———————————————————————-Page1(93)11390910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(8):11391142,2008cはじめに角膜真菌症は難治性眼感染症の一つで,その原因菌としてはCandida,Aspergillus,Acremonium(Cephalosporium)およびFusariumなどが多く報告されている.今回,土壌中や空中などに存在する糸状菌の一つで,起炎菌としてまれなPaecilomyceslilacinusによる角膜真菌症を経験したので報告する.I症例患者:80歳,女性.主訴:右眼痛.既往歴:1985年頃に右眼鈍的外傷あり.平成1999年6月18日,外傷性白内障に対し近医にて白内障手術および眼内レンズ挿入術を施行される.全身的には高血圧症以外に特に異常はなく,糖尿病も指摘されていない.家族歴:特記事項なし.現病歴:2001年3月23日,右眼痛および充血を自覚し中濃厚生病院眼科を受診した.右眼視力は光覚弁なし,右眼眼圧は45mmHgであった.周辺部虹彩前癒着による右眼続発閉塞隅角緑内障と診断し,抗緑内障薬の点眼および内服を処方した.同年8月になり水疱性角膜症をきたしたため抗菌薬および低濃度ステロイド薬の点眼を追加した.その後,流涙を訴えていたが眼痛はなく定期的に通院を続けていた.同年12月12日,右眼痛を自覚し再診され,前房蓄膿を伴う角膜潰瘍が認められた.角膜擦過物から菌糸様成分が検出され,角膜真菌症と診断し即日入院となった.入院時所見:視力は右眼光覚弁なし,左眼0.15(0.7×+2.00D(cyl0.50DAx70°)で,眼圧は右眼21mmHg,左眼〔別刷請求先〕望月清文:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学医学部眼科学教室Reprintrequests:KiyofumiMochizuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-1Yanagido,Gifu-shi501-1194,JAPANPaecilomyceslilacinusによる角膜真菌症の1例堀由起子*1望月清文*1末松寛之*2西村和子*3*1岐阜大学医学部眼科学教室*2JA岐阜厚生連中濃厚生病院検査室*3千葉大学真菌医学研究センターACaseofKeratomycosisduetoPaecilomyceslilacinusYukikoHori1),KiyofumiMochizuki1),HiroyukiSuematsu2)andKazukoNishimura3)1)DepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofClinicalLaboratory,JAGifuKoserenChunoGeneralHospital,3)ResearchCenterforPathogenicFungiandMicrobialToxicoses,ChibaUniversity外傷後に生じた水疱性角膜症に対して低濃度ステロイド薬点眼中の80歳,女性に,右眼角膜潰瘍が生じた.角膜擦過物から菌糸様成分が検出され,角膜真菌症と診断した.抗真菌薬による治療を行うも治療開始6日目で角膜穿孔を生じ,最終的に眼球摘出術が行われた.角膜擦過物の培養から角膜真菌症の起炎菌としてはまれなPaecilomyceslilaci-nusが分離同定された.An80-year-oldwomandevelopedkeratomycosiscausedbyPaecilomyceslilacinusinherrighteye.Shehadundergoneanuncomplicatedcataractsurgerywithimplantationofaposteriorchamberintraocularlensbecauseoftraumaticcataract.Bullouskeratopathywithsecondaryglaucomawaspresentduringthepastyearsandshehadbeentreatedwithbothtopicalocularhypotensivedrugsandlow-dosecorticosteroid.Althoughtreatmentwasiniti-atedwithantifungalagentsincludingpimaricin,uconazole,miconazole,anditraconazole,thecorneawasperforat-edatday6aftertreatment.Asmearpreparationfromcornealscrapingsrevealedfungallaments;thefungusculturedfromthescrapingswasidentiedasPaecilomyceslilacinus,onthebasisofgrossandmicroscopicexami-nations.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(8):11391142,2008〕Keywords:角膜真菌症,Paecilomyceslilacinus,角膜穿孔.keratomycosis,Paecilomyceslilacinus,cornealperforation.———————————————————————-Page21140あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(94)12mmHgであった.右眼球結膜は充血し,角膜中央部から下方にかけて灰白色の辺縁不正な潰瘍があり,角膜実質深層部に羽毛状の淡い浸潤を伴っていた.角膜周辺部は盛り上がり,前房蓄膿を伴っていた(図1).なお,左眼には特に異常はなかった.全身所見:血液検査では,血沈1時間値が25mmと上昇していた以外には特に異常を認めなかった.またb-D-グルカン値は4.8pg/mlで正常範囲内であった.経過:入院後0.2%フルコナゾール点眼および5%ピマリシン点眼1時間毎に,0.2%フルコナゾール0.3ml結膜下注射,フルコナゾール200mg点滴およびイトラコナゾール50mg内服を開始した.なお,抗菌薬にはレボフロキサシン点眼4回および硫酸セフピロム2g点滴を併用した.しかし角膜潰瘍に縮小傾向は認められず前房蓄膿も増加したため,12月16日(入院4日目)に0.2%フルコナゾール点眼および結膜下注射を中止し,0.1%ミコナゾール(MCZ)点眼6回および1%ピマリシン(PMR)軟膏1回を開始した.12月18日(入院6日目)になり潰瘍中央部に角膜穿孔を生じ前房がほぼ消失し,角膜後面に眼内レンズが接していた.右眼視力はもともと光覚弁なしであったので患者および家族の同意を得た後,12月20日に眼球摘出術を施行した.病理学的所見:術中に採取した眼内液からは菌糸様成分は検出されなかった.摘出された眼球から標本を作製した.HE(ヘマトキシリン・エオジン)染色では角膜潰瘍穿孔部を中心に好中球を主体とした炎症細胞が多数遊出していた.PAS(過ヨウ素酸フクシン)染色では,角膜実質中に菌糸様の構造物が多数確認された(図2).分離菌株の微生物学的性状:本症例から分離された菌は,ポテトデキストロース寒天における25℃培養で,はじめは白色,中心から次第に15日後には全体にライラック色のコロニーを形成した.スライド培養では,分子柄先端あるいは途中からは枝,ついでメトラが生じてその先端からフィアライドが35個生じ,それらの先端はなだらかに細くなって伸びていった.フィアライド先端からレモン形,平滑な分生子が連鎖状に形成されていた(図3).以上の所見からP.lilacinusと同定された.最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC):本症例から分離されたP.lilacinusに対する各種薬剤のMICを阪大微生物病研究会臨床検査部にて測定した.アンホテリシンB(AMPH)では0.5μg/ml,フルコナゾールでは1μg/ml,MCZおよびPMRでは2μg/ml,イトラコナゾールでは4μg/mlであった.II考按P.lilacinusは広い分布をもつ土壌生息菌として知られ,空中浮遊菌としても存在し通常は病原性をもたない糸状菌の一つである.同菌による感染症の報告は1996年のHaldeら1)図3スライド培養分子柄は長く分生子は連鎖状に形成されている.図1右眼前眼部写真(2001年12月12日)角膜中央部から下方にかけて前房蓄膿を伴う灰白色の辺縁不正な潰瘍を認める.図2病理組織写真(PAS染色,×400)角膜実質中に菌糸様の構造物が多数みられる.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081141(95)による緑内障術後の眼内炎の報告以来各科領域で近年増加傾向にあり,皮膚科領域2)では皮膚深在性真菌症,内科領域3)では膿胸,耳鼻科領域4)では上顎洞炎をきたした報告がある.Paecilomyces属による眼感染症のわが国における報告は,筆者らが調べた限りでは,眼内炎3例57)および角膜真菌症5例811)であった.わが国における角膜真菌症の報告例5例に本症例を加えた6例についてみると(表1),全例が70歳以上の高齢者であり,高齢者の角膜真菌症に遭遇した際には本菌を念頭におく必要があろう.性別では男性4例,女性2例で,患側は両眼1例,右眼4例および左眼1例であった.角膜ヘルペスや兎眼性角膜症など何らかの角膜疾患あるいは障害が先行していた症例が5例で,糖尿病を有する例が3例あり,6例中3例で副腎皮質ステロイド薬による治療が行われていた.3例で緑内障を有していた.いわゆる「突き目」の症例は1例であった.使用された薬剤のなかで比較的有効と思われたものはチメロサール,MCZ,PMR,およびボリコナゾール(ブイフェンドR,VRCZ)であったが,全例で視力予後は不良であり,4例では角膜移植や結膜被覆術など外科的処置を要していた.外傷が先行して感染が起こる,いわゆる「農村型」12)の角膜真菌症は起炎菌としてAspergillusやFusariumなどの糸状菌が多く,強い前房所見や角膜実質深層に達する病巣を特徴とし,抗真菌薬への耐性から予後不良な経過となる場合が多い.P.lilacinusも糸状菌の一つであり,その角膜炎は重症でかつ難治性であることが多い10)という.本症例では,外傷性白内障の手術後に生じた水疱性角膜症が基礎にあり,しかも治療としてステロイド薬点眼を用いていたので,局所的な免疫不全状態が生じ感染しやすい状態にあったと考えられる.受診時に角膜擦過物から菌糸様成分が検出され角膜真菌症と診断し即日治療を開始したが,治療開始6日目で穿孔に至った.摘出眼球の病理学的検査において角膜実質中に菌糸様の構造物が多数確認されたことから,受診時すでに真菌による角膜実質の融解がかなり進行していたものと推定され,これが治療に抵抗した一因と考えられた.本症例において各種抗真菌薬の薬剤感受性を検討したところ,一般的に用いられる抗真菌薬はほとんど無効であった.椋本ら11)は,角膜穿孔をきたしたもののその後に結膜被覆術を施行し,VRCZの内服および点眼により角膜膿瘍の消失をみたP.lilacinus症例を報告している.VRCZはアゾール系の新しい抗真菌薬で,抗真菌スペクトラムが広く眼内移行性も良好13)でかつ既存の抗真菌薬では無効なFusarium属に対しても抗真菌作用がある14)という.よって,難治性であるPaecilomyces属による角膜真菌症の治療に使用してみる価値はあり,今後の報告が待たれるところである.今回,起炎菌としてまれなP.lilacinusによる角膜真菌症に対して抗真菌薬による治療を診断後ただちに行ったところ予後は不良であった.本菌種は土壌や空中などの環境に広く生息するので,今後は特に角膜上皮障害を有する高齢者において本菌種による眼感染症も念頭に少しでも早期の治療開始に心がけることが重要と思われた.文献1)HaldeC,OkumotoM:Ocularmycosis:Astudyof82cases.In:BonnEW(Ed):Proceedingsofthe20thInter-nationalCongressofOphthalmology,p705-712,ExcerptaMedicaFoundation,Munich,1966表1わが国におけるPaecilomyceslilacinusによる角膜真菌症の報告報告者(報告年)年齢(歳)性別患眼既往ステロイド薬の使用矯正視力使用薬剤備考初診時最終高槻ら(1984)70男右角膜ヘルペス糖尿病有0.02?AMPH,PMR,チメロサール,5-FC─横山ら(1990)90女両SCL連続装用糖尿病無0.70.01LSLSPMR,FLCZ,MCZ,ITCZ─陳ら*(2005)84男左白内障および翼状片術後緑内障有CF0.02PMR,MCZ,ITCZ全層角膜移植80男右農作業中ゴミが飛入緑内障無LS()LS()PMR,MCZ,ITCZ全層角膜移植椋本ら(2007)78男右兎眼性角膜症脳梗塞糖尿病無HM0.01PMR,FLCZ,VRCZ結膜被覆術本症例(2007)80女右水疱性角膜症外傷白内障術後,続発緑内障有LS()LS()PMR,FLCZ,MCZ,ITCZ眼球摘出*:種は同定されていない.PMR:ピマリシン,AMPH:アンホテリシンB,5-FC:フルシトシン,FLCZ:フルコナゾール,MCZ:ミコナゾール,ITCZ:イトラコナゾール,VRCZ:ボリコナゾール,SCL:ソフトコンタクトレンズ.———————————————————————-Page41142あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(96)2)渡邊昌平:その他のまれな皮膚真菌症および類似近縁疾患.今村貞夫,小川秀興(編);皮膚科MOOK11,真菌症,p265-275,金原出版,19883)FenechFF,MalliaCP:PleuraleusioncausedbyPeni-cilliumlilacinum.BrJDisChest66:284-290,19804)RockhillRC,KleinMD:Paecilomyceslilacinusasthecauseofchronicmaxillarysinusitis.JClinMicrobiol11:737-739,19805)安藤展代,山本倬司,中嶋英子ほか:Paecilomyceslilaci-nusによる眼炎の1例.臨眼33:217-223,19796)大久保真司,鳥崎真人,東出朋巳ほか:白内障手術後に生じたPaecilomyceslilacinusによる眼内炎の1例.日眼会誌98:103-110,19947)渡辺圭子,山名敏子,猪俣孟ほか:虹彩面上白色塊を呈した真菌性眼内炎.臨眼39:1141-1144,19858)高槻玲子,内堀環,富吉幸徳ほか:Paecilomyceslilaci-nusによる角膜真菌症の1例.臨眼33:561-564,19849)横山利幸,小澤佳良子,佐久間敦之ほか:ソフトコンタクトレンズ連続装用中にPaecilomyceslilacinusによる重篤な角膜真菌症を生じた1症例.日コレ誌32:231-237,199010)陳光明,鈴木崇,宇野敏彦ほか:Paecilomyces属による角膜真菌症の2例.あたらしい眼科22:1397-1400,200511)椋本茂裕,井出尚史,嘉山尚幸ほか:角膜穿孔を生じたPaecilomyces属による角膜真菌症の1例.臨眼61:1049-1052,200712)石橋康久,徳田和央,宮永嘉隆:角膜真菌症の2病型.臨眼51:1447-1452,199713)HariprasadSM,MielerWF,HolzERetal:Determinationofvitreous,aqueous,andplasmaconcentrationoforallyadministeredvoriconazoleinhumans.ArchOphthalmol122:42-47,200414)小松直樹,堅野比呂子,宮大ほか:ボリコナゾール点眼が奏効したFusariumsolaniによる非定型的な角膜真菌症の1例.あたらしい眼科24:499-501,2007***