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コンタクトレンズ:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(5)

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009650910-1810/09/\100/頁/JCLSシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズと消毒剤の相性その11.マルチパーパスソリューションによる角膜ステイニングとは?MPS(マルチパーパスソリューション)には消毒成分だけではなく,界面活性剤,緩衝剤,キレート剤などのさまざまな成分が含まれている.そのため薬剤毒性による角膜上皮への影響が問題となっている.MPSの薬剤毒性による角膜ステイニング(図1)は,コンタクトレンズとMPSの組み合わせにより発生頻度は異なり,シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズに比較的特徴的な所見として報告されている1,2).多くは“深度の浅いSPK(点状表層角膜症)”として,装用1~4時間後に最も顕著となり,装用6時間後には軽減もしくは消失する1,2).MPSに含まれる消毒成分が原因と考えられている.現在,MPSに配合されている消毒成分は,塩酸ポリヘキサニド(PHMB)もしくは塩化ポリドロニウムのいずれかであるが,PHMBを消毒成分として含むMPSのほうが,角膜ステイニングの発生リスクが高い2~4).しかし,その一方で,同じ消毒成分,同じ濃度であっても,角膜ステイニングの発生頻度は製品により異なり1,2),消毒成分以外の界面活性剤,緩衝剤,キレート(65)剤などの成分も影響している可能性が大きい.また,同じコンタクトレンズと消毒剤の組み合わせでも角膜ステイニングの発生に個人差がみられ,個々の眼表面の状態も角膜ステイニングの発生に影響していると考えられる.2.シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ装用者における角膜ステイニングの発生シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズとPHMBを消毒剤として含むMPSとの組み合わせで角膜ステイニングの発現率が高いことが国内外で報告されている1,3,5).ただし,MPSによる角膜ステイニングはシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ装用者のみにみられる所見ではなく,実は従来素材のハイドロゲルコンタクトレンズにおいても観察される所見である5,6).筆者糸井素純道玄坂糸井眼科医院コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純図1PHMBを含むマルチパーパスソリューションを使用しているシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ装用にみられた角膜ステイニング表1日本版ステイニンググリッド生理食塩水AOセプトコンセプトワンステップオプティ・フリープラスオプティ・フリーレニューマルチプラスコンプリート10minロートCキューブソフトワンモイストエピカコールドフレッシュルックケア10minO2オプティクス0.70.70.51.51.96.15.35.71.94.8アキュビューアドバンス0.40.60.90.50.86.65.67.33.25.5アキュビューオアシス0.70.50.62.03.93.42.73.71.73.7消毒成分─過酸化水素ポリクォッド(塩化ポリドロニウム)PHMB(塩酸ポリヘキサニド系)(http://www.staininggrid.jpより転載)———————————————————————-Page266あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(00)はホームページ(http://www.staininggrid.jp)上で日本版ステイニンググリッドとして日本で発売されているシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ3種と消毒剤9種の組み合わせによる角膜ステイニングの発生率を公開している(表1).また,Andraskoらはホームページ(http://www.staininggrid.com)上でstaininggridとしてシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズだけではなく,ハイドロゲルコンタクトレンズ(Acuvue2,pro-clear,Soens66)についても,MPSの組み合わせによる角膜ステイニングの発生率を公開している(表2).文献1)GarofaloRJ,DassanayakeN,CareyCetal:Cornealstain-ingandsubjectivesymptomswithmultipurposesolutionsasafunctionoftime.EyeContactLens31:166-174,20052)工藤昌之,糸井素純:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズと消毒剤の相性.あたらしい眼科22:1349-1355,20053)JonesL,MacDougallN,SorbaraLG:Asymptomaticcor-nealstainingassociatedwiththeuseofbalalconsilicone-hydrogelcontactlensesdisinfectedwithapolyminopropylbiguanide-preservedcareregimen.OptomVisSci79:753-761,20024)AndraskoGJ,RyenKA:EvaluationofMPSandsiliconehydrogellenscombinations.ReviewofCornea&ContactLenses:36-42,20075)BegleyCG,EdringtonTB,ChalmersR:Eectoflenscaresystemsoncornealuoresceinstainingandsubjectivecomfortinhydrogellenswearers.IntContactLinsClin21:7-13,19946)PritchardN,YoungG,ColemanSetal:Subjectiveandobjectivemeasuresofcornealstainingrelatedtomultipur-posecaresystems.ContLensAntEye26:3-9,2003表2Andraskoらがホームページで公開しているstaininggridBrandedSolutionsPrivateLabelSolutionsUnisolSalineClearCareOpti-freeExpressOpti-freeReplenishRenuMultiplusRenuMultipurposCompleteMPSEasyRubAquifyWalmartMPS(RenuM+)TargetMPS(RenuM+)CVSMPS(RenuM+)WalgreenMPS(RenuM+)Acuvue21%1%2%5%1%1%1%1%1%1%1%1%Proclear1%1%1%2%57%23%6%12%61%54%53%42%Soens661%1%1%1%73%32%17%8%66%62%63%56%AcuvueAdvance1%1%1%1%13%4%12%2%16%13%12%12%AcuvueOasys2%1%3%5%9%5%4%3%12%8%13%10%Bionity2%2%3%2%4%2%2%2%4%3%3%2%Purevision2%1%4%7%73%43%15%21%71%76%NoTestingPlannedNoTestingPlannedO2Optix2%1%2%5%24%7%3%3%41%28%28%24%Night&Day2%1%2%3%24%11%1%3%36%24%26%22%Updated:2008/8/25SalineH2O2POLYQUADBiguanides(http://www.staininggrid.comより転載)HydrogelSiliconeHydrogel

写真:生体共焦点顕微鏡を用いた前眼部観察:角膜実質変性症

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009630910-1810/09/\100/頁/JCLS(63)小林顕金沢大学医薬保健研究域医学系視覚科学写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦296.生体共焦点顕微鏡を用いた前眼部観察:角膜実質変性症図2図1のシェーマ①:辺縁不整な高輝度陰影.←図1アベリノ角膜ジストロフィ(TGFBI遺伝子R124H)の生体共焦点顕微鏡所見角膜実質の病的沈着物に対応した,さまざまな大きさの辺縁不整な高輝度陰影が散在して認められる.画像サイズ400×400μm.図3格子状角膜ジストロフィ(TGFBIR124C)の生体共焦点顕微鏡所見角膜実質浅層・中層に枝分かれした線状・糸状・サンゴ礁様の高輝度陰影が認められた.画像サイズ400×400μm.図4斑状角膜ジストロフィ(CHST6A217T)の生体共焦点顕微鏡所見角膜実質は均一に高輝度を呈しており,低輝度のストリエ様陰影も同時に認めた.画像サイズ400×400μm.———————————————————————-Page264あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(00)近年,レーザーを光源とする生体共焦点角膜顕微鏡(HRTIIロストック角膜モジュール,ハイデルベルグ社,ドイツ)が開発され,従来の白色光源の生体共焦点顕微鏡に比較して,より高解像度の角膜・結膜の生体画像が得られるようになった.本装置を用いて角膜実質ジストロフィを観察すると,従来の病理組織標本に対応する特徴的な所見を,生体においてリアルタイムに得ることができる(invivobiopsy)(図1,3,4)1).さらに,本装置による検査はくり返し施行できるので,角膜実質ジストロフィの自然経過や角膜移植後の再発の有無の判定などにも有用である.1.アベリノ角膜ジストロフィ(図1)アベリノ角膜ジストロフィは,顆粒状角膜ジストロフィと格子状角膜ジストロフィの両者の特徴を有する遺伝性疾患として1992年に提唱された.角膜上皮下から実質中層における,灰白色調の輪状もしくは顆粒状の混濁を主体とするが,線状,星状,コンペイトウ状の混濁も混在するなど,多彩な角膜実質病変を呈する2).この常染色体優性の角膜ジストロフィはTGFBI遺伝子のR124H変異によって生じる.生体レーザー共焦点顕微鏡では,病的沈着物に対応したさまざまな大きさの辺縁不整な高輝度陰影が実質に散在して認められる(図1,2)1).2.格子状角膜ジストロフィ格子状角膜ジストロフィは角膜実質に半透明の線状または糸状の混濁が生じる遺伝性疾患であり,原因遺伝子の違いによりいくつかのサブタイプが知られている.格子状角膜ジストロフィの多くはⅠ型であり,TGFBI遺伝子のR124C変異が原因とされている3).レーザー共焦点顕微鏡では,実質浅層・中層に枝分かれした線状・糸状・サンゴ礁様の高輝度陰影が認められ,病理組織所見との対応が確認された(図3)1).3.斑状角膜ジストロフィ斑状角膜ジストロフィは常染色体劣性の遺伝性疾患であり,角膜実質全層の多発性斑状混濁とびまん性混濁を特徴とする疾患である.硫酸転移酵素(carbohydratesulfotransferase6:CHST6)の遺伝子変異により生じる4).レーザー共焦点顕微鏡では,実質は均一に高輝度を呈しており,低輝度のストリエ様陰影を同時に認める(図4)1).文献1)KobayashiA,FujikiK,FujimakiTetal:Invivolaserconfocalmicroscopicndingsofcornealstromaldystro-phies.ArchOphthalmol125:1168-1173,20072)KonishiM,YamadaM,NakamuraYetal:Variedappear-anceofcornealdystrophyassociatedwithR124Hmuta-tionintheBIGH3gene.Cornea18:424-429,19993)HottaY,FujikiK,OnoKetal:Arg124Cysmutationofthebig-h3geneinaJapanesefamilywithlatticecornealdystrophytypeI.JpnJOphthalmol42:450-455,19984)AkamaTO,NishidaK,NakayamaJetal:Macularcorne-aldystrophytypeIandtypeIIarecausedbydistinctmutationsinanewsulphotransferasegene.NatGenet26:237-241,2000

Value-based Medicine(VBM)

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLS時期に白内障を指摘されたとする(図1の赤点).もしこの人が白内障の手術を受けなければ,視力は低下し続け,それに従いQOLも低下し,そのまま死に至ると考えられる(実線).しかし,ここで,白内障手術を受けた場合,その後視力が改善することでQOLは上昇するであろう.そして,QOLはゆるやかに低下しながら死に至る(図1の点線).このようなケースの場合,白内障手術がこの人に与えたvalueというのは図1の水色の部分である.この水色の部分とは,まさにQOL×持続期間といえる.Valueとは言うなれば,QOLの質と量を掛け合わせたものである.はじめに近年evidence-basedmedicine(EBM)をもう一歩進化させた概念としてvalue-basedmedicine(VBM)という考え方が提唱されている1).従来のEBMが最も正確で再現性のある医学的事実に基づく医療とすれば,VBMは治療によって患者自身が受けとめる結果としての価値(=value)に基づく医療といえる.つまり,予防や治療によって得ることができる全体価値(=utility:効用)によって医療結果を評価しようという試みである.同時にその結果を得るのに必要なコストも含めて検討することで,より効率のよい医療を行うという目的がある.従来の医療アウトカム評価に医療経済学的な考えを取り込んだ概念であり,医師でありながらMBA(経営学修士)を取得している欧米の医師が率先して取り組んでいる.本稿では,VBMについて概説する.IValueとは1.Valueとはどのように定義されるかVBMではvalue=qualityoflife(QOL)×持続期間と定義する.図1はある一人の人間の一生を示したものである.X軸を生存年数(若年期・中年期・高年期・死亡),Y軸をQOLとする.人間の一生は,その時々でQOLが変化する.若いときは健康で生活に何の支障もないが,年を経るに従ってなんらかの疾患に罹患することもあろう.QOLは徐々に低下し,最終的に死に至る(図1の実線).このような一生において,高年期のある(57)57YosimuneiratsuaoiciOno136-00753-3-20特集●わかりやすい眼科疫学あたらしい眼科26(1):5762,2009Value-BasedMedicine(VBM)Value-BasedMedicine平塚義宗*小野浩一*一生の分年年生存年年手術治療によって得られる生存年図1治療によって得られるvalueある一人の一生において,白内障の手術がその人に与えたvalue(QOL増加分).———————————————————————-Page258あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(58)度の指標では,眼科疾患間でのQOL評価の比較はできるが,眼科以外の多くの疾患間での比較ができない.3.効用とQALYsVBMで適用されるQOL指標は「効用」とよばれる.効用とは医療サービスを受けることによって得られる総合的な満足度を示した指標である.その値を効用値といい,健康状態を数値化したものである(図3).効用は,健康状態を死=0から完璧な健康=1の間の数値で表現する.そして,効用値0.6で10年間生きることは健康な状態(効用値1.0)で6年間生きることと同じ価値があると評価する.視覚関連のQOL評価法が,見づらさのため手助けを必要としているか,気まずい思いをするか,などとあらかじめ決められた問いに対する回答でQOLを評価しようする一方で,効用はその人自身が考えるあらゆる都合・不都合を総合して包括的に判断してもらうという考え方である.効用値の測定は患者の選好に基づいて行われる.選好とは「現在の健康状態」と「より良い健康状態になるために〈何か〉を失う」のは「どちらが良いか」という判断である.患者自身の価値観で重みづけをしたQOLともいえる.この失われる〈何か〉としては人生時間,金銭,死亡しない確率などが用いられるが,最も一般的な方法では人生時間,つまり寿命の短縮が採用され,これを時間得失法(time-tradeomethod:TTO)という(図4).生存期間と引き替えにQOLを入手可能である2.QOLはどのように定義されるかではQOLはどのように定義されるか.QOLは多様素性をもった主観であり,検査値や臨床所見などわれわれ医師の視点ではなく,患者の視点に立脚した評価が必要とされる.しかし,そもそもQOLを測って数値化することなど可能なのだろうか.1970年頃から患者立脚型アウトカム評価法というQOLを測定(measure)しようというさまざまな試みが行われてきた.そして,これまでに計量心理学的な手順を用いた多くの評価法が開発されてきた.SF36(MedicalOutcomeStudy-ShortForm36)やSIP(SicknessImpactProle)を代表とした一般健康像を対象としたものと,疾病や専門領域ごとの疾患特異尺度が存在する.視覚に特化したQOL測定法としてはVFQ-25(theNationalEyeInstituteVisualFunctioningQuestionna-ire,25-item)2)やVF-14(VisualFunction14)3)があり,それぞれ25と14の質問に回答することで視覚的なQOLの数値化を行うものである.図2にVFQ-25の実際の質問例を示す.これらは日常生活に密着した視覚に関連する質問(たとえば,近くが見えるか,階段が下りにくくないか,車の運転は大丈夫かなど)に対する困難度を回答することで,その人のQOLを測定するという試みである.それぞれ優れた方法であり,これまで多くのQOL研究が行われている.しかし,この疾患特異尺効用値utilityvalue「効用値0.6で10年間生きる」「健康な状態で6年間生きる」という考え方死0完璧な健康1健康状態を数値で表したもの生存期間短縮と引き替えにQOLが手に入るQOL寿命図3効用値(utilityvalue)効用値は,生存期間と引き替えにQOLを入手可能であるという,生存期間とQOLを天秤にかけた考え方に基づいている.VFQ-25の質問例現在,あなたの両眼での「ものの見え方」は,どうですか?眼鏡(やコンタクトレンズ)を使っているときのことをお答えください.─最高によい・良い・あまり良くない・良くない・とても良くない・まったく見えないものが見えにくいために,道路標識や商店の看板の文字を読むのは,どれくらい難しいですか.─まったく難しくない・あまり難しくない・難しい・とても難しい・みえにくいのでするのをやめた・別の理由でするのをやめた,または,もともとしないものが見えにくいために,誰かの手助けを必要とすることが多い.─まったくそのとおり・ほぼあてはまる・何とも言えない・ほとんどあてはまらない・ぜんぜんあてはまらない….図2VFQ-25の質問例このような質問を25問行うことでQOLを評価する.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,200959(59)うことであり,このQALYsという切り口で医療を考え直してみようという考え方がVBMの本質である.QALYsを用いることで従来の治療の評価にQOLを加味して考えることができる.たとえば,ここに白血病で余命12カ月の患者が存在する.治療なしであと1年間生存する場合のQALYsを1とする.ここでまずEBMの観点から化学療法を行うことで2カ月寿命を延長できると仮定する.この場合,2カ月の延命により生存期間が0.17年(2/12)延びるので得られるQALYsはという,生存期間とQOLを天秤にかけた考え方に基づいている(図3).このTTOを多くの人に行うことで,さまざまな健康状態の効用値が浮かび上がってくる.表1にその例を示すが,良いほうの眼の矯正視力が0.1の状態は,軽度の狭心症よりも効用値が低いというような比較が可能となる1).現在,EQ5D(TheEuroQol5Dimensions)やHUI(HealthUtilityIndex)といった簡便に効用値を得るための,事前に点数化された質問票も開発されている.この効用値に生存年数を掛け合わせたものを質調整生存年(qualityadjustedlifeyears:QALYs)という(図5).QALYs=効用値×生存年数であり,これは前述のvalue=QOL×持続期間と同じものといえる(図1).すなわちVBMにおけるvalueとはそのままQALYsとい表1さまざまな健康状態の効用値健康状態効用値(TTO)備考完璧な健康1.00不整脈0.99Arterialbrillation(useofwarfarin)乳癌初期0.94狭心症0.88Mild心筋梗塞0.80Moderate前立腺癌(軽度)0.72Nosymptoms視力0.10.66LegalblindnessinU.S.潰瘍性大腸炎0.58Preoperative透析0.57心筋梗塞(重度)0.30Severe脳梗塞0.30Major死0.00効用値を利用することでさまざまな健康状態を比較できる.(BrownMM.Evidence-BasedtoValue-BasedMedicineから抜粋)治療によって得ることができる全体の価値QALYs(Qualityadjustedlifeyears)QOLの共通通貨QOLを考慮した生存年(質調整生存年)効用値生存年数ある治療によって効用値がどれだけ上昇し,しかもそれを何年間持続できるか図5QALYs(質調整生存年)とはQALYsはQOLの共通通貨のようなものであり,効用値×生存年数である.TimeTradeO?法(TTO)A:今の健康状態のまま,あと20年間生きることができます.B:健康状態にまったく支障がなくなりますが,あと(20,18,…)年しか生きることができません.・あなたの現在の健康状態について考えてみてください.今の健康状態において次のどちらかを選択しなければなりません.・B→A効用値=()/20その人自身が考えるあらゆる都合・不都合を総合して包括的に判断してもらうという考え方図4Timetradeo法(TTO)時間得失法(TTO)の質問例.手術の費用効用分析Input作業負荷時間材料費・経費教育・機会費用OutputQALYs手術CostUtilityQALYsという単一のQOLの指標をアウトカムとして費用対効果を考える図6手術の費用効用分析1手術に投入したコストが結果的にどれだけの成果(効用)をもたらすかを研究する方法で,コストは金銭価値,アウトプットは「QALYs」で評価される.QALYsという単一のQOLの指標をアウトカムとした費用対効果分析.———————————————————————-Page460あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(60)トカム評価」という.医療のアウトカムには3つの視点がある.医師による視点,患者(個人)による視点,社会による視点である(表2).医師の視点によるアウトカムの評価基準は,形態学的に治った・治らない,機能的に改善した・しないであり,その指標は死亡率減少,5年生存率改善や視機能の改善である.一方で,患者の視点によるアウトカムの評価基準は,日常生活機能・QOLは改善したかであり,指標として前述した患者立脚型アウトカム評価や効用が存在する.社会の視点によるアウトカムの評価基準は,社会全体の厚生は改善したのか,社会としてのコストはどうか,医療の効率性を示す費用対効果はどうかなどであり,その指標は金銭価値で示されることが多い.従来のアウトカムはわれわれ医師が考えるアウトカムであった(といっても過言ではない).視力が改善したのだからよい,網膜が復位したのだから成功,黄斑浮腫の丈が減ったのだから効果ありました.筆者を含め多くの眼科医師がそう考えてきた.しかし成熟した社会となりつつある日本を含めた多くの先進国において,現在,求められている視点は,患者による視点と,社会による視点である.VBMはこれらの視点に立脚している.米国立衛生研究所(NIH)は臨床研究を効率的に進めるためにPROMIS(PatientReportedOutcomesMea-surementInformationSystem)という患者立脚型アウトカム評価のネットワークを2004年に立ち上げた.2008年7月にFDA(米国連邦食品医薬品局)は1+1×0.17=1.17QALYsということになる.つぎに,VBM的な観点から考えてみる.たとえば,化学療法中の患者のQOLが嘔吐や脱毛,倦怠感などの副作用が強いために低く,効用値0.7であったとする.この場合得られるQALYsは0.7×(1+0.17)=0.82であり,これは治療を行わない場合のQALYs1よりも低い値となる.つまり,患者のQOLを考慮した場合,化学療法を行うことは必ずしも最善の治療であるとはいえないということになる.QALYsはQOLの共通通貨のようなものであり,QALYsを基準とすることで,さまざまな医療のvalueを比較することが可能となる.IIVBMで何が可能か1.アウトカム評価医師が行う医療行為の評価はむずかしい.われわれ医師からすると,これだけのスキルで,ここまで労力と時間をかけて行った治療であるから,その価値は相当なものだと思いたくもなるし,実際,多大なコストを費やして行っている診療の価値は高いのだと考えたくなる.しかし,この考え方はいわゆる古典派経済学の基本思想である労働価値説(商品の価値は労働時間で決まる)であり,もはやそんなことを言う人は誰もいない.商品の価値は,それを利用することで得られる結果としての「効用」で決まる.医療においては「結果(アウトカム)は?」という視点である.医療行為をアウトカムで評価することを「医療のアウ表2アウトカムの3つの視点アウトカム評価基準例医師ベースPhysician-basedoutcomes客観指標形態学的異常治った/治らない機能的異常改善した/しない死亡率減少5年生存率改善関節可動域改善視機能改善患者ベースPatient-basedoutcomes症状QOL効用見えにくさ,痛み日常生活機能への影響価値づけしたQOL症状スケール,視機能改善SF-36VFQ-25,VF-14EQ5D,HUI,SF-6D社会ベースSociety-basedoutcomes便益生産性医療資源消費費用対効果病休,生産性医療費$,\/QALYS医師ベース,患者ベース,社会ベースの3つで考える.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,200961(61)PROMISの結果は,新しい医療製品や治療の評価において,とても意義高い評価法であると表明した.今後,医療のアウトカム評価はますます発展していくと思われる.2.費用対効果医療資源の効率的な活用において,避けて通れない考え方が費用対効果である.投入されたコスト(金銭価値)が結果としてどの程度のリターンを生むのか,少ないコストで最大のリターンを得るのがベストであるという考え方である.医療における費用対効果分析は大きく4つ方法が存在するが,そのなかで多くの領域における障害間や治療間での費用対効果の比較が可能なのが費用効用分析(cost-utilityanalysis:CUA)である(表3).CUAでは,コストは金銭価値,効果は「QALYs」で評価される(図6).そして,QALYを1単位得るのに必要なコストを検討する.したがって,この値が低ければ低いほど,同じ1単位のQOLを低コストで得ることができる効率的な治療ということになる(図7).1990年代後半から,欧米を中心にCUAが多く行われるようになった.その40%は医薬品のCUAであるが,手術に関しても多くの研究が行われてきている.たとえば,未熟児網膜症に対する光凝固は$783,1型糖尿病網膜症硝子体出血に対する硝子体手術は$2,098という結果がある.これらは,若い患者群が対象であるため生存年数が長く,得られるQALYも高い.結果,費用対効果が高くなる.一般に$20,000/QALY以下であ表3医療の費用対効果分析Cost/Outcome・ReturnCost(費用)Outcome(結果)評価の基準・特徴費用最小化分析Costminimizationanalysis$貨幣価値円・$なし(結果は同等と仮定する)結果がほぼ同等の場合に適用費用が最小の代替案を選択費用便益分析Costbenetanalysis$貨幣価値円・$$貨幣価値円・$結果を貨幣に変換し表現する便益が費用を上回るか費用効果分析Costeectivenessanalysis$貨幣価値円・$目的となる特定の健康状態改善(数量化)(生存年延長,罹患率減少,合併症低下率,HbA1C正常化率など)最も一般的特定の結果に対して費用効果比の高いものを適用費用効用分析Costutilityanalysis$貨幣価値円・$QALYs質を考慮した健康状態改善(数量化)QALYsを共通通貨として多くの治療間で比較可能$/QALYsが低いものを適用広義の費用対効果分析には4種類ある.=費用効用分析Cost-UtilityAnalysis手術をとりまくコスト得られるQALYs1QALYを得るために必要なコスト単位$/QALY,¥/QALYこの値が小さいほど効率的な治療といえる図7手術の費用効用分析2QALYを1単位得るのにいくらかかるかを評価する.したがって,この値が低ければ低いほど,同じ1単位のQOLを低コストで得ることができる効率的な治療ということになる.白内障手術は,他の手術に比較しても,極端に費用対効果が高い1QALY当たりのコスト比較/QALYgainedconvertedtoyear2001or2002未熟児網膜症ーー783腸障害に対するロリ治療1,321型糖尿病網膜症硝子体出血硝子体手術2,098白内障手術(初回)2,155前再術6,500人内9,900動脈疾患アスリン内11,000動脈イパス12,000脳動脈クリッン12,000図8手術(治療)の1QALY当たりのコストの比較これらはすべて$20,000以下の費用対効果の高い手術(治療)である.なかでも白内障手術は極端に費用対効果が高いという報告がある.———————————————————————-Page662あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(62)うわけではない.実際,先述のNICEに関しては,導入の閾値が低すぎるという意見や,フリーサイズのQALYsではなく個人の状態や年齢を考慮に入れてQALYsに重みづけすべきだという議論もあり,2009年2月に現在の基準を再検討する専門家検討会を開催することとなった.これらの指標を用いる際には,その値がすべての価値を示すのではなく,多くの情報のなかの一つの判断材料として用いる必要があろう.ただ,一方で,障害間での重症度の比較や,手術間での治療効率を比較する場合,現段階において,これ以外の方法が存在しないことも確かである.今後,少子超高齢化社会を迎え,成熟し成長が止まるとされる日本社会においては,このような考え方を少なくとも理解しておく必要があろう.また,医療費の問題に関しては,実は「誰が負担するのか」という根本的な問題がベースに存在し,その部分も同時に日本全体として煮詰めていかないかぎり,「会議は踊る,されど進まず」である.文献1)BrownMM,BrownGC,SharmaS:Evidence-BasedtoValue-BasedMedicine.AmericanMedicalAssociation.USA,20052)SteinbergEP,TielschJM,ScheinODetal:TheVF-14.Anindexoffunctionalimpairmentinpatientswithcata-ract.ArchOphthalmol112:630-638,19943)MangioneCM,LeePP,GutierrezPRetal:Developmentofthe25-itemNationalEyeInstituteVisualFunctionQuestionnaire.ArchOphthalmol119:1050-1058,20014)BusbeeBG,BrownMM,BrownGCetal:Incrementalcost-eectivenessofinitialcataractsurgery.Ophthalmolo-gy109:606-612,20025)PearsonSD,RawlinsMD:Quality,innovation,andvalueformoney:NICEandtheBritishNationalHealthService.JAMA294:2618-2622,2005れば,魅力的であり,きわめて費用対効果の高い手術であるといわれ,眼科手術や治療の多くがこのなかにはいる.白内障手術のCUA値は$2,155/QALYであり4),これは他の多くの手術と比較しても,極端に費用対効果の高い手術となっている(図8).IIIVBMは実際にどう利用されているか医療資源配分における効率を考える費用対効果分析は実際どのように利用されているか.すでに,ヨーロッパ諸国を中心に,医薬品の公的保険支払い対象導入時に費用対効果分析の結果提出が義務付けられ始めている.1993年にオーストラリアで始まり,1994年にカナダ,1999年にオランダとイギリスで導入されている.なかでも現在,特に話題になっているのが,イギリスのNationalInstituteofClinicalExcellence:NICEである.NICEはイギリスの国営医療制度NHS(NationalHealthService)の一部であり,その運用に対して国家的指針を与える独立組織である.NICEは国民の税金で成り立つ国営医療制度の対象として新しいテクノロジーの導入をする際に費用対効果を考慮している.一般に,その費用対効果が$30,600$45,900/QALYを導入の閾値としており5),抗癌剤やAlzheimer病の治療薬をNHSは負担しないとした問題は,社会的な論争となっている.IVVBMの問題点と課題QALYsという指標は,その考え方のなかに,改善しにくい疾患や,平均余命の短い高齢者を冷遇している点がある.また,重症の人が1QALY健康になることと,健康な人が1QALYより健康になることは同じであるとしてよいかという問題もある.このような方法論は,生命価値を金銭価値に置き換えるという側面があるので,倫理的に受け入れられにくい.いまだ完成されたものとはいえず,世界中で受け入れられている考え方とい

Clinical Trial:JATスタディ

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLS間とし,12カ月間の経過観察を行った.症例数は中心窩下に脈絡膜新生血管(CNV)を有する加齢黄斑変性患者64例で,両眼に加齢黄斑変性を発症しているものに対しては片眼を対象とした.投与方法は,まずベルテポルフィンを1体表面積当たり6mgで計算し投与量を決める.10分間かけて静脈内投与し,投与開始から15分後に波長689±3nmで光照射エネルギー量50J/cm2(照射出力600mW/cm2で83秒間)を治療スポットに照射する.ベルテポルフィンによるPDTの作用機序をつぎに示す.静脈内に投与されたベルテポルフィンが血漿中の低比重リポ蛋白(LDL)に移行する.新生血管内の内皮細胞組織ではLDLの取り込みが増加しており,LDLに移行したベルテポルフィンがCNVに集積する.熱を伴わないレーザー光を黄斑部病変に照射すると,CNVに集積したベルテポルフィンが活性化され,細胞障害性の強い一重項酸素などが生成される.一重項酸素などがCNVの構造的,機能的障害を起こし,障害された血管内皮からはリポキシゲナーゼやシクロオキシゲナーゼ経路を介して凝固促進因子が生成され,血小板凝集,血栓形成,血管収縮を誘発しCNVを選択的に閉鎖する.観察時期は,ベースラインおよび治療1週間後,3カ月,6カ月,9カ月,12カ月後とした.また,初回治療後12カ月間の経過観察中,3カ月ごとに蛍光眼底造影を施行し,CNVからのフルオレセインの漏出が認められた際は,再度PDTを施行した.はじめにJapaneseAge-RelatedMacularDegenerationTrial(以下,JATスタディ)は,2000年5月から始まった加齢黄斑変性患者に対する光感受性物質ベルテポルフィンによる光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)の有効性と安全性を評価するために,国内で実施された第Ⅲ相試験である.ベルテポルフィンは加齢黄斑変性の中心窩下脈絡膜新生血管による深刻な視覚喪失のリスクを軽減するとされている.欧米では1998年からTreat-mentofAge-relatedMacularDegenerationwithPho-todynamicTherapy(TAP)Studyが行われ1,2),ベルテポルフィンによるPDTが承認された.日本では,2000年になって臨床への適応のために,TAPStudyに従いJATスタディが行われた.JATスタディでは全症例を治療対象としているのに対し,TAPStudyでは治療群と対照群に分けて比較検討している〔TAPStudyでは609例をPDT群と対照群が2:1(PDT群が402例,対照群が207例)になるように振り分けた〕点が相違点である.本稿では,JATスタディを中心に解説し,TAPStudyとの比較をし,2008年に発表されたPDTガイドラインについても触れていくことにする.IJATスタディの概略JATスタディは国内5施設にて行われた他施設オープン試験で,2000年5月から12月までをエントリー期(51)51aaiainiaaiti::522192特集●わかりやすい眼科疫学あたらしい眼科26(1):5155,2009ClinicalTrial:JATスタディClinicalTrial:JapaneseAge-RelatedMacularDegenerationTrial柿木雅志*大路正人*———————————————————————-Page252あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(52)疑わしいものが1例(2%),認められなかったものが12例(19%),分類不能が1例(2%)であった.病変の大きさはMacularPhotocoagulationStudyグループによって定められた病変サイズの単位(MPSDA)で,3MPSDA未満が36例56%,3以上6MPSDA未満が21例(33%),9MPSDA以上が1例(2%),分類不能が2例(3%)であった.病変の最大直径(greatestlin-eardimension:GLD)は平均3,228.5μmであった.III結果12カ月間経過観察できた症例は64例中61例(95%)であった.1.最高矯正視力最高矯正視力の平均視力はベースライン時の50.8文字から12カ月後に53.8文字に増加していた.最高矯正視力の中間値では,ベースライン時の50.0文字から12カ月後では56.5文字に増加していた.PDT治療1週間後に文字数の増加がみられ,12カ月間維持していた(図1).TAPStudyでは,12カ月でベースラインからの最高矯正視力の平均視力の低下はPDT群が11.2文字,対照群が17.4文字であった.24カ月ではPDT群13.4文字,対照群で19.6文字の低下を示していた(図2).JATスタディでは視力の改善を認めていた.一方,主要な評価項目はつぎに示すとおりである.①最高矯正視力による視力の変化をEarlyTreat-mentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)チャートを用いて測定し,最高矯正視力のベースラインからの平均変化を求め,観察時期ごとに視力の平均,中央値,標準偏差,最小値,最大値を集計する.②PhotographReadingCenterの評定システムに従い,対象眼のclassicCNVおよびoccultCNVの割合を求め,観察時期ごとに集計する.③PhotographReadingCenterの評定システムに従ったCNV病変サイズの推移.II患者背景とベースライン特性64例の内訳は男性45例(70.3%),女性19例(29.7%)で平均年齢70歳.喫煙者の割合は45例(70%)であった.視力の平均はETDRSチャートで50.8文字(少数視力で約0.2).CNVの位置は,中心窩下にあるものが46例(71.9%),中心窩下の可能性があるものが11例(17.2%),中心窩下以外が6例(9.4%),分類不能が1例(1.6%)であった.全病変におけるclassicCNVの割合は,50%以上を占めるものが16例(25%),50%以下が34例(53%),classicCNVの存在が疑わしいものが5例(8%),認められなかったものが9例(14%)であった.OccultCNVが認められたものは50例(78%),(文字数)60(20/64)(20/80)50.850.054.056.553.852.6(20/100)(20/125)555045視力の平均値および中間値ベースライン1週3カ月フォローアップ期間6カ月9カ月12カ月:平均値:中間値図1JAT研究にみる視力の推移〔JapaneseAge-RelatedMacularDegenerationTrial(AJO,2003),p.1053,Figure1より改変〕13.412.81312.611.29.58.75.8019.619.217.818.317.415.513.19.7272421181512963003691215182124:ベルテポルフィン(n402):対照(n207)p0.001*(文字数)ベースラインからの視力変化フローップ期間(月)図2TAPStudyにみる視力の推移*:24カ月後の治療群間の共分散分析による有意差検定.検定は補正した平均値について実施(図は補正していない平均値を表示).(ノバルティス株式会社社内資料より)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,200953(53)ベースラインで36例(56%)であったが,治療後6カ月では39例(61%),12カ月で41例(64%)であり,経過観察期間中CNV病変サイズの縮小効果が認められた(図3).TAPStudyではCNV病変サイズが3MPSDA以下であった症例数はベースラインでPDT群140例(35%),対照群68例(33%)であったが,12カ月でPDT群では15%,対照群では5%,24カ月ではPDT群で12%,対照群で5%であった.PDT群は対照群に対し,CNV病変サイズの増大を抑制していた.IV副作用経過観察した64例のうち,副作用を認めたのは27例(42.2%)で治療と関係があると考えられた副作用発現件数は59件であった.全身性の副作用で重篤なものは,心筋梗塞1例(2%),脳梗塞1例(2%),大動脈瘤1例(2%)であった.対照眼の副作用のうちおもなものは,網膜下出血1例(2%),変視症や霧視などの視覚異常3例(5%),眼痛2例(3%),重篤な視力低下2例(3%)であった.死亡例はなかった.TAPStudyでは対照群との比較において視力低下に対する抑制効果が認められていた.最高矯正視力の検討では,欧米人に比べ,日本人にはPDTが効果的であった.2.治療回数PDT初回治療から9カ月後までに受けた治療回数の平均は2.8回であった.3.病変サイズの変化経過観察期間中classicCNVの進展が認められた症例は治療後1週間で1例(2%),3カ月で9例(14%),6カ月で13例(20%),9カ月で12例(19%),12カ月で12例(19%)であった.CNVの進展が認められた症例の割合は治療6カ月後からはほぼ安定しており,classicCNVの進展に対する抑制効果が認められた.4.CNV閉塞効果CNV閉鎖グレードの推移において,classicCNVではベースラインで55例(86%)に蛍光漏出を認めたが,治療後に蛍光漏出を認めないものが6カ月後で30例(47%),12カ月後で32例(50%)であった.OccultCNVではベースラインで51例(79.7%)に蛍光漏出を認めたが,治療後に蛍光漏出を認めないものが6カ月後で38例(59%),12カ月後で49例(77%)であった.日本人に対するPDTではclassicCNVおよび,occultCNVの完全閉塞症例の増加を認めていた.TAPStudyでは,classicCNVで24カ月後に進展を認めたものが,PDT群で93例(23%),対照群で111例(53.6%).完全閉塞したものが,PDT群で206例(51%),対照群で59例(29%)であった.また,occultCNVで24カ月後に進展を認めたものが,PDT群で149例(37%),対照群で105例(51%).完全閉塞したものが,PDT群で196例(49%),対照群で84例(41%)であった.西欧人における検討でもclassicCNVおよびoccultCNVでの検討で,PDT群は対照群に比べて有意にCNV閉塞効果が認められていた.5.CNV病変サイズCNV病変サイズが3MPSDA以下であった症例数はベースライン患者の比(%)6カ月12カ月70605040302010056336236125923642862n=36n=21n=4n=1n=2n=38n=16n=6n=1n=2n=41n=18n=3n=1n=12:<3MPSDA:>3to<6MPSDA:>6to<9MPSDA:>9MPSDA:分類不能図3JATスタディにみるCNV病変サイズの変化〔JapaneseAge-RelatedMacularDegenerationTrial(AJO,2003),p.1057,Figure5より改変〕———————————————————————-Page454あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(54)24カ月では2.2回であった.日本人に対するPDT施行回数は12カ月から24カ月にかけては,欧米人と比べて少なくなっていることは興味深いことである.VIPDTガイドライン欧米においてはすでに2002年にCNVを伴う加齢黄斑変性に対するベルテポルフィン療法ガイドラインが公表され4),2005年に改訂されている5).わが国ではJATスタディによりPDTの安全性と有効性が示され,2004年からは加齢黄斑変性の治療として多施設で開始された.さまざまな検討から,日本人の加齢黄斑変性にはポリープ状脈絡膜血管症(PCV)が多いことがわかってきたが,欧米のガイドラインではPCVは考慮されていなVExtendStudy2008年に,JATStudyGroupから,追跡調査の結果が発表された3).JATスタディで対象となった64例中,24カ月後まで経過観察が可能であった症例数は46例(90%)であった.ベースラインの視力は50.8文字であったが,24カ月では54.0文字で,最高矯正視力の改善を認めている.12カ月間経過観察できた51例におけるPDT施行回数は平均3.0回であったが,24カ月間経過観察できた46例における12カ月から24カ月の間のPDTの施行回数は0.9回となっている.一方,TAPStudyでは最初の12カ月では3.4回であったのに対し,12カ月から0.180.190.180.20.180.140.150.150.130.130.130.120.110.110.120.010.11ベースライン3カ月6カ月9カ月12カ月:OccultwithnoclassicCNV:PredominantlyclassicCNV:MinimallyclassicCNV少数視力図5PDTガイドラインによる平均視力の推移〔GuidelinesforPDTinJapan(Ophthalmology,2008),p.585e2,Figure1より改変〕:PCVあり:PCVなし1.00.10.01小数視力ベースライン3カ月6カ月9カ月12カ月0.150.140.170.140.180.140.180.140.190.14p=0.045p=0.015p=0.026p=0.004図6PCV所見の有無による平均視力の推移〔GuidelinesforPDTinJapan(Ophthalmology,2008),p585e2,Figure1より改変〕病変タイプ1,800μm以下1,8005,400μm5,400μm0.5よりも0.1以上0.5以下0.1未満病変サイズ(GLD)視力中心窩下PredominantlyclassicCNV,minimallyclassicCNVoroccultwithnoclassicCNVなしあり病変の位置PCVPDTを強く推PDTを推タリング図4PDTガイドライン〔GuidelinesforPDTinJapan(Ophthalmo-logy,2008),p.585e6,Figure7より改変〕———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,200955(55)2)TreatmentofAge-relatedMacularDegenerationwithPhotodynamicTherapy(TAP)StudyGroup:Photody-namictherapyofsubfovealchoroidalneovascularizationinage-relatedmaculardegenerationwithverteporn.Two-yearresultsof2randomizedclinicaltrials─TAPreport2.ArchOphthalmol119:198-207,20013)JapaneseAge-RelatedMacularDegenerationTrial(JAT)StudyGroup:PhotodynamictherapywithverteporninJapanesepatientswithsubfovealchoroidalneovasculariza-tionsecondarytoage-relatedmaculardegeneration(AMD):resultsoftheJapaneseAMDTrial(JAT)exten-sion.JpnJOphthalmol52:99-107,20084)VertepornRoundtable2000and2001Participants,Treat-mentofAge-RelatedMacularDegenerationwithPhoto-dynamicTherapy(TAP)StudyGroupPrincipalInvestiga-tors,VerteporninPhotodynamicTherapy(VIP)StudyGroupPrincipalInvestigators:Guidelinesforusingverteporn(Visudyne)inphotodynamictherapytotreatchoroidalneovascularizationduetoage-relatedmaculardegenerationandothercauses.Retina22:6-18,20025)VertepornRoundtableParticipants:Guidelinesforusingverteporn(Visudyne)inphotodynamictherapyforchor-oidalneovascularizationduetoage-relatedmaculardegenerationandothercauses:update.Retina25:119-134,20056)TanoY:GuidelinesforPDTinJapan.Ophthalmology115:585-585.e6,2008い.そのため,日本眼科PDT研究会は,日本独自のガイドラインの作成を行うために国内13施設でベルテポルフィン市販後調査を行った.12カ月間経過観察を行えた469例471眼を対象とした膨大なデータの分析や詳しい検討をもとに,2008年になってわが国独自のPDTガイドラインが発表された6)(図4).471眼における病変タイプ別の視力維持効果では,occultwithnoclassicCNV,predominantlyclassicCNV,minimallyclassicCNV,すべての病変で12カ月間にわたって視力が維持されていた(図5).また,PCV症例ではベースラインと比べて,視力が改善しており,PCVのない症例に比べて視力が有意に改善していた(図6).今後,PDTガイドラインは,PDTをより安全で適切に施行するための指標となることであろう.文献1)TreatmentofAge-relatedMacularDegenerationwithPhotodynamicTherapy(TAP)StudyGroup:Photody-namictherapyofsubfovealchoroidalneovascularizationinage-relatedmaculardegenerationwithverteporn.One-yearresultsof2randomizedclinicaltrials─TAPreport1.ArchOphthalmol117:1329-1345,1999

観察研究(横断研究):久米島スタディ

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLS平均値は14.4mmHg,さらに眼底写真の結果と視野検査の結果を複数の緑内障専門医により別個に判定することでその診断の信頼性を格段に向上させた.その結果は驚くべきことに正常眼圧緑内障有病率はShioseらの報告をさらに上回り,3.6%とこれまで世界的にも報告されたことがないほど高有病率であり,この結果岩瀬先生は第1回AIGSアワードを獲得する偉業を成し遂げた.つぎに,緑内障の2大病型である閉塞隅角緑内障に関してはどうであろうか.実はShioseらの報告のなかに閉塞隅角緑内障の有病率は日本全国平均で0.34%であったが,北海道ではその有病率は比較的高く0.86%で,熊本では0.12%と低有病率であった.つまり北海道では約7倍熊本より高頻度であることが示され,日本国内における地域差が示されていたのである.しかしながら多治見スタディとShioseらの全国調査では閉塞隅角緑内障の診断基準が異なっており,Shioseらの診断基準は隅角の判定ではより厳しい診断基準を用いていた(表1).すなわち,Shioseらの全国調査とYamamotoら3)の多治見スタディにおける閉塞隅角緑内障の結果は受診率と診断基準の2点で異なっており,閉塞隅角緑内障の有病率に関しての直接的な比較は困難であることが理解されると思う.実際,Shioseらの閉塞隅角緑内障の診断基準に基づいて多治見スタディの有病率を計算すると0.23%になることが報告されている.緑内障の診断基準は1998年にInternalSocietyofGeographycalandEpi-demiologicalOrganization(ISGEO)が決定しており,はじめに久米島町民眼科検診(久米島スタディ)は,多治見スタディに引き続いて沖縄県における緑内障の有病率,病型別有病率を明らかにするために行われた大規模疫学調査である.特に多治見スタディとの比較から日本国内における有病率,病型の地域差について明らかにすることが大きな目的であった.久米島スタディは緑内障学会データ解析委員会の6番目のプロジェクトとして承認され,琉球大学眼科学教室のスタッフを中心に実施された.I疫学調査の背景1.国内における緑内障有病率・病型の地域差わが国における最初の緑内障の大規模疫学調査は1989年にShioseら1)により日本全国を対象として行われ報告されている.このShioseらの報告から日本においてはとりわけ正常眼圧緑内障の有病率が高く,全緑内障有病率3.56%のうち2.04%が正常眼圧緑内障であったと報告された.しかしながら疫学調査の重要なポイントの一つである受診率は約50%にとどまったことと,眼圧は非接触型の眼圧計で測定されており,平均眼圧が13.7mmHgとそれまでの疫学調査の報告に比べ明らかに低い数値であることが問題となった.この疫学調査の結果を確認するために日本緑内障学会を主体に多治見市で2000年から2001年にかけて大規模疫学調査が行われた.この結果はIwaseら2)の努力によって受診率78.1%,Goldmann圧平眼圧計による眼圧測定により眼圧の(45)45hoichiaaguchi::9321527特集●わかりやすい眼科疫学あたらしい眼科26(1):4550,2009観察研究(断研究):久米島スタディObservationalCross-SectionalStudy:TheKumejimaStudy澤口昭一*———————————————————————-Page246あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(46)視神経乳頭の構造的な異常と視野検査の機能的な異常の双方が診断に必要であるとされた(表2).さらに,隅角閉塞の診断基準に関しては2002年にFosterらが報告している4)(表3).Shioseらの正常眼圧緑内障のわが国における有病率を確認するために行われた多治見スタディに対して,久米島スタディでは多治見スタディの閉塞隅角緑内障の有病率を再確認することになるのか,あるいはアジア系民族のようにより高い有病率になるのかを調べることが大きな目的となった.2.国際的な閉塞隅角緑内障有病率との比較緑内障の有病率には地域差,人種差があることが報告されている.白人,黒人では一般的に原発開放隅角緑内障の有病率が高く,正常眼圧緑内障や閉塞隅角緑内障の有病率は低いことが報告されてきた.それに対してわが表3Classicationofprimaryangleclosure(PAC)―閉塞隅角症の分類―(1)閉塞隅角眼(Occludable-angle,閉塞隅角症疑い):Primaryangle-closuresuspect(PACS)機能的な隅角閉塞の可能性がある場合(下段参照)(2)閉塞隅角症:Primaryangle-closure(PAC)上記に加え,隅角閉塞の所見が認められるもので1.周辺虹彩前癒着,2.眼圧上昇,3.急性発作の所見(虹彩萎縮,glaukom-ecken,線維柱帯の過剰な色素沈着),しかし視神経乳頭は緑内障ではない(3)閉塞隅角緑内障:Primaryangle-closureglaucoma(PACG)PACに緑内障の診断を伴った場合疫学調査では暗室,正面視の細いスリット光による隅角鏡検査で線維柱帯色素帯が270°以上観察できない場合を閉塞隅角眼としている.しかしこの定義は完全なものではなく,長期的研究による評価が必要である.この定義に基づいたより多くの臨床的な証拠の積み重ねが現時点での最も重要な課題である.(文献4より)表1日本における緑内障疫学調査(Shioseら,Yamamotoら)の閉塞隅角緑内障の診断基準Shioseらの閉塞隅角緑内障の診断基準スクリーニング:非接触型眼圧計で18mmHg以上かつ細隙灯顕微鏡検査でvanHerick分類で狭い症例隅角の確定診断:隅角鏡検査でShaer分類でGrade0,1とスリット状(ShaerGrade2以上は開放隅角と定義)眼圧はGoldmann眼圧計で21mmHg以上視神経乳頭異常および視野異常は必須ではないYamamotoらの閉塞隅角緑内障の診断基準スクリーニング:視力不良,Goldmann眼圧計で眼圧19mmHg以上,乳頭異常など隅角はvanHerick法2度以下隅角の確定診断:隅角鏡で線維柱帯色素帯が3象限以上見えない視神経乳頭と視野の緑内障性の異常表2Thediagnosisofglaucomaincrosssectionalprevalencesurveys(Thediagnosisismadeaccordingtothreelevelsofevidence)―横断的疫学調査における緑内障診断基準:緑内障の診断は3段階の基準で決定される―カテゴリー1による診断:乳頭形態と機能の両方の異常が必須形態の異常:陥凹/乳頭比あるいはその左右差が正常人口における97.5%をはずれる(おおむね垂直C/D比が0.7以上).乳頭リムが11時-1時,5時-7時で乳頭径の0.1以下.機能の異常:緑内障による明らかな視野異常が存在するカテゴリー2による診断:明らかに進行した乳頭形態異常を示すが視野異常は必須でない形態の異常:陥凹/乳頭比あるいはその左右差が正常人口における99.5%をはずれる(おおむね垂直C/D比が0.9以上)場合.機能の異常:視野検査の有無や信頼性によらず,乳頭形態異常から緑内障と診断される.カテゴリー1,2の診断では陥凹/乳頭比が他の(眼)疾患で生じないことが必須である.たとえば元々異常な乳頭形態や著しい不同視眼,あるいは視野障害が網膜血管障害によるもの,黄斑部変性,脳血管障害などによる場合は除かれる.カテゴリー3による診断:視神経乳頭が観察不能,視野検査不能視神経乳頭の検査が不可能の場合:A.視力が0.05未満かつ眼圧が人口の99.5%を超える場合,あるいはB.視力が0.05未満でかつ濾過手術が施行されている,または緑内障による視機能障害が緑内障によることを証明できるカルテなどの記録がある(文献4より)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,200947(47)の離島のなかでは比較的距離的に近いことから,疫学調査の対象地として適していると考えられた.このため1990年には小規模ながら町民の眼科検査が琉球大学眼科学教室主催で行われており,その結果は明らかに本土の対象者に比べ前房深度が浅く,眼軸長が短いことが報告されていた9).さらに,少数ながら2名が眼圧21mmHg以上の閉塞隅角緑内障と診断された(有病率に直すと約0.8%)10).これらの事情をふまえて日本緑内障学会主催による大規模緑内障疫学調査,特に閉塞隅角緑内障を中心とした検診が開始されることとなった.II久米島における疫学調査の概要(図1)1.調査期間2005年5月から2006年8月末まで長期間にわたり,検診などの調査業務は公立久米島病院を中心に行われた.久米島町は石垣島とは異なり,日本本土からの移住者が少なく,沖縄を中心とした南西諸島のもともとの住民がほとんどであり,人口は約9,000人であり対象となる40歳以降の人口は5,000人程度と疫学調査として適した人口規模でもあった.久米島は面積約60平方km(淡路島の1/10)の小さな島で島内を車で一周しても1時間もかからず,このため検査,調査は公立久米島病院を中心に行うことができたため,多治見スタディのような巡回診療は不要であった.そのため多治見のように検査機器の移動やそれに伴う多数のマンパワーは不要であった.それでも検診期間中は眼科医5名,視能訓練士を含めた検査員5名,ボランティア3名,町職員3名,病院職員2名の,総勢で約20名のスタッフで診療,検査を行った.検診は毎週末の土曜日と日曜日の2日間にわたって行われた.また町民への啓蒙活動を行うために毎週23カ所の地域の公民館に町職員と一緒にパワーポイントを使って講演会を行い,検診への参加を呼びかけた.2.検査:一般(スクリーニング)検査眼科検査は多治見スタディとほぼ同様であり,まず簡単に検査の目的や検査によるメリット,デメリットをビデオを用いて供覧した.ついでインフォームド・コンセントを得,同意を得られた住民に承諾のサインを頂い国ではShiose,Iwaseらの疫学調査から正常眼圧緑内障の有病率がきわめて高く,全緑内障の過半数以上がこのタイプの緑内障であったことが報告された.では閉塞隅角緑内障の有病率はどうであろうか5).閉塞隅角緑内障はイヌイットで高有病率であり,2%以上を超える報告が相ついでいる.また東南アジア系民族は中等度から高頻度であり,おおむね1%を超える報告が多い.わが国では前述のShioseらの報告では0.34%であり,一方,新しい最近の診断基準に準拠したYamamotoらの報告では0.6%であった.疫学調査では診断基準の変更や新しい診断機器の進歩がその有病率に影響を与えるため,閉塞隅角緑内障の有病率に関しても多治見スタディと同様の診断基準に基づく比較検討が国際的な評価のために必要とされた.3.沖縄県久米島で疫学調査を行う理由日本民族は比較的単一な民族であるとされている.しかしながらそのルーツは12,000年以上前の最後の氷河期,大陸と陸続きのころに大陸から移動してきたいわゆる縄文系文化と,20003000年以上前に農耕文明とともに大陸から渡ってきた弥生系文化の2つの文化・民族の混血であることが知られている.そのなかでは,沖縄県では比較的縄文系が,一方,本土では弥生系が色濃いことが報告されており6),この違いが日本の各地域における緑内障の有病率や病型に影響を与えているかどうかは興味深い点の一つである.以前から沖縄県は閉塞隅角緑内障の有病率が高いことが知られていたが,報告はいわゆるホスピタルベースのものであり7),疫学調査(新しい診断基準)に基づいた真の有病率は報告されていない.閉塞隅角緑内障の治療に関しては予防的なレーザー虹彩切開術の普及によりその有病率(特に急性発症の閉塞隅角緑内障)が影響を受けていることは想像に難くない.このような治療法の普及にもかかわらず,沖縄県では急性閉塞隅角緑内障が年間で推計約170症例が発症していることから,いまだに本土に比べて閉塞隅角緑内障の有病率はかなり高率であることが窺われていた8).久米島は沖縄県の有人離島であり,眼科医が常駐せず,レーザーを含めた治療に関しても十分普及しているとは言い難く,その一方でコミューター航空で30分と沖縄———————————————————————-Page448あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(48)3.特殊検査狭隅角(閉塞隅角)眼が多いことが予測されていたため,疫学調査としては初めて住民10%をランダムサンプリングで抽出し,超音波生体顕微鏡検査(UBM)を行った.細隙灯顕微鏡検査で狭隅角の指標であるvanHerick法で1度以下と隅角鏡検査でShaer分類1度以下の症例は全例UBMを行った.た.検診票問診,血圧,体重,身長などを病院職員,町役場職員に行ってもらってから眼科検査を開始した.まず非接触検査として多治見スタディと同様に屈折検査,視力検査,FDT(frequencydoublingtechnology)視野検査,眼底写真撮影を行った.追加検査として参加者全員にIOLマスターによる眼の生体計測を行った.さらに,走査型周辺前房深度測定(SPAC)も全例に行っている.つぎに診察室で細隙灯顕微鏡検査,Goldmann圧平眼圧測定,さらに全例の隅角鏡検査を行った.写真①写真④写真⑤写真⑥写真②写真③図1公立久米島病院内での検診の様子写真①②③④:検診風景.簡単な身体検査と基本的な眼科検査.写真⑤⑥:検診風景.UBM検査と前眼部検査.〔銀海200号(2007年10月号)より〕———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,200949(49)閉塞隅角の判断はFosterらの判定基準に準拠した(表3).IV結果検診参加者は40歳以上の全島民4,672名中3,652名で,81.2%の参加率となった.多治見スタディの78.1%とほぼ同等の国際的にも高い値(受診率)であった.全緑内障の有病率は7%強であり,多治見スタディの5%を大幅に上回ることが判明した.興味深いことに開放隅角緑内障の有病率は多治見スタディとほぼ同様で4%弱であった.すなわち,久米島(沖縄)では緑内障の高有病率のうち,閉塞隅角緑内障と外傷などの続発緑内障が多治見スタディとの大きな違いであることが明らかとなった.今後,生体計測の結果など閉塞隅角緑内障関連の多くのデータが発信できるものと考えている.まとめ日本における閉塞隅角緑内障の有病率を新しい診断基準に準拠して,その地域差を多治見スタディと比較することで確認しようとする久米島スタディは,一方で,閉塞隅角緑内障の病態解明への可能性を含む研究となるものと考えている.走査型周辺前房深度計(SPAC)による膨大な数の閉塞隅角緑内障予備軍の存在(20%以上),参加者全員の生体計測の結果,などから今後は逆に本土における同様の調査を行い,そのデータを比較検討することで閉塞隅角緑内障のルーツを人類学的にたどることが可能となるかもしれない.久米島スタディで得た多くのデータが閉塞隅角緑内障の神秘のベールをがしてくれるかもしれない.文献1)ShioseY,KitazawaY,TsukaharaSetal:EpidemiologyofglaucomainJapan─Anationwideglaucomasurvey─.JpnJOphthalmol35:133-155,19912)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofpri-mary-openangleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20043)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:Prevalenceofpri-maryangleclosureandsecondaryglaucomainaJapanesepopulation.TheTajimiStudyreport2.Ophthalmology112:1661-1669,2005III診断のプロセス1.異常者のスクリーニング撮影された眼底写真を3名の緑内障専門医(緑内障学会評議員,理事:SS,AI,GT)が読影し,視神経乳頭や眼底に異常を検出した場合,二次検診(確定検査)対象者とされた.また視力不良例,vanHerick法2度以下の狭隅角の受診者も全例が二次検診対象者とされた.他にFDTで異常が検出された受診者も二次検査対象者となった.この結果,全参加者の約70%が再検査対象者となり,そのなかの93%が再受診し再検査(確定検査)を行った.2.確定のための検査確定検査は,(1)Humphrey24-2SITAstandard,(2)可能な場合は散瞳眼底検査の2項目を行い,検査を終了した.異常者については再度,細隙灯顕微鏡検査,視力不良例は視力検査を行った.3.緑内障診断の確定確定検査が半ばにさしかかった2005年の秋以降に緑内障学会理事の3名(MA,HA,TY)による確定診断のための判定会議が行われた.それぞれが別個にスクリーニングで異常と判定された眼底写真を読影した.判定一致群と不一致群に分類し,不一致群や判定困難症例ではさらに理事1名(SS),評議員2名(AI,AT)を加えた6名で視神経乳頭の最終判定を行った.眼底写真(立体で撮影されている)から多治見スタディの緑内障判定基準を基に診断,分類を行った.3名(MA,HA,TY)の判定が一致しているものは最終的に視野検査のデータと一致したものはそこで最終確定診断とされ,一致しないもの,判定が困難なものは6名のコンセンサスをもって診断とした.4.緑内障病型の確定緑内障あるいは緑内障疑いと診断された症例は最終的に隅角鏡所見と問診票,検査データなどから開放隅角緑内障あるいは閉塞隅角緑内障,さらに続発緑内障あるいは分類不能緑内障にそれぞれ分類された.隅角鏡による———————————————————————-Page650あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(50)内障診療の実態.眼紀32:208-213,19818)仲村優子,石川修作,仲村佳巳ほか:沖縄県における急性閉塞隅角緑内障の発症頻度.あたらしい眼科17:683-686,20009)鯉淵浩,早川和久,上原健ほか:沖縄県久米島住民の前眼部生体計測.日眼会誌97:1185-1192,199310)鯉淵浩,山上淳吉,松村哲ほか:久米島の緑内障検診.日本の眼科63:1231-1235,19924)FosterP,BuhrmannR,QuigleyHAetal:Thedenitionandclassicationofglaucomainprevalencesurveys.BrJOphthalmol86:238-242,20025)澤口昭一:日本人と原発閉塞隅角緑内障:PACGの人種差,地域差.あたらしい眼科24:987-992,20076)HammerMF,KarafetTM,ParkHetal:DualoriginsoftheJapanese:commongroundforhunter-gathererandfarmerYchromosomes.JHumGenet51:47-58,20067)福田雅俊,山田義一,佐和田輝子ほか:沖縄県における緑

観察研究(横断・コホート研究):舟形町スタディ

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLS回調査)では,35歳以上の舟形町の全住民4,160人のうち,重度の身体障害や入院中により受診が困難な人,すでに糖尿病の診断を受けている人を除いた3,676人を検診の対象とした.そのうちの53.3%にあたる1,961人が全体検診に参加した.検診参加率は60歳代から70歳代にかけて高く,35歳から49歳にかけて低い傾向が認められた.女性は検診の対象の57.6%が参加し,男性は検診の対象の51.5%が参加した.さらにそのうちの1,786人(対象者の48.6%)が眼科検診に参加した.2.検査方法初回調査における検診は眼底写真撮影をもとに行った.眼底写真の撮影には画角45°の無散瞳眼底カメラをI舟形町スタディとは?山形県舟形町は山形県北部の農業をおもな産業とする人口6,781人(男性3,324人,女性3,457人)(平成17年)の町である.舟形町スタディは1989年に厚生省糖尿病疫学研究班が設けられたときに当時の山形大学第3内科がその活動に参加し,1990年から舟形町の協力のもとに75gブドウ糖負荷試験を含めた糖尿病検診を実施したことが始まりである.今までに,舟形町スタディの成果として糖尿病以前の耐糖能異常(impairedglu-cosetolerance:IGT)であっても心血管系疾患のリスクが高まること1)や,血清アディポネクチン濃度の低値が2型糖尿病の発症の危険因子であること2)などを報告し,糖尿病の疫学研究として続けられている.2000年より糖尿病検診に加えて,35歳以上の山形県舟形町の全住民を対象とした眼科検診を開始した.眼科の初回調査は2000年から2002年にかけて実施し,その5年後の2005年から2007年にかけて追跡調査を実施した.本稿では,2000年から2002年において行われた舟形町検診の概要とその検診データを用いた横断研究の結果について紹介する.II舟形町検診の概要1.対象(図1)2000年から2002年にかけて実施した舟形町検診(初(39)391seanabe:形形2oaasai:形entreoreesearchstralianiersitoelborne3Hidetoshiaashita:形:9909585形222形特集●わかりやすい眼科疫学あたらしい眼科26(1):3944,2009観研究(横断・コート研究):舟形町スタディObservationalCross-SectionalandCohortStudy:TheFunagataStudy田邉祐資*1川崎良*2山下英俊*31舟形町検診初回調査の流れ山形舟形町のの,高齢の診,すに糖尿病の診断けている舟形町検診診対象舟形町検診診診率———————————————————————-Page240あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(40)sclerosisRiskinCommunitiesStudyのために米国ウィスコンシン大学が開発した専用の解析ソフトを用いた8).この方法は網膜細動脈,網膜細静脈径を測定し,それをもとに理論式で推定網膜動脈径(centralretinalarteriolarequivalent:CRAE),推定網膜静脈径(cen-tralretinalvenularequivalent:CRVE)を推定するものである.さらにCRAEをCRVEで割り,A/Vratio(AVR)として要約したものも解析に用いた8).c.加齢黄斑変性BMESで使用されているWisconsinAge-RelatedMaculopthyGradingSystem3,7)の変法に従って,早期および晩期加齢黄斑変性の判定を行った.早期加齢黄斑変性は,(1)indistinctsoftdrusenあるいはreticulardrusenがある場合,(2)distinctsoftdrusenとretinalpigmentepithelium(RPE)abnormalitiesが同時に存在する場合と定義した.晩期加齢黄斑変性は,(1)neovascularAMD(RPEdetachment,subretinal/sub-RPEhemorrhage,epiretinal/intraretinal/subretinal/sub-RPEscartissueのいずれかを認める場合),あるいは(2)geographicatrophyと定義した.d.黄斑上膜黄斑上膜の判定にはBeaverDamEyeStudy9,10)で採用された定義を用い,基準写真をもとに軽症のcello-phanemacularreexと重症のpreretinalmacularbrosisの2つに分けて判定した.e.網膜静脈閉塞症その他に網膜静脈閉塞症の有無についても判定を行った.判定は判定員と網膜専門眼科医により網膜静脈閉塞症の病変,あるいはレーザー治療などの治療痕跡の有無について判定した.III横断研究の結果1.糖尿病型,境界型,正常型における網膜症の有病率と網膜症の危険因子まず糖代謝異常の判定は75gブドウ糖負荷試験の結果をもとにWorldHealthOrganizationの基準(表1)11)に従って判定を行った.その結果,糖尿病網膜症は糖尿病有病者の23.0%に認められた.一方で非糖尿病者に使用した.視神経乳頭と黄斑の中間を中心とした眼底写真を撮影し,網膜疾患を中心に判定を行った.初回調査における検診では片眼(おもに右眼)のみの撮影を行った.3.眼底写真の判定方法眼底写真に基づく網膜病変や網膜血管病変の判定は,判定者の主観に基づくため判定者によって診断誤差が出る可能性がある.海外の疫学研究では専門の判定施設を設置し,再現性や判定員同士の一致率を高く保つという方法が一般的になっている.筆者らは当初から舟形町スタディの結果をそのような判定施設を利用した国外の疫学研究のものと比較したいと考えていた.そこで眼底写真の判定にあたって,オーストラリアBlueMountainsEyeStudy(BMES)の判定を行ったシドニー大学Cen-treforVisionResearchとの国際共同研究として行った.シドニー大学CentreforVisionResearchには疫学研究の眼底写真判定を専門に行う設備と専任スタッフがおり,判定基準,判定方法,その再現性などを標準化した方法に従って眼底病変判定を行っている3).以下に判定を行った病変の判定方法,判定基準について示す.a.糖尿病網膜症およびその他の網膜症糖尿病網膜症およびその他の網膜症の判定には基準写真としてEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy4)で定義されたものを基に画角45°非ステレオ写真で使用できるようにした変法を用いた.そのため網膜症の判定スケールにはMulti-EthnicStudyofAthero-sclerosis5)で使用されているものと同様のものを用いた.b.網膜細動脈硬化所見・高血圧所見局所性網膜動脈狭細化,動静脈交叉現象,血柱反射亢進の判定には,基準写真としてModiedAirlieHouseClassicationofDiabeticRetinopathy6)とWisconsinAge-RelatedMaculopathyGradingSystem7)の基準写真から網膜疾患専門医が選んだ写真を基準にして判定を行った.判定は軽症,中等症,重症の3段階で判定した.網膜血管のびまん性狭細の評価指標として網膜血管径の定量測定を行った.網膜血管径の測定には,Athero———————————————————————–Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,200941(41)いた(オッズ比:1.63,95%信頼区間:1.072.49)が,IFGでは同様の関連は認められなかった.さらに,空腹時血糖値,負荷2時間後血糖値それぞれと網膜症の有病率について検討を行ったところ,負荷2時間後血糖値が140mg/dl(7.8mmol/l)より高いと網膜症の有病率が有おいても網膜症は認められ,網膜症の有病率は糖代謝正常者で7.7%,空腹時血糖異常(impairedfastingglu-cose:IFG)で10.3%,IGTで14.6%であった.非糖尿病者における網膜症との関連を表2に示した.IGTでは糖代謝正常者より網膜症の有病率が有意に高くなって表1WorldHealthOrganizationの定義による糖代謝異常の判定75gブドウ糖負荷試験結果糖代謝正常空腹時血糖が110mg/dl(6.1mmol/l)未満かつ負荷2時間後血糖が140mg/dl(7.8mmol/l)未満Impairedfastingglucose(IFG)空腹時血糖が110mg/dl(6.1mmol/l)以上126mg/dl(7.0mmol/l)未満かつ負荷2時間後血糖が140mg/dl(7.8mmol/l)未満Impairedglucosetolerance(IGT)空腹時血糖が126mg/dl(7.0mmol/l)未満かつ負荷2時間後血糖が140mg/dl(7.8mmol/l)以上200mg/dl(11.1mmol/l)未満糖尿病空腹時血糖が126mg/dl(7.0mmol/l)以上もしくは負荷2時間後血糖が200mg/dl(7.8mmol/l)以上(文献11より一部改変)表2糖代謝異常と網膜症の関連該当者数網膜症眼数(%)年齢調整後オッズ比(95%信頼区間)多因子調整後†オッズ比(95%信頼区間)糖代謝判定糖代謝正常1,17690(7.7)1.00()1.00()Impairedfastingglucose(IFG)394(10.3)1.26(0.433.63)1.23(0.423.58)Impairedglucosetolerance(IGT)26739(14.6)1.76(1.172.66)*1.63(1.072.49)*空腹時血糖(mmol/l)<6.11,453133(9.2)1.00()1.00()6.16.910213(12.8)1.28(0.702.38)1.17(0.622.20)負荷2時間後血糖(mmol/l)<7.81,21895(7.8)1.00()1.00()7.811.127341(15.0)1.79(1.202.67)*1.66(1.102.50)**:p<0.05.†:年齢,性別,高血圧,喫煙,bodymassindexで調整.(文献12より一部改変)表3網膜血管径変化と心血管疾患危険因子との関連‡項目局所性網膜動脈狭細化動静脈交叉現象血柱反射亢進網膜症平均値所見有/無オッズ比(95%信頼区間)平均値所見有/無オッズ比(95%信頼区間)平均値所見有/無オッズ比(95%信頼区間)平均値所見有/無オッズ比95%信頼区間)年齢(歳)65.2/58.91.04(1.021.07)*62.3/59.11.02(1.011.03)*62.8/58.81.03(1.021.04)*64.1/59.11.04(1.021.05)*Bodymassindex24.0/23.61.01(0.951.08)23.8/23.61.00(0.961.05)24.0/23.61.02(0.981.06)24.3/23.61.05(1.001.11)*MABP(10mmHg)†98.1/92.21.42(1.171.73)*96.0/92.01.34(1.171.54)*95.2/92.01.21(1.071.37)*94.7/92.31.09(0.921.29)有所見率(%)オッズ比(95%信頼区間)有所見率(%)オッズ比(95%信頼区間)有所見率(%)オッズ比(95%信頼区間)有所見率(%)オッズ比(95%信頼区間)糖代謝異常/正常7.3/6.70.77(0.461.30)15.9/15.00.85(0.591.22)21.9/17.91.04(0.751.43)14.1/7.71.53(1.022.30)*女性/男性8.5/4.62.00(1.193.37)*14.7/15.81.06(0.751.48)19.4/17.81.34(0.971.83)8.6/9.51.00(0.661.51)喫煙者/非喫煙者3.6/7.50.92(0.431.99)15.8/15.01.25(0.821.92)18.5/18.81.39(0.932.07)8.9/9.01.25(0.742.14)*:p<0.05.†:MABP(meanarteriolarbloodpressure)=0.33×収縮期血圧+0.67×拡張期血圧.‡:年齢,性別,MABP,bodymassindex,喫煙,糖代謝異常で調整.(文献13より一部改変)———————————————————————-Page442あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(42)満がある場合も,網膜症の有病率が有意に高くなっていた(オッズ比:1.61,95%信頼区間:1.032.50)15).2.網膜細動脈硬化所見の有病率と危険因子非糖尿病者における局所性網膜動脈狭細化,動静脈交叉現象,血柱反射亢進の有病率はそれぞれ6.8%,15.2%,18.7%であった.非糖尿病者における網膜細動脈硬化所見と心血管系リスク因子の関連について表3に示した.局所性網膜動脈狭細化,動静脈交叉現象,血柱反射亢進いずれの所見も,加齢,血圧上昇に伴って有病率が有意に上昇していた.局所性網膜動脈狭細化所見は男性よりも女性に多く認められていた13).網膜細動脈硬化所見はメタボリックシンドロームそのものとは有意な関連は認めなかった(表5).しかしながら,メタボリックシンドロームの構成要素別でみると,意に高かった(オッズ比:1.66,95%信頼区間:1.102.50).この結果から,空腹時血糖値よりも負荷2時間後血糖値のほうがより網膜症と強く関連していると考えられた12).非糖尿病者における心血管系リスク因子と網膜症との関連(表3)についても検討を行った.加齢およびbodymassindex(BMI)の増加に伴って網膜症の有病率が有意に増加していた.一方,血圧値および高血圧症の状態と網膜症には有意な関連が認められなかった13).さらにInternationalDiabetesFederation(IDF)の日本人向けのメタボリックシンドロームの定義(表4)14)およびその構成要素と網膜症の有病率についても検討を行った(表5).メタボリックシンドロームをもつ場合は網膜症の有病率が有意に高く(オッズ比:1.64,95%信頼区間:1.022.64),その構成要素の一つである中心性肥表4InternationalDiabetesFederationによるメタボリックシンドロームの定義(日本人向け)項目条件①中心性肥満腹囲径:男性85cm以上,女性90cm以上②高トリグリセリド血症1.7mmol(150mg/l)以上低HDLコレステロール血症①血中HDLコレステロール:男性1.03mmol/l(40mg/dl)未満女性1.29mmol/l(50mg/dl)未満②以前に脂質代謝異常の治療を受けたことがある高血圧①収縮期血圧:130mmHg以上,または拡張期血圧:85mmHg以上②以前に高血圧の診断・治療を受けている空腹時高血糖①空腹時血糖:5.6mmol/l(100mg/dl)以上②以前にⅡ型糖尿病の診断を受けている①+②の4項目のうち2項目該当でメタボリックシンドロームの診断.(文献14より一部改変)表5メタボリックシンドロームと網膜血管変化の関連網膜血管変化有病率(%)(メタボリックシンドローム有/無)未調整オッズ比(95%信頼区間)多因子調整後†オッズ比(95%信頼区間)局所性網膜動脈狭細化8.3/7.81.06(0.601.87)1.09(0.591.98)動静脈交叉現象21.6/15.71.48(1.012.16)*1.32(0.881.98)血柱反射亢進25.1/19.21.41(0.982.03)1.40(0.952.05)網膜症15.0/8.51.89(1.212.95)*1.64(1.022.64)*平均血管径(μm)(メタボリックシンドローム有/無)未調整平均差(μm)(95%信頼区間)多因子調整後‡平均差(μm)(95%信頼区間)CRAE177.27/178.974.35(7.780.92)*2.95(6.510.61)CRVE218.57/214.605.73(2.399.07)*4.69(1.208.19)**:p<0.05.†:年齢,性別,喫煙で調整.‡:CRAEが従属変数の場合,年齢,性別,喫煙,CRVEで調整.CRVEが従属変数の場合,年齢,性別,喫煙,CRAEで調整.CRAE:Centralretinalarteriolarequivalent,CRVE:Centralretinalvenularequivalent.(文献15より一部改変)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,200943(43)認められた(オッズ比:5.03,95%信頼区間:1.0025.47).一方,早期加齢黄斑変性と喫煙の関連は本研究では認めなかった.さらに,喫煙と晩期加齢黄斑変性の関係は男性において強く認められていた(オッズ比:6.19,95%信頼区間:1.0835.5).4.黄斑上膜の有病率と危険因子18)黄斑上膜の有病率は5.4%(軽症例:3.9%,重症例:1.5%)であった.よく知られている加齢に加え糖尿病が黄斑上膜の危険因子としてあがってきた.黄斑上膜を有するオッズは10歳年齢が増すごとに1.72倍(95%信頼区間:1.402.11)高くなった.非糖尿病者に比べて糖尿病有病者(網膜症を有していない症例)において黄斑上膜が多く認められた(オッズ比:1.84,95%信頼区間:1.013.37).5.網膜静脈閉塞症の有病率と危険因子19)網膜静脈閉塞症の有病率は0.53%(網膜中心静脈閉塞症:0.06%,網膜静脈分枝閉塞症:0.47%)であった.網膜静脈分枝閉塞症の危険因子は,18.5未満の低BMIと網膜細動脈硬化所見である局所性網膜動脈狭細化と血柱反射亢進であった.低BMIの人において網膜静脈分枝閉塞症の有病率が有意に高かった(オッズ比:7.94,95%信頼区間:1.4942.4).局所性網膜動脈狭細化,血柱反射亢進も網膜静脈分枝閉塞症の有病率が有意に高かった.IV今後の舟形町スタディについて初回調査の横断研究から日本人におけるさまざまな網膜疾患の有病率とそれにかかわる因子について明らかにすることができた.日本人と他の人種との共通点,相違点を確認するためにも,海外の疫学研究と同じ手法・定義で行い比較をする疫学研究は今後も重要であると考えている.筆者らは2005年から2007年にかけて追跡調査を実施しており,両眼の眼底写真撮影,屈折検査,角膜曲率半径検査など大幅に検診項目を増やしている.追跡調査のデータから網膜症などの眼底疾患のみならずさまざまな眼疾患の発症率やそれに関する危険因子について,遺高血圧に該当した場合,局所性網膜動脈狭細化,動静脈交叉現象,血柱反射亢進いずれの所見も有病率が高くなっていた.高トリグリセリド血症に該当した場合,血柱反射亢進の有病率が高くなることが認められた(オッズ比:1.49,95%信頼区間:1.062.09)15).網膜血管径の定量測定は921人で可能であった.CRAEは178.6±21.0μmで,CRVEは214.9±20.6μmであった.加齢はCRAEおよびCRVE両方に影響を与える因子であり,10歳年齢が増えるごとに,CRAEは平均2.4μm,CRVEは平均1.8μm細くなることが認められた.CRAEのみに影響を与える因子として血圧があげられた.平均動脈血圧(=0.33×収縮期血圧+0.67×拡張期血圧)が10mmHg増えるごとに,CRAEが平均2.8μm細くなることが認められた13).一方,CRVEのみに影響を与える因子として,メタボリックシンドロームおよびその構成要素の一つである中心性肥満があげられた.メタボリックシンドロームがあるとCRVEは平均4.69μm太くなることが認められた.同様の関係が中心性肥満においても認められた〔平均差:3.73μm(95%信頼区間:0.726.76μm)〕15).メタボリックシンドロームの診断基準をThirdreportoftheNationalCholesterolEducationProgramAdultTreatmentPanel(NCEP-ATPIII)の基準16)や新しいIDFの基準(中心性肥満の基準が変更:腹囲径:男性90cm以上,女性80cm以上)(http://www.idf.org/webdata/docs/MetS_def_update2006.pdf)に変更しても,メタボリックシンドロームおよびその構成要素と網膜血管径の変化の関連は同様であった.3.加齢黄斑変性の有病率と危険因子17)早期および晩期加齢黄斑変性の粗有病率はそれぞれ3.5%,0.5%であった.50歳以上では早期および晩期加齢黄斑変性の有病率はそれぞれ4.3%,0.6%であった.加齢黄斑変性の危険因子として加齢に加えて喫煙があげられた.年齢が10歳増えるごとに,早期加齢黄斑変性を有するオッズが1.75倍(95%信頼区間:1.362.25),晩期加齢黄斑変性を有するオッズが2.27倍(95%信頼区間:1.104.67)高くなることが認められた.喫煙者の晩期加齢黄斑変性の有病率は有意に高いことが———————————————————————-Page644あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(44)epiretinalmembranes.TransAmOphthalmolSoc92:403-425;discussion425-430,199410)MitchellP,SmithW,CheyTetal:Prevalenceandassoci-ationsofepiretinalmembranes.TheBlueMountainsEyeStudy,Australia.Ophthalmology104:1033-1040,199711)AlbertiKG,ZimmetPZ:Denition,diagnosisandclassicationofdiabetesmellitusanditscomplications.Part1:diagnosisandclassicationofdiabetesmellitusprovisionalreportofaWHOconsultation.DiabetMed15:539-553,199812)KawasakiR,WangJJ,WongTYetal:Impairedglucosetolerance,butnotimpairedfastingglucose,isassociatedwithretinopathyinJapanesepopulation:theFunagatastudy.DiabetesObesMetab10:514-515,200813)KawasakiR,WangJJ,RochtchinaEetal:CardiovascularriskfactorsandretinalmicrovascularsignsinanadultJapanesepopulation:theFunagatastudy.Ophthalmology113:1378-1384,200614)AlbertiKG,ZimmetP,ShawJ:Metabolicsyndrome─anewworld-widedenition.AConsensusStatementfromtheInternationalDiabetesFederation.DiabetMed23:469-480,200615)KawasakiR,TielschJM,WangJJetal:ThemetabolicsyndromeandretinalmicrovascularsignsinaJapanesepopulation:theFunagatastudy.BrJOphthalmol92:161-166,200816)ExecutiveSummaryofTheThirdReportofTheNationalCholesterolEducationProgram(NCEP)ExpertPanelonDetection,Evaluation,AndTreatmentofHighBloodCho-lesterolInAdults(AdultTreatmentPanelIII).JAMA285:2486-2497,200117)KawasakiR,WangJJ,JiGJetal:Prevalenceandriskfactorsforage-relatedmaculardegenerationinanadultJapanesepopulation:theFunagatastudy.Ophthalmology115:1376-1381,1381e1-2,200818)KawasakiR,WangJJ,SatoHetal:Prevalenceandasso-ciationsofepiretinalmembranesinanadultJapanesepop-ulation:theFunagatastudy.EyeAdvancedonlinepubli-cation8August2008,200819)KawasakiR,WongTY,WangJJetal:Bodymassindexandveinocclusion.Ophthalmology115:917-918;authorreply918-919,2008伝子解析も含め明らかにしたいと考えている.詳細な内科検診が行われていることを利用して,心血管系疾患などの全身疾患の発症に眼底所見が有用なのかという古くて新しいテーマについても取り組んでいきたいと考えている.文献1)TominagaM,EguchiH,ManakaHetal:Impairedglu-cosetoleranceisariskfactorforcardiovasculardisease,butnotimpairedfastingglucose.TheFunagataDiabetesStudy.DiabetesCare22:920-924,19992)DaimonM,OizumiT,SaitohTetal:Decreasedserumlevelsofadiponectinareariskfactorfortheprogressiontotype2diabetesintheJapanesePopulation:theFuna-gatastudy.DiabetesCare26:2015-2020,20033)MitchellP,SmithW,AtteboKetal:Prevalenceofage-relatedmaculopathyinAustralia.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology102:1450-1460,19954)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Gradingdiabeticretinopathyfromstereoscopiccolorfundusphotographs─anextensionofthemodiedAirlieHouseclassication.ETDRSreportnumber10.Ophthalmology98(Suppl):786-806,19915)WongTY,KleinR,IslamFMetal:Diabeticretinopathyinamulti-ethniccohortintheUnitedStates.AmJOph-thalmol141:446-455,20066)Diabeticretinopathystudy.ReportNumber6.Design,methods,andbaselineresults.ReportNumber7.AmodicationoftheAirlieHouseclassicationofdiabeticretinopathy.PreparedbytheDiabeticRetinopathy.InvestOphthalmolVisSci21(1Pt2):1-226,19817)KleinR,DavisMD,MagliYLetal:TheWisconsinage-relatedmaculopathygradingsystem.Ophthalmology98:1128-1134,19918)HubbardLD,BrothersRJ,KingWNetal:Methodsforevaluationofretinalmicrovascularabnormalitiesassociat-edwithhypertension/sclerosisintheAtherosclerosisRiskinCommunitiesStudy.Ophthalmology106:2269-2280,19999)KleinR,KleinBE,WangQetal:Theepidemiologyof

観察研究(横断研究):多治見スタディ

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLSる.しかしながら,「疫学調査」の条件は,「1人でも多くの人を診る」ではなく,「偏りなく十分な人を診る」なのである.1.実施地区の選定とサンプル数日本緑内障学会が計画した疫学調査は,1)母集団を1自治体として無作為抽出法で対象者を決める,2)調査対象人数として想定有病率からサンプル数計算をして3,200人から4,000人(統計誤差0.5%,参加率7580%の計算で約4,000人の対象者が必要),3)実施地域の選択条件として,(a)標準的な地方都市で人口10万人くらいのところで実施(UrbanAreaでの実施),(b)自治体の協力が得られやすいこと,(c)年間を通じて同様の条件で検査が可能なところ,(d)緑内障専門医の協力を受けやすいところ,(e)実施中心病院の関連大学の協力をうけやすいところ,などの条件があり,数カ所の候補のなかで,最終的に「岐阜県多治見市(当時人口10万4,000人)」が候補地として選ばれた.日本の緑内障有病率を出すために「偏りなく十分な人を診る」という意味では,日本全体での無作為抽出が望ましいが,北は北海道から南は沖縄の離島までの各地域から無作為抽出することとなり,それは,たとえばある離島の寒村に抽出された1人のためだけに全国同じクオリティの眼科検査のためのすべての器械と人員を持って移動診療をするため現地に行くことを意味する.通常は1年以内と限るのが普通である疫学調査の期間内にそのはじめに「多治見スタディ」は,「日本緑内障学会多治見疫学調査」の通称である.日本において緑内障有病率調査の試みは,まず,19881989年に実施された「緑内障全国疫学調査」であった.これは,日本緑内障研究会(日本緑内障学会の前身)が日本眼科医会の後援で,潜在患者もふまえた日本全体の緑内障の実態把握を目指したものであった.全国7カ所の住民検診により計8,126人の検査を行い,1)眼圧が高くない開放隅角緑内障(当時,低眼圧緑内障とよばれた)が多いこと,2)眼圧値が欧米の報告の値より低いこと,など画期的な内容が発表された.しかし,7カ所の受診率に地域差(24.690.0%)があり,こうした疫学調査で要求される受診率は7580%が必須といわれる条件をクリアしていなかったことで地域比較が十分できないばかりではなく,まとめて全体としての受診率が50.5%であったことで不十分な参加率と批判も受けた.そこで,日本緑内障学会として,この「緑内障全国疫学調査」の結果の検証をすべく,正式な疫学的手法での調査の計画をたて,20002001年に実施された調査が,「多治見スタディ」であった(表1).I検診と調査「緑内障全国疫学調査」では,8,000人を超える住民の検診を行った.検診機関や医療機関における検診結果の統計をみた報告は数多くある.1人でも多くの人をみれば,その集計は確かなものが得られると思いがちであ(31)31I:多治見:5078511多治見343多治見特集●わかりやすい眼科疫学あたらしい眼科26(1):3138,2009観察研究(断研究):多治見スタディAPopulation-BasedCross-SectionalGlaucomaPrevalenceSurvey:TheTajimiStudy岩瀬愛子*———————————————————————-Page232あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(32)いわれる.したがって,1回限りの調査と考えられていた「多治見スタディ」では母集団は可能な限り多くしたいとの理由で,小さな町ではなく人口10万人の地方都市が選択された.対象は40歳以上の市民54,165人であり,住民基本台帳を元に検診専用の個人番号表を作成し「完全無作為抽出法」で4,000人を「疫学調査対象者」(以下,対象者)に選んだ.住民票だけがあって実在しない人や期間中に死亡・転出した人130人を除き最終的な疫学対象者は3,870人となった.2.疫学対象者と非対象者について通常,「疫学調査」は上記の「対象者」だけにターゲットをあて,このなかでの高い参加率を確保することをめざす.しかし,「多治見スタディ」では,このとき,同時に,非対象者にあたる同年代の市民への同等の検査を行った.これは,多治見市で疫学調査を実施しようと啓蒙活動が開始されたなかで,多治見市から,「この調査には市をあげて全面協力を惜しまないので,こうした二度とない機会に,対象者以外の同年齢の市民にも,同等の検査を実施して欲しい」という条件が出されたからであった.対象者への良好な参加率を確保するために,対象者だけではなくその家族など広く受診者を受け入れて欲しいとの意味もあった.同時に,この調査の予算確保を決定した「日本失明予防協会」の理事会からも,「多治見市で調査を実施するのを支援する.1人でも多くの市民を診てあげること,緑内障以外の疾患についてもスクリーニングすること」という条件があった.すなわち,対象者(3,870人)のなかでは高参加率をめざし,調査非対象者(50,165人の市民)には「一般検診」をして1人でも多くの眼疾患スクリーニングをするという二重構造となり,総合して「多治見市民眼科検診」(EyeHealthCareProjectinTajimi)と名づけて実施した.このプロジェクトは当時まだ制定されていなかった個人情報保護法,疫学調査倫理指針の完成レベルを予想し実施され,調査であることを明記し,同意の撤回などの自己情報コントロール権の説明も含めたインフォームド・コンセント後,自筆による文書の同意書をとり実施された.調査実施期間内に,疫学対象者は3,021人(78.1%)が参加した.非対象者の検診は14,779人が参加し個別調査を全被抽出者に行うことは不可能であると考え,1自治体で可能な限り多くの人口の中から無作為抽出をする手法をとった.無作為抽出法で選ばれた観察対象集団(サンプル)は,標的集団(母集団)を偏りなく代表するため標的集団全体を調べたのと同じ価値があると表1多治見スタディ実施機構(平成12年1月平成15年まで)総括責任者:北澤克明日本緑内障学会理事長(岐阜大学名誉教授)疫学調査委員会:東郁郎(大阪医科大学名誉教授)阿部春樹(新潟大学眼科教授)新家眞(東京大学眼科教授)**井上洋一(オリンピア病院院長)岩瀬愛子(多治見市民病院眼科診療部長)宇治幸隆(三重大学眼科教授)勝島晴美(かつしま眼科・札幌)桑山泰明(大阪厚生年金病院眼科部長)澤口昭一(琉球大学眼科教授)塩瀬芳彦(塩瀬眼科・名古屋)清水弘之(岐阜大学公衆衛生学(疫学・予防医学)教授)白土城照(東京医科大学八王子医療センター眼科教授)鈴木康之(東京大学眼科講師)田原昭彦(産業医科大学眼科教授)塚原重雄(山梨医大副学長)富田剛司(東京大学眼科助教授)富所敦男(東京大学眼科講師)根木昭(神戸大学眼科教授)三嶋弘(広島大学眼科教授)*山本哲也(岐阜大学眼科教授)五十音順・敬称略・H12年当時の役職*:疫学調査会委員長**:実行小委員会委員長下線は疫学調査実行小委員会及びデータ解析検討小委員会メンバー(二重線はデータ解析委員会から参加)参加スタッフ医師:多治見市民病院医師・日本緑内障学会理事・日本緑内障学会評議員・岐阜大学眼科医師他ORT:近隣医療機関及び東海4県視能訓練士協会から派遣看護師&OMA:多治見市民病院スタッフ・多治見スタディ特別編成チーム多治見市職員:多治見市民病院職員・健康福祉部多治見市保健センター設営メンテナンス:使用機材関連会社スタッフ後援財団法人日本失明予防協会財団法人日本眼科学会社団法人日本眼科医会多治見市医師会岐阜県東濃地域保健所———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,200933(33)blingtechnology)による視野スクリーニング→眼底写真→HRT(HeidelbergRetinaTomograph)II→細隙灯顕微鏡検査・眼圧検査・vanHerick法による隅角スクリーニング→最終チェックと説明,という検査順を遵守した.二次検査には,通常の診察以外に,視野検査としてHumphrey視野計のSITA(SwedishInteractiveThresholdingAlgorithm)プログラムを採用し,隅角検査はGoldmann2ミラーを用いた検査をし,眼底の立体写真撮影は可能なかぎり散瞳して実施した.III巡回検診と常設検診過去に多治見市で実施された健康診断関連の検診受診率を検討すると,定点における検診と比較して,巡回検診あるいは地域別に複数の検診施設がある場合のほうが,圧倒的に検診受診率が高かった.したがって,対象者における調査参加率を上げるためには,検査の実施場所は複数必要であると考え,実施中心施設である多治見市民病院では「常設検診」(期間中220回)と「二次検査(精密検査)」(期間中165回)を予約制で行い,その他の複数の一時検査検診場所としては,市内の公民館・体育館などの公共施設を「臨時診療所登録」として土日を中心とした巡回検診を行った(期間中43回,当日整理券制).この巡回検診場所は毎日移動するため,前日あるいは当日早朝よりの検査場所の設営を必要としたた.この合計17,800人の市民は,多治見市の当時の40歳以上の32.9%にあたる.調査を終わって検討してみると,受診者の年齢と性別において,一般検診では偏りがあり,得られたデータにも疫学データと一般データには有意差がみられたので,「偏りなく十分な数を診る」ことと「1人でも多くの人を診る」ことは異なることを実感した.疫学調査としての参加率は80%にわずかに及ばないものの,諸外国の緑内障有病率調査と並ぶ数字であったので,初めて,世界に通じる日本の緑内障の疫学調査といえるデータを得たことになった.同時に行った一般検診の結果からは,多くの眼疾患,全身疾患の方を発見し,この事業の住民への貢献度は非常に大であった.しかし,50,000人を超えるいわゆるUrbanAreaの市民を相手に,無作為抽出対象者に厳密な診察を必要とする調査を行うということは容易ではない.「多治見スタディ」は,国や自治体からの強制された検査ではなく,日本緑内障学会の学問的な調査にすぎない.「日本には緑内障がどのぐらいあるかを知りたい」「眼科検診はご自身の健康管理に有効である」という大義名分のみを市民に説明し続け調査を実施し,こうした結果を得たことは幸運であった.本来の目的であった疫学調査とともに,一般検診で多くの疾患を発見できたことは,眼科医冥利につきることであった.II検査項目「多治見スタディ」の検査項目は表2に示す.世界的にみて緑内障疫学調査の眼圧測定はGoldmann圧平式眼圧計により行うのが標準であったのに対して,「緑内障全国疫学調査」の眼圧測定の中心が「非接触型空気眼圧計」であった点も批判されたことをふまえ,眼圧は一次検査も二次検査も専門医による「Goldmann圧平式眼圧計」で測定を行い,二次検査(精密検査)には緑内障学会理事・評議員を中心とした専門医による診察を行いデータのクオリティを厳密に確保した.一次検査では,眼圧測定以外は,眼圧値に影響を与えない「非接触」の検査を採用した.インフォームド・コンセント→問診→血圧→身長・体重→レフ・ケラト→視力→角膜厚(スペキュラーによる非接触検査)→FDT(frequencydou-表2多治見スタディ検査項目一次検査インフォームド・コンセント問診・血圧・身長・体重屈折・視力・角膜曲率・角膜厚FDT(C-20-1)眼底写真(無散瞳眼底検査)HRTII細隙灯顕微鏡検査(vanHerick法隅角検査)精密眼圧検査(Goldmann圧平式眼圧計)二次検査細隙灯顕微鏡検査視野検査(Humphrey自動視野計:SITAProgram)眼圧測定(Goldmann圧平式眼圧計)隅角検査(Goldmann2ミラー)眼底検査・3D観察ステレオ眼底写真———————————————————————-Page434あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(34)を薦めた.4.二次検査対象者および一般検診ともに緑内障疑いあるいは再検査を要する場合は,すべて多治見市民病院で行う精密検査を受診してもらい,他疾患の場合,対象者は多治見市民病院の二次検査に,一般検診者は本人が受診を希望される医療機関への紹介状を発行した.必要に応じて,既往歴などの調査について精密検査を依頼し,主治医との連絡などを行い,他疾患との鑑別診断に努めた.5.判定会議二次検査後,対象者については,GONを3人の判定者が独立して読み,並行して視神経乳頭のC/D比(陥凹乳頭比),R/D比(リム乳頭径比)測定を1人の専門医が実施した.視野判定は異なる2人の判定者が行い,が,地域を回ることで参加率は上昇し効果的であった.さらに,施設入所者・病院入院者,自宅から出られない人には対象者を優先して往診(期間中17回)を行った.IV判定失明予防協会の指導により,緑内障だけを判定していることはできなかった.緑内障の診断には時間的な余裕があるが,他疾患では時間的に余裕のない場合がある.このため,判定も二重構造として行った.1.緊急性疾患の判定被験者のなかには緊急性疾患をもっているのを気づかず受診している方もあり,受診者の眼底写真の簡単なスクリーニング読影と検査結果のすべてのチェックを,当日あるいは翌日までに岩瀬が実施した(緊急性スクリーニング).また,検診会場でもただちに対応が必要な人を発見した場合は,救急対応を手配した.巡回検診は1日600700人あり,選ばれて受診している疫学対象者よりも,何か症状があって検診を希望して受診した非対象者市民のなかにそれらの緊急性の疾患が多く,検診の途中で紹介状を発行したことも多数あった.発見した眼科疾患は,高眼圧,虹彩炎,網膜動静脈切迫閉塞,網膜裂孔,網膜離などであった.なお,検査中に全身的な緊急性対応が必要なこともあった.異常高血圧,不整脈発作を発見し,準備していた救急セットを使用したうえに,救急車に同乗して対応したことは2回のみであったが,幸いどちらも良好な経過をたどった.2.視神経の読影緑内障性視神経症(GON)の判定については,表3に示すシステムで複数の施設での判定をしGONを疑う記載が1カ所の判定でもあった場合は,すべて二次検査受診の連絡をした.3.他疾患の判定視神経中心の各大学での読影と並行して,現地にてすべての検査データをチェックしたうえで疾患疑いの場合,対象者はすべて二次検査によび,一般受診者の場合は,最寄りの眼科へ受診するための紹介状を作成し受診表3判定の流れ緑内障性視神経症の判定(一次スクリーニング)疫学対象者視神経判定(他疾患のコメントを含む)東京大学(富田剛司)・新潟大学(白柏基弘)・岐阜大学(内田英哉・杉山和久・谷口徹)一般検診者視神経判定(他疾患のコメントを含む)東京医科大学八王子(白土城照)・山梨大学(柏木賢治)・日本大学(山崎芳夫)・神戸大学(根木昭)・広島大学(三嶋弘)・琉球大学(澤口昭一)+現地総合判定および結果送付(判定結果とコメントを記載した手紙を発送)当日検査で得られた数値データ視野データ眼底写真チェック緑内障確定診断のための判定会議視神経読影班:新家眞(東京大学),阿部春樹(新潟大学),山本哲也(岐阜大学)視野判定班:白土城照(東京医科大学八王子),桑山泰明(大阪厚生年金病院)現地:岩瀬愛子(多治見市民病院)視神経乳頭比計測二次検査データ,他疾患情報データ管理他———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,200935(35)式眼圧計を使用して初めて得られたこの疫学的眼圧値は,欧米人などよりは低いものの,他のアジアの国と比較して大きな差はない.緑内障の危険因子の解析からも,「眼圧」,「近視」,「年齢」が関連が高いことがわかった26).2.視覚障害統計「多治見スタディ」の検査結果から,目的とした有病率以外の結果も得ることができた.身体障害者手帳からみた視覚障害の統計の報告はあるものの,疫学的視覚障害統計は多治見スタディで初めて得られた.多治見市においては,他の国の疫学調査での報告と比較すると,ロービジョン率は低いが,特に,失明原因疾患として,「白内障」,「近視性変性症」と「緑内障」が上位疾患であるのが特徴であった27)(表6).3.屈折状態に関する統計28)近視は東アジアにおいて多いことが報告されているが,実際に日本人の屈折状態についての疫学調査は詳細には行われていなかったが,多治見スタディの結果から屈折異常についての疫学的データも初めて得られたことになった.結果として,等価球面度数0.5D未満の近視が41.8%(95%信頼区間:40.043.6),5.0D未満の強度近視が8.2%(同:7.29.2)という高率に認められた.これは他のアジアの地域や欧米に比較して非常に高い結果であった.緑内障の関連因子としても,視覚障害の原因因子としても,日本において「近視」は失明予防上の大きな課題であることを指摘する結果であった.最後にすべての結果を総合し,他疾患情報,二次検査データなどを総合的に判定し有病率計算を行った.診断は,最初は,緑内障診療ガイドライン第1版に基づいて,緑内障有病率は5.8%(95%信頼区門(CI):5.06.6)と判定された.しかし,同時期に「緑内障性視神経症をもって緑内障とする」というISGEO(Interna-tionalSocietyofGeographicalEpidemiologicalOph-thalmology)判定で緑内障の定義を標準化する主旨の論文が先行の海外の緑内障疫学調査グループから出たことで,再度,多治見スタディの結果をこれにあわせて再計算した.この定義によると閉塞隅角緑内障および続発緑内障の有病率が変わり,緑内障有病率は5.0%(95%CI:4.25.8)となった.V疫学調査の結果1.緑内障有病率他表4に確定した緑内障の各病型有病率を示す1,2).また,検査により発見された緑内障患者のうち全体の89%は未治療・無自覚の潜在患者であり,特に,正常眼圧緑内障のそれは95.5%であった.原発開放隅角緑内障の有病率を世界の調査と比較する(表5)324)と,多治見スタディで得られた有病率は,欧米の報告より高く,黒人の報告より低い値であった.眼圧についての結果は,参加者での平均眼圧(95%CI)は,男性14.6mmHg(95%CI:14.414.7),女性14.5mmHg(95%CI:14.414.6)であった25)が,緑内障眼の平均眼圧は15.4±2.8mmHg,非緑内障眼では14.5±2.5mmHgであり,両者には有意差が認められた(p=0.0004).Goldmann圧平表4多治見スタディによる緑内障有病率男性女性計原発開放隅角緑内障(広義)4.1(3.05.2)3.7(2.84.6)3.9(3.24.6)眼圧>21mmHg(狭義)0.3(0.00.7)0.2(0.00.5)0.3(0.10.5)眼圧≦21mmHg(正常眼圧緑内障)3.7(2.74.8)3.5(2.64.4)3.6(2.94.3)原発閉塞隅角緑内障0.3(0.00.7)0.9(0.51.3)0.6(0.40.9)続発緑内障0.6(0.21.0)0.4(0.10.7)0.5(0.20.7)計5.0(3.96.2)5.0(4.06.0)5.0(4.25.8)高眼圧症0.6(0.21.0)0.9(0.51.4)0.8(0.51.1)()内は95%CI.———————————————————————-Page636あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(36)へと引き継いだ.日本緑内障学会として「緑内障疫学調査の手法」は確立できた.「久米島スタディ」における結果と比較することで,1989年の「緑内障全国疫学調査」で計画したものの低受診率地域があったことで実現しなかった地域差の検討が可能となり,この結果の比較は,日本の地域差の検討ばかりではなく,アジアの緑内障有病率,ひいては欧米との比較検討に非常に興味深い結果を得ることが可能となった.多治見スタディの実施過程に考案されたデータ管理方法,保管方法におけるコンピュータソフトの開発は,眼科領域の電子カルテ化用ソフトとして,現在臨床応用されているものがあり非常に有効であった.2.「多治見スタディ」から今後の課題「多治見スタディ」は,失明予防協会の予算を用い,多治見市の現場をふまえて「日本緑内障学会疫学調査委員会・同実行小委員会」が中心となって実施の詳細を同VI多治見スタディ後1.緑内障疫学調査の手法多治見スタディを実施するにあたって考案した「緑内障の疫学調査の手法」は,その後反省点などを考慮し,これらをすべて改善した形で「久米島スタディ」の手法表5各国の原発開放隅角緑内障(POAG)有病率国スタディ名論文出版年度人種対象年齢NoofsamplePartici-pationrate(%)POAG粗有病率(%)POAG標準化有病率(%)JapanJapanNationWide3)1991日本人40歳<8,12650.52.53.5USABaltimoreEyeSurvey4)1991黒人40歳<5,30879.24.23.5USABaltimoreEyeSurvey4)1991白人40歳<5,67379.21.10.9USABeaverDamEyeStudy5)1992白人4386歳1,06283.12.1NetherlandTheRotterdamStudy6)1995白人5595歳3,27179.71.10.7WestIndiesTheBarbadosEyeStudy7)1997白人,黒人4084歳4,63184.07.15.3ItalyTheEgna-NeumarktStudy8)1998白人40歳<50073.921.6AustraliaTheMelbourneVisualImpairmentProject9)1998白人40歳<3,27183.01.81.3IndiatheAndhraPradeshEyeDiseaseStudy10)2000インド人40歳<2,52285.41.93.4Tanzania(Kongwadistrict)11)2000黒人40歳<3,26890.03.13.2USAProyectVER12)2001ラテン系アメリカ人40歳<4,77472.021.7SouthAfrica(Kwazulu-Natal)13)2002黒人40歳<1,00590.12.82.3AustraliaTheBlueMountainEyeStudy14)2002白人59歳<4,29782.431.3SingaporetheTanjongPagarStudy15)2003中国人4079歳1,23271.81.8IndiatheAravindComprehensiveEyeSurvey16)2003インド人40歳<5,15093.01.21.3Thailand(RomKlao)17)2003タイ人50歳<70188.72.3SouthAfricaTheTembaGlaucomaStudy18)2003黒人40歳<83974.93.72.9JapanTheTajimiStudy1)2004日本人40歳<3,02178.13.93.5BangladeshBangladeshStudy19)2004バングラディッシュ人35歳<2,34765.91.22.1USALALES(LosAngelesLatinoEyeStudy)20)2004ラテン系アメリカ人40歳<6,14296.64.75SpainTheSegoviaStudy21)2004スペイン人4079歳5,22389.621.5IndiatheWestBengalGlaucomaStudy22)2005インド人50歳<1,59483.133MyanmartheMeiktilaEyeStudy23)2007ミャンマー人40歳<2,07683.74.9GreecetheThessalonikiEyeStudy24)2007白人60歳<2,55471.03.8表6多治見市の年齢別人口補正した疾患別の視力障害率(40歳以上の住民におけるロービジョン+失明,アメリカ合衆国基準)疾患%95%信頼区間世界人口補正白内障0.440.230.650.25緑内障0.110.040.310.09近視性黄斑変性0.100.030.290.11角膜混濁0.090.030.280.04糖尿病網膜症0.060.020.240.06視神経萎縮0.070.020.240.05ぶどう膜炎0.080.020.260.06網脈絡膜萎縮0.090.030.280.04網膜色素変性0.030.010.190.03弱視0.040.010.210.02———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.26,No.1,200937時進行で決定しながら実施された.すなわち緑内障専門医による緑内障にターゲットを絞った疫学調査であった.市民には「緑内障の有病率を調べることの大切さと眼科検診の大切さ」を訴えるという「大義名分」だけで実施した.この手法は,欧米や他の日本のスタディでみられるように他科領域の疾患の調査との協力を国などの予算で行う場合や,多数の疾患の調査を目的とした調査の場合と異なり,他疾患の情報が限定されており,またアピール度や強制力も小さい.緑内障という多因子が関与しているであろうと推測される疾患において他科領域の情報の検討が今後必要かと思う.もう一つの課題は,遺伝情報である.多治見スタディを行い,その後久米島スタディを行い,同じ手法で同じ診断基準でみて緑内障の地域差は遺伝的要因と環境要因で決定されると考えられる.特に,閉塞隅角緑内障の有病率に反映されるような解剖学的な問題は,欧米との比較の意味も含めて,人種差,民族差の検討が必要である.そこに遺伝情報が必要かと考えている.しかし,「多治見スタディ」では「緑内障全国疫学調査」で達成できなかった「高い参加率」を目標にしていたことから,拒否されやすい「遺伝子調査」は実施できなかった.この点も,今後のスタディに期待するしかない.「参加率」に関していえば,「多治見スタディ」は54,000人からの無作為抽出という方法を取り,「UrbanArea」としては高い参加率を得て終了したが,本来は地域特性の調査を目的とした「RuralArea」としての久米島のように,サンプル数に近い人口の地域での全員調査が実施しやすいと考えられる.それでも「高参加率」を得るにはハードルは高く,今後行われるかもしれない疫学調査は,限られたチャンスに何を目的として行うかについては,緑内障専門医の多施設共同研究という枠を超え,実施内容を検討されるべきかもしれない.疫学調査は,その時点での最高の眼科的知識と考えられる最高の器材を使用して行われるべきであるが,一方で後の時代に追試可能な方法で客観的に行われるべきである.また,世界での比較をするには,もちろん統計的な意味での「世界人口の使用」などによる「標準化」だけではなく,「診断基準の標準化」が必須である.この点が緑内障領域ではまだ進行形であるように思う.「有病率(Prevalence)」は知ることができたが,だからといって,多因子が関与しているであろう病態の解明には至っていない.「多治見スタディ」により「緑内障の疫学調査としての手法」は確立された.しかし,その後「多治見市」の事情で,残念ながら「罹患率(Inci-dence)」をみるFollowUpStudyはできていない.今後,他の緑内障の疫学調査にすべての知識を継承し,発症機序の解明を期待するしかないのが残念である.まとめ「多治見スタディ」は,日本緑内障学会実施の緑内障有病率調査で20002001年に岐阜県多治見市において実施された.40歳以上の市民54,165人から無作為抽出法で選ばれた4,000人を対象者として実施され参加率は78.1%であった.結果から,全緑内障の有病率は5.0%(95%信頼区間:4.25.8)であり,疑い例を含むと7.5%(同:6.58.4)であった.解析より,原発開放隅角緑内障の危険因子としては,「眼圧」,「近視」,「年齢」が関与することがわかった.調査結果からは,過去に眼科領域の疫学調査による報告のなかった「視覚障害者統計」,「眼圧」,「屈折」などの疫学データを得た.文献1)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal;TajimiStudyGroup,JapanGlaucomaSociety:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Oph-thalmology111:1641-1648,20042)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal;TajimiStudyGroup,JapanGlaucomaSociety:TheTajimiStudyreport2:prevalenceofprimaryangleclosureandsecondaryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmology112:1661-1669,20053)ShioseY,KitazawaY,TsukaharaSetal:EpidemiologyofglaucomainJapan.Anationwideglaucomasurvey.JpnJOphthalmol35:133-155,19914)TielschJM,SommerA,KatzJetal:Racialvariationintheprevalenceofprimaryopen-angleglaucoma.TheBal-timoreEyeSurvey.JAMA266:369-374,19915)KleinBEK,KleinR,SponselWEetal:Prevalenceofglaucoma.TheBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology99:1499-1504,19926)WolfsRC,BorgerPH,RamrattanRSetal:Changingviewsonopen-angleglaucoma:Denitionandprevalenc-es─TheRotterdamStudy.InvestOphthalmolVisSci(37)———————————————————————-Page838あたらしい眼科Vol.26,No.1,200941:3309-3321,20007)LeskeMC,ConnelAMS,SchachatAPetal;theBarbadosEyeStudyGroup:TheBarbadosEyeStudy.Prevalenceofopenangleglaucoma.ArchOphthalmol112:821-829,19948)BoromiL,MarchiniG,MarraaMetal:Prevalenceofglaucomaandintraocularpressuredistributioninadenedpopulation.TheEgna-NeumarktStudy.Ophthal-mology105:209-215,19989)WensorMD,McCartyCA,StanislavskyYLetal:TheprevalenceofglaucomaintheMelbourneVisualImpair-mentProject.Ophthalmology105:733-739,199810)DandonaL,DandonaR,SrinivasMetal:Open-angleglaucomainanurbanpopulationinSouthernIndia.TheAndhraPradeshEyeDiseaseStudy.Ophthalmology107:1702-1709,200011)BuhrmannRR,QuigleyHA,BarronYetal:PrevalenceofglaucomainaruraleastAfricanpopulation.InvestOph-thalmolVisSci41:40-48,200012)QuigleyHA,WestSK,RodriguezJetal:Theprevalenceofglaucomainapopulation-basedstudyofHispanicsub-jects.ProyectoVER.ArchOphthalmol119:1819-1826,200113)RotchfordAP,JohnsonGJ:GlaucomainZulus.Apopula-tion-basedcross-sectionalsurveyinaruraldistrictinSouthAfrica.ArchOphthalmol120:471-478,200214)MitchellP,SmithW,AtteboKetal:Prevalenceofopen-angleglaucomainAustralia.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology103:1661-1669,199615)FosterPF,OenFTS,MachinDetal:TheprevalenceofglaucomainChineseresidentsofSingapore.Across-sec-tionalpopulationsurveyoftheTanjongPagardistrict.ArchOphthalmol118:1105-1111,200016)RamakrishnanR,NirmalanPK,KrishnadasRetal:Glau-comainaruralpopulationofsouthernIndia.TheAravindComprehensiveEyeSurvey.Ophthalmology110:1484-1490,200317)BourneRR,SukudomP,FosterPJetal:PrevalenceofglaucomainThailand:apopulationbasedsurveyinRomKlaoDistrict,Bangkok.BrJOphthalmol87:1069-1074,200318)RotchfordAP,KirwanJF,MullerMAetal:TembaGlau-comaStudy:Apopulation-basedcross-sectionalsurveyinUrbanSouthAfrica.Ophthalmology110:376-382,200319)RahmanMM,RahmanN,FosterPJetal:TheprevalenceofglaucomainBangladesh:apopulationbasedsurveyinDhakadivision.BrJOphthalmol88:1493-1497,200420)VarmaR,Ying-LaiM,FrancisBAetal:Prevalenceofopen-angleglaucomaandocularhypertensioninLati-nos:TheLosAngelesLatinoEyeStudy.Ophthalmolgy111:1439-1448,200421)AntonA,AndradaMT,MujicaVetal:Prevalenceofpri-maryopenangleglaucomainaSpanishpopulation:theSegoviastudy.JGlaucoma13:371-376,200422)RaychaudhuriA,LahiriSK,BandyopadhyayMetal:ApopulationbasedsurveyoftheprevalenceandtypesofglaucomainruralWestBengal:theWestBengalGlauco-maStudy.BrJOphthalmol89:1559-1564,200523)CassonRJ,NewlandHS,MueckeJetal:PrevalenceofglaucomainruralMyanmar:theMeiktilaEyeStudy.BrJOphthalmol91:710-714,200724)TopouzisF,WilsonMR,HarrisAetal:Prevalenceofopen-angleglaucomainGreece:theThessalonikiEyeStudy.AmJOphthalmol144:511-519,200725)KawaseK,TomidokoroA,AraieMetal;TajimiStudyGroup;JapanGlaucomaSociety:OcularandsystemicfactorsrelatedtointraocularpressureinJapaneseadults:theTajimistudy.BrJOphthalmol92:1175-1179,200826)SuzukiY,IwaseA,AraieMetal;TajimiStudyGroup:Riskfactorsforopen-angleglaucomainaJapanesepopu-lation:theTajimiStudy.Ophthalmology113:1613-1617,2006Epub2006,Jul727)IwaseA,AraieM,TomidokoroAetal;TajimiStudyGroup:PrevalenceandcausesoflowvisionandblindnessinaJapaneseadultpopulation:theTajimiStudy.Oph-thalmology113:1354-1362,200628)SawadaA,TomidokoroA,AraieMetal;TajimiStudyGroup:RefractiveerrorsinanelderlyJapanesepopula-tiontheTajimiStudy.Ophthalmology115:363-370,2008(38)

観察研究(コホート研究):久山町スタディ

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLSれたのが久山町スタディである.I久山町とは複数の候補地のなかから,福岡市東部に隣接する久山町(図1)が選ばれた理由はいくつかある.研究開始時の1961年当時,久山町の人口は約6,500人の都市近郊型の農村地域で,①対象とした40歳以上の町人口の年齢分布,職業構成が日本全体の平均に近似していること,②人口の流出入が年平均5%以内と小さいこと(町の96%が市街化調整区域に指定),③九州大学に近く,住民の検診,往診体制がとれること,そして④町当局と住民の理解と全面的な協力が得られることなどがあげられる1).はじめにEvidence-basedmedicine(EBM)が求められるなか,わが国独自のエビデンスは少ない.しかし九州大学病態機能内科学を中心に福岡県久山町で1961年から進められている「久山町スタディ」は,日本においても世界の水準をゆく大規模な前向きコホート研究であり,その臨床疫学研究データはわが国独自のエビデンスとなっている.久山町の長期疫学研究は40年以上もの間,久山町当局・住民と良好な信頼関係を築き,常に40歳以上の住民の8割以上を検診し,徹底した追跡調査(追跡率99%)を行うとともに全町死亡例の8割以上を剖検して死因を明らかにするなど,世界でも類をみない精度で多種多様な臨床記録を収集してきている.この研究の全貌を知ることは,疫学研究のあり方やわが国独自の臨床医学のあり方を検討するうえで意義深いと思われる.そもそも久山町スタディが始まったきっかけはわが国の死亡統計の信憑性に疑問が投げかけられたことに始まる.1953~1957年の脳血管疾患死亡率は日本で欧米諸国の約2倍の高率を示し,かつ脳出血の比率は約10倍以上と圧倒的に多く脳出血で死亡していた.このことについて,米国の疫学者は日本人医師の診断習慣と能力に疑問を投げかけたが,これに科学的に反論できる国内データがなかった.この疑問を解明するために,特定の地域住民を対象に,その集団内の脳卒中死亡・発症を正確にとらえた疫学研究が立案され,同時に発症要因を明らかにすることにより,疾病の予防につなげようと始めら(25)25Mioasuda:研究久山町研究:8112501久山町久18221スター久山町研究特集●わかりやすい眼科疫学あたらしい眼科26(1):25~30,2009研究(コホート研究):久山町スタディObservationalStudy(CohortStudy):TheHisayamaStudy安田美穂*久山町142万人65万人福岡市8,000人6,500人久山町2007年1960年九州大学図1久山町と人口推移(あたらしい眼科24:1278-1290,2004より改変)———————————————————————-Page226あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(26)患は脳血管障害,虚血性心疾患,腎疾患,悪性腫瘍,老年期痴呆,肝疾患からその危険因子である高血圧,糖尿病,高脂血症,肥満,栄養,運動,飲酒,喫煙などに及んでおり,久山町の住民は生活習慣を長期にわたり包括的に検討できるわが国で唯一の集団といえる.九州大学眼科学分野ではこれに1998年から本格的に参画し,40歳以上の住民を対象に大規模な健診データに基づく眼科疾患の疫学調査を現在進行中である.久山町スタディに参画し大規模な眼科健診を長期的に行うことにより,前向きの眼科疫学研究(コホート研究)が可能となり,包括的な健診成績のなかより種々の眼科疾患の危険因子,防御因子および疾患と生活習慣や環境要因との関係を明らかにすることができる.III久山町スタディのしくみ久山町スタディでは1年に一度の通常健診と5年ごとの大健診を行っている.眼科健診もこれに従って,1年に一度の通常健診と5年ごとの大健診を行っている.通常健診での眼科健診項目は,眼圧,眼底写真(無散瞳)の2項目で,大健診時の健診項目は,屈折,眼圧,眼軸長,網膜厚(光干渉断層計:OCT),眼底写真(散瞳),細隙灯検査(散瞳),眼底検査(散瞳)の7項目を基本としているが,健診年次により項目の追加や削除を行って1961年開始時の40歳以上の対象人口は全人口6,521名の27.6%を占め,全国の27.8%と変わらず,年齢分布も近似している.職業構成は農林業の第一次産業従事者が5%,第二次産業(工業)が23%,第三次産業(サービス業)が72%と全国のそれ(5%,28%,67%)と基本的には変わらない(図2,3).ほかに生活様式,疾病構造(高血圧,高脂血症,肥満,糖尿病など)は各時代とともに全国統計と差異がなく,久山町はわが国の平均的な集団であり,普遍性に富んでいる.人口は40年間に1,000人増えたにすぎず,移動の少ない町である.II久山町スタディの特徴久山町スタディは1961年の成人健診を皮切りに始まり,研究の基本的スタイルは脳卒中をはじめとする心血管病の前向き追跡研究である.最近ではその研究対象疾男性女性01040203070~7960~6950~5940~4980~4030200101960年40歳以上の割合日本全国27.8%久山町27.6%男性女性2000年40歳以上の割合日本全国51.8%久山町55.2%:日本全国:久山町(歳)70~7960~6950~5940~4980~(歳)(%)(%)010402030403020010(%)(%)図2久山町と全国の年齢階級別人口構成の比較(あたらしい眼科24:1278-1290,2004より)500%久山町25全国1005237252867:第三次産業:第二次産業:第一次産業75図3久山町と全国の就労人口の産業別割合(あたらしい眼科24:1278-1290,2004より)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,200927(27)1.加齢黄斑変性の有病率現在どれぐらいの加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)患者がいるのかは有病率で示される.1998年と2007年での久山町スタディの結果を比較することで,わが国におけるAMDの有病率の時代的変化が明らかになった.まず1998年に50歳以上の1,486人を対象として両眼散瞳下で倒像検眼鏡,細隙灯顕微鏡,カラー眼底写真による眼底検査が施行されAMDの程度別分類と有病率の調査を行った.9年後の2007年に50歳以上の2,676人を対象として同様の方法でAMDの程度別分類と有病率の調査を行った.AMDに分類には,Birdらが提唱した国際分類を使用した2).Birdらは,加齢に関連した黄斑の変化を加齢黄斑症(age-relatedmaculopathy:ARM)としてまとめ,国際分類として提唱し,初期と後期に分けた.初期加齢黄斑症(earlyage-relatedmaculopathy:earlyARM)とは,ドルーゼンや網膜色素上皮の色素異常(hyperpig-mentation,hypopigmentation)などがみられるもので,後期加齢黄斑症(lateage-relatedmaculopathy:lateARM)がいわゆるAMDを指す.lateARMは,脈絡膜いる.健診で発見された異常あるいは疾病は町役場からの通知と指導により自主的に町内外の医療機関を受診し,管理治療を受ける(図4).したがって,大学側は疾病の治療には直接的には介入しない.このことによって,各疾病の治療下あるいは非治療下の自然歴(naturalcourse)をみることができる.治療に介入すると疾病構造が変わり,普遍性が失われてしまう.IVこれまでの研究成果1998年から眼科健診を開始し,現在まで10年間にわたり3,000人以上に及ぶ住民を追跡しデータを収集して,眼科疾患の病態の把握に努めてきた.その結果,久山町当局・住民・実地医家と良好な信頼関係を築き,継続的な眼科健診が可能となり,眼科健診受診率も大幅に向上した.久山町スタディに参画し大規模な眼科健診を長期的に行うことにより,包括的な健診成績のなかから種々の眼科疾患の危険因子,防御因子および疾患と生活習慣や環境要因との関係を明らかにすることが可能となった.今までの10年間にわたる久山町住民の眼科健診から得られた眼科臨床所見や眼底写真と内科健診成績,内科臨床記録の結果を解析し,わが国における加齢黄斑変性,糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症,黄斑上膜などの眼底疾患を中心としたおもな眼科疾患についての時代的推移や現状を解析し,発症に関わる危険因子についての分析を現在行っている.そのなかから,今後高齢者の失明や視覚障害の主原因になると予想される加齢黄斑変性発症の9年間の追跡調査の結果について以下に述べる.町役場大学住民開業医報告報告指導報告二次治療往診検診一次治療図4久山町スタディのしくみ加齢黄斑症(earlyage-relatedmaculopathy:earlyARM)2.後期加齢黄斑症(lateage-relatedmaculopathy:lateARM)ドルーゼン網膜色素上皮の色素異常滲出型萎縮型図5加齢黄斑変性の国際分類(文献2より)———————————————————————-Page428あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(28)と報告されているものが多く,わが国で男性のほうが女性より有意に有病率が高いということは日本人の特徴である.これらの性差の原因は明らかではないが,特に日本人において男性の有病率が非常に高いことは,高齢者における男性の喫煙者割合が高いことが影響していると思われる.2.加齢黄斑変性の発症率どれぐらいの割合でAMD患者が増加しているのかは発症率で示される.1998年から2007年にかけての9年間で新たに発症したAMD患者を調査することによりAMDの長期発症率が明らかになった.1998年の久山町健診を受診した住民のうち眼底検査でAMDを認めなかった住民に対してその後2007年までの9年間追跡調査を行った(追跡率78.9%).この結果,AMDの累積9年発症率は1.4%であり,そのうち滲出型AMDの発症率が1.4%,萎縮型AMDの発症率が0.04%であった.欧米のpopulation-basedstudyにおいても9年以上の長期間の発症率に関する報告は数少なく,米国のTheBeaverDamEyeStudy,オーストラリアのTheBlueMountainEyeStudy,西バルバドス諸島で黒人を対象としたTheBarbadosEyeStudy新生血管が関与する滲出型と,脈絡膜新生血管が関与せず網膜色素上皮や脈絡膜毛細血管の地図状萎縮病巣を認める萎縮型(dryAMD)に分類される.滲出型の定義は,網膜色素上皮離,網膜下および網膜色素上皮下新生血管,網膜上,網膜内,網膜下および色素上皮下にフィブリン様増殖組織の沈着,網膜下出血,硬性滲出物などのいずれかを伴うものとされている.萎縮型の定義は,脈絡膜血管の透見できる円形,楕円形の網膜色素上皮の低色素,無色素および欠損部位で少なくとも175μm以上の直径をもつもの(30oあるいは35oの眼底写真において)とされている(図5).1998年のAMDの有病率は0.9%であり,おおよそ100人に1人の頻度であった.AMDの分類別では,滲出型の有病率が0.7%,萎縮型の有病率が0.2%であり,滲出型が萎縮型よりも多くみられた.また女性(0.3%)に比べて男性(1.7%)は有意に高い有病率を認めた.一方,2007年のAMDの有病率は1.3%に増加し,おおよそ80人に1人の頻度であった.AMDの分類別では,滲出型の有病率が1.2%,萎縮型の有病率が0.1%であり,滲出型の有病率が増加していた.AMDの有病率の増加は滲出型の増加によるものと推測される.さらに,男性(2.2%),女性(0.7%)ともに有病率の増加を認めたが,1998年と同様に男性のほうが有意に高い有病率を認めた.わが国のAMDの有病率を欧米のpopulation-basedstudyによる結果と比較してみると,日本人では白人より少なく黒人より多いことが推定される(表1)3~7).これは眼内の色素や遺伝的因子,環境的要因などが関係しているのではないかと考えられている.また,欧米においては加齢黄斑変性の有病率および発症率は女性に多い表1Populationbasedstudyによる加齢黄斑変性の有病率研究対象人数(人)対象年齢(歳)AMDの有病率(%)男性女性計RotterdamEyeStudy(オランダ,白人,1995年)*6,25155~1.41.91.7BlueMountainsEyeStudy(豪州,白人,1995年)3,65455~1.32.41.9BarbadosEyeStudy(西インド諸島,黒人,1992年)3,44440~0.30.90.6久山町スタディ(福岡,日本,1998年)1,48650~1.70.30.9久山町スタディ(福岡,日本,2007年)2,67650~2.20.71.3*wettypeAMDのみ.表2Populationbasedstudyによる加齢黄斑変性の9年発症率研究AMDの9年発症率男性女性合計BlueMountainsEyeStudy(豪州,白人)*2.54.0*3.3BarbadosEyeStudy(西インド諸島,黒人)0.70.70.7久山町スタディ(福岡,日本)2.60.8*1.4*10年発症率を9年発症率に換算したものを示す.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,200929(29)加齢黄斑変性の予防のためにはぜひ禁煙の重要性を啓蒙する必要がある.おわりに久山町スタディの結果では,この9年間でAMDの頻度が増加していることが明らかとなった.今後かつてない超高齢化社会を迎え,AMD患者数はさらに増加することが予想される.わが国においては久山町スタディのように地域一般住民を対象とした長期追跡研究のデータが少なく,欧米のデータを参考とすることはできるが,欧米での研究を参考とするには人種や生活習慣が異なる.効率的な発症予防,進展予測のためにもこのような大規模住民研究を継続していくことが必須であり,さらなる追跡調査が必要であると思われる.文献1)KatsukiS,HirotaY:Recenttrendsinincidenceofcere-bralhemorrhageandinfarctioninJapan.Areportbasedondeathrates,autopsycaseandprospectivestudyoncerebrovasculardisease.JpnHeartJ7:26-34,19662)BirdAC,BresslerNM,BresslerSBetal:Aninternationalclassicationandgradingsystemforage-relatedmaculop-athyandage-relatedmaculardegeneration.TheInterna-tionalARMEpidemiologicalStudyGroup.SurvOphthal-mol39:367-374,19953)MitchellP,SmithW,AtteboKetal:Prevalenceofage-relatedmaculopathyinAustralia.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology102:1450-1460,19954)VingerlingJR,DielemansI,HofmanAetal:Thepreva-lenceofage-relatedmaculopathyintheRotterdamStudy.Ophthalmology102:205-210,19955)SchachatAP,HymanL,LeskeMCetal:Featuresofage-relatedmaculardegenerationinablackpopulation.TheBarbadosEyeStudyGroup.ArchOphthalmol113:728-735,19956)OshimaY,IshibashiT,MurataTetal:PrevalenceofagerelatedmaculopathyinarepresentativeJapanesepopula-tion:theHisayamastudy.BrJOphthalmol85:1153-1157,20017)KleinR,KleinBEK,TomanySCetal:Ten-yearinci-denceandprogressionofage-relatedmaculopathy.TheBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology109:1767-1779,20028)WangJJ,RochtchinaE,LeeAetal:Ten-yearincidenceandprogressionofage-relatedmaculopathy.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology114:92-98,20079)LeskeMC,WuSY,HennisAetal:Nine-yearincidenceの3つの報告に限られている8~10).これらの欧米のpop-ulation-basedstudyによる疫学調査の結果と比較すると,日本人のAMDの長期発症率は白人より少なく黒人より多いことがわかった(表2).9年間という長期追跡調査でみると,日本人のAMDの発症率は白人より少なかったものの,年々増加傾向にあることは有病率調査から明らかであり,今後は欧米並みに患者数が増加することが予想される.3.加齢黄斑変性の危険因子久山町スタディにおいて1998~2003年の5年間の追跡調査の結果,加齢,男性,喫煙がAMD発症の有意な危険因子であることがすでに明らかになっている10).1998~2007年の9年間へと追跡期間を延ばし,新たに発症したAMD患者を調査することによりさらなるAMDの危険因子が明らかになった.それによると,日本人におけるAMD発症には加齢,喫煙のほかに,白血球数の増加が危険因子として関与していることがわかり,AMD発症と炎症との関連が示唆された(表3).AMDと炎症の関連は以前から報告されており,高感度CRP(C反応性蛋白)や白血球数の増加が危険因子であるという疫学的報告やドルーゼンの形成過程,ドルーゼンに対する反応としての慢性炎症がAMD発症に関与しているという実験的報告がある11).今回の結果は疫学的見地からAMDと炎症との関連を示すものとして興味深い.予防できる危険因子としては以前から指摘されている喫煙が重要である.特に日本人の男性においては喫煙の影響により発症率が増加していることが推測される.表3AMD発症に関連する危険因子の多変量解析結果:久山町スタディ(1998~2007)危険因子オッズ比95%信頼区間年齢(1歳)1.10**1.05~1.16喫煙3.98*1.07~14.7白血球数(1,000/mm3個)1.38*1.07~1.79*p<0.05,**p<0.01.AMDの発症に関連する危険因子を多変量解析すると,AMDの発症に関連するものは年齢,喫煙,白血球数であった(年齢,性別,高血圧,糖尿病,高脂血症,喫煙,飲酒,BMI,白血球数の因子で調整).———————————————————————-Page630あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(30)InvestOphthalmolVisSci46:1907-1910,200511)AndersonDH,MullinsRF,HagemanGSetal:Aroleforlocalinammationintheformationofdrusenintheagingeye.AmJOphthalmol134:411-431,2002ofage-relatedmaculardegenerationintheBarbadosEyeStudies.Ophthalmology113:29-35,200610)MiyazakiM,KiyoharaY,YoshidaAetal:Theve-yearincidenceandriskfactorsforagerelatedmaculopathyinageneralJapanesepopulation:theHisayamastudy.

観察研究(コホート研究):レイキャビック・アイ・スタディ

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLSI対象および方法1.対象(図1)1996年9月,アイスランド統計局によって年代別,男女別に人口の6.4%を無作為抽出したレイキャビック在住の50歳以上の一般住民1,700名のうち,死亡や引っ越しによる65名を除外した1,635名に眼科総合検診受診希望者を呼びかけ,連絡が取れた1,379名のうち,これに応じた1,045名(男性:464名,女性:581名,受診率:75.8%)を対象に第1回眼疫学調査を行った(表1).人種は全症例において白人であった.2001年9月に,第1回参加者1,045名のうち,死亡例87名を除いた958名を対象に呼びかけ,845名(男性:375名,女性:470名,受診率[対1996年対象者数]:80.9%,受診率[対生存者数]:88.2%)について第2回調査を行った.2008年8月には,第1回参加者1,045名のうち,死亡例243名を除いた802名中573名(男性:252名,女性:321名,受診率[対1996年対象者数]:54.8%,受診率[対生存者数]:71.4%)を対象に第3回調査を行った.2.問診眼科検診前にあらかじめ26項目にわたる問診票を受診予定者に配布し,受診前に回答可能な範囲で質問事項を満たしたものを検査当日持参させた.検診前にトレーはじめに筆者らは以前より紫外線と眼疾患の関連を調査するため,気象条件の異なる国内外の地域での疫学調査を行ってきた1).石川県輪島市門前町をメインフィールドとし,1996年に鹿児島県奄美地区およびアイスランド・レイキャビック,1997年にシンガポール,2003年に中国遼寧省,2005年に中国海南省および山西省での調査を行っている.このうち,石川県では5年目の調査が終了し,現在10年目の縦断的調査が進行中で,本稿で紹介するアイスランドの調査は2001年,2008年に縦断的調査を終了している.アイスランドは先進国のなかでは紫外線レベルが最も低い地域の一つであり,転居することなく国内に居住している住民が多いことから,紫外線による眼健康障害を評価するには非常に適している対象であるといえる.金沢医科大学グループの行ってきた眼疫学調査のおもな対象疾患は,紫外線との関連が報告されている白内障,翼状片であるが,それ以外の疾患についても同時に検査を行い,日本人,中国人などと比較を行ってきた.本稿では,アイスランド大学と共同の縦断的眼疫学調査ReykjavikEyeStudyについて,その方法と結果の一部を紹介する.2008年8月に12年目の調査が終了したが,今回は5年目までの調査で明らかになった結果について,白内障を中心に,緑内障,落屑症候群,加齢黄斑変性症,滴状角膜,屈折異常などに関しての報告を紹介したい.(17)17:():920029311()特集●わかりやすい眼科疫学あたらしい眼科26(1):1724,2009観察(コート):レイキャビック・アイ・スタディObservationalCohortStudy:TheReykjavikEyeStudy佐々木洋*———————————————————————-Page218あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(18)散瞳後の前眼部スリット像と徹照像の撮影,水晶体所見の観察,眼底観察,視神経乳頭部所見および黄斑部所見の写真撮影を行った.水晶体の所見は,混濁・透明にかかわらず,全症例でスリット像と徹照像の撮影を行った.混濁水晶体の3主病型(核,皮質,後下混濁)はWHO白内障分類2)に従って程度03に分類し,瞳孔領3mm以内の皮質混濁についてはcentral(CEN)(+/)で判定した.2001年調査からは,3主病型以外の6つの水晶体混濁副病型(Retrodots,Waterclefts,Focaldots,Vacuoles,Fiberfolds,Coronarycataract)についても併せて評価した.水晶体所見の診断は同一検者(筆者)がすべて行った.最終診断は撮影画像を解析することによって行ったが,画像の解像度不良症例や散瞳不良例については肉眼で判定した.4.検討項目屈折状態,瞼裂斑,翼状片,老人環,滴状角膜,水晶体所見,落屑症候群,後部硝子体離,緑内障,加齢黄斑変性症,糖尿病網膜症,前眼部の生体計測について検討を行った.また,水晶体混濁と生活習慣,戸外生活歴ニングを受けた問診担当者がこれをチェックし,受診者とともに未回答項目を埋めた.使用した問診票は,基本的に他の疫学調査で使用したものと変わりないが,本疫学調査では戸外活動歴をより具体的に把握するために,この項については詳細な聞き取り調査を行った.3.眼科検査検査の内容は,屈折検査,裸眼・矯正視力測定,眼圧測定,スペキュラーマイクロスコープ,眼軸長測定,前眼部細隙灯顕微鏡検査,前眼部解析システムによる散瞳前の前眼部スリット撮影,散瞳可能症例については極大表11996年参加者の詳細年齢無作為標本*(人数=1,700)検診対象者参加者男/女合計男/女合計男/女合計50代262/265527216/224440167/19436160代220/283503182/259441146/21035670代181/206387160/186346119/13425380歳以上68/15021861/9115232/4375合計731/9041,635619/7601,379464/5811,045*死亡,引っ越しなどによる65人は除外.レイキャビック在住50歳以上の一般住民を年齢層別に無作為抽出:1,700名(死亡・引っ越しなどによる不在65名および連絡不能者256名を除外:321名)検診対象者:1,379名不参加者:334名1996年眼科総合検診受診希望者の呼びかけに応じた対象者:1,045名(受診率[対検診対象者]:75.8%)2001年眼科総合検診受診者:845名(受診率[対1996年生存者数]:88.2%)19962001年死亡者:87名不参加者:113名2008年眼科総合検診受診者:573名(受診率[対1996年生存者数]:71.4%)19962008年死亡者:243名不参加者:229名図11996~2008年レイキャビック・アイ・スタディ参加者チャート———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,200919(19)れた.シンガポール人は50代から核白内障がみられ,他の2人種に比べ著しく多い.熱帯地区の特徴的な所見と考えてよく,シンガポール人における核混濁の高有所見率は人種の特異性よりも環境によるものと考察される.筆者らは水晶体の透明度をLensTransparencyProp-erty(LTP)という指標で表している4).LTPは加齢との相関が最も高い前,前成人核,中心間層の散乱光強度とその層間厚から算出し,透明水晶体では加齢に伴いほぼ直線的に増加する.LTPが高い水晶体は白内障発のなかでの太陽光被曝歴の関係についても検討した.II結果1.白内障人種別水晶体混濁有所見率について,アイスランドの第1回調査結果およびシンガポールと石川県輪島市門前町で行った疫学調査結果とを比較した(表2)3).アイスランド人では皮質白内障が最も多く,ついで核,後下白内障の順であった.他人種との比較では,日本人に比べ皮質白内障はやや少なく,核白内障が多い傾向がみら50代60代男性女性男性女性男性女性男性女性男性女性男性女性レイキャビックレイキャビックシンガポールシンガポール石川石川300400500600700800平均LTP(±SD)NSNSNS**************NSNS413.8(55.3)423.7(64.0)578.5(76.7)578.1(72.9)422.4(74.9)395.7(64.1)558.2(74.4)538.8(72.3)660.9(85.5)672.6(81.4)502.3(70.6)465.3(70.1)*:p<0.05,**:p<0.01,***:p<0.005.図2レイキャビック,シンガポール,石川における対象者の平均LTP(±SD)表2白内障有所見率の比較(WHO白内障分類程度1以上)年齢地域皮質白内障(%)核白内障(%)後下白内障(%)男性女性全体男性女性全体男性女性全体50代レイキャビック7.95.86.71.81.61.70.01.60.8シンガポール11.020.016.411.36.68.46.01.63.4石川8.57.67.90.00.00.01.40.00.560代レイキャビック20.416.818.311.39.110.02.11.41.7シンガポール39.638.939.341.243.942.611.87.99.7石川22.843.334.72.61.92.23.32.83.070歳以上レイキャビック46.054.050.233.342.838.24.35.34.8シンガポール48.663.355.474.482.877.948.630.040.3石川55.759.057.522.418.320.25.74.45.0*:p<0.05,**:p<0.01.*******************************———————————————————————-Page420あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(20)この傾向は,太陽南中高度の高い低緯度地域の住民でより顕著にみられた.皮質白内障と太陽紫外線被曝の関係を間接的に支持する結果と考えたい.2.緑内障第1回調査において,42名(男性:22名,女性:20名)が開放隅角緑内障と診断された(図5)7).50歳以上での全体の有所見率は4.0%(95%CI:2.85.2)で,加齢とともに増加傾向にあった(オッズ比:1.10/年,95%CI:1.071.13,p=0.000).また,視神経乳頭径を測定し,緑内障眼(垂直径0.206±0.029インチ)では正常眼(0.189±0.018インチ)に比べ有意に大きく,大きなサイズの視神経乳頭は緑内障の危険因子の一つと考えられる8).3.落屑症候群アイスランドを含め,北欧では落屑症候群の有所見率が高いことが知られている.今回の第1回調査においても,108名(10.7%)に落屑症候群がみられた9).50代症リスクが高いことがわかっている.アイスランド人,日本人,シンガポール人におけるLTPの比較では,白内障有所見率が最も高いシンガポール人でのLTPが有意に高く,LTPが水晶体加齢変化の評価,白内障発症リスク予測に有用であることを示唆する結果と考える(図2).白内障発症危険因子について,第1回調査の結果,2030代および4050代の週末に1日4時間以上戸外で過ごした対象者には重度皮質混濁がみられ,1日の戸外生活時間が4時間未満の者に対する皮質混濁グレードII以上の相対危険度はそれぞれ2.80(95%信頼区間;CI:1.017.80),2.91(95%CI:1.139.62)であった5).その他,全身副腎皮質ステロイド投与,虹彩の色調,屈折状態,食物摂取状況,飲酒と皮質白内障に有意な相関がみられた(表3).皮質白内障の混濁部位について,第1回調査結果とそれ以前に行ったシンガポールやメルボルンでの疫学調査結果と比較し,皮質混濁はいずれの地域でも水晶体の鼻側下部に高率で局在していることがわかった(図3,4)6).表3皮質白内障の危険因子StudyI─グレードI〔相対危険度(95%CI)〕StudyII─グレードII&III〔相対危険度(95%CI)〕薬物治療(有/無)副腎皮質ステロイド局所0.95(0.511.75)1.35(0.473.89)全身0.92(0.263.23)3.70(1.439.56)*ビタミン0.97(0.701.35)0.87(0.461.65)虹彩色グレー/ブラウン0.82(0.491.36)0.50(0.181.35)混合/ブラウン0.67(0.401.10)0.37(0.510.92)*眼疾患(有/無)遠視0.68(0.480.96)*0.65(0.311.36)食物摂取(現在)ニシン,イワシ,エビ頻繁+度々/めったにない+一度もない0.49(0.290.83)**0.27(0.110.71)**時々/めったにない+一度もない0.81(0.561.20)0.30(0.150.62)植物油頻繁+度々/めったにない+一度もない1.15(0.761.76)0.41(0.180.95)*時々/めったにない+一度もない1.12(0.691.18)0.61(0.251.49)アルコール摂取中程度/禁酒0.56(0.350.91)*0.52(0.211.27)*:p<0.05,**:p<0.01.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,200921(21)1,021例と左眼1,020例を評価した10).右眼と左眼には統計的な有意差は認められなかった.50代の片眼において,大きさ63125μmの中型軟性ドルーゼンが4.8%(95%CI:2.67.0),125μm超の大型軟性ドルーゼンが1.2%(95%CI:0.02.3),結晶状もしくは半固体状の大型軟性ドルーゼンが0.6%(95%CI:0.01.4)にみられた.80歳以上においては,それぞれ18.2%(95%CI:9.826.6),10.9%(95%CI:4.017.8),25.5%(95%CI:18.432.6)であった.また,萎縮型は,での有所見率は2.5%だったが,80歳以上では40.6%に増加した(図6).女性(12.3%)は男性(8.7%)より顕著で,年齢調整後解析でも統計的に有意であった(p<0.001).落屑眼は非落屑眼に比べ,眼圧が高かった(p<0.05).しかし,多変量解析において,落屑症候群は角膜中央厚,前房深度,水晶体厚,水晶体核混濁,乳頭形態との有意な相関はなかった.4.加齢黄斑変性症第1回調査において,黄斑部画像で解析可能な右眼耳側78.2鼻側89.9上部耳側上部鼻側下部耳側下部鼻側上部70.6下部90.952.854.868.478.845.781.570.680.732.528.155.470.614.118.537.073.946.886.127.291.3レイキャビック(64?08¢N,21?58¢W)メルボルン(37?46¢S,144?58¢E)シンガポール(0?17¢N,103?51¢E)図4皮質白内障の局在の比較(%)01020男性女性全体有所見率(,95CI)12.8(5.521.2)9.1(0.217.9)7.4(2.911.9)2.9(0.65.1)1.2(0.02.9)2.8(0.15.5)8.6(3.413.8)17.6(4.131.1)0.08.0(4.611.3)2.8(1.14.6)0.6(0.01.3):50代:60代:70代:80歳以上図5開放隅角緑内障有所見率性性有所見率(,)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)図6落屑症候群の頻度図3皮質白内障の局在反帰照明デジタル画像において,07mmの同心円および8本の放射線状直線によって分割された56部位に局在する水晶体混濁部位を判定.瞳孔径は7mm以上.上部下部耳側鼻側———————————————————————-Page622あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(22)14.4),70代の25.7%(95%CI:18.433.0)にみられた(表5)11).後期加齢黄斑変性症は50代での発症はなく,70歳以上において萎縮型が4.6%(95%CI:1.27.9)にみられたが,滲出型はみられなかった.アイスランドでは,萎縮型は加齢黄斑変性症の最多型であり,70歳以上の片眼において9.2%,80歳以上においては25.0%にみられ,滲出型はそれぞれ2.3%,9.8%にみられた(表4).第2回調査結果では,5年間における色素脱失発症が,ベースライン時の年齢50代の10.7%(95%CI:6.9表4加齢黄斑変性症の萎縮型および滲出型の有所見率萎縮型滲出型後期黄斑変性男性女性全体男性女性全体男性女性全体50代0.0%0.6%0.3%0.0%0.0%0.0%0.0%0.6%0.3%60代1.5%1.0%1.2%0.0%0.0%0.0%1.5%1.0%1.2%70代4.0%6.5%5.3%1.0%0.0%0.5%5.1%6.5%5.8%80歳以上21.7%27.6%25.0%8.7%10.7%9.8%21.7%34.5%30.8%全体2.7%3.5%3.2%0.7%0.7%0.7%2.9%3.9%3.5%表55年間の加齢黄斑変性症の発症率─累積的発症率(95%CI).年代グループはベースライン時の年齢─50代60代70代80歳以上63125μm軟性ドルーゼン5.0%(2.47.7)10.8%(6.814.8)22.7%(15.330.0)6.7%(0.021.0)125μm超境界明瞭軟性ドルーゼン1.1%(0.02.4)2.0%(0.33.8)3.6%(0.56.8)6.7%(0.021.0)125μm超境界不明瞭軟性ドルーゼン1.1%(0.02.4)6.7%(3.69.8)12.8%(7.018.5)28.6%(1.555.6)63μm以上色素脱失10.7%(6.914.4)11.4%(7.415.4)25.7%(18.433.0)23.5%(1.046.0)63μm以上色素沈着1.9%(0.23.5)4.7%(2.17.3)9.2%(4.414.1)17.7%(0.037.9)色素異常9.9%(6.313.6)13.2%(8.917.5)26.5%(19.034.0)31.3%(5.756.8)早期加齢黄斑変性症14.8%(10.419.2)17.6%(12.722.5)43.9%(33.953.9)50.0%(12.387.7)後期加齢黄斑変性症0%(n.a.)0.4%(0.01.1)4.4%(0.97.9)5.9%(0.018.4)表65年間の加齢黄斑変性症発症の危険因子―年齢・性別・喫煙調整オッズ比(95%CI)―63125μm軟性ドルーゼン125μm超大型境界明瞭ドルーゼン125μm超大型境界不明瞭ドルーゼン色素脱失色素沈着色素異常早期加齢黄斑変性症アルコール摂取なし1.001.001.001.001.001.001.00月1回未満0.47*(0.220.98)0.45(0.063.54)0.53(0.251.14)1.09(0.572.06)1.93(0.874.29)1.37(0.772.43)1.65*(1.062.56)それ以上0.40*(0.150.98)0.69(0.067.68)0.28*(0.090.94)1.10(0.502.42)2.52(0.827.78)1.42(0.692.91)1.98*(1.133.49)婚姻状態離婚・死別者1.001.001.001.001.001.001.00独身者0.72(0.261.99)0.90(0.0810.09)1.58(0.524.77)0.34*(0.150.80)0.96(0.233.97)0.39*(0.180.88)0.82(0.451.52)既婚者0.45*(0.230.86)0.79(0.173.65)0.82(0.361.86)0.82(0.421.58)0.84(0.342.07)0.83(0.461.51)1.34(0.882.04)*:p<0.05.———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.26,No.1,200923類似人種と比較すると,萎縮型の滲出型に対する比率がより高いことが特徴であった.加齢黄斑変性症の危険因子についても検討した.現在のアルコール摂取はドルーゼン発症リスクを減少させる(表6)12).また,既婚者は離婚者や死別者よりも軟性ドルーゼン発症リスクが減少しており,独身者は離婚者や既婚者よりも色素沈着発症リスクが減少していた.食物繊維の豊富な野菜や肉および肉製品を週一度の摂取もしくは摂取頻度が低い場合,軟性ドルーゼンの発症危険因子となるが,色素異常リスクを減少させる.年間20箱以上の喫煙者は,禁煙者に比して5年間での生存率が減少していたため(オッズ比:0.46,95%CI:0.270.80,p=0.006),加齢黄斑変性症に対する有意な影響は検出できなかった.5.滴状角膜滴状角膜は角膜中央にみられる微細なDescemet膜の疣状隆起で,加齢とともに数を増す角膜変性であり,Fuchs角膜内皮ジストロフィの前段階と考えられることもある.これまでPopulation-basedStudyでの本所見に関する報告はない.50歳以上のアイスランド一般住民における両眼での滴状角膜の有所見率は,女性11%,男性7%,全体で9.2%であった13).石川県門前町50歳以上での滴状角膜の有所見率は男性0.6%,女性2.5%,全体で1.7%であり,アイスランドでは日本人に比べ滴状角膜が非常に多いことが明らかになった.高体重や高BMI(bodymassindex)値は滴状角膜減少と相関があった(図7).年間喫煙20箱以上の滴状角膜発症リスクは2倍となった(p<0.02).また,性別においては,男性より女性により多くみられた.6.屈折異常ベースライン時の年齢50歳以上の757名の右眼を対象に屈折変化分析を行った14).5年間での屈折変化に関して,50代と60代においてはそれぞれ0.41Dと0.34Dの遠視化,70歳以上においては0.02Dの近視化,全右眼においては0.29Dの遠視化がみられた(図8).そのうち,ベースライン時に核混濁グレードII以上であった眼は平均0.65Dの近視化がみられた.加齢に伴いすべての年代で倒乱視化がみられた.5年で50代が0.09D,60代が0.13D,70歳以上では0.21D倒乱視化していた.眼軸長は2001年の検診でのみ測定し,50代の平均眼軸長は23.56mm(SD:1.08mm),60代は23.40mm(SD:1.01mm),70歳以上は23.23mm(SD:1.27mm)であり,加齢に伴い眼軸長は短縮する傾向がみられた.加齢に伴う屈折の遠視化は,水晶体屈折力の変化,水晶体形状と前房深度の変化,眼軸長の変化が関連してい(23)1.023(0.9941.052)1.606(0.9612.685)0.978(0.9511.007)0.975(0.9570.994)*0.931(0.8700.995)*0.907(0.5981.377)0.945(0.6261.428)0.954(0.6351.435)1.329(0.6782.605)2.198(1.1794.098)*0.989(0.4882.007)0.453(0.1701.911)0.682(0.3441.352)0.978(0.9261.032)1.000(0.5891.697)00.511.522.5年齢性別身長体重BMIUV被曝(20代)UV被曝(30代)UV被曝(40代)喫煙(年間20箱未満)喫煙(年間20箱以上)アルコール摂取落屑症候群前房深度前房隅角加齢黄斑変性症*p<0.05図7滴状角膜の危険因子(右眼)単変量ロジスティック回帰分析:オッズ比(95%CI).00.20.40.60.811.21.41.61.8等価球面(D)0.271.211.440.681.5550代60代70歳以上:1996年:2001年1.42図85年間の屈折変化50歳以上(ベースライン時)の参加者757名の有水晶体眼(右眼)における平均等価球面値.———————————————————————-Page824あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009る可能性が考えられる.屈折の加齢変化に関するこれらの結果は,加齢に伴う視機能の長期予測,片眼白内障手術時のレンズパワー決定,屈折手術後の長期予測などに有用であると考えられる.おわりにアイスランドで行ったReykjavikEyeStudyについて,その結果の一部を紹介した.国外での疫学調査の実施は容易ではないが,日本人と異なる人種の眼をみることができたことは非常に意義深いものであった.水晶体一つをとっても混濁病型は日本人とは異なり,白内障発症に遺伝的な要因が密接に関与していることを強く実感することができた.今後も,眼疾患への環境因子の影響,疾患の遺伝的背景を明らかにすることを目的に,積極的に国内外での眼疫学調査を継続していきたい.文献1)SasakiK,SasakiH,KojimaMetal:Epidemiologicalstud-iesonUV-relatedcataractinclimaticallydierentcoun-tries.JEpidemiol9:S33-38,19992)ThyleforsB,ChylackLTJr,KonyamaKetal:Asimpli-edcataractgradingsystem.OphthalmicEpidemiol9:83-95,20023)SasakiK,SasakiH,JonassonFetal:Racialdierencesoflenstransparencypropertieswithagingandprevalenceofage-relatedcataractapplyingaWHOclassicationsys-tem.OphthalmicRes36:332-340,20044)SasakiH,HockwinO,KasugaTetal:Anindexforhumanlenstransparencyrelatedtoageandlenslayer:comparisonbetweennormalvolunteersanddiabeticpatientswithstillclearlenses.OphthalmicRes31:93-103,19995)KatohN,JonassonF,SasakiHetal:CorticallensopacicationinIceland.Riskfactoranalysis─ReykjavikEyeStudy.ActaOphthalmolScand79:154-159,20016)SasakiH,KawakamiY,OnoMetal:Localizationofcorti-calcataractinsubjectsofdiverseracesandlatitude.InvestOphthalmolVisSci44:4210-4214,20037)JonassonF,DamjiKF,ArnarssonAetal:Prevalenceofopen-angleglaucomainIceland:ReykjavikEyeStudy.Eye17:747-753,20038)WangL,DamjiKF,MungerRetal:IncreaseddisksizeinglaucomatouseyesvsnormaleyesintheReykjavikEyeStudy.AmJOphthalmol135:226-228,20039)ArnarssonA,DamjiKF,SverrissonTetal:Pseudoexfoli-ationintheReykjavikEyeStudy:prevalenceandrelatedophthalmologicalvariables.ActaOphthalmolScand85:822-827,200710)JonassonF,ArnarssonA,SasakiHetal:Theprevalenceofage-relatedmaculopathyiniceland:ReykjavikEyeStudy.ArchOphthalmol121:379-385,200311)JonassonF,ArnarssonA,PetoTetal:5-yearincidenceofage-relatedmaculopathyintheReykjavikEyeStudy.Ophthalmology112:132-138,200512)ArnarssonA,SverrissonT,StefanssonEetal:Riskfac-torsforve-yearincidentage-relatedmaculardegenera-tion:theReykjavikEyeStudy.AmJOphthalmol142:419-428,200613)ZoegaGM,FujisawaA,SasakiHetal:PrevalenceandriskfactorsforcorneaguttataintheReykjavikEyeStudy.Ophthalmology113:565-569,200614)GudmundsdottirE,ArnarssonA,JonassonF:Five-yearrefractivechangesinanadultpopulation:ReykjavikEyeStudy.Ophthalmology112:672-677,2005(24)

観察研究企画・実行の実際

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLS臨床研究・疫学研究に対するガイドラインには,ニュルンベルグ・コード4),ヘルシンキ宣言5),ベルモント・レポート6),CIOMSの研究ガイドライン7),Interna-tionalguidelinesforethicalreviewofepidemiologicalstudies8),Americancollegeofepidemiologyethicsguideline9)(ACEガイドライン),疫学研究に関する倫理指針10)などがあり,研究を企画から実施するまでの条件が述べられている.各ガイドラインを整理してまとめると,図1のごとくまとめられる.以下,順を追って説明する11).I研究企画時1.価値のある研究かどうか科学者が研究を行おうとした際,まず何を思い浮かべるであろうか.新しい発想で生まれた画期的な治療の効果,既存の治療法や疫学に対する検討,欧米での報告とはじめに近年,メタボリックシンドローム(MetS)1)や慢性腎臓病(CKD)2)などの疾患が,心血管病や高血圧,糖尿病などの危険因子として注目されており,成人病のスクリーニングとして重要視されている.最新の高血圧ガイドライン(JSH2009)3)では,MetSおよびCKDがリスク分類に加わり,新たな診断基準として生まれ変わった.眼科学分野でも,緑内障や加齢黄斑変性症などの疾患に対する研究などから有病率や発症率,その疾患に対する危険因子などが報告され,病院・診療所単位で行われる症例対照研究では,臨床での治療効果や副作用などを報告することにより,最善の治療法の検討を行っている.疫学研究の本質は,疾患の予防である.つまり,疾患と要因との関連を明らかにするために,人間の集団を対象とし観察を行い,場合によっては介入といった手段を用いて,疾患や健康に関する個人情報を集積することが不可欠となる.さらに,遺伝子解析研究の進展に伴い,遺伝子情報も利用されるようになり,個人情報の管理・守秘義務の重要性がより大きくなっている.では,疫学研究を始めるにあたって,何が必要となるのであろうか.本稿では,研究の企画から実行に至る過程を検討し,倫理的かつエビデンスに富む科学的な研究をいかに行うかを述べてみたい.(11)11tosr研究研究81125118221研究特集●わかりやすい眼科疫学あたらしい眼科26(1):1116,2009観察研究企画・実行の実際RequirementsforObservationalEpidemiology荒川聡*研究企画研究実施1.医学的,科学的に価値のある研究か2.科学的に妥当性があるか3.対象者が適切に選択されていること4.対象者のリスクが最小限であるか5.独立した機関からの審査・承認を受けること6.Informedconsentの取得7.対象者のプライバシーが守られ,研究実施中の監査を行う図1臨床・疫学研究ガイドラインのまとめ———————————————————————-Page212あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(12)くる.対象者には研究の目的にあった人を選ぶ必要があり,結果が適用される集団と同様な構成の集団であることが望ましい.疫学研究の倫理指針10)では研究者らは,研究対象者を不合理または不当な方法で選んではならないと記されている.参加者が容易に集められるからなどの理由で貧困な人や同意能力が不十分な人を対象にしてはならない.また,利益を受ける集団と負担を受ける集団は同一でなくてはならず,先進国が開発途上国で行う研究には注意を要する.1990年代に実際に起こった例をあげると,先進国が企画して開発途上国で行われたHIV(ヒト免疫不全ウイルス)母子感染予防のための臨床試験で,先進国では標準となっている方法を用いずに,低容量の治療法とプラセボとの比較が行われた13).これはヘルシンキ宣言の第29条「比較対象試験は最善の治療と,それより良いかもしれない新しい治療法を比べなくてはならない」に沿ったものではなく,国際的な論議をひき起こした.先進国側がヘルシンキ宣言の改訂を求めたが退けられ,現在も議論が続いている14).プラセボを用いた比較試験の問題もあるが,先進国が開発途上国で行ったという倫理的な問題が大きい.対象者を選択する際,このような倫理的な問題をクリアした後に考えるべきは,対象者の選択に偏り(バイアス;bias)がないかどうかである15).観察研究で得られた結果は,真の姿を反映しているわけではない.ある疾患の有病率を観察する際,真の有病率はただ一つの値であるが,この値は神のみぞ知るものであり,われわれは種々の研究方法を用いてこれを明らかにしようと試みている.真の姿と観察結果の差を誤差(error)とよび,偶然誤差と系統誤差に区分される.偶然誤差とは,測定ごとにばらつく誤差のことを言い,偶然誤差が少ないほど精度の高い研究といえる.他方,系統誤差とは一定の方向性をもった誤差のことをいい,系統誤差が小さいほど妥当性の高い研究である.たとえば,緑内障患者の眼圧測定に対する場合を考えてみる.測定器が測定日により,異なった値を示すのであれば,精度の低く偶然誤差の大きな観察値といえ,あるいは,実際の値よりも常に2mmHg高く表示されるのであれわが国での比較検討あるいは学会発表のための研究,専門医を取得するための論文など多種多様な目的がある.しかし,本質となるのは何か社会に対し意味のあることをやろうという思いではなかろうか.そのためには価値のある研究ということが余儀なく要求される.疫学研究であれ,臨床研究であれ,多くは人を対象とした研究であり,人間の健康増進や疾患の理解に対する知見が求められる.価値のある研究とはどのようなものであろうか.ナチスドイツによる人体実験から生まれたニュルンベルグ・コード4)の第2項では「実験は社会に貢献する結果をもたらすものであり,他の方法では達成できないこと,でたらめや不必要なものでないこと」とある.価値のない研究とは,結果が生じたところで,まったく社会に意味がないものや既存の研究結果を撫でるだけのものと言い換えることができる.研究を行う者は常に医療での不確実性を認識し,懐疑心をもって研究に望むべきである.2.科学的に妥当性があるか加齢黄斑変性症と栄養補助食品との関連を調べる研究を考えてみる.対象者が多く,人件費もかかるため自記式調査票を郵送し,調査する計画を立てた.郵送では人件費節約という利点はあるが,質問内容の回答には手間がかかり,回収率が低くなることが予測される.このような初めから精確な情報が確保できない研究では,欠損値が多くなり,いい結果を生み出すことは困難となる.郵送ではなく,直接担当者による聞き取りを行うなど,他の方法を検討する必要がある.このように研究に意義があっても,方法が悪いためにきちんとした結果が得られない研究や統計学的に有意差がでなかった場合,症例数が足りずに結果がでなかったのかわからない研究などは妥当性が乏しく,デザインや症例数の見積もりなど適切な計画が必要となる12).3.対象者の選択研究を企画する際に最も重要なことの一つは,対象者の選択を適切に行うことである.時間をかけ,統計学的に有意差が生じたとしても,対象者の選択に問題があると,研究自体が意味をなさないものになる可能性が出て———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,200913(13)り,それが契機となり健診を受診していた場合,危険因子が本来の姿と異なったものとなるかもしれない.どちらにせよ偏った集団であり,真の姿を反映していないであろう.症例対照研究でもこのバイアスは生じる.症例の選択において,曝露の有無が関連してくる場合である.実際1960年代に行われた研究を例にあげる.経口避妊薬と塞栓症の関係についての研究で,この研究よりも前から,経口避妊薬の内服が塞栓症の危険因子であることは臨床医は薄々感じており,避妊薬の内服歴があると塞栓症の診断がつきやすくなるという状況があった.この場合,両者に関連がなくても見かけ上,経口避妊薬が危険因子として観察されてしまう.症例対照研究では曝露(経口避妊薬内服)と疾病発生(塞栓症)がすでに終了しているため,抽出の際に選択の偏りが生じる可能性がある.つぎに,情報の偏り(informationbias)についてであるが,別名,誤分類とよばれ,研究で得られた情報が事実と異なる場合に生じる.たとえば,緑内障患者で24時間眼圧測定(日差)を行う際,計測者があまり熟練していない場合では,正しい数値ではない可能性が出てくる.また,自宅で眼圧測定ができると仮定してみよう.3時間ごとの眼圧を測定してもらい,後日結果を収集するとする.高い眼圧を報告しにくいのは当たり前であり,実際の数値よりも低い値を報告するかもしれない.このような場合に情報の偏りが生じる.では,いかに各誤差を最小限とし,制御するかを考えてみる.偶然誤差をより小さくし,精度を上げるためには,標本サイズを大きくすることが一番である.サイズが大きければ大きいほど,母集団の真の姿に近い,精度の高い結果となるが,実際は費用や予算,調査員などの労力などにより,できるだけ標本サイズを少なくしたいという課題がある.標本サイズの推定を計算式を用いて行うことができるが,計算に必要なa値,b値,有意水準など,実際の計算方法については前章を参照していただきたい.つぎに系統誤差のうち,選択および情報バイアスの制御法についてであるが,選択バイアスの制御には事前の計画が最も大切である.症例対照研究であれば,曝露情ば,妥当性が低い系統誤差の大きなものといえる.真の姿をダーツの的の中心と考えるなら,偶然誤差(精度),系統誤差(妥当性)は,図2のようにとらえるとわかりやすい.この系統誤差のことを広義の偏り(バイアス;bias)とよび,これはさらに狭義の偏りと交絡に区分される.そして,狭義の偏りを選択の偏り(selectionbias)と情報の偏り(informationbias)に区分する.研究企画段階できちんと制御すべきは狭義の偏りであり,結果の解析段階では制御不能となる(図3).解析段階では制御できず,企画段階で大切となる選択の偏りおよび情報の偏りについて詳しく述べる.まず,選択の偏り(selectionbias)とは,コホート研究であれば観察対象集団を抽出する際に,偏った抽出方法を行った結果生じるバイアスである.たとえば,ある疾患の有病率,危険因子について調査する場合,対象者を健康診断受診歴が掲載されている名簿から選ぶとする.健診を受けている集団は元々,健康に気を遣っていて有病率が低くなるのか,あるいは,ある疾患が元々あ精度低高高低妥当性図2偶然誤差(精度)と系統誤差(妥当性)誤差偶然誤差系統誤差のり情報のり選択のり図3誤差の分類———————————————————————-Page414あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(14)ように書くことが要求される.計画書で最も重要となるのは,研究の意義,妥当性である.参加者のサンプルサイズやリスクを考慮する前に,研究を行う根本的な意義,理念を再認識しておく必要がある.II研究実施時6.Informedconsentの取得研究を企画し,倫理審査委員会の審査・承認を終え,いよいよ研究が開始となる.企画段階で熟考し対象者を選択し,研究の同意を取る段階となった.Informedconsentという言葉は研究だけではなく,臨床での治療や手術に至るまで,さまざまなところで登場する.言葉の定義は言うまでもないが,「正しい情報を得た上での合意」であり,その他さまざまな訳語があるが,あくまでも対象者(患者や被験者)が主体のものであり,単に医療従事者が形式的な説明をすることでもなければ,患者のサインを求めるものではない.Informedconsentの基本理念には二つある.一つは医療従事者側からの十分な説明であり,もう一つは患者側の理解,納得,同意,選択である.前者では,医療従事者側から患者の理解が得られるよう懇切丁寧な説明が,あらゆる医療の提供において必要不可欠であることが強調されるべきである.この際,医療従事者からは医学的な判断に基づく治療方針などの提示を行うことが求められるが,患者の意思や考え方に耳を傾け,それぞれの患者に応じたより適切な説明とメニューの提示がなされることが必要である.後者においては,患者本人の意思が最大限に尊重されるのが狙いであって,患者に医療内容などについての選択を迫ることが本来の意味ではない.文書で患者の意思を確認することは,一つの手段として重要であるが,目的ではないことを理解する必要がある18,19,21).特に遺伝子治療や新薬の治験20)ではinformedconsentがより重要となる.目的,安全性,予期される効果及び危険性,他の治療方法の有無及びその内容,同意しなくても不利益を受けないこと,同意しても随時これを撤回できること,対象者を特定できないように,匿名化を行うことなどについて,医療従事者から十分な説明を行い,患者の自由意思に基づく同意を得ることが不可欠である.その報が参考にならないようにすることが求められ,コホート研究であれば,観察集団の受診率を上げる努力が必要である.他方,情報バイアスの制御には,できるだけ客観的な情報を収集することや曝露や疾病発生について定義をあらかじめ定めておくことにより,バイアスは軽減される15).4.対象者のリスクを最小限とすること「臨床研究に関する倫理指針」16)の研究者らの責務などでは,被験者の生命,健康,プライバシーおよび尊厳を守ることは,研究者の責務であると記されている.実際の臨床研究では,健康に関わる問題の不確実な部分を調べる目的で行われるため,予想できないリスクを生じることがある.動物実験や他の研究からできるだけ多くの情報を集め,リスクの評価を行い,社会に対する利益と比較考慮しバランスをとる必要がある.また,リスクを最小にする措置や健康被害が起きたときの対策を事前に行うことや参加者が不当に高いリスクにさらされないことを保証する必要がある.参加者のプライバシー保護については,Ⅱ-7.個人情報の保護・監査で述べることとする.5.独立した機関からの審査・承認研究を企画し,実行に移す前には,倫理審査委員会からの承認を受ける必要がある.日本では,新薬承認申請の臨床試験以外では,法的な強制はないが,委員会からの審査・承認は単なる儀式的なものではなく,臨床研究には不可欠なものである.倫理審査委員会とは,医学研究機関,ヒトの生体試料を使用する研究機関などにおいて自主的に配置される委員会であり,研究の科学的妥当性や倫理的妥当性について検討される機関である.幅広い知見が必要となるため,医学,疫学,統計学,倫理学などの専門家のほかに,一般の立場の方などで構成される17).研究企画後,倫理審査委員会に提出するために,研究計画書(プロトコール)を作成する必要がある.審査は研究計画書に沿って行われるため,研究計画書は研究を企画した背景と根拠,目的や意義,方法,対象者の保護とその方法などについて,専門外の委員にも理解できる———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,200915(15)おわりに研究の企画から実施に至る過程を順を追って説明してきた.研究を立ち上げてから実際に研究を行うまでにはさまざまな規則がある.しかし,一貫して言えることは,対象者の保護と研究の妥当性である.倫理という言葉に含まれることであろうと思うが,研究は倫理外の範囲に手を伸ばしてはならない.現在研究中またはこれから研究を企画する者にとって,本稿が少しでも手助けになれば幸いである.文献1)厚生労働省:メタボリックシンドロームの概念.http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/seikatsu/04.html2)日本腎臓学会編:CKD診療ガイド.http://www.jsn.or.jp/jsn_new/news/CKDmokuji.htm3)日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン2009(JSH2009).http://www.jpnsh.org/jsh2009.html4)TheNurembergCode.JAMA276:1691,19965)WorldMedicalAssociation.DeclarationofHelsinki(日本医師会訳).http://www.kasuya.fukuoka.med.or.jp/etc/helshin.html6)TheBelmontReport.http://www.hhs.gov/ohrp/humansubjects/guidance/belmont.htm7)COUNCILFORINTERNATIONALORGANIZATIONSOFMEDICALSCIENCES.http://www.cioms.ch/8)Internationalguidelinesforethicalreviewofepidemiologicalstudies.19919)Americancollegeofepidemiologyethicsguidelines:Foundationsanddissemination.http://www.springerlink.com/content/a802868648622224/10)疫学研究に関する倫理指針(平成19年8月16日全部改正).http://www.mhlw.go.jp/general/seido/kousei/i-kenkyu/ekigaku/0504sisin.html11)EmanuelEJ,WendlerDW:WhatmakesclinicalresearchethicalJAMA283:2701-2711,200012)SatoK:JNatlInstPublicHealth52(3):200313)プラセボ対照試験の倫理的問題.http://medical.radionikkei.jp/suzuken/nal/021024html/index_3.html14)ヘルシンキ宣言改訂をめぐる議論.臨床評価(ClinicalEvaluation)28:409-422,200115)中村好一:基礎から学ぶ楽しい疫学.第2版,医学書院,200216)臨床研究に関する倫理指針(平成20年7月31日全部改正).http://www.mhlw.go.jp/general/seido/kousei/i-kenkyu/rinsyo/dl/shishin.pdf17)機関内倫理審査委員会の在り方について.http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/life/haihu22/siryou5.pdf18)インンフォームド・コンセントの在り方に関する検討会報告書元気の出るインフォームド・コンセントを目指してためには,文書による確認が必須となる.患者が十分理解できるような説明文と同意の文書を合わせた形式の文書にすることで,説明の内容を患者がゆっくり理解し,同意の意思を示した後でも説明内容を患者と医療従事者相互が再度確認することも可能となることから,この「説明・同意文書」の普及が望ましい.7.研究実施中の監査および対象者の保護「臨床研究に関する倫理指針」では,倫理審査委員会は実施されている,又は終了した臨床研究について,その適正性及び信頼性を確保するための調査を行うことができる,とある16).研究開始前の審査だけでなく,研究実施中も研究の進歩状況や対象者の人権保護が適切に行われているかを監査することも,研究を円滑に進めるために重要な要素の一つである.研究開始前には予期できなかった事態が起きていないかをモニタリングし,計画書と現実との間を埋めることは,進行中の研究だけではなく,今後の研究にとってよい資料となりうる.また,対象者の保護は計画段階から研究終了まで,常に考えておく必要がある.具体的には,対象者の選択に始まり,リスクマネージメント,同意手続きが適正かどうか,プライバシーの保護は適正かどうかなどである.1980年に経済協力開発機構(OECD)が示した,個人情報の保護についての8原則を表1にあげる22).2005年に個人情報保護法23)が設立されたが,これはこの8原則に準拠したものであり,研究を行う者は自らの研究と比較検討すべきである.表1個人情報取り扱い8原則①収集制限─適切かつ公正な手段で取得しているか②データの質─データ内容の正確性の確保③目的明瞭化─収集目的の明確化④利用制限─明示された目的以外の利用禁止⑤安全保護─紛失や毀損の防止⑥公開─個人データの存在・性質・利用目的⑦個人参加1.データ管理者へ自己データの保有の照会2.自己データの開示3.上記2項目が拒否された場合の理由の開示4.自己データによる異議申立とデータの訂正,消去⑧責任─データ管理者の諸原則実施責任———————————————————————-Page616あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(16)21)水野肇:インフォームド・コンセント─医療現場における説明と同意.中公新書958,中央公論新社,199022)OECD個人情報保護8原則.http://www.prisec.org/pdp/#oecd823)内閣府:個人情報保護法令.http://www5.cao.go.jp/seikatsu/kojin/houritsu/index.html.http://www.umin.ac.jp/inf-consent.htm19)説明と同意(INFORMEDCONSENT).http://209.85.175.132/searchq=cache:DViOoRBSydwJ:www.med.niigata-u.ac.jp/obs/school/kensyu/kensyu08.pdf+informed+consent&hl=ja&ct=clnk&cd=48&gl=jp20)厚生労働省:「治験」ホームページ.http://www-bm.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/chiken/index.html