———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSおよび生活様式や疾病構造が全国統計と差異がなく,わが国の平均的な集団を対象とした研究である.1998年からわれわれ九州大学眼科学教室はこの久山町研究に参加し,40歳以上の久山町全住民を対象に前向きな追跡調査を行い,AMDの有病率,発症率および危険因子を調査してきた.各国で行われているpopulation-basedstudyによる大規模疫学研究の結果と筆者らが行っている久山町研究の結果を比較検討しながら,AMDの疫学について概説する.以下の手順でAMDの疫学を理解していくとわかりやすい.1.AMDの国際分類.2.現在どれぐらいの患者がいるのか(AMDの有病率).3.どれぐらいの割合で患者が増加しているのか(AMDの発症率).4.どのような人がAMDにかかりやすいのか(AMDの危険因子).I加齢黄斑症(age-relatedmaculopathy)の分類Birdらは加齢に関連した黄斑の変化を加齢黄斑症(age-relatedmaculopathy:ARM)としてまとめ,国際分類を提唱し,初期と後期に分けた7).初期加齢黄斑症(earlyage-relatedmaculopathy:earlyARM)とは,はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)は欧米をはじめとした先進国において成人の失明や視力低下の主原因となっており,近年わが国でも急速に増加傾向にある.今後高齢化社会に向けてますます患者数が増加することが予測される.ひとたび罹患すると視力を改善する有効な治療法がないために高齢者の視力障害の増加として大きな社会問題をひき起こす可能性がある.現時点においてこの疾患の最善の治療は予防であり,疾患の予防対策が今後さらに重要視されるであろうと予測される.AMDに関する疫学はその危険因子を明らかにし,発症を予防するのに役立つ.AMDの疫学を知るには一般住民を母集団とした研究(population-basedstudy)が有用である.ある程度大きな人口をもち,かつ人口の移動が少ない地区を対象に参加率の高い研究を行っている大規模疫学研究として,アメリカ合衆国のFraminghamEyeStudy1)やオーストラリアのBlueMountainEyeStudy2),オランダのRotterdamStudy3),西インド諸島バルバドスのBarbadosEyeStudy4)などが知られている.わが国においてAMDの疫学研究としてpopulation-basedstudyが行われているのは,福岡県久山町の一般住民を対象に行われている久山町研究5)や山形県舟形町6)の一般住民を対象に行われている舟形町研究がある.久山町研究は福岡市東部に隣接する人口約7,500人の都市近郊型農村地域で行われている追跡研究で,久山町の人口の年齢分布や職業構成(3)1191Mihoasuda学学学学811250118221学特集●加齢黄斑変性あたらしい眼科25(9):11911195,2008加齢黄斑変性の疫学EpidemiologyofAge-RelatedMacularDegeneration安田美穂*———————————————————————-Page21192あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(4)1.TheFraminghamEyeStudy1)アメリカ合衆国のマサチューセッツ州Framinghamで5285歳の住人2,477人を対象とし1977年に行われた研究である.人種はほとんどが白人種(Caucasian)であり,いわゆるupper-middleclassの住民が対象となっている.この研究では初期加齢黄斑症(earlyARM)と後期加齢黄斑症(lateARM)のうち脈絡膜新生血管を伴う滲出型AMD(wettype)を合わせてAMDの有病率として報告している.そのため結果の数字はいずれも高く算出されているが,その結果は男性6.7%,女性10.3%であり,女性の有病率が有意に高く,男女合わせた有病率は8.8%であった.年齢階級別の有病率は5264歳で1.6%,6574歳で11.0%,7585歳で27.9%となっており,年齢の増加に伴って有意に有病率が増加する傾向がみられている.2.TheBlueMountainEyeStudy2)オーストラリア,ニューサウスウェールズのBlueMountainsで,49歳以上の住人3,654人を対象とし,1995年に行われた研究である.人種は99%がCauca-sianであった.この研究では後期加齢黄斑症(lateARM)いわゆるAMDの有病率は1.9%であった.またAMDのうち両眼性はおよそ60%,片眼性は40%であったと報告している.この結果から片眼性に比較して両眼性が多いことが示された.この研究でのAMDの年齢階級別の有病率は5564歳で0.2%,6574歳で0.7%,7584歳で5.4%,85歳以上で18.5%となっており,FraminghamEyeStudy1)と同様に加齢に伴って有意に有病率の増加がみられている.ドルーゼンや網膜色素上皮の色素異常(hyperpigmenta-tion,hypopigmentation)などがみられるもので,後期加齢黄斑症(lateage-relatedmaculopathy:lateARM)がいわゆるAMDを指す.後期加齢黄斑症(lateARM)は,脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)が関与する滲出型(wetAMD)と,CNVが関与せず網膜色素上皮や脈絡膜毛細血管の地図状萎縮病巣を認める萎縮型(dryAMD)に分類される.滲出型(wetAMD)の定義は,網膜色素上皮離,網膜下および網膜色素上皮下新生血管,網膜上および網膜内および網膜下および色素上皮下にフィブリン様増殖組織の沈着,網膜下出血,硬性滲出物などのいずれかを伴うものとされている.萎縮型(dryAMD)の定義は,脈絡膜血管の透見できる円形および楕円形の網膜色素上皮の低色素および無色素および欠損部位で少なくとも175μm以上の直径をもつもの(30°あるいは35°の眼底写真において)とされている.まれに,地図状萎縮から新生血管が発生する場合がある.これらの国際分類に従って,有病率や発症率は算出されている.II現在どれぐらいの患者がいるのか?(加齢黄斑変性の有病率)Population-basedstudyに基づいた加齢黄斑変性の有病率を報告しているおもな研究の対象の詳細については表1に示す.AMDの定義や背景因子が異なることから一概には比較できないことに注意が必要である.表1Populationbasedstudyによる加齢黄斑変性(AMD)の有病率研究対象人数(人)対象年齢(歳)AMDの有病率(%)男性女性合計FraminghamEyeStudy(米国)*2,47752856.710.38.8RotterdamEyeStudy(オランダ)**6,251551.41.91.7BlueMountainsEyeStudy(豪州)3,654551.32.41.9BarbadosEyeStudy(西インド諸島,黒人)3,444400.30.90.6久山町研究(福岡,日本)1,844501.70.30.9*初期加齢黄斑変性(earlyARM)とAMDの両方を含む.**wettypeAMDのみ.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081193(5)ー眼底写真による眼底検査が施行されAMDの程度別分類と有病率の調査が行われた.その結果,AMDの有病率が0.9%であり,おおよそ100人に1人の頻度であった.AMDのうち,脈絡膜新生血管を伴う滲出型(wettype)AMDの有病率が0.7%,地図状萎縮病巣を認める萎縮型(drytype)AMDの有病率が0.2%であった.日本人においても滲出型(wettype)AMDが萎縮型(drytype)AMDよりも多くみられた.また日本人においては滲出型(wettype)AMDの有病率は女性に比べて男性に有意に高い傾向が認められた.年齢階級別および性別の滲出型と萎縮型AMDの頻度を表2に示す.欧米のpopulation-basedstudyによる報告では,加齢黄斑変性の有病率および発症率は女性に多いと報告しているものが多く,わが国で男性のほうが女性より有意に有病率が高いということは非常に興味深い.さらにわが国のAMDの有病率を欧米の結果と比較してみると,日本人では白人より少なく黒人より多いことが推定される.これらの人種差の原因は明らかではないが,遺伝的な要因や環境因子によるものと考えられている.IIIどれぐらいの割合で患者が増加しているのか?(加齢黄斑変性の発症率)つぎにpopulation-basedstudyに基づいた前向きコホート研究において対象住民を追跡調査して加齢黄斑変性の発症率を報告しているおもな研究を紹介し,発症率について検討する(表3).3.RotterdamStudy3)オランダ,ロッテルダムのOmmoord在住で55歳以上の住民6,251人を対象とし,1995年に行われた研究である.この研究では,後期加齢黄斑症(lateARM)のうち脈絡膜新生血管を伴う滲出型(wettype)AMDの有病率が1.7%であったと報告されている.年齢階級別の滲出型(wettype)AMD有病率は5564歳で0.2%,6574歳で0.8%,7584歳で3.7%,85歳以上で11.0%となっており,加齢に伴って有意に有病率の増加がみられている.後期加齢黄斑症(lateARM)いわゆるAMDにおいては地図状萎縮を認める萎縮型より滲出型(wettype)AMDの占める割合が高いことも示された.4.BarbadosEyeStudy4)西インド諸島バルバドスで出生し在住している4080歳の黒人住民3,444人を対象として行われた研究である.この研究では後期加齢黄斑症(lateARM)いわゆるAMDの有病率は0.6%であった.このうち男性の有病率は0.3%,女性の有病率は0.9%で有意に女性の有病率が高い傾向がみられた.欧米の白人を対象とした研究と比較するとAMDの有病率は黒人では低いことが示された.5.久山町研究(TheHisayamaStudy)8)福岡県久山町で,1998年に50歳以上の1,486人を対象として両眼散瞳下で倒像検眼鏡,細隙灯顕微鏡,カラ表2年齢階級別および性別の滲出型と非滲出型加齢黄斑変性(AMD)の頻度:久山町研究(1998)─AMDの2つのタイプである滲出型と非滲出型(萎縮型)の頻度を年齢別,男女別に示す─年齢(歳)男性女性男女込み人数(人)頻度(%)人数(人)頻度(%)人数(人)頻度(%)滲出型AMD505915502850.74400.560692311.73340.35650.970791801.121103910.580以上323.1580901.1合計5971.28890.31,4860.7非滲出型AMD505915502850440060692310.933405650.4707918002110391080以上323.1580901.1合計5970.588901,4860.2———————————————————————-Page41194あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(6)EyeStudyの結果とほぼ同様であり差はみられなかった.この結果から,最近5年間の日本人のAMDの発症率は,ほぼ欧米並みであることが示された.IVどのような人がAMDにかかりやすいのか?(加齢黄斑変性の危険因子)AMDの危険因子としては,加齢,皮膚弾性線維変性,高血圧,喫煙,紫外線,血清ビタミンおよび亜鉛の低値,遠視,虹彩低色素,白内障,中心性漿液性網脈絡膜症の既往など,多数のものが報告されている.しかし,共通して指摘されているのは喫煙のみであり,他の因子は報告により異なっている.前述のRotterdamStudyとBlueMountainsEyeStudyにおいても喫煙は危険因子とされ,禁煙しても禁煙期間が20年未満の場合はリスクを減少させることはできないと報告されている.米国の看護師を対象にしたprospectivestudyおよび医師を対象にしたprospectivestudyでも喫煙はAMD発症の危険因子であり,総喫煙量が多いほどそのリスクが増すことが報告されている.日本人を対象にしたcase-1.TheBeaverDamEyeStudy9,10)アメリカ合衆国のウィスコンシン州BeaverDamで4386歳の住人4,926人を対象とし1988年から1990年にベースライン時の調査を行い,その5年後,10年後に追跡調査を行った研究である.この研究ではAMDの累積5年発症率は0.9%,累積10年発症率は2.1%と報告している.年齢の増加に伴って発症率は有意に増加した.また75歳以上では男性に比べて女性に高率に発症する傾向がみられた.さらに軟性ドルーゼンや網膜色素上皮の色素異常がある部位は脈絡膜新生血管を伴う滲出型(wettype)AMDや地図状萎縮病巣を認める萎縮型(drytype)AMDを有意に発症しやすいことが明らかにされた.2.TheBlueMountainEyeStudy11)オーストラリア,ニューサウスウェールズのBlueMountainsで,49歳以上の住人2,335人を対象とし,1992年から1994年にベースライン時の調査を行い,その5年後に追跡調査を行った研究である.この研究の結果,AMDの累積5年発症率は1.1%であった.これらの発症率はTheBeaverDamEyeStudyの結果とほぼ同様であり差はみられなかった.また,年齢の増加に伴って発症率は有意に増加し,脈絡膜新生血管を伴う滲出型(wettype)AMDは男性に比べて女性に2倍高率に発症する傾向がみられた.3.久山町研究(TheHisayamaStudy)12)福岡県久山町で,50歳以上の住人1,475人を対象とし,1998年にベースライン時の調査を行い,その5年後に追跡調査を行った研究である.この研究の結果,AMDの累積5年発症率は0.8%であった.年齢階級別および性別5年発症率を図1に示す.これらの発症率はTheBeaverDamEyeStudyやTheBlueMountain表3Populationbasedstudyによる加齢黄斑変性(AMD)の5年発症率研究対象人数(人)対象年齢(歳)AMDの5年発症率(%)BeaverDamEyeStudy(米国)4,92643860.9BlueMountainsEyeStudy(豪州)2,335491.1久山町研究(福岡,日本)1,475500.8図1加齢黄斑変性(AMD)の年齢階級別および性別5年発症率:久山町研究(19982003)AMDの5年間の発症率を男女別にグラフで示す.男性は年齢とともに発症率が有意に増加している.:男性:女性50596069年齢(歳)累積5年発症率(%)70798002468———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081195(7)文献1)KiniMM,LeibowitzHM,ColtonTetal:Prevalenceofsenilecataract,diabeticretinopathy,senilemaculardegen-eration,andopen-angleglaucomaintheFraminghameyestudy.AmJOphthalmol85:28-34,19782)MitchellP,SmithW,AtteboKetal:Prevalenceofage-relatedmaculopathyinAustralia.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology102:1450-1460,19953)VingerlingJR,DielemansI,HofmanAetal:Thepreva-lenceofage-relatedmaculopathyintheRotterdamStudy.Ophthalmology102:205-210,19954)SchachatAP,HymanL,LeskeMCetal:Featuresofage-relatedmaculardegenerationinablackpopulation.TheBarbadosEyeStudyGroup.ArchOphthalmol113:728-735,19955)OshimaY,IshibashiT,MurataTetal:PrevalenceofagerelatedmaculopathyinarepresentativeJapanesepopula-tion:theHisayamastudy.BrJOphthalmol85:1153-1157,20016)KawasakiR,WangJJ,JiGetal:Prevalenceandriskfac-torsforage-relatedmaculardegenerationinanadultJap-anesepopulation:TheFunagataStudy.Ophthalmology,inpress,20087)MiyazakiM,NakamuraH,KuboMetal:RiskfactorsforagerelatedmaculopathyinaJapanesepopulation:theHisayamastudy.BrJOphthalmol87:469-472,20038)BirdAC,BresslerNM,BresslerSBetal:Aninternationalclassicationandgradingsystemforage-relatedmaculop-athyandage-relatedmaculardegeneration.TheInterna-tionalARMEpidemiologicalStudyGroup.SurvOphthal-mol39:367-374,19959)KleinR,KleinBE,JensenSCetal:Theve-yearinci-denceandprogressionofage-relatedmaculopathy:theBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology104:7-21,199710)KleinR,KleinBE,TomanySCetal:Ten-yearincidenceandprogressionofage-relatedmaculopathy:TheBeaverDameyestudy.Ophthalmology109:1767-1779,200211)MitchellP,WangJJ,ForanSetal:Five-yearincidenceofage-relatedmaculopathylesions:theBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology109:1092-1097,200212)MiyazakiM,KiyoharaY,YoshidaAetal:Theve-yearincidenceandriskfactorsforagerelatedmaculopathyinageneralJapanesepopulation:theHisayamastudy.InvestOphthalmolVisSci46:1907-1910,2005controlstudyにおいても喫煙と滲出型AMDの関連が指摘されている.喫煙は活性酸素を増加させ,脂肪の過酸化を促進するとともに,脈絡膜の血液循環にも影響を及ぼし,黄斑部の変性を生じやすくなると考えられている.日本人のpopulation-basedcohortstudyである久山町研究12)においても日本人におけるAMDの危険因子を調査しており,その結果が表4である.久山町研究の結果から,日本人では加齢,男性,喫煙が有意な危険因子であることが明らかになっている.AMDの予防のためにはぜひ禁煙の重要性を啓蒙する必要がある.おわりに久山町研究の結果では,AMDの頻度が0.9%であり,2001年度の日本人50歳以上の総人口に換算すると,AMD患者は43万人にものぼることが推定される.わが国では今後かつてない超高齢化社会を迎え,AMD患者数はさらに増加することが予想される.わが国においては久山町研究のような大規模住民研究の追跡データが少なく,欧米のデータを参考とすることはできるが,欧米での研究を参考とするには人種が異なる.効率的な発症予防,進展予測のためにもこのような大規模住民研究が必須であり,さらなる追跡調査が望まれる.表4加齢黄斑変性(AMD)発症に関連する危険因子の多変量解析結果:久山町研究(19982003)危険因子オッズ比95%信頼区間年齢1.041.011.07*喫煙2.221.144.33**p<0.05.AMDの発症に関連する危険因子を多変量解析すると,AMDの発症に関連するものは年齢と喫煙であった(年齢,性別,高血圧,糖尿病,高脂血症,喫煙,飲酒,BMI,白血球数の因子で調整).