———————————————————————-Page11066あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(00)III術後経過観察検査は,遠方視力(裸眼および矯正),近方視力(裸眼,遠方矯正下),焦点深度,さらにVecterVision社製CSV-1000を用い,2.5mにてコントラスト感度の測定を行った.その他,眼鏡使用状況,夜間のハローとグレアの訴え,後発白内障について調査した.IV結果1.視力遠方裸眼視力は46眼(74.2%)が0.7以上を示した.遠方視力が単焦点レンズと比べ特に悪化するということは考えられないと思われる(図2).注目すべき近方裸眼視力では,57眼(92%)が0.4以はじめに1990年代に登場した回折型眼内レンズは,単焦点レンズに比べ近方視力は良好であったが,遠方視力やコントラスト感度の不良例も報告され1),術者と患者双方の要求を十分満足するには至らなかったと考えられる.近年開発されたAMO社製回折型多焦点眼内レンズ(ZM900,TECNISTMMultifocal)は,小切開白内障手術と組み合わせることによって,遠近両方の良好な視力を担保できることが期待されている2).I対象対象は両眼の白内障治療を予定している20歳以上の症例で,術後屈折値は正視を目標とし,術前角膜乱視が1.5D以下,水晶体以外の眼合併症を有しない31例62眼である.性別は男性13例26眼(41.9%),女性18例39眼(58.1%)であり,平均年齢は64.2歳であった.IIZM900,TECNISTMMultifocal多焦点眼内レンズ(ZM900,TECNISTMMultifocal)の光学部素材は紫外線吸収性高屈折率シリコーンである.支持部はポリフッ化ビニルデンで,光学部直径は6mm,全長は12mmで光学部後面に32の同心円状回折構造をもつスリーピース眼内レンズである(図1).近方負荷は+4.0Dである.*KotaroOki:大木眼科〔別刷請求先〕大木孝太郎:〒171-0014東京豊島区池袋2-17-1大木眼科テクニス回折型多焦点眼内レンズの治療成績CilinicalResultsofImplantingTECNISTMMultifocal(ZM900)大木孝太郎*0910-1810/08/\100/頁/JCLS1066(20)図1ZM900,TECNISTMMultifocal特集●多焦点眼内レンズあたらしい眼科25(8):10661070,2008———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081067(21)がわが国の普通運転免許更新の可能な0.7以上を獲得し,両眼近方視力では,96.5%が十分に読書可能といわれる0.6以上を獲得した.遠方裸眼両眼視力で0.5未満および近方裸眼両眼視力で0.4未満の症例は認められず,おおむね日常生活では全症例が眼鏡を使用していない.2.コントラスト感度回折型多焦点眼内レンズは,レンズ表面の回折構造によって入射光を遠方と近方の2つの焦点に振り分けるため,コントラスト感度の低下は宿命的に避けることができない.ほとんどの症例が,片眼でのコントラスト感度測定では高周波数領域での低下が認められた.図7は典型例である.片眼で測定したコントラスト感度は両眼ともに低下している.両眼での測定では正常範囲内に入る症例がほとんどであるが,高周波領域での低下は両眼測定でも認められる症例が多い.このことは,片眼だけの挿入を行うときは,術前にそれなりの説明を行っておくことが重要であることを示している.しかし,低下はするものの臨床上問題になるような症例はまったくなかった.上,43眼(69.4%)が0.6以上を獲得した(図3).遠方矯正下近方視力は61眼(98.4%)が0.4以上,50眼(80.7%)が0.6以上を獲得した.この遠方矯正下での近方視力が良好なことは特筆すべきことと思われる.すなわち,多少の術後屈折誤差が生じた場合は,一つの眼鏡を使用することによって遠近両方の視力向上を得ることができるからである.さらに,片眼性の白内障では,非手術眼の屈折値を参考に本レンズを挿入することが可能であることを示唆していると思われる(図4).つぎに両眼視力の結果を図5,6に示す.両眼裸眼遠方視力ならびに両眼裸眼近方視力は,片眼での結果よりさらに良好である.裸眼両眼視力では,症例の89.7%:0.4以下:0.5以上0.7未満:0.7以上1.0未満:1.0以上4(6.5%)4(6.5%)12(19.3%)25(40.3%)21(33.9%)図2遠方裸眼視力下図3近方裸眼視力図5遠方裸眼両眼視力下図4遠方矯正下近方視力図6近方裸眼両眼視力———————————————————————-Page31068あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(22)3.眼鏡装用状況白内障手術前に何らかの矯正用眼鏡を使用していた割合は81%(25/31例)であったが,遠用眼鏡使用が6.4%(2/31例),中間距離用眼鏡使用,近方用眼鏡使用は皆無であった.術前の角膜乱視など適切な適応選択を行えば,ほとんどの症例がおおむね眼鏡を使用しない日常生活を送ることが可能と思われる結果である.4.ハロー・グレアの発現頻度夜間には軽度または中等度のハローやグレアを自覚する頻度は予想以上に少ないものであった.術後1週目から6カ月までの発現率は,ハローが18.9%でありグレアは10.6%であった.グレアについては経過とともに減少する傾向を示し,1年目ではほとんどの患者が自覚していない.またいずれの症例においてもその程度は日常生活に影響を及ぼす重度のものではなかった.空間周波数(Cycles/degree)空間周波数(Cycles/degree)CSV-1000コントラスト感度CSV-1000コントラスト感度図772歳症例のコントラスト感度図8後発白内障切開例(30歳,男性)———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081069(23)のみで対応できることを示していると考えられるからである.さらに,遠方矯正下で近方の視力が良好であれば,片眼のみに挿入することへの適応拡大が可能になる.すなわち,非手術眼の屈折値とのバランスを考えた度数設定での使用ができるからである.特に,片眼性の若年者例では,非常に有効な治療手段となる.4.インフォームド・コンセントにおける注意点多焦点という名称はときに「どこでも見える」と解釈される危険性があるため,患者とのインフォームド・コンセントでは多焦点レンズよりも遠近両用レンズという言い回しを行っている.本レンズのような回折型多焦点レンズでは,焦点深度曲線が二峰性を示すことが報告されており8),遠近両用という説明が妥当と考えている.実際,12mの距離での見にくさを感じる患者もおり,それらの可能性は術前に説明しておくことが不可欠である.どこでも見えるレンズとの誤解は術後の不満につながってしまうからである.5.コントラスト感度の低下本レンズに限らず,入射光を遠近2焦点に振り分ける回折型多焦点眼内レンズでは,コントラスト感度の低下は理論上当然と思われる.しかし今回の症例においてもコントラスト感度は低下しているものの,日常生活に支障をきたすほどの程度ではなく,患者からもこの件に関する不満は聞かれておらず,臨床上の問題は少ないと考えている.6.少ないハロー・グレア現象ハロー・グレア現象については,夜間に自動車を運転する機会の多い患者や職業運転手に対しては以前から問題視されてきた.今回の症例にも夜間に自動車運転を行う患者が含まれているが,運転に際して支障があるほどの訴えは聞かれていない.このことは,屈折型多焦点レンズとは大きく異なる点と思われる.今回の結果はハロー・グレア現象についても,術前に十分なインフォームド・コンセントを行っておけば,本レンズは夜間運転を行う患者や職業運転手についても十分使用できる可能性が高いことを示唆している.5.後発白内障今回の31症例62眼では,後発白内障のため視力低下しYAGレーザー後切開術を必要としたのは,1例2眼(30歳,男性)であった(図8).手術後2年8カ月経過しており,特に後発白内障の発現時期としては特記すべき状態であるとは考えられない.YAGレーザーによる後切開も眼内レンズにクラックなどを生じることもなく行うことができた.切開後は遠近両方の良好な視力を取り戻している.V考按1.回折型多焦点眼内レンズの臨床結果本レンズ挿入眼が良好な遠近視力を獲得することについてはすでに海外で報告されており3,4),また本レンズ以外の回折型多焦点眼内レンズについてもわが国での臨床治験成績の他,多くの報告がなされるようになり,新世代の回折型多焦点眼内レンズへの関心は非常に高いものになっていると推察される57)が,今回報告する31症例においても非常に良好な結果が得られた.これらの結果は,過去の多焦点眼内レンズに対する筆者のイメージを大きく変えるものであり,白内障術者としての驚きは非常に大きいものである.特に獲得した近方視力で,読書,携帯電話の使用,パソコン業務などが快適に行えるため,患者の満足度の高さにも驚かされている.2.調節力喪失の補として従来の単焦点眼内レンズを使用する白内障手術では,術後に調節力を復元できないため,視力の回復は可能ではあるものの,若年者症例のように術前に老視経験のない白内障患者の治療には大きなジレンマを感ぜざるをえなかった.回折型多焦点眼内レンズはかなり確実に遠近視力を獲得できるため,この問題の解決手段としては大きな前進と感じている.白内障治療の一つのオプションとして大きな期待がもてる眼内レンズと考えられる.3.遠方矯正下の近方視力裸眼視力のみならず,遠方矯正時の近方視力は裸眼時よりさらに良好である点は強調すべき点であろう.このことは,若干の術後屈折誤差などに対して,遠方用眼鏡———————————————————————-Page51070あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(24)焦点眼内レンズはこの方面への高い可能性も有していると筆者は考えている.文献1)LindstromRL:Foodanddrugadministrationstudyupdate.One-yearresultsfrom671patientswith3Mmul-tifocalintraocularlens.Ophthalmology100:91-9719932)大木孝太郎:AMOTecnis回折型多焦点眼内レンズ.IOL&RS21:227-229,20073)MesterU,HunoldW,WesendahlTetal:Functionalout-comesafterimplantationofTecnisZM900andArraySA40multifocalintraocularlenses.JCataractRefractSurg33:1033-1040,20074)TotoL,FalconioG,VecchiarinoLetal:Visualperfor-manceandbiocompatibilityof2multifocaldiractiveIOLs.JCataractRefractSurg33:1419-1425,20075)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフApodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20076)SteinertRF,PostCT,BrintSFetal:Aprospectiveran-domizeddouble-maskedcomparisonofzonal-progressivemultifocalintraocularlensandmonofocalintraocularlens.Ophthalmology99:853-861,19927)NegishiK,Bissen-MiyajimaH,KatoKetal:Evaluationofzo-nal-progressivemultifocalintraocularlens.AmJOphthalmol124:321-330,19978)中村邦彦,ビッセン宮島弘子,大木伸一ほか:アクリル製屈折型多焦点眼内レンズ(ReZoom)の挿入成績.あたらしい眼科25:103-107,20089)大木孝太郎,ビッセン宮島弘子:若年白内障に対する多焦点眼内レンズ.あたらしい眼科25:667-668,200810)清水直子:回折型眼内レンズ─症例報告.あたらしい眼科24:169-175,200711)田倉智之:白内障手術の社会的貢献度.IOL&RS17:223-231,20037.後発白内障とYAGレーザー後切開今回の症例のなかで後発白内障のために視力低下し,YAGレーザー後切開術を必要としたのは,1症例2眼のみである.本症例は,挿入後2年8カ月経過していたが,挿入後1年以内の症例は全例に後発白内障を認めていない.今後,経過年数の延長によって発症してくると考えられるが,通常の眼内レンズと比べ特に発生率が高いという印象は感じていない.また,レンズ表面の回折構造が,YAGレーザー切開術の妨げになることが危惧されたが,2眼とも問題なく施行できており,この件の安全性も問題ないと感じている.おわりに従来の単焦点眼内レンズを挿入する白内障手術の大きな欠点は,術後に調節力を喪失してしまうことである.単焦点レンズの術後成績は大変すばらしいものではあるが,特に老視経験のない若年者の白内障治療では,克服しなければならない問題であることは間違いない.完全な調節力を復元させることが困難な現状では,多焦点眼内レンズは現実的なこの問題の解決手段と考え,筆者は若年者の白内障症例には積極的に使用している9).その他,多岐にわたる患者のライフスタイルに対しても,白内障術後に遠近の良好な視力を得ることは,白内障患者の術後qualityoflifeをより向上させることに直結するであろう10).白内障手術が,高齢者の白内障術後の再就労や自立を促し,視機能障害に基づく社会支援費の発生を抑制することなどはすでに報告されている11)が,多