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増殖糖尿病網膜症患者の硝子体手術における抗凝固療法の術後合併症発生への影響

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page1(111)11570910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(8):11571161,2008c〔別刷請求先〕松下知弘:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部情報構造統御学講座視覚病態学分野Reprintrequests:TomohiroMatsushita,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,YamagataUniversity,2-2-2Iidanishi,YamagataCity990-9585,JAPAN増殖糖尿病網膜症患者の硝子体手術における抗凝固療法の術後合併症発生への影響松下知弘*1,2,3山本禎子*1菅野誠*1川崎良*1芳賀真理江*1,3神尾聡美*1佐藤浩章*1金子優*1,4鈴木理郎*1,2江口秀一郎*2高村浩*1山下英俊*1*1山形大学医学部情報構造統御学講座視覚病態学分野*2江口眼科病院*3済生会山形済生病院眼科*4山形県立河北病院眼科AnticoagulantTherapyInuenceonPostoperativeComplicationsinProliferativeDiabeticRetinopathyPatientsTreatedwithVitrectomyTomohiroMatsushita1,2,3),TeikoYamamoto1),MakotoKanno1),RyoKawasaki1),MarieHaga1,3),SatomiKamio1),HiroakiSato1),YutakaKaneko1,4),MichiroSuzuki1,2),ShuichiroEguchi2),HiroshiTakamura1)andHidetoshiYamashita1)1)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,YamagataUniversity,2)EguchiEyeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,SaiseikaiYamagataSaiseiHospital,4)DepartmentofOphthalmology,YamagataPrefecturalKahokuHospital目的:硝子体手術を施行した増殖糖尿病網膜症患者において,抗凝固療法の有無による術後合併症への影響について検討した.対象および方法:増殖糖尿病網膜症に対して硝子体手術を施行された50例50眼について検討した.対象症例を抗凝固療法内服群(維持量)と非内服群に分け,ヘモグロビンA1c(HbA1c)や全身合併症の有無について,また,術後合併症として網膜離,硝子体出血,その他の合併症の発生について両群で比較検討した.結果:抗凝固療法内服群11例11眼,非内服群39例39眼であった.HbA1c値は両群間に有意差はなかった.高血圧,高脂血症,心疾患,脳血管疾患は,抗凝固療法内服群で有意に多く合併していた.術後合併症はいずれの項目でも両群間に有意差は認められなかった.結論:増殖糖尿病網膜症に対して硝子体手術を施行するにあたり,抗凝固療法(維持量)を続行しても,合併症の発生頻度に差は認められなかった.Weanalyzedtheinuenceofanticoagulanttherapyonpostoperativeresultsandcomplicationsin50patients(50eyes)withproliferativediabeticretinopathytreatedwithvitrectomy.Thesubjectswereclassiedinto2groups:thosewhounderwentvitrectomyusinganticoagulanttherapyatthemaintenancedose(GroupI;11patients),andthosewhounderwentvitrectomywithoutanticoagulanttherapy(GroupII;39patients).Wecom-paredtheclinicalbackgrounddatabetweenthegroups;itincludedhemoglobinA1c(HbA1c),pasthistoryofsys-temicdisease,andcomplicationsofvitrectomy(retinaldetachment,vitreoushemorrhageetc.).TherewasnosignicantdierenceinHbA1cvalueorpostoperativecomplicationsbetweenthetwogroups.ThoseinGroupIsueredfromhypertension,hyperlipidemia,heartdisease,andcerebrovasculardiseasesignicantlymorethandidthoseinGroupII.Therewasnodierenceinincidenceofpostoperativecomplicationsbetweenthegroups,evenifwecontinuedtheanticoagulanttherapyforproliferativediabeticretinopathypatientstreatedwithvitrectomy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(8):11571161,2008〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,硝子体手術,術後合併症,抗凝固療法.proliferativediabeticretinopathy,vitre-ctomy,postoperativecomplications,anticoagulanttherapy.———————————————————————-Page21158あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(112)はじめに増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)に対する硝子体手術は,以前は吸収されない硝子体出血例や黄斑部牽引性網膜離例に行われていた1,2)が,手術器具の開発や手技の向上に伴って,手術時間は短縮され,手術適応は拡大している.現在では,超音波水晶体乳化吸引術(PEA)および眼内レンズ挿入術(IOL)が多く併用され3),糖尿病黄斑症4),若年者のPDR57),血管新生緑内障の合併例8,9)など,10年前には禁忌とされていた症例も手術適応となっている.さらに,早期に硝子体手術を行うことの有効性も報告されてきている1,1013).その一方で,術後の視力予後には大きな差異があり,依然として予後不良な経過をたどる症例もみられる.また,糖尿病以外の全身疾患を合併している患者に対しても手術適応が拡大され,そのような症例での背景因子が手術結果に影響する可能性が危惧されている.すなわち,心疾患や脳血管疾患の既往のある患者は抗凝固剤や抗血小板剤などを内服する抗凝固療法を行っていることが多く,術中および術後合併症に少なからず影響を及ぼしていると考えられる.術前に抗凝固剤や抗血小板剤を一定期間休薬することで術中術後への影響が減少すると考えられるが,術前の抗凝固療法休止の必要性については,眼科領域ではこれまでに信頼できるエビデンスは示されておらず,特にPDRで検討された報告は非常に少ない.今回,筆者らは山形大学医学部付属病院眼科(以下,当科)でPDRに対する硝子体手術を施行した患者において,抗凝固療法の有無による術後合併症発生への影響を検討し,硝子体手術を行ううえでの問題点について考察した.I対象および方法2002年10月から2004年6月の間に,当科にて初回硝子体手術を施行したPDRのうち術後経過が少なくとも1カ月以上観察可能であった50例50眼を対象とし,retrospectiveに検討した.対象症例の内訳は,男性:35例35眼,女性:15例15眼で,年齢は3180歳(平均59.1±12.1歳)であった.術後経過観察期間は132カ月(平均8.4±7.4カ月)であった.対象症例を抗凝固療法内服群(以下,内服群):11例11眼,平均年齢:61±8.9歳と抗凝固療法非内服群(以下,非内服群):39例39眼,平均年齢:59±13.0歳とに分けた.対象患者の背景因子としてヘモグロビンA1c(HbA1c),高血圧,高脂血症,心疾患,脳血管疾患,糖尿病性腎症,糖尿病性神経障害の7項目について検討した.全症例とも高血圧,高脂血症,心疾患,糖尿病性腎症,糖尿病性神経障害については内科で,脳血管疾患については脳神経外科で診断,治療されていた.糖尿病性腎症については当科術前検査にて尿中微量アルブミンあるいは持続性尿蛋白陽性,あるいは血清クレアチニン値が腎不全期の基準である2.0mg/dlを上回る例も含めた.術後合併症としては,網膜離,硝子体出血,続発緑内障の発生について検討し,術前および術後1カ月,6カ月の時点での上記合併症の発生の有無について両群間で比較検討した.初回硝子体手術の方法は,20ゲージ3ポートシステムによる経毛様体扁平部硝子体切除(PPV)とし,後部硝子体未離の症例に対しては人工的後部硝子体離を作製した.さらに,可能な限りの周辺部硝子体切除と強膜創の硝子体処理および周辺部まで眼内網膜光凝固術を施行した.対象例で,白内障は内服群のうち10例10眼,非内服群で21例21眼に認められた.硝子体手術施行に伴い白内障の進行が予想されたので,術前より白内障を認める症例,あるいは増殖組織が周辺部にまで及んでおり,その処理のために水晶体の摘出が必要であると判断された症例は白内障手術を併用した.統計学的検討では,患者背景因子における2群間の比較にMann-Whitney’sUtestを,合併症についての2群間比較でFisher’sexactprobabilitytestを用いた.すべての解析において危険率5%未満を有意とした.II結果1.患者背景因子(表1,2)高血圧症,高脂血症,心疾患,脳血管疾患は内服群で有意に多く認められたが,HbA1c,血中尿素窒素(BUN),血清クレアチニン値(Crea),糖尿病性腎症,糖尿病性神経障害は両群間で差はなかった.表1患者背景因子内服群(n=11)非内服群(n=39)p値性別(男/女)10/125/14HbA1c(%)6.52±0.767.15±1.42p>0.05BUN(mg/dl)29.61±8.3320.11±9.49p>0.05Crea(mg/dl)2.06±1.060.96±0.79p>0.05BUN:血中尿素窒素,Crea:血清クレアチニン値.[平均値±標準偏差]<Mann-Whitney’sUtest>表2患者背景因子内服群(n=11)非内服群(n=39)p値高血圧症11例(100%)23例(57.5%)p=0.022高脂血症10例(90.9%)19例(48.9%)p=0.036心疾患7例(63.6%)7例(17.5%)p=0.008脳血管疾患6例(54.5%)7例(17.5%)p=0.035糖尿病性腎症10例(90.9%)23例(59.0%)p>0.05糖尿病性神経障害11例(100%)38例(97.4%)p>0.05<Mann-Whitney’sUtest>———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081159(113)2.抗凝固療法に使用した内服薬の種類今回,内服されていた抗凝固剤および抗血小板剤は,内服群の11例中,ワルファリンカリウム(1mg/日)+アスピリン・ダイアルミネート配合(81mg/日)の併用が2例,アスピリン・ダイアルミネート配合(81mg/日)が5例,アスピリン(100mg/日)が3例,塩酸チクロピジン(200mg/日)が1例であった.全身への影響を考慮し,抗凝固剤と抗血小板剤およびその他の内服は,術前,術中,術後を通して継続された.3.初回手術の術式初回手術でPPVのみを行ったものが20例20眼,PPV+PEA+IOLを行ったものが30例30眼であった.また,50例50眼の全例で眼内網膜光凝固術を併施した.術中において,内服群は非内服群に比べて止血に時間がかかる傾向にあったが,問題なく止血され,手術に支障をきたすことはなかった.4.術後合併症(表3,4)術後合併症を発生時期により分類し,術後1カ月以内に発症したものを早期合併症,術後1カ月以降に発症したものを晩期合併症とした.早期合併症は内服群と非内服群で有意差はなかった.非内服群で硝子体出血を認めた症例が5眼(13%)あったが,そのうち4眼(10%)は出血量が少量であったため経過観察とし,出血は自然に吸収された.残りの1眼(3%)は再出血をきたし自然吸収が期待できなかったため,再度硝子体手術を施行して出血を除去した.晩期合併症も内服群と非内服群で有意差は認められなかった.内服群で血管新生緑内障が1眼(14%)に認められた.この症例は,HbA1cは6.5%であったが,高血圧,高脂血症,心疾患,脳血管疾患,糖尿病性腎症,糖尿病性神経障害のすべての全身合併症を有していた.さらに,両側内頸動脈に狭窄を認めていたが,網膜の虚血は無灌流領域があるも特別ひどい状態ではなく,術前には虹彩新生血管や高眼圧は認められなかった.しかし,術後3カ月目に虹彩新生血管を認め眼圧上昇をきたしたため,術後4カ月で線維柱帯切除術を施行した.一方,非内服群では術後に新たな硝子体出血を認めた症例が5眼(20%)あった.全例経過観察のみで硝子体出血は吸収されたが,術後8カ月で虹彩新生血管を認めた症例が1眼(4%)あった.この症例は,HbA1cは6.8%であったが,高血圧,高脂血症,心疾患,脳血管疾患,糖尿病性神経障害の全身合併症を有していた.新たな硝子体出血の出現と消退をくり返し,その後,眼圧が上昇し血管新生緑内障となったため線維柱帯切除術を施行した.全症例のなかで,前部硝子体線維血管増殖(anteriorhyaloidalbrobascularprolifera-tion:AHFVP)を生じた症例はなかった.III考按近年,糖尿病網膜症に対する硝子体手術は手術手技や器械の改良により安全に行われるようになってきた118).その一方で,症例によっては重篤な合併症が生じることも報告されている.術後合併症に関しては,網膜離315%3,19,20),硝子体出血411%3,20),緑内障6%19)で,再手術を要した症例が8.510%3,20)と報告されている.とりわけ視力予後を不良にする因子の一つとして血管新生緑内障があるが,本検討では50眼中2眼(4%)と過去の報告より低く21,22),その他の術後合併症については過去の報告とほぼ同様の結果となった23,24).糖尿病患者は網膜症のほかにも全身の合併症を有していることが多く,合併症の治療および予防目的で抗凝固療法を行っていることが多い.今回の検討では,抗凝固療法を行っている症例は50症例中11症例(22%)であったが,他施設では541症例中67症例(12.4%)との報告25)もあり,当院における割合は比較的多いと思われた.一方,江川らは糖尿病網膜症に対して手術を施行した患者のなかで,36%にBUN高値,29%に血清クレアチニン高値,63%に高血圧,27%に腎障害,5%に心筋梗塞,7%に脳梗塞がみられたと報告している26).本検討では,BUN高値が29%,血清クレアチニン高値が29%,高血圧が68%,腎障害が66%,心筋梗塞が28%,脳梗塞が26%の患者にみられた.BUN高値,血清クレアチニン高値,高血圧では江川らの報告26)とほぼ同様の結果であったが,腎障害,心筋梗塞,脳梗塞は他の報告26)に比べても高頻度であった.糖尿病性腎症,糖尿病性神経障害は内服群と非内服群で差はなかったが,高血圧,高脂血症,心疾患,脳血管疾患は内服群で多く認められた.以上の結果は,脳血管疾患および心疾患の頻度が全国平均より高い表3早期合併症(術後1カ月以内)合併症眼数内服群非内服群合計網膜離000硝子体出血055血管新生緑内障000なし113445合計113950表4晩期合併症(術後1カ月以降)合併症眼数内服群非内服群合計網膜離000硝子体出血055血管新生緑内障112なし61925合計72532———————————————————————-Page41160あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(114)とされる山形県での検討であるという地域性も関与していると考えられる.外科および整形外科領域における手術の場合,抗凝固療法を行っている患者では基本的には周術期に抗凝固剤および抗血小板剤の休薬を行っている.内服薬の種類によって作用機序が違うとともに効果持続時間が異なるため,術前の服薬中止日数はそれぞれ異なっている.アスピリン,アスピリン・ダイアルミネート配合,塩酸チクロピジンは術前1014日間,ワルファリンカリウムは術前57日間が休薬の目安となっている.歯科口腔外科領域では,抗凝固療法中の患者に対する歯科治療における出血管理として,出血時に十分な止血をすることにより,周術期に抗凝固剤あるいは抗血小板剤の休薬は必要ないとする考えもあり31,32),この場合は,凝固機能の指標となる「PT-INR(prothrombintime-Interna-tionalNormalizedRatio):プロトロンビン時間」の値が3.0未満での手術が望ましいとしている31,32).今回の報告では「PT-INR」についての検討は行っていないが,眼科領域でも「PT-INR」の値が2.5未満であれば術中および術後合併症で重篤なものは起こりにくいとの報告32)がある.しかし,外科や整形外科領域における手術のように最初から周術期の出血量が多いことが予想される場合は,抗凝固療法を休止することはやむをえないと考えられるが,休止したことによる全身合併症の発症の可能性は否定できない.たとえば,心血管疾患を合併した胃癌症例に対する胃切除術や股関節手術,あるいは頭頸部癌再建術では,抗凝固療法の休止を行ったことから脳梗塞や肺梗塞を起こしたとの報告2729)がある.さらに,腎生検のため抗凝固療法を休止したところ腎梗塞を発症したという報告30)もある.眼科領域では,白内障手術で易出血性の軽減のため術前に抗凝固療法を休止,あるいは内服薬の減量を行った症例において,術後に脳梗塞によると思われる言語障害を発症したとの報告34)もあり,欧米の報告では,抗凝固療法を休止したことによる全身合併症の発生を危惧し,一般に眼科手術では抗凝固療法を休止しないとするものが多くみられた3537).その一方で,特にワルファリンカリウムの内服による抗凝固療法中の症例では,術中および術後に脈絡膜下出血や硝子体出血などの重篤な合併症を生じたとする報告25)もあり,抗凝固療法中の症例では十分な注意が必要であると思われる.今回の検討では,PDRに対する硝子体手術において,抗凝固療法の有無で術後合併症に有意差がなかったという結果が得られた.しかし,易出血性の症例の手術では術中の止血を確実に行うことが重要であり,止血を容易にするためには術中の血圧を厳格に管理することが肝要であると考えられる.以上をまとめると,全身合併症を有するPDR患者の硝子体手術において抗凝固療法の有無で術中および術後合併症に有意差は認められなかった.もし,術前に抗凝固剤および抗血小板剤の投与調節をする必要がなければ,PDRの手術を行ううえで適切な手術時期を逸することなく手術を行うことができると考えられる.しかしながら,今回の研究はretro-spectivestudyであることや,対象症例が少数で偏りがあることなど,統計学的解析上の問題もある.また,抗凝固療法を行っている症例の眼科手術中に高度の出血を生じた報告25)もあるので,安易に結論を導くことはできない.今後,より症例を蓄積し,さらなる検討が必要であると考えられる.文献1)TheDiabeticRetinopathyVitrectomyStudyResearchGroup:Earlyvitrectomyforseverevitreoushemorrhageindiabeticretinopathy.Two-yearresultsofrandomizedtrial.DiabeticRetinopathyVitrectomyStudyreport2.ArchOphthalmol103:1644-1652,19852)SmiddyWE,FeuerW,IrvineWDetal:Vitrectomyforcomplicationsofproliferativediabeticretinopathy.Func-tionaloutcomes.Ophthalmology102:1688-1695,19953)LaheyJM,FrancisRR,KearneyJJ:Combiningphaco-emulsicationwithparsplanavitrectomyinpatientswithproliferativediabeticretinopathy.Ophthalmology110:1335-1339,20034)舘奈保子,荻野誠周:糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術の成績.眼科手術8:129-134,19955)齋藤桂子,櫻庭知己,吉本弘志ほか:若年発症の増殖糖尿病網膜症の硝子体手術成績.眼紀47:1353-1357,19966)大西直武,植木麻里,池田恒彦ほか:若年者の増殖糖尿病網膜症硝子体手術成績.眼紀55:214-217,20047)渡辺朗,神前賢一,林敏信:40歳未満の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績.眼科手術18:279-281,20058)松村美代,西澤稚子,田中千春ほか:虹彩隅角新生血管を伴う増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術.臨眼47:653-656,19939)野田徹,秋山邦彦:血管新生緑内障に対する網膜硝子体手術.眼科手術15:447-454,200210)五味文,恵美和幸,本倉雅信:糖尿病網膜症に対する早期硝子体手術の術後経過.臨眼48:1933-1937,199411)池田華子,高木均,大谷篤史ほか:活動性線維血管増殖を伴う糖尿病網膜症に対する早期硝子体手術の成績.眼科手術14:241-244,200112)本倉雅信,恵美和幸,竹中久ほか:増殖糖尿病網膜症に対する早期硝子体手術の意義.臨眼46:233-236,199213)恵美和幸:糖尿病網膜症の早期硝子体手術.臨眼49:1513-1517,199514)田野保雄:硝子体手術の適応と実際.あたらしい眼科3:773-782,198615)佐藤幸裕:糖尿病網膜症に対する硝子体手術.眼科28:903-912,198616)樋口暁子,山田晴彦,松村美代ほか:増殖糖尿病網膜症の硝子体手術成績─10年前との比較─.日眼会誌109:134-141,200517)小田仁,今野公士,三木大二郎ほか:糖尿病網膜症に対する硝子体手術─最近5年間の検討.日眼会誌109:603———————————————————————–Page5あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081161(115)612,200518)村松昌裕,横井匡彦,大野重昭ほか:増殖糖尿病網膜症の硝子体手術成績と手術適応の検討.日眼会誌110:950-960,200619)BlankenshipGW,MachemerR:Long-termdiabeticvit-rectomyresults.Reportof10yearfollow-up.Ophthalmol-ogy92:503-506,198520)BrownGC,TasmanWS,BensonWEetal:Reoperationfollowingdiabeticvitrectomy.ArchOphthalmol110:506-510,199221)茂木豊,北野滋彦,堀貞夫ほか:増殖糖尿病網膜症硝子体手術後の虹彩新生血管と血管新生緑内障.臨眼50:801-804,199622)DiolaiutiS,SennP,SchmidMKetal:Combinedparsplanavitrectomyandphacoemulsicationwithintraocularlensimplantationinsevereproliferativediabeticretinopa-thy.OphthalmicSurgLasersImaging37:468-474,200623)桐生純一,松村美代,高橋扶左乃ほか:60歳未満の糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績─周辺部硝子体徹底廓清の有無による検討.臨眼94:1137-1140,200024)花井徹,小柴裕介,吉村長久ほか:50歳未満の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績.臨眼55:1195-1198,200125)NarendranN,WilliamsonTH:Theeectsofaspirinandwarfarintherapyonhaemorrhageinvitreoretinalsurgery.ActaOphthalmolScand81:38-40,200326)江川勲,後藤寿裕,田澤豊ほか:網膜硝子体手術を必要とした糖尿病網膜症患者の全身状態.眼紀54:130-134,200327)門田英輝,木股敬裕,山崎光男ほか:頭頸部癌再建症例における術後全身合併症の検討.頭頸部癌31:570-575,200528)高田秀夫,加畑多文,富田勝郎ほか:股関節手術後の肺塞栓の頻度.HipJoint31:645-647,200529)青柳慶史朗,今泉拓也,白水和雄ほか:心血管疾患合併胃癌症例の検討とくに血液凝固阻止剤使用例について.臨床と研究82:15351539,200530)井上紘輔,吉田俊則,橋本浩三ほか:腎生検のため抗凝固療法休止中に腎梗塞を発症したネフローゼ症候群の一例.日本腎臓学会誌47:637,200531)森本佳成,丹羽均,峰松一夫ほか:抗血栓療法施行患者の歯科治療における出血管理に関する研究.日本歯科医学会誌25:93-98,200632)牧浦倫子,矢坂正弘,峰松一夫:抗凝固療法中患者の抜歯時の出血管理.脳卒中27:424-428,200533)DayaniPN,GrandMG:Maintenanceofwarfarinantico-agulationforpatientsundergoingvitreoretinalsurgery.TransAmOphthalmolSoc104:149-160,200634)SaitohAK,SaitohA,AmemiyaTetal:Anticoagulationtherapyandocularsurgery.OphthalmicSurgLasers29:909-915,199835)FuAD,McDonaldHR,JumperJMetal:Anticoagulationwithwarfarininvitreoretinalsurgery.Retina27:290-295,200736)HirschmanDR,MorbyLJ:Astudyofthesafetyofcon-tinuedanticoagulationforcataractsurgerypatients.NursForum41:30-37,200637)MorrisA,ElderMJ:Warfarintherapyandcataractsur-gery.ClinExpOphthalmol28:419-422,200038)鈴間潔:糖尿病網膜症の分子メカニズム.日本の眼科77:269-272,200639)WatanabeD,SuzumaK,MatsuiSetal:Erythropoietinasaretinalangiogenicfactorinproliferativediabeticretinopathy.NEnglJMed353:782-792,200540)FunatsuH,YamashitaH,NomaHetal:Increasedlevelsofvascularendothelialgrowthfactorandinterleukin-6intheaqueoushumorofdiabeticswithmacularedema.AmJOphthalmol133:70-77,200241)CunninghamETJr,AdamisAP,AltaweelMetal:AphaseⅡrandomizeddouble-maskedtrialofpegaptanib,ananti-vascularendothelialgrowthfactoraptamer,fordiabeticmacularedema.Ophthalmology112:1747-1757,2005***

液状後発白内障の2例

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page1(107)11530910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(8):11531156,2008cはじめに液状後発白内障とは,白内障手術後,眼内レンズ(intra-ocularlens:IOL)とcontinuouscurvilinearcapsulorrhexis(CCC)縁とが密着して眼房と水晶体内との交通が遮断され,レンズ後面と後の間に水分が貯留し,術後数カ月から数年して内容物が白く混濁する状態である1).その結果,視力低下や近視化などの視機能障害を起こすことがある.本論文では,視機能障害をきたした液状後発白内障にyttrium-aluminum-garnet(YAG)レーザーによる後切開術が有効であった2例を報告する.さらに液状後発白内障の発生機序についても考察する.I症例〔症例1〕81歳,女性.1983年に右眼網膜静脈分枝閉塞症を発症し網膜光凝固術を受けた.そのときの視力は右眼0.06(矯正不能),左眼0.5〔別刷請求先〕川添理恵:〒807-8555北九州市八幡西区医生ヶ丘1-1産業医科大学眼科学教室Reprintrequests:RieKawasoe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japan,1-1Iseigaoka,Yahatanishi-ku,Kitakyusyu-shi807-8555,JAPAN液状後発白内障の2例川添理恵*1田原昭彦*1宮本秀久*1藤紀彦*1廣瀬直文*2久保田敏昭*1向野利彦*3*1産業医科大学眼科学教室*2さっか眼科医院*3眼科向野医院TwoCasesofLiqueedafterCataractRieKawasoe1),AkihikoTawara1),HidehisaMiyamoto1),NorihikoTou1),NaofumiHirose2),ToshiakiKubota1)andToshihikoKohno3)1)DepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japan,2)SakkaEyeClinic,3)KohnoEyeClinic白内障手術後視機能障害をきたした液状後発白内障の2例を報告する.症例1は81歳の女性で,両眼白内障手術6年後に視力低下を自覚した.矯正視力は右眼(0.15),左眼(0.1)であった.両眼の眼内レンズ後面と後の間に液状物質の貯留と残存皮質が存在した.両眼yttrium-aluminum-garnet(YAG)レーザー後切開術を施行し,矯正視力は右眼(0.3),左眼(0.4)に改善した.症例2は67歳の女性で,両眼白内障手術約10年後に右眼の霧視を自覚した.矯正視力は右眼(1.2),左眼(1.2)であった.右眼は眼内レンズ後面と後の間に液状物質の貯留と残存皮質が存在した.右眼にYAGレーザー後切開術を施行した.術後矯正視力は右眼(1.5)で,自覚的に霧視は軽減し,他覚的に高次収差は術後減少した.2例の視機能障害をきたした液状後発白内障に対してYAGレーザー後切開術は有効であった.Wereporttwocasesofliqueedaftercataractaccompaniedbyvisualdisturbanceaftercataractsurgery.Case1,an81-year-oldfemale,noticeddecreasedvisualacuityinbotheyes6yearsaftercataractsurgeries.Hercorrect-edvisualacuitywas0.15intherighteye,0.1intheleft.Inbotheyes,thespacebetweentheposteriorsurfaceoftheintraocularlensandtheposteriorlenscapsulewerelledwithliquidwithlenscortex.Yttrium-aluminum-gar-net(YAG)lasercapsulotomysuccessfullyimprovedthecorrectedvisualacuityto0.3intherighteyeand0.4intheleft.Case2,a67-year-oldfemale,noticedblurredvisionintherighteyeabout10yearsaftercataractsurgery.Herbestvisualacuitywas1.2inbotheyes.Liquidmaterialwithremainingcortexwasobservedbetweentheintraocularlensandtheposteriorlenscapsuleintherighteye.YAGlasercapsulotomyinthatrighteyeimprovedthebestvisualacuityto1.5,andeliminatedtheblurredvision,asconrmedbywavefront.TheseresultssuggestthatYAGlasercapsulotomyiseectiveforliqueedaftercataractwithvisualdisturbance.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(8):11531156,2008〕Keywords:液状後発白内障,YAGレーザー後切開術,高次収差.liqueedaftercataract,yttrium-aluminum-garnet(YAG)lasercapsulotomy,wavefront.———————————————————————-Page21154あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(108)(矯正不能)であった.1998年に両眼の視力低下を自覚し超音波水晶体乳化吸引術および眼内レンズ挿入術(phacoe-mulsicationandaspiration:PEA+IOL)を受けた.術後の矯正視力は右眼(0.4),左眼(0.7)であった.平成16年1月から両眼の視力低下を自覚し眼科向野医院を受診し,産業医科大学眼科を紹介された.既往歴に高血圧がある.初診時所見:視力は右眼0.1(0.15×sph1.0D(cyl0.75DAx75°),左眼0.1(矯正不能)で,眼圧は右眼7mmHg,左眼10mmHgであった.両眼とも眼内レンズ挿入眼であり,アクリル樹脂素材(AcrySofRMA60BM,アルコン社製)のレンズが使用されていた.眼内レンズは内固定されており,CCC縁が眼内レンズの前面と密着し全周を覆いブロックしていた.また,眼内レンズ後面と後との間隙に液状物質が貯留し,右眼は間隙の上方に,左眼は間隙の下方に水晶体皮質が残存していた.さらに,淡い後混濁も生じていた(図1a,b).右眼眼底は上耳側に陳旧性網膜静脈分枝閉塞症と網膜光凝固斑を認め,視神経乳頭周囲には多数のドルーゼンがあった.左眼眼底はアーケード血管に沿ってドルーゼンが多数存在し,黄斑部には軽度網膜の萎縮があった.経過:2004年6月8日に左眼,7月13日に右眼にYAGレーザー後切開術を行い,術後視力は右眼0.1(0.3×sph1.5D(cyl0.5DAx40°),左眼0.15(0.4×sph+0.75D(cyl1.25DAx110°)と改善した.術前後の屈折値は等価球面度数にて変化はなかった.レンズ後面と後との間隙の液状物質は消失した(図2a).〔症例2〕67歳,女性.1994年に右眼,1995年に左眼の白内障手術を受けた.2004年10月4日,右眼の霧視を主訴にさっか眼科医院を受図1a症例1:初診時の右眼前眼部写真CCC縁がレンズの前面を全周覆い,ブロックしている.レンズ後面と後の間にスペースと液状物質の貯留があり,スペースの上方には残存皮質がある.また淡い後混濁もある.図1b症例1:初診時の左眼前眼部写真左眼も右眼(図1a)と同様に,液状物質の貯留と下方に残存皮質がある.図2a症例1:右眼後切開3カ月後の前眼部写真レンズ後面と後とのスペースの液状物質は消失している.図2b症例1:左眼後切開3カ月後の前眼部写真右眼同様レンズ後面と後とのスペースの液状物質は消失している.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081155(109)診し,産業医科大学眼科に紹介された.既往歴,家族歴に特記事項はない.初診時所見:視力は右眼0.1(1.2×sph2.0D(cyl2.0DAx100°),左眼0.5(1.2×sph1.5D(cyl1.75DAx90°)であり,眼圧は右眼12mmHg,左眼12mmHgであった.両眼とも眼内レンズ挿入眼で,右眼にポリメチルメタクリレート(polymethylmethacrylate:PMMA)素材(HOYAUY-5NE6),左眼にアクリル樹脂素材(AcrySofRMA60BA:アルコン社製)の眼内レンズが挿入されていた.右眼の眼内レンズは内固定されており,CCC縁は眼内レンズ前面に密着していた.レンズ後面と後の間には液状物質の貯留があり,間隙の下方には残存皮質があった(図3a).左眼眼内レンズは内固定されておりCCC縁が眼内レンズの前面を全周覆っていた.しかし,残存皮質はなくレンズ後面図3a症例2:初診時の右眼前眼部写真眼内レンズは内固定されCCC縁は完全にブロックされている.レンズ後面と後の間にスペースに液状物質の貯留がある.スペースの下方には残存皮質がある.図3b症例2:初診時の左眼前眼部写真眼内レンズは内固定されており,CCCがレンズ前面を全周覆っている.残存皮質はなく,レンズ後面と後との間のスペースや液状物質の貯留はない.図4症例2:波面収差a,bは右眼YAGレーザー後切開術前の角膜の不正乱視(高次収差)を示す.c,dは右眼角膜・水晶体・硝子体などの全屈折高次収差を示す.YAGレーザー後切開術前(a)と術後(b)で角膜の不正乱視を示すマップに大きな変化はない.全屈折の不正乱視を示すマップでは,後切開術前(c)術後(d)で,波面の遅い部分は減少し高次収差は減少している.badc図5症例2:収差解析からシミュレーションした網膜像YAGレーザー後切開術前(a)と術後(b)とを比較すると,術後のシミュレーションによる像は鮮明となっている.ba———————————————————————-Page41156あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(110)と後との間に間隙や液状物質の貯留はなかった(図3b).経過:2004年11月11日に右眼にYAGレーザー後切開術を行った.術後視力は右眼0.5(1.5×sph1.75D(cyl2.5DAx100°)であり,術前後の屈折値は等価球面度数では変化はなかった.後切開術前後で高次収差を評価した(図4).角膜の不正乱視を示すマップ(図4a,b)では後切開術前後で大きな変化はなかったが,全屈折の不正乱視を示すマップ(図4c,d)では後切開術後に高次収差は減少していた.収差解析による網膜像のシミュレーションでは後切開術後に改善があった(図5).II考按液状後発白内障は,比較的まれな白内障手術の術後合併症である.太田2)による新しいcapsularblocksyndrome(CBS)の分類では術後晩期のCBSとして分類される.新しい分類では術中に起こる術中CBSと,通常術後1日2週間の術後早期に起こるCBS,術後数年を経て発生する術後晩期CBSがあると述べられている2).術中CBSはCCC後のhydrodissectionにより水晶体核がCCC縁を閉鎖し後破や核落下を起こす.術後早期CBSとは,原因は明らかではないが内に残存した粘弾性物質が主要因と考えられている.術後晩期CBSは先に述べたように術後数年して発症し,いくつかの特徴がある.完全で小さなCCC施行後,眼内レンズが内固定されている症例に多く,水晶体腔は閉鎖腔となっており,そこに白色の液状物質が貯留する.今回の2症例は白内障手術の数年後に眼内レンズと後との間隙に混濁した液が貯留しており,術後晩期のCBSに分類される液状後発白内障である.術後晩期の液状後発白内障の発生要因や発生機序は明らかではなく,さまざまな仮説がある.太田2)は,内に残留した水晶体上皮細胞が偽仮性と増殖をくり返し,細胞外マトリックスが産生されこれらが内に貯留した可能性を指摘している.また,房水と形成された閉鎖腔の間に浸透圧差が生じ,内に房水が吸収され液性成分が変化した可能性があるとも述べている.永田ら3)は,手術中に採取した貯留液を分析して,発生には残存皮質や増殖した水晶体が関与していると述べている.今回の液状後発白内障の症例では,CCC縁は眼内レンズなどで完全にブロックされ,眼内レンズ後面と後の間のスペースに皮質が残存していた.しかし,症例2の左眼においては,CCCは全周が完全に覆われていたが残存皮質は認めず,液状後発白内障は発症していなかった.このことは,CCC縁が眼内レンズなどで完全にブロックされているとともに,水晶体皮質が残存していることが液状後発白内障の発症に関与している可能性を示唆している.眼内レンズの材質については,アクリル製やPMMA製,ハイドロゲル製の眼内レンズなどで報告されている3,4,6).液状後発白内障をきたした本症例は,症例1ではアクリル素材の眼内レンズが使用されており,症例2ではPMMA素材の眼内レンズが使用されていた.どのような眼内レンズの素材でも起こりうる可能性があるといえる.今回,症例1では視力低下をきたしたが,症例2では視力低下はなく霧視のみであった.液状後発白内障が発症しても貯留物質の混濁の程度が軽度であれば無症状のこともあるが,強く混濁していたり,後混濁を合併している場合に視力障害を自覚するといわれている3).症例1では後混濁を合併していたことも視力低下の原因と考えられる.症例2では視力は良好であったが,霧視を訴えていた.YAGレーザー後切開術後に霧視は軽快し,波面センサーでも高次収差は減少していた.このことは,液状後発白内障では視力が良好であっても高次収差を生じ,視機能に障害を与えることがあると考えられる.液状後発白内障は長期経過観察後,自然軽快した報告4)もある.しかし,液状後発白内障に続発閉塞隅角緑内障や悪性緑内障を発症した例6),液状後発白内障が進行しYAGレーザー後切開術が困難となり外科的除去を要した症例の報告7)もある.このような合併症を起こす可能性もあり,YAGレーザー後切開術は合併症予防面からも考慮する必要がある.今回は,視機能障害をきたした2症例にYAGレーザー後切開術を施行し,自覚的・他覚的症状は改善した.視機能障害を伴った液状後発白内障ではYAGレーザーによる処置は有効と考えられる.文献1)西起史,飽浦淳介:後発白内障.眼科学(丸尾敏夫,本田孔士,臼井正彦ほか編),p226-227,文光堂,20032)太田一郎:特殊な後発白内障である液状後発白内障と新しいCapusularblocksyndromeの分類.日本の眼科70:1317-1320,19993)永田万由美,松島博之,泉雅子ほか:液状後発白内障の成分分析.眼紀52:1020-1023,20014)中村昌弘,梶原万祐子,小俣仁ほか:自然消失した液状後発白内障の2例.眼科手術15:537-540,20025)MiyakeK,OtaI,MiyakeSetal:Liqueedaftercata-ract:Acomplicationofcontinuouscurvilinearcapsulor-rhexisandintraocularlensimplantationinthelenscap-sule.AmJOphthalmol125:429-435,19986)斉藤信一郎,林みゑ子,橋本尚子ほか:CapsularBlockSyndromeに悪性緑内障を合併した1症例.眼臨95:723-726,20017)三上尚子,桜庭知巳,原信哉ほか:外科的除去を要した特異な後発白内障の2例.IOL&RS17:42-46,2003

白内障手術を併用した上方および下方からの線維柱帯切開術の検討

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page11148あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(00)原著あたらしい眼科25(8):11481152,2008cはじめに白内障手術を併用した線維柱帯切開術は,単独手術に比べ,眼圧下降効果が優れていると報告されている1).しかし,濾過手術に比べれば眼圧下降効果は劣り2,3),将来に濾過手術が必要となる可能性があるため上方結膜を広範囲に温存することが望ましいと考えられる.また線維柱帯切開術は濾過手術ではなく術後感染の危険性が少ないため下方からのアプローチが可能である46)が,下方からのアプローチからの線維柱帯切開術と白内障同時手術成績の報告は少ない7).今回,筆者らは白内障手術を併用した線維柱帯切開術を上方からのアプローチ(以下,上方群)と下方からのアプローチ(以下,下方群)による手術成績を比較検討したので報告する.〔別刷請求先〕浦野哲:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ToruUrano,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume-city,Fukuoka830-0011,JAPAN白内障手術を併用した上方および下方からの線維柱帯切開術の検討浦野哲*1三好和*2山本佳乃*1鶴丸修士*1原善太郎*1山川良治*1*1久留米大学医学部眼科学教室*2社会保険田川病院眼科ComparisonbetweenSuperiorly-approachedandInferiorly-approachedTrabeculotomyCombinedwithCataractSurgeryToruUrano1),MutsubuMiyoshi2),YoshinoYamamoto1),NaoshiTsurumaru1),ZentaroHara1)andRyojiYamakawa1)1)DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,SocialInsuranceTagawaHospital白内障手術を併用したサイヌソトミー併用線維柱帯切開術の上方(上方群)および下方からのアプローチ(下方群)について検討した.対象は,上方群は,落屑緑内障41眼と原発開放隅角緑内障15眼の計56眼,平均年齢77歳,経過観察期間17.5カ月.下方群は,落屑緑内障12眼と原発開放隅角緑内障11眼の計23眼,平均年齢69歳,経過観察期間9.4カ月.上方群は12時方向で,下方群は8時方向から行った.眼圧(手術前→最終)は上方群22.4±5.4→14.3±3.4mmHg,下方群21.9±5.9→13.6±2.6mmHg,薬剤スコアは上方群3.3±1.1→0.8±1.1,下方群3.4±1.3→1.0±1.4と有意に低下した.一過性眼圧上昇は上方群11眼(19.6%),下方群5眼(21.7%)とみられたが有意差はなかった.下方群は上方群と同等な成績であり,将来濾過手術をするスペースを確保できる有用な手術法である.Wecomparedsuperior-approachtrabeculotomy(SUP)withinferior-approachtrabeculotomy(INF)incom-binedcataract-glaucomasurgery.TheSUPgroupcomprised56eyes〔exfoliationglaucoma:41eyes;primaryopen-angleglaucoma(POAG):15eyes〕withameanageof77yearsandameanfollow-upperiodof17.5months.TheINFgroupcomprised23eyes(exfoliationglaucoma:12eyes;POAG:11eyes)withameanageof69yearsandameanfollow-upperiodof9.4months.Trabeculotomycombinedwithsinusotomywasperformedatthe12-o’clockpositioninSUPandatthe8-o’clockpositioninINF.Intraocularpressuresignicantlydecreasedto14.3±3.4mmHgfrom22.4±5.4mmHginSUPandto13.6±2.6mmHgfrom21.9±5.9mmHginINF.Transientelevationinintraocularpressurewasobservedin11SUPeyes(19.6%)and5INFeyes(21.7%),buttherewasnosignicantdierencebetweenthetwogroups.INFhadsurgicalresultsequivalenttothoseofSUP,andisusefulinpreservingsuperiorkeratoconjunctivalareasforpossiblelteringsurgeryinfuture.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(8):11481152,2008〕Keywords:緑内障,トラベクロトミー,同時手術,超音波水晶体乳化吸引術,眼圧.glaucoma,trabeculotomy,combinedsurgery,phacoemulsication,intraocularpressure.1148(102)0910-1810/08/\100/頁/JCLS———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081149(103)検討項目は,眼圧,薬剤スコア,視力,合併症,湖崎分類での視野とした.岩田8)の提唱した目標眼圧に基づき,術前のGoldmann視野で,I期(Goldmann視野では正常),Ⅱ期(孤立暗点,弓状暗点,鼻側階段のみ),Ⅲ期(視野欠損1/4以上)に分類し,個々の症例の最終眼圧値がそれぞれ19,16,14mmHg以下であった割合を達成率とし,その目標眼圧と視野進行について検討した.なお,Kaplan-Meier生命表法を用いた眼圧のコントロール率の検討では,規定眼圧値を2回連続して超えた時点,炭酸脱水酵素阻害薬内服を追加また内眼手術を追加した時点をエンドポイントとした.II結果術前の眼圧は,上方群は22.4±5.4mmHg(n=56),下方群は21.9±5.6mmHg(n=23)で,術後1カ月から12カ月まで,両群間ともに13mmHg前後で推移し,18カ月で上方群は14.6±3.7mmHg(n=31),下方群は18.2±10.1mmHg(n=5)であった.両群ともに術前眼圧に比較して有意に下降(p<0.001)し,両群間に有意差はなかった(図1).薬剤スコアは術前において上方群が3.3±1.1点,下方群が3.4±1.3点と両群とも3点以上あったが,術後3カ月は1点以下に減少した.その後,下方群は徐々に増加する傾向がみられた.術後9,12カ月においては下方群が上方群に比べて有意に増加(p<0.05)していた.しかし,最終的に術後18カ月で上方群が0.5±1.1点,下方群が1.5±1.4点で術前の薬剤スコアを上回ることはなかった(図2).Kaplan-Meier生命表を用いた眼圧コントロール率は,20mmHg以下へは,術後2年で,上方群84.0%,下方群87.0%と両群間に有意差はみられなかった(図3).同様に,眼圧14mmHg以下へは,術後2年で,上方群40.2%,下方群39.4%と有意差はみられなかった(図4).視野狭窄にあわせた目標眼圧の達成率は,I期では両群ともに100%達成しており,Ⅱ期では,上方群77%,下方群80%であった.I対象および方法対象は,2003年1月から2006年2月までに,久留米大学病院眼科,社会保険田川病院眼科において,初回手術として,超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術(以下,PEA+IOL)を併用した線維柱帯切開術+サイヌソトミー(以下,LOT)を行い,術後3カ月以上経過観察が可能であった症例66例79眼で,男性41例48眼,女性25例31眼である.内訳は上方群が落屑緑内障41眼,原発開放隅角緑内障15眼の計56眼.下方群が落屑緑内障12眼,原発開放隅角緑内障11眼の計23眼であった.平均術前眼圧(平均値±標準偏差)は,上方群22.4±5.4mmHg,下方群21.9±5.6mmHgで,平均薬剤スコアは,点眼1点,炭酸脱水酵素阻害薬内服2点とすると,上方群は3.3±1.1点,下方群は3.4±1.3点で有意差はなかった.平均年齢は上方群が76.6±1.5歳,下方群が68.9±8.3歳で,上方群に比べて下方群は有意に若かった(p<0.01:Mann-WhitneyのU検定).術後平均観察期間は,上方群は17.5±4.2カ月,下方群は9.4±6.9カ月と有意に下方群が短期間であった(p<0.01:Mann-WhitneyのU検定).手術は,球結膜を円蓋部基底で切開後,輪部基底で4×4mmの3分の1層の強膜外方弁を作製し,さらに同じように輪部基底で,その内方に強膜内方弁を作製,Schlemm管を同定した.その後,前切開し,Schlemm管にロトームを挿入,回転して,PEA+IOLを施行した.その後,強膜内方弁を切除し,外方弁は10-0ナイロン糸4カ所で縫合した.Schlemm管直上の強膜弁両断端を切除してサイヌソトミーを施行した.なお,上方群は,LOTをPEA+IOLと同一創で12時方向から,下方群は,LOTを8時方向から施行し,PEA+IOLは耳側角膜切開で施行した.術後は,前房内に逆流した血液がSchlemm管内壁切開部を覆い,前房流出障害を起こさないように,就寝まではできるだけ左側臥位をとらせた.図1眼圧の経過上方群下方群*********眼圧()()***図2薬剤スコア*の()**上方群下方群スコア()———————————————————————-Page31150あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(104)術後最終視力は術前と比較して2段階以上悪くなった症例は,上方群4眼(7.1%),下方群2眼(8.7%)の計6眼みられた.その原因は視野進行2眼,末期緑内障(湖崎ⅣVb)2眼,後発白内障1眼であった(図7).術後合併症は,術後7日以内に30mmHg以上の一過性眼Ⅲ期では,上方群59%,下方群100%であり,Ⅲ期に対してのみ下方群のコントロールが有意に良好であった(p<0.05).しかし全体では,上方群70%,下方群91%で両群間に有意差はなかった(表1).術前,術後最終の視野を図5に上方群,図6に下方群を示した.視野進行は,上方群3眼(5.4%),下方群3眼(13.0%)の計6眼にみられた.この6眼の視野進行はすべて1段階の進行であり,落屑緑内障,原発開放隅角緑内障の各3眼あった.このうち3眼(50%)は目標眼圧以下にコントロールされていた.表1目標眼圧と達成率時期:目標眼圧上方群眼数(%)下方群眼数(%)p値Ⅰ期:19mmHg以下3/3(100%)3/3(100%)NSⅡ期:16mmHg以下20/26(77%)8/10(80%)NSⅢ期:14mmHg以下16/27(59%)10/10(100%)p<0.05計39/56(70%)21/23(91%)NSNS:notsignicant.(Fisherexactprobabilitytest)図3KaplanMeier生命表でのコントロール率(20mmHg以下)上方群下方群コントロール率()()()の以上は図4KaplanMeier生命表でのコントロール率(14mmHg以下)上方群下方群コントロール率()()()の以上は図5視野の経過(上方群)ⅠbⅡaⅡbⅢaⅢbⅣⅤaⅤb術前視野ⅠbⅡaⅡbⅢaⅢbⅣⅤaⅤb:目標眼圧達成眼:目標眼圧非達成眼最終視野図6視野の経過(下方群)ⅠbⅡaⅡbⅢaⅢbⅣⅤaⅤb術前視野ⅠbⅡaⅡbⅢaⅢbⅣⅤaⅤb:目標眼圧達成眼:目標眼圧非達成眼最終視野図7視力の経過1.50.010.11.00.010.11.01.5HMFCFC入院時視力:上方群:下方群HM最終最視———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081151(105)下方群91%と同等であった.症例数の違いはあるが視野障害が進行した症例には線維柱帯切除術を施行する前に下方からのLOTを施行することも選択肢として考えてよい可能性がある.視野進行した6眼は上方群,下方群の各3眼であった.このうち目標眼圧に達しなかったものは上方群2眼,下方群1眼の計3眼にみられ,下方群の1眼は上方より線維柱帯切除術を追加したが特に問題なく施行できた.術後の一過性眼圧上昇は,著しく視神経萎縮が進行した症例では中心視野が消失する危険性がある.30mmHg以上の一過性の眼圧上昇について発生頻度は,下方群での報告は有水晶体眼で30.8%2)と10.5%5),偽水晶体眼においては20.0%6)であった.白内障同時手術の場合は45.5%7)であり,今回は21.7%であった.白内障手術の付加そのものが眼圧上昇の割合を大きくする要素との報告7)があり,サイヌソトミーを併用すること10)や強膜外方弁の縫合糸を5糸から2糸へと減数したことが一過性眼圧上昇の予防に寄与しているとの報告5)がある.今回はサイヌソトミーを併用していたが,縫合糸は5から4糸へと減少することで一過性眼圧上昇が予防され,2糸までを減少させることでさらに予防できる可能性がある.下方からのLOTを施行する場合の白内障同時手術は耳側角膜切開という組み合わせになる11).しかし白内障手術にて角膜切開は強角膜切開に比べ術後眼内炎の頻度が高率であるとの報告12)があり,そのため白内障同時手術を下方強膜弁同一創から行うほうがよいという考えがある7).久留米大学病院眼科では緑内障・白内障同時手術においてバイマニュアルの極小切開白内障手術(micro-incisioncataractsurgery:MICS)を導入している13).2カ所の19ゲージのVランスを用いた切開とIOLを下方強膜弁からインジェクターを用いて挿入を行えば,通常の耳側角膜切開より感染の危険性は少ないのではないかと考えられる.また術中術者の移動もなく安定して手術することが可能である.上方,下方からのアプローチについて検討したが,眼圧経過,視野経過ともに,有意差は認めなかった.LOT単独手術と同様,白内障手術を併用したLOTを行う場合,将来濾過手術をするスペースを確保するため下方で行うのはよい選択肢であると思われた.本稿の要旨は第17回日本緑内障学会で発表した.文献1)TaniharaH,HonjoM,InataniMetal:Trabeculotomycombinedwithphacoemulsicationandimplantationofanintraocularlensforthetreatmentofprimary-openangleglaucomaandcoexistingcataract.OphthalamicSurgLasers28:810-817,1997圧上昇を示した症例は上方群11眼(19.6%),下方群5眼(21.7%)にみられ,術後7日以上続く4mmHg以下の低眼圧は上方群にのみ2眼(3.6%)にみられた.フィブリン析出は上方群において1眼(1.8%)みられたが,数日後に消失する軽度なものであった.全例においてbloodreuxを認め,1週間以上遷延した症例はなかった.また,処置の必要なDescemet膜離や浅前房を生じた症例はなく,術後合併症の発生に有意差はみられなかった.サイヌソトミーによる濾過効果のために丈の低い平坦な濾過胞が生じるがほとんど短期間に消失して,残存している症例はなかった.なお,術中合併症はみられなかった.III考按松原ら9)の報告によれば,上方アプローチによるLOTと同一創白内障同時手術の術後成績は,視力低下につながる重篤な合併症の少ない安全な術式であり,20mmHg以下への眼圧コントロールは術後3年で94%,5年で86.8%,眼圧下降効果においても長期的に1415mmHgにコントロールされるとしている.下方からの報告は,LOTの単独手術の成績5),偽水晶体眼に対しの成績6),同一創からのLOTと白内障手術の成績7)があり,どれも上方アプローチと同様な眼圧効果の結果となっている.今回の検討においてもまず上方群は術後24カ月の眼圧は14.1±4.1mmHg(n=16),眼圧コントロール率が20mmHg以下へは84.0%,14mmHg以下へは40.2%と過去の報告と同等の手術成績であった.下方群は術後18カ月の眼圧は16.2±3.6mmHg(n=5),眼圧コントロール率が20mmHg以下へは87.0%,14mmHg以下へは39.4%という結果であり,上方群と比較して,今回の成績は過去の報告とも同等の成績であった.薬剤スコアにおいては,術前と比較して術後は両群ともに有意に減少していたが,全体的に薬剤スコアは下方群と上方群を比較して下方群の薬剤スコアが高かった.下方群は徐々に増加傾向がみられ,術後9,12カ月後では上方群と比較して下方群が有意に高かった.術後18カ月では1点前後に落ち着いて両群間に有意差はなかった.今回は白内障同時手術を施行しておりLOT単独より眼内の炎症が強く起こっている可能性がある.また落屑緑内障も多く含まれておりこれらのことがこの時期に下方隅角の線維柱帯に影響を与え下方群は薬剤スコアが高い可能性も否定はできない.しかし,下方群のほうが症例も少なく経過観察期間が短いため,今後のさらなる経過観察を待つ必要がある.視野狭窄の程度に基づいた目標眼圧の達成率は,Ⅰ期とⅡ期においては上方群と下方群は同等の結果であった.Ⅲ期(目標眼圧14mmHg以下)においては上方群59%,下方群100%と有意差がみられた(p<0.05).合計では上方群70%,———————————————————————-Page51152あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(106)らしい眼科23:673-676,20068)岩田和雄:低眼圧緑内障および開放隅角緑内障の病態と視機能障害.日眼会誌96:1501-1531,19929)松原孝,寺内博夫,黒田真一郎ほか:サイヌソトミー併用トラベクロトミーと同一創白内障同時手術の長期成績.あたらしい眼科19:761-765,200210)熊谷英治,寺内博夫,永田誠:TrabeculotomyとSinuso-tomy併用手術の眼圧.臨眼46:1007-1011,199211)溝口尚則:トラベクロトミー・白内障同時手術.永田誠(監):眼科マイクロサージェリー,p474-482,エルゼビア・ジャパン,200512)CooperBA,HolekampNM,BohigianGetal:Case-con-trolstudyofendophthalmitisaftercataractsurgerycom-paringscleraltunnelandclearcornealwounds.AmJOphthalmol136:300-305,200313)山川良治,原善太郎,鶴丸修士ほか:極小切開白内障手術と緑内障同時手術.臨眼60:1379-1383,20062)寺内博夫,永田誠,松村美代ほか:TrabeculotomyPro-spectiveStudy(術後10年の成績).あたらしい眼科17:679-682,20003)堀暢英,山本哲也,北澤克明:マイトマイシンC併用トラベクレクトミーの長期成績─眼圧コントロールと視機能─.眼科手術12:15-19,19994)寺内博夫,永田誠,黒田真一郎ほか:緑内障の術後成績(Trabeculectomy+MMC・Trabeculotomy・Trabeculoto-my+Sinusotomy).眼科手術8:153-156,19955)南部裕之,尾辻剛,桑原敦子ほか:下方から行ったトラベクロトミー+サイヌストミーの成績.眼科手術15:389-391,20026)鶴丸修士,三好和,新井三樹ほか:偽水晶体眼緑内障に行った下方からの線維柱帯切開術の成績.眼臨100:859-862,20067)石井正宏,目加田篤,岡田明ほか:下方同一創からのトラベクロトミーと白内障同時手術の術後早期経過.あた***

熱応答ゲル化チモロール点眼薬およびブリンゾラミド点眼薬のラタノプロスト点眼薬への追加効果

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page1(97)11430910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(8):11431147,2008cはじめにラタノプロストはぶどう膜強膜流出促進による優れた眼圧下降作用と,全身に対する副作用が少なく認容性が良好なことから,現在わが国ではb遮断薬とともに緑内障治療の第一選択薬として使用されている1).しかし日常診療においてはラタノプロスト単剤では十分な眼圧下降効果が得られない症例もあり,他の薬剤に変更あるいは追加の投与が必要となる.薬剤の併用を行う場合は薬理学的に作用機序が異なる薬剤の追加が望ましいため,ラタノプロストが第一選択薬のときには房水産生抑制作用を有するb遮断薬点眼や炭酸脱水〔別刷請求先〕塩川美菜子:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:MinakoShiokawa,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN熱応答ゲル化チモロール点眼薬およびブリンゾラミド点眼薬のラタノプロスト点眼薬への追加効果塩川美菜子*1井上賢治*1若倉雅登*1井上治郎*1富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医学部眼科学第二講座OcularHypotensiveEectofGel-formingTimololSolutionorBrinzolamideSolutionAddedtoLatanoprostMinakoShiokawa1),KenjiInoue1),MasatoWakakura1),JiroInouye1)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)SecondDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicineラタノプロスト点眼薬単剤で治療中の緑内障,高眼圧症49例49眼に2剤目として熱応答ゲル化チモロール点眼あるいは1%ブリンゾラミド点眼を追加投与したときの眼圧下降効果,使用感,副作用についてprospectiveに検討した.総投与症例49例中,解析対象となった症例は42例であった.ゲル化チモロール投与群の平均眼圧は追加投与前18.4±2.4mmHg,投与12週後で15.1±2.5mmHgと有意に下降した(p<0.01).ブリンゾラミド投与群の平均眼圧は追加投与前17.8±2.3mmHg,投与12週後で15.0±2.5mmHgと有意に下降した(p<0.01).追加投与12週後まででは眼圧下降は両群間に差はなかった.使用感はゲル化チモロール群ではしみる,ブリンゾラミド群ではかすみが多く,副作用出現率は両群間に差はなかった.ラタノプロスト点眼と熱応答ゲル化チモロール点眼あるいはブリンゾラミド点眼の併用は,ともに眼圧下降に効果的である.In49patients(49eyes)withglaucomaandocularhypertensionundertreatmentwithlatanoprostophthalmicsolutionalone,weprospectivelyevaluatedocularhypertensiveeect,sensationofuseandadversereactionswhenthermo-settinggeltimololophthalmicsolutionor1%brinzolamideophthalmicsolutionwasaddedasthesecondconcomitantmedication.Thecasethatbecameananalysissubjectintotaladministrationcase49patientswas42patients.Themeanintraocularpressure(IOP)ofthegel-formingtimololgroupdecreasedsignicantly,from18.4±2.4mmHgbeforeadditionto15.1±2.5mmHgatthe12weeksafteraddition(p<0.01).ThemeanIOPofbrinzor-amide-treatedgroupsalsodecreasedsignicantly,from17.8±2.3mmHgbeforeadditionto15.0±2.5mmHgatthe12weeksafteraddition(p<0.01).Therewasnodierenceinocularhypertensiveeectbetweenthetwogroupsuptothe12weeksafteraddition.Asforthesensationofuse,irritationwascomplaintinthegel-formingtimololgroup,whereasblurredvisionwascomplainedduringbrinzolamidegroup.Nodierenceintheincidenceofadversereactionwasseenbetweenthetwogroups.Thisstudydemonstratesthatthecombinationoflatanoprostwitheitherthermo-settinggeltimololorbrinzolamideiseectiveforIOPreduction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(8):11431147,2008〕Keywords:熱応答ゲル化チモロール,ブリンゾラミド,ラタノプロスト,眼圧下降効果.gel-formingtimolol,brinzolamide,latanoprost,ocularhypotensiveeects.———————————————————————-Page21144あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(98)酵素阻害薬点眼を選択することが多くなる.これらの薬剤をラタノプロストに追加併用した場合の眼圧下降効果については,数多く報告されている28)が,b遮断薬として熱応答ゲル化チモロールを使用した報告は少ない7,8).今回はラタノプロスト点眼薬を使用中に熱応答ゲル化チモロール(リズモンRTG,以下ゲル化チモロール)点眼あるいはブリンゾラミド(エイゾプトR)点眼を2剤目として追加投与した際の眼圧下降効果についてprospectiveに検討した.I対象および方法井上眼科病院に通院中で,ラタノプロスト点眼単剤による治療を2カ月間以上行っていても眼圧下降効果が不十分,あるいは視野障害が進行している緑内障および高眼圧症患者49例を対象とした.眼圧下降効果,視野障害の進行については臨床的判断で評価した.調査の目的を十分に説明し,インフォームド・コンセントを得たうえで,封筒法により2剤目をゲル化チモロール点眼,ブリンゾラミド点眼のいずれかに決定して追加投与した.点眼は疾患が両眼の症例では両眼に,片眼例では患眼に行った.追加投与前眼圧は測定値が数回安定していることを前提に追加直前1回の眼圧測定値とし,追加投与12週後までの眼圧を投与前と比較し,眼圧下降値と下降率をゲル化チモロール群とブリンゾラミド群間で比較した.各薬剤の点眼時間は限定しなかったが,ラタノプロストは単独投与時より夜1回点眼を指示しており,追加投与を行ったゲル化チモロールは朝1回点眼,ブリンゾラミドは朝夜12時間ごとの点眼を指示した.眼圧測定はGold-mann圧平眼圧計を用いて行い,測定者は全例に対し同一検者で行った.検者は点眼内容について把握しているが過去の眼圧測定値についてはブラインドで測定を行った.眼圧測定時間は9時から17時の外来診療時間内で全例一定はしていないが,症例ごとの眼圧測定は,追加投与前から調査期間中ほぼ一定時刻に行った.さらに選択式のアンケート(追加投与12週後に施行)により点眼状況と使用感を調査した.点眼薬による副作用も診察ごとに調査した.副作用については追加投与後に出現した患者の訴えおよび眼科的所見とし,ラタノプロストの副作用と考えられる所見を含めて追加投与前から存在したものは除外した.解析は両眼症例では右眼,片眼症例では患眼について行い,統計解析にはWilcoxon符号付順位和検定とMann-Whitney検定を用い,p<0.05を有意水準とした.II結果1.患者背景(表1)副作用の発現や通院中断により,調査中止になった症例はゲル化チモロール群が3例,ブリンゾラミド群が4例であった.そのため,眼圧下降効果の解析はゲル化チモロール群21例,ブリンゾラミド群21例で行った.視野障害の進行により,追加投与となったのは4例であった.患者背景に有意差はなかった.2.眼圧平均眼圧の推移を図1に示す.眼圧はラタノプロスト単独投与時(追加投与前)ではゲル化チモロール群が18.4±2.4mmHg(平均値±標準偏差),ブリンゾラミド群が17.8±2.3*p<0.01*p<0.01ゲル化チモロール群ブリンゾラミド群眼圧(mmHg)追加前4週後8週後12週後******2520151050眼圧(mmHg)追加前4週後8週後12週後2520151050図1熱応答ゲル化チモロールおよびブリンゾラミド点眼追加前後の眼圧表1患者背景ゲル化チモロール群ブリンゾラミド群性別男性9例女性12例男性8例女性13例年齢4279歳(63.7±11.0歳)5681歳(69.6±7.9歳)追加前眼圧Meandeviation値*18.4±2.4mmHg9.6±7.4dB17.8±2.3mmHg11.9±8.9dB病型原発開放隅角緑内障原発閉塞隅角緑内障正常眼圧緑内障高眼圧症10(例)38012(例)261*Meandeviation値はHumphrey視野プログラム中心30-2Sita-Standardによる.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081145(99)mmHgで両群に有意差はなかった.ゲル化チモロール群の追加4週後,8週後,12週後の眼圧は各々15.7±2.3mmHg,15.1±2.2mmHg,15.1±2.5mmHg,ブリンゾラミド群は15.8±2.5mmHg,15.3±2.6mmHg,15.0±2.5mmHgであった.ゲル化チモロール群,ブリンゾラミド群ともに追加投与12週後までは有意に眼圧が下降した(p<0.01).眼圧下降値の推移を図2に示す.眼圧下降値は追加4週後,8週後,12週後でゲル化チモロール群では各々2.8±0.9mmHg,2.9±1.0mmHg,3.3±1.1mmHg,ブリンゾラミド群では2.2±1.1mmHg,2.7±1.4mmHg,2.8±1.0mmHgで両群間に有意差はなかった.眼圧下降率を図3に示す.眼圧下降率は追加4週後,8週後,12週後でゲル化チモロール群では各々15.0±4.8%,16.2±5.9%,18.3±6.1%,ブリンゾラミド群では12.2±6.2%,15.1±7.7%,15.7±6.0%で両群間に有意差はなかった.3.点眼状況点眼を忘れた回数はゲル化チモロール群で平均0.4±0.7回/週,ブリンゾラミド群で0.4±0.8回/週で有意差はなかった.4.使用感患者の自覚症状を図4に示す.「しみる」という刺激症状がゲル化チモロール群(39.3%)で,ブリンゾラミド群(11.1%)より有意に多かった(p=0.0088).「かすむ」という霧視がブリンゾラミド群(40.7%)で,ゲル化チモロール群(14.3%)より有意に多かった(p=0.024).「べたつく」,「かゆみがある」,「異物感がある」などの自覚症状も発現したが,両群間に差はなかった.5.副作用調査中止例を含めたすべての対象患者49例における副作用出現率はゲル化チモロール群が12.5%(3例/24例),ブリンゾラミド群が16.0%(4例/25例)であった.ゲル化チモロール群では咳と痰,違和感,点状表層角膜炎が各1例で出現し,このうち咳と痰,違和感の2例が点眼中止となった.ブリンゾラミド群ではヒリヒリする鈍痛,悪心,口の中が苦くなる,頭痛が各1例で出現し,全例点眼中止となった.III考按緑内障治療は,患者にとって侵襲,リスク,合併症(副作用)が少ないものから行っていく必要がある.また,啓蒙,健康診断,診断技術の進歩などから,早期発見,早期治療の傾向が進み,今後個々の緑内障患者の治療歴も伸びていくことが予想される.そのため,緑内障診療において最も侵襲が少ない点眼薬治療は重要視されており,眼圧下降効果,コンプライアンス,副作用,防腐剤など各方面から利点がある点眼薬が近年次々に発売され,われわれの選択肢は大幅に広がった.一方で多くの点眼薬から選択する際に,患者背景などを考慮すると迷うことが多くなった.ラタノプロストが眼圧下降効果と全身への影響の少なさ911)から第一選択薬として使用されることが多いが,その治療効果が不十分で点眼薬の追加が必要となった場合の2剤目の選択が問題となる.ラタノプロストと他の薬剤の併用効果については多数報告されている28)が,b遮断薬点眼と炭酸脱水酵素阻害薬点眼のどちらが優れているかの結論はでていない.今回,コンプライアンスを考え,1日1回の熱応答:ゲル化チモロール群:ブリンゾラミド群5432104週後8週後12週後眼圧下降値(mmHg)図2熱応答ゲル化チモロールおよびブリンゾラミド点眼追加前後の眼圧下降値後後後眼圧下降率ゲル化チモロールブリンゾラミド*図3熱応答ゲル化チモロールおよびブリンゾラミド点眼追加前後の眼圧下降率ラ感じに感の下感ゲル化チモロールブリンゾラミド******図4熱応答ゲル化チモロールおよびブリンゾラミドの使用感———————————————————————-Page41146あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(100)ゲル化チモロール点眼と1日2回のブリンゾラミド点眼を用いて調査した.熱応答ゲル化チモロール点眼は,水溶性チモロール点眼やイオン応答ゲル化チモロール(チモプトールRXE)点眼と眼圧下降効果は同等で12),1日1回点眼,防腐剤の少なさとゲル基剤の特性から角膜保護作用が高いと報告されている.ブリンゾラミド点眼はドルゾラミド(トルソプトR)点眼と眼圧下降作用は同等で,1日2回点眼,刺激感が少なく14),夜間の眼圧下降にも有用である10)と報告されている.今回の結果は,追加投与12週後で眼圧下降幅はゲル化チモロール群が平均3.3mmHg,ブリンゾラミド群が平均2.8mmHg,眼圧下降率はゲル化チモロール群が平均18.3%,ブリンゾラミド群が平均15.7%であった.ラタノプロストにb遮断薬の追加投与したときの眼圧下降効果は,水谷ら2)はラタノプロスト単剤使用中の正常眼圧緑内障患者にニプラジロールを追加投与24週後の眼圧下降幅は2.0mmHg,河合ら3)はラタノプロスト単剤使用中の開放隅角緑内障患者および正常眼圧緑内障患者にカルテオロールを追加,投与6カ月後の眼圧下降率が11.8%,橋本ら4)はラタノプロスト単剤使用中の正常眼圧緑内障患者にゲル化チモロールを追加投与4週後の眼圧下降幅は1.2mmHg,本田ら5)はラタノプロスト単剤使用の開放隅角緑内障および高眼圧症患者にチモロールあるいはカルテオロールを追加,追加投与4週後の眼圧下降幅はチモロールで1.6mmHg,カルテオロールで2.2mmHgと報告している.また,b遮断薬と炭酸脱水酵素阻害薬の比較では,廣岡ら6)はラタノプロスト単剤治療中の開放隅角緑内障患者に対する追加投与で,眼圧下降率は投与8週後でチモロールが14.7±14.5%,ブリンゾラミドが12.1±16.2%,井上ら7)はラタノプロスト単剤使用の緑内障患者でb遮断薬あるいは炭酸脱水酵素阻害薬を追加投与し,16カ月の眼圧下降率がb遮断薬で15.819.3%,炭酸脱水酵素阻害薬で12.717.0%と報告している.対象や調査期間,使用薬剤の種類が各々異なるため,単純に数値を比較するのが妥当かはわからないが,今回の結果はゲル化チモロール群,ブリンゾラミド群ともに,追加投与により過去の報告27)と同等の眼圧下降効果を示した.またゲル化チモロール群とブリンゾラミド群では眼圧下降幅および眼圧下降率に統計学的な有意差はみられなかったが,ゲル化チモロール群のほうがブリンゾラミド群よりやや眼圧下降効果が大きい傾向がみられた.これは廣岡ら6)のチモロールとブリンゾラミドを8週間使用した報告でも述べられている.症例数を増やし,長期間の調査を行い,さらに検討を加える必要があると考えた.点眼コンプライアンスは,ゲル化チモロール群とブリンゾラミド群で有意差はなかった.緑内障患者のなかには,点眼回数が少ないことに不安を感じたり,逆に少ないからこそ治療を軽んじたりする者もおり9),使用薬剤が2剤までにおいては1日1,2回点眼の薬剤については個々の患者の性格や生活リズムを考慮して点眼薬を選択するほうが重要であることが示唆された.使用感はゲル化チモロール群では「しみる」「べたつく」が多く,これは井上ら13)の報告と同様であった.ブリンゾラミド群では刺激感は少なく,「かすむ」という見え方の変化が多いのは過去の報告14,15)と同様であった.副作用はラタノプロストへのb遮断薬点眼の追加投与では,点状表層角膜炎や充血,涙液異常などが多く,河合ら3)はカルテオロール追加投与後に37.5%でBUT(涙液層破壊時間)が悪化し,25.0%で角膜上皮障害が悪化した,本田ら5)はb遮断薬の追加により,角結膜障害,結膜充血が悪化したと報告しているが,今回はこれらのような局所副作用はほとんど出現しなかった.これは,追加投与前からみられる副作用については除外してあること,ゲル化チモロールが角膜保護作用を有していることによると考えられた.今回の結果により,ラタノプロスト投与例への2剤目の追加投与として熱応答ゲル化チモロール点眼とブリンゾラミド点眼では眼圧下降効果に差はなかった.薬剤には特有の使用感,副作用があるので薬剤が十分に効果を発揮できるかどうかはコンプライアンスの良し悪しに影響される.2剤目としてどの薬剤を選択するかは,まず喘息,慢性閉塞性肺疾患,不整脈,心不全などの既往について問診し全身状態を把握し,個々の患者の性格や生活リズム,患者が点眼回数や使用感など何に重点をおくかを理解したうえで決定する必要があると考えられた.今回の調査では,症例ごとの眼圧日内変動の把握,全症例での点眼時間,眼圧測定時間の限定は行わなかったが,薬剤の作用時間を考慮すると,点眼時間や眼圧測定時間を一定させること,12週間と調査期間も短かかったためさらに長期間にわたる調査を続けること,症例数を増やすこと,そのうえで緑内障の分類別に検討してみることでまた別の知見が得られるかもしれない.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20062)水谷匡宏,竹内篤,小池伸子ほか:プロスタグランディン系点眼単独使用の正常眼圧緑内障に対する追加点眼としてのニプラジロール.臨眼56:799-803,20023)河合裕美,林良子,庄司信行ほか:カルテオロールとラタノプロストの併用による眼圧下降効果.臨眼57:709-713,20034)橋本尚子,原岳,高橋康子ほか:正常眼圧緑内障に対するチモロール・ゲルとラタノプロスト点眼薬の眼圧下降効果.臨眼57:288-291,20035)本田恭子,杉山哲也,植木麻理ほか:ラタノプロストと2種のb遮断薬併用による眼圧下降効果の比較検討.眼紀———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081147(101)11)北澤克明,ラタノプロスト共同試験グループ:ラタノプロスト点眼液156週間長期投与による有効性および安全性に関する多施設共同オープン試験.臨眼60:2047-2054,200612)佐々田知子,永山幹夫,山口樹一郎ほか:チモロールゲル製剤の比較.あたらしい眼科18:1443-1446,200113)井上賢治,曽我部真紀,若倉雅登ほか:水溶性チモロールから熱応答ゲル化製剤への変更.臨眼60:1971-1976,200614)新田進人,湯川英一,森下仁子ほか:正常眼圧緑内障に対する1%ブリンゾラミド点眼液と1%ドルゾラミド点眼液の眼圧下降効果.臨眼60:193-196,200615)小林博,小林かおり,沖波聡:ブリンゾラミド1%とドルゾラミド1%の降圧効果と使用間の比較─切り替え試験.臨眼58:205-209,200454:801-805,20036)廣岡一行,馬場哲也,竹中宏和ほか:開放隅角緑内障におけるラタノプロストへのチモロールあるいはブリンゾラミド追加による眼圧下降効果.あたらしい眼科22:809-811,20057)井上賢治,若倉雅登,井上治郎ほか:b遮断点眼薬および炭酸脱水酵素阻害点眼薬のラタノプロストへの追加効果.あたらしい眼科24:387-390,20078)比嘉弘文,名城知子,上條由美ほか:チモロール熱応答型ゲル点眼液の眼圧下降効果の検討.あたらしい眼科24:103-106,20079)植木麻里,川上剛,奥田隆章ほか:ラタノプロストの眼圧下降作用と副作用.あたらしい眼科18:655-658,200110)木内良明:緑内障治療薬の選択基準と治療指針─緑内障の薬物治療の第1選択には何を選ぶか.眼科43:155-161,2001***

Paecilomyces lilacinus による角膜真菌症の1例

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page1(93)11390910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(8):11391142,2008cはじめに角膜真菌症は難治性眼感染症の一つで,その原因菌としてはCandida,Aspergillus,Acremonium(Cephalosporium)およびFusariumなどが多く報告されている.今回,土壌中や空中などに存在する糸状菌の一つで,起炎菌としてまれなPaecilomyceslilacinusによる角膜真菌症を経験したので報告する.I症例患者:80歳,女性.主訴:右眼痛.既往歴:1985年頃に右眼鈍的外傷あり.平成1999年6月18日,外傷性白内障に対し近医にて白内障手術および眼内レンズ挿入術を施行される.全身的には高血圧症以外に特に異常はなく,糖尿病も指摘されていない.家族歴:特記事項なし.現病歴:2001年3月23日,右眼痛および充血を自覚し中濃厚生病院眼科を受診した.右眼視力は光覚弁なし,右眼眼圧は45mmHgであった.周辺部虹彩前癒着による右眼続発閉塞隅角緑内障と診断し,抗緑内障薬の点眼および内服を処方した.同年8月になり水疱性角膜症をきたしたため抗菌薬および低濃度ステロイド薬の点眼を追加した.その後,流涙を訴えていたが眼痛はなく定期的に通院を続けていた.同年12月12日,右眼痛を自覚し再診され,前房蓄膿を伴う角膜潰瘍が認められた.角膜擦過物から菌糸様成分が検出され,角膜真菌症と診断し即日入院となった.入院時所見:視力は右眼光覚弁なし,左眼0.15(0.7×+2.00D(cyl0.50DAx70°)で,眼圧は右眼21mmHg,左眼〔別刷請求先〕望月清文:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学医学部眼科学教室Reprintrequests:KiyofumiMochizuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-1Yanagido,Gifu-shi501-1194,JAPANPaecilomyceslilacinusによる角膜真菌症の1例堀由起子*1望月清文*1末松寛之*2西村和子*3*1岐阜大学医学部眼科学教室*2JA岐阜厚生連中濃厚生病院検査室*3千葉大学真菌医学研究センターACaseofKeratomycosisduetoPaecilomyceslilacinusYukikoHori1),KiyofumiMochizuki1),HiroyukiSuematsu2)andKazukoNishimura3)1)DepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofClinicalLaboratory,JAGifuKoserenChunoGeneralHospital,3)ResearchCenterforPathogenicFungiandMicrobialToxicoses,ChibaUniversity外傷後に生じた水疱性角膜症に対して低濃度ステロイド薬点眼中の80歳,女性に,右眼角膜潰瘍が生じた.角膜擦過物から菌糸様成分が検出され,角膜真菌症と診断した.抗真菌薬による治療を行うも治療開始6日目で角膜穿孔を生じ,最終的に眼球摘出術が行われた.角膜擦過物の培養から角膜真菌症の起炎菌としてはまれなPaecilomyceslilaci-nusが分離同定された.An80-year-oldwomandevelopedkeratomycosiscausedbyPaecilomyceslilacinusinherrighteye.Shehadundergoneanuncomplicatedcataractsurgerywithimplantationofaposteriorchamberintraocularlensbecauseoftraumaticcataract.Bullouskeratopathywithsecondaryglaucomawaspresentduringthepastyearsandshehadbeentreatedwithbothtopicalocularhypotensivedrugsandlow-dosecorticosteroid.Althoughtreatmentwasiniti-atedwithantifungalagentsincludingpimaricin,uconazole,miconazole,anditraconazole,thecorneawasperforat-edatday6aftertreatment.Asmearpreparationfromcornealscrapingsrevealedfungallaments;thefungusculturedfromthescrapingswasidentiedasPaecilomyceslilacinus,onthebasisofgrossandmicroscopicexami-nations.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(8):11391142,2008〕Keywords:角膜真菌症,Paecilomyceslilacinus,角膜穿孔.keratomycosis,Paecilomyceslilacinus,cornealperforation.———————————————————————-Page21140あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(94)12mmHgであった.右眼球結膜は充血し,角膜中央部から下方にかけて灰白色の辺縁不正な潰瘍があり,角膜実質深層部に羽毛状の淡い浸潤を伴っていた.角膜周辺部は盛り上がり,前房蓄膿を伴っていた(図1).なお,左眼には特に異常はなかった.全身所見:血液検査では,血沈1時間値が25mmと上昇していた以外には特に異常を認めなかった.またb-D-グルカン値は4.8pg/mlで正常範囲内であった.経過:入院後0.2%フルコナゾール点眼および5%ピマリシン点眼1時間毎に,0.2%フルコナゾール0.3ml結膜下注射,フルコナゾール200mg点滴およびイトラコナゾール50mg内服を開始した.なお,抗菌薬にはレボフロキサシン点眼4回および硫酸セフピロム2g点滴を併用した.しかし角膜潰瘍に縮小傾向は認められず前房蓄膿も増加したため,12月16日(入院4日目)に0.2%フルコナゾール点眼および結膜下注射を中止し,0.1%ミコナゾール(MCZ)点眼6回および1%ピマリシン(PMR)軟膏1回を開始した.12月18日(入院6日目)になり潰瘍中央部に角膜穿孔を生じ前房がほぼ消失し,角膜後面に眼内レンズが接していた.右眼視力はもともと光覚弁なしであったので患者および家族の同意を得た後,12月20日に眼球摘出術を施行した.病理学的所見:術中に採取した眼内液からは菌糸様成分は検出されなかった.摘出された眼球から標本を作製した.HE(ヘマトキシリン・エオジン)染色では角膜潰瘍穿孔部を中心に好中球を主体とした炎症細胞が多数遊出していた.PAS(過ヨウ素酸フクシン)染色では,角膜実質中に菌糸様の構造物が多数確認された(図2).分離菌株の微生物学的性状:本症例から分離された菌は,ポテトデキストロース寒天における25℃培養で,はじめは白色,中心から次第に15日後には全体にライラック色のコロニーを形成した.スライド培養では,分子柄先端あるいは途中からは枝,ついでメトラが生じてその先端からフィアライドが35個生じ,それらの先端はなだらかに細くなって伸びていった.フィアライド先端からレモン形,平滑な分生子が連鎖状に形成されていた(図3).以上の所見からP.lilacinusと同定された.最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC):本症例から分離されたP.lilacinusに対する各種薬剤のMICを阪大微生物病研究会臨床検査部にて測定した.アンホテリシンB(AMPH)では0.5μg/ml,フルコナゾールでは1μg/ml,MCZおよびPMRでは2μg/ml,イトラコナゾールでは4μg/mlであった.II考按P.lilacinusは広い分布をもつ土壌生息菌として知られ,空中浮遊菌としても存在し通常は病原性をもたない糸状菌の一つである.同菌による感染症の報告は1996年のHaldeら1)図3スライド培養分子柄は長く分生子は連鎖状に形成されている.図1右眼前眼部写真(2001年12月12日)角膜中央部から下方にかけて前房蓄膿を伴う灰白色の辺縁不正な潰瘍を認める.図2病理組織写真(PAS染色,×400)角膜実質中に菌糸様の構造物が多数みられる.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081141(95)による緑内障術後の眼内炎の報告以来各科領域で近年増加傾向にあり,皮膚科領域2)では皮膚深在性真菌症,内科領域3)では膿胸,耳鼻科領域4)では上顎洞炎をきたした報告がある.Paecilomyces属による眼感染症のわが国における報告は,筆者らが調べた限りでは,眼内炎3例57)および角膜真菌症5例811)であった.わが国における角膜真菌症の報告例5例に本症例を加えた6例についてみると(表1),全例が70歳以上の高齢者であり,高齢者の角膜真菌症に遭遇した際には本菌を念頭におく必要があろう.性別では男性4例,女性2例で,患側は両眼1例,右眼4例および左眼1例であった.角膜ヘルペスや兎眼性角膜症など何らかの角膜疾患あるいは障害が先行していた症例が5例で,糖尿病を有する例が3例あり,6例中3例で副腎皮質ステロイド薬による治療が行われていた.3例で緑内障を有していた.いわゆる「突き目」の症例は1例であった.使用された薬剤のなかで比較的有効と思われたものはチメロサール,MCZ,PMR,およびボリコナゾール(ブイフェンドR,VRCZ)であったが,全例で視力予後は不良であり,4例では角膜移植や結膜被覆術など外科的処置を要していた.外傷が先行して感染が起こる,いわゆる「農村型」12)の角膜真菌症は起炎菌としてAspergillusやFusariumなどの糸状菌が多く,強い前房所見や角膜実質深層に達する病巣を特徴とし,抗真菌薬への耐性から予後不良な経過となる場合が多い.P.lilacinusも糸状菌の一つであり,その角膜炎は重症でかつ難治性であることが多い10)という.本症例では,外傷性白内障の手術後に生じた水疱性角膜症が基礎にあり,しかも治療としてステロイド薬点眼を用いていたので,局所的な免疫不全状態が生じ感染しやすい状態にあったと考えられる.受診時に角膜擦過物から菌糸様成分が検出され角膜真菌症と診断し即日治療を開始したが,治療開始6日目で穿孔に至った.摘出眼球の病理学的検査において角膜実質中に菌糸様の構造物が多数確認されたことから,受診時すでに真菌による角膜実質の融解がかなり進行していたものと推定され,これが治療に抵抗した一因と考えられた.本症例において各種抗真菌薬の薬剤感受性を検討したところ,一般的に用いられる抗真菌薬はほとんど無効であった.椋本ら11)は,角膜穿孔をきたしたもののその後に結膜被覆術を施行し,VRCZの内服および点眼により角膜膿瘍の消失をみたP.lilacinus症例を報告している.VRCZはアゾール系の新しい抗真菌薬で,抗真菌スペクトラムが広く眼内移行性も良好13)でかつ既存の抗真菌薬では無効なFusarium属に対しても抗真菌作用がある14)という.よって,難治性であるPaecilomyces属による角膜真菌症の治療に使用してみる価値はあり,今後の報告が待たれるところである.今回,起炎菌としてまれなP.lilacinusによる角膜真菌症に対して抗真菌薬による治療を診断後ただちに行ったところ予後は不良であった.本菌種は土壌や空中などの環境に広く生息するので,今後は特に角膜上皮障害を有する高齢者において本菌種による眼感染症も念頭に少しでも早期の治療開始に心がけることが重要と思われた.文献1)HaldeC,OkumotoM:Ocularmycosis:Astudyof82cases.In:BonnEW(Ed):Proceedingsofthe20thInter-nationalCongressofOphthalmology,p705-712,ExcerptaMedicaFoundation,Munich,1966表1わが国におけるPaecilomyceslilacinusによる角膜真菌症の報告報告者(報告年)年齢(歳)性別患眼既往ステロイド薬の使用矯正視力使用薬剤備考初診時最終高槻ら(1984)70男右角膜ヘルペス糖尿病有0.02?AMPH,PMR,チメロサール,5-FC─横山ら(1990)90女両SCL連続装用糖尿病無0.70.01LSLSPMR,FLCZ,MCZ,ITCZ─陳ら*(2005)84男左白内障および翼状片術後緑内障有CF0.02PMR,MCZ,ITCZ全層角膜移植80男右農作業中ゴミが飛入緑内障無LS()LS()PMR,MCZ,ITCZ全層角膜移植椋本ら(2007)78男右兎眼性角膜症脳梗塞糖尿病無HM0.01PMR,FLCZ,VRCZ結膜被覆術本症例(2007)80女右水疱性角膜症外傷白内障術後,続発緑内障有LS()LS()PMR,FLCZ,MCZ,ITCZ眼球摘出*:種は同定されていない.PMR:ピマリシン,AMPH:アンホテリシンB,5-FC:フルシトシン,FLCZ:フルコナゾール,MCZ:ミコナゾール,ITCZ:イトラコナゾール,VRCZ:ボリコナゾール,SCL:ソフトコンタクトレンズ.———————————————————————-Page41142あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(96)2)渡邊昌平:その他のまれな皮膚真菌症および類似近縁疾患.今村貞夫,小川秀興(編);皮膚科MOOK11,真菌症,p265-275,金原出版,19883)FenechFF,MalliaCP:PleuraleusioncausedbyPeni-cilliumlilacinum.BrJDisChest66:284-290,19804)RockhillRC,KleinMD:Paecilomyceslilacinusasthecauseofchronicmaxillarysinusitis.JClinMicrobiol11:737-739,19805)安藤展代,山本倬司,中嶋英子ほか:Paecilomyceslilaci-nusによる眼炎の1例.臨眼33:217-223,19796)大久保真司,鳥崎真人,東出朋巳ほか:白内障手術後に生じたPaecilomyceslilacinusによる眼内炎の1例.日眼会誌98:103-110,19947)渡辺圭子,山名敏子,猪俣孟ほか:虹彩面上白色塊を呈した真菌性眼内炎.臨眼39:1141-1144,19858)高槻玲子,内堀環,富吉幸徳ほか:Paecilomyceslilaci-nusによる角膜真菌症の1例.臨眼33:561-564,19849)横山利幸,小澤佳良子,佐久間敦之ほか:ソフトコンタクトレンズ連続装用中にPaecilomyceslilacinusによる重篤な角膜真菌症を生じた1症例.日コレ誌32:231-237,199010)陳光明,鈴木崇,宇野敏彦ほか:Paecilomyces属による角膜真菌症の2例.あたらしい眼科22:1397-1400,200511)椋本茂裕,井出尚史,嘉山尚幸ほか:角膜穿孔を生じたPaecilomyces属による角膜真菌症の1例.臨眼61:1049-1052,200712)石橋康久,徳田和央,宮永嘉隆:角膜真菌症の2病型.臨眼51:1447-1452,199713)HariprasadSM,MielerWF,HolzERetal:Determinationofvitreous,aqueous,andplasmaconcentrationoforallyadministeredvoriconazoleinhumans.ArchOphthalmol122:42-47,200414)小松直樹,堅野比呂子,宮大ほか:ボリコナゾール点眼が奏効したFusariumsolaniによる非定型的な角膜真菌症の1例.あたらしい眼科24:499-501,2007***

SV40 不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた抗緑内障薬2剤併用時の角膜上皮細胞増殖抑制作用の比較

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page1(89)11350910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(8):11351138,2008cはじめに緑内障は失明を伴う眼疾患であり,その要因には眼圧とそれ以外の因子(循環障害など)が考えられている.臨床においては,抗緑内障点眼薬による薬物治療が第一選択となるが,眼圧コントロールが困難な患者に対しては複数の抗緑内障点眼薬が追加される.しかし,点眼表層角膜症や眼瞼炎といった眼局所の副作用や,患者からのしみる,かすむ,眼が充血するといった訴えで点眼薬の中止および変更を余儀なくされ,眼圧コントロールと薬剤の選択がむずかしくなってきているのが現状である.近年,抗緑内障薬の角膜障害は,点眼薬中に含まれる主薬,保存剤だけでなく,角膜知覚,涙液動態および結膜といったオキュラーサーフェス(眼表面)の〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,SchoolofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPANSV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた抗緑内障薬2剤併用時の角膜上皮細胞増殖抑制作用の比較長井紀章*1伊藤吉將*1,2岡本紀夫*3川上吉美*4*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所*3兵庫医科大学眼科学教室*4兵庫医科大学病院治験センターComparisonofSuppressionofCornealEpithelialCellLineSV40(HCE-T)ProliferationbyCombinedTreatmentUsingTwoTypesofAnti-GlaucomaEyedropsNoriakiNagai1),YoshimasaIto1,2),NorioOkamoto3)andYoshimiKawakami4)1)SchoolofPharmacy,2)PharmaceutialResearchandTechnologyInstitute,KinkiUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine,4)ClinicalResearchCenter,HospitalofHyogoCollegeofMedicine臨床において緑内障治療には多種類の抗緑内障薬の投与が行われ,抗緑内障薬併用は角膜障害をひき起こすことが知られている.本研究では,有効成分の異なる抗緑内障薬7種を用い,ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)に対する増殖抑制作用により抗緑内障薬2剤併用の角膜障害性の評価を行った.抗緑内障薬は市販製剤であるb遮断薬(チモプトールR),プロスタグランジン製剤(レスキュラR,キサラタンR),炭酸脱水酵素阻害薬(トルソプトR),選択的交感神経a1遮断薬(デタントールR),a,b受容体遮断薬(ハイパジールR),副交感神経作動薬(サンピロR)の7種を用いた.本研究の結果,抗緑内障薬2剤併用することで角膜上皮細胞増殖抑制作用の強さは各種単剤処理時と比較し増加し,その上皮細胞増殖抑制作用の増加は相加的であった.本研究は,角膜上皮障害がある患者への抗緑内障点眼薬の薬物選択を決定するうえで一つの指標となるものと考えられる.Thecombinationofanti-glaucomaeyedropsisfrequentlyusedinclinicaltreatment,anditisknownthatsuchcombinationcancausecornealepithelialcellsdamage.Inthisstudy,weinvestigatedtheeectsofthecombinedinstillationoftwoanti-glaucomaeyedropsontheproliferationofhumancornealepithelialcells(HCE-T).Sevenpreparationsofeyedrops〔b-blocker(TimoptolR),prostaglandinagent(ResculaR,XalatanR),topicalcarbonicanhy-draseinhibitor(TrusoptR),a1-blocker.(DetantolR),a,b-blocker(HypadilR)andparasympathomimeticagent(San-piloR)〕wereusedinthisstudy.Withthecombinationoftwoanti-glaucomaeyedrops,theinhibitionofcellprolifer-ationincreasedincomparisonwithuseofasingletypeofanti-glaucomaeyedrops,theincreasebeingadditiveineect.Incombinedtreatmentwithvarioustypesofanti-glaucomaeyedrops,theinhibitiontestforHCE-Tprolifer-ationmayprovideanusefulinformationforselectingtheanti-glaucomaeyedropstobeused.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(8):11351138,2008〕Keywords:緑内障,SV40不死化ヒト角膜上皮細胞,レスキュラR,デタントールR,サンピロR.glaucoma,hu-mancorneaepithelialcelllineSV40,ResculaR,DetantolR,SanpiloR.———————————————————————-Page21136あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(90)状態が関与することが明らかとされ,臨床(invivo)と基礎(invitro)両方面からの観察が重要であることが報告された1).筆者らもまた,抗緑内障点眼薬がSV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)へ与える細胞増殖抑制作用が,正常ヒト角膜上皮細胞のものに非常に類似しており,さらに細胞増殖性,感受性にばらつきが少なく,HCE-Tが正常ヒト角膜上皮細胞の代わりにinvitro角膜障害試験に使用できることを明らかとした2).今回,このHCE-Tを用い,現在臨床現場で多用されているb遮断薬(チモプトールR),プロスタグランジン製剤(レスキュラR,キサラタンR),炭酸脱水酵素阻害薬(トルソプトR),選択的交感神経a1遮断薬(デタントールR),a,b受容体遮断薬(ハイパジールR),副交感神経作動薬(サンピロR)など,異なる抗緑内障点眼薬7種の2剤併用による角膜障害性を明らかにすべく,invitro角膜障害試験について検討を行った.I対象および方法1.使用細胞培養細胞は理化学研究所より供与されたSV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T,RCBNo.1384)を用い,100IU/mlペニシリン(GIBCO社製),100μg/mlストレプトマイシン(GIBCO社製)および5.0%ウシ胎児血清(FBS,GIBCO社製)を含むDMEM/F12培地(GIBCO社製)にて培養した.2.使用薬物抗緑内障点眼薬は市販製剤であるb遮断薬(0.5%チモプトールR),プロスタグランジン製剤(0.12%レスキュラR,0.005%キサラタンR),炭酸脱水酵素阻害薬(1%トルソプトR),選択的交感神経a1遮断薬(0.01%デタントールR),a,b受容体遮断薬(0.25%ハイパジールR),副交感神経作動薬(1%サンピロR)の7剤を用いた.表1には本研究で用いた抗緑内障薬の各種抗緑内障点眼薬に含まれる添加物を示す.また,表2には本実験で用いた各種抗緑内障薬の組み合わせについて示す.3.抗緑内障点眼薬による細胞処理法HCE-T(50×104個)をフラスコ(75cm2)内に播種し,80%コンフルーエンスとなるまで培養した3,4).この細胞を,0.05%トリプシンにて離し,細胞数を計測後,96wellプレートに100μl(10×104個)ずつ播種し,37℃,5%CO2インキュベーター内で24時間培養したものを実験に用いた.表3には抗緑内障点眼薬の添加量を示す.本実験では,表3に示した添加量を用い,培地およびPBS(リン酸緩衝液)で17段階希釈した薬剤(すなわち4128倍希釈)にて24時間培養後,各wellにTetraColorONE(生化学社製)20μlを加え,37℃,5%CO2インキュベーター内で1時間処理を行い,マイクロプレートリーダー(BIO-RAD社製)にて490nmの吸光度(Abs)を測定することで細胞増殖抑制を表した.各薬剤とも培地中に含まれるpHインジケーターのフェノールレッドが中性を示すことを確認し,同実験を3表1各種抗緑内障点眼薬に含まれる添加物抗緑内障点眼薬添加物チモプトールR塩化ベンザルコニウム,リン酸二水素Na,リン酸水素Na,水酸化NaレスキュラR塩化ベンザルコニウム,ポリソルベート80,等張化剤,pH調節剤キサラタンR塩化ベンザルコニウム,リン酸二水素Na,リン酸水素Na,等張化剤トルソプトR塩化ベンザルコニウム,ヒドロキシエチルセルロース,D-マンニトール,クエン酸Na,塩酸デタントールR塩化ベンザルコニウム,濃グリセリン,ホウ酸,pH調節剤ハイパジールR塩化ベンザルコニウム,リン酸二水素K,リン酸水素Na,塩酸,塩化NaサンピロRパラオキシ安息香酸プロピル,パラオキシ安息香酸メチル,クロロブタノール,酢酸Na,ホウ酸,ホウ砂,pH調節剤表2各種抗緑内障薬の組み合わせチモプトールRレスキュラRキサラタンRトルソプトRデタントールRハイパジールRサンピロRチモプトールR○○○○○○レスキュラR○─○○○○キサラタンR○─○○○○トルソプトR○○○○─○デタントールR○○○○○○ハイパジールR○○○─○○サンピロR○○○○○○———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081137(91)7回くり返した.本研究では,細胞増殖抑制率は下記の計算式により算出した.細胞増殖抑制率(%)= (Abs未処理Abs薬剤処理)/Abs未処理×100また,得られた細胞増殖抑制率から50%細胞増殖抑制時希釈倍数を算出した.50%細胞増殖抑制時希釈倍数の算出はMicrosoftExcelによる0次式を用いて当てはめ,計算により得られた回帰曲線より求めた.II結果表4には種々抗緑内障点眼薬2剤併用処理における角膜上皮細胞増殖抑制効果について示した.いずれの抗緑内障薬も2剤を組み合わせることで単剤処理と比較し50%細胞増殖抑制時希釈倍数の上昇が確認された.しかしこの2剤併用処理時における50%細胞増殖抑制時希釈倍数の増加程度は薬物同士の組み合わせによって異なった.そこで,抗緑内障点眼薬2剤併用時の50%細胞増殖抑制時希釈倍数における各種抗緑内障点眼薬希釈倍数での単剤処理による角膜上皮細胞増殖抑制率について示した(表5).2剤併用に用いた各種抗緑内障薬のすべての組み合わせにおいて,角膜上皮細胞増殖抑制率の総和は2剤併用時の角膜上皮細胞増殖抑制率,すなわち50%と同等かそれ以上であった.III考按角膜上皮は56層の細胞層から構成され,基底細胞と表層細胞に大きく分けられる.このうち基底細胞は分裂増殖機能と接着機能を,表層細胞はバリア機能および涙液保持機能を担っている.この4つの機能のどれか1つでも破綻した際角膜上皮障害が認められるが,なかでも薬剤の影響を特に受けやすいとされているのが分裂機能とバリア機能である5).今回用いたHCE-Tによるinvitro角膜実験は,個体差やオキュラーサーフェスの状態の要因をすべて同一条件の状態で評価することが可能なため,薬剤自身が有する角膜上皮細胞分裂機能へ与える影響を検討するのに適している.本研究では,このHCE-Tを用い,同一条件下における抗緑内障点眼薬2剤併用が角膜分裂機能へ与える影響を検討するため,異なる7種の抗緑内障点眼薬を組み合わせることによる角膜上皮細胞増殖障害について検討を行った.結果から,いずれの抗緑内障薬も2剤を組み合わせることで単剤処理と比較し角膜上皮細胞増殖障害の増加が確認された.抗緑内障薬2剤併用が角膜分裂能へ与える要因として,薬物の主薬の影響のみならず,点眼薬に含まれる保存剤の影響があげ表3抗緑内障点眼薬の添加量培地PBS薬剤1薬剤2未処理25μl50μl0μl0μl単剤処理25μl25μl25μl0μl2剤併用処理25μl0μl25μl25μl表4各種抗緑内障薬単剤および2剤併用時における50%細胞増殖抑制時希釈倍数チモプトールRレスキュラRキサラタンRトルソプトRデタントールRハイパジールRサンピロRチモプトールR29.9122.295.834.836.330.331.2レスキュラR122.299.1─102.8105.9104.8105.2キサラタンR95.8─70.495.783.088.576.9トルソプトR34.8102.895.717.535.4─23.3デタントールR36.3105.983.035.423.226.124.9ハイパジールR30.3104.888.5─26.120.124.5サンピロR31.2105.276.923.324.924.57.49表5抗緑内障薬2剤併用による50%細胞増殖抑制時における各種抗緑内障点眼薬希釈倍数での単剤処理による角膜上皮細胞増殖抑制率の総和チモプトールRレスキュラRキサラタンRトルソプトRデタントールRハイパジールRサンピロRチモプトールR50.0%52.6%64.6%65.4%58.5%52.4%レスキュラR50.0%─68.8%71.0%66.4%66.1%キサラタンR52.6%─51.9%69.3%56.6%63.6%トルソプトR64.6%68.8%51.9%61.8%─56.6%デタントールR65.4%71.0%69.3%61.8%59.2%57.4%ハイパジールR58.5%66.4%56.6%─59.2%53.7%サンピロR52.4%66.1%63.6%56.6%57.4%53.7%———————————————————————-Page41138あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(92)られ,2剤併用することにより角膜にさらされる主薬とそこに含まれる保存剤の量は相加的に増加し,これらが角膜分裂能への障害増加をひき起こすことが予想された.また,筆者らの今回の結果から,2剤併用に用いた各種抗緑内障薬のすべての組み合わせにおいて角膜上皮細胞増殖抑制率の総和は,2剤併用時の角膜上皮細胞増殖抑制率(50%)と同等かそれ以上となり,これら抗緑内障点眼薬2剤併用による角膜上皮細胞増殖障害の増加は相乗的ではなく相加的であることが明らかとなった.一方,これら2剤併用時の角膜上皮細胞増殖障害が,加算的に増加するのであれば2剤併用の50%細胞増殖抑制時希釈倍数時における各種抗緑内障薬細胞増殖抑制率の総和は約50%となるはずである.しかしながら,2剤併用の50%細胞増殖抑制時希釈倍数時における各種抗緑内障薬細胞増殖抑制率の総和は約5071%と2剤併用時の角膜上皮細胞増殖障害と比較し高かった.これらの結果は,薬物同士の組み合わせによっては,抗緑内障薬2剤併用による薬物自体の角膜上皮細胞増殖障害は単剤同士の角膜上皮細胞増殖障害の程度を単純に加算した値より軽減されることを示した.筆者らは以前の報告で抗緑内障点眼薬の角膜上皮細胞障害性は主薬の種類,含量や保存剤のみに起因するのではなく,界面活性剤などの添加物も強く関わることを明らかとした2).したがって,抗緑内障薬の2剤併用において抗緑内障薬の主薬や保存剤の量だけが影響するのではなく,含有される添加物や組み合わせといった他の要因にも注目する必要性が示唆された.今回用いた7種の抗緑内障薬のなかで細胞障害性を示すと考えられる添加物は塩化ベンザルコニウム,ポリソルベート80,パラベン類,ホウ酸などが考えられた.本研究において,2剤併用の50%細胞増殖抑制時希釈倍数時における各種抗緑内障薬細胞増殖抑制率の総和と比較し,2剤併用時の細胞増殖抑制率が顕著に(15%以上)軽減された抗緑内障薬の組み合わせは,レスキュラR×デタントールR,サンピロR,トルソプトR,ハイパジールRおよびデタントールR×チモプトールR,キサラタンRの6種類の組み合わせであった.これらはレスキュラR,デタントールR,サンピロRが含まれる組み合わせであり,レスキュラRには添付剤として界面活性剤ポリソルベート80が,デタントールRおよびサンピロRには保存剤のホウ酸が含有されていた.したがって,2剤併用による角膜上皮細胞増殖障害性は塩化ベンザルコニウムの毒性の総和で上昇するものと考えられたが,薬剤中に2つ以上の細胞毒性を示す添加物が混在する場合,2剤併用を行っても単剤での角膜上皮細胞増殖障害性を単純に合わせたものに比較し減少する傾向があるのではないかと考えられた.もちろん主薬同士の作用による角膜分裂能障害の緩和も考えられるため,今後添加物および主薬同士の組み合わせによる詳細な検討が必要と考えられる.以上,本研究では同一条件下において,抗緑内障点眼薬2剤併用時の薬剤自身が有する角膜上皮細胞増殖障害性の強さを明らかとした.これら角膜上皮細胞増殖障害性は,臨床においては涙液能低下などの他の作用により相乗的に角膜上皮細胞障害をひき起こすと考えられることから6),今回のinvitroの結果を基盤とした臨床結果のさらなる解析を行うことで,薬剤の選択が容易になるものと考えられた.これらの報告は今後の角膜研究および抗緑内障点眼薬投与時における薬物選択を決定するうえで一つの指標になるものと考えられた.文献1)徳田直人,青山裕美子,井上順ほか:抗緑内障薬が角膜に及ぼす影響:臨床とinvitroでの検討.聖マリアンナ医科大学雑誌32:339-356,20042)長井紀章,伊藤吉將,岡本紀夫ほか:抗緑内障点眼薬の角膜障害におけるinvitroスクリーニング試験:SV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた細胞増殖抑制作用の比較.あたらしい眼科25:553-556,20083)ToropainenE,RantaVP,TalvitieAetal:Culturemodelofhumancornealepitheliumforpredictionofoculardrugabsorption.InvestOphthalmolVisSci42:2942-2948,20014)TalianaL,EvansMD,DimitrijevichSDetal:Theinu-enceofstromalcontractioninawoundmodelsystemoncornealepithelialstratication.InvestOphthalmolVisSci42:81-89,20015)俊野敦子,岡本茂樹,島村一郎ほか:プロスタグランディンF2aイソプロピルウノプロストン点眼液による角膜上皮障害の発症メカニズム.日眼会誌102:101-105,19986)大規勝紀,横井則彦,森和彦ほか:b遮断剤の点眼が眼表面に及ぼす影響.日眼会誌102:149-154,2001***

テフロン製シースでガイドする新しい涙管チューブ挿入術

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page1(85)11310910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(8):11311133,2008cはじめに涙管チューブ挿入術においては,単一管腔にチューブを挿入することが術後成績を向上させるために必要不可欠である.しかし,チューブに専用ブジーを装着して涙点から押し込んでいく従来の挿入方法では,チューブ挿入の大半は指先の感覚に頼った盲目的操作であり,直視下で行えるのは鼻内視鏡により観察可能な鼻涙管下部開口付近に限られる.筆者は,一方の涙点から挿入した涙道内視鏡による観察下で,他方の涙点からチューブを挿入する双手法を推奨してきた1,2)が,手技が複雑なため初回挿入の際の標準術式とはなりえなかった.双手法を用いることなくチューブを涙道内視鏡直視下で正確に挿入するために,シース誘導内視鏡下穿破法(sheath-guidedendoscopicprobing:SEP)3)を発展させ,テフロン製外筒(シース)を装着した涙道内視鏡により閉塞部を開放した後,涙道内視鏡のみ抜去し,残したシースをチューブ挿入のためのガイドとして使用した(シース誘導チューブ挿入法,sheath-guidedintubation:SGI).術後チューブ留置中に行った涙道内視鏡検査の結果をもとに,本法を用いて行ったチューブ挿入の正確性について検討した.I対象対象は2007年8月から12月の間に流涙もしくは眼脂を主訴に,筆者の施設を受診した症例のうち,涙管通水検査で通水がなく,涙道内視鏡検査により総涙小管閉塞もしくは鼻涙管閉塞が確認された症例とした.広範囲の涙小管閉塞を伴う症例,涙内癒着を伴う症例,鼻科的手術および外傷などによる骨性閉塞の症例は除外した.総涙小管閉塞の症例は〔別刷請求先〕井上康:〒706-0011玉野市宇野1-14-31井上眼科Reprintrequests:YasushiInoue,M.D.,InoueEycClinic,1-14-31Uno,Tamano,Okayama706-0011,JAPANテフロン製シースでガイドする新しい涙管チューブ挿入術井上康医療法人眼科康誠会井上眼科NewMethodofLacrimalPassageIntubationUsingTeonSheathasGuideYasushiInoueInoueEyeClinic新しいチューブ挿入方法であるシース誘導チューブ挿入法(sheath-guidedintubation:SGI)を総涙小管閉塞および鼻涙管閉塞の症例に対して試みた.89側にテフロン製外筒(シース)を装着した涙道内視鏡により閉塞部を開放した後(シース誘導内視鏡下穿破法,sheath-guidedendoscopicprobing:SEP),シースを涙道内に一時的に残し,チューブを挿入するためのガイドとして使用した.全側でSGIを用いたチューブ挿入を行うことができた.SEPとSGIを併用すれば,チューブ挿入の際の盲目的操作がなくなり,涙管チューブ挿入術の全過程が内視鏡直視下に行えるようになる.Sheath-guidedintubation(SGI),anewmethodoflacrimalpassageintubation,wastriedincasesofcommoncanaliculusobstructionandnasolacrimalductobstruction.Afterwideningtheblockedportionwiththedacryoendo-scopeequippedwithaTeonsheath(sheath-guidedendoscopicprobing:SEP),thesheathwastemporarilyretainedinthelacrimalpassageandusedasaguidefortubeinsertion.ThetubecouldbeinsertedusingSGIinallcases.TheuseofSEPandSGIincombinationmakesitpossibletocarryoutalllacrimalpassagereconstructionproceduresunderdacryoendoscopicobservation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(8):11311133,2008〕Keywords:涙管チューブ挿入術,シース誘導チューブ挿入法.lacrimalpassageintubation,sheath-guidedintubation(SGI).———————————————————————-Page21132あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(86)30例30側,年齢1286歳(平均68.1±13.9歳),鼻涙管閉塞の症例は54例59側,年齢3586歳(平均69.5±10.7歳)であった.対象例の内訳を表1に示す.II方法1%塩酸リドカイン(キシロカインR)による滑車下神経ブロック,4%キシロカインRによる涙内麻酔,4%キシロカインR,0.1%エピネフリン(ボスミンR)混合液による鼻粘膜表面麻酔の後,16倍希釈ポビドンヨード(イソジンR)による涙洗浄を行った.シースを装着した涙道内視鏡(涙道ファイバースコープR:ファイバーテック社)を涙点から挿入しSEPを行い,鼻腔にシースの先端が達したら,シースは残したまま涙道内視鏡のみを抜去した.つぎに涙点側のシース端とPFカテーテルR(PF:東レ社)を連結し(図1a),鼻内視鏡下で鼻涙管開口部から出たシース先端を極小麦粒鉗子(永島医科器械)により引き出した.PFはシースに引かれてSEPで開放したスペースに正確に挿入された.シースとPFの連結を外した後(図1b),対側の涙点からのSEPによりシースを留置し,同様の操作でPF挿入を行った.すでに挿入されているPFと涙道内視鏡の間に粘膜がかみ込んで粘膜ブリッジを形成しないよう十分に注意を払った(図2).一連の手技のシェーマを図3に示す.シースは外径1.1mm,内径0.9mm,長さ45mmのテフロン製チューブ(ZEUS社,USA)を使用した3).またPFの留置状態は術後34週目に涙道内視鏡検査を行い確認した.表1症例の内訳総涙小管閉塞(30例30側)鼻涙管閉塞(54例59側)平均年齢(歳)68.1±13.969.5±10.7男女内訳男性8例8側女性22例22側男性15例18側女性39例41側*図2粘膜bridgeを形成しないように行う2回目のSEP:フルオレサイトで染色したチューブ.:先行したテフロン製シース.SEPシースにチューブを連結する鼻腔から引き出す図3Sheathguidedintubation(SGI)の手順ab図1Sheathguidedendoscopicprobing(SEP)a:シースの涙点側とチューブを連結する.b:鼻腔よりシースを引き出し,チューブとの連結を外す.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081133(87)III結果全例でSGIを用いてPF挿入を行うことができた.術後に行った涙道内視鏡検査で粘膜ブリッジ形成を認めた症例は,鼻涙管閉塞の症例において54例59側中2例2側(3.4%)であった.総涙小管閉塞の症例においては粘膜ブリッジ形成を認めなかった.内訳を表2に示す.粘膜ブリッジを認めた2側においては不適切に挿入された側のPFを抜去した後,再度SEPを行い単一管腔に再挿入することができた.シースによりSGIを行えばPFの修正は容易であった.粘膜ブリッジ形成に対するSGIのシェーマを図4に示す.IV考按涙道内視鏡を用いた涙管チューブ挿入術は,閉塞部の開放とチューブ挿入という2つのステップから成り立っている.内視鏡直接穿破法(directendoscopicprobing)による閉塞部の開放は涙道内視鏡直視下手術としての第一歩であった1).さらにSEPを用い,先行したシースと内視鏡先端の間にスペースを作ることで,閉塞部の開放を直視下にて行うことができるようになった.しかし,もう一方のステップであるチューブ挿入に関しては,双手法によるチューブ挿入は手技的に複雑であり,全例に適応することは困難であった.SEPに使用したシースをそのままチューブを引き出すガイドとして使用することで,連続性のなかった閉塞部の開放およびチューブ挿入という2つのステップに連続性をもたせることができ,本手術の手技はより無駄のない正確なものとなったと考えられる.涙道閉塞に対して,チューブ挿入を予定した症例数のうち,チューブ留置が完了した症例数の割合(手術完了率)は96%であったと報告されている1).SGIを用いた今回の結果は100%と良好であるが,全体としては大きな差はない.しかし,鼻涙管閉塞に関しては手術完了率78.1%との報告に対し4),今回の結果では100%と高い手術完了率を得ることができた.また,チューブ挿入直後もしくは後日行った涙道内視鏡検査で確認された粘膜ブリッジの形成率においても,自験例では21.5%であった5)が,SGIを用いた今回の結果では3.4%と大きく改善している.さらに粘膜ブリッジに対しても,従来行ってきた手技の複雑な双手法によるチューブ再挿入は不用になり,SGIで対応することが可能になった.今回の結果からも,本法を用いればさまざまな症例,特に鼻涙管閉塞の症例に対し,確実かつ正確にチューブ挿入を行うことができ,チューブ挿入時や挿入後の不具合の修正も容易になると考えられる.V結論SGIは,従来の専用ブジーを装着した状態でチューブを涙点から押し込んでいくというチューブ挿入の常識を根本から変える手技である.SEPとSGIを併用することで,チューブ挿入の際の盲目的操作がなくなり,涙管チューブ挿入術の全過程が内視鏡直視下に行えるようになる.したがって,今後新しい涙管チューブ挿入法として普及するものと期待している.文献1)鈴木亨:内視鏡を用いた涙道手術(涙道内視鏡手術).眼科手術16:485-491,20032)井上康,杉本学,奥田芳昭ほか:慢性涙炎に対する涙道内視鏡を用いたシリコーンチューブ留置再建術.臨眼58:735-739,20043)杉本学:シースを用いた新しい涙道内視鏡下手術.あたらしい眼科24:1219-1222,20074)鈴木亨,野田佳宏:鼻涙管閉塞症のシリコーンチューブ留置術の手術時期.眼科手術20:305-309,20075)藤井一弘,井上康,杉本学ほか:シリコーンチューブ挿入術による仮道形成とその対策.臨眼59:635-637,2005表2Sheathguidedintubationによる粘膜bridge形成率総涙小管閉塞(30例30側)鼻涙管閉塞(54例59側)粘膜bridge形成数(側)02粘膜bridge形成率(%)03.4粘膜bridge形成率合計(%)2.2挿入を確認挿入側のチューブを抜去し,再度SEPSGIにてチューブ再挿入図4粘膜bridgeに対するSGI***

眼科専門医志向者“初心”表明

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.8,200811230910-1810/08/\100/頁/JCLS私は初め,手術のできる医師になりたいと考えていました.知識だけでなく,技術も磨きたいと考えていたからです.また一方で,治療により効果が如実に現れ,患者様の喜ぶ姿をみることができる科に進みたいとも考えていました.学生時代に将来進む道を考えた結果,私にとってのそれは,眼科でした.学生時代から眼科の講義や実習がとても楽しく,眼科に出会ってからは他の科に進むことが考えられなくなりました.そんな興味をもつことができる科で一生懸命知識や技術を勉強し,そのことで患者様の喜ぶ姿を見ることができれば自分の仕事に対しての遣り甲斐にも直結し,これ以上幸せなことはないと思ったからでした.また眼科のスペシャリティの高さも魅力的だと思います.眼底は他の科では絶対にみることができません.そしてスペシャリティが高いにもかかわらず,ほとんどの人々がたとえ眼科疾患にはならなくとも,近視や遠視,老眼,白内障など一生のうちになんらかの眼の不都合を訴えるため,眼科は人々の生活には欠かせない科であり,価値を見出しながら一生携わっていける科であると思います.現段階では,眼科研修が4月から始まったばかりで,将来具体的にどの分野にどのような形で進んでいくかはわかりませんが,これから多くの経験を積み,眼科医として進むことができるかとても楽しみです.眼科のなかでも専門分野を見つけて一人でも多くの患者様に喜んでいただける医師になることが将来の目標です.◎今回は神戸大学附属病院で研修中の本岡先生にご登場いただきました.「見える」「見えない」という如実な治療効果と多くの患者さんの喜ぶ姿に触れることができるのは眼科ならではです.しかし今の卒後研修制度では,自ら決めて眼科を選択しなければその経験ができません.すべての医学生が経験するポリクリ(学生実習)で直に患者さんに接し,その治療効果と喜ぶ姿に触れる機会を作れば,眼科の魅力に気づく人がより増えると思います.(加藤)☆本シリーズ「“初心”表明」では,連載に登場してくださる眼科に熱い想いをもった研修医~若手(スーパーローテート世代)の先生を募集します!宛先は≪あたらしい眼科≫「“初心”表明」として,下記のメールアドレスまで.追って詳細を連絡させていただきます.Email:hashi@medical-aoi.co.jp(77)眼科専門医者“初心”表明●シリーズ⑧多くの患者様に喜んでいただけるようになりたい!本岡麻由(MayuMotooka)神戸大学医学部附属病院1980年兵庫県生まれ.香川大学医学部卒業.初期研修1年目に神戸朝日病院での内科研修を経て,現在2年目に神戸大学附属病院で研修中.(本岡)編集責任加藤浩晃・木下茂本シリーズでは研修医~若手(スーパーローテート世代)の先生に『なぜ眼科を選んだか,将来どういう眼科医になりたいか』ということを「“初心”表明」していただきます.ベテランの先生方には「自分も昔そうだったな~」と昔を思い出してくださってもよし,「まだまだ甘ちゃんだな~」とボヤいてくださってもよし.同世代の先生達には,おもしろいやつ・ライバルの発見に使ってくださってもよし.連載8回目の今回はこの先生に登場していただきます!▲眼科病棟で先生方と

私が思うこと12.グーグリネス社会と眼科

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081121私が思うことシリーズ⑫(75)私は大学卒業後10年間余り大学に勤務していました.網膜離を専門にしていた関係で,網膜色素上皮の下液吸収に興味を惹かれ,摘出した網膜色素上皮を利用して生理学的な実験をしていました.研究も軌道にのり,学位を頂戴し,留学を果たしたころ,「このまま研究を続けていいものか?」という疑問が湧いてきました.というのも,アメリカで眼科の基礎的な研究をしているのはおもにPhDで,特に私の分野の研究仲間は大抵生理学教室のPhDでした.医学部を出たMDは研究もそこそこに臨床に専念しているのが普通だったのです.帰国後,民間病院を経て開業したのは留学先での印象が大きく影響しています.開業して早くも15年目に入りました.白内障手術,LASIK(laserinsitukeratomileusis)から硝子体手術に至るまで多くの手術症例に恵まれ,また,多くの優秀な職員,若い先生方に助けられて,眼科医として充実した毎日を過ごしています.一般社会なら引退も近い年齢になってしまいましたが,体力と気力の続く限り手術を続けていきたいと思っています.私は最近,日ごろ思いついたことをブログに書き連ねることにしています.私のブログ,Eye-Surgeon’sEyeはグーグルで検索していただければすぐ出てきますので,それをご覧いただければ私が何を考えているのかすぐにわかってしまいます(図1).先日,2008年の初めごろ,ブログの質問欄から学術講演を依頼されたことがありました.ブログに書いていることが面白いからと講演を依頼されました.このとき,依頼主はブログの著者が誰かはわからなかったそうです.これもネット社会ならではの出来事ではないでしょうか.ブログを通じて質問されたり,見学に来られたり,若い先生方との交流が進むのは楽しいものです.私が開業した頃から見ても,世の中はネットを中心に目まぐるしく変化しています.最近のネット社会が眼科,あるいは医療にどんな影響を与えているかをちょっと考えてみましょう.14年前にはインターネットがありませんでした.普及しだしたばかりの携帯電話を握り締めて,開業の場所探しや器械の交渉をしていたことが思い出されます.阪神大震災の後くらいから本格的なネット社会到来と騒がれ,メールやホームページがあたりまえのこととなってきました.しかし,ホームページを作ってはみたものの,当時はそれほど役に立たず閲覧者も少なかったよう0910-1810/08/\100/頁/JCLS坪井俊児(ShunjiTsuboi)医療法人聖明会坪井眼科1950年大阪生まれ.趣味はピアノ演奏,日本古代史研究,韓国ドラマ鑑賞など.移り気な性分のせいでライフワークとよべるものはない.フィジカルとメンタルの両面で向上を続けることを「一応」の目標としている.もちろんピアノ演奏のことである.(坪井)グーグリネス社会と眼科図1筆者のブログ“EyeSurgeon?sEye”の一例———————————————————————-Page21122あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008に思います.ところが検索エンジンのグーグルが登場して事情は一変しました.グーグル以降のネット社会をWeb2.0とよぶ人もいますが,私はグーグルに敬意を表してグーグリネス(グーグルらしい)社会とよぶことにします.グーグリネス社会で何が変わったか?一言でいえば,個人が情報の受け渡しをできるようになったということでしょう.政府機関や大学などが情報を独占し,それを小出しにしつつ社会を操作するということがだんだんできにくくなってきました.世の中情報ほど大切なものはありません.古代,暦法により民衆を支配した時代から,連綿とその手法は生きてきました.グーグリネス社会でそこに風穴が開くとすれば,想像もつかない変化が待っているのかもしれません.ここでは卑近な例としてわが国における医療法第69条(旧)の広告規制をあげます.医師は診療科名やベッドの有無,診療時間など決められたことしか広告できないという規制のことです.この規制は公式見解として,誇大広告から患者を守るために設けられているとされていますが,実際のところ,医師以外の新聞記者や評論家など,医学を本格的に学んだことも実際の医療現場に身を置いたこともない人の意見のみがクローズアップされてしまい,医療や医療制度にとって大きなマイナスになっていると思います.しかしネット上では医師であろうが誰であろうが何を書いてもよい.医師の発言のみ封じるということは技術的にも不可能です.グーグリネス社会では広告媒体としてもインターネットは既存のマスコミに肩を並べつつあり,いずれ凌駕するともいわれています.医師に対する広告規制は有名無実となりつつあります.このような現状を踏まえ,新しい医療法では広告規制が大幅に緩和されつつあります(現行医療法第6条の5).最近,私のところの診療所を初めて受診される患者さんの受診動機を調べたことがあります.その結果,ホームページをご覧になってからこられた患者さんの割合が増えてきています(図2).LASIKのみならず比較的年齢層の高い白内障でも同じような傾向があります.特に,ホームページを見て医療内容について質問される方が増えてきました.先日も,片眼白内障で近視の方に対して,白内障手術と同時に健眼のLASIKをお薦めしたところ,「白内障手術の際には多焦点IOL(眼内レンズ)を入れてください」と希望されました.そしてなんと,「屈折型ではなく回折型のレンズを入れてください.私は近くを重視したいから.」といわれたのには驚きました.必ずしも回折型が近方重視とは限りませんが,ご本人さんの強い希望がありましたので回折型の発売を待って手術を行い,結果的にすごく喜んでいただきました.グーグリネス社会では患者さんの意識や知識レベルが驚くほど進んできます.グーグルでは「邪悪であってはいけない.(中略)もし100人の平均的な人たちに尋ねれば,どちらが正しいか,ほとんどみんな一致すると思うよ.」(梅田望夫:ウェブ時代5つの定理,文藝春秋刊)という倫理が支配しています.それを実現するには,世の中の一人ひとりが自分の得意分野をネット配信することが大切になってくると思います.そしてそれが医師-患者間に応用されたとき,理想の医療が実現するとまでは言いませんが,今よりも随分風通しがよくなることだけは確かでしょう.坪井俊児(つぼい・しゅんじ)1975年大阪大学医学部卒業大阪大学病院研修医(外科,眼科)1977年近畿大学医学部眼科助手1979年大阪大学医学部眼科助手1984年ミネソタ大学眼科研究フェロー1987年大阪大学医学部眼科助手復職1988年(医)きっこう会多根記念眼科病院部長1994年坪井眼科開業2002年より近畿大学医学部眼科非常勤講師.医学博士.ブログhttp://eyesurgeon.exblog.jp/ホームページhttp://www.tsuboi-eye.co.jp/(76)2坪井眼科のホームページ

硝子体手術のワンポイントアドバイス63.Stickler症候群に伴う網膜剥離(上級編)

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.8,200811190910-1810/08/\100/頁/JCLSはじめに若年者の硝子体に高度の液化変性を認める症例は,網膜硝子体ジストロフィを考える必要がある.おもな網膜硝子体ジストロフィとしては家族性滲出性硝子体網膜症(FEVR),Goldmann-Favre病,Wagner病,Slickler症候群などがある.いずれも肥厚したベール状の硝子体膜や周辺部の網膜血管の形成不全,白線化などを伴うことが多い.これらの網膜硝子体ジストロフィではしばしば難治性網膜離をきたし,進行も速いことが多い.Stickler症候群の全身および眼合併症Stickler症侯群は,眼および全身の結合組織に異常をきたす常染色体優性遺伝疾患で,2型プロコラーゲン遺伝子の突然変異が原因とされている.軟骨や硝子体ゲルには2型コラーゲンが豊富に発現しているために,特徴ある関節症状や眼症状をきたす.頻度は約1万人に1人程度である.全身症状としては感音性難聴,口蓋裂,下顎低形成,骨端異形性,関節炎に類似した変性が認められる.眼所見としては,重篤で進行性の近視,硝子体の液化変性,硝子体索状物(図1),網膜裂孔,網膜離(図2)があげられる.本症侯群では約50%に裂孔原性網膜離が発症するといわれている.(73)Stickler症候群に伴う網膜離の特徴Stickler症候群に伴う網膜離は,裂孔への硝子体牽引が高度であり,通常の強膜バックリング手術では復位困難な症例が多い.硝子体手術を施行する場合も,赤道部よりやや後極側から周辺にかけて肥厚した硝子体膜が面状に網膜と強固に癒着しており,硝子体カッターの吸引や硝子体鑷子による牽引だけでは人工的後部硝子体離作製が困難であることが多い.筆者は双手法を用いて赤道部までは人工的後部硝子体離を作製し(図3),さらにその周辺側の残存硝子体に対しては輪状締結術を行う方針としている.また,Stickler症候群では,しばしば精神発達遅滞を合併しているため,網膜離の発見が遅れ,より重症化してしまうことが多い.若年者の網膜硝子体ジストロフィの経過観察時には,このような点も十分に考慮に入れたうえで,定期的な眼底検査を施行することが重要である.文献1)曽和万紀子,植木麻理,堂島りつ子ほか:網膜離をきたしたStickler症候群の2例.臨眼59:1125-1129,2005硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載63Stickler症候群に伴う網膜離(上級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1自験例の左眼眼底写真網膜離は認めないが,下方に硝子体索状物を認めた.←図2自験例の右眼眼底写真下方に裂孔を認め,2象限に及ぶ網膜離と肥厚した後部硝子体膜を認めた.→図3右眼硝子体手術中所見面状の強固な網膜硝子体癒着を認めたため,双手法で人工的後部硝子体離を作製した.