———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSII涙腺支配神経研究の歴史副交感神経に関しては,聴神経腫瘍や外傷によって顔面神経が障害された場合,涙液量の減少およびそれに伴う乾性角結膜炎の発症,すなわちドライアイを呈することが,20世紀初頭頃にはすでに報告がなされていた68).その顔面神経からの分枝が,涙液分泌を支配する副交感神経の大錐体神経である.一方,交感神経については,Menerayらは家兎の頸部交感神経節を除神経術後,涙液分泌量への変化を認めなかったと報告している9).三叉神経に関しては,彼女らは同様に三叉神経節破壊による家兎除神経モデルを用い,涙液分泌量に影響なかったと報告している9)が,実際の臨床の場においては,たとえばlaserinsituker-はじめに一言でドライアイといってもその原因はさまざまで,涙液分泌量低下によるものと,涙液蒸発亢進によるものに大別される1).前者はさらに,Sjogren症候群をはじめとする涙腺の腺構造破壊によるもの,涙腺機能不全によるものなどがあげられ,後者はマイボーム腺機能不全,瞬目不全のほか,外因性のものとしてはIT(infor-mationtechnology)眼症,エアコン(空調),コンタクトレンズ(CL)装用などがあげられる2).また,近年は結膜弛緩症や翼状片,瞼裂斑などによる涙液メニスカス破綻や局所的盗涙によっても涙液の不安定性が悪化し,ドライアイ症状を呈するといわれている.その他,ムチン分泌不全によるドライアイも存在する3).本稿では,このうち涙腺機能に着目し,涙液分泌機能不全によるドライアイを主軸に,神経学的な考察を交えて解説する.I涙腺の神経支配涙腺の支配神経は,三叉神経,交感神経および副交感神経が知られている4,5).三叉神経は知覚神経であり,反射性涙液分泌の求心路を担っている.遠心路は副交感神経支配による.これら2神経に関しては,反射性涙液分泌における反射弓を思い出していただければ理解しやすいと思う(図1).理論的には,この反射弓のどこかが障害されるとドライアイを生じうると考えられる.一方,交感神経の機能的役割に関しては,いまだ明らかになっていない.(25)1633a1138421313特集●ドライアイ最近の考え方あたらしい眼科25(12):16331638,2008涙腺機能には神経がNervousSystemisNecessaryforLacrimalFunction土至田宏*神経=三叉神経)遠心路(副交感神経)翼突口蓋神経節(PPG)主涙腺眼脳幹浅大錐体神経(GSPN)涙液図1反射性涙液分泌における反射弓とそれに関係する神経求心路は知覚神経である三叉神経で,おもに各結膜上皮にある神経終末が刺激されると,その知覚が脳に伝えられる.遠心路は副交感神経支配であり,脳幹からの節前線維である浅大錐体神経は翼突口蓋神経節でシナプスを置き換え,その後は涙腺神経と合流して主涙腺に達する.———————————————————————-Page21634あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(26)みられる核の細胞周辺部への圧排像を認めた(図4).ローズベンガル染色像は,さらに眼瞼縁においても,マイボーム腺機能不全を示す所見であるMarxline12)を除神経側でのみ認めた13).結膜のPAS(過ヨウ素酸フクシン)陽性細胞密度は,除神経側のみで低下を認め,対側の対照眼では不変であった.これらの所見は,乾燥防止目的で行った瞼々縫合によって抑制されなかった.涙液が出ないために眼表面が乾燥することで乾性角結膜炎が生じているだけであれば,これらの所見は瞼々縫合にatomileusis(LASIK)術後にドライアイを発症しうることは知られており10),マイクロケラトームによってこの角膜の知覚神経である三叉神経知覚神経終末が切断されたために,反射性涙液分泌が抑制されて涙液分泌量低下がもたらされるとの説もある.こうした過去の研究結果や臨床知見から,これら3神経のうち,涙液分泌に最も関与しているのは副交感神経であるのは明らかである.近年,筆者らは,涙液分泌を制御する副交感神経の節前線維である大錐体神経を手術的に切断,術後も生存可能な動物モデルの作製に成功した11).このモデルが画期的な点は,術後にも生存可能なことである.以前から全身麻酔下で開頭し,副交感神経を切断して涙液分泌抑制を観察した報告はいくつか存在したものの,開頭手術侵襲の大きさから生存不可能なものばかりであった.次項では,このモデルを用いた研究結果を中心に,副交感神経の役割について解説する.III副交感神経除神経モデルでの研究結果家兎副交感神経除神経術施行後1週間目には,手術施行側のみで表層角膜症,フルオレセイン染色像,ローズベンガル染色像(図2)を認めた11).SchirmerⅠ法による涙液分泌量減少(図3),涙液層破壊時間短縮,瞬目回数増加を呈した.主涙腺組織の病理組織学的観察では,分泌細胞における分泌顆粒充満像,およびそれによると:正常側(n=7):副交感神経除神経側(n=7)術前術1週後***20151050Schirmer値(mm)図3涙液分泌機能検査結果(SchirmerⅠ法)正常側では術前後で統計学的な有意差を認めなかったのに対し,副交感神経除神経側では術1週後において術前に比べ,統計学的に有意な涙液分泌量減少を示した(***:p<0.005,pairedt-test)(Mean±SE).(文献11より改変)ab図2家兎の副交感神経除神経術後ローズベンガル染色像a:手術対側のコントロール側.ローズベンガルに染色せず.b:副交感神経除神経1週後の手術施行側.ローズベンガルによる染色像(矢印)を示した.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081635(27)った結果,macrophagemetalloelastase(MME=MMP-12),lysosomalacidlipase(LAL),cathepsinEといった炎症系マーカーの上昇が認められた.これは同様に上位ニューロンからの継続的な神経刺激(neuraltone)が途絶されると涙腺組織に炎症が発生し,涙腺組織に何らかの有害変化が生じる可能性を示唆する.仮に炎症が遷延すれば,腺組織はダメージを受けて腺構造と機能が維持できなくなり,永続的な涙液分泌量減少に繋がる恐れがあるのではないかと考えられる.現に既報では,腺組よって抑制されるはずであった.この結果から,副交感神経は単に涙液分泌のみを司っているだけではないことが示唆された.すなわち,オキュラーサーフェス恒常性維持には上位ニューロンからの継続的な神経刺激,すなわちneuraltoneが不可欠であることが示唆された.筆者らはラットでも同様の副交感神経除神経モデルを作製したが,ラットのほうがより重篤なドライアイ所見を呈した(図5)14,15).このラットモデルを用いて,涙腺組織における副交感神経除神経後の遺伝子発現検索を行ab図4副交感神経除神経術後の主涙腺組織a:正常側.分泌細胞内の分泌顆粒がところどころ放出され空洞化しているのがわかる.b:副交感神経除神経側.術1週後の主涙腺組織では,分泌顆粒の充満像およびそれによるとみられる核の細胞周辺部への圧排像を認めた.ab図5ラットの副交感神経除神経術後の細隙灯顕微鏡像a:手術対側のコントロール側.b:副交感神経除神経術1週後の手術施行側.家兎眼に比べラット眼のほうがより強いドライアイ所見を呈しており,生体染色を施さなくとも広範囲に角膜混濁をきたしているのがわかる.———————————————————————-Page41636あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(28)少,障害されて生じるドライアイの場合,その背景に副交感神経機能不全が存在する可能性があると思われる.4.それらの複合によるドライアイ涙腺,マイボーム腺,結膜杯細胞の分泌において,副交感神経が上位で障害された場合これら3者すべての機能不全に陥ってしまい,重篤なドライアイがひき起こされる可能性が考えられる.これら3者の分泌物はそれぞれ,涙液の水層,油層,ムチン層を形成しており,涙液全層にわたる菲薄化,脆弱化を伴う可能性がある.V副交感神経支配の観点からみた,今後のドライアイ治療薬の可能性最近,ドライアイの治療を原因別に行う試みがされはじめている.ここでは,副交感神経を主軸に述べる.1.副交感神経作働薬眼科医で最も身近な副交感神経作働薬は,塩酸ピロカルピンであり,理論的には塩酸ピロカルピン点眼液の投与で涙液分泌,マイボーム腺分泌,ならびにムチン分泌のすべてで改善効果が得られそうなものであるが,しかしながら,これがドライアイに有効であったという報告はない.一方,近年,ムスカリン受容体M3受容体作働薬の塩酸セビメリンなどの副交感神経作働薬の内服が,涙液分泌促進に有効であったとの報告がされている17).日本では残念ながら涙液分泌改善目的での保険適用はなされておらず,また,本薬剤の本来の主作用である唾液腺分泌機能改善による流涎や,縮瞳,腸管症状などの副作用が取りざたされている.しかし将来的に,仮に涙腺特有のムスカリン受容体のさらなるサブタイプが解明されれば,こうした問題は解決されるかもしれない.2.ビタミンA点眼液ビタミンA欠乏症では,夜盲のほかに角膜軟化症,乾性角結膜炎などの眼表面(オキュラーサーフェス)の疾患をひき起こすことは周知の事実である.ビタミンA欠乏症ラットモデルでは,rMuc4の発現減少が報告されている18)ことから,ビタミンAの欠乏はムチン分泌減少をもたらして涙液水層の保持ができなくなり,涙液織の破壊像,線維化像を示している14,15).近年,ドライアイの発症に炎症の関与が指摘されているが,この炎症発生の最初のトリガーがこのneuraltoneの途絶や減弱なのかもしれない.IV以上の研究結果から推察されること1.涙腺前項では,副交感神経が遮断されると涙液分泌量減少のみならず,涙腺組織における腺構造と機能が維持できなくなる可能性について触れたが,では,冒頭で述べたような外傷や聴神経腫瘍以外の理由でそのようなことは生じうるのだろうか?可能性の一つとしては,加齢による神経脆弱性があげられる.加齢に伴う自律神経系の脆弱化はその機能低下にも結びついている可能性があり,涙腺機能においても同様の可能性が考えられる16).ほかには,自律神経失調症に伴う涙液分泌機能不全なども,こうした機序により生じる可能性が考えられる.2.マイボーム腺マイボーム腺も涙腺と同様に副交感神経が最も密に分布しているが,マイボーム腺分泌における神経制御については明らかになっていないのが現状である.既報の家兎副交感神経除神経モデルでは,マイボーム腺機能不全を疑わせるような所見を示した13)ことから,マイボーム腺機能不全の病態の一つとして,副交感神経機能不全,自律神経機能不全が絡んでいる可能性が考えられる.3.結膜杯細胞結膜杯細胞にも免疫組織学的手法や分子生物学的手法から副交感神経が多く分布することが示されているが,マイボーム腺と同様にムチン分泌における神経制御に関しては明らかになっていない.ただし,上述の家兎副交感神経除神経モデルで認められた結膜のPAS陽性細胞密度の減少が,乾燥防止目的で行った瞼々縫合によって抑制されなかったことから,結膜杯細胞はその形態維持,あるいはムチン合成などにおいても,常に副交感神経上位ニューロンからの継続的なneuraltoneが不可欠である可能性が考えられる.おもにローズベンガル染色像を呈する,ムチン層が減———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081637(29)は?と思う向きも多いかもしれない.しかし,今回紹介させていただいた新しい副交感神経除神経動物モデルや,分子生物学的手法を用いた多くの研究の今後の発展により,ドライアイの世界においても不動の治療法が見つかる可能性があると信じている.何故ならば,自律神経系による器官制御はわれわれの身体にとって普遍的かつ不可欠なものであるからである.学問のなかでもこうした分野は比較的,時代や流行にあまり左右されない印象をもつ向きや,地味な印象を抱く向きも多いかもしれないが,筆者自身はこうした生体制御機構の真髄に触れる研究に携わることができたことに,望外の喜びと誇りを感ずる.このような研究の機会をお与え下さったRogerWBeuerman教授,村上晶教授,金井淳名誉教授,ならびに今回このような執筆の機会をお与え下さった木下茂編集主幹,企画・編集の坪田一男教授,横井則彦准教授に深謝いたします.文献1)LempMA:ReportoftheNationalEyeInstitute/IndustryworkshoponClinicalTrialsinDryEyes.CLAOJ21:221-232,19952)丸山邦夫,横井則彦:環境と眼の乾き.あたらしい眼科22:311-316,20053)堀裕一:ムチンと眼の乾き.あたらしい眼科22:289-294,20054)BeuermanRW,MircheA,TodaIetal:Thelacrimalfunctionalunit.DryEyeandtheOcularSurfaceDisorders(edbyPugfelderSC,BeuermanRW,SternME),chapter2.InformaHealthcare,London,20045)SternME,GaoJ,SiemaskoKFetal:Theroleofthelac-rimalfunctionalunitinthepathophysiologyofdryeye.ExpEyeRes78:409-416,20046)RuskinSL:Controloftearingbyblockingthenasalgan-glion.ArchOphthalmol4:208-211,19307)RowbothamGF:Observationsontheeectsoftrigeminaldenervation.Brain62:364-380,19398)Duke-ElderSS,WybarKC:Theperipheralparasympa-theticsystem.SystemofOphthalmology,Theanatomyofthevisualsystem(edbyDuke-ElderSS),p857-869,HenryKlimpton,London,19619)MenerayMA,BennettDJ,NguyenDHetal:Eectofsensorydenervationonthestructureandphysiologicresponsivenessofrabbitlacrimalgland.Cornea17:99-107,199810)TodaI,Asano-KatoN,Komai-HoriYetal:Dryeyeafterlaserinsitukeratomileusis.AmJOphthalmol132:1-7,層破壊時間の短縮や上皮障害の悪化をきたし,ドライアイが悪化する可能性が想像できる.一見,ビタミンAは副交感神経系と関係なさそうであるが,オキュラーサーフェスへのビタミンAの供給源は涙腺由来の涙液であることから,副交感神経機能不全による涙液分泌量減少は,オキュラーサーフェスへのビタミンA供給低下にも繋がるものと想像できる.よって,ビタミンA点眼投与によるドライアイ治療への応用も可能なのではないかと思われる.事実,筆者らのグループは家兎の角結膜障害モデルにビタミンA点眼液を投与したところ,基剤点眼と比べてPAS陽性細胞密度の回復が早まり,フルオレセイン染色スコアよりもローズベンガル染色スコアの改善のほうが先行していたことなどから,ビタミンAは角結膜の創傷治癒において,結膜杯細胞の回復やムチン層改善を介する可能性があることを報告している19).今後の研究,開発に期待したい.3.ムチン分泌促進薬副交感神経機能の角結膜上皮における最終目的の一つがムチン合成および分泌であるならば,副交感神経機能減弱によるそのムチン分泌機能低下を,ムチン分泌促進薬投与で直接補えるのではないかという発想から,ここでも紹介する.近年,胃粘膜保護剤としてすでに市販されている薬剤成分を点眼液化して,ムチン分泌不全型ドライアイに対する治療への応用の試みがくり広げられている.そのうちの一つ,ゲファルナートは筆者らのグループでも過去にリスザルの角結膜障害モデルを用いて実験を行っており,基剤点眼と比べてPAS陽性細胞密度の回復が速く,ローズベンガル染色スコアの改善の促進も認められた20).ムチン分泌促進薬は,涙液やその成分の不足分の補充を目的としたこれまでの従来の眼科用薬剤と異なり,副交感神経作働薬と並んで涙液成分の分泌促進をもたらすものとして大きな期待が寄せられている.この種類の薬剤の一刻も早い登場に期待したい.おわりに副交感神経をはじめとする自律神経系の研究の歴史は非常に古く,すでに古典的教科書にも収載されてきたため,いまさら新しい知見や情報などはさほど出ないので———————————————————————-Page61638あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(30)16)NguyenDH,MaS,KousoulasGK:Agingoftheratlacri-malglandcorrelateswithincreasedexpressionofgenesinvolvedinproteinprocessingandmodication.InvestOphthalmolVisSci48:ARVOE-Abstract1904,200717)OnoM,TakamuraE,ShinozakiKetal:TherapeuticeectofcevimelineondryeyeinpatientswithSjogren’ssyndrome:arandomized,double-blindclinicalstudy.AmJOphthalmol138:6-17,200418)TeiM,Spurr-MichaudSJ,TisdaleASetal:VitaminAdeciencyalterstheexpressionofmucingenesbytheratocularsurfaceepithelium.InvestOphthalmolVisSci41:82-88,200019)ToshidaH,OdakaA,KoikeDetal:Eectofretinolpalmitateeyedropsonexperimentalkeratoconjunctivalepithelialdamageinducedbyn-heptanolinrabbit.CurrEyeRes33:13-18,200820)ToshidaH,NakataK,HamanoTetal:Eectofgefarnateontheocularsurfaceinsquirrelmonkeys.Cornea21:292-299,2002200111)ToshidaH,NguyenDH,BeuermanRWetal:Evaluationofnoveldryeyemodel:preganglionicparasympatheticdenervationinrabbit.InvestOphthalmolVisSci48:4468-4475,200712)YamaguchiM,KutsunaM,UnoTetal:Marxline:uoresceinstaininglineontheinnerlidasindicatorofmeibomianglandfunction.AmJOphthalmol141:669-675,200613)ToshidaH,MurakamiA:ParasympatheticNervousSys-temonOcularSurface.NOVASciencepublishers,NewYork(inpress)14)NguyenDH,ToshidaH,SchurrJetal:Microarrayanaly-sisoftheratlacrimalglandfollowingthelossofparasym-patheticcontrolofsecretion.PhysiolGenomics18:108-118,200415)NguyenDH,VadlamudiV,ToshidaHetal:Lossofpara-sympatheticinnervationleadstosustainedexpressionofpro-inammatorygenesintheratlacrimalgland.AutonNeurosci124:81-89,2006