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ブックレビュー

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081273(85)慶應義塾大学眼科の坪田一男教授,20冊目の単行本ということ,しかも,私が専門にしている涙に関しての「涙のチカラ」というタイトルで楽しみにして読みました.この本は,ハーバード大学留学中に御自身が,シルマーテストで,ドライアイであるということが判ったときの驚き,それが今の坪田先生の研究の原点であるという序章からスタートしています.面白いのは,単に涙について書かれているだけではなく,その過程で視覚システムを始めとして,単に眼科学の領域にとどまらず,読者が楽しく読めるように,広く自然科学のいろいろな分野の話も織り込まれています.また,本文とは別に,青く印刷された「column」のコーナーには,「涙は長生きのくすり?」や「ストレスと涙」など,興味を引くテーマが独立して載っており,読み進める助けとなってくれています.この本の最も優れているところは,単に涙の知識を提供しているだけではなく,坪田先生が涙の研究を通じて,科学の研究とはどのように進めていけばよいのかということを,みずからの実体験を基に率直に述べられているところではないかと感じます.研究や臨床上の失敗,また,失敗と思っていたことが,新しい発見に繋がった,涙腺バイオプシー後の出血から血清点眼のアイデアが生まれた話など,興味深いエピソードも交えながら,坪田先生独特の軽い筆致でしかも幅広い話が載っています.また,涙とドライアイにフォーカスして仕事をされているうちに,そこからまた研究の世界が広がっていった話や,レーシックにも結びついた話など,基礎的な研究から臨床的なお仕事まで幅広く触れられており,基礎に興味のある方,臨床に興味のある方,どちらが読まれても楽しめる内容となっています.眼の中にある涙は,たった7マイクロリットルに過ぎませんが,その「涙のチカラ」を十分に味わえる本だと思います.ぜひ,一度お手にとって読まれることをお勧めしたいと思います.(ハマノ眼科研究室濱野孝)0910-1810/08/\100/頁/JCLSブックレビュー■坪田一男著『涙のチカラ─涙は7マイクロリットルの海─』(四六判,192頁,本体価格1,580円,ISBN978-4-7741-3441-3,技術評論社,2008)☆☆☆

眼科医にすすめる100冊の本-9月の推薦図書-

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.9,200812710910-1810/08/\100/頁/JCLS姜尚中氏の『悩む力』の主題は,とにかく「悩め」ということである.東京大学大学院情報学環教授である著者が,身近にあるさまざまな問題について悩んだ過程を語っている.─世の中はすべて「金」なのか.著者は夏目漱石の小説『それから』の主人公,代助について述べる.代助は金銭的に裕福な父親の財力に依存して,気ままな生活をしている.生活のための労力は卑しい,というのが持論である.代助の父親は,他の漱石作品にも頻出する「金」の悪い面の象徴として扱われている.「鼻もちならない金持ち」として登場させられている.19世紀から20世紀に迎えた資本主義の変容の波に乗り,己のハングリー精神でのし上がった,いわゆる「新興ブルジョワジー」である.確かに彼らと,彼らの動かす金が時代の流れを変えたのは事実である.しかし,彼らには「自分たちが新時代を創った」という自負と,それを成したのは「自分たちの金」であるという開き直りがある.そして,華やかな生活をし,元々上流階級の出であったようなメッキをしたりすることでその開き直りに対する罪悪感を隠している.その点において漱石は新興ブルジョワジーを嫌悪する.では漱石本人はどうだったか.漱石は新興ブルジョワジー,ひいては彼らが主役を張る19世紀資本主義の時代を憂い,その作品を通して警鐘を鳴らしていた.しかし現実それらの作品は教師を地道に務めた後,朝日新聞社に入社し,借家住まいで文筆活動をしたなかで生まれていた.そんななかでもたまには流行の背広で写真を撮られたり,食べ物にもうるさかったりするような,ちょっとした贅沢もしていた.漱石もまた時代に流されて生きる小市民であったのだ.『それから』の代助は父親と対立しつつも金銭的に依存していたことで,自分の流儀のままに暮らしていられた.ところが,友人の妻である美千代を愛してしまったために,親の逆鱗に触れ勘当されてしまう.そして美千代を養うために彼の哲学に反する「生活のための労力」をするために奔走しなければなくなるのである.代助の進退を決めたものは他でもない「金」だった.著者は,『それから』は漱石の復讐の作品であると考察する.漱石は本質では金のために働くこと,そしてそれを正当化するために虚飾化することを嫌悪していた.しかし,彼の生きる時代ではその理想を求めて現実に生活することは不可能であった.だから父親の財力で知性も得て気ままに暮らしていた代助を「愛」という罠をもって現実世界にたたき落とした,と.著者は,自身の早稲田大学政経学部在学中の研究テーマであったマックス・ウェーバーも引き合いに出している.ウェーバーはドイツの経済学者であり,19世紀の資本主義社会に警鐘を鳴らした人物だった.しかしウェーバーの場合は,彼自身が新興ブルジョワジーの息子だった.父親の財により一流の教育を受け,知性を手にいれた.まさに『それから』の代助と似通った境遇だった.ウェーバーはその知性によって,漱石と同じように新興ブルジョワジーを嫌悪した.彼もまた,父親との対立,自分の立場,彼自身の思想に大いに悩んだ人物だった.─何のために働くのか.人は何のために働くのか.生活を送る金を得るためだけか.よく「宝くじが当たって3億円手に入ったらもう働かないで一生暮らしてゆける」などという台詞を耳にする.しかし,本当に金があれば人は働かないだろうか.専業主婦が「誰それの奥さん」「誰それちゃんのお母さん」という呼ばれ方をするのを嫌がるのは何故か.(83)■9月の推薦図書■悩む力姜尚中著(集英社新書)シリーズ─84◆阿部さち山形大学医学部眼科———————————————————————-Page21272あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008さらにテーマは経済や社会に関係するものだけにとどまらない.─「変わらぬ愛」は存在するか.男女の間の恋愛感情ほど気分の高揚するものはない.しかし一旦,恋愛が成就すると話が違う.漱石の作品にもあまり幸せそうには見えない夫婦が登場する.「永遠の愛」とはわれわれの幻想にすぎないのか.著者はそれぞれの「悩み」一つひとつに,“くどくど”“うじうじ”と悩んでいる.その様は,近年ことに疎まれるようになった「まじめ」という姿勢そのものである.書店に行けばマニュアル本がブックランキングの上位を占めている.個人の心の問題にしても「脳」や「スピリチュアル」などというもので解決しようとしたり.周囲に心の壁を作って「鈍感」になることで解決しようとしたり.人々はよりわかりやすいほうへ向かい,シンプルなものを求めているようである.しかしこの本では,この時代にあって真面目に悩むということを正面切ってやって見せていると思う.そしてそれぞれの問題に著者なりの答えを提案している.ここまで真面目に悩んだ後で,著者は言う.「横着者」でいこう.老いて「死」が現実のものとして見えてきたときに,怖がるものはない.「プチナショナリスト」「ちょい悪おやじ」はつまらない,どうせならスケール大きくいこう,と.私が著者を知ったのは,深夜のテレビ討論番組だった.討論が徐々にヒートアップし声高に自分の意見を述べる政治家やジャーナリストのなかにあって,伏し目がちに他者の意見を聞き,一拍置いて,低音の冷静な口調でそれに対する自分の意見を言う人.それが私が彼に対してもった印象だった.何のテーマについて話し合っていたのか,著者は何を話していたのか,今となっては確かな記憶には残ってはいない.ちょうど,3年前,医師国家試験に向けて深夜に自宅で勉強していた頃の話だ.連日の詰め込み勉強でパンク寸前の頭に,その佇まいと,姜尚中という韓国系の名前が印象に残っていた.あれから私は2年間の初期研修期間を終え,「眼科医」という新たな名札を付けてから早3カ月が経とうとしている.毎日無我夢中で,日々の業務をこなすのに精いっぱいだった.急流のように流れる日々のなかで,自分なりのマニュアルを探すようになっていた.少しは自分のできることをこなすことに慣れてきたかな,などと自分の力を測ったような気になりかけていたようにも思う.そして,自分の勉強不足を感じることにも,力不足を感じることにも鈍感になりかけていた.前向きな横着さは大きな力になる.しかしそれは悩んだ末のものであるから価値があるのだ.著者は最後に,悩んで突き抜けた横着者という立場からわれわれに投げかけている.若い人には大いに悩んでほしい.悩み続けて突き抜けて横着者になってほしい.今の日本の明るい未来のために必要な破壊力はそんな強さである,と.私の立場でこんなことを言うのは失礼にあたるかもしれないが,あえて言ってしまおうと思う.今,私の周りには突き抜けて横着者となられたような諸先輩先生方がおられて,日々の診療のなか,手術場で存分にその力を見せてくださっている.先生方の,困っている患者さんを前にしたときの頼もしさは傍で見ている私をも納得,安心させてくれる.しかしそうした先生たちの強さもまた,悩んで悩んで手に入れたものなのだろう.一朝一夕には手に入れられないものだからこそ,価値があり,かつ周囲を納得させる強さなのだろう.私もいつか悩んで突き抜けた強さを手に入れられるように,今のうちにたくさん悩もう.私の周りには悩みを共有できる仲間たちもたくさんいてくれる.また,悩みを理解してくださる先輩方もたくさんおられる.それはとても,とても幸せなことである.この本を読んで,そんなことを考えた.(84)☆☆☆

眼科専門医志向者“初心”表明

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.9,200812690910-1810/08/\100/頁/JCLS宇宙をさまよう僕は火星に着陸した.そこはレンガ色をしたでこぼこな台地に覆われ,空を見上げると,雲の隙間から満天の白い星が広がっていた.僕はその神秘的で雄大な景色をいつまでも眺めていた.前期研修で眼科を選択した僕は,すぐさま細隙灯顕微鏡と眼底倒像鏡の虜になりました.顕微鏡で拡大して見る虹彩はうねうねと隆起に富み,閃輝性硝子体融解は白く輝いていました.遅い時間まで診察することもあり,オーベンに注意されることもありました.眼球はまるで宇宙だったのです.患者様一人ひとりが異なる宇宙をもっていて,その美しい世界を毎日旅していました.学生時代に眼科の手術を見学してなんとなく興味をもち,また昔から細かい作業が好きだったこともあり,眼科を前期研修の一つとして選びました.毎日が新しい発見の連続で楽しくて仕方がありませんでした.時間があれば手術の見学をしてイメージを膨らませ,上司の先生方の手術の助手に入り,スムーズに手術が進行しているのを見ていると,自分でもこんなことができたらどんなに楽しいだろうか,と思うようになりました.眼科に入局してからは少しずつ手術・外来・学会発表などを経験し,今は白内障手術の一例一例に悪戦苦闘している毎日です.特に手術室でのコメディカルスタッフを含め,皆で協力して手術を進めていく空気が好きで,空気が一つになる瞬間が度々訪れると,自分は本当に眼科医を選んでよかったと思うことがあります.まだ眼科医として1年足らずで,毎日たくさんのことを吸収していますが,昨日できなかったことが今日できたり,少しの工夫でスムーズにいったりと,今が一番楽しい時期なのかもしれません.人間は知識を蓄えることにより快感を覚えることのできる唯一の動物である,という言葉が最近妙に納得できます.また明日も,僕は美しい宇宙の中でたたずんでいることでしょう.◎今回は獨協医科大学レジデント2年目の斎藤先生にご登場いただきました.細隙灯顕微鏡や倒像鏡は虜になるくらい魅力的です.学生実習(ポリクリ)の短期間で使えるようになることは難しいですが,その魅力を十分に伝えることができれば,眼科に興味をもつ学生がもっと増えていくのではないかと思います.(加藤)☆本シリーズ「“初心”表明」では,連載に登場してくださる眼科に熱い想いをもった研修医~若手(スーパーローテート世代)の先生を募集します!宛先は≪あたらしい眼科≫「“初心”表明」として,下記のメールアドレスまで.追って詳細を連絡させていただきます.Email:hashi@medical-aoi.co.jp(81)眼科医者“初心”表明●シリーズ⑨美しい宇宙の中で!斎藤文信(AyanobuSaito)獨協医科大学眼科学教室1979年千葉県生まれ.獨協医科大学医学部卒業後,2007年同大学眼科学教室へ入局.休日は愛車ランサーエボリューションでドライブ.(斎藤)編集責任加藤浩晃・木下茂本シリーズでは研修医~若手(スーパーローテート世代)の先生に『なぜ眼科を選んだか,将来どういう眼科医になりたいか』ということを「“初心”表明」していただきます.ベテランの先生方には「自分も昔そうだったな~」と昔を思い出してくださってもよし,「まだまだ甘ちゃんだな~」とボヤいてくださってもよし.同世代の先生達には,おもしろいやつ・ライバルの発見に使ってくださってもよし.連載9回目の今回はこの先生に登場していただきます!眼科入局同期の3人で

後期臨床研修医日記7.名古屋市立大学病院眼科

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.9,200812670910-1810/08/\100/頁/JCLS症の患者などは小椋祐一郎教授を頼って遠方から受診されることも少なくありません.そして午後には緑内障外来があり,ようやく外来業務が終わるとつぎは病棟業務に移ります.病棟業務では入院患者の検査,診察,検査手術の説明などを行い,18時からの症例検討会に備えます.症例検討会ではその週の手術症例についてディスカッションを行います.私たちは(一生懸命ながらも…)まだまだ視野が狭く,このディスカッションのなかで,手術に向けての先生方のさまざまな配慮を知ることができ,いつも大変勉強になっています.火曜日手術日にあたります.白内障,硝子体手術を中心に12件ほどの手術が行われます.手術室ではほとんどの場合,後期研修医が第一助手に入ります.教授の手術に第一助手として入り,間近に学ぶことのできる貴重な機会です.素晴らしい手術につい見とれてしまうこともしばしばです.(79)名古屋市立大学病院眼科では4月より3名の新しい後期研修医を迎えました.彼らに2年間の臨床研修のうち8カ月を当科で研修し,後期研修1年目を関連病院で過ごした2名を加え,現在,計5名の後期研修医が働いています.私たち5人は出身大学も研修病院も異なりますが,個性的な面々が力を合わせ,忙しいながらも充実した後期研修医生活を送っています.当科では1人の入院患者を12名の指導医と1名の後期研修医で担当しています.全体では平均3035人の入院患者を5名の後期研修医で分担することになります.当科の方針により,基本的には外来が始まる9時までに受け持ち患者の診察をすべて終えなければなりませんので,受け持ち患者が多い場合や手術翌日,また午前に代務のある日などは午前7時には回診を始めなければなりません.そして外来の時間帯になると,(手術や代務のない限り)検査や診察を手伝うことになります.それでは私たち5人の怒濤の1週間を紹介させていただきます.月曜日忙しい1週間の始まりの日であり,また,容赦なく1週間のうちで一番忙しい日でもあります.朝8時から教授回診が始まるため,それまでに余裕をもって自分たちの受け持ち患者の診察を終わらせておかなくてはいけません.そして8時になると,(もちろん悪い意味ではなく,「手際良く回診が進んでいく」という意味で)淡々と教授回診が進んでいきます.その短い時間のなかで,私たちが毎日診察していても気づかない点を鋭く指摘していただくこともしばしばです.回診後には教授外来があります.教授外来は月曜日のみであり,毎回多くの紹介初診患者と再診患者が受診され,診察は午後まで続きます.おもな疾患は黄斑疾患,糖尿病網膜症,網膜離などで,重症な増殖糖尿病網膜後期臨床研修医日記●シリーズ⑦名古屋市立大学病院眼科石神裕子▲写真は左から臼井嘉先生,石神,植田次郎先生,日江井佐知子先生,高井祐輔先生———————————————————————-Page21268あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(80)緊急手術が入る場合もあり,また,そのような日が連日のように続く週もあります.大学病院は朝早くから夜遅くまで忙しく,比較的時間に余裕のあった関連病院にいた頃を懐かしく思うこともあります.しかし,大学病院での勤務でしか得ることのできない良い点も数多くあります.関連病院では加齢黄斑変性,重症糖尿病網膜症,網膜離などの症例はそれほど多くはありませんが,大学病院ではこれらの症例に接する機会も多く,さまざまな経験を積むことができます.また,入院患者の診察では,時間をかけて注意深く診療することができ,疑問に思ったことも職場の同僚や上級医師にその場で聞くことができるため,フィードバックと経験の蓄積において非常に大きなメリットがあります.さて,最後に少しばかり私自身のことについて触れてみたいと思います.現在,私は(大学病院での勤務以外に)名古屋市内の2カ所の関連病院と名古屋市児童福祉センターで週1回ずつ非常勤勤務を行っています.児童福祉センターではハンディキャップをもつ児童が対象となります.私はけっして子供は嫌いではないものの,これまでプライベートで子供と接する機会がそれほど多くなかったため,ときどき子供たちとの会話にとまどってしまうこともあります.コミュニケーションは良い診察の第一歩!頑張らねば!水曜日午前は通常の外来,午後は網膜疾患の専門外来にあたります.網膜外来では糖尿病網膜症,加齢黄斑変性などの症例が中心となります.木曜日に手術予定の患者は水曜日に入院されるケースが多いため,にわかに病棟業務が忙しくなる日でもあります.木曜日火曜日と同じく手術日にあたります.また夜には抄読会,ケースカンファレンスがあります.(忙しさに追われ…)普段は論文を読む機会があまりありませんが,このときばかりは辞書を片手に英語論文と格闘します.ケースカンファレンスでは自分が経験したことのない珍しい症例を知ることができ,また自身の発表の練習にもなります.金曜日この日は,午前は通常の外来,午後は網膜外来,そして小児疾患専門外来があります.小児外来は斜視弱視や未熟児網膜症を経験できる集中的に学べる機会です.未熟児網膜症の診療については教科書で読んだり,講演で聞いたりする程度で,初めのころは「D-lineRidge」といった具合に用語すら馴染みの薄いものでした.しかし実際の症例に触れるうちに徐々に理解できるようになり,今では私自身,興味のある分野の一つです.以上,大まかに私たちの1週間について紹介させていただきましたが,これらの通常業務に加え,緊急手術が入ることも少なくありません.多いときは1日に複数の?プロフィール?石神裕子(いしがみひろこ)2005年,名古屋市立大学を卒業後,同大学病院で2年間の臨床研修(うち8カ月を眼科で研修)を終える.2007年より,大同病院(名古屋市南区)に勤務した後,2008年4月より本大学病院に勤務.教授からのメッセージ非常に忙しい毎日を送っている後期研修医の生活がよく伝わってきます.研修医はいろいろな雑用を含めて仕事量がきわめて多く,本当にたいへんなことと思います.私も自分が研修医の頃,朝早くから夜遅くまで病棟で仕事をしていたことを思い出します.しかし,研修時代は初めて経験する疾患や珍しい症例に遭遇することで,毎日が新たな発見の連続だと思います.学究的好奇心をもって,多くの知識・技術を身につけていってください.何とか若い先生の負担を減らして勉強する時間をつくってあげようと努力をしていますが,大学病院という大きなシステムのなかではなかなか困難なことが多いです.これからも,高いモチベーションと広い視野をもって,立派な眼科医に成長することを期待しています.名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学・教授小椋祐一郎

硝子体手術のワンポイントアドバイス64.シリコーンオイル下増殖膜の処理(中級編)

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.9,200812650910-1810/08/\100/頁/JCLSはじめにシリコーンオイルの眼合併症としては,角膜障害と緑内障がよく知られているが,シリコーンオイルを長期に留置すると,シリコーンオイル下に白色の増殖膜が形成されることがある1).組織学的には,コラーゲンなどの細胞外基質やグリア細胞,網膜色素上皮細胞が主要な構成成分であるとされている.シリコーンオイル下増殖膜を生じやすい症例シリコーンオイルは増殖硝子体網膜症や増殖糖尿病網膜症などの難治性網膜硝子体疾患の硝子体手術時に眼内タンポナーデ物質として使用されることが多い.このような症例では,もともと眼内の増殖機転が亢進しているため,術後にシリコーンオイル下増殖膜を形成しやすい.また,ぶどう膜炎でも高率にシリコーンオイル下増殖膜をきたす.さらに初回手術時の硝子体切除が不完全であったり,術後に網膜離が遷延すると,増殖性変化をきたしやすくなる.前部増殖性変化が顕著になると,房水産生が低下して予後不良の転帰をたどる2).リコーンオイル下増殖膜処理時の注意シリコーンオイル下増殖膜は通常血管成分に乏しく,(77)膜処理時に著明な出血をきたすことは少ない.しかし,増殖糖尿病網膜症例ではしばしば増殖膜中に予想以上の血管成分を含有している症例もあり注意が必要である.増殖膜はmembranepeeling主体で離できることもある(図1)が,癒着の強固な部位には適宜硝子体剪刀を使用する(図2).特に初回手術直後にシリコーンオイル下出血やフィブリン析出などを伴っていた症例では面状の癒着を形成しており,膜処理の難易度が高い場合もある.また,シリコーンオイル注入眼は一般に網膜が菲薄・脆弱化していることが多く(図3),強引なmem-branepeelingは医原性裂孔を形成する要因となるので丁寧に膜処理を行う必要がある.文献1)LewisH,BurkeJM,AbramsGWetal:Perisiliconeprolif-erationaftervitrectomyforproliferativevitreoretinopathy.Ophthalmology95:583-591,19882)竹安一郎,南政宏,植木麻理ほか:シリコーンオイル注入眼に発症した前部増殖性硝子体網膜症の4例.臨眼57:973-977,2003硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載64シリコーンオイル下増殖膜の処理(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図3増殖糖尿病網膜症にみられたシリコーンオイル下増殖膜網膜は菲薄・脆弱化しており,不用意な牽引は医原性裂孔形成の要因となるので丁寧に膜処理を行う必要がある.図2増殖膜に対するmembranedelamination癒着の強固な部位には適宜硝子体剪刀を使用してmembranedelaminationを行う.図1増殖膜に対するmembranepeeling増殖膜と網膜の癒着の緩い部位はmembranepeelingでの処理が可能である.

眼科医のための先端医療93.虚血性網膜疾患における邸酸素誘導因子(HIF)の役割

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.9,200812610910-1810/08/\100/頁/JCLS虚血性網膜疾患網膜で低下)をけるの網膜にる性網膜性の血管新生で網膜網膜網膜血管網膜の虚血の血管新生で血管因子()の網膜血管新生に関与る)およのの)網膜虚血性網膜疾患のをるにでに)のをる血管新生因子を生るをるにるで網膜のに虚血を血管新生因子を生るので低酸素誘導因子(HIF)のをるのに子低酸素誘導因子()低酸素ににる因子のによにに)にによ)aとbの2つのサブユニットからなり,分子量120kDaのaサブユニット(HIF-1a)によって活性が調節されています.HIF-1aは通常酸素下では,酸素依存性分解(ODD)ドメイン内の特定のプロリン残基が酸素依存性に水酸化されることがきっかけとなりユビキチン・プロテアソーム系により急速に分解されます.一方,低酸素状態では,HIF-1aは安定化して核内に移行し,HIF-1b(別名ARNT)とヘテロダイマーを形成してHRE(hypoxiaresponseelement)とよばれる特異的なDNA配列(ACGTを中心に含むシークエンス)に結合し,HREを有する遺伝子群の転写を開始します(図1).HIF-1aとHIF-1b(ARNT)はいずれもbHLHドメインとPASド(73)◆シリーズ第93回◆眼科医のための先端医療=坂本泰二山下英俊栗原俊英(慶應義塾大学医学部眼科)虚血性網膜疾患における低酸素誘導因子(HIF)の役割HHHHHHHIF1b/ARNTHIFabHLHPASODDO2P標的遺伝子6.DNA結合5.ヘテロダイマー形成4.安定化1.水酸化2.ユビキチン化3.分解低酸素下細胞質核内通常酸素下図1酸素環境変化によるHIFの調節経路HIFaは通常酸素下では酸素依存性にODDドメイン内の特定のプロリン残基が特異的な酵素により水酸化される(1).その水酸化がきっかけとなりユビキチン化され(2),プロテアソームで急速に分解される(3).低酸素下では水酸化されないため安定化し(4),核内へ移行してHIF-1b/ARNTとヘテロダイマーを形成して(5),標的遺伝子のHREに結合して転写を開始する(6).HIF:hypoxia-induciblefactor,bHLH:basichelix-loop-helix,PAS:Per-Arnt-Sim,ODD:oxygen-dependentdegradation,OH:hydroxyl,P:prolylresidue,Ub:ubiquitin,ARNT:arylhydrocarbonreceptornucleartranslocator,HRE:hypoxiaresponseelement.———————————————————————-Page21262あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008メインという構造をもっていますが,同様の構造をもつ類似の因子としてHIF-2a(別名EPAS1/HLF/HRF/MOP2),HIF-3a,IPAS(HIF-3aのスプライシングバリアント)が後に発見されています.HREをもちHIFの標的となる遺伝子には血管新生促進因子〔VEGFやその受容体(Flt-1)など〕のほかに,造血因子(エリスロポエチン,トランスフェリンなど)や糖代謝にかかわる因子(GLUT-1;グルコーストランスポーター1,アルドラーゼなど)があり,低酸素状態で生体が生存するために必要な遺伝子調節がHIFを介して行われていることがわかってきました.HIFの網膜血管新生への関与のよに網膜をる虚血性網膜疾患で血管新生子をるのに役割をるaの遺伝子改変動物では発生期における生理的な網膜血管新生が正常に形成されなかったり8),酸素誘導網膜症(OIR)モデルで発症する病的血管新生が抑制されたりします9).また,HIFで調節される代表的な造血因子であるエリスロポエチンが糖尿病網膜症で,VEGFとは独立して血管新生に関与していることがわかり10),HIFは虚血性網膜疾患の病態メカニズムにおける中心的な因子である可能性が出てきました.今後の展望にの血管の網膜経のにでる)血管新生のるの後けるaは発生期を除き,生理的な環境下では分解されてしまいますが,病的な状態(虚血状態)にあるとVEGF以外にも血管新生促進作用のあるさまざまな遺伝子の転写を開始します.虚血網膜疾患においてHIFを阻害することは病態生理学的にもより適切な治療に成り得る可能性があります.現在,癌治療などを対象にしたHIF阻害薬や,貧血治療などを対象にしたHIF安定化薬が研究開発されています.HIFをうまくコントロールできるようになれば,夜盲や視野狭窄を伴う網膜光凝固は将来不要になるかもしれません.稿を終えるにあたり,ご校閲いただきました慶應義塾大学医学部石田晋准教授,小沢洋子先生に深謝いたします.文献1)KuriharaT,OzawaY,NagaiNetal:AngiotensinIItype1receptorsignalingcontributestosynaptophysindegra-dationandneuronaldysfunctioninthediabeticretina.Diabetes57:2191-2198,20082)IshidaS,UsuiT,YamashiroKetal:VEGF164-mediatedinammationisrequiredforpathological,butnotphysio-logical,ischemia-inducedretinalneovascularization.JExpMed198:483-489,20033)NgEW,ShimaDT,CaliasPetal:Pegaptanib,atargetedanti-VEGFaptamerforocularvasculardisease.NatRevDrugDiscov5:123-132,20064)Photocoagulationtreatmentofproliferativediabeticretin-opathy:thesecondreportofdiabeticretinopathystudyndings.Ophthalmology85:82-106,19785)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Earlyphotocoagulationfordiabeticretinopathy.ETDRSreportnumber9.Ophthalmology98:766-785,19916)SemenzaGL,WangGL:Anuclearfactorinducedbyhypoxiaviadenovoproteinsynthesisbindstothehumanerythropoietingeneenhanceratasiterequiredfortran-scriptionalactivation.MolCellBiol12:5447-5454,19927)WangGL,JiangBH,RueEAetal:Hypoxia-induciblefac-tor1isabasic-helix-loop-helix-PASheterodimerregulat-edbycellularO2tension.ProcNatlAcadSciUSA92:5510-5514,19958)ScortegagnaM,DingK,OktayYetal:Multipleorganpathology,metabolicabnormalitiesandimpairedhomeo-stasisofreactiveoxygenspeciesinEpas1-/-mice.NatGenet35:331-340,20039)MoritaM,OhnedaO,YamashitaTetal:HLF/HIF-2alphaisakeyfactorinretinopathyofprematurityinassociationwitherythropoietin.EMBOJ22:1134-1146,200310)WatanabeD,SuzumaK,MatsuiSetal:Erythropoietinasaretinalangiogenicfactorinproliferativediabeticretinop-athy.NEnglJMed353:782-792,200511)NishijimaK,NgYS,ZhongLetal:Vascularendothelialgrowthfactor-Aisasurvivalfactorforretinalneuronsandacriticalneuroprotectantduringtheadaptiveresponsetoischemicinjury.AmJPathol171:53-67,2007(74)***———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081263(75)虚血性網膜疾患における低酸素誘導因子(HIF)の役割」を読んで今の栗原俊英生による低酸素での子にのでを生で低酸素にるのよるを子でで生のをるにる低酸素でのをるにaであるとも考えられます.生体がいかに合理的かつ巧妙なメカニズムでその組織を維持しているということが栗原先生のわかりやすい総説で理解できました.さらに,本来は生理的な状態で発生期以外では分解されるHIFaが糖尿病網膜症などの眼科の疾患では血管新生をひき起こす血管内皮増殖因子(VEGF)の誘導することにより大変重篤な病態を惹起することも皮肉な感じがします.現代の生命科学は生命現象をきちんと整理してその生物学的なメカニズムを明らかにし,かつ,臨床応用という人類のためにその成果を利用するところまで進歩してきました.また,血管新生一つとっても,VEGF以外にもいろいろな因子が関連することが生物学的に示されてきています.しかし,栗原先生が今回呈示されたように,眼科では抗VEGF抗体が糖尿病網膜症などの血管新生の病態でVEGFの作用を抑制し治療に有効であることが示されたことから,病態の中心となる分子,すなわち治療薬の開発のターゲット分子にはVEGFが設定されていることがわかります.眼科におけるこのような情報は生体における低酸素→血管新生というメカニズムの解明に大きなインパクトを与えたと考えます.治療薬はヒトで効果がみられて初めてその価値が出てくるのですから.今後の研究の方向を栗原先生はHIFを制御することにより眼科の領域のみでなく,多くの分野での低酸素の関連する病態に対する治療薬の開発に有意義であることを示されました.このような研究で眼科領域の研究者がリーダーシップをとっていることは大変喜ばしいことですし,誇らしいことです.また,眼科の臨床レベルの高さを眼科以外に強くアピールすることができると考えます.今後のこの分野でのますますの研究の発展が期待されます.山形大学医学部情報構造制御学講座視覚病態学分野山下英俊☆☆☆

サプリメントサイエンス:眼科におけるアスタキサンチンの有用性

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.9,200812570910-1810/08/\100/頁/JCLSアスタキサンチンとはアスタキサンチン(astaxanthin:AST)はカロテノイド類のキサントフィルに属し,長鎖の共役二重結合と両末端のb-イオノン環がケト基とヒドロキシル基で置換された化学構造(図1)を有する赤橙色の天然色素であり,エビ,カニ,サケ,イクラなど水産物に広く存在する.これらの魚類・甲殻類はわれわれ人類が食用としているものであり,古来より人類が摂取してきた物質である.近年,ASTはその抗酸化作用が注目されるようになった.この強力な抗酸化作用は,藻,酵母,細菌などの微生物が,自然界における太陽光から自らを守るためにASTを合成していると考えられている.それを食べる魚類,甲殻類は,食物連鎖により色素として摂取するようになったのであろう.食物連鎖で上位にある生物も光やストレスからの自衛に利用しているように思われる.抗酸化作用一重項酸素は基底状態の三重項酸素よりエネルギーが高い状態の酸素である.一重項酸素は三重項酸素が光のエネルギーにより励起されて生成されるため反応性が高く,生物体内で発生した場合は蛋白質,脂質,DNAなどと反応して障害を起こすことが知られている.一重項酸素を消去する物質には,トコフェロールやカロテノイドが知られている.これらは特に細胞膜など脂質中の一重項酸素消去に重要である.Teraoらはa-トコフェノールとカロテノイド類の一重項酸素消去能を検討した1).その結果,ASTはa-トコフェノールの550倍高く,ゼアキサンチン,ルテインよりも消去能に優れていた(表1).また,幹らはヘム鉄とリノール酸を用いてフリーラジカル補足活性を測定した2)結果,ゼアキサンチンの2倍,ルテインの3.5倍活性が強いことを示した(表1).このASTの抗酸化能を応用した脂質過酸化に関する研究が現在行われている35).眼科への応用1.基礎研究(動物レベル)ASTは炎症サイトカインネットワークを支配するNF-kBを抑制する:筆者らのグループでは前部ぶどう膜炎モデルとして知られている,ラットエンドトキシン誘発ぶどう膜炎モデル(EIU)におけるASTの治療効果を検討した6,7).Lewisラットにリポ多糖(LPS)投与直後に1,10,100mg/kgのASTを静脈内投与した.6,12,24時間後に前房水を採取し,炎症細胞数,蛋白濃度,一酸化窒素(NO)濃度および抗腫瘍壊死因子(TNF)-a濃度を測定した.また,LPS投与3時間後のNF-kBの免疫組織化学を行い,虹彩,毛様体のNF-kB陽(69)サプリメントサイエンスセミナー●連載④監修=坪田一男4.眼科におけるアスタキサンチンの有用性大神一浩*1吉田和彦*1大野重昭*2*1北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野*2北海道大学大学院医学研究科医学専攻研究眼科学講座アスタキサンチン(AST)はカロテノイドの一種であり,エビ,カニなどの水産物に広く存在する.ASTは一重項酸素消去能が他の抗酸化物質より高いことが知られているが,近年,眼科分野でも基礎研究,臨床研究で眼炎症,加齢黄斑変性,眼精疲労への治療,予防および緩和が期待できる知見が見出されている.本稿では眼科におけるASTの有用性を解説したい.表1カロテノイド類とaトコフェノールの抗酸化作用物質名CDCl31)(kq×109/M/S)ED502)(nM)アスタキサンチンゼアキサンチンルテインb-カロテンa-トコフェノール2.21.90.82.20.0042004007009602,9401)TeraoJetal:Lipids24:659-661,1989より引用.2)幹渉ほか:化学と生物23:640-648,1985より引用.OOOO図1アスタキサンチンの構造式———————————————————————-Page21258あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008性細胞数を測定した.その結果,LPS投与6時間後から前房水中に炎症細胞が浸潤し,経時的に炎症細胞数,蛋白質,NO,プロスタグランジンE2(PGE2)およびTNF-a濃度は著しく増加した.図2にLPS投与24時間後の病理写真を示した.一方,LPS群と比較して,AST群は前房水の炎症細胞数,蛋白濃度,NO濃度,PGE2濃度およびTNF-a濃度を経時的に有意に減少させた(図3~5).AST10,100mg/kg投与群は虹彩・毛様体におけるNF-kB陽性細胞数を濃度依存的に抑制した(図6).以上の結果から,ASTはEIUにおける炎症を初期段階から抑制し,その作用機序は炎症サイトカインネットワークを支配するNF-kB活性を抑制することを見出した.Izumi-Nagaiらは加齢黄斑変性モデルとして知られて(70)いる,マウスchoroidalneovascularization(CNV)モデルにおいてASTを投与したところ,ASTは脈絡膜中の血管内皮増殖因子(VEGF),インターロキン(IL)-6およびmonocytechemotacticprotein-1(MCP-1)の発現を抑制することを見出した8).また,網脈絡膜でのNF-kB活性を抑制することを明らかにした.これらの報告により,ASTは眼炎症抑制作用を有する可能性が100μm図2ラットエンドトキシン誘発ぶどう膜炎におけるLPS投与24時間後の病理写真→は炎症細胞を示す.050100150LPS110100********:6時間:12時間:24時間AST(mg/kg)房水中炎症細胞数(×105cells/m?)図3ラットエンドトキシン誘発ぶどう膜炎における前房水中炎症細胞数に及ぼすASTの治療効果結果は平均値±標準偏差(n=8)で示した.**:同時間のLPS群と比較して危険率1%未満で有意差あり.LPS110100:6時間:12時間:24時間AST(mg/kg)前房水中蛋白濃度(mg/ml)05101520****************図4ラットエンドトキシン誘発ぶどう膜炎における前房水中蛋白濃度に及ぼすASTの治療効果結果は平均値±標準偏差(n=8)で示した.*,**:同時間のLPS群と比較して,それぞれ危険率5%,1%未満で有意差あり.:6時間:12時間:24時間:6時間:12時間:24時間LPS110100AST(mg/kg)LPS110100AST(mg/kg)前房水中NO濃度(μM)前房水中TNF-a濃度(pg/m?)05010015003006009001,2001,500ab******************************図5ラットエンドトキシン誘発ぶどう膜炎における前房水中NO濃度(a)およびTNFa濃度に及ぼすASTの治療効果結果は平均値±標準偏差(n=8)で示した.*,**:同時間のLPS群と比較して,それぞれ危険率5%,1%未満で有意差あり.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081259(71)示唆された.2.臨床研究調節機能および眼精疲労に対する効果:ASTの調節機能および眼精疲労に対する効果と安全性を確認するために,対照群とAST6mg摂取群の2群を二重盲検法により比較した9).被験者は眼精疲労を訴える健常成人で,試験食品は4週間摂取した.摂取前後で調節力を測定し,眼精疲労度を客観的に評価した.その結果,準他覚的調節力はAST群で有意に改善がみられた(表2).自覚的眼精疲労の改善度を表3に示した項目についてvisualanaloguescale法を用いて検討した結果,AST摂取2週間後に「目が疲れやすい」,「目がかすむ」,「目の奥が痛い」,「しょぼしょぼする」,「まぶしい」,「肩が凝る」,「腰が痛い」および「いらいらしやすい」の8項目で摂取前と比較して改善効果がみられた.今日,コンピュータシステムを利用する場合,VDT(visualdisplayterminal)作業は不可欠なものになった.VDT作業に長時間従事した場合,近くを見ている時間が長いため,毛様体筋の緊張状態が続き,これが眼精疲労の一因となると考えられている.また,調節緊張症など眼に調節異常がある場合にも眼精疲労が生じることがある.一方,疲れ目を訴えるVDT作業者のなかには,VDT作業により調節機能異常が生じることも示唆されており,VDT使用による慢性ストレスが毛様体筋の機能低下をひき起こし,これが調節力の低下につながると考えられている.筆者らはVDT作業者に対しても,対照群とAST6mg摂取群の2群を二重盲検法により比較し,調節機能の改善と,自覚症状の改善がみられることを確認した.したがって,ASTを含む食物を多く摂取することは調節機能の改善に役立つと考えられた.1日の摂取レベルと摂取すべきエビデンスレベルASTの1日に必要な摂取量を規定した報告はない.表4に食品中に含まれるAST量を示した.筆者らの臨床研究の結果ではASTを4週間6mg摂取することにより,調節機能の改善が認められた.表4に示すように,食品でAST6mgを毎日摂取するのは困難であると思われる.そのため,サプリメントなどで補完することは必要と思われる.動物での基礎研究でみられたASTの眼炎症抑制作用は内服投与の検討ではない.そのため,ASTを代替医療に用いるためにはさらなる検討が必要である.しかしながら,筆者らの研究グループAST(mg/kg)活性化NF-kB細胞数(%)01020304050ControlLPS110100****図6LPS投与3時間後における活性化NFkB細胞数結果は平均値±標準偏差(n=6)で示した.**:同時間のLPS群と比較して,危険率1%未満で有意差あり.表3眼精疲労アンケート項目1.目が疲れやすい2.目がかすむ3.まぶたが重い4.目の奥が痛い5.充血しやすい6.しょぼしょぼする7.目が熱い8.目を開けているのが辛い9.肩が凝る10.腰が痛い11.いらいらしやすい12.頭が重い表4食品に含まれるアスタキサンチンの量種類含有量(mg/100g)キンメダイイクラ,スジコクルマエビアマエビケガニベニザケ2.03.00.80.660.991.112.53.5表2準他覚的調節力摂取群例数(人)摂取前(%)摂取後2週(%)摂取後4週(%)対照群19100103.2+19.2107.8+25.2アスタキサンチン6mg群20100156.0+19.2**164.4+52.8**各値は平均+標準偏差を表す.摂食前を100%としたときの改善率(%)で示した.**:摂取前と比較して,危険率1%未満で有意差あり.———————————————————————-Page41260あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008ではASTの安全性を検討する目的で健常者に4週間30mg(調節機能の改善がみられたAST量の5倍量)を投与し,血液検査を行ったところ,ASTによる影響はみられなかった10).そのため,ASTの安全性は高いと思われる.今日,酸化ストレスが関与する疾患は多い.われわれの社会が長寿社会になり,長寿に伴う生活習慣病対策は非常に重要になってきている.したがって,ASTの抗酸化力をはじめ,いろいろな生理活性を利用することがその対応策の一つになると思われる.そのため,摂取すべきエビデンスレベルは摂取すべきと判断された.文献1)TeraoJ:Antioxidantactivityofbeta-carotene-relatedcarotenoidsinsolution.Lipids24:659-661,19892)幹渉,藤田孝夫:魚類のカロテノイド代謝,化学と生物23:640-648,19853)AoiW,NaitoY,TakanamiYetal:AstaxanthinimprovesmusclelipidmetabolisminexerciseviainhibitoryeectofoxidativeCPTImodication.BiochemBiophysResCom-mun366:892-897,20084)ObajimiO,BlackKD,GlenIetal:Antioxidantmodula-tionofoxidant-stimulateduptakeandreleaseofarachi-donicacidineicosapentaenoicacid-supplementedhumanlymphomaU937cells.ProstaglandinsLeukotEssentFattyAcids76:65-71,20075)CiceroAF,RovatiLC,SetnikarI:Eulipidemiceectsofberberineadministeredaloneorincombinationwithothernaturalcholesterol-loweringagents.Asingle-blindclinicalinvestigation.Arzneimittelforschung57:26-30,20076)OhgamiK,ShiratoriK,KotakeSetal:Theeectsofastaxanthinonlipopolysaccharide-inducedinammationinvitroandinvivo.InvestOphthalmolVisSci44:2694-2701,20037)SuzukiY,OhgamiK,ShiratoriKetal:Suppressiveeectofastaxanthinagainstratendotoxin-induceduveitisbyinhibitingtheNF-kBsignalingpathway.ExpEyeRes82:275-281,20068)Izumi-NagaiK,NagaiN,OhgamiKetal:Inhibitionofchoroidalneovascularizationwithanantiinammatorycar-otenoidastaxanthin.InvestOphthalmolVisSci49:1679-1685,20089)白取謙治,大神一浩,新田卓也ほか:アスタキサンチンの調節機能および疲れ目におよぼす影響─健常成人を対象とした効果確認試験─.臨床医薬6:637-650,200510)大神一浩,白取謙治,新田卓也ほか:アスタキサンチンの過剰摂取における安全性の検討.臨床医薬6:651-659,2005(72)☆☆☆

眼感染アレルギー:コンタクトレンズ装用に伴う無菌性角膜浸潤

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.9,200812550910-1810/08/\100/頁/JCLS病巣は境界明瞭な灰白色の円形を示すものが多い.浸潤が上皮内に留まれば直径も0.5mm程度と小さく(図1),上皮下や実質表層に及べば直径も1.0mm程度と大きくなる1,2)(図2).病巣部角膜上皮の異常はないか,軽度である.眼脂や自覚症状,前房の炎症所見も軽度である.好発部位は角膜周辺部中間周辺部で,比較的上方に多い3).角膜輪部近くに帯状のびまん性浸潤を生じるケースもある.無菌性角膜浸潤に対し,感染性のものは一般に直径が1mm以上と大きく,境界が無菌性角膜浸潤ほど明瞭でなく,細菌感染であれば病巣部の角膜上皮欠損も大きい.角膜中央部に発生しやすく,眼痛,羞明などの自覚症状や,眼脂,前房の炎症所見などが顕著である1,4).コンタクトレンズ(CL)装用に伴う角膜浸潤を細菌性角膜炎,CL起因周辺部潰瘍(CLPU),CL起因急性充血(CLARE),浸潤性角膜炎の4つに分類する考え方もある.実際には病変部に病原菌が存在していても病巣が小さい,擦過が不十分,培養が不適切などの技術的な問題や,試料採取前の点眼治療のために検出されない場合もあれば(図3のB群),病変部は無菌だがCLケースなどに病原菌が存在し,その菌体成分や毒素が原因となって角膜浸潤を起こす場合(図3のC,D群)もある.本稿では図3のC,D,E,F群を「無菌性角膜浸潤」と定義し,臨床的に問題となるソフトCL(SCL)装用時の角膜浸潤を対象とする.生機ストレスが加わった角膜上皮が起炎性のサイトカインを放出し,これが引き金となって実質内のケラトサイトがケモカインを産生し,好中球などの炎症細胞の浸潤が生ずると考えられている2).起因物質が直接角膜実質に侵入して炎症をひき起こすことも考えられる.したがって角膜上皮に病変が生じた場合はもちろん,上皮が形態的に正常であっても角膜浸潤は発生しうる.角膜周辺部近くに発症しやすいことも,免疫反応が主体という考えを裏づけている.具体的には以下のような要素が炎症反(67)眼感染アレルギーセミナー─感染症と生体防御─●連載⑨監修=木下茂大橋裕一9.コンタクトレンズ装用に伴う無菌性角膜浸潤稲葉昌丸稲葉眼科コンタクトレンズ(CL)装用に伴う無菌性角膜浸潤は,角膜上皮のダメージや角膜実質への起炎物質侵入によって起きる.感染性の浸潤より自覚症状や角膜上皮欠損,前房の炎症所見が少ない.病巣が無菌でも,CLケースやケース内液の病原菌汚染が角膜浸潤を起こすこともある.CLのフィッティング不良や連続装用も無菌性角膜浸潤の原因になる.図1ほとんど上皮内に留まっているびまん性の無菌性角膜浸潤多数の小病巣が角膜中央部にも及んでいる(矢印).表面は滑らかでフルオレセインで染色されない.高倍率で注意して観察しないと見落とすこともある.図2CL装用に伴う顕著な無菌性角膜浸潤の1例角膜周辺部に灰白色の明確な円形浸潤を認める(矢印).上皮の表面はフルオレセインで染色される.———————————————————————-Page21256あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008応をひき起こすと考えられる.1.病原菌の存在(図3のC,D)病変部に菌が検出されなくとも,CL,レンズケース,ケース内用剤などから細菌が検出されることがあり,レンズケース内の細菌が分泌する毒素や菌体成分などが原因となって免疫反応や角膜浸潤が発生すると考えられる.CL装用に伴う角膜上皮のバリアー機能低下も一因となるだろう.2.CL装用(図3のE,F)CL装用による角膜上皮への機械的障害や低酸素負荷は起炎性サイトカインの放出を招き,角膜浸潤の原因となる.同時に,CL下への分泌物や異物の侵入も角膜上皮に対する機械的障害につながる.CL内に浸透した蛋白質や表面に付着した汚れも同様に生化学的,機械的刺激として角膜浸潤の原因になる.連続装用は無菌性角膜浸潤の危険因子であるが,涙液交換途絶によるCL下への異物や分泌物の貯留とともに,就寝時閉瞼下の免疫反応が角膜浸潤の素因となる可能性もある2).タイトなCLフィッティングもCL下の涙液交換の不足や機械的障害を介して,無菌性角膜浸潤の原因となる.3.CLケア用品(図3のC,D,E,F)PolyquadやPHMB(ポリヘキサメチレンビグアニド)などを含む多目的用剤と角膜浸潤の関連を取り上げる説がある5).多目的用剤に緩衝剤,防腐剤として含まれる硼酸なども濃度によっては角膜上皮のバリアー機能を障(68)害することが報告されており6),炎症起因物質の通過を助けることによって角膜浸潤の素因となる可能性がある.コンプライアンス不良や多目的用剤の消毒力不足によるケース内液の病原菌汚染も無菌性角膜浸潤の原因となる.療CL装用を12週間中止して角膜浸潤が消失することを確認した後,1日使い捨てCLから再開し,それまで使用していたCL,ケア用品を順次再開する.従来の消毒剤を再開する前に,過酸化水素で消毒を行う期間をおくと,消毒剤が原因か否かを明らかにしやすい.CLケースやケース内液の細菌汚染が観察され,あるいは疑われた場合には,ケア方法の変更や指導が必要になる.再開時にはCL,CLケース,ケア用品を新品に替えて装用を開始すべきである.フィッティングの良否や装用時間,コンプライアンスの確認も行う必要がある.再発するようであれば,1日使い捨てSCLやハードCLへの転向を考える.真に「無菌性」の角膜浸潤であれば治療は不要なはずだが,実際には完全な診断は困難である.したがって,病巣が大きい,中心部に近い,上皮欠損が大きい,自覚症状や眼脂,前房の炎症所見が強いなどの感染性角膜浸潤を疑わせる所見があれば,病巣擦過と鏡検,培養を行うとともに,積極的な治療を開始すべきであろう.文献1)SteinRM,ClinchTE,CohenEJetal:Infectedvssterilecornealinltratesincontactlenswearers.AmJOphthal-mol105:632-636,19882)RobboyMW,ComstockTL,KalsowCM:Contactlens-associatedcornealinltrates.Eye&ContactLens29:146-154,20033)SucheckiJK,EhlersWH,DonchikPC:Peripheralcorneainlteratesassociatedwithcontactlenswear.CLAOJ22:41-46,19964)MertzPHV,BouchardCS,MathersWDetal:Cornealinlteratesassociatedwithdisposableextendedwearsoftcontactlenses:Areportofninecases.CLAOJ16:269-272,19905)CarntN,JalbertI,StrettonSetal:Solutiontoxicityinsoftcontactlensdailywearisassociatedwithcornealinammation.OptomVisSci84:309-315,20076)ImayasuM,ShiraishiA,OhashiYetal:Eectsofmulti-purposesolutionsoncornealepithelialtightjunctions.EyeContactLens34:50-55,2008病原菌が関しない上皮に病変を認める非感染性角膜浸潤:(病原菌が関与しない)上皮に病変を認めない非感染性角膜浸潤:(病原菌が関与する)上皮に病変を認めない非感染性角膜浸潤:(病原菌が関与しない)病原菌が関与する上皮に病変を認める非感染性角膜浸潤:(病原菌が関与する)感染性角膜浸潤:(上皮病変部から病原菌が検出される)感染性角膜浸潤:(上皮病変部から病原菌が検出されない)C.E.A.B.D.F.上皮に病変を認める上皮に病変を認めない図3病原菌関与と上皮病変の有無による角膜浸潤の分類本稿ではC,D,E,F群を「無菌性角膜浸潤」とする.

緑内障:緑内障における軸索変性

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.9,200812530910-1810/08/\100/頁/JCLSはじめに網膜神経節細胞は長い軸索を有することを特徴とし,その上位中枢である外側膝状体に投射している.緑内障は特徴的な視神経乳頭陥凹で定義される疾患であり,視神経乳頭篩状板における網膜神経節細胞の軸索障害が最も重要な原因である.軸索障害には軸索が形態的に崩壊している場合と,軸索の形態は保たれているものの軸索流が低下している場合があると考えられる.軸索障害は網膜神経節細胞のアポトーシスを誘導するため,緑内障において軸索崩壊と軸索流障害の2つの軸索障害を理解することは大切である.軸索の形態維持に重要な微小管とニューロフィラメント微小管とニューロフィラメントは主要な軸索構造蛋白である.微小管はチューブリンという蛋白質が重合してできる直径25nmの中空の管で,軸索流のレールの役割も果たしている(図1).その構造維持にはチューブリン安定化分子(Tau,doublecortine,MAP2)と崩壊分子(SCG10関連遺伝子)がかかわり,リン酸化により活性が制御されている.チューブリンにかかわる蛋白質のリン酸化は病的状態でも重要であり,Tauの異常リン酸化がAlzheimer病の原因の一つであることも有名な事実である.一方,ニューロフィラメントは,サルの慢性緑内障モデルにおいて高眼圧障害の早期に脱リン酸化が起こると報告され1),眼圧と軸索内ニューロフィラメントの恒常性には大いに関連性があると予測される.しかしこの分野にはいまだ未知な部分が多く,薬剤の開発に向かうような動きがないのは残念である.索輸送とは神経細胞のなかには数十センチ以上の長い軸索を伸ばしているものもあり,細胞体でつくられた蛋白質などを遠く離れた神経末端へ(順行性),逆に末端から細胞体へ運ぶ(逆行性)必要がある(図1).その物質の輸送機構を軸索流とよぶ2).軸索流は神経細胞の形態形成,機能発現の際に大変重要な機構である.軸索流はその速度によって表1のように分類される.(1)速い順行性輸送:キネシン(kinesin)が関与.(2)速い逆行性輸送:ダイニン(dynein)が関与.(65)●連載緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄99.緑内障における軸索変性中澤徹東北大学大学院医学系研究科神経感覚器病態学講座・眼科視覚学分野サル慢性緑内障モデルで篩状板部位での軸索流障害が報告されている.軸索流には順行性に眼球から脳に向かう経路と逆行性に脳から眼球に向かう経路があり,網膜神経節細胞の恒常性維持に不可欠となっている.軸索流障害はおもに物理的な絞扼障害と虚血によるATP(アデノシン三リン酸)欠如が原因となる.軸索流障害は細胞体がアポトーシスを起こすため,緑内障の基本病態を理解する際に重要である.視神経眼球脳順行性逆行性:チューブリン:キネシン:ダイニン視神経大図1軸索流の模式図網膜神経節細胞は細胞体が眼球内にあり,長い軸索を頭蓋内上位中枢に投射している.軸索流は神経細胞の形態形成,機能発現にとって大変重要な機構であり,生理的に細胞体で合成した蛋白質や細胞内小器官を軸索先端まで(順行性)輸送し,逆に末端から細胞体へ(逆行性)輸送も行われている.軸索流はその速度によって分類される(表1).速い順行性輸送にはキネシンという蛋白質が,速い逆行性輸送にはダイニンという蛋白質が輸送物と結合し,レールの役目をしているチューブリンの上を滑るようにATP(アデノシン三リン酸)依存性に移動している.———————————————————————-Page21254あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(3)遅い順逆行性輸送:ニューロフィラメントなどを運ぶ遅いもの(0.12.5mm/日)とアクチンやカルモジュリンなどを運ぶ速いもの(26mm/日)の2通りがある.内障と軸索流これまでにわが国で眼圧上昇と軸索流の関係を明らかにする研究がなされ3,4),篩状板部の前後と強膜に近い神経線維の再周辺部で停滞することが明らかになった(図2).輸送される細胞内小器官のなかでミトコンドリアは重要なものであり6),眼圧障害による軸索流停滞のなかに浮腫を起こしたミトコンドリアが散見される6).さらに最近では,軸索流で運ばれる生存維持に重要な脳由来神経栄養因子(BDNF)が,眼圧の上昇により篩状板部位に停滞し蓄積することが明らかになっている7).筆者らも緑内障の軸索障害を模倣した動物モデルとして視神経切断モデルで研究を行った.その際,眼内にBDNFを投与すると切断後10日目ではほとんど網膜神経節細胞死が起こらないことを確認している8).こうして軸索流が篩状板部位で停滞することは,網膜神経節細胞死といった緑内障基本病態に重要と考えられる.近年緑内障の患者にOPA1という遺伝子一塩基多形が多いと証明された9).この蛋白質は視神経の軸索流に重要な分子であり,軸索流の異常が緑内障の危険因子となりうることを示唆する重要な発見である.まとめこうして,改めて緑内障の軸索障害の基本を考えてみると,眼圧により軸索障害が起こることは疑いようもなく,正常眼圧でも大きな視神経乳頭陥凹や視神経乳頭部の慢性虚血などにより軸索流が影響をうけていることが想像できる.軸索障害による網膜神経節細胞死はミトコ(66)ンドリアによる細胞死によると考えられており10),ミトコンドリアが軸索流輸送される主要なものであることを考え合わせると大変興味深い.今後軸索流障害や軸索崩壊についてより詳細な機序が解明されると新たな視神経保護薬の登場は決して夢ではないと考えられる.文献1)KashiwagiK,OuB,NakamuraSetal:Increaseindephosphorylationoftheheavyneurolamentsubunitinthemonkeychronicglaucomamodel.InvestOphthalmolVisSci44:154-159,20032)HirokawaN:Axonaltransportandthecytoskeleton.CurrOpinNeurobiol3:724-731,19933)SakugawaM,ChiharaE:Blockageattwopointsofaxonaltransportinglaucomatouseyes.GraefesArchClinExpOphthalmol223:214-218,19854)沢口昭一,阿部春樹,福地健郎ほか:実験サル緑内障眼における遅い軸索輸送の検討.日眼会誌100:132-138,19965)RadiusRL,AndersonDR:Morphologyofaxonaltrans-portabnormalitiesinprimateeyes.BrJOphthalmol65:767-777,19816)GaasterlandD,TanishimaT,KuwabaraT:Axoplasmicowduringchronicexperimentalglaucoma.1.Lightandelectronmicroscopicstudiesofthemonkeyopticnerve-headduringdevelopmentofglaucomatouscupping.InvestOphthalmolVisSci17:838-846,19787)QuigleyHA,McKinnonSJ,ZackDJetal:RetrogradeaxonaltransportofBDNFinretinalganglioncellsisblockedbyacuteIOPelevationinrats.InvestOphthalmolVisSci41:3460-3466,20008)NakazawaT,TamaiM,MoriN:Brain-derivedneu-rotrophicfactorpreventsaxotomizedretinalganglioncelldeaththroughMAPKandPI3Ksignalingpathways.InvestOphthalmolVisSci43:3319-3326,20029)MabuchiF,TangS,KashiwagiKetal:TheOPA1genepolymorphismisassociatedwithnormaltensionandhightensionglaucoma.AmJOphthalmol143:125-130,200710)LibbyRT,LiY,SavinovaOVetal:Susceptibilitytoneu-rodegenerationinaglaucomaismodiedbyBaxgenedosage.PLoSGenet1:17-26,2005表1軸索流の分類種類速い順行性速い逆行性遅い順逆行性輸送速度200400mm/日50100mm/日0.16mm/日輸送物質ミトコンドリアシナプス小胞神経伝達物質酵素など再利用する蛋白質シナプス小胞成長因子毒素などニューロフィラメントアクチンカルモジュリンなど視神経乳頭篩状板視神経神経線維層網膜強膜123→図2眼圧上昇による軸索流停滞部位眼圧が上昇することにより,軸索流は(1)視神経乳頭に入る神経線維層のエッジ,(2)篩状板部,(3)篩状板後方部で軸索流が遅くなっている.(文献3,5,8より改変)

屈折矯正手術:角膜移植術後のトポガイド・カスタム照射

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.9,200812510910-1810/08/\100/頁/JCLS角膜移植術後の角膜屈折異常の特徴として,近視,遠視に加え,高度の正乱視,不正乱視があげられる.エキシマレーザーを用いた屈折矯正手術の適応としては,これらの屈折異常によって,眼鏡やコンタクトレンズ装用での視力矯正が困難な場合だけでなく,不同視,コンタクトレンズ(CL)のフィッティング不良,そして高齢者においてはCLの取り扱い管理が困難な場合なども含まれる.角膜移植眼における屈折矯正手術の報告は主にlaserinsitukeratomileusis(LASIK)によるものが多い1,2).しかし,transepithelialphotorefractivekeratectomy(t-PRK)は,1)フラップ作製に伴うトラブルがない,2)上皮下混濁のある症例ではレーザー切除できる可能性がある,3)移植眼では正常眼に比べて術後の痛みが少ない,といった利点があげられる.角膜移植術後の症例には角膜曲率が極端にスティープまたはフラットな症例がみられ,LASIKでのフラップ作製が困難な症例があると考えられる.よって,フラップ作製の必要がないt-PRKはより安全性が高い術式である可能性がある.また,術前の角膜厚に余裕がなく,LASIKでは術後の残存ベッド厚の確保が困難な症例においても,t-PRKは有効な手段と考えられる.角膜移植術後の不正乱視の矯正に対しては,角膜形状に基づいたtopography-guidedcustom照射(トポガイド・カスタム照射)が有効と考えられる3).以下に当院でのトポガイド照射によるt-PRKを行った2症例を紹介する.エキシマレーザーはNIDEKEC-5000(ニデック社)を使用した.球面および円柱成分に加えて,不正乱視矯正を目的にマルチポイントによるトポガイド・カスタム照射を用いてt-PRKを行い,術後管理は抗菌点眼およびステロイド点眼(フルオロメトロン0.1%,1日4回を3カ月間,以降は漸減),および上皮化を認めるまでの期間において治療用CLの装用を行った4).〔症例1〕79歳,女性.両)狭隅角眼に伴う水疱性角膜症により,左眼全層角膜移植術を受け,術後4年を経過していた.術前角膜厚(63)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載監修=木下茂大橋裕一坪田一男100.角膜移植術後のトポガイド・カスタム照射岩波将輝大野建治国立病院機構東京医療センター眼科感覚器センター角膜移植術後の角膜乱視は術後の視機能に大きく影響する.角膜乱視を矯正する手段として,topography-guidedcustom照射(トポガイド・カスタム照射)によるエキシマレーザーを用いた屈折矯正手術は有用と考えられる.本稿では,角膜移植術後にトポガイド・カスタム照射によるtransepithelialphotorefractivekeratecto-my(t-PRK)を行った症例について報告する.1症例1:角膜移植術後の不正乱視に対するトポガイド照射上段左より術前の角膜形状,naltプログラムによる照射後のシミュレーション像,術後3カ月経過の角膜形状.下段はnaltプログラムによる照射パターンを示している.左より全体の照射パターン,続いて,球面成分,正乱視成分,マルチポイント(トポガイド照射)の各照射成分を示している.上段,右の術後3カ月経過の角膜形状において不正乱視の改善を認めた.———————————————————————-Page21252あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008は481μm,術前視力はVD=(0.8×sph+7.00D(cyl7.50DAx135°),術前K値は40.25Dであった.ハードCL(HCL)装用時のセンタリング不良に伴う装用困難を認め,t-PRKによる屈折矯正手術を行った.残存角膜厚に留意し,可能な範囲での乱視矯正について,naltソフトウェアを用いて作製した(図1).術後3カ月経過における角膜形状解析において,良好な結果を認めた.術後視力はVD=(0.8×sph+8.00D(cyl5.00DAx30°)と,矯正視力は不変であるものの,自覚症状の改善とともに,CLの装用なしに眼鏡装用での矯正が可能になったことで,満足度の高い結果を得た.〔症例2〕56歳,男性.右)円錐角膜により,全層角膜移植術を受けて,術後4年を経過していた.2年前に当院で初回t-PRK術を行い,術後の視力改善と軽度のヘイズ(Fantes分類,スコア1)を認めたものの経過は良好であった.術後2年経過後にヘイズの悪化(スコア3)と再近視化を認めた.術前角膜厚は473μm,術前視力はVD=0.04(0.5×sph5.00D(cyl4.00DAx85°),術前K値は49.87Dであった.上皮下混濁を認めたため,今回はマイトマイシンC(MMC)併用でのt-PRKを行った(図2).術後3カ月経過における術後視力はVD=0.9(1.2×sph+1.00D(cyl2.25DAx105°)と,裸眼,矯正視力ともに改善を認め,角膜形状解析においても良好な改善を得た.症例1は,高度な遠視であったため,可能であれば遠視矯正も行いたかった.しかし,術前の角膜厚が薄いため,不正乱視と正乱視成分をなるべく最少にすることのみを目的として照射パターンを作製した.そのため,球面成分として遠視矯正は行われていないが,眼鏡装用が可能となったことで満足度は良好であった.症例2は,術後2年たってから急激にヘイズの悪化が生じたが原因は不明であった.ヘイズは角膜移植後のPRKの合併症として危惧されているが,当院施行症例8例9眼において2眼にスコア1のヘイズを認め,悪化した症例はこの1眼のみであった.今後,さらなる検討が必要ではあるが,大部分の症例が術後のステロイド点眼で安定した結果を得られることから,初回のMMC塗布は行っていない.今回,角膜移植後のトポガイド・カスタム照射が有用であった症例を提示した.しかし実際に,角膜移植後のt-PRKでは術後に角膜形状が長期にわたって変動することがあり,視力安定までに時間を要することも多い.また,エキシマレーザー術前に予測される術後のシミュレーション角膜形状と実際の術後の角膜形状がかけ離れていることも少なくない.まだまだ,発展途上の術式であるが,症例数を増やして検討することで,より精度を上げていく努力をする必要がある.文献1)島﨑潤:角膜移植と乱視.あたらしい眼科17:1051-1056,20002)DonnenfeldED,KornsteinHS,AminAetal:Laserinsitukeratomileusisforcorrectionofmyopiaandastigma-tismafterpenetratingkeratoplasty.Ophthalmology106:1966-1974,19993)PedrottiE,SbaboA,MarchiniG:Customizedtransepithe-lialphotorefractivekeratectomyforiatrogenicametropiaafterpenetratingordeeplamellarkeratoplasty.JCataractRefractSurg32:1288-1291,20064)大野建治:全層角膜移植術後のPhotorefractiveKeratecto-myによる乱視矯正.IOL&RS22:31-34,2008(64)図2症例2:角膜移植術後の上皮下混濁を認めた症例に対するトポガイド照射図1と同様の配置で角膜形状を示す.上段,右の術後3カ月の角膜形状において改善を認めた.