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白内障手術周術期の血圧変動

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(107)17150910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(12):17151718,2008cはじめに日本社会の高齢化に伴い,手術を受ける患者の高齢化も進んでいる.高齢者はなんらかの疾患をもっていることが多く,現実の手術に際しては降圧剤を内服中の患者は多い.白内障手術は外来手術が一般的となり,気軽な気持ちで受ける患者が増加している反面,局所麻酔の手術であるうえに術野が顔面にあるので,極度の緊張を迫られ,血圧が上昇する患者も多い.しかしながら,手術時間が短いこともあり,眼科医の側から術中の血圧管理を問題として取り上げることは少ない.そこで,手術室に入室してから手術終了までの血圧の変動を検討したところ,手術室に入室しただけで収縮期血圧が約20mmHg上昇し,手術中はさら10mmHg上昇するという結果を得た.さらに血圧上昇は年齢・既往歴によって差があるという結果を得たので報告する.I対象および方法対象は平成18年4月から6月までに東京都保健医療公社荏原病院で,白内障手術を受けた104名133眼全例である.男性42名53眼,女性62名80眼であった.期間中に両眼の手術を受けたものは2例として計測した.年齢は60歳未満10名13眼(9.3%),6070歳未満20名26眼(19.5%),〔別刷請求先〕秋澤尉子:〒145-0065東京都大田区東雪谷4-5-10東京都保健医療公社荏原病院眼科Reprintrequests:YasukoAkizawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital,4-5-10Higashiyukigaya,Oota-ku,Tokyo145-0065,JAPAN白内障手術周術期の血圧変動秋澤尉子*1鴨居功樹*1,2高嶋隆行*1木戸さやか*1*1東京都保健医療公社荏原病院眼科*2東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野EectofCataractSurgeryonPreoperativeandHighestBloodPressureLevelsYasukoAkizawa1),KojuKamoi1,2),TakayukiTakashima1)andSayakaKido1)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,TokyoMedicalandDentalUniversity白内障手術をうけた104名133眼を対象に周術期血圧を検討した.平常時血圧は134.3±18.2mmHg(平均値±標準偏差),入室時血圧は151.2±24.7mmHg,最高血圧は163.7±24.5mmHgであり,順に有意に上昇した.入室時の最初の測定で最高血圧を示した例は39例あった.年齢別の検討では,平常時血圧・入室時血圧・最高血圧は高年齢群になるに比し,順に有意に高くなった.高血圧有群は高血圧無群に比し平常時血圧・入室時血圧・最高血圧は有意に高かった.糖尿病有群は無群に比し,最高血圧が有意に高かったが,平常時血圧・入室時血圧には有意差がなかった.入室後の降圧剤投与について検討したが,降圧剤投与有群は22例で全体の1/6であり,投与無群に比し入室時血圧・最高血圧のみならず平常時血圧も有意に高かった.Theauthorsevaluatedthebloodpressure(BP)levelsof133casesduringcataractsurgery.Thedaily,preoper-ativeandhighestsystolicBPduringsurgerywere134.3±18.2mmHg,151.2±24.7mmHgand163.7±24.5mmHg,respectively.Statistically,BPascendedalongwithdaily,preoperativeandhighestBP.Asgroupagesincreased,dai-ly,preoperativeandhighestBPalsostatisticallyincreased.Thedaily,preoperativeandhighestBPofthehyperten-siongroupwerestatisticallyhigherthanthoseofthenon-hypertensiongroup.ThehighestBPofthediabeticgroupwasstatisticallyhigherthanthatofthenon-diabeticgroup.Weadministeredanti-hypertensivedrugsto22cases(17%ofallcases)duringsurgery;inthisgroup,notonlypreoperativeandhighestBP,butalsodailyBP,werestatisticallyhigherthanthoseofthenon-medicatedgroup.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17151718,2008〕Keywords:術前血圧,白内障手術,最高血圧.preoperativebloodpressure,cataractsurgery,thehighestbloodpressure.———————————————————————-Page21716あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(108)7080歳未満49名64眼(48.1%),8090歳未満23名27眼(20.3%),90歳以上2名3眼(2.3%)であった.手術は,2%キシロイカインTenon下麻酔で水晶体乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を行った.強角膜切開は2.8mmとし,強角膜に1針縫合をおいた.術前鎮痛薬として入室15分前にセデスGR1.0g内服を行った.血圧測定の方法は,収縮時血圧について検討した.入院した当日に仰臥位で2回血圧を測定し平均値を平常時血圧とした.手術室へ入室後は自動血圧計を用い5分ごとに血圧を測定し,入室後1回目に測定した血圧を入室時血圧とし,入室後の最高血圧を最高血圧とした.入室後血圧が180mmHgを超えた場合には術者の判断で,ぺルジピンR1.0mgを点滴に側管から投与した.平常血圧値・入室時血圧値・最高血圧値に関し,年齢別・性別・術眼の左右差・既往歴の有無で差があるか否かについて検討した.統計には一元配置分散分析とBonferroni/Dunn検定を用いた.II結果133例全例で血圧を検討した(表1).平常時血圧は134.3±18.2mmHg(平均値±標準偏差),入室時血圧は151.2±24.7mmHg,最高血圧は163.7±24.5mmHgであり,順に有意に上昇した(p<0.0001:一元配置分散分析).そこで各群間を比較してみると,平常時血圧は入室時血圧・最高血圧より有意に低く,入室時血圧は最高血圧より有意に低かった(Bonferroni/Dunn検定).表1白内障周術期の血圧変化(133例)平常時血圧(mmHg)入室時血圧(mmHg)最高血圧(mmHg)平常時血圧134.3±18.2入室時血圧(p<0.0001)151.2±24.7最高血圧(p<0.0001)(p<0.0001)163.7±24.5平均値±標準偏差.()はp値:Bonferroti/Dunn.表2最高血圧に至る時間と平常時血圧入室後から最高血圧に至る時間例数平常時血圧(mmHg)入室時39140.8±19.35分後33140.1±13.010分後21127.5±15.315分後25123.6±14.020分後7126.8±25.425分後以上8128.0±21.2平均値±標準偏差.p=0.012:一元配置分散分析.表3各群の血圧の変化分類群名例数平常時血圧(mmHg)入室時血圧(mmHg)最高血圧(mmHg)年代別60歳未満13121.1±16.4132.7±17.6143.9±18.460歳代26133.8±20.7147.3±26.2156.6±25.470歳代64136.3±15.3153.7±22.7167.5±23.380歳代27132.7±18.5154.0±25.4168.6±23.690歳代3166.0±15.6186.0±22.6186.0±22.6性別男性53134.7±17.8152.6±25.5168.2±23.9女性80133.9±18.5150.0±24.2160.7±24.5左右差右眼71134.1±17.6151.1±23.3162.5±24.0左眼62134.5±19.0151.2±26.3165.1±25.3初回・2回目初回101133.4±18.4149.7±23.9162.9±23.12回目32136.9±17.7155.8±26.6166.3±28.8高血圧無103132.3±18.9148.3±23.6161.1±24.2有30141.1±13.8160.9±26.2172.1±24.0糖尿病無114134.7±18.9150.0±24.3161.9±24.8有19131.7±13.7158.4±26.4174.5±20.3高血圧・糖尿病の有無高血圧無・糖尿病無90132.9±19.5147.1±23.5159.6±24.5高血圧無・糖尿病有13127.5±13.8156.8±23.2172.3±19.2高血圧有・糖尿病無24141.2±15.0160.8±24.5170.3±24.3高血圧有・糖尿病有6140.8±8.40161.7±34.8179.2±23.8降圧剤無111131.8±16.8146.4±21.5157.4±20.4有22146.6±20.3175.4±25.6195.5±18.4平均値±標準偏差.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081717(109)133例全例で平常時血圧と手術室入室後の血圧変化の関係を検討した(表2).入室時の最初の測定で最高血圧を示した群は39例であり,この群の平常時血圧は140.8±19.3mmHgであった.入室後5分後に最高血圧を示した群は33例であり,平常時血圧は140.1±13.0mmHgであった.同様に10分後は21例で平常時血圧は127.5±15.3mmHg,15分後は25例で123.6±14.0mmHg,20分後は7例で126.8±25.4mmHg,25分以上は8例で128.0±21.2mmHgであった.入室後最高血圧に至る時間が短い群ほど平常時血圧は有意に高いという結果であった(p=0.0012:一元配置分散分析).入室時に最高血圧を示した群の平常時血圧は5分後最高血圧群とは有意の差はなく,10分後・15分後群(p=0.048,0.001)とは有意差があった.5分後に最高血圧を示した群の平常時血圧は10分後・15分後群より有意に(p=0.0055,0.0002)高かった(Bonferroni/Dunn検定).年齢別に平常時血圧・入室時血圧・最高血圧を検討した(表3,4).年齢を60歳未満群,6070歳未満群,7080歳未満群,8090歳未満群,90歳以上群に分けてみると,平常時血圧・入室時血圧・最高血圧は各群の順に有意に高くなった(p=0.0014,0.0038,0.0026:一元配置分散分析).性別・術眼の左右差・初回手術か2回目かに分けて検討したが,平常時血圧・入室時血圧・最高血圧の差はなかった.高血圧の有無に分けて検討した.高血圧有群では高血圧無群に比し平常時血圧・入室時血圧・最高血圧は有意に高かった(p=0.018,0.00132,0.00327:一元配置分散分析).糖尿病についても有無に分けて検討した.有群では無群に比し,最高血圧が有意に(p=0.00377:一元配置分散分析)高かったが,平常時血圧・入室時血圧には有意差がなかった.高血圧・糖尿病の有無について,高血圧無・糖尿病無群,高血圧無・糖尿病有群,高血圧無・糖尿病有群,高血圧有・糖尿病有群の4群に分けて検討した.平常時血圧は4群で差がなかったが,入室時血圧,最高血圧は4群で有意の差があった(p=0.0475,0.0401:一元配置分散分析).入室後の降圧剤投与について検討した.降圧剤投与有群は22例で全体の1/6であり,投与無群に比し,平常時血圧・入室時血圧・最高血圧が有意に高かった(p=0.0004,0.0001,0.0001:一元配置分散分析).III考按対象133例のうち,60歳未満は13例(9.3%),60歳代は26例(19.5%),70歳代は64例(48.1%),80歳代は27例(20.3%),90歳以上は3例(2.3%)であり,70歳以上の症例は約70%であった.自院で白内障手術を受けた患者を分析した報告で70歳以上の割合について,田内ら1)は70歳以上の症例が60%,Suzukiら2)は70%,中泉ら3)は約70%と報告している.高齢者の増加に伴い,どこの病院でも白内障手術患者は70歳以上が6070%前後であると考えられた.対象133例の血圧は平常時血圧・入室時血圧・最高血圧の順に有意に上昇するという結果であった.具体的には,手術室に入るだけでも血圧が約20mmHg近く上昇し,手術が始まればさらに血圧が10mmHg上昇した.佐藤ら4)は白内障術中血圧の変化を報告している.安静時に136.4mmHgであった血圧が手術室入室で167.1mmHgと30mmHg上昇するが,術中は166.4mmHgでさらなる上昇はなかったと報告している.手術室に入室するだけで血圧が上昇し,最高血圧は安静時より30mmHg上昇するという筆者らと近似した結果であった.さらに,血圧上昇について手術室への入室後の経過をみると133例中39例は入室直後に一番血圧が高く,さらに33例は入室後5分後の血圧が最高血圧であった.すなわち,入室直後の段階ですでに血圧が上昇し,降圧剤を投与したあるいはそのままでもその後は血圧が下降したという入室時の血圧が一番高い例が全体の1/4にみられた.5分後に最高血圧を示した症例まで合わせれば72例であり,全体の半数であった.ついで,血圧経過を年齢・性別・左右差・初回か否か・高血圧の有無・糖尿病の有無・術中降圧剤の有無に分けて検討した.年代別には平常時血圧・入室時血圧・最高血圧すべて年代が上昇するごとに有意に高い結果であった.冨川5)は白内障手術を受けた380例を分析したが,50歳以上60歳未満群と80歳以上群とを比較し,搬入時血圧が60歳未満群155.0mmHg,80歳以上群163.6mmHgであり,80歳以上群は血圧が高いと報告しており一致した結果であった.筆者らはさらに年齢が上昇するに比例して術中に血圧が上昇するとの結果を得た.高齢者では特に術中血圧が上昇する危険が高いことを認識する必要があろう.初回手術か否かでも有意の差はなかった.田内ら1)は初回表4各群の有意差平常時血圧入室時血圧最高血圧年代別0.0014**0.0038**0.0026**性別0.8160.5780.0803左右差0.9040.9820.544初回・2回目0.3540.2200.498高血圧の有無0.0182*0.0132*0.0327*糖尿病の有無0.5150.1700.0377*高血圧・糖尿病の有無0.08730.0475*0.0401*降圧剤の有無0.0004**0.0001**0.0001***:p<0.05,**:p<0.01;一元配置分散分析.———————————————————————-Page41718あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(110)手術より2回目手術のほうが心電図異常・高血圧・低血圧・胸苦などの合併症の発生頻度が少ないと報告しているが,血圧に限定した検討はしていない.筆者らの検討では血圧に関しては有意の差はなかった.既往歴について検討した.高血圧症の有無については平常時血圧・入室時血圧・最高血圧ともに有群が無群より有意に血圧が高かった.Suzukiら2)は2,770例を検討し,正常血圧群,中等度血圧群,高血圧群に分け,正常血圧群は術前術中ともに平常時より血圧が高くなるが,中等度では差はなく,高血圧群では低下すると報告した.正常血圧群で一番血圧上昇が高いのは血管に弾性があるからだと考察しており,筆者らとは結果が異なる.Suzukiら2)は術1時間前にhydroxy-zinehydrochlorideを内服しており,熟練した術者が手術を行っており,筆者らとは条件が異なる.術前鎮静剤の必要性については,江下ら6)は白内障手術1時間前にジアゼパムを内服し,検討している.内服量0,2,5mgの3群を比較し,自覚症状と血圧の変化を比較し,3群で有意の差はなくジアゼパム内服の必要性は低いと結論した.稲田7)は高齢者ではジアゼパムの感受性が亢進すると指摘している.これらを参考に,筆者らは白内障手術では高齢者が対象であり,ジアゼパムの効果が大きく出てしまうリスクを考慮し,術前投薬として鎮静剤の投薬は行わずセデスGR1.0g内服のみとしている.さらに後期研修医が手術を分担しているなど,Suzukiら2)とは条件が異なり単純な比較はできない.糖尿病有群と無群の比較では,平常時血圧・入室時血圧は差がないが,最高血圧は有意の差があった.また高血圧・糖尿病有無の4群の比較で平常時血圧は差がないが,入室時・最高血圧は有意の差があった.すなわち糖尿病があると平常時血圧には差がなくても最高血圧が上がる可能性がある,高血圧・糖尿病ともにあれば,平常時には血圧に差がなくても入室時・最高血圧とも上昇の危険があることが示された.Suzukiら2)も糖尿病がある群は術前・術中血圧が上昇することを報告している.入室後降圧剤投与群は,平常時・入室時・最高血圧ともに有意に高かった.すなわち,平常時血圧が高ければ入室後に降圧剤を投与することになる可能性が高いと考えることができる.手術に際し術前から十分な血圧管理が重要と考えられた.佐藤ら4)は,看護師の立場から手術室入室ホールで癒し系音楽を流し足浴を実施し,術中の緊張を和らげるなど看護師の介入を試みた.非介入群の術中血圧が167.1mmHgであるのに対し介入群は151.6mmHgと有意に血圧が低下したと,緊張をほぐす看護の介入効果を報告している.筆者らの検討でも入室時に血圧が上昇した例が39例と全体の3割であった.緊張だけでも血圧が上昇する症例に対し血圧降下剤を投与するのでなく,緊張をほぐすなど看護の介入で血圧が下がる可能性を示しており,興味深い.血圧に限らず,高齢者の白内障手術の全身管理に関しては報告が多いが,同時に手術の有用性に関する報告も多い.萱場8)は80歳以上の高齢者は高血圧のほか,糖尿病・虚血性心疾患・老人性痴呆症などが多いが,術後全例で日常生活動作の改善があったと報告し,本多ら9)は高血圧・糖尿病・心疾患・腎機能障害が多いが術後改善は96.5%に得られ,両者とも高齢者であっても白内障手術が機能の改善に有用と結論している.白内障手術は短時間の手術であり,術後日常生活動作の改善や視力の改善を得られる例が多く手術は有意義である.しかし,手術室に入室するだけで平均20mmHgの血圧上昇があり,術中はさらに10mmHgの血圧上昇があり,全体の1/6の症例に降圧剤を投与した.降圧剤を投与した例は平常時に血圧が高い症例,あるいは糖尿病の症例に多かった.こうした症例には術前から十分な血圧管理が必要と考えられた.文献1)田内慎吾,斉藤秀文,八瀬浩樹ほか:白内障手術と全身合併症の出現との関連.あたらしい眼科22:687-691,20052)SuzukiR,KurokiS,FujiwaraNetal:Theeectofpha-coemulsicationcataractsurgeryvialocalanesthesiaonpreoperativeandpostoperativebloodpressurelevels.Ophthalmology104:216-212,19973)中泉知子,谷野洸:NTT東関東病院における白内障手術症例と全身合併症.眼臨98:660-663,20044)佐藤恵美子,岩倉奈保美,三室能子ほか:白内障手術における血圧安定化の試み.看護実践の科学1:66-67,20045)冨川節子:白内障手術における循環動態の変動.博慈会老人病研究所紀要11:12-15,20026)江下忠彦,根岸一乃,蔵石さつき:点眼麻酔白内障手術における鎮静剤(ジアゼパム)内服の必要性.あたらしい眼科15:1587-1591,19987)稲田英一:ジアゼパム.高齢者の麻酔,p142-144,真興交易医書出版部,19958)萱場幸子:高齢者に対する白内障手術の効果と問題点.眼紀48:1315-1318,19979)本多仁司,矢野啓子,高原真理子:80歳以上の白内障患者の術中術後の経過.あたらしい眼科16:667-680,1999***

トウワタの茎汁により一過性角膜内皮機能不全に至った1症例

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page11712あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(00)原著あたらしい眼科25(12):17121714,2008cはじめにトウワタは江戸末期に渡来した熱帯アメリカ原産のガガイモ科トウワタ属の植物で,学名をアスクレピアス・クラサビカ(Asclepiascurassavica)という.園芸用,観賞用の植物として切花や鉢植えで広く流通しており,茎汁中にはカルデノリド類13)やアルカロイド4)といった毒性成分が含まれていることが知られている.これまでにトウワタの茎汁が眼に飛入し視力低下をきたした報告としてはChakrabortyら5)の一報のみである.今回筆者らはトウワタの茎汁の飛入により一過性の角膜内皮機能不全に至った1症例を経験したので報告する.I症例患者:67歳,女性.主訴:右眼の視力低下,充血,眼痛.既往歴:30歳時卵巣腫,60歳時高血圧,高脂血症,骨粗鬆症,65歳時子宮筋腫.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2007年10月30日,自宅で剪定中にトウワタの乳白色の茎汁(図1)が右眼に飛入した.直後より強い眼痛が出現したため,水道水で洗眼し,市販薬を点眼した.鼻汁,くしゃみ,鼻内異物感も出現したため近医眼科を受診した.近医では大量の生理食塩水での洗眼処置がなされた.途中嘔〔別刷請求先〕角環:〒783-8505南国市岡豊町小蓮高知大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TamakiNagao-Sumi,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KochiMedicalSchool,KochiUniversity,Kohasu,Okou-cho,Nankoku-shi,Kochi783-8505,JAPANトウワタの茎汁により一過性角膜内皮機能不全に至った1症例多田憲太郎角環西野耕司福島敦樹高知大学医学部眼科学講座ACaseofTransientEndothelialDysfunctionDuetoLatexofAsclepiascurassavicaKentaroTada,TamakiNagao-Sumi,KojiNishinoandAtsukiFukushimaDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KochiMedicalSchool,KochiUniversityトウワタの茎汁の飛入により一過性の角膜内皮機能不全に至った1症例を経験した.症例は67歳,女性,剪定中にトウワタの茎汁が右眼に飛入した.受傷後近医にて洗眼処置を受けたが,翌日には強い角膜実質浮腫とDescemet膜皺襞が出現し,矯正視力は0.05であった.ステロイド薬の全身および局所療法にて浮腫は消失し,治療5日目には矯正視力1.2に改善した.トウワタの茎汁にはカルデノリドやアルカロイドが含まれており,これらが角膜内皮のNa+,K+-ATPaseを抑制し,一過性の角膜浮腫が生じたと考えられた.WereportacaseoftransientcornealendothelialdysfunctionduetolatexofAsclepiascurassavica.Thepatient,a67-year-oldfemale,waspruningAsclepiascurassavicawhenthelatexoftheplantspurtedintoherrighteye.Shewastreatedataclinicbyeyewashingwithsaline.Thenextday,however,severestromaledemaandDescemet’smembranefoldwerenotedinherrightcornea,andthebest-correctedvisualacuityintheeyewas0.05.Topicalandsystemiccorticosteroidtreatmenteasedthecornealedema.Fivedayslater,thecornealedemahaddisappeared,andthebest-correctedvisualacuityintheeyeimprovedto1.2.Asclepiascurassavicalatexcon-tainscardanolideandalkaloid.WespeculatethattheseconstituentsinhibitcornealendothelialNa+,K+-ATPase,therebyinducingtransientcornealendothelialdysfunction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17121714,2008〕Keywords:トウワタ,角膜内皮機能不全,角膜浮腫.Asclepiascurassavica,cornealendothelialdysfunction,cornealedema.1712(104)0910-1810/08/\100/頁/JCLS———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081713(105)気,嘔吐も認めた.同日夕より視力低下を自覚したため,翌朝近医を再診し,当院紹介入院となった.初診時視力は右眼0.05(矯正不能),左眼0.7(1.2),眼圧は右眼17mmHg,左眼15mmHgであった.右眼は角膜全体に強い実質浮腫とDescemet膜皺襞を認めた.PalisadesofVogtは全周残存しており,角膜上皮浮腫や角膜上皮欠損,結膜上皮欠損は認めなかった.眼瞼結膜,眼球結膜の充血を認めたが,結膜濾胞や結膜乳頭は顕著ではなかった.前房ならびに眼底の状態は角膜浮腫のため不明であった(図2).SchirmerⅠ法は右眼ab図1トウワタa:概観.b:茎の切断面から分泌する乳白色の茎汁.図2初診時の右眼前眼部写真角膜全体の強い実質浮腫(a),Descemet膜皺襞(b),眼瞼結膜,眼球結膜の充血(c)を認めた.abc1311151131131151タタ内3122436131ト112図3治療経過(上段)と右眼前眼部写真(下段)———————————————————————-Page31714あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(106)36mm,左眼24mmであった.入院時より0.1%リン酸ベタメタゾンの頻回点眼,レボフロキサシン,1%硫酸アトロピン点眼に加え,プレドニゾロン酢酸エステル眼軟膏点入とプレドニゾロン30mgの内服を開始した.入院日同日夕方には,角膜実質の浮腫,Descemet膜皺襞,結膜充血の減少を認めた.治療開始3日後には,角膜実質の浮腫,Descemet膜皺襞の改善,結膜充血の消失を認め,自覚症状も改善した.治療開始5日後には角膜実質の浮腫,Descemet膜皺襞は消失し,矯正視力は1.2に改善した(図3).点眼や内服は症状,所見の改善に従い漸減中止とした.治療開始8日目の角膜内皮細胞密度はスペキュラマイクロスコープ検査では右眼=2,173/mm2,左眼=2,347/mm2であった.II考按トウワタの茎汁中には強心配糖体であるアスクレピアジンやビンセトキシンといったカルデノリド類13)やアルカロイド4)といった毒性成分が含まれており,漢方薬1)としても有名である.しかし,ガガイモ科の植物には有毒植物が多く,トウワタの煎剤(煎じた汁)は頭痛,悪心,嘔吐,腹痛,下痢などを起こすことも知られている1).本症例でも鼻汁,くしゃみ,鼻内異物感,吐気,嘔吐が出現しており,これらは眼に飛入した茎汁が鼻涙管を通じて鼻や咽頭に流れ込み生じたものと思われた.角膜内皮細胞では,Na+,K+-ATPaseによりNa+を細胞外,そして前房内へ能動輸送することで浸透圧勾配が生じ,その勾配に従って実質内から前房への水の移送が生じる6).本症例で認めた一過性の角膜実質浮腫は,①茎汁中に含まれるカルデノリド類によりNa+,K+のバランスがくずれたこと,②毒性成分が角膜内皮細胞中のNa+,K+-ATPaseを一時的に抑制し,Na+の前房内移行を妨げたこと,が原因と思われるポンプ機能不全により生じたと考えられた.また本症例では,酸やアルカリによる角膜腐食に類似した病態を呈したが角膜上皮や結膜上皮障害は認めなかった.患者が持参したトウワタの茎を切断し,採取した茎汁のpHを測定すると7.0であった.そのため,角膜輪部機能不全に至らず,角膜内皮にのみ障害を生じたと考えられた.Chakrabortyらの報告5)では,治療開始前の視力0.3,角膜実質浮腫も比較的軽症であった.そのため治療も人工涙液の点眼のみで速やかに改善した.一方,本症例は受傷後比較的早期に近医で大量の生理食塩水を用いた洗眼処置を受けているにもかかわらず著明な角膜実質浮腫に伴う視力低下を認めた.強い角膜実質浮腫を認める重症例では洗眼処置のみでは不十分であり,ステロイド薬による消炎が有効であると考えた.トウワタをはじめ,その汁に有毒成分を含む植物は身近に数多く存在する.今回のように直接飛入するだけでなく,日常においては素手で作業を行いその手で眼を擦過することでも眼内に汁が入る.したがって,これらの植物を扱う作業を行う場合には,防御用の眼鏡,手袋の着用はもとより作業終了時の手洗いが重要であり,万一眼内に入った際には大量の生理食塩水による洗眼と,重症例ではステロイド薬の局所ならびに全身投与が有効と考えられる.文献1)原色牧野和漢薬草大圖鑑(岡田稔編),p422,北隆館,19882)KupchanSM,KnoxJR,KelseyJEetal:Calotropin,acytotoxicprincipleisolatedfromAsclepiascurassavicaL.Science146:1685-1686,19643)RadfoldDJ,GilliesAD,HindsJAetal:Naturallyoccur-ringcardiacglycosides.MedJAust144:540-544,19864)KelleyBD,AppeltGD,AppeltJM:Pharmacologicalaspe-ctsofselectedherbsemployedinhispanicfolkmedicineintheSanLuisValleyofColorado,USA:Ⅱ.Asclepiasasperula(inmortal)andAchillealanulosa(plumajillo).JEthnopharmacol22:1-9,19885)ChakrabortyS,SiegenthalerJ,BuchiER:CornealedemaduetoAsclepiascurassavica.ArchOphthalmol113:974-975,19956)BonannoJA,GiassonC:IntracellularpHregulationinfreshandculturedbovinecornealendothelium.Ⅱ.Na+:HCO3cotransportandCl/HCO3exchange.InvestOph-thalmolVisSci33:3068-3079,1992***

学童におけるオルソケラトロジー経過中に発症したアカントアメーバ角膜炎の1例

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(101)17090910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(12):17091711,2008cはじめにコンタクトレンズによる近視治療であるオルソケラトロジーは,LASIK(laserinsitukeratomileusis)の適応にない未成年の若年者にも行える治療としてわが国でも行われている.なかには小学生に対して行われている例もある.オルソケラトロジーでは夜間にコンタクトレンズを装用するため角膜が低酸素状態となり,またレンズの構造上,汚れが蓄積しやすいため,ハードコンタクトレンズであるにもかかわらず感染性角膜炎の発生が少なくない.緑膿菌による細菌性角膜潰瘍の報告が最も多いが,アカントアメーバ角膜炎の報告もある13).海外では現在までに28例の報告があり4),中国13例1),〔別刷請求先〕加藤陽子:〒236-0004横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YokoKato,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama-shi236-0004,JAPAN学童におけるオルソケラトロジー経過中に発症したアカントアメーバ角膜炎の1例加藤陽子*1中川尚*2秦野寛*3大野智子*1林孝彦*1佐々木爽*1水木信久*1*1横浜市立大学医学部眼科学教室*2徳島診療所*3ルミネはたの眼科ACaseofAcanthamoebaKeratitisThatDevelopedduringtheCourseofOrthokeratologyYokoKato1),HisashiNakagawa2),HiroshiHatano3),TomokoOhno1),TakahikoHayashi1),SayakaSasaki1)andNobuhisaMizuki1)1)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,2)TokushimaEyeClinic,3)HatanoEyeClinicオルソケラトロジー経過中に発症したアカントアメーバ角膜炎の症例を経験した.症例は11歳,女児.9歳よりオルソケラトロジーを行っていた.右眼の充血を自覚し,近医にてアレルギー性結膜炎と診断された.その後眼痛,霧視が出現し,副腎皮質ステロイド薬,抗菌薬点眼を行ったが改善せず横浜市立大学付属病院眼科を紹介受診した.初診時視力は,右眼(0.03),左眼(1.2)であった.毛様充血と角膜中央部の類円形の浸潤病巣,および放射状角膜神経炎があり,病巣擦過物の塗抹標本でアカントアメーバのシストが認められ,アカントアメーバ角膜炎と診断した.0.02%クロルヘキシジン,フルコナゾールの頻回点眼,ピマリシン眼軟膏の点入を行い,角膜浸潤は徐々に軽減し約8カ月で上皮下混濁を残すのみとなった.矯正視力は(1.0)まで改善した.オルソケラトロジーにおいて,細菌性角膜潰瘍と並び,アカントアメーバ角膜炎も注意すべき感染症の一つと考えられた.AcaseofAcanthamoebakeratitisduetoorthokeratologyisreported.Thepatient,an11-year-oldfemalewhohadbeenundergoingorthokeratologysincetheageof9,developedhyperemiaandwasdiagnosedwithallergicconjunctivitis.Shesubsequentlysueredocularpainandblurredvision;topicalsteroidandantibioticswereinitiat-ed,butherconditiondidnotimprove.Atinitialvisit,hercorrectedvisualacuitywas0.03fortherighteye.Hyper-emia,circularinltrativelesionatthecenterofthecornea,radialneurokeratitisandciliaryhyperemiawereobserved.WefoundanAcanthamoebacystinherscrapedsmear,stainedwithGiemsaandfungiora,anddiag-nosedAcanthamoebakeratisis.Thepatientwastreatedwithinstillationof0.02%chlorhexidine,uconazoleandophthalmicpimaricinointment,afterwhichonlyasubepitheliallesionremained.At8months,hervisualacuityhadimprovedto1.0.Inorthokeratology,itisimportanttobeawareofpotentialinfections,includingAcanthamoebaker-atitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17091711,2008〕Keywords:オルソケラトロジー,アカントアメーバ角膜炎.orthokeratology,Acanthamoebakeratitis.———————————————————————-Page21710あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(102)台湾4例2,3),韓国4例5),オーストラリア3例6,7),アメリカ2例8,9),カナダ2例10)と,アジア諸国で多くみられる傾向にある.わが国では海外で処方され国内で発症した1例11)が報告されているのみである.今回筆者らは,小学生のオルソケラトロジー経過中に発症したアカントアメーバ角膜炎の1例を経験したので報告する.I症例患者:11歳,女児.主訴:右眼充血.現病歴:平成18年1月上旬に右眼の充血が出現したためオルソケラトロジーレンズ処方医を受診した.アレルギー性結膜炎と診断され,抗アレルギー点眼薬を処方された.しかしながら症状は軽快せず,2月上旬には右眼眼痛,および右眼霧視も自覚したため他院を受診,オルソケラトロジーを中止した.副腎皮質ステロイド薬,抗菌薬点眼を使用したが増悪したため,2月25日,さらに別の眼科を受診した.角膜潰瘍がみられ3月3日に横浜市立大学付属病院眼科を紹介受診となった.なお,角膜潰瘍を発症した経過については,オルソケラトロジーレンズ処方医は把握していない.オルソケラトロジーの背景としては,平成14年に視力低下を自覚,近視性乱視を指摘されたが,本人が眼鏡を嫌がり,水泳をしていたこともあり,親がテレビの報道で知ったオルソケラトロジーを希望し,平成15年(9歳)より開始した.オルソケラトロジーレンズは,夜間睡眠時に約10時間装用していた.コンタクトレンズの洗浄法は,ハードコンタクトレンズ用洗浄保存液でこすり洗いを行い水道水ですすぎ,洗浄保存液を入れたレンズケースで保存するという通常の方法を行っていた.蛋白除去は週1回行っていた.コンタクトレンズの溝に対しての洗浄については特別に指導はされなかった.装着前とはずす前には人工涙液点眼を行っていた.定期検診は3カ月ごとに行っていた.初診時所見:視力は右眼0.02(0.03×3.5D(cyl-2.0DAx180°),左眼0.07(1.2×3.75D(cyl2.75DAx180°),右眼に毛様充血を認め,角膜中央部に類円形の実質浸潤病巣を認め(図1),角膜耳側には放射状角膜神経炎がみられた.オルソケラトロジーレンズ装用の既往,角膜所見よりアカントアメーバ角膜炎が疑われたため,病巣を擦過し,ギムザ染色にて鏡検を行ったところ,二重壁をもつ円形物質が認められた(図2).ファンギフローラYR染色を行い円形の特異蛍光を示すアカントアメーバシストを確認,アカントアメーバ角膜炎と診断した.即日入院となり,0.2%フルコナゾール点眼,0.02%クロルヘキシジン点眼を1時間ごと,ピマリシン眼軟膏3回/日点入,ガチフロキサシン点眼6回/日を開始,週2回角膜掻爬を行った.1カ月後,角膜浸潤は軽減し,瞳孔領の透見が可能になった.入院7週間後より残存した角膜混濁に対し,プレドニゾロン5mg内服を開始,3カ月後より0.02%フルオロメトロン点眼に変更した.角膜混濁は経過とともに軽減した.治療開始5カ月後,フルコナゾール点眼,クロルヘキシジン点眼を中止,8カ月後にはすべての点眼薬を中止した.上皮下混濁と血管侵入は残存したが,角膜混濁はさらに軽減し,矯正視力1.0まで改善した.II考按オルソケラトロジーは,睡眠時に特殊デザインのハードコンタクトレンズを装用することにより角膜の形状を一時的に変化させ,日中の裸眼視力を向上させる屈折矯正法である.アジア地域では,近視進行遅延効果を期待し,小児へのオルソケラトロジーが多く行われている12).しかしながら,中国,台湾では,トポグラフを用いずにコンタクトレンズを処方する,経過中の定期検診を行わない,など問題も指摘されており,アカントアメーバを含む角膜感染症が多発した一因と考えられている.コンタクトレンズ関連のアカントアメーバ角膜炎患者のう図1初診時角膜浸潤所見図2アカントアメーバシスト(ギムザ染色)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081711(103)ち,ハードコンタクトレンズ使用者は8.8%と少ない13).しかも,ほとんど例外なく,レンズケアを怠ったり,定期検査を受けない,などの不適切な使い方をして発症したものがほとんどである.しかし,本症例では,指示通りの使用方法とケア方法を行っており,定期検診を受けていたが,アカントアメーバ角膜炎を発症した.感染の原因として,コンタクトレンズが固着気味でセンタリングが不良であったため,夜間装用時の涙液交換の低下により,角膜の低酸素状態をひき起こし,角膜上皮障害を生じた可能性がある.また,レンズの構造上,内面の溝部分に汚れが蓄積しやすく14),コンタクトレンズケースの洗浄や交換を行っていなかったことが汚染につながったものと考えられる.平成18年度学校現場でのコンタクトレンズ使用状況調査によると,小学生のコンタクトレンズ使用者は0.1%で,そのなかでオルソケラトロジーレンズ使用者の割合は11.1%と高率であった15).日本において行われている治験では,オルソケラトロジーの対象は18歳以上とされているが,近視進行遅延効果を期待し,学童期にオルソケラトロジーを希望する保護者が多くみられるためと考えられる.オルソケラトロジーは,2002年に米国FDA(食品・医薬品局)で認可され,日本でも開業医を中心に行われている.しかし,現在日本では未認可であり,オルソケラトロジーに精通していない医師によるレンズ処方が行われている場合もあると考えられる.また,オルソケラトロジーによって近視が治ると誤解させたり,年齢が低いほど効果があると謳った広告を行い,幼児への処方を推奨する施設もみられる.オルソケラトロジーの長期的な経過はまだ不明なことが多い.睡眠中のコンタクトレンズ装用に伴うリスク,コンタクトレンズの管理が困難な低年齢の学童に施行することのリスク,さらに,それらに伴う角膜感染症発症のリスクを,事前に十分説明する必要があると考えられる.アカントアメーバ角膜炎は,細菌性角膜潰瘍と並んで,オルソケラトロジーにおいて注意すべき重篤な合併症であり,今後,治験の評価をふまえ,より安全に行われるような適応基準が定められる必要があると考えられる.本稿の要旨は第44回日本眼感染症学会にて発表した.文献1)SunX,ZhaoH,DengSetal:Infectiouskeratitisrelatedtoorthokeratology.OphthalmicPhysiolOpt26:133-136,20062)TsengCH,FongCF,ChenWLetal:Overnightorthoker-atology-associatedmicrobialkeratitis.Cornea24:778-782,20053)HsiaoCH,LinHC,ChenYFetal:Infectiouskeratitisrelatedtoovernightorthokeratology.Cornea24:783-788,20054)WattK,SwarbrickHA:Microbialkeratitisinovernightorthokeratology:Reviewoftherst50cases.EyeCon-tactLens31:201-208,20055)LeeJE,HahnTW,OumBSetal:Acanthamoebakeratitisrelatedtoorthokeratology.IntOphthalmol27:45-49,20076)WattKG,SwarbrickHA:Trendsinmicrobialkeratitisassociatedwithorthokeratology.EyeContactLens33:373-377,20077)WattKG,BonehamGC,SwarbrickHA:Microbialkerati-tisinorthokeratology:theAustralianexperience.ClinExpOptom90:182-187,20078)WilhelmusKR:Acanthamoebakeratitisduringorthokera-tology.Cornea24:864-866,20059)RobertsonDM,McCulleyJP,CavanaghHD:Severeacan-thamoebakeratitisafterovernightorthokeratology.EyeContactLens33:121-123,200710)YepesN,LeeSB,HillV:Infectiouskeratitisafterover-nightorthokeratologyinCanada.Cornea24:857-860,200511)福地祐子,前田直之,相馬剛至ほか:オルソケラトロジーレンズ装用者に認められたアカントアメーバ角膜炎の1例.眼紀58:503-506,200712)吉野健一:オルソケラトロジーの適応と合併症対策.眼科プラクティス9,屈折矯正完全版,p90-92,文光堂,200613)石橋康久:アカントアメーバ角膜炎37自験例の分析.眼科44:1233-1239,200214)Araki-SasakiK,NishiI,YonemuraNetal:Characteris-ticsofPsedomonascornealinfectionrelatedtoorthokera-tology.Cornea24:861-863,200515)日本眼科医会学校保健部:平成18年度学校現場でのコンタクトレンズ使用状況.日本の眼科78:1187-1200,2007***

シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの連続装用が前眼部環境に及ぼす影響と安全性の検討

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(93)17010910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(12):17011707,2008c〔別刷請求先〕白石敦:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学医学部感覚機能医学講座視機能外科学分野Reprintrequests:AtsushiShiraishi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicine,EhimeUniversity,454Shitsukawa,Toon,Ehime791-0295,JAPANシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの連続装用が前眼部環境に及ぼす影響と安全性の検討白石敦原祐子山口昌彦大橋裕一愛媛大学大学院感覚機能医学講座視機能外科学分野EvaluationofOcularSurfaceInuenceandSafetyinExtendedWearofNewlyApprovedSiliconeHydrogelContactLensAtsushiShiraishi,YukoHara,MasahikoYamaguchiandYuichiOhashiDepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicine,EhimeUniversity1週間連続装用のシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)がわが国で認可・発売されたが,連続装用については,まだ安全性を懸念する声も多い.そこで,SHCL連続装用の安全性を検証する目的で,1日使い捨てソフトコンタクトレンズ(SCL),頻回交換型SCL,1カ月交換の終日装用SHCLとの間で多角的な比較評価試験を行った.結果として,実用視力,前眼部所見ならびに涙液安定性に関する1週間連続装用SHCLの評価は,終日装用された他の従来型素材レンズ群と同等であった.一方,角膜厚に関しては,1カ月交換の終日装用SHCLと同様,変化は認められず,従来型素材レンズの終日装用で有意の増加がみられたのとは対照的であった.使用後のレンズの一部からコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)が検出されたが,細菌量はいずれも臨床的に問題のないレベルであり,細菌の検出率(陽性率)は1カ月交換の終日装用SHCLと比較して有意に低かった.他方,付着脂質量は従来素材のSCLよりも有意に多く,逆に,付着蛋白質量は,1日使い捨てSCLよりも有意に少なく,1カ月交換の終日装用SHCLよりも多かった.今回の検討から,新しい1週間連続装用のSHCLの安全性,有用性は,従来素材のSCLあるいは終日装用SHCLと遜色ないものと考えられる.Aone-weekextended-wearsiliconehydrogelcontactlens(1wSHCL)hasbeenmarketedinJapan,thoughnegativeopinionsremainregardingthesafetyofextendedwear.Thisstudywasdesignedtoexaminetheclinicalsafetyandutilityofthe1wSHCLincomparisonwiththreedailywearcontrols:adailydisposablesoftcontactlens(ddSCL),a2-weekreplacementsoftcontactlens(2wSCL)oramonthlysiliconehydrogelcontactlens(mSHCL).Nosignicantdierenceswereobservedbetween1wSHCLandthecontrolgroupsintermsofvision,slitlampndingsandtearstabilityanalysis.SignicantcornealswellingswereobservedinthetwohydrogelCLgroups,butnotinthetwoSHCLgroups.SomecoagulasenegativeStaphylococci(CNS)speciesweredetectedinbacteriologicalexaminationofwornlenses,thoughallwerefarbelowbacterialinfectionlevel.Thebacterialpositiveratiointhe1wSHCLgroupwassignicantlylowerthanthatinthemSHCLgroups.Asforlensdeposits,bothSHCLsabsorbedsignicantlymorelipidsthandidtheddSCLgroup.The1wSHCLabsorbedsignicantlylessproteinthandidtheddSCL,butsignicantlymorethanthemSHCL.Theseresultsindicatethatextendedwearofthis1wSHCLisassafeandusefulasexistingdailywearSHCLsorSCLs.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17011707,2008〕Keywords:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ,連続装用,角膜肥厚,涙液安定性,細菌,脂質,蛋白質.siliconehydrogelcontactlens,extendedwear,cornealswelling,tearstability,bacteria,lipids,proteins.———————————————————————-Page21702あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(94)はじめに連続装用コンタクトレンズ(CL)は,CLユーザーにとって利便性が高いため,潜在的なニーズはかなりあるが,終日装用レンズに比較して,合併症,特に細菌性角膜炎の発生頻度が高いとの報告が多数みられる点で,眼科医は処方に消極的な傾向がある1,2).近年,高い酸素透過性と光学特性を有し,蛋白質の付着しにくいシリコーンハイドロゲル(siliconehydrogel:SH)CLが登場した.これを受けて欧米では,1カ月連続装用SHCLの安全性が臨床的に検証され35),生活様式の面からオーバーナイト装用を必要とするユーザーを中心に定着しつつある.一方,連続装用期間は欧米より短いものの,1週間連続装用のSHCLがわが国においても承認・発売された.そこで,この新しいSHCLの1週間連続装用による安全性を,従来素材の終日装用ソフトCL(SCL),および終日装用SHCLを対照に,種々の角度から比較検討した.I対象および方法1.対象2007年1月より10月まで愛媛大学病院眼科にて募集したSCL既装用の成人ボランティア60名を対象に以下に述べる比較試験を行った.しかし,表1に示すように被験レンズの1週間の連続装用の適性予備試験においては8名(14.7%)が不適ないし本人理由により試験に不参加となり,1名が検査期間中に麦粒腫を発症,1名が検査不備のため本試験を中止した(表1).結果,検査を完了した計50例100眼(男性30例,女性20例,平均年齢23.2±SD1.8)について統計学的に検討を行った.2.コンタクトレンズ被験レンズとして1週間連続装用SHCL(BalalconA,含水率36%,以下PV),対照レンズとして1日使い捨てSCL(EtalconA,含水率58%,以下OA),2週間終日装用SCL(HEMA,含水率39%,以下MP)および1カ月終日装用SHCL(LotoralconA,含水率24%,以下OX)を用いた.3.方法試験は臨床検査と非臨床検査とに分けて行った.臨床検査では,レンズの使用期間の違いに基づいて試験Aと試験B表1応募者・参加者と中止理由人数理由応募者60予備試験不適8SPK1,本人理由7本試験参加者52本試験中止2麦粒腫1,角膜の古疵1終了者50SPK:点状表層角膜症.表2臨床試験デザイン症例数試料臨床検査名称素材FDAGroup製造元使用方法試験期間(日)使用日数(1枚当り)使用枚数(サイクル)装用時間(1日当り)ケアシステム試験A30PV(ピュアビジョンR)SH3B&L連続装用57571─MP(メダリストプラスR)ハイドロゲル1B&L終日装用57571>6hエーオーセプトOA(ワンデーアキュビューR)ハイドロゲル4J&J終日装用57157>6h─試験B20PV(ピュアビジョンR)SH3B&L連続装用2028574─OX(O2オプティクス)SH1Ciba終日装用263126311>6hエーオーセプト試験APV,OA,MPを3種交使用(不同)PVMPOA試験BPV,OXを交使用(不同)PVPVPVPVOX1W1W1W1W1Month最終週のレンズ回収レンズ回収:72時間以上注)1Week1W1Wレンズ回収レンズ回収最終日のレンズを回収レンズ止レンズ止レンズ止レンズ止図1試験概要のシェーマ———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081703(95)の2群に分け,それぞれクロスオーバー法で実施した.試験Aでは,被験レンズ(PV),および対照レンズとして従来素材のSCLの2週間終日装用レンズ(MP)と1日使い捨て(OA)レンズを,それぞれの用法に準じ,1週間ずつ使用した.また,試験Bでは,被験レンズとSHCL終日装用(OX)の対照レンズとをそれぞれの用法に準じ,1カ月ずつ使用した(表2).終日装用は1日6時間以上の装用とし,ケアシステム(MPとOXのみ)には過酸化水素消毒を使用した.予備試験と本試験の間,および本試験での被験レンズと対照レンズの間には,72時間以上の裸眼でのwash-out期間を設けた(図1).非臨床検査では,検査日に装用していたレンズを回収し,右眼のレンズを細菌検査に,左眼のレンズを蛋白質/脂質定量検査に供用した.ただし,蛋白質および脂質の付着は装用中の蓄積によると考えられるため,本来の使用期間より短いMPに関しては蛋白質/脂質定量検査から除外した.4.評価基準a.臨床検査①細隙灯顕微鏡検査:試験レンズ装用前,および試験最終日にレンズを外した直後の前眼部所見を観察した.角膜上皮障害に対してはフルオレセイン染色を用いて拡大率12倍にて観察し,上,下,左,右,中央の5象限の染色スコアを03点(角膜全体では015点)で評価した.②実用視力検査:装用開始直後と試験最終日に試験レンズ装用下での実用視力測定を行った.実用視力測定は,海道らの方法に則り1分間の平均視力を遠方視力(FVA),対数視力(logMAR)として評価し,測定開始時の視力に対する実用視力の比を視力維持率(VMR)として評価した6).③角膜厚検査:連続装用では酸素供給不足から起こる角膜浮腫の発生が懸念される.そこで,装用開始前および試験最終日にレンズを外した直後の角膜中心厚をPentacam(Oculus社)で測定した.④涙液検査:装用開始直後と試験最終日にTearStabilityAnalysisSystem(TSAS,Tomey社)を用いてBreak-UpIndex(BUI)を測定し,レンズ上の涙液の安定性を評価した.裸眼でのBUIは初回検査日に測定した.b.非臨床検査(回収レンズの検査)①微生物検査:試験終了時にレンズ(右眼)を回収し,(財)阪大微生物病研究会(吹田市)にて,細菌の同定・定量を行った.検査法をフローチャートに示す(図2).②蛋白質定量:試験終了時にレンズ(左眼)を回収し,(株)東レリサーチセンター生物科学第2研究室(鎌倉市)にて,付着蛋白質ないし脂質の分析・定量を行った.ただし,全数ではなく,構成比を考慮してレンズごとに1017検体数を抜粋して実施した.蛋白質の測定は検体レンズを加水分解し,ニンヒドリン比色法によるアミノ酸分析法にて行った.具体的には,検体に6mol/lの塩酸400μlを添加し,真空封圧下110℃で22時間加水分解した.ついで,6mol/l塩酸を別の試験管に移し,減圧乾固した後,水100μlに溶解,フィルター濾過後,アミノ酸分析計(日立L-8500形)で測定した.こうして得られたアミノ酸総量を検体レンズ1枚当たりの蛋白質量とし検体(右眼レンズケースレンズ液)菌ビーズり試験管に移すボルテックス1min菌生理塩水で希×10-1,10-2原液の残り全量発育菌の同定35℃,24~48時間培養菌増殖時には5%ヒツジ血液加TrypticaseSoyAgarに再分離35℃,1~7日間培養臨床用チオグリコレート培地原液および各希釈検体50??5%ヒツジ血液加TrypticaseSoyAgar35℃,24~48時間培養集落数をカウントし,サンプル中の菌数(CFU/m?)に換算発育菌を同定★直接分離培養,増菌培養ともに菌発育を認めない場合は“陰性”★?????????,CNS,?????????????,????????spp.を指定菌として同定指定菌以外は詳細な同定は行わない直接分離培養増菌培養図2微生物検査方法(提供:阪大微生物病研究会坂本雅子氏)———————————————————————-Page41704あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(96)た.③脂質定量:検体レンズから溶媒抽出された脂質をメチルエステルに変換するガスクロマトグラフィー(GC)定量分析にて測定した.具体的には,検体にクロロホルム/メタノール(1/1)2mlを添加して振盪し,溶媒抽出操作を行った.溶媒を除去した抽出脂質試料をメタノリシスするため,ジブチルヒドロキシトルエン(BHT)1mg/mlメタノール溶液を200μl,および5%塩酸・メタノール溶液1mlを加え,70℃で3時間加熱反応させて,試料中の脂肪酸および脂肪酸エステルを脂肪酸メチルエステルに変換した.ついで,ヘキサン1mlを加えてヘキサン層を回収し,ペンタデカン酸メチル0.01%クロロホルム溶液0.2mlを加えて再溶解したものをガスクロマトグラフHP5890型(HewlettPackard社)にてGC分析した.こうして得られた脂肪酸総量を検体レンズ1枚当たりの脂質量とした.II結果1.臨床検査a.前眼部所見試験Aにおいては,角膜上皮障害の発現眼数はOA20眼,MP22眼,PV23眼であり,角膜上皮障害発症眼における平均スコアでもOA1.30点,MP1.27点,PV1.52点と有意差は認めなかった.試験Bにおいては角膜上皮障害の発現眼数がPV22眼,OX8眼とOXにおいて角膜上皮障害発症眼が有意に少なかったが,角膜上皮障害発症眼における平均スコアはPV1.14点,OX1.13点と障害の程度に差は認めなかった.スコア3点以上の上皮障害を認めた症例はなく,1象限でスコア2点を認めた症例は試験AではMP1眼,試験BではPV2眼であった(表3).試験期間中に問題となる角結膜上皮障害,感染症などの前眼部所見は認めなかった.b.実用視力試験A,Bを通じて,レンズ装用下での遠方視力(FVA),対数視力(logMAR),および視力維持率(VMR)ともに,装用開始時と試験最終日との間で,いずれのレンズにおいても有意差はなかった(表4).c.角膜厚試験Aにおいて,従来素材のSCL(MP,OA)で有意な角膜厚の増加を認めた(MP:p<0.05,OA:p<0.01)が,表3角膜上皮障害SPK発現症例数(眼数)発現症例の平均Grade数(/眼)Grade2症例(眼数)試験AOA1W201.300MP1W221.271PV1W231.520試験BPV4W221.142OX1M81.130SPK:点状表層角膜症.表4実用視力PV(n=100)OA(n=60)MP(n=60)OX(n=40)装用開始時装用期間後装用開始時装用期間後装用開始時装用期間後装用開始時装用期間後実用視力(FVA)0.94750.97771.08301.09080.92810.96720.99901.0377p値0.240.800.160.37実用視力(LOG)0.04040.03160.01920.04020.03530.02750.02730.0025p値0.500.100.710.19視力維持率(VMR)0.92940.94820.96870.96230.94380.94830.95280.9483p値0.140.150.480.53500550600650552.38角膜厚(μm)554.25556.18567.67装用前装直後570.57559.90OAMPPV**p<0.01*p<0.05NS図3角膜厚検査(1週間,n=60眼)角膜厚(μm)装用前装直後NSNS500550600650557.43552.18567.48565.80PVOX図4角膜厚検査(4週間,n=40眼)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081705(97)SHCLでは有意な増加は認められなかった(PV:p=0.48).試験Bにおいて,SHCLの1週間連続装用(PV1週間×4サイクル)と終日装用(OX)との間に有意差はなかった(図3,4).d.TSAS(BUI)装用直後(ベースライン)および試験最終日のBUI値は,いずれのレンズにおいてもSCL装用前の裸眼値よりも有意に低下していた(p<0.001).レンズごとにベースラインと試験最終日とのBUI値の比較では,PVで1週間後(試験A)に有意に低下していたが,4週間後(試験B)ではベースラインとの間に差はなかった(図5,6).2.非臨床検査a.微生物検査黄色ブドウ球菌,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS),緑膿菌,セラチアについて同定・定量を行い,これら以外の菌は指定外菌とした.A,B両試験の全レンズ検体からはCNSが3種類(Staphylococcusepidermidis,Staphylococcuschromogenes,Staphylococcuswarneri)5例同定された.指定外菌が8例検出された.指定外菌も含めた検出頻度(陽性率)はレンズ間に有意な差が認められた(p<0.05).ただし,いずれも100CFU/ml以下であり,一般的にCNSで起炎性をもつとされる105CFU/mlのレベルの菌量7)を大きく下回るものであった(表5).b.蛋白質定量レンズ検体1枚当りの平均蛋白質量を18種類のアミノ酸表5検体レンズから分離培養された微生物試料名検体数Staphylococcus指定外菌(SA,PA,SM,CNS以外)Totalepidemidischromogeneswarnerl陽性検体数陽性率OA30陽性検体数微生物量1<20CFU/ml1100CFU/ml4<20CFU/ml620.0%MP30陽性検体数微生物量1>20CFU/ml13.3%PV50陽性検体数微生物量1<20CFU/ml1<20CFU/ml24.0%OX20陽性検体数微生物量4<20CFU/ml420.0%統計/平均13031181310.0%c20.05=7.815,p=0.0288<0.05.BUI(%)装用開始時装用期間後***p<0.001*p<0.0510002040608073.9053.0553.4456.8851.8350.4350.47裸眼OAMPPV図5BUI検査(1週間,n=60眼)***p<0.001***p<0.001***p<0.001050100150200250300050100150200250300OAPVOX平均蛋白質量(μg/枚)OAPVOX平均脂質量(μg/枚)NS図7レンズ付着蛋白質量・脂質量()用用眼図6BUI検査(4週間,n=40眼)———————————————————————-Page61706あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(98)の総量として計測したところ,OAが260.31μg(n=12,SD=129.06),PVが31.11μg(n=17,SD=14.61),OXが3.36μg(n=10,SD=2.07)となり,OAが他のレンズに比べ有意に高かった(各p<0.001).PVはOAよりも有意に低く,OXよりも有意に高かった(各p<0.001).c.脂質定量レンズ検体1枚当りの平均脂質量を6種類の脂肪酸の総量として計測したところ,OAが3.06μg(n=10,SD=1.33),PVが11.48μg(n=13,SD=1.93),OXが10.25μg(n=10,SD=1.80)となった.連続装用のPVと終日装用のOXとの間に差はなかったが,両SHCLともOAと比較して有意に多かった(p<0.001)(図7).III考察CLの装用に伴って,角膜は種々の非生理学的な環境に晒されるが,このなかで,最も大きな課題は酸素供給の低下である.これを解決するために種々の素材の開発が行われてきたが,現在の処方の主流である従来素材のSCLの場合には閉瞼時の酸素供給量を超える程度のレベルであり,オーバーナイト装用では低酸素状態により角膜浮腫をきたすとの報告もみられる8,9).また,低酸素環境下では角膜上皮に細菌が付着しやすくなるという事実も報告されており10),これを裏付けるように,従来素材のSCLの連続装用では,終日装用に比較して感染性角膜炎の発生頻度が高いとされている1,2).このように,一般にCLの連続装用は感染発症の危険因子と考えられている10,11)が,近年登場したSHCLがその画期的な酸素透過性により12,13),この課題を克服できるか否かは興味あるところである.本試験においては,レンズの酸素透過性を最も鋭敏に反映する指標として角膜厚を取り上げ,CL装用前後の変動を比較した.その結果,従来素材のSCLの終日装用とは異なり,連続装用されたPVにおいては検査期間中(4週間)有意な角膜厚の増加は認められなかった.終日装用のOXにおいても同様の結果であり,SHCLの優れた酸素透過性が改めて実証される結果となった.これらの成績は海外における報告14)ともよく一致しており,SHCLでは,終日装用のみならず連続装用においても,角膜厚の増加をきたさないレベルで酸素供給が維持されているものと考えられ,酸素不足による角膜上皮障害の発生も少ないものと推測される.連続装用でつぎに問題となるのがレンズの汚染である.実際,従来素材のSCLに比較してSHCLには細菌が付着しやすいとの報告も少なからずあるため1517),連続装用に伴う細菌付着の実態を明らかにしておくことは重要である.結論から言えば,汚染率は回収レンズ50枚のわずか2枚(4%)と当初の予想をはるかに下回るものであった.検出されたのはいずれもCNSであり,常在細菌叢由来と想定されるが,細菌量はいずれも100CFU/ml以下であり,一般的にCNSの起炎閾値とされる105CFU/mlのレベル7)には達しておらず,臨床的には問題とならない細菌量であった.一方で,菌の検出された頻度(陽性率)をみると,連続装用されたPV,終日装用MPとともに低く,1日使い捨てのOAと1カ月定期交換SHCLのOXにおいて比較的高かった.1日使い捨てのOAでは付着蛋白質量が多いことから,レンズに付着した蛋白質の量が細菌の接着に影響した可能性が考えられ15,16),OXは1カ月の終日装用であったため,使用期間の長さも関連している可能性もあり,追加研究での検討が必要であろう.細隙灯顕微鏡による所見では,いずれのレンズにおいても,試験期間を通して問題となるような眼表面の障害は観察されず,安全性に問題はないと推測される.しかし,試験Bにおいて上皮障害の程度はOXとPV間で有意差はなく軽度の角膜上皮障害ではあったが,終日装用のOXに比較してPVで角膜上皮障害発症眼数が多く認められたことは,連続装用CLではより注意深い経過観察が必要であることを示唆する結果であろう.装用レンズ上の涙液安定性は良好な視機能の維持において重要な因子であるが,本研究でも明らかなように,レンズ装用により低下することは避けられない現象である.涙液安定性をBUIにて評価したところ,装用4週間装用試験(試験B)においてPVはOXと同等の結果を示した.確かに,PVの場合,1週間装用試験(試験A)の装用後に有意な低下がみられ,同時に,PVの連続装用開始の最初の1週間に乾燥感が強いとの意見も少なからずある.実際,今回行った被験者に対するアンケート調査結果でも,PVに関する満足度(1:「低い」,7:「高い」の7段階評価)は,1週間後よりも4週間後のほうが良好で(meanscore:1週間後4.8/4週間後5.7),4週間後の満足度は終日装用で最も高い1日使い捨てOAと同等(5.8:1週間後)であった.すなわち,PVの連続装用の場合,装用後徐々にレンズに慣れて涙液の安定性が改善し,快適に使用できるようになるものと推察される.ただし,BUI値が40%未満の57眼(21.9%)については,その40.4%が乾燥感を訴えており,BUI値40%以上の203眼の26.6%に比較して頻度が高い.よって,ドライアイ症例に対しては,慎重に処方を行う必要があると思われる.結論として,PVの1週間連続装用は,終日装用レンズと同等の安全性と有用性を有すると考えられる.従来素材のSCLによる連続装用でみられるような角膜厚の増加はなく,レンズ自体への細菌付着量,陽性率はともに低いレベルであり,海外における成績16)とよく一致していた.職業的な背景などからCL装用者のニーズは多岐にわたるため,連続装用を希望する患者は少なくない.1週間連続装用SHCLの登場により,CL処方の選択肢は広がったといえるが,その一———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081707方で,患者のコンプライアンスも含めた長期的な安全性に関してはさらなる検証が必要であろう.PVの連続装用のメリットを最大限に生かすために,適切な患者選択と,コンプライアンス遵守に向けた地道な患者指導が不可欠である.文献1)ChengKH,LeungSL,HoekmanHWetal:Incidenceofcontact-lens-associatedmicrobialkeratitisanditsrelatedmorbidity.Lancet354:773-778,19992)日本眼科医会医療対策部:「日本コンタクトレンズ協議会コンタクトレンズによる眼障害アンケート調査」について.日本の眼科74:497-507,20033)BrennanNA,ColesML,ComstockTLetal:A1-yearprospectiveclinicaltrialofbalalconA(PureVision)sili-cone-hydrogelcontactlensesusedona30-daycontinu-ouswearschedule.Ophthalmology109:1172-1177,20024)LievensCW,ConnorCG,MurphyH:Comparinggobletcelldensitiesinpatientswearingdisposablehydrogelcon-tactlensesversussiliconehydrogelcontactlensesinanextended-wearmodality.EyeContactLens29:241-244,20035)DonshikP,LongB,DillehaySMetal:Inammatoryandmechanicalcomplicationsassociatedwith3yearsofupto30nightsofcontinuouswearoflotralconAsiliconehydrogellenses.EyeContactLens33:191-195,20076)海道美奈子:新しい視力計:実用視力の原理と測定方法.あたらしい眼科24:401-408,20077)宮永嘉隆:細菌─総論(Q&A).あたらしい眼科17(臨増):3-4,20008)HoldenBA,MertzGW:Criticaloxygenlevelstoavoidcornealedemafordailyandextendedwearcontactlenses.InvestOphthalmolVisSci25:1161-1167,19849)SolomonOD:Cornealstresstestforextendedwear.CLAOJ22:75-78,199610)ImayasuM,PetrollWM,JesterJVetal:TherelationbetweencontactlensoxygentransmissibilityandbindingofPseudomonasaeruginosatothecorneaafterovernightwear.Ophthalmology101:371-388,199411)SolomonOD,LoH,PerlaBetal:Testinghypothesesforriskfactorsforcontactlens-associatedinfectiouskera-titisinananimalmodel.CLAOJ20:109-113,199412)RenDH,PetrollWM,JesterJVetal:TherelationshipbetweencontactlensoxygenpermeabilityandbindingofPseudomonasaeruginosatohumancornealepithelialcellsafterovernightandextendedwear.CLAOJ25:80-100,199913)CavanaghHD,LadageP,YamamotoKetal:Eectsofdailyandovernightwearofhyper-oxygentransmissiblerigidandsiliconehydrogellensesonbacterialbindingtothecornealepithelium:13-monthclinicaltrials.EyeCon-tactLens29(1Suppl):S14-16,200314)EdmundsFR,ComstockTL,ReindelWT:CumulativeclinicalresultsandprojectedincidentratesofmicrobialkeratitiswithPureVisionTMsiliconehydrogellenses.IntContactLensClin27:182-187,200015)KodjikianL,Casoli-BergeronE,MaletFetal:Bacterialadhesiontoconventionalhydrogelandnewsilicone-hydrogelcontactlensmaterials.GraefesArchClinExpOphthalmol246:267-273,200816)SantosL,RodriguesD,LiraMetal:Theinuenceofsurfacetreatmentonhydrophobicity,proteinadsorptionandmicrobialcolonisationofsiliconehydrogelcontactlenses.ContLensAnteriorEye30:183-188,200717)BorazjaniRN,LevyB,AhearnDG:RelativeprimaryadhesionofPseudomonasaeruginosa,SerratiamarcescensandStaphylococcusaureustoHEMA-typecontactlensesandanextendedwearsiliconehydrogelcontactlensofhighoxygenpermeability.ContLensAnteriorEye27:3-8,2004(99)***

眼科専門医志向者“初心”表明

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.12,200816950910-1810/08/\100/頁/JCLS幼少の頃より,私は緻密な作業が大好きでした.折り紙で,角と角を丁寧に合わせ,一つの物を作ってゆく作業,プラモデルの小さな部品を何個もはめこんでゆき,作品を完成させる作業には何時間も飽きずに集中していた記憶があります.また,部屋の片隅にはいつもレゴブロックのお城が飾ってありました.そんな私は,学生実習で眼科のマイクロサージェリーを何例か見学させてもらううちに,その繊細な作業と,顕微鏡の奥で展開されていた(その時私が目にしたのはモニター画面ですが)眼球の中のとても広大な世界に,次第に魅かれるようになりました.手術だけではありません,種々の機器を使いこなす眼科独自の診療スタイルや,画像・映像による所見の占めるウェートが高いことも,私にとっては非常に魅力的なものとして映りました.さて,その後研修医となってから,初志貫徹というべきか,眼科学を専攻することに決めた私ですが,これだけは今後特に気を配りたいということが一つあります.それは「大局的見地に立って考える」ということです.確かに,眼科学は「眼」という臓器を対象とする学問ですが,患者さんは内科的疾患を背景にもっていることが往々にしてあります.また,ある病院で日常的に行われている診療行為が,他の病院ではスタンダードではない場合もあるでしょう.日本では認可されていない薬品が,海外では使用されていることもあるかと思います.患者さんにとって最良の医療を提供するためには,常日頃からできるだけ広い視野をもち,国内外の見聞を広め,大局的に物事を考えることが大切だと思います.まだ眼科医としての一歩を踏み出したばかりですが,いろいろな場面・フィールドで活躍できるよう,頑張っていく所存です.◎今回は京都府立医科大学出身の山脇先生にご登場いただきました.種々の機器を使いこなし画像や映像による所見を駆使する眼科独自の診療スタイルは,眼科の大いなる魅力だと思います.また,今までも何人もの先生が学生実習の際のマイクロサージェリーで眼科に魅力を見いだしています.マイクロサージェリーと触れ合う機会を多くすれば,もっと眼科の魅力に気づく人が増えていくのではないでしょうか.(加藤)本シリーズ「“初心”表明」では,連載に登場してくださる眼科に熱い想いをもった研修医~若手(スーパーローテート世代)の先生を募集します!宛先は≪あたらしい眼科≫「“初心”表明」として,下記のメールアドレスまで.全国の先生に自分をアピールしちゃってください!E-mail:hashi@medical-aoi.co.jp(87)眼科専医志者“初心”表明●シリーズ⑫緻密かつダイナミックな世界!山脇敬博(TakahiroYamawaki)京都府立医科大学附属病院1982年兵庫県神戸市生まれ.京都府立医科大学医学部卒業後,現在は同附属病院で初期研修中です.趣味はスキー,旅行など(外国では北欧,国内では東北地方が特に気に入っています).(山脇)編集責任加藤浩晃・木下茂本シリーズでは研修医~若手(スーパーローテート世代)の先生に『なぜ眼科を選んだか,将来どういう眼科医になりたいか』ということを「“初心”表明」していただきます.ベテランの先生方には「自分も昔そうだったな~」と昔を思い出してくださってもよし,「まだまだ甘ちゃんだな~」とボヤいてくださってもよし.同世代の先生達には,おもしろいやつ・ライバルの発見に使ってくださってもよし.連載1周年記念の第12回目はこの先生に登場していただきます!▲一緒にローテートしている同期と

私が思うこと14.医師として,女性として

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081691私が思うことシリーズ⑭(83)医師になってから長い年月が経過しました.振り返ってみると夢中で過ごしてきてしまったようで,まだまだ眼科診療についても基礎研究についてもわからないことばかりです.これまで,女性であることに加えて,子育てと医師としての仕事の両立についての悩みはいつもつきまとっていました.この間には何度かやめてしまおうと重症な悩みを抱えたこともありました.しかし,その度に素晴らしい先輩,後輩,仲間に,そして家族に支えられて立ち直ってきました.大切な仲間現在,母校の大学では非常勤で臨床と基礎の研究に携わっています.今までに周囲の先生,co-medicalの方々からうけた恩恵は計り知れないものがあります.最近は科や学部の垣根を越えて,融合させるべき研究が増加しています.臨床や基礎研究は,世代を越え,学問分野の垣根を越えてdiscussionし一緒に研究を進めることができるので,この仕事に携われて本当に良かったと思います.また,生命現象を自分の手元で確認できるのは大変興味深く幸せなことです.眼科研究室では,坪田一男教授のご指導のもと,榛村重人先生の研究グループの恵まれた環境の中,楽しく若くて,しかもprofessionalな研究仲間と基礎研究を一緒にさせていただいております(図1).ムラト・ドール先生,川北哲也先生とはドライアイの研究を,石田晋先生,根岸一乃先生とも一部の仕事をご一緒させていただき,大変嬉しく楽しく研究させていただいております.特に,鴨居瑞加先生,内野美樹先生,立松由佳子先生とはドライアイ外来で造血幹細胞移植後の移植片対宿主病(graftversushostdisease:GVHD)や眼類天疱瘡などの重症ドライアイの患者さんの診察に携わっています(図2).これから少しでも長くこの素晴らしい仲間と熱いdiscussionができるように勉強を続けていきたいと思います.子育てと仕事子供が小さかった頃は,仕事と子育てでその日一日をどうやって乗り越えるか戦場のような毎日でした.しかし,同時にそれが活力になって仕事が継続できたと思います.仕事の苦境は家庭に帰ってからの家事,育児で明るい気持ちへと切り替わり,一方で,家庭でのストレスは仕事に向かうと忘れ去り気分転換となりました.いつしかその繰り返しのリズムができその時期を懸命に乗り越えることができました.周囲の同僚がどんどん業績を伸ばしていくなか,学会活動もせず,論文も書かず焦る0910-1810/08/\100/頁/JCLS小川葉子(YokoOgawa)慶應義塾大学医学部眼科学教室現在慶應義塾大学医学部眼科にて火曜日午後ドライアイ外来を担当,併せて同眼科角膜細胞生物学研究室および同大学先端医科学研究所細胞情報部門で基礎研究にも従事している.造血幹細胞移植後の眼科前眼部領域疾患の眼科専門医として,特に慢性移植片対宿主病(GVHD)後のドライアイ症例の診察を担当している.現在,眼類天疱瘡,スティーブンス・ジョンソン症候群症例を含む重症ドライアイ症例については勉強中.重症ドライアイ,免疫,病的線維化,GVHD,骨髄幹細胞をキーワードに基礎研究をしている.趣味はピアノとテニス.最近運動不足でもっと積極的に動かねばと思っている.(小川)医師として,女性として図12008年ARVOConventionCenterにて(筆者oralpre-sentationのあと)坪田一男教授(前列左),筆者(前列左より2人め),榛村重人准教授(前列中央),大切な仲間の皆様と,私の子供達(前列右2名)で撮影.嬉しいひとときでした.———————————————————————-Page21692あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008気持ちもまったくなかったわけではありませんでしたが,子育ては今しかできないけど,研究は将来できるかもしれないという先輩の一言に励まされていました.坪田教授の慶應ドライアイ外来をその立ち上げからお手伝いさせていただいて以来,この特殊外来を18年続けさせていただいております.非常勤でしたが一回一回の診療について,特殊な患者さんについて反省とメモを継続し,データを蓄積しました.他の先生方の何倍もゆっくりとしたペースで進めたことと思いますが,7年継続して現在の専門のGVHD患者さんの臨床像を把握できるようになり,臨床研究の造血幹細胞移植症例のprospectivestudyをまとめました.子供達が小さいときでしたが,データを少しずつ積み重ねてできた研究でした.このときに蓄積した臨床データは後にGVHDの基礎研究の土台となりました.基礎研究への復帰長男が中学校2年生になったとき,基礎研究に復帰しようと決心しました.ドライアイ外来で自己免疫疾患やGVHDのドライアイの病態を基礎的観点から説明できるようになりたいと思いました.学生時代から不勉強のままの私は,患者さんに病態について納得いくように説明したいという思いと,活力をいただく若い先生方に病態をきちんと説明したいという思いがありました.とはいっても最初は研究室に足を一歩踏み入れるのも恐ろしいくらいでした.出張病院に長くいた私が,母校のドライアイ外来に出る最初の日は非常に怖かったのを覚えていますが,それ以上に研究室への第一歩は恐ろしかったです.どうしてよいかわからず数カ月をじっと耐えました.そうしてしばらくすると外来での疑問を研究で解明していく楽しさを実感するようになりました.学位論文の研究では病理学的手法により新生血管の解析をしていましたので,そのときに習った考え方や手法がGVHDの基礎研究に役立ちました.その間に子供達も成長し,研究会への出席をやめようとすると,「お母さん勉学の気持ちをすてたらいけないよ」と出席を勧めてくれた長男.子供達を残して初めて海外発表に行った時は,後ろ髪がひかれ,涙がでてしまいましたが,帰国したら子供達は家でのびのびファミコンやり放題!ピーターパンの子供たちだけの自由な世界という状況だったようなのです.今年のARVOでは,2人とも成長して,今まで時々自分たちを残して行ったARVOってどんなところなのか興味があったらしく,2人とも一緒に付いて来てくれてとても嬉しかったです(図1).研究進捗報告では眼科の研究室ではありませんが基礎研究に入ったとき,研究meetingが厳しくて,自分の研究進捗報告のときは本当に大変でした.まるで雑巾を絞るようにぎゅうっと絞られ骨身に応えました.報告のあと23日はもうやめてしまいたいと落ち込みましたが,私の場合幸か不幸か4日目頃になると,皆に質問攻めにあい罵倒されたことをすっかり忘れてしまうのです.歳を重ねるうちにどんどん何と言われてもまったく気にならなくなってしまうのが恐ろしいところです.もう何を言われても何ともありません.一瞬にして立ち直るようになりました.研究においては,研究成果について建設的な批判を浴びて議論することが論文を完成するために大事な過程と考え,真摯に受け止めていきたいと思います.論文について世の中に研究成果を送り出すときの責任は大きいものがあります.研究の最終段階では,遠回りしてもわからない部分を明確にして何度も吟味をしたのち論文にすることが必要と考えます.論文が世に出る前に複数の多方面からの人々の眼が通って改訂を加えていくことが大切な過程と考えます.論文投稿後,査読される側にとってreviewerから指摘されたことを直していくのも宝物のような大切な過程です.それは論文の内容と質の向上と(84)図2火曜日午後ドライアイ外来のメンバー筆者前列中央,鴨居瑞加先生,内野美樹先生,立松由佳子先生とともに協力し合って頑張っています.松本幸裕先生,ムラト・ドール准教授,小川旬子先生とも共同研究をしてお世話になっています.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081693(85)この分野の発展を真剣に考えてくださる研究仲間やreviewerとの交流ができる大切なひとときであると思います.スランプ脱出には誰にでも,スランプはありますね.私にも重いスランプが訪れたことが何度かあります.そのとき私は,私なりの乗り切り方を編み出しています.それは,以前に読んだことのある本から覚えた言葉「全力で今を勝ち取ること」です.過去はほんの一瞬前でも二度と戻ってきません.実際に行動できるのは今,この時点だけと気づいたとき今向き合っていることに全力投球し,それを積み重ねていくことで鬱的な気分にならず乗り越えられる秘訣と気づきました.取りあえず今やっていることに無心に熱中し,区切りをつけて次のことに向かいます.まず一日一日を生き抜くことに集中し,あまり先のことは考えずに無心に懸命に今に集中します.気分を塞ぐことが訪れたなら,生命にかかわる重大なことでなければですが,いやなことは『さよーならー』と一瞬で忘れ去ります.一瞬前のことは二度と戻ってこないのですから.とにかく忘れることは得意な私です.女性としての診療スタイル患者さんへの対応については,女性の特性を生かした診療スタイルがあるのではと,先輩の佐賀歌子先生,小澤博子先生や同級生の富田香先生をお手本にしてきました.診療では優しい心配りや,気遣い,心理を読み取る力,また常に忍耐が必要となります.眼科の患者さんは心理的,精神的背景をかかえている場合が多いことはよく知られています.心理的背景には,多くの割合で複雑な悩みや,疲労などがあります.そこをよく読み取れるようになりたいと思います.特にドライアイの患者さんは不定愁訴が多くいくつかの症状を併せ持っているとされますが,患者さんの訴えの一つひとつはどんな些細な訴えでもそれに対応する病巣と原因があると思われますので丁寧に対応していきたいと思います.おわりにこのように,人生をゆっくりと進めてきてしまいましたが,いつの日か臨床や基礎研究での発見を,患者さんのために還元できればと夢見ています.日常の忙しさにまぎれ芸術的な観点が欠落してしまった私ですが,今後はそれらの欠点を補充しつつ女性としての特性を生かし患者さんとの心の交流ができればと思っております.小川葉子(おがわ・ようこ)1980年慶應義塾大学医学部卒業,眼科学教室入局1982年東京都済生会中央病院眼科1993年2003年小川眼科クリニック院長1998年現在慶應義塾大学医学部先端医科学研究所細胞情報部門研究員1998年現在慶應義塾大学医学部眼科非常勤講師☆☆☆

硝子体手術のワンポイントアドバイス67.脈絡膜剥離による一時的バックル効果(中級編)

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.12,200816890910-1810/08/\100/頁/JCLS強度近視眼の網膜離はしばしば脈絡膜離を合併する.網膜離の原因裂孔が周辺部に存在する症例では,脈絡膜離があたかもバックル効果を呈し網膜裂孔を閉鎖して一時的に網膜離が軽減あるいは消失することがある(図1).その後,さらに脈絡膜離の消退とともに再び網膜離が再発する,いわゆるシーソー現象を認めることもまれにある.その機序としては以下のような仮説が考えられる.まず,網膜離による低眼圧が引き金となり(図2a),強度近視眼や無水晶体眼などの脈絡膜離発症の危険因子を有する症例ではしばしば脈絡膜離が発生する(図2b).脈絡膜離が増強すると一時的バックル効果により周辺部の裂孔が閉鎖され網膜離が改善する(図2c).網膜離の改善とともに眼圧が回復し,それにつれて脈絡膜離が減少する.バックル効果が失われ裂孔が再開して再び網膜離が増悪する(図2d).原因不明の脈絡膜離は網膜離の可能性を考える網膜離と診断され紹介されてきても,初診時に脈絡膜離のみで網膜離をほとんど認めない症例に遭遇することがある.あるいは脈絡膜離に伴う虹彩炎により,ぶどう膜炎の診断を受けている場合もある.原因不(81)明の脈絡膜離では,本病態を念頭に置いておく必要がある.絡膜離を伴う網膜離にする術術前に脈絡膜離を伴う裂孔原性網膜離は,高度の硝子体の液化変性や前眼部の炎症を伴うことも多く,しばしば虹彩後癒着をきたし眼底の視認性が不良である.また,脈絡膜離の存在は裂孔検出をより困難にする.手術方法に関して以前は脈絡膜離の消退を待ったうえで強膜バックリング手術を行うとする意見もあったが,現在では硝子体変性が進行しない前に早期に硝子体手術による網膜復位術を施行するのが一般的である.文献1)坂下健一,池田恒彦,檀上真次ほか:脈絡膜離による一時的バックル効果.眼臨88:693-697,1994硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載67脈絡膜離による一時的バックル効果(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1脈絡膜離による一時的バックル効果眼底には全周にわたる胞状の脈絡膜離を認め,周辺部の裂孔は閉鎖され,網膜離は消失している.(文献1より).RD(+)→IOP(↓)b.IOP(↓)→CD(+)c.CD(↑)→RD(↓)IOP(↑)d.IOP(↑)→CD(↓)→RD(↑)図2脈絡膜離と網膜離の増減(シーソー現象)の機序(文献1より改変)

眼科医のための先端医療96.老化色素(リポフスチン)と加齢黄斑変性

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.12,200816850910-1810/08/\100/頁/JCLSリポフスチンとはリポフスチンとは加齢ととに(に色素)のにする色素ののとをしす老化のと老化色素とすリポフスチンは光線にり光をするり光では色素の光としてすのにりにのリポフスチンはの光をしフを用てをすると光としてでりの分を体でるとです加齢にの容にるりす加齢で色素変性のですリポフスチンの成はの作用の作用と色素のとりすは色素のイにりて分すイでの分のをるとはにし化を受リポフスチンを成しすリポフスチンのは光線にりの性化ではンでのてるではしすのとして用るンのでるをん体分です成成分は()ですにて()とのリポフスチンの成分でるとしはンのでるとににするので成す加齢黄斑変性とリポフスチンでは加齢黄斑変性()とはと図()をしすのは()ではにお性の変化をにしするとしす光線()に用にはのおるとてす図は色素の性のをとし加齢ととににしすはしんとにわでははをすの光のにり光のに色素傷害するとわてし光の分はリポフスチンのとすのでのはリポフスチンにり傷害るとをしすのでは光とりのリスとリポフスチンにはるとするすしリポフスチンとのはとするりのるですリポフスチン成分A2Eの作用(図1)はレチノイン酸受容体のリガンドとして作用する実験的には最もよく研究されているのはリポフスチンの構成成分のなかでもA2Eです.これまでに,A2Eはdetergent作用,cytochromeoxygenase抑制作用,DNA傷害作用などにより細胞傷害作用を有すると示されてきました1).しかしながら,これらの作用を抑制するのは臨床的には困難でした.そこで,筆者らは臨床的に介入可能な新たな標的因子をさらに明らかにするためにA2Eの細胞内シグナルに及ぼす影響を検討しました.その結果,A2EがビタミンAの受容体であるレチノイン酸受容体のリガンドとして作用し,VEGFの発現を恒常的に上昇させることが明らかとなりました2).この結果はレチノイン酸受容体がAMDの治療において新たな標的となりうることを(77)◆シリーズ第96回◆眼科医のための先端医療=坂本泰二山下英俊柳靖雄(東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚運動機能医学講座眼科学)老化色素(リポフスチン)と加齢黄斑変性———————————————————————-Page21686あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008示すものです.2.A2Eは青色光線傷害を媒介する光線曝露とAMDの進行の関連はいまだに議論がありますが,実験的にはヒト眼より抽出されたリポフスチンを細胞内に取り込ませた光線を照射すると細胞傷害が生じます.A2Eは青色光を吸収して酸化修飾を受けて活性化し,細胞傷害をきたすと同時にVEGFの発現を上昇させることがわかっています.この結果から,青色光による網膜毒性は少なくとも一部はリポフスチン,さらにその構成成分のA2Eを介したものとされています.青色光による光傷害の予防のために開発された着色眼内レンズが最近急激に普及しています.実験的には従来の紫外線フィルタの眼内レンズと比較して青色光を遮断する着色眼内レンズを透過した光線は,リポフスチンを介した細胞傷害作用やVEGFの発現上昇作用が低いことがわかりました3).この結果は,着色眼内レンズが滲出型AMDの進行抑制効果を有する可能性を裏付けるものです.臨床上,AMDの発症予防効果を示すためには大規模なRCT(randomizedcontrolledtrial;無作為比較試験)が必要となりますが,実験の結果からは着色眼内レンズは紫外線フィルタの眼内レンズと比較してAMDの進行抑制効果が高いと思われます.おわりにまだ研究段階ですが,A2Eの蓄積を抑制するような薬剤の有効性も検討されています.まずは,対象疾患はAMDよりA2Eの著明な沈着を認めるStargardt病になるでしょうが,Stargardt病で安全性と有効性が確認されれば,A2Eの沈着の抑制によるAMDの予防的治療を行う時代がくるかもしれません.文献1)SparrowJR,BoultonM:RPElipofuscinanditsroleinretinalpathobiology.ExpEyeRes80:595-606,20052)IriyamaA,FujikiR,InoueYetal:A2E,apigmentofthelipofuscinofretinalpigmentepithelialcells,isanendoge-nousligandforretinoicacidreceptor.JBiolChem283:11947-11953,20083)YanagiY,InoueY,IriyamaA:Eectsofyellowintraocu-larlensesonlight-inducedupregulationofvascularendothelialgrowthfactor.JCataractRefractSurg32:1540-1544,2006(78)RAR標的遺伝子活性化恒常性維持機構の破綻VEGF↑VEGF↑レチノイン酸受容体1.レチノイン酸受容体リガンド2.青色光線傷害を媒介レチノイン酸受容体を活性化しVEGFの発現↑青色光照射で細胞生存率↓照射時間(hrs)細胞生存率1.11.00.90.80.70.60.50.40.30.20.10.001020304050照射時間(hrs)細胞生存率1.11.00.90.80.70.60.50.40.30.20.10.001020304050上段は通常どおり培養した細胞色素細胞,下段はA2Eを取り込ませた網膜色素上皮細胞を示す.図1リポフスチン成分A2Eの作用***———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081687(79)老化色素(リポフスチン)と加齢黄斑変性を読んで加齢黄斑変性はののののをるです本にして光線のてすのを用て加齢黄斑変性しではおりのをりすのはですりのをするとのですのの()としては加齢酸化リンのてす光のにてはてんのとしてはに光のをにでとりすのとして光傷害と加齢黄斑変性の分てとりす柳靖雄容は光傷害と加齢黄斑変性のの分をしのですは光と加齢黄斑変性にてのてす光リポフスチンの成分傷害性をに色素の光傷害をすると本文のはにしでるのですのをするにており光傷害と加齢黄斑変性のりにてるとわす本文では加齢黄斑変性をするのレンのにでてすのにににはてるのですしての加齢黄斑変性にしをのとす坂本泰二☆☆☆

サプリメントサイエンス:糖吸収抑制ファイバー

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.12,200816810910-1810/08/\100/頁/JCLSコンタクトレンズによる乳頭性結膜炎(CLPC)の臨床所見コンタクトレンズ(CL)により惹起されるアレルギー性結膜炎は,以前はGPC(giantpapillaryconjunctivi-tis)と称されていたが,最近はCLPC(contactlens-inducedpapillaryconjunctivitis)と称されることが多くなりつつある.これは,一つにはGPCという名称により巨大乳頭が必須であるという印象を除くため,もう一つには縫合糸などによるものを除外しCLによるものだけを対象にするためであろうと考えている.実際の所見としては直径0.3mm以上の乳頭があればCLPCとしてよく,春季カタルのような巨大乳頭が必須なわけではない.CLPCでは,上眼瞼に乳頭増殖と結膜充血があり,軽症から重症な症状として,CL脱後の粘稠な眼脂,CLの曇り,CL脱後やCL装用中の痒み,さらには瞬目によるCLの異常な上方移動などの自覚症状を伴う.CL装用歴と症状で予想は容易であるが,必ず両眼の上眼瞼反転を行う必要がある.それは,左右差が大きいことがあるからである(図1).高酸素透過性の新素材シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)の登場以降,片眼性の頻度が増えている可能性があるといわれているが,臨床上まだ実感は得られていない.CLPCは臨床所見により二つに分けられる.一つは全般型(general)ともよぶべきもので,乳頭増殖が上眼瞼(73)眼感染アレルギーセミナー─感染症と生体防御─●連載⑫監修=木下茂大橋裕一12.コンタクトレンズによる乳頭性結膜炎岩崎直樹イワサキ眼科医院コンタクトレンズ(CL)による乳頭性結膜炎(CLPC)は,CL装用者に起こる上眼瞼の乳頭増殖と眼脂,CLの曇り,痒みなどを伴う疾患である.片眼であることも多いので,必ず両眼をみる必要がある.原因としてはCLに付いた蛋白質に対するアレルギーと,CLによる機械的刺激の両者が関与しているが,詳細な機構はまだ不明な点が多い.図1両眼に差があるCLPC(上:右眼,下:左眼)右眼よりも左眼のほうが,明らかに乳頭増殖が強い.図2全般型(generaltype)上眼瞼全般に乳頭増殖がみられる.———————————————————————-Page21682あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008全体に分布しているもの(図2),もう一つは局所型(local)とよぶべきもので,大きい乳頭増殖は上眼瞼の一部に限局しているものである(図3).全般型と局所型は従来素材のソフトコンタクトレンズ(SCL)ではほぼ同数であるとされるが,ハードコンタクトレンズ(HCL)やSHCLの場合は,より局所型が多い印象がある.CLPCの病因CLPCには生体のアレルギー反応とCLによる機械的刺激の両方の要因が考えられている.スギ花粉症などのアレルギー要因をもつ患者にCLPCが後発することもよく知られており,CLPCの患者では無症状の対象に比べ,結膜上皮内の肥満細胞や抗酸球,抗塩基球が増加している.CLの洗浄や蛋白除去を行うことで,CLPCが軽快することもよく知られている.また,HCLや,比較的硬いSHCLで局所型が多く,それも機械的刺激が最大と考えられる上眼瞼中央に好発することは,機械的刺激の関与が強く疑われる.アレルギー反応に関するサルでの実験では,CLPCを発症した患者から採取したSCLと,CPLCを発症していない患者からのSCL,そして新品SCLをサルに装用させると,涙液中の免疫グロブリンE(IgE)のレベルがCLPC患者からのSCLを装用した群のみで上昇した.その他にもCLPCでは局所のインターロイキン-6(IL-6)や抗酸球の遊走因子であるeotaxinが上昇しており,eotaxinのレベルとCLPCの重症度に相関がある(74)ことも知られている.さらにCLPC患者の涙液中にロイコトリエンC4(LTC4)が早期から上昇しているなど,CLPCの重症度とLTC4の量が相関することを考えると,アレルギー反応であることは間違いないと思われる.しかし,CLPCの抗原がレンズ材質自体にあるのか,それともそこに付着した蛋白質であるかはまだはっきりと結論が出ていない.また,メカニズムに関しても不明の点が多い.レンズ材質自体が抗原ではないと一般に考えられているが,CL素材自体がハプテンとして働いている可能性は否定できない.一般に高含水のSCLは付着物が多く,またイオン性のあるSCLは蛋白質,特に涙液中のリゾチームが付着しやすいはずであり,米国食品・医薬品局(FDA)分類group1(低含水,非イオン性レンズ)やgroup2(高含水,非イオン性レンズ)とgroup4ではgroup4レンズのほうがCLPCを発症しやすいはずであるが,頻度に差はないもののgroup2レンズのほうが重症であったという報告と差はなかったという報告がある.これはgroup4のほうが軟らかいことが関与している可能性や,含水率やイオン性以外にも,SCLの表面コーティングやレンズデザインなど多様な要因が関与している可能性があると思われる.機械的刺激に関しては,HCLと従来素材のSCLではHCLのほうが局所型の発生が多い.また,従来型SCLでのCLPCがまず瞼板の奥から発生して瞼縁に進行してゆくのに対し,HCLでは瞼縁から始まって徐々に瞼板中央に進展していくことも,直径の差を考えると機械的刺激が関与している証拠と考えられている.また,結膜組織が傷害された場合に増加する好中球遊走因子(NCF)は,無症状のCL装用者ではコントロールの4倍のレベルであるが.CLPCでは15倍に達する.これも機械的刺激が関与していることを示唆していると考えられている.文献1)ScotoniskyCC,NaduvilathTJ,SweeneyDFetal:Twopresentationsofcontactlens-inducedpapillaryconjuncti-vitis(CLPC)inhydrogellenswear:localandgeneral.OptomVisSci83:E27-E36,20062)EhlersWH,DonshikPC:Giantpapillaryconjunctivitis.CurrOpinAllergyClinImmunol8:445-449,2008図3局所型(localtype)中央により大きい乳頭が集簇する.☆☆☆

眼感染アレルギー:コンタクトレンズによる乳頭性結膜炎

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.12,200816810910-1810/08/\100/頁/JCLSコンタクトレンズによる乳頭性結膜炎(CLPC)の臨床所見コンタクトレンズ(CL)により惹起されるアレルギー性結膜炎は,以前はGPC(giantpapillaryconjunctivi-tis)と称されていたが,最近はCLPC(contactlens-inducedpapillaryconjunctivitis)と称されることが多くなりつつある.これは,一つにはGPCという名称により巨大乳頭が必須であるという印象を除くため,もう一つには縫合糸などによるものを除外しCLによるものだけを対象にするためであろうと考えている.実際の所見としては直径0.3mm以上の乳頭があればCLPCとしてよく,春季カタルのような巨大乳頭が必須なわけではない.CLPCでは,上眼瞼に乳頭増殖と結膜充血があり,軽症から重症な症状として,CL脱後の粘稠な眼脂,CLの曇り,CL脱後やCL装用中の痒み,さらには瞬目によるCLの異常な上方移動などの自覚症状を伴う.CL装用歴と症状で予想は容易であるが,必ず両眼の上眼瞼反転を行う必要がある.それは,左右差が大きいことがあるからである(図1).高酸素透過性の新素材シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)の登場以降,片眼性の頻度が増えている可能性があるといわれているが,臨床上まだ実感は得られていない.CLPCは臨床所見により二つに分けられる.一つは全般型(general)ともよぶべきもので,乳頭増殖が上眼瞼(73)眼感染アレルギーセミナー─感染症と生体防御─●連載⑫監修=木下茂大橋裕一12.コンタクトレンズによる乳頭性結膜炎岩崎直樹イワサキ眼科医院コンタクトレンズ(CL)による乳頭性結膜炎(CLPC)は,CL装用者に起こる上眼瞼の乳頭増殖と眼脂,CLの曇り,痒みなどを伴う疾患である.片眼であることも多いので,必ず両眼をみる必要がある.原因としてはCLに付いた蛋白質に対するアレルギーと,CLによる機械的刺激の両者が関与しているが,詳細な機構はまだ不明な点が多い.図1両眼に差があるCLPC(上:右眼,下:左眼)右眼よりも左眼のほうが,明らかに乳頭増殖が強い.図2全般型(generaltype)上眼瞼全般に乳頭増殖がみられる.———————————————————————-Page21682あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008全体に分布しているもの(図2),もう一つは局所型(local)とよぶべきもので,大きい乳頭増殖は上眼瞼の一部に限局しているものである(図3).全般型と局所型は従来素材のソフトコンタクトレンズ(SCL)ではほぼ同数であるとされるが,ハードコンタクトレンズ(HCL)やSHCLの場合は,より局所型が多い印象がある.CLPCの病因CLPCには生体のアレルギー反応とCLによる機械的刺激の両方の要因が考えられている.スギ花粉症などのアレルギー要因をもつ患者にCLPCが後発することもよく知られており,CLPCの患者では無症状の対象に比べ,結膜上皮内の肥満細胞や抗酸球,抗塩基球が増加している.CLの洗浄や蛋白除去を行うことで,CLPCが軽快することもよく知られている.また,HCLや,比較的硬いSHCLで局所型が多く,それも機械的刺激が最大と考えられる上眼瞼中央に好発することは,機械的刺激の関与が強く疑われる.アレルギー反応に関するサルでの実験では,CLPCを発症した患者から採取したSCLと,CPLCを発症していない患者からのSCL,そして新品SCLをサルに装用させると,涙液中の免疫グロブリンE(IgE)のレベルがCLPC患者からのSCLを装用した群のみで上昇した.その他にもCLPCでは局所のインターロイキン-6(IL-6)や抗酸球の遊走因子であるeotaxinが上昇しており,eotaxinのレベルとCLPCの重症度に相関がある(74)ことも知られている.さらにCLPC患者の涙液中にロイコトリエンC4(LTC4)が早期から上昇しているなど,CLPCの重症度とLTC4の量が相関することを考えると,アレルギー反応であることは間違いないと思われる.しかし,CLPCの抗原がレンズ材質自体にあるのか,それともそこに付着した蛋白質であるかはまだはっきりと結論が出ていない.また,メカニズムに関しても不明の点が多い.レンズ材質自体が抗原ではないと一般に考えられているが,CL素材自体がハプテンとして働いている可能性は否定できない.一般に高含水のSCLは付着物が多く,またイオン性のあるSCLは蛋白質,特に涙液中のリゾチームが付着しやすいはずであり,米国食品・医薬品局(FDA)分類group1(低含水,非イオン性レンズ)やgroup2(高含水,非イオン性レンズ)とgroup4ではgroup4レンズのほうがCLPCを発症しやすいはずであるが,頻度に差はないもののgroup2レンズのほうが重症であったという報告と差はなかったという報告がある.これはgroup4のほうが軟らかいことが関与している可能性や,含水率やイオン性以外にも,SCLの表面コーティングやレンズデザインなど多様な要因が関与している可能性があると思われる.機械的刺激に関しては,HCLと従来素材のSCLではHCLのほうが局所型の発生が多い.また,従来型SCLでのCLPCがまず瞼板の奥から発生して瞼縁に進行してゆくのに対し,HCLでは瞼縁から始まって徐々に瞼板中央に進展していくことも,直径の差を考えると機械的刺激が関与している証拠と考えられている.また,結膜組織が傷害された場合に増加する好中球遊走因子(NCF)は,無症状のCL装用者ではコントロールの4倍のレベルであるが.CLPCでは15倍に達する.これも機械的刺激が関与していることを示唆していると考えられている.文献1)ScotoniskyCC,NaduvilathTJ,SweeneyDFetal:Twopresentationsofcontactlens-inducedpapillaryconjuncti-vitis(CLPC)inhydrogellenswear:localandgeneral.OptomVisSci83:E27-E36,20062)EhlersWH,DonshikPC:Giantpapillaryconjunctivitis.CurrOpinAllergyClinImmunol8:445-449,2008図3局所型(localtype)中央により大きい乳頭が集簇する.☆☆☆