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屈折型と回折型レンズの特徴と使い分け

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSは周辺の遠用部の幅が大きくなっている(図1).HOYA社の屈折型レンズは,中央が遠用の3ゾーンである.この構造からわかるように,それぞれの屈折ゾーンが露出する面積が視力に直接関連するので,各距離の視力は瞳孔径に強く依存する1).一方,回折型多焦点レンズの原理はやや複雑である.はじめに多焦点眼内レンズには,大きく分けて屈折型と回折型がある.それぞれのレンズの多焦点効果を生む原理が異なるため,特徴もかなり異なる.以前3M社が回折型多焦点レンズを市販したが,成績が悪く一般化しなかった.そのため,長らくわが国で市販されている多焦点レンズは,屈折型のAMO社のArrayRのみであった.最近,回折型レンズのAlcon社のReSTORRが厚生労働省の承認を受け,さらにAMO社のTECNISTMも承認を待っている.これら回折型レンズの治験成績は良好であるが,欠点もある.本稿では,屈折型レンズと回折型レンズの特徴と使い分けについて紹介したい.I屈折型レンズと回折型レンズの原理屈折型多焦点レンズの原理は比較的単純で,遠見・近見・中間距離のためのそれぞれの屈折ゾーンで構成されている.遠近用眼鏡のような多焦点眼鏡を想像すればよい.眼内レンズの前面に,遠見に焦点を結ぶ屈折力のゾーン(遠用部)と近見に焦点を結ぶ屈折力ゾーン(近用部)が同心円状に交互に配置されており,その移行ゾーンが中間距離に焦点を結ぶゾーンとなっている.通常中央が遠用部で,周囲に同心円状に交互に近用,遠用部が並ぶ構造であるが,レンズの種類によりゾーン数やその幅に差がある.たとえば,AMO社のArrayRやその修正型のReZoomRは,中央の遠用部から近用,遠用,近用,遠用と並ぶ5ゾーンの構造であるが,ReZoomRで(41)1087eaya8120011413特集●多焦点眼内レンズあたらしい眼科25(8):10871091,2008屈折型と回折型レンズの特徴と使い分けCharacteristicsofRefractiveandDifractiveTypeMultifocalIntraocularLensesandPatientChoiceforEachTypeofLens林研*加入度数+3.5DHOYA社SFX-MV1加入度数+2.25D図1屈折型多焦点レンズのレンズ表面構造屈折型レンズは,異なる屈折力をもつゾーンが同心円状になっている.———————————————————————-Page21088あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(42)っているため,夜間のグレアやハロー症状の程度が強いといわれている.自験例では,特にハロー症状が強い.しかし,夜間の運転など,暗いところでの活動をする患者は最初から除外すればよいので,さほど大きな臨床的問題ではないと思われる.さらに,レンズが偏心すると遠見部の露出が減るので,遠見視力が低下しやすい.ArrayRの結果では,0.7mm以上偏心すると有効な遠見視力が得られず,0.9mm以上になるとかなり遠見視力が低下する1).ただし,HOYA社の屈折型レンズでは,偏心・傾斜量と遠見近見視力に相関はなかったので,その構造にも影響されるようである.全体として,近見視力は回折型に比べて悪いが,遠見コントラスト感度の低下は軽いので,ローリスクローリターンのレンズといえる.III回折型レンズの利点と欠点回折型レンズの利点で最も大きいのは,入射光のうち近見への配分が大きいため,近見視力が良好である点である.治験結果では,裸眼の平均近見視力は0.74,矯正すると0.83に達し,屈折型のArrayRに比べても有意に良い(図2).99%の患者は裸眼で近見視力0.5以上を得られ,ほとんどの患者は裸眼で新聞が読める4).さらに,球面ズレや乱視など屈折誤差が生じても,近見視力の低下は少ないとされる.近見作業をする人には申し分ない成績である.回折型では瞳孔径の影響が少ない.まず,瞳孔領を通ってくる入射光をレンズ表面に作った多数の溝で回折させる.光が回折する角度は,溝の幅に依存する.特定の間隔で溝を作ると,それぞれの溝で回折した光が互いに干渉しあって,一定の方向に集合して進むようになる.通常の回折型レンズでは,回折した光が遠点と近点に焦点を結ぶようになっている.また,回折溝の大きさにより,遠点へ向かう光と近点に向かう光の配分を変えることができる.ReSTORRでは,周辺部ほど回折溝の大きさが小さくなっており,そのため周辺部では遠点への光の配分が大きい.このような構造はapodizationとよばれている2).つまり,瞳孔径が大きいほど遠点に向かう光の配分が大きくなり,薄暮視や夜間視などの暗い条件下では遠見への光の配分が大きくなる.このような原理から回折型構造は,瞳孔径の影響を受けにくいのが特徴である.II屈折型レンズの利点と欠点屈折型レンズといっても,屈折ゾーンの構造や加入度数がそれぞれのレンズで異なるので細かい部分は異なるが,およその特徴を述べる.屈折型の原理は,レンズ前面に遠見,近見,中間距離用のゾーンがあることなので,各ゾーンが十分に露出しなければその距離は見えない.つまり,瞳孔径に強く影響されることになる.通常遠見部が中央に位置するので,近見部が十分に露出する瞳孔径がなければ,近見視力が出ないので,単焦点レンズと同じことになる.利点としては,回折型レンズに比べて光の損失が少なく,特に遠見への配分が多いので,遠見視力が良いだけでなく,遠見コントラスト感度の低下が軽い.遠見が鮮明に見えることは,多焦点レンズにおいても重要なことである.欠点としては,通常近見部への光の配分が少ないので,近見視力が回折型レンズに比べて落ちる.特に上記したように,瞳孔径に強く影響され,小さな瞳孔径であれば多焦点効果は得られない.たとえば,ArrayRに関するKawamoritaら3)の光学的シミュレーションでは有用な近見視力を得るには3.6mm以上の瞳孔径が必要で,筆者らの臨床例の検討でも4.5mm以下の例では近見視力が十分でなかった1).同心円状の屈折ゾーン構造にな図2屈折型レンズArrayRと回折型レンズReSTORRの全距離視力の比較回折型レンズの近見視力は,屈折型レンズに比べて有意に良い.1.21.11.00.90.80.70.60.50.40.30.20.100.30.50.71.02.03.05.00.1距離(m)小数視力p0.0001*p0.2309p0.3770p0.4612p0.1719p0.0106*p0.0061**有意差あり有意差なし:ReSTOR:Array———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081089(43)イフォーカルレンズであり,中間距離視力は遠見・近見に比べて悪いのは当然である.そこで,患者に術前にそのように説明をしておく必要がある.多焦点レンズを希望する患者の期待度は高いため,多焦点レンズを遠くから近くまで見える若年水晶体のようなものと勘違いしていることがあり注意が必要である(図4).IV必要な加入度数は?現在市販されている多焦点レンズは,近見は読書距離であるおよそ30cmに合うように加入度数が決められている.実際の結果でも,最高の近見視力が得られる距離は30cm程度である.しかし,現在白内障手術を受ける5070歳代の患者の生活において最も必要とされる近見距離は必ずしも30cmではないと思われる.最近では,コンピュータ作業などをすることも増えており,5070cm程度の中間距離を見る機会が増えている.しかも,単焦点レンズで検討した結果ではあるが,2.0ジオプトリー(D)のレンズを負荷して50cm程度の距離に合わせた場合,30cmの距離もそれなりに見える患者が多い(図5)5).さらに,日本人の生活習慣では,新聞などを長時間読む場合に眼鏡をかけることに慣れている.加入度数が強すぎると,遠見コントラスト感度の低下などの欠点が強まる可能性がある.これらの点から,精密な近業を職業とするものでなければ,むしろ加入度数を少なくして,50cmぐらいに焦点が合うようにするほうがよい患者が多いと思われる.実際に,HOYA社の屈折型レンズは加入度数は2.25Dであるし,ReSTORRも加入度数の低いレンズを治験中厳密には回折ゾーン径が3.6mmなので,近見の瞳孔径が3.5mm以下の場合,瞳孔径が小さいほど近見視力は低下する.しかし,回帰直線のスロープが緩やかで低下の程度は軽く,屈折型のような著しい低下ではない.さらに,検討の結果では,レンズの偏心・傾斜量は,遠見・近見視力ともに相関しなかった.つまり,レンズの術後偏心や傾斜の影響が少ない.夜間のグレアやハロー症状の発生も,屈折型に比べて軽度である.一方,欠点としては,コントラスト感度の低下が最も大きい.特に,遠見コントラスト感度の低下が有意である.以前の屈折型レンズのArrayRでもコントラスト感度は単焦点レンズに比べて有意に低下した(図3)が,回折型レンズでも同様の低下を示す.つまり,近見視力はきわめて良いが,遠方の見え方の鮮明度が,単焦点レンズに比べて若干悪い.特に暗所でのコントラスト感度が問題なので,ReSTORRなどは,apodizationや回折ゾーンを3.6mmと小さくすることで,瞳孔径が大きい場合には遠見への光の配分を大きくなるようにしている.回折型は中間距離視力が不良であるといわれており,欧米ではコンピュータなどの中間距離作業がやりにくいと指摘されている.しかし,自験例では,中間距離視力は単焦点レンズと差はなかった.本来多焦点レンズ,特に回折型は,遠方と近方に焦点が合う二峰性のバ図3屈折型多焦点レンズArrayRと単焦点レンズのコントラスト感度の比較多焦点レンズのコントラスト感度は,単焦点レンズに比べて不良である.3001003010311.5361218間周数(cyclesdegree)コントラスト感度*p0.0044*p0.0492*p0.0008*p0.0044*p0.0492有意差あり*:多焦点レンズ:単焦点レンズ図4若年有水晶体眼の全距離視力20歳代の有水晶体眼では,遠方から近方まで良好な視力であり,多焦点レンズのような二峰性とは異なる.1.21.00.70.50.30.31距離(m)5100.1小数視力———————————————————————-Page41090あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(44)効果は強いが,欠点もあるので,ハイリスクハイリターンのレンズと考えられる.これらをどのように使い分けるかは,それぞれの患者の生活習慣,職業,性格によると思われる.生活習慣として,遠方を見ることが多い患者には屈折型レンズが良いし,近業が多いものには回折型レンズのほうが良いと思われる.さらに,職業的に現役であるかないか,行う作業が精密なものであるか否かも関連する.職業をもたない者,たとえば専業主婦の患者などでは,通常精密作業はしないので,回折型レンズの満足度が高い.回折型レンズでは眼鏡なしで生活できる確率が高いので便利である.しかし,精密作業を行う職業従事者,たとえば医師などを想定すると,検査や手術などにおいて鮮明な見え方が必要となるので,屈折型レンズのほうがよいと思われる.屈折型レンズを入れて近見もある程度見えるぐらいに考えて,必要なときには眼鏡をかければよい.一方,デスクワークのような特別に精密な視力が必要ない職業であれば,回折型レンズのほうが近見が良いので,適していると思われる.要するに,その職業で必要とされる像の鮮明度がポイントである.性格的な面からいうと,眼鏡をかけたくないかどうか,神経質かどうかでわける.眼鏡をかけたくないという希望が強くてあまり神経質でなければ,回折型レンズのほうが眼鏡依存度が少ないので適している.一方,神経質な患者には,術前に必要に応じて近用眼鏡が必要となることを了承してもらって,屈折型レンズを入れたほうが安全と考えられる.特別神経質な患者に回折型レンズを入れると,遠見の見え方が悪いと不満をもたれることがある.VII多焦点レンズの非球面化と着色の是非最近の多焦点レンズは,着色や非球面化などの付加価値が追加されている.しかし,多焦点レンズは,一般にコントラスト感度を低下させるので,コントラスト感度を低下させるようなものを付加するのは推奨できない.たとえば,着色レンズは,青色光を広くブロックするので,夜間のコントラストを低下させる可能性が知られている.自験例では,単焦点レンズでは着色してもコントラスト感度は低下しない6).しかし,多焦点レンズのよである.中間距離視力の改善のために,片眼は加入度数の高いレンズ,僚眼は低いレンズとすることを考慮していくとよい.V屈折型レンズと回折型レンズ併用の是非欧米では,屈折型レンズと回折型レンズを片眼ずつに入れることも行われており,mixedandmatch法とよばれている.屈折型レンズの遠見視力の良さと回折型レンズの近見視力の良さを利用しようという試みと思われる.実際に,それぞれの利点が合わさって,遠見・近見ともに良好な視力が得られているようである.しかし,屈折型と回折型というまったく原理の違う眼内レンズを両眼に入れた場合に,見え方に違和感を覚えないかどうかは疑問である.少なくとも,若くて感受性の高い人にはmixedandmatch法は勧められない.むしろ上記のように,左右眼に加入度数の異なった同デザインのレンズを挿入するほうが自然である.あるいは,回折型レンズと単焦点レンズを両眼に入れる選択肢のほうがまだましのように思われる.VI屈折型レンズと回折型レンズの使い分けごく単純化していえば,屈折型レンズは遠見に強く,回折型レンズは近見に強い.屈折型レンズは,多焦点効果は弱いものの,欠点も軽度なので,ローリスクローリターンのレンズといえる.一方,回折型レンズの多焦点図5単焦点レンズ挿入眼に+2Dのレンズを負荷した場合の全距離視力+2Dの球面レンズを負荷して,2Dの近視をシミュレーションした場合,近見から中間距離まで有効な視力が得られる.0.100.20.30.40.50.60.70.80.91.01.11.20.30.50.71.02.03.05.0距離(m)小数視力:50歳代:60歳代:70歳代———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081091(45)ことが必要になる.そのためには,まず各レンズの特徴を一定の基準で評価できていることが必要になる.今のところ,多焦点効果を検討するための一定の基準がないので,比較がむずかしい.比較のための基準が統一されることが好ましい.文献1)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:Correlationbetweenpupillarysizeandintraocularlensdecentrationandvisualacuityofazona-progressivemultifocallensandamonofocallens.Ophthalmology108:2011-2017,20012)DavisonJA,SimpsonMJ:Historyanddevelopmentoftheapodizeddiractiveintraocularlens.JCataractRefractSurg32:849-858,20063)KawamoritaT,UozatoH:Modulationtransferfunctionandpupilsizeinmultifocalandmonofocalintraocularlensesinvitro.JCataractRefractSurg31:2379-2385,20054)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20075)HayashiK,HayashiH:Optimumtargetrefractionforhighlyandmoderatelymyopicpatientsaftermonofocalintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg33:240-246,20076)HayashiK,HayashiH:Visualfunctioninpatientswithyellowtintedintraocularlensescomparedwithvisioninpatientswithnon-tintedintraocularlenses.BrJOphthal-mol90:1019-1023,2006うに,本来コントラスト感度が低下するレンズでは,着色により,夜間のコントラスト感度が低下しやすくなる.実際に,着色多焦点レンズのコントラスト感度は,透明レンズに比べて昼間視では差がないが,薄暮視条件下では低下ぎみである.夜間コントラスト感度の軽い低下は,臨床的に大きな問題ではないかもしれない.しかし,現在のところ着色レンズが加齢黄斑変性の発症を予防する根拠が証明されていないので,軽度であっても視機能を低下させる可能性のある付加価値を追加することは疑問である.一方で,レンズの非球面化は夜間瞳孔径の大きい状態でのコントラスト感度を改善するので,これは付加する意味があると思われる.単焦点レンズは,本来球面であっても光学的質の高いレンズなので,非球面化による利点はわずかである.しかし,通常多焦点レンズはレンズ表面の形状が複雑でコントラスト感度を低下させるので,非球面処理による利点は大きい.ただし,非球面レンズは偏心した場合に,逆に視機能を悪化させることが知られている.多焦点レンズ自体が大きく偏心すると遠見視力が悪化するので,さらにレンズを偏心させないような注意が必要である.おわりにこのように,屈折型レンズと回折型レンズの特徴は異なるので,今後さまざまな多焦点レンズが市販されれば,それぞれの患者に応じてレンズを使い分けしていく

屈折型多焦点眼内レンズ(HOYA SFX-MV1)

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLS火であった多焦点IOLも最近になって再び注目されてきている.近世代の多焦点IOLは,小切開に対応するフォルダブルとなり,光学部はシャープエッジで後発白内障にも有利なものとなっている.また,回折構造の改良,遠近ゾーンの割合や配置の見直しなどにより,グレア,ハロー症状の軽減が図られている2,3).近用の加入度数に関しても多種類あり,近方から中間のどの距離を重視して見たいかによって選択できるようになってきている.最近,HOYA社から近方の加入度数を+2.25Dと低く設定したアクリル製で屈折型の多焦点IOL(開発名称SFX-MV1)が開発された.パソコンを使う,楽譜を見る,食事をするなど,日常生活において実用的な近方距離である40~50cmをターゲットとしており,他社とは異なるコンセプトのIOLである.SFX-MV1の光学特性,臨床成績を紹介してみたい.IHOYASFX-MV1の概略SFX-MV1はレンズ中央部から「遠用─近用─遠用」の3ゾーンタイプの屈折型で,コンピュータシミュレーションと模型眼による検証をくり返して,最適な光学ゾーンの割合が設計されている(図1).材質と全体形状は既承認品の光学部が無色のAF-1(UV)と黄色に着色したAF-1(UY)と同一のアクリルフォルダブルIOLである.近方ゾーンの加入度数は+2.25Dと他社の+3.5Dやはじめに白内障手術後の屈折矯正には単焦点の眼内レンズ(IOL)が広く用いられている.単焦点IOLでは,遠くに焦点を合わせた場合には近くで,近くに合わせた場合には遠くで眼鏡が必要となる.一方,多焦点IOLは遠くから近くまで眼鏡なしで見ることができるため,見え方の質的向上を目指すうえで理想的な屈折矯正法と考えられている.多焦点IOLには屈折型と回折型の2種類がある.屈折型は遠用と近用のゾーンが光学部に同心円状に配置されたIOLで,遠近に焦点が合うとともに,ゾーンの移行部における中間距離での見え方もある程度期待できる.また,入射光のほぼ100%が網膜に達するため光学エネルギーのロスが少なく,コントラストの低下が起こりにくいとされている.一方で,瞳孔の大きさにより見え方が左右されること,夜間に街灯や車のテールランプなどに光の輪(ハロー)が見える,などが課題である.回折型は,光学部表面に回折格子が設けられている.遠近の2カ所にピントが合う2焦点IOLで,瞳孔径によって見え方が左右されないのが特徴である.回折部分で光学エネルギーに20%のロスが生じるため,ややコントラストが低下する.夜間に対向車のライトが強く光る(グレア)症状は屈折型より強く生じるといわれている.多焦点IOLは屈折型,回折型ともに十数年前に国内でも認可され1)使用されていた時期がある.グレア,ハロー症状やコントラストの低下から,しばらくの間,下(35)1081SY眼227-85011-30眼特集●多焦点眼内レンズあたらしい眼科25(8):1081~1086,2008屈折型多焦点眼内レンズ(HOYASFX-MV1)ClinicalResultswithRefractiveMultifocalIntraocularLensSFX-MV1(HOYA)谷口重雄*———————————————————————-Page21082あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(36)SFX-MV1)を挿入し,視標には距離別に作成した視力表を用いた.さらに屋外の昼間と夜間の風景を撮影し画像はパソコンに取り入れた(図3).1.視力表視力表は測定する距離に応じた比率で視標のサイズを小さくしたLandolt環を用いた.まず,模型眼を付けたCCDカメラの前方6mに置いた視力表に焦点を合わせて撮影した.つぎにカメラの焦点は変更しないまま,視力表までの距離を6mから25cmまで近づけ撮影し,画像をプリントアウトした.6m距離の視力表では単焦点IOL,SFX-MV1ともに1.0のLandolt環が識別できる(図4).解像力の差は見られないものの,Landolt環の濃淡を比較するとSFX-MV1でやや薄く,つまりコントラストがやや低下した像となっている.つぎにこのように模型眼が距離別に見た視力表を3名の実験者が判別し便宜上の視力(模型眼視力)を求めた(図5).単焦+4.0Dより低い値になっている.その理由として以下の点があげられる.①実用的な近方距離(40~50cm)をターゲットとしている,②遠近双方の光学的性能を崩す現象を低減できる,③そのため眼鏡矯正した場合にシャープな像が得られる,④従来の屈折型で問題となっているグレアやハローを低減できる,⑤IOLの傾斜や前後の位置ずれの影響を少なくできる,などである.なおSFX-MV1は,臨床試験中でIOLの挿入が終了し経過観察の段階にあり,数年後に市販が予定されている.II模型眼を用いた光学シミュレーション多焦点IOLの見え方は単焦点IOLと比べてどれほどの差があるのか,術後のグレア,ハローとはどういうものなのか,これらを他覚的に評価するためには,模型眼を用いた網膜像の光学シミュレーション4)を行い,比較することで理解しやすくなる.今回,CCDカメラに連結した高解像力の模型眼を用いて,SFX-MV1の見え方を単焦点と比較した.模型眼の角膜は38.4Dで瞳孔に相当するアパーチャーは3mm(夜間の撮影では4.5mm)のものを用いた(図2).模型眼の本体にIOLをはめ込んだアパーチャーを取り付け内部は水で満たした.CCDカメラに連結した模型眼に単焦点(HOYA,VA60BB)と多焦点(HOYA,ールトハイトサジッタ近用ゾーン径第一遠用ゾーン径光学部径遠近遠全長平面図側面図図1SFX-MV1の仕様図2模型眼アパーチャーにIOLをはめ込み内部は水で満たす.図3模型眼による光学シミュレーション視模型眼ン像模型———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081083(37)像力は十分に確保されていると思われる.画質を見るとSFX-MV1では単焦点IOLに比べてコントラストがやや低い画像となっている.これは後述するヒト眼と模型眼の違い,撮影時間の違いから生じる明るさの差などを考慮する必要があり,ヒトが視覚する像とは必ずしも一致しないが,ある程度の特徴をとらえた画像と思われる.つぎに夜間の風景を撮影した(図7).車のライトの周りの反射つまりグレアを比較すると単焦点とSFX-MV1点IOLで55cmより近い距離では0.2以下であるのに対して,SFX-MV1では40~45cmで0.9と良好な模型眼視力が得られている.50~55cmでも0.6が得られており,SFX-MV1は中間距離がよく見えるように設計された多焦点IOLといえる.2.屋外風景模型眼カメラで昼間の屋外を撮影した(図6).カメラの焦点は道路標識に合わせた.道路標識の文字を比較すると,両IOLともにほとんど差はなくSFX-MV1の解図4模型眼が見た6m視力表左は単焦点IOL,右はSFX-MV1.ともに1.0の視標まで識別できる.10.90.80.70.60.50.40.30.2模型眼視力:SFX-MV1:VA60BB距離(cm)02530354045505560708090100200500600図5模型眼が見た便宜上の視力図6模型眼が見た昼間風景左:単焦点IOL,右:SFX-MV1.SFX-MV1ではコントラストがやや低い.図7模型眼が見た夜間風景左:単焦点IOL,右:SFX-MV1.SFX-MV1では街灯にハローが見える.———————————————————————-Page41084あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(38)丘病院眼科にて両眼性白内障に対して十分なインフォームド・コンセントを得て,SFX-MV1を挿入した16例32眼を対象とした.術前の角膜乱視は1.5D以下,遠方視と50cm近方視の明所および暗所の条件下で瞳孔径は2.0mm以上とし,白内障以外の眼疾患を有する症例は除外した.年齢は69~80歳で,平均73歳であり,術後の経過観察期間は3~6カ月である.耳側角膜切開,連続円形切の後,超音波乳化吸引術を行いSFX-MV1を内に挿入した.2.術後の視力遠方の裸眼視力では0.4が1眼(3%),0.7以上1.0未満が12眼(38%),1.0以上は19眼(59%)であった.遠方矯正視力では32眼とも1.0以上の視力が得られた(図9).模型眼の光学シミュレーションからも単焦点IOLとほぼ同等の画像と模型眼視力が得られたことから,遠方の見え方に関してはSFX-MV1は単焦点とほぼ変わらない見え方が確保されていると思われる.近方の視力は全距離視力計(コーワ,AS-15)を用いて50cmと30cmの距離での裸眼視力を測定した.50ではほとんど差は見られない.車の種類やライトの方向などを考慮する必要はあるが,今回の実験で見る限りSFX-MV1では夜間の運転に大きな支障はきたさないものと考えられた.街灯を比べるとSFX-MV1にはハローがみえる.街灯部分を拡大し,SFX-MV1と現在は販売されていない以前の屈折型(ArrayR)とを比較した(図8).SFX-MV1ではArrayRに比べてハローの輪が小さくなっており,昔の屈折型より軽減しているのがわかる.以前にもArrayRのハロー所見を模型眼で検討したことがある5,6)が,今回の新しい模型眼においても同様の画像が得られている.3.視覚像と模型眼の相違単焦点IOLとSFX-MV1を模型眼に挿入して網膜像を比較したが,ヒトが視覚する像と模型眼の画像は必ずしも一致しないと考えられる.まず光学系ではヒト眼は物体を感知するのは眼底の黄斑部の視細胞であり,その分布密度は部位によって異なるが,模型眼では網膜に相当する撮像素子の分布は均一である.視細胞と撮像素子の解像力は異なり,さらに結像する面は網膜の球面に対して模型眼では平面である.ヒト眼では脳における中枢が関与し,画像の抑制や強調,順応などが行われているが,模型眼では光学系のみのシミュレーションであるため中枢の関与はない.それゆえ,視覚像は模型眼よりも鮮明である可能性があり,これを考慮して画像を判断する必要があることを付け加えておきたい.IIISFX-MV1の術後成績1.対象2006年11月から2007年10月までに昭和大学藤が05101520253035:遠方裸眼:遠方矯正眼数視力0.2以上~0.5未満0.5以上~0.7未満0.7以上~1.0未満1.0以上図9SFX-MV1の術後遠方視力図8模型眼が見た夜間の街灯左:従来の多焦点IOL(ArrayR),右:SFX-MV1.ArrayRでは大きなハローが見られる.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081085(39)近くもよく見える.新聞は40~45cmの距離ではっきりと読めて,買い物で値札を見るときも不自由を感じることはないが,長時間の読書では近用鏡が必要とのことである.手術する前は,夜の車の運転は対向車のライトがハレーション(グレア)を起こし怖くて控えていたが,術後は普通に運転できるとのことであった.そこで,模型眼による網膜像写真と普段の見え方を比較してもらったところ,グレアの程度は図7と同程度であり,ハロー症状は図8の左と同じように感じるが気にはならない,とのことであった.おわりにSFX-MV1は日常生活においてパソコン操作や食事など実用的な近方距離での見え方を充実させることをコンセプトに開発された多焦点IOLである.加入度数を低く抑えることで従来の屈折型に比べてハローが軽減されていることが光学シミュレーションにより確認できた.コントラストの低下は軽度で,遠見は単焦点とほぼ同等の見え方が得られていることが模型眼視力と術後視力の結果から予想される.一方,近くの見え方は瞳孔径や周りの明るさの影響を受けやすいことは否めない.回折型では遠近が同等の見え方を示すのに対してSFX-MV1は遠方優位のIOLといえる.すでにSFX-MV1と類似したコンセプトの遠近両用コンタクトレンズ(CL)が市販されているが,近方の加入度数に関しては低いほうが違和感も少なく評価は高いようである.今のところ50歳以上のCL使用者の5%と使用頻度は低いが,今後,CLの第一世代にあたる中高年層の増加に伴い広がりが予想されている.さらにこれらの遠近両用CL世代がやがて白内障手術に直面した際には,多焦点IOL,特に加入度数の少ないSFX-MV1のような屈折型が抵抗が少なく選択されるものと考えられる.文献1)谷口重雄,高良由紀子,丸森美樹ほか:AMOARRAY屈折型PMMA多焦点眼内レンズ(MPC-25NB)臨床試験成績.眼臨89:48-54,19952)SouzaCE,MuccioliC,SorianoESetal:Visualperfor-manceofAcrySofReSTORapodizeddiractiveIOL:Aprospectivecomparativetrial.AmJOphthalmol141:cm視力では,0.2以上~0.5未満は4眼(12%),0.5以上~0.7未満は7眼(22%),0.7以上~1.0未満は16眼(50%),1.0以上は5眼(16%)であった.30cm視力では,0.2以上~0.5未満は20眼(62%),0.5以上~0.7未満は12眼(38%)であった(図10).50cm視力では0.7以上1.0未満の群が半数と最も多く,光学シミュレーション実験で行った模型眼視力と矛盾しない結果が得られた.また,少し離せば新聞の字を眼鏡なしで読めると思われる読書距離50cmの裸眼視力0.5以上の群は88%であった.3.症例70歳,男性.術前:遠方視力右眼=0.1(0.2×+0.5D(cyl3.0DAx110°)左眼=03(05×+2.25D(cyl1.25DAx90°)術後:遠方視力右眼=0.8(1.2×cyl0.75DAx105°)左眼=0.9(1.2×+0.75D(cyl0.5DAx80°)50cm視力右眼=0.7(1.2×+2.0D(cyl0.75DAx105°)左眼=0.5(1.2×+2.75D(cyl0.75DAx80°)30cm視力右眼=0.6(1.2×+3.0D(cyl0.75DAx105°)左眼=0.5(1.0×+3.75D(cyl0.5DAx80°)実際にSFX-MV1を挿入した患者に術前と術後の生活での違いをインタビューした.手術を受ける前は遠近両用の眼鏡を使用していたが,術後は眼鏡なしで遠くも05101520:50cm裸眼:30cm裸眼眼数視力0.2以上~0.5未満0.5以上~0.7未満0.7以上~1.0未満1.0以上図10SFX-MV1の術後近方視力———————————————————————-Page61086あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(40)10:657-661,19935)高良由紀子,長野斗志克,谷口重雄ほか:モデル眼を用いた多焦点眼内レンズの網膜像の比較.日眼会誌98:1091-1096,19946)荒巻敏夫,宮田章,木崎宏史:モデル眼を用いた多焦点眼内レンズのグレアー,ハロー症状の評価.眼科38:1453-1457,1996827-832,20063)ChiamPJ,ChanJH,AggarwalRKetal:FunctionalvisionwithbilateralReZoomandReSTORintraocularlenses6monthsaftercataractsurgery.JCataractRefractSurg32:1459-1463,20074)奈良井早苗,大倉理恵,高良由紀子ほか:新しく開発された模型眼─眼内レンズ眼の評価の試み─.あたらしい眼科

回折型レンズ(アクリリサ)の術後成績

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———————————————————————-Page11076あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(00)各ステップが作り出す入射光の焦点までの距離(opticalpathlengthdierence)は,入射光の波長の整数倍でなければならず,多くの多焦点レンズの場合1つのステップの高さは1波長(l)分である.ステップとは,レンズの軸に平行な段差のことである.また,加入度数をより強くするためには,ステップの間隔を詰め密度を上げる必要がある.さまざまな回折型眼内レンズを観察する際に,このステップの密度を認識することにより,設計されている加入度数の強弱をつかむことができる1).しかし,回折型眼内レンズに特徴的なこのステップIAcri.LISARの特徴現在,各メーカーから多焦点眼内レンズが発売されている.筆者がこのレンズを主として使用するのは,その設計の良さにある.以下にAcri.LISAR(Acri.Tec/CarlZeissMeditec社製)の特徴を簡単に述べてみたい(図1).多焦点眼内レンズを屈折型,回折型という2つに分類されているが,正確にはすべての多焦点レンズは屈折・回折の両方の要素をもっている.回折型とよばれるレンズは,近方への焦点を主として回折効果により得ているために,そのようによばれているのである1).回折型眼内レンズの回折面のシェーマを図2に示す.*HiroyukiArai:南青山アイクリニック横浜〔別刷請求先〕荒井宏幸:〒220-6208横浜市西区みなとみらい2-3-5-CクイーンズタワーC8F南青山アイクリニック横浜特集●多焦点眼内レンズあたらしい眼科25(8):10761080,2008回折型レンズ(アクリリ)の術後成ResultswithDifractiveMultifocalIntraocularLens(Acri.LISAR)荒井宏幸*0910-1810/08/\100/頁/JCLS1076(30)図1Acri.LISARの外観プレート型の他にも1ピース型,PMMA(ポリメチルメタクリレート)のループをもつ3ピース型も用意されている.遠用焦点遠用焦点の屈折面近用焦点の屈折面実際のレンズ表面近用焦点ll図2回折型多焦点眼内レンズの光学特性のシェーマシェーマとして近方焦点は非常に強く誇張されている.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081077(31)使用する.おもな仕様は表1に示した.対象としては,両眼挿入を行い1カ月以上の経過観察が可能であった22例44眼とした.この44眼のなかに8眼のLASIK(laserinsitukeratomileusis)による追加矯正(touchup)を行った症例を含んでいる.また,術前に乱視が強いため,当初からtouchupを予定した症例は含めていない(表2).両眼での視力推移であるが,遠方・近方ともに良好な視力結果が出ている.回折型の弱点である中間視力は,遠方・近方視力と比べると若干の低下を認めた(図4).が,分散光による光学的なロスを生じ,waxy,グレアなどの原因ともなっている.Acri.LISARは,2つのphase-zoneを作ることにより,ステップを形成することなく回折効果を得るため,グレアなどの分散光を最小限に抑えることに成功している(図3).「このステップがない」ことがAcri.LISARの光学的な最大の特徴である.眼内レンズの外観写真にてステップのように見えるのは,sub-phasezoneの屈折差による反射の違いである.またAcri.LISARのもう1つの特徴は,球面収差補正がなされていることである.正確なRMS(rootmeansquare)値は公表されていないが,現在市販されている多焦点眼内レンズで,球面収差補正をしているのはAcri.LISARのみである.そのほか,MICS(micro-inci-sioncataractsugery:極小切開白内障手術)にも対応しており,最小の切開幅は1.5mmである.筆者らは通常2.2mmにて行っている.おもなレンズの仕様を表1に示す.IIAcri.LISARの術後成績(Acri.TwinRも含めて)今回は,Acri.LISARの前のversionであるAcri.TwinRも含めた結果を示す.Acri.TwinRはAcri.LISARとほぼ同様のスペックであるが,異なる入射光の分配比率のものを両眼に入れるというコンセプトである.有意眼には遠方:近方=70:30を,非有意眼には30:70を主ゾーン面主ゾーン面副ゾーン面PLE図3Acri.LISARの光学設計理論のシェーマ主ゾーン面の間を副ゾーン面がなだらかに結びステップを形成しない.PLE:opticalpathlengthdierence.表2対象の内訳対象抽出条件両眼挿入にて1カ月以上の経過観察手術期間2006/8/182008/2/15症例数男性4例8眼,女性18例36眼,合計22例44眼症例の内訳IOL女性男性合計Acri-TwinR24428Acri-LISAR12416合計36844年齢60.7±8.8歳(3778歳)年齢の内訳IOL平均SDp値Acri-TwinR58.87.60.097Acri-LISAR63.810.0合計60.78.8フォロー期間4.6±3.3カ月(1.013.4カ月)追加手術Acri.TwinR症例で,8眼LASIK施行表1Acri.LISAR(366Dタイプ)の仕様光学径6mm全長11mmプレートアングル0°加入度数+3.75D最小切開幅1.5mm(MICS対応)材質・特性アクリル(含水率25%)親水性表面処理球面収差補正製作範囲±0+32D(0.5Dステップ)———————————————————————-Page31078あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(32)受ける印象からすると,非常にクリアに見えているケースと,なんとか見えているケースがある.遠方・中間・近方ともに,日常生活において十分な視力結果であったことは,Alfonsoらの報告と一致している2).筆者らはIOLマスターにて眼内レンズの度数決定を行っており,術後の屈折値もほぼ目標通りであることを考慮すると,瞳孔径・脳の適応力・角膜や硝子体の透明度などが影響遠方の自覚屈折は,経過を通じてほぼ安定していた(図5).また,角膜内皮細胞密度は,術前が2,662個/mm2であったのに対して,術後は2,535個/mm2であった.コントラスト感度は通常光下およびグレア光下の両条件下にても,術前と術後で有意な変化は認めなかった(図6).満足度であるが,術後1カ月から1年までの全体比率を図7に示した.術後1カ月では,一部不満のケースもあるが,時間の経過とともに満足度は上昇し,1年の時点では不満のケースはなく良好な満足度が得られている.III多焦点眼内レンズ成功へのポイント視力経過はおおむね良好であったが,実際の診察から:遠方:中間:近方030901803601.21.00.50.1視力経過日数(日)図4裸眼視力の経緯遠方・近方に比べ中間視力はやや低い傾向にある.:屈折度数3090180360屈折度数経過日数(日)0370.0-1.0-2.0-3.0-4.0-5.0-6.0図5自覚屈折の経緯術後3カ月くらいからほぼ安定している.通常光:術前:術後2.521.510.50361218LogCS間波数(c/d)グレア光:術前:術後2.521.510.50361218LogCS空間周波数(c/d)図6通常光(上図)とグレア光(下図)術前・術後とも有意な変化を認めなかった.:不満:やや不満:満足:とても満足1週1カ月3カ月6カ月1年100806040200構成比(%)術後経過期間図7満足度の経緯術後1カ月では不満のケースもあるが,時間とともに満足率は増加している.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081079(33)選択が最も重要であろう.筆者の方針を以下に示す.①「白内障のないケースには行わない」矯正視力が良好なケース,特に強度近視でハードコンタクトレンズを装用している場合などは,年齢的な配慮だけで多焦点眼内レンズを選択すると,術後の視機能の低下をダイレクトに感じるため,高い満足度を得ることは非常にむずかしい.②「すべてを見たいというケースには行わない」多焦点眼内レンズはあくまでも単焦点眼内レンズによる近方視不良を補完的に補うものであり,決して「夢のレンズ」ではないことを理解していただかなくてはならない.③「こちらからは誘わない」自分が興味をもった治療法には積極的になるのが,医療の常である.あらかじめパンフレットなどを渡し,興味をもった場合に説明をする形をとったほうがスムーズである.また,現在すでに多焦点眼内レンズが認可されている以上,治療を受ける側の権利として,多焦点眼内レンズという選択肢があることを知らせる必要がある.現在,多焦点眼内レンズを扱っていない施設でも,こうしたレンズの普及に伴い,将来には入れ替えの要求や非通知に対する不満が出てくる可能性がある.最後に,現在の多焦点レンズはまだ発展段階であり,白内障のない例にclearlensectomyとして用いるには,まだ時期尚早ではないかと思われる.比較的若年者のアトピー性白内障などは,良い適応と思われるが,年配者で強度近視性の核白内障でハードコンタクトレンズにて十分な矯正視力が得られている場合などは,慎重な適応としたほうがよいと感じている.また,筆者らは世界しているものと思われる.しかし,それらのうち,術前に定量的な観察が可能なのは瞳孔径くらいであり,複雑な光学系における多焦点レンズとしての効果を予測するには,術前の判断材料は乏しいと言わざるをえない.内皮細胞数に関しては,軽度減少しているが,これは手術による侵襲に起因するものと推測される.減少率からみても,白内障の手術としての許容範囲にあると思われる.コントラスト感度であるが,術前は白内障のため当然コントラスト感度は低下しており,術後には改善することが予測されたが,実際は統計学的に有意差はなかった.グレア光下でのコントラスト感度にも有意差がなかったことから,白内障による光の分散と多焦点性のレンズによる分散が相殺し,結果的にコントラスト感度に変化が出なかったと推察している.しかし実際には術後にグレアを訴えるケースもあり,詳しく聞けば日常生活には支障はない程度であるという回答が多い.このことが大きなクレームにならないのは,術前に十分な説明を行ったからと思われる.ただし,術後検査にてコントラスト感度の低下を示していても,症状をまったく訴えないケースもあり,感受性の個体差もあるものと推察される.満足度は良好であった.ただし,アンケートには中間視力や像のシャープさなどが,もう少し向上すればさらに良いという旨の記述も多く,すべてが満足というわけでもなさそうである.実際の術後の眼鏡装用率は,22名中5名で約23%であった.眼鏡の内訳は遠用が3名で近用が2名であった.この眼鏡装用者のなかで,日常生活の50%の局面で眼鏡装用をしている者が1名で,他はすべて必要時であった.多焦点レンズはまだ始まったばかりであり,成功への確実な方法はいまだない.レンズのもつ,光学的な多焦点性は今後も改良されてゆくことが予想されるが,網膜上に集光した像に対して脳の適応がなければ,「見えている」という感覚はない.この脳の適応能力の個体差は現在の多焦点眼内レンズの限界と思われる.現時点では自費診療であることから,白内障の治癒のみならず患者の「満足度」が治療結果の成否における大きなウエイトを占めている.普及前の現時点では,適応となる症例の図8Acri.LISARtoricの外観乱視軸ようのマーカー線が観察できる.———————————————————————-Page51080あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(34)文献1)FialaW,PintzerJ:Analyricalapproachtodiractivemultifocallenses.EurPhysJAP9:227-234,20002)JoseF,LuisF,AnaSetal:ProspectivestudyoftheAcri.LISAbifocalintraocularlens.JCataractRefractSurg33:1930-1935,200730カ所にて行っている,乱視用多焦点眼内レンズの多施設研究に参加しており,実際に使用し良好な結果を得ている.乱視矯正効果があれば,術後にLASIKによる乱視補正(touchup)が必要なくなり,適応も拡大するであろう.今後の市販化が待たれるところである(図8).

レストアの術後成績

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———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLS屋の柱時計がはっきり見え,すぐに携帯電話のメールが打てたと感激された.1週間後,右眼の白内障手術を行い,術後半年以上が経過したが,現在も眼鏡を使わず快適な生活を送られている.最初の症例で,多焦点眼内レンズの素晴らしさを経験すると,患者のみならず術者の満足度は非常に高い.多焦点眼内レンズは,これまでの単焦点眼内レンズにない特徴を有し,適応を守って使用すると,非常に有用な眼内レンズである.今回は,1カ月以上経過を追うことのできた17例28眼のレストアの術後成績を紹介するとともに,その特徴,適応,説明のポイントなどについても述べる.Iレストアの特徴アポダイズ回折型多焦点眼内レンズ,レストアは光学部6mmの中心に径3.6mmのアポダイズ回折領域,周囲に屈折領域をもつレンズである(図1).回折領域には12段の回折ステップがあり,それぞれの回折ステップの高さは,中心から周辺に向かうに従って高さが1.3μmから0.2μmに減じている.これは,アポダイズテクノロジーとよばれ,薄暮,夜間時に瞳孔が大きくなった場合でも,遠見時のコントラスト低下を少なくして,グレアやハローを軽減できる仕組みになっている.しかし,逆に,夜間に瞳孔が大きくなると,読書や編み物などの近見作業に支障をきたすことがある.多焦点眼内レンズ術後の患者からのクレームは,グレはじめに多焦点眼内レンズには,回折型と屈折型の2種類があるが,屈折型に比べ回折型レンズのほうが,近見視力は良いとされる.2007年6月に,厚生労働省の認可を受け,2008年2月より発売となったアポダイズ回折型レンズ,アクリソフ・レストア(AcrySofRReSTORR)(以下,レストア)は,多焦点眼内レンズに特徴的なグレア・ハローを軽減するとともに,薄暮時,夜間に瞳孔が散大しても,遠方が見やすくなるような工夫がなされている1).多焦点眼内レンズの使用は,厚生労働省により先進医療として認められたが,その費用が高額であること,有用性がまだ十分に認知されていないことなどから,一般眼科医にとっての導入は,ハードルが高いのが現実である.しかし,LASIK(laserinsitukeratomileusis)を中心とする屈折矯正手術が一般に普及し,その手術数が順調に伸びている現在,すでに屈折矯正手術の一部となった白内障手術で,そのqualityoflifeを格段に上げることのできる多焦点眼内レンズは,今後,さらに広まっていくことが考えられる.当院では,これまで多焦点眼内レンズを使用する機会がなかったが,2007年11月から,適応を十分に検討し,徐々にレストアを導入した.最初の症例は59歳,女性.定年後はゴルフを中心としたアウトドア生活を希望される方であった.屈折度数は両眼7.0Dで,軽度の皮質白内障の方である.左眼手術翌日,朝起きると部(25)10717700024627特集●多焦点眼内レンズあたらしい眼科25(8):10711075,2008レストアの術後成績PostoperativeResultsafterReSTORRImplantation藤田善史*———————————————————————-Page21072あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(26)多焦点眼内レンズの適応を決める際,術前の角膜乱視は,しっかり確認する必要がある.術前角膜乱視が1.0D以内であれば,遠方および近方の視力が0.7以上出る確率は高いが,1.5Dを超えると術後の裸眼視力が低下し,患者の満足度に影響する.そのため,術前の角膜乱視は,1.0D以内を適応とするのが良いとされる2).術前の角膜乱視が大きい場合,術後にLASIKなどの屈折矯正手術を前提に適応としても良いが,初期に選ぶ症例は,術前角膜乱視が少ない方を選択したほうが賢明である.今後,レストアについては,さらに乱視矯正ができるよう柱面成分を加えた新しいタイプも市場に出てくると期待される.また,術後裸眼視力は,角膜不正乱視があっても低下するため,トポグラフィと波面収差解析は行っておくべきである.術前屈折については,遠視の方が最も良い適応である.遠視の方は,遠見時,近見時ともに眼鏡を装用していることが多く,眼鏡から開放される喜びは大きい.一方,軽い近視で,近見時に眼鏡をはずし十分に見えている方は,術後も良好な近見視力を期待するため,術前術後の見え方の違いに不満をもつことがある.レストアの近見加入度数は+4.0Dで,眼鏡に換算すると+3.2Dであり,近くが良く見える距離は30cm前後であることを,術前に患者に確認してもらう必要がある.高度近視の方も適応になるが,核白内障で近視が進行している方は,意外に近見がよく見えているので注意が必要である.また,高度近視の方は,拡大効果を利用し,裸眼で新聞や雑誌を近づけて良く見えていることがあり,ハードコンタクトレンズ装用者は,コンタクトレンズにより角膜乱視が矯正されて視力が良いこともあるため,術前の遠見近見の視力検査を十分に行って適応を決定する必要がある.緑内障,網膜,視神経疾患などがあり,術後の視力が十分に期待できない場合は,レストアは勧められない.術前に,すべての網膜,視神経疾患を除外することはできないが,術後矯正視力が1.0以上得られない場合は,遠見,近見とも満足度が低くなるため,術後視力がきちんと得られる方を選択すべきである.レストアは両眼挿入を行うことで,相加作用があるため,基本的に片眼への挿入は避けたほうが良い.しかアやハローとコントラスト感度の低下による見えにくさである.回折型眼内レンズは,屈折型に比べハロー・グレアは少ない利点があるが,コントラスト感度は,単焦点眼内レンズに比べると少し低下するため,注意が必要である.IIレストアの適応多焦点眼内レンズは遠見と近見に焦点を合わせ,白内障術後,眼鏡への依存度を少なくし,qualityoflifeの向上を目指している.表1に,レストアの適応を示すが,その適応となるのは,白内障手術後,眼鏡をなるべくかけたくないという希望を有する方である.手術後,多焦点眼内レンズは,視力が安定するまでに時間がかかることもあるため,十分に医師と話し合うことができる理解力ある方が適応となり,術後トラブルを起こさないよう注意が必要である.患者のパーソナリティは重要である.術前に多くの質問を行う神経質な方は,術後に不満を訴えることが多く,避けたほうが良い.屈折領域アポダイズ回折領域(3.6mm)図1アポダイズ回折型眼内レンズ,レストア表1レストアの適応眼鏡をかけたくない医師との信頼関係があり,理解力がある術前角膜乱視は1.0D以下角膜不正乱視が少ない術前屈折は遠視か正視,ときに高度近視緑内障や網膜,視神経疾患がない———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081073(27)う.レストアは,回折構造により光エネルギーバランスが減弱するため,コントラスト感度が低下し,グレア・ハローが起こることも説明しておく.さらに,術後,50cmから1mの中間距離が,見えにくく感じることもあり,パソコン操作,楽譜などを見るためには,眼鏡が必要となることも伝えておく.IVレストアと眼内レンズ挿入術手術術式は,通常の白内障手術に準じるが,術後惹起乱視を,なるべく少なくするため,極小切開白内障手術を行うことが勧められる.レストアの場合,Cカートリッジをインジェクターに装し,2.2mmから2.4mmの切開創から挿入することが可能である.筆者は,すべて2.4mm耳側角膜切開で,左手のフェイコチョッパーで眼球を固定し,レストアを挿入している(図2).プランジャーを押し込んでレストアを眼内に挿入するが,ときに勢いよくレンズが出て,破などの合併症をひき起こすことがあるため,挿入には十分気をつける.レストア挿入後は,レンズ光学中心と顕微鏡ライトの角膜反射がずれないようレストアのセンタリングに注意する(図3).Vレストアの術後成績2007年11月からレストアの使用を開始し,術後1カ月以上経過を追うことのできた17例28眼を対象に検討を行った.レストアを両眼に使用した症例は11例22し,調節力のある若い方の片眼白内障は,レストアの適応である.以前は,白内障による視力低下があっても,単焦点眼内レンズ挿入により,術後,調節力がなくなる不便さのため,手術を遅らせる傾向にあった.しかし,手術後,遠見,近見の2つの焦点を有するレストアは,調節力を完全に回復させるものではないが,従来に比べて,格段にqualityoflifeを向上させるレンズである.IIIレストア説明のポイント(表2)多焦点眼内レンズは先進医療として認められたが,高額の診療費が必要であり,患者からの要求度は高い.適応の選択をしっかり行うとともに,インフォームド・コンセントが重要である.レストアを患者に勧める場合は,患者が,過度の期待をしないよう利点と欠点について,はっきり説明する必要がある.多焦点眼内レンズという言葉のイメージから,患者は,遠くから近くまで,すべての距離を不自由なく見ることができるレンズと勘違いするかもしれない.このような誤解を生じないよう,レストアは,遠見と近見の2点にしか焦点が合わないレンズであることを知ってもら表2レストア説明のポイント遠見と近見の2点に焦点が合うレンズコントラスト感度の低下グレア・ハローの存在距離により眼鏡が必要図2左手のフェイコチョッパーで眼球を固定し,レストアを挿入図3術直後,レストアのセンタリングを確認———————————————————————-Page41074あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(28)は7/28(25.0%)で,非常に良い結果であった(図6).今回の結果は,両眼遠見裸眼視力で88%が0.7以上,両眼近見裸眼視力ですべて0.4以上とした宮島らの報告3)とほとんど同じ成績で,レストアの遠見,近見視力の良さを示している.2.患者満足度(術後1カ月)術後1カ月に,4段階で満足度を調査した.大変満足と満足を合わせると14/17(82.4%)で,不満足な方が2名あった(図7).1名は,高度近視の方で,遠見視力は良いのだが,近見視力が出にくく,以前のハードコンタクトレンズのほうが近くは良く見えたという理由で不満足と答えた.しかし,術後3カ月が経過すると,近見視力も改善し,再度,満足度について確認すると,近くもよく見えるようになり満足と回答した.もう1名は,眼,片眼に使用した症例は6例6眼であった.平均年齢は55.7歳(2274歳)で,男女比は男性8名,女性9名である.検討項目は,術前後の裸眼視力,矯正視力,近見裸眼視力,術後の患者満足度,グレア・ハロー,眼鏡装用率である.1.術前後の視力経過術後の裸眼視力は,術翌日より経過とともに改善し,術後1カ月で0.7以上の視力は26/28(92.9%),1.0以上の視力は20/28(71.5%)であった(図4).術後1カ月の矯正視力は,1.0以上の視力が25/28(89.3%)であった(図5).一方,近見裸眼視力も術後,しだいに向上し,術後1カ月で0.7以上は22/28(78.6%),1.0以上:1.0以上:0.7以上1.0満:0.4以上0.7満:0.4満n=287/28(25.0%)15/28(53.6%)1009080706050403020100(%)術前翌日1週間1カ月7/28(25.0%)15/28(53.6%)図6術前後の近見裸眼視力=17:大変満足:満足:普通:不満足図7患者満足度(術後1カ月)25/28(89.3)1009080706050403020100(%)術前翌日1週間1カ月:1.0以上:0.7以上1.0満:0.4以上0.7満:0.4満n=2825/28(89.3%)図5術前後の矯正視力術前満満満=2820/28(71.5%)6/28(21.4%)図4術前後の裸眼視力———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081075(29)おわりにレストアを導入し8カ月になるが,使い始めたときは,術後の遠見,近見視力が患者にとって満足できるものか大変に不安であった.しかし,術後1カ月の患者の満足度調査で82.4%の方が満足され,グレア・ハローも気にならず,眼鏡への依存度も少ないという結果を得ることができた.レストアの導入をする際に,大切なことは,患者の選択と術前の説明をしっかり行っておくことである.これからも,先進医療として認められた多焦点眼内レンズが普及し,白内障患者のqualityoflifeが向上することに期待する.文献1)ChoiJ,SchwiegerlingJ:Opticalperformancemeasure-mentandnightdrivingsimulationofReSTOR,ReZoom,andTecnisMultifocalintraocularlensesinamodeleye.JRefractSurg24:218-222,20082)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:Inuenceofastig-matismonmultifocalandmonofocalintraocularlens.AmJOphthalmol130:477-482,20003)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフApodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,2007神経質な女性の方で,術前に,かなりレストアの挿入に迷われた方であった.術後1カ月で,両眼の近見裸眼視力が0.6で,新聞の字も読めるが,読むのに疲れるという理由で不満足と回答された.術後3カ月でも,眼鏡なしで,もう少し近くが良く見えると期待していたのに不満であると回答された.本人の性格にもよるが,術後,眼鏡装用が必要なこともあることの説明が足らなかった症例であった.3.グレア・ハロー(術後1カ月)術後1カ月後のグレア・ハローの調査では,17名中1名(5.9%)が少し気になると答えたが,ほとんどの方は,あるが気にならないという回答であった(図8).4.眼鏡装用率(術後1カ月)眼鏡を装用されている方は,17名中3名(17.7%)あった(図9).1名は,65歳の女性画家で,キャンバスで油絵を書く際に,その距離に合わせて眼鏡を装用している方,1名は,30歳の女性で術後3カ月の時点で,乱視を矯正した眼鏡をかけたほうが車の運転をしやすいし読書もしやすいという方,1名は,60歳の女性で,パソコンをする際に眼鏡をかけたほうが良いという方であった.3名の方は,それぞれの理由で眼鏡を適宜装用しているが,レストアに対する満足度は高かった.1(5.9%)12(70.6%)4(23.5%)n=17:全く気にならない:あるが気にならない:少し気になる図8グレア・ハロー(術後1カ月)14(82.3%)3(17.7%)n=17:装用:未装用図9眼鏡装用率(術後1カ月)

テクニス回折型多焦点眼内レンズの治療成績

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———————————————————————-Page11066あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(00)III術後経過観察検査は,遠方視力(裸眼および矯正),近方視力(裸眼,遠方矯正下),焦点深度,さらにVecterVision社製CSV-1000を用い,2.5mにてコントラスト感度の測定を行った.その他,眼鏡使用状況,夜間のハローとグレアの訴え,後発白内障について調査した.IV結果1.視力遠方裸眼視力は46眼(74.2%)が0.7以上を示した.遠方視力が単焦点レンズと比べ特に悪化するということは考えられないと思われる(図2).注目すべき近方裸眼視力では,57眼(92%)が0.4以はじめに1990年代に登場した回折型眼内レンズは,単焦点レンズに比べ近方視力は良好であったが,遠方視力やコントラスト感度の不良例も報告され1),術者と患者双方の要求を十分満足するには至らなかったと考えられる.近年開発されたAMO社製回折型多焦点眼内レンズ(ZM900,TECNISTMMultifocal)は,小切開白内障手術と組み合わせることによって,遠近両方の良好な視力を担保できることが期待されている2).I対象対象は両眼の白内障治療を予定している20歳以上の症例で,術後屈折値は正視を目標とし,術前角膜乱視が1.5D以下,水晶体以外の眼合併症を有しない31例62眼である.性別は男性13例26眼(41.9%),女性18例39眼(58.1%)であり,平均年齢は64.2歳であった.IIZM900,TECNISTMMultifocal多焦点眼内レンズ(ZM900,TECNISTMMultifocal)の光学部素材は紫外線吸収性高屈折率シリコーンである.支持部はポリフッ化ビニルデンで,光学部直径は6mm,全長は12mmで光学部後面に32の同心円状回折構造をもつスリーピース眼内レンズである(図1).近方負荷は+4.0Dである.*KotaroOki:大木眼科〔別刷請求先〕大木孝太郎:〒171-0014東京豊島区池袋2-17-1大木眼科テクニス回折型多焦点眼内レンズの治療成績CilinicalResultsofImplantingTECNISTMMultifocal(ZM900)大木孝太郎*0910-1810/08/\100/頁/JCLS1066(20)図1ZM900,TECNISTMMultifocal特集●多焦点眼内レンズあたらしい眼科25(8):10661070,2008———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081067(21)がわが国の普通運転免許更新の可能な0.7以上を獲得し,両眼近方視力では,96.5%が十分に読書可能といわれる0.6以上を獲得した.遠方裸眼両眼視力で0.5未満および近方裸眼両眼視力で0.4未満の症例は認められず,おおむね日常生活では全症例が眼鏡を使用していない.2.コントラスト感度回折型多焦点眼内レンズは,レンズ表面の回折構造によって入射光を遠方と近方の2つの焦点に振り分けるため,コントラスト感度の低下は宿命的に避けることができない.ほとんどの症例が,片眼でのコントラスト感度測定では高周波数領域での低下が認められた.図7は典型例である.片眼で測定したコントラスト感度は両眼ともに低下している.両眼での測定では正常範囲内に入る症例がほとんどであるが,高周波領域での低下は両眼測定でも認められる症例が多い.このことは,片眼だけの挿入を行うときは,術前にそれなりの説明を行っておくことが重要であることを示している.しかし,低下はするものの臨床上問題になるような症例はまったくなかった.上,43眼(69.4%)が0.6以上を獲得した(図3).遠方矯正下近方視力は61眼(98.4%)が0.4以上,50眼(80.7%)が0.6以上を獲得した.この遠方矯正下での近方視力が良好なことは特筆すべきことと思われる.すなわち,多少の術後屈折誤差が生じた場合は,一つの眼鏡を使用することによって遠近両方の視力向上を得ることができるからである.さらに,片眼性の白内障では,非手術眼の屈折値を参考に本レンズを挿入することが可能であることを示唆していると思われる(図4).つぎに両眼視力の結果を図5,6に示す.両眼裸眼遠方視力ならびに両眼裸眼近方視力は,片眼での結果よりさらに良好である.裸眼両眼視力では,症例の89.7%:0.4以下:0.5以上0.7未満:0.7以上1.0未満:1.0以上4(6.5%)4(6.5%)12(19.3%)25(40.3%)21(33.9%)図2遠方裸眼視力下図3近方裸眼視力図5遠方裸眼両眼視力下図4遠方矯正下近方視力図6近方裸眼両眼視力———————————————————————-Page31068あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(22)3.眼鏡装用状況白内障手術前に何らかの矯正用眼鏡を使用していた割合は81%(25/31例)であったが,遠用眼鏡使用が6.4%(2/31例),中間距離用眼鏡使用,近方用眼鏡使用は皆無であった.術前の角膜乱視など適切な適応選択を行えば,ほとんどの症例がおおむね眼鏡を使用しない日常生活を送ることが可能と思われる結果である.4.ハロー・グレアの発現頻度夜間には軽度または中等度のハローやグレアを自覚する頻度は予想以上に少ないものであった.術後1週目から6カ月までの発現率は,ハローが18.9%でありグレアは10.6%であった.グレアについては経過とともに減少する傾向を示し,1年目ではほとんどの患者が自覚していない.またいずれの症例においてもその程度は日常生活に影響を及ぼす重度のものではなかった.空間周波数(Cycles/degree)空間周波数(Cycles/degree)CSV-1000コントラスト感度CSV-1000コントラスト感度図772歳症例のコントラスト感度図8後発白内障切開例(30歳,男性)———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081069(23)のみで対応できることを示していると考えられるからである.さらに,遠方矯正下で近方の視力が良好であれば,片眼のみに挿入することへの適応拡大が可能になる.すなわち,非手術眼の屈折値とのバランスを考えた度数設定での使用ができるからである.特に,片眼性の若年者例では,非常に有効な治療手段となる.4.インフォームド・コンセントにおける注意点多焦点という名称はときに「どこでも見える」と解釈される危険性があるため,患者とのインフォームド・コンセントでは多焦点レンズよりも遠近両用レンズという言い回しを行っている.本レンズのような回折型多焦点レンズでは,焦点深度曲線が二峰性を示すことが報告されており8),遠近両用という説明が妥当と考えている.実際,12mの距離での見にくさを感じる患者もおり,それらの可能性は術前に説明しておくことが不可欠である.どこでも見えるレンズとの誤解は術後の不満につながってしまうからである.5.コントラスト感度の低下本レンズに限らず,入射光を遠近2焦点に振り分ける回折型多焦点眼内レンズでは,コントラスト感度の低下は理論上当然と思われる.しかし今回の症例においてもコントラスト感度は低下しているものの,日常生活に支障をきたすほどの程度ではなく,患者からもこの件に関する不満は聞かれておらず,臨床上の問題は少ないと考えている.6.少ないハロー・グレア現象ハロー・グレア現象については,夜間に自動車を運転する機会の多い患者や職業運転手に対しては以前から問題視されてきた.今回の症例にも夜間に自動車運転を行う患者が含まれているが,運転に際して支障があるほどの訴えは聞かれていない.このことは,屈折型多焦点レンズとは大きく異なる点と思われる.今回の結果はハロー・グレア現象についても,術前に十分なインフォームド・コンセントを行っておけば,本レンズは夜間運転を行う患者や職業運転手についても十分使用できる可能性が高いことを示唆している.5.後発白内障今回の31症例62眼では,後発白内障のため視力低下しYAGレーザー後切開術を必要としたのは,1例2眼(30歳,男性)であった(図8).手術後2年8カ月経過しており,特に後発白内障の発現時期としては特記すべき状態であるとは考えられない.YAGレーザーによる後切開も眼内レンズにクラックなどを生じることもなく行うことができた.切開後は遠近両方の良好な視力を取り戻している.V考按1.回折型多焦点眼内レンズの臨床結果本レンズ挿入眼が良好な遠近視力を獲得することについてはすでに海外で報告されており3,4),また本レンズ以外の回折型多焦点眼内レンズについてもわが国での臨床治験成績の他,多くの報告がなされるようになり,新世代の回折型多焦点眼内レンズへの関心は非常に高いものになっていると推察される57)が,今回報告する31症例においても非常に良好な結果が得られた.これらの結果は,過去の多焦点眼内レンズに対する筆者のイメージを大きく変えるものであり,白内障術者としての驚きは非常に大きいものである.特に獲得した近方視力で,読書,携帯電話の使用,パソコン業務などが快適に行えるため,患者の満足度の高さにも驚かされている.2.調節力喪失の補として従来の単焦点眼内レンズを使用する白内障手術では,術後に調節力を復元できないため,視力の回復は可能ではあるものの,若年者症例のように術前に老視経験のない白内障患者の治療には大きなジレンマを感ぜざるをえなかった.回折型多焦点眼内レンズはかなり確実に遠近視力を獲得できるため,この問題の解決手段としては大きな前進と感じている.白内障治療の一つのオプションとして大きな期待がもてる眼内レンズと考えられる.3.遠方矯正下の近方視力裸眼視力のみならず,遠方矯正時の近方視力は裸眼時よりさらに良好である点は強調すべき点であろう.このことは,若干の術後屈折誤差などに対して,遠方用眼鏡———————————————————————-Page51070あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(24)焦点眼内レンズはこの方面への高い可能性も有していると筆者は考えている.文献1)LindstromRL:Foodanddrugadministrationstudyupdate.One-yearresultsfrom671patientswith3Mmul-tifocalintraocularlens.Ophthalmology100:91-9719932)大木孝太郎:AMOTecnis回折型多焦点眼内レンズ.IOL&RS21:227-229,20073)MesterU,HunoldW,WesendahlTetal:Functionalout-comesafterimplantationofTecnisZM900andArraySA40multifocalintraocularlenses.JCataractRefractSurg33:1033-1040,20074)TotoL,FalconioG,VecchiarinoLetal:Visualperfor-manceandbiocompatibilityof2multifocaldiractiveIOLs.JCataractRefractSurg33:1419-1425,20075)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフApodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20076)SteinertRF,PostCT,BrintSFetal:Aprospectiveran-domizeddouble-maskedcomparisonofzonal-progressivemultifocalintraocularlensandmonofocalintraocularlens.Ophthalmology99:853-861,19927)NegishiK,Bissen-MiyajimaH,KatoKetal:Evaluationofzo-nal-progressivemultifocalintraocularlens.AmJOphthalmol124:321-330,19978)中村邦彦,ビッセン宮島弘子,大木伸一ほか:アクリル製屈折型多焦点眼内レンズ(ReZoom)の挿入成績.あたらしい眼科25:103-107,20089)大木孝太郎,ビッセン宮島弘子:若年白内障に対する多焦点眼内レンズ.あたらしい眼科25:667-668,200810)清水直子:回折型眼内レンズ─症例報告.あたらしい眼科24:169-175,200711)田倉智之:白内障手術の社会的貢献度.IOL&RS17:223-231,20037.後発白内障とYAGレーザー後切開今回の症例のなかで後発白内障のために視力低下し,YAGレーザー後切開術を必要としたのは,1症例2眼のみである.本症例は,挿入後2年8カ月経過していたが,挿入後1年以内の症例は全例に後発白内障を認めていない.今後,経過年数の延長によって発症してくると考えられるが,通常の眼内レンズと比べ特に発生率が高いという印象は感じていない.また,レンズ表面の回折構造が,YAGレーザー切開術の妨げになることが危惧されたが,2眼とも問題なく施行できており,この件の安全性も問題ないと感じている.おわりに従来の単焦点眼内レンズを挿入する白内障手術の大きな欠点は,術後に調節力を喪失してしまうことである.単焦点レンズの術後成績は大変すばらしいものではあるが,特に老視経験のない若年者の白内障治療では,克服しなければならない問題であることは間違いない.完全な調節力を復元させることが困難な現状では,多焦点眼内レンズは現実的なこの問題の解決手段と考え,筆者は若年者の白内障症例には積極的に使用している9).その他,多岐にわたる患者のライフスタイルに対しても,白内障術後に遠近の良好な視力を得ることは,白内障患者の術後qualityoflifeをより向上させることに直結するであろう10).白内障手術が,高齢者の白内障術後の再就労や自立を促し,視機能障害に基づく社会支援費の発生を抑制することなどはすでに報告されている11)が,多

多焦点眼内レンズ挿入術の術前・術後検査

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSラトメーター(以下,オートケラト)による角膜曲率半径測定,OPDスキャン(opticalpathdierencescan-ningsystem)による角膜形状解析,角膜内皮細胞密度測定,眼軸長測定(IOLマスターRおよび超音波Aモード)を行う.多焦点眼内レンズに興味を示した患者には,瞳孔径,優位眼検査,オーブスキャンまたはペンタカムによる角膜形状解析を行い,適応を判断する.2.追加検査術前の状態を把握しておくために,追加検査として近見視力(裸眼,矯正),両眼開放視力(遠方,近方),眼位検査,調節力測定,明所および暗所でのコントラスト感度測定(グレアあり,グレアなし),波面センサーなどによる収差解析,Schirmerテスト,白内障による混濁が強く眼底検査が十分に施行できない場合には黄斑疾患の除外のため光干渉断層計(OCT)測定など,術後視機能に影響しそうな検査を可能な限り施行する.単焦点眼内レンズと比べ多焦点眼内レンズは高額であるため,術後視機能の低下はトラブルの原因になりやすい.反対に,術前にここまで検査をすると,術後視機能が低下する可能性のある症例には事前に説明ができるため,術後のトラブルを回避することが可能となる.これだけ多くの検査には,手間や時間がかかることは否めないが,施行するだけの価値はある.はじめに屈折型多焦点眼内レンズに続いて回折型多焦点眼内レンズがわが国でも使用可能となり,多焦点眼内レンズの適応が広がってきた.しかし,患者の満足を得るためには適切な患者選択が行われなければならず,患者選択は,多焦点眼内レンズ成功の大きな鍵を握っているともいえる.術前のインフォームド・コンセントを十分に行うのはもちろんのこと,いわゆる禁忌ではなくとも,適していない症例を除外しなければ,術後のトラブルのもととなる.患者選択には職業やライフスタイルのほか,性格による適応判断も必要であるともいわれているが,それ以前に,検査が適切に行われていなければ適切な適応判断はできない.術後の視機能評価においても,実際に検査を行う視能訓練士らが検査の目的や注意点を理解しているかどうかによって,検査結果は変わってくることもある.そこで本稿では,多焦点眼内レンズ挿入術前・術後における実際の検査の流れや検査の注意点について,検査を行っている視能訓練士の立場から述べる.I術前検査1.検査項目白内障手術前には,挿入する眼内レンズの種類にかかわらず,オートレフラクトメーター(以下,オートレフ)による他覚的屈折検査,視力検査,眼圧検査,オートケ(15)1061Mema眼160858235眼特集●多焦点眼内レンズあたらしい眼科25(8):10611065,2008多焦点眼内レンズ挿入術の術前・術後検査Pre-andPost-operativeExaminationforMultifocalIntraocularLensImplantation佐伯めぐみ*———————————————————————-Page21062あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(16)原則としている.b.眼軸長の測定誤差とIOLマスターの最適化眼内レンズ度数計算を行う際には,レンズの種類によって目標屈折値を変えている.回折型多焦点眼内レンズReSTORRおよびTECNISTMMultifocalでは,やや遠視寄りの+0.25Dを目標にしたほうがよいとされているため,+0.25D狙いの度数計算を出力している.当科では現在IOLマスターを導入している.検査は非接触で簡便,容易であり,IOLマスターによる測定が可能な症例では,眼内レンズ度数誤差は非常に少なくなってきた.しかし現在でも,強い混濁によりIOLマスターが測定できない場合には超音波Aモードで測定する必要がある.しかしその場合は,Aモードの測定が困難で測定誤差が大きくなりやすい例であることが多い.IOLマスターの普及により,術後屈折誤差は減少したが,いざというときに超音波Aモードが正確に測定できなければ,その症例では大きな屈折誤差をひき起こす.そのためには,日ごろからAモードの測定に慣れておくことが必要である.IOLマスターを使用する際にはA定数はメーカー推奨のA定数ではなく,IOLマスター用のA定数が表記されているホームページ(http://www.augenklinik.uni-wuerzburg.de/eulib/index.htm)があるので,これを参考にする.各眼内レンズのA定数が随時更新されているため,新しい眼内レンズを取り入れる場合にはこれで確認するとよい.メーカー推奨のA定数はAモード用であり,測定部位が涙液表面から網膜色素上皮であるIOLマスターでこれをそのまま使用してしまうと遠視化する可能性があるため,注意する.IOLマスターでのA定数の最適化は必須である.挿入眼内レンズ度数と術後屈折値を入力するだけなので,大きな手間ではない.術後屈折誤差を減らすために必要な作業であると認識し,随時最適化を行っておく.c.瞳孔径測定筆者らの施設では,オープンビュータイプのFP-10000(テイエムアイ社)を用いて,両眼開放下で,明所および暗所の瞳孔径を測定している(図1).測定眼が覆われるクローズドビュータイプでは,明所で測定しても,測定眼が暗いために過大評価されてしまう.屈折型3.検査における注意点実際に検査をするにあたって視能訓練士が理解しておくべき注意点を以下に述べる.a.角膜形状解析白内障術前検査の一つとして角膜屈折値の測定は必須であるが,オートケラトのみでは不十分な場合があり,角膜形状解析を測定することが望ましい.当科の白内障外来では,挿入する眼内レンズの種類にかかわらず,OPDスキャンによる角膜形状解析を白内障手術の術前検査としてルーチンで行っている.特に多焦点眼内レンズでは,屈折誤差や術後視機能が患者満足度に大きく影響するため,角膜形状異常眼の検出は非常に重要である.OPDスキャンで円錐角膜など角膜形状異常が検出された場合には,ペンタカムやTMS(topographicmodel-ingsystem)などを追加で施行したうえで眼内レンズの度数計算を行っている.OPDスキャンはバージョンにより自動診断プログラムも内蔵されているため,これをある程度参考にするのもよい.当科では,フローチャート式の検査指示を採用しており,OPDスキャンで角膜形状異常が疑われた際には,TMSやペンタカムなどの他の角膜形状解析も追加で行うようにして,効率化を図っている.角膜形状が非常にフラットな場合や,反対に非常にスティープな場合には,エキシマレーザーによる角膜屈折矯正手術などの既往がある可能性がある.角膜屈折矯正手術の既往があると眼内レンズの予測精度が著しく低下し,思うような視力が出ない.さらにコントラスト感度の低下の可能性もあるため,多焦点眼内レンズ挿入には注意が必要である.角膜形状解析による測定を全例に行うことが困難な施設であっても,TOMEY社のRC-5000のように,KAI:Kerato-AsymmetryIndexやKRI:Kerato-Reg-ularityIndexなどの角膜不正乱視表示機能が内蔵されたオートケラトをスクリーニングとして活用するのも一案である.コンタクトレンズ(CL)装用者は,この検査の前の一定期間CLを外し,角膜形状を元の状態に戻すのが望ましい.当科白内障外来では,ソフトCLは1週間以上,ハードCLは3週間以上装用を中止することを———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081063(17)在はビジョンテスターOptecR6500(StereoOptical社)を使用している(図2).ただし,CSV-1000と違って被検者が覗き込むタイプであり,患者と同一の視標を見ながら検査をすることができないため,検査前に十分な説明を行っていないとまったく見当違いのものを見て答えている可能性もある.1カ所誤答であっただけでそこで検査を終了するのではなく,視能訓練士が正常範囲を理解し,疑問があれば必要に応じて再検査をすることも大切である.II術後検査1.検査の流れ視機能評価をするためには検査項目が多くなってしまう.特殊な眼内レンズを入れるために術前後の検査に時間がかかるということを,患者にあらかじめ説明し,理解してもらう.検者においても,検査の特性を理解し,それぞれの検査がなぜ必要であるのかを考えれば,検査自体もスムーズになり,適切な検査結果を出すことができる.視力検査にはある程度の時間は必要である.当科では遠方,近方,中間距離それぞれにおける裸眼視力,矯正視力,両眼開放視力を測定しているが,検査には時間もかかるため,測定時期をあらかじめ決めておくようにしている.片眼視力と両眼視力との関係や,優位眼や眼位などについて注意を払いながら測定するため,慣れるまでには測定に多少の時間がかかる.しかし,慣れると検査時間は短縮されるので,検者の慣れは重要である.2.検査における注意点a.視力検査①遠方視力測定健常眼や単焦点眼内レンズ挿入後では,縦に視標を提示しても円滑に読めるが,多焦点眼内レンズ挿入眼では0.60.8付近で応答の速度が遅くなったり,誤答をくり返したりすることがある.ただし,一呼吸おいて測定を続けてみると,1.0や1.5の視標まで正答であるという場合もあるため,検査を行う視能訓練士がその特徴を知っておく必要がある.矯正視力測定の際,円柱レンズの決定は通常の自覚的では瞳孔径に依存するため,この測定結果は非常に重要である.屈折型では,その性能を発揮するためには,明所において2.8mm以上の瞳孔径が必要といわれているが,明所瞳孔径測定の際に,測定場所が影になったりすると,瞳孔径を過大評価してしまうことにもなるため,注意する.それでなくとも,水晶体摘出後は術前より瞳孔径が小さくなることが知られている1).緊張などから測定中に縮瞳してしまうこともあるため,測定中に瞳孔径が動揺する場合などは,少し休憩を挟んでから再度測定するなど工夫するとよい.d.コントラスト感度測定コントラスト感度測定で代表的なものではVectorVision社のCSV-1000があげられるが,当科では明所と暗所のコントラスト感度が同じ器械で測れるため,現図1FP10000(テイエムアイ社)による瞳孔径の測定図2OptecR6500(StereoOptical社)によるコントラスト感度の測定———————————————————————-Page41064あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(18)力を測定すると良好であることが多い.そのような場合には,遠用眼鏡を作製すればその眼鏡で近方も見ることができるし,屈折矯正手術で残余屈折異常を矯正すれば,近方視力も良好になることがわかるため,touchupの説明に非常に有用である.近方矯正視力測定の際には,0.25Dずつプラスレンズを付加していくことにより,最小の加入度数を求めている.屈折型の場合は,最初から+3D付加しても眼内レンズの遠用部分を使って良好な視力が得られることがあるので注意する.屈折検査と同様,乱視表やクロスシリンダーを用いて行っている.多焦点眼内レンズ(特に屈折型)挿入眼では,オートレフで近用度数部分を測定してしまう可能性があることから,オートレフの値が自覚的屈折値と一致しない可能性があるといわれている2).筆者らは合致式のオートレフARK-730A(ニデック社)を使用しており,大きな差が生じるような症例をまだ経験したことがないが,いつそのような症例に遭遇するかわからないため,多焦点眼内レンズ挿入眼の視力測定には特に注意を払っている.②近方視力測定30cmで測定する場合は,半田屋商店(現はんだや)の新標準近距離視力表を用いている.これは5列すべて(0.3までは3列)Landolt環を使用している.40cm視力測定では米国のGOODLITE社製の40cm視力表(図3)を用いているが,最右列に小数視力も表記されているので,抵抗なく使える.30cm近方視力は,遠方裸眼視力が良好な場合,回折型では0.7前後,屈折型は0.4前後が目安になるといわれているが,その目安となる視標を初めから提示してもすぐには見えないという例も経験しているため,0.20.3程度の大きめの視標から提示して,徐々に小さい視標を指すようにしている.最初は見えないと言っていた小さい視標も,大きいものから読み進めていくと見えたという例もある.遠方矯正下近方視力は,この多焦点眼内レンズの機能を評価するために非常に重要な検査である.裸眼近方視力が良好でない場合でも,遠方完全矯正レンズで近方視図340cm視力表(GOODLITE社)による測定図450cm近点視力表(半田屋商店)図570cm視力表(GOODLITE社)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081065(19)点が2つ見えることもあり,測定には注意を要している.おわりに多焦点眼内レンズの手術前後には,多くの検査を行い,そのすべての検査結果を総合したうえで適応を判断し,視機能評価を行っている.単に検査項目をすべてこなせばよいというわけではなく,それぞれのレンズの性能をよく理解したうえで検査を行わなければ,検査結果は不適切なままで終わってしまう.術前においては,われわれ視能訓練士が行った検査結果を元に適応を判断するため,検査が不正確であれば正確な適応判断をすることができない.適応判断を誤れば予測した術後結果は得られず,患者の満足も得られない.結果的にトラブルの要因ともなりうる.術後においても,われわれの検査結果を元に視機能評価が行われ,今後の治療方針が決められる.それだけではなく,その検査結果はこれらのレンズの評価として用いられ,多焦点眼内レンズの将来をも左右するデータともなりうる.新しい世代の眼内レンズとして,正しい評価が行われるためには,検査をするわれわれ視能訓練士がレンズの性能をよく理解したうえで検査を行うことが非常に重要である.文献1)KochDD,SamuelsonSW,HaftEAetal:Pupillarysizeandresponsiveness.Implicationsforselectionofabifocalintraocularlens.Ophthalmology98:1030-1035,19912)MunozG,Albarran-DiegoC,SaklaHF:ValidityofautorefractionaftercataractsurgerywithmultifocalReZoomintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg33:1573-1578,20073)CharmanWN,Montes-MicoR,RadhakrishnanH:Prob-lemsinthemeasurementofwavefrontaberrationforeyesimplantedwithdiractivebifocalandmultifocalintraocu-larlenses.JRefractSurg24:280-286,2008③中間視力測定50cmでの測定には半田屋商店の50cm近点視力表(図4),70cmでの測定には米国のGOODLITE社製の70cm視力表(図5),1mでの測定には同じく半田屋商店製の新井氏1M視力表(図6)を用いており,それらはすべてLandolt環で測定が可能である.矯正視力測定の際には,遠方の矯正度数からプラスレンズを付加する場合と,近方の矯正度数からマイナスレンズを付加する2種類の検査方法があるが,当科では前者で測定を行っている.b.その他の検査①コントラスト感度検査法および注意すべき点は術前と同様であるが,コントラスト感度が落ちている可能性や,特に屈折型ではグレア・ハローにより見えにくくなっている可能性もあるということを念頭において検査をする.②波面収差解析多焦点眼内レンズ挿入眼の高次収差についてはさまざまな報告があるが,波面センサーで得られた結果の信頼性は定かではないともいわれている3).当科でOPDスキャンを用いて測定を行った際にも,症例によっては焦図6新井氏1M視力表(半田屋商店)

多焦点眼内レンズの光学特性

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLS今回の記事の依頼をいただいたときに,筆者のところにヒト眼の角膜と同じ色収差,同じ球面収差(平均値)をもつレンズを用いた模型眼があり,この模型眼に実際の眼内レンズを挿入して,実際の光学像を見てみようと考えた.そして,この特集に出てくる多焦点眼内レンズの遠方と近方の網膜上の光学像の実験結果を紹介することにした.すでに,模型眼を使用した実験報告が2つある2,3).ThomTerweeoら2)の論文では,模型眼は平均的な角膜の球面収差をもったもので,水槽に眼内レンズを入れてその像を見るものである.視標に3本バーの解像力チャートを用いて,ReSTORR(米国アルコン社),ReZoomTM(米国AMO社),TECNISTMMultifocalZM900(米国AMO社),その他の眼内レンズのテストを行っている.Modulationtransferfunction(MTF)は緑色の光を用いてこの3本バーの解像力チャートを照明し,像のコントラストを測定して求めている.一方,JunohChoiら3)の論文では,スリット光のエッジのボケ方からスルーフォーカス(フォーカス位置を変えたときの)MTFを求めているのと,夜の画像をを撮影して,ハロー,グレアの像を紹介している.筆者の使った模型眼も基本的に彼らの模型眼と同じである.Iシミュレーションに用いた模型眼実験に用いた模型眼の写真を図1に示す.角膜に当たるレンズはPMMA(ポリメチルメタクリレート)でできていて,ヒト眼と同じ色収差,平均的な球面収差0.27はじめにバイフォーカル眼内レンズの特集欄中の1篇を《あたらしい眼科》に書いたのが,1年半前のことである.そのなかでは,回折型,屈折型の多焦点眼内レンズの網膜上の光学像を計算機シミュレーションにて紹介した1).その際,用いた収差は少し量が多かったが,それぞれの型の特徴をよく表していたように思う.その結論のなかで,「シミュレーションでわかったのは,瞳孔の小さい場合でも回折型は適応可能であることである.しかし,瞳孔が開くと,球面収差がない場合は,解像している範囲が狭くなり,屈折型のほうがその点は優れているように思われる.」と述べた.さらに,「多焦点眼内レンズの特性で一番気になるのは,中間の見え方が悪いことである.これは加入度が高いためである.少し加入度を下げて,中間の見え方を良くすることも考えられる.加入度を下げることにより無限遠から近方が50cmくらいまで見えるようになれば,生活に不自由はないと思われる.ただ,そのときに,2つの焦点による像が重なり,コントラストが低下し,特に近方の見え方が悪くなるようでは,困るので,レンズにはなにか工夫がいるように思われる.前回,一般的に多くの近用視力表の測定距離は30cmとなっているが,患者のQOL(qualityoflife)を考慮し,今後は柔軟な近方視の評価方法を検討する必要があるのではないだろうか.」と述べた.その甲斐があってかどうかわからないが,HOYA社からは中間重視のレンズが出てきた.(9)1055auioOnuma学学学263133学学学特集●多焦点眼内レンズあたらしい眼科25(8):10551060,2008多焦点眼内レンズの光学特性OpticalCharacteristicsofMultifocalIntraocularLenses大沼一彦*———————————————————————-Page21056あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(10)得した.用いた波長は中心波長564nm,半値幅10nmの干渉フィルターである.本来であれば,ヒトの最大視感度の波長555nmの干渉フィルターを用いるべきであるが,手元にあったこの波長に一番近いものを用いた.それほどの違いはないものと思われる.瞳孔は3mmと5.5mmとした.これは昼間と夜間の瞳孔を想定している.IIテストレンズの特徴今回実験に使用したレンズは,1:Acri.LISAR(Acri.Tec社),2:ReSTORR(米国アルコン社),3:MVI1-C(HOYA社),4:ReZoomTM(米国AMO社),5:TECNISTMMultifocalZM900(米国AMO社)であり,図2に示す.その特徴をレンズごとに簡単に紹介すると,1.Acri.LISAR(Acri.Tec社)はカタログからみると屈折+回折型,非球面レンズで球面収差を補正し,加入度3.75Dでおよそ36cmに近方焦点がある.遠方に65%,近方に35%の光が集まるように設計されている.2.ReSTORR(米国アルコン社)は屈折+回折型で,周辺は屈折のみである.球面レンズで,加入度4.0Dでおよそ31cmに近方焦点がある.瞳孔が大きくなると遠方の光が集まるように設計されている(アポダイゼーション).アメリカでは非球面のものもあるが,日本ではまだであμm(6mm瞳孔径)をもっている.この角膜対応のレンズのすぐ後ろに水槽があり,その中に眼内レンズを設置でき,眼内レンズの直前に瞳孔に当たる開口が置かれる.この開口はいろいろな大きさのものが用意されていて,交換することが可能である.この模型眼の直前には干渉フィルターが設置でき,特定の波長の光学像を得ることができる.ここでは,5m,3m,1m用のLandolt環視標を作製して,遠方,中間の距離での像を得ることにした.一方,近方は,パソコンから11,12ポイントの文字をプリンターへ出力した紙を用いた.近方の視標位置は像のコントラストが一番良いと思われる位置とその位置+2cm,その位置2cmのところのデータを取角膜に相当するレンズ部分この奥に,水槽に入った眼内レンズがあるCCDカメラ図1実験に使用した模型眼球面収差と色収差を平均的なヒト眼の角膜の値にしてある.12345図2実験に使用した眼内レンズ1:Acri.LISAR(Acri.Tec社),2:ReSTORR(米国アルコン社),3:MVI1-C(HOYA社),4:ReZoomeTM(米国AMO社),5:TECNISTMMultifocalZM900(米国AMO社).———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081057(11)IIIシミュレーション結果図3,4にAcri.LISAR(Acri.Tec社)の瞳孔径が3mmと5.5mmの結果を示す.瞳孔の変化による見え方の違いはなく,近方よりも遠方の見え方が優れている.これは非球面で,角膜の球面収差を補正しているためである.近方1mのところでは球面収差が補正されているので,視標のコントラスト,解像力が低下し,見える範囲が狭いことを示している.36cmに近方焦点がある設計であったが,結果をみると34cmくらいのようである.つぎに,図5,6にReSTORR(米国アルコン社)の瞳孔径が3mmと5.5mmの結果を示す.瞳孔の大きさが変化するとだいぶ見え方が変わる.瞳孔径3mmでは,37cmから39cmのところに近方焦点があった.この大る.3.MVI1-C(HOYA社)は3ゾーンの屈折型で中心と周辺が遠用で,中間が近用である.加入度は2.25Dであり,中間視重視型である.宣伝文句では,近くを見るときは眼鏡使用をうたっている.非球面であるが,角膜の球面収差を打ち消すのが目的ではない.4.ReZoomTM(米国AMO社)は5ゾーンの屈折型であり,中心から遠近遠近遠である.加入度3.5Dで,39cmに近方焦点がある.球面レンズで,角膜の球面収差を打ち消してはいない.5.TECNISTMMultifocalZM900(米国AMO社)は回折型であり,加入度4.0Dでおよそ31cmに近方焦点がある.遠近の光量の割り振りは50%ずつであり,遠近均等配分であり,非球面で角膜の球面収差を打ち消す仕様となっている.5m3m1m34cm32cm30cm図3Acri.LISAR─瞳孔径3mmの場合の遠方5mから1mまでのLandolt環視標の網膜上の光学像と近方焦点付近の文字の光学像図4Acri.LISAR─瞳孔径5.5mmの場合の遠方5mから1mまでのLandolt環視標の網膜上の光学像と近方焦点付近の文字の光学像図5ReSTORR─瞳孔径3mmの場合の遠方5mから1mまでのLandolt環視標の網膜上の光学像と近方焦点付近の文字の光学像図6ReSTORR─瞳孔径5.5mmの場合の遠方5mから1mまでのLandolt環視標の網膜上の光学像と近方焦点付近の文字の光学像———————————————————————-Page41058あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(12)読むのには邪魔していないように思う.ただ,この種の屈折型のレンズ特有の遠方の像に近用の像のボケが重なり,気になる.5.5mm瞳孔では近方の文字は読みにくくなる.これは,5.5mm瞳孔では,遠用と近用の比率が遠用に大きく傾くためである.このレンズは,非球面であるが,球面収差を補正しているわけではないので,球面収差が残っていて5.5mm瞳孔でも,広い範囲が見えることになる.図9,10にはReZoomTM(米国AMO社)の瞳孔径が3mmと5.5mmの結果を示す.3mmでの近方の像のコントラストはMVI1-C(HOYA社)よりも少し低いが,十分に読める.この特性はMVI1-Cと同様であり,屈折型レンズ特有で,遠方の像に近用の像のボケが重なり,気になる.5.5mm瞳孔では,MVI1-Cと比較して,遠方のコントラストが低く,近方のコントラストが高きさの瞳孔では文字も読めるが,遠用のボケが重なり,きれいな像ではない.5.5mm瞳孔では,近方の文字は読めない.遠方は球面収差のためにコントラストが低下している.Acri.LISARと比較すると,1mの視標の解像力はいいのがわかる.つまり,球面収差を残しているので,全体的にコントラストは低下するが,見える範囲は広がっているのである.遠方の像には,近用部のボケ像の広がりが大きく,気にならず,すっきりした感じがある.図7,8にMVI1-C(HOYA社)の瞳孔径が3mmと5.5mmの結果を示す.3mm瞳孔では,40cm付近に近方焦点があるが,実際は,近方の役割をしているゾーンの幅が狭いので,近方の焦点が合う範囲は広い.設計仕様どおりで,よくできているように思う.文字は十分に読めると思われるし,遠用部分によるボケもきれいで,5m3m1m42cm40cm38cm図7MVI1C─瞳孔径3mmの場合の遠方5mから1mまでのLandolt環視標の網膜上の光学像と近方焦点付近の文字の光学像図8MVI1C─瞳孔径5.5mmの場合の遠方5mから1mまでのLandolt環視標の網膜上の光学像と近方焦点付近の文字の光学像図9ReZoomTM─瞳孔径3mmの場合の遠方5mから1mまでのLandolt環視標の網膜上の光学像と近方焦点付近の文字の光学像図10ReZoomTM─瞳孔径5.5mmの場合の遠方5mから1mまでのLandolt環視標の網膜上の光学像と近方焦点付近の文字の光学像———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081059(13)読めるし,中間距離も見える.瞳孔が開くと遠方重視となる.ReZoomTMは瞳孔が開いても閉じても遠近均等配分.TECNISTMMultifocalZM900は瞳孔が小さいときは遠近均等配分で,大きいときは遠方重視型である.ずいぶんと差別化のために,いろいろな種類のレンズが出てきたことに感心する.これらの結果をみると,やはり角膜の球面収差を打ち消す負の球面収差をもったレンズのほうが,コントラストの高い像を作っているのがわかる.ReSTORRの非球面の結果をここでは示さないが,球面のレンズと比較すると,遠近ともにコントラストは高い像が得られている.最後に,今後のことを述べれば,今回のシミュレーションはあくまでも網膜のうえの光学像であり,実際の昼間の見え方では,もう少しコントラストは良いと思われる.そこで,ヒトの網膜から脳での情報処理をしたときの像シミュレーションをしたいと思う.また,夜間の見え方では,ハロー,グレアが見えることになるものと思われるが,今回のシミュレーションでは夜を想定して,視標の白と黒を反転したものを用いていないので,想像していただくしかないのであるが,特に屈折型では,気になるのではと思われる.夜を想定したチャートを作成して,ハロー,グレアのテストも行い,報告できればと思う.また,スタイルスクロフォード効果を今回は考慮していない.このような記事が書ける機会があれば,この効果を入れた模型眼による実験を示したいと考えている.い.これは,MVI1-Cに比べて,5.5mm瞳孔のときの遠用と近用の比率が遠用に大きくはならないためである.図11,12にTECNISTMMultifocalZM900(米国AMO社)の瞳孔径が3mmと5.5mmの結果を示す.瞳孔径が3mmの場合,遠方も近方もコントラストは低いもののすっきりとした像である.これは,遠近の比率が50%ずつであろうと思われる.しかし,瞳孔が3mmから5.5mmに変化すると,近方のコントラストが落ち,中間(1m)の解像力,コントラストが落ちるのがわかる.これは,遠近の比率が少し,変わるのと,非球面レンズで,角膜の球面収差を補正しているためと思われる.おわりにいろいろなタイプの多焦点眼内レンズの光学特性について,球面収差,色収差をもった模型眼を用いて,瞳孔径が3mmと5.5mmにおける距離ごとの網膜像を用いて検討した.瞳孔の大きさは人によってまちまちなので,ここで示した結果のようにはならない場合もあると思うが,平均的な場合としてみていただきたい.シミュレーションで設計思想がずいぶんと異なることがよくわかった.Acri.LISARは遠方重視で,近方の字は何とか読めればいい.ReSTORRも遠方重視で,近方の字は何とか読めればいい.Acri.LISARよりは近方の字は読めるけれど,遠方はAcri.LISARのほうがコントラストが高い.MVI1-Cは瞳孔が小さいときは文字も5m3m1m40cm38cm36cm図12TECNISTMMultifocalZM900─瞳孔径3mmの場合の遠方5mから1mまでのLandolt環視標の網膜上の光学像と近方焦点付近の文字の光学像図11TECNISTMMultifocalZM900─瞳孔径3mmの場合の遠方5mから1mまでのLandolt環視標の網膜上の光学像と近方焦点付近の文字の光学像———————————————————————-Page61060あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(14)andaspheric,diractive,andrefractivemultifocalintraoc-ularlenses.JRefractSurg24:223-229,20083)ChoiJ,SchwiegerlingJ:Opticalperformancemeasure-mentandnightdrivingsimulationofReSTOR,ReZoom,andTecnismultifocalintraocularlensesinamodeleye.JRefractSurg24:218-222,2008文献1)大沼一彦:特集バイフォーカル眼内レンズ回折型多焦点眼内レンズの光学特性.あたらしい眼科24:137-146,20072)TerweeT,WeeberH,vanderMoorenMetal:Visualiza-tionoftheretinalimageinaneyemodelwithsphericalコンタクトレンズフィッティングテクニック【著】小玉裕司(小玉眼科医院院長)CLの処方に必要な角膜・涙液・屈折矯正・その他の知識/CLの選択/ハードCLの処方/フルオレセインパターンの判定方法と注意点/レンズデザインと角膜形状/ベベル・エッジのチェック/SCLの処方・種類・選択/CLと定期検査・眼障害/HCLの修正/修正によるHCLの苦情処理-くもり・充血・異物感・視力/SCLの苦情処理-くもり・かすみ・視力低下・異物感・眼痛・流涙・充血/乱視に対するCLの処方/ドライアイ/ラウンドコルネア/カラーCL/治療用SCL/無水晶体眼・乳幼児と小児に対するCLの処方/光彩付きCL・義眼CLの処方/ハード・ソフトタイプバイフォーカルCLの処方/HCLのカスタムメイドの処方/CLと点眼薬/CLとケア用品/●ワンポイントB5判総152頁カラー写真多数収載定価8,400円(本体8,000円+税400円)メディカル葵出版〒113─0033東京都文京区本郷2─39─5片岡ビル5F振替00100─5─69315電話(03)3811─0544■内容目次■この本があれば,明日からのコンタクトレンズ診療は安心して出来る!株式会社

多焦点眼内レンズの適応とインフォームド・コンセント

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLS術後成績は,術前検査法における眼内レンズ度数測定法の改良,白内障手術における超音波乳化吸引手術法の普及,などによりその臨床成績は従来の諸法に比べ優れた術後成績を示しており2,3),また屈折矯正手術が広く一般に受け入れられつつあることから追加矯正手術としての屈折矯正手術が可能であることと相まって,今後,わが国においても多焦点眼内レンズが広く普及することが予想される.しかし,よく知られているように,屈折型および回折型多焦点眼内レンズはその光学特性に大きな差異と特色を認め,その特徴をよく把握し適切な適応を選択し,患者の術後QOL(qualityoflife),QOV(qualityofvision)に与える影響を術前に十分理解を得てから使用しないと,患者,医師ともに思わぬトラブルに直面しかねない.本稿ではこの新しい多焦点眼内レンズの適応と,術前に必要と思われるインフォームド・コンセントの要点を概説する.I症例選択,適応決定の要点1.眼疾患患者選択にあたっては白内障を有し,白内障以外の眼疾患を有していないことが望ましい.特に黄斑疾患を含む網膜疾患,緑内障を含む視神経疾患が存在すると多焦点眼内レンズ挿入後,著しい視機能低下をきたす場合があることが知られている.はじめに白内障─眼内レンズ手術において,調節力の再建,再生は依然として大きな課題の一つである.この課題の解決策として,①眼内レンズを2重焦点または多焦点として有用な近見視力を得る試み,②眼内レンズを前方移動または変形させることにより屈折力を変化させて有用な調節力を獲得する試み,③左右眼の眼内レンズ度数に差をつけて有用な近見視力と遠見視力を両立させるモノビジョンなどの試みが行われてきた.しかし,①の眼内レンズ光学部の2重焦点化,多焦点化に関しては,術前検査における眼内レンズ度数検査精度が低かったこと,多焦点眼内レンズのもたらす近方視力がやや不足していたこと,コントラスト感度低下,ハロー,グレアなどの術後視機能低下が十分解決されていなかったことなどにより1),わが国で普及するに至らなかった.②の眼内レンズの前方移動を意図してデザインされた製品も臨床において試されたが,長期的にはその移動量がきわめてわずかであり,十分な調節量を得ることができなかった.③のモノビジョンに関しては,現在でも多くの試みがなされているが,左右眼の優位性や変化度数設定の問題が残り,広く一般に普及しているとは言い難い.このようにわが国においては,現在に至るまで白内障手術における調節力再建に関する多くの試みがなされてきたが,いずれの手段,材料も多くの白内障患者,術者に受け入れられたとは言い難かった.しかし,近年開発された新世代の屈折型および回折型多焦点眼内レンズの(3)1049ucrouc眼0400053713眼特集●多焦点眼内レンズあたらしい眼科25(8):10491054,2008多焦点眼内レンズの適応とインフォームド・コンセントScreeningandCounselingMultifocalIntraocularLensPatients江口秀一郎*———————————————————————-Page21050あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(4)4.乱視多焦点眼内レンズ挿入眼では単焦点眼内レンズに比べ乱視による視力低下程度が強い(図1)ので,適応患者の術後角膜乱視を可能な限り少なくし,角膜乱視量の大きな患者に適応を見合わせるか角膜乱視矯正手術を組み合わせる.裸眼視力は乱視量に比例して遠見,近見視力ともに低下する.球面度数が正視の場合,屈折型および回折型多焦点眼内レンズでは乱視度数が1D以内であれば有用な裸眼遠見および近見視力を得ることができる5)が,1.5D以上の乱視を有する場合,遠見,近見ともに実用的な裸眼視力を得ることができない.角膜乱視が倒乱視の場合は,同程度の直乱視に比べ術後識字能への悪影響が強く出現するため,1Dの倒乱視でも新聞などの細かい文字が読めなくなる場合が多く,適応を慎重に検討するか乱視矯正手術の併施を考慮する.角膜正乱視が許容限度内でも角膜不正乱視が強い症例では術後視力回復が不十分であったり,コントラスト感度低下をきたす場合もあり,角膜形状解析装置を用いた角膜不正乱視定量測定を適応決定に含めておくことが望まれる.具体的には,たとえば代表的な角膜形状指数のKlyceCornealStatisticsに含まれる指数であるSAI(SurfaceAsym-metryIndex)が0.69以上,SRI(SurfaceRegularityIndex)0.91以上,PVA(PotentialVisualAcuity)20/20未満などを示す症例は,術後視機能回復が劣ると予測される.角膜不正乱視定量評価の際,注意しなけれ2.術前屈折術後の近見視力は術前との違いが明瞭でない場合,患者の満足度が低くなりやすいことから術前裸眼近見視力が不良である遠視,正視,強度近視が適応患者となりやすい.逆に,術前,良好な近見裸眼視力を有する軽度から中等度の近視患者,特に白内障の軽度な患者では術後の満足度が低くなりやすい.3.瞳孔径回折型多焦点眼内レンズでは近方視は瞳孔径に依存せず,小瞳孔でも良好な近見視が可能である.一方,屈折型多焦点眼内レンズでは良好な近見視力を得るためには一定の大きさの瞳孔径が必要で,明所で2.8mm未満の瞳孔径の患者は慎重適応とされている.多焦点眼内レンズを用いる場合,瞳孔径は単に良好な近見視を得るためのみならず,患者のQOLの要望に沿えるか否かの判断にも重要である.前述したごとく,瞳孔径2mmの場合,瞳孔から入射する光は屈折型多焦点眼内レンズの場合,遠方視83%,中間17%,近方0%である.一方,回折型多焦点眼内レンズの場合,遠方41%,中間0%,近方41%となり,明所での近見視力を十分得たい場合には回折型多焦点眼内レンズが有利となる.しかし,回折型多焦点眼内レンズの場合,明所での遠方視に振り分けられる光量は41%と屈折型多焦点眼内レンズの半分以下となり,明所での遠方視におけるコントラスト感度が屈折型多焦点眼内レンズより低下することが予想される.瞳孔径5mmの暗所視においては,屈折型多焦点眼内レンズの場合,遠方視60%,中間10%,近方30%であり,回折型多焦点眼内レンズの場合は,遠方84%,中間0%,近方10%となり,暗所での近方視は明所と逆転して回折型多焦点眼内レンズがやや劣る場合があることを示している.このように照度,瞳孔径により多焦点眼内レンズの遠見,近見は大きな変化を認めるため,術前に両眼開放下での瞳孔径を可能であるならば明所,薄明所,暗所で測定し,各照度における術後の患者の遠見,近見視力を予測し,患者の期待と適応が一致するかを検討することが必要である.瞳孔機能異常や瞳孔偏位を有する患者の場合はその程度により多焦点眼内レンズの機能が十分に発揮できないため慎重適応となる4).図1乱視による像の歪みのシミュレーション(IOLcounselor)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081051(5)点眼内レンズに比べると強く出現する(図2,3).特に屈折型多焦点眼内レンズにおいて夜間に症状が強いため,夜間の運転を職業とする患者には屈折型多焦点眼内レンズの挿入は避けるべきであろう.コントラスト感度の低下を補う意味からも,また,左右眼の近方視や結像特性のアンバランスを避ける意味からも多焦点眼内レンズは両眼に挿入することが望ましい.片眼にすでに単焦点眼内レンズが挿入されている場合,片眼白内障で瞭眼に白内障を認めない場合などは適応を慎重に検討する.6.職業・性格前述したごとくグレア・ハロー症状が強く出現することを考慮しタクシー運転手,長距離トラック運転手などの夜間に車の運転を職業とする患者には多焦点眼内レンズは適応としないほうがよい.ただし,FDA(米国食品・医薬品局)が米国における多焦点眼内レンズ承認の際に要求した運転シミュレーション試験では,運転の安全性と運転能力に単焦点眼内レンズ挿入群と多焦点眼内レンズ挿入群に有意差はなかった.患者の性格から判断すると,神経質,分析好き,批判的,完璧主義な患者は多焦点眼内レンズに適さない.また,患者のなかには多焦点眼内レンズを挿入すると術後眼鏡を用いなくてもすべての距離を鮮明に見ることができると誤解している方もいる.多焦点眼内レンズはあくまでも眼鏡への依存を極力減らすために開発されたものであることを十分に理ばならないのは涙液層の評価を忘れてはならないことである.ドライアイを併発している患者にては角膜そのものに不正乱視がなくても,涙液層が破綻している場合SRIやPVAなどの指数は異常値を示しやすい.多焦点眼内レンズが適応となる患者にドライアイが併発している場合はまずドライアイの治療を行ってから角膜不正乱視の再測定を行い適応決定の一助とする.他に細隙灯顕微鏡にて検出できない円錐角膜症例や疑い例も角膜形状解析に付随するKlyce/Maedaに代表される自動スクリーニングプログラムにて測定,評価を行い,手術適応とするか否かを判断する.また,角膜の屈折矯正手術の既往歴を有する患者は,角膜乱視は許容限度内であっても挿入する多焦点眼内レンズ度数計算の精度が低下するため,現時点では慎重適応とせざるをえない.5.コントラスト感度,グレア・ハロー多焦点眼内レンズはその光学特性よりコントラスト感度の低下は避けられない.患者の日常生活に大きな支障を認めることはないが,社会的に活動性の高い患者が,近用の細かい作業や精密な作業を行うには,特に回折型多焦点眼内レンズでは遠方と近方に光量を分けるために眼内レンズの結像特性が単焦点眼内レンズに比べ不十分と感じる患者もいる.また,夜間に街灯のような点光源を見ると,その周囲に光の環が見えるハローやライトの光が大きく滲んだように見えるグレアなどの症状は単焦図3多焦点眼内レンズ挿入眼におけるグレア・ハローシミュレーション(IOLcounselor)図2単焦点眼内レンズ挿入眼におけるグレア・ハローシミュレーション(IOLcounselor)———————————————————————-Page41052あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(6)術後の時間経過とともに慣れてくるといわれていること.回折型多焦点眼内レンズでは暗い場所で近方が見えにくくなる場合があり,部屋を明るくするか手元を照明することで見やすくなることを説明する.7.手術に伴うリスク,具体的には破により意図した多焦点眼内レンズが挿入できなくなる可能性.一般に多焦点眼内レンズにては,単焦点眼内レンズに比べ後発白内障によるコントラスト低下が強調されるため,単焦点眼内レンズ挿入眼に比べ早期にNd-YAGレーザーによる後切裂術が必要解してもらい,術後眼鏡を使用しなければならないことがありうることを納得してくれた患者のみを適応とすべきである.近方を眼鏡なしで見たい場合,読書などが主体で30cm前後の焦点距離を希望する患者には4.0Dの加入度数(眼鏡換算で3.2D)の回折型多焦点眼内レンズが適していると考えられる.一方,デスクトップコンピュータのモニターを眼鏡なしで見たい場合は,焦点距離が4050cmとやや遠くなるため3.5Dの加入度数(眼鏡換算で2.5D)の屈折型多焦点眼内レンズを選択するか,回折型多焦点眼内レンズの術後屈折をやや遠視よりに設定して適応する.II術前インフォームド・コンセントの要点患者が大きな期待をもち,高額な費用を支払って挿入する多焦点眼内レンズに関しては,術後視機能に関して患者の期待を現実的なものにすべく,術前に十分なインフォームド・コンセントを取ることが必要である.以下に事前説明の要点を列記する.1.日常生活の大半で眼鏡を用いなくても不自由しなくなるが,眼鏡装用がまったく不要になるわけではないこと.2.術後の屈折度数が目標値からずれた場合は度数矯正のための眼鏡装用が必要となったり屈折矯正手術などの追加手術を行う場合もあることを説明しておく.3.良好な視力が得られるようになるまで36カ月程度の順応期間があること.4.どの距離でも明瞭に見えた若い頃の見え方とは異なり,多焦点眼内レンズの近方加入度数により3035cmまたは4050cmの距離であり,中間距離の見難さを具体例で示して説明する.このような中間距離の見難さは,近づいて見るか眼鏡装用で解決できることも説明する.5.コントラスト感度低下に関しても,不鮮明な見え方をきたす場合があるが日常生活に支障をきたすほどではなく,術後時間経過とともに症状が改善されることを説明する.6.夜間の見え方は若いときとは異なりグレア・ハローが生じる可能性があること.もし生じても,手図4IOLcounselorソフト患者のタイプ,眼内レンズ種類,シミュレーション場面を選択することができる.図5老眼説明図表(IOLcounselor)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081053(7)図6白内障による見え方のシミュレーション(IOLcounselor)図8健康者の運転時の見え方シミュレーション(IOLcounselor)図10単焦点眼内レンズ挿入眼における運転時の見え方シミュレーション(IOLcounselor)図7白内障術後(多焦点眼内レンズ挿入眼)の見え方シミュレーション(IOLcounselor)図9白内障患者の運転時の見え方シミュレーション(IOLcounselor)図11多焦点眼内レンズ挿入眼における運転時の見え方シミュレーション(IOLcounselor)———————————————————————-Page61054あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(8)文献1)SteinertRF,PostCT,BrintSFetal:Aprospectiveran-domized,double-maskedcomparisonofzonal-progressivemultifocalintraocularlensandmonofocalintraocularlens.Ophthalmology99:853-861,19922)ChangDF:ProspectivefunctionalandclinicalcomparisonofbilateralReZoomandReSTORintraocularlensesinpatients70yearsoryounger.JCataractRefractiveSurg34:934-941,20083)ChiamPJ,ChanJK,HaiderSIetal:FunctionalvisionwithbilateralReZoomandReSTORintraocularlenses6monthsaftercataractsurgery.JCataractRefractiveSurg33:2057-2061,20074)KawamoritaT,UozatoH:Modulationtransferfunctionandpupilsizeinmultifocalandmonofocalintraocularlensesinvitro.JCataractRefractiveSurg31:2379-2385,20055)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:Inuenceofastig-matismonmultifocalandmonofocalintraocularlenses.AmJOphthalmol130:477-482,2000になる可能性を説明しておく.しかし患者に短時間で注意点を連続して説明しても,患者が十分な理解を得る場合は少ない.患者説明用のIOLcounselor〔PatientEducationConcepts(PEC)Houston,TX〕などの説明プログラムを用いて患者理解を助ける工夫が必要である(図411).おわりに多焦点眼内レンズは高齢者が日常生活で不自由しない程度の視力を得る範囲は従来の単焦点レンズに比べはるかに広い.この特徴をよく理解して適切な患者選択を行えば一般臨床上有用な眼内レンズであることは間違いなく,今後,白内障─眼内レンズ手術の選択肢の一つになりうる.

序説:多焦点眼内レンズの使い方

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLS額である多焦点IOLを選択する患者においてはなおさらであろう.したがって,患者の満足を得るためには,医師がそれぞれの多焦点IOLの特徴を理解し,患者のライフスタイルや要求をうまく聴取して最も適切なIOLを選択し,そのうえでインフォームド・コンセントを得ることが重要である.必ずしもすべての種類の多焦点IOLが使用できる環境でなくても,各IOLの特徴を知ることにより,より適切な情報を患者に与えたうえで相談することが可能であろう.現在の多焦点IOLの視機能は,決して調節力のある正常眼の視機能に並びうるものではないし,将来眼底疾患を起こす可能性のある患者(アトピー患者など)への適応や複雑な光学系が光学検査データに与える影響など未解決の問題もあるが,適切なインフォームド・コンセントのうえで治療をうけた患者の満足度は非常に高い.海外では多焦点IOLの種類はさらに多く,また,多焦点機能に加えて乱視矯正機能も同時に付加されたIOLもすでに臨床使用されている.この現状を考えると,多焦点IOL導入,改良の時代はまだこれからも続くものと考えられる.本特集では,国内で先駆けて多焦点IOLを使用され,多くの経験をもっていらっしゃる先生方に,適応とインフォームド・コンセント,光学的特徴,昨年,厚生労働省により2つの新しい多焦点眼内レンズ(IOL)の使用が承認され,さらに今年は多焦点IOLが先進医療として認められた.多焦点IOLは,学会のトピックの一つであり,治験中,承認待ち,個人並行輸入で使用されたものも含めると数種類の多焦点IOLの臨床成績が国内で報告されている.まさに今年は国内での「新多焦点IOL元年」ともいえる.この流れにのって,これまでは静観していたがそろそろ多焦点IOLを導入しようと考えていらっしゃる先生や,自分で導入するつもりはなくともセカンドオピニオンなどに備えて,ある程度知識を拡充したいと考えていらっしゃる先生も多いことと思う.多焦点IOLはその多焦点機構により,大きく屈折型と回折型に分けられるが,一口に屈折型,あるいは回折型といっても,それぞれの光学部デザインによってかなり見え方の特徴が異なる.たとえば,一般に「屈折型IOLは遠方の見え方がよい」「回折型IOLは近方の見え方がよい」といわれるが,総合的に考えた場合,同じ回折型IOLでも周りの明るさ(瞳孔径)や見る距離により,見え方は異なり,一概に回折型だからという理由で近方がすべて同じ見え方をするわけではない.最近は,白内障手術後の視機能に関する患者の期待度,要求度が非常に高くなっているが,費用が高(1)1047眼●序説あたらしい眼科25(8):10471048,2008多焦点眼内レンズの使い方ApplicationofMultifocalIntraoculalrLenses根岸一乃*———————————————————————-Page21048あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(2)が,多焦点IOLを使用する先生にも使用しない先生にとっても,日常臨床の一助になれば幸いである.検査上の注意点,各IOLの特徴と成績,使い分け,乱視矯正などについてわかりやすく解説していただいた.この特集を読めば,現状での「多焦点IOLの使い方」がかなり把握できるものと思う.本特集

起床時の眼瞼下垂により発見された硬膜動静脈瘻の1例

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page1(135)10390910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(7):10391042,2008cはじめに硬膜動静脈瘻(duralarteriovenousstula:duralAVF)は頭蓋内の動静脈シャントの1015%を占め,中高年の女性に好発するが,特に海綿静脈洞部では約80%が女性とされている1).臨床症状はAVFの程度と局在によるが,どの静脈にドレナージされるのかによって多彩に分かれてくる.頭蓋内圧の亢進をきたした場合には重篤な状態を招くため早期の診断治療が望まれるものの,症状が一定でないため病因診断はときに困難である2,3).今回筆者らは,数カ月前から幾つかの施設・診療科によって精密検査を受けたにもかかわらず診断に至ることがなかった患者で,起床時の眼瞼下垂を主訴とし眼科を受診したことがきっかけとなり硬膜動静脈瘻と診断され,的確な治療により改善した1例を経験したので報告する.I症例患者:51歳,女性.初診:平成18年5月11日.主訴:起床時の左眼眼瞼下垂.現病歴:平成18年2月20日から左眼痛と激しい嘔気が8〔別刷請求先〕橋本浩隆:〒305-0021つくば市古来530つくば橋本眼科Reprintrequests:HirotakaHashimoto,M.D.,TsukubaHashimotoOpticalClinic,530Furuku,Tsukuba-shi305-0021,JAPAN起床時の眼瞼下垂により発見された硬膜動静脈瘻の1例橋本浩隆*1,2筑田眞*2小原喜隆*3*1つくば橋本眼科*2獨協医科大学越谷病院眼科*3国際医療福祉大学視機能療法学科ACaseofDuralArteriovenousFistulawithMorningPtosisHirotakaHashimoto1,2),MakotoChikuda2)andYoshitakaObara3)1)TsukubaHashimotoOpticalClinic,2)DepartmentofOphthalmology,DokkyoUniversitySchoolofMedicine,KoshigayaHospital,3)DepartmentofOrthopticsandVisualSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfare眼瞼下垂で発見された硬膜動静脈瘻(duralAVF)の1例を報告した.症例は51歳,女性で,起床時の左眼眼瞼下垂を主訴として受診した.初診時,左眼の充血がみられるのみであったが,問診により長期間の嘔気,眼球突出,三叉神経第1枝領域の皮膚感覚異常,複視があったことから頸動脈海綿静脈洞瘻を疑った.諸症状に関し近医総合病院にてCT(コンピュータ断層撮影)とMRI(磁気共鳴画像)を事前に受けていたが診断がつかなかった経緯がある.提携病院の脳神経外科でMRA(磁気共鳴血管撮影)と選択的頭部血管造影を行いduralAVFの診断がついた.プラチナコイルによる経静脈的塞栓術が施行され,諸症状は改善された.本疾患のごとくCTやMRIでも診断がつきにくく,多角的な情報からの推察によってやっと診断に結びつく病態もある.詳しい問診や些細な所見の聴取,病診連携を密にするなど,診療科の敷居を設けない粘り強い診療姿勢が大切と考える.Wereportacaseofduralarteriovenousstula(duralAVF)withmorningptosis,inwhichbrainCT(computedtomography)andbrainMRI(magneticresonanceimaging)attheprevioushospitalhadshowednoremarkablechanges.Thepatient,a51-year-oldfemale,visitedTsukubaHashimotoOpticalClinicwithmorningptosis.Hypere-miawasseeninherlefteye.Weexpectedacarotid-cavernousstula(CCF),inviewofthesymptoms:nausea,proptosis,sensoryabnormalityinthetrigeminalarea(n.ophthalmicus)anddoublevision.MRA(magneticreso-nanceangiography)andselectiveheadangiographywerecarriedoutattheneurosurgerysectionofthehospitalthathasatie-upwithouropticalclinic,duralAVFwasdiagnosed.Thepatientwastreatedsuccessfullywithtransvenousembolization.Carefulreviewsofclinicalhistoriesandexaminations,andcloserelationsbetweenhospi-talsareimportantformakingaccuratediagnoses.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(7):10391042,2008〕Keywords:硬膜動静脈瘻,頸動脈海綿静脈洞瘻,眼瞼下垂,眼球突出,選択的頭部血管造影.duralarteriovenousstula(duralAVF),carotid-cavernousstula(CCF),ptosis,proptosis,selectiveheadangiography.———————————————————————-Page21040あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(136)視神経乳頭には変化はなかった(図2).前医の検査ではHbA1c(ヘモグロビンA1c)値は9.0%であった.聴診器にて左眼窩部で拍動性雑音(bruit)の聴取はなく,耳鳴りなどの自覚症状もなかった.診察は午後の外来受診であったため,午後4時前後に行われた.経過:症状は起床時のみの眼瞼下垂という時間的限定があるため,外来診察時には消失していた.しかし,随伴する症状がすべて左眼窩に関連する神経血管系のものであり,激しい嘔気・嘔吐を伴う時間が長かったことから,初診時には頸動脈海綿静脈洞瘻(carotid-cavernousstula:CCF)を疑った.結膜の充血は局所性の炎症所見の可能性もあると考えたため,抗菌薬(0.3%オフロキサシン)と副腎皮質ステロイド薬(0.1%フルオロメトロン)の点眼を左眼に処方し経過観察を行った.A総合病院に精査内容について問い合わせたが,頸動脈海綿静脈洞瘻を疑う所見はなかった.同年5月22日の再診時には複視の不定期な発生,起床時の眼瞼下垂症状や頭部皮膚症状(三叉神経第1枝領域の感覚異常)の悪化を訴えていた.診察の際には,複視,眼位異常や眼球運動制限はなく,眼圧は右眼19mmHg,左眼18mmHgで拍動に左右日間続いたが沈静.続いて左前頭部の皮膚痛が出たため同年2月27日にA総合病院を受診し,皮膚科にて頭部皮膚の湿疹と診断される.神経内科にて頭部CT(コンピュータ断層撮影)を行ったが異常とはみなされず,また,糖尿病のため眼科も受診したが糖尿病網膜症の診断で経過観察となった.同年3月1日,再度激しい嘔気,頭痛と左眼痛をきたしたため近医B受診.近医Bより総合病院C救急部を紹介され,頭痛薬,制吐薬の投与を受け帰宅する.同年3月12日と14日に激しい嘔吐のため再度C総合病院救急部を受診するが,症状の改善がないためA総合病院を受診しそのまま入院精査となった.MRI(磁気共鳴画像)と内視鏡での上部消化管の検査が行われたが病因診断はつかず,その後,同年4月6日まで糖尿病の教育入院を行い退院となった.同年4月27日から左眼に起床時のみの眼瞼下垂(起床後数時間で改善)が発症するようになり,家族から左眼の眼球突出の指摘もあったため,同年5月11日つくば橋本眼科(以下,当院)の受診となった.既往歴:平成13年から糖尿病にてA総合病院内科に通院加療中.家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼1.2(1.5×0.25D),左眼0.9(1.5×cyl0.50DAx40°).眼圧は右眼18mmHg,左眼19mmHg.Hertel眼球突出計にて眼球突出度は両眼ともに13mmで左右差はなく,眼瞼下垂も両眼でみられなかった.左前眼部所見としては,左眼球結膜の内側から下方にかけて充血(血管怒張)を認めた(図1).眼球運動制限は認めず,瞳孔は同大で,対光反応は両眼ともに異常はなかった.中間透光体には,両眼の初発白内障を認めた.眼底は両眼ともに糖尿病網膜症で新福田分類A-II程度の軽微な変化があったが,図1左眼内下方結膜にみられた充血(a:術前,b:術後)ab図2初診時眼底(a:右眼,b:左眼)糖尿病網膜症は軽度(新福田分類A-II).両視神経乳頭にうっ血は認めず,静脈径や走行にも異常はない.ab———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,20081041(137)された.術後経過は良好で諸症状も改善し,2週間後退院となった.平成18年11月28日当院再診時視力は,右眼0.9(1.5×0.25D(cyl0.50DAx90°),左眼0.9(1.5×cyl0.75DAx75°).左眼の球結膜の血管怒張は改善していた(図1).左の三叉神経第1枝領域の感覚異常は若干残っているものの,眼瞼下垂や眼球突出の自覚,嘔気の症状も改善し,経過は良好である.II考按頭蓋内の動静脈短絡をきたす疾患としては,脳動静脈奇形と硬膜動静脈瘻の頻度が高く,どちらも重篤な中枢神経系の障害をきたす可能性があることから,的確かつ早期の診断・治療が望まれる.その成因には静脈洞血栓症や外傷,ホルモンなどの諸説があるが,いまだ統一した見解はない.発生の頻度は虚血性病変のおおよそ1015%とされており,年齢的には4060歳代に多い.臨床上の問題として,視脳の皮質静脈や深部静脈への血液の逆流によって,灌流障害や静脈性梗塞,出血などを起こす危険性が指摘されている.海綿静脈洞での発症は女性に多いが,横静脈洞・S状静脈洞部では男女差はない.海綿静脈洞部duralAVFは特発性CCFともよばれている.症状として今回の海綿静脈洞部のものをあげると,眼球突出,結膜充血,眼圧上昇,拍動性雑音,外眼筋麻痺,頭痛,動眼神経麻痺,視力障害,が知られている4).CTやMRIで上眼静脈の拡張を認めることもあるが,MRAでは頸動脈系からの流入血管描出をはっきり認めることができる5,6).最終的な確定診断法は,血管造影であ差はなかった.結膜の充血は改善がまったくみられなかったため点眼薬の使用は中止とし,提携病院であるC総合病院の脳神経外科に頸動脈海綿静脈洞瘻の疑いで紹介した.C総合病院脳神経外科で,MRI,MRA(磁気共鳴血管画像),選択的頭部血管造影が行われた結果,両側性の海綿静脈洞部duralAVF(Barrowの分類:TypeC)の診断となった(図3,4).平成18年6月19日手術目的にてD総合病院に紹介となり,プラチナコイルによる経静脈的塞栓術が施行図3MRA像矢頭:側頭葉前方を灌流する静脈の逆流.矢印短:上眼静脈(SOV)の逆流.矢印長:左内頸動脈後方に海綿静脈洞と思われる描出.図4選択的頭部血管造影像矢頭:外頸動脈造影,多数の流入動脈を認める.矢印:海綿静脈洞が描出されている.左側面像右側面像———————————————————————-Page41042あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008である本例で第1枝領域のみに影響(前頭部痛)が出ていたのは,海綿静脈洞内での影響よりも頭蓋内の痛覚受容器の刺激を自覚していた可能性も考えられる.眼科診療においては日常脳神経に近い部位を観察することが多く,脳神経系疾患の発見の糸口をつかむことが多いが,専門科による精査が行われた場合にはそれ以上の精査は通常行われることは少ない.しかし,本疾患のごとくCTやMRIでも診断がつきにくく,多角的な情報からの推察によってやっと診断に結びつく病態もあることから,詳しい問診や些細な所見の聴取,病診連携を密にするなど,診療科の敷居を設けない粘り強い診療姿勢が大切と考える.稿を終えるにあたり,本報告に際し御指導を賜りました獨協医科大学越谷病院眼科の鈴木利根先生に深謝いたします.文献1)興梠征典,高橋睦正:画像診断:脳.臨床画像15:394-404,19992)安部ひろみ,本村由香,木許賢一ほか:うっ血乳頭で発見された硬膜動静脈瘻の1例.臨眼61:1455-1459,20073)deKeizerR:Carotid-cavernousandorbitalarteriovenousstulas:ocularfeatures,diagnosticandhemodynamicconsiderationsinrelationtovisualimpairmentandmor-bidity.Orbit22:121-142,20034)小西善史,塩川芳昭:硬膜動静脈瘻・奇形.脳神経57:757-765,20055)鈴木利根,瀬川敦,内野泰ほか:片側外転神経麻痺─海綿静脈洞付近の病変について─.神経眼科24:185-189,20076)BhattiMT,PetersKR:Aredeyeandthenareallyredeye.SurvOphthalmol48:224-229,20037)SergottRC,GrossmanRI,SavinoPJetal:Thesyndromeofparadoxicalworseningofdural-cavernoussinusarterio-venousmalformations.Ophthalmology94:205-212,19878)柴田俊太郎,近藤邦彦,島田賢ほか:著明なうっ血乳頭を呈した後頭蓋窩硬膜動静脈奇形の1例.眼臨86:1862-1866,19929)秋山朋代,松橋正和,小柳宏ほか:頭蓋内血管病変が原因のうっ血乳頭による高度視力障害.眼紀45:82-86,199410)柏井聡:良性頭蓋内圧亢進症とその治療について教えてください.あたらしい眼科21(臨増):115-117,200411)富田斉,金上貞夫,松原正男:うっ血乳頭が唯一の所見であった特発性頭蓋内圧亢進症(偽脳腫瘍)の1例.臨眼60:357-361,2006(138)る.流入血管は各種の動脈より分枝した硬膜動脈群で,流出静脈は直接静脈洞に入るか,正常の場合に静脈洞に流入するそれぞれの頭蓋内静脈を逆流する1).眼科の領域では,充血のため当初は結膜炎や強膜炎として治療されることが多い7).また,うっ血乳頭により発見された報告例が近年いくつかあるが,予後として不幸な転機をとることも少なくない2,8,9).眼科の日常診療においてはCTやMRIなどを使用する機会があまりないこともあり,本疾患では検眼鏡的な観察や詳しい問診などからの少ない情報から推察し診断へと導くことが必要となる.本症例の主訴は,起床時の眼瞼下垂であった.検眼鏡的所見ではうっ血乳頭も認めず左眼の鼻側結膜の充血のみであり,眼球突出も診察時にはなく,複視も不定期な出現で,他覚的所見に乏しい状況であった.診察の時間が夕方であったことから,主訴である眼瞼下垂も観察することはできなかった.本症例においてCCFを疑わせた所見の一つは,問診により得られた数カ月間続いた嘔気の症状であった.本症例は血糖コントロールがHbA1c値で9.0%程度と高く,血管の硬化が予想されたことと,激しい嘔吐による血圧の一過性異常上昇が危惧されたことから,当初はそれらが原因となり海綿静脈洞内での動脈血管の破綻をきたしCCF発症につながった可能性があると考えた.しかし,結果として選択的頭部血管造影において両側性のduralAVFの診断がついたことから,嘔気・嘔吐は発症の原因ではなく,本疾患からの頭蓋内圧亢進による症状であったことが判明した.頭蓋内圧亢進症状の継続は視機能にとっても悪影響を及ぼすため,不可逆性変化が起こる前に診断治療ができたことは幸いであった10,11).頭蓋内圧亢進は早朝起床時に最も強くなる.すなわち,睡眠時には呼吸は抑制的であり換気が悪いため,脳血流の炭酸ガス分圧(Pco2)が増加することにより脳の血管が拡張し,脳の容積は増加する.起床直後はこのために頭蓋内圧は亢進しているが,覚醒後は換気が改善されるため,Pco2が低下し頭蓋内圧は低下する.起床時にのみ眼瞼下垂が発症したことは,この頭蓋内圧亢進が海綿静脈洞内で動眼神経に関与したものと推察される.また,頭蓋内テント上の病変により,痛覚受容器がある架橋静脈や脳底部の動脈,硬膜などに加わった刺激は,三叉神経第1枝を介して知覚されることが知られている.海綿静脈洞には三叉神経第1,2枝が走行しているが,テント上病変***