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成人の近視と長期予後 強度近視眼の緑内障:特徴と実際,そして 治療の可能性

2023年2月28日 火曜日

成人の近視と長期予後強度近視眼の緑内障:特徴と実際,そして治療の可能性ThePathogenesisofGlaucomatousVisualFieldDefectsandTheE.ectivenessofIOPLoweringTherapyinHighlyMyopicEyes吉田武史*はじめに日本を含む東アジア諸国を中心に,全世界において近視患者数は急速に増加している.そのなかでも深刻な視力・視野障害に至るさまざまな疾患をしばしば合併する強度近視患者の増加は大きな社会的懸念となっている1~3).強度近視の本態は眼球の過度な延長(眼軸延長)による極端な近視化であり,一般的に眼軸長C26.0Cmmを超えるものを強度近視とすることが多い.強度近視に合併するさまざまな合併症のなかでも,頻度が多く,かつ病状がもっとも深刻なものの一つが緑内障様視野障害である.近年の近視患者の増加に伴い,強度近視患者数の増加は必然であるため,強度近視眼における緑内障様視野障害の重要性は日に日に高まっている.通常,緑内障の診断と進行の判断には光干渉断層計(opticalCcoherencetomogoraphy:OCT)や視野検査を用いることが一般的であるが,強度近視眼,とくに眼軸長C30Cmmを超えるような場合ではCOCTの評価は機能せず,視野検査による評価が主体となることが多い.しかし,実際に強度近視眼で視野異常が疑われる患者に視野検査を行うと,通常の緑内障症例とは異なる視野パターンを示すことが少なくない.これは眼科医にとって診断や治療方針を困難にする一因となっている.通常の緑内障の視野障害パターンは,Bjerrum領域の暗点,鼻側階段であるが,強度近視眼ではそれらに加えて耳側周辺部欠損型や耳側と鼻側の両側周辺部欠損パターンを示すひょうたん型とよばれるものや,通常の緑内障ではほとんどみられない中心視野から欠損してくる中心視野障害型がみられる4)(図1).このなかでも中心視野から欠損するパターンでは初期から深刻な視力低下に直結し,生活が困難になるケースがあるため要注意である.さらに,近視が進むと視神経乳頭周囲の近視性コーヌスの形成と視神経乳頭そのものも眼軸が伸びた方向に引き伸ばされ変形するが,とくに強度近視眼では顕著であり,視神経乳頭形状のバリエーションは個人差が大きく決まったパターンがないこと,引き伸ばされた視神経乳頭では陥凹所見が曖昧になるため(図2)評価がきわめてむずかしく,視神経乳頭の所見だけでは視野異常の有無やパターンを読みとくのは非常にむずかしく,視野異常のパターンと視神経乳頭所見に整合性がつかないことが多いことは診療するうえでもっとも悩ましい点である5).また,近視は緑内障様視野障害の発症リスクであることはこれまでに報告されているが,進行のリスク因子かどうかについては明らかにはなってない.この理由は現在まで明らかにはされていないものの,近視眼で緑内障と診断されたなかに,一定の進行を認めたあとに進行が止まる症例があることがCSawadaら6)によって報告されていることから,強度を含む近視眼では通常の眼圧依存性の視野障害以外の因子が働いていることが示唆される.筆者は近視の本態である眼軸延長に原因があるので*TakeshiYoshida:東京医科歯科大学先端視覚画像医学講座〔別刷請求先〕吉田武史:〒113-8519東京都文京区湯島C1-5-45東京医科歯科大学先端視覚画像医学講座C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(61)C199図1強度近視眼に生じる緑内障様視野障害パターンa:緑内障型(Humphrey視野C30°).b:中心視野障害型(Humphrey視野C30°).c:周辺部視野障害型(Goldmann視野).図2強度近視眼における視神経乳頭形状形状は多種多様であり,陥凹所見ははっきりしない.乳頭所見から視野異常を予測するのは非常にむずかしい.図3強度近視眼における局所篩状板欠損a:眼底写真(右眼).b:Humphrey10°視野,乳頭黄斑線維束に一致する中心視野障害を認める.Cc,d:乳頭の水平断COCT画像(c)と篩状板部の拡大写真(d).白線:篩状板前面と後面.黄色線:篩状板が強膜側からはずれているために低信号領域として描出されており,局所篩状板欠損の所見である.進行停止図4強度近視眼に生じた中心視野障害型緑内障様視野障害の自然経過経過中に視野障害は自然停止したものの,その時点で大幅な感度低下に至っている.-

成人の近視と長期予後 近視性牽引黄斑症管理の最前線

2023年2月28日 火曜日

成人の近視と長期予後近視性牽引黄斑症管理の最前線FrontLineTreatmentsfortheManagementofMyopicTractionMaculopathy浦本賢吾*I近視性牽引黄斑症2015年の病的近視の国際メタ解析スタディ(Meta-AnalysisforPathologicMyopiastudy:META-PM)において,病的近視は「びまん性萎縮以上の萎縮性変化を眼底に有する,もしくは後部ぶどう腫を有する」眼であると明確に定義された1).病的近視では眼軸の延長や後部ぶどう腫に伴い,さまざまな病変が生じる.1999年に近視に伴う網膜分離症が初めて報告され,病的近視の主要な合併症の一つとして認識されるようになった2).一方で近視性牽引黄斑症は,強度近視眼にみられる牽引によって引き起こされる黄斑部網膜障害の総称であり,眼軸延長に伴う網膜の機械的伸展と硝子体による網膜の牽引により生じると考えられている.近視性牽引黄斑症は,病的近視眼底変化に加えて,①黄斑前膜,②硝子体黄斑牽引,③200μm以上の中心窩網膜の肥厚,④網膜分離,⑤網膜.離,⑥黄斑分層円孔のうち,いずれか一つを認めることによって診断される3).このため網膜分離症は近視性牽引黄斑症の疾患概念の一つとされている.網膜の分離は,外網状層,内網状層,内境界膜(innerlimitingmembrane:ILM)と神経節細胞層の間で起こるといわれている.網膜外層の分裂は,おもにMuller細胞と考えられる柱状構造で構成されている4).強度近視眼729眼を調べた研究では,網膜分離症は全例が外層の網膜分離を呈しており,そのうち3割が内層の網膜分離を合併していた.また,729眼のうち66%が後部ぶどう腫を合併しており,19%が網膜分離症を合併していた5).後部ぶどう腫の強度近視患者の9~34%に網膜分離症が認められるとの報告2)もあり,網膜分離症と後部ぶどう腫は関連性が高いと考えられる(図1).II後部ぶどう腫の影響後部ぶどう腫は病的近視の病態の最大の特徴の一つであり,「周囲の眼球壁の曲率半径よりも明らかに小さい曲率半径を有する後極部眼球壁の突出」と定義されている6).Ohno-Matsuiら7)は,オプトス画像と3D-MRIによる画像解析を組み合わせ,後部ぶどう腫の新分類を提唱した(I型が黄斑広域型,II型が黄斑限局型,III型が乳頭周囲型,IV型が鼻側型,V型が下方型,それ以外がその他).後部ぶどう腫を有する病的近視眼の中で,もっとも多い後部ぶどう腫のタイプは黄斑広域型で74%,ついで黄斑限局型(14%)であった8).また,病的近視眼の約半数の症例が後部ぶどう腫を有しておらす,MRIで樽型形状を示していた6).さらに後部ぶどう腫のない眼は,後部ぶどう腫のある眼に比べて視力が有意に良好で,限局性脈絡膜萎縮や近視性黄斑部新生血管の有病率が有意に低く,後部ぶどう腫の形成が病的近視眼の視機能に著しい悪影響を及ぼす要因であることが示されている.*KengoUramoto:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野〔別刷請求先〕浦本賢吾:〒113-8519東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(55)193図1網膜分離症と後部ぶどう腫a:眼底写真.アーケード周囲にぶどう腫エッジが認められる.Cb,c:3D-MRIによる画像解析像.ぶどう腫がより明快に描出されている.d,e:OCTの水平断(d)と垂直断(e).S3の網膜分離が認められる.図2OCT所見による網膜分離症の分類上段がCOCTの水平断・下段が垂直断.b図4病的近視による黄斑円孔と黄斑円孔網膜.離a:全層黄斑円孔(FTMH).b:黄斑円孔網膜.離(MHRD).図3網膜分離から黄斑部網膜.離合併への増悪進行a:黄斑部の網膜外層の乱れ・厚みの上昇(stage1).Cb:外層分層黄斑円孔と小さな網膜.離(stage2).c:網膜.離を覆う柱状構造の水平方向への拡大と,外層分層円孔の垂直方向への拡大(stage3).d:外層分層円孔の端が網膜内層に達するまで拡大(stage4).図5内層分層黄斑円孔の増悪進行過程(変性型)a:後部硝子体皮質による牽引()によるCILMHと網膜分離症を認める.Cb:で示す部分に黄斑部網膜.離が発生.c:さらに増悪し,全層黄斑円孔に至っている().図7EMSSRDの代表症例丈の高い網膜分離を認め,黄斑部分のCcolumn構造は過疎化・消失しており(),黄斑円孔網膜.離のようにみえるが,網膜色素上皮上に薄い網膜外層が残存している().図6Fovea-sparinginternallimitingmembrane(ILM)peeling(FSIP)–

成人の近視と長期予後 近視性黄斑症管理の最前線

2023年2月28日 火曜日

成人の近視と長期予後近視性黄斑症管理の最前線CurrentStrategiesfortheManagementofMyopicMaculopathy塩瀬聡美*はじめに近年,世界的に近視人口は増加しており,とくにアジア諸国では,若年成人の90%が近視であるといわれている.変性近視は視力障害の2位(Beijingスタディ)や,近視性黄斑変性は失明原因の上位(多治見スタディ)など,近視が視力障害の重要な原因であることは多数報告されている.しかし,すべての近視が矯正視力を障害するわけではなく,「矯正視力の低下を起こすもの」=「病的近視」であり,そのなかでも失明の原因となる病態は,おもに近視性黄斑症,近視性視神経症,近視性牽引黄斑症である.本稿では,これらのうち「近視性黄斑症」についてとりあげる.I病的近視とは病的近視とは,遺伝・環境などから発生する進行性の眼球延長によって,さまざまな合併症を生じ,矯正視力の低下をきたすものである.従来,その定義は,屈折値や眼軸長をもとになされ報告されてきたが,強度近視であっても必ずしも合併症,視力障害をきたすとは限らず,病的近視に対する適切な定義が必要となっていた.国際的に統一した基準を定める目的で行われた2015年の病的近視の国際メタ解析スタディ(Meta-AnalysisforPathologicMyopiastudy:META-PM)において,はじめて「病的近視」=びまん性萎縮以上の近視性黄斑症を有する近視,もしくは後部ぶどう腫を有する近視,と定義された1).II近視性黄斑症とは近視性黄斑症は近視に伴う網脈絡膜病変であり,前述のMETA-PMにおいて,定義,明示された(図1).長期経過においてカテゴリー0からカテゴリー4へと進行していく.またどのカテゴリーの段階においても生じる病変がプラス病変で,カテゴリー2以上とプラス病変が病的近視の定義に入る.III近視性黄斑症の有病率久山町研究によると,わが国での近視性黄斑症の有病率は40歳以上の1.7%であった.また,有病率は2005年,2012年,2017年にかけて徐々に増加しており,40代,50代,60代,70代と,加齢とともに増加することが報告されている2).IV近視性黄斑症の分類1.びまん性萎縮(カテゴリー2)初期は視神経周囲がメインの黄色調の萎縮(乳頭周囲びまん性萎縮)だが,進行すると後極全体に萎縮が広がる(黄斑に及ぶびまん性萎縮).光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)で観察すると,脈絡膜は非常に菲薄化しているが,びまん性萎縮だけで視力は障害されず,維持していることが多い.FangらはsweptsourceOCTを用いて,乳頭周囲びまん性萎縮の目安を中心窩から3,000μm鼻側の脈絡膜厚<56.5μm,*SatomiShiose:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕塩瀬聡美:812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(45)183category0近視性黄斑症なしcategory1紋理眼底病的近視mentepithelium:RPE)や視細胞も消失する.この病変が中心窩に及べば黄斑部萎縮(カテゴリー4)となり,高度の視力障害を起こすが,この病変自体は通常,黄斑部から離れる方向に拡大癒合するので,黄斑部に及ぶことは少ない4).3.黄斑部萎縮(カテゴリー4)①限局性萎縮(カテゴリー3)が拡大・癒合し黄斑部に至るもの,②硝子体手術後,③近視性黄斑新生血管(macularneovasculalization:MNV)の萎縮期,などの成因による黄斑部萎縮がある.①の限局性萎縮は,通常,黄斑から離れる方向に拡大し,黄斑部に至ることはまれとされているので,病的近視眼の黄斑部萎縮はほとんど③の近視性MNV関連の黄斑部萎縮である.4.プラス病変a.Lacquercracks眼軸延長に伴ってBruch膜が線状,機械的に断裂することで起こる眼底の黄色線状病変である.新しいlac-quercracksが生じると単純型黄斑部出血を伴うことがある.眼底は紋理眼底か軽度のびまん性網脈絡膜萎縮であることが多い.OCTではRPEの断裂および深部信号の増強を認める.b.Fuchs斑近視性MNVの萎縮期に形成される色素沈着を伴った瘢痕萎縮病巣である.病的近視眼の5.10%にみられ,MNVがBruch膜の断裂を通ってRPE下に伸展し,漿液性か出血性のRPE.離を起こし,線維瘢痕化したものである.MNVが黄斑近傍に発生しやすいため,Fuchs斑も同部位に発生し,急速に黄斑萎縮に至って視力を障害する.c.近視性MNV病的近視に合併する脈絡膜新生血管である.外来で近視に合併するMNVは時折みかけるが,すべてが近視性MNVではなく,紋理眼底(カテゴリー1)や萎縮のない(カテゴリー0)MNVは,定義上は近視性MNVではない.近視性黄斑症のカテゴリー3である限局性萎縮やlacquercracksから生じることもある.近視性黄斑症の分類ではプラス病変の一部であるが大変重要な病態である.なぜなら,カテゴリー2,3の近視性黄斑症のみでは基本的に中心視力は下がらず,高度の中心視力障害はカテゴリー4の黄斑部萎縮であること,そして,そのほぼ92.7%の原因が近視性CNVであることをFangらが報告しているからである3).ここからは,この近視性黄斑症のなかで視力低下に直結する「近視性MNV」について詳しく述べる.V近視性MNV1.近視性MNVの発症病的近視の10%に5),強度近視者の5.2.11.3%に6),一般住民の0.1%に発症し2),50歳以下の若年MNVの62%を占める7)と報告されている.平均8年で反対眼に35%発症し8),強度近視眼発症MNVの15%が両眼性である6)といわれているため,患眼のみならず反対眼のチェックも定期的に行うことが大変重要である.2.近視性MNVの発症機序近視性MNVの発症機序には機械的因子と遺伝的因子がかかわっているとされている.遺伝的因子については,MNV拡大に関する遺伝子の報告はあるものの,血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)遺伝子を含めて,発生に関するはっきりした遺伝子は同定されていない.機械的因子について,もっとも有力とされているのは眼軸延長をベースとする説である.近視眼は眼軸が延長することで,RPE,Bruch膜脈絡膜が菲薄になり,脈絡膜,網膜外層が虚血に陥り,血管形成因子と抗血管形成因子とのバランスが崩れる.これに加えて眼球が引き伸ばされることでBruch膜に裂け目が生じると,その治癒反応としてその穴を通じて網膜下に新生血管ができる,という説である9).近年,このMNVは加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegen-eration:AMD)でみられるような脈絡膜血管由来ではなく,強膜を貫通した短後毛様動脈由来ではないかと報告されている10).3.近視性MNVの診断(気をつけるポイント)a.眼底AMDのMNVに比べて非常に小さな灰白色の病変で(47)あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023185図2中心窩外の近視性黄斑新生血管(MNV)a:84歳,女性.左眼歪視で近医を受診したが,異常がないといわれ脳外科を紹介された.脳に異常がないのでやはり眼科ではないかといわれて脳外科から当院を紹介され受診した.視力(1.0).b:OCTで黄斑は一見,問題なさそうにみえる.Cc:造影検査を行うと黄斑の上方から蛍光が漏出していた(.).d:OCTAでも黄斑上方に血管構造がみられ(),近視性CMNVとして治療を開始した.図3単純型黄斑部出血a:35歳,女性.右眼中心暗点で受診.視力(0.8).黄斑に出血がみられる(.).b:OCTで黄斑下の隆起がみられる().c:FAで蛍光漏出はなく,インドシアニングリーン蛍光造影で出血近傍に線状の低蛍光のCBruch膜の断裂(lacquercracks,.)がある.断裂に伴った単純型黄斑部出血と考えられた.Cd:OCTAでは血管構造がみられない.Ce:経過観察にて,1カ月後には出血は自然消退し,自覚も消失した.図4抗VEGF薬投与後の近視性黄斑分離症a~c:45歳,女性.右眼近視性CMNVに対し,抗CVEGF薬をC1回投与した.視力(0.7C×sph.17.0Ccyl.0.5Ax170°).d~f:治療開始C5カ月後.FA,OCTで近視性CMNVは消失しているが,網膜分離が増悪している.その後,視力(0.5)に低下してきたため硝子体手術を施行した.眼底・FA・OCT・OCTAによる評価近視性MNV+近視性MNV-図5近視性MNVの治療ガイドライン(文献C22より改変引用)近視性CMNVのC5年成績を報告した(第C4回日本近視学会)が,いったん有意に改善した視力はC5年間維持できていたものの,徐々に治療前視力との有意差が減少していった.大石ら23)を含む他の報告でも,治療開始C3年までの視力は有意に改善していたが,4年目から視力の有意差はなくなったと述べられている.長期経過後の視力と関連ある因子については,治療前視力,MNVの面積,高齢であることなどのほかに,黄斑部の萎縮の拡大があげられており,ほとんどの報告で長期期間中に萎縮面積が拡大していくと述べられている.佐柳ら24)は,治療C1年後の経過ではあるが萎縮の拡大にはアフリベルセプト,ラニビズマブという薬剤間の有意差はなかったと報告している.さらに長期の経過の報告が待たれる.萎縮の拡大との関連因子としては投与回数,MNVの位置,MNVの面積などが報告されているものの,関連因子はないという報告もあり,明らかなコンセンサスは得られていない.随時,治療眼を自発蛍光で観察しながら,萎縮の経過を追うことが大切である.近年,この萎縮はただの網脈絡膜の萎縮だけでなく,Bruch膜の穴であることが示された25).つまり,強膜の伸展によって,穴が拡大していくことが黄斑部萎縮拡大の問題である.この萎縮に対する治療が,今後の近視性CMNV治療の視力予後を改善していくために必要と思われる.おわりに近視性黄斑症の疫学やイメージングの報告は相次ぎ,病態は少しずつ解明されている.一方,新生血管に対する治療は確立しているものの,病的近視に特異的な眼球の機械的構造の変化とそれに伴う萎縮の進行に対する治療はない.近視性黄斑症の長期マネージメントにおいて,これらに対する治療の確立こそ,患者,そして眼科臨床医が切望しているところであろう.病的近視の患者,近視性CMNVを発症した患者は大きな不安をかかえて病院を受診する.とくに若年患者はインターネットで近視性CMNVを検索し,「失明」の文字をみつけて,ナーバスになって頻繁に来院する.現状では,そのような患者に自覚症状が出てすぐ治療をすれば,ある程度急速な視力低下は防げることを伝え,患者の自覚に耳を傾けて適切な治療を提供することが大切である.文献1)Ohno-MatsuiK,KawasakiR,JonasJBetal:Internationalphotographicclassi.cationandgradingsystemformyopicmaculopathy.AmJOphthalmolC159:877-883,C20152)UedaE,YasudaM,FujiwaraKetal:Trendsintheprev-alenceCofCmyopiaCandCmyopicCmaculopathyCinCaCJapanesepopulation:TheCHisayamaCStudy.CIOVSC60:2781-2786,C20193)FangCY,CDuCR,CNagaokaCNCetal:OCT-basedCdiagnosticCcriteriaCforCdi.erentCstagesCofCmyopicCmaculopathy.COph-thalmologyC126:1018-1032,C20194)FangY,YokoiT,NagaokaNetal:ProgressionofmyopicmaculopathyCduringC18-yearCfollow-up.COphthalmologyC125:863-877,C20185)HayashiCK,COhno-MatsuiCK,CYoshidaCTCetal:Long-termCpatternCofCprogressionCofmyopicCmaculopathy:aCnaturalChistorystudy.OphthalmologyC117:1595-1611,C20106)WongTY,FerreiraA,HughesRetal:Epidemiologyanddiseaseburdenofpathologicmyopiaandmyopicchoroidalneovascularization:anevidence-basedsystematicreview.AmJOphthalmolC157:9-25,C20147)CohenSY,LarocheA,LeguenYetal:Etiologyofchoroi-dalCneovascularizationCinCyoungCpatients.COphthalmologyC103:1241-1244,C19968)Ohno-MatsuiCK,CYoshidaCT,CFutagamiCSCetal:PatchyCatrophyCandClacquerCcracksCpredisposeCtoCtheCdevelop-mentCofCchoroidalCneovascularizationCinCpathologicalCmyo-pia.BrJOphthalmol87:570-573,C20039)WongTY,Ohno-MatsuiK,LevezielNetal:Myopiccho-roidalneovascularization:CurrentCconceptsCandCupdateConCclinicalCmanagement.CBrCJCOphthalmolC99:289-296,C201510)IshidaCT,CWatanabeCT,CShinoharaCKCetal:PossibleCcon-nectionofshortposteriorciliaryarteriestochoroidalneo-vascularizationsineyeswithpathologicmyopia.BrJOph-thalmol103:457-462,C201911)YoshidaCT,COhno-MatsuiCK,CYasuzumiCKCetal:MyopicCchoroidalneovascularization:aC10-yearCfollow-up.COph-thalmologyC110:1297-1305,C200312)Ohno-MatsuiCK,CItoCM,CTokoroT:SubretinalCbleedingCwithoutchoroidalneovascularizationinpathologicmyopia.ACsignCofCnewClacquerCcrackCformation.CRetinaC16:196-202,C199613)FarinhaCCL,CBaltarCAS,CNunesCSGCetal:ChoroidalCthick-nessCafterCtreatmentCforCmyopicCchoroidalCneovasculariza-tion.EurJOphthalmolC23:887-898,C201314)WolfCS,CBalciunieneCVJ,CLaganovskaCGCetal:RADI-ANCE:aCrandomizedCcontrolledCstudyCofCranibizumabCinCpatientsCwithCchoroidalCneovascularizationCsecondaryCtoCpathologicmyopia.OphthalmologyC121:682-692,C201415)IkunoCY,COhno-MatsuiCK,CWongCTYCetal:IntravitrealCa.iberceptinjectioninpatientswithmyopicchoroidalneo-190あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023(52)-

学童近視の進行予防外来最前線 小児の近視に対するレッドライト治療

2023年2月28日 火曜日

学童近視の進行予防外来最前線小児の近視に対するレッドライト治療RedLightTherapyforMyopiaControlinChildren五十嵐多恵*はじめに長波長の可視光線である赤色光が,高い近視進行予防効果を有することを示す論文が発表されている1~3).中国では,可視光線を用いる光治療装置がC2008年から弱視治療装置として認可を受けて,中国国内の病院で使用されていた(図1).2014年に,この装置で用いられているC650Cnmの赤色光に,近視眼での過剰な眼軸長伸展を抑制する効果が偶発的に発見された.中国国内では,このレッドライト治療法に対する近視進行予防効果の知見が集積したことから,この光治療装置は弱視治療用だけでなく近視治療用としても中国の国家食品薬品監督管理局(ChinaCFoodCandCDrugAdministration:CFDA)に承認された.2019年以降,世界最大級の臨床試験登録・公開サイトであるCClinicalTraials.govには,レッドライト治療の,1)近視進行予防効果,2)近視発症予防効果,3)網脈絡膜循環へ与える影響,4)オルソケラとロジーとの併用効果,5)成人の近視に対する効果,などを検証する大規模な無作為化比較試験が次々と登録されており4),結果報告を待つ状態である.CIレッドライト治療の近視進行予防効果2021年から国際誌において,レッドライト治療の近視進行予防効果を検討した研究結果が掲載されるようになった.Xiongらは,229人の6~16歳の近視の小児を,単焦点レンズ(single-visionCspectacleClenses:SVL)群,オルソケラトロジー群,レッドライト治療群(650.nm/2図1光治療装置写真のような可視光線を用いる光治療装置は,2008年から弱視治療装置として認可を受けて,中国国内の病院で使用されていた.近視進行予防に用いる赤色光はC650Cnmの低出力レーザー光であり,自宅でC1回C3分C1日C2回,週C5回実施し,1回の治療間隔はC4時間以上あける必要がある.低濃度アトロピン点眼を使用中の瞳孔径が拡大した患者では使用してはいけないなど,注意事項を守って安全に実施することが必須である.(文献C2より引用)mW/1回C3分C1日C2回)のC3群にランダムに割り当て,眼軸長の経過をC6カ月モニターした1).わずかC6カ月の研究期間であり,近視進行予防治療としての有効性を評価するうえで十分な期間ではない.しかし,1回C3分C1日C2回,可視光である波長C650Cnmの低出力レーザーによる赤色光を覗く治療は,オルソケラトロジーによる眼*TaeIgarashi-Yokoi:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野〔別刷請求先〕五十嵐多恵:〒113-8519東京都文京区湯島C1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(41)C179ab眼軸長伸展量(mm)0.10.0-0.2-0.4-0.60.0-0.80123456789101112(月)0123456789101112(月)図2レッドライト治療の近視進行予防効果小児(8~13歳)の近視患者を対象とした中国の無作為化比較試験における,レッドライト治療群および単焦点眼鏡群(SVL群)の眼軸長(Ca)と屈折値(Cb)の変化(intentionCtotreat解析の結果).治療開始C1年後,SVL群の眼軸長伸展量はC0.38.mmであったのに対し,レッドライト治療群ではC0.13Cmmの伸展であった.また,SVL群の近視進行量はC.0.79Dであったのに対し,レッドライト治療群では.0.18Dの進行であった.(文献C2より引用)75CPhotobiomodulationNO↑IntermembranespaceMitochondrialmatrixFR/NIRTGF-b強膜線維芽細胞脈絡膜血流の増加↓強膜の酸素欠乏改善前駆細胞筋線維芽細胞図3レッドライト治療が近視化を阻害する分子的および細胞的機序(仮説)赤~近赤外領域光のもつフォトバイオモジュレーション(photobiomodulation:PBM)作用によって脈絡膜血流が増加し,強膜の酸素欠乏が改善するだけでなく,遊離一酸化窒素(NO)の増加や,TGF-b/Smad経路の活性化が強膜の酸素欠乏を改善する機序も考えられる.強膜の酸素欠乏が改善することで,強膜線維芽細胞の形質転換が阻害され,強膜のリモデリングが回復する,との仮説が立てられている.FR/NIR:赤~近赤外領域光,CCO:チトクロームCcオキシダーゼ(文献C5を一部改正)

学童近視の進行予防外来最前線 デフォーカス組み込み理論に基づく特殊眼鏡

2023年2月28日 火曜日

学童近視の進行予防外来最前線デフォーカス組み込み理論に基づく特殊眼鏡InnovativeMyopia-ControlSpectaclesBasedontheDefocusIncorporatedTheory長谷部聡*はじめに眼鏡による近視進行抑制の研究には,半世紀を超える歴史があり,すでにさまざまなエビデンスが蓄積されている.屈折矯正が予防治療を兼ねることから,患児や家族への時間的,心理的,経済的負担が少なく,長年にわたり継続できる利点がある.さらに,他の予防的治療で懸念される副作用や治療中止後のリバウンドの心配も少ない.ところが網膜ボケ理論(blurtheory)に基づいて実施された累進屈折力眼鏡(progressiveadditionlenses:PAL)をはじめとする在来型の眼鏡レンズを利用した研究では,統計学的には有意な抑制効果を認めたものの,臨床的治療として有効とされる抑制率(30.40%)を得るに至らなかった1,2).この理由としてFlitcroft3)は,ことに屋内において,視線の方向,視距離,構造物の空間的配置などの相互作用により,とくに周辺部網膜におけるデフォーカスは大きく変動しており,眼鏡レンズのように固定された光学系では,近視進行のトリガーとされる網膜後方へのデフォーカスを十分取り除くことはできないことを指摘した.しかし,約10年前,複数の動物実験4.6)から,網膜上のフォーカスとは別に,第2のフォーカスを網膜前方に組み込むことで,レンズ誘発近視が著明に抑制されることが報告された.発見がきっかけとなり,デフォーカス組み込み理論(defocusincorporatedtheory)が登場し(図1),この理論に基づく特殊眼鏡としてマルチセグメント(multisegment:MS)レンズが設計されたのである.MSレンズはランダム化比較対照試験(random-izedcontrolledtrial:RCT)7.10)により,相次いで好成績が報告されたことから,数年前から脚光を浴びている11).本稿では,MSレンズに関する臨床研究の現状について解説する.IMiyoSmartレンズMSレンズには,MiyoSmartとStellestの2種類がある.世界のいくつかの地域ですでに市販されているが,国内では今のところ市販される予定はない.このうちMiyoSmart7,8)は,香港理工大学と日本のHOYAの共同研究による眼鏡レンズである.眼鏡レンズ中央部の直径約9mmのクリアゾーンを除き,その周囲に,直径1mmの屈折力+3.5Dの微小レンズ約400個がハニカム状に配列されている(図2,3a).微小レンズ(lenslet)を除く領域(キャリアレンズ)は,患者の屈折矯正に使用される.微小レンズの領域は,網膜前方に第2の焦点(近視性デフォーカス)を組み込むことに使用される(図4a).正面視を除き,注視方向にかかわらず瞳孔内には常に複数個の微小レンズが含まれ,二つの焦点の光量は一定に保たれるため,PALはじめとする従来型の非球面レンズと異なり,視線移動によるコンプライアンス低下を避けられる(図4b).さらに周辺視野から来る光線も微小レンズを通過するため,周辺部網膜においても前方へのフォーカスを組み込むことができる*SatoshiHasebe:川崎医科大学眼科学2教室〔別刷請求先〕長谷部聡:〒700-8505岡山市北区中山下2-6-1川崎医科大学総合医療センター眼科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(33)171図1デフォーカス組み込み理論の模式図a:網膜ボケ理論では,近視進行のトリガーとなる網膜後方へのデフォーカス(f1)を減らすことに主眼が置かれてきた.Cb:デフォーカス組み込み理論では,網膜前方への第C2のデフォーカス(f2)を組み込むことで,眼軸長の視覚制御(visualregulationofaxiallength/eyeshape)12)の作用を無効にすることが期待されている.図2HOYAのMyioSmart(HOYA株式会社提供)ab10mm図3DIMS眼鏡のデザインの違いMiyoSmart(Ca)では微小(球面)レンズがハニカム状に配列されているのに対し,Stellest(b)では微小(非球面)レンズが同心円状に配置されている.いずれも中央にクリアゾーンをもち,矯正領域(レンズキャリア)と加入領域(微小レンズ)の面積比はC6:4となっている.破線は一般的な眼鏡フレームサイズを示す.a微小レンズ+3.5Db+3.5D図4MSレンズの光学作用a:微小レンズを除く領域(レンズキャリア)を通過する光線(黄色で示す)は網膜上に焦点を結ぶ.微小レンズを通過する光線(赤色で示す)は,網膜上の焦点から約C3.5D前方に第C2の焦点を結ぶ.Cb:眼球運動が生じても,瞳孔領には常に複数の微小レンズが含まれるためコンプライアンスは低下しない.Cc:周辺視野から来る光線の一部は微小レンズを通過するため,周辺網膜に対しても前方へのデフォーカスが与えられる.視化が報告されている.軸外屈折でみられる変化は,網膜前方へのデフォーカスを組み込むことにより周辺部網膜における眼軸長の過伸展を抑制するという,MiyoS-marの治療機転の妥当性を裏づけるものといえる.一方,MiyoSmartをC2年使用後の主要な視覚機能(矯正視力,両眼視機能,調節力)についての調査では,対照(単焦点レンズ装用)群との比較で有意差はみられなかった15).ついで,StellestレンズによるCRCTが報告された9,10).1年目の報告9)では,対照(単焦点レンズ装用)群と比較して,近視進行抑制量はCHALで平均C0.53D(p<0.001),SALで平均値C0.33D(p<0.001)であった.眼軸伸長抑制量は,HALで平均C0.23mm(p<0.01),SALで平均0.11mm(p<0.01)であった.RCTはもうC1年継続され10),装用開始C2年後では,対照(単焦点レンズ装用)群と比較して,近視進行抑制量はCHALで平均C0.80D(p<0.001),SALで平均値差C0.42D(p<0.001)であった.眼軸伸長抑制量では,HALで平均C0.35mm(p<0.001),SALで平均C0.18Cmm(p<0.001)であった.いずれの検討項目においても,HALのほうが抑制効果が大きかったため,このレンズがCStellestとして商品化されることになった.CIV抑制効果の比較MiyoSmartレンズ,Stellestレンズ,対照(単焦点レンズ装用)群について,近視と眼軸長の変化を図5,6示した.いずれのCMSレンズも,近視進行や眼軸過長を大きく抑制するが,2年間の近視進行抑制量を比較してみると,MiyoSmartが平均C0.44Dであったのに対し,Stellestレンズは平均C0.80Dであり,後者の抑制量のほうがC2倍近く大きかった.しかし,対照(単焦点レンズ装用)群の近視進行量に注目すると,前者の研究では平均C0.89Dであったのに対し,後者の研究では平均C1.47Dであり,後者のほうが大きかった.眼軸伸長抑制量(2年間)では若干様相が異なるが,MiyoSmartでは平均C0.34Cmmであったのに対し,Stell-estレンズでは平均C0.35Cmmと差はみられなかった.一方,対照群の眼軸伸長量は,前者の研究では平均C0.49mmであったのに対し,後者の研究では平均C0.69Cmmと,後者のほうが大きかった.表1に示されるように,研究対象はいずれも中国人学童であり,臨床的特徴にも差はなかった.しかし,MiyoSmart研究のCRCTは香港,Stellestの研究はC800Ckm北上した温州で実施されていることから,ライフスタイルや気候などの環境要因174あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023(36)0.00-0.20-0.40-0.60-0.80-1.00-1.20-1.40-1.60Lamら,MiyoSmartBaoら,StellestLamら,controlBaoら,control眼軸長の伸び(mm)近視進行(D)0.800.700.600.500.400.300.200.100.00061218243036経過(カ月)図5近視進行の比較(文献7.10より作成)Baoら,controlLamら,controlBaoら,StellestLamら,MiyoSmart061218243036経過(カ月)図6眼軸伸長の比較(文献7.1C0より作成)C表1RCTの比較テストレンズCMiyoSmartCStellest報告年C2020,C2021C2021,C2022報告者CLam,etalCBao,etal実施場所香港温州年齢8.1C3歳8.1C3歳等価球面値C.1.00.C.4.50DC.0.75.C.4.75D乱視.C1.50D.C1.50D矯正視力6/6.0.05logMAR.標本数(介入群)C79CHAL54/SAL53標本数(対照群)C81C50SAL:slightlyasphericlens,HAL:highlyasphericlens.(文献7.10より作成)眼軸伸長抑制率(%)近視進行抑制率(%)806040200806040200経過(カ月)Lamら,MiyoSmartBaoら,StellestPAL図7近視進行と眼軸伸長における抑制率の経時変化PALの誤差線は,5.10度にわたるCRCTを基にメタ解析で得られた平均値とC95%信頼区間を示す.(文献7.10より作成)C-61218246121824

学童近視の進行予防外来最前線 オルソケラトロジー

2023年2月28日 火曜日

学童近視の進行予防外来最前線オルソケラトロジーOrthokeratology平岡孝浩*はじめにオルソケラトロジー(orthokeratology.以下,OK)とは特殊な内面デザインを有するハードコンタクトレンズを用いて意図的に角膜形状を変化させることにより,一時的に屈折異常を取り除く手法であるが,近視が進行する学童期に応用することにより進行予防効果が得られることが広く知られるようになった.現在では近視抑制治療の主軸の一つとして普及しており,とくに中国を中心としたアジア諸国で爆発的に処方数が増加している.本稿ではOKの近視予防効果について解説する.I近視抑制メカニズム一般的に軸外収差理論(peripheralrefractiontheory)が支持されており1,2),OK治療後には周辺部網膜における遠視性デフォーカス(網膜後方の焦点ずれ)が改善するために眼軸長の過伸展が抑制され,結果として近視進行が抑制されると考えられている(図1).また近年では,高次収差が近視抑制に重要な役割を果たしているとの仮説も提唱されている3.8).OK治療中の学童において,コマ収差が大きい症例のほうが眼軸長伸長は抑えられていたという報告や3,4),正の球面収差と眼軸長伸長が相関していたという報告がある5).OKと0.01%アトロピン点眼の併用療法を受けていた学童においても,高次収差と眼軸長伸長の間に有意な負の相関関係が認められている6).さらに,OKなどの特別な治療を受けていない学童の自然経過においても,高次収差と眼軸長伸長には有意な相関が確認されており7,8)(図2),高次収差の増加が眼軸長の伸長を抑制している可能性が高い.高次収差は焦点深度を拡張する効果があり,調節への負荷を軽減するために近視進行が抑制されるとの考えもあるが7),その詳細なメカニズムは解明されておらず,さらなる研究結果が待たれる.II初のケースレポートOK治療に伴う眼軸長伸長抑制効果に関しては,2004年に初めて学術報告がなされた.左眼のみ治療を受けていた11歳男児の2年間の眼軸長変化が0.13.mmであり,治療を受けていない右眼の0.34mmと比較して半分以下の伸び(約0.75Dに相当する抑制効果)であったことが示された9).IIIパイロット研究2005年に香港から,2009年に米国から報告された研究では,それぞれ35症例と28症例のOK治療患者の2年間の眼軸長変化が測定され,ヒストリカルデータ(過去に行われた別の研究結果)との比較が行われている.その結果,前者では単焦点眼鏡を装用している近視学童よりも46%の抑制効果が達成され10),後者ではソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)装用の近視学童よりも55%の眼軸長伸長抑制効果が確認された11)(表1).*TakahiroHiraoka:筑波大学医学医療系眼科〔別刷請求先〕平岡孝浩:〒305-8575つくば市天王台1-1-1筑波大学医学医療系眼科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(25)163図1軸外収差理論に基づく近視進行・抑制メカニズム通常の眼鏡やコンタクトレンズで近視を矯正すると,網膜周辺部に遠視性デフォーカス(網膜後方の焦点ずれ)を生じやすい.後方の焦点は眼球を伸展させるシグナルとなり,眼軸長が必要以上に伸展してしまう.オルソケラトロジー後は角膜中央がフラット化するとともに周辺部角膜はスティープ化するため,周辺部での屈折力が増し遠視性デフォーカスが改善する.その結果,眼軸長伸長が抑制され近視進行が鈍化すると考えられている.IV非ランダム化比較試験初の非ランダム化比較試験は日本で行われた.Kakitaら12)はベースラインデータがマッチしたC2群を前向きにC2年間経過観察したところ,OK群の眼軸長伸長は眼鏡対照群よりもC36%抑制されていることを見いだした.類似の研究がスペインでも行われ,OK群の眼軸長伸長は眼鏡対照群よりもC2年間でC32%抑制されていることが報告された13)(表1).CVランダム化比較試験初のランダム化比較試験は香港で行われ,ROMIO(RetardationCofCmyopiaCinorthokeratology)スタディとよばれている14).2年間の前向き研究であり,2群間の眼軸長変化量の有意差が認められ,OK群では眼鏡対照群よりもC43%の抑制効果が確認された(表1).VI強度近視眼や乱視眼への適応拡大Charmら15)は強度近視眼に対して,すべての度数をOKで矯正するのではなく,4Dだけ(部分的に)OKで矯正して,残存した近視度数に対して眼鏡で矯正を行うCpartialCreductionOKという手法を用いた.そしてC2年間の眼軸長変化量を眼鏡対照群と比較した.その結果,63%の抑制効果が確認され,partial.reduction.OKは非常に強い抑制効果を有することが明らかとなった.さらに同じ研究グループは,中等度以上の乱視を有する近視学童に対してトーリックCOKレンズで矯正を行うTO-SEEスタディという研究を行っている.その結果,2年間でC52%の抑制効果が確認された16)(表1).これらの結果から,海外では強度近視や高度乱視へも適応が広がっている.164あたらしい眼科Vol..40,No..2,2023(26)角膜全高次収差(μm)0.80.60.40.20眼軸長変化量(mm)図2近視学童の自然経過における高次収差と眼軸長変化量の関係特別な治療を受けていない単焦点眼鏡装用中の近視学童C64症例の眼軸長変化をC2年間前向きに検討し,初診時の角膜高次収差との関連を調べた7).その結果,角膜全高次収差とC2年間の眼軸長変化量は有意な負の相関を示すことが判明した.つまり,初診時に角膜高次収差が大きい症例では眼軸長の伸びが小さく,角膜高次収差の小さい症例では眼軸長の伸長が大きいことが示された.類似の相関関係はオルソケラトロジー(OK)治療眼3.5)やCOK+0.1%アトロピン点眼治療眼6)においても確認されており,高次収差が近視進行メカニズムにおいて重要な役割を担っている可能性が指摘されている.(文献C7のデータをもとに筆者が新たに作成)-0.200.20.40.60.811.21.41.61.82表1OKによる眼軸長伸長抑制効果に関する既報のまとめ著者(報告年)国試験デザイン観察期間(年)ランダム化治療群対象年齢参加者数近視度数(D)乱視量(D)眼軸長伸長(mm)抑制率(%)Choら10)(C2005)香港パイロットC2なしCOK/SVC7-12C35/─C.0.25.C.4.50<C2.00C0.29/0.54C46Wallineら11)(C2009)米国パイロットC2なしCOK/SCLC8-11C28/─C.0.75.C.4.00<C1.00C0.25/0.57C55Kakitaら12)(C2011)日本前向きC2なしCOK/SVC8-16C42/50C.0.50.C.10.00C.1.50C0.39/0.61C36CSantodomingo-Rubidoら13)(C2012)スペイン前向きC2なしCOK/SVC6-12C29/24C.0.75.C.4.00C.1.00C0.47/0.69C32Choら14)(C2012)香港前向きC2ありCOK/SVC6-10C37/41C.0.50.C.4.00C.1.25C0.36/0.63C43Charmら15)(C2013)香港前向きC2ありCOK/SVC8-11C12/16C.5.00.C.8.00C.2.00C0.19/0.51C63Chenら16)(C2013)香港前向きC2なしCOK/SVC6-12C35/23C.0.50.C.5.00C1.25CtoC3.50C0.31/0.64C52Hiraokaら22)(C2012)日本前向きC5なしCOK/SVC8-12C22/21C.0.50.C.5.00C.1.50C0.99/1.41C30CSantodomingo-Rubidoら23)(C2017)スペイン前向きC7なしCOK/SVC6-12C14/16C.0.75.C.4.00C.1.00C0.91/1.35C33Hiraokaら24)(C2018)日本後向きC10なしCOK/SCLC8-16C53/39C.0.50.C.7.00C.1.25C─/─C─Kinoshitaら26)(C2018)日本前向きC1ありCOK+AT/OKC8-12C20/20C.1.00.C.6.00C.1.50C0.09/0.19C53Kinoshitaら27)(C2020)日本前向きC2ありCOK+AT/OKC8-12C38/35C.1.00.C.6.00C.1.50C0.29/0.40C28Tanら28)(C2020)香港前向きC1ありCOK+AT/OKC6-11C29/30C.1.00.C.4.00<C2.50C0.07/0.16C56Tanら29)(C2022)香港前向きC2ありCOK+AT/OKC6-11C34/35C.1.00.C.4.00<C2.50C0.17/0.35C50COK=オルソケラトロジー,SV=単焦点眼鏡,SCL=ソフトコンタクトレンズ,AT=0.01%アトロピン点眼,(─)=データなし.10年間の近視変化(D)*-6-5-4-3-2-10装用開始時の年齢(歳)図3OK群およびSCL群の10年間近視変化を装用開始年齢ごとに比較横軸は装用開始年齢,縦軸はC10年間トータルでの近視変化である.つまり,横軸に示す年齢でCOK(オルソケラトロジー)またはCSCL(ソフトコンタクトレンズ)の装用を開始し,同じ矯正法をC10年間続けた場合の近視進行度数が縦軸に示されている.8.9歳の小学校低学年において近視が進行しやすく,中高生になると比較的進行が緩和していることがわかる.OK群(水色)とCSCL群(緑)を比較すると,いずれの装用開始年齢においてもCOK群の近視変化が小さい.すなわち,10年間の長期にわたりCOK治療を継続すれば,近視進行抑制効果が維持されることを示している.(文献C24のデータをもとに筆者が新たに作成)(mm)2年間の眼軸長変化量0.70.60.50.40.30.20.10OKOKSVAOKスタディROMIOスタディ図4AOKスタディとROMIOスタディの比較AOKスタディC28,29とCROMIOスタディ14)は香港の同じ研究グループによって行われ,適応基準を含め基本的に同じプロトコルで進められたため,結果の比較が容易である.ピンクはCOK+AT(オルソケラトロジー+0.01%アトロピン点眼)群,水色はCOK(オルソケラトロジー)群,緑はCSV(単焦点眼鏡)群を示しており,両研究ともに水色のCOK群はC0.35Cmm程度の眼軸長伸長であるが,ピンクの併用群では明らかに伸長が抑えられている.緑のCSV群と比較するとC73%の抑制効果が達成されている.(文献C14とC29のデータをもとに筆者が新たに作成)thalmologyC122:93-100,C20154)KimCJ,CLimCDH,CHanCSHCetal:PredictiveCfactorsCassociat-edCwithCaxialClengthCgrowthCandCmyopiaCprogressionCinCorthokeratology.CPLoSOneC14:e0218140,C20195)LauCJK,CVincentCSJ,CCheungCSWCetal:Higher-orderCaber-rationsCandCaxialCelongationCinCmyopicCchildrenCtreatedCwithCorthokeratology.CInvestCOphthalmolCVisCSciC61:22,C20206)VincentCSJ,CTanCQ,CNgCALKCetal:HigherCorderCaberra-tionsCandCaxialCelongationCinCcombinedC0.01%CatropineCwithCorthokeratologyCforCmyopiaCcontrol.COphthalmicCPhysiolOptC40:728-737,C20207)HiraokaCT,CKotsukaCJ,CKakitaCTCetal:RelationshipCbetweenChigher-orderCwavefrontCaberrationsCandCnaturalCprogressionCofCmyopiaCinCschoolchildren.CSciRepC7:7876,C20178)LauCJK,CVincentCSJ,CCollinsCMJCetal:OcularChigher-orderCaberrationsCandCaxialCeyeCgrowthCinCyoungCHongCKongCchildren.CSciCRepC8:6726,C20189)CheungCSW,CChoCP,CFanD:AsymmetricalCincreaseCinCaxialClengthCinCtheCtwoCeyesCofCaCmonocularCorthokeratolo-gyCpatient.COptomVisSciC81:653-656,C200410)ChoCP,CCheungCSW,CEdwardsM:TheClongitudinalCortho-keratologyCresearchCinCchildren(LORIC)inCHongKong:aCpilotCstudyConCrefractiveCchangesCandCmyopicCcontrol.CCurrEyeResC30:71-80,C200511)WallineCJJ,CJonesCLA,CSinnottLT:CornealCreshapingCandCmyopiaCprogression.CBrCJCOphthalmolC93:1181-1185,C200912)KakitaCT,CHiraokaCT,COshikaT:In.uenceCofCovernightCorthokeratologyConCaxialCelongationCinCchildhoodCmyopia.CInvestOphthalmolVisSciC52:2170-2174,C201113)Santodomingo-RubidoCJ,CVilla-CollarCC,CGilmartinCBCetal:CMyopiaCcontrolCwithCorthokeratologyCcontactClensesCinSpain:refractiveCandCbiometricCchanges.CInvestCOphthal-molVisSciC53:5060-5065,C201214)ChoCP,CCheungSW:RetardationCofCmyopiaCinCorthokera-tology(ROMIO)study:aC2-yearCrandomizedCclinicalCtrial.CInvestOphthalmolVisSciC53:7077-7085,C201215)CharmCJ,CChoP:HighCmyopia-partialCreductionCortho-k:aC2-yearCrandomizedCstudy.COptomCVisCSciC90:530-539,C201316)ChenCC,CCheungCSW,CChoP:MyopiaCcontrolCusingCtoricorthokeratology(TO-SEEstudy)C.CInvestCOphthalmolCVisCSciC54:6510-6517,C201317)ChanCKY,CCheungCSW,CChoP:OrthokeratologyCforCslow-ingCmyopicCprogressionCinCaCpairCofCidenticalCtwins.CContCLensAnteriorEyeC37:116-119,C201418)SiCJK,CTangCK,CBiCHSCetal:OrthokeratologyCforCmyopiacontrol:aCmeta-analysis.COptomCVisCSciC92:252-257,C201519)WenCD,CHuangCJ,CChenCHCetal:E.cacyCandCacceptabilityCofCorthokeratologyCforCslowingCmyopicCprogressionCinCchil-(31)dren:aCsystematicCreviewCandCmeta-analysis.CJOphthal-molC2015:360806,C201520)SunCY,CXuCF,CZhangCTCetal:OrthokeratologyCtoCcontrolmyopiaCprogression:aCmeta-analysis.CPLoSCOneC10:Ce0124535,C201521)LiCSM,CKangCMT,CWuCSSCetal:E.cacy,CsafetyCandCacceptabilityCofCorthokeratologyConCslowingCaxialCelonga-tionCinCmyopicCchildrenCbyCmeta-analysis.CCurrCEyeCResC41:600-608,C201622)HiraokaCT,CKakitaCT,COkamotoCFCetal:Long-termCe.ectCofCovernightCorthokeratologyConCaxialClengthCelongationCinCchildhoodmyopia:aC5-yearCfollow-upCstudy.CInvestCOph-thalmolVisSciC53:3913-3919,C201223)Santodomingo-RubidoCJ,CVilla-CollarCC,CGilmartinCBCetal:CLong-termCe.cacyCofCorthokeratologyCcontactClensCwearCinCcontrollingCtheCprogressionCofCchildhoodCmyopia.CCurrEyeResC42:713-720,C201724)HiraokaCT,CSekineCY,COkamotoCFCetal:SafetyCandCe.cacyCfollowingC10-yearsCofCovernightCorthokeratologyCforCmyopiaCcontrol.COphthalmicCPhysiolCOptC38:281-289,C201825)ChoCP,CCheungSW:ProtectiveCroleCofCorthokeratologyCinCreducingCriskCofCrapidCaxialelongation:aCreanalysisCofCdataCfromCtheCROMIOCandCTO-SEECstudies.CInvestCOph-thalmolVisSciC58:1411-1416,C201726)KinoshitaCN,CKonnoCY,CHamadaCNCetal:AdditiveCe.ectsCofCorthokeratologyCandCatropineC0.01%CophthalmicCsolutionCinCslowingCaxialCelongationCinCchildrenCwithmyopia:.rstCyearCresults.CJpnJOphthalmolC62:544-553,C201827)KinoshitaCN,CKonnoCY,CHamadaCNCetal:E.cacyCofCcom-binedCorthokeratologyCandC0.01%CatropineCsolutionCforCslowingCaxialCelongationCinCchildrenCwithmyopia:aC2-yearCrandomisedCtrial.CSciRepC10:12750,C202028)TanCQ,CNgCAL,CChoyCBNCetal:One-yearCresultsCofC0.01%CatropineCwithorthokeratology(AOK)study:aCran-domisedCclinicalCtrial.COphthalmicCPhysiolCOptC40:557-566,C202029)TanCQ,CNgCAL,CChengCGPCetal:CombinedC0.01%CatropineCwithCorthokeratologyCinCchildhoodCmyopiacontrol(AOK)study:AC2-yearCrandomizedCclinicalCtrial.CContCLensCAnteriorEye30:101723,C202230)HiraokaCT,COkamotoCF,CKajiCYCetal:OpticalCqualityCofCtheCcorneaCafterCovernightCorthokeratology.CCorneaC25:CS59-S63,C200631)HiraokaCT,COkamotoCC,CIshiiCYCetal:ContrastCsensitivityCfunctionCandCocularChigher-orderCaberrationsCfollowingCovernightCorthokeratology.CInvestOphthalmolVisScC48:C550-556,C200732)LiuCYM,CXieP:TheCsafetyCofCorthokeratology-aCsystem-aticCreview.CEyeContactLensC42:35-42,C201633)BullimoreCMA,CSinnottCLT,CJones-JordanLA:TheCriskCofCmicrobialCkeratitisCwithCovernightCcornealCreshapingClens-es.COptomVisSciC90:937-944,C2013あたらしい眼科Vol.C40,No.2,2023C169

学童近視の進行予防外来最前線 ソフトコンタクトレンズ

2023年2月28日 火曜日

学童近視の進行予防外来最前線ソフトコンタクトレンズTheFrontLinesofMyopiaControlinSchoolChildren─TreatmentwithMultifocalSoftContactLenses二宮さゆり*はじめに筆者がソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)を使った子どもの近視抑制研究に携わりはじめたのは2010年の頃である.当時の日本は,オルソケラトロジー(以下,オルソK)による近視進行抑制効果がやっと認知されはじめた頃であり,ましてや「SCLにおいても,何を装用するかで近視進行に差が出るようだ」という話は半信半疑,もしくはまったく信用されない時代であった.それ以前に,子どもにSCLを装用させるということ自体がタブー視されていたのかもしれない.しかし現在,海外の多くの国で近視抑制効果の承認を得た「近視抑制治療用SCL」が発売され,オルソKと並ぶ治療手段として臨床の場に浸透しつつある.眼科医が近視の子どもに眼鏡を処方し,近視進行を傍観していられる時代は終わりつつあるのだ.近視の子どもをもつ親は切実に治療手段を模索している.しかし,その治療需要に対する眼科医側の治療提供はまったく追いついていない状況である.過度に進行した近視がもたらす緑内障や網膜.離などの重篤な合併症のリスクを考えると,未来を担う子どもたちがそれら重篤な疾患に罹らずにすむ予防治療として,われわれ眼科医は近視進行抑制治療にもっと積極的に取り組む責務を負っているのではないだろうか.I光学デザインのトレンド1.累進屈折タイプの場合遠視性軸外収差は近視進行を促す要素の一つと推測されている.中心遠用の累進屈折SCLについては,単焦点SCL,中加入(add:+1.25D),高加入(add:+2.50D)を比較したWallineらの研究1)により,加入度数に応じて屈折においても眼軸長においても,加入度数の大きさと近視抑制効果に有意な相関があることが示された.Bio.nityMultifocalHighadd+2.50D(クーパービジョン)はわが国で現時点でも入手可能で,制作範囲は.10Dまでと適応範囲も広い.しかし,高加入タイプは瞳孔径が大きくなるような環境,たとえばバドミントンやバレーボールなど眩しい照明下で行われる室内競技では,見え方の不自由を訴える場合もあるので,筆者は長眼軸眼の子どもに限って用いているようにしている.近視進行スピードが速い子どもには,既成品の+2.50D加入より大きい加入が必要と感じる場合もある.海外には加入度数,乱視度数などを指定してカスタムメイドで作製できるコンタクトレンズ(contactlens:CL)もあり(ただしコンベンショナルタイプ),医師が患者に必要と考える加入度数のSCLを処方可能であるのは羨ましいかぎりである.一方,12歳以降で眼軸の伸びも鈍化してきたと判断した場合には,視機能を優先して低加入のMeniconDuoや非球面の単焦点SCLの処方に切り替えている.*SayuriNinomiya:伊丹中央眼科〔別刷請求先〕二宮さゆり:〒664-0851兵庫県伊丹市中央1-5-1伊丹中央眼科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(19)157MiSightR(CooperVision)図1MiSight中心より遠用度数と+2.00D加入度数部分が交互に配置された二重焦点となっており,加入部分を通過した光により近視性の軸上および軸外収差が生じる.(CooperVisionMisight1Dayホームページより改変,misight.com)C2.同心円状デザインタイプの場合a.MiSight(クーパービジョン,図1)世界でもっとも知られた近視進行抑制CSCLであるMiSightは.中心より遠用度数と+2.00D加入度数部分が交互に配置された二重焦点CSCLで,治療開始時の年齢はC8.12歳,等価球面値C.0.75.C.4.00D,乱視度数0.75D以下の学童近視の子どもを対象としている.単焦点CSCLとのC3年間比較ではC52%(眼軸長)の近視抑制効果が示されており2,3),現在はC7年目までの長期データも公表されている.そこではCMisight装用中止によるリバウンドの有無についても調査されており,装用中止により近視進行は本来の無治療時の進行速度に戻るものの,リバウンドとよべるような進行加速はみられなかったとしている.MiSightはヨーロッパ,北米,オセアニア,東南アジア,中国,韓国など多くの国々で近視抑制治療用CSCLとして承認を受けて販売されている.世界にはずいぶん出遅れたものの,日本でもC2021年末より承認取得に向けた臨床治験が始まっている.数年後には臨床の場で近AcuvueRabilitiTM1.Day(Johnson&Johnson)外側の治療ゾーンを通過した光は網膜の前方に集光する図2Acuvueabiliti1-Dayabiliti-1Dayは大きく加入されているが,軸上をはずして焦点が合うように設計することで(リングブーストターゲットテクノロジー),見え方への影響軽減を図っているという.(AcuvueabilityC1-Dayホームページより改変,seeyouabiliti.com)視抑制効果の認可を受けた製品として正式に販売開始されると期待している.Cb.Acuvueabiliti1-Day(ジョンソン・エンド・ジョンソン,図2)CAcuvueabiliti1-Dayもわが国では未発売の製品である.治療開始時年齢C7.12歳,等価球面値C.0.75.C.4.50D,乱視度数C1.00D以下の子どもを対象としており,多焦点CSCLが持ち込む視機能への影響を抑えつつ,近視進行を抑制することを意図したデザインとなっている.視軸上の光は黄斑上に焦点を結ぶと同時に,+10.00Dの加入効果により網膜より手前にも焦点を結ぶ.外側の治療ゾーン(+7.00D加入)を通過した光は視軸を避けて網膜の前方に焦点を結ぶように設計されている(図1b).AcuvueOasisと同じ高酸素透過性シリコーンハイドロゲル素材(seno.lconA)で作られており,2021年にカナダで近視抑制治療用CSCLとしての承認を得ている.Misightと比較し,かなり高加入となっているため,より強い近視抑制効果が期待できる可能性もある.しかし,加入部分の焦点は中央からズラした設計に158あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023(20)ピークは-0.25~-0.75D程度近方寄り図3SEED1DayPureEDOFMidEDOF(焦点深度拡張型)は近見有利にする設計上,網膜像のピーク位置がやや近方寄りになっている.12.0%処方度数(TP)10.0%8.0%6.0%4.0%2.0%0.0%-0.50-0.75-1.00-1.25-1.50-1.75-2.00-2.25-2.50-2.75-3.00-3.25-3.50-3.75-4.00-4.25-4.50-4.75-5.00-5.2588%98%図4当院におけるオルソK処方レンズ分布実際に集計した処方レンズ分布は.4.00DまでがC9割を占めていた.データ対象期間:2018年.2022年C10月.月火水木金土日am休pm前半診pm5時以降日〈解決策〉◆定期検診:1年以上問題なく過ごせていれば,夏休み,冬休み,春休みへ振り分ける.図5子どもが来院可能な時間帯子どもが来院できる時間帯は,平日の夕方,週末,夏休みなどの長期休暇中に限られてしまう.正常眼データに基づくトレンド分析治療効果が出ているかを可視化実施した治療を入力可能図6MyopiaMasterのトレンド解析プログラム眼軸長の掲示変化を示すのみならず,BrienHoldenVisionInstituteの収集したC25,000眼以上の年齢別正常眼データベースを元に進行の予測解析も可能である.(ニコンのカタログより転載)Master(ニコン,図6),MYAH(トプコン,図7)には,発売予定となっている.近視の進行をグラフ化して説明眼軸長変化をグラフとして示すプログラムが搭載されてできる手段は,近視進行評価,治療効果の判定,モチベいる.また,トーメーコーポレーションより既存の眼軸ーション維持にとって大変有用である.長測定装置COA-2000に外付するタイプの眼軸長トレンド解析ソフトウェア(AxialManager)がC2023年C2月に(23)あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023C161図7MYAHの眼軸長と年齢をプロットしたグラフ眼軸長と屈折値の経時変化を表示することができる.治療開始時などをマークする機能もあり,患者説明に便利である.(トプコンのホームページより転載)

学童近視の進行予防外来最前線 低濃度アトロピン

2023年2月28日 火曜日

学童近視の進行予防外来最前線低濃度アトロピンLow-ConcentrationAtropineEyeDropsfortheControlofMyopiaProgression稗田牧*Iアトロピンとは何かアセチルコリン(acetylcholine:ACh)はもっとも早く(1921年)同定された神経伝達物質で,その役割は多岐にわたっている.骨格筋の神経筋接合部の神経終末で放出され筋肉を収縮させ,自律神経の神経節および副交感神経の神経終末で刺激を伝える.それ以外にも脳内では記憶や認知機能に関連している.AChの受容体は二種類に分類される.イオンチャネル型のニコチン受容体は骨格筋を収縮させる運動神経終末と自律神経節・脳内に存在する.代謝調節型の受容体であるムスカリン受容体は副交感神経の神経終末と脳内に存在する.眼内AChの役割は副交感神経の神経終末から虹彩・毛様体に作用して縮瞳や調節を起こすことが知られている.アトロピンはナス科ベラドンナ植物由来で,AChより前の1831年に分離同定された.非選択性なムスカリン受容体阻害薬である.ムスカリン受容体にAChが結合するのを遮断し,効果を無効化することで散瞳,調節麻痺,心拍数の増大を起こす.本稿では,低濃度アトロピン点眼の効果をムスカリン受容体阻害薬という観点で理解し,現状を把握するとともに今後の展望にふれてみる.IIムスカリン受容体は近視に関係するかAChのムスカリン受容体はロドプシン,bアドレナリン受容体とともに,7回細胞膜貫通構造をもつG蛋白質共役受容体(GPCR)ファミリーとして知られている.ムスカリン受容体のサブタイプとして5種類(M1~M5)があり組織に特徴ある発現をしている.M1受容体は中枢や自律神経節,M2受容体は心臓におもに存在する.M3受容体は消化管の平滑筋や血管内皮細胞に存在し,眼では角膜,虹彩,毛様体,水晶体上皮に存在する1).各レセプターの存在部位と役割を表1に示す.毛様体筋や虹彩にM3受容体が発現し,アトロピンの遮断作用により調節麻痺や散瞳が起こることから,アトロピンの作用がM3受容体を介するのは間違いない.M3受容体が近視に関与するという報告もある2).しかし,直接的にM3受容体をはじめとするムスカリン受容体が人の近視進行に関与することは証明されてない3).近年の傾向として,単なる調節過剰で近視になる機序(調節説)よりも,遠視性蒙像などの網膜への視覚刺激が眼軸延長をうながし,近視が進行する説(網膜説)が優勢であるように思われる.M1とM4受容体阻害薬がツパイの実験近視を抑制したとの報告がある4).調節説と網膜説いずれも近業に関連するので,全体の近視進行機序でそれぞれが一定の役割を果たしているはずである.網膜にはムスカリンレセプターがM1~M5受容体すべてが存在するが5),その役割は十分には解明されていない.ムスカリン作用により網膜内ドーパミンが減少する可能性があり3),ドーパミンの減少が近視進行に関与*OsamuHieda:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕稗田牧:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(13)151表1ムスカリン受容体サブタイプおもな局在おもな機能CM1脳(海馬),自律神経節中枢,神経節脱分極CM2心臓心拍数減少,心筋収縮力低下CM3腸,平滑筋,腺,毛様体気管支収縮,外分泌促進,血管弛緩CM4脳(線条体)中枢CM5脳(黒質)中枢毛様体神経節←動眼神経短毛様体神経脈絡膜内在神経節翼口蓋神経節←顔面神経眼窩下神経図1眼球の副交感神経の分布しているのかもしれない.また,アトロピンが網膜色素上皮のムスカリン受容体に作用してCTGF-bの発現と分泌を抑制することも報告されている6).強膜線維芽細胞にもCM1~M5受容体すべてが存在する7)ため,アトロピンが直接作用する可能性が以前より指摘されている1).マウス実験近視においてはアトロピン投与でCM1,M3,M4受容体の発現が増加したとの報告がある8).脈絡膜の血管には副交感神経が分布しており,ムスカリン受容体を介した作用が血管内内皮から一酸化窒素(NO)を放出させ,血管が拡張することで脈絡膜血流を増やす作用がある9).アトロピン点眼の抗ムスカリン作用は脈絡膜血流を減らす働きが予想されるが,これに反して濃度依存的に脈絡膜を厚くすることが知られている.いずれの部位のムスカリン受容体も近視化に関連はありそうで,どの部位のどのタイプの受容体に関連しているかを見分けていくことで近視治療薬の開発につながりうる.CIII眼の副交感神経分布(図1)ムスカリン受容体は副交感神経の終末に分布し,気管支収縮や腸管収縮,腺分泌に関与しているが,眼では前眼部と後眼部で異なる脳神経から支配を受けている.前眼部の副交感神経はCEdinger-Westphal核から動眼神経を通り,毛様体神経節でシナプスを介して複数の短毛様体神経として強膜をつらぬき眼内に入り,脈絡膜を前方に進み虹彩と毛様体を支配している.この神経が縮瞳や調節の近方反応を起こす主たる神経と考えられている.この神経終末からCAChが放出されCM3受容体と結合し,瞳孔括約筋や毛様体CMuller筋が収縮することで縮瞳と調節が起こる.152あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023(14)表2おもなアトロピン点眼臨床試験の結果試験名症例数濃度コントロール期間まとめCATOM-1C400C1%偽薬2年近視抑制効果ありCATOM-2C4000.5%0.1%0.01%なし2年濃度依存性に近視抑制効果あり0.01%眼軸有意差なしCATOM-JC171C0.01%偽薬2年0.01%に近視抑制効果あり眼軸延長抑制効果ありCLAMPC438C0.05%C0.025%C0.01%偽薬1年濃度依存性に近視抑制効果あり0.01%眼軸有意差なし%アトロピン点眼群で偽薬群より有意に抑制されていた.平均の差としては屈折度C0.22D,眼軸C0.14Cmmと他の報告より少なかった14).これまでのおもな臨床研究の結果を表2にまとめた.薄暮時瞳孔径<中央値n=83ChangefromBaseline(2w)[D]0.40.20.0-0.2-0.4-0.6-0.8-1.0-1.2-1.4-1.6-1.8-2.0PlaceboDrug図2ATOM-Jのサブグループ解析瞳孔径が小さいサブグループでは近視進行抑制効果が強く(0.48D)認められた.2w6m12m18m24mTimeV瞳孔径についての考察ATOM-J研究のサブグループ解析で,点眼前の薄暮視瞳孔径が中央値より大きい学童はC0.01%アトロピンをC2年間投与しても近視進行抑制効果が認められなかった.点眼前の薄暮視瞳孔径が中央値より小さい群では,0.01%アトロピンをC2年点眼すると,点眼していない群と比較して有意により強く(0.48D)近視進行を抑制した(図2).瞳孔には虹彩瞳孔部で輪状に走行する瞳孔括約筋と,虹彩毛様体部に放射状に走行する瞳孔散大筋がある(図3).瞳孔括約筋にはムスカリン受容体の一種であるCM3受容体が存在し副交感神経の刺激つまりCAChにより収縮する.副交感神経刺激は瞳孔散大筋を弛緩させる作用もある.縮瞳しているということは瞳孔括約筋が収縮して瞳孔散大筋が弛緩している,つまり副交感神経優位の状態と解釈することが可能である.したがって,ムスカリン作用を緩和するためにムスカリン受容体阻害薬のアトロピンを長期間投与することは,均衡をとりもどす効果が期待できる.ATOM-Jの近視進行抑制効果はC15%とCLAMP(香港)のC27%,ATOM-2(シンガポール)のC50%に比較する虹彩捲縮輪(collarett)副交感神経刺激→縮瞳●瞳孔括約筋(M3)収縮●瞳孔散大筋弛緩交感神経刺激→散瞳●瞳孔散大筋収縮虹彩瞳孔部虹彩毛様体部図3虹彩筋の二重神経支配154あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023(16)表3アトロピンの近視進行抑制効果の違いと点眼前瞳孔径試験名濃度コントロール期間近視進行抑制割合(屈折度)点眼開始前薄暮視瞳孔径(平均値mm)CATOM-2C0.01%ヒストリカルコントロール5年:3年以後は進行例のみC50%C4.7CLAMPC0.01%偽薬1年C27%C6.7CATOM-JC0.01%偽薬2年C15%C7.3C—

学童近視の進行予防外来最前線 近視進行予防治療の提示方法

2023年2月28日 火曜日

学童近視の進行予防外来最前線近視進行予防治療の提示方法TherapeuticMethodsforthePreventionofMyopiaProgression松村沙衣子*はじめに近視有病率の増加は,世界的に公衆衛生および社会経済上の重要な問題になっている.とりわけ東アジア先進国の若年層での増加が著しく,若年者の近視および強度近視の有病率は,それぞれ80~90%,20%程度にまで上昇している1).わが国でも,令和3年度の学校保健統計調査にて,裸眼視力1.0未満の子どもの割合は小学校,中学校,高等学校でそれぞれ36.9%,60.3%,64.4%と報告され,年々右肩上がりの増加傾向を示している2).さらに,コロナ禍の影響で小児を取り巻く生活環境は大きく変化しており,近視発症の低年齢化や進行速度の増大が懸念される.近視が重症化すると,網膜,脈絡膜,強膜の病的変化により,不可逆的な視力障害を起こす合併症が増加する.このため,将来の強度近視の合併症リスクを減らすために,小児における近視進行予防治療の需要が高まっている.小児近視進行予防治療は新しい分野であり,長期に経済的負担を伴う自由診療であることから,正確なエビデンスに基づいた治療を提供し,患者や保護者との信頼関係を構築する必要がある.小児近視進行予防治療に取り組むうえで必要となる知識,患者や保護者の理解を深めるための治療方法の提示法,長期管理の工夫などについて,当院での実際の取り組みを含めて概説する.I近視進行予防治療の重要性1.国内外における小児近視有病率の増加世界的に近視,強度近視の有病率は増加傾向にあり,Holdenらの研究では2050年には世界人口の約50%が近視,約10%が強度近視になると予測されている3).わが国では2013~2016年に調査した長浜研究の結果,35~80歳の近視有病率がすでに50.0%,強度近視有病率が7.9%と報告されている.とくに若年者(35~59歳)では70%が近視,約10%が強度近視であり,将来はさらなる増加が懸念される4).小児の近視有病率もとくに東アジア先進国で高く,ヨーロッパで約40%であるのに対して,東アジアでは約60%と報告されている5).わが国も小児近視有病率の高い地域であり,年々増加傾向にある.1984年と1996年に行った調査を比較すると,1996年では7歳以降の近視の有病率が年齢とともに増加してくる傾向があった6).1996年の7歳,12歳時の近視有病率はそれぞれ約15%,約60%であったが,2017年のわが国の報告では7歳で71.9%,12歳で94.6%と報告されている7).発症年齢の低年齢化も指摘され,未就学児においても近視小児増加の波が起きており,香港では10年間で2.3%から6.3%とへ増加している8).低年齢発症の近視の問題点は,近視進行安定化までの時間経過が長いことより,成人期の最終的な近視度数も上がってしまうことである.また,コロナ禍の影響で,小児を取り巻く環境は*SaikoMatsumura:東邦大学医療センター大森病院眼科〔別刷請求先〕松村沙衣子:〒143-8541東京都大田区大森西6-11-1東邦大学医療センター大森病院眼科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(3)141激しく変化しており,中国の7~18歳1,001,749人を対象とした研究では,スマートフォン,タブレットなどの2時間以上の使用が7~12歳では3.14倍,13~18歳では2.07倍に増加しており,1時間以上の屋外時間が7~12歳では1.14倍,13~18歳では1.71倍減少していた9).このような生活環境の変化に伴い近視の進行度も有意に上昇していることが報告されており,近視発症の低年齢化や近視進行速度の増大がますます懸念されている.2.強度近視眼の視力障害のリスク近視の程度が1D増すごとに,強度近視の合併症である近視性黄斑症,開放隅角緑内障,後.下白内障,網膜.離のリスクはそれぞれ58%,20%,21%,30%増加する8,9).屈折異常別に年齢による視力障害の累積リスクを解析した研究では,85歳時点での累積リスクは正視で9.5%,強度遠視で15.3%と報告される一方,強度近視では60歳以前からリスクが増加傾向を示し,85歳時点で33.7%と高かった10).近視による合併症のリスクは,高血圧や喫煙による心血管疾患のリスクと同程度とされ,近視進行予防治療の目的は強度近視の合併症を減らすことにある.近視黄斑症のリスクは,近視度数.3Dの人よりも近視度数.6Dの人のほうが高いが,小児期に進行を1D遅らせれば,どちらの人もリスクを37%下げることができると報告している9).予防的介入は著しい近視進行を示す小児期にとくに有効であり,この時期に早急にエビデンスのある有効な介入を行うことが重要と考える.II小児近視予防治療の対象国際近視研究所(InternationalMyopiaInstitute:IMI)は,前近視を「ベースラインの屈折,年齢,その他の定量化できる危険因子の組み合わせにより,予防的介入に値する将来の近視発症の可能性が十分にある子どもの眼の屈折状態(.+0.75Dおよび>.0.50D)」と定義した9,11).近視患者においては,近視発症の最大4年前に遠視度数の低下を示し,屈折値や眼軸長のもっとも急速な変化は近視発症後ではなく,近視発症の前年に起きると報告されていることが,前近視の段階での介入を推奨する理由の一つである.しかし,近視の前段階にある小児は,視機能に影響が出ていないことから眼科受診の機会もなく,この時点での予防的介入はわが国において困難である.近視進行予防治療の対象についての明確な基準はまだ確立していないが,わが国における小児近視予防治療は自由診療であり,実臨床では患者や保護者の意向に沿う形となる.本稿では最近の報告に基づき,とくに強度近視になるリスクが高く,積極的に治療を勧めるべき対象について概説する.1.近視発症前の指導や管理東アジア人では,近視の発症を1年遅らせることで,最終的な近視レベルを0.75D以上下げることができる可能性があるとされる12).このため,将来の近視発症が予測される患者に対しては,できるだけ早い段階で予防介入を検討することが望ましい.近視発症の予測因子の一つとして両親の近視歴があげられる.シンガポール,米国,オーストラリアの人口ベースの研究を集計した9,000人のデータ解析では,6歳以前(近視発症以前)から,両親の近視歴をもつ子どもは近視よりの等価球面度数(sphericalequivalent:SE)を示した13).筆者らが行った日本人未就学児(4~6歳)457名の解析でも,両親の近視歴は長眼軸長,近視よりのSE,大きい眼軸/角膜曲率半径比と有意な関連を示した14).両親の近視歴による子どもの近視の予測度は,ゲノムワイド関連解析から得られた近視感受性遺伝子のリスクスコアや環境因子スコアと同程度のものであると報告されている15).親の近視を確認することは,日常診療でも比較的容易であり,近視リスクをもつ子どもを発症前に発見するのに非常に有効と考える.両親の実際の近視度数はさらに有効な情報となる可能性も指摘されている.香港からの報告では,実際に両親の近視度数を測定し,両親の近視が軽度(.3D未満)であれば子どもの近視リスクは増加しない一方で,中等度近視(.3D以上~.6D未満)であれば片親のみでもリスクが生じ,とくに両親ともに強度近視の場合,リスクは11.22倍であった16).以上より,前近視の小児が来院した際は,少しでも発症を遅らせるために,近見作業の管理や屋外活動時間の増加を促す生活習慣指導を徹底したうえ,定期的な眼科検診の必要性を助言し,患者と保護者に準備さ142あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023(4)等価球面度数(D)年齢(歳)0.00567891011-0.50-1.00-1.50-2.00-2.35-2.50-3.00-3.21-3.50-4.00-4.50-4.46-5.00-5.50-5.48-6.00近視発症年齢10歳(n=150)近視発症年齢9歳(n=218)近視発症年齢8歳(n=220)近視発症年齢7歳(n=235)近視発症年齢3~6歳(n=105)図1近視小児の等価球面度数(D)の年変化を近視発症年齢で層別化したグラフ早期発症近視は12歳以前に強度近視になる可能性が高い.近視小児において,近視発症年齢または近視進行期間は,将来の強度近視のもっとも重要な予測因子とされる.(文献18より引用)次年度以降2年分の近視進行度(D/年)年間の近視進行量(D)年齢(歳)6789101112131415-0.2-0.28-0.36-0.4-0.49-0.54-0.6-0.59-0.64-0.63-0.8-0.77-0.94-1-1.06-1.2図2近視小児における年間近視進行量のグラフ(D/年)近視進行度は年齢によって異なり,年齢の増加とともに低下する.近視進行度の評価においては,その絶対値だけでなく,年齢を加味したうえでの平均進行度との比較が重要となる.(文献20より引用)0.00-0.20-0.40-0.60-0.80-1.00-1.20>-0.50.-0.50to>-0.75.-0.75to>-1.00.-1.00to>-1.25.-1.25(D/年)(n=152)(n=98)(n=119)(n=122)(n=127)初年度の近視進行度(D/年)図37~9歳の近視小児における初年度近視進行度とその後2年間の近視進行度の関係初年度進行度が年間.0.50Dより遅い子どもは,その後の2年間の進行平均値がもっとも遅いのに対し,初年度進行度が年間.1.25Dより速い子どもは,その後の進行平均値ももっとも速い.(文献25より引用)る.わが国の年齢別屈折変化量の解析では,男児,女児ともにC8歳がピークとなっており,早期発症近視であればこのピーク前に治療を開始したほうが効果的と考えられる26).小学校入学以降に発症する通常の学童近視であれば,学校健診での視力低下を指摘されて眼科受診した時点が治療開始を検討するよいタイミングと思われる.また,それぞれの治療法により開始可能な年齢は異なる.低濃度アトロピン治療による薬理学的アプローチであれば,侵襲性は低いため比較的年齢が低い時期から開始可能である.現在,わが国ではマイオピン(myopine)0.01%とC0.025%を自由診療にて提供可能であり,6~12歳を対象としたわが国のランダム化比較試験ではマイオピンC0.01%点眼の屈折度数と眼軸に対する有効性が証明されている.4~12歳の近視小児を対象とした香港のLAMP研究では,低年齢ほど濃度の高い点眼が有効であり,0.05%点眼の有効性が報告された.4歳未満のより低年齢の患者における有効性については現在進行中の大規模研究の結果が待たれるところである.オルソケラトロジーは,酸素透過性の高いハードコンタクトレンズを夜間に装用し,視力矯正と抑制効果を促す治療法である.わが国のガイドラインでは未成年には慎重処方となっているが,実臨床の場では,未成年の使用がC75%程度を占めている27).低年齢の使用も増加しており,個人差も大きいものの,保護者がレンズ装脱や管理を行えるため,小学C1年生(6~7歳)から開始可能である.多焦点ソフトコンタクトレンズ(softCcontactlens:SCL)は日中に装用する必要があるため,自己装脱が可能な年齢からの開始となり,実臨床では小学校高学年での開始が多い.C2.終了時期近視進行予防治療の終了時期は,近視の安定化が得られる年齢がよいとされる.COMET研究では,近視の安定化は平均おおよそC16歳であるが,個人差も大きく,15歳までにC48%,18歳までにC77%,21歳までにC90%,21歳までにC96%の近視患者に安定化が認められた28).このことから少なくとも高校卒業までは治療を継続したほうがよく,成人までであればなおよいと考えられる.成人を過ぎても眼軸伸長を認める症例がC10%程度あることに留意し,中止後も屈折度数や眼軸長の変化に対しモニタリングが必要である.CIV近視進行予防治療の提示法以上のような近視進行予防治療の学術的背景を踏まえ,実際の臨床の場では,治療の重要性,適応,各治療法の特徴,開始・終了時期などについて適切な情報を提示する必要がある.現在はインターネットなどから容易に情報を得られる時代であり,子どもの近視治療に対して熱心な保護者も多い.小児近視治療は長期の自由診療と頻回受診により経済的負担を伴うため,治療目的や治療法選択の詳細な説明にて,患者や保護者の理解を得る必要がある.治療を行うにあたって,十分な理解が得られないと,治療脱落するケースもあり,場合によってはリバウンドなどが生じる可能性がある.治療目的,治療内容選択や効果判定を含めた近視進行予防治療の提示法につき,当院近視外来での実際の取り組みを含めて概説する.C1.現状把握と治療目的の提示はじめに,患者の近視についての現状把握を行う.当院では初診診察前の待機時間に環境因子,両親の近視歴を含めた近視危険因子評価シートを記入してもらい,効率的な診察に役立てている.このシートは診察時の生活習慣指導にも有用である.患者の近視の現状把握によって,治療対象になりうると判断された場合は,患者・保護者への治療目的の説明を行う.治療目的は,近視進行予防により,強度近視で増加する視機能に影響する眼疾患の羅患率を減らすことである.近視が失明につながる危険な病気のリスクであることを認識している人は少ない.まずこのような医学的な知見を正しく患者および保護者に伝えることで,近視進行予防治療の動機づけを行っていくことが重要である.一方で,近視抑制治療を希望する患者・保護者のなかには,近視進行に神経質になっていたり,過度に期待をもっていたりする人も少なくない.このような患者・保護者に対しては,むしろ近視進行予防治療の限界,具体的には,進行予防治療は近視を止めるものではないこ(7)あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023C145図4Myopiacalculator(近視進行予測ソフト)BrienHoldenVisionInstituteが開発した近視進行予測ソフトであり,Web上で無料公開している(https://bhvi.org/myopia-calculator-resources/).人種,年齢,初診時の等価球面度数(SE),治療選択を入力すると,治療した場合と未治療の場合の近視進行度が表示される.コントロール率は変更して入力可能である.<6歳aオルソケラトロジー+0.01%アトロピン点眼b自己装用可能であれば10歳未満でも処方検討cオルソケラトロジー+眼鏡図5東邦大学医療センター大森病院眼科近視外来における近視進行予防治療の治療プロトコール図6東邦大学医療センター大森病院眼科近視外来で使用している小児近視手帳治療内容,眼鏡使用の有無や処方度数,治療経過について記載し,患者や保護者に対する長期の動機づけを促す.図7眼軸進行曲線による治療効果判定代表例:9歳男児.7歳よりオルソケラトロジーとC0.01%低濃度アトロピン点眼薬の併用療法を継続している.眼軸伸長が平坦化しており,グラフ上の年齢平均値に近づいてきている.(Oculus社版権許諾有)-

序説:近視外来の最前線

2023年2月28日 火曜日

近視外来の最前線FrontLineTreatmentsfortheControlofMyopia五十嵐多恵*大野京子*文部科学省の学校保健統計では,日本の児童生徒の「裸眼視力1.0未満の者の割合」は年々増加しており,近視の増加が原因と考えられている.2020年からのCOVID-19のパンデミックに伴う自粛政策を契機に,国内ではICT(informationandcom-municationtechnology)化教育が急速に普及した.子どもの眼の健康を守るために,適切な近視予防対策や,啓発活動が実施されないかぎり,日本の小児の近視は,今後,深刻化すると予測される.2021年度から文部科学省は,GIGAスクール構想の着手と同時に「児童生徒の近視実態調査」を開始した.この実態調査事業を通して得られた知見から,有効な近視予防対策が国内で実施されることが期待されている.小児の近視は適切な眼鏡処方さえすればよいとする考えから,将来の視覚障害者の増加を阻止するために,たとえ1ジオプトリーであっても,小児期の近視進行は抑制すべきだとする考えに世界はシフトした.小児の近視問題が深刻であったアジアの先進国諸国では,プレスクールや小学校現場において有効な一次予防対策が国家事業として実施され,各国でエビデンスのあるさまざまな近視進行抑制治療が,近視の発症早期から提供できる体制が整備されている.日本の眼科医療従事者は,世界の動向に遅れのない,正しいエビデンスに基づく知識をアップデートし,地域社会でこの問題に対応していく必要がある.本特集の前半では,プライマリケアとして,国内でも普及が期待される「近視進行抑制治療の実際」に関して,この分野の第一人者の先生方に,最新の知見を交えながらご執筆をいただいた.後半では,中高年期以降に発症する近視に伴う眼合併症や視覚障害に関して,どのように対応すべきかを,「近視性黄斑症管理」「近視性牽引黄斑症管理」「近視眼の緑内障」「近視のロービジョンケア」に分けて,この分野のエキスパートの先生方にご執筆いただいた.2019年に公表された日本人一般住民を対象とした久山町研究によると,2005~2017年に,50代,60代の日本人の眼軸長は延長し,これに伴い,びまん性網脈絡膜萎縮病変や限局性網脈絡膜萎縮病変といった近視性網脈絡膜萎縮病変を主体とする近視性黄斑症の有病率が非常に早いスピードで増加していることが明らかとなった.これらの病変は,中高齢期の近視に伴うさまざまな種類の眼合併症の有病率を増加させることが知られている.長寿社会の日本において,日本の眼科医療従事者は,今後ますます中高年期以降の近視に伴う視覚障*TaeIgarashi-Yokoi&KyokoOhono-Matsui:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(1)139