———————————————————————- Page 10910-1810/09/\100/頁/JCOPYあるグラム陰性桿菌と,保存ケース内のアカントアメーバの存在には何らかの関係があるとも考えられる.したがって,保存ケースの微生物汚染状況は,CL 関連角膜感染症の発症に大きな影響を与える因子といえる.II眼表面から分離される菌とケースから 分離される菌は同一株か? 臨床的には,CL 関連角膜感染症において角膜擦過物・眼脂・結膜 拭い液など眼表面のサンプルから緑膿菌が分離され,同時に保存ケースからも緑膿菌が分離されると,迷うことなくそれら緑膿菌は同一株で,保存ケースから眼表面に持ち込まれたと判断される.しかし,一般的に使用されている簡易同定キットを用いた菌種同定の精度は必ずしも高くなく,診断法の限界を超えると菌種同定はできない.16S rRNA の塩基配列での菌種同定結果は,詳細かつ精度は高いが,それでも同一菌種での複数株が同じ株かどうかは検証できない.したがって前記の情報だけでは,単に眼表面のサンプルと,保存ケースから緑膿菌が分離されたとの情報にすぎず,それら緑膿菌が分子生物学的に同一株とは断言できない.緑膿菌には血清型(serotype)が少なくとも 14 種あり,遺伝子型(genotype)に至ると無数に存在する.土壌・淡水・海水などさまざまな自然環境から分離され,人間の居住空間では,台所・洗面所・風呂場など水場を中心とした湿潤環境から高頻度に分離される.さらに,それら多種多様の環境に適応するために,常に遺伝子変異をくIコンタクトレンズ関連角膜感染症と 保存ケース汚染ツꀀ かつてハードコンタクトレンズ(ハード CL)しかなかった時代も,さまざまな種類の CL・装用方法・ケア用品が利用できる現在も,CL 関連角膜感染症の起炎微生物は緑膿菌を中心としたグラム陰性桿菌である報告が多い.そして,感染症をきたした患者は,終日装用 CLの就寝時装用,ワンデイ CL の数日ないし数週間使用,保存ケース内液の交換をしない不適切なケア,などをしていることが多い.それらの事実は,CL 関連角膜感染症の発症は,レンズの種類にはさほど大きな影響は受けず,どちらかと言えば,装用者の装用・ケア方法の良し悪しに依存することを示唆しているともいえる.緑膿菌を中心としたグラム陰性桿菌は,原則として健常者の眼表面に常在していないため,CL 関連角膜感染症においてそれらの細菌が角膜擦過物や眼脂から分離された場合,CL 装用に伴って眼外から眼表面に持ち込まれているはずである.過半数の健常者にもあてはまることだが,CL 関連角膜感染症の患者の保存ケース内液を培養すると,緑膿菌を筆頭に多種類のグラム陰性桿菌が多量に分離される.したがって,CL 関連角膜感染症の起炎菌は保存ケース汚染菌であると推測される.わが国では,近年アカントアメーバ角膜炎の報告が増加しているが,アカントアメーバはグラム陰性桿菌や真菌を餌としている.まだ不明な点が多いが,保存ケース汚染菌で(29)ツꀀ 1187ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ Eツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ スツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ ンスツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 0 8503ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 3 18 15ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 特集●コンタクトレンズ関連角膜感染症 あたらしい眼科 26(9):1187 1192,2009コンタクトレンズケースの微生物汚染Microbial Contamination of Contact Lens Storage Case江口洋*———————————————————————- Page 21188あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,2009(30)色体 DNA を制限酵素で切断し,その切断された DNA断片をアガロースゲル電気泳動により分離・染色することで DNA 断片を観察する方法である.細菌の染色体DNA から得られる DNA 断片は長く,通常の電気泳動では分離が困難であるため,特殊な電場の中で電気泳動り返している.したがって,環境から菌が混入しているのであれば,一つの保存ケースに複数の遺伝子型の緑膿菌が同時に混入している可能性は十分考えられる.人体に常在していない微生物による感染症の場合,感染ルートを明確にすることは,感染制御の観点から重要である.そのためには,まずは人体のサンプルから得られる菌と,それ以外(環境や医療器機)のサンプルから得られる菌の遺伝子型の相同性を検証しなければならない.CL 関連角膜感染症であれば,角膜・眼脂・結膜 拭い液など,眼表面サンプルから分離される細菌と,その装用者の保存ケースから分離される同種菌とが,分子生物学的に同じであることを証明しなければならない.臨床的には,ある菌種の複数株において,幾つかの抗菌薬に対する薬剤感受性のパターンが同じであれば,同一株であると判断されることが多い.しかし実際には,同じ「感受性:susceptible」,「耐性:resistant」にも幅があり,感受性の判定は同じでも最小発育阻止濃度(minimumツꀀ inhibitoryツꀀ concentration:MIC)の値は違うことがよくある.無論その場合は,同種菌であっても遺伝子型は異なることを意味する.前記のとおり,同種菌であれば,株は違えども薬剤感受性のパターンは類似することが多く,現時点で遺伝子型の違いが臨床経過を大きく左右すると考えて薬剤の選択をする必要はない.しかし緑膿菌では,元来持ち合わせている遺伝的要素を消去することなく,新たな遺伝的要素が加わることで,人体を含めた多種多様の環境に適応しているとも考えられている1).幾つかの遺伝子変異が重なった結果,ある種の薬剤に対する感受性が変化する可能性は否定できない.したがって,各種遺伝子タイピングの手法で,株の分子生物学的相同性が検証できる昨今,CL 関連角膜感染症においても,本当に眼表面のサンプルから分離される菌と,保存ケースから分離される菌とが同一株であるかどうか,分子生物学的に検証しておく必要がある.IIIパルスフィールドゲル電気泳動微生物の遺伝子タイピングには幾つかの手法があるが,感染ルートの検索に使用される最も標準的な手法は,パルスフィールドゲル電気泳動(pulsed- eld gel electrophoresis:PFGE)である.PFGE は,細菌の染図 1CL関連緑膿菌性角膜潰瘍2 週間頻回交換ソフト CL を数カ月にわたって使用していた症例.YR123図 2緑膿菌性角膜潰瘍でのPFGEレーン 1(保存ケース),レーン 2(角膜擦過物),レーン 3(眼脂)の泳動パターンは同じである.Y:Yeast chromosome marker,R:Row range PFGE mark-er.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,20091189(31)め,その根源を強力に殺菌・除菌することで,保存ケースに混入する生菌量を減少させる方法論である.感染症は,起炎微生物の「病原性」と「生菌量」の 2 つの要素で修飾されるため,保存ケース内の生菌量が減少すれば,CL 関連角膜感染症の発症リスクを減らすことができる可能性がある.1)や 2)では,新たな製品開発に時間的・経済的負担が必要だが,3)では保存ケース近傍の除菌で CL 関連角膜感染症を予防できる可能性があり,仮に効果が証明されれば,すぐにでも装用者へ啓発できることでもある.V保存ケース汚染菌の由来「ケース汚染菌の根源を殺菌・除菌するケア方法」の開発には,汚染菌の由来を明確にする必要がある.そもそも,店頭に並んだ新品の保存ケースが,すでに 106 7個のグラム陰性桿菌で汚染されているとは考えにくく,元来ほぼ無菌であったはずの保存ケースが,使用中にどこかからか微生物が混入してくると考えるのが妥当である.多くの装用者が居住空間の水場で CL ケアをしていること,緑膿菌などのグラム陰性桿菌は,居住空間の湿潤環境から高頻度に分離されることを考慮すると,保存ケース近傍の水場に生息している環境菌が混入していると考えられる.健常な CL 装用者のなかで,保存ケースから緑膿菌やSerratia 属を検出した装用者において,その装用者のさまざまな居住空間からも同種菌の分離を試み,それらをPFGE で精査すると,ケース真下や,ケースから半径 1 m 以内(片手で届く範囲)の水場から分離される緑膿菌や Serratia 属と,保存ケースから分離される菌とが同じ遺伝子型であることがわかる.一方で,同じ装用者の居住空間において,ベランダなどの苔が生えているような屋外の湿潤環境から分離される緑膿菌とは遺伝子型が違うことも判明した(図 3,4).その他,CL ケア時に使用する水道の蛇口と,装用者の手指からも分離を試みた.保存ケースから分離された株と同じ遺伝子型の株は,一部の装用者で保存ケースを触った直後の手指から分離された以外は,検出されていない.当然のように思える結果だが,PFGE で精査してはじめて,保存ケース汚染菌の由来は室内の水場,特にケースを置いている真を行う.比較する複数の細菌において遺伝子の塩基配列が同じであれば,すべて同じ DNA 断片が生じるため,その泳動パターンは同じになる.逆に塩基配列が異なれば,異なる長さの DNA 断片が生じるため,異なった泳動パターンを示す.院内感染や食中毒などの感染源や感染経路の特定には必須の検査であり,他科領域では古くから比較的よく使用されている遺伝子タイピングの手法である2,3).CL 関連緑膿菌性角膜潰瘍(図 1)において,眼表面のサンプルから分離された緑膿菌と,保存ケースから分離された緑膿菌とを PFGE で精査すると,それらの遺伝子型が一致することが確認できる(図 2).これまで当然と考えられながらも,分子生物学な検討は十分になされていなかったため,報告4)は少ないが,重要なデータである.以上のデータから,CL 関連角膜感染症の起炎菌は保存ケース汚染菌と同一株であるといえる.仮に,眼表面のサンプルから微生物がまったく分離されなかった場合,保存ケース内液を培養して分離される微生物をターゲットに治療すればよいという考え方の根拠になる.IV感染制御保存ケース汚染菌が角膜に感染していることが明らかならば,CL 関連角膜感染症の発症のリスクを減らす方法論として,感染制御の観点からつぎの 3 点をテーマとして設定することができる.すなわち,1)保存ケース汚染菌をこれまで以上に殺菌・静菌できる多目的溶剤の開発,2)菌がより付着しにくい素材の CL の開発,3)汚染菌の根源を殺菌・除菌するケア方法の開発,である.1),2)は,いわば「保存ケースは汚染される」ことを前提とした発想といえる.しかし,1)で「より殺菌・静菌できる多目的溶剤」とは,「より眼表面への毒性が強い」ことを意味し,実際の開発には障害が多い.2)に関しては,近年のソフト CL ではシリコーンハイドロゲル製の CL が徐々に普及してきているが,シリコーンハイドロゲル製 CL では菌の付着を助長し感染の危険が高いとの報告5)もある.世界的にみて,より菌が付着しにくい CL 素材の開発へは向かっていないようである.一方 3)では,「保存ケースをいかに汚染しないか」という発想を元に,保存ケース汚染菌の根源を突き止———————————————————————- Page 41190あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,2009(32)下の環境,あるいはケースから半径 1 m 以内の水場に生息するグラム陰性桿菌であると,断言できる.VI保存ケース内生菌量「ケース汚染菌の根源を殺菌・除菌するケア方法」で保存ケース汚染菌の混入を阻止できるかどうか,仮にある程度阻止できても,極微量でも混入した菌が数カ月の間にケース内で異常に増殖していないかどうか,を検証するため,保存ケースに 106 CFU/ml 以上の生菌量が確認された装用者において,ケース近傍のアルコール綿での除菌を数カ月にわたって施行した.施行前後での保存ケース内生菌量の変化を検討すると,多くの装用者で生菌量は劇的に減少し(図 5),保存ケース近傍の除菌で保存ケース汚染菌の混入が阻止できることが判明した.よって,新たな多目的溶剤や新たな素材の CL の開発も重要であるが,「保存ケース近傍の除菌」はすぐにでも患者へ指導することができるため,ケア方法の一つとして啓発すべきと思われる.しかし,ソフト CL のケア方法の中心が,煮沸消毒から 2 段階中和方式のコールド消M123Y図 3 健常者から分離されたSerratia marcescensのPFGEレーン 1 と 2(保存ケース),レーン 3(ケース真下の環境サンプル)の泳動パターンは同じである.M:lambda ladder,Y:Yeast chromosome marker.MM12345図 4別の健常者から分離された緑膿菌のPFGEレーン 1(保存ケース),レーン 2 と 3(ケース真下),レーン 4(ケースから 1 m 以内の水場),レーン 5(屋外の水場).同じ緑膿菌だが,屋外の水場から分離された株のみ泳動パターンが違う.①②③④前(×105希釈100??)後(原液100??)図 5保存ケース内生菌量①②は普通寒天培地,③④は MaConkey 寒天培地.———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,20091191(33)ーバの存在する保存ケースと,アカントアメーバが存在しない保存ケースで菌の検出状況に差がないか,あるいは,健常者の保存ケースと細菌性角膜感染症例の保存ケースでの菌の検出状況に差がないか,DNA クローンライブラリー解析を施行すれば,CL 関連角膜感染症に関する新たな知見が得られる可能性がある.毒,そして多目的溶剤へと,より簡便な方法に変遷したことを考慮すると,これまでのケアに加えて,わずかでも新たな作業が加わることに順応できない装用者が多いと考えられる.保存ケースへの環境菌混入を防ぐための,殺菌・除菌ができる小さくて軽量のケース付属品などの開発にも目を向け,装用者にとってはこれまで同様の簡便なケアで,かつ感染症のリスクを減らすことのできる製品を模索すべきと思われる.そのような製品を使用した場合と,使用しない場合とで,保存ケース汚染状況を検証してみることも重要である.VII今後の課題保存ケース汚染菌が環境菌であると判明すると,つぎに問題となるのは,眼科医にとってはなじみの薄い環境菌の把握である.当然,眼表面サンプルから分離される菌種とはまったく違う,聞き慣れない細菌群(真菌やアメーバも含まれる)を対象としている.それにもまして,土壌などの環境菌の 99%は培養不可能菌といわれており6),眼科の日常診療で施行している培養テクニックで,すべての環境菌を把握することなど,到底不可能である.培養というバイアスをかけることなく,菌群集を把握する手法として,DNA クローンライブラリー解析(図6)が確立されており,土壌・汚水・腸内フローラなど,複数種の環境菌を多量に含んでいると思われるサンプルの DNA クローンライブラリー解析では,培養不可能菌群の存在が明らかとなっている.CL 保存ケースにも,これまでわれわれの知り得なかった微生物が混入している可能性が十分に考えられ,それらが既存の培養可能であったさまざまな菌とどのように関係しているのかは,今後の重要な検討課題と思われる.たとえば,「CL 装用に伴った Serratia による角膜潰瘍」と考えていた症例が,実際はこれまで培養不可能であった別種の菌が主たる起炎菌であり,Serratia はその菌にいつも付随しているだけであったが,人類のもつ培養テクニックではSerratia のみが分離されていた,などという事態を想像することもできる.アカントアメーバ角膜炎症例の保存ケースに,特異的,あるいは高頻度に存在する培養不可能な環境菌がいるかもしれない.健常者でアカントアメツꀀ 菌群集サンプルDNA抽出通常の培養DNA混合物 PCR16S rDNA混合物クローニング大腸菌形質転換菌の培養シークエンス系統解析???????????B08A02A03C05D11???????????????B12D06コロニーをピックアップし簡易同定または16S rDNAをPCR増幅後シークエンス図 6DNAクローンライブラリー解析培養というバイアスによって,培養不可能菌は淘汰されるが,菌群集から直接 DNA を抽出し大腸菌へクローニングすれば,培養不可能菌の存在が明らかになる.PCR:polymeraseツꀀ chain reaction.———————————————————————- Page 61192あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,2009(34) 4) de Melo GB, Aggio FB, Ho ing-Lima AL et al:Pulsed- eldツꀀ gelツꀀ electrophoresisツꀀ inツꀀ theツꀀ identi cationツꀀ ofツꀀ theツꀀ origin of bacterial keratitis caused by Pseudomonas aeruginosa. Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol 245:1053-1054, 2007 5) Kodjikian L, Casoli-Bergeron E, Malet F et al:Bacterial adhesion to conventional hydrogel and new silicone-hydrogel contact lens materials. Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol 246:267-273, 2008 6) Amann RI, Ludwig W, Schleifer KH:Phylogenetic identi cation and in situ detection of indivisual microbial cells without cultivation. Microbiol Rev 1:143-169, 1995文献 1) Mathee K, Narasimhan G, Valdes C et al:Dynamic of Pseudomonas aeruginosa genome evolution. Proc Natl Acad Sci USA 105:3100-3105, 2008 2) Miranda G, Kelly C, Solorzano F et al:Use of pulsed- eld gel electrophoresis typing to study an outbreak of infec-tion due to Serratia marcescens in a neonatal intensive care unit. J Clin Microbiol 34:3138-3141, 1996 3) Srinivasanツꀀ A,ツꀀ Wolfendenツꀀ LL,ツꀀ Songツꀀ Xツꀀ etツꀀ al:Anツꀀ outbreak of Pseudomons aeruginosa infection associated withツꀀ exible bronchoscopes. N Engl J Med 348:214-220, 2003