———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLSある角膜浮腫による視力障害で受診する場合である.多くの例は無症候のままで一生を終えることになる.臨床所見としては,細隙灯顕微鏡で角膜後面に小さな隆起物が認められ,数が多いとコンクリートの歩道のようにデコボコが目立つようになる.これをスペキュラーマイクロスコープで観察すると,角膜後面からの反射が戻ってこないために黒くみえることになる.滴状角膜は正常と思われる人であっても40歳以上であれば数パーセントの頻度で認められると欧米の教科書には記載されている.日本でも,白内障手術前の詳細な細隙灯顕微鏡検査では,12%の頻度で数個の滴状角膜を角膜中央部に認める.この滴状角膜は,角膜内皮細胞にストレスが生じているためにみられる所見と考えればわかりやすくなる.角膜内皮細胞密度にほぼ変化がなく,しかし角膜中央部に数個の滴状角膜が認められる場合,加齢による変化であることが多い.外傷などで角膜内皮細胞密度が極端に減少している場合にも,細胞へのストレスによると考えられる滴状角膜を認めることがある.2.滴状角膜の病態滴状角膜は,角膜内皮細胞が異常コラーゲンをDescemet膜側に産生するために生じる隆起物であるとされており,内皮細胞がストレスにより生じさせると想像されている.ごく初期であれば,1個の内皮細胞がそのDescemet膜側にコラーゲンを異常蓄積して滴状角膜はじめにFuchs角膜内皮ジストロフィが角膜内皮細胞異常により生じる疾患であることは周知の事実であるが,1910年,ErnestFuchsが報告したときには,この疾患は角膜上皮ジストロフィと考えられていた.というのも,当時,角膜内皮細胞が角膜実質の水輸送に関わるポンプ機能をもつという生理学の知識はなく,また,細隙灯顕微鏡は発明されていなかったからである.この疾患で認められる所見は両眼性の角膜上皮浮腫のため,上皮ジストロフィとされたわけである.その後,細隙灯顕微鏡の発展とともに,病態に関わる細胞(内皮)と臨床所見でみられる異常な細胞(上皮)が異なるということが理解されてきた.Fuchs角膜内皮ジストロフィは日本ではまれな疾患とされてきたが,現在は,かなりの頻度でみかけるようになってきており,その理由がこの疾患に対する認知度が低かったためか,あるいは脂質主体の食事などの環境因子が関与しているためなのかが不明な状態となっている.本稿では,この疾患の臨床的な捉え方について整理をしてみる.I滴状角膜(corneaguttata)1.臨床症状と臨床所見滴状角膜は,ほとんどの場合に無症候であり,患者が何かを訴えて眼科を受診することはない.あるとすれば,それはFuchs角膜内皮ジストロフィの初期所見で(15)153ShgeuKnoshta62841465特集●角膜内皮疾患を理解するあたらしい眼科26(2):153158,2009滴状角膜とFuchs角膜内皮ジストロフィCorneaGuttataandFuchsCornealEndothelialDystrophy木下茂*———————————————————————-Page2154あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(16)を予測させる.したがって,白内障手術の術前検査で滴状角膜を認めれば,インフォームド・コンセントで,「手術後に角膜内皮機能の一時的低下が生じて,視力回復がやや遅いことがありうる,場合によっては角膜内皮細胞の予想を上回るロスがありうる」ことを了解してもらう必要がある.IIFuchs角膜内皮ジストロフィ1.臨床症状と臨床所見Fuchs角膜内皮ジストロフィでは,第一段階として多数の滴状角膜を角膜中央部に認めることになる(図2,3).角膜後面がコンクリート面のように凹凸不整であるように感じられる.この時点での症状は,無症候であるか,あるいは角膜後面の不整のためにやや視力低下を訴えることがある.しかし,角膜による光の屈折には前面を形成するが,進行すると角膜中央部がほぼすべて滴状角膜ということもありうる(図1).3.滴状角膜が意味するもの滴状角膜を認めれば,その細胞,さらには角膜内皮細胞層すべてが,加齢性変化か酸化ストレスを受けており,内皮細胞の機能低下,ひいては細胞寿命が短いこと図1角膜中央部に認める滴状角膜左:細隙灯顕微鏡による拡大像.右:同じ部位のスペキュラーマイクロスコープ像.図2接触型スペキュラーマイクロスコープによる広視野角膜内皮写真多数の滴状角膜を認めるが,角膜内皮細胞密度はそれほど減少していない.前房Descemet膜Descemet膜図3滴状角膜(矢印)の増悪していく模式図———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009155(17)を合併していることがある.何故なら,角膜実質の厚さが増大する場合には,前房側に膨潤するため,前房深度が浅くなり閉塞隅角症と見間違われるのである.3.発生頻度と病態欧米では40歳以上の数パーセントの人が発症するといわれており,その30%は常染色体優性遺伝であるとされている.男女では,女性が3倍程度高頻度に発症するとされているが,日本では,臨床経験から,男女差はあまり目立たないように思われる.病態には,遺伝的素因,ミトコンドリアと関係する酸化ストレス,加齢などが提唱されている.最近になって,8型コラーゲンのa2鎖をコードするCOL8A2にmissensemutationがあると報告されているが,その頻度は決して高くない.これからの研究成果が待たれるところである.4.治療初期の段階で,朝方の視力低下を訴える患者では,5%食塩軟膏を就眠時に使用し,昼間は5%食塩水を点眼することで一定の効果を上げることがある.場合によっては,ドライヤーを用いて涙液蒸発を促進させることも効果的である.角膜中央部に上皮浮腫を生じると,異物感を感じるとともに視力低下を生じることになる.一般的には,この時点でソフトコンタクトレンズの連続装着をすることにより,角膜上皮への微細なダメージを減じ,蒸発亢進を促進し,そして角膜前面カーブの代わりにソフトコンタクトレンズ前面が屈折面となり,視力が改善する.さらに視力低下が生じると,角膜移植の適応となる.ただ,この時期の患者の多くは高齢者であり,可能であれば白内障手術と角膜移植の同時手術が推奨される.つい最近までは全層角膜移植が第一選択であったが,術後視力改善が早く得られるDSAEK(Descemet’sstrip-pingautomatedendothelialkeratoplasty)に手術手技が変わりつつある.これは角膜前面カーブに手を付けない手術方法のために術後の視力改善が良いこと,そして大きなサイズのドナー角膜を挿入することができるためである.DSAEKと白内障手術の同時手術は,慣れてくカーブが大きく関与しており,後面カーブはさほどではないため,上皮浮腫が生ずるまで視力低下はわずかである.むしろ朝方の視力低下を訴えることが多い.この現象は,就眠時における閉瞼のために,眼表面からの涙液蒸発が低下するため,さらには涙液浸透圧が低下するためなどがこの機序として考えられている(図4).第二段階として,角膜厚の増大とともに角膜上皮浮腫が生じてくる.上皮浮腫は角膜前面カーブに不整を生じるために,極端な視力低下を,突然に自覚することになる.これは角膜内皮細胞のポンプ機能が低下して,角膜実質の膨潤圧に見合うだけの水を前房側に引き出せないからである.ただ,角膜厚と上皮浮腫は,角膜内皮細胞機能のみならず眼圧にも影響されるため,できれば眼圧を低く保つことは浮腫の軽減に役立つことになる.第三段階として,持続する角膜上皮浮腫による角膜上皮下および表層実質の混濁を生じることになる.場合によっては,周辺部角膜から一部血管の侵入を認めることもありうる.2.鑑別診断Fuchs角膜内皮ジストロフィ,後部多形性角膜内皮ジストロフィ,そして先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィが類縁疾患となる.しかし,ほとんどの場合に,これら3疾患を混同することはまれである.むしろ,レーザー虹彩切開術が施行されている眼が,実は数多くの滴状角膜を示すごく初期のFuchs角膜内皮ジストロフィ図4Fuchs角膜内皮ジストロフィの初期像わずかな上皮浮腫とともに角膜実質浮腫を認める.実質浮腫のために後面にはDescemet膜皺襞を認める.———————————————————————-Page4156あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(18)acegbdfh図5DSAEKの手術方法a:術前,b:角膜上皮離,ICGによる前染色と白内障手術,c:IOL挿入,d:逆SinskeyフックによるDescemet膜離,e:耳側角膜切開,f:Businglideへのドナー角膜フラップの装,g:DSAEKフラップの前房挿入,h:前房内に空気充された手術終了時.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009157(19)光を用いると,角膜浮腫はさほど気にならずに核処理などが行える.眼内レンズを内固定した後に,アセチルコリンで縮瞳させる.前房メインテナーを角膜下方に設置し,8mm径程度のDescemet膜離を逆Sinskeyれば,角膜上皮をがすことと,手術用顕微鏡にサージカルスリットを装着させることでほぼ可能となる.5.DSAEK(図57)Fuchs角膜内皮ジストロフィにおけるDSAEKの特徴は,白内障手術との同時手術が多いということである.DSAEKの手術方法を以下に簡単に解説してみる.同時手術では術前に散瞳を行う.白内障手術では,まず中央の角膜上皮を掻爬して前房内を視認できるようにし,つぎに安全のために前をICG(インドシアニングリーン)などで染色しCCC(continuouscurvilinearcapsulorrhexis)を施行する.CCCが完了すれば超音波による核破砕と吸引である.このとき,角膜浮腫を通してであることから視認が不十分であると危険なため,手術用スリットの使用は必須である.やや太めのスリット術前VS=0.02術後6カ月VS=0.7図7DSAEK術前と術後6カ月の写真手術眼にはレーザー虹彩切開術も施行されている.図6DSAEK術後1カ月のOCT像ドナー角膜フラップが角膜後面に接着していることがわかる.———————————————————————-Page6158あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(20)な遺伝子異常が発見されるかは興味深い.そのヒントとなりえそうなものは,ミトコンドリア異常疾患にときに合併する水疱性角膜症である.治療では,DSAEKが主流となっており,次世代はDescemet膜と内皮細胞だけを移植するDMEK(Descemet’smembraneendothelialkeratoplasty)ともいわれている.さらには,培養した角膜内皮細胞の移植も有力な手段となりつつある.これからの10年間,角膜内皮細胞からは目が離せないというのが実感である.文献1)FuchsE:Dystrophiaepithelialiscornea.AlbrechtvonGraefesArchKlinExpOphthalmol76:478,19102)AbbottRL,FineBS,WebsterRGJr:Specularmicroscop-icandhistologicobservationsinnonguttatecornealendothelialdegeneration.ArchOphthalmol88:788-800,19813)OhguroN,MatsudaM,FukudaMetal:Gasstresstestforassessmentofcornealendothelialfunction.JpnJOph-thalmol44:325-333,20004)GottschJD,SundinOH,LieSHetal:InheritanceofanovelCOL8A2mutationdenesadistinctearly-onsetsubtypeofFuchscornealdystrophy.InvestOphthalmolVisSci46:1934-1939,20055)JurkunasUV,BitarMS,RaweIetal:IncreasedclusterinexpressioninFuchs’endothelialdystrophy.InvestOph-thalmolVisSci49:2946-2955,20086)JurkunasUV,RaweI,BitarMSetal:Decreasedexpres-sionofperoxiredoxinsinFuchs’endothelialdystrophy.InvestOphthalmolVisSci49:2956-2963,2008フックで行う.67mm程度の角膜切開を耳側に置き,離したDescemet膜を除去,DSAEKフラップをBusinglideに装着し,ヒアルロン酸ナトリウムでドナー角膜内皮面を被覆して前房内に引き入れる.このフラップの位置を修整したのちに,前房内を空気で充満し,散瞳薬を点眼して手術を終える.DSAEKが角膜内皮移植法として内皮細胞の寿命を長くできるか否かは現在のところわかっていない.この点が,DSAEKがこの疾患への第一選択手術となりえるかどうかの決め手となると思われる.IIINonguttataFuchs角膜ジストロフィ1981年,Abottにより滴状角膜を認めない角膜内皮変性が報告されている.これはnon-guttatatypeのFuchsdystrophyとよばれている.臨床現場で,両眼ともに,極端に角膜内皮細胞が減少している有水晶体眼に遭遇することがある.これが,はたして加齢変化による内皮減少だけなのか,あるいはミトコンドリアDNAなどの関与したものなのかは不明であり,今後の研究が待たれるところである.おわりにFuchs角膜内皮ジストロフィが遺伝子異常により生じているか否かは,いまだに解決されていない問題である.8型コラーゲンとの関連から始まり,今後どのよう