———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLS与が報告10)され,遺伝子素因が本症の原因である可能性が論じられている.本稿では落屑症候群,落屑緑内障の診断および1994年から2007年の約12年間にNTT西日本九州病院で経験した落屑緑内障597例を対象に,治療の実際とその長期予後について述べる.I落屑症候群の診断進行した,典型的な落屑症候群眼ではその診断は比較的容易である.しかし,初期例,非典型例では十分な注意を払って観察しないと,しばしば見逃されてしまう.どのような所見があれば本症の存在を疑うか,そのポイントを述べる.1.偽落屑物質の発見典型的な偽落屑物質を瞳孔縁部虹彩または水晶体前表面上に観察すれば,本症の診断は確定する.瞳孔縁部虹彩上の同物質は白色で糸屑状,ふけ状ときに膜状を呈することが多い.初期には瞳孔縁に部分的にみられるが,進行すると全周にみられ,色素輪の変性,消失を伴うこともある(図1).同部における偽落屑物質の軽度の沈着は,散瞳するとわかりにくくなるため,未散瞳時に観察する.水晶体表面上の同物質は未散瞳時には瞳孔径とほぼ同じ大きさの輪,または円板状の白色ふけ状の沈着物として観察できる(図1).散瞳すると同物質は水晶体表面の周辺部にも顆粒状,膜状に付着している.前者を中心円板,後者を周辺混濁帯とよぶ.偽落屑物質はそのほか,眼内レンズ挿入眼では眼内レはじめに落屑症候群とは偽落屑物質の産生過程における変化およびその蓄積により,特徴的病変をきたす症候群である.高齢者に多くみられ,その病変は前眼部に顕著である.落屑緑内障とは落屑症候群に伴う緑内障であり,治療に抵抗する難治性の緑内障として知られている.落屑症候群,落屑緑内障に関する初めての詳細な報告は,1917年フィンランドのLindbergによりなされている1).その後,緑内障との関連について北欧を中心に数多くの研究成果が報告されている.日本においても1920年代に和田2),1942年に小松3)により落屑症候群について発表されているが,落屑緑内障に関する本格的な研究は1963年の荻野ら4)の報告までなされていない.しかし,その後も本緑内障は日本においては比較的まれなタイプの緑内障と考えられ,いくつかの症例報告が追加されたのみであった.1970年代,われわれ熊本大学の緑内障研究グループは,緑内障患者に高頻度に虹彩,水晶体表面に偽落屑物質の沈着を見出し,本緑内障は決してまれなものではないことを知り,その疫学,臨床像,病理組織所見などを報告した.その後,落屑症候群,落屑緑内障は日本全国,どこでも普通にみられる疾患であることが確かめられ,今日に至っている.近年,偽落屑物質は眼組織のみならず,全身の臓器にも存在していることが報告され5,6),本症候群は全身疾患との関連も明らかとなりつつある.また本症候群は高齢者に多発するため加齢性変化によるものと考えられてきたが,多数の家族内発症例の報告79),さらには第15染色体q24.1領域のLOXL1遺伝子の遺伝子多型の関(57)961a86000175625(7):961968,2008c第18回日本緑内障学会須田記念講演落屑症候群および落屑緑内障の診断と治療DiagnosisandTreatmentofExfoliationSyndromeandGlaucoma布田龍佑*総説———————————————————————-Page2962あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(58)ンズの前面または後面,角膜後面,隅角部,虹彩切除施行眼では毛様体突起部,Zinn小帯上にもみられる.2.散瞳不良落屑症候群では散瞳するまでの時間が延長,かつ散瞳が不十分なことが多い.虹彩後癒着がない眼での散瞳不良は本症の存在を疑う.また散瞳により前房内にフレアの増加や色素顆粒の湧出がみられ,眼圧が上昇する例がある.われわれの研究では本症の10%に6mmHg以上の眼圧上昇を認め,緑内障のある眼ではこの値は22%となる11).3.隅角所見隅角は開放隅角であることが多いが,1015%程度は狭隅角であり,この頻度は正常人のものとほぼ等しい.一方,隅角の色素沈着は強いことが多く,Scheie分類でⅡ度以上の頻度は88%である.緑内障を伴っている場合の頻度は84%であり,両者はほぼ同じである12).下方隅角にはSchwalbe線を越える波状の色素沈着がみられる例が多い.この線はSampaolesi線とよばれ,本症候群に特徴的な所見とされている13).そのほかZinn小帯の脆弱性を示す水晶体振盪,前房深度の左右差や角膜裏面の不規則な細かな色素の沈着も本症候群の存在を疑わせる重要な所見である.II落屑緑内障の診断落屑症候群に加え視神経乳頭の緑内障性変化とそれに相応する視野異常が認められれば,落屑緑内障と診断する.落屑緑内障は一般に高眼圧を呈するが,ときに正常眼圧を呈する症例もある.また,その約90%は開放隅角眼であるが,1015%程度は狭隅角である.そのほか初診時に落屑緑内障を疑うポイントを,NTT西日本九州病院を初診した本症患者を対象として述べる.1.年齢高齢者の緑内障はまず落屑緑内障を疑う.本症患者の平均年齢は74歳(4994歳)であり,70歳代が全体の約50%を占めていた.落屑緑内障と原発開放隅角緑内障(狭義,以下POAGと略す),それぞれ240例における年代別割合を図2に示す.これらの症例は2001年1月からの初診で連続240例を用いた.40歳代まではPOAGが圧倒的に多いが,50歳代ではその25%を本症が占める.以降本症の占める割合は増加し,60歳代では約50%,80歳以上では70%以上が落屑緑内障で占められる.以上より高齢者の開放隅角緑内障をみた場合,本症を疑う必要がある.図1偽落屑物質典型的な偽落屑物質の沈着が瞳孔縁部虹彩,水晶体表面にみられる.図2落屑緑内障(PEXG)とPOAGの年代別割合PEXG,POAGともに2001年からの連続240例の比較.1007550250:POAG:PEXG304050607080以上年齢(歳代)(%)図3落屑緑内障初診時眼圧(136眼;無治療時)10203010203040506070以上平均35mmHg40mmHg以上35%50mmHg以上12%()眼圧(mmHg)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008963(59)2.高眼圧初診時眼圧は高値を示すものが多い.無治療時の眼圧が判明している136眼の眼圧分布を図3に示す.眼圧は1075mmHgに分布し,その平均は35mmHgであった.40mmHgを超す例が35%,50mmHgを超す例も12%にみられた.POAGではこのような高値を示すものが少なく14),初診時眼圧がきわめて高い場合は本症を疑う.3.高度の視機能障害初診時における視力分布を図4に示す.視力は比較的保たれているものが多いが,矯正視力0.1以下のものが22%にみられた.そのうち指数弁以下のものが半数を占めていた.視野障害の進行は,より明白であった(図5).湖崎分類Ⅰ・Ⅱ期の早期の変化が25%,Ⅲ期の変化が32%に対し,Ⅳ期以降の晩期の視野障害は43%を占めていた.さらに進行したⅤ期以降の変化も約13%にみられた.これらの傾向は熊本大学における過去のデータと一致していた14).4.罹患眼図6に示すごとく,落屑緑内障は初診時には片眼にみられる場合が多い.ただし,本症は片眼でも僚眼が正常であるのはその約半数であり,残りの半数は偽落屑物質が認められない開放隅角緑内障であったり,逆に緑内障が認められない落屑症候群であったりする.POAGは原則として両眼性であるので,片眼性の緑内障で,特に進行した視野変化を示す場合は続発緑内障,特に本緑内障を疑う.以上をまとめると,初診時高齢で片眼に進行した緑内障がみられ,高眼圧を呈する場合は,たとえ偽落屑物質の存在がはっきりしないときでも,落屑緑内障を疑う必要がある.さらに隅角検査で高度の隅角色素沈着がみられる場合は,本緑内障の可能性が高くなる.5.鑑別診断落屑症候群,落屑緑内障と鑑別すべき疾患としては,水晶体真性落屑15),家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)16,17),色素性緑内障,ぶどう膜炎に続発する緑内障などがあげられる.水晶体真性落屑は水晶体前が層状に離し,薄い透明なベール様膜として前房中に浮遊する状態を指し,眼圧上昇をきたすことはない.偽落屑物質も膜状を呈することはあるが,膜は白色不透明で比較的厚く,その鑑別は比較的容易である.FAPにおいては,しばしば瞳孔縁部虹彩や水晶体表面に白色で不透明なふけ状,膜状の沈着物がみられる.また隅角に高度の色素沈着がみられ,高頻度に緑内障を伴う.これらの所見は落屑症候群,落屑緑内障に酷似し,臨床的にはその鑑別はきわめて困難である.しかし本症ではときに瞳孔縁の変形,硝子体混濁を伴うこと,全身的に多発性神経炎と自律神経症状が認められることで鑑別される.色素性緑内障とは角膜後面の色素顆粒の沈着,隅角の高度色素沈着が類似点である.しかし本症はわが国ではまれであり,若年者に多く,偽落屑物質の沈着がないことより鑑別される.落屑緑内障における前房内微塵の出現,角膜後面の色図4落屑緑内障初診時視力(503眼)(%)1020301.0≧0.6~0.90.5~0.20.1≧視力0.1以下110眼0.1160.09~0.0141指数弁~光覚33光覚なし20図5落屑緑内障初診時視野(489眼)Goldmann視野計Ⅴ期以降62眼(12.7%)01020304050早期中期晩期()〔湖崎分類〕Ⅰ・Ⅱ期Ⅲ期Ⅳ期以降図6落屑緑内障患眼(394例)片眼性の他眼両眼性27%片眼性73%38%正常35%異常正常35%OAG23%PEX10%OHほか5%平均年齢両眼性76.5歳片眼性72.3歳———————————————————————-Page4964あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(60)素顆粒や白色沈着物を伴う眼圧上昇は,ぶどう膜炎に続発する緑内障と誤診されることがある.また逆に長期にわたるぶどう膜炎のあとに,瞳孔縁に白色の結節状,膜状の瘢痕がみられ,偽落屑物質の沈着とまぎらわしい所見を示すことがある.ぶどう膜炎の既往歴や虹彩後癒着などの所見により鑑別する.6.落屑症候群,落屑緑内障経過上の変化初診時緑内障を伴っていない落屑症候群が,経過中緑内障が出現し,落屑緑内障へと移行する頻度は,約10年間の経過観察にて719%とされていた12).Puska18)は10年間でそれより多く32%が移行したと報告し,初期の眼圧や散瞳の程度が関係しているとした.初診時,落屑緑内障の3/4は片眼性であるが,長期に観察するとその僚眼はさまざまな変化を示す.われわれの症例では初診時片眼性の落屑緑内障であった97例を5年以上経過観察すると,うち21例(22%)ではその僚眼になんらかの変化が起こっていた.11例では僚眼が落屑緑内障となり,両眼性本症に移行したこととなる.熊本大学の症例では,519年の長期観察にて片眼性落屑緑内障のうち30%が両眼性緑内障になったと報告した19).Puska18)は10年間の観察で38%が両眼性になったと報告し,片眼性は両眼性の前駆状態としている.Hammerら20)は片眼性本症の僚眼の虹彩と隅角を電子顕微鏡にて観察し,全例に偽落屑物質を見出し,本症は本来は両眼性であると推察している.原発緑内障として510年にわたり治療,経過観察中に,特に緑内障や白内障手術後,偽落屑物質が出現する症例に遭遇することがある.これらの例の約半数では,偽落屑物質出現後それまで良好であった眼圧調整が悪化し,本物質が既存の緑内障の増悪因子のごとき印象を与えることがある21).これらの症例を落屑緑内障と診断変更するか,原発緑内障に偶発的に落屑症候群が合併したとするか,判断に迷う.今のところ後者と考えているが,初めから臨床的に見出せなかった偽落屑物質発生プロセスが存在しており,そのために緑内障が発現していた可能性も否定できない.III落屑緑内障の治療1.治療方針とその実際落屑緑内障は他の病型の緑内障とは異なるいくつかの治療上の問題を抱えている.それらを要約すると以下のようになる.a.高眼圧の症例が多く,眼圧調整が困難である.b.手術効果が持続しない例が多い.c.初診時すでに進行した例が多く,長期予後が不良である.d.高齢者が多く,白内障手術を考慮する例がある.初診時,眼圧が高く,視機能障害が進行した症例が多い(図35)ため,教科書的にPOAGに準じて薬物治療を開始し,効果が不十分なときにレーザー治療または外科的治療を計画するといったゆっくりしたテンポで治療を行うと,眼圧が調整できたときにはさらに視機能障害が進行していることが多い.そこで本緑内障に対しては,初診から眼圧調整までの時間をいかに短縮するかが良好な治療成績をあげる必須条件と考え,以下の方針で治療を計画し,実施した(表1).a.目標とする眼圧の決定は,湖崎分類による岩田の基準22)により,初期(湖崎分類Ⅰ,Ⅱ期)は19mmHg,中期(同Ⅲ期)は16mmHg,晩期(同Ⅳ期以降)は14mmHg以下とした.b.無治療下での初診時眼圧が30mmHg未満の場合は,POAGに準じて点眼1剤から治療を開始し,効果不十分で目標眼圧に達しないときは,点眼を変更または追加する.30mmHg以上の場合は,複数の治療点眼から治療を開始する.c.以上の薬物治療(点眼3剤を上限とする)で目標とする眼圧に達しない場合,あるいは眼圧が調整できても視野変化に進行がみられる場合,もしくは初診時すでに他院にて最大耐容薬物治療が行われており,目標とする眼圧を超えている場合には,早期に手術を計画する.手術はマイトマイシンC塗布併用のトラベクレクトミーを原則とし,術前に十分なインフォームド・コンセントを行う.d.本症に対するアルゴンレーザー治療は,早期には良好な効果を示すが,その後急速に効果が低下する23,24).そのため十分な眼圧調整までの治療期間を延長させるので,緊急避難的な場合を除き原則として行わない.以上の治療方針に従ってNTT西日本九州病院を初診した患者に対して治療を開始し,1年以上経過観察でき表1治療の基本方針a.目標とする眼圧レベルの決定.b.無治療下での初診時眼圧30mmHg未満の場合はPOAGに準ずる.30mmHg以上の場合は複数の点眼から開始する.c.薬物治療が不十分な場合,早期に手術を計画.d.原則としてレーザー治療は行わない.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008965(61)た268眼の最終治療内容を表2に示す.治療薬を用いずに定期経過観察したものが10眼(3.7%),点眼治療のみのものは81眼,眼圧調整状態により本来は手術が必要であるが,健康状態その他で点眼治療に加えアルゴンレーザートラベクロプラスティ,炭酸脱水酵素阻害薬の内服を加えたものがそれぞれ4眼と2眼あり,計87眼(32.5%)は薬物治療を行った.手術を行ったものは全体の2/3にあたる171眼(63.8%)となった.手術の頻度は,初診時の点眼種類が多いほど高くなり,1剤点眼で初診したものは28%であるのに対し,2剤では61%,3剤では80%,4剤使用の14眼中14眼(100%)に対しては手術を行った.点眼に加え炭酸脱水酵素阻害薬の内服で受診した56眼では手術53眼(95%)に行ったが,残りの3眼には健康上の理由その他で手術は行っていない.われわれの眼科では薬物治療によっても,眼圧調整不良例や進行例を紹介により多く受け入れている関係上,治療法に偏りがあることは否めないが,治療は困難という本緑内障の特徴を示す結果となった.この結果を熊本大学眼科でのデータ25)と比較すると,薬物治療は33.0%とほぼ同比率だが,手術の頻度は46.0%より大幅に増加しており,レーザー治療を止め,手術を重視して治療にあたったことを示す.2.薬物治療の長期成績点眼治療を行った症例のうち,5年以上(511年,平均7年)経過をみることのできた31例(男性16例,女性15例)37眼についての長期成績を図7および表3に示す.症例の初診時年齢は5884歳,平均71歳,使用した点眼薬は平均1.8剤であった.術前視野は湖崎分類でⅠⅢ期が32眼(86%)を占めていた.眼圧調整に関する結果の判定は,最終観察前の1年間,目標とした眼圧を2回続けて超えなかったものを「眼圧調整良好」とした.視野変化に関しては,湖崎分類にて1病期以上の進行がなかったものを「視野進行なし」とした.結果のまとめを表3に示す.長期観察の結果,眼圧調整が良好であったものは31眼84%,不良は6眼16%であった.視野進行を認めなかったものは25眼68%,認めたものは12眼32%であった.眼圧調整不良の6眼中5眼には視野進行が認められた一方,眼圧調整良好群のうち6眼にも視野進行が認められた.視野変化が少なく,眼圧も極端に高くないという症例を選べば,薬物療法にても対応できるという印象を受けた.3.手術療法の長期成績手術は原則としてマイトマイシンC塗布併用のトラベクレクトミーを行った.他の方法としては比較的若年者にトラベクロトミーを,また2000年3月から5月にかけては非穿孔性トラベクレクトミーを行った.しかし,後者は本緑内障に対して眼圧調整効果が不十分であり26),以降は行っていない.われわれが行ったマイトマイシンC併用トラベクレクトミーの術式を以下に示す.Tenon下麻酔後,輪部基底の結膜弁を初回手術のときは鼻上側,再手術のときは耳上側に作製する.必要に応じTenonを部分的に切除,4×4mmの強膜弁を作製,0.04%マイトマイシンCを3分間結膜弁,強膜弁下に作用させ,250mlの生理食塩水で洗浄,サイド表3薬物治療─長期成績:結果のまとめ─眼数(%)眼圧コントロール良好不良316(84)(16)視野進行なしあり2512(68)(32)表2最終治療治療眼数(%)治療薬なし点眼治療ALT+点眼点眼+内服手術108142171(3.7)(32.5)(63.8)計268(100.0)ALT:アルゴンレーザートラベクロプラスティ.,O87O図7薬物治療眼圧コントロールと視野変化最終視野:眼圧コントロール良:眼圧コントロール不良初診時視野———————————————————————-Page6966あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(62)ポートを作製する.線維柱帯を含む組織を幅1mm,長さ23mmの大きさに切除,ついで虹彩切除を行う.虹彩および周囲組織からの完全な止血を待って,10-0ナイロン糸にて強膜弁を原則として5糸縫合,サイドポートより人工房水を注入,強膜弁下の液の流出を調整後結膜を7-0絹糸にて連続縫合,副腎皮質ホルモンの結膜下注射,アトロピン点眼,抗生物質軟膏の点入にて手術を終了する.術後は適宜強膜マッサージ,レーザーによる強膜弁縫合糸の切糸を行う.経過中眼圧が再上昇した場合は,ブレブの処置,眼圧下降点眼薬を使用,効果がない場合は再手術を早めに行っている.上記手術施行後5年以上(511年,平均8年)経過をみることができた42例(男性28例,女性14例)47眼についての長期成績を図8に示す.症例の初診時年齢は5283歳,平均72歳である.眼圧調整の良否,視野変化進行の有無の判定は前述の薬物治療の長期成績に準じた.なお,今回の長期成績は初回手術から5年以上観察できた症例について,最終的な眼圧調整の状態,視野進行の有無をみたものであり,単に手術成績そのものを評価したものではない.したがって観察中に点眼治療の追加例,再手術施行例も眼圧調整に関しては,最終観察前の1年間の結果をもって判定した.結果のまとめを表4に示す.眼圧が良好に調整できていたものは47眼中41眼(87%)であった.このなかには再手術した9眼が含まれている.視野が術前の湖崎分類による病期に止まっていたものは47眼中35眼(74%)であった.視野進行した12眼について病期別にみると,術前視野がⅡ期の早期では40%,Ⅲ期の中期では50%と高く,Ⅳ期以降は8%と低頻度であった.中期までの視野は進行しやすく,晩期の視野は動きにくいとするこれまでの報告と一致する結果ではあるが,術後も眼圧調整が不良であったⅤ期1例を除けば,晩期の視野変化を本法は十分に保存しうることを示す結果であった.また経過中に再手術を行った症例が10眼(21%)あったことは,本症に対する手術のむずかしさを示す結果であったが,その10眼中9眼の視野には進行は認められず,きめ細かい管理の重要性を示す結果でもあった.一方,眼圧調整良好眼のうち5眼には視野変化の進行がみられ,落屑緑内障管理のむずかしさを痛感している.以上の結果より進行した,あるいは薬物治療に抵抗する落屑緑内障に対しては,マイトマイシンC塗布併用のトラベクレクトミーが現時点では最も有用な手段と考える.IV落屑緑内障と白内障手術落屑緑内障は高齢者に好発するため,同時に白内障を有することが多く,その手術の適応となる例がみられる.本症に対する白内障手術はZinn小帯の脆弱化による水晶体振盪や亜脱臼27),散瞳不良,核硬化などのため通常の白内障手術に比べ難易度が高く,慎重に計画,実施する必要がある28).今回治療の対象として調査した落屑緑内障患者では64例76眼に対して白内障手術を行っている.白内障手術は原則として耳側角膜小切開による超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術(PEA+IOL)を行っているが,核処理などPEAが困難な症例に対しては計画的外摘出術(ECCE)を行った.実際には白内障の進行程度と緑内障の病期,眼圧調整状態を考え合わせ,以下の3つの方法を採用した.1.眼圧が薬物使用もしくは使用なしで調整されている場合はPEA+IOL単独施行,2.白内障が比較的軽度で,眼圧が調整されていない場合は緑内障手術を先行させ,白内障が進行した時点でPEA+IOL施行,3.白内障が進行しており,かつ眼圧が薬物にても調整不良の場合はPEA+IOL+緑内障手術を同表4トラベクレクトミー─長期成績:結果のまとめ─眼数(%)眼圧コントロール良好不良416(87)(13)視野進行なしあり3512(74)(26)ⅠⅡⅢⅣⅤⅠⅡⅢⅣⅤ最終視野初診時視野:眼圧コントロール良好:眼圧コントロール不良は再手術施行図8トラベクレクトミー眼圧コントロールと視野変化———————————————————————-Page7(63)あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008967一手術部位に施行した.各々の手術時合併症(Zinn小帯断裂,硝子体脱出)と術後の眼圧再上昇頻度を表5に示す.PEA+IOL挿入単独手術は32眼に施行,うち5眼(15.6%)に合併症が起こった.この5眼中3眼には前部硝子体切除後IOL縫着を行ったが,2眼は無水晶体眼となった.術後の眼圧上昇は1眼のみであった.緑内障手術先行後白内障手術は33眼に施行,術中合併症は1眼のみであったが,7眼(21.2%)は濾過胞の縮小とともに眼圧が再上昇し,6眼においては緑内障の再手術を必要とした.いわゆるトリプル手術は11眼に施行,術中合併症は1眼のみにみられ,眼圧再上昇は認められなかった.近年新来患者のなかに,偽落屑物質を有する高眼圧の偽水晶体眼を診察する機会が多くなっている.限度いっぱいの薬物治療で眼圧が調整されている眼に対し,安易に白内障手術を単独で行うと,手術を契機として眼圧調整に破綻をきたす例が多いと考えられる.落屑緑内障眼に対する白内障手術は,緑内障の状態を慎重に見極めたうえで,術式を十分に考慮,計画して行うことが重要である.V落屑症候群と脳・心臓・網膜血管障害1992年,Schlotzer-Schrehardtら5)とStreetenら6)は偽落屑物質は眼組織のみならず,内臓─心臓,肺,肝臓,腎臓,腸間膜─などにもみられると報告した.これらの発表後,臨床的にも偽落屑物質に起因する可能性のある脳梗塞,脳出血などの脳血管障害,心筋梗塞,狭心症などの心血管障害29),さらには網膜中心静脈閉塞症などの網膜血管障害30),Alzheimer病,神経性難聴31)などとの関連が報告されている.そこでNTT西日本九州病院を初診した60歳以上の既往歴の記載が十分な落屑緑内障患者において,脳血管障害,心血管障害の既往および網膜中心静脈閉塞性と網膜静脈分枝閉塞症の有無を調査した.対照としては同時期に初診した同年代の狭義のPOAG患者とした.その結果は表6に示すとおりで,脳梗塞,脳出血を合わせた脳血管障害の既往は明らかにPOAG患者より多く認められた.一方,心筋梗塞,狭心症を合わせた心血管障害の既往頻度は,落屑緑内障患者が多くみられたが,POAG患者群と有意差はなかった.眼底検査による網膜中心静脈閉塞症および網膜静脈分枝閉塞症の頻度は,落屑緑内障群で4.3%,POAG群で0.5%であり,落屑緑内障群で有意に高率に認められた.ただし,今回のこの調査は全身の血管障害に関しては,既往歴を参考とした比較であり,網膜血管障害の頻度も1施設少数例での結果である.落屑症候群が緑内障のみならず,全身の血管障害と深くかかわっているか否かは,今後大規模な疫学的調査あるいは多施設での共同研究が必要であろうと考えた.おわりに落屑症候群は20世紀初めにその存在が知られて以来,眼に限局した疾患と考えられてきた.眼に対する影響としては緑内障をはじめ水晶体,虹彩,隅角,角膜内皮などがあげられる.なかでも落屑緑内障は今日でも失明に至ることの多い油断ならない緑内障であり,早期の診断と計画された治療,さらには厳密な管理が必要とされる.20世紀終りから今世紀にはいり,全身に及ぶ偽落屑物質の分布が報告され,それに由来する脳や心血管障害などへの関与が示唆されてきている.また本症候群の基礎的研究の発展も目覚ましく,疫学調査により落屑症候群は遺伝素因を有する疾患であることがわかり,つい表5落屑緑内障眼における白内障手術合併症Zinn小帯断裂硝子体脱出(%)眼圧再上昇(%)白内障手術*単独27例32眼5(15.6)1(3.1)トラベクレクトミー⇒白内障手術*28例33眼1(3.0)7(21.2)白内障*・トラベクレクトミー同時手術9例11眼1(9.1)0計64例76眼7(9.2)8(10.5)*(PEAまたはECCE)+IOL.表6落屑緑内障と血管障害の既往落屑緑内障*348例(%)POAG(狭義)*185例(%)脳血管障害20(5.7)3(1.6)p<0.05脳梗塞152脳出血51心血管障害34(9.8)13(7.0)p>0.1心筋梗塞144狭心症209網膜血管障害CRVO+BRVO15(4.3)1(0.5)p<0.02CRVO:網膜中心静脈閉塞症,BRVO:網膜静脈分枝閉塞症.*60歳以上.———————————————————————-Page8968あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(64)で2007年にはその遺伝子が特定されるに至っている.さらに偽落屑物質の本態についても新しい技術を駆使しての解明が進んでおり,近い将来落屑症候群のすべてが明らかにされるであろう.これらの研究成果が臨床の場に還元され,より良き治療法の開発,さらには予防法の発展へとつながることを希望する.謝辞:稿を終えるに当たり,恩師須田経宇先生にちなんだ名誉ある須田記念講演の機会を与えていただきました日本緑内障学会理事長の新家眞先生,第18回日本緑内障学会会長の山本哲也先生に厚く御礼申し上げます.またこの研究に多大のご援助,ご助言をいただいた熊本大学および日本緑内障学会の諸先輩,先生方ならびにNTT西日本九州病院眼科に同時代に勤務し,落屑症候群・緑内障の症例をともに学んだ先生方に心からの謝意を表します.文献1)LindergJG:Clinicalinvestigationsondepigmentationofthepupillaryborderandtranslucencyoftheiris.ActaOphthalmol67(Suppl190):1-96,19892)和田袈裟男:瞳孔縁氈の2例に就て.日本眼科全書,第19巻,ぶどう膜疾患,p574-583,金原出版,19423)小松弘邦:眼の老人性変化(その3),高齢者の瞳孔縁変化に就て.日眼会誌46:1856-1868,19424)荻野紀重,河田睦子,豊歌子:水晶体性緑内障について.日眼会誌67:889-898,19635)Schlotzer-SchrehardtU,KocaMR,NaumannGOHetal:Pseudoexfoliationsyndrome.Ocularmanifestationofasys-temicdisorderArchOphthalmol110:1752-1756,19926)StreetenWS,LiZ-Y,WallaceRNetal:Pseudofoliativebrillopathyinvisceralorgansofapatientwithpseudoex-foliationsyndrome.ArchOphthalmol110:1757-1762,19927)DamjiKF,BainsHS,AmjadiKetal:FamilialoccurrenceofpseudoexfoliationinCanada.CanJOphthalmol34:257-265,19998)OrrAC,RobitailleJM,PricePAetal:Exfoliationsyn-drome:clinicalandgeneticfeatures.OphthalmicGenet22:171-185,20019)HardiJG,MerciecaF,FenechTetal:Familialpseudoex-foliationinGozo.Eye19:1280-1285,200510)ThorleifssonG,MagnussonKP,SulemPetal:CommonsequencevariantsintheLOXL1geneconfersusceptibilitytoexfoliationglaucoma.Science317:1397-1400,200711)大蔵文子:落屑症候群の散瞳試験.落屑症候群─その緑内障と白内障─.p67-70,メディカル葵出版,199412)布田龍佑:落屑症候群2.落屑症候群の臨床.眼科49:399-407,200713)SampaolesiR,ZarateJ,CroxatoO:Thechamberangleinexfoliationsyndrome.Clinicalandpathologicalndings.ActaOphthalmol66(Suppl184):48-53,198814)FutaR,ShimizuT,FuruyoshiNetal:Clinicalfeaturesofcapsularglaucomaincomparisonwithprimaryopen-angleglaucomainJapan.ActaOphthalmol70:214-219,199215)瓶井資弘,桒山泰明,福田全克:水晶体のtrueexfolia-tionの1例.眼科46:402-403,199216)FutaR,InadaK,NakashimaHetal:Familialamyloidoticpolyneuropathy:ocularmanifestationswithclinicopatho-logicalobservation.JpnJOphthalmol28:289-298,198417)川路隆博:落屑緑内障5.鑑別を要する疾患:アミロイド緑内障.眼科49:423-426,200718)PuskaPM:Unilateralexfoliationsyndrome:convesiontobilateralexfoliationandtoglaucoma:aprospective10-yearfollow-upstudy.Glaucoma11:517-524,200219)西山正一,布田龍佑,古吉直彦ほか:片眼性水晶体性緑内障における他眼の検討.臨眼44:835-838,199020)HammerT,Schlotzer-SchrehardtU,NaumannGOT:Uni-lateralorasymmetricpseudoexfoliationsyndromeAnultrastructuralstudy.ArchOphthalmol119:1023-1031,200121)布田龍佑:落屑症候群と緑内障,全体像と臨床所見.落屑症候群─その緑内障と白内障─.p79-89,メディカル葵出版,199422)岩田和雄:低眼圧緑内障および原発開放隅角緑内障の病態と視神経障害機構.日眼会誌96:1501-1531,199223)安達京,白土城照,蕪城俊克ほか:アルゴンレーザートラベクロプラスティー10年の成績.日眼会誌98:374-378,199424)布田龍佑:水晶体性緑内障の治療と問題点.日本の眼科66:1179-1183,199525)布田龍佑,古吉直彦,犬童和佳子ほか:水晶体性緑内障の治療成績と視機能予後─原発開放隅角緑内障との比較─.眼臨89:695-699,199526)布田龍佑:緑内障の治療IV病型別緑内障に対する治療指針5.続発緑内障G落屑緑内障.眼科44:1663-1669,200227)FutaR,FuruyoshiN:Phakodonesisincapsularglauco-ma:Aclinicalandelectronmicroscopicstudy.JpnJOph-thalmol33:311-317,198928)宮田博:落屑症候群4.落屑症候群の手術.眼科49:415-421,200729)MitchellP,WangJJ,SmithW:Associationofpseudoexfo-liationsyndromewithincreasedvascularrisk.AmJOph-thalmol124:685-687,199730)SaatciOA,FerlielST,FerlielMetal:Pseudoexfoliationandglaucomaineyeswithretinalveinocclusion.IntOph-thalmol23:75-78,199931)TuracliME,OzdemirFA,TekeliOetal:Sensorineuralhearinglossinpseudoexfoliation.CanJOphthalmol42:56-59,2007☆☆☆