———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.2,20092030910-1810/09/\100/頁/JCLSToxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)は,白内障手術などanteriorsegmentの手術後,1248時間以内に前眼部に限局して発症する急性非感染性の炎症性疾患である1,2).ステロイドまたは非ステロイド抗炎症薬により軽快するが,組織損傷が大きい場合は角膜移植や緑内障手術などさらなる治療が必要となる.TASSは,1992年Monsonらによって提唱され3),TASSのなかで角膜内皮障害に限局した症例を,toxicendothelialcelldestructionsyndrome(TECDS)とよぶ場合もある4,5).TASSの臨床像2)典型的なTASSは,重度な前房内炎症(フィブリン形成,しばしば前房蓄膿となる)と角膜輪部から輪部に至るびまん性の角膜浮腫を特徴とする.フィブリン形成は虹彩表面や眼内レンズ(IOL)の表面にもみられ,びまん性の角膜浮腫は広範囲にわたる角膜内皮細胞の損傷を意味する.TASSにより不可逆性の虹彩損傷が生じると不整な瞳孔や散瞳不良,さらに線維柱帯が損傷される.病初期の眼圧は下降するが,不可逆性に線維柱帯が損傷すると高眼圧,続発緑内障となる.菌性術後眼内炎との鑑別TASSはしばしば,霧視や充血,眼痛をきたすため,細菌性術後眼内炎との鑑別が困難である.おもな鑑別点は,①TASSの発症は24時間以内が多く,細菌性術後眼内炎の多くは37日後に発症する,②TASSの炎症はつねに前房に限局し,点眼ないしは経口のステロイド薬にて改善を示す(細菌性術後眼内炎は硝子体混濁をきたす),③細菌性術後眼内炎は,眼瞼腫脹,結膜浮腫,眼脂,充血などの感染所見が強い(TASSは強くない),④TASSは房水や硝子体液培養が陰性,があげられる.(65)TASSを疑った場合,細菌性術後眼内炎の可能性も念頭におき,ステロイド薬に対する反応や加療に伴う46時間ごとの所見の変化などから鑑別を試みる.TASSの実態と原因TASSの発症はまれであるが,症例数の多い病院やクリニックにおいて連続発症することが多い(単発例はTASSであっても認知されていないだけかもしれない).TASSの原因と疑われているものを表1に示す.TASSが疑われた2症例筆者らは,合併症なく終了した白内障手術の術翌日より前房内炎症および高度の角膜内皮障害を発症した2症例を経験した6).症例は同日に連続施行された5症例の2例(4例目,5例目)であり,2症例ともに,術翌日より中等度の前房内炎症,高眼圧,高度の角膜浮腫を認めた(図1,2).ステロイドおよび非ステロイド性抗炎症薬の点眼,ステロイド薬の点滴により前房内炎症は軽快す小早川信一郎*1大井彩*1,2*1東邦大学医療センター大森病院眼科*2川崎社会保険病院眼科眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎270.ToxicAnteriorSegmentSyndrome(TASS)Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)について述べた.経過によっては,角膜移植や緑内障手術が必要となる場合があり,注意を要する.TASSが疑われたならば,術者は手術システムの再構築に取り組む責務がある.表1TASSの原因灌流液や手術用剤不適切なpHや浸透圧の製品散瞳薬,抗菌薬,粘弾性物質などに含まれる防腐剤や添加剤薬剤投与濃度の間違い不適切な(純度の低い)インドシアニングリーンやトリパンブルー手術器具(用具)残留洗浄液,消毒薬,蛋白除去剤など細菌が産生したリポポリサッカライド(LPS)や外毒素,内毒素付着金属(銅や鉄)変成した粘弾性物質手袋のパウダー眼内レンズ研磨剤,清浄剤,滅菌剤など術後要因眼軟膏(文献2より改変)———————————————————————-Page2るも,著しい角膜内皮細胞数の減少を認め(2,777→669細胞/mm2,2,793細胞/mm2→測定不能),1例は水疱性角膜症を発症し,Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)が施行された.最終視力は0.8および0.5(DSAEK施行眼)であった.原因として,手術侵襲や術中の薬剤流入(麻酔薬,抗菌薬など)は否定的であり,TASSが疑われた.TASSの発症が疑われた同手術室では,手術器材の滅菌や洗浄過程の見直し,手術用剤の調剤方法の再確認,発症当日使用していた灌流液などと同一ロットの製品調査が行われた.この2症例以降,TASSと疑われる症例の発症はみられていない.もしTASSが疑われたならば,術者は手術システムの再構築に取り組む責務がある.文献1)TheASCRSandtheASORN(AmericanSocietyofOph-thalmicRegisteredNurses):Recommendedpracticesforcleaningandsterilizingintraocularsurgicalinstruments.TASSguidelines.JCataractRefractSurg33:1095-1100,20072)MamalisN,EdelhauserHF,DawsonDGetal:Toxicante-riorsegmentsyndrome.JCataractRefractSurg32:324-333,20063)MonsonMC,MamalisN,OlsonRJ:Toxicanteriorseg-mentinammationfollowingcataractsurgery.JCataractRefractSurg18:184-189,19924)LiuH,RoutleyI,TeichmannKD:Toxicendothelialcelldestructionfromintraocularbenzalkoniumchloride.JCata-ractRefractSurg27:1746-1750,20015)幸野敬子,土坂寿行,前田利根ほか:フタラール消毒薬(ディスオーパR)による白内障手術後の水疱性角膜症.臨眼59:1705-1709,20056)大井彩,小早川信一郎,松本直ほか:ToxicAnteriorSegmentSyndrome(TASS)が疑われた2症例.IOL&RS(inpress)図1白内障手術(眼内レンズ挿入併施)終了時合併症なく終了した.図2図1と同一症例の術3週間後高度の角膜内皮障害を認めた.
———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.2,20092030910-1810/09/\100/頁/JCLSToxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)は,白内障手術などanteriorsegmentの手術後,1248時間以内に前眼部に限局して発症する急性非感染性の炎症性疾患である1,2).ステロイドまたは非ステロイド抗炎症薬により軽快するが,組織損傷が大きい場合は角膜移植や緑内障手術などさらなる治療が必要となる.TASSは,1992年Monsonらによって提唱され3),TASSのなかで角膜内皮障害に限局した症例を,toxicendothelialcelldestructionsyndrome(TECDS)とよぶ場合もある4,5).TASSの臨床像2)典型的なTASSは,重度な前房内炎症(フィブリン形成,しばしば前房蓄膿となる)と角膜輪部から輪部に至るびまん性の角膜浮腫を特徴とする.フィブリン形成は虹彩表面や眼内レンズ(IOL)の表面にもみられ,びまん性の角膜浮腫は広範囲にわたる角膜内皮細胞の損傷を意味する.TASSにより不可逆性の虹彩損傷が生じると不整な瞳孔や散瞳不良,さらに線維柱帯が損傷される.病初期の眼圧は下降するが,不可逆性に線維柱帯が損傷すると高眼圧,続発緑内障となる.菌性術後眼内炎との鑑別TASSはしばしば,霧視や充血,眼痛をきたすため,細菌性術後眼内炎との鑑別が困難である.おもな鑑別点は,①TASSの発症は24時間以内が多く,細菌性術後眼内炎の多くは37日後に発症する,②TASSの炎症はつねに前房に限局し,点眼ないしは経口のステロイド薬にて改善を示す(細菌性術後眼内炎は硝子体混濁をきたす),③細菌性術後眼内炎は,眼瞼腫脹,結膜浮腫,眼脂,充血などの感染所見が強い(TASSは強くない),④TASSは房水や硝子体液培養が陰性,があげられる.(65)TASSを疑った場合,細菌性術後眼内炎の可能性も念頭におき,ステロイド薬に対する反応や加療に伴う46時間ごとの所見の変化などから鑑別を試みる.TASSの実態と原因TASSの発症はまれであるが,症例数の多い病院やクリニックにおいて連続発症することが多い(単発例はTASSであっても認知されていないだけかもしれない).TASSの原因と疑われているものを表1に示す.TASSが疑われた2症例筆者らは,合併症なく終了した白内障手術の術翌日より前房内炎症および高度の角膜内皮障害を発症した2症例を経験した6).症例は同日に連続施行された5症例の2例(4例目,5例目)であり,2症例ともに,術翌日より中等度の前房内炎症,高眼圧,高度の角膜浮腫を認めた(図1,2).ステロイドおよび非ステロイド性抗炎症薬の点眼,ステロイド薬の点滴により前房内炎症は軽快す小早川信一郎*1大井彩*1,2*1東邦大学医療センター大森病院眼科*2川崎社会保険病院眼科眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎270.ToxicAnteriorSegmentSyndrome(TASS)Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)について述べた.経過によっては,角膜移植や緑内障手術が必要となる場合があり,注意を要する.TASSが疑われたならば,術者は手術システムの再構築に取り組む責務がある.表1TASSの原因灌流液や手術用剤不適切なpHや浸透圧の製品散瞳薬,抗菌薬,粘弾性物質などに含まれる防腐剤や添加剤薬剤投与濃度の間違い不適切な(純度の低い)インドシアニングリーンやトリパンブルー手術器具(用具)残留洗浄液,消毒薬,蛋白除去剤など細菌が産生したリポポリサッカライド(LPS)や外毒素,内毒素付着金属(銅や鉄)変成した粘弾性物質手袋のパウダー眼内レンズ研磨剤,清浄剤,滅菌剤など術後要因眼軟膏(文献2より改変)———————————————————————-Page2るも,著しい角膜内皮細胞数の減少を認め(2,777→669細胞/mm2,2,793細胞/mm2→測定不能),1例は水疱性角膜症を発症し,Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)が施行された.最終視力は0.8および0.5(DSAEK施行眼)であった.原因として,手術侵襲や術中の薬剤流入(麻酔薬,抗菌薬など)は否定的であり,TASSが疑われた.TASSの発症が疑われた同手術室では,手術器材の滅菌や洗浄過程の見直し,手術用剤の調剤方法の再確認,発症当日使用していた灌流液などと同一ロットの製品調査が行われた.この2症例以降,TASSと疑われる症例の発症はみられていない.もしTASSが疑われたならば,術者は手術システムの再構築に取り組む責務がある.文献1)TheASCRSandtheASORN(AmericanSocietyofOph-thalmicRegisteredNurses):Recommendedpracticesforcleaningandsterilizingintraocularsurgicalinstruments.TASSguidelines.JCataractRefractSurg33:1095-1100,20072)MamalisN,EdelhauserHF,DawsonDGetal:Toxicante-riorsegmentsyndrome.JCataractRefractSurg32:324-333,20063)MonsonMC,MamalisN,OlsonRJ:Toxicanteriorseg-mentinammationfollowingcataractsurgery.JCataractRefractSurg18:184-189,19924)LiuH,RoutleyI,TeichmannKD:Toxicendothelialcelldestructionfromintraocularbenzalkoniumchloride.JCata-ractRefractSurg27:1746-1750,20015)幸野敬子,土坂寿行,前田利根ほか:フタラール消毒薬(ディスオーパR)による白内障手術後の水疱性角膜症.臨眼59:1705-1709,20056)大井彩,小早川信一郎,松本直ほか:ToxicAnteriorSegmentSyndrome(TASS)が疑われた2症例.IOL&RS(inpress)図1白内障手術(眼内レンズ挿入併施)終了時合併症なく終了した.図2図1と同一症例の術3週間後高度の角膜内皮障害を認めた.