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正常眼圧緑内障のラタノプロストによる長期視野─ 3,5,6,8 年群の比較─

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(107)12950910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(9):12951300,2008c〔別刷請求先〕小川一郎:〒957-0056新発田市大栄町1-8-1慈光会小川眼科Reprintrequests:IchiroOgawa,M.D.,JikokaiOgawaEyeClinic,1-8-1Daiei-cho,ShibataCityNiigata957-0056,JAPAN正常眼圧緑内障のラタノプロストによる長期視野─3,5,6,8年群の比較─小川一郎今井一美慈光会小川眼科Long-TermEectsofLatanoprostonVisualFieldinEyeswithNormal-TensionGlaucoma─Comparisonof3,5,6,8-YearGroups─IchiroOgawaandKazumiImaiJikokaiOgawaEyeClinic先にラタノプロスト単独点眼による正常眼圧緑内障の3年,5年,6年群の長期視野を報告した.今回は8年群の成績を述べ,縦列的に各群の経過を比較検討した.8年群は52例52眼Humphrey視野30-2計測(Fastpac)を平均11.2±1.2回施行.全例長期視野を目的とするトレンド型視野変化解析を採用した.平均偏差(meandeviation:MD)スロープの回帰解析で有意(p<0.05)を示した症例を進行眼とした.各群の最終視野測定時の年MDスロープdBを年MD進行度として治療効果比較の指標とした.これにより3年群90眼,5年85眼,6年71眼,8年52眼の治療成績を比較検討した.治療経過3年,5年,6年,8年群の視野障害進行眼比率はそれぞれ10%,17.6%,19.7%,21.2%.年MD進行度(dB)は全例で0.34,0.31,0.21,0.17と漸減し,進行眼群では1.53,1.11,0.83,0.57と著明(t検定有意)に減速している.治療前平均眼圧は14.1±2.2mmHg.眼圧下降率は各群でそれぞれ18.4±10.2%,15.3±9.9%,14.1±10.8%,14.6±9.7%.正常眼圧緑内障にラタノプロスト単独点眼8年で視野障害進行率は経過とともに増加はするが,その程度は漸減する.年MD進行度は全例では3年後と比較して減速しているものの有意ではなかった.進行眼群では3年後と比較して5,6,8年後では有意な減速が認められ,点眼が長期にわたり有効に作用していることがうかがわれた.Thelong-termstatusofvisualeldineyeswithnormal-tensionglaucoma(NTG)treatedbymonotherapywithlatanoprostwasfollowedin3,5,6and8-yeargroups.Atotalof52Japanesepatients(52eyes)werestudiedinthe8-yeargroup.UsingtheHumphrey30-2program(Fastpac),perimetrywasperformedanaverageof11.2±1.2timesoneachpatient.Visualeldchangetrendanalysiswasperformed.Signicant(p<0.05)changeinthemeandeviation(MD)slopeonlinearregressionanalysiswasconsideredtorepresentvisualeldprogression.TheaverageMDdBperyearineachcasewasregardedastherateofMDdBprogressionperyear.Theprogressionratesofthe3,5,6and8-yeargroupswere10%,17.6%,19.7%and21.2%,respectively.EachaverageMDslope(dB)peryeargraduallydecreased(0.34dB,0.31dB,0.21dBand0.17dB)inallcases.Theaveragevalueoftheprogressivegroupclearlydecreased(1.53dB,1.11dB,0.83dBand0.57dB).Theaveragedecrease(rates)ofintraocularpressureoverthecourseoftreatmentwere18.4±10.2%,15.3±9.9%,14.1±10.8%and14.6±9.7%,respectively.Therateofvisualeldimpairmentgraduallyincreasedeachyear,thoughitsgradegraduallydecreased.TheaverageMDslope(dB)peryeardecreasedslightlyintheallcasesgroupandsignicantlyintheprogressivegroup,comparedtothe3-yeargroup.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(9):12951300,2008〕Keywords:正常眼圧緑内障,ラタノプロスト,3,5,6,8年群視野比較,視野変化解析,年平均偏差進行度dB.normal-tensionglaucoma,latanoprost,comparsionofvisualeldson3,5,6,8yearsgroup,visualeldchangeanalysis,averagemeandeviationslopedBperyear.———————————————————————-Page21296あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(108)はじめにラタノプロスト単独点眼による正常眼圧緑内障(NTG)の多数例の5年を超える長期視野についてはいまだほとんど報告されていない.筆者らは先にラタノプロスト単独点眼による3年後視野(2003)1),5年後(2006)2),6年後(2006)3)を報告した.今回は8年群の成績を述べ,各群の経過を比較検討した.治療による効果としては,すでに対象となるNTG症例群の進行度,視野進行の判定法も異なるので直接比較は困難であるが,米国のCollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup(CNTGS)(1998)4,5)はOctopusまたはHum-phrey視野計のevent法による評価で30%以上眼圧下降させた症例では,視野障害進行率は3年でも5年でも20%であったと述べている.筆者らのラタノプロスト単独点眼では3年後(90眼)1)で10%,5年後(85眼)2)で17.6%,6年後(71眼)3)19.7%で,眼圧下降率もそれぞれ18.4%,15.3%,14.1%とCNTGSに比し,はるかに低いがほとんど劣らない成績を示したことを述べた.I対象および方法対象はNTGで先のウノプロストン長期治療を参考として,100例以上の蓄積(一部ウノプロストン症例を中止,移行)と,視野計測,眼圧測定などの予備検査を行った.ラタノプロスト単独点眼で1999年5月1日より4カ月のうちに治療開始した.満3年経過時に規則正しく通院,検査,点眼継続を行っていたかを点検し,条件を満たした症例について第1回報告(2003)1)がなされたNTG90例90眼が登録患者である.死亡,重大身体疾患で通院不可能となった患者,白内障などの内眼手術を受けた患者は報告時には登録から除外された.当然治療開始4カ月以降新たに発見,治療された患者は経過年数を満たさないので登録されてはいない.なお,年平均偏差(meandeviation:MD)進行度が1dB以上となり進行傾向を示した症例に対してもラタノプロスト単独の長期視野経過を観察する目的のため除外ないし,点眼変更,2剤投与などは行わなかった.今回の対象はNTG患者8年群,男性19例19眼,女性33例33眼,計52例52眼で,いずれも満3年継続時の第1回報告の基本登録に入っておりかつ6年報告例のうちで8年まで経過をみることができた症例である.治療開始時年齢(平均±標準偏差)は68.8±8.9歳.観察期間は91.3±3.4カ月.Humphrey30-2プログラム測定(Fastpac)は11.2±1.2回施行.なお,経過途中で23症例にSITA-Standardを試みたが連結せず経過観察症例はそのままFastpacで行った.視野の判定には,視野変化解析で最低5回以上の計測を要するが,薬剤の長期効果を判定するのに有効とされるtrend-typeanalysisで行った.MDslopedBの線形回帰解析で有意(p<0.05)を示した症例を進行眼とした.最終視野測定時の年MDスロープ(MDslopedBperyear)を年MD進行度としてこの2項目を指標として,全症例,進行眼群について,3年,5年,6年,8年群経過の比較検討を行った.症例の選択は1症例1眼で,原則として右眼としたが,右眼に眼底疾患やすでに内眼手術を認めた場合,矯正視力0.7以下,すでに水晶体後混濁を認め,視力低下が予測される白内障,および視野変化解析でMD値信頼性不良で×印が検査回数の3分の1を超える場合は左眼を選択し,あるいは左眼も適切でないと判定した場合には症例から除外した.なお,白内障の進行が予測される糖尿病患者も除外した.視野における症例の選択ではHumphrey30-2プログラム測定で治療開始時に早期の孤立暗点のみの症例は除外し,少なくとも弓状暗点などの初期病変以上の確実な緑内障性視野障害が証明された症例とした.なお,MDは末期では25dBまでとし,かつ視野障害の進行を判定するため周辺にも残存視野が認められるものに限った.眼圧測定は全例外来患者であったため,測定は通常午前9時12時の間に行われた.Goldmann圧平眼圧計を使用し,眼圧は常に20mmHgを超えず,治療前3回測定を行い,平均値をベースラインとした.最終眼圧は最終測定時および前回,ならびに前々回測定値を含め計3回の平均値をとった.ニデック社製無散瞳ステレオ眼底カメラ(3-DxNM)による視神経乳頭のポラロイド写真をステレオ・ビューアで観察,明瞭な緑内障様陥凹が認められる症例とした.乳頭周囲網脈絡膜萎縮(peripapillaryretinochoroidalatropty)(b-zone)の横最大幅と乳頭横径の比をPPA/D,乳頭陥凹縦径と乳頭縦径の比をC/D(cup/discratio)とした.原則として3週1カ月ごとに細隙灯顕微鏡,眼圧測定,視力検査,612カ月ごとにHumphrey視野30-2プログラム測定,視神経乳頭立体撮影を行った.副作用として点眼による眼瞼色素沈着などが著明で患者が気にかける場合には点眼を変更する旨の承諾を得た.II結果1.正常眼圧緑内障のラタノプロストによる3,5,6,8年群の治療成績比較正常眼圧緑内障のラタノプロストによる3年治療群90眼,5年85眼,6年71眼,8年52眼の治療成績を縦列的に比較したのが表1である.これらの症例群はいずれも3年時の基本登録例からの症例であるため,治療前MDdBはそれぞれ8.92±5.72dB,9.2±6.0,9.71±6.15,9.05±6.16でいずれも当然近似する数値であり,correctedpatternstandarddeviation(CPSD)もそれぞれ8.17±3.9dB,8.12±4.1,8.58±4.25,8.54±4.04と大差のない数値であった.視野障害進行眼数(率)はそれぞれ9/90眼(10%),15/———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081297(109)85眼(17.6%),14/71眼(19.7%),11/52眼(21.2%)と増加しているが,その程度は微増の傾向である.年MD進行度dBも前述したごとく,全例でそれぞれ0.34±0.76dB,0.31±0.19,0.21±0.43,0.17±0.34と下降速度がきわめてなだらかで有意ではないが減速傾向を示している.進行眼群では1.53±0.55dB,1.11±0.25,0.83±0.21,0.57±0.17で有意な減速傾向が認められた(t検定p<0.0001).眼圧については治療前眼圧は各群でそれぞれ14.1±1.9mmHg,14.1±2.2,14.2±2.2,13.7±2.3とほとんど等しい数値である.最終眼圧下降幅(率)はそれぞれ2.6±1.9mmHg(18.4±10.2%),2.2±1.5mmHg(15.3±9.9%),2.1±1.6mmHg(14.1±10.8%),2.0±1.4mmHg(14.6±9.7%)で軽度に減少している.2.ラタノプロスト3,5,6,8年の年MD進行度dBの比較先に報告したラタノプロスト3年群の90眼,5年群85眼,6年群71眼,今回の8年群52眼における各例の年MD進行度を示したのが図1である.そのうちMDスロープの線形回帰解析で有意(p<0.05)と判定された進行眼は▲印で示した.一般的には観察期間が短く,視野測定回数が少ないほど症例の分布が大きい傾向であった.ラタノプロスト3年群では視野測定回数が5.3±0.4回で分布が大きく+1.52.0dBに及んでいたが,5年群になると測定回数7.7±1.1回で+1.01.5dBに,6年群になると測定回数9.3±1.1回で+0.561.23dB,8年群では測定回数11.2±1.2回,0.610.36dBとなった.3年群1.0dB以下の症例は5年群ではほとんど進行眼と判定された.各群全例の年MD進行度は3年群0.34±0.76dB,5年群0.31±0.19,6年群0.21±0.43,8年群0.17±0.34で漸減している.t検定では3年後と比較して有意でなかった.進行眼群は3年1.53±0.55dB,5年1.11±0.25,6年0.83±0.21,8年0.57±0.17で3年後と比較して5,6,8年後では有意(p<0.0001)な減速が認められた.8年群で1.0dB以下に留ま表1正常眼圧緑内障のラタノプロストによる3,5,6,8年群の治療成績比較治療経過数3年群5年群6年群8年群例(眼)数90857152治療前平均偏差(MD)dB8.92±5.729.2±6.09.71±6.159.05±6.16治療前補正パターン標準偏差(CPSD)dB8.17±3.918.12±4.148.58±4.258.54±4.04進行眼数(進行率)9(10%)15(17.6%)14(19.7%)11(21.2%)年MD進行度dB全例0.34±0.760.31±0.190.21±0.430.17±0.34進行眼群1.53±0.551.11±0.250.83±0.210.57±0.17治療前眼圧(mmHg)14.1±1.914.1±2.214.2±2.213.7±2.3眼圧下降幅(率)(mmHg)全例2.6±1.92.2±1.52.1±1.62.0±1.4(18.4±10.2%)(15.3±9.9%)(14.1±10.8%)(14.6±9.7%)年群年群年群年群+1.0+0.50-0.5-1.0-1.5-2.0(dB):進行眼:非進行眼全例(眼)3年群5年群例数(眼数)90眼85眼進行眼数(%)9眼(10%)16眼(17.6%)測定回数5.8±0.47.7±1.1全眼年MD進行度dB0.34±0.760.31±0.19進行眼年MD進行度dB1.53±0.551.11±0.256年群8年群例数(眼数)71眼52眼進行眼数(%)14眼(19.7%)11眼(21.2%)測定回数9.3±1.111.2±1.2全眼年MD進行度dB0.21±0.430.17±0.34進行眼年MD進行度dB0.83±0.210.57±0.17各群の年MD進行度dBは全眼中央値を結んだ実線はきわめて緩除に進行眼の破線は有意な減速傾向が認められた.図1正常眼圧緑内障のラタノプロストによる3,5,6,8年群の年MD進行度———————————————————————-Page41298あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(110)っているのは52眼中1眼(1.9%)のみであった.これらの各群の平均値を結んだ全例(実線),進行眼群(破線)も図1にみられるように経過年数とともに一見して明らかに減速傾向を示している.なお,年MD進行度の(+)側になった症例数は3年群26/90眼(28.9%),5年群25/85眼(29.4%),6年群25/71眼(35.2%),8年群15/52眼(28.8%)であるが,全体としてはその分布は()側と同様に経過とともに収束してきている(図1).NTGのラタノプロストによる3年後と比較した3,5,6,8年群の年MD進行度dBの成績は表2のごとくである.統計方法については表2の欄外の説明で述べたごとくである.全症例では全評価時期において,年MD進行度dBの有意の変化は認められなかった.3年後の年MD進行度が0.50.5dBの症例でも有意の変化は認められなかった.3年後の年MD進行度が0.5dB以下の症例は経時的に減速し,3年後に比較してすべての評価時期で有意の改善が認められた(表2).III考按NTG視野障害の長期自然経過について,白井ら(1994)6)はOctopus視野で42例56眼につき48カ月の観察でMDが4dB以上に下降した進行眼率は44.5%であったと述べている.Araieら(1994)7)は56眼につきHumphrey視野で緑内障変化確率解析で65カ月で80%と報告している.またCollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup(CNTGS)(1989)4,5),同Group(2001)8)はOctopusまたはHumphrey視野で4of5endpointsイベント法で測定した視野障害進行は3年で40%,5年で60%としている.なお,同Groupは3年以上7)で視野変化解析を行った109眼でMDスロープの有意の下降例を47眼(43%)に認め,年間0.52.0dBの有意の下降を示したと述べている.治療による効果としては,米国のCNTGS(1998)4,5)は4of5endpointsイベント法による評価で,手術,レーザー,薬物療法を含み30%以上眼圧下降した症例では,視野障害進行率は3年でも5年でも20%であった述べている.山本ら(1999)9)は120週で3dB以上の悪化はラタノプロスト23例のうち20%,チモプトール24例のうち20%と述べている.小関,新家ら(2000)10)は進行症例のNTG23例23眼に線維芽細胞増殖阻害薬を使用して線維柱帯切除術を行い,視野変化解析により3眼(13%)に進行を認めた.小川らは表2のごとく,ラタノプロスト単独点眼によるNTG3年群90眼1),5年群85眼2),6年群71眼3),8年群52眼の視野変化解析で進行眼率はそれぞれ10%,17.6%,19.7%,21.2%で,増加はするが,その程度は漸減傾向であった.なお,小川らはNTG48眼へのウノプロストン単独でのトレンド型視野変化解析による視野障害進行率は6年で17.8%(2003)11),41眼への10年(2006)12)で22.5%と報告している.視野進行判定法にはevent-typeanalysisとtrendtype表2正常眼圧緑内障のラタノプロストによる3,5,6,8年後の治療成績(3年後と比較)3年後の症例情報評価時期症例数平均値±標準誤差3年後からの変化量平均値±標準誤差p値全眼3年後5年後6年後8年後907562460.34±0.080.27±0.050.22±0.050.26±0.05─0.07±0.070.12±0.070.08±0.08─0.34890.09640.327年MD進行度dB0.5以下3年後5年後6年後8年後352822141.05±0.080.46±0.100.38±0.090.34±0.08─0.58±0.090.66±0.110.71±0.11─<0.0001<0.0001<0.00010.50.53年後5年後6年後8年後453732260.07±0.050.19±0.060.12±0.050.17±0.05─0.12±0.070.05±0.060.10±0.06─0.0660.42050.09153年後に測定データがある同一症例(90例)の治療経過.年MD進行度dBによる治療成績(3年後と比較)は上記のごとくである.長期経過に伴う脱落例の欠測メカニズムにMCA(missingcompletelyatrandom)を仮定し,線形混合モデルを用いて,各評価時期の最小二乗平均値を推定した.また,分散の推定に,サンドウィッチ分散を用いて,3年後と各評価時期間の平均値の差の検定を行った.全症例では全評価時期において,年MD進行度の有意な変化はみられず,3年後の年MD進行度が0.50.5dBの症例でも有意な変化は認められなかった.しかし3年後の年MD進行度が0.5dB以下の症例では,年MD進行度は経時的に減速し,3年後と比較してすべての評価時期で有意な改善が認められた(p<0.001).———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081299(111)analysisがあり,event-typeanalysisでは比較的短期間に判定ができ,局所的の視野障害の検出に有効であるが,変動の影響を受けやすい.Trend-typeanalysisでは,継続的なデータをすべて使って,回帰直線の傾きにより進行を評価する.全体的な視野障害の進行検出に有効であり,微妙な変化をとらえる可能性があるため,治療効果の比較試験に適しているとされている.CNTGSでのNTGの自然経過および眼圧30%下降による視野障害進行の判定は4of5endpoints法によるevent-typeanalysisで行われている.その他多くの多施設研究および従来の研究でもevent法で行われた.筆者らの行った視野変化解析(MDslope)はtrend-typeanal-ysisでHumphrey視野計による5回以上の測定を要するが,視野障害進行の判定は客観的に有意か否かが視野用紙に印刷され一見して容易に行われるため,日常臨床ではきわめて実施しやすい方法であると考える.したがってCNTGSの結果の数値は筆者らの数値とは同一判定方式でないため,さらに治療群の進行状態も異なるため,直接比較は困難である.年MD進行度についてはTomitaら(2004)13)はNTGラタノプロスト24眼,チモプトール24眼で3年間の経過観察によりラタノプロスト群では0.34±0.17dB,チモロール群で1.0±0.18dBであったが,両群間に有意の差は認めなかったとしている.筆者らの3,5,6,8年の比較では表1のごとく,全例ではそれぞれ0.34±0.76dB,0.31±0.19,0.21±0.43,0.17±0.34と3年後と比較して減速してはいるものの有意ではなかった.進行眼群ではそれぞれ1.53±0.55dB,1.11±0.25,0.83±0.21,0.57±0.17と3年後群と比較して5,6,8年後では下降速度が有意な減速が認められた.このことから単独点眼が長期にわたり全例にも進行眼群にも有効に作用し続けていることがうかがわれた.このことは各群の平均値を結んだ全例(実線),進行眼(破線)の傾きからも一見して明らかである.8年群で年MD進行度が1.0dB以下に留っているのは52眼中1眼(1.9%)のみであった.年MD進行度dBでは表2に示すごとく,3年後と比較して全症例および0.50.5dBの軽度症例では有意の減速は認められなかったが,0.5dB以下の進行眼症例ではむしろ経時的に減速し,有意の改善が認められた.ラタノプロスト単独点眼でも進行眼症例に長期にわたり,有効に作用していることが示唆された.先に報告したウノプロストン単独点眼を行ったNTG48例48眼と10年40眼における年MD進行度11,12)をみると,全例では6年群平均が0.31±0.54dB,10年群では0.16±0.32dBと減速している.進行眼群では6年群9眼の平均が1.09±0.57dBから,10年群の9眼0.56±0.15dBと約半分近くに減速している成績が認められた.以上,ラタノプロスト,ウノプロストンともいずれも長期使用にかかわらず効果が減弱することなく年MD進行度(下降速度)が減速し点眼が長期にわたり有効に作用している状態がうかがわれた.このことはプロスタグランジン系点眼薬に特徴的なことなのか,他の眼圧下降点眼薬でも同様の所見が認められるものか,あるいは統計学的に計測を重ねることにより分布が収束されてくることによるものか,NTG経過に特徴的なことなのかなどについては不明であり,今後の検討を要するところである.ラタノプロストの眼圧に関する報告は数多いが,NTGについて長期使用に関するものは比較的少ない.Tomitaら13)はラタノプロスト24例,チモプトール24例について,3年間の眼圧下降率は1315%で両群間に差を認めなかったと述べている.橋本ら(2003)14)はラタノプロスト・ノンレスポンダー(NR)の定義として眼圧下降率が10%以下とすることが最も適しており,欧米の報告に比し日本では多く,各種緑内障46例46眼について12カ月で26.3%であり,投与前眼圧が低いほどNRの割合は多かったとしている.Camarasら(2003)15)は最初にラタノプロストに反応しなかった患者の多くがチモロールに比べても6カ月の継続使用によりレスポンダーになったと述べている.筆者らが別研究で経過観察を行ったNTG50例50眼の同一症例の同一眼にウノプロストン点眼4年後と,2週間の休薬期間をおいた後の,ラタノプロスト各4年間点眼との比較(2004)16)では,眼圧下降率はウノプロストン12.1±4.9%に対しラタノプロスト17.9±9.1%で有意差を認めた.治療開始時眼圧を15mmHg以上と14.9mmHg以下の2群に分けて治療効果を検討すると視野進行眼(率)は初め4年間投与されたウノプロストン群では15mmHg以上群は4/15眼(26.7%),14.9mmHg以下群は1/35眼(2.9%)であったのに対し,つぎの4年間投与されたラタノプロストでは15mmHg以上群は1/15眼(6.3%),14.9mmHg以下群は8/34眼(33.5%)であった.薬剤投与の順序にも関連があるのかもしれないが,ラタノプロストはハイティーン群で優り,ウノプロストンはむしろローティーン群で有効な成績が認められた.56年以上にわたる長期視野観察期間は老化による水晶体混濁が進行し視野に影響を与えると考えられる.Smithら(1997)17)は白内障手術により視野改善とともにMDが改善したことを認めている.したがって,症例の選択にあたってはすでに水晶体混濁,特に後下混濁を認めた場合,矯正視力0.7以下,糖尿病患者などは除外した.8年群で経過中白内障手術を施行した9症例は除外している.8年群の視野の非進行群では初診時に比し視力低下はきわめて軽度であり,進行眼群では,視力表の1段階程度視力が下降しているが,高齢者の水晶体混濁の進行はMD,CPSDなどに行われてい———————————————————————-Page61300あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(112)る年齢による補正と相まって,今回の視野進行判定には大きな影響を与えていないと考えられた.またReardonら(2004)18)は総計28,741名の患者に各種眼圧下降薬,ラタノプロスト,チモロール,ベタキソロール,ドルゾラミド,プリモニジン,トラボプロスト,バイマトプロストなどを12カ月投与し,そのうちラタノプロストの患者が有意に最も点眼の維持性を示したと述べている.以上のごとく,NTGへのラタノプロスト単独点眼8年の経過観察により視野障害進行率は経過とともに増加するが,その程度は漸減した.年MD進行度は全例ではごく微度の,進行眼群では有意な減速傾向が認められ,点眼が長期にわたり有効に作用していることが示唆された.文献1)小川一郎,今井一美:ラタノプロストによる正常眼圧緑内障の3年後視野.あたらしい眼科20:1167-1172,20032)小川一郎,今井一美:ラタノプロストによる正常眼圧緑内障の長期視野─5年後の成績─.眼紀56:342-348,20053)小川一郎,今井一美:ラタノプロストによる正常眼圧緑内障の長期視野─3,5,6年群の経過比較─.緑内障15(臨増):117,20054)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpres-sure.AmJOphthalmol126:487-497,19985)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Theeectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnomal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19986)白井久行,佐久間毅,曽我野茂也ほか:低眼圧緑内障における視野障害の経過と視野進行因子.日眼会誌86:352-358,19927)AraieM,SekineM,SuzukiYetal:Factorscontributingtotheprogressionofvisualelddamageineyeswithnormal-tensionglaucoma.Ophthalmology101:1440-1444,19948)AndersonDR,DranceSM,SchulzerM;CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Naturalhistoryofnormal-tensionglaucoma.Ophthalmology108:247-253,20019)山本哲也:正常眼圧緑内障の診療戦略.p26-35,メディカル葵出版,199910)小関信之,新家真:正常眼圧緑内障の手術療法.正常眼圧緑内障,p149-154,金原出版,200011)小川一郎,今井一美:ウノプロストンによる正常眼圧緑内障の長期視野─6年後の成績─.眼紀54:571-577,200312)小川一郎,今井一美:単独点眼による正常眼圧緑内障の長期視野経過─10年後の成績─.眼紀57:132-138,200613)TomitaG,AraieM,KitazawaYetal:Athree-yearpro-spective,randomizedandopencomparisonbetweenlatanoprostandtimololinJapanesenormal-tensionglau-comapatients.Eye18:984-989,200414)橋本尚子,原岳,高橋康子:正常眼圧緑内障に対するチモロール・ゲルとラタノプロスト点眼に対するノンレスポンダーの検討.日眼会誌108:288-291,200315)CamarasCB,HedmanKfortheLatanoprostStudyGroup:Rateofresponsetolatanoprostortimololinpatientswithocularhypertensionorglaucoma.JGlauco-ma12:466-469,200316)小川一郎,今井一美:ウノプロストン後ラタノプロスト各4年点眼による正常眼圧緑内障の視野比較.眼紀55:740-746,200417)SmithO,KatzJ,QuigleyHA:Eectofcataractextrac-tionontheresultsofautomatedperimetryinglaucoma.ArchOphthalmol115:1515-1519,199718)ReardonG,GailF,SchiwartzGFetal:Patientpersisten-cywithtopicalocularhypotensivetherapyinamanagedcarepopulation.AmJOphthalmol137:S3-S12,2004***

原発開放隅角緑内障(広義)患者における持続型カルテオロール点眼薬の短期効果

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(103)12910910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(9):12911294,2008cはじめにカルテオロール点眼薬は緑内障治療に頻用されているb遮断薬の一つであるが,内因性交感神経刺激様作用(intrin-sicsympathomimeticactivity:ISA)を有する点で他のb遮断薬と異なる1).ISAを有するb遮断薬は血管拡張作用あるいは血管収縮抑制作用を介して末梢血管抵抗を減弱させ,眼循環を改善させる2).また心血管系や呼吸器系への作用に関してもISAを有さないb遮断薬に比べ有利であると考えられている2).緑内障点眼薬には副作用もあり,その出現により中止を余儀なくされることもある.緑内障点眼薬による治療は生涯にわたり継続される場合も多い.そこで副作用の出現や点眼コンプライアンスを考慮すると点眼回数の少ない薬剤が望まれる.平成19年7月にフランスに続いて日本でもアルギン酸添加塩酸カルテオロール点眼薬(以下,持続型カルテオロール点眼薬)が発売された.この薬剤は従来の塩酸カルテオロール点眼薬(以下,標準型カルテオロール点眼薬)にアルギン酸を添加し,粘性を高め,眼表面での滞留を延長させた3).その結果1日1回点眼が可能となった.持続型カルテオロール点眼薬の眼圧下降効果については,原発開放隅角緑内障や高眼圧症例では標準型カルテオロール点眼薬との比較で差がないと報告されている46).しかし日本に多い正常眼圧緑内〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:KenjiInoue,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN原発開放隅角緑内障(広義)患者における持続型カルテオロール点眼薬の短期効果井上賢治*1野口圭*1若倉雅登*1井上治郎*1富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医学部眼科学第二講座EfectofLong-ActingCarteololinPatientswithPrimaryOpen-AngleGlaucomaKenjiInoue1),KeiNoguchi1),MasatoWakakura1),JiroInouye1)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)SecondDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine原発開放隅角緑内障(広義)患者(92例92眼)へのアルギン酸添加塩酸カルテオロール2%点眼薬(1日1回点眼)の短期の眼圧下降効果を検討した.無治療の正常眼圧緑内障患者に単剤投与した群と,標準型2%カルテオロール点眼薬(1日2回点眼)から切り替えた群,ラタノプロスト点眼薬単剤に追加投与した群に分け,投与3カ月後までの眼圧,副作用を調査した.眼圧下降幅は正常眼圧緑内障群では2.4mmHg,切り替え群では0.30.4mmHg,追加投与群では2.02.1mmHgで,すべての群で眼圧は有意に下降した.副作用により点眼薬投与を中止した症例は2例(2.1%)で,約98%の症例でアルギン酸添加塩酸カルテオロール2%点眼薬は安全に使用できた.アルギン酸添加塩酸カルテオロール2%点眼薬は良好な眼圧下降効果と高い安全性を有する点眼薬と思われる.Westudiedthehypotensiveeectsoflong-actingcarteolol(2%)in92eyesofopen-angleglaucomapatientsfor3months.Thepatientsweredividedinto3groups:monotherapyfornormal-tensionglaucoma,changeinther-apyfromstandardcarteololtolong-actingcarteolol,andadditivetherapytolatanoprost.Intraocularpressureandadverseeectsweremonitoredbeforeandat1and3monthsafteradministration.Meanintraocularpressuredecreasedsignicantly,by2.4mmHginthemonotherapygroup,0.30.4mmHginthechangegroupand2.02.1mmHgintheadditivegroup.Twopatients(2.1%)discontinuedtherapyduetoadverseeects.Long-actingcarte-ololhasgoodhypotensiveeectsandtolerability.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(9):12911294,2008〕Keywords:アルギン酸添加塩酸カルテオロール点眼薬,眼圧,原発開放隅角緑内障.long-actingcarteolol,intraocularpressure,primaryopen-angleglaucoma.———————————————————————-Page21292あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(104)障(normal-tensionglaucoma:NTG)症例,標準型カルテオロール点眼薬から持続型カルテオロール点眼薬へ切り替えた症例,あるいは追加投与した症例に対する効果などは不明である.そこで今回,原発開放隅角緑内障(広義)患者に対して,持続型カルテオロール点眼薬の眼圧下降効果をNTG症例,標準型カルテオロール点眼薬から持続型カルテオロール点眼薬へ切り替えた症例,ラタノプロスト点眼薬に追加投与した症例に分けて検討した.I対象および方法平成19年7月から11月までの間に井上眼科病院に通院中で,持続型2%カルテオロール点眼薬(1日1回朝点眼)を処方され,3カ月間以上の経過観察が可能であった連続した原発開放隅角緑内障あるいはNTG92例92眼を対象とした.今回,持続型カルテオロール点眼薬の眼圧下降効果を3群に分けて検討した.それらはNTGに新規で持続型カルテオロール点眼薬を投与した群(NTG群),原発開放隅角緑内障あるいはNTGで標準型2%カルテオロール点眼薬(1日2回朝夜点眼)を持続型カルテオロール点眼薬にwashout期間なしで切り替えた群(切り替え群),ラタノプロスト点眼薬(1日1回夜点眼)を単剤で使用中の原発開放隅角緑内障あるいはNTGで持続型カルテオロール点眼薬を追加した群(追加投与群)であった.NTG群は24例24眼,男性8例,女性16例,年齢は2577歳,51.3±13.3歳(平均±標準偏差)であった.Humphrey視野中心30-2SITA-STANDARDプログラムのmeandeviation(MD)値は3.4±3.9dB(13.81.1dB),点眼薬投与前の眼圧は16.9±2.0mmHg(1421mmHg)であった.切り替え群は48例48眼,原発開放隅角緑内障26眼,NTG22眼,男性18例,女性30例,年齢は2183歳,64.1±11.6歳であった.Humphrey視野中心30-2SITA-STANDARDプログラムのMD値は7.3±6.5dB(22.51.3dB),点眼薬切り替え前の眼圧は15.0±1.9mmHg(1120mmHg)であった.切り替え時に使用していた標準型カルテオロール点眼薬以外の点眼薬の種類は,なしが11眼,1剤が13眼,2剤が19眼,3剤が5眼であった.その内訳はラタノプロスト点眼薬35眼,ブリンゾラミド点眼薬11眼,ドルゾラミド点眼薬10眼,ブナゾシン点眼薬9眼,イソプロピルウノプロストン点眼薬1眼であった.追加投与群は20例20眼,原発開放隅角緑内障11眼,NTG9眼,男性7例,女性13例,年齢は3488歳,66.6±12.7歳であった.Humphrey視野中心30-2SITA-STANDARDプログラムのMD値は8.3±5.8dB(18.90.8dB),点眼薬追加投与前の眼圧は18.2±2.9mmHg(1526mmHg)であった.追加投与群において持続型カルテオロール点眼薬を追加投与する基準は,目標眼圧に比べて眼圧が2回以上高値を示し,さらなる降圧が必要な症例とした.アセタゾラミド内服中の症例,白内障以外の内眼手術やレーザー手術の既往例は除外した.白内障手術既往例は術後3カ月以内の症例は除外した.眼圧はGoldmann圧平眼圧計を用いて,患者ごとに同一の検者が外来診察時(午前9時から午後6時の間)にほぼ同一の時間に,12カ月ごとに測定した.NTG群と追加投与群では,投与前と投与1カ月後,3カ月後の眼圧を比較した(ANOVAおよびBonferroni/Dunnet法).切り替え群では投与前と投与12カ月後,34カ月後の眼圧を比較した(ANOVAおよびBonferroni/Dunnet法).有意水準は,p<0.05とした.統計解析にはStatView4.0(AbacusCon-cepts社)を用いた.副作用は来院時ごとに調査した.持続型カルテオロール点眼薬を3カ月間以上使用できなかった症例(脱落例)では,その原因を調査した.両眼投与例では右眼を,片眼投与例では患眼を解析眼とした.持続型カルテオロール点眼薬投与開始時にNTG群と追加投与群では持続型カルテオロール点眼薬使用の必要性,効果,副作用を,切り替え群では切り替えによる点眼回数の減少の利点を説明し,患者の同意を得た.II結果NTG群の眼圧は,投与1カ月後は14.5±2.1mmHg,投与3カ月後は14.5±1.7mmHgで,投与後は投与前(16.9±2.0mmHg)に比べ有意に下降していた(p<0.0001,ANOVAおよびBonferroni/Dunnet法)(図1).切り替え群の眼圧は,切り替え12カ月後は14.7±1.8mmHg,切り替え34カ月後は14.6±1.9mmHgで,切り替え後は切り替え前(15.0±1.9mmHg)に比べ有意に下降していた(p<0.001,ANOVAおよびBonferroni/Dunnet法)(図2).眼圧は,切り替え前と比べて切り替え12カ月後は上昇(1mmHg以上)が3眼,不変が32眼,下降(1mmHg以上)が13眼,切り替え34カ月後は上昇が4眼,不変が26眼,下降が18眼であった.追加投与群の眼圧は,投与1カ月後は16.1±2.8mmHg,投与3カ月後は16.2±3.7mmHgで,投与後は投与前(18.2±2.9mmHg)に比べ有意に下降していた(p<0.0001,ANOVAおよびBonferroni/Dunnet法)(図3).点眼薬投与の脱落例は,2例(2.1%,2例/94例)であり,これらの症例は眼圧の解析からは除外した.1例はNTG群で点眼開始直後より眼瞼腫脹が,1例は切り替え群で切り替え2カ月後より点眼後の違和感が出現し,両症例ともに投与中止となった.NTG群の症例では点眼薬を使用せずに経過観察を行い,切り替え群の症例では標準型カルテオロール点眼薬に戻したところ,その後の経過は問題がなかった.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081293(105)III考按持続型カルテオロール点眼薬の眼圧下降効果は,原発開放隅角緑内障ならびに高眼圧症患者で報告されている46).Demaillyら4)は,235例に対して標準型2%カルテオロール点眼薬(午前9時と午後9時の2回点眼)と持続型2%カルテオロール点眼薬(午前9時に1回点眼,午後9時にプラセボ点眼)を120日間投与したところ,両薬剤とも有意に眼圧を下降させたと報告した.眼圧下降幅は,それぞれ午前9時(推定トラフ時)は5.586.25mmHgと5.506.09mmHg,午前11時(推定ピーク時)は6.076.51mmHgと6.066.47mmHgで,両薬剤間に差はなかった.副作用出現頻度も標準型2%カルテオロール点眼薬(9.916.5%)と持続型2%カルテオロール点眼薬(9.611.7%)で差がなかった.Trinquandら5)は,151例に対して標準型1%カルテオロール点眼薬(午前9時と午後9時の2回点眼)と持続型1%カルテオロール点眼薬(午前9時に1回点眼,午後9時にプラセボ点眼)を60日間投与したところ,両薬剤とも有意に眼圧を下降させたと報告した.眼圧下降幅は,それぞれ午前9時(推定トラフ時)は5.67mmHgと5.936.32mmHg,午前11時(推定ピーク時)は6.126.55mmHgと6.606.70mmHgで,両薬剤間に差はなかった.副作用出現頻度も標準型1%カルテオロール点眼薬(57%)と持続型1%カルテオロール点眼薬(45%)で差がなかった.山本ら6)は,146例に対して標準型1%カルテオロール点眼薬(1日2回朝夜点眼)と持続型1%カルテオロール点眼薬(朝1回点眼,夜プラセボ点眼)を8週間投与したところ,両薬剤とも有意に眼圧を下降させたと報告した.眼圧下降幅は,それぞれ午前911時(当日の点眼は検査終了後に行ったので推定トラフ時)は4.14.6mmHgと3.54.6mmHgで,両薬剤間に差はなかった.副作用出現頻度も標準型1%カルテオロール点眼薬(13.9%)と持続型1%カルテオロール点眼薬(12.2%)で差がなかった.今回のNTG群での眼圧下降幅および眼圧下降率は2.4mmHgと14.2%で,過去の報告(3.56.70mmHgと15.227.6%)46)より低値であったが,緑内障病型が異なり,投与前眼圧が過去の報告より低かったことが一因と考えられる.一方,NTG症例に対する単剤でのb遮断薬の眼圧下降率は,ゲル化剤添加チモロール点眼薬では11.316.7%7),レボブノロール点眼薬では15.718.0%8),ニプラジロール点眼薬では16.018.3%9),標準型2%カルテオロール点眼薬では5.412.2%10)と報告されており,今回の14.2%はこれらとほぼ同等であった.今回,標準型2%カルテオロール点眼薬から持続型2%カルテオロール点眼薬へwashout期間なしで切り替えた群で眼圧は有意に下降した.この原因として点眼回数が減ったことによる点眼コンプライアンスの改善が考えられる.チモロール点眼薬(1日2回点眼)においてもゲル化剤添加チモロール点眼薬(1日1回点眼)への変更で眼圧が有意に下降し,その原因として点眼コンプライアンスが改善したためと報告されている11).一方,今回の眼圧測定は患者個人個人ではほぼ同一の時間に行ったが,すべての患者で時間帯は統一されておらず,ピーク時に測定した患者もいればそれ以外の患者も混在しており,そのことが眼圧下降に関与していた可能性も考えられる.さらに,切り替え群において統計学的には眼投与1カ月後投与3カ月後投与前2220181614121086420眼圧(mmHg)****図1NTG群の点眼薬投与前後の眼圧(**p<0.0001:ANOVAおよびBonferroni/Dunnet法)切り替え12カ月後切り替え34カ月後切り替え2220181614121086420眼圧(mmHg)**図2切り替え群の点眼薬切り替え前後の眼圧(*p<0.001:ANOVAおよびBonferroni/Dunnet法)図3追加投与群の点眼薬投与前後の眼圧(**p<0.0001:ANOVAおよびBonferroni/Dunnet法)投与1カ月後投与3カ月後投与前2220181614121086420眼圧(mmHg)****———————————————————————-Page41294あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(106)圧の有意な下降がみられたが,眼圧変動が1mmHg以内の症例が投与12カ月後は97.9%(47例/48例),34カ月後は91.7%(44例/48例)であった.眼圧測定の誤差,日日変動,季節変動などを考慮すると,臨床的には切り替え前後で眼圧は変化しなかったと考えられる.原発開放隅角緑内障や高眼圧症に対するb遮断薬のラタノプロスト点眼薬への追加投与の眼圧下降効果が報告されている7,1215).それらの眼圧下降率は,チモロール点眼薬では9.9%12),ゲル化剤添加チモロール点眼薬では9.1%7),ニプラジロール点眼薬では4.711.0%13,14),標準型2%カルテオロール点眼薬では7.113.5%12,13,15)で,今回の11.011.5%とほぼ同等であった.副作用の出現により点眼薬を中止した症例は2.1%(2例/94例)であった.過去には1.4%(1例/74例)6),重篤な副作用はなかった4,5)と報告されている.副作用の内訳は,今回の症例では眼瞼腫脹と違和感で,山本ら6)の症例は頭痛であった.これらの結果より持続型カルテオロール点眼薬は高い安全性を有していると考えられる.原発開放隅角緑内障(広義)患者へのアルギン酸添加塩酸カルテオロール2%点眼薬の短期の眼圧下降効果を検討した.無治療のNTG患者に単剤投与,標準型2%カルテオロール点眼薬からの切り替え,ラタノプロスト点眼薬単剤に追加投与したすべての群で眼圧は有意に下降し,約98%の症例で安全に使用できた.アルギン酸添加塩酸カルテオロール2%点眼薬は良好な眼圧下降効果と高い安全性を有する点眼薬と思われる.今後はさらに長期的な調査が必要である.文献1)SorensenSJ,AbelSR:Comparisonoftheocularbeta-blockers.AnnPharmacother30:43-54,19962)FrishmanWH,KowalskiM,NagnurSetal:Cardiovascu-larconsiderationsinusingtopical,oral,andintravenousdrugsforthetreatmentofglaucomaandocularhyperten-sion:focusonb-adrenergicblockade.HeartDis3:386-397,20013)TissieG,SebastianC,ElenaPPetal:Alginicacideectoncarteololocularpharmacokineticsinthepigmentedrabbit.JOculPharmacolTher18:65-73,20024)DemaillyP,AllaireC,TrinquandC,fortheOnce-dailyCarteololStudyGroup:Ocularhypotensiveecacyandsafetyofoncedailycarteololalginate.BrJOphthalmol85:962-968,20015)TrinquandC,RomanetJ-P,NordmannJ-Petal:Ecacyandsafetyoflong-actingcarteolol1%oncedaily:adou-ble-masked,randomizedstudy.JFrOphtalmol26:131-136,20036)山本哲也,カルテオロール持続性点眼液研究会:塩酸カルテオロール1%持続性点眼液の眼圧下降効果の検討─塩酸カルテオロール1%点眼液を比較対照とした高眼圧患者における無作為化二重盲検第III相臨床試験─.日眼会誌111:462-472,20077)橋本尚子,原岳,高橋康子ほか:正常眼圧緑内障に対するチモロール・ゲルとラタノプロスト点眼薬の眼圧下降効果.臨眼57:288-291,20038)InoueK,EzureT,WakakuraMetal:Theeectofonce-dailylevobunololonintraocularpressureinnormal-ten-sionglaucoma.JpnJOphthalmol49:58-59,20059)井上賢治,若倉雅登,井上治郎ほか:正常眼圧緑内障患者におけるニプラジロール点眼3年間投与の効果.臨眼62:323-327,200810)前田秀高,田中佳秋,山本節ほか:塩酸カルテオロールの正常眼圧緑内障の視機能に対する影響.日眼会誌101:227-231,199711)徳川英樹,大鳥安正,森村浩之ほか:チモロールからチモロールゲル製剤への変更でのアンケート調査結果の検討.眼紀54:724-728,200312)本田恭子,杉山哲也,植木麻里ほか:ラタノプロストと2種のb遮断薬併用による眼圧下降効果の比較検討.眼紀54:801-805,200313)HanedaM,ShiratoS,MaruyamaKetal:Comparisonoftheadditiveeectsofnipradilolandcarteololtolatano-prostinopen-angleglaucoma.JpnJOphthalmol50:33-37,200614)水谷匡宏,竹内篤,小池伸子ほか:プロスタグランディン系点眼単独使用の正常眼圧緑内障に対する追加点眼としてのニプラジロール.臨眼56:799-803,200215)河合裕美,林良子,庄司信行ほか:カルテオロールとラタノプロストの併用による眼圧下降効果.臨眼57:709-713,2003***

薬局における炭酸脱水酵素阻害薬点眼液の使用感調査

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(97)12850910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(9):12851289,2008cはじめに緑内障の薬物療法では,眼圧を下げる目的でプロスタグランジン製剤,b遮断薬(マレイン酸チモロールなど)が第一選択薬としておもに使用され1),これらの薬剤が不十分な場合に,炭酸脱水酵素阻害薬(塩酸ドルゾラミド,ブリンゾラミド)などが併用薬として使用されている.市販されている炭酸脱水酵素阻害薬のドルゾラミド点眼液とブリンゾラミド点眼液の効果を比較した報告では,眼圧降下作用に有意差がないこと2)や,有効成分の物理化学的特性,製剤学的特徴から使用感が異なることが知られている3,4).しかし,これらの報告にみられる使用感調査は医師によって外来診療中に行われている.一般に,外来診療中の調査では患者から十分な時間をかけた聞き取り調査はむずかしいことが多い.さらに,データは限られた診療施設から収集されるために,精度の高い解析に必要なデータ数を確保するには長期間〔別刷請求先〕高橋現一郎:〒125-8506東京都葛飾区青戸6-41-2東京慈恵会医科大学附属青戸病院眼科Reprintrequests:Gen-ichiroTakahashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversity,AotoHospital,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPAN薬局における炭酸脱水酵素阻害薬点眼液の使用感調査高橋現一郎*1山村重雄*2*1東京慈恵会医科大学附属青戸病院眼科*2城西国際大学薬学部ResearchonObjectiveSymptomsafterGlaucomaEyedropAdministration,UsingDataObtainedbyPharmacistsatPharmaciesGen-ichiroTakahashi1)andShigeoYamamura2)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeikaiUniversity,AotoHospital,2)FacultyofPharmaceuticalSciences,JosaiInternationalUniversity緑内障治療薬として用いられる2種の炭酸脱水酵素阻害薬(塩酸ドルゾラミド,ブリンゾラミド)の使用感について薬局店頭での薬剤師による聞き取り調査を行った.調査対象は単剤投与あるいは両剤の使用感に影響が少ないと考えられるプロスタグランジン関連点眼薬またはマレイン酸チモロールの併用患者とした.調査の結果,気になる症状として,塩酸ドルゾラミド投与患者では刺激感を,ブリンゾラミド投与患者では霧視を指摘する人が多かった.年齢的には,70歳以下の患者で刺激感を気にする人が多かった.また,気になる症状を医師へ相談するかどうかを尋ねたところ,女性で刺激感,掻痒感がある場合に相談する可能性が高いことが示された.これらの結果は,医師による診療時,薬剤師による薬剤投与の際には,製剤の特徴,年齢層,性別などを考慮した説明が重要であることを示している.Weinvestigatedtheworrisomeobjectivesymptomsofpatientswhoadministeredcarbonicanhydraseinhibitor(CAI)(dorzolamidehydrochlorideorbrinzolamide)fortreatmentofglaucoma.Whenpharmacistslledthepre-scriptions,theyaskedthepatientswhethertheyhadexperiencedworrisomesymptoms(blurredvision,foreignbodysensation,itchingparaesthesia,feelingofstimulation)afteradministratingCAIeyedrops.Afeelingofstimula-tionandblurredvisionwerecitedasworrisomesymptomsby25.9%ofpatientstakingdorzolamidehydrochlorideand30.8%ofpatientstakingbrinzolamide.Patientsaged70yearsoryoungertendedtoexperienceafeelingofstimulation.Femalepatientswhoexperiencedafeelingofstimulationoritchingparaesthesiaexpressedthedesiretoconsulttheirdoctorregardingthesymptom.Becausethesesymptomsareknownnottoinuencethepharmaco-logicaleectsofCIA,doctorsandpharmacistsshouldcrediblyexplainthemedicationtopatients,takingintoaccountCAIproductproperties,aswellaspatientageandsex.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(9):12851289,2008〕Keywords:炭酸脱水酵素阻害薬,緑内障,点眼液,使用感,薬局.carbonicanhydraseinhibitor,glaucoma,eyedrops,objectivesymptom,pharmacy.———————————————————————-Page21286あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(98)を要することになる.これらの問題点を解決するために,調剤薬局の薬剤師による服薬指導の際に,炭酸脱水酵素阻害薬を点眼している緑内障患者へのインタビューを通じて使用感を聞き取り調査した.得られた結果から,患者が医師へ相談する背景を探索し,患者個別の適切な指導方法への応用を考察した.I対象および方法平成18年11月12日から12月15日までに,49の薬局で緑内障治療のために塩酸ドルゾラミド(トルソプトR点眼液)またはブリンゾラミド(エイゾプトR懸濁性点眼液1%)を含む処方せんが調剤された患者のうち,初回処方以外の患者(318名)を対象とした.緑内障患者では複数の点眼液が処方されていることが多いので,調査対象の両剤の使用感に影響が少ないと考えられるプロスタグランジン関連点眼薬(キサラタンR点眼液)またはマレイン酸チモロール(チモプトールR点眼液)の2つの製剤に関してはどちらかの併用を認め,これら以外の点眼薬を併用している患者および3剤以上の点眼液を使用している患者は除外した.最終的な調査対象者は,ドルゾラミド投与群85名,ブリンゾラミド投与群78名の計163名であった.併用の有無は,単独投与36名,チモプトールRまたはキサラタンRのいずれか1剤の併用が120名であった.調査は,薬局で薬剤師による服薬指導の一環として行われ,調査目的を口頭で説明し,同意が得られた患者から以下の質問項目に対して口頭で回答を得た.質問内容は,1)年代,性別,2)使用薬剤および併用薬剤,3)初回処方からの経過期間,4)目薬をさした直後に気になる症状(「眼がかすむ」(霧視),「眼がごろごろする,目やにがでる」(異物感),かゆい(掻痒感),しみる(刺激感)の4つのなかから1つを選択),5)これら使用感について医師への相談の有無.統計解析はJMP6.0.3(SASInstituteJapan,Tokyo)を用いた.比率の検定はc2検定,“医師への相談”に関連する因子の探索はロジスティック回帰分析で行った.II結果患者背景を表1にまとめた.患者背景の一部に欠測がみられたが,本調査の主目的が使用感を比較することにあるので,“気になる症状”の有無のデータが聴取できた患者データはすべて解析対象症例とした.ドルゾラミド投与群とブリンゾラミド投与群間で,性別,年齢層,併用薬の有無,処方期間に患者背景として差はみられなかった.全体として,60歳以上の年齢層の患者で,処方期間は3カ月以上である患者が多くみられた.“気になる症状”があると回答した患者は,ドルゾラミド投与群では85名中44名(51.7%),ブリンゾラミド投与群では78名中45名(57.7%)であり,半数以上の患者が点眼に伴ってなんらかの気になる症状がある表1患者背景背景合計ドルゾラミド投与群ブリンゾラミド投与群p値1)組み入れ患者数1638578性別2)男性/女性64/6337/3127/320.3309年齢層2)20歳代1100.497830歳代10140歳代106450歳代169760歳代1911870歳代50222880歳代以上301911併用薬の有無3)あり/なし120/3663/2257/140.3628処方期間4)3カ月以上14673730.375213カ月10551カ月未満220気になる症状の有無あり/なし89/7444/4145/330.44771)c2検定.2)ドルゾラミド投与群17名,ブリンゾラミド投与群19名のデータが不明.3)ブリンゾラミド投与群7名のデータが不明.4)ドルゾラミド投与群5名のデータ不明.ただし,初回処方ではない.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081287(99)と答えた.しかし,その割合は両群で有意差はみられなかった(p=0.4477,c2検定).図1にドルゾラミド投与群とブリンゾラミド投与群の“気になる症状”として4つの項目のいずれかを選択した人の割合と人数をまとめた.「異物感」,「掻痒感」は,両群で差はみられなかったが,ドルゾラミド投与群では「刺激感」を指摘する患者が多く(p=0.0360,c2検定),ブリンゾラミド投与群では「霧視」を指摘する患者が多かった(p=0.0498,c2検定)が,症状はいずれも軽度であった.気になる症状があると回答した患者のうち,医師に相談した経験がない患者の割合は両群とも8割以上であった.また,両製剤の使用方法の違いとして1日の点眼回数があげられるが,緑内障患者は複数の点眼薬を併用していることが多く,投与回数が多くなりがちであり,ドルゾラミド投与患者においても,58/76名(76.3%)は1日3回の投与回数は気にならないと回答した.図2に,患者の年齢(70歳以上と70歳以下)による気になる症状の違いをまとめた.70歳以下の患者で「刺激感」を“気になる症状”としてあげている割合が高いことが認められた(p=0.0079,c2検定).図3に,性別による“気になる症状”の違いをまとめた.男女間で“気になる症状”に違いはなかったが,女性のほうが症状を医師に相談する割合が高い傾向が認められた(p=0.0682,c2検定).“医師へ相談する”因子を解析した結果を表2に示した.年代はリスク因子とならなかったので説明変数から除き,“気になる症状”をすべて説明変数とし,どの症状が気になったときに医師に相談するかをロジスティック回帰分析で解表2症状を医師に相談するリスク因子因子オッズ比95%信頼区間p値性別[女]3.84921.009019.28470.0484霧視3.23470.569817.16080.1738異物感3.85740.475623.92620.1842掻痒感19.86401.9185199.62520.0149刺激感7.73661.674941.56570.0092ロジスティック回帰分析.オッズ比は,相談するオッズ/相談しないオッズ.35302520151050(%)霧視異物感掻痒感刺激感p=0.0498p=0.4879p=0.9008p=0.03601524810442210:ドルゾラミド:ブリンゾラミド図1ドルゾラミド投与群とブリンゾラミド投与群の“気になる症状”としてあげた人の割合と人数ドルゾラミド投与群85人,ブリンゾラミド投与群78人.カラム内の数値は人数,p値はc2検定.80706050403020100p=0.0010p=0.2040p=0.0981p=0.8485p=0.0079p=0.2944333212138624151047:70歳以下*:70歳以上**症状全体霧視異物感掻痒感刺激感症状を医師に相談する***(%)図2年代による“気になる症状”の違い*70歳以下群47人,**70歳以上群80人,***気になる症状を医師に相談すると回答した患者(70歳以下33人中,70歳以上32人中).カラム内の数値は人数.p値はc2検定.6050403020100p=0.6587p=0.2040p=0.9751p=0.9842p=0.7894p=0.0682313414117733121338:男性*:女性**症状全体霧視異物感掻痒感刺激感症状を医師に相談する***(%)図3性別による“気になる症状”の違い*男性群64人,**女性群63人,***気になる症状を医師に相談すると回答した患者(男性34人中,女性31人中).カラム内の数値は人数.p値はc2検定.———————————————————————-Page41288あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(100)析し,“医師に相談する”リスクをオッズ比と95%信頼区間で示した.その結果,「性別」(オッズ比で3.8倍,p=0.0484),「掻痒感」(オッズ比で19.9倍,p=0.0179),「刺激感」(オッズ比で7.7倍,p=0.0092)が有意となり,女性であり,「掻痒感」や「刺激感」が“気になる症状”となった場合にして,患者は医師へ相談する傾向があることが示された.III考察ドルゾラミド投与群,ブリンゾラミド投与群いずれにおいても“気になる症状”があると回答した患者は,約半数であり,その割合に差はみられなかった.2つの点眼薬臨床試験で報告された副作用は,ドルゾラミドで23.4%(145例中34例)5,6),ブリンゾラミドで2025%である7).今回の調査の結果,実際に副作用で報告されている割合の約2倍の患者が,“気になる症状”をあげている.副作用と“気になる症状”は必ずしも同一ではないが,すでに報告されている副作用の割合以上に患者が気になる症状を認識している実態が明らかになった.“気になる症状”として指摘された項目を比較すると,ドルゾラミド投与群で「刺激感」,ブリンゾラミド投与群では「霧視」が多かった.ドルゾラミド点眼液のpHは5.55.9と涙液に比べて低く,これが刺激性の原因と考えられている5,6).一方,ブリンゾラミド点眼液は白色の懸濁製剤であることから,視界が白く曇り霧視が多くみられるものと考えられる7,8).ドルゾラミド投与群で刺激感,ブリンゾラミド投与群では霧視が副作用として指摘されることはこれまでにも報告されており,今回の調査はその結果を裏付けるものとなった3).このことから,炭酸脱水酵素阻害薬を初回処方する際には,それぞれの使用感の特徴を,患者にあらかじめよく伝えておく必要があると思われる.それ以外の症状については指摘される頻度も低く,異物感,掻痒感に関しては,両剤とも差はないと考えられる.70歳以下の患者で,刺激感を“気になる症状”としてあげる割合が高かったが,高齢の患者では,刺激を感じる閾値が上昇しており,さらに,刺激感は連続点眼で軽減するためと考えられる.この結果は,70歳以下の患者に投与を開始する際には「刺激感」に対する指導がなされる必要があることを示している.“気になる症状”の内容に性差はみられなかったが,女性のほうが“症状を医師に相談する”傾向がみられた.これは女性のほうが,“気になる症状”に対する不安感を示しているものと考えられる.特に,女性に対して“気になる症状”の不安感を取り除くような服薬説明が必要であることを示している.“症状を医師へ相談する”リスク因子を探索したところ,「性別」,“気になる症状”として「掻痒感」と「刺激感」の3つの因子が選択された(表2).図3に示したとおり,女性は“気になる症状”に対して不安感をもっていると思われる.したがって,これらの製剤の処方時や服薬指導時にはあらかじめ点眼液の特徴を説明して,不安を取り除く十分な説明が必要となるであろう.また,投与回数に関しては,高齢者,または罹患期間が長い,症状が重篤であるなどの背景をもつ緑内障患者では,点眼回数が多い治療を容認することが報告されており9),年齢や重症度を考慮した説明が必要であると考えられる.一般の外来診療において,点眼薬が初めて処方されたときに,その薬剤の特徴などが説明され,使用感に関して最初のうちは確認されると思われるが,その後は,使用感よりも効果(眼圧下降)や角膜などへの副作用に注意が向かうと思われる.限られた診療時間内では,病状,検査結果などの説明に時間を取られた場合や,同じ処方が続いた場合などは,患者サイドからの申し出がないと使用感は確認されない可能性もある.また,年齢,性別によっては,第三者には言えても医師の前では自分の感想,意見を言えない人もいることが推察される.今回の結果は,患者の年齢,性別,点眼液の特徴などを考慮することによって,患者に不安を与えず,コンプライアンスを向上させるための説明が可能となることを示している.今回の薬局での緑内障治療のための点眼液の使用感調査は,組み入れた患者数が両群で163名であり,これまでに日本で行われた炭酸脱水酵素阻害薬の点眼液の使用調査の例数を大きく上回っている24).今回の,調査期間がほぼ1カ月間と短期間であったことを考え合わせると,点眼液の使用感の調査は,外来診療時に行うよりも薬局で調剤時に行ったほうが効率的に行うことができることを示している.さらに,薬剤師は服薬指導時に患者と比較的時間をかけて話をすることができるので,より正確な使用感の調査ができると期待できる.ただしこの場合,薬局での調査結果が的確に医師側にフィードバックされることが重要であり,処方決定の際の情報として提供することができれば,医師と薬剤師の信頼関係も築くことができ,新たな医師-薬剤師の連携のモデルになると期待される.文献1)緑内障診療ガイドライン(第2版):日眼会誌110:777-814,20062)小林博,小林かおり,沖波聡:ブリンゾラミド1%とドルゾラミド1%の降圧効果と使用感の比較.臨眼58:205-209,20043)添田祐,塚本秀利,野間英孝ほか:日本人における1%ブリンゾラミド点眼薬と1%ドルゾラミド点眼薬の使用感の比較.あたらしい眼科21:389-392,2004———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081289(101)4)長谷川公,高橋知子,川瀬和秀:ドルゾラミドからブリンゾラミドへの切り替え効果の検討.臨眼59:215-219,20055)北澤克明,塚原重雄,岩田和雄:原発開放隅角緑内障および高眼圧症に対するMK-507,0.5%点眼液の長期投与試験.眼紀46:202-210,19946)TheMK-507ClinicalStudyGroup:Long-termglaucomatreatmentwithMK-507,Dorzolamide,atopicalcarbonicanhydraseinhibitor.JGlaucoma4:6-10,19957)SilverLH,theBrinzolamideComfortStudyGroup:Ocu-larcomfortofbrinzolamide1.0%ophthalmicsuspensioncomparedwithdorzolamide2.0%ophthalmicsolution:resultsfromtwomulticentercomfortstudies.SurvOph-thalmol44(Suppl2):S141-S145,20008)石橋健,森和彦:二種類の炭酸脱水酵素阻害点眼薬に伴う「霧視」について.日眼会誌110:689-692,20069)仲村優子,仲村佳巳,酒井寛ほか:緑内障患者の点眼薬に関する意識調査.あたらしい眼科20:701-704,2003***

春季カタルの増悪と黄砂の観測時期との関連

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(93)12810910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(9):12811284,2008cはじめに春季カタル(vernalkeratoconjunctivitis:VKC)は若年者に発症する重症アレルギー性疾患で,春から夏にかけて増悪することが多い疾患である.眼瞼結膜の巨大乳頭増殖や角膜輪部増殖,また特に重症例では角膜病変を生じ,若年者で角膜病変合併症例では弱視の発症が危惧されるため,速やかな治療およびその原因抗原からの隔離が必要となる.その原因抗原については,単独ではハウスダストやダニが知られている1)が,多種類の抗原に反応することも少なくなく,その詳細については不明である.黄砂は,低気圧などの発生により中国大陸内陸部のタクラマカン砂漠や黄土地帯,モンゴルのゴビ砂漠など乾燥・半乾燥地域で数千メートルの上空にまで巻き上げられた土壌あるいは鉱物粒子が,偏西風によって運ばれながら沈降する現象で,日本では,「主として,大陸の黄土地帯で吹き上げられた多量の砂の粒子が空中に飛揚し天空一面を覆い,徐々に降下する現象」と定義されている.わが国では,各地の気象台および観測所にて目視により判断され,視程が10km未満となる現象を観測した場合に黄砂現象として記録され,気象庁より,各観測地点での観測記録が発表されている.黄砂は〔別刷請求先〕小沢昌彦:〒814-0180福岡市城南区七隈7-45-1福岡大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasahikoKozawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FukuokaUniversitySchoolofMedicine,7-45-1Nanakuma,Jounan-ku,Fukuoka814-0180,JAPAN春季カタルの増悪と黄砂の観測時期との関連小沢昌彦市頭教克内尾英一福岡大学医学部眼科学教室RelationbetweenVernalKeratoconjunctivitisExacerbationandPeriodofDustandSandstormsMasahikoKozawa,NoriyoshiIchigashiraandEiichiUchioDepartmentofOphthalmology,FukuokaUniversitySchoolofMedicine目的:春季カタル(VKC)の増悪と黄砂との関連についての報告.対象および方法:対象は2006年1月2007年9月に福岡大学病院を受診したVKC症例20例(平均年齢12.2±6.0歳,男性18名,女性2名)である.福岡地区の2006年と2007年の黄砂観測期間(気象庁発表)と診療録に基づいたVKCの増悪日を比較し検討した.複数回増悪例は,それぞれにつき検討した.結果:黄砂観測期間は2006年が3月11日4月30日,2007年が2月23日5月30日と2007年が長く,VKC増悪症例は2006年が7例,2007年は17例と2007年が多かった.そのうち黄砂観測期間に増悪した症例は,2006年が3例,2007年が6例で,両年とも約40%の症例が黄砂観測時期に増悪していた.またその全症例が,黄砂の観測日か,その後2日以内に増悪していた.結語:VKC増悪のトリガーの一つとして,黄砂との関連が示唆された.Toassesstherelationbetweenvernalkeratoconjunctivitis(VKC)exacerbationandperiodofdustandsand-storms(kosa),weconductedaretrospectivestudyof20patientswithVKCwhoconsultedusbetweenJanuary,2006andSeptember,2007.WecomparedthekosaperiodintheFukuokadistrictandthetimeofVKCexacerba-tion.Themultipleexacerbationcaseswereexaminedoneachsuchoccasion.KosawasobservedbetweenMarch11andApril30in2006,andbetweenFebruary23andMay30in2007,theperiodbeinglongerin2007.VKCexacerbationcasesnumbered7in2006and17in2007.Ofthem,about40%wereexacerbatedduringthekosaperiod.Furthermore,allthesecaseswereexacerbatedonakosaobservationdayorforaslongastwodaysthere-after.TheseresultsindicatethatkosamaybeatriggerofVKCexacerbation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(9):12811284,2008〕Keywords:春季カタル,アレルゲン,黄砂.vernalkeratoconjunctivitis,allergen,dustandsandstorms(kosa).———————————————————————-Page21282あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(94)年間を通して日本列島に降下しているが,なかでも春から夏にかけて多く飛来し,例年,特に2月から増加し始め,4月にピークを迎える.一方,その飛来するダスト中には,鉱物や真菌・細菌由来の成分,あるいは大気汚染物質との反応生成物などが含まれているため,種々のアレルギー疾患の原因抗原の一つである可能性が示唆されている.今回筆者らは,春季カタルの原因抗原の一つとして,黄砂との関連を評価することを目的とし検討を行った.I対象および方法2006年1月から2007年9月の間に福岡大学病院を受診したVKCの症例中,診療録にて詳細を確認しえた20例(平均年齢12.2±6.0歳,男性18名,女性2名)を対象とし,レトロスペクティブに検討した.方法は,まず気象庁が発表している2006年および2007年の黄砂観測日と観測地点のデータをもとに,福岡地区の黄砂の観測期間(観測期間)およ表1アレルギー性結膜疾患診療ガイドラインにおける臨床評価基準眼瞼結膜充血高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()個々の血管の識別不能多数の血管拡張数本の血管拡張所見なし腫脹高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()びまん性の混濁を伴う腫脹びまん性の薄い腫脹わずかな腫脹所見なし濾胞高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()20個以上1019個19個所見なし乳頭*高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()直径0.6mm以上直径0.30.5mm直径0.10.2mm所見なし巨大乳頭高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()上眼瞼結膜の1/2以上の範囲で乳頭が隆起上眼瞼結膜の1/2未満の範囲で乳頭が隆起乳頭は平坦化所見なし眼球結膜充血高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()全体の血管拡張多数の血管拡張数本の血管拡張所見なし浮腫高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()胞状腫脹びまん性の薄い腫脹部分的腫脹所見なし輪部トランタス斑高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()9個以上58個14個所見なし腫脹高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()範囲が2/3周以上範囲が1/3周以上2/3周未満1/3周未満所見なし角膜上皮障害高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()シールド(盾型)潰瘍または上皮びらん落屑様点状表層角膜炎点状表層角膜炎所見なし*:直径1mm以上の乳頭は巨大乳頭も併せて評価する.(文献2より)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081283(95)び実際に観測された日(観測日)を検索し,つぎに対象となった各症例のVKCの増悪した日(増悪日)と比較検討した.VKC増悪の評価方法は,アレルギー性結膜疾患診療ガイドラインにおける臨床評価基準2)の10項目(表1)を用い,高度を3点,中等度を2点,軽度を1点,認められないものを0点としてスコア化し,その合計値を臨床スコアとして算出した.その臨床スコアが経過中5点以上増加した場合,増悪と定義した.なお,複数回増悪を生じていた症例では,それぞれの増悪日について検討した.II結果観測期間は,2006年が3月11日から4月30日(51日)であった.2007年は2月23日から5月30日(97日)で,2006年に比べ2007年のほうが長かった.また観測日も,2006年が12日,2007年が15日で,2007年が多かった.一方,VKCの増悪した症例数であるが,2006年は1年間で延べ7例であった.そのうち観測期間に増悪した症例は3例(42.8%)であった.2007年に増悪した症例数は17例で,そのうち観測期間に増悪した症例は6例(35.3%)であり,VKCの増悪症例数および観測期間に増悪した症例数ともに2007年のほうが多かった.つぎに福岡地区の黄砂の飛散状態について,各々の年で詳細にみてみると,2006年の観測日は疎らであり(図1),2007年は2006年と比べ黄砂の観測日が短期間に集中していた(図2).また2006年の黄砂観察期間は,前述のとおり51日間で,そのうち実際の黄砂観測日は12日(黄砂観察期間の23.5%)であったが,黄砂観察期間中VKCの増悪を認めた3例すべて(100%)が観測日に一致して増悪していた(図1).一方,2007年の黄砂観察期間は97日間であったが,うち実際の観測日は15日(黄砂観察期間の15.4%)であり,黄砂観察期間中VKCの増悪を認めた6例中4例が観測日に一致して増悪していた(図2).両年を通じると,黄砂観測期間中にVKCの増悪した症例9例中7例(78%)が黄砂観測日に一致しており,残り2例も黄砂観測日の2日以内に一致して増悪していた.III考按近年黄砂による健康被害が懸念されており,気管支喘息などの呼吸器疾患やアレルギー性鼻炎など,アレルギー疾患との関連を示唆する報告が散見される35).そのダスト中には,石英・長石などの鉱物に由来するSiO2(シリカ)や真菌・細菌に由来するb-グルカン・リポポリサッカライド,あるいは大気汚染物質との反応生成物に由来する硝酸イオン・硫酸イオンなどが含まれており,これらが種々のアレルギー疾患の原因抗原となっている可能性が指摘されている.黄砂の飛散状況を2006年と2007年で比較してみると,全国的な黄砂観測地点数では,2006年は487カ所,2007年は544カ所と,2007年に広範囲で黄砂が観測されていた.このことから,黄砂の飛散量および範囲とも2006年に比べ2007年が多かったことが推測された.それと一致するように,今回の結果では,VKC増悪の症例数はまだ9月までの統計にかかわらず,2007年のほうが2倍以上も多く,また約40%の症例が観測期間に増悪し,さらにその詳細をみると,増悪日が観測日とほぼ一致していた.これらのことから,黄砂はVKC増悪のトリガーの一つとして,何らかの形で関与しているのではないかと推測された.また2006年に比べ観測日が密集していたことも,2007年に増悪症例が多かった一因ではないかと思われた.ただし,黄砂飛散との関連がないと考えられる症例も約60%あることから,VKCの発症増悪の要因は他の因子があることも事実である.今回の図12006年における黄砂観測日およびVKC増悪日黄砂観察期間に増悪したVKC全例が,黄砂観測日に増悪していた.2006/3/42006/3/142006/3/242006/4/32006/4/132006/4/232006/5/30123():黄砂観測日:VKC増悪日図22007年における黄砂観測日およびVKC増悪日2006年と比べ,黄砂観測日が短期間に集中していた.また黄砂観察期間に増悪したVKC全例が,黄砂観測日かその後2日以内に増悪していた.2007/2/72007/2/272007/3/192007/4/82007/4/282007/5/182007/6/70123():黄砂観測日:VKC増悪日———————————————————————-Page41284あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(96)黄砂観測期間以外に増悪した症例については,黄砂観測日に増悪した症例と比較して,臨床像や既往歴に特に差異はみられなかった.過去の報告によると,VKCを増悪させる因子としては受動喫煙や血清総IgG(免疫グロブリンG)値,発症年齢,気管支喘息の合併などの関与があるとされている6).今回の結果からのみでは黄砂観測期間日に一致してVKCが増悪した症例において,黄砂が直接的な誘因であると断定することは困難であり,黄砂がVKCの原因抗原の一つである可能性は類推の域を出ていない.よって今後はVKCの発症・増悪の頻度を,福岡地区のみならず全国的に経年的調査を行い,また過去の全国的な黄砂の飛散時期およびパターンと比較検討することによって,より詳細な評価を行うことが期待される.また今回は気象庁の発表に基づき,黄砂が目視的に観測されたいわゆる黄砂観測日で評価を行ったが,実際は黄砂観察日以外でも黄砂観測期間中に飛散している可能性があり,今後は目視的に観測のみならず各観測地点における実際の飛散量を定量的に解析し,またそのダスト中に含まれる詳細な成分分析や,それらが実際に生体に起こしうる反応について,さらに検討を行うことが必要であると思われた.本論文の要旨は第31回角膜カンファランスにて発表した.文献1)熊谷直樹:アレルギー性結膜疾患の季節変動.臨眼55:1513-1518,20012)大野重昭,内尾英一,石崎道治ほか:アレルギー性結膜疾患の新しい臨床評価基準と重症度分類.医薬ジャーナル37:1341-1349,20013)藤井つかさ,荻野敏:アレルギー性鼻炎の増悪因子.アレルギーの臨床27:594-598,20074)日吉孝子,市瀬孝道,吉田成一ほか:モルモットスギ花粉症モデルに対する黄砂の影響(会議録).アレルギー55:1217,20065)柳澤利枝,市瀬孝道,定金香里ほか:黄砂はアレルギー性気道炎症を増悪する(会議録).日本衛生学雑誌62:430,20076)内尾英一,伊藤由起,佐藤貴之ほか:春季カタルの重症化に関与するアレルギー学的要因の多変量解析.臨眼59187-192,2005***

ブックレビュー

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081273(85)慶應義塾大学眼科の坪田一男教授,20冊目の単行本ということ,しかも,私が専門にしている涙に関しての「涙のチカラ」というタイトルで楽しみにして読みました.この本は,ハーバード大学留学中に御自身が,シルマーテストで,ドライアイであるということが判ったときの驚き,それが今の坪田先生の研究の原点であるという序章からスタートしています.面白いのは,単に涙について書かれているだけではなく,その過程で視覚システムを始めとして,単に眼科学の領域にとどまらず,読者が楽しく読めるように,広く自然科学のいろいろな分野の話も織り込まれています.また,本文とは別に,青く印刷された「column」のコーナーには,「涙は長生きのくすり?」や「ストレスと涙」など,興味を引くテーマが独立して載っており,読み進める助けとなってくれています.この本の最も優れているところは,単に涙の知識を提供しているだけではなく,坪田先生が涙の研究を通じて,科学の研究とはどのように進めていけばよいのかということを,みずからの実体験を基に率直に述べられているところではないかと感じます.研究や臨床上の失敗,また,失敗と思っていたことが,新しい発見に繋がった,涙腺バイオプシー後の出血から血清点眼のアイデアが生まれた話など,興味深いエピソードも交えながら,坪田先生独特の軽い筆致でしかも幅広い話が載っています.また,涙とドライアイにフォーカスして仕事をされているうちに,そこからまた研究の世界が広がっていった話や,レーシックにも結びついた話など,基礎的な研究から臨床的なお仕事まで幅広く触れられており,基礎に興味のある方,臨床に興味のある方,どちらが読まれても楽しめる内容となっています.眼の中にある涙は,たった7マイクロリットルに過ぎませんが,その「涙のチカラ」を十分に味わえる本だと思います.ぜひ,一度お手にとって読まれることをお勧めしたいと思います.(ハマノ眼科研究室濱野孝)0910-1810/08/\100/頁/JCLSブックレビュー■坪田一男著『涙のチカラ─涙は7マイクロリットルの海─』(四六判,192頁,本体価格1,580円,ISBN978-4-7741-3441-3,技術評論社,2008)☆☆☆

眼科医にすすめる100冊の本-9月の推薦図書-

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.9,200812710910-1810/08/\100/頁/JCLS姜尚中氏の『悩む力』の主題は,とにかく「悩め」ということである.東京大学大学院情報学環教授である著者が,身近にあるさまざまな問題について悩んだ過程を語っている.─世の中はすべて「金」なのか.著者は夏目漱石の小説『それから』の主人公,代助について述べる.代助は金銭的に裕福な父親の財力に依存して,気ままな生活をしている.生活のための労力は卑しい,というのが持論である.代助の父親は,他の漱石作品にも頻出する「金」の悪い面の象徴として扱われている.「鼻もちならない金持ち」として登場させられている.19世紀から20世紀に迎えた資本主義の変容の波に乗り,己のハングリー精神でのし上がった,いわゆる「新興ブルジョワジー」である.確かに彼らと,彼らの動かす金が時代の流れを変えたのは事実である.しかし,彼らには「自分たちが新時代を創った」という自負と,それを成したのは「自分たちの金」であるという開き直りがある.そして,華やかな生活をし,元々上流階級の出であったようなメッキをしたりすることでその開き直りに対する罪悪感を隠している.その点において漱石は新興ブルジョワジーを嫌悪する.では漱石本人はどうだったか.漱石は新興ブルジョワジー,ひいては彼らが主役を張る19世紀資本主義の時代を憂い,その作品を通して警鐘を鳴らしていた.しかし現実それらの作品は教師を地道に務めた後,朝日新聞社に入社し,借家住まいで文筆活動をしたなかで生まれていた.そんななかでもたまには流行の背広で写真を撮られたり,食べ物にもうるさかったりするような,ちょっとした贅沢もしていた.漱石もまた時代に流されて生きる小市民であったのだ.『それから』の代助は父親と対立しつつも金銭的に依存していたことで,自分の流儀のままに暮らしていられた.ところが,友人の妻である美千代を愛してしまったために,親の逆鱗に触れ勘当されてしまう.そして美千代を養うために彼の哲学に反する「生活のための労力」をするために奔走しなければなくなるのである.代助の進退を決めたものは他でもない「金」だった.著者は,『それから』は漱石の復讐の作品であると考察する.漱石は本質では金のために働くこと,そしてそれを正当化するために虚飾化することを嫌悪していた.しかし,彼の生きる時代ではその理想を求めて現実に生活することは不可能であった.だから父親の財力で知性も得て気ままに暮らしていた代助を「愛」という罠をもって現実世界にたたき落とした,と.著者は,自身の早稲田大学政経学部在学中の研究テーマであったマックス・ウェーバーも引き合いに出している.ウェーバーはドイツの経済学者であり,19世紀の資本主義社会に警鐘を鳴らした人物だった.しかしウェーバーの場合は,彼自身が新興ブルジョワジーの息子だった.父親の財により一流の教育を受け,知性を手にいれた.まさに『それから』の代助と似通った境遇だった.ウェーバーはその知性によって,漱石と同じように新興ブルジョワジーを嫌悪した.彼もまた,父親との対立,自分の立場,彼自身の思想に大いに悩んだ人物だった.─何のために働くのか.人は何のために働くのか.生活を送る金を得るためだけか.よく「宝くじが当たって3億円手に入ったらもう働かないで一生暮らしてゆける」などという台詞を耳にする.しかし,本当に金があれば人は働かないだろうか.専業主婦が「誰それの奥さん」「誰それちゃんのお母さん」という呼ばれ方をするのを嫌がるのは何故か.(83)■9月の推薦図書■悩む力姜尚中著(集英社新書)シリーズ─84◆阿部さち山形大学医学部眼科———————————————————————-Page21272あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008さらにテーマは経済や社会に関係するものだけにとどまらない.─「変わらぬ愛」は存在するか.男女の間の恋愛感情ほど気分の高揚するものはない.しかし一旦,恋愛が成就すると話が違う.漱石の作品にもあまり幸せそうには見えない夫婦が登場する.「永遠の愛」とはわれわれの幻想にすぎないのか.著者はそれぞれの「悩み」一つひとつに,“くどくど”“うじうじ”と悩んでいる.その様は,近年ことに疎まれるようになった「まじめ」という姿勢そのものである.書店に行けばマニュアル本がブックランキングの上位を占めている.個人の心の問題にしても「脳」や「スピリチュアル」などというもので解決しようとしたり.周囲に心の壁を作って「鈍感」になることで解決しようとしたり.人々はよりわかりやすいほうへ向かい,シンプルなものを求めているようである.しかしこの本では,この時代にあって真面目に悩むということを正面切ってやって見せていると思う.そしてそれぞれの問題に著者なりの答えを提案している.ここまで真面目に悩んだ後で,著者は言う.「横着者」でいこう.老いて「死」が現実のものとして見えてきたときに,怖がるものはない.「プチナショナリスト」「ちょい悪おやじ」はつまらない,どうせならスケール大きくいこう,と.私が著者を知ったのは,深夜のテレビ討論番組だった.討論が徐々にヒートアップし声高に自分の意見を述べる政治家やジャーナリストのなかにあって,伏し目がちに他者の意見を聞き,一拍置いて,低音の冷静な口調でそれに対する自分の意見を言う人.それが私が彼に対してもった印象だった.何のテーマについて話し合っていたのか,著者は何を話していたのか,今となっては確かな記憶には残ってはいない.ちょうど,3年前,医師国家試験に向けて深夜に自宅で勉強していた頃の話だ.連日の詰め込み勉強でパンク寸前の頭に,その佇まいと,姜尚中という韓国系の名前が印象に残っていた.あれから私は2年間の初期研修期間を終え,「眼科医」という新たな名札を付けてから早3カ月が経とうとしている.毎日無我夢中で,日々の業務をこなすのに精いっぱいだった.急流のように流れる日々のなかで,自分なりのマニュアルを探すようになっていた.少しは自分のできることをこなすことに慣れてきたかな,などと自分の力を測ったような気になりかけていたようにも思う.そして,自分の勉強不足を感じることにも,力不足を感じることにも鈍感になりかけていた.前向きな横着さは大きな力になる.しかしそれは悩んだ末のものであるから価値があるのだ.著者は最後に,悩んで突き抜けた横着者という立場からわれわれに投げかけている.若い人には大いに悩んでほしい.悩み続けて突き抜けて横着者になってほしい.今の日本の明るい未来のために必要な破壊力はそんな強さである,と.私の立場でこんなことを言うのは失礼にあたるかもしれないが,あえて言ってしまおうと思う.今,私の周りには突き抜けて横着者となられたような諸先輩先生方がおられて,日々の診療のなか,手術場で存分にその力を見せてくださっている.先生方の,困っている患者さんを前にしたときの頼もしさは傍で見ている私をも納得,安心させてくれる.しかしそうした先生たちの強さもまた,悩んで悩んで手に入れたものなのだろう.一朝一夕には手に入れられないものだからこそ,価値があり,かつ周囲を納得させる強さなのだろう.私もいつか悩んで突き抜けた強さを手に入れられるように,今のうちにたくさん悩もう.私の周りには悩みを共有できる仲間たちもたくさんいてくれる.また,悩みを理解してくださる先輩方もたくさんおられる.それはとても,とても幸せなことである.この本を読んで,そんなことを考えた.(84)☆☆☆

眼科専門医志向者“初心”表明

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.9,200812690910-1810/08/\100/頁/JCLS宇宙をさまよう僕は火星に着陸した.そこはレンガ色をしたでこぼこな台地に覆われ,空を見上げると,雲の隙間から満天の白い星が広がっていた.僕はその神秘的で雄大な景色をいつまでも眺めていた.前期研修で眼科を選択した僕は,すぐさま細隙灯顕微鏡と眼底倒像鏡の虜になりました.顕微鏡で拡大して見る虹彩はうねうねと隆起に富み,閃輝性硝子体融解は白く輝いていました.遅い時間まで診察することもあり,オーベンに注意されることもありました.眼球はまるで宇宙だったのです.患者様一人ひとりが異なる宇宙をもっていて,その美しい世界を毎日旅していました.学生時代に眼科の手術を見学してなんとなく興味をもち,また昔から細かい作業が好きだったこともあり,眼科を前期研修の一つとして選びました.毎日が新しい発見の連続で楽しくて仕方がありませんでした.時間があれば手術の見学をしてイメージを膨らませ,上司の先生方の手術の助手に入り,スムーズに手術が進行しているのを見ていると,自分でもこんなことができたらどんなに楽しいだろうか,と思うようになりました.眼科に入局してからは少しずつ手術・外来・学会発表などを経験し,今は白内障手術の一例一例に悪戦苦闘している毎日です.特に手術室でのコメディカルスタッフを含め,皆で協力して手術を進めていく空気が好きで,空気が一つになる瞬間が度々訪れると,自分は本当に眼科医を選んでよかったと思うことがあります.まだ眼科医として1年足らずで,毎日たくさんのことを吸収していますが,昨日できなかったことが今日できたり,少しの工夫でスムーズにいったりと,今が一番楽しい時期なのかもしれません.人間は知識を蓄えることにより快感を覚えることのできる唯一の動物である,という言葉が最近妙に納得できます.また明日も,僕は美しい宇宙の中でたたずんでいることでしょう.◎今回は獨協医科大学レジデント2年目の斎藤先生にご登場いただきました.細隙灯顕微鏡や倒像鏡は虜になるくらい魅力的です.学生実習(ポリクリ)の短期間で使えるようになることは難しいですが,その魅力を十分に伝えることができれば,眼科に興味をもつ学生がもっと増えていくのではないかと思います.(加藤)☆本シリーズ「“初心”表明」では,連載に登場してくださる眼科に熱い想いをもった研修医~若手(スーパーローテート世代)の先生を募集します!宛先は≪あたらしい眼科≫「“初心”表明」として,下記のメールアドレスまで.追って詳細を連絡させていただきます.Email:hashi@medical-aoi.co.jp(81)眼科医者“初心”表明●シリーズ⑨美しい宇宙の中で!斎藤文信(AyanobuSaito)獨協医科大学眼科学教室1979年千葉県生まれ.獨協医科大学医学部卒業後,2007年同大学眼科学教室へ入局.休日は愛車ランサーエボリューションでドライブ.(斎藤)編集責任加藤浩晃・木下茂本シリーズでは研修医~若手(スーパーローテート世代)の先生に『なぜ眼科を選んだか,将来どういう眼科医になりたいか』ということを「“初心”表明」していただきます.ベテランの先生方には「自分も昔そうだったな~」と昔を思い出してくださってもよし,「まだまだ甘ちゃんだな~」とボヤいてくださってもよし.同世代の先生達には,おもしろいやつ・ライバルの発見に使ってくださってもよし.連載9回目の今回はこの先生に登場していただきます!眼科入局同期の3人で

後期臨床研修医日記7.名古屋市立大学病院眼科

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.9,200812670910-1810/08/\100/頁/JCLS症の患者などは小椋祐一郎教授を頼って遠方から受診されることも少なくありません.そして午後には緑内障外来があり,ようやく外来業務が終わるとつぎは病棟業務に移ります.病棟業務では入院患者の検査,診察,検査手術の説明などを行い,18時からの症例検討会に備えます.症例検討会ではその週の手術症例についてディスカッションを行います.私たちは(一生懸命ながらも…)まだまだ視野が狭く,このディスカッションのなかで,手術に向けての先生方のさまざまな配慮を知ることができ,いつも大変勉強になっています.火曜日手術日にあたります.白内障,硝子体手術を中心に12件ほどの手術が行われます.手術室ではほとんどの場合,後期研修医が第一助手に入ります.教授の手術に第一助手として入り,間近に学ぶことのできる貴重な機会です.素晴らしい手術につい見とれてしまうこともしばしばです.(79)名古屋市立大学病院眼科では4月より3名の新しい後期研修医を迎えました.彼らに2年間の臨床研修のうち8カ月を当科で研修し,後期研修1年目を関連病院で過ごした2名を加え,現在,計5名の後期研修医が働いています.私たち5人は出身大学も研修病院も異なりますが,個性的な面々が力を合わせ,忙しいながらも充実した後期研修医生活を送っています.当科では1人の入院患者を12名の指導医と1名の後期研修医で担当しています.全体では平均3035人の入院患者を5名の後期研修医で分担することになります.当科の方針により,基本的には外来が始まる9時までに受け持ち患者の診察をすべて終えなければなりませんので,受け持ち患者が多い場合や手術翌日,また午前に代務のある日などは午前7時には回診を始めなければなりません.そして外来の時間帯になると,(手術や代務のない限り)検査や診察を手伝うことになります.それでは私たち5人の怒濤の1週間を紹介させていただきます.月曜日忙しい1週間の始まりの日であり,また,容赦なく1週間のうちで一番忙しい日でもあります.朝8時から教授回診が始まるため,それまでに余裕をもって自分たちの受け持ち患者の診察を終わらせておかなくてはいけません.そして8時になると,(もちろん悪い意味ではなく,「手際良く回診が進んでいく」という意味で)淡々と教授回診が進んでいきます.その短い時間のなかで,私たちが毎日診察していても気づかない点を鋭く指摘していただくこともしばしばです.回診後には教授外来があります.教授外来は月曜日のみであり,毎回多くの紹介初診患者と再診患者が受診され,診察は午後まで続きます.おもな疾患は黄斑疾患,糖尿病網膜症,網膜離などで,重症な増殖糖尿病網膜後期臨床研修医日記●シリーズ⑦名古屋市立大学病院眼科石神裕子▲写真は左から臼井嘉先生,石神,植田次郎先生,日江井佐知子先生,高井祐輔先生———————————————————————-Page21268あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(80)緊急手術が入る場合もあり,また,そのような日が連日のように続く週もあります.大学病院は朝早くから夜遅くまで忙しく,比較的時間に余裕のあった関連病院にいた頃を懐かしく思うこともあります.しかし,大学病院での勤務でしか得ることのできない良い点も数多くあります.関連病院では加齢黄斑変性,重症糖尿病網膜症,網膜離などの症例はそれほど多くはありませんが,大学病院ではこれらの症例に接する機会も多く,さまざまな経験を積むことができます.また,入院患者の診察では,時間をかけて注意深く診療することができ,疑問に思ったことも職場の同僚や上級医師にその場で聞くことができるため,フィードバックと経験の蓄積において非常に大きなメリットがあります.さて,最後に少しばかり私自身のことについて触れてみたいと思います.現在,私は(大学病院での勤務以外に)名古屋市内の2カ所の関連病院と名古屋市児童福祉センターで週1回ずつ非常勤勤務を行っています.児童福祉センターではハンディキャップをもつ児童が対象となります.私はけっして子供は嫌いではないものの,これまでプライベートで子供と接する機会がそれほど多くなかったため,ときどき子供たちとの会話にとまどってしまうこともあります.コミュニケーションは良い診察の第一歩!頑張らねば!水曜日午前は通常の外来,午後は網膜疾患の専門外来にあたります.網膜外来では糖尿病網膜症,加齢黄斑変性などの症例が中心となります.木曜日に手術予定の患者は水曜日に入院されるケースが多いため,にわかに病棟業務が忙しくなる日でもあります.木曜日火曜日と同じく手術日にあたります.また夜には抄読会,ケースカンファレンスがあります.(忙しさに追われ…)普段は論文を読む機会があまりありませんが,このときばかりは辞書を片手に英語論文と格闘します.ケースカンファレンスでは自分が経験したことのない珍しい症例を知ることができ,また自身の発表の練習にもなります.金曜日この日は,午前は通常の外来,午後は網膜外来,そして小児疾患専門外来があります.小児外来は斜視弱視や未熟児網膜症を経験できる集中的に学べる機会です.未熟児網膜症の診療については教科書で読んだり,講演で聞いたりする程度で,初めのころは「D-lineRidge」といった具合に用語すら馴染みの薄いものでした.しかし実際の症例に触れるうちに徐々に理解できるようになり,今では私自身,興味のある分野の一つです.以上,大まかに私たちの1週間について紹介させていただきましたが,これらの通常業務に加え,緊急手術が入ることも少なくありません.多いときは1日に複数の?プロフィール?石神裕子(いしがみひろこ)2005年,名古屋市立大学を卒業後,同大学病院で2年間の臨床研修(うち8カ月を眼科で研修)を終える.2007年より,大同病院(名古屋市南区)に勤務した後,2008年4月より本大学病院に勤務.教授からのメッセージ非常に忙しい毎日を送っている後期研修医の生活がよく伝わってきます.研修医はいろいろな雑用を含めて仕事量がきわめて多く,本当にたいへんなことと思います.私も自分が研修医の頃,朝早くから夜遅くまで病棟で仕事をしていたことを思い出します.しかし,研修時代は初めて経験する疾患や珍しい症例に遭遇することで,毎日が新たな発見の連続だと思います.学究的好奇心をもって,多くの知識・技術を身につけていってください.何とか若い先生の負担を減らして勉強する時間をつくってあげようと努力をしていますが,大学病院という大きなシステムのなかではなかなか困難なことが多いです.これからも,高いモチベーションと広い視野をもって,立派な眼科医に成長することを期待しています.名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学・教授小椋祐一郎

硝子体手術のワンポイントアドバイス64.シリコーンオイル下増殖膜の処理(中級編)

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.9,200812650910-1810/08/\100/頁/JCLSはじめにシリコーンオイルの眼合併症としては,角膜障害と緑内障がよく知られているが,シリコーンオイルを長期に留置すると,シリコーンオイル下に白色の増殖膜が形成されることがある1).組織学的には,コラーゲンなどの細胞外基質やグリア細胞,網膜色素上皮細胞が主要な構成成分であるとされている.シリコーンオイル下増殖膜を生じやすい症例シリコーンオイルは増殖硝子体網膜症や増殖糖尿病網膜症などの難治性網膜硝子体疾患の硝子体手術時に眼内タンポナーデ物質として使用されることが多い.このような症例では,もともと眼内の増殖機転が亢進しているため,術後にシリコーンオイル下増殖膜を形成しやすい.また,ぶどう膜炎でも高率にシリコーンオイル下増殖膜をきたす.さらに初回手術時の硝子体切除が不完全であったり,術後に網膜離が遷延すると,増殖性変化をきたしやすくなる.前部増殖性変化が顕著になると,房水産生が低下して予後不良の転帰をたどる2).リコーンオイル下増殖膜処理時の注意シリコーンオイル下増殖膜は通常血管成分に乏しく,(77)膜処理時に著明な出血をきたすことは少ない.しかし,増殖糖尿病網膜症例ではしばしば増殖膜中に予想以上の血管成分を含有している症例もあり注意が必要である.増殖膜はmembranepeeling主体で離できることもある(図1)が,癒着の強固な部位には適宜硝子体剪刀を使用する(図2).特に初回手術直後にシリコーンオイル下出血やフィブリン析出などを伴っていた症例では面状の癒着を形成しており,膜処理の難易度が高い場合もある.また,シリコーンオイル注入眼は一般に網膜が菲薄・脆弱化していることが多く(図3),強引なmem-branepeelingは医原性裂孔を形成する要因となるので丁寧に膜処理を行う必要がある.文献1)LewisH,BurkeJM,AbramsGWetal:Perisiliconeprolif-erationaftervitrectomyforproliferativevitreoretinopathy.Ophthalmology95:583-591,19882)竹安一郎,南政宏,植木麻理ほか:シリコーンオイル注入眼に発症した前部増殖性硝子体網膜症の4例.臨眼57:973-977,2003硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載64シリコーンオイル下増殖膜の処理(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図3増殖糖尿病網膜症にみられたシリコーンオイル下増殖膜網膜は菲薄・脆弱化しており,不用意な牽引は医原性裂孔形成の要因となるので丁寧に膜処理を行う必要がある.図2増殖膜に対するmembranedelamination癒着の強固な部位には適宜硝子体剪刀を使用してmembranedelaminationを行う.図1増殖膜に対するmembranepeeling増殖膜と網膜の癒着の緩い部位はmembranepeelingでの処理が可能である.

眼科医のための先端医療93.虚血性網膜疾患における邸酸素誘導因子(HIF)の役割

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.9,200812610910-1810/08/\100/頁/JCLS虚血性網膜疾患網膜で低下)をけるの網膜にる性網膜性の血管新生で網膜網膜網膜血管網膜の虚血の血管新生で血管因子()の網膜血管新生に関与る)およのの)網膜虚血性網膜疾患のをるにでに)のをる血管新生因子を生るをるにるで網膜のに虚血を血管新生因子を生るので低酸素誘導因子(HIF)のをるのに子低酸素誘導因子()低酸素ににる因子のによにに)にによ)aとbの2つのサブユニットからなり,分子量120kDaのaサブユニット(HIF-1a)によって活性が調節されています.HIF-1aは通常酸素下では,酸素依存性分解(ODD)ドメイン内の特定のプロリン残基が酸素依存性に水酸化されることがきっかけとなりユビキチン・プロテアソーム系により急速に分解されます.一方,低酸素状態では,HIF-1aは安定化して核内に移行し,HIF-1b(別名ARNT)とヘテロダイマーを形成してHRE(hypoxiaresponseelement)とよばれる特異的なDNA配列(ACGTを中心に含むシークエンス)に結合し,HREを有する遺伝子群の転写を開始します(図1).HIF-1aとHIF-1b(ARNT)はいずれもbHLHドメインとPASド(73)◆シリーズ第93回◆眼科医のための先端医療=坂本泰二山下英俊栗原俊英(慶應義塾大学医学部眼科)虚血性網膜疾患における低酸素誘導因子(HIF)の役割HHHHHHHIF1b/ARNTHIFabHLHPASODDO2P標的遺伝子6.DNA結合5.ヘテロダイマー形成4.安定化1.水酸化2.ユビキチン化3.分解低酸素下細胞質核内通常酸素下図1酸素環境変化によるHIFの調節経路HIFaは通常酸素下では酸素依存性にODDドメイン内の特定のプロリン残基が特異的な酵素により水酸化される(1).その水酸化がきっかけとなりユビキチン化され(2),プロテアソームで急速に分解される(3).低酸素下では水酸化されないため安定化し(4),核内へ移行してHIF-1b/ARNTとヘテロダイマーを形成して(5),標的遺伝子のHREに結合して転写を開始する(6).HIF:hypoxia-induciblefactor,bHLH:basichelix-loop-helix,PAS:Per-Arnt-Sim,ODD:oxygen-dependentdegradation,OH:hydroxyl,P:prolylresidue,Ub:ubiquitin,ARNT:arylhydrocarbonreceptornucleartranslocator,HRE:hypoxiaresponseelement.———————————————————————-Page21262あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008メインという構造をもっていますが,同様の構造をもつ類似の因子としてHIF-2a(別名EPAS1/HLF/HRF/MOP2),HIF-3a,IPAS(HIF-3aのスプライシングバリアント)が後に発見されています.HREをもちHIFの標的となる遺伝子には血管新生促進因子〔VEGFやその受容体(Flt-1)など〕のほかに,造血因子(エリスロポエチン,トランスフェリンなど)や糖代謝にかかわる因子(GLUT-1;グルコーストランスポーター1,アルドラーゼなど)があり,低酸素状態で生体が生存するために必要な遺伝子調節がHIFを介して行われていることがわかってきました.HIFの網膜血管新生への関与のよに網膜をる虚血性網膜疾患で血管新生子をるのに役割をるaの遺伝子改変動物では発生期における生理的な網膜血管新生が正常に形成されなかったり8),酸素誘導網膜症(OIR)モデルで発症する病的血管新生が抑制されたりします9).また,HIFで調節される代表的な造血因子であるエリスロポエチンが糖尿病網膜症で,VEGFとは独立して血管新生に関与していることがわかり10),HIFは虚血性網膜疾患の病態メカニズムにおける中心的な因子である可能性が出てきました.今後の展望にの血管の網膜経のにでる)血管新生のるの後けるaは発生期を除き,生理的な環境下では分解されてしまいますが,病的な状態(虚血状態)にあるとVEGF以外にも血管新生促進作用のあるさまざまな遺伝子の転写を開始します.虚血網膜疾患においてHIFを阻害することは病態生理学的にもより適切な治療に成り得る可能性があります.現在,癌治療などを対象にしたHIF阻害薬や,貧血治療などを対象にしたHIF安定化薬が研究開発されています.HIFをうまくコントロールできるようになれば,夜盲や視野狭窄を伴う網膜光凝固は将来不要になるかもしれません.稿を終えるにあたり,ご校閲いただきました慶應義塾大学医学部石田晋准教授,小沢洋子先生に深謝いたします.文献1)KuriharaT,OzawaY,NagaiNetal:AngiotensinIItype1receptorsignalingcontributestosynaptophysindegra-dationandneuronaldysfunctioninthediabeticretina.Diabetes57:2191-2198,20082)IshidaS,UsuiT,YamashiroKetal:VEGF164-mediatedinammationisrequiredforpathological,butnotphysio-logical,ischemia-inducedretinalneovascularization.JExpMed198:483-489,20033)NgEW,ShimaDT,CaliasPetal:Pegaptanib,atargetedanti-VEGFaptamerforocularvasculardisease.NatRevDrugDiscov5:123-132,20064)Photocoagulationtreatmentofproliferativediabeticretin-opathy:thesecondreportofdiabeticretinopathystudyndings.Ophthalmology85:82-106,19785)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Earlyphotocoagulationfordiabeticretinopathy.ETDRSreportnumber9.Ophthalmology98:766-785,19916)SemenzaGL,WangGL:Anuclearfactorinducedbyhypoxiaviadenovoproteinsynthesisbindstothehumanerythropoietingeneenhanceratasiterequiredfortran-scriptionalactivation.MolCellBiol12:5447-5454,19927)WangGL,JiangBH,RueEAetal:Hypoxia-induciblefac-tor1isabasic-helix-loop-helix-PASheterodimerregulat-edbycellularO2tension.ProcNatlAcadSciUSA92:5510-5514,19958)ScortegagnaM,DingK,OktayYetal:Multipleorganpathology,metabolicabnormalitiesandimpairedhomeo-stasisofreactiveoxygenspeciesinEpas1-/-mice.NatGenet35:331-340,20039)MoritaM,OhnedaO,YamashitaTetal:HLF/HIF-2alphaisakeyfactorinretinopathyofprematurityinassociationwitherythropoietin.EMBOJ22:1134-1146,200310)WatanabeD,SuzumaK,MatsuiSetal:Erythropoietinasaretinalangiogenicfactorinproliferativediabeticretinop-athy.NEnglJMed353:782-792,200511)NishijimaK,NgYS,ZhongLetal:Vascularendothelialgrowthfactor-Aisasurvivalfactorforretinalneuronsandacriticalneuroprotectantduringtheadaptiveresponsetoischemicinjury.AmJPathol171:53-67,2007(74)***———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081263(75)虚血性網膜疾患における低酸素誘導因子(HIF)の役割」を読んで今の栗原俊英生による低酸素での子にのでを生で低酸素にるのよるを子でで生のをるにる低酸素でのをるにaであるとも考えられます.生体がいかに合理的かつ巧妙なメカニズムでその組織を維持しているということが栗原先生のわかりやすい総説で理解できました.さらに,本来は生理的な状態で発生期以外では分解されるHIFaが糖尿病網膜症などの眼科の疾患では血管新生をひき起こす血管内皮増殖因子(VEGF)の誘導することにより大変重篤な病態を惹起することも皮肉な感じがします.現代の生命科学は生命現象をきちんと整理してその生物学的なメカニズムを明らかにし,かつ,臨床応用という人類のためにその成果を利用するところまで進歩してきました.また,血管新生一つとっても,VEGF以外にもいろいろな因子が関連することが生物学的に示されてきています.しかし,栗原先生が今回呈示されたように,眼科では抗VEGF抗体が糖尿病網膜症などの血管新生の病態でVEGFの作用を抑制し治療に有効であることが示されたことから,病態の中心となる分子,すなわち治療薬の開発のターゲット分子にはVEGFが設定されていることがわかります.眼科におけるこのような情報は生体における低酸素→血管新生というメカニズムの解明に大きなインパクトを与えたと考えます.治療薬はヒトで効果がみられて初めてその価値が出てくるのですから.今後の研究の方向を栗原先生はHIFを制御することにより眼科の領域のみでなく,多くの分野での低酸素の関連する病態に対する治療薬の開発に有意義であることを示されました.このような研究で眼科領域の研究者がリーダーシップをとっていることは大変喜ばしいことですし,誇らしいことです.また,眼科の臨床レベルの高さを眼科以外に強くアピールすることができると考えます.今後のこの分野でのますますの研究の発展が期待されます.山形大学医学部情報構造制御学講座視覚病態学分野山下英俊☆☆☆