———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSは周辺の遠用部の幅が大きくなっている(図1).HOYA社の屈折型レンズは,中央が遠用の3ゾーンである.この構造からわかるように,それぞれの屈折ゾーンが露出する面積が視力に直接関連するので,各距離の視力は瞳孔径に強く依存する1).一方,回折型多焦点レンズの原理はやや複雑である.はじめに多焦点眼内レンズには,大きく分けて屈折型と回折型がある.それぞれのレンズの多焦点効果を生む原理が異なるため,特徴もかなり異なる.以前3M社が回折型多焦点レンズを市販したが,成績が悪く一般化しなかった.そのため,長らくわが国で市販されている多焦点レンズは,屈折型のAMO社のArrayRのみであった.最近,回折型レンズのAlcon社のReSTORRが厚生労働省の承認を受け,さらにAMO社のTECNISTMも承認を待っている.これら回折型レンズの治験成績は良好であるが,欠点もある.本稿では,屈折型レンズと回折型レンズの特徴と使い分けについて紹介したい.I屈折型レンズと回折型レンズの原理屈折型多焦点レンズの原理は比較的単純で,遠見・近見・中間距離のためのそれぞれの屈折ゾーンで構成されている.遠近用眼鏡のような多焦点眼鏡を想像すればよい.眼内レンズの前面に,遠見に焦点を結ぶ屈折力のゾーン(遠用部)と近見に焦点を結ぶ屈折力ゾーン(近用部)が同心円状に交互に配置されており,その移行ゾーンが中間距離に焦点を結ぶゾーンとなっている.通常中央が遠用部で,周囲に同心円状に交互に近用,遠用部が並ぶ構造であるが,レンズの種類によりゾーン数やその幅に差がある.たとえば,AMO社のArrayRやその修正型のReZoomRは,中央の遠用部から近用,遠用,近用,遠用と並ぶ5ゾーンの構造であるが,ReZoomRで(41)1087eaya8120011413特集●多焦点眼内レンズあたらしい眼科25(8):10871091,2008屈折型と回折型レンズの特徴と使い分けCharacteristicsofRefractiveandDifractiveTypeMultifocalIntraocularLensesandPatientChoiceforEachTypeofLens林研*加入度数+3.5DHOYA社SFX-MV1加入度数+2.25D図1屈折型多焦点レンズのレンズ表面構造屈折型レンズは,異なる屈折力をもつゾーンが同心円状になっている.———————————————————————-Page21088あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(42)っているため,夜間のグレアやハロー症状の程度が強いといわれている.自験例では,特にハロー症状が強い.しかし,夜間の運転など,暗いところでの活動をする患者は最初から除外すればよいので,さほど大きな臨床的問題ではないと思われる.さらに,レンズが偏心すると遠見部の露出が減るので,遠見視力が低下しやすい.ArrayRの結果では,0.7mm以上偏心すると有効な遠見視力が得られず,0.9mm以上になるとかなり遠見視力が低下する1).ただし,HOYA社の屈折型レンズでは,偏心・傾斜量と遠見近見視力に相関はなかったので,その構造にも影響されるようである.全体として,近見視力は回折型に比べて悪いが,遠見コントラスト感度の低下は軽いので,ローリスクローリターンのレンズといえる.III回折型レンズの利点と欠点回折型レンズの利点で最も大きいのは,入射光のうち近見への配分が大きいため,近見視力が良好である点である.治験結果では,裸眼の平均近見視力は0.74,矯正すると0.83に達し,屈折型のArrayRに比べても有意に良い(図2).99%の患者は裸眼で近見視力0.5以上を得られ,ほとんどの患者は裸眼で新聞が読める4).さらに,球面ズレや乱視など屈折誤差が生じても,近見視力の低下は少ないとされる.近見作業をする人には申し分ない成績である.回折型では瞳孔径の影響が少ない.まず,瞳孔領を通ってくる入射光をレンズ表面に作った多数の溝で回折させる.光が回折する角度は,溝の幅に依存する.特定の間隔で溝を作ると,それぞれの溝で回折した光が互いに干渉しあって,一定の方向に集合して進むようになる.通常の回折型レンズでは,回折した光が遠点と近点に焦点を結ぶようになっている.また,回折溝の大きさにより,遠点へ向かう光と近点に向かう光の配分を変えることができる.ReSTORRでは,周辺部ほど回折溝の大きさが小さくなっており,そのため周辺部では遠点への光の配分が大きい.このような構造はapodizationとよばれている2).つまり,瞳孔径が大きいほど遠点に向かう光の配分が大きくなり,薄暮視や夜間視などの暗い条件下では遠見への光の配分が大きくなる.このような原理から回折型構造は,瞳孔径の影響を受けにくいのが特徴である.II屈折型レンズの利点と欠点屈折型レンズといっても,屈折ゾーンの構造や加入度数がそれぞれのレンズで異なるので細かい部分は異なるが,およその特徴を述べる.屈折型の原理は,レンズ前面に遠見,近見,中間距離用のゾーンがあることなので,各ゾーンが十分に露出しなければその距離は見えない.つまり,瞳孔径に強く影響されることになる.通常遠見部が中央に位置するので,近見部が十分に露出する瞳孔径がなければ,近見視力が出ないので,単焦点レンズと同じことになる.利点としては,回折型レンズに比べて光の損失が少なく,特に遠見への配分が多いので,遠見視力が良いだけでなく,遠見コントラスト感度の低下が軽い.遠見が鮮明に見えることは,多焦点レンズにおいても重要なことである.欠点としては,通常近見部への光の配分が少ないので,近見視力が回折型レンズに比べて落ちる.特に上記したように,瞳孔径に強く影響され,小さな瞳孔径であれば多焦点効果は得られない.たとえば,ArrayRに関するKawamoritaら3)の光学的シミュレーションでは有用な近見視力を得るには3.6mm以上の瞳孔径が必要で,筆者らの臨床例の検討でも4.5mm以下の例では近見視力が十分でなかった1).同心円状の屈折ゾーン構造にな図2屈折型レンズArrayRと回折型レンズReSTORRの全距離視力の比較回折型レンズの近見視力は,屈折型レンズに比べて有意に良い.1.21.11.00.90.80.70.60.50.40.30.20.100.30.50.71.02.03.05.00.1距離(m)小数視力p0.0001*p0.2309p0.3770p0.4612p0.1719p0.0106*p0.0061**有意差あり有意差なし:ReSTOR:Array———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081089(43)イフォーカルレンズであり,中間距離視力は遠見・近見に比べて悪いのは当然である.そこで,患者に術前にそのように説明をしておく必要がある.多焦点レンズを希望する患者の期待度は高いため,多焦点レンズを遠くから近くまで見える若年水晶体のようなものと勘違いしていることがあり注意が必要である(図4).IV必要な加入度数は?現在市販されている多焦点レンズは,近見は読書距離であるおよそ30cmに合うように加入度数が決められている.実際の結果でも,最高の近見視力が得られる距離は30cm程度である.しかし,現在白内障手術を受ける5070歳代の患者の生活において最も必要とされる近見距離は必ずしも30cmではないと思われる.最近では,コンピュータ作業などをすることも増えており,5070cm程度の中間距離を見る機会が増えている.しかも,単焦点レンズで検討した結果ではあるが,2.0ジオプトリー(D)のレンズを負荷して50cm程度の距離に合わせた場合,30cmの距離もそれなりに見える患者が多い(図5)5).さらに,日本人の生活習慣では,新聞などを長時間読む場合に眼鏡をかけることに慣れている.加入度数が強すぎると,遠見コントラスト感度の低下などの欠点が強まる可能性がある.これらの点から,精密な近業を職業とするものでなければ,むしろ加入度数を少なくして,50cmぐらいに焦点が合うようにするほうがよい患者が多いと思われる.実際に,HOYA社の屈折型レンズは加入度数は2.25Dであるし,ReSTORRも加入度数の低いレンズを治験中厳密には回折ゾーン径が3.6mmなので,近見の瞳孔径が3.5mm以下の場合,瞳孔径が小さいほど近見視力は低下する.しかし,回帰直線のスロープが緩やかで低下の程度は軽く,屈折型のような著しい低下ではない.さらに,検討の結果では,レンズの偏心・傾斜量は,遠見・近見視力ともに相関しなかった.つまり,レンズの術後偏心や傾斜の影響が少ない.夜間のグレアやハロー症状の発生も,屈折型に比べて軽度である.一方,欠点としては,コントラスト感度の低下が最も大きい.特に,遠見コントラスト感度の低下が有意である.以前の屈折型レンズのArrayRでもコントラスト感度は単焦点レンズに比べて有意に低下した(図3)が,回折型レンズでも同様の低下を示す.つまり,近見視力はきわめて良いが,遠方の見え方の鮮明度が,単焦点レンズに比べて若干悪い.特に暗所でのコントラスト感度が問題なので,ReSTORRなどは,apodizationや回折ゾーンを3.6mmと小さくすることで,瞳孔径が大きい場合には遠見への光の配分を大きくなるようにしている.回折型は中間距離視力が不良であるといわれており,欧米ではコンピュータなどの中間距離作業がやりにくいと指摘されている.しかし,自験例では,中間距離視力は単焦点レンズと差はなかった.本来多焦点レンズ,特に回折型は,遠方と近方に焦点が合う二峰性のバ図3屈折型多焦点レンズArrayRと単焦点レンズのコントラスト感度の比較多焦点レンズのコントラスト感度は,単焦点レンズに比べて不良である.3001003010311.5361218間周数(cyclesdegree)コントラスト感度*p0.0044*p0.0492*p0.0008*p0.0044*p0.0492有意差あり*:多焦点レンズ:単焦点レンズ図4若年有水晶体眼の全距離視力20歳代の有水晶体眼では,遠方から近方まで良好な視力であり,多焦点レンズのような二峰性とは異なる.1.21.00.70.50.30.31距離(m)5100.1小数視力———————————————————————-Page41090あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(44)効果は強いが,欠点もあるので,ハイリスクハイリターンのレンズと考えられる.これらをどのように使い分けるかは,それぞれの患者の生活習慣,職業,性格によると思われる.生活習慣として,遠方を見ることが多い患者には屈折型レンズが良いし,近業が多いものには回折型レンズのほうが良いと思われる.さらに,職業的に現役であるかないか,行う作業が精密なものであるか否かも関連する.職業をもたない者,たとえば専業主婦の患者などでは,通常精密作業はしないので,回折型レンズの満足度が高い.回折型レンズでは眼鏡なしで生活できる確率が高いので便利である.しかし,精密作業を行う職業従事者,たとえば医師などを想定すると,検査や手術などにおいて鮮明な見え方が必要となるので,屈折型レンズのほうがよいと思われる.屈折型レンズを入れて近見もある程度見えるぐらいに考えて,必要なときには眼鏡をかければよい.一方,デスクワークのような特別に精密な視力が必要ない職業であれば,回折型レンズのほうが近見が良いので,適していると思われる.要するに,その職業で必要とされる像の鮮明度がポイントである.性格的な面からいうと,眼鏡をかけたくないかどうか,神経質かどうかでわける.眼鏡をかけたくないという希望が強くてあまり神経質でなければ,回折型レンズのほうが眼鏡依存度が少ないので適している.一方,神経質な患者には,術前に必要に応じて近用眼鏡が必要となることを了承してもらって,屈折型レンズを入れたほうが安全と考えられる.特別神経質な患者に回折型レンズを入れると,遠見の見え方が悪いと不満をもたれることがある.VII多焦点レンズの非球面化と着色の是非最近の多焦点レンズは,着色や非球面化などの付加価値が追加されている.しかし,多焦点レンズは,一般にコントラスト感度を低下させるので,コントラスト感度を低下させるようなものを付加するのは推奨できない.たとえば,着色レンズは,青色光を広くブロックするので,夜間のコントラストを低下させる可能性が知られている.自験例では,単焦点レンズでは着色してもコントラスト感度は低下しない6).しかし,多焦点レンズのよである.中間距離視力の改善のために,片眼は加入度数の高いレンズ,僚眼は低いレンズとすることを考慮していくとよい.V屈折型レンズと回折型レンズ併用の是非欧米では,屈折型レンズと回折型レンズを片眼ずつに入れることも行われており,mixedandmatch法とよばれている.屈折型レンズの遠見視力の良さと回折型レンズの近見視力の良さを利用しようという試みと思われる.実際に,それぞれの利点が合わさって,遠見・近見ともに良好な視力が得られているようである.しかし,屈折型と回折型というまったく原理の違う眼内レンズを両眼に入れた場合に,見え方に違和感を覚えないかどうかは疑問である.少なくとも,若くて感受性の高い人にはmixedandmatch法は勧められない.むしろ上記のように,左右眼に加入度数の異なった同デザインのレンズを挿入するほうが自然である.あるいは,回折型レンズと単焦点レンズを両眼に入れる選択肢のほうがまだましのように思われる.VI屈折型レンズと回折型レンズの使い分けごく単純化していえば,屈折型レンズは遠見に強く,回折型レンズは近見に強い.屈折型レンズは,多焦点効果は弱いものの,欠点も軽度なので,ローリスクローリターンのレンズといえる.一方,回折型レンズの多焦点図5単焦点レンズ挿入眼に+2Dのレンズを負荷した場合の全距離視力+2Dの球面レンズを負荷して,2Dの近視をシミュレーションした場合,近見から中間距離まで有効な視力が得られる.0.100.20.30.40.50.60.70.80.91.01.11.20.30.50.71.02.03.05.0距離(m)小数視力:50歳代:60歳代:70歳代———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081091(45)ことが必要になる.そのためには,まず各レンズの特徴を一定の基準で評価できていることが必要になる.今のところ,多焦点効果を検討するための一定の基準がないので,比較がむずかしい.比較のための基準が統一されることが好ましい.文献1)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:Correlationbetweenpupillarysizeandintraocularlensdecentrationandvisualacuityofazona-progressivemultifocallensandamonofocallens.Ophthalmology108:2011-2017,20012)DavisonJA,SimpsonMJ:Historyanddevelopmentoftheapodizeddiractiveintraocularlens.JCataractRefractSurg32:849-858,20063)KawamoritaT,UozatoH:Modulationtransferfunctionandpupilsizeinmultifocalandmonofocalintraocularlensesinvitro.JCataractRefractSurg31:2379-2385,20054)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20075)HayashiK,HayashiH:Optimumtargetrefractionforhighlyandmoderatelymyopicpatientsaftermonofocalintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg33:240-246,20076)HayashiK,HayashiH:Visualfunctioninpatientswithyellowtintedintraocularlensescomparedwithvisioninpatientswithnon-tintedintraocularlenses.BrJOphthal-mol90:1019-1023,2006うに,本来コントラスト感度が低下するレンズでは,着色により,夜間のコントラスト感度が低下しやすくなる.実際に,着色多焦点レンズのコントラスト感度は,透明レンズに比べて昼間視では差がないが,薄暮視条件下では低下ぎみである.夜間コントラスト感度の軽い低下は,臨床的に大きな問題ではないかもしれない.しかし,現在のところ着色レンズが加齢黄斑変性の発症を予防する根拠が証明されていないので,軽度であっても視機能を低下させる可能性のある付加価値を追加することは疑問である.一方で,レンズの非球面化は夜間瞳孔径の大きい状態でのコントラスト感度を改善するので,これは付加する意味があると思われる.単焦点レンズは,本来球面であっても光学的質の高いレンズなので,非球面化による利点はわずかである.しかし,通常多焦点レンズはレンズ表面の形状が複雑でコントラスト感度を低下させるので,非球面処理による利点は大きい.ただし,非球面レンズは偏心した場合に,逆に視機能を悪化させることが知られている.多焦点レンズ自体が大きく偏心すると遠見視力が悪化するので,さらにレンズを偏心させないような注意が必要である.おわりにこのように,屈折型レンズと回折型レンズの特徴は異なるので,今後さまざまな多焦点レンズが市販されれば,それぞれの患者に応じてレンズを使い分けしていく