———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.9,200812570910-1810/08/\100/頁/JCLSアスタキサンチンとはアスタキサンチン(astaxanthin:AST)はカロテノイド類のキサントフィルに属し,長鎖の共役二重結合と両末端のb-イオノン環がケト基とヒドロキシル基で置換された化学構造(図1)を有する赤橙色の天然色素であり,エビ,カニ,サケ,イクラなど水産物に広く存在する.これらの魚類・甲殻類はわれわれ人類が食用としているものであり,古来より人類が摂取してきた物質である.近年,ASTはその抗酸化作用が注目されるようになった.この強力な抗酸化作用は,藻,酵母,細菌などの微生物が,自然界における太陽光から自らを守るためにASTを合成していると考えられている.それを食べる魚類,甲殻類は,食物連鎖により色素として摂取するようになったのであろう.食物連鎖で上位にある生物も光やストレスからの自衛に利用しているように思われる.抗酸化作用一重項酸素は基底状態の三重項酸素よりエネルギーが高い状態の酸素である.一重項酸素は三重項酸素が光のエネルギーにより励起されて生成されるため反応性が高く,生物体内で発生した場合は蛋白質,脂質,DNAなどと反応して障害を起こすことが知られている.一重項酸素を消去する物質には,トコフェロールやカロテノイドが知られている.これらは特に細胞膜など脂質中の一重項酸素消去に重要である.Teraoらはa-トコフェノールとカロテノイド類の一重項酸素消去能を検討した1).その結果,ASTはa-トコフェノールの550倍高く,ゼアキサンチン,ルテインよりも消去能に優れていた(表1).また,幹らはヘム鉄とリノール酸を用いてフリーラジカル補足活性を測定した2)結果,ゼアキサンチンの2倍,ルテインの3.5倍活性が強いことを示した(表1).このASTの抗酸化能を応用した脂質過酸化に関する研究が現在行われている35).眼科への応用1.基礎研究(動物レベル)ASTは炎症サイトカインネットワークを支配するNF-kBを抑制する:筆者らのグループでは前部ぶどう膜炎モデルとして知られている,ラットエンドトキシン誘発ぶどう膜炎モデル(EIU)におけるASTの治療効果を検討した6,7).Lewisラットにリポ多糖(LPS)投与直後に1,10,100mg/kgのASTを静脈内投与した.6,12,24時間後に前房水を採取し,炎症細胞数,蛋白濃度,一酸化窒素(NO)濃度および抗腫瘍壊死因子(TNF)-a濃度を測定した.また,LPS投与3時間後のNF-kBの免疫組織化学を行い,虹彩,毛様体のNF-kB陽(69)サプリメントサイエンスセミナー●連載④監修=坪田一男4.眼科におけるアスタキサンチンの有用性大神一浩*1吉田和彦*1大野重昭*2*1北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野*2北海道大学大学院医学研究科医学専攻研究眼科学講座アスタキサンチン(AST)はカロテノイドの一種であり,エビ,カニなどの水産物に広く存在する.ASTは一重項酸素消去能が他の抗酸化物質より高いことが知られているが,近年,眼科分野でも基礎研究,臨床研究で眼炎症,加齢黄斑変性,眼精疲労への治療,予防および緩和が期待できる知見が見出されている.本稿では眼科におけるASTの有用性を解説したい.表1カロテノイド類とaトコフェノールの抗酸化作用物質名CDCl31)(kq×109/M/S)ED502)(nM)アスタキサンチンゼアキサンチンルテインb-カロテンa-トコフェノール2.21.90.82.20.0042004007009602,9401)TeraoJetal:Lipids24:659-661,1989より引用.2)幹渉ほか:化学と生物23:640-648,1985より引用.OOOO図1アスタキサンチンの構造式———————————————————————-Page21258あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008性細胞数を測定した.その結果,LPS投与6時間後から前房水中に炎症細胞が浸潤し,経時的に炎症細胞数,蛋白質,NO,プロスタグランジンE2(PGE2)およびTNF-a濃度は著しく増加した.図2にLPS投与24時間後の病理写真を示した.一方,LPS群と比較して,AST群は前房水の炎症細胞数,蛋白濃度,NO濃度,PGE2濃度およびTNF-a濃度を経時的に有意に減少させた(図3~5).AST10,100mg/kg投与群は虹彩・毛様体におけるNF-kB陽性細胞数を濃度依存的に抑制した(図6).以上の結果から,ASTはEIUにおける炎症を初期段階から抑制し,その作用機序は炎症サイトカインネットワークを支配するNF-kB活性を抑制することを見出した.Izumi-Nagaiらは加齢黄斑変性モデルとして知られて(70)いる,マウスchoroidalneovascularization(CNV)モデルにおいてASTを投与したところ,ASTは脈絡膜中の血管内皮増殖因子(VEGF),インターロキン(IL)-6およびmonocytechemotacticprotein-1(MCP-1)の発現を抑制することを見出した8).また,網脈絡膜でのNF-kB活性を抑制することを明らかにした.これらの報告により,ASTは眼炎症抑制作用を有する可能性が100μm図2ラットエンドトキシン誘発ぶどう膜炎におけるLPS投与24時間後の病理写真→は炎症細胞を示す.050100150LPS110100********:6時間:12時間:24時間AST(mg/kg)房水中炎症細胞数(×105cells/m?)図3ラットエンドトキシン誘発ぶどう膜炎における前房水中炎症細胞数に及ぼすASTの治療効果結果は平均値±標準偏差(n=8)で示した.**:同時間のLPS群と比較して危険率1%未満で有意差あり.LPS110100:6時間:12時間:24時間AST(mg/kg)前房水中蛋白濃度(mg/ml)05101520****************図4ラットエンドトキシン誘発ぶどう膜炎における前房水中蛋白濃度に及ぼすASTの治療効果結果は平均値±標準偏差(n=8)で示した.*,**:同時間のLPS群と比較して,それぞれ危険率5%,1%未満で有意差あり.:6時間:12時間:24時間:6時間:12時間:24時間LPS110100AST(mg/kg)LPS110100AST(mg/kg)前房水中NO濃度(μM)前房水中TNF-a濃度(pg/m?)05010015003006009001,2001,500ab******************************図5ラットエンドトキシン誘発ぶどう膜炎における前房水中NO濃度(a)およびTNFa濃度に及ぼすASTの治療効果結果は平均値±標準偏差(n=8)で示した.*,**:同時間のLPS群と比較して,それぞれ危険率5%,1%未満で有意差あり.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081259(71)示唆された.2.臨床研究調節機能および眼精疲労に対する効果:ASTの調節機能および眼精疲労に対する効果と安全性を確認するために,対照群とAST6mg摂取群の2群を二重盲検法により比較した9).被験者は眼精疲労を訴える健常成人で,試験食品は4週間摂取した.摂取前後で調節力を測定し,眼精疲労度を客観的に評価した.その結果,準他覚的調節力はAST群で有意に改善がみられた(表2).自覚的眼精疲労の改善度を表3に示した項目についてvisualanaloguescale法を用いて検討した結果,AST摂取2週間後に「目が疲れやすい」,「目がかすむ」,「目の奥が痛い」,「しょぼしょぼする」,「まぶしい」,「肩が凝る」,「腰が痛い」および「いらいらしやすい」の8項目で摂取前と比較して改善効果がみられた.今日,コンピュータシステムを利用する場合,VDT(visualdisplayterminal)作業は不可欠なものになった.VDT作業に長時間従事した場合,近くを見ている時間が長いため,毛様体筋の緊張状態が続き,これが眼精疲労の一因となると考えられている.また,調節緊張症など眼に調節異常がある場合にも眼精疲労が生じることがある.一方,疲れ目を訴えるVDT作業者のなかには,VDT作業により調節機能異常が生じることも示唆されており,VDT使用による慢性ストレスが毛様体筋の機能低下をひき起こし,これが調節力の低下につながると考えられている.筆者らはVDT作業者に対しても,対照群とAST6mg摂取群の2群を二重盲検法により比較し,調節機能の改善と,自覚症状の改善がみられることを確認した.したがって,ASTを含む食物を多く摂取することは調節機能の改善に役立つと考えられた.1日の摂取レベルと摂取すべきエビデンスレベルASTの1日に必要な摂取量を規定した報告はない.表4に食品中に含まれるAST量を示した.筆者らの臨床研究の結果ではASTを4週間6mg摂取することにより,調節機能の改善が認められた.表4に示すように,食品でAST6mgを毎日摂取するのは困難であると思われる.そのため,サプリメントなどで補完することは必要と思われる.動物での基礎研究でみられたASTの眼炎症抑制作用は内服投与の検討ではない.そのため,ASTを代替医療に用いるためにはさらなる検討が必要である.しかしながら,筆者らの研究グループAST(mg/kg)活性化NF-kB細胞数(%)01020304050ControlLPS110100****図6LPS投与3時間後における活性化NFkB細胞数結果は平均値±標準偏差(n=6)で示した.**:同時間のLPS群と比較して,危険率1%未満で有意差あり.表3眼精疲労アンケート項目1.目が疲れやすい2.目がかすむ3.まぶたが重い4.目の奥が痛い5.充血しやすい6.しょぼしょぼする7.目が熱い8.目を開けているのが辛い9.肩が凝る10.腰が痛い11.いらいらしやすい12.頭が重い表4食品に含まれるアスタキサンチンの量種類含有量(mg/100g)キンメダイイクラ,スジコクルマエビアマエビケガニベニザケ2.03.00.80.660.991.112.53.5表2準他覚的調節力摂取群例数(人)摂取前(%)摂取後2週(%)摂取後4週(%)対照群19100103.2+19.2107.8+25.2アスタキサンチン6mg群20100156.0+19.2**164.4+52.8**各値は平均+標準偏差を表す.摂食前を100%としたときの改善率(%)で示した.**:摂取前と比較して,危険率1%未満で有意差あり.———————————————————————-Page41260あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008ではASTの安全性を検討する目的で健常者に4週間30mg(調節機能の改善がみられたAST量の5倍量)を投与し,血液検査を行ったところ,ASTによる影響はみられなかった10).そのため,ASTの安全性は高いと思われる.今日,酸化ストレスが関与する疾患は多い.われわれの社会が長寿社会になり,長寿に伴う生活習慣病対策は非常に重要になってきている.したがって,ASTの抗酸化力をはじめ,いろいろな生理活性を利用することがその対応策の一つになると思われる.そのため,摂取すべきエビデンスレベルは摂取すべきと判断された.文献1)TeraoJ:Antioxidantactivityofbeta-carotene-relatedcarotenoidsinsolution.Lipids24:659-661,19892)幹渉,藤田孝夫:魚類のカロテノイド代謝,化学と生物23:640-648,19853)AoiW,NaitoY,TakanamiYetal:AstaxanthinimprovesmusclelipidmetabolisminexerciseviainhibitoryeectofoxidativeCPTImodication.BiochemBiophysResCom-mun366:892-897,20084)ObajimiO,BlackKD,GlenIetal:Antioxidantmodula-tionofoxidant-stimulateduptakeandreleaseofarachi-donicacidineicosapentaenoicacid-supplementedhumanlymphomaU937cells.ProstaglandinsLeukotEssentFattyAcids76:65-71,20075)CiceroAF,RovatiLC,SetnikarI:Eulipidemiceectsofberberineadministeredaloneorincombinationwithothernaturalcholesterol-loweringagents.Asingle-blindclinicalinvestigation.Arzneimittelforschung57:26-30,20076)OhgamiK,ShiratoriK,KotakeSetal:Theeectsofastaxanthinonlipopolysaccharide-inducedinammationinvitroandinvivo.InvestOphthalmolVisSci44:2694-2701,20037)SuzukiY,OhgamiK,ShiratoriKetal:Suppressiveeectofastaxanthinagainstratendotoxin-induceduveitisbyinhibitingtheNF-kBsignalingpathway.ExpEyeRes82:275-281,20068)Izumi-NagaiK,NagaiN,OhgamiKetal:Inhibitionofchoroidalneovascularizationwithanantiinammatorycar-otenoidastaxanthin.InvestOphthalmolVisSci49:1679-1685,20089)白取謙治,大神一浩,新田卓也ほか:アスタキサンチンの調節機能および疲れ目におよぼす影響─健常成人を対象とした効果確認試験─.臨床医薬6:637-650,200510)大神一浩,白取謙治,新田卓也ほか:アスタキサンチンの過剰摂取における安全性の検討.臨床医薬6:651-659,2005(72)☆☆☆