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抗緑内障点眼薬の角膜障害におけるIn Vitro スクリーニング試験:SV40 不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた細胞増殖抑制作用の比較

2008年4月30日 水曜日

———————————————————————-Page1(131)???0910-181008\100頁JCLS《原著》あたらしい眼科25(4):553~556,2008?〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:??????????????????????????????????????????????????????????????-?-??????????????????-????????????????-???????????抗緑内障点眼薬の角膜障害における????????スクリーニング試験:SV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた細胞増殖抑制作用の比較長井紀章*1伊藤吉將*1,2岡本紀夫*3川上吉美*4*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所*3兵庫医科大学眼科学教室*4兵庫医科大学病院治験センターAn????????ScreeningTestforCornealDamagesbyVariousAnti-GlaucomaEyeDrops:ComparisonofSuppressiontoCellGrowthofCornealEpithelialCellLineSV40(HCE-T)byThemNoriakiNagai1),YoshimasaIto1,2),NorioOkamoto3)andYoshimiKawakami4)1)????????????????????2)????????????????????????????????????????????????????????????????????3)????????????????????????????????????????????????????????4)???????????????????????????????????????????????????????????????長期にわたる抗緑内障薬点眼薬の使用は角膜障害をひき起こすことが知られている.これまで????????角膜上皮細胞増殖抑制試験にはヒト正常角膜上皮細胞が用いられてきたが,細胞増殖率のばらつきが大きく,採取されたヒト角膜の個体差のため点眼薬の角膜上皮細胞増殖抑制作用に関する評価試験には不向きであった.今回,正常角膜上皮細胞の代わりにSV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用い点眼薬の????????角膜上皮細胞増殖抑制について検討を行った.点眼薬はb遮断薬,プロスタグランジン製剤,炭酸脱水酵素阻害薬,選択的交感神経a1遮断薬,a,b受容体遮断薬そして副交感神経作動薬の7種を用いた.本研究の結果,HCE-T細胞増殖抑制効果の強さはイソプロピルウノプロストン(レスキュラ?)>ラタノプロスト(キサラタン?)≫マレイン酸チモロール(チモプトール?)>塩酸ブナゾシン(デタントール?)>ニプラジロール(ハイパジール?)>塩酸ドルゾラミド(トルソプト?)≫塩酸ピロカルピン(サンピロ?)の順であり,HCE-Tはばらつきが少なく,正常ヒト角膜上皮細胞に代わり????????角膜上皮細胞増殖抑制試験に使用できることが明らかとなった.Theselectionofanti-glaucomaeyedropsiscomplicated,sincetheirlong-termusecausescornealdamage.Although????????cornealcellproliferationdisordertestinghavebeendoneusingnormalhumancornealepithelialcell(HCEC),theHCECarenotsuitableforresearchintocornealdamagebyanti-glaucomaeyedropsasHCEChavevariousgrowthratesindependenceonindividualdi?erencesbetweenhumancorneasusedassources.Weinvestigatedthee?ectsofanti-glaucomaeyedropsonproliferationofthehumancornealepithelialcelllineSV40(HCE-T),using7preparations:b-blocker,prostaglandinagent,topicalcarbonicanhydraseinhibitor,a1-blocker,a,b-blockerandparasympathomimeticagent.Cellproliferationinhibitionbytheeyedropsdecreasedinthefollowingorder:isopropylunoproston(Rescula?)>latanoprost(Xalatan?)≫timololmaleate(Timoptol?)>bunazosinhydro-chloride(Detantol?)>nipradiol(Hypadil?)>dorzolamidehydrochloride(Trusopt?)≫pilocarpinehydrochloride(San-pilo?).TheseresultsshowthattheproposedmethodusingHCE-Tissuitableforresearchingcornealdamagecausedbyanti-glaucomaeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(4):553~556,2008〕Keywords:緑内障,SV40不死化ヒト角膜上皮細胞,b遮断薬,プロスタグランジン製剤,炭酸脱水酵素阻害薬.glaucoma,humancorneaepithelialcelllineSV40,b-blocker,prostaglandinagent,topicalcarbonicanhydraseinhibitor.———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008(132)インキュベーター内で24時間培養したものを実験に用いた.実際の操作法として,PBS(リン酸緩衝食塩水)または薬剤を含んだ培地(未処理群培地25??,PBS50??;薬剤処理群培地25??,PBS25??および薬剤25??)にて24時間培養後,各wellにTetraColorONE(生化学社製)20??を加え,37℃,5%CO2インキュベーター内で1時間処理を行い,マイクロプレートリーダー(BIO-RAD社製)にて490nmの吸光度(Abs)を測定した.本実験における細胞増殖性はTetra-ColorONEを用い,テトラゾリウム塩が生細胞内ミトコンドリアのデヒドロゲナーゼにより生産されたホルマザンを測定することで表した.各薬剤とも,1回の実験に同一薬剤6~8wellを用い,同実験を3~5回くり返した.本研究では,細胞増殖抑制率は下記の計算式により算出した.細胞増殖抑制率(%)=(Abs未処理-Abs薬剤処理)/Abs未処理×100また,得られた細胞増殖抑制率から50%細胞増殖抑制時希釈率(EC50)を算出した.EC50の算出は近似曲線の方程式から計算により求めた.II結果1.抗緑内障点眼薬による角膜上皮細胞増殖抑制効果図1には種々抗緑内障点眼薬処理におけるHCE-T増殖抑制効果について示した.プロスタグランジン製剤であるレスキュラ?は,希釈率80倍までは高い細胞増殖抑制を示し,今回用いた抗緑内障点眼薬のなかで最も強い細胞増殖抑制作用を示した.レスキュラ?についで細胞増殖抑制作用を有したのは希釈率56倍まで強い細胞増殖抑制作用を示したキサラタン?であり,こちらもプロスタグランジン製剤であった.プロスタグランジン製剤のつぎに高い細胞増殖抑制作用を示したのはb遮断薬であるチモプトール?であり,希釈率24倍まで高い細胞増殖抑制を示した.選択的交感神経a1遮断薬であるデタントール?,a,b受容体遮断薬であるハイパジール?はともに希釈率8倍までは約90%の細胞増殖抑制はじめに抗緑内障薬による角膜障害には,点眼薬中に含まれる主薬,添加剤,防腐剤だけでなく,角膜知覚,涙液動態および結膜といったオキュラーサーフェス(眼表面)の状態が関与することが明らかとされ,臨床(???????)と基礎(????????)両方面からの観察が重要である1).しかしながら,プロスタグランジン製剤など,多くの抗緑内障点眼薬が開発され,臨床で使用されているにもかかわらず,これら????????実験による抗緑内障点眼薬が角膜上皮細胞へ及ぼす影響に関する報告は十分とはいえない.この理由として,正常ヒト角膜上皮細胞は世代による個体差のばらつきが大きく扱いがむずかしいこと,抗緑内障薬の種類が豊富であるため,正常ヒト角膜上皮細胞を用いた????????上皮細胞増殖抑制試験には多くの経費が必要となることが考えられる.したがって,低コストでばらつきの少ない????????上皮細胞増殖抑制試験系を確立することは臨床的に非常に重要であると考えられる.今回,SV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用い,現在臨床現場で多用されているb遮断薬(チモプトール?),プロスタグランジン製剤(レスキュラ?,キサラタン?),炭酸脱水酵素阻害薬(トルソプト?),選択的交感神経a1遮断薬(デタントール?),a,b受容体遮断薬(ハイパジール?),副交感神経作動薬(サンピロ?)など,異なる抗緑内障点眼薬7種を用いた????????角膜上皮細胞増殖抑制試験について検討を行った.I対象および方法1.使用細胞培養細胞は理化学研究所より供与されたSV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T,RCBNo.1384)を用い,100IU/m?ペニシリン(GIBCO社製),100?g/m?ストレプトマイシン(GIBCO社製)および5.0%ウシ胎児血清(FBS,GIBCO社製)を含むDMEM/F12培地(GIBCO社製)にて培養した.2.使用薬物抗緑内障点眼薬は市販製剤であるb遮断薬(0.5%チモプトール?),プロスタグランジン製剤(0.12%レスキュラ?,0.005%キサラタン?),炭酸脱水酵素阻害薬(1%トルソプト?),選択的交感神経a1遮断薬(0.01%デタントール?),a,b受容体遮断薬(0.25%ハイパジール?),副交感神経作動薬(1%サンピロ?)の7種を用いた.表1には本研究で用いた抗緑内障薬の臨床における点眼回数および防腐剤の種類と濃度を示す.3.抗緑内障点眼薬による細胞処理法HCE-T(50×104個)をフラスコ(75cm2)内に播種し,80%コンフルーエンスとなるまで培養した2,3).この細胞を0.05%トリプシンにて?離し,細胞数を計測後,96wellプレートに100??(10×104———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???(133)通常細胞数確保のため実験に用いられる培養第4世代の正常ヒト角膜上皮細胞は,起源(ロット)によるばらつきが大きく扱いがむずかしいといった欠点を有している.筆者らも今回の実験前に使用したが,ロット間,培養世代により細胞増殖性にばらつきがあり(第4世代正常ヒト角膜上皮細胞増殖性の変動係数;30.88%,0.25cells/cm2にて播種後3日間培養),このように多種にわたる点眼剤の角膜上皮細胞増殖抑制作用に関する評価実験には不向きであると考えられた.近年,佐々木らにより確立されたSV40にて不死化されたヒト角膜上皮細胞(HCE-T)は細胞増殖性のばらつきも少なく(第4世代HCE-T細胞増殖性の変動係数;4.70%,0.25cells/cm2にて播種後3日間培養)多くの研究に用いられており,正常ヒト角膜上皮細胞とほぼ同等の性質を有することが報告されている5).したがって,このHCE-Tは????????実験における抗緑内障点眼薬による角膜上皮細胞増殖抑制作用に関する評価に利用できると考えられた.本研究では,HCE-Tを用い,同一条件下における抗緑内障点眼薬処理が角膜分裂機能へ与える影響を検討するため,異なる7種の抗緑内障点眼薬が角膜上皮細胞増殖に及ぼす影響について検討を行った.プロスタグランジン製剤であるレスキュラ?およびキサラタン?は他の抗緑内障点眼薬と比較し高い細胞増殖抑制作用を有することが明らかとなった.b遮断薬であるチモプトール?は選択的交感神経a1遮断薬であるデタントール?,a,b受容体遮断薬ハイパジール?より細胞増殖抑制作用は高かったものの,プロスタグランジン製剤に比べその作用は明らかに低かった.実際の臨床現場において,抗緑内障点眼薬による角膜上皮細胞増殖抑制作用はプロスタグランジン製剤やb遮断薬で高頻度にみられることはすでによく知られており6),筆者らが示したプロスタグランジン製剤が強い細胞増殖抑制作用を有することと一致が認められた.しかし,b遮断薬であるチモプトール?はプロスタグランジン製剤に比べその細胞増殖抑制作用は明らかに低く,臨床で高頻度に角膜上皮細胞増殖抑制作用が認められるという報告と矛盾が認められた.大槻らはb遮断薬による角膜障害は薬物自身の毒性と涙液分泌能低下によるものであることを報告している7).このことから,b遮断薬による角膜上皮細胞増殖抑制作用は涙液分泌能低下が薬物自身の毒性を上昇させているのではないかと示唆された.一方,点眼回数が1日3回である炭酸脱水酵素阻害薬トルソプト?はプロスタグランジン製剤やa,b遮断薬に比べ低い細胞増殖抑制作用を示した.このことは炭酸脱水酵素阻害作用を有する主薬(塩酸ドルゾラミド)自身の角膜上皮細胞への細胞増殖抑制作用が低いためではないかと考えられた.今回の研究で細胞増殖抑制作用が最も低かったのが副交感神経作動薬であるサンピロ?であった.点眼薬には品質の劣化を防ぐ目的で防腐剤が添加されている.防率を示したが,希釈率24倍ではそれぞれ約48%へ細胞増殖抑制率の低下が認められた.また,炭酸脱水酵素阻害薬であるトルソプト?も,希釈率8倍までは90%以上の細胞増殖抑制率を示したが,希釈率24倍では約40%とデタントール?やハイパジール?よりやや低い抑制率を示した.今回用いた抗緑内障点眼薬のなかで最も弱い抑制率を示したのは副交感神経作動薬であるサンピロ?であり,その抑制率は希釈率4倍で79%,希釈率8倍では46%であった.本実験で用いた抗緑内障のEC50(希釈率)はレスキュラ?(99.09)>キサラタン?(70.35)?チモプトール?(29.90)>デタントール?(23.16)>ハイパジール?(20.11)>トルソプト?(17.47)?サンピロ?(7.49)の順に低値を示した.III考按角膜上皮は5~6層の細胞層から構成され,基底細胞と表層細胞に大きく分けられる.このうち基底細胞は分裂増殖機能と接着機能を,表層細胞はバリア機能および涙液保持機能を担っている.この4つの機能のどれか1つでも破綻した際角膜上皮障害が認められるが,なかでも薬剤の影響を特に受けやすいとされているのが分裂機能とバリア機能である4).臨床での抗緑内障点眼薬点眼による角膜障害性の検討においては,基礎疾患を除外した対象を選択し,年齢を揃え,点眼処理を同一条件としても,個体差およびオキュラーサーフェスの状態にばらつきが生じるという問題がある.一方,ヒト角膜上皮細胞を用いた????????実験は個体差やオキュラーサーフェスの状態の要因をすべて同一条件の状態で評価することが可能なため,薬剤自身による角膜上皮細胞への影響を検討することが可能である.これまでの????????試験における抗緑内障点眼薬による角膜上皮細胞増殖抑制作用に関する評価は正常ヒト角膜上皮細胞を用いて行われてきた.しかし,———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008(134)角膜上皮細胞増殖抑制試験に使用できることが明らかとなった.以上,本研究では同一条件下において,抗緑内障点眼薬自身が有する細胞増殖抑制作用の強さを明らかにした.これら細胞増殖抑制作用は,臨床においては涙液能低下などの他の作用により相乗的に角膜上皮細胞増殖抑制作用をひき起こすと考えられることから,今回の????????の結果を基盤とし,臨床でさらなる解析を行うことで,薬剤の選択が容易になるものと考えられた.また,HCE-Tは正常ヒト角膜上皮細胞に代わり,????????角膜上皮細胞増殖抑制試験に使用可能であることが明らかとなった.角膜上皮細胞増殖能は角膜の修復能と透過性にもつながるため,角膜障害性を反映するものと考えられ,これらの報告は今後の角膜研究および抗緑内障点眼薬投与時における薬物選択を決定するうえで一つの指標になるものと考えられた.文献1)徳田直人,青山裕美子,井上順ほか:抗緑内障薬が角膜に及ぼす影響:臨床と????????での検討.聖マリアンナ医科大学雑誌32:339-356,20042)ToropainenE,RantaVP,TalvitieAetal:Culturemodelofhumancornealepitheliumforpredictionofoculardrugabsorption.?????????????????????????42:2942-2948,20013)TalianaL,EvansMD,DimitrijevichSDetal:Thein?uenceofstromalcontractioninawoundmodelsystemoncornealepithelialstrati?cation.?????????????????????????42:81-89,20014)俊野敦子,岡本茂樹,島村一郎ほか:プロスタグランディンF2aイソプロピルウノプロストン点眼薬による角膜上皮障害の発症メカニズム.日眼会誌102:101-105,19985)Araki-SasakiK,OhashiY,SasabeTetal:AnSV40-immortalizedhumancornealepithelialcelllineanditscharacterization.?????????????????????????36:614-621,19956)青山裕美子:緑内障の薬物治療─抗緑内障点眼薬と角膜.?????????????????????,4:132-147,20037)大槻勝紀,横井則彦,森和彦ほか:b遮断剤の点眼が眼表面に及ぼす影響.日眼会誌105:149-154,20018)青山裕美子,本木正師,橋本真理子:各種抗緑内障点眼薬のヒト角膜上皮細胞に対する影響.日眼会誌108:75-83,2004腐剤は点眼薬の種類によって異なっており,その濃度も均一ではなく,この防腐剤が細胞増殖抑制をひき起こす要因の一つとされている8).本研究ではサンピロ?のみが防腐剤にパラベン類を使用しており,他の6剤は塩化ベンザルコニウムが用いられていた.細胞増殖抑制の要因の一つである防腐剤のなかで特に塩化ベンザルコニウムの角膜上皮細胞への毒性が強く,サンピロ?の防腐剤であるパラベン類は角膜分裂機能にほとんど影響を与えないことはすでに報告されている6).これらのことから,サンピロ?が他の抗緑内障点眼薬と比較しほとんど細胞増殖抑制作用を示さないのは防腐剤の種類の相違によるものと考えられた.今回のHCE-Tを用いた結果において,抗緑内障点眼薬の細胞増殖抑制作用はレスキュラ?>キサラタン?≫チモプトール?>デタントール?>ハイパジール?>トルソプト?≫サンピロ?の順に低値を示した.防腐剤である塩化ベンザルコニウム含有量が最も高いのは0.02%のキサラタン?であるが,細胞増殖抑制作用が最も高いのは塩化ベンザルコニウム濃度が0.005%とキサラタン?の4分の1であるレスキュラ?であった.また,a,b受容体遮断薬ハイパジール?に含まれる塩化ベンザルコニウムは0.002%と塩化ベンザルコニウム0.005%を含むトルソプト?よりも低いが,その細胞増殖抑制作用はトルソプト?より高かった.この結果は添加されている塩化ベンザルコニウムの量のみでは説明することができなかった.一方,主薬の含有濃度を比較すると,レスキュラ?は0.12%,キサラタン?では0.005%とレスキュラ?のほうが明らかに高く,界面活性作用を有するポリソルベート8

蜂毒のみで水疱性角膜症と白内障をきたした症例

2008年4月30日 水曜日

———————————————————————-Page1(127)???0910-181008\100頁JCLS《原著》あたらしい眼科25(4):549~552,2008?はじめに蜂による角膜外傷は過去多数報告されている1~7).スズメバチやアシナガバチ,ミツバチによる症例が多く,角膜に対する刺傷と刺傷からの蜂毒により種々の病態を発症する.蜂の種類や毒液量によって症状はさまざまで治療方法もステロイド療法のみで軽快した症例から,前房洗浄や角膜移植まで必要となった症例まで多岐にわたっている1~7).他報告では,アシナガバチによる蜂刺傷は予後良好な経過をたどり,スズメバチによる蜂刺傷は失明に至る例が多く予後不良である1~7).今回,筆者らは蜂による刺傷がないにもかかわらず,蜂毒の噴射のみによる水疱性角膜症と白内障を発症した症例を経験したので若干の文献的考察を加えて報告する.〔別刷請求先〕高望美:〒321-0293栃木県下都賀郡壬生町北小林880番地獨協医科大学眼科学教室Reprintrequests:????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????-?????????????????-????????????-???????-???????????蜂毒のみで水疱性角膜症と白内障をきたした症例高望美*1千葉桂三*1菊池道晴*1妹尾正*1千種雄一*2*1獨協医科大学眼科学教室*2獨協医科大学熱帯病寄生虫センターCaseReportofVesicularKeratitisandCataractCasedbyBeeVenomwithoutStingNozomiKoh1),KeizoChiba1),MichiharuKikuchi1),TadashiSenoo1)andYuichiChigusa2)?)??????????????????????????????)?????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????今回,筆者らは蜂の刺傷を受けていないにもかかわらず,蜂毒自体によって水疱性角膜症と白内障を発症した1症例を経験したので報告する.症例は72歳,男性.スズメバチが眼前数cmを通り抜けたと同時に毒を散布され霧視,視力低下が出現.当日に近医眼科受診.角膜浮腫と結膜充血,眼瞼浮腫を認めたために0.1%フルオロメトロン点眼,レボフロキサシン点眼,1%硫酸アトロピン点眼がすぐに開始され,受傷4日後よりプレドニゾロンの内服とデキサメタゾンの結膜下注射が開始となる.前房洗浄を勧めるも患者がこれを希望しなかった.症状の改善を認めないために受傷より10日目に当院眼科に紹介受診となる.水疱性角膜症と白内障,虹彩萎縮を認めた.当院でも前房洗浄を勧めたが患者が希望しなかった.当院は遠方で通院が困難であったため,近医にて経過観察となった.その後,改善を認めなかったために再度当院紹介受診となり,角膜全層移植・水晶体再建術の同時手術を施行した.術後,角膜は透明性を維持していて経過は良好である.蜂による刺創がないにもかかわらず,蜂毒のみの影響で水胞性角膜症と白内障を発症したケースは報告がなく非常に珍しいと考えられる.Wereportacaseofvesicularkeratitisandcataractcausedbybeevenomwithoutasting.Theeyesofa72-year-oldmaleweresprayedwithvenombyalargehornet?yingonlyafewcentimeters?distancefromtheman?sface.Themanexperiencedimmediatevisualimpairmentandvisitedanearbyophthalomologist.Examinationdisclosedcornealswelling,conjunctivalinjectionandpalpebraledema.Treatmentwasimmediatelyinitiatedwith0.1%?uorometholone,levo?oxacinand1%atropinesulfateeyelotion.Withoutimprovementinthecondition,perosprednisoloneandsubconjunctivalinjectionofdexamethasonwereinitiatedfromDay4.Anteriorchamberwash-outwasrecommendedaswell,butwasrefusedbythepatient.Theconditioncontinuedtodeteriorate;twomonthsafteronset,thepatientwasreferredtoourhospital.Examinationatthatpointdemonstratedvesicularker-atitis,cataractandirisatrophy.Keratoplastyandlensplastywereperformedsimultaneously;thepatientrecov-eredwell,withoutimmunologicalreaction.Thecornearemainedclear.Thisrarecaseshowsthatbeevenomtotheeyecancauseserioussymptomswithoutasting,andthattypeofthebeeandthedepthofthevenomin?ltrationmaybemajordeterminantoftheprognosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(4):549~552,2008〕Keywords:蜂毒,スズメバチ,水疱性角膜症,白内障.beevenom,vespid,bullouskeratopathy,cataract.———————————————————————-Page2———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???(129)襲われるケースが多い.本症例も巣に気がつかずにスズメバチに遭遇し受傷したものと思われた.受傷状況や,蜂の標本などで蜂の種類を同定できたことは予後や治療方針を決定するうえで重要であったと思われる.蜂毒の成分はマムシ毒,ハブ毒に並ぶ致死毒といわれており,特にスズメバチの毒性は強いことで知られている8~10).蜂毒に含まれるホスホリパーゼは激しい全身症状やアナフィラキシーショックをひき起こす.また,ホスホリパーゼ以外にも激痛誘引物質,神経毒,溶血毒や数々の内因性ペプチドが蜂毒には含まれている.特にスズメバチの毒は他の蜂毒と比べ内因性ペプチドの含有率,毒の絶対量が多いために毒性が強いといわれている10).このために蜂刺症は種々の症状を呈しやすく難治性の症候を示す.スズメバチによる眼外傷の予後は他の蜂より悪く,過去の報告では最終視力は0.2以下が大多数であった1~3).西山らの報告によると,アシナガバチによる角膜蜂刺症9例中8例が最終視力0.8以上であったのに対し,スズメバチによる角膜蜂刺症で8例中4例が光覚なしとなり,残りの4例は最終視力が0.1以下と報告している2).オオスズメバチの毒針の長さは7mmにもなり9),角膜を貫通しうるため眼内に毒素が混入しやすく,さまざまな内因性ペプチドが前房内に入ることにより重篤な眼内症状をひき起こすと推測される.今回筆者らが経験した症例は蜂針の刺創がなく,毒素が眼内深部まで到達しなかったことが,術後予後を好転させた原因と考える.全層角膜移植後の平均的な角膜内皮細胞減少は,術後2カ月目までは約25%(年率150%)であり,この2カ月の期間の変化の主因は,角膜ドナーの保存状態,手術の際の直接損在はレボフロキサシン点眼,リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼およびヒアルロン酸ナトリウム点眼を使用し経過観察中である.II考按角膜蜂外傷は,刺傷と蜂毒により角膜浮腫や水疱性角膜症,ぶどう膜炎,虹彩萎縮,白内障などを生じることが多数報告されている1~7).スズメバチによる刺蜂症は予後が最も悪く,失明または重度の視力障害に陥っており,特に蜂針が前房内にまで達すると網膜?離1)や全眼球炎2)を起こす可能性がある.筆者らの症例はスズメバチによる眼外傷であったが,最終視力予後は良好であった.これはスズメバチに刺されたわけではなく,蜂毒のみにより発症したからと考えられる.蜂の個体数がピークに達する9~10月は蜂の警戒心も強くなり被害数も多くなる8).危害を加えていないのに突然攻撃をしてくるのはスズメバチ科(Vespidae)に特有の習性である.オオスズメバチは土の中に巣を作るため,気づかずに図4術後17日目の細隙灯検査図5術後2カ月目の細隙灯検査上皮障害もなく透明性を維持している.図6術後視力と角膜内皮細胞数の変化0.20.30.40.50.60.70.80.9術後視力角膜内皮細胞数(個/mm2)1カ月:視力:角膜内皮細胞数———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008(130)度の確認が重要と考える.しかし地方によっては蜂をまとめて「くまんばち」とよぶ地域もあり,蜂の種類を正確に把握するのは困難なこともあるので蜂の大きさや体の特徴など,患者からの細かい問診も角膜蜂刺症の診断,治療において重要であると考えられる.今回筆者らが経験した症例は,蜂に眼を刺されてはおらず,スズメバチの毒素が眼内深部までほとんど到達しなかったことが予後の良かった原因と考えるが,逆に言えば毒素の噴射のみでも角結膜を通して毒素が眼内に到達し虹彩萎縮や眼内炎が生じたと考えられ,たとえ刺し傷がなくとも十分に注意が必要と考える.文献1)前田政徳,国吉一樹,入船元裕ほか:蜂による眼外傷の2例.眼紀52:514-518,20012)西山敬三,戸塚清一:スズメバチによる角膜刺症.眼紀35:1486-1494,19843)三木淳司,阿部達也,白鳥敦ほか:スズメバチによる角膜刺症の1例.眼紀45:1063-1066,19944)岩見達也,西田保裕,村田豊隆ほか:角膜蜂刺症の2症例.あたらしい眼科20:1293-1295,20035)南伸也,山口昌彦,森田真一ほか:特異な経過をたどったアシナガバチによる角膜刺症の1例.眼臨97:961-964,20036)中島直子,塚本秀利,平山倫子ほか:前房洗浄を行わずに治癒したアシナガバチによる角膜刺症の2例.広島医学57:887-889,20047)米山高仁,竹田美奈子:視力回復が得られたスズメバチ角膜刺症の1例.眼紀36:705-707,19948)梅谷献二:原色図鑑野外の毒虫と不快な虫.全国農村教育協会9)小野正人:スズメバチの科学(本間喜一郎編),海遊舎,199810)白井祥平:沖縄有毒害生物大事典.新星図書出版,198211)坪田一男,島?潤ほか:角膜移植ガイダンス適応から術後管理まで.南江堂,2002傷による細胞脱落で,細胞数の減少に加え細胞の大小不同,六角形細胞率の減少もこの時期に起こるとされている.術後2年では約41%(術後2カ月から2年の間は年率20%)の減少率である.この期間の主因は手術創の修復による影響が多いとされている11).また,術後炎症が遷延した場合はこの期間の減少率が大きいとされている.その後2年以上経過すると,減少率は手術直後の侵襲や創の修復による影響が低下するため,減少率は術後から約65%(年率7.3%程度)となる.さらに5年から20年で術後から73%(年率1.3%)となる.移植片内皮は手術原疾患にも左右され,ホスト内皮が少なければグラフト内皮はホスト側へ移動し,グラフト内皮は減少するとされている.水疱性角膜症がその例であり,逆が円錐角膜である.円錐角膜の術後スペキュラーマイクロスコープ像は早期に安定し経過が良いが,水疱性角膜症では減少率が大きくパラメータが安定するのも遅いといわれている11).本症例をこれらの減少率で計算し比較してみたところ,角膜内皮術前からの減少率は,術後2カ月で約62%,術後2年で約75%であった.前述した平均的な減少率より本症例の減少率のほうが高く,移植後も毒素の影響が残っていた可能性と,原疾患であるスズメバチ毒素による細胞障害が相加的に働いた可能性の2つが考えられる.患者は前房洗浄を希望せず長期的に前房内が蜂毒に曝露されたことにより広範囲かつ高率に内皮細胞が減少し,ホスト角膜へのドナー内皮の遊走が大きかったと推察される.スズメバチによる角膜蜂刺症治療は受傷後早期前房洗浄による毒液の除去が重要とされている2,3,7).今回の症例では,患者の了解が得られなかったために早期前房洗浄を行うことができなかったが,刺傷がなく,蜂毒による障害部位が前眼部に限局していたため,最終的に視力の改善を得ることができたと考える.また蜂毒を噴霧されたことを考慮すると,一種の角膜化学傷とも考えられ,今後このような症例に遭遇した場合,大量の食塩水などで洗眼する方法も一法と考える.角膜蜂刺症の治療には蜂の種類の同定と毒液の量,針の深

ゴアテックスR を用いた眼瞼下垂手術(前頭筋吊り上げ術)

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———————————————————————-Page1(123)???0910-181008\100頁JCLS《原著》あたらしい眼科25(4):545~548,2008?はじめに重度の先天眼瞼下垂や,動眼神経麻痺,重症筋無力症などによる眼瞼下垂は眼瞼挙筋機能が不良なため,前頭筋吊り上げ術が行われている.文献的には眼瞼挙筋機能が2~4mm以下の眼瞼下垂が適応とされている1,2).その吊り上げ術の材料としては大腿筋膜や長掌筋腱のような自家組織からナイロン糸,シリコーン,ゴアテックス?のような人工素材が報告されているが,組織親和性の問題,下垂再発,感染などの合併症を総合的に考慮すると自家組織である大腿筋膜が最も良い吊り上げ術の材料であるとされている3~5).前頭筋吊り上げ術における自家大腿筋膜移植の歴史は古く,1909年にPayrが先天眼瞼下垂の治療に用いたことがその始まりである6).実際,大腿筋膜採取に伴う機能的障害はほとんどみられないが,ときに大腿部の採取部位の知覚異常や肥厚性瘢痕を生じることがある4).また,大腿筋膜採取の手技は訓練されていない眼科医にとっては困難な手技であり,そのためにも他の素材の使用が試みられるようになった4).生体組織としては保存大腿筋膜を用いた報告もみられた4)が,自家組織に比べると術後成績が悪く,未知なる感染症の発症の可能性もあり,次第に使用されなくなってきた.その代わり,人工素材としてはナイロン,ポリエステル,ポリプロピレンやシリコーンのようなさまざまなものが報告されるようになってきた2,7).ゴアテックス?は1987年にSteinkoglerらが前頭筋吊り上げ術の材料として初めて用い,良好な術後成績が得られたと報告した8,9).ゴアテックス?は1969年にW.L.ゴア社で開発されたフッ素樹脂であり,正式名はexpandedpolyte-tra?uoroethyleneである.ゴア社の資料10)によると血管外科,胸部心臓外科などさまざまな分野で現在までに1,200万例以上のゴアテックス?製品が臨床使用されている.筆者が使用しているものは1993年に販売が開始されたゴアテックス?人工硬膜である.これは従来の保存硬膜がJakob病の原〔別刷請求先〕兼森良和:〒653-0841神戸市長田区松野通2-2-34カネモリ眼科形成外科クリニックReprintrequests:?????????????????????????????????????????????????-?-??????????-????????????-????????????-???????????ゴアテックス?を用いた眼瞼下垂手術(前頭筋吊り上げ術)兼森良和カネモリ眼科形成外科クリニックFrontalisSuspensionforBlepharoptosiswithPolytetra?uoroethylene(Gore-Tex?)YoshikazuKanemori???????????????????ゴアテックス?人工硬膜を用いて9症例15眼瞼の眼瞼下垂手術(前頭筋吊り上げ術)を行い,その術後成績について検討した.術後,すべての症例において眼瞼下垂は改善した.創傷治癒遅延,感染およびアレルギー反応がみられた症例はなかった.1例2眼瞼のみ術後,眼瞼下垂の再発がみられた.ゴアテックス?人工硬膜は十分な眼瞼の挙上効果が得られたうえ,重大な合併症を生じることもなかったので,眼瞼下垂手術(前頭筋吊り上げ術)時の自家組織の代わりとして有用な医療材料であると考える.Frontalissuspensionsurgerywasperformedon9blepharoptosispatients(15eyes),usingpolytetra?uoro-ethylene(Gore-Tex?).Ineverycase,theblepharoptosisimprovedpostoperatively.Therewerenopostoperativecomplications,suchasdelayedwoundhealing,infectionorrejection.Only1patient(2eyes)su?eredblepharoptosisrecurrence3monthaftersurgery.Polytetra?uoroethylene(Gore-Tex?)isausefulmaterialforfrontalissuspensionsurgery,asitshowshighbiocompatibilityandgoodfunctionalresults.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(4):545~548,2008〕Keywords:眼瞼,眼瞼下垂,前頭筋吊り上げ術,ゴアテックス?.eyelid,blepharoptosis,frontalissuspension,Gore-Tex?.———————————————————————-Page2———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???(125)ゴアテックス?を結ぶ術式では結び目による死腔が感染の原因になり,結び目が眉毛部皮膚への刺激となって露出の原因になる可能性がある.Wassermanら4)の報告でもゴアテックス?の露出は眉毛部で生じている.そのため筆者はゴアテックス?を帯状に用いて瞼板や前頭筋への固定はナイロン糸を用いて縫合する術式を用いている.さらに,上眼瞼を瞼板の1カ所のみで吊り上げた場合,三角形に吊り上がった眼瞼になり整容的に問題を生じることがあるので,筆者はゴアテックス?の下端を松葉状に加工し,2カ所で上眼瞼を挙上することにしている.まだ症例数は9症例15眼瞼と少なく,経過観察期間も平均9.6カ月と短いが,術後の感染や露出を生じた例はなく,安全で整容的にも優れた術式であると考える.さまざまな材料による吊り上げ術後の下垂の再発率についてはすでにいくつかの報告が行われている.Wassermanら4)によると102眼瞼の吊り上げ術後経過において自家大腿筋膜組織を用いた症例群では4%の再発がみられたが,ゴアテックス?を用いた症例群では再発率は0%であったと報告している.BenSimonら7)が164眼瞼の吊り上げ術後経過において自家大腿筋膜組織を用いた症例群の下垂再発率は22%に対してゴアテックス?を用いた症例では再発率は15%であったと報告しており,現在まで報告されたさまざまな吊り上げ術の材料のなかでゴアテックス?が唯一,自家大腿筋膜よりも術後再発が少ないと報告された材料である.筆者の今回の症例では,ゴアテックス?を用いた15眼瞼のうち下垂の再発は2眼瞼でみられた.再発率は13%であり,BenSimonら7)とほぼ同様の結果が得られた.ゴアテックス?は多孔性の組織であるので術後結合組織がゴアテックス?の中に入り込み,周囲の組織と癒着するため下垂の再発が少ない頭筋吊り上げ術の材料として厚さ0.3mmのゴアテックス?人工硬膜を使用した(図2).シート状のゴアテックス?人工硬膜を1×5cm大の帯状に切り出した後,下方は縦に切れ目を入れて松葉状に加工した.2つに分かれた下端を6-0ナイロン糸で瞼板にそれぞれ縫合固定した(図3).上端は?離した眼輪筋下のトンネルを通して眉毛上部の皮下真皮組織に4-0ナイロン糸で縫合固定した.固定の高さは努力開瞼により瞼縁が瞳孔中心より3mm上の高さになる位置とした.仮固定後,患者に閉瞼をしてもらい,角膜が露出する程度の閉瞼障害がみられたときは1mmほど瞼縁の位置を下げて再固定を行った.上端の余ったゴアテックス?人工硬膜は4~5mm程度を残して切除した.6-0ナイロン糸で眉毛上部と眼瞼の皮膚縫合を行い,手術を終了した.術後は創部に抗生物質入り眼軟膏を1日2回塗布し,術7日後に抜糸を行った.II結果すべての症例で術後MRD+2mm以上の開瞼が得られた.術後創傷治癒の経過は治癒遅延,感染およびアレルギー反応を生じた症例はなかった.動眼神経麻痺による眼瞼下垂の1例2眼瞼のみ,術3カ月後,下垂の再発がみられた.代表的症例として片側眼瞼吊り上げ術症例と両側眼瞼吊り上げ術症例を図4と図5に示す.III考按ゴアテックス?を用いた吊り上げ術の術式であるが,今までの海外の報告では紐状のゴアテックス?を用いて眼瞼と前頭筋の間にループ状に通して結ぶ術式が主流である3,7,12).そのループの形状によりsingleloop法7),pentagon法12)およびdoublepentagon法3)が報告されている.しかし,紐状の図4片側眼瞼吊り上げ術症例12歳,女児.右先天眼瞼下垂のため挙筋短縮術とナイロン糸による前頭筋吊り上げ術を受けたが,眼瞼下垂が残存し,術前の右MRDは-1mmであった.ゴアテックス?人工硬膜を用いた吊り上げ術後はMRDが+3mmまで改善した.術後の閉瞼障害は認めない.なお,術前より右内斜視が存在した.左上:術前開瞼,左下:術前閉瞼,右上:術後開瞼,右下:術後閉瞼.図5両側眼瞼吊り上げ術症例15歳,男児.両先天眼瞼下垂のため挙筋短縮術を受けたが,———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008(126)あたらしい眼科24:547-555,20072)WagnerRS,MaurielloJAJr,NelsonLBetal:Treatmentofcongenitalptosiswithfrontalissuspension:acompari-sonofsuspensorymaterials.?????????????91:245-248,19843)CrawfordJS:Repairofptosisusingfrontalismuscleandfascialata:a20-yearreview.???????????????8:31-40,19774)WassermanBN,SprungerDT,HelvestonEM:Compari-sonofmaterialsusedinfrontalissuspension.????????????????119:687-691,20015)BajajMS,SastrySS,GhoseSetal:Evaluationofpolyte-tra?uoroethylenesutureforfrontalissuspensionascom-paredtopolybutylate-coatedbraidedpolyester.???????????????????32:415-419,20046)PayrE:PlastikMittelsfreierFaszientransplantationbeiPtosis.????????????????????35:822,19097)BenSimonGJ,MacedoAA,SchwarczRMetal:Frontalissuspensionforuppereyelidptosis:evaluationofdi?erentsurgicaldesignsandsuturematerial.???????????????140:877-885,20058)SteinkoglerFJ:Anewmaterialforfrontalslingoperationincongenitalptosis.?????????????????????????191:361-363,19879)SteinkoglerFJ,KucharA,HuberEetal:Gore-Texsoft-tissuepatchfrontalissuspensiontechniqueincongenitalptosisandinblepharophimosis-ptosissyndrome.???????????????????92:1057-1060,199310)http://www.jgoretex.co.jp/business/medical/index.php11)YamagataS,GotoK,OdaYetal:Clinicalexperiencewithexpandedpolytetra?uoroethylenesheetusedasanarti?-cialduramater.???????????????33:582-585,199312)HelvestonEM,EllisFD:PediatricOphthalmologyPrac-tice.2nded,p204-205,CVMosby,StLouis,198413)野田実香:眼瞼下垂(3)前頭筋吊り上げ術.臨眼60:1134-1140,200614)ZweepHP,SpauwenPH:Evaluationofexpandedpolyte-tra?uoroethylene(e-PTFE)andautogenousfascialatainfrontalissuspension.Acomparativeclinicalstudy.???????????????34:129-137,1992とされている13).しかし,下垂が再発したため取り出したゴアテックス?の組織を調べたところ,結合組織はゴアテックス?の中までは入り込んでいないとする報告もある14).筆者の症例でも同じ手術手技で手術を行ったにもかかわらず,術後下垂

ハイドロビュー邃「 眼内レンズにおける混濁形態とカルシウム沈着の組織学的検討

2008年4月30日 水曜日

———————————————————————-Page1(117)???0910-181008\100頁JCLS《第47回日本白内障学会原著》あたらしい眼科25(4):539~544,2008?はじめにハイドロビューTM眼内レンズ(ボシュロム・ジャパン,以下ハイドロビューレンズ)は小切開対応のフォールダブル眼内レンズであるが,1999年より挿入後数カ月から数年後で眼内レンズ表面に細かい顆粒状の混濁がみられるという報告が散見されるようになった1,2).わが国でも2003年よりハイドロビューレンズの混濁例が報告されている3~5).1992年11月から2001年10月までの間に出荷された旧シリコーン製ガスケット容器入り製品のうち,全世界では2007年3月末日までに5,136眼のカルシウム沈着の報告があり,うち4,291眼で摘出または摘出手術予定となっている.わが国でも2007年6月末日までに1,508眼のカルシウム沈着の報告〔別刷請求先〕石川明邦:〒790-8524松山市文京町1松山赤十字病院眼科Reprintrequests:????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????-?????????????????????????-???????????ハイドロビューTM眼内レンズにおける混濁形態とカルシウム沈着の組織学的検討石川明邦*1児玉俊夫*1首藤政親*2*1松山赤十字病院眼科*2愛媛大学総合科学研究支援センター重信ステーションHistologicalStudiesofOpaci?cationandCalci?edDepositiononHydroviewTMIntraocularLensesHarukuniIshikawa1),ToshioKodama1)andMasachikaShudo2)?)????????????????????????????????????????????????????????????)???????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????目的:混濁や偏位のために摘出したハイドロビューTM眼内レンズの混濁の形態を比較,検討する.対象および方法:挿入後55カ月から71カ月で摘出した混濁あるいは透明なハイドロビューTM眼内レンズに対して走査型および透過型電子顕微鏡による混濁部の観察とカルシウム染色による構成成分の同定を行った.結果:走査型電子顕微鏡で透明レンズ表面は平滑であったが,混濁レンズでは顆粒状の隆起が多数認められた.透過型電子顕微鏡では混濁レンズの表層は四酸化オスミウムに親和性があり脂質の沈着が示唆され,それに一致して針状の結晶が多数認められたが,透明レンズでも微細な顆粒がみられた.眼内レンズの混濁は脂肪酸カルシウムを含んだカルシウム塩の沈着と考えられた.結論:ハイドロビューTM眼内レンズの表層は脂質の沈着があり,カルシウム沈着による混濁形成に関与している可能性がある.WereportonhistochemicalandultrastructuralanalysesofHydroviewTMintraocularlensesexplantedfrompatientswhohadvisualdisturbancedueeithertopostoperativeopaci?cationorlensopticdislocation.Opaqueandclearlensesat55~71monthspost-surgerywereexaminedusingscanningandtransmissionelectronmicroscopy(SEMandTEM);calciumdepositionwasdemonstratedhistochemically.SEManalysisrevealedthatopaquelenseshadirregulargranularsurfaces,whilethesurfaceoftheclearlenswassmooth.InTEM,thesuper?cialpartofopaquelenshadana?nityforosmiumtetrahydroxide,suggestinglipiddeposition.Electron-densedeposits,includ-ingneedle-shapedcrystals,werefoundinthesuper?cialpartsofcloudylenses,andnumerousgranuleswereseenbeneaththesurfaceintheclearlens.Histochemicalstudiesdisclosedmultiplegranulesthatstainedpositivelyforcalciumsaltoffattyacids.Wespeculatethatthedistributionoflipidsinthesuper?cialpartoflensopticmaycon-tributethecrystallinedepositionofcalciumontheHydroviewTMintraocularlens.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(4):539~544,2008〕Keywords:ハイドロビューTM眼内レンズ,カルシウム沈着,脂質沈着,電子顕微鏡,組織化学.HydroviewTMin-traocularlens,calci?cationlipiddeposition,electronmicroscopy,histochemistry.———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008(118)病および高脂血症などの全身合併症は認めていない.〔症例2〕75歳,男性.現病歴:2001年11月20日,当科にて左眼の黄斑円孔に対して硝子体茎顕微鏡下離断術とハイドロビューレンズの挿入術を含んだ白内障手術が施行された.2005年5月頃より左眼霧視を自覚したために当科を受診した.初診時所見として左眼矯正視力は0.5で,ハイドロビューレンズの混濁のため眼底は透見できなかった.2006年10月12日にハイドロビューレンズを摘出した(図2a).1995年胃癌の手術が行われた以外,糖尿病や高脂血症などの全身合併症は認めていない.〔症例3〕77歳,男性.現病歴:2000年8月31日当科にて,左眼網膜?離術後の無水晶体眼に対してハイドロビューレンズの縫着手術が施行された.術後からハイドロビューレンズの下方偏位を認めていたが,次第に増強してきたために2006年7月13日肉眼で透明なハイドロビューレンズを摘出した(図2b).術前の矯正視力は0.6で眼底は透見良好であった.2006年から尿管結石で通院しているほかには糖尿病や高脂血症などの全身合併症は認めていない.摘出したハイドロビューレンズの微細構造は,以下の操作を行って電子顕微鏡で観察した.ハイドロビューレンズの表面構造はそれぞれ分割したものを3%グルタールアルデヒド/リン酸緩衝液で固定後,臨界点乾燥と白金蒸着を行って走査型電子顕微鏡で観察した.ハイドロビューレンズの内部構造は同様に3%グルタールアルデヒド固定後,2%四酸化オスミウム後固定,エポン包埋を行って60nmの超薄切切片を作製し,透過型電子顕微鏡で観察した.さらに組織化学的検討では,レンズの分割したものをホルマリン固定した後,リン酸緩衝液に置換して乾燥後,ブロックの上に接着剤で固があり,うち1,367眼で摘出または摘出術予定となっている(ボシュロム・ジャパンホームページ:旧包装ハイドロヴューIOLにおけるカルシウム沈着).眼内レンズの混濁の原因であるが,透過型電子顕微鏡では眼内レンズの表面直下に針状結晶を伴った塊状物質がみられ,元素分析によりこの物質はカルシウムとリンを主成分としたハイドロキシアパタイトと同定されている1,2,5).しかし,カルシウム結晶の詳細な生成のメカニズムはいまだ明らかではないが,ハイドロビューレンズの容器の保存液に漏出した低分子シリコーンがレンズの光学部表面に付着し,さらに前房水中の遊離脂肪酸が結合した結果,リン酸カルシウムを凝集して混濁を形成するという仮説が報告されている6,7).しかし,眼内レンズの表層に脂質の沈着を証明できた報告は現在のところ知られていない.今回,松山赤十字病院眼科(以下,当科)にて挿入したハイドロビューレンズが混濁あるいは透明ではあったが偏位を生じて視力低下をきたしたために摘出し,混濁レンズと透明レンズで混濁形態を電子顕微鏡で,脂質の局在は組織化学的に比較,検討したので報告する.I対象および方法〔症例1〕77歳,男性.現病歴:2001年11月8日,当科にて右眼の黄斑上膜に対して硝子体茎顕微鏡下離断術とハイドロビューレンズの挿入術を含んだ白内障手術が施行された.次第に視力が低下してきたため,他院を受診したところハイドロビューレンズが混濁していたために当科を紹介された.初診時に右眼矯正視力は0.6で,ハイドロビューレンズはびまん性に混濁していたため眼底は不明瞭にしか透見できなかった(図1).2006年6月29日にハイドロビューレンズの摘出術を行った.糖尿図1症例1の術前の細隙灯顕微鏡写真眼内レンズ表面が白く混濁している.図2症例2(a)および症例3(b)の摘出眼内レンズ症例2では光学部がびまん性に混濁しているが,症例3では肉眼的に透明である.———————————————————————-Page3———————————————————————-Page4———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???(121)走査型電子顕微鏡の結果として混濁レンズの表層にはいずれも1~5?mの顆粒を認めたが,透明なレンズでも平滑な表層にわずかに顆粒形成がみられた.さらに透過型電子顕微鏡による観察では,肉眼的に透明なレンズであっても表面直下に微細な点状の沈着物を認めており,混濁として識別できないもののカルシウム結晶は生成されることが明らかとなった.このことより旧ガスケットで保存されたハイドロビューレンズでは,眼内に挿入して数年が経過するとカルシウム結晶が形成されることを意味する.ただし,症例1ではレンズ表面は顆粒も含め平滑であるのに対して,症例2ではレンズ表面全体が粗雑で微小な顆粒が無数に分布していた.レンズ表層の顆粒形成の程度により肉眼的所見であるYuらの混濁の程度分類9)が異なってくると考えられる.なお,本報告では3症例とも糖尿病あるいは高脂血症などの全身合併症はなく,なぜ混濁を生じた症例と透明であった症例が存在するのか,その原因は不明である.ただし,網膜?離手術の際に水晶体?も摘出した症例3ではレンズの混濁が生じなかったことより,カルシウム沈着には脂肪酸の前房水濃度が一定に保たれることが必要かもしれない.今回筆者らは混濁あるいは,透明ではあったが偏位のために視力低下をきたした症例よりハイドロビューレンズを摘出し,混濁レンズと透明レンズで混濁形態と脂質の局在について比較,検討した.混濁の原因は脂肪酸カルシウムを含めたカルシウム塩の沈着と考えられたが,透明レンズでも電子顕微鏡レベルで表面に微細な結晶を認めたことは,旧ガスケットに保存されていたハイドロビューレンズを眼内に挿入すると,程度の差はあるもののレンズ表面にカルシウムの結晶を生成しうる可能性が考えられた.文献1)FernandoGT,CrayfordBB:Visuallysigni?cantcalci?-cationofhydrogelintraocularlensesnecessitatingexplan-tation.???????????????????28:280-286,20002)YuAKF,ShekTWH:Hydroxyapatiteformationonimplantedhydrogelintraocularlenses.???????????????119:611-614,20013)小早川信一郎,大井真愛,丸山貴大ほか:白色混濁を呈したハイドロジェル眼内レンズ.眼科手術16:419-426,20034)永本敏之,川真田悦子:摘出交換を要したハイドロビューTM眼内レンズ混濁.日眼会誌109:126-133,20055)荻野哲男,竹田宗泰,宮野良子ほか:ハイドロビュー眼内レンズ混濁の発生機序の検討.あたらしい眼科23:405-410,20066)DoreyMW,BrownsteinS,HillVEetal:Proposedpatho-genesisforthedelayedpostoperativeopaci?cationoftheHydroviewhydrogelintraocularlens.????????????????135:591-598,20037)WernerL,HunterB,StevensSetal:Roleofsiliconeールを通すと試料中の脂質が溶出するために未固定で凍結切片を作製する必要がある.筆者らはハイドロビューレンズを凍結させて切片作製を試みたが,合成樹脂が硬化したためクライオトームを用いて切片を作製することはできなかった.本報告では摘出した眼内レンズをホルマリン固定後,その細片をそのままブロックの上に接着剤で固定して電子顕微鏡用ガラスナイフで薄切切片を作製し,カルシウム染色法であるvonKossa染色とFischler染色を行った.Fischler法とは脂肪酸カルシウムの染色法であるが,その原理は脂肪酸が飽和酢酸銅と反応し,カルシウムと銅が置換して不溶性の脂肪酸銅を沈着させ,さらにヘマトキシリン染色を用いて銅キレートを形成することによりいっそう発色を明瞭にしたものである8,11).vonKossa染色では混濁したレンズの表層に黒褐色の顆粒が多数みられ,Fischler法でも同様にレンズ表層に暗紫色に染まった顆粒がみられた.以上より沈着物の構成成分として脂肪酸カルシウムの沈着が考えられた.透過型電子顕微鏡において超薄切切片の作製時にコントラストを増強させるために四酸化オスミウム処理を行ったが,表層から1.2?mの深さまで四酸化オスミウムに親和性をもつ層が認められ,この層に一致して針状の結晶が多数存在していた.四酸化オスミウムは組織に対して電子染色剤として作用するが,リン酸脂質をはじめ脂質と反応すると黒色の反応物を生成する12).このことより透過型電子顕微鏡でレンズの表層に脂質の存在が示唆された.なお,電子顕微鏡レベルで脂質沈着が最表層で認められても,光学顕微鏡レベルでは脂肪染色で生成される反応産物の有無の判定は困難と思われる.以上の結果は混濁の成因についての仮説,すなわち低分子シリコーンの介在により眼内レンズ表面にリン酸カルシウムを凝集させるには脂質が必要という機序を証明しうると考える.つぎに,ハイドロビューレンズにおけるリン酸カルシウムの沈着部位について考察する.走査型電子顕微鏡による検討ではレンズの表面上に結晶構造がみられるという報告1~5,10)が多いが,カルシウム染色を用いた光学顕微鏡レベルの観察5,6,10)や透過型電子顕微鏡による報告2,6)———————————————————————-Page6???あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008(122)tiveopaci?cationofahydrophilicacrylic(Hydrogel)intraocularlens.Aclinicopathologicalanalysisof106explants.?????????????111:2094-2101,200411)佐野豊:脂肪の特殊染色.組織学研究法理論と術式,p490-504,南山堂,197912)堀田康明:透過型電子顕微鏡の試料作成法.よくわかる電子顕微鏡技術(医学・生物学電子顕微鏡技術研究会編),p1-19,朝倉書店,1992contaminationoncalci?caionofhydrophilicacrylicintraocularlenses.???????????????141:35-43,20068)慶応義塾大学医学部病理学教室:カルシウム(石灰)の染色.病理組織標本の作り方(松山春郎,坂口弘,清水興一ほか編),p235-240,医学書院,19849)YuAKF,KwanKYW,ChanDHYetal:Clinicalfeaturesof46eyeswithcalci?edhydrogelintraocularlenses.???????????????????????27:1596-1606,200110)NeuhannIM,WernerL,IzakAMet

過去6年間の角膜移植症例の検討

2008年4月30日 水曜日

———————————————————————-Page1(111)???0910-181008\100頁JCLS《第23回日本角膜移植学会原著》あたらしい眼科25(4):533~537,2008?はじめに角膜移植術は,角膜白斑,水疱性角膜症などの角膜疾患に対する有効な治療手段として確立している.沖縄県の角膜移植の状況は,他府県と比較しても特に献眼数が少なく,慢性的なドナー角膜不足の状態が現在も続いている.この状況を改善すべくここ数年は海外ドナーを用いての角膜移植が行われるようになり,ようやく沖縄県内でも定期的かつ計画的に角膜移植手術が可能となってきている.今回筆者らは,琉球大学眼科(以下,当科)およびハートライフ病院眼科で最近6年間に施行された角膜移植症例の原疾患・術式・透明治癒率・視力予後・術後合併症・角膜内皮減少率について検討したのでこれを報告する.I対象および方法対象は,2000年12月から2006年9月までの6年間に当科およびハートライフ病院眼科にて強角膜保存提供角膜を用いて角膜移植術を施行された121例134眼である.男性39例41眼,女性82例93眼,手術時年齢は2~90歳(平均69〔別刷請求先〕比嘉明子:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学医学部高次機能医科学講座視覚機能制御学分野Reprintrequests:????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????-?????????????-????????????????-???????????過去6年間の角膜移植症例の検討比嘉明子*1,2城間弘喜*2宮良孝子*2早川和久*2澤口昭一*2*1ハートライフ病院眼科*2琉球大学医学部高次機能医科学講座視覚機能制御学分野OutcomeofKeratoplastiesduringthePastSixYearsAkikoHiga1,2),HirokiShiroma2),NarikoMiyara2),KazuhisaHayakawa2)andShoichiSawaguchi2)?)??????????????????????????????????????????????????)???????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????過去6年間に施行した角膜移植症例について検討を行った.症例は121例134眼,原疾患は水疱性角膜症(BK)80眼(59.7%),再移植18眼(13.4%),角膜炎後角膜混濁が17眼(12.7%),角膜変性症6眼(4.5%)とその他13眼(9.5%)であった.BKの原因としてレーザー虹彩切開術(LI)が占める割合が最も高く43眼(53.8%)であった.術式は全層角膜移植127眼,表層角膜移植6眼,深層表層角膜移植1眼であった.最終診察時に106眼(79.1%)が透明治癒していた.術後3カ月以上観察できた112眼のうち,最高視力0.1未満が23眼,0.1以上0.5未満が38眼,0.5以上が51眼であった.おもな術後合併症は眼圧上昇40眼(29.9%),内皮型拒絶反応13眼/127眼(10.2%)などであった.内皮細胞密度減少率は全症例では術後1年で37.3%であった.BKの原因疾患としてLI後BKが最も多く,これらの症例では術後合併症として眼圧上昇をきたす割合が高かった.Wereviewedtheoutcomeofkeratoplastiesperformedduringthepast6years,inaseriescomprising134eyesof121patients.Keratoplastywasperformedforbullouskeratopathy(BK)in80eyes,assecondkeratoplastyin18eyes,forcornealopacityafterkeratitisin17eyes,cornealdystrophyin6eyesand13eyeswithothercornealdis-ease.Laseriridotomy(LI)wasthemostcommoncauseofBK(53.8%).Penetratingkeratoplastywasperformedon127eyes,lamellarkeratoplastyon6eyesanddeeplamellarkeratoplastyon1eye.Inatotalof112eyesthatcouldbefollowedupforlongerthan3months,best-correctedvisualacuitywaslessthan0.1in23eyes,between0.1and0.5in38eyesandover0.5in51eyes.Atlastfollow-up,thegraftwastransparentin106eyes.Postoperativemaincomplicationsincludedelevatedintraocularpressurein40eyesandgraftrejectionin13eyes.Cornealendothelialcelldensitydecreasedby37.3%after1year.ThenumberofLI-relatedBKswasremarkablyhigh,andintraocularpressureelevationisthemajorpostoperativecomplicationinsuchpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(4):533~537,2008〕Keywords:角膜移植,治療成績,術後合併症,透明治癒率,角膜内皮細胞密度.keratoplasty,outcome,postoper-ativecomplications,rateoftransparency,cornealendothelialcelldensity.———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008(112)(12.7%)などであった(表1).水疱性角膜症(80眼)の原因の内訳は,レーザー虹彩切開術(LI)後が43眼(53.8%),白内障術後14眼(17.5%),多重手術後13眼(16.3%)であり,医原性が約9割を占めていた(表2).術式は全層角膜移植(PKP)が127眼(94.8%),表層角膜移植(LKP)が6眼(4.5%),深層表層角膜移植(DLKP)は1眼(0.7%)であった(表3).2.透明治癒率最終診察時の透明治癒率は全体で79.1%であり,疾患別では水疱性角膜症が83.7%,再移植例が66.6%,角膜炎後角膜混濁82.3%,角膜変性症が83.3%などであった(図1).±16歳),観察期間は60~1,232日(平均373±295日)であった.手術は2名の角膜専門医によって全身麻酔または球後麻酔下に施行された.ドナー角膜はOptisolGS?に保存された強角膜片保存角膜(内皮細胞密度2,000/mm2以上)を用いた.手術終了時にデキサメタゾンの結膜下注射を行い治療用コンタクトレンズを装用した.術後は原則的にレボフロキサシンとリン酸ベタメタゾンナトリウム点眼のみとし,術後最低1年は継続した.術後の前房内炎症や角膜浮腫の程度により1%アトロピン点眼やプレドニゾロンの内服を併用した.最終診察時に細隙灯顕微鏡において角膜混濁がないものを透明治癒と判定し,拒絶反応を伴わず長期経過中に角膜内皮細胞が減少し,内皮細胞機能不全に陥り角膜が不可逆性に混濁したものを移植片不全と定義した.また,拒絶反応の判定は術後の透明な時期を経て特別な誘因なしに起こる移植片の浮腫,混濁,角膜後面沈着物,rejectionline,前房内細胞および充血の有無,その他ステロイド薬治療に対する反応性を参考とした.II結果1.原疾患および術式光学的角膜移植は114例中127眼,治療的角膜移植術は7例7眼(角膜穿孔3眼,角膜輪部デルモイド3眼,感染性角膜潰瘍1眼)であった.ドナー角膜は129眼(96.3%)が海外輸入角膜であり,国内ドナーは5眼(3.7%)であった.角膜移植の対象となった原疾患の内訳は,水疱性角膜症80眼(59.7%),再移植18眼(13.4%),角膜炎後角膜混濁17眼表1原疾患の内訳原疾患名眼数水疱性角膜症再移植角膜炎後実質混濁角膜変性症円錐角膜角膜穿孔角膜輪部デルモイドその他80眼(59.7%)18眼(13.4%)17眼(12.7%)6眼(4.5%)5眼(3.7%)3眼(2.2%)3眼(2.2%)2眼(1.4%)表2水疱性角膜症(80眼)の原因の内訳原因眼数レーザー虹彩切開術(LI)後白内障手術後多重手術後原因不明外傷後角膜内皮炎後43眼(53.8%)14眼(17.5%)13眼(16.3%)5眼(6.2%)3眼(3.7%)2眼(2.5%)表3術式の内訳術式眼数・全層角膜移植術(PKP)PKP単独PKP+ECCE+IOLPKP(+ICCE)+A-Vit.・表層角膜移植術(LKP)・深層表層角膜移植術(DLKP)127眼(94.8%)63眼(47.0%)50眼(37.3%)14眼(10.5%)6眼(4.5%)1眼(0.7%)ECCE:水晶体?外摘出術,IOL:眼内レンズ挿入術,ICCE:水晶体?内摘出術,A-Vit.:前部硝子体切除術.図1疾患別の透明治癒率0102030405060708090眼数水疱性角膜症:混濁:透明治癒83.7%66.6%82.3%再移植角膜炎後角膜混濁角膜変性症円錐角膜82.3%83.3%80.0%図2透明治癒を得られなかった原因拒絶反応31%角膜内皮機能不全22%眼圧上昇22%角膜内皮炎3%外傷———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???(113)5.内皮細胞密度減少率PKPを施行され,術後2年以上経過観察を行い,内皮細胞密度の測定が可能であった62例62眼の術後内皮細胞密度減少率を検討した(表6,図5).術後1年における角膜内皮細胞密度減少率は全症例で37.3%であった.原疾患別で透明治癒を得られなかった28眼の原因としては拒絶反応,角膜内皮機能不全,眼圧上昇などが多かった(図2).3.視力予後視力予後は,①光学的角膜移植術を施行,②術後3カ月以上経過観察が可能,③術前・術後で視力測定が可能であった112眼にて検討を行った.術後2段階以上の視力改善が得られたのは101眼(90.2%)であった.術後視力が2段階以上悪化したのは1眼のみであったが,原因は不明であった(図3).術後最高視力では,0.1未満が23眼(20.5%),0.1以上0.5未満が38眼(33.9%),0.5以上が51眼(45.6%)であった(図4).術後視力不良(最高視力0.1未満)の原因としては視神経萎縮・網脈絡膜萎縮・後部ぶどう腫などがあげられた(表4).4.術後合併症術後の合併症は,眼圧上昇が29.9%(40眼),PKP施行例における内皮型拒絶反応10.2%(13眼/127眼),移植片感染症2.9%(4眼)などであった(表5).眼圧が上昇した40眼のうち抗緑内障点眼薬にても眼圧下降が得られなかった3眼で線維柱帯切除術,1眼で毛様体レーザーが施行された.内皮型拒絶反応を生じた13眼中12眼は術後1年以内の発症であり,10眼はステロイド治療に抵抗し移植片機能不全に陥った.表4術後視力不良(最高視力0.1未満)の原因原因眼数視神経萎縮網脈絡膜萎縮後部ぶどう腫弱視術後網膜?離不明6眼3眼3眼2眼2眼7眼表5術後合併症合併症眼数眼圧上昇内皮型拒絶反応(PKP施行例)移植片感染症角膜縫合不全網膜?離外傷性創離開40眼(29.9%)13眼/127眼(10.2%)4眼(2.9%)2眼(1.5%)2眼(1.5%)1眼(0.7%)表6PKP後の角膜内皮細胞密度減少率術後1年術後2年術後3年術後4年全症例(62)37.3%44.6%57.2%61.4%水疱性角膜症(43)40.1%48.0%61.3%73.5%再移植(6)61.3%43.2%──角膜混濁(6)18.6%22.4%32.9%─角膜変性症(3)43.6%38.3%──()内の数字は眼数を示す.図3術前と術後最高視力の比較術後2段階以上の視力改善:改善.術後2段階以上の視力低下:悪化.悪化0.9%不変8.9%改善90.2%図4術後最高視力———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008(114)低でも1年以上は継続する方針を取っていることもステロイド緑内障の発症などに影響している可能性があると考えられた.今回の検討では移植後に線維柱帯切除術などの外科的治療が必要となった症例も複数例出てきており,術後の眼圧上昇は透明治癒にも大きく影響することから11),術後の眼圧コントロールは当科の角膜移植症例における今後の重要な課題であると考えられた.角膜内皮細胞密度減少率は,術後1年で37.3%であった.原疾患別にみると再移植症例では術後1年が61.3%と特に高く,術後2年未満で6症例中4症例が移植片不全となっており,再移植症例の透明治癒率に大きく影響していると考えられた.また,術後1~2年では再移植・水疱性角膜症例における細胞密度減少率が高く,角膜混濁では少ない傾向にあり,過去の報告と同様な結果であった12).過去6年間における角膜移植症例の検討を行った.当科の今後の課題として,術後の眼圧コントロールが特に重要と考えられた.また,沖縄県での国内ドナー角膜不足の状況はほとんど改善されておらず,一般市民のみならず医療従事者への啓蒙活動の重要性が改めて認識された.文献1)ShimazakiJ,AmanoS,UnoTetal,andJapanBullousKeratopathyStudyGroup:NationalsurveyonbullouskeratopathyinJapan.??????26:274-278,20072)早川和久,酒井寛,仲村佳巳ほか:沖縄の白内障手術症例の特徴.臨眼56:789-793,20023)松本幸裕,有本華子,仁井誠治ほか:最近10年間の慶應大学眼科における全層角膜移植術の変遷について─1984~1993年.眼紀49:60-63,19984)熊谷直樹,木村亘,木村徹ほか:木村眼科内科病院における角膜移植手術成績.臨眼12:1069-1072,20035)飯田英史,松浦豊明,上田哲生ほか:奈良県立医科大学における全層角膜移植の術後成績.眼臨97:440-443,20036)丸岡真治,子島良平,大谷伸一郎ほか:最近2年間の宮田眼科病院における全層角膜移植術の成績.臨眼57:1603-は水疱性角膜症40.1%,再移植61.3%,角膜混濁18.6%,角膜変性症43.6%であった.III考按今回検討した角膜移植術症例のなかで原因疾患として最も多かったのが,水疱性角膜症の59.7%であり,そのなかでもLI後が53.8%と水疱性角膜症の原因の半数以上を占めていた.これは全国スタディの結果1),水疱性角膜症の原因でLI後が23.8%であったのに比較しても割合が高く,沖縄における短眼軸・浅前房・狭隅角の眼球形態を示す症例の多さを反映している結果となった2).また,白内障術後および多重手術後を併せると約9割が医原性でありLIや白内障術前の評価,手術手技の工夫・向上が望まれる結果となった.当科における透明治癒率は全体で79.1%であり,他施設の報告(57~95%)とほぼ同様であった3~8).原疾患別では再移植症例の透明治癒率が66.6%であり,他の疾患と比較して有意に低かった(?検定).透明治癒を得られなかった原因としては,全体においても再移植症例においても拒絶反応・眼圧上昇・内皮機能不全が上位を占めていた.拒絶反応や眼圧上昇に関しては,早期発見・早期治療を行うことで移植片不全を回避することが可能な場合も多いため,術後管理および患者教育の重要性が示された.視力予後は,約90%の症例で視力改善を得られ,約80%の症例で0.1以上の術後最高視力を得られた.その一方で術後最高視力が0.1未満であった症例が約20%あり,原因として視神経・網脈絡膜萎縮などの眼底疾患が多くを占めた.角膜混濁症例において術前に正しい評価を行うのは困難ではあるが,可能な範囲で術後視力の予測を行い,角膜移植術の適応を可能な限り明確にしておくことが必要である.術後合併症では眼圧上昇が約30%,PKP施行例における内皮型拒絶反応が10.2%でみられた.過去の報告では眼圧上昇が5.5~19%,拒絶反応が11~51%程度であるが,それと比較すると当科は眼圧上昇の割合は比較的高く,内皮型拒絶反応の割合は比較的低い傾向にあると考えられた3~8).術後に眼圧上昇をきたした40眼のうち15眼(37.5%)の原疾患はLI後水疱性角膜症であり(図6),当科では閉塞隅角症または慢性閉塞隅角緑内障に対するLI症例が多いことが術後眼圧上昇に大きく影響していることが推測された.富所らは慢性閉塞隅角緑内障眼にLIを施行した症例においても術後1年間で24%の症例に眼圧コントロール悪化がみられたと報告しており,LI以後も線維柱帯の機能障害が進行する可能性を示唆している9).また,LI後に隅角閉塞が進行することも報告されており10),LIが水疱性角膜症の原疾患の場合には角膜移植後に眼圧上昇をきたす可能性が高くなることが予想され,術前後の眼圧評価・管理を慎重に行っていく必要がある.その他,当科では術後のステロイド点眼を最図6術後眼圧上昇を認めた40眼の原疾患LI後水疱性角膜症15眼(37.5%)再移植8眼(20%)白内障手術後7眼(17.5%)多重手術後4眼(10%)その他6眼(15%)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???(115)courseofprimaryangle-closeglaucomainanAsianpopu-lation.?????????????107:2300-2304,200011)ReinhardT,KallmannC,CepinAetal:Thein?uenceofglaucomahistoryongraftsurvivalafterpenetratingker-atoplasty.????????????????????????????????235:553-557,199712)原田大輔,宮井尊史,子島良平ほか:全層角膜移植術後の原疾患別術後成績と内皮細胞密度減少率の検討.臨眼60:205-209,20061607,20037)村松治,五十嵐羊羽,花田一臣ほか:旭川医科大学眼科における過去5年間の角膜移植術の成績.あたらしい眼科21:1229-1232,20048)土田宏嗣,新垣淑邦,内山真也ほか:海谷眼科における初回全層角膜移植術の成績.臨眼61:81-86,20079)富所敦男,林紀和,新家眞:慢性閉塞隅角緑内障眼におけるレーザー虹彩切開術後の眼圧コントロール経時変化.臨眼49:1537-1541,199510)Alsago?Z,AungT,AngLPetal:Long-termclinical

眼科医にすすめる100冊の本-4月の推薦図書-

2008年4月30日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???0910-181008\100頁JCLS今回はBarackObama(バラク・オバマ)の自伝を紹介したい.ちょうどアメリカ大統領選挙のプライマリー(予備選)の真っ最中であるが,二大政党のうち,民主党側で戦っているのはHillaryClintonとBarackObamaである.ヒラリーはよくご存知の前大統領BillClintonの「奥様」である.言うまでもないが,彼女は「ただの」奥様ではなく,きわめて優秀な弁護士(イェール大学ロースクール卒業)であり,現在はニューヨーク州の上院議員でもある.一方のBarackObamaとは誰なのか?まず,ニュースではおおむね「黒人」とされているが,実際は黒人と白人の「ハーフ」である.それ以外に46歳と若いことと現在イリノイ州の上院議員であることも知られている.また,ヒラリーと同様に優秀な弁護士(ハーバード大学ロースクール卒業)でもある.まったくの偶然であるが,私にとってBarackObamaはそれ以外にも特別な人物である.実は,彼は私の高校の同級生.当時は「バリー」とよばれており,その名前でしか馴染みがないので,以下当時の名前でよぶことにする.今ではあのとおり優秀でまじめで素晴らしい大統領候補者になっているが,彼のヒストリーはいささか趣を異にする.このことは彼の本でも触れられているが,高校時代,彼はいわゆる「不良」であった.私たちの母校はプナホウ学園(PunahouSchool)という,全米でもよく知られた私立の進学校である.日本でもそうであろうが,入学がむずかしく,優秀な子が大勢いた.幼稚園から高校までの一貫校で,高校卒業時の生徒数は1学年約400人だった.しかし,こんな学校にも当然不良はいて,大体はアメフトやバスケットボールなどスポーツクラブに属する男の子たちだった.彼らはしばしば違法の「pot」(マリファナのニックネーム)をスモークしていたので,potheadともよばれていた.バリーがどこまで吸っていたか正確にはわからないが,彼らの仲間であったのは事実で,本にもpotを吸っていたとはっきり書いている.とはいえ,マリファナはいわゆるドラッグのなかでは可愛いものであり,ハワイではマウイ島で作られる高品質のもの(マウイ・ワウイ)が有名であるが,今でもわりと簡単に入手できる.したがって,ハワイの少年少女でpotを一度くらいスモークした経験のあることはそう珍しいことではない.そのことよりも強調したいのは,この有力な大統領候補が,ちょっとした不良学生という点以外,高校当時はほとんど特徴がなかったことである.バスケットボールチームに参加していたが,特段「スター」であったとは記憶されていない.言うまでもなく将来大統領を争うリーダーとしての片鱗すら感じられない生徒であった.成績も進学校のPunahouでは下の方で,OccidentalCol-legeというカリフォルニア州の,それほど知られていない大学に入学した.このことをバリーの立場から考えてみるとどうなるのだろう.彼は,黒人と白人のハーフであり,ハワイのように当時ほとんど黒人がいない州で,彼は明らかに「皆と違う子」だった.ほとんどの同級生や周囲の大人は「なぜ彼はここにいるのか?」と心の中で感じていたように思う.私の学年にはもう一人の黒人の女の子がいたが,彼女は途中で転校したため,一緒に卒業しなかった.バリーは恐らく周りからいつもアウトサイダーとして扱われていた.比較のために,私のような「日系人」はどうだったかというと,当時のハワイでは人口の35%程度を占める存在で,しかもそのほとんどが他の人種との混血ではなく100%日本の血統だった(つぎは白人が30%,中国系人が20%くらい).したがって,ハワ(99)■4月の推薦図書■マイ・ドリーム:バラク・オバマ自伝バラク・オバマ著白倉三紀子・木内裕也訳(ダイヤモンド社)シリーズ─80◆岡田アナベルあやめ杏林大学医学部眼科———————————————————————-Page2イにおけるエスニック(人種)・グループのなかではマジョリティの一つだったので,人種やルーツの点で差別を受けたり,嫌な目にあった記憶はない.その意味でマジョリティの人間は影の部分に無頓着になりがちである.しかし,バリーは「宇宙人」のように浮いた存在で,自分の居場所を探すことは相当むずかしく,つらく苦しい少年時代を過ごしたのかもしれない.その結果,本当は優秀だったかもしれないが,彼が逃げ込める場所はそういう不良グループしかなかったともいえる.高校を卒業すると,バリーはまったく別人のようになっていった.OccidentalCollegeからニューヨークにあるアイビー・リーグの一つであるコロンビア大学に転校し,そこで学部を卒業すると,次は法科大学院では全米ナンバーワンのハーバード大学ロースクールに進学した.そこでHarvardLawReviewという,学生が編集する有名な雑誌のチーフエディターに選ばれた.その噂を高校の同級生から聞いたときには,あのバリーが?と本当に驚いたことを覚えている.それから彼はシカゴで弁護士の職を得て,政治活動に入っていく.その後の人生については,ニュースなどで伝えられている通りである.子どもの頃から同級生として知るバリーの半生を考えるとき,何より嬉しいことは,「人生は変えられる」と彼が証明してくれたことにある.アメリカの厳しい競争社会のなかにあって,出遅れた子どもであっても,夢をもって努力をすれば成功することができる.それも大統領という,リーダーのなかのリーダーにだってなれるかもしれないのだ.とかくやり直しがむずかしいようにいわれる日本の社会であるが,バリー(バラク)・オバマの来し方に興味をおもちの方はぜひ本書を読んでいただきたい.今回,民主党のプライマリー選挙で選ばれる大統領候補は確実に歴史的人物として記憶される.女性にせよ,(ハーフとはいえ)黒人にせよ,ここにたどり着いた者は過去に一人もいない.人種の坩堝(るつぼ)と言われる米国で黒人大統領が現実味をおびていることは,人種や性別を超越できるまでに米国が進歩,そして変化している証拠であり感慨深い.とはいえ,女性のリーダーの登場に関しては少し時間がかかりすぎてしまった感がある.英国のサッチャー首相や,ドイツのメルケル首相を引き合いに出すまでもなく,政治の分野における女性の社会進出という点では米国は先進国とは言い難い.☆☆☆(100)

研修医“初心”表明

2008年4月30日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???0910-181008\100頁JCLS私が眼科を志望するきっかけとなった1つの出来事は,20年近く前に遡ります.小学3年生の4月,新しい担任,クラスメイトに胸を躍らせながら,新学期最初の授業が始まったときのこと.何か違和感を覚えました.慣れない教室のせいでいつもと違うように感じるのかなぁ….「…いや,やっぱりなんかおかしい….」……!!?黒板がボヤけて見えない!!先生が黒板に書いている字が見えないゾ….これは衝撃的な体験でした!!春休みの間に急激に視力が低下していたのでした.それまで視力といえば2.0だったのに….それ以来,眼鏡・コンタクトレンズと縁の切れない人生が続いています.見えていたものがある日見えなくなる恐怖,これが私の原点です.話は変わりますが,眼球と地球って似ていると思いませんか?どちらも赤道があるし,地図と眼底スケッチは,存在するものを記号化しているという点で共通点があります.14世紀の大航海時代に,船乗りたちが未完成の地図を片手に新たな世界へ船出していったように,眼底を観察することは,眼科医にとって未知のものを捜し求める航海ではないだろうか,と考えられはしないでしょうか.眼底スケッチを眺めているとそんな空想が浮かんできます.もちろん,私はまだ船出さえしていない見習い水夫にしか過ぎません.しかし,いつの日か大海原に乗り出していくことを夢見て,そしてあわよくば「新大陸」を発見できたら!!そのためには確固たる礎が必要ですし,日々精進していくつもりです.そして将来的には,失明の恐怖から一人でも多くの患者さんを解放できたら,と考えています.まだまだ若輩者ですが,温かい目で見守っていただけると幸いです.◎今回は長崎大学出身の山中先生にご登場いただきました.失明の恐怖から目を救える眼科医は本当に魅力的です.まだまだ見習い水夫.これから目標となる北極星を見つけ,しっかりしたコンパスを持って大海原に繰り出して行きたいと思います.(加藤)☆本シリーズ「研修医“初心”表明」では,眼科に熱い想いをもった研修医~前期専攻医の先生の投稿を募集します!熱い想いを800字程度で読者の先生にアピールしてください!宛先は,《あたらしい眼科》「研修医“初心”表明」投稿として,下記のメールアドレス宛にお送りください.E-mail:hashi@medical-aoi.co.jp(97)研修医“初心”表明●シリーズ④Professionalを目指したい!山中行人(???????????????)近江八幡市民総合医療センター1981年京都市生まれ.長崎大学医学部卒業.学生時代はバドミントンに夢中でした.春の九山と夏の西医体を目標に猛練習していた日々が懐かしいです.4月からは大学病院で2年目の研修医として働いています.(山中)編集責任加藤浩晃・木下茂本シリーズでは研修医(スーパーローテーター)~若手の先生に『なぜ眼科を選んだか,将来どういう眼科医になりたいか』ということを「“初心”表明」していただきます.ベテランの先生方には「自分も昔そうだったな~」と昔を思い出してくださってもよし,「まだまだ甘ちゃんだな~」とボヤいてくださってもよし.同世代の先生達には,おもしろいやつ・ライバルの発見に使ってくださってもよし.では,連載も好調な4回目はこのイケメン先生に登場してもらいます!▲近江八幡の研修医仲間と医局にて

私が思うこと

2008年4月30日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???私が思うこと●シリーズ⑩(95)「論文を書くこと」は専門医として認定されるための必須条件です.専門医を受験するためにはどうしても学会で発表して,論文を書かなければなりません.でも,なかには筆不精な方もいて,学会発表はしたけれど論文を書こうと思ってもなかなか筆が進まない,と言う方もいるのではないでしょうか.私も最近,極端な「筆不精」になり,せっかく依頼を受けた原稿の締め切りを過ぎてしまい,「催促」という名の「お叱り」をいただくこともしばしばです.近年では,「どうせ論文を書くなら英語で」という風潮も強く,日本語の論文の投稿数が減った,というような話も耳にします.論文が実際に活字となって掲載されるまでには非常に長い工程があります.「この薬剤の効果についてまとめてよ」と教授から言われてから,仮にレトロスペクティブだとして,どうやってまとめればよいかを考えて実際にカルテからデータを収集し,エクセルの一覧表を作るのに早くても1カ月はかかるでしょう.いや,6カ月以上要する人がいても私は否定しません.それから統計的な解析をして学会で発表しなければなりませんが,とりあえず結果を出して,指導医に見せ,学会プレゼン用のパワーポイントファイルを作成するにはまた1カ月を要するでしょう.もし,6カ月以上かかった人がいたとしても私はあなたを否定しません.それから学内,教室内で予演会が開かれます.そこで一発でOKがでなくても私は,あなたを否定しません.ここで再度,いや,数回のプレゼンの作り直しを必要とし,やっと形になって,質疑対策に取り掛かります.関連する論文を読み,どんな質問がきてもOK,と言えるようになるにはそれ相当の時間を要します.そして,いくら準備しても「完璧」はありませんが,容赦なく発表の時間はやってきます.スーツを着て,壇上に上がり,用意した原稿を読み,質疑に対して緊張しながら対応する,本番の時間はあっという間に終わります.学会に参加している人たちがその発表に熱心に耳を傾けていたかというと,決してそんな方ばかりではなく,人によってはその10分は暗い会場で寝ていたり,あるいは廊下で久々に再開した友人と近況報告を交わしている瞬間でしかない場合もあります.あとから振り返ると,「何でたった10分のためにあんなに時間を要したのか」と思ってしまうほど,たくさんの準備時間を要した発表は本当に時間通りにあっけなく終了してしまうものです.週末に開催される学会も,楽しい打ち上げとともに終わり,月曜日からは日常が戻ります.「この前の発表,論文にして“あたらしい眼科”に投稿しておいて」と教授に言われてから,実際に原稿をひ0910-181008\100頁JCLS原岳(????????????)原眼科病院副院長東京大学眼科医局長,さいたま赤十字病院眼科副部長,自治医科大学講師を経て実家に戻る.原眼科病院は1913年に曽祖父が現在の地に設立し,自身が四代目.白内障手術の歴史が長く,長期通院する患者も珍しくなく,本院で眼内レンズを挿入し20年以上の患者も少なくない.大学病院や基幹病院ではできない,「同一患者と長く付き合う」ことを開業医の一つのテーマと考えている.(原)最近思うこと─論文が世に出るまでには▲第16回日本緑内障学会にて座長の筆者論文を書いていて,一番嬉しいのは,書いた論文が印刷されて世に出たときではなく,むしろ,他の方の発表で自分の書いた論文の内容が引用されているのを見つけたときであり,他の方が書いた論文に自分の論文が引用されているのを見つけたときです.そんなとき,自分の書いた論文が「生き続けている」ことを実感します.———————————————————————-Page2▲父(左,三代目),祖父(中央,二代目:故人),と一緒の筆者(右,四代目).地域医療を代々継承しながら原眼科病院を細々と続けています.ととおり書き終えるのには,まず対象と方法,結果を書いて,その考察を書き,それから緒言を考えて,必要な文献や図を揃え,一覧表にして,解説をつけ,印刷してまず指導医に見せます.この工程は,早い人なら1週間くらいで終わるかもしれません.慣れた人なら学会発表時にすでにここまで終わっている人もいますが,多くの方は発表後にやれやれ,という感じで始めることになるでしょう.もし,教授に原稿を見せるまでに3カ月以上かかる人がいたとしても私はその人を冷視することはないと思います.仮に6カ月要する人がいたとしても,私はその方との交流をやめようとは思わないでしょう.教授,あるいは指導医からのOKが出る,すなわち投稿にGoサインが出るまでには人によってさまざまなシチュエーションがあります.あっけなく「じゃ,これで出しておいて」と言われることもあれば,「顔洗って出直して来い」というようなことまで.私は若い頃からこの過程が一番嫌いで,せっかく自分が書いたものに「朱筆」を入れられることが「大っ嫌い」でした.そんな自分ですが,いざ投稿された論文を査読する立場に立ってみると,「この部分はどうしてそう言いきれるのか?」とか「この結果の出し方でこの考按には無理があるのではないか」など偉そうなコメントをつけてしまうこともあったりするので,大変申し訳なく思うこともあります.とにかく,論文を世に出すためには,多くの人から「認められる」課程を通過する必要があります.ある時期から僕は,論文を書いて有名なジャーナルに掲載されると言うことは,似顔絵を描いて少年ジャンプに掲載されることと同じことだ,と「理解」するようになりました.「週刊アサヒの似顔絵塾」などもそうですが,格式の高いジャーナルに掲載されるためには,ある「基準」をクリアすることが必要で,その「基準」を掴んだ人は次回作も掲載されやすくなる傾向があり,いつしか「常連」が出てきます.一旦,基準をクリアしてしまえば,あとは良い題材を見つけるだけでよいのですが,その基準が「似顔絵」ほどはっきりしないのが「学術論文」のむずかしさで,なぜかと言うと,審査をする人が「週刊アサヒの似顔絵塾」では山藤章二氏一人だけ,ですが,眼科ジャーナルの場合は査読する立場の人がその分野の「複数」の有識者であるからでしょう.誰にも共通するところの「最低の基準」はクリアしても,それ以上になると,査読が誰であるか,の相性の良し悪しがある,というのがむずかしいところだと思います.査読者のコメントに打ちひしがれて投稿を途中であきらめてしまう人がいたとしても,私はその人を決して責めません.しかしながら,実際には多くの場合,非は著者にあることが多いようです.その場合は別の雑誌に投稿することになりますが,どこで「安住の地」を得られるか,これまたむずかしい問題です.最初の投稿をしてから受理されるまでに1年以上経過した人がいたとしても決してそれを笑える研究者はいないでしょう.きっと多くの人が自らの経験談を語ってくれるはずです.「あなたの論文はこのままでは受理できません」というような対応を何度となく経験しているうちに,たまには,「原稿を書いてください」という依頼を受けることもあります.それなりに「自分の実績が認められたのかな」と感じる嬉しい瞬間ですが,あまり調子に乗って安請け合いをすると,締め切り間際になって「本当にこんな文章が人様の目に留まってよいのか?」などと,自分自身の「自己査読」で悩むようになります.それでも締め切りは容赦なくやってきます.私は今,そんなことを思いながらこの原稿を書いています.原岳(はら・たけし)1963年生まれ1988年岩手医科大学卒業,東京大学眼科に入局1993年さいたま赤十字病院眼科2001年自治医科大学眼科講師2005年原眼科病院現在に至る(96)

硝子体手術のワンポイントアドバイス59.角膜混濁例に対する硝子体手術(中級編)

2008年4月30日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???0910-181008\100頁JCLSはじめに角膜混濁を有する症例に対して硝子体手術が必要となることがある.一般に角膜混濁が高度で眼底の視認性が不良の場合には,一時的人工角膜を用いて硝子体手術を施行し,その後に角膜移植を行う方法や,眼内内視鏡を用いる方法などがある(これについは次回に述べる).ただし,単純硝子体切除術や簡単な膜処理のみであれば,通常の眼内照明を用いた硝子体手術で,かなりのと(93)ころまで手術は可能である.●眼内照明は意外によく見える!角膜混濁例であっても,細隙灯顕微鏡で瞳孔縁が確認でき,散瞳が良好で倒像鏡で眼底がある程度透見できるような症例では,通常の眼内照明で硝子体手術中に予想以上に眼底の視認性を確保できることが多い(図1a,b)1).これは,倒像鏡では観察光が混濁部位を2回通して検者の眼に入ってくるのに対して,硝子体手術では光源が硝子体腔内にあるので1回しか角膜を光が通過せず,その結果散乱光の影響がきわめて少なくなるためである(図2a,b)2).単純硝子体切除のみで治療可能な症例は,通常の硝子体手術で対応できる場合が多い.●複雑な手術操作が必要な症例に対する手術法複雑な増殖膜処理や人工的後部硝子体?離作製が困難な症例に対しては,やはり前述したような一時的人工角膜や眼内内視鏡が必要となる.硝子体手術は術中の視認性が十分に確保できないと合併症をひき起こす頻度が高くなるので,そのあたりは臨機応変に適宜術式を変更できる準備をしたうえで手術に臨むべきである.文献1)檀上真次,細谷比左志,池田恒彦ほか:角膜混濁を有する症例に対する硝子体手術.臨眼46:817-820,19922)IkedaT:Parsplanavitrectomycombinedwithpenetrat-ingkeratoplasty.????????????????16:119-125,2001硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載?59角膜混濁例に対する硝子体手術(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科ab図2角膜混濁例における光学系a:倒像鏡による眼底観察.観察光が混濁部位を2回通して検者の眼に入ってくるので,散乱光の影響を受けやすい.b:硝子体手術では光源が硝子体腔内にあるので1回しか光が角膜を通過せず,その結果散乱光の影響が少なくなる.図1中程度の角膜混濁例a:術前の前眼部写真.梅毒性角膜実質炎による角膜混濁がみられるが,周辺部では瞳孔縁を確認することができる.b:術中所見.眼内照明で眼底の視認性はある程度確保可能であった.増殖糖尿病網膜症に起因する硝子体出血を認めたが,単純硝子体切除後に眼内光凝固を施行した.

眼科医のための先端医療88.眼科疾患に対する神経保護治療

2008年4月30日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???0910-181008\100頁JCLS神経保護治療は急性脳虚血性疾患である脳梗塞や慢性神経変性疾患であるParkinson病やAlzheimer病などによる神経変性を保護する治療として位置づけられています.中枢神経の一部である眼科領域でも神経保護治療の有用性が注目されていますが,現在その目的に見合った治療,薬剤はありません.本稿では,中枢領域での神経保護治療を総括し,眼科神経保護治療の現状についてまとめました.中枢領域における神経保護治療脳梗塞急性期の治療はおもに抗血栓治療による脳血流の循環改善が行われていましたが,近年虚血障害を受けた神経細胞に対して神経保護治療が行われるようになりました.脳梗塞は失命率の高さ,疾患の重要性から盛んに基礎研究が行われ,さまざまな薬剤が治験に入っています.フリーラジカルによる細胞障害を抑制する目的でエダラボン注射薬が使用されていますが,発症から治療までの時間と虚血の程度で予後が左右されるため治療の有用性を示すのはむずかしいのが現状です.最近ネクロプトーシスという新しい細胞死が定義され,その特異的インヒビターが薬剤スクリーニングからみつけられました1).その薬剤は動物の脳梗塞モデルで梗塞巣を有意に縮小させることに成功し,臨床治験予定です.この大きな発見が失明に至る虚血性眼疾患(網膜中心動脈閉塞症,急性緑内障発作など)に奏効する可能性があり,眼科領域に応用する意気込みをもつことこそわれわれ眼科医の任務であると考えます.Alzheimer病の病態は基礎研究からアミロイドカスケード仮説によって一元的に説明できると支持されています.Alzheimer病患者の死後脳において,特異的にコリン作動性神経の障害が明らかにされ,アセチルコリンを補充する目的でアセチルコリンエステラーゼ阻害作用をもつ塩酸ドネベジルが誕生しました.現在日本ではドネベジルのみが認可されていますが,グルタミン酸毒性や慢性炎症が関与しているため,海外ではアミロイドのワクチン療法,NMDA(?-methyl-D-aspartate)型グルタミン酸受容体アンタゴニストである塩酸メマンチン,非ステロイド性抗炎症薬が注目されています.わが国からもSugiyamaらにより正常眼圧緑内障とAlzheimer(89)◆シリーズ第88回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊中澤徹(東北大学大学院医学系研究科感覚器病態学講座眼科学分野)眼科疾患に対する神経保護治療図1神経保護治療の対象疾患A~D:高眼圧を誘導した緑内障モデルマウス,E~H:網膜?離モデルマウス.A:コントロールマウスの逆行性染色による網膜神経節細胞密度の写真,B:高眼圧負荷1カ月後の網膜神経節細胞密度,コントロールに比較し減少している.C:コントロールマウスの視神経横断面の視神経線維の写真.D:高眼圧負荷1カ月後,視神経線維は減少,膨張変形しグリア細胞が侵入している.E:コントロールマウスのヘマトキシリン-エオジン染色された網膜断層像.F:網膜?離を誘導7日後の網膜断層像,視細胞層(ONL)のみが菲薄化している.G:コントロールマウスの網膜断層像(DAPI核染色).H:網膜?離3日後のTUNEL染色像.緑色の細胞死を起こした細胞がONLに散見される.GCL:網膜神経節細胞層,IPL:内網状層,INL:内顆粒層,OPL:外網状層,ONL:外顆粒層.mm———————————————————————-Page2———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???(91)othercholesterol-loweringmedicationsandthepresenceofglaucoma.???????????????122:822-826,20046)IshiiY,KwongJM,CaprioliJ:Retinalganglioncellpro-tectionwithgeranylgeranylacetone,aheatshockproteininducer,inaratglaucomamodel.?????????????????????????44:1982-1992,20037)ZhongL,BradleyJ,SchubertWetal:ErythropoietinpromotessurvivalofretinalganglioncellsinDBA/2Jglaucomamice.?????????????????????????48:1212-1218,2007ischemicbraininjury.?????????????1:112-119,20052)SugiyamaT,UtsunomiyaK,OtaHetal:Comparativestudyofcerebralblood?owinpatientswithnormal-ten-sionglaucomaandcontrolsubjects.????????????????141:394-396.20063)GuptaN:Ocularneuroprotection:knowledgegainedintranslation.????????????????42:373-374,20074)KudoH,NakazawaT,ShimuraMetal:Neuroprotectivee?ectoflatanoprostonratretinalganglioncells.????????????????????????????????244:1003-1009,20065)McGwinGJr,McNealS,OwsleyCetal:Statinsand■「眼科疾患に対する神経保護治療」を読んで■一般的に,眼科研究は,他の医学分野に比べると研究対象が限られるので,secondclassはっきりいえば二流の研究であると考えられがちでした.特に,インパクトファクター全盛時代には,眼科系雑誌のインパクトファクター値が一般誌に比べて低かったため,「眼科研究=二流研究論」が強く信奉されていました.現在では,インパクトファクターに基づく研究評価法の問題が明らかになってきましたので,かつてほど「眼科研究=二流研究論」を言い立てる人は多くありませんが,それでもそう考える人は少なくありません.眼科医師の研究目的は,視機能の問題に苦しむ人々を救うことですから,本来一流二流の評価は関係ないはずです.しかし,眼科研究が眼科以外の分野から評価されることは,眼科の地位を上げる意味からは重要なことです.今回,中澤徹先生が述べられたことは,眼科の地位を上げる意味からも,眼の問題で苦しむ人々を救う意味からも重要です.1990年,当時の米国のブッシュ(父)大統領が90年代を「脳の時代」と位置づけて,巨額の研究費を神経研究に注ぎ込みました.そのおかげもあり,1990年代には脳神経関連の研究が大きく発展し,神経保護に関するメカニズムの解明が進み,神経保護薬などの脳疾患治療薬が開発されてきました.しかし,脳組織はきわめて精緻・複雑であるのみならず,頭蓋骨内に存在していますから,治療効果・影響を観察することは容易でありません.それは,あたかも外からの接触を拒否するかのようですらあり,基礎実験で得られた成果を,治療に還元するための大きな障害になっています.それに比べて,網膜は脳ときわめて類似した組織でありながら,外から観察可能であり,治療を加えることも容易です.また,治療介入により不具合が生じた場合の危険性も,脳に比べたら小さいといえ模