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写真:水晶体前房内脱臼

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.7,20089690910-1810/08/\100/頁/JCLS(65)川島素子慶應義塾大学医学部眼科写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦290.水晶体前房内脱臼図2図1のシェーマ①:透明な水晶体がごと前房内に脱臼.②:角膜内皮と水晶体が接触し,角膜浮腫を生じている.③:中心部にはわずかに間隙を認める.④:2時の虹彩周辺部にレーザー虹彩切開術施行の孔あり.①②④③図1水晶体前房内脱臼(透明水晶体自然脱臼)49歳,女性.透明な水晶体がごと前房内に脱臼している.6時のZinn小帯のみつながっている.図4残存水晶体前房内脱臼(白内障術後無水晶体眼)55歳,男性.白内障手術後20年以上の経過で残存水晶体が前房内に脱臼した.接触部は角膜浮腫がみられる.図3水晶体前房内脱臼(褐色白内障・網膜離術後)52歳,男性.褐色白内障が前房内に不完全脱臼し角膜内皮に接触している.———————————————————————-Page2970あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(00)〔症例1〕49歳,女性.主訴は霧視.図1,2に示すような水晶体前房内脱臼を認めた.1年前に狭隅角眼に対し予防的レーザー虹彩切開術の既往があったが,全身疾患や偽落屑症候群などは認めなかった.周辺虹彩切開があったために脱臼した水晶体による瞳孔ブロックは回避されており,眼圧は13mmHgと正常範囲であった.内皮細胞密度は400cells/mm2と減少していた1).〔症例2〕52歳,男性.主訴は疼痛.数回の網膜離手術既往眼で,光覚弁であったため,視力の変化の自覚はなかった.褐色白内障が前房内に脱臼しており,眼圧38mmHgと眼圧上昇がみられた(図3).〔症例3〕55歳,男性.視力の不安定感が出てきたとの主訴で来院した.20年以上前に白内障手術の既往があり,前房内に脱臼した残存水晶体を認めた(図4).体位によって前房内を動き,視力変動の原因となっていると考えられた.接触部は角膜浮腫がみられた.いずれの症例も可及的速やかに脱臼した水晶体を摘出した.水晶体脱臼は,水晶体を支持するZinn小体が毛様体部から断裂することにより生じる.原因としては,最も多いのは眼外傷によるものであり,他に先天性全身疾患に合併するもの(Marfan症候群,ホモシスチン尿症,Weil-Marchesani症候群など),特発性のものがある2).また,強度近視やコロボーマなども関連があるといわれている.水晶体脱臼の状態として,後房内でその位置がずれるもの(亜脱臼)と硝子体内脱臼が比較的多く,前房内脱臼の頻度は低い.しかしながら,水晶体前房内脱臼は,脱臼した水晶体による瞳孔ブロックに起因する急激な眼圧上昇を生じたり(図3),また水晶体と角膜内皮細胞との接触による角膜内皮障害(図1,2,4)や持続時間や程度により水疱性角膜症に陥るなど,硝子体内脱臼と比べて重篤な合併症をひき起こしやすい.それ故に,水晶体前房内脱臼は,可及的速やかな加療と手術時の角膜内皮への侵襲をできる限り小さくすることが重要となってくる.手術方法としては,水晶体内摘出術および前部硝子体切除を行い,2期的に眼内レンズ縫着術(および必要であれば角膜移植術の併用)が一般的である.術中の急激な眼圧下降による駆逐性出血のリスクを回避するために,小切開創での前部硝子体切除術および水晶体切除術も報告されている3).この場合は,破片の落下を防いだり,前房内操作による角膜内皮ダメージを最小にするよう注意しなければならない.いずれの術式においても,粘弾性物質の使用は必須であり,術後の角膜内皮細胞密度減少のフォローが必要である.文献1)KawashimaM,KawakitaT,ShimazakiJ:Completespon-taneouscrystallinelensdislocationintotheanteriorcham-berwithseverecornealendothelialcellloss.Cornea26:487-489,20072)JarrettWHII:Dislocationofthelens.Astudyof166hospitalizedcases.ArchOphthalmol78:289-296,19673)ChoiDY,KimJG,SongBJ:Surgicalmanagementofcrys-tallinelensdislocationintotheanteriorchamberwithcor-nealtouchandsecondaryglaucoma.JCataractRefractSurg30:718-721,2004

落屑症候群および落屑緑内障の診断と治療

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLS与が報告10)され,遺伝子素因が本症の原因である可能性が論じられている.本稿では落屑症候群,落屑緑内障の診断および1994年から2007年の約12年間にNTT西日本九州病院で経験した落屑緑内障597例を対象に,治療の実際とその長期予後について述べる.I落屑症候群の診断進行した,典型的な落屑症候群眼ではその診断は比較的容易である.しかし,初期例,非典型例では十分な注意を払って観察しないと,しばしば見逃されてしまう.どのような所見があれば本症の存在を疑うか,そのポイントを述べる.1.偽落屑物質の発見典型的な偽落屑物質を瞳孔縁部虹彩または水晶体前表面上に観察すれば,本症の診断は確定する.瞳孔縁部虹彩上の同物質は白色で糸屑状,ふけ状ときに膜状を呈することが多い.初期には瞳孔縁に部分的にみられるが,進行すると全周にみられ,色素輪の変性,消失を伴うこともある(図1).同部における偽落屑物質の軽度の沈着は,散瞳するとわかりにくくなるため,未散瞳時に観察する.水晶体表面上の同物質は未散瞳時には瞳孔径とほぼ同じ大きさの輪,または円板状の白色ふけ状の沈着物として観察できる(図1).散瞳すると同物質は水晶体表面の周辺部にも顆粒状,膜状に付着している.前者を中心円板,後者を周辺混濁帯とよぶ.偽落屑物質はそのほか,眼内レンズ挿入眼では眼内レはじめに落屑症候群とは偽落屑物質の産生過程における変化およびその蓄積により,特徴的病変をきたす症候群である.高齢者に多くみられ,その病変は前眼部に顕著である.落屑緑内障とは落屑症候群に伴う緑内障であり,治療に抵抗する難治性の緑内障として知られている.落屑症候群,落屑緑内障に関する初めての詳細な報告は,1917年フィンランドのLindbergによりなされている1).その後,緑内障との関連について北欧を中心に数多くの研究成果が報告されている.日本においても1920年代に和田2),1942年に小松3)により落屑症候群について発表されているが,落屑緑内障に関する本格的な研究は1963年の荻野ら4)の報告までなされていない.しかし,その後も本緑内障は日本においては比較的まれなタイプの緑内障と考えられ,いくつかの症例報告が追加されたのみであった.1970年代,われわれ熊本大学の緑内障研究グループは,緑内障患者に高頻度に虹彩,水晶体表面に偽落屑物質の沈着を見出し,本緑内障は決してまれなものではないことを知り,その疫学,臨床像,病理組織所見などを報告した.その後,落屑症候群,落屑緑内障は日本全国,どこでも普通にみられる疾患であることが確かめられ,今日に至っている.近年,偽落屑物質は眼組織のみならず,全身の臓器にも存在していることが報告され5,6),本症候群は全身疾患との関連も明らかとなりつつある.また本症候群は高齢者に多発するため加齢性変化によるものと考えられてきたが,多数の家族内発症例の報告79),さらには第15染色体q24.1領域のLOXL1遺伝子の遺伝子多型の関(57)961a86000175625(7):961968,2008c第18回日本緑内障学会須田記念講演落屑症候群および落屑緑内障の診断と治療DiagnosisandTreatmentofExfoliationSyndromeandGlaucoma布田龍佑*総説———————————————————————-Page2962あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(58)ンズの前面または後面,角膜後面,隅角部,虹彩切除施行眼では毛様体突起部,Zinn小帯上にもみられる.2.散瞳不良落屑症候群では散瞳するまでの時間が延長,かつ散瞳が不十分なことが多い.虹彩後癒着がない眼での散瞳不良は本症の存在を疑う.また散瞳により前房内にフレアの増加や色素顆粒の湧出がみられ,眼圧が上昇する例がある.われわれの研究では本症の10%に6mmHg以上の眼圧上昇を認め,緑内障のある眼ではこの値は22%となる11).3.隅角所見隅角は開放隅角であることが多いが,1015%程度は狭隅角であり,この頻度は正常人のものとほぼ等しい.一方,隅角の色素沈着は強いことが多く,Scheie分類でⅡ度以上の頻度は88%である.緑内障を伴っている場合の頻度は84%であり,両者はほぼ同じである12).下方隅角にはSchwalbe線を越える波状の色素沈着がみられる例が多い.この線はSampaolesi線とよばれ,本症候群に特徴的な所見とされている13).そのほかZinn小帯の脆弱性を示す水晶体振盪,前房深度の左右差や角膜裏面の不規則な細かな色素の沈着も本症候群の存在を疑わせる重要な所見である.II落屑緑内障の診断落屑症候群に加え視神経乳頭の緑内障性変化とそれに相応する視野異常が認められれば,落屑緑内障と診断する.落屑緑内障は一般に高眼圧を呈するが,ときに正常眼圧を呈する症例もある.また,その約90%は開放隅角眼であるが,1015%程度は狭隅角である.そのほか初診時に落屑緑内障を疑うポイントを,NTT西日本九州病院を初診した本症患者を対象として述べる.1.年齢高齢者の緑内障はまず落屑緑内障を疑う.本症患者の平均年齢は74歳(4994歳)であり,70歳代が全体の約50%を占めていた.落屑緑内障と原発開放隅角緑内障(狭義,以下POAGと略す),それぞれ240例における年代別割合を図2に示す.これらの症例は2001年1月からの初診で連続240例を用いた.40歳代まではPOAGが圧倒的に多いが,50歳代ではその25%を本症が占める.以降本症の占める割合は増加し,60歳代では約50%,80歳以上では70%以上が落屑緑内障で占められる.以上より高齢者の開放隅角緑内障をみた場合,本症を疑う必要がある.図1偽落屑物質典型的な偽落屑物質の沈着が瞳孔縁部虹彩,水晶体表面にみられる.図2落屑緑内障(PEXG)とPOAGの年代別割合PEXG,POAGともに2001年からの連続240例の比較.1007550250:POAG:PEXG304050607080以上年齢(歳代)(%)図3落屑緑内障初診時眼圧(136眼;無治療時)10203010203040506070以上平均35mmHg40mmHg以上35%50mmHg以上12%()眼圧(mmHg)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008963(59)2.高眼圧初診時眼圧は高値を示すものが多い.無治療時の眼圧が判明している136眼の眼圧分布を図3に示す.眼圧は1075mmHgに分布し,その平均は35mmHgであった.40mmHgを超す例が35%,50mmHgを超す例も12%にみられた.POAGではこのような高値を示すものが少なく14),初診時眼圧がきわめて高い場合は本症を疑う.3.高度の視機能障害初診時における視力分布を図4に示す.視力は比較的保たれているものが多いが,矯正視力0.1以下のものが22%にみられた.そのうち指数弁以下のものが半数を占めていた.視野障害の進行は,より明白であった(図5).湖崎分類Ⅰ・Ⅱ期の早期の変化が25%,Ⅲ期の変化が32%に対し,Ⅳ期以降の晩期の視野障害は43%を占めていた.さらに進行したⅤ期以降の変化も約13%にみられた.これらの傾向は熊本大学における過去のデータと一致していた14).4.罹患眼図6に示すごとく,落屑緑内障は初診時には片眼にみられる場合が多い.ただし,本症は片眼でも僚眼が正常であるのはその約半数であり,残りの半数は偽落屑物質が認められない開放隅角緑内障であったり,逆に緑内障が認められない落屑症候群であったりする.POAGは原則として両眼性であるので,片眼性の緑内障で,特に進行した視野変化を示す場合は続発緑内障,特に本緑内障を疑う.以上をまとめると,初診時高齢で片眼に進行した緑内障がみられ,高眼圧を呈する場合は,たとえ偽落屑物質の存在がはっきりしないときでも,落屑緑内障を疑う必要がある.さらに隅角検査で高度の隅角色素沈着がみられる場合は,本緑内障の可能性が高くなる.5.鑑別診断落屑症候群,落屑緑内障と鑑別すべき疾患としては,水晶体真性落屑15),家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)16,17),色素性緑内障,ぶどう膜炎に続発する緑内障などがあげられる.水晶体真性落屑は水晶体前が層状に離し,薄い透明なベール様膜として前房中に浮遊する状態を指し,眼圧上昇をきたすことはない.偽落屑物質も膜状を呈することはあるが,膜は白色不透明で比較的厚く,その鑑別は比較的容易である.FAPにおいては,しばしば瞳孔縁部虹彩や水晶体表面に白色で不透明なふけ状,膜状の沈着物がみられる.また隅角に高度の色素沈着がみられ,高頻度に緑内障を伴う.これらの所見は落屑症候群,落屑緑内障に酷似し,臨床的にはその鑑別はきわめて困難である.しかし本症ではときに瞳孔縁の変形,硝子体混濁を伴うこと,全身的に多発性神経炎と自律神経症状が認められることで鑑別される.色素性緑内障とは角膜後面の色素顆粒の沈着,隅角の高度色素沈着が類似点である.しかし本症はわが国ではまれであり,若年者に多く,偽落屑物質の沈着がないことより鑑別される.落屑緑内障における前房内微塵の出現,角膜後面の色図4落屑緑内障初診時視力(503眼)(%)1020301.0≧0.6~0.90.5~0.20.1≧視力0.1以下110眼0.1160.09~0.0141指数弁~光覚33光覚なし20図5落屑緑内障初診時視野(489眼)Goldmann視野計Ⅴ期以降62眼(12.7%)01020304050早期中期晩期()〔湖崎分類〕Ⅰ・Ⅱ期Ⅲ期Ⅳ期以降図6落屑緑内障患眼(394例)片眼性の他眼両眼性27%片眼性73%38%正常35%異常正常35%OAG23%PEX10%OHほか5%平均年齢両眼性76.5歳片眼性72.3歳———————————————————————-Page4964あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(60)素顆粒や白色沈着物を伴う眼圧上昇は,ぶどう膜炎に続発する緑内障と誤診されることがある.また逆に長期にわたるぶどう膜炎のあとに,瞳孔縁に白色の結節状,膜状の瘢痕がみられ,偽落屑物質の沈着とまぎらわしい所見を示すことがある.ぶどう膜炎の既往歴や虹彩後癒着などの所見により鑑別する.6.落屑症候群,落屑緑内障経過上の変化初診時緑内障を伴っていない落屑症候群が,経過中緑内障が出現し,落屑緑内障へと移行する頻度は,約10年間の経過観察にて719%とされていた12).Puska18)は10年間でそれより多く32%が移行したと報告し,初期の眼圧や散瞳の程度が関係しているとした.初診時,落屑緑内障の3/4は片眼性であるが,長期に観察するとその僚眼はさまざまな変化を示す.われわれの症例では初診時片眼性の落屑緑内障であった97例を5年以上経過観察すると,うち21例(22%)ではその僚眼になんらかの変化が起こっていた.11例では僚眼が落屑緑内障となり,両眼性本症に移行したこととなる.熊本大学の症例では,519年の長期観察にて片眼性落屑緑内障のうち30%が両眼性緑内障になったと報告した19).Puska18)は10年間の観察で38%が両眼性になったと報告し,片眼性は両眼性の前駆状態としている.Hammerら20)は片眼性本症の僚眼の虹彩と隅角を電子顕微鏡にて観察し,全例に偽落屑物質を見出し,本症は本来は両眼性であると推察している.原発緑内障として510年にわたり治療,経過観察中に,特に緑内障や白内障手術後,偽落屑物質が出現する症例に遭遇することがある.これらの例の約半数では,偽落屑物質出現後それまで良好であった眼圧調整が悪化し,本物質が既存の緑内障の増悪因子のごとき印象を与えることがある21).これらの症例を落屑緑内障と診断変更するか,原発緑内障に偶発的に落屑症候群が合併したとするか,判断に迷う.今のところ後者と考えているが,初めから臨床的に見出せなかった偽落屑物質発生プロセスが存在しており,そのために緑内障が発現していた可能性も否定できない.III落屑緑内障の治療1.治療方針とその実際落屑緑内障は他の病型の緑内障とは異なるいくつかの治療上の問題を抱えている.それらを要約すると以下のようになる.a.高眼圧の症例が多く,眼圧調整が困難である.b.手術効果が持続しない例が多い.c.初診時すでに進行した例が多く,長期予後が不良である.d.高齢者が多く,白内障手術を考慮する例がある.初診時,眼圧が高く,視機能障害が進行した症例が多い(図35)ため,教科書的にPOAGに準じて薬物治療を開始し,効果が不十分なときにレーザー治療または外科的治療を計画するといったゆっくりしたテンポで治療を行うと,眼圧が調整できたときにはさらに視機能障害が進行していることが多い.そこで本緑内障に対しては,初診から眼圧調整までの時間をいかに短縮するかが良好な治療成績をあげる必須条件と考え,以下の方針で治療を計画し,実施した(表1).a.目標とする眼圧の決定は,湖崎分類による岩田の基準22)により,初期(湖崎分類Ⅰ,Ⅱ期)は19mmHg,中期(同Ⅲ期)は16mmHg,晩期(同Ⅳ期以降)は14mmHg以下とした.b.無治療下での初診時眼圧が30mmHg未満の場合は,POAGに準じて点眼1剤から治療を開始し,効果不十分で目標眼圧に達しないときは,点眼を変更または追加する.30mmHg以上の場合は,複数の治療点眼から治療を開始する.c.以上の薬物治療(点眼3剤を上限とする)で目標とする眼圧に達しない場合,あるいは眼圧が調整できても視野変化に進行がみられる場合,もしくは初診時すでに他院にて最大耐容薬物治療が行われており,目標とする眼圧を超えている場合には,早期に手術を計画する.手術はマイトマイシンC塗布併用のトラベクレクトミーを原則とし,術前に十分なインフォームド・コンセントを行う.d.本症に対するアルゴンレーザー治療は,早期には良好な効果を示すが,その後急速に効果が低下する23,24).そのため十分な眼圧調整までの治療期間を延長させるので,緊急避難的な場合を除き原則として行わない.以上の治療方針に従ってNTT西日本九州病院を初診した患者に対して治療を開始し,1年以上経過観察でき表1治療の基本方針a.目標とする眼圧レベルの決定.b.無治療下での初診時眼圧30mmHg未満の場合はPOAGに準ずる.30mmHg以上の場合は複数の点眼から開始する.c.薬物治療が不十分な場合,早期に手術を計画.d.原則としてレーザー治療は行わない.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008965(61)た268眼の最終治療内容を表2に示す.治療薬を用いずに定期経過観察したものが10眼(3.7%),点眼治療のみのものは81眼,眼圧調整状態により本来は手術が必要であるが,健康状態その他で点眼治療に加えアルゴンレーザートラベクロプラスティ,炭酸脱水酵素阻害薬の内服を加えたものがそれぞれ4眼と2眼あり,計87眼(32.5%)は薬物治療を行った.手術を行ったものは全体の2/3にあたる171眼(63.8%)となった.手術の頻度は,初診時の点眼種類が多いほど高くなり,1剤点眼で初診したものは28%であるのに対し,2剤では61%,3剤では80%,4剤使用の14眼中14眼(100%)に対しては手術を行った.点眼に加え炭酸脱水酵素阻害薬の内服で受診した56眼では手術53眼(95%)に行ったが,残りの3眼には健康上の理由その他で手術は行っていない.われわれの眼科では薬物治療によっても,眼圧調整不良例や進行例を紹介により多く受け入れている関係上,治療法に偏りがあることは否めないが,治療は困難という本緑内障の特徴を示す結果となった.この結果を熊本大学眼科でのデータ25)と比較すると,薬物治療は33.0%とほぼ同比率だが,手術の頻度は46.0%より大幅に増加しており,レーザー治療を止め,手術を重視して治療にあたったことを示す.2.薬物治療の長期成績点眼治療を行った症例のうち,5年以上(511年,平均7年)経過をみることのできた31例(男性16例,女性15例)37眼についての長期成績を図7および表3に示す.症例の初診時年齢は5884歳,平均71歳,使用した点眼薬は平均1.8剤であった.術前視野は湖崎分類でⅠⅢ期が32眼(86%)を占めていた.眼圧調整に関する結果の判定は,最終観察前の1年間,目標とした眼圧を2回続けて超えなかったものを「眼圧調整良好」とした.視野変化に関しては,湖崎分類にて1病期以上の進行がなかったものを「視野進行なし」とした.結果のまとめを表3に示す.長期観察の結果,眼圧調整が良好であったものは31眼84%,不良は6眼16%であった.視野進行を認めなかったものは25眼68%,認めたものは12眼32%であった.眼圧調整不良の6眼中5眼には視野進行が認められた一方,眼圧調整良好群のうち6眼にも視野進行が認められた.視野変化が少なく,眼圧も極端に高くないという症例を選べば,薬物療法にても対応できるという印象を受けた.3.手術療法の長期成績手術は原則としてマイトマイシンC塗布併用のトラベクレクトミーを行った.他の方法としては比較的若年者にトラベクロトミーを,また2000年3月から5月にかけては非穿孔性トラベクレクトミーを行った.しかし,後者は本緑内障に対して眼圧調整効果が不十分であり26),以降は行っていない.われわれが行ったマイトマイシンC併用トラベクレクトミーの術式を以下に示す.Tenon下麻酔後,輪部基底の結膜弁を初回手術のときは鼻上側,再手術のときは耳上側に作製する.必要に応じTenonを部分的に切除,4×4mmの強膜弁を作製,0.04%マイトマイシンCを3分間結膜弁,強膜弁下に作用させ,250mlの生理食塩水で洗浄,サイド表3薬物治療─長期成績:結果のまとめ─眼数(%)眼圧コントロール良好不良316(84)(16)視野進行なしあり2512(68)(32)表2最終治療治療眼数(%)治療薬なし点眼治療ALT+点眼点眼+内服手術108142171(3.7)(32.5)(63.8)計268(100.0)ALT:アルゴンレーザートラベクロプラスティ.,O87O図7薬物治療眼圧コントロールと視野変化最終視野:眼圧コントロール良:眼圧コントロール不良初診時視野———————————————————————-Page6966あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(62)ポートを作製する.線維柱帯を含む組織を幅1mm,長さ23mmの大きさに切除,ついで虹彩切除を行う.虹彩および周囲組織からの完全な止血を待って,10-0ナイロン糸にて強膜弁を原則として5糸縫合,サイドポートより人工房水を注入,強膜弁下の液の流出を調整後結膜を7-0絹糸にて連続縫合,副腎皮質ホルモンの結膜下注射,アトロピン点眼,抗生物質軟膏の点入にて手術を終了する.術後は適宜強膜マッサージ,レーザーによる強膜弁縫合糸の切糸を行う.経過中眼圧が再上昇した場合は,ブレブの処置,眼圧下降点眼薬を使用,効果がない場合は再手術を早めに行っている.上記手術施行後5年以上(511年,平均8年)経過をみることができた42例(男性28例,女性14例)47眼についての長期成績を図8に示す.症例の初診時年齢は5283歳,平均72歳である.眼圧調整の良否,視野変化進行の有無の判定は前述の薬物治療の長期成績に準じた.なお,今回の長期成績は初回手術から5年以上観察できた症例について,最終的な眼圧調整の状態,視野進行の有無をみたものであり,単に手術成績そのものを評価したものではない.したがって観察中に点眼治療の追加例,再手術施行例も眼圧調整に関しては,最終観察前の1年間の結果をもって判定した.結果のまとめを表4に示す.眼圧が良好に調整できていたものは47眼中41眼(87%)であった.このなかには再手術した9眼が含まれている.視野が術前の湖崎分類による病期に止まっていたものは47眼中35眼(74%)であった.視野進行した12眼について病期別にみると,術前視野がⅡ期の早期では40%,Ⅲ期の中期では50%と高く,Ⅳ期以降は8%と低頻度であった.中期までの視野は進行しやすく,晩期の視野は動きにくいとするこれまでの報告と一致する結果ではあるが,術後も眼圧調整が不良であったⅤ期1例を除けば,晩期の視野変化を本法は十分に保存しうることを示す結果であった.また経過中に再手術を行った症例が10眼(21%)あったことは,本症に対する手術のむずかしさを示す結果であったが,その10眼中9眼の視野には進行は認められず,きめ細かい管理の重要性を示す結果でもあった.一方,眼圧調整良好眼のうち5眼には視野変化の進行がみられ,落屑緑内障管理のむずかしさを痛感している.以上の結果より進行した,あるいは薬物治療に抵抗する落屑緑内障に対しては,マイトマイシンC塗布併用のトラベクレクトミーが現時点では最も有用な手段と考える.IV落屑緑内障と白内障手術落屑緑内障は高齢者に好発するため,同時に白内障を有することが多く,その手術の適応となる例がみられる.本症に対する白内障手術はZinn小帯の脆弱化による水晶体振盪や亜脱臼27),散瞳不良,核硬化などのため通常の白内障手術に比べ難易度が高く,慎重に計画,実施する必要がある28).今回治療の対象として調査した落屑緑内障患者では64例76眼に対して白内障手術を行っている.白内障手術は原則として耳側角膜小切開による超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術(PEA+IOL)を行っているが,核処理などPEAが困難な症例に対しては計画的外摘出術(ECCE)を行った.実際には白内障の進行程度と緑内障の病期,眼圧調整状態を考え合わせ,以下の3つの方法を採用した.1.眼圧が薬物使用もしくは使用なしで調整されている場合はPEA+IOL単独施行,2.白内障が比較的軽度で,眼圧が調整されていない場合は緑内障手術を先行させ,白内障が進行した時点でPEA+IOL施行,3.白内障が進行しており,かつ眼圧が薬物にても調整不良の場合はPEA+IOL+緑内障手術を同表4トラベクレクトミー─長期成績:結果のまとめ─眼数(%)眼圧コントロール良好不良416(87)(13)視野進行なしあり3512(74)(26)ⅠⅡⅢⅣⅤⅠⅡⅢⅣⅤ最終視野初診時視野:眼圧コントロール良好:眼圧コントロール不良は再手術施行図8トラベクレクトミー眼圧コントロールと視野変化———————————————————————-Page7(63)あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008967一手術部位に施行した.各々の手術時合併症(Zinn小帯断裂,硝子体脱出)と術後の眼圧再上昇頻度を表5に示す.PEA+IOL挿入単独手術は32眼に施行,うち5眼(15.6%)に合併症が起こった.この5眼中3眼には前部硝子体切除後IOL縫着を行ったが,2眼は無水晶体眼となった.術後の眼圧上昇は1眼のみであった.緑内障手術先行後白内障手術は33眼に施行,術中合併症は1眼のみであったが,7眼(21.2%)は濾過胞の縮小とともに眼圧が再上昇し,6眼においては緑内障の再手術を必要とした.いわゆるトリプル手術は11眼に施行,術中合併症は1眼のみにみられ,眼圧再上昇は認められなかった.近年新来患者のなかに,偽落屑物質を有する高眼圧の偽水晶体眼を診察する機会が多くなっている.限度いっぱいの薬物治療で眼圧が調整されている眼に対し,安易に白内障手術を単独で行うと,手術を契機として眼圧調整に破綻をきたす例が多いと考えられる.落屑緑内障眼に対する白内障手術は,緑内障の状態を慎重に見極めたうえで,術式を十分に考慮,計画して行うことが重要である.V落屑症候群と脳・心臓・網膜血管障害1992年,Schlotzer-Schrehardtら5)とStreetenら6)は偽落屑物質は眼組織のみならず,内臓─心臓,肺,肝臓,腎臓,腸間膜─などにもみられると報告した.これらの発表後,臨床的にも偽落屑物質に起因する可能性のある脳梗塞,脳出血などの脳血管障害,心筋梗塞,狭心症などの心血管障害29),さらには網膜中心静脈閉塞症などの網膜血管障害30),Alzheimer病,神経性難聴31)などとの関連が報告されている.そこでNTT西日本九州病院を初診した60歳以上の既往歴の記載が十分な落屑緑内障患者において,脳血管障害,心血管障害の既往および網膜中心静脈閉塞性と網膜静脈分枝閉塞症の有無を調査した.対照としては同時期に初診した同年代の狭義のPOAG患者とした.その結果は表6に示すとおりで,脳梗塞,脳出血を合わせた脳血管障害の既往は明らかにPOAG患者より多く認められた.一方,心筋梗塞,狭心症を合わせた心血管障害の既往頻度は,落屑緑内障患者が多くみられたが,POAG患者群と有意差はなかった.眼底検査による網膜中心静脈閉塞症および網膜静脈分枝閉塞症の頻度は,落屑緑内障群で4.3%,POAG群で0.5%であり,落屑緑内障群で有意に高率に認められた.ただし,今回のこの調査は全身の血管障害に関しては,既往歴を参考とした比較であり,網膜血管障害の頻度も1施設少数例での結果である.落屑症候群が緑内障のみならず,全身の血管障害と深くかかわっているか否かは,今後大規模な疫学的調査あるいは多施設での共同研究が必要であろうと考えた.おわりに落屑症候群は20世紀初めにその存在が知られて以来,眼に限局した疾患と考えられてきた.眼に対する影響としては緑内障をはじめ水晶体,虹彩,隅角,角膜内皮などがあげられる.なかでも落屑緑内障は今日でも失明に至ることの多い油断ならない緑内障であり,早期の診断と計画された治療,さらには厳密な管理が必要とされる.20世紀終りから今世紀にはいり,全身に及ぶ偽落屑物質の分布が報告され,それに由来する脳や心血管障害などへの関与が示唆されてきている.また本症候群の基礎的研究の発展も目覚ましく,疫学調査により落屑症候群は遺伝素因を有する疾患であることがわかり,つい表5落屑緑内障眼における白内障手術合併症Zinn小帯断裂硝子体脱出(%)眼圧再上昇(%)白内障手術*単独27例32眼5(15.6)1(3.1)トラベクレクトミー⇒白内障手術*28例33眼1(3.0)7(21.2)白内障*・トラベクレクトミー同時手術9例11眼1(9.1)0計64例76眼7(9.2)8(10.5)*(PEAまたはECCE)+IOL.表6落屑緑内障と血管障害の既往落屑緑内障*348例(%)POAG(狭義)*185例(%)脳血管障害20(5.7)3(1.6)p<0.05脳梗塞152脳出血51心血管障害34(9.8)13(7.0)p>0.1心筋梗塞144狭心症209網膜血管障害CRVO+BRVO15(4.3)1(0.5)p<0.02CRVO:網膜中心静脈閉塞症,BRVO:網膜静脈分枝閉塞症.*60歳以上.———————————————————————-Page8968あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(64)で2007年にはその遺伝子が特定されるに至っている.さらに偽落屑物質の本態についても新しい技術を駆使しての解明が進んでおり,近い将来落屑症候群のすべてが明らかにされるであろう.これらの研究成果が臨床の場に還元され,より良き治療法の開発,さらには予防法の発展へとつながることを希望する.謝辞:稿を終えるに当たり,恩師須田経宇先生にちなんだ名誉ある須田記念講演の機会を与えていただきました日本緑内障学会理事長の新家眞先生,第18回日本緑内障学会会長の山本哲也先生に厚く御礼申し上げます.またこの研究に多大のご援助,ご助言をいただいた熊本大学および日本緑内障学会の諸先輩,先生方ならびにNTT西日本九州病院眼科に同時代に勤務し,落屑症候群・緑内障の症例をともに学んだ先生方に心からの謝意を表します.文献1)LindergJG:Clinicalinvestigationsondepigmentationofthepupillaryborderandtranslucencyoftheiris.ActaOphthalmol67(Suppl190):1-96,19892)和田袈裟男:瞳孔縁氈の2例に就て.日本眼科全書,第19巻,ぶどう膜疾患,p574-583,金原出版,19423)小松弘邦:眼の老人性変化(その3),高齢者の瞳孔縁変化に就て.日眼会誌46:1856-1868,19424)荻野紀重,河田睦子,豊歌子:水晶体性緑内障について.日眼会誌67:889-898,19635)Schlotzer-SchrehardtU,KocaMR,NaumannGOHetal:Pseudoexfoliationsyndrome.Ocularmanifestationofasys-temicdisorderArchOphthalmol110:1752-1756,19926)StreetenWS,LiZ-Y,WallaceRNetal:Pseudofoliativebrillopathyinvisceralorgansofapatientwithpseudoex-foliationsyndrome.ArchOphthalmol110:1757-1762,19927)DamjiKF,BainsHS,AmjadiKetal:FamilialoccurrenceofpseudoexfoliationinCanada.CanJOphthalmol34:257-265,19998)OrrAC,RobitailleJM,PricePAetal:Exfoliationsyn-drome:clinicalandgeneticfeatures.OphthalmicGenet22:171-185,20019)HardiJG,MerciecaF,FenechTetal:Familialpseudoex-foliationinGozo.Eye19:1280-1285,200510)ThorleifssonG,MagnussonKP,SulemPetal:CommonsequencevariantsintheLOXL1geneconfersusceptibilitytoexfoliationglaucoma.Science317:1397-1400,200711)大蔵文子:落屑症候群の散瞳試験.落屑症候群─その緑内障と白内障─.p67-70,メディカル葵出版,199412)布田龍佑:落屑症候群2.落屑症候群の臨床.眼科49:399-407,200713)SampaolesiR,ZarateJ,CroxatoO:Thechamberangleinexfoliationsyndrome.Clinicalandpathologicalndings.ActaOphthalmol66(Suppl184):48-53,198814)FutaR,ShimizuT,FuruyoshiNetal:Clinicalfeaturesofcapsularglaucomaincomparisonwithprimaryopen-angleglaucomainJapan.ActaOphthalmol70:214-219,199215)瓶井資弘,桒山泰明,福田全克:水晶体のtrueexfolia-tionの1例.眼科46:402-403,199216)FutaR,InadaK,NakashimaHetal:Familialamyloidoticpolyneuropathy:ocularmanifestationswithclinicopatho-logicalobservation.JpnJOphthalmol28:289-298,198417)川路隆博:落屑緑内障5.鑑別を要する疾患:アミロイド緑内障.眼科49:423-426,200718)PuskaPM:Unilateralexfoliationsyndrome:convesiontobilateralexfoliationandtoglaucoma:aprospective10-yearfollow-upstudy.Glaucoma11:517-524,200219)西山正一,布田龍佑,古吉直彦ほか:片眼性水晶体性緑内障における他眼の検討.臨眼44:835-838,199020)HammerT,Schlotzer-SchrehardtU,NaumannGOT:Uni-lateralorasymmetricpseudoexfoliationsyndromeAnultrastructuralstudy.ArchOphthalmol119:1023-1031,200121)布田龍佑:落屑症候群と緑内障,全体像と臨床所見.落屑症候群─その緑内障と白内障─.p79-89,メディカル葵出版,199422)岩田和雄:低眼圧緑内障および原発開放隅角緑内障の病態と視神経障害機構.日眼会誌96:1501-1531,199223)安達京,白土城照,蕪城俊克ほか:アルゴンレーザートラベクロプラスティー10年の成績.日眼会誌98:374-378,199424)布田龍佑:水晶体性緑内障の治療と問題点.日本の眼科66:1179-1183,199525)布田龍佑,古吉直彦,犬童和佳子ほか:水晶体性緑内障の治療成績と視機能予後─原発開放隅角緑内障との比較─.眼臨89:695-699,199526)布田龍佑:緑内障の治療IV病型別緑内障に対する治療指針5.続発緑内障G落屑緑内障.眼科44:1663-1669,200227)FutaR,FuruyoshiN:Phakodonesisincapsularglauco-ma:Aclinicalandelectronmicroscopicstudy.JpnJOph-thalmol33:311-317,198928)宮田博:落屑症候群4.落屑症候群の手術.眼科49:415-421,200729)MitchellP,WangJJ,SmithW:Associationofpseudoexfo-liationsyndromewithincreasedvascularrisk.AmJOph-thalmol124:685-687,199730)SaatciOA,FerlielST,FerlielMetal:Pseudoexfoliationandglaucomaineyeswithretinalveinocclusion.IntOph-thalmol23:75-78,199931)TuracliME,OzdemirFA,TekeliOetal:Sensorineuralhearinglossinpseudoexfoliation.CanJOphthalmol42:56-59,2007☆☆☆

コンタクトレンズの角膜感染症予防法

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSはじめにコンタクトレンズ(CL)装用者にみられる角膜感染症は“CL関連角膜感染症”とよばれることが多くなった.CLの素材が進歩し,1日使い捨てCLの普及もあり角膜感染症は減っても不思議でないが,現実は逆の方向に動いているようである.以前はまれな病気であったアカントアメーバ角膜炎もCL装用の合併症として普通の病気となってしまった感もある.本稿ではCL関連角膜感染症の現状を振り返り,感染症の観点から現在のCLケアを考え直してみたいと思う.ICL関連角膜感染症の現状2003年の1年間,日本全国の24施設において感染性角膜炎の動向を把握する目的で全国サーベイランスが行われた1).これによると感染性角膜炎の年齢分布は20歳代と60歳代を二つのピークとする二峰性を示していた(図1).さらに20歳代を中心とした最初のピークのほとんどがCL装用者であった.CLがまだ普及していない頃には感染性角膜炎は高齢者の疾患であったようであるが,CL装用という要因一つで若年層の大きなピークを形成するまでに至っていることがわかる.図2はCLの種類と検出菌の関係について示したものである.従来型のソフトコンタクトレンズ(SCL)および2週間交換などの頻回交換ソフトコンタクトレンズ(FRSCL)ではグラム陰性桿菌が検出菌として特に頻度が高いことがわかる.すなわち,装用したSCLをはずし,洗浄・(51)955osiiono感7910295感特集●コンタクトレンズ・ここが知りたいあたらしい眼科25(7):955960,2008コンタクトレンズの角膜感染症予防法PreventionofCornealInfectionWithContactLensWear宇野敏彦*装用(-):CL装用(+)症例数0~910代20代30代40代50代60代70代80代90代図1感染性角膜炎の年齢分布とコンタクトレンズ装用の有無(文献1より一部改変):検出されず:真菌・アメーバ:その他:グラム陰性桿菌:グラム陽性球菌50454035302520151050症例数FRSCLDSCLHCLSCL(従来型)治療用SCL図2コンタクトレンズの種類と起炎菌(文献1より一部改変)———————————————————————-Page2956あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(52)CNS,P.aeruginosa,Serratiaspp.の3菌種がいわば三大起炎菌であるということである.IICL関連角膜感染症の発症機序前項で述べたように洗浄・保存ののち再装着をするSCL装用者における感染性角膜炎の起炎菌にはグラム陰性桿菌,すなわちP.aeruginosaおよびSerratiaspp.の2菌種の感染が多い.この2菌種は洗面所などの水周りを発端とする院内感染でも問題となっている環境菌である.家庭においてもCLケアを行う洗面所がこれらの菌に汚染され,手指を介してCL,CLケースあるいはMPS(マルチパーパスソルーション,multi-purposesolution)に付着あるいは混入し,角膜の微細な上皮障害部分から感染が成立すると考えるのが妥当であろう.GorlinらはhydrogellensにS.epidermidisよりもP.aeruginosaが圧倒的に付着しやいと報告している3)が,菌種によるCLへの接着性の違いも関係しているのかもしれない.一方,洗浄・保存を行わないdisposableSCL(おもに1daydisposable)ではグラム陰性桿菌とともにCNSが起炎菌に比率として高くなる.これはCNSが結膜常在菌の代表であることを反映しているものと考えられる.すなわち新品で清潔であるdisposableSCLを装着しているものの,元々常在菌として存在していたCNSが角膜上皮障害を誘因として感染に至るという図式である.もちろん装着時にCLに触れた手指を介して,あるいはdisposableであることを守らずに再装用を行ってしまい,環境菌である緑膿菌などが持ち込まれるという可能性も少なくはないであろう.昨今アカントアメーバ角膜炎症例の急増が問題となっている4).アカントアメーバは川や沼,公園の砂場さらには家庭の洗面所など身の回りの環境に普遍的に存在しうるものである.グラム陰性桿菌を中心とした菌によって汚染されたCLに,細菌を餌として生きているアカントアメーバが付着するという図式が成り立つように思える.事実,清潔なhydrogellensよりもP.aeruginosaで汚染されたhydrogellensのほうがアカントアメーバの付着性が高いという結果3)も報告されている.保存・再装着をくり返すSCLの装用者ではグラム陰性桿菌に注意する必要がある.一方,同じSCLでもdis-posableSCL(DSCL,ほとんどが1日使い捨てのものと思われる)の装用者ではグラム陽性球菌が検出菌の主体であった.Bourcierらも感染性角膜炎の原因と起炎菌の関係を考察している2).表1は検討した全症例およびCL装用者の検出菌の内訳である.全症例での検討ではグラム陰性桿菌は全体の検出菌の16.4%を占めていたが,CL装用者に限ると30.5%と高率であった.またCL装用者の起炎菌のうちグラム陽性球菌50株のうち47株(94%)がcoagulasenegativeStaphylococcus(CNS),グラム陰性桿菌29株はPseudomonas(P.)aeruginosaとSerra-tiaspp.の2株のみで占められていた.このようにCL関連角膜感染症の起炎菌は次の2点で通常の角膜感染症の起炎菌と大きく異なっていることがわかる.1点目はグラム陰性桿菌の比率が高いことであり,2点目は表1感染性角膜炎の起炎菌細菌名コンタクトレンズ装用者のみ全症例グラム陽性球菌Staphylococcusaureus216CoagulasenegativeShaphylococcus47100StreptococcuspneumoniaeOtherStreptococcusspp.小計グラム陰性球菌Moraxellaspp.グラム陽性桿菌Corynebacteriumspp.PropionibacteriumacnesActinomyces小計グラム陰性桿菌PseudomonasaeruginosaProteusspp.Klebsiellaspp.Serratiaspp.小計角膜擦過物培養陽性1050(52.6%)0(0%)0114116(16.8%)18001129(30.5%)150712135(65.2%)1(0.3%)531137(17.9%)21201134(16.4%)306(文献2のtable2を改変して使用,原典ではコンタクトレンズ装用者以外に眼表面疾患,その他の原因についても記載されている.)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008957(53)“勝利を収めている”ことは感染症の立場からみると悲しい歴史でもある.2.MPSの消毒効果多種類のMPSが販売されており,その組成も複雑で眼科医にとっては理解しがたいところが多い.また欧米と同じ商品名であっても中心となる消毒剤の組成も含めて異なっていることもあり,海外の文献を参考にする場合,十分注意する必要がある.MPSの消毒効果は国際標準化機構(InternationalOrganizationforStandardization:ISO)14729のstandalonetestが汎用されている(図3).これは3種類の細菌(Staphylococcusaureus,P.aeruginosa,Serratiamarcescens)および2種類の真菌(Candidaalbicans,Fusariumsolani)の“減菌”効果を判定しMPSとしての認可を与えるものである.Standalonetestの第一基準では3種の細菌のlogreductionが3以上,すなわち1/1,000以下に減菌し,2種の真菌を1/10以下に減菌することが求められている.しかし第一基準が満たされていない場合でも,別に第二基準として真菌であれば増加さえしなければ基準を満たしうる可能性が残されている.MPSの消毒効果という観点のみからみるとかなり甘い基準といわざるをえない.しかも昨今問題となっているアカントアメーバはstandalonetestの対象外である.MPSに含まれる消毒剤は塩酸ポリヘキサニド(poly-hexametylenebiguanide:PHMB)と塩化ポリドロニウIIICL関連感染性角膜炎を減らすにはどうすればいいのか?1.洗浄・保存液の歴史歴史的にみるとSCLの消毒といえば煮沸消毒からはじまっている.これは消毒効果が高く,感染症の立場からみると望ましい方法であったが,レンズの劣化を促進したり,熱で変性した汚れがCLに固着するといった問題があった.その後過酸化水素を使用するタイプが普及するようになった.これも本来,消毒効果の高い方法であるが,中和操作が必須である.中和操作を忘れると角膜びらんなどの合併症を起こすため,最近では消毒開始とともに中和もはじまるタイプがほとんどとなった.しかしこれは消毒不十分のまま中和が完了してしまうというリスクも伴っており,感染症予防の観点からみるとデメリットがある.最近のSCLケアの主流は言うまでもなくMPSである.1つの液で洗浄・すすぎ・消毒・保存ができる利便性が大きく,この市場を席巻した感もある.しかしそのまま眼に装着できることが求められるため,消毒効果は煮沸や過酸化水素を用いた方法よりも劣るといわざるを得ない.このようにみてみるとCLの洗浄・保存液の歴史は消毒効果と利便性のせめぎあいであることがわかる.しかも利便性を求める動きが最終的にこすり洗い試験Regimentest第一基準第二基準未認可認可認可対象:細菌3種+真菌2種????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????すべての細菌を3log減らすすべての真菌を1log減らす細菌3菌種合計で5log減らす(各細菌最低1log減らす)真菌増加させず図3Standalonetest(スタンドアローンテスト)の概念図■語解説(スタンドアローンテスト)第一基準:3種類の細菌(Staphylococcusaureus,P.aeruginosa,Serratiamarcescens)および2種類の真菌(Candidaalbicans,Fusariumsolani)と溶液を使用し,指示された浸漬時間中に各細菌を3log(99.9%)以上減少させ,各真菌を1log(90.0%)以上減少させる必要がある.これに適合すればmulti-purposedisinfectingsolution(MPDS)と表示することが可能となる.第二基準:上記の3細菌を少なくとも1log減少させ,3細菌合計で5log減少させる必要がある.さらに上記2真菌を浸漬時間中に静菌状態に保つ必要がある.Regimentest:Standalonetestの第二基準をクリアした製品に行われる試験である.Standalonetestに採用されている細菌および真菌を付着させたCLを作製し,製品に記載されているケア方法で処理して,菌量が5log減少することを実証する.———————————————————————-Page4958あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(54)付着性について検討し,初期のものでアメーバが付着しやすいことを報告している9).さらにアメーバの付着性の低いものであっても装用後の汚れのついたSCLではアメーバの付着性が増すことも報告している.Santosらは表皮ブドウ球菌を付着させたCLを流れのあるチェンバーに入れ,菌がどの程度消失しているか,すなわち“はがれやすさ”を検討している10).これまでCLの特徴といえば装用感,乾燥感の軽減,酸素透過性などで語られることが多かったが,上記のように微生物汚染のしにくさにも注目すべきであると思われる.感染リスクをより低くするという観点でCLの開発が行われることを切望する.角膜感染症を発症した症例のCLケースをみると非常に汚れているのに驚かされることが少なくない.自験例でもケース内に残っていたMPSに多数のアカントアメーバシストが塊を形成していた様子が観察された例がある(図4).CLケースを毎日洗浄し乾燥を行うこと,定期的に交換することなどは常に指導すべきことであるが,この必要性についてまったく認識をもっておらず,ケースも交換を行ったことがないというユーザーも少なくないようである.最近ではメーカーの配慮もありMPSなどを購入する際にケースが付属していることも少なくないが,感染症を防ぐ観点から歓迎すべきことである.ただ,各社さまざまなデザインと素材のケースが添付されており,どのようなケースが望ましいのかにつム(polyquaternium-1)のどちらかが使用されていることがほとんどである.詳細は成書に譲るが両者とも陽イオンを有するカチオン性の消毒剤であり,細菌の細胞膜にあるリン脂質の陰性荷電部位に結合し,細胞膜を破壊することで効果を発揮する.したがってMPSに多量のイオン性物質が含まれているとPHMBなどが細菌の細胞膜に到達しないということもありうる.柳井らはわが国で販売されているMPSの消毒効果と安全性について詳細に検討を行っている5).この報告ではPHMBの濃度が1.0ppmで同じであってもMPSの消毒効果にはかなり違いがあったことが示されている.特に真菌に対する効果に大きな差があったという.海外で販売されていたMPSの一種(ReNuwithMoistureLocR)に関連してフサリウムによる角膜炎が多発したことは記憶に新しい6,7).この原因の一つとしてとりあげられているのが,MPSが濃縮されることによる消毒効果の減弱である8).MPSは毎回新しいものを使用するのが鉄則であるが,CLユーザーのなかにはMPSを交換しない例もあるようである.次第にMPSが蒸発し液量が少なくなると新しいMPSを継ぎ足して使用するという誤った使い方がなされ,MPSが濃縮したことが感染性角膜炎発症の一因というわけである.本来のMPSの使用方法を逸脱した点からCLユーザーの自己責任ともいえるが,さまざまな使用状況でも安定した消毒効果が発揮できるような観点でのMPSの開発と,誤った使われ方を想定したMPSの消毒効果の検討が必要と思われる.MPSの選択はCL装用者まかせになっていることが多いが,CLケアを指導する立場として消毒効果の観点からMPSの選択にも積極的に関与し,MPSの正しい使用方法についても細かく指導していく必要性を痛感する.3.CLおよびCLケースの素材を考えるCLあるいはCLケースに菌が付着しにくい素材を使用することはCL関連角膜感染症を防ぐために重要であることは言うまでもない.Beattieらは初期(論文中ではrst-generation)および新しい(second-generation)シリコーンハイドロゲルSCLへのアカントアメーバの図4アカントアメーバ角膜炎症例のレンズケースに残っていたMPS(無染色)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008959(55)MPSの回収が指示された.これにより,同年3月,4月には25例を超えるCLユーザーのフサリウム角膜炎の報告がみられていたが,5月以降は1,2例程度と大きく減少した6).この件に関して米国疾病予防管理センター(CDC)のホームページ上では時系列に則った情報の開示がなされている(http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm5514a5.htm).“いつどこの眼科医から報告をうけたのか”,“CDCとしていつ調査を開始したのか”など,事細かな情報である.このほか,アカントアメーバ角膜炎発症との因果関係が指摘され,2007年に日本においても特定のMPSの回収がメーカー主導で行われたのは記憶に新しい.このような動きは眼科医のみならず,政府(日本では厚生労働省?),CLあるいはCL洗浄保存液を製造販売しているメーカーの協力なくしては成り立たない.現在日本においてこのような協力関係が十分に構築されているのかについて注目していきたい.文献1)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌・患者背景・治療の現況.日眼会誌110:961-972,20062)BourcierT,ThomasF,BorderieVetal:Bacterialkerati-tis:predisposingfactors,clinicalandmicrobiologicalreviewof300cases.BrJOphthalmol87:834-838,20033)GorlinAI,GabrielMM,WilsonLAetal:EectofadheredbacteriaonthebindingofAcanthamoebatohydrogellenses.ArchOphthalmol114:576-580,19964)ThebpatiphatN,HammersmithKM,RochaFNetal:Acanthamoebakeratitis:aparasiteontherise.Cornea26:701-706,20075)柳井亮二,植田喜一,西田輝夫ほか:市販多目的用剤の消毒効果と細胞毒性の比較.日コレ誌49:S13-S18,20076)ChangDC,GrantGB,O’DonnellKetal:Multistateout-breakofFusariumkeratitisassociatedwithuseofacon-tactlenssolution.JAMA23:953-963,20067)SawSM,OoiPL,TanDTetal:Riskfactorsforcontactlens-relatedfusariumkeratitis:acase-controlstudyinSingapore.ArchOphthalmol125:611-617,20078)LevyB,HeilerD,NortonS:ReportontestingfromaninvestigationofFusariumkeratitisincontactlenswear-ers.EyeContactLens32:256-261,20069)BeattieTK,TomlinsonA,McFadyenAK:AttachmentofAcanthamoebatorst-andsecond-generationsiliconehydrogelcontactlenses.Ophthalmology113:117-125,2005いても今後検討すべきと思われる.4.角結膜の感染防御機構とCL装用眼表面,特に角膜上皮は外界に常に接する宿命をもった組織である.このような角膜を感染症から守るため,いくつかの防御機構が働いている.涙液による物理的洗浄効果,涙液に含まれるIgA(免疫グロブリンA)やリゾチームなどの抗菌物質,角結膜上皮が分泌するムチンなどがいわば最前線の防御機構である.CL装用はこれらの防御機構に大きく影響を与えることは容易に想像できる.一般的に涙液層は67μmといわれている.SCL装用者ではSCLと角膜間の涙液層は2.5μmという結果11)もある.またSCL装用におけるCL下の涙液に蛍光色素で標識したデキストランの消失率は1分当たり9%程度であったという報告がある12).このようにSCL下にはわずかの量の涙液しか存在せず,しかもその交換率が非常に低いことがわかる.涙液のもつ本来のwashout効果が発揮できない環境がCL下の涙液にあることを念頭におく必要がある.角膜上皮の最表層には上皮間にtightjunctionというバリア機能が存在する.これも角膜の感染症を防ぐもう一つの防御機構といえる.Imayasuらはinvitroにおいて培養角膜上皮を各種MPSに1時間接触させる実験を行い,tightjunctionが破壊されうること,MPSの組成によってその破壊の程度が大きく異なっており,tightjunctionへの悪影響が少ないものもあることを報告している13).MPSに1時間接触させた実験結果をそのまま臨床にあてはめることはできないが,今後の検討が待たれるところである.もちろんMPSのみならずCL装用による物理的刺激や低酸素も角膜上皮に悪影響を与えるはずであり,感染症の誘発因子である.5.政府あるいは企業の役割先にもふれたが,2006年初頭よりアメリカ合衆国(USA)およびシンガポールのCLユーザーの中でフサリウムを起炎菌とする感染性角膜炎の増加が報告されるようになった6,7).この症例の多くがMPSとしてReNuwithMoistureLocR使用していたことから,これが原因と考え,USAでは2006年4月13日に市場からの当該———————————————————————-Page6960あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(56)12)PaughJR,StapletonF,KeayLetal:Tearexchangeunderhydrogelcontactlenses:methodologicalconsider-ations.InvestOphthalmolVisSci42:2813-2820,200113)ImayasuM,ShiraishiA,OhashiYetal:Eectsofmulti-purposesolutionsoncornealepithelialtightjunctions.EyeContactLens34:50-55,200810)SantosL,RodriguesD,LiraM:TheinuenceoflensmaterialandlenswearontheremovalandviabilityofStaphylococcusepidermidis.ContLensAnteriorEye31:126-130,200811)NicholsJJ,King-SmithPE:Theimpactofhydrogellenssettlingonthethicknessofthetearsandcontactlens.InvestOphthalmolVisSci45:2549-2554,2004

コンタクトレンズと眼精疲労

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSために眼鏡レンズで得た矯正度数をCL度数に換算して処方する必要ある.この換算を角膜頂点間距離補正といい,±4.00D未満の場合にはレンズ度数で0.25D未満であるため換算の必要はないが,±4.00D以上ではこの補正が必要である.頂間距離補正値(Dcl)は,眼鏡レンズ度数をDsp,角膜頂点間距離をdとすると,Dcl=Dsp/(1d・Dsp)………………………(1)で算出される(次頁の図を参考).一般にはCLフィッティングマニュアルの裏表紙あたりに換算表が掲載されている.この補正を忘れると,近視眼では過矯正に,遠視眼では低矯正になる.2.像の拡大・縮小効果眼鏡レンズは角膜から12mm離れた距離に配置されるため,角膜表面に接触して配置されるCLとは,網膜はじめに眼精疲労のほとんどは眼の筋疲労によってひき起こされている.眼に関する筋肉には調節をコントロールする毛様体筋(内眼筋)と眼球運動をコントロールする外眼筋が存在する.眼鏡を使用中には異常がなかったが,コンタクトレンズ(CL)に変更して眼精疲労が発症した,あるいは増悪したと訴える症例は非常に多い.CLによる矯正を行うときには,眼鏡レンズとCLの光学特性を熟知し,内眼筋および外眼筋にかかる負担に配慮する必要がある.I眼鏡レンズとの違いCLは角膜に接していることから,眼鏡レンズとは異なった光学特性を有する.この特性を知らないと眼精疲労の原因を特定できない.おもな違いは,角膜頂点間距離,像の拡大・縮小効果,調節量,プリズム効果および掛け外しの難易である.1.角膜頂点間距離補正眼の屈折値は眼鏡レンズによって定められている.すなわち,角膜から12mm離れた位置にある度数の眼鏡レンズを置いたときに,正視眼と同じように無限遠にピントが合う場合,その眼の屈折値をそのレンズの度数で表示すると定義されている(図1).CLではレンズが角膜に接しているために,眼鏡レンズよりも焦点距離が12mm短い屈折力のレンズで同じ矯正ができる.この(45)949眼100023334眼特集●コンタクトレンズ・ここが知りたいあたらしい眼科25(7):949953,2008コンタクトレンズと眼精疲労AsthenopiaandContactLenses梶田雅義*-3.00D∞例眼前12mmの位置に-3.00Dの球面レンズを置いたときに,平行光束が網膜面上で収束する眼の屈折値は-3.00Dである.図1屈折値の定義調節休止状態にある眼に,ある光学レンズを眼前12mmに置いたときに,無限遠から発した光束が網膜面で収束する場合,その眼の屈折値をその光学レンズの屈折力(度数)で示す.マイナス符号は近視,プラス符号は遠視を示す.———————————————————————-Page2950あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(46)3.調節力これも眼鏡レンズでは角膜から離れて配置されているための変化であるが,近くにピント合わせをする際に要する調節力が,CLによる矯正時とは異なる.これを見かけの調節力という.正視眼が発揮できる調節力をAとするとき,それと同じ調節力をもつ屈折異常眼が,レンズで完全矯正したときに発揮できる見かけの調節力(B)は,B=A/(1+2d・D)d:角膜頂点間距離,D:レンズ度数.で計算される.眼鏡レンズで矯正した場合,近視眼では近くにピントを合わせるときに,実際の距離にピントを合わせるよりも小さい調節量でピントが合い,遠視眼では反対に大きな調節量を必要とする(図3).眼鏡からCL矯正に変更したときに,近視眼では眼鏡で矯正していたときよりも大きな調節量を発揮しないと近くにピントが合わないと感じ,遠視眼では眼鏡装用時よりも少ない調節量で近くにピントが合うようになったと感じる.4.プリズム効果眼鏡レンズによるプリズム効果は遠方視時の瞳孔間距離で眼鏡が作製されている場合,近くを見るときには,眼鏡レンズのプリズム基底が,近視眼では内側に位置に投影される像の大きさが異なる.像の拡大縮小率(M)はレンズ度数をDとすると,M=1/(1d・D)で計算される.CLでは拡大縮小率が小さいため,眼鏡から変えたときに,近視眼では大きく見えると感じ,遠視眼では小さく見えると感じる(図2).したがって,近視眼では眼鏡よりも大きく見えるために,より高い矯正視力値が得られ,遠視眼ではかえって矯正視力が低下することがある.540302010-10-20-30-20-15-10-5+50+10+15(%)眼鏡レンズ屈折力(D)頂間距離12mm頂間距離9mm頂間距離6mm図2眼鏡レンズの増倍率像の大きさは,眼鏡凸レンズでは拡大し,眼鏡凹レンズは縮小する.0246810121416182022242601020304050607080見かけの調節力(D)年(歳)-20-15-10-50+5+10+15+20図3眼鏡による見かけの調節力近視眼では眼鏡による見かけの調節力は増加し,遠視眼では減少する.焦点焦点距離Lsp眼鏡レンズ度数Dsp頂間距離d焦点距離Lclコンタクトレンズの度数DclLspDspLclDspDclLcl====11111DDsp-d-dDcl=Dsp1-d・Dsp参考図:角膜頂点間補正の求め方———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008951(47)1.70Dの過矯正であることがわかる.対処:SCL屈折力をR)S9.50D,L)S10.00Dに変更した.結果:処方後オーバーレフ値はR)S0.75DC0.25180°,L)S0.50DC0.50180°.視力はVD=1.2×SCL(n.c.),VS=1.2×SCL(n.c.).眼の奥の痛みは消退し,視力にも不満はない.筆者コメント:オートレフの値そのままで作製された眼鏡レンズを装用しており,オートレフの値そのままで処方されたSCL度数が眼精疲労の原因になっていた.装用していたSCLを用いた同時雲霧法による結果を考慮すれば,新しく処方したSCLのオーバーレフ値はまだマイナスの値を呈しており,依然と調節緊張は残っていると考えた.今回の処方ではこれより0.50D低いSCL度数では不満が出たが,調節緊張が緩めば,さらにSCLや眼鏡の度数を下げられる可能性があり,さらに快適な矯正を提供できると考える.近視眼の過矯正による眼精疲労をつくらないためには,快適に装用できる眼鏡の頂間補正値よりも低い値のCL度数を提供することを絶対に忘れてはならない.〔症例2〕72歳,男性,自営業.主訴:視力低下,頭痛.現病歴:1週間前にCLの処方を受けたが,その後,視力が低下して,頭痛がするようになった.8年前に白内障手術を受けたが,眼の質が悪くて眼内レンズが入らなかった.その後は眼鏡を用いてきたが,家族に勧められて,CL装用に挑戦した.何とか出し入れができるようになった.現症:視力VD=0.4×SCL(n.c.),VS=0.4×SCL(n.c.).オーバーレフ値はR)S+0.25DC1.0010°,L)S+0.25DC0.75180°.所持眼鏡レンズ屈折力はR)S+13.00D,L)S+13.50.装用中のSCL屈折力はR)S+16.00D,L)S+16.50D.前眼部に異常なし.無水晶体眼で前房中に硝子体脱出を認め,両眼底に軽度の黄斑変性を認めた.所持眼鏡による矯正視力はVD=0.7×OG(n.c.),VS=0.7×OG(n.c.)であった.問題点:眼鏡レンズ度数とCL度数は頂間補正されていて,矯正度数には問題がない.無水晶体眼で強度の凸レンズで矯正していたため,眼鏡レンズの像の拡大効果し,遠視眼では外側に位置する(図4)ことによって発生する.このため,眼鏡を装用して近方を見たときに,近視眼では実際の目標物を両眼視する輻湊量よりも少ない輻湊量で両眼視ができており,遠視眼では実際の輻湊量よりも多く輻湊しなければならない.眼鏡からCL装用に変更すると,近視眼では輻湊の負担が大きくなり,遠視眼では輻湊の負担が小さくなる.IICLで眼精疲労を訴えた実症例〔症例1〕28歳,女性,事務職.主訴:眼の奥の痛み.現病歴:2週間前から眼の奥の痛みが出てきた.1カ月前にCLの処方を受けたが,CL装用には問題はないといわれている.現症:視力VD=1.5×SCL(n.c.),VS=1.5×SCL(n.c.).オーバーレフ値(CLを装用した状態でのオートレフラクトメータの値)はR)S+0.00DC0.50170°,L)S+0.25DC0.50170°.所持眼鏡レンズ屈折力はR)S11.00D,L)S11.75.装用中のSCL屈折力はR)S11.00D,L)S12.00D.前眼部,中間透光体および眼底に異常なし.両眼同時雲霧法1)の結果,Vbl=1.5×SCL[R:+1.50D,L:+2.00D].問題点:眼鏡レンズ度数とCL度数がほぼ同じ.頂間距離補正が考慮されていない.眼鏡レンズ度数の頂間補正値は(1)式で算出すると,右眼9.72D,左眼10.30Dである.眼鏡レンズに比べて,右眼1.28D,左眼図4眼鏡レンズのプリズム効果光はプリズム基底方向に屈折するので,近方視標を両眼視するときの輻湊負荷は眼鏡凸レンズでは大きく,眼鏡凹レンズでは小さい.凸レンズ凹レンズ———————————————————————-Page4952あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(48)SCL.VDT作業中の眼の奥の痛みや頭痛は起こらなくなった.眼鏡よりもよく見えるので,視力にもまったく不満はない.筆者コメント:調節力や生活環境をまったく無視して,矯正視力だけを見て処方されたSCLに問題があったと考える.25歳を過ぎてはじめてCL処方を希望する症例には,特に調節力への配慮が必要である.〔症例4〕14歳,女性,学生.主訴:CLを装用すると頭痛,複視,気分が悪くなる.現病歴:2週前にCLを使用しはじめたが,CLを装用すると二重に見えて頭痛が起こる.CLには問題はないといわれている.現症:視力はVD=1.5×SCL(n.c.),VS=1.2×SCL(n.c.).オーバーレフ値はR)S+0.25DC0.50D180°,L)S+0.25DC0.25D180°.裸眼のオートレフ値はR)S+4.50DC0.50D180°,L)S+4.50DC0.50D180°.所持眼鏡レンズ屈折力はR)S+6.00D,L)S+6.00D.所持眼鏡レンズによる矯正視力はVD=0.6×OG(1.5×OG=1.00D),VS=0.7×OG(1.5×OG=1.00D).装用中のSCL屈折力はR)S+4.75D,L)S+4.75D.前眼部,中間透光体および眼底に異常なし.1mの距離で検査したSCL装用状態での眼位は6Δの内斜であり,眼鏡装用による眼位は2Δの内斜であった.問題点:強度の遠視眼で内斜を認める症例である.眼鏡では遠方矯正視力が不十分なため,遠方視で開散運動が誘発されず,近方視では内斜の状態のまま両眼視が可能な状態であったと考えられる.CL矯正は遠方視力が良好になったために,開散を行わないと複視が生じ,近方視でさえ,開散しないと両眼視ができず,眼精疲労の原因になっていたと考える.対処:SCLを装用したまま,右眼=2ΔBaseOut,左眼=2ΔBaseOutの眼鏡を装用した.結果:複視も頭痛も起こらなくなった.遠視だけの眼鏡よりもよく見えるし,眼鏡レンズも薄いので,快適に装用できる.筆者コメント:視力補正のみを見ていたため,眼位異常に気付かれなかった症例である.このほかにも外斜位のために輻湊調節が介入して,過矯正になっていた近視によって,外界の像は網膜面に拡大して結像していた.CL装用によって,像の拡大効果が得られなくなったため,矯正視力が低下した.低下した視力でなおよく見ようとする努力が眼の疲労を誘発していた可能性がある.対処:SCLの装用を中止して,眼鏡装用に戻した.結果:SCL装用前の状態に回復し,問題はなくなった.筆者コメント:矯正視力が不良な強度遠視眼に起こりやすい事象である.強度屈折異常眼の場合には像の拡大縮小効果は無視できないことがある.〔症例3〕26歳,男性,事務職.主訴:VDT作業中の眼の奥の痛み,頭痛.現病歴:3カ月前にCLを使用しはじめたが,その後から眼の奥の痛みと頭痛が出てきて,仕事ができない.CL装用には問題はないといわれている.現症:視力VD=1.5×SCL(n.c.),VS=1.5×SCL(n.c.).オーバーレフ値はR)S+0.25DC0.25D90°,L)S+0.25DC0.50D80°.裸眼のオートレフ値はR)S10.25DC0.50D10°,L)S11.50DC0.75D170°.所持眼鏡レンズ屈折力はR)S9.00D,L)S10.50D.所持眼鏡レンズによる矯正視力はVD=0.8×OG(1.2×OG=1.00D),VS=0.8×OG(1.2×OG=1.00D).装用中のSCL屈折力はR)S9.50D,L)S10.50D.前眼部,中間透光体および眼底に異常なし.SCL装用状態での両眼同時雲霧法の結果,Vbl=1.5×SCL[R:±0.00D,L:±0.00D].問題点:所持眼鏡レンズ度数はわずかに低矯正であるが,処方されたSCLはほぼ完全矯正である.近視眼を眼鏡で矯正しているときには,近くを見るために必要な実際の調節量よりも少ない調節量ですむが,CL矯正では実際の調節量をそのまま発揮しなければならない.さらに,本症例では眼鏡がわずかに低矯正状態であることから,VDT作業中には眼鏡で矯正していたときに比べて,強い調節量を必要とするようになったためである.対処:SCL屈折力をR)S7.50D,L)S8.5Dに変更した.結果:処方後オーバーレフ値はR)S1.25DC0.25180°,L)S1.00DC0.50180°.視力はVD=0.9×SCL,VS=0.8×SCL.両眼SCL視力はVbl=1.0×———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008953(49)オケージョナル装用*で快適に装用できる.筆者コメント:軽度中等度の近視眼が裸眼で近業を行うことは,強度近視眼の見かけの調節力以上に調節に関して負担が少なくなっている.眼鏡を掛けたり外したりしている症例は,調節にかかる負担を考慮して,CLの処方と装用指導を行う必要がある.*オケージョナル装用:CLを普段は装用しないで,外出時やスポーツなどを行うときのみに装用するCL使用方法をいう.パートタイム装用ともいう.おわりにCL装用者で眼精疲労を訴える症例は非常に多く,増加の一途にあるように感じる.視力補正だけを考えた安易な処方が原因のように思われる.合わないCLが処方されたために,原因不明の眼精疲労と診断され,多くの医療機関を転々と受診している症例に遭遇することが多々ある.CLの処方には視機能全体を見据えて矯正できる知識が必要不可欠であると考える.文献1)梶田雅義,山田文子,伊藤説子ほか:両眼同時雲霧法の評価.視覚の科学(日本眼光学学会誌)20:11-14,1999眼など,眼位異常が関係した眼精疲労は多い.〔症例5〕33歳,女性,事務職.主訴:眼の疲れ,頭痛,肩こり.現病歴:1カ月前からCLを使用しはじめた.2週間前頃から眼の疲れがひどくなってきた.現症:視力はVD=1.2×SCL(n.c.),VS=1.2×SCL(n.c.).オーバーレフ値はR)S0.50DC0.2580°,L)S0.25DC0.50110°.所持眼鏡レンズ屈折力はR)S1.50D,L)S1.75D.装用中のSCL屈折力はR)S1.50D,L)S1.75D.前眼部,中間透光体および眼底に異常なし.両眼同時雲霧法の結果,Vbl=1.5×SCL[R:0.25D,L:0.25D].SCL作製前は,眼鏡の使用は通勤や外出時のみで,VDT作業中は裸眼で行っていた.問題点:軽度の近視眼で,VDT作業中は裸眼で過ごしていたため,作業中に調節量をほとんど発揮していなかったと考えられる.これをCLで矯正したために,VDT作業中に常に一定の調節量を維持しなければならなくなったことが,眼精疲労の原因と考えられる.対処:SCLを1日使い捨てレンズに変更し,休日のみの装用に改めた.結果:ウィークデーはCLを使用せず,作業中はこれまでどおり,裸眼で行ったほうが快適である.SCLは

コンタクトレンズ上の眼圧測定

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSおよび球面SHCLについて,CL装用上と裸眼上のNCT測定値の比較を行った.その結果,SHCL上の測定値は裸眼上の測定値よりも平均0.9mmHg低く,高含水従来素材SCL上の測定値は,球面SCL,乱視用SCLでそれぞれ裸眼上よりも2.0mmHg,1.6mmHg低いという結果が得られた(表2).従来の報告と異なる結果となったが,今回使用したNCTとGATの,裸眼についての測定結果を比較すると,「NCT測定値=(GAT測定値×0.98)1.45」の式で一次回帰される良い相関(r=0.87,n=30,p<0.001)を示しており,NCTの不良が原因とは考えられない.NCTの機種による圧平状態や角膜反射光測定装置,眼圧算出方式の違いなどが原因となって,この差が得られたものと考えられる.したがって裸眼上のNCT測定値とSCL上の測定値の差は,NCTの機種について個別に検討する必要があるが,今回の結果においても裸眼上測定値との差は平均2.0mmHg(従来素材球面SCLの場合)以下であった.GATによる測定値にも角膜厚,角膜曲率や角膜のヤング率の影響によって3mmHg程度の偏差が生ずるといわれており8),スクリーニングとして使用する限りは問題ない範囲の誤差である.したがって,SCLの中心厚さが極度に大きくなる強度遠視,無水晶体眼用のSCLは別として,近視用および乱視用の従来素材SCLおよびSHCL上のNCTによる眼圧測定値は,スクリーニング用として問題ない精度が得られると考えられる.コンタクトレンズ(CL)装用者の眼圧を測定するたびにCLを着脱することは,診療上手間がかかるだけでなく,外したCLの管理や清潔の保持,感染予防なども問題となる.消毒を必要としないハードCLはまだよいが,ソフトCL(SCL),脱後に再装用できない使い捨てSCLは問題であり,1日使い捨てSCLなどの普及に伴って,CLを外して眼圧を測定することが困難なケースの増加が予想される.眼圧のスクリーニング測定用として広く用いられている空気圧を用いた非接触式眼圧計(NCT)は,角膜からの反射光強度の変化によって圧平の程度を推測しており,Goldmann圧平眼圧計(GAT)と違って一定の面積を圧平している保証はない.このためNCTはスクリーニング用として位置づけられており,逆にいえばある程度信頼できる値が得られるのであれば,CLを装用したままNCTを使用しても許されることになる.空気圧による変形がほとんど得られないハードCLについてはCL上の測定は不可能であるが,CLの着脱が問題となるSCL上の眼圧測定は可能である.NCTによるSCL上の眼圧測定については,Rubensteinら1)をはじめとしていくつかの報告がなされており,SCLがさほど厚くなければ裸眼上の測定値と差がないことが示されている(表1).しかし,球面SCLについてのデータであり,乱視用SCLやシリコーンハイドロゲルCL(SHCL)についての報告は見当たらない.そこで,従来素材の乱視用SCL(41)945眼53000011311眼特集●コンタクトレンズ・ここが知りたいあたらしい眼科25(7):945947,2008コンタクトレンズ上の眼圧測定TonometryoverContactLenses稲葉昌丸*———————————————————————-Page2946あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(42)3)竹内麗子,山本良,桑山泰明ほか:ソフトコンタクトレンズ装用の眼圧測定値に及ぼす影響.日眼会誌95:869-872,19914)SchibiliaGD,EhlersWH,DonshikPC:Theeectsoftherapeuticcontactlensesonintraocularpressuremeasurement.CLAOJ22:262-265,19965)中村明美,松本拓也,牧野弘之ほか:連続装用ソフトコン文献1)RubensteinJB,DeustchTA:Pneumatonometrythroughbandagecontactlenses.ArchOphthalmol103:1660-1661,19852)稲毛和,布出優子,前谷悟ほか:ソフトコンタクトレンズ装用下での眼圧測定.日コレ誌32:30-33,1990表1NCTによるSCL上眼圧測定値と裸眼上測定値との差報告者装用SCL含水率中心厚SCL素材デザイン裸眼上測定値との差RubensteinJBetal1)低含水0.18mm従来素材*バンデージ差なし稲毛和ほか2)低含水0.0350.11mm従来素材球面差なし低含水0.16mm従来素材球面SCL上のほうが15mmHg高い竹内麗子ほか3)低含水0.120.18mm従来素材バンデージ差なし高含水0.54mm従来素材球面SCL上のほうが24mmHg高いSchibiliaGDetal4)低含水0.035mm従来素材球面差なし高含水0.110.21mm従来素材球面差なし中村明美ほか5)低含水0.035mm従来素材球面差なし羽生田俊ほか6)低含水0.0260.19mm従来素材球面差なし高含水0.070.19mm従来素材球面差なしPatelSetal7)高含水0.30mm以下従来素材球面差なし高含水0.61.73mm従来素材球面SCL上のほうが735mmHg高い*:「従来素材」はシリコーンハイドロゲル以外のSCL素材を示す.表2稲葉眼科におけるSCL上NCT測定結果SCL素材デザイン例数裸眼上測定値との差従来素材・高含水球面10例20眼SCL上のほうが2.0mmHg低い(p<0.001)従来素材・高含水乱視用36例72眼SCL上のほうが1.6mmHg低い(p<0.001)シリコーンハイドロゲル・低含水球面59例118眼SCL上のほうが0.9mmHg低い(p<0.001)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008947(43)measurementofintra-ocularpressure.ContactLens&AnteriorEye27:33-37,20048)LiuJ,RobertsCJ:Inuenceofcornealbiomechanicalpropertiesonintraocularpressuremeasurement:Quantitativeanalysis.JCataractRefractSurg31:146-155,2005タクトレンズ装用下での眼圧測定値の信頼性.あたらしい眼科16:855-857,19996)羽生田俊,山田彪史,小野佐世子:非接触型眼圧計によるソフト・コンタクトレンズ装用眼の眼圧測定.日本の眼科74:123-126,20037)PatelS,IllahiW:Non-contacttonometryoversoftcontactlenses:eectofcontactlenspowerontheお方:おとりつけの,また,そののない場合は接あてください.メディカル葵出版あたらしい眼科Vol.25月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術Vol.21(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)(4冊)(送料弊社負担)日本眼科手術学会誌特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障・眼感染アレルギーなど)/新しい治療と検査/眼科医のための先端医療他【その他】トピックス・ニュース他毎号の【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他社〒1130033東京都文京区本郷2395片岡ビル5F振替00100569315電話(03)38110544://www.medical-aoi.co.jp

コンタクトレンズと波面センサー

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLS避けて通れないのが,波面収差(wavefrontaberration)と高次収差(higher-orderaberration)である(図1).これまで習ってきた屈折検査では,眼鏡で矯正可能な球面度数と乱視度数ですべての屈折状態を表し,眼鏡で矯正しきれない屈折状態を不正乱視と表現してきた.しかし,これらの屈折状態はすべて波面収差という一つの概念で表現できる.まず,ある焦点距離で光が収束する1枚の球面レンズがある場合,そのレンズを通る光は厳密には1点では収束せず,レンズを通る光の高さによって焦点距離が異なる.このように光が“収束”する距離に“差(ズレ)”がある状態を“収差”という.さらに,その高さ方向で同時に進んでくる光の位置を面で結ぶと光面が波のように次々と進んでいくと考えられるので,これを“波面”という.そこで,理想的に収差がゼロなレンズを通る波面を基準とした場合(理想波面),収差が存在するときは理想波面からのズレが生じると考え,これを“波面収差”という.波面収差は,部位によってズレる方向(速く前進するか,遅く後退するか)や量(単位:μm)が異なり,通常は解析する瞳孔領内で二乗平均平方根(rootmeansquare:RMS)した値で表される.この波面収差を測定し評価することを“波面収差解析”という.波面収差はすべての屈折状態を含むため,眼鏡で矯正可能な波面収差成分(低次収差:球面,乱視)と,眼鏡で矯正できない波面収差成分(高次収差:コマ収差,球面収差など)に分けて考える.単純な一つの音や水面の波が重なり合って(合成)複雑な音や波が生まれるのはじめに医療技術の発展とともに,その結果や過程を評価する指標としてqualityoflife(QOL)が重要視されるようになり,患者に対していかに根拠に基づく医療(evidencebasedmedicine)が行われたかが問われる時代となっている.コンタクトレンズが取り扱われる眼科医療においても視覚関連QOLが厳しく問われる時代となり,患者から要求されるより高い要求に対応可能な検査やコンタクトレンズの処方および光学デザインの開発も求められるようになってきた.今や1,700万人ともいわれるコンタクトレンズ装用者に対し適切な処方を行うためには,各種コンタクトレンズタイプの光学特性を十分に理解するとともに,視力値では測定しえない視覚の質(qualityofvision:QOV)を評価することが臨床上重要となってきている.このような要求に一役買うのが本稿で解説する波面センサー(wavefrontsensor)である.ここでは,コンタクトレンズの光学特性の理解と処方に役立つ波面センサーについて解説するとともに,波面収差解析からわかる各種コンタクトレンズの視覚の質の違いや収差(aberration)をコントロールして視覚の質を積極的に向上させる最新の光学デザインの研究についても述べる.I視覚の質の評価1.波面収差と高次収差視覚の質やコンタクトレンズの光学特性を考える際に(33)937AakiSakiaokiMaea565087122特集●コンタクトレンズ・ここが知りたいあたらしい眼科25(7):937944,2008コンタクトレンズと波面センサーContactLensesandWavefrontSensor洲崎朝樹*前田直之**———————————————————————-Page2938あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(34)は劣り,少ないほど光学性に優れていると判断する.2.波面センサーとは一般的に使われているオートレフラクトメーターは約3mm径のリングを対象とし,眼鏡で矯正可能な球面・乱視の度数値のみしか測定されないが,波面センサーは瞳孔領全体を対象とし,眼鏡で矯正不可能な不正乱視まと同様に,単純な光学的な波面(球面や乱視,コマ収差など)の合成結果が屈折全体の光学的な波面収差と考えることができる.波面収差解析とは,合成されている波面収差を逆に各波面成分に分解して評価することであり,その分解方法にZernike多項式を用いると臨床的に有用な収差量が得られる(図2).通常,波面収差解析では高次収差のみを評価し,その収差量が多いほど光学性理想波面光線直進する光線が屈折する考え方波面同じ時間で進んでくる光線の束を面として捉え,その面が形を変えていく考え方収差光の収束する距離に差があるズレの二乗平均平方根RMS(μm)実波面波面収差理想波面からのズレ球面レンズ図1波面収差の概念1-0-5-4-3-2-10123451-1-5-4-3-2-10123452-0-5-4-3-2-10123452-1-5-4-3-2-10123452-2-5-4-3-2-10123453-0-5-4-3-2-10123454-0-5-4-3-2-10123453-1-5-4-3-2-10123453-2-5-4-3-2-10123453-3-5-4-3-2-10123454-1-5-4-3-2-10123454-2-5-4-3-2-10123454-3-5-4-3-2-10123454-4CHk0aC2-2:斜乱視:球面:球面:球面収差:球面収差:縦コマ収差:縦コマ収差:直(倒)乱視:直(倒)乱視:横コマ収差:横コマ収差Cnmmn眼鏡で補正可能(低次収差)眼鏡で矯正不可能(高次収差)図2Zernike多項式ピラミッドと高次収差の概念———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008939(35)がら,各種コンタクトレンズ装用時の視覚の質の違いを波面収差解析から説明する.1.ハード系とソフト系(トーリック含む)の高次収差図3はコンタクトレンズ使用者の裸眼を波面センサーで測定した例である.上段は,左からmire像,axialpowerの角膜カラーコードマップおよび角膜前面の高次収差マップである.下段は,左からHartmann像,眼球の全収差マップおよび眼球の高次収差マップである.角膜カラーコードマップは垂直に暖色(曲率半径が小さい)の蝶ネクタイパターンで直乱視を示しているが,眼球の全収差マップも垂直方向の屈折勾配がきつい横楕円パターンを示していることから,屈折全体が角膜乱視に起因する近視性直乱視(sph6.16D(cyl2.16DAx175°)であることがわかる.また,角膜前面と眼球の高次収差マップが同様のパターンを示していることから,眼球の高次収差は角膜前面由来であると推測できる.この症例に各種コンタクトレンズを処方して波面収差解析を行った結果を図4に示す.トーリックソフトコンタクトレンズの処方とハードコンタクトレンズの処方を行った場合,全収差マップはほぼ均一な緑で正視になっていることがわかるが,眼球の高次収差マップをでが高次収差として定量的に測定される1).さらに,その測定データから患者の網膜像に相当するシミュレーション光学像が表示されるため,これまで患者本人しか知りえなかった見え方を第3者が擬似的に把握できるようになった他覚的屈折検査機器である.波面センサーは,測定原理の違いやメーカーによって機能が異なるが,ここでは短時間に精度よく測定できるHartmann-Shack型波面センサーを取り上げる.また,コンタクトレンズの評価には角膜形状(コンタクトレンズ装用上からの測定時ではコンタクトレンズの表面形状)と眼球の両者を同時に測定および波面収差解析できる装置が望ましく,この条件を満たす装置の一つにKR-9000PW(トプコン)がある.KR-9000PWが提供するデータは,処方後の視力不良がどの部位(コンタクトレンズ,角膜前面・後面,水晶体など)に起因するのかを探り当てたり,どのコンタクトレンズタイプ(ハードレンズかソフトレンズか,近視・遠視用か乱視用など)が有効な矯正方法かを裸眼データから判断するうえでの客観的な判断材料とすることができる.IIコンタクトレンズ装用時の高次収差では,実際に波面センサーで測定した結果を提示しな像像角膜トポグラフィー角膜の高次収差眼球の全収差眼球の高次収差図3コンタクトレンズ使用者の裸眼撮影例(Hartmann-Shack型波面センサー,KR-9000PW,トプコン)———————————————————————-Page4940あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(36)比較するとトーリックソフトコンタクトレンズのほうがハードコンタクトレンズよりもマップが不均一で高次収差が多いことがわかる.この違いは,axialpowerマップ(ここではコンタクトレンズ表面形状のaxialpowerマップを見ていることになる)を見ると明らかで,トーリックソフトコンタクトレンズでは裸眼角膜のaxialpowerマップに類似したマップが見られるのに対し,ハードコンタクトレンズでは均一なマップが得られていることから,素材の硬さに起因する角膜乱視の矯正能力の違いが眼球の高次収差に影響を及ぼしたと考えることができる.同様に,1D以上の乱視眼(9例15眼)にハードコンタクトレンズとトーリックソフトコンタクトレンズを処方したときの視覚の質をlogMAR(コントラスト100%,10%)と自覚アンケートおよび波面センサーで評価した結果を示す.自覚アンケートで約半数がトーリックソフトコンタクトレンズよりもハードコンタクトレンズの見え方のほうが良いと回答しているにもかかわらず(図5)logMARでは有意差を認めない(図6)が,波面収差解析ではハードコンタクトレンズのほうが高次収差コンタクトレンズ表面のトポグラフィーコンタクトレンズ表面の高次収差眼球の全収差眼球の高次収差HCLToric-SCL図4同一眼にHCLとToricSCLを装用したときの波面収差解析結果の例HCL:ハードコンタクトレンズ.Toric-SCL:トーリックソフトコンタクトレンズ.74020201313図5HCLとToricSCLの見え方を比較したアンケート結果(n=15):HCLのほうが明らかによい:HCLのほうがややよい:同等:Toric-SCLのほうがややよい7%40%20%20%13%13%:Toric-SCLのほうが明らかによい100%10%コントラストlogMAR0.300.200.100.00-0.10-0.20-0.30-0.40図6HCLとToricSCLのlogMARを比較した平均結果(n=15)◆:HCL,□:Toric-SCL.統計的な有意差なし(p>0.05,Pairedt-test).———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008941(37)与える因子が詳細に論じられるようになった24).波面収差解析結果を念頭に置きつつコンタクトレンズ装用中の視覚の質を評価し,より収差の少ない光学デザインや処方方法の研究を進めていくことは,視覚の質がますます問われる現代の眼科診療においてきわめて重要なことである.すでに,眼の球面収差を補正する非球面デザインが夜間コントラスト感度を向上するという報告5)や,潤い成分配合の材料が開瞼中の高次収差を安定化するという報告6)などがあり,さらには,より積極的に個々人の高次収差をカスタムメイドで補正する研究7)も進んでいる.ここでは,筆者らが進めている光学デザインの研究について述べる.1.フィッティングと高次収差コンタクトレンズ処方の観点では,瞬目による適度な動きと角膜のほぼ中央への安定が得られるフィッティングを良しとするが,この“適度な”と“ほぼ”という曖昧さが光学的には大きな影響を及ぼす.通常,コンタクトレンズ単体の光学性能は幾何中心を軸に定められた度数に合わせて収差が最小となるよう最適化されている.しかし,コンタクトレンズの安定位置や瞬目による動き量は人によって異なり,ハード系であれソフト系であれ常に角膜中心に位置しているものではない.そのため眼の視軸がコンタクトレンズの幾何中心をズレれば設計通りの効果が得られにくくなる.視覚の質が向上するようは有意に少なく(図7),自覚的にも他覚的にも視覚の質が高かった.このように,波面センサーを用いて波面収差解析を行えば,通常の視力検査では区別できなかった視覚の質の違いを高次収差として定量的に把握することができる.視覚の質を追求する時代にあっては,このような各種コンタクトレンズの光学特性の微妙な違いを理解し,より患者の要求やライフスタイルに合ったコンタクトレンズの選択を心がけるべきであろう.III高次収差を軽減する光学デザインさて,眼の波面収差が臨床現場で簡単に測定できるようになった結果,コンタクトレンズの光学性能に影響を0.000.050.100.150.200.25RMS(m)次収差次収差高次収差の****図7HCLとToricSCLの屈折高次収差を比較した平均結果(n=15):裸眼,:Toric-SCL,:HCL.*:p<0.05,Turkeymethod.球面デザインズレ0°非球面デザインA非球面デザインBズレ0°ズレ10°ズレ0°ズレ10°C40C3-10.040.000.000.000.000.220.040.000.040.02光学像図8光学シミュレーションによる眼の視軸とコンタクトレンズの幾何中心のズレが高次収差に及ぼす影響光学設計ソフトZEMAX(ZemaxDevelopmentCorp.,WA,USA)を用いてコンピュータ上に“コンタクトレンズ/涙液/眼球光学系”の装用モデルを構築し,収差設計が異なるデザインの光学特性を高次収差やLandolt環のシミュレーション光学像で評価した.眼球光学系にはGullstrand模型眼(休調状態)を使用した.———————————————————————-Page6942あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(38)が定まらない光学系では大変むずかしい課題である.2.フィッティングを考慮した収差補正デザイン筆者らはコンタクトレンズ特有とも言えるアライメントのズレや変動を考慮した光学デザインについて研究を進めてきた.ここでは,コンピュータシミュレーションによりコンタクトレンズの幾何中心が眼球モデルの視軸と10°ズレた条件下で高次収差が軽減するよう設計した非球面デザインBの結果を示す(図8).視軸と一致した条件下では非球面デザインAに比べ球面収差C40が若干残存しているもののシミュレーション光学像で差を認めるほどではないのに対し,10°ズレの条件下ではコマ収差の明らかな減少と像質の改善が認められた.このことから非球面デザインBは,コンタクトレンズの安定位置の変動によらず安定した視覚の質が得られることが予想される.そこで,20名40眼の健常眼を対象に非球面デザインAとBのハードコンタクトレンズを装用したときの視覚の質をlogMARと波面センサーで評価し,どちらが臨床的に有効性なデザインかを確認した結果を示す.すると,ローパワー(4.00D)では有意な差は認められなかったものの,ハイパワー(10.00D)では非球面デザインBのほうが高次収差で有意に少なかった(図9).さらに,両レンズ間の安定位置を調べる高次収差を適正に軽減させるには,このようなコンタクトレンズの幾何中心と眼の視軸とのアライメントが重要になってくる.では,このアライメントのズレがコンタクトレンズ装用眼の高次収差にどのような影響を及ぼすのだろうか.ここでは,コンピュータシミュレーションにより眼球モデルの視軸とコンタクトレンズの幾何中心を一致させた条件下で高次収差が軽減するよう設計した非球面デザインAが角膜上で10°ズレたときに変化する高次収差を調べた(図8).視軸と一致した条件下では球面デザインに比べ球面収差C40の減少とLandolt環のシミュレーション光学像に像質の向上が認められるのに対し,10°ズレの条件下ではコマ収差C31の増加と明らかな像質の低下が認められ,コンタクトレンズの安定位置の変動によって視覚の質が変動することが予想される.これは,レーザー屈折矯正手術眼でのアライメントのズレや眼内レンズ挿入眼での眼内での偏位によって高次収差が増加することと同種である.このように,高次収差を軽減させるには補正される対象側(眼の視軸)と補正する手段側(コンタクトレンズの幾何中心)とのアライメントが大変重要である.しかし,屈折矯正手術や眼内レンズでは術中のアライメント精度を高めればある程度解決できるが,コンタクトレンズのように常にアライメント-10.00-4.000.000.100.200.300.400.500.60RMS(μm)0.000.100.200.300.400.500.60RMS(μm)-4.00-10.00***ab図9フィッティングを考慮した収差設計が眼球の高次収差に及ぼす影響(n=40)a:mire像によるフィッティング分類で中央安定群.b:mire像によるフィッティング分類で中央外安定群.:裸眼,:非球面デザインA(幾何中心のみで収差補正した設計),:非球面デザインB(視軸と幾何中心のズレを考慮して収差補正した設計).*:p<0.05,Turkeymethod.———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008943と同等であったにもかかわらず非球面デザインBは非球面デザインAよりもコマ収差で有意に低下し(図10),自覚とも相関する結果が得られていることがわかった(図11).このように,難題と思われたコンタクトレンズのアライメントのズレを考慮して高次収差をコントロールすることは理論上可能であり,臨床的にも有用な結果が得られている.IV波面センサー測定時の留意点最後に,コンタクトレンズ装用時の波面センサー測定における留意点を述べておく.前述のとおり,コンタクトレンズ装用時の視覚の質を評価するには,安定位置を把握しつつ波面収差解析を行うことが重要である.便利なことにKR-9000PWではmire像からコンタクトレンズの安定位置をある程度把握することができる.ハードコンタクトレンズのエッジは比較的見つけやすいが,通常は角膜反射ピントを合わせて測定を行うため角膜輪部付近ではピントが合わず,特にソフトコンタクトレンズ装用時のエッジを見つけ出すことは困難である.そこで,片眼最高6回測定できるうちの,たとえば最後の1回を角膜周辺にピントを合わせて撮影しておくと波面収差解析の際に安定位置を把握しやすい.スリットランプと併用してもよいが,同一測定条件下での安定位置を把握できるほうが望ましい.おわりに波面センサーによる波面収差解析や高次収差を補正する光学デザインについては屈折矯正手術や眼内レンズとリンクして考えがちであるが,コンタクトレンズにおいても,通常の視力検査では表現できない視機能の差を他覚的に評価できれば,視覚の質をよりいっそう向上させることが可能である.今後,波面収差解析結果を踏まえてさらに研究が進めば,今回紹介できなかった老視用などの付加価値コンタクトレンズや円錐角膜用などの特殊(39)図11中央外安定群における非球面デザインAとBの見え方を比較したアンケート結果(n=29)a:見え方の鮮明さ.b:見え方の安定性.:非球面デザインBのほうが明らかによい.:非球面デザインBのほうがややよい.:同等.:非球面デザインAのほうがややよい.14%34%45%7%21%24%55%ab:非球面デザインAのほうが明らかによい.14%34%45%7%21%24%55%ab?????????????????????????????????????゜90゜180゜270゜0.600.600.600.60(m)ab——–図10中央外安定群におけるコマ収差と安定位置(n=29)a:コマ収差のZernikeベクトル解析,b:コンタクトレンズの安定位置(瞳孔中心を基点).▲:非球面デザインAの平均コマ収差(0.26±0.12μm,軸)と平均安定位置(0.54,0.36).◆:非球面デザインBの平均コマ収差(0.18±0.12μm)と平均安定位置(0.59,0.29).非球面デザインBのほうが有意にコマ収差は少なかった(p<0.05,Pairedt-test)が,安定位置に有意な差は認められず同等であった.———————————————————————-Page8944あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008コンタクトレンズにおいてもさらなる視覚の質の向上が望めるであろう.文献1)前田直之,大鹿哲郎,不二門尚編:角膜トポグラファーと波面センサー.メジカルビュー社,20022)洲崎朝樹,前田直之,不二門尚:コンタクトレンズの光学特性とQualityofVision.視覚の科学27:3-11,20063)前田直之:コンタクトレンズと高次収差,あたらしい眼科24:1467-1472,20074)根岸一乃:波面収差解析のCL矯正への応用波面収差からみたコンタクトレンズ矯正の特徴.日コレ誌48:198-200,20065)糸井素純:前面非球面デザインの効用.日コレ誌48(補遺):S1-S6,20066)KohS,MaedaN,HamanoTetal:Eectofinternallubri-catingagentsofdisposablesoftcontactlensesonhigher-orderaberrationsafterblinking.EyeContactLens34:100-105,20087)ThibosLN,ChengX,BradleyAetal:Designprinciplesandlimitationsofwave-frontguidedcontactlenses.EyeContactLens29(1S):S167-S170,2003(40)コンタクトレンズフィッティングテクニック【著】小玉裕司(小玉眼科医院院長)CLの処方に必要な角膜・涙液・屈折矯正・その他の知識/CLの選択/ハードCLの処方/フルオレセインパターンの判定方法と注意点/レンズデザインと角膜形状/ベベル・エッジのチェック/SCLの処方・種類・選択/CLと定期検査・眼障害/HCLの修正/修正によるHCLの苦情処理-くもり・充血・異物感・視力/SCLの苦情処理-くもり・かすみ・視力低下・異物感・眼痛・流涙・充血/乱視に対するCLの処方/ドライアイ/ラウンドコルネア/カラーCL/治療用SCL/無水晶体眼・乳幼児と小児に対するCLの処方/光彩付きCL・義眼CLの処方/ハード・ソフトタイプバイフォーカルCLの処方/HCLのカスタムメイドの処方/CLと点眼薬/CLとケア用品/●ワンポイントB5判総152頁カラー写真多数収載定価8,400円(本体8,000円+税400円)メディカル葵出版〒113─0033東京都文京区本郷2─39─5片岡ビル5F振替00100─5─69315電話(03)3811─0544■内容目次■この本があれば,明日からのコンタクトレンズ診療は安心して出来る!株式会社

シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズと連続装用

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSI連続装用シリコーンハイドロゲルCLの種類海外では前述のNIGHT&DAYRとPureVisionRが1カ月間連続装用CLとして発売されているが,これらは終日装用CLとしても使用されている.CIBAVision社のO2OPTIXTMとJohnson&Johnson社のACUVUEROASYSTMは2週間終日装用CLとして発売されているが,1週間連続装用CLとしての使用も可能である.わが国においては,CIBAVision社のNIGHT&DAYRがO2オプティクスという名称で1カ月間終日装用として発売されているが,最近,連続装用の認可も得ている.また,Bausch&Lomb社のPureVisionRがピュアビジョンの名称で1週間連続装用CLとして発売されているが,終日装用も認可を得ている.1.O2オプティクス(チバビジョン社製)O2オプティクスの物性,規格を表1に示す.レンズの表面処理はメタンプラズマコーティングが行われている.+5.0Dの遠視から10.0Dの近視に対応している.2.ピュアビジョン(ボシュロム社製)ピュアビジョンの物性,規格を表2に示す.レンズ表面処理は酸化プラズマコーティングが行われている.+3.0Dの遠視から9.0Dの近視および近視性乱視に対応している.ピュアビジョンは海外では1カ月間の連続装用CLとして発売されているが,日本における治験の際,はじめにシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(シリコーンハイドロゲルCL)は,従来のソフトコンタクトレンズ(SCL)に比較して,510倍の酸素透過性を有している1).海外では1998年にCIBAVision社からNIGHT&DAYRが,1999年にBausch&Lomb社からPureVisionRが1カ月間の連続装用コンタクトレンズ(CL)として発売され普及した.しかし,1カ月間の連続装用を継続するのは困難な場合もあり,次第に終日装用の割合も増してきている.CL装用者にとって,安全で快適な連続装用ができるのであれば,それが理想的なライフスタイルになるであろう.強度近視や強度乱視を有している場合,CLをはずしてしまうと,そのままでは遠見のみならず近見も不自由で,眼鏡にても十分な視力が得られない場合もある.また,社会生活も多様化してきており,CLの装用時間も不規則になりがちであり,オーバーウェアや装用したままの睡眠などで,しばしばトラブルが生じることがある.医師,看護師などの医療従事者,救急救命隊員,消防士など急な対応に迫られる職種に就く者や授乳中の母親などにとっても,屈折異常を有する場合,連続装用CLは有難い存在となる.さらに,治療用CLとしても,シリコーンハイドロゲルCLは高い期待が寄せられる存在である.(27)93110012115459特集●コンタクトレンズ・ここが知りたいあたらしい眼科25(7):931935,2008シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズと連続装用ExtendedWearUseofSiliconeHydrogelContactLenses小玉裕司*———————————————————————-Page2932あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(28)く,角膜への癒着が少ない高酸素透過性のシリコーンハイドロゲルCLの製造が可能になった.安全で快適なシリコーンハイドロゲルCL連続装用の条件としては,汚れにくいこと,乾燥しにくいこと,角膜に機械的刺激を与えて角膜感染症を誘発するCLの角膜への吸着が少ないことなどがあるが,表面処理によってこれらの条件は満足されたといえる.2.高酸素透過性CLを連続装用しているときに,睡眠後の角膜浮腫を生理的な範囲(4%)に抑えるには,酸素透過率(Dk/L)は87.0×109(cm/sec)・(mlO2/ml×mmHg)が必要とされている2).O2オプティクスもピュアビジョンも酸素透過係数(Dk値)はその基準値を大きく超えている.従来のSCLによる連続装用においては,レンズの酸素透過性が低くて低酸素による角膜浮腫のみならず,角膜細胞浸潤,角膜血管新生,充血,角膜感染症などの合併症が問題となっていた.日本コンタクトレンズ協議会が行ったアンケート調査によると,1週間連続装用ディスポーザブルSCLの眼障害発生率は15.5%であり,2週間頻回交換SCLの9.6%,1日終日装用ディスポーザブルSCLの3.3%と比較すると,かなり高い発生率となっている3).シリコーンハイドロゲルCLの高い酸素透過性は,従来のSCL装用による低酸素がひき起こしていたような角膜上皮菲薄化や細菌の付着を抑える4)ので,連続装用CLとしての安全性に期待がもてる.3.レンズデザインO2オプティクスは海外での発売当初,前面・後面ともに球面デザインであったが,日本での治験の際に角膜障害が問題となり,前面・後面を非球面デザインに変更したとのことである.ピュアビジョンはエッジ部分を前後面対称の流線形状(ティアストリームデザイン)にし,レンズの角膜への張り付きを軽減する工夫をしている.4.終日装用現在,O2オプティクスは最長1カ月,ピュアビジョンは最長1週間の連続装用の認可を得ているわけであるが,いずれも終日装用も可能であることは,快適性や安4週間連続装用の達成率は41%であったのに対して,1週間連続装用の達成率は98%であったことを考慮して,1週間連続装用CLとして発売することに踏み切ったとのことである.II連続装用シリコーンハイドロゲルCLの条件1.表面処理シリコーンハイドロゲルCLは高い酸素透過性を有しているが,その素材はハイドロ相に水を含んだゲルであり,レンズの表面は疎水性である.そのために,レンズ表面は何らかの処理をして親水性にしなければCLとしての使用は不可能である.プラズマコーティングなどの表面処理を施すことによって,汚れにくく,乾きにく表1O2オプティクスの物性・規格表レンズ素材USAN:LotralconA含水率24%酸素透過係数(Dk*)140酸素透過率(Dk/L**)175直径13.8mmベースカーブ8.4,8.6mm球面度数+5.0010.0D*Dk:酸素透過係数〔×1011(cm2/sec)・(mlO2/ml×mmHg)〕.**Dk/L:酸素透過率〔×109(cm/sec)・(mlO2/ml×mmHg)〕.表2ピュアビジョンの物性・規格表レンズ素材USAN:BalalconA含水率36%酸素透過係数(Dk*)91酸素透過率(Dk/L**)110直径14.0mmベースカーブ8.6(球面レンズ),8.7mm(トーリックレンズ)球面度数+3.0012.0D(球面レンズ)+0.009.0D(トーリックレンズ)円柱度数0.75D,1.25D,1.75D,2.25D円柱軸10°,20°,80°,90°,100°,160°,170°,180°*Dk:酸素透過係数〔×1011(cm2/sec)・(mlO2/ml×mmHg)〕.**Dk/L:酸素透過率〔×109(cm/sec)・(mlO2/ml×mmHg)〕.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008933(29)が低い症例,アレルギー性結膜炎やドライアイを有した症例,周辺部角膜形状が扁平化の強い症例(epithelialsplittingが生じやすいと推察される)などがあげられる.3.ユーザー指導法先ずは,終日装用も必要になる場合があるので,ケア用品を購入させ,ケア方法を指導しておく.レンズを装用する前には必ずしっかり手洗いをさせる.手洗い後はタオルやティッシュで手を拭くことを避けさせる(タオルやティッシュの線維が手からレンズへ付着しないように).装用直後に異物感や違和感があった場合は,すぐにレンズをはずしてすすぎ洗いをさせ,その後に装用し直させる.連続装用中に,レンズをはずしたくなった場合は,人工涙液の点眼薬を使用させる.それでも,はずしたくなったら,無理に連続装用せずに終日装用に切り替えさせる.このようにして最初の1週間を過ぎたあたりから,次第に連続装用の快適性が向上することを,あらかじめ理解させておくとよい.また,1日1回は自分の眼を観察し,充血や角膜に白点がないか,レンズが汚れていないかなどをチェックするように指導する.異物感や充血や眼痛などの不都合が生じた場合は,すぐにレンズをはずして眼科受診をするように,そして,調子がよくても必ず定期検査に来るように指導する.IV治療用CLとしての連続装用シリコーンハイドロゲルCL治療用SCLの角膜上皮再生促進や保護,疼痛軽減,前房形成と維持,乾燥予防としての効果が期待できて,しかも比較的処方が容易な疾患は水疱性角膜症,糸状角膜症,反復角膜上皮離,角膜裂傷,Descemet膜瘤などである.Sjogren症候群,遷延性角膜上皮欠損,再発性角膜びらんなどの難治性眼表面疾患にシリコーンハイドロゲルCLの装用が有効であったとの報告もある5).以下に筆者が実際に経験した症例を紹介する.1.糸状角膜症ドライアイによる難治性糸状角膜症(図1)にO2オプティクスを人工涙液の点眼薬を使用しながら連続装用さ全面において望ましいことである.ピュアビジョンの市販後臨床治験において,連続装用後23日目に,一度レンズをはずしたくなる症例をときどき経験した.これは連続装用への不安感なのか乾燥感などのよるものか原因はわからないが,このようなときに終日装用に切り替えることが可能であれば,装用者への心理的,経済的負担は少なくなる.III連続装用シリコーンハイドロゲルCLのユーザー選択法と指導法1.装用意欲シリコーンハイドロゲルCL連続装用を成功に導くには,まず,連続装用に対する装用意欲が高いこと,あるいは連続装用の必要性が高いことが条件としてあげられる.長時間のCL装用を余儀なくされたり,うたた寝をよくしたり(授乳中の母親などを含む),朝まで着けたままにしたりすることが多いユーザーは安全性の観点からも高酸素透過性を有するシリコーンハイドロゲルCLの連続装用を希望することが多い.朝夕の装着脱が面倒,特に朝の装用時間がないというようなユーザーも装用意欲が高い.また,近視や乱視が比較的強いユーザーも,CLをはずした後の生活の不便性や不自由感から,連続装用への意欲は高い.職業的には,医師,看護師などの医療従事者,救急救命隊員,消防士など急な対応に迫られるユーザーも必要性は高いと考えられる.2.ユーザー選択法シリコーンハイドロゲルCL連続装用を安全に継続させるためには,処方時にユーザーを連続装用の適応かどうか選択する必要がある.基本的には,終日装用SCLを快適に使用していることが条件となるが,特に,レンズの装用がスムーズに行えているかが重要である.CLを連続装用する場合,レンズに付着した汚れや病原菌がトラブルの原因の大半を占めると考えられるため,レンズを睫毛や眼瞼に触れずにスムーズに装用できることが大切であると思われるからである.シリコーンハイドロゲルCL連続装用の禁忌としては,過去のCL装用歴においてトラブルをくり返している症例,CLの取り扱い,使用法,定期検査の励行などに対するコンプライアンス———————————————————————-Page4934あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(30)ズの装脱が不可能ということもあり,O2オプティクス(遠視度数)の1カ月間連続装用にて矯正している(図3).3.角膜上皮形成術後難治性の角膜上皮疾患に対して角膜上皮形成術が施されている.術後より従来型SCLの1週間連続装用を続けてきた(図4)が,レンズの安定性が悪く,装用感に満足が得られていなかった.ピュアビジョンの発売に伴い,ピュアビジョンの1週間連続装用に切り替えたところ,レンズの安定性がよくなり装用感の満足が得られたのみならず,角膜の透明性も改善した(図5).せた.O2オプティクス装用後2日目には糸状物は消失した(図2)が,レンズは2週間連続装用させた.レンズの装用を中止して暫くは糸状角膜症の発症は認めなかったが,1カ月後に再発したので,その後は再発に応じながら1カ月間の連続装用をくり返し,レンズ装用開始から9カ月ほど経過した時点で糸状角膜症の再発は認められなくなった.この2年間ほどはヒアルロン酸ナトリウム点眼薬の使用のみで再発を認めていない.2.エキシマレーザーによる角膜表層切除後角膜の表層性混濁をエキシマレーザーにて取り除いた後,眼鏡では眼精疲労が強く,高齢者で本人によるレン図1難治性糸状角膜症人工涙液の頻回点眼,糸状物の除去によっても改善が得られなかった.図2O2オプティクス装用2週間後糸状物は消失した.図3エキシマレーザーによる角膜表層切除後眼鏡による矯正では眼精疲労が強く,O2オプティクスの1カ月連続装用にて対処した.図4角膜上皮形成術後(従来型SCLの連続装用)レンズの安定性が不良で装用感の満足が得られなかった.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008935(31)て,適応か否かをしっかり選別し,連続装用をするにあたっての指導を徹底することが重要になってくる.連続装用がCLユーザーにとっては理想的な装用形式であるとすれば,連続装用がわが国に定着するように,それにはシリコーンハイドロゲルCL連続装用において重篤な眼障害が発症しないことが大切であり,われわれ眼科医はそのための最大限の努力を惜しんではならない.文献1)CompanV,AndrioA,Lopez-AlemanyAetal:Oxygenpermiabilityofhydrogelcontactlenseswithorganosiliconemoieties.Biomaterials23:2767-2772,20022)HoldenB,MerzGW:Criticaloxygenlevelstoavoidcor-nealedemafordailyandextendedwearcontactlens.InvestOphthalmolVisSci25:1161-1167,19843)日本眼科医会医療対策部:「日本コンタクトレンズ協議会コンタクトレンズによる眼障害アンケート調査」について.日本の眼科74:497-507,20034)RenDH,YamamotoK,LadagePMetal:Adaptiveeectsof30-nightwearofhyper-O2transmissiblecontactlensesonbacterialbindingandcornealepithelium:a1-yearclinicaltrial.Ophthalmology109:27-40,20025)東原尚代:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの治療用コンタクトレンズとしての可能性.あたらしい眼科22:1339-1344,2005おわりに高酸素透過性のシリコーンハイドロゲルCLは,表面処理,デザイン面での改善などで従来のSCLに比較すると,その安全性は飛躍的に向上した感がある.連続装用への意欲や必要性の高いCLユーザーにとっては,連続装用シリコーンハイドロゲルCLの登場は望ましいものに違いない.しかし,まだシリコーンハイドロゲルCLの連続装用に対する安全性は,わが国において確立されてはいない.連続装用を希望するユーザーに対し図5角膜上皮形成術後(ピュアビジョンの連続装用)レンズの安定性,装用感ともに良好となり,角膜の透明性も改善した.

シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズとマルチパーパスソリューション,点眼薬

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLS本稿では,シリコーンハイドロゲルレンズとMPSならびに点眼薬についての最近の知見を述べる.IシリコーンハイドロゲルレンズとMPS1.日本で販売されているMPSの特徴現在,市販されているMPSの消毒成分は塩化ポリドロニウムあるいはポリヘキサメチレンビグアニド(PHMB)である.MPSは1剤で消毒,すすぎ,洗浄,保存ができることから,誤使用がない,簡便であるがゆえにコンプライアンスが高いなどの特徴があるが,他の消毒法に比べて消毒効果が弱いという問題がある.各種化学消毒剤の微生物に対する消毒効果を図1に示す14).MPSはカンジダ,アカントアメーバ,アデノウィルスに対する消毒効果が弱いので,使用にあたっては十分なこすり洗いによって微生物を機械的に除去することが求められる.2.シリコーンハイドロゲルレンズの汚れとレンズケア従来素材の含水性SCLは蛋白質が付着しやすいため,通常のケアで除去できないような蛋白質については蛋白分解酵素による洗浄が必要である.一方,シリコーンハイドロゲルレンズは従来の親水性素材にシリコーンを重合させたものであるが,シリコーンそのものは疎水性であるため脂質を付着しやすい.図2,3は18歳の女性で,従来素材の含水性SCLとはじめに日本ではシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(以下,シリコーンハイドロゲルレンズ)は,2004年にO2オプティクス(チバビジョン株式会社)が1カ月定期交換の終日装用タイプとして発売されて以来,2008年3月現在では,1週間頻回交換の終日装用あるいは連続装用タイプとして,ボシュロムピュアビジョンおよびピュアビジョン乱視用(ボシュロム・ジャパン株式会社),2週間頻回交換の終日装用タイプとしてアキュビューRアドバンスTM,アキュビューRオアシスTMおよびアキュビューRオアシスTM乱視用(ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社),2ウィークプレミオ(株式会社メニコン)が発売されている.ピュアビジョンあるいはO2オプティクスを連続装用しない限り,これらのシリコーンハイドロゲルレンズはケアを必要とする.シリコーンハイドロゲルレンズのケアにはマルチパーパスソリューション(MPS),過酸化水素製剤,ポビドンヨード製剤などの化学消毒剤(コールド消毒剤)が使用されるが,ソフトコンタクトレンズ(SCL)のケアの市場ではMPSが多くを占めている状況下,シリコーンハイドロゲルレンズとMPSの関係を考えることは意義深い.一方,コンタクトレンズ(CL)の装用時に点眼薬を使用することがある.シリコーンハイドロゲルレンズは含水性であるので点眼薬の成分が吸着する.これが臨床上問題になるかを確認することは重要である.(19)923眼眼眼75108721115眼特集●コンタクトレンズ・ここが知りたいあたらしい眼科25(7):923930,2008シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズとマルチパーパスソリューション,点眼薬MultipurposeSolutionsandEyeDropsforSiliconeHydrogelCantactLenses植田喜一*柳井亮二**———————————————————————-Page2924あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(20)ンズを装用すると痛い)と訴えた患者の上眼瞼結膜の所見と使用していたレンズである.上眼瞼結膜には乳頭増殖はなかったが,レンズは汚れていた.このレンズを15℃で7時間保管しておいた写真を図4に示す.低温時に白くなることから,この汚れは脂質と考える.図5,6は23歳の女性で,同様に従来素材の含水性SCLとMPSを使用しているときは問題はなかったが,シリコーンハイドロゲルレンズに変更してから,曇って見える,眼が痛いと訴えた患者の角膜所見と使用していたレンズである.レンズの表面だけでなく内面にも汚れが付着しており,これが原因で角膜上皮障害を生じたと考える.このような患者にはシリコーンハイドロゲルレンズ取り扱い時の手洗いの励行,化粧やハンドクリームの使用時の注意,MPSによるこすり洗いの励行を指導する.MPSを使用しているときは問題はなかったが,シリコーンハイドロゲルレンズに変更してから調子が悪い(レンズを使用して1週間ぐらいすると白く濁る,濁ったレ微生物減少値(log個m)細菌真菌アカントアメーバウイルス緑膿菌黄色ブドウ球菌セラチアフサリウムカンジダアカントアメーバアデノウイルス012345:ポビドンヨード製剤:過酸化水素製剤:塩化ポリドロニウム製剤:PHMB製剤図1化学消毒剤の微生物に対する消毒効果(文献3より)図2症例の上眼瞼結膜の所見図4シリコーンハイドロゲルレンズの白濁現象図3シリコーンハイドロゲルレンズの汚れ———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008925(21)角膜ステイニングはPHMBを含有するMPSに発生しやすいといわれているが,商品によって発生頻度が異なる.塩化ポリドロニウムを含有するMPSでも認められる4,9).角膜ステイニングの発生には個人差があり,できれば脂質に対する洗浄効果のあるケア用品を選択することも大切である.脂質の付着はシリコーンハイドロゲルレンズの中のシリコーンの量だけでなく,表面処理によって異なることもあるので,脂質が付着しにくいレンズを選択することも重要である.3.MPSの使用による角膜上皮障害SCL使用者にMPSを使用すると角膜ステイニングが発生することから,従来素材の含水性SCLとMPSの適合性がこれまでにも問題視されていたが,新しい素材であるシリコーンハイドロゲルレンズにおいても同様の角膜ステイニングが高頻度に発現することが報告されている59).MPSで処理されたシリコーンハイドロゲルレンズを装用して短時間で角膜ステイニングが発生(図7)しても,その後数時間(多くは6時間)で軽微となることが多い8).MPSに含まれる消毒成分やその濃度,さらには他の成分などが角膜上皮細胞に影響を及ぼし,角膜ステイニングを生じたと考えられている4,8).水谷は従来素材の2週間頻回交換SCLとシリコーンハイドロゲルレンズの装用者にみられる角膜ステイニングを後ろ向きに検討し,従来素材の非イオン性高含水率のSCLでは塩化ポリドロニウムよりPHMBを含有するMPSを使用したときのほうが重度のステイニングがみられたのに対して,イオン性高含水率のSCLでは両MPSの間に有意差はなかった.さらにシリコーンハイドロゲルレンズでは両MPS間にステイニングスコアの差はみられなかったと報告している10).図6シリコーンハイドロゲルレンズの汚れ図5症例の角膜所見図8MPSによるアレルギー反応(文献11より)図7MPSを使用したシリコーンハイドロゲルレンズ装用者に生じた角膜ステイニング———————————————————————-Page4926あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(22)クス)を4種のMPS(オプティ・フリーRプラス,コンプリートR・モイストプラス,レニューRマルチプラス,フレッシュルックRケア),過酸化水素製剤(エーオーセプトR),ポビドンヨード製剤(クレンサイドR)で処理した後に,レンズの形状,外観,色調,直径,ベースカーブ(BC),頂点屈折力(パワー),含水率,光線透過率(視感透過率)を測定した.各測定値は厚生労働省告示第349号(2001年10月5日)と医薬発第1097号(2001年10月5日)の基準を満たしていた12)(表1).よって,MPSによるシリコーンハイドロゲルレンズの物理化学的な特性に対する影響はほとんどみられないと考えられた.IIシリコーンハイドロゲルレンズと点眼薬1.点眼薬の組成と特徴CLを装用したまま点眼薬を使用することについては,レンズ自体ならびに角結膜に対する影響を考えるとすすめられないという意見が多い1318).点眼薬は主剤と賦形剤からなり,賦形剤は緩衝剤,防腐剤,可溶化剤,安定化剤,等張化剤,粘稠化剤などが含まれる19)(表2).点眼薬による角膜上皮障害は,主剤あるいは賦形剤による細胞毒性が直接かかわると考えられる.主剤としては,bブロッカーなどの抗緑内障薬,アミノグリコシド系などの抗生物質,ジクロフェナクなどの非ステロイド抗炎症剤などが問題になっている19).賦形剤ではとりわけ防腐剤が難治性の角膜上皮障害をひき起こす.塩化ベンザルコニウム,パラオキシ安息香酸エステル類(パラベン類),クロロブタノールなどが防腐剤として使用されている.発生する症例と発生しない症例,発生しても程度の軽い症例と強い症例がある4,9).中等度以上の角膜ステイニングが発生した場合には,消毒成分の異なるMPS,過酸化水素製剤やポビドンヨード製剤など,他の消毒剤に変更する必要がある.ただし,株式会社オフテクスは自社のポビドンヨード消毒剤であるクレンサイドRは,アキュビューRアドバンスTM,アキュビューRオアシスTMには使用できないと公表している.一方,MPSのアレルギーによって角膜上皮障害が発生する場合もある.図8は従来素材の含水性SCL使用者に認めた角結膜障害(輪部充血,角膜周辺部に多発する小さな角膜浸潤)であるが,明らかな原因がなく,両眼に同時に発生した.この角結膜障害はステロイドの点眼ですぐに治癒したが,MPSを使用すると同様の障害が生じたことからMPSによるアレルギー反応と考えられる11).シリコーンハイドロゲルレンズも含水性素材であるため,同様の障害が起こりうる.再発を防止するには他の種類のMPSに変更するか,過酸化水素消毒剤,ポビドンヨード消毒剤に変更する.MPSで消毒できない細菌の毒素に対するアレルギー反応が生じることもある.MPSによるこすり洗いを徹底させることや,消毒効果の高いMPSや他の消毒剤に変更する必要がある.4.MPSによるレンズの物理化学的変化MPSにはレンズに物理化学的な変化を及ぼさないことが求められる.物理化学的変化はレンズの光学性の変化,フィッティングの変化,装用感の悪化,角結膜障害につながる.筆者はシリコーンハイドロゲルレンズ(O2オプティ表1O2オプティクスに対する化学消毒剤の影響1.形状,外観,色調内部に気泡,不純物または変色がなかった表面に有害な傷または凹凸がなかったエッジが角膜に障害を与えるような形状になっていなかった2.直径直径の許容差;±0.20mm内であった3.ベースカーブベースカーブの許容差;±0.20mm内であった4.頂点屈折力(パワー)頂点屈折力の許容差;±0.25D内であった5.含水率含水率の許容差;±2%(絶対値)内であった6.光線透過率(視感透過率)視感透過率の許容差;±5%(絶対値)内であった———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008927(23)2.点眼薬のCLへ及ぼす影響点眼薬がレンズに及ぼす影響として考えられるものとしては,主剤ならびに賦形剤のレンズへの吸着,着色,ベースカーブ(BC)や直径などの規格の変化などである.水谷は点眼薬のレンズへの影響を詳しく調べている.各種点眼薬(医家向け24種類,一般向け20種類)にガス透過性ハードコンタクトレンズ(RGPCL)と従来素材の含水性SCLを浸漬して,レンズの規格の変化,成分吸着,着色の有無を観察したところ,RGPCLではクロロブタノールによりBCに変化がみられ,塩化ベンザルコニウム,パラベン類,クロロブタノール,グルコン酸クロルヘキシジンの吸着あるいは取り込みがみられた.SCLでは界面活性剤によりBCに変化がみられ,塩化ベンザルコニウム,パラベン類,クロロブタノール,グルコン酸クロルヘキシジンの吸着あるいは取り込みがみられた.カタリンR,フラビタンRなど有色の点眼薬ではSCLの着色を認めたと報告している18).3.CL装用上の点眼薬使用小玉は従来素材の含水性SCLを装用したまま防腐剤を含む点眼薬を使用して,回収したレンズから放出される防腐剤を定量したところ,レンズの種類,点眼薬の種類,点眼方法によって塩化ベンザルコニウムの検出量に差が認められたが,微量あるいは検出限界以下であることから,1日34回程度の点眼回数であれば問題はないと報告している21).今後,シリコーンハイドロゲルレ塩化ベンザルコニウムには水に溶けやすく,芽胞のない細菌や真菌に対し防腐効果を示す.塩化ベンザルコニウムはカチオン(陽イオン)界面活性剤で,各種アニオン(陰イオン)と配合するとイオン重合体を生じることがある20).認可市販されている点眼薬のうち,60%に塩化ベンザルコニウムが使用されているといわれており16),その濃度は0.0010.01%である14,15).ヒト結膜上皮細胞を用いた細胞毒性試験では塩化ベンザルコニウムは低濃度であっても細胞に障害を認めるため,通常濃度としては0.00250.005%が妥当であるとし,0.0025%でも頻回に点眼すると結膜障害を生じる可能性があると報告している13).一方,家兎眼に点眼した塩化ベンザルコニウムの涙液中の濃度は比較的速やかに低下し,角膜上皮の伸びに影響を及ぼさない程度であり,涙液動態が正常な症例では1日4回程度の点眼であれば角膜上皮に与える影響は少ないという報告もある16).パラベン類は広範囲の細菌,および真菌に対して低濃度で効力を発揮する20).通常2種またはそれ以上のエステル剤を併用すると抗菌作用に相乗効果と抗菌スペクトルの広がりがあらわれる20).パラベン類はアルキル基が大きくなるほど抗菌力は強くなるが,水への溶解性は減少し,脂溶性は増加する20).クロロブタノールは水に溶けやすく,グラム陽性菌,陰性菌および真菌に有効で,特に緑膿菌に対して強い抗菌性を有する.表2賦形剤の添加目的と種類賦形剤目的種類可溶化剤塩形成による溶解または溶解補助剤による有効成分の可溶化(塩形成)ナトリウム塩,カリウム塩(界面活性剤)ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油pH調節剤至適pHへの調整水酸化ナトリウム,塩酸緩衝剤薬物や他の賦形剤の分解などによる経時的なpH変動の防止ホウ酸,リン酸,酢酸塩ソルビトール,マンニトール等張化剤浸透圧の調整塩化ナトリウム,塩化カリウム,ホウ酸,グリセリン安定化剤薬物の加水分解や酸化分解の防止(加水分解)エデト酸ナトリウム,クエン酸(酸化分解)亜硝酸ナトリウム防腐剤微生物汚染の防止塩化ベンザルコニウム,パラベン類,クロロブタノール(文献19より)———————————————————————-Page6928あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(24)ンズについても,同様の研究が行われることを期待する.シリコーンハイドロゲルレンズの一つであるO2オプティクスに防腐剤がどの程度吸着,あるいは放出するかを筆者が調べた結果を以下に記す.比較のため従来素材の含水性SCL(メダリストR,アキュビューR)の結果もあわせて示す.pHを調整したパラベン類(パラオキシ安息香酸メチル0.013%,パラオキシ安息香酸エチル0.008%,パラオキシ安息香酸プロピル0.007%,パラオキシ安息香酸ブチル0.004%)と塩化ベンザルコニウム0.005%にO2オプティクス,メダリストR(非イオン性高含水率レンズ),アキュビューR(イオン性高含水率レンズ)を浸漬した後にこれら防腐剤の吸着率を算出し,さらに生理食塩水液に浸漬した後に防腐剤の放出率を算出した.パラベン類についてはO2オプティクスはメダリストR,アキュビューRよりも吸着率が高かったが,塩化ベンザルコニウムについてはメダリストRより高く,アキュビューRよりも低かった.パラベン類はアルキル基(メチル基,エチル基,プロピル基,ブチル基)が大きくなるほど各レンズへの吸着率が高くなった(図9,10).パラベン類についてはO2オプティクスはメダリストR,アキュビューRよりも放出率が低く,塩化ベンザルコニウムについても放出率がこれらのレンズより低い傾向があった.各レンズに吸着したパラベン類はアルキル基が大きくなるほど放出率が低くなった(図11,12).このようにO2オプティクスは従来素材の含水性SCLとやや異なる傾向を示すので,防腐剤の使用には注意を要する22).レンズへの防腐剤の吸着と放出については,多くの面から考える必要がある.レンズが親水性あるいは疎水性であるか,防腐剤が水溶性あるいは脂溶性であるかに加pH5.0pH6.0pH7.0pH7.4pH8.0100806040200BAK吸着率(%):O2オプティクス:メダリストR:2ウィークアキュビューR図9塩化ベンザルコニウムのレンズへの吸着率の平均値オプティクスリストウィークアー吸着率吸着率吸着率吸着率パラオキシ安息香酸メチルパラオキシ安息香酸エチルパラオキシ安息香酸プロピルパラオキシ安息香酸ブチル100806040図10パラベン類のレンズへの吸着率の平均値オプティクスリストウィークアー放出率放出放出放出放出放出図11レンズに吸着した塩化ベンザルコニウムの放出率の平均値———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008929(25)えて,レンズならびに防腐剤の分子構造内の親水性の部分と疎水性の部分の相互作用や,これらが電荷を帯びているかなどが大きく影響すると推察する.従来素材の含水性SCLにおいてはイオン性モノマーを共重合させたイオン性含水ゲルが広く利用されている23).イオン性のSCLはメタクリル酸を含有するものが多く,カルボキシル基を有しているためマイナスに帯電している23,24).したがって,マイナスイオン性SCLは塩化ベンザルコニウムの吸着量が多く,いったん吸着されたものはなかなか放出されない.一方,O2オプティクスは脂溶性であるシリコーンを含有するためパラベン類の吸着量が多く,なかなか放出されない.このようにレンズの材質および防腐剤によって防腐剤の吸着率と放出率に違いがあることを十分に考慮して点眼薬の使用を検討する必要がある22).おわりにシリコーンハイドロゲルレンズの酸素透過性は飛躍的に高まり,酸素不足に伴う角結膜障害は減ると予想する.今後,さらに各メーカーから多くのレンズが提供されると,従来素材の含水性SCLの多くがシリコーンハイドロゲルレンズに移行するのもそう遠くないと考える.現在,市販されている多くのシリコーンハイドロゲルレンズはケアを必要とするが,MPSで十分であるという確信はもてない.MPSは簡便なレンズケアとして広く普及しているが,消毒効果が弱いことが問題である.アカントアメーバによる感染症が増えていることから,より効果的なMPSの開発が望まれる.従来素材の含水性SCLでは蛋白質の付着が問題であったが,シリコーンハイドロゲルレンズでは脂質の付着を抑えるケアシステムを考える必要がある.レンズとMPSとの組み合わせによる角膜ステイニングの発生や,MPS特有のアレルギー反応についても十分に注意して,定期検査を行うことが求められる.レンズの上からの点眼薬の使用については,なるべく防腐剤を含まないものをすすめる.多剤併用をしない,併用する場合には点眼の間隔をあけるなどの指導も大切である.文献1)柳井亮二,植田喜一,田尻大治ほか:細菌・真菌に対するポビドンヨード製剤の有効性.日コレ誌47:32-36,20052)柳井亮二,植田喜一,田尻大治ほか:アカントアメーバおよびウィルスに対するポビドンヨード製剤の有効性.日コレ誌47:37-41,20053)植田喜一,渡邉潔,水谷由紀夫ほか:従来型・定期交換図12レンズに吸着したパラベン類の放出率の平均値パラオシル累積放出率(%)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)パラオキシ安息香酸エチル累積放出率(%)パラオキシ安息香酸プロピル累積放出率(%)パラオキシ安息香酸ブチル累積放出率(%)012301230123pH5.0pH6.0pH7.0pH5.0pH6.0pH7.0012301230123pH5.0pH6.0pH7.0012301230123pH5.0pH6.0pH7.0012301230123100806040200100806040200100806040200100806040200:O2オプティクス:メダリスト?:2ウィークアキュビュー?———————————————————————-Page8930あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(26)型ソフトコンタクトレンズのケア.日コレ誌45:206-216,20034)植田喜一,柳井亮二:マルチパーパスソリューション.あたらしい眼科24:747-757,20075)GarofaloRJ,DassanayakeN,CareyCetal:Cornealstain-ingandsubjectivesymptomswithmultipurposesolutionsasafunctionoftime.EyeContactLens31:166-174,20056)JonesL,MacDougallN,SorbaraGL:Asymptomaticcor-nealstainingassociatedwiththeuseofbalalconsilicone-hydrogelcontactlensesdisinfectedwithapolyaminopro-pylbiguanide-preservedcareregimen.OptomVisSci79:753-761,20027)AmosC:Performanceofanewmultipurposesolutionusedwithsiliconehydrogels.Optician227:18-22,20048)工藤昌之,糸井素純:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズと消毒剤との相性.あたらしい眼科22:1349-1355,20059)植田喜一:化学消毒剤による角膜ステイニングの発生.日コレ誌49:181-186,200710)水谷由紀夫:ソフトコンタクトレンズ,シリコーンハイドロゲルレンズ装用者にみられる角膜ステイニング.日コレ誌49:228-237,200711)植田喜一:塩化ポリドロニウム(POLYQUADR)による角結膜障害が疑われた1例.日コレ誌42:164-166,200012)植田喜一:シリコーンハイドロゲルソフトコンタクトレンズと化学消毒剤との適合性.臨眼60:707-711,200613)高橋信夫,向井佳子:点眼剤用防腐剤塩化ベンザルコニウムの細胞毒性とその作用機序─細胞培養学的検討─.日本の眼科58:945-950,198714)高橋信夫,佐々木一之:防腐剤とその眼に与える影響.眼科31:43-48,198915)島潤:点眼薬の防腐剤とその副作用.眼科33:533-538,199116)中村雅胤,山下哲司,西田輝夫ほか:塩化ベンザルコニウムの家兎角膜上皮に対する影響.日コレ誌35:238-241,199317)水谷聡,伊藤康雄,白木美香ほか:コンタクトレンズと防腐剤の影響について(第1報)─取り込みと放出─.日コレ誌34:267-276,199218)水谷聡:コンタクトレンズとケア溶液,点眼薬─問題点とその対策─.日コレ誌37:35-39,199519)近間泰一郎,西田輝夫:点眼薬がもたらすオキュラーサーフェスへの影響.日本の眼科78:1471-1475,200720)植村攻:点眼薬と添加物製剤設計と添加剤.医薬ジャーナル36:2791-2798,200021)小玉裕司,北浦孝一:ソフトコンタクトレンズ装用上における点眼使用の安全性について.日コレ誌42:9-14,200022)植田喜一:ソフトコンタクトレンズへの防腐剤の吸着と放出.日コレ誌49:181-186,200723)本田幸子,谷川晴康,白銀泰一ほか:イオン架橋含水ゲルの特性.日コレ誌41:118-122,199924)白銀泰一,齋藤則子,宇野憲治ほか:ζ(ゼータ)電位法によるCL材料の表面電位測定.日コレ誌41:113-117,1999(2008年4月14日受付)

各種シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの特徴と選択方法

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSある特徴を個々の症例ごとに使い分けられるのではないかという期待ももつことができる.そうした意味では,シリコーンハイドロゲルCLの今後の発展方向性は臨床家の意見にかかっているのかもしれない.本稿では,筆者の私見を交えながら,現在発表されている各種シリコーンハイドロゲルCLの特徴と選択方法について述べたい.Iシリコーンハイドロゲル素材は万能か近い将来,すべてのSCL用ハイドロゲル素材はシリコーンハイドロゲルに代わるのか.前述した長所だけ拾い上げれば,誰もがこれに代わると答えるに違いない.しかし,シリコーンハイドロゲル素材の合成には,もともと矛盾がつきまとっていることを知っておくべきである.現在の酸素透過性HCL素材の主成分としては,酸素溶解係数に優れた含フッ素系材料と酸素拡散係数に優れたシリコーン系材料があげられるが,この両者とも非常に撥水性が高く,親水性のハイドロゲルとは,モノマーレベルでは,うまく均一に混合できない.均一な状態でモノマーを重合できなければ,十分な光線透過率も得られないし,期待するガス透過性能やイオン透過性能(マトリックス中の水の流れ)も得られない.すなわち,少々乱暴な表現をすれば,シリコーンハイドロゲル素材とは,油と水を混ぜ合わせて,一見,均一になったところを重合して固めてしまおうという,モノマー同士の物理的化学的相性を犠牲にして合成したハイドロゲル素材はじめにシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(シリコーンハイドロゲルCL)は,酸素拡散係数の非常に高いシリコーン系ハードCL(HCL)素材(図1)と,水を担体として酸素が運ばれる含水性ソフトCL(SCL)素材の両者の長所を併せ持たせようとして開発されたCLである.CLが角膜の生理に及ぼす影響を最小限にとどめるためには,良好な酸素透過性,水濡れ性,涙液成分の交換が必須のため,含水性素材で酸素透過性HCL並みのガス透過性をもつシリコーンハイドロゲルCLのコンセプトは,これらの諸問題を一気に解決してくれるようにも思える.しかしながら,同じ到達点を目指しながら,われわれがレンズを手にしただけで,その性状の違いがわかる数種のシリコーンハイドロゲルCLを見るとき,このレンズの開発がいまだに発展途上であるむずかしさを感じると同時に,臨床的には,これらのバラエティー(9)913eniSano267118特集●コンタクトレンズ・ここが知りたいあたらしい眼科25(7):913922,2008各種シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの特徴と選択方法CharacteristicsofSiliconeHydrogelContactLenses佐野研二*図1シリコーン系素材シリコーン系ポリマーでは,Siのまわりの側鎖の回転エネルギーがきわめて低く,容易に回転する側鎖の間隙を酸素分子が効率よく移動する.酸素拡散係数が高いのが特徴で,結果的に酸素透過係数Dk値が高くなる.———————————————————————-Page2914あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(10)相分離をひき起こしてしまうため,現在市販されているシリコーンハイドロゲルCL用素材では,重合する前に,重合性レンズ先駆組成物(特許用語そのまま)なる混合物をあらかじめ作製している.この混合物は,塩,架橋剤,いくつかの親水性モノマーと疎水性モノマー,いくつかのシリコーン系マクロマー,および重合開始剤から成っている.マクロマーの定義は,きちんとしたものがないが,単量体であるモノマーと,それが重合して形成された分子量1万以上の高分子の間の物質と考えてよい.シリコーンをマクロマーにすることによって,親水性モノマーと混合したときに相分離しにくくさせているのがポイントである(図2).シリコーンハイドロゲルの重合性レンズ先駆組成物なるものは,1つまたは複数のシリコーン系マクロマーを親水性モノマーに混合させ,この混合物が均質組成物になるまで,シリコーン系マクロマーに起きやすい気泡形成をさせないように注意しながら相対的に遅い速度,特許上では1分間当たり約100500回転(rpm)で攪拌することによってつくり上げられる.この混合物に含まれる親水性モノマー,シリコーン系マクロマーの分子量や側鎖の長さ,架橋材の特性と量が,最終的に合成されたミクロ相分離構造のシリコだということもできる.また,さらにシリコーンハイドロゲルが,レンズとして臨床的に用いられた場合にはシリコーンのもつ親油性も問題になる.もともと,撥水性の材料をハイドロゲルと組み合わせて用いているのに,装用を続けている間に脂質が吸着して,さらにレンズの撥水性が高まることは容易に想像できる.筆者は新しい技術に対して常に敬意を払うものであるが,臨床家としては,こうした知識を頭のどこかに置き,患者の経過観察をすることが大切であろう.IIシリコーンハイドロゲルにおける「ものづくり」1.透明均一な材料をつくるむずかしさそれでは,相性の決してよくないシリコーンとハイドロゲルをどうやって均質に混合,重合することができるのか.臨床的には新しい素材であるがゆえ,慎重な経過観察が必要であることを強調したが,シリコーンハイドロゲルには,高分子学的には画期的なアイディアが満載されている.含水性SCLにさらなる高酸素透過性能を求めるならば,ゲルの骨格となる高分子網目構造の部分に,前述した酸素透過性HCL素材の酸素透過機序を持ち込まざるをえない.すなわち,シリコーン系素材か含フッ素系素材のハイドロゲルへの導入である1).酸素透過性素材はもともと強い撥水性をもっており,これがうまくハイドロゲルと融合することができれば,CLに必須である良好な水濡れ性の獲得にもつながるのであるが,撥水性のものと親水性のものは混ざりにくく相分離するため,物質が透明性を保つための規則正しい均一な構造ができない.しかしながら,シリコーンのブロックコポリマーを用いると高分子が化学的に結合されているため,ハイドロゲルとは水と油のようなマクロなスケールで分離せず,その結果,ミクロ相分離構造とよばれる10nm1μmスケールの自己組織化された相分離構造がつくられ,それぞれの高分子の利点をもった透明な高分子が完成する.実際の合成に際しては,シリコーン系モノマーをハイドロゲル合成のためのモノマーと混合しても,ただちにシリコーン系マクロマー親水性モノマー図2シリコーン系マクロマーの利用シリコーンをマクロマーにすることによって,親水性モノマーと混合したときに相分離しにくくさせているのがポイントである.1つ,または複数のシリコーン系マクロマーを親水性モノマーに混合させ,この混合物が均質組成物になるまで,シリコーン系マクロマーに起きやすい気泡形成をさせないように注意しながら相対的に遅い速度,特許上では1分間当たり約100500回転(rpm)で攪拌し,均一に混合している状態で重合を行い,シリコーンハイドロゲルが合成される.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008915(11)イドロゲルの網目構造の中に均一にしかも効果的に配置するためには,相互侵入高分子網目構造,いわゆるIPN(interpenetratingnetwork)構造(図4)につくり上げ,酸素透過性と水濡れ性を制御することが理想であるが,現在のシリコーンハイドロゲルは,残念ながら,そこまで洗練された構造ではなく,シリコーン系マクロマーと親水性モノマーをランダムに重合させた共重合体である(図5).ミクロのレベルでは,十分な機能をもった相分離構造をつくり上げていると考えられるが,やはりシリコーン材料が表面に出現している部分での水濡れ性は悪く,その親油性も手伝い,レンズを装着し続けているとーンハイドロゲルの酸素透過係数(Dk値),モジュラス(軟らかさ),含水率,引っ張り強度,アイオノフラックス(イオン透過性),表面湿潤性などの物性値を決める(図3).あまりにパラメータが多く,筆者は架橋材量と,それに対する理工学的性質を測定した経験しかない(表1)が,架橋材量の変化だけでも,素材の固さや酸素透過性,引っ張り強度が有意に変化することから2),適当な理工学的性質をもったシリコーンハイドロゲル素材の合成のむずかしさに加えて,理想的素材へと向かって改良の余地もあることが示唆される.2.シリコーンの撥水性と親油性の克服撥水性で,かつ親油性であるシリコーンを,親水性ハ表1非含水性SCL素材の理工学的性質と架橋剤Sample123ゴム硬度35.8±0.838.8±0.844.6±2.0Dk値*60.8±1.656.0±2.041.7±1.5屈折率(n20D)1.380±0.0011.377±0.0011.378±0.001水に対する接触角(°)79.8±3.880.2±1.881.0±4.5破断強度(g/mm2)2,5001,4001,300モノマー溶出率(wt%)0.0180.001未満0.001未満*Dk値単位:×1011(cm2/sec)・(mlO2/ml×mmHg).架橋剤のペンタエリスリトールテトラアクリレートの量を,モノマー全体量に対して1,3,5wt%となるように3種類のsample1,2,3を合成し,各種理工学的性質を測定した.架橋剤の量によって,フレキシビリティを表すゴム硬度,破断強度は著しく変化する.ハイドロゲル相自由水の移動シリコーン相高酸素透過性図3ミクロ相分離構造性質の異なる種類の高分子は通常,水と油のように非相溶であり,ブレンドすると相分離することが知られている.しかしながら,ブロックコポリマーは高分子が化学的に結合されているために水と油のようにマクロなスケールで分離することができない.その結果,ミクロ相分離構造とよばれる10nm1μmスケールの自己組織化された相分離構造がつくられ,それぞれの高分子の利点をもった透明な高分子が完成する.アイオノフラックス(イオン透過性)特性はハイドロゲル相が,また,酸素透過性はおもにシリコーン相が担当している.:シリコーン系ポリマー:ハイドロゲルポリマー図4筆者の理想のシリコーンハイドロゲル構造シリコーン系ポリマーとハイドロゲルポリマーが互いに規則的に絡み合って一つの均一な物質をつくっている筆者のシリコーンハイドロゲル理想図.撥水性で,かつ親油性であるシリコーンを,親水性ハイドロゲルの網目構造の中に均一にしかも効果的に配置するためには,相互侵入高分子網目構造,いわゆるIPN(interpenetratingnetwork)構造につくり上げ,酸素透過性と水濡れ性を制御することが理想である.———————————————————————-Page4916あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(12)III各種シリコーンハイドロゲルCLの特徴1.O2OPTIX東京医科歯科大学医用材料工学研究所では,生体材料,特にCL素材としてのフッ素系材料の安定性,撥油性,酸素透過性に着目をして研究が行われていた2,3).その視点からみると,O2OPTIXは,含フッ素系材料とシリコーン系材料の両者の特徴を併せ持つ非常にユニークなハイドロゲル素材にみえる(図6).シリコーン誘導体の欠点である親油性を,撥油性のフッ素を含有させることにより,耐汚染性,耐劣化性を改善している点は評価すべきポイントである.酸素透過性はシリコーンハイドロゲルのなかで最も高く,わが国でも最近,30日連続装用の認可がおりた.24%という含水率は,市販中のシリコーンハイドロゲルCLのなかで最低であり,水分蒸発量は抑えられ,装用中,あまり乾きを感じさせない.一方,低含水ならではのモジュラスの低さ,すなわちフレキシビリティの低い硬い感じのするレンズである.ベースカーブ8.6mmと8.4mmの2種類があり,平均的なオキュラーサーフェス形状をもつものにとっては理想的なレンズでありながら,これからはずれた強角膜形状をもつものにとっては,フィッティングが少々むずかしく,特に角膜曲率の大きな症例では角膜上方部の角膜上皮障害,superiorepithelialarcuatelesion(SEAL),いわゆるepithelialsplitting(図7)に注意が必要である.販売名は不明であ水濡れ性はさらに悪くなると考えられる.現在,シリコーンハイドロゲルの撥水性を解決するために,①プラズマ処理,②プラズマコーティング,③親水性ポリマー添加の3種類のレンズ表面改質技術が開発されている.現在,わが国で発表されているシリコーンハイドロゲルCLにおいては,Bausch&Lomb社とメニコン社が①プラズマ処理を,また,CIBAVision社が②プラズマコーティングを,そしてJohnson&Johnson社が③親水性ポリマーの添加による表面処理を施している.図5ランダム重合親水性モノマーAと,シリコーン系モノマーBが,不規則的ランダムに重合している.現在,発売されているシリコーンハイドロゲルレンズは,このランダム重合によって合成されており,何とか実用レベルのミクロ相分離構造を獲得していると考えられる.図6O2OPTIXの素材シリコーン誘導体の欠点である親油性を,撥油性のフッ素を用いて耐汚染性,耐劣化性を改善している.ハイドロゲルにジメチルアクリルアミドを用いたのは両者ともメチル基が多く相性が良いのであろう.CCNOCH2CH2RCH3CH3CH3CH3DMAOOOOOOHOSi(CH3)3Si(CH3)3Si(CH3)3SiOSiCH3CH3Siシリコーン・モノマーフルオロシリコーン・マクロマーTRISNCOOlml3HNCOOCH23CH2CH2CH2CF2CF2CF2CH3CH3HOSiCH3CH3SiNCOOHNNHCCOOOOOnCF2CF2O3HNCOOOOCH23———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008917(13)カーブやレンズ径をラインアップしたO2OPTIXCustom含水率32%の特殊シリコーンハイドロゲルレンズを海外では用意している.本レンズはレースカット製法のオーダーメード的なレンズであるが,社会貢献を求められる企業として,ぜひわが国でも発表していただきたい.2.PureVisionRわが国では連続装用専用シリコーンハイドロゲルCLとして登場したが,最近,終日装用による使用も可能になった.現在発売されているシリコーンハイドロゲルCLのなかで,唯一のイオン性素材である.基本的にイるが,もう少しフレキシビリティに富んだ含水率33%の外国版O2OPTIXが発売される予定だと聞いている.本レンズの構造もシリコーン誘導体に含フッ素系材料を組み合わせ,ハイドロゲル化しているので,耐汚染性が期待できると思う.これらのレンズの親水表面処理は,メタンプラズマコーティング(図8)4)とよばれる手法がとられている.メタンガスに空気を入れてプラズマコーティングしたところがポイントで,20nmという,超薄膜でありながら,C,N,Oを基盤上に析出させ,重合化,超親水化に成功している.正しくはメタンガス・エア・プラズマコーティングとよぶべきであろう.この超薄膜超親水化技術は,あらゆる撥水性素材のCLへの応用を可能とさせうるばかりか,CL以外のさまざまな分野へ応用可能と思われる.シリコーンハイドロゲルレンズの治療用CLとしての応用については海外ではすでに報告がある5)が,わが国でも,東原6)が,本レンズをSjogren症候群,遷延性上皮欠損,化学外傷後などの治療用バンデージレンズとして応用し,良好な結果を残している.確かに通常のハイドロゲルレンズでドライアイによく認められるsmilemarkstaining(図9)は本レンズではほとんど起こさない.CIBAVision社では,病的近視や,白内障術後用の+20D20Dと幅広い度数と,非常に細かいベース図7Epithelialsplitting硬いシリコーンハイドロゲルCLではsuperiorepithelialarcu-atelesion(SEAL),いわゆるepithelialsplittingが起きやすい.定期的な経過観察が必要である.図9Smilemarkstaining通常のハイドロゲルレンズ装用のドライアイによく認められるsmilemarkstainingは低含水のシリコーンハイドロゲルCLではほとんど起こさない.疎水性CLC,N,Oのインプラント重合重合反応(モノマー)(メタンガス+空気)グロー放電図8メタン・プラズマコーティングメタンガスに空気を入れてプラズマコーティングしたところがポイントである.20nmという,超薄膜でありながら,C,N,Oを基盤上に析出させ,超親水化に成功している.この超薄膜超親水化技術は,さまざまな分野へ応用可能と思われる.———————————————————————-Page6918あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(14)AcuvueROasysTMが後発であるが,OasysTMを単により乾きにくく酸素透過性の高い改良版プレミアムレンズバージョンと位置づけるのには,少々AdvanceTMを過小評価しており,AdvanceTMにはこのレンズ特有の長所がある.AdvanceTMの注目すべき点は含水率が47%と非常に高いシリコーンハイドロゲルCLであり,ミクロ相分離構造のうち,ハイドロゲル相のイオン透過機能が十分機能していると思われる.すなわち,酸素が溶解した水の移動とともに,さまざまな物質の十分な交換も期待できる.また,最も軟らかなシリコーンハイドロゲルCLとして,2種類のベースカーブを利用すれば,どんな角膜形状にも対応できるし,乾きやすいという訴えがあれば,人工涙液の頻回点眼を指示すればよい.高分子学的には,AdvanceTMは疎水性シリコーン誘導体のTRISに親水性のOH基を取り付けることに成功して,NVP,DMA(ジメチルアントラセン),HEMAとの相性を改善させている(図12).4.AcuvueROasysTMOasysTMはさらにシリコーンの量を増やして酸素透過性能を高め,同時に良好なフレキシビリティの獲得に成功している.UsanCouncilのホームページからAcu-オン性素材は蛋白質やリン脂質分解酵素が付きやすかったり7,8),ソリューションに敏感であるといった報告がある9)が,非イオン性素材にフォーカスを当ててきたBausch&Lomb社が,あえて,このレンズをイオン化させたのは,基本的に連続装用を想定して十分なフレキシビリティと親水性を付与させたかったのではないかと推察する.イオン性モノマーの導入で極性をもたせることによって,蛋白質が付着しやすくなったり,ソリューションに敏感になったりするデメリットもあるが,むしろ,シリコーン誘導体特有の硬さや強い撥水性を抑えるという効果のメリットのほうが上回るかもしれない.イオン性で含水率36%ともなると,適度な軟らかさをもち,シリコーンハイドロゲルの本来の固さを上手く緩和しており,連続装用愛好者の筆者には非常に快適なレンズに仕上がっている.最近,消毒,ケアを行いながらの終日装用も認められて使いやすくなった.親水性処理は反応ガスとして酸素を用いたプラズマ処理を施している.親水基のもぐり込み効果の出現が想定されるが,涙液状態を眼科医がチェックして,人工涙液点眼の指導がきちんとなされていれば問題ないだろう(図10).さらに,疎水性シリコーン誘導体のTRIS(トリスヒドロキシメチルアミノメタン)に親水性のNH基を取り付けることに成功して,ハイドロゲルのN-ビニルピロリドン(NVP),ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)との相性を改善させていることも特筆すべき点である(図11).3.AcuvueRAdvanceTM米国ではAcuvueRAdvanceTMが先発で,後述する水中空気中疎水性CL親水基図10プラズマ処理と,もぐりこみ効果高分子構造の中でSiの側鎖や線状ポリマーの主鎖のまわりの親水基は,乾くと素材内に埋没してしまう.図11PureVisionRの素材疎水性シリコーン誘導体のTRISに親水性のNH基を取り付けることに成功してNVP,HEMAとの相性を改善させている.TRISVC(TRIS誘導体)CCOOCH2CH3CH2CH2OHHEMACHNCOCH2CH2CH2CH2NVPOOOOOSi(CH3)3Si(CH3)3Si(CH3)3SiOOOOHNOSi(CH3)3Si(CH3)3Si(CH3)3SiTRIS———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008919(15)vueROasysTMの化学構造を読み取ると,シリコーン誘導体の側鎖を伸ばし,十分な軟らかさを獲得させようとしていることがわかる.親水処理には,もともと含水率を高く設定し,前述したようにシリコーン誘導体にOH基を導入したうえに,超親水性ポリマーであるHydraclearTM(ポリビニルピロリドン)を二相性ミクロ相分離構造のハイドロゲル部分に埋抱させている(図13).NVPをポリマー状態で,レンズの主成分となるモノマーと重合させる手法は,筆者らがフッ素系非含水性SCL素材を合成したときと同じ方法である2)が,素材の十分な光線透過率を獲得するためにも有効な手段であると思う.涙液などで濡れた雰囲気のなかで,HydraclearTMはレンズ表面に顔を出し,非常に良好な親水性を示す.筆者が2週間装用した後,乾燥させて生理的食塩水を滴下すると接触角は約30°,再び生理的食塩水に浸漬して測ると接触角は0°となった(図14).また,HydraclearTMの成分であるポリビニルピロリドンの保水能力は非常に高いので,レンズ自体の水分保持能力にも貢献しているはずである.AcuvueROasysTMは,含水率38%という見かけの数値以上に軟らかく,酸素透過性能に優れているため,筆者らは,よくピギーバックレンズシステム(PBLS)に利用している(図15).AcuvueROasysTM(0.50D)のフレキシビリティと親水性は素晴らしく,円錐角膜に容易にフィットするうえ,メニコンZR(3.0D)との組み図12AcuvueRAdvanceTMとAcuvueROasysTMの素材疎水性シリコーン誘導体のTRISに親水性のOH基を取り付けることに成功して,NVP,DMA,HEMAとの相性を改善させている.AcuvueROasysTMはさらにシリコーンの量を増やし,酸素透過性能を高め,同時に側鎖を長くして良好なフレキシビリティの獲得に成功している.SiMA(TRIS誘導体)OOOOOSi(CH3)3Si(CH3)3Si(CH3)3SiOOOOOHOSi(CH3)3Si(CH3)3CH3SiTRISCCOOCH2CH3CH2CH2OHCCNOCH2RCH3CH3HEMACHNCOCH2CH2CH2CH2DMANVP図13HydraclearTM超親水性ポリマーであるHydraclearTM(ポリビニルピロリドン)を二相性ミクロ相分離構造のハイドロゲル部分に埋抱.レンズ素材———————————————————————-Page8920あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(16)ら発表された.同社では10年以上前からシリコーンハイドロゲルを開発しており,筆者もプロトタイプをみせていただいたことがある.今回,さまざまな改良を行い,ようやく発売となった.構造式は企業秘密とのことで明かしてもらえなかったが,①N,N-ジメチルアクリルアミド,②ピロリドン系化合物,③ケイ素含有メタクリレート系化合物,④ケイ素含有アクリレート系化合物の親水性モノマーとシリコーン誘導体から成るとのことであった.このうち,④のケイ素含有アクリレート系化合物ではポリジメチルシロキサン(図16)のもつ優れた酸素透過性だけでなく,硬くなりがちなシリコーンハイドロゲルに柔軟性を付与させる機能を追加して新規に開発したとのことである.おそらく,③のケイ素含有メタクリレート系化合物の側鎖を十分に長く軟らかくなるように分子設計を行ったのであろう.また,②の新規ピロリドン系化合物は,優れた吸水性と保水性を付与させるために,主鎖構造とアミド基の配置にこだわって分子設計を行ったとのことである.これらの改良によって,酸素透過性HCL並みの酸素透過係数と従来のハイドロゲルに近い含水率を両立させたという.合わせで,酸素透過率(Dk/t値)は計算上67.6となり,数値上は連続装用も可能である.装用感は1DayAcu-vueRMoistTMに匹敵し,ランニングコストもこちらのほうが安い.AdvanceTMとOasysTMは,PBLSに唯一応用できる軟らかいシリコーンハイドロゲルレンズである.5.Premioわが国初のシリコーンハイドロゲルCLがメニコンか図14HydraclearTM(PVP)による親水化AcuvueROasysTM&AdvanceTMに搭載.2週間装用後,乾燥生理的食塩水に対する接触角:約30°2週間装用後,乾燥後,再び含水生理的食塩水に対する接触角:0°gnizilituSLBPgnizilituSLBP8891ecnisLCSD8891ecnisLCSD図15AcuvueROasysTMとメニコンZRによるピギーバックレンズAcuvueROasysTM(0.50D)のフレキシビリティと親水性は素晴らしく,円錐角膜に容易にフィットするうえ,メニコンZR(3.0D)との組み合わせで,Dk/t値は計算上67.6となる.装用感は1DayAcuvueRMoistTMに匹敵する.SiOCH3CH3SiOCH3CH3SiOCH3CH3SiOCH3CH3SiOCH3CH3SiOCH3CH3SiCH3CH3図16ポリジメチルシロキサンポリジメチルシロキサン.Dk値は500の超酸素透過性ポリマー.超撥水性,親油性でもある.———————————————————————-Page9あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008921(17)Premioは含水率40%と,シリコーンハイドロゲルとしては高い含水率をもっているが,こうした,高含水化の方向性はある意味ユニークである.つまり,ゲルの中の溶媒である水には,自由水,中間水,結合水の3つがあり(図17),自由水は高分子内で自由に移動し,酸素を運ぶことができるが,シリコーンハイドロゲル中には自由水が多く存在し,その含水率から想像する以上のイオン透過性が期待できるからである.シリコーンが撥水性の分,ハイドロゲルの含水率をどの程度に落ち着かせるのが良いのか興味深いところである.表面処理ではプラズマ処理を採用している.特定元素のインプランテーションによる化学的改質を追求するのではなく,物理的な特性,すなわちイオンエッチングによる表面のダメージを抑制することを最大限に考慮し,優れた水濡れ性と耐汚染性を発現させたとのことである.おわりに本稿で述べたシリコーンハイドロゲル材料の特徴がレンズ選択の参考になれば幸いである.表2に各種シリコーンハイドロゲルCLの規格を示した.本レンズでは,一般に含水率が高いほどフレキシビリティに富む.メカニカルストレスによる障害がみられれば,まずベースカーブの変更で対応したいところであるが,選択肢がない場合には,含水率の高いレンズに変更してみると良い.乾きの訴えが強い場合には低含水率のレンズが有利であ図17高分子と水の束縛状態ゲルの中の溶媒である水には自由水,中間水,結合水の3つがある.自由水は高分子内で自由に移動し,酸素を運ぶことができる.シリコーンハイドロゲル中には自由水が多く存在し,その含水率から想像する以上のイオン透過性が期待できる.HHHHHHHHHHHHHHHHHHHHOOOHHHOOHHHHOOOOOOOOOO結合水中間水自由水自由水〈親水性高分子と水〉HHHHHHHHHHHHHHHHCH3CH3CH3OOOOOOOO〈疎水性高分子と水〉表2各種シリコーンハイドロゲルCLの規格レンズ名O2OPTIXO2OPTIX(海外版)PureVisionRAcuvueRAdvanceTMAcuvueROasysTMPremio製造会社CIBAVisionCIBAVisionBausch&LombJohnson&JohnsonJohnson&Johnsonメニコン含水率(%)243336473840Dk/t値17513811086147161表面処理メタンプラズマコーティングメタンプラズマコーティングプラズマ処理親水性ポリマー添加親水性ポリマー添加プラズマ処理ベースカーブ(mm)8.68.48.68.68.78.38.88.48.6一般に含水率が高いほど,フレキシビリティに富む.メカニカルストレスによる障害が見られれば,まずベースカーブの変更で対応したいところであるが,選択肢がない場合には,含水率の高いレンズに変更してみると良い.乾きの訴えが強い場合には低含水のレンズが有利であるが,一方でメカニカルストレスの制御はシビアになる.———————————————————————-Page10922あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(18)るが,一方でメカニカルストレスの制御はシビアになる.シリコーンハイドロゲルCLは通常のハイドロゲルCLよりも固く,数値では表せない角膜から強膜への移行部の形状におけるフィッティングにも注意を払うべきである.シリコーンハイドロゲルCLは,いまだ発展途上にあり,三者三様,性質は微妙に異なっているのは解説したとおりである.このレンズが,ベースカーブを選べない,使い捨て,または頻回交換レンズをベースに登場している以上,多様な性質を示すオキュラーサーフェスのすべての例に対応することはむずかしい.レンズの種類を揃えて,それぞれのレンズの特性を利用すること,さらに通常のハイドロゲルCLという選択肢を残しておくことが必須だと思う.シリコーンハイドロゲルCLの今後の発展のためにも,臨床家は,その超酸素透過性ばかりに注目せず,その含水率やフレキシビリティはもちろん,表裏一体にある撥水性や汚れやすさといったsideeectにも考慮して,レンズ処方,経過観察することが大切である.文献1)黒川考臣:機能性ふっ素高分子.p132,日刊工業新聞社,19822)佐野研二,所敬,鈴木禎ほか:フッ素系非含水性ソフトコンタクトレンズ用素材の研究.日コレ誌36:196-200,19943)佐野研二:コンタクトレンズの生体インターフェース技術について.バイオメカニズム学会誌16:287-296,19924)松沢康夫:シリコーンハイドロゲルレンズの基礎知識─表面の性質について─.あたらしい眼科22:1315-1324,20055)AnnaMA,JackPS,JerzyS:Therapeuticuseofasiliconehydrogelcontactlensinselectedclinicalcases.Eye&ContactLens30:63-67,20046)東原尚代:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの治療用コンタクトレンズとしての可能性.あたらしい眼科22:1339-1344,20057)望月弘嗣,山田昌和,大野建治ほか:ソフトコンタクトレンズに沈着したsPLA2によるドライアイ.第47回日本コンタクトレンズ学会総会抄録集,p46,20048)清水健太郎,佐野研二,柴田優子ほか:イオン性ソフトコンタクトレンズに付着したタンパク質に対するこすり洗いの効果.日コレ誌49:23-25,20079)佐野研二:イオン性素材─何が問題なのか.あたらしい眼科17:917-921,2000

従来型ソフトコンタクトレンズとシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの選択方法

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSくら含水率を高めても水の酸素透過係数(Dk値)を超えることはできない1,2).またレンズの形状保持性,耐久性,耐汚染性を維持しながら薄型にし,酸素透過率(Dk/L)を高めることには技術的な限界がある.このような理由から従来型SCLは酸素透過性があまり高くないが,水分が多いため,柔軟で角膜への刺激が少なく,角膜形状にフィットしやすいという特徴がある.含水性SCLは,素材に含まれるイオン性成分の多寡でイオン性(イオン性成分の含有量1mol%以上)と非イオン性(イオン性成分の含有量1mol%未満)の2つに分けられる.これがさらに素材の含水率の高低で高含水(含水率50%以上)と低含水(含水率50%未満)の2つに分けられ,FDA分類(米国食品医薬品局の基準による分類)ではⅠ~Ⅳの4つのグループに分けられている(表1).最近は,乾燥しにくくするために素材に親水性高分子を配合したり,保存液中に保湿成分を添加したりしたレンズもあり3,4),必ずしもこの分類によるレンズの性質が当てはまらないこともあるが,基本的な考え方として以下に示すFDA分類での従来型SCLの特徴を理解しておくことは重要である(表1).グループⅠ:低含水非イオン性素材のSCLである.低含水率で非イオン性であり蛋白質の汚れは付きにくく,耐久性に優れる.低含水率であるため酸素透過性が低いが,装用時の乾燥感が少なく,また素材の形状保持性が良好なため薄型に作られることにより角膜形状へ柔軟にフィットし,外れにくく,長時間の装用でも装用感はじめに従来型ソフトコンタクトレンズ(SCL)といえばハイドロゲル(含水性ゲル)を主成分とした含水性SCLを意味しており,現在も多くの種類の従来型SCLが各メーカーから発売されている.従来型SCLは,素材のイオン性と含水率で,それぞれ特徴があるが,特別な場合を除きSCLを処方するうえで,その違いをそれほど意識する必要はなかった.しかし最近発売されたシリコーンを主成分としたSCL,すなわちシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)は,従来型SCLとレンズの性質が大きく異なっており,SCLを処方する場合には,従来型SCLとSHCLの特徴を理解し,レンズを選択する必要が出てきた.そこで本稿では,従来型SCLとSHCLの特徴を概説し,SCLを処方する場合の従来型SCLとSHCLの選択時の一般的な考え方を述べることにする.I従来型ソフトコンタクトレンズの特徴コンタクトレンズ(CL)の装用による角膜への影響を少なくするためには,大気中からの角膜への酸素供給が減少しないようにすることが重要である.従来型SCLは,主成分の含水性ゲルが酸素を透過しないため,素材中の水を介して角膜に酸素を供給している.そこでレンズの酸素透過性を高くするためには,素材の含水率を高くするか,レンズを薄くする必要がある.しかし含水率が高くなるとレンズは脆く,汚れがつきやすくなり,い(3)9079608034526特集●コンタクトレンズ・ここが知りたいあたらしい眼科25(7):907~912,2008従来型ソフトコンタクトレンズとシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの選択方法SelectionofHydrogelSoftContactLensesandSiliconeHydrogelContactLenses塩谷浩*———————————————————————-Page2908あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(4)グループⅣ:高含水イオン性素材のSCLである.高含水率でイオン性であるため帯電した蛋白質の汚れが他のグループのSCLより付きやすく,低含水率の素材より軟らかく耐久性は劣り,長時間の装用時に乾燥感が出やすい.しかし装着直後のフィット感が良好で,装用感への慣れが早いレンズが多い.高含水率であるため酸素透過性が高く,長時間の装用での角膜への負担が軽い.IIシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの特徴SHCLは,シリコーンを主成分とした新しいタイプのSCLである.従来型SCLが素材の水を介して酸素を透過しているのに対して,SHCLは主として素材のシリコーンを介して酸素を透過している.シリコーンのDk値が水と比べて数倍以上と非常に高いため,SHCLは含水率が50~60%より低い値ならば,含水率が低いほどDk値が高い1,2).したがってSHCLは酸素透過性を高くするために含水率を高める必要がなく,その特徴であるが良いレンズが多い.グループⅡ:高含水非イオン性素材のSCLである.高含水率であるためグループⅠのSCLより汚れが付きやすいが,非イオン性であるためグループⅢやグループⅣのSCLよりは帯電した蛋白質の汚れは付きにくい.また低含水率の素材より軟らかく耐久性は劣り,厚みのあるデザインで作られることにより,装用直後のフィット感に優れぬレンズもあるが,固着しにくいため,角膜周辺部で涙液交換が十分に行われ,長時間の装用時にも乾燥感が少ないレンズが多い.酸素透過性が高く長時間の装用に適している.グループⅢ:低含水イオン性素材のSCLである.イオン性であるためグループⅠのSCLより帯電した蛋白質の汚れは付きやすいが,非イオン性であっても高含水率であるグループⅡのSCLと同程度の汚れの付きやすさであると考えられる.低含水率であるため酸素透過性は低いが,装用時の乾燥感が少なく,耐久性が優れているレンズが多い.表1FDA分類と従来型ソフトコンタクトレンズの特徴FDA分類素材の特性特徴グループⅠ低含水(含水率50%未満)非イオン性酸素透過性は低い.汚れが付きにくく,耐久性に優れる.薄型でも形状保持性が良い.グループⅡ高含水(含水率50%以上)非イオン性酸素透過性は高い.汚れがやや付きやすく,耐久性はやや劣る.柔軟性があり,固着しにくく,乾燥感が比較的少ない.グループⅢ低含水(含水率50%未満)イオン性酸素透過性は低い.汚れがやや付きやすいが,耐久性に優れる.形状保持性が良く,乾燥感が比較的少ない.グループⅣ高含水(含水率50%以上)イオン性酸素透過性は高い.汚れが付きやすく,耐久性は劣る.柔軟性があり,装用感が良い.表2シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの種類製品名O2オプティクスアキュビューRアドバンスTMアキュビューRオアシスTMアキュビューRオアシスTM乱視用ピュアビジョンピュアビジョン乱視用2ウィークプレミオメーカーCIBAVisionJohnson&JohnsonJohnson&JohnsonBoush&LombメニコンFDA分類ⅠⅠⅠⅢⅠ含水率(%)2447383640Dk*14060103101129Dk/L**17585.7147110161装用形態1カ月終日装用2週間終日装用2週間終日装用1週間終日装用2週間終日装用1カ月連続装用1週間連続装用*Dk:酸素透過係数〔単位=×1011(cm2/sec)・(mlO2/ml×mmHg)〕.**Dk/L:酸素透過率〔単位=×109(cm/sec)・(mlO2/ml×mmHg)〕.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008909(5)ばれる弧状の角膜上皮障害やレンズ下に小さい透明な球体であるムチンボール(mucinballs)(図3)が認められることがあり,注意が必要である.III従来型ソフトコンタクトレンズの選択方法これまでの一般的な従来型SCLのなかから処方するレンズの種類を選択する場合には,まず,装用者の希望しているCLの使用スタイルからレンズの種類を選択する.すなわち,日常的に規則正しく使うのか,必要なときだけ使うのか(毎日装用,不規則装用)などの装用者の希望しているCLの使用スタイルを検討し,使用可能期間により分類されているSCL(1日交換,1週間交換,酸素透過性を維持しながら,レンズとしての柔軟性と,ある程度のイオンの透過性を保持するように含水率が設定されている.元来,SHCLは,主成分であるシリコーンが疎水性で,親油性であり,硬い素材であるため,そのままレンズ化されると,従来型SCLと比べ蛋白質や脂質の汚れがつきやすく,柔軟性が劣り,角膜へ固着しやすくなることが問題とされてきた.そこでそれを克服するためSHCLの各製品では,表面処理や親水性高分子の配合などの素材への加工が施され,デザインも工夫されている.現在,日本では4社から5種類7製品(球面レンズ5製品,トーリックレンズ2製品)が発売されている(表2).SHCLの特徴をまとめると以下のようになる.すなわちシリコーンが主成分であるため酸素透過性が高く,長時間,長期間の装用でも角膜への影響が少ない.シリコーンの性質上,脂質の汚れが付きやすいが,低含水率で,素材の表面へ特殊な加工が施されているため蛋白質の汚れは付きにくく,装用時の乾燥感が少ない.従来型SCLより硬い素材であるため,角膜形状へのなじみが悪く,フィッティングが不良の場合,装用直後のフィット感が優れぬ場合,長時間の装用で角膜へレンズが固着すること(図1)があるが,耐久性が高く,形状保持性が良いため取り扱いやすい.また従来型SCLではまれなSHCLに特有の眼変化として,角膜上方輪部にSEALs(superiorepithelialarcuatelesions)(図2)とよ図1レンズの固着による球結膜の圧痕図2角膜上皮障害(superiorepithelialarcuatelesions:SEALs)図3ムチンボール(mucinball)———————————————————————-Page4910あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(6)SHCLの特徴を知っていれば,従来型SCLとSHCLの選択方法は理解しやすくなる.従来型SCLの選択方法の第二段階である装用時間と装用形態,最終段階である眼の装用条件では,主として素材の違いからレンズの種類を選択する.このとき素材の高酸素透過性,低含水率と素材への加工が装用者に利点をもたらす場合には従来型SCLより優先してSHCLを選択する.すなわち高酸素透過性により安全性の向上が期待されるため,長時間装用者,不規則装用者,若年者,酸素欠乏症状(pigmentedslide,角膜血管新生,角膜内皮細胞密度減少)の出現した既装用者,酸素欠乏による球結膜充血のある既装用者やレンズの厚みにより高酸素透過性を必要とする強度の屈折異常(強度近視,強度乱視,強度遠視)などの場合にSHCLを選択する.また低含水率と素材への加工による低乾燥性,耐汚染性により,軽度のドライアイ,乾燥感や球結膜充血のある既装用者,レンズが汚れやすいアレルギー性結膜炎の既往のある装用者の場合にSHCLを選択する(表3).Vシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの適応と非適応SHCLは,従来型SCLよりはるかに高酸素透過性で,乾燥感が少なく汚れにくい素材であり,生体に影響の少ない優れたレンズであるが,このレンズをSCLが適応となるすべての装用者に対して選択してはいけないのであろうか.素朴な疑問であるが,答えは可であると同時に否である.たとえSHCLの素材の性質が優れていても,現状ではSCLとしての他の要素で従来型SCLより劣っている点もあり,それぞれの装用者の眼の条件を検討したうえで選択することが処方を成功させるためには重要である.2週間頻回交換,定期交換,従来型SCL)のなかの適当なレンズの種類を選択する.つぎに装用時間の長さと装用形態(終日装用,連続装用,装用中の仮眠の有無)などの予想される装用状況を検討し,レンズの種類を限定する.最後に装用者の涙液,角膜,眼瞼結膜,瞬目,閉瞼の状態,屈折異常の程度,既往歴(ドライアイ,アレルギー性結膜炎,CLでのトラブル)などの眼の装用条件とSCLの使用環境(スポーツ,パソコン使用,アウトドア,車の運転)から総合的に判断して,素材の含水率,イオン性・非イオン性,酸素透過性,レンズのデザイン(ベースカーブ,サイズ,厚さ,周辺部形状)をどうするかを検討し,適正と考えられるレンズを決定する(図4).IVシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの選択方法SHCLの選択方法は,前述の一般的な従来型SCLの選択方法に,素材のまったく違うSHCLという選択肢が加わったということである.素材の違いから生まれる使用スタイルを検討使用期間により分類されたSCLのなかから選択(1日交換,1週間交換,2週間頻回交換,定期交換,従来型SCL)装用時間と装用形態を検討酸素透過性を考してSCLを選択眼の装用条件とSCLの使用環境を検討フィッティング,見え方,低乾燥性,耐汚染性からSCLの種類を決定図4従来型ソフトコンタクトレンズの選択方法の流れ表3シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの特徴と適応特徴適応高酸素透過性長時間装用者,不規則装用者,若年者,酸素欠乏症状(pigmentedslide,角膜血管新生,角膜内皮細胞密度減少)の出現した既装用者,酸素欠乏による球結膜充血のある既装用者やレンズの厚みにより高酸素透過性を必要とする強度屈折異常(強度近視,強度乱視,強度遠視)低乾燥性軽度のドライアイ,乾燥感や球結膜充血のある既装用者耐汚染性レンズが汚れやすいアレルギー性結膜炎の既往歴のある既装用者———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008911(7)SHCLは,酸素欠乏による合併症の少ない,安全性の高いレンズであると考えられているが,角膜浸潤(図5)が起こることがあるし,汚れが付きにくいレンズであるにもかかわらず巨大乳頭結膜炎(giantpapillarycon-junctivitis:GPC)(図6)が惹起されることもある.このように高酸素透過性,低乾燥性,耐汚染性を必要とする条件(特に乾燥感や充血をはじめとする従来型SCLの装用で問題を抱えているような既装用者)に対してSHCLを処方した場合に,装用者によっては合併症が起こることがある.トラブルの予防のためにCLの選択時にSHCLの適応と非適応を判断することができればよいのであるが,確実な基準がないのが現状である.しかし,これまでの筆者の処方経験からは,トライアルレンズのフィッティングでレンズのずれやエッジの浮き上がりがあり,ベースカーブを小さいものに変える必要がある眼では,装用開始後しばらくしてから,おそらくレンズの角膜上での動きが減少する時間帯にレンズが角膜に固着し,角膜上皮障害を起こす確率が高く,SHCLの非適応と考えられる.またトライアルレンズ装用時の数回の瞬目でレンズの表面に汚れが付着する状態の眼,CLの未経験者であれば上眼瞼結膜にわずかでも充血を伴う中等度のサイズの濾胞が散在する眼,SCL既装用者であれば上眼瞼結膜の円蓋部側にCL起因乳頭結膜炎(contactlensrelatedpapillaryconjunctivitis:CLPC)が認められる眼,ハードCL既装用者であれば上眼瞼結膜の眼瞼縁側にCLPCが認められる眼では,乳頭が増殖してGPC化する確率が高く,現状では1週間以上の長期間使用するSHCLは非適応であり,1日交換型使い捨てSCLが適応であると考えられる.VIシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの処方例最後に従来型SCLからSHCLへの変更で,装用者の自覚症状の見えづらさと乾燥感,他覚的所見の点状表層角膜症(supercialpunctatekeratopathy:SPK)が軽快した症例を供覧し,SHCLの特徴を理解するうえでの図5角膜浸潤7症例に認められた点状表層角膜症(supercialpunctatekeratopathy:SPK)図6巨大乳頭結膜炎(giantpapillaryconjunctivitis:GPC)———————————————————————-Page6912あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(8)助けとしたい.症例は43歳の女性で,酸素透過性ハードCLを24年間装用していたが,1年前からFDA分類グループⅣの2週間頻回交換SCLに変更した.装用開始後,徐々に矯正視力が低下し,近視化と乱視の出現で何度も度数を変更していた.疲労感と近方視に不自由さを感じ,慢性的な乾燥感と異物感があり,ヒアルロン酸点眼液を常用していた.初診時には両眼にSPKが認められた(図7)が,CLを外して2カ月の治療後にSPKが消失したため2週間頻回交換SHCLを処方した.変更後3カ月でも乾燥感と異物感はなく,角膜に異常は認められず(図8),SHCLの高酸素透過性と低乾燥性が奏効したと考えられた.おわりにSCLを処方する場合には,CLを装用する眼の状態を観察し,実際に装用したレンズのフィッティングと経過観察から処方するレンズを選択することが基本である.従来型SCL,SHCLどちらのタイプを選択する場合にも素材のスペックだけを頼りにしないことが処方の成功につながると考えられる.文献1)植田喜一:シリコーンハイドロゲルレンズの基礎.日コレ誌49:10-15,20072)糸井素純:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ.あたらしい眼科24:697-703,20073)小玉裕司:乾燥予防ワンデー使い捨てコンタクトレンズ.あたらしい眼科24:717-721,20074)佐野研二:コンタクトレンズ素材とその進歩.日コレ誌50:13-23,2008図8シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ装用後の症例の角膜