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疫学の基本:デザイン・統計手法

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLS歳以上の全住民」というように地理的・時間的条件によって調査できる集団を限定する.この選ばれた集団を調査対象集団(targetpopulation)とよぶ.しかし,調査対象集団を決定したとはいえ調査対象者が不在であったりあるいは調査に協力的でなかったりして,調査対象者全員を必ずしも調査できるとは限らない.調査に実際に参加した集団(studiedpopulation)をサンプルとよぶ.疫学研究において得られた測定値がどこまで一般化できるか判断するにはサンプルと調査対象集団がどれほど合致するのか(内的妥当性:internalvalidity)検討しなければならない.一般に,健康調査に積極的に参加する人は健康への関心度が高く健全な生活習慣をもち健康であることが多い一方,不参加者はその逆であることが多い.したがって,研究への参加率が低い場合にはある疾病の率を低く見積もってしまう可能性がある.さらに,サンプルから得られた測定値が目標母集団へ一般化できるかどうか(外的妥当性:externalvalidity)についても検討されなければならない.なぜなら,すべての疾病は①時間(年齢),②人種・民族,性別,遺伝的背景といった内的因子,③教育,収入,職業,生活態度,居住環境といった外的因子と関連があり,調査対象集団とサンプルとの背景とは必ずしも一致するとは限らないからである.疫学研究は科学的な手続きで調査地域を決めるというより,研究者の都合により都市部に比較的近く人口移動の少ない地域が選定されることが多い.この外的妥当性は慎重に討議されるべきであるが,多くは研究者たちはじめに国際疫学学会によると,疫学とは「特定の集団における健康に関連する状況あるいは事象の分布あるいは規定因子に関する研究」と定義されている1).具体的には,ある疾病の頻度を推定しさまざまな因子と疾病の因果関係を調査すること,予防・診断・治療方法を評価すること,ある疾病対策に必要な根拠を調査することなど2)が疫学の目的とされている.近年,眼科領域でも多治見スタディ・久山町スタディ・舟形町スタディ・久米島スタディなどで一般住民を対象とした数多くのpopulation-basedstudyが行われ,疫学そのものが注目を浴びるようになってきている.疫学については学生時代に一度学んでいるが,眼科医になってからは個人(患者)を対象とした治療に専念するあまり集団を対象とした考え方からは遠ざかってしまい,疫学と聞くと拒否反応を示すことが多い.本稿では,そのような眼科医に,最低限知っておくべき疫学知識(観察研究を中心に)を仮想的な集団を用いてできるだけ簡単に解説したい.I研究対象者の選定と妥当性疫学において,目標母集団(referencepopulation)とは「40歳以上の日本人男女」といったように各種属性(この場合は年齢と民族)によって定義される集団のことである.しかし,この条件に合うすべての人間を調査することは実際不可能で,「2005年に久山町に住む40(3)3KoiciOnoosineiratska:学学学:1138421本313学学学特集●わかりやすい眼科疫学あたらしい眼科26(1):39,2009疫学の基本:デザイン・統計手法PrinciplesofEpidemiology:StudyDesignandStatisticalAnalysis小野浩一*平塚義宗*———————————————————————-Page24あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(4)も多数ある.このように予測因子と転機結果の因果関係以外にも予測因子と関連があり表には現れていない因子で,転帰に影響を与え予測因子と直接的には関連していないような因子を交絡(confounding)とよぶ.実験研究では無作為に各群に分けるので,交絡が問題になることは少ないが,観察研究では交絡は常に起こる可能性がある.交絡を除去するには研究デザインの段階とデータ解析の段階に工夫が必要となる.研究デザインの段階:最も簡単に交絡を除外する方法は,対象者のもつ交絡因子のレベルを最小限にして,その範囲外の人は対象集団に取り込まないようにすることである.たとえば,「術前点眼の頻度と白内障術後眼内炎の関係」を研究する場合,術前消毒方法を統一し,涙炎や糖尿病を合併していない患者を選択し術中に後破損を起こさないようにすればよい.この方法を,限定(specication)という.一方,症例・対照試験で年齢や性別などの属性を一致させることで交絡因子の影響を最小限にする方法があるが,これをマッチングという.たとえば,白内障術後眼内炎の発生頻度に年齢差がある場合には,症例と対照の年齢が一致するように対象者を設定する.しかし,マッチングしたデータを解析するには特別な解析方法が必要で,通常の統計学的方法を用いることができない.さらに,マッチングに用いた因子が交絡因子でない場合,統計学的パワーを減少させ真の関連がわかりにくくなることがある(オーバーマッチング).データ解析の段階:データを収集した後,対象者を交絡因子によりサブグループに分割できる場合,そのサブグループごとに分析を行う方法がある.これを層化(stratication)という.上述の白内障手術における「術前抗生物質点眼の頻度と眼内炎発症率の関係」の例では,涙炎の有無,術前消毒方法,術中後破損,糖尿病合併の有無によりいくつかのサブグループに分け,データ解析を行う.欠点は,層化する数が多すぎると極端にサンプル数が少ないサブグループができたり,層が無数にできてしまったりすることがある.逆に層化する数が少なく層の幅が広すぎると交絡の影響を十分に減ずることができなくなってしまう.層化以外にも,統計学的補正(adjustment)を行うことによって交絡をコントロールする方法がある.これを多変量解析といい重回帰分の主観によるところが大きい.II疫学研究における誤差信頼の高い疫学研究とは,誤差(error)の少ない研究である.誤差は系統誤差(systematicerror)と偶然誤差(randomerror)に分けられ,前者はバイアス(bias)と交絡(confounding)に分けられる.これらは測定値が目的とする真の値と一致する度合い(真度:accuracy)に影響する.後者はくり返し行った測定値が一定である度合(精度:precision)に影響する.精度を高めることにより効果判定のパワー(検出力)を高めることになる.1.系統誤差a.バイアス(bias)サンプリングの問題により,調査に参加した人々が目標母集団を代表しないことがある.これを選択バイアス(selectionbias)とよぶ.調査対象集団の選定方法や,調査対象集団の応答率,コホート研究においては参加者の転居・死亡などによる脱落(打ち切り:censoring)などがこの原因となる.選択バイアスを減らすには,①目標母集団を代表するような地理的条件を明確にした調査対象集団の選定,②研究テーマにふさわしい対象者を選定できる取り込み基準と最小限の除外基準の設定,③ランダムサンプリング・系統的サンプリング・クラスターサンプリングなどの確率的サンプリングの選択,④地域と連携した調査内容の事前告知,などを行う必要がある.一方,質問者の先入観,測定・判定の誤差,参加者の思い違いや記憶違いなどによって起こるバイアスを情報バイアス(informationbias)とよぶ.この情報バイアスを減ずるには,①測定方法の標準化,②測定者の技量チェック,③測定方法の自動化と反復,そして④盲検化の実施が勧められる.b.交絡(confounding)疫学研究ではある因子(予測因子)と転機結果を推論することが重要である.白内障手術における「術前抗生物質点眼の頻度と眼内炎発症率の関係」について調査するとしよう.しかし,術前点眼の頻度以外にも涙炎の有無,術前消毒方法,術中後破損,糖尿病合併の有無など,術後眼内炎の発生と関係がありそうな因子が他に———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,20095(5)る.研究しようとする疾病をもっていない群を設定し,追跡調査を行い発症率(incidence)とさまざまな因子との関連性を調べるのが本研究の目的である.たとえば狭隅角の人が急性緑内障発作を起こす頻度を男女間で比較する研究を行ったとする(倫理的に許可が得られる研究とは思われないが).このように,現在から将来に向かって追跡調査を行う研究を前向きコホート(prospectivecohortstudy)という.前向きコホートは時間と費用がかかりすぎるため効率が悪いという欠点があるが,ある疾病の発症率を直接算出できること,発症する前に発症に関係すると思われる因子がすでに測定されているためその因果関係にバイアスが入りにくいなどの長所がある.一方,診療録をもとにコンタクトレンズによる角膜潰瘍の発症率をレンズの種類ごとに調査するような研究を後ろ向きコホート研究(retrospectivecohortstudy)という.後ろ向きコホート研究では観察がすべて過去に行われているので,ほしいデータが必ずしも記載されていないなどデータの質に問題を残すことがあるが,前向きコホート研究に比べ時間や費用が少なくて済む利点や,症例・対照研究に比べ発症した群と発症しなかった群を同じ集団から選んでいるため選択バイアスの介入が少なくて済むという利点がある.図1に,狭隅角の男性8人,女性4人を集めて行った仮想的なコホート研究の結果を示す.本コホート内のID1とID9は研究開始後2年で,ID2とID10は3年で,ID3は5年で,急性緑内障発作を呈し,他の7人はコホート研究終了まで(10年間)発症しなかったことを意味している.男性8人中3人,女性4人中2人が急性緑内障発作を発症したのであるから,急性緑内障発作は男性で37.5%(=3/8),女性で50%(=2/4)に発症したこととなる.この一定期間観察された集団における発症者の割合を累積発症率(cumulativeincidence)といい,この2つの比(この場合,男性と女性の累積発症率の比:0.75=37.5/50)を相対危険度(relativerisk/riskratio:以下RR)という.一般に,RRが1の場合,曝露群と非曝露群の発症割合は同じで,1より大きい場合・小さい場合は各々曝露群・非曝露群の発症の割合が大きいことを意味する.しかし,この研究で男性の急性緑内障発作の累積発症率が37.5%というだけでは急性析,因子分析,共分散分析などがある.多変量解析の最大の長所は多くの交絡因子があっても,層化に比べ少ないサンプルサイズで分析できる.しかし,多変量解析モデルは必ずしもデータが統計学的モデルに当てはまるとは限らない.2.偶然誤差(randomerror)偶然誤差とは文字通り偶然に起こる誤差で,この誤差は調査した結果の点推定(たとえば失明率)を中心にこれよりも大きいほうにもあるいは小さいほうにも均等にバラツキを生じる.たとえば,ある発展途上国の真の失明率が1.0%とした場合,その国民から無作為に10,000人を集めて調査すると失明者数は100人となるはずである.しかし,同調査をくり返し行うと,失明者数は必ずしも100人とはならず98人,99人,101人,102人などといった100人前後の値をとる可能性もある.このように,点推定(pointestimate)は,ある誤差を伴うのである.このばらつき(偶然誤差)を減らすにはサンプルサイズを大きくすればよい.しかし,やみくもにサンプルサイズを増やせばいいというものでなく,数学的にサンプルサイズを決定することができる.筆者らは無償ソフトのPowerandSampleSizeCalculation3)を好んで使っている.III研究デザイン疫学は現象をあるがままに記録し分析する観察研究(observationalstudy)と,治験のように研究者が介入してその効果を調べる実験研究(experimentalstudy)とに大別される.観察研究はある一時点のみを研究する横断研究(cross-sectionalstudy)とある期間にわたって観察を行う縦断研究(longitudinalstudy)とに分けられ,後者は診療録などを参考にしながら過去から現在までのデータを扱う後ろ向き研究(retrospectivestudy)と現在からこれから生じる現象を観察する前向き研究(prospectivestudy)とに分けることができる.以下に代表的な研究デザインについて言及する.1.コホート研究(cohortstudy)観察研究かつ縦断研究の代表例にコホート研究があ———————————————————————-Page46あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(6)作を発症する罹患率は男性で5/100PYs,女性で8/100PYsとなり,その2つの比incidencerateratio(IRR)は0.625=5/8となり,男性のほうが女性より罹患率が低いということになる.表1にRRとIRRの計算式とその95%信頼区間の算出方法を示す.経過観察を開始してから転機までの期間により生存率を調査する方法を生存分析と言い,Kaplan-Meier法がよく知られている.ここで,図1の例を用いてKaplan-Meier法による生存分析の方法を述べる(表2).男性はコホート開始時には有効観察者数が8人で急性緑内障発作を発症していない者(生存者)は8人である.したがって,生存率・累積生存率はいずれも1となる.2年後にID1がこのコホート内で初めて急性緑内障発作を発症するため発症率は0.125(8人中1人が発症),生存率は0.875となる.これに研究開始時の累積生存率1を掛け合わせると,2年後の累積生存率は0.875になる.3年後にはID2が発症するため発症率は0.143(7人中1人が発症),生存率は0.857となる.したがって累積発症率は前の段階(つまり2年)の累積発症率0.875にこの時点(3年)での生存率0.857を掛け合わせた0.750が緑内障発作が1年で発症するのか,あるいは10年で起こるのか不明である.もし,1年で37.5%に急性緑内障発作が起こるのであれば超高齢者であろうと狭隅角に対する何らかの処置が早急に必要であろうが,10年後に発症するのが37.5%であるならば必ずしも早急に処置を行う必要はない.つまり,累積発症率における最大の問題点はコホート研究という縦断研究であるにもかかわらず時間という概念がまったく考慮されていない点にある.この欠点を補う指標として罹患率(incidencerate)というものがある.これは単なる参加者の人数ではなく,人×観察期間といった人年法(person-year:PY)を用いることによって分析を試みるものである.前述のコホート研究(図1)において,ID1は2年間経過観察されているので2PYs(=1人×2年),ID2は3PYs(=1人×3年),ID3は5PYs(=1人×5年),ID48は50PYs(=5人×10年)ということになり,男性全体で60PYs経過観察されたことになる.そのうち3人が急性緑内障発作を呈したのだから罹患率は0.05/PY(=3/60PYs=5/100PYs)ということになる.これは20人を5年間経過観察すれば5人が(5年で)急性緑内障発作を,100人を1年間経過観察すれば(1年で)5人が発症するということを意味する.女性についても同様に計算を行うと,25PYsの間に2人が発症したため罹患率は0.08/PY(=2/25PYs=8/100PYs)になる.したがって,このコホート研究では狭隅角から急性緑内障発3年で発症2年で発症5年で発症2年で発症コホート研究開始からの期間10年0年3年で発症60PYs25PYs患者ID性別男男男男男男男男女女女女123456789101112図1狭隅角の男性8人,女性4人による仮想的コホート研究急性緑内障発作を転機とした.男性8人中(60PYs)3人,女性4人(25PYs)中2人が発症.発症未発症観察人数男性a(3)b(5)n1(8)PYa(60)女性c(2)d(2)n2(4)PYc(25)()は図1のコホートより算出した値を示す.a)相対危険度(RR)RR=(a/n1n/c(/)2)=)4/2(/)8/3(=0.7595%信頼区間(CI)の算出方法95%CIforLogRR:LogRR±n・a(/b(69.11)+n・c(/d2)=Log0.75±1.96)8・3(/5(+)4・2(/2=-1.61to1.0495%CIforRR:0.20to2.83b)Incidencerateratio(IRR)IRR=)cYP/c(/)aYP/a(=)52/2(/)06/3(=0.62595%信頼区間(CI)の算出方法95%CIforLogIRR:LogIRR±1.96(1/a+1/c)=Log0.625±1.96(1/3+1/2)=-2.26to1.3295%CIforIRR:=0.10to3.74表1狭隅角の仮想的コホートに対する相対危険度(relativeratio/riskratio)とIncidencerateratioの計算方法———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,20097(7)め累積発症率や罹患率を求めることはできない.代わりにある一時点での糖尿病患者における糖尿病網膜症の有無やその重症度分類を調査することとなる.したがって,横断研究ではある一時点での有病者の割合(有病率:prevalence)を調べることが目的になる.血糖のコントロールレベルも測定日のHbA1Cだけから判定することとなり,必ずしも対象者の長期的な血糖コントロールが反映されるとは限らない.したがって,ある時点での疾患の有病率(prevalence)とそれに関連した因子についての関連を調べることが目的である横断研究は,コホート研究に比べ情報量が少なく因果関係の証明は乏しくなる.一般に横断研究はコホート研究を行う準備段階(pilotstudy)で行われることが多い.ある町の学校検診の結果を調べてみたところ,2000年に小学校に入学した児童で裸眼視力が0.7未満の児童の割合が2005年(小学校6年)に40%,2008年(中学校3年)に60%だったとする.一見するとコホート研究にみえるが,ある程度の一定間隔をおいて横断研究をくり返す研究を連続横断研究(serialsurvey)とよぶ.コホート研究は最初に決めた調査対象集団を経時的に追跡調査し,最初に定義された対象者以外の者を研究に追加されることはない.しかし,連続横断研究では調査時期に一定の地域にいる者を対象とするため死亡・転出のほか,出産・転入などでもともとの集団に別の集団が追加されてしまい,コホート研究とは明らかに異なる研究デザインとなってしまう.3年における累積生存率となる.同様の計算を5年後においても行うと生存率は0.833となり,これに3年後の累積生存率0.750を掛け合わせた0.624が5年後における累積生存率ということになる.その後,コホート内の生存者のうち誰も発症しないことからこの0.624が10年後の生存率ということになる.女性についても同様に計算を行いプロットしたのが図2である.このように,ある集団の生存割合を調べてこれをプロットしていくと,その変化を視覚的に理解できる.しかし,今回の例のように観察対象者全員の経過を追えるとは限らず,実際の疫学調査はより複雑である.打ち切りの原因としては研究そのものが終わってしまった場合や参加者が転居や死亡などにより調査できなくなったことなどがある.2.横断研究(cross-sectionalstudy)あるコミュニティで糖尿病網膜症と血糖コントロール(グリコヘモグロビン:HbA1C)の関係を研究するとしよう.コホート研究でこの研究を行うのであれば,たとえば,糖尿病網膜症のない糖尿病患者を集め定期的にHbA1Cの測定と眼底検査を行い,長期的な血糖コントロールの状況と網膜症発症の時期(もちろん,打ち切り例もある)を判定することになる.HbA1Cは定期的に測定されるため血糖コントロールの状況をより正確に記録することができ,長期的な血糖コントロールの状況と糖尿病網膜症の累積発症率あるいは罹患率との関連を調査することができる.一方,横断研究ではすべての測定をある一時点で行い,そのときのHbA1Cのレベルと眼底所見からその関連性を調査することとなる.横断研究のデザインでは,ある一時点でしか眼底検査をしないた観察時期(t)生存数発症者数(r)有効観察者数(n)発症した割合(r/n)生存率累積生存率S(t)080801127180.1250.8750.87536170.1430.8570.75055160.1670.8330.62410505010.624のついた2つの値を掛けて累積生存率を求める表2各観察時期における生存率・累積生存率の計算(Kaplan-Meier法)0.000.250.500.751.000246810分析期間(年)累積生存率(%)Stata/SE10.0forindows(StataCorpLP,USA)により作成:男性:女性図2KaplanMeier法による男女別生存曲線2群間の比較はlog-ranktestで,それ以上あるいは他の因子も考える場合はCox比例ハザードモデルを用いる.———————————————————————-Page68あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(8)ことを意味する.表3はCRAOと喫煙歴の有無を調査した仮想的な症例・対照研究(マッチングなし)の結果を示す.今回の仮想的結果では,ORは2.0(=2.0/1.0)ということになる.したがって,この結果は喫煙歴がある者はない者に対しCRAOのオッズが2倍高く,喫煙歴があるとCRAOになりやすいということを意味する.しかしながら,95%信頼区間は0.75.7となり,ORが1を含んでしまい,統計学的には有意とはいえない(偶然誤差).図3は喫煙がある疾患に及ぼす影響について調べた仮想的な症例・対照研究で,マッチングしなかった場合と3.症例・対照(ケース・コントロール)研究(case-controlstudy)コホート研究や横断研究では費用と時間がかかりすぎ研究成果をすぐに出すことができない.たとえば,網膜中心動脈閉塞症(CRAO)と喫煙歴の関係を研究しようとした場合,網膜中心動脈閉塞症は比較的まれな疾患でありコホート研究ではきわめて多くの調査(観察)対象者が必要となってしまう.このような場合,CRAOの既往がある群(症例)と既往のない群(対照)との間で特定の因子の曝露状況を比較し,因子と疾患の関連性を検討する方法がある.これを症例・対照研究(case-controlstudy)という.症例・対照ともに喫煙という曝露因子は本人あるいは家族・友人から聞き取り調査などを行い,喫煙歴の有無を確認し情報バイアスの介入を最小限にする.しかし,対照者の選択方法によってはこの喫煙歴あり・なしの人数が大きく変わる可能性がある.この選択バイアスを防ぐには症例と対象をマッチングしたり,同一集団から症例・対照などを選択したり,家族や友人を対照に選ぶ(測定できない遺伝的あるいは環境的要因をマッチできる)方法をとる.症例と対照の数は研究者が任意に決定するため,症例・対照研究では疾患の有病率や罹患率を算出することはできない.そこで,疾患と曝露因子の関連の強さをオッズ比(oddsratio:OR)で計算する.ORが1の場合,曝露群と非曝露群の発症割合は同じで,1より大きい場合・小さい場合はそれぞれ,曝露群・非曝露群の発症の割合のほうが大きい図3マッチングの有無によるオッズ比(OR)変化症例・対照研究ではマッチングの有無によりその統計解析法が異なることに注意が必要である.マッチングしていない場合は通常通りに「2×2表」を埋めていく.一方,マッチングしている場合は①症例・対照とも曝露されている,②症例・対象ともに曝露されていない,③症例のみ曝露されていて対照は曝露されていない,④症例は曝露されていないが対照は曝露されているというペアがいくつあるかを「2×2表」に埋めていく.マッチングしていない場合OR=ad/bc,c2値はc21=122=++++nadbcacbaabcd()()()()()で求めるのに対し,マッチングしている場合,OR=b/cでc2値はc21=121=(bc2()bcで求める.b症例対照喫煙(+)喫煙(+)喫煙(+)喫煙(+)喫煙(+)喫煙(-)喫煙(+)喫煙(-)喫煙(+)喫煙(-)喫煙(+)喫煙(-)喫煙(-)喫煙(+)喫煙(-)喫煙(-)喫煙(-)喫煙(-)喫煙(-)喫煙(-)マッチングなしマッチングあり対照症例()人数症例対照喫煙歴ありa(6)(3)喫煙歴なしc(4)d(7)喫煙歴あり喫煙歴なし喫煙歴ありa(2)b(4)喫煙歴なしc(1)d(3)()ペアー数n=a+b+c+d=6+3+4+7=20OR=(a/c)/(b/d)=(6/4)/(3/7)=3.5OR=b/c=4/1=4表3網膜中心動脈閉塞症と喫煙の関係を調べた仮想的な症例・対照研究とオッズ比の計算方法網膜中心動脈閉塞症のり(症例)網膜中心動脈閉塞症のな(対照)計喫煙り()()+b(35)喫煙歴なしc(10)d(15)c+d(25)合計a+c(30)b+d(30)a+b+c+d(60)()は仮想的な数値.オッズ比(OR):OR=)d/b(/)c/a(=)51/51(/)01/02(=2.095%信頼区間(CI)の算出95%CIforLogOR:LogOR±1.96(1/a+1/b+1/c+1/d)=Log2.0±1.96(1/20+1/15+1/10+1/15)=-0.35to1.7495%CIforRR:0.70to5.70———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.26,No.1,20099年齢と性別などでマッチングした場合のそれぞれの「2×2表」を示す.マッチングしていないとき,マッチングしたときで「2×2表」もさることながらORの計算方法が異なることに注意したい.4.実験的試験盲検的ランダム比較研究に代表される実験的研究はすでに観察研究で知見を得られ,治療方針が明確な場合において最終的な因果関係を証明するデザインである.介入群と非介入群(プラセボ)に分ける以外は上述の前向きコホート研究のデザインをとる.盲検的ランダム比較研究は疫学調査の最高峰に位置するが,サンプルサイズが少ないために,まれな副作用例に関しては検出能力が乏しいことに注意したい.おわりにHospital-basedstudyであろうとpopulation-basedstudyであろうとその疫学的な手法は同様である.正しい疫学デザインや基礎的な解析方法を理解していなければどんなに優れた統計学的手法を用いてもその結論の導き方に限界がある.本稿が今後のpopulation-basedsurveyの理解と臨床研究に役立てていただければ幸いである.本稿のきっかけを与えてくださいました山形大学医学部視覚病態学分野山下英俊教授,川崎良先生に深く感謝いたします.また,ご校閲いただきました順天堂大学眼科村上晶教授に感謝申し上げます.文献全般・GordisL:Epidemiology.3rdEdition,Elsevier-Saunders,Philadelphia,2004・SzkloM,NietoFJ:EpidemiologyBeyondtheBasis.JonesandBartlettPublisher,Boston,20041)日本疫学会:翻訳,『疫学辞典第3版国際疫学学会後援図書』,財団法人日本公衆衛生協会,20002)GordisL:Epidemiology.3rdEdition,Elsevier-Saunders,Philadelphia,20043)URLavailablefromhttp://biostat.mc.vanderbilt.edu/twiki/bin/view/Main/PowerSampleSize(9)

序説:わかりやすい眼科疫学

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLS重ねなしにいきなり臨床研究に取り組むことは無謀である.今回の特集では限られた紙面のなかであり,おもに大規模なPopulation-based研究を対象とした疫学研究に多くの紙面を割いているが,研究デザインからValue-basedMedicineまでさまざまな疫学研究の方法論とその実例に触れるための糸口になればとの意図で企画させていただいた.本特集では,はじめに疫学の方法論として,「疫学研究のデザイン,統計手法」については小野浩一先生・平塚義宗先生(順天堂大学眼科)に,そして「観察研究企画・実行の実際」として荒川聡先生(九州大学眼科学分野久山町研究室)に疫学研究の方法と結果を読み解くのに必須の知識について実に充実した内容のレビューをしていただいた.つづいて観察研究の実例として近年わが国でも盛り上がりを見せているPopulation-based研究で精力的に研究を行っている先生方に直接その結果を紹介していただいた.緑内障を中心とした大規模疫学研究である多治見スタディおよび久米島スタディについてはそれぞれ岩瀬愛子先生(多治見市民病院),澤口昭一先生(琉球大学眼科)に,加齢黄斑変性の疫学ではアジアを代表する研究である久山町スタディについては安田美穂先生(九州大学眼科学分野久山町研究室)に,眼底の動脈硬化所見や網膜症に今回の特集は眼科の疫学研究である.“わかりやすい”と銘打っているものの,“疫学研究”と聞くと少し堅苦しい印象を受け身構えてしまわれる先生方も多いのではないかと内心ひやひやしている.しかし,実は疫学研究とは私たちが日頃,「臨床研究」とよんでいる研究そのものであると考えている.このことを本特集のトップバッター小野浩一先生(順天堂大学眼科)が「疫学の基本:デザイン・統計手法」の冒頭で「(疫学研究の目的とは)疾病の頻度を推定しさまざまな因子と疾病の因果関係を調査すること,予防・診断・治療方法を評価すること,ある疾病対策に必要な根拠を調査することなど」とうまくまとめてくださっている.これはまさに「臨床研究」のことではないだろうか.そう考えると疫学研究の基本である研究デザインやその方法論について知ることは「良い臨床研究」を行うための必須の知識であると言えるだろう.これはちょうど「良い手術」を行うためには「消毒の仕方,メスの使い方,縫合の仕方」などの基礎を知ることが必須であるのに通じる.しかもそれをただ知識として聞き覚えるだけでなく,日々くり返して自分のものにすることが必要であるのは言うまでもない.メスの使い方を知らずしていきなり患者の眼に向かうことが無謀であるのと同様に,基礎の積み(1)1学学学学学学学学●序説あたらしい眼科26(1):12,2009わかりやすい眼科疫学OcularEpidemiologyataGlance川崎良*山下英俊**———————————————————————-Page22あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(2)いて柿木雅志先生・大路正人先生(滋賀医科大学眼科)にレビューしていただいた.最後に医療費削減の波が押し寄せるなか,眼科疾患の重要性を適切に評価するために今後さらに重要となるであろうValue-basedMedicineについて,日本眼科学会においてもこの分野で活躍していらっしゃる平塚義宗先生と小野浩一先生が限られた字数のなかで大変多くの情報を提供してくださっている.眼科領域の疫学研究についてこのようにまとまった特集を企画させていただく機会は稀有であり,このような機会を与えてくださった「あたらしい眼科」編集委員の諸先生方,また,お忙しいなかにあってわかりやすくしかも詳細に触れながら,それぞれの研究について概説していただいた担当の先生方にこの場を借りて深くお礼申し上げたい.文献1)WongTY,HymanL:Population-basedStudiesinOph-thalmology.AmJOphthalmol146:656-663,2008ついての研究を中心に行っている舟形町スタディについては田邉祐資先生と筆者ら(山形大学視覚病態学)がそれぞれの研究の方法と結果についてレビューさせていただいている.さらに,白内障の疫学を中心に世界的に高い評価を受けている「レイキャビック・アイ・スタディ」については佐々木洋先生(金沢医科大学感覚機能病態学)がまとめてくださった.眼科領域のPopulation-based研究は世界的にみても近年多くの研究が報告されるようになっている.このような疫学研究は疾患の予防につながる環境因子,生活習慣,社会的因子の探索,あるいは遺伝的素因とそれらの危険因子を絡めたより精度の高いリスクの層別化などにつながっている.疾患によっては人種差や地域差が存在するものも知られており,日本人を対象とした疫学研究は日本人のためだけでなく,国際比較のためにも重要な資料となると考えている1).また,臨床治験の実例としてJATスタディにつ

常勤医として働く女性眼科医師の問題点 ─東京女子医科大学における対応─

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(129)17370910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(12):17371742,2008cはじめに「女性医師」という言葉が最近よく取り上げられる.それにまつわる話題として,「支援・交流,活性化,再教育,復職」など,医師の資格を持つ女性が効率よく働いていない現状が取り上げられている.これを背景に,女性医師として一度現役から退いたり,または脱落しかかった人を,いかに人材活用して社会に貢献してもらうかが大きなテーマになる.文部科学省はこのような実態を踏まえて,女性医師に就業を継続しうる環境や制度作りを試みることに支援している1).確かに医師不足の今日,医師の資格を持つ人が効率よく働いていないとしたら,国家にとって大きな損失である.一方,日本私立医科大学協会の推計では,1人の医学生が〔別刷請求先〕堀貞夫:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室Reprintrequests:SadaoHori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8666,JAPAN常勤医として働く女性眼科医師の問題点─東京女子医科大学における対応─堀貞夫東京女子医科大学眼科学教室ProblemsforFemaleOphthalmologistsRegardingFull-TimeWork─MeasuresatTokyoWomen’sMedicalUniversity─SadaoHoriDepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity過去10年間に東京女子医科大学眼科(当科)に入局した女性医師の現状を把握し,常勤の勤務医として働くために支障となる問題点とその対応策について検討した.平成10年から19年までの10年間に当科に入局した女性医師は42名で総入局者数の79.2%にあたる.平成20年4月の時点での断面調査では,19名(45.2%)が退職していた.入局後早期に退職したものは心身症や精神科的疾患が原因で,半数以上は結婚,出産・育児などを含む受動的要因が原因であった.このなかで退職の理由として育児が最も大きな要因と推測された.育児と常勤医師として勤務することの両立を支援する方法として,育児休暇の利用と休暇終了後の勤務体制を配慮した.当科では産前・産後休暇と育児休暇は全員が取得していた.育児休暇修了後の勤務体制として当科では,worksharing,常勤待遇の嘱託医師雇用,勤務先(関連病院)の考慮を行い,常勤医として留まるための援助となった.女性医師はこれらの支援を背景に,先端の医療を続けるべく自ら努力しなければならない.ToresolveproblemsconcerningtheretirementoffemaledoctorsintheDepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,thepresentstatusofthosedoctorswasanalyzed.Inthepast10years,42femaledoc-torshadenteredthedepartment,theirprevalencebeing79.2%ofthetotalnumberofdoctorsduringtheperiod.AsofApril2008,19ofthefemaledoctors(45.2%)hadretired.Morethanhalfthereasonsforretirementwerepassive,includingmarriage,deliveryandcareofchildren.Careofchildrenwasconsideredthemostimportantfac-tor.Tomakechildcarecompatiblewithfull-timedoctoring,child-careleaveandemploymentpatternwereconsid-ered.Asfortheemploymentpatternafterchild-careleave,weappliedworksharing,short-timeworkdealingpar-manentworkandspecialconsiderationsregardingtheworkplace.Thesemeasuresenabledfemaledoctorstocontinueworkingasdoctorsatthedepartment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17371742,2008〕Keywords:女性医師,常勤,出産・育児,育児休暇.femaledoctor,full-time,deliveryandcareofchildren,child-careleave.———————————————————————-Page21738あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(130)6年間に必要とする教育経費は約1億円で,このうち学生の納付金は6年間で約3,300万円,残りの2/3は寄付金や補助金などで賄われている2).医学生が卒業するまでに多額の公的援助を受けていることになる.出産は女性に恵まれた権利であり,それに伴う育児も女性に,より多くの負荷がかかる.この負荷が女性医師を第一線医師としての活動から遠ざけて,社会に貢献する義務を果たせなくしている.また,一度第一線から外れて週に23回のパートタイマーなどになってしまうと,常勤に課せられる責任や義務を受け入れたくなくなる3).こうして第一線から身を引いて,国民が期待している義務を果たさない女性医師ができ上がってしまう.女性医師に関する問題として,教授など主導的教育職に就く割合が少ない4),学会における指導的地位につく割合が少ない5)など,地位向上に関わる指摘がなされ,これらは徐々に改善されつつある.一方で上述のような経緯で女性医師の地位向上よりも,後退につながる現実がある.女性医師になんとか医療の先端に留まってもらうための啓蒙と施策が必要であることを痛感し,女性医師の入局後の動向を検討した.その解決のために東京女子医科大学眼科(当科)で試行錯誤している方策の現状を紹介する.I対象および方法平成10年4月から平成19年4月までの10年間に当科に入局した53名について,平成20年4月現在での在職者と退職者を可及的に調査し,以下の項目について検討した.1.各年次における男女別の入局者数,平成20年4月の時点での在職者数と退職者数東京女子医科大学病院の職員として登録されているものを在職者と規定し,当科に常勤医として勤務しているものと,関連病院などに派遣されているものを含めた.退職者は職員としての登録を抹消されたものとした.2.女性医師の退職理由退職時の面談を主体に,聞き取り調査により得られた情報から,主となる退職理由を推定した.3.育児休暇利用者の割合育児休暇を利用した女性医師が,育児休暇終了後復職したか退職したかを検討した.4.当科での対応策若手から中堅の女性医師の退職を防止し,第一線の医療に踏みとどまってもらうための方策を検討した結果として,当科において出産後で育児休暇中または育児休暇を終了した女性医師に実行している対応策の現状は以下の通りであった.a.Worksharing(分割勤務)2人で常勤医1人分の診療をする体制で,給与も賞与も半額である.これは育児休暇者のみを対象とし,身分は大学の常勤職員で健康保険を含む社会保障制度はすべて常勤職員と同様に扱われる.育児休暇期間のみに適応されるが,この制度で勤務している期間は休職扱いにならない.この制度は東京女子医科大学では基礎医学系の女性研究者を対象にすでに施行されていたが,臨床医学系では眼科が初めて実施し,しかも研究者ではなく臨床医を対象としたものである.b.常勤待遇の嘱託医師雇用勤務時間を短くし,常勤医体制の50%以上の内容で勤務してもらう体制で,主に関連病院で実施している.対象者は育児休暇を終了して臨床医としての職場復帰を希望し,大学の常勤医としての勤務は続けられないが,1週間のうち34日であれば診療に携われる者である.給与は常勤医のおよそ半額で,健康保険を含む社会保障制度はすべて常勤医と同様に扱われる.大学から派遣される形態をとるので,大学での職責は維持される.c.勤務先(関連病院)の考慮主任教授の独自の判断による考慮で,育児休暇明けの可及的早期に,眼科当直のない関連病院に優先的に派遣する.大学から派遣される形態なので大学での職責は維持され,派遣先では常勤医として勤務するが当直はない.II結果1.各年次における男女別の入局者数,平成20年4月の時点での在籍者数と退職者数当科における各年度の入局者数と,平成20年4月の時点での在職者数と退職者数の分布を図1に示す.平成16,17年度は新臨床研修制度が始まったため入局者はなかった.10年間のうち後期臨床研修医として眼科に入局できる門戸が開かれていたのは8年間ということになり,この間に入局した121086420(人)年度(平成)10111213141516171819:入局者数:在籍者数:退職者数図1東京女子医科大学眼科の年度別入局者数と平成20年4月時点での在籍者および退職者数新臨床研修制度導入のため,平成16,17年度に入局者はなかった.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081739(131)医局員の数は実質で1年平均6.6人となった.平成10年度入局者は全員退職し,平成15年度入局者2人はともに在職しているが,他の年度では在職者と退職者とが入り混じっていた.男女別の過去10年間の入局者数と平成20年4月の時点での在職者数と退職者数の合計を表1に示す.全入局者の79.2%が女性,20.8%が男性であった.平成20年4月の時点での退職者は女性が45.2%,男性が36.4%であった.女性在職者の勤務期間は12108カ月(59.7±36.2カ月:平均±標準偏差)で,女性退職者の退職までの勤務期間は185カ月(36.1±27.6カ月)であった.2.女性医師の退職理由退職時の面談などで得られた情報から推定した退職の主となる理由を図2に示す.結婚,出産・育児で36.8%,夫の転勤,家庭の事情などを含めて受動的要素によるものが半数以上を占めた.心身症や精神科的要因によるものが26.3%と多く,開業や専門領域の転向という意思変更が15.8%であった.3.育児休暇利用者の割合育児休暇利用者の割合を表2に示す.育児休暇利用者は,平成20年4月現在休暇中の3人を含めて合計14人であった.女性医師で出産したものは全員6カ月以上の育児休暇をとり,育児休暇が終了した11人のうち6人は復職した.5人は最終的に退職したが,このうち2人は育児休暇終了と同時に退職した.育児休暇を利用して復職したものは平成20年4月の時点での在職者の30%であった.育児休暇を利用したが退職したものは,退職者の26.3%であった.なお,産前・産後休暇(産休)は全員が取得し,産休明けと同時に退職したものが上記のほかに2名いた.4.当科での対応策a.Worksharing(分割勤務)ほぼ同時期に育児休暇に入った女性医師2名が対象となった.産休明け直後にこの勤務体制に入り,育児休暇中の在職者として特別な勤務形態を大学側に認めてもらった.常勤としての勤務時間をおよそ2分割し,常勤医のほぼ50%の診療内容であった.育児に関する時間的な都合をお互いに融通しあって勤務した.勤務先は大学の付属診療施設であり,大学病院での診療よりは負担が軽い内容であった.診療収入と人件費とを含めた経営面での決済は良好で,学内の規程または取り決めのうえで配慮すれば,今後とも継続できる体制であった.b.常勤待遇の嘱託医師雇用関連病院の常勤医師が退職したためその補充が必要であったが,常勤医師として大学から派遣する人的余裕がなく削減を検討していた.時期が一致して,育児休暇明けの女性医師が1週間に3日であれば診療に従事できるので第一線の医療に留まりたいという希望があった.関連病院との交渉の結果,常勤職扱いで大学から派遣され外来診療のみに従事した.この対象者は1名であった.c.勤務先(関連病院)の考慮眼科当直をする必要のない,しかも複数の眼科医が勤務する当科の関連病院は6施設あり,このうち大学病院近傍の住居から通勤できるのは4施設であった.育児休暇利用者11人のうち複数回の育児休暇を利用したものがいて,累積育児休暇利用回数は14回であった.この14回のうち,勤務先の考慮により該当する関連病院に派遣されたのは11回であった.III考按国民の健康を維持する義務を持つ医師としての労働力が期待されるなか,女性医師の数が増え,その女性医師がさまざまな要因で第一線から退いて労働力が期待できなくなるの表1東京女子医科大学眼科の男女別入局者(平成1019年)の平成20年4月現在の在籍者および退職者入局者数在籍者数退職者数男性11(20.8%)74(36.4%)女性42(79.2%)2319(45.2%)計53(100%)3023(43.4%)入局者数の括弧内は男女比の,退職者数の括弧内は入局者の男女それぞれに対する%を示す.表2育児休暇利用者の復職者と退職者の比較育児休暇利用者(人)入局者(人)(%)復職者620(233=20)30退職者51926.3育児休暇中33計1442復職者は現在育児休暇中の3名を省いた人数.結婚(4)出産・育児(3)夫の転勤(2)家庭の事情(1)心身症・精神科(5)開業(1)転向(2)不明(1)図2女性医師の退職理由結婚,出産・育児で36.8%,心身症や精神科的要因によるものが26.3%であった(n=19).括弧内は入数を示す.———————————————————————-Page41740あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(132)は,医学教育に多大な費用をかけている国家にとって大きな損失である.入局して10年以内の若いまたは中堅の女性医師が退職してしまう理由は何か,それを食い止める手段がないかを検討した.今回の研究は断面調査の結果であり,検討期間は10年間の長期にわたり,しかもその間に新臨床研修制度導入の影響で新入局者がいない時期が2年間あるので,一般的または普遍的な動向がつかめていない可能性がある.また,女子学生のみが在籍する唯一の医科大学で,しかも入局者の80%が女性である当科で捉えられた女性医師の就職,退職,勤務形態,周囲からの配慮を検討したという特殊性がある.1.入局者と退職者新臨床研修制度が発足して初期臨床研修2年間が終了した研修医が,後期臨床研修医として入局することが始まった.この新制度になってから眼科に入局する研修医に関する調査を,日本眼科学会の眼科医数動向調査検討委員会が行った.平成19年度のスーパーローテート(初期臨床研修)修了者の大学の眼科への入局者数は国公立大学で平均2.5人,私立大学で3.1人であった6).当科の入局者数は過去10年間(実際には8年間)の平均が6.6人であったので全国平均よりは多くの入局者を受け入れたことになる.東京女子医科大学卒業生の入局先を解析した結果からすると,眼科は内科についで入局志望第2位であり7),上記の調査委員会の結果では女性医師の数が39.4%であったことから,女性医師が入局を希望する最も人気の高い科といえる.一方で,当科のこの10年間の退職者は女性では45.2%に当たり,特に5年以上前に入局した女性の退職率は50%を超えていた.眼科専門医試験を受ける資格は眼科研修期間が5年を超えることが条件になるが,当科でみる限り半数以上はこの条件を満たさずに退職している.退職までの勤務期間は185カ月であったが,短期間で退職したものは心身症や精神科的要因によるものがほとんどであり,その要因は医学部卒業前または入局前からあったものであった.平均3年以上後に退職したものの最も大きな要因は結婚,出産・育児で,女性医師の退職を阻止するためにはこれについての対応策が最も重要である.2.女性医師が抱える問題点東京女子医科大学が行った「保育とワークシェアによる女性医学研究者支援プロジェクト」6)の報告のなかで,アンケート調査による女性医師が求めるものを抽出し問題点を指摘している(表3).これらをさらに解析すると,問題点は①勤務条件または勤務体制に関するもの,②保育または育児に関するもの,③職場での意識に関するものの3つに分類される.このプロジェクトで得られた成果は以下のように要約される.①勤務条件または勤務体制:このプロジェクトのなかでは「ワークシェア」と「フレックス制」の2通りを取り入れて,診療ではなく研究に取り組む女性医師の勤務に関する支援をした.②保育または育児:この支援事業を推進する間に,24時間保育と病児保育の体制を強化し,研究者として働く女性医師の環境を改善した.③職場の意識:この事業を行うことで,女性医師の持つ悩みや問題点を東京女子医科大学内で広く理解されるようになった.3.育児と支援上述のプロジェクトは平成18年から始まったもので,今回調査した当科の女性医師たちにはその恩恵を受ける機会はなかった.育児に関連する支援は,産休と育児休暇が主体であった.筆者が赴任する前に当科に入局した女性医師たちには,一人前の眼科医になる前には妊娠・出産をできる限り控えて研修に専念する意識があった.出産した場合には育児休暇をとることなく勤務できる体制を自ら模索して,同僚に心配や迷惑をかけないように配慮または遠慮する意識があった.しかし,この10年間での意識の変遷は大きく,出産後1年間の育児休暇は権利であり保障されると認識されている.以前は両親を含む親戚や縁者が育児を援助してくれないと,出産後に常勤医としての勤務は続けられない状況にあった.現在ではベビーシッターや保育施設が発達し,そのための費用がかなり高額になることはあるが,続ける意識が高ければ常勤医を継続する環境はできている.当科で育児休暇を利用した11人はそのような環境下で休暇を終了し,次項に述べる対応策を全員に適用したが11人中5人は最終的に勤務を継続できなかった.育児と医師としての勤務を両立させることがいかに精神的・肉体的に重圧であるか,女性医師本人でなければ理解できない点が多いであろう.また,児が発育し幼稚園などの受験を控える時期になると,親として参加しなければならない行事に時間を取られ,教育の競争に注意が向けられて医師としての診療業務に専念できなくなり,子供の受験のために退職する事態も生じている.育児の支援を十分利用しても,その半数近くは平均3年で退職してしまう表3女性医師の求めるもの(%)労働条件の明確化62緊急時の代替要員の確保49フレックスタイム制48職場の意識改革47院内保育所での病児保育45院内保育所の整備44ワークシェアリング37子供の看病のための休暇制度35院内保育所での学童保育34(文献8から抜粋)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081741(133)事実は大変残念なことである.一方で,准教授,講師,助教として卒業後10年以上を経て,現在教室の若い医局員の指導者として常勤職を継続している女性医師が多数いる.このなかには家族を含めて周囲の支援をうけて職責を維持できたものが多いが,なかには家族の援助をまったく受けずに保育園とベビーシッターを利用して育児を続けたものもいる.これらの人たち,特に後者に当たる人たちは仕事を続けるための強い意志と忍耐力をもつことがうかがえる.若い女性医師にとって良好なロールモデルとなると同時に,育児に関する指導や助言をする先輩としての言動を期待する.4.対応策上述のような状況を見るなかで,試行錯誤しながら施行した対策の3つについて述べる.a.Worksharing(分割勤務)前述の東京女子医科大学が行った「保育とワークシェアによる女性医学研究者支援プロジェクト」で女性研究者を対象とした勤務体制を,当科で臨床科として初めて導入した.勤務体制が変則でありしかも常勤医待遇という点で,試験的に施行してみるという大学人事部の了解を得て1年が経過した.2人の医師は連携を取り合い,お互いを援助して診療成果を挙げた.勤務先が当科の外来ではなく大学の関連施設(本学成人医学センター)の眼科であったため,収支のうえで見合う診療ができたので高く評価された.この成功例を参考にして育児期間にある女性医師およびその配偶者に,児が小学校6年になるまでの間,育児に利用する時間を考慮した「短時間勤務制度」を東京女子医科大学全学に適応する制度として新たに発足させた.Worksharingよりもさらに対象者を広げ,身分保障期間も延長して育児を支援する制度に発展させた.勤務内容については,当直の免除や病棟担当からはずすなど,各診療科での裁定に任せることになっている.この制度においては,毎年更新は必要であるが,最大3年間の継続が教員の定員枠内で可能である.本年10月より眼科でも1名が適用された.この制度は男性職員にも適用されるが,適用の人数の限定や昇格に関しての問題は未知数であり,適用者と他の医局員がお互いの良識の範囲内で妥協し,進めていくことになるであろう.b.常勤待遇の嘱託医師雇用育児休暇を終えた後で,大学では当直を含めた常勤医としての勤務ができない状況にある女性医師に対して,1週間の勤務日数を3日として常勤医と同等の待遇を受けた.勤務内容はworksharingと同等であった.大学病院の医局から関連病院に派遣する医師が不足し,やむなく撤退せざるをえない状況が頻発する現今,育児をしながら先端の医療を続ける意思を持つ女性医師を常勤待遇で充当することは,関連病院側にも女性医師の側にも大きな利益になる.ただし,これには関連病院側の人件費に関する負担が加わる.c.勤務先(関連病院)の考慮眼科当直をする必要のない,しかも複数の眼科医が勤務する当科の関連病院に勤務したのは上記のworksharingに入った2人と短時間勤務に入った1名の3名を除く者で,worksharingに入った2名は複数回の出産を経験したので,育児休暇後には全員がこの特別配慮を受けたことになる.この配慮の対象となった4施設は都心または近郊にあり,規模のうえからも質の高い医療機関として評価される.本来ならば育児休暇明けの女性医師だけでなく,出産に関わっていない女性医師や男性医師も派遣されることを望む病院である.それを育児休暇明けの女性医師を優先して派遣するのは不公平感を否めない.しかし,女性医師の職離れを抑制する目的で,主任教授の判断により条件のよい関連病院に派遣してきた.この勤務先の考慮は,約半数の女性医師が常勤医として留まることに効果を挙げた.しかし,その後の事情により残りの半数は最終的に退職したが,退職の直接の理由は育児ではなく,開業,夫の転勤や子供の受験などであり,一時的には職離れを抑制したかもしれない.上記の対策のなかで,aとbは眼科専門医を更新するに適合するかどうかの問題点が浮かび上がる.眼科学会の定めでは専門医の資格認定は「週4日以上の勤務」とされている.これら2つの勤務形態は主たる勤務先での週4日勤務を充足していないので,厳密には眼科学会の定めに従っていない.この形態で勤務する女性医師の大部分は,大学や関連病院以外の診療施設で外勤(いわゆるアルバイト)を1単位(半日勤務)ほど併用している.それは生活費や育児にかかる費用を捻出するためにやむなく行っている行為で,本来は推奨されない.しかし,その外勤先は眼科専門医の資格を持つものが開設する診療所であることが多いので,そこでの診療行為は眼科専門医制度認定施設での勤務とみなして,専門医更新時に加算して評価した.「週4日以上の勤務」が専門医更新の必須条件として定められるなかで,現実には育児を抱えた女性医師の勤務形態がその日数を充足しえない場合もあり,aとbにおいては勤務時間の算定にある程度「みなし」の配慮をせざるをえなかった.おわりに当科における女性医師の入局と退職の現状を断面調査した.入局者の80%が女性である特殊事情から派生するさまざまな問題点があるが,退職には出産・育児が大きく影響していることがわかった.ことに育児と先端の医療との両立には周りからの多大な支援が必要であり,その支援の方法について今後さらに検討しなければならない.また,支援の恩恵に浴する女性医師は先端の医療を続けるべく自ら堅く決意しなければならないし,続ける努力をしなければならない.続けることにより国家から受けた莫大な経費を無駄にすること———————————————————————-Page61742あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(134)なく,国民の期待に応えられる女性医師になってもらいたい.資料の収集に当たりご協力いただいた福間里奈氏と荒木英恵氏に深謝いたします.文献1)東京女子医科大学女性医学研究者支援室:保育とワークシェアによる女性医学研究者支援プロジェクト.文部科学省科学技術振興調整費「女性研究者支援モデル育成」事業.平成19年度報告書.平成20年3月2)日本私立医科大学協会:医学教育経費の理解のために.平成19年11月3)仁科典子:産休・育休からのただいま.欠かせない存在として復帰を待たれる女性医師.JamicJournal26:10-19,20064)杉浦ミドリ,荒井由美子,梅宮新偉ほか:医学部・医科大学における女性医師の教授について─その現状と,アンケート調査結果─.医学教育31:87-91,20005)荒木葉子,橋本葉子,澤口彰子ほか:女性医師の学会活動の現状.医学教育33:51-57,20026)眼科医数動向調査検討委員会:平成19年眼科医数動向調査検討委員会報告書.平成19年日本眼科学会評議員会資料No.17,日本眼科学会7)大澤真木子,西蔭美和,伊藤万由里ほか:医学部女子学生と大学医局における女性医師─東京女子医科大学を中心に─.病院61:716-721,20028)斎藤加代子:女子医大で始まった保育支援と研究支援.女性医師支援交流会(第1回)抄録,p6,2007***

若年男性の両眼に増殖変化をきたしたEales病の1例

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(123)17310910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(12):17311735,2008cはじめにEales病の硝子体出血の発生メカニズムについては,これまで特発性,結核菌の関与,炎症性か非炎症性かなどさまざまな病因が議論される1)も,結論は得られていない.このため,硝子体出血の原因が不明の場合にEales病と診断されることが多い2).今回筆者らは,ツベルクリン反応(ツ反)強陽性であった若年男性の両眼に網膜血管閉塞と増殖変化をきたしたEales病と思われる1例に対し,硝子体手術を施行し術後比較的良好な視機能回復が得られたので報告する.I症例患者:23歳,男性.初診日:2004年4月30日.主訴:両眼の視力低下.既往歴:特記事項なし.家族歴:特記事項なし.海外渡航歴および動物飼育歴:特記事項なし.現病歴:2004年1月頃より左眼視力低下を自覚していたが放置.4月中旬頃より右眼の視力低下も自覚したので近医眼科を受診.精査目的にて中濃厚生病院眼科紹介受診となる.〔別刷請求先〕望月清文:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学医学部眼科学教室Reprintrequests:KiyofumiMochizuki,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-1Yanagido,Gifu-shi501-1194,JAPAN若年男性の両眼に増殖変化をきたしたEales病の1例村瀬寛紀*1,2望月清文*1,3澤田明*3鈴木崇*4川上秀昭*3,5*1JA岐阜厚生連中濃厚生病院眼科*2県立下呂温泉病院眼科*3岐阜大学医学部眼科学教室*4愛媛大学医学部眼科学教室*5岐阜市民病院眼科ACaseofPresumedEales’DiseasewithBilateralRetinitisProliferansinaYoungMaleHirokiMurase1,2),KiyofumiMochizuki1,3),AkiraSawada3),TakashiSuzuki4)andHideakiKawakami3,5)1)DepartmentofOphthalmology,JAGifuKoserenChunoGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,GifuPrefectualGeroHotSpringHospital,3)DepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,4)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine,5)DepartmentofOphthalmology,GifuCityHospital患者は生来健康な23歳,男性,主訴は両眼の視力低下,初診時矯正視力は右眼0.1,左眼手動弁であった.両眼に広汎な網膜出血と網膜血管床閉塞,牽引性網膜離および硝子体出血などの増殖性変化をきたしていた.全身検索で,ツベルクリン反応強陽性以外の異常はみられなかった.また,術中採取した硝子体液の検索にても異常は検出されなかった.以上より,本症例をEales病と診断した.両眼とも硝子体手術を施行後,病態は鎮静化し良好な視機能回復が得られた.Ahealthy23-year-oldmalewhohaddevelopedacutediminishedvisioninbotheyeswasdiagnosedwithEales’disease.Theexaminationrevealedbilateralvitreousandretinalhemorrhage,proliferativemembraneandtractionalretinaldetachmentrelatedtoextensiveretinalperivasculitis.Laboratorytestsshowednoabnormalities,exceptingtheMantouxtuberculinskintest,inwhichthepatienthadanindurationdiameterofmorethan10mm.Heunderwentbothparsplanavitrectomyandpanretinalphotocoagulationinbotheyes.Ata9-monthfollow-upafterthesurgicalinterventions,completeregressionofthediseasewasachieved,withtheimprovementofvisualacuities.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17311735,2008〕Keywords:閉塞性網膜血管症,Eales病,ツベルクリン反応.occlusiveretinalvasculopathy,Eales’disease,Mantouxtuberculinskintest.———————————————————————-Page21732あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(124)初診時眼科的所見:眼位は正位.眼球運動に制限なし.視力は右眼0.1(n.c.),左眼手動弁(n.c.),眼圧は右眼24mmHg,左眼15mmHgであった.両眼とも,広隅角だが右眼のみ隅角および虹彩に新生血管がみられ,前房内に炎症細胞はなかったが前部硝子体に細胞性混濁がみられた.右眼眼底は,視神経乳頭の新生血管および増殖膜,広汎な網膜前出血,網膜出血および硝子体出血,網膜出血の中に白鞘化,白線化した網膜血管を認めた(図1).左眼眼底は,硝子体出血のため透見不能であった.蛍光眼底造影検査では,右眼は視神経乳頭からの強い蛍光漏出と周辺部網膜血管床の広汎な閉塞がみられた(図2).左眼は撮影不可であった.網膜電位図では両眼のsingleashERG(electroretinogram)および30HzickerERGともに振幅が減弱し(図3),超音波B-modeでは網膜の肥厚および硝子体による網膜の牽引がみられた(図4).超音波生体顕微鏡による毛様体付近の異常や超音波カラードップラーによる眼窩血流動態の異常はみられな図1初診時眼底(右眼)広汎な網膜前出血,網膜出血と硝子体出血,視神経乳頭に新生血管と増殖膜,周辺部網膜には白鞘血管(矢印)がみられた.図2初診時眼底蛍光造影(右眼)視神経乳頭から旺盛な蛍光漏出と耳側周辺部には広汎な網膜血管閉塞がみられた.図3網膜電位図両眼のsingleashERGおよび30HzickerERGともに振幅が減弱していた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081733(125)かった.全身検査所見:身長188.0cm,体重115.0kg,血圧は137/71,脈拍は79で前腕での計測に左右差はなかった.IgEが638U/mlとやや高値であったが,空腹時血糖値100mg/dlで,末梢血液像検査および血液凝固検査に異常なく,抗tuberculo-glycolipid(TBGL)抗体0.4U/ml,ループスアンチコアグラント1.19,RPR(迅速血漿レアギン試験)(),TPHA(梅毒トレポネーマ血漿凝集反応)(),抗HTLV図5術中所見マイクロ鉗子で増殖膜を軽く挙上しただけで容易に網膜裂孔が形成された.図4超音波Bmode右眼に網膜肥厚(右),および左眼に硝子体による網膜の牽引(左)がみられた.左眼右眼左眼右眼6術後眼底(H16.11.12)硝子体手術,光凝固術により,両眼とも増殖膜および新生血管などの再増殖性変化は認めず,網膜症は鎮静化した.右眼はシリコーンオイル注入眼である.———————————————————————-Page41734あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(126)(ヒトT細胞白血病ウイルス)-1抗体(),ACE値正常,抗核抗体40倍未満,抗DNA抗体(),抗Sm抗体(),サイトメガロ抗体(),トキソプラズマIgG抗体3IU/ml以下,クラミジアトラコマチス抗体(),トキソカラ抗体(),単純ヘルペス抗体32倍,水痘帯状ヘルペス抗体(+),Epstein-Barrウイルス抗体160倍であった.ツ反は,長径15mmで硬結に二重発赤を伴う強陽性であった.HLA(ヒト白血球抗原)の血清対応型タイピングではA*11,A*31,B*15,B*39,DRB1*04およびDRB1*08が検出された.その他,心電図,胸部X線,頭部および胸部造影コンピュータ断層,頭部磁気共鳴画像などに異常所見はなかった.経過:5月7日精査および加療のため入院し,全身精査のため脳神経外科,循環器および呼吸器内科において検査施行するも,両眼の出血原因となる異常は検出されなかった.診断および治療目的で,5月14日左眼,6月4日右眼に対して硝子体切除術,網膜光凝固術,シリコーンオイル(s/o)注入およびトリアムシノロン20mgTenon下注入を施行した.術中所見は,両眼とも後極全面に強固な網膜硝子体癒着と網膜全体に虚血が原因と考えられる高度な浮腫が存在し,マイクロ鉗子で増殖膜を軽く挙上しただけで容易に網膜裂孔が形成される状態であった(図5).その後の経過は良好であり,左眼は9月9日にs/o抜去およびSF6(六フッ化硫黄)ガス注入,2006年2月1日に水晶体再建術(眼内レンズを含む)を施行した.右眼は,2004年12月10日にs/o抜去,水晶体再建術(眼内レンズを含む)およびSF6ガス注入を施行した.2006年5月10日現在,増殖性変化の再発や併発はなく(図6),視力は右眼0.2(0.9),左眼0.08(0.6)と改善し,眼圧は右眼17mmHg,左眼17mmHgで安定している.なお,5月14日および6月4日に採取した硝子体液では,結核菌DNA陰性,抗TBGL抗体0.1未満,細胞診にて悪性所見はみられず,インターロイキン(IL)-6(pg/ml)およびIL-10(pg/ml)は右眼ではそれぞれ140および2以下,左眼ではそれぞれ62.7および2以下であった.II考按Eales病は,一般に2030歳代の若年男性(8090%)の両眼性(90%)に多いとされる疾患で,1882年に鼻出血と便秘を伴った若年男性において硝子体出血をくり返す症例をEalesが報告したのが最初である3).現在において,Eales病の診断は原因不明の硝子体出血例において他疾患を除外した結果としてなされている.一般にEales病と鑑別を要する疾患として,増殖糖尿病網膜症,高安病,サルコイドーシス,Behcet病,全身性エリテマトーデス,鎌状赤血球症,網膜静脈閉塞症,家族性滲出性硝子体網膜症,Coats病および結核性ぶどう膜炎などがあげられる.本症例では,臨床検査データならびに全身検索からツ反強陽性以外に全身的結核感染を含む異常は認められなかった.しかしながら,全身的に結核感染が否定されたツ反陽性の症例において抗結核薬の試験的投与にて結核性ぶどう膜炎の診断に至った報告4)もあり,本症例が眼局所における結核感染の可能性はある.眼内の結核菌の有無を調べる手段として,前房水あるいは硝子体液を用いて抗TBGL抗体の検索やpolymerasechainreaction(PCR)法による結核菌DNAの検出がある.TBGLは,結核菌の細胞膜表層を構成する複数の糖脂質成分(cf:cordfactorなど)の一つであり,抗TBGL抗体陽性の場合,結核菌の感染が示唆される5,6).Biswasらは,Eales病患者の硝子体液を用いPCR法により結核菌DNAを検討したところ陽性率が41.6%であったという7).本症例でも硝子体液を用いた抗TBGL抗体および結核菌DNAの検出を試みたが,いずれも陰性であった.また,結核性胸膜炎では胸腔内には多数のTリンパ球が集積し,可溶型IL-2受容体,IL-6,IL-8,インターフェロン(INF)-gや腫瘍壊死因子(TNF)-aなどが産生され,胸水中のサイトカインの検索は結核性胸膜炎の診断に有用とする報告8)もあり,硝子体手術時に得られた硝子体液の測定が結核性ぶどう膜炎の鑑別診断に有用となるかもしれない.本症例においても硝子体液の検索でIL-10に比しIL-6の軽度上昇がみられたが,その有用性に関する報告は少ないため今後の課題といえる.以上,本症例は,若年男性で両眼性であること,閉塞性網膜血管炎に伴う硝子体出血をきたしたこと,その原因として先にあげた鑑別疾患が既往歴,血液検査,内科および皮膚科においてすべて否定的でありその原因が不明であることから,Eales病と診断した.Eales病の治療は,一般に網膜血管閉塞領域に対する網膜光凝固が奏効するとされている9).しかしながら,硝子体出血による眼底透見不良例や網膜出血のため,レーザー光凝固が困難例および網膜前増殖組織や牽引性網膜離などにより視力障害をきたした症例では,硝子体手術が選択されている10).本症例は,両眼とも網膜出血および硝子体出血のため網膜光凝固が不可能であり,超音波B-mode上硝子体による網膜の牽引がみられたため硝子体手術を選択した.網膜最周辺部までの汎網膜光凝固術,増殖膜と周辺部硝子体の徹底郭清,抗炎症としてトリアムシノロンTenon下注入や再増殖抑制目的としてシリコーンオイルタンポナーデなどの併用により,術後再出血,続発緑内障あるいは網膜離などの再増殖性変化はみられず,比較的良好な視機能の回復を得ることができた.最後に,若年者に発症した原因不明の硝子体出血では,全身検索を行うと同時に硝子体手術に至った症例ではPCR法などによる結核菌やサイトカインを指標とした眼内液の検索を要すると思われた.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081735(127)文献1)BiswasJ,SharmaT,GopalLetal:Ealesdisease─Anupdate.SurvOphthalmol47:197-214,20022)平形明人:Eales病.眼科42:1476-1480,20003)EalesH:Casesofretinalhemorrhageassociatedwithepistaxisandconstipation.BirminghamMedRev9:262-273,18804)安積淳:抗結核薬による治療試験.眼科42:1721-1727,20005)SakaiJ,MatsuzawaS,UsuiMetal:NewdiagnosticapproachforoculartuberculosisbyELISAusingthecordfactorasantigen.BrJOphthalmol85:130-133,20016)矢野郁也:コードファクター.結核73:37-42,19987)BiswasJ,ThereseL,MadhavanHNetal:Useofpoly-merasechainreactionindetectionofMycobacteriumtuberculosiscomplexDNAfromvitreoussampleofEales’disease.BrJOphthalmol83:994,19998)青江啓介,平木章夫,村上知之:結核性胸膜炎の診断と治療─とくに胸水中サイトカイン測定の意義について─.結核79:289-295,20049)三木徳彦,河野剛也:Eales病に対する網膜レーザー光凝固.眼科43:1529-1534,200110)El-AsrarAM,Al-KharashiSA:Fullpanretinalphotoco-agulationandearlyvitrectomyimproveprognosisofreti-nalvasculitisassociatedwithtuberculoproteinhypersensi-tivity(Eales’disease).BrJOphthalmol86:1248-1251,2002***

網膜動静脈交叉現象と網膜静脈分枝閉塞症の病理組織学的研究 ─検眼鏡所見との対比検討─

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(117)17250910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(12):17251730,2008cはじめに網膜動静脈交叉現象は交叉部の検眼鏡所見において動脈下の静脈が圧迫され血柱が遮閉されているようにみえる.この所見は真の動脈による静脈への圧迫か,または血管壁の病変か,血管周囲組織の変化か,以前から多くの光学顕微鏡(光顕)的観察報告があるが一致した見解は得られていない1).今回,この問題について光学および電子顕微鏡(電顕),実体顕微鏡を用いて追究し検眼鏡所見と対比して興味ある知見〔別刷請求先〕木村毅:〒421-0206静岡県焼津市上新田829-1きむら眼科Reprintrequests:TsuyoshiKimura,M.D.,KimuraOphthalmologicInstitute,829-1Kamishinden,Yaizu-shi,Shizuoka-ken421-0206,JAPAN網膜動静脈交叉現象と網膜静脈分枝閉塞症の病理組織学的研究─検眼鏡所見との対比検討─木村毅*1溝田淳*2安達惠美子*3*1きむら眼科*2順天堂大学医学部附属順天堂浦安病院眼科*3千葉大学大学院医学研究院・医学部視覚形態学HistopathologicalStudiesofRetinalArteriovenousCrossingPhenomenonandBranchRetinalVeinOcclusionTsuyoshiKimura1),AtsushiMizota2)andEmikoUsamiAdachi3)1)KimuraOphthalmologicInstitute,2)DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversityUrayasuHospital,3)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicineChibaUniversity目的:網膜動静脈交叉現象における動脈下の静脈血柱遮閉の原因とさらに網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)における交叉部血栓部位についても形態学的に検討する.対象:眼球摘出を行った上顎癌患者2例2眼(62歳,74歳),BRVOの認められた絶対緑内障患者眼1例1眼(68歳),網膜芽細胞腫患者1例1眼(4歳)を試料とした.これらの眼の網膜動静脈交叉部を光学および電子顕微鏡,実体顕微鏡により観察した.結果:交叉現象部位の動静脈壁は正常交叉部のそれらと対比しても顕著な相違はみられない.交叉部周囲の神経線維の変性が著しく,グリア細胞突起の増加も認められる.交叉現象は血流の途絶した摘出眼球にも認められる.さらに1例ではあるがBRVOの血栓部位の交叉部静脈壁では内皮細胞の小顆粒状の変性,萎縮,不連続性が認められた.結論:交叉現象における静脈血柱遮閉は動脈による静脈への圧迫ではなく神経線維変性を主とする血管周囲組織の変化である.BRVOの血栓部では交叉部静脈内皮細胞の変性から出血は漏出性と考えられる.Thehistopathologicalchangesofcrossingphenomenaandbranchretinalveinocclusion(BRVO)wereexamined.Ophthalmoscopy,lightandelectronmicroscopyandbinocularmicroscopywereperformedoneyesobtainedfrompatientswithmalignantorbitaltumorandabsoluteglaucoma.Twooftheeyeshadretinalarteriovenouscrossingphenomenainsclerosis;oneofthesehadBRVO.ThecrossingphenomenonisoftenseeninthehemorrhagicareainBRVO.HistopathologicalexaminationrevealedthatthevenousbloodcolumnwashiddenbyswollennervebersandextendingMullercellprocessessurroundingthecrossingportions.Theintervesselsheathwasnotfound.Thecrossingphenomenonwasalsoobservedbybinocularmicroscopyafterenucleationoftheeye,eventhoughbloodlowintotheoverlyngarteriolarlumenhadceased.ThearteriovenouscrossingportioninBRVOwasexamined.Theendothelialcellsinthisveinweresmallandround,andwerearrangeddiscontinuously.Accordingtothisnding,theerythrocyteextravasationfromtheveinwallinBRVOappearstobecausedbydiapedesis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17251730,2008〕Keywords:網膜動静脈交叉現象,網膜静脈分枝閉塞症,網膜神経線維変性,網膜静脈内皮細胞.retinalarterio-venouscrossingphenomenon,branchretinalveinocclusion,retinalnerveberdegeneration,retinalveinendothelialcell.———————————————————————-Page21726あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(118)を得た.さらに網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)患者眼の交叉部血栓部位の電顕的観察報告はきわめて少ない2).今回,BRVOの動静脈交叉部における血栓形成部の静脈壁内皮細胞を中心に電顕的観察を施行し,静脈壁からの赤血球脱出がどのように行われるかを推測した.I症例〔症例1〕62歳,男性.右の上顎癌のため1985年に弘前大学医学部附属病院耳鼻科にて上顎癌摘出術施行.その際右眼球摘出も行った.術前の検眼鏡所見は網膜動脈反射亢進,外側上方の動静脈にtapering(先細り)とみられる交叉現象が認められた(図1).〔症例2〕74歳,男性.上顎癌のため同病院耳鼻科にて全摘出と同時に右眼球摘出を施行,術前の検眼鏡所見では網膜動脈反射亢進,外側下動静脈にconcealment(隠伏)とみられる交叉現象が認められた(図4).〔症例3〕68歳,男性.1984年10月,右眼高度の視力障害と眼痛のため弘前大学附属病院眼科を受診,右眼視力光覚弁,左眼視力0.6(n.c.)であった.右眼眼圧54mmHg,右眼角膜全層混濁のため眼底は観察不能であった.右眼急性緑内障,角膜白斑の診断のもとに諸種治療を行ったが改善せず,3カ月後,右眼視力光覚弁も消失したため,眼球摘出を施行した.本例には長期にわたる高血圧の既往があり,左眼眼底には顕著な硬化性変化が認められた.〔症例4〕4歳,男児.右コントロール眼.白色瞳孔を訴え,千葉大学医学部眼科を受診した.右眼網膜は約2分の1が白色腫瘍となり諸検査後,網膜芽細胞腫として眼球摘出を施行した.病理学的にも網膜芽細胞腫であった.以上の4症例とも摘出前治療研究に対する十分なインフォームド・コンセントを行い同意を得たうえで施行している.II方法実体顕微鏡観察および試料作製摘出眼球は前眼部と後極部に切半し0.1Mカコジレートバッファーを含む2.5%グルタールアルデヒド溶液に20分間固定した.症例1,2では眼球摘出後,切半された眼球の後極部交叉現象部位を実体顕微鏡下にて撮影した.そして症例3では外側上静脈分枝の動静脈交叉部から末梢にかけて静脈に沿って線状で末梢に向かってやや幅広いBRVO類似の小出血斑を観察した.症例1,2,3とも交叉部を切除して網膜小片とし,さらに症例4の健常部網膜動静脈交叉部もコントロールとして切除した.これらの網膜小片はカコジレートバッファーを含む四酸化オスミウムで後固定,エタノール系列で脱水後,Epock包埋しPorterBlumミタロトームにて準超薄切片(0.1μm),超薄切片を作製した.準超薄切片は1%トルイジンブルー染色を施行し,さらに1%メチレンブルー,1%マラカイトグリーン,1%塩基性フクシン染色を行い光顕用試料とし,超薄切片は酢酸ウラン,クエン酸鉛の二重染色を施行し日立電子顕微鏡にて観察した.III成績図1に示した症例1の動静脈交叉現象部位の光顕所見を図2に示した.動静脈は網膜内層をほぼ同じ深さで走行し交叉部にて静脈は急激に動脈下に陥凹する.その際,交叉隅角部では動静脈の外膜が接し共通壁となる(図7)が,交叉中央部では硬化性変化があれば基底膜物質増加により中膜まで共有する.この所見は連続切片で追究しても正常交叉部でも同様で硬化性変化でも鞘とすべき交叉部をとりまく新生された特殊な組織はない.したがって動脈壁の筋細胞の萎縮,減少などの硬化性変化を除き血管系に顕著な変化はない.病変は交叉隅角部周囲組織を中心とした神経線維の腫大とMuller細胞突起の増加である(図2).この所見は電顕で観察すると神経線維の腫大と内部の細胞質内小器官の変性などがみられ,Muller細胞突起の増加も認められる(図3).これらの所見がおもな変化であり動脈による静脈への圧迫はない.また交叉隅角部では動静脈外膜が結合するので厚さがやや増加するが,これは正常交叉部でも同様であり,いわゆる鞘形成というほどのものは認められない.それ故,静脈血柱遮閉の原因は交叉部周囲組織の変化である.図4は症例2の眼底写真であるが,外側下方の動静脈に交叉現象が認められる.上顎癌のため眼球摘出後の実体顕微鏡写真が図5である.血流がないにもかかわらず交叉現象が認められる.したがって動脈下の静脈の血柱遮閉は動脈による静脈への圧迫ではない.つぎに,図6の挿図bは症例3の血栓形成部位の動静脈交図1症例1:62歳,男性の右眼検眼鏡所見外側上方網膜動静脈に交叉現象が認められる(矢印).———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081727(119)図2図1の交叉現象部位の光顕所見動静脈は結合しているが,動脈(A)による静脈(V)への圧迫はない.交叉隅角部を中心とした血管周囲の神経線維の腫大が著しい(矢印).(1%トルイジンブルー染色,×200)m図3図2の交叉現象部位の交叉隅角部の電顕所見細胞質内小器官の変性を含む神経線維(NF)の腫大とグリア細胞突起の増加が見られる(矢印).A:動脈,V:静脈.挿図はこの部位に近い部位の光顕所見.(酢酸ウラン,クエン酸鉛染色.挿図は1%トルイジンブルー染色,×400)———————————————————————-Page41728あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(120)図4症例2:74歳,男性の右眼検眼鏡所見外側下方に交叉現象が認められる(矢印).図5症例2における眼球摘出後の実体顕微鏡による眼底写真図4と同じ部位であるが,血流がないにもかかわらず同様に交叉現象が認められる(矢印).静脈血柱遮閉は動脈による静脈への圧迫ではないことを表している.図6症例3:68歳,男性の血栓部の網膜静脈壁の電顕所見右眼底外上方のBRVO類似の小出血斑部位にみられた動静脈交叉部(挿図b)近くの静脈壁の電顕所見.管腔は赤血球の集塊によって閉塞され内皮細胞は変性し小顆粒状を呈し不連続となっている(挿図c).交叉部から末梢側では静脈壁外に赤血球(Er)脱出が著しい(挿図a).(酢酸ウラン・クエン酸鉛染色,挿図は1%トルイジンブルー染色,aは×100,bは×200)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081729(121)叉部であるが,静脈は赤血球の集塊によって閉塞され赤血球は管壁に多数脱出している.また動脈腔内にも赤血球が充満し血漿成分に乏しく血流は緩除であると考えられる.動脈の静脈への圧迫はみられず,鞘のような交叉部をとりまく結合織の増生はみられない.図6はこの静脈壁の電顕所見であるが,内皮細胞は小顆粒状となり不連続となっている(図6c).内皮細胞の増殖は認められない.さらにこの出血部位では末梢の方向に静脈に沿って多数の網膜内赤血球脱出がみられた(挿図6a).IV考按交叉現象の病態については1960年代くらいまでは病理組織学的に比較的多くの研究1)があるがその後はきわめて少ない3).これらの研究から静脈血柱遮閉は血管自体の病変か血管周囲組織の病変かに大別されるが一致した見解には至っていない.しかし動脈が静脈を圧迫しているという説は病理学的には否定的である.これらの報告の多くはパラフィン,セロイジン包埋を主とした光顕時代の観察であり,標本作製過程から神経線維の脱落を生じやすく,また死後変化の問題もある.筆者は現代の方法であるEpock包埋による電顕的試料作製法に従い光顕には1μmの準超薄切片を,電顕には超薄切片を用いた.さらに死後変化による神経線維の変性を避けるため,悪性腫瘍のため摘出された眼球を試料とした.今回の光顕,電顕および血流の途絶した眼底の交叉現象部位の実体顕微鏡観察では動脈による静脈への圧迫はなく,静脈血柱遮閉は交叉部における血管周囲組織の変化である.このような所見は,静脈血柱遮閉の原因として外膜様組織の増加とグリア細胞増殖とするSeitz1)の説にやや近いが外膜組織は血柱遮閉するほど多くはなく,正常交叉部にも同様に認められる(図7).この血管周囲組織の変化は動脈硬化に加え,交叉部における静脈の急激な走行変化によって生じる血流障害の2次的な反応結果と推測される.BRVO患者眼の光顕所見は記載4)があるが,電顕所見はきわめて少ない3).図6はBRVO類似の小出血部位の動静脈交叉部の所見であり組織学的にもBRVOである.血栓形成は赤血球の集塊から成り内皮細胞の変性はそのrollingのためと考えられる.内皮細胞の増殖はみられない.赤血球脱出は不連続となった内皮細胞の間隙からと萎縮した内皮細胞からと推測される.いわゆる血管の破綻ではなく漏出性出血とみなされる.BRVOは発症後,月日を経ると管壁に2次的病変が生じるので組織学的にも陳旧性の症例では発症時のBRVO自体の病変の判明が困難となる.今回の症例では摘出前の眼底検査は不能であったが,組織学的に管壁の細胞成分の形態や赤血球内にヘモグロビンを放出していないものが多いことから発症後の経過はそれほど長いものではないことが考えられる.症例3は重篤な緑内障眼であり,小範囲な出血を示したBRVOがその原因となったとは考えられない.そしてこの網膜出血が高血圧,動脈硬化に由来するものか,緑内障性の出血かは判別困難であった.このような問題についての追究は今回できなかった.臨床的にはBRVOにおける硝子体手術の併用術式としての交叉部鞘切開術がある510).BRVOでもしばしば出血部位の交叉部に交叉現象が認められる.筆者の観察では交叉部において動脈による静脈への圧迫はなく,鞘形成もないためBRVOの手術その他臨床面にも関係する組織学的所見と思われる.図7症例1の正常交叉部の光顕所見神経線維などの動静脈周囲組織に異常はみられない.近接した動静脈外膜は共通となり両血管を橋状に連結している.右上および左下の静脈(V)は同一静脈.A:動脈.(メチレンブルー,マラカイドグリーン,塩基性フクシン染色,×400)———————————————————————-Page61730あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(122)文献1)SeitzR(TranslatedbyBlodiFC):TheRetinalVessels.p20-33,TheCVMosbyCompany,SaintLouis,19642)KimuraT,MizotaA,AdachiUEetal:Histopathologicalstudyofacasewithbranchretinalveinocclusion.AnnOphthalmol38:73-76,20063)KimuraT,MizotaA,FujimotoNetal:Lightandelec-tronmicroscopicstudiesonhumanretinalbloodvesselsofpatientswithsclerosisandhyportension.AnnOphthalmol126:151-158,20054)FrangishGT,GreenWR,SomersERetal:Histopatho-logicstudyofninebranchretinalveinocclusions.ArchOphthalmol100:1132-1140,19825)OpremcakEM,BruceRA:Surgicaldecompressionofbranchretinalveinocclusionviaarteriovenouscrossingsheathotomy.Aprospectivereviewof15cases.Retina19:1-5,19996)ShahGK,SharmaS,FinemanMSetal:Arteriovenousadventitialsheathotomyforthetreatmentofmacularedemaassociatedwithbranchretinalveinocclusion.AmJOphthalmol129:104-106,20007)藤本竜太郎,荻野誠周,熊谷和之ほか:網膜静脈分枝閉塞症に伴う黄斑浮腫に対する動静脈交叉部切開術の効果について.日眼会誌108:144-149,20048)山田潔,小椋祐一郎:網膜静脈分枝閉塞症に対する網膜動静脈鞘切開術.眼科46:283-285,20049)FeltgenN,HerrmannJ,AgestiniHetal:Arterio-venousdissectionafterisovolaemicheamodilutioninbranchretinalveinocclusion:Anonrandomisedprospectivestudy.GraefesArchClinExpOphthalmol244:829-835,200610)KumagaiK,FurukawaM,OginoNetal:Long-termoutcomesofvitrectomyinbranchretinalveinocclusion.Retina27:49-54,2007***

硝子体手術後に発症した血管新生緑内障に対しBevacizumab(AvastinR)の硝子体内注射を施行した4例

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(111)17190910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(12):17191723,2008c〔別刷請求先〕北善幸:〒153-8515東京都目黒区大橋2-17-6東邦大学医療センター大橋病院第2眼科Reprintrequests:YoshiyukiKita,M.D.,SecondDepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter,2-17-6Ohashi,Meguro-ku,Tokyo153-8515,JAPAN硝子体手術後に発症した血管新生緑内障に対しBevacizumab(AvastinR)の硝子体内注射を施行した4例北善幸高木誠二北律子富田剛司東邦大学医学部眼科学第2講座FourCasesReceivingIntravitrealBevacizumab(AvastinR)forTreatmentofNeovascularGlaucomaafterUndergoingVitrectomyYoshiyukiKita,SeijiTakagi,RitsukoKitaandGojiTomitaSecondDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine硝子体手術を施行後に血管新生緑内障(NVG)となった症例に対しbevacizumabの硝子体内注射(IVB)を施行し,眼圧と隅角新生血管に対する効果を検討した.増殖糖尿病網膜症のため硝子体手術を施行後,NVGとなった4例4眼を対象とし,IVB(1.25mg/0.05ml)を施行した.術前術後の眼圧および隅角所見を比較した.平均年齢61.0±7.8歳.NVGステージは全例開放隅角緑内障期であった.術前の汎網膜光凝固は全例で完成.注射後,隅角新生血管は隅角鏡検査にて減少が3眼,消失が1眼であった.初回注射前の眼圧は,最大耐容眼圧下降治療にて平均27.8±7.4mmHg.初回注射後の眼圧は平均23.8±6.6mmHgであり,全例で眼圧は下降した.1眼は眼圧20mmHg以下となった.他の3眼のうち1眼はその後3回硝子体内注射を施行したが,眼圧コントロールは不良となった.無硝子体眼ではIVBによる眼圧下降効果は十分ではなかったが,隅角新生血管の減少や眼圧下降を認めることから本治療は,線維柱帯切除術などの観血的治療までの間の補助治療として検討に値すると思われる.Wedescribeacaseseriesofneovascularglaucoma(NVG)causedbyproliferativediabeticretinopathy(PDR)aftervitrectomy,whichweretreatedwithintravitrealbevacuzumab(IVB).FourconsecutivepatientswithNVGduetoPDR,arefractory,asymptomaticelevationofintraocularpressure(IOP),andpronouncedanteriorsegmentcongestion,receivedIVB(1.25mg/0.05ml).Allfourhadundergonevitrectomy.Theirmeanagewas61.0±7.8years.PreoperativeandpostoperativegonioscopicndingsandIOPwerecompared.Allpatientswerediagnosedasopen-angleglaucomastageNVG.Allfourpatientshadundergonepanretinalphotocoagulation(PRP)priortoIVB.Inoneeye,IVBresultedinmarkedregressionuptocompletedisappearanceofangleneovascularization(NVA).Inthreeeyes,markedimprovementwasseen.MeanIOPbeforeIVBtreatmentwas27.8±7.4mmHgundermaximaltoleratedtopicalandsystemicmedication.Aftertherstinjection,IOPdecreasedto23.8±6.6mmHg,decreasingsubstantiallyinalleyes.Inoneeye,IOPdecreasedtobelow20mmHg.Inoneeye,IOPelevationrecurredandthreeadditionalIVBwererequired.However,noIOPimprovementwasseen.IVBleadstorapidregressionofNVAeveninpatientswhohaveundergonePRPalongwithvitrectomy.TheecacyofIVBshouldstimulatefur-therresearchontheclinicaluseofthisagentasasubsidiarymeasurefortheintervalperiod,tothepointoftrabe-culectomyorothersurgicalmeasures.IVBshouldbeinvestigatedmorethoroughlyasanadjunctinthemanage-mentofNVG.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17191723,2008〕Keywords:血管新生緑内障,血管内皮増殖因子,bevacizumab.neovascularglaucoma,vascularendothelialgrowthfactor,bevacizumab.———————————————————————-Page21720あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(112)はじめに糖尿病網膜症にみられる血管新生緑内障(NVG)は難治で予後不良であり,NVG患者では,硝子体および前房水中の血管内皮増殖因子(VEGF)濃度が上昇している1).最近,眼科領域において抗VEGF薬であるbevacizumab(AvastinR)の硝子体内注射(IVB)が加齢黄斑変性や増殖糖尿病網膜症(PDR)の新生血管の消退に対して有効であると報告24)され,NVGに対しても,新生血管の抑制のみならず,眼圧コントロール効果に関しても有効とする報告が多い58).一方,PDRに対して硝子体手術が行われるが,その術後にNVGが発症することがある.しかし,現在,硝子体手術後に生じたNVGに対しIVBを施行した詳細な報告はない.硝子体手術後の無硝子体眼は有硝子体眼に比べ硝子体内投与されたtriamcinoloneacetonideの消失時間が速いと報告されている9)が,bevacizumabも同様に速く消失する可能性がある.今回,筆者らは,硝子体手術後に発症したNVGに対しIVBを施行し,その後の眼圧と隅角新生血管に対する効果を検討した.I対象および方法2006年5月から2007年5月までの期間に東邦大学医療センター大橋病院(以下,当院)眼科でPDRのため硝子体手術を施行後,NVGとなりIVBを施行した4例4眼を対象とした(表1).IVBの適応は,硝子体手術後にNVGが発症し,最大耐容の降圧薬の点眼および内服治療においても眼圧が20mmHgを超え,NVGステージ10)が開放隅角緑内障期の症例とした.網膜最周辺部までの光凝固が施行されていない症例やシリコーンオイルが注入されている症例は除いた.内訳は男性3例3眼,女性1例1眼で,年齢(平均±SD)は61.0±7.8歳であった.IVB直前のGoldmann圧平眼圧計による眼圧は,平均27.8±7.4mmHgであった.全例,眼内レンズ挿入眼であり,硝子体手術の既往は平均2.25回であった.シリコーンオイルタンポナーデの既往は1眼.汎網膜光凝固(PRP)は全例で十分に施行されていた.最終硝子体手術から眼圧上昇までの期間は86.5±89.1日であった.IVBは本院倫理委員会の承認を得て文章によるインフォームド・コンセントを取得のうえ,施行した.手術室において術野をポビドンヨードで消毒し,その後,結膜下麻酔を施行した.そして,32ゲージ針を用いてbevacizumab1.25mg(0.05ml)を角膜輪部から3.5mm後方の毛様体扁平部より硝子体内に注射し,眼圧調整の目的で前房穿刺を行った.IVB前後の隅角鏡検査による隅角所見および眼圧を比較した.眼圧測定は注射後1日目と注射後1カ月までは1週間おきに施行し,その後は23週間おきに施行した.注射後,降圧剤の点眼や内服は眼圧に応じて適宜再開した.II症例と経過〔症例1〕62歳,男性.病歴:両眼の視力低下で受診.初診時所見:視力は右眼0.2(矯正不能),左眼0.03(矯正不能).眼圧は右眼15mmHg,左眼15mmHg.前眼部に異常なく眼底は両眼PDRであった.経過:両眼ともにPRPを開始した.その後,左眼硝子体出血が生じたため硝子体手術(シリコーンオイルタンポナーデ)+超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行.術中に網膜最周辺部まで光凝固を施行した.6カ月後にシリコーンオイル抜去を目的に左眼硝子体手術を施行した.2回目の硝子体手術から42日後に外来受診した際,左眼の眼圧が25mmHgで,前眼部は虹彩新生血管と隅角新生血管があり周辺虹彩前癒着(PAS)はなくNVGの開放隅角緑内障期であった.そのため,高眼圧に対し,0.5%チモプトールRXE点眼,1%トルソプトR点眼およびキサラタンR点眼を開始したが,眼圧下降せず2回目の硝子体手術から54日後にIVBを施行した.IVB前の眼圧は27mmHgであった.IVBの翌日の眼圧は22mmHg.1週間後は14mmHg.2週間後は0.5%チモプトールRXE点眼,キサラタンR点眼,1%トル表1症例の内訳症例年齢性別硝子体手術の既往シリコーンオイルタンポナーデの既往最終硝子体手術から開放隅角緑内障期までの期間NVGステージIVB直前の眼圧初回IVBから1カ月後の眼圧IVBから1カ月後の隅角新生血管162歳男性2回あり42日開放隅角緑内障期27mmHg18mmHg消失252歳男性2回なし21日開放隅角緑内障期22mmHg20mmHg減少357歳男性1回なし240日開放隅角緑内障期40mmHg35mmHg減少473歳女性4回なし43日開放隅角緑内障期22mmHg21mmHg減少———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081721(113)ソプトR点眼をして眼圧12mmHgとなった.1カ月後の検査では隅角新生血管は消失し,眼圧は18mmHgであった.5カ月後の最終眼圧は16mmHgであり,経過観察中である.〔症例2〕52歳,男性.病歴:両眼のPDRのため紹介受診.初診時所見:視力は右眼0.2(矯正不能),左眼(1.2×0.50D).眼圧は右眼16mmHg,左眼16mmHg.前眼部に異常なく,両眼PDRがあった.経過:両眼PRPが開始された.その後,左眼硝子体出血が出現し,硝子体手術を施行した.術後,硝子体出血が再度出現し初回手術から2カ月後に左眼硝子体手術+超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行した.術中,強膜創血管新生があった.網膜最周辺部まで光凝固を施行した.2回目の手術から21日後に受診した際,左眼眼圧が21mmHgであった.左眼前眼部はPASはないが虹彩新生血管,隅角新生血管がありNVG(開放隅角緑内障期)と診断した.高眼圧に対し,0.5%チモプトールRXE点眼と1%トルソプトR点眼が開始となった.その後,30mmHgまで眼圧が上昇し,キサラタンR点眼とダイアモックスR錠(2錠/日)内服を追加した.2回目の手術から190日後にIVBを施行した.IVB前の眼圧は22mmHgであった.IVBの翌日の眼圧は25.5mmHg,1週間後は18mmHg,2週間後は0.5%チモプトールRXE点眼,キサラタンR点眼,1%トルソプトR点眼をして眼圧21mmHgとなった.1カ月後の検査では隅角新生血管は減少し,眼圧は20mmHgであった.IVBから42日後に隅角新生血管が増加したので,1回目のIVBから52日後にIVB(2回目)を施行した.IVB前の眼圧は26mmHg.1週間後の眼圧は26mmHgで隅角新生血管は減少した.しかし,その後,隅角新生血管は再度増加したので63日間あけてIVB(3回目)を施行した.IVB前の眼圧は28mmHg.1週間後の眼圧は20mmHgで隅角新生血管は減少した.3回目のIVBから48日後にIVB(4回目)を施行した.IVB前の眼圧は19mmHgで,1週間後の眼圧は19mmHgであった.その後,眼圧上昇,隅角新生血管の増加,PASも徐々に出現し,初回IVB後8カ月の時点で眼圧は27mmHgであり,そのため左眼線維柱帯切除術を施行した.〔症例3〕57歳,男性.病歴:両眼の視力低下を自覚し当院受診.初診時所見:視力は右眼(0.2×1.50D),左眼(0.3×1.50D).眼圧は右眼16mmHg,左眼10mmHg.前眼部に異常なく,眼底は両眼PDRで,左眼は硝子体出血も伴っていた.経過:左眼硝子体手術+超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行した.術中,網膜最周辺部まで光凝固を施行した.手術から76日後に受診した際,左眼眼圧は19mmHgであったが,虹彩および隅角新生血管がみられNVG(前緑内障期)と診断した.そのため網膜光凝固を追加し経過観察した.手術から240日後に受診時,左眼眼圧は33mmHgで,左眼前眼部は虹彩新生血管,隅角新生血管がありPASはなく開放隅角緑内障期であった.高眼圧に対し,2%ミケランR点眼と1%エイゾプトR点眼を開始した.その後,眼圧が40mmHgになったので,手術から250日後にIVBを施行した.IVB前の眼圧は40mmHg,IVBの翌日の眼圧は34mmHg,1週間後は36mmHg.2週間後は2%ミケランR点眼,キサラタンR点眼,1%トルソプトR点眼,ダイアモックスR錠(3錠/日)内服をして眼圧35mmHgであった.1カ月後の診察では隅角新生血管は減少したが,眼圧は35mmHgであった.そのため,線維柱帯切除術を勧めたが同意が得られず,IVB後8カ月の時点で眼圧は35mmHgであった.その後,来院しなくなった.〔症例4〕73歳,女性.病歴:他院でPDRのため右眼硝子体手術を3回施行されたが,術後も硝子体出血をくり返すため当院を紹介受診.既往歴:1年前に白内障のため右眼超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術施行.1,2,3カ月前に右眼硝子体手術施行.初診時所見:視力は右眼光覚弁,左眼0.05(矯正不能).眼圧は両眼19mmHg.右眼前眼部は異常なかった.中間透光体は眼内レンズが挿入されており,硝子体出血があり眼底は透見できなかった.経過:右眼硝子体手術を施行し,最周辺部まで汎網膜光凝固を行った.術中,強膜創血管新生があった.術後,再度の硝子体出血はなく経過良好であったが,術後43日目に外来受診時した際,眼圧は左眼25mmHgで隅角新生血管があり,NVG(開放隅角緑内障期)と診断した.高眼圧に対し,2%ミケランR点眼と1%トルソプトR点眼,ダイアモックスR錠(2錠/日)の内服が開始となった.その後,さらにキサラタンR点眼を追加し眼圧は1830mmHgを推移していたが,術後10カ月より隅角新生血管が増加してきたのでIVBを施行した.IVB前の眼圧は22mmHgであった.IVBの翌日の眼圧は23mmHg,1週間後は22mmHg.2週間後は2%ミケランR点眼,キサラタンR点眼,1%トルソプトR点眼をして眼圧22mmHgとなった.1カ月後の診察では隅角新生血管および虹彩新生血管は減少し,眼圧は21mmHgであった.その後5カ月間経過観察し,ダイアモックスR錠(2錠/日)の内服を追加し眼圧は20mmHgであり,虹彩および隅角新生血管は消失している.III結果IVB後1カ月の時点で,隅角新生血管は減少が3眼,消失が1眼であった.初回IVB後1カ月の眼圧は平均23.8±6.6mmHgとなり,全例でIVB直前と比較し眼圧は下降し———————————————————————-Page41722あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(114)た.1眼は眼圧20mmHg以下となった.眼圧の推移を図1に示す.眼圧が20mmHg以下にならなかった3眼のうち1眼はその後,IVBを2カ月おきに3回施行したが眼圧コントロールは不良となり,線維柱帯切除術を施行した.線維柱帯切除術を施行した症例の最終経過観察期間は線維柱帯切除術までとした.最終経過観察期間6.5±1.7カ月の時点では眼圧24.5±8.3mmHgであった.IVBによる眼局所および全身の合併症はなかった.IV考察一般的にNVGに対する治療は,隅角などの新生血管の活動性を弱め消退させることが第一であり,このため,いずれの時期にも赤道部を越える広範かつ高密度のPRPを実施することが重要である11).最近の報告68)では,NVGに対するIVBは隅角新生血管や虹彩新生血管が減少し,眼圧も低下したとされている.しかし,このような場合においても,追加治療としてPRPなどの網膜虚血を改善させる治療が必要である.また,PASがあると隅角新生血管は消退しても,房水流出路が閉塞しているので眼圧のコントロールはむずかしい場合が多いと予想される.今回の症例はいずれも開放隅角期でありPASはなかったが,PDRに対する硝子体手術後の無硝子体眼であり硝子体手術前や手術中などにすでに鋸状縁まで十分にPRPが施行されていた.このような症例にIVBを施行した結果,眼圧と虹彩ルベオーシスがともに減少しIVBの効果は得られた.しかし,PASがないにもかかわらず眼圧下降効果は既報7)と比較して十分ではなかった.この理由として硝子体手術後の無硝子体眼は有硝子体眼に比べ硝子体内に投与されたtriam-cinoloneacetonideの消失時間が速いと報告9)されているが,これと同様に,本症例も無硝子体眼のため,bevacizumabの半減期が短く,有硝子体眼と比較すると効果が減弱した可能性があげられる.ただし,NVGは難治で予後不良な疾患であるにもかかわらず,先に述べたようにIVBによって眼圧,虹彩ルベオーシスがともに減少し,さらに1眼(25%)は注射後5カ月の時点で眼圧は正常化しており,IVBによる合併症12,13)は発症率が低く,注射にかかる時間も短時間で済むため,硝子体手術後の症例であっても施行する価値があると思われる.さらに,NVGの症例は糖尿病により腎機能低下を伴っていることや全身状態が不良のことがあり,その場合,アセタゾラミドの内服が困難なことがある.そのため,このような症例には降圧薬の点眼で,眼圧コントロールができなければ,アセタゾラミドの内服を追加する前にIVBを行うこともできると考えられた.また,眼圧下降があまりみられなくても,隅角の新生血管の減少または消失によりPASを増加させないことで,残存した房水流出の機能を維持できる可能性があることから,線維柱帯切除術までの間の補助治療としても検討に値すると思われる.以上,結論として硝子体手術後に発症したNVGに対してもIVBは,眼内炎などの発症の危険12)もあり,薬剤毒性など不明な点もあるが,症例を選び慎重に対応すれば,非常に有用な手技になると考えられた.本論文の要旨は第18回日本緑内障学会で発表した.文献1)AielloLP,AveryRL,ArriggPGetal:Vascularendothe-lialgrowthfactorinocularuidofpatientswithdiabeticretinopathyandotherretinaldisorders.NEnglJMed331:1480-1487,19942)RosenfeldPJ,MoshfeghiAA,PuliatoCA:Opticalcoher-encetomographyndingsafteranintravitrealinjectionofbevacizumab(Avastin)forneovascularage-relatedmacu-lardegeneration.OphthalmolSurgLaserImag36:1309-1349,20053)SpaideRF,FisherYL:Intravitrealbevacizumab(avastin)treatmentofproliferativediabeticretinopathycomplicatedbyvitreoushemorrhage.Retina26:275-278,20064)MasonJO,NixonPA,WhiteMF:Intravitrealinjectionofbevacizumab(avastin)asadjunctivetreatmentofprolifer-ativediabeticretinopathy.AmJOphthalmol142:685-688,20065)DavidorfFH,MouserJG,DerickRJ:Rapidimprovementofrubeosisiridisfromasinglebevacizumab(avastin)injection.Retina26:354-356,20066)MasonⅢJO,AlbertJrMA,MaysAetal:Regressionofneovascularirisvesselsbyintravitrealinjectionofbevaci-zumab.Retina26:839-841,20067)IlievME,DomigD,Wolf-SchnurrburschU,WolfS,SarraGM:Intravitrealbevacizumab(Avastin)inthetreatmentofneovascularglaucoma.AmJOphthalmol142:1054-1056,20068)YazdaniS,HendiK,PakravanM:Intravitrealbevaci-zumab(avastin)injectionforneovascularglaucoma.JGlaucoma16:437-439,2007pre1D7D1M2M3M4M5M6M7M8M:Case1:Case2:Case3:Case4454035302520151050眼圧(mmHg)図1眼圧の推移それぞれの症例の眼圧の推移を示す.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081723(115)9)BeerPM,BakriSJ,SinghRJetal:Intraocularconcentra-tionandpharmacokineticsoftriamcinoloneacetonideafterasingleintravitrealinjection.Ophthalmology110:681-686,200310)澤田明,石田恭子,山本哲也:続発緑内障・1眼疾患と関連した緑内障.緑内障(北澤克明編),p247-250,医学書院,200411)佐藤幸裕:血管新生緑内障と汎網膜光凝固.眼科診療プラクティス3,レーザー治療の実際(田野保雄ほか編),p178-181,文光堂,199312)JonasJB,SpandauUH,RenschFetal:Infectiousandnoninfectiousendophthalmitisafterintravitrealbevaci-zumab.JOculPharmacolTher23:240-242,200713)FungAE,RosenfeldPJ,ReichelE:Theinternationalintravitrealbevacizumabsafetysurvey:usingtheinter-nettoassessdrugsafetyworldwide.BrJOphthalmol90:1344-1349,2006***

白内障手術周術期の血圧変動

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(107)17150910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(12):17151718,2008cはじめに日本社会の高齢化に伴い,手術を受ける患者の高齢化も進んでいる.高齢者はなんらかの疾患をもっていることが多く,現実の手術に際しては降圧剤を内服中の患者は多い.白内障手術は外来手術が一般的となり,気軽な気持ちで受ける患者が増加している反面,局所麻酔の手術であるうえに術野が顔面にあるので,極度の緊張を迫られ,血圧が上昇する患者も多い.しかしながら,手術時間が短いこともあり,眼科医の側から術中の血圧管理を問題として取り上げることは少ない.そこで,手術室に入室してから手術終了までの血圧の変動を検討したところ,手術室に入室しただけで収縮期血圧が約20mmHg上昇し,手術中はさら10mmHg上昇するという結果を得た.さらに血圧上昇は年齢・既往歴によって差があるという結果を得たので報告する.I対象および方法対象は平成18年4月から6月までに東京都保健医療公社荏原病院で,白内障手術を受けた104名133眼全例である.男性42名53眼,女性62名80眼であった.期間中に両眼の手術を受けたものは2例として計測した.年齢は60歳未満10名13眼(9.3%),6070歳未満20名26眼(19.5%),〔別刷請求先〕秋澤尉子:〒145-0065東京都大田区東雪谷4-5-10東京都保健医療公社荏原病院眼科Reprintrequests:YasukoAkizawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital,4-5-10Higashiyukigaya,Oota-ku,Tokyo145-0065,JAPAN白内障手術周術期の血圧変動秋澤尉子*1鴨居功樹*1,2高嶋隆行*1木戸さやか*1*1東京都保健医療公社荏原病院眼科*2東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野EectofCataractSurgeryonPreoperativeandHighestBloodPressureLevelsYasukoAkizawa1),KojuKamoi1,2),TakayukiTakashima1)andSayakaKido1)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,TokyoMedicalandDentalUniversity白内障手術をうけた104名133眼を対象に周術期血圧を検討した.平常時血圧は134.3±18.2mmHg(平均値±標準偏差),入室時血圧は151.2±24.7mmHg,最高血圧は163.7±24.5mmHgであり,順に有意に上昇した.入室時の最初の測定で最高血圧を示した例は39例あった.年齢別の検討では,平常時血圧・入室時血圧・最高血圧は高年齢群になるに比し,順に有意に高くなった.高血圧有群は高血圧無群に比し平常時血圧・入室時血圧・最高血圧は有意に高かった.糖尿病有群は無群に比し,最高血圧が有意に高かったが,平常時血圧・入室時血圧には有意差がなかった.入室後の降圧剤投与について検討したが,降圧剤投与有群は22例で全体の1/6であり,投与無群に比し入室時血圧・最高血圧のみならず平常時血圧も有意に高かった.Theauthorsevaluatedthebloodpressure(BP)levelsof133casesduringcataractsurgery.Thedaily,preoper-ativeandhighestsystolicBPduringsurgerywere134.3±18.2mmHg,151.2±24.7mmHgand163.7±24.5mmHg,respectively.Statistically,BPascendedalongwithdaily,preoperativeandhighestBP.Asgroupagesincreased,dai-ly,preoperativeandhighestBPalsostatisticallyincreased.Thedaily,preoperativeandhighestBPofthehyperten-siongroupwerestatisticallyhigherthanthoseofthenon-hypertensiongroup.ThehighestBPofthediabeticgroupwasstatisticallyhigherthanthatofthenon-diabeticgroup.Weadministeredanti-hypertensivedrugsto22cases(17%ofallcases)duringsurgery;inthisgroup,notonlypreoperativeandhighestBP,butalsodailyBP,werestatisticallyhigherthanthoseofthenon-medicatedgroup.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17151718,2008〕Keywords:術前血圧,白内障手術,最高血圧.preoperativebloodpressure,cataractsurgery,thehighestbloodpressure.———————————————————————-Page21716あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(108)7080歳未満49名64眼(48.1%),8090歳未満23名27眼(20.3%),90歳以上2名3眼(2.3%)であった.手術は,2%キシロイカインTenon下麻酔で水晶体乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を行った.強角膜切開は2.8mmとし,強角膜に1針縫合をおいた.術前鎮痛薬として入室15分前にセデスGR1.0g内服を行った.血圧測定の方法は,収縮時血圧について検討した.入院した当日に仰臥位で2回血圧を測定し平均値を平常時血圧とした.手術室へ入室後は自動血圧計を用い5分ごとに血圧を測定し,入室後1回目に測定した血圧を入室時血圧とし,入室後の最高血圧を最高血圧とした.入室後血圧が180mmHgを超えた場合には術者の判断で,ぺルジピンR1.0mgを点滴に側管から投与した.平常血圧値・入室時血圧値・最高血圧値に関し,年齢別・性別・術眼の左右差・既往歴の有無で差があるか否かについて検討した.統計には一元配置分散分析とBonferroni/Dunn検定を用いた.II結果133例全例で血圧を検討した(表1).平常時血圧は134.3±18.2mmHg(平均値±標準偏差),入室時血圧は151.2±24.7mmHg,最高血圧は163.7±24.5mmHgであり,順に有意に上昇した(p<0.0001:一元配置分散分析).そこで各群間を比較してみると,平常時血圧は入室時血圧・最高血圧より有意に低く,入室時血圧は最高血圧より有意に低かった(Bonferroni/Dunn検定).表1白内障周術期の血圧変化(133例)平常時血圧(mmHg)入室時血圧(mmHg)最高血圧(mmHg)平常時血圧134.3±18.2入室時血圧(p<0.0001)151.2±24.7最高血圧(p<0.0001)(p<0.0001)163.7±24.5平均値±標準偏差.()はp値:Bonferroti/Dunn.表2最高血圧に至る時間と平常時血圧入室後から最高血圧に至る時間例数平常時血圧(mmHg)入室時39140.8±19.35分後33140.1±13.010分後21127.5±15.315分後25123.6±14.020分後7126.8±25.425分後以上8128.0±21.2平均値±標準偏差.p=0.012:一元配置分散分析.表3各群の血圧の変化分類群名例数平常時血圧(mmHg)入室時血圧(mmHg)最高血圧(mmHg)年代別60歳未満13121.1±16.4132.7±17.6143.9±18.460歳代26133.8±20.7147.3±26.2156.6±25.470歳代64136.3±15.3153.7±22.7167.5±23.380歳代27132.7±18.5154.0±25.4168.6±23.690歳代3166.0±15.6186.0±22.6186.0±22.6性別男性53134.7±17.8152.6±25.5168.2±23.9女性80133.9±18.5150.0±24.2160.7±24.5左右差右眼71134.1±17.6151.1±23.3162.5±24.0左眼62134.5±19.0151.2±26.3165.1±25.3初回・2回目初回101133.4±18.4149.7±23.9162.9±23.12回目32136.9±17.7155.8±26.6166.3±28.8高血圧無103132.3±18.9148.3±23.6161.1±24.2有30141.1±13.8160.9±26.2172.1±24.0糖尿病無114134.7±18.9150.0±24.3161.9±24.8有19131.7±13.7158.4±26.4174.5±20.3高血圧・糖尿病の有無高血圧無・糖尿病無90132.9±19.5147.1±23.5159.6±24.5高血圧無・糖尿病有13127.5±13.8156.8±23.2172.3±19.2高血圧有・糖尿病無24141.2±15.0160.8±24.5170.3±24.3高血圧有・糖尿病有6140.8±8.40161.7±34.8179.2±23.8降圧剤無111131.8±16.8146.4±21.5157.4±20.4有22146.6±20.3175.4±25.6195.5±18.4平均値±標準偏差.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081717(109)133例全例で平常時血圧と手術室入室後の血圧変化の関係を検討した(表2).入室時の最初の測定で最高血圧を示した群は39例であり,この群の平常時血圧は140.8±19.3mmHgであった.入室後5分後に最高血圧を示した群は33例であり,平常時血圧は140.1±13.0mmHgであった.同様に10分後は21例で平常時血圧は127.5±15.3mmHg,15分後は25例で123.6±14.0mmHg,20分後は7例で126.8±25.4mmHg,25分以上は8例で128.0±21.2mmHgであった.入室後最高血圧に至る時間が短い群ほど平常時血圧は有意に高いという結果であった(p=0.0012:一元配置分散分析).入室時に最高血圧を示した群の平常時血圧は5分後最高血圧群とは有意の差はなく,10分後・15分後群(p=0.048,0.001)とは有意差があった.5分後に最高血圧を示した群の平常時血圧は10分後・15分後群より有意に(p=0.0055,0.0002)高かった(Bonferroni/Dunn検定).年齢別に平常時血圧・入室時血圧・最高血圧を検討した(表3,4).年齢を60歳未満群,6070歳未満群,7080歳未満群,8090歳未満群,90歳以上群に分けてみると,平常時血圧・入室時血圧・最高血圧は各群の順に有意に高くなった(p=0.0014,0.0038,0.0026:一元配置分散分析).性別・術眼の左右差・初回手術か2回目かに分けて検討したが,平常時血圧・入室時血圧・最高血圧の差はなかった.高血圧の有無に分けて検討した.高血圧有群では高血圧無群に比し平常時血圧・入室時血圧・最高血圧は有意に高かった(p=0.018,0.00132,0.00327:一元配置分散分析).糖尿病についても有無に分けて検討した.有群では無群に比し,最高血圧が有意に(p=0.00377:一元配置分散分析)高かったが,平常時血圧・入室時血圧には有意差がなかった.高血圧・糖尿病の有無について,高血圧無・糖尿病無群,高血圧無・糖尿病有群,高血圧無・糖尿病有群,高血圧有・糖尿病有群の4群に分けて検討した.平常時血圧は4群で差がなかったが,入室時血圧,最高血圧は4群で有意の差があった(p=0.0475,0.0401:一元配置分散分析).入室後の降圧剤投与について検討した.降圧剤投与有群は22例で全体の1/6であり,投与無群に比し,平常時血圧・入室時血圧・最高血圧が有意に高かった(p=0.0004,0.0001,0.0001:一元配置分散分析).III考按対象133例のうち,60歳未満は13例(9.3%),60歳代は26例(19.5%),70歳代は64例(48.1%),80歳代は27例(20.3%),90歳以上は3例(2.3%)であり,70歳以上の症例は約70%であった.自院で白内障手術を受けた患者を分析した報告で70歳以上の割合について,田内ら1)は70歳以上の症例が60%,Suzukiら2)は70%,中泉ら3)は約70%と報告している.高齢者の増加に伴い,どこの病院でも白内障手術患者は70歳以上が6070%前後であると考えられた.対象133例の血圧は平常時血圧・入室時血圧・最高血圧の順に有意に上昇するという結果であった.具体的には,手術室に入るだけでも血圧が約20mmHg近く上昇し,手術が始まればさらに血圧が10mmHg上昇した.佐藤ら4)は白内障術中血圧の変化を報告している.安静時に136.4mmHgであった血圧が手術室入室で167.1mmHgと30mmHg上昇するが,術中は166.4mmHgでさらなる上昇はなかったと報告している.手術室に入室するだけで血圧が上昇し,最高血圧は安静時より30mmHg上昇するという筆者らと近似した結果であった.さらに,血圧上昇について手術室への入室後の経過をみると133例中39例は入室直後に一番血圧が高く,さらに33例は入室後5分後の血圧が最高血圧であった.すなわち,入室直後の段階ですでに血圧が上昇し,降圧剤を投与したあるいはそのままでもその後は血圧が下降したという入室時の血圧が一番高い例が全体の1/4にみられた.5分後に最高血圧を示した症例まで合わせれば72例であり,全体の半数であった.ついで,血圧経過を年齢・性別・左右差・初回か否か・高血圧の有無・糖尿病の有無・術中降圧剤の有無に分けて検討した.年代別には平常時血圧・入室時血圧・最高血圧すべて年代が上昇するごとに有意に高い結果であった.冨川5)は白内障手術を受けた380例を分析したが,50歳以上60歳未満群と80歳以上群とを比較し,搬入時血圧が60歳未満群155.0mmHg,80歳以上群163.6mmHgであり,80歳以上群は血圧が高いと報告しており一致した結果であった.筆者らはさらに年齢が上昇するに比例して術中に血圧が上昇するとの結果を得た.高齢者では特に術中血圧が上昇する危険が高いことを認識する必要があろう.初回手術か否かでも有意の差はなかった.田内ら1)は初回表4各群の有意差平常時血圧入室時血圧最高血圧年代別0.0014**0.0038**0.0026**性別0.8160.5780.0803左右差0.9040.9820.544初回・2回目0.3540.2200.498高血圧の有無0.0182*0.0132*0.0327*糖尿病の有無0.5150.1700.0377*高血圧・糖尿病の有無0.08730.0475*0.0401*降圧剤の有無0.0004**0.0001**0.0001***:p<0.05,**:p<0.01;一元配置分散分析.———————————————————————-Page41718あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(110)手術より2回目手術のほうが心電図異常・高血圧・低血圧・胸苦などの合併症の発生頻度が少ないと報告しているが,血圧に限定した検討はしていない.筆者らの検討では血圧に関しては有意の差はなかった.既往歴について検討した.高血圧症の有無については平常時血圧・入室時血圧・最高血圧ともに有群が無群より有意に血圧が高かった.Suzukiら2)は2,770例を検討し,正常血圧群,中等度血圧群,高血圧群に分け,正常血圧群は術前術中ともに平常時より血圧が高くなるが,中等度では差はなく,高血圧群では低下すると報告した.正常血圧群で一番血圧上昇が高いのは血管に弾性があるからだと考察しており,筆者らとは結果が異なる.Suzukiら2)は術1時間前にhydroxy-zinehydrochlorideを内服しており,熟練した術者が手術を行っており,筆者らとは条件が異なる.術前鎮静剤の必要性については,江下ら6)は白内障手術1時間前にジアゼパムを内服し,検討している.内服量0,2,5mgの3群を比較し,自覚症状と血圧の変化を比較し,3群で有意の差はなくジアゼパム内服の必要性は低いと結論した.稲田7)は高齢者ではジアゼパムの感受性が亢進すると指摘している.これらを参考に,筆者らは白内障手術では高齢者が対象であり,ジアゼパムの効果が大きく出てしまうリスクを考慮し,術前投薬として鎮静剤の投薬は行わずセデスGR1.0g内服のみとしている.さらに後期研修医が手術を分担しているなど,Suzukiら2)とは条件が異なり単純な比較はできない.糖尿病有群と無群の比較では,平常時血圧・入室時血圧は差がないが,最高血圧は有意の差があった.また高血圧・糖尿病有無の4群の比較で平常時血圧は差がないが,入室時・最高血圧は有意の差があった.すなわち糖尿病があると平常時血圧には差がなくても最高血圧が上がる可能性がある,高血圧・糖尿病ともにあれば,平常時には血圧に差がなくても入室時・最高血圧とも上昇の危険があることが示された.Suzukiら2)も糖尿病がある群は術前・術中血圧が上昇することを報告している.入室後降圧剤投与群は,平常時・入室時・最高血圧ともに有意に高かった.すなわち,平常時血圧が高ければ入室後に降圧剤を投与することになる可能性が高いと考えることができる.手術に際し術前から十分な血圧管理が重要と考えられた.佐藤ら4)は,看護師の立場から手術室入室ホールで癒し系音楽を流し足浴を実施し,術中の緊張を和らげるなど看護師の介入を試みた.非介入群の術中血圧が167.1mmHgであるのに対し介入群は151.6mmHgと有意に血圧が低下したと,緊張をほぐす看護の介入効果を報告している.筆者らの検討でも入室時に血圧が上昇した例が39例と全体の3割であった.緊張だけでも血圧が上昇する症例に対し血圧降下剤を投与するのでなく,緊張をほぐすなど看護の介入で血圧が下がる可能性を示しており,興味深い.血圧に限らず,高齢者の白内障手術の全身管理に関しては報告が多いが,同時に手術の有用性に関する報告も多い.萱場8)は80歳以上の高齢者は高血圧のほか,糖尿病・虚血性心疾患・老人性痴呆症などが多いが,術後全例で日常生活動作の改善があったと報告し,本多ら9)は高血圧・糖尿病・心疾患・腎機能障害が多いが術後改善は96.5%に得られ,両者とも高齢者であっても白内障手術が機能の改善に有用と結論している.白内障手術は短時間の手術であり,術後日常生活動作の改善や視力の改善を得られる例が多く手術は有意義である.しかし,手術室に入室するだけで平均20mmHgの血圧上昇があり,術中はさらに10mmHgの血圧上昇があり,全体の1/6の症例に降圧剤を投与した.降圧剤を投与した例は平常時に血圧が高い症例,あるいは糖尿病の症例に多かった.こうした症例には術前から十分な血圧管理が必要と考えられた.文献1)田内慎吾,斉藤秀文,八瀬浩樹ほか:白内障手術と全身合併症の出現との関連.あたらしい眼科22:687-691,20052)SuzukiR,KurokiS,FujiwaraNetal:Theeectofpha-coemulsicationcataractsurgeryvialocalanesthesiaonpreoperativeandpostoperativebloodpressurelevels.Ophthalmology104:216-212,19973)中泉知子,谷野洸:NTT東関東病院における白内障手術症例と全身合併症.眼臨98:660-663,20044)佐藤恵美子,岩倉奈保美,三室能子ほか:白内障手術における血圧安定化の試み.看護実践の科学1:66-67,20045)冨川節子:白内障手術における循環動態の変動.博慈会老人病研究所紀要11:12-15,20026)江下忠彦,根岸一乃,蔵石さつき:点眼麻酔白内障手術における鎮静剤(ジアゼパム)内服の必要性.あたらしい眼科15:1587-1591,19987)稲田英一:ジアゼパム.高齢者の麻酔,p142-144,真興交易医書出版部,19958)萱場幸子:高齢者に対する白内障手術の効果と問題点.眼紀48:1315-1318,19979)本多仁司,矢野啓子,高原真理子:80歳以上の白内障患者の術中術後の経過.あたらしい眼科16:667-680,1999***

トウワタの茎汁により一過性角膜内皮機能不全に至った1症例

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page11712あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(00)原著あたらしい眼科25(12):17121714,2008cはじめにトウワタは江戸末期に渡来した熱帯アメリカ原産のガガイモ科トウワタ属の植物で,学名をアスクレピアス・クラサビカ(Asclepiascurassavica)という.園芸用,観賞用の植物として切花や鉢植えで広く流通しており,茎汁中にはカルデノリド類13)やアルカロイド4)といった毒性成分が含まれていることが知られている.これまでにトウワタの茎汁が眼に飛入し視力低下をきたした報告としてはChakrabortyら5)の一報のみである.今回筆者らはトウワタの茎汁の飛入により一過性の角膜内皮機能不全に至った1症例を経験したので報告する.I症例患者:67歳,女性.主訴:右眼の視力低下,充血,眼痛.既往歴:30歳時卵巣腫,60歳時高血圧,高脂血症,骨粗鬆症,65歳時子宮筋腫.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2007年10月30日,自宅で剪定中にトウワタの乳白色の茎汁(図1)が右眼に飛入した.直後より強い眼痛が出現したため,水道水で洗眼し,市販薬を点眼した.鼻汁,くしゃみ,鼻内異物感も出現したため近医眼科を受診した.近医では大量の生理食塩水での洗眼処置がなされた.途中嘔〔別刷請求先〕角環:〒783-8505南国市岡豊町小蓮高知大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TamakiNagao-Sumi,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KochiMedicalSchool,KochiUniversity,Kohasu,Okou-cho,Nankoku-shi,Kochi783-8505,JAPANトウワタの茎汁により一過性角膜内皮機能不全に至った1症例多田憲太郎角環西野耕司福島敦樹高知大学医学部眼科学講座ACaseofTransientEndothelialDysfunctionDuetoLatexofAsclepiascurassavicaKentaroTada,TamakiNagao-Sumi,KojiNishinoandAtsukiFukushimaDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KochiMedicalSchool,KochiUniversityトウワタの茎汁の飛入により一過性の角膜内皮機能不全に至った1症例を経験した.症例は67歳,女性,剪定中にトウワタの茎汁が右眼に飛入した.受傷後近医にて洗眼処置を受けたが,翌日には強い角膜実質浮腫とDescemet膜皺襞が出現し,矯正視力は0.05であった.ステロイド薬の全身および局所療法にて浮腫は消失し,治療5日目には矯正視力1.2に改善した.トウワタの茎汁にはカルデノリドやアルカロイドが含まれており,これらが角膜内皮のNa+,K+-ATPaseを抑制し,一過性の角膜浮腫が生じたと考えられた.WereportacaseoftransientcornealendothelialdysfunctionduetolatexofAsclepiascurassavica.Thepatient,a67-year-oldfemale,waspruningAsclepiascurassavicawhenthelatexoftheplantspurtedintoherrighteye.Shewastreatedataclinicbyeyewashingwithsaline.Thenextday,however,severestromaledemaandDescemet’smembranefoldwerenotedinherrightcornea,andthebest-correctedvisualacuityintheeyewas0.05.Topicalandsystemiccorticosteroidtreatmenteasedthecornealedema.Fivedayslater,thecornealedemahaddisappeared,andthebest-correctedvisualacuityintheeyeimprovedto1.2.Asclepiascurassavicalatexcon-tainscardanolideandalkaloid.WespeculatethattheseconstituentsinhibitcornealendothelialNa+,K+-ATPase,therebyinducingtransientcornealendothelialdysfunction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17121714,2008〕Keywords:トウワタ,角膜内皮機能不全,角膜浮腫.Asclepiascurassavica,cornealendothelialdysfunction,cornealedema.1712(104)0910-1810/08/\100/頁/JCLS———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081713(105)気,嘔吐も認めた.同日夕より視力低下を自覚したため,翌朝近医を再診し,当院紹介入院となった.初診時視力は右眼0.05(矯正不能),左眼0.7(1.2),眼圧は右眼17mmHg,左眼15mmHgであった.右眼は角膜全体に強い実質浮腫とDescemet膜皺襞を認めた.PalisadesofVogtは全周残存しており,角膜上皮浮腫や角膜上皮欠損,結膜上皮欠損は認めなかった.眼瞼結膜,眼球結膜の充血を認めたが,結膜濾胞や結膜乳頭は顕著ではなかった.前房ならびに眼底の状態は角膜浮腫のため不明であった(図2).SchirmerⅠ法は右眼ab図1トウワタa:概観.b:茎の切断面から分泌する乳白色の茎汁.図2初診時の右眼前眼部写真角膜全体の強い実質浮腫(a),Descemet膜皺襞(b),眼瞼結膜,眼球結膜の充血(c)を認めた.abc1311151131131151タタ内3122436131ト112図3治療経過(上段)と右眼前眼部写真(下段)———————————————————————-Page31714あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(106)36mm,左眼24mmであった.入院時より0.1%リン酸ベタメタゾンの頻回点眼,レボフロキサシン,1%硫酸アトロピン点眼に加え,プレドニゾロン酢酸エステル眼軟膏点入とプレドニゾロン30mgの内服を開始した.入院日同日夕方には,角膜実質の浮腫,Descemet膜皺襞,結膜充血の減少を認めた.治療開始3日後には,角膜実質の浮腫,Descemet膜皺襞の改善,結膜充血の消失を認め,自覚症状も改善した.治療開始5日後には角膜実質の浮腫,Descemet膜皺襞は消失し,矯正視力は1.2に改善した(図3).点眼や内服は症状,所見の改善に従い漸減中止とした.治療開始8日目の角膜内皮細胞密度はスペキュラマイクロスコープ検査では右眼=2,173/mm2,左眼=2,347/mm2であった.II考按トウワタの茎汁中には強心配糖体であるアスクレピアジンやビンセトキシンといったカルデノリド類13)やアルカロイド4)といった毒性成分が含まれており,漢方薬1)としても有名である.しかし,ガガイモ科の植物には有毒植物が多く,トウワタの煎剤(煎じた汁)は頭痛,悪心,嘔吐,腹痛,下痢などを起こすことも知られている1).本症例でも鼻汁,くしゃみ,鼻内異物感,吐気,嘔吐が出現しており,これらは眼に飛入した茎汁が鼻涙管を通じて鼻や咽頭に流れ込み生じたものと思われた.角膜内皮細胞では,Na+,K+-ATPaseによりNa+を細胞外,そして前房内へ能動輸送することで浸透圧勾配が生じ,その勾配に従って実質内から前房への水の移送が生じる6).本症例で認めた一過性の角膜実質浮腫は,①茎汁中に含まれるカルデノリド類によりNa+,K+のバランスがくずれたこと,②毒性成分が角膜内皮細胞中のNa+,K+-ATPaseを一時的に抑制し,Na+の前房内移行を妨げたこと,が原因と思われるポンプ機能不全により生じたと考えられた.また本症例では,酸やアルカリによる角膜腐食に類似した病態を呈したが角膜上皮や結膜上皮障害は認めなかった.患者が持参したトウワタの茎を切断し,採取した茎汁のpHを測定すると7.0であった.そのため,角膜輪部機能不全に至らず,角膜内皮にのみ障害を生じたと考えられた.Chakrabortyらの報告5)では,治療開始前の視力0.3,角膜実質浮腫も比較的軽症であった.そのため治療も人工涙液の点眼のみで速やかに改善した.一方,本症例は受傷後比較的早期に近医で大量の生理食塩水を用いた洗眼処置を受けているにもかかわらず著明な角膜実質浮腫に伴う視力低下を認めた.強い角膜実質浮腫を認める重症例では洗眼処置のみでは不十分であり,ステロイド薬による消炎が有効であると考えた.トウワタをはじめ,その汁に有毒成分を含む植物は身近に数多く存在する.今回のように直接飛入するだけでなく,日常においては素手で作業を行いその手で眼を擦過することでも眼内に汁が入る.したがって,これらの植物を扱う作業を行う場合には,防御用の眼鏡,手袋の着用はもとより作業終了時の手洗いが重要であり,万一眼内に入った際には大量の生理食塩水による洗眼と,重症例ではステロイド薬の局所ならびに全身投与が有効と考えられる.文献1)原色牧野和漢薬草大圖鑑(岡田稔編),p422,北隆館,19882)KupchanSM,KnoxJR,KelseyJEetal:Calotropin,acytotoxicprincipleisolatedfromAsclepiascurassavicaL.Science146:1685-1686,19643)RadfoldDJ,GilliesAD,HindsJAetal:Naturallyoccur-ringcardiacglycosides.MedJAust144:540-544,19864)KelleyBD,AppeltGD,AppeltJM:Pharmacologicalaspe-ctsofselectedherbsemployedinhispanicfolkmedicineintheSanLuisValleyofColorado,USA:Ⅱ.Asclepiasasperula(inmortal)andAchillealanulosa(plumajillo).JEthnopharmacol22:1-9,19885)ChakrabortyS,SiegenthalerJ,BuchiER:CornealedemaduetoAsclepiascurassavica.ArchOphthalmol113:974-975,19956)BonannoJA,GiassonC:IntracellularpHregulationinfreshandculturedbovinecornealendothelium.Ⅱ.Na+:HCO3cotransportandCl/HCO3exchange.InvestOph-thalmolVisSci33:3068-3079,1992***

学童におけるオルソケラトロジー経過中に発症したアカントアメーバ角膜炎の1例

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(101)17090910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(12):17091711,2008cはじめにコンタクトレンズによる近視治療であるオルソケラトロジーは,LASIK(laserinsitukeratomileusis)の適応にない未成年の若年者にも行える治療としてわが国でも行われている.なかには小学生に対して行われている例もある.オルソケラトロジーでは夜間にコンタクトレンズを装用するため角膜が低酸素状態となり,またレンズの構造上,汚れが蓄積しやすいため,ハードコンタクトレンズであるにもかかわらず感染性角膜炎の発生が少なくない.緑膿菌による細菌性角膜潰瘍の報告が最も多いが,アカントアメーバ角膜炎の報告もある13).海外では現在までに28例の報告があり4),中国13例1),〔別刷請求先〕加藤陽子:〒236-0004横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YokoKato,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama-shi236-0004,JAPAN学童におけるオルソケラトロジー経過中に発症したアカントアメーバ角膜炎の1例加藤陽子*1中川尚*2秦野寛*3大野智子*1林孝彦*1佐々木爽*1水木信久*1*1横浜市立大学医学部眼科学教室*2徳島診療所*3ルミネはたの眼科ACaseofAcanthamoebaKeratitisThatDevelopedduringtheCourseofOrthokeratologyYokoKato1),HisashiNakagawa2),HiroshiHatano3),TomokoOhno1),TakahikoHayashi1),SayakaSasaki1)andNobuhisaMizuki1)1)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,2)TokushimaEyeClinic,3)HatanoEyeClinicオルソケラトロジー経過中に発症したアカントアメーバ角膜炎の症例を経験した.症例は11歳,女児.9歳よりオルソケラトロジーを行っていた.右眼の充血を自覚し,近医にてアレルギー性結膜炎と診断された.その後眼痛,霧視が出現し,副腎皮質ステロイド薬,抗菌薬点眼を行ったが改善せず横浜市立大学付属病院眼科を紹介受診した.初診時視力は,右眼(0.03),左眼(1.2)であった.毛様充血と角膜中央部の類円形の浸潤病巣,および放射状角膜神経炎があり,病巣擦過物の塗抹標本でアカントアメーバのシストが認められ,アカントアメーバ角膜炎と診断した.0.02%クロルヘキシジン,フルコナゾールの頻回点眼,ピマリシン眼軟膏の点入を行い,角膜浸潤は徐々に軽減し約8カ月で上皮下混濁を残すのみとなった.矯正視力は(1.0)まで改善した.オルソケラトロジーにおいて,細菌性角膜潰瘍と並び,アカントアメーバ角膜炎も注意すべき感染症の一つと考えられた.AcaseofAcanthamoebakeratitisduetoorthokeratologyisreported.Thepatient,an11-year-oldfemalewhohadbeenundergoingorthokeratologysincetheageof9,developedhyperemiaandwasdiagnosedwithallergicconjunctivitis.Shesubsequentlysueredocularpainandblurredvision;topicalsteroidandantibioticswereinitiat-ed,butherconditiondidnotimprove.Atinitialvisit,hercorrectedvisualacuitywas0.03fortherighteye.Hyper-emia,circularinltrativelesionatthecenterofthecornea,radialneurokeratitisandciliaryhyperemiawereobserved.WefoundanAcanthamoebacystinherscrapedsmear,stainedwithGiemsaandfungiora,anddiag-nosedAcanthamoebakeratisis.Thepatientwastreatedwithinstillationof0.02%chlorhexidine,uconazoleandophthalmicpimaricinointment,afterwhichonlyasubepitheliallesionremained.At8months,hervisualacuityhadimprovedto1.0.Inorthokeratology,itisimportanttobeawareofpotentialinfections,includingAcanthamoebaker-atitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17091711,2008〕Keywords:オルソケラトロジー,アカントアメーバ角膜炎.orthokeratology,Acanthamoebakeratitis.———————————————————————-Page21710あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(102)台湾4例2,3),韓国4例5),オーストラリア3例6,7),アメリカ2例8,9),カナダ2例10)と,アジア諸国で多くみられる傾向にある.わが国では海外で処方され国内で発症した1例11)が報告されているのみである.今回筆者らは,小学生のオルソケラトロジー経過中に発症したアカントアメーバ角膜炎の1例を経験したので報告する.I症例患者:11歳,女児.主訴:右眼充血.現病歴:平成18年1月上旬に右眼の充血が出現したためオルソケラトロジーレンズ処方医を受診した.アレルギー性結膜炎と診断され,抗アレルギー点眼薬を処方された.しかしながら症状は軽快せず,2月上旬には右眼眼痛,および右眼霧視も自覚したため他院を受診,オルソケラトロジーを中止した.副腎皮質ステロイド薬,抗菌薬点眼を使用したが増悪したため,2月25日,さらに別の眼科を受診した.角膜潰瘍がみられ3月3日に横浜市立大学付属病院眼科を紹介受診となった.なお,角膜潰瘍を発症した経過については,オルソケラトロジーレンズ処方医は把握していない.オルソケラトロジーの背景としては,平成14年に視力低下を自覚,近視性乱視を指摘されたが,本人が眼鏡を嫌がり,水泳をしていたこともあり,親がテレビの報道で知ったオルソケラトロジーを希望し,平成15年(9歳)より開始した.オルソケラトロジーレンズは,夜間睡眠時に約10時間装用していた.コンタクトレンズの洗浄法は,ハードコンタクトレンズ用洗浄保存液でこすり洗いを行い水道水ですすぎ,洗浄保存液を入れたレンズケースで保存するという通常の方法を行っていた.蛋白除去は週1回行っていた.コンタクトレンズの溝に対しての洗浄については特別に指導はされなかった.装着前とはずす前には人工涙液点眼を行っていた.定期検診は3カ月ごとに行っていた.初診時所見:視力は右眼0.02(0.03×3.5D(cyl-2.0DAx180°),左眼0.07(1.2×3.75D(cyl2.75DAx180°),右眼に毛様充血を認め,角膜中央部に類円形の実質浸潤病巣を認め(図1),角膜耳側には放射状角膜神経炎がみられた.オルソケラトロジーレンズ装用の既往,角膜所見よりアカントアメーバ角膜炎が疑われたため,病巣を擦過し,ギムザ染色にて鏡検を行ったところ,二重壁をもつ円形物質が認められた(図2).ファンギフローラYR染色を行い円形の特異蛍光を示すアカントアメーバシストを確認,アカントアメーバ角膜炎と診断した.即日入院となり,0.2%フルコナゾール点眼,0.02%クロルヘキシジン点眼を1時間ごと,ピマリシン眼軟膏3回/日点入,ガチフロキサシン点眼6回/日を開始,週2回角膜掻爬を行った.1カ月後,角膜浸潤は軽減し,瞳孔領の透見が可能になった.入院7週間後より残存した角膜混濁に対し,プレドニゾロン5mg内服を開始,3カ月後より0.02%フルオロメトロン点眼に変更した.角膜混濁は経過とともに軽減した.治療開始5カ月後,フルコナゾール点眼,クロルヘキシジン点眼を中止,8カ月後にはすべての点眼薬を中止した.上皮下混濁と血管侵入は残存したが,角膜混濁はさらに軽減し,矯正視力1.0まで改善した.II考按オルソケラトロジーは,睡眠時に特殊デザインのハードコンタクトレンズを装用することにより角膜の形状を一時的に変化させ,日中の裸眼視力を向上させる屈折矯正法である.アジア地域では,近視進行遅延効果を期待し,小児へのオルソケラトロジーが多く行われている12).しかしながら,中国,台湾では,トポグラフを用いずにコンタクトレンズを処方する,経過中の定期検診を行わない,など問題も指摘されており,アカントアメーバを含む角膜感染症が多発した一因と考えられている.コンタクトレンズ関連のアカントアメーバ角膜炎患者のう図1初診時角膜浸潤所見図2アカントアメーバシスト(ギムザ染色)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081711(103)ち,ハードコンタクトレンズ使用者は8.8%と少ない13).しかも,ほとんど例外なく,レンズケアを怠ったり,定期検査を受けない,などの不適切な使い方をして発症したものがほとんどである.しかし,本症例では,指示通りの使用方法とケア方法を行っており,定期検診を受けていたが,アカントアメーバ角膜炎を発症した.感染の原因として,コンタクトレンズが固着気味でセンタリングが不良であったため,夜間装用時の涙液交換の低下により,角膜の低酸素状態をひき起こし,角膜上皮障害を生じた可能性がある.また,レンズの構造上,内面の溝部分に汚れが蓄積しやすく14),コンタクトレンズケースの洗浄や交換を行っていなかったことが汚染につながったものと考えられる.平成18年度学校現場でのコンタクトレンズ使用状況調査によると,小学生のコンタクトレンズ使用者は0.1%で,そのなかでオルソケラトロジーレンズ使用者の割合は11.1%と高率であった15).日本において行われている治験では,オルソケラトロジーの対象は18歳以上とされているが,近視進行遅延効果を期待し,学童期にオルソケラトロジーを希望する保護者が多くみられるためと考えられる.オルソケラトロジーは,2002年に米国FDA(食品・医薬品局)で認可され,日本でも開業医を中心に行われている.しかし,現在日本では未認可であり,オルソケラトロジーに精通していない医師によるレンズ処方が行われている場合もあると考えられる.また,オルソケラトロジーによって近視が治ると誤解させたり,年齢が低いほど効果があると謳った広告を行い,幼児への処方を推奨する施設もみられる.オルソケラトロジーの長期的な経過はまだ不明なことが多い.睡眠中のコンタクトレンズ装用に伴うリスク,コンタクトレンズの管理が困難な低年齢の学童に施行することのリスク,さらに,それらに伴う角膜感染症発症のリスクを,事前に十分説明する必要があると考えられる.アカントアメーバ角膜炎は,細菌性角膜潰瘍と並んで,オルソケラトロジーにおいて注意すべき重篤な合併症であり,今後,治験の評価をふまえ,より安全に行われるような適応基準が定められる必要があると考えられる.本稿の要旨は第44回日本眼感染症学会にて発表した.文献1)SunX,ZhaoH,DengSetal:Infectiouskeratitisrelatedtoorthokeratology.OphthalmicPhysiolOpt26:133-136,20062)TsengCH,FongCF,ChenWLetal:Overnightorthoker-atology-associatedmicrobialkeratitis.Cornea24:778-782,20053)HsiaoCH,LinHC,ChenYFetal:Infectiouskeratitisrelatedtoovernightorthokeratology.Cornea24:783-788,20054)WattK,SwarbrickHA:Microbialkeratitisinovernightorthokeratology:Reviewoftherst50cases.EyeCon-tactLens31:201-208,20055)LeeJE,HahnTW,OumBSetal:Acanthamoebakeratitisrelatedtoorthokeratology.IntOphthalmol27:45-49,20076)WattKG,SwarbrickHA:Trendsinmicrobialkeratitisassociatedwithorthokeratology.EyeContactLens33:373-377,20077)WattKG,BonehamGC,SwarbrickHA:Microbialkerati-tisinorthokeratology:theAustralianexperience.ClinExpOptom90:182-187,20078)WilhelmusKR:Acanthamoebakeratitisduringorthokera-tology.Cornea24:864-866,20059)RobertsonDM,McCulleyJP,CavanaghHD:Severeacan-thamoebakeratitisafterovernightorthokeratology.EyeContactLens33:121-123,200710)YepesN,LeeSB,HillV:Infectiouskeratitisafterover-nightorthokeratologyinCanada.Cornea24:857-860,200511)福地祐子,前田直之,相馬剛至ほか:オルソケラトロジーレンズ装用者に認められたアカントアメーバ角膜炎の1例.眼紀58:503-506,200712)吉野健一:オルソケラトロジーの適応と合併症対策.眼科プラクティス9,屈折矯正完全版,p90-92,文光堂,200613)石橋康久:アカントアメーバ角膜炎37自験例の分析.眼科44:1233-1239,200214)Araki-SasakiK,NishiI,YonemuraNetal:Characteris-ticsofPsedomonascornealinfectionrelatedtoorthokera-tology.Cornea24:861-863,200515)日本眼科医会学校保健部:平成18年度学校現場でのコンタクトレンズ使用状況.日本の眼科78:1187-1200,2007***

シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの連続装用が前眼部環境に及ぼす影響と安全性の検討

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(93)17010910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(12):17011707,2008c〔別刷請求先〕白石敦:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学医学部感覚機能医学講座視機能外科学分野Reprintrequests:AtsushiShiraishi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicine,EhimeUniversity,454Shitsukawa,Toon,Ehime791-0295,JAPANシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの連続装用が前眼部環境に及ぼす影響と安全性の検討白石敦原祐子山口昌彦大橋裕一愛媛大学大学院感覚機能医学講座視機能外科学分野EvaluationofOcularSurfaceInuenceandSafetyinExtendedWearofNewlyApprovedSiliconeHydrogelContactLensAtsushiShiraishi,YukoHara,MasahikoYamaguchiandYuichiOhashiDepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicine,EhimeUniversity1週間連続装用のシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)がわが国で認可・発売されたが,連続装用については,まだ安全性を懸念する声も多い.そこで,SHCL連続装用の安全性を検証する目的で,1日使い捨てソフトコンタクトレンズ(SCL),頻回交換型SCL,1カ月交換の終日装用SHCLとの間で多角的な比較評価試験を行った.結果として,実用視力,前眼部所見ならびに涙液安定性に関する1週間連続装用SHCLの評価は,終日装用された他の従来型素材レンズ群と同等であった.一方,角膜厚に関しては,1カ月交換の終日装用SHCLと同様,変化は認められず,従来型素材レンズの終日装用で有意の増加がみられたのとは対照的であった.使用後のレンズの一部からコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)が検出されたが,細菌量はいずれも臨床的に問題のないレベルであり,細菌の検出率(陽性率)は1カ月交換の終日装用SHCLと比較して有意に低かった.他方,付着脂質量は従来素材のSCLよりも有意に多く,逆に,付着蛋白質量は,1日使い捨てSCLよりも有意に少なく,1カ月交換の終日装用SHCLよりも多かった.今回の検討から,新しい1週間連続装用のSHCLの安全性,有用性は,従来素材のSCLあるいは終日装用SHCLと遜色ないものと考えられる.Aone-weekextended-wearsiliconehydrogelcontactlens(1wSHCL)hasbeenmarketedinJapan,thoughnegativeopinionsremainregardingthesafetyofextendedwear.Thisstudywasdesignedtoexaminetheclinicalsafetyandutilityofthe1wSHCLincomparisonwiththreedailywearcontrols:adailydisposablesoftcontactlens(ddSCL),a2-weekreplacementsoftcontactlens(2wSCL)oramonthlysiliconehydrogelcontactlens(mSHCL).Nosignicantdierenceswereobservedbetween1wSHCLandthecontrolgroupsintermsofvision,slitlampndingsandtearstabilityanalysis.SignicantcornealswellingswereobservedinthetwohydrogelCLgroups,butnotinthetwoSHCLgroups.SomecoagulasenegativeStaphylococci(CNS)speciesweredetectedinbacteriologicalexaminationofwornlenses,thoughallwerefarbelowbacterialinfectionlevel.Thebacterialpositiveratiointhe1wSHCLgroupwassignicantlylowerthanthatinthemSHCLgroups.Asforlensdeposits,bothSHCLsabsorbedsignicantlymorelipidsthandidtheddSCLgroup.The1wSHCLabsorbedsignicantlylessproteinthandidtheddSCL,butsignicantlymorethanthemSHCL.Theseresultsindicatethatextendedwearofthis1wSHCLisassafeandusefulasexistingdailywearSHCLsorSCLs.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17011707,2008〕Keywords:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ,連続装用,角膜肥厚,涙液安定性,細菌,脂質,蛋白質.siliconehydrogelcontactlens,extendedwear,cornealswelling,tearstability,bacteria,lipids,proteins.———————————————————————-Page21702あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(94)はじめに連続装用コンタクトレンズ(CL)は,CLユーザーにとって利便性が高いため,潜在的なニーズはかなりあるが,終日装用レンズに比較して,合併症,特に細菌性角膜炎の発生頻度が高いとの報告が多数みられる点で,眼科医は処方に消極的な傾向がある1,2).近年,高い酸素透過性と光学特性を有し,蛋白質の付着しにくいシリコーンハイドロゲル(siliconehydrogel:SH)CLが登場した.これを受けて欧米では,1カ月連続装用SHCLの安全性が臨床的に検証され35),生活様式の面からオーバーナイト装用を必要とするユーザーを中心に定着しつつある.一方,連続装用期間は欧米より短いものの,1週間連続装用のSHCLがわが国においても承認・発売された.そこで,この新しいSHCLの1週間連続装用による安全性を,従来素材の終日装用ソフトCL(SCL),および終日装用SHCLを対照に,種々の角度から比較検討した.I対象および方法1.対象2007年1月より10月まで愛媛大学病院眼科にて募集したSCL既装用の成人ボランティア60名を対象に以下に述べる比較試験を行った.しかし,表1に示すように被験レンズの1週間の連続装用の適性予備試験においては8名(14.7%)が不適ないし本人理由により試験に不参加となり,1名が検査期間中に麦粒腫を発症,1名が検査不備のため本試験を中止した(表1).結果,検査を完了した計50例100眼(男性30例,女性20例,平均年齢23.2±SD1.8)について統計学的に検討を行った.2.コンタクトレンズ被験レンズとして1週間連続装用SHCL(BalalconA,含水率36%,以下PV),対照レンズとして1日使い捨てSCL(EtalconA,含水率58%,以下OA),2週間終日装用SCL(HEMA,含水率39%,以下MP)および1カ月終日装用SHCL(LotoralconA,含水率24%,以下OX)を用いた.3.方法試験は臨床検査と非臨床検査とに分けて行った.臨床検査では,レンズの使用期間の違いに基づいて試験Aと試験B表1応募者・参加者と中止理由人数理由応募者60予備試験不適8SPK1,本人理由7本試験参加者52本試験中止2麦粒腫1,角膜の古疵1終了者50SPK:点状表層角膜症.表2臨床試験デザイン症例数試料臨床検査名称素材FDAGroup製造元使用方法試験期間(日)使用日数(1枚当り)使用枚数(サイクル)装用時間(1日当り)ケアシステム試験A30PV(ピュアビジョンR)SH3B&L連続装用57571─MP(メダリストプラスR)ハイドロゲル1B&L終日装用57571>6hエーオーセプトOA(ワンデーアキュビューR)ハイドロゲル4J&J終日装用57157>6h─試験B20PV(ピュアビジョンR)SH3B&L連続装用2028574─OX(O2オプティクス)SH1Ciba終日装用263126311>6hエーオーセプト試験APV,OA,MPを3種交使用(不同)PVMPOA試験BPV,OXを交使用(不同)PVPVPVPVOX1W1W1W1W1Month最終週のレンズ回収レンズ回収:72時間以上注)1Week1W1Wレンズ回収レンズ回収最終日のレンズを回収レンズ止レンズ止レンズ止レンズ止図1試験概要のシェーマ———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081703(95)の2群に分け,それぞれクロスオーバー法で実施した.試験Aでは,被験レンズ(PV),および対照レンズとして従来素材のSCLの2週間終日装用レンズ(MP)と1日使い捨て(OA)レンズを,それぞれの用法に準じ,1週間ずつ使用した.また,試験Bでは,被験レンズとSHCL終日装用(OX)の対照レンズとをそれぞれの用法に準じ,1カ月ずつ使用した(表2).終日装用は1日6時間以上の装用とし,ケアシステム(MPとOXのみ)には過酸化水素消毒を使用した.予備試験と本試験の間,および本試験での被験レンズと対照レンズの間には,72時間以上の裸眼でのwash-out期間を設けた(図1).非臨床検査では,検査日に装用していたレンズを回収し,右眼のレンズを細菌検査に,左眼のレンズを蛋白質/脂質定量検査に供用した.ただし,蛋白質および脂質の付着は装用中の蓄積によると考えられるため,本来の使用期間より短いMPに関しては蛋白質/脂質定量検査から除外した.4.評価基準a.臨床検査①細隙灯顕微鏡検査:試験レンズ装用前,および試験最終日にレンズを外した直後の前眼部所見を観察した.角膜上皮障害に対してはフルオレセイン染色を用いて拡大率12倍にて観察し,上,下,左,右,中央の5象限の染色スコアを03点(角膜全体では015点)で評価した.②実用視力検査:装用開始直後と試験最終日に試験レンズ装用下での実用視力測定を行った.実用視力測定は,海道らの方法に則り1分間の平均視力を遠方視力(FVA),対数視力(logMAR)として評価し,測定開始時の視力に対する実用視力の比を視力維持率(VMR)として評価した6).③角膜厚検査:連続装用では酸素供給不足から起こる角膜浮腫の発生が懸念される.そこで,装用開始前および試験最終日にレンズを外した直後の角膜中心厚をPentacam(Oculus社)で測定した.④涙液検査:装用開始直後と試験最終日にTearStabilityAnalysisSystem(TSAS,Tomey社)を用いてBreak-UpIndex(BUI)を測定し,レンズ上の涙液の安定性を評価した.裸眼でのBUIは初回検査日に測定した.b.非臨床検査(回収レンズの検査)①微生物検査:試験終了時にレンズ(右眼)を回収し,(財)阪大微生物病研究会(吹田市)にて,細菌の同定・定量を行った.検査法をフローチャートに示す(図2).②蛋白質定量:試験終了時にレンズ(左眼)を回収し,(株)東レリサーチセンター生物科学第2研究室(鎌倉市)にて,付着蛋白質ないし脂質の分析・定量を行った.ただし,全数ではなく,構成比を考慮してレンズごとに1017検体数を抜粋して実施した.蛋白質の測定は検体レンズを加水分解し,ニンヒドリン比色法によるアミノ酸分析法にて行った.具体的には,検体に6mol/lの塩酸400μlを添加し,真空封圧下110℃で22時間加水分解した.ついで,6mol/l塩酸を別の試験管に移し,減圧乾固した後,水100μlに溶解,フィルター濾過後,アミノ酸分析計(日立L-8500形)で測定した.こうして得られたアミノ酸総量を検体レンズ1枚当たりの蛋白質量とし検体(右眼レンズケースレンズ液)菌ビーズり試験管に移すボルテックス1min菌生理塩水で希×10-1,10-2原液の残り全量発育菌の同定35℃,24~48時間培養菌増殖時には5%ヒツジ血液加TrypticaseSoyAgarに再分離35℃,1~7日間培養臨床用チオグリコレート培地原液および各希釈検体50??5%ヒツジ血液加TrypticaseSoyAgar35℃,24~48時間培養集落数をカウントし,サンプル中の菌数(CFU/m?)に換算発育菌を同定★直接分離培養,増菌培養ともに菌発育を認めない場合は“陰性”★?????????,CNS,?????????????,????????spp.を指定菌として同定指定菌以外は詳細な同定は行わない直接分離培養増菌培養図2微生物検査方法(提供:阪大微生物病研究会坂本雅子氏)———————————————————————-Page41704あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(96)た.③脂質定量:検体レンズから溶媒抽出された脂質をメチルエステルに変換するガスクロマトグラフィー(GC)定量分析にて測定した.具体的には,検体にクロロホルム/メタノール(1/1)2mlを添加して振盪し,溶媒抽出操作を行った.溶媒を除去した抽出脂質試料をメタノリシスするため,ジブチルヒドロキシトルエン(BHT)1mg/mlメタノール溶液を200μl,および5%塩酸・メタノール溶液1mlを加え,70℃で3時間加熱反応させて,試料中の脂肪酸および脂肪酸エステルを脂肪酸メチルエステルに変換した.ついで,ヘキサン1mlを加えてヘキサン層を回収し,ペンタデカン酸メチル0.01%クロロホルム溶液0.2mlを加えて再溶解したものをガスクロマトグラフHP5890型(HewlettPackard社)にてGC分析した.こうして得られた脂肪酸総量を検体レンズ1枚当たりの脂質量とした.II結果1.臨床検査a.前眼部所見試験Aにおいては,角膜上皮障害の発現眼数はOA20眼,MP22眼,PV23眼であり,角膜上皮障害発症眼における平均スコアでもOA1.30点,MP1.27点,PV1.52点と有意差は認めなかった.試験Bにおいては角膜上皮障害の発現眼数がPV22眼,OX8眼とOXにおいて角膜上皮障害発症眼が有意に少なかったが,角膜上皮障害発症眼における平均スコアはPV1.14点,OX1.13点と障害の程度に差は認めなかった.スコア3点以上の上皮障害を認めた症例はなく,1象限でスコア2点を認めた症例は試験AではMP1眼,試験BではPV2眼であった(表3).試験期間中に問題となる角結膜上皮障害,感染症などの前眼部所見は認めなかった.b.実用視力試験A,Bを通じて,レンズ装用下での遠方視力(FVA),対数視力(logMAR),および視力維持率(VMR)ともに,装用開始時と試験最終日との間で,いずれのレンズにおいても有意差はなかった(表4).c.角膜厚試験Aにおいて,従来素材のSCL(MP,OA)で有意な角膜厚の増加を認めた(MP:p<0.05,OA:p<0.01)が,表3角膜上皮障害SPK発現症例数(眼数)発現症例の平均Grade数(/眼)Grade2症例(眼数)試験AOA1W201.300MP1W221.271PV1W231.520試験BPV4W221.142OX1M81.130SPK:点状表層角膜症.表4実用視力PV(n=100)OA(n=60)MP(n=60)OX(n=40)装用開始時装用期間後装用開始時装用期間後装用開始時装用期間後装用開始時装用期間後実用視力(FVA)0.94750.97771.08301.09080.92810.96720.99901.0377p値0.240.800.160.37実用視力(LOG)0.04040.03160.01920.04020.03530.02750.02730.0025p値0.500.100.710.19視力維持率(VMR)0.92940.94820.96870.96230.94380.94830.95280.9483p値0.140.150.480.53500550600650552.38角膜厚(μm)554.25556.18567.67装用前装直後570.57559.90OAMPPV**p<0.01*p<0.05NS図3角膜厚検査(1週間,n=60眼)角膜厚(μm)装用前装直後NSNS500550600650557.43552.18567.48565.80PVOX図4角膜厚検査(4週間,n=40眼)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081705(97)SHCLでは有意な増加は認められなかった(PV:p=0.48).試験Bにおいて,SHCLの1週間連続装用(PV1週間×4サイクル)と終日装用(OX)との間に有意差はなかった(図3,4).d.TSAS(BUI)装用直後(ベースライン)および試験最終日のBUI値は,いずれのレンズにおいてもSCL装用前の裸眼値よりも有意に低下していた(p<0.001).レンズごとにベースラインと試験最終日とのBUI値の比較では,PVで1週間後(試験A)に有意に低下していたが,4週間後(試験B)ではベースラインとの間に差はなかった(図5,6).2.非臨床検査a.微生物検査黄色ブドウ球菌,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS),緑膿菌,セラチアについて同定・定量を行い,これら以外の菌は指定外菌とした.A,B両試験の全レンズ検体からはCNSが3種類(Staphylococcusepidermidis,Staphylococcuschromogenes,Staphylococcuswarneri)5例同定された.指定外菌が8例検出された.指定外菌も含めた検出頻度(陽性率)はレンズ間に有意な差が認められた(p<0.05).ただし,いずれも100CFU/ml以下であり,一般的にCNSで起炎性をもつとされる105CFU/mlのレベルの菌量7)を大きく下回るものであった(表5).b.蛋白質定量レンズ検体1枚当りの平均蛋白質量を18種類のアミノ酸表5検体レンズから分離培養された微生物試料名検体数Staphylococcus指定外菌(SA,PA,SM,CNS以外)Totalepidemidischromogeneswarnerl陽性検体数陽性率OA30陽性検体数微生物量1<20CFU/ml1100CFU/ml4<20CFU/ml620.0%MP30陽性検体数微生物量1>20CFU/ml13.3%PV50陽性検体数微生物量1<20CFU/ml1<20CFU/ml24.0%OX20陽性検体数微生物量4<20CFU/ml420.0%統計/平均13031181310.0%c20.05=7.815,p=0.0288<0.05.BUI(%)装用開始時装用期間後***p<0.001*p<0.0510002040608073.9053.0553.4456.8851.8350.4350.47裸眼OAMPPV図5BUI検査(1週間,n=60眼)***p<0.001***p<0.001***p<0.001050100150200250300050100150200250300OAPVOX平均蛋白質量(μg/枚)OAPVOX平均脂質量(μg/枚)NS図7レンズ付着蛋白質量・脂質量()用用眼図6BUI検査(4週間,n=40眼)———————————————————————-Page61706あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(98)の総量として計測したところ,OAが260.31μg(n=12,SD=129.06),PVが31.11μg(n=17,SD=14.61),OXが3.36μg(n=10,SD=2.07)となり,OAが他のレンズに比べ有意に高かった(各p<0.001).PVはOAよりも有意に低く,OXよりも有意に高かった(各p<0.001).c.脂質定量レンズ検体1枚当りの平均脂質量を6種類の脂肪酸の総量として計測したところ,OAが3.06μg(n=10,SD=1.33),PVが11.48μg(n=13,SD=1.93),OXが10.25μg(n=10,SD=1.80)となった.連続装用のPVと終日装用のOXとの間に差はなかったが,両SHCLともOAと比較して有意に多かった(p<0.001)(図7).III考察CLの装用に伴って,角膜は種々の非生理学的な環境に晒されるが,このなかで,最も大きな課題は酸素供給の低下である.これを解決するために種々の素材の開発が行われてきたが,現在の処方の主流である従来素材のSCLの場合には閉瞼時の酸素供給量を超える程度のレベルであり,オーバーナイト装用では低酸素状態により角膜浮腫をきたすとの報告もみられる8,9).また,低酸素環境下では角膜上皮に細菌が付着しやすくなるという事実も報告されており10),これを裏付けるように,従来素材のSCLの連続装用では,終日装用に比較して感染性角膜炎の発生頻度が高いとされている1,2).このように,一般にCLの連続装用は感染発症の危険因子と考えられている10,11)が,近年登場したSHCLがその画期的な酸素透過性により12,13),この課題を克服できるか否かは興味あるところである.本試験においては,レンズの酸素透過性を最も鋭敏に反映する指標として角膜厚を取り上げ,CL装用前後の変動を比較した.その結果,従来素材のSCLの終日装用とは異なり,連続装用されたPVにおいては検査期間中(4週間)有意な角膜厚の増加は認められなかった.終日装用のOXにおいても同様の結果であり,SHCLの優れた酸素透過性が改めて実証される結果となった.これらの成績は海外における報告14)ともよく一致しており,SHCLでは,終日装用のみならず連続装用においても,角膜厚の増加をきたさないレベルで酸素供給が維持されているものと考えられ,酸素不足による角膜上皮障害の発生も少ないものと推測される.連続装用でつぎに問題となるのがレンズの汚染である.実際,従来素材のSCLに比較してSHCLには細菌が付着しやすいとの報告も少なからずあるため1517),連続装用に伴う細菌付着の実態を明らかにしておくことは重要である.結論から言えば,汚染率は回収レンズ50枚のわずか2枚(4%)と当初の予想をはるかに下回るものであった.検出されたのはいずれもCNSであり,常在細菌叢由来と想定されるが,細菌量はいずれも100CFU/ml以下であり,一般的にCNSの起炎閾値とされる105CFU/mlのレベル7)には達しておらず,臨床的には問題とならない細菌量であった.一方で,菌の検出された頻度(陽性率)をみると,連続装用されたPV,終日装用MPとともに低く,1日使い捨てのOAと1カ月定期交換SHCLのOXにおいて比較的高かった.1日使い捨てのOAでは付着蛋白質量が多いことから,レンズに付着した蛋白質の量が細菌の接着に影響した可能性が考えられ15,16),OXは1カ月の終日装用であったため,使用期間の長さも関連している可能性もあり,追加研究での検討が必要であろう.細隙灯顕微鏡による所見では,いずれのレンズにおいても,試験期間を通して問題となるような眼表面の障害は観察されず,安全性に問題はないと推測される.しかし,試験Bにおいて上皮障害の程度はOXとPV間で有意差はなく軽度の角膜上皮障害ではあったが,終日装用のOXに比較してPVで角膜上皮障害発症眼数が多く認められたことは,連続装用CLではより注意深い経過観察が必要であることを示唆する結果であろう.装用レンズ上の涙液安定性は良好な視機能の維持において重要な因子であるが,本研究でも明らかなように,レンズ装用により低下することは避けられない現象である.涙液安定性をBUIにて評価したところ,装用4週間装用試験(試験B)においてPVはOXと同等の結果を示した.確かに,PVの場合,1週間装用試験(試験A)の装用後に有意な低下がみられ,同時に,PVの連続装用開始の最初の1週間に乾燥感が強いとの意見も少なからずある.実際,今回行った被験者に対するアンケート調査結果でも,PVに関する満足度(1:「低い」,7:「高い」の7段階評価)は,1週間後よりも4週間後のほうが良好で(meanscore:1週間後4.8/4週間後5.7),4週間後の満足度は終日装用で最も高い1日使い捨てOAと同等(5.8:1週間後)であった.すなわち,PVの連続装用の場合,装用後徐々にレンズに慣れて涙液の安定性が改善し,快適に使用できるようになるものと推察される.ただし,BUI値が40%未満の57眼(21.9%)については,その40.4%が乾燥感を訴えており,BUI値40%以上の203眼の26.6%に比較して頻度が高い.よって,ドライアイ症例に対しては,慎重に処方を行う必要があると思われる.結論として,PVの1週間連続装用は,終日装用レンズと同等の安全性と有用性を有すると考えられる.従来素材のSCLによる連続装用でみられるような角膜厚の増加はなく,レンズ自体への細菌付着量,陽性率はともに低いレベルであり,海外における成績16)とよく一致していた.職業的な背景などからCL装用者のニーズは多岐にわたるため,連続装用を希望する患者は少なくない.1週間連続装用SHCLの登場により,CL処方の選択肢は広がったといえるが,その一———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081707方で,患者のコンプライアンスも含めた長期的な安全性に関してはさらなる検証が必要であろう.PVの連続装用のメリットを最大限に生かすために,適切な患者選択と,コンプライアンス遵守に向けた地道な患者指導が不可欠である.文献1)ChengKH,LeungSL,HoekmanHWetal:Incidenceofcontact-lens-associatedmicrobialkeratitisanditsrelatedmorbidity.Lancet354:773-778,19992)日本眼科医会医療対策部:「日本コンタクトレンズ協議会コンタクトレンズによる眼障害アンケート調査」について.日本の眼科74:497-507,20033)BrennanNA,ColesML,ComstockTLetal:A1-yearprospectiveclinicaltrialofbalalconA(PureVision)sili-cone-hydrogelcontactlensesusedona30-daycontinu-ouswearschedule.Ophthalmology109:1172-1177,20024)LievensCW,ConnorCG,MurphyH:Comparinggobletcelldensitiesinpatientswearingdisposablehydrogelcon-tactlensesversussiliconehydrogelcontactlensesinanextended-wearmodality.EyeContactLens29:241-244,20035)DonshikP,LongB,DillehaySMetal:Inammatoryandmechanicalcomplicationsassociatedwith3yearsofupto30nightsofcontinuouswearoflotralconAsiliconehydrogellenses.EyeContactLens33:191-195,20076)海道美奈子:新しい視力計:実用視力の原理と測定方法.あたらしい眼科24:401-408,20077)宮永嘉隆:細菌─総論(Q&A).あたらしい眼科17(臨増):3-4,20008)HoldenBA,MertzGW:Criticaloxygenlevelstoavoidcornealedemafordailyandextendedwearcontactlenses.InvestOphthalmolVisSci25:1161-1167,19849)SolomonOD:Cornealstresstestforextendedwear.CLAOJ22:75-78,199610)ImayasuM,PetrollWM,JesterJVetal:TherelationbetweencontactlensoxygentransmissibilityandbindingofPseudomonasaeruginosatothecorneaafterovernightwear.Ophthalmology101:371-388,199411)SolomonOD,LoH,PerlaBetal:Testinghypothesesforriskfactorsforcontactlens-associatedinfectiouskera-titisinananimalmodel.CLAOJ20:109-113,199412)RenDH,PetrollWM,JesterJVetal:TherelationshipbetweencontactlensoxygenpermeabilityandbindingofPseudomonasaeruginosatohumancornealepithelialcellsafterovernightandextendedwear.CLAOJ25:80-100,199913)CavanaghHD,LadageP,YamamotoKetal:Eectsofdailyandovernightwearofhyper-oxygentransmissiblerigidandsiliconehydrogellensesonbacterialbindingtothecornealepithelium:13-monthclinicaltrials.EyeCon-tactLens29(1Suppl):S14-16,200314)EdmundsFR,ComstockTL,ReindelWT:CumulativeclinicalresultsandprojectedincidentratesofmicrobialkeratitiswithPureVisionTMsiliconehydrogellenses.IntContactLensClin27:182-187,200015)KodjikianL,Casoli-BergeronE,MaletFetal:Bacterialadhesiontoconventionalhydrogelandnewsilicone-hydrogelcontactlensmaterials.GraefesArchClinExpOphthalmol246:267-273,200816)SantosL,RodriguesD,LiraMetal:Theinuenceofsurfacetreatmentonhydrophobicity,proteinadsorptionandmicrobialcolonisationofsiliconehydrogelcontactlenses.ContLensAnteriorEye30:183-188,200717)BorazjaniRN,LevyB,AhearnDG:RelativeprimaryadhesionofPseudomonasaeruginosa,SerratiamarcescensandStaphylococcusaureustoHEMA-typecontactlensesandanextendedwearsiliconehydrogelcontactlensofhighoxygenpermeability.ContLensAnteriorEye27:3-8,2004(99)***