———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSPCR法は臨床診断のための検査法として,すでに定着している.眼科的な検体として,前房水,硝子体液,涙液,網膜下液あるいは虹彩,角膜擦過物などの眼組織などがある.いずれも少量(微量)であるが,PCR法の検体としては十分に行える.また,検体を凍結しておけば,後日利用することもできるので,疑わしい検体は凍結保存しておくのが望ましい.1.臨床診断への使用単純ヘルペスウイルス(HSV),水痘・帯状疱疹ウイIポリメラーゼ連鎖反応(PCR)とはPolymerasechainreaction(PCR)法は,ポリメラーゼ連鎖反応あるいは複製連鎖反応ともいわれる.DNAポリメラーゼ反応を利用した微量DNAの増幅方法で,DNAの特定部位をはさむ2種類のDNA断片(プライマー)とDNAを合成する酵素(DNAポリメラーゼ)によるDNA鎖の合成反応を示す.この反応のくり返しにより,DNA特定部位を数十万倍数百万倍程度まで増幅させることができる.また,DNA合成のプロセスには,時間が数分しかかからないことから,このPCR法の利用が急速に広まった.PCR法は遺伝子配列の決定や遺伝子の定量など,遺伝子研究の基本技術として確立されている.近年では,ウイルス,クラミジア,ヒト免疫不全ウイルス(HIV),結核菌などの診断方法として応用されている.眼科領域では特に検体が少ないことが多く,眼ウイルス感染症の確定診断だけに限らず緑内障や網膜色素変性症の原因遺伝子の検索など広く応用されている.また,眼内リンパ腫でもPCR法を用いて腫瘍細胞のモノクローナルな遺伝子再構成を検索することがある.現在,ぶどう膜炎(内眼炎),特に眼ウイルス感染症では迅速な確定診断のためにはPCR法はきわめて有効な検査手段となっている.一般的にはウイルスDNAのゲル内の検出までには数時間で可能であること(図1),さらにサザンブロット・ハイブリダイゼーションを行えば,感度を上昇させることもできる.(21)1491naoita113-341-5-45特集●ぶどう膜炎検査の正しい使い方あたらしい眼科25(11):14911496,2008ポリメラーゼ連鎖反応(PCR),Goldmann-Witmer比(Q値)PolymeraseChainReaction(PCR),Goldmann-WitmerCoecient杉田直*330bp660bpMNPSHSVVZVNPS図1PCRゲル写真Polymerasechainreaction(PCR)検査で診断がついた水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)感染による急性網膜壊死の1例.アガロースゲル内の660bpのところにVZVDNAの陽性バンドが検出されている.同検体からはHSVDNAは陰性.M:100bpマーカー,N:negativecontrol(陰性コントロール),P:positivecontrol(陽性コントロール),S:検体(硝子体液).———————————————————————-Page21492あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008(22)日和見感染症のなかで最も高頻度で出現すること,また臓器移植や,悪性腫瘍治療中に免疫抑制薬を使用する頻度が増えるにつれ,注意を要する疾患である.HSV,VZV,CMVをはじめとするヒトヘルペスウイルス属は,いくつかの原因不明の虹彩毛様体炎をひき起こしていると考えられる.すなわち,再発性で片眼性の虹彩炎を起こし,中等度の眼圧上昇を伴い,経過中に,虹彩脱色素,麻痺性散瞳,あるいは虹彩後癒着を起こしてくるような虹彩炎では,ヘルペスウイルスの関与が疑われる.多くは,ステロイド単独投与では治療に抵抗性を示す.実際,筆者らはこのような症例の前房水から,PCR法により,HSVあるいはVZVDNAを検出することができた2,3).このような症例では,アシクロビル(ゾビラックスR眼軟膏)やバラシクロビル内服の投与を併用することにより,速やかに治癒させることが可能で,ステロイドの投与量も軽減できる.その他に,ヘルペスウイルスの関与が疑われている疾患としては,角膜内皮炎,Posner-Schlossman症候群などがあげられる.近年,上記のようなPosner-Schlossman症候群類似の高眼圧,軽度の虹彩炎患者のなかにCMVDNAが検出さルス(VZV)をはじめとするヒトヘルペスウイルスは,急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)をはじめ,多くのぶどう膜炎の原因ウイルスとして知られている.急性網膜壊死患者の前房水,あるいは,硝子体手術時に得られる硝子体液からは,高率にHSV(HSV1またはHSV2)あるいは,VZV特異的なウイルスDNAがPCR法により検出される.筆者らも以前に,急性網膜壊死患者の14例の前房水または硝子体液から,PCR法により,上記ウイルスに特異的なDNAを検出した.これらの症例では,HSVまたはVZVが眼内炎症の直接的な原因となっているといえる.最近の知見では急性網膜壊死患者眼内液を用いたPCR法により,HSVやVZVに加えてEpstein-Barrウイルス(EBV)DNAが検出されるという報告がある1).また,サイトメガロウイルス網膜炎患者の眼内液からは,サイトメガロウイルス(CMV)のDNAが,血中抗体価の上昇に先んじて検出される.CMV感染症は後天性免疫不全症候群(AIDS)患者の眼図2サイトメガロウイルス(CMV)虹彩炎の前眼部写真角膜後面沈着物(KP,矢印)は白色で少し色素を含み,ぱらぱらと散在性に付着しており,高眼圧を伴っていた.虹彩炎は軽度で眼底に異常所見はない.臨床所見的にはPosner-Schlossman症候群との鑑別は困難である.この症例の前房水からCMVDNAが高コピー数検出された.この症例は経過中に角膜内皮炎(内皮浮腫)などはなかったが,角膜内皮細胞数が減少していた.治療はステロイド点眼に加えてバラガンシクロビルの内服が有効であった.マルチプレックスPCRプローブ液と混合融解曲線分析検体から抽出したDNAプローブ液PCR後融解曲線分析心PCRを行うPCR反応液キャピラリー図3多項目迅速PCR検査法この多項目迅速PCR検査(マルチプレックスPCR)は,数種類(多い場合は10種類以上のウイルスが可)のウイルスなどの外来性抗原を同時に迅速に検出できる新しいPCR検査システムである.具体的には眼局所検体からDNAを抽出後,AccuprimeTaqを用いてそれぞれのウイルス特異的プライマーを混合して,リアルタイムPCRのLightCycler(ロシュ社)で多項目迅速ウイルスPCRを行う.数種類のウイルスを2つのキャピラリーを用いて同時に検査する.PCR反応後,ハイブリダイゼーションプローブの混合液とPCR産物を混合し,meltingcurve解析を行い,ウイルスの同定を行う.これらはTm値(meltingtemperature,融解温度)が重ならないように設定したプローブによってウイルスの種類を判定する.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.11,20081493(23)ウイルスのHTLV-1(humanT-lymphotropicvirustype1)などがあげられる.2.PCRの新しい検査法ぶどう膜炎の場合,眼局所からウイルスなどの外来性抗原DNAが同定できれば,病因的価値が高くなる.診断目的には通常前房水が用いられるが,得られる検体量は0.1ml程度であることから可能な検査は限られる.れるという報告がある2).これらの症例では角膜後面沈着物が白色のものが散在性に付着しており臨床所見的にはPosner-Schlossman症候群との鑑別は困難である(図2).また,同様に角膜内皮炎でも前房水からCMVDNAが検出される報告もいくつかなされている.今後の詳細な報告が待たれるところである.その他,PCR法での報告1,2,4)がある眼科関連ウイルスはEBV,HHV6(ヒトヘルペスウイルス6型),レトロ2回目検体:血液および硝子体液3回目検体:血液,前房水,増殖膜1回目検体:血液および前房水HHV-6HHV-6HHV60.00200.00180.00160.00140.00120.00100.00080.00060.00040.00020.00000.00160.00140.00120.00100.00080.00060.00040.00020.0000-0.0002-0.0004-0.00060.000400.000350.000300.000250.000200.000150.000100.00005Fluorescence-d(F3/F1)/dTFluorescence-d(F3/F1)/dTFluorescence-d(F3/F1)/dT1setAH2O1setAH2O7setA5918setA59215setBH2O1setAH2O3setA7284setA7295setA7309setB66710setB6684setA6675setA6686setBH2O17setBH2O19setB72820setB72921setB73042.044.046.048.050.052.054.056.058.060.062.064.066.068.070.072.073.0Temperature(℃)図4眼内検体を用いて多項目迅速PCR検査を施行した代表症例の結果融解曲線カーブで陽性か陰性かの判定を行う.この症例は原因不明の難治性ぶどう膜炎の眼内液(前房水,硝子体液),手術で採取した眼内増殖組織,血液をインフォームド・コンセントのもと採取して,いずれの検体からもHHV6-DNAが検出された.HHV6はTm値が52℃で曲線が検出されるように設定していて,他のヘルペスウイルスDNA(HSV1,HSV2,VZV,EBV,CMV,HHV7,HHV8)はすべて陰性であった.治療にはバラガンシクロビル+ステロイドの内服を使用し,やがて消炎した.———————————————————————-Page41494あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008(24)の参考にもなる.近年,筆者らは,VZV関連虹彩毛様体炎の前房水から高コピー数のVZVDNAが検出され,その眼局所のウイルス量と虹彩萎縮や麻痺性散瞳などの組織破壊が相関し(図5),早期診断が重要であることを報告している3).以前は多くの症例で,病因ウイルスが病巣(眼局所)から検出されずに疑いのまま加療されていた.さらに,その病巣からPCR法で特定のDNAが検出されたとしても,その陽性という結果はPCR法の感度が良いためにコンタミネーションなどが避けられないことから偽陽性が含まれる場合があった.近年,PCRシステムの改良により,多種のウイルスを同時にかつ迅速にスクリーニングして,その後異なったプライマーとプローブの組み合わせでウイルス量の定量化検査をする検査システムが報告されている2).その他の利点として,感染性ぶどう膜炎/眼内炎を否定する目的で使用できる.最近では,ウイルスだけではなく,Broad-rangePCRという細菌や真菌の共通保存領域をPCR法で増幅させる方法が報告されている5).これらは何の菌までかはわからなくて数年前まではこのような微量検体を用いて検査可能な核酸の検出や特異抗体の同時測定を行っていた.その頃はPCR法を用いても核酸は12項目,抗体も抗体率(Q値)まで求めるためには数項目が限度であった.現在は,このような微量検体でも迅速に簡易的に多くの項目(10種類以上)の核酸や特異抗体を検査できるシステムが作成され,実際臨床応用されてきている(多項目迅速PCR検査,図3)13).この多項目迅速PCR検査(マルチプレックスPCR)の特徴は,数種類のウイルスなどの外来性抗原を同時に迅速に検出できる.その方法を図3に記載したが,以前のPCR法のようにゲル内のバンド検出で判定するのではなく,融解曲線で陽性か陰性かの判定を行う(図4).曲線が大きい場合,ウイルス量が多いことがわかり半定量できる利点がある.加えて,その核酸の量を定量化する検査が出現した(リアルタイムPCR).このリアルタイムPCRは経過中に何度か検体を採取できればその経過中のウイルスDNAコピー数が把握できる利点がある2).また,治療前に眼局所のウイルス増幅コピー数を把握できるために,実際,治療薬の量の決定症例1症例2前房水VZVDNA量1.2×107copies/m?前房水VZVDNA量1.3×105copies/m?図5VZV虹彩毛様体炎の前眼部写真とその眼局所ウイルス量症例1は前房水中のVZVDNAコピー数が1.2×107copies/mlと非常に高く,経過中に広範囲な虹彩萎縮と麻痺性散瞳がみられた(矢印).症例2はVZVDNAコピー数が1.3×105copies/mlと高コピー数だが,症例1に比べたら2桁以上低く,虹彩萎縮も斑状で範囲が小さく(矢印),麻痺性散瞳はなかった.これらの結果のように眼局所でのウイルス量と眼内組織破壊は相関しており,早期診断,早期治療が重要であることがわかる.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.11,20081495(25)3.抗体率の判定における注意点今回示した診断基準は急性網膜壊死に対して設けられたものだが,理論上その他多くの病原体に適用できると思われる.病原体が眼以外の臓器に感染した場合,血清抗体価も上昇するので,1≦抗体率<6でも診断的価値があると思われる.抗体率が1未満の場合は,眼内局所での抗体産生はないと考えてよい.眼局所の少ない検体量の問題から,既知のすべての病原体について抗体率を測定することは不可能である.臨床所見から疑える病原体を数種類に絞る必要がある.やはり,最も重要なのは臨床診断であり,加えてPCR法やQ値測定など複数の検査を施行するのが理想である.文献1)杉田直,岩永洋一,川口龍史ほか:急性網膜壊死患者眼内液の多項目迅速ウイルスPCRおよびリアルタイムPCR法によるヘルペスウイルス遺伝子同定.日眼会誌112:30-38,20082)SugitaS,ShimizuN,WatanabeKetal:UseofmultiplexPCRandreal-timePCRtodetecthumanherpesvirusもこれらの感染を否定することができ,治療の中心がステロイドのぶどう膜炎分野ではこれらのPCR法が広く使用されるようになってきている.理論的にはすべての外来性抗原をPCR法で検出することが可能で,今後は眼科関連性のある外来性微生物をすべて網羅できる検査システムの開発が待たれる.IIGoldmann-Witmer比(Q値)とは眼内の抗原に対して免疫反応が生じると,眼内でリンパ球の増殖と抗体産生が起こる(おもにBリンパ球が産生).一般的には眼内炎症時には単位抗体当たりの抗原特異抗体の割合は,血清よりも眼内液(房水あるいは硝子体液)が高値となる.つまり眼内局所のみの感染であれば,血清抗体価は低値のことが多い.眼内における感染が主体の場合,眼内で抗体が産生される.したがって眼内液の抗体価の検討が重要になり,抗体率が診断に用いられる.1.抗体率を検討するうえでのポイント眼内液の抗体価が上昇してくるまでには少なくても眼内炎症性疾患の発症後12週間はかかると考えられている.免疫不全状態(AIDSなど)では眼内液の抗体価が上昇しにくいため,ウイルスの検出(PCR法)など他の診断法が必要である.また眼内ウイルスDNA検出は治療によってやがて陰性化していくが,眼内液の抗体価はゲノムに比べて持続しやすい.発症約数年後にも眼内液の抗体価が高値であったという報告もある.PCRなどの遺伝子検査と比較した抗体率測定の最大の利点は,急性期以外でも眼局所抗体が検出され,後々でも検体が保存されていればQ値を調べることができるという点である.2.抗体率の計算方法(Goldmann-Witmer係数の具体例,図6)【症例】右眼ぶどう膜炎の患者.血清抗VZVIgG160倍,血清総IgG800mg/dl.前房水総IgGは500mg/dl.前房水抗VZVIgG800倍で,計算上の値はQ=8.右眼眼底周辺部の網膜壊死があり,VZV感染による急性網膜壊死と診断した.図6Goldmann-Witmer係数(抗体率,Q値)の計算方法および具体例図のように血清2項目,眼内液2項目の合計4項目の抗体を測定し,図の計算式に当てはめる.急性網膜壊死の場合,発症からの経過が長いときは,眼内液からDNAが検出されないことがあり,Q値測定が必要となる.抗体率(Q)=病原体(A)に対する眼内液*の抗体価眼内液のIgG濃度病原体(A)に対する血清の抗体価血清のIgG濃度判定:Q<1→病原体(A)の眼内感染なし1≦Q<6→病原体(A)の眼内感染の疑い6≦Q→病原体(A)の眼内感染あり,陽性*眼内液:前房水や硝子体抗体率(Q)=VZVに対する前房水の抗体価=800前房水の総IgG濃度=500VZVに対する血清の抗体価=160血清の総IgG濃度=800判定:Q値=8で陽性,最終診断:VZV急性網膜壊死具体的な代表例抗体率(Q,Goldmann-Witmer係数)———————————————————————-Page61496あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008(26)humanherpesvirus6inapatientwithsevereunilateralpanuveitis.ArchOphthalmol125:1426-1427,20075)ChiquetC,CornutPL,BenitoYetal;FrenchInstitutionalEndophthalmitisStudyGroup:EubacterialPCRforbacte-rialdetectionandidenticationin100acutepostcataractsurgeryendophthalmitis.InvestOphthalmolVisSci49:1971-1978,2008genomeinocularuidsofpatientswithuveitis.BrJOph-thalmol92:928-932,20083)KidoS,SugitaS,HorieSetal:Associationofvaricella-zostervirus(VZV)loadintheaqueoushumorwithclini-calmanifestationsofanterioruveitisinherpeszosteroph-thalmicusandzostersineherpete.BrJOphthalmol92:505-508,20084)SugitaS,ShimizuN,KawaguchiTetal:Identicationof