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滴状角膜とFuchs角膜内皮ジストロフィ

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLSある角膜浮腫による視力障害で受診する場合である.多くの例は無症候のままで一生を終えることになる.臨床所見としては,細隙灯顕微鏡で角膜後面に小さな隆起物が認められ,数が多いとコンクリートの歩道のようにデコボコが目立つようになる.これをスペキュラーマイクロスコープで観察すると,角膜後面からの反射が戻ってこないために黒くみえることになる.滴状角膜は正常と思われる人であっても40歳以上であれば数パーセントの頻度で認められると欧米の教科書には記載されている.日本でも,白内障手術前の詳細な細隙灯顕微鏡検査では,12%の頻度で数個の滴状角膜を角膜中央部に認める.この滴状角膜は,角膜内皮細胞にストレスが生じているためにみられる所見と考えればわかりやすくなる.角膜内皮細胞密度にほぼ変化がなく,しかし角膜中央部に数個の滴状角膜が認められる場合,加齢による変化であることが多い.外傷などで角膜内皮細胞密度が極端に減少している場合にも,細胞へのストレスによると考えられる滴状角膜を認めることがある.2.滴状角膜の病態滴状角膜は,角膜内皮細胞が異常コラーゲンをDescemet膜側に産生するために生じる隆起物であるとされており,内皮細胞がストレスにより生じさせると想像されている.ごく初期であれば,1個の内皮細胞がそのDescemet膜側にコラーゲンを異常蓄積して滴状角膜はじめにFuchs角膜内皮ジストロフィが角膜内皮細胞異常により生じる疾患であることは周知の事実であるが,1910年,ErnestFuchsが報告したときには,この疾患は角膜上皮ジストロフィと考えられていた.というのも,当時,角膜内皮細胞が角膜実質の水輸送に関わるポンプ機能をもつという生理学の知識はなく,また,細隙灯顕微鏡は発明されていなかったからである.この疾患で認められる所見は両眼性の角膜上皮浮腫のため,上皮ジストロフィとされたわけである.その後,細隙灯顕微鏡の発展とともに,病態に関わる細胞(内皮)と臨床所見でみられる異常な細胞(上皮)が異なるということが理解されてきた.Fuchs角膜内皮ジストロフィは日本ではまれな疾患とされてきたが,現在は,かなりの頻度でみかけるようになってきており,その理由がこの疾患に対する認知度が低かったためか,あるいは脂質主体の食事などの環境因子が関与しているためなのかが不明な状態となっている.本稿では,この疾患の臨床的な捉え方について整理をしてみる.I滴状角膜(corneaguttata)1.臨床症状と臨床所見滴状角膜は,ほとんどの場合に無症候であり,患者が何かを訴えて眼科を受診することはない.あるとすれば,それはFuchs角膜内皮ジストロフィの初期所見で(15)153ShgeuKnoshta62841465特集●角膜内皮疾患を理解するあたらしい眼科26(2):153158,2009滴状角膜とFuchs角膜内皮ジストロフィCorneaGuttataandFuchsCornealEndothelialDystrophy木下茂*———————————————————————-Page2154あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(16)を予測させる.したがって,白内障手術の術前検査で滴状角膜を認めれば,インフォームド・コンセントで,「手術後に角膜内皮機能の一時的低下が生じて,視力回復がやや遅いことがありうる,場合によっては角膜内皮細胞の予想を上回るロスがありうる」ことを了解してもらう必要がある.IIFuchs角膜内皮ジストロフィ1.臨床症状と臨床所見Fuchs角膜内皮ジストロフィでは,第一段階として多数の滴状角膜を角膜中央部に認めることになる(図2,3).角膜後面がコンクリート面のように凹凸不整であるように感じられる.この時点での症状は,無症候であるか,あるいは角膜後面の不整のためにやや視力低下を訴えることがある.しかし,角膜による光の屈折には前面を形成するが,進行すると角膜中央部がほぼすべて滴状角膜ということもありうる(図1).3.滴状角膜が意味するもの滴状角膜を認めれば,その細胞,さらには角膜内皮細胞層すべてが,加齢性変化か酸化ストレスを受けており,内皮細胞の機能低下,ひいては細胞寿命が短いこと図1角膜中央部に認める滴状角膜左:細隙灯顕微鏡による拡大像.右:同じ部位のスペキュラーマイクロスコープ像.図2接触型スペキュラーマイクロスコープによる広視野角膜内皮写真多数の滴状角膜を認めるが,角膜内皮細胞密度はそれほど減少していない.前房Descemet膜Descemet膜図3滴状角膜(矢印)の増悪していく模式図———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009155(17)を合併していることがある.何故なら,角膜実質の厚さが増大する場合には,前房側に膨潤するため,前房深度が浅くなり閉塞隅角症と見間違われるのである.3.発生頻度と病態欧米では40歳以上の数パーセントの人が発症するといわれており,その30%は常染色体優性遺伝であるとされている.男女では,女性が3倍程度高頻度に発症するとされているが,日本では,臨床経験から,男女差はあまり目立たないように思われる.病態には,遺伝的素因,ミトコンドリアと関係する酸化ストレス,加齢などが提唱されている.最近になって,8型コラーゲンのa2鎖をコードするCOL8A2にmissensemutationがあると報告されているが,その頻度は決して高くない.これからの研究成果が待たれるところである.4.治療初期の段階で,朝方の視力低下を訴える患者では,5%食塩軟膏を就眠時に使用し,昼間は5%食塩水を点眼することで一定の効果を上げることがある.場合によっては,ドライヤーを用いて涙液蒸発を促進させることも効果的である.角膜中央部に上皮浮腫を生じると,異物感を感じるとともに視力低下を生じることになる.一般的には,この時点でソフトコンタクトレンズの連続装着をすることにより,角膜上皮への微細なダメージを減じ,蒸発亢進を促進し,そして角膜前面カーブの代わりにソフトコンタクトレンズ前面が屈折面となり,視力が改善する.さらに視力低下が生じると,角膜移植の適応となる.ただ,この時期の患者の多くは高齢者であり,可能であれば白内障手術と角膜移植の同時手術が推奨される.つい最近までは全層角膜移植が第一選択であったが,術後視力改善が早く得られるDSAEK(Descemet’sstrip-pingautomatedendothelialkeratoplasty)に手術手技が変わりつつある.これは角膜前面カーブに手を付けない手術方法のために術後の視力改善が良いこと,そして大きなサイズのドナー角膜を挿入することができるためである.DSAEKと白内障手術の同時手術は,慣れてくカーブが大きく関与しており,後面カーブはさほどではないため,上皮浮腫が生ずるまで視力低下はわずかである.むしろ朝方の視力低下を訴えることが多い.この現象は,就眠時における閉瞼のために,眼表面からの涙液蒸発が低下するため,さらには涙液浸透圧が低下するためなどがこの機序として考えられている(図4).第二段階として,角膜厚の増大とともに角膜上皮浮腫が生じてくる.上皮浮腫は角膜前面カーブに不整を生じるために,極端な視力低下を,突然に自覚することになる.これは角膜内皮細胞のポンプ機能が低下して,角膜実質の膨潤圧に見合うだけの水を前房側に引き出せないからである.ただ,角膜厚と上皮浮腫は,角膜内皮細胞機能のみならず眼圧にも影響されるため,できれば眼圧を低く保つことは浮腫の軽減に役立つことになる.第三段階として,持続する角膜上皮浮腫による角膜上皮下および表層実質の混濁を生じることになる.場合によっては,周辺部角膜から一部血管の侵入を認めることもありうる.2.鑑別診断Fuchs角膜内皮ジストロフィ,後部多形性角膜内皮ジストロフィ,そして先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィが類縁疾患となる.しかし,ほとんどの場合に,これら3疾患を混同することはまれである.むしろ,レーザー虹彩切開術が施行されている眼が,実は数多くの滴状角膜を示すごく初期のFuchs角膜内皮ジストロフィ図4Fuchs角膜内皮ジストロフィの初期像わずかな上皮浮腫とともに角膜実質浮腫を認める.実質浮腫のために後面にはDescemet膜皺襞を認める.———————————————————————-Page4156あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(18)acegbdfh図5DSAEKの手術方法a:術前,b:角膜上皮離,ICGによる前染色と白内障手術,c:IOL挿入,d:逆SinskeyフックによるDescemet膜離,e:耳側角膜切開,f:Businglideへのドナー角膜フラップの装,g:DSAEKフラップの前房挿入,h:前房内に空気充された手術終了時.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009157(19)光を用いると,角膜浮腫はさほど気にならずに核処理などが行える.眼内レンズを内固定した後に,アセチルコリンで縮瞳させる.前房メインテナーを角膜下方に設置し,8mm径程度のDescemet膜離を逆Sinskeyれば,角膜上皮をがすことと,手術用顕微鏡にサージカルスリットを装着させることでほぼ可能となる.5.DSAEK(図57)Fuchs角膜内皮ジストロフィにおけるDSAEKの特徴は,白内障手術との同時手術が多いということである.DSAEKの手術方法を以下に簡単に解説してみる.同時手術では術前に散瞳を行う.白内障手術では,まず中央の角膜上皮を掻爬して前房内を視認できるようにし,つぎに安全のために前をICG(インドシアニングリーン)などで染色しCCC(continuouscurvilinearcapsulorrhexis)を施行する.CCCが完了すれば超音波による核破砕と吸引である.このとき,角膜浮腫を通してであることから視認が不十分であると危険なため,手術用スリットの使用は必須である.やや太めのスリット術前VS=0.02術後6カ月VS=0.7図7DSAEK術前と術後6カ月の写真手術眼にはレーザー虹彩切開術も施行されている.図6DSAEK術後1カ月のOCT像ドナー角膜フラップが角膜後面に接着していることがわかる.———————————————————————-Page6158あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(20)な遺伝子異常が発見されるかは興味深い.そのヒントとなりえそうなものは,ミトコンドリア異常疾患にときに合併する水疱性角膜症である.治療では,DSAEKが主流となっており,次世代はDescemet膜と内皮細胞だけを移植するDMEK(Descemet’smembraneendothelialkeratoplasty)ともいわれている.さらには,培養した角膜内皮細胞の移植も有力な手段となりつつある.これからの10年間,角膜内皮細胞からは目が離せないというのが実感である.文献1)FuchsE:Dystrophiaepithelialiscornea.AlbrechtvonGraefesArchKlinExpOphthalmol76:478,19102)AbbottRL,FineBS,WebsterRGJr:Specularmicroscop-icandhistologicobservationsinnonguttatecornealendothelialdegeneration.ArchOphthalmol88:788-800,19813)OhguroN,MatsudaM,FukudaMetal:Gasstresstestforassessmentofcornealendothelialfunction.JpnJOph-thalmol44:325-333,20004)GottschJD,SundinOH,LieSHetal:InheritanceofanovelCOL8A2mutationdenesadistinctearly-onsetsubtypeofFuchscornealdystrophy.InvestOphthalmolVisSci46:1934-1939,20055)JurkunasUV,BitarMS,RaweIetal:IncreasedclusterinexpressioninFuchs’endothelialdystrophy.InvestOph-thalmolVisSci49:2946-2955,20086)JurkunasUV,RaweI,BitarMSetal:Decreasedexpres-sionofperoxiredoxinsinFuchs’endothelialdystrophy.InvestOphthalmolVisSci49:2956-2963,2008フックで行う.67mm程度の角膜切開を耳側に置き,離したDescemet膜を除去,DSAEKフラップをBusinglideに装着し,ヒアルロン酸ナトリウムでドナー角膜内皮面を被覆して前房内に引き入れる.このフラップの位置を修整したのちに,前房内を空気で充満し,散瞳薬を点眼して手術を終える.DSAEKが角膜内皮移植法として内皮細胞の寿命を長くできるか否かは現在のところわかっていない.この点が,DSAEKがこの疾患への第一選択手術となりえるかどうかの決め手となると思われる.IIINonguttataFuchs角膜ジストロフィ1981年,Abottにより滴状角膜を認めない角膜内皮変性が報告されている.これはnon-guttatatypeのFuchsdystrophyとよばれている.臨床現場で,両眼ともに,極端に角膜内皮細胞が減少している有水晶体眼に遭遇することがある.これが,はたして加齢変化による内皮減少だけなのか,あるいはミトコンドリアDNAなどの関与したものなのかは不明であり,今後の研究が待たれるところである.おわりにFuchs角膜内皮ジストロフィが遺伝子異常により生じているか否かは,いまだに解決されていない問題である.8型コラーゲンとの関連から始まり,今後どのよう

正常者の角膜内皮細胞

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLSでの間に細胞密度の急激な減少があり,その後は一定の率での減少がみられる.この論文ではさらに細胞数の減少と角膜直径の増加の関係の検討から(図2),胎児期および1歳くらいまでの角膜内皮細胞密度の急激な減少は,成長に伴う角膜径の増加に伴うものであり,角膜内皮細胞の脱落により細胞の総数が減少しているわけではないと報告している.10歳代以降の角膜内皮細胞面積・密度の変化については,スペキュラーマイクロスコープを用いた多くの報告があり,人種差や使用機材,解析方法などの違いにより,同じ年代でもその値に多少の違いがみられる.日本はじめに角膜内皮細胞は角膜後面を覆う単層の細胞層で,そのバリア機能とポンプ機能により角膜の含水率を一定に保ち,角膜透明性を維持するうえで必要不可欠な細胞層である.以下に,正常者の角膜内皮細胞についての知見を述べる.I細胞密度・細胞面積1.年齢による変化角膜内皮細胞の密度は,胎児期から生後1歳くらいまでの間に急激に減少する(図1).この報告では角膜内皮数を組織切片上の100μm当たりの細胞の核の数として検討している1).その結果,胎児期と生後1歳くらいま(9)147ioAano1138655731特集●角膜内皮疾患を理解するあたらしい眼科26(2):147152,2009正常者の角膜内皮細胞CornealEndothelialCellsintheNormalPopulation天野史郎*生後年齢胎生週数のの数出生図1胎生週数および生後年齢と角膜内皮数との関係1歳くらいまでに急激に減少し,それ以降は一定の率で減少していく.(許可を得て文献1より転載引用)12023456789101112023456789101100.51.00.10.30.5出生生後年齢胎生数角膜直径(μm)100μm当たりの核の数図2胎児および生後1歳までの角膜直径(黒丸)と角膜内皮数(白丸)との関係成長に伴う内皮数の減少は角膜直径の増加のためである.(許可を得て文献1より転載引用)———————————————————————-Page2148あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(10)とされる400個/mm2まで200歳でもまだ余裕がある.角膜内皮細胞は,加齢性の変化だけであれば,一生の間,角膜透明性を維持するに十分な密度がある.200歳までとなると体のほうがもたないし,加齢性の減少率も変化していくであろうから単純にはいえないが,角膜は200歳以上生きられるといわれる所以である.人での代表的なデータを示す2)(図3,4,表1).10歳代以降,加齢に伴い細胞密度は減少していく(図5,6).減少率は1年に0.30.7%である.50歳時に細胞密度が2,500個/mm2あり,年間0.5%ずつ減ったとすると,角膜内皮細胞密度は100歳で1,940個/mm2,200歳で1,180個/mm2と計算される.角膜内皮細胞密度の限界年齢(歳)細胞面積(?m2)102030200300400500405060708090図3年齢と角膜内皮細胞面積との関係加齢とともに平均細胞面積は増加する.(許可を得て文献2より転載引用)1020302345405060708090年齢(歳)細胞密度(1,000個/mm2)図4年齢と角膜内皮細胞密度との関係加齢とともに平均細胞密度は減少する.(許可を得て文献2より転載引用)表1日本人正常者の角膜内皮細胞面積・密度(平均±標準偏差)平均細胞面積(μm2)平均細胞密度(個/mm2)10歳代296±303,410±35820歳代301±293,350±33330歳代314±273,202±26840歳代328±363,081±33550歳代336±423,012±34360歳代345±462,950±38570歳代352±552,907±43880歳代367±522,777±367(文献2より許可を得て引用)図5若年者(20歳代)の角膜内皮細胞スペキュラー像図6老年者(70歳代)の角膜内皮細胞スペキュラー像細胞密度および六角形細胞出現率の減少を認める.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009149(11)中央部と周辺部で異なる性質をもつことを示す一つの結果である.V培養角膜内皮細胞の性質ヒトの角膜内皮細胞は生体内ではほとんど分裂能がないが,生体外に取り出し適切な細胞外基質でコーティングした培養皿と適切な培地を用いると,分裂させ,培養することが可能である.培養したヒト角膜内皮細胞の性2.中央と周辺の比較同一眼での角膜中央部と周辺部とでの内皮密度を比較すると,中央部よりも周辺部のほうが細胞密度が多い.一つの報告では,ノンコンタクトスペキュラーマイクロスコープで観察した結果,中央部で2,730±224個/mm2,角膜中央より4.7mm離れた周辺部で2,993±229個/mm2としている3).II変動係数細胞面積の標準偏差を平均値で割った値が変動係数(CV値)であり,細胞面積の不均一性,大小不同性を表す値である.角膜内皮細胞の変動係数は,10歳代の0.26から80歳代の0.40まで,加齢性に増加する(図7).加齢性に細胞面積の不均一性が増加することを示している.III六角形細胞出現率角膜内皮細胞は正常では六角形をしており,六角形細胞出現率は細胞形態の均一性を示す指標である.六角形細胞出現率は,10歳代での67%から80歳代での55%までと加齢性に減少していく(図8).IV老化マーカー老化のマーカーとして知られるsenescence-associa-tedb-galactosidase(SA-b-gal)のヒト角膜内皮細胞での発現は,若年者ではみられず,老年者の中央部内皮のみにみられる4)(図9).ヒトの生体内の角膜内皮細胞は,CV値(標準偏差/平均値)1020300.200.300.400.50405060708090年齢(歳)図7年齢と角膜内皮細胞変動係数との関係加齢とともに平均変動係数は増加する.(許可を得て文献2より転載引用)102030304060507080405060708090年齢(歳)六角形細胞出現率(%)図8年齢と六角形細胞出現率との関係加齢とともに六角形細胞出現率は減少する.(許可を得て文献2より転載引用)16歳68歳図9老化マーカーsenescenceassociatedβgalactosidase(SA-b-gal)のヒト角膜内皮細胞での発現若年者ではみられず,老年者の中央部内皮のみにみられた.Bars=100μm.(許可を得て文献4より改変引用)———————————————————————-Page4150あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(12)ことであるが,若年者と老年者の間に,テロメア長に差はなく,加齢に伴う角膜内皮細胞の老化にテロメア長の短縮は関係ないことがわかった.3.糖化最終産物の蓄積加齢とともに蓄積する細胞障害の原因としては,紫外線,活性酸素種などがよく知られているが,もう一つの要因として知られるadvancedglycationendproducts(AGE)に注目し,角膜内皮細胞老化の原因としての役割について検討した.蛋白質のアミノ基はグルコースなどの還元糖のアルデヒド基と反応し,アマドリ化合物を質について述べる.1.ドナー年齢の影響各年齢層のドナーからの角膜内皮細胞を同一条件で培養し,継代4代目の細胞がコンフルエントの状態になったときの細胞の状態をみると(図10),ドナー年齢が高いほど大型細胞が多くみられることがわかる5).ドナー年齢と2,000μm2以上の大きな細胞の出現率は有意に正の相関があった.上記の老化マーカーの結果と培養細胞での結果から,角膜内皮細胞はヒトの加齢とともに老化していることがわかる.一般に,細胞老化の機序としては,DNA末端にありDNAの安定と複製に寄与するテロメアが短縮すること,紫外線や活性酸素種などによる細胞障害が蓄積することなどがある.角膜内皮細胞老化の機序は何であろうか2.テロメア長ヒト角膜内皮細胞のテロメア長について検討した(表2).生体内から直接採取したヒト角膜内皮細胞は70歳代でも12.0kilobase(kb)と長いテロメア長を有していた.継代培養していくと徐々にテロメア長が短縮したが,年齢の違いによるテロメア長の差はみられなかった.コントロールとして測定した白血球では年齢が高いほどテロメア長の短縮がみられた.この結果から,ヒト角膜内皮細胞は生体内で分裂しないことから予想される4歳44歳75歳図10培養内皮細胞(継代4代目)の形態へのドナー年齢の影響高齢ほど大型細胞が多く出現する.(許可を得て文献5より改変引用)表2生体内および培養ヒト角膜内皮細胞のテロメア長ドナー年齢(歳)テロメア長(kb)平均(kb)直接採取707212.012.112.1±0.054継代(16回分裂)24203944687511.510.49.810.410.69.29.810.2±0.738継代(32回分裂)4758.98.48.7±0.73白血球(対照)1247310.58.06.1———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009151(13)膜中央部と周辺部で比較すると,周辺部のほうが高い前駆細胞産生効率をもつことがわかった(図12)8).前述した,細胞密度や老化マーカー発現の角膜中央部と周辺部の差と考え合わせると,角膜内皮細胞では周辺部のほうがより未熟性の残った細胞が含まれていると考えられる.文献1)MurphyC,AlvaradoJ,JusterRetal:Prenatalandpost-natalcellularityofthehumancornealendothelium.InvestOphthalmolVisSci25:312-322,19842)大原國俊,水流忠彦,伊野田繁:角膜内皮細胞形態のパラメーター.日眼会誌91:1073-1078,19873)AmannJ,HolleyGP,LeeSBetal:Increasedendothelialcelldensityintheparacentralandperipheralregionsofthehumancornea.AmJOphthalmol135:584-590,20034)MimuraT,JoyceNC:Replicationcompetenceandsenes-cenceincentralandperipheralhumancornealendotheli-um.InvestOphthalmolVisSci47:1387-1396,20065)MiyataK,MiyataK,DrakeJetal:Eectofdonorageonmorphologicalvariationofculturedhumancornealendothelialcells.Cornea20:59-63,20016)天野史郎:第106回日本眼科学会総会宿題報告Ⅱ,眼の再生医学,角膜内皮細胞移植.日眼会誌106:805-836,2002形成する.前期反応アマドリ化合物がさらに脱水,酸化,縮合,環状化などの反応を経由して,蛍光・褐色変化・分子架橋形成を特徴とするAGEを生じる.生体内蛋白質におけるAGE形成は加齢とともに進行し,白内障や加齢黄斑変性などの加齢性疾患の発症や進展に関与していることが示されている.AGEの蓄積をヒト角膜内皮細胞で観察したところ,若年者ではみられず,老年者では強く蓄積していることがわかった(図11)6).その他の研究結果も合わせて考えると,AGEや酸化ストレス産物が,角膜内皮老化の機序の一つと考えられる.4.中央と周辺の比較角膜内皮細胞をスフェア法という浮遊培養系で培養することによって,多分化能をもつ角膜内皮細胞の前駆細胞を単離することができる7).前駆細胞の産生効率を角AB図11糖化最終産物の角膜内皮細胞での蓄積若年者(A)ではみられず,老年者(B)で強くみられた.(許可を得て文献6より引用)CAB中央(<6.0mm,n=10)Group100203040周辺(6.0~10mm,n=10)10,000細胞当たりの1次スフェア数*図12角膜内皮前駆細胞産生効率の中央部と周辺部での差得られるスフェアの大きさは中央部(A)と周辺部(B)で差はみられないが,角膜周辺部の内皮細胞のほうが高い前駆細胞産生効率をもつ(C).Bars=50μm.(許可を得て文献8より引用)———————————————————————-Page6152あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(14)rabbitcornealendothelialcellprecursorsinthecentralandperipheralregions.InvestOphthalmolVisSci46:3645-3648,20057)YokooS,YamagamiS,YanagiSetal:Humancornealendotheliumprecursorsisolatedbysphere-formingassay.InvestOphthalmolVisSci46:1626-1631,20058)MimuraT,YamagamiS,YokooSetal:Comparisonofお方法:おとりつけの,また,そののない合は直接あて注文ください.メディカル葵出版あたらしい眼科Vol.26月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術Vol.22(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)(4冊)(送料弊社負担)日本眼科手術学会誌特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障・眼感染アレルギーなど)/新しい治療と検査/眼科医のための先端医療他【その他】トピックス・ニュース他毎号の【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他社〒1130033東京都文京区本郷2395片岡ビル5F振替00100569315電話(03)38110544://www.medical-aoi.co.jp

角膜内皮細胞の臨床的観察法

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLS性角膜症となる.一般的に角膜内皮細胞密度が400500個/mm2以下になると全体的な機能代償ができず水疱性角膜症になるといわれている.このように角膜内皮細胞は角膜の生理的機能維持に重要な意味をもち,加齢性変化に加え,Fuchsジストロフィをはじめとする種々の状況下で内皮細胞減少が認められるため,その臨床的モニターリングは非常に重要な意義をもつ.本稿ではスペキュラーマイクロスコープを中心とする角膜内皮細胞観察について述べる.II内皮細胞観察・測定の原理―Specularreexについて角膜内皮細胞の観察は鏡面反射の原理を利用しており,1918年Vogtのスリットランプによる観察が最初である.スペキュラーマイクロスコープを用いた生体観察は,1968年にMauriceが初めて角膜内皮細胞の撮影に成功し,その後改良を重ねて今日に至った.鏡面反射とは,光源からの観察光を斜めから当てることによる角膜からの反射(上皮細胞層側と内皮細胞層側に分かれる)が観察光の入射角度と同じ角度で反射することに基づいて,観察部を同角度に位置させて内皮層からの反射光のみを捉えるという原理である(図1).細隙灯下では鏡面法において,内皮細胞層にスリット光を反射させることによって内皮細胞像を得ることができる.角膜中央より45°スリットを傾けて,入射角と反射角を一致させるようにする.スリットの拡大率を30倍以上に上げて,I角膜内皮細胞とは角膜内皮細胞は角膜前房側の最内層に存在する単細胞層で,六角形の細胞がモザイクパターンに配列している.ヒト角膜内皮細胞は,invitroにて一定条件で細胞培養を行うと増殖が可能であるが,通常のinvivoの状態では細胞増殖できないので,生下時の細胞数より増加することはない.正常の細胞密度は約3,000個/mm2であり,通常角膜周辺部が中央部に比べて角膜内皮細胞密度は高い.よって病的もしくは外的要因にて角膜内皮細胞が脱落した場合は,周囲の細胞が拡大・伸展して脱落箇所を補償する.角膜内皮細胞は機能的に角膜透明性維持に重要な作用を担い,角膜実質に水分が浸透するのを制限するバリア機能と水分を前房側へ汲み出すポンプ機能の2つの機能を有する.ポンプ機能は,角膜の含水率を一定にするために,角膜実質のイオンを前房側へ能動輸送し,前房内の浸透圧が実質内の浸透圧より高くなることで浸透圧勾配を作り出し,実質内から前房へ水を移動させる.この働きはミトコンドリアでのグルコース代謝から産生されるATP(アデノシン三リン酸)による能動輸送である.角膜内皮細胞機能が正常ならば,角膜は78%の含水率で0.52mmの角膜厚が維持されているが,この機能が障害されると角膜実質内に水分が貯留し,角膜浮腫となり透明性が低下する.一時的な角膜内皮障害の場合は角膜浮腫も一過性であるが,不可逆的な角膜内皮代償不全を生じると,恒久的な角膜浮腫となり,水疱(3)141TuIue565087122特集●角膜内皮疾患を理解するあたらしい眼科26(2):141146,2009角膜内皮細胞の臨床的観察法ClinicalObservationofCornealEndothelialCells井上智之*———————————————————————-Page2142あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(4)れている接触型は被験者角膜表面に対物コーンレンズをのせて撮影する.利点として広視野が得られ,角膜中央(図3)から周辺(図4)に至るあらゆる部分を撮影することが可能である.その反面,感染や過度の圧迫など撮影時には注意を要し,またマニュアル操作になるため熟練を要した.撮影の実際は,1)コーンレンズの消毒,2)患眼への点眼麻酔,3)コーンレンズ先端に角膜保護剤(スコピゾル),4)固視灯にて眼位固定,5)レンズを患眼に接触,6)画面で確認しつつ,機械本体を動かしフォスリット幅を広めとし,光源の反射とスリット光の重なった部分で内皮細胞像を得る.ピントをずらして上皮細胞像でなく,六角形の見える内皮細胞像を観察する.III接触型・非接触型スペキュラーマイクロスコープスペキュラーマイクロスコープの撮影方法も上述の原理と同じである.スペキュラーマイクロスコープには接触型(図2)と非接触型(図5)がある.従来から使用さ観察光上皮上皮像内皮側の反射上皮側の反射内皮像角膜内皮図1角膜内皮細胞の観察原理図2接触型スペキュラーマイクロスコープ図3接触型スペキュラーマイクロスコープによる角膜中央部の角膜内皮細胞(bar:100μm)図4接触型スペキュラーマイクロスコープによる角膜周辺部の角膜内皮細胞(bar:100μm)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009143(5)mm2となる.さらに年齢が上がるごとに角膜内皮細胞は少しずつ脱落しその数が減少する.加齢に加えて,外傷,内眼手術,アルゴンレーザー虹彩切開術,薬剤毒性,コンタクトレンズ長期装用,緑内障,眼炎症疾患などにて角膜内皮細胞数は減少する.角膜内皮細胞が脱落すると,周囲の細胞が少しずつ拡大し,伸展することでその脱落箇所を充する.つまり一つひとつの角膜内皮細胞が代償肥大する像が認められる(図7).Fuchs角膜内皮ジストロフィなどでは,Descemet膜と角膜内皮細胞の間にコラーゲン様物質が局所的に蓄積した角膜後面に凸の疣状の突起が存在して,滴状角膜(cornealgut-ーカスを合わせる,である.時間や熟練を要するため,スクリーニングには適さないが,周辺部などの角膜のあらゆる目的部分が観察可能なため,得られる情報は大きい.現在は非接触型が主流だが,今後疾患病態を考えるうえで,角膜のあらゆる部分を確認できる接触型が病態解明のための詳細な解析のため再び脚光を浴びるかもしれない.1970年Brownらによる報告から,1991年トプコン社から,さらにコーナン・メディカル社などから非接触型スペキュラーマイクロスコープが発売された.初心者でも簡単に撮影できて非侵襲検査である非接触型マイクロスコピーは一般臨床の場で広く使用されている.ジョイスティックにて角膜反射に向かって動かし,アライメントがとれると自動的に撮影する.患者負担が少なく,感染などの心配がないのが利点である.非接触であるがゆえ,空気と角膜表面の鏡面反射が高度で角膜内皮の撮影範囲が狭い.測定範囲は0.1mm2で,全体の0.1以下の角膜内皮面積をみているにすぎない.あくまでスクリーニングである.非接触型スペキュラーマイクロスコープによる正常角膜内皮像は小さな正六角形の規則正しく配列された像である(図6).生下時の角膜内皮細胞密度は4,0005,000cells/mm2といわれており,生後2年で約3,000cells/図5非接触型スペキュラーマイクロスコープ図6非接触型スペキュラーマイクロスコープによる正常者の角膜内皮細胞図7非接触型スペキュラーマイクロスコープによる代償性肥大を示す角膜内皮細胞———————————————————————-Page4144あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(6)cells/mm2以上,60歳以上で2,5003,000cells/mm2とされており,2,000cells/mm2以下が異常値.また,400500cells/mm2以下になると角膜の透明性が維持できず水疱性角膜症となる.②変動係数(coecientofvariation:CV値):角膜内皮細胞の大きさのばらつきをみる値であり,細胞の大小不同の程度を表す.細胞数の減少が少なくても変動係数の増大傾向にあると角膜内皮障害の可能性が示唆される.正常値は2040歳で0.200.25,60歳以上で0.250.30とされており,0.35以上は異常値.③六角形細胞率(%)は解析した細胞のうちでの六角形細胞の頻度であり,角膜内皮細胞の形のばらつきをみる値である.角膜内皮細胞は安定した状態では六角形を示すが,内皮細胞の脱落などがみられると細胞の拡大,伸展が生じるために形にばらつきを認め,六角形細胞率が減少する.正常値は2040歳で6570%,60歳以上で6070%とされており,50%以下は異常値.V新しい内皮細胞撮影機器最近になりスペキュラーマイクロスコープのほかに,以下のような新機器にて内皮細胞撮影が可能になってきており,今後の発展が期待される.tata)とよばれる.滴状角膜はスペキュラーマイクロスコピーでは,円形に黒く抜けたdarkareaとして観察される(図8).角膜内皮細胞密度が400500個/mm2以下になると角膜内皮のバリア機能,ポンプ機能が低下し,角膜に水分が貯留し,角膜浮腫を生じる.不可逆的な角膜内皮代償不全を生じると,恒久的な角膜浮腫となり,水疱性角膜症の状態となる.角膜浮腫や実質混濁が強い場合は鮮明な内皮細胞反射を得ることができずスペキュラー像も映らない(図9).水疱性角膜症になると角膜浮腫による角膜混濁により視力低下および角膜上皮下の水疱の破綻による著しい眼痛をきたす.現在のところ,進行した水疱性角膜症の根本的な治療は全層角膜移植術か角膜内皮移植しかない.移植により良好な視力が得られても内皮型拒絶反応や感染症,二次性緑内障といった術後合併症の危険を伴うこととなる.IVスペキュラーマイクロスコープにおけるパラメータ臨床でよく用いられるスペキュラーマイクロスコープでの角膜内皮細胞の評価に関するパラメータとしては,角膜内皮細胞密度,変動係数,六角形細胞出現率があげられる.①内皮細胞密度〔celldensity,(cells/mm2)〕:単位面積当たりの細胞数で,正常値は2040歳で3,000図8非接触型スペキュラーマイクロスコープによる滴状角膜における角膜内皮細胞図9非接触型スペキュラーマイクロスコープによる角膜浮腫症例における角膜内皮細胞———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009145(7)ある.最近はダイオードレーザーを光源として採用したハイデルベルグ社のHRT-Ⅲに角膜観察用に開発されたRostockCornealModule(RCM)という前眼部アタッチメントを取り付けたHRT-ⅢRCM(図10)による生体共焦点顕微鏡検査(レーザースキャン型)により,より鮮明な画像が得られるようになった(図11).RCMの光学系の前面は使い捨ての滅菌カバーで覆われており,検査時には被験者の角膜に接触する.角膜の全組織の観察が可能で,回転リングにより焦点位置を調整する.1.コンフォーカルマイクロスコピー共焦点光学系を用いた共焦点顕微鏡検査(コンフォーカルマイクロスコピー)は角膜内皮細胞のみの観察でなく,角膜上皮細胞から角膜内皮細胞まで角膜全層の細胞の生態観察が可能である.大きく分けて,タンデムスキャン型,スリットスキャン型,レーザースキャン型が図10レーザースキャン型コンフォーカルマイクロスコピー(ハイデルベルグ社HRT-ⅢRCM)図11HRTⅢRCMにて撮影した角膜内皮細胞干渉計部CCDカメラBSハロゲンランプ光学フィルタ対物レンズレンズZ-scanyYZXZXYx対物レンズ〔装置の概要〕角膜+人工前房(液温約37℃のBBSPLUS?)中心波長790nm,波長幅80nm深さ分解能:2.6?m視野:850?m×850?mCCD画素数:500×500(1.7?m/画素)対物レンズ:10×NA-0.3水浸位相シフト法参照鏡ピエゾ素子500×500pix.検出部図12FFOCTシステムの原理図———————————————————————-Page6146あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(8)して取得可能な計測法である.リニク型干渉顕微鏡をベースにして,ハロゲンランプから微弱な近赤外線を角膜に照射し,光源の低干渉性と二次元CCDによる検出で,非走査で深さを分解した断面画像を取得する.さらに位相シフト法を用いたコンピュータ画像演算により共焦点型顕微鏡と同様な鉛直断面画像を作成することができる.角膜において,上皮から内皮までの角膜全層を2μmごとに撮影し,垂直方向・水平方向にて高分解能の画像が得られる.内皮細胞層も鮮明に映し出すことが可能(図13)である.文献1)PhillipsCetal:Cornea,2ndedition,Chapter19,p261-281,ElsevierMosby,Philadelphia,20052)松田司:スペキュラーマイクロスコープ.眼科診療プラクテイス18,p32-35,文光堂,19953)三方修:スペキュラーマイクロスコピー.眼科診療プラクテイス46,p66-69,文光堂,19994)小林顕:HRTⅡロストック角膜モジュール.眼科手術19:497-500,20065)AkibaM,MaedaN,YumikakeKetal:Ultrahigh-resolu-sionimagingofhumandonarcorneausingfull-ieldopti-calcoherencetomography.JBiomedOpt12:1-7,20072.フルフィールドOCT(Full-ieldopticalcoher-encetomography:FF-OCT)フルフィールドOCTシステムはTOPCON社により開発されたシステム(図12)で,水平方向の平面画像をCCDカメラにより深さ分解した二次元断層断面画像と図13FFOCTにて撮影した角膜内皮細胞

序説:角膜内皮疾患を理解する

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLSら,一旦試験管内に持ち込めば分裂増殖が可能であり,比較的容易に単層培養できる.ここに,眼表面疾患の再生医療で培われた多くのノウハウが集積され,角膜内皮細胞シート移植が夢ではなくなりつつある.アイバンクの存在そのものをも揺るがしかねない.さて,角膜臨床の視点でみても,角膜内皮疾患は大変に興味をもたれている.角膜内皮ジストロフィはもちろんこと,レーザー虹彩切開術による角膜内皮障害,サイトメガロウイルスにより発症する角膜内皮炎,コンタクトレンズや外傷による角膜内皮障害の病態解明は必須である.正常角膜内皮細胞における幹細胞の有無,さらにはドナー角膜内皮細胞の著しい減少のメカニズムも不明である.このような状況のなかで登場してきたDSAEK(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty)は角膜内皮細胞の生存からみて安全か否かの結論も出ていない.これからの10年,角膜内皮疾患はトピックであり続けるであろうし,今回,そのような内皮に関係する特集を組めることはこのうえない喜びである.著者の皆様のご協力に深謝する次第である.角膜内皮細胞層が,ポンプ機能を有し,角膜含水率をコントロールする重要な細胞群であることが,三島濟一先生(元東京大学眼科学教授),DavidMaurice(米国)らによって実験的に明らかにされたのが1960年代,この時代が角膜内皮研究の第一期と考えられる.これに引き続いて,1970年代には接触型スペキュラーマイクロスコープが開発され,1980年代には角膜内皮の臨床研究が積極的に行われた.角膜内皮研究の第二期である.この時期はスペキュラーマイクロスコープが広く普及しはじめた頃であり,内眼手術後の内皮創傷治癒過程や原発性角膜内皮疾患の病態の解明が,細胞形態学的な見地から精力的に行われた.現在,われわれが臨床でルーチンに使用している角膜内皮細胞密度,六角形細胞率,CV値などの有用な指標は,この時期に得られた貴重な財産に他ならないのである.1980年代初めには,Gospodarowiczを始めとする生物学者が角膜内皮細胞の培養と移植に取り組みはじめた.現在の角膜内皮細胞培養,すなわち角膜内皮研究第三期,の始まりである.ヒト角膜内皮は確かに生体内ではほとんど増殖しない.しかしなが(1)139●序説あたらしい眼科26(2):139,2009角膜内皮疾患を解するTheBasicUnderstandingofCornealEndothelialDisease木下茂*

ロービジョン外来受診患者の読書能力

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page1(127)1270910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(1):127131,2009cはじめに読書チャートMNREADは視覚の読書における役割を解析する目的にミネソタ大学ロービジョン研究室で開発され1),その日本語版であるMNREAD-J2)は現在,ロービジョン患者の読書能力を知り,ロービジョンエイドを処方する際に利用されている.測定によって読書視力(readingacuity),最大読書速度(maximumreadingspeed),臨界文字サイズ(criticalprintsize)が数値として得られるが,読書視力はそれほど困難なく読むことのできる最小の文字サイズで,一般的に近見視力に相当するとされる.最大読書速度は文字サイズが最適な場合に1分間で読める文字数,臨界文字サイズは最大読書速度〔別刷請求先〕牧野伸二:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学教室Reprintrequests:ShinjiMakino,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsuke,Tochigi329-0498,JAPANロービジョン外来受診患者の読書能力牧野伸二保沢こずえ近藤玲子熊谷知子伊藤華江平林里恵関口美佳國松志保自治医科大学眼科学教室ReadingPerformanceinLowVisionPatientsShinjiMakino,KozueHozawa,ReikoKondo,TomokoKumagai,HanaeIto,RieHirabayashi,MikaSekiguchiandShihoKunimatsuDepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversityロービジョン患者の読書能力を検討することを目的に,ロービジョン外来を受診した48例(年齢1784歳,平均59.4歳)を対象に読書チャートMNREAD-Jの白背景に黒文字のJ1(通常チャート)と黒背景に白文字のJ2(反転チャート)を用いて,読書視力,臨界文字サイズ,最大読書速度を測定した.視力良好眼の視力(logMAR)は平均0.85,読書視力(logMAR)は通常チャートで0.75±0.3,反転チャートで0.71±0.3,臨界文字サイズ(logMAR)は通常チャートで1.0±0.2,反転チャートで1.0±0.2,最大読書速度(文字数/分)は通常チャートで86.6±72.7,反転チャートで105.6±77.4であった.通常チャートと反転チャートの結果を比較すると,読書視力,臨界文字サイズは同等であったが,最大読書速度は反転チャートのほうが大きかった.文字サイズを大きくしてもそれ以上読書速度が速くならないプラトーのあるものが28例,プラトーのないものが20例あり,視力良好眼の視力,読書視力,臨界文字サイズ,最大読書速度はいずれもプラトーなしのもので有意に低下していた.Toevaluatereadingperformanceinlowvisionpatients,wemeasuredreadingacuity,criticalprintsizeandmaximumreadingspeedusingtheMNREAD-J.Meanvisualacuitywas0.85logarithmoftheminimumangleofresolution(logMAR).Usingthenormalchart,meanreadingacuity,criticalprintsizeandmaximumreadingspeedwere0.75logMAR,1.0logMARand86.6characters/min,respectively.Incontrast,usingtheinvertedchart,meanreadingacuity,criticalprintsizeandmaximumreadingspeedwere0.71logMAR,1.0logMAR,105.6characters/min,respectively.Contrastpolarityeectwasnotdetectedinmeasurementsofreadingacuityandcriticalprintsize,butmaximumreadingspeedshowedsignicantcontrastpolarityeect.In28ofthe48patientsmeasured,therewasaplateauareainreadingfunctionwherereadingspeeddidnotrise,butremainedconstant,eventhoughprintsizeincreased.Inthe20patientswithoutaplateauarea,meanvisualacuity,meanreadingacuity,criticalprintsizeandmaximumreadingspeedweresignicantlylowerthaninthepatientswithaplateauarea.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(1):127131,2009〕Keywords:読書能力,MNREAD-J,読書視力,最大読書速度,臨界文字サイズ.readingperformance,MN-READ-J,readingacuity,maximumreadingspeed,criticalprintsize.———————————————————————-Page2128あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(128)で読める最小の文字サイズで,これより小さいサイズでは急激に読書速度が低下するとされている.これらのパラメータを検討した報告38)が散見されるが,筆者らもロービジョン外来を受診した症例の読書能力を検討したので報告する.I対象および方法対象は当科ロービジョン外来を受診した症例のなかでMNREAD-Jの測定が可能であった48例(男性17例,女性31例,年齢1784歳,平均59.4±16.0歳)で,疾患の内訳,年齢は表1に示すとおりである.これらを対象にMNREAD-Jの白背景に黒文字のJ1(通常チャート)と黒背景に白文字のJ2(反転チャート)を用いて,読書能力を測定した.今回検討した項目は読書視力,臨界文字サイズ,最大読書速度の各パラメータ,通常チャートと反転チャートによる測定結果の比較,視力良好眼の視力と読書視力,臨界文字サイズ,最大読書速度の関連である.さらに,読書において読書速度と文字サイズには関連がみられ,文字サイズを大きくすると読書速度が文字サイズに影響されず,ほぼ一定の速度になるプラトーがみられることが知られており1,3,5),藤田ら5)の報告に則って,測定点が相当数得られて,2直線回帰のほうが1直線回帰より残差平方和が小さいと考えられる場合をプラトーあり,2直線回帰に当てはまらない,もしくは測定点が少ない場合をプラトーなしとして検討した.なお,視力,読書視力,臨界文字サイズはlogarithmoftheminimumangleofresolution(logMAR)換算で求められる値を用いた.統計学的解析は疾患別の検討にはKruskal-Wallis検定およびScheeF検定,両チャートの比較にはpairedt-testを用いた.II結果1.視力良好眼の視力視力良好眼の視力は0.001.52,平均0.85±0.40(小数視力換算0.14)であった.疾患別に検討したが,視力良好眼の視力に有意差はなかった(p=0.22).2.読書視力読書視力は通常チャートで0.171.30,平均0.77±0.30(小数視力換算0.16),反転チャートで0.211.64,平均0.75±0.31(小数視力換算0.17)であった.疾患別に検討したが,両チャートとも読書視力に有意差はなかった(それぞれp=0.19,p=0.37).3.臨界文字サイズ臨界文字サイズは通常チャートで0.302.07,平均1.03±0.29(ポイント数換算28pt),反転チャートで0.401.77,平均1.05±0.24(ポイント数換算28pt)であった.疾患別に検討すると網膜色素変性と角膜混濁との間に両チャートとも有意差があり(p<0.05),網膜色素変性で臨界文字サイズは小さかったが,それ以外は有意差はなかった.4.最大読書速度最大読書速度(文字数/分)は通常チャートで14.2305.2,平均82.2±76.4,反転チャートで18.2340.0,平均102.7±79.2であった.疾患別に検討したが,両チャートとも最大読書速度に差はなかった(それぞれp=0.18,p=0.11).5.通常チャートと反転チャートの比較通常チャートと反転チャートで各パラメータを検討すると,読書視力では両チャート間に有意差はなく(p=0.75),両者の相関係数はr=0.69(p<0.0001)であった(図1).臨界文字サイズでも両チャート間に有意差はなく(p=0.68),両者の相関係数はr=0.72(p<0.0001)であった(図2).これに対して,最大読書速度では両者の相関係数はr=0.91(p<0.0001)であったが,反転チャートのほうが最大読書速度は大きかった(p<0.0001)(図3).表1対象の内訳例数(例)年齢(歳)糖尿病網膜症133379(61.0±14.6)加齢黄斑変性67079(75.7±3.6)緑内障63484(61.3±17.1)網膜色素変性61772(51.3±20.3)視神経萎縮63373(52.2±13.4)近視性網脈絡膜萎縮44768(60.5±9.7)角膜混濁45083(65.0±13.6)ぶどう膜炎33050(38.0±10.6)計481784(59.4±16.0)(平均±標準偏差)00.20.40.60.81.01.21.41.61.800.20.40.60.81.01.21.41.61.8読書視力(反転チャート)(logMAR)(logMAR)読書視力(通常チャート)図1チャートの種類による読書視力直線はy=xを示す.両チャートの読書視力に有意差はなかった.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009129(129)6.視力良好眼の視力と各パラメータの関連1)視力良好眼の視力と読書視力の相関係数は,通常チャートでr=0.19(p=0.19)と相関関係はなく,反転チャートではr=0.30(p<0.05)で弱い相関関係があった(図4).2)視力良好眼の視力と臨界文字サイズの相関係数は,通常チャートでr=0.53(p<0.0001),反転チャートでr=0.62(p<0.0001)と,視力良好眼の視力が低下すると臨界文字サイズは低下する傾向があった(図5).3)視力良好眼の視力と最大読書速度の相関係数は,通常チャートr=0.62(p<0.0001),反転チャートでr=0.60(p<0.0001)と視力良好眼の視力が低下すると最大読書速度は低下する傾向があった(図6).7.プラトーの有無プラトーの有無を各疾患ごとにみると,糖尿病網膜症ではプラトーありが7例,プラトーなしが6例,加齢黄斑変性ではそれぞれ3例と3例,緑内障ではそれぞれ3例と3例,網膜色素変性ではそれぞれ5例と1例,視神経萎縮ではそれぞれ4例と2例,近視性網脈絡膜萎縮ではそれぞれ3例と1例,ぶどう膜炎ではそれぞれ2例と1例,角膜混濁ではそれぞれ1例と3例,合計でプラトーありが28例,プラトーなしが20例であった.プラトーの有無に分けて視力良好眼の視力をMann-Whit-neyU検定を用いて比較すると,プラトーのあるもので0.71±0.38,プラトーのないもので1.03±0.36と,プラトーの050100150200250300最大読書速度(反転チャート)(文字数/分)050100150200250300(文字数/分)最大読書速度(通常チャート)図3チャートの種類による最大読書速度直線はy=xを示す.反転チャートのほうが最大読書速度は有意に大きかった.00.20.40.60.81.01.21.41.61.800.20.40.60.81.01.21.41.61.8臨界文字サイズ(反転チャート)(logMAR)(logMAR)臨界文字サイズ(通常チャート)図2チャートの種類による臨界文字サイズ直線はy=xを示す.両チャートの臨界文字サイズに有意差はなかった.00.20.40.60.81.01.21.41.61.8読書視力(通常チャート)(logMAR)00.20.40.60.81.01.21.41.61.800.20.40.60.81.01.21.41.61.800.20.40.60.81.01.21.41.61.8読書視力(反転チャート)(logMAR)(logMAR)視力良好眼の視力(logMAR)視力良好眼の視力図4視力良好眼の視力と読書視力通常チャートの読書視力と視力良好眼の視力には相関はなかった.反転チャートでは,読書視力(反転チャート)=0.56+0.23×視力良好眼の視力,r=0.30の回帰式が得られた.———————————————————————-Page4130あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(130)ないものは視力良好眼の視力が有意に低かった(p<0.005).読書能力の各パラメータの測定結果をみると,図7に示すように,読書視力では通常チャートではプラトーのあるもので0.66±0.25,プラトーのないもので0.91±0.31,反転チャートではそれぞれ0.69±0.27,0.84±0.35と,プラトーのないものは読書視力が低かった(それぞれp<0.01,p=0.13).臨界文字サイズでは通常チャートではプラトーのあるもので0.93±0.25,プラトーのないもので1.18±0.27,反転チャートではそれぞれ0.98±0.22,1.14±0.24と,プラトーのないものは臨界文字サイズが有意に低下していた(それぞれp<0.005,p<0.05).最大読書速度に関しても,通常チャートではプラトーのあるもので114.2±80.3,プラトーのないもので37.3±40.5,反転チャートではそれぞれ135.0±81.1,00.20.40.60.81.01.21.41.61.800.20.40.60.81.01.21.41.61.800.20.40.60.81.01.21.41.61.800.20.40.60.81.01.21.41.61.8臨界文字サイズ(通常チャート)(logMAR)臨界文字サイズ(反転チャート)(logMAR)(logMAR)視力良好眼の視力(logMAR)視力良好眼の視力図5視力良好眼の視力と臨界文字サイズ臨界文字サイズ(通常チャート)=0.71+0.38×視力良好眼の視力,r=0.53,臨界文字サイズ(反転チャート)=0.73+0.37×視力良好眼の視力,r=0.62の回帰式が得られた.05010015020025030000.20.40.60.81.01.21.41.61.805010015020025030000.20.40.60.81.01.21.41.61.8(logMAR)視力良好眼の視力(logMAR)視力良好眼の視力最大読書速度(通常チャート)(文字数/分)最大読書速度(反転チャート)(文字数/分)図6視力良好眼の視力と最大読書速度最大読書速度(通常チャート)=182.5118.5×視力良好眼の視力,r=0.62,最大読書速度(反転チャート)=202.7118.2×視力良好眼の視力,r=0.60の回帰式が得られた.図7プラトーの有無で分けたチャート別の読書能力プラトープラトー最大読書速度文字分読書視力臨界文字サイズ読書視力通常反転臨界文字サイズ通常反転最大読書速度通常反転———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009131(131)57.3±49.4と,プラトーのないものは最大読書速度が有意に低下していた(それぞれp<0.0001,p<0.0005).III考按今回,ロービジョン外来受診症例でMNREAD-Jを用いて読書能力を測定し,読書視力,臨界文字サイズ,最大読書速度は正常者の報告値5,8)と比べ,低下していていることが確認された.通常チャートと反転チャートの測定結果を比較すると,読書視力,臨界文字サイズは同等であったが,最大読書速度は反転チャートのほうが大きかった.従来からロービジョン者の読書では白黒反転が有用であることが知られているが,石井ら8)は正常被験者に視野狭窄,視力障害のシミュレーションを行い,視力障害例では反転チャートのほうが通常チャートより有意に速く読めたことを報告している.視力と各パラメータの関連について,中村ら4)は加齢黄斑変性瘢痕期19例を検討し,視力と読書視力の相関係数は0.90で,両者はほぼ一致した値をとっていること,視力と臨界文字サイズの相関係数は0.88で,視力より臨界文字サイズのほうが大きい値をとっていること,視力と最大読書速度の相関係数は0.51と低く,視力が同じ症例でも最大読書速度は大きく異なることがあると報告している.今回の検討では臨界文字サイズ,最大読書速度は視力良好眼の視力が低下すると低下し,その相関係数はそれぞれ0.53(反転チャート0.62),0.62(反転チャート0.60)であったが,読書視力と視力良好眼の視力の相関係数は0.19(反転チャート0.30)と低かった.ただし,平均値をみると視力良好眼の視力は0.85(小数視力換算0.14),読書視力は通常チャートで0.77(小数視力換算0.16),反転チャートで0.75(小数視力換算0.17)と両者の平均値に大きな差はなかった.今回はロービジョン外来を受診した全症例を対象としたが,疾患別の症例数が少なく,今後は症例数を増やして,疾患別の読書能力の特徴を検討することが必要である.つぎに,プラトーについては藤田ら5)が加齢黄斑変性瘢痕期40例を検討し,プラトーありが29例,プラトーなしが11例であったこと,両群の読書能力は平均視力はプラトーありで0.60,プラトーなしで1.06,平均臨界文字サイズはプラトーありで0.85,プラトーなしで1.27,平均最大読書速度(文字数/分)はプラトーありで165,プラトーなしで76といずれもプラトーなしのもので有意に低下していたことを報告しており,今回の結果もほぼ同様の結果であった.今回の対象ではプラトーなしが48例中20例と多く,プラトーが得られない原因として考えられている固視が不安定5)であった症例が多く含まれていた可能性があり,先に述べた読書視力と視力良好眼の視力の相関が低かった点についても,その背景にプラトーなしのものが多く含まれていたことが推測された.MNREAD-Jを用いることでロービジョン患者の読書能力を知ることができるが,プラトーの得られない症例に対しては微小視野計を用いた固視の安定性などの機能的な評価9)が必要であると考えている.最後にロービジョン患者の読書能力は疾患ごと,また同一疾患でも障害の程度によって差がある.今回の検討では限界があるが,今後各疾患ごと,また,読書能力と自覚的な読み書きの不自由さとの関連について検討することにつなげたいと考えている.文献1)LeggeGE,RossJA,LuebkerAetal:Psychophysicsofreading.VIIITheMinnesotaLow-VisionReadingTest.OptomVisSci66:843-853,19892)小田浩一,ManseldJS,LeggeGE:ロービジョンエイドを処方するための新しい読書検査表MNREAD-J.第7回視覚障害リハビリテーション研究発表大会論文集,p157-160,19983)ManseldJS,LeggeGE,BaneMC:Psychophysicsofreading.XVFonteectsinnormalandlowvision.InvestOphthalmolVisSci37:1492-1501,19964)中村仁美,小田浩一,藤田京子ほか:MNREAD-Jを用いた加齢黄斑変性患者に対するロービジョンエイドの処方.日視会誌28:253-261,20005)藤田京子,成瀬睦子,小田浩一ほか:加齢黄斑変性滲出型瘢痕期の読書成績.日眼会誌109:83-87,20056)藤田京子,安田典子,小田浩一ほか:緑内障における中心視野障害と読書成績.日眼会誌110:914-918,20067)上田知慕里,大牟禮和代,松本富美子ほか:MNREAD-Jkを用いた正常小児における読書能力の検討.眼臨99:642-645,20058)石井雅子,張替涼子,藤井青ほか:視覚障害シミュレーションによる読書パフォーマンスの変化.あたらしい眼科25:263-267,20089)松本容子,小田浩一,湯澤美都子:両眼黄斑部に萎縮病変を有する患者の読書時に観察される固視点と網膜感度.日眼会誌108:302-306,2004***

高齢者に発生した視神経膠腫の1例(視交叉神経膠腫)

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page1(121)1210910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(1):121126,2009cはじめに成人の原発性視神経膠腫は,まれな疾患とされ1,2),小児では神経線維腫type1と関連し予後良好3,4)であるのと対照的に,通常は予後不良な悪性視神経膠腫57)とされている.初症状は突然の視力低下を呈し,急速に進行し,失明,死亡に至る812).眼底は,視神経炎や虚血性視神経症に似た所見〔視神経乳頭の浮腫,蒼白(萎縮)〕を呈する13).視路の神経膠腫の25%が視神経に限局し,残りが視交叉,視索に「浸潤する」13).今回筆者らは,視交叉部が原発と考えられた高齢者の神経膠腫症例を経験したので報告する.患者は発症時85歳と視神経膠腫の既報のなかでは最高齢の部類で,その原発部位が視交叉部であると推定されることから,その治療〔別刷請求先〕深作貞文:〒113-8602東京都文京区千駄木1-1-5日本医科大学眼科学教室Reprintrequests:SadafumiFukasaku,M.D.,D.MSc.,DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,1-1-5Sendagi,Bunkyo-ku,Tokyo113-8602,JAPAN高齢者に発生した視神経膠腫の1例(視交叉神経膠腫)深作貞文*1,2藤江和貴*1前原忠行*3新井一*4若倉雅登*1*1井上眼科病院*2日本医科大学眼科学教室*3順天堂大学医学部放射線医学講座*4順天堂大学医学部脳神経外科学講座ACaseofPrimaryOpticGlioma(OriginatingintheChiasma)inan85-Year-OldFemaleSadafumiFukasaku1,2),WakiFujie1),TadayukiMaehara3),HajimeArai4)andMasatoWakakura1)1)InouyeEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,3)DepartmentofRadiology,JuntendoUniversity,SchoolofMedicine,4)DepartmentofNeurosurgery,JuntendoUniversity,SchoolofMedicine高齢女性での視交叉部神経膠腫を発症したまれな症例を経験したので報告する.症例は85歳,女性.左眼耳側の視野異常を主訴に井上眼科病院(以下,当院)に来院,前眼部は白内障を認め,眼底は左視神経乳頭がやや蒼白であった.左相対的瞳孔求心路障害(RAPD)陽性,左眼中心フリッカー値低下,Amsler検査で両耳側の暗点,Goldmann視野計にて両耳側半盲を認めた.以上より視交叉の病変を疑い,頭部磁気共鳴画像(MRI)を施行した.視交叉部視神経膠腫が強く疑われ,患者は順天堂大学病院(以下,同院)脳神経外科にて化学および,放射線治療を施行された.退院後当院眼科での経過観察中,再び左眼視力低下,フリッカー値低下をきたした.同院にて副腎皮質ステロイド薬治療を受けたが,状態は悪化し当院初診から1年後永眠した.高齢者の突然の視力低下を呈する疾患としては,視神経膠腫はきわめてまれであり,診断過程では画像検査(MRI)が有用であった.年齢と病変部位(視交叉部)を考慮して化学および,放射線治療が施行された.しかしながらこの疾患の予後は依然として不良であった.Wereportararecaseofopticchiasmalgliomainaveryelderlyfemale.Thepatient,85yearsofage,present-edwithtemporalvisualelddefectinherlefteye.Slit-lampexaminationdisclosedbilateralcataract;fundscopyrevealedapaleleftopticdisc.Inthelefteye,relativeaerentpupillarydefect(RAPD)waspositive,andcentralickerfrequency(CFF)waslow.Amsler’schartdisclosedbilateraltemporalscotoma.Goldmannperimetryrevealedbilateraltemporalhemianopia.Onthebasisofthesesignsandsymptoms,achiasmallesionwassuspected.Cranialmagneticresonanceimaging(MRI)stronglysuggestedanopticchiasmalglioma.Thepatientunderwentradiotherapyandchemotherapyatauniversityhospital.Duringpost-treatmentobservation,weagainfounddecreasedvisualacuityandCFFinthelefteye.Thepatientwasthereforehospitalizedandmedicatedwithste-roids.Despitethesemeasures,herconditiondeterioratedandshedied12monthsafterinitialpresentation.Primaryopticgliomasinveryelderlyindividuals,causeearlylossofvisionareveryrare.Insuchcases,cranialMRIwasusefulforearlydiagnosis.Consideringthispatient’sageandlesion(chiasmal),sheunderwentradiotherapyandchemotherapy.Nevertheless,thecourseofthediseaseinthiscasewasunsatisfactory.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(1):121126,2009〕Keywords:高齢者,視神経膠腫,視交叉,両耳側半盲,放射線治療.veryelderlyindividuals,opticglioma,opticchiasma,bitemporalhemianopia,radiotherapy.———————————————————————-Page2122あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(122)方針,および経過につき参考になると思われるものである.I症例呈示患者:85歳,女性.初診:2007年5月18日.主訴:左眼耳側の視朦.現病歴:近医にて左眼白内障と指摘され2種類の点眼にて経過観察されていた.以前はよく見えていたというが,井上眼科病院(以下,当院)受診の半月前から左眼の主訴を感じていた.上記主訴にて当院初診となった.家族歴・既往歴:特記すべきことはない.初診時所見:視力は,VD=0.04(0.09×sph+5.00D(cyl1.50DAx95°),VS=0.05(0.08×sph+3.75D(cyl1.25DAx95°),眼圧は正常(右眼=14mmHg,左眼=16mmHg),眼位は外斜視であった.瞳孔不同はなく,眼球運動の制限なく,円滑であった.対光反射は左右とも迅速,十分で,相対的入力瞳孔反射異常(RAPD)はなかった.前眼部は,深前房,両眼白内障(E2)があり,散瞳がやや不良であった.眼底は,乳頭,黄斑,周辺部に異常はなかった.Amslerチャートで両耳側に暗点,動的視野計にて両耳側半盲を呈していた(図1).フリッカー値は,右眼30Hz,左眼17Hzと左眼が有意に低下していた.視交叉病変が疑われ,頭部磁気共鳴画像法(MRI)を施行した.経過:再診時(2007年5月25日)視力は,VD=0.03(0.2×sph+5.00D(cyl1.50DAx95°),VS=0.02(0.09×sph+3.75D(cyl1.25DAx95°),静的視野計(Humphrey30-2fast-pac)にても両耳側半盲を認め,左眼は中心窩閾値が測定できなかった.MRI所見では,視交叉から右眼窩内視神経の腫大とガドリニウム増強効果を認め,視交叉は左右対称的に腫大と増強効果がみられた(図2,3).下垂体には図1動的量的視野所見両耳側半盲を呈している.図2井上眼科病院初診時MRIT1強調画像(Gd造影).矢印部に増強効果を呈している.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009123(123)異常なく,硬膜,髄膜に増強効果は認めなかった.画像診断では,視交叉から右眼窩内視神経腫瘍で,神経膠腫の凝いが強いとされた.鑑別疾患としては悪性リンパ腫,肉芽腫性疾患が指摘された.当院神経眼科医の精査では,瞳孔は3.5mm同大で,対光反射は直接反応が両眼ともに迅速であり,左眼のRAPDが陽性であった.フリッカー値は,右眼2933Hz,左眼17Hzと低下していた.眼底は,乳頭の色がやや蒼白であった.以上の経過より視交叉部神経膠腫疑いとし,順天堂大学病院(以下,同院)脳神経外科へ紹介した.同院入院治療経過:6月初診時の同院MRI所見にて視交叉部神経膠腫と診断された(図4).7月4日患者の両眼の視力低下が進行し(光覚弁),入院治療となった.治療は局所放射線療法が施行された.約1カ月間に48Gy(LINAC)照射された.同時に内服治療も試行され,開始時プレドニゾロン30mg/日であり,退院時は3mg/日となった.入院中の7月末の視力は,右眼(0.08),左眼(0.02)であり,MRI所見では腫瘍縮小を認め(図5),8月6日退院となった.9月に当院の再診時は,視力はVD=(0.09×sph+5.00D(cyl1.50DAx95°),VS=0.04(0.04×sph+3.75D(cyl1.25DAx80°),フリッカー値は右眼78Hz,左眼17Hzと両眼図3図2と同一症例のMRI(右視神経から視交叉部まで)T1強調画像(Gd造影).矢印部に右視神経の腫大がみられる.図4順天堂大学病院受診時MRIT1強調画像(Gd造影).視交叉部の腫大を認める.———————————————————————-Page4124あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(124)がともに有意に低下していた.このときは右眼にRAPDが陽性であり,白内障(右眼に強い)を認め,左視神経乳頭は蒼白を呈していた.静的視野計は中心固視点が見えず計測できなかった.腫瘍が再び増大した可能性もあり,同院に再紹介となった.9月にテモダール療法のため入院となり,5日間100mg/日を内服した.その後全身倦怠感や胸部不快感があり,再度入院して点滴治療を行った.通院中も視力,視野に関しては改善傾向は認めなかった.さらにMRIで脳幹部にも造影効果を受ける部位も出現し,視交叉の病変も増大していたが,プレドニゾロン10mg投与で軽度改善した.12月末に全身状態悪化から入院し,視力は光覚弁であった.退院後自宅近くの病院で保存的治療を受けていたが,6月腫瘍の播種による頭蓋内ヘルニアをきたし,自宅にて永眠した.II考按成人の原発性視神経膠腫(opticglioma)は,中枢神経腫瘍の1%を占める1,2)まれな疾患である.小児では,毛様性星状細胞腫(pilocyticastrocytoma)で神経線維腫type1と関連し予後良好3,4)であるのに対し,一方,成人では予後不良な悪性視神経膠腫〔悪性星状細胞腫(astrocytoma)〕57)で,多くが数カ月以内に失明し,1年以内に死亡する812).特徴的な所見として,急激な視力低下,および視神経炎や虚血性視神経症に似た眼底所見〔視神経乳頭の浮腫,蒼白(萎縮)〕を呈することが知られている13).この時点では乳頭に異常所見が現れないものも多い9).悪性視神経膠腫の鑑別診断として,突然の視力低下を示すものでは,視神経炎,虚血性視神経症がある8,10,13).本症例でも,白内障で経過観察中に,両耳側の視野異常,視力の急速な低下という初期症状を呈しており,視神経乳頭は正常所見でRAPD陽性,フリッカー値の低下,静的および動的視野計での両耳側半盲所見に加え,MRIによる画像診断によって視神経膠腫が強く疑われたものであった.視神経膠腫の徴候や症状は,通常その腫瘍の解剖的浸潤程度に相関しているとされ,一側の遠位側の視神経が腫瘍に巻き込まれると片側の視機能不全をきたし(視力低下70%,視野欠損43%),眼底検査で,乳頭浮腫(41%),静脈の捩れ,視神経萎縮(14%),腫瘍による閉塞性乳頭血管の虚血性梗塞を呈することもある9,10).本症例の視交叉部神経膠腫でも左眼の乳頭において初診時は白色調,3カ月後は蒼白であった.本疾患の診断においては,早期のMRI画像が強力な手段である12,14).悪性視神経膠腫では,T1強調画像で脳実質と等信号輝度から低信号輝度,T2強調画像では,高信号輝度を示し,ガドリニウム造影剤ではわずかに増強される15,16).Anaplasticastrocytomでは,造影剤で増強される肥厚した視神経や,視交叉,鞍上部の腫瘍がみられる10,15).実際に本症例の当院初診時のT1強調造影画像では,視交叉において左右対称的に腫大と増強効果がみられていた.ここで先にあげた鑑別診断を検討した.虚血性視神経症の初期では眼窩内の腫瘍性病変を疑わせる他覚的所見を通常欠如しているとさ図5図4と同一症例の退院時MRIT1強調画像(Gd造影).放射線療法後腫瘍は縮小した.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009125(125)れ9),多発性硬化症で特徴的な側脳室周辺の病変が,本症例のMRIではみられない10).また視神経炎では,突然の視力低下,乳頭腫脹に加え球後痛がみられ,副腎皮質ステロイド薬の静脈注射で視力は急速に回復することが多い9).これらの病態と比較検討してみると,この症例では球後痛はなく,視力も結果的に回復しなかったことから,本症例においては,視神経炎や虚血性視神経症は否定的であった.しかしながら,悪性視神経膠腫はまれな症例であるため,開頭術や生検を施行する前に,診断がつくのはごく限られた症例となっている14,17,18).治療では,眼窩内視神経に限局するもの(前部型)では経過観察し,症状の進行があった場合外科的切除,放射線療法,化学療法併用(アクチノマイシン,ビンクリスチン)を行うが,視交叉,視索に発生あるいは浸潤したもの(後部型)では腫瘍の根治はむずかしく,外科的治療は限界があり,放射線治療を含むadjuvant療法が利用される12,14,17,19).小児例では自然治癒もあり,臨床的に症状悪化がみられた場合は手術も行われ,予後は比較的良好である3,11,19)が,反対に成人の悪性視神経膠腫は視交叉,視索に沿って急速に視交叉,下垂体に浸潤するとされる8,13,16).これらのことを考慮すると病変を縮小させるための手術は疑問とされ,腫瘍の部分摘出術の危険性は,生検術に比して疑いなく大きいと考えられている14,17).一方では,放射線療法はより良い術後療法とみられており,施行された患者は,されない場合に比べてより長い生存率を示している17).放射線療法を施行された患者の平均生存率期間は,9.7カ月とされ,化学療法を併用した場合としない場合では,それぞれ12.2カ月,8.8カ月との報告もあるが,統計的に有意ではないとされる9).放射線治療を施行する場合,最適な放射線量は57Gy,または54Gy以下とされ,その量では周辺組織のダメージを避けることができる1,2,14,20).病変が片側の場合には補助的療法も残りの対眼を維持するために考慮される必要がある.本症例では,年齢(85歳)と,また家族の意向もあり,手術ではなく放射線治療が同院で施行された.現在可能な治療法では予後を改善することはできないが,部分的には放射線治療で病状進行の抑制はできる10).今回本患者には,約33日間で48Gyが照射された.照射後の患者の自覚所見は改善がみられ,眼底は,視神経乳頭がなお蒼白を呈していたが,その他の副作用であるⅢ,Ⅳ,Ⅵ脳神経の障害などは確認されていない.本症例では2回目の入院以後は,視力は光覚弁となっていた.その後も同院にて副腎皮質ステロイド薬による内科的治療を受けていたが,12月末に全身状態悪化から入院した.ただ意識は清明であり,流動食によって体力は維持されていた.退院後は,自宅近くの病院で保存的治療を受けていたが,6月初旬に腫瘍の播種による頭蓋内ヘルニアをきたし,自宅にて永眠した.当院初診から約1年であった.悪性視神経膠腫の確定診断は,開頭術による生検でなされる(前述).その組織形はglioblastomaや,低悪性度astro-cytomaが報告されてきた8,10).成人の視神経膠腫の予後は不良であり,平均生存期間はanaplasticastrocytomaで8.1カ月,glioblastomaで8.3カ月と報告されている10,14).本症例の患者は発症時85歳と視神経膠腫の既報のなかでは最高齢の部類に入り,また疾患の原発部位が,片側の視神経から視交叉部であると推定され,以上の点により当疾患の診断過程,他の疾患との鑑別点,治療方針,および経過につき眼科的に参考になると思われるものである.文献1)SafneckJR,NapierLB,HallidayWC:Malignantastrocy-tomaoftheopticnerveinachild.CanJNeurolSci19:498-503,19922)HamiltonAM,GarnerA,TripathiRCetal:Malignantopticnerveglioma.BrJOphthalmol57:253-264,19733)RushJA,YoungeBR,CampbellRJetal:Opticglioma:long-termfollow-upof85histopathologicallyveriedcases.Ophthalmology89:1213-1219,19824)EggersH,JakobiecFA,JonesIS:Opticnervegliomas.DiseasesoftheOrbit(edbyJonesIS,JakobiecFA),p417-433,Harper&Row,NewYork,19795)RuddA,ReesJE,KennedyPetal:Malignantopticnervegliomasinadults.JClinNeuro-ophthalmol5:238-243,19856)CummingsTJ,ProvenzaleJM,HunterSBetal:Gliomasoftheopticnerve:histological,immunnohistochemical(MIB-1andp53),andMRIanalysis.ActaNeuropathol99:563-570,20007)SpoorTC,KennerdellJS,MartinezAJetal:Malignantgliomasoftheopticnervepathways.AmJOphthalmol89:284-292,19808)HoytWF,MeshelLG,LessellSetal:Malignantopticgliomaofadulthood.Brain96:121-132,19739)WabbelsB,DemmlerA,SeitzJetal:Unilateraladultmalignantopticnerveglioma.GraefesArchClinExpOph-thalmol242:741-748,200410)HartelPH,RosenC,LarzoCetal:Malignantopticnerveglioma(Glioblastomamultiforme):Acasereportandlit-eraturereview.WVaMedJ102:29-31,200611)AlbersGW,HoytWF,FornoLSetal:Treatmentresponseinmalignantopticgliomaofadulthood.Neurolo-gy38:1071-1074,198812)AstrupJ:Naturalhistoryandclinicalmanagementofopticpathwayglioma.BrJNeurosurg17:327-335,200313)KosmorskyGS,MillerNR:Inltrativeopticneuropathies.Walsh&Hoyt’sClinicalNeuro-Ophthalmology(edbyMillerNR,NewmanNJ),Chapter15:681-689,Williams&Wilkins,Baltimore,199814)MiyamotoJ,SasajimaH,OwadaKetal:Surgicaldecisionforadultopticgliomabasedon[18F]uorodeoxyglucose———————————————————————-Page6126あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(126)positronemissiontomographystudy─casereport─.Neu-rolMedChir(Tokyo)46:500-503,200615)TanakaA:Imagingdiagnosisandfundamentalknowl-edgeofcommonbraintumorsinadults.RadiatMed24:482-492,200616)中尾雄三:腫瘍による視神経症.眼科プラクティス,第5巻これならわかる神経眼科(根木昭編),p198-201,文光堂,200517)DarioA,IadiniA,CeratiMetal:Malignantopticgliomaofadulthood.Casereportandreviewofliterature.ActaNeurolScand100:350-353,199918)ManorRS,IsraeliJ,SandbankU:Malignantopticgliomaina70-year-oldpatient.ArchOphthalmol94:1142-1144,197619)宮崎茂雄:視神経膠腫.眼科診療プラクティス眼科診療ガイド(丸尾敏夫,本田孔士臼井正彦,田野保雄編),p467,文光堂,200420)北島美香:中枢神経系放射線治療後の変化.画像診断26:922-931,2006***

2 種類の光干渉断層計を用いて観察した外傷性低眼圧黄斑症の1例

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page1(117)1170910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(1):117120,2009cはじめに鈍的外傷や濾過手術後などに低眼圧が持続すると,網脈絡膜皺襞や低眼圧黄斑症をはじめとするさまざまな病態が生じ,続発して視力の低下や歪視が出現し,低眼圧黄斑症とよばれる1).低眼圧黄斑症に関する報告は,これまでに数多くみられるものの27),光干渉断層計(opticalcoherencetomo-graphy:OCT)を用いて黄斑形態を検討した報告は比較的少なく2,3),また網膜外層のOCT所見に着目した報告は,調べた限りでは存在しない.今回筆者らは,Time-DomainOCT(TD-OCT),Spectral-DomainOCT(SD-OCT)の2種類の光干渉断層計を用いて,黄斑形態,特に網膜外層所見を観察した低眼圧黄斑症の1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕大井城一郎:〒890-8520鹿児島市桜ヶ丘8-35-1鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学講座眼科学Reprintrequests:JouichirouOoi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicalandDentalScience,8-35-1Sakuragaoka,Kagoshima890-8520,JAPAN2種類の光干渉断層計を用いて観察した外傷性低眼圧黄斑症の1例大井城一郎山切啓太園田恭志坂本泰二鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学講座眼科学ACaseofTraumaticHypotonyMaculopathyEvaluatedbyTwoKindsofOpticalCoherenceTomographyJouichirouOoi,KeitaYamakiri,YasushiSonodaandTaijiSakamotoDepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicalandDentalScience目的:Time-Domain(TD),Spectral-Domain(SD)形式の2種類の光干渉断層計(OCT)を用いて評価した外傷性低眼圧黄斑症の1例を報告する.症例:49歳,女性.右眼を殴られ受傷し視力低下を主訴に受診した.右眼矯正視力は(0.2),眼圧は6mmHgであり,浅前房で白内障があった.乳頭は浮腫状で網膜血管の蛇行と黄斑周囲に放射状の皺襞がみられ,外傷性白内障,低眼圧黄斑症と診断した.TD-OCTでは網脈絡膜の皺襞による蛇行所見があり,中心窩の視細胞内節外節境界部(IS/OSライン)は低反射であった.経過:白内障手術後眼圧は回復し,SD-OCTでIS/OSラインも描出されたが,再び低眼圧となり視力も低下した.硝子体手術を施行したが眼圧,視力は回復していない.結論:再手術後のOCTでIS/OSラインが不連続であったことから,低眼圧黄斑症では網膜外層が障害され視力が低下している可能性が示唆された.Wereportacaseoftraumatichypotonymaculopathythatwasevaluatedusingtwokindsofopticalcoherencetomography(OCT):Time-DomainOCT(TD-OCT)andSpectral-DomainOCT(SD-OCT).Therighteyeofa49-year-oldfemalewashitbyaccident,thevisualacuityoftheeyesubsequentlydecreasing.Visualacuityatrstpresentationwas(0.2);intraocularpressure(IOP)was6mmHgintherighteye,withnarrowanteriorchamberangleandcataract.Therewasopticdiscswelling,vesseltortuosityandstellatefoldingoftheretinaaroundthefovea,compatiblewithhypotonymaculopathy.TD-OCTdisclosedirregularsurfaceofretinaandchoroid,andinnerandoutersegmentjunction(IS/OS)wasfoundtobeobscureatthefovea.IOPtemporarilyreturnedtothenormalrangeandIS/OSreappearedclearly,buthypotonyandvisualacuitydecreasehadrecurredintherighteye.IS/OSdetectedbybothTD-OCTandSD-OCTmightbethecauseofvisualacuitydecreaseinhypotonymaculopathy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(1):117120,2009〕Keywords:低眼圧黄斑症,光干渉断層計,視細胞内節外節境界部.hypotonymaculopathy,Time-Domainopticalchoerencetomography(OCT),Spectral-DomainOCT,innerandoutersegmentjunction(IS/OS)line.———————————————————————-Page2118あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(118)I症例患者:49歳,女性.主訴:右眼の視力低下.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2006年7月に右眼を殴られ受傷し,同年10月に近医を受診した.右眼の浅前房,軽度の白内障の診断を受けたが,その後放置していた.2007年4月に視力低下を強く自覚し,同院を再診した.右眼視力が(0.2)で,外傷性白内障の診断で同年6月5日に鹿児島大学病院眼科を紹介受診した.初診時視力は右眼(0.3),左眼(1.2),眼圧は右眼8mmHg,左眼13mmHgであった.右眼は浅前房であり,水晶体の亜脱臼が考えられたため,手術が必要であったが,家庭の事情のため8月20日に当科に入院した.入院時所見:視力は右眼(0.4),眼圧は6mmHgと低下していた.眼底所見を示す(図1).視神経乳頭は浮腫状で,網膜血管の蛇行ならびに黄斑周囲の網膜に放射状の皺襞がみられたことから,外傷性白内障による低眼圧黄斑症と診断した.また,右眼は中心フリッカー値が2630Hzとやや低下していて,Goldmann視野検査では,Mariotte盲点が拡大し,中心感度が低下していた.TD-OCTでは(図2)網膜内層の構造はよく保たれていたが,網脈絡膜皺襞のために,全体が波打っていた.中心窩では,視細胞内節外節境界部(IS/OSライン)とされる高反射帯が波打った部分では低反射となり追えなくなるのに対して,網膜色素上皮-Bruch膜とされる高反射帯は明瞭であった.経過:外傷性白内障に対して,8月28日に右眼水晶体摘出術と眼内レンズ挿入術を施行した.術後1日目には,視力図2入院時TDOCT所見低眼圧による網脈絡膜皺襞のために,全体が波打っている.中心窩下では,視細胞内節外節境界部(IS/OSライン)とされる高反射帯が波打った部分では低反射となり追えなくなる(*)のに対して,網膜色素上皮-Bruch膜とされる高反射帯(↑)は明瞭である.図3白内障手術後SDOCTIS/OSラインはきれいに描出されている.図1入院時眼底所見視神経乳頭は浮腫状で,網脈絡膜皺襞に伴う網膜血管の蛇行ならびに黄斑周囲の網膜に放射状の皺襞がみられる.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009119(119)が矯正(0.9)まで改善し,眼圧も12mmHgに回復した.術後1日目のSD-OCT(図3)では,網膜皺襞の影響のためか,正常眼であればIS/OSライン,網膜色素上皮-Bruch膜,両者の間にみられるまだ同定されていない層の通常3層に描出される8)中心窩の高反射帯は,IS/OSラインはきれいに描出されるものの,残りの2層は判別できず,全体で2層となっていた.術後経過観察中に,徐々に眼圧,視力が再び低下してきた.超音波生体顕微鏡(UBM)で,全周の毛様体解離が確認されたため,2008年1月8日に前房内粘弾性物質注入,同年1月15日には硝子体手術を行い,ガスタンポナーデを施行した.術後の眼底写真(図4),TD-OCT(図5)ならびにSD-OCT(図6)を示す.初回手術後にはみられなかった網膜皺襞が中心窩に出現してきたために,いずれもOCTでは網膜内層にも高反射がみられる.TD-OCTでは,中心窩下で網膜色素上皮-Bruch膜ラインに比べIS/OSラインの描出が劣るのに比べ,SD-OCTでは,網膜外層の描出が改善されている.そのため,IS/OSラインが不連続であることが,より明瞭に描出されている.術後3カ月が経過し,視力,眼圧とも回復傾向ではあるが不十分である.しかし,患者本人が追加加療を希望しないため,経過を観察中である.II考察低眼圧によって視力が低下する理由として,眼圧の低下によって二次的に生じる黄斑症,角膜症,白内障の進行,脈絡膜滲出,視神経乳頭浮腫,不整乱視などがあげられてい図4硝子体手術後の眼底写真網脈絡膜皺襞があり,網膜血管の蛇行が目立つ.中心窩には網膜皺襞(↑)もみられる.図5硝子体手術後TDOCT上図:TD-OCTの黄斑の拡大像.網膜皺襞に一致する内層の高反射帯(*)がみられる.IS/OSラインは判別しづらい(↓).下図:TD-OCTの全体像.網脈絡膜皺襞がみられる.図6硝子体手術後SDOCT上図:SD-OCTの黄斑の拡大像.網膜皺襞のために,本来網膜内層が描出されないはずの中心窩であたかも描出されているようにみえる(*).IS/OSラインは破線状に描出されている(↓).下図:SD-OCTの全体像.網脈絡膜皺襞がみられる.———————————————————————-Page4120あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(120)る14).本症例では,中心フリッカー値の低下は軽度であり,視神経障害が視力低下の主因とは考えにくく,黄斑症が視力低下の主因と考えられた.低眼圧黄斑症については,SD-OCTを用いた評価を行った報告は,調べる限り存在しなかったが,TD-OCTを用いた報告では,網脈絡膜皺襞を描出しえたものや,網膜浮腫が改善されたというもので,網膜外層の異常がみられなかったとする報告と,網膜外層の所見については特に言及していない報告もある2,3).低眼圧黄斑症では,強膜壁の虚脱によって網脈絡膜に皺襞が生じ,この変化に続発する変化が黄斑部網膜に生じる.すなわち,視細胞のレセプターの蛇行による機能低下や血管透過性の亢進による胞様黄斑浮腫などである1,3).本症例では,明らかな黄斑浮腫をいずれのOCTでも捉えることができなかった.しかし,術後1日目のSD-OCTでは,中心窩の高反射帯は2層であったものの,IS/OSラインはきれいに描出されていて,視力の改善とも一致している.それに対して,再手術後視力が回復していない状態では,中心窩で網膜内層の皺襞による高反射がみられている.網膜のひずみによる変形が視力の低下をひき起こした可能性も考えられるものの,皺襞は中心窩から少し外れている.中心窩では,むしろIS/OSラインの不連続所見を比較的明瞭に捉えることができた.これは,視細胞の蛇行による障害の結果生じたと思われ,視力低下の原因の一つとして,網膜外層の異常が関与している可能性を示すものである.ただし,OCT所見でIS/OSラインが描出されなくなる理由について,Hoangら9)は,視細胞層が網膜色素上皮の接線方向から大きく偏位する病変では,光学的反射率の急峻な変化が後方反射の低下の原因である可能性があると報告している.板谷ら8)は,黄斑疾患でIS/OSの信号が低下する場合は,視細胞障害の有無にかかわらず光学的な理由によるものであり,視細胞障害そのものを必ずしも描出できるわけではないと述べている.すなわち,IS/OSラインが描出されないことは,必ずしも視細胞の器質的異常を意味しないことになる.ただし,層の同定は,あくまでも組織標本に対比させたものにすぎない10).すなわち,IS/OSラインとよばれる高反射帯は,内節,外節の接合部のみではなく,おそらくどちらかもしくは両方の一部を含んでいる可能性がある.したがって,今回のSD-OCTの所見は必ずしも障害の存在を特定できないが,網膜外層の異常が関与している可能性はある.以上から,網脈絡膜皺襞によってOCT像が修飾された可能性は否定できないものの,IS/OSラインの描出が低下していることから,本症例でみられた低眼圧黄斑症における視力低下の機序に網膜外層の異常が関与している可能性がある.今後,低眼圧黄斑症のSD-OCT所見が蓄積されていけば,その真偽が明らかになるであろう.文献1)CostaVP,ArcieriES:Hypotonymaculopathy.ActaOph-thalmolScand85:586-597,20072)BudensDL,SchwartzK,GeddeSJ:Occulthypotonymaculopathydiagnosedwithopticalcoherencetomogra-phy.ArchOphthalmol23:113-114,20053)KokameGT,deLeonMD,TanjiT:Serousretinaldetachmentandcystoidmacularedemainhypotonymac-ulopathy.AmJOphthalmol131:384-386,20014)FanninLA,SchimanMS,BudenzDL:Riskfactorsforhypotonymaculopathy.Ophthalmology110:1185-1191,20035)OyakhireJO,MoroiSE:Clinicalandanatomicalreversaloflong-termhypotonymaculopathy.AmJOphthalmol137:953-955,20046)TakayaT,SuzukiY,NakazawaM:Fourcasesofhypoto-nymaculopathycausedbytraumaticcyclodialysisandtreatedbyvitrectomy,cryotherapy,andgastamponade.GraefesArchClinExpOphthalmol244:855-858,20067)松永裕史,西村哲哉,松村美代:前房内粘弾性物質注入が有効であった硝子体手術後の低眼圧黄斑症の1例.臨眼55:1203-1206,20018)板谷正紀,尾島由美子,吉田章子ほか:フーリエ光干渉断層計による中心窩病変描出力の検討.日眼会誌111:509-517,20079)HoangQV,LinsenmeierRA,ChungCKetal:Photore-ceptorinnersegmentsinmonkeyandhumanretina:Mitochondrialdensity,optics,andresionalvariation.VisNeurosci19:395-407,200210)ZawadzkiRJ,JonesSM,OlivierSSetal:Adaptive-opticsopticalcoherencetomographyforhigh-resolutionandhigh-speed3Dretinalinvivoimaging.OptExpress13:8532-8546,2005***

眼内毛様体光凝固を施行した血管新生緑内障の3例

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page1(113)1130910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(1):113116,2009cはじめに増殖糖尿病網膜症による血管新生緑内障は,網膜虚血に伴う隅角の新生血管・線維組織の増殖が,房水流出抵抗を増大させ,眼圧を上昇させる続発緑内障である.密な広域汎網膜光凝固を行い,網膜症の沈静化,眼圧下降を図るが,徹底した光凝固や硝子体手術を施行したにもかかわらず,眼圧コントロール不良となる症例がある.線維柱帯切除術はこのような血管新生緑内障に有効である.伊藤らは術後3年で62.1%,新垣らは点眼併用にて77.8%が眼圧コントロール良好であったと報告1,2)している.その一方で長期成績については,代謝拮抗薬を併用しても5年で28%程度しか眼圧コントロールできないとする報告3)もある.実際に,徹底した光凝固や硝子体手術を施行したにもかかわらず,隅角新生血管の活動性が高い場合は,術後早期には前房出血が濾過胞の管理を困難にする.術後晩期には強膜弁上に増殖膜を形成し,濾過胞が消失する.また,増殖膜を形成する症例では,ニードリング,濾過胞再建術,別部位への線維柱帯切除術を行っても早期に濾過胞が消失し,難治となることがある.難治性の血管新生緑内障に対して,海外では緑内障バルブ〔別刷請求先〕田中最高:〒890-8520鹿児島市桜ヶ丘8-35-1鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学講座眼科学Reprintrequests:YoshitakaTanaka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,8-35-1Sakuragaoka,Kagoshima890-8520,JAPAN眼内毛様体光凝固を施行した血管新生緑内障の3例田中最高山下高明山切啓太坂本泰二鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学講座眼科学ThreeCasesofRefractoryNeovascularGlaucomaTreatedbyEndocyclophotocoagulationYoshitakaTanaka,TakehiroYamashita,KeitaYamakiriandTaijiSakamotoDepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicalandDentalSciences隅角新生血管に活動性がある増殖糖尿病網膜症が原因の血管新生緑内障に対して,眼内毛様体光凝固を行い,その効果を検討した.対象は糖尿病網膜症に対して硝子体手術を行い,網膜最周辺部まで光凝固を行ったにもかかわらず,虹彩および隅角の新生血管が消退せず,眼圧コントロール不良となった3例4眼.眼内毛様体光凝固(ダイオードグリーン,出力200mW,時間0.2秒,範囲180°)を行い,術前後の眼圧・視力についてレトロスペクティブに調査を行った.術後経過観察期間は2例3眼9カ月,1例1眼7カ月であった.1例2眼では眼圧下降が不十分であったが,2例2眼では経過観察中21mmHg以下に眼圧がコントロールできた.視力の悪化はなく,重篤な副作用は認めなかった.線維柱帯切除術が効きにくいと予想される症例の眼圧下降手術では,眼内毛様体光凝固は一つの選択肢となりうる.Weconductedaretrospectivestudyofpatientswhohadundergoneendocyclophotocoagulationforneovascularglaucomaduetoproliferativediabeticretinopathy.Thestudyincluded4eyesof3patientswithdiabeticneovascu-larglaucomawhohadpreviouslyundergonesucientpanretinalphotocoagulationwithparsplanavitrectomy.Alleyescontinuedtohaveactiverubeosisiridisandcouldnotmaintainintraocularpressure(IOP).Endocyclophotoco-agulation(diodegreen,200mW,0.2s,180degrees)wasperformedintheseeyes.IOPandvisualacuityweremoni-toredbeforeandafterendocyclophotocoagulation.Thefollow-upperiodwas9monthsin3eyesand7monthsin1eye.PostoperativeIOPwassuccessfullycontrolledin2eyesof2patients,thoughcontrolcouldnotbeachievedin2eyesof1patient.Preoperativevisualacuitywasmaintainedinalleyes,andnoseverepostoperativecomplica-tionswerenoted.Endocyclophotocoagulationisonesurgicaloptionforneovascularglaucomapatientsinwhomrubeosisiridisremainsactive.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(1):113116,2009〕Keywords:毛様体光凝固,血管新生緑内障,硝子体手術,糖尿病網膜症.cyclophotocoagulation,neovascularglaucoma,vitrectomy,diabeticretinopathy.———————————————————————-Page2114あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(114)を用いたインプラント手術で一定の効果をあげているが,日本では認可されておらず,材料の入手,使用に際して問題がある.近年になってアジア人に対する手術成績の報告も増えてきているが,角膜内皮減少,低眼圧などの課題が残っている4,5).一方,毛様体破壊術では,眼球癆の危険性があることや房水産生を低下させることから,一般的には眼圧下降の最終手段とされている.しかし,Pastorらは,術式ごとの眼球癆の頻度を,毛様体冷凍凝固で934%,経強膜レーザー凝固の014%であるのに対し,眼内法(経硝子体法)では2.7%と報告6)しており,内眼手術時のレーザー毛様体破壊は比較的眼球癆になりにくく,直視下で確実に毛様突起を凝固することができることから,近年,難治性血管新生緑内障に対する有効な治療として積極的に施行されつつある.眼内毛様体光凝固は180240°の範囲で出力200700mWの条件で行われ79),Hallerらは73眼を対象として,1年後に87.3%の症例で眼圧コントロール可能であったと報告7)している.眼圧下降効果が濾過胞に頼らない眼内毛様体光凝固は,易出血性で,強膜弁に増殖膜を形成するような血管新生緑内障に特に有効と考えられる.そこで,糖尿病網膜症に対して,徹底した汎網膜光凝固を施行したにもかかわらず,虹彩および隅角の新生血管が消退せず,眼圧コントロールが不良となった血管新生緑内障に対し眼内毛様体光凝固を行い,効果の検討を行った.I対象および方法対象は平成17年1月から平成18年12月に鹿児島大学医学部附属病院眼科で,糖尿病網膜症による血管新生緑内障に対して眼内毛様体光凝固を施行した3例4眼である.いずれの症例も硝子体手術の既往があり,その際,最周辺部まで十分な網膜光凝固を行ったにもかかわらず,虹彩および隅角の新生血管が消退せず,眼圧が25mmHg以上になったため手術となった.眼内毛様体光凝固は,通常の硝子体手術時と同様に,上鼻側および耳側の結膜を切開し,20ゲージでスリーポートを作製.強膜を圧迫内陥し,直視下にダイオードグリーン,出力200mW,時間0.2秒の条件で毛様突起1つに対して23発凝固し,180°の範囲で施行した(図1).圧迫で毛様突起が見えないときは内視鏡を用いて凝固を行った.全例眼内レンズ挿入眼であり,当院で同一術者にて手術を施行した.術前後の眼圧,視力,視野についてレトロスペクティブに調査した.眼圧経過の判定は,術後,緑内障点眼薬を併用しても2回連続して21mmHgを超えた場合に不良とした.〔症例1〕67歳,男性.主訴:視力低下.既往歴:2型糖尿病,高血圧.現病歴:平成8年両眼の白内障手術を施行された.平成9年頃より糖尿病を指摘され,平成14年6月に近医にて増殖糖尿病網膜症に対し汎網膜光凝固を施行されるが,以降受診が途絶えていた.平成15年6月,近医を受診し右眼の血管新生緑内障を指摘され,当科紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.4(0.8×1.75D(cyl1.25DAx70°),左眼0.04(矯正不能).眼圧は右眼39mmHg,左眼16mmHg.右眼は虹彩および隅角全周に,左眼は虹彩の一部に新生血管を認めた.右眼眼底には新生血管および増殖膜が存在し,左眼は硝子体出血を認めた.臨床経過:初診時より右眼の網膜光凝固を追加したが,血糖コントロールは不良であり糖尿病網膜症の進行を認めたため,平成16年9月,右眼硝子体手術施行.硝子体手術は上鼻側および耳側の結膜を切開し,20ゲージシステムで行った.その後も眼圧は抗緑内障点眼を3剤使用しても20mmHg台後半で推移し,視野障害の進行を認めたため,平成16年11月右眼の線維柱帯切除術を施行した.しかし,虹彩の新生血管は消退せず,濾過胞が消失し,眼圧は30mmHg以上となった.周辺虹彩前癒着(PAS)は4分の1周に認め,その他の部位にはPASはないものの多数の新生血管を認めた.硝子体出血の再発もあり,眼圧が33mmHgと上昇したため,平成17年10月硝子体手術および眼内毛様体光凝固術を施行した.術前のヘモグロビン(Hb)A1Cは10.4%と糖尿病のコントロールは不良で,Hbは11g/dlと低下していた(図2).〔症例2〕51歳,男性.主訴:視力低下.既往歴:2型糖尿病.現病歴:平成8年より糖尿病を指摘され内服加療を受けていた.平成16年近医にて糖尿病網膜症の診断を受け,平成図1毛様体光凝固術中写真強膜を圧迫しながら,直視下で毛様突起を光凝固している.毛様体の表面に白色の凝固斑を認める.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009115(115)17年1月より両眼の汎網膜光凝固を開始された.平成18年1月に左眼の白内障手術を施行された.糖尿病黄斑症により視力低下してきたため,当科受診となった.初診時所見:視力は右眼0.2(矯正不能),左眼0.7(矯正不能).眼圧は右眼16mmHg,左眼18mmHg.虹彩,隅角には新生血管はなかった.右眼眼底には新生血管,左眼には硝子体出血が存在し,両眼ともに黄斑浮腫を認めた.臨床経過:左眼の増殖糖尿病網膜症,糖尿病黄斑症に対し,平成18年6月左眼硝子体手術を施行した.硝子体手術は上鼻側および耳側の結膜を切開し,20ゲージシステムで行った.その後,眼圧は10mmHg台で落ち着いていた.平成18年10月に虹彩新生血管を認めた.PASを4分の1周に認め,PASのない部分にはSchlemm管充血と少数の新生血管を認めた.眼圧は34mmHgと上昇しており,同月に眼内毛様体光凝固術を施行した.術前のHbA1Cは6%で,Hbは14.9g/dlであった.〔症例3〕64歳,男性.主訴:視力低下.既往歴:2型糖尿病.現病歴:40歳頃より糖尿病を指摘され内服加療を受けていた.平成17年11月近医眼科を受診,糖尿病網膜症および白内障を指摘された.平成18年1月頃より両眼眼圧が2527mmHgと上昇し,新生血管緑内障の診断となった.2月から3月にかけて両眼の汎網膜光凝固を施行されるも眼圧の上昇を認め,当科を紹介された.初診時所見:視力は右眼0.3(0.6×+1.75D(cyl1.25DAx90°),左眼0.2(0.4×+1.75D).眼圧は右眼36mmHg,左眼42mmHg.両眼に隅角の虹彩前癒着,新生血管を認めた.蛍光眼底造影では両眼ともに広範な無血管野と黄斑浮腫を認めた.臨床経過:平成18年6月に左眼の硝子体手術および白内障手術を,7月に右眼硝子体手術および白内障手術を施行した.硝子体手術は上鼻側および耳側の結膜を切開し,20ゲージシステムで行った.左眼は虹彩・隅角の新生血管が消退せず,PASを2分の1周に認め,眼圧が26mmHgに上昇したため,平成18年9月に眼内毛様体光凝固術を行った.術前のHbA1Cは5.9%で,Hbは13.8g/dlであった.その後,右眼も虹彩・隅角の新生血管が再出現し,PASを4分の1周に認め,眼圧は32mmHgに上昇したため,平成18年12月に眼内毛様体光凝固術を施行した.術前のHbA1Cは7.9%で,Hbは13.8g/dlであった.II結果経過観察期間は,症例1と3が9カ月,症例2は7カ月であった.眼圧は,術後1週間は全症例で著明な下降を認めたが,13週にかけて再上昇し,抗緑内障点眼の追加を必要とした.症例1と2は抗緑内障点眼2剤使用して15mmHg程度にコントロールできたが,症例3は抗緑内障点眼を3剤使用しても両眼とも21mmHgを超え,眼圧コントロール不良となった(図3).術後早期合併症は,硝子体出血を3眼,硝子体腔内フィブリン析出を3眼,前房内フィブリン析出を2眼,5mmHg以下の低眼圧を1眼に認めたが,いずれも自然に軽快した.眼球癆・大量の眼内出血などの重篤な副作用は認めなかった.矯正視力はそれぞれ,術前は手動弁,0.3,0.07,0.3から最終0.4,0.4,0.04,0.3となった.硝子体出血を除去した症例1は出血前と同等の視力に改善し,症例2,症例3では大きな変化はなかった.Goldmann視野はいずれの症例でも明らかな悪化はなかった.隅角および虹彩の新生血管は術後いずれの症例もやや減少したが,最終観察時も残存していた.図2症例1の術前前眼部写真虹彩に新生血管を認める.01020304050術前2468101214162024283236経過観察期間(週)眼圧(mmHg):症例1:症例2:症例3左:症例3右図3眼圧経過図症例1,2は術後眼圧コントロール良好だが,症例3は両眼とも眼圧コントロール不良となった.———————————————————————-Page4116あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(116)III考按症例1,2では一定の眼圧下降効果を認めたが,症例3では両眼とも効果が不十分であった.その原因としては,凝固条件が弱めであったことがあげられる.Hallerらは出力200700mW,範囲240°以上という条件でも眼球癆の合併は2.7%であったと報告7)している.対象となった症例は比較的視機能が保たれていたため,眼球癆にならないよう,凝固範囲は半周とし,出力に関しては,参考にした欧米の報告と比べ,色素の多い日本人で施行することも考慮して200mWと設定した.今回は同一術者によって手術が行われているが,レーザープローブと毛様体の距離,凝固時のぶれ具合は術者間で異なることが予想され,術者ごとに凝固範囲,条件を模索する必要があるのではないかと考えている.術後眼圧コントロールが不良の症例3では,抗緑内障点眼のコンプライアンスが悪く,眼圧変動が大きくなっている.患者の理解が得られれば,追加の手術を検討している.症例はすべて眼内レンズ挿入眼であったが,水晶体の混濁はほとんどなく,強膜圧迫で半周近くの毛様突起が視認できた.そのため,ほとんどは圧迫で毛様体を凝固することができたが,一部は内視鏡を用いないと凝固できなかった.今回の症例ではなかったが,痛みが強く圧迫が困難,水晶体が混濁しているなど,強膜圧迫で毛様突起を確認することが困難な場合が予想されるので,確実に半周以上凝固するためには内視鏡が必要となる.毛様体破壊術にはさまざまな方法があるが,眼内光凝固を採用した理由としては,眼球癆の合併が低率であることに加えて,硝子体術者がいつも施行している手技と大差なく,比較的容易に行えることがあげられる.経強膜毛様体光凝固には特殊な機材が必要であるが,眼内毛様体光凝固は硝子体手術用の機材があれば施行可能であり,たとえば無治療の血管新生緑内障では,初回硝子体手術時に同時に行えるという利点もある.しかし,今回の凝固条件では眼圧コントロールの有効率は50%であり,線維柱帯切除術を上回る手術ではなかった.凝固条件を強くすれば,有効率は上昇することが予想されるが,眼球癆になる可能性がある.このことから,血管新生緑内障においては線維柱帯切除術が無効な症例に行う術式であると考えられる.本研究では対象症例数も少なく,経過観察期間も半年程度であるが,眼内毛様体光凝固術は一定の眼圧下降効果を得られ,重篤な合併症は認めなかった.近年,米国では緑内障手術における毛様体光凝固の割合は増加10)しており,合併症の危険が比較的少ないこと,手技的に濾過手術より簡便であることが一因となっていると思われる.適応・凝固条件・長期的な眼圧下降効果など,検討すべき課題は多いが,わが国においても重要な選択肢の一つとなりうる.今後症例を重ね,さらなる検討をしたいと考えている.文献1)伊藤重雄,木内良明,中江一人ほか:血管新生緑内障でのマイトマイシンC併用線維柱帯切除術成績に影響する因子.眼紀54:892-897,20032)新垣里子,石川修作,酒井寛ほか:血管新生緑内障に対する線維柱帯切除術の長期治療成績.あたらしい眼科23:1609-1613,20063)TsaiJC,FeuerWJ,ParrishRK2ndetal:5-Fluorouracillteringsurgeryandneovascularglaucoma.Long-termfollow-upoftheoriginalpilotstudy.Ophthalmology102:887-892,19954)木内良明,長谷川利英,原田純ほか:Ahmedglaucomavalveを挿入した難治性緑内障の術後経過.臨眼59:433-436,20055)WangJC,SeeJL,ChewPT:ExperiencewiththeUseofBaerveldtandAhmedglaucomadrainageimplantinanAsianpopulation.Ophthalmology111:1383-1388,20046)PastorSA,SinghK,LeeDAetal:Cyclophotocoagula-tion:areportbytheAmericanAcademyofOphthalmol-ogy.Ophthalmology108:2130-2138,20017)HallerJA:Transvitrealendocyclophotocoagulation.TransAmOphthalmolSoc94:589-676,19968)LimJI,LynnM,CaponeAJretal:Ciliarybodyendo-photocoagulationduringparsplanavitrectomyineyeswithvitreoretinaldisordersandconcomitantuncontrolledglaucoma.Ophthalmology103:1041-1046,19969)SearsJE,CaponeAJr,AabergTMetal:Ciliarybodyendophotocoagulationduringparsplanavitrectomyforpediatricpatientswithvitreoretinaldisordersandglauco-ma.AmJOphthalmol126:723-725,199810)RamuluPY,CorcoranKJ,CorcoranSLetal:UtilizationofvariousglaucomasurgeriesandproceduresinMedi-carebeneciariesfrom1995to2004.Ophthalmology114:2265-2270,2007***

片眼の高眼圧を伴う虹彩炎が初発症状であった再発性多発性軟骨炎の1例

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page1(109)1090910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(1):109112,2009cはじめに再発性多発性軟骨炎(relapsingpolychondritis:RP)は全身のムコ多糖やプロテオグリカンを多く含む組織(眼組織,鼻軟骨,耳介軟骨,内耳,喉頭気管支軟骨,関節軟骨,心弁膜,全身血管,腎臓など)に再発性の炎症およびそれに伴う組織の変形,破壊を生じる原因不明の炎症性疾患で,多彩な局所症状や全身症状を合併する.眼組織においては本疾患の5060%で炎症,変性や機能異常などの多彩な症状を呈し,全病期においては耳介軟骨炎,関節炎についで高い発症率である.本疾患の発症率は3.5人/100万人1)とまれであるが,眼組織において日常経験するあらゆる炎症所見に関係している可能性があり,適切な治療を行ううえで早期に本疾患を疑うことは重要であると考えられる.今回筆者らは片眼の虹彩炎〔別刷請求先〕内田真理子:〒629-0197京都府南丹市八木町八木上野25番地公立南丹病院眼科Reprintrequests:MarikoUchida,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NantanGeneralHospital,25YagiUeno,Yagi-cho,Nantan629-0197,JAPAN片眼の高眼圧を伴う虹彩炎が初発症状であった再発性多発性軟骨炎の1例内田真理子*1伴由利子*1吉田祐介*1土代操*1山本敏也*2*1公立南丹病院眼科*2同耳鼻咽喉科ACaseofRelapsingPolychondritisOccurredbyUnilateralIritiswithOcularHypertentionMarikoUchida1),YurikoBan1),YusukeYoshida1),MisaoDoshiro1)andToshiyaYamamoto2)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofOtolaryngology,NantanGeneralHospital70歳,男性,右眼視力低下を自覚,右眼虹彩炎と高眼圧があり,Posner-Schlossman症候群を疑われた.その後両上強膜炎および右耳介軟骨炎を発症し,プレドニゾロンの内服治療(30mg/日)に反応した.診断基準である,典型的な多発する炎症,ステロイド反応性の2項目を満たしたことにより再発性多発性軟骨炎と診断した.高眼圧の発症から診断までは約半年であった.初期の血液検査ではCRP(C反応性蛋白)値の上昇など,急性炎症の存在を示したが,抗Ⅱ型コラーゲン抗体の測定はステロイド治療の開始後に行われたため陰性であった.以後再発,寛解をくり返し,症状増悪時にはステロイドの増量が必要であった.ステロイドの減量をめざし,コルヒチン1mg/日またはシクロスポリン300mg/日内服を併用したが改善せず,現在もプレドニゾロン15mg/日内服を継続している.症状はほぼ軽快しているが,今後ステロイド内服に伴う眼合併症および全身合併症にも注意をしていく必要がある.A70-year-oldmalewithinitialsymptomsofvisualacuityloss,iritisandocularhypertensioninhisrighteyewassuspectedofhavingPosner-Schlossmansyndrome.Subsequently,hesueredepiscleritisinbotheyesandauricularchondritisintheleftear;theyrespondedwelltooralprednisolone30mg/d.Hewasdiagnosedwithrelapsingpolychondritis,inviewofthetypicalepisodeofcartilaginoustissueinammationanditsresponsetocor-ticosteroidtherapy.Itwasalmost6monthsfromtherstsymptomstoourdiagnosis.Laboratoryevaluationinitial-lyrevealedacuteinammatorychanges;circulatingautoantibodiestotypeIIcollagenwerenegativewhiletakingprednisolone15mg/d.Relapseagainoccurred,atwhichpointwehadtoincreasetheprednisolone.Wetriedadmin-isteringcolchicine1mg/dorcyclosporine-A300mg/dincombinationwithprednisolone,buttheyhadnorecogniz-ableeect.Thepatientisnowtakingprednisolone15mg/dandsymptomshavealmostcleared.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(1):109112,2009〕Keywords:再発性多発性軟骨炎,高眼圧,上強膜炎,虹彩炎,耳介軟骨炎,ステロイド療法,抗Ⅱ型コラーゲン抗体.relapsingpolychondritis,ocularhighpertentsion,episcleritis,iritis,auricularchondritis,corticosteroidtherapy,circulatingautoantibodiestotypeⅡcollagen.———————————————————————-Page2110あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(110)に伴う高眼圧の発症後に両上強膜炎を呈した後,右耳介軟骨炎を合併し,本疾患の診断に至った症例を経験したので報告する.I症例患者:70歳,男性.主訴:右眼視力低下.既往歴:特記すべきことなし.現病歴:2005年1月6日,上記主訴にて近医を受診したところ,右眼眼圧46mmHgと上昇があり,軽度の虹彩炎を伴いPosner-Scholssman症候群の診断となった.眼圧は眼圧下降薬点眼にて20mmHg前後にコントロールされたが,経過中両上強膜炎を発症し2005年3月12日精査目的で当科紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.1(1.0×+2.5D(cyl1.25DAx90°),左眼0.15(0.7×+3.0D(cyl1.0DAx60°).眼圧はマレイン酸チモロール(チモプトールR)両眼2回/日,塩酸ドルゾラミド(トルソプトR)両眼3回/日点眼下にて,右眼20mmHg,左眼22mmHgであった.両眼とも角膜は透明で耳側上強膜に充血があり,前房内炎症はcell(+)であった.水晶体には中等度の白内障があったが,硝子体混濁や眼底には異常はなかった.隅角所見は両眼ともShaer分類grade2,右眼は3時-6時,左眼は8時-10時にかけ周辺虹彩前癒着の散在を認めたが結節は認めなかった.血液検査は白血球4,880/μlと正常値であったが,CRP(C反応性蛋白)4.1mg/dl,補体価58.7U,a1-globulin3.8%,a2-globulin9.7%,b-globulin11.1%,g-globulin25.4%,赤沈(60分値)52mmとそれぞれ上昇があり急性炎症を示す結果であった.リウマチ因子,抗核抗体や抗DNA抗体は陰性であった.その他ヘモグロビン12.6g/dl,MCV(平均赤血球容積)96.7,MCH(平均赤血球血色素量)32.3pg,MCHC(平均赤血球血色素濃度)33.4%と正球性正色素性貧血があった.II経過リン酸ベタメタゾンナトリウム(リンデロンR)両眼4回/日点眼にて約1カ月で両上強膜炎がほぼ軽快した.2005年5月右耳介の発赤腫脹を自覚(図1),耳鼻科にて右耳介軟骨炎と診断され,プレドニゾロン内服(30mg/日)を開始され,15mg/日まで漸減しながら約3カ月で寛解した.この時点で,上強膜炎およびステロイド投与に反応する耳介軟骨炎の合併を認めたことから,RPにおけるDamianiらの改革診断基準2)を満たし本症の診断となった.プレドニゾロン内服を10mg/日に漸減したところ両上強膜炎が再燃,プレドニゾロン20mg/日内服へ増量したが,再度10mg/日に自己判断で減量し,上強膜炎が悪化した(図2).そのため,プレドニゾロン15mg/日内服を継続して約1カ月で左眼症状はほぼ軽快した.抗Ⅱ型コラーゲン抗体検査は本人の承諾がなく未施行であったが,この時点で承諾を得られ調べたところ陰性であった.眼圧下降薬点眼下にて両眼圧が20mmHgを超えることもあり,ステロイド緑内障の発症を危惧しプレドニゾロン内服減量を目的にコルヒチン(コルヒチンR)1mg/日内服併用やシクロスポリン(ネオーラルR)300mg/日内服併用を試みたが,症状は改善せず,ステロイドの減量はむずかしかった.その後も強膜炎および耳介軟骨炎の再燃がみられ,さらに2007年9月左耳の耳鳴りを自覚,左内耳障害を疑い耳鼻咽喉科にてコハク酸ヒドロコルチゾンナトリウム(サクシゾンR)を500mg/日より経静脈的に漸減投与され(500mg/日×3日,400mg/日×2日,300mg/日×2日,200mg/日×図1右耳介軟骨炎2005年5月,右耳介の発赤,腫脹がある.図2右上強膜炎再燃時2005年12月,上強膜全体に強い充血がみられる.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009111(111)2日,100mg×3日),上強膜炎および耳鳴りともに軽快した.現在もプレドニゾロン内服(15mg/日)を続けている.現在までのところ関節炎や呼吸器症状はない.眼圧は眼圧下降薬点眼下にて正常範囲内にあり視野異常はないが,両眼ともに皮質白内障に進行している.以上の経過を図3に示す.III考按RPは1923年にJaksch-Wartenhorstにより報告されて以来現在までに約1,000例ほど報告されてきている1).本疾患の原因は明らかではないが,自己免疫疾患の合併率が30%と高率でありムコ多糖類を多く含む組織を選択的に障害することや,急性期の約30%に抗Ⅱ型コラーゲン抗体の上昇を認めること3),ステロイドや各種の免疫抑制薬に有効性を認めることから免疫異常が原因であると考えられている.好発年齢は4060歳だが新生児から90歳代まで報告がある4).性差はなく,遺伝性は報告されていない.初発症状で高率なのが鼻軟骨炎の約20%,眼症状の19%,呼吸器症状の14%である.全病期において最も発症率が高いのは耳軟骨炎の95%,ついで多いのは関節炎の5080%となっており,眼疾患や鼻軟骨炎も約5060%とそれらについで高率に発症する.気道閉塞,肺炎,心弁膜症,腎障害などにより1986年では10年生存率が55%であったが,早期にステロイド治療などを開始されるようになったため1998年で8年生存率は94%となっている.眼症状として最も多いのが結膜炎,上強膜炎,強膜炎で鼻軟骨炎や関節炎と平行して再燃,寛解をくり返すことが多い.強膜炎の3.1%が本症と診断されたという報告もある5).その他ぶどう膜炎(25%),角膜炎(10%),網脈絡膜炎(10%),静脈分枝閉塞症,虚血性視神経症,眼瞼浮腫,眼窩偽腫瘍,外眼筋炎などが報告されており,全眼組織が本疾患で炎症を生じる可能性がある6).本疾患の診断は1976年にMcAdamらが提案した診断基準を,DamianiとLevineら2)が1979年に拡大したものが多く用いられている.診断においては,合併する局所症状の組み合わせが基準となるため,発症から診断までの期間は長く68%の症例で1年以上を要し,平均は2.9年ほどである.検査所見では赤沈値の亢進,CRP上昇やポリクローナルなグロブリン値上昇などの急性炎症の所見以外に正球性正色素性貧血を認めることが多い.その他急性期の約30%に抗Ⅱ型コラーゲン抗体3)が陽性になるため診断確定の補助となる.またCRPは症状の増悪,軽快に平行して変動することが多く本疾患の活動性の指標になりうる.しかし,抗Ⅱ型コラーゲン抗体は慢性関節リウマチやMeniere病でも陽性となるため本疾患特異的な抗体ではない7).本症例においては,片眼の軽度虹彩炎と眼圧上昇という非典型的な初発症状で発症したが,3カ月後に上強膜炎を,5カ月後には耳介軟骨炎を発症し,約6カ月と平均に比べ比較的早期に診断が可能であった.図3発症より現在までの経過上強膜炎耳介軟骨炎内右右右耳介耳介耳り———————————————————————-Page4112あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(112)本症例は発症12カ月の時点で抗Ⅱ型コラーゲン抗体の上昇がなかったが,すでにステロイド内服を開始していたことや急性期でなかったことが一因であると思われる.また,CRP値は耳介軟骨炎の増悪に一致して上昇する傾向を認めたが,上強膜炎とは関連性がなかった.治療法としてのガイドラインはないが,抗炎症薬,免疫抑制薬,抗悪性腫瘍薬に有効性が報告されている.軽微な局所症状のみであれば非ステロイド系抗炎症薬8)の内服,より重症と判断される場合はダプソン9)やステロイド(0.51mg/kgより開始)の全身投与,ステロイドパルス療法の施行,その他シクロホスファミド,アザチオプリン,シクロスポリン10),メソトレキセートやコルヒチン8)などの単独投与またはステロイドとの併用の有効性が報告されている.症状が強い場合シクロホスファミドやアザチオプリンを第一選択とする場合もある11).また,アザチオプリンやメソトレキセート内服併用がステロイド減量に有効だったとの報告もある12).眼局所に対してはステロイド結膜下注射なども有効である.本症例ではプレドニゾロンに反応したが,減量すると増悪や再発を起こした.コルヒチン併用,シクロスポリン併用については明らかな効果がなかった.本症例は,片眼の虹彩炎および高眼圧にて発症したが,後に上強膜炎および耳介軟骨炎を合併しRPの診断となった.現在のところ発症時の主症状が高眼圧であった報告はほかに認めないが,高眼圧を伴う軽度の虹彩炎であっても本疾患を疑う必要性があると思われる.本症例の治療においてはプレドニゾロン内服を減量すると増悪するため維持量を継続せざるをえず,ステロイド内服によるステロイド緑内障および全身合併症にも注意をしていくことが重要である.文献1)GergelyP,PoorG:Relapsingpolychondritis.BestPractResClinRheumatol18:723-738,20042)DamianiJM,LevineHL:Relapsingpolychondritis.Oph-thalmology93:681-689,19863)FoidartJM,AbeS,MartinGRetal:AntibodiestotypeIIcollageninrelapsingpolychondrites.NEnglJMed299:1203-1207,19784)ArundellFW,HaserickJR:Familialchronicatrophicpolychondritis.ArchDermatol82:439-440,19605)JabsDA,MudunA,DunnJPetal:Episcleritisandscleri-tis.AmJOphthalmol130:469-476,20006)PeeboBB,MarkusP,FrennessonC:Relapsingpolychon-dritis:ararediseasewithvaryingsymptoms.ActaOph-thalmolScand82:472-475,20047)垣本毅一,真弓武仁:抗Ⅱ型コラーゲン自己抗体.日本臨牀63:643-645,20058)MarkKA,FranksAGJr:Colchicineandindomethacinforthetreatmentofrelapsingpolychondritis.JAmAcadDermatol46:S22-24,20029)MartinJ,RoenigkHHJr,LynchWetal:Relapsingpoly-chondritiswithdapsone.ArchDermatol112:1272-1274,197610)OrmerodAD,ClarkLJ:Relapsingpolychondritistreat-mentwithcyclosporineA.BrJDermatol127:300-301,199211)LetkoE,ZarakisP,BaltatzisSetal:Relapsingpoly-chondritis:Aclinicalreview.SeminArthritisRheum31:384-395,200212)TrenthamDE,LeCH:Relapsingpolychondritis.AnnInternMed129:114-122,1998***

両眼性サイトメガロウイルス角膜内皮炎の1例

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page1(105)1050910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(1):105108,2009cはじめに角膜内皮細胞は角膜の最内面に存在し,角膜の透明性維持に重要な役割を果たしている.ヒトの生体内では角膜内皮細胞は障害をうけてもほとんど増殖,再生しない.このため,内皮細胞の障害は細胞密度の減少に直結し,500cells/mm2以下では水疱性角膜症となり,高度の視力障害の原因となる.角膜内皮炎は1982年にKhodadoustらにより,原因不明に角膜内皮に特異的な炎症が生じ,角膜後面沈着物と同部位に角膜浮腫が出現する病態として初めて報告された1).病因として,単純ヘルペスウイルス(HSV)や水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)などのヘルペス群ウイルスの関与が考えられ,抗ヘルペスウイルス薬による治療が行われてきたが,治療への反応が乏しく水疱性角膜症となる症例も存在し,その原因は不明であった.サイトメガロウイルス(CMV)角膜内皮炎は2006年にKoizumiらによって初めて報告2)された疾患である.CMV角膜内皮炎は角膜内皮炎のうち,抗ヘルペ〔別刷請求先〕細谷友雅:〒663-8131西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学眼科学教室Reprintrequests:YukaHosotani,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine,1-1Mukogawa-cho,Nishinomiya-city,Hyogo663-8131,JAPAN両眼性サイトメガロウイルス角膜内皮炎の1例細谷友雅*1神野早苗*1吉田史子*1小泉範子*2稲富勉*2三村治*1*1兵庫医科大学眼科学教室*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学ACaseofBilateralCytomegalovirusCornealEndotheliitisYukaHosotani1),SanaeKanno1),FumikoYoshida1),NorikoKoizumi2),TsutomuInatomi2)andOsamuMimura1)1)DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine症例は65歳,男性.両眼虹彩毛様体炎,右眼続発緑内障の既往があり,右眼の水疱性角膜症に対し全層角膜移植術および水晶体乳化吸引術(PEA)+眼内レンズ(IOL)挿入術を施行した.術後4カ月目に右眼に輪状に集簇する多数の白色角膜後面沈着物を認めた.副腎皮質ステロイド薬を併用した抗ヘルペス治療を行ったが改善せず,左眼にも同様の角膜後面沈着物が出現した.Polymerasechainreaction(PCR)で両眼の前房水からサイトメガロウイルス(CMV)-DNAが検出され,共焦点生体顕微鏡では両眼の角膜内皮に“owl’seye”様所見が認められたため両眼性CMV角膜内皮炎と診断した.ガンシクロビル点滴および点眼投与により角膜後面沈着物は消退した.原因不明の水疱性角膜症に角膜移植術を行う際には角膜内皮炎の可能性を考え,術後に角膜内皮炎を生じたら前房水PCRによるウイルス検索を行う必要がある.CMV角膜内皮炎の過去の報告例は片眼性が多いが,両眼性の症例も存在すると考えられ,僚眼にも注意して経過観察を行う必要がある.A65-year-oldmalewhohadbeenreceivingtreatmentforbilateraliritisandsecondaryglaucomainhisrighteyeunderwentpenetratingkeratoplasty(PKP)withphacoemulsicationandintraocularlensimplantationforbullouskeratopathyintherighteye.Fourmonthsaftersurgery,whitish,coin-shapedkeraticprecipitates(KPs)wereobservedintherighteye.Despitesystemicanti-herpetictherapywithcorticosteroids,similarKPsappearedinthelefteye.Polymerasechainreaction(PCR)revealedcytomegalovirus(CMV)-DNAinthebilateralaqueoushumor,andconfocalmicroscopyrevealed“owl’seye”cellsinthebilateralcornealendothelialarea,leadingtoadiagnosisofbilateralCMVcornealendotheliitis.SystemictherapyandganciclovireyedropinstillationreducedtheKPs.WhenperformingPKPforbullouskeratopathyofunknownorigin,itisimportanttoconsiderthepossibilityofCMVcornealendotheliitis.Anyoccurrenceofpostoperativecornealendotheliitiswillnecessitateaqueous-humorPCR.AlthoughCMVcornealendotheliitisisusuallyunilateral,carefulobservationofthefelloweyeisimportant.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(1):105108,2009〕Keywords:サイトメガロウイルス,角膜内皮炎,ガンシクロビル,水疱性角膜症,生体レーザー共焦点顕微鏡.cytomegalovirus(CMV),cornealendotheliitis,ganciclovir,bullouskeratopathy,confocalmicroscopy.———————————————————————-Page2106あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(106)ス療法に反応せず,前房水からHSVやVZV-DNAは検出されず,CMV-DNAが検出されるものをいう.これまで18例のCMV角膜内皮炎の症例が報告されている25)が,片眼性の症例が多く,両眼性の症例は3例のみである.今回,両眼性CMV角膜内皮炎の1例を経験したので報告する.I症例患者:65歳,男性.主訴:右眼痛.現病歴:平成16年より近医にて両虹彩毛様体炎,右眼続発緑内障として加療されていた.右眼が水疱性角膜症となったため(図1),平成19年5月に兵庫医科大学病院において右眼全層角膜移植術および水晶体乳化吸引術(PEA)+眼内レンズ(IOL)挿入術を施行した.術後4カ月目に右眼痛が出現.右眼に角膜後面沈着物を多数認めたため,精査加療目的に入院となった.既往歴:全身状態は良好で,免疫不全を認めない.入院時所見:視力は右眼0.4(0.9×sph+1.00D(cyl3.50DAx85°),左眼1.2p(矯正不能),眼圧は右眼16mmHg,左眼20mmHgであった.右眼角膜移植片の内皮に,輪状に集簇する多数の白色角膜後面沈着物(coinlesion)を認め(図2),前房内に56個/eldの細胞を伴っていた.宿主角膜組織の角膜後面沈着物の有無は不明であった.角膜浮腫は目立たなかった.びまん性虹彩萎縮を認めた.中心角膜厚は549μm,角膜内皮細胞密度は1,122cells/mm2であった.左眼は陳旧性色素性角膜後面沈着物を数個認めたが,前房内に細胞は認めなかった.中心角膜厚は630μm,角膜内皮細胞密度は1,869cells/mm2であった.中間透光体,眼底には特記すべき問題はなく,CMV網膜炎は認めなかった.経過:ヘルペス性角膜内皮炎と考え,副腎皮質ステロイド薬(以下,ステロイド)を併用したアシクロビル点滴5mg/図1右眼術前写真右眼矯正視力(0.08).水疱性角膜症となっている.角膜後面沈着物は認めなかった.図2入院時右眼前眼部写真右眼矯正視力(0.9).輪状に集簇する多数の白色角膜後面沈着物を認める(矢印,○内).ab3生体レーザー共焦点顕微鏡写真a:右眼,b:左眼.両眼の角膜内皮に“owl’seye”細胞が認められる.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009107(107)kg,1日3回を行ったが改善せず,治療開始4日後より,左眼にも右眼と同様の輪状角膜後面沈着物が出現した.血液検査でCMV-IgG10.3(+)・IgM0.28(),HSV-IgG193(+)・IgM0.36()であり,CMVとHSVの既感染があると考えられた.CMV抗原血症(antigenemia)は陰性であった.生体レーザー共焦点顕微鏡で両眼の角膜内皮細胞領域に,CMV感染細胞に特徴的といわれる“owl’seye”細胞が観察された(図3).CMV角膜内皮炎を疑い前房水polyme-rsasechainreaction(PCR)3)を施行したところ(図4),両眼の前房水よりcuto値以上のCMV-DNAが検出され,臨床的意義があると考えられた.HSV,VZVは陰性であった.以上より,両眼性CMV角膜内皮炎と診断し,治療を開始した.0.5%ガンシクロビル点眼(自家調整)を両6/日で開始し,ガンシクロビル点滴5mg/kg,1日2回を14日間施行した.徐々に角膜後面沈着物は小さくなり,数も減少し,角膜内皮炎の活動性は低下したと考えられた(図5).点滴終了1カ月後,左眼のステロイド点眼を中止したところ,2週間後に左眼の眼圧が25mmHgと上昇し,角膜後面沈着物の増加を認めた.ステロイド点眼を再開したところ,左眼の眼圧は速やかに正常化した.右眼は経過良好で変化を認めなかった.発症から5カ月後,角膜内皮細胞密度は右眼783cells/mm2,左眼1,919cells/mm2であり,右眼に角膜内皮細胞数の減少を認めた.現在も通院加療中であり,ガンシクロビル点眼,ステロイド点眼を続行している.II考按CMV角膜内皮炎の特徴として,①輪状に集簇する白色角膜後面沈着物(coinlesion)を認める,②角膜浮腫は軽微なことが多い,③前房内炎症と眼圧上昇を伴うことが多い,④全身の免疫不全を認めない,⑤片眼性のことが多い,⑥血中CMV-IgGが陽性,IgMは陰性(既感染),⑦前房水PCRでCMV-DNAが検出されるがHSV,VZV-DNAは検出され図4前房水採取時の両前眼部写真a:右眼高倍率写真,b:左眼.右眼矯正視力(0.6),左眼視力1.2.両眼に輪状に集簇する白色角膜後面沈着物を認める(矢印,○内).ab図5ガンシクロビル投与後前眼部写真a:右眼,b:左眼.右眼矯正視力(1.0),左眼視力1.0.両眼とも,角膜後面沈着物は小さくなり,数も減少した.ab———————————————————————-Page4108あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(108)ない,⑧生体レーザー共焦点顕微鏡で“owl’seye”細胞が検出されることがある,⑨ガンシクロビルによる治療が有効である,などがあげられる.本症例でもこれらの特徴を満たしていたが,両眼性であった.これまでの報告のうち,Koizumiらの報告3)では,両眼性は8例中1例のみであり,Cheeらの報告4)でも両眼性は10例中2例のみである.しかし本症例のように両眼性の症例も存在するため,僚眼にも注意して経過観察を行う必要がある.CMVはDNAウイルスで,bヘルペスウイルスの一種である.乳幼児期に不顕性の初感染を起こしCD14陽性mono-cyte,骨髄のCD34/33陽性細胞などに潜伏感染するが,免疫不全状態になると再活性化し,網膜炎や肺炎,肝炎,脳炎などの原因となる6).日本人成人のCMV抗体保有率は90%以上と高く,本症例でもCMV-IgGのみが陽性であったことから既感染と考えられた.CMV角膜内皮炎の特徴は,免疫不全状態でなくても発症することであり,これが他のCMV感染症との大きな相違点である.何らかのきっかけで再活性化したCMVが房水を経由して角膜内皮に感染し,炎症を惹起するものと推測されるが,その発症機序についてはいまだ不明な点が多い.両眼性と片眼性の発症メカニズムや臨床所見の差についても不明であり,今後の検討が必要である.ガンシクロビルはウイルスDNA合成阻害薬であり,おもにCMV感染症に対して使用される7).血球減少症や腎機能障害の副作用があり,投与には注意を要する.CMVに対し高い選択毒性をもつが,ウイルス遺伝子が発現していなければ効果はない.CMVは潜伏感染している間はウイルス遺伝子を発現していないため,ガンシクロビルを投与してもCMVを宿主から完全に除去することはできない.このため,治療に際してはCMVを再度潜伏感染の状態にし,再活性化を起こさせない投与法の確立が必要である.今後,CMVを完全に体内から除去できる新薬の登場が望まれる.経過中,左眼はステロイド点眼の中止によって眼圧上昇と角膜後面沈着物の増加を認めた.炎症が再燃したためと考えられたが,この理由として,CMV角膜内皮炎はウイルス抗原に対する免疫反応と,ウイルスの増殖という感染症との両側面をもっているため,ウイルスを減少させるためにステロイドを中止したところ,ウイルス抗原に対する免疫反応が増大して,炎症が惹起されたのではないかと推察される.本症例には原因不明の虹彩毛様体炎と続発緑内障の既往があり,右眼の水疱性角膜症の原因疾患はCMV角膜内皮炎および虹彩毛様体炎であった可能性がある.原因不明の水疱性角膜症に角膜移植術を行う際には角膜内皮炎の可能性を考え,術後に角膜内皮炎を生じたら前房水PCRによるウイルス検索を行う必要がある.角膜内皮炎が遷延すると角膜内皮細胞数が減少し,水疱性角膜症となり高度の視力障害の原因となるため,速やかな病因の解明と治療が必要である.本症例では生体レーザー共焦点顕微鏡による観察で,Shiraishiらの報告8)と同様,CMV感染細胞に特徴的といわれる“owl’seye”細胞が観察された.生体レーザー共焦点顕微鏡による観察は侵襲が少なく,CMV角膜内皮炎の補助診断として有用であると考えられた.本稿の要旨は第32回角膜カンファランスにて発表した.文献1)KhodadoustAA,AttarzadehA:Presumedautoimmunecornealendotheliopathy.AmJOphthalmol93:718-722,19822)KoizumiN,YamasakiK,KawasakiSetal:Cytomegalovi-rusinaqueoushumorfromaneyewithcornealendothe-liitis.AmJOphthalmol141:564-565,20063)KoizumiN,SuzukiT,UnoTetal:Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmology115:292-297,20084)CheeSP,BacsalK,JapAetal:Cornealendotheliitisassociatedwithevidenceofcytomegalovirusinfection.Ophthalmology114:798-803,20075)SuzukiT,HaraY,UnoTetal:DNAofcytomegalovirusdetectedbyPCRinaqueousofpatientwithcornealendotheliitisfollowingpenetratingkeratoplasty.Cornea26:370-372,20076)多屋馨子:サイトメガロウイルス感染症.日本臨牀65(増刊号2):136-140,20077)峰松俊夫:抗ヘルペスウイルス薬および抗サイトメガロウイルス薬.日本臨牀65(増刊号2):396-400,20078)ShiraishiA,HaraY,TakahashiMetal:Demonstrationof“owl’seye”morphologybyconfocalmicroscopyinapatientwithpresumedcytomegaloviruscornealendothe-liitis.AmJOphthalmol143:715-717,2007***