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基礎研究コラム:69.糖尿病網膜症とアクロレイン

2023年2月28日 火曜日

糖尿病網膜症とアクロレインアクロレインとはアクロレインは反応性の高いアルデヒドで,蛋白などに結合することでその機能異常を惹起します.アクロレインが体内の蛋白に結合して生じる生成物はCFDP-lysineとよばれ,体内に長期間貯留して酸化ストレスを亢進することが知られています.アクロレインはタバコの煙や排気ガスなどに含まれる分子として知られ,以前は外因性の環境汚染物質と考えられていましたが,その後,内因性にも産生されることが明らかとなり,肺癌や脳梗塞,Parkinson病やCAlzheimer病などの神経変性疾患など,さまざまな疾患との関連が注目されるようになりました.糖尿病網膜症とアクロレインこれまで,糖尿病患者の血清および尿中でアクロレインが増加していること,増殖糖尿病網膜症(proliferativediabet-icretinopathy:PDR)の硝子体中でアクロレイン結合蛋白であるCFDP-lysineが増加していることが報告されてきました1).糖尿病網膜症においてアクロレインはどのように産生され,どのような役割を果たすのでしょうか.これまでの検討で,白血球接着分子であるCVAP-1/SSAOが酵素としてスペルミンを含む一級アミンを酸化させる経路や,低酸素下でスペルミンオキシダーゼという酵素が誘導されてスペルミンを酸化させる経路によって,眼内でアクロレインが産生されることがわかりました.また,PDR患者の線維血管組織において,FDP-Lysineは網膜グリア細胞に局在していました1).筆者らのグループは,培養網膜グリア細胞にアクロレインを負荷するとCCXCL1とよばれる炎症性ケモカインの産生増加1)やCRhoキナーゼの発現誘導2)を介して網膜グリア細胞の遊走が増加することを明らかにし,糖尿病患者の眼内で産生されたアクロレインが網膜グリア細胞の遊走を促進する分子の一つであると考えています.PDR患者の網膜組織では網膜グリア細胞の一つであるMuller細胞が組織内で遊走しており,Muller細胞の遊走が糖尿病網膜症の病態進展に寄与しているという学説が提唱されてきましたが3),その原因の一つが糖尿病によって眼内で産生されるアクロレインであったわけです.福津佳苗北海道大学大学院医学研究院眼科学教室今後の展望糖尿病網膜症の発症および進行には慢性炎症と酸化ストレスが深く関与することが知られていますが,アクロレインによって引き起こされる酸化ストレスは,糖尿病網膜症におけるグリア細胞の遊走だけではなく,炎症も惹起するのではないかと考えられています.これからさらなる検討が必要ではあるものの,アクロレインの阻害薬はすでに他臓器の疾患で臨床応用がなされており,糖尿病網膜症においてもアクロレインが新たな治療標的となる可能性があります.文献1)MurataM,NodaK,IshidaS:Pathologicalroleofunsatu-ratedCaldehydeCacroleinCinCdiabeticCretinopathy.CFrontImmunolC11:589531,C20202)FukutsuK,MurataM,KikuchiKetal:ROCK1CmediatesretinalCglialCcellCmigrationCpromotedCbyCacrolein.CFrontCMedC8:717602,C20213)NorkCTM,CWallowCIH,CSramekCSJCetal:MullerC’sCcellCinvolvementCinCproliferativeCdiabeticCretinopathy.CArchCOphthalmolC105:1424-1429,C1987(89)あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023C2270910-1810/23/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス:237.硝子体アミロイドーシスに対する硝子体手術(初級編)

2023年2月28日 火曜日

237硝子体アミロイドーシスに対する硝子体手術(初級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめにアミロイドーシスとは,アミロイドとよばれる線維状の異常蛋白質が全身のさまざまな臓器に沈着して機能障害をきたす疾患である.複数の臓器にアミロイドが沈着する全身性のもの(全身性アミロイドーシス)と,特定の臓器に限局してアミロイドが沈着する限局性のもの(限局性アミロイドーシス)がある.アミロイドーシスには,1)原発性,2)続発性,3)腫瘍形成性,4)多発性骨髄腫に伴うものの4病型があり,硝子体アミロイドーシスはおもに家族性原発性アミロイドーシスにみられる眼合併症の一つとされている1).●症例提示74歳,男性.最近左眼の飛蚊症と視力低下を自覚し,近医で左眼の白内障および硝子体混濁を指摘され紹介となった.左眼の硝子体腔内には蜘蛛の巣様の硝子体混濁をほぼ全象限に認め(図1),細隙灯顕微鏡と前置レンズによる観察では厚みのある細線維状の硝子体混濁を認め(図2),加齢による後部硝子体.離の混濁とは異なっていた.右眼にも軽度であったが同様の混濁を認めた.眼圧は正常で,ぶどう膜炎の全身検索ではとくに異常所見を認めなかった.矯正視力が0.15に低下していたため,視力改善および診断を目的とした硝子体手術を施行した.術中所見として,黄斑部耳側に小出血斑を認めた.後部硝子体は未.離であったが,硝子体カッターの吸引で容易に人工的後部硝子体.離を作製できた(図3).術後,矯正視力は1.0に改善した.生検の結果,硝子体アミロイドーシスと診断された.●硝子体アミロイドーシスの臨床的特徴硝子体アミロイドーシスの硝子体所見は,蜘蛛の巣様,綿花様,膜様,細線維様とも表現されており2),加齢による後部硝子体膜の混濁とは異なる.眼底所見としては,血管周囲へのアミロイド沈着による網膜血管周囲炎,網膜血管白鞘化,網膜出血などを認めることがある1).また,アミロイドは水晶体後面のBergerspace(87)0910-1810/23/\100/頁/JCOPY図1左眼眼底写真硝子体腔内に蜘蛛の巣様の硝子体混濁をほぼ全象限に認めた.図2左眼細隙灯顕微鏡と前置レンズによる硝子体の観察所見厚みのある細線維状の硝子体混濁を認めた.図3術中所見後部硝子体は未.離であったが,硝子体カッターの吸引で容易に人工的後部硝子体.離を作製できた.に沈着しやすいとする報告もある3).アミロイドーシスによる他の眼症状としては,アミロイドの外眼筋沈着による眼球運動障害,毛様体神経沈着による瞳孔異常(瞳孔不同,対光反射減弱),隅角線維柱帯沈着による続発性緑内障などがある1).硝子体手術は多くの場合,単純硝子体切除術により眼底視認性および視力の改善が得られるが,残存硝子体へのアミロイドの再沈着をきたすことがあり,初回手術時に十分な硝子体切除を行うことが重要である.文献1)加藤整:硝子体アミロイドーシス.眼科診療ガイド(眼科診療プラクティス編集委員編),p428,文光堂,20042)岸茂,林暢紹,小浦裕治:硝子体手術を施行したアミロイドーシスの1例.眼科43:671-675,20013)MansukhaniSA,PulidoJS,KhannaSS:Nd:YAGcapsu-lotomyforthemanagementofposteriorcapsularamyloi-dosis.AmJOphthalmolCaseRep13:50-52,2018あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023225

考える手術:14.裂孔原性網膜剝離への強膜バックリング手術

2023年2月28日 火曜日

考える手術⑭監修松井良諭・奥村直毅裂孔原性網膜.離への強膜バックリング手術坂西良仁順天堂大学医学部附属浦安病院眼科裂孔原性網膜.離(RRD)は,1918年にJuleGoninによって網膜裂孔が原因であることが報告されてから徐々にその病態が解明され,1947年にはCustodisらがバックリング手術を報告し現在に至る.バックリング素材の変遷などはあるものの強膜バックリング(SB)手術は長い歴史があり,それだけに完成された術式といえる.RRDに対するSB手術の基本的な考え方は,網膜裂孔に癒着する硝子体の牽引を強膜側からの圧迫により解除することである.これを理解するには手術前に実際に患者を仰臥位にし,どの部位をどのように圧迫すると牽る.術中に裂孔部を同定する際,大きな網膜裂孔では裂孔の付け根の位置にもっとも牽引がかかっているため,この付け根の部分をしっかり同定してマーキングする.ピンポイントにマーキングができれば,その部位から後極側と周辺側が2:1になる部位にバックルのマットレス縫合を置くとバックルの隆起の途中に網膜裂孔が位置することになり,硝子体による網膜牽引を解除しやすい.一方,バックルの頂点では網膜牽引を解除する方向にベクトルがかからず,牽引が解除できない.また,萎縮性円孔も同様に2:1の位置に縫合することで円孔は閉鎖しやすく,この位置関係でのマットレス縫合は有用である.そして,バックル留置後に再び眼底を観察して網膜裂孔の閉鎖を確認する.もしバックルの位置と網膜裂孔が若干ずれて牽引が十分に解除できていない場合は,バックルの位置を修正することが望まれる.おおよその牽引が取れていればそのまま手術を終了したくなるが,そこでしっかりとした位置に修正し直すことで,よりよい手術結果が得られる.聞き手:硝子体手術が全盛の現在,バックル手術の適応時間が短く,シャンデリア照明など硝子体手術の周辺器や意義についてどう考えていますか?具も充実してきていることがその要因です.しかし,そ坂西:昨今の硝子体手術(parsplanavitrectomy:PPV)れでもすべてのRRDに対する手術がPPVになるとはの低侵襲化に伴い,確かに裂孔原性網膜.離(rheg-考えられません.SBの適応としては,若年者の萎縮性matogenousretinaldetachment:RRD)に対し強膜バッ円孔によるRRD,最周辺部裂孔,下方の陳旧性RRDなクリング(scleralbuckling:SB)手術が選択されることどがあげられます.若年者では後部硝子体.離が起きては少なくなってきています.PPVはSBに比べて手術いないため,PPVで後部硝子体.離(posteriorvitre-(85)あたらしい眼科Vol.40,No.2,20232230910-1810/23/\100/頁/JCOPY考える手術ousdetachment:PVD)を起こすのが困難であること,PVDを起こす際に新たに網膜裂孔が生じる可能性があること,また白内障を誘発する可能性があることがPPVのデメリットになります.また,最周辺部網膜裂孔ではPPVでは視認しづらく処理がしづらいものの,SBではむしろ周辺部のほうが強膜を露出しやすく縫合しやすいので,SBが有利です.さらに下方の陳旧性RRDでは,PPVはガスなどの眼内タンポナーデが下方の網膜裂孔に当たりづらく復位しにくいため,長期に裂孔部の牽引を解除できるSBが有利です.もちろん場合により術式の選択は異なりますが,このあたりの考えを基に術式を検討する必要があります.また,SBの意義として,一つ目に強膜圧迫による網膜と硝子体牽引の関係を知るためのトレーニングとして術者の教育的な側面があげられます.二つ目はPPVでも重症例ではSBを併用することがあるという点です.したがって,SBは硝子体術者にとっては初心者でも熟練者でも必須の術式であるといえます.聞き手:SB手術を習得するコツは何ですか?坂西:まだSBに慣れていない術者がまずこの術式を習得するのに必要なコツは,常に同じ状況で手術をできるように自分の型・姿勢を常に意識するという点です.結膜切開や外眼筋の同定は当然手順を理解したうえで何度も繰り返すしかありませんが,問題はその後の強膜圧迫です.双眼倒像鏡を用いて行う場合,常に同じ型で圧迫できるように留意する必要があります.具体的には,術者は必ず圧迫する部位の対側に立ち,強膜圧迫している右手,20Dレンズを持っている左手,眼内に入射している光が,すべて安定して一直線上にあることで安定して眼底の状態を詳細に観察できるようになります.この眼底を見るときの姿勢と距離感を自分のものにできれば,一気にSBが上達します.中心に向かって圧迫することで眼球が回転せず適切に強膜圧迫ができる.図1強膜圧迫の方向圧迫する方向が中心に向かっていないと眼球が回転し,かつ滑ってしまいうまく圧迫できない.聞き手:SB手術時に冷凍凝固がうまくできません.坂西:SBの手技の中で冷凍凝固はもっともむずかしい手技の一つです.網膜裂孔の同定であれば鈎付きのマイヤーシュビッケラート(Meyer-Schwickerath)氏強膜圧迫鈎などを用いるため圧迫部がずれることはありませんが,冷凍凝固の器具は先端が滑らかであるため,圧迫の際に滑ってしまって必要な部位をうまく圧迫できないことがあります.このとき,冷凍凝固器具の先端を眼球中心に向かって押すようにすると,眼球に対してモーメントがかからず,また先端が動かないので滑りにくくなります.この眼球中心を意識した圧迫をいかにできるかが重要です.とくに最周辺部の冷凍凝固を行う際は滑りやすいため注意して行うことが必要です.また,どうしても滑ってしまう場合には,圧迫する前に軽く冷凍凝固をかけはじめ,凝固してきたらそのまま圧迫を強めて眼球を制御すると固定がよいです.聞き手:SB手術でもっとも重要なことは何ですか?坂西:手技の細かいところは慣れていくとして,SBでもっとも大事なのは最終的にその状態で結膜を閉じて手術を終了してよいかどうかを判断する,という点だと思います.すなわちバックル縫合を行った後に,そのバックルの位置でよいのか,位置を変更する必要があるのか,強膜側からの網膜下液排液やガス注入をする必要はあるのかを含めて,終了の判断をする必要があります.SBに慣れていないとこの判断がむずかしいですが,バックルの位置が網膜裂孔にぎりぎり乗っているかどうかで迷った場合には,必ず再縫合で位置を変更して網膜裂孔がバックルにしっかり乗っていることを確認することが重要です.網膜下液の排液は,下方の網膜.離の場合,陳旧例で網膜下液の粘稠度が高く自然吸収に時間がかかりそうな場合,バックルの位置はよいがまだ復位していない丈の高い場合には必要だと思います.さらにガス注入は網膜下液を大量に行って脈絡膜.離が出るほど低眼圧になった場合や,裂孔部が.shmouthになって閉鎖していない場合,黄斑.離をきたしている場合などが対象になります.いずれも術中に判断しますが,やはり術前にしっかりシミュレーションを行い,排液やガス注入を行うかある程度術前に計画しておくことで,スムーズかつ正確な手術につながると思います.224あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023(86)

抗VEGF治療:加齢黄斑変性に対するトリアムシノロン併用ブロルシズマブ治療

2023年2月28日 火曜日

●連載◯128監修=安川力髙橋寛二108加齢黄斑変性に対するトリアムシノロン併用引地泰一ひきち眼科ブロルシズマブ治療ブロルシズマブは滲出型加齢黄斑変性の治療において,既存薬のなかでも投与間隔の延長や滲出性変化の良好なコントロールが期待できるものの,眼内炎症(IOI)に伴う網膜血管炎や血管閉塞による視機能障害が危惧される.唯一眼や優位眼への投与には,IOI予防を目的にトリアムシノロンTenon.下注射の併用療法が選択肢となる.はじめに滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegenera-tion:AMD)に対する治療は,血管内皮増殖因子(VEGF)阻害薬の登場により,治療成績が飛躍的に向上した.しかし,導入期治療で改善した視機能を維持するには,病状を評価しながら継続的かつ半永久的な抗VEGF薬の硝子体内注射が求められる.病状のコントロールに必要な硝子体内注射の頻度は患者ごとにまちまちであり,頻繁な硝子体内注射を要する患者では頻回の通院や経済的な負担が問題となる.そのため,薬効が強力かつ長期間持続する薬剤の開発が求められている.ブロルシズマブの特徴ブロルシズマブは国内で4番目に承認された眼科用VEGF阻害薬で,血管内皮細胞表面に発現するVEGF受容体1および2へのVEGF-Aの結合を阻害することで,滲出型AMDに対する治療効果を発揮する.ブロルシズマブはヒト化一本鎖抗体フラグメントで,他のVEGF阻害薬と比べて分子量が小さい(約26kDa).そのため,既存薬と同程度の半減期であるものの,既存薬より10~20倍高いモル濃度での硝子体内注射が可能であり,高濃度投与による作用時間の延長が期待できる.さらに組織への透過性が高く,硝子体内注射後の網膜・脈絡膜への移行性がよいなどの特徴を有している.ブロルシズマブの有効性と安全性を評価したHAWKおよびHARRIER第III相試験1)で,ベースラインからの視力改善におけるアフリベルセプト(q8w)に対するブロルシズマブ(q12w/q8w)の非劣性が確認された.さらに,ブロルシズマブ6mg群で治療眼の50%以上が48週目までのq12w投与を維持することができ,網(83)0910-1810/23/\100/頁/JCOPY膜内および網膜下滲出液・色素上皮.離の消退については,アフリベルセプトよりもブロルシズマブ治療眼のほうが良好だった.2019年10月に米国,2020年2月に欧州でブロルシズマブの使用が承認され,その後,わが国をはじめ世界各国で承認された.ブロルシズマブ関連眼内炎症ブロルシズマブはその後の実臨床においても,第III相試験の結果と同様に薬剤投与間隔の延長と滲出性変化の良好なコントロールが可能であることが確認された.一方,ブロルシズマブ硝子体内注射後に眼内炎症(intra-ocularin.ammation:IOI)が生じ,網膜血管炎や血管閉塞のために視機能障害をきたした症例の報告が相ついだため,HAWKおよびHARRIER試験の事後分析調査2)が行われた.その結果,ブロルシズマブを投与した1,088眼のうち50眼(4.6%)に本薬剤に関連したIOIが発生し,このうち36眼(72%)が網膜血管炎を併発,さらに血管閉塞を併発したものが23眼(46%)で,IOIを発症すると高率に網膜血管炎や血管閉塞が生じること,重度(ETDRSチャートで30文字以上)および中等度(15文字以上)の視力低下が残った5眼および8眼は,すべて網膜血管炎を併発しており,中等度視力低下の1眼以外は血管閉塞を伴っていたことが報告された.以上より,ブロルシズマブを使用する際には,IOIの発生に留意する必要性が改めて確認された.ブロルシズマブによるIOIの発症メカニズムは不明であるものの,IOIはステロイドへの反応性がよく,消炎に伴う硝子体混濁や網膜血管炎の消退による視機能改善が報告されている.中心窩領域に血管閉塞が生じると,最終視力が不良となるため,初期のIOI所見を見逃さないように注意深い経過観察が必要であり,IOI発生時にあたらしい眼科Vol.40,No.2,2023221図1ブロルシズマブによる眼内炎症62歳,男性.滲出型加齢黄斑変性に対する治療として,ブロルシズマブ導入期3回目の硝子体内注射12日後から飛蚊感が増加.前房は清明で角膜後面沈着物や結膜充血は認められないものの,硝子体に軽微な炎症細胞の浮遊(a:.)と網膜血管炎(b:..)を認めた.トリアムシノロンアセトニドTenon.下注射20mgで消炎し,飛蚊症も消失した.(a:引地:ブロルシズマブと眼内炎症.大鹿哲郎ほか編:新篇眼科プラクティス4眼科薬物療法,文光堂,2022,図2Aを改変引用)はただちにステロイドの局所投与を開始する.とくに,網膜血管炎を併発している患者に対しては,後眼部への消炎効果が期待できるTenon.下投与が望ましい.トリアムシノロン併用ブロルシズマブ筆者はわが国でのブロルシズマブ認可後,他のVEGF阻害薬からブロルシズマブに投与薬剤を変更した14眼中4眼(28.6%)でIOIの発生を経験した(図1).3眼はIOIにより視力が低下し,とくに1眼は著しい硝子体混濁のため手動弁に低下した.全例にトリアムシノロンアセトニドTenon.下注射(sub-Tenon’striam-cinoloneacetonideinjection:STTA)20mgを行ないIOIは消退し,IOI発生前の視力に回復した3).そこで,4例目のIOI発生以降にブロルシズマブを投与する患者には,IOIの予防を目的にブロルシズマブ硝子体内注射と同時にSTTAを併施することとした.その結果,222あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023STTA併用ブロルシズマブ硝子体内注射を施行した連続する30眼でIOI発生を認めなかったことから,STTAを併施することでブロルシズマブによるIOIを予防できる可能性があると考えている4).IOIはステロイドへの反応性がよいものの,網膜血管閉塞による不可逆的な視機能障害をきたすリスクがあり,また仮に炎症が治癒し視機能が回復しても,IOI発症から視機能回復までの間は,患眼の視機能が低下する.したがって,唯一眼あるいは優位眼の治療にブロルシズマブを投与する際は,IOIの予防が求められるため,STTA併用ブロルシズマブ硝子体内注射が選択肢となる.おわりにブロルシズマブは実臨床においても,第III相試験と同様にtreatment-naive症例の病状の鎮静化が可能であり,他剤からの切り替えにおいても病状の鎮静化のみならず,薬剤投与間隔の延長が期待できるため,滲出型AMDの治療において貴重な薬剤である.ただし,IOIの発生頻度が他剤と比べやや高く,まれに網膜血管閉塞による重篤な視機能低下を招く.治療の選択肢が増えることは,患者はもとより治療を行う眼科医にとっても朗報である.他剤との兼ね合いを考慮しつつ,秀逸な本剤のベネフィットを活用し,かつリスクを極力抑えることで,患者の視機能や生活の質の維持向上を図る.まさに眼科医の腕の見せ所である.STTA併用ブロルシズマブ硝子体内注射の意義は大きいと考える.文献1)DugelPU,KohA,OguraYetal:HAWKandHARRI-ER:phase3,multicenter,randomized,double-maskedtri-alsofbrolucizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology127:72-84,20202)Mone.sJ,SrivastavaSK,Ja.eGJetal:Riskofin.ammation,retinalvasculitis,andretinalocclusionrelat-edeventswithbrolucizumab.PosthocreviewofHAWKandHARRIER.Ophthalmology128:1050-1059,20213)HikichiT:ThreeJapanesecasesofintraocularin.ammationafterintravitrealbrolucizumabinjectionsinoneclinic.JpnJOphthalmol65:208-214,20214)HikichiT:Sub-Tenon’scapsuletriamcinoloneacetonideinjectiontopreventbrolucizumab-associatedintravitrealin.ammation.GraefesArchClinExpOphthalmol260:2529-2535,2022(84)

緑内障:眼圧日内変動と調節機構

2023年2月28日 火曜日

●連載◯272監修=福地健郎中野匡272.眼圧日内変動と調節機構土屋俊輔金沢大学附属病院眼科眼圧日内変動は概日時計によって制御される生理現象の一つであり,近年は眼圧の低い緑内障患者において大きな眼圧変動は進行のリスクであることも示され,臨床的意義も大きい.最近の基礎研究によって眼圧リズムはグルココルチコイドやノルアドレナリンなどのホルモンによって調節されている可能性が示唆されている.今後さらなる解明が進むことで緑内障の新規治療法開発に期待したい.●はじめに眼圧日内変動研究の歴史は非常に古く,最初の報告は100年以上前まで遡る.それ以来そのメカニズムの解明のために研究がなされてきた.ヒトの眼圧変動は,体内時計によって制御を受けるリズム変動に加えて,体位,ストレス,運動など,さまざまな要因により影響を受けるため正確な測定がむずかしいが,その要因をできるかぎり除外した場合,明け方から午前中にかけて眼圧は高値を示し,それ以後低下するパターンをとることが知られている.マウスやラット,ウサギなどの実験動物を対象とした基礎研究では,昼行性・夜行性にかかわらず,夜間に高値を示すリズムパターンを示すことが知られている.この眼圧日内変動は一定期間,外部の周期的な光刺激がなくとも維持されるため,眼圧日内変動のリズムは生体内の概日時計に従っていることがわかる.近年はこの概日時計と眼圧日内変動との関連に着目した多くの報告がなされ,少しずつそのメカニズムが明らかになってきている.C●眼圧日内変動の臨床的意義眼圧日内変動は正常眼でも認められるが,とくに緑内障患者ではそのパターンが日中上昇型,夜間上昇型,もしくは変動がないなど多岐にわたることや1),これらの多彩な変動パターンが存在するために,約C7割程度の緑内障患者ではC1日における最高眼圧が診療時間外に記録されるという報告もある2).したがってわれわれが通常行っている外来診療では,変動のある一時点を捉えているに過ぎず,患者の眼圧を正確に把握できているとはいいがたい.さらに最近の報告では,5年以上経過を追えたベースライン眼圧の低い(≦12CmmHg)正常眼圧緑内(81)C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY障患者において,点眼治療開始前の眼圧日内変動が大きいことがその後の緑内障進行のリスクファクターであるということが明らかとなった3).よって,日本人緑内障患者の大多数を占める正常眼圧緑内障患者のマネージメントとして,眼圧日内変動の把握が非常に重要であることがわかる.C●眼圧日内変動と概日リズム哺乳類の体内時計の中枢は視床下部の視交叉上核(suprachiasmaticnucleus:SCN)に存在し,この部分が中枢時計として,全身の組織における固有の概日リズムを生み出す末梢時計の位相を調節し,全身のリズムを同期させている.さらに細胞レベルでは,概日時計は時計遺伝子(clockgenes)とよばれる一連の遺伝子群によって構成されている.時計遺伝子の一つであるCCry遺伝子をノックアウトしたマウスでは,眼圧日内変動が消失してしまうことや4),房水産生の場である毛様体に時計遺伝子が規則的に発現すること5),さらには盲状態のマウスは外部サイクルから独立して,SCNのリズムに沿った眼圧日内変動を示すこと6)などの数多くの知見から,眼圧変動は生体の概日時計によってコントロールされていることはほぼ間違いないと思われる.そのCSCNからどのようにして眼圧リズムが生み出されるのか,という問いに対しては,最近の研究で重要な示唆が得られている.まず,副腎から体内の概日リズムに合わせて規則的に分泌されるホルモンであるグルココルチコイドに着目した研究では,exvivoで副腎ホルモンを投与することにより毛様体の局所時計の位相調節ができることや,副腎を摘出したマウスは行動リズムが正常であるにもかかわらず眼圧リズムが消失することから,副腎の働きが眼圧リズム形成に必須であることが明あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023219図1眼圧日内変動の制御機構概日リズムは視床下部に存在する視交叉上核CSCNが中枢時計となって,各臓器などに存在する末梢時計の位相を調節している.外部の明暗サイクルを網膜が感受し,中枢時計に伝達することで,外部のリズムと体内時計のリズムを同調させている(光同調).近年の報告により,中枢時計からのシグナル伝達経路として副腎ホルモンであるグルココルチコイドや,交感神経系のノルアドレナリンの働きにより,眼圧リズムが制御されている可能性が示唆されている.らかになった7).その後,他の報告では副腎に加えて上頸神経節を外科的に切除すると眼圧リズムのとくに夜間の上昇が消失してしまうことが明らかとなり,グルココルチコイドだけでなく,ノルアドレナリンの関与も示唆された8).さらに同じグループは,眼局所でのホルモンの働きとCphagocytosis(食作用)の関連に着目し,とくにノルアドレナリンによる線維柱帯における食作用抑制を介して眼圧が変動するという可能性を示した9).上記のことから,眼圧リズムは体内時計の制御下におかれ,中枢時計からの副腎および交感神経を介したシグナルを受けとり,房水動態を変化させることでそのリズムが形成されていると考えられる(図1).C●おわりに本稿では眼圧日内変動の重要性,および基礎研究によって現在明らかになりつつある眼圧リズムの調節機構に関して述べた.今回は触れなかったが,近年はコンタクトレンズセンサーなども登場し,生活の制限をあまり設けずに眼圧に関連したパラメータをC24時間連続で測定できるようになってきた.現状ではまだ広く普及していないが,今までの眼圧連続測定における医療側,患者側の負担を軽減し,今後さまざまな眼圧変動と緑内障の病態との関連が解明されることが期待できる.また,日内変動の基礎研究がさらに発展することで,現在の緑内障標準治療である眼圧を低下させることだけでなく,将来的には眼圧リズムをコントロールし,変動を抑制することをターゲットとした緑内障新規治療につながることが期待される.文献1)RenardE,PalombiK,Gron.erCetal:Twenty-fourhour(Nyctohemeral)rhythmofintraocularpressureandocularperfusionCpressureCinCnormal-tensionCglaucoma.CInvestCOphthalmolVisSciC51:882-889,C20102)BarkanaCY,CAnisCS,CLiebmannCJCetal:ClinicalCutilityCofCintraocularCpressureCmonitoringCoutsideCofCnormalCo.ceChoursCinCpatientsCwithCglaucoma.CArchCOphthalmolC124:C793-797,C20063)BaekCSU,CHaCA,CKimCDWCetal:RiskCfactorsCforCdiseaseCprogressionCinClow-teensCnormal-tensionCglaucoma.CBrJOphthalmolC104:81-86,C20204)MaedaA,TsujiyaS,HigashideTetal:Circadianintraoc-ularCpressureCrhythmCisCgeneratedCbyCclockCgenes.CInvestCOphthalmolVisSciC47:4050-4052,C20065)DalvinCLA,CFautschMP:AnalysisCofCcircadianCrhythmCgeneexpressionwithreferencetodiurnalpatternofintra-ocularCpressureCinCmice.CInvestCOpthalmolCVisCSciC56:C2657,C20156)TsuchiyaCS,CBuhrCED,CHigashideCTCetal:LightCentrain-mentofthemurineintraocularpressurecircadianrhythmutilizesCnon-localCmechanisms.CPloSCOneC12:e0184790,C20177)TsuchiyaCS,CSugiyamaCK,CVanCGelderRN:AdrenalCandCGlucocorticoidE.ectsontheCircadianRhythmofMurineIntraocularCPressure.CInvestCOphthalmolCVisCSciC9:5641-5647,C20188)IkegamiK,ShigeyoshiY,MasubuchiS:Circadianregula-tionCofCIOPCrhythmCbyCdualCpathwaysCofCglucocorticoidsCandCtheCsympatheticCnervousCsystem.CInvestCOphthalmolCVisSciC61:26,C20209)IkegamiCK,CMasubuchiS:SuppressionCofCtrabecularCmeshworkCphagocytosisCbyCnorepinephrineCisCassociatedCwithCnocturnalCincreaseCinCintraocularCpressureCinCmice.CCommunBiolC5:339,C2022220あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023(82)

屈折矯正手術:外傷によるICL脱臼とその予後

2023年2月28日 火曜日

●連載◯273監修=稗田牧神谷和孝273.外傷によるICL脱臼とその予後小島隆司名古屋アイクリニックICL術後にまれに起こる合併症として,外傷による脱臼がある.スポーツ外傷が多く,脱臼すると患者は霧視を訴える.速やかな整復手術によって角膜内皮に与える影響を最小限にでき,予後は良好である.患者にはスポーツ時の眼球打撲について注意喚起するべきである.●ICLImplantablecollamerlens(ICL)は,後房型有水晶体眼内レンズである.1986年にロシアのフィヨドロフ医師が前房と後房にまたがるポリメタクリル酸メチル樹脂(polymethylmethacrylate:PMMA)製の有水晶体眼内レンズを開発したのが始まりといわれている.その後1990年代に入ってスターサージカル社(米国)とフィヨドルフ医師の共同開発が始まり,1993年に第一世代のICLが埋植され,デザインを幾度か変更して現在はバージョンC4に至っている.1997年にCCEマークを取得し,2005年には米国食品医薬品局の承認を得ている.日本ではC2010年にCICLが,2011年にトーリックCICLが厚生労働省に認可されている.現在までにC64カ国でC25万枚以上が埋植されている.ICLの最大の特徴は,コラーゲンとメタクリル酸ヒドロキシエチル(hydroxy-ethylCmethacrylate:HEMA)の共重合体という素材にある.生体適合性が高い素材で,虹彩など眼内組織への刺激がほとんどないのが特徴である.ICLは毛様溝に固定され,サイズがC0.5Cmm刻みでC11.5~13.0CmmのC4種類ある.光学径はレンズの球面度数によって異なりC4.65~5.50mmである.また,レンズ球面度数は-3~-23DのC0.5D刻みで注文可能で,実際の近視矯正可能量は-1.75~-19Dと広い範囲をカバーしている.乱視度数は+1~+6DのC0.5D刻みで注文可能で,実際の乱視矯正可能量は-0.75~-5Dである.ICLは,角膜のカーブを変化させるレーザー屈折矯正手術と異なり,元に戻すことが可能な手術である.また,術後に角膜が薄くならないために,角膜が薄い患者や円錐角膜疑いの患者でも手術可能である.ICL手術は若くて活動的な人が対象になることが多く,術後の外傷には注意が必要である.以前から屈折矯正手術ではlaserinsitukeratomileusis(LASIK)後の外傷によるフラップの偏位が知られているが,ICLに関しては眼科医の間でもまだ広く認識されていない現状がある.C●ICL脱臼の症状ICLが脱臼しても,ICLそのものが柔らかいため痛みなどの症状に乏しく,霧視だけの症状のことも多い.多くの患者は視力低下にセンシティブであることが多く,すぐに受診することが多いが,受診が遅れると後述するように角膜内皮障害を起こすことがあるため,筆者は手術が終わった患者に,今後気をつけることとして,鈍的外傷によるCICL脱臼について必ず話をしている.C●ICL脱臼の対処方法(整復術)虹彩上にハプティクスが出ている状態になっており,自然に軽快することはありえない.このため,速やかな手術による整復が重要である.術前には,トーリックICLであれば,元々どの位置に固定されていたのかをカルテからチェックしておく.また,術前にしっかり散瞳させておくことによって,スムーズに整復が可能になる.手術室では,術者の利き手側にC1Cmm程度の切開創を作製し,粘弾性物質を前房に注入する.この際に使用する粘弾性物質はCICL挿入時と同じオペガンが最適である.その他の粘弾性物質では,ICL裏面に残ることによって術後眼圧上昇や瞳孔ブロックを起こす可能性もある.粘弾性物質で前房を安定化させたら,切開創からICLマニピュレーターを挿入し,虹彩上に脱臼したハプティクスを虹彩下に入れていく.手技はCICL挿入と同じである.トーリックCICLの場合は,この時点でターゲット軸にCICLを合わせる.最後に前房洗浄を十分に行い,粘弾性物質を吸引除去する.(79)あたらしい眼科Vol.40,No.2,20232170910-1810/23/\100/頁/JCOPY受傷後受診時整復翌日図1ICL脱臼時および整復後の前眼部細隙灯顕微鏡写真フットサル中の打撲でCICL脱臼を起こし,その当日に受診した.ICLは片側のハプティクスが両方虹彩上に脱臼しており,瞳孔の変形を認めた.受診当日に整復術が行われ,瞳孔の変形も認めなかった.このように,ICL脱臼の整復には専用の器具と,ICL手術に習熟していることが必要であり,ICL手術の経験がない場合は,手術を施行している施設に緊急で紹介する必要がある.C●国内多施設研究からわかったICL脱臼の予後わが国のC4カ所の主要な屈折矯正手術施設におけるICL脱臼の発生率,患者背景,術後予後について検討した研究結果1)を解説する.調査期間中にC7件のCICL脱臼が発生し,ICL脱臼の発生率はC0.072%とその割合は非常にまれであると思われる.報告された症例は平均年齢がC29.2歳と若く,全員が男性であった.また,特筆すべきこととしてC2名の患者が同一眼にC2回CICL脱臼を経験している.ICL脱臼C7例のうちC5例は,スポーツ中の鈍的眼球外傷によるものであり,フットサルの試合中がC4例,バスケットボールの試合中がC1例であった.全世界でC100万枚以上のCICLが移植されていることを考えると,鈍的眼外傷のリスクがある球技の際には,保護眼鏡を使用するよう患者を教育することが重要である.今回調査したC7例は全例CICL位置修正術が速やかに行われ,ICL脱臼前の最終フォローアップとCICL位置修正手術後C3カ月の間に,裸眼視力や角膜内皮細胞密度に大きな差はなかった.しかし過去には,脱臼したCICLが角膜内皮に接触し,角膜内皮細胞障害を起こし,水疱性角膜症になった症例が報告されている2).この患者は受傷後C5日目に整復術が施行されている.筆者らの研究では,ICLは受傷後平均C2.1日で修正手術が行われた.C218あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023患者には受傷後できるだけ早く眼科医の診察を受けるよう促し,できるだけ早期に手術を行う必要がある.1名の患者は手術後C8日目に網膜.離を起こし,網膜手術が必要となっていた.眼瞼裂傷もあり,眼球衝突の外力はかなり強かったと思われる.網膜.離は周辺部のみであったため,ICLは摘出せず,強膜バックリング手術のみで網膜は修復された.術後は矯正視力の低下や屈折変化はほとんどなかった.また,別の症例では受傷後軽度の網膜振盪症を認めたが,2日後に消失した.やはりCICLを脱臼させるほど強い鈍的眼球外傷の場合,網膜障害が生じる可能性があり,受傷後は網膜を注意深く観察することが重要である.C●おわりにICLは健康な人を対象にする屈折矯正手術であり,術後スポーツを楽しむ患者も多い.ICL脱臼は非常にまれな合併症であり,遭遇する屈折矯正手術サージャンは少ないと思われるが,事前に起こりうることを頭に入れて,どのような対処をとるべきか覚えておくことが必要である.文献1)KojimaCT,CKitazawaCY,CNakamuraCTCetal:MulticenterCsurveyonimplantablecollamerlensdislocation.PLoSOneC17:e0264015,C20222)Espinosa-MattarCZ,CGomez-BastarCA,CGraue-HernandezCEOCetal:DSAEKCforCimplantableCcollamerClensCdisloca-tionCandCcornealCdecompensationC6CyearsCafterCimplanta-tion.OphthalmicSurgLasersImagingC43:e68-e72,C2012(80)

眼内レンズ:強膜内固定時に作製した周辺虹彩切除による不快光視症状

2023年2月28日 火曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋435.強膜内固定時に作製した周辺虹彩切除水戸毅金沢医科大学眼科学講座による不快光視症状Positivedysphotopsia(PD)は白内障手術時に挿入する眼内レンズに起因する異常な光視像として知られている.しかし,強膜内固定術の際に作製する周辺虹彩切除孔も,眼内レンズの光学部エッジとの位置関係によりPDの要因となりうることを術者は理解しておく必要がある.●はじめに近年,白内障手術件数の増加に伴い眼内レンズ(intra-ocularlens:IOL)強膜内固定術やIOL縫着術を行う機会が増えているが,術後にIOL虹彩捕獲やそれに伴う瞳孔ブロックによる眼圧上昇といった合併症が生じることがある.そのような術後合併症を予防するために術中に周辺虹彩切除(peripheraliridectomy:PI)を施行することがあるものの,その大きさや作製位置についてはこれまでのところ明確に定まったものはない.今回,強膜内固定術の際に作製されたPIが原因で,術後に単眼性の不快光視症状が生じた症例を経験した1).●症例患者は52歳,男性.両眼のIOL亜脱臼に対してIOL抜去と強膜内固定術を他院にて施行された.術後の右眼の見え方に異常はなかったが,左眼は屋内で光源が複数見える症状を自覚するようになった(図1).両眼とも強膜内固定の術中に作製された約2mm長のPI孔を鼻側に認め(図2),右眼のPI孔はIOL光学部に覆われていたが,左眼はIOLの光学部エッジがPI孔に重なっていた(図3).PI孔に入射する光がIOLの光学部エッジに反射して生じるpositivedysphotopsia(PD)と診断し,外科的にPI孔閉鎖を試みたところ不快光視症状は消失した(図4).●PositivedysphotopsiaとはDysphotopsia(異常光視症)は白内障術後の患者を悩ます視機能現象であり,異常な光の環が見えたり影が見えたりする症状で,前者をPD,後者をnegativedys-photopsiaという2).PDは1990年代後半から徐々に知られるようになり,具体的には夜間または屋内において(77)0910-1810/23/\100/頁/JCOPY光源が存在する場合に,弧状,放射状に広がる異常な光視像として自覚される.原因は外部からの入射光が瞳孔領を通過してIOLに入り,一部の光がIOLの光学部エッジ内面に反射して入射方向と異なる網膜に異常光として結像することによる3).多くは挿入したIOLの性状に起因するとされており,ラウンドエッジよりもスクエアエッジで発生しやすく,またシリコーンやPMMAよりも高屈折率であるアクリル素材で生じやすいとされる.術中の連続円形切.がきれいにIOL全周を覆っていれば,術後に前.が混濁し光学部エッジに到達する入射光量が低下するため,PDが時間経過とともに自覚されなくなることがある.これまでに白内障術後以外のPDの報告はなかったが,強膜内固定を施行された本症例ではPI孔のサイズが大きめであり,さらに作成位置が鼻側の瞼裂間に存在するため直接PI孔から入射する光がIOLの光学部エッジに反射して生じたものと考えられた.また,症状が片眼のみであった理由は,PI孔とIOLの光学部エッジが重なっていた位置関係が主要因と思われた.強膜内固定(あるいは縫着術)の術後眼では,通常IOLを覆う水晶図1患者が作成したグラフィックス左眼のみで見た場合に屋内の光源が複数に分裂(赤丸部分)して見えると訴えた.あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023215図2患者の前眼部写真右眼(a)と左眼(b)に大きさと作製位置がほぼ同じ周辺虹彩切除(PI)孔を認める.徹照像では右眼(c)は眼内レンズ(IOL)光学面で覆われているのに対して,左眼(d)はPI孔の中央にIOLの光学部エッジが確認できる.図4術後の前眼部写真周辺虹彩切除孔は閉鎖しており,徹照像では眼内レンズの光学部エッジは確認できない.体.は存在しないためエッジが露出しており,白内障手術以上にPDが発生しやすい状況とも考えられる.●おわりにPDはこれまでは白内障手術後に生じるものとされており,ときに強い訴えを引き起こすことがあるため術者を悩ます問題の一つとなっている.しかし,白内障以外の内眼手術においてもPDは生じうる.一般の眼科医に図3前眼部光干渉断層計所見暗所下にて右眼(上)は周辺虹彩切除(PI)孔の直下に眼内レンズ(IOL)光学面があるのに対して,左眼(下)はPI孔とIOL光学部エッジの位置が重なっている.とってはまだPDの認知度はそれほど高くないと思われるが,とくにIOL強膜内固定術や縫着術を施行する術者は,術中に作製するPI孔によって術後にPDが惹起される可能性を念頭において手術や経過観察を行う必要がある.文献1)MitoT,KawakamiH,IkomaTetal:Positivedysphotop-siaafterintrascleralintraocularlens.xation:acasereport.BMCOphthalmol22:263,20222)DavisonJA:Positiveandnegativedysphotopsiasinpatientswithacrylicintraocularlenses.JCataractRefractSurg26:1346-1355,20003)HolladayJT,LangA,PortneyV:Analysisofedgeglarephenomenainintraocularlensedgedesigns.JCataractRefractSurg25:748-752,1999

コンタクトレンズ:読んで広がるコンタクトレンズ診療 世界から見た日本のコンタクトレンズ

2023年2月28日 火曜日

提供コンタクトレンズセミナー読んで広がるコンタクトレンズ診療6.世界から見た日本のコンタクトレンズ糸井素啓京都府立医科大学大学院医学研究科■はじめにコンタクトレンズ(CL)診療は,製品の進歩に応じてアップデートされており,10年前と現在では,レンズやケア用品の選択傾向は大きく異なっている.また,時代のみならず地域ごとでもその傾向は異なっており,とくに日本と欧米諸国ではレンズの選択やケア用品の好みに違いがある.そこで本稿では,各国のCCL処方状況を毎年総括している“Internationalcontactlensprescrib-ing”1.2)(米国CContactCLensSpectrum誌に掲載)という記事をもとに,日本におけるCCL診療の傾向を,諸外国と比較しながら簡潔に解説する.C■平均年齢諸外国におけるCCLユーザーの平均年齢は,2003年にC30.6歳だったのが,2021年にはC33.1歳となっており,緩徐に上昇傾向にある.一方,同年の日本におけるCLユーザーの平均年齢は,それぞれC29.1歳とC29.6歳で,あまり変化していない1,2).これは,諸外国では老視矯正を目的とした多焦点レンズの普及に伴いC45歳以上のCCL装用者が増加傾向にある一方で,日本では多焦点レンズがあまり普及していないこと,日本ではサークルレンズを主体としたC20歳以下のCCL装用者が増加傾向にあることが要因として考えられる.C■RGPレンズの処方割合CL全体のうち,酸素透過性(rigidCgaspermeable:RGP)レンズが占める処方割合は国によって大きく異なる(図1)3).日本はかつて,諸外国に比較してCRGPレンズの処方割合が高いという特徴があった.日本はオランダと同様に,国産のCRGPレンズメーカーが数多く存在したため,RGPレンズが処方しやすい環境だったことが影響したと考えられる.その後,日本のCRGPレンズの処方割合は,諸外国と同様にソフトコンタクトレンズ(SCL)の普及に伴って大きく減少し,2021年には11%まで低下した.一方,欧米諸国では数年前からRGPレンズの一種である強膜レンズ・強角膜レンズが高い関心を集めており,その結果として,RGPレンズの処方割合は増加傾向に転じている1,2).(75)視覚再生機能外科学道玄坂糸井眼科C■シリコーンハイドロゲル(Si-Hy)レンズの処方割合シリコーンハイドロゲル(siliconehydrogel:Si-Hy)レンズは,2004年に日本の市場に登場して以降,数多くの製品が発売され,2021年にはCSCL全体の処方のうちC57%を占めるに至った2).一方で,欧米には,日本よりもCSi-Hyレンズの処方割合が高い国が多数存在する(図2)3).日本のCSi-Hyレンズの処方割合が諸外国に比較して低い理由として,日本ではカラーレンズおよびC1日使い捨てレンズの処方が多いことがあげられる.現在,日本で発売されるサークルレンズ・カラーレンズの多くがハイドロゲルレンズで,Si-Hy素材の製品は少ない.そのため,サークルレンズ・カラーレンズの処方割合の増加とともに,Si-Hyレンズの処方割合の増加が抑制されていると推測される.また,日本はC2週間交換型レンズに比較してC1日使い捨てレンズの処方割合が高いという特徴がある.1日使い捨てレンズはCCL関連眼障害の危険性が比較的低いと考えられているため,酸素透過性の高いCSi-Hyレンズより,安価なハイドロゲルレンズが好まれている可能性がある.日本と同様にCSi-Hyレンズの処方割合が少ないことで知られているデンマーク,台湾両国ともにC1日使い捨てレンズの割合が高いことも,上記の推測を裏付けるものである.C■トーリックSCLの処方割合2003年にC7%だった日本のトーリックCSCL処方割合は,2021年にはC18%と増加した1.2)が,依然として諸外国に比較して低い状況が続いている(図3)3).これは,乱視の程度や有病率の差などさまざまな要因が影響しているが,日本ではトーリックCSCLが眼科医から敬遠されていることも関係していると推察している.かつてのトーリックCSCLに対する「値段が高い,矯正効果が不十分,処方が煩雑」というイメージが残っているために,現在もなお処方を避けられているのだろう.しかし,近年発売された乱視用レンズは,従前の製品に比較して処方しやすく,矯正効果も優れている.そのため今後,乱視CSCLによる乱視矯正の有効性について,本セミナーで取り扱うつもりである.あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023C2130910-1810/23/\100/頁/JCOPY〈%〉〈%〉601009050807040AUAUJP60JP処方割合処方割合NL5030NL40UKUK20US30US100〈年〉図1各国におけるRGPCLの処方割合の推移オーストラリア(AU)・日本(JP)・オランダ(NL)・英国(UK)・米国(US)の全CCL処方における酸素透過性(RGP)レンズの処方割合が示されている.赤色で示される日本のRGPレンズの処方割合は減少傾向にある.他のC4カ国ではC2003~2018年は減少傾向だが,2018年以降は増加傾向を認めている.(文献C3より一部改変)C6050201002003200620092012201520182021〈年〉図2各国におけるSi-HySCLの処方割合の推移オーストラリア(AU)・日本(JP)・オランダ(NL)・英国(UK)・米国(US)の全CSCL処方におけるシリコンハイドロゲル(Si-Hy)レンズの処方割合が示されている.赤色で示される日本のCSi-Hyレンズの処方割合は増加傾向にあるが,他のC4カ国に比較すると低値である.(文献C3より一部改変)ジにより眼科医から敬遠されているだけでなく,日本人200320062009201220152018202140AUが好むC1日使い捨てタイプの多焦点レンズが少ないことCJP30NLが原因として推察される.近年,1日使い捨てタイプのCUK20US多焦点レンズが増えており,多焦点レンズの処方の増加C10が期待される.C02003200620092012201520182021〈年〉■おわりに処方割合図3各国におけるトーリックSCLの処方割合の推移オーストラリア(AU)・日本(JP)・オランダ(NL)・英国(UK)・米国(US)の全CSCL処方におけるトーリックレンズの処方割合が示されている.日本のトーリックCSCLの処方割合は緩徐に増加傾向にあるが,他のC4カ国に比較すると低値である.(文献C3より一部改変)C■多焦点レンズ日本の多焦点CSCLの割合は緩徐に増加傾向にあるものの,SCL全体のうちC10%に満たないまま現在に至っており,諸外国に比較して低い値となっている1,2).また,45歳以上のユーザーに対する多焦点CSCLの処方割合も諸外国に比較して低く,老視の矯正手法として多焦点CSCLが選択されにくい状況にある.日本の多焦点SCLの処方割合の低さには,処方が面倒というイメー本稿と読者自身の処方状況とを照らし合わせることで,ご自身の処方を振り返り,今後の診療に役立てていただければ幸いである.文献1)MorganCPB,CEfronCN,CWoodsCCACetal:InternationalCcon-tactClensCprescribingCinC2003.CContactCLensCSpectrC19,C2004.Chttps://www.clspectrum.com/issues/2004/janu-ary-2004/international-contact-lens-prescribing-in-20032)MorganCPB,CEfronCN,CWoodsCCACetal:InternationalCcon-tactClensCprescribingCinC2021.CContactCLensCSpectrC37,C2022.Chttps://www.clspectrum.com/issues/2022/janu-ary-2022/international-contact-lens-prescribing-in-20213)MorganCPB,CEfronN:GlobalCcontactClensCprescribingC2000-2020.CClinExpOptom105:298-312,C2022

写真:画像鮮明化ソフトウェアのマイボグラフィ画像への応用

2023年2月28日 火曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦福岡秀記横井則彦465.画像鮮明化ソフトウェアの京都府立医科大学眼科マイボグラフィ画像への応用図1マイボグラフィ画像の鮮明化処理前(a)と処理後(b)鮮明化処理前には暗く不明瞭なマイボーム腺が,処理後は眼瞼中央だけでなく瞼縁近傍ならびに眼瞼の耳側,鼻側まで鮮明化されていることがよくわかる.図2マイボグラフィ画像(マイボーム腺脱落例)の鮮明化処理前(a)と処理後(b)鮮明化処理前はマイボーム腺が脱落していることが見えにくいが,処理後は確認できる.(73)あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023C2110910-1810/23/\100/頁/JCOPYマイボーム腺は,上下眼瞼瞼板内にある皮脂腺であり,17世紀のドイツの医師HeinrichMeibomによって初めて詳細に記述され,彼の名にちなんで名づけられた1).マイボーム腺から分泌された脂質(マイバム)は,涙液層の最表層で涙液油層を形成し,その機能は液層の水分の蒸発抑制であると一般には考えられているが,まだ議論の多いところである.各腺の導管は眼瞼縁の皮膚側に開口している.マイバムの分泌は,導管の弾性と瞬目の際に働く眼輪筋(Riolan筋)の収縮による機械的な力によってなされる.涙液には,約C100種類以上の脂質,90種類以上の蛋白質や電解質が含まれており2),液層の水分や分泌型あるいは膜型ムチンとの相互作用により,涙液層の安定性が維持されている.前述のマイボーム腺を可視化する方法としてマイボグラフィがあるが,いくつかの方法がある.まずC1977年にCTapieらが考案した接触型マイボグラフィ3,4)である反転した眼瞼皮膚側より赤外光プローブにより直接可視化する方法である.また,非接触マイボグラフィ,生体共焦点顕微鏡,前眼部光干渉断層計などがある.画像鮮明化処理ソフトウェアとは,画像のオリジナリティを保持した状態でソフトウェア独自の処理を行うことで人間の眼に見えやすいように強調する技術である.具体的には,医療の分野以外では消防レスキュー隊の利用するカメラのほか,監視カメラの暗所・逆光・半逆光映像の鮮明化など,さまざまな領域で先に応用され,筆者らは眼科領域にもその有用性を報告してきた5).ドライアイ症例の涙液層破壊パターン6),超広角走査レーザー検眼鏡画像7),眼科手術動画8),フルオレセイン染色画像9)などである.図1aは上眼瞼を反転して非接触型マイボグラファーによって観察したマイボーム腺画像であり,不鮮明にしか写らなかった画像を選択している.全体的に暗く,とくに眼瞼の中央部のマイボーム腺しか観察できないが,図1bに示す鮮明化後の画像では,瞼縁部および眼瞼の左右の暗所部位が鮮明化され,全体的なマイボーム腺の走行部位が一目瞭然となった.また,鮮明化前には左右眼がわからないが,鮮明化後は皮膚や涙点の位置や眼瞼の形状から左眼であることがわかる.図2でも,処理前はマイボーム腺が脱落していることが見えにくいが,処理後は鮮明化され確認できる.画像鮮明化ソフトウェアにより所見の不明瞭な画像が明瞭になり,マイボグラフィ画像一般に有用であると筆者らは考えている.文献1)MeibomiusH:DeCvasisCpalpebrarumCnovisCepistola.CMuller,Helmstadt,16662)TsaiPS,EvansJE,GreenKMetal:Proteomicanalysisofhumanmeibomianglandsecretions.BrJOphthalmolC90:C372-377,C20063)TapieR:EtudeCbiomicroscopiqueCdesCglandesCdeCmeibo-mius.AnnOculistique210:637-648,C19774)YokoiN,KomuroA,YamadaHetal:Anewly-developedvideo-meibographyCsystemCfeaturingCaCnewly-designedCprobe.JpnJOphthalmolC51:53-56,C20075)福岡秀記,横井則彦,外園千恵:画像鮮明化処理ソフトウェアCSoftDEFの眼科画像に対する有用性の検討.あたらしい眼科C36:559-565,C20196)福岡秀記,横井則彦:画像鮮明化ソフトによる涙液層破壊パターンへの応用.あたらしい眼科35:785-786,C20187)山下耀平,福岡秀記,永田健児ほか:画像鮮明化処理ソフトウェアの超広角走査レーザー検眼鏡画像への有用性の検討.日眼会誌C126:574-580,C20228)青木崇倫,横井則彦:画像鮮明化装置CLISr-101の眼科手術動画への応用.あたらしい眼科37:443-444,C20209)福岡秀記:画像鮮明化ソフトのフルオレセイン画像への応用.あたらしい眼科40:61-62,C2023

強度近視のロービジョンケア最前線

2023年2月28日 火曜日

強度近視のロービジョンケア最前線TheForefrontofLowVisionServicesforHighlyMyopicPatientswithVisualImpairment世古裕子*はじめに強度近視では,近視性黄斑症,緑内障あるいは近視関連緑内障様視神経症,網膜.離などを合併すると視機能が低下し,重度の視覚障害に至ることもある.個々の合併症に対する治療法は進歩してきているが,治療を尽くしても視覚障害あるいはロービジョンという結果に至る例もある.視覚障害者のなかで強度近視はまれではない1).ロービジョンとは,視覚に障害があるため生活になんらかの支障をきたしている状態をさし,ロービジョンケアとは,そのような人に対する医療的,教育的,職業的,社会的,福祉的,心理的等すべての支援の総称である(日本ロービジョン学会HPよりURL1)).一方,視覚障害には,身体障害者手帳(以下,手帳)の等級に認定される矯正視力(以下,視力)や視野の基準がある.視覚障害認定基準にあてはまらなくてもロービジョンにあてはまる強度近視患者はロービジョンケアの対象となる.強度近視を伴うロービジョン患者へのケアは,他の疾患によるロービジョン患者へのケアと共通することが多い.Iロービジョンの強度近視患者の特徴高齢の患者が多いのがひとつの特徴である.国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科ロービジョンクリニック(以下,当院)に受診した強度近視患者183名の年齢分布でも70歳代がもっとも多かった2)(図1).また,当院では,20歳以上の強度近視患者のうち62%に白内障手術の既往があり(経過中に進行し手術となった例を含む),無水晶体眼も少なからずみられた.強度近視患者では,視機能低下の原因は,近視性黄斑症,網膜ジストロフィ,緑内障,網膜.離などさまざまである.おおまかにみると,近視性黄斑症あるいは緑内障では初診時年齢が比較的高く(平均69歳),拡大読書器の訓練が比較的多く,網膜ジストロフィでは初診時年齢が比較的低く(平均53歳),遮光眼鏡の処方が比較的多いなど,病態によるケアの差がみられる2).ロービジョンクリニックを訪れる患者の訴えは,視力低下と中心視野障害による「見えにくさ」が中心である.また,羞明の訴えも多い.合併症は進行性であることが多く,ニーズも変化する.訓練対応の経過中,読み書き困難に対応して拡大読書器の選定を行った患者に対して,その後の進行によって白杖訓練も行うケースなどである.さらに,近視性黄斑症や緑内障を合併する強度近視患者では,進行程度に左右差がみられることが多い.片眼の視機能が著しく不良の患者では,数年の経過で視機能低下が両眼性に至り,「視覚障害」となった時点でさまざまな生活上の支障が生じる.近視性黄斑部脈絡膜新生血管が片眼に発症すると,8年経過後には約3割の症例が両眼性となるとも報告されている3).片眼を失明した緑内障患者では,良いほうの眼の視力が同程度のコントロールと比較して,抑うつ傾向が有意に強いことが報告されている4).良いほうの眼の視力が比較的良*YukoSeko:国立障害者リハビリテーションセンター研究所,病院第二診療部併任〔別刷請求先〕世古裕子:〒359-8555埼玉県所沢市並木4-1国立障害者リハビリテーションセンター研究所感覚機能系障害研究部0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(67)2055040302010090~図12011~2019年までに国立障害者リハビリテーション病院ロービジョンクリニックに受診した強度近視者183名(屈折度<-6.0D,または眼軸長≧26.5mm,または前医で強度近視と診断)の年齢分布2)患者数は加齢とともに増加していたが,70歳代よりはC80歳代で少なく,10歳代もやや多かった.患者数(人)<1010~20~30~40~50~60~70~80~年齢(歳)活用して情報提供をすることができれば,以降のロービジョンケアが円滑に進みやすいであろう.C2.ニーズの把握と保有視機能の評価すべてのロービジョンケアは,困りごとの聞き取り,傾聴から始まる.読み書きがしづらいとの訴えに対しては,テレビ,新聞,雑誌,あるいは通帳や値札,電車の運賃表など,困る場面も聞きとる.また,羞明の訴えも多いので,眩しくて困るのが屋外なのか屋内なのかなど,困る場面も聞きとる.保有視機能の評価では,通常の視力検査と視野検査に加え,最小可読視標,読書速度・臨界文字サイズ,偏心視域の機能などを適宜評価する.強度近視患者は,新聞や書物を読むとき,近づけて見ることによって網膜像を拡大する効果を得られるため,裸眼で近づけて見ることが多い.近見試視力表がどの距離でどのくらい小さい視標まで識別できるか(最小可読視標)を確認する.近見視力視標C0.5(視距離C12Ccm)のように記載する.最大読書速度・臨界文字サイズは,MNREAD-Jを用いて求めることができる.MNREADはミネソタ大学で開発された読書チャートであるが,日本語版としてCMNREAD-Jが小田によって開発され,iPadアプリもリリースされているURL4).得られる値は,読書用補助具の選定時に参考となる.中心視力が低下しても,偏心視域(preferredretinallocus:PRL)を使った偏心視によって中心視力を補って見ることができる場合がある.Amslerチャート,Humphrey視野計やCGoldmann視野計,眼底直視下微小視野計であるマイクロペリメーター(MP-3やCMacularCIntegrityAssessment(MAIA)などを用いて,中心視野の状態やCPRLの位置を把握する.C3.視覚障害にかかわる申請書類の作成手帳を取得することによって,補助具の購入や各種サービスへのアクセスに際して,患者負担は大幅に軽減される.手帳は,身体障害者福祉法に基づき,申請によって交付される.障害者総合支援法による障害福祉サービスの利用を希望する場合などには,法に定められた身体障害者であるという認定を受ける必要がある.この申請に医師の判定が必須となるため,クイック・ロービジョンケアとして申請書類の作成は重要である.一方,障害年金は手帳とはまったく別の制度であるが,患者の生活基盤にかかわるため,受給の制度を眼科医として知っている必要がある.手帳と障害年金の等級の基準にあてはまるかどうかを矯正視力と視野によって判断し,あてはまる場合には申請書を作成する.等級の判定には,視覚障害等級計算機URL5)はたいへん便利であるため紹介したい.当院では,強度近視患者のC86%が手帳の基準に該当していた2).眼科医が書く書類は,手帳については身体障害者診断書・意見書(視覚障害用),障害年金については診断書(眼の障害用)・確認届である.診断書では,その傷病名について初めて医療機関を受診した日が重要となるため,初診医の診断書や受診状況等証明書などの初診日証明書類はとても重要となる.障害年金については令和C4年C1月C1日に改正が行われ,両眼の視力の和ではなく,両眼それぞれの視力で判定するようになり,視野の判定に自動視野計の結果を使用できるようになった.強度近視のロービジョン患者ではこの改正によって等級変更に該当する場合もあるため要確認である.片眼だけが視力不良の場合でも受給できるケースもある.社会保険労務士への相談も選択肢のひとつである.C4.屈折矯正と偏心視の獲得強度近視患者は,ロービジョンクリニックを受診する時点ですでに眼鏡をもっていることが多いが,あらためて,遠方,近方,遠近,中近などの眼鏡処方を行うことは非常に多い.強い凹レンズを装用することによる像の縮小効果(たとえば.10.00Dの凹レンズ装用では約C12%縮小)があるため,自覚的屈折検査の際には,頂間距離にも注意する.変性近視のほとんどは軸性近視であるため,前焦点である角膜からC15Cmmの距離にレンズを置くと網膜像の縮小効果が少なくなる(Knappの法則).眼鏡処方の際には,15Cmmで測定した場合には処方箋の備考欄に頂間距離を指定する6).コンタクトレンズでは像の縮小効果がなく,眼鏡装用下よりも矯正視力が良好なことが多い.また,コンタクトレンズと補装具とを組み合わせ(69)あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023C207表1ロービジョンエイドの処方状況(年齢別,合併症別)(年齢別)20歳未満C20.75歳C75歳以上年齢(10人)(129人)(44人)拡大鏡5人76人31人単眼鏡7人11人3人拡大読書器1人55人31人タブレット1人13人2人遮光眼鏡5人77人28人白杖1人21人5人(合併症別)網膜ジストロフィ緑内障Cand/or近視性黄斑症(49人)(115人)拡大鏡15人61人単眼鏡2人9人拡大読書器17人62人タブレット5人8人遮光眼鏡37人42人白杖13人14人各エイドについて,すでに保有あるいは新規に選定した患者数.ことも多く,その際には術後屈折値について提案させていただくことが多い.強度近視眼の白内障手術では,術後屈折値の設定には注意を要する.もともと新聞や書物を裸眼で近づけて見ることに慣れているため,近視寄りを狙うのがよいとの報告が多い.正視眼を狙った場合,あるいは通常の近方狙いで.3.00Dを狙った場合でも,すでに眼底病変が進行している患者では術後まもなく眼底病変が再度進行してロービジョンになると,不満足度は高く,補助具が必要になることが多い9).そのため,当院から白内障手術目的で紹介する際には,術前の屈折度と同程度の近視寄りを狙った術後屈折値を提案させていただくこともある.しかし,比較的若年で核白内障が進行する例などでは,視力の長期的な予後の見きわめはむずかしく,変性(病的)近視患者にとって,なるべく長期にわたって,比較的高い満足度が得られる術後屈折値の基準が求められている.C7.その他のロービジョンケア強度近視患者は,見えにくさや羞明を訴えてロービジョンクリニックを訪れることが多い.しかし,読み書きの手助けをする対応を続けているうちに,病変が進行し,白杖が必要となる例も散見される.歩行訓練,すなわち白杖使用の練習は,スマートサイトを活用し,専門の教育を受けた経験豊富な歩行訓練士(用語解説参照)が所属する専門施設に依頼することもできる.また,同行援護(用語解説参照)などの障害福祉サービスも利用できることがある10).また,40歳代など比較的若年の働き盛りにロービジョンとなることもある強度近視では,就労継続にかかわる支援も重要である.視機能低下に伴い,以前はできていた仕事が次第にむずかしくなって困難を感じている患者に対して,できる限り辞めずに働き続けることができるよう調整を試みる.事業所と労働者が共同して作成した「勤務情報を記載した文書」を元に指導を行い,「病状,治療計画,就労上の措置に関する意見書」を発行することにより,療養・就労両立支援指導料として,ロービジョン検査判断料の算定に加えて算定することができる場合もある(難病である網膜色素変性を合併する場合など).さらに,心理面でのサポートも重要なロービジョンケアである.強度近視のCqualityoflife(QOL)を調査した結果,強度近視患者のCQOLには,眼の将来への不安,疾患の受容,憂鬱感,心の支え・生き甲斐といった心理状態を反映する項目が強く関与していることが示されている11).視覚障害に詳しい臨床心理士などの専門職につなぐことができれば理想であるが,そのようなサポートは制度として立ち遅れている.眼科医が患者の読み書きや移動についての困りごとを傾聴し気にかけるだけでも,患者の不安な心が軽くなることもある.CIIIロービジョンケアの例【例C1】初診時年齢C50歳代前半,男性.両眼の矯正視力は(0.09).コンタクトレンズを装用.両眼ともに軽度の白内障(+).視線をずらして見る習慣があったが,中心視では,両眼ともに(0.01p).眼軸長は,右眼C33.1mm,左眼C33.2Cmm.緑内障に対して点眼治療中.両眼ともに近視性黄斑変性.対応C1:身体障害者手帳C1級,障害年金C1級を申請.対応C2:ルーペの選定.対応C3:遮光眼鏡の処方.対応C4:拡大読書器の選定.対応C5:パソコン訓練.白黒反転などを指導.便利グッズとして,タイポスコープを紹介(架空症例).【例C2】初診時年齢C70歳代前半,女性.矯正視力は,右眼(0.04),左眼(0.15).両眼底ともに近視性網脈絡膜萎縮性病変あり.両眼ともに眼内レンズ挿入眼.緑内障に対して点眼治療中.対応C1:身体障害者手帳C2級申請.対応C2:遮光眼鏡の処方.対応C3:スタンプルーペを処方.対応C4:介護保険の申請.対応C5:日常生活訓練として,コインと紙幣の見分け方を指導.対応C6:白杖操作の指導を開始.対応C7:初診からC3年後,矯正視力が,右眼指数弁,左眼(0.05)となり,iPhoneでの音声アプリ,デイジー(digitalCaccessibleCinformationsystem:DAIGY)図書,プレクストークなどを紹介・指導.対応C7:内斜視に対してオクルーダーを検討.(架空症例)CIVまとめ強度近視の合併症の治療は進歩してきているが,ロー(71)あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023C209■用語解説■補助具:身体機能の障害を補い,日常生活または社会生活を容易にし,自立と社会参加を可能とするための道具や手段などの総称.補装具:失われた身体機能を補完,代替する用具.視覚障害関連では,眼鏡,義眼,視覚障害者安全杖(つえ)などがある.障害者総合支援法に基づいて給付され,給付に際しては,専門的な知見(医師の判定書または意見書)を要する.日常生活用具:障害者や難病患者などが日常生活を円滑に過ごすために必要な用具.視覚障害対象では,拡大読書器,点字ディスプレイ,音声時計,音声式体温計などがある.障害者総合支援法に基づいて利用できるサービスのひとつである.歩行訓練士:視覚障害生活訓練等指導者ともよばれる.ロービジョン患者が白杖(視覚障害者安全つえ)を用いて安全に歩行できるよう,歩行訓練を行うほか,点字やパソコンを含む,日常生活に必要な動作・技能を指導する専門職.同行援護:視覚障害により,移動に著しい困難を有する障害者などにつき,外出時において,当該障害者等に同行し,移動に必要な情報を提供するとともに,移動の援護その他の厚生労働省令で定める便宜を供与することをいう(障害者総合支援法第C5条C4).障害福祉サービスのひとつである.-