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続発緑内障に関連した遺伝子はここまでわかった

2009年3月31日 火曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLSI開放隅角,続発緑内障の原因遺伝子の解析以前より緑内障には家族歴が関係するとされており24),外来にても家族歴を有する症例に遭遇する頻度は1020%程度ある.緑内障原因遺伝子,緑内障感受性遺伝子が存在することは,個々の疾患に寄与する比率に違いはあるにせよ,明らかであると考えられる.1993年にPOAGの原因遺伝子が,大きな若年性開放隅角緑内障家系を用いて常染色体1番1q21-31へマッピング5)されたことが大きなきっかけとなり,それ以降の分子遺伝学的解析につながってきた.続発緑内障としては,後部多形性角膜ジストロフィ(posteriorpolymorphouscornealdystrophy:PPCD)の原因遺伝子座が,1995年に常染色体20番長腕(20q11)にマップされた6)時点あたりから,徐々に解析が進行してきた.原因がわかったおもな遺伝子として,線維柱帯と前房の間に房水流出抵抗の主座のある続発緑内障の原因遺伝子としてPPCD2のCOL8A2遺伝子,TCF8遺伝子,落屑症候群・落屑緑内障のLOXL1遺伝子,家族性アミロイドポリニューロパチーのtran-sthyretin遺伝子などがあげられる.他にも,原因遺伝子は単離されていないが,色素散布症候群,色素緑内障,小眼球症に伴う緑内障の原因遺伝子座がマップされている.まだまだ解析は途上であり,原因が究明されていない続発緑内障も多いが,以下に緑内障ガイドライン(表はじめに現在わが国における40歳以上の緑内障有病率は5%1)とされ,人口から概算して緑内障患者は約200万人にものぼり,高齢化に伴いその比率は増加する一方と推定される.病型別にみてみると閉塞隅角緑内障に比べ原発開放隅角緑内障(狭義)(primaryopen-angleglauco-ma:POAG)の比率が高く,なおかつわが国においては開放隅角である正常眼圧緑内障(normal-tensionglau-coma:NTG)が,POAGに対し10倍以上の頻度で存在する.続発緑内障は,緑内障診療ガイドラインによれば,他の眼疾患,全身疾患あるいは薬物使用が原因となって眼圧上昇が生じる緑内障と定義されている.多治見スタディではその有病率は0.5%と報告され,決して少ない数字ではない.実際に,診療の場において日々遭遇し,しばしば治療に苦慮することがある.緑内障特にPOAGに関しては,環境因子の関与や浸透率の低さ(遺伝子変異をもっていても必ずしも発症しない)などから一般的な病気(commondisease)と考えられる.続発緑内障に関しては,原因が一元的なものに関しては,その原因遺伝子がわかりつつある.発症初期において,開放隅角緑内障かまたは続発緑内障かどうか,その原因は何か,臨床的に診断するのが困難な例では,今後遺伝子診断が効果を発揮する場合もあると考えられる.以下に,続発緑内障遺伝子の今までの研究の概要と新しい情報を示したい.(3)285NobuoFuse980857411特集●続発緑内障は変わった!あたらしい眼科26(3):285293,2009続発緑内障に関連した遺伝子はここまでわかったNewInsightsintoSecondaryGlaucoma-RelatedGenes布施昇男*———————————————————————-Page2286あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(4)PPCD2は角膜内皮基底膜の短鎖コラーゲンであるVIII型コラーゲンのa2鎖であるCOL8A2遺伝子が原因遺伝子である7).またこのCOL8A2遺伝子は早発のFuchs角膜内皮ジストロフィ(Fuchsendothelialcorne-aldystrophy:FECD)(図1,2)の原因遺伝子でもある.PPCD2もFECDも神経堤細胞由来の角膜内皮細胞の分化に影響を与えるコラーゲンをコードする遺伝子(COL8A2遺伝子)が原因ということになる.PPCD3は,角膜後面に突出した膜の形成,瞳孔偏位,周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechiae:PAS)がみられ,トラベクレクトミー,Moltenoチューブ,Baerveldtチューブを使ったシャント手術が必要となった難治性の続発緑内障の発端者をもつ家系を用いて,常染色体10番にマップされ8),Znフィンガーホメオドメインをもつ転写因子であるTCF8遺伝子が原因であることが明らかにされた9).1;太字)の順番に沿って,紹介していく.1.続発開放隅角緑内障A.線維柱帯と前房の間に房水流出抵抗の主座のある続発開放隅角緑内障(secondaryopenangleglaucoma:pretrabecularform)まずは続発開放隅角緑内障(前房内上皮増殖による緑内障)の原因ともなるPPCDの大きな家系が,1995年Heonらによって常染色体20番長腕(20q11)にマップされた6).PPCDでは角膜内皮細胞のmetaplasia化生と異常増殖をきたすが,線維柱帯を覆うようになると続発開放隅角緑内障をひき起こすことがある.またHeonらは2002年に,VSX1(visualsystemhomeoboxgene1)遺伝子というホメオボックス(形態形成に関わる遺伝子のカスケードを制御する)をもつ遺伝子が原因遺伝子であることを明らかにした.このPPCDはPPCD1(OMIM#122000)とされ,PPCDには違う遺伝子座があることも解明されてきた.表1続発緑内障の分類Ⅱ.続発緑内障secondaryglaucoma1.続発開放隅角緑内障A.線維柱帯と前房の間に房水流出抵抗の主座のある続発開放隅角緑内障secondaryopen-angleglaucoma:pretrabecularform例:血管新生緑内障,虹彩異色虹彩毛様体炎による緑内障,前房内上皮増殖による緑内障,などB.線維柱帯に房水流出抵抗の主座のある続発開放隅角緑内障secondaryopen-angleglaucoma:trabecularform例:ステロイド緑内障,落屑緑内障,原発アミロイドーシスに伴う緑内障,ぶどう膜炎による緑内障,水晶体に起因する緑内障,外傷による緑内障,硝子体手術後の緑内障,ghostcellglaucoma,白内障手術後の緑内障,角膜移植後の緑内障,眼内異物による緑内障,眼内腫瘍による緑内障,Schwartz症候群,色素緑内障,色素散布症候群,などC.Schlemm管より後方に房水流出抵抗の主座のある続発開放隅角緑内障secondaryopen-angleglaucoma:posttrabecularform例:眼球突出に伴う緑内障,上大静脈圧亢進による緑内障,などD.房水過分泌による続発開放隅角緑内障secondaryopen-angleglaucoma:hypersecretoryform2.続発閉塞隅角緑内障A.瞳孔ブロックによる続発閉塞隅角緑内障secondaryangle-closureglaucoma:posteriorformwithpupillaryblock例:膨隆水晶体による緑内障,小眼球症に伴う緑内障,虹彩後癒着による緑内障,水晶体脱臼による緑内障,前房内上皮増殖による緑内障,などB.水晶体より後方に存在する組織の前方移動による続発閉塞隅角緑内障secondaryangle-closureglaucoma:posteriorformwith-outpupillaryblock例:悪性緑内障,網膜光凝固後の緑内障,強膜短縮術後の緑内障,眼内腫瘍による緑内障,後部強膜炎・原田病による緑内障,網膜中心静脈閉塞症による緑内障,眼内充物質による緑内障,大量硝子体出血による緑内障,未熟児網膜症による緑内障などC.瞳孔ブロックや水晶体虹彩隔膜の移動によらない隅角癒着による続発閉塞隅角緑内障secondaryangle-closureglaucoma:ante-riorform例:前房消失あるいは浅前房後の緑内障,ぶどう膜炎による緑内障,角膜移植後の緑内障,血管新生緑内障,ICE症候群,虹彩分離症に伴う緑内障,など太字部分は本文中に詳述.(日眼会誌110:785-788,2006より抜粋引用)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009287(5)内障患者において顕著であること,家族歴,高度近視,糖尿病,関節リウマチなどの膠原病がある場合に眼圧が上がりやすいことが報告されており,何らかの因子が関係していると考えられている.もちろん,これらの因子がなくとも眼圧の上昇はありうるので,注意が必要である.Polanskyらは,線維柱帯にステロイドを加え培養したときに発現が誘導される蛋白を見出し,これをtrabe-cularmeshworkinducibleglucocorticoidresponse(TIGR)遺伝子と名づけた11).またKubotaらは,眼特異的に発現する遺伝子をクローニングし,細胞骨格蛋白と考えられるMyocilin遺伝子を発見した12).これら2つの遺伝子は同一のものであった.1993年に原発開放隅角緑内障の原因遺伝子が,大きな若年性開放隅角緑内障家系を用いて常染色体1番1q21-31へマッピング5)されていたが,ついに1997年にその原因がMYOC/TIGR遺伝子であることが明らかとされた13).培養ヒト線維柱帯にデキサメタゾンを添加したとき,816時間置いてMyocilin蛋白が発現誘導される14).当然,MYOC遺伝子はステロイドレスポンダーや,ステロイド緑内障の原因の候補遺伝子であるが,MYOC遺伝子の変異との統計学的相関はないとされている15).デキサメタゾンを培養ヒト線維柱帯に添加したときB.線維柱帯に房水流出抵抗の主座のある続発開放隅角緑内障(secondaryopenangleglaucoma:trabecularform)(1)ステロイド緑内障一般にステロイドの点眼,眼周囲への投与,もしくは内服によって,眼圧が上昇する症例があるということはよく知られる.以前より,ステロイドによる眼圧の上昇は,いわゆるメンデルの法則に従う,単一遺伝子による常染色体遺伝と考えられてきた.しかし,眼圧上昇までのステロイド投与期間,眼圧上昇幅,投与量などにかなりばらつきがあること,デキサメタゾン点眼試験による眼圧上昇の再現性の検討では,眼圧上昇程度の再現性は低いことが報告されている10).眼圧の上昇は開放隅角緑図2Fuchs角膜内皮ジストロフィ内皮細胞数の減少と個々の細胞の拡大が認められる.内皮細胞の中に円形のdarkareaが散在する.図1Fuchs角膜内皮ジストロフィのスリット写真a:弱拡大,b:強拡大.Guttataを伴う角膜浮腫がみられる.ab———————————————————————-Page4288あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(6)されている(表2)1618).注目すべきは,どの報告においてもMYOC遺伝子の発現が上昇しており,何らかの形でステロイド緑内障に関わっている可能性が高いと考えられる.また,MYOC遺伝子と相互作用のある遺伝子(蛋白質)の解析は有用であり,これらの解析からステロイド緑内障の原因が究明される可能性もあると考えられる(図3).に,発現が上昇する遺伝子はステロイドレスポンダーや,ステロイド緑内障の原因解明のために非常に重要であり,今までいくつかのグループでDNAアレイが施行表2デキサメタゾンを培養ヒト線維柱帯に添加したときに発現が上昇する遺伝子発表者Ishibashiら(2002)Loら(2003)Rozsaら(2006)遺伝子Myocilin(MYOC)Decorin(プロテオグリカン;結合織の構成要素)Insulin-likegrowthfactorbindingprotein2(脳など諸臓器の機能調節)Ferritinlchain(細胞内における鉄の吸収や貯蔵)Fibulin-1C(細胞外の基底膜や弾性線維に関係する糖蛋白)Alpha1-antichymotrypsin(セリンプロテアーゼインヒビター;蛋白分解酵素であるプロテアーゼの活性を阻害)Myocilin(MYOC)Pigmentepithelium-derivedfactor(神経保護因子)Cornea-derivedtranscript6(抗血管新生因子,細胞外基質沈着)ProstaglandinD(2)synthase(プロスタグランジン合成)Angiopoietin-like7(酸化ストレスに反応)Myocilin(MYOC)SerumamyloidA1(急性期蛋白,炎症時に発現上昇)Alpha1-antichymotrypsin(セリンプロテアーゼインヒビター;蛋白分解酵素であるプロテアーゼの活性を阻害)ZincngerandBTBdomaincontaining16(細胞周期を制御する転写因子)おもな遺伝子名とその機能を5つずつ列挙した.図3文献に基づくMYOC遺伝子を中心とする遺伝子ネットワーク〔日本語バイオポータルサイト(http://www.bioportal.jp/)内コンテンツ,ゲノムビューアから許可を得て転載〕———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009289(7)70歳以上3.293.68%(緑内障0.820.86%)とされた20).最大3:1の割合で両側性が多く,日本,米国などでは片眼性が多い.落屑物質を有する症例は,315年で315%が緑内障に移行するとされる.2007年Thorleifssonらによるゲノムワイドな一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)解析により,常染色体15番長腕に位置するlysyloxidase-likeprotein1(LOXL1)遺伝子のエクソン1およびイントロン1の計3つのSNPが,落屑症候群,落屑緑内障と強く相関すると発表された21).LOXL1遺伝子はlysyloxidaseファミリーであり,tropoelastinのリジン残基の酸化的脱アミノ化を触媒し,エラスチンポリマーファイバーの架橋に関係する.LOXL1遺伝子は7つのエクソンからなり,篩状板,水晶体上皮,角膜,毛様体筋,線維柱帯に発現している.日本人においても多施設から,LOXL1遺伝子が落屑緑内障と強く関連していることが報告された(図5)2227).なお,今のところ緑内障を発症した症例群と非発症群との間には有意差は認められていない.SNPがLOXL1遺伝子のどのような機能に関係しているのか,これからの機能解析が待たれる.(3)アミロイドーシスに伴う緑内障家族性アミロイドポリニューロパチー(familialamy-loidoticpolyneuropathy:FAP)FAPとは,常染色体優性遺伝の全身性アミロイドーシスであり,さまざまな全身症状をきたす.眼症状として,緑内障,瞳孔異常,硝子体混濁,アミロイドアンギオパチーなどを示す.FAPでは,落屑症候群,落屑緑内障と同様に,瞳孔縁や水晶体前面に沈着物を認める.(2)落屑症候群,落屑緑内障落屑症候群(XFS;OMIM#177650)は,臨床的には落屑物質が前眼部に蓄積し緑内障神経症をひき起こす,extracellularmatrixの異常を原因とする疾患である.落屑物質は水晶体前面,瞳孔縁(図4),Zinn小帯,角膜内皮,隅角など眼組織のみならず,皮膚,心臓,肺,肝臓などの全身臓器にも存在する.落屑物質にはグリコサミノグリカンの存在が示唆されており,その過剰産生や異常代謝が病因の一つであると考えられてきた.落屑物質には基底膜成分や,弾性線維組織のエピトープが含まれる.落屑緑内障の有病率には地域差があり,高い有病率を示す地域として,アイスランド,フィンランドなどのスカンジナビア諸国とサウジアラビアがあげられる19).加齢とともに増加し,7090代で最大となる.多治見スタディでは40歳以上0.71%(緑内障0.25%),図4水晶体前面,瞳孔縁に沈着した落屑物質()コントロール落屑症候群POAGExon15¢3¢:T/T:T/G:G/G:T/T:T/G:G/G:T/T:T/G:G/G図5LOXL1遺伝子のR141L(rs1048661)の遺伝子型落屑症候群と,POAG,コントロール間に有意差を認める.T/T:Tアレルホモ接合.T/G:T/Gヘテロ接合.G/G:Gアレルホモ接合.落屑症候群ではT/Tが有意に多い.———————————————————————-Page6290あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(8)しないという報告もされている34).今のところ,色素散布症候群において眼圧が上昇し色素緑内障になるためには,遺伝子を含め多因子が絡みあうことが必要と考えられる.2.続発閉塞隅角緑内障A.瞳孔ブロックによる続発閉塞隅角緑内障(secondaryangleclosureglaucoma:posteriorformwithpupillaryblock)小眼球症に伴う緑内障“Simple(pure)microphthalmos”とよばれるnano-phthalmosは全身的な合併症を伴わない小眼球症である.常染色体優性,劣性の両方が報告されている.その臨床像は,短眼軸長,高度の遠視,高い水晶体/眼球体積比,小角膜径(図6)と高率に閉塞隅角緑内障を合併することである.閉塞隅角緑内障は,解剖学的な虹彩,水晶体の位置関係による瞳孔ブロックが発症起点となる.小眼球は胎生期に眼球の発達が障害されたと考えられ,動物モデルでは,種々の転写因子が関係することは示唆されているが,遺伝的,生化学的原因はよくわかっていない.Othmanらは22例の小眼球症を含む常染色体優性遺伝を示す家系autosomaldominantnanophthalmos(NNO1)において,連鎖解析を行いこの家系が常染色体11番短腕に連鎖することを報告した35).この22症進行すると,脱円様の瞳孔(fringedpupil)を認めるようになる.緑内障発症の危険因子は,沈着物,fringedpupil,硝子体混濁とされる28).FAPの原因遺伝子は,トランスサイレチン(transthyretin)遺伝子であり,その変異によって起こるアミロイドパチーが報告されている29).(4)色素散布症候群,色素緑内障色素緑内障は,虹彩からの色素顆粒と関係があるといわれる.虹彩色素上皮から遊離したメラニン顆粒は,前房水によって前房に運ばれ,線維柱帯に沈着する.線維柱帯への色素の沈着は房水抵抗を上昇させ,眼圧上昇をひき起こす.色素散布症候群のうち50%は色素緑内障をひき起こすといわれる30).白人における頻度は12%と少なくないが,日本人での症例報告は少ない.Andersonらは,4家系のおもにアイルランド系の大きな家系を用いて常染色体7番長腕7q35-q36にマップされることを示した31).これはPOAGの原因遺伝子座の一つGLC1Fに非常に近いがオーバーラップはしていない.色素散布症候群,色素緑内障のモデル動物であるDBA/2Jマウスにおいて,色素散布はメラノソーム蛋白のGpnmbという遺伝子が関係していることが示された32).メラニン合成系に関与するチロシナーゼ関連蛋白(tyrosinase-relatedprotein1:TYRP1)遺伝子が虹彩萎縮に関与することが示唆され,実際DBA/2JマウスはTYRP1遺伝子Cys110Tyr,Arg326Hisの変異をもつことが示されている.DBA/2Jマウスの隅角では,著明な虹彩前癒着がみられる.ヒトにおいても,線維柱帯の変性がみられるが,異なる遺伝子が原因の可能性がある.色素散布症候群において,マウスGpnmbに相当するヒトGPNMBの蛋白翻訳領域のスクリーニングでは,変異が認められていない.TYRP1遺伝子でも,色素散布症候群,色素緑内障において変異は見つかっていない33).このTYRP1遺伝子は,常染色体劣性の白子症(non-syndromicoculocutaneousalbinism3:OCA3)の原因として報告されているが,白子症において色素緑内障のリスクが高まるという報告はない.また,前述の落屑症候群,落屑緑内障の原因遺伝子LOXL1遺伝子は色素散布症候群,色素緑内障には関与図6小眼球の前眼部角膜径9mmと小さい.———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009291(9)例は眼軸長平均18.13mmと短く,屈折平均+9.88Dとかなりの遠視であり,12症例で閉塞隅角緑内障を発症していた.ちなみにこのNNO1遺伝子座の近くには,無虹彩症の原因で有名なPAX6遺伝子(OMIM#106210)があるが,マイクロサテライトマーカーの位置関係により除外されている.また,臨床像,遺伝形式,染色体の位置などは常染色体14番14q32の先天小眼球(congenitalmicrophthal-mia;OMIM#251600)やlenzmicrophthalmia(OMIM#309800)やoculodentodigitalsyndrome(OMIM#164200)に伴う小眼球症とは異なっており,小眼球症の原因も多岐にわたっていることが推測される.B.水晶体より後方に存在する組織の前方移動による続発閉塞隅角緑内障(secondaryangleclosureglau-coma:posteriorformwithoutpupillaryblock)例として悪性緑内障,網膜光凝固後の緑内障,強膜短縮術後の緑内障,眼内腫瘍による緑内障などが列記されているが,組織の前方移動という機械的原因にもよるため,現在この項目にあてはまる疾患の原因遺伝子は報告がされていない.C.瞳孔ブロックや水晶体虹彩隔膜の移動によらない隅角癒着による続発閉塞隅角緑内障(secondaryangleclosureglaucoma:anteriorform)虹彩角膜内皮症候群(iridocornealendothelialsyn-drome:ICE症候群),虹彩分離症臨床所見として,角膜内皮細胞数の低下,虹彩萎縮,瞳孔偏位,眼圧上昇がみられる.ICE症候群は臨床上Chandler,Cogan-Reese,進行性本態性虹彩萎縮(pro-gressiveessentialirisatrophy)に分類されるが,その原因は同定されていない.基本的に病態は前眼部の形成異常であり,iridogoniodysgenesisやanteriorchambercleavagesyndromeなどの原因遺伝子である,FOXC1遺伝子やPITX2遺伝子のような形態形成に関与する転写因子の可能性があると考えられる.II一塩基多型(singlenucleotidepolymor-phism:SNP)を用いた相関解析全ゲノム・SNPジェノタイピングゲノム情報を個人個人で比べると,ほとんどの部分はまったく同じ配列だが,一部に個人によって異なる配列が存在する.これを「DNA多型」とよび,その多型にもいくつかの種類が存在する.そのうちゲノム上に最も高頻度に存在するのが,一つの塩基のみが異なる塩基の変異の頻度が1%以上の「SNP」とよばれる最も一般的な多型である(現時点で数百万カ所以上のSNPが確認されている).SNPは全ゲノム上にわたり非常に高密度(250300bpごと)に存在する.このSNPを用いた表現型・遺伝型の相関解析が盛んに行われており,たとえば緑内障原因遺伝子であるWDR36遺伝子のSNPとPOAGの表現型(視野の重症度)に相関があることが報告されている36).当然,遺伝子,SNP間でも相互作用があり,遺伝子間相互作用gene-geneinteractionが解析されてきている.これからは,遺伝子間の相互作用の研究とともに,環境因子との関連(gene-environmentinteraction)解析も必要となってくるであろう.近年国際HapMapプロジェクトに基づく30万カ所以上のSNPを用いた,全ゲノム・SNPジェノタイピング用のDNAチップが利用可能となってきている.2007年にLOXL1遺伝子のSNPにより落屑緑内障の疾患感受性が高まることが報告され,続発緑内障の解析に大きく道を開いたが,用いられた手法は約30万カ所ものSNPマーカーを測定するチップを用いた,全ゲノムのタイピングであった.おわりに緑内障遺伝子診断を行う目的は,2つ存在すると考えられる.一つは,すでに緑内障を発症している患者の確定診断と,もう一つは緑内障発症前診断である.発症初期において,原発開放隅角緑内障かまたは続発緑内障かどうか,続発緑内障としたらその原因は何か,臨床的に診断するのが困難な例では,遺伝子診断が効果を発揮することになる場合もあると考えられる.近年,緑内障の治療はすぐれた薬物療法,手術療法はあるが,それでも緑内障性視神経症を食い止められない症例が存在する.さらに,遺伝子診断が進めば,各疾患に対する標的治療も可能になってくると考えられる.———————————————————————-Page8292あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009文献1)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofpri-maryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20042)WilsonMR,HertzmarkE,WalkerAMetal:Acase-con-trolstudyofriskfactorsinopenangleglaucoma.ArchOphthalmol105:1066-1071,19873)SungVC,KoppensJM,VernonSAetal:Longitudinalglaucomascreeningforsiblingsofpatientswithprimaryopenangleglaucoma:theNottinghamFamilyGlaucomaScreeningStudy.BrJOphthalmol90:59-63,20064)LeskeMC,WuSY,HennisAetal:Riskfactorsforinci-dentopen-angleglaucoma:theBarbadosEyeStudies.Ophthalmology115:85-93,20085)SheeldVC,StoneEM,AlwardWLetal:Geneticlink-ageoffamilialopenangleglaucomatochromosome1q21-q31.NatGenet4:47-50,19936)HeonE,MathersWD,AlwardWLetal:Linkageofpos-teriorpolymorphouscornealdystrophyto20q11.HumMolGenet4:485-488,19957)BiswasS,MunierFL,YardleyJetal:MissensemutationsinCOL8A2,thegeneencodingthealpha2chainoftypeVIIIcollagen,causetwoformsofcornealendothelialdys-trophy.HumMolGenet10:2415-2423,20018)MoroiSE,GokhalePA,SchteingartMTetal:Clinico-pathologiccorrelationandgeneticanalysisinacaseofposteriorpolymorphouscornealdystrophy.AmJOphthal-mol135:461-470,20039)KrafchakCM,PawarH,MoroiSEetal:MutationsinTCF8causeposteriorpolymorphouscornealdystrophyandectopicexpressionofCOL4A3bycornealendothelialcells.AmJHumGenet77:694-708,200510)PalmbergPF,MandellA,WilenskyJTetal:Therepro-ducibilityoftheintraocularpressureresponsetodexame-thasone.AmJOphthalmol80:844-856,197511)PolanskyJR,FaussDJ,ChenPetal:Cellularpharmacol-ogyandmolecularbiologyofthetrabecularmeshworkinducibleglucocorticoidresponsegeneproduct.Ophthal-mologica211:126-139,199712)KubotaR,NodaS,WangYetal:Anovelmyosin-likeprotein(myocilin)expressedintheconnectingciliumofthephotoreceptor:molecularcloning,tissueexpression,andchromosomalmapping.Genomics41:360-369,199713)StoneEM,FingertJH,AlwardWLetal:Identicationofagenethatcausesprimaryopenangleglaucoma.Science275:668-670,199714)ShepardAR,JacobsonN,FingertJHetal:Delayedsec-ondaryglucocorticoidresponsivenessofMYOCinhumantrabecularmeshworkcells.InvestOphthalmolVisSci42:3173-3181,200115)FingertJH,ClarkAF,CraigJEetal:Evaluationofthemyocilin(MYOC)glaucomageneinmonkeyandhumansteroid-inducedocularhypertension.InvestOphthalmolVisSci42:145-152,200116)IshibashiT,TakagiY,MoriKetal:cDNAmicroarrayanalysisofgeneexpressionchangesinducedbydexame-thasoneinculturedhumantrabecularmeshworkcells.InvestOphthalmolVisSci43:3691-3697,200217)LoWR,RowletteLL,CaballeroMetal:Tissuedieren-tialmicroarrayanalysisofdexamethasoneinductionrevealspotentialmechanismsofsteroidglaucoma.InvestOphthalmolVisSci44:473-485,200318)RozsaFW,ReedDM,ScottKMetal:Geneexpressionproleofhumantrabecularmeshworkcellsinresponsetolong-termdexamethasoneexposure.MolVis12:125-141,200619)ForsiusH:PrevalenceofpseudoexfoliationofthelensinFinns,Lapps,Icelanders,Eskimos,andRussians.TransOphthalmolSocUK99:296-298,197920)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:TheTajimiStudyreport2:prevalenceofprimaryangleclosureandsecond-aryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmology112:1661-1669,200521)ThorleifssonG,MagnussonKP,SulemPetal:CommonsequencevariantsintheLOXL1geneconfersusceptibilitytoexfoliationglaucoma.Science317:1397-1400,200722)HayashiH,GotohN,UedaYetal:Lysyloxidase-like1polymorphismsandexfoliationsyndromeintheJapanesepopulation.AmJOphthalmol145:391-393,200823)OzakiM,LeeKY,VithanaENetal:AssociationofLOXL1genepolymorphismswithpseudoexfoliationintheJapanese.InvestOphthalmolVisSci49:3976-3980,200824)MoriK,ImaiK,MatsudaAetal:LOXL1geneticpoly-morphismsareassociatedwithexfoliationglaucomaintheJapanesepopulation.MolVis14:1037-1040,200825)MabuchiF,SakuradaY,KashiwagiKetal:Lysyloxi-dase-like1genepolymorphismsinJapanesepatientswithprimaryopenangleglaucomaandexfoliationsyndrome.MolVis14:1303-1308,200826)FuseN,MiyazawaA,NakazawaTetal:EvaluationofLOXL1polymorphismsineyeswithexfoliationglaucomainJapanese.MolVis14:1338-1343,200827)TanitoM,MinamiM,AkahoriMetal:LOXL1variantsinelderlyJapanesepatientswithexfoliationsyndrome/glaucoma,primaryopen-angleglaucoma,normaltensionglaucoma,andcataract.MolVis14:1898-1905,200828)KimuraA,AndoE,FukushimaMetal:Secondaryglau-comainpatientswithfamilialamyloidoticpolyneuropathy.ArchOphthalmol121:351-356,200329)KawajiT,AndoY,NakamuraMetal:Ocularamyloidangiopathyassociatedwithfamilialamyloidoticpolyneu-ropathycausedbyamyloidogenictransthyretinY114C.Ophthalmology112:2212,200530)RichterCU,RichardsonTM,GrantWM:Pigmentarydis-persionsyndromeandpigmentaryglaucoma.Aprospec-(10)———————————————————————-Page9あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009293tivestudyofthenaturalhistory.ArchOphthalmol104:211-215,198631)AndersenJS,PraleaAM,DelBonoEAetal:Ageneresponsibleforthepigmentdispersionsyndromemapstochromosome7q35-q36.ArchOphthalmol115:384-388,199732)AndersonMG,SmithRS,HawesNLetal:MutationsingenesencodingmelanosomalproteinscausepigmentaryglaucomainDBA/2Jmice.NatGenet30:81-85,200233)LynchS,YanagiG,DelBonoEetal:DNAsequencevari-antsinthetyrosinase-relatedprotein1(TYRP1)genearenotassociatedwithhumanpigmentaryglaucoma.MolVis8:127-129,200234)RaoKN,RitchR,DorairajSKetal:Exfoliationsyndromeandexfoliationglaucoma-associatedLOXL1variationsarenotinvolvedinpigmentdispersionsyndromeandpigmen-taryglaucoma.MolVis14:1254-1262,200835)OthmanMI,SullivanSA,SkutaGLetal:Autosomaldom-inantnanophthalmos(NNO1)withhighhyperopiaandangle-closureglaucomamapstochromosome11.AmJHumGenet63:1411-1418,199836)MiyazawaA,FuseN,MengkegaleMetal:Associationbetweenprimaryopen-angleglaucomaandWDR36DNAsequencevariantsinJapanese.MolVis13:1912-1919,2007(11)

序説:続発緑内障は変わった!

2009年3月31日 火曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLS急での手術件数が多いことも続発緑内障の特徴である.ちなみに昨年1年間に岐阜大学附属病院で施行した単独のトラベクレクトミーの35%が続発緑内障を対象としていた.こうした臨床的な重要性と,診断治療の多様性は本誌特集の趣旨に馴染んでいる.さらに,より根源的な理由として,医学や周辺科学の進歩により,新しい続発緑内障の発生,続発緑内障の新たな理解,新しい治療法など,いくつか重要なテーマが生まれていることが見逃せない.網膜硝子体疾患に対するトリアムシノロン使用頻度の増加に伴うステロイド緑内障の頻度増加,アミロイド緑内障の発症機序解明,血管新生緑内障に対する抗VEGF抗体の利用,新しい緑内障手術の本症への応用,等々,知識のアップデートが必要とされる事項は枚挙に暇がない.これらの知識をまとめることは本誌の発刊趣旨に沿ったものである.こうした事情に鑑み,今回は,続発緑内障の基本的な理解を深めるとともに,近年の新たな状況(疾患,病因の理解,治療の進歩など)を正しく伝えることを念頭に入れ,この分野に造詣の深い先生方に執筆をお願いした.最初に,続発緑内障関連遺伝子について,布施昇男先生(東北大)に総説をお願いした.各論では,ステロイド緑内障とアミロイド緑内障をまず取り上げ,それぞれ熊本大の稲谷大今月号では,特集として,続発緑内障を取り上げた.その理由としていくつかあげたい.第一に,続発緑内障がまったく異なるいくつもの疾患の集合体であるがゆえに,従来から体系的な疾患理解の試みが少ないからである.TheSecondaryGlaucomas(Ritch&Shields,Mosby,1982)のような名著の出現は期待しにくい分野である.現代緑内障の主流である緑内障の視神経画像診断や視野の研究といえば,基本的には原発開放隅角緑内障(広義)が対象にされると直感的に理解されるであろう.また,狭隅角眼といえば原発閉塞隅角症・原発閉塞隅角緑内障を思い浮かべるし,新規薬剤の眼圧下降効果は原発開放隅角緑内障・高眼圧症で検討されるのが当然である.このように,現在の続発緑内障の診断,治療は,原発緑内障における知識と理解を前提として,それを適宜修飾することでなされているのである.この,光の当たらない緑内障病型に日の目を見せたいというのが一つの理由である.第二に,続発緑内障が原発緑内障ほどには体系だって理解されていないにもかかわらず,臨床の場では,症例数や眼圧上昇の程度から,原発緑内障と並ぶ重要な疾患であることがあげられる.血管新生緑内障,ぶどう膜炎に続発する緑内障など,急性原発閉塞隅角緑内障と同レベルの急激な眼圧上昇をきたすことは珍しくない.このため,緊急あるいは準緊(1)283●序説あたらしい眼科26(3):283284,2009続発緑内障は変わったCurrentUnderstandingofSecondaryGlaucomas山本哲也*岡田アナベルあやめ**———————————————————————-Page2284あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(2)療に関しては東出朋巳先生(金沢大)に手術療法を重点に記載していただいた.さらに,眼科手術と関連した緑内障として,角膜移植後の続発緑内障と硝子体手術後の続発緑内障を取り上げ,豊富な治療経験に基づく治療のあり方を,森和彦先生(京都府立医大)と庄司信行先生(北里大)にご執筆いただいた.各項目ともに,力作ぞろいであり,熟読吟味に値するものと信じている.最後に,玉稿をいただいたことに対して著者の先生方に感謝いたします.先生,川路隆博先生にお願いした.ステロイド緑内障はその疾患概念の変化とトリアムシノロン投与に伴う頻度の増加により注目されている.アミロイド緑内障は,病態がかなり明らかにされてきたことと全身管理の変化に伴う重症例の増加により,地域性の偏りはあるものの眼科医の基礎知識として重要と考える.ぶどう膜炎関連緑内障は日常的な疾患である.このため,二人の先生に病因と治療を分けて記述していただくこととし,病因を蕪城俊克先生(東京大),治療を吉野啓先生(杏林大)にお願いした.治療に難渋することの多い血管新生緑内障の治お方法:おとりつけの,また,その宜のない場合は直あてご注ください.メディカル葵出版年間予約購読ご案内眼における現在から未来への情報を提供!あたらしい眼科2009Vol.26月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術2009Vol.22■毎号の構成■季刊/1・4・7・10月発行A4変形判総140頁定価2,520円(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)(4冊)(送料弊社負担)日本眼科手術学会誌【特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障・眼感染アレルギーなど)/新しい治療と検査/眼科医のための先端医療他【その他】トピックス・ニュース他■毎号の構成■【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他株式会社〒113-0033東京都文京区本郷2-39-5片岡ビル5F振替00100-5-69315電話(03)3811-0544??://www.medical-aoi.co.jp

Laser Speckle Flowgraphyを用いた新しい血流波形解析手法

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(131)2690910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(2):269275,2009cはじめに筆者らはこれまでLaserSpeckleFlowgrapy(LSFG)とよばれる眼底の血流分布をリアルタイムに測定するシステムを,国内外の研究機関と共同で開発・研究してきた116).LSFGの研究成果は眼撮影装置〔レーザースペックルフローグラフィーLSFG-NAVI,ソフトケア(有)社製〕として製品化され,2008年1月に医療機器認証を取得して,研究機関だけでなく病院など臨床の現場でも安全に利用できるようになった.LSFG-NAVIでは,750×350画素,毎秒30フレームの連続したスペックル画像を取り込み,4秒間(または6秒間)の連続した血流マップ120枚(または160枚)が得られる.一般にLSFGを用いた眼底血流測定では,ある患者の同一部位における血流速度の相対的変化は観測できるが,視神経乳頭と脈絡膜の血流など,組織の組成や散乱特性の異なる部位の血流を数値で直接比較したり,同じ視神経乳頭であっても別の患者のデータと直接数値で比較して論じることは困難とされてきた1,4).そのため学会発表などでは,薬効の確認や,測定領域の組成が大きく変化しないケースでの施術前後の血流改善など,比較可能な場合に限定された応用が報告されてきた.これまで発表されてきたものは,測定データから1心拍に合成した静止画の合成マップを用いることが多く,LSFGの特長である動画情報を直接取り扱った研究は,残念ながらあまり見受けられない.これはプレゼンテーションなどでは動画は迫力のある映像であるため見る者に強い印象を残すが,じっくり理解しようとする第三者に理解されづらく,1枚のマップ上に血流の変動率として動画情報〔別刷請求先〕岡本兼児:〒820-0066飯塚市幸袋576-14飯塚リサーチパーク内トライバレーセンターB209ソフトケア有限会社Reprintrequests:KenjiOkamoto,SoftcareLtd.,TryvalleyCenterB209,IizukaResearchPark,576-14Kobukuro,Iizuka-city,Fukuoka820-0066,JAPANLaserSpeckleFlowgraphyを用いた新しい血流波形解析手法岡本兼児*1高橋則善*1藤居仁*2*1ソフトケア有限会社*2九州工業大学情報工学部電子情報工学科NewMethodofTemporalBloodFlowAnalysisUsingLaserSpeckleFlowgraphyKenjiOkamoto1),NoriyoshiTakahashi1)andHitoshiFujii2)1)SoftcareLtd.,2)DepartmentofComputerScienceandElectronics,KyushuInstituteofTechnologyレーザースペックルフローグラフィー(LSFG)で測定したヒト眼の眼底血流動画マップについて,新たな時間的解析手法を導入し,各部位の血流が動脈性か静脈性かを区別して1枚のマップに表示できるようにした.判定結果の確認のため,17例17眼からデータをサンプルし,判定を行った結果,網膜上の大きな血管の動静脈の分離では有意な差が得られ,動静脈の判定に有効であることが認められた.従来のLSFGが備えていた血流速度を相対値で表示する機能に,新たに血流波形の歪度を表示する機能を加え,眼底血流の拍動の強弱をある程度数値化できる指標BeatRatioofArterytoVein(BRAV:仮称)として提案している.AnewtechniquehasbeendevelopedforusingLaserSpeckleFlowgraphytovisualizethepulsationcharacter-isticsofbloodowina2-Dmap,byanalyzingtheskewnessofthetime-varyingbloodowvelocityobservedateachpixelpoint.Weconductedmeasurementsin17eyes(17cases)toconrmtheskewnessresult.Thetechniqueisusefulfordistinguishingbetweenretinalarteryandvein,onthebasisoftheirsignicantdierence.Skewnessisfoundtobeusefulforevaluatingbloodcirculationinretinalvessels,aswellasinchoroidsvessels.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):269275,2009〕Keywords:血流計,血流可視化,レーザースペックル,眼撮影装置,血流波形解析.bloodowmetry,bloodowvisualization,laserspeckles,medicalinstruments,heartbeatanalysis.———————————————————————-Page2270あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(132)を集約したとしても,変化の激しい血流の経時変化をわかりやすく的確に表現することがむずかしいからと思われる.特定の部位間の経時変化を観察する際には,マップ上に矩形の指定領域(以下,ラバーバンド)を設定して,グラフからその変化の様子を観察していたが,マップ上の大血管や視神経乳頭上の組織血流など,異なる部位を同じグラフ上に並べても,MBR(meanblurrate)の振幅が異なることから血流のピーク位置の違いを認識する程度で,血流波形の概形などまで比較しているわけではなかった.また同一部位にラバーバンドを設定し,時間変化について波形を比較するといっても,拍動に同期して刻々と変化する血流動態の様子を客観的に判断できる指標値などはなく,比較しづらいものであった.I目的LSFGで測定した領域すべてについて部位ごとに血流速度(指標)を正規化し,部位間で波形のピークのみならず波形自体を比較できるようにし,客観的な指標値である歪度を用いた時間解析手法を構築する.さらにLSFGから得られた血流速度の経時変化から動静脈を判断したものと比較し,構築した手法の妥当性を検証した結果を報告し,本解析手法の今後の可能性について述べる.II方法:時間的解析手法で用いる評価量と妥当性の確認方法1血流マップは粒状のノイズを多く含んだ画像であるが,通常の解析では,統計的誤差を抑えるため,複数心拍の血流マップを1心拍の血流マップに集積した後(心拍マップ),さらに平均化し(合成マップ),画質の向上を図っている.4秒間のデータを取得した場合,通常の心拍数の人であれば大体46心拍程度あり,心拍マップは46個のデータを平均化した動画マップとなる.これらをさらに平均した合成マップの一例を図1に示す.図1上に設定したラバーバンドでの血流の経時変化の波形をわかりやすくするため,正規化した血流速度(指標)の経時変化をプロットし,動静脈の波形の違いを確認する.方法2血流波形の時間的な変化の様子を表す数値として,新たに歪度(skewness)を導入する.歪度は統計学で確率密度関数の偏りの違いを示す統計量で,確率変数の三次モーメントで定義されている.歪度の一例として図2aのように確率密度関数が左に偏るほど歪度はプラスの値に,図2bのように左②②①①図1血流合成マップの測定例(グレースケール表示)ラバーバンド①はartery,②はvein.a:skew>0b:skew=0c:skew<0図2波形による歪度(skewness)の変化LSFG-NAVI機で得られる血流波形に適用した場合,動脈性の拍動であれば正の大きい値になり,静脈性の拍動であれば小さい値になる.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009271(133)右対称に分布する場合は歪度=0,逆に図2cのように分布が右に偏るほどマイナスの値になる.実際のLSFG-NAVIでは血流マップで得られる血流画像は非常に粗いため,歪度の計算はつぎの手順で行っている.まず当該ピクセル周辺で空間的に平均し(5×5ピクセル),複数心拍のマップを1心拍にまとめる心拍解析を行い,各点の統計的誤差を抑えた心拍マップを作成する.つぎにマップ上の各点は振幅が異なるので,時間的な上昇・下降を見やすくするため,各点での最大値,最小値をもとに正規化し,1心拍の正規化した血流速度(指標)を求める.この正規化した血流速度(指標)を元に,歪度をつぎの式で求めている.SkewmnkAvemnStdevmnpk(,)(,)(,)()=(){}ꀀ3=∑kh1(1)Avemnkpkkh(,)()=()=1(2)h(,)(,)()={}ꀀ=∑21(3)h()(,,)(,,)==1(4)ここで,NH(k,m,n)は,一心拍に正規化した血流速度(指標)(MBR)であり,正規化した心拍マップ群の先頭からk番目のマップの(m,n)ピクセルの値,hは1心拍のマップ数を表す定数である.(3)式で求めたSkew(m,n)はまだ値がばらついているため,さらに当該ピクセルの周辺7×7ピクセルの領域で空間的に平均し,歪度<SK(m,n)>を出力している.mnCSkewmxnyxy(,)(,)=()++==773333(5)ここでCは定数で,歪度マップを血流マップと同じカラースケールで見やすくするため,便宜的に=25に設定している.このため一般的な歪度と数字は一致しないが,比例関係は保持されている.方法3網膜上の比較的太い血管の動静脈の判別について歪度<SK>が有効であるか調べるため,健康成人17名(年齢38.8±13.1歳)について歪度<SK>を用いて網膜血管の動静脈分離を行った結果と,LSFGを用いて血流速度(指標)の経時変化のピーク位置から動静脈を判断した結果を比較した.比較実験では,一人の被験者につき血管が重なっていない動脈3カ所,静脈3カ所を選択し,歪度<SK>を測定した.歪度<SK>はマップ状に観察されるが,まずLSFG-NAVIを使用して得られる血流合成マップから血管と識別できる領域をラバーバンドで設定し,つぎに歪度<SK>マップ上のラバーバンド内平均値を測定した.III結果結果1正規化した血流速度(指標)の経時変化をプロットしたものを図3に示す.波形のピーク位置から図1の①は動脈であり,②は静脈と判断できる.詳細に観察すると,動脈は立ち上がりが急峻で,ピークを過ぎると早く落ち込んでいく特徴があり,静脈は動脈に比べ立ち上がりがゆるく,ピーク後も緩やかに下降する特徴がある.すなわち,動静脈の違いは血流波形のピークまでの立ち上がり方とピーク後の下降の様子に違いがあることがわかる.結果2歪度をLSFG-NAVI機で得られる血流波形に適用した場合,動脈性の拍動であれば正の大きい値になり,静脈性の拍動であれば小さい値になる.実際に図1の血流マップについて歪度を計算しマップ表示した結果を図4に示す.図において,大きな血管と重なる赤い部分は動脈性の拍動部分であり,青い部分は静脈性の拍動部位であると推定される.太い血管部位以外でも,色が暖系色の部位ほど動脈性の拍動部分であり,寒系色の部位は静脈性の拍動部位であると考えられる.図4で①で囲まれた領域は,暖系色の部位のつながりとして血管のように連なっており,この部分が動脈であると考えられ,先の経時変化のグラフ図3の結果と一致している.また同様に寒系色の部位のつながりが静脈であると考えられ,図3の②と一致している.結果3網膜血管上で動静脈分離判別した比較位置について,ラバーバンドの設定例を示す.眼底写真を図5aに,LSFG上でのラバーバンド設定位置を図5bに,ラバーバンド設定位置での血流速度(指標)の経時変化を図5cに,歪度<SK>のマップ例を図5dに示す.図5cから,①,④,⑤が動脈であり,0246810121416182000.20.40.60.8Time(sec)MBR(arb.unit)①:artery②:vein図3図1のラバーバンド内の正規化した血流速度(指標)の経時変化①:arteryのピークが②:veinに先行していることが確認できる.ピーク後の下り方にも違いがあり,arteryではveinよりも速く低下する傾向がある.———————————————————————-Page4272あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(134)①①②②図4歪度マップの例色が赤く暖系色の部位ほど動脈性の拍動部分であり,青など寒系色の部位は静脈性の拍動部位と考えられる.①:arteryが暖系色,②:veinが寒系色になっている.ab①①②②⑤⑤⑥⑥③③④④⑦⑦①①⑤⑤⑥⑥④④⑦⑦③③②②0246810121416182000.20.40.60.81Time(sec)cMBR(arb.unit):①:②:③:④:⑤:⑥図5動脈・静脈の分離測定例―a,b,c(図説明はp.273参照)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009273(135)②,③,⑥が静脈であることが確認できる.図5aの眼底写真から,動脈の血管色が静脈に比べ鮮やかに見えることから,上記判断が正しいことを確認できる.図5bでは,乳頭辺縁部の背景血流の少ない部位を選んで①⑥のようにラバーバンドを設定しているが,測定サンプルのなかには視神経乳頭上のはっきりとした太い血管を選択した場合もあった.参考のため,脈絡膜についても図5b⑦のような黄斑部を含むやや広い領域を設定し,歪度<SK>を求めた.健康成人17名のデータをもとにラバーバンドを設定した部位の血流速度の経時変化からそれぞれ動脈・静脈と判定した部位に対して,歪度<SK>を測定した結果を図6に示す.動脈では歪度<SK>=17.9±3.6で,静脈では=6.0±3.6であった.動脈と静脈の分離では有意な差(p<0.0001:t-test)を示した.これらの結果から太い血管について動脈・静脈が分離できていることが認められる.図5において黄斑部を含む脈絡膜血流に対して,同様にラバーバンド⑦を設定し,歪度を求めると,図6のように網膜動脈・静脈血管の中間的な値になっていた.これは脈絡膜では動脈・静脈が複雑に混在するため,波形が平均化された結果と考えられる.脈絡膜の歪度マップには細かい斑点模様が重畳しているが,この模様は測定のたびに変化しているので,統計的ばらつきと考えられる.健常者では脈絡膜の歪度はどの部位でもほぼ一様な値になっているが,被験者によっては脈絡膜の太い血管の走行を反映した歪度のむらが見えるときもあり,今後も詳しい分析を進める必要がある.IV考察:血流速度の経時変化から得られる歪度指標値の可能性について歪度がさまざまな血流波形に対してどのような応答を示すか確認するため,血流波形に見立てた模擬的な入力波形を作成し,歪度の変化をシミュレーションにより調べた.実際の血流波形は,人によりさまざまな波形パターンを形成するが,ここではまず血流波形を単純な三角波に近似し,波形のピーク位置を前後にずらしたときに,歪度の値がどのように変化するかを調べた.図7aに入力波形を,図7bにそれぞれの歪度をプロットしている.波形のピークが後に移動するに従って,歪度の値が下降していることが確認できる.実際d①①⑤⑤⑥⑥④④⑦⑦③③②②図5動脈・静脈の分離測定例a:眼底写真,b:合成マップ.ラバーバンド設定例①⑦,c:各ラバーバンドの血流速度経時変化.グラフよりartery:①④⑤,vein:②③⑥と判別できる.d:歪度マップ.眼底写真,合成マップ,歪度マップから動脈・静脈判別のため設定したラバーバンド位置の対応が確認できる.0510152025ArteryVeinChoroid歪度<SK>(arb.unit)17.96.013.8図6網膜上の動脈・静脈の分離結果Arteryとveinの分離では有意な差(p<0.0001:t-test)を示した.脈絡膜については,動脈と静脈の中間的な値を示した.———————————————————————-Page6274あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(136)の血流を想定すると,マップ全域を観察し,太い血管に重なった部分について平均値に比べ,高い値の部位は動脈,低い値は静脈であると推測できる.眼底血流波形を調べていくと,収縮期と拡張期のそれぞれにさまざまな特徴があることがわかってきた.たとえば,高齢者になるほど血流の立ち上がりは鋭く,下降も急速になる傾向がみられた.図7から前者については立ち上がりが急峻になるほど歪度が増加することを示している.一方,歪度が波形の非対称性を示すことから,その値に大きく影響するのは後者であり,波形の下降時の形が重要と考えられる.実際図8aのように適当に数値を配列して下降曲線を何種類か作り,それぞれについて歪度を求めると,図8bのように下降曲線が下に凸の場合は歪度は高く,上に凸になるに従ってほぼ線形に低下する結果を得た.図3に示したように,実際の血流波形は図7,8の要素を組み合わせたものになっており,動脈の血流波形には二次ピークが出る場合もある.歪度のみですべてを論じることはできないが,ここでは歪度に影響する要因として,以下の諸点について考察を加える.まず加齢とともに動脈硬化が進めば,収縮期に動脈系に突入する血流が眼内にも急速に流れ込み,血流の立ち上がりが急峻になる.この結果,歪度は高く表示される.動脈硬化は末梢抵抗と連動していると考えられるので,血流がピークを過ぎると末梢の流れが悪いため,速度は急に減少すると考えられ,波形の立ち下がりも急になる.これらの要因により歪度は増加すると考えられる.脈絡膜は動脈・静脈が混在しているため,両方を合算した波形が得られる.このときもし血管抵抗などの要因により,動脈側の押しに比べて静脈側の引きが悪ければ,拡張期の血流が低めに推移し,歪度は上昇すると推察できる.逆に動脈側の流入路に問題がある場合は,拍動による立ち上がりが緩やかになり,歪度は減少することが予想される.このように眼底血流波形を示す指標として今回導入した歪度は,循環系全体の拍動による流速変化と密接に関係しているものと推察されるので,今後この歪度をBeatRatioofArterytoVein(BRAV:仮称)と見なして詳細な研究を続けていけば,眼循環に新たな情報を提供できるものと思われる.まとめ測定点ごとに血流速度(指標)を正規化した複数の動画情報にさらに統計的な処理を加え,各部位の経時変化の違いを1枚のわかりやすい静止画で出力できるようなった.これまで測定部位に依存していた血流速度(指標)だけを扱ってい024681000.20.40.60.81Time(sec)NormalizedMBR(arb.unit)12345024681012141612345ShapeNo歪度<SK>(arb.unit)ab図7ピーク位置を変化させたときの歪度の応答a:入力波形,b:出力結果,ピークが後退するにつれ歪度は低下する.0510152025ba12345ShapeNo歪度<SK>(arb.unit)024681000.20.40.60.81Time(sec)12345NormalizedMBR(arb.unit)図8血流下降時の波形を変えたときの歪度の応答a:入力波形,b:出力結果,下降曲線が上に凸になるほど,歪度は低下する.———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009275(137)たため,部位間の比較はむずかしかったが,血流速度(指標)を正規化し,血流波形の偏りの度合いを新しい尺度にすることで,同一人の部位間の比較はもとより,他人間でも血流波形については比較できるようになった.実際の血流速度の経時変化をもとに判断した結果と歪度<SK>の比較から,太い血管については動静脈分離が可能であることが確認できた.歪度=BRAVと言えるかどうかは,今後の研究で明らかになると思われるが,この仮説が正しければ,眼疾患のメカニズムの解明のみならず,高血圧症や動脈硬化症など循環系疾患の診断にも利用の道が拓かれる.LSFGであまり利用されてこなかった動画情報の応用が,今後進展することを切望する.本研究の一部は久留米リサーチパーク・バイオベンチャー等育成事業,NEDO大学発事業創出実用化研究開発事業,および科研費(18300173)などの助成を受けたものである.文献1)KonishiN,TokimotoY,KohraKetal:NewlaserspeckleowgraphyusingCCDcamera.OptRev9:163-169,20022)SugiyamaT,UtsumiT,AzumaIetal:Measurementofopticnerveheadcirculation:comparisonoflaserspeckleandhydrogenclearancemethods.JpnJOphthalmol40:339-343,19963)TamakiY,AraieM,TomitaKetal:Real-Timemeasure-mentofhumanopticnerveheadandchoroidcirculationusingthelaserspecklephenomenon.JpnJOphthalmol41:49-54,19974)藤居仁:レーザースペックルフローグラフィーの原理.あたらしい眼科15:175-180,19985)永谷建,高橋広,秋谷忍ほか:正常眼視神経乳頭循環への加齢の影響─レーザースペックル法による検討.あたらしい眼科15:1465-1469,19986)新家眞,玉置泰裕,永原幸ほか:レーザースペックル法による生体眼循環測定.日眼会誌103:871-909,19997)YaoedaK,ShirakashiM,FunakiSetal:Measurementofmicrocirculationinopticnerveheadbylaserspeckleowgraphyinnormalvolunteers.AmJOphthalmol130:606-610,20008)前田貴美人,鈴木純一,田川博ほか:網膜動脈閉塞症の治療成績.眼紀51:148-152,20009)YamanaY,MatsuoM,KokersuYetal:Dysregulationofthepostprandialretinalbloodowintype2diabetes.22ndEuro.Soc.Microcircul18:95-98,200210)IsonoH,KishiS,KimuraYetal:Observationofchoroi-dalcirculationusingindexoferythrocyticvelocity.ArchOphthalmol121:225-231,200311)今野伸介,田川博,大塚賢二:ラタノプロスト点眼と正常人視神経乳頭および脈絡膜─網膜循環に及ぼす影響.あたらしい眼科21:695-698,200412)SugiyamaT,OkuH,KomoriAetal:EectofP2X7receptoractivationontheretinalbloodvelocityofdiabeticrabbits.ArchOphthalmol124:1143-1149,200613)前田祥恵,今野伸介,松本奈緒美ほか:CCDカメラを用いた新しいレーザースペックルフローグラフィーによる健常人における視神経乳頭および網脈絡膜組織血流測定.眼科48:129-133,200614)廣石悟朗,廣石雄二郎,長谷川裕平ほか:炭酸脱水酵素阻害点眼薬による視神経乳頭循環への影響.臨眼62:733-737,200815)江内田寛:新しいレーザースペックルフローグラフィー(LSFG-NAVI)による網脈絡膜の血流測定.あたらしい眼科25:827-829,200816)WatanabeG,FujiiH,KishiS:Imagingofchoroidalhemo-dynamicsineyeswithpolypoidalchoroidalvasculopathyusinglaserspecklephenomenon.JpnJOphthalmol52:204-210,2008***

トラニラスト微粒子懸濁液を用いた硝子体可視化

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(125)2630910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(2):263267,2009cはじめにPeymanら1)が市販トリアムシノロン懸濁液による硝子体の可視化を報告して以来,市販トリアムシノロン懸濁液による硝子体の可視化を利用した多数の報告がされている.この方法により硝子体を容易に可視化できるようになり,従来よりはるかに多くの硝子体を切除することが可能となった2).しかし,市販トリアムシノロン懸濁液は副腎皮質ステロイド薬であるがゆえに,その副作用として,眼科領域では白内障,緑内障が問題となる3).そこで筆者らはラット斜視モデルの瘢痕抑制として開発したヒアルロン酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液が硝子体可視化に使用できるか4),さらにコンドロイチン硫酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液も作製し比較検討したので報告する.I対象および方法1.トラニラスト超微粒子懸濁液の調整と市販トリアムシノロン懸濁液の比較生理食塩水(大塚製薬)にヒアルロン酸ナトリウム(和光純薬)を溶解し0.5%ヒアルロン酸ナトリウム溶液調製後にトラニラスト(キッセイ薬品工業)(平均粒子径34.0μm)を混合し0.4%トラニラスト懸濁液を作製した.つぎに,生理食塩水(大塚製薬)にコンドロイチン硫酸ナトリウム(和光純薬)を溶解し1%コンドロイチン硫酸ナトリウム溶液調製後にトラニラスト(キッセイ薬品工業)を混合し0.4%トラニラスト懸濁液を作製した.これらの2種類の懸濁液を米国のマイクロフルイディックス社が開発したマイクロフルイダイザーRにてトラニラスト超微粒子懸濁液を調製した.調製〔別刷請求先〕岡本紀夫:〒663-8501西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学眼科学教室Reprintrequests:NorioOkamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine,1-1Mukogawa-cho,Nishinomiya-city,Hyogo663-8501,JAPANトラニラスト微粒子懸濁液を用いた硝子体可視化岡本紀夫*1伊藤吉將*2大野新一郎*1張野正誉*3長井紀章*2三村治*1*1兵庫医科大学眼科学教室*2近畿大学薬学部製剤学研究室*3淀川キリスト教病院眼科VitreousBodyVisualizationUsingFineParticleChemicalAgentofTranilastNorioOkamoto1),YoshimasaIto2),ShinichirouOono1),SeiyoHarino3),NoriakiNagai2)andOsamuMimura1)1)DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine,2)LaboratoryofAdvancedDesignforPharmaceuticals,SchoolofPharmacy,KindaiUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,YodogawaChristianHospital抗アレルギー薬の一つであるトラニラストの局所使用が可能な製剤の調製を試みた.調製法として強力な剪断力,衝撃力およびキャビテーション力を有する衝撃型乳化粉砕装置マイクロフルイダイザーRを用いて天然高分子であるヒアルロン酸ナトリウムを分散媒としてトラニラストの微粒子化懸濁液とコンドロイチン硫酸ナトリウムを分散媒としてトラニラストの微粒子化懸濁液を作製した.この2種類の分散剤を用いたトラニラスト微粒子化懸濁液を豚眼の硝子体に塗布したところ,2種類のトラニラスト微粒子化懸濁液ともに硝子体を可視化することができた.本剤は硝子体を可視化できることから,今後,硝子体の可視化剤として幅広く使用できる可能性が示唆された.Wepreparedadrugformulationtoenabletopicalapplicationoftheanti-allergicagenttranilast.EmployingaMicrouidizerR,animpact-typeemulsifyingcomminutiondevicewithastrongshearingforce,aswellasimpactiveandcavitativeforces,wecreatedoneparticulatesuspensionoftranilastusingnaturalmolecularsodiumhyaluronateasthedispersionmedia,andanotherparticulatesuspensionusingsodiumchondroitinsulfateasthedispersionmedia.Whenweappliedthesuspensionstothevitreousbodyofpig’seyes,bothagentsenabledobser-vationofthevitreousbody.Theresultsindicatethataformulationcontainingneparticlesoftranilastcanbewidelyusedasanagentforobservingthevitreousbody.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):263267,2009〕Keywords:トラニラスト,マイクロフルイダイザーR,微粒子.tranilast,MicrouidizerR,neparticles.———————————————————————-Page2264あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(126)の条件はチェンバー内の原料の流れを140Mpaの超高圧で細管内を通過させて2方向より衝突させ微粒子化を行った.対照製剤として市販トリアムシノロン懸濁液(ブリストルマイヤーズ)を用いた.つぎに,市販トリアムシノロン懸濁液と今回作製したトラニラスト超微粒子懸濁液の粒子径を測定した.Nikkiso社製マイクロトラック粒度分布測定装置MT3300EXで粒子径を測定した.結果は,計算によって求められた仮想の個数分布から求められた平均径(meannumberdiameter:以下MN)と標準偏差(standarddeviation:以下±SD)で表した.ただし,ここで求められた標準偏差は,測定した粒度分布の分布幅の目安となるもので,統計学上の標準偏差(統計的誤差)を意味するものではない.2.硝子体の可視化白色家兎の眼球から硝子体を摘出しシャーレに入れトラニラスト超微粒子懸濁液を塗布し,生理食塩水で洗浄し薬剤添加前後の硝子体の視認性を目視にて比較した.さらに豚眼を用いて硝子体手術を行い,顕微鏡下で硝子体の可視化を確認した.3.毒性試験白色家兎3匹の6眼に対し,生理食塩水,コンドロイチン硫酸ナトリウム含有のトラニラスト超微粒子懸濁液,ヒアルロン酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液をそれぞれ2眼ずつ硝子体腔内に0.1ml投与した.1週間後に眼球摘出を行い,組織切片を作製しヘマトキシリンエオジン染色にて比較検討した.II結果1.トラニラスト超微粒子懸濁液と市販トリアムシノロン懸濁液の比較目視下では,市販トリアムシノロン懸濁液はさらさらした溶液であったが,ヒアルロン酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液は粒子が細かく,やや粘度があった.一方のコンドロイチン硫酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液は市販トリアムシノロン懸濁液ほどではないがさらさらした溶液であった.今回調製したトラニラスト超微粒子懸濁液と市販トリアムシノロン懸濁液を1時間放置したが,コンドロイチン硫酸ナトリウム含有のトラニラスト超微粒子懸濁液は市販トリアムシノロンより沈降が遅く,シリンジ内に付着することが確認できた.ヒアルロン酸ナトリウム含有のトラニラスト超微粒子懸濁液は1時間経っても沈降物が認められず安定した懸濁状態であった4).市販トリアムシノロン懸濁液の粒子径は6.8±7.56μm,ヒアルロン酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液の粒子径は0.87±1.22μm(原末の約1/34の大きさ),コンドロイチン硫酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液の粒子径は5.33±3.75μm(原末の約1/7の大きさ)であった.実際に粒子がどのような状態であるか確認するためにキーエンス社製デジタルマイクロスコープVHX-900(5,400万画素)を用いた.ヒアルロン酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液(図1A)は市販トリアムシノロン懸濁液(図1B)に比べて分散性がよかった.2.硝子体可視化目視下で,各トラニラスト超微粒子懸濁液を白色家兎の硝子体に塗布し生理食塩水にて洗浄したところ,ヒアルロン酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液は硝子体に付着しているようには見えなかった.しかし,コンドロイチン含有トラニラスト超微粒子懸濁液は硝子体に付着していた(図2).つぎに豚眼を用いた硝子体手術で2種類のトラニラスト超微粒子懸濁液を硝子体に塗布したところ,コンドロイチン硫酸ナトリウム含有トラニラスト懸濁液は粒子が凝集しまだ10.00μmAB10.00μm図1デジタルマイクロスコープで撮影した写真A:ヒアルロン酸ナトリウム含有トラニラスト懸濁液の粒子.B:市販トリアムシノロンの粒子.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009265(127)らに硝子体に付着した(図3A,B)が,ヒアルロン酸ナトリウム含有トラニラスト懸濁液は最周辺部の硝子体表面にゲル状に付着し,一部は硝子体が染色されるようになっていた(図3C,D).3.毒性試験生理食塩水,コンドロイチン硫酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液,ヒアルロン酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液とも硝子体に炎症所見はなく,網膜厚や構造に異常を認めなかった(図4A,B,C).III考按トラニラストは,アレルギー性疾患の治療薬として開発され,現在ではケロイド・肥厚性瘢痕の治療にも用いられてい図2トラニラスト(コンドロイチン硫酸ナトリウム含有)が付着している(生理食塩水で洗浄後)白色家兎の硝子体ACBD3豚眼を用いた硝子体手術A:コンドロイチン硫酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液を硝子体中に注入中.B:硝子体表面に粒子がまだらに付着している.C:ヒアルロン酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液を硝子体表面に注入中.D:硝子体表面にゲル状に付着している.図4病理組織像A:生理食塩水0.1mlを硝子体腔内に投与.B:コンドロイチン硫酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液0.1mlを硝子体腔内に投与.C:ヒアルロン酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液0.1mlを硝子体腔内に投与.ABC———————————————————————-Page4266あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(128)る5).また,眼科領域でもアレルギー性結膜炎の治療薬として販売されているが,それ以外にもエキシマレーザー屈折矯正手術後の角膜上皮下混濁6,7)や緑内障術後の濾過胞の維持8,9)にも応用され,その有効性が報告されている.トラニラストは細胞からのインターロイキン-1,サブスタンスP,ロイコトリエンなどのケミカルメディエーターの遊離抑制作用により血管透過性を抑制する10,11)ことから黄斑浮腫の改善効果が期待されている.さらに,血管新生抑制作用も報告されている12).硝子体は無色透明組織である.硝子体手術では,この見えないものを切除する.硝子体切除が不十分であれば,残存硝子体が足場となり再増殖,再離をきたす恐れがある.そのため硝子体術者はできる限り残存がない硝子体切除を考えなければならない.近年では眼内組織を可視化するテクニックとして市販トリアムシノロン懸濁液による硝子体の可視化が報告された1,2).具体的には,市販トリアムシノロン懸濁液の白色粒子が硝子体ゲルに付着することにより硝子体が描出されるものである.この手技により周辺部まで徹底的な硝子体の郭清が可能となり,硝子体手術の効率性,安全性が飛躍的に高まった3).しかしながらトリアムシノロンは硝子体可視化という面で優れているが,その一方でトリアムシノロン懸濁液に含まれる添加物や副腎皮質ステロイド薬の合併症としての併発緑内障や白内障の発生,あるいは術後感染症が危惧される3).トリアムシノロンには添加物として防腐剤であるベンジルアルコールや,乳化剤のポリソルベート80,カルボキシメチルセルロースが含まれている(ケナコルトAR添付文書).もちろんこれらは眼内毒性を示すほど高濃度ではないが,使用にあたり低濃度であることが好ましい.近年ではベンジルアルコールを除去したトリアムシノロン懸濁液13)やステロイド薬で副作用の少ない11-デオキシコルチゾール14),または炭酸脱水阻害薬(炭酸脱水酵素阻害作用を有する化合物を含有する硝子体可視化剤.特開2007-106704)で硝子体の可視化する手技が報告されている.今回,筆者らはトリアムシノロンにない薬理作用をもち,副作用も少ないと考えられるトラニラストに注目し硝子体可視化用に開発を試みた.まず,このトラニラストをトリアムシノロンと同じ懸濁用の基剤を用いて調製し,トラニラストの懸濁を試みたがただちに凝集した.つぎにヒアルロン酸ナトリウム溶液にトラニラストを混合してみたがトラニラストが十分分散できなかった.そこで,超微粒子化することにより均一に分散できないかと考え,マイクロフルイダイザーRを用いて懸濁液の調製を試みた.マイクロフルイダイザーRは化粧品やカラーインクジェットプリンターの顔料系インクを微粒子化することに使用されている15).この器械は,撹拌および乳化装置のなかでも特に強力な剪断力,衝撃力,キャビテーション力をもっており,処理対象とする液体に超高圧でエネルギーを加えることで,均一化されたサブミクロンの粒子を生成できる.そこで,ヒアルロン酸ナトリウム溶液とコンドロイチン硫酸ナトリウム溶液のそれぞれにトラニラスト粉末を混合してキャビテーションしたところ超微粒子懸濁液となった.マイクロフルイダイザーRを用いることにより,通常の撹拌方法では不可能であった微粒子の分散性および保持性の問題をクリアーできた.井上ら13)は,ベンジルアルコールを除去したトリアムシノロン懸濁液を作製して市販トリアムシノロン懸濁液と比較し,調製トリアムシノロン懸濁液は1時間放置後もほとんど沈殿せず,市販トリアムシノロンと比較して硝子体に対しての付着が悪かったと報告している.彼らはベンジルアルコール除去による粘性低下が硝子体可視化に不向きになった原因と考えている13).しかし,筆者らが調製したヒアルロン酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液も,井上らの調製トリアムシノロン懸濁液と同様に1時間静置後もほとんど沈殿しなかった.しかし,ヒアルロン酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液を硝子体に塗布したところ硝子体表面にゲル状に付着し,さらに硝子体が染色されて見えた.これは,トラニラストの粒子径が1μm以下であるため硝子体線維内に入り込んだと考えた.井上らの報告と異なるのは,筆者らは含有物にヒアルロン酸ナトリウムを用いたことによる違いにより生じたと推察している.つぎにコンドロイチン硫酸ナトリウムとトラニラストを混合してキャビテーションした.その結果トラニラストの粒子径はトリアムシノロンより小さい粒子径であった.つぎに1時間静置後,コンドロイチン硫酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液は沈殿したが,ヒアルロン酸ナトリウム含有トラニラスト超微粒子懸濁液と異なりトラニラストの粒子が凝集している様子が観察された.これを硝子体に塗布したところ市販トリアムシノロン懸濁液よりも硝子体の可視化できることが確認できた.これは先ほど述べた1時間放置後の状態でシリンジ内に懸濁粒子の付着を認めることから,市販トリアムシノロン懸濁液よりも硝子体に対して付着性が高いことを裏付けているものと考えられる.つぎにデジタルマイクロスコープに各懸濁液を撹拌直後に観察したところ,トラニラスト懸濁液はトリアムシノロンより分散性が良好であった.この分散性の違いは,トラニラスト懸濁液の作製時に使用したマイクロフルタイザーRによるものである.マイクロフルイタイザーRは先ほど述べたとおり,粒子を衝突させることにより微粒子化する方法であり,これによりトラニラスト粒子の表面に含有高分子がコーティングされ,粒子同士が凝集しにくくなったと推察した.筆者らの作製した2種類のトラニラスト超微粒子懸濁液は,従来報告された可視化剤とは異なり粒子は白色ではなく淡黄色の結晶または結晶性の粉末であるので視認性にも優れ———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009267(129)ていた.2種類のトラニラスト超微粒子懸濁液はいずれも同条件でマイクロフルイタイザーRを施行したにもかかわらず粒子径に差を認めた.これは今回使用した含有高分子の違いにより生じたものと推察される.これに加えて含有高分子の特性により硝子体への付着に差が生じたものと考えられた.本論文の内容は第10回ボーダレス臨床眼科研究会で発表した.現在,特許出願中である.豚眼を用いた硝子体手術にご協力頂いた日本アルコン(株)の小林正道氏,岩谷佳樹氏に深謝いたします.文献1)PeymanGA,CheemaR,ConwayMDetal:Triamcinolo-neacetonideasanaidtovisualizationofthevitreousandtheposteriorhyaloidduringparsplanavitrectomy.Retina20:554-555,20002)SakamotoT,MiyazakiM,HisatomiTetal:Triamcinolo-ne-assistedparsplanavitrectomyimprovedthesurgicalproceduresanddecreasesthepostoperativeblood-ocularbarrierbreakdown.GraefesArchClinExpOphthalmol240:423-429,20023)坂本泰二,樋田哲夫,田野保雄ほか:眼科領域におけるトリアムシノロン使用状況全国調査結果.日眼会誌111:936-945,20074)岡本紀夫,伊藤吉將,長井紀章ほか:ヒアルロン酸ナトリウムを分散安定化剤とするトラニラスト超微粒子懸濁液.眼科50:455-459,20085)須澤東夫,菊池伸次,市川潔ほか:アレルギー性疾患治療薬Tranilastのケロイド組織に対する作用.日本薬理学雑誌99:231-239,19926)岡本進:エキシマレーザー(PRK)術後の角膜上皮下混濁に対するトラニラストの抑制効果.あたらしい眼科14:239-243,19977)酒井達朗,岡本進,岩城陽一:トラニラスト点眼液のエキシマレーザー照射後の角膜上皮下混濁に対する抑制効果.日眼会誌101:783-787,19978)千原悦夫,落合春幸,董瑾ほか:緑内障濾過胞に対するTGFb1阻害剤トラニラストの効果.眼紀50:260-266,19999)青山裕美子,石橋朋和,橋本真理子:シヌソトミー併用トラベクロトミーにおけるトラニラスト点眼の効果.あたらしい眼科17:439-442,200010)須澤東夫,市川潔,菊池伸次ほか:アレルギー性疾患治療薬tranilastのカラゲニン肉芽形成および血管透過性亢進に対する作用.日本薬理誌99:241-246,199211)IsajiM,MiyataH,AjisawaYetal:Inhibitionbytranilastofvascularendotherialgrowthfactor(VEGF)/vascularpermeabilityfactor(VPF)-inducedincreaseinvascularpermeabilityinrats.LifeSci63:71-74,199812)IsajiM,MiyataH,AjisawaYetal:Tranilastinhibitstheproliferation,chemotaxisisandtubeformationofhumanmicrovascularendothelialcellsinvitroandangiogenesisinvivo.BrJPharmacol122:1061-1066,199713)井上真,植竹美香,武田香陽子ほか:ベンジルアルコールを除去した硝子体投与用のトリアムシノロンアセトニド溶液の作成.眼紀55:445-449,200414)KajiY,HiraokaT,OkamotoFetal:Visualizingvitreousbodyintheanteriorchamberusing11-deoxycortisolafterposteriorcapsuleruptureinananimalmodel.Ophthalmol-ogy111:1334-1339,200415)高木和行:処方的乳化と機械的乳化のバランスを考えた乳化技術.FragranceJournal,(臨時増刊)19:131-138,2005***

糖尿病網膜症術後に硝子体出血が遷延化した症例のVascular Endothelial Growth Factor濃度

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1260あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(00)260(122)0910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):260262,2009cはじめに増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に硝子体出血が遷延化する症例がある.活動性の高い症例や若年者などに多い印象を受けるが,その遷延化の原因として術後に新生血管が維持されている可能性も否定できない.新生血管の維持には血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が必要である1).VEGFはIL(インターロイキン)-1,TNF(腫瘍壊死因子)-aなどの炎症性サイトカインで誘導されることが知られており2,3),手術侵襲や術中の光凝固が炎症を惹起し,活動性の高い症例では術後VEGFが上昇し,新生血管が維持され術後の硝子体出血を遷延化させている可能性がある.しかし,硝子体術後に硝子体液のVEGF濃度を検討した報告は少なくその詳細は不明である.今回,糖尿病網膜症術後に硝子体出血の遷延化がみられた症例の初回手術時と再手術時に硝子体液を採取し,そのVEGF濃度を検討したので報告する.〔別刷請求先〕小林貴樹:〒020-8505盛岡市内丸19-1岩手医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TakakiKobayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicine,19-1Uchimaru,Morioka020-8505,JAPAN糖尿病網膜症術後に硝子体出血が遷延化した症例のVascularEndothelialGrowthFactor濃度小林貴樹早坂朗石部禎黒坂大次郎岩手医科大学医学部眼科学講座VascularEndothelialGrowthFactorLevelofVitreousHumorinPersistentVitreousHemorrhageafterVitrectomyinProliferativeDiabeticRetinopathyTakakiKobayashi,AkiraHayasaka,TadashiIshibeandDaijiroKurosakaDepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicine目的:増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後にみられる硝子体出血の遷延化に血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が関与しているかどうかを検討した.方法:増殖糖尿病網膜症に対し硝子体手術を施行し,初回手術後に硝子体出血が遷延化した症例のうち,VEGF濃度の測定が可能であった5例5眼を対象とした.初回手術後,316週に再手術を行い,各手術時に硝子体液を採取し,VEGF濃度をenzyme-linkedimmunosor-bentassay(ELISA)法で測定した.結果:VEGF濃度は初回手術時1,510±1,518.1pg/ml,再手術時62.6±86.5pg/mlであり,再手術時のVEGF濃度は低下していた.結論:今回の症例では硝子体液中のVEGF濃度は術後316週の時点で著しく低下しており,硝子体出血の遷延化にVEGF濃度は影響していない可能性がある.Todeterminewhethervitreoushumorvascularendothelialgrowthfactor(VEGF)levelisrelatedtopersistentvitreoushemorrhageaftervitrectomyforproliferativediabeticretinopathy,weevaluated5eyesof5patientswhounderwentvitrectomyforproliferativediabeticretinopathyandhadpersistentvitreoushemorrhageafterthepri-maryoperation.Thepatientsunderwentreoperationat3-16weeksaftertheprimaryoperation.Weobtainedvit-reoushumorateachoperationandmeasuredVEGFlevelbyusingtheenzyme-linkedimmunosorbentassaymeth-od.VEGFlevelwas1,510±1,518.1pg/mlattheprimaryoperationandhaddecreasedto62.6±86.5pg/mlatreoperation.TheVEGFlevelinthevitreoushumorofthesecasesdecreasedremarkablyat3-16weeksaftertheprimaryoperation.ThereisapossibilitythatVEGFleveldoesnotinuencetheprotractionofpostoperativevitre-oushemorrhage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):260262,2009〕Keywords:糖尿病網膜症,血管内皮増殖因子,術後硝子体出血,硝子体.diabeticretinopathy,vascularendothelialgrowthfactor,postoperativevitreoushemorrhage,vitreous.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009261(123)I対象および方法1.対象2004年10月2007年3月の間に岩手医科大学眼科で硝子体手術を施行し,術後に硝子体出血が2週間以上遷延化した糖尿病網膜症症例のうち,初回手術時と再手術時の硝子体液のVEGF濃度を測定しえた5例5眼を対象とした.内訳は男性3例3眼,女性2例2眼,年齢2864歳(平均46.4±14.2歳)であった.増殖糖尿病網膜症5例5眼,うち1例1眼で血管新生緑内障を伴っていた.初回手術の216週に再手術を行った.当科では硝子体術後に硝子体手術の遷延化がみられた場合,初回手術の23週後に再手術を行っているが,症例4ではしばらく再手術の希望がなかったために16週後に施行することになった.出血傾向,抗凝固薬の投与が行われている症例はなかった.2.方法VEGF濃度の測定はQuantikineRhumanVEGFimmuno-assayキット(R&DSystems社,MN,USA)を用いて,enzyme-linkedimmunosorbentassay(ELISA)法で行った.すなわち,抗VEGFモノクローナル抗体が固相化されたプレートの各ウェルに検体および標準液を注入し,室温で2時間抗原抗体反応を行った.結合しなかった抗原を十分に洗浄した後,ペルオキシダーゼ標識抗VEGFポリクローナル抗体を加え室温で2時間反応させた.過剰な抗体を十分洗浄して除去した後,酵素反応基質液で発色させ,各ウェルの吸光度を測定した.標準液の測定値から検量線を作成し,各検体のVEGF濃度を算出した.硝子体の採取については,全症例でインフォームド・コンセントを得て行った.方法は,初回手術の場合は硝子体手術を行う際,毛様体扁平部に3ポートを作製した後,眼内灌流を行う前にポリプロピレンチューブを装着した硝子体カッターを眼内に挿入し,硝子体をチューブ内に吸引し,そこから0.20.6ml採取した.再手術の場合は,手術の際にツベルクリンシリンジ付き30ゲージ針を毛様体扁平部に刺入し硝子体液を0.10.2ml採取した.検体は速やかに冷凍し,測定まで80℃で凍結保存した.3.統計解析初回手術時と再手術時の硝子体液中VEGF濃度の統計解析にはMann-Whitney’sUtestを用いた.II結果各検体のVEGF濃度の結果を表1に示した.初回手術時の硝子体中VEGF濃度は64.33,080pg/ml(1,510±1,518.1pg/ml)であった.再手術時に採取された硝子体液のVEGF濃度は15.6134pg/ml(62.6±86.5pg/ml)で,初回手術時に対する再手術時のVEGF濃度の割合は7.825.5%であった.全例で初回手術時よりVEGF濃度は有意に低下していた(p<0.05).III考按糖尿病網膜症の硝子体手術後に硝子体出血が遷延化する症例では,手術時の網膜光凝固による網膜のablationが不十分でVEGF分泌が維持され,新生血管が消退していない可能性があるのみならず,手術侵襲により炎症が惹起され一過性にVEGF発現が増加し増殖性変化が高まっている可能性も否定できない2,3).Itakuraら4)はそれを裏付けるように術後536日の長期にわたり硝子体中にVEGFが高いレベルで遷延化して保たれていることを報告している.筆者らは術後再出血を起こす症例では,再増殖や前部硝子体線維血管増殖(anteriorhyaloidalbrovascularproliferation:AHFVP)に移行する例があり,そのような例では術中の徹底した網膜光凝固により網膜のablationを行っても術後VEGF濃度が上昇していることを報告した(第59回日本臨床眼科学会,2005).また,遷延化が長引けばVEGFが依然上昇しており,増殖性変化が進行するのではないかといった危惧も出てくると思われる.そこで今回,術後硝子体出血が遷延化した症例のVEGF濃度を調査し,初回手術時とどのように違っているかを検討した.しかしながら今回の症例では硝子体液中のVEGF濃度は術後216週の時点で著しく低下しており,そのレベルは初回手術時の4.324.5%になっていることが明らかとなっ表1各症例の概要と硝子体液のvascularendothelialgrowthfactor(VEGF)濃度症例年齢・性疾患再手術までの期間初回手術時のVEGF(pg/ml)再手術時のVEGF(pg/ml)初回手術時のVEGF濃度に対する再手術時のVEGF濃度の割合(%)128歳・男性PDR2週1,87045924.5264歳・女性PDR3週64.315.624.3346歳・女性PDR2週1,4101107.8438歳・男性PDR2週38152.213.7556歳・男性NVG+PDR16週3,0801344.4PDR:増殖糖尿病網膜症,NVG:血管新生緑内障.———————————————————————-Page3262あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(124)た.このことから初回手術により再手術時にはVEGF分泌が大幅に抑制されていたことがわかり,硝子体出血の遷延化にVEGF濃度は大きく影響していないことが考えられる.今回の症例でVEGF濃度が低下したにもかかわらず硝子体出血が遷延化した原因については,消退途中の新生血管からや術中の網膜裂孔から術後も出血が持続した可能性が考えられる.今回検討した症例のなかにも術中裂孔が生じたものが2例存在した.出血傾向のある症例や抗凝固剤を服用している症例はなかったが,何らかの原因で止血しにくい状態にあったものと思われる.また,新生血管の維持にはVEGFの供給が必要である1)が,網膜光凝固によってVEGF供給が減少しても新生血管の消退までにタイムラグがあり,出血が遷延化している可能性もある.VEGF濃度は個々の症例によってバリエーションがあり,正常値を規定するのは困難であると思われる.たとえば,症例2では64.2pg/mlで増殖性変化をきたしていたのに対し,症例5では3,080pg/mlであった.VEGFは糖尿病網膜症を悪化させる主要因であるが,レセプターなどの感受性の問題や抑制因子の問題5,6),他の増殖因子の介入7,8)などでどの値までVEGFレベルを下げればよいのかは症例ごとに変化してくるものと考えられる.今回は糖尿病網膜症の主要因であるとされているVEGFのみを検討したが,その他の因子により新生血管が維持されている可能性は否定できず,今後の検討が必要である.今回対象になった症例はすべて初回手術時に網膜最周辺部まで徹底した光凝固を施行した.Itakuraらは術後長期にわたり硝子体中にVEGFが高いレベルで保たれていると報告しているが,そのなかで網膜光凝固をどの程度どの範囲まで施行したかについては触れられておらず4),光凝固による網膜ablationの程度の違いが今回の結果との違いになったことが考えられる.今回の結果より,硝子体出血が遷延化した症例の再手術を行う場合は,初回手術で最周辺部までの徹底した光凝固を施行したのであれば,明らかに不足している箇所への追加にとどめ,さらなる鎮静化目的の積極的な凝固斑の間隙への追加は必要ないものと考えられる.光凝固の追加でVEGFの分泌を減少させることには症例によっては限界があると思われ,過剰な凝固は視機能の低下を招くおそれも考えられる.また,超音波エコーなどで網膜離や再増殖が確認されない症例では再手術をせず,しばらく経過をみるのも選択肢の一つであると思われる.今回の症例でも,先に測定しえた症例2,3,5で再手術時にVEGF濃度が上昇していないことがわかっていたので,症例1,4では再手術時に明らかに少ない箇所に光凝固をわずかに追加するにとどめた.しかし,再出血や網膜症の再燃はみられず良好な経過をたどっている.今回の症例は術後遷延化した硝子体出血の症例であった.手術で硝子体出血が消退し,しばらく沈静化していたものに再出血を起こした場合は,今回とは異なりVEGFが上昇している可能性もあると考えられる.これについては今後の検討が必要であるが,AHFVPや強膜創血管新生など重篤な変化に移行している場合もあり注意が必要であると思われる.文献1)TolentinoMJ,MillerJW,GragoudasESetal:Vascularendothelialgrowthfactorissucienttoproduceirisneo-vascularizationandneovascularglaucomainanonhumanprimate.ArchOphthalmol114:964-970,19962)KvantaA:Expressionandregulationofvascularendo-thelialgrowthfactorinchoroidalbroblasts.CurrEyeRes14:1015-1020,19953)YoshidaS,OnoM,ShonoTetal:Involvementofinter-leukin-8,vascularendothelialgrowthfactor,andbasicbroblastgrowthfactorintumornecrosisfactoralpha-dependentangiogenesis.MolCellBiol17:4015-4023,19974)ItakuraS,KishiN,KotajimaMetal:Persistentsecretionofvascularendothelialgrowthfactorintothevitreouscavityinproliferativediabeticretinopathyaftervitrecto-my.Ophthalmology111:1880-1884,20045)SprangerJ,OsterhoM,ReimannMetal:Lossoftheantiangiogenicpigmentepithelium-derivedfactorinpatientswithangiogeniceyedisease.Diabetes50:2641-2645,20016)OgataN,NishikawaM,NishimuraTetal:Unbalancedvitreouslevelsofpigmentepithelium-derivedfactorandvascularendothelialgrowthfactorindiabeticretinopathy.AmJOphthalmol134:348-353,20027)FunatsuH,YamashitaH,NakanishiYetal:AngiotensinIIandvascularendothelialgrowthfactorinthevitreousuidofpatientswithproliferativediabeticretinopathy.BrJOphthalmol86:311-315,20028)RuberteJ,AyusoE,NavarroMetal:IncreasedocularlevelsofIGF-1intransgenicmiceleadtodiabetes-likeeyedisease.JClinInvest113:1149-1157,2004***

糖尿病網膜症の治療段階と就業

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(117)2550910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):255259,2009cはじめに糖尿病網膜症(以下,網膜症)は,進行すると急速かつ高度な視力低下をきたし,個人の社会活動および勤労に多大な影響を及ぼす疾患であり,わが国における中途失明原因の第2位であると報告されている1).通常,網膜症発症前(nondiabeticretinopathy:NDR)や単純糖尿病網膜症(simplediabeticretinopathy:SDR)では経過観察,前増殖糖尿病網膜症(preproliferativediabeticretinopathy:prePDR)および増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)では網膜光凝固,増殖糖尿病網膜症のうち硝子体出血や増殖膜形成による牽引性網膜離,続発性の血管新生緑内障発症例などでは硝子体手術が選択される2).近年,単純糖尿病網膜症や前増殖糖尿病網膜症であっても,高度の視力低下をきたす黄斑浮腫を生じた場合には硝子体手術が有効であると報告され3,4),硝子体手術の適応が拡大されてきている5).慢性疾患全般に共通することではある〔別刷請求先〕佐藤茂:〒591-8025堺市北区長曽根町1179-3大阪労災病院勤労者感覚器障害研究センターReprintrequests:ShigeruSato,M.D.,Ph.D.,ClinicalResearchCenterforOccupationalSensoryOrganDisability,OsakaRosaiHospital,1179-3Nagasone-cho,Kita-ku,Sakai,Osaka591-8025,JAPAN糖尿病網膜症の治療段階と就業佐藤茂恵美和幸上野千佳子澤田憲治澤田浩作大浦嘉仁大八木智仁森田真一坂東肇大喜多隆秀池田俊英大阪労災病院勤労者感覚器障害研究センターRelationbetweenMedicationalStageandOccupationinDiabeticRetinopathyShigeruSato,KazuyukiEmi,ChikakoUeno,KenjiSawada,KosakuSawada,YoshihitoOura,TmohitoOyagi,ShinichiMorita,HajimeBando,TakahideOkitaandToshihideIkedaClinicalResearchCenterforOccupationalSensoryOrganDisability,OsakaRosaiHospital糖尿病網膜症に対する各治療段階における視力,糖尿病コントロール状況,就業状況の変化を調査し,就業者の糖尿病網膜症に対する治療状況と治療の就業へ及ぼす影響を検討した.対象を調査開始時の治療状況で,経過観察群,網膜光凝固群,硝子体手術群の3群に分け各群間で比較した.1年後の視力は,経過観察群および網膜光凝固群では維持されており,硝子体手術群では有意に視力改善が得られていた.糖尿病コントロール状況は,すべての群で有意に改善が得られていた.また治療段階が進むにつれて,平均通院・在院日数は有意に増加していた.調査開始より1年間に眼の病気を理由に退職した例は,硝子体手術群のみにみられた.就業者における糖尿病網膜症の加療,特に硝子体手術を要する症例では,視機能の改善のみではなく,入院期間の短縮など経済的,社会的負担の軽減も考慮する必要があると考えられた.Toevaluatetheconditionsofworkerswithdiabeticretinopathyandtheeectoftheirmedicaltreatmentsonthecontinuityoftheirwork,weinvestigatedchangeinvisualacuity,diabeticretinopathycondition,diabeticcondi-tionandstatusofoccupation.Thesubjectswereclassiedintothreegroupsbystageofmedicaltreatment,i.e.,observation,retinalphotocoagulationandvitrectomy.Meanvisualacuitywasmaintainedintheobservationandretinalphotocoagulationgroups,andwassignicantlyimprovedinthevitrectomygroup.Diabeticconditionwassignicantlyimprovedinallgroups.Duringthetermoftheinvestigation,all4patientswhoresignedfromworkforeyediseasehadundergonevitrectomy.Whentreatingworkerswithdiabeticretinopathy,especiallythosewhoneedvitrectomy,itisimportantnotonlytoimprovetheirvisualacuity,butalsotoeasetheireconomicandsocialburden.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):255259,2009〕Keywords:糖尿病網膜症,網膜光凝固術,硝子体手術,就業.diabeticretinopathy,retinalphotocoagulation,vitrectomy,work.———————————————————————-Page2256あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(118)が,就業している網膜症患者では治療に時間を割くと失職してしまうリスクがあり,逆に治療に時間を割かなければ高度の視力低下をきたし失職するリスクがある.この就業と治療のジレンマの実態を調査することは,網膜症による失職のリスク軽減へ向けて有用であると考えられる.本研究では,就業している網膜症患者に限定し,各治療段階における視力,糖尿病コントロール状況,就業状況とその変化について調査した.調査開始から1年以内に眼の病気を理由として退職した個々の症例についての検討も行った.I対象および方法平成17年1月から平成19年10月の間に大阪労災病院眼科(以下,当科)を受診し,当科にて治療をうけた網膜症患者のうち,独立行政法人労働者健康福祉機構「労災疾病等13分野医学研究・開発,普及事業」への研究参加の同意を得たのは508例である.これらの症例に対しては,本研究の内容や倫理規定に関する説明と,本研究への参加あるいは不参加が治療の方針に変化をもたらさないことの説明を担当医から十分に行い,理解と同意を得たのち,参加同意書にサインを記入していただいた.全508例のうち,調査開始時に就業しており,かつ1年後のアンケート調査が施行できた167例(男性130例,女性37例)を抽出し,今回の検討対象とした.対象を調査開始時の網膜症の状態により,経過観察群,網膜光凝固群,硝子体手術群の3群に分けた.経過観察群は調査開始時において,網膜光凝固術,硝子体手術などの治療を受けていない者(55例),網膜光凝固群は調査開始時に光凝固を開始した者(38例),硝子体手術群は調査開始時に硝子体手術を受けた者(74例)であった.各群に対して視力,糖尿病コントロール状況,就業状況を調査した.各群とも視力や病期など眼に関連するデータは,基本的に右眼のデータを採用した.ただし,網膜光凝固群や硝子体手術群で左眼のみ加療された症例に関しては,左眼のデータを採用した.視力測定は少数視力表を用いて行い,その結果をlogMAR値へ換算して統計処理した.糖尿病コントロール状況は,アンケートに加え,かかりつけ内科医への照会によって血液検査結果などの情報提供を受けた.就業状況は,アンケートにて調査した.アンケートは,診察および検査など医療行為に関わらない専属の調査員が行った.それぞれ,調査開始後1年の時点で再調査を行い,それらの変化についても検討した.就業に関しては,調査開始から1年以内に退職した例に対しては退職理由を調査した.本研究は,大阪労災病院における倫理委員会による承認を受けて行われた.II結果1.各群の内訳および背景各群の対象症例数は,経過観察群55例,網膜光凝固群38例,硝子体手術群74例であった.対象の年齢分布は,各群ともに5665歳の間にピークを認めた(図1).各群のDavis分類による病期の内訳を表1に示す.SDRやprePDRであっても,黄斑浮腫による視力低下をきたした症例には硝子体手術を施行した.硝子体手術は有水晶体眼(70例)に対しては全例超音波白内障手術を同時に施行した.各群の背景を表2に示す.調査開始時において各群間で明らかな有意差はな2520151050(例)年齢(歳)26303135364041454650515556606165667071757680:経過観察群(55例):網膜光凝固群(38例):硝子体手術群(74例)図1対象症例数の内訳および各群の年齢分布各群ともに5665歳にピークを認めた.表1各群の病期の内訳(例数)経過観察群網膜光凝固群硝子体手術群NDR3000SDR1631prePDR92412PDR01161計553874NDR:nondiabeticretinopathy,SDR:simplediabeticretinopathy,prePDR:preproliferativediabeticretinopathy,PDR:proliferativediabeticretinopathy.表2各群の調査開始時の背景経過観察群網膜光凝固群硝子体手術群症例数55例38例74例性別(男/女)47/832/651/23年齢(歳)ns58.9±10.254.1±10.656.9±8.6糖尿病罹病期間(年)ns10.0±7.812.0±9.012.3±8.1空腹時血糖(mg/dl)ns187.9±93.6196.8±97.5178.4±72.8HbA1C(%)ns8.5±2.18.2±1.58.0±1.6BUN(mg/dl)ns15.3±5.716.0±6.118.0±8.7Crea(mg/dl)ns0.8±0.30.9±0.41.1±1.7高血圧(+)38%39%47%(平均±SD)(ns;Kruskal-Wallistest,有意差なし)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009257(119)かったが,治療段階が進むにつれて腎機能の悪化,高血圧の合併頻度の上昇傾向が認められた(表2).2.糖尿病および糖尿病網膜症のコントロール状況調査開始時より1年以上前から継続して通院している症例を通院歴ありとした場合における各群の眼科通院歴,内科通院歴を示す(図2a).経過観察群では55例中27例,網膜光凝固群では38例中29例,硝子体手術群では74例中43例が眼科定期通院していなかった.また各群ともに内科には定期通院していても,眼科には定期通院していない症例が2430%存在していた.調査開始1年後では,各群ともに有意にヘモグロビン(Hb)A1C値が低下していた(Wilcoxonsigned-rankstest,p<0.05;図2b)が,各群ともに腎機能は低下傾向にあり,網膜光凝固群と硝子体手術群では高血圧の合併者が増加傾向にあった(データ未掲載).3.視力の変化調査開始時と1年後の群別平均視力を示す(図3).病期が進むに従い,調査開始時,1年後ともに平均視力は低下していた(Kruskal-Wallistest,p<0.05).経過観察群と網膜光凝固群では1年後の平均視力に有意な変化はなかったが,硝子体手術群では平均視力が有意に改善していた(Wilcoxonsigned-rankstest,p<0.05).4.眼科通院日数と就業状況の変化1年間の眼科通院・入院日数を図4に示す.治療段階が進むにつれて有意に通院・入院日数が増加していた(Mann-Whitney’sUtest;p<0.05).調査開始から1年間に退職した症例数を表3に示す.眼の病気を理由に退職したものは硝子体手術群のみ(4例)であった.この4例の詳細を表4に示す.職種はトラック運転手2名,事務員2名であった.視力低下によって退職に至った具体的な理由として,症例2で(%)100806040200a(%)98.587.576.565.5b経過観察群網膜光凝固群硝子体手術群経過観察群(55例)網膜光凝固群(38例)硝子体手術群(74例):眼科通院歴あり:内科通院歴あり:調査開始時:1年後HbA1C***図2糖尿病コントロール状況a:調査開始時より1年以上前から定期通院をしている場合を通院歴ありとした場合の内科,眼科通院歴.各群ともに眼科通院歴のある例がほぼ半数以下である.また内科通院歴があっても眼科通院していない症例が相当数存在する.b:HbA1C値の変化.各群ともに有意にHbA1C値が改善していた(*:Wilcoxonsigned-rankstest,p<0.05).1.21.00.80.60.40.20経過観察群(55例)網膜光凝固群(38例)硝子体手術群(74例):調査開始時:1年後少数視力*****図3各群の視力変化硝子体手術群のみ1年後の視力が有意に改善していた(*:Wilcoxonsigned-rankstest,p<0.05).また治療段階が進むにつれて調査開始時,1年後ともに視力が低下していた(**:Kruskal-Wallistest,p<0.05).統計処理は少数視力をlogMAR値に換算して行った.グラフはlogMAR値を再度少数視力に変換して表示している.2520151050経過観察群網膜光凝固群硝子体手術群:入院:外通院・入院日数(日)***図4各群の通院および入院日数治療段階が進むにつれて,有意に通院および入院日数が長くなっている(*:Mann-Whitney’sUtest,p<0.05).表3調査開始より1年以内に退職した症例の退職理由退職理由眼の病気眼以外の病気病気以外経過観察群(n=55)012網膜光凝固群(n=38)001硝子体手術群(n=74)401———————————————————————-Page4258あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(120)は硝子体手術を受けることが決まった直後に解雇されたとのことである.症例3はコンピュータをおもに使用する仕事をされていたが,画面が見にくく作業ができなくなったとのことであり,症例4では,数字の3,6,8,9がすべて同じに見えて事務作業ができなくなったことを退職の理由としていた.1年間の通院および入院日数は4例ともに網膜光凝固群の平均通院日数を上回っていた.III考按視覚障害が顕著になると仕事の継続は容易ではなく,一度離職すると視覚障害者の再就職はむずかしい6).視覚障害の原因疾患を糖尿病とその他の疾患に分けて就業率を検討した過去の報告では,就業者の割合は糖尿病以外の疾患による視覚障害者が34.0%に対して糖尿病による視覚障害者は16.7%であり,糖尿病網膜症患者の就業率が低かった.視覚障害が原因で仕事を辞めた人は,糖尿病以外の疾患の人は33.0%に対して糖尿病の人は50.0%であった6).このように,視覚障害者の就労,特に糖尿病による視覚障害者の就労は厳しい状況にある.今回,就業している糖尿病網膜症患者における各治療段階での現状を調べ,それぞれの治療が就業の継続につながっているかを検討した.対象の年齢分布は調査開始時において各群ともに5665歳にピークがあり,いわゆる就労年齢の後期以降の症例が多かった.この年齢層においては,糖尿病網膜症がわが国における中途失明原因の第1位であると報告されている1).内科および眼科通院歴をみると,網膜光凝固群や硝子体手術群でも眼科通院歴のあるものは半数以下であった.網膜光凝固群は,軽度視力低下などの自覚症状が出現しはじめる時期にあたる(図3).硝子体手術を要する症例ではかなり視力が下がっている(図3).このことから就業者では,自覚症状が現れてはじめて眼科受診している症例,さらには自覚症状が出ても放置している症例が多く存在することが示唆される.内科通院歴と眼科通院歴の関係をみると,内科は定期通院しているが,眼科は定期通院していない症例が2430%存在した.そのなかには,内科以外の科を専門とする医師に糖尿病治療を受けている患者もおり,糖尿病患者における眼科定期検査の重要性を内科医だけでなく他科の医師にも広く啓蒙する必要があると考えられた.糖尿病のコントロールは,各群ともに有意に改善していた.これは,患者教育により,患者本人に病識が生まれ,血糖管理に注意を払うようになったこと,内科の管理下に置かれたことが考えられる.したがって今回の結果は,糖尿病治療における患者教育や社会的啓蒙の重要性を改めて認識させる結果と思われる.以前筆者らは,糖尿病網膜症に対する硝子体手術により健康関連qualityoflife(QOL)が改善することを報告した7,8).しかし,調査開始から1年以内に退職した症例の退職理由では,眼の病気によると回答した症例は硝子体手術群の4例のみであった(表3).これら4例ではすべて1年間の通院・入院日数が網膜光凝固群の平均通院日数を上回っていた.具体的な職業ではトラック運転手や事務員であり,高いレベルの視機能を要求される職業であった.全体の平均通院・入院日数をみても,硝子体手術群が他の2群に比し有意に長い.こうした背景から,硝子体手術目的に入院した時点で即解雇された症例もあり,網膜症患者の就業継続は視機能だけでなく,職場環境や社会的背景とも関連していることがわかった.近年注目されている低侵襲硝子体手術は,早期の視力回復だけでなく,入院日数や社会復帰への期間が短くなる可能性があり,就業継続のために今後ますます重要になると考えられる.抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrwothfactor:VEGF)抗体の硝子体内投与のような新しい治療法が,日本でも限られた施設のみではあるが開始されている.糖尿病黄斑浮腫に対しても効果が認められるという報告もあり9),通院・入院期間の短縮や社会復帰への期間が短縮される可能性を秘めているので,今後の展開が期待される.謝辞:本研究を施行するにあたり,大阪労災病院勤労者感覚器障害センターの北方悦代氏,廣瀬望氏,藤本妙子氏,瓜生恵氏,葛野ひとみ氏,谷美由紀氏に協力いただいた.なお,本研究は,独立行政法人労働者健康福祉機構「労災疾病等13分野医学研究・開発,普及事業」によるものである.表4眼の病気を理由とした退職者の詳細調査時(術前)1年後通院日数入院日数職種具体的経緯症例160歳,男性IIO対象眼0.011.0710トラック運転手詳細不明反対眼0.80.8症例248歳,男性IIO対象眼0.060.71422トラック運転手硝子体手術受けることが決まった直後に解雇反対眼0.50.6症例360歳,男性IIO対象眼0.150.558事務員パソコンが見にくく作業が困難になった反対眼0.40.5症例459歳,女性IIO対象眼0.50.1138事務員数字の3,6,8,9が判別できなくなった反対眼0.80.7———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009259(121)文献1)中江公裕,増田寛次郎,妹尾正ほか:わが国における視覚障害の現状.平成17年度厚生労働省研究事業網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する研究.p263-267,厚生労働省,20052)永田誠,松村美代,黒田真一郎ほか:眼科マイクロサージェリー(第5版),p657-658,エルゼビア・ジャパン,20053)LewisH,AbramsGW,BlumenkranzMSetal:Vitrecto-myfordiabeticmaculartractionandedemaassociatedwithposteriorhyaloidaltraction.Ophthalmology99:753-759,19924)TachiN,OginoN:Vitrectomyfordiusemacularedemaincasesofdiabeticretinopathy.AmJOphthalmol122:258-260,19965)樋田哲夫,田野保雄,根木昭ほか:眼科プラクティス7,糖尿病眼合併症の診療指針.p81-85,文光堂,20066)山田幸男,平沢由平,大石正夫ほか:中途視覚障害者のリハビリテーション第8報視覚障害者の就労.眼紀54:16-20,20037)恵美和幸,大八木智仁,池田俊英ほか:糖尿病網膜症の硝子体手術前後におけるqualityoflifeの変化.日眼会誌112:141-147,20088)大八木智仁,上野千佳子,豊田恵理子ほか:糖尿病網膜症の片眼硝子体手術例における健康関連QOLへの僚眼視力の影響.臨眼62:253-257,20089)坂東肇,恵美和幸:抗VEGF抗体─糖尿病黄斑浮腫に対するBevacizumab硝子体内投与の効果.あたらしい眼科24:156-160,2007***

前眼部光干渉断層計を用いて観察した糖尿病角膜症

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(109)2470910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):247253,2009cはじめに糖尿病を有する患者の眼に手術を行ったり点眼薬を用いたりすると,角膜上皮障害がなかなか改善しないことを経験する.糖尿病角膜症とよばれるこの病態は平時には無自覚で経過しており,所見はあってもわずかで軽度の点状表層角膜症を有する程度で見過ごされているが,眼表面へのストレスを契機に顕性化,重症化する14).強い角膜上皮障害による霧視感や視力低下が生じ,視機能に影響を与え,ときに再発性角膜上皮びらんや遷延性角膜上皮欠損に移行しきわめて難治となることがある.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)は,光の波としての性質であるコヒーレンス(可干渉性)に着目し,反射波の時間的遅れを検出し画像化する新しい光断層画像解析装置である.OCTは後眼部の形態観察装置として広く認められ,その優れた画像解析能力は網膜疾患の解剖学的理解を深め,診断・治療に欠かせない要素の一つとなった5).前眼部領域においても,角膜や前房の形態描出に優れ6),角膜手術の術前後の評価7)や緑内障の診断治療8)に用いられ,〔別刷請求先〕花田一臣:〒078-8510旭川市緑が丘東2条1丁目1-1旭川医科大学医工連携総研講座Reprintrequests:KazuomiHanada,M.D.,DepartmentofMedicineandEngineeringCombinedResearchInstitute,AsahikawaMedicalCollege,2-1-1MidorigaokaHigashi,Asahikawa078-8510,JAPAN前眼部光干渉断層計を用いて観察した糖尿病角膜症花田一臣*1,2五十嵐羊羽*1,3石子智士*1加藤祐司*1小川俊彰*1長岡泰司*1川井基史*1石羽澤明弘*1吉田晃敏*1,3*1旭川医科大学医工連携総研講座*2同眼科学教室*3同眼組織再生医学講座CornealImagingwithOpticalCoherenceTomographyforDiabeticKeratopathyKazuomiHanada1,2),ShoIgarashi1,3),SatoshiIshiko1),YujiKato1),ToshiakiOgawa1),TaijiNagaoka1),MotofumiKawai1),AkihiroIshibazawa1)andAkitoshiYoshida1,3)1)DepartmentofMedicineandEngineeringCombinedResearchInstitute,2)DepartmentofOphthalmology,3)DepartmentofOcularTissueEngineering,AsahikawaMedicalCollege増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に角膜上皮障害を生じた3例3眼について,Optovue社製のRTVue-100に前眼部測定用アダプタ(corneaanteriormodule:CAM)を装着した前眼部光干渉断層計(OCT)で角膜形状と角膜厚を観察した.OCT像は前眼部細隙灯顕微鏡所見と比較しその特徴を検討した.前眼部OCTによって硝子体手術後の角膜に対して低浸襲かつ安全に角膜断層所見を詳細に描出でき,病変部の上皮の異常や実質の肥厚が観察できた.再発性上皮びらんを生じた症例では上皮下に生じた広範な間隙が観察され,上皮接着能の低下が示唆された.本法は,糖尿病症例にみられる角膜上皮障害の病態の把握に有効である.Wedescribetheuseofanteriorsegmentopticalcoherencetomography(OCT)inevaluatingcornealepithelialdamageaftervitrectomyforproliferativediabeticretinopathy(PDR).ThreecasesofcornealepithelialdamageaftervitrectomyforPDRwereincludedinthisreport.AnteriorsegmentOCTscanswereperformedwiththeanteriorsegmentOCTsystem(RTVue-100withcornealanteriormodule;Optovue,CA).TheOCTimageswerecomparedtoslit-lampmicroscopicimages.TheanteriorsegmentOCTsystemisanoncontact,noninvasivetech-niquethatcanbeperformedsafelyaftersurgery.Theimagesclearlyshowedvariouscornealconditions,e.g.,epi-thelialdetachment,stromaledemaandsubepithelialspaces,ineyeswithrecurrentepithelialerosion.OCTimageshavethepotentialtoassesstheprocessofcornealwoundhealingaftersurgeryandtohelpmanagesurgicalcom-plicationsindiabeticpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):247253,2009〕Keywords:糖尿病角膜症,増殖糖尿病網膜症,硝子体手術,角膜上皮障害,前眼部光干渉断層計.diabetickeratopathy,proliferativediabeticretinopathy,vitrectomy,cornealepithelialdamage,anteriorsegmentopticalcoherencetomography.———————————————————————-Page2248あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(110)その有効性が多数報告されている.今回筆者らは糖尿病網膜症患者に硝子体手術を行った後にみられた角膜上皮障害について,前眼部OCTを用いて経過を観察した3例3眼を経験し,若干の知見を得たので報告する.I対象および方法対象は増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後,遷延性角膜上皮障害を生じた3例3眼である.これらの症例の角膜上皮障害について前眼部光干渉断層計(前眼部OCT)を用いて測定し修復過程を観察した.筆者らが用いた前眼部OCTはOptovue社製のRTVue-100である.後眼部の計測・画像解析用に開発された機種であるが,前眼部測定用アダプタ(corneaanteriormodule:CAM)を装着することで前眼部OCTとして用いることができる(図1).測定光波長は後眼部用の840nm,組織撮影原理にはFourier-domain方式が用いられており,画像取得に要する時間が最短で0.01秒とtime-domain方式と比べ1/10程度に短縮されている.今回,角膜上皮層と上皮接着の状態,角膜実質層の形態および角膜厚について,前眼部OCTで得られた角膜所見と前眼部細隙灯顕微鏡所見を比較検討した.II症例呈示〔症例1〕32歳,女性.右眼の増殖糖尿病網膜症と白内障に対して硝子体切除術と超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を同時施行,手術所要時間は4時間34分,術中視認性確保のため角膜上皮掻爬を行っている.術後角膜上皮びらんが遷延し,2週間たっても上皮欠損が残存,容易に離する状態を呈していた(図2a).術前の角膜内皮細胞密度は2,848/mm2,六角形細胞変動率は0.35であった.術後2週間目の眼圧は24mmHg,前房内に軽度の炎症細胞を認めた.前眼部OCTでは接着不良部の上皮肥厚と実質浮腫を認めた(図2b).OCTで測定した角膜厚は中央部で675μmであった.この時点まで点眼薬はレボフロキサシンとリン酸ベタメタゾンが用いられていたが,リン酸ベタメタゾンを中止,0.1%フルオロメトロンと0.3%ヒアルロン酸ナトリウムを用いて上皮修復を促進するよう変更,治療用ソフトコンタクトレンズを装用して経過を観察した.術後4週間目で上皮欠損は消失したが,上皮面は不整で一部混濁を伴う隆起を生じていた(図3a).前眼部OCTでは上皮肥厚は残存し,修復した上皮基底に沿って1層の低信号領域が認められた.実質浮腫には改善傾向が認められた(図3b).術後6週間目で上皮混濁は減少し,軽度の点状表層角膜症を認める程度に改善した(図4a).前眼部OCTでは上皮肥厚は消失,上皮基底に沿った低信号領域も消失した.実質浮腫もさらに改善がみられ(図4b),OCTab250μm2症例1a:32歳,女性.硝子体手術後上皮びらんが遷延し,2週間後も上皮が容易に離する.b:前眼部OCT.接着不良を起こした部位の上皮肥厚と実質浮腫を認める.図1前眼部OCTOptovue社製RTVue-100.前眼部測定用アダプタ(corneaanteriormodule:CAM)を装着して前眼部光断層干渉計として用いる———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009249(111)で測定した角膜厚は中央部で517μmであった.〔症例2〕59歳,男性.右眼の増殖糖尿病網膜症と白内障に対して硝子体切除術と超音波乳化吸引術を同時施行,術中視認性確保のため角膜上皮掻爬を行っている.広範な牽引性網膜離があり,増殖膜除去後に硝子体腔内を20%SF6(六フッ化硫黄)ガスで置換して手術を終了,手術所用時間は1時間54分であった.術前の角膜内皮計測は行われていない.経過中に瞳孔ブロックを生じ,レーザー虹彩切開術を追加,初回術後3週間目に生じた網膜再離に対して2度目の硝子体切除術を行っている.手術所用時間は1時間12分.2度目の硝子体手術後4週間目に角膜上皮離が生じた(図5a).点眼薬はレボフロキサシン,0.1%フルオロメトロン,0.5%マレイン酸チモロール,1%ブリンゾラミドおよび0.005%ラタノプロストが用いられていた.術後4週間目の眼圧は17mmHg,前房内に軽度の炎症細胞を認めた.前眼部OCTでは接着不良部の上皮肥厚と実質浮腫を認め,上皮下には大きな間隙が生じていた(図5b).OCTで測定した角膜厚は中央部で793μmであった.治療用ソフトコンタクトレンズを装用し,経過を観察したところ,2週間で上皮欠損は消失したが,上皮面は不整で混濁を伴っていた(図6a).前眼部OCTでは上皮肥厚は残存し,修復した上皮基底に沿って1層の低信号領域が認められた.実質浮腫には改善がみられた(図6b).OCTで測定した角膜厚は中央部で527μmであった.その後も上皮びらんの再発をくり返し,術後12週間目で角膜上は血管侵入を伴う結膜で被覆された(図7a,b).ab250μm3症例1:上皮修復後①a:術後4週間.上皮欠損は消失したが,上皮面は不整で混濁を伴う隆起を生じている.b:前眼部OCT.上皮肥厚は残存し,修復した上皮基底層に沿って1層の低信号領域を認める.実質浮腫には改善傾向がみられる.ab250μm図4症例1:上皮修復後②a:術後6週間.上皮混濁は減少し,軽度の点状表層角膜症を認める程度に改善.b:前眼部OCT.上皮肥厚は消失,角膜上皮の基底層に沿った低信号領域が消失.実質浮腫もさらに改善がみられる.———————————————————————-Page4250あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(112)〔症例3〕48歳,女性.左眼の増殖糖尿病網膜症と白内障に対して硝子体切除術と超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を同時施行,術中視認性確保のため角膜上皮掻爬を行っている.黄斑部に牽引性網膜離を生じており,増殖膜除去後に硝子体腔内を空気置換して手術終了,手術所要時間は2時間3分であった.血管新生緑内障に対して2%塩酸カルテオロール,0.005%ラタノプロスト点眼を用いて眼圧下降を得た.術後3日で角膜上皮は一度修復したが.術後4週間目に強い疼痛とともに上皮欠損が生じた(図8a).上皮離時の角膜内皮細胞密度は2,770/mm2,六角形細胞変動率0.29,眼圧は23mmHg,前房内に軽度の炎症細胞を認めた.点眼薬はレボフロキサシン,0.1%フルオロメトロン,0.5%マレイン酸チモロール,1%ブリンゾラミドおよび0.005%ラタノプロストが用いられていた.前眼部OCTでは上皮欠損とその部位の実質浮腫を認めた(図8b).OCTで測定した角膜厚は中央部で580μmであった.治療用ソフトコンタクトレンズを装用,術後7週間目で上皮欠損は消失し,軽度の点状表層角膜症を認める程度に改善した(図9a).前眼部OCTでは上皮肥厚は消失し実質浮腫も改善がみられた(図9b).OCTで測定した角膜厚は中央部で550μmであった.III考察糖尿病角膜症14)とよばれる病態は,眼表面へのストレスを契機に顕性化,重症化する.強い角膜上皮障害による霧視感や視力低下が生じ,視機能に影響を与え,ときに再発性上ab250μm図5症例2a:59歳,男性.2度目の硝子体手術後4週間目に生じた角膜上皮離.b:前眼部OCT.接着不良を起こした部位の角膜上皮肥厚と実質浮腫.上皮下には大きな間隙が生じている.ab250μm6症例2:上皮修復後①a:術後6週間.上皮欠損は消失したが,上皮面は不整.b:前眼部OCT.角膜上皮の肥厚は残存し,修復した上皮の基底層に沿って1層の低信号領域が認められる.実質浮腫には改善がみられる.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009251(113)ab250μm7症例2:上皮修復後②a:術後12週間.角膜上は血管侵入を伴う結膜によって被覆されている.b:前眼部OCT.肥厚した上皮によって角膜実質が覆われている.ab250μm図8症例3a:48歳,女性.術後4週間目に強い疼痛とともに上皮欠損が生じた.b:前眼部OCT.上皮欠損とその部位の実質浮腫を認める.ab図9症例3:上皮修復後a:術後7週間目で上皮欠損は消失.b:前眼部OCT.上皮肥厚は消失し実質浮腫も改善がみられる.250μm———————————————————————-Page6252あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(114)皮びらんや遷延性上皮欠損に移行しきわめて難治となる.この病態の基礎には,角膜知覚の低下911),アンカーリング線維やヘミデスモゾームなどの密度低下による上皮接着能の低下12),上皮基底膜障害13),上皮下へのAGE(advancedgly-cationendproducts)の沈着14),上皮のターンオーバー速度の低下15,16)があるとされる.糖尿病網膜症に対する治療の際,手術侵襲や点眼薬の多剤使用,長期使用で上皮の異常が顕性化,重症化するといわれている1720).加えて,角膜内皮細胞の潜在的異常21),手術を契機とする内皮障害に伴う実質浮腫,術後高眼圧も角膜上皮にとってストレスとなりうる.今回検討した3症例いずれについても,内眼手術と角膜上皮掻爬の施行,術後高眼圧とその対応としての点眼薬の多剤使用が上皮障害の背景にある.この病態を把握し治療にあたるには角膜の様子を生体内でいかに的確に捉えるかが重要である.前眼部OCTは角膜・前房の形態観察装置として開発され,その優れた画像解析能力は種々の角膜手術の術前後の評価や緑内障の診断治療に役立つよう工夫されてきた68).再現性の高い角膜厚測定や形状解析とともに前房や隅角を捉える能力が必要とされ,そのためには混濁した角膜下の様子や結膜や強膜といった不透明な組織の奥にある隅角の所見を得るために見合った光源の波長が選択される.OCTに多く用いられる光源波長には,840nmと1,310nmという2つの帯域が存在する.多くの前眼部OCTは組織深達度の点を考慮して1,310nmを採用して混濁した角膜下の様子や隅角所見の取得を可能にしている.一方,網膜の観察を目的としたOCTでは,軸方向の解像度を優先して840nmを採用しているものが多い.網膜は前眼部の構造物と比べ薄く比較的均一で,光を通しやすいからである.筆者らが用いたOptovue社製のRTVue-100は,後眼部の計測・画像解析用に開発されたOCTであるが,CAMを装着することで前眼部OCTとして用いることができる.測定光の波長は後眼部用の840nmであり,網膜の観察にあわせた光源波長が選択されている.前眼部専用の機種ではないため,光源の特性から組織深達度が低いが逆に解像度が高いという特徴がある22).角膜の形態については詳細な描出が可能で,上皮と実質の境界がはっきりと識別できる.この特徴からRTVue-100とCAMの組み合わせは,糖尿病患者にみられる角膜病変の観察と評価に適しているといえる.筆者らが経験した糖尿病患者の硝子体手術後角膜上皮障害では,OCT画像で接着不良部の上皮の浮腫や不整の様子,上皮下に生じた広範な低信号領域が検出できた.これらは上皮分化の障害と上皮-基底膜間の接着能の低下を示唆する所見である.このような微細な所見は細隙灯顕微鏡ではときに観察や記録が困難であるが,RTVue-100とCAMの組み合わせは高精細な画像所見を簡便かつ低侵襲で取得することにきわめて有効であった.上皮修復過程を経時的に観察,記録することも容易であり,この点は病態の把握に有効で,実際の治療方針の決定にあたってきわめて有用であった.今回の3症例では上皮-基底膜間の接着が十分になるまでの保護として治療用コンタクトレンズの装用を行ったが,OCT画像でみられた上皮下低信号領域の観察はコンタクトレンズ装用継続の必要の評価基準として有用であったと考えている.前眼部OCTを用いて角膜画像所見とともに角膜厚を測定したが,いずれの症例も上皮障害時には角膜実質の浮腫による肥厚があり,上皮修復とともに改善する様子が観察された.上皮障害が遷延している糖尿病患者の角膜では,欠損部はもちろん,上皮化している部位でも,基底細胞からの分化が十分ではなくバリア機能が低下して実質浮腫が生じる.糖尿病患者の角膜内皮細胞については形態学的異常や内眼手術後のポンプ機能障害の遷延が知られており21),さらに術後遷延する前房内炎症や高眼圧がポンプ機能を妨げ角膜浮腫の一因となる.角膜上皮下に形成された低信号領域は上皮-基底膜接着の障害に加え,内皮ポンプ機能を超えて貯留した水分による間隙の可能性も考えられる.糖尿病症例においては十分に上皮-基底膜接着が完成しないことと角膜実質浮腫の遷延とが悪循環を生じて簡単に上皮が離し脱落してしまい,びらんの再発を生じやすい.前眼部OCTでは角膜形態と角膜厚の計測を非接触かつ短時間で行うことができるが,これは糖尿病症例のような脆弱な角膜の評価にきわめて有用である.今回筆者らは,糖尿病網膜症患者に硝子体手術を行った後にみられた角膜上皮障害について前眼部OCTを用いて経過観察することにより,生体内における糖尿病角膜症の形態学的特徴を捉え,従来の報告と比較することでその治癒過程について理解を深めることができた.この3例3眼の経験を今後の糖尿病症例に対する治療方針決定と角膜障害への対応の参考としたい.前眼部OCTの活用についても,引き続き検討を重ねていきたい.文献1)SchultzRO,VanHomDL,PetersMAetal:Diabeticker-atopathy.TransAmOphthalmolSoc79:180-199,19812)大橋裕一:糖尿病角膜症.日眼会誌101:105-110,19973)片上千加子:糖尿病角膜症.日本の眼科68:591-596,19974)細谷比左志:糖尿病角膜上皮症.あたらしい眼科23:339-344,20065)HuangD,SwansonEA,LinCPetal:Opticalcoherencetomography.Science254:1178-1181,19916)RadhakrishnanS,RollinsAM,RothJEetal:Real-timeopticalcoherencetomographyoftheanteriorsegmentat1,310nm.ArchOphthalmol119:1179-1185,20017)LimLS,AungHT,AungTetal:Cornealimagingwith———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009253(115)anteriorsegmentopticalcoherencetomographyforlamel-larkeratoplastyprocedures.AmJOphthalmol145:81-90,20088)RadhakrishnanS,GoldsmithJ,HuangDetal:Compari-sonofopticalcoherencetomographyandultrasoundbio-microscopyfordetectionofnarrowanteriorchamberangles.ArchOphthalmol123:1053-1059,20059)SchwartzDE:Cornealsensitivityindiabetics.ArchOph-thalmol91:174-178,197410)RogellGD:Cornealhypesthesiaandretinopathyindiabe-tesmellitus.Ophthalmology87:229-233,198011)SchultzRO,PetersMA,SobocinskiKetal:Diabeticker-atopathyasamenifestationofperipheralneuropathy.AmJOphthalmol96:368-371,198312)AzarDT,Spurr-MichaudSJ,TisdaleASetal:Decreasedpenetrationofanchoringbrilsintothediabeticstroma.Amorphometricanalysis.ArchOphthalmol107:1520-1523,198913)AzarDT,Spurr-MichaudSJ,TisdaleASetal:Alteredepithelialbasementmembraneinteractionsindiabeticcorneas.ArchOphthalmol110:537-540,199214)KajiY,UsuiT,OshikaTetal:Advancedglycationendproductsindiabeticcorneas.InvestOphthalmolVisSci41:362-368,200015)TsubotaK,ChibaK,ShimazakiJ:Cornealepitheliumindiabeticpatients.Cornea10:156-160,199116)HosotaniH,OhashiY,YamadaMetal:Reversalofabnormalcornealepithelialcellmorphologiccharacteris-ticsandreducedcornealsensitivityindiabeticpatientsbyaldosereductaseinhibitor,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糖尿病患者における白内障術前の結膜嚢細菌叢の検討

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(105)2430910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):243246,2009cはじめに白内障手術に限らず術後眼内炎は一度発症すると,それによる患者側の負担や不利益のみならず,術者側にもあらゆる面で大きな負担と責任とが重くのしかかる.白内障手術における術後眼内炎発症率は0.05%と報告されている1)が,それを低減するために危険因子の軽減が重要である.術後眼内炎における危険因子のうち,患者側のものとしては,糖尿病の合併が報告されている2,3).一方,近年白内障手術における術後眼内炎の起因菌として結膜内常在菌が関与していることも知られている.特に,糖尿病患者における血糖コントロールは慢性合併症の発症に大きく関わり,血糖コントロール不良状態では易感染性が増すとの報告もある4).このため結膜内常在菌叢が何らかの影響を受ける可能性が考えられることから,術後眼内炎の危険因子になることが懸念される.〔別刷請求先〕須藤史子:〒349-1105埼玉県北葛飾郡栗橋町大字小右衛門714-6埼玉県済生会栗橋病院眼科Reprintrequests:ChikakoSuto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SaitamakenSaiseikaiKurihashiHospital,714-6Koemon,Kurihashi-machi,Kitakatsushika-gun,Saitama349-1105,JAPAN糖尿病患者における白内障術前の結膜細菌叢の検討屋宜友子*1,2須藤史子*1,2森永将弘*1,2八代智恵子*3土至田宏*4堀貞夫*2*1埼玉県済生会栗橋病院眼科*2東京女子医科大学眼科学教室*3埼玉県済生会栗橋病臨床検査部*4順天堂大学医学部眼科学教室StudyofConjunctivalSacBacterialFlorainDiabeticPatientsbeforeCataractSurgeryTomokoYagi1,2),ChikakoSuto1,2),MasahiroMorinaga1,2),ChiekoYashiro3),HiroshiToshida4)andSadaoHori2)1)DepartmentofOphthalmology,SaitamakenSaiseikaiKurihashiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,3)LaboratoryDepartment,SaitamakenSaiseikaiKurihashiHospital,4)DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversitySchoolofMedicine白内障術前患者249例406眼の下眼瞼結膜擦過培養および検出菌薬剤感受性検査結果を糖尿病の有無により比較検討した.糖尿病患者(DM群)は75例126眼,非糖尿病患者(非DM群)は174例280眼で,平均年齢は各々70.2±9.4歳,72.6±8.9歳,細菌検出率は36.5%,34.3%といずれも両群間に統計学的有意差を認めず,DM群ヘモグロビン(Hb)A1C8%以上とそれ未満との比較でも有意差は認められなかった.菌種別では,両群ともにコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS),コリネバクテリウムの順に多く,これらで大半を占め,3位はメチシリン耐性CNS(MRCNS)であったがDM群で統計学的に有意に多く検出された(p<0.05).薬剤耐性率はレボフロキサシン(LVFX),セフメノキシム(CMX),トブラマイシン(TOB)のいずれにおいても両群間の差は認められなかった.MRCNSの薬剤耐性率は近年増加傾向にあるが,特に糖尿病患者において注意を要する.Conjunctivalscrapingsfromthelowereyelidwereculturedin249patients(406eyes)beforecataractsur-gery;thedrugsensitivityofthebacteriadetectedwascomparedbetweenpatientswithandwithoutdiabetes.Therewere126eyesof75patientswithdiabetes(DMgroup)and280eyesof174patientswithoutdiabetes.Indiabeticpatientswithhemoglobin(Hb)A1Clevels8%or<8%,meanage(70.2±9.4vs.72.6±8.9years)andbac-terialdetectionrate(36.5%vs.34.3%)werenotsignicantlydierent.Themajorbacterialstrainsfoundwerecoagulase-negativeStaphylococcus(CNS)andCorynebacterium,followedbymethicillin-resistantCNS(MRCNS).TherewasasignicantlyhigherbacterialdetectionrateintheDMgroup(p<0.05).Therewerenodierencesbetweenthegroupsregardingratesofresistancetolebooxacin(LVFX),cefmenoxime(CMX),andtobramycin(TOB).MRCNSresistancehasbeenincreasingrecently,socareshouldbetaken,especiallyindiabeticpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):243246,2009〕Keywords:白内障手術,結膜細菌叢,糖尿病患者,メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MRCNS),耐性菌.cataractsurgery,conjunctivalsacbacterialora,diabeticpatients,methicillin-resistantcoagulase-negativeStaphylococcus(MRCNS),antibiotics-resistance———————————————————————-Page2244あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(106)さらに血糖コントロール不良患者では細菌検出率が有意に高いとの報告もある5).その一方で糖尿病は術後眼内炎の危険因子ではないとの報告もある6).そこで今回筆者らは,糖尿病の有無による結膜細菌叢および検出菌の抗菌薬耐性の差に関する検討を行った.I対象および方法対象は,2006年1月から2007年6月の1年半の間に埼玉県済生会栗橋病院で白内障手術を施行した249例406眼で,その内訳は男性107例171眼(43.0%),女性142例235眼(57.0%)であった.年齢は71.8±9.1歳(平均±標準偏差)であった.結膜細菌検査は手術の約2週間前に行い,検体は滅菌綿棒(トランシステムクリア,スギヤマゲン社,東京)を用いて無麻酔下で下眼瞼結膜を擦過し採取,1時間以内に当院臨床検査部に移送し,血液寒天培地およびチョコレート寒天培地上で35℃,2448時間培養後に,従来法で判定した.なお,嫌気性培養,増菌培養は未施行であった.薬剤感受性検査は,CLSI(ClinicalandLaboratoryStandardsInsti-tute)M100-S177)に準拠し,Disc拡散法(Sensi-Discを用いたKirby-Bauer法),およびRAISUS(全自動迅速同定感受性測定装置)を用いた微量液体希釈法にて測定した.検討項目は,1.結膜細菌検出率,2.検出菌の内訳,3.検出菌の薬剤耐性率で,さらにこれらを糖尿病の有無により比較検討した.薬剤感受性検査の対象薬剤は,レボフロキサシン(LVFX),セフメノキシム(CMX),トブラマイシン(TOB)の3種とした.なお,本研究においては白内障術前結膜の減菌を理想としているため,感受性が中間のものは耐性として扱った.II結果1.対象患者の内訳(表1)対象患者249例406眼のうち,糖尿病患者(以下,DM群)は75例126眼(31.0%),非糖尿病患者(以下,非DM群)は174例280眼(69.0%)であった.年齢はDM群70.2±9.4歳,非DM群72.6±8.9歳,男女比はDM群で男性36例(48.0%),女性39例(52.0%),非DM群で男性71例(40.8%),女性103例(59.2%)であった.年齢および性差は,両群間で統計学的有意差を認めなかった.2.結膜細菌検出率分離された細菌は全体で406眼中142眼で検出され,細菌検出率は35.0%であった.DMの有無別ではDM群では126眼中46眼(36.5%),非DM群では280眼中96眼(34.3%)であり,両群間に統計学的有意差は認めなかった.さらにDM群を血糖コントロールの面から検討すべくヘモグロビンA1C(HbA1C)8%以上のコントロール不良例と8%未満とで比較したところ,HbA1C8%以上の群では14例25眼中7眼で細菌分離され,その検出率は28.0%,8%未満は61例101眼中39眼で細菌分離され,その検出率は38.6%と,両群間に統計学的有意差は認めなかった.3.検出菌の内訳(表2)菌種別では,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)67株(37.6%),コリネバクテリウム66株(37.1%)が大半を占め,これら2種で75%近くを占めた.3位にはメチシリン耐性CNS(MRCNS)が21株(11.8%)検出され,続いて腸球菌が6株(3.4%)検出された.検出菌をDM群,非DM群に分けて検討した結果,CNSは各々31.3%,41.2%,コリネバクテリウムは各々37.5%,36.8%と,ともに上位2種の順位および割合は不変であったが,MRCNSの検出率は各々20.3%,7.0%と,DM群で非DM群に比べて統計学的に有意に高かった(c2検定p<0.05).DM群のうちMRCNS陽表1対象患者の内訳患者総数(249例406眼)糖尿病患者75例126眼(31%)非糖尿病患者174例280眼(69%)平均年齢70.2±9.4歳72.6±8.9歳男性36例(48.0%)71例(40.8%)女性39例(52.0%)103例(59.2%)年齢および性差は,両群間で統計学的有意差を認めなかった.表2検出菌の内訳全患者糖尿病患者非糖尿病患者株%株%株%CNS6737.62031.34741.2Colynebacterium6637.12437.54236.8MRCNS2111.81320.3*87.0*腸球菌63.4MSSA52.8*:MRCNSの検出率のみDM群で非DM群に比べて統計学的に有意に高かった(c2検定p<0.05).:DM群:非DM群2520151050薬剤耐性率(%)13.518.823.114.623.117.7LVFXCMXTOB図1検出菌の薬剤耐性率両群間の薬剤耐性率は3剤ともに統計学的有意差を認めなかった.LVFX:レボフロキサシン,CMX:セフメノキシム,TOM:トブラマイシン.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009245(107)性群と陰性群それぞれの抗菌点眼薬の使用既往の有無について検討したところ,陽性群で30.7%,陰性群で28.3%であり,統計学的有意差は認められなかった.4.検出菌の薬剤耐性率(図1)薬剤耐性率は検出菌全体でLVFX16.9%,CMX17.6%,TOB19.6%であった.DM群,非DM群別にみると,LVFXは各々13.5%,18.8%,CMXは各々23.1%,14.6%,TOBは各々23.1%,17.7%と,両群間の薬剤耐性率は3剤ともに統計学的有意差を認めなかった.III考察糖尿病患者は網膜症の管理の必要性があるため眼科を受診し,合併症が発見されれば加療が必要となるケースが多い.糖尿病患者における易感染性は眼科領域に限らず一般によく知られており8,9),機序としては細小血管障害による循環障害,インスリン代謝異常に基づく低栄養状態により組織での細胞性免疫能低下や好中球遊走能低下などが考えられている.なかでも眼科領域では糖尿病が術後眼内炎の危険因子となるとの報告もある2,3).血糖コントロールに関しても,HbA1C8%以上のコントロール不良例では細菌検出率が有意に高いとの報告もある5).今回筆者らは白内障術前患者を対象に細菌検出率,検出菌内訳,薬剤耐性率を糖尿病の有無別に検討したが,両群間に統計学的有意差を認めなかった.本報告では細菌検出率が35%と,既報1013)と比べると低めの数値を示しているが,これは細菌検出の際の設備や検査方法の違いによるものと思われる.宮永らの報告14)では,細菌培養結果を5施設間で検討したところ,検査施設により細菌検出率や菌種検出傾向に差があることが指摘されており,検出率を単純に比較できない可能性が示唆される.さらに,好気培養のほかに嫌気培養も合わせて施行しているところが多いが,本研究では保険点数上のコストの問題から,嫌気培養は施行していなかった.そのため検出の際に嫌気状態を必要とする,結膜内常在菌の主要菌であるPropionibac-teriumacnes(P.acnes)15)は今回の結果には反映されていない.増菌培養が未施行である点も,細菌検出率が低い一因と考えられる.しかし,菌種の内訳としてはCNSが最多であった点は,既報と同様の傾向であった16,17).本研究では,コリネバクテリウムは2番目に多く検出されているが,この順位は既報1013,16,17)と比較すると,同様のもの13)と相違するもの1012,16,17)に分かれる.これは各施設の検査結果の報告方法の違いにより影響されると思われる.すなわち,Staphylo-coccus属の菌を種レベルまで同定しているか否か,あるいはCNSとしてまとめて報告しているかによって変わってくるからである.コリネバクテリウムは通常は病原性に乏しいが,近年ではLVFX耐性コリネバクテリウムが増えており,眼感染症の一因となるとの報告もあり注意を要する18).今回の検討で,細菌検出率で唯一有意差を認めたのはMRCNSで,DM群で非DM群に対し統計学的に有意に高率であった.CNSには表皮ブドウ球菌をはじめ多くの菌種が存在するが,本来は病原性が弱いといわれている.しかし近年は耐性率が増加しつつあり,特にMRCNSによる眼感染症の報告も増加している1921).DM群でMRCNSが高率であった理由として考えられるのは,糖尿病の易感染性,日和見感染や不顕性感染などがあげられる.抗菌点眼薬の使用歴のない症例が対象であったKatoらの報告では,高齢者の健常者の結膜からもMRCNSとMRSAが常在菌として検出されたと報告している22).また,マイボーム腺および結膜内の常在細菌叢における薬剤耐性率は一般に高齢者で増加する傾向がある13).自験例においても同様に高齢者は60歳以下に比べて有意に細菌検出率が高かった(森永将弘ほか:第31回日本眼科手術学会で発表).今回DM群のMRCNS陽性群と陰性群それぞれの抗菌点眼薬の使用既往の有無について検討したが,統計学的に有意差は認められなかった.以上のことより,何らかの眼感染症に対し抗菌薬を使用したことによって薬剤耐性を獲得したと考えるよりも,高齢者とDM患者に共通している抵抗力低下,易感染性によるものと考えられる.しかし一方で,眼感染症の既往がなくても多臓器や他の部位における感染症治療で過去に抗菌薬が投与され,常在菌が薬剤耐性を獲得した可能性も考慮すべきではないかと思われた.自験例での結膜細菌叢からの検出菌は,本報告で対象としたLVFX,CMX,TOBのすべての抗菌薬において何らかの耐性菌が認められ,反対に薬剤感受性検査を施行したすべての菌種で,いずれかの抗菌薬に対する耐性が認められた.特にMRCNSは多剤耐性を示したことから,MRCNSが検出された場合その薬剤感受性検査結果に基づいた抗菌薬の選択をすべきと考えられた.日本眼感染症学会は1994年CMX点眼,2006年にはLVFXの術前点眼を推奨している23,24)が,画一的に抗菌薬を術前投与していたのでは少なからず抜け道がある可能性も否定できないと思われた.今回糖尿病の有無および血糖コントロールの良否で結膜細菌叢の検討を行ったが,菌検出に際し目立った差異は認められなかった.薬剤耐性菌でのみ有意差が出たのは,糖尿病による易感染性が背景にあることは無視できない事実であると考えられた.文献1)OshikaT,HatanoH,KuwayamaYetal:IncidenceofendophthalmitisaftercataractsurgeryinJapan.ActaOphthalmolScand85:848-851,20072)KattanHM,FlynnHWJr,PugfelderSCetal:Nosoco-mialendophthalmitissurvey.Currentincidenceofinfec———————————————————————–Page4246あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(108)tionafterintraocularsurgery.Ophthalmology98:227-238,19913)PhillipsWB2nd,TasmanWS:Postoperativeendophthal-mitisinassociationwithdiabetesmellitus.Ophthalmology101:508-518,19944)有山泰代,上原豊,清水弘行ほか:感染性眼内炎を併発したコントロール不良糖尿病の4例.眼紀57:726-729,20065)稗田牧,山口哲男,北川厚子ほか:糖尿病患者の白内障手術時における結膜内常在菌叢.眼紀46:1148-1151,19956)MontanPG,KoranyiG,SetterquistHEetal:Endophthal-mitisaftercataractsurgery:Riskfactorsrelatingtotech-niqueandeventsoftheoperationandpatienthistory:Aretrospectivecase-controlstudy.Ophthalmology105:2171-2177,19887)ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute.PerformanceStandardsforAntimicrobialSusceptibilityTesting,Seven-teenthInformationalSupplement(M100-S17);CLSI,Wayne,PA,20078)GottrupF,AndreassenTT:Healingofincisionalwoundsinstomachandduodenum:Theinuenceofexperimentaldiabetes.JSurgRes31:61-68,19819)RayeldEJ,AultMJ,KeuschGTetal:Infectionanddia-betes:Thecaseforglucosecontrol.AmJMed72:439-450,198210)丸山勝彦,藤田聡,熊倉重人ほか:手術前の外来患者における結膜内常在菌.あたらしい眼科18:646-650,200111)宇野敏彦:術前感染症予防とEBM.あたらしい眼科22:889-893,200512)大鹿哲郎:術後眼内炎.眼科プラクティス1,p2-11,文光堂,200513)荒川妙,太刀川貴子,大橋正明ほか:高齢者におけるマイボーム腺および結膜内の常在菌叢についての検討.あたらしい眼科21:1241-1244,200414)宮永将,佐々木香る,宮井尊史ほか:5検査施設間での白内障術前結膜培養結果の比較.臨眼61:2143-2147,200715)浅利誠志:細菌検査の落とし穴.あたらしい眼科23:479-480,200616)関奈央子,亀井裕子,松原正男:高齢者の結膜内コアグラーゼ陰性ブドウ球菌の検出率と薬剤感受性.あたらしい眼科20:677-680,200317)宮尾益也:眼感染症と耐性菌.眼科43:923-931,200118)外園千恵:常在微生物叢と眼感染症.あたらしい眼科25:59-60,200819)稲垣香代子,外園千恵,佐野洋一郎ほか:眼科領域におけるMRSA検出動向と臨床経過.あたらしい眼科20:1129-1132,200320)西崎暁子,外園千恵,中井義典ほか:眼感染症におけるMRSAおよびMRCNSの検出頻度と薬剤感受性.あたらしい眼科23:1461-1463,200621)外園千恵:MRSA,MRCNSによる眼感染症.日本の眼科77:1413-1414,200622)KatoT,HayasakaS:Methicillin-resistantStaphylococcusaureusandmethicillin-resistantcoagulase-negativestaph-ylococcifromconjunctivasofpreoperativepatients.JpnJOphthalmol42:461-465,199823)北野周作:白内障手術:戦略のたてかた─白内障術前無菌法─.眼科手術8:717-719,199524)井上幸次:術前減菌法.眼科手術19:493-495,2006***

眼内炎・肥厚性硬膜炎を発症した糖尿病網膜症患者の1例

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(101)2390910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):239242,2009cはじめに肥厚性硬膜炎は脳硬膜の炎症と線維性の肥厚を生じ,多発性脳神経麻痺を中核とする多彩な症候を示す疾患であり1),多彩な原因で起こる2).磁気共鳴画像(magneticresonanceimaging:MRI)の発達により診断されることが多くなり3),眼科領域においてもさまざまな眼病変の報告419)が増加してきている.今回眼内炎と肥厚性硬膜炎を発症した糖尿病患者の1例を経験したので報告する.I症例患者:60歳,男性.主訴:左眼視力低下.初診:2004年9月8日.現病歴:2003年9月から左眼視力低下があり,2004年9月6日近医を受診し,紹介され国立国際医療センター眼科初診となった.既往歴:47歳頃左眼白内障手術を受けた.〔別刷請求先〕武田憲夫:〒162-8655東京都新宿区戸山1-21-1国立国際医療センター戸山病院眼科Reprintrequests:NorioTakeda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ToyamaHospital,InternationalMedicalCenterofJapan,1-21-1Toyama,Shinjuku-ku,Tokyo162-8655,JAPAN眼内炎・肥厚性硬膜炎を発症した糖尿病網膜症患者の1例武田憲夫*1竹内壮介*2蓮尾金博*3*1国立国際医療センター戸山病院眼科*2同神経内科*3同放射線科ACaseofDiabeticRetinopathywithEndophthalmitisandHypertrophicPachymeningitisNorioTakeda1),SosukeTakeuchi2)andKanehiroHasuo3)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofNeurology,3)DepartmentofRadiology,ToyamaHospital,InternationalMedicalCenterofJapan肥厚性硬膜炎は多彩な原因で起こり,磁気共鳴画像(MRI)の発達により報告例が増加している疾患である.今回眼内炎と肥厚性硬膜炎を合併した糖尿病網膜症患者の1例を報告する.症例は60歳,男性の糖尿病患者で,糖尿病網膜症に対しては網膜光凝固術が施行されていた.左眼は網膜症が悪化し硝子体手術も施行された.以後眼内炎と眼窩蜂巣炎を発症し薬物療法で加療し軽快したが,頭痛が継続した.造影MRIにて肥厚性硬膜炎が発見され,抗生物質を約9カ月間継続し,頭痛は消失しMRI所見も改善した.肥厚性硬膜炎の診断・経過観察には造影MRIが有用であり,治療には長期の抗生物質投与が有効であった.肥厚性硬膜炎と眼内炎・眼窩蜂巣炎・糖尿病網膜症悪化の関連性が推察された.Hypertrophicpachymeningitisoccursduetovariouscauses;casereportsoftheconditionhaveincreasedwiththedevelopmentofmagneticresonanceimaging(MRI).Inthisreport,wepresentthecaseofa60-year-oldmalewhohaddiabeticretinopathywithendophthalmitisandhypertrophicpachymeningitis.Thediabeticretinopathywastreatedbyphotocoagulation,buttheretinopathyinhislefteyeworsenedandvitreoussurgerywasperformed.Endophthalmitisandorbitalcellulitissubsequentlyoccurred;theywereimprovedbyantibiotictherapy,buthead-achepersisted.HypertrophicpachymeningitiswasdetectedbyenhancedMRI.Afterabout9monthsofantibiotictherapy,theheadachehaddisappearedandMRIndingsimproved.MRIwasusefulindiagnosingandfollowingupthehypertrophicpachymeningitis,andantibiotictherapyoveralongperiodwaseective.Itissuggestedthathypertrophicpachymeningitisisrelatedtoendophthalmitis,orbitalcellulitisanddeteriorationofdiabeticretinopa-thy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):239242,2009〕Keywords:肥厚性硬膜炎,眼内炎,糖尿病網膜症,MRI,糖尿病.hypertrophicpachymeningitis,endophthal-mitis,diabeticretinopathy,MRI,diabetesmellitus.———————————————————————-Page2240あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(102)家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力はVD=0.08(1.5×3.00D(cyl0.50DAx80°),VS=0.03(0.3×5.50D(cyl2.00DAx20°),眼圧は右眼18mmHg,左眼17mmHg,両眼開放隅角(Shaer分類Grade3)であった.細隙灯顕微鏡検査では右眼に初発白内障を認め,左眼は眼内レンズ挿入眼であった.眼底検査では両眼に網膜出血・硬性白斑,左眼に黄斑浮腫を認めた.糖尿病は推定発症年齢35歳で未治療,血糖は246mg/dl,ヘモグロビン(Hb)A1Cは11.2%で,早期腎症(第2期)(尿蛋白:0.40g/日),神経症,高血圧(156/80mmHg),高脂血症(総コレステロール:231mg/dl)がみられた.貧血,低アルブミン血症はみられなかった.経過:蛍光眼底造影検査(uoresceinangiography:FAG)にて左眼に網膜無血管野がみられ,増殖前網膜症であり,10月15日から汎網膜光凝固術を施行した.右眼にもFAGで網膜無血管野がみられ増殖前網膜症へと進行したため,2005年3月7日から汎網膜光凝固術を施行した.左眼黄斑浮腫の増悪がみられ,2006年6月1日に左眼硝子体手術を施行した.その後硝子体出血が起こり9月20日に硝子体手術を施行し,術中増殖膜が認められ網膜症が増殖網膜症へと進行していた.術後胞状網膜離が起こり10月5日左眼硝子体手術を施行したが,裂孔は不明であり滲出性網膜離が疑われた.術後網膜は復位していたが浮腫状であった.10月30日より左眼眼圧上昇が起こりアセタゾラミド錠(ダイアモックスR錠250mg)を内服した.硝子体出血と前房出血もみられ,12月18日には視力は0であった.12月25日には虹彩血管新生が顕著に認められた.2007年1月8日に左眼眼痛と頭痛が起こり,1月9日受診した.左眼に角膜浮腫,前房蓄膿,前房内白色塊がみられた.房水を採取しての検査では鏡検で桿菌状細菌がみられたが,培養では菌の発育を認めなかった.細菌性眼内炎と考えたが視力が0のため硝子体手術は行わず,イミペネム・シラスタチンナトリウム(チエナムR)点滴,レボフロキサシン(クラビットR)内服,レボフロキサシン(クラビットR),トブラマイシン(トブラシンR),リン酸ベタメタゾンナトリウム(リンデロンR液),トロピカミド・塩酸フェニレフリン(ミドリンPR)点眼で治療した.眼瞼腫脹もみられたため1月17日にコンピュータ断層撮影を施行し,左眼周囲の軟部組織腫脹,上眼瞼結膜の著明な増強,下眼瞼の腫脹,涙腺の腫脹,強膜に沿って後方へも広がるTenonの炎症所見がみられ,眼窩蜂巣炎と考えた.1月23日退院となり外来加療となった.しかし頭痛が継続するため2月14日にMRIを撮影し,硬膜の肥厚がみられ肥厚性硬膜炎と診断した(図1,2).2月16日からミノサイクリン塩酸塩(ミノマイシンR錠50mg)2錠内服で加療した.2月23日には眼瞼腫脹は減少し,2月28日には左眼は眼球癆となった.MRIで経過観察しながら加療を継続し硬膜炎は約9カ月後の10月31日のMRIで治癒し(図3,4),11月6日にミノサイクリン塩酸塩(ミノマイシンR錠50mg)内服を中止し,以後再発はみられていない.なお,右眼はFAGで網膜無血管野が増加し,3月7日から網膜光図12007年2月14日のGd(ガドリニウム)造影・T1強調MRI(水平断)左眼は右眼に比べてやや小さく,網膜に沿う層状の増強,強膜の増強,視神経に沿うわずかな増強がみられる.眼球周囲の脂肪織にも混濁と増強がみられ,涙腺も軽度腫脹している.図22007年2月14日のGd造影・T1強調MRI(冠状断)左前頭蓋底の硬膜が肥厚し増強されている(矢印).———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009241(103)凝固術を追加したが増殖前網膜症のまま経過している.また,原発開放隅角緑内障を認め7月18日から点眼加療を開始した.黄斑部に硬性白斑の沈着を認め視力は低下した.なお,HbA1Cの推移は2006年3月までは9.011.2%,2006年5月以降は7.08.1%であった.軽度の貧血が起こってきた以外は内科での検査所見に著変はみられなかった.II考按肥厚性硬膜炎は宮田ら1)によると2000年までのわが国における文献報告は22例であり,性差はなく,40歳代以降に多く,臨床症候として多いものは末梢性多発性脳神経症候と頭痛であるとされている.診断には画像診断が重要であり,特にMRIの造影後T1強調画像の検討が必要で20),造影によって初めて異常所見が明瞭となることが多い1).したがって,近年の画像診断の進歩により報告が増加してきている1,3).本症には基礎疾患を明らかにすることができない特発性と,なんらかの基礎疾患を有する続発性があり,続発性の基礎疾患としては感染症,膠原病や血管炎などの慢性炎症性疾患,悪性腫瘍などがある2).治療としては特発性の場合はステロイドが最も多く使用されるが,原因が明らかでなくとも抗生物質や抗結核薬が著効する場合もある21).ステロイドで効果が不十分な場合には免疫抑制薬も使用される21).続発性の場合は基礎疾患に対する治療が主体となる21).また組織診断のための生検,脳神経や脳の圧迫症状に対する減圧術などの外科的治療が必要となることもある22).肥厚性硬膜炎の眼科領域における報告419)を検討すると,視神経症などの視神経障害4,5,811,13,1618)と外眼筋麻痺を含めた視神経以外の脳神経障害48,11,1316,18)の報告が多いが,眼振14),眼窩部痛12),眼球突出16),眼周囲炎症性腫瘍12)などの報告もみられる.さらに結膜浮腫9),結膜充血18),毛様充血11,18),強膜菲薄化11,16,18),交感性眼炎12),上強膜炎15,17),強膜炎18),虹彩毛様体炎11,15,18),虹彩の結節様隆起11),軽度眼圧上昇9),毛様体扁平部の黄白色隆起性病変11),硝子体混濁11,18),網膜血管・静脈拡張9),網膜静脈炎15),網膜出血5,9,11),胞様黄斑浮腫5),網膜浸出物15),滲出性網膜離15)といった外眼部および内眼部所見の多彩な報告がなされている.本症例では肥厚性硬膜炎・眼内炎・眼窩蜂巣炎・糖尿病網膜症悪化がみられたが,これらの関連についてはつぎのような機序が考えられる.1)眼窩蜂巣炎の波及により肥厚性硬膜炎が発症した.2)肥厚性硬膜炎から眼窩蜂巣炎・眼内炎が発症した.3)肥厚性硬膜炎・眼内炎・眼窩蜂巣炎・糖尿病網膜症悪化が互いに関連しあっており,肥厚性硬膜炎が糖尿病網膜症を悪化させた.以下に1)3)をそれぞれ考察する.1)鼻性視神経炎から肥厚性硬膜炎を発症した報告14,19)もなされており,眼窩蜂巣炎の波及により肥厚性硬膜炎を発症した可能性が考えられる.2)肥厚性硬膜炎が多彩な眼症状をきたすという報告は多くなされており,肥厚性硬膜炎から眼窩蜂巣炎・眼内炎が発症したことも考えられる.特に左眼には硝子体手術の手術創があったため眼内炎の原因となりえた可能性もある.また視力が比較的早期に0となったことは肥厚性硬膜炎による視神経障害が起こっていたことも否定図32007年10月31日のGd造影・T1強調MRI(水平断)左眼は縮小・変形し眼球癆の状態である.増強は減弱している.眼球周囲の脂肪織の混濁や増強も消失している.図42007年10月31日のGd造影・T1強調MRI(冠状断)左前頭蓋底の硬膜肥厚および増強が消失している(矢印).———————————————————————-Page4242あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(104)はできない.3)門田ら12)は慢性肥厚性脳硬膜炎と眼球癆となっている右眼周囲炎症性腫瘍を合併した左眼の交感性眼炎の1例を報告し,いずれも自己免疫機序が考えられていること,ステロイドで寛解したことからこれらの疾患の関連性を推測しており,本症例においても眼内炎・眼窩蜂巣炎・肥厚性硬膜炎が互いに関連し合っていたことが考えられる.肥厚性硬膜炎により前述のような多彩な眼内病変が起こりえることから,肥厚性硬膜炎が左眼の糖尿病網膜症になんらかの影響を与えていた可能性も否定はできない.硝子体手術を契機にして原因不明の非裂孔原性網膜離を起こしたり,硝子体出血・前房出血・虹彩血管新生など糖尿病網膜症の悪化をきたしたとも考えられる.本症例においては糖尿病網膜症の悪化が頭痛に先行した.しかし上強膜炎と滲出性網膜離のみで経過し,2年後に多発性脳神経麻痺を発症し確定診断に至ったという浅井ら15)の特発性肥厚性硬髄膜炎の報告がみられる.本症例においても肥厚性硬膜炎が以前より存在した可能性があり,糖尿病網膜症への関与も否定はできない.以上をまとめると,本症例においては特発性肥厚性硬膜炎が先に存在し,手術侵襲と相まって糖尿病網膜症を悪化させ,眼窩蜂巣炎と眼内炎を起こしたのではないかと考えた.今回の肥厚性硬膜炎の診断・経過観察には造影MRI検査が有用であり,治療には長期間の薬物療法が有効であった.肥厚性硬膜炎はMRIにより経過観察を行いながら,長期にわたり根気よく加療することが重要である.糖尿病診療においては多彩な病変を起こす肥厚性硬膜炎にも注意を払う必要がある.文献1)宮田和子,藤井滋樹,高橋昭:肥厚性脳硬膜炎の臨床特徴.神経内科55:216-224,20012)伊藤恒,伊東秀文,日下博文:肥厚性脳硬膜炎─基礎疾患との関連─.神経内科55:197-202,20013)瀬高朝子,塚本忠,大田恵子ほか:肥厚性硬膜炎の臨床的検討.脳神経54:235-240,20024)HamiltonSR,SmithCH,LessellS:Idiopathichypertro-phiccranialpachymeningitis.JClinNeuroophthalmol13:127-134,19935)池田晃三,白井正一郎,山本有香:眼症状を呈した肥厚性脳硬膜炎の1例.臨眼49:877-880,19956)JacobsonDM,AndersonDR,RuppGMetal:Idiopathichypertrophiccranialpachymeningitis:Clinical-radiologi-cal-pathologicalcorrelationofboneinvolvement.JNeu-roophthalmol16:264-268,19967)橋本雅人,大塚賢二,中村靖ほか:外転神経麻痺を初発症状とした慢性肥厚性脳硬膜炎の1例.臨眼51:1893-1896,19978)GirkinCA,PerryJD,MillerNRetal:Pachymeningitiswithmultiplecranialneuropathiesandunilateralopticneuropathysecondarytopseudomonasaeruginosa.Casereportandreview.JNeuroophthalmol18:196-200,19989)清水里美,松崎忠幸,宮原保之ほか:肥厚性脳硬膜炎による視神経症の1例.眼科41:673-677,199910)石井敦子,石井正三,高萩周作ほか:視交叉部および周辺に肥厚性硬膜炎を認めた1例.臨眼54:637-641,200011)斉藤信夫,松倉修司,気賀澤一輝ほか:多彩な眼症状を呈した肥厚性硬膜炎の1例.臨眼55:1255-1258,200112)門田健,金森章泰,瀬谷隆ほか:慢性肥厚性脳硬膜炎と眼周囲炎症性腫瘍を合併した交感性眼炎の1例.眼紀53:462-466,200213)永田竜朗,徳田安範,西尾陽子ほか:肥厚性硬膜炎による視神経症の1例.臨眼57:1109-1114,200314)三宮曜香,八代成子,武田憲夫ほか:外転神経麻痺を初発とし肥厚性硬膜炎に至った鼻性視神経炎の1例.眼紀54:462-465,200315)浅井裕,森脇光康,柳原順代ほか:上強膜炎,滲出性網膜離から発症した特発性肥厚性硬髄膜炎の1例.眼臨96:853-856,200216)藤田陽子,吉川洋,久冨智朗ほか:眼窩先端部症候群の6例.臨眼59:975-981,200517)新澤恵,山野井貴彦,飯田知弘:Cogan症候群と視神経症を呈したWegener肉芽腫症による肥厚性硬膜炎の1例.神経眼科22:410-417,200518)上田資生,林央子,河野剛也ほか:肥厚性硬膜炎により眼球運動障害をきたした1例.臨眼60:553-557,200619)宋由伽,奥英弘,菅澤淳ほか:副鼻腔炎手術を契機に発症したアスペルギルス症による眼窩先端症候群の一例.神経眼科23:71-77,200620)柳下章:肥厚性脳硬膜炎の画像診断.神経内科55:225-230,200121)大越教夫,庄司進一:肥厚性脳硬膜炎の内科的治療.神経内科55:231-236,200122)吉田一成:肥厚性脳硬膜炎の外科的治療.神経内科55:237-240,2001***

糖尿病網膜症に高度な黄斑部滲出性網膜剥離を認めた症例

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(97)2350910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):235238,2009cはじめに糖尿病網膜症に併発する黄斑部漿液性網膜離には,糖尿病黄斑症の悪化がまず考えられる.しかし,高度な黄斑部漿液性網膜離が出現した場合は,他の疾患の合併なども考える必要がある.今回,安定していた糖尿病網膜症に,中心性漿液性脈絡網膜症を合併し,急激に高度の黄斑部漿液性網膜離を生じた症例を経験したので報告する.I症例患者:65歳,男性.初診:平成10年1月30日.主訴:左眼視力低下.既往歴:高血圧(この時点では糖尿病は指摘されていなかった).〔別刷請求先〕緒方奈保子:〒570-8507守口市文園町10-15関西医科大学眼科学教室Reprintrequests:NahokoOgata,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,Fumizono-cho10-15,Moriguchi,Osaka570-8507,JAPAN糖尿病網膜症に高度な黄斑部滲出性網膜離を認めた症例嶋千絵子*1緒方奈保子*1松山加耶子*1松岡雅人*1和田光正*1髙橋寛二*2松村美代*2*1関西医科大学附属滝井病院眼科*2関西医科大学附属枚方病院眼科SevereSerousMacularDetachmentinaCaseofQuiescentDiabeticRetinopathyChiekoShima1),NahokoOgata1),KayakoMatsuyama1),MasatoMatsuoka1),MitsumasaWada1),KanjiTakahashi2)andMiyoMatsumura2)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital目的:治療後安定していた糖尿病網膜症に,急激に高度な黄斑部滲出性網膜離を生じ,中心性漿液性脈絡網膜症の併発が疑われた症例を経験したので報告する.症例:65歳,男性.初診時左眼中心性漿液性脈絡網膜症と診断し,光凝固治療を行った.7年後,再診時に両眼増殖糖尿病網膜症を認め,汎網膜光凝固と硝子体手術を施行.以後眼底所見は安定していたが,1年後に突然左眼黄斑部に高度の滲出性網膜離を生じた.フルオレセイン蛍光眼底造影検査で網膜色素上皮離とその辺縁からの蛍光漏出を認めた.同部に光凝固を行い,網膜離は消失した.結論:糖尿病網膜症に合併する黄斑部の滲出性網膜離には,糖尿病黄斑症の増悪によるものだけではなく,中心性漿液性脈絡網膜症の併発によることがあり,注意を要する.Wereportacaseofsevereserousretinaldetachmentinthemacularregioninquiescentdiabeticretinopathy.Thepatient,a65-year-oldmale,hadbeentreatedwithphotocoagulationinhislefteyeforcentralserouschori-oretinopathy.Sevenyeaslater,hevisitedourhospitalwithdecreasedvisioninbotheyes.Hepresentedwithprolif-erativediabeticretinopathyinbotheyesandunderwentvitrectomyfollwingpanretinalphotocoagulation.Thereafter,hiseyesshowedquiescentcondition.Oneyearslater,severeserousretinaldetachmentinthemacularregionabruptlyoccurredinhislefteye.Fluoresceinangiographyrevealedpigmentepithelialdetachmentaccompa-niedbydyeleakagefromtheedge.Laserphotocoagulationattheleakagepointsledtocompleteimprovement.Serousretinaldetachmentinthemacularregion,originatingfromcentralserouschorioretinopathy,canappeareveninstableproliferativediabeticretinopathy.Itisimportanttodierentiatecentralserouschorioretinopathyfromseverediabeticmacularedema.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):235238,2009〕Keywords:漿液性網膜離,糖尿病網膜症,中心性漿液性脈絡網膜症,色素上皮離,糖尿病黄斑浮腫.serousretinaldetachment,diabeticretinopathy,centralserouschorioretinopathy,pigmentepithelialdetachment,diabeticmacularedema.———————————————————————-Page2236あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(98)家族歴:父が高血圧.現病歴:10日前からの左眼視力低下が出現し,近医より左眼黄斑変性疑いにて紹介受診.初診時所見:視力は右眼矯正1.5,左眼矯正0.7.眼圧は右眼15mmHg,左眼16mmHgで,前眼部には異常なく,中間透光体は両眼とも軽度白内障のみであった.眼底には左眼に黄斑部を含む漿液性網膜離と眼底後極部に網膜毛細血管瘤を認め,フルオレセイン蛍光眼底造影検査(FA)と,光干渉断層計(OCT)にてmicroripと思われる点状漏出を伴う色素上皮離(PED)を認めた(図1a,b).インドシアニングリーン蛍光眼底造影(IA)では,早期に脈絡膜充盈遅延と脈絡膜静脈の拡張,中後期に脈絡膜異常組織染を認めた(図1c).右眼に異常は認めなかった.経過:以上より,左眼の中心性漿液性脈絡網膜症と診断し,毛細血管瘤は傍中心窩毛細血管拡張症と診断した.PED辺縁と漏出点に光凝固を施行したところ,3カ月後網膜離は消失し,PEDも扁平化し,視力は矯正1.0まで回復した.しかし,以後受診が途絶えた.平成11年頃より糖尿病を指摘されていたが眼科受診はしなかった.3カ月前からの両眼視力低下を主訴に,7年ぶりに平成17年2月19日眼科受診.視力は右眼矯正0.5,左眼矯正0.2で,両眼ともに眼底に網膜出血と綿花様白斑が多発し,進行した糖尿病網膜症を認めた(図2a).左眼はFAにて広範な無血管野と網膜新生血管を認め,増殖糖尿病網膜症の眼底所見であった.後極部には初診時にも認められたPEDと新たに出現したPEDを認めた(図2b).両眼に汎網膜光凝固を開始し,その後発生した両眼硝子体出血に対して早期早期中期中期動脈相動脈相静脈相静脈相後期後期後期後期中心窩中心窩abc1初診時の左眼眼底所見(H10.1.30)a:FAにて,漏出を伴うPEDと網膜毛細血管瘤を認める.b:OCTにて,黄斑部を含む滲出性網膜離とその上方のPED(矢印)を認める.c:IAにて,上段:動脈相(22秒)で脈絡膜充盈遅延(矢印),中段:静脈相(27秒)で脈絡膜静脈拡張(矢印),下段:後期(12分)に異常脈絡膜組織染(矢印)を認める.ab図2初診から7年後の再診時眼底所見(H17.2.19)a:両眼の眼底写真.綿花様白斑,網膜出血を多数認め,左右同様の糖尿病網膜症を認める.b:左眼のFA.広範な無血管野と網膜新生血管を認め,枠外では以前認めたPED(黒矢印)と,新たに出現したPED(白矢印)を認める.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009237(99)硝子体手術を施行し,以後網膜症は活動性が低下し安定していた(図3).1年後(平成18年6月13日),左眼に突然高度の漿液性網膜離が出現し(図4a),視力は矯正0.09となった.OCTにて黄斑部を含む漿液性網膜離とPEDを認め(図4b),FAでPED辺縁から網膜下への蛍光漏出を認めた(図4c).IAでは,動脈相で脈絡膜充盈遅延と脈絡膜の血管透過性亢進所見を認めた.しかし脈絡膜新生血管を示す網目状血管やポリープ状脈絡膜血管症(PCV)の所見は認めなかった.以上より,中心性漿液性脈絡網膜症の再発と診断し,PED周囲と漏出部に光凝固を施行した.1カ月後,中心窩の漿液性網膜離とPEDは消失した(図5a,b).視力は糖尿病黄斑症による変性萎縮により矯正0.1にとどまったが,その後1年経過した現在も再発なく安定している.II考察糖尿病網膜症に高度な黄斑部漿液性網膜離が出現した場合,糖尿病黄斑浮腫以外で考えられる病態としては,全身状態の変化,加齢黄斑変性の合併,過剰な汎網膜光凝固,中心性漿液性脈絡網膜症の合併,炎症性疾患(原田病,強膜炎,梅毒性ぶどう膜炎など)の合併,その他の疾患(腫瘍,ピット黄斑症候群など)の合併などがあげられる.今回報告した症例は,初診時,中心性漿液性脈絡網膜症と傍中心窩毛細血管拡張症の併発と診断したが,このときすでに糖尿病網膜症があった可能性がある.7年後再診時には増殖糖尿病網膜症となっており,光凝固と硝子体手術にて眼底所見は約1年間安定していた.しかし,左眼に突然高度漿液性網膜離が出現し,FAにてPED辺縁からの強い漏出を認めた.このFA所見より,本症例は糖尿病網膜症に中心性漿液性脈絡網膜症が併発し,漿液性網膜離が出現したと考え,光凝固を施行し,網膜離は消失した.ab図5治癒後の左眼眼底所見(H19.3.17)a:眼底写真,b:OCT.網膜離は消失し,滲出性変化は認めない.図3安定時の左眼FA(H18.2.17)PEDのみ過蛍光を示すが,滲出性変化は認めない.①②①②acb図4漿液性網膜離出現時の左眼眼底所見(H18.6.13)a:眼底写真.黄斑部を含む広範な高度漿液性網膜離が出現.b:aの眼底写真の①②に対応するOCT所見.黄斑部を含む漿液性網膜離とPEDを認める.c:FAにて,PED辺縁からの漏出を認める(矢印).上:早期,下:後期.———————————————————————-Page4238あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(100)糖尿病網膜症とともに,糖尿病脈絡膜症の存在も明らかにされてきており1,2),糖尿病脈絡膜症の組織では,内皮基底膜の肥厚による脈絡膜毛細血管の狭細化,閉塞や脱落,脈絡膜内微小血管異常や血管瘤,新生血管などが知られている.一方,中心性漿液性脈絡網膜症は,脈絡膜血管透過性が亢進し,二次的に網膜色素上皮が障害され,漿液性網膜離が生じると考えられているが,なぜ脈絡膜病変が生じるか,循環不全と血管透過性亢進との関係は不明である.他の眼疾患や全身状態の変化の際に中心性漿液性脈絡網膜症が合併することもある.ステロイドの全身投与による併発はよく知られているが,高血圧性網膜症3)や正常妊娠4)での合併,糖尿病黄斑浮腫に対するステロイド局所治療による発症5)などの報告もある.それぞれ,高血圧性脈絡膜症と同様の変化や,血栓傾向による脈絡膜循環障害から二次性中心性漿液性脈絡網膜症をきたすこと,ステロイドによる色素上皮の損傷修復過程の抑制などが原因と考えられている.糖尿病網膜症では,脈絡膜循環障害や遷延する黄斑浮腫などにより網膜色素上皮の障害を受けやすい.さらに糖尿病網膜症では中心窩脈絡膜血流量が低下しているとの報告もある6).従来少ないとされていた糖尿病網膜症に合併する加齢黄斑変性の報告は散見される79).しかし中心性漿液性脈絡網膜症の合併の報告は筆者らの検索の限りではみられなかった.この理由として,一つには好発年齢の違いがあげられる.中心性漿液性脈絡網膜症は3050歳と比較的若年であり,高齢者には少ないのに対して,糖尿病網膜症は40歳代から増加し60歳代が最も多く,好発年齢に差がある.2つ目の理由として,糖尿病網膜症では網膜血管透過性亢進,網膜色素上皮障害や網膜毛細血管瘤からの漏出所見などを伴うため,中心性漿液性脈絡網膜症を合併しても漏出点がマスクされて糖尿病黄斑浮腫と診断され,診断しにくいことがあげられる.糖尿病網膜症に併発した黄斑部漿液性網膜離は,高度な黄斑部滲出性網膜離の場合,中心性漿液性脈絡網膜症を併発していることもあり,注意を要する.文献1)竹田宗泰:糖尿病脈絡膜症─病態研究の新しい視点─.あたらしい眼科20:919-924,20032)福島伊知郎:糖尿病脈絡膜症の病態と脈絡膜循環.DiabetesFrontier15:293-296,20043)山田英里,山田晴彦,山田日出美:中心性漿液性脈絡網膜症を発症した高血圧性網脈絡膜症.臨眼61:1867-1872,20074)今義勝,永富智浩,西岡木綿子ほか:正常妊娠後期に合併した中心性漿液性脈絡網膜症の1例.臨眼60:473-476,20065)ImasawaM,OhshiroT,GotohTetal:Centralserouschorioretinopathyfollowingvitrectomywithintravitrealtriamcinoloneacetonidefordiabeticmacularedema.ActaOphthalmolScand83:132-133,20056)NagaokaT,KitayaN,SugawaraRetal:Alterationofchoroidalcirculationinthefovealregioninpatientswithtype2diabetes.BrJOphthalmol88:1060-1063,20047)KleinR,BarbaraE,ScotEetal:Diabetes,hyperglycemiaandage-relatedmaculopathy.Thebeavereyestudy.Oph-thalmology99:1527-1534,19928)ZylbermannR,LandauD,RozenmanYetal:Exudativeage-relatedmaculardegenerationinpatientswithdiabet-icretinopathyanditsrelationtoretinallaserphotocoagu-lation.Eye11:872-875,19979)宮嶋秀彰,竹田宗泰,今泉寛子ほか:糖尿病網膜症に伴う脈絡膜新生血管の臨床像と経時的変化.眼紀52:498-504,2001***