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観察研究(横断研究):多治見スタディ

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLSる.しかしながら,「疫学調査」の条件は,「1人でも多くの人を診る」ではなく,「偏りなく十分な人を診る」なのである.1.実施地区の選定とサンプル数日本緑内障学会が計画した疫学調査は,1)母集団を1自治体として無作為抽出法で対象者を決める,2)調査対象人数として想定有病率からサンプル数計算をして3,200人から4,000人(統計誤差0.5%,参加率7580%の計算で約4,000人の対象者が必要),3)実施地域の選択条件として,(a)標準的な地方都市で人口10万人くらいのところで実施(UrbanAreaでの実施),(b)自治体の協力が得られやすいこと,(c)年間を通じて同様の条件で検査が可能なところ,(d)緑内障専門医の協力を受けやすいところ,(e)実施中心病院の関連大学の協力をうけやすいところ,などの条件があり,数カ所の候補のなかで,最終的に「岐阜県多治見市(当時人口10万4,000人)」が候補地として選ばれた.日本の緑内障有病率を出すために「偏りなく十分な人を診る」という意味では,日本全体での無作為抽出が望ましいが,北は北海道から南は沖縄の離島までの各地域から無作為抽出することとなり,それは,たとえばある離島の寒村に抽出された1人のためだけに全国同じクオリティの眼科検査のためのすべての器械と人員を持って移動診療をするため現地に行くことを意味する.通常は1年以内と限るのが普通である疫学調査の期間内にそのはじめに「多治見スタディ」は,「日本緑内障学会多治見疫学調査」の通称である.日本において緑内障有病率調査の試みは,まず,19881989年に実施された「緑内障全国疫学調査」であった.これは,日本緑内障研究会(日本緑内障学会の前身)が日本眼科医会の後援で,潜在患者もふまえた日本全体の緑内障の実態把握を目指したものであった.全国7カ所の住民検診により計8,126人の検査を行い,1)眼圧が高くない開放隅角緑内障(当時,低眼圧緑内障とよばれた)が多いこと,2)眼圧値が欧米の報告の値より低いこと,など画期的な内容が発表された.しかし,7カ所の受診率に地域差(24.690.0%)があり,こうした疫学調査で要求される受診率は7580%が必須といわれる条件をクリアしていなかったことで地域比較が十分できないばかりではなく,まとめて全体としての受診率が50.5%であったことで不十分な参加率と批判も受けた.そこで,日本緑内障学会として,この「緑内障全国疫学調査」の結果の検証をすべく,正式な疫学的手法での調査の計画をたて,20002001年に実施された調査が,「多治見スタディ」であった(表1).I検診と調査「緑内障全国疫学調査」では,8,000人を超える住民の検診を行った.検診機関や医療機関における検診結果の統計をみた報告は数多くある.1人でも多くの人をみれば,その集計は確かなものが得られると思いがちであ(31)31I:多治見:5078511多治見343多治見特集●わかりやすい眼科疫学あたらしい眼科26(1):3138,2009観察研究(断研究):多治見スタディAPopulation-BasedCross-SectionalGlaucomaPrevalenceSurvey:TheTajimiStudy岩瀬愛子*———————————————————————-Page232あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(32)いわれる.したがって,1回限りの調査と考えられていた「多治見スタディ」では母集団は可能な限り多くしたいとの理由で,小さな町ではなく人口10万人の地方都市が選択された.対象は40歳以上の市民54,165人であり,住民基本台帳を元に検診専用の個人番号表を作成し「完全無作為抽出法」で4,000人を「疫学調査対象者」(以下,対象者)に選んだ.住民票だけがあって実在しない人や期間中に死亡・転出した人130人を除き最終的な疫学対象者は3,870人となった.2.疫学対象者と非対象者について通常,「疫学調査」は上記の「対象者」だけにターゲットをあて,このなかでの高い参加率を確保することをめざす.しかし,「多治見スタディ」では,このとき,同時に,非対象者にあたる同年代の市民への同等の検査を行った.これは,多治見市で疫学調査を実施しようと啓蒙活動が開始されたなかで,多治見市から,「この調査には市をあげて全面協力を惜しまないので,こうした二度とない機会に,対象者以外の同年齢の市民にも,同等の検査を実施して欲しい」という条件が出されたからであった.対象者への良好な参加率を確保するために,対象者だけではなくその家族など広く受診者を受け入れて欲しいとの意味もあった.同時に,この調査の予算確保を決定した「日本失明予防協会」の理事会からも,「多治見市で調査を実施するのを支援する.1人でも多くの市民を診てあげること,緑内障以外の疾患についてもスクリーニングすること」という条件があった.すなわち,対象者(3,870人)のなかでは高参加率をめざし,調査非対象者(50,165人の市民)には「一般検診」をして1人でも多くの眼疾患スクリーニングをするという二重構造となり,総合して「多治見市民眼科検診」(EyeHealthCareProjectinTajimi)と名づけて実施した.このプロジェクトは当時まだ制定されていなかった個人情報保護法,疫学調査倫理指針の完成レベルを予想し実施され,調査であることを明記し,同意の撤回などの自己情報コントロール権の説明も含めたインフォームド・コンセント後,自筆による文書の同意書をとり実施された.調査実施期間内に,疫学対象者は3,021人(78.1%)が参加した.非対象者の検診は14,779人が参加し個別調査を全被抽出者に行うことは不可能であると考え,1自治体で可能な限り多くの人口の中から無作為抽出をする手法をとった.無作為抽出法で選ばれた観察対象集団(サンプル)は,標的集団(母集団)を偏りなく代表するため標的集団全体を調べたのと同じ価値があると表1多治見スタディ実施機構(平成12年1月平成15年まで)総括責任者:北澤克明日本緑内障学会理事長(岐阜大学名誉教授)疫学調査委員会:東郁郎(大阪医科大学名誉教授)阿部春樹(新潟大学眼科教授)新家眞(東京大学眼科教授)**井上洋一(オリンピア病院院長)岩瀬愛子(多治見市民病院眼科診療部長)宇治幸隆(三重大学眼科教授)勝島晴美(かつしま眼科・札幌)桑山泰明(大阪厚生年金病院眼科部長)澤口昭一(琉球大学眼科教授)塩瀬芳彦(塩瀬眼科・名古屋)清水弘之(岐阜大学公衆衛生学(疫学・予防医学)教授)白土城照(東京医科大学八王子医療センター眼科教授)鈴木康之(東京大学眼科講師)田原昭彦(産業医科大学眼科教授)塚原重雄(山梨医大副学長)富田剛司(東京大学眼科助教授)富所敦男(東京大学眼科講師)根木昭(神戸大学眼科教授)三嶋弘(広島大学眼科教授)*山本哲也(岐阜大学眼科教授)五十音順・敬称略・H12年当時の役職*:疫学調査会委員長**:実行小委員会委員長下線は疫学調査実行小委員会及びデータ解析検討小委員会メンバー(二重線はデータ解析委員会から参加)参加スタッフ医師:多治見市民病院医師・日本緑内障学会理事・日本緑内障学会評議員・岐阜大学眼科医師他ORT:近隣医療機関及び東海4県視能訓練士協会から派遣看護師&OMA:多治見市民病院スタッフ・多治見スタディ特別編成チーム多治見市職員:多治見市民病院職員・健康福祉部多治見市保健センター設営メンテナンス:使用機材関連会社スタッフ後援財団法人日本失明予防協会財団法人日本眼科学会社団法人日本眼科医会多治見市医師会岐阜県東濃地域保健所———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,200933(33)blingtechnology)による視野スクリーニング→眼底写真→HRT(HeidelbergRetinaTomograph)II→細隙灯顕微鏡検査・眼圧検査・vanHerick法による隅角スクリーニング→最終チェックと説明,という検査順を遵守した.二次検査には,通常の診察以外に,視野検査としてHumphrey視野計のSITA(SwedishInteractiveThresholdingAlgorithm)プログラムを採用し,隅角検査はGoldmann2ミラーを用いた検査をし,眼底の立体写真撮影は可能なかぎり散瞳して実施した.III巡回検診と常設検診過去に多治見市で実施された健康診断関連の検診受診率を検討すると,定点における検診と比較して,巡回検診あるいは地域別に複数の検診施設がある場合のほうが,圧倒的に検診受診率が高かった.したがって,対象者における調査参加率を上げるためには,検査の実施場所は複数必要であると考え,実施中心施設である多治見市民病院では「常設検診」(期間中220回)と「二次検査(精密検査)」(期間中165回)を予約制で行い,その他の複数の一時検査検診場所としては,市内の公民館・体育館などの公共施設を「臨時診療所登録」として土日を中心とした巡回検診を行った(期間中43回,当日整理券制).この巡回検診場所は毎日移動するため,前日あるいは当日早朝よりの検査場所の設営を必要としたた.この合計17,800人の市民は,多治見市の当時の40歳以上の32.9%にあたる.調査を終わって検討してみると,受診者の年齢と性別において,一般検診では偏りがあり,得られたデータにも疫学データと一般データには有意差がみられたので,「偏りなく十分な数を診る」ことと「1人でも多くの人を診る」ことは異なることを実感した.疫学調査としての参加率は80%にわずかに及ばないものの,諸外国の緑内障有病率調査と並ぶ数字であったので,初めて,世界に通じる日本の緑内障の疫学調査といえるデータを得たことになった.同時に行った一般検診の結果からは,多くの眼疾患,全身疾患の方を発見し,この事業の住民への貢献度は非常に大であった.しかし,50,000人を超えるいわゆるUrbanAreaの市民を相手に,無作為抽出対象者に厳密な診察を必要とする調査を行うということは容易ではない.「多治見スタディ」は,国や自治体からの強制された検査ではなく,日本緑内障学会の学問的な調査にすぎない.「日本には緑内障がどのぐらいあるかを知りたい」「眼科検診はご自身の健康管理に有効である」という大義名分のみを市民に説明し続け調査を実施し,こうした結果を得たことは幸運であった.本来の目的であった疫学調査とともに,一般検診で多くの疾患を発見できたことは,眼科医冥利につきることであった.II検査項目「多治見スタディ」の検査項目は表2に示す.世界的にみて緑内障疫学調査の眼圧測定はGoldmann圧平式眼圧計により行うのが標準であったのに対して,「緑内障全国疫学調査」の眼圧測定の中心が「非接触型空気眼圧計」であった点も批判されたことをふまえ,眼圧は一次検査も二次検査も専門医による「Goldmann圧平式眼圧計」で測定を行い,二次検査(精密検査)には緑内障学会理事・評議員を中心とした専門医による診察を行いデータのクオリティを厳密に確保した.一次検査では,眼圧測定以外は,眼圧値に影響を与えない「非接触」の検査を採用した.インフォームド・コンセント→問診→血圧→身長・体重→レフ・ケラト→視力→角膜厚(スペキュラーによる非接触検査)→FDT(frequencydou-表2多治見スタディ検査項目一次検査インフォームド・コンセント問診・血圧・身長・体重屈折・視力・角膜曲率・角膜厚FDT(C-20-1)眼底写真(無散瞳眼底検査)HRTII細隙灯顕微鏡検査(vanHerick法隅角検査)精密眼圧検査(Goldmann圧平式眼圧計)二次検査細隙灯顕微鏡検査視野検査(Humphrey自動視野計:SITAProgram)眼圧測定(Goldmann圧平式眼圧計)隅角検査(Goldmann2ミラー)眼底検査・3D観察ステレオ眼底写真———————————————————————-Page434あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(34)を薦めた.4.二次検査対象者および一般検診ともに緑内障疑いあるいは再検査を要する場合は,すべて多治見市民病院で行う精密検査を受診してもらい,他疾患の場合,対象者は多治見市民病院の二次検査に,一般検診者は本人が受診を希望される医療機関への紹介状を発行した.必要に応じて,既往歴などの調査について精密検査を依頼し,主治医との連絡などを行い,他疾患との鑑別診断に努めた.5.判定会議二次検査後,対象者については,GONを3人の判定者が独立して読み,並行して視神経乳頭のC/D比(陥凹乳頭比),R/D比(リム乳頭径比)測定を1人の専門医が実施した.視野判定は異なる2人の判定者が行い,が,地域を回ることで参加率は上昇し効果的であった.さらに,施設入所者・病院入院者,自宅から出られない人には対象者を優先して往診(期間中17回)を行った.IV判定失明予防協会の指導により,緑内障だけを判定していることはできなかった.緑内障の診断には時間的な余裕があるが,他疾患では時間的に余裕のない場合がある.このため,判定も二重構造として行った.1.緊急性疾患の判定被験者のなかには緊急性疾患をもっているのを気づかず受診している方もあり,受診者の眼底写真の簡単なスクリーニング読影と検査結果のすべてのチェックを,当日あるいは翌日までに岩瀬が実施した(緊急性スクリーニング).また,検診会場でもただちに対応が必要な人を発見した場合は,救急対応を手配した.巡回検診は1日600700人あり,選ばれて受診している疫学対象者よりも,何か症状があって検診を希望して受診した非対象者市民のなかにそれらの緊急性の疾患が多く,検診の途中で紹介状を発行したことも多数あった.発見した眼科疾患は,高眼圧,虹彩炎,網膜動静脈切迫閉塞,網膜裂孔,網膜離などであった.なお,検査中に全身的な緊急性対応が必要なこともあった.異常高血圧,不整脈発作を発見し,準備していた救急セットを使用したうえに,救急車に同乗して対応したことは2回のみであったが,幸いどちらも良好な経過をたどった.2.視神経の読影緑内障性視神経症(GON)の判定については,表3に示すシステムで複数の施設での判定をしGONを疑う記載が1カ所の判定でもあった場合は,すべて二次検査受診の連絡をした.3.他疾患の判定視神経中心の各大学での読影と並行して,現地にてすべての検査データをチェックしたうえで疾患疑いの場合,対象者はすべて二次検査によび,一般受診者の場合は,最寄りの眼科へ受診するための紹介状を作成し受診表3判定の流れ緑内障性視神経症の判定(一次スクリーニング)疫学対象者視神経判定(他疾患のコメントを含む)東京大学(富田剛司)・新潟大学(白柏基弘)・岐阜大学(内田英哉・杉山和久・谷口徹)一般検診者視神経判定(他疾患のコメントを含む)東京医科大学八王子(白土城照)・山梨大学(柏木賢治)・日本大学(山崎芳夫)・神戸大学(根木昭)・広島大学(三嶋弘)・琉球大学(澤口昭一)+現地総合判定および結果送付(判定結果とコメントを記載した手紙を発送)当日検査で得られた数値データ視野データ眼底写真チェック緑内障確定診断のための判定会議視神経読影班:新家眞(東京大学),阿部春樹(新潟大学),山本哲也(岐阜大学)視野判定班:白土城照(東京医科大学八王子),桑山泰明(大阪厚生年金病院)現地:岩瀬愛子(多治見市民病院)視神経乳頭比計測二次検査データ,他疾患情報データ管理他———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,200935(35)式眼圧計を使用して初めて得られたこの疫学的眼圧値は,欧米人などよりは低いものの,他のアジアの国と比較して大きな差はない.緑内障の危険因子の解析からも,「眼圧」,「近視」,「年齢」が関連が高いことがわかった26).2.視覚障害統計「多治見スタディ」の検査結果から,目的とした有病率以外の結果も得ることができた.身体障害者手帳からみた視覚障害の統計の報告はあるものの,疫学的視覚障害統計は多治見スタディで初めて得られた.多治見市においては,他の国の疫学調査での報告と比較すると,ロービジョン率は低いが,特に,失明原因疾患として,「白内障」,「近視性変性症」と「緑内障」が上位疾患であるのが特徴であった27)(表6).3.屈折状態に関する統計28)近視は東アジアにおいて多いことが報告されているが,実際に日本人の屈折状態についての疫学調査は詳細には行われていなかったが,多治見スタディの結果から屈折異常についての疫学的データも初めて得られたことになった.結果として,等価球面度数0.5D未満の近視が41.8%(95%信頼区間:40.043.6),5.0D未満の強度近視が8.2%(同:7.29.2)という高率に認められた.これは他のアジアの地域や欧米に比較して非常に高い結果であった.緑内障の関連因子としても,視覚障害の原因因子としても,日本において「近視」は失明予防上の大きな課題であることを指摘する結果であった.最後にすべての結果を総合し,他疾患情報,二次検査データなどを総合的に判定し有病率計算を行った.診断は,最初は,緑内障診療ガイドライン第1版に基づいて,緑内障有病率は5.8%(95%信頼区門(CI):5.06.6)と判定された.しかし,同時期に「緑内障性視神経症をもって緑内障とする」というISGEO(Interna-tionalSocietyofGeographicalEpidemiologicalOph-thalmology)判定で緑内障の定義を標準化する主旨の論文が先行の海外の緑内障疫学調査グループから出たことで,再度,多治見スタディの結果をこれにあわせて再計算した.この定義によると閉塞隅角緑内障および続発緑内障の有病率が変わり,緑内障有病率は5.0%(95%CI:4.25.8)となった.V疫学調査の結果1.緑内障有病率他表4に確定した緑内障の各病型有病率を示す1,2).また,検査により発見された緑内障患者のうち全体の89%は未治療・無自覚の潜在患者であり,特に,正常眼圧緑内障のそれは95.5%であった.原発開放隅角緑内障の有病率を世界の調査と比較する(表5)324)と,多治見スタディで得られた有病率は,欧米の報告より高く,黒人の報告より低い値であった.眼圧についての結果は,参加者での平均眼圧(95%CI)は,男性14.6mmHg(95%CI:14.414.7),女性14.5mmHg(95%CI:14.414.6)であった25)が,緑内障眼の平均眼圧は15.4±2.8mmHg,非緑内障眼では14.5±2.5mmHgであり,両者には有意差が認められた(p=0.0004).Goldmann圧平表4多治見スタディによる緑内障有病率男性女性計原発開放隅角緑内障(広義)4.1(3.05.2)3.7(2.84.6)3.9(3.24.6)眼圧>21mmHg(狭義)0.3(0.00.7)0.2(0.00.5)0.3(0.10.5)眼圧≦21mmHg(正常眼圧緑内障)3.7(2.74.8)3.5(2.64.4)3.6(2.94.3)原発閉塞隅角緑内障0.3(0.00.7)0.9(0.51.3)0.6(0.40.9)続発緑内障0.6(0.21.0)0.4(0.10.7)0.5(0.20.7)計5.0(3.96.2)5.0(4.06.0)5.0(4.25.8)高眼圧症0.6(0.21.0)0.9(0.51.4)0.8(0.51.1)()内は95%CI.———————————————————————-Page636あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(36)へと引き継いだ.日本緑内障学会として「緑内障疫学調査の手法」は確立できた.「久米島スタディ」における結果と比較することで,1989年の「緑内障全国疫学調査」で計画したものの低受診率地域があったことで実現しなかった地域差の検討が可能となり,この結果の比較は,日本の地域差の検討ばかりではなく,アジアの緑内障有病率,ひいては欧米との比較検討に非常に興味深い結果を得ることが可能となった.多治見スタディの実施過程に考案されたデータ管理方法,保管方法におけるコンピュータソフトの開発は,眼科領域の電子カルテ化用ソフトとして,現在臨床応用されているものがあり非常に有効であった.2.「多治見スタディ」から今後の課題「多治見スタディ」は,失明予防協会の予算を用い,多治見市の現場をふまえて「日本緑内障学会疫学調査委員会・同実行小委員会」が中心となって実施の詳細を同VI多治見スタディ後1.緑内障疫学調査の手法多治見スタディを実施するにあたって考案した「緑内障の疫学調査の手法」は,その後反省点などを考慮し,これらをすべて改善した形で「久米島スタディ」の手法表5各国の原発開放隅角緑内障(POAG)有病率国スタディ名論文出版年度人種対象年齢NoofsamplePartici-pationrate(%)POAG粗有病率(%)POAG標準化有病率(%)JapanJapanNationWide3)1991日本人40歳<8,12650.52.53.5USABaltimoreEyeSurvey4)1991黒人40歳<5,30879.24.23.5USABaltimoreEyeSurvey4)1991白人40歳<5,67379.21.10.9USABeaverDamEyeStudy5)1992白人4386歳1,06283.12.1NetherlandTheRotterdamStudy6)1995白人5595歳3,27179.71.10.7WestIndiesTheBarbadosEyeStudy7)1997白人,黒人4084歳4,63184.07.15.3ItalyTheEgna-NeumarktStudy8)1998白人40歳<50073.921.6AustraliaTheMelbourneVisualImpairmentProject9)1998白人40歳<3,27183.01.81.3IndiatheAndhraPradeshEyeDiseaseStudy10)2000インド人40歳<2,52285.41.93.4Tanzania(Kongwadistrict)11)2000黒人40歳<3,26890.03.13.2USAProyectVER12)2001ラテン系アメリカ人40歳<4,77472.021.7SouthAfrica(Kwazulu-Natal)13)2002黒人40歳<1,00590.12.82.3AustraliaTheBlueMountainEyeStudy14)2002白人59歳<4,29782.431.3SingaporetheTanjongPagarStudy15)2003中国人4079歳1,23271.81.8IndiatheAravindComprehensiveEyeSurvey16)2003インド人40歳<5,15093.01.21.3Thailand(RomKlao)17)2003タイ人50歳<70188.72.3SouthAfricaTheTembaGlaucomaStudy18)2003黒人40歳<83974.93.72.9JapanTheTajimiStudy1)2004日本人40歳<3,02178.13.93.5BangladeshBangladeshStudy19)2004バングラディッシュ人35歳<2,34765.91.22.1USALALES(LosAngelesLatinoEyeStudy)20)2004ラテン系アメリカ人40歳<6,14296.64.75SpainTheSegoviaStudy21)2004スペイン人4079歳5,22389.621.5IndiatheWestBengalGlaucomaStudy22)2005インド人50歳<1,59483.133MyanmartheMeiktilaEyeStudy23)2007ミャンマー人40歳<2,07683.74.9GreecetheThessalonikiEyeStudy24)2007白人60歳<2,55471.03.8表6多治見市の年齢別人口補正した疾患別の視力障害率(40歳以上の住民におけるロービジョン+失明,アメリカ合衆国基準)疾患%95%信頼区間世界人口補正白内障0.440.230.650.25緑内障0.110.040.310.09近視性黄斑変性0.100.030.290.11角膜混濁0.090.030.280.04糖尿病網膜症0.060.020.240.06視神経萎縮0.070.020.240.05ぶどう膜炎0.080.020.260.06網脈絡膜萎縮0.090.030.280.04網膜色素変性0.030.010.190.03弱視0.040.010.210.02———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.26,No.1,200937時進行で決定しながら実施された.すなわち緑内障専門医による緑内障にターゲットを絞った疫学調査であった.市民には「緑内障の有病率を調べることの大切さと眼科検診の大切さ」を訴えるという「大義名分」だけで実施した.この手法は,欧米や他の日本のスタディでみられるように他科領域の疾患の調査との協力を国などの予算で行う場合や,多数の疾患の調査を目的とした調査の場合と異なり,他疾患の情報が限定されており,またアピール度や強制力も小さい.緑内障という多因子が関与しているであろうと推測される疾患において他科領域の情報の検討が今後必要かと思う.もう一つの課題は,遺伝情報である.多治見スタディを行い,その後久米島スタディを行い,同じ手法で同じ診断基準でみて緑内障の地域差は遺伝的要因と環境要因で決定されると考えられる.特に,閉塞隅角緑内障の有病率に反映されるような解剖学的な問題は,欧米との比較の意味も含めて,人種差,民族差の検討が必要である.そこに遺伝情報が必要かと考えている.しかし,「多治見スタディ」では「緑内障全国疫学調査」で達成できなかった「高い参加率」を目標にしていたことから,拒否されやすい「遺伝子調査」は実施できなかった.この点も,今後のスタディに期待するしかない.「参加率」に関していえば,「多治見スタディ」は54,000人からの無作為抽出という方法を取り,「UrbanArea」としては高い参加率を得て終了したが,本来は地域特性の調査を目的とした「RuralArea」としての久米島のように,サンプル数に近い人口の地域での全員調査が実施しやすいと考えられる.それでも「高参加率」を得るにはハードルは高く,今後行われるかもしれない疫学調査は,限られたチャンスに何を目的として行うかについては,緑内障専門医の多施設共同研究という枠を超え,実施内容を検討されるべきかもしれない.疫学調査は,その時点での最高の眼科的知識と考えられる最高の器材を使用して行われるべきであるが,一方で後の時代に追試可能な方法で客観的に行われるべきである.また,世界での比較をするには,もちろん統計的な意味での「世界人口の使用」などによる「標準化」だけではなく,「診断基準の標準化」が必須である.この点が緑内障領域ではまだ進行形であるように思う.「有病率(Prevalence)」は知ることができたが,だからといって,多因子が関与しているであろう病態の解明には至っていない.「多治見スタディ」により「緑内障の疫学調査としての手法」は確立された.しかし,その後「多治見市」の事情で,残念ながら「罹患率(Inci-dence)」をみるFollowUpStudyはできていない.今後,他の緑内障の疫学調査にすべての知識を継承し,発症機序の解明を期待するしかないのが残念である.まとめ「多治見スタディ」は,日本緑内障学会実施の緑内障有病率調査で20002001年に岐阜県多治見市において実施された.40歳以上の市民54,165人から無作為抽出法で選ばれた4,000人を対象者として実施され参加率は78.1%であった.結果から,全緑内障の有病率は5.0%(95%信頼区間:4.25.8)であり,疑い例を含むと7.5%(同:6.58.4)であった.解析より,原発開放隅角緑内障の危険因子としては,「眼圧」,「近視」,「年齢」が関与することがわかった.調査結果からは,過去に眼科領域の疫学調査による報告のなかった「視覚障害者統計」,「眼圧」,「屈折」などの疫学データを得た.文献1)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal;TajimiStudyGroup,JapanGlaucomaSociety:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Oph-thalmology111:1641-1648,20042)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal;TajimiStudyGroup,JapanGlaucomaSociety:TheTajimiStudyreport2:prevalenceofprimaryangleclosureandsecondaryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmology112:1661-1669,20053)ShioseY,KitazawaY,TsukaharaSetal:EpidemiologyofglaucomainJapan.Anationwideglaucomasurvey.JpnJOphthalmol35:133-155,19914)TielschJM,SommerA,KatzJetal:Racialvariationintheprevalenceofprimaryopen-angleglaucoma.TheBal-timoreEyeSurvey.JAMA266:369-374,19915)KleinBEK,KleinR,SponselWEetal:Prevalenceofglaucoma.TheBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology99:1499-1504,19926)WolfsRC,BorgerPH,RamrattanRSetal:Changingviewsonopen-angleglaucoma:Denitionandprevalenc-es─TheRotterdamStudy.InvestOphthalmolVisSci(37)———————————————————————-Page838あたらしい眼科Vol.26,No.1,200941:3309-3321,20007)LeskeMC,ConnelAMS,SchachatAPetal;theBarbadosEyeStudyGroup:TheBarbadosEyeStudy.Prevalenceofopenangleglaucoma.ArchOphthalmol112:821-829,19948)BoromiL,MarchiniG,MarraaMetal:Prevalenceofglaucomaandintraocularpressuredistributioninadenedpopulation.TheEgna-NeumarktStudy.Ophthal-mology105:209-215,19989)WensorMD,McCartyCA,StanislavskyYLetal:TheprevalenceofglaucomaintheMelbourneVisualImpair-mentProject.Ophthalmology105:733-739,199810)DandonaL,DandonaR,SrinivasMetal:Open-angleglaucomainanurbanpopulationinSouthernIndia.TheAndhraPradeshEyeDiseaseStudy.Ophthalmology107:1702-1709,200011)BuhrmannRR,QuigleyHA,BarronYetal:PrevalenceofglaucomainaruraleastAfricanpopulation.InvestOph-thalmolVisSci41:40-48,200012)QuigleyHA,WestSK,RodriguezJetal:Theprevalenceofglaucomainapopulation-basedstudyofHispanicsub-jects.ProyectoVER.ArchOphthalmol119:1819-1826,200113)RotchfordAP,JohnsonGJ:GlaucomainZulus.Apopula-tion-basedcross-sectionalsurveyinaruraldistrictinSouthAfrica.ArchOphthalmol120:471-478,200214)MitchellP,SmithW,AtteboKetal:Prevalenceofopen-angleglaucomainAustralia.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology103:1661-1669,199615)FosterPF,OenFTS,MachinDetal:TheprevalenceofglaucomainChineseresidentsofSingapore.Across-sec-tionalpopulationsurveyoftheTanjongPagardistrict.ArchOphthalmol118:1105-1111,200016)RamakrishnanR,NirmalanPK,KrishnadasRetal:Glau-comainaruralpopulationofsouthernIndia.TheAravindComprehensiveEyeSurvey.Ophthalmology110:1484-1490,200317)BourneRR,SukudomP,FosterPJetal:PrevalenceofglaucomainThailand:apopulationbasedsurveyinRomKlaoDistrict,Bangkok.BrJOphthalmol87:1069-1074,200318)RotchfordAP,KirwanJF,MullerMAetal:TembaGlau-comaStudy:Apopulation-basedcross-sectionalsurveyinUrbanSouthAfrica.Ophthalmology110:376-382,200319)RahmanMM,RahmanN,FosterPJetal:TheprevalenceofglaucomainBangladesh:apopulationbasedsurveyinDhakadivision.BrJOphthalmol88:1493-1497,200420)VarmaR,Ying-LaiM,FrancisBAetal:Prevalenceofopen-angleglaucomaandocularhypertensioninLati-nos:TheLosAngelesLatinoEyeStudy.Ophthalmolgy111:1439-1448,200421)AntonA,AndradaMT,MujicaVetal:Prevalenceofpri-maryopenangleglaucomainaSpanishpopulation:theSegoviastudy.JGlaucoma13:371-376,200422)RaychaudhuriA,LahiriSK,BandyopadhyayMetal:ApopulationbasedsurveyoftheprevalenceandtypesofglaucomainruralWestBengal:theWestBengalGlauco-maStudy.BrJOphthalmol89:1559-1564,200523)CassonRJ,NewlandHS,MueckeJetal:PrevalenceofglaucomainruralMyanmar:theMeiktilaEyeStudy.BrJOphthalmol91:710-714,200724)TopouzisF,WilsonMR,HarrisAetal:Prevalenceofopen-angleglaucomainGreece:theThessalonikiEyeStudy.AmJOphthalmol144:511-519,200725)KawaseK,TomidokoroA,AraieMetal;TajimiStudyGroup;JapanGlaucomaSociety:OcularandsystemicfactorsrelatedtointraocularpressureinJapaneseadults:theTajimistudy.BrJOphthalmol92:1175-1179,200826)SuzukiY,IwaseA,AraieMetal;TajimiStudyGroup:Riskfactorsforopen-angleglaucomainaJapanesepopu-lation:theTajimiStudy.Ophthalmology113:1613-1617,2006Epub2006,Jul727)IwaseA,AraieM,TomidokoroAetal;TajimiStudyGroup:PrevalenceandcausesoflowvisionandblindnessinaJapaneseadultpopulation:theTajimiStudy.Oph-thalmology113:1354-1362,200628)SawadaA,TomidokoroA,AraieMetal;TajimiStudyGroup:RefractiveerrorsinanelderlyJapanesepopula-tiontheTajimiStudy.Ophthalmology115:363-370,2008(38)

観察研究(コホート研究):久山町スタディ

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLSれたのが久山町スタディである.I久山町とは複数の候補地のなかから,福岡市東部に隣接する久山町(図1)が選ばれた理由はいくつかある.研究開始時の1961年当時,久山町の人口は約6,500人の都市近郊型の農村地域で,①対象とした40歳以上の町人口の年齢分布,職業構成が日本全体の平均に近似していること,②人口の流出入が年平均5%以内と小さいこと(町の96%が市街化調整区域に指定),③九州大学に近く,住民の検診,往診体制がとれること,そして④町当局と住民の理解と全面的な協力が得られることなどがあげられる1).はじめにEvidence-basedmedicine(EBM)が求められるなか,わが国独自のエビデンスは少ない.しかし九州大学病態機能内科学を中心に福岡県久山町で1961年から進められている「久山町スタディ」は,日本においても世界の水準をゆく大規模な前向きコホート研究であり,その臨床疫学研究データはわが国独自のエビデンスとなっている.久山町の長期疫学研究は40年以上もの間,久山町当局・住民と良好な信頼関係を築き,常に40歳以上の住民の8割以上を検診し,徹底した追跡調査(追跡率99%)を行うとともに全町死亡例の8割以上を剖検して死因を明らかにするなど,世界でも類をみない精度で多種多様な臨床記録を収集してきている.この研究の全貌を知ることは,疫学研究のあり方やわが国独自の臨床医学のあり方を検討するうえで意義深いと思われる.そもそも久山町スタディが始まったきっかけはわが国の死亡統計の信憑性に疑問が投げかけられたことに始まる.1953~1957年の脳血管疾患死亡率は日本で欧米諸国の約2倍の高率を示し,かつ脳出血の比率は約10倍以上と圧倒的に多く脳出血で死亡していた.このことについて,米国の疫学者は日本人医師の診断習慣と能力に疑問を投げかけたが,これに科学的に反論できる国内データがなかった.この疑問を解明するために,特定の地域住民を対象に,その集団内の脳卒中死亡・発症を正確にとらえた疫学研究が立案され,同時に発症要因を明らかにすることにより,疾病の予防につなげようと始めら(25)25Mioasuda:研究久山町研究:8112501久山町久18221スター久山町研究特集●わかりやすい眼科疫学あたらしい眼科26(1):25~30,2009研究(コホート研究):久山町スタディObservationalStudy(CohortStudy):TheHisayamaStudy安田美穂*久山町142万人65万人福岡市8,000人6,500人久山町2007年1960年九州大学図1久山町と人口推移(あたらしい眼科24:1278-1290,2004より改変)———————————————————————-Page226あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(26)患は脳血管障害,虚血性心疾患,腎疾患,悪性腫瘍,老年期痴呆,肝疾患からその危険因子である高血圧,糖尿病,高脂血症,肥満,栄養,運動,飲酒,喫煙などに及んでおり,久山町の住民は生活習慣を長期にわたり包括的に検討できるわが国で唯一の集団といえる.九州大学眼科学分野ではこれに1998年から本格的に参画し,40歳以上の住民を対象に大規模な健診データに基づく眼科疾患の疫学調査を現在進行中である.久山町スタディに参画し大規模な眼科健診を長期的に行うことにより,前向きの眼科疫学研究(コホート研究)が可能となり,包括的な健診成績のなかより種々の眼科疾患の危険因子,防御因子および疾患と生活習慣や環境要因との関係を明らかにすることができる.III久山町スタディのしくみ久山町スタディでは1年に一度の通常健診と5年ごとの大健診を行っている.眼科健診もこれに従って,1年に一度の通常健診と5年ごとの大健診を行っている.通常健診での眼科健診項目は,眼圧,眼底写真(無散瞳)の2項目で,大健診時の健診項目は,屈折,眼圧,眼軸長,網膜厚(光干渉断層計:OCT),眼底写真(散瞳),細隙灯検査(散瞳),眼底検査(散瞳)の7項目を基本としているが,健診年次により項目の追加や削除を行って1961年開始時の40歳以上の対象人口は全人口6,521名の27.6%を占め,全国の27.8%と変わらず,年齢分布も近似している.職業構成は農林業の第一次産業従事者が5%,第二次産業(工業)が23%,第三次産業(サービス業)が72%と全国のそれ(5%,28%,67%)と基本的には変わらない(図2,3).ほかに生活様式,疾病構造(高血圧,高脂血症,肥満,糖尿病など)は各時代とともに全国統計と差異がなく,久山町はわが国の平均的な集団であり,普遍性に富んでいる.人口は40年間に1,000人増えたにすぎず,移動の少ない町である.II久山町スタディの特徴久山町スタディは1961年の成人健診を皮切りに始まり,研究の基本的スタイルは脳卒中をはじめとする心血管病の前向き追跡研究である.最近ではその研究対象疾男性女性01040203070~7960~6950~5940~4980~4030200101960年40歳以上の割合日本全国27.8%久山町27.6%男性女性2000年40歳以上の割合日本全国51.8%久山町55.2%:日本全国:久山町(歳)70~7960~6950~5940~4980~(歳)(%)(%)010402030403020010(%)(%)図2久山町と全国の年齢階級別人口構成の比較(あたらしい眼科24:1278-1290,2004より)500%久山町25全国1005237252867:第三次産業:第二次産業:第一次産業75図3久山町と全国の就労人口の産業別割合(あたらしい眼科24:1278-1290,2004より)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,200927(27)1.加齢黄斑変性の有病率現在どれぐらいの加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)患者がいるのかは有病率で示される.1998年と2007年での久山町スタディの結果を比較することで,わが国におけるAMDの有病率の時代的変化が明らかになった.まず1998年に50歳以上の1,486人を対象として両眼散瞳下で倒像検眼鏡,細隙灯顕微鏡,カラー眼底写真による眼底検査が施行されAMDの程度別分類と有病率の調査を行った.9年後の2007年に50歳以上の2,676人を対象として同様の方法でAMDの程度別分類と有病率の調査を行った.AMDに分類には,Birdらが提唱した国際分類を使用した2).Birdらは,加齢に関連した黄斑の変化を加齢黄斑症(age-relatedmaculopathy:ARM)としてまとめ,国際分類として提唱し,初期と後期に分けた.初期加齢黄斑症(earlyage-relatedmaculopathy:earlyARM)とは,ドルーゼンや網膜色素上皮の色素異常(hyperpig-mentation,hypopigmentation)などがみられるもので,後期加齢黄斑症(lateage-relatedmaculopathy:lateARM)がいわゆるAMDを指す.lateARMは,脈絡膜いる.健診で発見された異常あるいは疾病は町役場からの通知と指導により自主的に町内外の医療機関を受診し,管理治療を受ける(図4).したがって,大学側は疾病の治療には直接的には介入しない.このことによって,各疾病の治療下あるいは非治療下の自然歴(naturalcourse)をみることができる.治療に介入すると疾病構造が変わり,普遍性が失われてしまう.IVこれまでの研究成果1998年から眼科健診を開始し,現在まで10年間にわたり3,000人以上に及ぶ住民を追跡しデータを収集して,眼科疾患の病態の把握に努めてきた.その結果,久山町当局・住民・実地医家と良好な信頼関係を築き,継続的な眼科健診が可能となり,眼科健診受診率も大幅に向上した.久山町スタディに参画し大規模な眼科健診を長期的に行うことにより,包括的な健診成績のなかから種々の眼科疾患の危険因子,防御因子および疾患と生活習慣や環境要因との関係を明らかにすることが可能となった.今までの10年間にわたる久山町住民の眼科健診から得られた眼科臨床所見や眼底写真と内科健診成績,内科臨床記録の結果を解析し,わが国における加齢黄斑変性,糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症,黄斑上膜などの眼底疾患を中心としたおもな眼科疾患についての時代的推移や現状を解析し,発症に関わる危険因子についての分析を現在行っている.そのなかから,今後高齢者の失明や視覚障害の主原因になると予想される加齢黄斑変性発症の9年間の追跡調査の結果について以下に述べる.町役場大学住民開業医報告報告指導報告二次治療往診検診一次治療図4久山町スタディのしくみ加齢黄斑症(earlyage-relatedmaculopathy:earlyARM)2.後期加齢黄斑症(lateage-relatedmaculopathy:lateARM)ドルーゼン網膜色素上皮の色素異常滲出型萎縮型図5加齢黄斑変性の国際分類(文献2より)———————————————————————-Page428あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(28)と報告されているものが多く,わが国で男性のほうが女性より有意に有病率が高いということは日本人の特徴である.これらの性差の原因は明らかではないが,特に日本人において男性の有病率が非常に高いことは,高齢者における男性の喫煙者割合が高いことが影響していると思われる.2.加齢黄斑変性の発症率どれぐらいの割合でAMD患者が増加しているのかは発症率で示される.1998年から2007年にかけての9年間で新たに発症したAMD患者を調査することによりAMDの長期発症率が明らかになった.1998年の久山町健診を受診した住民のうち眼底検査でAMDを認めなかった住民に対してその後2007年までの9年間追跡調査を行った(追跡率78.9%).この結果,AMDの累積9年発症率は1.4%であり,そのうち滲出型AMDの発症率が1.4%,萎縮型AMDの発症率が0.04%であった.欧米のpopulation-basedstudyにおいても9年以上の長期間の発症率に関する報告は数少なく,米国のTheBeaverDamEyeStudy,オーストラリアのTheBlueMountainEyeStudy,西バルバドス諸島で黒人を対象としたTheBarbadosEyeStudy新生血管が関与する滲出型と,脈絡膜新生血管が関与せず網膜色素上皮や脈絡膜毛細血管の地図状萎縮病巣を認める萎縮型(dryAMD)に分類される.滲出型の定義は,網膜色素上皮離,網膜下および網膜色素上皮下新生血管,網膜上,網膜内,網膜下および色素上皮下にフィブリン様増殖組織の沈着,網膜下出血,硬性滲出物などのいずれかを伴うものとされている.萎縮型の定義は,脈絡膜血管の透見できる円形,楕円形の網膜色素上皮の低色素,無色素および欠損部位で少なくとも175μm以上の直径をもつもの(30oあるいは35oの眼底写真において)とされている(図5).1998年のAMDの有病率は0.9%であり,おおよそ100人に1人の頻度であった.AMDの分類別では,滲出型の有病率が0.7%,萎縮型の有病率が0.2%であり,滲出型が萎縮型よりも多くみられた.また女性(0.3%)に比べて男性(1.7%)は有意に高い有病率を認めた.一方,2007年のAMDの有病率は1.3%に増加し,おおよそ80人に1人の頻度であった.AMDの分類別では,滲出型の有病率が1.2%,萎縮型の有病率が0.1%であり,滲出型の有病率が増加していた.AMDの有病率の増加は滲出型の増加によるものと推測される.さらに,男性(2.2%),女性(0.7%)ともに有病率の増加を認めたが,1998年と同様に男性のほうが有意に高い有病率を認めた.わが国のAMDの有病率を欧米のpopulation-basedstudyによる結果と比較してみると,日本人では白人より少なく黒人より多いことが推定される(表1)3~7).これは眼内の色素や遺伝的因子,環境的要因などが関係しているのではないかと考えられている.また,欧米においては加齢黄斑変性の有病率および発症率は女性に多い表1Populationbasedstudyによる加齢黄斑変性の有病率研究対象人数(人)対象年齢(歳)AMDの有病率(%)男性女性計RotterdamEyeStudy(オランダ,白人,1995年)*6,25155~1.41.91.7BlueMountainsEyeStudy(豪州,白人,1995年)3,65455~1.32.41.9BarbadosEyeStudy(西インド諸島,黒人,1992年)3,44440~0.30.90.6久山町スタディ(福岡,日本,1998年)1,48650~1.70.30.9久山町スタディ(福岡,日本,2007年)2,67650~2.20.71.3*wettypeAMDのみ.表2Populationbasedstudyによる加齢黄斑変性の9年発症率研究AMDの9年発症率男性女性合計BlueMountainsEyeStudy(豪州,白人)*2.54.0*3.3BarbadosEyeStudy(西インド諸島,黒人)0.70.70.7久山町スタディ(福岡,日本)2.60.8*1.4*10年発症率を9年発症率に換算したものを示す.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,200929(29)加齢黄斑変性の予防のためにはぜひ禁煙の重要性を啓蒙する必要がある.おわりに久山町スタディの結果では,この9年間でAMDの頻度が増加していることが明らかとなった.今後かつてない超高齢化社会を迎え,AMD患者数はさらに増加することが予想される.わが国においては久山町スタディのように地域一般住民を対象とした長期追跡研究のデータが少なく,欧米のデータを参考とすることはできるが,欧米での研究を参考とするには人種や生活習慣が異なる.効率的な発症予防,進展予測のためにもこのような大規模住民研究を継続していくことが必須であり,さらなる追跡調査が必要であると思われる.文献1)KatsukiS,HirotaY:Recenttrendsinincidenceofcere-bralhemorrhageandinfarctioninJapan.Areportbasedondeathrates,autopsycaseandprospectivestudyoncerebrovasculardisease.JpnHeartJ7:26-34,19662)BirdAC,BresslerNM,BresslerSBetal:Aninternationalclassicationandgradingsystemforage-relatedmaculop-athyandage-relatedmaculardegeneration.TheInterna-tionalARMEpidemiologicalStudyGroup.SurvOphthal-mol39:367-374,19953)MitchellP,SmithW,AtteboKetal:Prevalenceofage-relatedmaculopathyinAustralia.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology102:1450-1460,19954)VingerlingJR,DielemansI,HofmanAetal:Thepreva-lenceofage-relatedmaculopathyintheRotterdamStudy.Ophthalmology102:205-210,19955)SchachatAP,HymanL,LeskeMCetal:Featuresofage-relatedmaculardegenerationinablackpopulation.TheBarbadosEyeStudyGroup.ArchOphthalmol113:728-735,19956)OshimaY,IshibashiT,MurataTetal:PrevalenceofagerelatedmaculopathyinarepresentativeJapanesepopula-tion:theHisayamastudy.BrJOphthalmol85:1153-1157,20017)KleinR,KleinBEK,TomanySCetal:Ten-yearinci-denceandprogressionofage-relatedmaculopathy.TheBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology109:1767-1779,20028)WangJJ,RochtchinaE,LeeAetal:Ten-yearincidenceandprogressionofage-relatedmaculopathy.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology114:92-98,20079)LeskeMC,WuSY,HennisAetal:Nine-yearincidenceの3つの報告に限られている8~10).これらの欧米のpop-ulation-basedstudyによる疫学調査の結果と比較すると,日本人のAMDの長期発症率は白人より少なく黒人より多いことがわかった(表2).9年間という長期追跡調査でみると,日本人のAMDの発症率は白人より少なかったものの,年々増加傾向にあることは有病率調査から明らかであり,今後は欧米並みに患者数が増加することが予想される.3.加齢黄斑変性の危険因子久山町スタディにおいて1998~2003年の5年間の追跡調査の結果,加齢,男性,喫煙がAMD発症の有意な危険因子であることがすでに明らかになっている10).1998~2007年の9年間へと追跡期間を延ばし,新たに発症したAMD患者を調査することによりさらなるAMDの危険因子が明らかになった.それによると,日本人におけるAMD発症には加齢,喫煙のほかに,白血球数の増加が危険因子として関与していることがわかり,AMD発症と炎症との関連が示唆された(表3).AMDと炎症の関連は以前から報告されており,高感度CRP(C反応性蛋白)や白血球数の増加が危険因子であるという疫学的報告やドルーゼンの形成過程,ドルーゼンに対する反応としての慢性炎症がAMD発症に関与しているという実験的報告がある11).今回の結果は疫学的見地からAMDと炎症との関連を示すものとして興味深い.予防できる危険因子としては以前から指摘されている喫煙が重要である.特に日本人の男性においては喫煙の影響により発症率が増加していることが推測される.表3AMD発症に関連する危険因子の多変量解析結果:久山町スタディ(1998~2007)危険因子オッズ比95%信頼区間年齢(1歳)1.10**1.05~1.16喫煙3.98*1.07~14.7白血球数(1,000/mm3個)1.38*1.07~1.79*p<0.05,**p<0.01.AMDの発症に関連する危険因子を多変量解析すると,AMDの発症に関連するものは年齢,喫煙,白血球数であった(年齢,性別,高血圧,糖尿病,高脂血症,喫煙,飲酒,BMI,白血球数の因子で調整).———————————————————————-Page630あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(30)InvestOphthalmolVisSci46:1907-1910,200511)AndersonDH,MullinsRF,HagemanGSetal:Aroleforlocalinammationintheformationofdrusenintheagingeye.AmJOphthalmol134:411-431,2002ofage-relatedmaculardegenerationintheBarbadosEyeStudies.Ophthalmology113:29-35,200610)MiyazakiM,KiyoharaY,YoshidaAetal:Theve-yearincidenceandriskfactorsforagerelatedmaculopathyinageneralJapanesepopulation:theHisayamastudy.

観察研究(コホート研究):レイキャビック・アイ・スタディ

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLSI対象および方法1.対象(図1)1996年9月,アイスランド統計局によって年代別,男女別に人口の6.4%を無作為抽出したレイキャビック在住の50歳以上の一般住民1,700名のうち,死亡や引っ越しによる65名を除外した1,635名に眼科総合検診受診希望者を呼びかけ,連絡が取れた1,379名のうち,これに応じた1,045名(男性:464名,女性:581名,受診率:75.8%)を対象に第1回眼疫学調査を行った(表1).人種は全症例において白人であった.2001年9月に,第1回参加者1,045名のうち,死亡例87名を除いた958名を対象に呼びかけ,845名(男性:375名,女性:470名,受診率[対1996年対象者数]:80.9%,受診率[対生存者数]:88.2%)について第2回調査を行った.2008年8月には,第1回参加者1,045名のうち,死亡例243名を除いた802名中573名(男性:252名,女性:321名,受診率[対1996年対象者数]:54.8%,受診率[対生存者数]:71.4%)を対象に第3回調査を行った.2.問診眼科検診前にあらかじめ26項目にわたる問診票を受診予定者に配布し,受診前に回答可能な範囲で質問事項を満たしたものを検査当日持参させた.検診前にトレーはじめに筆者らは以前より紫外線と眼疾患の関連を調査するため,気象条件の異なる国内外の地域での疫学調査を行ってきた1).石川県輪島市門前町をメインフィールドとし,1996年に鹿児島県奄美地区およびアイスランド・レイキャビック,1997年にシンガポール,2003年に中国遼寧省,2005年に中国海南省および山西省での調査を行っている.このうち,石川県では5年目の調査が終了し,現在10年目の縦断的調査が進行中で,本稿で紹介するアイスランドの調査は2001年,2008年に縦断的調査を終了している.アイスランドは先進国のなかでは紫外線レベルが最も低い地域の一つであり,転居することなく国内に居住している住民が多いことから,紫外線による眼健康障害を評価するには非常に適している対象であるといえる.金沢医科大学グループの行ってきた眼疫学調査のおもな対象疾患は,紫外線との関連が報告されている白内障,翼状片であるが,それ以外の疾患についても同時に検査を行い,日本人,中国人などと比較を行ってきた.本稿では,アイスランド大学と共同の縦断的眼疫学調査ReykjavikEyeStudyについて,その方法と結果の一部を紹介する.2008年8月に12年目の調査が終了したが,今回は5年目までの調査で明らかになった結果について,白内障を中心に,緑内障,落屑症候群,加齢黄斑変性症,滴状角膜,屈折異常などに関しての報告を紹介したい.(17)17:():920029311()特集●わかりやすい眼科疫学あたらしい眼科26(1):1724,2009観察(コート):レイキャビック・アイ・スタディObservationalCohortStudy:TheReykjavikEyeStudy佐々木洋*———————————————————————-Page218あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(18)散瞳後の前眼部スリット像と徹照像の撮影,水晶体所見の観察,眼底観察,視神経乳頭部所見および黄斑部所見の写真撮影を行った.水晶体の所見は,混濁・透明にかかわらず,全症例でスリット像と徹照像の撮影を行った.混濁水晶体の3主病型(核,皮質,後下混濁)はWHO白内障分類2)に従って程度03に分類し,瞳孔領3mm以内の皮質混濁についてはcentral(CEN)(+/)で判定した.2001年調査からは,3主病型以外の6つの水晶体混濁副病型(Retrodots,Waterclefts,Focaldots,Vacuoles,Fiberfolds,Coronarycataract)についても併せて評価した.水晶体所見の診断は同一検者(筆者)がすべて行った.最終診断は撮影画像を解析することによって行ったが,画像の解像度不良症例や散瞳不良例については肉眼で判定した.4.検討項目屈折状態,瞼裂斑,翼状片,老人環,滴状角膜,水晶体所見,落屑症候群,後部硝子体離,緑内障,加齢黄斑変性症,糖尿病網膜症,前眼部の生体計測について検討を行った.また,水晶体混濁と生活習慣,戸外生活歴ニングを受けた問診担当者がこれをチェックし,受診者とともに未回答項目を埋めた.使用した問診票は,基本的に他の疫学調査で使用したものと変わりないが,本疫学調査では戸外活動歴をより具体的に把握するために,この項については詳細な聞き取り調査を行った.3.眼科検査検査の内容は,屈折検査,裸眼・矯正視力測定,眼圧測定,スペキュラーマイクロスコープ,眼軸長測定,前眼部細隙灯顕微鏡検査,前眼部解析システムによる散瞳前の前眼部スリット撮影,散瞳可能症例については極大表11996年参加者の詳細年齢無作為標本*(人数=1,700)検診対象者参加者男/女合計男/女合計男/女合計50代262/265527216/224440167/19436160代220/283503182/259441146/21035670代181/206387160/186346119/13425380歳以上68/15021861/9115232/4375合計731/9041,635619/7601,379464/5811,045*死亡,引っ越しなどによる65人は除外.レイキャビック在住50歳以上の一般住民を年齢層別に無作為抽出:1,700名(死亡・引っ越しなどによる不在65名および連絡不能者256名を除外:321名)検診対象者:1,379名不参加者:334名1996年眼科総合検診受診希望者の呼びかけに応じた対象者:1,045名(受診率[対検診対象者]:75.8%)2001年眼科総合検診受診者:845名(受診率[対1996年生存者数]:88.2%)19962001年死亡者:87名不参加者:113名2008年眼科総合検診受診者:573名(受診率[対1996年生存者数]:71.4%)19962008年死亡者:243名不参加者:229名図11996~2008年レイキャビック・アイ・スタディ参加者チャート———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,200919(19)れた.シンガポール人は50代から核白内障がみられ,他の2人種に比べ著しく多い.熱帯地区の特徴的な所見と考えてよく,シンガポール人における核混濁の高有所見率は人種の特異性よりも環境によるものと考察される.筆者らは水晶体の透明度をLensTransparencyProp-erty(LTP)という指標で表している4).LTPは加齢との相関が最も高い前,前成人核,中心間層の散乱光強度とその層間厚から算出し,透明水晶体では加齢に伴いほぼ直線的に増加する.LTPが高い水晶体は白内障発のなかでの太陽光被曝歴の関係についても検討した.II結果1.白内障人種別水晶体混濁有所見率について,アイスランドの第1回調査結果およびシンガポールと石川県輪島市門前町で行った疫学調査結果とを比較した(表2)3).アイスランド人では皮質白内障が最も多く,ついで核,後下白内障の順であった.他人種との比較では,日本人に比べ皮質白内障はやや少なく,核白内障が多い傾向がみら50代60代男性女性男性女性男性女性男性女性男性女性男性女性レイキャビックレイキャビックシンガポールシンガポール石川石川300400500600700800平均LTP(±SD)NSNSNS**************NSNS413.8(55.3)423.7(64.0)578.5(76.7)578.1(72.9)422.4(74.9)395.7(64.1)558.2(74.4)538.8(72.3)660.9(85.5)672.6(81.4)502.3(70.6)465.3(70.1)*:p<0.05,**:p<0.01,***:p<0.005.図2レイキャビック,シンガポール,石川における対象者の平均LTP(±SD)表2白内障有所見率の比較(WHO白内障分類程度1以上)年齢地域皮質白内障(%)核白内障(%)後下白内障(%)男性女性全体男性女性全体男性女性全体50代レイキャビック7.95.86.71.81.61.70.01.60.8シンガポール11.020.016.411.36.68.46.01.63.4石川8.57.67.90.00.00.01.40.00.560代レイキャビック20.416.818.311.39.110.02.11.41.7シンガポール39.638.939.341.243.942.611.87.99.7石川22.843.334.72.61.92.23.32.83.070歳以上レイキャビック46.054.050.233.342.838.24.35.34.8シンガポール48.663.355.474.482.877.948.630.040.3石川55.759.057.522.418.320.25.74.45.0*:p<0.05,**:p<0.01.*******************************———————————————————————-Page420あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(20)この傾向は,太陽南中高度の高い低緯度地域の住民でより顕著にみられた.皮質白内障と太陽紫外線被曝の関係を間接的に支持する結果と考えたい.2.緑内障第1回調査において,42名(男性:22名,女性:20名)が開放隅角緑内障と診断された(図5)7).50歳以上での全体の有所見率は4.0%(95%CI:2.85.2)で,加齢とともに増加傾向にあった(オッズ比:1.10/年,95%CI:1.071.13,p=0.000).また,視神経乳頭径を測定し,緑内障眼(垂直径0.206±0.029インチ)では正常眼(0.189±0.018インチ)に比べ有意に大きく,大きなサイズの視神経乳頭は緑内障の危険因子の一つと考えられる8).3.落屑症候群アイスランドを含め,北欧では落屑症候群の有所見率が高いことが知られている.今回の第1回調査においても,108名(10.7%)に落屑症候群がみられた9).50代症リスクが高いことがわかっている.アイスランド人,日本人,シンガポール人におけるLTPの比較では,白内障有所見率が最も高いシンガポール人でのLTPが有意に高く,LTPが水晶体加齢変化の評価,白内障発症リスク予測に有用であることを示唆する結果と考える(図2).白内障発症危険因子について,第1回調査の結果,2030代および4050代の週末に1日4時間以上戸外で過ごした対象者には重度皮質混濁がみられ,1日の戸外生活時間が4時間未満の者に対する皮質混濁グレードII以上の相対危険度はそれぞれ2.80(95%信頼区間;CI:1.017.80),2.91(95%CI:1.139.62)であった5).その他,全身副腎皮質ステロイド投与,虹彩の色調,屈折状態,食物摂取状況,飲酒と皮質白内障に有意な相関がみられた(表3).皮質白内障の混濁部位について,第1回調査結果とそれ以前に行ったシンガポールやメルボルンでの疫学調査結果と比較し,皮質混濁はいずれの地域でも水晶体の鼻側下部に高率で局在していることがわかった(図3,4)6).表3皮質白内障の危険因子StudyI─グレードI〔相対危険度(95%CI)〕StudyII─グレードII&III〔相対危険度(95%CI)〕薬物治療(有/無)副腎皮質ステロイド局所0.95(0.511.75)1.35(0.473.89)全身0.92(0.263.23)3.70(1.439.56)*ビタミン0.97(0.701.35)0.87(0.461.65)虹彩色グレー/ブラウン0.82(0.491.36)0.50(0.181.35)混合/ブラウン0.67(0.401.10)0.37(0.510.92)*眼疾患(有/無)遠視0.68(0.480.96)*0.65(0.311.36)食物摂取(現在)ニシン,イワシ,エビ頻繁+度々/めったにない+一度もない0.49(0.290.83)**0.27(0.110.71)**時々/めったにない+一度もない0.81(0.561.20)0.30(0.150.62)植物油頻繁+度々/めったにない+一度もない1.15(0.761.76)0.41(0.180.95)*時々/めったにない+一度もない1.12(0.691.18)0.61(0.251.49)アルコール摂取中程度/禁酒0.56(0.350.91)*0.52(0.211.27)*:p<0.05,**:p<0.01.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,200921(21)1,021例と左眼1,020例を評価した10).右眼と左眼には統計的な有意差は認められなかった.50代の片眼において,大きさ63125μmの中型軟性ドルーゼンが4.8%(95%CI:2.67.0),125μm超の大型軟性ドルーゼンが1.2%(95%CI:0.02.3),結晶状もしくは半固体状の大型軟性ドルーゼンが0.6%(95%CI:0.01.4)にみられた.80歳以上においては,それぞれ18.2%(95%CI:9.826.6),10.9%(95%CI:4.017.8),25.5%(95%CI:18.432.6)であった.また,萎縮型は,での有所見率は2.5%だったが,80歳以上では40.6%に増加した(図6).女性(12.3%)は男性(8.7%)より顕著で,年齢調整後解析でも統計的に有意であった(p<0.001).落屑眼は非落屑眼に比べ,眼圧が高かった(p<0.05).しかし,多変量解析において,落屑症候群は角膜中央厚,前房深度,水晶体厚,水晶体核混濁,乳頭形態との有意な相関はなかった.4.加齢黄斑変性症第1回調査において,黄斑部画像で解析可能な右眼耳側78.2鼻側89.9上部耳側上部鼻側下部耳側下部鼻側上部70.6下部90.952.854.868.478.845.781.570.680.732.528.155.470.614.118.537.073.946.886.127.291.3レイキャビック(64?08¢N,21?58¢W)メルボルン(37?46¢S,144?58¢E)シンガポール(0?17¢N,103?51¢E)図4皮質白内障の局在の比較(%)01020男性女性全体有所見率(,95CI)12.8(5.521.2)9.1(0.217.9)7.4(2.911.9)2.9(0.65.1)1.2(0.02.9)2.8(0.15.5)8.6(3.413.8)17.6(4.131.1)0.08.0(4.611.3)2.8(1.14.6)0.6(0.01.3):50代:60代:70代:80歳以上図5開放隅角緑内障有所見率性性有所見率(,)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)(~)図6落屑症候群の頻度図3皮質白内障の局在反帰照明デジタル画像において,07mmの同心円および8本の放射線状直線によって分割された56部位に局在する水晶体混濁部位を判定.瞳孔径は7mm以上.上部下部耳側鼻側———————————————————————-Page622あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(22)14.4),70代の25.7%(95%CI:18.433.0)にみられた(表5)11).後期加齢黄斑変性症は50代での発症はなく,70歳以上において萎縮型が4.6%(95%CI:1.27.9)にみられたが,滲出型はみられなかった.アイスランドでは,萎縮型は加齢黄斑変性症の最多型であり,70歳以上の片眼において9.2%,80歳以上においては25.0%にみられ,滲出型はそれぞれ2.3%,9.8%にみられた(表4).第2回調査結果では,5年間における色素脱失発症が,ベースライン時の年齢50代の10.7%(95%CI:6.9表4加齢黄斑変性症の萎縮型および滲出型の有所見率萎縮型滲出型後期黄斑変性男性女性全体男性女性全体男性女性全体50代0.0%0.6%0.3%0.0%0.0%0.0%0.0%0.6%0.3%60代1.5%1.0%1.2%0.0%0.0%0.0%1.5%1.0%1.2%70代4.0%6.5%5.3%1.0%0.0%0.5%5.1%6.5%5.8%80歳以上21.7%27.6%25.0%8.7%10.7%9.8%21.7%34.5%30.8%全体2.7%3.5%3.2%0.7%0.7%0.7%2.9%3.9%3.5%表55年間の加齢黄斑変性症の発症率─累積的発症率(95%CI).年代グループはベースライン時の年齢─50代60代70代80歳以上63125μm軟性ドルーゼン5.0%(2.47.7)10.8%(6.814.8)22.7%(15.330.0)6.7%(0.021.0)125μm超境界明瞭軟性ドルーゼン1.1%(0.02.4)2.0%(0.33.8)3.6%(0.56.8)6.7%(0.021.0)125μm超境界不明瞭軟性ドルーゼン1.1%(0.02.4)6.7%(3.69.8)12.8%(7.018.5)28.6%(1.555.6)63μm以上色素脱失10.7%(6.914.4)11.4%(7.415.4)25.7%(18.433.0)23.5%(1.046.0)63μm以上色素沈着1.9%(0.23.5)4.7%(2.17.3)9.2%(4.414.1)17.7%(0.037.9)色素異常9.9%(6.313.6)13.2%(8.917.5)26.5%(19.034.0)31.3%(5.756.8)早期加齢黄斑変性症14.8%(10.419.2)17.6%(12.722.5)43.9%(33.953.9)50.0%(12.387.7)後期加齢黄斑変性症0%(n.a.)0.4%(0.01.1)4.4%(0.97.9)5.9%(0.018.4)表65年間の加齢黄斑変性症発症の危険因子―年齢・性別・喫煙調整オッズ比(95%CI)―63125μm軟性ドルーゼン125μm超大型境界明瞭ドルーゼン125μm超大型境界不明瞭ドルーゼン色素脱失色素沈着色素異常早期加齢黄斑変性症アルコール摂取なし1.001.001.001.001.001.001.00月1回未満0.47*(0.220.98)0.45(0.063.54)0.53(0.251.14)1.09(0.572.06)1.93(0.874.29)1.37(0.772.43)1.65*(1.062.56)それ以上0.40*(0.150.98)0.69(0.067.68)0.28*(0.090.94)1.10(0.502.42)2.52(0.827.78)1.42(0.692.91)1.98*(1.133.49)婚姻状態離婚・死別者1.001.001.001.001.001.001.00独身者0.72(0.261.99)0.90(0.0810.09)1.58(0.524.77)0.34*(0.150.80)0.96(0.233.97)0.39*(0.180.88)0.82(0.451.52)既婚者0.45*(0.230.86)0.79(0.173.65)0.82(0.361.86)0.82(0.421.58)0.84(0.342.07)0.83(0.461.51)1.34(0.882.04)*:p<0.05.———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.26,No.1,200923類似人種と比較すると,萎縮型の滲出型に対する比率がより高いことが特徴であった.加齢黄斑変性症の危険因子についても検討した.現在のアルコール摂取はドルーゼン発症リスクを減少させる(表6)12).また,既婚者は離婚者や死別者よりも軟性ドルーゼン発症リスクが減少しており,独身者は離婚者や既婚者よりも色素沈着発症リスクが減少していた.食物繊維の豊富な野菜や肉および肉製品を週一度の摂取もしくは摂取頻度が低い場合,軟性ドルーゼンの発症危険因子となるが,色素異常リスクを減少させる.年間20箱以上の喫煙者は,禁煙者に比して5年間での生存率が減少していたため(オッズ比:0.46,95%CI:0.270.80,p=0.006),加齢黄斑変性症に対する有意な影響は検出できなかった.5.滴状角膜滴状角膜は角膜中央にみられる微細なDescemet膜の疣状隆起で,加齢とともに数を増す角膜変性であり,Fuchs角膜内皮ジストロフィの前段階と考えられることもある.これまでPopulation-basedStudyでの本所見に関する報告はない.50歳以上のアイスランド一般住民における両眼での滴状角膜の有所見率は,女性11%,男性7%,全体で9.2%であった13).石川県門前町50歳以上での滴状角膜の有所見率は男性0.6%,女性2.5%,全体で1.7%であり,アイスランドでは日本人に比べ滴状角膜が非常に多いことが明らかになった.高体重や高BMI(bodymassindex)値は滴状角膜減少と相関があった(図7).年間喫煙20箱以上の滴状角膜発症リスクは2倍となった(p<0.02).また,性別においては,男性より女性により多くみられた.6.屈折異常ベースライン時の年齢50歳以上の757名の右眼を対象に屈折変化分析を行った14).5年間での屈折変化に関して,50代と60代においてはそれぞれ0.41Dと0.34Dの遠視化,70歳以上においては0.02Dの近視化,全右眼においては0.29Dの遠視化がみられた(図8).そのうち,ベースライン時に核混濁グレードII以上であった眼は平均0.65Dの近視化がみられた.加齢に伴いすべての年代で倒乱視化がみられた.5年で50代が0.09D,60代が0.13D,70歳以上では0.21D倒乱視化していた.眼軸長は2001年の検診でのみ測定し,50代の平均眼軸長は23.56mm(SD:1.08mm),60代は23.40mm(SD:1.01mm),70歳以上は23.23mm(SD:1.27mm)であり,加齢に伴い眼軸長は短縮する傾向がみられた.加齢に伴う屈折の遠視化は,水晶体屈折力の変化,水晶体形状と前房深度の変化,眼軸長の変化が関連してい(23)1.023(0.9941.052)1.606(0.9612.685)0.978(0.9511.007)0.975(0.9570.994)*0.931(0.8700.995)*0.907(0.5981.377)0.945(0.6261.428)0.954(0.6351.435)1.329(0.6782.605)2.198(1.1794.098)*0.989(0.4882.007)0.453(0.1701.911)0.682(0.3441.352)0.978(0.9261.032)1.000(0.5891.697)00.511.522.5年齢性別身長体重BMIUV被曝(20代)UV被曝(30代)UV被曝(40代)喫煙(年間20箱未満)喫煙(年間20箱以上)アルコール摂取落屑症候群前房深度前房隅角加齢黄斑変性症*p<0.05図7滴状角膜の危険因子(右眼)単変量ロジスティック回帰分析:オッズ比(95%CI).00.20.40.60.811.21.41.61.8等価球面(D)0.271.211.440.681.5550代60代70歳以上:1996年:2001年1.42図85年間の屈折変化50歳以上(ベースライン時)の参加者757名の有水晶体眼(右眼)における平均等価球面値.———————————————————————-Page824あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009る可能性が考えられる.屈折の加齢変化に関するこれらの結果は,加齢に伴う視機能の長期予測,片眼白内障手術時のレンズパワー決定,屈折手術後の長期予測などに有用であると考えられる.おわりにアイスランドで行ったReykjavikEyeStudyについて,その結果の一部を紹介した.国外での疫学調査の実施は容易ではないが,日本人と異なる人種の眼をみることができたことは非常に意義深いものであった.水晶体一つをとっても混濁病型は日本人とは異なり,白内障発症に遺伝的な要因が密接に関与していることを強く実感することができた.今後も,眼疾患への環境因子の影響,疾患の遺伝的背景を明らかにすることを目的に,積極的に国内外での眼疫学調査を継続していきたい.文献1)SasakiK,SasakiH,KojimaMetal:Epidemiologicalstud-iesonUV-relatedcataractinclimaticallydierentcoun-tries.JEpidemiol9:S33-38,19992)ThyleforsB,ChylackLTJr,KonyamaKetal:Asimpli-edcataractgradingsystem.OphthalmicEpidemiol9:83-95,20023)SasakiK,SasakiH,JonassonFetal:Racialdierencesoflenstransparencypropertieswithagingandprevalenceofage-relatedcataractapplyingaWHOclassicationsys-tem.OphthalmicRes36:332-340,20044)SasakiH,HockwinO,KasugaTetal:Anindexforhumanlenstransparencyrelatedtoageandlenslayer:comparisonbetweennormalvolunteersanddiabeticpatientswithstillclearlenses.OphthalmicRes31:93-103,19995)KatohN,JonassonF,SasakiHetal:CorticallensopacicationinIceland.Riskfactoranalysis─ReykjavikEyeStudy.ActaOphthalmolScand79:154-159,20016)SasakiH,KawakamiY,OnoMetal:Localizationofcorti-calcataractinsubjectsofdiverseracesandlatitude.InvestOphthalmolVisSci44:4210-4214,20037)JonassonF,DamjiKF,ArnarssonAetal:Prevalenceofopen-angleglaucomainIceland:ReykjavikEyeStudy.Eye17:747-753,20038)WangL,DamjiKF,MungerRetal:IncreaseddisksizeinglaucomatouseyesvsnormaleyesintheReykjavikEyeStudy.AmJOphthalmol135:226-228,20039)ArnarssonA,DamjiKF,SverrissonTetal:Pseudoexfoli-ationintheReykjavikEyeStudy:prevalenceandrelatedophthalmologicalvariables.ActaOphthalmolScand85:822-827,200710)JonassonF,ArnarssonA,SasakiHetal:Theprevalenceofage-relatedmaculopathyiniceland:ReykjavikEyeStudy.ArchOphthalmol121:379-385,200311)JonassonF,ArnarssonA,PetoTetal:5-yearincidenceofage-relatedmaculopathyintheReykjavikEyeStudy.Ophthalmology112:132-138,200512)ArnarssonA,SverrissonT,StefanssonEetal:Riskfac-torsforve-yearincidentage-relatedmaculardegenera-tion:theReykjavikEyeStudy.AmJOphthalmol142:419-428,200613)ZoegaGM,FujisawaA,SasakiHetal:PrevalenceandriskfactorsforcorneaguttataintheReykjavikEyeStudy.Ophthalmology113:565-569,200614)GudmundsdottirE,ArnarssonA,JonassonF:Five-yearrefractivechangesinanadultpopulation:ReykjavikEyeStudy.Ophthalmology112:672-677,2005(24)

観察研究企画・実行の実際

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLS臨床研究・疫学研究に対するガイドラインには,ニュルンベルグ・コード4),ヘルシンキ宣言5),ベルモント・レポート6),CIOMSの研究ガイドライン7),Interna-tionalguidelinesforethicalreviewofepidemiologicalstudies8),Americancollegeofepidemiologyethicsguideline9)(ACEガイドライン),疫学研究に関する倫理指針10)などがあり,研究を企画から実施するまでの条件が述べられている.各ガイドラインを整理してまとめると,図1のごとくまとめられる.以下,順を追って説明する11).I研究企画時1.価値のある研究かどうか科学者が研究を行おうとした際,まず何を思い浮かべるであろうか.新しい発想で生まれた画期的な治療の効果,既存の治療法や疫学に対する検討,欧米での報告とはじめに近年,メタボリックシンドローム(MetS)1)や慢性腎臓病(CKD)2)などの疾患が,心血管病や高血圧,糖尿病などの危険因子として注目されており,成人病のスクリーニングとして重要視されている.最新の高血圧ガイドライン(JSH2009)3)では,MetSおよびCKDがリスク分類に加わり,新たな診断基準として生まれ変わった.眼科学分野でも,緑内障や加齢黄斑変性症などの疾患に対する研究などから有病率や発症率,その疾患に対する危険因子などが報告され,病院・診療所単位で行われる症例対照研究では,臨床での治療効果や副作用などを報告することにより,最善の治療法の検討を行っている.疫学研究の本質は,疾患の予防である.つまり,疾患と要因との関連を明らかにするために,人間の集団を対象とし観察を行い,場合によっては介入といった手段を用いて,疾患や健康に関する個人情報を集積することが不可欠となる.さらに,遺伝子解析研究の進展に伴い,遺伝子情報も利用されるようになり,個人情報の管理・守秘義務の重要性がより大きくなっている.では,疫学研究を始めるにあたって,何が必要となるのであろうか.本稿では,研究の企画から実行に至る過程を検討し,倫理的かつエビデンスに富む科学的な研究をいかに行うかを述べてみたい.(11)11tosr研究研究81125118221研究特集●わかりやすい眼科疫学あたらしい眼科26(1):1116,2009観察研究企画・実行の実際RequirementsforObservationalEpidemiology荒川聡*研究企画研究実施1.医学的,科学的に価値のある研究か2.科学的に妥当性があるか3.対象者が適切に選択されていること4.対象者のリスクが最小限であるか5.独立した機関からの審査・承認を受けること6.Informedconsentの取得7.対象者のプライバシーが守られ,研究実施中の監査を行う図1臨床・疫学研究ガイドラインのまとめ———————————————————————-Page212あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(12)くる.対象者には研究の目的にあった人を選ぶ必要があり,結果が適用される集団と同様な構成の集団であることが望ましい.疫学研究の倫理指針10)では研究者らは,研究対象者を不合理または不当な方法で選んではならないと記されている.参加者が容易に集められるからなどの理由で貧困な人や同意能力が不十分な人を対象にしてはならない.また,利益を受ける集団と負担を受ける集団は同一でなくてはならず,先進国が開発途上国で行う研究には注意を要する.1990年代に実際に起こった例をあげると,先進国が企画して開発途上国で行われたHIV(ヒト免疫不全ウイルス)母子感染予防のための臨床試験で,先進国では標準となっている方法を用いずに,低容量の治療法とプラセボとの比較が行われた13).これはヘルシンキ宣言の第29条「比較対象試験は最善の治療と,それより良いかもしれない新しい治療法を比べなくてはならない」に沿ったものではなく,国際的な論議をひき起こした.先進国側がヘルシンキ宣言の改訂を求めたが退けられ,現在も議論が続いている14).プラセボを用いた比較試験の問題もあるが,先進国が開発途上国で行ったという倫理的な問題が大きい.対象者を選択する際,このような倫理的な問題をクリアした後に考えるべきは,対象者の選択に偏り(バイアス;bias)がないかどうかである15).観察研究で得られた結果は,真の姿を反映しているわけではない.ある疾患の有病率を観察する際,真の有病率はただ一つの値であるが,この値は神のみぞ知るものであり,われわれは種々の研究方法を用いてこれを明らかにしようと試みている.真の姿と観察結果の差を誤差(error)とよび,偶然誤差と系統誤差に区分される.偶然誤差とは,測定ごとにばらつく誤差のことを言い,偶然誤差が少ないほど精度の高い研究といえる.他方,系統誤差とは一定の方向性をもった誤差のことをいい,系統誤差が小さいほど妥当性の高い研究である.たとえば,緑内障患者の眼圧測定に対する場合を考えてみる.測定器が測定日により,異なった値を示すのであれば,精度の低く偶然誤差の大きな観察値といえ,あるいは,実際の値よりも常に2mmHg高く表示されるのであれわが国での比較検討あるいは学会発表のための研究,専門医を取得するための論文など多種多様な目的がある.しかし,本質となるのは何か社会に対し意味のあることをやろうという思いではなかろうか.そのためには価値のある研究ということが余儀なく要求される.疫学研究であれ,臨床研究であれ,多くは人を対象とした研究であり,人間の健康増進や疾患の理解に対する知見が求められる.価値のある研究とはどのようなものであろうか.ナチスドイツによる人体実験から生まれたニュルンベルグ・コード4)の第2項では「実験は社会に貢献する結果をもたらすものであり,他の方法では達成できないこと,でたらめや不必要なものでないこと」とある.価値のない研究とは,結果が生じたところで,まったく社会に意味がないものや既存の研究結果を撫でるだけのものと言い換えることができる.研究を行う者は常に医療での不確実性を認識し,懐疑心をもって研究に望むべきである.2.科学的に妥当性があるか加齢黄斑変性症と栄養補助食品との関連を調べる研究を考えてみる.対象者が多く,人件費もかかるため自記式調査票を郵送し,調査する計画を立てた.郵送では人件費節約という利点はあるが,質問内容の回答には手間がかかり,回収率が低くなることが予測される.このような初めから精確な情報が確保できない研究では,欠損値が多くなり,いい結果を生み出すことは困難となる.郵送ではなく,直接担当者による聞き取りを行うなど,他の方法を検討する必要がある.このように研究に意義があっても,方法が悪いためにきちんとした結果が得られない研究や統計学的に有意差がでなかった場合,症例数が足りずに結果がでなかったのかわからない研究などは妥当性が乏しく,デザインや症例数の見積もりなど適切な計画が必要となる12).3.対象者の選択研究を企画する際に最も重要なことの一つは,対象者の選択を適切に行うことである.時間をかけ,統計学的に有意差が生じたとしても,対象者の選択に問題があると,研究自体が意味をなさないものになる可能性が出て———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,200913(13)り,それが契機となり健診を受診していた場合,危険因子が本来の姿と異なったものとなるかもしれない.どちらにせよ偏った集団であり,真の姿を反映していないであろう.症例対照研究でもこのバイアスは生じる.症例の選択において,曝露の有無が関連してくる場合である.実際1960年代に行われた研究を例にあげる.経口避妊薬と塞栓症の関係についての研究で,この研究よりも前から,経口避妊薬の内服が塞栓症の危険因子であることは臨床医は薄々感じており,避妊薬の内服歴があると塞栓症の診断がつきやすくなるという状況があった.この場合,両者に関連がなくても見かけ上,経口避妊薬が危険因子として観察されてしまう.症例対照研究では曝露(経口避妊薬内服)と疾病発生(塞栓症)がすでに終了しているため,抽出の際に選択の偏りが生じる可能性がある.つぎに,情報の偏り(informationbias)についてであるが,別名,誤分類とよばれ,研究で得られた情報が事実と異なる場合に生じる.たとえば,緑内障患者で24時間眼圧測定(日差)を行う際,計測者があまり熟練していない場合では,正しい数値ではない可能性が出てくる.また,自宅で眼圧測定ができると仮定してみよう.3時間ごとの眼圧を測定してもらい,後日結果を収集するとする.高い眼圧を報告しにくいのは当たり前であり,実際の数値よりも低い値を報告するかもしれない.このような場合に情報の偏りが生じる.では,いかに各誤差を最小限とし,制御するかを考えてみる.偶然誤差をより小さくし,精度を上げるためには,標本サイズを大きくすることが一番である.サイズが大きければ大きいほど,母集団の真の姿に近い,精度の高い結果となるが,実際は費用や予算,調査員などの労力などにより,できるだけ標本サイズを少なくしたいという課題がある.標本サイズの推定を計算式を用いて行うことができるが,計算に必要なa値,b値,有意水準など,実際の計算方法については前章を参照していただきたい.つぎに系統誤差のうち,選択および情報バイアスの制御法についてであるが,選択バイアスの制御には事前の計画が最も大切である.症例対照研究であれば,曝露情ば,妥当性が低い系統誤差の大きなものといえる.真の姿をダーツの的の中心と考えるなら,偶然誤差(精度),系統誤差(妥当性)は,図2のようにとらえるとわかりやすい.この系統誤差のことを広義の偏り(バイアス;bias)とよび,これはさらに狭義の偏りと交絡に区分される.そして,狭義の偏りを選択の偏り(selectionbias)と情報の偏り(informationbias)に区分する.研究企画段階できちんと制御すべきは狭義の偏りであり,結果の解析段階では制御不能となる(図3).解析段階では制御できず,企画段階で大切となる選択の偏りおよび情報の偏りについて詳しく述べる.まず,選択の偏り(selectionbias)とは,コホート研究であれば観察対象集団を抽出する際に,偏った抽出方法を行った結果生じるバイアスである.たとえば,ある疾患の有病率,危険因子について調査する場合,対象者を健康診断受診歴が掲載されている名簿から選ぶとする.健診を受けている集団は元々,健康に気を遣っていて有病率が低くなるのか,あるいは,ある疾患が元々あ精度低高高低妥当性図2偶然誤差(精度)と系統誤差(妥当性)誤差偶然誤差系統誤差のり情報のり選択のり図3誤差の分類———————————————————————-Page414あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(14)ように書くことが要求される.計画書で最も重要となるのは,研究の意義,妥当性である.参加者のサンプルサイズやリスクを考慮する前に,研究を行う根本的な意義,理念を再認識しておく必要がある.II研究実施時6.Informedconsentの取得研究を企画し,倫理審査委員会の審査・承認を終え,いよいよ研究が開始となる.企画段階で熟考し対象者を選択し,研究の同意を取る段階となった.Informedconsentという言葉は研究だけではなく,臨床での治療や手術に至るまで,さまざまなところで登場する.言葉の定義は言うまでもないが,「正しい情報を得た上での合意」であり,その他さまざまな訳語があるが,あくまでも対象者(患者や被験者)が主体のものであり,単に医療従事者が形式的な説明をすることでもなければ,患者のサインを求めるものではない.Informedconsentの基本理念には二つある.一つは医療従事者側からの十分な説明であり,もう一つは患者側の理解,納得,同意,選択である.前者では,医療従事者側から患者の理解が得られるよう懇切丁寧な説明が,あらゆる医療の提供において必要不可欠であることが強調されるべきである.この際,医療従事者からは医学的な判断に基づく治療方針などの提示を行うことが求められるが,患者の意思や考え方に耳を傾け,それぞれの患者に応じたより適切な説明とメニューの提示がなされることが必要である.後者においては,患者本人の意思が最大限に尊重されるのが狙いであって,患者に医療内容などについての選択を迫ることが本来の意味ではない.文書で患者の意思を確認することは,一つの手段として重要であるが,目的ではないことを理解する必要がある18,19,21).特に遺伝子治療や新薬の治験20)ではinformedconsentがより重要となる.目的,安全性,予期される効果及び危険性,他の治療方法の有無及びその内容,同意しなくても不利益を受けないこと,同意しても随時これを撤回できること,対象者を特定できないように,匿名化を行うことなどについて,医療従事者から十分な説明を行い,患者の自由意思に基づく同意を得ることが不可欠である.その報が参考にならないようにすることが求められ,コホート研究であれば,観察集団の受診率を上げる努力が必要である.他方,情報バイアスの制御には,できるだけ客観的な情報を収集することや曝露や疾病発生について定義をあらかじめ定めておくことにより,バイアスは軽減される15).4.対象者のリスクを最小限とすること「臨床研究に関する倫理指針」16)の研究者らの責務などでは,被験者の生命,健康,プライバシーおよび尊厳を守ることは,研究者の責務であると記されている.実際の臨床研究では,健康に関わる問題の不確実な部分を調べる目的で行われるため,予想できないリスクを生じることがある.動物実験や他の研究からできるだけ多くの情報を集め,リスクの評価を行い,社会に対する利益と比較考慮しバランスをとる必要がある.また,リスクを最小にする措置や健康被害が起きたときの対策を事前に行うことや参加者が不当に高いリスクにさらされないことを保証する必要がある.参加者のプライバシー保護については,Ⅱ-7.個人情報の保護・監査で述べることとする.5.独立した機関からの審査・承認研究を企画し,実行に移す前には,倫理審査委員会からの承認を受ける必要がある.日本では,新薬承認申請の臨床試験以外では,法的な強制はないが,委員会からの審査・承認は単なる儀式的なものではなく,臨床研究には不可欠なものである.倫理審査委員会とは,医学研究機関,ヒトの生体試料を使用する研究機関などにおいて自主的に配置される委員会であり,研究の科学的妥当性や倫理的妥当性について検討される機関である.幅広い知見が必要となるため,医学,疫学,統計学,倫理学などの専門家のほかに,一般の立場の方などで構成される17).研究企画後,倫理審査委員会に提出するために,研究計画書(プロトコール)を作成する必要がある.審査は研究計画書に沿って行われるため,研究計画書は研究を企画した背景と根拠,目的や意義,方法,対象者の保護とその方法などについて,専門外の委員にも理解できる———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,200915(15)おわりに研究の企画から実施に至る過程を順を追って説明してきた.研究を立ち上げてから実際に研究を行うまでにはさまざまな規則がある.しかし,一貫して言えることは,対象者の保護と研究の妥当性である.倫理という言葉に含まれることであろうと思うが,研究は倫理外の範囲に手を伸ばしてはならない.現在研究中またはこれから研究を企画する者にとって,本稿が少しでも手助けになれば幸いである.文献1)厚生労働省:メタボリックシンドロームの概念.http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/seikatsu/04.html2)日本腎臓学会編:CKD診療ガイド.http://www.jsn.or.jp/jsn_new/news/CKDmokuji.htm3)日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン2009(JSH2009).http://www.jpnsh.org/jsh2009.html4)TheNurembergCode.JAMA276:1691,19965)WorldMedicalAssociation.DeclarationofHelsinki(日本医師会訳).http://www.kasuya.fukuoka.med.or.jp/etc/helshin.html6)TheBelmontReport.http://www.hhs.gov/ohrp/humansubjects/guidance/belmont.htm7)COUNCILFORINTERNATIONALORGANIZATIONSOFMEDICALSCIENCES.http://www.cioms.ch/8)Internationalguidelinesforethicalreviewofepidemiologicalstudies.19919)Americancollegeofepidemiologyethicsguidelines:Foundationsanddissemination.http://www.springerlink.com/content/a802868648622224/10)疫学研究に関する倫理指針(平成19年8月16日全部改正).http://www.mhlw.go.jp/general/seido/kousei/i-kenkyu/ekigaku/0504sisin.html11)EmanuelEJ,WendlerDW:WhatmakesclinicalresearchethicalJAMA283:2701-2711,200012)SatoK:JNatlInstPublicHealth52(3):200313)プラセボ対照試験の倫理的問題.http://medical.radionikkei.jp/suzuken/nal/021024html/index_3.html14)ヘルシンキ宣言改訂をめぐる議論.臨床評価(ClinicalEvaluation)28:409-422,200115)中村好一:基礎から学ぶ楽しい疫学.第2版,医学書院,200216)臨床研究に関する倫理指針(平成20年7月31日全部改正).http://www.mhlw.go.jp/general/seido/kousei/i-kenkyu/rinsyo/dl/shishin.pdf17)機関内倫理審査委員会の在り方について.http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/life/haihu22/siryou5.pdf18)インンフォームド・コンセントの在り方に関する検討会報告書元気の出るインフォームド・コンセントを目指してためには,文書による確認が必須となる.患者が十分理解できるような説明文と同意の文書を合わせた形式の文書にすることで,説明の内容を患者がゆっくり理解し,同意の意思を示した後でも説明内容を患者と医療従事者相互が再度確認することも可能となることから,この「説明・同意文書」の普及が望ましい.7.研究実施中の監査および対象者の保護「臨床研究に関する倫理指針」では,倫理審査委員会は実施されている,又は終了した臨床研究について,その適正性及び信頼性を確保するための調査を行うことができる,とある16).研究開始前の審査だけでなく,研究実施中も研究の進歩状況や対象者の人権保護が適切に行われているかを監査することも,研究を円滑に進めるために重要な要素の一つである.研究開始前には予期できなかった事態が起きていないかをモニタリングし,計画書と現実との間を埋めることは,進行中の研究だけではなく,今後の研究にとってよい資料となりうる.また,対象者の保護は計画段階から研究終了まで,常に考えておく必要がある.具体的には,対象者の選択に始まり,リスクマネージメント,同意手続きが適正かどうか,プライバシーの保護は適正かどうかなどである.1980年に経済協力開発機構(OECD)が示した,個人情報の保護についての8原則を表1にあげる22).2005年に個人情報保護法23)が設立されたが,これはこの8原則に準拠したものであり,研究を行う者は自らの研究と比較検討すべきである.表1個人情報取り扱い8原則①収集制限─適切かつ公正な手段で取得しているか②データの質─データ内容の正確性の確保③目的明瞭化─収集目的の明確化④利用制限─明示された目的以外の利用禁止⑤安全保護─紛失や毀損の防止⑥公開─個人データの存在・性質・利用目的⑦個人参加1.データ管理者へ自己データの保有の照会2.自己データの開示3.上記2項目が拒否された場合の理由の開示4.自己データによる異議申立とデータの訂正,消去⑧責任─データ管理者の諸原則実施責任———————————————————————-Page616あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(16)21)水野肇:インフォームド・コンセント─医療現場における説明と同意.中公新書958,中央公論新社,199022)OECD個人情報保護8原則.http://www.prisec.org/pdp/#oecd823)内閣府:個人情報保護法令.http://www5.cao.go.jp/seikatsu/kojin/houritsu/index.html.http://www.umin.ac.jp/inf-consent.htm19)説明と同意(INFORMEDCONSENT).http://209.85.175.132/searchq=cache:DViOoRBSydwJ:www.med.niigata-u.ac.jp/obs/school/kensyu/kensyu08.pdf+informed+consent&hl=ja&ct=clnk&cd=48&gl=jp20)厚生労働省:「治験」ホームページ.http://www-bm.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/chiken/index.html

疫学の基本:デザイン・統計手法

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLS歳以上の全住民」というように地理的・時間的条件によって調査できる集団を限定する.この選ばれた集団を調査対象集団(targetpopulation)とよぶ.しかし,調査対象集団を決定したとはいえ調査対象者が不在であったりあるいは調査に協力的でなかったりして,調査対象者全員を必ずしも調査できるとは限らない.調査に実際に参加した集団(studiedpopulation)をサンプルとよぶ.疫学研究において得られた測定値がどこまで一般化できるか判断するにはサンプルと調査対象集団がどれほど合致するのか(内的妥当性:internalvalidity)検討しなければならない.一般に,健康調査に積極的に参加する人は健康への関心度が高く健全な生活習慣をもち健康であることが多い一方,不参加者はその逆であることが多い.したがって,研究への参加率が低い場合にはある疾病の率を低く見積もってしまう可能性がある.さらに,サンプルから得られた測定値が目標母集団へ一般化できるかどうか(外的妥当性:externalvalidity)についても検討されなければならない.なぜなら,すべての疾病は①時間(年齢),②人種・民族,性別,遺伝的背景といった内的因子,③教育,収入,職業,生活態度,居住環境といった外的因子と関連があり,調査対象集団とサンプルとの背景とは必ずしも一致するとは限らないからである.疫学研究は科学的な手続きで調査地域を決めるというより,研究者の都合により都市部に比較的近く人口移動の少ない地域が選定されることが多い.この外的妥当性は慎重に討議されるべきであるが,多くは研究者たちはじめに国際疫学学会によると,疫学とは「特定の集団における健康に関連する状況あるいは事象の分布あるいは規定因子に関する研究」と定義されている1).具体的には,ある疾病の頻度を推定しさまざまな因子と疾病の因果関係を調査すること,予防・診断・治療方法を評価すること,ある疾病対策に必要な根拠を調査することなど2)が疫学の目的とされている.近年,眼科領域でも多治見スタディ・久山町スタディ・舟形町スタディ・久米島スタディなどで一般住民を対象とした数多くのpopulation-basedstudyが行われ,疫学そのものが注目を浴びるようになってきている.疫学については学生時代に一度学んでいるが,眼科医になってからは個人(患者)を対象とした治療に専念するあまり集団を対象とした考え方からは遠ざかってしまい,疫学と聞くと拒否反応を示すことが多い.本稿では,そのような眼科医に,最低限知っておくべき疫学知識(観察研究を中心に)を仮想的な集団を用いてできるだけ簡単に解説したい.I研究対象者の選定と妥当性疫学において,目標母集団(referencepopulation)とは「40歳以上の日本人男女」といったように各種属性(この場合は年齢と民族)によって定義される集団のことである.しかし,この条件に合うすべての人間を調査することは実際不可能で,「2005年に久山町に住む40(3)3KoiciOnoosineiratska:学学学:1138421本313学学学特集●わかりやすい眼科疫学あたらしい眼科26(1):39,2009疫学の基本:デザイン・統計手法PrinciplesofEpidemiology:StudyDesignandStatisticalAnalysis小野浩一*平塚義宗*———————————————————————-Page24あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(4)も多数ある.このように予測因子と転機結果の因果関係以外にも予測因子と関連があり表には現れていない因子で,転帰に影響を与え予測因子と直接的には関連していないような因子を交絡(confounding)とよぶ.実験研究では無作為に各群に分けるので,交絡が問題になることは少ないが,観察研究では交絡は常に起こる可能性がある.交絡を除去するには研究デザインの段階とデータ解析の段階に工夫が必要となる.研究デザインの段階:最も簡単に交絡を除外する方法は,対象者のもつ交絡因子のレベルを最小限にして,その範囲外の人は対象集団に取り込まないようにすることである.たとえば,「術前点眼の頻度と白内障術後眼内炎の関係」を研究する場合,術前消毒方法を統一し,涙炎や糖尿病を合併していない患者を選択し術中に後破損を起こさないようにすればよい.この方法を,限定(specication)という.一方,症例・対照試験で年齢や性別などの属性を一致させることで交絡因子の影響を最小限にする方法があるが,これをマッチングという.たとえば,白内障術後眼内炎の発生頻度に年齢差がある場合には,症例と対照の年齢が一致するように対象者を設定する.しかし,マッチングしたデータを解析するには特別な解析方法が必要で,通常の統計学的方法を用いることができない.さらに,マッチングに用いた因子が交絡因子でない場合,統計学的パワーを減少させ真の関連がわかりにくくなることがある(オーバーマッチング).データ解析の段階:データを収集した後,対象者を交絡因子によりサブグループに分割できる場合,そのサブグループごとに分析を行う方法がある.これを層化(stratication)という.上述の白内障手術における「術前抗生物質点眼の頻度と眼内炎発症率の関係」の例では,涙炎の有無,術前消毒方法,術中後破損,糖尿病合併の有無によりいくつかのサブグループに分け,データ解析を行う.欠点は,層化する数が多すぎると極端にサンプル数が少ないサブグループができたり,層が無数にできてしまったりすることがある.逆に層化する数が少なく層の幅が広すぎると交絡の影響を十分に減ずることができなくなってしまう.層化以外にも,統計学的補正(adjustment)を行うことによって交絡をコントロールする方法がある.これを多変量解析といい重回帰分の主観によるところが大きい.II疫学研究における誤差信頼の高い疫学研究とは,誤差(error)の少ない研究である.誤差は系統誤差(systematicerror)と偶然誤差(randomerror)に分けられ,前者はバイアス(bias)と交絡(confounding)に分けられる.これらは測定値が目的とする真の値と一致する度合い(真度:accuracy)に影響する.後者はくり返し行った測定値が一定である度合(精度:precision)に影響する.精度を高めることにより効果判定のパワー(検出力)を高めることになる.1.系統誤差a.バイアス(bias)サンプリングの問題により,調査に参加した人々が目標母集団を代表しないことがある.これを選択バイアス(selectionbias)とよぶ.調査対象集団の選定方法や,調査対象集団の応答率,コホート研究においては参加者の転居・死亡などによる脱落(打ち切り:censoring)などがこの原因となる.選択バイアスを減らすには,①目標母集団を代表するような地理的条件を明確にした調査対象集団の選定,②研究テーマにふさわしい対象者を選定できる取り込み基準と最小限の除外基準の設定,③ランダムサンプリング・系統的サンプリング・クラスターサンプリングなどの確率的サンプリングの選択,④地域と連携した調査内容の事前告知,などを行う必要がある.一方,質問者の先入観,測定・判定の誤差,参加者の思い違いや記憶違いなどによって起こるバイアスを情報バイアス(informationbias)とよぶ.この情報バイアスを減ずるには,①測定方法の標準化,②測定者の技量チェック,③測定方法の自動化と反復,そして④盲検化の実施が勧められる.b.交絡(confounding)疫学研究ではある因子(予測因子)と転機結果を推論することが重要である.白内障手術における「術前抗生物質点眼の頻度と眼内炎発症率の関係」について調査するとしよう.しかし,術前点眼の頻度以外にも涙炎の有無,術前消毒方法,術中後破損,糖尿病合併の有無など,術後眼内炎の発生と関係がありそうな因子が他に———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,20095(5)る.研究しようとする疾病をもっていない群を設定し,追跡調査を行い発症率(incidence)とさまざまな因子との関連性を調べるのが本研究の目的である.たとえば狭隅角の人が急性緑内障発作を起こす頻度を男女間で比較する研究を行ったとする(倫理的に許可が得られる研究とは思われないが).このように,現在から将来に向かって追跡調査を行う研究を前向きコホート(prospectivecohortstudy)という.前向きコホートは時間と費用がかかりすぎるため効率が悪いという欠点があるが,ある疾病の発症率を直接算出できること,発症する前に発症に関係すると思われる因子がすでに測定されているためその因果関係にバイアスが入りにくいなどの長所がある.一方,診療録をもとにコンタクトレンズによる角膜潰瘍の発症率をレンズの種類ごとに調査するような研究を後ろ向きコホート研究(retrospectivecohortstudy)という.後ろ向きコホート研究では観察がすべて過去に行われているので,ほしいデータが必ずしも記載されていないなどデータの質に問題を残すことがあるが,前向きコホート研究に比べ時間や費用が少なくて済む利点や,症例・対照研究に比べ発症した群と発症しなかった群を同じ集団から選んでいるため選択バイアスの介入が少なくて済むという利点がある.図1に,狭隅角の男性8人,女性4人を集めて行った仮想的なコホート研究の結果を示す.本コホート内のID1とID9は研究開始後2年で,ID2とID10は3年で,ID3は5年で,急性緑内障発作を呈し,他の7人はコホート研究終了まで(10年間)発症しなかったことを意味している.男性8人中3人,女性4人中2人が急性緑内障発作を発症したのであるから,急性緑内障発作は男性で37.5%(=3/8),女性で50%(=2/4)に発症したこととなる.この一定期間観察された集団における発症者の割合を累積発症率(cumulativeincidence)といい,この2つの比(この場合,男性と女性の累積発症率の比:0.75=37.5/50)を相対危険度(relativerisk/riskratio:以下RR)という.一般に,RRが1の場合,曝露群と非曝露群の発症割合は同じで,1より大きい場合・小さい場合は各々曝露群・非曝露群の発症の割合が大きいことを意味する.しかし,この研究で男性の急性緑内障発作の累積発症率が37.5%というだけでは急性析,因子分析,共分散分析などがある.多変量解析の最大の長所は多くの交絡因子があっても,層化に比べ少ないサンプルサイズで分析できる.しかし,多変量解析モデルは必ずしもデータが統計学的モデルに当てはまるとは限らない.2.偶然誤差(randomerror)偶然誤差とは文字通り偶然に起こる誤差で,この誤差は調査した結果の点推定(たとえば失明率)を中心にこれよりも大きいほうにもあるいは小さいほうにも均等にバラツキを生じる.たとえば,ある発展途上国の真の失明率が1.0%とした場合,その国民から無作為に10,000人を集めて調査すると失明者数は100人となるはずである.しかし,同調査をくり返し行うと,失明者数は必ずしも100人とはならず98人,99人,101人,102人などといった100人前後の値をとる可能性もある.このように,点推定(pointestimate)は,ある誤差を伴うのである.このばらつき(偶然誤差)を減らすにはサンプルサイズを大きくすればよい.しかし,やみくもにサンプルサイズを増やせばいいというものでなく,数学的にサンプルサイズを決定することができる.筆者らは無償ソフトのPowerandSampleSizeCalculation3)を好んで使っている.III研究デザイン疫学は現象をあるがままに記録し分析する観察研究(observationalstudy)と,治験のように研究者が介入してその効果を調べる実験研究(experimentalstudy)とに大別される.観察研究はある一時点のみを研究する横断研究(cross-sectionalstudy)とある期間にわたって観察を行う縦断研究(longitudinalstudy)とに分けられ,後者は診療録などを参考にしながら過去から現在までのデータを扱う後ろ向き研究(retrospectivestudy)と現在からこれから生じる現象を観察する前向き研究(prospectivestudy)とに分けることができる.以下に代表的な研究デザインについて言及する.1.コホート研究(cohortstudy)観察研究かつ縦断研究の代表例にコホート研究があ———————————————————————-Page46あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(6)作を発症する罹患率は男性で5/100PYs,女性で8/100PYsとなり,その2つの比incidencerateratio(IRR)は0.625=5/8となり,男性のほうが女性より罹患率が低いということになる.表1にRRとIRRの計算式とその95%信頼区間の算出方法を示す.経過観察を開始してから転機までの期間により生存率を調査する方法を生存分析と言い,Kaplan-Meier法がよく知られている.ここで,図1の例を用いてKaplan-Meier法による生存分析の方法を述べる(表2).男性はコホート開始時には有効観察者数が8人で急性緑内障発作を発症していない者(生存者)は8人である.したがって,生存率・累積生存率はいずれも1となる.2年後にID1がこのコホート内で初めて急性緑内障発作を発症するため発症率は0.125(8人中1人が発症),生存率は0.875となる.これに研究開始時の累積生存率1を掛け合わせると,2年後の累積生存率は0.875になる.3年後にはID2が発症するため発症率は0.143(7人中1人が発症),生存率は0.857となる.したがって累積発症率は前の段階(つまり2年)の累積発症率0.875にこの時点(3年)での生存率0.857を掛け合わせた0.750が緑内障発作が1年で発症するのか,あるいは10年で起こるのか不明である.もし,1年で37.5%に急性緑内障発作が起こるのであれば超高齢者であろうと狭隅角に対する何らかの処置が早急に必要であろうが,10年後に発症するのが37.5%であるならば必ずしも早急に処置を行う必要はない.つまり,累積発症率における最大の問題点はコホート研究という縦断研究であるにもかかわらず時間という概念がまったく考慮されていない点にある.この欠点を補う指標として罹患率(incidencerate)というものがある.これは単なる参加者の人数ではなく,人×観察期間といった人年法(person-year:PY)を用いることによって分析を試みるものである.前述のコホート研究(図1)において,ID1は2年間経過観察されているので2PYs(=1人×2年),ID2は3PYs(=1人×3年),ID3は5PYs(=1人×5年),ID48は50PYs(=5人×10年)ということになり,男性全体で60PYs経過観察されたことになる.そのうち3人が急性緑内障発作を呈したのだから罹患率は0.05/PY(=3/60PYs=5/100PYs)ということになる.これは20人を5年間経過観察すれば5人が(5年で)急性緑内障発作を,100人を1年間経過観察すれば(1年で)5人が発症するということを意味する.女性についても同様に計算を行うと,25PYsの間に2人が発症したため罹患率は0.08/PY(=2/25PYs=8/100PYs)になる.したがって,このコホート研究では狭隅角から急性緑内障発3年で発症2年で発症5年で発症2年で発症コホート研究開始からの期間10年0年3年で発症60PYs25PYs患者ID性別男男男男男男男男女女女女123456789101112図1狭隅角の男性8人,女性4人による仮想的コホート研究急性緑内障発作を転機とした.男性8人中(60PYs)3人,女性4人(25PYs)中2人が発症.発症未発症観察人数男性a(3)b(5)n1(8)PYa(60)女性c(2)d(2)n2(4)PYc(25)()は図1のコホートより算出した値を示す.a)相対危険度(RR)RR=(a/n1n/c(/)2)=)4/2(/)8/3(=0.7595%信頼区間(CI)の算出方法95%CIforLogRR:LogRR±n・a(/b(69.11)+n・c(/d2)=Log0.75±1.96)8・3(/5(+)4・2(/2=-1.61to1.0495%CIforRR:0.20to2.83b)Incidencerateratio(IRR)IRR=)cYP/c(/)aYP/a(=)52/2(/)06/3(=0.62595%信頼区間(CI)の算出方法95%CIforLogIRR:LogIRR±1.96(1/a+1/c)=Log0.625±1.96(1/3+1/2)=-2.26to1.3295%CIforIRR:=0.10to3.74表1狭隅角の仮想的コホートに対する相対危険度(relativeratio/riskratio)とIncidencerateratioの計算方法———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,20097(7)め累積発症率や罹患率を求めることはできない.代わりにある一時点での糖尿病患者における糖尿病網膜症の有無やその重症度分類を調査することとなる.したがって,横断研究ではある一時点での有病者の割合(有病率:prevalence)を調べることが目的になる.血糖のコントロールレベルも測定日のHbA1Cだけから判定することとなり,必ずしも対象者の長期的な血糖コントロールが反映されるとは限らない.したがって,ある時点での疾患の有病率(prevalence)とそれに関連した因子についての関連を調べることが目的である横断研究は,コホート研究に比べ情報量が少なく因果関係の証明は乏しくなる.一般に横断研究はコホート研究を行う準備段階(pilotstudy)で行われることが多い.ある町の学校検診の結果を調べてみたところ,2000年に小学校に入学した児童で裸眼視力が0.7未満の児童の割合が2005年(小学校6年)に40%,2008年(中学校3年)に60%だったとする.一見するとコホート研究にみえるが,ある程度の一定間隔をおいて横断研究をくり返す研究を連続横断研究(serialsurvey)とよぶ.コホート研究は最初に決めた調査対象集団を経時的に追跡調査し,最初に定義された対象者以外の者を研究に追加されることはない.しかし,連続横断研究では調査時期に一定の地域にいる者を対象とするため死亡・転出のほか,出産・転入などでもともとの集団に別の集団が追加されてしまい,コホート研究とは明らかに異なる研究デザインとなってしまう.3年における累積生存率となる.同様の計算を5年後においても行うと生存率は0.833となり,これに3年後の累積生存率0.750を掛け合わせた0.624が5年後における累積生存率ということになる.その後,コホート内の生存者のうち誰も発症しないことからこの0.624が10年後の生存率ということになる.女性についても同様に計算を行いプロットしたのが図2である.このように,ある集団の生存割合を調べてこれをプロットしていくと,その変化を視覚的に理解できる.しかし,今回の例のように観察対象者全員の経過を追えるとは限らず,実際の疫学調査はより複雑である.打ち切りの原因としては研究そのものが終わってしまった場合や参加者が転居や死亡などにより調査できなくなったことなどがある.2.横断研究(cross-sectionalstudy)あるコミュニティで糖尿病網膜症と血糖コントロール(グリコヘモグロビン:HbA1C)の関係を研究するとしよう.コホート研究でこの研究を行うのであれば,たとえば,糖尿病網膜症のない糖尿病患者を集め定期的にHbA1Cの測定と眼底検査を行い,長期的な血糖コントロールの状況と網膜症発症の時期(もちろん,打ち切り例もある)を判定することになる.HbA1Cは定期的に測定されるため血糖コントロールの状況をより正確に記録することができ,長期的な血糖コントロールの状況と糖尿病網膜症の累積発症率あるいは罹患率との関連を調査することができる.一方,横断研究ではすべての測定をある一時点で行い,そのときのHbA1Cのレベルと眼底所見からその関連性を調査することとなる.横断研究のデザインでは,ある一時点でしか眼底検査をしないた観察時期(t)生存数発症者数(r)有効観察者数(n)発症した割合(r/n)生存率累積生存率S(t)080801127180.1250.8750.87536170.1430.8570.75055160.1670.8330.62410505010.624のついた2つの値を掛けて累積生存率を求める表2各観察時期における生存率・累積生存率の計算(Kaplan-Meier法)0.000.250.500.751.000246810分析期間(年)累積生存率(%)Stata/SE10.0forindows(StataCorpLP,USA)により作成:男性:女性図2KaplanMeier法による男女別生存曲線2群間の比較はlog-ranktestで,それ以上あるいは他の因子も考える場合はCox比例ハザードモデルを用いる.———————————————————————-Page68あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(8)ことを意味する.表3はCRAOと喫煙歴の有無を調査した仮想的な症例・対照研究(マッチングなし)の結果を示す.今回の仮想的結果では,ORは2.0(=2.0/1.0)ということになる.したがって,この結果は喫煙歴がある者はない者に対しCRAOのオッズが2倍高く,喫煙歴があるとCRAOになりやすいということを意味する.しかしながら,95%信頼区間は0.75.7となり,ORが1を含んでしまい,統計学的には有意とはいえない(偶然誤差).図3は喫煙がある疾患に及ぼす影響について調べた仮想的な症例・対照研究で,マッチングしなかった場合と3.症例・対照(ケース・コントロール)研究(case-controlstudy)コホート研究や横断研究では費用と時間がかかりすぎ研究成果をすぐに出すことができない.たとえば,網膜中心動脈閉塞症(CRAO)と喫煙歴の関係を研究しようとした場合,網膜中心動脈閉塞症は比較的まれな疾患でありコホート研究ではきわめて多くの調査(観察)対象者が必要となってしまう.このような場合,CRAOの既往がある群(症例)と既往のない群(対照)との間で特定の因子の曝露状況を比較し,因子と疾患の関連性を検討する方法がある.これを症例・対照研究(case-controlstudy)という.症例・対照ともに喫煙という曝露因子は本人あるいは家族・友人から聞き取り調査などを行い,喫煙歴の有無を確認し情報バイアスの介入を最小限にする.しかし,対照者の選択方法によってはこの喫煙歴あり・なしの人数が大きく変わる可能性がある.この選択バイアスを防ぐには症例と対象をマッチングしたり,同一集団から症例・対照などを選択したり,家族や友人を対照に選ぶ(測定できない遺伝的あるいは環境的要因をマッチできる)方法をとる.症例と対照の数は研究者が任意に決定するため,症例・対照研究では疾患の有病率や罹患率を算出することはできない.そこで,疾患と曝露因子の関連の強さをオッズ比(oddsratio:OR)で計算する.ORが1の場合,曝露群と非曝露群の発症割合は同じで,1より大きい場合・小さい場合はそれぞれ,曝露群・非曝露群の発症の割合のほうが大きい図3マッチングの有無によるオッズ比(OR)変化症例・対照研究ではマッチングの有無によりその統計解析法が異なることに注意が必要である.マッチングしていない場合は通常通りに「2×2表」を埋めていく.一方,マッチングしている場合は①症例・対照とも曝露されている,②症例・対象ともに曝露されていない,③症例のみ曝露されていて対照は曝露されていない,④症例は曝露されていないが対照は曝露されているというペアがいくつあるかを「2×2表」に埋めていく.マッチングしていない場合OR=ad/bc,c2値はc21=122=++++nadbcacbaabcd()()()()()で求めるのに対し,マッチングしている場合,OR=b/cでc2値はc21=121=(bc2()bcで求める.b症例対照喫煙(+)喫煙(+)喫煙(+)喫煙(+)喫煙(+)喫煙(-)喫煙(+)喫煙(-)喫煙(+)喫煙(-)喫煙(+)喫煙(-)喫煙(-)喫煙(+)喫煙(-)喫煙(-)喫煙(-)喫煙(-)喫煙(-)喫煙(-)マッチングなしマッチングあり対照症例()人数症例対照喫煙歴ありa(6)(3)喫煙歴なしc(4)d(7)喫煙歴あり喫煙歴なし喫煙歴ありa(2)b(4)喫煙歴なしc(1)d(3)()ペアー数n=a+b+c+d=6+3+4+7=20OR=(a/c)/(b/d)=(6/4)/(3/7)=3.5OR=b/c=4/1=4表3網膜中心動脈閉塞症と喫煙の関係を調べた仮想的な症例・対照研究とオッズ比の計算方法網膜中心動脈閉塞症のり(症例)網膜中心動脈閉塞症のな(対照)計喫煙り()()+b(35)喫煙歴なしc(10)d(15)c+d(25)合計a+c(30)b+d(30)a+b+c+d(60)()は仮想的な数値.オッズ比(OR):OR=)d/b(/)c/a(=)51/51(/)01/02(=2.095%信頼区間(CI)の算出95%CIforLogOR:LogOR±1.96(1/a+1/b+1/c+1/d)=Log2.0±1.96(1/20+1/15+1/10+1/15)=-0.35to1.7495%CIforRR:0.70to5.70———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.26,No.1,20099年齢と性別などでマッチングした場合のそれぞれの「2×2表」を示す.マッチングしていないとき,マッチングしたときで「2×2表」もさることながらORの計算方法が異なることに注意したい.4.実験的試験盲検的ランダム比較研究に代表される実験的研究はすでに観察研究で知見を得られ,治療方針が明確な場合において最終的な因果関係を証明するデザインである.介入群と非介入群(プラセボ)に分ける以外は上述の前向きコホート研究のデザインをとる.盲検的ランダム比較研究は疫学調査の最高峰に位置するが,サンプルサイズが少ないために,まれな副作用例に関しては検出能力が乏しいことに注意したい.おわりにHospital-basedstudyであろうとpopulation-basedstudyであろうとその疫学的な手法は同様である.正しい疫学デザインや基礎的な解析方法を理解していなければどんなに優れた統計学的手法を用いてもその結論の導き方に限界がある.本稿が今後のpopulation-basedsurveyの理解と臨床研究に役立てていただければ幸いである.本稿のきっかけを与えてくださいました山形大学医学部視覚病態学分野山下英俊教授,川崎良先生に深く感謝いたします.また,ご校閲いただきました順天堂大学眼科村上晶教授に感謝申し上げます.文献全般・GordisL:Epidemiology.3rdEdition,Elsevier-Saunders,Philadelphia,2004・SzkloM,NietoFJ:EpidemiologyBeyondtheBasis.JonesandBartlettPublisher,Boston,20041)日本疫学会:翻訳,『疫学辞典第3版国際疫学学会後援図書』,財団法人日本公衆衛生協会,20002)GordisL:Epidemiology.3rdEdition,Elsevier-Saunders,Philadelphia,20043)URLavailablefromhttp://biostat.mc.vanderbilt.edu/twiki/bin/view/Main/PowerSampleSize(9)

序説:わかりやすい眼科疫学

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLS重ねなしにいきなり臨床研究に取り組むことは無謀である.今回の特集では限られた紙面のなかであり,おもに大規模なPopulation-based研究を対象とした疫学研究に多くの紙面を割いているが,研究デザインからValue-basedMedicineまでさまざまな疫学研究の方法論とその実例に触れるための糸口になればとの意図で企画させていただいた.本特集では,はじめに疫学の方法論として,「疫学研究のデザイン,統計手法」については小野浩一先生・平塚義宗先生(順天堂大学眼科)に,そして「観察研究企画・実行の実際」として荒川聡先生(九州大学眼科学分野久山町研究室)に疫学研究の方法と結果を読み解くのに必須の知識について実に充実した内容のレビューをしていただいた.つづいて観察研究の実例として近年わが国でも盛り上がりを見せているPopulation-based研究で精力的に研究を行っている先生方に直接その結果を紹介していただいた.緑内障を中心とした大規模疫学研究である多治見スタディおよび久米島スタディについてはそれぞれ岩瀬愛子先生(多治見市民病院),澤口昭一先生(琉球大学眼科)に,加齢黄斑変性の疫学ではアジアを代表する研究である久山町スタディについては安田美穂先生(九州大学眼科学分野久山町研究室)に,眼底の動脈硬化所見や網膜症に今回の特集は眼科の疫学研究である.“わかりやすい”と銘打っているものの,“疫学研究”と聞くと少し堅苦しい印象を受け身構えてしまわれる先生方も多いのではないかと内心ひやひやしている.しかし,実は疫学研究とは私たちが日頃,「臨床研究」とよんでいる研究そのものであると考えている.このことを本特集のトップバッター小野浩一先生(順天堂大学眼科)が「疫学の基本:デザイン・統計手法」の冒頭で「(疫学研究の目的とは)疾病の頻度を推定しさまざまな因子と疾病の因果関係を調査すること,予防・診断・治療方法を評価すること,ある疾病対策に必要な根拠を調査することなど」とうまくまとめてくださっている.これはまさに「臨床研究」のことではないだろうか.そう考えると疫学研究の基本である研究デザインやその方法論について知ることは「良い臨床研究」を行うための必須の知識であると言えるだろう.これはちょうど「良い手術」を行うためには「消毒の仕方,メスの使い方,縫合の仕方」などの基礎を知ることが必須であるのに通じる.しかもそれをただ知識として聞き覚えるだけでなく,日々くり返して自分のものにすることが必要であるのは言うまでもない.メスの使い方を知らずしていきなり患者の眼に向かうことが無謀であるのと同様に,基礎の積み(1)1学学学学学学学学●序説あたらしい眼科26(1):12,2009わかりやすい眼科疫学OcularEpidemiologyataGlance川崎良*山下英俊**———————————————————————-Page22あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(2)いて柿木雅志先生・大路正人先生(滋賀医科大学眼科)にレビューしていただいた.最後に医療費削減の波が押し寄せるなか,眼科疾患の重要性を適切に評価するために今後さらに重要となるであろうValue-basedMedicineについて,日本眼科学会においてもこの分野で活躍していらっしゃる平塚義宗先生と小野浩一先生が限られた字数のなかで大変多くの情報を提供してくださっている.眼科領域の疫学研究についてこのようにまとまった特集を企画させていただく機会は稀有であり,このような機会を与えてくださった「あたらしい眼科」編集委員の諸先生方,また,お忙しいなかにあってわかりやすくしかも詳細に触れながら,それぞれの研究について概説していただいた担当の先生方にこの場を借りて深くお礼申し上げたい.文献1)WongTY,HymanL:Population-basedStudiesinOph-thalmology.AmJOphthalmol146:656-663,2008ついての研究を中心に行っている舟形町スタディについては田邉祐資先生と筆者ら(山形大学視覚病態学)がそれぞれの研究の方法と結果についてレビューさせていただいている.さらに,白内障の疫学を中心に世界的に高い評価を受けている「レイキャビック・アイ・スタディ」については佐々木洋先生(金沢医科大学感覚機能病態学)がまとめてくださった.眼科領域のPopulation-based研究は世界的にみても近年多くの研究が報告されるようになっている.このような疫学研究は疾患の予防につながる環境因子,生活習慣,社会的因子の探索,あるいは遺伝的素因とそれらの危険因子を絡めたより精度の高いリスクの層別化などにつながっている.疾患によっては人種差や地域差が存在するものも知られており,日本人を対象とした疫学研究は日本人のためだけでなく,国際比較のためにも重要な資料となると考えている1).また,臨床治験の実例としてJATスタディにつ

常勤医として働く女性眼科医師の問題点 ─東京女子医科大学における対応─

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(129)17370910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(12):17371742,2008cはじめに「女性医師」という言葉が最近よく取り上げられる.それにまつわる話題として,「支援・交流,活性化,再教育,復職」など,医師の資格を持つ女性が効率よく働いていない現状が取り上げられている.これを背景に,女性医師として一度現役から退いたり,または脱落しかかった人を,いかに人材活用して社会に貢献してもらうかが大きなテーマになる.文部科学省はこのような実態を踏まえて,女性医師に就業を継続しうる環境や制度作りを試みることに支援している1).確かに医師不足の今日,医師の資格を持つ人が効率よく働いていないとしたら,国家にとって大きな損失である.一方,日本私立医科大学協会の推計では,1人の医学生が〔別刷請求先〕堀貞夫:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室Reprintrequests:SadaoHori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8666,JAPAN常勤医として働く女性眼科医師の問題点─東京女子医科大学における対応─堀貞夫東京女子医科大学眼科学教室ProblemsforFemaleOphthalmologistsRegardingFull-TimeWork─MeasuresatTokyoWomen’sMedicalUniversity─SadaoHoriDepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity過去10年間に東京女子医科大学眼科(当科)に入局した女性医師の現状を把握し,常勤の勤務医として働くために支障となる問題点とその対応策について検討した.平成10年から19年までの10年間に当科に入局した女性医師は42名で総入局者数の79.2%にあたる.平成20年4月の時点での断面調査では,19名(45.2%)が退職していた.入局後早期に退職したものは心身症や精神科的疾患が原因で,半数以上は結婚,出産・育児などを含む受動的要因が原因であった.このなかで退職の理由として育児が最も大きな要因と推測された.育児と常勤医師として勤務することの両立を支援する方法として,育児休暇の利用と休暇終了後の勤務体制を配慮した.当科では産前・産後休暇と育児休暇は全員が取得していた.育児休暇修了後の勤務体制として当科では,worksharing,常勤待遇の嘱託医師雇用,勤務先(関連病院)の考慮を行い,常勤医として留まるための援助となった.女性医師はこれらの支援を背景に,先端の医療を続けるべく自ら努力しなければならない.ToresolveproblemsconcerningtheretirementoffemaledoctorsintheDepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,thepresentstatusofthosedoctorswasanalyzed.Inthepast10years,42femaledoc-torshadenteredthedepartment,theirprevalencebeing79.2%ofthetotalnumberofdoctorsduringtheperiod.AsofApril2008,19ofthefemaledoctors(45.2%)hadretired.Morethanhalfthereasonsforretirementwerepassive,includingmarriage,deliveryandcareofchildren.Careofchildrenwasconsideredthemostimportantfac-tor.Tomakechildcarecompatiblewithfull-timedoctoring,child-careleaveandemploymentpatternwereconsid-ered.Asfortheemploymentpatternafterchild-careleave,weappliedworksharing,short-timeworkdealingpar-manentworkandspecialconsiderationsregardingtheworkplace.Thesemeasuresenabledfemaledoctorstocontinueworkingasdoctorsatthedepartment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17371742,2008〕Keywords:女性医師,常勤,出産・育児,育児休暇.femaledoctor,full-time,deliveryandcareofchildren,child-careleave.———————————————————————-Page21738あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(130)6年間に必要とする教育経費は約1億円で,このうち学生の納付金は6年間で約3,300万円,残りの2/3は寄付金や補助金などで賄われている2).医学生が卒業するまでに多額の公的援助を受けていることになる.出産は女性に恵まれた権利であり,それに伴う育児も女性に,より多くの負荷がかかる.この負荷が女性医師を第一線医師としての活動から遠ざけて,社会に貢献する義務を果たせなくしている.また,一度第一線から外れて週に23回のパートタイマーなどになってしまうと,常勤に課せられる責任や義務を受け入れたくなくなる3).こうして第一線から身を引いて,国民が期待している義務を果たさない女性医師ができ上がってしまう.女性医師に関する問題として,教授など主導的教育職に就く割合が少ない4),学会における指導的地位につく割合が少ない5)など,地位向上に関わる指摘がなされ,これらは徐々に改善されつつある.一方で上述のような経緯で女性医師の地位向上よりも,後退につながる現実がある.女性医師になんとか医療の先端に留まってもらうための啓蒙と施策が必要であることを痛感し,女性医師の入局後の動向を検討した.その解決のために東京女子医科大学眼科(当科)で試行錯誤している方策の現状を紹介する.I対象および方法平成10年4月から平成19年4月までの10年間に当科に入局した53名について,平成20年4月現在での在職者と退職者を可及的に調査し,以下の項目について検討した.1.各年次における男女別の入局者数,平成20年4月の時点での在職者数と退職者数東京女子医科大学病院の職員として登録されているものを在職者と規定し,当科に常勤医として勤務しているものと,関連病院などに派遣されているものを含めた.退職者は職員としての登録を抹消されたものとした.2.女性医師の退職理由退職時の面談を主体に,聞き取り調査により得られた情報から,主となる退職理由を推定した.3.育児休暇利用者の割合育児休暇を利用した女性医師が,育児休暇終了後復職したか退職したかを検討した.4.当科での対応策若手から中堅の女性医師の退職を防止し,第一線の医療に踏みとどまってもらうための方策を検討した結果として,当科において出産後で育児休暇中または育児休暇を終了した女性医師に実行している対応策の現状は以下の通りであった.a.Worksharing(分割勤務)2人で常勤医1人分の診療をする体制で,給与も賞与も半額である.これは育児休暇者のみを対象とし,身分は大学の常勤職員で健康保険を含む社会保障制度はすべて常勤職員と同様に扱われる.育児休暇期間のみに適応されるが,この制度で勤務している期間は休職扱いにならない.この制度は東京女子医科大学では基礎医学系の女性研究者を対象にすでに施行されていたが,臨床医学系では眼科が初めて実施し,しかも研究者ではなく臨床医を対象としたものである.b.常勤待遇の嘱託医師雇用勤務時間を短くし,常勤医体制の50%以上の内容で勤務してもらう体制で,主に関連病院で実施している.対象者は育児休暇を終了して臨床医としての職場復帰を希望し,大学の常勤医としての勤務は続けられないが,1週間のうち34日であれば診療に携われる者である.給与は常勤医のおよそ半額で,健康保険を含む社会保障制度はすべて常勤医と同様に扱われる.大学から派遣される形態をとるので,大学での職責は維持される.c.勤務先(関連病院)の考慮主任教授の独自の判断による考慮で,育児休暇明けの可及的早期に,眼科当直のない関連病院に優先的に派遣する.大学から派遣される形態なので大学での職責は維持され,派遣先では常勤医として勤務するが当直はない.II結果1.各年次における男女別の入局者数,平成20年4月の時点での在籍者数と退職者数当科における各年度の入局者数と,平成20年4月の時点での在職者数と退職者数の分布を図1に示す.平成16,17年度は新臨床研修制度が始まったため入局者はなかった.10年間のうち後期臨床研修医として眼科に入局できる門戸が開かれていたのは8年間ということになり,この間に入局した121086420(人)年度(平成)10111213141516171819:入局者数:在籍者数:退職者数図1東京女子医科大学眼科の年度別入局者数と平成20年4月時点での在籍者および退職者数新臨床研修制度導入のため,平成16,17年度に入局者はなかった.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081739(131)医局員の数は実質で1年平均6.6人となった.平成10年度入局者は全員退職し,平成15年度入局者2人はともに在職しているが,他の年度では在職者と退職者とが入り混じっていた.男女別の過去10年間の入局者数と平成20年4月の時点での在職者数と退職者数の合計を表1に示す.全入局者の79.2%が女性,20.8%が男性であった.平成20年4月の時点での退職者は女性が45.2%,男性が36.4%であった.女性在職者の勤務期間は12108カ月(59.7±36.2カ月:平均±標準偏差)で,女性退職者の退職までの勤務期間は185カ月(36.1±27.6カ月)であった.2.女性医師の退職理由退職時の面談などで得られた情報から推定した退職の主となる理由を図2に示す.結婚,出産・育児で36.8%,夫の転勤,家庭の事情などを含めて受動的要素によるものが半数以上を占めた.心身症や精神科的要因によるものが26.3%と多く,開業や専門領域の転向という意思変更が15.8%であった.3.育児休暇利用者の割合育児休暇利用者の割合を表2に示す.育児休暇利用者は,平成20年4月現在休暇中の3人を含めて合計14人であった.女性医師で出産したものは全員6カ月以上の育児休暇をとり,育児休暇が終了した11人のうち6人は復職した.5人は最終的に退職したが,このうち2人は育児休暇終了と同時に退職した.育児休暇を利用して復職したものは平成20年4月の時点での在職者の30%であった.育児休暇を利用したが退職したものは,退職者の26.3%であった.なお,産前・産後休暇(産休)は全員が取得し,産休明けと同時に退職したものが上記のほかに2名いた.4.当科での対応策a.Worksharing(分割勤務)ほぼ同時期に育児休暇に入った女性医師2名が対象となった.産休明け直後にこの勤務体制に入り,育児休暇中の在職者として特別な勤務形態を大学側に認めてもらった.常勤としての勤務時間をおよそ2分割し,常勤医のほぼ50%の診療内容であった.育児に関する時間的な都合をお互いに融通しあって勤務した.勤務先は大学の付属診療施設であり,大学病院での診療よりは負担が軽い内容であった.診療収入と人件費とを含めた経営面での決済は良好で,学内の規程または取り決めのうえで配慮すれば,今後とも継続できる体制であった.b.常勤待遇の嘱託医師雇用関連病院の常勤医師が退職したためその補充が必要であったが,常勤医師として大学から派遣する人的余裕がなく削減を検討していた.時期が一致して,育児休暇明けの女性医師が1週間に3日であれば診療に従事できるので第一線の医療に留まりたいという希望があった.関連病院との交渉の結果,常勤職扱いで大学から派遣され外来診療のみに従事した.この対象者は1名であった.c.勤務先(関連病院)の考慮眼科当直をする必要のない,しかも複数の眼科医が勤務する当科の関連病院は6施設あり,このうち大学病院近傍の住居から通勤できるのは4施設であった.育児休暇利用者11人のうち複数回の育児休暇を利用したものがいて,累積育児休暇利用回数は14回であった.この14回のうち,勤務先の考慮により該当する関連病院に派遣されたのは11回であった.III考按国民の健康を維持する義務を持つ医師としての労働力が期待されるなか,女性医師の数が増え,その女性医師がさまざまな要因で第一線から退いて労働力が期待できなくなるの表1東京女子医科大学眼科の男女別入局者(平成1019年)の平成20年4月現在の在籍者および退職者入局者数在籍者数退職者数男性11(20.8%)74(36.4%)女性42(79.2%)2319(45.2%)計53(100%)3023(43.4%)入局者数の括弧内は男女比の,退職者数の括弧内は入局者の男女それぞれに対する%を示す.表2育児休暇利用者の復職者と退職者の比較育児休暇利用者(人)入局者(人)(%)復職者620(233=20)30退職者51926.3育児休暇中33計1442復職者は現在育児休暇中の3名を省いた人数.結婚(4)出産・育児(3)夫の転勤(2)家庭の事情(1)心身症・精神科(5)開業(1)転向(2)不明(1)図2女性医師の退職理由結婚,出産・育児で36.8%,心身症や精神科的要因によるものが26.3%であった(n=19).括弧内は入数を示す.———————————————————————-Page41740あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(132)は,医学教育に多大な費用をかけている国家にとって大きな損失である.入局して10年以内の若いまたは中堅の女性医師が退職してしまう理由は何か,それを食い止める手段がないかを検討した.今回の研究は断面調査の結果であり,検討期間は10年間の長期にわたり,しかもその間に新臨床研修制度導入の影響で新入局者がいない時期が2年間あるので,一般的または普遍的な動向がつかめていない可能性がある.また,女子学生のみが在籍する唯一の医科大学で,しかも入局者の80%が女性である当科で捉えられた女性医師の就職,退職,勤務形態,周囲からの配慮を検討したという特殊性がある.1.入局者と退職者新臨床研修制度が発足して初期臨床研修2年間が終了した研修医が,後期臨床研修医として入局することが始まった.この新制度になってから眼科に入局する研修医に関する調査を,日本眼科学会の眼科医数動向調査検討委員会が行った.平成19年度のスーパーローテート(初期臨床研修)修了者の大学の眼科への入局者数は国公立大学で平均2.5人,私立大学で3.1人であった6).当科の入局者数は過去10年間(実際には8年間)の平均が6.6人であったので全国平均よりは多くの入局者を受け入れたことになる.東京女子医科大学卒業生の入局先を解析した結果からすると,眼科は内科についで入局志望第2位であり7),上記の調査委員会の結果では女性医師の数が39.4%であったことから,女性医師が入局を希望する最も人気の高い科といえる.一方で,当科のこの10年間の退職者は女性では45.2%に当たり,特に5年以上前に入局した女性の退職率は50%を超えていた.眼科専門医試験を受ける資格は眼科研修期間が5年を超えることが条件になるが,当科でみる限り半数以上はこの条件を満たさずに退職している.退職までの勤務期間は185カ月であったが,短期間で退職したものは心身症や精神科的要因によるものがほとんどであり,その要因は医学部卒業前または入局前からあったものであった.平均3年以上後に退職したものの最も大きな要因は結婚,出産・育児で,女性医師の退職を阻止するためにはこれについての対応策が最も重要である.2.女性医師が抱える問題点東京女子医科大学が行った「保育とワークシェアによる女性医学研究者支援プロジェクト」6)の報告のなかで,アンケート調査による女性医師が求めるものを抽出し問題点を指摘している(表3).これらをさらに解析すると,問題点は①勤務条件または勤務体制に関するもの,②保育または育児に関するもの,③職場での意識に関するものの3つに分類される.このプロジェクトで得られた成果は以下のように要約される.①勤務条件または勤務体制:このプロジェクトのなかでは「ワークシェア」と「フレックス制」の2通りを取り入れて,診療ではなく研究に取り組む女性医師の勤務に関する支援をした.②保育または育児:この支援事業を推進する間に,24時間保育と病児保育の体制を強化し,研究者として働く女性医師の環境を改善した.③職場の意識:この事業を行うことで,女性医師の持つ悩みや問題点を東京女子医科大学内で広く理解されるようになった.3.育児と支援上述のプロジェクトは平成18年から始まったもので,今回調査した当科の女性医師たちにはその恩恵を受ける機会はなかった.育児に関連する支援は,産休と育児休暇が主体であった.筆者が赴任する前に当科に入局した女性医師たちには,一人前の眼科医になる前には妊娠・出産をできる限り控えて研修に専念する意識があった.出産した場合には育児休暇をとることなく勤務できる体制を自ら模索して,同僚に心配や迷惑をかけないように配慮または遠慮する意識があった.しかし,この10年間での意識の変遷は大きく,出産後1年間の育児休暇は権利であり保障されると認識されている.以前は両親を含む親戚や縁者が育児を援助してくれないと,出産後に常勤医としての勤務は続けられない状況にあった.現在ではベビーシッターや保育施設が発達し,そのための費用がかなり高額になることはあるが,続ける意識が高ければ常勤医を継続する環境はできている.当科で育児休暇を利用した11人はそのような環境下で休暇を終了し,次項に述べる対応策を全員に適用したが11人中5人は最終的に勤務を継続できなかった.育児と医師としての勤務を両立させることがいかに精神的・肉体的に重圧であるか,女性医師本人でなければ理解できない点が多いであろう.また,児が発育し幼稚園などの受験を控える時期になると,親として参加しなければならない行事に時間を取られ,教育の競争に注意が向けられて医師としての診療業務に専念できなくなり,子供の受験のために退職する事態も生じている.育児の支援を十分利用しても,その半数近くは平均3年で退職してしまう表3女性医師の求めるもの(%)労働条件の明確化62緊急時の代替要員の確保49フレックスタイム制48職場の意識改革47院内保育所での病児保育45院内保育所の整備44ワークシェアリング37子供の看病のための休暇制度35院内保育所での学童保育34(文献8から抜粋)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081741(133)事実は大変残念なことである.一方で,准教授,講師,助教として卒業後10年以上を経て,現在教室の若い医局員の指導者として常勤職を継続している女性医師が多数いる.このなかには家族を含めて周囲の支援をうけて職責を維持できたものが多いが,なかには家族の援助をまったく受けずに保育園とベビーシッターを利用して育児を続けたものもいる.これらの人たち,特に後者に当たる人たちは仕事を続けるための強い意志と忍耐力をもつことがうかがえる.若い女性医師にとって良好なロールモデルとなると同時に,育児に関する指導や助言をする先輩としての言動を期待する.4.対応策上述のような状況を見るなかで,試行錯誤しながら施行した対策の3つについて述べる.a.Worksharing(分割勤務)前述の東京女子医科大学が行った「保育とワークシェアによる女性医学研究者支援プロジェクト」で女性研究者を対象とした勤務体制を,当科で臨床科として初めて導入した.勤務体制が変則でありしかも常勤医待遇という点で,試験的に施行してみるという大学人事部の了解を得て1年が経過した.2人の医師は連携を取り合い,お互いを援助して診療成果を挙げた.勤務先が当科の外来ではなく大学の関連施設(本学成人医学センター)の眼科であったため,収支のうえで見合う診療ができたので高く評価された.この成功例を参考にして育児期間にある女性医師およびその配偶者に,児が小学校6年になるまでの間,育児に利用する時間を考慮した「短時間勤務制度」を東京女子医科大学全学に適応する制度として新たに発足させた.Worksharingよりもさらに対象者を広げ,身分保障期間も延長して育児を支援する制度に発展させた.勤務内容については,当直の免除や病棟担当からはずすなど,各診療科での裁定に任せることになっている.この制度においては,毎年更新は必要であるが,最大3年間の継続が教員の定員枠内で可能である.本年10月より眼科でも1名が適用された.この制度は男性職員にも適用されるが,適用の人数の限定や昇格に関しての問題は未知数であり,適用者と他の医局員がお互いの良識の範囲内で妥協し,進めていくことになるであろう.b.常勤待遇の嘱託医師雇用育児休暇を終えた後で,大学では当直を含めた常勤医としての勤務ができない状況にある女性医師に対して,1週間の勤務日数を3日として常勤医と同等の待遇を受けた.勤務内容はworksharingと同等であった.大学病院の医局から関連病院に派遣する医師が不足し,やむなく撤退せざるをえない状況が頻発する現今,育児をしながら先端の医療を続ける意思を持つ女性医師を常勤待遇で充当することは,関連病院側にも女性医師の側にも大きな利益になる.ただし,これには関連病院側の人件費に関する負担が加わる.c.勤務先(関連病院)の考慮眼科当直をする必要のない,しかも複数の眼科医が勤務する当科の関連病院に勤務したのは上記のworksharingに入った2人と短時間勤務に入った1名の3名を除く者で,worksharingに入った2名は複数回の出産を経験したので,育児休暇後には全員がこの特別配慮を受けたことになる.この配慮の対象となった4施設は都心または近郊にあり,規模のうえからも質の高い医療機関として評価される.本来ならば育児休暇明けの女性医師だけでなく,出産に関わっていない女性医師や男性医師も派遣されることを望む病院である.それを育児休暇明けの女性医師を優先して派遣するのは不公平感を否めない.しかし,女性医師の職離れを抑制する目的で,主任教授の判断により条件のよい関連病院に派遣してきた.この勤務先の考慮は,約半数の女性医師が常勤医として留まることに効果を挙げた.しかし,その後の事情により残りの半数は最終的に退職したが,退職の直接の理由は育児ではなく,開業,夫の転勤や子供の受験などであり,一時的には職離れを抑制したかもしれない.上記の対策のなかで,aとbは眼科専門医を更新するに適合するかどうかの問題点が浮かび上がる.眼科学会の定めでは専門医の資格認定は「週4日以上の勤務」とされている.これら2つの勤務形態は主たる勤務先での週4日勤務を充足していないので,厳密には眼科学会の定めに従っていない.この形態で勤務する女性医師の大部分は,大学や関連病院以外の診療施設で外勤(いわゆるアルバイト)を1単位(半日勤務)ほど併用している.それは生活費や育児にかかる費用を捻出するためにやむなく行っている行為で,本来は推奨されない.しかし,その外勤先は眼科専門医の資格を持つものが開設する診療所であることが多いので,そこでの診療行為は眼科専門医制度認定施設での勤務とみなして,専門医更新時に加算して評価した.「週4日以上の勤務」が専門医更新の必須条件として定められるなかで,現実には育児を抱えた女性医師の勤務形態がその日数を充足しえない場合もあり,aとbにおいては勤務時間の算定にある程度「みなし」の配慮をせざるをえなかった.おわりに当科における女性医師の入局と退職の現状を断面調査した.入局者の80%が女性である特殊事情から派生するさまざまな問題点があるが,退職には出産・育児が大きく影響していることがわかった.ことに育児と先端の医療との両立には周りからの多大な支援が必要であり,その支援の方法について今後さらに検討しなければならない.また,支援の恩恵に浴する女性医師は先端の医療を続けるべく自ら堅く決意しなければならないし,続ける努力をしなければならない.続けることにより国家から受けた莫大な経費を無駄にすること———————————————————————-Page61742あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(134)なく,国民の期待に応えられる女性医師になってもらいたい.資料の収集に当たりご協力いただいた福間里奈氏と荒木英恵氏に深謝いたします.文献1)東京女子医科大学女性医学研究者支援室:保育とワークシェアによる女性医学研究者支援プロジェクト.文部科学省科学技術振興調整費「女性研究者支援モデル育成」事業.平成19年度報告書.平成20年3月2)日本私立医科大学協会:医学教育経費の理解のために.平成19年11月3)仁科典子:産休・育休からのただいま.欠かせない存在として復帰を待たれる女性医師.JamicJournal26:10-19,20064)杉浦ミドリ,荒井由美子,梅宮新偉ほか:医学部・医科大学における女性医師の教授について─その現状と,アンケート調査結果─.医学教育31:87-91,20005)荒木葉子,橋本葉子,澤口彰子ほか:女性医師の学会活動の現状.医学教育33:51-57,20026)眼科医数動向調査検討委員会:平成19年眼科医数動向調査検討委員会報告書.平成19年日本眼科学会評議員会資料No.17,日本眼科学会7)大澤真木子,西蔭美和,伊藤万由里ほか:医学部女子学生と大学医局における女性医師─東京女子医科大学を中心に─.病院61:716-721,20028)斎藤加代子:女子医大で始まった保育支援と研究支援.女性医師支援交流会(第1回)抄録,p6,2007***

若年男性の両眼に増殖変化をきたしたEales病の1例

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(123)17310910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(12):17311735,2008cはじめにEales病の硝子体出血の発生メカニズムについては,これまで特発性,結核菌の関与,炎症性か非炎症性かなどさまざまな病因が議論される1)も,結論は得られていない.このため,硝子体出血の原因が不明の場合にEales病と診断されることが多い2).今回筆者らは,ツベルクリン反応(ツ反)強陽性であった若年男性の両眼に網膜血管閉塞と増殖変化をきたしたEales病と思われる1例に対し,硝子体手術を施行し術後比較的良好な視機能回復が得られたので報告する.I症例患者:23歳,男性.初診日:2004年4月30日.主訴:両眼の視力低下.既往歴:特記事項なし.家族歴:特記事項なし.海外渡航歴および動物飼育歴:特記事項なし.現病歴:2004年1月頃より左眼視力低下を自覚していたが放置.4月中旬頃より右眼の視力低下も自覚したので近医眼科を受診.精査目的にて中濃厚生病院眼科紹介受診となる.〔別刷請求先〕望月清文:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学医学部眼科学教室Reprintrequests:KiyofumiMochizuki,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-1Yanagido,Gifu-shi501-1194,JAPAN若年男性の両眼に増殖変化をきたしたEales病の1例村瀬寛紀*1,2望月清文*1,3澤田明*3鈴木崇*4川上秀昭*3,5*1JA岐阜厚生連中濃厚生病院眼科*2県立下呂温泉病院眼科*3岐阜大学医学部眼科学教室*4愛媛大学医学部眼科学教室*5岐阜市民病院眼科ACaseofPresumedEales’DiseasewithBilateralRetinitisProliferansinaYoungMaleHirokiMurase1,2),KiyofumiMochizuki1,3),AkiraSawada3),TakashiSuzuki4)andHideakiKawakami3,5)1)DepartmentofOphthalmology,JAGifuKoserenChunoGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,GifuPrefectualGeroHotSpringHospital,3)DepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,4)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine,5)DepartmentofOphthalmology,GifuCityHospital患者は生来健康な23歳,男性,主訴は両眼の視力低下,初診時矯正視力は右眼0.1,左眼手動弁であった.両眼に広汎な網膜出血と網膜血管床閉塞,牽引性網膜離および硝子体出血などの増殖性変化をきたしていた.全身検索で,ツベルクリン反応強陽性以外の異常はみられなかった.また,術中採取した硝子体液の検索にても異常は検出されなかった.以上より,本症例をEales病と診断した.両眼とも硝子体手術を施行後,病態は鎮静化し良好な視機能回復が得られた.Ahealthy23-year-oldmalewhohaddevelopedacutediminishedvisioninbotheyeswasdiagnosedwithEales’disease.Theexaminationrevealedbilateralvitreousandretinalhemorrhage,proliferativemembraneandtractionalretinaldetachmentrelatedtoextensiveretinalperivasculitis.Laboratorytestsshowednoabnormalities,exceptingtheMantouxtuberculinskintest,inwhichthepatienthadanindurationdiameterofmorethan10mm.Heunderwentbothparsplanavitrectomyandpanretinalphotocoagulationinbotheyes.Ata9-monthfollow-upafterthesurgicalinterventions,completeregressionofthediseasewasachieved,withtheimprovementofvisualacuities.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17311735,2008〕Keywords:閉塞性網膜血管症,Eales病,ツベルクリン反応.occlusiveretinalvasculopathy,Eales’disease,Mantouxtuberculinskintest.———————————————————————-Page21732あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(124)初診時眼科的所見:眼位は正位.眼球運動に制限なし.視力は右眼0.1(n.c.),左眼手動弁(n.c.),眼圧は右眼24mmHg,左眼15mmHgであった.両眼とも,広隅角だが右眼のみ隅角および虹彩に新生血管がみられ,前房内に炎症細胞はなかったが前部硝子体に細胞性混濁がみられた.右眼眼底は,視神経乳頭の新生血管および増殖膜,広汎な網膜前出血,網膜出血および硝子体出血,網膜出血の中に白鞘化,白線化した網膜血管を認めた(図1).左眼眼底は,硝子体出血のため透見不能であった.蛍光眼底造影検査では,右眼は視神経乳頭からの強い蛍光漏出と周辺部網膜血管床の広汎な閉塞がみられた(図2).左眼は撮影不可であった.網膜電位図では両眼のsingleashERG(electroretinogram)および30HzickerERGともに振幅が減弱し(図3),超音波B-modeでは網膜の肥厚および硝子体による網膜の牽引がみられた(図4).超音波生体顕微鏡による毛様体付近の異常や超音波カラードップラーによる眼窩血流動態の異常はみられな図1初診時眼底(右眼)広汎な網膜前出血,網膜出血と硝子体出血,視神経乳頭に新生血管と増殖膜,周辺部網膜には白鞘血管(矢印)がみられた.図2初診時眼底蛍光造影(右眼)視神経乳頭から旺盛な蛍光漏出と耳側周辺部には広汎な網膜血管閉塞がみられた.図3網膜電位図両眼のsingleashERGおよび30HzickerERGともに振幅が減弱していた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081733(125)かった.全身検査所見:身長188.0cm,体重115.0kg,血圧は137/71,脈拍は79で前腕での計測に左右差はなかった.IgEが638U/mlとやや高値であったが,空腹時血糖値100mg/dlで,末梢血液像検査および血液凝固検査に異常なく,抗tuberculo-glycolipid(TBGL)抗体0.4U/ml,ループスアンチコアグラント1.19,RPR(迅速血漿レアギン試験)(),TPHA(梅毒トレポネーマ血漿凝集反応)(),抗HTLV図5術中所見マイクロ鉗子で増殖膜を軽く挙上しただけで容易に網膜裂孔が形成された.図4超音波Bmode右眼に網膜肥厚(右),および左眼に硝子体による網膜の牽引(左)がみられた.左眼右眼左眼右眼6術後眼底(H16.11.12)硝子体手術,光凝固術により,両眼とも増殖膜および新生血管などの再増殖性変化は認めず,網膜症は鎮静化した.右眼はシリコーンオイル注入眼である.———————————————————————-Page41734あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(126)(ヒトT細胞白血病ウイルス)-1抗体(),ACE値正常,抗核抗体40倍未満,抗DNA抗体(),抗Sm抗体(),サイトメガロ抗体(),トキソプラズマIgG抗体3IU/ml以下,クラミジアトラコマチス抗体(),トキソカラ抗体(),単純ヘルペス抗体32倍,水痘帯状ヘルペス抗体(+),Epstein-Barrウイルス抗体160倍であった.ツ反は,長径15mmで硬結に二重発赤を伴う強陽性であった.HLA(ヒト白血球抗原)の血清対応型タイピングではA*11,A*31,B*15,B*39,DRB1*04およびDRB1*08が検出された.その他,心電図,胸部X線,頭部および胸部造影コンピュータ断層,頭部磁気共鳴画像などに異常所見はなかった.経過:5月7日精査および加療のため入院し,全身精査のため脳神経外科,循環器および呼吸器内科において検査施行するも,両眼の出血原因となる異常は検出されなかった.診断および治療目的で,5月14日左眼,6月4日右眼に対して硝子体切除術,網膜光凝固術,シリコーンオイル(s/o)注入およびトリアムシノロン20mgTenon下注入を施行した.術中所見は,両眼とも後極全面に強固な網膜硝子体癒着と網膜全体に虚血が原因と考えられる高度な浮腫が存在し,マイクロ鉗子で増殖膜を軽く挙上しただけで容易に網膜裂孔が形成される状態であった(図5).その後の経過は良好であり,左眼は9月9日にs/o抜去およびSF6(六フッ化硫黄)ガス注入,2006年2月1日に水晶体再建術(眼内レンズを含む)を施行した.右眼は,2004年12月10日にs/o抜去,水晶体再建術(眼内レンズを含む)およびSF6ガス注入を施行した.2006年5月10日現在,増殖性変化の再発や併発はなく(図6),視力は右眼0.2(0.9),左眼0.08(0.6)と改善し,眼圧は右眼17mmHg,左眼17mmHgで安定している.なお,5月14日および6月4日に採取した硝子体液では,結核菌DNA陰性,抗TBGL抗体0.1未満,細胞診にて悪性所見はみられず,インターロイキン(IL)-6(pg/ml)およびIL-10(pg/ml)は右眼ではそれぞれ140および2以下,左眼ではそれぞれ62.7および2以下であった.II考按Eales病は,一般に2030歳代の若年男性(8090%)の両眼性(90%)に多いとされる疾患で,1882年に鼻出血と便秘を伴った若年男性において硝子体出血をくり返す症例をEalesが報告したのが最初である3).現在において,Eales病の診断は原因不明の硝子体出血例において他疾患を除外した結果としてなされている.一般にEales病と鑑別を要する疾患として,増殖糖尿病網膜症,高安病,サルコイドーシス,Behcet病,全身性エリテマトーデス,鎌状赤血球症,網膜静脈閉塞症,家族性滲出性硝子体網膜症,Coats病および結核性ぶどう膜炎などがあげられる.本症例では,臨床検査データならびに全身検索からツ反強陽性以外に全身的結核感染を含む異常は認められなかった.しかしながら,全身的に結核感染が否定されたツ反陽性の症例において抗結核薬の試験的投与にて結核性ぶどう膜炎の診断に至った報告4)もあり,本症例が眼局所における結核感染の可能性はある.眼内の結核菌の有無を調べる手段として,前房水あるいは硝子体液を用いて抗TBGL抗体の検索やpolymerasechainreaction(PCR)法による結核菌DNAの検出がある.TBGLは,結核菌の細胞膜表層を構成する複数の糖脂質成分(cf:cordfactorなど)の一つであり,抗TBGL抗体陽性の場合,結核菌の感染が示唆される5,6).Biswasらは,Eales病患者の硝子体液を用いPCR法により結核菌DNAを検討したところ陽性率が41.6%であったという7).本症例でも硝子体液を用いた抗TBGL抗体および結核菌DNAの検出を試みたが,いずれも陰性であった.また,結核性胸膜炎では胸腔内には多数のTリンパ球が集積し,可溶型IL-2受容体,IL-6,IL-8,インターフェロン(INF)-gや腫瘍壊死因子(TNF)-aなどが産生され,胸水中のサイトカインの検索は結核性胸膜炎の診断に有用とする報告8)もあり,硝子体手術時に得られた硝子体液の測定が結核性ぶどう膜炎の鑑別診断に有用となるかもしれない.本症例においても硝子体液の検索でIL-10に比しIL-6の軽度上昇がみられたが,その有用性に関する報告は少ないため今後の課題といえる.以上,本症例は,若年男性で両眼性であること,閉塞性網膜血管炎に伴う硝子体出血をきたしたこと,その原因として先にあげた鑑別疾患が既往歴,血液検査,内科および皮膚科においてすべて否定的でありその原因が不明であることから,Eales病と診断した.Eales病の治療は,一般に網膜血管閉塞領域に対する網膜光凝固が奏効するとされている9).しかしながら,硝子体出血による眼底透見不良例や網膜出血のため,レーザー光凝固が困難例および網膜前増殖組織や牽引性網膜離などにより視力障害をきたした症例では,硝子体手術が選択されている10).本症例は,両眼とも網膜出血および硝子体出血のため網膜光凝固が不可能であり,超音波B-mode上硝子体による網膜の牽引がみられたため硝子体手術を選択した.網膜最周辺部までの汎網膜光凝固術,増殖膜と周辺部硝子体の徹底郭清,抗炎症としてトリアムシノロンTenon下注入や再増殖抑制目的としてシリコーンオイルタンポナーデなどの併用により,術後再出血,続発緑内障あるいは網膜離などの再増殖性変化はみられず,比較的良好な視機能の回復を得ることができた.最後に,若年者に発症した原因不明の硝子体出血では,全身検索を行うと同時に硝子体手術に至った症例ではPCR法などによる結核菌やサイトカインを指標とした眼内液の検索を要すると思われた.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081735(127)文献1)BiswasJ,SharmaT,GopalLetal:Ealesdisease─Anupdate.SurvOphthalmol47:197-214,20022)平形明人:Eales病.眼科42:1476-1480,20003)EalesH:Casesofretinalhemorrhageassociatedwithepistaxisandconstipation.BirminghamMedRev9:262-273,18804)安積淳:抗結核薬による治療試験.眼科42:1721-1727,20005)SakaiJ,MatsuzawaS,UsuiMetal:NewdiagnosticapproachforoculartuberculosisbyELISAusingthecordfactorasantigen.BrJOphthalmol85:130-133,20016)矢野郁也:コードファクター.結核73:37-42,19987)BiswasJ,ThereseL,MadhavanHNetal:Useofpoly-merasechainreactionindetectionofMycobacteriumtuberculosiscomplexDNAfromvitreoussampleofEales’disease.BrJOphthalmol83:994,19998)青江啓介,平木章夫,村上知之:結核性胸膜炎の診断と治療─とくに胸水中サイトカイン測定の意義について─.結核79:289-295,20049)三木徳彦,河野剛也:Eales病に対する網膜レーザー光凝固.眼科43:1529-1534,200110)El-AsrarAM,Al-KharashiSA:Fullpanretinalphotoco-agulationandearlyvitrectomyimproveprognosisofreti-nalvasculitisassociatedwithtuberculoproteinhypersensi-tivity(Eales’disease).BrJOphthalmol86:1248-1251,2002***

網膜動静脈交叉現象と網膜静脈分枝閉塞症の病理組織学的研究 ─検眼鏡所見との対比検討─

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(117)17250910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(12):17251730,2008cはじめに網膜動静脈交叉現象は交叉部の検眼鏡所見において動脈下の静脈が圧迫され血柱が遮閉されているようにみえる.この所見は真の動脈による静脈への圧迫か,または血管壁の病変か,血管周囲組織の変化か,以前から多くの光学顕微鏡(光顕)的観察報告があるが一致した見解は得られていない1).今回,この問題について光学および電子顕微鏡(電顕),実体顕微鏡を用いて追究し検眼鏡所見と対比して興味ある知見〔別刷請求先〕木村毅:〒421-0206静岡県焼津市上新田829-1きむら眼科Reprintrequests:TsuyoshiKimura,M.D.,KimuraOphthalmologicInstitute,829-1Kamishinden,Yaizu-shi,Shizuoka-ken421-0206,JAPAN網膜動静脈交叉現象と網膜静脈分枝閉塞症の病理組織学的研究─検眼鏡所見との対比検討─木村毅*1溝田淳*2安達惠美子*3*1きむら眼科*2順天堂大学医学部附属順天堂浦安病院眼科*3千葉大学大学院医学研究院・医学部視覚形態学HistopathologicalStudiesofRetinalArteriovenousCrossingPhenomenonandBranchRetinalVeinOcclusionTsuyoshiKimura1),AtsushiMizota2)andEmikoUsamiAdachi3)1)KimuraOphthalmologicInstitute,2)DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversityUrayasuHospital,3)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicineChibaUniversity目的:網膜動静脈交叉現象における動脈下の静脈血柱遮閉の原因とさらに網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)における交叉部血栓部位についても形態学的に検討する.対象:眼球摘出を行った上顎癌患者2例2眼(62歳,74歳),BRVOの認められた絶対緑内障患者眼1例1眼(68歳),網膜芽細胞腫患者1例1眼(4歳)を試料とした.これらの眼の網膜動静脈交叉部を光学および電子顕微鏡,実体顕微鏡により観察した.結果:交叉現象部位の動静脈壁は正常交叉部のそれらと対比しても顕著な相違はみられない.交叉部周囲の神経線維の変性が著しく,グリア細胞突起の増加も認められる.交叉現象は血流の途絶した摘出眼球にも認められる.さらに1例ではあるがBRVOの血栓部位の交叉部静脈壁では内皮細胞の小顆粒状の変性,萎縮,不連続性が認められた.結論:交叉現象における静脈血柱遮閉は動脈による静脈への圧迫ではなく神経線維変性を主とする血管周囲組織の変化である.BRVOの血栓部では交叉部静脈内皮細胞の変性から出血は漏出性と考えられる.Thehistopathologicalchangesofcrossingphenomenaandbranchretinalveinocclusion(BRVO)wereexamined.Ophthalmoscopy,lightandelectronmicroscopyandbinocularmicroscopywereperformedoneyesobtainedfrompatientswithmalignantorbitaltumorandabsoluteglaucoma.Twooftheeyeshadretinalarteriovenouscrossingphenomenainsclerosis;oneofthesehadBRVO.ThecrossingphenomenonisoftenseeninthehemorrhagicareainBRVO.HistopathologicalexaminationrevealedthatthevenousbloodcolumnwashiddenbyswollennervebersandextendingMullercellprocessessurroundingthecrossingportions.Theintervesselsheathwasnotfound.Thecrossingphenomenonwasalsoobservedbybinocularmicroscopyafterenucleationoftheeye,eventhoughbloodlowintotheoverlyngarteriolarlumenhadceased.ThearteriovenouscrossingportioninBRVOwasexamined.Theendothelialcellsinthisveinweresmallandround,andwerearrangeddiscontinuously.Accordingtothisnding,theerythrocyteextravasationfromtheveinwallinBRVOappearstobecausedbydiapedesis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17251730,2008〕Keywords:網膜動静脈交叉現象,網膜静脈分枝閉塞症,網膜神経線維変性,網膜静脈内皮細胞.retinalarterio-venouscrossingphenomenon,branchretinalveinocclusion,retinalnerveberdegeneration,retinalveinendothelialcell.———————————————————————-Page21726あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(118)を得た.さらに網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)患者眼の交叉部血栓部位の電顕的観察報告はきわめて少ない2).今回,BRVOの動静脈交叉部における血栓形成部の静脈壁内皮細胞を中心に電顕的観察を施行し,静脈壁からの赤血球脱出がどのように行われるかを推測した.I症例〔症例1〕62歳,男性.右の上顎癌のため1985年に弘前大学医学部附属病院耳鼻科にて上顎癌摘出術施行.その際右眼球摘出も行った.術前の検眼鏡所見は網膜動脈反射亢進,外側上方の動静脈にtapering(先細り)とみられる交叉現象が認められた(図1).〔症例2〕74歳,男性.上顎癌のため同病院耳鼻科にて全摘出と同時に右眼球摘出を施行,術前の検眼鏡所見では網膜動脈反射亢進,外側下動静脈にconcealment(隠伏)とみられる交叉現象が認められた(図4).〔症例3〕68歳,男性.1984年10月,右眼高度の視力障害と眼痛のため弘前大学附属病院眼科を受診,右眼視力光覚弁,左眼視力0.6(n.c.)であった.右眼眼圧54mmHg,右眼角膜全層混濁のため眼底は観察不能であった.右眼急性緑内障,角膜白斑の診断のもとに諸種治療を行ったが改善せず,3カ月後,右眼視力光覚弁も消失したため,眼球摘出を施行した.本例には長期にわたる高血圧の既往があり,左眼眼底には顕著な硬化性変化が認められた.〔症例4〕4歳,男児.右コントロール眼.白色瞳孔を訴え,千葉大学医学部眼科を受診した.右眼網膜は約2分の1が白色腫瘍となり諸検査後,網膜芽細胞腫として眼球摘出を施行した.病理学的にも網膜芽細胞腫であった.以上の4症例とも摘出前治療研究に対する十分なインフォームド・コンセントを行い同意を得たうえで施行している.II方法実体顕微鏡観察および試料作製摘出眼球は前眼部と後極部に切半し0.1Mカコジレートバッファーを含む2.5%グルタールアルデヒド溶液に20分間固定した.症例1,2では眼球摘出後,切半された眼球の後極部交叉現象部位を実体顕微鏡下にて撮影した.そして症例3では外側上静脈分枝の動静脈交叉部から末梢にかけて静脈に沿って線状で末梢に向かってやや幅広いBRVO類似の小出血斑を観察した.症例1,2,3とも交叉部を切除して網膜小片とし,さらに症例4の健常部網膜動静脈交叉部もコントロールとして切除した.これらの網膜小片はカコジレートバッファーを含む四酸化オスミウムで後固定,エタノール系列で脱水後,Epock包埋しPorterBlumミタロトームにて準超薄切片(0.1μm),超薄切片を作製した.準超薄切片は1%トルイジンブルー染色を施行し,さらに1%メチレンブルー,1%マラカイトグリーン,1%塩基性フクシン染色を行い光顕用試料とし,超薄切片は酢酸ウラン,クエン酸鉛の二重染色を施行し日立電子顕微鏡にて観察した.III成績図1に示した症例1の動静脈交叉現象部位の光顕所見を図2に示した.動静脈は網膜内層をほぼ同じ深さで走行し交叉部にて静脈は急激に動脈下に陥凹する.その際,交叉隅角部では動静脈の外膜が接し共通壁となる(図7)が,交叉中央部では硬化性変化があれば基底膜物質増加により中膜まで共有する.この所見は連続切片で追究しても正常交叉部でも同様で硬化性変化でも鞘とすべき交叉部をとりまく新生された特殊な組織はない.したがって動脈壁の筋細胞の萎縮,減少などの硬化性変化を除き血管系に顕著な変化はない.病変は交叉隅角部周囲組織を中心とした神経線維の腫大とMuller細胞突起の増加である(図2).この所見は電顕で観察すると神経線維の腫大と内部の細胞質内小器官の変性などがみられ,Muller細胞突起の増加も認められる(図3).これらの所見がおもな変化であり動脈による静脈への圧迫はない.また交叉隅角部では動静脈外膜が結合するので厚さがやや増加するが,これは正常交叉部でも同様であり,いわゆる鞘形成というほどのものは認められない.それ故,静脈血柱遮閉の原因は交叉部周囲組織の変化である.図4は症例2の眼底写真であるが,外側下方の動静脈に交叉現象が認められる.上顎癌のため眼球摘出後の実体顕微鏡写真が図5である.血流がないにもかかわらず交叉現象が認められる.したがって動脈下の静脈の血柱遮閉は動脈による静脈への圧迫ではない.つぎに,図6の挿図bは症例3の血栓形成部位の動静脈交図1症例1:62歳,男性の右眼検眼鏡所見外側上方網膜動静脈に交叉現象が認められる(矢印).———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081727(119)図2図1の交叉現象部位の光顕所見動静脈は結合しているが,動脈(A)による静脈(V)への圧迫はない.交叉隅角部を中心とした血管周囲の神経線維の腫大が著しい(矢印).(1%トルイジンブルー染色,×200)m図3図2の交叉現象部位の交叉隅角部の電顕所見細胞質内小器官の変性を含む神経線維(NF)の腫大とグリア細胞突起の増加が見られる(矢印).A:動脈,V:静脈.挿図はこの部位に近い部位の光顕所見.(酢酸ウラン,クエン酸鉛染色.挿図は1%トルイジンブルー染色,×400)———————————————————————-Page41728あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(120)図4症例2:74歳,男性の右眼検眼鏡所見外側下方に交叉現象が認められる(矢印).図5症例2における眼球摘出後の実体顕微鏡による眼底写真図4と同じ部位であるが,血流がないにもかかわらず同様に交叉現象が認められる(矢印).静脈血柱遮閉は動脈による静脈への圧迫ではないことを表している.図6症例3:68歳,男性の血栓部の網膜静脈壁の電顕所見右眼底外上方のBRVO類似の小出血斑部位にみられた動静脈交叉部(挿図b)近くの静脈壁の電顕所見.管腔は赤血球の集塊によって閉塞され内皮細胞は変性し小顆粒状を呈し不連続となっている(挿図c).交叉部から末梢側では静脈壁外に赤血球(Er)脱出が著しい(挿図a).(酢酸ウラン・クエン酸鉛染色,挿図は1%トルイジンブルー染色,aは×100,bは×200)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081729(121)叉部であるが,静脈は赤血球の集塊によって閉塞され赤血球は管壁に多数脱出している.また動脈腔内にも赤血球が充満し血漿成分に乏しく血流は緩除であると考えられる.動脈の静脈への圧迫はみられず,鞘のような交叉部をとりまく結合織の増生はみられない.図6はこの静脈壁の電顕所見であるが,内皮細胞は小顆粒状となり不連続となっている(図6c).内皮細胞の増殖は認められない.さらにこの出血部位では末梢の方向に静脈に沿って多数の網膜内赤血球脱出がみられた(挿図6a).IV考按交叉現象の病態については1960年代くらいまでは病理組織学的に比較的多くの研究1)があるがその後はきわめて少ない3).これらの研究から静脈血柱遮閉は血管自体の病変か血管周囲組織の病変かに大別されるが一致した見解には至っていない.しかし動脈が静脈を圧迫しているという説は病理学的には否定的である.これらの報告の多くはパラフィン,セロイジン包埋を主とした光顕時代の観察であり,標本作製過程から神経線維の脱落を生じやすく,また死後変化の問題もある.筆者は現代の方法であるEpock包埋による電顕的試料作製法に従い光顕には1μmの準超薄切片を,電顕には超薄切片を用いた.さらに死後変化による神経線維の変性を避けるため,悪性腫瘍のため摘出された眼球を試料とした.今回の光顕,電顕および血流の途絶した眼底の交叉現象部位の実体顕微鏡観察では動脈による静脈への圧迫はなく,静脈血柱遮閉は交叉部における血管周囲組織の変化である.このような所見は,静脈血柱遮閉の原因として外膜様組織の増加とグリア細胞増殖とするSeitz1)の説にやや近いが外膜組織は血柱遮閉するほど多くはなく,正常交叉部にも同様に認められる(図7).この血管周囲組織の変化は動脈硬化に加え,交叉部における静脈の急激な走行変化によって生じる血流障害の2次的な反応結果と推測される.BRVO患者眼の光顕所見は記載4)があるが,電顕所見はきわめて少ない3).図6はBRVO類似の小出血部位の動静脈交叉部の所見であり組織学的にもBRVOである.血栓形成は赤血球の集塊から成り内皮細胞の変性はそのrollingのためと考えられる.内皮細胞の増殖はみられない.赤血球脱出は不連続となった内皮細胞の間隙からと萎縮した内皮細胞からと推測される.いわゆる血管の破綻ではなく漏出性出血とみなされる.BRVOは発症後,月日を経ると管壁に2次的病変が生じるので組織学的にも陳旧性の症例では発症時のBRVO自体の病変の判明が困難となる.今回の症例では摘出前の眼底検査は不能であったが,組織学的に管壁の細胞成分の形態や赤血球内にヘモグロビンを放出していないものが多いことから発症後の経過はそれほど長いものではないことが考えられる.症例3は重篤な緑内障眼であり,小範囲な出血を示したBRVOがその原因となったとは考えられない.そしてこの網膜出血が高血圧,動脈硬化に由来するものか,緑内障性の出血かは判別困難であった.このような問題についての追究は今回できなかった.臨床的にはBRVOにおける硝子体手術の併用術式としての交叉部鞘切開術がある510).BRVOでもしばしば出血部位の交叉部に交叉現象が認められる.筆者の観察では交叉部において動脈による静脈への圧迫はなく,鞘形成もないためBRVOの手術その他臨床面にも関係する組織学的所見と思われる.図7症例1の正常交叉部の光顕所見神経線維などの動静脈周囲組織に異常はみられない.近接した動静脈外膜は共通となり両血管を橋状に連結している.右上および左下の静脈(V)は同一静脈.A:動脈.(メチレンブルー,マラカイドグリーン,塩基性フクシン染色,×400)———————————————————————-Page61730あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(122)文献1)SeitzR(TranslatedbyBlodiFC):TheRetinalVessels.p20-33,TheCVMosbyCompany,SaintLouis,19642)KimuraT,MizotaA,AdachiUEetal:Histopathologicalstudyofacasewithbranchretinalveinocclusion.AnnOphthalmol38:73-76,20063)KimuraT,MizotaA,FujimotoNetal:Lightandelec-tronmicroscopicstudiesonhumanretinalbloodvesselsofpatientswithsclerosisandhyportension.AnnOphthalmol126:151-158,20054)FrangishGT,GreenWR,SomersERetal:Histopatho-logicstudyofninebranchretinalveinocclusions.ArchOphthalmol100:1132-1140,19825)OpremcakEM,BruceRA:Surgicaldecompressionofbranchretinalveinocclusionviaarteriovenouscrossingsheathotomy.Aprospectivereviewof15cases.Retina19:1-5,19996)ShahGK,SharmaS,FinemanMSetal:Arteriovenousadventitialsheathotomyforthetreatmentofmacularedemaassociatedwithbranchretinalveinocclusion.AmJOphthalmol129:104-106,20007)藤本竜太郎,荻野誠周,熊谷和之ほか:網膜静脈分枝閉塞症に伴う黄斑浮腫に対する動静脈交叉部切開術の効果について.日眼会誌108:144-149,20048)山田潔,小椋祐一郎:網膜静脈分枝閉塞症に対する網膜動静脈鞘切開術.眼科46:283-285,20049)FeltgenN,HerrmannJ,AgestiniHetal:Arterio-venousdissectionafterisovolaemicheamodilutioninbranchretinalveinocclusion:Anonrandomisedprospectivestudy.GraefesArchClinExpOphthalmol244:829-835,200610)KumagaiK,FurukawaM,OginoNetal:Long-termoutcomesofvitrectomyinbranchretinalveinocclusion.Retina27:49-54,2007***

硝子体手術後に発症した血管新生緑内障に対しBevacizumab(AvastinR)の硝子体内注射を施行した4例

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(111)17190910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(12):17191723,2008c〔別刷請求先〕北善幸:〒153-8515東京都目黒区大橋2-17-6東邦大学医療センター大橋病院第2眼科Reprintrequests:YoshiyukiKita,M.D.,SecondDepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter,2-17-6Ohashi,Meguro-ku,Tokyo153-8515,JAPAN硝子体手術後に発症した血管新生緑内障に対しBevacizumab(AvastinR)の硝子体内注射を施行した4例北善幸高木誠二北律子富田剛司東邦大学医学部眼科学第2講座FourCasesReceivingIntravitrealBevacizumab(AvastinR)forTreatmentofNeovascularGlaucomaafterUndergoingVitrectomyYoshiyukiKita,SeijiTakagi,RitsukoKitaandGojiTomitaSecondDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine硝子体手術を施行後に血管新生緑内障(NVG)となった症例に対しbevacizumabの硝子体内注射(IVB)を施行し,眼圧と隅角新生血管に対する効果を検討した.増殖糖尿病網膜症のため硝子体手術を施行後,NVGとなった4例4眼を対象とし,IVB(1.25mg/0.05ml)を施行した.術前術後の眼圧および隅角所見を比較した.平均年齢61.0±7.8歳.NVGステージは全例開放隅角緑内障期であった.術前の汎網膜光凝固は全例で完成.注射後,隅角新生血管は隅角鏡検査にて減少が3眼,消失が1眼であった.初回注射前の眼圧は,最大耐容眼圧下降治療にて平均27.8±7.4mmHg.初回注射後の眼圧は平均23.8±6.6mmHgであり,全例で眼圧は下降した.1眼は眼圧20mmHg以下となった.他の3眼のうち1眼はその後3回硝子体内注射を施行したが,眼圧コントロールは不良となった.無硝子体眼ではIVBによる眼圧下降効果は十分ではなかったが,隅角新生血管の減少や眼圧下降を認めることから本治療は,線維柱帯切除術などの観血的治療までの間の補助治療として検討に値すると思われる.Wedescribeacaseseriesofneovascularglaucoma(NVG)causedbyproliferativediabeticretinopathy(PDR)aftervitrectomy,whichweretreatedwithintravitrealbevacuzumab(IVB).FourconsecutivepatientswithNVGduetoPDR,arefractory,asymptomaticelevationofintraocularpressure(IOP),andpronouncedanteriorsegmentcongestion,receivedIVB(1.25mg/0.05ml).Allfourhadundergonevitrectomy.Theirmeanagewas61.0±7.8years.PreoperativeandpostoperativegonioscopicndingsandIOPwerecompared.Allpatientswerediagnosedasopen-angleglaucomastageNVG.Allfourpatientshadundergonepanretinalphotocoagulation(PRP)priortoIVB.Inoneeye,IVBresultedinmarkedregressionuptocompletedisappearanceofangleneovascularization(NVA).Inthreeeyes,markedimprovementwasseen.MeanIOPbeforeIVBtreatmentwas27.8±7.4mmHgundermaximaltoleratedtopicalandsystemicmedication.Aftertherstinjection,IOPdecreasedto23.8±6.6mmHg,decreasingsubstantiallyinalleyes.Inoneeye,IOPdecreasedtobelow20mmHg.Inoneeye,IOPelevationrecurredandthreeadditionalIVBwererequired.However,noIOPimprovementwasseen.IVBleadstorapidregressionofNVAeveninpatientswhohaveundergonePRPalongwithvitrectomy.TheecacyofIVBshouldstimulatefur-therresearchontheclinicaluseofthisagentasasubsidiarymeasurefortheintervalperiod,tothepointoftrabe-culectomyorothersurgicalmeasures.IVBshouldbeinvestigatedmorethoroughlyasanadjunctinthemanage-mentofNVG.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17191723,2008〕Keywords:血管新生緑内障,血管内皮増殖因子,bevacizumab.neovascularglaucoma,vascularendothelialgrowthfactor,bevacizumab.———————————————————————-Page21720あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(112)はじめに糖尿病網膜症にみられる血管新生緑内障(NVG)は難治で予後不良であり,NVG患者では,硝子体および前房水中の血管内皮増殖因子(VEGF)濃度が上昇している1).最近,眼科領域において抗VEGF薬であるbevacizumab(AvastinR)の硝子体内注射(IVB)が加齢黄斑変性や増殖糖尿病網膜症(PDR)の新生血管の消退に対して有効であると報告24)され,NVGに対しても,新生血管の抑制のみならず,眼圧コントロール効果に関しても有効とする報告が多い58).一方,PDRに対して硝子体手術が行われるが,その術後にNVGが発症することがある.しかし,現在,硝子体手術後に生じたNVGに対しIVBを施行した詳細な報告はない.硝子体手術後の無硝子体眼は有硝子体眼に比べ硝子体内投与されたtriamcinoloneacetonideの消失時間が速いと報告されている9)が,bevacizumabも同様に速く消失する可能性がある.今回,筆者らは,硝子体手術後に発症したNVGに対しIVBを施行し,その後の眼圧と隅角新生血管に対する効果を検討した.I対象および方法2006年5月から2007年5月までの期間に東邦大学医療センター大橋病院(以下,当院)眼科でPDRのため硝子体手術を施行後,NVGとなりIVBを施行した4例4眼を対象とした(表1).IVBの適応は,硝子体手術後にNVGが発症し,最大耐容の降圧薬の点眼および内服治療においても眼圧が20mmHgを超え,NVGステージ10)が開放隅角緑内障期の症例とした.網膜最周辺部までの光凝固が施行されていない症例やシリコーンオイルが注入されている症例は除いた.内訳は男性3例3眼,女性1例1眼で,年齢(平均±SD)は61.0±7.8歳であった.IVB直前のGoldmann圧平眼圧計による眼圧は,平均27.8±7.4mmHgであった.全例,眼内レンズ挿入眼であり,硝子体手術の既往は平均2.25回であった.シリコーンオイルタンポナーデの既往は1眼.汎網膜光凝固(PRP)は全例で十分に施行されていた.最終硝子体手術から眼圧上昇までの期間は86.5±89.1日であった.IVBは本院倫理委員会の承認を得て文章によるインフォームド・コンセントを取得のうえ,施行した.手術室において術野をポビドンヨードで消毒し,その後,結膜下麻酔を施行した.そして,32ゲージ針を用いてbevacizumab1.25mg(0.05ml)を角膜輪部から3.5mm後方の毛様体扁平部より硝子体内に注射し,眼圧調整の目的で前房穿刺を行った.IVB前後の隅角鏡検査による隅角所見および眼圧を比較した.眼圧測定は注射後1日目と注射後1カ月までは1週間おきに施行し,その後は23週間おきに施行した.注射後,降圧剤の点眼や内服は眼圧に応じて適宜再開した.II症例と経過〔症例1〕62歳,男性.病歴:両眼の視力低下で受診.初診時所見:視力は右眼0.2(矯正不能),左眼0.03(矯正不能).眼圧は右眼15mmHg,左眼15mmHg.前眼部に異常なく眼底は両眼PDRであった.経過:両眼ともにPRPを開始した.その後,左眼硝子体出血が生じたため硝子体手術(シリコーンオイルタンポナーデ)+超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行.術中に網膜最周辺部まで光凝固を施行した.6カ月後にシリコーンオイル抜去を目的に左眼硝子体手術を施行した.2回目の硝子体手術から42日後に外来受診した際,左眼の眼圧が25mmHgで,前眼部は虹彩新生血管と隅角新生血管があり周辺虹彩前癒着(PAS)はなくNVGの開放隅角緑内障期であった.そのため,高眼圧に対し,0.5%チモプトールRXE点眼,1%トルソプトR点眼およびキサラタンR点眼を開始したが,眼圧下降せず2回目の硝子体手術から54日後にIVBを施行した.IVB前の眼圧は27mmHgであった.IVBの翌日の眼圧は22mmHg.1週間後は14mmHg.2週間後は0.5%チモプトールRXE点眼,キサラタンR点眼,1%トル表1症例の内訳症例年齢性別硝子体手術の既往シリコーンオイルタンポナーデの既往最終硝子体手術から開放隅角緑内障期までの期間NVGステージIVB直前の眼圧初回IVBから1カ月後の眼圧IVBから1カ月後の隅角新生血管162歳男性2回あり42日開放隅角緑内障期27mmHg18mmHg消失252歳男性2回なし21日開放隅角緑内障期22mmHg20mmHg減少357歳男性1回なし240日開放隅角緑内障期40mmHg35mmHg減少473歳女性4回なし43日開放隅角緑内障期22mmHg21mmHg減少———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081721(113)ソプトR点眼をして眼圧12mmHgとなった.1カ月後の検査では隅角新生血管は消失し,眼圧は18mmHgであった.5カ月後の最終眼圧は16mmHgであり,経過観察中である.〔症例2〕52歳,男性.病歴:両眼のPDRのため紹介受診.初診時所見:視力は右眼0.2(矯正不能),左眼(1.2×0.50D).眼圧は右眼16mmHg,左眼16mmHg.前眼部に異常なく,両眼PDRがあった.経過:両眼PRPが開始された.その後,左眼硝子体出血が出現し,硝子体手術を施行した.術後,硝子体出血が再度出現し初回手術から2カ月後に左眼硝子体手術+超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行した.術中,強膜創血管新生があった.網膜最周辺部まで光凝固を施行した.2回目の手術から21日後に受診した際,左眼眼圧が21mmHgであった.左眼前眼部はPASはないが虹彩新生血管,隅角新生血管がありNVG(開放隅角緑内障期)と診断した.高眼圧に対し,0.5%チモプトールRXE点眼と1%トルソプトR点眼が開始となった.その後,30mmHgまで眼圧が上昇し,キサラタンR点眼とダイアモックスR錠(2錠/日)内服を追加した.2回目の手術から190日後にIVBを施行した.IVB前の眼圧は22mmHgであった.IVBの翌日の眼圧は25.5mmHg,1週間後は18mmHg,2週間後は0.5%チモプトールRXE点眼,キサラタンR点眼,1%トルソプトR点眼をして眼圧21mmHgとなった.1カ月後の検査では隅角新生血管は減少し,眼圧は20mmHgであった.IVBから42日後に隅角新生血管が増加したので,1回目のIVBから52日後にIVB(2回目)を施行した.IVB前の眼圧は26mmHg.1週間後の眼圧は26mmHgで隅角新生血管は減少した.しかし,その後,隅角新生血管は再度増加したので63日間あけてIVB(3回目)を施行した.IVB前の眼圧は28mmHg.1週間後の眼圧は20mmHgで隅角新生血管は減少した.3回目のIVBから48日後にIVB(4回目)を施行した.IVB前の眼圧は19mmHgで,1週間後の眼圧は19mmHgであった.その後,眼圧上昇,隅角新生血管の増加,PASも徐々に出現し,初回IVB後8カ月の時点で眼圧は27mmHgであり,そのため左眼線維柱帯切除術を施行した.〔症例3〕57歳,男性.病歴:両眼の視力低下を自覚し当院受診.初診時所見:視力は右眼(0.2×1.50D),左眼(0.3×1.50D).眼圧は右眼16mmHg,左眼10mmHg.前眼部に異常なく,眼底は両眼PDRで,左眼は硝子体出血も伴っていた.経過:左眼硝子体手術+超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行した.術中,網膜最周辺部まで光凝固を施行した.手術から76日後に受診した際,左眼眼圧は19mmHgであったが,虹彩および隅角新生血管がみられNVG(前緑内障期)と診断した.そのため網膜光凝固を追加し経過観察した.手術から240日後に受診時,左眼眼圧は33mmHgで,左眼前眼部は虹彩新生血管,隅角新生血管がありPASはなく開放隅角緑内障期であった.高眼圧に対し,2%ミケランR点眼と1%エイゾプトR点眼を開始した.その後,眼圧が40mmHgになったので,手術から250日後にIVBを施行した.IVB前の眼圧は40mmHg,IVBの翌日の眼圧は34mmHg,1週間後は36mmHg.2週間後は2%ミケランR点眼,キサラタンR点眼,1%トルソプトR点眼,ダイアモックスR錠(3錠/日)内服をして眼圧35mmHgであった.1カ月後の診察では隅角新生血管は減少したが,眼圧は35mmHgであった.そのため,線維柱帯切除術を勧めたが同意が得られず,IVB後8カ月の時点で眼圧は35mmHgであった.その後,来院しなくなった.〔症例4〕73歳,女性.病歴:他院でPDRのため右眼硝子体手術を3回施行されたが,術後も硝子体出血をくり返すため当院を紹介受診.既往歴:1年前に白内障のため右眼超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術施行.1,2,3カ月前に右眼硝子体手術施行.初診時所見:視力は右眼光覚弁,左眼0.05(矯正不能).眼圧は両眼19mmHg.右眼前眼部は異常なかった.中間透光体は眼内レンズが挿入されており,硝子体出血があり眼底は透見できなかった.経過:右眼硝子体手術を施行し,最周辺部まで汎網膜光凝固を行った.術中,強膜創血管新生があった.術後,再度の硝子体出血はなく経過良好であったが,術後43日目に外来受診時した際,眼圧は左眼25mmHgで隅角新生血管があり,NVG(開放隅角緑内障期)と診断した.高眼圧に対し,2%ミケランR点眼と1%トルソプトR点眼,ダイアモックスR錠(2錠/日)の内服が開始となった.その後,さらにキサラタンR点眼を追加し眼圧は1830mmHgを推移していたが,術後10カ月より隅角新生血管が増加してきたのでIVBを施行した.IVB前の眼圧は22mmHgであった.IVBの翌日の眼圧は23mmHg,1週間後は22mmHg.2週間後は2%ミケランR点眼,キサラタンR点眼,1%トルソプトR点眼をして眼圧22mmHgとなった.1カ月後の診察では隅角新生血管および虹彩新生血管は減少し,眼圧は21mmHgであった.その後5カ月間経過観察し,ダイアモックスR錠(2錠/日)の内服を追加し眼圧は20mmHgであり,虹彩および隅角新生血管は消失している.III結果IVB後1カ月の時点で,隅角新生血管は減少が3眼,消失が1眼であった.初回IVB後1カ月の眼圧は平均23.8±6.6mmHgとなり,全例でIVB直前と比較し眼圧は下降し———————————————————————-Page41722あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(114)た.1眼は眼圧20mmHg以下となった.眼圧の推移を図1に示す.眼圧が20mmHg以下にならなかった3眼のうち1眼はその後,IVBを2カ月おきに3回施行したが眼圧コントロールは不良となり,線維柱帯切除術を施行した.線維柱帯切除術を施行した症例の最終経過観察期間は線維柱帯切除術までとした.最終経過観察期間6.5±1.7カ月の時点では眼圧24.5±8.3mmHgであった.IVBによる眼局所および全身の合併症はなかった.IV考察一般的にNVGに対する治療は,隅角などの新生血管の活動性を弱め消退させることが第一であり,このため,いずれの時期にも赤道部を越える広範かつ高密度のPRPを実施することが重要である11).最近の報告68)では,NVGに対するIVBは隅角新生血管や虹彩新生血管が減少し,眼圧も低下したとされている.しかし,このような場合においても,追加治療としてPRPなどの網膜虚血を改善させる治療が必要である.また,PASがあると隅角新生血管は消退しても,房水流出路が閉塞しているので眼圧のコントロールはむずかしい場合が多いと予想される.今回の症例はいずれも開放隅角期でありPASはなかったが,PDRに対する硝子体手術後の無硝子体眼であり硝子体手術前や手術中などにすでに鋸状縁まで十分にPRPが施行されていた.このような症例にIVBを施行した結果,眼圧と虹彩ルベオーシスがともに減少しIVBの効果は得られた.しかし,PASがないにもかかわらず眼圧下降効果は既報7)と比較して十分ではなかった.この理由として硝子体手術後の無硝子体眼は有硝子体眼に比べ硝子体内に投与されたtriam-cinoloneacetonideの消失時間が速いと報告9)されているが,これと同様に,本症例も無硝子体眼のため,bevacizumabの半減期が短く,有硝子体眼と比較すると効果が減弱した可能性があげられる.ただし,NVGは難治で予後不良な疾患であるにもかかわらず,先に述べたようにIVBによって眼圧,虹彩ルベオーシスがともに減少し,さらに1眼(25%)は注射後5カ月の時点で眼圧は正常化しており,IVBによる合併症12,13)は発症率が低く,注射にかかる時間も短時間で済むため,硝子体手術後の症例であっても施行する価値があると思われる.さらに,NVGの症例は糖尿病により腎機能低下を伴っていることや全身状態が不良のことがあり,その場合,アセタゾラミドの内服が困難なことがある.そのため,このような症例には降圧薬の点眼で,眼圧コントロールができなければ,アセタゾラミドの内服を追加する前にIVBを行うこともできると考えられた.また,眼圧下降があまりみられなくても,隅角の新生血管の減少または消失によりPASを増加させないことで,残存した房水流出の機能を維持できる可能性があることから,線維柱帯切除術までの間の補助治療としても検討に値すると思われる.以上,結論として硝子体手術後に発症したNVGに対してもIVBは,眼内炎などの発症の危険12)もあり,薬剤毒性など不明な点もあるが,症例を選び慎重に対応すれば,非常に有用な手技になると考えられた.本論文の要旨は第18回日本緑内障学会で発表した.文献1)AielloLP,AveryRL,ArriggPGetal:Vascularendothe-lialgrowthfactorinocularuidofpatientswithdiabeticretinopathyandotherretinaldisorders.NEnglJMed331:1480-1487,19942)RosenfeldPJ,MoshfeghiAA,PuliatoCA:Opticalcoher-encetomographyndingsafteranintravitrealinjectionofbevacizumab(Avastin)forneovascularage-relatedmacu-lardegeneration.OphthalmolSurgLaserImag36:1309-1349,20053)SpaideRF,FisherYL:Intravitrealbevacizumab(avastin)treatmentofproliferativediabeticretinopathycomplicatedbyvitreoushemorrhage.Retina26:275-278,20064)MasonJO,NixonPA,WhiteMF:Intravitrealinjectionofbevacizumab(avastin)asadjunctivetreatmentofprolifer-ativediabeticretinopathy.AmJOphthalmol142:685-688,20065)DavidorfFH,MouserJG,DerickRJ:Rapidimprovementofrubeosisiridisfromasinglebevacizumab(avastin)injection.Retina26:354-356,20066)MasonⅢJO,AlbertJrMA,MaysAetal:Regressionofneovascularirisvesselsbyintravitrealinjectionofbevaci-zumab.Retina26:839-841,20067)IlievME,DomigD,Wolf-SchnurrburschU,WolfS,SarraGM:Intravitrealbevacizumab(Avastin)inthetreatmentofneovascularglaucoma.AmJOphthalmol142:1054-1056,20068)YazdaniS,HendiK,PakravanM:Intravitrealbevaci-zumab(avastin)injectionforneovascularglaucoma.JGlaucoma16:437-439,2007pre1D7D1M2M3M4M5M6M7M8M:Case1:Case2:Case3:Case4454035302520151050眼圧(mmHg)図1眼圧の推移それぞれの症例の眼圧の推移を示す.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081723(115)9)BeerPM,BakriSJ,SinghRJetal:Intraocularconcentra-tionandpharmacokineticsoftriamcinoloneacetonideafterasingleintravitrealinjection.Ophthalmology110:681-686,200310)澤田明,石田恭子,山本哲也:続発緑内障・1眼疾患と関連した緑内障.緑内障(北澤克明編),p247-250,医学書院,200411)佐藤幸裕:血管新生緑内障と汎網膜光凝固.眼科診療プラクティス3,レーザー治療の実際(田野保雄ほか編),p178-181,文光堂,199312)JonasJB,SpandauUH,RenschFetal:Infectiousandnoninfectiousendophthalmitisafterintravitrealbevaci-zumab.JOculPharmacolTher23:240-242,200713)FungAE,RosenfeldPJ,ReichelE:Theinternationalintravitrealbevacizumabsafetysurvey:usingtheinter-nettoassessdrugsafetyworldwide.BrJOphthalmol90:1344-1349,2006***