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緑内障:正常眼圧緑内障とグルタミン酸輸送体

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.12,200816790910-1810/08/\100/頁/JCLSグルタミン酸は中枢神経系の約80%の神経細胞で利用される興奮性神経伝達物質であり,網膜における主要な視覚伝達物質でもある.このグルタミン酸の濃度を調節する唯一の機構がグルタミン酸輸送体である.グルタミン酸輸送体はシナプス間隙のグルタミン酸を迅速に除去し,濃度を適切に保つことで,正常な視覚伝達を可能にしている1).網膜には4種類のグルタミン酸輸送体が存在するが,特に重要なのがMuller細胞に発現するGLASTである(表1).Muller細胞にはグルタミン合成酵素が存在することから,GLASTによって取り込まれたグルタミン酸はグルタミンに変換され,細胞内グルタミン酸濃度は低く保たれる.このMuller細胞のグルタミン酸代謝機構が,GLASTによる強力なグルタミン酸取り込み能力を支えていると考えられる.ルタミン酸輸送体欠損マウス緑内障の原因の一つとして,以前からグルタミン酸毒性の関与が指摘されている2).そこで筆者らが作製したGLASTの欠損マウスにおいて,網膜・視神経の詳細な検討を行ったところ,網膜神経節細胞数の減少に加えて,視神経乳頭の陥凹と視神経線維の減少が認められた(図1).視機能を評価する目的で多局所網膜電位の二次核成分を測定したところ,網膜神経節細胞の減少にほぼ一致した電位の減弱が認められた.同様の変化は網膜神経節細胞に発現するグルタミン酸輸送体であるEAAC1の欠損マウスでも観察された.いずれのマウスも開放隅角であり,かつ眼圧は正常範囲内であったことから,これらは正常眼圧緑内障(NTG)様症状を示す疾患モデルと考えられた3).ルタミン酸輸送体と酸化ストレスGLAST欠損マウスでは硝子体中のグルタミン酸濃度に有意な上昇は認められなかった.しかし,グルタミン(71)●連載102緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄102.正常眼圧緑内障とグルタミン酸輸送体原田知加子原田高幸東京都神経科学総合研究所分子神経生物学正常眼圧緑内障(NTG)の原因には諸説あるが,確定には至っていない.またすでに存在する高眼圧モデル動物を利用できないことから,基礎研究の進展も十分とは言いがたい.筆者らはグルタミン酸輸送体の欠損マウスがNTGモデルとして利用可能なことを見いだしており,今後の治療研究に有用と思われる.表1網膜に発現するグルタミン酸輸送体GLASTGLT-1EAAC1EAAT4EAAT5神経節細胞層○内顆粒層,グリア細胞神経細胞○○○○視細胞層○○網膜色素上皮層図1GLAST欠損マウスで観察されたNTG様症状生後8カ月齢のGLAST欠損マウスでは網膜神経節細胞の減少(上段),視神経乳頭陥凹(中段),視神経萎縮(下段)が確認された.(文献3より改変)GLAST欠損マウス正常マウス———————————————————————-Page21680あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008酸受容体阻害薬であるmemantineの連続投与により一部の網膜神経節細胞が保護されたことから,やはりグルタミン酸毒性の関与が考えられた.一方,GLAST欠損マウスのMuller細胞ではグルタミン酸取り込み量の低下に伴い,グルタミン酸・システイン・グリシンから合成される網膜の主要な抗酸化成分であるグルタチオンの産生が減少していた.さらに酸化ストレスの指標とされる脂質ヒドロペルオキシドの網膜内濃度が有意に上昇していた.以上の結果からGLAST欠損マウスにおけるNTG様症状の発症には,グルタミン酸毒性と酸化ストレスが複合的に関与する可能性が示唆された(図2).緑内障患者では網膜におけるグルタミン酸輸送体の発現量低下2)や血中グルタチオン濃度の減少がすでに報告されている4)が,GLAST欠損マウスはこうした病態を再現しているとも考えられる.今後は緑内障患者におけ(72)るGLASTおよびEAAC1の遺伝子変異検索とともに,両者の欠損マウスを用いた細胞保護療法に取り組む予定である.文献1)HaradaT,HaradaC,WatanabeMetal:FunctionsofthetwoglutamatetransportersGLASTandGLT-1intheretina.ProcNatlAcadSciUSA95:4663-4666,19982)NaskarR,VorwerkCK,DreyerEB:Concurrentdown-regulationofaglutamatetransporterandreceptoringlaucoma.InvestOphthalmolVisSci41:1940-1944,20003)HaradaT,HaradaC,NakamuraKetal:Thepotentialroleofglutamatetransportersinthepathogenesisofnor-maltensionglaucoma.JClinInvest117:1763-1770,20074)GherghelD,GrithsHR,HiltonEJetal:Systemicreduc-tioninglutathionelevelsoccursinpatientswithprimaryopen-angleglaucoma.InvestOphthalmolVisSci46:877-883,2005:視覚報の伝達:グルタミン酸:GLAST網膜神経節細胞正常マウスGLAST欠損マウス双極細胞M?ller細胞グルタチオン合成視細胞☆☆☆図2GLAST欠損マウスにおいて予想されるNTG発症メカニズムGLASTはMuller細胞内に多くのグルタミン酸を取り込むことで,シナプス間隙のグルタミン酸濃度を調節し,適切な視覚伝達を可能にする.一方,GLAST欠損マウスでは細胞外グルタミン酸濃度の慢性的な上昇によって,網膜神経節細胞死と視神経変性が起きると予想される.さらにMuller細胞によるグルタミン酸取り込み量の減少は,グルタチオンの産生減少(酸化ストレスの増大)にもつながる可能性がある.

屈折矯正手術:屈折矯正手術における実用視力の活用

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.12,200816750910-1810/08/\100/頁/JCLS従来の視力検査では,いわば視力の最大値が計測される.これに対して実用視力は日常生活のなかで用いている視力といえる1).日常生活においては作業に集中して瞬きの回数が減少することがあり,涙液層が不安定となって誘発された眼表面の不正のために視力が低下することが知られており,特にドライアイ患者では実用視力が大きく低下することがあると報告されている24).屈折矯正手術と実用視力に関する研究として,田中ら4)はドライアイ患者のLASIK(laserinsitukera-tomileusis)手術前後の実用視力について涙液層破壊時間(tear-lmbreakuptime:BUT)短縮型ドライアイ(probabledryeye:PDE)と涙液分泌減少とBUT短縮とを合併しているドライアイ(denitedryeye:DDE)とに分けて比較したところ,術後1日と1週間後においてPDE群の実用視力が術前と同じレベルであったのに対して,DDE群では術後1日で有意に低下するが1週間後では術前レベルに回復することを報告している.また,戸田らはソフトコンタクトレンズ装用時とLASIK手術後1カ月の実用視力を検討し,ソフトコンタクトレンズ装用時のほうがsurfaceregularityindex(SRI),surfaceasymmetryindex(SAI)とも大きくなり実用視力が有意に低下していたことから,LASIK術後のほう(67)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載103監修=木下茂大橋裕一坪田一男103.屈折矯正手術における実用視力の活用坂谷慶子戸田郁子南青山アイクリニック東京実用視力は,白内障手術後や屈折矯正手術後の視機能の評価をより多彩かつ詳細に行うことができると期待されている.屈折矯正手術後の患者において,「遠方の見え方」の満足度と実用視力には関連があり,実用視力は再手術の適応決定に有用であることが示唆された.図1実用視力計NIDEKFVA100これまでの実用視力は10秒間開瞼を保った状態で計測されていたが,筆者らは日常の見え方をより反映するため瞬目を自由に可能とし,検査距離5m,視標コントラスト100%,検査時間60秒,視標切り替わり時間2秒,2回連続正答で高い視力値を提示,という設定で行った.図2実用視力測定結果視力の推移は赤いラインで示される.瞬目は自由にでき,検者が瞬目を観察してタイミングと回数が記録される.グレーの部分の面積とブラックの部分の面積が等しくなるところが実用視力となる.———————————————————————-Page21676あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008が日常の見え方が良いと報告している.実用視力計(FVA-100,NIDEK社)はハードディスク,モニター,ジョイスティックからなる(図1).モニターのLandolt環に対して,被検者がジョイスティックで応答する.まず,通常の視力検査で測定された視力のLandolt環がモニターに現れ,応答の正誤によってつぎに表示されるLandolt環の大きさが決定される.誤答や制限時間内に答えられなかった場合には自動的に一段階大きいLandolt環がつぎに示される.この機器を用い,一定時間連続して検査した視力の平均値が実用視力となる(図2).LASIK手術後には90%以上の患者が1.0以上の良好な裸眼視力を獲得するが,裸眼視力が1.0以上であっても「遠くが見にくい」という理由で再手術を希望する患者が存在する.さまざまなデータを検討したところ,「遠くが見にくい」患者の裸眼視力は平均1.11,実用視力は0.71で,通常の視力に比べて実用視力が大きく低下している傾向があった.一方,同じような裸眼視力・(68)表1再手術群と満足群との比較再手術群満足群p値年齢(歳)36.130.80.079裸眼視力1.111.170.072実用視力0.710.950.043自覚屈折(SE)0.300.280.714BUT4.03.10.160SRI0.1320.2640.084SAI0.3720.5810.122HOA0.6430.6830.625満足度2.3300.019BUT:tear-lmbreakuptime,SRI:surfaceregularityindex,SAI:surfaceasymmetryindex,HOA:higherorderaberration.満足度は「とても満足」を0,「不満」を4としたスケールを用いた.再手術後裸眼VD1.5再手術前裸眼VD1.0再手術前矯正VD(1.5S1.0D)図3再手術前後の実用視力の変化表2再手術前と再手術後3カ月との比較再手術前再手術後3カ月p値裸眼視力1.111.540.0007実用視力0.711.180.001自覚屈折(SE)0.30+0.170.302BUT4.03.70.529SRI0.1320.1640.433SAI0.3720.3860.802HOA0.6430.6090.925満足度2.330.330.001———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081677(69)屈折度数でも遠くの見え方に満足が得られている患者の裸眼視力は1.18,実用視力は0.95であり,LASIK術後の満足度と実用視力には関連性があることが示唆された.なお,ドライアイやSRI/SAI/HOAについての有意差は認められなかった(表1).このように裸眼視力1.0以上にもかかわらず「遠くが見にくい」ために再手術を希望した患者5例9眼に対してエンハンスメントを施行した.軽度の屈折異常がさらに改善することにより裸眼視力が平均1.11から1.54に向上し,実用視力も0.71から1.18に向上し,すべての患者から「とても満足」あるいは「満足」の評価が得られた(表2).代表例の再手術前後の実用視力の変化を図3に示す.裸眼視力が1.0以上であれば屈折異常はごく軽度であることから,再手術の対象にはなりにくいと考えられていたが,実用視力を測定することで日常生活における見え方が数値として表せるようになり,通常の視力検査では良好な裸眼視力が得られていても「遠くが見にくい」と感じている患者で実用視力が低下している場合には,再手術によってより良い見え方が期待できる可能性がある.実用視力にはドライアイのほか,調節,収差,検査慣れなどの要因が複雑に関係していると考えられ,今後も引き続き検討が必要であるが,実用視力は通常の視力検査で良好な視力が得られている患者に対する再手術の適応を決定する際に有用であると考える.文献1)ムラト・ドール,外園千恵:実用視力計.あたらしい眼科20:1541-1542,20032)GotoE,YagiY,MatsumotoYetal:Impairedfunctionalvisualacuityofdryeyepatients.AmJOphthalmol133:181-186,20023)TanakaM,TakanoY,DogruMetal:Eectofpreopera-tivetearfunctiononearlyfunctionalvisualacuityafterlaserinsitukeratomileusis.JCataractRefractSurg30:2311-2315,20044)KaidoM,DogruM,YamadaMetal:FunctionalvisualacuityinStevens-Johnsonsyndrome.AmJOphthalmol142:917-922,2006☆☆☆

眼内レンズ:白内障手術後の前嚢収縮と視機能の関係

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.12,200816730910-1810/08/\100/頁/JCLS現在の白内障手術においては,continuouscurvilin-earcapsulorhexis(CCC)による前切開が広く行われている.術後早期から前切開縁に沿って線維性の混濁が強くなり,術後約3カ月の間に眼内レンズ(IOL)の光学軸部方向へ収縮(前収縮)する.これは,一つは中が空になったが機械的に収縮することと,内に残存した水晶体上皮細胞が線維芽細胞様に偽化生して線維性の収縮を起こすことによる.その程度はIOL側の因子としては,光学部の素材に影響を受け,たとえばシリコーンはアクリル,ポリメチルメタクリレート(PMMA)のレンズより前収縮が有意に強い1).また網膜色素変性症,落屑症候群,糖尿病などの疾患眼では前収縮が強い傾向にある.前収縮に対してNd:YAG(以下,YAG)レーザーを用いて収縮した前縁を放射状に切開すると,切開窓は開大して,より広い有効光学部面積を得ることができる.今回,前収縮が視機能に及ぼす影響を明らかにす(65)るために,YAGレーザー前後の前切開窓面積と視力,コントラスト感度などの関係を調べ検討した.疎水性アクリルレンズを用いた白内障術後,前収縮を起こしてYAGレーザーによる前切開を予定した32眼,32例を対象とした.瞳孔領に前の一部が認められることを前切開施行の基準とし,後混濁を伴う例は除外した.前切開は切開縁からレンズ光学部端まで4本あるいは6本の放射状の切開を入れた(図1).検査方法として,前収縮の程度はNIDEK社のScheimpug画像解析システムを用いて前切開窓面積を測定した.視機能に関しては,矯正視力とコントラスト感度(視角0.7°,1.0°,1.6°,2.5°,4.0°,6.3°)をContrastglaretester(CGT-1000;TakagiSeiko社)を用いて測定した.これらの検査をYAG前切開直前と切開約2週間後に行った.YAGレーザー切開前の平均切開窓面積は8.2mm2であったが,切開後は18.0mm2と有意に拡大していた(p瀧本峰洋林眼科病院眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎268.白内障手術後の前収縮と視機能の関係白内障手術後に起こる前収縮は,瞳孔領にかかる程度になると視力低下をきたさないまでも,前切開窓面積に比例してコントラスト感度を低下させる.Nd:YAGレーザーを用いて前縁に4~6本の減張切開を入れると,前切開窓は開大して,有意にコントラスト感度は改善する.図1前収縮左:切開前.線維化した前は,一部が瞳孔領にかかるほど収縮している.患者は視力低下をきたしていなかったが霧視を訴えたため前切開を行った.右:切開後.Nd:YAGレーザーによりレンズ光学部端まで6本の放射状切開を入れると,前切開窓は広がって,有効光学部面積の拡大により霧視は消失した.———————————————————————-Page2<0.0001).YAGレーザー前切開前後の視力は0.88から0.93とごく軽度改善していたが,有意差はなかった.またYAGレーザー前・後の切開窓面積と視力との間,さらに切開窓面積の拡大と視力改善度の間にも有意な相関はなく,これらの結果は,切開窓の大きさが視力とはあまり関連しないことを示している.一方,各視角におけるYAGレーザー切開前後のコントラスト感度の変化を比較すると,前切開後には,0.7°以外のすべての視角においてコントラスト感度が有意に改善していた(p≦0.0399)(図2).YAGレーザー切開前の前切開窓面積とコントラスト感度のプロット図(視角4.0°)では前切開窓面積が拡大するほどコントラスト閾値が改善する傾向にあり,切開窓面積はコントラスト感度と強く関連していることが明らかになった.さらに,0.7°以外のすべての視覚において前切開窓面積の増加とコントラスト感度の改善の間にも有意な相関が認められた(r≧0.455)(図3は視覚6.3°).しかし,前切開窓が瞳孔領以上になると,コントラスト感度に影響しない.今回の検討で極端な前収縮例を除くと前収縮により視力は大きく低下することはなかったが,コントラスト感度を有意に低下させた.これに対しYAGレーザーによる放射状前切開を行うことでコントラスト感度などの視機能の改善が得られた.YAGレーザーによる前切開は低侵襲,短時間で行えるため非常に有用である.文献1)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:Reductionintheareaoftheanteriorcapsuleopeningafterpolymethyl-methacrylate,silicone,andsoftacrylicintraocularlensimplantation.AmJOphthalmol123:441-447,1997p=0.0039*p=0.0043*p=0.0286*p=0.0399*p=0.0333*p=0.9411†0.010.0140.020.030.040.060.080.110.160.230.320.45コントラスト感度6.34.02.5視角(?)1.61.00.7:前?切開前:前?切開後0.090.080.070.060.050.040.030.020.010-0.01Log閾値改善度-2.502.557.51012.51517.520前?切開窓面積の拡大(mm2)22.5図2Nd:YAGレーザー前切開前後のコントラスト感度の変化*:有意差あり,†:有意差なし.(瀧本峰洋:IOL&RS21:602-603,2007より許可を得て転載)図3前切開による面積拡大とコントラスト閾値改善の相関のプロット図(視角6.3°)相関係数r=0.640,p<0.0001.

コンタクトレンズ:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(4)

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.12,200816710910-1810/08/\100/頁/JCLSシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズに比較的多いトラブル従来のハイドロゲル素材のコンタクトレンズに比べて,シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズに多い合併症としてムチンボール,SEALs(epithelialsplitting),巨大乳頭結膜炎があげられる.1.ムチンボールムチンボールはレンズ下に貯留する球状物で,本体はムチンと考えられている(図1).多くの場合,実害はない.連続装用者に多い.レンズデザインやベースカーブを変更すると改善する.頻度は少ないが,従来のハイドロゲル素材のコンタクトレンズ装用者でもみられることがある.2.SEALs従来からepithelialsplittingとして報告されていたもので,上方の角膜輪部に沿った弓状の角膜上皮障害(角膜輪部から3mm以内)である(図2,3).初期には1数個の島状の病変からなり,横方向に拡大し典型的な病変となる.病巣部位は幅0.10.3mm,長さ15mm程度である.ときに結膜充血,角膜血管新生,角膜浸潤を伴う.無症候性のことが多いが,異物感や充血を自覚することがある.シリコーンハイドロゲルコンタクトレ(63)ンズ装用者に比較的多い合併症と考えられているが,ハイドロゲル素材のコンタクトレンズ装用者でもみられることがある.ソフトコンタクトレンズによる機械的なストレスが原因と考えられており,レンズデザインとレンズ素材の硬さが影響する.シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ装用者では,硬い素材のレンズ,MPS(多目的用剤)使用者に好発する.患者側の発症要因としては,ドライアイ,コンタクトレンズによる乳頭結膜炎,近視度数が強い,周辺部の角膜の扁平化などがあげられる.治療は,原則としてコンタクトレンズ装用は中止し,2次感染予防に抗生物質点眼を処方する.症例によっては,そのまま経過観察,あるいは,一時的に人工涙液を点眼することにより自然治癒することもあるが,重症化すると角膜浸潤,角膜潰瘍へと進展する可能性があるため,治癒するまではCL装用の中止を指導することが望ましい.治癒後,再発予防のための処置をとらなくてはならない.ベースカーブの変更が可能であればフラットなベースカーブへ変更する.レンズケアは過酸化水素による消毒とクリーナーによるこすり洗いを指導する.連続装用者に対しては連続装用の中止と長時間装用者に対しては装用時間の短縮を指導する.再発例,重症例ではレンズの種類を変更する.より軟らかい素材のシリコー糸井素純道玄坂糸井眼科医院コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純図1シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ装用者にみられたムチンボール(ブルーフィルターとイエローフィルターの併用)図2SEALs(ブルーフィルターとイエローフィルターの併用)図3SEALs———————————————————————-Page21672あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(00)ンハイドロゲルコンタクトレンズを選択するとよい.3.コンタクトレンズによる乳頭結膜炎(巨大乳頭結膜炎を含む)巨大乳頭結膜炎は上眼瞼結膜に直径1mm以上の乳頭が多数出現する疾患である.コンタクトレンズ装用者にみられる乳頭結膜炎は,以前は“巨大乳頭結膜炎(giantpapillaryconjunctivitis)”とよばれていたが,コンタクトレンズ装用者にみられる軽度中等度の乳頭結膜炎では乳頭が1mm未満のものも多く,最近では“コンタクトレンズによる乳頭結膜炎(contactlens-inducedpapil-laryconjunctivitis)”とよばれている.一般的な発症原因はレンズの汚れに対するアレルギー,あるいは,機械的刺激と考えられている.シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ装用者にみられる典型的な乳頭結膜炎は,従来のハイドロゲル素材のコンタクトレンズ装用者にみられるものとは異なり,乳頭が眼瞼結膜の眼瞼縁側に局在していることが多い(図4).ハードコンタクトレンズ装用者にみられる乳頭結膜炎と類似し,従来のハイドロゲル素材のコンタクトレンズよりもレンズが硬いことによる機械的な刺激がおもな発症原因と考えられている.初期では軽度のかゆみ,眼脂などを訴える.レンズの装用感が悪化し,分泌物のためコンタクトレンズも汚れやすくなる.進行すると,レンズのフィッティングにも影響を及ぼし,レンズの動きが過剰となり,レンズのずれを生じる.悪化要因としては,レンズの汚れ,シャープなレンズエッジ,レンズと相性の悪いMPS,連続装用,ドライアイ,アレルギー体質,長時間装用,洗眼,界面活性剤,過剰なレンズの動きなどがあげられる.治療は,非ステロイド性抗アレルギー薬の点眼,抗菌薬の点眼,人工涙液(防腐剤を含まない)の頻回点眼を指示する.重症例で治療に抵抗する症例に対しては,コンタクトレンズ装用を中止させ,ステロイド薬点眼を併用する.ただし,ステロイド点眼使用時は眼圧のモニターを忘れてはならない.重症例でコンタクトレンズ装用の継続を希望する場合は,短期的に1日使い捨てソフトコンタクトレンズへ変更するとよい.再発,増悪の予防のポイントは,過酸化水素の消毒システム,クリーナーによるこすり洗い,装用時間の短縮,連続装用の中止,レンズと相性の良いMPS,界面活性剤を含まないMPS,より軟らかい素材のシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ,1日使い捨てソフトコンタクトレンズなどがあげられる.4コンタクトレンズによる乳頭結膜炎

写真:角膜移植後縫合糸感染

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.12,200816690910-1810/08/\100/頁/JCLS(61)工藤かんな島﨑潤東京歯科大学市川総合病院眼科写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦295.角膜移植後縫合糸感染図2図1のシェーマ①:感染巣,②:縫合糸.①②←図1Candidaによる縫合糸感染全層角膜移植後で,4時の縫合糸を中心にドナー側に角膜浸潤を認め,浸潤の深さは実質中層まで及んでいる.図3MRSAによる角膜膿瘍9時半のドナー側に白色の感染巣があり,強い毛様充血を認める.同部の縫合糸は断裂している.図4黄色ブドウ球菌による縫合糸感染4時のドナー側に角膜実質から内皮に及ぶ角膜浸潤があり,強い前房内炎症を認める.———————————————————————-Page21670あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(00)角膜移植後は,ステロイド点眼の長期投与,縫合糸の存在,角膜知覚の低下,コンタクトレンズ装用などさまざまな要因により易感染性である.また,いったん感染が生じると重症化しやすく,感染が治癒したとしても不可逆的な影響を及ぼし,視力予後不良の原因となることが多い.角膜移植後感染の要因として最も一般的なものとして,縫合糸感染があげられる.縫合糸が,感染の足場となりバイオフィルムを形成し,難治化させる一因となる1).特に縫合糸の緩みや断裂を放置しておくと,そこに病原微生物が付着して,縫合糸を伝って角膜実質内に侵入し病巣を形成することもある.当科で2003年1月~2007年12月に移植後重症感染症を発症した54例55眼についての検討では,30.9%で縫合糸の断裂や緩みが認められた.自覚症状としては充血,異物感,眼痛,視力低下,眼脂などである.他覚所見としては,縫合糸周囲の角膜浸潤,角膜浮腫,毛様充血,前房内炎症,ときに前房蓄膿を認める.ステロイド点眼が使用されていることが多く,炎症所見があまり強くないことがある.起炎菌としては,ブドウ球菌,レンサ球菌,Candida(酵母型真菌)などが多い.角膜移植後は術後長期間にわたり抗生物質,ステロイドの点眼を使用することが多く,薬剤耐性菌や酵母型真菌を発症しやすい環境にある.MRSA(methicillin-resistantStaphylococcusaureus)と酵母型真菌による感染症が半数以上を占めていたとの報告もあり2),日和見感染としての発症が多い.筆者らの検討では,起炎菌が同定できたのは55眼中21眼で,そのうち酵母型真菌は11眼で約半数を占めていた.治療前に,縫合糸感染部の擦過物を採取し,検体を鏡検および細菌・真菌培養に提出する.感染の足場となっている縫合糸は抜糸する必要があり,抜糸した糸も検体として提出する.端々縫合なら感染部を抜糸するが,連続縫合の場合は全抜糸となる.治療としては,抗菌薬の頻回点眼を開始するが,予防的にニューキノロン系を使用している場合は,セフェム系,アミノ配糖体系などの薬剤を併用する.培養検査の結果をみて投薬を変更するが,培養が陰性で上記治療で効果がない場合は,耐性菌感染を疑ってバンコマイシンの使用も考慮する.鏡検の結果や臨床所見から真菌感染が疑われる場合には,アゾール系(ミコナゾール,ボリコナゾールなど)を点眼に調節して使用する.ミカファンギンを併用することもある.縫合糸感染は早期発見・治療により視力に大きな影響を残さず治癒させることができる症例も少なくなく,眼の痛み,霞み,充血時などにはすぐ来院するよう指導しておくことが重要である.文献1)中島秀登,山田昌和,真島智幸:角膜移植後に生じた感染性角膜炎の検討.臨眼55:1001-1006,20012)脇舛耕一,外園千恵,清水有紀子:角膜移植後の角膜感染症に関する検討.日眼会誌108:354-358,2004

新しいマイボグラフィー-Noncontact and Noninvasive Meibography-

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSはじめにマイボーム腺て何?そう思っても無理はない.マイボーム腺はいつも主役になれない脇役的存在で,ここが専門だなんてうっかり言うとマニアックな眼科医だと思われかねないのだ.でもマイボーム腺関連疾患は奥が深い.勉強すればするほど,研究すればするほど,患者を診察すればするほどわからないことがどんどん増えてきて,わかったと思えばまたすぐわからなくなる,興味深い領域である.今まで前眼部を観察していた同じスリットランプで,フィルターを1枚回すだけで,患者が一歩も動かずに,痛くもなく,眩しくもない,研修医だってすぐに使えるマイボグラフィーがあったらいいのにな.眼科臨床の現場において,私たちの日常の一途な願いをカタチにしたもの,それが新しいマイボグラフィー,NoncontactandNoninvasiveMeibography(非接触型マイボグラフィー)の開発である.Iマイボーム腺とはマイボーム腺は皮脂腺の一種であり,涙液の油層を形成し,過剰な涙液の蒸発を防ぐ役割をしている.瞼板腺ともいう.上眼瞼に約3040本,下眼瞼に約2030本ある.この腺の名前はドイツの医師,ハインリッヒ・マイボーム(16381700年)の名にちなんでいる.IIマイボグラフィーとはマイボグラフィーとはマイボーム腺を皮膚側から透過(53)1661eioritahiroano3370042い62611特集●ドライアイ最近の考え方あたらしい眼科25(12):16611667,2008新しいマイボグラフィーNoncontactandNoninvasiveMeibographyANovelMeibography─NoncontactandNoninvasiveMeibography─有田玲子*天野史郎**表1マイボグラフィーの比較(従来型と非接触型)従来型非接触型プローブが直接接触疼痛,羞明,侵襲的非接触非侵襲的特別な技術,熟練が必要スリットランプが使えれば誰でもできる光源が必要スリットランプの光源倍率の変更も自由ほぼ下眼瞼中央部しか見えない上下眼瞼,耳側から鼻側まで全部簡単に見える図1非接触型マイボグラフィー装置細隙灯顕微鏡のブルーフィルターをはさむ部分に,赤外線透過フィルターをはめこみ,小型赤外線CCDカメラを搭載しただけのものである.(文献6より)———————————————————————-Page21662あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(54)なされてきたが,光源プローブが患者の眼瞼に直接接触することによる,疼痛や不快感を解消することはできなかった.また,医師側にもある程度の習熟が必要で,マイボーム腺全体を把握するために時間もかかるため,一般外来で普及することはなかった.することによりマイボーム腺構造を生体内で形態学的に観察する唯一の方法である.30年以上前Tapie1)によって初めての報告があって以来,赤外線フィルム2,3)や赤外線ビデオカメラ4),赤外線プローブ5)といった改良が図2赤外線CCDカメラと赤外線フィルターの透過曲線,(のより),(のカタグより)透過()()()グレードグレードグレードグレード図3マイボスコア(文献6より)非接触型マイボグラフィーを用いてマイボーム腺の消失面積をグレード分類した.グレード0:マイボーム腺の脱落面積なし.グレード1:マイボーム腺の脱落面積が全体の1/3以下.グレード2:マイボーム腺の脱落面積が全体の1/3以上2/3以下.グレード3:マイボーム腺の脱落面積が全体の2/3以上.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081663(55)コア)(図3).対象は屈折異常や白内障以外の眼疾患のない正常眼236名236眼(男性114眼,女性122眼),平均年齢41.2歳(498歳).その結果,マイボーム腺の変化は正常人でも男性は20代から,女性は30代か今回筆者らが新しく開発したマイボグラフィーは,特殊で大掛かりな装置やそのスペースを必要とするものでなく,眼科施設であればどこにでもある細隙灯顕微鏡に小型赤外線CCDカメラと赤外線透過フィルターを搭載しただけのものである.細隙灯顕微鏡の光源を利用して観察するため,従来のように患者の眼瞼へ直接接する光源プローブは一切必要ない.さらに,倍率もスリットランプと同様に自由に変えることができ,フィルター1枚を回すだけでマイボーム腺開口部の状態もすぐに観察できるという利点がある6)(図1,表1,図2).III非接触型マイボグラフィーの原理可視光は瞼板によって光が反射されるので奥にあるマイボーム腺は見えない.赤外光は深部到達度が高く,瞼板を透過し,マイボーム腺によって反射される.マイボーム腺で赤外光が反射される理由はわからないが,脂の性状によるものと考えている.IV加齢によりマイボーム腺は変化するのか非接触型マイボグラフィーを用いて,正常眼のマイボーム腺を観察し,マイボーム腺の脱落面積によってグレード0からグレード3まで4段階に分類した(マイボス図5正常眼(29歳,男性,右眼)上下のマイボーム腺に脱落なし.平均マイボスコア543210:全体:男性:女性091019202930394049年齢(歳)50596069707980図4各年代における男女の上下平均マイボスコア年齢に有意に相関している.20代,60代,80代では有意差はないが,男性のマイボスコアのほうが女性より高い傾向にあった(全体p<0.0001,男性p<0.0001,女性p<0.0001).(文献6より)———————————————————————-Page41664あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(56)れている.MGDはまだ国際的診断基準もなく,確定した治療法もない,わからないことの多い疾患である.患者の自覚症状とスリットランプによる所見の重症度との間に相関がみられないことが多い.どこまでが加齢性変化でどこからが治療を要する疾患なのか,マイボーム腺の形態や機能だけでなく,涙液機能全体を総合的に評価する必要がある.実際の症例として閉塞性MGD(図79)と脂漏性MGD(図10)を示す.診察の流れとして,スリットラら短縮や脱落が始まり,加齢や眼瞼異常所見と有意に相関した(r=0.428,p<0.0001)6)(図4).具体的な症例として正常眼を示す(図5,6).Vどこまでが加齢性変化でどこからが疾患なのかマイボーム腺は加齢性変化だけでも脱落や短縮をする.この加齢性変化に慢性的炎症や感染をくり返すとマイボーム腺機能不全(MGD)という病態になると考えら図6正常眼(43歳,女性,右眼)左上:下眼瞼に異常なし.右上:フルオレセイン染色後角結膜に異常なし.左下:右下マイボーム腺に異常なし.右下:正常マイボーム腺(左下写真)の拡大.図7閉塞性MGD症例(74歳,男性,左眼)左:上瞼縁不整,軽度充血,睫毛に汚れ,マイボーム腺開口部閉塞所見を認める.右:フルオレセイン染色後ブルーフリーフィルターで角結膜上皮を観察.角膜下方に上皮障害を認める.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081665(57)イボーム腺を観察する.まず弱拡大で全体を観察したのち,強拡大で脱落,短縮している部分をさらによく観察する.ンプで瞼縁の異常所見を観察したのち,角膜下方の角膜上皮障害を観察する.続けてフィルターを赤外線フィルターに回したのち,非接触型マイボグラフィーで上下マ図8図7と同一症例(74歳,男性,右眼)左上:右上眼瞼結膜散乱光で観察.マイボーム腺は観察できない.左下:右下眼瞼結膜散乱光で観察.一部のマイボーム腺は観察できている.右上:非接触型マイボグラフィーによる,右上眼瞼マイボーム腺所見.鼻側から中央にかけてマイボーム腺が脱落(dropout)していることがはっきりわかる.耳側にかけても短縮していたり,開口部周辺のみ認めるが,途絶しているマイボーム腺など詳しく観察できる.右下:非接触型マイボグラフィーによる,右下眼瞼マイボーム腺所見.右下中央部,脱落するマイボーム腺を認める.鼻側1/3のマイボーム腺は認められない.図9図7,8と同一症例(74歳,男性,左眼)左上:左上眼瞼結膜所見.マイボーム腺はよく見えない.左下:左下眼瞼結膜所見.マイボーム腺はよく見えない.右上:非接触型マイボグラフィーによる,左上眼瞼マイボーム腺所見.全体にわたり,短縮,屈曲,蛇行しているマイボーム腺を観察することができる.右下:非接触型マイボグラフィーによる,左下眼瞼マイボーム腺所見.マイボーム腺は中央から鼻側にかけて数本おきに脱落(dropout)している.———————————————————————-Page61666あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(58)ンは加齢性のそれとは違っていた.また,相関する因子はCL装用年数のみであった7)(p=0.020).実際の症例としてハードCL装用者(図11)と使い捨てソフトCL装用者(図12)の代表的パターンを示す.VII今後の期待今後,非接触型マイボグラフィーでマイボーム腺の形態変化を観察することは,患者の自覚症状,細隙灯顕微鏡による瞼縁の所見,マイボーム腺脂質(Meibum)のVIコンタクトレンズ(CL)装用でマイボーム腺は変化するか年齢,性別を適合させたCL装用者121人121眼のマイボーム腺を観察したところ,CLの種類によらず,マイボーム腺が有意に短縮していることがわかった(p<0.0001).加齢性変化によるマイボーム腺のマイボスコアに比較すると30代のCL装用者は60代のマイボスコアとほぼ同等であったが,脱落のしかたや短縮のパター図10脂漏性MGD(71歳,女性,左眼)左:眼瞼縁に泡状分泌物(foaming)があり,上下眼瞼に軽度充血を認める.中:マイボグラフィーでマイボーム腺の短縮,脱落を認めない.下:マイボグラフィーでマイボーム腺の短縮,脱落を認めない.図11ハードコンタクトレンズ装用症例(29歳,女性,右眼.11年間装用)左上:右上眼瞼結膜所見.アレルギー所見などもない.左下:右上瞼縁所見.異常を認めず.Meibumの性状も異常なし.右上:非接触型マイボグラフィーによる,右上眼瞼マイボーム腺所見.中央部から耳側にかけてマイボーム腺が少しずつ短縮している.右下:右上部位を拡大.屈曲,蛇行も認め,最耳側マイボーム腺は脱落している.———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081667性状などとともに,MGDの診断や分類,治療法の開発や評価に役立つことが期待される.また,現在ドライアイ研究会のなかでMGDワーキンググループが立ち上がっており,今後の発展が期待されるホットな領域である.おわりにマイボグラフィーをスリットランプに付属させることにより,今まで特殊な検査だったマイボグラフィーが,“OcularSurfaceの観察”という,全体の流れに組み込むことが可能となった.今後はマイボーム腺機能との関連についても研究を進めていきたいと考えている.文献1)TapieR:BiomicroscopialstudyofMeibomianglands(inFrench).AnnOcul(Paris)210:637-648,19772)RobinJB,JesterJV,NobeJetal:Invivotransillumina-tionbiomicroscopyandphotographyofmeibomianglanddysfunction.Ophthalmology92:1423-1426,19853)MathersWD,ShieldsWJ,SachdevMSetal:Meibomianglanddysfunctioninchronicblepharitis.Cornea10:277-285,19914)MathersWD,DaleyT,VerdickR:Videoimagingofthemeibomiangland.ArchOphthalmol112:448-449,19945)YokoiN,KomuroA,YamadaHetal:Anewlydevelopedvideo-meibographysystemfeaturinganewlydesignedprobe.JpnJOphthalmol51:53-56,20076)AritaR,ItohK,InoueKetal:Noncontactinfraredmei-bographytodocumentage-relatedchangesofthemeibo-mianglandsinanormalpopulation.Ophthalmology115:911-915,20087)AritaR,ItohK,InoueKetal:Contactlenswearisasso-ciatedwithdecreaseofmeibomianglands.Ophthalmology,inpress(59)図12ソフトコンタクトレンズ装用症例(28歳,女性,左眼.12年間装用)左上:マイボーム腺分泌物(Meibum)は正常.左下:フルオレセイン染色でBUT(涙液層破壊時間)短縮.メニスカスが低い.Schirmer値は正常.右上:非接触型マイボグラフィーによる右上眼瞼マイボーム腺所見.中央部のマイボーム腺が屈曲,蛇行している.右下:非接触型マイボグラフィーによる下眼瞼マイボーム腺所見.全体にわたって1/3程度の長さに短縮している.

マイボーム腺機能不全の診断と治療

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLS従来,MGDは脂質(meibum)の分泌量が低下する閉塞性と過多である脂漏性とに分けて考えるべきとされてきたが,脂漏性は閉塞性の前段階かもしれない,脂漏性と後部眼瞼炎との区別が曖昧,閉塞性でも炎症を伴うものと伴わないものとがある,などさまざまな意見があり,ドライアイ専門家でも統一されていない.しかしながら臨床的にドライアイを考えるうえでは,meibumの量の低下と質の悪化を呈するMGDが重要で,それを閉塞性MGDと考えることにして,診断のポイントを述べたいと思う.MGDの診断のむずかしさの一つは,マイボーム腺が外から見えないことにあると思われる.したがって,目に見えるところからMGDを推察していく,つまりマイボーム腺の異常を反映する所見を知ることが,MGDの診断を可能とする.マイボーム腺の構造的な変化と脂質の性状や分泌量の変化は,細隙灯顕微鏡でかなりのことが推察できる.MGDでは病理組織学的には導管上皮の角化,角化物の導管内堆積,腺開口部の過角化あるいは閉塞,導管周囲の慢性炎症などが生じている1)(図1).また,分泌される脂質の性状も変化しており,これらが合わさってはじめにマイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunc-tion:MGD)はドライアイの診断と治療に重要であることは眼科医には周知だといっていいと思うが,では日々の臨床でドライアイをみたときに必ずMGDの有無もチェックするかというと,なかなかハードルが高いようである.その理由を考えてみると,何をもってMGDとすればいいのかがわかりにくい,という印象があるからではないかと思う.その印象のとおり,実はMGDは,後述するように定義すら明確ではない.したがって,現在に至るまで診断基準も設定されていない.現在は,過去の報告や臨床経験の蓄積によって一応の基準が設けられているが,コンセンサスをもって広く知られているかというと心許ないものである.現在MGDの定義や診断基準を明確にしようという動きがあるが,ここでは,臨床的に押さえておくポイント,これをみればMGDと(一応)診断できる,という所見をまとめてみたい.IMGDの診断マイボーム腺の機能は涙液構成成分の一つである脂質を排出することであり,表1に示すような働きがある.MGDは,マイボーム腺に何らかの変化が生じて脂質の分泌異常や性状の変化をきたし,表1に示すような機能が失われ,涙液を含むオキュラーサーフェスに異常をきたした状態と考えることができる.(47)1655D2251113特集●ドライアイ最近の考え方あたらしい眼科25(12):16551659,2008マイボーム腺機能不全の診断と治療DiagnosisandTreatmentofMeibomianGlandDysfunction田聖花*表1涙液油層の働き涙液の過剰な蒸発を防ぐ涙液の表面張力を下げ,層として保つ涙液の眼表面への分布を助ける涙液を瞼縁に留める平滑な光学面の形成———————————————————————-Page21656あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(48)状のものがようやく排出される程度になる.完全に萎縮すると排出されない.MGDの診断のむずかしさは,表2に示すような眼瞼所見は加齢変化でもみられ,MGDと区別しづらいことにもよると思われる3).筆者の調査でも,高齢者では瞼縁の血管拡張やpluggingが高頻度でみられた4).また何割かの開口部が閉塞していても脂質の供給は不足していない例も多く,眼不快感などの自覚症状に乏しい,角結膜上皮障害がないなどの例では,加齢変化のみと考えてよいと思われる.閉塞性MGDでは,脂質の分泌減少によって涙液油層の厚みが減るなど,直接的に涙液の異常がひき起こされる.油層の菲薄化により涙液層が不安定となり,涙液層破壊時間(tearlmbreakuptime:BUT)の短縮に現れる.角膜下方の涙液層の破壊が生じやすく,そこに一致した角膜上皮障害が認められる.涙液油層観察装置(DR-1R,興和)は涙液油層の干渉像を見ることができる器械であるが,現在のところこれによって脂質の異常を検出するのはむずかしいようである.脂質の分泌が少なくても涙液減少がない(水層が厚い)と,角膜上に涙液層の均一な広がりが得られるため,DR-1Rのグレードは悪化しない.涙液減少があると,角膜上に涙液が伸展しないために油層が角膜下方に溜まり,油層の厚さは下方で厚く,中央上方で薄くなり,DR-1Rのグレードは悪化傾向を示す.このようにDR-1Rは油層を介しMGDの病態が形成されており,それらを反映した他覚所見は眼瞼縁の変化として認められる2).代表的な眼瞼縁の所見を示す(表2,図2).瞼縁の血管拡張は脂質の性状の変化による炎症や,開口部の閉塞から起こる腺内の常在菌繁殖に伴う炎症などを反映していると考えられる.腺開口部の過角化や萎縮によって瞼縁が凹み,波打ったようになる.また,腺開口部の過角化や角化物による閉塞は,開口部のぷつぷつとした盛り上がりを形成し,pluggingあるいはpoutingとよばれる.腺構造の萎縮や導管周囲の慢性炎症によって結膜の線維化が生じ皮膚粘膜移行部(mucocutaneousjunction:MCJ)が瞼結膜側(後方)に引っ張られて移動する.軽症例では開口部付近の慢性炎症により皮膚側(前方)に移動する所見もみられる.脂質の異常は,眼瞼を圧迫して排出されるmeibumを観察して推察する.正常では透明で粘稠度は高くなく,開口部の一回り大きいくらいの直径を呈する程度の量で排出される.脂質が変化すると,粘稠度が高く黄色味を帯びた色調になり,指による圧迫では排出されにくくなる.高度になると,固化して練り歯磨き図1MGDの組織学的変化Meibom腺導管内の角化物の堆積と開口部上皮の過角化による閉塞がみられる.(文献1より抜粋)図2閉塞性MGDの瞼縁所見開口部は閉塞し,pluggingがみられる.充血も著明である.表2MGDにおける瞼縁の所見瞼縁の血管拡張瞼縁の不整瞼縁のplugging,pouting皮膚粘膜移行部の乱れ(前方,後方移動)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081657(49)以上に述べたようにMGDの臨床診断は細隙灯顕微鏡で可能である.角結膜上皮障害がある,BUTが短いなどドライアイが疑われる例はもちろんのこと,日常臨床において常に眼瞼まで見るようにしたい.IIMGDの治療MGD嫌いになる別の理由の一つに,治療のむずかしさがあると思う.MGDの治療には継続が大切で,患者の理解と努力が欠かせない.治療する側にも根気よく付き合う気持ちが必要である.て水層を見る,つまり涙液減少を検出するほうが得意である.しかし,近年Gotoらによって干渉像の色から油層の厚みを知ることができるようになってきており,今後の発展が期待される5).細隙灯顕微鏡による瞼縁の観察がマイボーム腺の変化を推察するものとすれば,マイボグラフィーは直接マイボーム腺の構造を観察できる器械である.正常では瞼縁に垂直に走る腺構造が認められるが,MGDでは腺構造の消失(drop-out)が高率にみられる.従来,眼瞼の皮膚側に光源(ペンライトや硝子体手術用イルミネーターなど)を置き,その透過光によって観察する方法が用いられてきたが,痛い,眩しい,観察像が記録できないなどの欠点があった.最近Aritaらによって,こういった欠点を解消する新しいマイボグラフィーが報告された6).これは,細隙灯顕微鏡に赤外線フィルターが付いたもので,赤外線CCDカメラを通してモニターに画像が映し出される(図3).赤外線光のため患者は眩しくなく,光源を接触させないので痛くなく,通常の細隙灯顕微鏡による診察と同じ要領で眼瞼幅全体を観察でき,上眼瞼も見やすい,などの利点に富む.細隙灯顕微鏡が使える眼科医であれば誰でも使いこなすことができるであろう.Aritaらはこの器械を用いて,マイボーム腺のdrop-outの程度と眼瞼縁の変化との相関について報告している6).これによると,drop-outの数は年齢が上がるにつれて増加し,眼瞼縁の変化が強いほどdrop-outもよくみられるという.記録媒体をDVDにすることでデジタル保存できるため,パソコン上でさまざまな解析が可能となる.今後マイボーム腺構造の定量的評価などの研究が進むであろう.最後に,脂漏性MGDについて簡単に述べる.脂漏性は脂質の分泌が過剰の状態で,指による圧出で隣接する開口部からの油分と重なり合うくらいの直径で排出される.色調は透明やや黄色味を帯びる.瞼縁の充血が強く,開口部は縦長楕円に変形し,瞼縁皮膚側に露出してみられることが多い(図4).MCJの前方移動を伴うことも多い.脂漏性MGDでも涙液に何らかの変化がもたらされているはずで,眼の灼熱感などの自覚症状をひき起こすと考えられているが,ドライアイとの関連性は低いとされる.図3非接触型マイボグラフィー細隙灯顕微鏡からCCDカメラでモニターに接続されている.いちどに広範囲のマイボーム腺を観察することができる.図4脂漏性MGDの一例充血が著明で,開口部は粘膜側へ拡大している.———————————————————————-Page41658あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(50)膜への血管侵入がみられることもある.高齢者のMGDのように瞼縁のirregularityやMCJの偏位はあまりみられない.これはマイボーム腺内の常在菌の増殖などによる炎症が原因と考えられており,抗生物質の全身投与によるマイボーム腺内の除菌が奏効する.もう一つは,ドライアイ専門家がもっている臨床的な印象であり,まだ広く認知されているわけではないが,BUT短縮型ドライアイの一部に,meibumの圧出が極端に少ないタイプがある.特に女性に多いようである.表2で示すような瞼縁の所見は乏しいが,開口部を押しても脂質の排出が著しく低下している.理由には,性ホルモン説,ストレス説,アイメイク説などが考えられているが,まだよくわかっていない.BUT短縮型ドライアイは治療がむずかしいが,Gotoらはこういった患者に「少量軟膏療法」が有効であったと報告している9).これは,眼瞼にごく少量の眼軟膏を塗布することによって,涙液油層を安定して供給するという戦略であり,点眼治療,すなわち水層を増やす治療に抵抗するドライアイには効果的である.文献1)ObataH:Anatomyandhistopathologyofhumanmeibo-miangland.Cornea21(7Suppl):S70-74,20022)BronAJ,BenjaminL,SnibsonGR:Meibomianglanddis-ease.Classicationandgradingoflidchanges.Eye5(Pt4):395-411,1991治療戦略は,①マイボーム腺閉塞の解除,②瞼縁の清拭(lidhygiene),③ドライアイの管理である.①は,眼瞼を温める温罨法が適している.温罨法によって導管の拡大と開口部の拡張が得られ,脂質の分泌が増加し,涙液層の安定化が得られる7,8).簡便なのはお湯で湿らせたタオルやおしぼりなどを眼瞼にのせる方法である(おしぼりを水で濡らして固く絞り,電子レンジで数十秒温めると,簡単にホットタオルをつくることができる).最近は40℃くらいの温かさが数分持続するシート状アイマスクや,電子レンジや湯煎で何度でも温めることができるジェル状のアイマスクなども市販されている.②は,ベビーシャンプーをしみこませた綿棒で瞼縁を拭くとよいが,ベビーシャンプーでなくお湯だけでもかなり効果がある.低濃度のグルコン酸クロルヘキシジンなどの消毒液がしみこませてあるウエットコットンなども市販されており,眼の中に入れないよう指導したうえで,利用してもよい.実際にはテーブルなどに鏡を寝かせて置き,上からのぞき込む格好で,眼瞼を引っ張って行うとよい.温罨法とlidhygieneを組み合わせて,日に数回行うと効果的である.マイボーム腺圧迫鑷子などを用いて固化したmeibumを圧出させるのも効果的で,lidhygieneが上手にできない患者には診察のたびに行うとよい.少し荒っぽいかもしれないが,白内障手術などの際に麻酔を併用して思い切って出し切るなどすると,予後がよいようである.③に対しては,ドライアイの治療に準じて人工涙液とヒアルロン酸点眼を使用する.涙液減少を伴うMGDは角膜上皮障害が強くなるので,MGDが疑われる例ではSchirmer試験を行って,涙液減少がないかどうかを調べる必要がある.III若年者のMGDMGDは一般的には高齢者にみられるが,ときに若年者でもみられることがある.その一つがマイボーム腺関連上皮症ともよばれるもので,瞼縁の充血が著明で,開口部からのmeibumの圧出が低下しており,瞼縁が“緊満している”ような印象を受ける(図5).下方の角膜上皮障害を伴うことが多い.上皮障害の部位に一致して角図5マイボーム腺関連上皮症の一例(19歳,男性)抗生物質の内服で改善した.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081659(51)911-915,20087)GotoE,EndoK,SuzukiAetal:Improvementoftearsta-bilityfollowingwarmcompressioninpatientswithmeibo-mianglanddysfunction.AdvExpMedBiol506(PtB):1149-1152,20028)MatsumotoY,DogruM,GotoEetal:Ecacyofanewwarmmoistairdeviceontearfunctionsofpatientswithsimplemeibomianglanddysfunction.Cornea25:644-650,20069)GotoE,DogruM,FukagawaKetal:Successfultearlipidlayertreatmentforrefractorydryeyeinoceworkersbylow-doselipidapplicationonthefull-lengtheyelidmargin.AmJOphthalmol142:264-270,20063)HykinPG,BronAJ:Age-relatedmorphologicalchangesinlidmarginandmeibomianglandanatomy.Cornea11:334-342,19924)DenS,ShimizuK,IkedaTetal:Associationbetweenmeibomianglandchangesandaging,sex,ortearfunction.Cornea25:651-655,20065)GotoE,DogruM,KojimaTetal:Computer-synthesisofaninterferencecolorchartofhumantearlipidlayer,byacolorimetricapproach.InvestOphthalmolVisSci44:4693-4697,20036)AritaR,ItohK,InoueKetal:Noncontactinfraredmei-bographytodocumentage-relatedchangesofthemeibo-mianglandsinanormalpopulation.Ophthalmology115:

安全で効果的な涙点閉鎖法

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSわれている涙点プラグ挿入術と,確実な閉鎖をめざした新しい涙点閉鎖術についてその考え方と方法を紹介する.I涙点閉鎖術の適応と選択一般に普及している涙点閉鎖法には,大きく分けて,涙点プラグ挿入術と外科的涙点閉鎖術があるが,これらの涙点閉鎖術を行うと,涙液あるいは人工涙液が眼表面に最大限に貯留されるため,涙液の安定性低下というドライアイの中心メカニズムが解消されて,眼表面の上皮障害およびドライアイ症状が劇的に改善する(図1).この涙点閉鎖術の絶対適応は,重症の涙液減少型ドライアイである.一般に涙液減少型ドライアイでは,点眼治療はじめにSjogren症候群をはじめとする涙液減少型ドライアイの重症例のなかには,点眼治療ではほとんど効果のない例がある.このような例に対して涙点プラグ挿入術を上・下に行った後の角膜上皮障害の大幅な改善を目の当たりにして,大きな衝撃を受けたのは筆者らだけではないであろう.それほどまでに,涙点閉鎖の効果は絶大であり,ある意味,涙液減少型ドライアイの重症例のほうが軽症例より治療しやすいような錯覚が起きるほどである.表題にある「安全で効果的な涙点閉鎖法」を行うためには,涙点閉鎖法の種類や手技などをよく理解したうえで,適切な適応選択のもとに,適切な時期に行うことが重要である.そこで,本稿では,わが国で現在広く行(39)16476020841465特集●ドライアイ最近の考え方あたらしい眼科25(12):16471653,2008安全で効果的な涙点閉鎖法SafeandEectivePunctalOcclusion西井正和*横井則彦*図1涙点閉鎖前・後のフルオレセイン染色所見左:閉鎖前,右:閉鎖後.涙点メニスカスが高くなり,角膜上皮障害に大幅な改善がみられる.———————————————————————-Page21648あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(40)に得られた歴史があり,涙点プラグの挿入が不可能となった,巨大化した涙点,あるいは,変形した涙点がその適応となる.涙点プラグ挿入術の適応を表1にまとめた.II涙点プラグの種類と選択涙点プラグ挿入術1)は1998年より保険適用となっているが,現在わが国では,EagleVision社製のフレックスプラグ2)(以下,FP),スーパーフレックスプラグ3)(以下,SFP)および,FCI社製のパンクタルプラグ4)(以下,PP)が使用可能な涙点プラグとなっている(図2).2009年には,スーパーイーグルも発売予定になっており,その長期成績が大いに期待されるところである.現在用いることのできる各種涙点プラグの特徴をあげてみると,PPは脱落しにくいという長所があるが,その反面,涙小管内の肉芽形成(図3左)やバイオフィルムに関係した白色塊の蓄積(図3右)といった合併症がある.一方,FPは,肉芽形成がまずみられないより安全な涙点プラグであるが,PPに比べて脱落しやすいという欠点がある.SFPはFPとPPの特徴を兼ね備えたプラグであり,実際,脱落率はそれらの中間といった感があり,肉芽形成のリスクは少ない.このような涙点プラグの特徴に基づけば,Sjogren症候群をはじめとする涙液減少型ドライアイの最重症例では,いずれ観血的涙点閉鎖術が必要になると考えられるため,肉芽形成の合併症は大きな問題とならず,最初から脱落しにくいSFP,PPを選択するのが良いと思われ(人工涙液,ヒアルロン酸,低力価ステロイド)が奏効すると,上皮障害の下方シフト(角膜の下方に上皮障害が分布)が得られるが,上・下涙点プラグの絶対適応となる重症の涙液減少型ドライアイでは,そのような上皮障害の下方シフトが得られず,点眼治療を十分に行っても角膜中央部を含んで角膜全面に高度の上皮障害が認められる.一方,上・下涙点閉鎖術の相対適応といえる対象には,1)強い症状を伴う角膜糸状物やcornealmucusplaqueのみられる例,2)BUT(tearlmbreakuptime)短縮型ドライアイ,3)涙液減少を伴う上輪部角結膜炎がある.なかでも,BUT短縮型ドライアイは,比較的若年者にみられ,角膜上皮障害が軽度であるにもかかわらず(ドライアイの診断基準を満たしにくい),BUTが著明に短縮しており,乾燥感や眼精疲労などの強い眼症状を伴う.しかし,点眼では良好な症状の改善が得られず,しばしば治療に難渋する.また,涙液分泌が正常の場合が多いため,通常,上・下の涙点プラグ挿入術を選択すると流涙を訴えるが,片方の涙点閉鎖では効果がなく,乾燥感と引き換えに流涙を選ぶことが多く,プラグの抜去を希望することはほとんどない.さらに,涙点プラグ挿入術は,LASIK(laserinsitukerato-mileusis)術後のドライアイの重症例にも効果的である.涙点プラグ挿入術では,適切な適応選択のもと,まず,上・下の涙点プラグ挿入術を行う.そして,プラグの脱落をくり返したり,肉芽形成などによってプラグの再挿入が困難になった場合に限り,外科的涙点閉鎖術を選択するのが安全かつ効果的である.なお,恒久的な涙点閉鎖術は,上・下の涙点プラグの挿入術の効果が十分表1涙点プラグ挿入術の適応絶対適応・重症涙液減少型ドライアイ(点眼治療を十分に行っても角膜上皮障害が全面にある場合)相対適応・点眼治療の奏効しない角膜糸状物,cornealmucusplaqueを伴う例・BUT短縮型ドライアイ・涙液減少を伴う上輪部角結膜炎・難治性のlidwiperepitheliopathy・涙液減少+マイボーム腺機能不全・LASIK術後ドライアイ図2現在使用可能な涙点プラグ左:フレックスプラグ,中:スーパーフレックスプラグ,右:パンクタルプラグ.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081649(41)に対して行う.まず,0.04%オキシブプロカインによる点眼麻酔後,涙点の大きさを涙点ゲージ(0.5,0.6,0.7,0.8,0.9,1.0の6種類)にて計測する(筆者らは,EagleVision社製のゲージを使用).この際,涙点ゲージを無理に押し込むと涙点が拡大し,正確な涙点サイズの計測ができなくなるので注意が必要である.無理なく挿入でき,かつ,プラグの留置期間をできるだけ長く維持できるよう,筆者らは,無理なく挿入できた涙点ゲージのサイズを涙点サイズとして,PPでは,涙点サイズが0.5ならSSサイズ,0.6なら少し涙点を拡張してSサイズ,0.7ならSサイズ,0.8以上はMサイズ,肉芽ができたらそれを切開してLサイズを選択し,FP,SFPでは,涙点サイズ+0.1mmのものを選択している(表2).涙点プラグの挿入は,FPやSFPでは,涙点サイズと同じサイズを選択するのであれば,細隙灯顕微鏡下でも可能であるが,上記のサイズのプラグ選択を行った場合は,処置ベッドに寝てもらって挿入しないとむずかしる.しかし,LASIK術後などの一過性のドライアイでは,涙小管内に肉芽形成を生じると,ドライアイの解消後,流涙を生じる可能性があるため,FPを選択することが望ましい.なお,初めて涙点プラグが挿入されると,異物感を訴える場合がある.数日で慣れることもあるが,瞬目の際,プラグの鍔と球結膜の間で摩擦を生じている場合は,球結膜の充血を生じ,フルオレセインで上皮障害が確認され,強い異物感を伴うため,プラグの抜去が必要となる場合がある.したがって,このような場合のために,初めてプラグを装着する場合に,肉芽形成のないFPをまず試してみるという方法もよいかもしれない.涙点プラグの鍔は,PPに比べて,FP,SFPでは薄く,軟らかく,小さいため,一般に異物感は少なく,高齢者に多い突出した涙点に対してもよくフィットする.しかし,PPでは,眼瞼縁に沿うよう鍔に傾斜をもたせているため,このほうがフィットしやすい涙点もあり,眼瞼結膜に斜めに開口する涙点では,傾斜が利用できるPPのほうがうまくフィットする場合もある.したがって,挿入前の涙点サイズ計測に際して,涙点の形状や開口状態をみておくこともプラグ選択のうえで役立つ場合がある.III涙点プラグの挿入方法ドライアイの重症例に対する涙点閉鎖の効果は,片方の涙点のみに対するプラグ挿入ではほとんど得られないため,涙点プラグの挿入は,基本的に上・下両方の涙点表2涙点プラグサイズの選択挿入しうる最大の涙点ゲージ径(mm)FPSFPPP0.50.60.70.80.91.00.60.70.80.91.01.10.60.70.80.91.01.1SSSSMMM図3PPによる肉芽形成(左)とPPの鍔の上とシャフト部への白色塊蓄積(右)———————————————————————-Page41650あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(42)立されていない.従来からの外科的涙点閉鎖術の成功の鍵は,1)涙小管の上皮下の線維組織同士の確実な炎症性癒着,および2)涙点にすき間を生じない涙点縫合の2つが鍵を握っており,そのためにさまざまな工夫がなされてきた6).1)のために,アルゴンレーザー,ジアテルミー,熱焼灼などが用いられ,機械的な涙小管上皮除去や縫合糸に吸収糸を用いるなどの工夫も有効とされる.たとえば,Liuら7)は,角膜ドリルを用いて機械的に涙点涙小管上皮を除去する方法を,Knappら8)は,涙点だけでなくより深部にわたって熱焼灼を行う方法を報告した.一方,2)のために,涙点の十字縫合や,平行に3針縫合する方法などがある.涙点閉鎖は一般に,うまくいかないと次第に涙点が変形して閉鎖がよりむずかしくなるため,筆者らは,新たな工夫を加えながら,術式の改良を行ってきた9).ここでは,これまでの経緯を含めながら,現在の方法を紹介する.涙小管上皮の確実な除去より確実で遠隔的にも成績の良い涙点閉鎖を得るためには,閉鎖した涙点上を結膜上皮が被覆することに加えて,涙小管レベルでの完全な閉鎖を得ることが望ましい.そのためには,涙点涙小管垂直部の上皮を確実に除去する必要がある.筆者らは,上皮を除去するためのとっかかりを作るため,まず,新しく共同開発したモノポーラ針(図4左上)を用いた(田川電気研究所製)ジアテルミーを涙小管上皮に対して軽く行っている.過凝固は,かえって術後の強い炎症を招き,再開通を起こす可能性があると考え,このプロセスは非常に軽く行っている.モノポーラ針は,とっかかりを作りたい部位に先をきっちりと接地させながら,効率よくジアテルミーを行えるという特長があり,涙点サイズに合わせて3つの太さから選択している.ジアテルミーの後,ハンド式マイクロモーターチャックS-226(イナミ社製)を用いて確実な涙小管上皮除去を行っている(図4右上).これは,角膜鉄粉異物に伴う錆を除去するためのドリルであり,やや小さいきらいはあるが,涙点のサイズに合わせて大きさを選択し,内壁にあてて,機械的に上皮除去を行っている.い.その際,眼瞼を耳側に引き,涙点にある程度の張りをもたせた状態で挿入する.上涙点では,眼瞼を反転させて挿入するとより簡単である.FCI社製のプラグには鍔に傾斜があるため,挿入後に鍔を回して涙点にフィットさせる.また,挿入時に強い力で押し込むとプラグが涙小管内に迷入する危険性があるため,注意が必要である.もし,涙点プラグが迷入してしまったら,あわてず,プラグをインサーターからリリースしてしまわないように注意しながら,涙小管壁を擦り上げるようにするか,涙小管の脇から極細の鑷子を挿入してプラグごと引きずり出すと取れる場合がある.IV涙点プラグ挿入術の限界外科的涙点閉鎖術に比べて涙点プラグ挿入術は,侵襲が少なく簡単に行えるため,涙点閉鎖の第一選択肢といえる.しかし,脱落をくり返すうちに涙点が拡大し,選択できるサイズがなくなって,外科的涙点閉鎖術に移行せざるをえない場合が少なからずある5).そのため,最終的に恒久的な涙点閉鎖術が必要となると予想される涙液減少型ドライアイの最重症例では,比較的早期に涙点の拡大が少ないPPを選択するのが望ましいと思われる.それでも,実際のところは,涙点サイズが1.0mmを超えると,PPの最大直径を有するM,Lサイズを選択しても,すぐ脱落してしまうため,涙点サイズが1.0mm以上になった時点で,外科的涙点閉鎖術に移行せざるをえない.さらに,BUT短縮型ドライアイなど,涙点プラグ挿入は行っても,不可逆性と考えられる恒久的涙点閉鎖はなるべくなら避けたい例において,FPがくり返し脱落して涙点が拡大し,プラグの選択肢がなくなってしまった場合は問題となる.この問題点は未解決のため,可溶性涙点プラグの利用を含めた今後の対応策が待たれる.V外科的涙点閉鎖術涙点プラグの適応とはならない涙点を有する重症ドライアイに対して,外科的涙点閉鎖術は最終手段であり,まず,不可逆性と考えて,その適応は,慎重に考慮されるべきである.しかし,遠隔的には,再開通しやすい問題があり,100%の閉鎖を簡便に得る方法は,いまだ確———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081651(43)いる.しかし,それに拮抗するメカニズムとして,先に述べた線維輪の戻りと瞬目ごとに涙小管内に生じる圧変化が涙点に及ぶ影響が考えられる.そしてそうしたメカニズムが一旦は癒着したはずの涙点に遠隔的に再開通を生じせしめる原因になるのではないかと考えられる.そこで筆者らは,上皮を除去した涙小管内に自家の線維組織を充して閉鎖するという新しいコンセプトとそれに基づく術式を開発した.この自家製涙点プラグともいえる充組織は,瞬膜の遺残である「半月ヒダ」に含まれる線維組織を利用することから始め,現在では,涙丘下の硬い線維組織を用いている(図5左).つまり,涙小管を閉鎖するに十分な線維組織を上皮を除去した涙小管内に充し(図5右),瘢痕性に癒着させ,その上を結膜上皮が伸展被覆することによって恒久的に安定した涙点閉鎖(図6)を得ようとするものである.この際,縫合はあくまで線維組織を涙小管壁に密着させるためのアンカーとして働き,10-0ナイロン糸を用いて,2針の十字あるいは,さらにその間に2針加えた4針を涙点の大きさに応じて配置している.これまでの6カ月の経過観察においては再開通をみていない(YokoiNetal:AAO&SOEabstract,p203,2008)が,この涙点を変涙点にすき間ができない涙点縫合涙点閉鎖を阻む涙点の構造に涙点を輪状に取り巻く線維性の構造(いわゆる涙点リング)がある.筆者らは,この線維輪がもとの形状に戻ろうとする性質が,涙点の再開通につながると考え,白内障のサイドポート作製用のVランスを用いて瞼縁に平行な2カ所の涙点切開を加える(図4左下)ことにより線維輪の戻りを防ぐ方法を考えた.その後,縫合は,10-0ナイロン糸(ステロイド内服例)または8-0吸収糸を用い,まず中央に1針縫合し,創を合わせた後に両サイドに平行に2針加えることによって,確実な涙点の閉鎖を目指してきた(図4右下).VI涙点閉鎖の新しいコンセプトと手技これまでの方法の改良により,外科的涙点閉鎖の不成功例でも涙点閉鎖が得られるようになったが,術後長期に観察してみると,ピンポイントで再開通する閉鎖のむずかしい例が現れてきたため,涙点閉鎖のコンセプトを見直す必要があると考えた.これまでの方法は,いずれの術式においても,筒状の涙小管壁を寄せて炎症性に癒着させることをもくろんで図4筆者らがこれまで行ってきた外科的涙点閉鎖術左上:涙点へのジアテルミー.右上:ドリルによる涙小管の上皮除去.左下:涙点リングの切開.右下:瞼縁方向に垂直に配置した10-0ナイロン糸による涙点縫合.———————————————————————-Page61652あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(44)において,涙点プラグ挿入術が果たす役割には非常に大きいものがある.最初は,涙点閉鎖の効果を確かめる意味においても,涙点プラグ挿入術から始め,涙点拡大(1.0mm以上)や涙点変形をきたして涙点プラグの選択肢がなくなったところで,外科的涙点閉鎖術に切り替えるのが良いであろう.涙点閉鎖術を最も効果的に行うためには,症例選択,プラグの選択,外科的涙点閉鎖の術式の選択が鍵を握っている(図7).文献1)佐藤寛子,高田葉子,小室青ほか:重症ドライアイに対する涙点プラグ挿入術の検討.あたらしい眼科16:843-846,19992)西井正和,横井則彦,小室青ほか:新しい涙点プラグ(フレックスプラグR:イーグルビジョン社)の脱落についての検討.日眼会誌108:139-143,20043)那須直子,横井則彦,西井正和ほか:新しい涙点プラグ(ス形させない涙点閉鎖法では,たとえ再開通が生じても,涙点に狭窄が得られるため,涙点プラグを再挿入できる可能性がある.つまり,涙点プラグ挿入術と外科的涙点閉鎖術の無限ループが可能となる可能性があるということになる.おわりに安全で効果的な涙点閉鎖術の究極は,簡便で遠隔的にも確実な外科的涙点閉鎖の開発にあると考えられ,その術式が完成すれば,重症のSjogren症候群には大きな福音となるであろう.しかし,それがまだかなわない現状図5新しい涙点閉鎖術左:涙丘下からの線維組織切除,右:上皮を除去した涙小管への充.一時的な閉FPSFP,PP恒久的な閉PP(M,L)外科的涙点閉鎖術0.8mm未満0.81.0mm1.0mm以上涙点サイズ涙点プラグ挿入術図7涙点閉鎖法の選択図6新しい涙点閉鎖術で完全閉鎖の得られた涙点(矢頭)涙点は結膜によって完全に被覆されている.———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081653ーパーフレックスプラグR)と従来のプラグの脱落率と合併症の検討.日眼会誌112:601-606,20084)小嶋健太郎,横井則彦,高田葉子ほか:重症ドライアイに対する涙点プラグの治療成績.日眼会誌106:360-364,20025)稲垣香代子,横井則彦,西井正和ほか:涙点プラグ脱落前後における涙点サイズの変化と選択したプラグの検討.日眼会誌109:274-278,20056)MurubeJ,MurubeE:Treatmentofdryeyebyblockingthelacrimalcanaliculi.SurvOphthalmol40:463-480,19967)LiuD,SadhanY:Surgicalpunctalocclusion.BrJOph-thalmol86:1031-1034,20028)KnappME,FruehBR,NelsonCCetal:AComparisonoftwomethodsofpunctalocclusion.AmJOphthalmol108:315-318,19899)横井則彦,西井正和,小室青ほか:涙液減少型ドライアイの重症例に対する新しい涙点閉鎖術と術後成績.日眼会誌108:560-565,2004(45)

ドライアイ活性酸素仮説

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSII涙腺支配神経研究の歴史副交感神経に関しては,聴神経腫瘍や外傷によって顔面神経が障害された場合,涙液量の減少およびそれに伴う乾性角結膜炎の発症,すなわちドライアイを呈することが,20世紀初頭頃にはすでに報告がなされていた68).その顔面神経からの分枝が,涙液分泌を支配する副交感神経の大錐体神経である.一方,交感神経については,Menerayらは家兎の頸部交感神経節を除神経術後,涙液分泌量への変化を認めなかったと報告している9).三叉神経に関しては,彼女らは同様に三叉神経節破壊による家兎除神経モデルを用い,涙液分泌量に影響なかったと報告している9)が,実際の臨床の場においては,たとえばlaserinsituker-はじめに一言でドライアイといってもその原因はさまざまで,涙液分泌量低下によるものと,涙液蒸発亢進によるものに大別される1).前者はさらに,Sjogren症候群をはじめとする涙腺の腺構造破壊によるもの,涙腺機能不全によるものなどがあげられ,後者はマイボーム腺機能不全,瞬目不全のほか,外因性のものとしてはIT(infor-mationtechnology)眼症,エアコン(空調),コンタクトレンズ(CL)装用などがあげられる2).また,近年は結膜弛緩症や翼状片,瞼裂斑などによる涙液メニスカス破綻や局所的盗涙によっても涙液の不安定性が悪化し,ドライアイ症状を呈するといわれている.その他,ムチン分泌不全によるドライアイも存在する3).本稿では,このうち涙腺機能に着目し,涙液分泌機能不全によるドライアイを主軸に,神経学的な考察を交えて解説する.I涙腺の神経支配涙腺の支配神経は,三叉神経,交感神経および副交感神経が知られている4,5).三叉神経は知覚神経であり,反射性涙液分泌の求心路を担っている.遠心路は副交感神経支配による.これら2神経に関しては,反射性涙液分泌における反射弓を思い出していただければ理解しやすいと思う(図1).理論的には,この反射弓のどこかが障害されるとドライアイを生じうると考えられる.一方,交感神経の機能的役割に関しては,いまだ明らかになっていない.(25)1633a1138421313特集●ドライアイ最近の考え方あたらしい眼科25(12):16331638,2008涙腺機能には神経がNervousSystemisNecessaryforLacrimalFunction土至田宏*神経=三叉神経)遠心路(副交感神経)翼突口蓋神経節(PPG)主涙腺眼脳幹浅大錐体神経(GSPN)涙液図1反射性涙液分泌における反射弓とそれに関係する神経求心路は知覚神経である三叉神経で,おもに各結膜上皮にある神経終末が刺激されると,その知覚が脳に伝えられる.遠心路は副交感神経支配であり,脳幹からの節前線維である浅大錐体神経は翼突口蓋神経節でシナプスを置き換え,その後は涙腺神経と合流して主涙腺に達する.———————————————————————-Page21634あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(26)みられる核の細胞周辺部への圧排像を認めた(図4).ローズベンガル染色像は,さらに眼瞼縁においても,マイボーム腺機能不全を示す所見であるMarxline12)を除神経側でのみ認めた13).結膜のPAS(過ヨウ素酸フクシン)陽性細胞密度は,除神経側のみで低下を認め,対側の対照眼では不変であった.これらの所見は,乾燥防止目的で行った瞼々縫合によって抑制されなかった.涙液が出ないために眼表面が乾燥することで乾性角結膜炎が生じているだけであれば,これらの所見は瞼々縫合にatomileusis(LASIK)術後にドライアイを発症しうることは知られており10),マイクロケラトームによってこの角膜の知覚神経である三叉神経知覚神経終末が切断されたために,反射性涙液分泌が抑制されて涙液分泌量低下がもたらされるとの説もある.こうした過去の研究結果や臨床知見から,これら3神経のうち,涙液分泌に最も関与しているのは副交感神経であるのは明らかである.近年,筆者らは,涙液分泌を制御する副交感神経の節前線維である大錐体神経を手術的に切断,術後も生存可能な動物モデルの作製に成功した11).このモデルが画期的な点は,術後にも生存可能なことである.以前から全身麻酔下で開頭し,副交感神経を切断して涙液分泌抑制を観察した報告はいくつか存在したものの,開頭手術侵襲の大きさから生存不可能なものばかりであった.次項では,このモデルを用いた研究結果を中心に,副交感神経の役割について解説する.III副交感神経除神経モデルでの研究結果家兎副交感神経除神経術施行後1週間目には,手術施行側のみで表層角膜症,フルオレセイン染色像,ローズベンガル染色像(図2)を認めた11).SchirmerⅠ法による涙液分泌量減少(図3),涙液層破壊時間短縮,瞬目回数増加を呈した.主涙腺組織の病理組織学的観察では,分泌細胞における分泌顆粒充満像,およびそれによると:正常側(n=7):副交感神経除神経側(n=7)術前術1週後***20151050Schirmer値(mm)図3涙液分泌機能検査結果(SchirmerⅠ法)正常側では術前後で統計学的な有意差を認めなかったのに対し,副交感神経除神経側では術1週後において術前に比べ,統計学的に有意な涙液分泌量減少を示した(***:p<0.005,pairedt-test)(Mean±SE).(文献11より改変)ab図2家兎の副交感神経除神経術後ローズベンガル染色像a:手術対側のコントロール側.ローズベンガルに染色せず.b:副交感神経除神経1週後の手術施行側.ローズベンガルによる染色像(矢印)を示した.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081635(27)った結果,macrophagemetalloelastase(MME=MMP-12),lysosomalacidlipase(LAL),cathepsinEといった炎症系マーカーの上昇が認められた.これは同様に上位ニューロンからの継続的な神経刺激(neuraltone)が途絶されると涙腺組織に炎症が発生し,涙腺組織に何らかの有害変化が生じる可能性を示唆する.仮に炎症が遷延すれば,腺組織はダメージを受けて腺構造と機能が維持できなくなり,永続的な涙液分泌量減少に繋がる恐れがあるのではないかと考えられる.現に既報では,腺組よって抑制されるはずであった.この結果から,副交感神経は単に涙液分泌のみを司っているだけではないことが示唆された.すなわち,オキュラーサーフェス恒常性維持には上位ニューロンからの継続的な神経刺激,すなわちneuraltoneが不可欠であることが示唆された.筆者らはラットでも同様の副交感神経除神経モデルを作製したが,ラットのほうがより重篤なドライアイ所見を呈した(図5)14,15).このラットモデルを用いて,涙腺組織における副交感神経除神経後の遺伝子発現検索を行ab図4副交感神経除神経術後の主涙腺組織a:正常側.分泌細胞内の分泌顆粒がところどころ放出され空洞化しているのがわかる.b:副交感神経除神経側.術1週後の主涙腺組織では,分泌顆粒の充満像およびそれによるとみられる核の細胞周辺部への圧排像を認めた.ab図5ラットの副交感神経除神経術後の細隙灯顕微鏡像a:手術対側のコントロール側.b:副交感神経除神経術1週後の手術施行側.家兎眼に比べラット眼のほうがより強いドライアイ所見を呈しており,生体染色を施さなくとも広範囲に角膜混濁をきたしているのがわかる.———————————————————————-Page41636あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(28)少,障害されて生じるドライアイの場合,その背景に副交感神経機能不全が存在する可能性があると思われる.4.それらの複合によるドライアイ涙腺,マイボーム腺,結膜杯細胞の分泌において,副交感神経が上位で障害された場合これら3者すべての機能不全に陥ってしまい,重篤なドライアイがひき起こされる可能性が考えられる.これら3者の分泌物はそれぞれ,涙液の水層,油層,ムチン層を形成しており,涙液全層にわたる菲薄化,脆弱化を伴う可能性がある.V副交感神経支配の観点からみた,今後のドライアイ治療薬の可能性最近,ドライアイの治療を原因別に行う試みがされはじめている.ここでは,副交感神経を主軸に述べる.1.副交感神経作働薬眼科医で最も身近な副交感神経作働薬は,塩酸ピロカルピンであり,理論的には塩酸ピロカルピン点眼液の投与で涙液分泌,マイボーム腺分泌,ならびにムチン分泌のすべてで改善効果が得られそうなものであるが,しかしながら,これがドライアイに有効であったという報告はない.一方,近年,ムスカリン受容体M3受容体作働薬の塩酸セビメリンなどの副交感神経作働薬の内服が,涙液分泌促進に有効であったとの報告がされている17).日本では残念ながら涙液分泌改善目的での保険適用はなされておらず,また,本薬剤の本来の主作用である唾液腺分泌機能改善による流涎や,縮瞳,腸管症状などの副作用が取りざたされている.しかし将来的に,仮に涙腺特有のムスカリン受容体のさらなるサブタイプが解明されれば,こうした問題は解決されるかもしれない.2.ビタミンA点眼液ビタミンA欠乏症では,夜盲のほかに角膜軟化症,乾性角結膜炎などの眼表面(オキュラーサーフェス)の疾患をひき起こすことは周知の事実である.ビタミンA欠乏症ラットモデルでは,rMuc4の発現減少が報告されている18)ことから,ビタミンAの欠乏はムチン分泌減少をもたらして涙液水層の保持ができなくなり,涙液織の破壊像,線維化像を示している14,15).近年,ドライアイの発症に炎症の関与が指摘されているが,この炎症発生の最初のトリガーがこのneuraltoneの途絶や減弱なのかもしれない.IV以上の研究結果から推察されること1.涙腺前項では,副交感神経が遮断されると涙液分泌量減少のみならず,涙腺組織における腺構造と機能が維持できなくなる可能性について触れたが,では,冒頭で述べたような外傷や聴神経腫瘍以外の理由でそのようなことは生じうるのだろうか?可能性の一つとしては,加齢による神経脆弱性があげられる.加齢に伴う自律神経系の脆弱化はその機能低下にも結びついている可能性があり,涙腺機能においても同様の可能性が考えられる16).ほかには,自律神経失調症に伴う涙液分泌機能不全なども,こうした機序により生じる可能性が考えられる.2.マイボーム腺マイボーム腺も涙腺と同様に副交感神経が最も密に分布しているが,マイボーム腺分泌における神経制御については明らかになっていないのが現状である.既報の家兎副交感神経除神経モデルでは,マイボーム腺機能不全を疑わせるような所見を示した13)ことから,マイボーム腺機能不全の病態の一つとして,副交感神経機能不全,自律神経機能不全が絡んでいる可能性が考えられる.3.結膜杯細胞結膜杯細胞にも免疫組織学的手法や分子生物学的手法から副交感神経が多く分布することが示されているが,マイボーム腺と同様にムチン分泌における神経制御に関しては明らかになっていない.ただし,上述の家兎副交感神経除神経モデルで認められた結膜のPAS陽性細胞密度の減少が,乾燥防止目的で行った瞼々縫合によって抑制されなかったことから,結膜杯細胞はその形態維持,あるいはムチン合成などにおいても,常に副交感神経上位ニューロンからの継続的なneuraltoneが不可欠である可能性が考えられる.おもにローズベンガル染色像を呈する,ムチン層が減———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081637(29)は?と思う向きも多いかもしれない.しかし,今回紹介させていただいた新しい副交感神経除神経動物モデルや,分子生物学的手法を用いた多くの研究の今後の発展により,ドライアイの世界においても不動の治療法が見つかる可能性があると信じている.何故ならば,自律神経系による器官制御はわれわれの身体にとって普遍的かつ不可欠なものであるからである.学問のなかでもこうした分野は比較的,時代や流行にあまり左右されない印象をもつ向きや,地味な印象を抱く向きも多いかもしれないが,筆者自身はこうした生体制御機構の真髄に触れる研究に携わることができたことに,望外の喜びと誇りを感ずる.このような研究の機会をお与え下さったRogerWBeuerman教授,村上晶教授,金井淳名誉教授,ならびに今回このような執筆の機会をお与え下さった木下茂編集主幹,企画・編集の坪田一男教授,横井則彦准教授に深謝いたします.文献1)LempMA:ReportoftheNationalEyeInstitute/IndustryworkshoponClinicalTrialsinDryEyes.CLAOJ21:221-232,19952)丸山邦夫,横井則彦:環境と眼の乾き.あたらしい眼科22:311-316,20053)堀裕一:ムチンと眼の乾き.あたらしい眼科22:289-294,20054)BeuermanRW,MircheA,TodaIetal:Thelacrimalfunctionalunit.DryEyeandtheOcularSurfaceDisorders(edbyPugfelderSC,BeuermanRW,SternME),chapter2.InformaHealthcare,London,20045)SternME,GaoJ,SiemaskoKFetal:Theroleofthelac-rimalfunctionalunitinthepathophysiologyofdryeye.ExpEyeRes78:409-416,20046)RuskinSL:Controloftearingbyblockingthenasalgan-glion.ArchOphthalmol4:208-211,19307)RowbothamGF:Observationsontheeectsoftrigeminaldenervation.Brain62:364-380,19398)Duke-ElderSS,WybarKC:Theperipheralparasympa-theticsystem.SystemofOphthalmology,Theanatomyofthevisualsystem(edbyDuke-ElderSS),p857-869,HenryKlimpton,London,19619)MenerayMA,BennettDJ,NguyenDHetal:Eectofsensorydenervationonthestructureandphysiologicresponsivenessofrabbitlacrimalgland.Cornea17:99-107,199810)TodaI,Asano-KatoN,Komai-HoriYetal:Dryeyeafterlaserinsitukeratomileusis.AmJOphthalmol132:1-7,層破壊時間の短縮や上皮障害の悪化をきたし,ドライアイが悪化する可能性が想像できる.一見,ビタミンAは副交感神経系と関係なさそうであるが,オキュラーサーフェスへのビタミンAの供給源は涙腺由来の涙液であることから,副交感神経機能不全による涙液分泌量減少は,オキュラーサーフェスへのビタミンA供給低下にも繋がるものと想像できる.よって,ビタミンA点眼投与によるドライアイ治療への応用も可能なのではないかと思われる.事実,筆者らのグループは家兎の角結膜障害モデルにビタミンA点眼液を投与したところ,基剤点眼と比べてPAS陽性細胞密度の回復が早まり,フルオレセイン染色スコアよりもローズベンガル染色スコアの改善のほうが先行していたことなどから,ビタミンAは角結膜の創傷治癒において,結膜杯細胞の回復やムチン層改善を介する可能性があることを報告している19).今後の研究,開発に期待したい.3.ムチン分泌促進薬副交感神経機能の角結膜上皮における最終目的の一つがムチン合成および分泌であるならば,副交感神経機能減弱によるそのムチン分泌機能低下を,ムチン分泌促進薬投与で直接補えるのではないかという発想から,ここでも紹介する.近年,胃粘膜保護剤としてすでに市販されている薬剤成分を点眼液化して,ムチン分泌不全型ドライアイに対する治療への応用の試みがくり広げられている.そのうちの一つ,ゲファルナートは筆者らのグループでも過去にリスザルの角結膜障害モデルを用いて実験を行っており,基剤点眼と比べてPAS陽性細胞密度の回復が速く,ローズベンガル染色スコアの改善の促進も認められた20).ムチン分泌促進薬は,涙液やその成分の不足分の補充を目的としたこれまでの従来の眼科用薬剤と異なり,副交感神経作働薬と並んで涙液成分の分泌促進をもたらすものとして大きな期待が寄せられている.この種類の薬剤の一刻も早い登場に期待したい.おわりに副交感神経をはじめとする自律神経系の研究の歴史は非常に古く,すでに古典的教科書にも収載されてきたため,いまさら新しい知見や情報などはさほど出ないので———————————————————————-Page61638あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(30)16)NguyenDH,MaS,KousoulasGK:Agingoftheratlacri-malglandcorrelateswithincreasedexpressionofgenesinvolvedinproteinprocessingandmodication.InvestOphthalmolVisSci48:ARVOE-Abstract1904,200717)OnoM,TakamuraE,ShinozakiKetal:TherapeuticeectofcevimelineondryeyeinpatientswithSjogren’ssyndrome:arandomized,double-blindclinicalstudy.AmJOphthalmol138:6-17,200418)TeiM,Spurr-MichaudSJ,TisdaleASetal:VitaminAdeciencyalterstheexpressionofmucingenesbytheratocularsurfaceepithelium.InvestOphthalmolVisSci41:82-88,200019)ToshidaH,OdakaA,KoikeDetal:Eectofretinolpalmitateeyedropsonexperimentalkeratoconjunctivalepithelialdamageinducedbyn-heptanolinrabbit.CurrEyeRes33:13-18,200820)ToshidaH,NakataK,HamanoTetal:Eectofgefarnateontheocularsurfaceinsquirrelmonkeys.Cornea21:292-299,2002200111)ToshidaH,NguyenDH,BeuermanRWetal:Evaluationofnoveldryeyemodel:preganglionicparasympatheticdenervationinrabbit.InvestOphthalmolVisSci48:4468-4475,200712)YamaguchiM,KutsunaM,UnoTetal:Marxline:uoresceinstaininglineontheinnerlidasindicatorofmeibomianglandfunction.AmJOphthalmol141:669-675,200613)ToshidaH,MurakamiA:ParasympatheticNervousSys-temonOcularSurface.NOVASciencepublishers,NewYork(inpress)14)NguyenDH,ToshidaH,SchurrJetal:Microarrayanaly-sisoftheratlacrimalglandfollowingthelossofparasym-patheticcontrolofsecretion.PhysiolGenomics18:108-118,200415)NguyenDH,VadlamudiV,ToshidaHetal:Lossofpara-sympatheticinnervationleadstosustainedexpressionofpro-inammatorygenesintheratlacrimalgland.AutonNeurosci124:81-89,2006

涙腺機能には神経が必要

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSII涙腺支配神経研究の歴史副交感神経に関しては,聴神経腫瘍や外傷によって顔面神経が障害された場合,涙液量の減少およびそれに伴う乾性角結膜炎の発症,すなわちドライアイを呈することが,20世紀初頭頃にはすでに報告がなされていた68).その顔面神経からの分枝が,涙液分泌を支配する副交感神経の大錐体神経である.一方,交感神経については,Menerayらは家兎の頸部交感神経節を除神経術後,涙液分泌量への変化を認めなかったと報告している9).三叉神経に関しては,彼女らは同様に三叉神経節破壊による家兎除神経モデルを用い,涙液分泌量に影響なかったと報告している9)が,実際の臨床の場においては,たとえばlaserinsituker-はじめに一言でドライアイといってもその原因はさまざまで,涙液分泌量低下によるものと,涙液蒸発亢進によるものに大別される1).前者はさらに,Sjogren症候群をはじめとする涙腺の腺構造破壊によるもの,涙腺機能不全によるものなどがあげられ,後者はマイボーム腺機能不全,瞬目不全のほか,外因性のものとしてはIT(infor-mationtechnology)眼症,エアコン(空調),コンタクトレンズ(CL)装用などがあげられる2).また,近年は結膜弛緩症や翼状片,瞼裂斑などによる涙液メニスカス破綻や局所的盗涙によっても涙液の不安定性が悪化し,ドライアイ症状を呈するといわれている.その他,ムチン分泌不全によるドライアイも存在する3).本稿では,このうち涙腺機能に着目し,涙液分泌機能不全によるドライアイを主軸に,神経学的な考察を交えて解説する.I涙腺の神経支配涙腺の支配神経は,三叉神経,交感神経および副交感神経が知られている4,5).三叉神経は知覚神経であり,反射性涙液分泌の求心路を担っている.遠心路は副交感神経支配による.これら2神経に関しては,反射性涙液分泌における反射弓を思い出していただければ理解しやすいと思う(図1).理論的には,この反射弓のどこかが障害されるとドライアイを生じうると考えられる.一方,交感神経の機能的役割に関しては,いまだ明らかになっていない.(25)1633a1138421313特集●ドライアイ最近の考え方あたらしい眼科25(12):16331638,2008涙腺機能には神経がNervousSystemisNecessaryforLacrimalFunction土至田宏*神経=三叉神経)遠心路(副交感神経)翼突口蓋神経節(PPG)主涙腺眼脳幹浅大錐体神経(GSPN)涙液図1反射性涙液分泌における反射弓とそれに関係する神経求心路は知覚神経である三叉神経で,おもに各結膜上皮にある神経終末が刺激されると,その知覚が脳に伝えられる.遠心路は副交感神経支配であり,脳幹からの節前線維である浅大錐体神経は翼突口蓋神経節でシナプスを置き換え,その後は涙腺神経と合流して主涙腺に達する.———————————————————————-Page21634あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(26)みられる核の細胞周辺部への圧排像を認めた(図4).ローズベンガル染色像は,さらに眼瞼縁においても,マイボーム腺機能不全を示す所見であるMarxline12)を除神経側でのみ認めた13).結膜のPAS(過ヨウ素酸フクシン)陽性細胞密度は,除神経側のみで低下を認め,対側の対照眼では不変であった.これらの所見は,乾燥防止目的で行った瞼々縫合によって抑制されなかった.涙液が出ないために眼表面が乾燥することで乾性角結膜炎が生じているだけであれば,これらの所見は瞼々縫合にatomileusis(LASIK)術後にドライアイを発症しうることは知られており10),マイクロケラトームによってこの角膜の知覚神経である三叉神経知覚神経終末が切断されたために,反射性涙液分泌が抑制されて涙液分泌量低下がもたらされるとの説もある.こうした過去の研究結果や臨床知見から,これら3神経のうち,涙液分泌に最も関与しているのは副交感神経であるのは明らかである.近年,筆者らは,涙液分泌を制御する副交感神経の節前線維である大錐体神経を手術的に切断,術後も生存可能な動物モデルの作製に成功した11).このモデルが画期的な点は,術後にも生存可能なことである.以前から全身麻酔下で開頭し,副交感神経を切断して涙液分泌抑制を観察した報告はいくつか存在したものの,開頭手術侵襲の大きさから生存不可能なものばかりであった.次項では,このモデルを用いた研究結果を中心に,副交感神経の役割について解説する.III副交感神経除神経モデルでの研究結果家兎副交感神経除神経術施行後1週間目には,手術施行側のみで表層角膜症,フルオレセイン染色像,ローズベンガル染色像(図2)を認めた11).SchirmerⅠ法による涙液分泌量減少(図3),涙液層破壊時間短縮,瞬目回数増加を呈した.主涙腺組織の病理組織学的観察では,分泌細胞における分泌顆粒充満像,およびそれによると:正常側(n=7):副交感神経除神経側(n=7)術前術1週後***20151050Schirmer値(mm)図3涙液分泌機能検査結果(SchirmerⅠ法)正常側では術前後で統計学的な有意差を認めなかったのに対し,副交感神経除神経側では術1週後において術前に比べ,統計学的に有意な涙液分泌量減少を示した(***:p<0.005,pairedt-test)(Mean±SE).(文献11より改変)ab図2家兎の副交感神経除神経術後ローズベンガル染色像a:手術対側のコントロール側.ローズベンガルに染色せず.b:副交感神経除神経1週後の手術施行側.ローズベンガルによる染色像(矢印)を示した.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081635(27)った結果,macrophagemetalloelastase(MME=MMP-12),lysosomalacidlipase(LAL),cathepsinEといった炎症系マーカーの上昇が認められた.これは同様に上位ニューロンからの継続的な神経刺激(neuraltone)が途絶されると涙腺組織に炎症が発生し,涙腺組織に何らかの有害変化が生じる可能性を示唆する.仮に炎症が遷延すれば,腺組織はダメージを受けて腺構造と機能が維持できなくなり,永続的な涙液分泌量減少に繋がる恐れがあるのではないかと考えられる.現に既報では,腺組よって抑制されるはずであった.この結果から,副交感神経は単に涙液分泌のみを司っているだけではないことが示唆された.すなわち,オキュラーサーフェス恒常性維持には上位ニューロンからの継続的な神経刺激,すなわちneuraltoneが不可欠であることが示唆された.筆者らはラットでも同様の副交感神経除神経モデルを作製したが,ラットのほうがより重篤なドライアイ所見を呈した(図5)14,15).このラットモデルを用いて,涙腺組織における副交感神経除神経後の遺伝子発現検索を行ab図4副交感神経除神経術後の主涙腺組織a:正常側.分泌細胞内の分泌顆粒がところどころ放出され空洞化しているのがわかる.b:副交感神経除神経側.術1週後の主涙腺組織では,分泌顆粒の充満像およびそれによるとみられる核の細胞周辺部への圧排像を認めた.ab図5ラットの副交感神経除神経術後の細隙灯顕微鏡像a:手術対側のコントロール側.b:副交感神経除神経術1週後の手術施行側.家兎眼に比べラット眼のほうがより強いドライアイ所見を呈しており,生体染色を施さなくとも広範囲に角膜混濁をきたしているのがわかる.———————————————————————-Page41636あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(28)少,障害されて生じるドライアイの場合,その背景に副交感神経機能不全が存在する可能性があると思われる.4.それらの複合によるドライアイ涙腺,マイボーム腺,結膜杯細胞の分泌において,副交感神経が上位で障害された場合これら3者すべての機能不全に陥ってしまい,重篤なドライアイがひき起こされる可能性が考えられる.これら3者の分泌物はそれぞれ,涙液の水層,油層,ムチン層を形成しており,涙液全層にわたる菲薄化,脆弱化を伴う可能性がある.V副交感神経支配の観点からみた,今後のドライアイ治療薬の可能性最近,ドライアイの治療を原因別に行う試みがされはじめている.ここでは,副交感神経を主軸に述べる.1.副交感神経作働薬眼科医で最も身近な副交感神経作働薬は,塩酸ピロカルピンであり,理論的には塩酸ピロカルピン点眼液の投与で涙液分泌,マイボーム腺分泌,ならびにムチン分泌のすべてで改善効果が得られそうなものであるが,しかしながら,これがドライアイに有効であったという報告はない.一方,近年,ムスカリン受容体M3受容体作働薬の塩酸セビメリンなどの副交感神経作働薬の内服が,涙液分泌促進に有効であったとの報告がされている17).日本では残念ながら涙液分泌改善目的での保険適用はなされておらず,また,本薬剤の本来の主作用である唾液腺分泌機能改善による流涎や,縮瞳,腸管症状などの副作用が取りざたされている.しかし将来的に,仮に涙腺特有のムスカリン受容体のさらなるサブタイプが解明されれば,こうした問題は解決されるかもしれない.2.ビタミンA点眼液ビタミンA欠乏症では,夜盲のほかに角膜軟化症,乾性角結膜炎などの眼表面(オキュラーサーフェス)の疾患をひき起こすことは周知の事実である.ビタミンA欠乏症ラットモデルでは,rMuc4の発現減少が報告されている18)ことから,ビタミンAの欠乏はムチン分泌減少をもたらして涙液水層の保持ができなくなり,涙液織の破壊像,線維化像を示している14,15).近年,ドライアイの発症に炎症の関与が指摘されているが,この炎症発生の最初のトリガーがこのneuraltoneの途絶や減弱なのかもしれない.IV以上の研究結果から推察されること1.涙腺前項では,副交感神経が遮断されると涙液分泌量減少のみならず,涙腺組織における腺構造と機能が維持できなくなる可能性について触れたが,では,冒頭で述べたような外傷や聴神経腫瘍以外の理由でそのようなことは生じうるのだろうか?可能性の一つとしては,加齢による神経脆弱性があげられる.加齢に伴う自律神経系の脆弱化はその機能低下にも結びついている可能性があり,涙腺機能においても同様の可能性が考えられる16).ほかには,自律神経失調症に伴う涙液分泌機能不全なども,こうした機序により生じる可能性が考えられる.2.マイボーム腺マイボーム腺も涙腺と同様に副交感神経が最も密に分布しているが,マイボーム腺分泌における神経制御については明らかになっていないのが現状である.既報の家兎副交感神経除神経モデルでは,マイボーム腺機能不全を疑わせるような所見を示した13)ことから,マイボーム腺機能不全の病態の一つとして,副交感神経機能不全,自律神経機能不全が絡んでいる可能性が考えられる.3.結膜杯細胞結膜杯細胞にも免疫組織学的手法や分子生物学的手法から副交感神経が多く分布することが示されているが,マイボーム腺と同様にムチン分泌における神経制御に関しては明らかになっていない.ただし,上述の家兎副交感神経除神経モデルで認められた結膜のPAS陽性細胞密度の減少が,乾燥防止目的で行った瞼々縫合によって抑制されなかったことから,結膜杯細胞はその形態維持,あるいはムチン合成などにおいても,常に副交感神経上位ニューロンからの継続的なneuraltoneが不可欠である可能性が考えられる.おもにローズベンガル染色像を呈する,ムチン層が減———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081637(29)は?と思う向きも多いかもしれない.しかし,今回紹介させていただいた新しい副交感神経除神経動物モデルや,分子生物学的手法を用いた多くの研究の今後の発展により,ドライアイの世界においても不動の治療法が見つかる可能性があると信じている.何故ならば,自律神経系による器官制御はわれわれの身体にとって普遍的かつ不可欠なものであるからである.学問のなかでもこうした分野は比較的,時代や流行にあまり左右されない印象をもつ向きや,地味な印象を抱く向きも多いかもしれないが,筆者自身はこうした生体制御機構の真髄に触れる研究に携わることができたことに,望外の喜びと誇りを感ずる.このような研究の機会をお与え下さったRogerWBeuerman教授,村上晶教授,金井淳名誉教授,ならびに今回このような執筆の機会をお与え下さった木下茂編集主幹,企画・編集の坪田一男教授,横井則彦准教授に深謝いたします.文献1)LempMA:ReportoftheNationalEyeInstitute/IndustryworkshoponClinicalTrialsinDryEyes.CLAOJ21:221-232,19952)丸山邦夫,横井則彦:環境と眼の乾き.あたらしい眼科22:311-316,20053)堀裕一:ムチンと眼の乾き.あたらしい眼科22:289-294,20054)BeuermanRW,MircheA,TodaIetal:Thelacrimalfunctionalunit.DryEyeandtheOcularSurfaceDisorders(edbyPugfelderSC,BeuermanRW,SternME),chapter2.InformaHealthcare,London,20045)SternME,GaoJ,SiemaskoKFetal:Theroleofthelac-rimalfunctionalunitinthepathophysiologyofdryeye.ExpEyeRes78:409-416,20046)RuskinSL:Controloftearingbyblockingthenasalgan-glion.ArchOphthalmol4:208-211,19307)RowbothamGF:Observationsontheeectsoftrigeminaldenervation.Brain62:364-380,19398)Duke-ElderSS,WybarKC:Theperipheralparasympa-theticsystem.SystemofOphthalmology,Theanatomyofthevisualsystem(edbyDuke-ElderSS),p857-869,HenryKlimpton,London,19619)MenerayMA,BennettDJ,NguyenDHetal:Eectofsensorydenervationonthestructureandphysiologicresponsivenessofrabbitlacrimalgland.Cornea17:99-107,199810)TodaI,Asano-KatoN,Komai-HoriYetal:Dryeyeafterlaserinsitukeratomileusis.AmJOphthalmol132:1-7,層破壊時間の短縮や上皮障害の悪化をきたし,ドライアイが悪化する可能性が想像できる.一見,ビタミンAは副交感神経系と関係なさそうであるが,オキュラーサーフェスへのビタミンAの供給源は涙腺由来の涙液であることから,副交感神経機能不全による涙液分泌量減少は,オキュラーサーフェスへのビタミンA供給低下にも繋がるものと想像できる.よって,ビタミンA点眼投与によるドライアイ治療への応用も可能なのではないかと思われる.事実,筆者らのグループは家兎の角結膜障害モデルにビタミンA点眼液を投与したところ,基剤点眼と比べてPAS陽性細胞密度の回復が早まり,フルオレセイン染色スコアよりもローズベンガル染色スコアの改善のほうが先行していたことなどから,ビタミンAは角結膜の創傷治癒において,結膜杯細胞の回復やムチン層改善を介する可能性があることを報告している19).今後の研究,開発に期待したい.3.ムチン分泌促進薬副交感神経機能の角結膜上皮における最終目的の一つがムチン合成および分泌であるならば,副交感神経機能減弱によるそのムチン分泌機能低下を,ムチン分泌促進薬投与で直接補えるのではないかという発想から,ここでも紹介する.近年,胃粘膜保護剤としてすでに市販されている薬剤成分を点眼液化して,ムチン分泌不全型ドライアイに対する治療への応用の試みがくり広げられている.そのうちの一つ,ゲファルナートは筆者らのグループでも過去にリスザルの角結膜障害モデルを用いて実験を行っており,基剤点眼と比べてPAS陽性細胞密度の回復が速く,ローズベンガル染色スコアの改善の促進も認められた20).ムチン分泌促進薬は,涙液やその成分の不足分の補充を目的としたこれまでの従来の眼科用薬剤と異なり,副交感神経作働薬と並んで涙液成分の分泌促進をもたらすものとして大きな期待が寄せられている.この種類の薬剤の一刻も早い登場に期待したい.おわりに副交感神経をはじめとする自律神経系の研究の歴史は非常に古く,すでに古典的教科書にも収載されてきたため,いまさら新しい知見や情報などはさほど出ないので———————————————————————-Page61638あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(30)16)NguyenDH,MaS,KousoulasGK:Agingoftheratlacri-malglandcorrelateswithincreasedexpressionofgenesinvolvedinproteinprocessingandmodication.InvestOphthalmolVisSci48:ARVOE-Abstract1904,200717)OnoM,TakamuraE,ShinozakiKetal:TherapeuticeectofcevimelineondryeyeinpatientswithSjogren’ssyndrome:arandomized,double-blindclinicalstudy.AmJOphthalmol138:6-17,200418)TeiM,Spurr-MichaudSJ,TisdaleASetal:VitaminAdeciencyalterstheexpressionofmucingenesbytheratocularsurfaceepithelium.InvestOphthalmolVisSci41:82-88,200019)ToshidaH,OdakaA,KoikeDetal:Eectofretinolpalmitateeyedropsonexperimentalkeratoconjunctivalepithelialdamageinducedbyn-heptanolinrabbit.CurrEyeRes33:13-18,200820)ToshidaH,NakataK,HamanoTetal:Eectofgefarnateontheocularsurfaceinsquirrelmonkeys.Cornea21:292-299,2002200111)ToshidaH,NguyenDH,BeuermanRWetal:Evaluationofnoveldryeyemodel:preganglionicparasympatheticdenervationinrabbit.InvestOphthalmolVisSci48:4468-4475,200712)YamaguchiM,KutsunaM,UnoTetal:Marxline:uoresceinstaininglineontheinnerlidasindicatorofmeibomianglandfunction.AmJOphthalmol141:669-675,200613)ToshidaH,MurakamiA:ParasympatheticNervousSys-temonOcularSurface.NOVASciencepublishers,NewYork(inpress)14)NguyenDH,ToshidaH,SchurrJetal:Microarrayanaly-sisoftheratlacrimalglandfollowingthelossofparasym-patheticcontrolofsecretion.PhysiolGenomics18:108-118,200415)NguyenDH,VadlamudiV,ToshidaHetal:Lossofpara-sympatheticinnervationleadstosustainedexpressionofpro-inammatorygenesintheratlacrimalgland.AutonNeurosci124:81-89,2006