3%8.7%図3角膜の感染部位別起炎菌a:50歳未満,Cb:50歳以上.MSSE:メチシリン感受性表皮ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌,MRSE;メチシリン耐性表皮ブドウ球菌,MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌.ら治癒までの平均日数はC47.6C±57.7日で,50歳未満では症例数および各年齢層におけるCMGD合併症例数と緑内障点C27.9±26.7日,50歳以上ではC65.5C±70.0日であり,50歳以眼使用症例数を図1に示した.年代別症例数では,20歳代上の群でC2倍以上長い結果となった.10歳ごとの年代別のとC70歳代に二峰性のピークを認めた.また,MGD合併症例数はC60.70歳代で,緑内障点眼使用症例数はC70歳代でピークを示した.50歳未満50歳以上上下方中央上下方中央診断から治癒までの日数Cマイボーム腺機能不全合併コンタクトレンズ装用緑内障点眼使用19.2±17.1日C38.3±33.0日C(p=0.05)3例(1C2.5%)6例(2C7.3%)21例(C87.5%)20例(C90.9%)0例(0C.0%)0例(0C.0%)34.9±47.3日C91.7±74.8日(p=0.04)15例(C53.6%)9例(3C9.1%)5例(1C7.9%)5例(2C1.7%)4例(1C4.3%)8例(3C4.8%)結膜.培養検査による検出菌の割合を図2に示す.細菌は50歳未満の群のC48.8%,50歳以上の群のC67.4%から検出され,検出菌は,両群ともメチシリン感受性表皮ブドウ球菌(methicillin-susceptibleCStaphylococcusCepidermidis:MSSE)が最多となり,50歳以上の群ではコリネバクテリウム属,MRSA,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(methicil-lin-susceptibleCStaphylococcusaureus:MSSA),メチシリン耐性表皮ブドウ球菌(methicillin-resistantCStaphylococcusepidermidis:MRSE)と続き,ブドウ球菌属がC52.2%を占めた.一方で,角膜擦過培養検査では,50歳未満ではC16人中2人,50歳以上ではC24人中C10人が陰性であった.50歳以上からの検出菌のうちC60%がブドウ球菌属,20%がコリネバクテリウム属であった.50歳未満,50歳以上の症例において,各種培養結果や臨床経過から推察された起炎菌を感染部位別にまとめたものをそれぞれ図3に,部位別の臨床像の比較を表2に示す.起炎菌は,各症例の角膜潰瘍擦過塗抹鏡検および培養検査結果(角膜潰瘍部,結膜.,CL,CLケースなど)や,細隙灯顕微鏡による角膜所見(角膜潰瘍の部位,程度,前房蓄膿の有無)および結膜,眼瞼縁の所見,当科受診までの抗菌薬治療歴,当科での抗菌薬治療効果から総合的に推測した.50歳未満では(図3a),上下方,中心とも起炎菌はCMSSEがもっとも多く,中央部の感染でC2例アカントアメーバ角膜炎を認めた.50歳以上では(図3b),上下方の感染の起炎菌はCMSSEがもっとも多く,その他のブドウ球菌属を含めると全体のC60%以上を占めた.中央部の感染の起炎菌はMRSAがもっとも多く,ブドウ球菌属のほか,コリネバクテリウム属や真菌によるものも認めた.50歳以上の症例における診断から治癒までの日数の平均は,上下方の感染ではC34.9±47.3日,中央部の感染ではC91.7C±74.8日であり,中央部の感染で有意に長い結果となった(p=0.004).これら起炎菌のうち薬剤感受性が明らかとなった細菌はC31例から検出され,そのうちレボフロキサシン,ガチフロキサシン,セフメノキシムのいずれかに耐性を有する細菌はC14例で検出された.感染部位の違いやCMGDの有無では耐性菌の割合に明らかな差異を認めなかった.しかし,緑内障点眼の使用群では未使用群と比較して耐性菌の割合が有意に高い結果となった(p=0.049).また,緑内障とCMGDの双方を合併したC6例中,4例で耐性菌(うち,3例でCMRSA)が検出された.CIII考按正常角膜では角膜表面を重層扁平上皮細胞が覆い,上皮細胞間は多数のデスモゾームで連なり,とくに最表層上皮細胞はCZO-1やCclaudineなどのCtightCjunction関連蛋白の発現さらには膜結合型ムチンにより強固なバリア機能を保持している9,10).さらに角膜上皮細胞はCdefensinなどの抗菌物質の発現により細菌微生物の侵入を阻止しているが,何らかの原因で上皮細胞が障害を受けると,微生物の侵入,付着が起こりやすくなり感染症発症の誘引となる11).今回,年代別の検討では,既報と同様にC20歳代とC70歳代に二峰性のピークを認めた12,13).50歳以下の群のC91.3%にCCL装用歴を認め,検出菌はCMSSEが最多であったことから,若年者ではCCL装用による上皮障害をきっかけとした常在細菌による感染症がおもなものであることが再確認された.CL装用者に生じる重傷の感染性角膜潰瘍ではC35%程度でアカントアメーバが原因とされるが14),本検討では,放射状角膜神経炎など典型所見を認め,アカントアメーバ角膜炎の治療が奏効した症例はC2例のみであり,その他の症例では放射状角膜神経炎は認めず,抗菌治療が奏効したことからアカントアメーバの関与はないと考えた.一方,70歳代では,MGD合併例や緑内障点眼使用例の割合が高く(37.5%),コリネバクテリウムやMRSAの検出も増加していた.加齢に伴いマイボーム腺機能は低下しCMGD有病率が増加すること15),緑内障点眼使用によりCMGDの有病率が増加することも報告されている6).加齢や緑内障点眼に合併するCMGDによって常在細菌叢が変化し,角膜感染症の発症に影響している可能性が推測された.今回,結膜.培養検査で細菌が検出された症例では,50歳未満の症例のC90.5%,50歳以上の症例のC80.6%がグラム陽性球菌であり,既報(51.7%)と比べても割合が高く12),この結果も眼表面の常在細菌による角膜感染の割合が増加している可能性を示していると考えられた.一方,角膜擦過培養の検出率はC30.0%であり,既報(36.1%)と比べてやや低い結果であった12).当院では,感染性角膜潰瘍の患者の多くが紹介患者であり,すでに前医で抗菌点眼薬の処方が開始されており細菌の検出率が低くなった可能性が考えられた.角膜の感染部位別では,中央部の感染でキノロン系,セフェム系抗菌薬への耐性菌の割合が高く,上下方の感染と比べ治癒までの日数が有意に長い結果となった.これは,既報と同様に16),角膜中央部は,無血管なため生体反応が生じにくく,感染が成立,拡大しやすいためと考えられた.一方,角膜上方および下方は眼瞼縁との距離が近く,前部眼瞼縁の睫毛や皮膚,後部眼瞼縁のマイボーム腺や眼瞼結膜などの常在細菌叢の変化の影響を受けやすいと想像された.また,ドライアイやCMGDで生じうる角膜下方の慢性的な点状表層角膜症には17),細菌が感染しうると考えられる.緑内障患者では,緑内障点眼による角膜上皮バリア機能障害1)が感染のきっかけになる可能性,緑内障点眼によるCMGDの影響でマイボーム腺内常在細菌叢の変化が生じている可能性などが考えられる.ただし,緑内障点眼薬の長期使用による眼表面常在細菌叢の変化6)については,緑内障点眼の多くに防腐剤として添加されている塩化ベンザルコニウムの影響である可能性が指摘されている2).一般的に緑内障に対する点眼治療は両眼に点眼されている場合が多く,片眼の細菌性角膜潰瘍として治療を開始する際,僚眼のCMGDの有無や角膜上皮障害の有無などの所見が患眼の治療の手がかりとなる.今回の検討により,とくに高齢者の角膜感染症では,加齢に伴う常在細菌叢の変化に加え,緑内障点眼やCMGDなどの患者背景を考慮し,常に耐性菌の可能性を念頭において診療にあたることが重要であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)InoueCK,COkugawaCK,CKatoCSCetal:OcularCfactorsCrele-vanttoanti-glaucomatouseyedrop-relatedkeratoepitheli-opathy.JGlaucomaC12:480-485,C20032)DeguchiH,KitagawaK,KayukawaKetal:ThetrendofresistanceCtoCantibioticsCforCocularCinfectionCofCStaphylo-coccusCaureus,Ccoagulase-negativeCstaphylococci,CandCCorynebacteriumCcomparedCwithC10-yearsprevious:ACretrospectiveCobservationalCstudy.CPLoSCOneC13:Ce0203705,C20183)AokiCT,CKitazawaCK,CDeguchiCHCetal:CurrentCevidenceCforCCorynebacteriumConCtheCocularCsurface.CMicroorgan-isms9:254,C20214)SuzukiCT,CSutaniCT,CNakaiCHCetal:TheCmicrobiomeCofCthemeibumandocularsurfaceinhealthysubjects.InvestOphthalmolVisSciC61:18,C20205)DongX,WangY,WangWetal:Compositionanddiver-sityCofCbacterialCcommunityConCtheCocularCsurfaceCofCpatientsCwithCmeibomianCglandCdysfunction.CInvestCOph-thalmolVisSci60:4774-4783,C20196)KimJH,ShinYU,SeongMetal:EyelidchangesrelatedtoCmeibomianCglandCdysfunctionCinCearlyCmiddle-agedCpatientsCusingCtopicalCglaucomaCmedications.CCorneaC37:C421-425,C20187)OhtaniS,ShimizuK,NejimaRetal:Conjunctivalbacte-riaC.oraCofCglaucomaCpatientsCduringClong-termCadminis-trationCofCprostaglandinCanalogCdrops.CInvestCOphthalmolCVisSciC58:3991-3996,C20178)天野史郎:マイボーム腺機能不全の定義と診断基準.あたらしい眼科C27:627-631,C20109)木下茂:OcularSurfaceの神秘を探る.臨眼58:2086-2994,C200410)BanCY,CDotaCA,CCooperCLJCetal:TightCjunction-relatedCproteinexpressionanddistributioninhumancornealepi-thelium.ExpEyeResC76:663-669,C200311)FleiszigCSMJ,CKrokenCAR,CNietoCVCetal:ContactClens-relatedcornealinfection:Intrinsicresistanceanditscom-promise.ProgRetinEyeResC76:100804,C202012)阿久根穂高,佛坂扶美,門田遊ほか:2012年からC2年間の久留米大学眼科における感染性角膜炎の報告.あたらしい眼科37:220-222,C202013)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス─分離菌・患者背景・治療の現状─.日眼会誌110:961-971,C200614)宇野敏彦,福田昌彦,大橋裕一ほか:重症コンタクトレンズ関連角膜感染症全国調査.日眼会誌115:107-115,C201115)DenCS,CShimizuCK,CIkedaCTCetal:AssociationCbetweenCmeibomianglandchangesandaging,sex,ortearfunction.CorneaC25:651-655,C200616)稲富勉:角膜感染所見を見落とさない所見の見方と考え方.あたらしい眼科19:971-977,C200217)鈴木智:マイボーム腺機能不全に関連した角膜症.COCULISTAC59:42-47,C2018***

多摩地域の内科医における糖尿病眼手帳第4 版に対する アンケート調査

2023年2月28日 火曜日

《第27回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科40(2):237.242,2023c多摩地域の内科医における糖尿病眼手帳第4版に対するアンケート調査大野敦粟根尚子佐分利益生廣瀬愛谷古宇史芳赤岡寛晃廣田悠祐小林高明松下隆哉東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科CQuestionnaireSurveyontheDiabeticEyeNotebook4thEditionamongPhysiciansintheTamaAreaAtsushiOhno,NaokoAwane,MasuoSaburi,AiHirose,FumiyoshiYako,HiroakiAkaoka,YusukeHirota,TakaakiKobayashiandTakayaMatsushitaCDepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversityC目的:2020年に第C4版に改訂された糖尿病眼手帳(以下,眼手帳)に対するアンケート調査を内科医を対象として行い,その結果に回答者が糖尿病を専門としているか否かで差を認めるかを検討した.方法:多摩地域の内科医に眼手帳第C4版に対するアンケートへの回答をC2021年に依頼し,回答者を糖尿病が専門のC38名(専)と非専門のC26名(非)に分け調査結果を比較した.結果:両群とも「眼手帳を眼科医が渡すことへの抵抗感はない」がほぼC100%.受診の記録の記載内容は「ちょうど良い」がC70%前後,「詳しすぎる」もC20%前後認め,不要と感じる項目は中心窩網膜厚と抗CVEGF療法とする回答が多かった.福田分類は(専)で「無いままでよい」,(非)で「どちらともいえない」が最多であったが,復活を(専)のC12%が希望した.第C4版で「HbA1cが追加されてよかった」が(非)で多い傾向を認めた.結論:眼手帳の受診の記録が詳しすぎるとの回答をC20%前後認め,不要と感じる項目として糖尿病黄斑浮腫関連の回答が多く,内科医への啓発活動が必要と思われる.CPurpose:WeconductedaquestionnairesurveyofphysiciansontheDiabeticEyeNotebook(DEN,revisedtotheC4thCeditionCin2020)C,CandCexaminedCifCthereCwasCaCdi.erenceCinCtheCresultsCdependingConCwhetherCorCnotCtheCrespondentswerediabetesspecialists.Methods:In2021,wesentquestionnairesonthe4th-editionDENtophysi-ciansCinCtheCTamaCarea,CandCdividedCtheCrespondentsCintoCthoseCwhospecialize(S)indiabetes(n=38)andCthoseCwhodonotspecialize(NS)indiabetes(n=26)andcomparedthe.ndings.Results:InboththeSandNSgroup,nearlyCallCpatientsCagreedCtoCtheChandingCoverCtheCDENCophthalmologicalCdata.COfCtheCmedicalCrecordsCcollected,Capproximately70%CwereCadequate,CwhileCapproximately20%CwereCtooCdetailed,CandCfovealCretinalCthicknessCandCanti-VEGFtherapyweretheitemsmostfrequentlydeemedunnecessary.ThemostcommonanswertotheFuku-daclassi.cationwasthatitdidnotneedtobeS,neitherNS,yet12%ofSrespondentsstatedthatitwasacceptedifrevised.ItwasdeemedgoodthatHbA1cwasaddedinthe4thedition,butthattendencywasmorecommonintheCNSCresponses.CConclusion:About20%CofCtheCrespondentsCansweredCthatCtheCrecordsCofCconsultationsCinCtheCDENCwereCtooCdetailed,CandCmanyCrespondedCthatCdiabeticCmacularCedemaCrelatedCitemsCwereCunnecessary,CthusCindicatingthatthephysiciansneedtobefurthereducated.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(2):237.242,C2023〕Keywords:糖尿病眼手帳,アンケート調査,受診の記録,糖尿病黄斑浮腫,福田分類.diabeticCeyeCnotebook,Cquestionnairesurvey,recordofconsultations,diabeticmacularedema,Fukudaclassi.cation.C〔別刷請求先〕大野敦:〒193-0998東京都八王子市館町C1163東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科Reprintrequests:AtsushiOhno,M.D.Ph.D.,DepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity,1163Tate-machi,Hachioji-city,Tokyo193-0998,JAPANC表1アンケート回答者の背景(人数)専門医非専門医p値【年齢】20歳代:3C0歳代:4C0歳代:5C0歳代:6C0歳代:7C0歳代1:7:8:12:7:1(無回答C2名)0:2:6:4:7:5(無回答C2名)C0.12【臨床経験年数】10年以内:1C1.C20年:2C1.C30年:3C1.C40年:4C1年以上4:10:12:9:2(無回答C1名)2:5:9:4:4(無回答C2名)C0.64【就業施設】診療所:2C00床以下の病院:2C00床以上の病院:大学病院22:1:1:8(無回答C6名)19:0:0:0(無回答C7名)C0.03【定期通院糖尿病患者数】11.C30名:3C1.C50名:5C1.C100名:1C01.C300名:3C01名.C500名:5C01名以上1:1:7:13:2:1C3(無回答C1名)11:6:4:2:0:0(無回答C3名)<C0.001はじめに糖尿病診療の地域医療連携を考える際に重要なポイントの一つが,内科と眼科の連携である.東京都多摩地域では,1997年に内科医と眼科医が世話人となり糖尿病治療多摩懇話会を設立し,内科と眼科の連携を強化するために両科の連携専用の「糖尿病診療情報提供書」を作成し地域での普及を図った1).また,この活動をベースに,筆者(大野)はC2001年の第C7回日本糖尿病眼学会での教育セミナー「糖尿病網膜症の医療連携.放置中断をなくすために」に演者として参加した2)が,ここでの協議を経てC2002年C6月に日本糖尿病眼学会より『糖尿病眼手帳』(以下,眼手帳)の発行されるに至った3).眼手帳は発行後C20年が経過し,その利用状況についての報告が散見され4.7),2005年には第C2版,2014年には第C3版に改訂された.多摩地域では,眼手帳に対する内科医の意識調査を発行C7年目,10年目に施行し,13年目には過去C2回の調査結果と比較することで,発行後C13年間における眼手帳に対する内科医の意識の変化を報告した8).第C3版においては糖尿病黄斑症の記載が詳細になり,一方,初版から記載欄を設けていた福田分類が削除され,第C2版への改訂に比べて比較的大きな変更になった.さらに2020年には第C4版に改訂されて「HbA1c」の記入欄が設けられ,「糖尿病黄斑浮腫の現状と治療内容」に関する詳細な記載項目が増えた.そこで多摩地域では,2021年C4.5月に眼手帳第C4版に対する内科医を対象としたアンケート調査を施行したので,その結果に糖尿病の専門性の有無で差があるかを検討した.CI対象および方法アンケートの対象は,多摩地域で糖尿病診療に関心をもつ内科医C65名で,「日本糖尿病学会員ですか,糖尿病について関心がありますか?」の質問に対する回答結果【①日本糖尿病学会の会員,②会員ではないが糖尿病が専門・準専門,③専門ではないが関心はある,④あまり関心がない】により,専門医(①C32名+②C6名)38名と非専門医(③C26名+④C0名)26名(1名は不明)のC2群に分けた.アンケート回答者の背景を表1に示す.年齢は,専門医が50歳代のC33.3%,非専門医がC60歳代のC29.2%がそれぞれ最多でも,両群間に有意差は認めなかった.臨床経験年数は,専門医・非専門医ともC21.30年がC30%台でもっとも多く,両群間に有意差は認めなかった.就業施設は,専門医が診療所C68.8%,病院C31.2%,非専門医は診療所C100%で,非専門医で診療所勤務者が多い傾向を認めた.糖尿病の定期通院患者数は,専門医はC101名以上の回答がC75.6%,非専門医はC50名以下の回答がC73.9%を占め,両群間に有意差を認めた.アンケート調査はC2021年C4.5月に実施した.眼手帳の協賛企業である三和化学研究所の医薬情報担当者が各医療機関を訪問して医師にアンケートを依頼し,直接回収する方式で行ったため,回収率はほぼC100%であった.アンケートの配布と回収という労務提供を依頼したことで,協賛企業が本研究の一翼を担う倫理的問題が生じているが,アンケートを通じて眼手帳の啓発を同時に行いたいと考え,そのためには協力をしてもらうほうが良いと判断し,依頼した.なお,アンケート内容の決定ならびにデータの集計・解析には,三和化学研究所の関係者は関与していない.また,アンケート用紙の冒頭に,「集計結果は,今後学会などで発表し機会があれば論文化したいと考えておりますので,ご了承のほどお願い申し上げます」との文を記載し,集計結果の学会での発表ならびに論文化に対する了承を得た.アンケートの設問は,以下のとおりである.問1.眼手帳の認知度・活用度問2.眼手帳を持参される患者数問3.眼手帳を眼科医が渡すことへの抵抗感問4.眼手帳の「受診の記録」の記載内容への御意見問5.「受診の記録」の記載内容で不要と感じる項目問6-1).眼手帳の「受診の記録」への項目追加希望問6-2).第C3版から「福田分類」が消えたことへの御表2眼手帳の認知度・活用度と持参される患者数眼手帳の認知度・活用度専門医非専門医1)2)すでに眼科医から発行されて,外来時に「眼手帳」から診療情報を得ている眼科医から発行されて外来時に見たことはあるが,活用はしていない31名(C91.2%)1名(2C.9%)3名(1C2.0%)8名(3C2.0%)3)外来とは別のところ(研究会等)で見たことや聞いたことはある1名(2C.9%)5名(2C0.0%)4)眼手帳の存在自体今回はじめて知った9名(3C6.0%)5)その他の状況1名(2C.9%)p<0.001無回答C4C1C眼手帳を持参される患者数専門医非専門医1)5名未満1名(3C.2%)6名(5C4.5%)2)5.C9名2名(6C.5%)3名(2C7.3%)3)10.C19名8名(2C5.8%)4)20名以上20名(C64.5%)2名(1C8.2%)p<0.001無回答C1表3眼手帳を眼科医が渡すことへの抵抗感と「受診の記録」の記載内容眼手帳を眼科医が渡すことへの抵抗感専門医非専門医1)全くない33名(C86.8%)22名(C88.0%)2)ほとんどない4名(1C0.5%)3名(1C2.0%)3)多少ある1名(2C.6%)4)かなりあるp=0.1無回答C1C眼手帳の「受診の記録」の記載内容専門医非専門医1)詳しすぎて理解しにくい項目がある8名(2C2.2%)4名(1C6.0%)2)3)必要な情報が入っていてちょうど良いもっと詳しい内容がほしい27名(C75.0%)1名(2C.8%)17名(C68.0%)4)わからない4名(1C6.0%)p=0.056無回答C2C1C意見問6-3).第C4版で「HbA1c」が追加されたことへの御意見各設問に対する結果は,無回答者を除く回答者数,カッコ内に百分比で示した.問C2は,問C1で眼手帳を活用中,診療で見るが未活用した回答の専門医C32名,非専門医C11名を対象に施行した.問C5は,問C4で詳しすぎると回答した専門医C8名,非専門医C4名を対象に施行した.両群の回答結果の比較は度数がC5未満のセルが多いため,統計ソフトCEZR(EasyR)を用いてCFisherの正確確率検定を行い,統計学的有意水準は5%とした.II結果1.糖尿病眼手帳の認知度・活用度(表2上段)専門医は「外来時に眼手帳から診療情報を得ている」の91.2%,非専門医は「眼手帳の存在自体今回はじめて知った」のC36.0%が最多回答で,専門医において有意に認知度が高く活用もされていた.C2.眼手帳を持参される患者数(表2下段)専門医は「20名以上」の回答がC64.5%,非専門医は「5名未満」の回答がC54.5%を占め,専門医で有意に多かった.C3.眼手帳を眼科医が渡すことへの抵抗感(表3上段)両群とも「全くない」がC85%以上,「ほとんどない」を合わせてほぼC100%で,有意差を認めなかった.次回受診予定HbA1c矯正視力眼圧白内障糖尿病網膜症糖尿病網膜症の変化糖尿病黄斑浮腫中心窩網膜厚本日の抗VEGF療法抗VEGF薬総投与回数図1「受診の記録」の記載内容で不要と感じる項目問C4で「詳しすぎる」と回答した人のみに質問(専門医:8名,非専門医C4名).表4「受診の記録」の項目に対する御意見眼手帳の「受診の記録」への項目追加希望専門医非専門医1)特にない30名(C88.2%)21名(C95.5%)2)ある4名(1C1.8%)1名(4C.5%)p=0.64無回答C4C4C第C3版から「福田分類」が消えたことへの御意見専門医非専門医1)無いままでよい16名(C47.1%)8名(3C8.1%)2)復活してほしい4名(1C1.8%)3)どちらともいえない14名(C41.2%)13名(C61.9%)p=0.17無回答C4C5C第C4版で「HbAC1c」が追加されたことへの御意見専門医非専門医1)追加されてよかった22名(C62.9%)18名(C90.0%)2)必要なかった3名(8C.6%)3)どちらともいえない10名(C28.6%)2名(1C0.0%)Cp=0.11無回答C3C6C4.眼手帳の「受診の記録」の記載内容への御意見(表35.「受診の記録」の記載内容で不要と感じる項目(図1)下段)問C4で「詳しすぎる」と回答した人が不要と感じる項目両群とも「必要な情報が入っていてちょうど良い」がC70は,両群とも中心窩網膜厚と抗CVEGF療法関連項目が多か%前後でもっとも多く,「詳しすぎて理解しにくい項目があった.る」はC20%前後認めた.6-1).眼手帳の「受診の記録」への項目追加希望(表4上段)「特にない」との回答が両群ともC85%以上を占め,有意差はなかった.C6-2).第3版から「福田分類」が消えたことへの御意見(表4中段)専門医で「無いままでよい」,非専門医で「どちらともいえない」がそれぞれもっとも多く,一方復活希望は専門医で12%認めたが,両群間に有意差はなかった.C6-3).第4版で「HbA1c」が追加されたことへの御意見(表4下段)「追加されてよかった」が,専門医のC62.9%に比し非専門医はC90.0%と多い傾向を認めた.CIII考按1.糖尿病眼手帳の認知度・活用度専門医は眼手帳をC90%以上の回答者が活用中であったのに対し,非専門医はC12%にとどまっていた.今回のアンケート項目にないため推測の範囲内ではあるが,眼科への定期受診率が非専門医の方が低いために眼手帳を見る機会も少ないことが考えられる.また,今回のアンケートでは「眼手帳は眼科医から渡すべきか」との項目も設けたが,その回答において「内科医から渡しても良い」との回答が専門医は31.6%で非専門医のC16.0%の約C2倍を占めており,専門医では糖尿病連携手帳と眼手帳の同時配布率が高いことも非専門医との活用度の差につながっている可能性が考えられる.C2.眼手帳を持参される患者数眼手帳の持参患者数は専門医で有意に多かったが,糖尿病の定期通院患者数は専門医がC101名以上,非専門医はC50名以下の回答がそれぞれ約C75%を占めて有意差を認めているためと思われる.C3.眼手帳を眼科医が渡すことへの抵抗感眼手帳を眼科医が渡すことへの抵抗感は,両群とも「全く・ほとんどない」がほぼC100%であったことより,糖尿病初診患者には,たとえ糖尿病連携手帳を未持参でも眼科医からの眼手帳の配布が望まれる.ただそのためには,外来における時間的余裕と眼手帳の配布ならびに眼手帳記載時のメディカルスタッフによるサポート体制の確保が必要と思われる.一方,多摩地域の眼科医に対する眼手帳のアンケート調査において「眼手帳は眼科医から患者に渡すほうが望ましいと考えるか」の設問に対し,「眼科医が渡すべき」の回答が2020年はC2015年に比べてC14.3%減り,「内科医から渡してもかまわない」の回答がC12.7%増えていた9).したがって,内科医も眼科医からの配布を待つ受け身の姿勢ではなく,糖尿病初診患者に糖尿病連携手帳と眼手帳を同時配布し,初診の段階での眼科受診を勧める姿勢が望まれる.C4.眼手帳の「受診の記録」の記載内容への御意見多摩地域の内科医における眼手帳発行C7・10・13年目の意識調査8)では,「必要な情報が入っていてちょうど良い」との回答がC71.75%で今回の結果とほぼ一致していたが,一方「詳しすぎて理解しにくい項目がある」はC3.3.8.5%にとどまり,今回のC20%前後の回答率とは差を認めた.C5.「受診の記録」の記載内容で不要と感じる項目詳しすぎて理解しにくいために不要と感じる項目としては,専門医でも中心窩網膜厚と抗CVEGF療法関連項目をあげていた.「眼手帳の目的」がC16頁に三つ記載されているが,そのなかでもっとも重要な項目は「③患者さんに糖尿病眼合併症の状態や治療内容を正しく理解してもらう」ことであると筆者は考えている.眼手帳第C3版への改訂にあたり,患者サイドに立った眼手帳をめざしてC1頁の「眼科受診のススメ」の表記を患者にわかりやすい表記に変更しただけでなく,糖尿病黄斑症への理解を助けるために眼手帳後半のお役立ち情報に光干渉断層計(OCT)や薬物注射を加えるなどの改変を行い.その結果患者さんにとってわかりやすくなったとの回答が多摩地域の眼科医においてC2015年のC54.5%から2020年はC64.9%とC10%増えていた9).今回の結果を踏まえて,第C4版への改訂にあたり糖尿病黄斑浮腫関連の情報提供に関し内科医が「受診の記録」を理解するのに十分であるのか,さらに先にあげた眼手帳の目的③を考えた際に,第C4版でも患者に正しく理解してもらうわかりやすさが確保されているのか今後検証していくべきと思われる.C6-1).眼手帳の「受診の記録」への項目追加希望「特にない」との回答が両群とも85%以上を占めていたが,眼手帳発行C7・10・13年目の意識調査8)でもC90%以上を占めており,今回の結果とほぼ一致していた.C6-2).第3版から「福田分類」が消えたことへの御意見専門医で「無いままでよい」がC47%でもっとも多いものの,復活希望もC12%認めた.多摩地域の眼科医でのアンケート調査では,眼手帳発行C10年目までの回答において,受診の記録のなかで記入しにくい項目として福田分類が多く選ばれていた10).福田分類は,内科医にとっては網膜症の活動性をある程度知ることのできる分類であるため記入してもらいたい項目ではあるが,その厳密な記入のためには蛍光眼底検査が必要となることもあり,眼科医にとっては埋めにくい項目と思われる1).また,糖尿病網膜症病期分類は,改変Davis分類,さらに国際重症度分類と主流が変わり,眼手帳の第C3版では受診の記録から福田分類は削除されたが,多摩地域の眼科医でのC2020年の調査では福田分類の復活希望が27.5%でC2015年のC2.9%より約C25%有意に増加していた9).福田分類に関しては,国際的には過去の分類の位置づけとなりつつも,一部復活の希望もあることより,内科・眼科連携の観点からも重要なポイントであるので,今後のアンケート調査においては復活希望の回答者にその理由を聞いてみたい.C6-3).第4版で「HbA1c」が追加されたことへの御意見(表4下段)HbA1cが追加されてことに対しては,とくに非専門医で9割の支持を得た.受診の記録に追加したい項目に関して多摩地域の眼科医においてCHbA1c記入欄の希望が多かった10)ことより,まずは内科医から糖尿病連携手帳の発行による臨床検査データの提供に心がけてきた.第C4版でCHbA1cの記載欄が追加されてことにより,連携手帳をまずは開いて直近のCHbA1c値を確認したうえで,眼手帳に転記していただく方式が確立できたと思われる.おわりに多摩地域の内科医に眼手帳第C4版に関するアンケート調査をC2021年C4.5月に施行し,回答者が糖尿病を専門としているか否かで結果に差を認めるかを検討した.その結果,眼手帳の認知率や持参する患者数は専門医で有意に高値であった.受診の記録が詳しすぎるとの回答をC20%前後認め,不要と感じる項目として黄斑浮腫関連の回答が多く,内科医への啓発活動が必要と思われた.HbA1cの追加に対しては,とくに非専門医での評価が高かった.謝辞:アンケート調査にご協力いただきました多摩地域の内科医師の方々,またアンケート用紙の配布・回収にご協力いただきました三和化学研究所東京支店多摩営業所の伊藤正輝氏,篠原光平氏,鈴木恵氏,林浩介氏,折小野千依氏,中尾亮太氏に厚くお礼申し上げます.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大野敦,植木彬夫,馬詰良比古ほか:内科医と眼科医の連携のための糖尿病診療情報提供書の利用状況と改良点.日本糖尿病眼学会誌7:139-143,C20022)大野敦:糖尿病診療情報提供書作成までの経過と利用上の問題点・改善点.眼紀53:12-15,C20023)大野敦:クリニックでできる内科・眼科連携─「日本糖尿病眼学会編:糖尿病眼手帳」を活用しよう.糖尿病診療マスター1:143-149,C20034)善本三和子,加藤聡,松本俊:糖尿病眼手帳についてのアンケート調査.眼紀55:275-280,C20045)糖尿病眼手帳作成小委員会:船津英陽,福田敏雅,宮川高一ほか:糖尿病眼手帳.眼紀56:242-246,C20056)船津英陽:糖尿病眼手帳と眼科内科連携.プラクティスC23:301-305,C20067)船津英陽,堀貞夫,福田敏雅ほか:糖尿病眼手帳のC5年間推移.日眼会誌114:96-104,C20108)大野敦,粟根尚子,小暮晃一郎ほか:多摩地域の内科医における糖尿病眼手帳に対する意識調査─発行C7・10・13年目の比較─.プラクティス34:551-556,C20179)大野敦,粟根尚子,赤岡寛晃ほか:多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳の第C3版に関するアンケート調査結果の推移.あたらしい眼科39:510-514,C202210)大野敦,粟根尚子,梶明乃ほか:多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳に対するアンケート調査結果の推移(第C2報).ProgMedC34:1657-1663,C2014***