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正常眼圧緑内障におけるカリジノゲナーゼの網膜中心動脈血流への効果

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(131)8810910-1810/08/\100/頁/JCLS《原著》あたらしい眼科25(6):881884,2008cはじめに正常眼圧緑内障の治療では眼圧の無治療時ベースラインを調べ,30%以下の眼圧下降が目標とされている1).しかし,十分に眼圧を下降しても視野障害が進行する症例をしばしば経験することがある.今回筆者らは眼圧のコントロールが良好であるにもかかわらず,1年間で視野の悪化が進行する正常眼圧緑内障と視野の悪化の進行を認めない正常眼圧緑内障の網膜中心動脈血流を検討した.網膜中心動脈血流は超音波カラードップラー法(colorDopplerimaging:CDI)を用い測定した.これらの症例に対し,カリジノゲナーゼ製剤カルナクリンR(三和化学)を1日量として150単位を投与し網膜中心動脈血流に対する影響を検討した.経過観察中点眼薬は中止せず,継続とした.〔別刷請求先〕前田貴美人:〒060-8543札幌市中央区南1条西16丁目札幌医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:KimihitoMaeda,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine,South-1,West-16,Chuo-ku,Sapporo060-8543,JAPAN正常眼圧緑内障におけるカリジノゲナーゼの網膜中心動脈血流への効果前田貴美人*1舟橋謙二*2今井浩一*3三嘴肇*3大黒浩*1*1札幌医科大学医学部眼科学講座*2真駒内みどり眼科*3市立小樽病院放射線科EectofOralKallidinogenaseonCentralRetinalArteryBloodFlowinNormal-TensionGlaucomaKimihitoMaeda1),KenjiFunahashi2),KouichiImai3),KaoruMisumi3)andHiroshiOhguro1)1)DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine,2)MakomanaiMidoriGankaClinic,3)SectionofRadiologicalTechnology,OtaruMunicipalHospital緑内障患者の網膜中心動脈血流を測定し,カリジノゲナーゼが血流への影響を超音波カラードップラー法(colorDopplerimaging:CDI)を用いて検討した.市立小樽病院に通院治療中の眼圧コントロール良好な33例の緑内障患者を検査の対象とした.緑内障患者の内訳は正常眼圧緑内障25例34眼,原発開放隅角緑内障8例9眼であった.カリジノゲナーゼ投与は全員からインフォームド・コンセントを得た.点眼はカリジノゲナーゼ投与期間中も継続した.カリジノゲナーゼ150IU(or単位)投与前,および1カ月後にCDIを行い網膜中心動脈の血流速度を測定した.1カ月後にCDIの検査を行えた正常眼圧緑内障12例16眼にカリジノゲナーゼ投与前後で収縮期最高血流速度(Vmax)の有意な増加が認められた.したがって,正常眼圧緑内障において,カリジノゲナーゼは網膜中心動脈の血流改善に有効であると思われた.WeusedultrasoundcolorDopplerimaging(CDI)toinvestigatebloodowinthecentralretinalarterybeforeandonemonthafteroralkallidinogenasetreatmentinpatientswithglaucoma.Thestudyinvolved33patients(25withnormal-tensionglaucoma,8withprimaryopen-angleglaucoma),whoweretreatedafterinformedconsenthadbeenobtainedfororalkallidinogenase.Thetreatmentswerecarriedoutduringoralkallidinogenaseadminis-trationwithanti-glaucomadrugs.Wemeasuredthepeak-systolicandend-diastolicbloodowvelocityandresis-tanceindexinthecentralretinalartery.Afteronemonthtreatmentwithoralkallidinogenase,wemonitored16eyes(12patients)withnormal-tensionglaucoma.Oraladministrationofkallidinogenasesignicantlyincreasedcen-tralretinalarteryowovelocityinpatientswithnormal-tensionglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):881884,2008〕Keywords:正常眼圧緑内障,眼血流,超音波カラードップラー法,カリジノゲナーゼ.normal-tensionglaucoma,ocularbloodow,colorDoppolerimaging,kallidinogenase.———————————————————————-Page2882あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(132)(cm/s),Vmean(cm/s),RIの結果は表3のとおりであった.正常者群,POAG群,NTG群,OH群とでVmax,Vmin,Vmean,RIを検定したところ,正常者群とNTG群・POAG群,OH群とNTG群・POAG群ではVmaxのみ有意差を認めた(Man-Whitney’sUtest,図1).カルナクリンR投与1カ月後NTG群ではVmaxの有意な増加を認めた(p<0.05,Wilcoxonsigned-rankstest,表4).図に示していないがNTG群において,片眼視野正常は8眼であり,カルナクリンR投与前のVmaxは9.3±2.4であった.カルナクリンR投与後のVmaxは9.1±1.7であり,I対象および方法市立小樽病院に2002年4月より通院中の眼圧コントロール良好な緑内障患者と高眼圧症患者に検査の説明を行い,同意を得た患者にCDIを行った.緑内障は33例,年齢は66.9±11.0歳(平均±標準偏差),男性14例,65.6±10.2歳,女性19例,67.1±11.1歳であった.このうち原発開放隅角緑内障(POAG)は8例,65.0±9.9歳(男性3例,70.7±1.3歳,女性5例,66.6±9.9歳),正常眼圧緑内障(NTG)は25例,67.5±11.5歳(男性11例,64.2±10.6歳,女性14例,70.1±11.9歳)であった.高眼圧症(OH)は5例(男性2例,64.2±10.6,女性3例,65.6±10.1歳)であった.CDIは東芝製SSA-550Aと検査用リニア式電子プローブ12MHzを用い測定した.測定方法は報告2)にあるとおり患者を仰臥位安静にし,眼球を圧迫しないように注意し,視神経・視神経乳頭が描出する部位を選び,血流波形を得た.収縮期最高血流速度(Vmax),拡張期最低血流速度(Vmin),平均速度(Vmean),抵抗指数〔resistanceindex:RI=(VmaxVmin)/Vmax〕を血流波形から算出した.網膜中心動脈(CRA)の描出に際し,視神経陰影内,乳頭後方約3mmの部位を選び,全例同一の検者が担当した.エコーの情報の精度を高めるため,超音波でのスキャニングポイントの幅を狭くし,ドップラーエコーの感度を高くした.CRAは腹腔臓器とは異なりガスによる影響がなく,超音波進入角度が60°以上のため,描出の再現性は良好であった.患者の視野は全員Humphrey静的量的視野30-2Sita-Standardを行った.視野悪化の評価としてMD(meandeviation)値が前回の検査,すなわち1年前と比較し3dB以上進行したものを選んだ.眼圧は全例Goldmann圧平眼圧計にて午前中に測定した.CRAの血流を測定した後に,インフォームド・コンセントを得て,カリジノゲナーゼの投与を行った.カリジノゲナーゼは三和化学株式会社のカルナクリンR1日量150単位を投与し,1カ月後に再度CRAの血流を測定した.1カ月後に再検査できた患者はNTG12例16眼,POAG2例3眼,OH5例10眼であった.他症例は1カ月以内もしくは1カ月以降に来院したため,検査から除外した.カルナクリンR投与は1カ月間と短期間のため,視野検査の追試を行わなかった.コントロールとして,全身的な基礎疾患および眼疾患のない健康体ボランティア4例8眼(男性1例,女性3例,31±10.7歳)のCRAの血流を測定した.II結果点眼薬は表1に示すとおり,各群に単剤もしくは2剤併用を行い,眼圧は治療前と比較し有意に下降していた(表2).カルナクリンR投与前のCRAの血流を測定したところ,正常者群とPOAG群,NTG群,OH群でVmax(cm/s),Vmin表1使用点眼薬遮断剤b遮断剤ab遮断剤PG製剤CAI製剤OH群02040POAG群03271NTG群525152PG製剤:プロスタグランジン系製剤,CAI製剤:炭酸脱水酵素阻害薬.表2正常眼圧緑内障(NTG)群,原発開放隅角緑内障(POAG)群,高眼圧症(OH)群の治療前後眼圧群群群眼治療前眼圧±1.8OH群17.8±1.9NTG群20.9±2.4POAG群治療後眼圧(mmHg)16.4±2.514.2±2.015.2±2.0§p=0.0051,*p<0.001,†p=0.004(Wilcoxonsigned-rankstest).§*†表3各疾患群と正常者群の網膜中心動脈血流の結果眼正常者群±2.24.0±0.77.0±1.10.7±0.1OH群1011.8±2.73.0±0.96.7±1.50.8±0.1NTG群509.1±2.62.6±0.85.3±1.20.7±0.1POAG群149.8±2.83.0±0.95.2±2.00.7±0.1収縮期最高血流速度(Vmax),拡張期最低血流速度(Vmin),平均速度(Vmean),抵抗指数(resistanceindex:RI)表4カルナクリンR投与前後での正常眼圧緑内障(NTG)群,原発開放隅角緑内障(POAG)群の網膜中心動脈収縮期血流速度群群眼治療前±2.47.3±2.1投与後Vmax(cm/s)9.2±1.78.0±2.4NTGでは有意差あり.*:p<0.05Wilcoxonsigned-rankstest.*———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008883(133)用いており,筆者らが用いた検査用リニア式電子プローブが12MHzであったため,より浅い部位の血流の信号を得やすかった可能性がある.Yehの報告にもあるように,周波数が高くなればより精密に血流のドップラーの信号を捉えることが可能である10).正常者群で得たCRAの血流値は,各疾患群と比較し若年ではあるが報告11,12)にもあるように正常範囲であった.片眼緑内障片眼正常眼で,片眼正常眼患者の眼血流(Vmax)は正常者群の血流と有意差を認めなかった.眼血流は加齢に伴い低下する11)が,正常者群よりもVmaxの低値を示した理由が加齢によるものか不明であった.レーザードップラー法でOHと正常者を比較したところ,OHでは視神経乳頭血流が速かったという報告がある13).測定方法および測定部位が異なるためか,今回の検査ではOH群では正常者群とのCRAのVmax,Vmin,Vmean,RIのいずれも有意差を認めなかった.すでに治療をされて,有意に眼圧が低下しているOHであったため,初診時にCRAの血流が正常者群と同じなのかは不明であった.POAGを発症するビーグル犬において,眼圧上昇を呈するようになる以前よりCRAのVmaxの低下を示すことが報告されている14).ヒトとビーグル犬とでは比較することはできないが,今後もOH群の初診患者では治療前にCDIを行い正常者群と差がないか検討し,また,OH群の一部は緑内障に移行することが報告されているので15),今後も注意して血流を検討する必要があると思われる.杉山らはカルナクリンR150単位/日の内服を併用した緑内障患者を10年間追跡し,重症の緑内障では視野障害の進行を抑制できなかったことを報告している16).しかし,このような視野障害が進行した症例はHumphrey視野計では検査できない重症例が多く,Humphrey視野計で測定できた患者では有意に視野障害を抑制できたことも述べている16).今回筆者らは全例Humphrey視野計で測定できる患者であったため,今後も追跡する必要があるものの,杉山らの報告のように視野障害の進行を抑制できる可能性があると思われる.NTGでの内服での治療はエビデンスがないが,カルナクリンRの神経保護作用17)も併せて考慮すると,NTG治療に点眼薬だけでは視野障害の進行を止められない患者に対し,カルナクリンRは有用である可能性が示唆された.謝辞:外来を支えてくださった市立小樽病院前院長森岡時世先生ならびに献身的に患者に対応された小樽市立病院眼科外来スタッフの皆様に心から感謝を申し上げる.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障の治療総論.日眼会誌107:143-152,2003投与前後で有意差を認めなかった.また,カルナクリンR投与前の片眼緑内障のVmaxと比較したが有意差を認めなかった.同様に正常者群と比較し,Vmaxに有意差を認めなかった.III考按NTGの原因に眼循環障害が示唆される34)一方で,緑内障治療点眼薬による眼循環改善の報告が増えている57).そのため,正常眼圧緑内障の治療に眼圧下降と眼循環改善の両面を考えることには意味があると思われる.しかし,点眼薬による眼圧のコントロールが良好であるにもかかわらず,視野の悪化を認める症例を日常診療で経験する.この場合,すでに点眼薬でfullmedicationとなっている症例ではつぎの手は多く残されてはいない.筆者らは,1カ月間ではあったが,カルナクリンR投与でCRAのVmaxの増加をCDIにて確認することができた.視野の悪化したNTG群ではさらに他剤へ変更するか,追加する方法も残っていたと思われるが,点眼薬が増えることによるコンプライアンスの低下が懸念され,内服だと楽であるとの外来患者からの声を受け,点眼を追加することを行わず,脈絡膜循環改善作用11)のあるカルナクリンRを選んだ.楊らは網膜分枝静脈閉塞症に150単位/日のカルナクリンRを投与し,CRAではVmaxの増加は認めなかったものの,網脈絡膜循環の改善を示唆している9).筆者らの症例では3例に,カルナクリンR投与後にVmaxの低下を認めたが,Vminが増加していたため,RIが低下し,結果的に眼循環の改善に変わりはなかったと思われる.楊らと筆者らとの結果が異なった理由は不明だが,楊らは7.5MHzのプローブを図1網膜中心動脈収縮期血流速度各群の網膜中心動脈収縮期血流速度(Vmax)を示す.正常者群とOH群,NTG群とPOAG群では有意差を認めなかったが,それ以外では有意差を認めた.*:p<0.05,**:p<0.01(Man-Whitney’sUtest).NS*1614121086420正常者群NTG群POAG群Vmax(cm/s)*NS****OH群———————————————————————-Page4884あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(134)tionalvascularassessmentwithultrasound.IEEETransMedImaging23:1263-1275,200411)ButtZ,O’BrienC,McKillopGetal:Dopplerimaginginuntreatedhigh-andnormal-pressureopen-angleglauco-ma.InvestOphthalmolVisSci38:690-696,199712)GalassiF,NuzzaciG,SodiAetal:Possiblecorrelationsofocularbloodowparameterswithintraocularpressureandvisual-eldalterationsinglaucoma:astudybymeansofcolorDopplerimaging.Ophthalmologica208:304-308,199413)FekeGT,SchwartzB,TakamotoTetal:Opticnerveheadcirculationinuntreatedocularhypertension.BrJOphthalmol79:1088-1092,199514)GelattKN,MiyabayashiT,Gelatt-NicholsonKJetal:ProgressivechangesinophthalmicbloodvelocitiesinBea-gleswithprimaryopenangleglaucoma.VetOphthalmol6:77-84,200315)HigginbothamEJ,GordonMO,BeiserJAetal:Topicalmedicationdelaysorpreventsprimaryopen-angleglau-comainAfricanAmericanindividuals.ArchOphthalmol122:113-120,200416)杉山哲也,植木麻理:正常眼圧緑内障の10年間の視野障害進行と治療薬の検討.FrontiersinGlaucoma6:126-129,200517)XiaCF,YinH,BorlonganCVetal:Kallikreingenetrans-ferprotectsagainstischemicstrokebypromotingglialcellmigrationandinhibitingapoptosis.Hypertension434:452-459,20042)丹羽義明,山本哲也,松原正幸ほか:緑内障眼の眼窩内血流動態に対する二酸化炭素の影響─超音波カラードップラー法による検討─.日眼会誌102:130-134,19983)YamazakiY,DranceSM:Therelationshipbetweenpro-gressionofvisualelddefectsandretrobulbarcirculationinpatientswithglaucoma.AmJOphthalmol124:217-295,19974)NicolelaMT,WalmanBE,BuckleyARetal:Variousglaucomatousopticnerveappearances.Acolordopplerimagingstudyofretrobulbarcirculation.Ophthalmology103:1670-1679,19965)井戸正史,大澤俊介,伊藤良和ほか:イソプロピルウノプロストン(レスキュラR)点眼が正常眼圧緑内障患者における眼循環動態に及ぼす影響.あたらしい眼科16:1557-1579,19996)西村幸英,岡本紀夫:イソプロピルウノプロストン(レスキュラR)点眼が眼動脈血流速度に及ぼす影響─正常眼圧緑内障眼における検討─.あたらしい眼科15:211-214,19917)MizunoK,KoideT,SaitoNetal:Topicalnipradilol:eectsonopticnerveheadcirculationinhumansandperioculardistributioninmonkeys.InvestOphthalmolVisSci43:3243-3250,20028)小林ルミ,森和彦,石橋健ほか:カリジノゲナーゼの網脈絡膜血流に対する影響.臨眼57:885-888,20039)楊美玲,望月清文,丹羽義明ほか:カリジノゲナーゼの網脈絡膜循環に及ぼす影響.あたらしい眼科17:1433-1436,200010)YehCK,FerraraKW,KruseDE:High-resolutionfunc-***

初回手術と同一部位から行うトラベクロトミー再手術の試み

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(127)8770910-1810/08/\100/頁/JCLS《原著》あたらしい眼科25(6):877880,2008cはじめにトラベクロトミーは,原発開放隅角緑内障や落屑緑内障などの開放隅角緑内障に対して選択される1).よく奏効しているトラベクレクトミーの術後眼圧に比べると,トラベクロトミー単独の術後眼圧は高いため,進行した緑内障眼に対してはトラベクレクトミーがより効果的であると考えられる.しかしながら,トラベクレクトミーは術後に濾過胞が形成されるので,濾過胞からの房水漏出や術後感染などの合併症に留意しながら経過観察を行わなければならない.とりわけ下方の結膜からトラベクレクトミーを行うと上方から行った場合よりも術後感染の発生頻度が高いため,上方から行うことが望ましい.トラベクロトミー,トラベクレクトミーのいずれの術式でも,術後期間が長くなるにつれて眼圧コントロールが不良となる症例の割合は増加してゆく.したがって患者の余命を考慮して緑内障治療を考えるとき,初回手術としては下方からトラベクロトミー,追加手術としては初回手術とは反対側で下方の部位からトラベクロトミーを行い,上方結膜は将来トラベクレクトミーが必要となった場合のために温存しておく考え方が提唱されている24).これをさらに進めて,下方から行った初回のトラベクロトミーと同一部位を使って再度トラベクロトミーを行うことが有効であれば,将来トラベクレ〔別刷請求先〕岡田守生:〒710-8602倉敷市美和1-1-1倉敷中央病院眼科Reprintrequests:MorioOkada,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurashikiCentralHospital,1-1-1Miwa,Kurashiki710-8602,JAPAN初回手術と同一部位から行うトラベクロトミー再手術の試み岡田守生王英泰高山弘平内田璞倉敷中央病院眼科PilotStudyofRepeatedTrabeculotomyatSiteofPreviousSurgeryMorioOkada,HideyasuOh,KouheiTakayamaandSunaoUchidaDepartmentofOphthalmology,KurashikiCentralHospital初回手術と同一部位からのトラベクロトミー(以下,LOTと略す)再手術の有効性を調べた.対象は,初回手術(全例で耳下側からLOTと白内障手術の同時手術を施行)で眼圧下降を得た後に年余を経て眼圧再上昇をきたした開放隅角緑内障症例3眼である.再手術までの期間は4年から6年で,再手術決定時の眼圧は35mmHg(眼圧下降薬点眼4剤と炭酸脱水酵素阻害薬内服),22mmHg(点眼3剤),18mmHg(点眼4剤と炭酸脱水酵素阻害薬内服)であった.再手術は,全例にLOT+シヌソトミー+Schlemm管内壁の内皮網除去を施行し,全例で両側のSchlemm管内壁を開放できた.全例で術後一時的に25mmHgを超える高眼圧となったが,保存的治療で眼圧は下降した.それぞれの症例の再手術後の眼圧はおのおの21mmHg,19mmHg,17mmHgであった.初回手術と同一部位から行うLOT再手術は有効である可能性がある.Theeectofrepeatedtrabeculotomyatthesiteoftheprevioussurgerywasstudiedin3patientswithopen-angleglaucomawhohadundergonecombinedtrabeculotomyandcataractsurgeryandwhoshowedintraocularpressure(IOP)increaseafter4to6yearsdespitemaximalmedicaltreatment,includingperoraladministrationofcarbonicanhydraseinhibitor.Wesuccessfullyperformedtrabeculotomyandsinusotomywithpeelingofthebroticliningfromthejuxtacanaliculartrabecularmeshworkinalleyes.Afterre-operation,anIOPspikewasnotedinalleyes;respectiveIOPthendecreasedfrom35mmHgto21mmHg,from22mmHgto19mmHgandfrom18mmHgto17mmHg.Thisstudysuggestsapossiblehypotensiveeectofrepeatedtrabeculotomyatthesiteoftheprevi-oussurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):877880,2008〕Keywords:開放隅角緑内障,緑内障手術,トラベクロトミー,再手術.open-angleglaucoma,glaucomasurgery,trabeculotomy,re-operation.———————————————————————-Page2878あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(128)(点眼2剤使用),症例3:25mmHg(点眼3剤使用)であった.初回手術の術式は,全例で耳下側からトラベクロトミー(症例3ではシヌソトミーを併用)を行い,同じ部位で白内障超音波乳化吸引術と眼内レンズ挿入術を行った.全例で両側のSchlemm管内壁の切開に成功し,bloodreuxを確認した.初回手術後の眼圧は,症例1:15mmHg以下(点眼3剤使用),症例2:1619mmHg(点眼3剤使用),症例3:12mmHg(点眼2剤使用)であった.その後年余を経て眼圧が再上昇したために再手術となったが,再手術までの期間は,症例1:4年,症例2:6年,症例3:6年であった.再手術前の眼圧は,症例1:35mmHg(点眼3剤を使用し,さらに炭酸脱水酵素阻害薬内服),症例2:1722mmHg(3剤使用),症例3:18mmHg(3剤使用し,さらに炭酸脱水酵素阻害薬内服)であった.再手術前の視野は,湖崎分類で,症クトミーを選択する際に用いる上方結膜を温存できる.今回,初回手術としてトラベクロトミーを耳下側から行い眼圧下降を得た後に年余を経て眼圧が再上昇した症例に,初回手術と同一部位からトラベクロトミーを行い眼圧下降を得たので報告する.I対象および方法対象は,初回手術が当科で合併症なく施行され眼圧下降を得た後,年余を経て眼圧再上昇をきたした開放隅角緑内障3眼〔原発開放隅角緑内障(POAG)1眼,落屑緑内障(PE)2眼〕で,いずれも2006年に当科で再手術を行った.症例1は63歳,女性でPE,症例2は80歳,女性でPOAG,症例3は75歳,男性でPEである.おのおのの初回手術前の眼圧は,症例1:28mmHg(眼圧降下薬点眼3剤使用)(以下,「眼圧降下薬点眼」を「点眼」と略す),症例2:21mmHg図1初回手術創初回手術部の結膜を離し,強膜創を露出.図2Schlemm管の同定Schlemm管内壁を露出.図4Bloodreuxトラベクロトームを回転しSchlemm管内壁を切開した.両側のbloodreuxを認める.図3内皮網除去トラベクロトームを挿入後,線維柱帯内皮網を除去.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008879(129)眼圧はやや上昇傾向を認め,症例1:21mmHg(術後10カ月,点眼3剤),症例2:19mmHg(術後8カ月,点眼2剤),症例3:17mmHg(術後6カ月,点眼2剤)であった.図5に,初回手術から再手術後間での眼圧の経過を示す.III考按トラベクロトミー施行眼の再手術に際しては,初回手術以外の部位からトラベクロトミーを行うか,あるいは上方の結膜からトラベクレクトミーを行うことが通常である.特にトラベクロトミーを再手術として行う場合は,上方を避け下方から行うことによって,将来必要となるかもしれないトラベクレクトミーのための上方結膜を温存することができる.同様に,上方結膜を温存する意味で初回にトラベクロトミーを行った部位と同一部位で再度トラベクロトミーを行うことができ,それが有効であればさらに有利であろうと考えられる.トラベクロトミーの効果が次第に減じてゆく原因としては,Schlemm管内壁の切開部の再閉鎖が考えられるが,これまで再手術の部位として前回と同一部位を用いた報告はない.これは,初回手術の部位の瘢痕を離し手術部を露出することの困難さと,一旦手術した部位のSchlemm管の働きが失われているのではないかという危惧が原因であろう.今回の症例では初回手術の際にトラベクロトミーに加え一部ではシヌソトミーを併用していたが,全例で初回手術部を露出でき両側のSchlemm管内壁を初回と同様に切開することができた.再手術の際でもトラベクロトームを回転してSchlemm管内壁を切開したときには,初回手術と同様にSchlemm管内壁からの抵抗が感じられたことから,初回手術の内壁切開創は再閉鎖していたのではないかと考えられ,これが眼圧再上昇の原因と推察された.Schlemm管内壁切開によって隅角からbloodreuxを認めたことにより,同部が房水静脈との交通を維持していることが示され,Schlemm管の機能が残っていることが示唆された.術後高眼圧が全例に起こったが,いずれも眼圧下降薬点眼や炭酸脱水酵素阻害薬の内服を行い,術後59日で眼圧下降を得た.トラベクロトミーと同時にシヌソトミーを,さらには内皮網除去を併用すると,術後一過性眼圧上昇が少ないことが報告されている510).今回はシヌソトミーと内皮網除去の両方を行ったにもかかわらず全例で術後一過性の高眼圧をきたした.これは前房出血が比較的多かったことが原因と推測されるが,出血が多い理由は不明である.幸い術後に視野狭窄が進行した例はなかったが,本法を行う際には術後眼圧上昇の可能性に留意しておく必要があると思われる.術後の一時的な高眼圧の時期を過ぎた後の眼圧経過をみると,全例で再手術前の眼圧より低下しており手術の効果が認められた.シヌソトミーを併用すると,若干の房水が結膜下例1:Ⅲb,症例2:Ⅲa,症例3:Ⅲaであった.再手術前の手術眼の隅角は,全例でテント状周辺虹彩前癒着が散在するも,おおむね開放隅角を保っていた.再手術の術式は,全例で初回手術の術創を再び用いてトラベクロトミーを行い,シヌソトミーとSchlemm管内壁の内皮網除去を併用した.まず,円蓋部基底の結膜切開を施行し結膜癒着を離した(図1).ついで初回手術の強膜弁を離してゆくと初回手術時に露出したSchlemm管内壁が確認できた(図2).同部を用いてSchlemm管にトラベクロトームを挿入した.ついで内皮網除去を施行した後(図3),トラベクロトームを前房に向かって回転させてSchlemm管内壁の切開を行った(図4).強膜弁は10-0ナイロン5糸にて縫合するとともに,シヌソトミーを行った.手術後当日は手術部が上になるように側臥位安静とした.II結果全例で両側のSchlemm管内壁の切開に成功し,両側の切開部からのbloodreuxを認めた.同じく全例でSchlemm管内壁の内皮網除去とシヌソトミーを施行できた.トラベクロトームを回転しSchlemm管内壁を切開する際には,初回手術時に経験するようなSchlemm管内壁の抵抗を感じた.術翌日には全例にやや多目の前房出血を認め,25mmHg以上(症例1:25mmHg,症例2:40mmHg,症例3:30mmHg)の一時的な眼圧上昇が起こったが,保存的治療(眼圧降下薬点眼,炭酸脱水酵素阻害薬内服)で59日後には20mmHg以下となった.術後,シヌソトミー部の結膜に軽度の濾過胞を認めたが,速やかに吸収され濾過胞が残存したものはなかった.その他の合併症として1例で前房出血が硝子体腔へ回り硝子体出血となったが,自然吸収された.再手術後の眼圧は,症例1:16mmHg(術後3カ月,点眼2剤),症例2:16mmHg(術後4カ月,点眼2剤),症例3:15mmHg(術後2カ月,点眼2剤)であった.その後の図5手術前後の眼圧経過初回手術および再手術後に眼圧が下降している.4035302520151050眼圧(mmHg)初回手術前初回手術後再手術前再手術後2~4カ月再手術後6~10カ月:症例1:症例2:症例3———————————————————————-Page4880あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(130)は適応があると考えられる.文献1)TaniharaH,NegiA,AkimotoMetal:Surgicaleectoftrabeculotomyabexternoinadulteyeswithprimaryopenangleglaucomaandpseudoexfoliationsyndorome.ArchOphthalmol111:1653-1661,19932)黒田真一郎:緑内診療のトラブルシューティングVI.手術治療1.トラベクロトミー1)初回は上からか下からか.眼科診療プラクティス98:150,20033)南部裕之,尾辻剛,桑原敦子ほか:下方から行ったトラベクロトミー+サイヌソトミーの術後成績.眼科手術15:389-391,20024)桑円満喜,南部裕之,安藤彰ほか:下方から行ったトラベクロトミー+シヌソトミーの術後3年の成績.眼臨99:684,20055)熊谷映治,寺内博夫,永田誠:TrabeculotomyとSinuso-tomy併用後の眼圧.臨眼46:1007-1011,19926)谷口典子,岡田守生,松村美代ほか:トラベクロトミー,シヌソトミー併用手術の効果と問題点.眼科手術7:673-676,19947)南部博之,岡田守生,西田明弘ほか:シヌソトミー併用トラベクロトミーとトラベクロトミー単独手術の術後成績.眼科手術8:153-156,19958)溝口尚則,黒田真一郎,寺内博夫ほか:シヌソトミー併用トラベクロトミーとトラベクロトミー単独手術との長期成績の比較.臨眼50:1727-1733,19969)安藤雅子,黒田真一郎,永田誠:トラベクロトミー術後の一過性高眼圧に対する内皮網除去の効果.あたらしい眼科20:685-687,200310)富田直樹,徳山洪一:サイヌソトミー併用トラベクロトミーの術後中期成績.眼科手術18:425-429,200511)塩田伸子,岡田丈,稲見達也ほか:内皮網除去を併用したトラベクロトミーの手術成績.あたらしい眼科22:1693-1696,200512)伊藤正臣,中野匡,高橋現一郎ほか:非穿孔性線維柱帯切除術およびサイヌソトミーを併用した線維柱帯切開術の術後4年後の成績.眼科手術17:557-562,200413)小寺由里子,林寿子,田村和寛ほか:線維柱帯切開術に併用した深部強膜切除術の変法に術後短期経過.臨眼59:1561-1565,2005に流れて軽度の濾過胞を形成することがあるが,これは速やかに消失する.今回の症例でも軽度の濾過胞は速やかに消失したので,房水濾過の要素が眼圧下降に作用しているとは考えられない.再手術後,短期の眼圧は初回手術後の眼圧にほぼ匹敵することから,再手術の効果は短期的には初回手術とほぼ同程度ではないかと思われた.トラベクロトミーにシヌソトミーあるいは内皮網除去を併用すると,濾過胞の形成を認めないにもかかわらず,トラベクロトミー単独手術より術後眼圧が低く保たれることが報告されている413).今回はシヌソトミーと内皮網除去を施行しているが,術後眼圧はいずれも16mmHgを超えており,ロトミー単独手術の術後眼圧に近い印象がある.また,術後6カ月を越えたころから次第に眼圧上昇傾向を示している.これらの現象は,同一部位から行う方法の限界を示すものかもしれない.今回の症例では再手術時の強膜弁離で困難を感じることはなく,初回手術創を切開し脈絡膜が透けて見える程度の深さで強膜弁離を開始すると,途中で自然と前回手術の深さでの強膜弁が離してきた.トラベクロトームの挿入が困難であった例はなかったが,トラベクロトームをSchlemm管に挿入する際の一般的な注意としてSchlemm管内壁を破らないように,Schlemm管断端にトラベクロトームの先端をわずかに挿入したら,トラベクロトームを離して持針器などでそっとトラベクロトームの尻をつつくようにして挿入した.もし早期に前房に穿孔した場合は,持針器でトラベクロトームの案内側のアーム(挿入しないほうのアーム)を持ち,先端部をSchlemm管に挿入したら,持針器で持ったままトラベクロトームの挿入側のアームをSchlemm管外壁に押し付けるような感じで挿入すると成功することがある.症例数が少なく経過観察期間も短いが,本法は初回手術あるいは別の部位から行うトラベクロトミー再手術に準ずる眼圧下降効果があった.再手術としてトラベクロトミーが適応となる症例,特にトラベクレクトミーを行う部位を残しておきたいが,すでに複数回の手術を行っており同一部位からトラベクロトミーを行わざるをえない症例などに対して,本法***

濾過瘢痕よりの感染性眼内炎に硝子体手術と濾過胞再建術を施行した1例

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(123)8730910-1810/08/\100/頁/JCLS《第18回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科25(6):873876,2008cはじめにマイトマイシンC(MMC)併用トラベクレクトミーは眼圧コントロール成績の向上に寄与する反面,数%の症例に濾過胞感染という重篤な合併症を起こす1).濾過胞感染は術後数カ月から数年で発症するとされる14)が,今回同術後4年で濾過胞破損に伴う細菌性眼内炎を発症し,硝子体手術と濾過胞再建術を併施し良好な結果を得た1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕森秀夫:〒534-0021大阪市都島区都島本通2-13-22大阪市立総合医療センター眼科Reprintrequests:HideoMori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital,2-13-22Miyakojima-Hondori,Miyakojima-ku,OsakaCity534-0021,JAPAN濾過瘢痕よりの感染性眼内炎に硝子体手術と濾過胞再建術を施行した1例森秀夫三村真士大阪市立総合医療センター眼科ACaseInvolvingBothVitrectomyandFilteringBlebReconstructionforSepticEndophthalmitiswithBlebInfectionHideoMoriandMasashiMimuraDepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital4年前両眼にマイトマイシンC併用トラベクレクトミーを受けた83歳女性が,2006年11月9日朝右眼に暖かい流涙を,午後には眼痛,眼脂,霧視を自覚し,近医にて濾過胞穿孔に伴う細菌性眼内炎と診断され,同夜当科を受診した.右眼は眼瞼腫脹著しく,結膜は充血・浮腫著明で膿が付着し,11時に膿性に混濁した無血管性かつ胞状の濾過胞を認め,Seidel現象陽性であった.角膜は軽度混濁し,前房は細胞(+++)・蓄膿(1mm)を認め,虹彩前と眼内レンズ周囲にフィブリンの付着を認めた.硝子体混濁は軽中等度で,眼底はある程度透見可能であり,網膜に著変はなかった.視力は矯正0.2で眼圧は正確に測定できなかった.同夜緊急に前房洗浄,硝子体切除,感染濾過胞切除を行い,後方結膜を伸展前進することにより濾過胞再建を試みた.術後2週間で眼内炎症は消失し,術後1カ月で視力0.7を得,有血管性に濾過胞が再建され,眼圧は正常化した.起炎菌は肺炎球菌であった.InthemorningonNovember9,2006an83-year-oldfemale,whohadundergonetrabeculectomywithmitomy-cinCinbotheyes4yearsbefore,experiencedwarmlacrimationinherrighteye.Thatafternoon,shesueredocu-larpain,mucusandblurredvision.Anophthalmologistdiagnosedherconditionassepticendophthalmitiswithleakinglteringblebandreferredhertoourclinicthatnight.Hereyelidswelledseverely,theconjunctivawasveryinjectedandchemoticwithpus.Atthe11-o’clockpositionwasanavascularandcysticblebcontainingpus.Seidel’sphenomenonwaspositive.Thecorneawasslightlyclouded.Theanteriorchamberwascloudedwithcells(+++),hypopyon(1mm)andbrinmembrane.Thevitreousbodywasmoderatelycloudedandtheocularfundusdidnotappeartobeveryabnormal.Hervisionwas0.2.Intraocularpressurecouldnotbemeasuredprecisely.Thatnight,aftertheanteriorchamberwaswashed,vitrectomywasperformed,theinfectedblebwasexcisedandtheconjunctivawasadvancedtoreconstructthebleb.Theinammationsubsidedintwoweeks;hervisionwas0.7onemonthlater.Theblebcontainedbloodvessels.Theintraocularpressurewasnormal.ThecausativebacteriumwasfoundtobePneumococcus.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):873876,2008〕Keywords:眼内炎,濾過胞感染,濾過胞再建,トラベクレクトミー,硝子体手術.endophthalmitis,blebinfection,blebreconstruction,trabeculectomy,vitrectomy.———————————————————————-Page2874あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(124)手術計画として,健常結膜を最大限温存するため,毛様体扁平部のポートなどはすべて上方に設置した(図2a).手順としては感染した濾過胞に接して11時半の位置に20ゲージ眼内灌流ポートを縫着した.2時と8時の角膜輪部を切開し,前房水を採取した後,前房内を抗生物質を含まない液で灌流しながら膿およびフィブリン膜を除去した.採取した前房水,膿,フィブリン膜などは培養に供した.この後前房内を1.3μg/mlゲンタマイシンを含む灌流液にて灌流洗浄した.眼内レンズは温存した.続いて硝子体を切除するため,10時と12時の毛様体扁平部に20ゲージのポートを追加し,硝子体カッターと眼内内視鏡(ファイバーテック社,東京)を刺入した.1.3μg/mlゲンタマイシン含有の灌流下に,浅部の硝子体切除は顕微鏡直視下で,深部の硝子体切除は眼内内視鏡のみで施行し,硝子体手術用のコンタクトレンズは使用しなかった(図2b).眼内内視鏡下のみで硝子体を切除した理由は,角膜混濁と小さな水晶体前切開孔(径約3mm)のため,コンタクトレンズによる術野の視認性不良が予想さI症例患者:83歳,女性の右眼.既往歴:2002年某施設にて両眼MMC併用トラベクレクトミーを,2003年某施設にて両眼白内障手術を受けた.現症:2006年11月9日午前10時頃より右眼に暖かい流涙が始まり,同日14時頃より右眼眼痛,眼脂,霧視を自覚した.同日夕方約1年ぶりに近医を受診し,右眼濾過胞感染による眼内炎と診断され,同夜急遽大阪市立総合医療センターを紹介されて受診した.全身的には高血圧がある.糖尿病はない.初診時所見:視力は右眼0.1(0.2×sph0.25D(cyl0.5DAx90°),左眼0.5(0.7×sph0.5D),眼圧は右眼21mmHg,左眼13mmHgであったが,右眼の測定値は眼瞼腫脹により不正確であった.右眼には,眼瞼腫脹(++)を認め,結膜は充血・浮腫著明で,膿が付着していた(図1).膿は培養に供した.11時の結膜に過去のトラベクレクトミーによる無血管性かつ胞状の濾過胞を認め,濾過胞内は膿性に混濁していた.フルオレセインにて染色すると濾過胞中央より房水漏出がみられた(Seidel現象陽性).角膜は軽度混濁し,前房は細胞(+++)で混濁著明であり,前房蓄膿(1mm)を認め,虹彩前および眼内レンズ周囲にフィブリンの付着を認めた.眼内レンズは内に固定されていた.硝子体混濁は幸い軽度ないし中等度であり,眼底はある程度透見可能で,網膜に著明な変化は認めなかった.左眼にも無血管性かつ胞状の濾過胞を認めたが,炎症やSeidel現象は認めなかった.治療:右眼の濾過胞破損による細菌性眼内炎と診断し,初診日の夜間に緊急手術を施行した.術式は①前房液採取および前房洗浄,②経毛様体扁平部硝子体切除,③感染した濾過胞の切除および濾過胞再建であった.図1初診時前眼部写真炎症高度.結膜に膿付着,前房蓄膿1mmあり.図2硝子体手術時a:各ポート配置の模式図.健常結膜を残すためポートはすべて上方に設置した.b:硝子体切除は内視鏡下で施行し,コンタクトレンズは使用しなかった.灌流ポート内視鏡ポート感染濾過胞カッターポートa———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008875(125)眼底透見性は悪かった.以後前房炎症・硝子体混濁は順調に軽快し,術後2週間でほぼ消失した.網膜障害はなかった.術後2週(退院時)で視力0.4(矯正0.5)を得た.眼圧は13mmHgであった.術後1カ月で視力は0.4(矯正0.7)を得,有血管性の濾過胞が形成されていた(図4).術後1年を経過してもこの濾過胞は維持され,良好な眼圧コントロールを得ている.なお,起炎菌は眼脂の培養にてペニシリン感受性の肺炎球菌と同定されたが,眼内サンプルの培養結果は陰性であった.II考按トラベクレクトミー術後の濾過胞炎,眼内炎の発症率は数%といわれる1).濾過胞破損が感染の原因と思われるが,濾過胞炎発見時に房水漏出がみられない症例も存在する1,2,4).眼内炎の予後は,発症からの時間や起炎菌の毒性によって異なるが,本症例の起炎菌は肺炎球菌であった.わが国での起炎菌の検出率は1768%24)とまちまちで,検出菌種も多種にわたるが,日本緑内障学会による最新の調査では,37例の濾過胞感染中黄色ブドウ球菌と肺炎球菌が各3例で,起炎れたこと,レンズリング縫着による結膜損傷を避けること,術者が眼内内視鏡下硝子体切除に習熟していることによる.幸い網膜に眼内炎の波及による所見はみられず,安全に単純硝子体切除が施行できた.硝子体切除終了後,膿の貯留した濾過胞を切除し,強膜を露出した後,硝子体手術のポートを縫合閉鎖した.強膜にはトラベクレクトミーの強膜弁が認められた.本症例では幸い切除した濾過胞周辺の結膜の瘢痕化が軽度であったため,濾過胞の後方の結膜を剥離し,結膜欠損部を埋めるように前方に進展し,10-0ナイロン糸にて角膜輪部と結膜断端に縫着して濾過胞を再建した(図3).術後はイミペネム(チエナムR)500mgを朝夕2回3日間点滴静注し,レボフロキサシン(クラビットR),セフメノキシム(ベストロンR)を各4回/日点眼した.術翌日には眼痛はなく,眼圧は12mmHgであった.角膜の浮腫(+)(++)を認めた.濾過胞の形成を認め,房水の漏出はなかった.前房は形成されており,前房内は細胞(++)(+++)で,新たなフィブリン析出は認めなかった.軽い硝子体出血があり,ab4術後3カ月の前眼部写真a:有血管性に再建された耳上側の濾過胞.b:同部のスリット写真.b3濾過胞再建a:模式図.後方周辺の結膜を剥離し,前進して強膜を被覆する.b:結膜を前進して輪部に縫着するところ.周辺結膜を前進し被覆a———————————————————————-Page4876あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(126)れにも縫合不全が起こる危惧があり注意を要する.筆者らは縫合不全対策として半層角膜弁つきの遊離結膜弁移植を考案し,難症例に施行して良い成績を収めたことを報告した10)が,本症例では幸い切除した濾過胞周辺の結膜の瘢痕化が軽度であったため,周辺結膜を前進することで有血管性に濾過胞も再建でき,術後良好な視力と眼圧コントロールを得た.濾過胞破損による細菌性眼内炎に対し,硝子体切除と濾過胞再建を同時に行うことは有効な方法と思われる.文献1)望月清文,山本哲也:線維芽細胞増殖阻害薬を併用する緑内障濾過手術の術後眼内炎.眼科手術11:165-173,19982)杉山和歌子,福地健郎,須田生英子:線維柱帯切除後の濾過胞感染症の7例.眼紀52:956-959,20013)坂隆裕,日本緑内障学会濾過胞感染全国登録事業研究班:日本緑内障学会濾過胞感染全国登録事業の概要.日眼会誌111(増刊号):185,20074)緒方美奈子,古賀貴久,谷原秀信:線維柱帯切除後の濾過胞炎,眼内炎の検討.あたらしい眼科22:817-820,20055)SongA,ScottIU,FlynnHWetal:Delayed-onsetblebassociatedendophthalmitis:clinicalfeaturesandvisualacuityoutcomes.Ophthalmology109:985-991,20026)BusbeeBG,RecchiaFM,KaiserRetal:Bleb-associatedendophthalmitis:clinicalcharacteristicsandvisualout-comes.Ophthalmology111:1495-1503,20047)白柏基宏,八百枝潔:Ⅱ.内眼手術と術後眼内炎.3.緑内障術後.眼科プラクティス1,術後眼内炎(大鹿哲郎編),p80-84,文光堂,20058)BrownRH,YangLH,WalkerSDetal:Treatmentofblebinfectionafterglaucomasurgery.ArchOphthalmol112:57-61,19949)BurnsteinAL,WuDunnD,KnottsSLetal:Conjunctivaladvancementversusnonincisionaltreatmentforlate-onsetglaucomalteringblebleaks.Ophthalmology109:71-75,200210)森秀夫,林央子:半層角膜弁つきの遊離結膜弁移植による損傷した濾過胞の再建術.臨眼58:1695-1698,2004菌不明が12例あった3).海外の多数例の検討ではStrepto-coccus属,Staphylococcus属が優位とされる5,6).感染が成立しても,炎症がまだ前房に波及していない濾過胞炎では,一般に保存的治療によって予後良好である4,5,7)ので,この時点での発見と治療が望まれる.緑内障症例は,手術の有無によらず,定期的な眼科管理下に置くことが必要であるが,特に濾過胞のある患者には,常に濾過胞炎の危険があることを承知させ,発症すればすぐに受診させる患者教育が重要である4,5).しかし,本症例は緑内障手術後4年,白内障手術後3年という長期が経過し,自覚的に良好な日常生活を送り,また高齢でもあることから,濾過胞炎の危険性を失念し,近医に通院することを1年にわたり中断していた.発症自体は急激で,午前に流涙を自覚し,午後には眼痛,眼脂,霧視が始まるというもので,その日のうちに近医を受診するという迅速な対応を取ったことが良い結果につながったものの,もし,定期的に近医を受診していれば,濾過胞からの漏出や軽度の濾過胞炎が存在した時点で発見できた可能性は否定できない.濾過胞からの感染が眼内,特に硝子体内に及べば緊急手術が必要となる4,6).本症例では前房炎症は強くとも,幸い硝子体炎症の軽度な時点で,前房洗浄・硝子体切除(抗生物質の眼内灌流併施)を施行でき,良好な視機能を回復することができた.その際,できるだけ低侵襲かつ正常結膜を温存するためにポートの位置は濾過胞付近に限定し,眼内レンズも温存した.濾過胞の再建をせずに眼内炎の治療のみを行った場合,消炎には成功しても濾過胞損傷部からの房水漏出が持続したり4),逆に濾過胞の機能が低下して眼圧コントロールが悪化する可能性が危ぶまれる7).濾過胞からの房水漏出が持続する場合,保存的治療か手術的治療が必要となるが,Burnsteinら9)は圧迫眼帯,コンタクトレンズ,アクリル糊,自己血注射などの保存的治療での成功率は32%にとどまり,16%に濾過胞炎や眼内炎が発症したと報告している.濾過胞を切除して結膜弁を移植する方法には,濾過胞周囲の結膜を移動する方法と遊離結膜弁を用いる方法4)があるが,いず***

小眼球症かつ近視であった閉塞隅角緑内障の1例

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(119)8690910-1810/08/\100/頁/JCLS《第18回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科25(6):869872,2008cはじめに小眼球以外の眼異常や全身異常を伴わない「真性小眼球症1)」は,短眼軸(20mm以下),短眼軸に伴う遠視,ときに小角膜(角膜径10mm以下)を特徴とし,若年時より両眼性の浅前房,3040歳代には相対的に大きな水晶体による閉塞隅角緑内障を合併することが多い2).また真性小眼球症は強膜肥厚による房水静脈の排出障害や渦静脈の圧迫などを伴うため,内眼手術時の大きな眼圧の変化は,高頻度に術後のuvealeusionを誘発し,視力予後は不良といわれていた3).しかし,最近は真性小眼球症に伴った急性緑内障発作に対し水晶体超音波乳化吸引術(PEA)を行い良好な結果を得たとする報告もみられる4).今回,小角膜と短眼軸にもかかわらず近視だった閉塞隅角緑内障の症例に対して,白内障手術と隅角癒着解離術を施行〔別刷請求先〕小嶌祥太:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:ShotaKojima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPAN小眼球症かつ近視であった閉塞隅角緑内障の1例小嶌祥太*1杉山哲也*1廣辻徳彦*1池田恒彦*1石田理*2小林正人*3*1大阪医科大学眼科学教室*2大阪暁明館病院*3第一東和会病院ACaseofAngle-ClosureGlaucomawithNanophthalmosandMyopiaShotaKojima1),TetsuyaSugiyma1),NorihikoHirotsuji1),TsunehikoIkeda1),OsamuIshida2)andMasatoKobayashi3)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)OsakaGyoumeikanHospital,3)DaiichiTowakaiHospital目的:小角膜と短眼軸にもかかわらず近視を呈した閉塞隅角緑内障例に対して,白内障手術と隅角癒着解離術を施行し良好な結果を得たので報告する.症例:52歳,女性.左眼眼圧上昇を指摘されて大阪医科大学附属病院に紹介受診した.初診時左眼視力は(0.8×cyl3.00DAx40°),左眼眼圧は46mmHg,両眼とも浅前房および狭隅角で,左眼は白内障と広範な虹彩前癒着を認めた.左眼は角膜径8mm,平均角膜曲率半径7.14mm,前房深度2.54mm,水晶体厚4.05mm,眼軸長20.55mmであった.眼圧下降薬の点眼と内服では十分な眼圧下降を得られなかったため,水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+隅角癒着解離術を施行した.3日後にレーザー隅角形成術を施行し,現在2剤点眼にて眼圧は20mmHg前後で安定している.結論:小眼球症にもかかわらず近視眼であった原因として,角膜屈折率の高さに加え,相対的に大きな水晶体の前方移動が考えられる.本症例のような続発緑内障に対して白内障手術併用による隅角癒着解離術が有効である.Wereportacaseofangle-closureglaucomawithnanophthalmosandmyopiaina52-year-oldfemalewhoexperiencedelevatedintraocularpressure(IOP)inherlefteyeandwasreferredtous.Hercorrectedvisualacuitywas20/25withcyl3.00DAx40°andIOPof46mmHginherlefteye;shepresentedwithcataractandperipher-alanteriorsynechia.Botheyesshowedshallowanteriorchamber.Cornealdiameter,averageradius,anteriorcham-berdepth,lensthicknessandaxiallengthwere8,7.14,2.54,4.05,and20.55mm,respectively.Sincetopicalandsystemicanti-glaucomamedicationfailedtoachievesucientIOPreduction,weperformedcombinedsurgeryofphacoemulsication,intraocularlensimplantationandgoniosynechialysis.Onthethirdpostoperativeday,lasergonioplastywasperformed.Subsequently,twotopicalanti-glaucomadrugshavemaintainedIOPataround20mmHg.Becausemyopiawithnanophthalmosmightbeattributabletoaforwardshiftoftherelativelylargelens,inadditiontohighcornealrefractivepower,combinedtreatmentofcataractsurgeryandgoniosynechialysiswaseectiveforIOPreduction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):869872,2008〕Keywords:小眼球,閉塞隅角緑内障,白内障,隅角癒着解離術,同時手術.nanophthalmos,angle-closureglau-coma,cataract,combinedsurgery.———————————————————————-Page2870あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(120)主訴:左眼視力低下.現病歴:平成18年8月頃からの左眼視力低下を自覚して近医に受診したところ,左眼眼圧上昇と両眼狭隅角を指摘されて平成18年9月27日に大阪医科大学附属病院に紹介受診した.し経過良好であったので報告する.I症例患者:52歳,女性.初診:平成18年9月27日.図1初診時前眼部写真(平成18年9月27日)両眼とも小角膜,浅前房,左眼には虹彩前癒着と周辺部角膜に混濁があり,中間透光体には両眼に白内障を認め,左眼がより進行していた.右眼左眼図2術前左眼隅角・超音波生体顕微鏡検査(UBM)所見(平成18年9月27日)左眼隅角はSchaer分類grade0-1,上側および耳側に広範で著明な周辺虹彩前癒着(PAS)を認めた.また,左眼の上側および耳側に広範で著明なPASを認めた.UBM隅角上方耳側下方鼻側———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008871(121)視野狭窄は認めなかったが,左眼に緑内障性視野狭窄(湖崎分類III-a)を認めた.II経過9月27日から左眼にラタノプロスト点眼,0.5%マレイン酸チモロール点眼,塩酸ドルゾラミド点眼およびアセタゾラミド1錠,L-アスパラギン酸カリウム2錠内服を開始したところ,眼圧は21mmHg以下にコントロールされていた.ところが11月8日に眼圧が28mmHgと上昇し始め,その後30mmHg以下に下降しなかったため,12月14日入院のうえ,12月15日に隅角癒着解離術+水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入を施行した.術後2日間の眼圧は17mmHg以下であったが,3日目に35mmHgと上昇したためアセタゾラミド内服および0.5%チモロール点眼を開始,レーザー隅角形成術を施行した.眼圧は徐々に下降し点眼のみで20mmHg前後に安定したため12月24日に退院となった.術後の左眼前眼部において,前房は術前と比較して深くな既往歴:A型肝炎(平成2年),高血圧(平成13年から).家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼0.08(0.1×2.25D(cyl1.50DAx125°),左眼0.6(0.8×cyl3.00DAx40°).眼圧は右眼14mmHg,左眼46mmHg.両眼とも小角膜,浅前房,左眼には虹彩前癒着と周辺部角膜に混濁があり,両眼の白内障は左眼がより進行していた(図1).隅角は右眼Schaer分類grade1-2,左眼Schaer分類0-1で,左眼の上側および耳側に広範で著明な周辺虹彩前癒着(PAS)を認めた(図2).右眼は狭隅角ではあったが,明らかなPASは認められなかった.眼底は左眼の視神経乳頭に陥凹拡大を認めた.角膜径は右眼9mm,左眼8mm,角膜厚は右眼420μm,左眼498μm,平均角膜曲率半径は右眼6.72mm(50.2ジオプトリーに相当),左眼7.14mm(47.5ジオプトリー),前房深度は右眼2.48mm,左眼2.54mm,水晶体厚は右眼4.38mm,左眼4.05mm,眼軸長は右眼20.08mm,左眼20.52mm,角膜内皮細胞密度は右眼2,457個/mm2,左眼1,485個/mm2であった.また10月4日の視野検査では,右眼に明らかな図3術後左眼隅角・UBM所見(平成19年5月28日)耳側および上方のPASの一部は残存しているようにみえるが,再周辺部の癒着は解除されている.UBM隅角上方耳側下方鼻側———————————————————————-Page4872あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008晶体厚も眼軸長に比しやや厚いことや前方偏位が推測されることから,近視の原因はこれらが組み合わさった結果と考えられた.小眼球症に伴う緑内障の治療としてはマイトマイシンC併用線維柱帯切除術11)が有用であったとする報告もあるが,極端な眼圧変動はuvealeusionや駆逐性出血の可能性が高いため,より眼圧変動の少ない手術が望ましい.近年の水晶体超音波乳化吸引術の進歩により小切開で術中眼圧変動が少ない白内障手術が可能となっている.特に今回のように水晶体が相対的に厚いと考えられる症例には閉塞隅角の機序に水晶体が関与していることが考えられ,白内障手術によりその主因が取り除かれると考えられる.ただし,PASが存在していたことから,機械的な隅角閉塞も眼圧上昇の一因と考えられたことより,白内障手術後に隅角癒着解離術を施行し,術後良好な結果を得ている.今回のように,小眼球にもかかわらず近視眼である閉塞隅角緑内障は,水晶体が眼圧上昇に大きく関与していると考えられ,初回手術の術式としては,白内障手術と隅角癒着解離術の併用が有用であると考えられた.文献1)Duke-ElderS:SystemofOphthalmology.Vol3,p488-495,HenryKimptom,London,19642)池田陽子,森和彦:12.小眼球に伴う緑内障.眼科プラクティス11,緑内障診療の進め方(根木昭編),p84-85,文光堂,20063)BrockhurstRJ:Cataractsurgeryinnanophthalmiceyes.ArchOphthalmol108:965-967,19904)刈谷麻呂,佐久間亮子,嘉村由美:真性小眼球症に伴った急性緑内障発作に対する白内障手術の一例.眼科42:1839-1843,20005)馬嶋昭生:小眼球症とその発生病理学的分類.日眼会誌98:1180-1200,19946)水流忠彦:角膜疾患に伴う緑内障.新図説臨床眼科講座4巻(新家真編),p178-179,メジカルビュー社,19987)KimT,PalayDA:Developmentalcornealanomaliesofsizeandshape.In:KrachmerJHetal(eds):Cornea.Corneaandexternaldisease:Clinicaldiagnosisandman-agement,p871-883,Mosby,StLouis,19978)福地健郎,上田潤,原浩昭ほか:小角膜に伴う緑内障の生体計測と鑑別診断.日眼会誌102:746-751,19989)YalvacIS,SatanaB,OzkanGetal:Managementofglau-comainpatientswithnanophthalmos.EyeFeb9[Epubaheadofprint],200710)玉置泰裕,桜井真彦,新家真:Nanophthalmosの5症例.眼紀41:1319-1324,199011)住岡孝吉,雑賀司珠也,大西克尚:小眼球症例の緑内障に対してマイトマイシンC併用線維柱帯切除術を施行した1例.眼紀56:831-836,2005(122)り,耳側および上方のPASの一部は残存しているようにみえるが,同部位の最周辺部の癒着は解除されていた(図3).7月30日の左眼視力は0.5(0.8×+0.50D(cyl1.00DAx125°),左眼眼圧は18mmHgであり,現在も1%ピロカルピンおよび0.5%チモロール点眼にて眼圧は20mmHg以下で安定している.III考按馬嶋5)は眼軸長が男性20.4mm,女性20.1mm以下を小眼球の定義としている.今回の症例では眼軸が右眼20.08mm,左眼20.52mmであり,この定義によると右眼は小眼球,左眼は境界域であると考えられる.一方,今回の症例では角膜径が右眼9mm,左眼8mmであり,小角膜である.小角膜は虹彩欠損,瞳孔膜遺残などさまざまな眼異常6),全身異常や染色体異常7)に合併するが,まれに明らかな他の眼異常や全身異常を伴わない小角膜の症例があり,nanophthalmos,前部小眼球症(anteriormicro-phthalmos,狭義の小角膜症),扁平角膜(corneaplana),強角膜症(sclerocornea)などがこれにあたる8).いずれの小角膜にも緑内障を併発することがある.福地ら8)はこの小角膜の症例を以下のように鑑別している.まず,角膜径が10mm以下であれば「広義の小角膜」で,これに角膜・強膜境界部異常が存在すれば「強角膜症」となり,なければ角膜曲率が43ジオプトリー未満であれば「扁平角膜」と診断される.今回の症例のように両眼とも45ジオプトリー以上である場合はさらに眼軸長で判断され,眼軸長が20mm未満であればnanophthalmos,20mm以上であれば「前部小眼球症」としている.この定義によると今回の症例では両眼とも厳密には前部小眼球症であるが,右眼は境界域であり,小眼球症とも考えられる.つまり小角膜と小眼球症の混合型,境界型と考えられ,福地らもそのような中間型の症例の存在を指摘8)している.小眼球症は眼軸が短いため遠視眼であることが特徴の一つとなっている.近年,小眼球症20例の生体データを調べたYalvacら9)はその屈折率の範囲が+10.75±2.69(+5+15)ジオプトリーで,すべて遠視眼であったことを報告している.わが国においても玉置ら10)が5例の小眼球症を報告しているが,屈折値が測定できた4例の範囲は+5.09±5.31(0.37+15)ジオプトリーとなっており,1例を除いてすべて遠視眼である.その1例はきわめてまれな症例と考えられるが,混合乱視および近視であったと報告している.この理由として正常より角膜曲率半径が小さく,水晶体の厚さが大きく,その位置が前方に位置していたことを指摘している.今回の症例においても,角膜屈折力がやや強いこと,水***

正常眼圧緑内障の傍網膜中心窩毛細血管血流速度

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(115)8650910-1810/08/\100/頁/JCLS《第18回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科25(6):865867,2008cはじめに緑内障視神経症の治療は眼圧下降であるが,低眼圧であっても緑内障が進行する症例は少なくない.眼圧以外の因子として循環障害,神経障害が考えられている.筆者らは眼科既往のない健常者と正常眼圧緑内障患者(NTG)に対し,網膜傍中心窩の蛍光点移動速度を治療前後で測定することにより網膜傍中心窩の循環変化を比較して発表してきた1).その結果より正常者では変化がみられなかった血流速度がNTGでは改善しているのではないかと考えた.そこで今までの結果をもとに,NTGは正常と比較して速度低下しているのか今まで測定した症例の傍中心窩毛細血管血流速度の平均値をそれぞれ正常群,NTG群とで比較した.I対象および方法対象は眼科既往疾患のない正常者7例10眼,年齢3445歳(平均36.3±3.2歳),およびNTG9例10眼,年齢31〔別刷請求先〕遠藤要子:〒236-0004横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YokoEndo,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama236-0004,JAPAN正常眼圧緑内障の傍網膜中心窩毛細血管血流速度遠藤要子*1伊藤典彦*1榮木尚子*1永野葵*1小熊亜弥*1野村英一*1杉田美由紀*2水木信久*1*1横浜市立大学医学部眼科学教室*2蒔田眼科PerifovealCapillaryBloodFlowVelocityinGlaucomaYokoEndo1),NorihikoItoh1),NaokoEiki1),AoiNagano1),AyaOguma1),EiichiNomura1),MiyukiSugita2)andNobuhisaMizuki1)1)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,2)MaitaEyeClinic的:傍中心窩毛細血管蛍光点移動速度を正常眼圧緑内障(NTG)と正常眼で比較する.対象および方法:眼科既往のない正常者7例10眼,年齢3445歳(平均36.3±3.2歳)とNTG患者9例10眼,年齢3144歳(平均39.5±4.1歳)に対しscanninglaserophthalmoscope(SLO)を用いた蛍光造影法(FA)時に観察される中心窩蛍光点移動速度を比較した.測定時に眼圧,血圧を測定し,眼圧,平均血圧,眼灌流圧を比較した.結果:眼圧は正常群15.0±3.1mmHg,NTG群15.6±2.1mmHg,平均血圧は86.0±7.0mmHg,NTG群86.6±7.8mmHg,眼灌流圧は正常群42.4±4.4mmHg,NTG群42.2±4.9mmHgと差がなかった.平均血流速度は正常群209.3±37.9dots/sec,NTG群167.2±34.2dots/secと有意に低かった(p=0.02t-test).結論:正常眼圧緑内障患者の傍中心窩毛細血管蛍光点移動速度は正常眼と比較して遅い.In7normalsubject(10eyes;age:36.3±3.2years)and9patientswithnormal-tensionglaucoma(NTG)(10eyes;age:39.5±4.1years).Weperformeduoresceinangiographyusingascanninglaserophthalmoscope(SLO),withanimagingangleof20degrees.Withadigitalvideorecorderwerecordeduoresceindotmovementintheperifovealcapillariesearlyaftercontrastmediuminfusion,andmeasuredintraocularandsystemicbloodpressures.Thespeedofuoresceindotmovementintheperifovealcapillarieswasmeasuredandthevelocitycalculatedusingnovelanalyticalsoftware.Thevaluewascomparedbetweenthetwogroups.Nosignicantchangeswereseenineithergroupintermsofintraocularpressure,meansystemicbloodpressureorocularperfusionpressure.Inthecontrolgroup,however,themeanbloodowvelocitywas209.3±37.9dots/sec,whereasintheNTGgroupitwas167.2±34.2dots/sec.Inaddition,themeanpretreatmentbloodowvelocityintheNTGgroupwassignicantlylowerthanthecontrolvalue(p<0.02).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):865867,2008〕Keywords:緑内障,網膜毛細血管血流速度,網膜微小循環,SLO(scanninglaserophthalmoscope).glaucoma,retinalcapillarybloodowvelocity,microcirculationofretina,SLO(scanninglaserophthalmoscope).———————————————————————-Page2866あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(116)動速度は正常群209.3±37.9dots/sec,NTG群167.2±34.2dots/secと有意に低かった(p=0.02t-test)(図2).また,NTG群では平均蛍光点移動速度とHumphrey30-2MD値との間に関連はみられなかった(単回帰分析)(図3).III考察緑内障は網膜神経節細胞のアポトーシスの結果であり,その主因は網膜神経節細胞に栄養や酸素を供給する網膜微小循環の障害であることが明らかになってきた.Schmann,Galassiらは正常者に比べ開放隅角緑内障患者では眼窩血管における循環の低下がみられ,進行性緑内障患者における循環量の低下が著しいと報告している3,4).Hashimoto,Kondoらは特に正常眼圧緑内障患者では末梢循環障害が強いとしている5,6).このように緑内障には循環障害が関与していることは明らかであるが,循環障害の原因や部位についてはわかっていない.今回SLOを用い蛍光眼底造影法(FA)時の傍中心窩毛細血管を移動する蛍光点の移動速度の測定値を正常群とNTG群とで比較をした.SLOを用い蛍光点を計測する方法は44歳(平均39.5±4.1歳)とした.NTG症例のHumphrey30-2meandeviation(MD)平均MD値は8.75±8.4であった.高血圧,高コレステロール血症,糖尿病など慢性疾患により投薬を受けている症例は除外した.本試験は横浜市立大学附属病院倫理委員会の承認のもとに行った.Scanninglaserophthalmoscope(SLO)(Rodenstock)を用いてフルオレセイン眼底造影(FA)検査を検査画角は20°で行い,造影剤注入後早期にみられる傍中心窩毛細血管内を移動する蛍光点をデジタルビデオで記録した(図1).検査前に眼圧(Goldmann圧平眼圧計),血圧,脈拍を測定した.収縮期血圧をBPs,拡張期血圧をBPdとすると平均血圧BPmはBPm=BPd+1/3(BPsBPd)と算出,眼灌流圧(OPP)を眼圧(IOP)からOPP=2/3BPmIOPと計算した.解析は連続画像(1/60秒)をPCに取り込み解析した2).固視ずれ画面の位置修正後,1眼において血管は2カ所以上,同一血管で5個以上の蛍光点を追跡し,同一血管で前後計測可能であった血管を対象とした.平均速度の計算は解析ソフトを用いて行った1,2).解析ソフトは当施設とウェルシステムと共同で開発を行った.視野検査はNTG群のみHum-phrey30-2SITAstandardで行った.II結果正常群7例10眼,年齢3445歳(平均36.3±3.2歳)とNTG群9例10眼,年齢3144歳(平均39.5±4.1歳)の両群の年齢には統計学的有意差はなかった.眼圧は正常群15.0±3.1mmHg,NTG群15.6±2.1mmHg,平均血圧は正常群86.0±7.0mmHg,NTG群86.6±7.8mmHg,眼灌流圧は正常群42.4±4.4mmHg,NTG群42.2±4.9mmHgといずれも正常群とNTG群の間に差がなかった.平均蛍光点移図1SLO(画角20°)FA時傍中心窩毛細血管にみられる蛍光点蛍光点蛍光点図2平均蛍光点移動速度*p<0.02蛍光点移動速度(dot/sec)209.3167.2050100150200250300正常NTG*図3MD値と平均蛍光点移動速度-30.0-25.0-20.0-15.0-10.0-5.00.00.050.0100.0150.0200.0250.0300.0蛍光点移動速度(dot/sec)MD値———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008867(117)文献1)遠藤要子,伊藤典彦,神尾美香子ほか:ラタノプロスト点眼による傍中心窩毛細血管血流速度の変化.臨眼61:565-568,20072)門之園一明,遠藤要子:種々の眼循環測定法人に対する測定法フルオレセイン眼底造影法,SLO-Rodenstock.NEWMOOK眼科7,眼循環,p140-144,金原出版,20043)ScuhmannJ,OrgulS,GugletaKetal:Interoculardie-renceinprogressionofglaucomacorrelateswithinterocu-lardierencesinretrobulbarcirculation.AmJOphthal-mol129:728-733,20004)GalassiF,SodiA,UcciFetal:Ocularhemodynamicsandglaucomaprognosis:acolorDopplerimagingstudy.ArchOphthalmol121:1711-1715,20035)HashimotoM,OhtsukaK,OhtsukaHetal:Normal-ten-sionglaucomawithreversedophthalmicarteryow.AmJOphthalmol130:670-672,20006)KondoY,NiwaY,YamamotoTetal:Retrobulbarhemo-dynamicsinnormal-tensionglaucomawithasymmetricvisualeldchangeandasymmetricocularperfusionpres-sure.AmJOphthalmol130:454-460,20007)OjimaT,TanabeT,HangaiMetal:Measurementofret-inalnerveberlayerthicknessandmacularvolumeforglaucomadetectionusingopticalcoherencetomography.JpnJOphthalmol51:197-203,20078)遠藤要子,伊藤典彦,杉田美由紀ほか:ニプラジロール点眼による傍中心窩毛細血管血流速度の増加.第7回オフサルモニューロプロテクション研究会会誌:33-38,20049)KadonosonoK,ItouN,OhnoSetal:Perifovealmicrocir-culationineyeswithepiretinalmembranes.BrJOphthal-mol12:1329-1331,199910)KhoobehiB,ShoelsonB,ZhangYZetal:Fluorescentmicrosphereimaging:Aparticle-trackingapproachtothehemodynamicassesmentoftheretinaandchoroid.OphthalmicSurgLasers28:937-947,199711)吉本弘志:I解剖1網膜.NEWMOOK眼科7,眼循環,p1-8,金原出版,20041991年にWolf,Tanakaらによって最初に報告された2).FA時観察される蛍光点はフルオレセインを含んだ白血球あるいは血球間の血漿と考えられている2,9,10).毛細血管の血管径はわずか数μmであり白血球速度と血流速度は同等であるとされている11).今回の結果では,眼圧,平均血圧,眼灌流圧は両群の間で有意差はなかったが,平均蛍光点移動速度は正常群に比べNTG群は減少していた.今まで点眼,あるいは内服前後で蛍光点移動速度を同一血管で比較したところ8),NTGではニプラジロール点眼,ラタノプロスト点眼にて増加した.しかし正常者ではニプラジロール点眼,塩酸ブナゾシン点眼,カリジノゲナーゼ内服では変化がなかった.今回の検討でもNTGでは傍中心窩の循環は低下していて,緑内障の治療により改善されるという今までの仮説を裏付ける結果となった.今回は点眼前後の同一血管を比較したものではなく,平均値を比較したものであること,平均年齢が若いため正常群とされている症例がNTGを発症する可能性は否定できないことなど問題は残されているが,今後症例を増やし検討課題としたい.最近のOCT(光干渉断層計)の進歩により黄斑部の神経線維層の菲薄化と視野の関連も報告されており7),黄斑部周囲の循環障害も緑内障進行に関連があることも示唆される.視野障害(MD値)と平均蛍光点移動速度の間には,今回の結果では相関はみられなかった.視神経細胞のアポトーシスの結果として血流障害がくるとするならば,視野障害が進んでいる症例は血流障害が高いと考えられる.しかし今回の結果ではMD値と蛍光点移動速度との関係は明らかではなく,長期にわたって追跡できた症例数が少なかったため,視野進行との関係も検討できなかった.今後の検討課題としたい.***

粘弾性物質でSchlemm管を拡張するサイノストミー併用トラベクロトミーの検討

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(111)8610910-1810/08/\100/頁/JCLS《第18回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科25(6):861864,2008cはじめにサイノストミー併用トラベクロトミー(LOT+SIN)は,トラベクロトミー(LOT)術後に起こる一過性眼圧上昇の予防を目的にサイノストミー(SIN)を追加し,流出路再建術に濾過手術のエッセンスを加えたともいえる手術であり,術後眼圧は15mmHg程度にコントロールされるという報告1,2)が多い.この術式は安定した降圧効果に加え,重篤な合併症が従来の濾過手術に比べ明らかに少ないという大きな利点があるにもかかわらず,現状ではマイトマイシン併用トラベクレクトミーに取って代わる第一選択の手術となっている施設は少ない.その原因としては,目標眼圧が15mmHgよりも低い進行症例が多いことや,わが国では正常眼圧緑内障が多〔別刷請求先〕徳田直人:〒216-8511川崎市宮前区菅生2-16-1聖マリアンナ医科大学眼科学講座Reprintrequests:NaotoTokuda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,St.MariannaUniversitySchoolofMedicine,2-16-1Sugao,Miyamae-ku,Kawasaki-shi216-8511,JAPAN粘弾性物質でSchlemm管を拡張するサイノストミー併用トラベクロトミーの検討徳田直人井上順上野聰樹聖マリアンナ医科大学眼科学講座TrabeculotomyCombinedwithSinusotomyafterSchlemm’sCanalDilatationwithaViscoelasticSubstanceNaotoTokuda,JunInoueandSatokiUenoDepartmentofOphthalmology,St.MariannaUniversitySchoolofMedicine目的:Schlemm管内に粘弾性物質を注入後に行うサイノストミー併用トラベクロトミー(LOT+SIN)の術後成績を検討した.対象および方法:2年以上経過観察が可能であった73例90眼(平均年齢51.2歳).LOT+SINのみを施行した50眼をLOT群,Schlemm管内に粘弾性物質を注入した40眼をVC+LOT群とし比較検討した.結果:LOT群は術前26mmHgが術後30カ月で14mmHgへ,VC+LOT群では術前27mmHgが14mmHgへと,両群とも良好な眼圧下降を維持した.術後3年の累積生存率はLOT群70%,VC+LOT群76.8%であった.術後炎症を示す前房フレア値は術後3日目でVC+LOT群はLOT群に比し有意に低く,VC+LOT群のほうが術後速やかな消炎が得られた.線維柱帯切開時の早期穿行はVC+LOT群では1例も認められなかった.結論:VC+LOTは安全かつ有効な術式といえる.Westudiedthepostoperativeresultsoftrabeculotomycombinedwithsinusotomy(LOT+SIN)carriedoutafterinjectingaviscoelasticsubstanceintoSchlemm’scanal.Thesubjectscomprised90eyesthatcouldbefol-lowedformorethan2years(meanage:51.2years).Wecompared50eyesthatunderwentLOT+SINonly(LOTgroup)and40eyesthatreceivedLOT+SINafterviscoelasticsubstanceinjectionintoSchlemm’scanal(VC+LOTgroup).Bothgroupsmaintainedgooddecreasesinintraocularpressure(IOP),withanaveragepreoperativeIOPof26mmHgdecreasingto14mmHgat30monthsaftersurgeryintheLOTgroupandof27mmHgdecreasingto14mmHgintheVC+LOTgroup.Thecumulativesurvivalrateat3yearsaftersurgerywas70%intheLOTgroupand76.8%intheVC+LOTgroup.Theanteriorchamberarevaluesat3daysaftersurgeryweresignicantlylowerintheVC+LOTgroupthanintheLOTgroup;inammationalsodisappearedmorerapidlyintheVC+LOTgroup.TherewerenocasesofearlyperforationduringtrabeculotomyintheVC+LOTgroup.TheabovendingsthereforesuggestthatVC+LOTisasafeandeectivesurgicalprocedure.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):861864,2008〕Keywords:サイノストミー併用トラベクロトミー,viscocanalostomy,粘弾性物質,bloodreux.trabeculotomycombinedwithsinusotomy,viscocanalostomy,viscoelasticsubstance,bloodreux.———————————————————————-Page2862あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(112)II結果図1に各群における眼圧の推移を示す.術前眼圧は両群間に有意差は認めなかった.LOT+SIN群は術前25.7mmHgが術後30カ月で14.0mmHgへと,VC+LOT+SIN群では術前27.2mmHgが14.5mmHgへと,両群ともに良好な眼圧下降を維持していた.経過観察期間中,両群間で有意差を認めることはなかった.図2に薬剤スコアの比較について示す.術前の薬剤スコアに両群間で有意差は認めなかった.LOT+SIN群は術前4.7点が術後30カ月で2.4点へ,VC+LOT+SIN群では術前3.4点が1.7点へと減少した.図3に各群のKaplan-Meier法による生存分析の結果を示す.各群の術後3年の累積生存率はLOT+SIN群70%に対し,VC+LOT+SIN群は76.8%と若干VC+LOT+SIN群のほうが高値であった.図4に各群の術後早期の前房フレア強度の推移について示す.術翌日はLOT+SIN群93.3±59.7pc/ms,VC+LOT+SIN群82.3±50.2pc/msと両群とも高値であったが,術後3いということも一因と思われるが,実際この術式を行おうとしても,熟達した指導者が少ないということも重要な要因と考える.当院におけるLOT+SINは,不慣れな術者が行う場合は特に,トラベクロトームをSchlemm管内に挿入する際に,viscocanalostomy(VC)と同様に粘弾性物質をSchlemm管内に注入し,Schlemm管開口部を拡張させてからLOTを行うようにしている.しかし当然のことながらLOT後に粘弾性物質が前房内に流入する可能性が少なくないため,術後炎症の増強などが懸念される.そこで今回,粘弾性物質でSchlemm管を拡張するLOT+SINの術後成績について検討したので報告する.I対象および方法1.対象とその分類対象は平成15年から17年までにLOT+SINを施行され,2年以上経過観察が可能であった73例90眼(男性54眼,女性36眼)で,平均年齢は51.2±19.3歳であった.病型の内訳は,原発開放隅角緑内障57.8%,ぶどう膜炎による緑内障18.9%,ステロイド緑内障14.4%,落屑緑内障8.9%であった.Schlemm管を拡張する操作の追加による影響を検討するために,このLOT+SINを施行した90眼を,LOT+SINのみを施行した50眼をLOT+SIN群(平均年齢:50.7±19.2歳),Schlemm管内に粘弾性物質を注入した後にLOTを施行した40眼をVC+LOT+SIN群(平均年齢51.9±19.2歳)とし比較検討した.2.検討項目眼圧はGoldmann圧平眼圧計により測定し,術前後の眼圧推移について検討した.その期間に使用していた薬剤を,抗緑内障点眼薬1剤につき1点,炭酸脱水酵素阻害薬内服は2点というように薬剤スコアとして評価した.生存分析はKaplan-Meier法により行った.死亡の定義は眼圧が観察期間中,2回連続して20mmHg以上を記録するか,再手術またはレーザー治療を施行した時点とした.術後炎症の程度は,レーザーフレアメーターFL-2000R(興和)により術前後の前房フレア値を測定し評価した.また術後合併症についても比較した.3.術式当院におけるLOT+SINは,輪部基底結膜弁を作製後,強膜に二重弁を作製し,Schlemm管を同定する.その後VC+LOT+SIN群では,Schlemm管内に粘弾性物質(オペリードR)を注入し,Schlemm管の拡張を行ったのちにトラベクロトームを挿入し,線維柱帯を切開する.その後内方強膜弁を切除し,外方強膜弁を縫合し,サイノストミーパンチにてSINを行い,結膜を縫合し,手術終了としている.図1眼圧推移の比較2730術前13691215182124観察期間(月)0510152025303540:VC+LOT+SIN群:LOT+SIN群眼圧(mmHg)図2薬剤スコアの比較抗緑内障点眼薬1剤につき1点,炭酸脱水酵素阻害薬内服は2点とした.2730術前13691215182124観察期間(月)01234567:VC+LOT+SIN群:LOT+SIN群薬剤スコア(点)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008863(113)進める三宅の報告よりも,粘弾性物質の注入量は明らかに少ないという点である.しかし当院におけるこの方法でも,線維柱帯を切開した部分よりも遠くの位置でDescemet膜離を起こした症例があり,粘弾性物質は少量でもSchlemm管の奥まで到達し,その部分を拡張させている可能性が示唆された.VCによる降圧効果の機序にはまだ不明な点が多いが,粘弾性物質によりSchlemm管が拡張されることが眼圧下降に働くとするなら,このようにLOTで切開された部分よりも遠位での粘弾性物質によりSchlemm管の拡張が得られた場合,眼圧下降という点において,LOTの効果にVCの相加効果も期待できるのではないかと考えられたが,今回の検討では両者の相加効果といえるほどの効果は得られてはいない.第二の相違点は,粘弾性物質の種類である.Stegmann4)や三宅3)は,高粘弾性のヒアルロン酸ナトリウムを使用しているのに対して,当院では中分子量のオペリードRをあえて使用しているという点である.三宅はVC時の粘弾性物質の違いについてHealonRGVとHealonRVを比較した結果,HealonRVのほうが一過性眼圧上昇の頻度が高く,その原因として,VC施行時に線維柱帯が破壊され(viscotrabeculoto-my)房水の流れが阻害されたためとしている.つまり,VC日においてはLOT+SIN群で65.0±49.2pc/msであったのに対して,VC+LOT+SIN群で37.5±27.8pc/msと有意に低く,VC+LOT+SIN群のほうが術後速やかな消炎が得られるという傾向がみられた.表1に術後合併症の頻度について示す.線維柱帯切開時のSchlemm管への誤挿入による早期穿行はLOT+SIN群の4%存在したがVC+LOT+SIN群では1例も認めなかった.前房出血はLOT+SIN群で90%と高値であるのに対しVC+LOT+SINでは50%に留まった.術後1カ月以内において眼圧が30mmHg以上もしくは前回の眼圧測定時より10mmHg以上の眼圧上昇したものを一過性眼圧上昇と定義した.一過性眼圧上昇は,LOT+SIN群で12%,VC+LOT+SIN群で5%であった.その他,房水漏出はLOT+SIN群10%,VS+LOT+SIN群12.5%,脈絡膜離はLOT+SIN群2%,VC+LOT+SIN群5%とほぼ同等の頻度であった.III考按筆者らが行っているVC+LOT+SINは,Schlemm管にトラベクロトームを挿入する前に粘弾性物質によりSchlemm管が拡張されているため,トラベクロトームの挿入がかなり容易であった.その点はトラベクロトームの挿入という比較的難易度の高い操作がearlyperforationなしで行えたという意味で評価できる.そのうえ,LOT+SINと遜色ない術後経過が得られるため,有効な術式と考えられるが,その術式と術後合併症について以下のように解析した.筆者らの施設で行っているVC+LOT+SINにおけるVCは,三宅が報告しているVC3)とは異なる点が2点存在する.第一の相違点は,筆者らのVC+LOT+SINにおけるVCはあくまでもSchlemm管内にトラベクロトームの挿入を簡便にする目的で追加した操作であるため,34回に分けてSchlemm管開口部近くから徐々に奥のほうへカニューレを図3各群の累積生存率死亡定義:眼圧が観察期間中2回連続し20mmHg以上または再手術,レーザー治療時.観察期間(カ月)510152025303500.20.40.60.81術前:VC+LOT+SIN群:LOT+SIN群累積生存率図4術後早期のフレア値の比較020406080100120140160180術前1371430観察期間(日)*:VC+LOT+SIN群:LOT+SIN群*:p<0.05前房フレア値(pc/ms)表1術後合併症LOT+SIN群VC+LOT+SIN群早期穿孔2例/50例(4.0%)0例/40例(0%)前房出血45例/50例(90.0%)20例/40例(50.0%)一過性眼圧上昇6例/50例(12.0%)2例/40例(5.0%)濾過胞からの一過性房水漏出5例/50例(10.0%)5例/40例(12.5%)脈絡膜離1例/50例(2.0%)2例/40例(5.0%)Descemet膜離0例/50例(0%)1例/40例(2.5%)———————————————————————-Page4864あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(114)は22.9%で,LOT+SINの前房出血の頻度に比し明らかに少ないとしている.川端ら6)はbloodreuxの有無がLOTの手術手技が成功したかのよい判断基準となるとしており,前房出血はやむをえない事象といえるが,同じ線維柱帯を切開しているのに術後出血が少ない理由については現在のところ不明な点が残る.しかし,一つの原因としてはトラベクロトーム切開部位での粘弾性物質による血液の圧排があげられる.つまり線維柱帯切開で静脈圧と前房圧の逆転がbloodreuxの要因と考えれば,一時的であるにせよ,血液成分が減少することはその原因となりうるのかもしれない.つまりVCを追加することによりLOT+SIN単独よりも前房出血が少なくなり,それが術後早期のフレア値の軽減に関与した可能性が示唆された.合併症について早期穿孔はVC+LOT+SIN群では認められなかったが,これはVCを注入した時点で早期穿孔している場合,粘弾性物質が早々に前房内に確認できるため,その時点で注入を中止し,viscocanulaの挿入方向の見直しを行った後に再度VCを施行し直しているために未然に防げているとも考える.LOTで早期穿孔をさせてしまえば,その時点で前房は浅くなり,再度線維柱帯を切開しにくくなることを考えると,VC+LOT+SINはこの面から考えても安全な術式といえるのではないかと考えられる.文献1)青山裕美子,上野聰樹:ジヌソトミー併用トラベクロトミーの術後中期の眼圧推移.あたらしい眼科12:1297-1303,19952)安藤雅子,黒田真一郎,寺内博夫ほか:原発開放隅角緑内障に対するサイヌソトミー併用トラベクロトミーの長期成績.臨眼57:1609-1613,20033)三宅三平:Viscocanalostomy.あたらしい眼科18:991-997,20014)StegmannR,PienaarA,MillerD:ViscocanalostomyforopenangleglaucomainblackAfricanpatients.JCataractRefractSurg25:316-322,19995)朴真紗美,谷戸正樹,千原悦夫:Viscocanalostomy・白内障同時手術の術後成績.日眼会誌106:173-177,20026)川畑篤彦,永田誠:トラベクロトミーにおけるBloodReuxと降圧効果の関係.眼紀36:707-710,1985では粘弾性物質が前房内に流入してしまうことが一過性眼圧上昇の一因となっているが,より分子量の高い粘弾性物質であるほどにその可能性は高くなるとも考えられる.そのような背景もあり,当院ではVC+LOT+SINを行う際には中分子量のオペリードRが適当であろうと考えている.実際,今回の検討においても術後一過性眼圧上昇発症率は,LOT+SIN群で12%,VC+LOT+SIN群で5%とほぼ同等であることから,粘弾性物質流入による一過性眼圧上昇への影響は少ないと考えられた.しかし,どちらの術式においてもサイノストミーを併用しているにもかかわらず,一過性眼圧上昇の発症は0ではなかった.これらの発症メカニズムを推測する目的で一過性眼圧上昇をきたした症例の経過について検討した.VC+LOT+SIN群で一過性眼圧上昇を生じた2症例において,一過性眼圧上昇をきたした時期は2症例とも術翌日であり,その時点でのフレア値は平均71.3pc/msと異常高値であったが,術後3日目には36.7pc/msと早々に改善している.LOT+SIN群では,一過性眼圧上昇を生じた6症例において,一過性眼圧上昇をきたした時期は2症例で術後3日目,4症例で術後7日目であり,明らかにVC+LOT+SIN群に比し遅い時期に生じていた.LOT+SIN群のフレア値の推移は術翌日平均106.5pc/msが術後3日目では70.6pc/msと依然として高く,術後5日目で平均30.6pc/msにまで改善している.つまり,これらの結果は,フレア値が顕著に下降した後に一過性眼圧上昇が生じてくることを示唆している.この現象を解析すると,まず術後の炎症細胞や赤血球が前房内を浮遊している状態から線維柱帯側へ沈み込む.この時点で前房フレア値は低下してくる.その後,線維柱帯に一時的に蓄積された炎症細胞や赤血球が房水の通過障害を生じさせ,一過性眼圧上昇が生じるのではないかと考える.したがってフレア値が下降してきた後,またはbloodreuxで生じた前房出血のニボーが消失してくる時点が一過性眼圧上昇の生じやすいタイミングであり,これらの現象から一過性眼圧上昇のタイミングをある程度予想できるのではないかと思われた.VC+LOT+SIN群のほうが一過性眼圧上昇の割合が少なかった原因としては,VC+LOT+SINのほうが術後の前房出血が少なかったことが考えられる.朴ら5)もVC+PEA+IOL後75.6%に前房出血が生じたが4日以上持続したもの***

網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎の1例

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(105)8550910-1810/08/\100/頁/JCLS《第41回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科25(6):855859,2008cはじめにペニシリンによる駆梅療法が確立し,梅毒性ぶどう膜炎を診療現場で治療する機会は少なくなっている.しかし,近年梅毒は再び増加傾向にあるとされ1,2),ぶどう膜炎の原因として周知する必要がある.一般に梅毒性ぶどう膜炎は梅毒第二期または第三期にみられ3,4),臨床症状は多彩で特徴的な所見に乏しいとされている57).しかし,後眼部病変としては脈絡網膜炎が一般的とされ,ごま塩眼底(pepper-and-saltfundus)は鎮静化した脈絡膜炎の所見としてよく知られている8).今回,脈絡膜炎ではなく,視神経炎/網膜血管炎で発症した梅毒性ぶどう膜炎の1症例を経験した.ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の重複感染はなかったが,神経梅毒を合併し,通常の駆梅療法に抵抗したので以下に報告する.I症例患者:37歳,男性.主訴:左眼の視力低下および左眼窩深部痛.現病歴:2006年7月上旬より主訴を自覚し,同月21日に〔別刷請求先〕原ルミ子:〒675-8611加古川市米田町平津384-1加古川市民病院眼科Reprintrequests:RumikoHara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KakogawaMunicipalHospital,384-1Hiratsu,Yoneda-cho,Kakogawa675-8611,JAPAN網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎の1例原ルミ子*1三輪映美子*1佐治直樹*2安積淳*3*1加古川市民病院眼科*2兵庫県立姫路循環器病センター神経内科*3神戸大学大学院医学系研究科外科系眼科学分野ACaseofRetinitisinaPatientwithSyphilisRumikoHara1),EmikoMiwa1),NaokiSaji2)andAtsushiAzumi3)1)DepartmentofOphthalmology,KakogawaMunicipalHospital,2)DepartmentofNeurology,HyogoBrainandHeartInstitute,3)DepartmentofSurgeryRelatedDivisionofOphthalmology,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine:梅毒性ぶどう膜炎の一般的臨床所見は脈絡網膜炎とされている.症例報告:37歳,男性.左眼視力低下と眼窩深部痛を自覚し近医を受診,精査加療目的にて加古川市民病院眼科へ紹介された.左眼眼底に視神経乳頭の発赤腫脹と黄斑浮腫を認め,黄斑耳側の血管は強く白鞘化し,網膜静脈分枝閉塞症様の網膜出血があった.梅毒血清反応が高値である以外に異常はなく,梅毒性ぶどう膜炎と診断した.髄液検査結果から神経梅毒の合併も確認された.従来のペニシリン内服治療では眼底所見の改善が得られず,神経梅毒の治療に準じたペニシリン大量点滴治療(ステロイド内服併用)で病勢の収束が得られた.結論:網膜病変の強い梅毒性ぶどう膜炎では,神経梅毒に準じてより強力な治療法を選択する必要があると思われた.Background:Chorioretinitisisacommonpresentationofacquiredsyphiliticuveitis.CaseReport:A37-year-oldmalevisitedanophthalmologistwithacomplaintofblurredvisionofthelefteyewithdeeporbitalpainandwasreferredtoKakogawaMunicipalHospitalforfurtherexaminationandtreatment.Onexamination,hislefteyehaddiscswellingwithhyperemiaandmacularedema.Perivascularexudateswereseenassociatedwithbranchretinalveinocclusion-likeretinalhemorrhageatthetemporalretina.Syphiliticuveitiswasdiagnosedbasedonthelackofanyspecicndingotherthanpositiveresultsofserologyforsyphilis.Thediagnosiswasnarrowedtoneu-rosyphiliswhenresultsofserologictestingofspinaluidwerepositiveforsyphilis.Uveitiswasnotcontrolledbytheusualantiluetictherapybutdisappearedafterhigh-doseintravenouspenicillinandoralcorticosteroidmedica-tion.Conclusions:Incasesofsyphiliticuveitisinwhichtheretinaandopticdiscaremainlyaected,high-dosetherapysuchashasprovenusefulforneurosyphilisshouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):855859,2008〕Keywords:梅毒,脈絡網膜炎,神経梅毒,ペニシリン大量点滴治療.syphilis,chorioretinitis,neurosyphilis,mas-sivedosetherapywithpenicillin.———————————————————————-Page2856あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(106)がみられたが,網膜細静脈の淡い過蛍光は網膜全周性にみられた(図3).Goldmann動的量的視野(GP)検査では右眼に異常はなく,左眼では視神経病変および血管病変に一致した,Mariotte盲点から連続する水平性比較暗点が検出された(図4).限界フリッカー値(CFF)は右眼39Hz,左眼25Hzであった.全身検査所見:胸部X線では異常所見がなく,ツベルクリン反応は陰性で,そのほか血液,生化学検査でも異常はなかった.梅毒血清反応で脂質抗原試験(rapidplasmareagin:RPR)法32倍,ガラス板法8倍,血清トレポネーマ抗原試験(treponemapallidumhemagglutinationassay:TPHA)法が10,240倍と高値を示していた.HIV検査は陰性であった.経過:梅毒性ぶどう膜炎と診断し皮膚科を受診させたが,梅毒を疑わせる皮疹などはないとされた.2006年8月2日より5週間の予定で合成ペニシリンであるアモキシシリン近医を受診したところ,視神経乳頭の発赤腫脹を指摘された.精査加療目的にて同月24日,加古川市民病院眼科へ紹介され受診した.既往歴:右眼不同視弱視(未治療).初診時所見:視力は右眼0.06(0.1×sph+9.0D),左眼0.2(0.3×sph+0.75D),眼圧は右眼17mmHg,左眼15mmHgであった.前眼部所見では左眼の前房に中等度の炎症細胞と角膜後面沈着物がみられたが,前房蓄膿やフィブリン形成などはなく,中間透光体では軽度の炎症細胞浸潤を伴う硝子体混濁があった.左眼眼底には視神経乳頭の発赤腫脹と黄斑浮腫を認め,黄斑耳側の血管は強く白鞘化し,網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)様の網膜出血があった(図1).右眼に異常はなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)検査では右眼に異常はなかったが,左眼には造影初期から視神経乳頭からの強い蛍光漏出があり,徐々に増強した(図2).造影後期にかけて,黄斑耳側の白鞘化した網膜静脈からは強い蛍光漏出図1初診時の左眼眼底所見視神経乳頭の発赤腫脹と耳側静脈の白鞘化・網膜静脈分枝閉塞症様の出血を認める.図2初診時の左眼フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)所見(造影初期)視神経乳頭からの強い蛍光漏出を認める.図3初診時の左眼FA所見(造影後期)白鞘化した網膜静脈からの強い蛍光漏出,網膜全体の網膜細静脈からの淡い過蛍光を認める.図4初診時の左眼Goldmann動的量的視野検査視神経および血管病変に一致した水平性比較暗点がみられた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008857(107)II考按厚生労働省の「性感染症サーベイランス研究班」の報告書1)によると,19982000年にかけてわが国では年間4,0005,000例の新規梅毒患者が発生したと推定されている2).一般に免疫反応の確立にもかかわらず,感染が全身に拡大する第二期梅毒(感染後12週2年)の4.6%にぶどう膜炎を発症するとされている10)ので,眼科医は一定頻度で梅毒性ぶどう膜炎に遭遇すると思われる.本症例では高度な網膜血管の白鞘化とBRVO様の出血があり,はじめ結核性のぶどう膜炎が疑われた.しかし,ツベルクリン反応が陰性で,胸部X線でも結核を示唆する陰影はなかった.サルコイドーシスやBehcet病も鑑別にあげられたが,臨床経過や各種検査所見は厚生労働省の診断基準を満たさなかった.一方,血清学検査で梅毒反応は陽性であり,梅毒性ぶどう膜炎と診断し駆梅療法を開始した.しかし,通常の駆梅療法(アモキシシリン内服2週間)では臨床所見に変化がみられず,神経梅毒の治療(ペニシリン大量点滴治療(ステロイド内服併用))の開始後,病勢が急速に衰えた.髄液の血清学検査所見も改善し,最終的に神経梅毒を合併した梅毒性ぶどう膜炎と診断した.なお,神経梅毒とは梅毒トレポネーマ(Treponemapallidum:T.pallidum)が中枢神経に感染し,髄膜,血管,さらに脳脊髄の実質を障害する一連の病態の総称である.神経梅毒の診断基準は1.梅毒血清反応が陽性,2.髄液の炎症所見がある(細胞数および蛋白質の増加),3.髄液中の梅毒血清反応が陽性,4.神経症状があるもの,とされている11).本症例はこの神経梅毒の診断基準をすべて満たしていた.梅毒感染後未治療の場合はその約5%に神経梅毒を発症するといわれている12)が,実際には神経症状がなくとも30%に髄液の異常があるとされて(750mg/日)の経口投与を開始した.同月16日(治療開始2週目)の梅毒血清反応はRPR法2倍,TPHA法640倍と治療効果を認めたが,視力は左眼0.15(0.3)で,眼底所見の改善傾向がなかった.一方,神経梅毒の合併も疑い,同月17日に兵庫県立姫路循環器病センター神経内科を受診させた.神経学的検査では神経伝達速度に異常はなかったが,上下肢の振動覚が低下していた.髄液検査ではリンパ球主体の細胞数の増加と蛋白質の増加があり(表1),髄液中のTPHA2,560倍,uorescenttreponemaantibodyabsorp-tion(FTA-ABS)が80倍と高値であったため神経梅毒と診断され,CentersforDiseaseControlandPrevention(以下,CDC)の神経梅毒の治療ガイドライン9)に準じた治療が開始された.同月18日よりペニシリン大量点滴(注射用ベンジルペニシリンカリウム;2,400万単位/日)をプレドニゾロン内服(30mg/日)と併用して開始した.治療開始後網膜静脈の白鞘化が消失し,同時に髄液検査所見(表2)と神経学的検査所見も改善した.しかし,視神経乳頭上に新生血管が生じ,FA検査では耳側網膜の無灌流領域が出現したため網膜光凝固術を施行した.その後,黄斑部および上方網膜に増殖変化が起こり一部牽引性網膜離も出現した(図5).光干渉断層計(OCT)でも黄斑上の強い増殖変化と牽引による黄斑浮腫が確認された.FA検査では全体の炎症は消退していたが,強い増殖変化を生じていた.視力も左眼0.2(0.2)と改善がみられなかったため,11月30日に硝子体手術を施行した.現在までに視神経乳頭の発赤腫脹および静脈の拡張は消失した.GPでは初診時の比較暗点が消失し,CFFも左眼38Hzと改善した.左眼視力は(0.9)である.図5ペニシリン大量点滴治療後の左眼眼底所見黄斑上方網膜にかけての強い増殖変化と一部牽引性網膜離を認める.耳側網膜には網膜光凝固術が施行されている.表1ペニシリン大量点滴治療前の髄液検査所見(2006年8月17日)細胞数628/3↑リンパ球主体(基準値015個)糖41mg/dl(基準値5075mg/dl)蛋白質83.1mg/dl↑(基準値1041mg/dl)TPHA2,560倍↑(基準値10未満)FTA-ABS80倍↑(基準値1未満)リンパ球主体の細胞数の増加と蛋白質の増加を認める.TPHA:treponemapallidumhemagglutinationassay,FTA-ABS:uorescenttreponemaantibodyabsorption.表2ペニシリン大量点滴治療後の髄液検査所見(2006年9月21日)細胞数84/3(基準値015個)糖53mg/dl(基準値5075mg/dl)蛋白質44.6mg/dl(基準値1041mg/dl)TPHA80倍(基準値1.0未満)FTA-ABS5倍(基準値4.0以下)細胞数の軽度増加はあるが,治療前に比べ著明に減少している.また,蛋白質はほぼ正常域である.———————————————————————-Page4858あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(108)浮腫をきたした場合にはステロイドが必要ではないかという報告2022)もある.実際にはステロイド併用なしで治癒した報告2325)も多い.今後,ステロイドの併用に関しても検討の余地がある.以上,神経梅毒を合併した梅毒性ぶどう膜炎の1例を報告した.一般の駆梅療法が奏効しない視神経炎/網膜血管炎が強い梅毒性ぶどう膜炎においては,神経梅毒の合併を常に念頭におき,治療にあたるべきである.文献1)熊本悦明,塚本泰司,利部輝男ほか:日本における性感染症(STD)流行の実態調査─2000年度のSTD・センチネル・サーベイランス報告─.性感染症学雑誌13:147-167,20022)橋戸円,岡部信彦:わが国における性感染症の現状.化学療法の領域21:1083-1089,20053)KanskiJJ:Uveitis.p34-39,Butterworths,London,19874)松尾俊彦:梅毒性ぶどう膜炎.臨眼57:191-195,20035)後藤浩:全身疾患と眼性感染症と眼.眼科45:335-342,20036)横井秀俊:硝子体・網膜病変の診かた(2)梅毒.眼科46:1527-1532,20047)鈴木重成:梅毒性ぶどう膜炎.眼科診療プラクティス47,感染性ぶどう膜炎の病因診断と治療(臼井正彦編),p14-18,文光堂,19998)Duke-ElderS,PerkinsES:Diseaseoftheuvealtract.SystemofOphthalmology,Ⅸ,p297-321,HenryKimpton,London,19669)CentersforDiseaseControlandPrevention:1998Guide-linesfortreatmentofsexuallytransmitteddiseases.MMWRMorbMortalWklyRep47(RR-1):1-118,199810)MooreJE:Syphiliticiritis.Astudyof249patients.AmJOphthalmol14:110-126,193111)松室健士,納光弘:炎症性疾患スピロヘータ感染症梅毒トレポネーマ.別冊領域別症候群シリーズ神経症候群Ⅰ.日本臨牀26:615-619,199912)VermaA,SolbrigMV:Syphilis,Bradley,NeurologyinClinicalPractice.p1496-1498,Butterworth,Philadelphia,200413)高津成美:真菌,スピロヘータ,原虫および寄生虫感染神経梅毒.ClinNeurosci23:801-803,200514)松村雅義,中西徳昌:HIV感染と合併した梅毒性ぶどう膜炎の2例.臨眼49:979-983,199515)TamesisRR,FosterCS:Ocularsyphilis.Ophthalmology97:1281-1287,199016)ChessonHW,HeelngerJD,VoigtRFetal:EstimatesofprimaryandsecondarysyphilisrateinpersonswithHIVintheUnitedStates,2002.SexTransmDis32:265-269,200517)占部冶邦:最近の性病の傾向と治療の進歩梅毒.臨床と研究70:408-412,199318)後藤晋:疾患別くすりの使い方梅毒性ぶどう膜炎.眼科診療プラクティス11,眼科治療薬ガイド(本田孔士編),p138-139,文光堂,1994いる13).梅毒性ぶどう膜炎はT.pallidumが血流を介して眼内組織に到達し,炎症が惹起された病態である.一般に臨床症状は虹彩毛様体炎や脈絡網膜炎など多彩で,特徴的な所見はないとされる57).しかし,梅毒が散見された時代の古典的成書によれば,梅毒性ぶどう膜炎の一般型は脈絡網膜炎であり,脈絡膜毛細血管板からの炎症細胞浸潤がBruch膜/網膜色素上皮を侵して進展する8)とされている.一方,本症例は視神経乳頭病変や高度に白鞘化した網膜静脈炎があり,FA検査では乳頭上新生血管や静脈壁の染色がみられた.視野ではMariotte盲点と連なる水平性半盲があり,最終的に血管新生を伴う増殖性変化から硝子体手術を要した.これらは,本症例の病巣の主座が視神経や網膜血管にあったことを示唆しており,上述した梅毒性ぶどう膜炎の一般的臨床所見と異なる.こうした臨床像は近年のHIV感染を伴う梅毒性ぶどう膜炎に類似例をみつけることができる14).HIV感染が早くから社会問題化した米国では,梅毒とHIVとの重複感染に警鐘がならされてきた15).HIV感染者では梅毒性ぶどう膜炎の頻度が非感染より有意に高いこと,神経梅毒を早期から発症しやすいこと16)がよく知られている.本症例でHIV感染は証明されなかったが,感染の比較的早い時期に神経梅毒を発症しており,こうした場合梅毒性ぶどう膜炎は視神経や網膜を主座とする病巣を形成しやすいのではないか,と思われた.一般に駆毒治療に関しては,感染後2年以内の早期梅毒では十分なペニシリンを少なくとも10日間投与すればT.pal-lidumが死滅し,梅毒は完治すると証明されている17).梅毒性ぶどう膜炎についても梅毒第二期以降に出現するため,治療は一般の駆梅療法第二期に準じて行うとされている18).しかし,神経梅毒ではより強力な治療が必要とされる.CDCの神経梅毒の治療ガイドライン9)によれば,水性ペニシリン静脈注射(以下,静注)(ペニシリンG1,800万2,400万単位/日)を1014日間施行することが推奨されている.これはPolnikornら19)が水性ペニシリン静注(ペニシリンG2,400万単位/日),および水性ペニシリン静注(ペニシリンG200万単位/日)とプロベネシド内服(2g/日)を施行した症例で,T.pallidumに殺菌的に作用する髄液ペニシリン濃度が検出されたとの報告などに則っている.本症例では通常の駆梅療法で十分な治療効果を得られず,神経梅毒の治療開始後に病勢の収束をみた.網膜や視神経は中枢神経系と連続性のある組織である.本症例のように脈絡網膜炎ではない,視神経炎/網膜血管炎とすべき梅毒性ぶどう膜炎には,神経梅毒に準じて初期からペニシリン大量点滴治療が選択されるべきである,と思われた.今後,症例を重ねて検証する必要がある.なお,副腎皮質ステロイド薬(以下,ステロイド)の併用に関しては統一した見解はなく,特に視神経症や胞様黄斑———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008859(109)どう膜炎(田野保雄編),p122-123,メジカルビュー社,199923)新井根一,滝昌弘,稲葉浩子:視神経網膜炎で発見された2期梅毒の1例.臨眼61:197-201,200724)中山亜紀,高橋康子,大島隆志ほか:梅毒性網脈絡膜炎の4例.眼紀43:991-997,199225)菅英毅,岩城陽一:梅毒性ぶどう膜炎の1例.臨眼49:1453-1455,199519)PolnikornN,WitoonpanichR,VorachitMetal:Penicillinconcentrationsincerebrospinaluidafterdierenttreat-mentregimensforsyphilis.BrJVenterDis56:363-367,198020)玉置泰裕:梅毒性視神経網脈絡膜炎の2例.臨眼45:113-117,199121)吉川啓司,馬場裕行,井上洋一ほか:梅毒性ぶどう膜炎の1例.眼紀40:2167-2174,198922)安藤一彦:梅毒.新図説臨床眼科講座第7巻,感染症とぶ***

ステロイドパルス療法を行った原田病患者の治療成績の検討

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(101)8510910-1810/08/\100/頁/JCLS《第41回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科25(6):851854,2008cはじめに原田病の視力予後はおおむね良好といわれているが,炎症の遷延化に伴い網膜変性を生じた場合や再燃をくり返す場合には視力低下をきたすこともあり,速やかな消炎が治療の目標となる.そのためには,発症早期に十分な副腎皮質ステロイド薬(以下,ステロイド)の全身投与が必要であるとされている1).ステロイド投与の方法としては,従来,内服あるいはステロイド大量点滴療法が行われていた.最近,発症早期に十分なステロイド投与が可能であることと,ステロイドの全身的な副作用は総投与量よりも投与期間に影響を受けやすいとされていることより,ステロイドパルス療法が用いられるよう〔別刷請求先〕島千春:〒530-0005大阪市北区中之島5-3-20住友病院眼科Reprintrequests:ChiharuShima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SumitomoHospital,5-3-20Nakanoshima,Kita-ku,Osaka530-0005,JAPANステロイドパルス療法を行った原田病患者の治療成績の検討島千春春田亘史西信良嗣大黒伸行田野保雄大阪大学大学院医学系研究科感覚器外科学(眼科学)講座SignicanceofCorticosteroidPulse-DoseTherapyinPatientswithVogt-Koyanagi-HaradaDiseaseChiharuShima,HiroshiHaruta,YoshitsuguSaishin,NobuyukiOhguroandYasuoTanoDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,OsakaUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:原田病では,発症早期の十分な副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)投与がその消炎に必要とされている.ステロイドパルス療法を行った原田病患者について,発症から治療開始までの期間と臨床経過の相違について検討した.方法:ステロイドパルス療法を施行した初発の原田病患者で,6カ月以上経過観察できた21例42眼を対象とした.視力予後,再発・遷延の頻度,発症から治療開始までの期間と治療開始から寛解までの期間,ステロイド内服の期間と総投与量,晩期続発症の発生頻度について検討した.結果:39眼(92.9%)で最終視力が1.0以上であった.再発・遷延例は5例で,非遷延例に比べ有意に発症から治療開始までの期間が長かった.発症から治療開始までの期間と治療開始から寛解までの期間に有意な相関関係を認めた(r=0.655,Pearsontest).Dalen-Fuchs斑,脱毛および白髪,皮膚白斑は再発・遷延例で有意に多くみられた.結論:発症から治療開始までの期間が短いほど,速やかな消炎が可能であったことから,早期治療が重要であると考えられる.Purpose:WeretrospectivelyanalyzedtherelationshipbetweentheperiodofinitiationoftreatmentafteronsetandtheclinicalcourseofVogt-Koyanagi-Harada(VKH)disease.Methods:Forty-twoeyesof21patientstreatedwithpulse-dosecorticosteroidtherapywerefollowedfor6monthsorlongerafterinitiationoftherapy.Finalvisualacuity,recurrenceorprolongationofinammation,periodoftimefromonsetofVKHtoinitiationoftreatmentandfromtreatmentinitiationtoremission,thetotaldaysofsystemicallyadministeredcorticosteroid,andocularcomplicationswererecorded.Results:Thirty-nineeyesattainedanalvisualacuityof20/20.Recurrenceorprolongedinammationoccurredin5cases.Inthese5cases,theperiodbetweenonsetandinitiationoftreat-mentwaslongerthanforcaseswithoutprolongation.TherewasastatisticallysignicantcorrelationbetweentheperiodoftimefrominitiationonsetofVKHtooftreatmentandtheperiodoftimefrominitiationoftreatmenttoremission(r=0.655,Pearsontest).Conclusions:EarlyuseofsystemiccorticosteroidtherapyincasesofVKHdis-easemayshortenthedurationofinammation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):851854,2008〕Keywords:原田病,ステロイドパルス療法,再発,合併症.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,steroidpulsethera-py,recurrence,complication.———————————————————————-Page2852あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(102)4.統計Mann-Whitneyranksumtestを用い,p<0.05を統計学的に有意であるとした.II結果今回の症例を2001年,国際原田病診断基準2)に基づいて分類すると,完全型8眼,不全型(疑い例を含む)34眼であった.また,主病変の存在部位で大別すると,後極部離型が38眼,乳頭周囲浮腫型が3眼,前眼部病変型が1眼と90.5%の症例が後極部離型であった.まず視力の推移であるが,平均視力は初診時0.66であったが,1カ月後,3カ月後,6カ月後の平均視力はそれぞれ1.0,1.2,1.2といずれも1.0を超えていた.最終視力が1.0以上であったものは42眼中39眼(92.9%)であった.再発例,遷延例の頻度を表1に示した.21例中,再発例は1例,一度消炎が得られたにもかかわらず再燃し,その結果1年以上消炎できなかった再発かつ遷延例が4例であった.また,前駆期にみられた症状の発生頻度を再発・遷延例とそれ以外で比較検討したものを表2に示した.前駆期の症状は再発・遷延例と非再発・遷延例の間で有意差がなかった.しかしながら,発症から治療開始までの期間は遷延例で60±48日であったのに対し,非遷延例では11±8日と有意に非遷延例のほうが短かった(p=0.014,Mann-Whitneyranksumtest).三村らの報告1)に基づき,治療開始までが10日以内の群と11日以上の群でも検討したが,治療開始までが10日以内の群では再発・遷延例が2例,非再発・遷延例が8例,11日以上の群では再発・遷延例が3例,非再発・遷延例が8例であり,有意差がなかった.再発例,遷延例を除いた症例,すなわち一連の治療で治癒に至った経過良好群において寛解に至るまでの期間は9138日であり,平均43日であった.それら経過良好群においても,発症から治療開始までの期間と治療開始から寛解まになってきた.今回筆者らは,原田病に対するステロイドパルス療法の長期的効果について検討したので報告する.I対象および方法1.対象19932005年に大阪大学医学部附属病院を未治療で受診し,6カ月以上の経過観察が可能であった初発の原田病21例42眼を対象とした.男性10例,女性11例であった.年齢は2358歳(平均年齢39歳)であった.観察期間は694カ月(平均34カ月)であった.2.治療プラン初診時当日あるいは翌日から3日間連続してメチルプレドニゾロン500mgあるいは1gを3日間連続投与した(ステロイドパルス療法).ステロイドパルスの1回のステロイド投与量は500mgの症例が4例,1gの症例が17例であった.ステロイド投与量は患者の体重により決定した.すなわち,体重が50kg以上では1gを投与し,50kg未満では500mgを選択した.ステロイドパルス終了の翌日よりプレドニゾロン換算40mgから内服を開始し,内服開始約1週間後に蛍光眼底造影検査で漏出点の消失を確認した後に減量を開始し,炎症の程度を見きわめながら24週間で510mgの減量を行った.3.検討事項視力の推移,再発・遷延例の頻度,発症から治療開始までの期間,再発・遷延例を除いた症例における発症から治療開始までの期間と寛解までの期間,ステロイド内服期間と総投与量,晩期続発症の種類と頻度についてレトロスペクティブに検討した.今回用いた視力は,小数視力の数値をlogMAR視力に換算した後に平均値を求め,再び小数視力に戻したものである.なお,再発例とは経過中に一度消炎が得られたにもかかわらず,再度炎症が出現した症例とし,遷延例とは消炎のために1年以上のステロイドの投与が必要であった症例とした.寛解とは,検眼鏡的に前房内細胞,硝子体内細胞,漿液性網膜離が消失した時点とした.表1再発例,遷延例の頻度例(%)再発例1(4.8)遷延例0再発かつ遷延例4(19.0)非再発・遷延例16(76.2)表2前駆症状の内訳例再発・遷延例非再発・遷延例p値耳鳴251.000頭痛281.000治療開始から寛解まで(日)16014012010080604020005101520発症から治療開始まで(日)253035図1発症からステロイドパルス治療開始までの日数と治療開始から寛解までの日数———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008853(103)併発白内障,続発緑内障を誘発しやすく視力予後不良の原因となる.三村ら1)は,遷延例への移行防止のためには発病後10日以内のコルチコステロイド療法の開始,および発病後1カ月以内のコルチコステロイドの総投与量がプレドニゾロン換算で600mg以上であることが統計学的に有意であると報告している.今回行ったステロイドパルス療法は,最初の3日間で1,500mgあるいは3,000mgのステロイド投与が可能であり,前述の600mgという条件を十分満たすものである.筆者らは以前,ステロイドパルス療法が原田病における漿液性網膜離を早期に消失させる効果があることを報告した4).今回の検討では長期経過をみたが,過去に報告されている大量点滴療法と比較して,再発・遷延例の発生頻度,最終視力予後に差はみられなかった5).なお,大量点滴療法はステロイドパルス療法に比べて肝機能障害や耐糖能障害など全身副作用がやや多い傾向にあるとの報告がある6).今回のステロイドパルス療法の経過中には,全身副作用を呈した症例はなかった.このことより,長期予後は変わらないが,副作用の面からはステロイドパルス療法は大量点滴療法より優れていると思われる.今回検討した症例(21例42眼)はほぼ同じプロトコールで加療されている.また,ステロイドパルス1g投与例と500mg投与例,および完全型と不全型でステロイド投与期間,総投与量に差がなかったので,この二つの因子については今回の検討に大きな影響を及ぼさないと考えた.それを踏まえて,再発・遷延例では発症からステロイド投与までの期間が有意に長かったこと,また,再発・遷延例を除いた経過での期間との間には,図1に示すとおり相関関係を認めた(p<0.01).一方,ステロイド内服期間,内服量と,1.完全型と不完全型,2.ステロイドパルス療法1回のステロイド投与量500mgと1gの2項目について比較した結果を表3,4に示した.この比較ではいずれも有意差を認めなかった.晩期続発症についての検討では,夕焼け状眼底が9例18眼(42.9%)に,Dalen-Fuchs斑が4例7眼(16.7%)に,皮膚白斑は2例(9.5%),脱毛および白髪は3例(14.3%)にみられた.経過中に白内障の進行を認めたものは2例4眼(9.5%),眼圧上昇を認めたものは4例8眼(19.0%)であった.脈絡膜新生血管,視神経萎縮を呈した症例はなかった.これらの発生頻度を再発,遷延例とそれ以外に分けて比較して検討したところ,Dalen-Fuchs斑,皮膚白斑,脱毛および白髪は再発,遷延例において有意に多かった(表5).三村らの報告1)に基づき,治療開始までが10日以内の群と11日以上の群でも検討したが,この検討においては有意差がみられた項目はなかった(表6).III考按原田病は基本的には増悪と寛解という時間経過をとる,自己制限的な疾患であると考えられている3).多くの場合,前駆期,眼病期,回復期という三つの病期がみられる.前駆期症状として,耳鳴,頭痛などの髄膜刺激症状が出現した後に,あるいはこれらの症状がおさまった後に,両眼性に眼症状が出現する.その後,治療を開始すると回復基調となることが一般的である.しかしながら,ときにこれに反して,6カ月を超えて内眼炎症が持続する症例を経験することがあり,「遷延型」とよばれている.炎症の遷延は虹彩後癒着や表3ステロイド内服期間・量と病型型型ステロイド内服期間日±148204±800.513ステロイド内服量(mg:プレドニゾロン換算)3,070±852,760±1,0500.696表4ステロイド内服期間・量とステロイドパルス1回投与量ステロイドパルス回投与ステロイド内服期間日±112214±800.744ステロイド内服量(mg:プレドニゾロン換算)2,355±6802,940±1,0550.323表5晩期続発症の内訳再発・遷延例例眼再発・遷延例例眼状眼眼眼眼眼眼眼内の行眼眼眼眼眼眼眼および例例例例表6晩期続発症と治療開始までの日数治療開始までの日数日内例眼日例眼状眼眼眼眼眼眼眼内の行眼眼眼眼眼眼眼および例例例例———————————————————————-Page4854あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(104)的背景をそろえた集団内での検討が必要であるが,今回の検討から少なくともステロイドパルス療法を施行する場合においても,早期治療が重要であることが確認された.今後,個々の症例の重症度,年齢,病型などに応じ適切なステロイド投与方法,および投与量を検討していく必要がある.文献1)三村康男,浅井香,湯浅武之助ほか:原田病の診断と治療.眼紀35:1900-1909,19842)ReadRW,HollandGW,RaoNAetal:ReviseddiagnosticcriteriaforVogt-Koyanagi-Haradadisease:ReportofanInternationalCommitteeonNomenclature.AmJOphthal-mol131:647-652,20013)安積淳:Vogt─小柳─原田病(症候群)の診断と治療.1.病態:定型例と非定型例.眼科47:929-936,20054)YamanakaE,OhguroN,YamamotoSetal:EvaluationofpulsecorticosteroidtherapyforVogt-Koyanagi-Haradadiseaseassessedbyopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol134:454-456,20025)北明大洲,寺山亜希子,南場研一ほか:Vogt─小柳─原田病新鮮例に対するステロイド大量療法とパルス療法の比較.臨眼58:369-372,20046)岩永洋一,望月學:Vogt─小柳─原田病の薬物療法.眼科47:943-948,20057)瀬尾晶子,岡島修,平戸孝明ほか:良好な経過をたどった原田病患者の視機能の検討─特に夕焼け状眼底との関連.臨眼41:933-937,19878)KeinoH,GotoH,MoriHetal:AssociationbetweenseverityofinammationinCNSanddevelopmentofsun-setglowfundusinVogt-Koyanagi-Haradadisease.AmJOphthalmol141:1140-1142,20069)ReadRW,YuF,AccorintiMetal:Evaluationoftheeectonoutcomesoftherouteofadministrationofcorti-costeroidsinacuteVogt-Koyanagi-Haradadisease.AmJOphthalmol142:119-124,200610)山本倬司,佐々木隆敏:原田病におけるステロイド剤の全身投与を行わなかった症例の長期予後.眼臨84:1503-1506,1990良好群でも,発症からステロイド投与までの期間と検眼鏡的な寛解までの期間が有意に相関していたという結果は,やはり早期治療による速やかな消炎が本疾患の治療戦略として重要であることを示している.晩期続発症については,過去の報告4)では夕焼け状眼底は大量投与群で54.5%,ステロイドパルス療法群では16.7%とステロイドパルス群のほうが有意に少ないとされているが,今回の検討では42.9%と過去の報告に比べて多くみられた.このことの理由は不明であるが,今回の結果からはステロイドパルス療法が夕焼け状眼底の予防に有効という結論は導き出せなかった.夕焼け状眼底では色覚やコントラスト感度の異常がみられたとの報告もあり7),発生を少なくするべく原因の解明が課題である.また,晩期続発症のうち,脱色素,すなわちメラニン組織に対する自己免疫反応が強く生じた結果起こると考えられるDalen-Fuchs斑,脱毛および白髪,皮膚白斑が再発・遷延例で多くみられたことは,発症早期の免疫反応の抑制が十分でないとメラノサイトが破壊されるとともに不可逆的な変化をもたらすことを示していると考えられた.最近,Keinoら8)により髄液検査での細胞数の増加と夕焼け状眼底発現との間に相関関係があるとの報告が出されており,髄液検査が晩期続発症進展の予想に有用である可能性がある.今回の症例では,髄液検査を全例で施行していないため,この点については確認できなかったが,今後の検討課題としたい.最近の多施設共同研究では,ステロイド内服治療と点滴治療で視力予後や晩期続発症に差がないということが報告されている9).欧米では一般的に原田病に対するステロイド点滴投与はあまりなされていない.また,軽症例ではステロイドの眼局所投与とステロイドの少量内服で十分消炎が可能であるといわれており,実際ステロイドの全身投与を施行せずに長期間経過を観察しても視力予後が悪くないことを山本ら10)は報告している.ステロイドの投与経路については今後遺伝***

磁気治療器の家兎眼窩内網膜中心動脈の血流動態への効果

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(97)8470910-1810/08/\100/頁/JCLS《第41回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科25(6):847850,2008cはじめに家庭用永久磁石磁気治療器は,薬事法(昭和36年)の規定に基づき,厚生労働省で認可されている一般家庭での磁気治療に使用する機器である.装着部位のこり44および血行の改善を使用目的,効能または効果とする.磁気は神経細胞に働き,抗うつ効果や抗ストレス効果を与え,靱帯や筋肉その他の細胞に働き,血行の促進,疲労回復に有効とされるが,血流動態に関する詳細な報告はみられていない.今回は,磁気治療器による眼循環効果を解明するため,家兎網膜中心動脈(CRA)の血流速度を超音波パルスドプラ法で測定した.I実験対象および方法対象は雌SPFDutch種家兎12匹〔体重2.16±0.80kg(平〔別刷請求先〕山田利津子:〒216-8511川崎市宮前区菅生2-16-1聖マリアンナ医科大学眼科学講座Reprintrequests:RitsukoYamada,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,St.MariannaUniversitySchoolofMedicine,2-16-1Sugao,Miyamae-ku,Kawasaki-shi,Kanagawa-ken216-8511,JAPAN磁気治療器の家兎眼窩内網膜中心動脈の血流動態への効果山田利津子*1上野聰樹*1山田誠一*2辻本文雄*3*1聖マリアンナ医科大学眼科学講座*2東京医科歯科大学国際環境寄生虫病学講座*3聖マリアンナ医科大学臨床検査医学講座EfectsofMagneticTherapyonBloodFlowKineticsinOrbitalCentralRetinalArteryRitsukoYamada1),SatokiUeno1),Sei-ichiYamada2)andFumioTsujimoto3)1)DepartmentofOphthalmology,St.MariannaUniversitySchoolofMedicine,2)SectionofEnvironmentalParasitology,GraduateSchool,TokyoMedicalandDentalUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofLaboratoryMedicine,St.MariannaUniversitySchoolofMedicine目的:磁気治療器装着後の眼循環動態を解明するため,家兎網膜中心動脈(CRA)の血流速度を超音波パルスドプラ法で評価した.方法:雌Dutch種家兎12匹(体重2.16±0.80kg)の頸部にペット用磁気ネックレスを装着し,装着後15分,1,2,3,4時間後,超音波パルスドプラ法を用いて,眼窩内CRAの血流速度を測定した.結果:磁気ネックレス装着後,正常家兎心拍数は1,2時間後に有意に上昇した.磁気ネックレス装着後,CRAの平均流速(Vmean)は2,3,4時間後に有意な上昇を示し,resistanceindex(RI)は1時間後に有意な低下を示した.心拍数変動率は14時間後まで有意に高値を示し,Vmeanの変動率は,2,4時間後に有意な上昇を示し,RI変動率は1時間後に有意な低下を示した.結論:磁気治療器の装着により,末梢循環抵抗の低下と血流速度の上昇にみられる血流量の増加が観察される可能性が示唆された.Afterplacingamagneticnecklaceonrabbits,bloodowvelocitiesincentralretinalarteriesweremeasuredbythepulsedDopplermethodandevaluatedtoelucidatethehomodynamics.Themagneticnecklaceforpetswasplacedaroundthenecksof12femaleDutchrabbits(bodyweight:2.16±0.80kg).BloodowvelocitiesintheorbitalcentralretinalarteriesweremeasuredbythepulsedDopplermethodat15minutes,1,2,3and4hoursafternecklaceplacement.Theheartrateintherabbitswassignicantlyincreasedat1and2hoursafterplace-mentofthenecklace.Themeanbloodowvelocitiesweresignicantlyincreasedat2,3and4hours,andresis-tanceindices(RI)weresignicantlydecreasedat1hour.Heartrateregulationwassignicantlyincreasedfrom1to4hoursafterplacement,asweremeanbloodvelocitiesregulationat2and4hours;andRIregulationweresig-nicantlydecreasedat1hour.Itissuggestedthatbloodowvolumeofthecentralretinalarteriesmaybeincreased,atleastwhilethemagneticnecklaceisinplace.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):847850,2008〕Keywords:永久磁石,磁気治療,パルスドプラ法,網膜中心動脈,流速変動率.permanentmagnet,magnettherapy,pulsedDopplermethods,centralretinalartery,bloodowvelocityregulation.———————————————————————-Page2848あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(98)13:00において有意な変動を示さなかった(図1).b.心拍数心拍数は前値247.1±1.9(以下,平均値±標準誤差)回/分で,1時間後270.8±5.4回/分,2時間後265.1±2.3回/分と有意な(各々p<0.05,p<0.005)上昇を示した.c.血流速度CRAの平均流速は2,3,4時間後,有意な(各々p<0.0001,p<0.05,p<0.0001)上昇を示した.CRAのRIは1時間後,有意な(p<0.01)下降を示した(図2).2.変動率日内変動を考慮して算出した基準値からの変動率を算出したところ,以下の結果が得られた.a.心拍数心拍数の変動率は1,2,3と4時間後に有意な(各々p<0.0001,p<0.005,p<0.01,p<0.01)上昇を示した(図3).均値±標準偏差:以下同様)〕であり,日内変動測定の対象は20匹(体重2.20±0.50kg)を用いた.動物愛護の立場から適切な実験計画を立て,全実験期間を通じて飼養および保管に配慮した.日内変動の測定は測定を行う予定の10:00,11:00,12:00,13:00に実施した.治療開始前値は7日前の対象の測定値を用いた.磁気治療器はネオジウムを磁性体とするペット用磁気ネックレス〔表面磁束密度:2,000ガウス(G)(200ミリテスラ(mT)〕で,家兎頸部に装着し,頭部を露出した状態で,木製固定器に固定した.装着後15分,1,2,3,4時間に,超音波パルスドプラ法を用いて,眼窩内CRAの血流速度を測定した.血流速度は超音波診断装置SSA-260(東芝:東京),探触子中心周波数7.5MHzを用いて測定した1,2).CRAの血流は視神経乳頭の約3mm後方のカラードプラ信号をとらえ3),fastFouriertransformed(FFT)波形の分析を行った.心拍数,平均流速(Vmean),resistanceindex(RI)について検討した.両眼の測定を行い,平均値を測定値とした.血流速度の日内変動を考慮し,測定時刻ごとに基準値を算出した.基準値は,各時刻における20匹の平均値とした.治療開始後の各時刻における測定値(x)の,各時刻の基準値(x0)からの変動率(dx)を下記のように算出し,治療開始前値と比較した4).dx=100(xx0)/x0平均値の差の検定はKruskal-Wallis検定ならびにMann-WhitneyのU検定で行った.II結果1.測定値a.日内変動CRAのVmeanならびにRIは10:00,11:00,12:00,97510:0011:00時間12:0013:0010:0011:00時間12:0013:00Vmean(cm/sec)0.60.550.5RI図1網膜中心動脈の流速の日内変動Bar:SE.975前15min1hr2hr3hr4hr時間前15min1hr2hr3hr4hr時間***********Vmean(cm/sec)0.60.4RI図2磁気治療器装着後の網膜中心動脈の流速の変動Bar:SE,****p<0.0001,**p<0.01,*p<0.05.-5051015前15min1hr2hr3hr4hr時間***********dHR(%)図3磁気治療器装着後の心拍数変動率の変動Bar:SE,****p<0.0001,***p<0.0005,**p<0.01.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008849(99)い.今回,磁気ネックレスを装着させた家兎を用いて検討した結果,網膜中心動脈の血流速度は上昇し,末梢循環抵抗指数は下降した.このことから,網膜中心動脈の血流量は増加している可能性が示唆された.変動率の算出から平均流速の上昇は,2時間で23.7%,4時間で28.0%であった.磁気治療器の作用機序は十分な解明はなされておらず,統一見解は得られていないものの,コリンエステラーゼ産生の抑制による自律神経系の活性化,ヘモグロビンの酸素放出の促進9,10)などが報告されている.本研究では心拍数は1時間後から有意な増加(変動率で約10%の増加)がみられ,交感神経系の亢進していることが示される.網膜中心動脈レベルの動脈では1時間目にはRIの低下にみられる血流量の増加が,その後2,3,4時間目には平均流速の増加による血流量の増加がみられる可能性が示唆された.マグネタイド微粒子による癌治療の開発とともに帯磁性治療器の各種医療分野への応用が期待される昨今となっている.永久磁石は治療器としての歴史が長いにもかかわらず,この効能を疑う報告11)がなされたりもし,治療器が店頭販売されることもなく,民間のものとして埋もれている感がある.しかし,今回の測定では,眼血流に関しては眼血流量の増加が期待される結果であった.磁気治療器の作用機序を解明するための一つの手がかりになったことが示唆される.文献1)YamadaR,YamadaS:Dopplerassessmentofocularcir-culationintheeyesofrabbits.JMedUltrasonics25:29-37,19982)YamadaR,KudoM,UenoSetal:Analysisofhemody-namicsinocularBehcet’sdiseasebytheDopplermethods.JMedUltrasonics24:953-957,19973)RuskelGL:Bloodvesselsoftheorbitandglobe.In:PrinceJH(ed):TheRabbitinEyeResearch,p514-553,CharlesCThomas,Springeld,19644)山田利津子,上野聰樹,山田誠一:カリジノゲナーゼ内服後の家兎眼窩内網膜中心動脈と短後毛様動脈の血流速度の2時間後で10.8%の上昇であった.b.平均流速平均流速の変動率は2,4時間後,有意な(各々p<0.01,p<0.0005)上昇を示した(図4).4時間後で28.0%の上昇であった.c.RIRIの変動率は1時間後,有意な(p<0.05)下降を示した(図5).1時間後で14.7%の下降であった.III考按磁気治療に使用される磁場には永久磁石によるものと,交流磁場治療器があり,永久磁石では表面磁束密度は2,000ガウス(200ミリテスラ)までと規定されている.永久磁石にはフェライト,コバルト,ネオマックス,ネオジウムなどがあり,また,希土類磁性材料であるサマリウム(Sm),ネオジウム(Nd)を表面処理することにより,多種の金属製磁石が作製されている.今回はネオジウム磁石を用いたが,磁石の種類による効能の違いについての報告はみられていない.磁気の医療への応用としては,癌の新しい治療法として,マグネタイト微粒子を発熱体とする温熱療法が研究されている.マグネタイト微粒子をカチオン製のリン脂質で被覆したマグネタイトカテオニックリボソーム(MCL)を作製し,癌細胞に対する特異的な抗体をマグネットリボソームに結合させた素材(AML)が開発された.これらの素材は交番磁界を照射すると腫瘍組織のみを選択的に加温できるため,非常に高い治療効果が得られる.このような磁性微粒子を用いた癌温熱療法が成果をあげ,治療の新たな展開として注目されてきた5,6).生体には磁性が観測され,生体磁石はマグネタイトを脂肪酸が覆う構造である.ヒトの脳にも鼻孔後側上方,脳下垂体前方,松果体や脳表面の細胞に生体磁石が存在する.このことから,磁場をうつ病,てんかん,Alzheimer病などの治療に用いる試みがなされ,有効とされている7,8).このような動きのなかで,磁場の眼球に対する影響は十分知られていな-100102030前15min1hr2hr3hr4hr時間*****dCRAVmean(%)図4磁気治療器装着後のVmean変動率の変動Bar:SE,***p<0.0005,**p<0.01.-25-5-155前15min1hr2hr3hr4hr時間*dCRARI(%)図5磁気治療器装着後のRI変動率の変動Bar:SE,*p<0.05.———————————————————————-Page4850あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(100)trolledtrialandeconomicanalysis.HealthTechnolAssess11:1-54,20078)AndersonIM,DelvaiNA,AshimBetal:Adjunctivefastrepetitivetranscranialmagneticstimulationindepression.BrJPsychiatry190:533-534,20079)KawakuboT,YamauchiK,KobayashiTetal:Eectofmagneticeldonmetabolicactionintheperipheraltissue.JpnJApplPhys38:L1201-L1203,199910)KawakuboT,OkadaO,MinamiT:MoleculardynamicsstimulationsofevolvedcollectivemotionsofatomsinthemyosinmotordomainuponperturbationoftheATPasepocket.BiophysChem115:77-85,200511)RameyDW:Magneticandelectromagnetictherapy.ScienticReviewofAlternativeMedicine2:13-19,1998変動.臨眼61:561-564,20075)LeB,ShinkaiM,KitadeTetal:Preparationoftumorspecicmagnetoliposomersandtheirapplicationforhyperthermia.JournalofChemicalEngineeringofJapan34:66-72,20016)MatsuoH,IwaiT,MitsudoKetal:Interstitialhyper-thermiausingmagnetitecationicliposomesinhibittotumorgrowthofVX-7transplantedtumorinrabbittongue.JapaneseJournalofHyperthermicOncology17:141-149,20017)McLoughlinDM,MoggA,ErantiSetal:Theclinicaleectivenessandcostofrepetitivetranscranialmagneticstimulationversuselectroconvulsivetherapyinseveredepression:amulticentrepragmaticrandomizedcon-***

眼科医にすすめる100冊の本-6月の推薦図書-

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008837(87)0910-1810/08/\100/頁/JCLSこの本は50万部を超えるベストセラーになった.著者は100キロを超える肥満であった岡田さん.ところが奮起して“記録ダイエット”をすることだけで1年で50キロもやせたという嘘のような話である.しかし表紙の帯の写真がその事実を語っており,“おっ,これは何かあるな”と思わず手にしてみたくなった.軽い気持ちで読み始めたらあっという間に引き込まれて,気づいたら読み終えていた.最近はメタボリックシンドロームがさまざまな病気の根源にあると考えられるようになってきた.眼科でも糖尿病網膜症や静脈分枝閉塞症をはじめとして多数の眼科疾患に関連することがわかっている.眼科医にとってもメタボリックシンドロームは身近な問題である.そこで今回,僕のお勧めの一冊として紹介したい.最初の数十ページにわたって書かれているのは“なぜデブ(著者の表現に添っています)が損なのか”という話に尽きる.それは“デブの社会的意義”にまで踏み込んだ素晴らしい理論として展開されている.その中でも興味を引くのが“ファーストラベル”という概念.人にはそれぞれファーストラベルがあって,かっこいい人,かわいい人,センスのいい人,男らしい人,優しい人など,いろいろあるが,太っている人は社会からとりあえず“あの人はデブだから”というファーストラベルですべて論じられてしまう.ここから抜け出さないと,たくさん損をするというお話.そして,ダイエットや運動をしてやせるというローリスク・ハイリターンな“投資”がいかに価値があり理論的に正しいかと詳細に論じている.自分の生存確率を上げるためには,年収を増やす,良いセンスの洋服を着る,語学を身につける,良いポジションにつくなどたくさんあるが,一番効率的なのが“やせる”という行為だという.最終的には読者に「さあ,あなたもやせられますよ」と“記録ダイエット”を提唱するわけだが,何より“やせよう”というモチベーションがなければせっかくの方法論も使えない.このあたりは最近話題の勝間和代さんによる『お金は銀行に預けるな』にも似ている展開といえるだろう.勝間さんの本でも,まず最初に「金融リテラシーを持たないと大変なことになってしまう」という提言が本の半分以上にわたって理論的に解説されている.後半を読みすすむ時には読者の金融活動への意欲は満々になっているという構成だ.本書も同じように後半を読み始めるころには「デブっていたらまずい.何としてもやせるぞ」という気持ちにさせて,本気でダイエットをやる気にさせてくれる.さて,本書のメインテーマである記録ダイエットとは何か?これは単に毎日,毎日,食べた量を自分で記録していくというとっても簡単な方法なのだ.最初はやせようとか,デブはまずいとか思わずに単に記録していけばいいという.岡田理論によればデブでいることは大変なことであり,デブを維持するための秘密の食生活パターンを各人はもっており,それをこの記録ダイエットによって明らかにしていくのが第一ステップだという.岡田さんの経験でも記録をつけ始めて,“こんなに俺は食べていたのか”“こんなにデブを維持するための努力を続けていたのか?”と驚いたという.この段階を過ぎれば,次には目標を定めて介入することになる.満足度の低いものは食べない,夜寝る前は食べないなど,自分でやれるところからやる.そして記録する.岡田さんによればこれだけで確実にやせられるという.幸い僕はBMI(体重指数)が22で太っていないのだが,記録ダイエットはアルコールダイエットにもとても有効な方法だったので伝えておきたい.最近になって僕■6月の推薦図書■いつまでもデブと思うなよ岡田斗司夫著(新潮新書,新潮社)シリー82◆坪田一男慶應義塾大学医学部眼科———————————————————————-Page2838あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008はガンマGTPが急激に上がり,肝臓専門の先生から“坪田先生,シャンパンの飲みすぎですよ!”と言われていたのだが,つい夜になるとシャンパン,ワインと飲みすぎてしまっていたのだった.そこで,いったい自分は1カ月にどのくらいの量のアルコールを飲んでいるのか記録することにしてみた.シャンパン1杯,ワイン1杯,ビール1本(350cc)はアルコール10gを含むと仮定して毎日記録をつけてみた.すると2008年1月は1,350g,2月は1,360gとなり,平均1日45g,ワインでいうと4,5杯飲んでいることがわかった.だいたいワイン1本で8杯だから毎日ワインをボトルで半分飲んでいる計算である.それも1日も休む日がないこともわかった.これでも記録するぞというプレッシャーから,つけていなかった2007年と比べればすでに格段に飲む量が減っていると思われる.記録ダイエットの威力はすごい.しかしそれでもどんどんガンマGTPが上がるのでまずいと思って“惰性で飲むのはやめよう”とか“アルコールフリーデーを作ろう”とか工夫しながら記録を続けたら3月には1,120g,4月は1,140gと1日平均38gまで減った.ガンマGTPのデータも改善してノーマルに復帰.これで記録ダイエットの信者になったのだった.この方法はなんにでも使えると思う.体重,アルコールだけでなく,運動量,勉強量,親切量(他の人にどのくらい親切にしたか),社会貢献量,睡眠時間など,自分のライフパターンで改善したいところがあったら記録をつけてみることをおすすめしたい.とりあえず,体重が少しでもオーバーだなと思う人がいたらぜひやってみるといいと思う.PS:2008年9月14日,15日に開催される『第8回抗加齢医学の実際』で岡田斗司夫さんの講演があります.興味のある方はhttp://www.mediproduce.jp/info/seminars/またはTel:03-5775-2075までお問い合わせください.☆☆☆(88)眼科領域に関する症候群のすべてを収録したわが国で初の辞典の増補改訂版!〒113-0033東京都文京区本郷2-39-5片岡ビル5F振替00100-5-69315電話(03)3811-0544メディカル葵出版株式会社A5判美装・堅牢総360頁収録項目数:509症候群定価6,930円(本体6,600円+税)眼科症候群辞典<増補改訂版>内田幸男(東京女子医科大学名誉教授)【監修】堀貞夫(東京女子医科大学教授・眼科)本書は眼科に関連した症候群の,単なる眼症状の羅列ではなく,疾患自体の概要や全身症状について簡潔にのべてあり,また一部には原因,治療,予後などの解説が加えられている.比較的珍しい名前の症候群や疾患のみならず,著名な疾患の場合でも,その概要や眼症状などを知ろうとして文献や教科書を探索すると,意外に手間のかかるものである.あらたに追補したのは95項目で,Medlineや医学中央雑誌から拾いあげた.執筆に当たっては,眼科系の雑誌や教科書とともに,内科系の症候群辞典も参考にさせていただいた.本書が第1版発行の時と同じように,多くの眼科医に携えられることを期待する.(改訂版への序文より)1.眼科領域で扱われている症候群をアルファベット順にすべて収録(総509症候群).2.各症候群の「眼所見」については,重点的に解説.3.他科の実地医家にも十分役立つよう歴史・由来・全身症状・治療法など,広範な解説.4.各症候群に関する最新の,入手可能な文献をも収載.■本書の特色■